ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。
○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。
■ヤンデレとは?
・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
→(別名:黒化、黒姫化など)
・ヒロインは、ライバルがいてもいなくても主人公を思っていくうちに少しずつだが確実に病んでいく。
・トラウマ・精神の不安定さから覚醒することもある。
■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫
http://yandere.web.fc2.com/ ■前スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part8
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1186477725/-100 ■お約束
・sage進行でお願いします。
・荒らしはスルーしましょう。
削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。
■投稿のお約束
・名前欄にはなるべく作品タイトルを。
・長編になる場合は見分けやすくするためトリップ使用推奨。
・投稿の前後には、「投稿します」「投稿終わりです」の一言をお願いします。(投稿への割り込み防止のため)
・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
神速で2get
以下、投稿します。
4 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:40:13 ID:Sf6DhUew
「9/16 日曜日」
こんなに愛しているのに、どうして。
こんなに近くにいるのに、どうして。
こんなに想っているのに、どうして。
どうして。
あなたは気付いてくれないのだろう。
いつでもあなたのことを考えているのに。
そう。毎晩あなたの写真とお話して、気がついたら朝が来てしまうくらいに。
好き。世界で一番好き。
こんなに好きなんだから、わたしの気持ちが叶わないはずないのに。
どうして。
5 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:40:48 ID:Sf6DhUew
ピピピ ピピピ
ピピピ ピピピ
「ん…」
…朝だ。
いつもの規則的な電子音で目が覚める。
毎朝のことだが、早朝の寝ぼけた頭にこの大きな音は辛い。
布団から腕を出してゆっくりとその音源に手を伸ばすが、どうやらわずかに届かない。
そうして俺の手が空を掴んでいると、ふいにアラーム音が止まった。
「んー…?」
なんだか分からないが小うるさい音が止んだようだ。
ここはひとつ、もう少しの間惰眠を貪ろう。そう思ったときだった。
「こらっ!」
「んあっ!?」
突然の怒鳴り声に驚き、微妙に情けない声を出しながら起き上がる。
すると、そこにいたのは由香里だった。
「お兄ちゃん。起きて」
「んー…」
目をこすりながら、否定とも肯定ともとれない声を出す。まだ頭が働かないのだ。
「んー、じゃないでしょ。ほら早く」
そう言う由香里の片手には、目覚まし時計があった。
なるほど、アラームを止めたのは由香里か。
「…分かったよ」
ようやく目が覚めてきたので、俺はベッドから這い上がった。
大きなあくびをしながら首や肩を回すと、ボキボキっと鈍い音が鳴った。
「うわ…、ちょっとおじさんくさいよ」
「うるさい」
由香里の冷ややかな指摘を無視し、俺は重い足取りで部屋を出た。
「行ってくるよ」
男の支度なんて、本当に手早いものだ。
15分程度の間に身支度を整えて朝食も済ませた俺は、それだけ母に告げて家を出た。
「ちょっと、待ってよー」
そう言われ振り向くと、由香里が少し慌てた様子で追いかけてきた。
「人に起こしてもらっといて、なんで先に行っちゃうかなぁ」
「なんで、って言われてもなぁ」
俺は少し困って頬をかく。
「ていうかさ、なんで俺より早く起きてるのに俺より支度が遅いの?」
素朴な疑問だ。由香里の支度はいつも長く、正直いちいち待っていられない。
すると、由香里は少し怒ったような顔をして言った。
「女の子は支度に時間がかかるものなの!」
「そんなもんかね」
「そんなもんなの」
それだけ言うと、由香里は俺の隣に並んで歩きだした。
俺はふと、そんな妹の横顔を覗く。
由香里の顔立ちは俺と違って、完全に母親譲りだ。
もともと浅黒い俺とは違う白い肌が、いつの間にか覚えた化粧でほんのりと染められている。
茶色がかった髪は、地毛だろうか。思えば妹の髪など気にしたことがないので、ちょっと判別がつかない。
とにかく、そんな妹の髪はツインテールにまとめられて歩く度に揺れている。
確かに、こいつもいつの間にか年頃の女の子になっていた。
そりゃ身支度に時間がかかるはずだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか由香里もこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「ん? ちょっとね」
「なに?」
由香里は訝しげに首を傾ける。
「まあ…。お前も大きくなったな、と思って」
「なにそれ」
由香里は不思議そうな顔で、もう一度首を傾けた。
6 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:41:51 ID:Sf6DhUew
俺と由香里が通う高校は、自宅から歩いて10分程度の距離にある。
今朝も由香里と他愛のない話をしている間に、学校へ辿り着いていた。
「おはよう。笹田くん」
ちょうど校門を抜けたところで、聞き慣れた声に呼ばれた。
「ああ、委員長。おはよう」
挨拶を返すと、委員長は長い髪を左手で耳にかけながら微笑んだ。最近知ったのだが、どうもこれは彼女の癖らしい。
他の女子ならちょっと気取った感じに見えるだろうが、委員長がやると清楚な感じに見えるから不思議だ。
「今日も妹さんと一緒なのね」
委員長は笑みを崩さずに言った。
「ああ」
俺がそう言うと、隣で由香里が頭を下げた。
「おはようございます。先輩」
「おはよう」
委員長も律儀に頭を下げて挨拶を返した。
「…じゃあ、わたし行くね」
そう言うと、由香里は一年生用の玄関へ向かって行った。
「可愛い妹さんね」
委員長が由香里の後姿を見つめながら、つぶやくように言った。
「そうかな」
「笹田くんはそう思わない?」
「よく分からないよ。兄妹だからね」
由香里を見送った俺は、今度は委員長と並んで歩き出す。
横で歩く彼女を見て、俺はあることに気付いた。
「委員長さ、最近ずっとメガネじゃない? コンタクトやめたの?」
俺がそう言うと、委員長は一瞬顔を赤くした。
「え、ええ」
「どうしたの? なんか心境の変化とか?」
「う、ううん。何でもないの。ちょっと、何となくっていうか…」
委員長はなぜかしどろもどろになる。あまり聞かれたくない話なのだろうか。
そんな間に、俺たちの教室の前まで来ていた。
すると、クラスメイトの一人が俺を見つけた。
「おーい、笹田。お前が聞きたいって言ってたCD持ってきたぞー」
「お、マジで?」
急いで友人のところへ行こうとして、委員長の存在に気付く。
「俺、行くね」と言おうとしたが、それより先に委員長が口を開いた。
「どうぞ。気にしないで」
委員長がいつもの笑顔でそう言ったので、俺は軽く頷いてからCDの、もとい友人のもとへ駆け出した。
「…笹田くんが、似合うって言ってくれたんだけどな」
委員長が小さな声で何かを言った気がしたが、よく聞き取れなかった。
7 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:43:42 ID:Sf6DhUew
昼休み、俺は机に突っ伏して仮眠を取っていた。
こうして午後の授業のために体力を温存しておくのは、学生にとって重要な一日のプロセスなのだ。
しばらくの間そうしていると、あろうことか俺の安眠を妨害する不届き者が現われた。
誰かが俺の肩を叩いているのだ。
「………」
無論、シカトだ。
俺の大事な時間をそうそう他人に奪われてやるわけにはいかない。
しかし、どうしたことか。この不逞の輩は、俺の肩を叩き続ける。
トントン、トントン、と小刻みに俺の肩でリズムをとる。いい加減に鬱陶しくなった俺は、勢いよく起き上がった。
「なんだよ!」
そう言った瞬間、何か硬いものの角で頭を叩かれた。
「痛っ!!」
「全く。授業中だけじゃ寝足りないのか、お前は」
確実にコブが出来たであろう頭頂部を押さえながら見上げると、そこには担任の若槻先生がいた。
手に持っているの数学講師用の三角定規だ。…あれで殴られたのか、俺。
「いてて…。な、なんですか先生」
「今日の昼休みは、何か予定がなかったか?」
「予定…?」
そう言われて思い巡らすが、何も浮かんでこない。そんな俺を見て若槻先生は大きなため息をついた。
「…完全に忘れてるな。まったく、今日の昼休みは部活のミーティングだろう」
「…あ!」
思い出した。今日は美術部のミーティングがあったのだ。
美術部では選考会が近づくと必ずミーティングを開くことになっている。半分幽霊部員の俺でも、これは参加しなくてはまずい。
「まだ始まったばかりだろう。今からでも行ってこい。きっと芳野が怒ってるぞ」
腕時計を見ながら先生が言った。若槻先生は美術部の顧問でもあるのだ。
「は、はい! 行ってきます」
慌てて教室を出て行く。廊下は走るな、なんていってる場合じゃない。
「はぁ。だよなぁ、絶対芳野先輩怒ってるだろうなぁ…」
美術室へと向かって走りながら呟く。
我らが美術部の部長である芳野先輩は、俺にとっては頭の上がらない相手だ。
俺にとっては、というのは間違いか。おそらく彼女の周囲のほとんどの人間にとってはそうかもしれない。
先輩は容姿端麗、学業優秀、運動センスはおろか芸術センスも抜群、とまさに完全無欠のスーパーマン、いやスーパーウーマンだ。
おまけにちょっとした完璧主義者であり、自分に厳しいが人にも厳しい。
俺も一年の入部以来、何度芳野先輩に説教されたか分からないくらいだ。
とにかく急げなければ。俺は光のような速さで駆け行き、ものの1分程で美術室まで到着した。
「でも…。入るの怖いなぁ」
中へ入るのを躊躇う俺。しかしずっとこうしている訳にもいかず、俺は意を決した。
「…はぁ。素直に謝ろう」
ひとつため息をつくと、美術室の扉を開けた。
「すいません。遅れました」
そう言って中へ入ると、会議中の部員たちの目線が俺に集まった。…勿論先輩の目線も。
ミーティングの進行をしていた女子生徒がちらっと芳野先輩の方を見ると、先輩は顔色を変えずに「続けて」とだけ言った。
俺を無視したまま進行され始める会議。俺は非常に気まずい空気の中、昼休みの終わりを待った。
しばらく経って、先輩の締めの言葉でミーティングは終了した。
ぞろぞろと部屋を後にする部員たち。俺もさりげなくその列に加わる。
「笹田。あんたはまだよ」
「ですよね」
逃亡はあっけなく未遂に終わった。
8 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:44:58 ID:Sf6DhUew
二人だけとなった部室で、先輩が口を開く。
「まったく。幽霊部員のあんたでも、会議くらい顔を出すものと思ってたけどね」
「いや、でも一応顔は出して…」
「コンパじゃないんだから、途中から少しやってきて『顔を出しました』なんて通用しないわよ」
まるでグサっという擬音が聞こえてきそうなほどの物言いに、思わずたじろぐ。
「す、すいません」
「だいたいもうちょっと部活出なさいよ。何のために部活入ってるの?」
「すいません」
「そんなダラダラ過ごしてたらね、高校生活なんてすぐに終わっちゃうわよ」
「すいません」
「すいませんすいませんってあんた本当に分かってんの!? ちょっとそこに座りなさい」
しまった、話してるうちに先輩を興奮させてしまった。一番悪いパターンだ。
「いや、でも先輩。もうすぐ授業…」
「なに?」
「なんでもないです…」
次の授業は遅刻だろうな…。
そう思いながら俺は、先輩に聞こえないように小さくため息をついた。
「以上だ」
午後4時半。若槻先生がホームルームの終わりを告げると、教室はすぐに騒がしくなった。
大急ぎで部活へ出る者、浮かない顔で補習に向かう者、特に予定もないので友人とだべりだす者。
生徒も先生もまだ残っていて、いろんな声が教室中を行き巡る。いつもの放課後の光景だ。
「さて、どうしようかな」
特に放課後の予定を決めていない俺は、一人呟く。
すると、近くの席の委員長が近寄ってきた。
「笹田くん」
委員長は俺のそばに来て軽く微笑む。
「笹田くん、今日は何か予定あるの?」
「ん、特にないけど」
俺がそう言うと、彼女は長い横髪を耳にかけてまた笑った。
「じゃあ、ちょとわたしに付き合ってくれない?」
「えっと、どうかしたの?」
「それがね、今日は図書館の当番なんだけど、もう一人の当番の子がお休みで…」
委員長は少し目を伏せた。
そういえば、委員長は図書館の司書係だった。
何度か仕事中の姿を見たことがあるが、本当に彼女のイメージにぴったりだった。
決して「地味だから」ではなくて、委員長の持つ、なんとなく知性的な雰囲気がそう思わせたのだと思う。
9 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:45:37 ID:Sf6DhUew
「ちょっとわたし一人じゃ作業が大変で、よかったら手伝ってもらえないかなって」
委員長が申し訳なさそうに言った。
まあ、たまにはそうやって静かに放課後を過ごすのも良いかもしれない。人助けにもなるし。
そう考えた俺は「いいよ」と言おうとした。
しかしその声は、教室のドアを開ける音ともに突然入ってきた威勢のいい声にかき消された。
「笹田、いる?」
そう言いながら、ずかずかと下級生の教室に入ってきたのはもちろん芳野先輩だ。
先輩は教室の中から俺を見つけると、いつものキツめの口調で言った。
「今日は部活出るんでしょうね? 選考会も近いんだし、当然出るのよね?」
ずいっと俺に顔を近づけてくる先輩。至近距離で睨んでくるその目は、きっと「YES」の答えしか許さない。
「ああ、えっと…」
なんてタイミングが悪いことだ。俺は困ってしまい、横目で委員長を見る。
するとやはり、委員長も困ったような表情で下を向いている。
そんな様子に何か感じたのだろうか、先輩がじろじろと俺たちを見た。
「…もしかして、何か予定でもあったの?」
「あ、いや…」
口ごもる俺。
どうしたものか、実に困ってしまったこの状況。
しかしこの直後、さらに困ってしまうことが訪れた。
「お兄ちゃん。ちょっと帰り買い物付き合ってよ。荷物一人じゃ持ちきれなくて…」
そう言いながら、由香里が元気よく登場した。
まさしく、二度あることは三度あったのだ。
由香里は、俺のそばに立っている二人の上級生に気づく。
「あ、えっと。…他の予定あった?」
由香里はばつが悪そうにそう尋ねた。
「いや、その…」
本当に、どうしたものか。
自分でも情けないと思うのだが、俺が何も言えないでいると、委員長が控えめな声で口を開いた。
「わ、わたしはいいよ。元々自分の仕事だし…」
委員長は少し早口で続ける。
「やっぱり人に頼ってちゃダメだよね。…ごめんね、笹田くんの予定も考えないで勝手なこと頼んじゃって」
そう言うと、最後に「また明日ね」とだけ残して委員長は歩いていった。
なにか悪いことをしてしまったような気がして、俺は「うん」などと気弱な返事しか出来なかった。
すると、その様子を見ていた芳野先輩が口を開いた。
「…まあ今日は好きにしなさい。でも、せめて次の選考会にはちゃんと作品出しなさいよ」
釘を刺すようにそう言うと、先輩も教室を後にしていく。
「………」
「………」
残された俺と由香里。
「あー。買い物だっけ? 今から行く?」
「…んー、今日はもういいや。予定があったならそっち優先しなよ」
そんなことを言い残すと、由香里もそさくさと帰ってしまった。
一人残される俺。
「………」
「………」
「………」
「…帰ろ」
なんだかよく分からない状況に気疲れしてしまった俺は、一人帰宅することにした。
10 :
ヤンデレは誰だ:2007/09/17(月) 03:46:58 ID:Sf6DhUew
「9/17 月曜日」
あの人とわたしの距離は、近いようで遠い。
もう少し勇気をだせば、もっと一緒にいられるかもしれない。
でも、それが出来ずにいつも遠くから見ている。
今日の放課後は、結局誰と一緒に過ごしたのだろう。
あの人の近くには、いつも他の女の子がいる。
わたしのほうが、好きなのに。
絶対わたしのほうが、あの人のことを好きなのに。
どうして。
今回分、投稿終わりです。
お目汚しでなければまた続きを書かせていただきたいと思います。
>>11 乙&GJ!
ヒロイン達もそれぞれ可愛いし主人公もいい感じにヘタレだし先が楽しみ。
個人的には先輩がイイな
>>11 GJJJ!!!1111
いい病みだ。wktkしながら待ってるぜ!
>>11世界中のヤンデレラバーに代わって言いたいことを代弁させてもらう。
誰 か 気 に な る ジ ャ マ イ カ!!
とりあえず頑張って誰か突き止めてやるぜ!
最後に超GJ!!
よし、わかった
犯人はヤス
あとGJ
本命:若槻先生
対抗:母
穴:使っている机の精霊
大穴:俺の別人格
こりゃ次回どう転ぶかね……じっくり熟成された病みが出て来そうだ。
>>14 一瞬ヤンデレバーに見えちまったじゃないかw
ほう、うまいな
こういう形式のは初めてだからいいと思う
ありそうでなかった感じだし
これからの伏線とか練り込みにも期待
ヤンデレなのは主人公だな
それなら全ての辻褄が合う
>>19 「あの人の近くには、いつも他の女の子がいる」って書いてあるんだが・・・
この世界の女性はみんなレズなのかw
>>19 何の辻褄だよw初回からどんだけ伏線が張られてるんだw
>>17 ヤンデレバー?、ヤンデレ喫茶みたいなもんか?
チョコバーとかスイカバーとかの方さ
よくわからないなw
血の味でもするのか?
いつもより少しだけしょっぱい
食べると性欲MAX&理性崩壊
泥棒猫の肝臓のことかと
世界「これでお前の告白チャンスは終了、妊娠効果によりお前の希望は0だ!
ヒャーハッハーやったー私の勝ちだ!!」
言葉「・・・何を勘違いしているんですか?」
世界「ヒョ?」
言葉「誠君は私の彼女ですよ?」
世界「何いってるんだ、誠の心はもう・・・」
言葉「速攻魔法!狂乙女魂!理性を全て捨て効果発動!」
世界「狂乙女魂?」
言葉「このカードは泥棒猫及び邪魔者以外のカードを引くまで何枚でもドローする事ができる
そしてその数だけ悲劇のヒロインは常軌を逸した愛の戦士となり追加告白できる」
世界「悲劇のヒロイン・・・?・・・!!あの時!」
(言葉)「沢永さんに犯されたことにより誠君の気を引きつけることはできますが
純血を奪われた悲しき身となります」
世界「言葉の奴・・・そこまで考えて・・・」
言葉「そしてさらにチェーン!速攻魔法発動!ナチェットブレイカー!
狂乙女魂が発動した時追加告白と同時に泥棒猫にも追加攻撃できる!」
「さぁいくぜ!まず一枚目!ドロー、害虫カード加藤乙女を捨て(ry
30 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:45:39 ID:f93AyQ5E
自転車のペダルに力を入れて、足に残る鈍痛を少し気にかけかばうように、ごく見慣れた道を行く。
住宅地を抜け、公園の傍を通るあたりになると、すぐに汗が体から吹き出てきた。
照りつける日光の破壊力はすさまじいものがある。
さらに、蒸した温風が頬をかする。
その風に混じって草木の青臭い匂いが鼻をつく。
夏の熱気でより青臭さが増しているので、気に留めないではいられない。
そして、暑いとそう思えば思うほどに、発汗量は右肩上がりにまし、皮膚を伝い蒸れている。
気持ちが悪いこと、この上なく不快指数は大絶賛で五桁を優に突破した感がある。
「今日は本当に天気になったなあ。」
しかし、口をつついて出てきた第一声は暑いではなく、雨雲を淘汰し、澄明に晴れ上がった蒼天への賛辞の言葉だった。
澄み切った青空にぽっかりと浮かぶ白い入道雲―。
最近は随分と夏らしくなってきたものだ。
これで吹く風が製鉄場の熱気を孕んだものではなく、少しでも涼しいものであれば完璧なのだが。
少しどころか南氷洋の氷山の風でもいいくらいなのだが。
熱気と相殺してきっと丁度良くなるはず―。
ああ、駄目か。それでは四季がなくなってしまう。
ゴム人形のような変遷を遂げてきたであろう僕の表情を眇めた目で見ていた時雨がくすり、と笑う。
「ふふ、今日は学校帰りに、一緒に何か冷たいものでも食べましょうか?」
そういえば、入院中に一度もアイスを口にしていない。
折角だから、今日はアイスにしよう。
ちなみに僕は、アイスをまとめて5個は一度に食べる主義なので、それを食べると必ずと言っていいほど大出費になる。
31 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:47:20 ID:f93AyQ5E
学校に到着すると、自転車を自転車置き場にとめようとして時雨に止められた。
入院以来学校に来るのはこれが初めてで、入院中に変わってしまった自転車置き場を時雨に教えてもらう。
なんでも、来年の新入生は増えるからと言う理由らしい。
だからといって、一学期から変える必要は無いだろう、という不満を持ったが自転車を規定の位置へ動かす。
僕が自転車を止めたときに近くでパンクしたときのように、空気が抜けていく音がした。
後ろに振り返り、黒髪の少女のほうへと駆け寄る。
彼女の自転車の車輪を確認するとやや大きめの穴があいていることに気がついた。
どうやら、落ちていた鋭利なガラス片が自転車のチューブを刺し貫いたようだ。
「落ちてたガラスを踏んでパンクしちゃったみたいだね。」
「運が悪かったのね。家自体はここから遠くないから、歩いて帰るわ。」
そこへ、タイミングを見計らったようにクラスメイトの岸が現れる。
岸は眼鏡をかけている女子で、やや高めのハスキーボイスで話す子で、理沙の所属する委員会の副委員長だ。
「朝から何してるの?落ちてた瓶の破片にも気づけないでパンクさせるなんて馬鹿みたい。そこ、私の自転車置き場だから早くどいてよ。」
「……。」
不躾に僕らを払ったところに彼女の不快感が現れている。
岸さんは時雨の隣の定位置に自転車を止め、荷台の紐を解いている。
しかし、僕は一点、さっきの岸さんの発言に疑問を抱いたことがある。
同じ疑問を時雨も抱いていたようで、手を自転車周辺で動かしている岸さんに声をかける。
「岸さん。」
「なぁに?北方さん。今忙しいんだけど。」
ぞんざいに答える。
32 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:49:46 ID:f93AyQ5E
「あなた、どうして私の自転車がパンクしたことを知っていたのかしら?」
暫くの沈黙。
その沈黙に岸さんが狼狽していること顕現されているのは誰の目にも明らかだ。
「……どうしてって、あなたたちが話しているのを聞いたからわかってんだけど?それが問題あるの?それとも、愛しい彼との話はどんなことでも他人に聞かれたくない訳ですか?」
「そう、でもあなた、さっき、『瓶の破片』ってはっきり言ったでしょう?弘行さんはガラス、としか言ってない筈だけれど?」
「っ!」
「どうして、あれが瓶の破片だとわかったのかしら?あなたには人知を超越した超能力でもあなたにはあるのかしらね?」
あれが、瓶の破片であることがわかるということは、まずあれを意識して敷設したからに他ならない。
要するに岸さんは時雨に嫌がらせをした、ということだ。
それから、僕は時雨の自転車置き場をかがんで観察した。
すると、いくつも車輪が来るであろう場所に鋭利なガラス片が配置してあった。
かなり用意周到に準備をしていたようだ。
「あなたがあれ、仕掛けたのよね?」
「ふん、知らないわよ。ガラス片って聞いたから、類推しただけだから。感情の無いあなたとは違って、類推はできるので。」
そんなやり取りが耳に入る。
あれだけ準備をしておきながら、いざその事実がばれると、逆に怒りだし時雨の人格批判をするとは許せない。
盗人猛々しいというところだ。
「他人の攻撃なんてやめて、本当のことを洗いざらい喋ったらどうですか?」
「車輪止めの近くに一列にガラス片が並んでいた。それで時雨の自転車に4つ穴ができていた。普通に考えてガラス片が自然に並ぶわけが無いだろう?
それにさっきの発言から岸が疑われても仕方がない、違いますか?
それなのに、時雨を逆に批判することができるんですか?」
鼻でせせら笑うような不愉快な笑い方をしたきり、何も語ろうとしない岸と僕の間でいたずらに時間が流れる。
「……所詮、あなたも私が憎らしくてたまらない松本理沙の協力者なんでしょう?」
時雨が嗤笑を受けたことに対して、相手の手の内を既に看破しているし、敢えて理沙の強力だと理解させることそのものに意義があるということも理解していると告げた。
すると、一回舌打ちをしてボソボソと何かをつぶやくと、敢えてそれを否定することなく、ふてぶてしいまでに居直った。
「ああ、そう。理解しているなら説明は蛇足。それに私がただの歯車のひとつだと言うなら、私が責められる言われは無いんじゃないの?」
しかし、理沙に協力しているかどうかについてはあいまいにはぐらかされた感が否めない。
察しの通り、理沙に協力している、だから話すまでもない、そういうわけだろうか。
「じゃ、もう用は済んだようだから、もう行くから。」
そう、矢継ぎ早に言葉をつなぎ教室に向かっていってしまった。
33 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:52:01 ID:f93AyQ5E
去っていく岸の背中をただ何もする事ができず見送った後、僕達も自転車置き場から離れ、昇降口へ向かう。
「痛っ!」
時雨が自分の上履きを取り出して床の上に置き、指を離そうとした瞬間、上履きの死角に取り付けられてた鋭利な刃で指を傷つけていた。
彼女の線傷から赤い雫が飛んだ。
よく彼女の指や手を眺めると、何箇所かに絆創膏が貼られていた。
おそらく、全てが理沙のしてきた嫌がらせの結果なのだろう。
その光景を目にしたことで、僕が時雨を選択したことで、生じた理沙への罪悪感がわずかでも薄れていくような気がした。
そして、時雨は俯いて上履きに取り付けられた刃を取り除き、ティッシュでくるみ、制服の外ポケットにしまった。
それから、鞄を片手で開こうとした。
彼女が鞄に応急処置の器具をしまっていることを知っているので、僕は殺菌した後、線傷全て覆うように絆創膏を貼った。
そのとき、応急処置をする僕の手を暖かい滴りが伝うのを感じた。
僕が戻ってきたとしても、いつも通りの苦しい日常が始まる、そう感じたのだろうか。
「時雨、許してもらえないのはわかっているけれど、理沙に代わって謝るよ。
本当に申し訳ない。僕自身、時雨がこんなひどい目に遭っているということになかなか気づいてあげられなかった。」
大丈夫か、という心配よりも謝罪したい気持ちがはるかに立ち勝っていた。
それから、僕は入院する前と同じ一学期のスケジュールに従って、学校生活に臨んだ。
しかし、それらは当然の事ながら、僕が入院する前のそれとは違ったもので、授業中と休み時間の別なく、執拗なまでに口実を探し出しては、時雨への迫害を繰りかえしていた。
当然、僕は批判したため、親友の南雲や何人かの友人は協力してくれた。さらに、担任の田並先生からも当事者と目される女子に対して厳重注意がなされた。
そのため、男子の中で時雨に嫌がらせするものはおらず、表立った場所での女子によるいじめを防ぐことができた。
しかし、もとより時雨への迫害に参加していたものは大半が女子である為、大きくは情況が好転してくれはしなかった。
そして、僕以外の人間に対しては最低限以上の会話はせずに、休み時間はほぼ全てと言っていいほど僕の傍にいた。
時雨は僕に対して、今までどおりの接し方で話しかけてきた。
この前作ってみた料理がどうとか、お勧めの本がどう、彼女のお父さんがいない間、家に来る頻度が高くなった使用人の誰それがどうした、などという当たり障りの無い話をしてきた。
それが僕への気遣いであることは言うまでもなく、逆にその心遣いが痛々しく感じられてしまう。
と、同時に彼女が如何に強い人であるかを再認識させられる。
というのも、彼女は下らない非難中傷の類を無視し、今朝のようなハプニングに直面したとしても、冷静に対処している為である。
それでも、その理性的な行動の裏には数日前に僕の前で見せたような深い悲しみが深々と根ざしていることは疑いない。
時雨は依存してしまうから、と言っていたがそうならないように相当苦しい努力を続けているのだ。
だから、そんな彼女の悲しみをわずかな時間の間でも忘れ去れることができれば、と考えて彼女を夏休みに突入する今週の土曜日に映画に誘うことにした。
もちろん、回答は二つ返事で快諾してくれた。
34 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:53:29 ID:f93AyQ5E
土曜日―。
この一学期最後の日を迎えるまでにこれといった変化はなく、時雨も柔らかい表情をしている時間が心なしか増えてきたような気がする。
理沙の体調も相当良くなっており、何度となく妹を見舞いに行った。
僕と理沙との間にはあれ以来、壁ができたかのように、関係は希薄である。
理沙から僕に話しかけてくることもなくなった。
彼女に僕から話をしても口をきいてくれることは無かった。
時雨の事をかばう僕に対する怒りと自分を拒んだ悲しさ故の事であろう。
だからと言って、時雨をかばう僕や友人にまで迫害の手が及ぶことは一度としてなかった。
流石の理沙も僕を巻き込んでまで、いじめを拡大させようとは考えていなかったのだろう。
ようやく小康状態に入りつつあり、かつてのようにとは行かないまでも、それに近いほどの安寧の日々が再び訪れる兆しが感じられるようになった。
そんな中で迎える夏休みである。
終業式が終わった後、約束どおりの時刻に駅で待ち合わせてから電車で、時雨と映画館に向かうことにしている。
時雨を待たせるわけにはいかないので、いつも以上に時間に気を払いながら、五分前には到着するように家を出る。
自転車で通過していく道々も、解放感に浸っている今はとても明るいものに思えてくる。
夏特有の日差しが強く、少しばかり午後から映画に行く計画を立てたことを後悔した。
自転車を駅前に昔から住んでいる老翁が管理する自転車置き場に置くと、集合場所の駅の時計前に視線を走らせる。
35 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:55:51 ID:f93AyQ5E
そして、即座に網膜に像を結んだ彼女の方へと小走りで向かう。
彼女は表情に現れてこそ無かったが、わずかな仕草からわくわくする気持ちを抑えきれずにいることがわかった。
それはこちらも同じ話な訳で、
「お待たせいたしました、時雨様。」
お嬢様に仕える一介の使用人の立場になりきって、それらしいポーズを作りそんな事を言ってみた。
「ふふふ、使用人は主よりも先に来るのがルール、違うかしら?」
などと楽しそうに返してきた。
「おお、これはこれは、お嬢様のご指摘の通りでございます。どうか寛大なお心でお許しを。」
そう言ってから、お辞儀をして垂れていた頭を上げる。
そこにいる時雨はいつもの制服ではなく、私服姿だった。
白を基調として薄いピンク色の模様が入ったワンピースに身を包み、肩にはミニバックの紐がかけられている。
そして、腰にまで届きそうなカラスの濡れ羽のように美しい光沢を保っている黒髪。
制服姿しか目にしたことが無い僕にはただただ美しいと息を飲んで、凝視することしかできなかった。
目鼻立ちも整った美人であり、ガラス細工のような繊細さをも持っている彼女。
その彼女に触れてしまうことで壊れてしまいそうで―。
「……私の顔に何かついているの?」
「い、いや、その、綺麗だなって。」
咄嗟にかけられた声に狼狽して声が裏返ってしまった。
「くす、ありがとう。けれど、声が裏返っていたわ。」
「へ?あ、ごめん。」
「ええ、気にしないから大丈夫よ。行きましょう。」
そうして二人は駅の構内に仲良く入っていった。
その姿を監視する影が二つあることに気づくことなく―。
36 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:57:11 ID:f93AyQ5E
僕たちの住んでいる町から4駅先の町にある映画館で、僕らは流行のファンタジー小説が元ネタになっている映画を見ることにした。
案外、時雨はこういうものが好きで、映画の間、僕の手を握る手に力を入れながら、スクリーンを凝視していた。
何事にも冷静沈着な彼女のイメージとは違った一面が際立った感じがする。
まぁ、どんな人であっても、新たな一面を見出すというのはなかなか楽しいものだと思う。
それにしても、結果的に時雨が喜んでくれたことには変わりは無いので、僕は満足だった。
映画館を出ながら、映画の感想と考察を聞かされ、僕も自分の意見を言わされてなかなか困ってしまったが、
これほどまでに感情豊かな時雨も可愛いと思う。
映画論議に花を咲かせながら、僕らは町はずれにある、高級感が漂う喫茶店に入った。
こういう店によく来るあたり、流石は時雨、というところか。
しかも彼女の行きつけの店に部類されるというのだから恐れ入る。
当の僕は、と言うと、高級感がありながら瀟洒さも兼ね備えている雰囲気の店内にただただ圧倒されるばかりで話にならない。
客の中にも当然、若者がいるはずがなく、皆それなりの年を召した人ばかりで、ごま塩頭ばかりしか視界に入らない。
突然の闖入者である僕に入り口に近いテーブルに腰掛けているご老人方の痛い視線が集中する。
これは、とんでもない場違いな場所に、来てしまったようだ。
37 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 00:59:29 ID:f93AyQ5E
そんな事を考えながらウェイトレスについていき案内された四席用のテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
案内された席に腰掛けると柔らかな椅子の感触が心地よく、近くの壁に掲げられている絵も有名な画家の絵であった。
さらに花瓶の花も店の雰囲気に非常に合っており、これらの事からもこの店が如何に子供が入るべき場所で無いかが良くわかる。
それ以前に、もう少し僕が肩の力を抜けるような場所につれてきて欲しいのですが、時雨さん。
いや、これでは寿司にわさびとしょうゆを大量につけて、食べて美味しいなどといっている外人のような感じじゃないですか?
しかも、それを日本の回らない寿司屋で満足げにやらかしている。
そんな感じじゃないですか、いや、本当に。
いや、むしろ僕は外人だからしょうがない、ということに、つまるところ治外法権という伝家の宝刀を行使できるわけでは……って、そんなこと無いか。
治外法権の行使どころか、相当まずい状況下に自分が置かれていることに気がついた。
というのも、今、僕が座っているこの席は窓に面しており、外の通りから思い切り見えてしまう場所である。
まず、この時点でいかん。
しかもよくよく考えると、こういうお店は無駄に単価が高くできているものだという経験的法則性にたどりついた。
さらに、映画代と電車賃を使った僕の財布にお札が入っていることなど、万に一つも無いわけで、入っていたとしてもそれらのお札にはすぐに羽が生えて飛んでいってしまうだろう。
状況的に最悪。
死亡フラグが立ってしまったようなものだ。
僕のような一般人は飲み物だけ頼んで退散しますか。
しかし、本当にとんでもないところに来ちゃったもんだと、わが身の不幸を何度目になるかわからないが呪った。
すると、愉快そうに向かいの席の時雨が特有の優しげな微笑みを見せてくれた。
「くすくす、とんでもないところに来ちゃった、って顔してるわね。」
「いや、そう思うなら、別の喫茶店にしてくれれば良かったのに。」
「いいえ、たまにはこういうお店でもいいと思って、そうそう、ここのプリンはとても美味しいのよ。
弘行さん、プリン好きだって言っていたから。」
「いや、しかし、お財布様が不可能だと申しているのですが。」
返す刀でそう言うと、どうもつぼにはまってしまったらしく、肩を震わして少しの間、笑っていた。
こういう活き活きとした時雨を見るのは僕も好きである。
「ふふふ、大丈夫よ。私が全て払っておくから。あなたは好きなものを頼んでいいのよ、ね?」
「じゃ、折角だから甘えさせてもらいましょうか。」
そんなわけで僕はプリンアラモードを、時雨は抹茶パフェを食べることになった。
「弘行さん、そのプリンおいしいかしら?」
「うん。もちろん、おいしいよ。」
何でも一流のパティシエが作っているらしく、普段食べるものより数段は美味しく感じられる。
まぁ、こんなのは雰囲気を作って美味しく感じさせるようなものだからなぁ。
38 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:01:00 ID:f93AyQ5E
しかし、それはさておき、女の子におごってもらう僕。
……いや、なんというか、男の面目が丸つぶれだとか、そんな事を通り越して、もはや自分が哀れに思えてきた。
をいをい、本当にどうするんだよ、俺は!
そんな自問をしていることを見透かしてか、見透かしていないからか良くわからないが、時雨は至って楽しそうにパフェを口に運んでいた。
それも、恐ろしいほどに日常的で落ち着いた仕草で―。
なんとなく、ブルジョアジーと無産階級との格差を感じたような感じがするが、細かくは追及しないでおく事にしよう。
あー、僕らが精一杯背伸びしたところで、ブルジョアになんて勝てるわけないじゃないですか!
店の落ち着いた雰囲気に心地よさを感じ始めてか、ついのんびりしすぎて、店を出た頃には太陽がだいぶ傾いていた。
が、それから少しデパートによって、お店を冷やかしながら巡って回った。
帰途に着く電車に乗ったときはもう日没間際であった。
が、彼らは気づかなかった。この電車に乗り込んだ二人を尾行している人間がいるなどということには―。
39 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:03:04 ID:f93AyQ5E
住み慣れた町の駅に降り立ったのは、既に日が暮れてしまった頃だった。
映画を一緒に見て、感想を言い合って、レストランに入る。
弘行さんを変に緊張させてしまって、レストランの選択はいささか失敗した感が否めなかったけれど。
好きなものを食べて、これからの休みの計画に思いを馳せる。
沈みゆく太陽を眺め、オレンジ色の光に包まれながら、私は彼と二人隣り合った席に座っている。
そして、今こうして手をつなぎあって、暖かさを確認している。
ただ、それだけのことだけれど、普通の人からすれば取るに足らないことだけれど、
そんなささやかな事が今までの私にはどんなに努力しても得られなかった。
もしかすると私は自分の殻に篭り、努力も不足していたのかもしれない。
けれど、私はそんな普通のささやかな喜びを今、かみ締めようとしている。
しかし、私の心の中には未だに暗雲が消えずにいた。
横の弘行さんの指先に見ると、その小さくて繊細な指に『それ』ははめられており、あたりに燐光を放っているかのようにまばゆかった。
それは彼と初めて結ばれた時、彼の傍にいる善き日々が続くことを願って指にはめてあげたプラチナのリングであった。
彼は指からはずすことなく、はめ続けてくれているみたい。
私にとってその事実は喜ぶべきこと。
けれど、つい前まで命を絶とうとしたことを思い出して自分の浅はかさが思い出されてくる。
こんなにも彼に思われていたにも拘らず、私はその彼を悲しませるようなことをしようとしていたのだ。
あの日以来、松本君が理沙と交わったという話を村越さんから聞き、それが正しいかを確認せずに、
彼が私をかばうことに苦痛を感じ、嫌気がさしたのだと解釈した。
と、同時に私の存在が大きく彼の人生を狂わせてしまう、そう狂信するようになった。
あの時私は命を絶つことが、正しく最善の道であることを信じて疑わなかったけれど、結局、それは独りよがりだった。
私の指にはめられたリングが月光を反射する。
自殺しようとしたときに私はこのリングを少しでも省みただろうか。
そのリングの存在を忘れ去り、弘行さんが私の事を嫌っている、という醜い疑念さえ心の奥底に宿しさえした。
松本君は私の事を信じて、妹の理沙ではなく私を選択してくれたのだ。
その誠実な彼に対して、私はなんと不誠実だったか。
それに私は結局、彼に助けられてばかり。
彼に恩返しの一つもできていない。
ずっと依存するばかり。
依存と共存は別の事に他ならない。
依存して生きていながら、わずかな事から疑念を宿すなんて、恥ずべき寄生虫としての生き方そのもの。
にもかかわらず、弘行さんはこうして私を受け止めてくれている。
熱い何かが瞼を濡らし、頬を伝っていく。
40 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:06:08 ID:f93AyQ5E
「どうしたの?」
突然泣き出した私に気づいた彼は驚愕の色を隠せずに、そう問いかけた。
「ううん、なんでもないわ。」
「本当に大丈夫?何かあるなら、僕じゃ不十分かもしれないけれど、話を聞くよ。」
こう返事すると彼をより心配させてしまうことになることはわかっていたのに。
彼にいらぬ心配をさせるなんて、私は愚かだ。
「いいえ。ただ、こうやって当たり前の事のように、あなたと一緒に時間を過ごせることが、なんだか夢のように感じられて。」
もちろん、この発言に嘘偽りは無いつもりだ。
弘行さんはその言葉を聞くと一旦立ち止まった。
「そうかもしれないね、でも、幸せというのは、こういったささやかな事が涙でではなく、当たり前に受け止められるようになった時を指すんだと思う。
時雨も今は大変かもしれないけれど、いつかそんな幸せに至れると思うよ。」
真剣な眼差しで私の瞳を見据えながら、ゆっくりとまるで幼子を諭すかのように、言った。
「……。」
本当に弘行さんは優しい、いや優しすぎるのだ。
だから、このままではいけない、と理解していても依存してしまいたくなる。
弘行さんは諭すように言って、ニコリと微笑んだ後、再びゆっくりと歩を進め始めた。
ところどころにある街燈に照らされた道をゆっくり歩いていく。
言ってしまえば、彼は私にとって麻薬のような人に他ならない。
離れることができない人。どうしても依存してしまう人。
もっと端的に言ってしまえば、私は彼の存在なくして生きていくことはできない。
どれほど歩いたかわからないけれど、彼と別れなければならないところにまで差し掛かった。
「じゃあ、時雨、今日はお疲れ様でした。じゃ、また明日。」
弘行さんはいつも去るときに、また明日、と言ってくれる。
けれども、何故か今日はそのいつもと変わりない言葉が永別の言葉になってしまうかのような気がしてならないほど、突き放された感じがした。
「待って」
私は弘行さんを呼びとめた。
もう二度と会えないように感じられたからであり、弘行さんの事を疑っていた事実を清算したいと思ったから。
41 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:09:09 ID:f93AyQ5E
「…弘行さん、私には、謝らなければならないことがあります。」
「……?」
即座に彼の表情が頭が疑問符で埋まったような表情に変わった。
「単刀直入に言うと、私は弘行さんの事を疑っていました。」
それから、私は抱いていた疑念の事、その情報をもたらしてくれた村越さんについてなどを包み隠さず、全て話した。
心の内に秘めていたものを吐露することは心に安定にもたらしてくれる。
対して、それを受け止める側は苦しい思いをするもの。
当然、私は謝って済む問題だとは思わなかった。
たとえ、烈火のごとく彼が怒ろうともそれは私にとっての報いなのだと思う。
母から受けた暴力と同質のものを受けたとしても、彼からのそれならば甘んじて受け入れる。
けれども、彼は私の事を何一つ詰ることは無かった。
そして、よどんだ曇りのような気まずい沈黙の後、彼は口を開いて
「時雨が僕の事を責めても、僕は時雨の事を責める立場に無い。僕自身、時雨を裏切ったのだから」と言う。
そう言われてしまうと、私はどうすればよいのかわからなくなってしまう。
私は私なぞ彼には相応しくない、程度の事は言われてしかるべきだと覚悟していただけに、肩透かしを食らってしまったかのような気持ちになってしまう。
けれども、私には受けるべき罰が存在する。
まず、弘行さん自身はあくまでも襲われた側で、一点たりとも汚点が存在しないことだけは確か。
「弘行さん、あなたはあくまでも襲われた側。だから、決して悪いことなど無いわ。だから、あなたが許しを欲するならばあなたを許してあげます。」
当然、私がこんなことを言える立場の人間ではない。けれど、彼に自罰的になってほしくない。
また、涙が頬を伝っていく。彼の前では仮面をはずした私とはいえ、情け無いほどに泣いてばかり。
「だから、あなたは私をどうしたら許してもらえますか。」
そう私は言いたかった。
しかし、それはあまりにも虫の良すぎる話。
確かに彼ならば、許しを請えばおそらく許してくれるだろう。
それで、最後に残った暗雲も消え去るであろう。
42 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:10:43 ID:f93AyQ5E
しかし、私は彼の傍に立てるだけでもこれほどありがたい事は無いと思うべき。
だから、私から許しを請うという分にあっていないことはしてはならないはず。
そんな事を続けていれば、結果的に弘行さんを苦しめていくことになるかもしれない。
だから、私はここで許しよりも罰を求めなければならない。
けれども、彼は私のそんな気持ちを察してくれないで、寧ろ察した上でなのだろうか、彼は私は悪くない、と言った。
「………時雨、許してくれて、ありがとう。僕は時雨に関わらず誰でも、そんな情報を手にしたら、当然信頼をし続けることなんてできないと思う。
過程はどうあれ、僕は時雨を裏切ってしまったから。だから、僕は時雨も悪いとは思わない。
だから時雨が自分のしたことに後ろめたく思っているなら許してあげる。」と。
彼は私の心を読みつくしているのだろうか、どの一言よりも私の心を軽くする言葉を平然と紡ぎ出してしまった。
「それに、僕が言えた義理じゃないけど過ぎ去ったことを許すとか許さない、なんて事で時雨ともう話したくない。僕は時雨を嫌な気持ちにさせたくないよ。」
相手の事を信じない私でも見捨てずにいてくれる彼。
自分の事は棚に上げて、ただただ愛おしく感じる。
その気持ちがうれしくて、私は弱くなってしまう。
けれども、その弱さがいつもいつも彼を傷つけることになると思うと、悔しくてたまらない。
43 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:13:25 ID:f93AyQ5E
目の前に立っている彼女は涙でその目を潤している。
昼間はあれだけ楽しそうに、屈託の無い表情豊かな微笑みを見せてくれた彼女が今、涙を流している。
まるで感情の篭っていないと思われても仕方の無い発言を弄したのでは、当然彼女は泣き止むわけが無い。
大風呂敷を広げる事はできても、誠実な慰めの言葉一つかけられない自分が嫌だ。
彼女が苦しむ理由は僕が理沙と過ちを犯したと思い込んで、僕の事を信じていなかったということだ。
理沙が僕の病室を訪れた一週間以上前の日。
確かに僕は彼女を拒絶した。
しかし、僕以外の誰かから情報を得たとすれば、僕が彼女を裏切った、そうとってもおかしくは無い。
それに、僕も一線を越えそうになったのだから、見方しだいでは裏切ったといえる。
ましてや、理沙とつながりがあると彼女自身が行っていた村越とか言う子ならば、僕の事を信じられなくなるのは至極当たり前だ。
僕は馬鹿だ。
今日のこの瞬間まで、ここ数日を彼女と幸せなひと時を過ごした程度の認識しか持たなかったのだ。
彼女に自殺を思いとどまらせた、好きな彼女に依存されてもいい、などといいながらその男が信用できなければ、そんな言葉、一枚の紙切れほどにも意味を成さない。
いや、それどころか保証されることが無い約束ほど残酷なものは無い筈だ。
そんな半信半疑とみている男とこの数日間を過ごしたのだとすれば、それは何らかの苦痛を与えたのだろう。
僕は、それが誤解であることを証明したかった。
僕の約束が軽佻浮薄なその場限りのはったりであると誤解されるのは嫌だった。
しかし、それを泣いている彼女に証明できるだけの弁舌も冷静さも僕には伴っていなかった。
だから、不誠実な言葉しか出ないのだ。
だから、泣き崩れる彼女の肩を抱きとめることもできないのだ。
だから、呆然と馬鹿みたいに立ち尽くすしかないのだ。
おそらく、目の前にガラスの小片があるならば、今の僕ならばためらうことなく己が心臓めがけてつき立てることができたであろう。
しかし、それは自分の罪を飲み込んだまま逃げてしまうことである。
そして、時雨を本当の意味で捨ててしまうことだ。
僕は自己嫌悪の産物であるそれを心の奥底に十重二十重に鍵をかけて封印した。
44 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:15:25 ID:f93AyQ5E
丁度、その時、僕の後ろ手に聞きなれた少女の声が聞こえた。
即座に後ろに振り返る。
わずか六歩の位置に理沙は佇んでいる。
「あははっ、お兄ちゃんだ〜。」
その声に僕は背骨が氷柱に変わったかのような感覚を覚えた。
「何驚いているの?まさか、お兄ちゃん、私の事を忘れちゃったわけじゃないよね。」
「あ、そうか。お兄ちゃん。私と会えて嬉しいんだよね。その、久しぶりだから。ずっと、待っていたんだよ、お兄ちゃん?」
そういうと、理沙は片頬を吊り上げるような冷酷な笑みをたたえて、時雨の方に向きなおした。
その笑みは僕が今まで一度として目にした事が無い程の狂気と憎悪そのもの。
それは一人に向けるものとしては遥かに強すぎる。
この二人を近づけることは惨劇を生む。それはほぼ間違いない。
しかし、僕の胴を貫く氷柱によってか、その身を芋虫ほどにも動かせなかった。
「北方先輩、お久しぶりですね。」
「……。」
気丈に振舞っていた彼女からはその強さの根源である冷静さも失われ、乾いた嗚咽の音と震えを呈すのみ。
「どうしたんですか?いつも冷静な先輩らしくないではありませんか?」
「目的の為ならばどんな事だってできる、冷静、ううん違う。冷徹に人を貶める事だってできる。それが先輩じゃなかったんですか?」
「……違う。」
時雨はいっそう強く肩を震わせながら、弱弱しく告げた。
その震えた姿からはかつての冷静さも人を圧倒する一種の威厳も彼女からは排されていた。
理沙はその時雨を上から意地の悪い笑みを浮かべたまま見下ろしている。
そして、その意地の悪い表情からは勝者から敗者へ与えられる残酷な憐憫が感じられた。
45 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:17:43 ID:f93AyQ5E
「何がそんなに悲しくて涙を流しているんですかね〜?」
「ああ〜、わかりました。先輩はお兄ちゃんに捨てられたんだ!あれだけいいように使われていれば、当然嫌われますよね。
私が何度も身を引くように警告したのに、それなのに引かないからこういうことになっちゃうんですよ?」
「あはは、でも、お兄ちゃんは優しいから、敵にすら、とっても優しいから、この程度で済んでいるんだよ。」
「散々、人の大切な、私だけのお兄ちゃんを弄んでおいてッ!」
「もう、先輩はどうなるか、分かっていますよね?」
時雨は傍の僕のズボンに震える手で弱弱しく握り締めている。
弱弱しい彼女ができる最善の選択。
それは僕に助けを求めること。
彼女は僕の罪を許してくれる、そういった。
だから、ここで、この土壇場で僕を信頼をしてくれているのだ。
僕の入院中に立てた誓いを再確認するまでも無い。
僕は彼女を守るしかない、たとえこの命が失われようとも。
「理沙、いい加減にしろ!お前が害意を持っている以上、時雨には指一本触れさせないッ!」
その言葉と、時雨の態度とが理沙を完全に爆発させた。
「あはははは、お兄ちゃんは操られているんだよ!だから!その女の呪縛から解き放ってあげるから、もう少しだけ静かにしていてね。」
「それに、私とお兄ちゃんの仲を引き裂いた連中もその女と同じく、お兄ちゃんを操って遊んでいるだけ!だから、そいつらも片付けるからね!
もう後、3000秒もすれば、そうたった3000秒でッ!片をつけるからね、だから、それまでの我慢だよ。」
46 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:22:11 ID:f93AyQ5E
「被告。北方時雨!」
「罪状。強盗罪!傷害罪!恐喝罪!強姦罪!拘束による身体的苦痛!名誉毀損罪!人道に対する罪!
主なものはこれら、まだ余罪は言い切れないほどある!情状酌量の余地なし!控訴は認めない!」
「検察も弁護人も要らない!ただ私、被害者であり裁判官である、私だけが閻魔が如く下されるべき罰をお前に下せるのだ。」
「判決。死刑ッ!死をもって深すぎる罪を償え!もちろん、並みの苦痛で贖えるものではない!」
「死刑執行ッ!」
そういうと、理沙はこちらに駆け始めながら、上着の内ポケットからナイフを取り出し、鞘を捨て、刃の光を煌かせた。
まるで、時が止まったかのような衝撃であった。
それがもう一閃している頃には、あと一秒二秒の内に時雨の命はない、そう確信した。
ここで僕ができることはただ一つ―。
時雨の前面を覆いつくすこと。
そして、時は動き始める。
鈍い音と激しくしぶく血潮によって、その動き始めた時を感じる。
腹に突き立てられた白刃の冷たさも、それすらもすぐに覆い隠した血潮の熱いと感じられるまでの暖かさ、倒れこんだ先のアスファルトが陽光の暖かさを吸った為に現れる生暖かさ、
全てが怜悧なまでの現実味を持って僕に襲い掛かる。
急所ははずしたようだが、臓腑をかなり傷つけた。
もう蝸牛ほども動けまい。
いずれにせよ出血多量で僕は死ぬだろう。
だが、これでよかった。
愛する時雨に信頼されずに死ぬのは嫌だったから。
これこそが僕の取るべき選択だったのだ、そう今では妙な納得がいっていた。
47 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:25:05 ID:f93AyQ5E
しかし、僕が守りたかった時雨がここで一緒に殺されるのは嫌だ。
北方時雨。
生まれながら、苦難の連続で、自分を殻のうちに閉ざし、ただ状況を冷静に静観し、誰からも好かれることなく、それが自分の運命であると信じてきた少女。
彼女はここで生きて、いくらでも生を享受しなければならない。
彼女の新たな人生は時間の経過と共に様々な呪縛から解き放たれて、始まるはずなのだ。
だから、今はただ逃げろ。
それ以外は望まない。とにかく、逃げろ。
理沙の許してくれ、という哀願の声がしたような気がするが、それはもう気にならない。
運命をあざ笑うしか能が無い、残酷な神様とやら、もし、居るんだったら、僕を苦しませろ。
そして、気持ちよく逝けるように走馬灯を見せようなんていう狭小な雅量は決して見せるな。
走馬灯なんかいらない、いいから時雨を助けてやってくれ。
どうせ、神様なんて当てにならないことはわかっていた。
だけど、この期に及んで追いすがってみる。
さして、僕は力を振り絞って叫ぶ。
刺した相手が僕であることに気づいて、断末魔の叫びをあげる理沙を無視して、
寧ろそれよりも声が大きくなるように、出血が多くなることなど厭わずに、腹に力を入れる。
「時雨、逃げろ!逃げて、逃げて、自分の運命に絶望することなく、ただ生きるんだ!絶望だけで人生を終えてやることは無い!
だから、逃げろ!逃げてくれ!」
「嫌ッ!あなたが居ないなら生きていても、意味が無い!だから、私も死ぬわ。だって、私はあなたに命を捧げているのだから。」
感情を高ぶらせて、泣き叫ぶ時雨に優しく諭すように言った。
けれど、もう僕の口には既に逆流した血液が流れ込み始めている。
話す分だけ、血液が流れ出るのは当たり前か。
「時雨、僕に命を捧げたなら、僕も時雨に命を捧げる。…だから、僕は時雨の中で生き続ける。
そうすれば、ずっと傍にいてあげられる。『闇の日は、そう長くは続かないものだよ。だから、自分の生を精一杯享受しなさい。』
これは時雨のお父様が言っていたことだよ。
時雨が死んで誰も喜ぶはずか無い。そう、病院で、入院してる、君のお父様も、」
苦しい。
血が口内に充満し、口角を伝っていた血とは比べ物にならないまでの勢いで血を吐き出す。
「い、生き…………ろ。」
48 :
和菓子と洋菓子:2007/09/18(火) 01:26:54 ID:f93AyQ5E
そう精一杯の力を込めて、言い終わると、時雨は双眸に強い決意を込めて、涙の跡が生々しく残る頭を振って頷き、走り去っていった。
それを見届けたあたりで、再び勢いよ口内に溜まった血が溢れ出た。
気づけば、目の前に血溜りができていた。
気づけば体がすこし軽くなったように感じられる。
おそらく、血液の分だけ軽くなったのだろう。
薄れていく視界。そして、その視界には時雨は既にいない。
下腹部のナイフは抜き取られていない。
だから、段階的に血を放出しているが、これが抜き取られればおそらく、僕はいよいよおしまいだろう。
見れば、理沙は泣きながらも、誰かに電話をかけているようだ。
視界がぼやけつつあるのと同様に、聴覚にも異常をきたし始めているようだ。
しかし、理沙が泣きながら、誰かに僕の応急処置を頼んでいるようだった。
そんな事をしても無駄だ。もう間に合わないだろう。
しかし、ここで誰かに僕を任せたとすると、理沙は時雨を追うつもりのようだ。
「り…さ、や…め………ろ。し……ぐれ…を……殺さ…………ない…で、く、れ。」
「お兄ちゃん……ごめんなさい。」
ただ、薄れ行く視界の先に、闇の中に理沙の姿が消えていくだけだった。
以上です。
パソコン様が大往生なされた為、なかなか投稿できませんでした。
次回くらいに終わると良いなぁ、そんな感じです。
では、また。
リアルタイムGJ!!
GJ!どんな最後になるのか楽しみだ
すいません、4ヶ月ほど来てませんでしたが久しぶりに投下します。
久しぶりすぎて鳥が違うかもしれませんがその際は別人ということで。
53 :
(仮称)まなみ:2007/09/18(火) 02:39:38 ID:dBF1t/59
相川まなみには最近気になる男性(ひと)がいる。
麻枝春彦。この夏限定のヘルプとして本店から派遣された同僚。
まなみの働くファミレスは小さな港町にある。大都市間を結ぶ国道沿いにあるので
儲けはそれなりだが、基本的に店は閑散としている。そのため、海水浴客でにぎわう
夏以外はたった4人の従業員しかいない。
そして夏。今年も恒例の本店よりヘルプ従業員がやってきた。今年のヘルプは非常
に珍しい男性従業員。現在チェーン店全体でも3人、一人は本社づとめなので実質2人
しかいない貴重品である。
まなみたちの店への派遣は通常「島流し」と呼ばれ、全店舗からくじ引きで決めら
れる。ところが今回来た春彦は自ら志願してきたというのだ。気にならないはずがない。
「お・に・い、さんっ♪」
まなみは倉庫で在庫チェックをしていた春彦に声をかけた。
「まなみちゃん、なにかな?」
「おにいさんは、どうしてここに来たんですか?」
春彦がここに来て1週間。まなみは幾度となく春彦へぶつけてきた質問を繰り返す。
春彦の答えはいつもは愛想笑いをするか、「そんな気分だった」というだけだった。
しかしこの日は違った。
「まなみちゃん、そんなに気になる?」
「気になりますっ!」
まなみは即答する。
「だって、おにいさんのこと、来たときからずっと気にかけてたんですよ?!店に来て
からずっと、お客さん相手の作り笑い以外にお兄さんの笑った顔見たことないし・・・」
「そう言ってくれると、うれしいな・・・」
そういうと春彦は笑みを浮かべた。今までまなみに向けてきた愛想笑いとは違う、
心の底からといった風な笑いだった。
「実はね」
春彦は真顔になってまなみに語りかける。
「俺・・・失恋したんだ」
「・・・!」
まなみは口に手をやって驚いたしぐさをした。自分は触れてはいけない何かに触って
しまったのではないか。
「ご、ごめんなさい!」
謝るまなみ。春彦はまなみの頭に手をやってなでなでしてやる。
「いいよ。事実なんだし」
一度話を切り、手を下ろすと春彦は話を続ける。
「本店ではね、幼馴染の女の子といっしょに働いてたんだ」
「幼馴染?」
「近所に住んでた子でね。小学生以来の付き合いさ・・・付き合い『だった』か」
そういうと春彦はため息を一度ついた。
「つまんないことで喧嘩しちまってね。それから口を利いてくれなくなって」
「えぇ・・・」
「こっちも頭にきて、つい応募しちまったんだ、島流しに・・・あ!」
そこまで言って春彦は自分が失言をしてしまったことに気がつく。まなみは地元採用の
女の子なのだ。
「ご、ごめん!!」
「いいですよ、これでおあいこですね、おにいさん♪」
まなみは笑みを浮かべると今度はまなみが春彦をなでなでする。
「あ、うん、ええと・・・そのあとね。さや・・・ああ、あいつの名前なんだけど、
俺が応募したのを見て、『よかったね♪』ていいやがって。見送りには来てくれたけど、
俺が電車に乗るとにっこり笑って手を振ってやがった・・・」
「ひどいです!」
まなみは声を荒げて言った。
「いくらなんでも、お兄さんがかわいそうすぎます!」
「ありがとう」
春彦はもう一度まなみに向かって微笑んだ。
「よーし、今日はおにいさんにまなみがおごっちゃいます!・・・といってもこの店で
ですけどね」
「おいおい、無茶しなくてもいいよ・・・」
「いーや!まなみもなんかむかついてきました!今日はおにいさんもまなみも早番です
から、晩ご飯いっしょに食べましょう!」
「おーい、まなみさーん・・・」
「い・い・で・す・ね?!」
人差し指を立てて春彦に詰め寄るまなみ。
「は、はひ・・・」
「では!おしごとがんばりましょー!」
そう言うとまなみは倉庫を出て行った。
「まなみちゃん、か・・・」
春彦は一人残った倉庫の中でつぶやいた。
「すごい勢いの子だな・・・」
「え、ええと・・・、まなみさん?」
「はい?」
仕事が終わり、春彦とまなみは職場のファミレスに客として来ていた。
「その・・・えっと・・・頼みすぎじゃない?」
二人の座ったテーブルの上に料理が並んでいた。それだけならごく普通の光景。しかし、
その数が尋常ではなかった。
プレーン、チーズ、おろし。ロコ・モコ、照り焼き、包み焼き。キノコソース、カレー、
鉄板焼き。店においてあるハンバーグが全種類机の上に存在していた。
二人のテーブルを歩く人が見ては引きつったような笑みを浮かべて通り過ぎていく。
「いつもコレぐらい頼んじゃうんです♪あ、お金は大丈夫ですよ?」
「いや、そういう問題じゃなくて・・・あの・・・残すのはもったいな・・・」
「コレぐらい普通頼みませんか?」
「しないしない!!」
ていうか全部食う気かよ。春彦はまなみの発言が正気とは思えなかった。まなみの身長は
150CMもなく、どう考えてもその体の中にこれらのものが入るとは思えな・・・
「んぐんぐ・・・やっぱり仕事した後はおなかすきますね。おにいさん食べないんですか?」
「・・・!」
気がついたらもうプレーンとおろしハンバーグが皿から姿を消しており、まなみは3つ目の
照り焼きに取り掛かるところだった。
「やっぱりまなみはハンバーグが一番好きだな♪お兄さんは何が好きですか?」
「あ、ああ・・・俺はから揚げかな・・・」
春彦が頼んだのは骨付きから揚げ定食というものだった。まぁ、中身は読んで字の如し。
「あ〜おいしそうですね〜♪いただきっ!」
「あ、こら、まなみちゃん!!」
まなみは3つ目を終えて4つ目のカレーに向けていた箸を春彦のから揚げに目標変更した。
ぱくっ。もぐもぐもぐもぐ。ばりばりばりばり。
あっという間にから揚げは姿を消した。・・・あれ?春彦はなんか違和感を覚えたが
そのまま食事を続けることにした。
「おにいさん♪」
まなみは5つ目の鉄板焼きに手をかけようとしていた。
「さっきのから揚げの件、ゴメンナサイ」
「あ・・・うん、いいよ」
「お・わ・び・に、まなみの鉄板焼きを半分、あげちゃいます♪」
「あ・・・いいよ、そこまでしなくても」
「いーや!あ・げ・ま・す!」
顔こそ笑っていたがまなみのすごい剣幕に春彦もうなずく。
「ではですね・・・おにいさん・・・目をつぶってくれますか?」
「あ・・・うん」
言われるままに目をつぶる春彦。・・・なんで目をつぶる必要があるんだろ?
