ツンデレのエロパロ6

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1名無しさん@ピンキー
ここはツンデレのSSを書くスレです
SS職人さんによるSSの、二次創作なんかも随時募集中です
GJなSSには素直にGJと言いましょう。職人さんたちのやる気の糧になります
そしてみなさん、和の心を大切に
2名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 03:54:35 ID:1xQzgbnO
379 ◆sKDRdae3Hs :2007/08/15(水) 03:59:29 ID:1Hq0/YT2
それではまた当分旅に出ます(`・ω・´)ノシ
埋めちゃったみたいで悪い。しかし情けねぇ兄貴だったな。
前439=>>1
スレたて乙
4名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 04:01:59 ID:1xQzgbnO
>>3
一番槍GJ。
スレ開いてみたらポルナレフ状態だった俺。
とりあえず後でじっくり読ませていただきます。
5名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 04:41:55 ID:1xQzgbnO
ツンデレのエロパロ保管庫
ttp://www37.atwiki.jp/tunderesure/
6名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 05:18:39 ID:z1f1fPTK
>>3
お帰りなさいGJ。
オールキャストだったのは嬉しかったけど、ウィッシュの出番が……
でも良いんだ。
元気そうなアホ毛と、ちょっとトボケた「ほえ?」が聞けただけで。
ウィッシュが幸せなら、俺は満足だよ。
毒男の片想いに決着がつかないのは仕様らしい。優しい良い男なのに。
7名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 08:01:07 ID:aHgP8Bdg
な ん か き た



朝からGGGGGGGJ!!
8名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 16:44:05 ID:vlLwoBou
ったく、いままで何処に行ってたのよ!連絡一つ寄越さないで、

…心配…したんだからぁ…


とかなんとか。
マジ驚いた、と言うかお久しぶりのGJですよ79氏。
皆様お変わりなく元気そうでw

…と、ここまで書いてそのままハガキの質問を書きそうになった俺とことんこのスレ中毒orz
9名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 21:17:35 ID:et7ZAFw+
79氏だ……79氏の新作だ……
10名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 23:04:41 ID:et7ZAFw+
しのた編とか、たるととか出てくるヤツ……みれなかったんだよなぁ……(泣
11名無しさん@ピンキー:2007/08/16(木) 02:59:23 ID:nZnodK1r
ツルカメまだー?
12ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/08/16(木) 13:33:10 ID:I+jJAh2I
投下しますよ
13『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:34:30 ID:I+jJAh2I
 ある休日の夕暮れ、裏路地では鈍く重い音が連続していた。一人の少年が女性を背後に
かばい、喧嘩をしている。相手は五人程、少年と殆んど変わらないの年齢をしているのが
一目で分かるような外見をしていた。少年を含め全員が髪を茶色に染め、鋭く立てている。
ラフな服装をだらしなく着崩してワイルドさを演出しようとし、だが失敗しているそれは
不良と呼ばれている高校生の分かりやすい特徴を示していた。
 この辺りの年齢ならば喧嘩は腕ではなく数で決着が決まるのだが、しかし少年はその数
をものともせずに殴り倒してゆく。大柄な体格によって産み出される腕力に加え、幼い頃
から続けてきた喧嘩の経験、友人の少女に最近教えてもらった拳と蹴りの基本の動きまで
駆使した結果、少年の拳や脚は相手の急所を正確に捉え、一人、また一人と、その相手を
アスファルトへと沈めていった。
「どうした? 五人居ても勝てないのか?」
 不適な笑みを浮かべて少年が言った瞬間、残った一人が懐から棒状のものを取り出した。
グリップ部は10cm程度、革で出来た鞘を抜けば15cm程の刃が現れる。全長25cm程のナイフ、
その切っ先を不良は少年へ向けると一直線に飛び込んだ。
「喧嘩に刃物を出すな」
 一拍。
「この、ド外道が!!」
 怒号と共に打ち出された拳は正確に不良の顔面に吸い込まれ、少しの時間を置いて地面
へナイフが落ちる。金属がアスファルトに落ちる乾いた音が、降り始めている夜の帳へと
溶け込んでいった。
「大丈夫ですか?」
 少年が振り向くと首に架けられた大型の十字架が揺れ、その動きに合わせるように鎖が
冬の温度のような冷たい音をたてた。運動のせいで体温が上がったらしく普段より僅かに
濃くなった白い息を吐きながら、少年は「大丈夫ですか?」と再度尋ねた。
14『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:36:13 ID:I+jJAh2I
「あ、ありがと。でも」
 非難するような女性目に、少年は少し目を伏せた。
「はい、暴力は駄目ッスよね。俺も分かってるんッスけど」
 頭を掻き、取り敢えずナイフを拾おうとして先端に赤い色が薄く着いていることに少年
は気が付いた。拭うように撫でるとぬめりを持って指に付着する赤は、先程付いたものだ。
少年は自分の脇腹に視線を落とし、本当に小さな赤い点があることに気が付いた。
「大変!!」
 女性が慌ててシャツの裾を捲り、冷たい風が脇腹を擽ってくる。熱くなっている体には
快い風だ、それ以外には何も感じない。傷といっても、針が間違って刺さった程度のもの
だったからだ。血も止まりかけているし、気にする程のものでもない。
 だが女性は慌てているらしく、ただ血が出ていることにばかり注意が向いていたらしい。
「消毒しないと!!」という叫びの後に伸ばされた舌が傷口を拭い、背筋を走り抜ける奇妙
な感覚に少年は奇声をあげた。気色悪くも腰をくねらせ、不覚にも自己主張を始めた愚息へ脳内説教をして落ち着かせた
数秒後で、やっと女性は唇を少年から離す。
「はい、これで良し」
 女性も舐めている最中に血が殆んど消えたことに気付いたらしく、落ち着いた様子で鞄
から絆創膏を取り出すと傷口へと張り付ける。
「あの、ありがとうございます」
「良いわよ、お礼なんて。元々あたしを助けて出来た傷だし、ごめんなさいね」
 眉根を寄せて謝る女性に、少年は首を振った。
「ところで、さっき俺の脇腹を」
「忘れて、わーすーれーてー!!」
 テンパっての行動だったらしい、女性は頭を抱えて首を何度も振る。思い出すことすら
恥ずかしいらしく、少年が何かを言おうとしても視線で遮ってきた。
「あの、俺は」
「わーすーれーてー!!」
 夕日が沈む中、烏の鳴き声と女性の叫びが木霊した。
15『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:37:18 ID:I+jJAh2I

 ◇ ◇ ◇

「なぁ、チー」
「何ですか?」
 一真の本棚からエロ本を引き抜きつつ、千歳は首を傾げた。先程までの武勇伝は一真が
正に先日体験したもので、それを聞かされていたのだが、聞いている内にどうにも退屈に
なってしまったらしい。今や千歳の興味は完全にエロ本へとシフトしていて、熱心に安い
物語を語っていた一真は知る由もないのだが、手に持ったものも実は三冊目だったりする。
 クッションに腰掛けてページを捲る千歳に下着が見えていることを指摘しつつ、一真は
熱っぽい目で空中を見た。何か面白いものがある訳でもないのに病的なものが宿った兄の
それを見て、千歳は露骨に眉根を寄せた。言葉にはしないものの、キモいと目が語る。
「それでな、その日から円さんのことが頭から離れないんだ」
「恋ですね」
「やっぱりそうか!?」
 そうですそうです、と煎餅をかじりながら答える千歳の態度は明らかに興味が薄いもの。
その視線は恋愛事情を語る兄に向くことはなく、紙の上で裸体を晒すゴスロリ少女にのみ
向いていた。ゴスロリノーパンの姿は結構クるものがあるらしい。
「兄さん、ちょっと借りていきますよ。あ、シャワーは先に浴びるので入るなら後で」
「おう」
 条件反射で返事をしたが、一真の視線は相変わらず空中に固定されたまま。気味悪そう
な顔をして部屋を出ていった千歳に一度も視線を向けることはなく、ひたすら脳内デート
や新婚生活シミュレートを繰り返し、脳内葬儀でマジ泣きしそうになってしまった辺りで
一真は我に返った。何と恥ずかしいのだろう、中学生じゃあるまいし。
 悶絶しながら、そんな自分は気持ち悪いと客観的に判断して、
「いかんいかん、こんなときはオナニーでもして心安らかに」
 最近ハマっているゴスロリもののエロ本を読もうとして、一真は気が付いた。どうして
本棚に入っていないのだろうか。そう言えば、ついさっき千歳が何か本を抱えて部屋から
出ていったような気もする。考えてみれば、さっき話をしていた相手は千歳だった。
16『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:39:08 ID:I+jJAh2I
 そこまで思考が至ったところで、猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる。
「いかんいかん、まずはオナニーで精神集中」
 流石は思春期の男の子といったところだろう、好みのものが無くても適当にマイベスト
コレクションから一冊抜き出して、お気に入りページを広げた。粗いモザイクも何のその、
思春期男子イマジネーションと過去に見た女体化自分や女体化友人の映像記憶の複合技を
駆使して思考の中にリアルに女の裸を思い描いた。
 だが、それが通用したのも一瞬のこと。
『うふふ、一真君』
 脳内女性の顔がAV女優のものから、憧れの円のものへと変化する。そのせいで息子は
普段よりも元気になったのだが、手が止まってしまった。好きな人をオカズに出来ない、
何だか汚してしまう気がする、青臭い男の子のお約束である。
 しかしリビドーは煮えたぎったまま、ちんこも全開状態だ。幸いにして授業中ではない
ので焦ることはないのだが、上手く収まりがつかない。どうしようかと迷い、手にしたの
ものは携帯だった。呼び出すのはカメという名前で登録された幼馴染みの名前、もちろん
ホモな目的ではない。話をしていれば自然に性欲も収まってくるだろうし、上手くいけば
モテるコツを教えてもらったり、円と仲良くするきっかけ
を与えてもらえたりするかもしれないとの判断だった。
 しかし、そんなコスい考えが駄目だったのだろう。
「おう、俺だ」
 2コールで繋がったが、
『何だ? これからツルと一緒に風呂に入るんだ。邪魔をするな』
 一瞬で切られてしまった。
「勝ち組め」
 異常に身長差のあるカップルの姿を思い浮かべ、一真は舌打ちを一つ。どうせいつもの
ことだから一緒に風呂に入るのは妄想で、今頃電話の内容を聞いていた少女が土下座した
少年を殴っているに違いない。そうでも思わないとやっていられない、モテ男に呪いあれ。
虚しくなるのは分かっているが、いっそ女になったときにしたことや、カメが女になった
ときにノリノリで3Pまでしたことでも話してやろうか。
17『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:41:46 ID:I+jJAh2I
 言葉を心の中で吐きながら次の番号をプッシュする。
『あ、一真? どうしたの?』
「水樹、モテるにはどうしたら良い?」
『……カメに聞けば? ごめん、そろそろ休憩時間終わるから切るね』
 どいつもこいつも薄情なことだ。目尻に浮かんだ熱い液を拭い、意味もなくシーツの海
へと頭の先からダイブする。ごろごろと大して広くもないベッドの上を転がり、壁に衝突
したところで回転を反対方向へ。その結果、ベッドから落下してしまい、しかも運の悪い
ことに肘の痛い部分を打って悶絶する。不良としか言い様のない外見の、しかも大柄な体
を持つ一真がそうして馬鹿をしている姿はシュール以外の何物でもなかった。
「どうしたら良いんだよ」
 フローリングの上で横になったまま痺れの走る肘をさすり、何故か頭と両足を使っての
三点ブシッジをキメながら叫ぶ。だが答えは返ってくる筈もない。妹は部屋に居ないし、
視界の中央に鎮座する蛍光灯も冷たい光を放つだけだ。
 軽音。
 ノックの音の後でドアが開いたが、
「上がりまし……おやすみなさい」
 しかし高速で閉じられた。
 流石に萎えてはいるもののオナニー途中でちんこは露出したまま、しかも三点ブシッジ
姿勢で腰を天井へと突き出している。どれだけの変態に見えたのだろうか、そんな愛する
妹がトラウマを抱えそうになるヤバい姿勢だとも気付かずに、一真は「おやすみ」と言葉
を返した。もちろん、ブシッジは崩さないままで。
18『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:43:37 ID:I+jJAh2I

 ◇ ◇ ◇

『馬鹿だけど優しいし、何より私のことを大切にしてくれるし』
『儂に人生を与えてくれたところかのう』
『やっぱり、誰にでも平等に接するところデスね』
『意外と頑張り屋なところですわ』
『……弱気になってたボクを応援してくれた』
『ムードメイカーなところだな、あいつが居ると楽だ』
『ちんこが大きいところかしら』
 休み時間の教室だというのに誰とも話をしようとせず、つい先程出来たざかりのメモを
開きながら一真は唸っていた。因みにこれは、コイと千歳を除くカメの周りの女の子達が
カメの良いところを聞かれた際に答えたものである。コイに訊いていない理由は、カメに
対し恋愛感情を抱いていないだろうという思い込みからだった。事実を知らない一真の中
では、未だコイは男嫌いと言うかレズであるという説が残っている。千歳に訊かないのは、
聞いていて悲しくなってくるという理由からだ。大切な妹の恋なので応援してやりたいと
いう気持ちは山々なのだが、人目を憚らずにイチャイチャしているカメを見ていると絶対
に叶わない恋だということが分かる。それなのに健気にもカメの良さや素晴らしさを語る
千歳の姿を見ていると、どうにもならなくなってしまうのだ。それは千歳自身も理解して
いるだろう、無理に傷口を広げ、更に塩を塗り込むような残酷な真似は出来なかった。
 そのような経緯もあり、不完全な状態ではあるが完成したリストだが、
「これで俺にどうしろっつうんだよ?」
 なんとなく作ってみたものの、円を攻略する糸口さえ見付からない。最後のものは関係
ないとして、他の評価は全て人格や性格に対するものだ。ツルに至っては付き合っている
状態、つまり現状での意見なので殆んど意味を成さないようにすら思えてくる。
「どうしたのよ? そんなに唸って、腐れちんこの腐れ脳が伝染った?」
「俺は正気だ、ただ恋をしているだけで」
19『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:48:28 ID:I+jJAh2I
 うわ気持ち悪い、と一歩後退するコイを睨みながらも、しかし深呼吸をして熱くなる心
を沈める。ここでキレて円に醜聞が伝わってしまったら、もしかして嫌われてしまうかも
しれないのだ。コイはツルと遊ぶ為にカメの家に度々寄るので油断は出来ない。
「で、アンタ色んな女の子に話聞いてるみたいだけど」
「あぁ、お前はカメのどんな部分が好きだ?」
 駄目元で言ったのだが、コイは首を傾げ、
「度量の広さね。悪口言っても普通に接してくれるし、あたしが作ったものも取り敢えず
食べてくれるし。こんなでも、結構救われてるのよ?」
 意外とまともな意見を言ってくれたのだが、それもあまり参考にならないものだった。
円との接点が少ない上、中身を見せる機会が少ない以上、そういった深い部分をアピール
することは不可能に近い。
「役立たず、だから空気なんだ」
「アンタに言われたくないわよ!? 兄妹揃って出番が少ない癖に!!」
 痛い部分を突かれて絶句するが、すぐに思考を切り替える。確かに出番は少ないが千歳
はメインヒロインの一人だし、描写でも優遇されている。ダブル幼馴染みシステムの柱の
一人だし、攻略可能ヒロインの中ではツルの一つ前、実質的にはラストヒロインなのだ。
だから何も心配することはないし、それに引き替え、
「お前、作者の中でどんな属性付けされてるのか知ってるのか?」
「ツンデレでしょ!? そんなスレだし!!」
 違う違う、と首を振り、
「ビッチデレだよ!!」
 あまりにも萌えない属性レッテルを叩き付けられ、コイは膝から崩れ落ちる。四ん這い
になり落ち込むコイのスカートの中を覗こうとしたカメを見て、どうしてモテるのか一真
は世の中の理不尽さを感じた。いつもの如く、カメのセクハラ行為にキレたツルがレバー
の辺りに連続で蹴りを打ち込んでいたのは言うまでもない。
「一真」
 今度は蹴る度に捲れるスカートの中を覗きながら、
「そんなに悩むのはお前らしくない、今日はピンクか。何を悩んでいるのか知らんがな、
待て玉を踏み潰そうとするな、一直線に進むのがお前の良いところだ」
「そうだな」
 口車に乗せられた訳ではないが、それでもカメの言うことは信じられる。伊達に十数年
友達をしてきた訳ではないのだ、その言葉には幼馴染みであるが故の安心感のようなもの
が存在していた。一真は深く頭を下げ、そして残酷な状態になりつつあるカメを救うべく
立ち上がった。
20『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:50:10 ID:I+jJAh2I

 ◇ ◇ ◇

 電子音。
 円谷宅のドアベルを鳴らし数秒待つと、円が笑みを浮かべてドアを開いた。現在この家
に居るのが円だけだという情報は同じコンビニでバイトをしているミチルから仕入れ済み
だったので、家族に会ってしまったらという緊張は無い。代わりに売り上げに貢献すると
いう約束で毎日バーガーショップに通うことになってしまったのだが、それもこの情報と
比べると随分安い買い物だと思う。
「あら、一真君。どうしたの?」
「あ、いや、カメの家に寄るついでに、ちょっとしたお話が」
 何かしら、と小首を傾げる円を可愛いと素直に思う。カメのツルに対する行動は流石に
やりすぎだとは思うのだが、そうしたくなる気持ちもなんとなく分かるような気がした。
好きな相手が不意にツボを突く動きをしたとき、それは世界で一番可愛く見える。
「あ、そうそう。一真君、傷はもう大丈夫?」
 そんなものは翌日には殆んど完治していたが、舐められたことを思い出し、う、とも、
あ、ともつかない奇妙な声を漏らした。今はもう傷跡すら残っていない脇腹を撫でつつ、
「平気ッス」
 目を背け、小さく答えた。
「良かった。それにしても、あのときの一真君。格好良かったわよ、男の子って感じで」
 格好良かった、その一言で一真は舞い上がった。単純だと言うことなかれ、恋する男子
は惚れた相手の何気無い一言で一喜一憂するものなのだ。
 これはイケるかもしれない、と告白しようと口を開いた瞬間、電子音が鳴った。自分の
ものではない携帯の音、それによってタイミングが狂わされたことに内心ガックリ来つつ、
しかし焦ってはいけないと余裕の笑みを浮かべた。
21『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:52:01 ID:I+jJAh2I
 取り敢えずすることもないので円の眩しい笑顔を眺めつつ、これからの展開に淡い期待
を膨らませていると、
「あ、ごめんね、彼氏が今日は早く帰れるからデートしないかって。今から準備しないと
いけないから、出来れば話は短いと嬉しいんだけど。本当、ごめんね」
 は? 彼氏?
 円の発言の意味を一瞬理解出来なかったが、次第に飲み込めてくると物凄い恥ずかしさ
が込み上げてくる。思わず絶叫しそうになったが、しかし男の見栄と強がりで無理矢理に
笑みを浮かべると、携帯を開いた。幾つか操作して呼び出したのは、クラスメイトである
金髪巨乳ガイジンのメールアドレス。アドリブで思い付いたにしては、悪くない。
「あの、前みたいなことにならないように友達を紹介しようと思って。センスって名前の
奴なんですけど、ほら、たまにカメの家に来ますよね」
「あ、あの金髪の娘ね」
「はい、そいつです。あいつ空手とかやってるんで、護身術とか教えて貰えば、って」
 何ということだろうか、まさか自分のアドレスを紹介する前に、友達のアドレスを紹介
することになるなんて。自分でそのことに気付き、一真は泣きそうになった。
 しかも一真の内心を知らない円は更に追い討ちをかけるように、
「ん、でもさ。あたしは彼が守ってくれるから」
 このタイミングでノロケ話を出すのだ。
「ま、でもこの前みたいなこともあったし。ありがとう」
「いえ、気にしないで下さい」
 手早くアドレスを打ち込んだ円に礼をすると、一真は坂田宅へと向かう。背後でドアが
閉まる音を聞くと、目の端から汁が垂れてくるのが分かった。口の中に塩辛い味が広がる
のを感じながら、憎たらしい程に青く澄み渡っている空を見上げ、
「さらば、我が青い春」
 言って、走り出す。
 カメの家など只の理由付けだったので素通りして、向かう先は定番の川原。
「俺の、バッキャロォー!!」


 ――こうして、一真の初恋は失恋となって終わったのだった。
22『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:53:20 ID:I+jJAh2I
亀「『ツルとカメ』質問コーナー!!」
水「今回は四つのレスと四枚の葉書でイェイ!!」
亀「ゲストは一真!!」
一「……」
亀「元気出せよ」
水「そうだよ、立派立派」

>>404
一「良いよな、刺されるくらいモテる奴は」
水「いきなりネガティブだね」
亀「いや、刺されないだろ。それは流石にスレ違い」
一「二見さん、か。俺も二次元に逃げようかな」
水「落ち着いて!! 画面に人は入れないよ!!」
亀「ラブコメ主人公ぽい性格だし、きっと良い出会いがあるだろ」
一「だと良いな」

>>405
亀「わーすーれーてー」
水「うわ、これは」
一「どうしようもねぇな」
亀「わーすーれーてー!!」
一「作者の学の無さが出たな」
水「馬鹿なんだから、無理に英語使わずに片仮名使えば良いのに」
亀「わーすーれーてー!!!!!!」

つ[]>>対面座位だった〜
一「ほら、これだよ」
水「どうなの?」
亀「いや、これはだな」
水「孕んだらどうする?」
一「あーあ、残念だな。お別れか」
水「そうだね、元気でね」
亀「お前ら鬼だ!!」

つ[]カメ、ハーレムルート〜
一「羨ましいねぇ、モテる奴は」
水「ハーレムルート駄目絶対」
一「何でだよ?」
水「今までのパターン的に」
一「そうか、俺や水樹も入るのか」
水「だから駄目絶対」
一「俺はもう、構わないけどな」

つ[]レインボーブリッジ〜
亀「作者がブリッジの文字を見て思い浮かんだのがアレだ」
水「股間露出でレインボー?」
亀「あぁ、全く意味が分からないな」
水「変態チックでヤバいね」
一「あのときは大変だったんだ」
亀「あぁ、僕とツルが風呂場でヤッてるときか」
一「勝ち組め!!」
23『ツルとカメ』×48:2007/08/16(木) 13:55:13 ID:I+jJAh2I

>>409
一「産みます、だってよ」
水「産みます、だってさ」
亀「いや、だから出産ネタは……堪らんな!!」
一「良いのか?」
水「ほら、後ろでツルが凄い目でこっち見てる」
亀「ごめんなさい」
一「危険日という単語の力は凄いな」

つ[]真子はもう〜
亀「いや、正確には後一回ある」
水「あるの!?」
亀「水樹女体化もある」
水「嘘でしょ!?」
一「もう、女として生きるのも悪くない」
水「悪いよ!! 目を覚まして!!」

>>79
亀「おかえりなさい!!」
一「お久しぶりです!!」
亀「しかし、作者のアホが」
水「どうしたの?」
亀「濡れ場が二回と書いてあっただろ?」
水「うん」
一「転校生の文字を見た瞬間に一回目はNTRレイプだと思ったり、毒男達とヒロイン達
が残されたときレイプがありそうだと思ったり。毒男と蕪曇にヒロインを犯させつつも、
転校生はツンを犯してバッチリ中出しみたいな」
亀「ヒヤヒヤしながら読んでたな」
水「何言われるか分かんない今がヒヤヒヤだよ!!」
亀「しかも即レイプが思い付くとか」
一「どんだけ歪んでいるんだろうな」
水「本当だよ!!」
亀「でも明るくて楽しい話だったし、面白く読ませて頂きました、と綺麗に締める訳だ」

亀「さて、次回の『ツルとカメ』。ヒロインはチーちゃん」
水「これでツル以外のヒロインは終了だね」
亀「全てに決着、後はツルに一直線な訳だな」
水「良かった、ハッピーエンドにまっしぐらだね」
亀「まぁ、チーちゃんの話は思いけどな」
水「そうなんだ? さて今週も終わり、『ツルとカメ』でした!! 来週も見てね!!」
24名無しさん@ピンキー:2007/08/16(木) 13:57:45 ID:dMlsgGQR
>>23
一番槍GJ!
( ゚∀゚)o彡°スーパーロボッ!!
じゃねえ、一真ドンマイ。
25ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/08/16(木) 13:57:52 ID:I+jJAh2I
今回はこれで終わりです

新スレ一発目が一真とか、もう意味が分からないですね?
しかもベッタベタな内容で
26名無しさん@ピンキー:2007/08/16(木) 14:01:32 ID:dMlsgGQR
うぐぅ、微妙にフライングしてた。
もう「ツルとカメ」もあと少しですな。
27名無しさん@ピンキー:2007/08/16(木) 16:09:05 ID:nZnodK1r
二番槍GJ!

つ[]<カメ、次の手紙を一真に届けてくれ。
つ[]<一真よ、お前は良い男なんだから、自棄にならないでくれよ。
   強く、優しいお前の良さに気付く人は必ずいるから。
   だからそんなに腐らないでくれよ。
   お前がそんなに腐ったら、何にも無い俺はどうすれば良いんだよ。
   頼むよ。
28名無しさん@ピンキー:2007/08/17(金) 19:00:41 ID:PadnqmB4
三番センター秋山GJ!!

まさかレインボーブリッジをネタにしてもらえたなんてwwwww
アwwwwwザwwwwwーwwwwwッwwwwwス

っ[]<そろそろ水樹食べてもいい?
29名無しさん@ピンキー:2007/08/18(土) 00:03:53 ID:Tox56HAp
>ロボ氏
4番エース江頭2:50!GJ!!
一真のベタベタながら男が通る道をありがとう

つ[]チーちゃん逃げてぇぇぇ!!!


>79氏
お久しぶりです!そして久しく超GJ!!
フルメンバー見たら作品全部読みたくなった
個人的に79氏の保存してあるから今から読み直してくる
そんな貴方に幸あらん事を・・・
30名無しさん@ピンキー:2007/08/18(土) 03:12:25 ID:YkaPltxE
>>29
>>10の奴あるなら保管頼む。
31名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 00:35:59 ID:fMRC2Tjl
みんな……とりあえず、質問コーナーを全部保管して、おいたぜ。

……もう、前が見えねえ……あとは、た……のん……だ……
32名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 07:00:25 ID:qDeBnKqv
ロボ氏GJ!!!


もう少しで終わりなんだな・・・残念。

つ[]最後に全員妊娠ハーレムルートに突入したら・・・

カメ・・・腹上死するんじゃないぞ・・・
水樹、一真、遅れをとるなよ・・・
33名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 09:36:54 ID:CNLtMasq
>>31になら俺の処女をあげてもいいと思わなくもない気がするんだけど
34名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 12:12:26 ID:bImBxc7g
しっかりしろ!>>31
クソッ!死なせはしないぞ、もう戦友が死ぬのは見たくない!
35名無しさん@ピンキー:2007/08/21(火) 04:35:07 ID:OJqwQCuA
>>31お前に俺の命をやる!!
だから生きろぉぉぉ!!
36名無しさん@ピンキー:2007/08/22(水) 23:00:06 ID:rMKrBw1f
つ[]ところで、もう少しでCSDD発売ですがコイは買っちゃいますか?
37名無しさん@ピンキー:2007/08/24(金) 11:36:34 ID:Uifjz+s8
誰か、ジョルノ・ジョバァーナを!
ゴールド・エクスペリエンスを呼ぶんだ!!
>>31を生き返らせるんだ!!
38名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 00:45:54 ID:VglvDlDE
普段は水曜深夜なのに、一体全体ロボ氏の身に何が起こった!?
39名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 00:48:17 ID:zxbHmV6Z
>>38
>31のためにツルカメにザオリクを付加中なんだよ。きっと。
40名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 07:41:44 ID:IZC7Zsu+
>>38
ロボ氏なら俺の隣りで寝てるよ
41名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 18:07:54 ID:q7RyhrWr
>>40
てめー…

俺より先にロボ氏に処女捧げやがったな?
42名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 18:18:24 ID:/yj+nz+R
>>41
このスレの住人のほとんどがロボ氏に処女捧げてるって知ってた?
43名無しさん@ピンキー:2007/08/26(日) 22:59:46 ID:VglvDlDE
>>42
俺は79叔父貴に捧げたぜ?
44名無しさん@ピンキー:2007/08/27(月) 03:17:48 ID:+jasPFrf
俺はカメに犯り捨てられました
45名無しさん@ピンキー:2007/08/27(月) 18:57:36 ID:N1ieYfN6
>>29だが、返事が遅くなった
>>10の言うしのた編は良く覚えていないが「拷責」にしのたも(最後まで)参加しているぞ
たるとはハロ覚醒編にいるからそれでは?覚醒編2ではハロにヤられてるし
すまんが、そっちを見てから意見くれ
46名無しさん@ピンキー:2007/08/29(水) 04:09:20 ID:Lm7s0tKI
へしゅ
47ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/08/29(水) 12:16:46 ID:anegu7Jt
心配して下さった方、ありがとうございます

言い訳になりますが、私生活の方で少しtoLOVEるがありまして
それで先週は投下出来なかった次第でございます

明日の夜には投下出来ると思いますので、あと36時間ばかり待って下さいな
48名無しさん@ピンキー:2007/08/29(水) 20:08:36 ID:dm4YcvZi
>>47
異星人とエロエロにラブコメってたんですか!!
なんと羨ましい!!
49名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 12:50:34 ID:idfFa69D
ツンデレカフェを見て突然ツンデレ小説が読みたくなった!
50名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 13:01:54 ID:idfFa69D
カランと音をさせて喫茶店のドアを開ける。
「いらっしゃいま……また、来たの?」
そこまで出ていた作り笑いを引っ込めて、奈緒子がぶすっとした顔になった。
「また来ました。で、ご注文は?」
わざとらしくこっちからお題目を言ってやると、呆れたように首を傾げた。
「いつものでしょ」
持っていた水を置くと奥へ入ってしまった。


あいかわらず可愛いな〜などと心の中で考えながら奈緒子の尻を目で追う。
しかしこれが見つかるとビンタを食らうかもしれない諸刃の剣……というやつか?
「はい、コーヒーでございます」
既に砂糖とクリームまで入れて攪拌されたものが出てくる。
「いつも、すみませんね。本当にナオちゃんは優しいなぁ」
「バカ」
お盆を抱えた彼女は悔しそうに言うとほっぺを赤くしてキッチンに身を隠してしまった。



みたいなんが読みたい(;´Д`)ハァハァ
51名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 16:21:37 ID:U5Kj8SiY
>>50
続きのエロ編まだー?
52ツンデレ・カフェ:2007/08/30(木) 17:04:33 ID:laC4uw+I
>>51期待されても本当は自分は読みたいダケナンダー

実は仕事の合間を縫ってカワイイ彼女にちょっかいをかけるために来ているのだ。
今日は実は時間はあまりない。
「ごちそうさま。美味しかったよ〜」
席を立つと、奥から監視していた奈緒子が小走りにやって来る。
店主はアルバイトに任せてうつらうつら船を漕いでいる。
「もう帰るの?」
奈緒子が上目遣いでやけに困った顔をしている。
本当に素直じゃない。
「今日は忙しいんだ」
本心から残念そうに言うと、奈緒子はハッとして
「でも客の回転が良くて助かるわっ」と慌てて言った。
「どうせ、また来るしね」
「うん、また来るよ……と言いたい所だけど」
僕は意味深に言葉を切ってみた。
「な……何?もう来ないの?引っ越すの?」
あわてん坊の奈緒子ちゃんはびっくりしたように大きな目を見開いた。
「僕とデートしない?」
「ん?…………うん」
疑問符の後にやっと彼女は小さく頷いた。
「じゃ、また来るよ。予定はその時にね」
「……まいどあり……」
恥ずかしそうに俯いた彼女の小さな声に見送られて店を出た。
嬉しそうだったのに、それでもまた来てねって言ってくれない。
何気ないように装ったけれど実は心臓がばくばくと猫のように早い。
じわじわと達成感と多幸感がこみ上げてくる。
「…ヤッター」
歩きながら小さくガッツポーズを取ると歩行者に不審そうな目を向けられた。
53名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 17:05:29 ID:laC4uw+I
>>52つづく*
54ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/08/31(金) 00:05:54 ID:z/qiAqlx
投下しますよ
55『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:07:02 ID:z/qiAqlx
「こうして出掛けるのもまた久し振りだな」
「二ヶ月ぶり……正確には二ヶ月と三日ぶりです」
 随分と手厳しい。
「それにデートと言って下さい」
 言いながら手指を絡めてくるチーちゃんの目は何とも機嫌が良さそうで、ツルのことを
思えば振り払うべきだと分かっているのに、どうにもそれが憚られてしまう。一言言って
おくならば、嬉しくないという訳じゃない。ツルは普段絶対に人前で手を繋ごうとしない、
それどころかイチャイチャするのも嫌っている。しかしそれを理由に尋ねられたら、僕は
絶対に違うと答える。人の恋愛観や倫理感などバラバラで当然だと思っているし、ツルの
普段のキツい態度に関しても節度を大切にしているだけだと理解しているからだ。普段の
ツルの行動には何の不満点もない。だとしたら何故嬉しいのか、という問いになるのだが、
純粋に快いと思えるからだ。何度実感しただろうか。チーちゃんと二人で会話をしている
ときや、今のように二人で出掛けている時間。もう何度も何度も繰り返し行われ、培われてきた時間は、ある意味でツル
と一緒に居る時間よりも馴染んでいるように思えるのだ。ツルとは同い年だから過ごして
きた年数ではツルの方が上とカウントされるが、実際一緒に居た時間で言うならば保育園
からの付き合いであるチーちゃんの方が上だ。だから、そう感じるのだろう。
 以前、告白をするのが自分の方が先だったら、自分と付き合っていたかとチーちゃんに
問われたことがある。今もそうだが、そのときも勿論ツルが大切だったし、チーちゃんと
また別に積み重ねてきたものがあったから、僕は否と答えた。だが思い返して材料を検討
してみると、これは結構難しい問題になると思う。愛情が大切なのは言わずもがな、だが
チーちゃんを大切にしてやりたいという気持ちも多分に存在しているし、それを重視して
考えてみればチーちゃんと付き合うのも必然性は増すがツルへの裏切り行為にもなるし、
「駄目だ、やはりツル一択か」
56『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:08:45 ID:z/qiAqlx
 複雑になりすぎた思考をシンプルにまとめた結果、出たのは今の答えだった。我ながら
随分と遠回りに結論を出したものだ、と思う。単純に言ってしまえば、
「過保護、なんだろうなぁ」
「どうしたんですか?」
「何でもない」
 不思議そうに小首を傾げるチーちゃんの頭を撫でると気持ち良さそうに目を細め、僕の
目を見つめ返してくる。傍目から見ればツルの好物である激甘ドリンク並に甘い時間なの
だろうが、僕自身それを甘く感じないのは、どうしてもチーちゃんを恋人として見れない
からという理由があるからだろう。コイ達は友達だから、ツルには及ばなくて結果として
振ることになってしまった。チーちゃんの場合はツルに比較的近いポジションで存在して
いるものの、更に付加された幼馴染みや妹分のようなもののせいで、恋人として見ること
が出来なくなってしまっているのだ。処女を奪い、デートの真似事のようなことまでして
おいて、挙げ句の果てにはこんな思考をする僕は、滅多に居ないくらい酷い男だと思う。
こうして叶わない恋だと、叶えさせるつもりのない恋だと頭で理解しているのに、過保護
に接して、甘やかして、半端に希望を持たせるなんて碌でもない話だ。それはチーちゃん
に対してだけじゃないけれど、関係も深い分、より強く考えてしまう。
「どうして僕のこと、好きになったんだろうな」
 答えて貰うつもりも無いくせに、言葉が漏れた。聞かれただろうか、と思って視線を下
に向けてみるが、そこにはつむじが見えるだけ。こちらに視線を向けてくることはせず、
変化といえば小さなバッグを持つ手だけがゆらゆらと揺れていただけだ。
「今日、何でデートに誘ったのか分かりますか?」
 相変わらず目を向けてこないまま、いつもより少しだけ低い声が響く。こちらを向いて
いないので見えないだろうが首を横に振ると、手を握る力が強くなった。絶対に離したく
ないと、そんな言葉が聞こえたような気がして、僕も小さな掌を握り返す。
「着いてきて下さい」
 突然の加速に足をもつれさせそうにしながらも、僕はチーちゃんの手を離さなかった。
57『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:10:21 ID:z/qiAqlx