「次にぃ・・・口をあけてください。はい、あーん♪」
「・・・あーん」
口をあける春彦。あ、そうか。箸で口に入れてくれるんだ。春彦はそう思った。
しかし次に来たのは予想の斜め上を行く事態だった。
ぶちゅ。もごもごもごもご、ぐにぐにぐにぐに・・・。
まなみは口移しでハンバーグを食べさせてきたのだ。しかし物は鉄板焼き。つまり。
「あぢあぢあぢあぢあぢあぢあぢあぢ!!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!おにいさんゴメンナサイ!」
口の中にハンバーグ半個分、それもアチアチを詰め込まれたのだ。
「みづみづみづみづ!!」
「はいっ!」
ごきゅごきゅごきゅごきゅ。
同僚に持ってきてもらった中ジョッキいっぱいの水を飲み干す春彦。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
「ごめんなさい、おにいさん!まなみ、ドジっ子だから・・・」
そういう問題か?春彦はこの小さな同僚の頭の中を知りたかった。ていうか。
「まなみちゃん、コレ熱くなかったの?」
「まなみ、熱いの平気なんです。おうちがお肉屋さんだからかな?」
「・・・ソレ関係あるの?」
「余り物で焼肉したりとか。ほら、お肉って火を通さないと食べられないでしょう?」
「いやそりゃそうなんだけど」
そういってる間もまなみのフォークとナイフは止まらない。既に鉄板焼きは姿を消し、
6つめのチーズが既に半分になっていた。やがてチーズも姿を消し、包み焼きに手を
出そうとしたまなみだったが、少し考えて店員を呼ぶベルを押した。現れた店員に対し。
「あ、ごめんなさい。骨付きから揚げのおかずだけ追加〜!」
「まだ食べるの?!」
既に店中の客から注目の的である。正直、春彦はもう店を出たかった。
骨付きから揚げが現れるころには最後のロコ・モコが姿を消そうとしていた。
「あ、早かったな〜♪」
「は、ははははは・・・」
もう乾いた笑い声しか出ない春彦。まなみはロコモコの丼を空にするとから揚げに
取り掛かった。
ぱくっ。もぐもぐもぐもぐ。ばりばりばりばり。
相変わらずものすごい勢いで消えていくから揚げに春彦は呆れるばかりであった。そして、
春彦は先ほど抱いた違和感の正体に気がつく。
皿に、骨が、ないのだ。
「ま、ま、ま、ま、まなみちゃん!!」
「はい?」
9個もあったから揚げを秒殺したまなみは紙ナプキンで口を拭いていた。その目の前にある
皿には何も残ってない。そう、何も。
「まなみちゃん・・・鳥の骨は?」
「普通食べちゃいませんか?」
まなみがあっけらかんといった言葉に春彦は言葉を失った。
「鳥の骨って歯ごたえあっておいしいんですよね♪」
「・・・・・・そ、そう・・・なの?」
「けどまなみは牛さんの骨のほうが好きかな?あの骨髄のゼラチンがすきなんですよ〜♪」
とても人類の発言と思えない言葉を口にするまなみ。
「さっきも言ったんですけどぉ、まなみはおうちがお肉屋さんなんです。だから家の中に骨が
転がってて。暇なときカジカジしてたら食べられるようになったんですよ?」
「あ・・・ああ・・・」
「まなみ・・・変な子なのかな・・・?」
ちょっとしょげ返るまなみ。
その姿を見て春彦は言おうとした『アンタ絶対前世ティラノザウルスだよ』という突っ込みを
飲み込んでしまった。
「いいいいいいいい、いや!まなみちゃんはおかしくないよ!うん!普通の、かわいい、
女の子だよ!」
「本当ですか!」
先ほどの暗い顔から一転、満面の笑顔を浮かべるまなみ。
「おにいさん、だいすきです!」
その後。店を出た二人は同じ方向に向かっていた。
「今日は夜だというのに暑いですね〜。汗かいちゃう・・・」
「ねぇ・・・まなみちゃん?」
「はい?」
「俺・・・これから帰るんだけど、まなみちゃん家こっちだっけ?」
「えへへへへ・・・実は・・・」
まなみは両手の指を組んでもじもじする。
「おにいさんのぉ・・・お部屋をのぞいてみたくてぇ・・・」
「え゛っ!?俺の、部屋?!」
正直言って、部屋には入れたくなかった。男の一人部屋、部屋は荷物が片付いてないし
女の子には見せられないもの(主にエロ本)もある。
「いや・・・ほら、男の部屋って汚いしさ・・・」
「汚い部屋なんて気にしません!男の人の部屋なんですから、その・・・え・・・、えっちな本とか
あると思いますけど・・・まなみは気にしません!どんな本があってもおにいさんを軽蔑したり
しません!」
男にとってはそのほうがショックなのだがまなみの不退転の決意に引いてしまい春彦はまなみを部屋に入れることにした。て言うか断ってもそのまま上がりこんできそうだ。
「わー、これがおにいさんの部屋なんだ〜」
「荷物、まだ片付いてないんだけどね」
春彦の部屋は4畳半の部屋にキッチンとトイレ兼用バスルームがあるだけだった。
たぶん荷物が入ってるのだろうダンボールは封もとかれずに部屋の片隅に5〜6個積んで
ある。
「おにいさん、まなみ、汗かいちゃった。シャワー借りれますか?」
「汚いよ?」
「おにいさんが汚いはずありません!」
「・・・あ、ああ」
まなみの剣幕に押され春彦はまだ封を切られてなかったダンボールの箱をひとつ開け、
中からまだ使ってないバスタオルを取り出しまなみに放り投げた。
「おろしたてだから綺麗だと思うよ」
「わぁ、ありがとうございます♪」
まなみはバスタオルを受け取ると大仰におじぎした。そしてまなみは服を脱ぎだす。
それを見て春彦はびっくりして後ろを向きテレビをつける。
衣擦れの音。扉を開ける音。閉める音。シャワーの水音。そしてまなみの鼻唄。
春彦はテレビを見ていたが、何の番組なのかすら全く頭に入ってなかった。振り向く寸前に
見た小さなブラ。パンティ。それらを思い出しエロティックな興奮状態だった。それと同時に、
『それは犯罪だろ!!』と心のどこかから突込みが入っていた。やがて。
「おにいさーん、でましたー」
「おーう・・・って、おわぁっ!!」
風呂から出てきたまなみの姿はバスタオルで体を隠しただけだった。
「ま、ま、ま、まなみちゃん!!」
「ん?どうしました?」
「かっこかっこかっこかっこ!!!!」
「え、あ、そっか!」
まなみは両手でひとつ拍手をうつ。
「だってぇ・・・あついんだもん・・・」
「だからって、まなみちゃん!」
さすがに怒った口調になる春彦。
「も、も、もし!おれ、俺がっ!へ、へ、変な気に、な、なったら、どうするんだ!!」
「へ・ん・な・き?」
まなみはじりじりとにじり寄ってくる。まなみに対し思わず後ずさりする春彦。
「お・に・い・さん?えーい!!」
まなみはいきなり眼前まで近づくと春彦をつきとばした。思わず万年床に転がる春彦。
「ま、まなみちゃん?!」
まなみはこれまでの女の子女の子した口調から一転、妖艶なそれに変わる。
「おにい、さん?」
まなみはそのまま春彦の上に四つんばいになる。片手を床に着き、春彦に向かい合う。
「まなみね、シャワー浴びてる間、ずっと、お兄さんのこと考えてたんだよ?」
まなみは手をついてないもうひとつの手で自分の体を覆っているバスタオルをはずした。
小さな、膨らみかけの胸。無毛の股間。恥丘は存在せずクレパスがそのまま姿を現していた。
そして股間から糸を引いた雫が。シャワーの拭き残りの水でも、汗でもない、雫。
「おにいさん・・・まなみを、いっぱい、いっぱい、食べていいんだよ?」
その後、まなみは春彦の部屋に入り浸り・・・を通り越し半同棲の状態になる。昼は一緒に働き、
夕方はまなみの健啖ぶりに驚愕し、夜はまなみを食らう。そんな生活が一週間ほど続いた。しかし
そんな甘い生活は突如終わりを告げる。
ある日の夜、春彦にかかった電話。まなみのいる部屋を出て行き、廊下でひそひそと話す春彦。
部屋に帰ってきた春彦に告げたまなみの一言。
「おにいさん・・・うそでしょ?いまの、電話、どこの、雌豚、からなの?」
投下終了。オチ読めたなんていわないでorz
>>49 >>58 GJです。
まなみ(;´Д`)ハァハァ
皆さんの力作の後で恐縮ですが
僕も>>4-
>>10の続きを投稿させて頂きます。
その日、事件が起きた。
俺のちっぽけな人生の中で、未だかつて経験したことのない大事件だった。
その日の朝。俺はいつものように朝寝坊をして由香里に叩き起こされ、夢うつつのまま学校へと向かった。
そしていつものように教室へ向かい、いつものように席に座り、いつものように授業を受けた。
しかしその日の昼休みだけは、いつものようではなかった。
さて、今日の昼も健やかに惰眠を貪ろう。
そう思って机に突っ伏そうと思った矢先、俺を呼ぶ声がした。
声の方を振り向くと、教室の入り口に見かけぬ女子生徒がいる。
「笹田先輩! ちょっといいですかー?」
元気よく俺を呼ぶ女子生徒。「先輩」ということは、この子は一年生か。
俺は戸惑いながら彼女の方へ歩くと、気弱な返事をした。
「えっと…。何かな?」
「先輩、ちょっとお時間いいですか?」
元気いっぱいに尋ねる一年生。その爛々とした目に押され、用を尋ねることも忘れて生返事をしてしまう。
「あ、うん。いいけど…」
「じゃあ、一緒に来て下さい」
その子はそれだけ言うと、俺の手を引っ張って歩き出した。
「え、ちょっと…。どこ行くの?」
「いいから、ついて来てください」
有無を言わさぬ押しの強さに、何もいえない俺。
下級生を相手に我ながら情けないものだと思いながら、そのまま引かれていった。
連れて行かれた場所は、体育館の裏だった。
「あの、こんなところに来てどうするの?」
何とも古典的且つベタなスポットへと来てしまい、俺は彼女に尋ねた。
すると彼女はくるっと俺の方へ振り返り、にこっと笑った。
「じゃあ、わたしはこれで」
そう言うと、なんと彼女はすたすたと立ち去ってしまったではないか。
「え、いやちょっと待って…」
俺の声は届かない。彼女は見る見るうちに遠くへ行ってしまう。
「…何なんだ、これ。嫌がらせ?」
この状況にどう対処してよいか分からず、呆然と立ち尽くす。
しかし、そうしているうちにあることに気づいた。
「……!!」
足音だ。そう遠くないところから、足音が聞こえたのだ。
足音はどんどんこちらに近づいてくる。
俺は心臓が高鳴るのを感じた。
何なんだ、一体。まさか校内で美人局…? いや、そんなはずはない。ていうか第一俺は何もしてないし…。
軽くパニックに陥った頭でそんなことを考えながら、俺は近づいてくる足音を待った。
しかし、そこに現われたのは、俺の予想外の生物だった。
「せ、先輩…」
ひょこっと俺の目の前に現われたのは、小柄な少女だった。
彼女はなぜか頬を赤く染め、俯きながら近づいてきた。
「え、えっと…。君も一年生?」
「は、はい…。一年の中島といいます」
「さっきの子は、君の友達?」
「はい。あの、わたしが頼んで、先輩を連れてきてもらったんです」
中島という女子生徒は、落ち着かない様子でそう言った。
「そう。それで…何かな?」
そう尋ねると、彼女はまた俯いて黙り込んでしまった。
「………」
…さて、どうしたものか。俺まで気まずくなってしまう。
しかしいつまでもこうしていても、らちがあかない。
第一、俺の貴重な睡眠時間を削ってここに来ているのだ。これでどうでもいいような用事なら困る。
俺は先を急かそうとして口を開きかけた。
「あのさ…」
「先輩、好きですっ!!」
俺が話そうとしたその瞬間、そんな言葉のピストルが俺の脳天を貫いた。
多分、時が止まった。
あまり覚えていないが、数秒の間、俺は呆然と立ち尽くしていたと思う。
やっとの思いで我に返ると、俺は慌てて喋りだした。
「え、あの、いや…。え? その、あーっと…。マジで?」
なんだかよく分からない出来事に混乱した俺は、なんだかよく分からない言葉を発した。
「本当です!! わ、わたしと付き合ってくださいっ!!」
彼女は先ほどまでとはうって違い、俺の目を真っ直ぐと見据えた。
そんな気迫に、思わずたじろいでしまう。
ただでさえ生まれて初めての体験に、脳が追いついていない。ここは一旦落ち着いて考えるべきだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は小さく深呼吸を繰り返した。
数分が経っただろうか。
俺は冷静さを取り戻すと、じっくりと考えていた。
この場の空気に流されないように、一番良い答えを見つけれるように、いつになく真剣に考える。
そしてゆっくりと口を開いた。
「あのさ…、俺なんかのどこがいいの?」
「えっと。気の弱そうなところとか、ちょっと頼りないところとか…」
中島さんは照れたような表情で言った。
なんかあまり褒められた気はしないが、それでも彼女の気持ちは本当らしい。
俺はもう一度考えると、一つ息をついた。
「…ごめんね」
その言葉を聞くと、彼女の顔に絶望の色が広がった。
みるみるうちに瞳に涙が溜まっていく。
「…なんでですか?」
彼女は震えた声で尋ねる。
「俺は君のことよく知らないし、…やっぱり急には無理だよ」
適当なことを言って誤魔化しても仕方がない。俺は正直な気持ちを口にした。
それからまた数分が経って、彼女はか細い声で「分かりました」と言って、泣きながら走っていった。
「はぁ…」
緊張が切れて、大きなため息をつく。
初めてのことに何がなんだか分からなかったが、ひょっとして勿体無いことをしてしまったのかなと、未だ冷めない頭で思った。
教室に戻ろうと歩き始めた頃、昼休みの終わりを告げるチャイムが響いた。
その日の先輩は、なぜか機嫌が悪かった。
放課後、珍しく部活に顔を出すことにした俺は美術室へと向かった。
また何か絡んでくるかと思いきや、俺を見た先輩は「あら、来たの」とそっけない態度をとる。
無愛想なのはさほど珍しくないのだが、いつもはもっと辛らつな感じで攻撃してくるはずなのだが…。気のせいだろうか。
まあ、それはさておき部活に集中だ。どうやら今日は人物画のデッサンをするらしい。
しばらくして顧問の若槻先生が来て指示があると、部屋の中心に置かれた台の上にモデルを立たせ、他の部員でそれを囲んだ。
俺はたまたま先輩の隣だった。いつもと違う様子が気にならないこともないが、とりあえず集中してデッサンを始めることにした。
静かな部屋の中、カリカリと鉛筆の擦れる音が響く。
少し疲れた俺は、手を止めて一息入れることにした。すると、隣にいる芳野先輩が俺を見ていることに気づいた。
「…あんた、一年生の子に告白されたんだって?」
「え…。な、なんで知ってるんですか?」
「みんな知ってるわよ。結構うわさになってたから」
カリカリと鉛筆を動かしながら、先輩は言った。
沈黙が流れるが、何秒かすると先輩はまた鉛筆を止めてこちらを向いた。
「で、どんな子だったの?」
「どんな、ですか?」
そう言って少し考え込む。
「うーん。割りと背の低い子だったかな。っていっても先輩とそんなに変わらないですけど。…まあ、なんていうか結構可愛かったと思います」
「そう」
先輩は自分で聞いておきながら、興味なさげにそう言った。
そしてまた鉛筆を動かし始める。…と思ったら、また止めて口を開いた。
「なんで、断ったの?」
核心を突く質問に一瞬驚くが、俺は素直に答えた。
「まあ、知らない子にいきなり付き合ってって言われても…。やっぱりそういうのは好きな相手じゃないと」
「…そう」
先輩はそう言うとまた鉛筆を動かし始めた。
今度は本当にデッサンに戻ったようで、時間が終わるまで何も話さなかった。
どのくらい経っただろうか。
かなり疲れが出始めた頃、若槻先生が手首の時計を見て「そろそろ休憩にしよう」と指示した。
みんな集中していたのだろう。かなり疲れた様子で、それぞれ休息を取りだした。
俺はふと先輩を見る。
先輩は心ここにあらずといった感じで、ただぼうっと自分の描いた絵を眺めていた。
さっきは色々と聞いてきたが、もしかして俺のことと何か関係があるのだろうか。
「……そんなわけないか」
ふと窓を見ると、外は暗くなり始めていた。
部活を終えた俺は、少し重い足取りで玄関へ歩いていた。
やはりたまにしか顔を出さない幽霊部員には、あの長時間の集中は厳しい。
今日は早く帰って、風呂でも入ってさっさと休もう。そう思いながら歩いていると、靴箱のあたりで見知った後姿を見つけた。
やや小柄で、細身の体の腰あたりまである自慢の黒髪が、さらさらと揺れている。
「委員長。今から帰り?」
俺が後ろから声をかけると、その背中はびくっと驚いた。
「さ、笹田くん。びっくりした…」
振り返った委員長は、胸に手を当ててそう言った。
「あ、ごめん」
そんなに驚くとは思わなかった俺は、反射的に謝る。
「あ、ううん。いいの。笹田くんも今から帰り? よかったら途中まで一緒に帰りましょう」
そう言って微笑む委員長に、ノーとは言えない。
俺たちは玄関を抜けて、薄暗くなった道を一緒に帰ることにした。
しばらく一緒に歩いていると、委員長もどこか様子がおかしいことに気づいた。
なにか落ち着かない様子で髪を触ったり、メガネをかけ直したり、とぎこちない。
「委員長。どうかしたの?」
そう尋ねるが、委員長は答えずに下を向いて何かを考え始めた。
しばらくすると、委員長は意を決したように重い口を開いた。
「あ、あのっ。笹田くん、一年生の子に、その…」
「…ああ、委員長も知ってたんだね」
「えっと、その…。振っちゃったの?」
委員長は腫れ物に触るように、恐る恐る尋ねた。
「ん、まあそうなるかな」
隠してもしょうがないので、俺はありのままを話した。
「やっぱり、全然知らない子とそういうのはダメかなって思って」
そう言うと、委員長は「そうなんだ」と小さく呟いた。
それにしても、こういう話に興味があるなんて委員長もやっぱり年頃の女の子なんだな、と俺は妙な感心をしていた。
いつも控えめで地味なところもあるけど、この子も誰か男を好きになったりするのだろうか。
「そういえばさ、『俺のどこがいいの』って聞いたら『気弱そうなところ』とか言うんだよ、その子」
どことなく静かな空気になってしまったので、俺は冗談交じりな口調でそう話した。
しかし、委員長の反応は俺の期待したものではなかった。
「分かるな、それ」
「え? ここ笑うとこなんだけど…」
「でも、なんとなく分かるの」
委員長は静かに笑いながらそう続ける。
「笹田くんって、何となくそんな感じ。母性本能をくすぐるっていうか…。ね」
優しく微笑んだ彼女を見て、俺は一瞬ドキっとした。
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
委員長もこんな顔をするのか…。
なんだか今日は、女性には色んな顔があるということを勉強したような気がした。
「ねえ、誠。由香里の帰りが遅いんだけど、知らない?」
家へ帰りテレビを見ながら食事をとっていると、キッチンから母の声がした。
「いや、知らないけど」
もぐもぐと飯を口に押し込みながら答える。
「あいつだってもうそんな子供じゃないんだし、ちょっと帰りが遅いくらい心配ないよ」
「そうだといいんだけどねぇ」
洗い物をしている母が背中を向けたまま答えた。
すると、リビングのドア越しに玄関の扉がガチャリと開く音が聞こえた。
「ただいまー」
「ほらね」
由香里が慌しく部屋の中へ入ってくる。…なにやら小さな体にたくさんの荷物を抱えて。
「遅かったじゃない、由香里」
心配していた母がそう言うと、由香里はふて腐れたように答える。
「だって買い物してたら荷物多くて大変だったんだもん」
そう言いながら荷物をどかっと下ろしていく。おそらく洋服や本、化粧品などの入った紙袋やバッグが幾つも転がった。
「この間お兄ちゃんに荷物持ち頼もうと思ったけど、ダメだったからさ。今日は一人で頑張ったよ」
「ん? それなら今日誘えばよかったのに」
おかずのハンバーグを頬張りながらそう言った俺を、由香里はなぜか冷ややかな目で見た。
「お兄ちゃんは今日は幸せの絶頂だろうから、そっとしてあげようと思ったの」
「幸せの絶頂…?」
一体なんの話だろう。そう思って記憶を辿ると、昼休みのことが思い当たった。
「…あぁ、お前も知ってたのか」
「当たり前じゃない。隣のクラスの子だもん」
そう話す由香里は、どこか機嫌が悪そうだ。
「本当に物好きよね。よりにもよって、なんでお兄ちゃんなのかしら」
「まあ、あれかな。俺の秘められたカリスマ性に引き寄せられたんじゃ…」
「バカじゃない?」
な、なんて可愛げのない…。
まったく、昔はあんなに可愛かったのに。思春期の娘は難しいものだ。
そんなことを考えながら、俺はテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。
この時間なら確かどこかの局で音楽番組があっただろう。
別に俺は見たい訳ではないが由香里が見たがるだろうと思い、チャンネルを回した。
その時だった。
『……先ほど入ってきたニュースです。河崎市内の高校生、中島伊織さん(16歳)が下校中、自宅近くの道路で
何者かによって腹部をナイフのような物で刺され、倒れているのを付近の住民によって発見されました。
中島さんはすぐに市内の病院に運ばれ、現在意識不明の重体です。現場では現在警察が捜査を行っています。
それでは現地のリポーターに様子を伝えてもらいましょう……』
その日、俺のちっぽけな人生の中で、未だかつて経験したことのない大事件が起きた。
そして、本当の事件が起こった。
「9/18 火曜日」
どうして。
どうしてみんな邪魔をするの。
わたしがあの人を愛しているのに。
わたしが一番、あの人を愛しているのに。
誰も近寄らせない。
わたしがあの人を守ってあげる。
あの人に近寄る女がいたら、わたしがあの人を守ってあげる。
そう。今日みたいに。
どうしてみんな、わたしたちの邪魔をするんだろう。
どうして。
以上、今回分終わりです。
なるべく早く完結させれるようにしたいと思います。
あ、できれば病んでるのが誰か分かっても内緒にしておいて下さい(^^;
普通に意識せず読んだら全員犯人っぽく思えてしまった俺
二回目は伏線とかに気を付けて見てみるか…
とにかく乙でした
68 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/18(火) 04:24:30 ID:cFzzX8EN
乙でした
面白かったです 早く続き読みたい……
俺的には妹がヤンデレかな〜?と思ったり だけど全員ヤンデレってことも……?
続きにwktk
>>58 GJでし
Piaキャロ3思い出した
>>66 GJぃ
続きwktkして待ってます
投下ラッシュktkr
作者さん達乙です
やはりヤンデレには刃傷が付き物なのか……ガクブルしつつもwktkが止まらないw
付き物ではないと思うけどなあ…
あった方が面白いと言えば面白いがw
鍋とバインダーでのし上がったお方もいるわけですし
彼女の場合は依存ぶりや献身ぶりだと思うよ
葵の方ごっすんでしたー
早めの宣言を心がけるといいと思います
咲夜のスペルはとても強いものがそろってるので
相手のライフ5割くらいなら2回攻めれば終わらせることもできたりします
なんという誤爆orz
>>76 死んじゃえばいいんだー!
↓
死んじゃえバインダー!
空鍋様のありがたいお言葉ですよ
78 :
羊と悪魔:2007/09/19(水) 00:35:10 ID:zx7wJDLP
高校生活のリズムにも慣れてきた五月、私はある悩みを抱えていた。
何故だか知らないが、私の所持品がすぐに消えてしまうのだ。
教科書、シャーペン、消しゴム、ボールペン……気がつくとそれらがあるべき場所から消えている。
「それさぁ、絶対ストーカーだよ」
理子がけらけらと笑いながら言う。本当にストーカーなら笑い事ではない。
「希美子は美人だからね、なんかそういうの連れてくるフェロモンとか出してるんじゃないの?」
玲が真面目そうな顔で、そんなことを言い出した。先ほどまで読んでいたブ厚い美術史の本を閉じて、私の顔をじぃっと見つめる。
「あー、希美子ってなんか女王蜂って感じよねー」
女王蜂ってどういう感じなのよ、とスナック菓子を頬張っているのぞみにツッコミをいれつつ、私はいつ失くしたのか、もしくは誰が盗んだのかを考えた。
しかしいざ考えようとしても、さっぱり答えは出ない。
いつ失くしたか憶えていないのだから、どこで失くしたのかもわからない。誰かが盗んだとしても心当たりはない、はず。
それに理子が言うようにストーカーだとしても、私にはそんなストーカーの気配など微塵も感じないのだ。
「これ、希美子」
「あてっ」
玲が、持っていたブ厚い美術史の本でチョップしてきた。
「あんたはあんまり難しいこと考えんな。あんたの心配はあたしたちがするから、あんたは自分の心配はしなくていいのよ」
無茶苦茶なセリフだけど、玲の表情はいたって真面目だった。
その真面目そうな顔があんまりおかしくて、私はついつい噴き出してしまった。
「ぷっ。あはははははははは!」
「何笑ってんのよ」
「いやごめん」
むくれてる玲の顔を見ていたら、ものが失くなったことなどどうでもよくなっていた。
玲ははげましたつもりだったんだろうけど、はげまし以上に心が満たされた。玲は、いい人だ。
「あ、そだそだ」
食べ尽くしたスナック菓子の袋を丁寧に折りたたみながら、のぞみが今思い出したらしい話題を語りだした。
「あの赤い髪のコ、なんだっけ名前、えーと……」
79 :
羊と悪魔:2007/09/19(水) 00:44:37 ID:zx7wJDLP
きみこちゃんと違うクラスになりました。
とても悲しいです。
やたらと私に他人たちが話しかけてきます。親友はきみこちゃんだけです。話しかけないでください。
私は悪魔ですから、あなたたちを食い殺しますよ?
そんなことを言っていたら、いつの間にか誰も私に話しかけないようになっていました。ありがたいことです。
カールクリノラースくんはそんな私をじぃっと見て、何も言いません。
きみこちゃんが他人と話しているのを見かけました。
とても悲しいです。
きみこちゃんは私の親友です。私の親友はきみこちゃんだけです。
そんなきみこちゃんが知らない他人と話をしているのを見るたびに、私の喉と胸が、針を刺されたように痛みます。
この感情は一体なんでしょうか。
いらだった気持ちのまま家に帰り、無言の父と母の横を通り、自分の部屋に入って鍵をかけます。
物で溢れかえる鞄を勉強机に置き、学校の制服を脱いで放り投げます。放り投げた制服は私の足元に落ちて、ここは自分の領地であるかのように裾を広げていました。
下着も脱ぎ捨て、ベッドに倒れこみます。暗い部屋の中で冷えた毛布の感触が、私の肌に直に伝わります。
女性には性感帯というものがあるそうなのですが、私が感じるものはこの心地よい冷たさだけです。自ら裸体を晒すあの他人たちは、この心地よい冷たさを知っているのでしょうか。
きみこちゃんは、この冷たさを知っているのでしょうか。
何故でしょうか、きみこちゃんのことを考えるたびに、冷たさが消えていく気がします。けれどそれもまた心地よくて、私はきみこちゃんのことばかり考えているのです。
いつかきみこちゃんをこの部屋に連れてこよう。私はそう思いました。
この暗い部屋に。この暗がりで冷えた、ゆりかごに。
カールクリノラースくんと私だけの部屋に。
私は一糸も纏わない自分の身体を抱きしめて、何がおかしいのか自分でもわからないまま、ただただ笑い続けました。
羊と悪魔、続きです。遅筆で申し訳ありません。
そろそろ何か事件が起きそうな気がしないでもありません。
>>80 GJ!!
いい雰囲気です
続きが気になる
>>77 なるほどな
そろそろあれぐらいのヤンデレアニメを見たいものだ
>>80 GJ
続きを待ってるぜ
前スレにあって『ヤンドジ』をそのまんまSSにしてみました。
少女は、ポケットから刃物を取り出した...
そしてその刃を突き出しターゲット目掛けて突進した。
「えぇ〜い、成敗!!」ポキッ
少女の刃物は、ポッキーのごとく折れた。
「痛っ!もぅ〜またペーパーナイフも持ち歩きながらうろちょろして」
ターゲットは、そう言いながら彼女に近づきて来た。
(あわわ〜こ・殺されるよぉ〜助けて康介くん!!)
「言う事聞かない悪い子はこうだぁ」むぎゅっ
少女は、ターゲットに無理矢理、胸を押し付けられ窒息寸前。
(うぐぐぅ〜助けて康介くん!このままじゃデカ乳オンナにおっぱいで殺されちゃうよぉ〜)
しかし、当の康介少年は、少女を羨ましそう見ていた
(いいなぁ女の子は、ああいう事されてもお咎めがなくて………)
彼女の名前は、犬神萌(いぬがみもえ)。
同級生の山寺康介(やまでらこうすけ)に
思いを寄せる都立天領ノ酒中学校に通うごく普通の女の子。
これは、嫉妬深くてドジっ子な犬神萌のエキサイティングコンバットラブストーリーである
うぅ〜よくも康介くんの前であんな恥ずかしい事を…もう許さないんだから!!
ようやく友人であり恋のライバル(と勝手に認識している)の牛飼くるみ(うしかいくるみ)の
オッパイ圧殺攻撃から逃れる事のできた萌は、新たなる作戦を実行していた。
ここは、給食室。
今日のクラス分の給食はここに配置されているのだ...
そう、萌の新たなる策略とは、くるみの給食に毒を入れ毒殺するという恐ろしい計画なのだ!!
「フフフ、あなたがいけないのよ」
萌はポケットから保健室から盗んできた薬をくるみの松茸ゴハンの中に入れた。
危うし!くるみの運命やいかに!!
「わぁ〜今日は、松茸ゴハンだ!私、松茸ゴハン好きなんだ!」
くるみは、自分のどうでもいい情報をクラスメイトに公開すると松茸ゴハンを貪った。
(さようならくるみ、あなたの最後の言葉は『わぁ〜今日は、松茸ゴハンだ!私、松茸ゴハン好きなんだ!』よ)
しかし、放課後になっても死ぬどころか痙攣さえ起こさないくるみ。
萌は、なぜくるみが死なないか不思議でなりません
「…なんで死なないんだろう?」
そう言いながら萌は、毒薬のビンを眺めていました。
・
・
・
・
・
『カッパ印の正露丸』
萌は、なぜ数多くの作戦が失敗するのか考えました。
―――そしてある事に気付きました。
刃物で刺しても毒薬を飲ませても死なないくるみ。
…そうかわかったぞ!実はくるみは地球外生命体なんだ!!
だから昨日、高所恐怖症を我慢して学校の屋上に連れて行っても怖がらなかったんだ
(ついでにその『屋上から突き落として自殺に見せかけよう作戦は失敗)
などと脳内MMRを展開させる萌。
『宇宙人=人間の康介が好きになるわけがない』という構図から
くるみはもう敵ではないと考えた萌は、今度は、どうやって康介を自分に振り向かせるかを考えた。
振り向かせるだけじゃ駄目!私だけを見て私だけを愛させる方法...
萌が脳内会議を白熱させていたその時!!
「えぇ〜また某国が拉致をした疑いが浮上しました」
たまたま拉致事件のニュースが耳に入った萌は、恐ろしい策略を思いつくのであった。
そうだ!康介くんを拉致して私の部屋に監禁し、私の魅力に気付かせよう
その後、愛し合う二人…そして康介くんと結婚。
『ヤンドジさん』第三部(も続いてないけど) 完!!
しかし、相手は男の子、とても私みたいな女の子じゃ拉致監禁は無理…
なので『拉致』の部分を『家に招いて美味しいご飯でもてなし』に変更。
『監禁』もママにバレたら怒られるので『帰りたくなくなるようにする』に変更。
…完璧だ
これで康介くんの心は私の物―――
「あ、あは、あはは、あ〜っはははははははははははは………」
果たして、康介少年の運命やいかに?
To be continued...
投下終了です。もうちょっとだけ続きます。
とりあえず前回の指摘された句点や中点等を気を付けて書いてみました。
唐突に話す。
思い返したら、ヤンデレっていうジャンルから入ったんじゃなくて、すごくきたキャラが後で「ああ、あれはヤンデレだったのかな」って思ったのが
はじまりだったな。俺の場合は水夏の透子さんだったが。
YOUたちのはじまりはなんだい?
一行空けると読みづらい
21話、投下します。
第21話〜拒絶〜
無言で廊下を突き進む。
香織とかなこさん、あの2人からとにかく離れたかった。離れなければならなかった。
2人を助けず置き去りにしたことの後ろめたさと、自分が何をしでかすかわからない、その2つの理由からだ。
薄情だが、香織はあのまま放っておいても大丈夫だったろう。うつぶせながらも喋っていたし、腕も動いていた。
香織以上に心配なのは、俺が殴ってしまったかなこさんだ。
きっと、窓ガラスの破片で怪我をしているだろう。
あれだけ強く殴ったのだから、もしかしたら肋骨を骨折しているかもしれない。
心配だが、今から引き返すわけにもいかない。俺がまた同じ事を繰り返さないとは言えないからだ。
室田さんが発見してくれるのが一番いい。
連絡がとれればいいのだが、昨日身につけていた通信機は知らないうちになくなっていた。
屋敷の中の電話を使おうにもどこに電話をかけたらいいかわからない。
「本当に他人任せだな……」
こういう場合には、他人や運に頼るよりも自分でなんとかするほうがいい。
いや、今は自分でなんとかすることができないから他人や運に頼るしかないのか。
だが、何もしないでいるつもりはない。他にやらなければいけないことがある。
俺がなぜ、香織やかなこさんを傷つけるようになったのか、その理由を突き止めなければならない。
そのために、今こうやって廊下を早足で歩きながら、ヒントのありそうなところへ向かっている。
目指すは、十本松が使用していた部屋。
あそこに行けばなにかがあるかもしれない。もしかしたら無いかもしれないが、何もしないよりマシだ。
通路の外側の壁には窓がある。窓からは芝生が見える。
緑色の芝生の向こうへ視線を移すと花壇があり、そのまた先には背の高い木々が壁をつくっていた。
屋敷の周囲は木で覆われているようで、長い廊下を歩く間はずっと同じ景色が続いていた。
廊下の突き当たりは右へと折れていた。
右に曲がってしばらく歩くと、廊下の突き当たりへとたどり着いた。今度はそこで行き止まりになっている。
代わりに、ドアがあった。これで見るのは3度目となる、十本松が住んでいた部屋のドアだ。
ノックなしでドアを開ける。
無駄に広大な空間に、本棚が倒れていたのが目に入った。
本棚で隠されていたと思しき壁には扉がある。昨日、華はあのドアから屋敷に侵入していた。
あのドアは外へと続いている。この屋敷を出るならあのドアを使えばいい。
だがまだあのドアのノブには手をかけない。この部屋を調べなければならないからだ。
ベッドの下。何もない。のぞき見た位置の反対側から光が漏れていて、絨毯が続いているだけだ。
クローゼットの中。高級そうなスーツや礼服、コートが大量に掛かっていた。どれも女物ではない。
机の上。本が二冊置かれている。それ以外に目につくようなものはなかった。
本を一冊、手に取る。こっちの本は以前図書館で借りた方の本で、武士と姫の話が綴ってある。
ぱらぱらとめくってみる。前に読んだ時と全く同じ内容で、どこも書き直してある様子はない。
そういえば、この本からいろいろ始まったような気がする。
本を返しに図書館へ行って、かなこさんに初めて会った。
しばらくして大学で再会した。その次に会ったのはこの屋敷だった。
パーティの夜、俺はかなこさんの部屋に連れ込まれ、ベッドに縛り付けられた。
そして、かなこさんに犯された。今でも思い出せるが、興奮よりも恐怖の記憶の方が勝っている。
翌朝には、首を絞められて殺されそうになった。
あの時華が来てくれなければ今頃俺はここにはいなかっただろう。
>>88 むしろ、それは埋めネタとして話すべきじゃないかと
ちなみに自分はコ・コ・ロ…の久遠寺華澄(プレイしたのはVoice版)
そういえば、華は大丈夫だろうか。昨日この部屋でひどいことを言ってしまったが。
俺が、二度と会うな、言っただけでかなり落ち込んでいた。
きっと華にとっては、自分がやった行動は全て俺のためによかれと思ってやったことなのだろう。
その行動がかえって逆の効果をもたらしたと知ったならば、落ち込むのも無理はない。
「だからって、あの言い方はなかったかもな」
ひとりごちる。同時に後悔の念を覚える。
いくら頭に来たとはいえ、もう少し別の言い方があっただろうし、何も言わないで突き放すだけでもよかったのに。
今さら言ったところでどうにかなるものでもないが。
本を机の上に戻し、なんともなしに後ろを振り返る。
すると、部屋の入り口に人が立っているのが目に入った。
「華」
「……もう起きても大丈夫なんですか?」
「ああ」
いつもより伏し目がちに見つめてくる華を正面から見据える。
華に対して後ろめたいものを感じていたから、目を合わせながら喋りたくなってしまう。
「お前こそなんともないのか? どこか体が痛いとか」
「はい。一晩寝たらもう回復しました。それより、昨日はごめんなさい」
華は俺に向けて頭を下げた。なぜ華が謝る?
「私、昨日おにいさんを怒らせるようなことを言ってしまって……」
「気にするなよ。というより、俺の方が謝りたかった。
昨日は、悪かった。もう少し落ち着いてお前と話をしていればよかった」
「もう、怒ってないんですか?」
頷く。
すると、華は安堵したように微笑んだ。華のこういう表情は久しぶりに見る気がするな。
少しだけすっきりした。心にかかっていた靄が晴れたような気分だ。
「華は何をしにこの部屋に来たんだ?」
「おにいさんを探してました。おにいさんと一緒にここから出て家に帰るつもりでした。
なるべく人に見つからないように2階を歩いて部屋を開けて回っていたら、
いきなり1階の方からガラスの割れる音がしたので下りてきたんです。
どこで音がしたのかわからなかったから、とりあえず知っているところから廻ってみよう、
と思ってこの部屋に来てみたらおにいさんがいたんです」
「じゃあ、まだ1階の他のところには行っていないってことだな」
「はい。何か知っているんですか? あのガラスが割れた音のこと」
「……いいや」
ガラスの割れる音っていうのは、間違いなく俺がかなこさんを殴ったときに立てた音だろう。
俺がかなこさんを殴った、と華が聞いたらどう思うだろう。
女に手をあげるだなんて最低だ、と言って俺の頬を張るかもしれない。
そうであったらいい。今は誰かに殴られたい気分だ。
「なあ、華」
「なんですか?」
「ああ、いや、やっぱりなんでもない」
俺を殴ってくれなんて、やっぱり言えないな。
言えばおそらく殴ってくれるんだろうが、どうして殴らなければいけないのかと聞かれたら答えられない。
俺がかなこさんを殴ったからだ、とでも言えば、どうして殴ったんですかと問い質されかねない。
どうして殴ったのか、それは俺が一番知りたいところだ。
カッとなってやった、というのとは少し違う感じがした。そもそも十本松が死んで怒る理由というものがない。
あいつが死んだという事実を思い浮かべても怒りは沸いてこない。
少しばかりの悲しさはある。そして悲しさより少し多く、寂しさを感じる。
なんだか、胸の辺りに拳ほどの大きさのボールが入っているような気分だ。
寂しさでできた膜が、悲しさという感情の周りを覆ってできたボール。
ボールは現実感のないもので、胸のどの辺にあるのかはっきりとしていない。
けれど、胸の中に何かがある。拳大のボールの分だけスペースが割かれている。
じいさんが亡くなったときもこんな感じがした。
「華は、十本松が…………死んだって知っているのか?」
「気絶してましたから、はっきりとこの目で見たわけではないですけど、察してはいました。
私が気絶する前、十本松あすかは壁にもたれかかってましたから、たぶんその後で殺されたんでしょう」
「お前はなんで気絶してた?」
「地下室に飛び込んだとき、おにいさん十本松あすかに犯されてるのを見て、私が殴りかかったんです。
それからもみ合いになって、私が先に気絶してしまって」
「そっか。……あいつが死んで、悲しいとか」
思うのか、と聞こうとしたら先に答えを返された。
「思いません。せいせいしてます。あの女は、おにいさんに危害を加えた人間が受けるべき報いを受けたんですよ。
だから、おにいさんが十本松あすかが死んだことを悲しむことはないんです」
「別に悲しんじゃいない。ただ……」
「寂しいですか?」
「まあな。この間知り合ったばかりだったけど、それなりに話もしたし」
ここ最近は色々なことがありすぎたから、印象が強い。
おまけに十本松の服装や喋りや性格、全部がおかしかったせいで忘れようと思ってもなかなか頭の中から消えてくれない。
「そうですか……死んだくせに、あの女はまだおにいさんの心の中にいるんですね」
「そんなにおおげさなものではないけどな」
故人である十本松には失礼かもしれないが、あいつの残滓は風呂場のカビみたいなものだ。
消そうと思ってもなかなか消えてくれない。
「死ぬ直前におにいさんを好きに扱って、そのうえ記憶の中に居座り続けるなんて……図々しい」
「おい、華……?」
華の目が俺を見ていない。睨め付けるような目で、床を見下ろしている。
「どうしたら、おにいさんは十本松あすかを忘れてくれますか?
この部屋が無くなったら? あの女の服を全部燃やしたら? あの女の痕跡を根こそぎ無くせば?」
華は顔を右へ、左へと向けた。まるで部屋を見回すような動きだった。
「それとも……あの女がしたみたいにおにいさんを犯せばいいんですか?」
「それはやめてくれ」
現時点で女二人に無理矢理犯されているされているというのに、
さらに従妹までが加わったら男としての自信がなくなってしまう。
それに華と肉体関係ができてしまったらどうなるかわかったもんじゃない。
親や親戚からの俺に対するただでさえ弱い信頼が、ゼロになる可能性もある。
なにより、ここ最近の華のことを考えるとそこから雪崩式に堕ちていってしまう気がする。
心が堕ちて、二度と逃げられなくなってしまう気がするのだ。
この話はしない方がいい。話をしているだけで思考が泥沼にはまっていく。
「なあ、俺が十本松のことを覚えてたら不都合でもあるのか?」
「私が不愉快なんです。十本松あすかはおにいさんを穢したんですよ?
それなのにいつまでもしつこくおにいさんの中に存在している。
私のことなんか、しばらく会わないだけで忘れてしまうくせに」
「いつ俺がお前のこと忘れた?」
「いつ? ……もう忘れちゃったんですか。やっぱり物覚えが悪いですね。
私がこの町に来て、おにいさんとばったり会ったときにすぐ思い出さなかったじゃないですか」
「あれは……お前も人のこと言えないだろ。俺が名乗るまでわからなかったくせに」
「私はおにいさんの顔を見てませんでしたから。道ばたでいきなり会った男性が優しくしてくれるなんて、
絶対に裏があると思ってましたので。しかもその相手がおにいさんだなんて露ほどにも思いませんでしたし。
それに……見知らぬ女性に対してはとっても優しくするとも、思ってませんでした」
窓から差し込む陽光が華の瞳に反射している。華の瞳が俺をまっすぐに見つめてくる。
なんだろう、話す度に泥沼に嵌っていくというか、追い詰められているというか、そんな感じがする。
別に悪いことをした自覚はない。あの時は偶然道ばたで会った人に手を貸しただけなのだから。
いや……華にとってはそれさえも不機嫌の理由になるのだろう。
たった今、俺との距離を手を伸ばせば届く位置にまで縮めているのが華が不機嫌であるという証拠だ。
「何を考えているんです?」
「別に」
今、お前の機嫌をどうやってよくしようかと考えていたよ。
「嘘ですね。おおかた、天野香織か菊川かなこのことでも考えていたんでしょう。
おにいさんにとっては、私よりあの2人の方が心配ですものね。
昨日、私を病院に置き去りにしてこの屋敷まで助けにくるぐらいなんですから」
「変に勘ぐって変な勘違いするな」
普段は鋭いくせに、どうしてこんな時に限って的外れな勘違いをするんだ。
「そんなに私じゃ不満ですか? そんなに私は魅力がないですか?
おにいさんを助けるためならどんな危険だって冒しても構わないと思ってるのに。
何もしない、ただおにいさんを振り回すだけしか能がない女の方がいいんですか?」
「だから……」
「そりゃ、私は胸が小さいですよ。風呂場で鏡を見る度にそう思います。
だけど胸なんて無駄な部品じゃないですか。年を取ったら垂れてくるんですよ。肩がこりやすいんですよ。
将来のことを考えたら、絶対に私の方がいいに決まってます。間違いありません」
的外れな勘違いの次は、胸の話かよ。
ああもう、なんか返事するのが面倒くさくなってきた。
ただでさえ今はかなこさんをなんで殴ってしまったのかっていう疑問に悩まされているのに。
――あれ。そういえば、今の俺って。
「料理だって、いずれレパートリーが増えますし、上達もします。絶対におにいさんを唸らせて見せます。
だから、お願いです、私を――」
そう言って華が手を伸ばしてきた。手に触れないよう一歩後ろへ下がる。
華に触れられるのが嫌だったわけではない。下がらなければならなかったから下がったのだ。
「そんな……なんで、逃げるんですか……?」
「違う。逃げた訳じゃない。これには深い理由があって」
「どんな理由ですか。そんな深刻な顔して逃げるほどの理由なんですか?」
「ああ。頼むから、今の俺に近づかないでくれ」
「どんな理由ですか? 話してください」
「……話してもいいけど、たぶん信じないと思うぞ」
「いいから、話してください」
ごまかしは許さない、という感じの目で華が俺を見た。
かいつまんで華に事情を説明する。
今朝目を覚ましたとき、会う人を見る度に暴力を振るいたくなるということ。
なぜそうなったのかがわからないということ。
かなこさんを殴ってしまった、ということは伏せておいた。口にしたくなかったからだ。
「そういうことだったんですか」
「信じられないだろ、こんな話」
俺自身、華に説明していて本当かどうか疑わしい気分になったほどだ。
信じてもらえなくてもいい。今の話を聞いて、しばらくの間近づかないでもらえればいい――って。
「おい、華」
「なんでしょうか」
「今の話、聞いてなかったのか。近づいたら、怪我するかもしれないって言ってるだろ」
話が終わった途端、華が距離を詰めてきた。
一歩下がり、距離をとる。また華が近づいてきた。
「いいですよ、私は」
「……なにがいいんだ?」
「おにいさんに殴られるなら、それでもかまいません」
「はああっ?」
「殴られても、蹴られても、投げ飛ばされても構いません。おにいさんに触れるならば」
そう言うと、華は一気に距離を詰めて、懐に飛び込んできた。
次の瞬間、足を引っかけられ俺の体は床に押し倒されていた。
体の上には華が乗っている。華の両手は、俺の両肩に添えられていた。
体の痛みは無かった。だが腹が立った。なぜいきなり押し倒されなければいけない。
俺は誰かに、ましてや従妹に押し倒されるようなことはやっていないぞ。
華を真正面から睨み付ける。文句を言ってやろうとしたのだ。
しかし、すぐに口を開けなかった。華が不敵にも笑っていたからだ。
「手を出しませんでしたね」
「…………何?」
「私は今、ものすごくおおざっぱな動きで接近したんですよ。それなのに、押し倒すことができた」
どこがおおざっぱだ。
華が目の前に来た、と理解したらいきなり倒されていたぞ。
くそ、情けない。こうもあっさりと年下の女の子に組み伏せられるとは。
「まあ、そこはおにいさんが鈍かったということにするとして。その後ですよ。
今もそうですけど、攻撃する気配のようなものが感じられないんですよ、おにいさんから」
「攻撃しようとする気配?」
「はい。相手の呼吸とか体の反応とかで大体わかるものなんです。
ましてや、これだけ接近――密着をしていれば、嫌でも感じられます」
「今の俺からは、感じられないのか?」
「話を聞いていると、勝手に体が反応するように聞こえたんですけど。
ここまでして反応が見られないということは、どうやら私には攻撃しないみたいですね。ふふっ……よかった」
華が笑ったときに口から漏れた息が、頬にかかった。
気づく。華の顔がものすごく近い位置にある。20センチ、いや10センチも離れていない。
首を華の両腕で抑えられていて、思うように動かせない。
「一つ、わかったことがあります」
「……なんだ」
努めて冷静に言う。これだけ間近に華に接近されたらどうしても落ち着かなくなる。
華も、香織やかなこさんに負けないくらい綺麗なのだ。
伊達眼鏡をかけていないせいでよりくっきりした輪郭を見ていると、改めてそう思える。
「おにいさんの無意識の暴力は、向けられる人と向けられない人がいるということです。
おにいさんが朝に出会った人は暴力を向けられる人。
対して私は暴力を向けられない人、に該当します。どういう基準で分けられているのかはわかりませんけど」
「なるほど」
つまり、香織とかなこさんには近づけない、華には問題なく近づける、ということだ。
一体どこでそんな区別がされているのだろう。
華と、香織とかなこさんの2人を比べてどこか違う点があるか?
年か、付き合いの長さか、それとも俺との関係か?
俺との関係の違い、ということで考えると、ただ1人違うのは彼女になった香織だ。しかしそれだと腑に落ちない。
香織1人だけが特別だとしよう。しかし、それではなぜ俺はかなこさんに対して香織と同じ反応をしたのか説明できない。
たぶん、何か別の理由があるはずだ。
「私は嬉しかったり残念だったりしてますけどね」
「何が?」
いきなりそう言われても何のことを言っているのかわからん。
俺の異状のことを言っているのか?
残念という言い方にも引っかかるし、それに嬉しがる要因がどこにあるというんだ。
「おにいさんが私を傷つけようとしないっていうのが嬉しいんです。
だって、知らないうちに私を傷つけてしまうとわかっていたら、離れていってしまうでしょう?」
「当たり前だ。俺はわけのわからない理由で傷つけたり……したくない」
今までにもいろいろな人を傷つけてきた。また反対に傷つけられることもあった。
肉体的に、精神的に。忘れようと思っても忘れられないことだってある。
けれど、それは感情や自分の意志があってやったことだ。
どの人だったらやる、あの人だったらやらないという条件反射的にやったことなど一度もない。
もし、自分が誰にでも暴力を振るうようになっていたのだとしたら、俺は誰にも会わない。
一人で誰も知らない場所に隠れ、いつ治るともしれない症状と向き合いながら過ごすだろう。
しかし、治ったかどうかを確認するためには人に会わなければいけない。
その時に治っていなければ、またしても望まない行動をとる。
そして、いずれ人に会うことすらしなくなる。それはさすがにまずい。
再就職どころか、ひきこもる方向へ一直線だ。
しかし、まだ望みはある。
俺は華に対して異常反応を示さなかった。他の人間に対して普通に接触できる可能性がある。
どんな基準で俺が妙な反応をするかわからないから、誰にでも、というわけにはいかないが。
「ところでさっき、残念だって言ったよな」
「はい」
「あれはどういう意味だ?」
こういう時は、ショックだ、とかいう台詞の出番だろう。
なにを残念に思っているんだ。
「例えば、おにいさんがヤマアラシだとします。自分が人間サイズのヤマアラシだと思ってください」
「……ああ」
とりあえず、タヌキと同じ大きさのヤマアラシを想像してみる。
人間サイズのヤマアラシなんか想像できるか。
「街を歩いたら、誰にもぶつかることはできません。お店に入ることもできないから、買い物ができません。
働こうにも、職種は限られてきます。客商売は無理、誰かと組んで仕事をすることはできない。
あと残っているのは人を直接相手にしない職種しかないです」
「……だな。それで?」
「もしそうなった場合、おにいさんはどうやって生活しますか?」
「どうやって……? 人に会えない、働けない、外に出ることがなくなる。
もしそうなったら自動的に家に引きこもることになるな」
「誰かがお世話しないとおにいさんは、野垂れ死にしちゃいますね?」
「だろうな、多分。で、結局なにが言いたい」
「つまり、そんな時は私がおにいさんのお世話役を買って出てあげますよ、ってことです。
社会の底辺を生きるおにいさんを、私無しでは生きていけないようにできるじゃないですか。
そうならなくて惜しいな、という意味で残念と言ったんです」
「……ほう」
体の上に乗っている華の肩を掴んで引きはがし、横にどける。
即座に立ち上がり、華との距離をとる。
「……逃げないでくださいよ。なんで逃げるんですか」
立ち上がった華が不満そうな顔つきで言った。
なんでもなにもあるか。華の奴、とんでもないことを考えてやがった。
最近の華がおかしいとは思っていたが、まさか俺を目の前にしてこんなことを言うとは。
「本気にしてないですよね? 今のは冗談ですよ」
……本当かよ。
「もし本気でやるつもりだったら私は口にしたりしませんよ?」
「そりゃそうだろうが……冗談でもあんなこと言うな」
「ごめんなさい。おにいさんを和ませようと思って、つい」
あんな会話で和むわけないだろうが。
「あら? この本」
華は机の上に置かれたままの本に目を留めると、二冊とも左右それぞれの手で持ち上げた。
「この部屋にあった本ですか、これ」
「ああ」
「タイトルが無いですけど、どんなことが書いてあるんですか?」
「簡単に言えば、ハッピーエンドで終わらない話」
「面白かったですか?」
数日前なら面白かったと俺は答えただろう。しかし、今ならこう言える。
「……いいや、実に不愉快で面白くない内容の本だった。読むだけ時間の無駄だった。
その本を手に取るだけで不幸が訪れるから触らない方がいいぞ」
「珍しく、ずいぶんな言い様ですね」
「それだけひどい本だってことだ。だからその本を読むのはやめとけ」
「へえ……」
本を裏返して背表紙まで眺めてから、華はこう言った。
「でもおにいさんが読んだ本なら私も読んでみたいです」
華は手近にあった椅子を引くと、腰掛けて本を広げた。
青い背表紙。以前十本松から渡された方の本だ。
二冊の本が上下巻に分かれるとするなら、下巻の方になる。
俺がその事実を教えようか、それとも読ませないようにしようか、と考えていると。
「……ん?」
ふと、この場にいない人間の声が聞こえた。小さな声だった。
耳をすませていないと聞こえないような声量だったというのに、俺がその声を聞き取れたのは不思議でもある。
だが、時折こういうことはある。自分が望まない事態の場合、自分の聴覚が鋭くなることがある。理由はわからない。
そして、望まない事態というのは連鎖するようだ。華までが声の主に気づいた。
「天野香織の声ですね」
ああ、その通りだ。
よりによって今一番会いたくない相手が来た。ついでに言うとこの場に来て欲しくない相手だ。
俺が香織を目にした瞬間に襲いかかったりすることはないだろう。
だが、この場には華がいるのだ。
もし、俺が何かの間違いで香織に対して拳を振るおうするところを、華に見られたら。
いや、それよりもこの場で香織と華が顔を合わせたら。
そこから一体どんな展開になるのか、まったく予想がつかない。
ただでさえ最近は予想外の事態ばかり起こっているというのに。もう、これ以上は御免だ。
「華」
「はい?」
「今すぐにこの屋敷から出るぞ。家に帰る」
「え、でも……」
華は部屋のドアへと顔を向けた。
香織と顔を合わせたときの台詞を決めていたのかもしれない。
どんな台詞を口にするのかは想像できないが、それはこの場で破棄してもらおう。
「この部屋から外に出られる。前にも通ったことがあるだろ」
「そうですけど、私はあの女に話が」
「いいから、来い」
華の右手首を掴み、強引に立たせる。右手には青い背表紙の本が握られたままになっている。
もう一冊の本を手に取り、華の左手に渡す。
「その本を読みたいんなら家に帰ってから読め。香織が部屋に入ってくる前に出る」
「……あの、なんでそこまであの女から逃げようとしているんですか?
もしかして、おにいさんが拒否反応を示す人って……」
気づかれたか。これだけ頑なに香織と会うことを避けようとすれば、聡い華は気づくに決まっている。
しかし、今はそんなことの後悔をしている場合でも、自分のうかつさを呪っている場合でもない。
香織の声は少しずつ大きくなってきている。この部屋にたどり着くのは時間の問題だ。
「あとでちゃんと話してやる。だから、今は言うことを聞いてくれ」
「……わかりました。そこまで言うんなら、言うことを聞きます」
部屋の裏口から、華と一緒に屋敷裏の空き地へ出る。
季節はまだ冬で、扉を開けた瞬間に冷たい空気が肌に触れた。
一瞬部屋に戻りたい気分になったが、意識して首を振り、家に帰るという本来の目的を思い出す。
裏口のドアを閉める。すると、さっきまで聞こえていた香織の声がかき消えた。
扉の存在が、俺が香織を拒絶した、という事実を証明しているような気分にさせてくれた。
21話はここまで。次回へ続きます。
一番槍GJ
保守
>>87 これは良いものだ
萌可愛いよ萌
>>100 個人的に華の好感度が上がりっぱなし。
嬉しいけど、でもかなこさんも香織もガンガレ!
>>87 ヤンドジというか…頭の弱い子?
好物なので美味しくいただきましたが。
人称の整理と出だしのタルささえなんとかすれば
もっと良くなると思います。
偉そうにして申し訳ない。
大分遅くなりましたが”Versprechung”第1章その1投下します。
第1章
―1―
「あぁ〜だるい〜」
N県警捜査一課にあるデスクの一角で背伸びをする女性が一人。
彼女以外の捜査員は現在外に出ている。故にこんなことを言っても誰にも聞かれないのでまったく問題はない。
つい最近あった市長銃撃事件の捜査に出かけてるのだ。ところが彼女だけは―否もう一人いるのだが、その捜査からははずされていた。
まず第一に彼女はまだ若かった。この課に配備されてからまだ二年目。しかし成果は誰よりも挙げていた。
彼女自身正義感がとても強く。、悪即逮捕の姿勢を貫いてるからだろう。
そのことが今回の外された件にも関わってることは否定は出来ないだろう。
女はでしゃばるな―そういった雰囲気になりつつあるのは彼女自身で感じ取っていた。
そういうわけで彼女にとって今回の件で捜査から外されたのまでは想定内であった。
名目としては、他の事件が起きたときへの対応する人員が必要だから、とのことだった。
「にしても、こんな大変なときにわざわざ事件起こすような馬鹿は居ないわよねぇ…」
明らかに他の捜査員より暇である。ここまでも想定内である。今までの資料整理できる暇があるかなぁなんてことも考えていたものである。
ところが大きく彼女の想定を逸脱することが起こった。他の刑事が捜査に出ている間に起こった事件に対応するためにコンビを組んでくれという申し出があったのだが、そしてそのコンビニなった刑事が…
「はぁ…」
思い出したくもないような人物であった。考えたくも無いような人物であった。
その人物は今席をはずしている。今までにあった事件の資料を読み漁るのが彼の日課らしい。そろそろその日課を終えて戻ってくる頃だろうか…
「どうして私がこんな人と…」
このことは彼女にとって大きな痛手である。いままで積み上げた実績が台無しになるかもしれない…彼女はそこまで考えていた。
彼女にそこまで考えさせるような人物とはいったいどのような人物なのか。
彼女がコンビを組めといわれた刑事―その刑事は課内では厄介者としてあまり好まれてはいない人物であった。
能力はたしかである。洞察力に優れ、行動力もある。だからこそ厄介なのである。
無駄に捜査をかき回す、自分とかかわりの無い事件まで首を突っ込む…
しかも自分の担当の事件がつまらない事件だと判断したらとことん手を抜く。あげく
「俺は面白い事件にしか興味はねぇ」
とのたまう始末。今回の銃撃事件も犯人が挙がった時点で興味をなくしたらしく、課長に自ら外してくれといったらしい。課長としても無駄に動かれるよりは都合がいいらしい。しかし一人にしておくのは問題でもある。一人にしてなにやら変なことをされては元も子もない。
要するに彼女は監視役になったのだ。任命された日を思い出すと今でも忌々しいという気持ちで一杯になる。何でこんなことに…
彼女は今でも1時間ごとに心の中でそういってる。
そう、辞令を言い渡された昨日からずっと…
さかのぼること、N市長銃撃事件の翌日―つまり昨日の事。
「お呼びでしょうか、課長」
彼女、松代直子は他の刑事がばたばたとあわただしく動き回ってる中、課長に呼び出されて課長のデスクの下へといった。
「いやねぇ、今回の事件犯人が取り押さえられたといっても裏がまったくわからなくてねぇ…刑事を総動員しようと思うんだ。
何せ市長が銃撃されたんだからねぇ。でもそうなるとこの間に誰もいなくなってしまって他に何か起こったとき対処が出来ない。
だから君には捜査には加わらず、そういった事件の対応をしてもらおうと思ってね」
課長は何かを言いにくそうに彼女言った。裏で何か言いたいことがあるように彼女には見えた。
「わかりましたが、どうして私が?」
彼女は何事も無いかのよう無く聴いた。
その口調が何の感情も無く事務的なものであったのが、課長をさらに狼狽させた。もしや全てを見透かされてるのでは?という不安に駆らせるものだったからだ。
これに明確にむっとしたもの、いらっとしたものなら対処もしやすい。
なだめすかせばいいし、なにより一般的な反応であるという安心感がある。でも、彼女の反応は違う。
なにかわかっていたような反応…予定調和、でもとりあえず理由は聞いとくか…そんな反応だった
課長は、どう答えるべきか迷った。正直に言うべきか、別の理由で逃げるか。
どちらが波風がより立たないか。
なにより、彼女にとってベストなのか。
つまるところ言い換えれば彼にとて何がベストなのかで迷っていたのだが、そこには突っ込みを入れないでおこう。
結局彼が選択したのは正直には言わないことだった。彼女にはあえて言わないほうが良いだろうという判断だった。
「うん、ほら女性関係の事件があったりしたとき、女性刑事がいたほうが対応しやすいだろう?