 ◇ ◇ ◇

「変わって、いくんですよね」
 チーちゃんが言いながら見上げたものは、ごくありふれた普通のビルだ。どうやら何か
建設系の会社の事務所が入っているらしいが今日は休日らしく、人の気配がまるで無い。
先程清掃会社の車と擦れ違ったが、もし先程までここに居たのだとしたら、当分このビル
に居るのは警備員くらいのものになる。一日一杯静かな状態が続くのだろう。二人で話を
するのに何の気兼も要らなくなるし、タイミングが良いと言えば良いが、もしかして今の
時間は狙ったのだろうか。
「どうでも良いか」
 ここで大事なのは僕達が立っている場所と、この場所の意味だ。
「エロ本墓場、だな」
 正しくは、だった、と言うべきか。十年前の記憶に残る風景を辿ってみれば、この辺り
も随分と変わったように思える。この辺りは雑木林だったが今では殆んどの木が伐採され、
その名残と言えば少し奥まったところに存在する草むらと敷地の小さな木の群れだけだ。
変わっていく、と今さっきチーちゃんが言ったが、言葉の意味が心に染み込んでくる。
「そうだな、変わったよな」
 同じ街の中なのに全く気付かなかった、気付くことが出来なかった。僕達は僕達なりに
遊ぶ場所が変わり、次第に目を向けなくなっていった。同じ街の中でも公園や林などより
ゲーセンや本屋、学校の中などに遊び場所が移っていったし、行動力が付けば遠出をする
にしても林などよりも隣街の方まで行く。何もない場所に何かを求めるよりも何かがある
場所の方が輝いて見えるのは、それは当然なことだ。
 だからこそ忘れた場所に来たんだろう。
 ビルの壁面の灰色、コンクリートの色は、それを物語っているように感じる。この色が
過去になってしまった記憶の色であり、この場所の今を示しているものだと。決して綺麗
で新しいものではない、注意深く見てみればヒビ割れのようなものも見えるし、壁を指で
なぞってみると風化してザラザラになった表面であることが分かる。
58『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:13:54 ID:z/qiAqlx
 周囲に目を向けてもそうだ。
「綺麗だな」
 頑張ってゴミ拾いをしたのか、それとも何か規則でもあるのか。周囲に空き缶など全く
落ちていない、当然雑誌の類もだ。今の小学生がここを訪れたとしても、エロ本が落ちて
いるかもしれない、なんて期待を膨らませることなんて皆無だろう。
「何で」
 それでも何か、昔との繋がりを他に見い出そうと周囲に目を向けていると、チーちゃん
の声が耳に入ってきた。こちらに視線を真っ直ぐに向け、僕が歩いた分だけ開いた距離を
埋めるように、一歩ずつ近付いてくる。
「何で、こっちまで引っ張ってきたのか、分かりますか?」
「それは」
 約束したから、ではないだろうか。いつだったか、明確な時期は思い出せないけれど、
一緒にここに来ようと約束した覚えがある。だから二人で、昔と同じように二人きりで手
を繋ぎ、ここまで来たのだと思っていた。昔を懐かしむ気持ちもあるし、それが思い付く
唯一の理由だ。と言うか正直、他の可能性が全く浮かんでこない。
「振られに来たんですよ」
「振られに?」
 告白をしに、と言うならば、まだ意味は通じる。何回も告白をしているから今更という
気がしないまでも、普通に運べば「振られに」なんて言葉は出てこない。
「変わって、いくんですよ。だからケジメとして、カメさんに振られたいんです。それも
その辺の場所とかじゃ嫌なので、いえ、この場所で」
 意味が分からないですね、と珍しくはにかんだ表情を見せ、チーちゃんは言う。
「あと一週間で卒業式になりますよね、そうしたらすぐにカメさん達は三年生になります。
そうなったら滅多に遊べなくなるでしょうし、生徒会長をしているカメさんなら尚更」
 なんとなくだが、チーちゃんの言いたいことが分かってきた。グダグダにならない内に、
きちんと決着を付けたいのだろう。報われない想いだと自覚はしているのだろうし、その
相手である僕が甘やかすのも理解しているのだと思う。過去を振り返れば簡単に出てくる
結論で、きっと間違いない話だ。付き合いも深く、また気心の知れた相手だけに出てくる
ジレンマのようなもの。それが存在するからこそ余計に難しくなる、関係の線引き。
59『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:16:08 ID:z/qiAqlx
 それは腹をくくってしまえば簡単なのだろうが、それが難しいのが僕とチーちゃんだ。
しかし、だからこそ、覚悟を決めた上でこの場所に来たのだろう。悲しさを悲しさとして
受け入れられるように、変わってゆくことの事実を受け入れられる場所で振られる為に。
情けない話だ、こうしたものは年上である僕がするべき事なのだろうに。
 それに加え、
「振る、じゃないんだな」
「無理ですよ、カメさんを振るなんて」
 だって、と言って息を吸い、
「カメさんのこと、大好きなんですから」
 何度目かの告白に、近付きたくなる。しかし、ここまで世話になっておいても尚甘える
のはルール違反だろう。だから僕は気持ちを示す為に、わざと一歩下がった。
 息を吸う。
 目をつぶり、そして開き、息を吐いて呼吸を整える。
 言え、と自分に言い聞かせ、視点を完全にチーちゃんの目へと固定。
「ごめん」
 短い一言のみの言葉。
 それに続け、
「僕は、ツル以外を選べない」
 だから、ごめん、と言葉を重ねて、そこで漸く距離を詰めた。
「振られ、ましたね」
 現れたのは泣き顔ではなく、は、という乾いた笑い声。
「泣かないんだな」
 ツルだったら間違いなく泣いている場面だな、と思いかけたところで、その思考を頭の
中から排除する。今ここに立っているのはツルではなくチーちゃんだ、だったら最後まで
チーちゃんを相手にするのが最低限の礼儀というものだろう。
 そのチーちゃんは軽く眉を寄せ、
「そんな、泣くなんて」
 軽音。
「何でしょう?」
 見上げると、頬に一粒の水滴が当たった。最初はまばらだったその音は次第に連続した
ものになり、数秒もかからずに全体に降り注いでくる。天気予報でも一日晴れだと言って
いたし、雲も白く、空も殆んどが青い。狐の嫁入りとは珍しい、と思いながら近くの屋内
駐車場へと避難する。恐らく通り雨なのだろうが濡れないに越したことはないし、下手に
チーちゃんの体を冷やして風邪でも引かせたら困る。
60『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:18:00 ID:z/qiAqlx
「良かったですね。この会社の駐車場、屋根があって」
「本当にな」
 シャツの裾を絞りながらの発言、というのはポイントが高い。
「それよりチーちゃん、あんまり絞ると生地痛むぞ?」
「あ、良いんですよ。今日は近くの草むらとか歩こうと思って、汚れても良い奴を選んで
きましたから。結構可愛い奴を選んできたのは残念ですけど、これは意地ですから」
 振られるにも格好が必要なんて、乙女の意地には恐れ入る。ここまでするなんて男には
到底出来ないことだ、女の子という生き物の強さには一生敵わないと思う。
 そう感心しながら眺めていると、唐突に服を脱ぎだした。どうでも良い話だが、女の子
がよくやる腹の前で腕をバツにして脱ぐ方法、あれを最初に考えたのは誰だろうか。その
人には是非、爵位か何かを与えたいかと思う。あんなに可愛くて胸がキュンとなる脱ぎ方
を思い付くなんて、凡人では不可能だろう。
 そう思考している間にチーちゃんはトップレスに変身完了。乳が小さいのが何とも哀れ
な感じだが、これはこれで悪くない。しかし出来ればシチュエーション的にポニーテール
ではなく髪を下ろした状態、乳も大きな方が良かった。寧ろトップレスより上も半脱……
「いや、けしからん。何で脱ぐ?」
「いえ、濡れた服がビタビタうっとおしくて。どうせだから、一回しませんか?」
「何というハレンチガールだ、慎みが足りなくて素晴らしい!!」
 いや違う、けしからん。そんな簡単にしても良いもんじゃない。今まで様々エロいこと
をしておいて言えた義理ではないかもしれないけれど、新しい恋を見付けると約束をした
以上は関係なんて持ったらいけない。勿論、ツルのことを考えればチーちゃんに手を出す
なんて駄目人間極まりないことだが、やはり一番大切な理由としてはチーちゃんの尊厳を
守る為だ。こうしていたら、一歩も前に進むことが出来なく……
「本音と建前が逆ですよ?」
 いかん、つい癖で。
「まぁ、逆という訳でもないけどな」
 思ったことは、全て本当のことだ。
「でも、これを最後に一回だけ。餞別、ってことにしてお願いします」
61『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:19:35 ID:z/qiAqlx
 言って、唇を重ねてくる。
 一秒。
 二秒、三秒と時間が過ぎ、五秒を数えたところで唇が離れた。デート前に噛んできたの
だろう、チーちゃんの好物であるミントガムの匂いが空気が入ると共に口の中に広がって
くる。味はしない筈なのに、繋がった銀色の橋を舌で舐め取るとミントの味がしたような
気がした。変な言い方だが、これもチーちゃんの味だ。
「後悔は、しませんよ?」
 言葉を信じて、今度は僕から唇を重ねた。そのまま身を屈めて舌を鎖骨、その下にある
小さな胸へと伸ばし、先端の突起を胸に含む。例年よりも早めに冬が終わって暖かくなり
始めてきたとはいえ、春には遠い。雨で体も冷えているらしく乳首も固くなっていたが、
それを揉みほぐすよう周囲を丹念になぞる。チーちゃんの腕は僕の首に回されているので
ある程度は体を支える心配もない、右手を胸へ、左手を股間へ持ってゆくと温めるように
擦り、ぼぐすように揉んでゆく。雨で濡れ、張り付いた下着を剥がすようにして浮かせ、
侵入させて膝の辺りまでずらす。気を利かせてくれたのか動き辛かったのか、恐らく後者
だろう。チーちゃんは片脚を引き抜いて軽く広げてくれたので、それに応えるように僕も
股間に伸びた手で全体を愛撫してゆく。チーちゃんも僕のジーンズのジッパーを下ろし、
竿を扱き上げてくる。そう言えば誰が相手でもお互いに同時に責めたことは少ないな、と
冷静な部分で考えながら、手の動きを早くした。
 そろそろ、良いだろうか。
 表面を擦っていた動きを一度止め、指を少し離してみると、一瞬だけ糸を引く。雨とは
違う粘度を持った、体温を持った液だ。それを指に絡ませて割れ目へと侵入させ、何度か
抜き差しすると竿を扱いていた手の動きが止まった。だが指の運びはスムーズに出来たし、
表情を見る限りでは痛みは無く、声も感度を伴ったものだ。これなら大丈夫だと判断して
体の位置を入れ換える。体を動かすのだ、上半身裸状態でコンクリートの壁は辛いだろう。
鑢で削られているような気分になるのは男でも辛いのに、女の子の柔肌では尚更だ。
62『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:20:57 ID:z/qiAqlx
「大丈夫だとは思うけど、力抜いて」
 声ではなく頷きが返ってくるのを確認すると片足を抱え上げ、背中に腕を回して姿勢を
固定させると割れ目に竿を埋め込んでゆく。冷えている体とは対照的に、そこはまるで火
が点いているように熱い。溶けそうになる錯覚を覚えながら奥まで入れると、ゆっくりと
腰を動かし始めた。こなしている回数は少く抵抗も割と強いものだが、意外とスムーズに
動かすことが出来た。場所が場所だから興奮して、愛液の量が多くなっているのだろうか。
そんなことを考えながら、少し動きを激しくすると、
「声、漏れてる」
「構い、ません。どうせ、誰も、居ませんし。それに、雨で、音が、消えます、から」
 ならば、と思い腰の動きを激しくする。場所が場所なので興奮して、と先程考えたが、
それは本当に人に見られるかもしれないということでもあるし、誰も居ないともチーちゃん
は言っているが、それも絶対という訳でもあるまい。それに雨で消えるとは言っていたが、
聞かれたくないということでもあるだろう。最後なので大切にしたいという気持ちもある
のだが、そこで見られたり聞かれたりしたら元も子も無いだろう。もったいない気持ちも
あるが、精一杯味わうように腰のグラインドを早めてゆく。
「気持ち、良い、です」
 チーちゃんの声が激しいものになり、雨音そのものより
喘ぎ声の方が遥かに耳に入ってきた。チーちゃんだからなのか、次から二度と聞くことが
ないものだからなのか。どんな理由なのか自分でもよく分からない、しかしそれがもっと
聞きたくなり、密着するくらいに抱き寄せる。
「あ、カメ、さん」
 心臓の音や、息の音。
 体温や呼吸の温度、どれもダイレクトに伝わってきて、抱く力が自然と強くなった。
63『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:22:06 ID:z/qiAqlx
「ごめん、そろそろ出る」
 言うと、チーちゃんも僕を強く抱き締め、押し付けるように唇を重ねてきた。舌を絡め、
先程感じた呼吸をすることすら忘れたかのように強く僕の口を吸ってくる。
「カメ、さん。カメさん、腟内に」
 頷き、もう片方の脚も抱え上げた。体重がより深くチーちゃんの体を押して、より奥に
先端が飲み込まれてゆく。鈴口に当たるコリコリとした感触は子宮口か、それが短く連続
した感覚で刺激してくるのが気持ち良い。
「出そう、ですね。腟内で、ビクビク、してます」
 チーちゃんの言葉通りに我慢が出来ず、放出する。
 脱力して地面に座り込み、チーちゃんも力が抜けたのか仰向けに倒れ込んだ。その拍子
に竿が抜けて割れ目から液が溢れてくるが、そんなことは気にならないらしくチーちゃん
は首を真っ直ぐに伸ばして外を見ていた。位置的には、丁度空が見えるだろう。
「晴れてます」
 僕も釣られて空を見上げると、いつの間にか雨が上がっているのが確認出来た。
「あ、虹ですね」
 指差した方向を向いてみれば、雲の切れ目に小さな虹が架っているのが見える。灰色の
コンクリートとは対照的なカラフルな色の帯、偶然にしては出来すぎているが悪くない。
「カメさんから抜け出したら、また色々あるんでしょうね。これから」
 色々、確かに色々あるだろう。
 なんとなく頭を撫でそうになった手を引っ込めると、僕は取り敢えずブラを拾った。
64『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:25:41 ID:z/qiAqlx
亀「『ツルとカメ』質問コーナー!!」
水「今回は10個のレスと五枚のハガキ!! 作者の都合で巻いていくよ!!」
亀「ゲストはチーちゃん!!」
千「どうも」

>>24,26
亀「スーパーロボ?」
水「ごめんね、そっちは作者もやらないから」
千「強いて言うなら作者はマクロス好きです」
水「可変型ロボ大好きだからね」
亀「そして『ツルとカメ』の残り回数」
水「後三回、悲しいね」

つ[]一真よ〜
亀「確かに届けました」
水「元気になってたね」
千「妹としても嬉しい限りです」
水「それと貴方にもエールを」
亀「何もないなんて言わずに頑張って下さい」
千「皆、足りない部分があります。それを補うのが人との繋がりです」

つ[]そろそろ水樹〜
水「駄目、はい次」
亀「早いな」
水「巻いていくよ!!」
千「あの」
水「巻いていくよ!!」

つ[]チーちゃん〜
千「逃げろと言われましても」
亀「自分から決別したからな」
水「今回は作者がずっと温めてたネタだからね」
千「そうなんですか?」
亀「そうらしい」
千「嬉しい話ですね」

65『ツルとカメ』×49:2007/08/31(金) 00:27:00 ID:z/qiAqlx
>>31
亀「お疲れ様です!!」
水「まさか作者の脳内エロゲ企画まで載せるなんてね」
千「大変だったでしょうね、精神的な意味でも」
亀「でも、嬉しい話だな」
水「ありがとう☆」
千「ありがとうございます♪」

つ[]最後に全員〜
亀「いや、無理だろ」
水「そうかな?」
千「某涼しい風の漫画並にビックリ展開に」
水「駄目だよ!?」
亀「しかも産む決意とか、あればビビッたな」

つ[]ところで、〜
亀「今もプレステが良い音を出してるみたいだね」
千「しかも有給まで取って」
水「それは作者の話でしょ!?」
亀「コイも今日は学校サボってたな」
千「駄目人間ですね」
水「昨日佐川急便支店の方向睨んでいたのは……アレなんだ」

>>39-44
亀「強く望め……そうすれば願いは」
水「マナケミア?」
亀「因みに隣で君の寝てるのは水樹だ」
千「アリなんですか?」
亀「作者はひたすら忙しかったから処女は無理」
水「例のtoLOVEる?」
亀「殆んどの処女は……思い付かん」
水「凄いグダグダ」
亀「79氏に捧げた人、お幸せに」
千「そんな投げやりな」
亀「因みに僕はヒロイン達以外の処女は貰ってない!!」

>>50
亀「作者も書いたが」
水「セルフ続きがあって複雑な気分だね」
千「でも投下するんですね、オマケで」

亀「ごめんなさい。次回は一年生編、以上!!」
66ウソハキムスメ:2007/08/31(金) 00:28:46 ID:z/qiAqlx
 軽音。
 扉を開くと昔ながらのカウベルが鳴り、客を出迎える。いかにも喫茶店という雰囲気が
して快い、ここのマスターは実に分かっている。学校近くの喫茶店というだけあって客の
殆んどが高校生だが、あまり煩く感じないのも雰囲気のお陰だろう。
「いらっしゃ……また来たんか。珈琲なんか家で飲んだら良えやろ、パパさんもママさん
も無駄にお金を使わせる為にお小遣いくれとるとちゃうねんで?」
 俺を出迎えたのはうちの高校、織濱第二高の制服の上に黄色のエプロンを纏った雇われ
ウェイトレスだ。一瞬だけ浮かべた接客スマイルはすぐさま崩れ、眉根を寄せたいつもの
ドス黒い、人を小馬鹿にしたような笑みに戻った。これだけでも噴飯物だが、それに加え、
こんな喫茶店の意味を根底から覆すようなことを関西弁で言う知り合いなぞ俺の友達の中
では一人しか居ない。と言うか、客を減らすような真似をしてよくウェイトレスなんかが
勤まるものだと思う。いや制服のYシャツの上にエプロンという姿は確かに雰囲気も出て
いるし、かなり似合っているが、もしかしてこれがクビにならない理由だろうか。
「何や、そんなにジロジロ見て。早く何か注文しいや?」
「コトを一人、お持ち帰りで」
「はいはい、マスター! アホ一丁!!」
67ウソハキムスメ:2007/08/31(金) 00:30:39 ID:z/qiAqlx
 随分と良い根性をしているじゃねぇか、この嘘吐き娘が。こんなにクールに嫌味を言う
女子高生なんて滅多に居ないだろう。だが俺も長年付き合いのある幼馴染み、こんなこと
くらいてヘコんでしまう程弱くない。強く、タフでなければ今まで生きてこられなかった。
「なぁ、コトさんよ」
「あ、ちょっと待っててな」
 鈍い音をたててテーブルに置かれたのは、先程コトが注文したお冷やだ。そこまでは、
まだ良い。だが何の目的があって、2リッターもありそうな巨大ジョッキなのだろうか。
いかん、泣きそうになってきた。
「あぁもぅ、そんなに暗くならんといて。うっといわ!!」
 何て理不尽な。
 何故か少し霞んでいる視界の中に、白い陶器が置かれた。匂いから考えて中身は珈琲か。
「ほな、ウチは仕事せなアカンから。これでも適当に飲んどいて」
 これは、つまり、そういうことか。
 こちらと目を合わせようとしないコトの太股を見ながら、俺は理解する。どうあっても、
やはりコトはコトなのだと。ツラは良いが、性格も悪ければ口も悪い。今日は珍しく嘘を
吐かなかったものの、代わりに超ド級の嫌味をかましてくれたけれど、
「可愛いな、お前」
「あ、あんさんに誉められても何も嬉しくないわ!! 馬鹿!! アホ!! ちんこ!!」
 言うと一瞬で頬を赤く染め、体ごと背けてきた。しかしコトは「あ、後な」と前置きし、
「それ、水飲み終わるまで帰さへんから」
 言うと猛ダッシュで逃げてゆく。スカートの裾が翻り、今日は何か勝負をする日なのか、
珈琲色の下着が見えたのだが、これは俺に対するサービスなのだろうか。流石近所の主婦
や学生一同を引き付けて止まない名店『極楽日記』、店の名前に恥じない良い仕事をして
くれる。煎れたての珈琲も、水(コップ一杯分を飲み、残りは大体1.8リットル)も美味い。
 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら珈琲と水をちびちび飲み過ごし、またジョッキに
水を足され、パンパンになった腹を抱えて帰ったのは別の話。
68ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/08/31(金) 00:31:54 ID:z/qiAqlx
今回はこれで終わりです

DD楽ッしぃ!!
69名無しさん@ピンキー:2007/08/31(金) 00:52:06 ID:nPzn7J5Q
一番槍GJ!!!

なあ、真剣に結婚してくれよww
70名無しさん@ピンキー:2007/08/31(金) 01:46:37 ID:6srxzj7U
gj!
なあ、真剣に先生くれよwww
71名無しさん@ピンキー:2007/08/31(金) 03:38:14 ID:i27MBjb4
ロボ氏GJ!!って後三話!?
うはー・・・結構昔から読んでたから寂しい物ですな。
でも最後までずっと全裸でいるんで頑張ってくれ。

つ[]ロボ先生争奪戦展開www俺にアーッ趣味は無いから見物しときますねwww
おや?参加者の中に水樹の姿が・・・
72名無しさん@ピンキー:2007/09/01(土) 00:37:40 ID:OU0XW+V4
ちょっとしぇいむおんしてくる。
73名無しさん@ピンキー:2007/09/01(土) 20:47:51 ID:cDjzk5wL
ロボ氏GJ!そうか、あと3話なんだな・・・
79氏の時同様、この辺まで来ると物語読んだ後に悲しみが漂うな

それはそうと
つ[]コイとセンスのダブルパイズリはもう2度とお目に掛かれませんか?
74名無しさん@ピンキー:2007/09/03(月) 16:54:59 ID:6HjcdXGu
>>72
テラナツカシス
75名無しさん@ピンキー:2007/09/03(月) 22:27:52 ID:z/6PlMPi
GJ!あと三回か・・・
水樹にも巻いていかれた・・・(´;ω;`)ブワッ


っ[]<水樹にならリュックサックにぶっかけられてもいい
76名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 22:05:22 ID:k0oXGMq/
投下しますよ
77『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:06:38 ID:k0oXGMq/
「おはよ、カメ」
 聞き慣れた声に振り向けば、こちらに駆け寄ってくる幼馴染みの姿が見える。
「おはよう、クラス表見たか?」
「うん。同じクラスだったね」
「これで五年連続か。それにしても」
 随分と女子の制服が似合っている、本物の女子以上だ。柔らかく揺れるセミロングの髪、
日の光を無視したような白い肌。柔らかく曲線を描く頬は薔薇色に染まり、その先にある
顎は小さく、品の良い三日月型の薄い唇は頬より尚鮮やかな赤を湛えている。大きな宝石
を削り出したような左右の瞳は僅かに蛍光灯の光を反射し、まるで透度の高い湖のように
輝いていた。どれもがこいつを美少女たらしめていて、大抵の男なら微笑みを向けられた
だけでオチてしまうだろう。残念なことに男だが。
「今日も可愛いな」
「そう?」
 水樹は小さく笑い、ターンを一つ。
 そしてこちらに笑みを向けた直後、ケッと吐き捨てるような声が聞こえた。声の方向を
見ればツルが汚いものを見るかのような、蔑みを含んだ視線を返してくる。かなり身長が
低いのでクラス表を見るのが大変そうに見え、代わりに確認してやった訳だが、その行為
がツルには大層不満だったらしい。女の子の日でもないのに普段から苛々としていて表情
は不機嫌なものが基本だし、昔からこうなので慣れてはいるのだが、しかし人前でこうも
露骨に八つ当たりされるのは何とも居心地が悪い。
 嫌われている訳ではない、というのは理解している。ツルがこの織濱第二高に通うこと
になり、僕の家に引っ越してくる前は嫌われていると思っていたのだが、実際に二人きり
で一週間を過ごしてみると嫌われていないということぐらいは確認出来た。特別好かれて
いるという訳ではないが、基本が普通よりもやや気難しい位置にあるだけで、それ以外は
意外と普通に接してくれるのだ。今はたまたま機嫌が普段よりも更に悪く、取っ付き辛い
だけだ。だが慣れていない水樹には、少し厳しいかもしれない。
 何か会話が弾むような良い話題は無いかと首を捻ると、不意に裾を引っ張られた。
「知り合い?」
 囁くように訊かれて、紹介していなかったことに気付いた。一回は会わせていたつもり
だったのだが、どうもうっかり忘れていたらしい。
78『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:09:08 ID:k0oXGMq/
 水樹は幼馴染み、ツルは同い年の従妹とどちらも長い付き合いなのだが、改めて考えて
みると意外と接点などは無いものだ。ツルが来たときは水樹達と遊ぶことはしなかったし、
ツルが住んでいたのも隣の市だったので、見事に会わなかった訳だ。
 ここ一週間の春休みの間も親が仕事で殆んど不在だった為、二人きりでの引っ越し作業
に手間取り、あまり外に出られなかった。つまり紹介する
暇も無かったから、今日が初めてのコンタクトになるという訳か。
「おいツル、こいつは水樹。ほら、たまに話してただろ?」
「あ、君が美鶴ちゃんか。カメからよく聞かされてるよ、可愛い従妹だって」
 そこで挨拶でもすれば少しは今の仏帖面のフォローも出来たのだろうが、ツルは一睨み
しただけで鼻を鳴らし、教室へと向かっていった。愛想もへったくれも無いが、あいつは
そんなに人見知りするような奴だっただろうか。どちらかと言えば気さくなタイプだった
ような気がするが、もしかしたら緊張しているのかもしれない。後で何かフォローをして
おいた方が良いかもしれない、何せあいつは大切な従妹だ。
「あたし、何か不味いことした?」
「気にするな、あいつはあれがデフォだ」
 気不味そうな表情をする水樹にもフォローをしながら、一つ思い出した。
「そう言えば一真は?」
 教室へは一緒に行く約束をしていたからその内来るだろうと思っていたが、何故か姿が
見えない。約束を破ったり遅刻したりするような奴じゃないから学校には来ている筈だが、
どうしたのだろうか。周囲を見渡してもまばらになってきた生徒が居るだけ、その中にも
見慣れた偽ヤンキー姿は見当たらなかった。
「あ、一真は停学だって」
 意味が分からない、停学と言っても今日が入学初日だろう。だが話を聞けば何とも一真
らしい理由で、登校中に喧嘩している先輩を見付けて仲裁に入り、そのまま喧嘩両成敗で
全員を殴り倒していたところを教師達に見付かって停学になったのだという。高校に入学
するに当たって暴力は封印すると言っていたのだが、いきなり破ることになるとは思って
いなかった。強すぎる正義感は一真の長所だが、それが原因で停学になるとは救われない。
運もガラも悪いのは仕方ないにしても、水樹と共に幼馴染みであるあいつには、是非とも
幸せになってほしいと思った。
79『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:10:42 ID:k0oXGMq/

 ◇ ◇ ◇

「いや、実に素晴らしい演説だったな」
 数分前、体育館で僕達新入生に向かって気持ちの良いスピーチをしてくれた生徒会長の
姿を思い浮かべ、何度か頷く。実に素晴らしかった。少しSっぽい目は勿論だが、金髪だしガーターベルト付きだったし、
「特に乳が。目測で92だな」
「スピーチには関係無いよね?」
 夢が無い奴だ、これだから鏡を見てオナニー可能な奴は。正直に言うと羨ましいが。
「ちょっと、邪魔よ」
「あ、すまん」
 僕を押し退けた女子が、ツルの方へと向かってゆく。目付きは悪いが、生徒会長程では
ないにしろ乳が大きく、実際に押し退けられた際に当たった乳が何とも言えない柔らかさ
を示していたので直に揉んでみたくなる。
「ちょっと!! 何やってるのよアンタ!!」
 いかん、既に揉んでいた。格闘家が何度も反復練習を重ねた結果、その型の動きが体に
染み付いて無意識での行動が可能になるという。考えるよりも感じ、意思を走らせるより
先に拳が走るというものだ。その領域に達していたなんて、僕も捨てたものではない。
「あんたの場合は本能を制御出来ていないだけでしょ!?」
「ツル、この頭がおかしい奴は知り合い?」
 いきなり人を精神病患者扱いするなんて、随分と酷いビッチも居たものだ。いや待て僕、
ビッチと決めつけるのは早計かもしれない。世の中には多種多様な人間が居るし、文化も
様々なものがある。それを真っ向から否定してしまうのは馬鹿のすることではないのか。
現に『嫌われているから仕方ない』と諦めなかったからツルと曲がりなりにも共同生活が
出来ているのだし、もしかしたらこの娘もツルと同じタイプなだけかもしれないのだ。
80『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:11:52 ID:k0oXGMq/
「こっちはカメ、ほらたまに話してたでしょ? カメ、こっちはコイ。中学からの友達よ」
 友達の手前不機嫌を見せたくないのか、朝からの不機嫌が直ったのか。多分後者だろう、
ツルは珍しく普通の笑顔に近い表情を浮かべつつ紹介してくれた。ツルのこんなサッパリ
とした部分は大好きだ。
「よろしく。因みにこいつは水樹」
「よろしくね」
「うん、よろしく。だけどアンタは無理」
 水樹には笑顔を向けたと思ったら、こちらには物凄い表情を向けてきた。僕が一体何を
したというのだろうか、理不尽にも程がある。こんなに嫌われる覚えは無いのだが、この
コイという娘は実はレズなのではないだろうか。
「カメ、言い忘れたけどコイは男嫌いなの」
 予備軍か、通りで目が鋭くて乳がでかいと思った。こういうタイプの女は大体レズだと
相場が決まっているが、こいつも例に漏れなかったらしい。
 だが一つ誤解がある。
「水樹は男だぞ?」
「「嘘でしょ!?」」
 こんな場所で嘘など吐いても意味が無い気がするが、最初は誰でも水樹のことを女子と
思うから仕方のない話だろう。勘違いと言えば入学式の少し前、連れションに行った際に
トイレに入った男子達の表情は実に面白いものだった。トイレの中があんなに静かになる
光景なども、滅多に見れないだろう。
 だが二人の目は疑わし気で、
「嘘だと思うなら揉むか?」
 尋ねると、同じ中学の奴ら以外のクラスメイト全員が黙り込んだ。
「でも、アンタと仲良くする理由にはならないわよ?」
 それもそうだが、初日から嫌われ宣言されたのでは気分が悪い。
 考え、何か共通の話題がないかと思考を巡らせ、そして彼女の今のところ一番の特徴で
ある部分に思い至った。これならば文化の違いなども無いだろうし大丈夫だろう、とその
部分に視線を向け、確認の意味も込めて手を伸ばし、
「乳の二割は背中とか脇の下とかの……」
 何故かツルにブッ飛ばされた。
81『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:13:59 ID:k0oXGMq/

 ◇ ◇ ◇

「すまんな、私一人では無理そうだったのでな」
 放課後になり、担任のアズサ先生が今日来れなかった一真の分の教科書やらを倉庫まで
持っていくというので手伝いを募った訳だが、見事に立候補する者は居なかった。確かに
美人ではあるし男子生徒ならば両手を上げても良さそうなものだが、残念なことにアズサ
先生が持つ独特の雰囲気が遠慮させていたのだろう。美人には美人なのだが、それは何の
関係も無しに傍目から見た場合だ。端的に言えばバリバリのキャリアウーマン、このまま
進めば言い方は悪いがオールドミスまっしぐらな感じだからだ。鋭利な瞳に知的な眼鏡、
凛々しい雰囲気を持つパンツスーツ。一部の人間に堪らない姿だが、どうやら僕のクラス
には僕も含め、下僕趣味の人間は居なかったらしい。実際に話してみれば思っていたより
ずっと気さくだと分かるのだが、今日が初日なので無理もない。因みに、僕が今こうして
アズサ先生と二人で歩いているのは誰も立候補者が居ない状態でランダムに選ばれた結果、
白羽の矢が立ったのが僕だったからである。今はその帰りだ。
「こんな面白くない教師と二人で、息苦しかっただろう」
「あ、いや、気にしないで下さい。困っている人が居たら助けるのは、当然のことですよ」
「立候補しなかった癖にな」
 痛い部分を突かれて言葉に詰まってしまったが、それが面白かったらしくアズサ先生は
小さな笑い声を出す。意外と言うか、思っていたよりも綺麗で優しい横顔だ。
「冗談だ、本気にするな」
「あら珍しい、アズサが笑っているなんて」
 優しい声に目を向ければ、白衣を着た美人が立っていた。確か保険医のエニシ先生だ。
半分うとうとしていた教師達の紹介時間だったが、サラサラとした長い黒髪やアズサ先生
とは比較にならない程の爆乳が強く印象に残っていたのでよく覚えている。自己紹介の際、
エロいラインだと思った脚のラインが、今は白衣で隠されているのが悔やまれる。
82『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:15:26 ID:k0oXGMq/
「こんにちは、君は靴紐が黒だから新入生ね。保健室ではカウンセリングとかもしてるし、
用事が無くても歓迎するから、これから三年間よろしくね? 後、アズサも見た目は堅物
だけと良いところは沢山あるから、出来れば仲良く……」
「も、もう良いだろ。ほら坂田、もう行くぞ」
 何か後ろめたい部分でもあるのか、アズサ先生は焦ったような表情でエニシ先生を睨み
つけると大股で歩いていく。僕もエニシ先生に礼をすると、慌てて追い掛けた。あら残念、
と背後から聞こえてくるが、これは聞かなかったことにした方が良いのだろうか。
 少し進むと、二人の女子生徒がこちらに会釈をしてきた。入学式でスピーチをしていた
生徒会長の重鞘先輩と、副会長のオウ何とか先輩だ。オウほにゃやら先輩は聞き慣れない
感じな上に微妙に長かったので覚えられなかった。褐色の肌と名前の響きから察するに、
中東系の人なのだろうか。結構個性が強い感じだが、しかし個性の強さならば重鞘先輩も
負けてはいない。乳は大きいし金髪だし、近くで顔を見てみると何だか両刀使い顔をして
いるのだ。確かめた訳ではないし確かめようもないが、そんな雰囲気がプンプンしている。
「お疲れ様です、アズサ先生」
「……お疲れ様です。……君は、新入生?」
「あ、はい。一年の坂田・孝道です」
 会釈をして気付いたのだが、靴紐の色は赤だから二人とも二年生。つまり学年が一つ上
ということだ。落ち着いた雰囲気を持っていたから、三年生だと思っていた。
「よろしく、坂田君。名前は……もう知ってますわね。ですが堅苦しいのは苦手なので、
ホウで結構ですわ、皆もそう私を呼んでいますし。こちらもオウと呼んで下さい」
「……よろしく」
 見た目からSっぽいという印象を持っていたが、思っていたよりもずっと砕けた感じの
人だ。それなのに声や話し方が上品で、何か一般人とは一線引いたような雰囲気がある。
流石はこのマンモス校の生徒の頂点に立っている生徒会長ということか。
83『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:17:07 ID:k0oXGMq/
「この学校は変わった方が多いので最初は少し戸惑うかもしれませんけど、慣れれば割と
楽しいものですし。それに生徒の自主性を尊重していますから、意欲さえあれば充実した
生活を送れると思います。一緒に楽しい思い出を作りましょうね」
 感動した。判を押したようなと言えば聞えは悪いが、こんな綺麗な言葉を当然のように
言って、しかも何のおかしさも無い人が居るだなんで思いもしてなかった。完璧な人間と
いう言葉があるが、それはホウ先輩のような人のことを言うのだろう。笑みを向けられ、
僕もつい笑みを返してしまう。握手が出来ないことが非常に残念だ、掌が脂性でなかった
なら是非とも握手をしたかったのに。妙なコンプレックスを生んだ夜の恋人が恨めしい。
「ですが」
 ホウ先輩は急に目を鋭くし、
「ハメを外すのは許しませんわよ?」
 さっきの笑顔とのギャップに背筋が凍り、僕は何度も頷く。
「よろしいですわ、ではご機嫌よう」
「……またね」
 二人の先輩を見送った後に玄関でアズサ先生と別れ、校門に向かう。先に帰ったものと
思っていたが待っていてくれたらしい。街路樹に背中を預けて空を見上げていた水樹は、
こちらに気付くと笑みを浮かべ、小走りで寄ってきた。
「思ってたより遅かったね。大変だったんだよ、ナンパ断るの」
 逆ナンではないから恐ろしい。
「どうする、これから」
「僕は一旦帰る、ツルがメシ作って待ってるからな」
「そっか、残念」
 今日の昼飯は何だろうか、と考えながら歩いていると、隣を歩いていた水樹が横を向き
足を止めた。視線の先にあるのはジュースの自販機で、新商品と書かれたシールの枠の中
にはやけに光を反射する缶が置いてある。商品名は『中身は丸ごと寒天(ヨーグルト味)』、
言うまでもなく織濱食品の珍ドリンクだ。果たして飲めるのだろうかと疑問に思ったが、
水樹は「美味しそう」と言いながら財布を取り出した。
84『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:18:23 ID:k0oXGMq/
 それにしても、と言いつつ自販機に千円札を入れながらこちらを向き、
「カメって何かさ、ラブコメの主人公みたいだね。ツルちゃんとかチーちゃんが居るし、
コイちゃんも意外とコロッといくかもよ? さっきまでアズサ先生の手伝いしてたしさ、
その内にハーレムが出来たりしてね」
 水樹にしては珍しいタイプの冗談だが、僕は首を振る。アズサ先生は教師だし、コイも
男嫌いだ。何となくエロい雰囲気だなと思ったエニシ先生も同じく教師だし、少し話して
良い何か良いと思った生徒会長のホウ先輩も、一年生の内に今のポジションに落ち着いた
ような立派な人だ。それこそ高根の花というものだろう。懐いてくれていたチーちゃんも
この学校に進学するとは限らないし、多分付き合うのとは別の感情だ。ツルに至っては、
個人的な意見は別にするとしても本当に只の従妹なのだ。こうして初日から様々な女の人
に縁のようなものを持った訳だが、どれも恋愛に繋がるようなものではない。
「だから無理だって」

 ◇ ◇ ◇

 そう二年程前は思っていたのだが、
「実現するなんてなぁ」
 豪華な光景だ、と思いながら視線を回す。もちろん内装は普段見ているものと変わった
部分がない。ただ違うのは、この生徒会室の中に居るメンバーと、その人数だ。決して僕
が狙ってやった訳ではない、これこそ偶然の賜だろう。
 卒業式も幾つかハプニングがあったものの無事に終えることが出来て、今年度も幾らも
残っていないと感慨に耽りながら来たのは生徒会室だった。そこでのんびりとしていたら
ツルが来て、他の皆も示し合わせたかのように集まってきて、その結果、
「有り得ないだろうよ、これは」
 水樹、一真、コイ、センス、ミチル、ホウ先輩にオウ先輩。アズサ先生にエニシ先生、
チーちゃんにツルと、何故だが知らないがフルメンバーが揃っていた。
85『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:19:59 ID:k0oXGMq/
亀「『ツルとカメ』質問コーナー?」
水「何で疑問形なのさ。今回は三つのレスと三枚の葉書で!!」
亀「ゲストは無し!!」
水「珍しいね」

>>69,70
亀「作者がタイかモロッコに行ったりしないと無理だな」
水「いや、タイは最近あまり信用出来ないらしいよ?」
亀「なら真の本場のモロッコか」
水「て言うか、もう止めよ?」
亀「そうだな。因みに先生という表記だが」
水「あまりにも恥ずかしくて悶絶するらしいね」
亀「まだ中堅にもなっていないからな」
水「一人前への道は遠いね」

つ[]ロボ先生〜
水「居ないよ?」
亀「最後まで粘るな」
水「粘るよ、それはもう」
亀「頑張れ、ネタキャラの宿命みたいなもんだ」
水「ネタキャラ!?」
亀「恨むんだったら、どんな作品にも必ず一人はカマか女装キャラを出したいって作者の
  ポリシーを恨め。僕は何も悪くない」
水「酷い話だね」

>>72
亀「懐かしいな、マジで」
水「もう作られてからどれだけ経つんだろうね」
亀「でも懐かしいとか言っておきながら、作者はプレイしたこと無いんだよな」
水「それもまた酷いね」
亀「そもそもギャルゲーどころか、ゲーム自体あまりやらないしな」
水「それでキャラ造形やストーリーのネタに詰まるから馬鹿だよね」
亀「救われないな」
86『ツルとカメ』×50:2007/09/05(水) 22:22:52 ID:k0oXGMq/

つ[]コイとセンスの〜
亀「まぁ、次回だな」
水「え?」
亀「ほら、前々から言ってただろ」
水「マジで全キャラ出すつもり?」
亀「あぁ、もう話も書き始めているしな。良いネタがあれば微妙にプレイ内容は変わるが」
水「嘘でしょ!?」
亀「諦めろ。因みに何が有ってもお前と真子ちゃんでスタートだ」
水「男でスタートって、もうヤだ!!」

つ[]水樹になら〜
水「あたし男だよ!!」
亀「いや、そう扱ってるだろ」
水「本当だ!! ぶっかけ!?」
亀「問題はリュックサックだが」
水「何かの比喩かな?」
亀「ゾクセイ最終話一つ前に、面白い話があったが」
水「この人、女の人なの!?」
亀「良かったな、水樹。爆乳な上に性別が普通だぞ?」
水「うぅ、何だか釈然としない」

亀「さて、今回はこれで尾張だな」
水「何でそんな信長みたいな。今回は話の酌が短かったね」
亀「まあ、今回も含めてツル編だからな。×50、×51、×52でツル編最終話一つ分だ」
水「豪華だね」
亀「メインヒロインだからな。次回のヒロインは、円さんを除いた全員!!」
水「……そうだね」
亀「水樹も一真も含めて全員!! 一人一発でも11回!!」
水「……そうだね」
亀「乞う御期待!!」
水「『ツルとカメ』でした、来週も見てね!!」
87おまけ:2007/09/05(水) 22:26:49 ID:k0oXGMq/
― これは本編とは関係ありません ―

恋「……やっぱりそうなんだ、あたしのことずっとそう思ってたんだ。
  乳は大きいけど自分より劣る、かわいそうなヒロインだって」
鶴「それは……」
恋「優しい言葉をかけたのも、手を差し伸べてくれたことも、私を哀れんでいただけ。
  上から見下ろして満足していたんでしょ」
鶴「違う……」
恋「自分が上だと……自分は作者に愛されていると、
  そう思って私を笑っていただけなんでしょ」
鶴「それは違う……違う……私は……」
恋「うるさい! ……嫌な女。  少しばかり恵まれてうまれただけなのに、たまたま上手く作られただけなのに……
  あたしの存在なんて、ツルにとっては自分の価値を高めるだけだった」
鶴「違う! 私はせめて、メインキャラの近くで幸せに暮らせるようにと思って……」
恋「それが私を馬鹿にしているといっているのよ!
  私をヒロインと認めてくれてなかった!」
鶴「……だってコイは!」
恋「あなたみたいなギリギリ高校生、メインヒロインになれる訳がない!」
鶴「空気キャラのくせに…………」
恋「…………何よ?」
鶴「空気キャラの癖に。
  ……初期メンバーなのに作者も扱いに困る、空気キャラの癖に」
恋「!?」
鶴「(巨乳の中身を含め)空気!!」
恋「うおぉォー!! ツルゥぅ!!」
88ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/05(水) 22:28:23 ID:k0oXGMq/
今回はこれで終わりです

後半だけなら、どう見ても水樹がメインヒロインです
本当にありがとうございました
89名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 22:30:43 ID:iAiizeYA
前回に続き一番槍GJ!!