この課で、女性刑事は君だけだ。となるとね…君が優秀なのは知っている。だからこの判断は心苦しい。だが全体を見たときにベターな選択肢は君を残すということだったんだ。理解してくれないか?」
課長の言葉は一般の人からすると十分な言葉だ。彼女の事をフォローしながら理由を述べてる。しかし、彼女には違った。
彼女はもともと嗅覚のようなもの、身体的なものではなく、勘のようなものといった意味での嗅覚ではあるが、そのようなものが優れていた。
女だからとかいう議論はさておき、とにかく優れてた。外れることもままあるが、当たる確立は一般的なそれよりは高い。
そういったわけで課長の今の言葉には何か裏があるなと、彼女はまったく根拠はないものの瞬間的に思ってしまった。
そもそも彼女が見透かしたかのように発言したのも偶然である。
確かに彼女はここ最近課の男刑事の自分への視線がおかしいいなとは感じていた。だが確信があったわけではない。
それでもその疑念が発言に意図せずとも表れたのは事実である。そしてそれが、課長に対して図らずもプレッシャーを与えたことも。
彼女の次の言葉も、決して確信があって発言したわけではない。だが、他人からみれば十分驚くような言葉であった。
まぁいいですが。別に何かあるのならいいですが、そういった理由ならいいですよ。まったく問題はありません。そういった理由ならね。」
課の空気が少し冷たくなった。男どもの動きが一瞬止まった。顔が引きつったものもいた。思考が完全にストップしかけたものもいた。
だが一瞬は一瞬だ。寒気が走ったのは事実だが、直接的なことを彼女が言ったわけではない。彼らはすぐに冷静さを取り戻し仕事を再開した。ただ一人を除いて。
課長は冷静さを完全には取り戻せずにいた。別になんてこと無い一言である。そう普通の。
だが彼女の今までの言動、しぐさ、口調…今日だけじゃない。いままで嫌というほどプレッシャーを浴び続けてきた課長には、正直もう堪えられなかった。
さらにいうなら実言うと課長、彼女に言ってないことがもう一つある。それはもう一つの辞令。
このこともいわないといけないのか思うと、今すぐこの部屋の窓から飛び降りたい気分になってきていた。
それほど彼女のだすプレッシャーはすさまじかった。
彼女といえばそんな課長の様子の変化を敏感に嗅ぎ取っていた。
「これは何かあるわ…」
もはや彼女のなかで疑惑は確信にいたっていた。こんなこと考えたって、どうしようもないことは彼女にはわかっている。
辞令を淡々と受けて仕事を確実にこなせばいいだけの話。
だが課長の変化は明らかすぎた。何かを隠している。誰もがそう思うような急変だった。
うつむき加減で声は小さくなり、さっきの自分の言葉に対してなにか言っている。しかし聞き取れるのはあ〜とかう〜とか、
歯切れの悪い言葉というよりは、どうにかしてやり過ごすための言葉を考え中という感じの声だけだった。
「課長…」
「…何だね」
「何かおっしゃりたいことがあるのなら、言ってしまったほうがよろしいのでは?そのほうがすっきりなさいますし、後々楽になりますよ。後々ね」
彼女は思い切っり口調を丁寧にしかし冷たくしてみた。これは意図的なものである。
課長にさらなるプレッシャーをかけるための、意図的な口調の変化。
このことがとどめになったのか課長は観念したかのように「後で、話がある、誰もいないときに来なさい」とだけつぶやいた。
その姿は、警察の上のほうに立つ人間とは思えないほど、惨めで、小さいものだった。
このように彼女のプレッシャーは上司すらもひれ伏すほどすさまじい。
課の男供からは影でまだ新人なのに、将来はお局様なんていわれている。
刑事なのにお局様だなんて…彼女はこの呼称を一番嫌っている。仕事が出来ないのに偉ぶってる…そういう印象があるからだ。
さてこんな風に言われてるわけだが、実績を上げている以上、誰も文句は言えない。
このことが彼女が課のなかで疎まれている原因のひとつだと彼女は思っている。
課長は二人で会う場所に近くの喫茶店で指定してきた。少し歩いて川のほうに出るとある喫茶店。
警察内より、そっちのほうが彼にとって都合がいいのだろう。断る理由は無い。
彼女は「わかりました」と一言だけ告げて自分の席に戻った。
戻るときも姿勢は崩さず、綺麗に、優雅に歩く。歩くたびに彼女の長い髪が揺れる。華麗に、しかし威厳深く。
芝居をするなら徹底的に。彼女の課長落し作戦とも言うべき芝居はここに一つの結果を見た。彼女はそう確信して内心でガッツポーズをした。
仕事もひと段落した頃、課長に指定されていた時間が近づいてきたので彼女は喫茶店に向かうことにした。
横断歩道をわたり少しするともう川沿いだ。この川は石橋群で有名である。川沿いには観光客が休めるよう店も多い。
今回呼ばれた喫茶店もその中のひとつである。
とはいっても雑誌で取り上げられるような店ではなく、小さく、静かな、地元の店といった趣の店である。
珈琲がとても美味しい店でもある。彼女は別の警察署勤務からN県警の現在の課に所属になってからは、かなりの頻度でこの店に通っている。他の刑事には賛否両論の店だが、自分は少なくともN市1、いや日本でいちばん美味しい店だと思っている。
だいたい人の好みなんて違うんだから、自分がここは日本一だと思えばその時点で日本一の店なのよ、と彼女は思っているので、
否のほうの意見はまったく耳に入っていない。ただし、自分でこの店は美味しいと触れ込むことも無い。
ただただ通うだけであるし、世間には知られたくないとさえ思っている。彼女だけの専用の店になればいいのにとまでは思っていないようだが。
課長もこの店のファンの一人であるようだ。実際店で会うこともよくある。その時は、なるべくにこやかにすごすようにしている。
にこやかに、にこやかに。
逆にそれが課長には不気味に写ってるとも知らず、今日も喫茶店についったときからにこやかモードのスイッチを押していた。
しばらくすると課長が喫茶店に入ってきた。
課長は別にはげてるわけでもなく、中年太りが激しいわけでもなく、眼鏡かけてるわけでもなく、
そこらへんにいる人とは違い少し筋肉質な体をもつ刑事としては理想的な人であった。柔道の有段者であり、抜群の判断力も備えている。
だが彼女に押されてることからもわかるとおり人がよすぎるのが弱点である。
そのため、抜群の判断力も宝の持ち腐れとなっている。が、仕事で鬼になったときの指示出しは完璧である。
いつもそうであればと思う人は多いが課長の人の良さで得をしていることも多いので誰も口には出さない。
さてその鬼モードになったときの課長だが、判断にいっぺんの迷いも無く、それでいて的確な指示を出来る頼れる上司である。
しかしそれ以外となると、他人優先が強く出すぎてしまいうまく判断できなくなってしまう。
彼はそれゆえどうにも頼りない印象を他の課の刑事にもたれてしまっていた。彼女はそのことについて赴任当初かに気づいていた。
いや、気づいてたというより自然と感じていたというべきか。
彼女が今回強気に出たのもそんな感触を持っていた故であり、決して怒りからではなかった。
だがやはり半分は天然での行動であり、後付でこうすればうまく行くだろうと考えるのが彼女である。
今回も最初のほうには課長を軽く脅すなんてことは考えてなかった。あくまで後付である。
しかし彼女はそんなことはすっかり忘れている。最初から考えていたと思っている。
彼女は常に自信に満ち溢れているように見えるらしいが、このような思考体系が自信があるように見えるゆえんだろう。
実際のところはそこまで彼女は自信があるわけではない。むしろ強がりなほうだろう。
彼女は常に気を張っている。男だらけの職場で負けないように、職場で気を緩めることは無い。
服装にも気を使っている。他人に文句は言わせない。言われたくないから、言わせない。事実言われたことはない。
この点に置いては彼女は自信を持っている。
しばらくすると課長が店に入ってきた。小さな店だが場所を知らせるように手を振る。課長はすぐに気づきこっちに向かってきた。
「すまんね。こがんとこに呼び出して。」
課長は部下と二人だけになると方言がひどくなる。普段課にいるときはそんなことも無い。しかし課をはなれると、とたんに方言だらけになる。
他の同僚に聞いてもそうらしいので、普段は意識して使わないようにしているのだろう。
「それで、課長、お話と言うのは?」
「まぁまぁ、まずは落ち着かんね。コーヒーもまだたのんどらん。店員さーん。コーヒー、ホットで。」
彼女は気がはやっていた。課長がコーヒーを頼む時間さえもったいないような気がしていた。
辞令に不満があるわけではなかった。だが、何か不穏な空気を一度感じてしまった時点で、
彼女のなかの何かがうずき続けていた。この不穏な空気をどうにかしろと。早く、一刻も早く、と。
「うん、今回の件だが…結論から言ってしまえば、君をおろさざるを得なかった、というこ…」
「どういうことです!?」
「人の話ば落ち着いて聞かんね…うんまぁでもさえぎられたとはいえ結論はわかってくれたと思う」
「だからどういうことかと聞いてるんです!」
「落ち着かんね。ここは署じゃなかとやけん。周りのお客さんとかびっくりしとるたい」
彼女が課長に言われまわりを見渡すと周りのお客さんがびくびくしながら彼女達のほうを
見ていた。
彼女はかなり取り乱していた。自分でもらしくないなと感じていた。深呼吸。息を整え、落ち着きを取り戻す。
「それで、なぜ、私を外さざるを得なかったと?」
「このごろ休みとっとる?」
「え…と…」
彼女は考えてみた。そういえば、最近は課の管轄外であるような事件にも手を出していた。
主に女性警官が手がけてる物には積極的に手を貸していた。そのため毎日残業。休みなんて確かにここ最近とってなかったような気がする。
「取ってない気が…します」
「やろう?ここ最近よう働いとったけん、心配しとっとさ。いつか倒れんやろかと。」
「心配要りません。私はまだ20代。十分若いです。体力もみなぎっています。お心遣いはありがたいのですが…」
「本人は大丈夫って言っても実際はどうやろか?まぁここらで一度小休止してみんね。
この事件、市長が撃たれてる犯人が捕まってるとはいえ、背後関係をつかむのには結構な労力がかかるだろう
。そがんとの捜査入れたら、また疲れがたまってしまう。もしかしたら今までとは比にならないね。
やけん、上司としては絶対に入れられん。そういうことだ。」
課長の言葉一つ一つには重みがあり彼女は何も言い返せなくなった。
「そうですか…残念です」
「言いたいことはわかるさ。このごろ男にあんまりいい目で見られとらんけんその圧力の合ったと思っとるとやろ」
「!!」
「わからんとでも思うとったと?まぁあそこまで言ってると、言われてるほうもさすがに怒りたくはなると思うが…」
「課長は…課長はどう思ってるのですか?」
「何を?」
「その…私の事」
「優秀な部下さ。確実に仕事をこなしてくれる頼りになる、ね。いい部下をもってると思ってるよ。これでもまだ一年目で若い。
将来はうちの課のエースになってほしいって思ってる。他の連中も一緒さ」
「じゃぁ…」
「どうして影で何か言うのかって言いたかとやろうけど、まぁあれさ、敬意さ。」
「敬意?」
「そう、敬意。みんな驚いとっとさ。一年目でこがん結果ば出すとは思うとらんやったけん。
おいたちも頑張らんばって思って自分の事を奮い立たせよっとさ」
「わからないです…さっぱり」
「わからんやろうね。でもこれが男ってもんよ。そこは耐えてほしい」
「…でも」
「あぁもうわからんとね?課の連中はあんたの事は信頼しとる。もう、この話は終わり。よか?」
課長は厳しい口調で、でも顔は穏やかな笑顔で言った。彼女の完全に思い違いであり、負けである。そのことを彼女は自分自身で認めた。
「はい、ありがとうございます。」
まったくこの課長は頼りになるのかならないのかはっきりしてほしいと彼女は思った。でも今はため息ではなく笑みがこぼれる。
苦笑い気味の笑いが、自然と。
「何がおかしかと?」
「課長って方言すごいですよねぇ、課では普通に標準語なのに」
「あぁもう仕事中は方言はださんごと訓練しとるからね、でんとよ。
でも普段はこのとおり。本当は普段も標準語にしたかとやけど、どがんしようもなかとさね。」
課長も苦笑い気味に語った。 ふたりの少し抑え気味の笑い声が店内に響いた。
「課長!本日はすいませんでした。ここら辺で帰ることに…」
「あぁ〜ちょっと待たんね」
彼女は席から立ち上がろうとしたところで課長に呼び止められた。
「何でしょうか?」
「実言うと君にはまだ言ってないことが…う〜ん」
課長の署での何かあるような雰囲気が戻ってきていた。彼女は少し不安になった。
さっきの話題以外に何か言いにくいことがあるとは想定外だったからだ。彼女は課長に尋ねてみた。
「あの、はっきり言ってしまわれたほうが…こちらとしてもいいですし…」
課長は本当に重たそうな口を開き答えた。
「君にはパートナーがつくんだよ。正確に言うと今回の事件でもう一人刑事が外れる」
彼女はなぜ課長が重々しく言うのかわからなかった。ただだれかと組めというだけなのに。
「あら。そうなんですか。誰なんですか?私と組む人は」
「…怒らんよ」
「怒りませんよ。何をそんなにビクビクしているのですか?」
「じゃぁ言うよ。君は増田君と組んでもらう。2人で事件等が起きたら解決のために働いてもらうということだ。
期間はとりあえず市長銃撃事件の捜査がある程度落ち着くまでだ。もう一度言うけどこれは辞令ね。」
その名が、辞令が告げられた瞬間、彼女の中の時間が止まった。事態が飲み込めない。
「私が…組むのは…増田君…?
へぇ…っていったいどういうことですか!!!!!!!!!!!!!!」
「…ほら怒った。だから言いとぉなかったっさ…」
課長がぼやく。しかし彼女ははぼやけない。いったいなんであんな奴と組む羽目になってるのか。
いったいどういうことなのか、彼女にはまったくわからなかった。増田君というのは署内一のトラブルメーカーで有名な男だった。
そんな彼を押し付けられた…そう考えると彼女のなかで怒りが生まれてきていた。
「お断りします!そのような辞令、受け取れません!」
机を叩きながら彼女は激しく抗議する。
「いやまぁそういわんで。貴重な体験だと思って…」
「何が貴重なんですか!あんなのと組んでプラスになることなんてあると思うんですか!?プラスになることなんて、何もないでしょう!?」
彼女の言葉は憤りと嫌悪にあふれていた。まるで、この世の終わりがきたかのような振る舞い。
静かな喫茶店の中では異質な空気が2人の間では流れていた。
「それはやってみないとわからんとじゃなかかなぁ。意外にうまく…」
「行きません。万に一つもそういう可能性はありません。」
彼女の拒否反応はすさまじいものだった。
課長のなだめるための言葉を言ってしまう前からさえぎってばっさりと否定するほど素早い反応で、抗議している。
まさにヒステリーとはこのことなのだろうかと課長は思った。だがどうしていいかはわからない。しかたなかうなんとかなだめようとすることにした。
「いやまぁね。決め付けはいかんよ。決め付けは。彼だって一人の刑事だよ。とても仕事熱心な」
「あれは仕事熱心とはいいません。ただ邪魔しているだけです。」
だが彼女はきっぱりと言い放つ。課長も負けずに反論するが、その口調は人柄が出てか、穏やかなものであった。
そのため彼女に圧倒されてるような印象になってしまう。
「まぁ確かに邪魔になることは多いが…彼は彼なりに頑張っているとじゃなかと?」
「無能な人間は動かないほうが有益です」
冷たい直子。暖かい課長。二人の出すオーラはあまりにも相対するものであった。
「彼は有能だとおもうけどなぁ…まぁ性格面に問題あるのは否定しないが。」
課長はあくまで穏やかな物言いである。まるでなだめるように、しかしうまくかわしながら反論する。
しかしわずかな隙も彼女は見逃そうとしない。そこにほころびがあるかも?と思ったら迷わずに突っ込むのが直子の持ち味だ。
だからこそ、他人が思いつかないような着想を得。事件の解決へと導くのだ。
また引くのも速い。ここまで問題がさほど発生していないのも、未然に防ぎきってるからだ。
彼女は流れを読むことを得意とするとも言われる。こと事件捜査においてはそうだ。
ここぞというときの判断は課長以上のものがあるとも評判である。
このときもそうだ。このまま課長を説得できる流れが来たと彼女は感づいた。
「問題がある時点で、もはや有能とはいえません。有能な人間とは完璧でなければなりません。」
この一言。意図は課長から譲歩を引き出すこと。そこを突いて一気に切り崩す。
もっとも、今言ったことはただの彼女の持論であり、特にあいての事を考えていたわけではないのだが。
だが課長も課長だ彼女の高圧的な言い方にもひるまずに課長は食いつく。
「でもさ、それじゃ社会はうまく動かんとじゃなかと?」
「なんでですか?」
「完璧な人間なんてそういるわけじゃなかやろ?」
「そうですが、なにか?」
「君の理論ならば有能な人間しか働くな、ということになる。そうなると働ける人はとても少ない人数になるとじゃなか?そうなったらどがんすると?」
「すこし意味が違います。私の理論ではそうなりません。」
「じゃぁどがんなるとね?おいにはそがん風にしか聞こえんやったとやけど」
課長の訛りはますます激しくなってきていた。
「無能な人間も働きます。ただし、彼らは、多くの事を出来ません。だから与えられ役割もそれ相応なものになります。」
ここまではまだ想定内。課長がここまで暗いついてくるとは思いもよらなかったが、だが反論は用意してある。
否、彼女にとって反論の中身云々は本当はどうでもいい。要は相手を圧倒し、こちらのほうが少しでも正しいと思わせればよいのだ。
その時点ですでに勝機は十分に見えている。あとは切り崩していくだけ。直子は課長の事だからこれで今回もうまく行くと思っていた。
「果たしてそうかな?」
ところが課長はなおも食いつく。まるで経験豊かな老人が若者に諭すように。実際彼女は若者であるのだが。課長は穏やかな口調で続ける。
「有能か無能か評価を下すの誰かな?
例えば仕事であれば上司、スポーツであれば監督、ファン…これはあくまで相手からみた視点での評価だろ?
その人から見れば無能か有能かだけであり、その人の本質を表してるわけではない。」
訛りが消えた。直子にとって初めての経験である。
「えぇ、そうですわ。でもその人の一面を表すものではありますよね。」
直子は苦しくなっていた。正直すぐにどうにでもなると高をくくってしまったのが間違いであった。なにも考えていなかった。
このぐらいの質問、来ることぐらい想定できたはず。でも今回は…。ここから先はアドリブだ。
だがそのうち脳がフル回転してきて、そのアドリブでも十分なものになるだろう。彼女はいまだわれに勝機はあり、と信じていた。
「そう一面を表すもの。でもそこには評価を下す人の恣意が加わることも加味しなければならない。」
「しかし大多数から下された評価であれば?恣意などで大多数の意見を纏め上げることが出来るでしょうか?」
彼女はとにかく質問攻めをすることにした。いつかは相手が答えに行き詰る。そのときを待って。だが課長は行き詰らない。
まっすぐに、ぶれた形跡もみぜず、回答する。
「出来る。君は郵政選挙というものを見ただろう?あれがまさにいい例だ。あの選挙は争点意図的に作られた選挙だ。
そして見事に大衆はその争点のみを見てくれた。小泉純一郎の勝利でもあったが、あれはマスコミの勝利だ。
まだ利用価値があるとおもわせたマスコミのな。あの時、いわゆる郵政造反組は悪役にされ、そして敗北したものもいた。
悲劇のヒロインになり勝利したものもいた。マスコミが報じた姿がそのまま評価になる、そして結果に出る。
誘導されたとは知らずにな。ま、所詮大衆の評価なんてそんなもんだ。簡単に誘導できる。」
堂々とした立ち振る舞い。その姿は彼女を困惑させる。そのことを表すように、彼女の口調から徐々に威圧感がなくなってきている。
だが彼女はめげない。
「それは論点ずらしです。今自分が言いたいのは」
「結局彼と組みたくないってことだろ?」
図星だ。ここまでうまく論点ずらしをしていたのは彼女のほうだ。回りくどい口調で相手を困惑させる。
そうして撹乱しといてうまく結論を誘導する。そうして立ち回ってきた。が見破られた。
よりにもよって、普段は敏腕と称されるのが嘘に思えるほど昼行灯としていた課長にである。
「わかりました。努力します。」
彼女はあきらめた。これ以上何かをすることはもはや無意味であると考えたのだ。これ以上の悪あがきをする必要は無い。
人がいないといったって、結局その状況が一ヶ月以上続く尾は考えにくいし。彼女は楽観的に考えることにした。
どうせたいした事件も舞い込んでこないだろうし、とも思っていた。
しかしよくよく考えると今日は課長にやられっぱなしだ。頭が回ってないのかな、とでも言い訳したいほどに。
課長も普段からこんな風にしっかりしてればなと彼女は思う。でもそうだったらそうだったで課の雰囲気が変わってしまうだろうなとも。
今の課がうまく回ってるのは課長が表では昼行灯のような状態でありながら裏ではきちんと処理をする、仕事人であるから。
表ではそこまで厳しくないゆえ、課は非常にのんびりした雰囲気に普段は包まれる。
だが裏ではこうしてしっかりと話をする。軽率なミスは許さないし、指示通り動かず失敗しようものならとんでもないことになる。
成果を挙げれば別だが。それゆえ、のんびりとしているとはいえ事件になると空気が変わる。
九州では優秀なほうの部類に入るといわれるこの課はこの課長あってのものなのだ。今日負けたことも考えれば普通の事。
勝てると思った自分が甘すぎたのだ。
優秀とはいえその腕を発揮する機会にはあまり恵まれない。この市では確かに凶悪な事件も起こる。だが年に1回程度だ。
今回の事件が起こってすぐに、またとんでもない事件が来るとは思えない。今
回楽観的に見れたのも軽い事件なら自分ひとりでも何とかやれるという読みがあったからだ。
そう自分一人でやれる程度ならば、相棒なんていてもいなくても問題ない。
むしろいないほうが都合が良い現状、むしろ一人でやれる状況のほうが歓迎である。
市民の皆さんよ、ここぞとばかりに暴れないでくれと思うのは自分勝手だろうが、彼女は心からそう願った。だがしかし、
「そうか。まぁ留守の間よろしく頼むよ。特にちょっと厄介な案件がきていてな…でも君がいるなら安心だ。市長銃撃のほうに全力をまわせるよ。」
彼女の期待を打ち破るかのような声が喫茶店に響いた。
声を出したのは課長である。
課長は安堵しきった表情で彼女に伝えた。厄介な案件があると。
彼女の時間が一瞬凍りついた。課長は何かの変な力が使えるのかと一瞬考えたほどだ。
厄介な案件?なんですかそれは?彼女の頭の中は一気にクエスチョンマークに支配された。
「課長…なんですか?その厄介な案件だというのは…」
課長は彼女に尋ねられると、さっきまでの鮮烈な表情ではなく普段の少し弱気な、気のいい人の状態に戻り、少し言いにくそうに語った。
「いやな…うちではちょっと忙しいから扱えない!ってつっぱねたんだが…
向うは向うで、事件性がある、調べろってうるさいんだ。」
彼女はたかに厄介な案件なんだろうなと感じた。人のいい課長が嫌がるのだ。よほどの事件に違いないとまで思っていた。
「それで私達は何をすればいいのですか?」
課長はしばし沈黙した後、簡潔に言い放った。
「…人探しだ。」
再び彼女の時間が止まった。
「課長、いつから人探しがうちの仕事のなかに加えられたのですか?」
「知らん。なんかどこも暇じゃないからうちは何人か残すよって言ったら押し付けてきたんだよ
。まったくまだそれなりに若い子なんだからそのうち見つかると思うんだけどな。
ほら、あるだろ?急に旅に出たり。自分探しのたび〜なんか言っちゃって。」
「ですよねぇ。で、どういう人なんですか?探すのは。」
「ほい資料」
課長に手渡されたのは捜索届けのコピーを含む数枚の資料だった。
「大事にしとけよ?落としたらしゃれにならんから。」
「…秀樹?」
彼女の表情が一瞬にして曇った。
「ん、知り合いか?」
「え、えぇ幼馴染でして…でもまさか…」
「ご近所さん?」
「はい、結構近いですね。小学校も一緒でしたし。」
「じゃぁなんで気づかんかったと?」
「彼は今は一人暮らししてますから…でも…」
彼女の言葉からは驚きと衝撃が混じった何かが感じられた。
「へぇ。同じ市にすんどっとに一人暮らしね。まぁ親御さんも裕福かごたんけんよかとやろうけどさ。
まぁとりあえずその彼、宮田秀樹が連絡もなしにいなくなったらしい。というわけで探してくれ」
「探してくれって何の手がかりもなしに?」
「手がかりはいつも用意されてるわけじゃないやろ。自分で探さなんばいかんとよ?言わんでもわかっとるやろうけど。
まぁこういうのをやってくれというのも心苦しいが、まぁ数日たったらひょっと出てくるとも思うし気楽にやってよかよ。
心情としては少し気楽にはなれんやろうけど。」
課長は当初はそこまで真面目にはやてくれなくてもいい、と思っていた。人探し程度、軽めにやってもらって、
本来やるべき課の仕事が空き次第、引き継いでもらえばいいや、と考えていた。
しかしここで一つ誤算。行方不明者は彼女の知り合い、しかも幼馴染的な存在のようだあるということ。これは驚きの事実である。
彼女の性格からしてこの事案、本気で取り掛かるだろう。
他に本来この課がやるべき事件がこの期間で起きた場合彼女はどうするのだろうか?また自分達が市長銃撃から戻った後は…?
本来やるべき課から引継ぎを求められた場合は…?
課長は少し迷った。この人探しをやることをいまから不許可にするかどうかで。
この事案は本来ならこの課がやることではない。ただ人がいるから頼んでみようか、と請け負っただけである。
こちらで不許可にして、その請け負った先の課には暇じゃなかったと報告すれば済む話である。しかし、探し人は…
「課長、やらせてください」
課長の思考を断つように彼女が言う。
「この馬鹿を、私が探して説教してやりますよ。どこ行ってたんだとね。人を心配させた代償はきっちり払ってもらいます。」
彼女の言葉にはもう驚きや困惑の色はなく力強さにみなぎっていた。
人物まとめ
松代 直子:N県警の刑事。幼馴染探しに駆られることに
増田君: 直子の相棒となった刑事。トラブルメーカー。
課長:いい人だけど仕事人。
宮田 秀樹:監禁されてる人。直子の幼馴染。
?:監禁した人。約束がどうのこうのといっている。
今まで出てきた人物のまとめです。あと何人か人物が出ます。
今回はこれで投下終了です。
>>118 普通に推理小説を読んでいるような気分になった。
と同時にここまで叩かれる増田君が非常に気になる。
どんな登場をするのやら
スレ題的にはまだなんとも言い難いな
刑事物語主体でおまけヤンデレにならないかが不安になった
121 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/20(木) 23:01:50 ID:y8Pb8RoT
同感
でもGJ
122 :
羊と悪魔:2007/09/21(金) 02:36:32 ID:2YnSFZz4
「あの赤い髪のコ、なんだっけ名前、えーと……」
……彼女の赤い髪のことは、そりゃあまぁすぐに広まるだろう。私のところまで来るのに、むしろ遅かったくらいだ。
「あきらのこと?」
「ああそう! あきらさん! ……うにゃ、知り合いなの?」
「うん、小学校からずっと同じクラスだったから」
正確には、小学校高学年から、だけど。
「へぇー! そーだったんだー!」
やけに大袈裟に驚くのぞみ。いつでもテンションが上がったまま下がらないから、彼女がいるだけでそのグループは賑やかになる。
「ああ、石橋さん。『悪魔』ね」
玲が呆れたような顔と声でそんなことを呟いた。
「『悪魔』?」
私は思わず聞き返した。あの大人しいあきらが悪魔などと呼ばれているなんて、一体彼女は何をしでかしたのか興味がある。
玲は言う。
「何考えてんのかわかんないけど、あの子自分のことを『悪魔だ』って言ってんのよ。『話しかけるな、私は悪魔だからあなたたちを食い殺すぞ』ってね」
「……どこの中二病よソレ」
かつてのいじめられっ子が高校デビューで電波少女と化していたらしい。
「でもでもあの容姿と合わせて話題性抜群だよっ。あの子かなり美人だしっ」
理子が興奮しながら言う。あきらが美人……そうなのだろうか? 赤い髪にばかり視線が向いていて、彼女の顔をまともに見たことがなかった気がする。
「お腹すいたー」
「……あんたさっきあれだけお菓子食べといて、まだ食べんの? 太るわよ」
「ダイエットするから大丈夫!」
「そういうこと言う人は大体ダイエットしないのよね」
「玲ー、ハッキリ言わないでよー」
「じゃあのぞみんっ、あたしと一緒にダイエットしよう!」
「理子はダイエットする必要無いわよ。ってか細すぎ! 何食べたらこんな風に細くなんの!?」
「えー? あたし細い?」
「細いわね」
「細いっていうか痩せすぎ。もうちょっと食べなさい」
雑談をしながら、学校の階段を降りていく。時刻はもう六時。下校時刻ギリギリだ。
窓の外はうすい藍色ともいうべき暗闇に覆われていて、車のランプやビルのあかりが、夜を迎える街を彩っている。
私は帰宅部だけど、理子と玲、のぞみの三人は美術部の仲間だ。今日は部活動が無いので一緒に下校できる。美術部の活動がある日は、私は他の友達と一緒に帰る。
最近は誘拐事件も多いらしいし、私はなるべく友達と一緒に帰るようにしているのだ。
「にゃ?」
いきなり、理子が変な声を出した。
というか、変な声を出さざるをえなかったのだろう。私が最初に気付いてたら、私が変な声を出していたと思う。
階段を降りたその先、生徒昇降口を目前にした廊下に、赤い髪の女の子が立っていた。
123 :
羊と悪魔:2007/09/21(金) 02:37:32 ID:2YnSFZz4
きみこちゃんのいるクラスは今、体育の時間です。この時間、この部屋にいるのは私とカールクリノラースくんだけです。
私が受けるべきだった授業は英語。けれど、そんなものは関係ありません。あの他人たちは私がいなくても困りはしないのです。
さあ、きみこちゃんの机を探しましょう。
座席表は教壇の上にありました。きみこちゃんの席は窓際の、前から二番目の机です。
ああ、ようやく私はきみこちゃんの親友になれるのです。とても嬉しいです。
カールクリノラースくんは何も言いません。
きみこちゃんの机から椅子を静かに引き出します。これがきみこちゃんがいつも座っている椅子。そう思うと身体が悦びで震えます。
やるべきことをやってしまいましょう。机の中から、筆箱を取り出します。
ずっときみこちゃんを見ていたからわかります。この筆箱は中学二年生の夏休み明けから使っているものです。さすがきみこちゃん、物を大切にする人です。
私は筆箱を開け、シャープペンシルを手に取り、制服の内ポケットに仕舞いました。筆箱を閉じ、元の場所に戻します。
これこそが、私の悲願。これでようやく、本当にきみこちゃんの親友になれるのです。
私が本当にきみこちゃんの親友になった日から少し経ってからのことです。
きみこちゃんが、知らない他人たちとおしゃべりをしています。
きみこちゃんはとても楽しそう。きっと本当に楽しいのでしょう。きみこちゃんが楽しいと、私も楽しくなります。
!
眼鏡をかけた一人の他人が、分厚い本できみこちゃんの頭を叩きました。
きみこちゃんが痛そう。なんて酷いことをするのでしょうか。
けれど、私にはその明るい部屋の中に入ることはできません。
私が悪魔だから? いいえ、ただ勇気が無いだけなのです。ただ足を踏み入れて、きみこちゃんになんてことをするの、と言うだけのことができない臆病者です。
私はただ、教室の入り口からそっと、きみこちゃんの様子を見ることだけしかできないのです。
──本当に、それだけ?
誰かが、そんなことを言った気がしました。
わかっています。カールクリノラースくんです。
カールクリノラースくんの言葉は、私の中から余計な感情を消し去ってくれました。
そうだ、勇気を出そう。勇気を出して、きみこちゃんに会おう。
結局私はその部屋の中に入ることができませんでした。
だから、待ちましょう。階段を降りたところできみこちゃんを待ちましょう。
とても楽しみです。ようやく、きみこちゃんに会える。
羊と悪魔、続きです。
きみことあきらの視点一つずつをワンセットで投稿するのは、読んでる人にもウザイだろうと思うので、
次からはまとめて書いたものをまとめて投稿します。
にしてもあきら、ヤン状態にしかなってねぇよ。どうやってデレさせよ。
>>124 GJ!!
がんばってデレさせてください
個人的には結構デレてるように見えるんだけどなあ。
ただ、想っているだけでデレな行動に出ていないから
その辺りが足りないって事かな。
>>124 GJ
どういう行動に出るのか期待してます
保守
129 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 23:24:59 ID:azTAyJyY
新参が処女作投下
130 :
溶けない雪:2007/09/24(月) 23:28:28 ID:azTAyJyY
「どうして私じゃ駄目なの?ねぇ、何で?どうして?教えてよ……………」
今僕の前に一人の女性がいる
夕方の学校の屋上で、目の前の女性は泣いていた。
いや、僕が泣かしたと言った方がいいだろう。
普通なら男が女を泣かせば大概は男は世間的に最低野郎になるのが普通。
しかし、今の状況の場合では違う
確かに僕が彼女を泣かせたのは事実だろう。でも僕は仕方ないと思う。
彼女に告白され、そして振ったのだから
1
彼女と初めて会った時は僕こと坂田 健二がめでたく高校に入学し、一年間自らの教室になる部屋に足を踏み入れた時だった。
教室に足を踏み入れた時、一人の女子に目がいった
彼女は窓際の席に座っていた。
この教室に在籍している生徒は37人、そのうちの20人が女子という事になっている。
なので、別に教室に入った瞬間に女子に目がいったとしても別に女子の方が人数が多いから別によくある事だし、別段大した事もなしに直ぐに視線を外すのが普通だろう。
それがなんとなしに目が入っただけという理由ならば
131 :
溶けない雪:2007/09/24(月) 23:30:35 ID:azTAyJyY
教室に足を踏み入れた時には彼女を含めて、14、5人程が視界に入った。
だが、彼女はその14、5人の一人に過ぎないのに即座に彼女に目がいった。
何故そうなったのかは、頭が彼女に目がいったと認識してから分かった
白、なのだ
肌もそうだが、視界に入る人間の事を忘れさせる程の美しく、長くて白い髪、それが彼女に目がいった理由なのだ。
まるで雪で作られたかのような純粋なる白き髪
正直、こんな何のへんてつもない場所に居るのは場違いだと思ったりした
そんな彼女に目が行って見つめる事数秒、
「よう健二、お前も同じクラスだったんだな、まぁなにはともあれ……って何で入り口でつったってんだ?」
そう言いながら一人の男子が僕に近づいてきた。
はっと我に帰り、その一年前からの友人である雲海 良平に返事をした
「いや、なんでもないよ。少しボーッとしちゃってさ、まぁまたよろしくたのむわ」
そう言いながら黒板に書いてある席順を見て、自分の席にとりあえず鞄を置く事にした。よく考えれば初めて見るような人をまじまじと見つめるのはどうかという事に気付いて、少し自己嫌悪に陥ったりした。
132 :
溶けない雪:2007/09/24(月) 23:31:50 ID:azTAyJyY
さて、自分の席について2つ気付いた事がある。
まずは先ほど見つめてしまっていた女子が自分の席の左斜め上に座っている事、そしてもう一つは、彼女の周りに人が居ないという事だった。
教室を見ると、入学したばかりという事もあり、皆は新しい友達作りに励んでいた。
いわばこの最初の友達作りをいかに上手くいくかによってこれからの学校生活が左右されると言っても過言ではない。
そのため、ほぼクラスの全員が教室のところどころに数人で集まって話ている。
だが彼女はその「ほぼ」に当てはまらなかった。
いや、彼女だけがと言うべきか
一人で何をするでもなく、彼女は窓の方を見てた。
恐らく何もする事がないから空でも見てるのだろう。
改めて彼女を見ると髪だけじゃなく、整った顔立ち、落ち着いた雰囲気、髪は白に対して黒であった。
彼女について感想を言うなら恐らく100人中100人がこう言うだろう。
美人と、
彼女は美人だからこそ何で周りに誰も居ないのかが気になった。
こんなに美人なら普通は彼女から声を掛けなくても美人だねとでも言いながら声を掛けられるものだと思う。
133 :
溶けない雪:2007/09/24(月) 23:33:45 ID:azTAyJyY
でも、逆に美人すぎるからこそ声を掛けずらいというのもあるのかもしれない。
それでも彼女から声を掛ければ直ぐに打ち解けられる様に思える。ここまで考えて、はた、と気付いた、自分が声を掛ければいいじゃないかと。
別に友達になれないにしてもこんな美人と話して損をするなんて事はあり得ないだろう。丁度これから黒板横で輪を作ってる雲海のとこに向かうのでついでに声を掛けるのもいいだろう。
僕は席を立ち、窓の方に向いている彼女の後ろから
「綺麗な髪だな、こんなに綺麗な髪は初めて見たよ」
いきなりで何だが、言って後悔した。
いきなり挨拶もなしに背後から声を掛けて違和感を感じない方がおかしい。
何より自分に言われてると気付かれないでこっちに振り向かなかったらかなり虚しいじゃないかと
しかしそんな考えはきゆうに終わり、彼女はややあっけに取られていたがこちらを向いてくれた。
「そう、ありがとう
そんな事言われたのは初めてだよ」
ん?初めてだったのか………
案外皆言わないものなのかな?
「そうなの?あまりの美しさに見惚れた位だよ」
思い返すとかなり恥ずかしい台詞だ
134 :
溶けない雪:2007/09/24(月) 23:35:50 ID:azTAyJyY
しかし、もし友人が居なかったと仮定するなら、彼女程ではないにしろ、声を掛けるのが恐く感じただろう。
たとえそれが美点になるとしても、他の人とは違うという点を持っている彼女はさらに恐いのだろう
「大丈夫だよ
今日なんかは皆心をオープンにして友人を作ってるからね。
声を掛ければ大丈夫だから自信を持てばいいよ」
「…………うん、そうだね。
ありがとう、頑張って声掛けてみるよ」
少し悩みながらも彼女はそう答えた。
性格も悪いみたいじゃなさそうだし、きっと直ぐに友達が出来るだろう。
「じゃあ、頑張ってね」
そのままの流れで友人のとこに向かおうとして、
「あのさ、名前を聞いていいかな?」
まさか女子に名前を聞かれる日がくるとはな「坂田 健二だよ、君の名前は?」
「私は水無月 雪梨」例え、この後、HRでの王道、自己紹介で聞く事になるのだとしても、こんなに綺麗な人と名前の交換が出来るなど、充分幸先の良い始まりじゃないだろうか?
135 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 23:37:06 ID:azTAyJyY
投下終了
初投稿だが、しょうじきに乱文、テンポ悪い、面白いとこあった?の見事な三拍子感が否めない
だが後悔はしてない
何かアドバイスとか貰えれば嬉しいです
スレ汚し失礼しました
sage
>>135 GJ!!
初めての割りにかなり上手いと思うよ
続きが気になる
138 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 00:03:54 ID:azTAyJyY
見直したら修正点orz
髪は白に対し黒
↑
瞳の色は白の髪に対し黒だった
です
>>135 まだ始まったばかりだけど先が楽しみ、ガンガレ! 続きを待ってる。
あと、メール欄に半角でsageと書いてくり
140 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 00:14:30 ID:W8xw05QG
アルビノ
アルビノの人の目は赤くなるはず
>>135 GJ
結構良かったよ
それと
お・・・・・・・男に本気で萌え
と思ったのは始めてだ・・・・・・・
ドヂマンセー
>>135 gj
処女作でこれは全然上手い。
アドバイス欲しいとの事なので気付いたとこ一個挙げます。
>>130の前文と次の段落で文章の形が同じ。
しかもそれが話をぶった切る形なもんだから少しもたついた感じになるんじゃないかな。
自分でも言ってたテンポ悪いってのはこれで大分直るかも。
>>145 まあそれを言い出したら…な
誰も声をかけないのも、髪が綺麗だと言われないのも疑問の余地がなくなるしな
>>145 アルビノググってきた
確かに狙ってはないにしろ目以外はアルビノだた
第2話投下します
なんか、折角アドバイス貰ったのにまた駄目になった気がする;;
152 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 22:44:16 ID:W8xw05QG
2
水無月 雪梨……
自分の友達作りも、雲海の紹介から輪に入り、雑談を少しした事で上手くいった。
さすがに友人が居るとはいえ、緊張はしたが別に大した事もなく直ぐに話に入れたので問題はなかった。
さすがに後押ししといて後は知らんぷりというのもどうかと言う理由から、視線だけで水無月さんを探す。
彼女は窓際に居た、
先程のどこか退屈そうな感じで窓の方を見ていた顔と違って、今は楽しそうに女子の中心で話していた。
良かったなと思う。
そんな事を思うのは単なる自己満足に過ぎないけれど、それでも良かったなと思う。
153 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 22:52:17 ID:W8xw05QG
今の心境を答えるとこうなる、やっぱりか、と。現在、教室では新学期でいう恒例の自己紹介が行われている。ネタに走る者、だんまりを通す者など、お約束というような人達ばかりだ。
だが、それでも教室内のテンションは高く、よくもまぁ、自己紹介でテンションをこんなに上げられるものだと関心する。
154 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 22:53:24 ID:W8xw05QG
だけどこれはこれで悪くないとも思う。
どうせなら僕もたまには普通に終わらせずに何か普通じゃない自己紹介をしようかな。
そう思っていると自分の番がきた、
「えっと、坂田 健二と言います。よく、ありそうでなさそう名前だねと言われます。
これから一年よろしく」
と、大した事も言わずに自己紹介を終えた。やろうと思っても実際に行動したら大概はこんなものだな、と思うと同時に、自分には冒険心があるのだろうか?と自問していた。
やはりないのだろうと結論を出した頃、水無月さんの番がきた。
「私の名前は水無月 雪梨と言います。ここへは引っ越してきました。現在は祖母と2人で住んでいます。皆さんどうかよろしくお願いします」
水無月さん引っ越してきたんだ…………
まぁ人には色々な事情とかがあるものだしな、勝手に自己完結しておこう。
そこで自己紹介は終わりかと思っていたが、水無月さんは急に回れ右………性格に言うと僕の方を向いて
「さっきはありがとう」と、お辞儀をしてきた。
さっき?………あぁ、少し後押しした事か。きちんとお礼を言うなんて律義だと思う、ただのお節介をしただけなのに。
155 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 22:58:48 ID:W8xw05QG
水無月さんは僕にお礼を言うと、今度こそ自己紹介を終えて席に着いた。
お礼を言われるのは気持ちのいい事だ。だが、さすがに自己紹介という場でお礼をされたら、当然お礼を言われた僕が皆に注視されるわけで、凄く恥ずかしい。しかし、水無月さんは彼女なりに僕にお礼が言いたかったんだという気持ちがあったのは事実だ。
156 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 22:59:22 ID:W8xw05QG
なので、彼女に何か言おうにも言えず、結果的に教室は?マークと共に僕を注視する人間が大半の状態だった。早く休み時間なんないかな?
ようやくHRが終わり、休み時間になった。
HR終了頃には注視される様な事は無くなって助かったけど、休み時間になったら今度は友人達から質問をされまくった。あんな美人に抜け駆けはいかんだろとか、こいつ………フラグを立てやがって………とかなんかも言われた。
「そう言う位なら君達が話掛ければいいじゃん。」
こう言うと友人Aはでもさ、と
「あんなに美人だと何か話掛けずらくないか?なんかさ……こう高嶺の花みたいな?」
なるほど、確かにそうだろう。あんなに美人だと気後れするのも頷ける。
157 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 23:01:00 ID:W8xw05QG
でも、だったら何で僕は普通に話掛けられたんだろう?
その問いに友人Bは言った、
「鈍いんだよ」
なんか腹立つな
帰る前に委員会を決める事になった。
しかも帰る前とは文字通りに帰る前で、放課後になる10分前にいきなり先生が決めると宣言しだした。
最初は皆がぶーぶー文句を垂れていたが、
先生の
「早く決めないと帰れないぞ?」
という有難いお言葉で気がつけば進行役が出来ていて、書記もいつのまにか配置され、黒板に委員会の名前をかなりの速度を持って書いている。先生は素晴らしい策士ですね………
158 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 23:02:15 ID:W8xw05QG
委員会だが、昔から僕は保健委員だったので保健委員に立候補した。幸運な事に立候補者は誰も居なかったのでとりあえず僕は保健委員に確定した。理由は特になかったりするがなんとなくポリシーを感じて、毎回保健委員に立候補してしまう。
159 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 23:03:31 ID:W8xw05QG
投下終了
ところどころでエラーが発生してその場で修正したからどこかに矛盾が出てるかも(^_^;)
リアルタイムGJ!!
どう病んでいくのか楽しみにしてます
161 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 23:21:38 ID:W8xw05QG
気付いたらうp忘れてた部分がorz
前回に引き続きすまない
驚いた事にその女子は水無月さんだった。他に立候補を誰もしなかったので晴れて僕と水無月さんが保健委員という事になった。何でだろうと思いはしたが、決まった人は早く帰れるので、水無月さんもそんな口だろうと深く考えず、帰宅する事にした。
>>161 ちょwww
とりあえず落ち着け。
たぶん
>>158の続きなんだろうがそれだけだと話がつながらないぞ、
水無月さんが立候補した描写が抜けてる。
投下する前に確認する癖をつけないとな
おk
落ち着こう
次に投下するのが158と161のやつです
164 :
溶けない雪:2007/09/25(火) 23:59:37 ID:W8xw05QG
委員会だが、昔から僕は保健委員だったので保健委員に立候補した。
165 :
溶けない雪:2007/09/26(水) 00:02:20 ID:W8xw05QG
委員会だが、昔から僕は保健委員だったので保健委員に立候補した。幸運な事に立候補者は誰も居なかったのでとりあえず僕は保健委員に確定した。理由は特になかったりするがなんとなくポリシーを感じて、毎回保健委員に立候補してしまう。
166 :
溶けない雪:2007/09/26(水) 00:12:42 ID:bceaqpzQ
僕が保健委員に確定したあと、女子が保健委員に立候補した。驚いた事にその女子は水無月さんだった。他に立候補を誰もしなかったので晴れて僕と水無月さんが保健委員という事になった。
167 :
溶けない雪:2007/09/26(水) 00:14:09 ID:bceaqpzQ
何でだろうと思いはしたが、決まった人は早く帰れるので、水無月さんもそんな口だろうと深く考えず、帰宅する事にした。
168 :
溶けない雪:2007/09/26(水) 00:15:53 ID:bceaqpzQ
確認の末ようやく終わりかな?
携帯からだとエラーと今まで投下さたやつの確認が取りにくく、無駄レスをしてしまうので次からはPCから送る事にしますorz
>>168乙
話は面白いんだが、投下がばらついたのが残念かな。
携帯なら納得だけど、まずメモ帳なりに書いてみて
それからコピペして投下すればよくなると思う。
このあたりの事は練習すればなんとかなるはず、ガンガレ
>>169 そうして投稿してるんだけど行がオーバーとかでたまにエラーが発生→切り取り修正→ミス→変に投下しちゃうorz
>>171 janeなどの専ブラの使用がおすすめ。
プレビューが見れるし、ラインやbyt数もチェックできるしコテハンの記憶も可能。
間違ってenter押して投稿ということも無くなる。
慣れない内は戸惑うかもしれないけど、文章投稿のためには、IEそのままよりもずっと便利。
>>171 携帯にも専ブラはあるんだぜ。
大型AAだって投稿できるから便利、オススメ。
それとGJ! 早くも依存の兆候が出てきて(・∀・)イイね
遊戯王に宇宙規模のヤンデレが……!!
ネオス……!
男女関係なく思い人に近付く奴に嫉妬し抹殺
自分を好いてくれないなら世界なんていらない
歪んだ愛の価値観
まさにヤンデレの鏡
>>174それは是非にお目にかかりたいな。
遊戯王が何かわからない俺には永遠に無理そうだが
ユベルか
三話投下のついでに
PCから投稿する事にしたので
行の統一
エラーのため変更した文の修正
レス短縮
間違い修正
のため、溶けない雪1〜2話を投下しなおします
180 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:37:24 ID:jbjk43y6
「どうして私じゃ駄目なの?ねぇ、何で?どうして?教えてよ・・・・・・・・」
今僕の前に一人の女性がいる
夕方の学校の屋上で、目の前の女性は泣いていた。
いや、僕が泣かしたと言った方がいいだろう。
普通なら男が女を泣かせば大概は男は世間的に最低野郎になるのが普通。
しかし、今の状況の場合では違う
確かに僕が彼女を泣かせたのは事実だろう。でも僕は仕方ないと思う。
彼女に告白され、そして振ったのだから
1
彼女と初めて会った時は僕こと坂田 健二がめでたく高校に入学し、一年間自らの教室になる部屋に足を踏み入れた時だった。
教室に足を踏み入れた時、一人の女子に目がいった
彼女は窓際の席に座っていた。
この教室に在籍している生徒は37人、そのうちの20人が女子という事になっている。
なので、別に教室に入った瞬間に女子に目がいったとしても別に女子の方が人数が多いから別によくある事だし、別段大した事もなしに直ぐに視線を外すのが普通だろう。
それがなんとなしに目が入っただけという理由ならば
教室に足を踏み入れた時には彼女を含めて、14、5人程が視界に入った。
だが、彼女はその14、5人の一人に過ぎないのに即座に彼女に目がいった。
何故そうなったのかは、頭が彼女に目がいったと認識してから分かった
白、なのだ
肌もそうだが、視界に入る人間の事を忘れさせる程の美しく、長くて白い髪、それが彼女に目がいった理由なのだ。
まるで雪で作られたかのような純粋なる白き髪
正直、こんな何のへんてつもない場所に居るのは場違いだと思ったりした
そんな彼女に目が行って見つめる事数秒、
「よう健二、お前も同じクラスだったんだな、
まぁなにはともあれ・・・・・って何で入り口でつったってんだ?」
そう言いながら一人の男子が僕に近づいてきた。
はっと我に帰り、その一年前からの友人である雲海 良平に返事をした
「いや、なんでもないよ。少しボーッとしちゃってさ、まぁまたよろしくたのむわ」
そう言いながら黒板に書いてある席順を見て、
自分の席にとりあえず鞄を置く事にした。
よく考えれば初めて見るような人をまじまじと見つめるのはどうかという事に気付いて、
少し自己嫌悪に陥ったりした。
181 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:37:56 ID:jbjk43y6
さて、自分の席について2つ気付いた事がある。
まずは先ほど見つめてしまっていた女子が自分の席の左斜め上に座っている事、
そしてもう一つは、彼女の周りに人が居ないという事だった。
教室を見ると、入学したばかりという事もあり、皆は新しい友達作りに励んでいた。
いわばこの最初の友達作りをいかに上手くいくかによって、
これからの学校生活が左右されると言っても過言ではない。
そのため、
ほぼクラスの全員が教室のところどころに数人で集まって話ている。
だが彼女はその「ほぼ」に当てはまらなかった。
いや、彼女だけがと言うべきか
一人で何をするでもなく、
彼女は窓の方をどこか退屈そうに見ていた。
恐らく何もする事がないから空でも見てるのだろう。
改めて彼女を見ると髪だけじゃなく、
整った顔立ち、
落ち着いた雰囲気をもち、
瞳の色は、
白の髪に対して黒であった。
彼女について感想を言うなら恐らく100人中100人がこう言うだろう。
美人と、
彼女は美人だからこそ何で周りに誰も居ないのかが気になった。
こんなに美人なら普通は彼女から声を掛けなくても、
美人だねとでも言いながら声を掛けられるものだと思う。
でも、逆に美人すぎるからこそ声を掛けずらいというのもあるのかもしれない。
それでも彼女から声を掛ければ直ぐに打ち解けられる様に思える。
182 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:38:43 ID:jbjk43y6
ここまで考えて、
はた、と気付いた、自分が声を掛ければいいじゃないかと。
別に友達になれないにしてもこんな美人と話して損をするなんて事はあり得ないだろう。
丁度これから黒板横で輪を作ってる雲海のところに向かうので、
ついでに声を掛けるのもいいだろう。
僕は席を立ち、窓の方に向いている彼女の後ろから
「綺麗な髪だな、こんなに綺麗な髪は初めて見たよ」
と、言ったが後悔した。
いきなり挨拶もなしに、
背後から声を掛けて驚かない方がおかしい。
何より自分に言われてると気付かないで、
こっちに振り向かなかったらかなり虚しいじゃないかと、
しかしそんな考えは杞憂に終わり、
彼女はややあっけに取られていたが、こちらを向いてくれた。
「そう、ありがとう
そんな事言われたのは初めてだよ」
ん?初めてだったのか・・・・・・・・・
案外皆言わないものなのかな?
「そうなの?あまりの美しさに見惚れた位だよ」
思い返すとかなり恥ずかしい台詞だ
「あなたは冗談が上手いんですね」
しかし幸いな事に彼女は笑いながら流してくれた。
正直ありがたい。
「君は女子の方に声を掛けないの?かなりお節介だと思うけどさ」
そう言うと彼女は一瞬視線を自分の足元にやったあと
「声掛けたいけたいんだけどさ、
私って髪の色が普通じゃないじゃない?
だから声掛けるのが正直な話恐いんだよね。
君みたいに掛けてくるならそういう心配しなくてもいいんだろうけどさ」
なるほど、確かにそうだろう。
僕の場合は幸いにも友人が居るため、
そんな心配はいらないだろう
しかし、もし友人が居なかったと仮定するなら、
彼女程ではないにしろ声を掛けるのが恐く感じただろう。
たとえそれが美点になるとしても、
他の人とは違うという点を持っている彼女はさらに恐くなったりするのだろう。
「大丈夫だよ。
今日なんかは皆心をオープンにして友人を作ってるからね。
声を掛ければ大丈夫だから自信を持てばいいよ」
「・・・・・・・・・うん、そうだね。
ありがとう、頑張って声掛けてみるよ」
少し悩みながらも彼女はそう答えた。
性格も悪いみたいじゃなさそうだし、
きっと直ぐに友達が出来るだろう。
「じゃあ、頑張ってね」
そのままの流れで友人のとこに向かおうとして、
「あのさ、名前を聞いていいかな?」
まさか女子に名前を聞かれる日がくるとは・・・・・・
「坂田 健二だよ、君の名前は?」
「私は水無月 雪梨」例え、この後、HRでの王道、
自己紹介で聞く事になるのだとしても、
こんなに綺麗な人と名前の交換が出来るなど、
充分幸先の良い始まりじゃないだろうか?
183 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:39:44 ID:jbjk43y6
2
水無月 雪梨・・・・・・
自分の友達作りも、
雲海の紹介から輪に入り、
雑談を少しした事で上手くいった。
さすがに友人が居るとはいえ、
緊張はしたが別に大した事もなく、
直ぐに話に入れたので問題はなかった。
さすがに後押ししといて後は知らんぷりというのもどうかと言う理由から、
視線だけで水無月さんを探す。
彼女は窓際に居た、
先程のどこか退屈そうな感じで窓の方を見ていた顔と違って、
今は楽しそうに女子の中心で話していた。
良かったなと思う。
そんな事を思うのは単なる自己満足に過ぎないけれど、
それでも良かったなと思う。
今の心境を答えるとこうなる、
やっぱりか、と。
現在、教室では新学期でいう恒例の自己紹介が行われている。
早口で何を言ってるか分からないまま自己紹介を終える者、
テンションの上がりすぎでその場の勢いでネタに走る者、
だんまりしたまま流れで何も言わないまま次の人に回される者、
自己紹介なのにいきなり初恋の話を暴露しはじめる者、
只の人間には興味がありません、とよく分からん事を言い始める女子、
となかなか騒がしい雰囲気で自己紹介が行われていた。
まぁ、よくもこんなに自己紹介で盛り上がれるものだね。
だけどこれはこれで悪くないとも思う。
どうせなら僕もたまには普通に終わらせずに何か普通じゃない自己紹介をしようかな?
そう思っていると自分の番がきた、
「えっと、坂田 健二と言います。
ありそうでなさそう名前だねとよく言われます。
これから一年よろしく」
と、大した事も言わずに自己紹介を終えた。
やろうと思っても実際に行動したら大概はこんなものだな、
と思うと同時に、
自分には冒険心があるのだろうか?と自問していた。
やはりないのだろうと結論を出した頃、
水無月さんの番がきた。
184 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:40:16 ID:jbjk43y6
「私の名前は水無月 雪梨と言います。
ここへは引っ越してきました。
現在は祖母と2人で住んでいます。
皆さんどうかよろしくお願いします」
水無月さん引っ越してきたんだ・・・・・・・
まぁ、人には色々な事情とかがあるものだしな、
勝手に自己完結しておこう。
そこで自己紹介は終わりかと思っていたが、
水無月さんは急に回れ右・・・・・・・性格に言うと僕の方を向いて
「さっきはありがとう」と、
お辞儀をしてきた。
さっき?・・・・・・・・・・あぁ、少し後押しした事か。
きちんとお礼を言うなんて律義だと思う
、ただのお節介をしただけなのに。
水無月さんは僕にお礼を言うと、
今度こそ自己紹介を終えて席に着いた。
お礼を言われるのは気持ちのいい事だが
、さすがに自己紹介という場でお礼をされたら、
当然お礼を言われた僕が皆に注視されるわけで、
凄く恥ずかしい。
しかし、水無月さんは彼女なりに僕にお礼が言いたかったんだ、
という気持ちがあったのは分かるので、
彼女に何か言おうにも言えず、
結果的に教室は?マークと共に僕を注視する人間が大半の状態で自己紹介が進められた。
早く休み時間になんないのかな?
ようやくHRが終わり、
休み時間になった。
HR終了頃には注視される様な事は無くなって助かったけど、
休み時間になったら今度は今日出来たばかりの友人達から、
質問をされまくった。
あんな美人に抜け駆けはいかんだろとか、
こいつ・・・・・・フラグを立てやがって・・・・・・・・とかなんかも言われた。
フラグって何?
「そう言う位なら、君達も話掛けてくればいいじゃん。」
こう言うと友人Aはでもさ、と
「あんなに美人だとさ、
何か話掛けずらくないか?
なんかさ・・・・・・こう、高嶺の花みたいな?」
なるほど、確かにそうだろう。
あんなに美人だと気後れするのも頷ける。
でも、だったら何で僕は普通に話掛けられたんだろう?
その問いに友人Bは言った、
「鈍いんだよ」
なんか腹立つな。
185 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:41:08 ID:jbjk43y6
帰る前に委員会を決める事になった。
しかも帰る前とは文字通りに帰る前で、
放課後になる10分前にいきなり先生が決めると宣言しだした。
最初は皆がぶーぶー文句を垂れていたが、
先生の
「早く決めないと帰れないぞ?」
という有難いお言葉で気がつけば進行役が出来ていて、
書記もいつのまにか配置され、
黒板に委員会の名前をかなりの速度を持って書いている。
先生は素晴らしい策士ですね・・・・・・・・
委員会だが、昔から僕は保健委員だったので保健委員に立候補した。
幸運な事に立候補者は誰も居なかったのでとりあえず僕は保健委員に確定した。
理由は特になかったりするが、
なんとなくポリシーを感じて、
毎回保健委員に立候補してしまう。
僕が保健委員に確定したあと、
女子が保健委員に立候補した。
驚いた事にその女子は水無月さんだった。
他に立候補を誰もしなかったので、晴れて僕と水無月さんが保健委員という事になった。
何でだろうと思いはしたが、
決まった人は早く帰れるので、
水無月さんもそんな口だろうと深く考えず、
僕は帰宅する事にした。
お腹すいたな・・・・・・・・・
186 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:42:02 ID:jbjk43y6
3
僕の家は高校からかなり近い。
なんてったって徒歩10分で家から高校に行ける程だ。
家から高校に向かうのに10分という事は、
帰りも当然10分で着いてしまうので、直ぐに家に帰る事が出来る。
幸いにも、通路には繁華街を突っ切るので寄り道にも不自由にはなく、
学生としては破格の立地条件である。
元々、僕はもう少し上の高校に入れたのだけれど、
その高校に通うのには40分を要す。
なので通学時間が4分の1の現在の高校に通っているというわけだ。
レベルが少しとはいえ、自分より低いので授業も普通にやれば問題も起きないだろうし
お腹が空いているので、今日は寄り道して帰る事にした。
寄り道する前に、必ず確認しなければいけない事がある。
それは、自分の財力・・・・・・・・・この場合は財布の中身の確認である。
以前、財布の中身を確認せずに飲食店に入り、
財布の中身を見たら、
売っている食べ物の最低金額が、
自分の手持ちの金額を上回っているという事態に陥り、
考えた挙句の果てに水だけ飲んで知らんぷりして店を出るという事をした。
あの時の店員や周りの客の目を自分は一生忘れる事はないだろう。
財布の中身・・・・・・・・・よし、それなりにあるな。
自分の財力を把握出来た所で、
そのまま蕎麦屋(今日は蕎麦の気分だった)に行こうとして、
「けんちゃーん」
それなりの距離からの声が僕の動きを止めた。
今までの人生の中で自分をそう呼ぶ人間は2人、
そのうちの1人はあり得ない事なので、
結果的に声の人物の姿を捉えなくても直ぐに誰かは分かった。
その人物―――田村 夏夢はこちらに向かってきている。
彼女とは5年位の付き合いで、
幼なじみとまではいかないものの、親友の間柄である。
髪は黒でショート、まぁよく居そうな活発な少女、
容姿は親友補正なしでも、美人に入るとは思う。
でも、活発なのでそんな風に感じにくかったりする。
ちなみに背はお世辞にも平均とは言えなく、背の事を言うといきなり殴られる。
中学時代はよく遊んだりしたものだけど、
高校が変わってからはそんな事もなくなるんだろうなと思っていたので、
高校初日から会えたのは正直驚いたりした。
しかし、小学生からの友達、それが親友となれば尚更、
驚きはあるが、喜びは大きかった。
187 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:42:41 ID:jbjk43y6
「やあ、久しぶりだね」
とりあえずは普通にお約束の挨拶をした。
「うん、久しぶり・・・・・・・・・・あれ?一週間前に遊ばなかった?」
確かにその通りである。
「まぁ、気にしない気にしない」
「むー・・・・・・・まぁいいや。ところで今からお昼かな?」
「そうだよ、今から蕎麦食べにいくとこ」
「じゃあさ、一緒していいかな?私も今からお昼だしさ」
別に断る理由はない。
「あぁ、いいよ。でも奢りはしないからな」
財布の中身は少なくはないが、奢る程には入ってない。
「期待してないから大丈夫だよ。
けんちゃんにそんな甲斐性があるなんて昔から思ってないし」
その通りだが、奢らさせる様な人に言われる謂われはない。
「少しは言葉遣いとかきちんとすればモテるだろうに……勿体無い」
この台詞を言うのは何度目だろうか?
「別に今のままでもモテてるから安心しなさい。」
「じゃあ、何で未だに彼氏の一人も出来てないの?モテてるってまさか女子からとか?」
「ちが・・・・・・・・女子からもよく告白されたわね・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・世の中は案外面白く出来ているものだ。
「彼氏が居ないのは単純に私が他に好きな人が居るだけだよ。
もし、仮に居なかったにしても、
容姿やちょっと接しただけの性格だけで告白してくる人はどのみち願い下げだけどね」
どうやらモテるというのも案外羨ましい光景でもないみたいだ。
「ふーん、案外大変そうだね、モテるのって。
まぁ僕には所詮無縁の話だね」
本当に、バレンタインデーに義理チョコを貰った事しかない僕には無縁の話だ。
「そうなんだよ、別に好きでもない人に告白されまくっても良いことなんて一個もないものよ。」
「そういえばさ」
「ん?」
危うく流しそうになったが、流すには惜しい台詞を聞いた。
「夏夢って好きな人居たのだか」
「まぁね、そりゃあ高校生になって好きな人の一人いないなんてレズ位なもんでしょ」
良い人に出会えなかったという事もあるが、今はスルーしよう。
「それでさ、それって誰?
高校で会った人?
それとも中学の時からの知り合い?
隠しキャラで皆が知らない幼馴染みとか?」
人は他人の恋愛事には、つくづく野次馬をするのが好きなようだ。
現に、僕がこんなに興味を示した事なんてここ3年位ない気がする。
「んー・・・・・・・・・・幼馴染みではないけど近い、中学からの付き合いではあるわね。」
「告白なんかはするのか?」
そう聞くと彼女はうーんと、数秒悩み、
「分かんない、でも出来れば向こうから告白してほしいな」
「分かんないって事は向こうも、
夏夢の事を好きだと言う事なのか?」
「多分そうだよと思うよ。それに、まだ進展なんかはないと思うけど、
一つだけ確かな事があるよ」
「確かな事?」
聞いた瞬間に背筋がきた。
何が来たのかは分からない。
だけど確かに何かがきた。
188 :
溶けない雪:2007/09/27(木) 17:43:45 ID:jbjk43y6
「私はその人を絶対に手に入れるって事」
そう言い、夏夢は僕に笑っていた。
でも、いつもの笑顔などの類いでは決してない。
その笑みは・・・・・・・そう、初めて見るが狂喜の類いだ。
別にこれが狂喜だとか分かっていたわけではない。
只、本能的にそう思った。
結局、蕎麦屋に入ったはいいが、
メニューを見てるうちにうどんが食べたくなり、うどんを食べた。
その後、少し夏夢とウィンドウショッピングをし、夕方頃に各自帰路についた。
道で別れた後、しばらくして夏夢が振り返り、健二の背中を見ながら
「絶対に手に入れるからね………」
と呟いた。
その呟きを聞いた者は、誰も居ない。
投下終了です
気付いた事、アドバイス等あるひとは
教えていただければ幸いです
3話昨日で終わらなかったorz
前回と比較して、格段に読みやすくなりました
続きに期待しています
これは早速いい病み具合で…GJ
読みやすさも申し分ないし、この先も期待しています
GJGJ
最後の場面で急に視点が変わったのでちょっと戸惑ったけど
新しいヒロインは独占欲強そうで可愛いし
続きを楽しみに待ってます
きもかわいくていいな
194 :
羊と悪魔:2007/09/28(金) 06:12:59 ID:FGMYK50Z
「……あきら?」
階段を降りたその先、生徒昇降口を目前にした廊下に、赤い髪の女の子が立っていた。
薄く笑うその表情は、以前にも見た。背筋が冷たくなるような、あのときの微笑み。
あきらは何も言わずに、困惑する私たちを見上げている。彼女の眼は前髪に隠れていてよく見えない。見たくもない。
「何の用? 石橋さん」
玲が尋ねる。玲だけはなぜか冷静らしい。理子ものぞみも、動けないでいるというのに。
──何故、私は動けないのだろう。
「あなたに用はない」
あきらが答えた。その声は、暗い校舎によく響く。彼女の声を聞いたのは小学校以来だけど、少し大人びた気がする。
赤い髪が揺れた。あきらが階段を上ってきていたことに気付くのが一瞬遅れた。同じ段に一列に並ぶ四人の中から、私を目指して昇ってくる。
私に。
「…………!」
あきらの顔が近い。あと一段上れば顔がぶつかってしまうような位置で、あきらは足を止めた。
相変わらず前髪が邪魔をして、あきらの眼は見えない。
「な、なに?」
私が喉の奥から搾り出した言葉を覆うように、唇を塞がれた。
…………。
……私、キスされてるっ!?
しかも同性に!
唇が離される。混乱する私の耳元に、あきらが何事か囁いた。
「愛してるよ、きみこちゃん」
……私の聞き間違いデショウカ? デスよね? いや、そうに決まってる。同性に告白されるなんてそんな、漫画じゃあるまいし。
ファーストキスを奪い去られ、さらに爆弾発言を投下された私の頭は、白絵の具で塗りつぶされたように真っ白になっていた。
当のあきらは何もなかったように踵を返して階段を降り、そのまま生徒昇降口に行ってしまう。
ちょっと待てなんだこの状況。私の頭は、冷静さを求めていた。
195 :
羊と悪魔:2007/09/28(金) 06:13:36 ID:FGMYK50Z
やってしまいました。
とうとう、私の想いを伝えることができたのです。
言葉にして初めて、私は私の気持ちに気付いたのです。私は、きみこちゃんを愛しています。
ああ、今日はなんていい日でしょう。今すぐ踊りだしてしまいたいくらいです。
「ねぇ、ちょっと」
浮かれてスキップしかけた私に、誰かが声をかけました。
振り向くとそこには、きみこちゃんを分厚い本で叩いた、眼鏡をかけた他人がいました。
「何の用?」
私は精一杯の敵意を込めて尋ねます。しかし、その他人は表情も変えずにこう言うのです。
「明日の放課後、美術室に来てくれないかな?」
「いやだ」
きっぱりとそう言って、私は害された気分を落ち着けようと胸を抑えました。
心音が骨と筋肉を伝わって、私の頭の中で何重にも響きます。
「即答か……。うん、面白い」
眼鏡をかけた他人の呟きが聞こえましたが、私は無視することにしました。
胸と喉が酷く痛みます。
家に帰るまでの記憶がありません。
無言の父と母の横を通り過ぎようとして、私はふと気付きました。
彼らを、父と母を、私はもう他人とは思わなくなっています。
何故でしょう。何も言わない彼らをじぃっと見ても、理由はわかりませんでした。
害された気分は、彼らを見ていて少しだけ癒されました。
相変わらず、彼らから愛は感じないのに。
196 :
羊と悪魔:2007/09/28(金) 06:14:09 ID:FGMYK50Z
「ごめん、あたし先に帰る」
玲がそう言って昇降口から出て行くのを見送りながら、私は先ほどからずっと呆けていた。
理子とのぞみがさっきから携帯電話をいじっている。多分さっきのことを広めているのだろう。止めたかったけど、止める気力が起きなかった。
女が女に告白されるなんて話題性抜群。あきら、あんたどこまで話題性を集める気? 話題性を七つ集めても願いは叶わないぞ?