ぢゃあオレがモロッコに!ウワナニスルヤメ……
90名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 00:13:22 ID:qNJ9KdAl
クリスマスにツルが暴れたのが二人のなれ初めだっけ?

俺の記憶はそれ以前に二人の関係は出来上がってたと言ってるのだが



つ[]<水樹、瑞穂、準にゃん
91名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 01:09:30 ID:oM5fDWXd
三番ファースト・バースGJ!!!

ロボ先生、あなたとアズサ先生とエニシ先生をセットでください。
92名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 02:07:38 ID:w4Ldb97Z
>>88
GJ!
つ[]<赤玉出るまで頑張れよ、カメ。
93名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 21:24:16 ID:TOywrSkr
5番指名打者デストラーデGJ!
ついに次回水樹から私へのぶっかけが・・・!(`・ω・´)
ロボ氏もよくリュックサックネタを・・・!!(`;ω;´)ブワッ


っ[]<水樹に私を真っ白にして欲しいです(ヨーグルト的な意味で)
94名無しさん@ピンキー:2007/09/07(金) 05:34:26 ID:bpzJpGYM
>>87
ちょwwwwwwローゼンwwwwwwwwww
95名無しさん@ピンキー:2007/09/07(金) 14:05:16 ID:Lh85gcuA
6番代打俺!ロボ氏GJ!!
読み返して確かに水樹の方がメインヒロインに見えることに気付いた
これはあれか、サブヒロインは1発ずつで、ツルに3発、水樹に2発って事へのフラグか

つ[]ハーレム実現に嫉妬した、何人か分けて下さい(スライディング土下座

目指せ大円団!


>>90
ハガキのキャラみんな女装ワロタwww
96名無しさん@ピンキー:2007/09/07(金) 16:29:02 ID:ObLS4ZsG
>>95
つ【大団円】

どうせ誤字なら
つ【大縁談】
97名無しさん@ピンキー:2007/09/07(金) 21:51:40 ID:Rir5/9e6
>>87 つ[]水樹は蒼星石ですか?
98名無しさん@ピンキー:2007/09/08(土) 07:41:04 ID:o9ZlKoi7
ロボ氏GJ!!
ハーレム11発など変態カメにはたやすいな。
いっそギネスの36発にチャレンジしてほしいもんだ。

つ[]水樹はカメを愛していますか?
カメは水樹を愛していますか?
99名無しさん@ピンキー:2007/09/08(土) 14:21:45 ID:bdPJ/D4L
( *´Д`*)ロボ氏GGGJ!




つ[]<カメがレヴァンテイン、一真がアイゼン、なら水樹は?
100名無しさん@ピンキー:2007/09/08(土) 21:58:01 ID:FMCNA6Kh
みんな水樹大好きだなwwwwwww


つ[]<水樹のケツを魚肉ソーセージで封鎖しても構いませんよね?
101名無しさん@ピンキー:2007/09/09(日) 17:07:12 ID:RHziSyYJ
>>100
みんなのアイドルだもん。

つ[]<水樹としたいです……
102名無しさん@ピンキー:2007/09/10(月) 14:28:45 ID:xMLFxPrX
     ____
   /__.))ノヽ
   .|ミ.l _  ._ i.)
  (^'ミ/.´・ .〈・ リ   
  .しi   r、_) |    水樹を育てたのはわしや
    |  `ニニ' /
   ノ `ー―i
103名無しさん@ピンキー:2007/09/10(月) 17:27:46 ID:HBkH92ae
>>102
僕にください
と、いうか




 こ ろ し て で も う ば い と る
104名無しさん@ピンキー:2007/09/11(火) 17:51:31 ID:YyZzC/wc
どなたか全スレのdatお願いできませんか?
105名無しさん@ピンキー:2007/09/11(火) 21:04:09 ID:tdPRbvtn
つ【専ブラ】

作品が読みたいなら保管庫池。
人に頼らず自分で行動せよ。
106名無しさん@ピンキー:2007/09/12(水) 02:05:54 ID:Dkjrg9rV
前スレ読みきったんですけどデータ保存してないうちにパソコンぶっ壊れまして・・・
107ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/14(金) 01:04:31 ID:Dw814sqR
投下しますよ

あと、最後に重大発表があります
108『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:05:39 ID:Dw814sqR
 本当に偶然だったのだ。
 最初はツルが晩御飯のおかずに何が良いかを聞きにきて、ダラダラと雑談をしていた。
そうしていたら次は最近猛烈にアタックをかけるようになってきたセンスが遊びに来て、
あまり間を置かずにコイもやってきた。まだ二週間程余裕はあるものの、今年度終了記念
にと作ったクッキーが上手く出来たらしく、プレゼントしに来てくれたのだ。ツルが少し
複雑そうな顔をしていたものの僕はそれを受け取り、このまま全員でお茶でもしようかと
思ったところで次の来客があった。ホウ先輩とオウ先輩だ。どうやら僕と同じで今までの
学校生活の思い出に浸っていたらしく、一番馴染みのあるここに来たらしい。あまり仲の
良くないツルは嫌そうにしていたが、いつものように露骨に顔に出さなかったのは、ツル
なりの気遣いだろう。成長したなと思いながらツルを眺めていると、アズサ先生とエニシ
先生までもがやってきた。どうやら無事に卒業生を送り出し、一段落ついた記念にと僕を
飲み会に誘うつもりだったらしい。式の途中で感動のあまり号泣していたアズサ先生の、
真っ赤に染まった目が印象的だった。このままチーちゃんまで来そうだなと思っていたら
本当にやって来て、しまいには水樹と一真がカラオケの誘いに来たところでポケットの中
で昼寝をしていたミチルまで目を覚まし、こうして全員揃った訳だ。因みにミチルが幼女
モードになった際に魔法が暴発し、一真も水樹も女の子になっているので、非常に男密度
の低い状態になっている。自己申告だが、ちんこ密度が上がったのは驚きだ。
「しかし、改めて見ると巨乳率が高いな」
 ちょっと頼んで一列に並んで貰った。
 僕から見て左側から、エニシ先生、センス、ホウ先輩、コイ、真子ちゃん、オウ先輩、
アズサ先生、チーちゃん、水樹、ミチルと来て、最後である右端はツルだ。ミチルとツル
の場合どちらも乳総量が零式なので迷ったのだが、ここはツルを一番下として見るべきと
判断した。一年間エースとして頑張ったのだから、やはり最後まで貫いてほしい。
「これぞ見事な乳グラデーション!!」
 何故か全員に白い目で見られた。
「アズサは結構順位低いのね」
「うるさい、私は気にしていない」
「そう?」
109『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:07:25 ID:Dw814sqR
 一位の余裕だろう、エニシ先生はアズサ先生の胸元を見て溜息を吐く。真子ちゃん以上
の順位、巨乳同盟は哀れむような目で肩を叩き、ツルなどの貧乳同盟は何かエールを送る
ような温かく強い視線で肩を叩いた。
「……ふむ」
 ミチルは頷くと、不意に大人モードになった。そしてグラデーションを崩さないように
コイと真子ちゃんの間へと移動、面白そうな顔でアズサ先生を見つめた。
「ば、馬鹿な」
 それが意味することに気付いたのか、アズサ先生は膝から崩れた。僕も少し遅れ、この
順位の示すものに気付いた。こんな11人も居るのにアズサ先生よりも下の人間は三人のみ、
しかも純粋な女の子という意味でのカウントでは二人しか居ないのだ。何と恐ろしい亀だ、
僕はこんなにミチルを恐ろしいと思ったことはない。
「元気出して下さい、アズサ先生。個人的には悪くないと思いますよ、スタイルも良いし、
乳の形も良いし。それに歳の割には乳首も結構綺麗だったし、自信を持って下さい!!」
 そうフォローをすると、そうだな、と虚ろな笑みを浮かべて立ち上がる。これでセーフ
だと笑みを浮かべたが、しかし部屋の空気が微妙に変わったことに気が付いた。何故だか
皆がこちらを半目で見つめ、そして互いの顔を牽制するように睨み合う。
「カメ、アズサ先生のところに遊びに行くのは知ってたし、許してたわ」
「本当に腐れちんこなのね」
「カメさん、他の人にも手を出してたんですか」
「他の人達ともSEXしてたんデスか?」
 センスのネイティブ発音のSEXという言葉に、空気が凍る。摂氏-273.15度、あらゆる
原子が活動を止めたような冷たい静止の空気が僕を包み、皆が一歩前に踏み出せば物理的
に不可能な筈の限界点をも突破する。もう自分でも言っている意味が分からないが、現状
はよく分かる。つまるところ修羅場、それも尋常ではない程の。
 待て、考えるんだ。
 この場を和ます言葉を考えると、結論して笑みを浮かべて、
「丁度11人だから、サッカーチームが作れるな」
「へぇ、玉を蹴ってほしいの?」
 墓穴を掘った、久し振りに見るツルの悪どい笑みが何とも恐ろしい。
「カメ、覚悟しなさい?」
110『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:09:40 ID:Dw814sqR
 火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、ツルはいつも以上の筋力を発揮して生徒会長用
の大型机を軽々と横にずらすと、更に詰め寄ってきた。キーパーの役目も兼ねているのか、
蹴りだけではなく拳の骨も鳴らし、玉を掴もうとしているのが分かる。
 ここは観念するしかないのだろう、思えば短い人生だった。
 諦め、せめて最後は抵抗せずに死のうと覚悟を決めたとき、
「お待ちなさい!!」
 意外なことに、ホウ先輩が間に割って入った。いや意外でもない、他の面子が凍りつく
中で、ホウ先輩とオウ先輩は大して驚いている様子も無かった。それに元々面倒見も良い
タイプだから、考えてみれば当然のことかもしれない。
 だが迷惑をかける訳にはいかないだろう、これは身から出た錆だ。
「かばってくれなくても良いですよ」
 振り向いたホウ先輩の顔に浮かんでいるのは、いつもの誇り高い笑み。
「そんな気で言ったつもりではないのですけどね。私はただ、自分が正しいと思うことを
しているだけですわ。カメ君が、私とオウを繋いでくれたように」
 凜と胸を張り、一歩前へ。
「確かに、皆に手を出したのは事実だと思いますわ。ですが私は、それが悪いことだとは
思いません。倫理的には問題があるのでしょうけれど、それが何だと言うのですか?」
 それが何だ、なんて随分と思いきりの良い発言だ。皆も面食らったらしく、全員揃って
一瞬驚いた顔をしたが、しかしツルはすぐに表情を怒りに戻して詰め寄ってくる。ツルと
ホウ先輩の相対距離は限りなくゼロ、胸の谷間から顔を睨み上げる状態だ。
「あんたはレズだから良いかもしれないけどね、私としたら我慢がならない話なのよ」
 皆も頷くが、それをホウ先輩は鼻で笑い飛ばした。
「それはカメ君を信じていないということですわ。それに怒りで震えている皆も、被害者
だなんてことはない筈。頼り、信じて、そして求めたからこそ肌を重ねたのでしょう? 
例えばオウは、カメ君に勇気を貰いました。アズサ先生とて、寂しさを埋めてもらったり
慰めてもらったり、勇気を貰ったりしたのではないですか?」
 う、と視線が集中したアズサ先生は声を漏らす。
111『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:11:40 ID:Dw814sqR
「皆同じ、同罪ですわ。それにカメ君から求めてくることなんて……まぁ、している途中
から興に乗ったカメ君が責めてくることは有っても、きっかけは全て貴方達からでしょう。
ツルさん以外でカメ君から責めるなんて無い筈です」
 本当に申し訳ない、もう卒業式も終えた相手だというのに世話になるとは思わなかった。
おまけに憎まれ役まで買って出てくれるなんて、頭が下がる。何と言えば良いのだろう、
と考えていると、僕の考えでも読み取ったかのようにホウ先輩は振り向き、
「居なくなる私が恨みを背負えば、後腐れも少しは消えるでしょう」
 そう、小さく呟いた。
 そして周りを見渡せば、溢れているのは沈黙の群れ。
「ありがとう、ホウ先輩」
 だが、やはり僕に非があるのもまた事実だ。ホウ先輩が言ったように興に乗り、次々に
手を出していた事実は否めない。確かに求められ、またコイ達を応援するような気持ちで
した行為だとしても、皆と関係を持ったのは事実なのだから。
 一歩前に出て、深く頭を下げる。
「ごめん、皆。言い訳に聞こえるかもしれないけどさ、半端な気持ちで手を出したことは
絶対に無いし、それは分かってほしい。それとツル」
 一旦頭を上げ、こちらを無言で見つめるツルと視線を合わせた。
「いつも言ってるから軽いかもしれないけどさ、この場所で言わせてくれ」
 息を吸い、
「この中に居る誰よりも、好きだ」
 数秒。
 十数秒。
 数十秒。
 一分と時間が過ぎ、もう少しで二分に到達しようとしたとき、ツルは動いた。
「ばか」
 それだけ言って、とん、と軽く股間を蹴ってくる。
 痛みすら感じない程の、そんな弱さで。
「仕方ないから、これで許してあげる。感謝しなさい?」
「ありがとう」
 もう一度ばかと呟き、そっと手を握ってきた。この小さな掌の温かさが、とても愛しい。
 このまま終わると思ったのだが、
「カメよ、まだやることが残っておるぞ?」
 手を打ち鳴らし、ミチルは部屋の中を見渡して、
「問題が解決したら、次は乱交じゃな?」
 一体何を言い出すのだろうか、このエロ亀は。
「このまま皆でオサラバというのも不満が残るじゃろうし、せめて後一回はしたいと思う
者も居るじゃろう。ホウもオウも今日が最後になるから思い出を作りたかろうて。ならば
仲直りも含めて乱交が良いと、否、それしか無い!!」
112『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:12:58 ID:Dw814sqR
「あら良いわね」
 エニシ先生と笑みを交わしあった直後、ミチルはポーズを取った。
「トータス!! ロータス!! ブルータス、お前もか!!」
 指を鳴らし、直後、変化が起きた。
 全員のスカートの前面が盛り上がり、皆は慌てて股間を押さえる。自己申告では半分程
だと思っていたのだが、どうやら十割ちんこ付きになっていたらしい。もっと言うならば
十割まんこ付き、つまり僕も女の体になっている。一回女の体を経験したことはあったが、
フタナリになるなんて初めての体験だ。落ち着いているのはミチルと、それから初めての
筈なのに、何故か顔色一つ変えていないエニシ先生くらいだ。センスと水樹は過去に一度
変わった経験があるにも関わらずパニクっているのに、何故この人は平気な顔をしている
のだろうか。楽しそうな顔をしているし、もう恐怖すら感じてしまう。コイとチーちゃん、
真子ちゃんとアズサ先生は複雑そうな表情を浮かべながら赤い顔で座り込み、ホウ先輩は
珍しく取り乱した様子でオウ先輩にすがり付いていた。オウ先輩は目を細めホウ先輩の頭
を撫でている。しかし涙目のホウ先輩は可愛い、さっきの凛々しさとのギャップも良い。
「準備は良いな」
 ミチルは皆を見回した後で満足そうな笑みを浮かべ、
「ほらほら、せめて一発出さないとの。逆らったら普通の体では帰れんぞ?」
 何と恐ろしい、元野生の生き物は並の人間では流石に躊躇うことも平気でするらしい。
だが皆が困り果てている状況、無視をすることは出来ず、立ち上がる。どれだけ出来るか
分からないが、ミチルが満足するか魔法が自動的に切れるまで付き合う他はない。ツルも
何とも可愛い困り顔でこちらを見ているし、他の皆も同様だ。
「うむ、素直なのが一番じゃ」
 こうして多分これから一生、いや生まれ変わっても体験しないであろう乱交が始まった。
113『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:14:38 ID:Dw814sqR

 ◇ ◇ ◇

「一回だけ、一人一回だけだからね!? それ以上やったらブッ飛ばすから!!」
 一番先に服を脱いだツルが怒声を飛ばす中、二人が近付いてくる。
「何でお前らなんだよ?」
「馬鹿野郎、他人の精液は少ない方が良いだろうが!!」
「あたしも同じく」
 そうかもしれない、他の面子はともかく、真子ちゃんも水樹も元は男だ。真子ちゃんは
先日、一真の姿のときの話だが、女として生きるのもアリかもしれないと言っていたが、
どうやら女体人生は振り切ることは出来たらしい。
 それにしても、真子ちゃんとするのも久し振りだ。水樹には胸が無いので真子ちゃんの
胸を掴み、持ち上げるようにして揉み始める。それなりに大きいにも関わらず感度が割と
良いのは知っているから、そこを重点的に。こなす数が多いので短期で責めたいが、まだ
割れ目の方は一回しか入れたことが無いので指を入れるのは早い。そうしながら水樹の腰
を抱き寄せて、固くそそり立った竿を口に含んだ。
「ん、カメ、積極的、だね」
「当然だ」
 こうでもしなければ体力が持たない、ならば動くことの出来る内に幾らでも数をこなす。
片手間で真子ちゃんに様々な刺激を与えながら、何度も水樹のものに舌を往復させる。
「真子ちゃん、足、開いて」
 膝立ち状態の真子ちゃんの足の間に太股を滑り込ませ、割れ目に当てて小刻みに動かす。
中は開発されていないが、表面に刺激を与えるには良いだろう。それを続けながら水樹の
尻穴を指先でいじり、濡れ始めた割れ目に舌を這わせてゆく。ミチルの魔法のお陰なのか、
普段よりも濡れやすくなっているのがありがたい。早すぎる気もするが、そのようなことを気にしていたら、日が暮れて
しまうどころか翌朝になってしまうだろう。
 水樹の破れ目がほぐれてきたことを確認すると、真子ちゃんの股から太股を引き抜いて
水樹の体を横たわらせた。真子ちゃんの体を俯伏せに重ねると、まずは水樹に挿入する。
どちらに入れるか迷ったが、尻は避けるようにする。この先、例え水樹に入れたものだと
しても、尻に入れたものを嫌がる娘が出てくるかもしれない。別に、せっかくだから女の
水樹でしか出来ないことをしようというケチ臭い考えではない。
114『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:17:30 ID:Dw814sqR
 何度か抜き挿ししていると、背中に柔らかい物が押し当てられた。振り向けばミチルの
悪どい笑み、アズサ先生の乳のときから思っていたが、何故こんなにも急に黒化をしたの
だろうか。このままのペースでいけばエニシ先生のようになりそうで怖い。
「どれ、このままじゃと時間がかかるであろ。なれば」
 言葉の意味に首を捻った瞬間、ミチルのものが僕の中に侵入してきた。胸と同様大きく
設定されたそれで最初は圧迫感のようなものを感じたが、ミチルが腰を振り出した途端に
強烈な快感が襲いかかってくる。サイズで言うとツルもこのように感じていたのだろうか、
中をえぐられ、壊されてしまいそうだ。馬鹿になりそうな感覚の中、
「そして、ブースト機能も付けてやるぞ?」
 うなじにキスをされ、燃えている錯覚を覚える程に体が熱くなってきた。今までなんか
とは比較にならない程の快感が股間どころか全身に押し寄せ、今にも出してしまいそうに
なってくる。ブースト機能なんてフザけて言っているが、これはそんな甘いものではない。
薬を越えた、毒や麻薬といったものだ。
 早すぎると分かっているが、我慢出来ずに水樹の膣内に射精すると、すぐに引き抜いて
真子ちゃんの膣内へと突っ込んだ。やや乱暴だが、水樹の愛液と僕の精液に塗れたそれは、
二回目でキツい筈の場所へと簡単に入ってゆく。
「カメさん、慣れてマスね」
「いっつもアズサ先生達と3Pしてるからじゃないの?」
 半分は正解なので、少しドキリとした。確かにアズサ先生達と3Pすることは多いが、
それ以外ではツル、ミチルとのものが殆んどだ。ミチルは精液を飲むか中出しされないと
魔法が暴発してしまうのだが、ツルが二人ですることを絶対に許さないからだ。そうした
約束があるので決してやましい部分はない、と考えていると腰に脚が回された。
「カメ、動けよ」
 そう言いながら、真子ちゃんが腰を振ってくる。
「ノリノリだな」
「カメに童貞も処女も取られたからな。もう失うモンもねぇ」
「兄さん!?」
 真子ちゃんはノリで言ってしまったのだろうが、チーちゃんが何とも悲しそうな表情で
自分の兄、今は姉である存在を見つめていた。
115『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:19:17 ID:Dw814sqR
 真子ちゃんも一瞬失敗したというような顔をしていたのだが、何かがプッツンしたのか
笑みを浮かべて腰を余計に激しく振りだした。音をたてながら水樹の胸に吸い付き、更に
僕の尻の中へ指を侵入させてくる。あまり上手い動きではないが、その分、勢いに任せた
それは思いの他気持ち良く、つい声が漏れてしまった。それに気を良くしたのか、動きは
激しさを増してゆく。
「凄いエロい顔をしてるぞ」
 真子ちゃんに言われると複雑な気分だが、跳ねる腰が与えてくる刺激で頭の中がすぐに
空になってゆく。一回出して敏感になっている場所だ、耐え間ない刺激によって、いつも
ならば消えている筈の射精感が津波のように押し寄せてくる。
「カメよ、出るぞ」
 ぎゅ、と強くミチルが僕を抱き締めて子宮の入口を押すと同時に射精する。それの瞬間
に僅かに遅れる形でミチルも射精し、出す感覚と出される感覚が思考を埋め尽くす。
「凄いな」
 これがフタナリの醍醐味というものか、癖になってしまいそうだ。
 これで二人に出して残りは九人、まだ道は長いが、今の感覚を何度も味わうという期待
が背筋を震わせた。ツルには悪いと思うが、子宮が熱を持つのが分かる。
 水樹達から離れて一息吐くと、コイとセンスが寄ってきた。アズサ先生達やホウ先輩達
のような玄人は全て後半に回るのはキツいが、二人の火照った姿を見たら、そんなことは
どうでも良くなってしまった。
「カメ、少し見ない間に随分汚れたわね」
「綺麗にしてあげマスね」
 生徒会長用の椅子に座らされると、二人は膝立ちになって股間に顔を埋めてきた。
「うわ、凄い匂い」
 そう言いながらもコイは竿を丹念に舐め、
「ドロドロになってマス」
 センスは破れ目を吸い、舌で中のものを吸い出してくる。
 二人の姿を見て、ふと思い付いた。
「二人でパイズってくれ、頼む」
 コンビで巨乳というのは、意外にもコイ達くらいしか居なかった。巨乳率は割と高いが
元野郎コンビは水樹が貧乳だし、ホウオウコンビはオウ先輩が普乳ザイズだ。大人コンビ
はアズサ先生が小さいとは言わないが巨乳ではないし、その他は悲しいことにチーちゃん
もツルも殆んど限りなく水平線かと思う程に起伏がない。
116『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:21:13 ID:Dw814sqR
 二人は少し首を傾げたが、すぐに理解したらしく胸で肉棒を挟んできた。パイズリ自体
あまり快感の強いものではなく視界で興奮するタイプのプレイだが、そういった意味では
今のものは最高だ。この面子の中でエニシ先生に次いで、
二番目に大きな胸を持つセンス。それよりやや落ちるものの、四番目に大きな胸を持って
いるコイがパイズリをしてくれているのは正に絶景だ。ミチルのしたブースト機能がまだ
残っているせいか少ない筈の快感も比較的強いし、乳首が擦れた瞬間に二人が漏らす声も
気持ち良さに拍車をかけてくる。
 それだけでも十分なのに、
「あ、我慢しなくて良いよ」
「先っぽヌルヌルデスね」
 我慢汁を二人で舐め、キスを交している光景は一種の天国だ。
「すまん、タンマタンマ!!」
 発射しそうになって制止をかけたが二人は止めず、胸の間でぶちまけてしまった。回数
が無限ではないので大事にしたかったのだが、後の祭だと、二人はそう言うように胸や顔
に飛び散った精液を互いに舐めたり、指で拭って相手にしゃぶらせたりしている。比較的
常識的な行動の多い、普段の二人では考えられないような姿だ。
 それを見ていると、股間が再び熱を持ち、頭を持ち上げてくる。
 コイとセンスは先程の水城達のように二人で重なると、こちらに視線を送ってきた。
「早く、お願いしマス」
「早くしなさいよ」
 僕は床に腰を降ろすと、まずはセンスの穴の中へと入ってゆく。一気に奥まで貫いて、
しかし一気に抜くと、次はコイの破れ目へと肉棒を挿し込んだ。こちらもセンスと同じく
奥を突き、そして全てを引きずり出すような勢いで破れ目から引っこ抜く。
 この二人を相手に出せるのは残り一回だ、どちらかに集中すれば不公平になる。だから
交互に抜き挿しをするのが一番だろう。二人とも巨乳だし体が僕好みなのでもっと味わい
たいのだが、回数制限があるというのは何とも残念だ。
 そう考えながらしていたのが原因だろうか、どちらにも入らずに二人の破れ目を擦った
のだが、二人の声が微妙に変わった。考えてみれば中で出す必要もない、そしてどちらも
気持ち良くさせる方法がある。コイはしたことが無いが、センスに素股が利くのは以前に
一度したことなので分かっている。
117『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:23:05 ID:Dw814sqR
 上になっているコイの腰を少し押して二人の破れ目を合わせると、そのまま腰を振る。
予想した通りに二人は喘ぎ声を漏らし、それどころか自分から腰を密着させる。溢れ出る
愛液を潤滑油にしてグラインドのペースを上げると声の音量は増し、それに触発をされた
のか、視線を周囲に向ければ皆も絡みを初めていた。
「や、クリとか、胸が、擦れて」
「気持ち、良い、デス」
 コイとセンスは舌を絡ませ合い、塗れた瞳がこちらを切な気に見つめてくる。二人の頭
を撫でながら、僕は二人の腹の間に精液を放出した。
「あっつい」
「ありがとう、ございマシた」
 二人から離れると、僕はアズサ先生達の方へ近付いてゆく。こちらはエニシ先生のお陰
で最初の辺りから絡んでいて、もう出来上がっているようなので安心だ。横たわって荒い
息を吐き、僕を見上げてくるアズサ先生に軽くキスをすると、割れ目にものを当てがった。
「すまんな、駄目教師で」
「そんなことないですよ」
「セックスが今回で終わり、というのは悲しいが、我慢しよう」
 だが、と一瞬ツルを見て、
「これからも、飲むのくらいは付き合ってくれるか?」
 僕もツルを見て、返ってくるのは嫌そうな顔での頷き。嫌々ながらの答えなのだろうが、
どうやら了解は得たらしい。アズサ先生は眉を八の字にしながら僕とツルを交互に見ると、
すまんな、と小さく声を漏らした。そして首に腕を回すと自ら腰を上げ、僕のものを呑み
込んでくる。は、という吐息と共に密着してきた体は、珍しく煙草の匂いがしなかった。
「今日は吸ってないんですね」
「今日卒業する奴の中に、煙草を吸うなと言うのが居てな。せめて今日くらいは良いかと
思っただけだ。明日からはまた吸うことになるだろうがな」
 視線を感じて目を向ければ、今日はSモードなのか、オウ先輩の体を弄びながら僕達を
見ているホウ先輩の姿があった。なるほど、そういうことかと納得した。確かにそういう
ことを言いそうだ、やんわりと注意をしている姿が容易に思い浮かぶ。それににしても、
普段は気にしてなかったけれど、面白い組み合わせもあったものだと思う。
「そんなことより、動いてくれ。カメの姿を見ていたら、体が疹いて仕方がない」
「分かりました」
 動き始めると、背中に柔らかいものが押し当てられた。
「二度ネタは禁止ですよ?」
「大丈夫よ……穴が違うから」
118『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:25:02 ID:Dw814sqR
 待て、と思った直後、肛門に固いものが押し付けられ、それはゆっくりと侵入してきた。
初めてのことではないにしろ、前の穴と比べても随分と強い圧迫感だ。
「カメ君の中、とても気持ち良いのね」
「ありが、とう、ございます」
 何故僕はお礼を言っているのだろうか。
 小さな疑問が思い浮かぶが、それはエニシ先生が動き始めると消し飛んだ。とても熱く、
しかし背筋が凍える程の痺れが思考を支配する。閉じることの出来ない口の端からは唾液
が垂れてアズサ先生の胸に溢れ落ち、アズサ先生はそれを指で掬うと美味そうに舐めた。
「それに、胸も」
 背後から伸びてきた手が胸を揉み、更なる刺激を与えてくる。
「カメ君、綺麗」
 その言葉と共にエニシ先生は絶頂し、僕もアズサ先生の中に精液を放出した。
 今度はエニシ先生を横にさせると挿入してゆく。比べるのは失礼だと分かっているが、
正直な話、他の人とは段違いの気持ち良さだ。作りが違うと言うのだろうか、もう五度の
射精を終えて弱りかけているというのに、今までで一番の固さを持ってくる。果たして人
なのだろうか、という馬鹿馬鹿しい疑問さえ思い浮かぶ程、この世のものとは思えない程
の快楽だ。膣内はツルや、一度体験したホウ先輩の中と同じくらいキツいのに、年齢相応
の溶けるような柔らかさも持っている。もし聖人君子だったとしても、エニシ先生の手に
かかってしまえば間違いなく落とされてしまうだろう。
「ほら、アズサ、いらっしゃい。綺麗にしてあげる」
 言われた通りにアズサ先生がエニシ先生の顔に跨ると、長い舌を伸ばして割れ目に侵入
させた。掻き出すようにして動かす舌の動きに、アズサ先生はそれだけで達してしまった
のだろう。頬を紅潮させて体を痙攣させ、僕の胸へ顔を埋めてくる。
「あ、カメの、胸」
 そして赤子のように吸い付き、見計らったかのようなタイミングでエニシ先生が痛い程
に締め付けてきた。まるで女性器が一つの生物であるかのように貪欲に僕のものを舐め、
奥まで飲み込むようにして動いてくる。その部分から燃えて消えてしまいそうなくらいの
快感を受け、僕はエニシ先生の中に放出した。
119『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:26:52 ID:Dw814sqR
 残り五人、やっと折り返しか。
「カメ君、入れてばかりでは退屈でしょう?」
「……ボク達は、ちょっと違うよ?」
 肩を引かれて仰向けに押し倒されると、オウ先輩が覆い被さってきた。固くなったそれ
を僕の膣内に入れると肩を掴んで僕を持ち上げ、続いてホウ先輩が尻の方へ挿入してくる。
「二穴責め、というのをしてみたくて」
 ホウ先輩がそう言うと、二人は動き始めた。過去にも一度、水樹や一真とこうしたこと
をしたときがあったが、それとは比較にならない程のものが襲ってくる。そのときは一真
は童貞だったので幾分か余裕があったのだが、今回の相手は違う。エロいことに関しては
先天的なものを持つホウ先輩が相手な上に、そのホウ先輩と毎晩身体を重ねているらしい
オウ先輩が相手なのだ。前からも後ろからも責められ、頭が白くなってゆく。
「あら、こちらも寂しそうですわね」
 ひやりと冷たい何かが竿に絡み付く。ぼやけてきた目を向ければ背中から回されたホウ
先輩の手指が僕のものを包み込み、それを扱き始めていた。
「ほら、気持ち良いでしょう?」
 背後に居るので顔を見ることが出来ないが、耳元で囁かれる冷たい声で、どのような顔
をしているのかが分かる。きっと最初の、足を舐めさせられたときと同じ、優越感に満ち
とろけきったような表情を浮かべている。ぼくはMではない筈だが、それを思い浮かべた
途端にぞくりと背筋が震えた。エニシ先生とは真逆の方向性だが、興奮させるという意味
では似た性質のもの。言うなれば、毒密のような魔性の瞳が僕を見ていると思うだけで、
脳を埋める白い霞が増してくるように思える。
 それを感じ取ったのかホウ先輩は耳元で小さく笑いを溢し、扱く手の速度を上げてきた。
僕の密を両手の指で掬うと竿に塗り込み、わざとらしく音をたてながら扱き上げてくる。
敏感な部分から外れているのは、わざとなのだろうか。
「ほら、カメ君のですわよ?」
 片方の手を離すと、それを目の前まで掲げてきた。指を開いて糸が引く様子を見せつつ
運ぶのは僕の口元、舌を伸ばすと指先を口の中へと侵入させてくる。舐めなさい、と囁く
声に逆らうことが出来ず、僕は薄い塩の味がする指を舐めた。
「美味しい?」
120『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:28:53 ID:Dw814sqR
 美味いものではないが、首を縦に振り、ホウ先輩の指を何度も舐める。味はすぐに消え、
残っているのは細く柔らかい指の感触だけだが、それでも舐め続けているのは多分相手が
ホウ先輩だからだろう。そうしても良いと思えるものが、ホウ先輩にはある。
「良い子ですわ」
 僕の唇から指を引き抜き、それを一旦オウ先輩に舐めさせた後、ホウ先輩の腰の動きが
一気に加速した。オウ先輩の動きも激しさを増していき、オウ先輩の唾液に塗れた手指も
再び僕のものを扱き始める。三点での強烈な責めは、エニシ先生に入れたときと同等程の
快感だ。これが最初に持ってこられたら、どうなっていたか分からない。
「……もっと、もっと気持ち良くしてあげる」
 今、何と言っただろうか。
 言葉の意味を理解する前にオウ先輩は僕の胸へ吸い付き、反対側を激しく揉み始めた。
ホウ先輩も手が使えない代わりとでも言うように耳に舌を這わせ、甘噛みし、肩や首筋に
何度も唇を重ねてくる。二人の荒い息が肌を撫でてくる擽ったい感触すらも、今の僕には
愛撫の一つになっている。これは不味い、普段のツルの気持ちがなんとなく分かった。
「カメ君、多分、出ますわ」
「……男の子の、凄い、何だろう、分かんない」
 うめくような声の後、二人のものが震え、
「僕も」
 先に達したのは僕だった。
 オウ先輩の腹の上に精液を飛ばすと同時、二人の精液も中に溢れてくる。前の穴と後ろ
の穴、下半身に熱を持った液が満ちてゆくのを感じながら吐息を溢す。
 数秒経ち、二人はものを引き抜くと、僕の前に立った。
「あれ、もう良いんですか?」
 まだ後にも控えているので少ないに越したことは無いけれど、少し物足りない気がした。
膣内は今敏感になりすぎているので挿されるのは少し辛いが、他のことなら少しくらいは
出来そうな気がする。
 だが二人は首を振り、
「私達は二人で一人ですから」
「……これで、満足」
 まるで双子のようにそっくりな笑みを浮かべ、それぞれ左右の頬にキスをしてきた。
「さて、残るは」
 ミチルとチーちゃん、ツルだが、ミチルは笑みを浮かべて首を振り、
「儂は良い、他の者とは違って別の日でも出来るし、それに最初のときにカメに中出しが
出来たから満足したしの。それよりも他の者に回してやった方が良いぞ?」
 言葉を受けて、チーちゃんが寄ってくる。
「お疲れ様です」
121『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:31:20 ID:Dw814sqR
「本当にな、さっきなんが壊れると思った」
 前後の穴からホウ先輩とオウ先輩の液が溢れてくるのが分かる、この絨毯も後で何とか
しないといけない。色々なところに精液やら愛液やらが染み込んでいるし、寧ろこの部屋
自体もセックス後の匂いで充満している。もし今誰かが訪ねてきたら、仮に全員服を着て
いたとしても何をしていたかがバレてしまうだろう。ミチルの魔法でどうにかならないか、
と考えながら、溜息を吐く。
「ちょっと、休憩したら? 後は私と、この」
 クッキーの乗った皿を持ってきたツルはちらりとチーちゃんを見て、
「貧乳だけなんだし」
「ツル先輩だって貧乳でしょう」
「私はバランスが良いのよ」
 確かに小学生のような外見とのバランスは良いが、
「ツル先輩は年齢と外見のバランスが駄目でしょう!?」
 チーちゃんの突っ込みに、全員が頷いた。
 だがツルは気にした様子もなくクッキーをかじり、眉を寄せ、
「コイ、この味」
 何故か僕を殴った。
 ツルの発言に首を傾げたコイは皿から一つ取ると口に含み、
「うわ、焼きたてのときはマトモだったのに。今のこれって……カメ、アンタ何したのよ?」
 全員が寄ってきて、同じくクッキーをかじれば皆が僕の方を向く。
『カメの精液の味だ!!』
 沈黙。
 数秒皆が黙り、微妙な雰囲気が満ちた。
 その空気が嫌だったのか、ツルは立ち上がるとチーちゃんを押し倒し、
「千歳、続きしよっか」
「そうですね」
 後半戦が始まった。
 ふ、と吐息を溢しながらチーちゃんのものを挿入させ、ツルはこちらを向いた。
「酌だけど、千歳に先に入れて」
 頷き、僕はチーちゃんの膣内に挿入する。少しインターバルが空いていたものの、濡衣
精液味クッキーのせいで乾く暇も殆んどなく、思っていたよりも簡単に入っていった。
「何かこうも簡単だとムカつくわね」
 それは幾ら何でも言い掛かりだろう。
「まぁ、そうカッカしないでよ。確かに今のカメはビッチ全開だけどさ」
「確かに、ステイツ基準でも今のカメさんはビッチデスね」
 そう言いながら、コイとセンスはツルの胸へ吸い付いてゆく。他の皆も同様に僕のこと
をビッチと言いながら、しかし僕達に絡み付いてきた。
122『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:33:02 ID:Dw814sqR
 水樹は僕の尻に、真子ちゃんは前の穴に挿入しながら。ミチルはチーちゃんの顔を跨ぎ
顔面騎乗位、ホウ先輩とオウ先輩はミチルの胸を吸いながらチーちゃんの腕を使い素股を
開始している。アズサ先生はホウ先輩のものをフェラしながらコイのものを扱き、エニシ
先生はセンスのものを扱きながらオウ先輩のものをくわえている。二人とも反対の手では
チーちゃんの胸を愛撫しており、ホウ先輩とオウ先輩はそれぞれアズサ先生とエニシ先生
のものを扱きあげる。そうする度に様々な場所や方向から女の子達の声が響く、正真正銘
の12Pの状態だ。
「凄い状態よね、まあ今更突っ込む気にもならないけどさ」
「余裕あるな」
「カメがいっつも激しいからね」
 だが愛撫をされていて余裕があるのはツルらしくない、そう考えたところで空いている
部分に気が付いた。胸も前の穴も塞がっているのだが、まだ誰にも触られていない部分が
存在する。コイとセンスはミチルのものを扱いているが、手が空いていない訳ではない。
多分僕に気を遣ってくれたのだろうと思う部分、固くなった肉棒に指を這わせると、ツル
は途端に大きな声を漏らした。
「ば、馬鹿!! 触ん、ないで」
 そう言われても、ツルの反応が可愛くて仕方がない。先端を弧を描くように指先で擦り、
先端に滲み出てきた透明な汁を塗り広げた。そうしていると腕の中の小さな背はいつもと
同じように震え、長い息を吐きながら前屈みになってゆく。
 だが、それは途中で止まった。
 コイとセンスが胸を吸っているせいで、それ以上ツルの体が折れないのだ。身を折って
堪えようとしているが出来ず、暴れるような動きで声を漏らす。しかもこのタイミングを
狙っていた訳ではないのだろうが、一回イッてしまったのだろう。僕のものを包んでいる
膣内がキツくなると同時にチーちゃんの腰が跳ねて、ツルは強く突かれる状態になった。
しかも中に出されたツルは、それが決め手になったのか、一際高い声を漏らして射精した。
サービスのつもりなのだろうか、通常よりも多く設定されたらしい精液は広く周囲に飛び
散って、皆の体に降り注いでゆく。
「カメ、あんた、いっつも」
 ツルの言いたいことはなんとなく分かったが、多分普段僕が感じているものよりも何倍
も強いものだと思う。いつもこんな感じだったならば、僕は既に廃人になっている。
123『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:34:51 ID:Dw814sqR
「チーちゃん、もう少し我慢してくれ」
 まだ射精の余韻が残っているのか、肩で息をするツルの腰を持ち上げて割れ目から竿を
引き抜かせると、チーちゃんの腰を掴む。動きやすいように位置を調整すると、僕は腰の
動きを加速した。それで連続でイッているのか膣内の痙攣が何度も続いて、断続的に肉棒
が跳ねて何度か精液を吹き出してくる。また位置を調整したときに水樹と真子ちゃんの竿
も良い部分に当たったらしく、二人のものも限界が一気に近くなってきまのか僕の膣内で
痙攣を始めた。他の皆も絶頂が近付いてきてるのか、どの声が誰のものか分からない程に
喘ぎ声を増している。
 最初に達したのは真子ちゃんと水樹だった。特殊なシチュエーションがそうさせている
のだろうか、二度目の筈なのに、一度目よりも熱く、量を増したものが僕の中に流れ込む。
続いてコイやセンス、ミチルが射精し、ツルの体を白く汚してゆく。数秒遅れてホウ先輩
とオウ先輩、エニシ先生とアズサ先生が射精し、全員の体を白濁した液で染めあげた。
 そして僕も、
「カメさん……熱い」
 チーちゃんの中に八度目の射精をした。
 これで残るは一人、大本命のツルだけだ。
「ツル、愛してる」
「うん」
 皆も射精した筈なのだが、行為を止める気配の無い中、ツルも例外ではなかったらしい。
先程とは逆の立場、チーちゃんに挿入しているツルの腰を抱き抱えると、僕もツルの膣内へ
挿入していく。ずっと最後に残しておいただけあって、とびきり気持ちが良い。ホウ先輩
達やエニシ先輩のものも良かったが、やはり一番はツルだと実感した。
「随分元気ね」
「実はフラフラなんだけどな」
 花のようにツルは笑うが、冗談ではなかった。これまで八回も、しかも短時間で出して
いるのだ。自己新記録の回数をこなしている状況、よくも出せたものだと思いたい。
 それでもツルが相手なら、きっと最後まで頑張ることが出来る。
「ま、頑張りなさいよ、男でしょ?」
「今は女の子だけどな」
 だが、こうして珍しい積極エロスの言葉をツルが言ってくれるのだ。
124『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:35:56 ID:Dw814sqR
 疲れた体に鞭を打ちながら、強く腰を打ち付ける。奥を突く度に小さな尻が震え、コイ
やセンスが胸を吸う度に膣内が締まって僕のものを絞りあげてくる。何度しても飽きない、
僕にとっては最高に愛しい体だ。幼児体型なんか、問題ではない。
 それに勿論、体だけじゃない。
 存在そのものが全て至高だ。
「カメ、もう、イキそ」
 僕もだ。
「ん?」
 突然、頭がグラグラしてきた。急激に目の前の光景がぼやけて、ツルが分身したように
見えてくる。ツルが沢山居るとは実に素晴らしい。その日によってツルをチョイス出来る
など並の難易度ではないだろうか、
「僕なら余裕!! 寧ろ全部をチョイス!!」
「何の話よ!?」
 ヘッドパッドされ、頭の中に浮かぶのは過去の映像。だが何故か理不尽なことにツルに
ブッ飛ばされてきたものの総集編だ。体が小さいので蹴りが多く、その度にが見えていた
というのが実に良い。脳内の編集員には是非何か爵位を与えたいと思う、領土はツル専門
記憶野の拡大でどうだろうか。
 それが良い、と頷こうとして力が入らず、思いっきり体が傾いだ。
「え、ちょっと!!」
 いかん、無理をしすぎたか、これは。
「カメ!?」
 直後。
 視界が黒く染まった。
125ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/14(金) 01:38:12 ID:Dw814sqR
今回はこれで終わりです

あ、すいません、最初に嘘吐きました
重大発表なんてありません

ただ、俺の名前が『ろぼ』じゃなく『しかくぼ』だって言いたいだけです
別に誰かが突っ込んだ訳でもないですけどね
126ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/14(金) 01:50:57 ID:Dw814sqR
しまった!!
質問コーナー次レスから
127『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:54:14 ID:Dw814sqR
亀「さて、『ツルとカメ』質問コーナー」
水「テンション低いね」
亀「もう何万kcal消費したか分からん、今にも死にそうだ」
水「頑張って。今回は6つのレスと9枚の葉書を御紹介!! 大漁大漁!!」
亀「ゲストは全員」
皆『よろしく!!』

>>89
真「これは俺が答える。モロッコも危険だ」
亀「何で知ってんだ?」
水「ほら、まだ立ち直ってないから」
真「外野うるせぇ!! 独自のルートで調べた結果、保証もイマイチで、メリットは値段か」
亀「詳しいな」
真「だから、どうしても結婚と言うなら寧ろオーストラリアとかに国籍を移せ。以上」
水「作者の意思は!?」

つ[]水樹、瑞穂、準にゃん
亀「ここは最近ギャルゲに手を出し始めたセンスだな」
扇「個人的にはBLの方が好きなんデスけど」
水「うわぁ」
亀「オタまっしぐらだな」
扇「ここは、こう言うべきデスね」
亀「もうオチが読めたな」
扇「こんなに可愛い娘が女の子な訳ないデスよ!!」
水「どんな理屈だよ!?」

>>91
縁「ごめんなさいね、あたしは訳あって結婚出来ないの」
亀「そう言えばそうでしたね」
水「この伏線って回収されたっけ?」
亀「いや、これは敢えて明かさない方針らしい」
縁「良い女には謎が有るものよ?」
亀「だそうです」
水「投げっぱなしじゃないですよね?」
縁「うふふ」

つ[]赤玉出るまで〜
水「これって都市伝説らしいけどね」
亀「赤玉マジで出るかと思ったけどな」
恋「その前に意識が飛んだわね」
亀「心配してくれたのか?」
恋「当たり前でしょ?」
水「コイが超素直になってる!?」
恋「何よ? 文句あんの?」
亀「素直なコイは可愛いな」
恋「な、何を言ってんのよ馬鹿!! 腐れちんこ!!」
128『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:55:20 ID:Dw814sqR
つ[]水樹に私を真っ白に〜
亀「ヨーグルト的、つまり発酵」
千「言い方を変えれば腐って、つまり腐女子的に……BLですね」
水「何でチーちゃんまでBLに目覚めてんの!?」
亀「つまり>>93と水樹がBLすると」
水「この人は先週爆乳女子って結論出したでしょ!?」
千「問題は攻めか受けか……」
水「聞いてよ!?」

>>94
亀「実際にこんな話は無かったよな?」
鶴「……勿論よ」
恋「……ある訳ないじゃん、ねぇ?」
亀「…………何だ、その妙な間は?」
鶴「……」
恋「……」

つ[]ハーレム実現に嫉妬〜
亀「何人か、と言われてもな」
水「アズサ先生、出番です!!」
亀「チーちゃんもどうだ?」
梓「私はあまり、その、カメ、婿に来ないか?」
千「兄さん、出番です」
真「何でだよ!?」

>>96
亀「つまり、全員僕の嫁と」
水「あたしも!?」
真「俺もか!?」
亀「それしか無いな」
鶴「へぇ?」
亀「ごめんなさい、愛しています、永遠に」
鶴「何で575なのよ!?」

つ[]水樹は蒼星石ですか?
鳳「それには私が答えるのだわ」
凰「……ホウ様、喋り方が真紅になってる」
鳳「ちょっとした演出ですわ。さて、蒼い子と言えば」
亀「待って下さい」
水「この鋏でカメのちんこをチョン切れば良いんだね?」
亀「落ち着け、お前に双子は居ないだろ?」
鶴「覚悟しやがるです、チビ人間!!」
亀「僕はデケェよ!!」
129『ツルとカメ』×51:2007/09/14(金) 01:58:42 ID:Dw814sqR
つ[]水樹はカメを〜
水「うん、好きだよ。友達として」
亀「僕も水樹は好きだ、友達として」
満「その割にはノリノリだったのう」
千「BL?」
扇「BL!!」
亀「発破かけたのはお前だろ!?」
満「儂のせいにしないて欲しいのう」
亀「このエロ亀!!」

つ[]カメがレヴァンテイン〜
亀「あのスレを見たのか」
真「その理屈でいくと俺はホモになるな……黙れ!!」
亀「まぁ、落ちは読めるな」
水「やめてよね」
真「レイジングハートだな、頑張れ」
全『SLB!! SLB!!』
水「皆の馬鹿!!!!」

つ[]水樹のケツを〜
水「駄目」
亀「早いな」
水「次にいくよ」

つ[]水樹としたい〜
水「駄目」
亀「早いな」
水「次にいくよ」
鶴「天丼?」
水「うるさい」
鶴「ごめんなさい」
水「次」

>>102,103
水「あたしの為に殺し合いなんてするのは止めて!!」
亀「もう最後は水樹の独壇場だな」
鶴「私がメインヒロインなのにね」
亀「僕の中では常にツルがメインヒロインだ」
鶴「何言ってんのよ、馬鹿」
恋「うわ、甘酸っぱい」
扇「やってらんないデスよ」
千「本当、憎たらしい」
満「青春じゃのう」
凰「……ボクの中では、ホウ様がメインヒロイン」
鳳「私もですわ」
縁「羨ましいわね」
梓「全くだ」
真「新しい恋でも探すかな」
水「頑張って!!」

亀「さて今回も終わり、次回のヒロインはツル!!」
水「もう最終回になるんだね」
亀「そうだな」
水「それでは次回をお楽しみに、『ツルとカメ』でした!!」
130ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/14(金) 01:59:39 ID:Dw814sqR
やっとマジで終わり
次回最終回!!
131名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 02:22:06 ID:XkYfZ0WJ
>>130
一番槍GJ!
まさかみんなでフタナって大乱交とはwww

つ[]<カメ、お疲れ様、そしてお幸せに。
132名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 03:08:15 ID:r1wbCmn6
こんだけ個性あるキャラで12Pってすごいなw
是非映像化して頂きt(ry
133名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 05:15:00 ID:kAVSV1Dp
ていうか待って!! 大乱交スプラッシュブラザーズ(仮)は正史なの!?
Ifルートじゃなくて!?




つ[]<縁先生は初期装備ですか?



つ[]<末長くお幸せに
134名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 14:49:23 ID:QxQOOIpN
GJ!次で最終回か・・・
長期連載お疲れ様した。


っ[]<次回、ついに俺と水樹が海が見える丘の上の白い教会でアッ(ry
135名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 15:10:38 ID:kAVSV1Dp
パーカット
136名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 21:49:35 ID:xie/pCj5
つ[]<コイは俺の嫁
137名無しさん@ピンキー:2007/09/15(土) 07:57:56 ID:dQdcu2HV
しかくぼ(今更すぎだが)氏GJ!!

12Pとは驚いたwwwそしてカメ、お前はどうなってしまうwww
つ[]ミチルの究極魔法でカメを12人に増やしたら、みんなしあわry
138名無しさん@ピンキー:2007/09/15(土) 18:50:38 ID:sGBZeVPk
こうなったら

しかくぼタンハァハァww
139名無しさん@ピンキー:2007/09/17(月) 09:30:56 ID:hc630RCL
□ボ氏GJ!!!
誰が誰と何したかもわかんなかったぐらい亀が大変だと理解した。

つ[]じゃあ、アズサ先生だけでもくだs(ry
140名無しさん@ピンキー:2007/09/17(月) 18:07:41 ID:3Adq9gZc
gjgjgj!

つ[]< >>134くんと2人で水樹タソをアッー!アッー!したいよぅ・・・
141名無しさん@ピンキー:2007/09/20(木) 03:07:43 ID:aPhhcrfM
保守
142名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 16:57:08 ID:9nfTz0jP
□ボさんGJ

つ[]ツルのぺたんこ胸は俺のもの
143名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 20:14:43 ID:Lxv13JAq
今だから言える。

質問コーナーで時々激昂しすぎて男言葉に戻る水樹が好きだった。
144名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 22:01:02 ID:VMf4N9vD
>>143
( ・∀・)人(・∀・ )
145名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 22:58:55 ID:CU3yuC63
>>143-144
( ・∀・)人(・∀・)人(・∀・ )
146名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 23:03:47 ID:bLCn8bf2
>>143-145
OwO)人( ・∀・)人(・∀・)人(・∀・ )
147名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 23:05:35 ID:WdxRI8tE
それでも俺は、ツルを愛しているんだ
148名無しさん@ピンキー:2007/09/21(金) 23:52:00 ID:VMf4N9vD
>>146
IDがbLなのには運命的な何かを感じる
149ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/22(土) 01:28:08 ID:NHCzEwxa
投下しますよ
150『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:29:10 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

「……て」
 何だろうか、やけに騒がしい。
「……なさい」
 そんなに叫ばなくても、きちんと聞こえているというのに。
「起きろっつってんでしょ!?」
「ちょっと、ツル。流石に止めなさ……」
 目を開いて最初に見えたのは、高速で迫ってくる拳。
 反射的に首を横に振って避けるとマウントポジションを取っていた誰かを突き飛ばし、
そのまま一気に後退した。意味が分からない。何故起き抜けに殴られそうにならなければ
ならないのだろうか、そんな恨みなど買った覚えなどないというのに。
 取り敢えず今の状況を把握しようとして、
「は?」
 混乱した。
 豪華な部屋だ、それだけなら構わない。棚に置いてある楯やトロフィーを見れば、俺が
現在居る場所が、織濱第二高校という高校の生徒会室か校長室のようなものだと分かる。
いや、よく見たら部屋の隅には幾つかの段ボール箱や鞄が置いてあるから生徒会室辺りで
決定か。いや、そんなことは問題ではない、問題なのは視界の中の人間だ。
 何故か皆、数えて11人全員が全裸だった。
 しかも年齢はバラけているものの性別は同じ、全てが女。
「う、いかん!!」
 観察という目的はあったが、それは下らない言い訳にしかならない。女性の裸をじっと
見つめてしまっていたことに気付き、俺は慌てて目を背けた。マナー違反以前に、これは
まず人として失格だ。相手が全裸だからと言っても、視姦しても良い理由にはならない。
 しかし分からない。何故、俺はこんな場所に居るのだろうか。
「あー、カメ? 別に今のは仕方ないし、こんな状況だから皆の裸を見ても怒らないわよ」
 そもそも何だ、あの年齢の差は。上は三十手前辺りから、生徒の親だということは多分
無いから、つまり教師達なのだろう。下に至っては、小学生だろうか。俺を殴ろうとした、
あの目付きのやけに悪い子供だ。身長も低かったし、体の起伏も存在しなかった。転んだ
拍子に見えてしまった割れ目は毛も生えてなかった。どこか大人びた雰囲気もあったから、
小学五年生辺りだろうか。
「カメ、聞いてる?」
 ロリコン罪でブタバコ行きになるのか、両親には何て謝ろうか。
「カメってば!!」
 無理矢理に顔を掴まれて、再び女の子達が目に入る。この女子、なんて力だ。さっきの
拳も避けていなかったら、きっと鼻の骨や歯が折れたりしたに違いない。
151『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:31:37 ID:NHCzEwxa
 いや、それより気になることがあった。さっきから珍妙な単語が出てきているが、
「カメ、って俺のことか?」
「そうだよ?」
 女の子の一人、いや男か。どう見ても女の子だが、股間には男の象徴が鎮座していた。
「水樹、あんた戻ったなら服着なさいよ。男なんだから」
 水樹というらしい男子に視線を向けたが、逆に疑問の視線を返された。何を言っている
のか、とでも言うように。だが分からないものは分からない、俺はそんな名前ではなく、
「ん?」
 思い出せない。
「俺は」
 何という名前だったのか。
「そう言えば、何でカメさんなのか知らないデス」
「あー、それな。小学校に入ったときのクラスの自己紹介でよ、緊張しまくってたコイツ
が孝道をタカメッチって言ってな。タカメッチを略してカメッチ、カメになったんだ」
 そうなんだ、と皆が応えているが、俺としては意味の分からないままだ。取り敢えず、
俺の名前が孝道であだ名がカメだということが理解出来たが、それが状況の把握に繋がる
という訳ではない。分かったことと言えば、俺が女の子達と同年代ということくらいだ。
「あのさ、何で皆裸なんだ?」「え? ついさっきまで皆で乱交してたからでしょ、そりゃ」
 今は出来るだけ女の子を見ないように目を閉じているので少し妙な言い方になるのだが、
目の前に立ったままの小学生が呆れたように答えてくる。もうこれ以上驚くことは無いと
思っていたのだが、甘かった。小学生が普通にアブノーマルなことを言ったり、こんな数
で乱交をしていたり、それに推定教師が交じっていたり、どこまで無法地帯なんだろうか。
しかも小学生の口ぶりや俺も裸という現状を考えてみれば、普通に参加していたようだ。
 恐ろしい。
「そうだよな、セックスは裸が基本だもんな……有り得ないだろ!!」
 ついノリツッコミをしてしまったが、そんな乱交だのという説明で疑問は氷解しない。
寧ろ嫌な現実を突き付けられて、余計に混乱してしまった。
「何なんだ、アンタら!! おかしいだろ!! 乱交パーティをしていたのは嫌だが理解した。
でもよ、こんな小学生を連れ込んでするなんて幾ら何でも……」
「誰が小学生よ!?」
 再びマウントポジションを取られた、無茶苦茶だ。だが殴られる訳にはいかない。この
小学生の怪力は洒落にならないと、捻られたときから痛んでいる首が伝えている。
152『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:34:09 ID:NHCzEwxa
「ごめんごめん、中学生かな?」
 一発目の拳を掴んで防ぐ、こんな力が俺にあったなんて驚きだ。
「あんた、さっきから馬鹿にしてるの!?」
「誤解だ!!」
「待て、カメの様子がおかしいぞ?」
 ハスキーな声の眼鏡の女性が待ったをかけてくれた、流石は大人だ。乱交を見過ごした
だけでなく参加までしていたらしいので最初は人間性を疑っていたのだが、大事な部分は
分かってくれているらしい。因みに隣にも歳が同じくらいの人が居たのだが、何故か本能
が関わってはいけないと告げていた。
 そしてここからのフォローに期待していたのだが、皆は黙り、首を振った後で、
『いつものこと、いつものこと』
「いや、そうじゃなくてだな。まともっぽくないか?」
「何だその理不尽発言は!?」
 駄目だ、話がまるで通じない。
「まともじゃないなのはアンタ達だ。良いから、まずは服着ろ。見てるこっちが目の毒だ」
 その発言に、全員が驚いたような顔をした。
「特にお前、まだ小さいんだから、下品なことは遠慮しろ」
 そう言って未だマウントを取ったままの少女に目を向けると、
「どうしたの?」
 心配そうな顔をされた。
「アズサ先生の言葉じゃないけど、本当におかしいわよ?」
「そう言えば、珍しく乳を揉んだりしてないのう」
「ツルにも手を出さないわね」
「さっきから一度も私達を直視しようとしてないですね」
「そうだな、いつもなら視姦した上にセクハラしてくるのだが」
 女の子達はそれぞれ好き勝手なことを言っているが、それでは只の変態なのではないの
だろうか。そんなに露骨に見たり体を触ったりするなんて、頭がおかしいとしか思えない。
しかも皆は、それが当然と言うか、日常的に行われていたというような態度で話している。
「あの、カメ君?」
「何だ?」
 まるで漫画に出てきそうな、典型的なお嬢様といった外見の女の子が声をかけてきた。
「私達の名前、言えます?」
「いや、さっぱり分からん」
 空気が凍った、そんな気がした。
 先程まで俺がしていたらしい奇行を話していた女の子達が一斉に黙り、二人の大人は眉
を寄せ、金髪のお嬢様は隣に座っている褐色肌の女の子と頷きを交わしている。
 そして俺の腹の上、とても小さな女の子は、
「……何、それ?」
 肩を震わせていた。
「まぁ、何だ。その」
 詰まるところ、
「俺は記憶喪失というものらしい」
153『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:36:02 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

「さ、食って」
 あれから、俺はコイという少女の家に呼ばれた。過去の強い出来事をきっかけに、何か
思い出すかもしれないとエニシ先生という人が言ったからだ。俺が小学生だと思った少女、
ツルという名前の子と一緒に暮らしているらしいので最初はそちらにしようかという意見
も出たが、ツルは酷く錯乱していたので最後に回そうということになった。その代わりに
最初に選ばれたのが、このコイという娘だった。
「いただきます」
 出された料理はシンプルな片面焼きの目玉焼きだ、どうやらこれが俺とコイの思い出の
料理らしい。付けられたのは塩胡椒、以前の俺は通好みの食べ方をしていたようだ。
 箸で適当に黄身を崩し、白身に絡めて食べる。何も妙な部分が無いが、何度か噛むと実
に濃い旨味が口の中に広がった。卵のパックは市販のものだったので特別な材料は使って
なかった筈なのだが、ここまで出来るなんて、コイは料理の天才か何かだったのだろうか。
「どう?」
「凄いな、こんなに美味い目玉焼きは初めてだ」
 と言っても、過去の記憶が無いので実は何度も食っていたのかもしれないが。
「全部、カメのお陰だよ。何度も失敗して、それに付き合ってくれて」
 失敗って言われても、目玉焼きのどこに失敗する要素があるのだろうか。
「最初は粉ジュースも作れなかったし、料理しても化学兵器になったし」
 それは流石に冗談だろうと思うが、表情からは真剣な気持ちが見えてくる。何度も失敗
に付き合うなんて、以前の俺は随分とお人好しだったのだろう。苦手だったものが自信に
変わるまで支えてやるなんてことは、言うよりもずっと難しくて大変だと思う。
「今のあんたに言うのもおかしいけどさ、改めて言うよ。ありがとうね。こんな不愉快な
女に付き合っててさ、正直大変だったと思うし」
 そうなのか、ツルと同様に目付きが悪いが、そんな性格じゃないとは思う。
「いっつも腐れちんことか言ってたし」
 何て酷いことを言うんだ、この女は鬼か。毎日そんなことを言われたら、心がくじけて
しまうに違いない。それとも俺はお人好しではなく、ヘタレか変態だったのだろうか。
「それよりさ、何か思い出した?」
「いや、すまん」
 残念なことに、何も思い出せなかった。
 コイは悲しそうな目をするが、仕方ないわね、と溜息を吐いた。
「ツルじゃないと駄目かもね」
154『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:37:18 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 コイの次は、アズサ先生という俺の担任教師の部屋だった。外見が割とキツい感じだし、
妙齢の女性の独り暮らしの部屋だ。多少ボロいアパートなので不安は感じていたものの、
それ以上に緊張の度合いが高い。しかし教師と個人的な付き合いがあるなんて、以前の俺
は常識や倫理というものを知らなかったのだろうか。
 そう色々考えていたが、ドアを開いた瞬間に全てが消し飛んだ。
 部屋の状態を説明するなら、三つの単語で充分だ。
 煙草、酒、ゴミ。
 もっと端的に言うなら、独身女性的。
 全ての独身女性に当てはまる訳ではないだろうが、イメージとしては正にそんな感じだ。
部屋の中には煙草の匂いが染み付き、隅には出しそびれたらしいゴミ袋や空瓶などが並び、
ちゃぶ台の上にはスナック菓子やコンビニ弁当、惣菜などの残骸が無様な姿を晒している。
ベッドや壁に架けられたコートと上着は皺がなく綺麗だが、逆に言えば、それ以外は全滅
という非常に辛い状態だ。
「これは、その」
「あ、すまん。今片付ける」
 そう言ってアズサ先生はちゃぶ台の上のものを適当にゴミ袋に突っ込んだ。弁当などの
パックは洗ってリサイクル用の袋に入れるべきだと思うのだが、分別という言葉など頭に
無いらしく、とにかく適当にゴミを袋に詰めてゆく。割箸は折って小さくし、袋に負担を
かけないように。プラスチック類は鋏で細かく切って、って何でこんなことを覚えている
のだろうか。何故か片付けの手順が頭に思い浮かんでくる。
「これは、ちょっと」
「これが私だ。学校では真面目にやっているが、私生活は荒れがちで、婚期も逃しそうに
なり、結局見栄だけ張って無様に生きている。上手くいっていない女の典型的な例だ」
 だが、とアズサ先生はこちらを向き、
「お前は、その私の弱さを肯定してくれた。在りの儘で良いと、そう言ってくれたんだ」
 これを見てそんなことが言えるなんて、大物なのか馬鹿なのか。出来れば前者であって
ほしいが、学校での皆の反応から察するに後者かもしれない。何だろう、記憶を取り戻す
のが少し恐くなってきた。
「それに私はこの通りの堅物顔だろう、そんな私をクラスに馴染めるようにしてくれた」
 キツい顔をしていると思っていたが、柔らかい笑みが結構似合う。
「思い出したか?」
 俺は首を横に振った。
155『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:38:58 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 次に連れていかれたのはバーガー屋、ここでミチルという少女はバイトしているという。
聞けば他にも何個か掛け持ちしている鉄腕アルバイターらしいが、そのきっかけになった
のが、どうも俺だったらしい。正確には生きる目標や楽しみを見付ける手伝いをしていた
とか何とか、要は前の二ヶ所と同じでお人好しな世話をしていたようだ。
「カメが拾ってくれなんだら、儂も生涯ただの亀として暮らしていた筈じゃ」
「いや、拾ってって犬や猫じゃないんだから」
「そう言えば、お主は記憶が無いんじゃったの?」
 直後、信じられないことが起きた。
 ミチルが光に包まれたかと思うと、その姿が忽然と消えたのだ。コイが凄腕の料理人と
するなら、このミチルは凄腕の手品師か何かだろうか。
『こっちじゃ、こっち』
 視線を声の聞こえてきた方向、下に向ければ居たのは小さな緑亀。それが光に包まれた
かと思えば、今度はツルより少し小さな幼女の姿が現れた。何か仕掛けがあるのだろうが、
全く想像がつかない。子供みたいな表現だが、まるで魔法のようだと思った。
「いや、凄いな。どうやったんだ?」
「魔法じゃ。儂はさっきも言ったように、少しばかり特種ではあるが、ただの亀。ドブで
ひっくり返っているのをお主が助けてくれて、それでペットになったんじゃ」
 そんな非現実的な存在と普通に接していたのか、俺も物凄い奴だ。
「そうして居候の只飯食いなのが後めたくて働き始め、見事に勤労の喜びに目覚めた、と
いう訳じゃ。それに夢中になり、人の世を楽しむことを忘れていた儂を引き戻してくれた
のもお主じゃしのう。本当に、何度頭を下げても足りぬくらいじゃ」
 喉を鳴らして独特な笑い声を出し、こちらに細くした目を向けてくる。記憶には無いが、
その表情だけで、ミチルが人生を楽しんでいるということは容易に理解することが出来た。
亀の身でありながら、寧ろ人間よりも人間らしいと思う。
 だが、言いたいこともある。
「それは俺のお陰じゃなく、ミチル自身が頑張った成果だろ」
 自然に思い浮かんだ言葉なのだが、ミチルは目を何度かしばたかせ、
「カメはどんなになってもカメじゃのう」
 優しい笑い声を漏らし、身を擦り寄せてきた。
「お主がお主である限り、万事が上手くいくであろうよ」
 俺である限り、か。
 亀の癖に上手いことを言うもんだ。
156『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:40:26 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 次はセンス、という外人の娘。外人にまで手を出していたという俺のジゴロっぷりには
恐れ入る。いや、一つ前は人間相手ですらなかったから、それに比べたら可愛いものか。
あまり誉められたようなものではないけれど。
 連れてこられた場所は、
「ゲーセンか」
 日本のゲームや漫画、アニメの文化は外国では評判が良いと言われているが、センスも
その類で仲良くなったのだろうか。今までのパターンからすると、そうかもしれない。
「本当はラブホテルに行きたかったんデスけど」
 さっきから腕を絡めてきたりして胸が当たっていたのだが、それは事故でもアメリカ式
の過剰なスキンシップでもなく、狙っていたものだったらしい。付き合っているのかとも
思ったのだが、他の皆の言葉を聞く限りでは俺はツルと付き合っていたらしいので、この
態度は非常に対応に困る。と言うか、何でこんなに積極的なのだろうか。
「あ、カメさん、おっぱい揉みマスか?」
「いや、普通は揉まないだろ」
 何故か残念そうな顔をされた、この娘は痴女なのだろうか。
「やっぱり、カメさんらしくないデスよ」
 俺らしい、の定義が甚だ疑問だ。さっきは普通の発言をして俺らしいと言われ、今回は
奇行を求められる。もしかして過去なんて存在していなくて、皆で俺を騙しているのかと
すら思える程だ。いや、そんなファンタジーなことは流石に無いか。
「過去の俺は、センスに何をしたんだ?」
「えぇと、おっぱい揉んだり、お尻を触ったりスカートの中を覗いてきたり、変な発言と
行動を重ねたり、おかしな思考回路で妙な答えを出してセクハラしてきたり」
「犯罪者じゃねぇか、それも最低な」
 頭がおかしいとしか思えない、このまま記憶が戻らない方が皆で平和に暮らせるのでは
ないだろうか。そんな変人は居ないに越したことはない、と考えている内に悲しくなった。
「あ、でも良いところも沢山あるんデスよ? コイさんも同じパターンらしいんデスけど、
最初は嫌ってたんデスよ、変なことばかりするので。でも何度も笑って話し掛けてきたり、
色々教えてくれたり。最初にゲームにハマったとき、お小遣いが足りなくて買えないから
悲しんでたわたしにゲーム機を貸してくれたり」
 その後、ノロケ話のようなものが十数分続いた。
 だが、何かが足りない。
157『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:42:43 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 場所は戻って俺が目を覚ました生徒会室、そこにはホウ先輩とオウ先輩が居た。
「待ちくたびれましたわ、こちらも暇じゃありませんのに」
「……ホウ様、素直じゃない」
 いきなりの上から目線とは驚いたが、確かに待たせ過ぎたかもしれない。思い出の場所
が生徒会室だと言うのなら最初にここを選んでも良かった筈だし、聞けば今日で卒業だと
いうからには友達や家族と遊ぶ予定もあったのだろう。卒業旅行もあれば、大学での生活
に向けての準備もあったかもしれない。申し訳ない話だ。
 だが逆に、嬉しさもある。
「わざわざ待っててくれたんですよね?」
 忙しいという言葉は嘘ではないだろうし、これだけ関係者が居た状態なら理由を話して
抜けることも出来ただろう。その中で律儀に残ってくれるなんて、有難い先輩だ。
 笑みを向けるとホウ先輩は顔を赤らめて横を向き、そして溜息を吐く。
「駄目ですわね、一年前の雰囲気にすれば思い出すかとも思ったんですけれども。それに
失敗した上に、すぐに照れるなんて、私にあるまじき失態ですわ」
 そう言うと同時に鋭さが消え、柔らかな雰囲気になる。先程までの名残と言えば、元々
の顔の作りの関係だろう、鋭く吊り上がった目尻だけだ。それにしても目付きが悪い人が
多いが、これは俺の趣味だったのだろうか。思い出すだけでも三人、アズサ先生とコイと
ツル。このホウ先輩と、真子ちゃんと呼ばれていた娘を含めると五人、あの場に居た人数
の約半分だ。巨乳の人数に至っては、いかん、そんなことで人を見てはいけない。
 雑念を振り払ってホウ先輩達に目を向ければ、
「照れてるホウ様、可愛い」
「オウの方が可愛いですわ」
 何故か百合が展開されていた。
「あー、二人はレズなんですか?」
「応援してくれたのはカメ君ですわ」
 お人好しだったり反モラリストだったり動物に手を出したり犯罪者だったり、挙げ句の
果てにはレズ運動支援者か。何なんだ俺は、どこまで滅茶苦茶なんだ。
 二人は俺を無視して甘い空間を築き始めているし、首を吊りたくなってきた。
「……カメ君、元に戻りたい?」
「いや、もう何かどうでも良く」
「……駄目だよ、そんなんじゃ。……ボクだから分かる、ツルちゃんと仲良くしてたのが、
カメ君にとって一番幸せなんだって。……だから、元に戻って」
 甘い空間は相変わらずだが、その目は真剣だった。
158『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:45:06 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 ツルを除いた最後の女の子は、一つ年下だというチーちゃんだ。
「ここは?」
 土地勘が無くても街外れだと分かる、林に隣接した小さなビル群。ここにはどのような
思い出があるのだろうか。癖なのか、浮かべた無表情からは何も読み取ることは出来ない。
記憶が戻る以前は読み取っていたのだろうか、と考えたとき、チーちゃんは振り向いた。
「やっぱり、思い出せませんか」
 やっぱり、というのは、どういう意味だろうか。
「私はカメさんの幼馴染みなんですよ。昔、ここに二人でよくエロ本をあさりに来てて」
 昔とは違う景色なんですけどね、と言う表情は少し寂しそうに見えた。相変わらず顔は
固定されたままだが、そう思えたのだ。幼馴染みとして体に染み付いたものが、そう俺に
判断させたのかもしれない。
 だが、気付かないと分かっていながら、何故この場所を選んだのか。
「こんな風に変わった後で、一回二人で来たんですよ。それも、つい最近」
 最近のこと、と言われても思い出せない。
 どの辺りの年齢からの幼馴染みかは分からないが、この娘とは他の娘と比べて、かなり
長い付き合いの筈だ。ここはその中でも一番に選ばれた場所だから、思い出すきっかけに
なるには違いないだろう。だが悲しいことに、何も浮かんでこない。
「ごめん、何をしに」
「振られる為に、です」
「振られ、って」
 それは幼馴染みとして、とても辛いのではないだろうか。
「カメさんは、ツルさんを選らんだので」
 どう反応して良いのか分からなかった。
 記憶を失う以前の俺なら何とかしたのかもしれない、しかし今の俺にはどうすることも
出来ない。過去を聞き理解しても実感が無いし、どのように接していたのかも分からない。
159『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:46:07 ID:NHCzEwxa
 今の俺が思った通りに接しても過去のカメと俺は違うから間違って余計に傷付けるかも
しれないし、無難な慰めをしたところで何の意味も持たない。
 沈黙。
 それを崩したのは、チーちゃんだった。
 こちらを向くと、わざとらしく掌を打ち、
「あ、一つだけ言い忘れていました」
 棒読みだが、演技しているのか素の状態なのか分からない。さっき交わした短い会話の
中でも殆んど抑揚が無かったし、生徒会室でも何か言っていたかもしれないがテンパって
いた俺には覚えておく余裕も無かった。微かに覚えていることと言えば、皆が俺を普通に
変態扱いをしていたことくらいのものだ。いかん、何だか
また首を吊りたくなってきた。
「あの、今から大事な話なんですけど」
「あ、すまん」
 チーちゃんは咳払いを一つ。
「ツルさんも幼馴染みなんです、私と歩んだ道は違いますけど」
 そう言えば、従妹、とか言われたような。
「でも、ツルさんの気持ちは分かります。だから、早く戻って下さい」
 早く戻れ、か。
 家に帰るという意味ではなく、元のあるべき姿に。
「記憶を失っているカメさん相手だから言いますよ、表では振られたのを引きずってない
ことになってますから。出来れば忘れて下さい」
 一息。
「悔しいですけど、ツルさんとカメさんが二人で居るのが一番似合ってますから」
 泣きそうな顔。
 それを見て、心が少し痛んだ。
 それは悲しそうという意味もあるのだが、それだけではない。
 何かとても大切なものを忘れているような喪失感にも似た違和感。このままでは駄目だ、
という、焦りにも似た感情だ。俺は、肝心な部分を失っているのではないだろうか。
 俺が選んだという、あの小さな娘についての何かを。
「ごめん」
 一言だけ言ったが、既に体は動いていた。
 腕を振り、足を前へ。
 記憶や理性では何も分かっていないが、心が動きを加速させる。
「待ってろ」
 もう少しで。
「絶対、戻るから」
160『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:48:03 ID:NHCzEwxa