いけない、冷静な思考ができてない。いつからドラゴンボールになった。
今日はさっさと帰ってさっさと寝よう。そうしよう。
次の日、私は学年中の友人たちから追究されることになった。
「あの石橋さんからコクられたって本当!?」
「うん、そうみたい……。今でも信じられんわ」
「希美子ぉ、あんたそういう趣味あったの?」
「ねーよ!」
「ねぇ、キスまでされたんだよね? どんなだった!?」
「聞かないで! 頼むから聞かないで!」
「実はあたし、あなたのことが……」
「冗談でもやめなさい! 私にそういう趣味はない!」
とまぁ、こんな感じである。この間に溜まった私の疲れ具合は、察して欲しい。
朝、授業の合間、昼休みと、空いた時間があれば彼女たちは嬉しそうに楽しそうに私のところにやってくる。中にはちらりちらりと男子の姿も見えた。
放課後になっても人溜まりは絶えなかったが、段々その人溜まりに隙間が出来始めていた。さすがに一日も経てば飽きるか。
「大変だね希美子」
のぞみが他人事のように言う。まぁ、彼女にとっては他人事だろうが。
「のぞみ、あんた部活は?」
「サボリーん。ここで希美子見てるほうが楽しいもん」
「私はバラエティ番組か」
サボると美術部顧問の長門先生が怒るぞ、と心の中で呟いておく(ちなみに言うと、長門先生のフルネームは長門啓介、男性である)。
ふと、人だかりに空間が出来ていることに気がついた。自然に空いたのではなく、みんなが意識的に空けている。
その空間の中心に赤いものが見えて、私はため息をついた。ああ、元凶が来た。
「きみこちゃん」
あきらが、例の薄い笑いを浮かべていた。
ざわざわとした女子たちの会話が、いつの間にかひそひそとした小声になっている。
「……何の用よ」
「昨日のこと」
あきらが微笑む。その表情を見るたびに私の背筋が冷たくなっていく。
「私、きみこちゃんのこと、好き」
そしてとびっきりの笑顔で、そう言った。
「ああそう。私は好きでもなんでもないわ。同性愛者じゃないし」
「そっか。でも、それでいいよ。きみこちゃんが私のこと嫌いならそれでいい。私がきみこちゃんのこと愛してるから」
……てっきり逆恨みするのかと思ったら、逆に「それでいい」と即答されてしまった。その反応は逆に困るのだけれど。
197 :
羊と悪魔:2007/09/28(金) 06:14:53 ID:FGMYK50Z
私の想いを伝えるのは二度目です。
きみこちゃんはなんだか困った顔をしています。その顔も、なんだか可愛らしい。
胸が熱くなってきます。きみこちゃんのことを想うと、痛みは熱に変わると気付いたのは、昨日のことでした。
「じゃあね、きみこちゃん。またね」
少し名残惜しいですが、私は帰ることにしました。
……これ以上、他人たちに囲まれていたら、私はこの殺意を抑えることができません。
背を向けて、樹立する他人たちの群れをかき分けようとしました。
「あ……! ちょっ……」
きみこちゃんが引きとめたような気がして、私は振り返りました。
「……やっぱり、なんでもない」
なんでもないようですので、私は他人たちの群れをかき分け始めました。
しかしなんなのでしょうか、この蝿のような他人たちは。
私の進んでいる道を遮り、何事かを鼻の下にある穴から吐き出します。その雑音は音声が大きく、私には聞き取れません。
「邪魔。どいて」
私がそう言うと、他人たちは道を遮るのをやめました。雑音は消えません。
熱かった胸に残るのは痛み。その痛みは喉まで這い上がってきます。
この痛みが頭まで来たら、私は。
私は。
私は?
どうなるというのでしょう。
ふと、目の前に誰かいるのに気付きました。
昨日の、きみこちゃんを本で叩いた他人。何故あの他人が?
「いや、本当にありがとう。前々から貴女のこと、モデルにしたかったんだ」
ここは美術室のようです。ああ、思い出しました。帰ろうとしたところで、そこにいる他人に誘われたのです。
『私の描く絵のモデルになってくれないか』
何故私は承諾したのか、憶えていません。ただ、酷く頭が痛みます。
私は椅子に座らされ、そこにいる他人は絵を描く道具の準備をしています。
「今日はもう他の部員も帰ったし、長門先生は今日は出張なの。今だけはあたし専用の部屋よ」
私とそこの他人以外、美術室には誰もいません。私たちを見下ろすのはモナリザのコピーです。カールクリノラースくんは何も言いません。
「それじゃ、脱いで」
…………。
「人を描くときには裸体が一番なのよ。だからほら、脱いで。もちろんお礼はするからさ」
言われた通り、私は制服を脱ぎました。まだ初春の風は、少し寒いです。
「ああ、下着も脱いでね。靴下も」
言われた通り、下着も靴下も脱ぎ捨てます。
「へえ……普通の人は大抵躊躇するのに。まぁいいや、それじゃあ座って」
そして私は再び椅子に座らされました。
一糸も纏わぬ姿を、他人に晒して。
何故でしょう、胸と喉、頭の痛みが増していきます。
そこにいる他人は鉛筆を持って、白いカンバスに線を引いていきます。その姿を見ていると、私の心が痛むのです。
198 :
羊と悪魔:2007/09/28(金) 06:16:04 ID:FGMYK50Z
羊と悪魔、続きです。ようやくデレ分が出た気がします。
>>189 GJ
一話二話より格段に良くなってます(文章の体裁を除外しても)
気付いたのは風景描写をもう少し入れても良いかな、て事です。
流れは良いのでこのまま頑張って下さいね。
あ、あと一話二話は推敲して新しくなってますが、
肉付けを増やしたせいで、勢いが無くなってるかな、と。
推敲する際、足すのは楽ですが、削るのは案外難しいです。
そこに留意すると気持ちの良い文章になると思います。
>>198 可愛い、けどなにか不思議な雰囲気。
一癖ありそうな子も出てきてどうなるのか
保守
6レスほどお借りします。
「発射180秒前。79、78、77……」
カウントダウンの無線交信が聞こえる。今、僕が居るのは外宇宙探査船の操縦室だ。
3分後、僕と彼女は二人、宇宙という漆黒の大海原への大航海に出るのだ。
同時多発的に打ち上げられる第二次外宇宙探査隊。
その最初の打ち上げを直前に控え、地上との無線交信も緊張感に満ちている。
無論、僕もそれは例外ではない。心臓がドクンドクンと大きな音を立てて動いているのが感じられる。
「120秒前。19、18、17……」
……数年前に派遣された第一次探査隊は全滅した。その理由は公表されていない。
原因究明を待つべきだという意見が大半を占めていたが、結局二度目の探査が行われる事になった。
「失脚を恐れた官僚の仕業」「第一次隊は無事で、これは予算を稼ぐの嘘」なんて噂もあった。
僕にはその真偽はわからない。知る必要もない。重要なのはこの任務を成功させられるか否かなんだ。
「90秒前、89、88、87……」
カウントダウンの合成音声はただただ冷淡に発射までの時を告げる。
目線を感じて顔を横に向けると、そこにはバイザー越しに彼女の柔らかな笑顔があった。
――大丈夫、上手くいくよ
そう語りかける様な視線が僕に向いている。ただそれだけで、僕の緊張が若干和らいだ気がした。
思えば僕は彼女にずっと支えられてきた。
第一次探査隊が全滅したというニュースを聞いた時、愕然とする僕を励ましてくれたのは彼女だった。
第二次探査隊の募集に真っ先に参加しようと言い出したのも彼女だった。
周囲の大反対にも粘り強く説得を重ね、前後して僕たちを襲ったストーカー騒ぎにも負けずに。
最後の方は僕よりもむしろ彼女の方が熱心だった気さえしてくる。
候補に選ばれてからの厳しい訓練に、挫けそうになった僕を叱咤激励してくれたのも彼女だ。
「ちょっと、こんなところであきらめる気? 冗談じゃない。今までの努力はどうなるの? 夢の実現は? 」
その厳しい声に何度助けられた事か。だから僕は彼女に全幅の信頼を寄せている。
彼女とならどんな事態でも乗り越えていける。そんな万能感が僕にはあった。
「発射60秒前。59、58、57……」
とうとう発射まで一分を切った。僕たちは発射前の最終チェックに追われている。
何重にも張り巡らされた管理コンピュータシステム。その全てが万全の状態を表すグリーンを示していた。
僕たちに出来るのはここまで。あとは何かに祈る事ぐらいしか出来ない。
「発射10秒前。9、8、7、メインエンジン点火」
エンジンに火が入る。周囲に響き渡る轟音。緊張の一瞬。ここまで来たらもう引き返せない。
コンピュータを、地上スタッフを、技術者達を。そして何より傍らに居る彼女を、信じるしかない。
今まで幾多の困難を乗り越えてきた僕たちなら、大丈夫だと。
「……4、3、2、1、0。リフトオフ! 」
――この計画の第一段階にして最大の難関、地上からの打ち上げは無事成功した
「コンピュータ、手動チェック、そのどちらも問題有りません。現在……」
彼女は地上基地との交信に追われている。計器パネルに目を走らせる度に短い黒髪がふわりと動く。
その重力から解き放たれた姿を見てああ、今僕は宇宙に居るんだなという事を再認識する。
と、彼女の顔が僕の方を向く。その視線は作業を止めている僕を咎めるものだ。
僕は急いでコンピュータに向きなおると、再び次の行程への準備に取り組み始めた。
この探査船は、従来までの問題点を解決した最新鋭の超光速宇宙船だ。
完全循環型のシステムは乗組員3人までのほぼ半永久的な生命維持を保障する。
巡航速度の問題を外部と内部で時間の流れを変化させるという魔法のような方法で解決した。
これは同時に乗組員の寿命による探査期間の制約も緩和する。
だがその代償として一切の無線交信が不可能になってしまう。次の交信は機内時間で一週間後だ。
その間に地球ではどれだけの時が流れているのだろうか。
社会情勢の変化によっては、知り合いが皆死んでいるという事さえ有り得るのだ。そう考えると心細くなる。
「……では準備が出来次第、巡航フェーズへと移行します。交信終了」
そして、もしかしたら最後になるかもしれない地球との交信が、終わった。
「遂に、ここまできたんだね。」
感慨深げな声に振り返ると、そこにあったのは若干苦笑い気味の笑顔だった。
「まさか本当に君とここにこれるなんて、思ってもみなかったよ。」
そう。とうとう幼い頃からの夢が現実となったのだ。
努力だけではこの場所に立つ事は出来なかった。その裏には数多くの幸運があったに違いないのだ。
僕は彼女に笑顔を返すと、画面上で返事を待つコンピュータにエンターキーで回答した。
そして、船は巡航モードに移行する。
シートベルトを外し、機体後方へと直線的に移動する。訓練したとはいえ無重力下での移動にはまだ不慣れだ。
分厚いドアを潜り抜けると、そこにあるのは暖色系の照明に彩られた居住スペースだ。
さらにその奥にある寝室に入り、重い防護服から着替えながらこれから一週間何をして過ごすかを考える。
病的なまでの自動化のおかげで、巡航に入ると僕たちはする事が無くなる。端的に言えば退屈だ。
もし外を見渡そうとしても、光の速度を超えているのでそこにあるのは只の漆黒だ。
ただ自分たちの健康に気を使い、なるべく怪我の無い様に生活するだけの日々。
その退屈を紛らわせる為、コンピュータ内に本や映画、音楽等のデータが大量に詰め込まれているくらいだ。
……その中に18歳未満お断りな物も含まれている事には驚いたが。
その時、ドアが開く音がした。顔を下に向けたまま私服姿の彼女が僕に向かって飛んでくる。
彼女は無重力下での行動には不向きなスカートを履いていて、そして……
「ふふっ」
彼女は笑っていた。最初は含み笑いだった声が徐々に大きくなりそして、
「あはっ、あははっ! あははははははは!!」
遂には哄笑へと変わった。気が狂ったかのような笑いを続けながら僕の方に突っ込んでくる。
戸惑いに固まる僕に彼女はかまわず抱きついてきて、そして……口付けた。
いきなり舌をねじ込むディープキス。情熱的に絡んでくる彼女の舌。腰に手を回されているから離れる事も出来ない。
慣性の法則に従って運動し続けた身体が壁に接触したところでようやく彼女は唇を離した。
僕らの口から零れた唾液の橋は、すぐに丸くなって換気口の方へと吸い込まれていった。
興奮と混乱で頭が真っ白な僕は彼女の、かつて見た事のない妖艶な笑みを見つめる事しか出来なかった。
「あははははっ! これでやっと夢が叶ったんだ!! ここまで長かったね。うん、本当に長かった。」
途方もない違和感が僕を襲う。目の前の彼女がまるで別人のように感じられた。
「ねぇ。君とわたしの夢って、実はちょっと違うんだ。知ってた? 」
何の事だ? 現にさっき夢が叶ったって言ってたじゃないか。
「わたしの夢はね……君と二人っきりで過ごすこと。ううん、そうじゃないね。君をわたしのものにすること。」
その言葉に頭が回転を再開する。確かにここは二人きりだ。邪魔が入る余地などありはしない。
でもまさか、募集の後押しをしたり、訓練中励ましてくれたのは、全部その為だとでもいうのか……!?
「そうだよ。最初は君を何処かに監禁してしまおうと思ったんだけど、その維持を考えると現実的じゃないなって思って。
ここなら絶対に変な害虫も付かないし、何より政府公認だもんね。ぜーんぶそのためにがんばったんだよ?
あのクソ教官の拷問みたいな訓練にも、セクハラ上司の厭味にも負けずにね。褒めてほしいくらいだよ」
彼女が絶対しないような言葉遣いが、快活な性格の裏に隠された黒い感情が、僕の衝撃を大きくする。
「ねぇ、何で第一次隊が全滅したのか教えてあげようか? 」
何故彼女はその理由を知っている? そう思いつつも好奇心には勝てずに首肯を返す。
「技術的には何の問題も無かったの。彼らはね、簡単に言えば孤独に押しつぶされちゃったんだ。
どんなに厳しい訓練を重ねた屈強な精神でも、報われないかもしれない任務に絶望してしまったのね」
そうだったのか……。納得すると同時に、自分もそうなってしまうのでは、という恐怖がこみ上げてくる。
「でもね、わたしたちは大丈夫。絶対に絶望なんてしない。だってここに居るのは君とわたしの二人なんだもの」
何故そう言い切れるんだ? 第一次隊だって二人ペアでの行動だったはずだ。
「偉い学者さんたちが考え付いたの。強い依存関係にある男女なら、これを乗り越えられるってね。
特に女の側が奉仕的で、独占欲強くて、周囲を傷つけることにためらわない性格が最適なんだってさ。
ストーカー騒ぎのこと覚えてる? あれはね、わたしたちに適性があるかを判断する試験官だったの。
わたし、その人達にお墨付きもらっちゃった。だからわたしたちはここにくることが出来たの。他の探査船の人達もそう。
皮肉だよね。地上では病的だって言われるような人間のほうが宇宙での生活に適してるなんて。」
一気にしゃべりきった彼女はもう一度僕に口付けてくる。それは甘美で、捕らえたものを決して逃さない魔法。
腰に回していた手がズボン越しにさっきから興奮しっぱなしのソレに触れる。
情熱的に絡み合う舌が、布越しのもどかしい刺激が、僕の精神を侵していく。
永遠のようなキスが終わると、彼女は微笑みながらポケットから何かを取り出した。それは白い錠剤の詰まった小瓶だった。
「ねえ、コレ何だかわかる? コレはね、最先端の不妊薬なの。後遺障害も副作用もなしのパーフェクトなおクスリ。
でも政府のお偉いさんがこんな物は倫理に反するって大反対して結局一般に発表されなかったんだ。勿体無い話だよねぇ」
それはそうだ。そんな薬があったらみんなナマでヤり放題だ。宗教色を強めるあの国がそれを認めるとは思えない。
「でもその分こういう任務には最適なの。だから船内に特製の合成プラントまで作ってあるの。
きみの子供を産めないのは残念だけどここで子育てするのは大変だからね。人が住める星が見つかるまで我慢しなきゃ。
でも、その分妊娠なんて心配しないで思いっきりナカに出しちゃっていいんだよ。
わたしも君のアソコからせーえきがびゅくっ、びゅくっ、って出てくるのを感じたいの」
彼女の口から出てくるとは思いもしなかった卑猥な言葉。その一つ一つが、僕を昂ぶらせていく。
「だからね…………しよ?」
その一言で、僕の理性はいとも簡単に崩れ去った。今度は僕の方から口付ける。
彼女は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに蕩けた笑顔でキスに夢中になった。
そして僕たちの顔の間に三回目の橋が渡って切れた時に、彼女は飛び切りの笑顔で僕に囁く。
「これからは、ずっと一緒だね」
――そしてこの日から、僕たちの、僕たちだけの世界が、始まったんだ。
以上で投稿終了です。
ヤンデレスレ初投稿ですが、書いてるうちにヤンデレっぽさがなくなってしまいました。
まとめサイトの偉人たちの偉大さを改めて実感した次第です。
また、SFに明るくないため突っ込み放題な設定なのは仕様です。ご容赦ください。
リアルタイムGJ!!!!!!!!!!
目的を手に入れるために宇宙まで…スケールでかいぜ…
初リアルタイムキター
コレはすばらしいな
あなたが神か!
214 :
名無しさん@ピンキー:2007/09/30(日) 23:37:39 ID:FAG11Wmm
投下乙
凄く読みやすく、また良い感じでまとまっていると感じました
鬼畜王の「宙へ……」エンドをおもいだしてしまった
こういう閉じられた二人の世界っていうのは大好きだ、GJ。
溶けない雪4投下していきます。
218 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:44:51 ID:lnCyGbRC
4
朝、8時頃に目を覚ました。
普通の学生の場合ならここで遅刻だと朝から騒ぐ時間帯なのだろうが、
自分にはさほど問題無い時間だ。
顔を洗い、服を着替えて、朝食を食べ、歯を磨き家を出た。
今日は曇りなので傘を持っていこうとも思ったが、
結局、降らなかった場合は邪魔になるので持っていくのをやめた。
学校に着いた時間は8時23分。
ちなみに、学校は8時30分からだ。
遅刻はしてないとはいえ、もう直ぐで授業が始まる時間なので、
教室には既に大体の生徒が揃っている。
「おはよう」
席に着くと水無月さんに挨拶をされた。
驚かなかった、と言えば嘘になる。
多少話しただけで女子と挨拶しあうような間柄になるとは思ってなかったからだ。
でも昨日の自己紹介の事を思い出すと、きっとこんな子なのだろう。
「あぁ、おはよう」
少しだけ遅れたが、こちらも返事を返す。
席に鞄を置き、昨日同様、黒板の横で輪になっている雲海達の所に行く。
「やぁ、ニブチン君」
いきなり友人Aに変な呼び方をされた。
ニブチンと言われても直ぐには分からなかったが、
少し考えると昨日の事を引っ張ってきたのに気付いた。
まだ会って2日目で友人からあだ名で呼ばれるのは、
上手く行っている事の現れなのだろうが、あだ名があだ名なので複雑な心境だ。
「やあ、皆おはよう」
とりあえず複雑なのでスルーした。
「おはよー」
既に挨拶をした友人A以外から返事の挨拶がきた。
「スルーですか・・・・・・・・・」
「残念ながら、僕はあまりリアクションを取りずらいのにはスルーするのだよ」
実際に、前フリ無しでいきなり変なあだ名で呼ばれてもリアクションに困るだけだ。
数分程、雑談をしていると、教師が来たので席に着いた。
来るのが早く感じたが、7分しか時間がなかったので早いのは当たり前である。
2日目からいきなり授業に入ったので、
なんかいやだなーとか思ったが、まだ授業は初日で、
雑談ばかりで授業と呼べるものは全くなかったので問題はなかった。
正直、授業をしないまま昼休みに突入した。
教科書を鞄に入れると、雲海と他数名がこちらにやってきた。
「遂にきたな」
「うん、遂にきたね」
いきなり主語がない言葉を雲海に掛けられたが、
何の事か分かっていたので会話は成り立った。
「念のため、それなりに持ってきたな?」
「うん、持ってきた」
また主語がないが、前述した通り、何の事かちゃんと分かっている。
「では………………食堂に行こうか」
219 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:47:19 ID:lnCyGbRC
そう、食堂である。
実は昨日、この高校には食堂があるので、
グループ内の皆で行こうと話していたのである。
別に、日常化すればどうでもよくなくなるとは思うが、
初めて行くとなると話は変わってくる。
ちなみにそれなりに持ってきたか?とは財布の中身の事である。
値段が分からないので、念のために多めに持ってこようという事になっていた。
いくら位か調べてこようか?と聞いたが、
無粋な真似をするんじゃねぇ!と何故か怒鳴られた。
そんなわけで、友人達で食堂に向かった。
多少迷った。
食堂に着いた瞬間、あれ?と思った。
食堂というのは漫画とか小説みたいにかなり混雑している、
というイメージがあったのだが、他の食堂はどうなのかは置いといて、
ここの食堂は大して混雑していなかった。人はそれなりに居るが、
それでも席はそれなりに空いているし、
券売機の前に人が列を成しているというわけでもなかった。
友人達も同じ事を考えていたようで、呆気にとられていた。
所詮は作り話か・・・・・・・・・・・食堂としても、
入ってきた人の勝手な思い込みで、
まじかよみたいな顔をされるなんてたまったもんじゃないだろう。
食堂の入り口にいつまでも立ち尽くしていたら良い迷惑だ。
僕が皆に促し、取り敢えずは券売機で券を買う事にした。
人が混雑してないのは値段が少し高いからじゃないか?と少し焦っていたが、
別に高くはなく、そこらの食堂より値段が少し安い位だ。
ほっとするのと同時に今度は不味いんじゃないか?という懸念が湧いてきた。
ここは安全性を考え、カレーにした。
値段も400とよく見る値段だし、カレーなら滅多に変な作りじゃないかぎり、
普通に食えるレベルだろう。やはり僕には冒険心がないのだろうか?
他の友人達も券を買った。僕と同じで無難にカレーにするもの。
俺は敢えてカレーより高い、カツカレーで行くぜといってカツカレーにするもの、
ここはA定食だな、と冒険するもの等。
ここに券は揃った。
券を出し、食べ物を受け取り、各々が席に座った。
それにしても僕含め、皆テンション上がってるな。
「じゃあ………食べましょうか」
雲海の食事の定番挨拶で、皆が食べ始めた。さて、味はどうなのだろう・・・・・・・
「・・・・・・・・・・美味い」
不意打ちだった。そう、美味いのだ。
さすがにちゃんとしたレストランとかに及ぶレベルとは言い難いが、
充分に美味いと言えるレベルだ。
カレーだから美味いのかもしれないと、他の面々を見たが、
皆うまくね?と口々に言いながら食べている所を見ると、
カレーだからというわけではないみたいだ。
220 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:50:05 ID:lnCyGbRC
想定外の味に、スプーンは進み、直ぐに完食した。
値段といい、味といい申し分ないが、では何で、人の数が微妙なのだろうか?
食堂とは案外こんなものなのだろうか。
午後の授業は不覚にも、眠くなってしまったので、
睡魔に抵抗などせずに、大人しく寝る事にした。
どうせ授業じゃないだおうししね。
5、6限を寝てすごし、さぁ、帰るかとなった時に、
「放課後は委員会があるので、属する者は全員、
指定の教室に向かうように。
サボるのは構わないが内申にかなり響くとだけ、アドバイスをしとくぞ」
先生からの連絡があった。
確か昨日も、同じ連絡をしていたような気がする。
僕は保健委員なので・・・・・・・やっぱりというか保健室か。
鞄を持ち、保健室に向かおうとしたところで、肩を叩かれた。
誰かと思い、振り向くとそこには水無月さんが居た。
あぁ、そういえば彼女も僕と同じ保健委員だったっけ。
「私達は保健室だね。早く行こう」
僕と水無月さんで保健室に向かう。
保健室は校舎の1階、僕達の教室が3階なので、その分歩く必要がある。
当然なのかもしれないが、歩いている間、会話等ない。
元々、初対面の人に話を掛けられないのがきっかけで、話をした人なのだ。
今更感があるが、何で水無月さんも保健委員になったのだろう。
男子で知り合いは僕しかいないからとかなのかな?
まぁ、やはりなんとなく、とかの確率の方が高い気もする。
どうせ会話もないまま、気まずい雰囲気なのだから聞いてみよう。
「あのさ、何で水無月さんは保健委員になったのかな?」
「え?」
いきなり話掛けたので、驚いたからなのだろう、質問に対する返答は返ってこなかった。
「僕が決まってから立候補したからさ。何でなのかな?って、思ってさ。
保健委員に始めからなりたかったんなら、
最初から立候補したと思うし、やっぱりなんとなくとか?」
前ふりなしのその質問に、水無月さんは
「んー・・・・・・・・・まぁ簡単に言うと興味が湧いた、ってだけだよ」
「興味?」
はて、興味を持つ様な事なんかあったかな?
「興味って、何が?」
「坂田くんに興味が湧いたのよ」
僕!?
「興味が湧くような事僕したっけ?」
「それは人によって違うのだろうけど、
私にとっては興味が湧く事を、坂田くんはしたわね」
「僕の、どこが水無月さんの興味を引かせたんだい?」
「私に話掛けた事だよ」
声を掛けたから?
「えっと・・・・・・・・・・水無月さんに僕が話掛けただけで?」
「そうだよ。」
そんなものなのだろうか?
水無月さん程に美人なら声を掛けられる事なんて普通だと思うのだけど。
深く考えようとしたが、既に保健室の前に着いていた。
薬臭い室内、授業中になると何故か使用率が上がるベッド、
グラウンドが一望出来る窓。現在、保健室に居る。
図書室や、放送室、普通の教室等は、小学校から中学校、
中学校から高校に変わる度に部屋ががらりと変わるものだが、
保健室になると大した違いは生まれてこないのは何故なのだろうか?
保健室で委員会が開かれてはいるが、保健室はなにぶん道具等が多いので、
人数分の椅子を並べる事が出来ないので委員全員が地べたで開かれている。
でも何で先生だけは椅子に座っているんだろうね?
221 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:52:21 ID:lnCyGbRC
別に立候補はしたが、積極的に保健委員の仕事はするわけでなく、
また、どうせやる事と言っても、今までと大差はないと思うので、
委員会での話は聞きながしていた。聞きながしながら、
僕は先程の水無月さんとの会話を思い出していた。
水無月さんは保健委員に入った事を、僕に興味を持ったからだと答えた。
それも、興味が湧いた理由が、話掛けられたから。
何でそんな理由で?本当に分からない。
何故そんな事で興味が湧くのかが、
やはり、人の考えてる事を当てるなんて僕には土台無理な話だったか。
この委員会が終わったら詳しい事を水無月さんに聞いてみる事にしよう。
最後に、独身の女性の先生のよくあるような台詞で委員会が終わった。
解散と共に直ぐに教室を出て、帰宅やら部活に向かう人達の中、
「水無月さん、ちょっといいかな?」
「ええ、いいですよ」
思えば、最初に声を掛けて直ぐにちゃんとした返事が返ってきたのは初めてだな。
まぁそれは置いといて、
「さっきから水無月さんの言っていた事を考えていたんだけどさ、
やっぱり僕の考えじゃ何も分かる事なんてなかったんだよね。
だから聞きたいんだけど、何で話掛けらたからなのかな?」
自分で言っといてなんだけど、さすがにしつこい気がする。
傍目には、美人に興味が湧いたと言われて、浮ついたやつに見えるだろう。
別に僕が浮ついているわけではないが。
「ごく、普通に声を掛けてきたから・・・・・・」
「え?普通?」
声を掛けるのに普通とかがあるのだろうか?
222 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:54:05 ID:lnCyGbRC
「なんというか、何も考えないで、声を掛けてきた男の人は初めてだったんだよ。
確かに、町を歩いてると声なんかよく知らない人に掛けられるし、
中学でもそうだった。
そんな男の人達は決まって、私に少なからず下心を抱いていたり、
私の容姿に興味本位だったの。でも、あなたは違う。
声を掛けたのも、私がクラスで浮き気味だったからだったし、
別に私と親しくなりたいという感じでもなかった。
だから私は坂田くんに興味が湧いたの。
初めて、私の容姿や、
興味なんて関係なしにはなしてきた坂田くんに」
言われてみれば、そうなるのかもしれない。
美人と話が出来る事を若干喜びもしたが、別に水無月さんが、
クラスに馴染んでいなかったら、多分話掛けるなんて考えもしなかっただろうし、
髪の事もただの感想、名前の交換で喜びはしたが、
それ以上親しくなろうなんて思いもしなかった。
現に朝、挨拶をされて僕は驚いた。
確かにそうなる。
初めて自分への接し方が違う人に会えば、興味が湧くのも分かる気がする。
それだけでわざわざ委員会を同じにする必要があるのかとも思うが、そこらへんは人によるだろう。
何はともあれ、これで理由は分かった。
「あぁ、なるほど。そういう事か」
「えぇ、そういう事です」
しかし、何でかと考えている間は思わなかったが、
今考えると、興味を持たれたと言われても複雑だ。
自分から話の出所をふったのだが。
「ええっと・・・・・・・・・では聞きたい事は聞けたのでこれで」
結局、どう言えばいいか分からず、帰る事にした
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
「あの・・・・・・・・そういうわけだからメアドを教えてほしいんだけど?」
そういうわけってどういうわけなんだろう?でも、これといって否定する必要もない
「あぁ、いいよ」
こうして、水無月さんとメアドの交換をした。
「それじゃあ、これで」
「えぇ、また明日」
水無月さんとは、高校から出る門から、帰路が違うみたいなので、
玄関を出てから直ぐに別れた。
まさか、水無月さんとメアドの交換をするとは思いもよらなかったが、
感想を言うと嬉しかったりした。それなりの年頃の男子なら、
女子とメアドの交換が出来て、嫌な気分になる人間などあまり居ないだろう。
223 :
溶けない雪:2007/10/01(月) 18:57:41 ID:lnCyGbRC
不意に、水無月さんの言っていた興味が湧いた、と言う言葉を思い出した。
「興味が湧いた・・・・・・・・か」
誰にでも言うでもなく、呟いた。
声を掛けられたから湧いたと彼女は答えた。
今思うと、自分でも不思議だ。
自分から女子に声を掛けるなんて、今までで言ったら、夏夢位なものだった。
では、何で自分は声を掛けたのだろう。
気まぐれ?
気まぐれとは違う気がする。
ではやはり美人だから?
そういうわけでもない。
優しいから?
今まで他人に、優しいねなんて言われる位に、他人に貢献した事などない。
では何で?
分からない・・・・・・・・
彼女は声を掛けた僕に興味が湧いたと答えた。
それと同じで、僕も、その時の自分に興味を持った。
何で、声を掛けたのだろう?
投下終了です。
前回アドバイスくれた方ありです。
・・・・・・・・・
やはり、食堂長すぎかな?;;
GJ
>>224 GJ。
素直クールな水無月さんかわいいよ、
病んだらどうなっちゃうのか楽しみだ。
あと、細かい所だけど
・・・・・・・・・←これは
……←に統一した方が良いと思うんだぜ、読みやすいし
227 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/01(月) 22:38:29 ID:e/GGWVda
>>224 GJ
この食堂の謎が物語の核に……!!
なったりはしないよな
ダメ男と依存症少女のプロットもどき
ダメ男は学校の成績は下の方から数えて3番目の成績であり
性格も他力本願で物事はすぐに諦めてしまう。学園の誰から見ても
史上最凶の駄目男。
依存症の少女は生徒会副会長であり、成績優秀で性格が良くて
皆から慕われている。学園の清純派アイドルとしてファンクラブを
結成してしまう程の美貌の持ち主。ついでにどこぞの大企業の
社長の娘なのでお金持ち
その二人が一体何がどういう経緯で付き合ったかは不明。
依存少女はダメ男の事をあんなダメな人を支えられるのは私だけ
あの人はいつも私を必要としてくれている
と依存している交際関係が続いていたが
一方、ダメ男は依存少女を彼女にしたことを後悔していた
優秀すぎる彼女に劣等感を抱いており、お金持ちである
ため、デートはいつも彼女が奢っていた。
プライドの高いダメ男はとことん自尊心を傷つけられて、
依存系少女と付き合うのが辛くなってきた。
ダメな自分を振り返り、もう一度だけ二人の関係を見つめ直した。
何もかも依存系少女に頼り切っていた自分を恥じて、
依存系少女から、自立することを決めた。
真面目に頑張って、依存系少女と釣り合うような男に俺はなる。
そう堅い決心をして、別れ話を持ち出した。
依存系少女は今まで自分に頼りきっていたダメ男が
自立するために別れると。
その言葉に精神的にショックを受けた。
私を必要しない=自分はもういらない。
そう、全て否定されて
彼女はどんどんと病んでゆくのであった・・・・・。
--------------------------------------------
まあ、元ネタは空鍋の楓ですかね。
ある人のために尽くして尽くして尽くすんだけど
家を出ると宣言した時のような壊れ方がイイW
依存症の女の子はきっとヤンデレ化しやすいと思いました
というわけで誰か書いてー
ダメ男だけどプライド高いって難しくないか?
俺やるときはやる人間だし〜
的な?
なんか男の言動で荒れそう
読んで不愉快にならないように描写するのって難しいよね
>>229 周りから見ると釣り合い取れてない「美人だけどツンデレな女」と「野獣だけど真面目で優しい男」のカップル。
二人は親の決めたお見合いの席で知り合った。
しかし周りから男と女は釣り合いが取れてない、他にふさわしいやつがいるなど陰口を叩かれはじめ、
ツンデレな彼女に男がそのことをそれとなく聞いてみてもとあいまいな返事しかしない。
所詮親の決めた出会い、女もほんとは自分が嫌なんじゃないか。ただ一方的に自分が女を好きなだけなんじゃないか。
男は疑心に駆られ始め、悩み始める。
ある日、男は女がとても自分では敵いそうにない別の男と親しげに話しているところを目撃してしまう。
それを見た男はやっぱり今の自分じゃ彼女には釣り合わない、だからもっとがんばって彼女につりあう男になろう、それから今度は親の力を借りず、
もう一度自分からアプローチしようと決心して彼女に別れ話を持ち出し、親や向こうの親にもそのことを話す。
親や周りもなんとなくこうなる事を予想していたので男のことを応援することにする。
しかし女の素直になれない性格ゆえか実は女のほうが男にベタボレだったことに周りも男全く気づいておらず、
別れ話をしたその日から女の行動がおかしなり始める・・
とかでもいいんじゃないかな。
まあオチは同じなんだけどさ。
修羅場スレのノン・トロッポとか似てるな
ニコニコで遊戯王GXを見て細かい事はどうでもよくなった俺が来ましたよ
あれは凄いね
ヤンデレで検索した
まあ確かにユベルはいいヤンデレだったんだ
人間捨ててまで惚れた相手を守り抜くとかあまりにも深すぎる愛の持ち主だし
なんだかんだ言ってハッピーエンドに終われたし
…何あの何でもありな世界
何でもありてアニメ自体そんなものだからねぇ、グレンラガンとか
スレ違スマソ
ユベルかわいいよユベル まあホモだけどな
ユベルは肉体改造の結果ふたなりになったから問題ないさ
確かに
>>229や
>>233は修羅場スレのノン・トロッポに結構似てるから
そっちを読んでみれば参考になるかも。
幼い頃の事故で片足が不自由な少年と
その事故を起こした自責の念からか過剰に少年の世話を焼く一つ年上の幼馴染の話。
文武両道で人望もある美少女が、友達もいなく片足が不自由な事以外は平凡な少年にベッタリな事に
学校中の多くの男子生徒が羨望と妬みの眼差しを向けている。
この事を重荷に感じる主人公が、似たような境遇のある一人の少女と友達?になった事をきっかけに
依存していた幼馴染からひとり立ちしようと決意する。
で、年上の幼馴染が段々・・・みたいな内容
残念なのは良い感じで伏線を張り終わって
本格的に修羅場スレ的な展開になっていきそうな所で未完の状態になってる事。
>>242 ノントロはよかったよなぁ。惜しいよね。
こういう切ない想いのすれ違いみたいなのっていいね。あんまこういう作品見かけないけど。
書いてみようかなぁ・・・
あれは主人公が片足が不自由になった理由がおぼろげながら明らかになりつつあったところで
続きが来ないっていうなんて生殺し状態なのがな…
いい加減スレ違いだからあっちでやってくれ。
※あの作者さん、連載中断した時に「体調崩したから投下は途切れがちになるかも」と言っていたから。
俺はノントロは読んでなかったからどーでもいいんだが、本人の安否は心配だ。
スマン、心配で思い出したんだが保管庫も更新止まってるんだよな。
管理人さん何かあったのかな。
近況なり出してくれると安心なんだけどねえ。
まあ復活したら協力できるように、ログ保存して待ってればいいかと。
テレビの消えた日の七海はヤンデレだよな?
249 :
羊と悪魔:2007/10/05(金) 00:39:49 ID:8ck79HaF
今日一日の疲れを風呂とベッドで癒す。
あきらのことをどうするかは明日考えよう。そうして私は眠りについた。
だから私は、知らなかった。
あきらが同性愛者なんてものじゃあなかったということを。
そして、あきらの異常性を。
それを知るのも明日だというのに私は。
翌日、私は珍しく早起きをして、朝早く登校した。
通学路の途中で理子とのぞみを見つけ、玲が家に帰っていないことを知った。
もしかしたらあの生粋の絵描きさん、まだ美術室にいたりして。そんな冗談を笑いながら、美術室に向かう。
冗談は現実になり、私たちは笑えなくなった。
玲は美術室にいた。ずっと、いた。
首から流れ落ちる血。光のない眼。力を失った腕と脚。
赤黒い海に横たわる少女。
かすかに、肉が腐る臭いがした。
その日学校は、休校になった。
250 :
羊と悪魔:2007/10/05(金) 00:40:23 ID:8ck79HaF
記憶が曖昧です。
昨日、私は美術室で何があったのかを憶えていません。
カールクリノラースくんは何も言ってくれません。
私は学校を休むことに決めました。休む口実を考えながら学校に電話をかけます。
……出ません。たまたま誰もいなかったのでしょうか。そう信じて受話器を置いた途端、電話が鳴り出しました。
「はい、石橋です」
『あ、もしもし。春日です。あきらさんいますか?』
「あの……私があきらですが」
春日。どんな人物でしたでしょうか。私の記憶の中にありません。そういえば連絡網の石橋という名前の隣に、春日という名前があった気がします。
『ああ、あきらさん? 丁度よかったぁ。あのね、連絡網。なんかしばらく休校するらしいです』
休校? 学校が? ……何があったのでしょうか。
『あのね、殺人事件があったみたいなの。他のクラスの……アケモリレイって子が、美術室で殺されてたって』
一瞬、目の前がぐにゃり、と歪んだ気がしました。
『だから、学校はしばらくお休みだってさ。これ次にまわしてね……つってもみんな野次馬気分で学校に残ってるけど』
?
ああ、そうでした。他人たちは皆登校しているのです。こんな時間にまだ家にいるのは学校が近くにある家の人だけでしょう。
「春日さんの家は、学校の近くにあるんですか?」
『ああ、あたしは風邪でお休みしてんの。……人殺しなんて、あたしの身近で起こるなんて思わなかったよ』
私もです、と思いましたが、口には出したくありません。
『あのさ、こんな話題の後で空気読んでないみたいなカンジなんだけどさ、ちょっといいかな?』
「なんですか?」
『女にコクったってホントな』
通話を切って、連絡網を取り出します。次の家は古塚と書かれています。
『はいもしもし』
いつの間にか私は電話番号を入力していました。
「石橋と申します。古塚さん──古塚一志さんのお宅ですか?」
『はい、そうですけど……一志ならもう学校ですよ』
「その学校からの連絡網です。学校で殺人事件が起きたそうなので、学校はしばらく休校するそうです」
『え? え、いや、え?』
「それでは」
通話を切りました。必要最低限のことは伝えたので、大丈夫でしょう。
イタズラだと思われたかもしれません。しかしすぐにイタズラではなかったと思い知るでしょう。
私はテレビをつけました。笑顔と化粧を貼り付けた他人が口から雑音を吐き出しています。テレビを消しました。
部屋に戻ることにします。朝食は食べていませんが、平気です。
暗い部屋で、裸になって、あの冷たい感覚を求めることにします。
骨の髄まで。冷凍庫の中のように。
251 :
羊と悪魔:2007/10/05(金) 00:40:56 ID:8ck79HaF
何があったのか思い出せない。私は何をしたんだっけ。
ああ、そうだ。
死体があって。
長門先生が来て。警察の人が来て。
パトカーに入れられて。警察署に連れてこられて。
いろいろ聞かれて。いろいろ答えて。
家まで送ってもらって。
いつの間にか夜中で。
一人になりたくて。散歩に出かけたんだ。
夜の公園は、とても静かで、暗い。しんと静まり返った花壇は雑草だらけで、誰も手入れをしていないらしい。
花壇の傍でふんぞりかえってるベンチに座る。そういえば、学校の制服のままだった。
顔を上げると、そこに玲の顔がある気がして、私はうつむく。そうしていると、目の前に玲の顔が浮かぶ。
目をつむる。それでも玲の顔は浮かぶ。耳を塞ぐ。玲が呼んでいる気がする。いやだ。
一人になりたかった。なのに今は、一人が怖い。
一人ぼっちの私は、この暗がりに押し潰されそうで。
「きみこちゃん?」
声がした。
顔をあげると、玲の顔の代わりに、あきらの顔があった。
「あきら……っ」
「大丈夫?」
こっちの気も知らないで、あきらは心の底から心配そうな顔をしてやがる。
そんな顔しないでよ。頼りたくなっちゃうから。
「あんた、こんなところで何してんの?」
「さんぽ。家がすぐそこなの」
あきらが微笑んだ。その微笑みは、何故だか暖かくなる。あの冷たくなる笑い方はしないのだろうか。
「私も散歩よ」
「そっか」
私も笑って、あきらもそれを返した。
252 :
羊と悪魔:2007/10/05(金) 00:41:49 ID:8ck79HaF
隣に座っていいでしょうかときみこちゃんに尋ねたら、きみこちゃんはいいよと言ってくれました。感激です。
「……いや、なんか近い」
きみこちゃんの隣に座ったら、きみこちゃんが何か嫌そうな顔をしました。
きみこちゃんに触れ合えるくらい近い『隣』なのですけど、私は何か過ちをおかしてしまったのでしょうか。
「まぁ、いいわ」
きみこちゃんは困ったように笑って、顔を自分の足元に向けてしまいました。
私はそんなきみこちゃんを、見ていることしかできません。
この暗闇の中で、きみこちゃんと二人きり。何故でしょう、胸が引き裂かれそうなくらい、熱い。
「知ってるでしょ? 殺人事件」
ぽつりと、きみこちゃんが唇を開きました。
「死んだ朱森玲って、私の友達だったんだ。あんたも会ったでしょ、眼鏡かけてた子よ」
眼鏡をかけた。何故か、頭が痛みます。
「会ってから一、二ヶ月程度だけどさ……私は玲のこと、友達だと思ってた」
友達。あの眼鏡をかけた塵が、友達? あんな淫乱売女な他人が、友達?
「その友達が、死んでたの。首から血を流して、首にっ、首に、…………」
だめ。
きみこちゃんは、あんな塵のために涙を流してはだめです。
違う。あんな塵が、友達であるはずがない。そうです、あんなのは、殺さなければいけないのです。
殺さなければ。
『本当さ、石橋さんってスタイルいいね』『…………』
『こんな綺麗な身体してて……勿体無いよ』『…………』
『顔も、胸も、ウェストもカンペキ……』『…………』
『もちろん希美子もね。あなたも希美子も、本当に綺麗よ』『…………』
『ねぇ。あたしと石橋さんて気があうと思わない?』『…………?』
『実は私もね、女のコがスキなんだ』『…………』
『……ねぇ、一緒に希美子を襲っちゃわない?』『…………!』
『場所も時間も、もう完璧なの。道具もあるのよ』『…………』
『石橋さんさえよければ、だけど……一緒に、希美子を犯さない?』『…………っ!』
『あぁん……どんな声を聞かせてくれるのかしら、希美子は』
『穢すな』
『え?』
『きみこちゃんを穢すな』
ドッ────
鈍い音と鋭い感触。赤い赤い、汚濁まみれの赤い花。
そう、あんな塵は死んだほうがいい。きみこちゃんを穢すなんて、そんなこと許さない。赦しは、しない。
253 :
羊と悪魔:2007/10/05(金) 00:46:40 ID:8ck79HaF
はいどうも、羊と悪魔の続きです。
ついに事件が起きてしまったようです。
殺されたのは眼鏡がトレードマークの玲。実はレズだったようです。
あとはラストスパート一直線のはず。
>>253 GJ!!
なんか興奮してきた
続きが待ち遠しい
いつからでしょう。
父が母に愚痴を度々こぼすようになったのは―。
父が知らない女の人に怒鳴られているのを見たのは―。
父のやつれた表情を見るようになったのは―。
誕生日、決まって連れて行ってくれたレストランへも行かなくなったのは―。
幼心に偉大なものとして、絶対視していた父の背中を見ることができなくなったのは―。
何もかも取り戻せなくなってしまったのは―。
それ以来、私には父の記憶は一切無い。
父の記憶というと幼い頃の数年しかない。
父は母と娘である私が居ながらも、私たちと同居していなかった。
ただ、私たちの家を訪れるときには決まって、父はケーキを買ってくるのだった。
そのケーキの甘さが妙に鮮烈に残っている。
当時は、父が母と同居するものだという感覚はなく、父が来るたびに、はしゃぎまわっていた。
今からすれば、父の表情は曇っていて、無理に作り出した笑顔が痛々しかったような気がする。
けれど、私はそんな事お構いなしに両親をあちこちへ連れまわした。
そして、日が暮れる頃に帰っていく父を見送って、今度はいつ来るの?などと無邪気に尋ねたものだった。
当時は、それでもまだ良いほうだった。
父と私そして母との決別の日までは―。
父には妻と呼ぶべき人が母のほかにも居たのだ。
そのもう一方の妻が私の母から父を遠ざけのだ。
その妻というのが厄介な人だったらしく、自分の目的の為には夫を怪我させることも厭わなかったのだという。
ふと、目を閉じると陰影のある表情だけでなく、必ずどこかに絆創膏や包帯をしていた父の姿が瞼の裏に映し出される。
その傷を見るたびに母は哀しげな表情をして、自分のところには来ないよう言っていた。
そのことで何度か母に疑問を抱き、それを口にした。
しかし、母は口を真一文字に引き、こみ上げてくる何かをこらえた表情で、こういうものなのだ、と納得させようとした。
寧ろ、それは自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
父と母の接点が完全にたたれてしまった後、私が小学生になる前だから、二年と経たずに、母は急逝した。
親戚の人間があたりをはばかるようなヒソヒソ声で、自動車事故でショック死だったと話していた。
しかし、私はそれが真実ではない事を知っている。
ある冬の寒い日のもうとっぷりと日が暮れた頃、母は直感的に何かを感じ取った。
そして、私はどこかに隠れているように母に促され、クローゼットの中にしまわれている布団の間に身を潜めさせられた。
何故こんなことをするのか、母に聞いたがそれに答える前に、母はクローゼットの戸を閉めた。
それからすぐだった。
わずかに開いた隙間から漏れこんでくるように見えた居間の光景が屠殺場に変わったのは―。
そこで母を葬った悪魔は包丁を母の右胸に突き立てた後、四肢をずたずたに刺していった。
母の顔が苦痛に歪んでいくのが見えた。
しかし、母は抵抗せず、断末魔の叫びすらあげず、なされるがままにしていた。
それに対して悪魔はそのつややかな黒髪に返り血を浴び、微笑みながら訳のわからないことを呟きながら、母を何度も何度も刺していた。
どんなにその拷問が苦しかったことか、私には想像することもできない。
しかし、母の身に降りかかった悪夢を魂が抜けてしまったようになった私は何もできずに眺め続けていた。
暫くして、満面の笑みを浮かべた母は、五六人の人を私たちの家へ招きいれ、しぶきにしぶいて血痕の染み付いた壁紙やら畳やらを全て変えさせていた。
そして、自身は悪魔とは思えないような真っ白なワンピースに着替え、髪についた血を穢れたものであるかのように丹念に洗い流していた。
それから、そのハゲタカ共は母のまだ温かい骸を持ち去っていった。
恐ろしさのあまり、連中が去った後もクローゼットのなかで私はずっと震えていた。
そして、母が死んだと叔父から知らされたのは次の日の朝のことだった。
それからすぐに、死体を焼き場に送り、私の身の回りの整理を母の兄である叔父がすぐさま始めた。
それから、叔父が私を引き取ることになった。
この頃から、私は叔父の姓である「村越」を使い出した。
叔父夫婦には長い間子供が生まれなかったらしく、私は実の娘のように育てられた。
おそらく、おおむね幸せといえるものかもしれない。
けれど、私は気づいていた。
母が死んだのを境に貧乏で借家住まいだったはずの叔父が一戸建てを購入し、金遣いも派手になっていたことに。
中学生ともなれば、少しは世の中の事がわかってくるものです。
私が成長すると共に薄れていくように感じられた叔父夫婦の私への愛情は成長ゆえの事ではなかった。
叔父夫婦に引き取られて五年も超える頃ともなれば、父の残した財産とおそらく、あの黒い悪魔から叔父夫婦に渡った金もそこをつき始める頃だったのでしょう。
それに気づきだして以来、それまで無償の愛として受け入れてきた叔父夫婦の行動一つも禍々しいもののように見えたのです。
父も母も小学生になる前に失うという狂った記憶が不信の感情に転化して心根に根ざしてはいました。
しかし、私は叔父夫婦にはその不信の目を向けることがそれまでには無かった。
それだけに、私は人間そのものを信用しなくなり、と、同時に幼く無力だった私から愛する父を母を、奪い去った女を母と同じように、寧ろそれ以上に苦しめて殺すことを願うようになった。
復讐心と疑心暗鬼とが私の心を違和感無いほどに支配していた頃、私は幼い頃の記憶を頼りに一心不乱に情報をかき集めていた。
その復讐のみが私の生きる理由となりつつあったでしょうか。
去年の冬、私はとうとうその母を殺した犯人と父の現在、そしてその正妻である犯人との間に娘が居ること、といった決定的な情報を手に入れた。
その悪魔が住んでいたのは奇遇にも皮肉にも、私が住んでいる町と同じだったのです。
しかし、彼女は発狂して家から隔離されているということも知りました。
発狂する前に、母に向けた微笑みと同じ悪魔の微笑みを浮かべて、苦痛と哀願に顔を歪ませる敵を何度も何度も、刺してしまいたかった。
なぜなら発狂してしまえば、苦痛も罪悪も、悔恨の念も何もかも起こりえないのだから―。
私はその敵の娘の情報も手に入れていることを思い出した。
幸運にも私の親戚がもともと住んでいた家の近くに住んでいたので、そこへ行くことを考えた。
どうせ、叔父夫婦も私の事を早く厄介払いしたいような様子も見え隠れしていたのでこちらもそれは望むところだった。
敵の娘を殺した後、その母の命も奪う。
そう私は決心しました。
もとより、血塗られた道を歩むことは覚悟していたのでそのときに特別何かの感情が沸きあがることもなく―。
ただ、完璧に、一分の瑕疵なく、復讐を成し遂げなければならないという蒼い炎を心に点しただけだった。
そして、私は今年の春にその敵の娘が通っている学校に首尾よく潜入することができた。
ここでの生活はそれなりに楽しめるほうだった。
親戚からすれば厄介者が家に来たということで、風当たりは厳しく相変わらず家庭では心安らぐことは無かった。
最初は情報収集のために近づいた人々が思った以上に私に好意的に接してくれて―。
兄がそれなりに敵の娘と接触を持っているという情報を得て、松本理沙と私は知り合った。
なぜか、彼女だけは私の心の闇を察したかのように、いろいろと気を遣ってくれた。
必要な事意外、話すことが無かった私に彼女は話してくれて、私もそれにだんだんと引き込まれて、やがていわゆる親友、とでも呼べる間柄になった。
私と理沙はさまざまな事で話し合った。
理沙は幼い時分から重い喘息の持病に苦しんできたという。
だから、それだけに苦しい思いをしてきた人の目がわかる、のだと。
彼女と触れ合っている間、私は当初の目的を忘れている事ができた。
そのお金で雇った探偵が一月に二回渡してくれる報告書にもまるで目を通さないようになった。
私にもまだこんな人間的な面が残っていたのだと正直驚きました。
だからといって、それを拒絶する気になれなかったのです。
ぬるま湯につかっているような生活が妙に心地よくて。
しかし、五月の終わりごろから理沙は次第におかしくなっていった。
度々うんざりするほどの美化がなされて話されていた兄が例の敵の娘に奪われようとしている、という一件が理由でした。
それまでは、何度かおかしいよね、程度のさほど刺激的でないレベルで話をされていたので、特に気にも留めなかった。
当時はまだ、理沙を情報屋のひとりとしかみなしていなかった節もあったから、さほど親身ではなく、適当に聞き流していた。
けれど、その理沙の変化は私に目を見開かせることを促進したのです。
つまるところ私にとっては敵を討つという良い方向へ向かい始めていました。
そして、私は理沙に協力して、いろいろとあの敵の娘を追い詰める為に奔走しました。
ここで私は雇っていた探偵から来た情報を利用したのはいうまでも無い。
理沙は協力的且つ情報私に始終驚いていたが、あまり深く考えず私を利用することに決めたようでした。
私としてはあの敵の娘を殺した後、その母も殺さなければならない予定であるから、理沙に娘の件は引っかぶってもらい、すぐさま長野へ向かう、という計算があったのでそれはそれで好都合な事。
結果的に利害が一致した私たちは協力して様々な工作を行った。
理沙が兄である弘行と交わっていた、という情報も意図的にあの敵に流した。
かみそりの刃を下駄箱に仕掛けたり、椅子の捻子を緩めておいて、座ると椅子が崩れるようにしたり、そんな感じで。
あの敵のクラスメイトがあの女を苛めるように差し向けたりもした。
もっとも煽動をしていたのは私というより、理沙のほうだったが。
これだけの事をやったのだから、あっさり自殺してくれるのでは、などと淡い期待を抱いていたりもしました。
しかし、そんなこともなく、逆に弘行と敵が結ばれてしまった。
当然、自殺されてしまったら私としては不満足の極みには違いないのでしょうが。
しかし、それもこれも昨日までの話だ。
数分後に、理沙から連絡があれば、私も手はずどおり北方邸に向かい、拷問に参加する。
それで、一件目は終了。二件目へ移行する。
夏の風が私の体をかするように通り過ぎていく。
うっすらと汗ばんだ皮膚に当たる汗が少し冷たい。
人を殺す前の興奮が故なのか、夏の蒸し暑さの故なのか汗ばんでいた。
下着が皮膚につくような感覚が不愉快で嫌になる。
そんな時、右ポケットに入った携帯電話の受話器を耳に当てる。
その内容に私は耳を疑い、二三、確認してから、夜の漆黒を切り裂いていくように走っていく。
それにしても、衝撃の展開だった。
あの敵を守る為に、自らナイフをもって突っ込んできた妹の前に立ちふさがるとは―。
第一、打ち合わせではクロロホルムを二人に嗅がせ、北方は北方邸の離れにある隠し地下室で拷問死させる。
それが、いきなり襲い掛かることで、崩れてしまった。
理沙は逃げた北方を追っているという。
なんという蛮勇であろうか。兄も、妹もまた然り。
それにしても理解できないのは弘行の行動でしょう。
蛮勇を振りかざす事など決して美徳ではない。
そして、勇敢でもない。
そこまでして、あの生きるに値しない奴を守ろうとする理由がわからない。
まあ、弘行は出血はやや多いようだが、急所に刺さったわけではないから、別にたいしたことは無い。
せいぜい、あの敵を殺す際に利用するだけだ。
愛するものをずたずたにされていく様子を見せた上で、ほどほどに死なないような拷問を加え続ける上で彼は重要なスパイスになることだろう。
街灯も薄暗い、町の中でも外れのほうに血濡れのナイフが突き刺さっていた彼は横たわっていた。
理沙が決行するといっていた公園からはいくらか離れている。
そこに居た彼は息も絶え絶えであった。
理沙から多いとは聞いていたが、思った以上に出欠量が多いようである。
開いた傷口に右手を当て、出血を押し止めるような仕草をして、もう片方の左手はアスファルトの上にあった。
苦痛に歪む口元が非常に痛々しい。
そして、怜悧な月光が朱に染まったアスファルトを照らし、赤黒い液体をいやがおうにも引き立てた。
身を張って誰かが助けようとした代償が生々しくも、血だまりでもがき、臓腑を血に溺れさせていることなのだ。
それは凄惨にしてどこか神聖な光景。
少なくとも、先程の蛮勇という言葉は撤回するには十分なものでしょう。
もっとも、眼前の腹違いの兄に対する同情は微塵も生まれはしなかったには変わりなかったのですが。
理沙は常々、この兄の事を愛しているといっていたのを覚えている。
しかし、こんな状態の兄を見捨てていくということは、所詮彼女にとってその程度のものであるということです。
発言と行動が裏腹などといくらでもある。
けれども、人を殺してでも守りたい、と思うならあの女を取り逃がしてもこの哀れな兄を救うべきではなかろうか。
もっとも、眼前の腹違いの兄に対する同情は微塵も生まれはしなかったには変わりなかったのですが。
という、一文を省いてください。すみません、ミスしました。
「ううう……」
うめき声がする。私の存在に気がついたのだろう。
別段、身を隠すつもりなど無かったので、そしていずれにせよこの兄は北方邸に運ぶことになっている。
だから、敢えてこちらから声をかける。
「松本弘行さん?」
「た、助けてくれ……ごほぉっ」
苦しみ耐える表情で哀願する。
しかし、その言葉も咳と共に血を吐き出した事によって遮られてしまう。
「無理に話さないでください。大丈夫ですよ、助かりますから。」
所詮は他人事である私にとってこんな確証の無い事を言ったとしても良心は痛めることはない。
しかし、こちらとしては北方邸に連れて行くことが目的であるため、ここで出血多量で死なれてしまっては都合が悪い。
だから、話して出血されては困るので警告も発した。けれども、それを聞き入れないようです。
「た、助けて……くれ、しぐれ、をた、す、け、て……ごほっごほっ、し…ぐ……」
だから、すぐにまたしても血が押さえる手の間から染み出てきて、真っ赤に染まった口をさらに血で洗うことになった。
しかし、私はさっきから助けてくれ、という言葉は『自分の命』の命乞いをしているものとばかり思っていた。
けれど、この男は自分の命を捨てるつもりのようだ。
その代償としてあの女を救う為に。
何と状況認識能力に欠ける人なのでしょうか。
何と愚かな人間なのでしょうか。
何とおめでたい人間でしょうか。
あの女が私の母が置かれた状況と同じく、土壇場にありながら、ここまで誰かに守ってもらえているという不公平さや怒りのようなものを感じた。
しかし、その怒りを通り越して、呆れてしまった。
右ポケットの携帯電話を取り出すと、10桁の番号を打ち込んだ。
3桁ではなく、10桁にしたのは、私には時間が限られているからである。
警察を相手にすることで、復讐を完遂できないという間抜けな話を作ってしまうことになるのは嫌ですよね。
「もしもし、誰かに刺されたと思われる人がいるんですが……」
夜の闇の中、私は走った。
むしろ逃げていた。
私の家に無事にたどり着き、そして来るべき反撃の機会に備える為に。
それは、例えるならば、鬼ごっこのようなものだ。
それは、無言の中で繰り広げられる残酷な殺し合い。
青白い月の光があざ笑うように私たちに降り注ぐ。
当然、『待て』と言って私も相手も止まる訳が無い。
そして、後ろからやってくる追っ手は武器を手に私を殺さんと息巻いている。
自分の兄を刺しておきながら、しっかりと敵の私を討とうとしているのだ。
けれども、私とて防戦一方という訳ではない。
虎視眈々と反撃のチャンスを狙っているのだ。
驚いたことに、私の中で眠っていたはずの醜い憎悪という感情が再び目を醒ましてしまったようだ。
それは、至極当然。
目の前で弘行さんが刺されたのだから―。
私の生きる意味を無残にも壊されてしまっては、私とて彼女の事を許すわけにはいかない。
許す、許さないの範疇ではなく、今日までのありとあらゆる攻撃に対する報復として、愛するものを奪われた者の気持ちを解らせる為に、あの雌猫を殺す。
それで、私ごときの身代わりになってしまった哀れな彼へのはなむけになれば、彼を見捨てて逃げてきたことへの贖罪になるというのなら、今の私にはこれに替わる僥倖は無いだろう。
今のうちに、いくらでも追い詰めるものの心地よさを味わっているがいい。
彼女にもすぐに諦念の夜が訪れるのだから。
もう、私の家まで目と鼻の先だ。
その安心から一刹那の間、油断が生まれた。
後ろから、空を切る音がした。
そして、咄嗟に身をかわす。
振り返りざまに、閃きを発する白刃が見え、戦慄する。
雌猫が所持しているナイフが一本だとは誰も言っていないのだ。
振り下ろされるナイフを間一髪のところでよけきる。
家まであと少しのところだというのにも拘らず、こんなところで捕捉され戦わなければならない自分の運命を呪ったが、
そんな事を考える余裕を雌猫が繰り出してくる第二撃に備えることに費やした。
左右ランダムに振り下ろされ、皆一様にこちらに向けられてくるナイフを全てかわす。
理沙の体が小さく、力も弱いことが幸いしたようだ。
雌猫は振り上げ下ろされたナイフを逆手に持ち替えると、真正面の私に向けた。
そして、ナイフを握る手に力が篭る。
そのまま、私に向かって刺し貫くだけだろう。
相手の手首をすぐさま掴み、虚空に向かって振り上げ、ナイフを奪い取ろうとする。
雌猫も私の目的を理解しているらしく、乱暴に左右にナイフを持つ両腕を振り動かした。
抵抗の激しさはとても病弱な雌猫であるとは決して思えない。
けれど、腕を動かすことに集中していたが、その内面とは不似合いなまでに華奢な脚には意識が十分にいきわたっていなかった。
必死にもがく雌猫の左脛を思い切り蹴りとばす。
途端、雌猫は体勢を崩し、あっけなくも左に背中から傾いてしまう。
即座に私は両の腕に握られていたナイフを荒々しく奪い取る。
そして、雌猫はその場にしりもちをつくような形になってしまった。
芋虫のように雌猫は後ずさりし、顔を恐怖に歪ませた。
完全なる形勢逆転である。
武器を取り、地形効果を十二分に活かせる私の家で死闘を繰り広げる心積もりでいたのだが、王手積みである。
もはや、武器を取りに行く必要すらない。
ここで、止めを刺すことができる。
そう、それで良いのだ。それでこそ、弘行さんの犠牲が意味を持つのだ。
この害物を駆除すること―。
私が一番最初に考えた方法だった。けれども、あの時以来、一度もその方針を採ろうとはしなかった。
この方法が市場手っ取り早かったのにも拘らず、何故しなかったのか今になってみれば疑問である。
私は血に穢れておらず、寒々しいまでの清澄な金属光沢を持つナイフを月の光にかざすように振り上げる。
誰もが、ある一転を除いた、この状況を目にしたならば、完全に北方時雨の圧倒的優勢であると判断するだろう。
時雨は理沙のナイフを奪い取られた後の右腕が右ポケットに入っていることに気づかなかった。
気づいていたとしても、あまりにも無頓着に過ぎたようだ。
唯一ついえることは、松本理沙はこんな絶望的逆境にいたっても、冷静であった、ということであろう。
そして、理沙の中で流れる時間は決して止まることは無かった。
時雨がナイフを理沙の首元につき立て、頚動脈を切断しようとした刹那、完全に理沙は動きを読みきっていたかのように、悠々と身をかわしながら、立ち上がる。
そして、アスファルトの上に座り込んでいたのは理沙ではなく、時雨の方であった。
時雨は首を左腕で押さえて苦しんでいた。
そう。理沙は右ポケットに入っていたクロロホルムを時雨にかけたのである。
散布した後に転がった薬瓶の転がる音が空しく虚空に響いた。
時雨はまさか、理沙から渾身の反撃を食らうとは予測しておらず、諸に瀬戸黒の髪と白磁のような肌とにかかってしまった。
理沙は左ポケットから気化したクロロホルムを吸ってしまわないように、化学の実験のときにいつも使っているマスクで口を覆う。
と、同時に双眸を時雨を見下ろすように向ける。
そして、そこまで保たれていた静寂を破った。
「あはははははは、北方先輩。いや、被告人。ここまでですよ。被告人は王手積みなんですよ!」
「私のお兄ちゃんを汚したからこんな事になるんです。」
「さぁ、先輩、最後くらい潔くしたらどうですか!」
しかし、時雨は勧告に従うこともなく僅かではあったが笑ってすらいた。
時雨は右手に未だに持っていたナイフを道路脇の人家に向かって投げた。
時雨は理沙には自分を殺すための武器がもう無い、そう判断していた為、自分が相手を刺し貫くより、逆の場合が高い唯一の武器を投げ捨てたのである。
それは、賢明な判断であっただろう。
しかし、そんな事は灯篭が鎌を振り上げたに過ぎないことだった。
理沙は畳を縫うそれのような大きさの針を手にしていた。
そこには、かつて彼女が生成したアトロピンが塗られていた。
針の反射するギラギラとした光が理沙の殺意の程をあらわしているようだった。
もはや、万事休すであると思われた。
「させません。」
そこで聞こえた声は時雨にとって聞き覚えのあるものだった。
けれど、それと同時に背中に強い衝撃を感じ、意識をどこか遠くに飛ばされたため、それが誰のものであるかを確認することはできなかった。
「うふふふ、スタンガンの電気ショックをまともに食らったら、動けなくなるのは当然、よね。」
そう嗤う声は、時雨にとって救世主だとすら思われたその声の主は、村越智子のものだった。
傍で唖然として突っ立っている理沙に声をかける。
「ねえ、理沙。どうしてお兄さんを路上で刺すことになったり、この女を計画通り、動けなくして北方邸まで連れて行かなかったの?」
「……お兄ちゃんを盾にして逃げたから殺したくなったけど、それが駄目なの?」
憮然とした表情で智子に返答する。
「まあ、気持ちもわからないわけじゃないけれど、ここで殺すより、計画通り苦しめて殺したらどうなの?」
「………。」
「まぁ、いいから理沙は両足を持って。私は両腕を持って運んでいくから。」
そういうと、気絶してぶらりと垂らしている時雨の両腕を持つ。
理沙もしぶしぶ、これに従い乱暴に持ち上げて、もう100メートルと無いであろう北方邸へと運んでいく。
十数分後、彼女らは北方邸の地下の牢獄のような一室にいた。
そして、そこに北方時雨も横たえさせた。
それから、眠ったままの時雨を古ぼけた椅子に座らせ、縄で拘束し、殺害に必要なアイテムを準備する。
しかし、その準備の間、ずっと理沙の表情は怒りの篭った表情だった。
地下室ゆえの湿度の高さやかび臭い匂い、そしてほの暗い負の環境が理沙を不機嫌にしているわけではなかった。
敵に止めを刺そうとするのを智子に止められた事によるものだった。
と、同時に理沙は湧き上がる罪悪感から、何度となく弘行の病院搬送を指示した隣の共犯者にその安否を尋ねた。
智子としては、無計画に兄を刺しておきながら、何の応急処置も施さず、その安否を女々しく聞いてくる理沙を軽蔑し、辟易していたが適当に理沙に相槌をうつことにした。
というのも、智子としては殺さなければならないターゲットはあくまでも二人であったからである。
数分後、やすやすと彼女らの準備は完了した。
けれど、それはナイフで何度も刺すという時雨自身が想定していそうな殺し方ではなく、特殊な殺し方であった。
目に目隠しをして、視界を奪い、拘束することによってからだの自由を奪い、正常な思考が働かないような不快な環境に入れる。
その上で、人間の血液がどの程度失われる事によって、死に至るのか、ということを時雨に話しておく。
そして、時雨の足か腕に適宜、強い衝撃を与え、そこに温水を少しずつかけて、血液が出ているという暗示をかけ、やがて致死量の血液が出きったのだ、と告げることによって狂乱の末、ショック死させることができるという。
いかに物理的苦痛を与えるか、ではなく、精神的苦痛を与え、最後の最後まで怯え、狂乱させることができるか、それを追求したのだ。
と、同時に殺人であることを見極めさせるのを遅くすることができる、という意図から、智子にとって都合が良かった。
それで、時雨は目隠しをされ、身体を芋虫ほどにも動かすことができないように、胴体と四肢を椅子と縛り付けられたのだ。
いまや、お膳立ても完了した。
後は時雨が目を醒ますのを待つばかりであった。
「ねえ、智子。いつになったら、こいつ、目を覚ますの?」
「電撃もそんなに大きかったわけじゃないから、もうすぐだと思うけれど。」
そんな会話をして手ぐすね引いて共通の敵である北方時雨が目を醒ますのを待っていたが、
彼女が目を醒ましたのはそのすぐ後だった。
誰か女の子が話す声が聞こえてくる。
頭にもやがかかったような感じがし、視界も真っ暗で本来見えるべき光景も何も見えない。
徐々に体の節々の痛みが温かみを持った生の感覚として感じられてくる。
そして、身体を意のままに動かそうとするけれども、理由がわからないが何故か動けない。
身体を動かすたびに足や腕の部分的箇所に痛みを感じた。
視界が真っ暗のまま、自分を拘束したであろう女の声が聞こえる。
「北方先輩、お目覚めですか?」
その声が紛れもなく、松本理沙のものであることを悟り、それまで僅かながらあった冷静さが霧消した。
無駄だと心のどこかではわかっていながら、抵抗をする。
足や腕に力を込めて動かそうともがいている姿を見て、ことのほか気に召したのか理沙と智子は哄笑した。
「あはははっ!先輩、そんなに怯えちゃって。心配しなくていいですよ。別に先輩を誰かに強姦させるとかしませんから。ただ、死刑を執行するだけですよ。」
「先輩はお兄ちゃんを強姦したけれども、かといって、私はそんなこと恥ずべきことしませんよー。」
続けて言う理沙の声に凶器染みたものを感じる。
と、同時に何も抵抗することができない自分に苛立ちを感じた。
「もっとも、北方さんとしたい、なんて考える物好きはいないと思いますが。」
清澄というよりは怜悧冷徹と形容したほうが正しい突き放すような声が聞こえる。
それが誰のものであるかはわからない。
しかし、すぐに相手も自分の存在を理解させる為に声色を変えた。
そしてそれが、自分が逆スパイとして利用しようとした村越智子のものであることがすぐにわかった。
偽の情報を流したというあたりから、時雨は疑いを抱いていたが、まさにその予想通りとなってしまったのだ。
そして、手順どおり理沙と智子は三回も三分の一の血液が体外に出ることで死に至ることを話して聞かせ、処刑が始まった。
突如足に電撃を受けたような衝撃を感じた。
そして、すぐに感じられる生暖かい血液が独特の粘性を持って、少しずつ肌を伝って落ちていく。
私は一分も勝ち目は残っていないことを十分に理解しながらも、じたばたと四肢を動かそうとする。
「あはははっ、そんなに体をじたばたさせてたら、あっという間に血液が出て死んでしまいますよ?」
心なしか、足を伝う血液の量が多くなってきたように感じられる。
流れ出る血液、そして迫り来る死に私は恐怖感を抱いた。
ここから、逃げだしたい。
死にたくない。
けれど、どうして?
生きていても、ずっと苦しんできただけだった。
これからやっと幸せになれると思っていたのに、弘行さんが死んでしまって、もう先が何も見えないのに。
僅かだったけれど、弘行さんと過ごした日々は楽しかった。
あんなに生きることが楽しい、幸せであるとは思わなかった。
弘行さんは私にもまだ幸運な未来が待っているといっていた。
だから、それを守りたいのだ、と彼は言ってくれた。
だから、私は生きようと努力した。
けれど、それはこうして叶わない夢となってしまった。
もはやどもることなく、ナイフのような鋭利さをその言葉に含ませて村越智子は私に告げる。
「松本弘行は死んだ」と。
これほどまでに私の事を思ってくれた彼の最後の願いを私は聞くこともできなかったのだ。
「弘行さん…ごめんなさい。」
涙が流れる血液の勢いなど比にならないほどに流れ出る。
余裕を見せていた理沙が泣く声が狭い部屋に響き、何かを拾い上げる音がした。
「お前のせいで!お兄ちゃんがッ!」
「どんなときも私を大切にしてくれた、お兄ちゃんがッ!」
「それから、お兄ちゃんの名前を呼ぶな!お兄ちゃんをまだ穢すつもりなのか!雌猫がッ!」
理沙はそう言いながら私を四回ほど部屋にあった角材で殴った。
別のところからも出血を感じる。その分だけ、死期が近くなることだろう。
痛みは確かに感覚として感じるが、弘行さんを見殺しにした私には丁度良い罰だったのかもしれない。
けれど、弘行さんとの事はたとえ死んだとしても絶対に忘れたくない。
それに、弘行さんに迷惑はかけてしまったけれど、謝るよりも感謝したいと思う。
「もう、四分の一位、血液が出ちゃったみたいだよ。」
そういう理沙の声が聞こえる。
「……。」
何も反応しない私に怒りを感じたのか、理沙は罵声を浴びせながら、先程の角材で後頭部を殴ってきた。
精一杯、冷静に振舞おうとしているが、結局は流れ出る血液と同じように湧き上がり続ける恐怖は拭い去ることができない。
現に私はこれまでに無いくらい、震えている。
さっきから震え続けていることを罵倒する二人の声も聞こえてくる。
確かに怖いけれど、信じていれば、きっとどこかで弘行さんと会えるかもしれない。
そして、もっと、幸せな出会い方で―。
後頭部を殴られたショックか、血液が喪失していく為か薄れゆく意識の中でそんな事を願った。
「あーあ、もう、三分の一、血液が出ちゃったみたいだよ。」
理沙は言った。
すると、今まで震えて恐怖に襲われていることが誰の目にも明らかであった彼女の動きが止まった。
生暖かい大量の液体をゆっくりと流し続けていた智子は液体の入った容器をその場に置き、心臓の鼓動を確かめる。
確かに止まった事を確認すると、理沙に目で合図する。
智子は殺害の原因がわかりにくくできたことに満足した表情で、いろいろな殺害の器具を片付け始める。
理沙も片づけを始める。
兄が死んだことを受けて、とめどなく流れ出る涙を押し止めることすらせずに。
たいした量も無い器具を二人で片付けるのはあっという間だった。
これで全てが終わりであったはずだった。
しかし、理沙は不愉快であった。
精神的苦痛を与えて死なせたはずの時雨が殺害した自分よりはるかに落ち着いており、あまつさえどこか笑みを浮かべている表情が気に障ったのだ。
理沙はその部屋にあった刃渡りが長く肉厚のナイフを何度も何度も事切れた時雨の骸に突き立てた。
「あはははは、何でお前は笑っているんだ。苦しんで死んだはずなのに!あの世でお兄ちゃんに会えないようにずたずたにしてやるッ!」
「私、お兄ちゃんが好きだったのに!こんな雌猫ごときに掠め取られて!許せない!許せない!」
智子はそれにすぐに気がついた。と、同時に計画を何度となく狂わせた理沙への怒りが抑えられなくなっていた。
第一、智子にとって復讐はまだすんだわけではなかったのだ。
自分の母を殺した本命が残っているのに、時間稼ぎの工作を台無しにされてしまったのだ。
そこで、智子は咄嗟に理沙に罪を全て着せることにした。
智子は後ろから理沙の腕を掴むと、そのナイフを理沙の心の臓に向かって突き立てた。
多量の血が渋き、地下室の薄汚れた壁にかかる。
智子は返り血を浴びて朱に染まった上着を脱ぎ、殺害器具の入っていた大袋の中に一緒に入れる。
そして、村越智子は北方邸を後にした。
夕方の茜色の光が物悲しく感じられる。
晩秋の日光は照っている時間も短く、光の強さも随分弱い。
冬の到来を告げているかのようにどこか陰鬱である。
動かない足の代わりに車輪を繰って、庭の池沿いにぐるりと回って、家の庭に100年近く生えているという大銀杏の前に来る。
ひゅう、ひゅう、と乾いた音を立てた風が時折吹いて、枝を叩く。
そのたびに、はらり、はらり、としわだらけの葉を散らしていく。
丁度、こんな陽気の日に私は病院を退院した。
指を折って、それから過ぎた年月を数える。
そうか、もう、あれから8年も経ったのか―。
私が、そして彼が殺されたはずのあの日―。
幸運にも、出入りしているお手伝いさんがやってきた。
そして、開け放たれた地下室の扉を不審に思い、中に入ってみたら私が倒れているのを発見したという。
その段階で私は、死亡していたわけではなく、仮死状態にあったという。
お手伝いさんは病院へ通報し、すぐさま応急処置が取られたので、私は一命を取りとめた。
ただ、心臓が止まっていた時間が少し長かったのが理由か、後頭部や頭を殴られた事が原因か、
良くはわからないが両足を自分で動かすことができなくなってしまった。
だから、それ以来、私はこうして移動するにも車椅子に頼らざるを得なかったのだ。
私が目を覚ました日、最も気になったのは自分の体がどうとか理沙や智子がどうなったか、ということではなく、弘行さんがどうなったか、というただ一点だった。
私は看護婦さんに何度となく、弘行さんの状況を尋ねてみたが、なかなか教えてくれなかった。
すぐに彼が生きていることはわかったが、私と同じ病院に搬送されたのにも関わらず、彼の居場所を掴むことができなかった。
入院してから、数週間をただ弘行さんの事ばかりを考えながら、けれども無為に過ごし続けたが、全快した父がある日、私の元に見舞いに来た。
その時に私は父から様々な話を聞き、話し合った。
村越智子という子は私の母と結婚する前に、付き合っていた女性とできた子供であること。
その智子が母の優衣と松本理沙を殺害し、警官に逮捕されそうになった際に、理沙から奪った薬で二名を殺害したこと。
そして、その智子の母親は私の母である優衣に殺されたこと。
それを理由として、理沙の私に対する憎悪を利用して、今回の復讐劇を成功させたこと。
母の私への虐待とその事とをずっと悔やみ続けていた、ということ。
最後に、父がもうそう長くないこととこれからの事について―。
父は私と弘行さんの仲を認め、これからの事について、いろいろと私に忠告をした。
それは今思い出せば、さながら、遺言のような感じであった。
一つ一つ話を聞いていくうちに父が私に憎悪や負の感情など決して抱いていない事がわかった。
いつだったか、弘行さんが私に父のとの関係についていろいろと話をされたことがあった。
内心、詳細を弘行さんが知らないのだから、という気持ちもあり素直に取ることができなかったが、この時にようやく父と和解できたような気がする。
そして、父はその年の末に急死してしまった。
一通り、話しておくべきことを私に話した後、父は弘行さんの居場所をこっそりと教えてくれた。
すぐに、私は車椅子を動かして、弘行さんの元へと向かった。
彼はその時異常なまでに消沈し、さながら魂の抜け殻のようであった。
表情は無表情でもはやその変え方すら忘れ去ってしまったかのような感じであった。
そう、私の弘行さんに会う前とあまりにもそっくりな状況だった。
彼は私の姿を確認すると、一瞬だけ頬を緩ませてくれたが、すぐに車椅子の存在に気がつき、再び申し訳なさそうな表情に戻ってしまった。
それから、何度となく私は彼の元を訪れた。
けれども、なかなか前の彼のように戻ってくれなかった。
それから二ヶ月程度で私たちは退院し、何事も無かったかのように、学生生活を送ることになった。
いじめは惨劇の壮絶さを車椅子に乗った私と性格が変わってしまったように見えた弘行さんとを目の当たりにしてすぐさま消えうせてしまった。
私は彼を家まで迎えに行き、私の作ったお弁当を一緒に食べ、とりとめもない話をする。
それはいたって普通の、今までどおりの生活に戻ったはずだった。
私は積極的にあれやこれやと弘行さんの気が晴れるように努力したが、彼の陰影は消えることが無かった。
そして、ついにある日、自殺未遂を起こした。
幸いにも実際に決行する前に私が発見し、思いとどまらせることができた。
その時の彼はあのまさに私が自殺をしようとした際にあまりにもそっくりであったのに驚きを隠せなかった。
おそらく、優しすぎる彼のことであろう、理沙を死なせてしまい、守ろうとした私まで半身不随になってしまったのに、
自分が五体満足に生き残ってしまった事に罪悪感を感じているのかもしれない。
けれど、そんなことは露ほども気づかないふりを私はした。
その後の必死の説得と時間の経過によって、弘行さんは学年が替わるころには立ち直ってくれた。
私と彼は数年で年齢的に結婚が認められる年になり、すぐに結婚した。
私にとって、ようやく訪れた本当の意味での幸せだった。
それから大学へ進学し、私は車椅子ゆえに苦労を強いられたが、ずっと彼に助けられ続けた。
そして、弘行さんは卒業後、今は専務が社長となっている父の会社に入社し、我武者羅に働いている。
彼は車椅子の私を見ると時にどこか悲しそうな申し訳なさそうな表情をしたが、そんな時は彼を強く抱きしめてあげる。
あなたは悪くないのだと。
私の傍にいるという約束をこれほどまでにきちんと守ってくれているではないか、と。
私は彼とずっと一緒に居て、幸せを享受する為ならば、自分の両足の犠牲、程度厭わない。
そのためならば、私は何だってしただろう。
ずっと、写真の中の彼だけを支えにしていた昔から考えれば、その程度のものを代償にして、得ることができた事は、ありがたく感じるくらいだ。
会社に入社してから何度か、弘行さんは自分が生き残ってしまったことは間違いだと漏らしたことがある。
学生時代とかわらずに愉快にも冗談を言って私を楽しませてくれる彼の豹変を私は心配した。
おそらく、他の社員から何か言われたのかもしれない。
私の目の前にそんな事をするものが居れば、容赦なく矢を射掛けるくらいはしただろう。
それはさておき、数年前に心配した彼の本心をその発言から窺い知る事ができた。
弘行さんはいまだ、あのことを悔いているのだろう。
しかし、彼の言うように生き残ったことが罪だとすれば、私だって生き残った人間なのだ。
私とて罪であろう。
特別に悔恨の念など抱くことは無いが、優しいが上にも優しい弘行さんの見方によれば、私は理沙を殺したとも考える事ができる。そう、考えるならば、私とて同罪である。寧ろ、私のほうが罪は重いかもしれない。
だから、弘行さんはそんな事を心配することは無いのだ。
傍に居て幸せをくれるあなたを私は守ってあげるから―。
そして、もしそれすらも辛いならば、もう何も考えることは無い。
私と堕ちて行けばよいのだ。
堕ちたままでいいのだ。彼が苦しむ姿を見るくらいなら、堕ちたままでよい。
それによって、私は弘行さんと結ばれることができたのだから。
あの真紅の装丁の本の結末は、ヒロインが失明し、想い人と結ばれる事なく悲劇的に終わるのだ。
しかし、想い人である、王子はヒロインの失明を聞いて、自分を責め、最終的には自殺をする。
ヒロインもそれに従って、自殺をするのだ。
けれども、私は足の自由と罪悪感という代償と引き換えに、想い人の弘行さんと結ばれたのだ。
きっと、王子とヒロインが結ばれたとすれば話の結末も違ったものだろう。
私もお話の中のヒロインも自殺という思い切った方法を取ることができるのだ。
その力を精一杯使って、幸せを享受することだってできる。
門が開く音が聞こえた。
今日は私の誕生日なので、弘行さんは早く帰ってくるといっていた。
門のほうへと車椅子を動かしていく。
手にケーキを持ち、スーツに身を包み、優しい表情をこちらに向けてくれる、世界でたった一人愛する人がそこにはいた。
「ふふ、お帰りなさい、弘行さん。」
「ただいま、時雨。」
以上です。
誤字やミスが多くて申し訳ないです。
ずいぶんと稚拙な文章でしたがそんな文でも読んでくださった方に感謝します。
ありがとうございました。
目の前で完結したの見て、ついに読み専やめてしまった。
最後の『一緒に堕ちていく』のくだりで時雨の内面に封印されたヤンデレがまだ生きていることが確認できた
なにはともあれ、GJ!!
これは『相棒』だな!
GJ!
ふと思いついたネタができたので2レスだけ使わせていただきます
「お目覚めの時間であります」
何時もどおりの時間。私は御主人様(マスター)を起こすために部屋へ行く。
「……おはよう。エイミー。」
御主人様は私の顔を見ながらそう答えてくる。
私の名前はエイミー。御主人様のお母様に作られた女性型ロボットだ。
お母様は死ぬ前に御主人様を守るように命じられた。
「朝ごはんができております」
御主人様は間食はしない。何時ものように健康チェックを行い、異常が無い事を確認する。
「行ってらっしゃいませ」
学校へと見送り、私は家の清掃を行う。
台所のゴキブリは全て退治した。布団についていたノミも既に死滅させている。
私は御主人様が何処に居るのかを確認しながら、帰りを待つ。
御主人様には3人恋人がいたができた。
一人目は、軽薄そうな女性で何人もの男とできていた。
経済的リスク高。そう判断した私は、彼女を『排除』した。
二人目は、なよなよした男だった。
社会的リスク高。そう判断した私は、彼を冤罪で警察に突き出した。
3人目は、今付き合っている女性だ。
なかなかに理解のある人で彼女なら彼と上手くやっていけると思う。
だが、もし御主人様へと危険が及ぶようならば……
私は、腕に装備された暗器の確認を常に怠らない。
私は、人を排除する手段を常に確認する。
なぜなら私は機械だから………。
☆ ☆ ☆
すいません割り込んでしまいました。
>>271 最終回でドンデン返しが三回ぐらい起きた感じ
驚きっぱなしだったけど最後は二人が普通にHAPPY ENDでよかった。
完結乙でした。
>>276 発想は好きだけど、これだけだと主人にデレテるのか
使命に忠実なだけなのかが分からないのが惜しいな。
>>276 マシンの設定もいい感じだな
だがお眼鏡に叶う女性なら許すって表現だと、制作者(母)に忠実なマシンの域を出ない気がする
>>271完結お疲れ様です。
あーなんか凄すぎて、逆に具体的な賛辞が出てこない。
とにかくGJとしか言えない。初めてだわこんな感じ。
>>271 GJ!良かった。
でも、何だか最後の展開が速すぎた気がするなあ。
>271
大作お疲れ様でした! いや、どうなることかと思いましたがハッピー風味エンドなので嬉しかったです。
>276
流石に投下時期が悪かったやも。設定は膨らませられそうなので期待。
保守
大作の後ですが投下します。
昔のドラマの主人公にオメダというあだ名のキャラクターが居た。
周りの奴らに「お前はダメだ」といわれ続け、「お前はダメだ」を略して「オメダ」というあだ名になったそうな。
はん。
まさに俺じゃねーか。
ジリリリリンと鳴った目覚まし時計を、止めると俺は万年床となっている布団から体を起こした。
時計を見ると午前十一時。
……、んー、俺は確か八時にセットしてたはずなのにな……。どうやら、無意識のうちに止めまくってたみたいだ。
「ねみぃ……」
昨日遅くまで深夜ドラマ見てたからなぁ。NHKめ、なにもこんな深夜にアルフの再放送を5時近くまでやってんじゃねぇ。一話二〇分足らずだからつい次も見ちゃうんだよ。
寝癖だらけの頭をぼりぼりと掻いて立つ。部屋の畳に散らかったリモコンやゴミを押しのけて、窓まで歩いてカーテンを開く。頂点近く昇った太陽の陽で寝起きの瞳にはまぶしすぎる。
「……えーっと」
なんだっけな。俺、何で目覚ましなんてかけてたんだっけな?
「それは私を家に呼んだからじゃないの?」
「うわっ!!」
突然、背後から話しかけられて俺は思わず大声を出して飛び上がってしまった。途端ごつんとガラス窓に頭をぶつける。いてて。
「起きたかしら?」
「起きてますよっ。つーか、居るなら居るっていってくださいよ」
「居るわよ」
「今言わないでください!」
振り向けば、そこにはエプロン姿の眞子さんが立っていた。ゴミだらけの床の上も平然と長いニーソックスで踏み分けている。
こんな部屋で涼しい顔して仁王立ちしている姿はまるでゴミ溜めの中に咲く一輪の胡蝶蘭のようだ。胡蝶蘭がどんな花なのかは知らんが。
「いつから来てたんですか、眞子さん」
「その前に、その下着からはみ出してるものをしまってくれないかしら?」
眞子さんの冷たい視線が俺の股間あたりを直撃している。俺もそれにつられて視線を落とせば、まぁなんというか。トランクスにタンクトップという格好で寝ている俺が悪いんだな。見事にトランクスの裾から球体が覗いていた。
やっべぇ。視線が刺さってる!
「すいませんっ。眞子さん!」
「すぐにズボンでも履いてきたら?」
言われなくてもすぐしますっ! 俺は散らかっていた洗濯物の中からGパンを探しだすと、それをいそいそと履く。ついでに隣にあったシャツも掴んで着込む。一番したのボタンが外れてるけどいいだろ。
俺がきちんと着込んだのを見ると、眞子さんはやれやれといった風にため息をつくと、台所へ戻っていった。
そうだったなぁ。俺はようやく思い出す。今日は眞子さんが来るんだった。それでこの部屋を大掃除しようと思って、早朝に起きようとしてたんだったわ。やっぱり昨日のうちにするべきだったなぁ。
っていうか、台所! 台所は確かカップラーメンの空き容器とかでいっぱいだったはず! そんなところで眞子さんはなにか作っているのか!?
おそるおそる、引き戸で区分けされた台所を覗いてみる。
……なんだこのうまそうな匂い。味噌汁……。そういえば一人暮らしはじめてから味噌汁なんて食ってなかったなぁ……。
見ればアレだけ酷かった台所周りがきれいに片付いていた。いや、床にたまったゴミ袋とかはそのままだけど、少なくとも流しまわりはあれだけあった汚い割り箸やプリンのカップはすべてきれいになくなっている。
そんな台所でとんとんと包丁で音を奏でる眞子さんの後姿。なんかすっげぇキュンとくる。
真剣な表情で俺のための味噌汁を作る眞子さん。おでこでかっちりと一直線に切られた前髪に覗くすらっとした高い鼻とふさふさのまつげ。すらりと伸びた首筋、後ろでまとめた髪と底から覗く白いうなじ。
視線を降ろせばエプロンを押し上げる双球がぷるんと自己主張し、さらにその下にはひざ上まであるニーソックスがぱっつんぱっつんの太腿をさらに艶っぽく際立たせている。
「眞子さん。朝メシつくってくれてんですか?」
「ええ。どうせあなたまともなご飯食べてないでしょうから。迷惑だったかしら……?」
「いえ、ぜんっぜん! 嬉しいですよっ。あ、でも材料って……。その前に鍵は」
「鍵は開いてたから勝手に入った。冷蔵庫開けたらなにもありゃしないじゃないの。だから材料は全部私が買ってきた」
「まじすか」
冷蔵庫を開くと、中には普段めったに買わない食品や納豆、野菜、牛乳、お茶パックがいっぱい詰まっていた。うえぇ? 確かこの冷蔵庫は昨日まで丸大ハムしか入れてなかったはずだぞ?
「コンビニ弁当や惣菜ばっかりの食事だったみたいね。栄養が偏るわよ」
「は、はぁ」
「私がいくつか必要になりそうなもの入れといたわ」
「は、はい。さーせん」
眞子さんの好意に俺は返す言葉も無かった。牛乳って、パックじゃなくて県内の有名牧場で直売されている系の瓶入り牛乳だよ。こんなものスーパーでも通常の倍近くの値段だぞ。
封を切って直接口をつけて一口飲んでみる。うん、こくまろであまーい口どけだ。
「私にも」
「はい」
眞子さんに瓶を渡すと、俺が口をつけた牛乳瓶になんの躊躇も無く口をつけてごきゅりと飲んだ。
「間接キスですね」
俺がニヤニヤしながら言うと、
「馬鹿」
眞子さんは牛乳片手に頬をすこし桃色に染めて照れながら言った。
なにか手伝おうかと思ったけど、台所に居る俺に眞子さんは邪魔だといわんばかりに動き、手で自分の部屋へ戻れとおっしゃられるので俺は仕方なく自室へ戻った。
とりあえず、早朝起きてするはずだった、部屋の掃除でもしようかとあたりを見渡す。まずこの万年床を片付けないとな。相当中の毛布が寄っている布団を折りたたむ。これを……えーっと押入れの中に。
……待て、押入れの中はたしか俺のエロい漫画がかなりの量あったはず。いまここでむやみに押入れを開けてばっさり眞子さんに見られたら何言われるかわかったもんじゃない。布団ははじっこに寄せとこう。
それと、そうだ。ちゃぶ台ちゃぶ台。眞子さんがせっかく朝飯作ってくれたのにいつものとおり床に置いて食うなんて出来ないだろ。ちゃぶ台を出さなきゃ。
ちゃぶ台は壁に立てかけてあるものを引っ張り出す。側面が見事にほこりを被ってやがる。ふうふうと息を吹いてほこりを取ると、真ん中へちゃぶ台を置いた。
あとはいくつか、眞子さんが座れるスペースを……。なんとかものを寄せて……よし、これくらいならいいだろ。
と、ちょうどいい具合に眞子さんが台所から顔を出した。右手と左手には味噌汁が二つづつ漆塗りお椀に入っている。漆塗りおわんなんてうちにあったっけ? あ、これも眞子さんが買ってきたんですか。
「眞子さん。料理並べるのぐらいは手伝いますよ」
「いえ、いいわ」
「いいからいいから」
俺は味噌汁のお椀を無理やり眞子さんから奪うと、いま並べたちゃぶ台へ味噌汁を置いていく。あ、そういえば箸も居るな。箸はたしか割り箸が二つ残ってたからそれを……。
「ちゃぶ台は拭いたの?」
……拭いてねぇッス。
「もう、しょうがないわね」
俺の無言を肯定と受け取った眞子さんは今並べた味噌汁お椀をまたちゃぶ台から取り上げる。台所まで一度戻り、今度は布巾を持って入ってきた。
俺の目の前で眞子さんはちゃぶ台をきゅっきゅっと拭き取っていく。全面拭いた布巾の表面を眞子さんは無言で見せる。情けないくらいグレーだった。
眞子さんの作ってくれた料理は、味噌汁にアジの干物に野菜サラダ。白いふっくらご飯には黄色のタクアンがきれいに添えられている。
時刻はもう12時前だというのに朝飯定番メニュー。なんだか変な感じがした。まぁ俺は休みの日はほとんど朝が菓子かカップ麺だから、普段と比べればコレはとてつもなく立派な真人間的食事なんだけどさ。
「なんだ、もしかして朝はパンのほうがよかったのか?」
「いえ、頂きます」
二人で向かい合って食う朝食。料理はどれもめちゃくちゃ美味かった。
流しで眞子さんがお皿を洗っている。皿洗いぐらいは手伝おうとしたがこれもやんわりと拒否された。
だから俺は部屋でぼーっと写りの悪いテレビを眺めていた。ノイズまじりの画面と片方壊れたスピーカーから流れる出演者たちの声。拾い物だから仕方が無いとしても、その音は雑音に近い。
俺はなんだろうなぁ。と一人で自問自答しようとして……、面倒くさいからやめた。
「生気の無い顔して、どうかしたの?」
気がつけば、エプロン姿の眞子さんが隣に来ていた。
「あ、いえ。なんでも……ないです」
「ふぅん。そう」
しばし沈黙。
「眞子さん、そういえばメガネ、どうしたんですか? 今日は無かったから一瞬誰だかわかんなかったですよ」
「へぇ……」
またしばしの沈黙。あれ? なんで、沈黙なんだよ。俺。いつもならもっと盛り上がるだろ?
「ああ、そうだ。眞子さん。今日はどこへ行きますか?」
俺は沈黙を打ち破るように、わざと大きな声で眞子さんに話しかける。そういえば本来の目的をすっかり忘れていた。今日は俺と眞子さんのデートの日なんだ。
待ち合わせはどうしようと話してたときに、眞子さんが俺の部屋っと言ったから、俺の部屋になったわけで。
ぶっちゃけ、料理とかは想定外だったんだよなぁ。
だから、本来の目的であるデートに話題を持っていく。
が、しかし、眞子さんは静かに首を振った。
「ん? どうしたんです?」
「デートよりやらなくちゃいけないことがあるわ」
俺は頭に疑問符を浮かべる。眞子さんはエプロンのポケットから一枚、水色のナプキンを取り出した。それをまとめた自分の頭にかぶせる。
「眞子さん?」
「掃除」
「え?」
「そ・う・じっ!!」
真剣な表情で語彙を強め言い放つ眞子さんに俺は思わず肩をこわばらせた。改めてみれば、眞子さんの頭のナプキンにエプロンって確かにまるっきり年の暮れの大掃除の時の格好だ。
「え、掃除って。デートは……」
「あなたの部屋がこんなに汚いとは思わなかったわ。デートよりまずは掃除! それとモノを片付ける!」
え、ええ?
「掃除っていきなり言われても……それに片付けって今さっき……」
「それは片付けじゃないわ。ただ物を寄せただけでしょう! これから毎日来ることになるんだから、この部屋を徹底的に綺麗にするわよっ」
ん? 毎日……? いま、なんて言っ……、
「ほら、この布団とか。折りたたんでただ部屋の隅に置いただけじゃない! こういうものはちゃんと押入れに収納するの」
そう言って、眞子さんは俺が寄せた布団を両手で抱え上げると、そのまま押入れに入れようとする。あ、待て! 押入れには俺のエロ漫画が!
ガラガラ。
どさどさり。
が、一歩遅く眞子さんは押入れのふすまを開けてしまった。しかも運の悪いことに積み上げていたエロ漫画が押入れのふすま側に重量をかけていたため、俺のコレクションの数冊が見事に押入れから転がり出てしまった。
少年コミックとはちょっと違う、ちょっぴり大きめA5でピンク色と肌色と白濁色がふんだんに表紙に使用された本が三冊ほど眞子先輩の足元へ落ちた。
「ああっ、これは違います!」
俺は座った姿勢のまま飛び掛るように四つんばいで走り、落ちたエロ漫画を回収っ。表紙を見られないように拾ったTシャツの中へ隠す。
「えーっと、これはなんでもありませんから! マジですよっ!」
「……それを隠してもこっちにいっぱいコレクションは揃ってるみたいだけど?」
あああああっっ!
そうだった。今落ちた三冊を回収しても、押入れの中にはまだ大量のエロマンガが揃っていたわけで……。眞子先輩は涼しい顔で布団を床へ一度置くと、押入れで積み重ねられているエロ漫画を一冊手に取る。
ぺらりと中身を開き、その冷たい目で内容をザッピング。たしかあの本は委員長である真面目な女の子を一匹狼の不良がいやらしく調教して行くっていうかなり濃い内容だったはず……。
俺は背中に冷や汗がだらだらと流れまくっていた。一気に体温が冷え、眞子さんの顔を見ることが出来なくなる。ドキドキと鳴る心臓。
「ま、眞子さん……」
「最悪ね」
眞子さんはパタンとエロ漫画を閉じた。
「いつもこんなの読んでるの?」
「え、えーっと」
毎日読んでますっては言えないだろ。
「こういうの好きなの?」
「………」
「まぁ好きならこんなに買わないわよねぇ……」
うう。眞子さんの視線が痛い。
「で、でも」
「なに?」
「でも、俺も男ですからっ。こういうものは持っているものですよ」
「ふーん……」
うわぁ、納得してないっていうかめちゃくちゃ怒ってる時の顔だ。唇をむっつりとへの字に曲げ、冷めた視線で俺を捕らえる。頭からアニメのようにぷしゅうぷしゅうと湯気が出ているようで、俺の額に流れる汗は三割増し。
ぶっちゃけ、たとえばさっきの掃除をするって言い出した時の眞子さんはほとんど普段どおりの眞子さんだ。怒っているようにも見えた眞子さんだったが俺に対してはあれが普通。
怒っているときの眞子さんは普段にも増して無口になる。そして、Vシネマのヤクザよろしく『目で殺す』といわれるように、強く強く相手をにらみつけるのだ。
ちゅ、ちゅーか。エロ本見つけたぐらいで怒りすぎだろ! 眞子さんっ!! なにが悪いんだよ!
「えーと、眞子さん」
でも、勢いよく反論できない俺。ヘタレ。
「ねえ」
「はいっ!!」
「あなたは、こういうのが好きなの……?」
眞子さんはエロ漫画の表紙を俺に見せ付ける。なんだかこの時の眞子さんの表情に俺は少しだけ違和感を感じた。
「え。えええ。ええ、まぁ……」
でも、俺はそんな表情の変化で眞子さんの微妙な感情を読み取って対応できるほど人間が出来ちゃいなかった。馬鹿正直に答えちまった。
「好きですよ……ええ」
「そう……」
眞子さんは何度か俺の言葉を反芻するように頷く。
「……私より魅力?」
え?
俺は耳を疑った。
「ま、眞子さん?」
が、聞き返した時にはもう眞子さんはごにょごにょと口元を動かして、そのまま口をつぐんでしまった。なんだか妙に眞子さんの頬が赤くなっている。
魅力……? み、みりょくって。
「え、えーっと。眞子さん」
俺は頭の中で慎重に言葉を選びながら口を開く。
「……?」
「お、俺。確かにそういう本は好きですよ。うん、見ればわかるかもしれないですけど。で、でも。眞子さんが嫌なら……俺、その本全部捨てます」
かっこよくないかもしれないけど……。
「そういう漫画っていうのは……、えーっと。魅力とかじゃないんですよ。そもそも漫画と実物は全然違うわけですし……。俺は……、俺、こんな風にだらしなくて、全然だめなヤツですから、
女の子と付き合ったことも無かったんですよ。だから、ほら、えっと。寂しさの穴埋めみたいなものなんです。うん、多分、ですけど」
そうだろう。うん、そうだろう?
「でも。今、いまは眞子さんがいます。眞子さん。眞子さんが俺の寂しさを埋めてくれてるんですよ。だから、眞子さんが居ますから、俺、もうそういうのは……無くて、いい、です」
何度も噛みそうになった。でも、最後の一文だけははっきりいわないと。
「俺、眞子さんが居てくれれば幸せですから」
ふっ。
気がつけば、俺は眞子さんに抱きしめられていた。ぎゅうっと眞子さんの腕が俺の背中をまわり。眞子さんの細い体が俺にぴたりとくっつく。
俺の肩に顎を置いて、眞子さんの髪の毛の匂いがふんわりと俺の鼻腔をくすぐった。
眞子さんは言葉を話さない。表情は見えない。どんな顔なのかもわからない。ただ、俺を抱きしめただけ。でもそれだけで眞子さんの想い・感情が伝わってくる。
優しい抱擁。しばらく俺と眞子さんは一緒に抱き合っていた。
長い間そうしていたのか。もしかしたら一分くらいだったのかも知れない。
眞子さんの体が離れる。
顔を見ると、眞子さんは普段の表情へ戻っていた。よかった。怒りは収まっていつもの調子に戻ったようだ。俺はくすりと表情を緩める。
「眞子さん」
「よし。じゃあ、捨てようか」
……へ?
「私が居れば、こんないやらしい漫画なんていらないのでしょ? 全て捨てるわよ。こんなもの」
ああ、本当に、いつもの調子に戻った眞子さん。
「よく考えればこんな布団は干さないといけないわね。私は干すから、あなたは押入れの中にあるものを全てビニール紐で纏めて頂戴」
「え。今から全部!?」
せめて三冊ぐらいは、最後に一回……。
「ほらほら、立って。あと床もゴミが散らかってるんだから。徹底的に掃除しないと。今日は一日あなたの部屋を丸洗いよ」
「……マジすか」
デートはお預け?
はぁ。
「返事!」
「はーい」
眞子先輩はその言葉に満足げに頷くと、布団を担いでベランダへ向かう。すれ違い俺は押入れへ。
ああ、俺の夜を支えたレディたちよ……。ジュンコ、ヨウコ、ナツコ、クミコ、ヒロミ、アユミ、カオリ、ハルカ……。
さようなら、さようなら、さようなら……。お前は次の俺みたいなヤツのために頑張ってくれ……。
☆
『眞子さんが居てくれれば幸せです』って言葉はもちろん嘘じゃなかった。
少なくとも、この時までは。
(続く)
>229のプロットから電波受信させていただきました。
とりあえずよづりも居る手前、そこまで長くはしないつもりです。
次回投下は未定です。
期待
>>290 新作ktkr!
容赦ない眞子さんかわいいよ眞子さん。
今はバカップルの二人がどう変化していくのか楽しみです。
駄文落とします。
294 :
天秤:2007/10/07(日) 00:37:48 ID:AreITkIC
真っ暗な闇の中、僕は一人道路を歩く。車も通らず、街頭も着いていない道路をただ歩く。
兄の名を、呼びながら。母の名を、呼びながら。
義母の名を、呼びながら。義姉の名を、呼びながら。
父の名を、呼びながら。あの子の名を、呼びながら。
彼女の名を、呼びながら。
―――ああ、いつもの夢だ。もう見飽きるほど見た夢。遠い過去と少し先の未来の夢。
うっすらと、少しずつ世界がひらけてくる。現実の暗闇の中、よく知った天井が見えてくる。
視線を左に動かせば、よく知ったクローゼットが見える。
視線を右に動かせば……そこに彼女がいる。
穏やかな吐息と、甘い匂いを感じながら僕は彼女のきれいな髪に指を通す。
整った顔立ち、スレンダーだけど均等の取れたプロポーション、絹のようなやわらかい髪。
本当に、彼女は美しい。
僕とはまるで違う、生き物……
彼女―――三島葵に僕―――風間真樹が出会ってからどのくらいの時が過ぎただろうか。
正確な時間はわからない。
ただ、担当者として彼女の書く小説に携わり始めた時、彼女の小説を読んだときからきっと僕は彼女に惹かれていた。
彼女が書く小説は不思議な魅力で満ち溢れていた。文体も話も平凡なものであるはずなのになぜか惹かれてしまう。
読者はその魅力の正体がわからず余計に小説にのめりこむ。正体不明の麻薬のような魔性の魅力が彼女の小説にはあった。
そしてその魅力は彼女自身のものでもあった。
彼女は不思議な女性だった。明るく、社交的に見えて、実はとても内向的で。冷たいようにみえるけど、実はとても涙もろくて。
彼女の不思議な二面性からあの魔の魅力を持つ小説が生み出されているのだろうか。いや違う。
これは本当の彼女を隠すためのカモフラージュなんじゃないか。
僕は彼女が知りたくなり、どんどん彼女の魔の魅力に取り付かれていった。
彼女と話をし、彼女の手助けをし、とにかく彼女と関わりあった。
今にして思えば彼女もまた僕に似たような理由で惹かれてたのかもしれない。
仕事での相棒だった僕達は次第にプライベートでも関わり合う様になった。
そんな日々が続いたあるとき、彼女の作品を読んでいた僕は気づいた。
彼女の魅力の正体がわかってしまった。
彼女の作品には愛や情がない。あったとしてもそれは一方通行の想い。決して敵わない想い。
物語は絶対にハッピーエンドにならない。けどそれでいて登場人物達が機械的になることもない。
それは彼女の技術と才能のなせるものなのかもしれないけれど、でもとても悲しいことだと思った。
彼女は愛されたことがないのだ。だから思いは常に一方通行。
愛に飢えた人。悲しい人。
そのときようやく気づいた。だから僕は彼女に惹かれたのだ。
僕もそうだから。孤独だから。
愛されることの意味がわからないから。
295 :
天秤:2007/10/07(日) 00:38:31 ID:AreITkIC
―――似たもの同士の二人は似たような想いで自然と繋がった。
それが傷の舐めあいでしかなくてもそれが僕らにとって正しいことだった。
彼女の髪からゆっくりと手を離しベッドを降りる。彼女が起きないよう、なるべく音を立てないように。
寝室を出るとそのまま台所に向かい、冷蔵庫から昼食の材料を取り出す。
コンロに火をつけいつものように調理を始める。もう何百回と繰り返してきた行為。
でもそれでも僕が彼女にしてあげられる数少ないことだから、決して手は抜かない。
このマンションは台所から寝室までずいぶんと離れているので思い切って音をたたてもだいじょうぶ。
調理が終わったらいつものように食器に盛り付け、いつものようにラップにつつみ冷蔵庫にいれておく。
書置きをテーブルに残し、その後洗面所に向かう。
相変わらず不健康そうな自分の顔とにらめっこをつづけながら外にでるための準備をすませていく。
偽りの自分を演じるための仮装を施していく。
すべての準備が終わってから彼女の様子を見るために再び寝室に赴く。これもいつものことだ。
安らかに吐息をたてる彼女にむかってきっと聞こえないであろう一言を言って部屋を出る。
玄関に向かい開けたくないドアを開け、重い足をひきずって外に出る。
後ろを振り返り、ドアノブに鍵を差し込む。鍵をまわす。
ゆっくりと、ドアから離れる。ここにまた帰ってこれるように祈りながら。
これが僕の日常。これからも続いていくであろう、僕の幸せ。
彼女の仕事を手伝い、彼女の世話をさせてもらう。それだけで生きているって感じる。
僕が彼女の役にたってるって感じる……
296 :
天秤:2007/10/07(日) 00:39:19 ID:AreITkIC
彼女の過去になにがあったのか、くわしい話は聞いていない。
でもポツリ、ポツリと時々話をしてくれることがある。
父に暴力を受けていたこと、母が見てみぬふりを続けていたこと。
親友と思っていた人に裏切られたこと、恋人に酷い目に合わされたこと。
僕の人生とほとんど同じ。大事にしていた人に裏切られて、見捨てられる。
本当に似たもの同士。似たような人生を送ってきてる。
だからふたりで支えあって、生きている。傷を舐めあうようにして逢瀬を重ねる。
……でも本当は僕にはわかってるんだ。似ているのはそこだけ。そこから先はまるでちがうもの。
彼女はすべてを持っている。外見的な美貌も、富も、才能も、未来も。人望も。
きっと本人は分かっていないと思うけれど彼女はすごく周りに愛されている。
人に傷つけられた分、他人に優しくできている。周りの人を愛そうとしてる。
彼女は自分が愛されたいからそうしてるっていうけれど、きっと彼女の性格がそうさせてるんだと思う。
だって同じような境遇の僕にはできてない。イメージが沸いてしまから。裏切られるイメージが。
だから怖くてできない。同じような体験をしている彼女に対してはできているのかもしれないけれど、
人間がみんな僕らみたいな人であるわけがない。多少は経験していてもそれは規模が全然ちがう。
でも彼女はそんなこと気にしてない。どんな人にも優しくできてる。慈しみを持てる人なんだ。
彼女は光輝く人。僕じゃ決して届かない人。
いつか彼女はそのことに気づくだろう。いやもう気づいているのかもしれない。
そのときこそ、彼女と僕の別れのとき。彼女が「向こう側の人」になるとき。
そのときがきたら僕はきっと泣くだろう。懇願するかもしれない。でもきっと、とめられない。
仕方のないことだから。それがあるべき姿だから。彼女にふさわしい男が他に必ずいるから。
僕はただそのときを待つだけ。怯えながら、恐怖しながら、でもどこかで喜びながら。
彼女は光輝く人。幸せになるべき人。僕の愛する人。
だからせめて踏み台になる。僕を捨てることで彼女が前に進めるように。
それが僕の「愛する」ってこと。
297 :
天秤:2007/10/07(日) 00:40:09 ID:AreITkIC
真っ暗な闇の中、私は「彼」と手をつないで道路を歩く。
車も通らず、街頭も着いていない道路をただ歩く。
でも少しも怖くない。「彼」が隣にいるから。どこまでも歩ける。少しもつらくない。
歩き続ける。どこまでも歩き続ける。
気がつくと、いつのまにか左手にたしかにあった暖かい感触がなくなっている。
私は当たりを見回し必死に「彼」を探す。
すると急に光が見えてそこに「彼」が立っている。
私は大声で「彼」を呼ぶのだけれど、「彼」は私に全く気づかず、そのまま光の先へ進んでしまう。
私は大急ぎで「彼」を追うのだけれど、決して追いつけない。
「彼」はそのまま私に気づかず光の先にいる「私でない誰か」の元へ行ってしまう……
「くあっ……はぁ……はぁ」
またあの夢だ。見たくもない最低の夢。何度も何度も見る嫌な夢。
「彼」が真樹がいなくなる夢。私のそばを離れ、他の女のところにいってしまう夢。
そんなことあるわけないのに。真樹はあいつらとは違うのに・・・
瞼を開けるとそこはよく見知った部屋。
真樹の匂いのする、私にとってこの世でただひとつ、安心のできる場所。
今は暗くてなにもほとんどなにも見えない部屋だけれど、左隣にたしかに気配を感じる。
「真樹……」
身体を起こし、私の隣で死んだように眠る真樹の顔をゆっくりと覗き込む。
真樹はいつもこうだ。まるで本当に死んでいるんじゃないかってくらい無表情で眠る。
一応いつものように耳を済ませて真樹の呼吸音を探る。
「スゥー……スゥー……」
「はぁ……よかった」
安心した私はそっと真樹の頬に触れる。これもいつものこと。
どんな夢を見ているんだろう・・私の夢だといいな。
顔の輪郭をなぞりながら、徐々に指を下へ下へとおろしてゆく。
夢……そう、あの悪夢をみるのも……
「いつものこと……なんだよね。」
298 :
天秤:2007/10/07(日) 00:40:55 ID:AreITkIC
真樹は私にとってこの世で唯一自分と同じ傷みと想いを感じあうことのできる男性だ。
同じように人に裏切られ、同じように愛する人に捨てられた。
真樹は人に捨てられる苦しみを知っている。人に裏切られる怒りと悲しみを知っている。
だから真樹が私を捨てるはずない。私のそばからいなくなるわけがない。
私達は「愛し合っている」んだから。それだけじゃない。
他のカップルとは違って「理解しあって」もいる。
深い深いところで繋がっている。絶対に離れることなんてない。
それはわかっている。だからあんな夢、ただの夢だ。
でも……でももし真樹が他の女を選んだら?私じゃない他の誰かのところに走ったら?
もし私に飽きたら?私のことがいらなくなったら?
「やだ……そんなの絶対やだ……」
両手の指は首にまでかかっている。その指に少しずつ、少しずつ、力をこめていく。
誰かに取られるくらいなら……他の誰かと歩く真樹を見るくらいなら……
どんどん力が強くなる。ここで真樹をこの手で……そうれば真樹は永遠に私の……
「うっ……ぐっぐぐぐぐ」
真樹の苦しい声が聞こえてくる。はっ、として慌てて手を真樹の首から離す。これもいつものこと。
あの夢を見て、真樹の首を絞めて、我にかえる。成長しない私。
「ごめんね……真樹。もうしないから許して……」
これもいつものこと。どうせまたあの夢をみたらやってしまう。最低な私。
真樹を失うのが怖い。他のものなんていらないから神様、真樹だけは奪わないで。
もう失いたくない、裏切られたくない……
濡れてきてしまった目尻をぬぐい、横になり、真樹の手を握る。これだけで安心する。
高ぶった心と身体が、ゆっくりと落ち着いていく。
再び意識が暗い闇の底に沈んでいく―――
次は真樹と笑って歩いている夢がみたいな……
―――自然に、ゆっくりと瞼がひらいていく。どんな夢をみたのか、全然覚えていない。
見知った部屋、見知った匂い。でも左隣りの気配がない。
「真樹!」
掛け布団を思いっきり投げ出し、真樹の姿を探す。
「真樹どこ!真樹!真樹ぃぃ!」
胸の鼓動がどんどん早くなってるのがわかる。まさか・・・まさか!
寝室からリビングに出、台所を見渡す。
いつも二人で食事をしているテーブルの上に紙がおいてあるのが見えた。
急いでテーブルに向かいむざぼるように読みこむ。
そこにある真樹のにおいを感じられるようにじっくりとゆっくりと。
「食事は冷蔵庫の中にあるから暖めて食べてください。」
たった一行だけれどそれだけで心が安らいでくる。と同時に頭も冴えてくる。
そうだ、真樹は今日は出勤だったんだ。
ふっと気が抜けて思わずへたりこんでしまった。
昨日そう言ってたばかりじゃないか。なにをしてるんだ私は。
ボサボサのままの髪をかきあげながら、冷蔵庫から真樹がつくってくれた食事を取り出す。
オムライスだ。朝から食べるものじゃないが、時計の針はもう午後2時を回っている。
真樹は私がこの時間におきること、わかってたのかな。
お昼過ぎのくだらない内容のテレビをみながらオムライスをほおばる。
真樹の料理はおいしいけれど、真樹がいないとなんだか味がうすいきがする。
きっと気のせいじゃない。真樹がいないとおいしくない・・・
真樹と会うまで一人で食事をとることなんてまるで苦じゃなかったのに。
でも今は真樹がいないとダメだ。苦しい。心も身体も、苦しい・・・
つまらない食事を終え、食器を洗うと、私はそのまま書斎へ向かう。
私の仕事場。ここは唯一この部屋で真樹の匂いがあまりしない場所だ。
この部屋は私が仕事場として購入したマンションだけれど、いつのまにか真樹と二人でここに入り浸りになった。。
私はあまりこの部屋には私物を置かず、真樹の好きなようにインテリアを任せることにしていた。
そうすればずっと真樹の匂いで包まれていられるから……
だけど、この書斎には真樹が気を利かせたのか、まるで物が置かれていない。
単純なデザインの机と、本のびっしり入った本棚。それだけ。
でも、ここには私の宝物が隠れている。真樹にも見せていない大切な宝物。
本棚を開け、一番下の棚の左から2番目の本から小さな銀色の鍵を抜き取る。
この本は全然読んでいないけれど、確か宇宙工学かなにかの本だった気がする。
鍵を使い、本棚の裏ににかかったロックをはずし、宝物達を取り出す。
真樹を隠し撮った写真のアルバム。
真樹を隠し取ったビデオ。
真樹の着た服や真樹の使った食器はここで暮らすようになってから大量に手に入るからいいけれど、
こういうものはさすがに自分で作らなきゃいけない。
一緒に暮らしてるんだから辞めようと何度も思ったけれど、やっぱりなかなか辞められる趣味じゃない。
彼のいないときはこうして彼のビデオと写真で自分を慰める。
真樹がこんな私を知ったら、どう思うかな。
300 :
天秤:2007/10/07(日) 00:42:33 ID:AreITkIC
真樹と最初に出会ったとき、つまり真樹が私の担当になったとき、正直嫌で仕方なかった。
男が好きじゃなかったのもあるけど私の前の担当と違って若くてあまり役に立ちそうになかったからだ。
いつものようにニコニコ笑って周りに仲のいいところアピールするだけでいいやくらいにしか、考えてなかった。
でも真樹は、そんな私の心情を知ってか知らずか、いやに私に絡んできた。
一生懸命私の世話を焼こうとするし、私のためにいろんなところを駈けずりまわってくれたりした。
私にやたら話しかけてくる真樹に不審と不快の気持ちを抱かなかったといえば嘘になるが、でもなぜか拒否する気になれなかった。
他人が自分の生活に入ってくるのを嫌がる私だったはずなのに、なぜか真樹の侵入は許せたのだ。
真樹と過ごす日々。だんだんそれは仕事だけじゃなくて、日常的な生活にも及んでいく。
真樹が私の部屋に来たり、私が真樹の部屋に行ったり。
真樹が少しずつ、私の人生に染み渡っていく。
私はいつのまにか真樹に惹かれるようになっていた。いやもしかしたら最初からそうだったのかもしれない。
真樹は私の人生になくてはならないものになっていた。
ある日、真樹は昔話をしてくれた。あまり触れようとしなかった自分の人生の歩み。
その話を聞いたとき、なぜ真樹に私が惹かれたのか、その理由がようやくわかった。
真樹は私と同じだったのだ……
ゆっくり、ゆっくり真樹は語る。自分の過去を。
兄の死、そこからくる母との別離、再婚した父との確執。
新しい家族だったはずの義姉と義母からのひどい仕打ち。
ようやくできた理解者に裏切られる絶望。
愛した人たちに捨てられ続ける悲しみ……
そこにはもうひとりの私がいた。愛されることの意味のわからない人間。
似たもの同士の私達。だから私は受け入れられたんだ。
私達は惹かれあった。お互いの傷をうめるように、舐めあうように。
互いの考えていることがよくわかる。互いの求めているものがよくわかる。
私達は恋人同士で、理解者でもあった。
私達は支えあい、生きる。人生を、手をつなぎながら歩く。
……でも私はどこかでわかっている。信じたくないけど理解してる。
いつか真樹は私を置いて一人で行ってしまう。私の手を離してしまう……
そんなの……我慢できない!そんなこと絶対させない……!
私達は一緒に幸せになる。幸せになるべき人間なんだから!
ずっと、ずっと一緒にいるべき。
私を理解できるのは真樹だけ。真樹を理解できるのも私だけ。
真樹は私に愛を教えてくれた。だから今度は私が真樹に愛を教えてあげる。
愛しい真樹。私を本当にわかってくれる唯一の人。
絶対に離さない。それが私の「愛する」ってこと。
>>229と
>>233からわかりあってるようで全然わかりあってないカップルの心情を書いてみました。
この題材は結構使えるから練りこんでみたいなぁ
作品自体もさることながら、よづりの事を忘れずにいてくれたこともすごく嬉しい。
最初に見たとき別の書き始めてしまった以上、もう続編書いてくれないのかなぁと物悲しくなっただけに尚更
>>301 続きを心待ちにしておきます、GJです!
>>301 うん。これは・・いいな。
錯綜と依存がいい感じで混在しててこの二人の行く末読みたいかも
さっき車のナビいじってて思ったんだが、ヤンデレカーナビって面白くない?車降りようとしたら「あなたを離さない」とか言ってドアをロックしたり果ては勝手に走りだしたり
機械相手だとなぜだか怖いよwなんでだろ…
>>306 さすがにココまで行くと…最後は「ずっと一緒」なんて言って海にボチャンとかがいいな
お前寒くないか?っていいながら火をつけておさらばしてやるぜ
火をつける前にはね飛ばされるんじゃね?
そうしたらお前みたいなやつもう知らねえ!て言って帰る
その前に死んでるか・・・・
もはやカーナビと言うよりは、ヤンデレな「ナイト2000」って感じがするw
車に限らずヤンデレ人工知能ってのも面白そうだと思うんだが
ヤンデレな機械は最凶
えっと・・・・
デモンシード?
「コーヒーデキタゾ、ノミヤガレ」
ここでまさかのバジン様
じゃあさらにはバッシャー様だな
ヤンデレの機械には萌えるけどパソコンがヤンデレだったら最悪だよなwwww
電子の世界に連れていかれそうだ。
ペットの烏やロボ娘のリミットと一緒にオーバーロードを倒すのか
それ以前に他スレ読んでたら俺ら死ぬぞ
Jet oneechan got closer
>>315 コブラでレディが最初に出てきたときの台詞?
きっと画面から目が離せず、寝ることもできず、ずっとパソコンいじってないといけないんだよ
前スレの埋めネタの続きが浮かんだので、投下します。
秋。それは人によってさまざまなあり方を見せる季節。
食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。
俺にとってはプラモデルの秋だ。
いや、俺は年がら年中プラモデルを作りながらあーでもないこーでもないと言いつつ
プラスチックに色を塗ったりしているわけであるから、秋が特別というわけではないな。
プラモデル作りは俺にとってライフワークである。
よって、俺にプラモデルの秋は到来しない。
だからといって、秋にプラモデル作り以外の何かをしようとは思わない。
新しいことを始める暇があるならプラモデルでも作っていたいのが俺という人間である。
つまり、俺は秋になっても相変わらず、というわけである。
蒼穹の一部に光の穴を開ける太陽は、朝から調子が良さそうだ。
ついこの間まで半袖シャツを着ていたというのに、いつのまにか朝の空気は肌寒く感じられるようになっている。
朝の清々しい空気を吸い込みながら歩道を歩く俺の前方には、腕を絡み合わせているカップルの姿がある。
弟と妹である。実の兄妹同士である彼と彼女は当然恋人の関係にはない。
だが、こうやって後ろから見ていると恋人そのものである。
今すぐベロチューでもかますのではなかろうかと俺に危惧させる程の密着度で2人はくっついている。
そんなべったりとくっついている弟と妹の後方を俺が歩いているのは、ストーカーをしているからではない。
ただ今俺と弟と妹は、登校中の態勢にあるからである。
俺と弟は高校へ。妹は高校から数百メートル離れた中学へ。
妹は中学校へ向かう岐路に立つと、しょぼくれた表情で言った。
「お兄ちゃん……学校行きたくない」
「わがまま言うなよ。学校はちゃんと行かなくちゃ」
「だって、私が学校に行ったらお兄ちゃん私以外の女と……そんなの、許せない……」
「まさか、そんなことありゃしないさ。ほら、早く行かないと遅刻するぞ?」
「うん……行ってきます、お兄ちゃん」
妹は渋々といった感じで中学校の通学路へと歩を進めた。
何度も振り返りつつ、妹は段々と離れていき、角を曲がったところでようやく姿が見えなくなった。
ここからは弟との二人きりの登校である。
高校の正門へと続く坂道は緩やかな傾斜が続く直線の道になっている。
目測で200メートルはあるこの坂は全校生徒にとっての不満の対象となっており、同様に俺も不満である。
この坂道を上る頃になって、ようやく弟の顔から陰が消える。
妹と一緒にいるときの弟は、どこか後ろめたい表情をしている。
それは実に微妙な変化であるため、妹すら気づいていない。――たぶん。
高校へ着いた。
弟は校舎の玄関の入り口に立つと、無言で俺に手を振って中へと入っていった。俺は首を縦に振って応える。
俺と弟は一つ違いである。俺は現在17歳である。だから弟の年齢は16歳ということになる。
そのため当然学年が違うわけであり、下駄箱の位置も別である。
校舎の壁に貼り付いている時計は7時30分を指している。
生徒がまばらに登校する時間で、まだ玄関は朝の静けさをかすかに残していた。
自分の上履きを収納している棚の前に行き、上履きを取り出す。
上履きを何気なく床に落としたとき、一緒に封筒が落ちてきた。
上を見る。天井しかない。誰もいない。誰かが落としたというわけではないようだ。
前後左右を確認。人の気配無し。俺を監視しているらしき人物はいない。
白い封筒を拾い上げて、再度周囲を見回してから、開封する。
中に入っていたのは二つ折りになっている便箋だけだった。
ふむ。なにかがおかしい。
なぜ俺の下駄箱の中に便箋入りの封筒が入っていたのであろうか?
朝俺が登校する前に下駄箱の中に手紙を入れていくなんて、まるでラブレターみたいではないか。
ラブレターか。思い返せば、今まで恋文というものをもらったことは一度もないな。
弟に見せてもらったことは何度もあるのだが。
今俺の右手の親指と人差し指に挟まれているこのラブレターらしきものは、俺に宛てたものなのか?
いや、それはないだろう。
俺のことを好きだという女がいるとはとても思えない。
俺は女から注目を浴びたことはない。注目されようと思ったこともない。もちろん男に対しても同様である。
だというのに、俺の下駄箱にラブレターが入っていた。
それは、つまり、その。
俺のことを好きだってこと、――――は無いな。無いだろう、さすがに。
きっと間違って俺の下駄箱にラブレターを入れた女の子が居るのだろう。
しかし、今時文章をしたためて恋を伝えようとする女子がいるとは。
俺は感動した。感動したぞ、名も知らぬ女子。
だが、俺の下駄箱に間違っていれたのは失敗だったな。
君が失敗を犯したせいで君の熱い想いがこもったラブレターの封は切られてしまった。
ピンクのハートマークのシールは無惨にも破かれてしまったのだ。
なんという悲劇。数十センチの間合いを違えてしまったために君の慕情は霧散してしまった。
俺も早く間違いに気づいてあげられればよかったのに。俺の阿呆。
こうなっては、せめて君の想いが冷めぬうちに中身を読んでしまわなくては。
そうでなくては、あまりにもこの紙切れ達が可愛そうだ。
送付先の男子にこのラブレターは渡せないが、君の下駄箱に返しておくよ。
また、諦めずに筆をとってくれたまえ。
便箋を封筒から取り出してひろげ、文に目を通す。
なになに、『同じクラスになったときから、あなたのことばかり見ていました』か。
嗚呼、なんと健気なことよ。男子に自らの想いを悟られぬよう、物陰からひっそりと見つめているだなんて。
着物を身に纏った文学少女が木の幹の裏に隠れている姿が浮かぶ。
その純な想いが俺に向けられることはないのですね。まったく、残念だ。
手紙の二行目。『あなたのことが好きです。もし話を聞いていただけるなら、昼休み屋上に来てください』。
おお。喉の奥に甘酸っぱく、それでいてしつこくない感覚がこみ上げてくる。
ひねりをくわえた変化球のような文章では、ここまでストレートな感動は押し寄せてこない。
一体、君は誰に向けてそのストレートを放ったんだい?教えてくれ。
俺は、便箋の下に書かれていた文字を見た。そして目を激しくしばたたかせた。
そこに書かれていたのは、平凡極まりない俺の名前だったのだ。
*****
昼休み。
俺はいつもより早めに昼食のパンを食べ終えると、屋上へと向かった。
二段とばしで階段を上り、屋上へ出る扉の前に立つ。
どきどきする。顔の熱を下げられない。冷静になんてとてもなれそうにない。
別に興奮しているわけではない。緊張しているからなのである。
今朝俺の下駄箱に入っていた手紙は、間違って入っていたわけではなく、俺に宛てられたものだった。
文章を読んだところ送り主は俺に対して好意を持っているようである。
そして、俺は送り主の正体が気になったからこうやってのこのこと屋上へ向かっているのである。
あの手紙がいたずらでなくば、彼女は俺へ向けて告白をしてくるはずである。
きっと、両手を祈るように胸の前で組んで、頬を赤く染めながら、熱っぽい眼差しで俺を見つめてくるのだ。
その状態のまま、思わず録音したくなる恋の言葉を言ってくれるであろう。
彼女の告白に対する、俺の返事はもう決まっている。
だが俺は、その返事をしていいものか、決断がつかないのだ。
「……ええい!」
開けてしまえ!なんとでもなる。
もしも変な結果になってしまってもその時はその時だ。
屋上へ向かうドアを開ける。
途端に、新たな行き先を見つけた風が廊下へと吹き込んでくる。
視界の先にあるのは開けた屋上の光景。ここから人の姿は見えない。
深呼吸を1回。そして足を踏み出す。
屋上は周囲にフェンスが張り巡らされている。
ベンチが置かれていないのは、あまり生徒が立ち入らない場所だからである。
事実、ここに昼食をとる生徒の姿はない。
さて、手紙の送り主はどこにいるのか。
右を向く。フェンスの向こうに広がる街と空が見えただけだった。左も同様。
誰もいないな。やれやれ、やはりいたずらだったか。
――よかった。一気に肩の荷が下りた。
よし、教室へ戻って惰眠をむさぼることにしよう。
振り返る。と、そこには女子生徒がいた。俺の進路を塞ぐように、屋上の入り口に立ちはだかっている。
いつのまに現れたんだ?足音一つしなかったぞ。
この人が俺を手紙で呼び出したのか?