 ◇ ◇ ◇

 体の赴くままに走り十数分、概視感の強い一つの家に辿り着いていた。何の根拠も無い
のだが、ここが俺の家だと直感で理解した。覚えてなどいないけれど、間違いない。
 ドアを開き、靴を脱ぐ時間すらも惜しいと思いながら、向かうのはリビング。
「あ、おかえり」
 テーブルの上には、様々な料理が乗っていた。少し焦げた部分もあるが、それらの全て
が手作りだということなのだろう。だがそんなことすらも些細なことに感じさせるくらい
豪華な、まるでパーティでもするような品々だ。種類の多さや内容から考えると、即興で
用意したものとは思えない。俺も様々な場所を歩いたから時間は結構開いているが、この
量から考えると昨日の夜から準備していたのだろう。
「今日は記念日か」
「記憶戻ったの!?」
 嬉しそうな顔をしているので悪いと思ったが、首を振る。
「すまん、だがもう少しだ」
 もう喉元まで答えが出そうになっている、後は何かきっかけがあれば良い。
「そう」
 残念そうに一瞬俯いたものの、すぐにツルは笑みを浮かべた。それが逆に痛々しくて、
目を背けてしまいそいになる。ここまで来たのに、このまま一旦逃げようか、などと最低
な考えすら浮かんできた。それくらい、今のツルは酷い。
 何か、きっかけがあれば。
 考えを巡らせ、気付いたのはテーブルだ。
「これ、何の記念日なんだ?」
「……カメと暮らし始めて、二年目の」
 低く暗い声だが、それでもツルは答えた。
 俺とツルは従兄妹で、俺が高校二年ということは、高校に通い初めてから二人暮らしを
始めたということか。付き合い始めたのがいつからか分からないが、少なくともツルとの
共同生活は二年分だ、それだけのものがあったということだ。もう一人の幼馴染みである
チーちゃんも濃い付き合いなのだろうが、一緒に暮らしたという意味ではツルの方が濃い
かもしれない。それなのに思い出せないのが、何とも歯痒い感じだ。
「そして、カメと」
「俺と?」
 軽音。
 俯いたツルの頬を伝った涙が、フローリングの床を打ち付ける。
 いかん、と思ったとき、既に体は動いていた。
 さっきと家に帰ってこれたときと同じだ、こうするべきだと日々の経験が無意識の内に
体を動かしている。腕の中の細く小さな女の子を、これ以上泣かせてはいけないと、そう
本能が叫んでいる。これが俺なのだと、そう言っているのだ。
161『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:49:45 ID:NHCzEwxa
「カメ?」
「まだ、思い出せないけど」
「うん」
 良いんだ、とツルは腕の中で呟く。
「前も、こうしてたみたいだし」
「うん」
 どうやら正解だったらしい。握られた制服の胸元から愛しさのようなものが込み上げて
きて、相手は自分だが、少し羨ましくなった。お前はいつも、こうした温もりや愛しさを
味わっていたのかと、そんな気持ちが沸いてくる。こんな可愛い娘の愛情を一身に受けて、
それなのに忘れているなんて、俺は物凄い馬鹿だ。
 どのくらいそうしていたのだろうか。
 一瞬とも思えるし、永遠とも思える時間が過ぎた頃、
「ありがとう」
 ツルの方から離れ、こちらに笑みを向ける。
「一緒に頑張ろ? 私は、こうしてカメが抱き締めてくれただけでも満足だし」
 もう一度頑張ろう、と言ったツルは足元に目を向け、
「あ、でも土足禁止」
 いかん、すっかり忘れていた。
 このまま床を汚すのも悪い気がして、その場で靴を脱ごうとし、
「あ」
 視界が傾いだ。
 スローモーションで動く視界の中、ツルが手を伸ばしてくるのが分かる。俺はその手を
取ったが、幾ら怪力娘とはいえバランスが崩れた状態では力を込めることなど出来ない。
 結果、二人で倒れることになった。
 幸い俺が下になったのでツルは傷一つ無いが、逆に俺は二人分の体重で頭を打ち付けた。
ツルは軽いので正確には二人分に少し足りないだろうが、幾ら毎日ツルの打撃を受けたり
している俺でも、これはかなり堪えた。まぁ、それでもツルの体温を感じるくらいの余裕
はあるのだが。頑丈に産んでくれた両親に感謝だ。
「ちょっとカメ、大丈夫!? 今凄い音したわよ!?」
「情けないな、俺は」
 違う。
「僕は、またツルを泣かせて」
 言うと、ツルは驚いたように顔を上げ、
「もど、った?」
「お待たせ」
「遅いわよ馬鹿!!」
 いきなり殴りかかってきた。
「泣く前に思い出しなさい、とは言わないけど、何で頭打ったショックで思い出すのよ!?
普通は泣くのを見て思い出したりするもんでしょうが!! どんだけベタ体質なのよ!?」
 そう言われても困る、こればっかりは僕でも出来なかった。
 だが、
「こっちの方が、寧ろ僕達らし……」
「誤魔化そうとすんな!! それと」
 ツルは僕の腕を捻って極め、
「さっきから尻撫でてるの止めなさい!!」
162『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:51:35 ID:NHCzEwxa
 太股が当たっているのは良いが、長袖なのが残念だ。畜生、靴は脱がなくても良いから
タンクトップに着替えることをすれば良かった。このままでは、せっかくのツルの太股の
感触が無駄になってしまう。
「変なこと考えてない?」
「いや全く」
 大事なことだ、私生活の中でツルの地肌に触れるのは。特に冬はツルが寒がりなせいか
大抵ストッキングなので、今のシチュエーションはレア中のレアなのだが。
「全く、せっかく大事な場面なのに」
「そうだな。それと力を弱めてくれないと、僕の大事な腕が折れる」
 本気で無意識だったらしく、言われて初めて気付いたようにツルは手を離した。一緒に
太股が離れたのも残念だが、これは今夜の楽しみにしておくとしよう。プロレスごっこで
あることには変わりない、極端に性的になっているが意味は変わらないのが素晴らしい。
これなら子供が出来たときでも、嘘のない言い訳が出来るだろう。
「今あんたが何を考えているのか分かるわ」
「言ってみ?」
「全裸関節技」
 見事だ、以心伝心とは正にこのこと。通じあっているのが嬉しい。
「じゃあ、次は私が何を思っているのか当ててみて?」
 そんなものは簡単だ。
「飯より寧ろベッドにGO!!」
「ブー、外れ。正解は着衣打撃、基本+不正解ペナルティで打撃一つ追加。合わせて二百」
 待て基本の数がおかしい。
 僕に覆い被さった姿勢を利用してマウントポジションを取ったツルは遠慮なく連続打撃
を加えてくるが、その度にパンツが見えるのが嬉しい。これは飴と鞭というものか。
「パンツ見る度にパンチ一発追加よ?」
「ダジャレかよ!?」
 いや、それよりも、そんなペナルティがあったら無限打撃地獄か。
 結局ツルは打撃を78で終わらせて、溜息を吐く。
「もう、忘れたりしたら駄目よ?」
 忘れるものか、絶対に。
「愛してる」
「うん、私も」
 僕を殴ったこととは無関係だと思いたいが、スッキリとした顔でツルは立ち上がろうと
したところで、テーブルの角に強く頭を打った。僕のことをベタ体質だの何だのとツルは
言ったが、ツルも十分にお約束をしている。しかも打ち所が悪かったのか、ツルは鈍い音
をたてて床へ転がった。料理の皿が落ちてこなかったのが、せめてもの救いか。
163『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:52:50 ID:NHCzEwxa
「全く、ドジっ娘属性まで」
 突っ込みをしようとしたが、様子がおかしい。
「気絶してる?」
 いかん、これは性急に対応しなければ。
 心臓マッサージをするか人口呼吸をするか迷ったが、結論は一瞬だ。ツルは乳が圧倒的
に足りないので、位置を正確に把握するのが難しい。だが唇ならば分かりやすいし、毎晩
キスをしているので、素人の僕でも人口呼吸は簡単だろう。自分の判断の完璧さに感心を
しつつ、いざチューをしようと唇を近付けた瞬間、残念なことにツルは目を開いた。
「あんた、誰?」
「え?」
「何でいきなり、キスしようとしてるわけ?」
 待て。
「て言うか、ここどこよ?」
 様子がおかしい。
「何とか言いなさいよ」
 冗談だろう。
 冷たい汗が、背中を伝うのが分かる。
「おいツルよ、お前自分の名前言えるか?」
「馬鹿にしてんの? そのくらい」
 数秒。
 ツルは元々悪かった人相を更に凶悪に歪めると、首を傾げ、
「ワタシ、キオク、ソウシツ?」
 何故か片言で喋る。
 冗談だと思いたいが、その表情に偽りは無い。本気でここがどこだか、僕が誰なのかが
分かっていないようだ。まさか、とは思うが、僕の記憶が戻ったのもショック療法だった
だけに洒落になっていない。いや、これはきっとツルの意趣返しだ、こうして僕が脂汗を
垂らしているのを見たところで悪どい笑みを浮かべ、鼻で笑うのだ。久しく味わっていな
かったから忘れていたが、付き合う前はこんな残虐な面をしょっちゅう見せていたのだ。
そうだ、きっとそうに決まっている、ツルはお茶目ガールだ。
 だが現実は残酷らしい。
「マジであんた誰よ?」
「嘘だぁァ――――――――――――ッ!!」
 僕は絶叫した。
164『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:54:23 ID:NHCzEwxa
亀「『ツルとカメ』質問コーナー!!」
鶴「今回は私とカメの二人でやるから」
水「そう?」
鶴「今回は9枚の葉書と9このレスを御紹介!! 一回言ってみたかったのよね、これ」

つ[]カメ、お疲れ様〜
亀「本当に疲れた」
鶴「そうね」
亀「まぁ、あの後でツルの記憶を戻して」
鶴「ちょっと」
亀「ツルは突かれまくったんだがな」
鶴「パンチが後122残ってたっけ?」
亀「ごめんなさい」

>>132
亀「確かに、個性の強さは凄いな」
鶴「一番強いのはカメだけどね」
亀「僕は平凡だぞ?」
鶴「今回の途中まではね」
亀「ツルへの愛が無い僕は平凡以下だ」
鶴「もう、ばか」

つ[]縁先生は〜
亀「違うぞ? 何回もしてるが、それは確認済みだ」
鶴「何の話よ?」
亀「ちんこの話だろ」
鶴「馬鹿、はっきり言わないでよ!!」
亀「フタナリツルも可愛かったな」
鶴「もう、変なこと言わないで!!」
亀「でも普通のツルが一番だ」
鶴「ありがと」

つ[]末長く〜
亀「勿論」
鶴「そもそも『ツルとカメ』っていうタイトルも、そんな意味だしね」
亀「そうだな、だから僕のあだ名も無理してカメにしたんだし」
鶴「確かに強引な流れよね、カメッチって」
亀「結果良ければ全て良し」

つ[]次回、ついに俺と〜
>>135
亀「最後までこんな葉書が来るのか」
鶴「って言うか、ホモって意味分かんない」
亀「そう言いながら、先日ツルの部屋でBL小説を見付けたんだが」
鶴「BL小説(BLS)って逆から読むとSLBじゃない?」
亀「誤魔化すなよ。しかも何で僕×水樹なんだ?」
鶴「リバ込みだから水樹×カメもあるわよ?」
亀「初めて水樹の気持ちが分かった。虎アッパーカットを打ちたい気分だ」
鶴「あれは結構当たりにくいわよ?」
165『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:55:39 ID:NHCzEwxa
つ[]コイは俺の嫁
亀「そんな貴方にプチ設定」
鶴「描写はないけど、コイは普段はコンタクト。でもたまに眼鏡をかけます」
亀「あと賛否両論だろうが、卒業式翌日にセミロングからショートへ」
鶴「靴下は基本的に白のハイソックス」
亀「まぁ、本当に使われない設定だがな」
鶴「そうね」

つ[]ミチルの究極魔法で〜
亀「一人余るな?」
鶴「それにエニシ先生には要らないような」
亀「二人余るな?」
鶴「ガチレズ先輩ズにも要らないような」
亀「四人余るな」
鶴「水樹と一真にも要らないような」
亀「六人か……余り過ぎだろ!!」

>>138
亀「タン、か」
鶴「夢を壊すようで悪いけど、作者は悪人面のオッサンよ?」
亀「せめて女だったらな」
鶴「そうなると、ただの独身腐女子になるわよ?」
亀「キツいな」
鶴「もっとキツい話があってね」
亀「?」
鶴「今回の話を来週に伸ばして、外伝BLの予定もあったとか」
亀「!!」

つ[]じゃあ、アズサ先生〜
亀「ここには居ないけど、アズサ先生おめでとう」
鶴「でも実際はキツいわよ?」
亀「あぁ、良い潰れた後で部屋の掃除とかな」
鶴「酷い話よね」
亀「まだマシだ。寝ている人のメイク落としがどれだけ大変か。だからと言ってサボれば
 物凄い剣幕で怒ってくるしな。肌が酷いことになる、って」
鶴「生々しいわね、流石は三十路手前」
166『ツルとカメ』×52:2007/09/22(土) 01:56:50 ID:NHCzEwxa
つ[]>>134くんと二人で〜
亀「待て、穴は一つしか無い」
鶴「口があるでしょ」
亀「意外とドライだな」
鶴「それに入れるのもアリだし」
亀「BLでは3Pはアリ?」
鶴「邪道よ、基本は恋愛だから」
亀「性別の基本がなってないけどな」
鶴「!!」

つ[]ツルのぺたんこ胸は〜
亀「いや、僕のものだ」
鶴「そうね」
亀「怒らないな?」
鶴「何か、カメが貰ってくれるなら、ね?」
亀「萌え死ぬ!! 水樹のぺたんこ胸はあげよう」
水「人が居ないと思って」
亀「我慢しろ、今日で最後だ」
水「うっさい!!」

>>143-146,148
水「あたしはいつでも穏やかだよ?」
亀「これを先日ツルの部屋で見付けたんだが」
水「ふざけんな!!」
亀「因みに字体から筆者はコイ、絵はセンス。最後の漫画はチーちゃんと判明した」
水「ごめん、ちょっと出てくる」
鶴「哀れね」
亀「最後まで人気者だな」

>>147
亀「僕の台詞だ」
鶴「……レスをありがとう、でも私はカメ一筋だし」
亀「勿論僕もだ、可愛いよツル」
鶴「カメも格好良いわよ」
亀「そんな訳だ」
鶴「ごめんね」

亀「さて、色々あった一年!!」
鶴「本当に色々あったわ、妙なスピンオフがあったり」
亀「今までありがとうございました!!」
鶴「私達のお話はここで終わるけど、皆の心の中で少しでも続いてくれると嬉しいな」
亀「では、また会うその日まで!! 『ツルとカメ』、完!!」
167ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/09/22(土) 01:57:39 ID:NHCzEwxa
あまり多くは語りません

ただ感謝の気持ちで一杯です
これまで応援してくれた皆さん、ありがとうございました

ここでの投下は一旦終了しますが、それでも覚えてくれる人が居たら、
それが例え一人でも居てくれたら嬉しいです

これまでの皆様方に万感の想いを込めて、この言葉を重ねて送ります

ありがとうございました!!
168名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 02:02:04 ID:UsG7oIGx
よし、じゃあ次はツルがどうやってカメとくっついたか、だよね


……やらなきゃ、だめだよね


ロボ氏……貴方(の作品)を愛している……




終りだなんて、嘘だといってよ、バーニィ
169名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 08:04:30 ID:S8tFlXua
しかくぼさん。
お疲れ様です。
もうとにかくGJです!!
170名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 10:34:06 ID:YuDElLNd

ただひたすらに乙
171名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 15:05:17 ID:HTmhnry0
>>167
さよならは言わない。
去り行く人への言葉だから。
いつか帰ってくると信じているから。
だから俺が贈る言葉はこの言葉だけ。

「いってらっしゃい」
172名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 19:02:22 ID:46CcVDT7
しかくぼさん、長きに渡る連載終了お疲れ様でした。
毎週楽しませていただきました。
これから余韻に浸りながら一話から読み返してきます。
173名無しさん@ピンキー:2007/09/22(土) 23:05:56 ID:2fVokhG3
『ツルとカメ』連載終了お疲れ様でした!

途中から読んだクチですが、世界観がすごく楽しめました。
ツルたちもロボさんも、いなくなるわけではない(はず)なので、
私はこれからも応援してます。

お疲れ様でした!!
174名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 06:23:41 ID:dbm6zqBe
こんな気になる終わりかたって・・・・
だがそこは俺の脳内が活躍する時だと神のお告げがあった。不眠不休で頑張る。

しかくぼ氏GJ!!
そしてお疲れ様
175名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 18:07:45 ID:D3CeRCr0
頑張れ174。このスレは一次創作だから、まだ二次創作が残っているんだ。





いや、だから、ツルの記憶が戻るまでをkwsk
176名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 22:36:41 ID:tea8olwz
しかくぼさん長期連載乙。そしてひじょうにGJですた!


最後にカメから水樹のぺたんこ胸をもらってしまった……………………











これはもう水樹祭りするしかないですね
177名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 04:26:05 ID:1/SzMPCC
>>176馬鹿野郎!!人の物を勝手に盗むな!!!


てな訳で無事取り戻したので、水樹と犯ってきますね
178名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 09:50:09 ID:ig/DNNGb
水樹を生徒会長にして俺らで12Pすれば万事解決じゃね?
179名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 23:29:31 ID:u+d5NfxA
>>178
天才じゃね?

俺魔法使うわ
180でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/25(火) 15:29:09 ID:mmoNIS+L
流れを豚切って投下します。
181Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:31:03 ID:mmoNIS+L

 「…んあ」
 朝6時50分。
 部屋にウザッたい目覚まし音が鳴り響く。凍夜は頭をボリボリと掻きながら起き、ジリジリと
鳴る目覚まし時計に手を伸ばしスイッチをONからOFFにした。
 今日が休日ならこのまま二度寝してしまう凍夜だが欠伸をしながら布団から出る。
 なぜなら今日は平日で高校生の凍夜は学校に行かなければならないからだ。
 しかも転校初日のため遅刻は許されない。
 制服に着替え洗面台で顔を洗い、歯を磨く。それが終わると髪を濡らしタオルで水気を取り
ドライヤーで形を作る。そしてワックスを適当に指に付け、手のひらで十分に伸ばす。凍夜も
年頃の男子高生。オシャレに興味があるのだ。男子向けの美容雑誌を広げモデルと同じような
髪型にする。
 「まぁ、こんなもんか」
 スタイリングをし終えた凍夜はコンタクトレンズを取り出し、両手で右目を大きく開きレンズを
装着する。そして2、3回瞬きをし、完璧に装着できたことを確認すると右目と同様に左目に
レンズを付ける。
 「…ふぅ。これでいいか」
 洗面台から出てきた凍夜はリビングにあるテレビのスイッチを付け、毎朝見るニュース番組に
チャンネルを合わせ台所に向かう。
 トースターにパンをセットし、フライパンには油をひきベーコンを入れある程度経ったら卵を
落とす。数分後にはシンプルかつおいしい朝食の出来上がりだ。
 トーストをかじりながらテレビを見ていると胡散臭い占いのコーナーが映る。正直当たらない
テレビの占いだが何故か見てしまう人間の悲しい性。ついつい凍夜も見てしまう。
 「今日の運勢が最高なのは蟹座の人!大切な人と再会できます!!相手のことをあだ名や下の
名前で呼ぶと運気がUP!ラッキーアイテムは甘いもの。じゃあ皆さんいってらしゃい!」
 当たるはずがないと思っているのに喜んでいる単純な蟹座が一名。
 「…いや俺大切な人いないじゃん」
 あることに気付き独り言を呟く。
 実際に凍夜に大切な人はここにはいない。両親は仕事のため海外にいるしとても忙しいため
帰って来れないし、彼女なんていない。だから再会しそうな大切な人は凍夜にはいないのだ。
 食器を洗いテレビを消し学校に行く準備をする。
 玄関を出て鍵を掛け凍夜は天を仰ぐ。空は晴れていて透き通るような青さ。まるで絵の具を直接
塗ったかのようにキレイだ。転入初日には持ってこいだ。そんな青空。
 「よっし!行くか」
 昔いた街。だけど少し形変った街。
 凍夜は新しい学園生活へ向け一歩を大きく踏み出す。
 散り際の桜がヒラヒラと舞い散り凍夜の頭上に優しく降りた。まるで凍夜を歓迎するように。
182Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:32:12 ID:mmoNIS+L

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆
「今日からこのクラスに入ることになった、春神凍夜君だ」
 「今日からこの学校に転入してきました、春神凍夜です。両親の仕事の都合で
こっちに来ました。よろしくお願いします」
――――――パチパチパチ
 担任の福原先生から紹介され凍夜は軽く頭を下げて挨拶をし、無難な自己紹介をした。
 「いいかお前ら、困っていたらちゃんと助けるんだぞ!彼も今日からお前らの仲間
なんだからな。春神もみんなと仲良くやってくれ。まぁこいつら全員良い奴らだから
すぐ馴染めるさ」
 担任の福原が凍夜にニカッと笑いかける。
「じゃあ、春神君は有澄の隣の席に座ってくれ。この列の後ろから2番目だ」
 福原が指差す席に凍夜はクラスメートに軽く挨拶しながら向かった。生徒たちもそれに
合わせよろしく等と返事する。
 自分の席に着き学校指定のカバンを机の横のフックに掛け、隣の有澄を見た。
 窓際に座っている彼女のサラサラした長い髪は、少し開いた窓から吸い込まれるように
流れてくる春風になびく。ミルク色した頬に華奢な手足。瞳は大きくまるで宝石のように
キラキラと輝いている。
 つまり簡単に言うと非常にかわいいのだ。身長は低いもののそこらにいるアイドルと対等
いや、それ以上かもしれない。
 「春神です。えっと、よろしく」
 「えっ……あっ、うん。有澄玲奈です。よろしく」
 2人が挨拶をしたのを確認した福原は
 「よーしお前ら今日も一日ダルイ勉学に励めよ!!」
 と、ガッツポーズを決め教師らしからぬ言葉を吐いた。

 一限目の授業が終わると凍夜の周りにクラスの殆どの生徒がやって来た。そして転校生が
来たときに行われるどこの学校でも恒例の質問攻めの時間になった。
 「どこから来たの?」
 「東京から」
 「えっマジで!?良いな羨ましい!俺なんて修学旅行以外で行ったことないよ」
 「さすがにそれは無いけど…でも確かに羨ましいわね」
 「でも実は俺生まれはここなんだ」
 その一言に誰もが驚く。凍夜の隣の席に座って聞き耳を立てていた玲奈も驚いたが皆が
凍夜に注目していたため、誰も玲奈の表情の変化には気が付かなかった。
 (まさか…本当に彼なの…?)
 彼女の頭の中に映る男の子。無口とは言わないが子供のわりには落ち着いていた男の子。
急に姿を消した男の子の顔が映る。
183Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:33:02 ID:mmoNIS+L

 玲奈が『彼』のことを考えているあいだにも、凍夜たちの会話は進む。
 「小学校2、3年生までここで暮らしてて、その後引っ越したんだ。それでずっと
東京で暮らしてた」
 またしても玲奈が驚く。
 (たしか彼も小3の頃に引っ越した!しかも名前も同じだし。同姓同名?いやそれは
無いわ。こんな変った名前他にいないだろうし。でもやっぱり人違いの可能性が…。
聞いてみようかな。でもタイミングが…)
 いきなり転校生に「私のこと覚えてる?」などと聞けない。また、人違いかもという不安が
頭の中にある。そのため聞きたくても聞くタイミングがない玲奈は今まで通りに、クラスメートと
凍夜の会話を黙って聞くことにした。
 「春神君の両親て仕事は何をしているの?」
 「今は海外で宇宙に関する仕事をしている…はず」
 「はず?」
 「正直あまり詳しくは知らないんだよね。あはは」
 「つーことは今は家に親いないの?」
 「うん。しかも俺一人っ子だから今は家には誰もいないんだ」
 「えっ、じゃあ掃除とか食事とかってもしかして…」
 「全部自分でやってる」
 その一言にクラスがどよめく。辺りからは「スゲーー」や「有り得ねぇ」などの言葉が
飛び交う。それもそうだ。同い年の人間が1人で掃除し、1人で食事を作り、1人で
洗濯までしているのだから。
 「良いなぁ、俺も1人暮らししたいなー」
 「ばかねぇ。今の聞いてた?全部1人でやるのよ。ぜ・ん・ぶ。出来るの?」
 「無理だな」
 「でも馴れれば簡単だよ」
 凍夜が少し苦笑いを浮かべながらも答えた。
 そんなこんなで会話が続く。都会の人間に興味があるため東京がどんなとこか聞いたり、
前の学校で流行っていたこと、この学校で話題になっていること――先生の評判や今月から
準備をする文化祭など教えられたり、教えあったりした。
 そして誰かが言った。
 「ねぇ玲奈、春神くんに何か質問とかないの?さっきからあんた黙ったままじゃない。
隣の席なんだから少しは話したら?」
 玲奈に声を掛けたのは玲奈の大親友の水瀬菜月だった。
 玲奈は急な振りに戸惑った。まさかここで自分が出てくると思っていなかったからだ。
 「えっ?あぁ、うん。あのーえーっと……」
 玲奈は迷った。
184Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:33:45 ID:mmoNIS+L

 ―――偶然だね。私もここで育ったんだ。
 ―――青葉公園ってわかる?昔そこが子供の遊び場でね、春神君もそこで遊んだこと
あると思うの。
 ―――私いつも近所に住んでた幼馴染と一緒に遊んでたの。けど最近ビルを建てるって
ことで取り壊しになったんだ。わかるかな?青葉公園。
 
 多少不自然かもしれないが玲奈にとってはこれが限界だ。
 だがこれで少しは伝わる。春神も自分のことを覚えているだろうし向こうもタイミングを
見計らってるかもしれない。――今の私みたいに。
 そして玲奈が意を決して口を開いた瞬間―――

 きーんこーんかーんこーん

 とテンポも音程も狂ったチャイムにさえぎられる。
 凍夜の周りを囲んでいたクラスメートたちは「あ〜あ」と言いながら名残惜しみそうに
自分の席に戻っていく。
 そして完璧にこれ以上ないまでにタイミングを、チャンスを逃した玲奈は口を半分開けながら
呆然としていた。
 凍夜は凍夜で質問タイムはもう終わりと思い次の授業に使う教科書を机から取り出す。隣に
まだ凍夜に聞きたいことが山のようにある人間がいることに気付かずに。
 

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆
 授業終了の合図のチャイムが鳴り四時限目の授業が終わった。先生の号令が掛かり生徒たちは
適当に礼をする。顔を上げると生徒の殆どは昼食を取るための準備をする。購買部で一番人気の
焼きそばパンをゲットするべく、埃を撒き散らすかの如く全速力で向かう者もいれば、机を
向かえ合わせにして弁当を食べる生徒もいる。また学食で済ませる人間もいる。
 凍夜は自分で作ったお弁当をカバンから取り出す。
 「へぇ〜春神君もお弁当なんだ」
 凍夜は弁当の蓋を取るのを止め視線を上げると目の前にいた水瀬と目が合う。
 彼女の手には弁当が入った赤い巾着袋がある。水瀬は毎回昼食は弁当を持参している。ただ四時限目が
体育の場合量が少なく感じるためか、購買部を利用している。
 「ねぇ一緒に食べて良いかな?都会の話とか聞きたいんだ」
 凍夜にとってはこのお誘いは好都合だった。殆どの人は友人と仲良く話しながら食事をしているのに
1人寂しくこの教室で昼食を取るのも心苦しいし、早く女友達も作りたかった。
 それに水瀬も顔は整っておりかわいいと言うよりキレイだ。艶やかな黒い髪の毛に真珠のように輝いている。
口紅なしでも淡い桜色をした唇に切れ長く大きい瞳。有澄玲奈と系統は違うが男受けしそうな顔立ちだ。
 「俺は別に構わないけど」
 「やったね。お〜い玲奈に克行〜。春神君と一緒にご飯たべようよ〜」
 現れたのは購買部人気No1の焼きそばパンに人気No2のコロッケパン、デザート部門1位の
プリンを手にした漆戸克行(うるしどかつゆき)とピンク色の巾着袋を持った凍夜の隣席の玲奈だった。
185Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:34:22 ID:mmoNIS+L

 「またあんたは人気3品を手にしたの?他の人に恨まれるわよ。少しは手加減したら?」
 「手加減なんかするか。俺はこれが楽しみで学校に来てんの。つーか実力が無いの奴が悪い」
 克行と菜月は喋りながら凍夜の周りにある空席の机を持ってきて着席し自分のご飯を広げた。
 また玲奈の場合机は凍夜の隣なので向きを変えるだけで充分だ。
 「ってか克行。春神くんに自己紹介した?挨拶は人として基本よ?」
 「あぁそういえば…。えっと漆戸克行。よろしく。克行でいいよ」
 「わかった。俺のことも下の名前、凍夜って呼んで」
 春神は頷き穏やかに微笑んだ。
 「私は水瀬菜月。私も下の名前で呼んで。というかそっちの方が馴れてるんだ」
 「わかった、よろしく菜月」
 「お前偉そうに『挨拶は人として基本』とか言っておいて自分も自己紹介してねーじゃん」
 「あっ、アハハハ」
 「笑って誤魔化すなよ」
 「アハハ、ところで聞きたいことがあるんだけど良い?」
 「良いよ良いよー。何ッでも聞いちゃって!スリーサイズ?胸のカップ?ゴメン! これは
乙女の秘密ってことで!」
 答えない時点で『何ッでも聞いて』が矛盾してしまうが、彼女はいつもこんなノリなので
誰もツッコマない。
 だがこんなノリであるから性別や先輩後輩など関係なしに人気があるのは確かだ。
 「上から90・90・90のAカップが何をほざいてる」
 「違うわよ!上から92・56・84の天然もののFカップよ!」
 「乙女の秘密をそんな簡単にバラして良いのか?菜月」
 克行のこの一言で聞かれてもいないスリーサイズをバラしてしまったことに気付き
 「だ、騙したなー!!」
叫んだ。顔は茹で蛸と同じくらい赤い。周りで食事をしながら談笑していた生徒たちは
会話を止め菜月の胸に視線を向けた。そしてその視線は羨ましそうなもの(主に女子から)や
脳内に永久保管するための視線だったり、この地獄の様な学校に(彼女なしの男子)
光をもたらす女神を崇めるような目だったり、変質者の視線だったり変態の目だったり…。
 一応言っとくがもちろん誰も騙してもいないし質問すらしていない。100%菜月が悪い。
 だがノリの良い菜月はこんなことにはめげずに反撃をする。
 「酷いわ克行!!うぇーん克行に汚された!!純真な心を弄ばれた〜!!慰謝料として
プリンよこせ〜〜!」
 「えらく安い慰謝料だな。でもこのプリンは俺のものだ」
 念のためにもう一度言う。誰も騙してもいなければ質問すらしていない。
186Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:34:54 ID:mmoNIS+L

 「盛り上がってるところ悪いけどそろそろ良いかい?」
 先ほどからこの漫才を黙って見ていた凍夜が口を開く。
 「あぁ、ゴメンね。そんで質問てな〜に?」
 興奮していた菜月は少し落ち着きを取り戻し本題に戻った。
 「2人って付き合ってんの?」
 「いや、んなわけ…」
 「そう!私はこいつからあんな手やこんな手で付き合う羽目に!!しかもこいつには
私以外にも彼女がいて!!私は結局この男に遊ばれていたの!!しくしく」
 菜月はしゃがんで「しくしく」と言いながら床いっぱいに「の」の字を書く。
 「変な妄想して誤解を与えんじゃねぇ」
 「あれっ?そうなんだ」
 凍夜は意外そうな表情を浮かべた。
 凍夜の隣で「の」の字を書いていた菜月が席に座り説明をした。
 「こいつ恐れ多くも会長に手を出したのよ」
 「会長って?」
 「生徒会長のこと。俺らの1個上の先輩でこの学校のトップ」
 「しかもしかもだよ!凍夜君!!」
 菜月は机から身を乗り出し人差し指を上げ凍夜に近づく。顔の距離がとてつもなく
近い。
 「生徒会長はこの学校で知らない者はいないほどの有名で、かわいくて人望が厚くて
運動はできなくて少し抜けてるんだけど、そこがかわいさに拍車をかけてるというか。
と・に・か・く、こいつは私たちの太陽を奪ったのよ!!」
 菜月は天を仰ぎながら叫んだ。それに続くかのように教室にいた生徒(主に男子)が
口々に「俺の会長を…」「何で漆戸なんかに」などと涙を流しながら言う。
 「へぇこんなに人気なんだ、会ってみたいな」
 「別に良いけど手出したら許さねえからな」
 克行はギロリと凍夜を睨む。そうとう大事に想ってるのが簡単にわかる。
 「大丈夫だよ、他人の彼女を取ったりするのは趣味じゃないし」
 克行は「そうか」と言いデザートに手を出した。
 「そういえば有澄さんには彼氏いるの?」
 凍夜が玲奈(久々の登場)に尋ねると「ブフゥ」と吹き咽てしまった。
 「ゴホッゴホッ」
 「だ、大丈夫!?玲奈、このお茶飲んで」
 玲奈は口を手で抑えながら菜月からお茶を受け取りゴクゴクと飲んだ。半分あった
お茶は全部玲奈の腹の中に入ってしまった。
 「わ、悪い。大丈夫?」
 「うん。なんとか大丈夫」
 玲奈は少し息を切らしていたが心配している凍夜に返事する。
 「で、彼氏いるの?」
 「彼氏は…いないわ」
 玲奈は俯きながら答えた。
187Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:35:26 ID:mmoNIS+L