……だろうな。状況から考えて。
女子生徒は屋上の風に黒い艶やかな髪を任せていた。彼女の髪を見ているとコーヒーゼリーが思い浮かんだ。
別に彼女の髪の毛を食べたくなったとか、そういうわけではない。
彼女の瞳は俺の目に釘付けになっていた。まばたきをするとき以外は、ずっとそんな状態であった。
視線を交わし合って、数秒が過ぎて、ようやく俺は目の前の人物に対して見当をつけられた。
彼女は、俺のクラスで一番の美人であるという評価を男子によって下されている、葉月さんであった。
――ここにきて、俺のあの推測は確信になったな。
葉月さんは俺の目を見ながら、両手を胸の前で組み合わせた。
こんな動作まで想像通りにならなくてもいいと思うのだが。
「や、葉月さん」
「あ、あの……手紙、読んでくれた?」
葉月さんの声は控えめで、男の庇護欲を駆り立てる響きを持っている。
普段明るい人気者である葉月さんの声は、たった今屋上にて俺一人に向けられている。
なんだか自分が特別な人間になったような気分である。
「うん、朝きたら下駄箱に入ってたから。ちゃんと読んだよ」
「じゃ、じゃあさ……私の気持ちも、もちろん気づいているよね?」
あなたのことが好きです、というのが葉月さんの気持ちであろう。手紙にはそう書いてあった。
手紙の文を信じるのであれば、葉月さんは俺のことが好き、ということになる。
「それでさ……返事は決まってるのかな? できたら、ここで教えてもらいたいんだけど」
返事を早急に要求してくるのはいい判断だ。
告白の返事は早めに受け取ったほうがいい。
告白されてすぐであれば、相手は高揚しているであろうから、いい返事をもらえる可能性が大きい。
しかし、それは告白を受けた相手が好意を抱いている場合である。
つまり、告白してきた相手を嫌いであればいい返事は返ってこないということである。
俺の場合、葉月さんを嫌っていないのだからこれには当てはまらない。
なにせ、クラス一の美少女からの告白である。
俺には葉月さんを嫌う理由などない。クラスの他の男どもと同様に、俺も葉月さんに好意を持っている。
交際を申し込むほど思い詰めてはいないから、告白する気などまったく無かったが。
「ねえ……どうなの?」
葉月さんはそんなことを言いながら、続けて俺の名前を呼んだ。
まるで付き合ってくれ、と懇願しているようである。
葉月さんが一歩踏み出してきたことにより、俺との距離は少しだけ短くなった。
ここで俺が数歩踏み出して葉月さんを抱きしめれば、晴れて俺にも彼女ができるということになる。
だが俺には、そうすることはできない。
よって、告白に対する俺の返事は、こうなる。
「ごめん、葉月さん。……俺、君とは付き合えないよ」
眼前にある葉月さんの顔から、気のようなものが、ふっと消えた。
目を大きく開け、呆然として立ちつくしている。
それはそうだろう。なにせ、俺なんかに振られる形になったのだから。
「どうして……? 私のこと、嫌いだったの?」
葉月さんの目尻に涙が浮かんだ、ように見えた。
距離があるのだから目尻まで見えるわけがないのだが、声を聞いているとそんな錯覚を覚えたのだ。
「俺は、葉月さんのこと嫌いじゃないよ」
「じゃあ、どうして……?」
「……」
言えない。言いたくないのだ。だから早くこの会話を終わらせたい。
俺は、無言でその場を立ち去ろうとした。
が、葉月さんが行き先を遮っていたので、足を止めることになった。
しばらく、目で「どいてくれ」と語ったのだが、葉月さんはどいてはくれなかった。
仕方なく、葉月さんの肩を押してどけようとした。
その時である。俺の視界の天地が逆転したのは。
ふと見上げた先には空があった。
たった今視界の先に空が広がっているのならば、さらにひっくりかえれば目の前にコンクリートの
地面が広がっているはずだが、そんなの当たり前だな、とか意味もなく考えた。
次に考えたのが、俺はなぜいきなりこんな状態になったのかということである。
ああ。たぶん葉月さんに向けて俺が手を伸ばした時、投げられたのだろう。
痴漢行為をされるとでも思ったのであろうか。そうであればこの反応は正解である。
視界の一部に、葉月さんの頭が割り込んできた。
近くで見ても、変わらず葉月さんは美人顔であった。
「なんで理由を教えてくれないの!? ねえ、なんで?」
涙目と、涙声。これを俺がやったのだ、と思っただけで自分が罪人になった気分になる。
俺が葉月さんをふった理由はある。だがそれは言えない。
「ごめん、葉月さん……」
俺は葉月さんの肩を押し、隙をついて廊下へ向けて駆けだした。
葉月さんの声を、階段を下りながら聞く。
「待って! 待ってよっ! 好きなのに! 本当に好きなのにぃっ!」
悲痛な叫び声だった。その声は、俺が教室へ戻って机に突っ伏すまで耳に残っていた。
俺が葉月さんをふった理由は、葉月さんの告白が嘘であると見抜いていたからである。
そう思うのには、理由がある。
まず一つ目。葉月さんは俺ではなく、弟のことが好きなのだ。
クラスにて、時々複数の男女を交えて会話をすることがある。
その際、葉月さんは必ずと言っていいほど、弟のことしか聞いてこなかったのだ。
周りの男どもは葉月さんと会話できる俺のことを恨めしげな目で睨んでいたが、
俺にとっては葉月さんと会話をするのはそれほど嬉しくなかった。
弟のことしか聞かないのだから、当然俺のことなど一切聞いてこない。
どう考えても、俺から弟の情報を聞き出そうとしているようにしか考えられない。
将を射んとせばまず馬を射よ。将は弟、馬は俺。
葉月さんは弟という将軍の首をとるために、馬である俺を仕留めるつもりだったのだ。
だから、俺と付き合って弟に接近しようと試みた。
そして俺は、葉月さんのその企みを見抜いていた。だからこそふったのである。
これは決して、俺の考えすぎというわけではない。
前例もあった。その前例こそが、葉月さんが嘘を吐いていると思わせた二つ目の理由である。
あれは確か、中学三年のころだったか。
机の中に入っていたラブレターを読み、俺は手紙に導かれるように体育館裏へと馳せ参じた。
そこで待っていたのは、以前から俺が恋していた(と思う)同級生の女子であった。
彼女は付き合ってください、と俺に言った。俺はもちろんOKした。
その場で彼女と離れてから、俺は雄叫びをあげた。もちろん歓喜によるものである。
たくさん話をして、いろんな場所に行って、あふれんばかりの想いを伝え、あんなことをしたい。
夢のような心地であった。そしてそれは現実に夢まぼろしとなった。
彼女はよく俺の家に遊びに来た。それ自体は別にかまわなかった。
問題は、彼女は遊びに来ても弟としか会話をしようとしない、という点だった。
俺が、弟と会話をする彼女に声をかけると、邪魔者を見る目つきで睨んできた。
決して錯覚ではない。彼女がそんな態度をとるのは一度や二度ではなかった。
そんな感じでだらだらとした関係を続けてきたある日、俺は彼女に別れを告げられた。
俺自身彼女への想いが冷めていたのを実感していたので、簡単に別れることにした。
問題はその後。弟が言ったのである。「今日、兄さんの彼女に告白されたよ」、と。
俺は冷めた気持ちでそれを聞いていた。このときには、彼女の思惑にも気づけていたから。
弟の相談に対して、俺はどんな返事をしたか覚えていない。
付き合えばいいんじゃないか、と言ったのか、やめておけ、と言ったのか。
悲しかった。裏切られたことも悲しかったが、ダシに使われたことはもっと悲しかった。
最初から、「弟との仲をとりもってくれ」と相談してくれればよかったのに。
俺は喜んで彼女に協力していただろう。
弟の傍で幸せな顔で笑う彼女を見ていられればそれで満足できたから。
少しばかり胸が痛もうとも、我慢できたから。
だけど、昔の彼女と同じく葉月さんも俺を利用しようとしていた。
作戦としてはまあ、悪くはない。対象の身近な人間と接触し、外堀を埋めていくのは有効な手段である。
けれど、俺は思うのだ。人の心を踏み台にする作戦など、人がやるべきことではない。
悪魔だ。悪魔の所行だ。人間は生きているのだ。心があるのだ。
踏み台にされてしまえば、人の重みに負けて心が軋むものなのだ。
もう俺の心は鉄筋の骨とコンクリートで組まれた階段ではない。
築50年の学校の、木の階段である。しかも腐っている。シロアリだって潜んでいるかもしれない。
だからもう、踏まれたくないのだ。壊されたくないのだ。そっとしておいて欲しい。
ごめん、葉月さん。俺をそうっとしておいてくれ。これ以上、女という存在に絶望させないでくれ。
女は皆が男を裏切ろうとしているとか、妹は兄と結ばれることを夢見ているとかいうのは、もうたくさんだ。
俺は、昼休み終了を告げるチャイムが鳴ってからもずっと机の上で寝たふりを続けた。
昼休み終了から帰りのホームルームが終わってクラスメイトが帰るまで、ずっとそうやっていた。
ようやく人気がなくなったのは、六時になる五分前であった。
*****
きっぱりと、ふられちゃった。
昨晩寝ずにラブレター書いて、眠気を我慢しながら目一杯力を入れて化粧までしてきたのに、
あっさりとふられちゃった。
せめて、少しだけ迷う素振りでも見せてくれれば望みはあったのに、それもなかった。
ということは、彼にはすでに心に決めた女の人がいるってこと?
そんなはずがない。だって、彼の弟はそんなこと言ってなかったもの。
私は高校に進学して、彼に出会うまで男子に恋をしたことがなかった。
それは決して私がレズっ気があるからというわけではなくて、周囲に魅力的な男子が居なかったから。
どの男子も、見ていて恥ずかしくなるぐらい子供っぽかった。
だから、いくら口説かれても告白されても、胸がときめくということがなかった。
高校に上がったら男子も成長しているはず、という期待は外れてしまった。
むしろ、変な目で私の体を見てくるようになったことでさらに悪化したようにさえ思えた。
唯一の例外が、彼という人間だ。
入学当初は、名前も知ろうと思わないほど、興味の対象外の存在だった。
それがひっくり返ったのは、一年生の六月に全校生徒参加で行われた、河川敷のゴミ拾いの時。
全校生徒総出で河川敷を拾うとなると、中にはまじめに作業しない生徒もいる。
皆友達と歩きながらおしゃべりしていた。まじめにやるのは、先生が近づいたときだけ、という有様だった。
私は1人でゴミを拾っていたのだけど、やっているうちに馬鹿馬鹿しくなってきた。
私以外の誰一人としてまじめに拾っていないのに、どうして私だけがまじめにやらなければならないのか。
自分だけがおかしいのではないか、とまで思えてきた。
もうやめてしまおう、と思って女友達のところへ向かったとき、彼が私に近寄ってきてこう言ったのだ。
「葉月さんも休憩? ならゴミ袋、貸して」。
どういう意味か、すぐにはわからなかった。けれど、彼の服の汚れ具合を見たら疑問は解決した。
彼の体操服は草や土で汚く汚れていたのだ。彼は、そんなになるまで熱心にゴミを拾い続けていた。
注目すると、彼は人が立ち入らないような草が生い茂った場所まで踏み込んでいた。
そして、ものすごく満足そうな顔をしながら、ゴミ袋を掲げて出てくるのだ。
拾ったどー!と吼える彼を、皆は笑って見ているだけだった。
誰一人として、彼を手伝おうとはしなかった。
私は、彼を手伝おうと思ったのだけど、どうしても足は動かなかった。
その場に足を縫いつけられたかのようだった。
そんな状態になっても、視線は彼の姿を勝手に追う。
彼が進んでいく道には、満杯になったゴミ袋だけが残っていた。
彼の背中を見つめたまま、作業終了の時刻になり、私は学校へ戻った。
けれど、教室に戻って彼の姿を探しても、どこにも見当たらなかった。
彼が戻ってきたのは、私たちが学校に戻った二時間後。
ゴミ袋の代わりに、大量のジュースを持ってクラスへやってきた。
なんでも、河川敷のゴミ拾いに感謝した付近の住民が持たせてくれたらしい。
ジュースは全校生徒には行き渡らなかったものの、クラスメイト全員の手には渡った。
一年以上が経った今も、私はその時にもらったジュースを飲んでいない。
冷凍庫に入れたまま、ずっと保管している。毎日霜を落としているので保管状態は万全だ。
あのジュースは、私が彼に惚れた日の記念品なのだ。
あのゴミ拾いの日をきっかけにして、私は彼の姿を目で追うようになった。
高校生には見えないほど、威厳のある背中。
異性に対する、達観したようにさりげない態度。
そして時々見せる、憂いを帯びた眼差し。
皆で夏休みに家族でどこへ行った、という会話をしているときにその目をよく見た。
気づけば私は、彼のことばかり考えるようになっていた。
今では、彼の姿を見られない日には悲しくて寂しくて、泣きたくなるほどになっている。
そんなときは、彼が来て私の涙を拭っていく夢を必ず見る。そしてさらに寂しくなってしまう。
もうこんな状態は耐えられない。そう思った私は、ずっと彼に傍にいてもらおうと決めた。
しかし、いざ彼の心を虜にしようと思っても、どうしたらいいのかわからなかった。
友達に、「好きな人がいるからどうしたら付き合えるのか教えて欲しい」と聞いても、
「葉月ちゃんなら、話してるだけでオッケーでしょ。どんな男もイチコロだって」と言われるだけだった。
話しかけるだけなら、すでに実践している。けれど、彼は私に惚れているようには見えない。
むしろ、彼と話す度にどんどん惚れ込んでいくのは私の方。どんなことを話せばいいのかもわからない。
何を話しても、些細なことを聞いても、彼の眼差しは私の邪な感情を見透かしてしまう気がする。
本当は聞きたいことが山のようにあるというのに、聞くことができない。
彼女がいるのかいないのか。どんなタイプの女の子が好きなのか。
私のことは、恋愛対象として意識してくれているのか。日ごとに聞きたいことが心に溜まっていく。
だけど彼と話をしたい。私だけに向けられた彼の言葉を胸に刻みたい。
だから、あたりさわりのない会話として、弟さんのことを聞くことにした。
彼はちょっと複雑そうな顔をしていたけど、ちゃんと教えてくれた。
彼から弟さんの話を聞くうちに、私はあることに気がついた。
彼と仲良くなるために、弟さんの協力を得ればいいのだ。
そのことに気づいてすぐ、弟さんを捕まえて彼の情報を聞き出した。
どうやら彼に彼女はいないらしい!一瞬で、世界が光り輝いているように見えた。それが昨日の出来事だった。
勢いをそのままに、彼への想いをしたためたラブレターを書き、彼の下駄箱へ入れたのが今朝。
そして、ふられた理由もわからないまま呆然と屋上でうなだれ続けて、ようやく立ち上がれたのが今。
今の時刻は何時かわからないけど、空はとっくに灰色に染まっていた。
午後の授業、全部さぼっちゃったな……。でも、今の私の顔を彼に見られたくなかったからこれでいい。
これからどうしよう?彼にあそこまであっさりとふられてしまったということは、やっぱり私のことなんか
眼中にないということなんだろうか。
――いや。眼中にないというのなら、無理矢理にでも視界に割り込んでやるまで。
だって、この想いは私には止めようもないほど大きくなっているのだ。
そして私も、止めようとは思わない。彼に全て受け取ってもらうのだ。
粉々に打ち砕かれても、私は諦めたりなんかしない。
「……諦めて、たまるもんかっ!」
絶対に、この初恋は実らせてやるんだ。
幸いなことに、明日は学校が休みだ。
今までは憂鬱で仕方なかった休日だけど、明日は違う。
彼の家に押しかける。クラスメイトが遊びにくるぐらい、別におかしいことじゃない。
もう、自分にできる手段は全て実行するまで。
彼を手に入れるためなら、どんなことでもする。
彼がどうして私をふったのか、その理由を明日はっきりと聞き出してやるんだ。
もし、彼に女がいるのであれば――寝取ってやる。
初恋の人に、初めてを捧げるなんて、なんてロマンチック……。
今日、ちゃんと眠れるかなあ?
とりあえず、前編を投下しました。
後編は近いうちに投下します。
1stGJ
リアルタイム……G、、GJ
体裁とか抜きにここまで続きにwktkした作品は久しぶりだ
続きにも期待してる
GJ……なんだけど、登場人物にヤンデレ要素が見当たらない。
しいて言えば、葉月かな?
>>335 GJGJ!
お兄ちゃんいろんな意味でカワイソス。
葉月ガンガレ!
>>338 葉月が病みかけてるのもあるが
前スレの埋めネタまだ読んでないのか?
お兄ちゃんに(スレ的な意味で)春が来ますように・・・
GJっす!
GJ
だけど前スレの埋めネタに気づかないで
こっち来ちまってたよ
まとめにあるかなぁ
343 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 23:42:34 ID:O4jolo+M
GJ!!!続きが気になっちまうぜ・・・
お兄ちゃんは本当に幸せになってほしいと思う。
弟はモテモテだが兄貴はすげー地味
これなんて俺?
俺が弟のこと好きなところまでそっくりだぜ・・・
見事に埋めネタに気づけなかった俺哀れ
誰か.datか.txtでくれる神はいないものか
それはともあれ
G J !
346 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/09(火) 00:21:19 ID:cjmGH4sH
すまん・・・ageてしまった・・・・。
ちょっとヤンデレに殺されてくる。
自宅訪問→やっぱり弟狙いと確信という最悪のコンボになりそう。
どんな風に病んでいくか今からwktk
あとは、弟がどうなるかな。
妹との事を全面的に受け入れているわけではないみたいだけに、気になる。
GJ!
ところで前スレ呼んで思ったが、何で弟は兄貴のこと味方してやらないのかね?
一種の家庭内暴力だろ、あれは。
専ブラで表示できなかったっけか
長男死亡フラグ立ってるしどうなるんだろ
>>352 Janeしか知らないけれど、
とりあえずログにdatを放り込んでボードデータの再構成をクリックすれば普通に見られるようになる。
ぶっちゃけ弟が妹と一緒にいながら後ろめたい顔をするのは、
兄に気があるから。
と、ホモフラグを考慮しているのはオレだけじゃないはず
ああああああh抜くの忘れてた!
病んだ幼なじみに殺されてきます……
まぁ、いいんだろうけど…
レナをヤンデレって呼びたい奴って本当多いな
このあいだ詩音もヤンデレって言ってる奴いたし
レナは違うが、詩音はヤンデレじゃないか?
ひぐらしは境界線が難しい…レナは病んでるだけ、魅音は微妙、詩音はヤンデレ
ソレ誰?
>>349 弟が兄のフォローをすると「弟の心の一部を奪われた」妹がキレるからです
詩音→悟史を愛するが故の凶行=ヤンデレ
レナ→圭一に好意はあるがそれ故の凶行ではない=Notヤンデレ
魅音は微妙以前に病んでなくね?
前スレの埋めネタ見たけど、マジで悲惨だな。
お兄ちゃんには是非幸せになってほしい・・・望み薄かな?
367 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:46:01 ID:QQ61Wk/i
ようやく書き終わりましたので5話投下していきます
こんな駄文を毎回呼読んでくれている方々に感謝を
368 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:47:25 ID:QQ61Wk/i
5
水無月 雪梨視点より
「それじゃあ、僕はこっちだから」
そう言い、彼は私と反対方向に向かい、帰っていきました。
私は帰りながら、今日の彼との会話を思い出していました。
それなりに、話をする事は出来たけれど、
内容が内容なので会話というのも少し首をかしげるけど。
その内容とは、 私が彼に興味を持ったという事。
会話の内容を思いだし、私は苦笑しました。
我ながら、意味が分からない事を言ってしまった。
大体、興味を持たれた人が、興味を持ったなどと言われても、
どうすればいいのか分からないだろう。
全く、いくら彼に話掛けられて動揺していたとしても、
微妙な雰囲気にするのは頂けないと思う。
でも、普通じゃない会話をしていたから、
彼も私に少なからず興味を持ったはず。
それはそれで結果オーライだろう。
私は彼に興味を持ったと言ったが、それには少し語弊がある。
つまる所、私が興味を持ったというのは
想い人に対する興味だった。
彼と初めて会った日を思い出す。
その日、私は入学した高校の初めての登校だった。
高校受験頃に、こちらに引っ越してきたので、高校に友達は1人として居なかった。
だけど、中学の時も、ほとんど同じ条件から始まったようなものだったから、
369 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:48:21 ID:QQ61Wk/i
また普通に友達位作れる、そう楽観していた。
しかし、そんなに簡単な話ではなかった。
中学の時はまだ、私の白い髪を見て、
皆はなんでだろうと、思いはしても、
珍しい物見たさで私に話掛けてきたお陰で、友達もそれなりに出来た。
友達がたくさんできたても、私は増長とかする性格でもないので、
髪を理由にいじめられる事も無かった。
高校に着き、教室に入った瞬間に突き刺さる、視線。
好奇の目を全く隠さずに、教室中から視線を向けられた。
さっきまで、頑張ろうと思っていたのが嘘みたいに、頭が真っ白になった。
ほんの少しで、私を見ていた目は、私が入る前に戻ったが、
私にはその少しが、何時間にも感じられた。
視線に晒されている間は固まっていた私だったが、
視線が外れた今、固まっていても、
恥ずかしいだけなので、前の黒板を見て、自分の席に着いた。
自分の席に着いても、思った通りというか、私は浮いていた。
教室中の人達はまるで、私が見えていないんじゃないか?と思ってしまう位だった。
独り
そう、孤独だ。
この、教室という名の世界で私は孤独だった。
周りに知り合いはいない、話掛けてももらえない、話掛けたくても心が折れた。
私はその時震えていた。
身体的にではなく、心の底で震えていた。
いや、もしかしたら体も震えていたかもしれない。
そんな孤独に震えている時でした。
「綺麗な髪だな、こんなに綺麗な髪は初めて見たよ」
背後から声が聞こえてきました。
370 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:49:23 ID:QQ61Wk/i
最初は、私に声を掛ける人なんていない、と思っていたから
自分に言ってるとは思いませんでしたが、言葉の、「髪」
の部分を思い出し、振りかえりました。
そこには、男の人が立っていました。
その事に驚くと同時に、声を掛けられて安心しました。
彼と話をして、一人ではなくなると思ったから。
単なる好奇心からでもなんでもよかった、
独りじゃなくなるのなら。
でも、振り向くだけでは会話にならない
ちゃんと返事をしないと、無愛想に感じてしまうだろう。
「そう、ありがとう。
そんな事言われたのは初めてだよ」
そう、彼は髪を綺麗だと言ってくれたが、そんな事は初めてだった
普通の人と違う髪なんて、興味の対象にこそなっても、
綺麗だとかを考える人はそんなにいないだろう。
「そうなの?あまりの美しさに見惚れて位だよ」
「あなたは冗談が上手いんですね」
本当に上手いと思う。
さらりと言われなければ私は真に受けて赤面してしまっただろう
「君は女子の方に声を掛けないの?かなりお節介だと思うけどさ」
その事を言われて、思わず私は、自分の下を見てしまいました。
声を掛けられない事を彼に相談してもいいのだろうか?
初対面の、しかも男の人に。
でも、相談しなかったらきっと、このまま時間がすぎるだけだと思う。
それに、少し話をしただけだけど、彼ならきっと
ちゃんと相談に乗ってくれると思う。
結局、私はほんの少し間を置いて、相談する事にしました。
「声掛けたいけたいんだけどさ、
私って髪の色が普通じゃないじゃない?
だから声掛けるのが正直な話恐いんだよね。
君みたいに掛けてくるならそういう心配しなくてもいいんだろうけどさ」
内心を話し、彼の返事を待つ。
しかし、別に答えを気にしているわけではない。
どう言われても、結局は自分が解決させるかさせないかなのだから……。
「大丈夫だよ。
今日なんかは皆心をオープンにして友人を作ってるからね。
声を掛ければ大丈夫だから自信を持てばいいよ」
彼が、私の相談を聞いて、
答えてくれたのは、そんな言葉だった。
私はその言葉を聞いて、
頑張って声を掛けてみようと思えた。
別に、言葉でそう思えたわけではない。
只、彼の真剣さを感じた。
それだけだった。
最初は、興味を持ったから声を掛けてきたと思っていたけれど、
話をして分かった。
彼はきっと、私を心配していたのだろう。
皆が話をしているなか、ただ一人だけ席に居る私を。
きっと、髪の色が普通でも彼は私に話掛けただろう。
彼は凄く優しい。
それに気付けたから、私は頑張れると思った。
371 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:50:27 ID:QQ61Wk/i
「・・・・・・・・・うん、そうだね。
ありがとう、頑張って声掛けてみるよ」
素っ気ない言葉で言ってしまったけれど、
本当に感謝してる。
あなたのお陰で、私は頑張れると思えたのだから。
私の返事を聞いて、彼は安心した様な顔をした。
「じゃあ、頑張ってね」
そう言って、彼は黒板の方向に歩いていきました。
元々、心配になる人が居たから、
私に声を掛けたので、仕方がない事でしょう。
話掛ける理由が解消されて、その事以外に、
私に用がないのだから当然だ。
彼が、心配だから、という理由だけで声を掛けたという事が
再確認させられるが、同時にひどいなぁーとも思う。
そんな優しさにふれてしまったら、
もう手放したくなくなるではないか。
多分、無自覚な優しさなのだろう。
自覚がない優しさは時として残酷だけれど、偽善とか、
上辺だけの優しさよりかは遥かにましだ。
何故なら、無自覚だからこそ、
心の中にまで踏み込んできてくれるから。
彼から声を掛けてきてくれたんだ、今度は私から声を掛けよう
そう思ったと同時に私は彼の背中に言う。
「あのさ、名前を聞いていいかな?」
親しくなるための、初めの一歩の言葉を。
372 :
溶けない雪:2007/10/09(火) 18:50:59 ID:QQ61Wk/i
投下終了
正直な話
手こずって投下するのが遅れました
ふがいなくてすみませんorz
GJ!!
これからどのようになっていくのか、楽しみで仕方ない。
ktkrktkr!!
GJでやんす。
( :∀:)イイハナシダナー
>>372 これはいい依存の兆し。
思い詰めちゃった挙げ句に暴走しちゃうんだろうかと今からwktk
377 :
羊と悪魔:2007/10/10(水) 01:19:12 ID:NYiV8XTy
「玲……ッ」
何故、玲は殺されたのか。何故、玲が殺されなければいけないのか。
何一つわからないまま、私はただあきらの隣でうつむいて、涙を流し続けていた。
不敵な笑みを浮かべる。分厚い美術史の本を読む。いつも私や理子やのぞみの心配ばかりしている。そんな玲が、死んだ。
人が死ぬということを今まで知らなかった。テレビの向こうで人が死んでも何も思わない何も感じない。死は、現実じゃなかった。
首にパレットナイフを突き立てられた玲は、驚いた顔のままで、永遠に停止していた。
あれが、死。死という現実をいきなり押し付けられた私は、今まで夢を見ていたのだろうか。
ただ、泣いていた。玲の顔が目の前にある気がして、それが怖かった。泣いていれば、現実から逃げられる気がした。
現実逃避している。そんなのはわかってる。でも、泣きたかった。
「玲……」
「やめて」
突然の否定に顔を上げると、あきらが私を睨んでいた。
「あんなゴミの名前を言うのはやめて」
あきらの眼は鋭く、風船のような私の心を今すぐにでも割ってしまいそう。
「『あれ』はきみこちゃんを穢そうとしたんだよ。あんなゴミは、消えたほうがよかったんだよ」
なんであきらがそんなことを言うのか、私にはわからない。
「きみこちゃんは私の『親友』なんだから。私の『親友』を穢す奴は消えてしまえばいい」
「あ、あきら……」
「あんなゴミはきみこちゃんの『親友』なんかじゃない。あんな淫乱女、死んでよかったんだよ」
なんで────!
「なんでそんなこと言うのよっ!」
「だって私は、きみこちゃんの『親友』だから」
薄く、笑う。
背筋が、いや全身の神経一本一本が冷えていく。
赤い前髪から僅かに覗かせたあきらの眼は、ひどく暗かった。
「なに、言って」
「ときどき不安になるんだ、きみこちゃんが私のこと忘れちゃうんじゃないかって」
「あ、あんた……!」
「私のこと忘れて、きみこちゃんを穢そうとする連中と楽しそうに話しているんじゃないかって、すごく不安だった」
あきらのことは、ただの同性愛者だと思っていた。
それか、みんなの中心にいる私を羨望の的にしているだけだと思っていた。
「ねぇ、きみこちゃん」
違う。あきらは何もかもが根本から違う。
「私はきみこちゃんの親友だから、きみこちゃんを穢そうとする奴はみんな消してあげる。あの眼鏡をかけた他人みたいに。
私はきみこちゃんの親友だから、きみこちゃんのものは勝手に持っていくよ。きみこちゃんがそうしたように。
私はきみこちゃんの親友だから、ずっとそばにいてあげるね。どんなときも。
きみこちゃん、愛してるよ。きみこちゃんだけは絶対に嫌いにならないから。
だからきみこちゃんは、あんな奴と一緒にいちゃだめなの」
私はようやくそこで、一つの事実に気がついた。
「あんたが玲を殺したの?」
「うん」
あきらは、ぞっとするほどに可愛らしい笑顔で、そう言った。
その笑顔に、全身の神経が凍りついた瞬間。私はベンチに、押し倒された。
378 :
羊と悪魔:2007/10/10(水) 01:19:48 ID:NYiV8XTy
きみこちゃんは私のもの。
いつから私はこんな妄想にとりつかれることになったのでしょうか。
最初は違っていた気がするのです。最初は、きみこちゃんのことを、許していたような気がするのです。
──最初とは、いつのことだったのでしょうか。
私は愛されないこどもでした。
赤い髪をもって産まれたとき、父も母も驚き、私が本当に自分たちの遺伝子を受け継いでいるのか疑心暗鬼になったそうです。
本当の娘ではないのかもしれない子供に、愛せるわけがありません。今の私は父と母の想いがよくわかります。
私の小さな愛無き世界で、私は愛というものが理解できませんでした。
絵本を読めば、登場人物はみんな優しい眼をしています。他の誰かが他の誰かに向ける眼と同じです。
私に向けられる眼は、絵本の登場人物が悪魔を見るときの眼でした。
「悪魔め、おまえは生きていてはいけないんだ」
そんなことを言われてる気がして。
悪魔であることが怖かったのです。きっと私は、優しい眼を向けられることを望んでいたのです。叶わなかったけれど。
だから赤い髪を隠しても、他人たちの眼は変わりません。
髪を染めればよかったのでしょうか。でも赤毛のアンは黒く染めようとして緑色の髪になってしまったといいます。結局、何も変わりません。
きみこちゃんの眼も、悪魔を見るような眼でした。
それでも、きみこちゃんは、今まで私が言われたことがなかった言葉を、言ってくれたのです。
『じゃあ、私とあきらは親友ね!』
きみこちゃんは何気なく言ったのでしょう。もう忘れているかもしれません。
けれどその言葉は、私にとっては、神様の言葉よりも神聖で、大切な言葉でした。
きみこちゃん。私を親友だと言ってくれたきみこちゃん。
私にはきみこちゃんしかいません。きみこちゃんが見えない場所に立たされたら、私は生きてる意味を失います。
私みたいな悪魔に、親友と言ってくれたきみこちゃん。
だけど、それでも私は悪魔なのです。
悪魔だから、こんなことを考えるのです。
きみこちゃんは、私のもの。
神様、神様、私を地獄に堕としてください。私のような悪魔は、二度と出てこれない地獄に落としてください。
私は人に迷惑をかけることしかできない悪魔です。
きみこちゃんの半分開いた瞼からこぼれた涙を見つめていて、私は自分が何をしてしまったのか思い出しました。
引き千切られたきみこちゃんの制服。きみこちゃんの腿に流れる、赤い血。
ごめんなさい、きみこちゃん。
私は、酷い悪魔です。
379 :
羊と悪魔:2007/10/10(水) 01:28:36 ID:NYiV8XTy
羊と悪魔、終盤です。ここで一つの区切りになります。
遅筆ですが、生暖かく見守っていてください。駄文ですが頑張ります。頑張りますとも。
>>379 応援しております
頑張ってください!!
>371
語尾が「○○ました」みたいな丁寧な形なのと、「○○だった」、「○○だろう」のような砕けた形に分かれているのがちょっと気になった。
学校の課題図書に対する読書感想文のように揃えるのも味気ないけど、同じ人間の一人称なんだし、ある程度はまとめたほうがいいと思う。
それとも、主人公の動作に対してのみ前者の形とか、そういう風に意図的に使っているんだろうか?
だったらすまない
――――書き方講座 終了のお知らせ――――
>>379 GJGJ
結末も分かっているんだけどやっぱりあきらカワイソス
>>381 作者の意図はここでは置いとくとして
ました←行動説明
だった←現状説明
でしょう←推測説明
みたいな感じではないのか?
文章の書き方もわからない奴が職人してんの?
するするスルーするスール
ここの住人には愚問かもしれないが、実際に自分の彼女(嫁でも可)が重度の
ヤンデレだったらどーする?
俺はたとえ刺されてもその子のことを選ぶけどな。
だってそこまでして(明らかにやりすぎだが)俺の事を好きでいてくれるんだかし。
第一順位として俺→彼女が来るわけだから実の家族でもそこまで優先順位
が大きい関係ってそうは無いと思う。
本物の境界例女と二回付き合ったことがある俺としては
>>387の考えは甘いとしか言いようがない
もうケコーンしちまったから新たな出会いなんてないな。
>>387は是非ヤンデレな彼女と添い遂げてほしい。
ヤリチンになる方法でも語ればいいの?
つか三次の話やめようぜ
>>385 ググって書き方を見ていましたが、
実践していかないと上達するわけがない
と、思い書いていました。
しかし、
>>381 の方から指摘を頂いたりしているので
(一応、語尾は意図的にばらしていました)
再度、書き方を見直しながらじっくり書いていきます
保管庫更新頼む
管理人さん帰ってくるまで用に緊急保管庫ウィキで作ってみるわ
あれ?
緊急だから保管庫で更新されてないぶんだけ作ればいいよな?
>>394 それでいいと思う。
さすが
>>394!みんながやらないことをやってのける!
そこに痺れる、憧れるッ!
神が降臨しなすったぞ
本保管庫にはないけど埋めネタ集追加しときました。
これで終わった……と思う、足りない所あったら誰か補完ヨロ。
昨日酔った勢いで始めたらこんなに大変だとは思わなかったorz
改めて本保管庫の管理人さんに感謝&早く帰ってきて
401 :
羊と悪魔:2007/10/11(木) 17:52:47 ID:vdxVLl8U
投下します。
しまった。よづりを見失った。
昼休みの終了を告げるチャイムが校内に鳴り響き、廊下は一気に人影が消えていく。
一分後には廊下は閑散と人気が消えうせてしまった。所々で漏れ聞こえるのは、授業をはじめたらしき教室の教師の声だけ。
ああ、そうか。俺、5時間目も遅刻になっちまう。今から走って教室に戻れば、間に合うだろうか。
いや、だめだ。よづりを放ってはいけない。どうせ、今日は1時間目から4時間目までサボっちまったんだ。いまさら5時間目がなんだっつーんだよ。
よづり…、よづり……。
よづりレーダーとかあればいいのにな。ビーコンみたいに近づくだけで鳴るやつでもいいからなぁ。俺は閑散とした廊下を歩き、よづりの姿を探すことにした。
廊下は一通り見てみた。しかしよづりの影はない。
あんな影みたいなヤツ。どこへ行ったんだ? あんな常時フラッフラのヤツの脚力がそこまで持つとは思えない。むしろ、歩いただけで筋肉痛にでもなりかねない程だ。それは言い過ぎか。
一番わかりやすいのはどこかに潜んでいる可能性。
ふと、横を見ると静かな教室が目に入った。ここは、たしか元々特別進学クラスの教室だったところだ。だったっていうことは今は違うわけ。
一年前まではここに瓶底メガネかけたガリ勉生徒たちがいっぱい居た異様な教室だったのだが、生徒数の減少とこの教室の他の特殊教室とのアクセスの悪さで、いまはここはあまった机と椅子を置くただの物置兼予備教室となっている。
……なんだか、臭い。
妙に俺の勘が「ここだ!」と反応を示している。
元特別進学クラスの教室は擦りガラスと無機質な引き戸で閉め切られているが、なにか中から人の気配がしないでもない。人気が無いことも無いことも無いことも無い。つまりなんかありそうだってこと。
開けたら案外居るんじゃないか。あいつが。
俺は特別進学クラスの引き戸に手をかけた。もしかしたら中に居るよづりを刺激しないようにゆっくりと開ける。
がちゃり。
案の定鍵がかかっていた。
そりゃそうだ。いくらかっこいいからという理由で木刀を持ち込む女子生徒(つーか、クラスメイトな)を黙認するゆるーい校風でも、そこらへんのセキュリティはしっかりしているようだ。
うーん、あいつが鍵かかった扉を開けるようなスキルを持っているとは思えないし……。ここは違う……な。
俺がここを諦めて別の場所へ探しに行こうと足を動かそうとした、そのとき。
ガララ。
元特別進学クラスの教室の戸が開いた。
俺のいた西側の引き戸ではなく、東側の引き戸がだが。……特別進学クラスも教室の前と後ろにドアがある。後ろのドアは鍵が開いていたのか?
いや、それよりもこんな授業時間に誰が……。もしかしてよづりか? 俺は一瞬向こう側の開いた出入口からよづりが顔を出すのを期待した。
しかし、一瞬の間のあと。顔を出したのは驚くべき人物だった。
魔女だった。
「……」
まるで暗闇のように暗黒色をした長い髪の毛と、世間を斜めに見るような冷めた目つき。
魔女。本名は紅行院しずる。俺の理解をはるかに超えた人物である。まず、生徒のはずなのに授業にまったく出てこないという。それなのに学校へは毎日のようにやってくるらしい。
校内での行動は奇妙で奇天烈。俺が聞いた噂だけでも全ての行動に脈絡が無く、自由奔放だと。しかもわけのわからないことに学校はなぜかソレについては黙認しているとか。
外へ出てきた、魔女は反対側の引き戸の前に居た俺に気付き視線を移す。その瞳に見つめられ俺の体に一瞬緊張が走る。こんな瞬間嫌だぞ。
……が、魔女はすぐに興味を無くしたようで俺に背を向けるとどこかへ向かって歩き出した。
ふぅ……。俺は安堵の息を吐こうとして……。
「はぁ〜……、んっ!?」
絶句した。
魔女の姿。
上半身は学校指定の体操服だ。
問題は歩くごとにぷりぷりと振られる尻である。魔女の尻に俺は釘付けになった。
いや、魔女の尻があまりにもセクシーだったからじゃない(それ以前に魔女の尻はセクシーというよりプリティと言うほうが……げふげふ)。
俺の頭の中がバグったんじゃないかと思ってしまうぐらい、そこが(魔女の尻)理解不能なことになっていたからだ。
ここで、「なんと魔女の尻は割れていたのだ!」と続けばいろんな人から愛想をつかされるが、もちろんいまはボケている場合じゃないよな。ちゃんと説明する。
魔女が履いている白色のブルマ……。ブルマに白色ってあるのだろうか。そうだ、あれはブルマじゃない。魔女が履いているあの白色のモノ。俺には見覚えがある。つい今しがた見たばっかり。
あれは……。あれは……!
……さっき、俺がばっちり見ちまったよづりの毛糸パンツじゃないか!!
「ええええぇぇぇ!?」
俺が気づいての叫び声をあげたときには、魔女の姿は廊下から消えていた。まるで煙のように、魔女の質量すべて合わせて姿がなくなっている。
それはもう見事といえるほど綺麗に居らっしゃいません。あの白色の毛糸パンツをはいた不思議な不思議な魔女さんは。本当に魔法でも使ったんじゃないかと思う。
「ど、どういうことだ!?」
もうワケがわからなかった。しかし、すぐに気合を入れなおすと俺は魔女を追いかけようとした……。が、ふとあることに気付いて足を止める。
つい今、この元特別進学クラス。……いまここからよづりの毛糸パンツを履いた魔女が出てきたってことは……、
この中によづりが居るかもしれない。魔女を探そうにも、廊下から消えている。
恐る恐る俺は今度は今魔女が出てきた東側の引き戸に手をかける。ゆっくりと力を入れると、引き戸は静かに音を立てて開いた。
ガラ……ガラッ、ガラッ。
室内に体を滑り込ませる。
カーテンが閉じられている部屋はほこりっぽくて暗い。教室の隅にうずたかく積み上げられた机。椅子。黒板。なにも掲示されていない掲示物。
それ以外に何があるというのか、この教室には。
なんで、こんなところに魔女は居たんだ? ……なんで、よづりの毛糸パンツを履いていたんだ?
一応、部屋を調べてみよう。
とりあえず、まず教室の後方隅に備え付けられた掃除用具入れを開けてみる。
「ひっ!」
……早速居た。
よづりはタダでさえ狭い掃除用具入れの中で小さくなって蹲っていた。用具入れの中身は空で人ひとりが簡単に入れるスペースぐらいなので、よづりもうまーく収納されている。
長い髪の毛が用具入れの地面に垂れて、昨日ざっくりと切った前髪の間から瞳を覗かせ俺の姿を見据えていた。
「よづり」
「……」
俺が声をかけるとよづりは、無言でふるふると首を振った。
まるで、俺を拒絶するような態度。俺の顔を捉えるよづりの瞳は安堵と何かが入り混じった不思議な光を放ち、俺を寂しげに見つめる。
なにか言おうとしているのか、ぱくぱくと口をあけたり閉じたり。そんなよづりを俺はじっと見つめる。彼女を落ち着かせるように。
「かず……くん」
向き合って10秒ほど経ったぐらいか。ようやく、よづりは俺の名前を呼んでくれた。彼女の瞳に力が湧き始め色素の薄い唇がにこりと微笑む。
俺はよづりに向かって手を出した。よづりは震える手でそれを掴む。よづりの細い指先を握り、俺は彼女を掃除道具入れから引きだした。
こんなところに篭っていたら、家に居たときと同じだぞ。
ガタガタと音を立てて引きずり出したよづりの体は、マスターを失ったあやつり人形のように脱力していた。
「おいおい。よづり。立てるか?」
「……体中が痛いよ……」
「そりゃそうだ。こんなところに変な姿勢で篭ってたからだよ」
「ごめんなさい」
俺が促すとよづりはアヒル座りで教室の床に尻をつける。俺も視線の位置を合わせるため、ほこり舞う床へ跪いた。
よづりの表情はまだ妙に寂しげだ。そんな顔が気になってしまい、俺はできる限り明るい口調で話をはじめた。
「え、えーっと。よづり。一旦走り出してどうしたんだよっ」
「……見た?」
よづりが俯き加減に聞いてくる。
「何が?」
俺はしらを切った。
「見たよね……わたしの」
「だから何がって。俺にはお前が階段からねねこと滑り落ちたところまでしか知らない。気がついたらお前は走り出してたからな」
できるかぎり、俺はさっきの水色パンツ事件を『なかったこと』にしようとしたのだ。見たと思ったのはよづりの勘違いで実際にはよづりがあんな水色毛糸パンツなんて履いてたなんて誰も見てないぞ……とな。
「……」
やべぇ。失敗だったか。
「えへっ」
おっ? 機嫌が直ったか? と思った直後。
「えへへへへっ。あはははっ」
途端、よづりはいきなり笑い出した。
「お、おい」
「えへへへっ……かずくん。いいよ。誤魔化さなくてもいいの」
いままでのあの堕落しきった甘ったるいぐんにゃりとした声とはちょっと違う態度になる。よづりは不気味に笑い、そして自嘲気味に言葉を紡いでいく。
「わたし……。二十八歳だもん、だからかずくんのお友達の女の子たちとは違うの。制服だと……足がスースーして、寒いの。だから、毛糸のおぱんつ履くの……」
いや、俺と同い年のロリ姉も毛糸のパンツ履いていたぞ。お前は見てなかったようだが……。
「ごめんね、かずくん。わたし、かずくんよりうーんと年上なのに……かずくんに毛糸のおぱんつ見られただけで恥ずかしくなっちゃって、ん〜〜〜〜ってなっちゃって……」
よづりは無理に笑おうとして、作り笑いに慣れてないようで、口元をゆがめただけの変な表情になってしまっていた。そうだよ。俺は心の中で苦虫を噛みしめた。
よづりがあまりにあっけらかんと「二十八歳で元引きこもりだから」って言ってたからあまり気にはしなかった。しかし、そんな年齢差の事実はよづりの心の中にはじつは深く深く問題を根付かしていたんだ。
よひきこもっていたせいかどうだかはわからないが、他人との差異にひどく敏感に感じ取っているのかもしれない。
……こいつの心の中は大小さまざまな糸が絡まりあっていて、全体像がまったく見えてきやしねぇ。
「ごめんね。かずくん。めーわくかけちゃってごめんね……。」
よづりはそう呟きながらじりじりと俺のズボンに手をかける。
「もう、ぜったい、ぜったいかずくんにめーわく、かけない。かけないから……」
途端、よづりの表情が180度変化する。さっきほどまで浮かべていた歪んだ笑顔は、瞳を潤ませ不安に満ちた光を放つ悲しみの顔へと変化する。よづりの細い腕は俺の脚に抱きつき、太腿部分に顔を寄せていく。
ひざまずいていた俺は、支えられず思わず尻餅をついた。
尻餅をついた俺によづりは悲しげにその細くて豊満な体を近づけ、俺の存在を確認するかのように悲しみの顔を寄せていく。どかそうとしたいが、よづりの悲しみの表情が気になり、俺はなすがまま。
俺の胸のなかによづりは顔を埋める。長い黒髪に阻まれてよづりの表情は見えない。ただ、一本一本が漆黒に光る黒髪の間からすぅはぁすぅはぁと漏れるよづりの呼吸音だけが聞こえていた。
「……かずくん。もう絶対めーわくかけないから。私とずっと一緒にいて……」
「よづり?」
「一緒に。おねがい、かずくん。もう一人はいや……。この中に隠れてて、一人、暗い中、狭い中、ひとりぼっち、ひとり、ひとり、わたし、すっごく怖かった……。こわかった。こわいこわいこわいこわいこわい……」
「落ち着けっ。よづり」
「気付いたの。わたし、一人じゃ生きていけない。わたし、一人じゃなにもできない。だから、だから……」
………。
「かずくん。ずっと、わたしと、ずっと一緒、一緒にいよう? かずくんがいないとわたし、もうだめなの。だめ、だめ、だめ……えぐっ、えぐっ」
嗚咽。そして、そのまま。よづりは俺の胸の中で静かにずっと泣いていた。
俺は返事をするべきなんだろうけど、どう返せばいいのか? 思いつかない。安心させるためにはすぐにでも「ああ」と言ってやればいい。今日の昼間だって結局はよづりにあわせて喫茶店まで入ったんだしな。
だが、今の状況は喫茶店のときとは同じに出来ない。俺の頭の中で警戒アラームが鳴り響く。
本当にこのままよづりの全てを受け止めていいのか? 俺はよづりを普通にしてやろうとしてるんだぞ? なのにこのままよづりを俺に依存させてしまったら……。
俺は何も言えずに、ただよづりの背中を優しくなでていた。
行為は言葉よりも伝わらないものである。よづりは俺の優しい手つきから、俺の返事を「肯定」ととったのだ。
それから、よづりは本当に俺から離れなくなった。
(続く)
また短めです。
次回投下は未定です。
リアルタイムキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
>>400 大・感・謝!!次スレ立てるときに気をつけとかねば。
東スポにヤンデレが!
彼氏(28)宅でAVと女の名前がかかれたメモをみた彼女(17)が放火したらしい
ヤンデレ大全の編集がヤンデレ認定&ひぐらしとスクディの宣伝してた
gooooooooooooooodjob!!
>>409 年々こういう事件増えていってるような希ガス。
やっぱり女は男と違って自分の思考を抑えることが出来ないんだな。
少なくとも、俺はそこに萌える
美人で若ければな・・・
>>412 そこで親父が
「男はもっと強くならないといかん!!女なんかになめられるな!!最近の若い者は情けない!!」
と言いながら母親(親父の妻ね)に頼まれた服を買いに出かけて行った。
非常に身勝手かつわがままな携帯厨のお願いなんですけど
wikiのトップページにメニューへのリンクを作って下さると携帯で見るのがすごく便利になるので作って頂けませんか?
メニューへのリンクは既にある
417 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/12(金) 18:38:37 ID:5fyYsP/G
ヤンデレの天敵貼る
, べ、 /ヽ _ /ヽ、,.- 、
./「 ̄ヽn' ,.! ' ´‐- ミf⌒`丶、h'" ̄} / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/ 〉 -‐/、 _,. -‐ 〜 へ,ヘ〜、`、ー〈 \ | ・・・私はパンを焼いてあげました。 だからあなたも私にパンを焼いてください。
./ //{_,,../ゝ// ,.' / } } } 、ヽ}ー┘、 ヽ | 私は誕生日プレゼントをあげました。だからあなたも私の誕生日にはプレゼントをください。
ヽ' ! / .{.v' ,' , 〃 / ノ ! ! i } } ヽ, ヽ. 〉 .| 図体デカイわりに頭悪いわねっ! 女々しい女を見てると腹が立つのよっ!
`、!└‐lミ| i | { /,/_.ノ ,. '_ノノノ! !__,,」 '/ | 私はこれだけの事をしてあげました。だからあなたも私に同じだけの事をしてください。
}! ,'{fj {、二Z,_'"(r' `_,.Z二 }; l | | ./ .| こう言えばわかるかしら?
l.| // 〉,ゝ`{{liア` ` ´ {{lリ.∠ノ ,' /,.' | 私はあなたを愛しています。だからあなたも私を愛してください。
// 〃 / { ハ:;; ̄ ,  ̄;;// / /,{ |
/ '/' ノ//ゞ, ヽ、 rァ ノ/ / ,' .i ! < ふざけんじゃないわよっ!
, ' /.ノ',' ,)' .f!`.._、_. r ´ {. { { l ヽ、 | 自分がどれだけのことをやってあげたからって、
/,.' // _,...人 /「}ム..,__ l l. ゝ ヽ \ | 相手にそれを求めるなんてただの我が侭もいいところじゃないっ!
' ,.' /,.' .r'´ ヽ ヽ//兀ハヽ ヽ`ヽ、ヽヽ \ \ | 相好意ってのは誰かのためにしてあげることで
/ // { }} ん'//ハムヽ`丶、ヽ } } .} }| そこに打算とか見返りとか、面倒なものは持ち込むなやっ!
| そんなんじゃあ、 やることなすこと全部に他の目的があるみたいで、
| この世のすべてが胸糞悪くなるじゃないさっ!!
| 好きなら好きで最後まで貫き通せばいいじゃないさ。
| それができないなら消えなさいよ。 見苦しいだけよ。
| 好きって気持ちだけで相手を信じることができないなら、もう終わってるんじゃないの?
| 誰かを好きになるのに、理由なんていらないだろ……
| 誰が言った言葉だと思う? あたしの彼氏が前にあたしに言ったのよ
\_____________________________________
<<417
ちょwwwwwwww
AA乙
保管庫、一部だけ更新されてるけれどWikiとソースが違うな……。
活用してくれなかったのかしらん?
しかしヤンデレの中には求める事はしないのもいるからな
脳内で全て補完しているタイプとかは特にヤバイ
遅くなりましたが投下します
いつかどこかで。そんな言葉が、頭の中に浮かんでくる。
いつかどこかで。
いつかどこかで、これに良く似た光景を見たな――身体から離れて落ちていく首を見ながら、
不思議なほどに冷静にそんなことを思う。いつかどこかで。確かに見た。落ちていく首を。首
には“そこから先”が存在せず、赤い断面を見せながら、赤い血液を撒き散らしながら、くる
くると、狂々と、落ちてくる。
落ちる。
散る。
朽ちる。
落ちる。
「あ――――――」
今度のその声が、どっちのものだったのか、僕には自信がなかった。僕の声だったのか。そ
れとも、隣にいる如月更紗の声だったのか。あるいは、その声は本当に存在するのか。サイレ
ンのように鳴る言葉。チャイムはない。空気は静かに震えている。
思い出す。世界の揺れを肌で感じながら、僕は想いだす。いつかどこかで――そう遠い昔の
ことじゃない。そんなに何度もあってたまるものか。ただ単に、思い出したくなかっただけだ。
――神無士乃の死ぬところなんて。
それでも、思い出してしまえばそれはそっくりだった――あの地下室で、神無士乃の首が落
ちてきたときと。
ただ一つ、決定的に異なるものがあるとすれば、今落ちてきた首は、あのとき神無士乃の首
を切り落とした人物の首だということだ。
即ち。
如月更紗と――同じ顔をした首。
ちょきん、と。
聞こえるはずのない、鋏の音を聞いた気がした。
「そう――かい」
そう、言ったのは。
誰でもない――僕でもない――他の誰でもない、如月更紗だった。屋上の床に転がる、自分
とまったく同じ顔の生首を見て、そう呟いた。
人間の声にしか聞こえなかった。
死に対する憤りも怒りも驚愕も恐怖もない、揺れ動く感情を一切感じさせない――少しだけ
疲れたような、溜め息まじりの声だった。そこには非日常性を含まない、どこまでいっても人
間的な――日常があるだけだった。
なんだ……? なんなんだ一体。如月更紗の落ち着き払った態度に、僕は逆に混乱してしま
う。どうしてお前はそんなに冷静なんだ。つい先まで話していた、自分の姉妹の生首を見て
――どうして少しも動じずにいられるんだ。それじゃあ、それじゃあまるで始めから知ってい
たみたいじゃないか。
こうなることを。
問いただしたかった。
問いたださなかったのは、僕よりも先に、如月更紗が再び口を開いたからだ。
「……くるよ、冬継くん」
――くる?
何が、と聞く暇はなかった。すぐに思い至る――そうだ。これがあの時と同じだというのな
ら。このあとにくる展開はわかりきっている。あの時、神無士乃を殺した、如月更紗に似た誰
かが会談を降りてきたように。
今。
ゆっくりと――扉が、開いた。
初めに見えたのは、黒い傘。
あの夜と同じだった。黒と白のその姿が目に移る。開いた扉の向こうは色が失われていた。
――黒白。
白く、黒い。モノクロで歪な姿。着ている服は輝かんばかりに白い、フリルの過剰なウェデ
ィングドレス。スカートの前は大きく膨らんでいて、後ろは地面すれすれまでテールコートの
ように伸びていた。袖口は大きく膨らんでいるのに、肩と腋がむき出しになった奇妙な服。
あの夜と違うのは、薔薇をあしらったヴェールはなく、その顔ははっきりと見えていた。
長い長い黒髪と――中性的な顔。
どこかから、猫の鳴き声が、聞こえた。
そして、少女が、一歩だけ前へと踏み出す。背後で扉が閉まり――それ以降は、歩いてこな
い。そして僕は気付く。彼女があの夜と違うことに。あの夜は、黒と白だった。
今は違う。
今は、黒と、白と、赤だ。
純白のウェディングドレスは――返り血で、真っ赤に染まっていた。
赤く、
赤く、
真紅の花嫁。
血にまみれた――モノクロの少女が、傘をくるりと、回した。
「やぁ」
と。先手を切り出したのは僕でもなく謎の少女でもなく、隣に立つ如月更紗だった。ほがら
かな笑みを浮かべて、まるで歓迎でもするかのように両手を広げている。口元はにやにやとつ
りあがっていて――本当に楽しそうだった。
……楽しいのか?
この状況で、如月更紗は楽しんでいるのだろうか。この状況を楽しいと思っているのだろう
か。少なくとも、僕はコレを楽しめるほどにイカレてはいないらしい。楽しむどころか、さっ
きから頭は混乱の連続しっぱなしだった。ハサミも生首もひとまず放って、どっちでもいいか
ら状況説明しておほしい。正直何がなんだかまったくわからないぞ。
僕の内心の願いもむなしく、如月更紗は笑ったままに、彼女たちにしか判らない言葉を吐き
出した。
「やぁやぁやぁ――久し振りだね久し振りじゃない。やはりまさか君がきてくれるとは夢にも
想わず現実で思っていたよ」
「――――――」
相対する少女は何も言わずに傘を閉じた。傘の先から垂れた液体がコンクリートの床に赤い
染みをつける。どうやらあの傘、真っ当な使い方をされなかったらしい。隣に転がる生首を見
れば、あの液体が何なのか想像もつくというものだ。
文房具にすら見えないハサミを振り回すバカもいるので、今更驚きはしないが。せいぜい呆
れるくらいだ。
「馬鹿というほうが馬鹿なのよ冬継くん」
「当然のようにモノローグを読むんじゃねえ!」
「顔に描いてあったのよ」
「お前僕を見てないじゃん!? 黙って前見てろよ緊迫した場面なんだから!」
ろくでもないやりとりだった。
しかも謎の少女、くすりとも笑わねえ。むしろ僕が笑い出したい。
如月更紗も笑ったままに、
「人生にはつねに笑いが必要というのが私の哲学なのさ」
「お前がそんな哲学を持ってたとは初めて知ったよ……」
「人生には愛が必要なのよ?」
「なんで疑問系なのかわからないけど、それなら、まあ……」
「人生にはエロが必要なのよ!」
「堂々と言い切ってもらって悪いがそれはないな!」
馬鹿なやりとりだった。
ちらりと視線をずらすと、まったく変わらない位置で、まったく変わることのない表情のま
まに少女は立っていた。笑いもしなければ襲ってもこない。完全な無視だった。
今まで一番の強敵かもしれない。
いや、今までにだって敵がいたわけじゃないけど。
「で、アイツはどこの誰なんだ?」
相手が動かないのをいいことに、堂々と如月更紗に向き直って訊ねてみる。おおよその見当
はついているが、できれば如月更紗の口からはっきりと聞きたかった。
如月更紗は僕の質問に、微かに首を傾げて、
「知らないわね。冬継くんのお友達?」
「あんな奇抜なオトモダチはお前だけだよ!!」
どう考えたってあれはお前の――いや。
狂気倶楽部の関係者に、決まっているだろうが。
「あら」如月更紗は僕を顧みて、「神無士乃は――友達じゃなかったのかしら」
「…………」
「それに、私は友達でいいのかしらね?」
「……? どういう意味だそれ」
如月更紗は答えなかった。不敵に笑うだけで、僕から視線をそらす。僕もまたつられるよう
にその視線を追って、立ち尽くす少女を見た。
やっぱり、さっきから少しも動いていない。畳んだ傘を手にもって、残る手を軽く添えてい
る。いつかの夜のように、突然切りかかってくることもない。
そういえば――今更にして思い出したけど、あの杖は仕込み刀だったっけ。本当に何でもア
リだな、狂気倶楽部。
「どう言う意味もこういう意味も、そういう意味よ」
言った如月更紗の横顔は、一瞬だけ微笑んでいるように見えた。それは一瞬だけのことで、
すぐにいつものにやにや笑いに戻ってしまったけれど――気のせいなんかじゃ、なかった。
どういう意味だったんだろう、その笑みは。
色々考えてしまうじゃ――ないか。
「君は私のことを友人だと思っているのかい――チェシャ?」
唐突に。
如月更紗は話の矛先を僕から少女へと向けた。初めから話をふられることがわかっていたか
のように、少女は身動ぎもしない。表情すら変えずに――何一つとして、反応を返さない。
むしろ、驚いたのは僕の方だった。聞き覚えのある名前に驚愕せざるをえない。
チェシャ――チェシャだって? その名前には聞き覚えがあるし、いつかにその名を持つ相
手と遭遇したことがある。チェシャ猫。不思議の国のアリスにでてくる、にやにや笑いだけを
浮かべて消える猫。
けど――彼女は今、にやにや笑いを浮かべていない。
そのせいか大分印象が違うけれど……そうだ、解った上でよく見てみれば、確かにその顔は
学校の帰り道で見かけた少年のそれと同じだった。髪を帽子で隠していたのか、カツラをかぶ
っているのか、少女なのか少年なのかはわからないが、とにかく、あのチェシャとこのチェシ
ャは同一人物なのだろう。
…………。
こいつが――僕を狙っていたのか。
しかし、そのわりには実感も実害もない。姐さんを殺したかもしれないのは五月ウサギだし、
神無士乃を殺したのは如月更紗の姉妹だ。一度として、チェシャ猫は僕に関わってきていない。
完全に無関係な通行人だ.
だからこそ――怖い。
ここまで一切関わってこなかったやつが、今此処で、このタイミングで関わってくることが。
如月更紗は狂気倶楽部を“ごっこ遊び”と言った。これがごっこ遊びであるのなら、お話は
そろそろ終盤に近いはずだ。主だった登場人物は減りに減って、物語はクライマックスを迎え
ようとしている。これ以上、話は展開しそうにもない。それがどんな形であれ――エンディン
グはすぐそこだ。
だというのに。
ここにきて、新しい登場人物が現れるだなんて。
否が応にも考えてしまう。物語を盛り上げるためのキャラクターではなく、物語を終らせる
ための機構。
デウス・エクス・マキナ。
機械仕掛けの神。
彼女は、そういう役割なのではないかと――――――
「あぁ、ああ! そうかそうだねどそうだとも。返事をしてくれなくて寂しいと思ったが――
今の君はチェシャではなく、こう呼ぶべきだったね。
――アリスと。
その名で、君を呼ぶとしよう」
僕の思考を貫くような、如月更紗の言葉に。
チェシャは――アリスは。
初めて、その表情を崩した。口元を歪めて。目元をさげて。確かに――裁罪のアリスは、満
足げな笑みを浮かべた。
「アリスは……共通ハンドルだったな」
「えぇ。けれど冬継くん、彼女は真のアリスよ。アリスたちの中で最も“不思議の国のアリス”
に近い――裁罪のアリス」
真のアリス。
アリス・イン・アリス。
成る程――真打ちか。アリスが何人もいるというのなら、当然その中にも多少なりとも上下
関係があるのだろう。一番アリスに近い存在。それがチェシャということか。
それは――最も狂っているということに、他ならない。
裁罪のアリス。
罪を裁く死のアリス。
「で、だ」
「んん?」
「そのアリスさんは、何をぼけっと突っ立ってるんだ?」
顎先でアリスを指して僕は言う。視線を向けられてもアリスは動くことなく、笑ったまま、
扉の前から動こうとしない。足許に転がったまま放置された生首だけが、異様な存在感をかも
しだしている。
身体は……どこにいったんだろう。
如月更紗を見る。彼女の首も、身体も、ちゃんとそこにあった。そのことに……少しだけ、
僕は安堵する。
「冬継くん、そんなに見つめられたら照れるわよ」
「素敵に胡散臭い言葉だな……」
お前が照れた所なんて想像すらできない。
そんな意味をこめた視線を送ると、視線から意味を悟ったのか如月更紗は笑い、
「ピロー・トークは二人きりのときにしようということね?」
「アイ・コンタクトなんて幻想だったんだな!」
「エロー・トークがいいだなんて……冬継くんははしたないね」
「もしかしたらお前自分で気付いてないかもしれないから教えてやるけど、はしたないのはお
前であって僕じゃないしついでにマッド・ハンターの時と如月更紗のときえお前キャラが全然
違ってるからなお前!」
ツッコミが長すぎる上に、一文でお前を四回も使ってしまった。
狂気倶楽部――ごっこ遊び、か。
演じること。
如月更紗を演じる。
マッドハンターを演じる。
はたしてどっちが本当の彼女なのだろうか。どちらも本当の彼女じゃないのだろうか。どち
らとも本当の彼女なのだろうか。
本当って、なんだ?
「ごっこ遊びだからさ」
今度こそ本当に表情から思考を読んだのか、如月更紗はそんなことを口にした。
「……それ、どういう意味だ?」
「彼女がどうして動かないのか――それについての答えよ、冬継くん」
「ごっこ遊びだから、動かない?」
「動けない、とでも言うべきね。もっともアリスに近いから――誰よりもアリスに左右される
。登場人物が出そろうまでストーリーを進めることができない」
「…………これ以上誰が増えるんだ?」
まさか今更五月ウサギとか出てくるんじゃないだろうな……。それとも一度も名前が出てこ
ない、お茶会の最後の登場人物であるヤマネでも出てくるのか。
「いやいや冬継くん、奇しくも君の考えたとおりよ。
ここには如月更紗はいてもマッド・ハンターがいない。
――そういうことさ、そういうことなのよ」
言って。
如月更紗は、あっさりと踵を返した。何の躊躇もなく、アリスに背を向ける。見ている方が
はらはらする行為だったが、アリスはそれでも動かない。如月更紗はつかつかと歩き、フェン
スに添えるようにしておいたままにしてあった、黒赤のトランプ柄のトランクを手にした。
「あ、それ――」
そういや、屋上にきたときには意識していなかったけど……あのトランクケース、僕の家に
持ってきていたやつだよな。
なら――あの中には。
見遣る僕とアリスの前で、如月更紗はトランクケースを押しあける。
中には。
「さぁ、さぁ、さぁ――冬継くんにアリスちゃん。楽しい楽しいお茶会を始めましょう」
あの夜に見た、男物のタキシードと――シルクハットが、収まっていた。
以上で投下終了です
エロシーンをいれるかどうか悩んでいたらかなり遅くなってしまいました。続きは近いうちに投下します。
ヤンデレ分がちょっと足りないので近くにふらっと短編書く予定。
投下お疲れ様です
ちょ、ここで来ますか、チェシャが。
……あの話の"彼女"と同一ですよね? いやあ、毎度毎度楽しませてもらってます。
>>430 久しぶりにいない君キター!
更紗分も補給完了で今日も一日頑張れるぜ
遅くなりましたが396氏お疲れ様です
>>432 あの話の彼女と同一です。服装の辺りがこっそり伏線に使われてます
投下します
そういって如月更紗は、僕らの見ている前で遠慮なく脱ぎ始めた。
……は?
あまりにも自然すぎて、一瞬何をしているのかわからなかった。わかりたくなかったという
のが本音かもしれない。そこそこに緊迫した――その緊迫もなんだか曖昧になってきているけ
れど――場面で、突然脱ぎだすなんて行為に意味があるとは思えなかった。いや、意味があっ
たほうがまだましなのか。
こいつ……ほんとに露出狂なのか?
頭を抱える僕の前で、如月更紗は遠慮も躊躇もなく脱いでいく。スカーフをはずし、ブラウ
スを脱ぎ、スカートを下ろす――ああこんなときに思うべきことじゃないけど、それでも思わ
ずにはいられない。保健室のときから思ってたけど、こいつの肌恐ろしいくらいに白いな……
新雪のようになんて例えはふさわしくないのだろう。雪は空気中の汚れが元になったものであ
って、如月更紗の肌には汚れなんてひとつとしてなかったのだから。広がる髪の黒との対比に
めまいがしそうだ。
って。
冷静に肌の批評をしている場合じゃない。
「おい、如月更紗」
上下の下着だけになった如月更紗に声をかける。隠すことも恥ずかしがることもないまま、
如月更紗はそのままに振り返った。
……。
目のやり場に困る。
が、いまさら目をそらすのもあれだった。すでに散々見てきているのだ。開き直って如月更
紗の顔を見る。彼女も僕を見ていて、その顔ははっきりと笑っていた。なんか思考を読み取ら
れてそうで嫌な笑いだな……
「冬継くんのすけべ」
「だまれ露出狂」
「それで、何の用かしら?」
「何の用っていうか、なんで脱いでるんだお前?」
もっともな突っ込みだった。
いきなりストリップショーをされても素直に喜べるはずもない。それを目の当たりにしても
表情を変えないアリスは、さすがと言うべきなのか……? それともあれだろうか、アリスも
また如月更紗の裸を見慣れているのだろうか。
……。
…………。
考えてはいけないものを想像してしまった……。
さすがにその種のインモラルさには耐性がない。見たいような見たくないような微妙な気分だ。
「何で脱いでるのかといわれても――脱がなければ話が進まないわよ?」
「僕が知らないだけで狂気倶楽部の入部条件は露出狂であることなのか?」
それが本当なら、僕は姉さんに対する感情を思い直さなければならない。
……。
狂気倶楽部って男もいたよな……?
思い浮かべてしまった僕の恐ろしい想像を、如月更紗は「違うわよ」と否定してくれた。心
のそこからよかったと安心する。もし如月更紗に肯定されていたら、僕は何もかも殴り捨てて
逃走していただろう。狂人と同一視されるのはまだ仕方がないのかもしれないが、露出狂と同
一視されるのだけはごめんだ。
「脱ぐのが目的ではないのよ。脱がなければ服が着られないから脱ぐ――それだけのこと」
言って、如月更紗はずるりとトランクケースの中からタキシードを取り出した。それで半分
は納得する。たしかに、服を着るためには前に着ていた服を脱がなければならない。当然の摂
理だ。どうして服を着替える必要があるのかという一点を除いては。
その理由も、少し考えれば、理解できた。
「如月更紗はいてもマッド・ハンターはいない――そういうことか?」
「そういうことね」
したり顔でうなずく如月更紗に僕は納得する。
そういうことなのだ。
衣装を身にまとわなければ舞台にあがったとはいえない。私服姿でいるかぎり、如月更紗は
いくら言葉遣いやキャラクターを替えたところで如月更紗でしかないのだ。服を変えてマッド
・ハンターに成って舞台にあがる。それを、アリスは待っているのだ。舞台に登場人物がすべ
て出揃うのを。
理解はできた。
納得はできなかった。
「なあ、如月更紗。ひとつ質問していいか?」
「ひとつといわずいくらでも」
答える如月更紗は、まずはブラウスに手を伸ばしていた。ああ、下着は替えないんだ……そ
のことに妙に安心を覚える。冷静に考えてみればブラウスを着るなら制服の下は脱がなくてい
いんじゃないのかと思ったが、突っ込みどころか多すぎてすべてに突っ込んでいたらとてもじ
ゃないが話が進まないので放置することにする。
突っ込みどころは別にあった。
「ということは何か――あのアリスは、ただお前が着替えるのを待ってるのか?」
「そういうことになるね」
「…………」
冷静に、冷静になろう。
冷静になって改めてこの状況を確認する。下着姿で着替えようとする如月更紗と、それを微
笑んだままに見ている裁罪のアリス。服は血にぬれていて、足元には生首が転がっている。夜
の校舎には僕ら三人しかいなくて、空を見上げれば月と星が見えた。夜は静寂の帳を下ろして
いて、衣擦れの音だけがやけに響いた。
……。
…………。
シュールだった。
シュールな光景すぎた。
思ったことを、そのまま口にすることにする。
「阿呆だろ、お前たち」
「阿呆とは酷い言い草だね」
「いやよく考えてみろ如月更紗。冷静に自分たちの状況を見つめてみろ――阿呆としか言いよ
うがないぞ」
舞台とか演じるとか狂気倶楽部とか……そういった色眼鏡をすべてはずしてみれば、そこに
あるのは屋上で脱ぐ露出狂とそれを見守る変態二人。いっけん場面が緊張しているから様にな
っているように見えるが、夜空の下で一人着替える如月更紗は、間抜けとしかいいようがない。
何よりも間抜けなのは、ここにいる人間が誰一人としてふざけていないことだ。
まじめに阿呆なことをしている。
……めまいがしてきた。
「冷静になって考えてみると」
「ああよかった、考えてみてくれたんだな」
「冬継くんと二人きりのときがいいね」
「そんなことを言ってんじゃねぇ――!」
思わず夜空に向かって叫んでしまった。しかもちょっと気持ちよかった。狼の気持ちがわか
ってしまった……。
「どちらかといえば冬継くんは狼というよりは犬よね」
「犬か……」
「わんこ」
「かわいく言い直すな」
ばかなやりとりをしている間にも、如月更紗の着替えは進んでいく。ブラウスのボタンをす
べて止め――と、そこで気づく。ブラウスはブラウスでも、学校のカッターシャツとは少しデ
ザインが違う。襟が大きく、そして硬そうだった。材質的に、立て衿をするためのものなのだ
ろう。ボタンを留め終え、如月更紗は鏡も見ていないのに器用にネクタイをしめる。
何百回と――繰り返した行為なのだろう。着替えにはよどみがない。
着替えるたびに。
彼女は、如月更紗から、マッド・ハンターへと変わったのだろう。
狂気倶楽部の一員へと。
「…………」
如月更紗。狂気倶楽部の一員。マッド・ハンター。狂気倶楽部の古参。
どうして。
どうしてなのだろう、と僕は思う。どうして彼女は今、こちら側にいるのだろう。僕を助け
るようにして。僕を守るようにして。君の命は狙われているといった彼女。その口で、僕の命
を守るといった彼女。物騒な鋏を振り回す、どこかとぼけた女の子。
僕がここにいる理由は、もう分かっている。図書室でもなく実家でもなく、此処にいるのは
――認めてしまおう、如月更紗が此処にいるからだ。
でも。
如月更紗は、どうして此処にいるのだろう――そんな疑問が、いまさらに浮かぶ。いや、い
まさらではないかもしれない。本当はずっと頭にあっただけで、それを確かめなかっただけな
のかもしれない。確かめてしまえば、
居心地のいい関係は、終わってしまうかもしれないから。
「ん、どうしたんだ冬継くん。裸を見れないのが口惜しいという顔をしているよ」
「僕はなんでお前が上しか着ないのか考えていたところだよ」
ネクタイをしめおえた如月更紗は、中に着るベストを着ているところだった。下には当然何
も着ていないので、かわいらしいパンツを丸出しにしている。羞恥心は一切ない。足細いなあ
、とかわけの分からない感慨を抱いてしまう。
「人には人の着替え方がある、ということよ」
「まあな……僕の姉さんは体を拭く前に着替えて大変なことになったことがあるよ」
「それはただの阿呆だね」
お前に言われたくはない。
僕もそう思うけど。
「着替えも終わったことだし――そろそろ楽しい楽しいお喋りも切り上げようか」
言葉の通りに、如月更紗は最後のボタンをとめおえて僕を振り向いた。タキシードの上着を
気負えた如月更紗は、アリスとは対照的に全体的に黒かった。その中でなお、むき出しになっ
た足は白い。
…………。
ズボンをはいていなかった。
パンツまるだしの如月更紗は、両手を広げてアリスと僕を交互に見た。
「さぁ――お茶会の時間だ」
「天然なのかぼけなのか突っ込みずらいんだよ! わざとやってるならそろそろくどいし本気
でやってるなら救いようがないな!」
「遊びでやってるのさ」
肩をすくめ、如月更紗は今度こそズボンに手を伸ばした。穿いていた靴を脱いでトランクに
突っ込み、ズボンをはく。ベルトをしめ、先とは違う革靴を取り出してはきなおした。最後に
トランクケースの中から杖を取り出して――脱ぎ終えた衣服をつめて、トランクケースを閉め
る。
そうして。
最後に。
如月更紗は――いや、ソレはもう、その名で呼ぶべきではないのだろう。
マッド・ハンターは、トランクケースの上においていたシルクハットを、頭にかぶった。
右手に長定規を組み合わせたような歪で巨大な鋏を。
左手に黒く長いステッキを。
両の手でそれらをくるりと回し――切っ先を裁罪のアリスへと向けて。
「さぁ、さぁ、さぁ! お茶会を始めましょう、時計の止まった狂ったティーパーティーを!」
今までで一番深い笑みを浮かべて、夜空に、そして月に向かって、マッド・ハンターは吠えた
のだった。
瞬間――誰よりも早く動いたのはアリスだった。笑みを浮かべたままに、地面を蹴って、
そのときにはもう、僕の目の前にいた。
は、速――
「……っ!」
ほとんど反射的な行動だった。後ろに跳びながら、右手で握ったままだった魔術短剣を振る
う。その間にもアリスはさらに踏み込み、同じように右手の傘を横殴りに振るう。軌道が衝突
し、
重く、硬い感触。
分かってはいたが――普通の傘じゃない! 柄の部分がやたらと硬いだけじゃなく、魔術短
剣の刃が触れたというのに破けてもいない。近くで見れば、材質は日ごろ見るものと違うのに
気づく。防刃なのだろう。初めからそういう行為のために作られた傘。
傘についた赤が、目についた。
――血。
「君は――」
アリスの口が動く。初めて聞く声だった。中世的な声。不思議なほどに抑揚がない。そのく
せ、耳元でささやかれているように聞こえた。声をきくだけで、脳が止まりそうになる。
それでも、止まるわけにはいかなかった。魔術短剣と傘は、きりあったまま離れないのだか
ら。ものすごい力で、傘に短剣が押される。身体ごと。アリスの三度目の踏みこみで、僕は傘
を防いだままの姿勢で背後のフェンスにたたきつけられる。
なんだ……この力!? 見た目は如月更紗とかわらないような細さなのに、傘にこめられた力
で押しつぶされそうになる。こんな華奢な身体のどこに、あんな速さと強さが……
そこで僕は自分の失策に気づく。そうだ、忘れていた。馬鹿なやりとりばかりで失念してい
た。いくらふざけていても……ふざけているからこそ、こいつらは狂気倶楽部だということを
。演じる。あの夜と同じだ、一種の自己暗示、着替えることで滅茶苦茶な動きを、
「――自身の罪を覚えているかい」
罪?
その意味について深く考える暇もなく、傘にこめられた力がさらに強まる。抑えていた魔術
短剣が、逆に自身の胸を貫きそうなほどに近づいてくる。まずい、このままだと自滅だ……!
自身へと迫る魔術短剣。
その綺麗な刀身に――月の光が反射して、鏡のようになって。
自分自身と、目が合った。
「――、!」
胸に突き刺さりそうだった魔術短剣を無理やりに押し返す。そうだ、何を戸惑っている。あ
の服が彼女たちにとっての自己暗示、魔術儀式なら――僕にとってのこれこそが、そうじゃな
いか。姉さんの遺品。姉さんの血がしみた魔術短剣。
集中しろ。
没入しろ。
切り替えろ。
変われ。
換われ。
成れ。
ここはお茶会だ。
不思議の国の、狂ったお茶会だ。
「罪、ね――」
裁罪のアリス――罪を裁く、か。
さらに魔術短剣に力をこめて、
「そう、そうだね、そうだとも! 罪人であることを忘れてはいけないのさ!」
急に魔術短剣を抑える力を失い、僕は前へとつんのめりかけた。傘を持つアリスが、二歩分
ほど後ろに下がっている。そして、僕とアリスの間を、風を伴って大鋏が通り過ぎていった。
見れば。
いつのまにか――横にはマッド・ハンターが立っている。僕へと襲い掛かるアリスを横から
狙ったらしい。助けてくれたことはうれしいが、下手によろめいていたら自分があの鋏で殴ら
れていたのだと考えればぞっとする。腹の部分で殴られても骨くらいは折れるだろう。
ましてや刃で切られたら……ちょぱん、だ。
「助かった……ありがとう」
フェンスから身を離す。自分の形にフェンスがゆがんでいた。あのまま押され続けていたら
、フェンスを突き抜けて下へと尾とていたのだろうか。
本当に……常識はずれで、常識しらずだ。
初撃に失敗したアリスは、とん、と軽く後ろへ跳んだ。スカートが風に大きく膨らむ。距離
をとり、傘で杖のように地面をつく。
かん、といい音がした。
「やはり、やっぱり、やっぱりね。当然のように冬継くんを最初に狙ったね?」
「やっぱりねって――わかってたのか?」
「もちろんもちろんもちろんだとも。これは物語だからね。赤頭巾ちゃんを食べようとする悪
い狼は、猟師に撃たれるということさ」
「……配役がなんとなく納得いかないけど、まあわかった」
僕が狼で、マッド・ハンターが赤頭巾ちゃんで、アリスが猟師か。
僕、悪役じゃん。
アリスにしてみれば僕は悪役、適役に過ぎないか……狂気倶楽部という楽園を狙う許しがた
き敵。赤頭巾ちゃんが狼と仲良く名手いるのは計算外だろうが、もとよりアリスの敵はマッド
・ハンターではなく僕であり、僕を排除することこそが彼女の勝利条件なのだ。アリスが僕の
首をはねれば、お話は『めでたしめでたし』で終わるのだろう。
じゃあ、逆に。
「僕らの勝利条件ってなんだ?」
「その数は二つ、勝利条件は二つ、たったの二つ。この町を出るか、君自身が狂気倶楽部に入
るか」
「…………」
おい。
ちょっと待て。
そういう重要そうなことをさらりと言うんじゃない。それはむしろ、真っ先に言っておくべ
きことだろう……? いや、聞かなかった僕が悪いのかもしれないけれど、それにしてもあん
まりだ……ああいや、仕方ないことなのか。如月更紗どころかアリスにとってさえ、この状況
は計算外のはずだ。物語の登場人物がすじがきを無視して勝手に暴走しているようなものだ。
本来ならば、
五月ウサギと対決するか、
如月更紗の姉妹と対決するか。
その二択だったはずだ。"ごっこ遊び”というのならば、それこそがふさわしい展開だ。その
はずが、どこかの馬鹿が如月更紗に惚れ込んで彼女の家にいったあげくに第三の選択肢を選んだ
からややこしくなった、と。
自業自得じゃん。
「二択――」
ゆっくりと考える時間は与えられていなかった。距離をひいたアリスが再び突っ込んでくる。
僕が右でマッド・ハンターが左、アリスが前で衝突は一秒後。右半身を前に出して魔術短剣を振
るう、傘の先端であっさりとはじかれて、そのまま先端で突きが繰り出されたのを横からマッド
ハンターが斜めにはじき先端は頬をなめるようにしてそれ、
アリスの左手が、まっすぐに僕の首へと突き出される。
何も持っていない――長く伸びた黒い爪が、首の動脈を狙っている。
「冗談きついな!」
この近距離でよけるのは難しい。右手ははずかれた勢いで右側へと流れている。ならばと、そ
の勢いのままに左手を突き出す。手のひらで爪を受け止めるように。首を刺されるよりはマシだ、
代わりに指を折ってやる。
目論見は成功しない。アリスの左手は蛇のように動き僕の左手首を掴み取り、同時にスカート
から伸びた足に払われて視界がくるりと回り、逆さになって倒れ行く中で、傘を持ち替えて振り
下ろそうとするアリスの姿、
その首めがけて繰り出される、巨大な鋏。
ちょきん、と鋏をかみ合わせる音がして――アリスの髪が数本、宙にまった。スウェーをする
ようにして鋏の一撃をよける、つかんでいた手を離されて僕は地面にたたきつけられ、追撃で繰
り出された杖での一撃をよけるようにアリスは右へと跳んだ。
また距離が離れ、僕はあわてて起き上がる。
視界には、僕を守るように仁王立ちになるマッド・ハンターと、離れて傘を構えるアリスの姿。
なんというか……みっともないことこの上ない。女の子にずたぼろにされて女の子に守っても
らってる。やっぱり付け焼刃の自己暗示じゃ彼女たちみたいにはいかないらしい。そもそも、格
闘の経験なんて僕にはないのだ。
ならば。
格闘をしなければいい。
思考を切り替える。
意識を切り替える。
戦うのではなく。
殺すことだけを考えて――魔術短剣を、構えた。
「……人を殺すのは初めてだ」
「私もだよ」
そらとぼけるようにしてマッド・ハンターが言う。いや、今のは如月更紗か? その言葉が嘘
なのか本当なのか、僕にはわからない。ただ、目の前のアリスが殺人者であることだけは間違い
なかった。
躊躇がないとか、慣れているとか、そういうことだけじゃない。
彼女は、明らかに楽しんでいる。
この状況を楽しんでいるのが――見ているだけでわかる。
「…………」
距離がはなれた間を利用して僕は思考を続ける。身体能力的に劣っている以上、この状況を
打破する方法を考えなければならない。そもそも、何をもって打破となるのかすら僕はよくわ
かっていないのだ。
もう一度――最初から、考え直せ。
如月更紗は言った。選択肢は二つだと。
この町から逃げるか、
狂気倶楽部に入るか。
それは、表裏一体の答えだった。狂気倶楽部の手が届かないところにいくか、狂気倶楽部に
なってしまうか。それ以外に選択肢はない。つまりは、僕はもうどう考えたって取り返しのつ
かないところまで足を踏み込んでしまったのだ。
姉さんは死んだ。
神無士乃も死んだ。
そして僕は、如月更紗の隣にいることを望んだ。
もう――これまでのようには、いられないのだ。
選ばなければならない。
考えなければならない。
勝利条件は、如月更紗と共に生きること。
ああ――なんだ。そうか、どちらを選ぶにせよ、その前にはっきりさせなければいけないこ
とは結局それなのか。僕だけじゃだめなのだ。僕がどうしたいかじゃない。問題は、如月更紗
がどうしたいかなのだ。
彼女が残りたいのなら、僕は残ろう。
彼女がうなずくのなら、僕は逃げよう。
そして――考えたくはないけれど――如月更紗が僕のことを好きでもなんでもなく、共にい
ることを望まないというのなら、哀れなピエロとして僕は自分の手で物語を終えよう。それが、
如月更紗を選んだ僕にできる最後の方法だろう。
だから。
戦うとか、殺すとか、それ以前に如月更紗と話をしなければならない。これからのことを。
まじめな話を。
……返す返すも馬鹿話をしていたことが悔やまれる。アリスが来る前に思いついていれば、
そのことについてちゃんと決断を下せたというのに。こうなってしまった以上、なんらかの形
でアリスを打破してからしか、結論を出せない。
ん……そう考えると、逆説的になるけれど。
如月更紗は――話をそらしていたのか? 結論を先延ばしにするために?
それはどういう意味を、
「冬継くん!」
名前を呼ばれて、僕は再度アリスが突進してきていることに気づいた。思考が急速に無産す
る。さすがに三度目ともなれば目もなれる。右手には傘、左手には爪。リーチの差がある以上
、まずは傘に注意を払えばいい。
前にはマッド・ハンター。射線がかぶらないように僕はわずかに左にそれ、
ふわりと。
音もなく――重力からとき離れたかのように、裁罪のアリスが飛んだ。ムーンサルト。空中
で反転しながら、僕とマッド・ハンターを軽々とアリスは飛び越える。重力から逃げ切れなか
った髪が下にたなびき、スカートが大きく天蓋のように広がる。さらに身体をひねり、足から
フェンスの上へと着地する。
ぎしりと、その重みにフェンスがたわんだ。
「そこまでやるか!?」
思わず声をあげてしまう。滅茶苦茶というか、はちゃめちゃだ。上海雑技団でもあるまいし、
そんな芸当までできるなんて誰が思うか!
あわてて振り返ると、そのときにはもうアリスはフェンスを蹴っていた。斜め上から襲い掛
かってくるアリス、構図はかわって僕が前でマッド・ハンターが後ろ。加速度は先の比ではな
い、考える間もなく傘が、
――ままよ!
反射だけで、前へと跳んだ。その場で、傘の一撃を受けきる自身はない。なら、相手が着地
するよりも先にいなすしかない。魔術短剣を上に構え、構えた瞬間には接敵する、
靴が見えた。
え、
声はでなかった。飛び込んできたアリスは――傘の間合いがずれると見るや、空中で姿勢を
かえて僕の肩に着地したのだと――そう気づいたのは、地面に転がってからだった。衝撃を殺
しきれずにコンクリートの上をすべる。蹴られた左肩が、熱を持ったように激しく痛んだ。
僕を土台に跳んだアリスは空中でマッド・ハンターの斬戟をかわし、フェンスに傘をひっか
けるようにして落下位置を変えて杖すらもかわした。ましらのような動き。そのくせあわただ
しさはなく、妙に上品で洗練されていた。踊っているようにすら見える。
遊んでいるようにすら、見えた。
「ぐ、ぅぅぅうう、……」
もっとも攻撃を食らったこっちとしては遊びでもなんでもない。斬られなかったから平気、
だなんていえるはずもない。全体重をのせた衝撃を食らったのだ、皹くらい入っていてもおか
しくない。左手動かすと引き攣ったような痛みが走る。
折れてないといいけど。
折れてなくても、痛いものは痛い。
痛いけど――死んではいない。
「世界びっくり人間ショーに出れそうだよな……」
死んでいないなら、まだやれる。魔術短剣を持った手でコンクリートを押さえて立ち上がる。
動かすたびに左腕は痛むけれど、動かすことはできる。それなら十分だった。爪が食い込むほ
どに強く、魔術短剣を握りしめる。視界の先ではマッド・ハンターとアリスが一進一退の攻防
を繰り広げている。アリスもとんでもなかったけど、こうして離れてみるとマッド・ハンター
の動きも目を瞠るものがある。
若干……マッド・ハンターのほうが押されている、のか? 杖と鋏を器用に振うマッド・ハ
ンターに対して、アリスは傘だけでその両方を捌いた上で反撃まで加えている。一見互角に見
えるけれど、よくよく観察すれば、じりじりと押されている。
なら――加勢しないと。
二人の下に足を一歩踏み出し、
踏み出しかけた足が止まった。
「………………」
一度痛みを受けたことで、頭のどこかが冷静になったことに気付く。
そうだ――僕は考えなければならない。
そして、決定しなければならない。
打破だなんて言葉で片付けてはならない。決着をつける前に、きちんと答を出さなくてはな
らないのだ。裁罪のアリスをこの手で殺すのか、それともいなして逃げるだけなのか――それ
すら決まってないで、何が『打破する』だ。
中途半端にも程がある。
この状況で出来ることは二つだ。一度裁罪のアリスをいなして逃げ、マッド・ハンターと――
いや、如月更紗と話をする機会を作るか。彼女に真意をきいて。僕一人でなく、二人で道を選
ぶか。
それとも――今、此処で、裁罪のアリスを殺すか。
五月ウサギが姉さんにしそうしたように。
白の女王が神無士乃にそうしたように。
殺害して、道を作るか。
それは――向こう側に渡ることに、他ならないけれど。狂気倶楽部と同じ側に立つというこ
とだ。
僕は。
僕は、選ばなきゃならない――
→END1 この場は逃げる
END2 アリスを殺す
投下終了です
一応選択肢の形になっていますが、片方はバッドエンドなので即終わります
ので順番に書いていこうと思います。
個人的にはEND1なんだけど、どうなるんだろうか……まあそれにしても
>どこかの馬鹿が如月更紗に惚れ込んで彼女の家にいったあげくに第三の選択肢を選んだからややこしくなった
なんだコラ、文句あるのか。
スミマセン、ゴメンなさい。
でも更紗派だから仕方ない、今も反省はしていない。
てかここの住人ほとんどそうだったようなw
>>445 GJ
いよいよクライマックス?
どんな結末を迎えるのか楽しみで、でもなぜか不安なような
>>445 やはり彼女でしたか。しかし相も変わらず最強具合な様で。
それにしても良い仕事です。
……ここは何となくBAD風味な気のする2で。
いつのまにか本家保管庫が更新されてるw
投下しますよ
星空が映る湖の岸辺に、声が響く。
歌だ。
ドの音階、ラの単語で始まるそれを、少女は歌う。
目を伏せ、スカートの裾と髪を風に踊らせながら、しかし身を動かさず、少女は思う儘
に声を連続させてゆく。頭に思い浮かんだリズムに即興で歌詞を乗せるそれは、それ故に
明確な終わりというものが存在しない。だからこそ、彼女は思った儘に紡いでゆく。
快い、と思いながらも歌を止めたくなくて、その感情は言葉として出てくることはない。
ひたすらに、その感情も込めて、ただ歌が流れてゆく。
それが暫く続き、どれだけ歌っていたのか時間を確認する為に月を見上げようとして、
少女は目を開いた。完全な暗闇だった視界に光が侵入し、周囲の光景が意識に入り込んで
くる。目を閉じていたことで普段と比べて夜目が利く状態になった現在では左手側、暗い
森の中もある程度は視認することが出来る。
だから、彼女は気が付いた。
「いつから居たのですか?」
この場所に居るのは自分一人だと思っていたが、それ以外、森の中に人影があった。
「ここは立ち入り禁止となっているのですが」
その言葉に応えるように、人影が一歩踏み出してくる。
それは青年だった。
身長は高く、体は全体的に太い。だが太っているのではなく、衣服越しでも分かる程に
筋肉がついているからだ。青年の左右の側頭部に生えた二対の竜角は彼が竜であることを
示しているが、それ自体は珍しいものではない。竜証としてはありふれたものだし、この
地方では特に竜角を生やしたものが多く生まれるので普通以上に見慣れている。
どれも平凡な特徴だが、彼女はすぐに青年の名前を思い出した。
「ガリスさん」
名前を呼ばれた青年は、体躯に似合わない穏やかな笑みを浮かべ、短く刈った髪を掻く。
「覚えておいででしたか」
「はい。大事なお客様ですから」
三日前に来たばかりなので記憶に新しい、というのが、ガリスの名前をすぐに思い出す
ことが出来た理由の一つだ。それに実際に会うのは初めてだが、客分ということなので、
それだけ印象も強い。彼は旅の薬売りだ、と聞いている。実際に病気が治ったという者も
僅か三日の内に何人も出ていて、それもまた記憶に強く残らせている原因の一つだ。
「ですが、それと決まりは別問題です。今すぐここから離れて下さい」
静かに少女が告げると、ガリスは礼を一つ。
「失礼致しました」
踵を返して数歩進み、そこで振り返った。
「あの、最後に一つ尋ねても良いですか?」
「何でしょう?」
「いつも、この辺りで歌っているのでしょうか?」
その言葉に、少女の心臓が跳ねた。
聞かれていたのか、という疑念を視線に込めて見つめると、癖なのだろうか、ガリスは
照れたように再び髪を掻いた。表情を見る限りでは特に咎める様子もなく、単純に疑問に
思ったようだ。それに安堵し、少女は吐息する。
「はい、そうですね。隠しても仕方がないので、認めます。ですが、その、このことは、
出来れば口外しないで下さい。貴方を咎めておいて図々しい話だと思うかもしれませんが、
儀式以外のときには歌ってはいけない決まりになっているのです」
それを聞いて、ガリスは若干寂しそうな目をして髪を掻いた。これで三度目になるが、
感情とは別物の仕草だ、と少女は判断する。もう体に染み込んだ、自分が歌うときに目を
伏せるようなものだと。
沈黙。
「残念です」
それを破った言葉の意味が理解出来ずに視線で尋ねると、ガリスは髪から手を離す。
「それはつまり、滅多に聞けないということでしょう。綺麗な声だったので、この場所で
なくとも聞ければと思ったのですが、それも難しいみたいですね」
歯の浮くような台詞だ、とは思ったが、しかし少女は初めて笑みを見せた。それは少し
唇の端を吊り上げただけのもの、笑いの声さえも漏らしていない。しかも掌を口に当てて
隠している。だが誰が見ても喜んでいると判断出来るものだ。
それを見てガリスは首を傾げたが、すぐに同じ笑みを返す。
「すいません、はしたないところを見せてしまって。ええ、そうですね。本当は、好きに
歌いたいのですけども、全く残念な話ですね」
「我慢はしなくても良いと思いますよ。それが」
一息。
ガリスは空を見上げ、少女も釣られて空を見上げた。曇一つない、無数の星が輝く空が
目に映り込んでくる。綺麗だ、と思う意識に入ってくるのはガリスの言葉の続き。
「それが、生きるということですから」
◇ ◇ ◇
「……ア様、アムシア様!!」
肩を揺すられ、アムシアと呼ばれた少女は薄く目を開いた。朧気な意識の中にあるのは
先程まで見ていた光景の記憶。それと眼前の光景を比較して、つい眠ってしまったのだと
自覚する。夢の中に出てきた青年のように髪を掻けば、自分を起こした侍女、ニグベスの
「はしたない」とたしなめる声が飛んできた。
だがニグベスの表情はすぐに心配するようなものに変わり、
「どうされたんですか?」
その言葉に、素直に寝不足だと答えようかという気分になる。普段から人前では真面目
に振る舞っているので、まさか規則を破り連日夜中に歌っていだなど誰も思わないだろう。
何か思われたとしても、それは寝付きが悪くなったという程度のものだ。そうなったら、
薬を貰うという名目で昼にもガリスに会うことが出来るかもしれない、そんな打算もある。
口を開こうとして、しかしアムシアは黙った。それでガリスに迷惑を掛けてしまうかも
しれないし、夜に歌うことに注意をされるかもしれない。確かにガリスは自分の歌を快く
聞いてくれてはいるが、根は真面目だ。儀式の妨げになるかもしれないという理由で歌う
ことを注意されるだろう。そうなれば本末転倒だ。
少し考え、
「夢を、見ていました」
強引な話題の転換だが、ニグベスは興味を持ったらしい。
「一月程前の、少し面白かった日のことです」
長老がボケて曾々孫とパンを間違え、娘に叱られていた日だ。それを思い出したのか、
ニグベスも小さな笑い声を漏らす。本当は違う夢を見ていたのですけど、と小さく呟き、
長い金色の髪を揺らしながらアムシアは立ち上がる。
「あ、そうそう。一月前と言えば、その頃に来たガリス様。アムシア様は御会いになった
ことは無いかもしれませんけれど、あの方は良い人ですよ。是非一度御会いになった方が
良いと思います。楽しい話も色々知っていますし、御体が悪いなら何か薬でも」
知っています、と言いかけて、また口を閉じた。会ったことも無い筈なのに知っている
などと言ってしまったら、そこから騒ぎになる。表情を薄い笑みに変えて、楽しみですね、
と言って視線を横へ。上手く出来ただろうか、と考えながら見た先にあるのは、いつもと
何も変わらない湖と森の風景だ。
「それで、ガリス様ったら……」
続いているガリスの話を聞きながら、ふと気が付いた。
「あの、様付けをしてるのは」
比較的医者に近い立場にはあるがガリスは正式な医者ではない、旅の薬売りだ。自分の
ように特殊な地位に居る訳でもなければ、貴族でも何でもない。それなのに普通に様付け
で呼ばれていることに疑問の言葉を投げ掛けると、ニグベスは面白そうに笑った。
「あ、それですか? 実際に会えば分かると思いますが、あの方はどこか浮世離れをして
いると言いますか、どこか天上人のような雰囲気がありまして。人当たりも良いし、取り
巻きと言うのでしょうか、要は惚れ込んだ娘が何人も出来て。いつの間にかガリス様って
いう言い方が定着したんですよ。まあ、今では私もその一人ですけどね」
薄く赤に染まった頬を押さえて腰をくねらせるニグベスを見て、アムシアは吐息を一つ。
通りでよく話す訳ですね、と心で呟いて、わざと足音を鳴らし一歩前に出た。その足音で
現実に戻ってきたのかニグベスは真面目な顔に戻り、アムシアの後方に立った。
「少し早いのでは?」
「遅くて困ることはあるでしょうが、早ければ待つだけで済みます」
失礼致しました、と礼をするニグベスを視界の端に捕えて、更に一歩前へ。改めて前へ
向けた視線の先にあるものは、石で出来ていることを剥き出しの質感で示すバルコニーだ。
窓の外から聞こえてくる声からは既に人が集まっていることは分かっているし、強い風が
長い僧衣の裾をこちらから見える程に揺らし、なびかせていて、司祭が待機しているのも
確認出来る。後は自分が出るだけ、という状況だ。
「行きましょう」
ここから先は『巫女』であるアムシアと司祭だけの世界になるので、『神世』の部外者
であるニグベスからの返事は来ない。しかし、それが当然なので構わず前に進む。右手を
伸ばせば普段と変わりない質感と重さの剣が存在し、それを掴んだアムシアは周囲を気に
することなく刃を宙に踊らせた。
室内の空気が変わる。
『巫女』が剣を走らせるのは、周囲を断ち切ることを意味する。周囲のものを意識の内
から外すという意味と、空間を切断するという意味を持つからだ。床や壁、柱や調度品、
それが例え侍女が相手だとしても、『傷付いた』ことを意識してはいけない。『何も存在
しない』、と意識すれば空気は自然とアムシアから『巫女』へと切り替わる。
目を伏せて、『巫女』は意識を剣へ集中させる。彫り込まれた『咎殺し』という文字を
指先の感覚で読み取り、足音を殺し前進。まるで歌うように、言葉を重ねてゆく。
目を伏せたせいで黒く染まった視界の中に、光が生まれた。
『巫女』は思い浮かべる、遥か昔の神々の時代の一つの話を。
かつて神と人は共存していた。人々は神を恐れ、そして敬い、慈悲深い神々はその人々
に恩恵を与えていた。それにより人々は豊かな暮らしを行うことが出来、国はどこよりも
栄えていた。全てが幸福の内にあり、それは永久に続くと思われていた。しかし、それは
続かなかった。一組の男女の強い想いから、決して取り返すことが出来ない一つの悲劇が
起きたからだ。男は神官で、女は神に遣える巫女だった。二人は恋仲で結婚の誓いまでも
行っていが、巫女は神の嫁という役目を背負っていた為に結ばれることは不可能だった。
男は神に対し怒りを露にし、巫女を妻にすると決めたという雨を司る神との契約を恨んだ。
そして悲劇は起こる。
雨の神から祝福を受けた剣を持ち出し、神を呼び、そして殺した。
悲劇は続く。
雨の神を殺されたことにより他神も怒り狂い、この地は長い不作が続いた。病は流行り、
獣が溢れ、蛮族に襲われ、何もかもを失ってゆく。人々は苦しみ次々と死に絶えていった。
巫女は悲しみ、嘆き、神々にどうすれば良いのかと尋ねた。
『全ての罪を終わらせろ』
神の指示に従い巫女は剣を清め男を刺し殺し、そのことを悲しみ、自らの命も絶った。
『神』の剣は『神殺し』の剣へと変わり、『神殺し』の剣は『咎殺し』へと変わった。
神は巫女の腹の中に宿っていた娘を育て、時は流れ、
「それは私へと続いてきた」
軽音。
足音が生まれたことと足に来る感触が変わったことでバルコニーに出たことを理解して、
『巫女』は目を開いた。眼下にあるのは街に住む者、ほぼ全員の姿。竜族、人間、視線を
巡らせると老若男女様々な、だが見慣れた人々の姿が見える。
「アムシア様」
声を聞き、『巫女』は左を向いた。
「アムシアの意味を唱えよ」
「『巫女』であり、人であり、そして『雨の神』である名前でございます」
「その証を唱えよ」
「長く伸び、稲穂の如き輝を持つ金色の髪にございます」
「然らば、私の在り方を示せ」
「貴方の力がここに」
頷き、剣を水平に構えると、司祭は麦の束を刃に滑らせる。長い年月を経た刃は、その
長さ越えてきた事実を感じさせない程簡単に束を切断した。風に巻かれて飛んでゆく穂を
短い時間見つめた後で、『巫女』は再び眼下へと視線を向けた。
「私は、ここに存在する」
口を一旦閉じ、僅かな溜めの後に、『巫女』は歌い始めた。
◇ ◇ ◇
窓の外から聞こえてくる声に耳を傾け、ガリスは薬茶を口に含んだ。元から苦味と酸味
と辛味が混ざったものな上に濃く煎れてあるので強烈な味になっているが、それに対する
反応といえば僅かに眉根を寄せただけだ。意識は依然窓の外に向いていて、視線と指先は
数分前から変わらず売り上げの計算表の上を滑っている。
「そう言えばガリス様、儀式は見に行かないんですか?」
「そういうナムこそ行かなくて良いのですか?」
掛けられた声に振り向き、言うと、ナムと呼ばれた少女は笑みを見せた。
「アタシは良いんですよ、昔から見てるし。アムシア様に変わった後も何回も見てますし、
それに絶対参加って訳でもないですから。逆にガリス様は一回も行ってないですよね?」
問うてくるナムに首を振り、立ち上がった。遠目で見たときなら何度かあるし、歌声を
聞くのならば現在住んでいる、この家でも充分なものだ。広場で行われている儀式の声は
街の外れにあるこちらまで届いているし、不足はないと考える。自分はこの街に住んでは
いるが、所詮は旅の者なので参加する資格はないと思い、それも参加を躊躇わせていた。
それに口には出さないが、参加出来ない大きな理由もある。
どう答えようかと考えていると、袖を引かれた。
「今度はどうしましたか?」
「あの、物凄い勢いで染みが広がってますけど」
ナムが指を指した先を見れば、言葉の通り、計算表の上に垂れた薬茶が勢い良く領土を
拡大していた。慌てて雑巾を持ってきて拭き取るが濃く煎れたせいで粘度が非常に強く、
布に染み込まない薬茶は雑巾の動くままに紙の上に広がっていく。結果、元の白さは欠片
も感じられない程、見事褐色に染まった紙が出来上がった。
「書き直しですね。文字も読めないので、計算も最初からになりますね」
「そうですね、何故こんなことになったのでしょうか?」
「ガリス様の特殊な趣味が悪いんじゃないですか?」
「あの喉に絡み付くような粘度と最悪な味が良いんですよ!!」
そうですか、と半目で見つめるナムから目を反らし、ガリスは吐息。棚から帳簿を下げ、
ページを捲り始める。ナムは既に雑巾を洗いに行ったらしく、台所の方向から窓の外から
聞こえてくるものと同じ旋律の鼻唄が聞こえてきた。
「もう一月か。私は後、どのくらい居れるでしょうか」
ペンを止め、呟く。
「何か言いましたかー?」
「何でもないです、ただ綺麗な歌だと」
もう十何年も聞いてますからね、と言って雑巾を干すナムに、笑みを向ける。生まれた
頃から聞いているのだから、それは誰でも歌えるようになるだろう、と思う。ガリスにも
似たようなものがあり、それを思わず口ずさみそうになり、
「馬鹿か、私は」
出すべきではない、と自重する。
代わりに口から流れてくるのは一月の間に聞き覚えた曲、ナムが歌っているものと同じ
メロディの歌だ。当然上手くはないが、それを補うようにナムが声を重ねてくる。それを
快いと思いながら、夜に会うアムシアのように目を伏せて歌う。
「このように、感じているのでしょうか」
誰が、とは言わない。
思い浮かべたのは金色の長い髪を持つ少女と、それを見上げる人々の姿だ。どのような
ことを考えながら、どのような気持ちを抱きながら歌っているのだろうか。決まっている、
今の自分と同じように、声とリズムによって重なることを楽しんでいる。
楽しむ。
自分で考えた言葉に、誰にも気付かれない程小さな失笑が混じった。すぐに消えたそれ
は小さな罪悪感と、目に見えない程の後悔だ。自分が進行形で重ね続けている嘘を、更に
大きくするようなもの。それを自覚して、続けていた歌が途切れた。
「……馬鹿め」
「……ガリス様」
不意の感触。
そこに目を向けると、ナムが腕を強く握っていた。
「やっぱり行った方が良いですよ。一人で、そんな辛そうに歌っているなら。文句なんて
誰も言いませんし、仮に誰かが言ったとしてもニグベスに頼んで叱って貰います」
「そう言えば、ニグベスさんは神宮勤めでしたね」
「はい、自慢の妹です!!」
胸を叩き、今からでも遅くありません、と腕を引くナムに苦笑を返す。確かに一度だけ
ならば、人に紛れるようにするならば、それも良いかもしれないと考える。決して誰にも
見られてはいけないものも、そうすれば幾らか見えなくなるだろう。身勝手で随分都合の
良い話になのだろうが、それでも良いなら、そう考えながら歩き始める。
「早く早く、広場は逃げませんけど時間は逃げますよ!!」
やや強引とも言える勢いは、苦笑を微笑に変える。
だが、それは油断に繋がった。
油断が一瞬の隙を生み、隙は普段では有り得ないミスを生む。
鈍音。
襟布を固定していた糸が切れ、ボタンが弾け、袖を引かれた勢いのまま一気に喉や鎖骨
が露になった。普段は殆んど顔以外の露出をしないガリスの素肌にナムは赤面したが、
「ガリス様、それ」
それは、一瞬で青いものへと変わった。
「バレてしまいましたか」
力の足りない視線でナムが見つめた先、そこには通常の竜族では有り得ないものが己の
存在を示していた。それを隠しもせずにナムの腕を振り解き、ガリスは一歩後退。
歌声と音が次第に止む中で、
「私は、半竜なんですよ」
ガリスは、儀式の参加を躊躇わせていた最大の理由を言う。
喉元に存在する一枚の鱗が、夕暮れの光を鈍く反射していた。
今回はこれで終わりです
続きは後程
うぁ、トリップ忘れた
今度こそ終わり
>>463 大変乙
気になる〜、気になる〜!wktkで眠れな〜い!
465 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/16(火) 02:46:38 ID:pWcIKRX8
「ヤンデレ家族と傍観者の兄」の続きまだー?
>>463 GJGJ
なにか影のある主人公がイイ。情景も綺麗な感じ。
誰がどんな病み方するか楽しみ
GJ
向こうのスレの同タイトルとどういう関係があるのかが気になるな。
半竜の夢 と世界観が一緒なのはわかったが
凄い好みな世界観ですわ。文章力もあって、良い仕事です。
冒頭の文体でとある作家さんを思い浮かべたんですけど、もしかしたら趣味が近いのかもしれませんな。
投下開始します。13レス使用します。
*****
休日の朝である。眠いのである。
なぜ眠いのかというと、やむにやまれぬ事情というものがあるからであった。
なにせ、昨晩から両親はどこかへ出かけているのである。
故に、健全な高校生としては、不健全に徹夜のようなものをするのにふさわしい状況だったのである。
もちろんただ起きていたわけではない。
昨晩は夜間のプラモデル作りについてとやかく言う母が我が家に不在であったため、
昼間しか使えないエアブラシを夜間に存分に使うことができた。
結果、1/12サイズのGPレーサーのプラモデルを完成させられた。
朝日の差す場所に、数分前に完成させた作品を置く。
――おお、黄色く輝いて見えるぞ。
出来としては、最近作ったものの中では一番である。
やはり創作環境というものは大事だと改めて気づかされた。
これからも父には是非とも頑張ってもらい、母を外へ連れ出していただかなくては。
なんなら、このまま一ヶ月ぐらい旅行へ出かけてもらっても構わないぞ、父と母よ。
さて、今は7時。
今から昨晩の睡眠時間を取り戻すとしようか。
7時間寝るとして、起きるのは十四時。つまり午後の2時。
まあ、昼飯を食うのに遅すぎる時間というわけではないな。
朝飯は食わず、このまま倒れるように布団の上で眠るとしよう――。
布団がちょうどいい暖かさになっていて、心地よく眠れそうだ、などと思っていた時であった。
携帯電話に突然着信があったのである。
誰だ?こんな朝から電話してくるような俺の知り合いは。
携帯電話のディスプレイを見る。知らない番号だ。よし。
通話ボタンを押す。間髪入れずに電話を切る。
朝から間違い電話などに付き合っていられるほど、今の俺に余裕はない。
早く眠りたいのである。
もう一度布団に身を投げ出し、再度眠りにつこうとしたら、今度は部屋のドアがノックされた。
弟か妹であろう。めんどくさかったので、狸寝入りをする。
が、いくら待ってもノックが止む気配がない。
むう。なにかあったのであろうか。もしやとうとう父の体力が尽きて危険な状態になってしまったのか?
仕方ないな。少しだけなら相手をしてやってもいいだろう。
「空いてるから入っていいぞ」
扉へ向けて話しかける。すると、弟がドアを開けて入ってきた。
「兄さん、おはよ。電話がかかってきてるよ」
「誰からだ?」
「話してみたらわかるって。はい」
弟は電話の子機ではなく、自分の携帯電話を俺に渡した。
弟の知り合いか?俺と弟に共通する知り合いなどいないのだが。
いまいち納得のゆかないまま電話に話しかける。
「もしもし、変わりました」
「……あ……」
「あの、どちらさまですか?」
「あの……その……」
あのその、と言われても。
電話越しに緊張するなんて、どれだけシャイなんだ、この相手は。
「とりあえず、名前を教えてくれませんか?」
「あ……そ、そっか。私、同じクラスの葉月」
「え……」
葉月さんだって?なぜよりにもよってこんな朝から電話をかけてくるんだ。
昨日、あんなかたちでふってしまったというのに、どうして電話をしてくる?
「おはよ。葉月さん」
「お、おはよっ、うございます」
もしかして今、噛んだ?
まあ、緊張するのも無理はないか。昨日のこともあるし。
「何か用なの?」
「あ、あのね。今日おうちにいるかな、と思って。それで電話したの」
「はあ。一応、今日はずっと家にいるつもりだけど」
俺の予定など聞いてどうしようと言うんだ。葉月さんは、弟が好きなのに。
そういうことは俺ではなく、弟に聞くべきだろう。
「そうなんだ……あの、誰かが遊びに来るわけじゃあないよね?」
「違うよ」
悲しむべきか喜ぶべきかわからないが、今日は誰かと遊ぶという約束はしていない。
恋人でもいるのならば、デートにでも行くのであろうが。
恋人か。もし昨日葉月さんの告白にOKの返事をしていれば――やめよう。
葉月さんの気持ちが俺に向けられていないことを知っておいて付き合うなど、失礼だ。
それに、そんなことをしてもまた俺が惨めな気分を味わうだけである。
葉月さんが何用で俺に電話をかけてきたのかは知らないが、早いところ切ってしまうに限る。
だいたい、葉月さんは弟のことが好きなわけで――ん。おお、そうだ。
「葉月さんは今日、何か用事が?」
「え……無いけど?」
「じゃあ、うちに来ない? 弟もいるよ」
「え……嘘、いいの? 今、こっちから遊びに行ってもいいか聞こうとしてたんだけど」
「もちろんいいよ。弟も喜ぶと思う」
「う、うん、わかった! すぐに行くから待っててね! じゃあ!」
言い終わると、葉月さんはすぐに電話を切った。
なんともわかりやすい反応であった。
弟がいると聞いてあそこまで喜ぶということは、やはり葉月さんは弟のことが好きなのであろう。
携帯電話の番号を交換しあうほど2人は仲良くなっていたのか。葉月さんの熱意には敬意を表したい。
しかし、どうして俺に電話を代わるという展開になったのかは、よくわからない。
弟も勝手に葉月さんを家に呼べばいいというのに、なぜ俺に電話を代わったのか。
もしや、俺に遠慮でもしているのであろうか?
弟のことだから有り得る。だが、俺はそのへんは寛大なつもりである。
もし弟と葉月さんの間に甘い空気が流れ始めたら俺はしばらく家を出て時間をつぶす。
人の恋路を邪魔して、その後で馬に蹴られて死ぬ予定は俺にはない。
ただ、弟と葉月さんが付き合いだすには、一つの障害がある。三兄妹の末っ子の、妹のことである。
今では立派なブラコンに成長してしまった妹は、葉月さんを快く思うまい。
いや、心証を悪くするだけならまだよい。あくまでも勘であるが、ただごとでは済まない気がするのである。
具体的には、昼ドラ的な展開が起こりそうな気がするのだ。
あの、『この泥棒猫!』がリアルに聞ける可能性が大である。
オプションとして妹が葉月さんに包丁を向ける可能性もなきにしもあらず。
しかも演じるのはベテラン女優ではないにしても、シリアスに怒っている妹である。
思わず身震いするような気迫を放ってくれるに違いない。
現場に居合わせたくはない。録画した映像で俺は満足できるから。
とはいえ、妹が怒りに燃えるとなると、間違いなくその場に居合わせるであろう弟と葉月さんが
無事で済むという保証ができなくなる。
やはりここは妹を外に連れ出して、弟と葉月さんの2人っきりにさせるのがベストであろうな。
さあ、妹を外に――――――どうやって連れ出す?
如何なる手段をもって妹を外に連れ出そうなどと考えついたんだ、俺は。
連れ出せるわけがないだろう。なにせ妹は俺を嫌っている。いや、それ以前にどうでもいい存在に思っている。
同様の理由で妹を引き留めるのも不可能。
そんな絶望的な条件下で、どうやって同じ屋根の下にいる弟と妹と葉月さんを鉢合わせさせないようにできるのだろう。
俺と弟で家を出て葉月さんを迎えに――行ったら、おまけに妹もついてくるか。
仕方がない。今から電話をかけ直して葉月さんに、今日は来ないでくれ、と言おう。
こちらから誘っておいて来るなと言うのも失礼だがこの場合は仕方がない。
弟と葉月さんには、この家以外の場所で会うようにしてもらおう。
慣れない弟の携帯電話を操作し、葉月さんにリダイヤルしようとしたときである。
ピンポーン、という間延びした音が鳴った。来客が玄関のチャイムを押したのであろう。
つまり、今この家の玄関に来客が来ているということになる。
携帯電話で時刻確認。7時50分。
この時間に突然の訪問者は現れることは稀にあるが、今日ばかりはそれとは違うように思える。
おそらく、玄関のチャイムを押したのは葉月さんだ。
来るのが早過ぎるぜ、葉月さん。通話が終了してから10分も経っていないじゃないか。
葉月さんの家は、この家のすぐ近くなのか?
いや、電話をかけてきたとき、すでにこの家へ向かっていたのであろう。だからこんなに早く来られたんだ。
葉月さんが我が家の玄関まで来てしまった以上、出迎えに行かない、というわけにはいくまい。
おお、そうだ。俺が出て葉月さんに帰ってくれるよう頼めばいいじゃないか。電話をする手間が省けた。
部屋を出て、玄関へと向かう途中のことである。2人分の話し声が聞こえた。
「弟君、おはよう」
「おはようございます、葉月先輩。今日は、やっぱり……」
「うん。昨日のことをちゃんと聞こうと思ってきちゃった」
「わかりました。じゃあ早速中へどうぞ」
足音が玄関の方向から伝わってきた。即座に自室へ引き返す。
しばらく待っていると2人分の足音は部屋の前を通り過ぎ、リビングへと向かった。
危なかった。別に弟と葉月さんに会って危ないということではないが、つい逃げてしまった。
昨日、あんなかたちでふってしまったから、葉月さんと顔を合わせたくなかった。だからつい逃げてしまった。
チキン。ヘタレ。臆病者。なんとでも罵れ、自分。俺はこんなやつなのだから。
部屋を出て、廊下からこっそりとリビングの音声を聞く。
「葉月先輩、コーヒーでいいですか?」
「うん、ありがと。ねえ、弟君」
「はい?」
「私って、魅力が無いのかなあ……?」
自信なさげな声であった。
俺は葉月さんに魅力がない、とは思わないのだが。
「僕はそんなことないと思います。同じクラスの男子も先輩は美人だって言ってますよ」
この辺の考えは俺と弟は一致しているらしい。というか大概の男なら同じ意見であろう。
「じゃあ、どうしてあんな簡単にふられちゃったんだろ。私嫌われてるのかな、お兄さんに」
俺が葉月さんをふったということは、弟に伝達済みらしい。
俺は弟に話していないから、葉月さんから話したのであろう。
「うーん……兄さんは先輩みたいなひと好きそうなんですけどね。
どうして断ったのか、僕にもよくわからないです」
「そう……」
弟よ。本当にわからないというのか?
目の前にいる葉月さんが、お前を強く想っているということが。
彼女の目をよく見ろ。どこまで鈍感なんだお前という男は。
いや、鈍感であるから弟は女性にもてているのか?
むう。こうなったら俺も負けじとニブチン男になってやろうか。
しかし、如何なる訓練を積めば女性の好意に気づきにくくなれるのであろう。
うむむ……思いつかん。やはり鈍感というのは天賦の才なのか?
「ねえ、弟君。お兄さんは今どこ?」
ぎくり。
「部屋にいますよ。先輩が来ても出てこないってことは、寝てるんじゃないんですか。
昨日は徹夜してたみたいだから。見に行きます?」
見に行く?まるで動物園にいるシカを見物しにいくような調子ではないか、弟よ。
それに出てこないのは寝ているからではなく、葉月さんと顔を合わせたくないからだぞ。
交際を断った昨日の今日で正面から話せるわけがないだろう。そのへんの事情を察して発言しろ。
「うん……でも、私……もしかしたら嫌われてるかも。だから会ってくれないんじゃ……」
「大丈夫ですって。兄さんも一晩過ぎて先輩と付き合わなかったことを後悔してる頃ですよ。
もう1回告白すれば、きっとオーケーしてくれます」
このアホ弟!なぜ葉月さんの好意に気づかない!
葉月さんが俺に告白してきたのは、お前に近づくためなんだぞ!
本気で好きじゃない男に告白してまでお前に近づきたいと思っているんだ!
彼女はそこまで思い詰めているんだぞ!
「うん……わかった。もう1回言ってみる。このコーヒー飲み終わったら行くよ」
ええい、葉月さんも葉月さんだ。
なぜ二人っきりのシチュエーションだというのに甘い空気へ持っていかない。
恋の勝負はチャンスを逃せばそれでおしまいなんだぞ。いや、よくわからないけど、たぶんそう。
ちい。このままでは葉月さんと顔を合わせることになってしまう。
そうなったら、昨日なぜ告白を断ったのか問い質されてしまう。
それに対して洗いざらい吐いてしまうという手段もあるが、できればそれはしたくない。
いくら葉月さんが嘘をついているとはいえ、当人の前で嘘を暴いてしまったら傷つくだろう。
早く家から出よう。葉月さんから逃げるんだ。
目に涙を溜めた儚い表情の葉月さんから告白されて、また断れるかはわからない。
ふとした弾みで頷いてしまうかもしれない。
それだけはしたくない。また後になってふられてしまって、苦い思いを味わいたくはない。
前の彼女みたいに、葉月さんを心の底から嫌いになりたくない。
立ち聞きしていた場所から玄関へ向けて一歩踏み出したそのときである。
カチャ、という丁寧な音が聞こえた。リビングのドアが開く音に似ていた。
似ているということはつまり本物の音である可能性もあるわけで。
もし今の音がリビングのドアが開く音であると仮定した場合、後ろには葉月さんがいる、ということになる。
逃げ遅れてしまった。
ああ、何を言われるのであろう。もしかしたらあの手紙での告白以上に熱烈であり、しかし嘘である告白を
してくれるのであろうか。
いやそれとも、葉月さんが言いそうにない罵詈雑言をたっぷりぶつけてきてくれるのであろうか。
不意に、家の前の道路を自動車の走行音が通り過ぎた。そして、排気音の響きが止んだころである。
「誰よ! あんた!」
いきなり妹の怒声が背後からすっ飛んできた。
脳に残っていた朝特有の爽快な気持ちの残滓が、今ので全て吹き飛んだ。
振り返ると、確かにリビングのドアは開いていた。しかし葉月さんはそこにはいなかった。
代わりに、妹の後姿が廊下へ少しだけはみ出していた。妹はリビングへ向けて怒鳴っていた。
「なんで朝から人の家に上がりこんでいるの!」
弟と葉月さんが一緒に居る光景を妹が見たらまずい空気になるだろうとは思っていた。
だが、妹の調子は最初から怒りの方向へまっしぐらであった。いきなり臨戦態勢になっている。
体を後ろへ方向転換し、リビングへ向かう。
リビングの入り口から見えたのは、まず妹のセミロングの黒髪であった。
その奥に、致命的な失敗をしましたと物語っている表情の弟と、きょとんとしながらコーヒーカップを
持ち上げている葉月さんが、一つのテーブルに向き合うように座っていた。
2人の視線は妹へ固定されている。妹は視線を一身に受けながら叫ぶ。
「答えなさいよ! どういうつもり?!」
「落ち着けって。この人は葉月先輩。兄さんのクラスメイトの人だよ」
表情を普段のように柔和にした弟が言った。
「先輩……?」
「そうよ。よろしくね、妹さん」
葉月さんは微笑みながらそう言ったのだが、妹の感情は落ち着いてくれなかった。
「何しにきたの……? もしかして、お兄ちゃんを奪いにきたの?」
「奪う? どういう意味?」
「お兄ちゃんを誑かして、この家から連れ去る気だったんでしょ!」
「誑かす? え?」
「絶対に、お兄ちゃんは渡さない! お兄ちゃんは私とずっと一緒にいるんだから!」
「え……なに、それ」
葉月さんが困惑している。
まあ、無理もない。いきなり目の前でブラコン宣言されたのだから。
しかもそのブラコンっぷりが兄弟愛のレベルを超して、男女の愛であることを匂わせるようなものであったから、
なおのこと葉月さんには理解し難かったろう。
葉月さんはようやく俺に気づいたようだった。妹を挟んで、見つめ合う。葉月さんから話しかけてきた。
「ねえ、どういうこと、これ」
「その……見ての通り、妹はこういう人間なわけで」
「もしかして昨日の告白を断ったとき、理由を言えなかったのって、妹さんのせい……?
妹さんが好きだから、私を拒絶したの?」
ふむん?妹の話をしていたというのに、なぜ昨日の告白の話になるのであろう。
それに、俺が妹を好き?好きか嫌いかで言わせれば好きである。ラブではなくライク。
「確かに妹のことは家族として大事に思ってるよ。けどそれと昨日……のことは関係ないよ」
「……嘘。今、返事するまで間があった。ごまかすために、言い訳を探してた」
それ、言いがかりですから。
返事に窮しているときは嘘を考えているときである、なんて乱暴すぎる。
俺が嘘を吐いていないと困ることでもあるのだろうか。
嘘を吐いているということにすれば、昨日葉月さんをふった理由になるからかもしれない。
なるほど、それなら今の言いがかりが葉月さんの口から飛び出してもおかしくはない。
だがその言いがかりは絶対的に真実ではない。
だって葉月さんは、俺の「妹のことを家族として大事に思っている」という台詞を嘘だと思っているのだ。
つまり、葉月さんはこう言いたいのだ。
「妹さんが好きなんでしょ? だから昨日、何も言えなかった。そうでしょう?」
ありがたくも葉月さんが脳内の台詞を代弁してくれた。
そしてその台詞はとうてい無視できるようなものではない。
「違うよ。俺が昨日あの返事をしたのは…………別の理由があるからなんだ」
「じゃあ、それを教えて」
「言えないんだ、どうしても。ごめん」
「……ほら、やっぱり嘘を吐いてる。バレバレだよ」
真実を語っているというのにそれを相手が信じない。
俺が隠し事をしているからそう思われているだけかもしれないが。
「そうなんだ。妹がいいんだ……だから、私をふったんだ……」
ゆっくりと椅子をひき、葉月さんは立ち上がった。
葉月さんの目は、今まで俺が目にしたことの無いような――いや、どこかで似たものを見た気もするが
思い出せない、暗い色をたたえていた。
妹が、俺と葉月さんを結ぶ空間に割り込んできた。
「帰って頂戴。お兄ちゃんは私とずっと一緒にいるの。この家でずっと暮らし続けるの。
あなたが割り込む隙間なんか、一ミリだってありはしない」
「……あなただったのね。あなたがいるから、彼は私を拒んだんだ。
あなたの言うことは、少しも聞き入れられないわ。だって、私はあなたのお兄さんを好きなんだもの」
「お兄ちゃんを……?」
「ええ、そうよ。諦めなさい。兄妹が結ばれることなんか、ありはしない。絶対にね」
「そんなことない! だってうちの両親は……」
――まずい!
「言うな!」
叫んだのは弟。タッチの差だった。もし弟が言わなかったら、俺が妹を止めていた。
「そのことは、言っちゃダメだ。家族だけの秘密なんだから」
妹は弟の言葉には返答せず、ただ頷きだけしてみせた。
しかし妹の勢いは少しも静まっていなかった。再度葉月さんに食ってかかる。
「世間では兄妹同士は結婚できないって言うわ。けど、結婚なんかしなくたって一緒には居られる。
私は、結婚できなくてもいい。ただお兄ちゃんと暮らせればそれでいい。
だけど、その生活には誰も割り込ませない。特に、あんたみたいな泥棒猫にはね!」
「本気なの? そんな馬鹿げた考えが世の中で通用すると思っているの?
きっと、あなたの両親も親戚もあなたの考えを認めないわ。2人別々の道を歩かせようとする。
そんなとき、あなたは立ち向かえるの? 悪いことは言わないわ。よしておきなさい。
お兄さんへの感情なんか、所詮兄弟愛を超えるものになりはしないんだから」
「あんたに何がわかるのよ! お兄ちゃんのことなんか、何一つ知りはしないくせに!」
「そうね。まだ少しだけしか知らないけど、私は全てを受け入れるつもりでいるわ。
そして、妹であるあなた以上に彼のことを理解してあげられる。私なら、それができる。
お兄さんの幸せを願うなら、お兄さんの一生を壊したくないのなら――諦めなさい」
葉月さんは、まったく妹の考えを認めていなかった。
兄妹の恋愛など、絶対に成立しない。むしろ、相手のことを思うならば諦めるべきだと、そう語っていた。
葉月さんの言葉は俺に直接向けられたわけではないが、どれだけ妹にとって残酷な台詞だっただろうか。
両親が兄妹同士でありながら結ばれたのと同じように、自分と兄も一緒になれると思っていた妹。
きっと妹は、正面から自分の考えを否定されたことなどなかったろう。
両親は我が身を省みては何も言えなかったはずだ。俺は妹に説教したことはない。
おそらく、弟も何も言っていない。弟は妹に優しいから。否、誰に対しても優しいから。
だから、初めて妹に説教した葉月さんに対して、妹が反発するのは当然のことであった。
「この……! あんたなんかに、お兄ちゃんを幸せにできるはずがない!