 「あれ?克行君は玲奈のことをもしかして…?」
 ニヤニヤしながら菜月が凍夜のそばに寄る。玲奈は顔を赤くしながら俯いたままだ。
 「いや、有澄さんとは全然話してないからってのと、話の流れ的に」
 「なーんだ、そっか」
 菜月はどこかつまらなさそうに言いタコさんウィンナーを口にした。
 そしてモグモグ、ゴクンと飲み込んだあと目を見開き声をあげた。
 「玲奈!あんたまだ克行君と話してないの!?どうするの、このまま『菜月と
その他の仲良しs』が解散したら!?早く親交を深めなさい!これはリーダーからの
命令だからね」
 「克行いつこんなの結成したの?んでもっていつからメンバーになってたの?
そしてこの名前はないだろ…」
 「今結成したんだろ。ネーミングセンスについては諦めてくれ。菜月だから」
 2人に軽く馬鹿にされながらも菜月は気にも止めず、玲奈に軽い説教をしている。
 克行は目の前のことを「いつものこと」と言ってケータイをいじる。凍夜も
気にせず大きめにカットされたサトイモを箸で刺し、口の中に入れる。
 「凍夜君!」
 白飯を口に運ぶ途中に菜月から声がかかった。口の中にはまだサトイモが
あるため最低限の「ん?」としか返事ができなかった。
 「凍夜君てここら辺に住んでるだよね?具体的にはどこら辺?」
 「えーと、あの馬鹿でかいビルの向こう。赤沙町に住んでる」
 ゴクンとサトイモを飲み込み自分の住所を教える。
 「本当!?玲奈もそこに住んでるんだよ!」
 ドキッとした。玲奈も昔の幼馴染もそこに住んでいたからだ。
 「よしっ丁度良い!凍夜君、玲奈。今日は2人一緒に帰りなさい。そして明日も
一緒に登校して親睦を深めるのよ!うん、我ながらナイスアイディア♪」
 「なっ、何言ってるの菜月!?」
 「だってこのままだとつまらないじゃない。私はもっと皆で話したいし遊びたいの。
でも誰かが面白くなかったら駄目なの。お願い、今日と明日だけで良いから。ね?」
 「…わかったよ、菜月」
 ふぅとため息をつく玲奈だが心の中はチャンスが来たと少し喜んでいた。
あくまでも心の中は。心の内は表情には出さず「菜月がそこまで言うなら」といった
顔をしている。
 「そういうわけで凍夜君お願いね」
 「ああ、構わないぞ」
188Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:36:14 ID:mmoNIS+L

      ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆   
 六間目の授業が終わり帰りのホームルームも終わった。かえろかえろと言って教室をあとに
する生徒やまだ帰る気がないのか机を合わせて喋ってる生徒もちらほら。校庭にはもう
サッカー部の人間がコートの準備をしている。
 昼休みに玲奈と一緒に帰ることになった凍夜は隣で帰る支度をし終えた玲奈を呼ぶ。
 「んじゃ帰ろうか?」
 「そうね」
 そっけない返事かも知れないが今の玲奈にとってはこれが限界。簡単に言ってしまうと緊張
しているのだ。
 さっきまで青かった空は赤く染まっている。
 そのせいか玲奈の顔が熟れたトマトのようにとても赤い。
 「……」
 「……」
 お互いに口を開かない。玲奈は確かめたいことがあるのだが心の中では気付いてもらいたい
気持ちがある。
 (もし気付かなかったら私から確かめよう)
 玲奈がそう決心した瞬間だった。
 「有澄って俺のこと覚えてる?」
 心臓の鼓動が早くなった。顔がもっと赤くなった。
 「いやぁ名前聞いた瞬間驚いたよ。まさか有澄と一緒のクラスになるとは思わなかった
からな。そういや昔毎日のように遊んでたよなぁ。青葉公園だっけ?いやぁ懐かしいな」
 覚えていてくれた。それだけでもうれしい。だけど言葉が出ない。
 「あれ?俺のこと忘れちった?もしかして人違い?」
 返事をしてくれない玲奈に不安になった凍夜は顔が少し青くなってしまう。
 そんな凍夜を見た玲奈は全力で顔を横に振り否定した。それを見て凍夜はほっとして顔を
先ほどまでの和らいだ表情に戻す。
 「よかった〜。忘れられたらどうしようかと…」
 「忘れるわけないじゃない!!」
 玲奈が凍夜を見上げ叫んだ。身長差が20cm近くあるのにも関わらず迫力があった。
 「なんでさっき言ってくれないのよ!?私がどれほど緊張していたか解る!?授業は
集中出来ないわ、体育の時間にはボールに躓いて転んだり顔に当たったりするわ、これ全部
あんたのせいだからね!?」
 「そ、そうなんだ」
 「そうよ、いきなり引っ越してその次はいきなり現れて同じクラスで、しかも
となりの席なんて」
 「それも俺のせいか?」
 「あんたのせい!!」
 勢いにまかせて喋る玲奈迫力がありどこか凛々しく見えた。
189Slowly×Slowly:2007/09/25(火) 15:37:37 ID:mmoNIS+L

 「でも俺はうれしいよ。有澄と一緒の学校、一緒のクラスで隣の席なんて。めちゃくちゃ
うれしい」
 凍夜は微笑みながら玲奈に答えた。
 ズルイと思った。何度もドキッとさせるなんて。卑怯だ。勝手にいなくなったくせに。
 「わ、私はそんなにう、うれしくなかったわよ!」
 「そっか」
 「そうよ」
 ふんと言って顔を横にする玲奈。頬はまだ赤い。これは太陽だけのせいではない。
これは誰でもない凍夜のせいだ。うれしいと言ってくれた目の前にいる少年。あの日から
ずっと玲奈の心の中にいた幼い男の子は、いつの間にか大きくなっていた。
 玲奈は顔が赤いのを悟られるまいと俯き歩き出した。凍夜もそれに続き歩き始める。
 「そういやさぁ有澄は何で話かけてくれなかったんだ?」
 ギクッとなり体が一瞬飛び跳ねた。
 「私もいろいろ忙しいの。あんたに構ってる時間はないの。以上」
 「あ、なるほどね」
 実は嘘だ。話しかけようと思ったのだが一時限目の授業後の休み時間はあんな形で終わり
二時限目後は三時限目が体育の授業なので、体育着に着替えなければいけないし、そうすると
必然的に三時限目終了後も制服に着替えるため話せなかった。五時限目はパソコン室での
移動教室で凍夜が先に行ってしまい時間がなく、終了後も話しかけようとしたが克行の方が
一歩早く声をかけ、一緒に先に教室に戻ってしまったのだ。
 この真実を知っているのは玲奈ただ1人だけ。
 「着いたぞ」
 「あっ…」
 家から学校が近いためすぐに自宅に着いてしまった。凍夜の家に着くということは斜め
向かいに住む玲奈の家にも着いたということになる。
 「んじゃまた明日な」
 「う、うん」
 先ほどのうれしさはどこへやら。別れることに気付き少し悲しくなる玲奈。心の中では
またいきなり消えてしまうんじゃないかと不安なのだ。
 「あのさぁ…」
 「何よ?」
 「有澄のことこれから玲奈って呼んでいいかな?
 「え?」
 「いや菜月や克行のこと下の名前で呼んでるから有澄ことも下の名前で呼んでもいいかなぁって」
 「……わよ」
 「え?」
 「いいわよって言ったの!ただし私も凍夜って呼ぶからね!」
 「あぁわかった。それじゃまた明日な、玲奈」
 「バイバイ凍夜」
 凍夜が家の中に入ったのを確認すると玲奈はほっと息を吐いた。学校にいたときの緊張は
もうなくなっていて顔はとても優しく暖かい。
 「玲奈、か」
 凍夜が自分のこと玲奈と呼んだ。それだけでこんなにうれしくなるだなんて。
 夕焼けが世界を照らす。学校や公園、商店街を歩く主婦も。そして玲奈も暖かい夕焼けに
包み込まれる。
 「今日は早く寝ないとな」
 それは明日の朝凍夜を迎いに行くためだから―――――。
 
190でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/25(火) 15:39:42 ID:mmoNIS+L
以上です。
読んで頂きありがとうございます。2話目はいつになるかわかりませんが
出来次第すぐに投下しますね。
それではノシ
191名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 19:27:25 ID:rMFgBSug
>>190
GJでした〜
ただ、もうちょっと主人公の心理描写があったら話が綺麗に纏まるかと自分は思いました。
続きwktk
192名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 21:06:03 ID:Ar7BW4W4
>>190 Gじょぉぉぉぉぉょょょょぶぶぶるぅあぁ!
193でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/25(火) 22:02:06 ID:mmoNIS+L
訂正があります。
>>187の菜月のセリフ
×「あれ?克行君は玲奈のことをもしかして…?」
○「あれ?凍夜君は玲奈のことをもしかして…?」
上記が正しいセリフです。すいません
194名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 23:18:37 ID:G2FtU1Ox
> 「有澄って俺のこと覚えてる?」

ここで心のチ○コが勃起した。
マジでGJ。ありえないぐらいGJ。
195名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 23:19:44 ID:UKeaX6fW
フラグを自然と立てる好主人公だな。
196名無しさん@ピンキー:2007/09/26(水) 03:04:19 ID:7jm1tzSS
GJ!!
最初主人公の心理描写凄い多かったのに途中から少なくなって玲奈の心理描写が多くなったと思ったら
>「有澄って俺のこと覚えてる?」
この台詞の為だったのか!最高!
197名無しさん@ピンキー:2007/09/26(水) 03:07:23 ID:7jm1tzSS
ゴメン、主人公の心理描写凄く多くはなかったわ。
最初多かったの独り言だった。
でも主人公の心理隠してあの台詞のGJさは変わらないけど。
198名無しさん@ピンキー:2007/09/26(水) 22:57:06 ID:rF8v0NnA
最初何処がツンデレなのかと思ってたらキャラ変わりすぎだろw
続き楽しみにしてます
199名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 03:40:03 ID:o1+Fww1B
こんなに神速で普通からツンデレに変わる作品なんて見た事ない。
この職人さんには何か分からない。だが果てしなく恐ろしい何かを感じた。
GJ!!この後の展開を楽しみにしてる。
200名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 12:12:25 ID:RUX2y7hD
デレツンデレって感じだな。
wktkだぜ。
201名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 20:06:18 ID:YfPn//pl
出会い系で逢えないのって理由がある。

http://550606.net/
202名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 23:26:36 ID:+3mEWMm0
俺が楽しみにしているやよいさんはいったい何処へ・・・
203名無しさん@ピンキー:2007/09/29(土) 00:53:45 ID:TqMVCxDR
ヘドロさんの第二部とか劇場番はまだだろうか?

リィタタンの活躍を全裸で待っているのだが
204でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:39:14 ID:XBNts7Rl
第2話書けたので投下します。
205でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:39:46 ID:XBNts7Rl

 凍夜の転校日の翌日。
 凍夜はいつものように音量MAXの目覚まし時計に起こされた。三度の飯より睡眠が
好きな凍夜はまた眠りに尽きたいが遅刻は嫌なので渋々体を起こす。
 (……眠い)
 寝癖が付いた頭をバリボリと掻きながら下のリビングに行く。普通の男子は母親に
作られた朝飯を食べるのだが、凍夜は一人暮らしのため食事は自分で作らなければ
ならない。小さい頃から料理をやっている凍夜にとっては自炊など簡単なのだが、朝は
別。頭があまり回転せずボーっとしながら体を動かしている。
 (あぁ、眠い。それ以外何も思わん)
 と考えつつもご飯を作る。
 凍夜の家にはジャガイモや卵にベーコンなどがいつもストックされている。塩や砂糖などの
調味料を凍夜は一回も切らしたことがない。それに簡単に出来るコンソメスープの素や
料理用のお酒すらある。しかも男性の一人暮らしとは思えないほどキッチンは整理されている。
いや、キッチン以外もそうだ。リビングをはじめ階段に廊下、もちろんトイレだっていつも
キレイにされている。
 「さて、今日はどうしようかな」
 凍夜は冷蔵庫を開こうとしたが、

 ピンポーン

 家のチャイムによって阻まれた。
 「誰だよ、こんな朝から」
 時刻は午前7時。普通こんな早くから人が来るのはあり得ない。

 ピンポーン、ピンポーン

 「行く、行くから少し黙れ」

 ピンポーンピピピピピピンポーン

 その来客者は早く来て欲しいのか玄関のインターホンを連続で押す。
 さすがにむかついた凍夜は足音をたてながら玄関に行き鍵をはずし、乱暴にドアを開けた。
目の前に立っていたのは玲奈だった。しかも表情はどこかムスッとしている。
 「遅い!」
 
 ガチャ

 「ちょっと何で閉めるのよ!?」
 「あぁ何だ玲奈か」
 凍夜はまたドアを開け少し呆れたように言った。
206でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:40:31 ID:XBNts7Rl
 「何だって何よ!?しかも思い切り目が合ったじゃない!」
 「朝っぱらからテンション高いね。羨ましいよ。んで、どうしたの?こんな朝早く」
 玲奈は肩をすくめため息を零しながら答えた。
 「昨日約束したじゃない、今日の朝一緒に登校するって」
 やっぱり忘れてるといった顔をしている。
 凍夜は手をポンと叩いて思い出した。
 「そういや言ってたな。悪い悪い、忘れてた」
 凍夜は手を合わせつつ笑顔で謝罪した。反対に玲奈はもう良いといった感じだった。
 「あれ?待ち合わせで来たのは解ったけど、それにしても早くないか?まだ7時だぞ」
 「あんたが寝坊しないようにきてあげたのよ!感謝しなさい!!」
 本当は楽しみで仕方なく昨夜眠れなかったのだ。その証拠に目の下には薄くくまが
出来ている。鏡を見てくまに気付いた玲奈は、肌が汚いと思われるんじゃないかと
心配だった。そして母親が使っている目元パックを貼りなんとか誤魔化そうとした。だが、
薄いくまなのでよーく見ないとわからないし、正直悩むほどのものでもない。それでも
悩んでしまう純粋な乙女が一人。
 「ふーんそっか。んじゃあ中で待っててよ。飯も食ってないしまだ支度出来てないんだ」
 
 ぐぅ〜〜〜〜〜〜

 飯ときいた瞬間玲奈の腹が反応した。凍夜の耳に届いたのは玲奈の罵声ではなく凄まじい
腹の音。あまりにでかい音だったために、凍夜は聞こえない振りが出来なかった。
 「…玲奈も食べるか?」
 しばし沈黙が続きやがて恥ずかしく俯いていた玲奈は、そのままコクンと凍夜に頷いた。
 *   *   *   *

 凍夜は玲奈を家に呼ぶのは数年振りだ。凍夜が引っ越す前までは毎日のように遊んでいた。
公園やお互いの家に行ったり来たりしていた仲だった。
 「じゃあ適当に座って待ってて。すぐに作るから」
 「…うん。ありがと」
 先ほどの腹の音を聞かれたのが相当ショックな玲奈はいつもの元気がない。まあ、好意の
相手に腹の音を聞かれるのは女として凹むのは当然といえば当然だ。
 玲奈は顔を赤くして俯き黙ったまま料理を待つことにした。
 一方料理を2人分作ることになった凍夜は
 (さてと、何作ろうかな。あっ弁当も作らないとな)
 玲奈の凄まじかった腹の音は頭の中にはなく、何を作るか迷っていた。
 (んー、昨日の味噌汁が残ってるからこれを温めて。んでご飯は冷凍のものをチンしてと)
 味噌汁が入った鍋を火にかけ、冷凍庫から2人分プラス弁当の分の冷凍された飯を取り出し
レンジに入れる。その後冷蔵庫を覗き肝心のおかずを探す。冷蔵庫の中もきちんと整理されており
何がどこにあるのか簡単にわかる。
207でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:41:03 ID:XBNts7Rl

 (あっ鮭の切り身が丁度三切れある。じゃあこれを焼いてと。あとはたくあんを切れば
良いか。あれ?玲奈はたくあん食べるかな?)
 「玲奈ってたくあん食べられるかー?」
 リビングでじっと待っていた玲奈に声をかける。ずっと先ほどの『腹の音事件』のことを
考えていた玲奈は体をビクッとさせ、慌てて答えた。
 「食べる食べる!ぜ、全然大丈夫!」
 「わかったー」
 玲奈がたくあんを食べられることが解った凍夜はたくあんを適当な大きさに切り、皿に
移す。そして、鮭の切り身を焼きながら弁当の準備をする。
 (弁当は海苔弁にしておかずは鮭とあとは……あっアレでも作るか)
 凍夜がテキパキとご飯の準備をする中玲奈はキョロキョロ部屋の中を見ていた。家の中は
引っ越してきたばかりのためかダンボールがちらほら。中身は食器や服など。この家に着いた
ときはこの数倍のダンボールが家の中を占めていたが、凍夜の手にかかればほんの数日で
終わってしまう。また明日来ればダンボールなど無くなっているだろう。
 (結構キレイにされているのね)
 部屋中を見渡し終えた玲奈は勝手にテレビを付けた。やっと落ち着いたのかさっきまでの
恥ずかしさはもうどこにも無い。
 朝のニュースでは昨日起きた事件や政治家の汚職問題を放送していた。そのほとんどは
昨夜のニュースと大差なかった。
 「出来たぞ」
 適当にボケーッと見ていた玲奈の前に朝食が運ばれる。
 香ばしい匂いがする焼き鮭にふっくらしたご飯と湯気を放つお味噌汁プラスたくあん。
The和食といったメニューだ。
 「よし、喰うか」
 「「いただきます」」
 2人は合唱しご飯を食べ始めた。
 玲奈はご飯を口に運ぶと
 「う、うま!おいしい!」
 目を見開いた。
 凍夜は何事も無く平然とご飯をモグモグと食べる。
 「え、いや何これ!?おいしすぎ!ありえない!お味噌汁は……うまい!!」
 玲奈はズズーッとお味噌汁を食べる。口に広がる味噌の風味は家庭の味を超え、料理の達人の
粋まで達している。お味噌汁のジャガイモもホクホクとして甘味がある。
 「何でこんなにおいしいわけ!?ねぇ何でよ?」
 料理が苦手な玲奈は若干キレながら凍夜に聞いた。
 「何でって…ただの馴れだろ。小さい頃から料理してたし」
 両親と一緒に過ごしていた時期もあったが両親共々仕事が忙しかったため、料理は自分で
やっていた。また邪魔をしたくない一心か料理の他に、掃除や洗濯まで自分でやるようになった。
最初は失敗もあったが経験を積むにつれ、失敗する数が少なくなった。
208でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:42:24 ID:XBNts7Rl

 「私も練習すれば凍夜みたいに成れるかしら?」
 「すぐに成れるよ玲奈なら。もし良かったら俺が教えるし」
 「今の言葉本当?」
 「あぁ本当、約束する」
 凍夜の穏やかな声に照れたのか玲奈は勢い良くズスーッと味噌汁を吸ってしまい
 「あつつ!」
 火傷した。
 *   *   *   *

 「ご馳走様」
 「お粗末様です」
 朝食を食べ終えた二人。凍夜はまだ身支度が済んでいないので準備する。まず洗面台に行き
寝癖がある髪の毛を直す。そして髪の毛にワックスを付けて整える。
 一方玲奈は先ほどのニュースを見ていた。名物コーナーの『今朝のワンコ』がやっていて
画面には無数の小さい犬が飛び回っている。動物が好きな玲奈は「かわいい〜」と言いながら
キャピキャピ騒いでる。
 着替えも済ませた凍夜は玲奈に声をかけ家を出た。
 「玲奈っていつも歩きで学校に行ってるの?」
 凍夜は玄関の鍵をかけながら玲奈に尋ねた。
 「うん、いつも歩きよ。凍夜は?」
 「昨日はチャリで行った。そっか玲奈は歩きか…」
 「私が歩きだと何か問題でもあるの?」
 少し怒りながら玲奈は言った。
 「いやもし玲奈がチャリだったら俺もそのままチャリにするんだけど、徒歩だったら
玲奈と一緒に通学できんじゃん。それで」
 ボンッと音を出し玲奈の顔が沸騰した。もちろん怒って顔が赤くなったのではない。凍夜と
一緒に登下校できるのがうれしくて瞬間沸騰したのだ。
 「あんたがそう言うなら一緒に行ってあげるわよ!」
 素直にありがとうとか言葉に表せば良いものの玲奈は素直になれずに、つい見栄を張ってしまう。
 凍夜はそんな玲奈の頭を優しく撫で
 「ありがとう」
 と呟いた。
 その優しい撫で方に玲奈は言葉が出なかった。理性がどこか遠くに行ってしまいそうで、
玲奈の心臓の音がドクンドクンと激しく鳴り響いていて、冷静にいられなかった。全身が
熱いのがわかる。
 (な、なんでそこで笑顔なのよ!そんな優しい目で見られたらて、照れるじゃない!こ、
こんなの私じゃない!それになんで凍夜相手に照れなきゃいけないのよ!!)
 いつもの様に強気で生意気なに口を開きたくても、胸が詰まって声が出てこない。
 「じゃあ行こうか」
 凍夜の言葉に頷くことしか出来ない玲奈は凍夜の後ろを黙って歩いて学校に行った。
209Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:43:21 ID:XBNts7Rl

 「おはよう克行、菜月」
 「克行君、菜月おはよう」
 「あぁ、おはよう2人とも」
 教室に着いた凍夜と玲奈の視界に入ったのは菜月と克行だ。克行の席で2人が何やら
話していた。その最中に凍夜と玲奈が来た。
 「あ、あれ?あれれ!?2人とも何で一緒に登校してるの?え、もしかしてつ、付き合い
始めたの!?」
 一緒に登校した凍夜と玲奈に菜月は驚いて声を挙げ、手をバンザーイしてオーバーリアクションを
起こした。それを見て三人は呆れ、克行が菜月に説明をした。
 「お前が昨日『菜月と何とか』のために親睦を深めろって言ったんだろ。その条件が昨日の
下校と今日の登校を一緒にしなさいって、自分で提案したんだろうが」
 「克行、『菜月とその他の仲良しs』よ。メンバーなら覚えておいて」
 「何でそこは覚えてるのよ、菜月」
 玲奈が肩をすくめため息を吐く。克行は日常茶飯事だと思い諦めている表情だ。そんな中凍夜は
 「でも結構おもしろくて俺は楽しめたけどな」
 と、にこやかに言った。
 「良かったじゃん、玲奈」
 菜月が肘で玲奈にグリグリと押すと恥ずかしくなったのか「もう、知らない!」と言って
自分の席に付いてしまった。でも幸か不幸か玲奈の席は凍夜の席の隣のため必然的に凍夜が
付いて来る。そうすれば菜月と克行もくるわけで。玲奈の逃げ場がなくなってしまった。
 「それで、今朝はどんな会話をしたのかな?」
 菜月がニヤニヤしながら玲奈に迫った。逃げたくても窓際の席+横には凍夜+目の前には
菜月+後ろには克行に囲まれているため=逃亡不可能の方程式が出来上がっている。
 「いや特に変った話はしてないぞ」
 凍夜の返事に菜月は「ふーん」と明らかにつまらなさそうな声を挙げる。だが、何かに
気付いたかのように目を大きくした。
 「そういえば2人って幼馴染なんだよね?」
 「へぇそうだったんだ」
 「克行は情報が遅いわね」
 「うっさい」
 昨日凍夜と別れた後玲奈は電話で菜月に自分と凍夜は昔の幼馴染ということを伝えていた。
菜月曰く、電話口から聞こえる玲奈の声はとても興奮していてうれしそうだったとか。それを
玲奈に言うと『昔の幼馴染と一緒のクラスになったら驚くのは普通で、決っしてうれしかったわけ
じゃない』だとか。
 菜月が顔をニヤニヤさせたまま玲奈に近づき言った。
 「もしかして2人って小さい頃一緒にお風呂に入ってたりした?」
210Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:44:03 ID:XBNts7Rl

 ボン   ぷしゅ〜〜〜〜〜〜

 「こりゃ本当らしいね。適当に言ったんだけどまさかマジだったとは」
 「凍夜、一応否定する時間をあげるけどどうする?」
 「否定しても嘘だってバレるだろ。この玲奈を見たら」
 瞬間沸騰(しかも湯気付き)を見たら誰もが解る。この2人は一緒にお風呂に入ったことが
あるんだなと。凍夜は否定しても無駄だとわかってがっくりと頷いた。本人を目の前にして
お風呂に入っていたとバレると、凍夜でも恥ずかしくなる。だが言われっぱなしも嫌なので
克行に
 「克行は彼女さんとお風呂に入ったことはあるの?」
 と尋ねた。その瞬間クラスは凍りつき緊張が走る。そして教室にいる全員が克行に注目
している。克行の彼女はこの学校の生徒会長で、生徒の殆どが彼女に憧れ、男子は恋している。
だれもが聞きたく、でも聞けない質問を凍夜は堂々とした。もし、克行が会長と一緒にお風呂に
入っていたら男子はショックを受け、この教室の窓から身を投げ出し自殺してしまうだろう。
それぐらい危険な質問なのだ。
 転校二日目の凍夜はまだ生徒会長に会ったことは無く、顔はもちろん知らない。例え会ったとしても友人の彼女を好きにはならないと、豪語している凍夜にとっては危険な質問でも何でもない。
 クラスの全員が気になる中(沸騰のため気を失っている1名を除く)克行の口が動く。皆が
「ゴクン」と唾を鳴らす。そして克行の返答は――――
 「よーしお前ら、席に着けー。ホームルームやるぞ」
 これ以上のない程のタイミングで来た福原によって、克行の回答は遮られる。生徒からの
「うわー」や「ちょっと先生KY〜」(空気読め)などの声が出るが福原は全て無視。マイペースな
福原はクレームなど一切受け付けない。というより聞く気が全くない。
 「命拾いしたね」
 「お陰様で」
 生徒が自分の席に着く中凍夜と克行は腹にどす黒い何かを秘めながらニヤニヤと笑いあった。
隣の沸騰少女は未だに復活しないまま授業が進まれた。 
*   *   *   *

 午前の授業が終わり生徒達が楽しみにしている昼休みになった。克行はいつものように購買部に
行き、人気商品を独り占めしていた。克行曰く購買部を利用してから一度も人気商品を逃したことは
無いとか。いろいろな人から「弟子にして下さい!」などの声があがるが全て拒否。誰にも教えたくは
ないらしい。以前は生徒の間で「購買の人ともデキてるんじゃないか」とか「生徒会長の彼氏の
特権を利用している」だとかの噂があった。だが、購買の人が変ってもいつも勝利品を手にしている。
また、生徒会長と付き合う以前から常連だったので噂はすぐに消えた。そして生徒からはある意味
憧れの的になっていた。
 「さ〜てと教室に戻るか……ん?メールだ」
 ポケットの中で振動しているケータイを取り出し画面を見るとそこには
 「観月からだ、えっと…」
 克行の彼女で生徒会会長の片岡観月からのメールだった。
211Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:44:58 ID:XBNts7Rl

 『件名:一緒にお昼どう?
  本文:予定していた生徒会の会議がなくなったんで一緒にお昼どうかな?というか…』
 「あれ?ここで終わってる…。あっまだ下に続いてる」
 本文は一行で終わってると思ったがどうやら違い、下にスクロールするとまだ続きがあった。
 『予定していた生徒会の会議がなくなったんで一緒にお昼どうかな?というか…









  実はもう克行くんの教室に来てま−す!!みんな待ってるから早く来るんだよ。』
 「んなっ!?マジかよ?しょうがない走るか。……走んの嫌いだけど」
 克行が教室の前まで来るとそこにはたくさんの人だかりが出来ていた。殆どの人間は観月を
目当てに集まっている。
 「うわ〜キレイ。しかも顔ちっちゃ〜い」
 「ほんとよね〜。私も一緒に食事したいなぁ」
 「あぁ〜何で観月先輩の隣が俺じゃなくて漆戸なんだよ!納得いかねー!!」
 「はぁ?観月先輩に相応しいのは俺だろ」
 (相変わらず人気だな観月は…)
 教室に入りたくてもじゃじゃ馬魂を燃やす人が大勢いるため、ドアの前が塞がれており簡単に
通れない。しかも全員が観月に注目しているため誰も振り向かず、観月の彼氏に気付かない。
 (よくまぁ彼氏の目の前でこんなこと言えるな、こいつら)
 克行が呆れながらそう思っていると
 「あっ克行く〜ん!おっそいよ〜。早くみんなとお弁当食べよ!」
 廊下にいる克行に気が付いた観月が手を振りながら笑顔で呼ぶ。廊下で克行に気付かなかった
じゃじゃ馬の顔が引きつり、そぉ〜っと振り返る。そこには満面の笑みを浮かべているのにも関わらず
後ろに黒い炎をまとい、その場にいた全ての人間を南極にいるような気にさせる克行の姿があった。
 「いま行く」
 克行がそう告げるとドアの前にいた人がササッと道を開けた。克行は教室に入る瞬間さきほどの
男子にこっそり
 「負け犬は黙ってろ」
 低いドスがかかった声で軽い脅迫をした。脅迫を受けた男子は震えあがり「すいませんでした!」と
謝罪し、ものすごいダッシュでどこかに消えてしまった。
212Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:45:29 ID:XBNts7Rl

 「おまたせ」
 「わお克行くん、また焼きそばパンゲットしたの?やるなぁ〜」
 「あんた確か少食よね?しょうがない、ここは私がそのプリンを食べてあげよう」
 「いや、ここは俺が」
 「アホ、お前らにやるもんはねぇよ」
 凍夜たちは弁当組みなので克行が帰ってくるまで、近くの机をくっ付けお弁当を取り出し
待っていた。
 克行が空席に座り準備が出来ると観月の号令でそれぞれのご飯を食べ始めた。
 「そういえば会長、何で今日はこちらに?」
 菜月がふと思い観月に問いかけた。
 「ん〜、克行くんのお友達と食事してみたくなったから、かな?あ、あと」
 観月はご飯粒を頬に付けながら菜月をビシッと指し
 「会長ってのはダメ!観月って呼んで、菜月ちゃん」
 にこりと微笑みそう言った。
 「だ、駄目ですよ!そんな観月だなんて…。ってか会長何で私の名前を知ってるんですか!?」
 「だって克行くんの友達でしょ?知ってて当然だよ」
 観月はえっへんと言わんばかりに手を腰に当て、それなりに育っている胸を突き出した。
 「それはわかりました。けど、会長のことを呼び捨てってのはやっぱり…」
 「だったら間を取って『観月先輩』で良いんじゃないか?」
 今まで自分の弁当をモグモグと食べていた凍夜が口を開いた。観月は「おおぅ」と言って
凍夜の手を取り
 「すっご〜い!ナイスアイディアだよ、凍夜くん!!」
 歓喜の声を挙げた。他の人間も納得した表情だった。一人を除いては……。
 (ちょっとちょっと!なに観月先輩に手を握ってもらってんのよ!?しかもデレデレしてない?
他人の彼女は好きにならないとか言ってたくせに!隣に私がいるのに!というか、私という者が
在りながら!…えっ、ちょっと待て。何でここで私が出るのよ!?それに何で嫉妬してるみたいに
なってるの?あぁもうっ!これは全て凍夜のせいよ!そうよ、全部凍夜が悪いのよ!くそぅ
凍夜のくせに〜!)
 確かに凍夜は微笑んではいるが、デレデレという表現には当てはまらない。だが、若干妄想壁が
ある玲奈はデレデレしているように見えてしまう。
 「どうかしたか?」
 「えっ?う、ううん何でもないよ」
 「そっか」
 心配した凍夜だがこの言葉さえも玲奈にとっては
 (何がどうかした、よ。こっちはあんたのせいで悩んでるってのに〜!!しかも、私があんたに
心配されないように、何でもないって言ったのに「そっか」の一言!?それだけ!?少しは
悟りなさいよ、このバカ!!)
 このように捉えてしまう。
213Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:46:42 ID:XBNts7Rl

 凍夜はもちろん玲奈の気持ちなど気付かずに弁当を食べ続けている。
 「あっ、ヤベ。アレ出すの忘れてた」
 凍夜は何かを思い出し自分のカバンからもう一つ弁当箱を取り出した。
 「凍夜ってそんなに弁当食うっけ?食いしん坊だな」
 「あんたに言われたくないだろうよ、克行」
 「そうよ凍夜いくらなんでも食べすぎよ」
「克行くんも凍夜くんも高校生だもんね。これくらいが丁度いいんじゃないかな?」
 新たな弁当に驚いた4人が様々なことを言う。
 「あぁこれ?実は皆に作ってきたんだ。自由に食べて」
 凍夜が弁当箱をパカッと開けると、そこには卵焼きがぎっしりと詰まっていた。
 「凍夜、何でこんなに卵焼きを?」
 卵焼きいっぱいの弁当に疑問をもった菜月が尋ねる。
 「いろいろな卵焼きを作ってみたんだけどおいしいかどうか聞きたいんだ。いわば試作品」
 凍夜の言うとおり様々な卵焼きがある。グリーンピースが入ったものもあれば、ほうれん草や
ニンジンをペーストし卵と混ぜたものもあり、色とりどりだ。
 玲奈たちは早速試作品をいただいた。一口食べると皆が顔を合わせ「うまい」と叫ぶ。凍夜の
料理スキルは普通の高校生と比べ物にならないほど高い。一噛みすると口の中には卵のほどよい
甘さが広がり、トロッとしてとてつもなくおいしい。
 「すっご〜い、おいしいよ凍夜くん。ね、克行くん」
 「ああ、これはマジでうまい」
 「ほんと、ほんと。このほうれん草の卵焼きなんて私好きだなあ。玲奈はなにが好き?」
 「私はこの普通のが好きかな。他のもおいしいんだけど……なんでだろ?これが一番好きだな」
 玲奈が箸で持ち上げたものはドコにでもあるような卵焼きだった。シンプルに作り上げられた
卵焼きを玲奈は食べた。他の3人も玲奈に続いて食べる。
 「うん、確かにおいしいね」
 「ほんとだ〜。すごいな凍夜くんは料理出来るなんて。男の子がエプロン着て料理するって
ちょっとカッコいいよね」
 観月はそう言って克行を見つめた。それに対し克行は
 「精進します」
 と目を泳がせながら言った。
 「すっごいなぁ凍夜は。ねえ私の嫁にならない?私こんな旦那欲しいなぁ。ね、どう?」
 「そ、そそそそ、そんなの駄目よ!!!」
 菜月の冗談にいち早く反応したのは玲奈だった。玲奈はガバッと立ち上がり首を千切れて
しまうんじゃないかというほどブンブンと横に振る。その行動に皆がポカーンとなり、自分が
何を言ったか気付いた玲奈は
 「こ、こいつは一緒にいるだけで相手を妊娠させるから、絶対にダメ!!」
 「へぇ〜、じゃあ今日一緒に登校した玲奈はもう妊娠しちゃったのかな?」
214Slowly×Slowly:2007/09/29(土) 01:47:25 ID:XBNts7Rl

 菜月がニヤニヤしながら玲奈に尋ねる。克行と観月はクスクスと笑い合う中、凍夜は冷静に
弁当を食べている。
 「ばっ、バカ言わないでよ!なんでこんな奴の子供なんてわ、私が!?それに菜月には
凍夜より良い男がいるわよ!!」
 「私は凍夜でも構わないけど?」
 菜月がそう言うと玲奈はカーッと顔が熱くなり、克行と観月はオーと声をあげる。凍夜は
黙々と弁当を食べる。
 「そ、それでも絶ッ対にダメーー!!」
 玲奈の叫びと同時に昼休み終了のチャイムが鳴る。玲奈がハー、ハーと息を切らす中他の4人は
食事の後片付けをする。観月と克行はおもしろいものが見れたねと言い合っている。凍夜は
試作品の卵焼きが好評だったのに大変満足していた。
 観月がまた「今度一緒に食事しましょうね」と言い残し、教室を去った後凍夜たちはそれぞれの
席に戻り次の授業の準備をする。玲奈も次の授業に使う教科書をカバンから出していると
 「何で玲奈があの出し巻き卵を選んだか教えてあげようか」
 と、凍夜に話しかけられた。玲奈は少し意地を張り
 「凍夜がそんなに言いたいなら聞くわよ」
 などと上から目線で言い放った。本当はかなり知りたがっていたのだが、素直に聞くことを
プライドが拒んだ。
 「だってアレ玲奈の好きな味付けだから。昔さあ、玲奈の家に行ってお昼ご馳走になったとき
俺の分の卵焼きまで食ってただろ?その時一個しか食べられなかったから、思い出すのに少し
苦しかったけど、その分自分流にアレンジしてみたってわけ」
 (ウソ?私の好きなもの覚えててくれたの?やだ、すごい……うれしい)
 玲奈はほんのり赤くなり俯いて
 「……ありがと」
 と呟くようにお礼を言った。だが凍夜は聞き取れなく疑問に思ったが聞くまでもないと考えた。
さきほど菜月に言われた「さっきのこと結構本気だよ」この一言もどういう意味か聞かなくても
良いかと思った。
215でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/09/29(土) 01:49:33 ID:XBNts7Rl
以上でSlowly×Slowly第2話終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。
それではまた第3話でお会いしましょう。ノシ
216名無しさん@ピンキー:2007/09/29(土) 03:03:26 ID:QNdqJCP+
一番槍GJ!!!
こういう王道ツンデレは見ているだけでほのぼのしてくる。
ヒロインが初めと大分変わったなwwww