どうせ誰にでもそんなこと言ってるんでしょ! 美人はいいわね、男に不自由しなくって!」
「私、誰とも付き合ったことなんかないわよ? おまけに言うと、あなたのお兄さんに会うまで、
誰かを好きになったことすらなかったもの」
そうだったのか? 葉月さんの初恋は弟だった?
なんて果報者なんだ、弟よ。できたら俺と代わってくれ。妹はお前に譲るから。
「嘘! 嘘よ! あんたなんか、あんたなんか……」
「私なんか、何?」
「あんたなんか……死んじゃえ! お兄ちゃんの前から、消えてしまえ!」
突然妹が葉月さんへ向かって駆けた。後ろにいた俺は止めることさえできなかった。弟も同様であった。
ただ、妹が葉月さんに両手を伸ばし――突然宙を舞い、床に叩きつけられるのを見ているだけだった。
「がっ! ……あっ…………ぐ、ごほっ、ごほっ!」
ずだん! という音と共にフローリングの床の上に背中から着地した妹が、激しく咳き込んだ。
妹の位置は、葉月さんの斜め後ろ。着地地点には何も置かれていなかったことが幸いだった。
何が起こったのかは理解できた。葉月さんが妹を投げたのだ。
細かくは見られなかったが、一瞬で妹の体が頭上まで浮いたシーンは目に焼き付いている。
その際に妹のスカートの中身も見えた。青と白のしましまであった。だがそんなことはどうでもいい。
「葉月先輩、いきなり何を!」
妹の背中をさすりながら、弟が言った。
「いきなり襲いかかってきたんだもの。正当防衛よ」
「だからって、いきなりこんな!」
「聞き分けのない子供には、誰かがしつけをしてあげないと。それがその子のためよ」
弟と妹を見下ろしていた葉月さんの視線が、俺へと向けられた。
たじろがず、正面から見つめ返す。ここで引くことはできない。
――あれ、なんで俺はそんなことを思うんだ?
理由は、思い出せない。兄として妹を守らなくては、という意識のせいであろうか。
ただ、どうしても弱気にならない。葉月さんのナイフのような目が俺に向けられていて怖いと思っているくせに、
体だけは恐怖を覚えない。
今なら、包丁が正面から飛んできても突っ込めそうだ。体が心を鼓舞してくれている。
くすり、と葉月さんが笑った。
おかしいから笑ったのか、嬉しくて笑ったのかはわからない。
「見た? あなたの妹さん。おとなしそうな外見とは違って凶暴なのね」
「……そうだね」
「実は私の実家、道場を開いててね。ときどき練習にお邪魔させてもらっているの。
だから、さっきみたいに襲いかかられるとつい体が反応してしまうのよ」
「なるほどね」
昨日、屋上で俺を地面に組み伏せることができたのは武道の心得があったからなのか。
ぱっと見ただけではそういうことをしている人には見えないが、美人には謎が多い方がいい、
とか誰かが言っていたから、葉月さんに意外な一面があってよかったと思うとしよう。
しかしそんなことを聞いても、この場では緊張の種にしかならない。
いったいどれほどの実力者なのか、話を聞いただけでは推測できなかった。
理想としては初心者レベルであって欲しいが、一瞬で妹の体を投げ飛ばす人が軽く武道をかじっただけなら
師範クラスの人はどこまで化け物なのかわからなくなり空恐ろしいので、葉月さんは中堅クラスとお見受けする。
まあ、武道を習っている時点で脅威であることに代わりはないか。
俺がそんなことを考えているうちに、葉月さんは妹に向き直っていた。
「妹さん。お兄さんのこと、諦める気になった?」
いいえ、と答えることを許さない口調である。
妹は咳を吐き出していた胸を鎮め終わったところだった。
床に手を着きながら立ち上がる。が、体をぐらつかせて弟に支えられた。
それでも、葉月さんに敵意を向けることだけは忘れない。
「誰が諦めるか……。お兄ちゃんは、私の、ものよ」
「まだそんな口を叩けるのね。本当はやっちゃいけない投げ方で投げたのに。
なんなら、もう1回いっとく?」
「やれるもんなら、やってみなさいよ……。近づいた瞬間、あんた喉笛を噛み切ってやる。
投げようとしたら、その時に肘をへし折ってやるから」
実に勇ましい台詞ではあったが、それが強がりであることは俺にもわかる。
おそらく葉月さんもそれを理解している。
妹の執念は、蛮勇をもってしてどうにか支えられている状態であった。
「そう。じゃあ、涙と鼻水を流しながらごめんなさいするまで、痛めつけてあげましょうか」
葉月さんが一歩踏み出す。妹は歯ぎしりをさせつつ、葉月さんをきつく睨む。
その雰囲気に危険を感じた俺よりもいち早く、弟が妹をかばうように抱きしめた。
「やめてください、先輩」
「どきなさい、弟くん」
「嫌です」
「どうしても?」
「絶対に、絶対に嫌です。先輩が何をしようと、どきませんから」
「そんなふうに妹さんをかばうから、わがままな妹さんになってしまったとは思わない?」
「僕は、先輩が何を言っても絶対にどきません」
弟はすでに葉月さんも妹も見ていない。ただ目を閉じて妹を抱きしめていた。
そして、抱きしめながら言う。
「先輩、『妹をいじめないで。いじめないでください』」
2つの写真を用いた間違い探し。それの正解を見つけたときの閃きに似た、既視感が脳をよぎった。
同時に、悲しくなり、寂しくなる。
叫びたくなった。けれどそれが喉にある堤防のようなもので止められ、やはり叫べない。声も出せない。
恐怖だった。俺は恐怖を思い出していた。弟の言葉が引き金になって。
『妹をいじめないで』。妹をいじめないで。ただこれだけで、どうしてここまで心が揺れ動く?
何かが思い出せそう――なんだけど、何かの影しか浮かんでこない。何かの正体が掴めない。
探れば探るほど、影は薄くなっていく。そして――あっというまに見えなくなった。
夢想から覚めた時、目の前には以前と同じ光景がまだ残っていた。
葉月さんと妹はにらみ合っていた。弟は妹の体を横から抱きしめていた。
妹が葉月さんへ飛びかからないように、また同時に葉月さんが妹に手を出せないように、抱き留めていた。
「いじめるだなんて。別にそんなつもりはないんだけど。ただ妹さんに考えを改めてほしいだけなのに」
「けど、そのためなら先輩は妹をいじめるんでしょう? 同じことです」
「強情ね。その妹を守ろうとする姿勢はいいのだけれど、そのせいで自分の身が危険にさらされている、
ってことわかってる?」
「……もちろんです」
「それでもどくつもりはない、ってわけ。いいわ。だったら、君も……」
君も?弟も妹と同じ目に合わせるつもりか?
どうしてだ。どうして、葉月さんは自分の好きな男に対しても憎悪を向けるんだ?
もしや、妹への憎悪で我を忘れているのか?
こんなことはやめてほしかった。ここが俺の家であるという要素を抜きにしても、骨が軋み皮膚が
裂かれてしまうような争いは、葉月さんにも妹にもしてほしくない。
2人ともただ弟が好きなだけで、その気持ちは似通っているはずなのに、ぶつかり合ってしまう。
似たもの同士であるはずなのに、磁石のSとNが弾かれるように、太極の陰と陽が交わらないように、
葉月さんと妹はわかり合おうとしない。
諍いが、どちらか一方が弟からの恋や愛を独占するためのものであることなどわかっている。
決着が、どちらかが諦めるまではつかないということもわかっている。
また、どちらも決して諦めないということも。
この場にいる俺はなにもせず、終わる目処の立たない争いをじっと見ているつもりか?
俺は何のためにここにいる?俺がここでできることは何もないのか?
そんなことはないだろう。この3人にはできない、何かが俺にはできる。
3人とは違うからこそ、成せないこともあれば成せることもある。
母性本能をくすぐると女子生徒の間で評判の弟にも、可愛い顔をしながら弟以外の男に興味を持たない
妹にも、クラス一の美少女でありながら意外と怖い葉月さんにも、できないことがある。
そうとも。この修羅場を鎮めることができるのは、俺だけしかいないんだ。
「葉月さん」
呼びかける。葉月さんが端正な横顔を向け、目線を流してきた。
「ごめんね。ちょっとだけ待ってて。妹さんをすぐにしつけの行き届いた犬みたいに従順にしてあげるから」
微笑みを見せながら、葉月さんが言った。
その笑顔も、俺が立ち向かわなければならないものであると、自分に言い聞かせた。
「妹にも、弟にも手を出さないでくれ。いや、出させない」
「え? 何、言ってるの?」
「目の前で、妹が痛めつけられるのはもう見たくない。だから」
葉月さんの白い右腕を掴む。思っていたよりもずっと、彼女の手首は細かった。
「悪いけど、今日は帰ってくれ。葉月さん」
きっぱりと告げて、その場できびすを返して葉月さんの腕を引く。
突然、足裏が床を滑った。床がベルトコンベアになっているみたいに、後ろへ無理矢理動かされた。
体は壁に叩きつけられてからようやく止まり、短いうめき声を吐き出した。
今のが葉月さんの仕掛けた技だとは理解していた。
彼女の手首を握った瞬間から、こうなることは覚悟していたからだ。
だから、まだ俺の手は葉月さんの手首と繋がったままだった。
「妹さんを庇うの? そんなに、妹さんが大事?」
平らにした目で葉月さんが見下ろしてくる。
返事の代わりに、腕を引っ張って意志を伝える。妹は大事にしたい人だよ、葉月さん。
それが不快だったのか、それとも最初からこのつもりでいたのか、葉月さんは俺を持ち上げた。
いや、俺の感覚からすると持ち上げられたというよりも、自分の超能力で浮いたと言った方がふさわしい。
もちろん俺に超能力など無いが、もしあったとしての話。
浮遊の後は、重力に逆らうことなく、今回はテーブルの上に落っこちた。
頭のすぐ横で猫の絵が描かれたカップが倒れて、中身をテーブルにぶちまけた。
コーヒーは熱を持っていなかったが、頬をべったりと濡らして俺を不快にさせた。
強制的な宙返り運動の余韻に苛まれながらも、俺はまだ葉月さんの手を離していなかった。
この手を離したら終わりだという意識が働いていたからだろう。
「離してよ! 離してったら!」
葉月さんが俺の手を外そうとしている。だが当然のごとく俺は抗うわけであり、簡単に事は運ばない。
右に目を向けると、揃いも揃って目を大きくした弟と妹の姿があった。
なんだかおかしかったので、やあ、とでも挨拶したい気分になったが忙しかったのでやめた。
唐突に浮遊感が襲来した。俺の体はテーブルからテイク・オフ。
今回はひと味違い、回転運動が加わっていた。葉月さんを中心にして、リビングの宙を舞う。
テレビ、ソファー、窓ガラス越しの朝の風景、顔面蒼白の弟、いつもと違う眼差しで見つめてくる妹、
無人の整頓されたキッチン、リビングのドア。
あらゆるものがカラフルな線へと変容し、俺の目の前を通り過ぎていく。否、俺が通り過ぎているのか。
空中回転木馬によるフライトは、固いものに体がぶつかってようやくの終焉を見た。
意識が千々に乱れていて、自分が衝突した場所を理解するまで手間取った。
俺は右にある茶色の壁にもたれていた。よし、生きてるな。
続いて平衡感覚と視界を再構成する。
あれ――おかしい。葉月さんと弟と妹、さらにあらゆる景色までが右側の壁に垂直に立っている。
これだけの短時間に地球の重力は歪んでしまったのか?ではなぜ俺だけが正常なんだ?
いや、待て。もしかして……。
目を閉じる。スリーカウント。ワン、ツー、スリー。目を開ける。
……ああ、さっき見たのは間違いだった。周りがおかしいんじゃなかった。
俺が床に倒れていたから、景色が90度回転して見えたのだ。
体が重い。床に引っ張られているような感じだ。
努力して上半身はどうにか起こせたが、膝が笑っていて立つことができない。
すでに俺は葉月さんの腕を離していた。俺と彼女の間には1メートル強の距離がある。
葉月さんが妹に手を出していたら、とても止められない距離であった。
だが、葉月さんは視線を俺へと向けることに集中していた。
弟と妹も俺を注視していた。俺は唇だけで小さな笑いを作る。
手近にあった壁を支えにして立ち上がり、再度葉月さんと対面する。
「気が済んだ? 葉月さん」
「なんで……なんでそこまでして、必死に庇うのよ」
葉月さんが悔しげな顔で俯いた。ロングヘアーも地面へ向けて垂れる。
「そんなに妹さんが好きなの? 私の告白は断ったのに! 未練なんかこれっぽっちも見せなかったのに!」
叫び声が肌を襲う。皮膚の表面の毛を軒並み震わせる。そんな錯覚までした。
俺の腹の虫が機嫌を損ね始めた。どうして今さら、この人は。
「妹さんを見なさいよ! あなたがこんなになっても、どれだけ必死になっても庇ってくれない! 動こうとしない!
私はあなたのためならなんでもする気なのに、それでも絶対に拒絶するの?!
妹が好きなら、はっきりそう言えばいいじゃない! 私なんか嫌いだって、そう言えばいいじゃない!」
そっちこそ、本音で語ってくれないくせに。
――もういいや。吼えよう。全部吐き出そう。
「葉月さんが本当は俺のことなんか好きじゃないって、俺にはわかってるんだよ!」
自分の声で耳鳴りがした。それでも口はいくらでも働いてくれる。
「俺のことなんか少しも興味なんか無いんだろ? だからいつも話をするとき、弟のことしか聞いてこなかったんだろ!
葉月さんが弟のことが好きだってとっくに俺は知ってるんだよ!」
葉月さんの顔に驚きが見えた。思惑を言い当てられたんだから当然だ。
しかし、弟も同様に表情を変化させたのはなぜなのであろう。
まあいい。今は葉月さんだ。
「俺と嘘の付き合いをして、弟と仲良くなろうとしてたことなんてバレバレなんだよ!
もう昔みたいな経験をするのはたくさんだ! 好きになってくれないって知っているのに、
付き合おうなんて言えるもんか! 葉月さんこそ本気になれよ! 真剣になれよ!
勇気を出して、弟に正面から告白すればいいじゃないか!」
震える腕を奮い立たせ、びしっ、と葉月さんの顔を指さす。
ああ恥ずかしい。思ってたこと全部吐いてしまった。
もう頭の中がからっぽだ。言いたいことなんか一つもねえ。おかげですっきりしたけど。
腕を下ろす。果たして飛んでくるのは葉月さんの怒声か、鉄拳か。
何にしても、もうガス欠である。敗北必至。四面楚歌。
しかし、身構えていても何も起こらない。
変だ。俺の口撃から10秒は過ぎている。なのに反撃がこない。
葉月さんはまるで未知の数式に相対したかのような微妙な表情で俺を見ていた。弟もである。
「あの……………………兄さん」
なぜ弟が口を開く。
「なんだ、弟。しばらく大人しくするか、逃げるかしてくれ」
「言いたいことがあるんだけど、言ってもいいかな。結構大事なことなんだけど」
この場で発言しなければならない事項が弟にあるとは思えないのだが。
「いいぞ。言ってみろ」
「うん、あのね、兄さん」
いつの間にか、葉月さんと弟が微笑み顔を浮かべていた。
なんだ?この学園ドラマでよく見る喧嘩の和解シーンのような空気。
妹は困惑顔のままである。たぶん俺も同じであろう。笑っている2人の思考が読めないから当たり前である。
葉月さんと弟は一度顔を見合わせて笑い合うと、俺を見た。
二人揃って、先ほど俺がしたように人差し指を突きつけてくる。そして、口を開く。
「勘違いしてる」
*****
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
俺は謝っていた。後で見たら可哀想になるぐらいかしこまりながら土下座をしていた。
もはや土下座組にでも入った心意気であった。上手に謝らなければタマをとられる。
謝罪の意志を向ける対象は葉月さんである。
「勝手に勘違いしてごめんなさい。ひどいこと言っちゃってごめんなさい」
「い、いいよ、もう。そんなに謝られても困るし……私にも悪いところあったと思うし。
紛らわしいことしちゃって、ごめん」
俺と葉月さんがいるのは、家の玄関である。
そこで俺は平身低頭、必死に頭を下げているのであった。
「本当にごめん。俺、昔っからこうで。告白とかされると、疑いから入ってしまうんだ」
「もういいって言ってるのに……。でもよかった。私のことが嫌いなのかとか、
他に好きな女の子がいるのかとか考えちゃってたから。よく考えたら、妹に恋するわけないよね」
あはは、と葉月さんが恥ずかしそうに笑った。俺は父親とかを思い浮かべつつも、笑顔を見せた。
さっきの一件は、俺の勘違いが原因で起こったのである。
事は、俺が『葉月さんは弟が好きである』と勘違いして告白を断ったことからまず始まる。
ふられた原因を確かめようとこの家にやってきた葉月さんは、弟と会話しているシーンを妹に目撃された。
兄(弟の方)ラブの妹は、葉月さんが兄を奪う泥棒猫であると勘違いした。
妹にとっての『お兄ちゃん』(俺はお兄さんと呼ばれている)が俺のことであると勘違いした葉月さんは、
妹が邪魔者であると勘違い。掴みかかってきた妹を投げ飛ばした。
そこへ、頭がパーになっていないとやらないような勘違いをした俺が乱入し、リビングは戦場になった。
というわけである。
発端は俺、終末も俺。何やってんだ俺。
ああ、あと十回くらい投げられた方がいいかも。そしたら頭が正常に戻るかもしれないし。
今度葉月さんの道場を覗きに行こうか。うん、星座占いで一位だったらお邪魔しに行こう。
*****
今の私は、嬉しさと恥ずかしさで泣きそうな気分だ。
だって、彼に恋人がいないという確信が得られた代わりに、3回も投げてしまったのだから。
目の前で彼が正座しながらまた謝ろうとしてくるのを、私は肩を掴んで止める。
「謝らせてくれ、葉月さん。俺みたいな人を信じられない奴は、こうしなきゃならないんだ」
「あの、あんまり謝られても困るから、その……この辺りでやめてほしいな、私」
「ああ! ごめん。また俺は勘違いを……」
らちがあかない。こうなったら、強引に話題を変えてしまおう。
「あのさ、告白の返事。まだちゃんとした返事してもらってないかなー、なんて思うんだけど」
恥ずかしいなあ。昨日屋上で向かい合ったときよりずっと恥ずかしいよ。
どうしよう。顔、紅くなってないよね?
「返事、もらえないかな。ここで」
――言っちゃった。また言っちゃった。
ああどうしよう。今すぐに答えを求めなくてもいいのに。
彼に性急な女だと思われないかな?
彼は頭を掻きながらうー、とか、あー、とか呻いている。
わかる。彼は今、真剣に私の告白について悩んでくれている。
彼が私のことだけ考えてくれてる。
もしかしたら、私とデートするシミュレーションを頭の中で考えたりしてる?
喫茶店に行ったり映画館に行ったり海に行ったりするところとか。キ……キスするシーンとか。
いやもしかして、それより先に……ああ、でもそれはまだ早いよ……でも、あなたとなら……。
「――――きさん? 葉月さん?」
「えっ、あっ?!」
「大丈夫? 具合でも悪い?」
「ううん! 平気平気。私健康と頑丈さだけが取り柄みたいなものだから!」
ちょっとトリップしてたみたい。唇を指で撫でる。よかった、よだれは垂れてない。
彼が私の目を見据えている。自然と私の体は金縛りにあったみたいに固くなる。
「告白の返事なんだけど」
「う、うん……」
ああ、何を言われるんだろ。――ううん。断られたっていい。
彼には何遍だってアタックしてみせる。
何度投げられたって意志を曲げなかった彼に、私はさらに惚れ込んでいるのだから。
彼が、躊躇いがちに口を開く。
「オーケーとは、言えない。ごめん」
ああ、やっぱりか。覚悟はしていたけど、はっきりと言われるとやっぱり辛いなあ。
仕方ないよね。さっきあんなに投げちゃったんだから。嫌いって言われないだけマシだよ。
私が肩を落としていると、また彼はしゃべり出した。
「俺さ、女の人と付き合う時は自分から告白しようって決めてたんだよね。昔変な経験したから」
「?」
「だから、女の人から告白では、付き合わないつもりなんだ。こんなの聞いたら男は怒るだろうけど、
どうしようもないんだ。体がどうしても受け入れてくれない。それでね、じゃなく、けれども……俺は」
彼の顔が紅くなっている。初めて見た。うわ、なんだか可愛い。
「もう少し葉月さんと仲良くなりたい。前からそう思ってた。俺、葉月さんのことろくに知らないから。
つまりどうしたいかというと、あのですね」
彼が白い携帯電話を取り出した。私のと同じ電話会社のだ。嬉しい。
「携帯電話の番号とメールアドレスを教えてください」
――要するに、彼は、いつでも私の声を聞きたいと。
――どんなときでも私からの連絡をお待ちしていますと。そういうことですね?そう受け取っていいんですね?
そして、自分から告白したいというさっきの台詞は、いずれ私に告白してくれると。そういうことですね?
「いいかな? 葉月さん」
好き好き大好き愛してるアドレスだけじゃなくってスリーサイズもカップも敏感なところも全部教えてあげますよ、
とは言わない。実はすでにあなたに朝電話をかけたのは私です、とも言わない。ただ、私は頷いた。
こみ上げてくる気持ちを涙に変えないよう、じっくりと噛みしめながら。
*****
ごめんクラスの皆、すまない後輩諸君、許してください先輩方。俺はヘタレです。
みんなの憧れ、葉月さんからの告白を断ってしまいました。身勝手な理由で。
さらに、葉月さんの好意を利用して携帯電話の番号とアドレスを聞き出してしまいました。
彼女の気持ちが俺にまだ残っていることを察していながら、そんなことをしたんです。
いくらでも罵ってください。俺は美人の葉月さんとのつながりをこれっきりにしたくなかったんです。
浅ましい人間なんです。下劣な下半身が主の人間なんです。そして低脳の勘違い人間でもあるんです。
でも俺は後悔していません。それだけは事実です。
さて。まだまだ足りない気もするが、内省はこれぐらいにしておくとしよう。
葉月さんが帰ってからリビングへ移動すると、床に散らばった小物を拾い集めている弟の姿があった。
妹はキッチンへ移動して、フライパンをガスコンロの火で炙っていた。朝食でも作っているのであろう。
弟の手伝いをすべく、床に落ちた割れたコップの破片を拾い集める。
左手に乗せた破片が、突然弟の手によって取り上げられた。
「何をする。弟よ」
「兄さんは座ってて。僕がやるよ」
「何を言う。さっきの喧嘩は俺のせいで起こったようなもんだ。俺がやるのが当然。
お前こそ椅子に座って朝食を食べてろ」
ふう、と弟はため息を吐いた。続いて目をつぶりながらかぶりを振る。
「なんだ、その呆れたことをあらわすようなジェスチャーは」
「兄さんはどれだけ立派なことをしたか、自覚がないんだね」
「立派なんて言葉、俺には十年早い」
ヘタレだもん。
「そんなことないよ。昔みたいに、僕と妹を庇ってくれた」
「庇ったって……結果的にはそうなるけど、そりゃ普通のことだろ」
昔っからああするのが当然だったんだ。今さら感謝されるほどのことでもない。
――ん、昔?
「なあ、昔お前か妹がいじめられてたことなんかあったか? 記憶にないんだけど」
「やっぱり忘れてるんだ。兄さんは」
兄さん『は』ってなんだ。俺が馬鹿みたいじゃ――はい、脳みそツルツルピカピカでした。ごめんなさい。
しかし、弟にしては珍しく思わせぶりな口調だな。
「お前、何か俺に隠し事してないか?」
弟は首を振る。
「兄さんも知っているはずのことだから、あえて言わないだけだよ」
ふむん?俺は既知のはずである、と?
思考の海へボートで出て、オールで漕ぐ。――だめだ。いくら漕いでも目的地にたどり着けない。
靄がかかっているし、海面から岩が突き出しているから体力ゲージがあっという間に尽きてしまった。
「思い出せなければそれでもいいと思うよ。僕だって、本当は忘れたいんだから」
くそう。弟のくせに生意気な。もう勉強を教えてやらんぞ。
本当は忘れたい、ね。俺は何かを忘れているんだろうか。そして、それは思い出せない方がいいものなのか。
忘れたいと願い、記憶の奥底へ封じ込め、たぐり寄せる糸も、たどりつくために使う磁針も投げ捨てたのか。
きっとそうなんだろうな。俺は昔から、嫌なこととかすぐに忘れたいと望む男だから。
それでいいのだ。
コップの破片を捨てたあと、俺は朝食を摂ることにした。
朝食は、奇跡でも起こったか投げられたせいで頭でも打ったのか、殊勝にも妹がフレンチトーストを作ってくれた。
はっきり言おう。妹はなんにでも砂糖や塩を使いすぎである。
だが、美味かった。それだけは事実である。
投下終了です。
本当は前後編で終わらせるつもりでしたが、この家族の話はまだ続きます。
今までの話は第一章みたいな感じでとっていただけるといいと思います。
「向日葵になったら」の頃と比べてだいぶペースは遅くなりますので、ご容赦ください。
>>481 >とは言わない。実はすでにあなたに朝電話をかけたのは私です、とも言わない。ただ、私は頷いた。
は
とは言わない。実はあなたに朝電話をかけたのは私です、とも言わない。ただ、私は頷いた。
が正しいです。ごめんなさい。
>>483 まさかこんな時間に投下とは
何はともあれgjです
大学生?
GJ
>>483 お兄ちゃん幸せになれそうでよかったよかった。
続きでは葉月さんにさらなる暴走をしてもらいたいと思いつつ、GJ!
ヤベェヤベェ超おもしれー
この兄弟と妹と恋人の今後がメッチャ気になる!
489 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/16(火) 21:12:23 ID:pWcIKRX8
GJ!!
もうこの一言に尽きるぜ・・・
これから先が楽しみだよ。
おおう、どうにか葉月さんへの誤解が解けたようで何よりです。
いや、堪能させていただきました。
GJ!
マジ面白いな、お兄ちゃんもいい奴だし
幸せになって欲しいな……本当に。
GJ
こんなに応援したくなる主人公は、初めてだ
是非ともhappy endで終わってほしい
GJ
しかし最後の方の文からまたなにか一悶着ありそうな悪寒
GJでした
休日の前になると、お父さんはお母さんを連れ出すのか
お父さんは子供たちに気を使っているんだね
三十代越えで子供も三人いるけど、ラブホ(推定)を利用する夫婦、か
ラブラブっぷりに萌えた
お兄さんも幸せになれるといいな
妹も最後で少し心を開いてくれたみたいでよかった、よかった
なんとなく妹フラグ?の予感が・・・しないかw
短編ながら投下します。
「君が涼一くん?」
「そうですけど…えぇ〜っと、どちら様ですか?」
学校の帰り道、見知らぬ女の人から声をかけられた。
長い黒髪に季節はずれの白いワンピースを着た綺麗な人だった。
こんな綺麗な人、男なら忘れるはずが無い
だから多分、人違いなんだろうけど…でも俺の名前、知ってるから
やっぱり、知り合いなのかな?
「お姉さんね君のお兄さんのお嫁さんになる人なの」
女の人は、そう言って頬を赤く染めた。
うちの兄貴がこんな綺麗な人と結婚だって?
俺の兄貴は、お世辞にもカッコいいとは言えない
っというか大人のくせにオモチャ(ガンプラとかTFとか)を買い集めるようなオタクで
世間一般的から観るといかにも『モテない男』の分類に入る
そんな兄貴がこの人と結婚するなんて……邪気眼でも使ったのか?
「君のお兄さんから君の事やお義父様やお義母様の事、色々と聞いたわ」
「そ・そうなんッスか?」
どうやら兄貴の奴、俺や家族の個人情報をこの人にペラペラと話してるようだ
まったく、プライバシーという言葉をあの男は、知らないのだろうか?
「ねぇ涼一くん?今から君の家に行く予定だったんだけどあの人とはぐれちゃって
涼一くん、道案内してくれる?」
俺は、女の人の頼みを断る理由がないので我が家に案内する事にした。
家には、兄貴がいた―――が、自分の嫁(になる人)を見るなり
「夕、なんでお前がここに」と手足を震えながら叫んだ(全く、近所迷惑だぞ兄貴)
「だって、私はあなたの妻になる人間なんですもの
妻が旦那様の実家に行かないなんておかしいでしょ?
っと、兄貴のお嫁さん(になってくれたらいいなぁ)は、
兄貴に(ちょっと不気味ながら)微笑みながら答えた。
あぁ愛し合う二人…って兄貴が逃げ出した。
本当に兄貴は、『超』が付くほどの恥ずかしがり屋だなぁ〜
それを追いかける兄貴のお嫁さん(そして俺のお義姉さん)…あっ、あっけなく捕まった。
そして兄貴のお嫁さん(予定)は、兄貴とともに2階の寝室に入ったいった。
それから1時間、上から地響きが聴こえて来た。
――甥と姪、どっちが生まれるんだろうか?
やっぱり、正月になったら叔父としてお年玉をあげなきゃいけないのかな?
…などと今後の金銭心配をしていると
ぐったりとした兄貴とお腹を優しく擦る俺のお義姉さんが戻ってきた。
・
・
・
それから3ヵ月後、二人は、めでたく結婚しました。
ついでに生まれた子は、『姪』でした。
俺は、この子を兄貴夫婦と同じぐらい可愛がってやろうと思います。
投下終了です。
『ヤンドジさん』を執筆中にふっと思いついたネタで
他にも2〜3作ぐらいショートストーリーを書いたけどそれは、
『ヤンドジさん』を書き終わったぐらいに投下予定です。
乙。
涼一くんはいずれこの姪と……
兄貴に『超』が付いたら超兄貴か
なんて思ったせいで姪の顔が変になった
確か妊娠させると何ヶ月たつと男のほうは責任を断れないんだよな。
アニメシグルイ最終回の三重様の美しさは異常
ほトトギすはまだかな
506 :
名無しさん@ピンキー:2007/10/20(土) 01:21:37 ID:3DvqVgSJ
げ
507 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:49:04 ID:3TS5tHRm
私のことを好きだと言い、私にキスをして、私の友達を殺して、私のことを『親友』と呼んだあきら。
そのあきらによって、私は、犯された。
生まれてはじめての性行為が強姦の上に、その相手が同性とは、私の人生はどうなっているんだろう。
混乱している。頭の中がぐちゃぐちゃになって、ゴミだらけの絶海の孤島に一人だけ取り残されたような。
押し倒された後のことは、思い出したくない。気持ち悪さと痛みだけが鮮烈で、性行為が気持ちのいいものだなんて誰が言ったんだ。
私はあきらに抵抗した。腕と脚をばたつかせて、必死であきらを突き飛ばそうとした。
なのに、あの細腕に一体どんな力が隠されていたのか、私の抵抗など無意味だと嘲笑うかのように、私以上の力で押さえつけられた。
そうして私の体力が尽きて、身体中に不快感と痛みが駆け巡って、ようやくあきらは拘束を解いた。
私はこれからどうなるのだろう。ほとんど私は諦めていた。
ああ、そういえば私のことを親友だと言ってたな。ということは私が小学生の頃、親友を口実にあきらのことをいじめていたことを憶えていたのか。
なんて凄い記憶力だろう。私だって忘れてたのに。いじめた子よりもいじめられた子のほうがいじめの内容を覚えているらしいけれど、そういうことだろう。
けれど──あきらはなんて言った? 私のことが好きだって? 愛しているって?
何を言ってるのよ、あきら。なんで私を。
動く気力もなくて、しばらく私はベンチに寝かされたまま、ようやく退きはじめた不快感を存分に味わっていた。拷問のようだ。
あきらは私を見下ろして、ひたすら謝っていた。
ひたすら、謝っていた。
「ごめんなさい」と。ただひたすら。
謝るくらいなら、最初からやらないでよ。
あきらがようやくベンチから立ち上がる。
このまま帰るのかと思ったら、私を抱き上げた。片方の手を私の肩に回して、もう片方の手で私の腿を支える。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
これからあきらは何をするつもりなんだろう。私を殺すのだろうか。
いじめられた復讐か、殺人をしたことの口封じか。
私は願わくば、この二つのどちらかであることを祈った。もうこれ以上、私を苦しませないで。
本当に、あきらの細腕のどこにこんな力があるのだろう。私を抱き上げたまま、歩き出す。
公園を出て、しばらく暗闇の中を進む。誰か人は通るだろうか。できれば通らないでほしかった。こんな姿、見られたくない。
やがてあきらは、『石橋』という表札を掲げた家の前で止まった。そうか、あきらの姓は石橋だったっけ。
そうして私は初めて、石橋あきらの住まう家へと入れられた。
508 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:49:37 ID:3TS5tHRm
石橋家の中は灯りを一切点けておらず、外の方がよっぽど明るかった。
あきらは私を一度床に降ろして、ひとりでに閉まっていく扉が閉じたことを確認して、鍵をかけてチェーンロックもかけた。私を逃がさないということだろうか。
もう一度私を抱き上げ、奥に進んでいくあきら。自分の家だからか、こんなに暗くてもどこに何があるのかわかるらしい。
そういえば、なんで灯りを点けないのだろう。それに、あきらの両親はどうしたのだろう。
────かすかに、肉が腐る臭いがした。
どこかの部屋に入るあきら。私をベッドらしき毛布の上に寝かせると──どうやらここは、彼女の部屋らしい──ドアの鍵を閉めた。
ようやく体力が戻ってきていた私は、なんとか上半身だけを起こそうとした。
この部屋は、暗い。廊下も暗かったけれど、この部屋は……なんだろう、漆黒の闇の中だというのに、あきらの姿だけが鮮明なのだ。
寒い。これから暖かくなっていく時期だというのに、この部屋は真冬のように寒い。
「ここはね、私のゆりかご」
あきらの声がして、再び私は押し倒される。硬いベンチとは違う、やわらかい毛布の上。
「この部屋で、ずっときみこちゃんのことを想っていた。この部屋にいつか、きみこちゃんを連れてきたかった」
夢がかなったよ。そんなふうに笑う。その笑顔は、相変わらず私の神経を凍りつかせるのだ。
「ん……」
口付けをされ、あきらの舌が私の口内を蹂躙する。公園で押し倒されたときに何度もされたけれど、そのときは不快感だけしかなかった。
私がもう諦めているからだろうか。長い永いその口付けは、何故だか不快感はなかった。
何分経ったのかわからないけれど、何時間もそうしているような気がした。この部屋は時計がないのだろうか。
あきらが口を離す。唾液が糸を引いている。こんな光景を目にするなんて、本当に私の人生はどうなってしまっているのだろう。
「きみこちゃん」
「……あきら、これだけは聞かせて」
ようやく回復した体力を全て、この問いにそそぐ。どうしてもこれだけは聞かなくちゃいけない。
「私を、憎んでないの?」
「え?」
「私は、あんたのこといじめたんだよ? 勝手にあんたのものを持ってって、責任を押し付けて。
あんなにいじめたんだよ? なのになんで私のことを、好きだとか、愛してるとか、言えるの?」
「…………」
あきらは黙って、ベッドから離れる。
何をするのかと思ったら、机らしきものの引き出しを開けて、小物をいくつか取り出していた。
教科書、シャーペン、消しゴム、ボールペン……。
「私の?」
「そう」
「……ストーカーはあきらか」
あきらに押し倒されてからだけど、予想はしていた。
「親友だから、勝手に持ってったよ」
……実はあきらは、私への復讐を考えているんじゃないだろうか。それはほとんど私へのあてつけだ。
「復讐なんか考えてないよ」
私の心を読んだような発言をするあきら。
509 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:50:32 ID:3TS5tHRm
「きみこちゃんがね、最初だったんだよ」
「は?」
「私のこと、親友って言ってくれたの」
でも私は、あきらのことを親友とは思っていない。
「私みたいな悪魔を、親友だって言ってくれたの。嬉しかった」
「あ、悪魔?」
いきなり何を言い出すのだろう。
「そう、悪魔。
小さい頃に読んだ絵本の登場人物はね、みんな優しい目をしてるんだよ。なんでそんな優しい目をしてるかっていうとね、『愛してるから』なんだって。
その絵本には悪魔が出てくるんだけど、絵本の登場人物たちは絶対に悪魔に優しい目は向けないの。悪魔はひどい奴だから。
だから私は、悪魔なの。父も母も、私に優しい目を向けることはないのよ」
「…………」
私は何も言えなかった。彼女の壮絶な、いや絶望的な孤独に同情などできやしないのだ。
生まれてから一度も愛されたことがない少女に、人々から愛されることを望んで愛されるようになった少女が言える言葉など、無い。
「だからね、決めたんだ。ううん、誓ったの。私はきみこちゃんのことを、絶対に裏切らないって」
だから、きっかけは私だったんだろう。愛されないなら、愛してしまおう。そのきっかけが、私だっただけなんだ。
「きみこちゃんのこと、愛してるの。きみこちゃんが私のことをどう思っていようと、私はきみこちゃんのことを愛してる」
けれどあきらは気付かないのだろうか。自分がいかに矛盾しているかということに。
あきらが自分の服を脱ぎだす。私はそれを眺めたまま、尽きてしまった体力を諦めて、この漆黒の闇に埋もれることにした。
これから、公園のベンチでされたことを再び、何十回とされるのだろう。
私が、壊されそうだ。
あきらは何日間私を監禁するのだろうか。そういえば親に何も言わなかった。電話を貸してくれるとは思えないし、諦めよう。
もう、壊れてしまいたい。いっそ何もかも考えることをやめて、死ぬまであきらの人形になってしまいたい。
そうすればどんなに楽だろう。
けれどそれは、私の理性が決して許そうとはしないのだ。ヒトであり続けろと、懇願し続けているのだ。
泣きたくなった。涙は出なかった。私は誰のために泣きたいのだろう。殺された玲? 残された友達? 孤独なあきら? それとも自分?
「きみこちゃん。服、脱がすね」
いつの間にか全裸になっていたあきらが、私にのしかかっていた。
全身のラインが異様に細い。贅肉どころか筋肉があるのかどうかさえ疑うほどだ。本当に、なんでこんな細い身体で私を押し倒せたんだ。
公園でブラウスのボタンのほとんどを引き千切られていて、私が着ていた服は案外あっさりと脱ぎ捨てられた。下着まで剥ぎ取られ、私もあきらも、一糸まとわぬ姿になる。
暗闇に浮かび上がるあきらの裸体は、少しだけ、綺麗だと思った。
510 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:53:12 ID:3TS5tHRm
目が覚めたとき、私は知らない天井の下にいた。
すぐに昨日のことを思い出して、後悔した。公園でされたときよりももっと激しいコトを……あー、恥ずかしい。忘れよう。
私は裸のまま毛布に埋もれていた。頭を横に向けると、同じく裸のあきらがいる。小さく空気が流れる音がして、何故だかそれが寝息だと気付くまでに数秒かかった。
カーテンから光はもれてない、ということはまだ夜中なのだろう。机の上に目覚まし時計があったので見てみたら、時計は止まっていた。
大きく息を吸い込んで、吐き出す。私は呼吸をしているということに、いまさら実感。
あきらを起こさないようにベッドから抜け出す。床を見ると、あちらこちらに制服が脱ぎ捨てられていて、どうやら私の着ていたものらしい。
なるべく音をたてないように、衣擦れの音に注意しながら散乱した服を着なおす。
裸で寝る、というのも変な感じだったけど、裸から直接服を着るのもなんだか変な感じがする。
下着、ソックス、ブラウス、スカートと順番につけていく。ブラウスはボタンがほとんど残っていなかったので、隠さないと下着が見えてしまう。
着衣終了。ふと、スカートのポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話に、留守電とメールが入っていることに気付いた。お母さんからだった。
……心配するよなぁ。殺人事件の第一発見者の娘が散歩に出かけたきり帰ってこないんだから。
しかしここで電話したりメールを打ったりすれば、あきらが目覚めてしまうかもしれない。
多分あきらは、私を帰さないだろう。
玲を殺した犯人が誰なのか知っている私を、玲を殺した犯人であるあきらが逃がさない、という以上に。
あきらの異常なまでの愛情が、私を逃がさないだろう。
携帯電話をポケットに押し込み、ゆっくりと、音をたてないようにドアの鍵を開ける。
不思議なことに、あきらの部屋に入るためのドアには鍵がとりつけられている。恐らく、あきらの両親がつけたのだろう。直感だけど、なんとなくそれが真実のような気がした。
ドアを開けて、閉める。それだけの作業が、音をたてないという制約をつけるだけでおそろしく難しいものになる。
私は石橋家の廊下にいた。すべての音が何もない。静寂という音が聞こえてきそうなほどに、だ。
やはり音をたてないように、すり足で廊下を進んでいく。
廊下は一直線で、真っ直ぐに進めばもう玄関だ。傘たてと下駄箱、消火器のある玄関は、この家に出入り口があることを示していて、安心した。その玄関のすぐ横に、扉があった。
扉は開けられている。私の位置からだとその向こうはさっぱり見えないのだけど、なんとなく居間だな、とわかった。
そしてどうやら、肉が腐ったようなこの臭いは、その居間から漂ってくるらしいのだ。
電気を点けない石橋家。見かけないあきらの両親。もう、その扉の向こうに何があるのか、わかってしまった。
「どこにいくの」
不意に──全身の神経が、凍りついた。
「きみこちゃん」
私の全身が、見えない腕で押さえつけられる。
「ねぇ、どこにいくの」
私は振り返らなかった。
「家に────帰るのよ」
511 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:54:06 ID:3TS5tHRm
私の言葉に、あきらは何も言わなかった。
ただ黙って、私の背中に抱きつく。
あきらは裸だった。白く細い、骨のような腕で私の身体を撫で回す。その右手に、カッターナイフが握られていること、そのカッターナイフが私のものだったことに気付いた。
「帰らないで」
「帰る」
カッターナイフが私の首に近づく。
「おねがい、きみこちゃん。私は、私はきみこちゃんがいないと」
いないと、どうなるのだろう。
「……お願い。そばにいて」
「いやよ」
もう、恐怖心も消えてしまっている。頭の中は嫌になるくらい冷静だ。
「私はあきらの所有物じゃないのよ」
「そんなこと、思ってないよ」
あきらは、自分の矛盾に気付かないのだ。自分の意思で、気付かないのだ。
「だったら私を帰して」
「お願い。私のそばから離れないで」
そうして、私は。
「離れたら──殺すの?」
あきらを振り払う。カッターの刃が私の頬をかすめ、鋭い痛みが小さく疼いた。この程度の痛みなら、ひるみはしない。
一気に玄関へと走る。開いていた居間への扉の向こうには視線を向けない。玄関の扉のノブに手をかけて、──扉は動かない。
「きみこちゃん……!」
あきらがふらふらとした危なげな足取りでこちらに歩いてきてる。暗くてあきらの表情は見えない。
鍵を開けて、もう一度ドアノブに手をかけて押す。扉は開いて、動かなくなった。
チェーンロック。
執拗なまでに閉じ込めようとする短い鎖が、私を嘲笑う。おまえは逃げられない、ずっとこのまま人殺しと一緒に暮らせ、と。
「きみこちゃん……」
あきらがすぐそこに立っている。
嫌だ。気持ち悪い。身体が勝手に動く。怖い。あきらが怖い。さっきまで冷え切っていた頭が、一気にぐつぐつと沸騰していく。
私は振り向き────
512 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:54:41 ID:3TS5tHRm
────振り向き際に、居間の中が見えて、
そして血だまりの中で横たわる二つの肉隗が見えた。
「あああああぁぁっ!」
わけのわからない衝動に突き動かされて、私は何か重いものを掴んで、それを振り回していた。
鈍い音が響く。衝撃が私の腕にまで来て、思わず掴んでいた重いものを放した。
放り出された消火器──私が振り回したものは、消火器だった──には、赤黒い何かがべっとりと付着している。
気付けば、私の足元には、あきらが横たわっていた。
「あきら、?」
「きみ、こ、ちゃん……」
あきらの頭からは、その髪と同じ色の血が流れていた。
「あきらっ! 嘘よね? そんな、嘘よ!」
何が嘘なのかもわからず、とっさに私はあきらを抱き上げた。血が、私の身体中に降り注ぐ。
「きみこ、ちゃん……」
あきらの声が、私を呼ぶ声が、次第に小さくなっていく。
私は。
私はあきらに。
ひどいことを。
「ごめんなさい……
ごめんなさい……っ」
私は、あきらに謝っていた。
小学校のころ、あきらをいじめたことを。
そして今、あきらを殺そうとしたことを。
なんでこんな簡単な言葉が、今まで出てこなかったのだろう。
私は被害者なんかじゃない。友達を殺されて、強姦されて、それだけで被害者のふりをしていた。
私は加害者だった。
あきらの体も心もこんなに傷付けた、加害者だ。
許されたくなかった。
こんな酷い私を、許されたくなかった。
「別に、いいよ」
だから、あきらのその微笑みは、報いなのだろう。
513 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 22:55:30 ID:3TS5tHRm
そうしてあきらは死んでしまっていた。
頭からその髪と同じ色の血を流しながら、私に殺された。
あきらのフルネームはもう忘れてしまっていた。そして、もう二度と記憶することはないだろう。
最後の最期に、あきらは奇妙な単語を呟いた。
『カールクリノラース』。
その言葉の意味するところは、私にはわからない。
冷たくなっていくあきらの身体を抱きかかえたまま、ふと私はあきらのことを愛おしく感じていることに気付いた。
ガラスの窓が少しずつ赤みを帯びてくる。ようやく、夜明けらしい。
「おはよう、あきら」
私はあきらに口付けした。
これからどうしよう。迷うほどに、私はあきらから離れたくなくなっていた。
「──あはっ」
そうだ。ずっとあきらと一緒にいよう。私が死ぬまで、私が死んでも、ずっと一緒に。
私はもう一度あきらに口付けした。目の前に玲の顔が浮かんだけれど、もうどうでもよかった。
昨日あきらにされたように、あきらを押し倒した。
「あきらと私は──ずっと、親友だよ」
ぞっとするほどの感情がわきあがってくる。私は壊れてしまったのだろうか。
くすくすと漏れてくる自分の笑いをどこか遠くで聞きながら、私は三度目の口付けをする。
「愛してるわ、あきら」
窓から入り込む朝日に伸びた影が、私を見つめている気がした。
514 :
羊と悪魔:2007/10/20(土) 23:04:24 ID:3TS5tHRm
羊と悪魔、これにて完です。
完璧な自己満足で書き始め、GJの言葉で栄養を貰いつつ書き終わりましたが、
どうにも最初の予定とは違う作品になってしまいました。まぁ、これもまたよしということで。
蛇足ながら、カールクリノラースについて。
ご存知の方もいるかもしれませんが、カールクリノラースはグラシャラボラスの別名です。
悪魔グラシャラボラスは屠殺・殺人の元締めで、殺人を行い、人間を不可視にし、全ての科学を教え、過去と未来の知識を与える力を持つそうです。
凄いですね、悪魔って。
最後に、書いている間にまた別の話を思いついたので、形にしようと考えています。
次にエンカウントしたら、適度に生暖かい視線を送ってやってください。
それでは。
乙でした
てかもう480kb越えてる件
>>514 GJ!!でした。ヤンデレキャラじゃなかったキャラが最後はヤンデレ(ぽく)になるという見事な展開。
あなたは神ですね!!
>>514 GJGJ!
感動した!
なんというか、これが二人の幸せなんだろうな、と。
あ、もう484KBか。
次スレ立ててきますね
あーもうしわけない。
保管庫の方で編集ミスって違うの上げちまった
>桜の網 第3話
かな? 分かった、消しとく。
すんません頼みます。
キモ姉スレの方の保管庫作ろうとして参考にして見てたら間違えたorz
力作お疲れ様でした。
毎度毎度どうなるかと思っていたらこう持ってきましたか……。いや、ヤンデレは奥が深い。
ここのスレ消化スピードは異常
あまりの遅さにか
新スレの勢いは13だぜ?
こうして新スレに魅かれ、七氏君は10スレにさよならを告げるのであった
529 :
埋めネタ:2007/10/24(水) 00:34:49 ID:MCAGqZ0B
うふふ。今日もお弁当を片手にして、来ちゃった。
名無し君の、お・う・ち。
あ、ちょっと訂正。――私と名無し君のおうち。もしくは2人の愛の巣。
やだもう、私ったら。まだ結婚もしてないのに……エッチはしちゃったけど。
しかし、愛の巣とは言うけど、私と名無し君はまだ同棲していない。
もちろん私だって名無し君と一つ屋根の下に暮らしたかった。
私は、今は向かいのアパートの2階、名無し君の部屋を窓から一望できる部屋に住んでいる。
名無し君は私がどこに住んでいることまでは知らないみたい。
だから、部屋のカーテンは開けっ放し。私の部屋からは名無し君のライフスタイルが丸見え。
朝、寝ぼけ眼でベランダに出て伸びをするところとか、可愛くって仕方ない。
抱きしめて押し倒して服を脱がして唇を奪って体中を撫でて局所的に執拗に舐めてあげたい。
名無し君が部屋の中を歩き回りながら歯磨きをするとき、私はいつもあの歯ブラシ役を買って出たいと思っている。
もちろん、私の舌で口内、歯、歯間、歯茎を隙間なく磨いてあげる所存です。
恥ずかしいからまだ名乗り出ては居ないけど、いつかは……ぅふうふぅふふふぅ。
おっといけない。つい鼻血を出してしまった。
だめだめ。想像の中の名無し君で血を無駄遣いしちゃ、もったいない。
私は名無し君のものなんだから、鼻血で白いセーターの胸元を真っ赤に染めたりしたら怒られちゃう。
それに、早くお弁当を名無し君に食べさせてあげなくちゃ。
まだ秋なのにめっきり冷え込んできたから、風邪をひかないよう栄養をたっぷり摂らせないと。
最近の名無し君、体重の減るスピードが異常に早いからなあ。
悪い病気にでもかかってなければいいけど。
うん、決めた。今日は一晩中名無し君に元気を分けてあげよう。
私がいっぱいご奉仕すれば、きっと元気を出してくれる。
だって私、名無し君の恋人だもん。
さ、いざ名無し君の部屋へ!
ドアノブを掴んで、思いっきり鼻から息を吸い込んで――
「名無しくーーーーん!」
叫びつつ、全力でドアを開け放つ。そして愛しの名無し君の待つ部屋の玄関へ。
ん…………あれ、あれれ?なんだか、足の踏み場がないんですけど?
靴とかスリッパとか、箒とかちりとりとかが一杯玄関に散らばっている。
どうしたんだろう。もしかして――強盗?!
そんな!名無し君に強引なことをしていいのは私だけなのに!
どこの牡豚?それとも雌豚?
どっちにしても、許すわけにはいかない!
「名無し君! どこっ!?」
再度叫んで名無し君を呼ぶ。
すると。
「……いるぞ。部屋に」
名無し君の声だ。ああ、よかった。
でもなんだか声に元気がないなあ。どうしたんだろう。
530 :
埋めネタ:2007/10/24(水) 00:36:22 ID:MCAGqZ0B
物が散乱している部屋をかき分けつつ進むと、たしかに名無し君がいた。
どうしてかわからないけど、部屋中に段ボールが一杯ある。
部屋に置いてあったはずの机やテレビ、タンスとかは全部どこかへ行ってしまっている。
私の腰より背の高い物は一つも置かれていなかった。
「どうしたの? この部屋の惨状は何?」
「ああ。実は俺、引っ越すことにしたんだ」
…………え?ひっこ、し?引っ越し?
「な、何? よく聞こえなかったよ。もう1回言ってくれる?」
「だからあ、俺は明日この町から引っ越すんだって。だからお前との仲も明日で終わりだよ」
なん……で?なんでそんな冗談を言うの?
それに、どうしてそんな軽い口調で、そんな重い台詞を言えるの?
「もう。やめてよ名無し君。そんな、冗談ばっかり……」
「冗談じゃねえよ。本当だ。もうでかい荷物なんかは運び出したし、新居も見つけて契約したし。
で、悪いんだけど。俺と別れてくんない?」
「別れるって、私が? 名無し君と?」
「ああ。自然消滅でもいいと思ったんだけど、今日来ちまったんならしょうがない。すっぱり別れようぜ」
今の私は、どんな顔をしているんだろう。
名無し君は手元にある本を段ボールに入れる作業に集中していて、私の顔を見てくれていない。
私だけを見てよ。どうして見てくれないの?私の顔を見て、微笑んでよ。ねえ。
名無し君の肩を掴んで、軽く揺らす。
それでも名無し君は私を見てくれない。
「何だよ、十子(とおこ)」
「私、名無し君の恋人なんだよ? ちゃんと見てよ。ずっと見ていてよ。目を逸らさないでよ」
私の必死な問いかけに対して、名無し君は顔を上げずに――舌打ちをすることで応えた。
チッ、て何。チッて。なんでそんな嫌そうな顔をしてるの?
「お前は俺なんかよりいい男と付き合えるって。だから俺のことなんかさっさと忘れちまえ」
泣いちゃ駄目。泣いたら、もう声が出せなくなる。
名無し君と、これっきりで終わってしまう。
あんなにたくさん好きだって言ってくれたのに。
私が好き、って言ったら強く抱きしめ返してくれたのに。
そんな暖かい記憶が、額に飾られた絵画みたいになってしまう。
名無し君への愛しさや恋しさが全て心の中から出ていって、形のある物になって――いつかは風化してしまう。
「――嫌! 絶対に嫌! 私、名無し君じゃなきゃだめ! 名無し君以外の男となんか、話したくもない!
私は名無し君が大好き! 名無し君が一緒にいなきゃ、寂しくって生きていられない!
引っ越すっていうんなら、私も一緒に行く! どこまででも、付いていくから!
だから……別れるなんて、言わないで……お願い……」
涙が勝手にこぼれてきた。きっと、言いたいことを全て言ってしまった安堵からこうなってしまったんだ。
名無し君の手を握る。両手で、絶対には慣れないようにしっかりと握る。
「一緒に……来てくれ、って……言ってよ。じゃなきゃ…………離さない、から……」
肩のふるえが止まらない。お願い、名無し君。抱きしめて、震えを止めて……ね?
名無し君の顔を見上げる。涙でぼやけた視界には、名無し君の顔があった。
彼は――とっても嫌そうな顔をしていた。
531 :
埋めネタ:2007/10/24(水) 00:39:04 ID:MCAGqZ0B
また、舌打ちの音。名無し君は続けてため息を吐いた。
「はっきり言ってやろうか、十子」
言って。好きだって。俺の傍から離れないでくれって。
「俺、お前に飽きた。お前、重い。いちいち構ってくるな」
首を振る。嘘よ、嘘。名無し君がこんなこと言うはずない。
「俺が引っ越そうって思ったのはな。新しい女ができたからなんだ。
そいつ、俺の会社の後輩でな。かなり大人しい性格なんだけど、すっごい可愛いんだ。
誰に対しても、新人の初心を忘れないって感じで、礼儀正しいんだよ。俺、ああいう子が好みなんだ」
「そん、なのっ……私だって……名無し君がそうしろって言うんなら、そうするよ……?」
「いや、お前の性格とかとっくに知ってるし、俺。いきなり変えられても困る」
もうだめなの?私……名無し君と別れなくちゃ、いけないの?
――嫌だ。嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。絶対に嫌。
今こうしているだけでも胸が張り裂けそうに痛むのに、これ以上切なくなったりしたら、絶対に耐えられない。
「なんでも言うこと、聞くから。一緒に居て。名無し君」
「……まだわかんないみたいだな」
名無し君の顔が、正面にある。私の目をまっすぐ見てる。
いつもみたいにキスしてよ。一緒にいるときは、飽きるほど――1回も飽きたことないけど――キスしたじゃない。
今ならさっき言ったことも全部許してあげるから。忘れてあげるから。
だから、キスしてよ。
突然、名無し君が私のセーターの襟を掴んだ。
強引にキスされるかも――という期待は、もろくも崩れ去った。名無し君の辛辣な言葉によって。
「もう、お前のこと好きでもなんでもないんだ。嫌いでもない。
なんとも思ってないんだよ。俺にとってのお前は、あってないような存在なんだ」
その言葉は、一番言われたくなかった。
私の育ちは平凡で、変っているのは名前だけ。それでも私は生きてきた。
誰かの特別になりたくって、ずっと頑張ってきた。
そして、ようやく見つけられた。私だけを特別に思ってくれる人を。
名無し君。ああ名無し君。名無し君。
初めてあなたに会ったのは、繁華街のバーだった。
お酒も飲んだことがなかったあの頃の私は、人生経験の一環として入ったお店でカクテルを飲んでた。
頭がグラつくようなほろ酔い加減のときに、名無し君は隣の席へやってきた。
そして、あなたは私の容姿を褒めちぎってくれた。
あなたの言葉は私の心に、体の芯に、染みこんでいった。
チョコよりも甘くて、お酒よりもクラクラして、お風呂に入ったときより気持ちよくて。
あっという間に私はあなたに恋してしまった。
あなたに手を引かれてバーを出て、次に入ったファミリーレストランのトイレで、私は初めてセックスした。
名無し君はとっても乱暴で、強引に私を組み伏せて、一気に私の体を貫いてくれた。
無理矢理ブラをたくし上げておっぱいを揉んで乳首を吸ったよね。
私の名前を呼びながら、たっぷり精液を注いでくれたね。
あの時は言わなかったけど、痛かったんだよ?文句を言いたくても言えなかったから、黙ってたけど。
だけど、だけど――とっても安心した。ようやく満たされた、って気がした。
きっと、名無し君が私の運命の人なんだ。そして、名無し君は私を見つけてくれた。
名無し君はずっと私を探してくれていた。それは、私を本能で求めていたから。
そう――私たちが出会ったのは、必然のことだったんだよ、名無し君。
相手の姿を知らなくても、お互いの匂いを知らなくても、出会う運命にあったんだよ。
出会って、番い(つがい)になって生きてゆくことを宿命づけられていたんだよ。
名無し君。鳥は片翼じゃ飛べないよね?片っぽだけじゃ、落ちちゃうよね?
私たちも同じように、どちらかが欠けてしまったら――――死んじゃうんだよ。
532 :
埋めネタ:2007/10/24(水) 00:41:39 ID:MCAGqZ0B
涙が止まった。喉から痛いくらいに声があふれ出てくる。
絶叫した。行き場のないエネルギーを全て注いで激しく叫んだ。
名無し君が、右手で耳を押さえた。左手は私ががっちりと掴んでいる。
「うるせえよ! こんな近くで叫ぶな!」
名無し君の顔が不快をあらわすように歪んでいる。
今度は、とってもおかしくなった。だから、私は大きな声で笑った。
名無し君が嫌そうな顔をしているだけで、他には面白いことなんか何一つ無かったのに、
発作でも起こったように笑いが止まらなかった。
また、名無し君の顔が変化した。そんな、どぶ川を見ているような目で見ないでよ。
「どうしてそんな目で見るのかな? 本当は私のこと、大好きなくせに」
「てめえ、人の話聞いてないのか? 俺はお前のことなんかなんとも思ってないんだぞ!」
「あ……それ、もしかしてツンデレ? あっははっ――――可愛い! 最高!」
お互いの体を隅々まで知っている仲なのに、まだ中学生みたいに自分の気持ちに正直になれないんだね。
でもまだまだ。そういう台詞を言うときは、あさっての方向に視線を向けながら、照れ隠しの表情で言わないと。
仕方ないなあ。お手本を見せてあげるよ。
「何がツンデレだ! ふざけてんじゃ――」
「べっ、別に名無しの手を握りたい訳じゃないわよ! ただ脈を測っているだけなんだから、勘違いしないでよね!」
「……あ、ああ? なんだそれ?」
うん、我ながら完璧。脈を測っている時点で相手の体調を心配している――いわゆるデレを見せているのに、
照れながら否定してみせる。ずっと手を握ったままでいるのがポイントね。
ぽかんと口を開けている名無し君に話しかける。
「わかった? 名無し君」
「――は? 何がだよ。いきなりわかった? って言われてもわかんねえよ」
「もう。だめだよ、名無し君。私たちはこれからずっと一緒に暮らすんだから、心も一つにしなきゃ」
「だから、俺はお前と別れるって言っただろ! ついさっき、こんな近くで!」
「――別れられると、本気で思ってる?」
ちょっとだけ、名無し君の手を握る腕に力を込める。
「こうやってずっと繋がっていれば、どうやっても別れられないよ? それでも別れることができる?」
「んなもん、お前の手を離せばいいだけ、だ……ろ? あれ?」
名無し君の腕が私の手から逃れようと、暴れている。
ぶんぶん手を振っているから、なんだか名無し君がはしゃいでるみたいに見える。
「あは。そんな弱い力じゃ、私との繋がりを断つことなんかできないよ?」
「ちっ…………くそ! おい、いい加減に離せよ!」
がつん。名無し君が私の顔を殴った。グーで。
でも、ちっとも痛くない。これに比べたら、指圧マッサージの方がずっと痛い。
名無し君は立て続けに私の顔を殴ってくる。頬、鼻、唇、目、こめかみ。
暴力を振るっているくせに、名無し君は怯えた表情のままだ。
何に怯えているんだろう。あとで頭を撫でながら聞いてあげよう。
あれ、また鼻血が出てきちゃった。あ、そうだ。
「名無し君」
「んだよ! 早くその手を離せよ!」
「私、鼻血が出てるよね? 見える?」
「ああ? ……ああ、それがどうしたよ」
「えへ。舐・め・て」
極上のスマイルを浮かべながら、おねだりする。
けど、名無し君は舌を近づけるどころか、背中を反らして私の顔から距離をとった。
「どうして逃げるの? 舐めてよう。名無し君に綺麗にしてほしいなー。私」
「よ、よせっ……近寄るな……」
「うわ、ひっどーい! 言っていいことと悪いことがあるよ! そんで今のは言ったら悪いこと!」
「やめろ! 手を離せっ! この…………変態!」
533 :
埋めネタ:
変態?私のこと?まあ、名無し君は私だけしか見てないから、私のことだよね。
「変態かあ……。でも、名無し君の方がずっと変だよ?
初めての時も強引だったし、しょっちゅう人の居る場所で興奮して私に襲いかかってきたし。
恥ずかしかったんだからね、私」
「あ…………ぅ」
「それでも私が変態だというのであれば! 私は、名無し君をレイプしちゃいます!」
声高らかに宣言する。別に変態と言われた仕返しじゃない。
名無し君の体を満足させてあげるのだ。きっと、別れ話を持ちかけたことを後悔するはず。
名無し君に調教された私の体は、すでに名無し君を喜ばせる方法を熟知している。
どんな喘ぎ声だったら興奮するのか、どこを舐めたらびくってなるのか、そんなことまで知っている。
油断していた名無し君の体をうつぶせに倒す。両手を後ろに回してガムテープで縛る。足首も同様に。
そうだ。口にもガムテープを貼っておこう。
「やめろ、とおっ――むぉ! おーお、ああいああえ!」
「いくらあがいたって、無駄だよ。名無し君は、この町でずっと私と一緒に暮らすの。
どこぞの女狐のことなんかすぐに記憶から消してあげる。私だけで頭の中を一杯にしてあげる」
ベルトを外して、ズボンとパンツを脱がせる。――あは、縛られてるのに勃ててるの、名無し君?
やっぱり名無し君の方が変態だね。
肉棒を右手で包み込んで撫でるように上下させる。
舌の先で、裏スジを辿っていくように這わせる。カリの手前で、名無し君の体が小さくびくっと震えた。
亀頭にキスの雨を降らせる。1回する度、肉棒が縦に動く。
「すっごい興奮してる……。そんなに私の舌とキスが好きなんだね。えっちな名無し君。
でも、それでいいよ。私もいつもよりえっちになるから。一緒にえっちなことたくさんしよう?
さあ、誰も邪魔しない2人だけの世界へ!」
「ぃああーーーー! ぁえおぉぉぉーーー!」
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その後で、名無し君は涙を流しながら私を一杯突いてくれた。
私はいつもと違う背徳感に酔いながら幾度も絶頂に達した。
「素敵だったよ、名無し君……さいこお……」
「ぅ…………ぅ……」
名無し君は疲れ切って眠ってしまったようだ。閉じられたまぶたからすでに涙は流れていない。
私はバッグからあるものを2つ取り出した。
2つある錠付きの金属の輪っかと、それを繋ぐ鎖で構成されたもの。簡単に言えば手錠というものだ。
名無し君の両手首と、両足首に手錠をかける。捕縛、完了。
今までにない達成感が私の脳を痺れさせる。とうとう私は願いを叶えたんだ。
「これからは、ずっと一緒にいられるね。一生、名無し君は私がお世話してあげる。
お礼は、今日みたいに激しく抱いてくれたら、それでいいからね?
名無し君。一緒に、幸せになろうね」
手錠の鍵は手元にある。さて、どこで捨てようかな、これ?