そして余った菜月が今後どんなふうに扱われるか気になる。
217名無しさん@ピンキー:2007/09/29(土) 19:26:56 ID:DdnRERq/
>>167□ボ氏
大変遅くなってしまったorz
だがそれでも言わせて貰いたい!GJと!!
そして一年間お疲れさまでした、また作品ができたら是非とも載せに来て下さい


>>215でぃすぱ氏
二番ショート川崎!
2話とも見させて貰いましたが、大変GJです!
続きを楽しみにしてますので、今度ともよろしくどうぞ!
218グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 02:47:57 ID:al9qwNqp
二ヶ月ぶりに、投下します。
------

「はじめくん、起きてください」
 やよいは庭の地面に倒れているはじめを見下ろしながらそう言った。
 そのはじめはというと、体の上に千夏を乗せている。
 はじめは千夏にやましいことをしたわけではない。ないのだが、なんとも説得力にかける構図だった。
「いえ、起きようにも……」
「3秒以内に起きてください」
「は、はい?」
 やよいの右手の指が、三本立った。
「3……」
 そして、カウントと同時に一本ずつ折れていく。
「えと……」
「2……」
「ど、どいて、千夏さん!」
「1……ゼ」
「はい、起きました! 起きました、やよいさん!」
 千夏を強引に押しのけて、はじめはようやく立ち上がることができた。
 その様子を見て、やよいは満足そうに微笑んだ。

 はじめはやよいの足下に、ピアスや指輪が落ちていることに気づいた。
 指で差し、やよいに問う。
「あの、それ……なんです?」
「先ほどまで、はじめくんを探して町中にいる人々に尋ねて回っていると、話しかけてこられる方がいらっしゃったのです」
「はあ」
「人相のよろしくない方ばかりでしたので早々に話を終わらせたのですが、1人の方がしつこくついてきて、
 あろうことか無理矢理腕を握ってきたものですから、つい、こう……クイッっと」
 やよいが腕を振り上げ、続いて振り下ろす動作をした。
「その方を地面にねじ伏せましたところ、お友達の方々が大層憤慨されて、殴りかかってこられました」
「ええ?! 大丈夫だったんですか?」
「ごらんの通りですよ、はじめくん」
 やよいは、はじめに向けて両腕を広げた。どこにも変わった様子は見られない。
 美しい黒髪にも、色あせのない女中服も全く乱れていない。はじめは安堵のため息を吐き出した。
「……あ、ところでなんでピアスなんか?」
「今これだけしか持っていないんです、と言いながら差し出してきたのです。
 私はいらないと言ったのですが、土下座までされてしまったものですから、仕方なくもらってきました」
「……なるほど」
 相手はおそらく町中を歩いていたやよいをナンパしたのだろう。
 そしてやよいがつれない態度を見せたことに腹を立て、無理矢理言うことを聞かせようとして返り討ちにあった。
 金を持ち合わせていなかった彼らは代わりの品としてピアスや指輪をやよいに差し出した。
 真相はおおかたこんなところだろう。
 しかし、今の状況でそんなことを聞かされても背筋が寒くなるだけだ。
219グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 02:49:26 ID:al9qwNqp
「ねえ、はじめ」
 にこにことした笑顔で、マナがはじめに話しかけた。
「えーっと……なにかな?」
「なにかな? じゃないでしょ。言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
 言わなければいけないこと。
 はじめはマナの顔を見つめながら、脳内からこの場にふさわしい台詞を検索しだした。
 つい先ほどまで、自分は千夏と絡み合うようにして地面に倒れていた。
 その様子を見て、やよいとマナがどう思うかは想像に難くない。
 台詞はあっさりと見つかった。
「ごめん、マナ、やよいさん。わざわざ探しに行かせるほど心配させちゃって。
 あと、千夏さんとさっきみたいな状況になってたことも謝るよ。
 ただ、誤解はしないで欲しいんだ。2人が心配するようなことはしていないから」
「違うわよ。私が聞きたいのはそんな言葉じゃないわ」
「……ええ?」
 今度こそ、はじめは当惑した。
 てっきり、千夏とのことでマナが怒っているのだと思っていた。
 しかし、マナは謝罪を要求していない。
 では、一体どんな言葉を言って欲しいのだろうか。

「……ガソリン代使わせてごめん。あとでちゃんと返すから」
「それも違う。まあ、後で利子つけて倍返ししてもらうけど」
「……髪、今日も綺麗だな」
「あら、ありがと。……で、今の台詞は馬鹿にしてるつもり?」
「いや……そんなつもりはないんだけど。えっと、他には……」
 はじめは脳を脊髄まで掘り下げる心地で思案を開始した。
 だが、いくら掘り起こしても台詞はでてこない。
 ボキャブラリーがないというわけではなく、この場にふさわしく、
かつマナの要求する言葉というものが見つからないのだ。
 はじめがそのまま言葉をひねりだせずにいるうちに、マナの口が開いた。

「なんで、言い訳しないの?」
 はじめは、たった今まで巡らしていた思考を停止させられた。突然の不可解な台詞によって。
 聞き間違いだろうか?今、マナがこの場にふさわしくない台詞を言ったような……。
「ごめん……なんだって?」
「だから、どうしてさっきから謝ったり見当違いのことばかり言って、言い訳しないのよ?」
「……」
 どうやら聞き間違いでは無いらしい。
 また、マナの台詞に込められた意味と、はじめの聞き取った言葉の意味が違っているわけでもないようだ。
 マナは、はじめが言い訳をしないことを不満に思っている。
220グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 02:50:41 ID:al9qwNqp
「なあ、普通こういうときは、男のくせに言い訳するな、とか言うもんじゃないか? 女の子はさ」
「ええ、私以外の女の子であればそうでしょうね。そこにいる女の人とか」
 マナは、ちらりと千夏の方を見ると、またはじめと向き合った。
「だけど私はね……謝って欲しいわけじゃないのよ。うふふふふ。
 はじめが知らない女と抱き合っていたのは事実なわけだから」
「いや、だからそれは……」
「誤解? ええ、きっとそうなんでしょうねえ。
 どうせなにかの弾みでさっきみたいなことになったんでしょう?」
「ああ、卓也がいきなり千夏さんを後ろから押して、たまたま目の前に僕がいて」
「真実はそうなんでしょうね。だけど、はじめがその女の人と抱き合っていたのは事実。
 ……私はね、はじめ」
 唇の端をあげて、マナが笑った。その笑顔に、はじめは鬼を見た。
 小さな体躯の中から、凶暴な津波のごとき気配が漂ってきている気がする。
 水が目の前を覆い尽くし、自分を飲み込み翻弄する想像が、はじめの脳裏を掠める。
「あんたがみっともなく言い訳する様をこの目でじっっっくりと、拝みたいのよ。
 そうでもしなきゃ、このイライラは治まっちゃくれないのよ。うふ、ふふふふふふ」

 はじめの肩が小さく跳ねた。
 マナの笑顔が、不可視の気配が、そして笑い声が、はじめに恐怖を与えたのだ。
 はじめは両手を伸ばして震わせ、否定の動作をする。いや、マナを制止しようとしたのかもしれない。
 はじめはただ、自分でもよくわからない動機で両手を動かしていた。
「落ち着け。落ち着くんだマナ」
「落ち着いてなんかいられないわよ。……ああ、その怯えた表情、いいわね」
「頼むから聞いてくれ。今のお前は怒りで気が触れて居るんだ。
 いったん深呼吸して、それからまた話そう。な?」
 必死にそう言うはじめに応え、マナは目を閉じて深呼吸を開始する。
 胸を反らして吸気し、背筋を丸めて息を吐く。深呼吸の動作を2回行った後で、再びはじめへ笑顔を向ける。
「さ、続きして」
「つ、続き……?」
「言い訳して頂戴。誠意を込めて釈明して頂戴。ジェスチャーを交えながら語って頂戴。……さあ、早く」
 ――ああ、ダメだ。ちっとも落ち着いてなんかいない。
 四つん這いになったときのようにがっくりした心地で、はじめは小さなため息を吐き出した。
221グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 02:52:31 ID:al9qwNqp
 その時、波風たたぬ湖面のような目をしたやよいの姿が目に入った。
 いつも冷静なやよいであれば、きちんと事情を察しているはず。
 多少の折檻は覚悟しなければならないだろうが、それでもマナを相手にするよりは話が通じるはずだ。
「やよいさん! 話聞いてましたよね?」
「はい。一部始終を完璧に」
「じゃあ、マナをなんとかして落ち着かせてください!」
「落ち着かせる? ……何を言っているんですか、はじめくん。マナは普段通りではないですか」
「え? ……いや、どう見たって普通じゃないですよ!」
「まあ。女性に向かって普通じゃないとか異常だとか、そういうことを言ってはいけませんよ?
 そんなことを言うはじめくんにはおしおきです」
 何気なく伸ばされたやよいの右手の指が、はじめの耳に添えられた。
 そして。

「――メッ」
 という声と共に、やよいの右手がはじめの左たぶをつまんで、勢いよく上へと持ち上げた。
 細い腕からは想像できないほどの力で頭を持ち上げられ、はじめはつま先立ちになる。
「い、痛い痛い痛い! 離してください!」
 やよいは悲鳴をあげるはじめに近寄り、持ち上げられていない右耳へ向けてささやいた。
「反省していますか?」
「はい! 宇宙の深淵の闇よりも深く! 反省してます!」
「あら、そうですか。――それでは、もっともっと反省してもらいましょう」
 はじめはミシリ、という音を聞いた。
 その音の正体がいかなるものであったのか――実際ははじめの耳たぶが捻られた際の音だったのだが――、
はじめは知らない。
 ただ、頭の皮を引き剥がすような痛みから逃れたかった。
 背筋、腰、太もも、下腿、足首、足の指へと伸長することを命じる。
 だが、やよいとはじめの身長はほぼ同じである。
 いくらはじめが背伸びしようとも、その程度では上へと腕を伸ばした状態のやよいから逃れられるはずもない。
「あっ、あ、あああああああ!」
「ふふふふふふふふ」
 この笑い声がマナのものであったのか、それともやよいのものであったのか、もはやはじめには判断できない。
 ただ、一つだけ閃くものがあった。――マナだけではなく、やよいも怒っているのだ、と。 
 今さらながら、はじめはそのことに気づいたのだった。

 途切れ途切れになりながら、やよいへと話しかける。
「どうすれば、機嫌……直してくれます、か? ……謝るだけじゃ、だめ……なんですか?」
「言葉ではなく、行動で誠意を示してもらえれば、考えてあげますよ」
「なにを……すれば?」
「今後、私たち2人以外の女性と怪しまれるようなことはしないでください、というのが要求なんですが、
 どうもはじめくんは口約束を守ってくれそうにないですから、私の教育を受けてもらいます。
 二度と私たち以外の女性と逢引きをできないようになりますけど、それでも条件を呑みますか?」
「きょ、教育? って……一体何を……」
「さあ? うふふふふ。どうしますか?」
 条件を呑むか、呑まないか。
 その教育とやらの内容がわからないため、はじめは頷くことができない。
 だが、この場でやよいの出した条件を呑んでしまえば、耳の痛みからは解放される。
「やよいさん……僕は――」
「はい」
「2人が許してくれるんなら、その、条件を――」
 呑みます、と言おうとしたら。
222グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 02:55:53 ID:al9qwNqp
「ダメだ! はじめ!」
 突然割り込んだ大声に遮られると同時に、やよいの指から解放された。
 膝から力が抜けて、はじめはその場にへたりこんだ。
 顔を上げると、すぐ目の前にやよいの女中服のスカートがあった。
 やよいの横顔は、驚きと緊張で固くなっている。
 やよいの視線はただ一点だけを見据えていた。
 その視線の先には――やよいの体へ向けて正拳を放った、千夏の姿があった。
 千夏の拳は両腕を交差させたやよいの腕によって止められていた。
 千夏の行動によって、はじめは解放されていたのだ。

「はじめ、大丈夫か?!」
「千夏さん……あの、なんで……?」
「話は全て聞いていた。はじめ、お前がこんな目に毎日逢わされているというのに、気づいてやれなくて悪かった」
「えっと……ええ?」
 千夏が言っている言葉の意味がわからず、はじめは目をしばたたかせた。
「お前はこの2人に、いいようにこき使わされていたのだな。
 人の謝罪も聞かず、訳のわからないことを言いながら暴力を振るうなど……」
「いや、違うんだよ? 今日はたまたまで」
「嘘は言わなくてもいい。お前はこの2人を前にして、本当のことを言えないのだろう。
 何かの弱みを握られていて、それで脅されているから」
 仇敵へ向けるような眼差しで、千夏がやよいを睨む。それにたじろぐことなく、やよいは正面から見返す。
 ただ2人の女が視線を交わし合っているだけの光景だというのに、
周囲の音がかき消えるような錯覚をはじめは覚えた。
 無音に包まれた藤森家の庭に、千夏の声が響く。

「あなたは人として、恥を知るべきだ」
「酉島さん。人の話を聞かないという点に於いては、あなたも同類でしょう?
 私たちとはじめくんの関係を勝手に誤解しないでください。
 あなたは私とはじめくんと、マナのことをどれだけ知っているというのですか?」
「確かに私は、はじめと知り合って間もないし、あなたたち2人のこともよく知らない。
 だが、あなたがはじめの優しさにつけ込んでいるのは事実だ」

 やよいの無表情に、亀裂が入った。
 ただ眉根を寄せるだけの動きであったが、そこからは抑え切れていない怒りが漏れ出している。
「酉島さん、他人の家に無断で押し入り、人の恋人を奪い取ろうとする女性のことを何と呼ぶか知っていますか?
 そのような人のことを、泥棒猫と世間では呼ぶのですよ」
「あなたがはじめの恋人だというのも疑わしいものだ。恋人ならば、相手のことを思いやるべきだろう」
「……酉島さんは、恋人がいらっしゃったことがありますか?」
「いや、無いが」
「では、わかるはずもありませんね。
 男と女の関係は、たとえ恋人同士であったとしても、戦いが絶えないということが。
 信じるだけではなく、時にぶつかることによって相手との密接な関係を作る。
 そうしてこそ、真の愛というものが芽生えるです」
「くっ……」
 口惜しげに千夏がうめく。
 それは自分に恋人がいた経験がないため、やよいに反論できなかった悔しさがさせた行動だった。
「と、とにかく! 私ははじめの心を踏みにじるような、そんな行動を看過することなど、できない!」
「それならば……どうするおつもりで?」
「あなたを倒し、はじめを解放する。それが友人としての情けだ」
「いいでしょう。望みも好みもしない戦いではありますが……口で言ってわからない方には、拳で語るといたしましょう」
223グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 03:02:29 ID:al9qwNqp
 その言葉をきっかけに、空気が変わる。
 やよいがガードしていた腕を解放すると、千夏は弾かれるように後方へ飛び距離をとる。
 無言のまま、千夏は構える。左足を前に出し、両の拳を顎へ近づける。
 対するやよいは構えらしい構えをとらない。両手をだらりと下げて、拳さえも作らない。
 千夏の足が地面を蹴る。突進の勢いを利用した右拳をいなしながら、やよいは相手の左側へ移動する。
 返す刀で、千夏の右肘がやよいを襲う。やよいはかろうじてガードしたものの体勢を崩された。
 前屈みになっていたやよいは、蹴りを受けて数歩先の地面までたたらを踏んだ。
 その隙を、千夏は逃さなかった。
「はあっ!」
 千夏の長い足から放たれる前蹴りが無防備なやよいの背中へと伸びる。
 が、それは空を蹴っただけだった。
 やよいは、自身の背中を狙った蹴り足より体勢を低くしていたのだ。
 そして地に伏せたような体位のまま、前進。
 予測外の動きに戸惑いながらも、千夏は後方へジャンプし、追撃を逃れた。

 高揚を隠しきれない様子で、千夏が口を開く。
「やはり、初めて会ったときからただの家政婦ではないとは思っていたが、その通りだったか。
 あなたの使う拳は、何と言う?」
「勘違いしてもらっては困ります。私はただの料理人の一弟子に過ぎません。
 拳法や戦い方など、習ったことは一度もありません」
「ではなぜ、そこまで戦える?」
「昔から、ずっと守りたい人がいたから。これからもその人と共に生きたいから。ただそれだけです」
 やよいはそう言うと、最初と同じ自然体の構えをとって千夏へと気を向ける。
 千夏もまた、戦いの構えを見せる。
「そう思っているのならなぜはじめに――――いや、口で問うべきことではないな」
「あなたのような人には、口で語るよりぶつかりあった方が理解しやすいでしょう?」
「ああ、そうだ。いくぞ――やよい!」
「来なさい!」

 踏み込みと同時に休むことなく放たれる千夏のジャブを、やよいは後退しつつ捌く。
 千夏の上段蹴りをくぐるように躱し、左足の踏み込みを利用し、掌底を放つ。
 体をくの字に曲げつつも、千夏はその場で耐える。
 千夏が右手を振りかぶる。フックを放つようにみせたそれは、フェイントだった。
 そのことに気づかずに右拳を受ける構えをとっていたやよいは、反対から飛んできた拳に胴を殴られる。
「くっ……このっ……」
「まだまだ!」
 続けて始まる数10センチの限られた空間内での打合い。
 手を伸ばせば確実に相手を捉えられる状況。
 それほど接近している状況だというのに、どちらにもクリーンヒットは生まれない。
 攻め、受けともに両者の実力は拮抗している。
 そして、2人の攻防はより高みを目指すように速さを増していく。
224グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/09/30(日) 03:06:41 ID:al9qwNqp
 そんな2人の、アクション映画さながらに白熱した戦いを見つめるものがいた。
 はじめとマナだ。玄関の入り口に二人揃って腰を下ろしている。
 当事者であるというのにいつのまにか口も挟めなくなっていた2人は、既に傍観者の気分を味わっていた。
「……なんだか、仲いいね、あの2人」
「……ああ」
 はじめは気の抜けた返事をした。
 やよいと千夏がいきなり戦いを始めたせいで、はじめを責め立てる気をマナは完全に失っていた。
「はじめ、お茶でも飲む?」
 と、はじめを気遣うことまでしてみせる。
「ん……いいや」
「そう。……ね、はじめはどっちが勝つと思う? 私はやよいが勝つと予想するけど」
「2人に怪我がなければ、どっちでもいいんだけど。そうだな、相打ちが一番かな」

 そんなはじめの願いが通じたのかどうかはわからないが、やよいと千夏の戦いは相打ちに終わった。
 最後に技を放ったのはやよいだ。ふらふらになりながら放ったアッパーが千夏の顎を打ち上げたのだ。
 しかし、その一撃で意識を刈り取られた千夏は前のめりに倒れ、やよいも巻き込んでダウンした。
 そのままやよいも意識を失い、結果的に勝者無しという形で2人の戦いは幕を下ろしたのだった。

 脱力した2人をはじめとマナが部屋へと運び込む頃には、時刻は夕方の6時になろうとしていた。

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次回へ続きます。
しばらく投下せず、申し訳ありませんでした。



遅れましたが、ロボさん。ツル×カメ完結お疲れ様でした。
225名無しさん@ピンキー:2007/09/30(日) 06:50:54 ID:LYhiV/CL
>>224メイド家政婦GJ!!!
やはりこの2人は格闘技がにあうwwww久々に会えてよかったよ。
226名無しさん@ピンキー:2007/09/30(日) 17:11:53 ID:SkUXoqh6
>>224メイドと家政婦GJ!
何故だか格闘シーンを見ていてメルブラが頭に浮かんだ俺ゲーマーorz
ともかく、この2人は戦いこそが物を語るんですね
227名無しさん@ピンキー:2007/10/04(木) 23:49:12 ID:HOZMqufq
このスレのせいで足コキが属性に入ってしまったage
228名無しさん@ピンキー:2007/10/06(土) 22:11:50 ID:wVn4JlRn
「誰があんたなんかと一緒に映画を見に行くもんですか!そんなの、お願いされたって行かないんだから!

……でも、どうしてもっていうなら行ってあげないこともないけど…?」



みたいなことを脳内で妄想し、書いてみた。今は反省しているつもりだが。
229名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 08:11:55 ID:rnc1WnvT
このスレでツンデレを書いたんだ。反省する理由なんて微塵も無い。

さて、どうやったら子供をツンデレに育てられるか教えてくれ。
230名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 09:45:42 ID:1WxSbFID
>>229
 ツンデレは、他人が育てられたり教えられたりするものではない
 
 真のツンデレとは、自ずから『なる』ものなのだから!!!
 
 そんな事も解らないなんて >>229 さんは、本当に私の事……
 ……いいえっ、なんでもありませんっ!!! 

                               ……莫迦……
231名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 20:14:37 ID:Pevxv35J
最近、ラノベの文学少女シリーズを読んだわけだが。
あれに出てくる琴吹ななせはいいツンデレだ。
232でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/10/08(月) 23:49:26 ID:BLwgxVhW
Slowly×Slowly第3話投下します。
233Slowly×Slowly:2007/10/08(月) 23:50:33 ID:BLwgxVhW

 送信者:父
 件名:調子はどうだ?
 本文:凍夜が一人暮らしをしてから一週間が経ったが調子はどうだ?ちゃんと飯は食べてるか?
    私たちはアメリカでなんとかやっている。こっちの仕事は予想以上に大変でとてもやりがいが
   ある。母さんも愚痴を零しつつも、こっちの生活が気に入ったようだ。凍夜もアメリカに
   来れば良かったのにと毎日のように言っているが、凍夜は凍夜で日本でやりたいことが
   あるのだろう。凍夜は胸を張ってそれをすれば良いし、もし、まだ見つけていないのならば、
   これからゆっくりと見つければ良いさ。
   
    さて、今日メールをしたのは凍夜に私の友人に会ってほしいからだ。この前凍夜に
   言ったとおりそこには私の友達、いや、大親友がいる。その人は弁護士をしていてとても
   腕が良いので、何かあったら頼りなさい。きっと力になってくれるだろう。

    これからお世話になるのだから挨拶をしに行ってくれ。日程は凍夜にまかせるが
   なるべく早めの方が助かる。向こうも忙しいと思うので訪ねる際は連絡をするように。
   連絡先と住所は下に書いてある。急な頼みで申し訳ないが頼んだぞ。

    P.S
     凍夜の口座に振り込んであるお金は自由に使っても構わないが、あまり無駄遣いを
    しないように。あと健康管理を怠るなよ。



 凍夜は父の和夫から送られたメールを見てパソコンの電源を落とす。そして椅子の背もたれに
ダラーンと寄りかかり、ふぅ…とため息を吐いた。
 凍夜の両親はアメリカで宇宙に関する研究をしている。それなりに有名なのでお金に困ったことは
ないし、不自由なく暮らせるのも両親のおかげだ。昔からアメリカからの仕事の依頼はあったのだが、
凍夜が幼かったので断念した。家族3人でアメリカに引っ越すことも出来たが、自分たちの
都合で息子の環境を変えるのは気が進まないという理由で辞めたのだ。凍夜が高校生になった年に
またアメリカの研究チームからお誘いのメールが来た。凍夜に相談すると凍夜は2人で行くことを
薦めた。今まで自分のせいで自由に研究できなかった両親へのせめてもの親孝行だった。
 凍夜はもう自立する力を持っていたので、一人暮らしするのに何の迷いもなかった。アメリカに
行くことが決まると、和夫らは仕事をやり残すことなくアメリカに旅立った。
 凍夜はこの春に幼少の頃に住んでいた赤沙町に戻ってきた。家は売却しておらず昔より小さく
なっていた。いや、凍夜がその分成長したのだ。
 赤沙町の景色は少ししか変っておらず、思い出の青葉公園以外は見覚えがあった。また、
凍夜と幼い日々を過ごした玲奈がいることも変わっていなかった。
「弁護士さんね……。明々後日にでも行くか」
 凍夜はカレンダーを見て呟き、布団に潜った。
234Slowly×Slowly:2007/10/08(月) 23:51:07 ID:BLwgxVhW

     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆
 「ここか…」
 凍夜の目の前には事務所へのドアと大きな看板。そこには『河原総合法律事務所』と書かれていた。
大きい看板のわりには建物は小さくこじんまりとしている。和夫が敏腕弁護士というものだから
大きいビルに事務所を構えているのかと思っていた凍夜は、少し拍子抜けしてしまった。
 だが、そのおかげで肩に乗っていた緊張はなくなった。
 「失礼しま〜す」
 「こんにちは。今日はどのようなご相談でしょうか?」
 凍夜を迎えたのは凍夜と同世代の女の子だった。
 その子の背中まで伸びた黒い髪は一本一本が細くとても煌き、目はキリっとしており意思が強そうな
イメージを与える。また、顔全体も整っており「かわいい」という褒め言葉より「綺麗」が当てはまる
ような顔だ。胸には『河原 緋莉』と書かれたバッジを付けている。
 「えっと…今日こちらに御伺いさせていただくことになってる春神という者ですが、河原浩二さんに
お会いしたいんですけど…」
 「畏まりました。ではすぐにお呼びしますのでこちらでお待ちください」
 凍夜は緋莉の案内を受けソファに座った。周囲を見渡すと他の弁護士たちが忙しそうに書類の
作成などがされていた。弁護士たちの机の上はお世辞にも綺麗とは言えず、色々な書類が積み重なっている。
 (普通もうちょい整理整頓されてるもんじゃないか?)
 超綺麗好きな凍夜は周りの汚さに少しイラついていた。右足はカタカタと貧乏揺すりをして、両目で
じろじろと周囲を見渡す。頭の中ではどのように掃除をすれば早く片付くかシュミレーションを行っている。
 (あのファイルはあそこの棚に。あそこにある分厚い本は…)
 綺麗になっていく部屋を妄想し少し幸せそうに顔を歪める。そんな凍夜の目の前に中年の男性が現れ、
凍夜の部屋掃除大会が強制終了される。
 「はじめまして、キミが春神凍夜君だね。私はここの所長の河原浩二だ。よろしく」
 「あっ、はじめまして春神凍夜です。今日はご挨拶に来ました。あと、これ。つまらない物ですが」
 凍夜は立ち上がり紙袋からお土産を取り出し浩二に渡す。
 「これはこれは。どうもありがとう」
 浩二が向かいのソファに座り凍夜も促されソファに座る。
 今日は法律相談や手続きをしに来たわけではないので、2人は適当に世間話をしていた。浩二と和夫は
小学生からの知り合いのため2人の過去の話が中心だった。好きなアイドルが重なってしまいどちらが
幸せにできるか本気で討論したり、好きな女性の仕草について本気で話したり、女性は胸だ!やら、
いや女性はお尻だ!などと、正直息子の凍夜にとっては聞きたくない、耳を塞ぎたくなるような話だった。
 
 会話が弾む中(浩二にとっては)先ほどの女の子がお盆にお茶と和菓子を乗せ現れた。
 「あぁ、凍夜君。紹介がまだだったね。この子は私の娘の緋莉だ。こちらは私の古い友人の息子さんの
春神凍夜君だ」
 「先ほどの」
235Slowly×Slowly:2007/10/08(月) 23:51:42 ID:BLwgxVhW

 先ほどの女の子―河原緋莉―を見上げ凍夜は軽く挨拶。緋莉もそれに合わせ会釈をする。
 「確か凍夜君は高校生だね?」
 「はい、高校2年です」
 「実は緋莉も高校2年生なんだよ。まぁ落ち着きがありすぎて大学生や社会人に間違えられることが
しょっちゅうなんだが」
 「あっ、俺と同い年なんですか」
 自分に関する話が嫌なのか、緋莉は頬を赤く染め俯く。浩二はそんなこと関係なしに話を進めた。
 「いやぁ、親馬鹿かもしれないが緋莉は顔が整っていて実にかわいい!だが、この子はなぜか彼氏が
いないのだ。最初は彼氏など作って欲しくはなかったが、今となっては別。正直彼氏でも男友達を
手に入れてほしい。そして私と君のお父さんの和夫のような青春を送ってほしい!!」
 拳に力を入れ語る浩二を見て凍夜は
 (親馬鹿ってよりただの馬鹿なんじゃ…)
 と、お茶をすすりながら考えた。
 「ということで凍夜君!緋莉の彼氏にならないか!?」
 「ブフゥゥゥゥッ!?」
 「ちょっ、ちょっとお父さん!?何勝手に変なこと言ってるの!!?」
 凍夜は口に含んでいた全てのお茶を噴出し、浩二の隣で俯いていた緋莉は声を荒げた。しかし浩二は
なにくわん顔で続ける。
 「なぁどうだい?凍夜君。緋莉はそんじょそこらのモデルより良いぞ。緋莉を自分色で染めるってのは?
いやぁ私も由香里を自分色に染めまくったなぁ」
 腕を組んでしみじみ思い出す浩二。由香里というのは緋莉の母で浩二の妻だ。
 (馬鹿だ。初対面で失礼だけどものすごく馬鹿だ)
 凍夜はあんぐりと口を開け呆然としている。緋莉は顔を赤らめプルプルと震えていたが、ついにキレた。
 「と、父さん!頼むから変なことを言わないでくれ!春神さんも困ってるだろ!!」
 「や、やだなぁ緋莉。緋莉は勘違いをしているぞ」
 「どういうことだ?」
 ずいっと緋莉が浩二に責めよる。
 「例え緋莉が何色に染まろうとも、緋莉は私の娘だ!」
 「そういうことを言ってるんじゃない!こっっんのバカオヤジ〜〜!!」
 怒号とともに一つの星が生まれた。
 *   *   *   *

 「父が済まないことをした」
 「いや、もう気にしてないよ」
 浩二が緋莉にKOされ事務所で頭から星を大量に生産している。もう話すことが出来なくなったので、凍夜は
帰ることにした。緋莉は浩二をそのままにして凍夜を見送ることにした。
 暮れる太陽が空を赤く染める。2人の顔は夕日に照らされて金色に染まる。
236Slowly×Slowly:2007/10/08(月) 23:52:14 ID:BLwgxVhW

 「それにしても河原さんが同い年とは思わなかったよ」
 「それは…よく言われる」
 緋莉は恥ずかしそうな、そして寂しそうな顔を見せた。だがそれは凍夜の言葉で一瞬にして崩される。
 「でも河原さんってかっこいいよな。クールビューティーっていうの?河原さんみたいな人あまり
見ないからかもしれないけど、俺はかっこいいと思う」
 「ありがとう……初めて言われた」
 緋莉は気品があり(たまに浩二を殴るが)冷静沈着で真面目な性格プラス成績優秀。そのためか、
男も女もあまり近寄らず、友達が限られている。
 (かっこいいって…今)
 誰かに心をひらくのが苦手な緋莉はあまり人と話さない。かっこいいなど他人から言われたことなど
ないし、同い年の人から褒められたことはない。教師や事務所の人から褒められても心の中はなぜか
潤わなかった。成績だけしか見てないんじゃないか、私が所長の娘だから言ってるんじゃないかと、
褒められるたびに心の中で問いかけていた。
 凍夜のこの言葉は違うと思った。いや、違ってほしいと願った。
 「春神君、もし良かったらさっきの件…引き受けてくれないか?」
 「さっきのって?えっ、彼氏になってほしいってやつ!?」
 「ちっ、違う!そっちではなく、友達になってほしいって言ってるんだ!」
 凍夜の問いに首を振りながら否定する興奮してしまったせいか頼み方がおかしくなってしまった。
 「あぁ、そっちか。良いけど条件が一つ」
 「条件?」
 「俺のことは下の名前で呼ぶこと。よろしく緋莉さん」
 「わかった、が、緋莉さんは他人行儀すぎないか?緋莉って呼んでくれ。私も凍夜って呼ばせてもらう」
 「了解。バイバイ緋莉、また今度」
 「ああ、さよなら」
 凍夜は手を振り事務所を後にする。緋莉は凍夜の姿が見えなくなると胸に手を当て考える。――あの時
否定せずにいたらどうなっていたか。私を彼女として受け入れてくれたか、と。
 (って、私は一体何を考えているんだ!?今日会ったばかりの人間にこんなことを思うだなんて…
疲れてるのかな、私)
 鼓動をトクントクンと早めながら緋莉は事務所に戻った。頬を赤く染めながら。
     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 凍夜が浩二の事務所に訪れた翌日の月曜日。日課になった玲奈との朝食に、玲奈との登校。同じような
学校生活が始まったと思った。だが、凍夜の教室の前でそれは少しだけ変わった。
 「緋莉!?」
 「凍夜!?何でこの学校にいるんだ!?」
 「いや俺は一週間くらい前に転入したんだ」
 「転校生がいることは知っていたが、まさかお前だったとはな」
237Slowly×Slowly:2007/10/08(月) 23:52:59 ID:BLwgxVhW

 「つーことで学校の方もよろしく頼むわ」
 「ああ、任せろ。私と凍夜はもう他人じゃないんだからな」
 「凍夜、仲良く話してるとこ悪いんだけど私のこと忘れてない?」
 玲奈は右頬をピクピクと震わせながらも笑顔で凍夜に声をかけた。その背中には黒いオーラがちらほら。
 「この人は河原緋莉。俺がこれから(家のことで)色々とお世話になる人(の娘さん)だ」
 「へぇ〜、他人じゃない…色々とお世話になる人…ねぇ。凍夜、少し詳しく話してもらいましょうか」
 「詳しくって、今話したとおりだって」
 「ふ〜ん。否定しないんだぁ」
 「だって事実だし。なあ、緋莉?」
 「そうだぞ、有澄」
 「そっか、事実なんだ…認めるんだ……凍夜、ちょっと来なさい!!」
 玲奈が凍夜の右腕をガシッと掴み歩き出す。いきなりのことで転びそうになる凍夜だが、空いている
左腕が緋莉に掴まれなんとか立ち止まれた。
 「どこに行くんだ?有澄」
 「少し凍夜と話があるの。だからその手を離してくれない?河原さん」
 「いやダメだ。この手を離すと凍夜に良くないことが起きるのは目に見えている。それに有澄が手を
離せば済むことじゃないのか?」
 お互いギチギチと凍夜の腕を思い切り握る。お互い怒りを隠すように笑顔を作っているが、正直
隠しきれていない。二人の間でなにやらバチバチと電気が交錯しているのは気のせいと凍夜は思い込む
ことにした。
 「二人とも痛い!マジ痛い!!千切れる前に早く離して!!!」
 「ほ、ほら凍夜が苦しんでるだろ。素直に離したらどう、だ!」
 ムギ〜〜〜
 「河原さんが話したら良いんじゃない、の!」
 ギチ〜〜〜
 「痛てててっ!!ヤバイ!マジ切れる!!」
 凍夜の肩からブチっと音がする前に救世主が現れた。
 「なにやってんの?お前ら」
 「克行!?良いところに!助けてくれ腕がヤバイ!!」
 「もう少しこのまま見たいけど…仕方ない。ほら二人とも早く離さないと愛する凍夜が死ぬぞ」
 二人ははっとして凍夜の腕を離す。バランスを失った凍夜はバタンと倒れてしまった。
 「別に私は凍夜なんて愛してないからね!」
 「わ、私は人を殺めて囚人になりたくないから離しただけだぞ」
 凍夜にとってはもう理由なんてどうでも良かった。腕を離してくれれば。
 チャイムが鳴り四人とも教室に入る。緋莉は別のクラスだ。
 凍夜は地獄から解放されたためほっと安堵する。しかし本当の地獄はこれからだった。授業中に横の席
の玲奈からチクチクとシャーペンで刺される、ジッと睨まれることになるとは凍夜まだ知らなかった。 
238でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/10/08(月) 23:56:34 ID:BLwgxVhW
以上で終了です。
新キャラで河原緋莉(かわはらあかり)が登場です。一応クーデレなんですが
ちゃんとクーデレになってるか心配…。
皆様お付き合い下さってありがとうございました。また4話でお会いしましょう。ノシ
 
239名無しさん@ピンキー:2007/10/09(火) 00:10:28 ID:6pgZPaX9
ツンデレにしちゃえばいいんじゃね
240名無しさん@ピンキー:2007/10/09(火) 05:43:37 ID:sSHLAvDu
こいつぁ予想外の展開だぜ…
ったく、読み手のwktkを加速させやがって!

ぐっぢょぶ。ただ気になったのは
玲奈と緋莉の関係がちょっち唐突かなってトコ。
追い追い背景は見えてくると思ってます、その辺激しく期待。
241名無しさん@ピンキー:2007/10/09(火) 23:11:09 ID:tKk/J/w5
親父さんアホすぎww
242名無しさん@ピンキー:2007/10/11(木) 02:35:44 ID:/EZrG6rz
親父さんにワロタ
ということでage
243名無しさん@ピンキー:2007/10/11(木) 03:02:35 ID:oyp7qkHk
緋莉も手を放した時の反応からツンデレだと思ったがクーデレか。
GJ!!三角関係も構築されてきたし期待度がうなぎ登りだ。
玲奈のデレにも期待してる
244名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 05:26:50 ID:pJDD+ih4
245名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 10:29:02 ID:EM82YZpR
俺はslowly×slowlyを応援する。
246名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 18:47:28 ID:1Ysku1s6
シンデレラストーリーをナチュラルにツンデレラストーリーと読んだ俺参上
247名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 18:50:48 ID:GjxrU7Su
それはそれで読んでみたいな。

・・・もうあったり;?
248名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 19:46:12 ID:1Ysku1s6
「あんな継母と血の繋がってない姉に言われたからやってるわけじゃないんだから!
単に私が綺麗好きだから掃除してるのよ! それだけなんだから!」

「言われたとおり、かぼちゃとねずみ、用意したわよ! ……べ、別に舞踏会に行きたい
わけじゃないんだから、勘違いしないでよね! せっかく出てきた魔法使いに、魔法を
使わせてあげようって心遣いなんだから、感謝しなさいよ!」

「別に、貴方と踊りたくて来たわけじゃないんだから! けど、貴方の方から踊りたいって
言って来たのを無碍に断るのも可哀想だし、せっかくだから踊ってあげるわよ!」

「もっとお話したいんだけど、私、もう帰らなくちゃいけないの……。
十二時になったら、もう私はここにはいれないから……。
……べ、別に貴方とお話したくないわけじゃないのよ!? これは、これは本当!
だから……ごめんなさいっ!」

「……は、履いてあげてもいいわよ、その靴。きっとサイズなんか合わないでしょうけど、
国中の女が履かないと駄目なんでしょ? だから……履いてあげるわよ」

「……なんだか、夢みたいよね。こうやって、貴方の隣にいられるなんて。
本当は、ずっと貴方のこと……一目見た時から好きだったんだから……!」

こんな感じ?
何か間違ってるような気がしないでもないがw

そして恐らく、こんな感じかはともかくとして、ツンデレラって作品はきっとどこかにあると思うw
249名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 20:39:38 ID:EM82YZpR
>>248
読んでて思ったが、ツンデレラのCVは釘宮理恵で決まりか?
250名無しさん@ピンキー:2007/10/15(月) 02:05:08 ID:p1VswPs7
それは思い込みだ
251名無しさん@ピンキー:2007/10/15(月) 09:29:05 ID:IHO/CJ63
執事がセバスチャンというのと同じように幼少時の刷り込みかと
252でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/10/17(水) 00:23:27 ID:39vF+oGm
Slowly×Slowly第4話投下します
253Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:24:08 ID:39vF+oGm
 
 いつもと同じ学校生活のはずが河原緋莉と出会って少し変化を起こし数日が経った。その変化は正直
些細なものだが複雑な心を持つ乙女にとっては、その些細な変化さえも障害に感じてしまうこともある。
 「本当に凍夜のお弁当はおいしそうだな」
 「いやこれが実際おいしいんだよ、緋莉ちゃん。この前卵焼きを作って持ってきてくれたんだけど、
アレは本っ当においしくて驚いたよ。これはいつ嫁に出しても大丈夫だね」
 「そんなにおいしいのか。凍夜のお弁当は」
 緋莉の視線が凍夜の弁当に向かう。それに気付いた凍夜は弁当を差し出し
 「好きなもん取っていいよ」
 緋莉におかずを分けた。
 「いいのか?じゃあ遠慮なく……う、うまいぞ凍夜!」
 緋莉はあまりのおいしさに興奮した。
 凍夜は小さい頃から料理をしているので、そこら辺の料理人より味が良い。先日行われた家庭科の
調理実習の時間でもその力を発揮し注目の的になった。だが力を発揮しすぎたためか、鯖の味噌煮が
超高級料理店のような見栄えと味になってしまい、普通教師に褒められるはずが逆に怒られてしまった。
理由は教える立場が教わる立場に負けてしまうと、人としてのプライドや教師と主婦としてのプライドが
無くなってしまうからだとか。
 「こんなにおいしいとは…やるな凍夜」
 「どういたしまして」
 いつものメンバーに緋莉が加わり今までより少し賑やかになった昼休み。傍から見ればなんの変哲もない
昼休みだが、この変化が気に入らない人が1名。
 「あのさぁ何で河原さんがここにいるのかしら?」
 玲奈がこめかみをピクピクとさせつつも笑顔を取り繕いながら聞いた。
 「私がいると何か困ることがあるのか?有澄」
 2人が会話をすることにより周りが少しピリピリした雰囲気に包まれる。この雰囲気を作り出したのは
他でもない彼女たちなのだが。
 菜月は「あちゃー、またか」と言い右手で頭を押さえ、克行は無言で机を後ろにずらし、まるで今から
起こる何かから巻き込まれないようにするための態勢をとった。凍夜は何が何なのかさっぱりで周りを
キョロキョロと見る。
 「困るっていうより不思議に思うじゃない。今までいなかったのにいきなり昼食を一緒にするだなんて」
 「困らないなら良いじゃないか。ここにいる有澄以外は迷惑がってはいない」
 「私は迷惑よ」
 「だったら有澄が我慢すれば良いだろ」
 先ほどまで何もわからなかった凍夜も1つ理解した。緋莉と玲奈の2人は仲が悪いことを。
 凍夜がぼんやりと2人をみていると不意に声をかけられた。
 「凍夜はどう思う?やっぱりいきなり乱入はおかしいよね?」
 「高校生だったら我慢するべきだよな?凍夜」
 (そんなの答えられる筈ないだろ!!)
 
254Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:25:15 ID:39vF+oGm

 凍夜が2人の答えの出ない質問にうろたえていると菜月が声を挙げた。
 「もう2人とも!私の凍夜を困らせないで!!」
 「菜月のじゃない!!」
 「変な冗談を言うな!!」
 緋莉と玲奈は同時に叫んだ。まるで仲良しな友達同士が裏で仕組んだかのようタイミングで。
 話が脱線してしまったが克行を除く全員が疲れてしまったせいか誰も話を元に戻そうとしない。
凍夜にとってはうれしいことだ。
 その後2人は疲れるのが嫌になったのか一言も喋らず怒りのオーラを振り撒きながら昼休みを終えた。
凍夜もあの後弁当に手をつけたが今までとは同じ弁当とは思えない程不味かった。だが、食べ物を
粗末にしない凍夜はジュースと一緒に無理やり飲み込んだ。
 菜月はため息をつき頭を抱え、克行は平然とデザートのプリンを食べている。
 *   *   *   *

 6現目が終わり帰りのHRが行われる。玲奈はあれからずっと不機嫌で隣の席の凍夜は触らぬ神に
祟りなしの方向でいた。だがまだ地獄は続く。
 クラス委員の号令で礼をし、凍夜は自分のカバンを持ち帰ろうとした。当然家に帰るわけだから
教室を出なければならない。となると黒板側か後ろの方の出入り口に向かうのが普通だ。凍夜は
後ろの方の席なので、近くのドアに行こうとする。
 そして見てしまった。腕を組んで待っていた長い黒髪を体に絡ませ彫刻を思わせる程の美がそこにいた。
 「遅いぞ凍夜。さあ帰ろう」
 そこにいたのは河原緋莉だった。
 凍夜は体をビクッとさせ驚く。その隣にいた玲奈も驚きを隠せない。
 (遅いぞ?もしかして一緒に帰るつもりなの!?)
 玲奈は凍夜を睨む。凍夜は緋莉がなぜそこにいるのか意味がわからない。
 (約束なんてしたっけ?)
 凍夜が考えながら歩き出すと玲奈は凍夜の腕を掴み、わざとらしく大きい声で言い放った。
 「凍夜一緒に帰ろ」
 当然その一言は緋莉にも聞こえ、緋莉は「んなっ」と声を出す。それを見てニヤニヤと笑う玲奈と
嫌な予感が体に走る凍夜。
 (もしかして…既視感?)
 凍夜の予想は大当たりで緋莉がズンズンと迫って凍夜の空いている腕を掴む。
 「凍夜は私と帰るんだ。だからその手を離してくれないか?有澄」
 「それは残念ね河原さん。凍夜は私と帰るの。だからあなたが離してくれない?」
 凍夜は「えっ?」と戸惑う。事実2人とは帰る約束などしていないからだ。
 「私は凍夜から学校のことでよろしく頼むと言われた。その約束がある。な?凍夜」
 「確かに言ったけど…」
  
255Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:25:54 ID:39vF+oGm

 「わ、私は凍夜がゲームセンターとかに行かないように尽きそう義務があるの!だからその手を
離してっ」
 2人は数日前と同じように凍夜の腕を引っ張り合う。腕からはギチ〜〜〜〜やらムギ〜〜〜〜などと
正直聞いてはいけない音がする。
 「と、凍夜は私と帰るんだ!」
 「あ、私とよ!」
 「いだだだだっ!!」
 「お前らまたかよ」
 ジト目で声をかけたのは克行。凍夜には救いの使者に見えた。実際に前回通りすぎの克行に助けられ
その両腕は守られた。凍夜は今回も克行に助けを求め、ため息を吐きながらも克行は2人に目を向ける。
 「凍夜は暴力的な女よりかわいらしい女の子の方が好きだぞ」
 克行の一声に反応した玲奈と緋莉はズサッと音をたて飛び退く。
 「わ、私は別に凍夜の好みの女子になりたいとかじゃなく…そ、そうだ。暴力はいけないから
手を離しただけだ。弁護士の娘が暴力なんておかしいからな。それだけ…だぞ?」
 なぜか最後が疑問系。
 「あ、ああ私は凍夜の彼女とかになりたいわけじゃないんだからね!!」
 誰も彼女なんて言っていないしなぜか逆ギレ。そのことに気付いているのは口に手を当て笑いを
堪えている克行だけ。
 「悪いけど俺克行と帰るわ」
 数十秒前まであんなことをしていた2人に拒否権などなく、凍夜は克行とトボトボと帰っていった。
 *   *   *   *

 「まだ肩痛え」
 「…頑張れ」
 両腕を擦る凍夜に克行は素っ気ない返事を送る。
 「何であの2人はあんなに仲悪いんだ?何か知ってる?」
 「ああ、あの2人中学校の頃バスケ部でかなりうまかった。河原はシュートが上手くて外したこと
なんて無いって言われるぐらい。んで、玲奈は逆にドリブルがかなり上手い。経験者でも止めるのに
苦労するほど」
 凍夜は2人のバスケをやる姿を想像してみる。玲奈の小柄さなら相手の横を軽々とすり抜けるだろう。
緋莉の姿はシュートが入っても無表情で当然と言いそうだ。事実、緋莉は少しのことじゃ顔に出さない。
 凍夜は話の続きが気になり本題に戻した。
 「2人ともバスケ部出身なんだ。でもそれがどう繋がるの?」
 「簡単に言うとプレイスタイルの問題かな。玲奈はボールを手にすると無理にでもドリブル突破からの
レイアップシュート。河原も離れたとこからでもシュートが撃てたら迷わずシュート。2人ともチームに
頼らずに自分1人で攻めるんだ。それが元で衝突したんじゃないかって」
256Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:26:37 ID:39vF+oGm

 克行が淡々と話す中凍夜は真剣に聞いた。そして解らないことが1つと解ったことが1つ。
 「おかしくないか?」
 「何が?」
 「もし片方がチームワークを大切にしてるんだったら衝突するのは解る。だけど2人とも周りを
見ずに自分で攻めるんだろ。衝突するなんて矛盾してる」
 「正直さっき俺が話したことはバスケ部の人間がそう言っていただけ。俺はバスケ部じゃないから
知らない。あと2人とももうバスケはやってないから。河原は家の手伝いに専念したいからって辞めて、
玲奈のほうは突然辞めたってさ」
 これは何とかしないとと思った。目の前で喧嘩をされるのは気分が良いものではない。友達の自分が、
幼馴染の自分がどうにかしなければならないことだと理解した。
 (それに俺の腕が無くなるのは勘弁してほしいしな)
 凍夜は拳を握り締め決意する。春の夕日は凍夜の背中を赤くさせる。風はまだ冷たいが凍夜の胸の
中はとても熱い。克行は凍夜の決意を知ってか知らずかクスッと笑うだけで何も聞かない。
 2人はそれぞれの家に帰り、克行は観月に電話、凍夜はどうやって仲良くさせるかプランを練った。
     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 翌日。学校から帰り晩飯の準備をしながら凍夜は作戦を練ったのだが、いま1つ良い案が出てこなく
頭を抱えた。寝て起きたら何か思いつくだろうと思い、布団に入り起きたのだが凍夜は朝が苦手なため
良い案も出てこない。
 ノソノソと起き上がり壁にかかった制服に着替え朝食の準備をしていると、インターホンが鳴り凍夜は
玄関を開け玲奈が「おはよう」と言ってあがり込む。こんな朝から来るのは玲奈だけだ。一緒に
登校するのは凍夜から誘ったので文句は無いが、なぜ朝食まで一緒なのかはまだ解らない。だが悪い気は
しないので凍夜は何も言わず朝食を作る。
 「ねえ凍夜。あれから肩大丈夫?」
 玲奈が弱々しい声で尋ねた。なんとか凍夜の耳に届いたようで
 「平気平気、寝たら直ったよ。心配してくれてんの?」
 笑いながらの適当な返事と適当な質問。その適当な質問に玲奈は顔を赤くさせ
 「だ、誰があんたの心配なんて!あ、私は…その…あの…そ、そう!凍夜の腕が使えなくなったら朝食が
作れなくなって、そうなると私も朝食に在り付けなくなるから聞いただけよ!別に凍夜の心配なんて
してないんだからねっ!あんまり変なこと言うと醤油一気飲みさせるわよ!」
 と興奮し醤油瓶を手に取る。
 「わかった。だからそれ置いてくれ。そんなんじゃ朝食食べられないぞ」
 (…なんでだろう。あっさりと納得された瞬間苛立ちが…)
 やっぱり一気飲みさせようかなと思いつつも醤油の瓶をテーブルに置き朝食を待つ。部屋中にトーストの
香ばしい匂いと一緒に目玉焼きを焼く音が運ばれる。
 トーストが狐色になり朝食が完成。サラダに目玉焼き、トーストそして牛乳。あまり手は込んでいないが
結構おいしそうだ。料理を腹を空かせた玲奈の前に出し、凍夜は自分の席に座る。
 
257Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:27:21 ID:39vF+oGm

 「「いただきます」」
 2人は手を合わせ合唱。そして玲奈にとってお楽しみの朝食タイム。
 玲奈は黙々と目の前にある料理に手を付け、凍夜はニュースに目を向ける。昨日見忘れてしまった
サッカーの試合がダイジェストで放送されている。どうやら自分の贔屓にしているチームが勝ったらしい。
それ以外は興味ないのか視線をおいしそうな朝食に向けた。すると、サッカーに関するニュースが
終わったのか次はバスケの試合を映した。コートの中を所狭しと女子選手らが駆け回る姿が流れる。
 バスケに興味がない凍夜はそのままトーストをかじる。だが凍夜の目の前にいる玲奈は興味津々で
テレビにかじりついている。
 「…うん、そこ。……違う、そこはパスじゃなくてドリブル。……ほら点取られちゃった」
 (そんなにバスケ好きなのに何で辞めたんだ?)
 玲奈の独り言に気付きふと疑問を感じた。聞こうかなと思ったが玲奈はテレビに集中しているので
声をかけても無駄だろう。凍夜もそう判断したのか声はかけないでおいた。
 「あぁ〜負けた〜〜。だからあそこで……」
 日本代表が負けてしまい玲奈はため息と愚痴をこぼしながらサラダをムシャムシャと頬張る。凍夜は食事を
済ませ食器を台所に持っていく。食器洗いは玲奈が食べ終わってからするのでまだやらない。洗面所で
髪をワックスでセットし、コンタクトレンズを付ける。
 リビングに戻りニュースの続きでも見ようと思ったがインターホンが鳴り中断せざるを得なくなった。
こんな時間にくるのは玲奈くらいだが、その玲奈は目の前で目玉焼きを食べている。
 (こんな時間に誰だ)
 「お客さん?しかもこんな朝早くから…常識がないの?」
 「お前が言うな」
 後ろから聞こえるブーイングを背に受けながらも玄関を開けた。そこにいたのは
 「おはよう凍夜。迎えに来たぞ」
 「えっ、何で緋莉が!?」
 ―――河原緋莉だった。
 凍夜の叫びに、そして名前に反応した玲奈がトーストを無理やり口に押し込み、玄関までダッシュで
やって来た。そしてお互いがお互いを指差しながら驚く。凍夜はこれから起こることは全て最悪なんだろう
と諦めていた。
 「どういうことだ凍夜!何で有澄がここにいる!?まさかお前ら…同棲してるんじゃないだろうな!?」
 (俺は何で緋莉がここにいるのか聞きたいよ。あと同棲じゃねーし)
 「こっちのセリフよ!何であんたがここにいるのよ!?食事の邪魔しないで!」
 「私は凍夜を迎いに来ただけだ。さあ答えてもらおうか。何故凍夜の家に有澄がいて一緒に食事してるんだ?
返答しだいではこちらは学校に連絡しなければならない」
 「私は凍夜と毎朝一緒に登校してるだけよ!」
 玲奈は毎朝一緒にと強調する。
 「凍夜それは本当か?」
 緋莉が凍夜を睨む。この場で冗談なんて言えない。「実は同棲してるんだ〜。てへ」なんて言ったら殺され
海に沈むことになるだろう。
 
258Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:28:11 ID:39vF+oGm

 だから凍夜は
 「玲奈とは一緒に登校してるだけで、同棲なんてしてないよ」
 本当のことだけを述べた。玲奈は腕を組んで「ほらみなさい」と得意げな顔をして緋莉を見る。だか緋莉は
納得しておらず、まだ疑いの目を凍夜に向けている。
 ここで克行が現れ助けてくれたらどんなに感謝するかと、現実逃避をするがここは凍夜の家の中なので、
その願いは届かないだろう。潔く目の前の現実を見るとそこには、どす黒いオーラを身にまとった鬼が2人
お互いを睨んでいた。
 *   *   *   *

 青い空の下に少年を挟むように歩く少女が2人。凍夜の頭上だけどんよりとした雲があるが、そこ以外は
雲1つない青空。
 普通美少女2人を連れ歩けたら殆どの男性は喜びを噛み締め、嬉し涙さえ零す。そしてそんな状況にある
凍夜も溢れんばかりの涙を流している。ただその涙は嬉しくて零しているのではなく、悲しみと諦めの涙だが。
 あの後凍夜は神業と呼べるほどのスピードで食器を洗い、身支度を済ませた。凍夜の選択は正解だろう。
あの状態で2人だけにしていたら地獄絵図が完成してしまいそうだ。
 「ねえ、凍夜。来週のゴールデンウイークはもちろん空いてるよね?」
 「もちろんって…まあ空いてるけど」
 「じゃあ私の家に来ない?へ、変な勘違いしないでよっ!お父さんが久しぶりに凍夜に会いたいって
言うから誘ってあげるだけなんだから」
 「そういえば挨拶してないな。よし、今度の…」
 「ダメだ」
 緋莉が静かにスパッと凍夜の声を遮った。
 「ちょっと勝手なこと言わないでよ!」
 「有澄のことだ。どうせ自分の父親に会わせるという口実で凍夜を招き入れ、2人だけの『部屋』で
イチャイチャする気なんだろ」
 「ギクッ」
 「いや、本当はその日ご両親は外出で2人だけの『家』だったり」
 「ギクギクッ」
 玲奈は体を震わせる。
 「そ、そんなこと、す、すすするわけないじゃないっ!!」
 「そうだよ。玲奈はそんなことしないだろ」
 冷や汗をふきだしながら首を激しく横に振り否定するが心の内は
 (「そんなことしない」だって!?確かにイチャイチャまではいかないけど、昔話や向こうにいたときの
話とかしたかったのに…別に私が話をしたいんじゃなくて、凍夜のために聞いてあげるだけ。ほ、ほら
人間って土産話が好きじゃない?凍夜も土産話をしたいに決まってるわっ!)
 などと誰かに説明するかのように自分に説得していた。
 「いや可能性はゼロじゃない。だから凍夜うちに来ないか?ゴールデンウィークになれば宿題が結構出るから
一緒にやろう。安心しろ。うちはちゃんと両親がいるから間違いなんて起こしたくても起こせないぞ」
 「本当は事務所に両親がいるだけで家の方には誰もいなかったりして」
 「ばっ、ばか言うな有澄!そ、そそそんなことあるはず無いだろ!!」
 
259Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:28:54 ID:39vF+oGm

 顔を熟したトマトのように赤くさせ動揺する緋利。彼女の心の内は
 (有澄が邪魔しなければ凍夜を家に呼べたのに…そうすれば凍夜と……いやっ、そうじゃない!私は
別に凍夜と疚しいことをするはずない!わ、私は…ただ…その…そうだ。凍夜の世話をしなければならない。
その義務を果たそうとしているだけだ。それに凍夜といろいろと話したいしな。ああ、それだけだ)
 などと前者と同じようなことを考えていた。
 凍夜は何か下手なことを言えば死に繋がるんじゃないかと考え学校に着くまで、2人への返事は全て
無難な相槌だけにした。
 *   *   *   *

 2人と一緒に登校がまずかったのか、凍夜の足取りが重くギリギリセーフで教室に入った。緋莉は凍夜
たちとは別のクラスなので隣の教室に入る。担任の福原はまだ来ておらず、生徒の大半は自分の席に着かずに
友達と喋っている。凍夜はカバンを置き机にぐったりと体を預ける。登校するのに女子が1人増えただけで
こんなに疲れるとは思ってもみなかった。
 隣の席の玲奈はムスッとした表情で机を人差し指で「トントン」と音をたてている。別にリズムを取っている
わけではなく、ただ単にイラついているのだ。その音は疲れている凍夜にとっては精神的攻撃になってしまう。
 (トントントントンうるせー。…けど注意したらもっと五月蝿くなるのは確実だしなぁ)
 文句を言えば確実に逆ギレするのは結果を見なくても解る。理解できてしまうのがとてつもなく切なく
感じてしまう。
 「玲奈に凍夜君おはよーっす」
 「トントントントン…」
 「…………」
 菜月の挨拶にもかかわらず2人は無視する。いや無視というより菜月の存在に気付いていない。
 「おーい2人とも〜菜月ちゃんの登場だぞ〜。シカトしなくてもいいじゃないか〜」
 「トントントントントントントン…」
 「……………………」
 「返事がない。ただの屍のようだ…」
 菜月の呼びかけ+ボケに反応を起こさない2人。そしえ菜月は耐え切れずついに
 「うわーん!!2人が私のこと無視する〜〜!酷いよ凍夜!あんなに愛し合っていたのに〜!」
 泣いた。凍夜はまだ黙り込んでいるが隣の玲奈はいち早く反応した。
 「うそっ!?」
 「酷いよ玲奈!私たち親友のはずなのにシカトするなんて!慰謝料として購買の人気パンを請求する!!」
 「あーゴメンね菜月。あとパンは克行君に頼んで。私じゃ無理」
 「しょうがないなぁ…つーことで克行頼んだ!!」
 「えっ何が?」
 自分の席でケータイを弄っていた克行はいきなりの振りに戸惑う。
 「玲奈と凍夜が私を無視したので慰謝料として購買の人気のパンを請求したの。そしたら玲奈は自分じゃ
無理だから克行に頼め、と」
 「アホか俺関係ないじゃん」
 
260Slowly×Slowly:2007/10/17(水) 00:29:25 ID:39vF+oGm

 克行は理不尽な菜月の要求を一言で片付け凍夜に話しかけた。
 「凍夜はゴールデンウィークは空いてるか?」
 「…またそれか」
 聞き取るのがやっとの声で返事をする凍夜。玲奈は克行よりも凍夜の返事が気になった。私を選ぶか、
緋莉を選ぶか。そして凍夜の答えは―――
 「わかんねぇ」
 「ちょっとあんた!どういうことよ!?」
 「うわっ玲奈。なんでいきなりキレてんの?」
 机をバンと叩き勢いよく立ち上がる玲奈に驚く菜月。克行は平然としていて凍夜はまだ机に上半身を
ぐでーと乗せている。
 「さっき観月からメールがあって皆で別荘に来ないかって。どうする?」
 「えっ?それ本当?マジ?観月先輩の別荘に行けるの!?」
 余程うれしいのか菜月は瞳をキラキラとさせ克行に詰め寄る。
 観月はこの学校の生徒会長でアイドルと呼んでも過言でもない。それはど有名な人物。だがもう一つ
有名なのが克行の彼女でもあるということだ。この事実が知れ渡った瞬間、男子生徒はこの世の終わりだと
阿鼻叫喚し学校が崩壊しそうになったことがある。この黒歴史はまた今度。
 「よし!こりゃもう『菜月とその他の仲良しs』としては見逃してはいけない重要イベントよ!!みんな
いいわね、このイベントには全員参加!例外はなっしんぐ!」
 「ちょっと菜月そんな勝手に…」
 いきなりの決定事項に文句を言う玲奈だが
 「俺参加で」
 凍夜の参加宣言で心が揺らぐ。
 克行から離れ、今度は玲奈に詰め寄る菜月の表情はニヤニヤとしている。玲奈の首に腕をかけ耳元に口を当て
明らかにヒソヒソ話をしていますの形になった。克行と凍夜は聞いてはいけないのだと察し黙って2人を見る。
 「どうする?玲奈。凍夜君は参加するけど。玲奈は1人寂しくお留守番でもしてる?まぁ私は凍夜君を
独り占め出来るから別に構わないけど」
 「なっ!?な、何でそこに凍夜が出るのよ!?別に私は凍夜とは…関係ないし…」
 「ふ〜ん、それなら緋莉ちゃんと一緒に凍夜君と遊ぼうかな〜」
 「ダメよ!!それは!」
 「玲奈は参加しないんだから構わないんじゃない?」
 菜月の言葉に負けを認めたのか玲奈は肩を落とし
 「わかった。私も参加する」
 とイベントに参加することを決めた。
 「いい!?凍夜!別にあんたのために行くわけじゃないからねっ!」
 自棄になった玲奈は凍夜に八つ当たりをした。凍夜は何故こんなことを言われたのか解らずにいた。
 「そうそう、緋莉ちゃんも呼ぶからね。彼女も一応『菜月とその他の仲良しs』のメンバーだし。あと
途中での不参加宣言は聞かないから。よろしく玲奈」
 完璧にしてやられた玲奈は唖然と口を開き、そして脱力。頭を抱え目を閉じた。
261でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/10/17(水) 00:32:13 ID:39vF+oGm
以上で第4話終了です。読んでいただきありがとうございました。
次回は言うまでも無く観月の別荘が舞台となります。お楽しみに。
それでは皆さんSlowly×Slowly第5話でまたお会いしましょう。ノシ
262名無しさん@ピンキー:2007/10/17(水) 01:14:42 ID:Pm9lOpiq
激しくGJ!!

この後の別荘での出来事に期待します!!
263名無しさん@ピンキー:2007/10/17(水) 08:59:32 ID:Pm9lOpiq
ageとくか
264名無しさん@ピンキー:2007/10/17(水) 11:22:15 ID:Am+So7sF
上手いなぁ。のほほんしてる
265名無しさん@ピンキー:2007/10/17(水) 12:33:18 ID:4xFA5kso
職場のPCからGJを!
昼時はみんな外出てるから見てても何も言われないZE!
266名無しさん@ピンキー:2007/10/18(木) 02:39:09 ID:ptWb6bCY
どこがのほほんだよw修羅場じゃねlwかww
267名無しさん@ピンキー:2007/10/18(木) 02:41:48 ID:xR6n8lbi
スマン、語彙が少なくてww
ただ、なんか青春って感じ?言葉で表しにくい
268名無しさん@ピンキー:2007/10/18(木) 03:10:47 ID:yQPttMJN
これはいい修羅場www緋利もいい具合にツンデレ化してきましたなwww
GJ!!
一番好きなSSだからずっと応援してる。
269名無しさん@ピンキー:2007/10/18(木) 10:02:33 ID:wiGRJYwD
極端な例だけどスクイズみたいなドロドロした三角関係(修羅場)じゃなく
こっちもニヤニヤしながら読めるさっぱりしたSSってことじゃないか?
270名無しさん@ピンキー:2007/10/20(土) 06:10:46 ID:gxIWjacs
271名無しさん@ピンキー:2007/10/20(土) 19:06:19 ID:hm6sZY9g
ラブコメ漫画的な修羅場だからまだ安心して読めるが、昼ドラ的な修羅場だったら怖くて読めん。
272名無しさん@ピンキー:2007/10/24(水) 21:01:23 ID:wJmsekBg
保守。
273名無しさん@ピンキー:2007/10/25(木) 19:39:05 ID:hbFU8yBj
>>248
逆に王子様じゃなくて助けてくれた魔法使いのほうに行っちゃうと思うんだ。
魔法使いが男で年齢が丁度いいっていう前提だが。
274名無しさん@ピンキー:2007/10/27(土) 00:29:22 ID:pG0NrQgI
>>273
「わ、私は王族みたいなあんな堅っ苦しい生活したくなかっただけよっ、それに…私にとっての…王子様は………ゴニョゴニョ…」



こんな感じかな?
275名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 14:15:37 ID:WaWjdkTt
保管庫ってないの?
276名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 14:46:05 ID:US8m/wPY
>>5に書いてあるぞ。最近のは更新されてないから読めないけど。
277名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 22:24:44 ID:zXr0yAHY
管理人じゃないが、ツルカメ49はコンプした・・・
管理人よぉ、いい仕事してんじゃないか・・・
278名無しさん@ピンキー:2007/10/29(月) 19:44:41 ID:JJlSU5xE
>>274
元ネタと違うそういう流れになってこそのツンデレラという気もするなw
279名無しさん@ピンキー:2007/10/29(月) 21:40:43 ID:7sirip4L
>>277
乙。あんたもいい仕事してるよ…
280助けたんじゃない。ネタ:2007/10/31(水) 22:36:34 ID:t/MM+3kQ
 目が覚めたとき、俺は布団の上に寝かされていた。
 天井は木を繋いで作ったと思しき木目調だった。
 上体を起こす。体にかかっていた布団がすべり落ちる。
 辺りを見回す。机の上、枕元など、ところどころにぬいぐるみが置いてある。
 部屋の入り口には大きな立て鏡が置かれていた。
 部屋を出る前に、身だしなみを整えるために用意しているのだろう。
 部屋の広さは、六畳一間の俺の部屋の倍ほどはある。
 だというのに、俺の部屋のように本が散乱することなく、この部屋は清潔に保たれている。
 おそらく、この部屋の主は女性だろう、と見当をつける。
 ぬいぐるみがたくさんある、大型の姿見、整頓された部屋、というキーワードから、そう判断した。
 いや――それだけではまだわからない。
 ぬいぐるみ好きでナルシストで潔癖症の男、という可能性もある。
 できれば女性であって欲しいものだ。
 知らないうちに見ず知らずの男の部屋に寝かされているなど、鳥肌ものでしかない。
 一体何をされたか、悪い――性的な意味で――方向に考えてしまいそうだ。
 どうせなら女の方向で考えるべきだ。その方がずっと精神の健康に繋がる。
 しかし、どちらにせよ感謝せねばなるまい。
 彼、もしくは彼女は、俺の命を助けてくれた恩人なのだから。

 俺はあの日、睡魔という名の悪魔と戦った。
 やらなければならないことがあったから。
 どうしても、保管庫を更新しなければいけなかったのだ。
 睡魔との戦いは、結果として一晩を通して行われた。
 最後に勝ったのは、もちろん俺だ。
 だが、睡魔は最後に俺に向けて強力な催眠術を仕掛けてきた。
 ギリギリの状態だった俺は、眠気に負けて後ろへ向けて倒れた。
 俺の体は重力に引かれ、畳へと落下した。
 その時だった。――俺の背中に鋭い痛みが走ったのは。
 身をよじり、なんとか態勢を仰向けからうつぶせの状態へ変え、背中を襲った凶器を見る。
 そこにあったのは――前日にシャツをかけたまま畳に直立したままの、アイロンだった。
 千円で買ってきたアイロンだ。置き台というものなど付属していない。そのまま立てて置くように設計されている。
 アイロンの先端は、細かい隙間のシワを伸ばすために尖った形状をしている。
 それが、椅子から落下した拍子に背中に刺さったのだ。
 不幸中の幸いか、背骨には直撃しなかった。
 だが背中から胸へ向けて杭を刺されたように、激しく体が痛んだ。
 俺は痛みをこらえ、掲示板に保管庫更新の旨を伝えた。その後で、安心して気を失ってしまった。

 で、目が覚めてみれば自分の部屋ではない、この部屋の布団の上に寝かされていたわけだ。
 一体、瀕死の俺を助けたのは誰なんだ?
 玄関の扉には『○突注意』のシールを貼ってあったはず。
 貼った後で布団屋さんも近づかなくなった。それほど近寄りがたい部屋だったのだ、俺の部屋は。
 それだけではない。さらに鍵までかけていた。
 鍵を無理に開けたら天井から模造刀が降ってくる装置まで仕掛けていたのに。
 そんな目に遭ってまで俺の部屋に入り、俺の身を救ってくれたのは誰なんだ?
281助けたんじゃない。ネタ:2007/10/31(水) 22:37:27 ID:t/MM+3kQ
 部屋の中には、目が覚めた時から誰もいなかった。
 立ち上がり、家主の捜索をするために部屋の扉を開ける。
 途端、小柄な、お嬢様らしき女の子と目が合った。
 女の子の服装は黒を基調として、肩や胸、スカートの裾には真っ白なフリルが付いている。
「あ……」
 女の子がつぶらな瞳を大きくして俺を見つめる。
「あの……君は……」
「私は……この家の住人よ」
「じゃあ……君が俺を助けてくれたのか?」
「そう。久しぶりにあなたに会いに行こうと思ったら、なりゆきでそうなったの」
 『ひさしぶり』?どういうことだ。俺はこんな可愛い女の子に会ったことはない。
 親戚の女の子、接点のあった学校の同級生、会社の同僚、どこを探ってもこんな子に会った記憶がない。

「部屋に入ったら、ぐったりして気絶してたから、つい」
「ちょっと待って。……部屋に入った? どうやって?」
「あなたのお母さんに合鍵を借りたの」
 母さんに?この子、母さんを知っているのか?
「勇気を出して、部屋に押しかけに行って良かった。……あなたが無事で、良かった」
 女の子の左目から涙が一滴こぼれた。
 頬は紅くなっている。喜びによるものか、微笑みまで浮かべている。
「何をしてたのか知らないけど……もう無茶なことしないで。
 あなたが死んじゃったりしたら、私はどうしたらいいか、わからなくなっちゃうもの」
「……」

 俺の身を救ってくれた少女に対して、俺は何を言うべきなのか。
 色々言いたいことはある。だがまずは、これから言うのが礼儀だろう。
「ありがとう。助けてくれて。あと……ごめん。これからはちゃんとするから」
 主に部屋の掃除とか、物の整頓とか。
「そんなのいいの。それよりも、他に言うことがあるんじゃない?」
「……」
 え?と言えなかった。女の子は顔を朱に染めながらも、真剣な様子に見えたから。
 他に言うこと、か。一体なんだろう。
 愛してます、結婚してください、違う。好きです、付き合ってください、も違う。
 ――というか、それ以前の問題だな。
「ねえ……約束、忘れちゃった? また会うことが出来たら言うって、昔言ってくれたじゃない」
「あの…………ひじょうに言いにくいんですけれど」
「なに?」
 言うぞ、言うぞ、言うぞ。言ったらまずい気がするけど、言うぞ。
「君は誰?」
282助けたんじゃない。ネタ:2007/10/31(水) 22:41:42 ID:t/MM+3kQ
 女の子の表情が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
 さらに目の前でショートケーキのイチゴを奪われたときのように、悲しみに歪む。
「覚えて……ないの?」
 顔を伏せる。女の子の顔は、とても悲しそうになっていて見られない。
 嗚咽が聞こえる。鼻をすする音も聞こえる。女の子の両手は、固く握りしめられていた。
「なによ……それ。なんで、こんな……」
「……ごめん。でも助けてくれたことは感謝してるから」
「――――助けたんじゃない」
 力強い声が聞こえた。それは、恨みの篭ったものだった。
 女の子と目を合わせる。可愛らしかったはずの目は、今は憎しみに染まり、きつく絞られていた。
「別にあんたを助けたんじゃないわよ! 勘違いしないでよねっ! バカァァァァァッ! 
 ――――うわああああぁぁぁぁあんっ!」
 女の子はそう言って、きびすを返して俺の目の前から去った。
 扉を開ける音、に続いて、扉の閉まる音。女の子は外へ出て行った。
 泣いているような叫んでいるような声は、家の中にいる俺にも聞こえた。

 女の子を追いかけるため、少し小さめのサンダルを履いて玄関を出た。
 走り出す前に、ポストに貼ってあるシールを確認する。
 そこに書いてあった女の子の名前を――――俺は知っていた。
 俺は、昔あの女の子に会っていた。
 彼女は、十年以上も前に、大切な約束を交わした親友だった。
「くそっ……俺の阿呆がっ!」
 俺は、走りにくいサンダルを脱ぎ捨てて裸足で駆け出した。
 ずっと先の、何十メートルも先の路地を裸足で走っている、大切な親友に追いつくために。


>>31の人です。こんばんは。
「あんたを助けたんじゃないわよ! 勘違いしないでよね!」を言わせたかっただけのネタでした。
あと、保管庫を更新しておきました。それでは。
283名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 00:00:19 ID:Cx+L8vM2
非常にGJ!
有り得ないぐらいにGJ!お疲れ様でした。
284名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 02:28:50 ID:hL8B1Fw0
285名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 19:36:56 ID:e2vg1aJJ
二重の意味でGJ!
286名無しさん@ピンキー:2007/11/02(金) 21:09:34 ID:dGakUfnz
ふと頭に浮かんだネタ、『ツンデレ家庭教師』


「こんな得点じゃ志望校はおろか留年さえあり得るんじゃない?」
「くっ…。」
「悔しかったら寝る間を惜しんででも勉強することね。」
〜〜次のテストが返ってきて〜〜
「先生、今回は良かったよ、クラスの平均点以上だったよ!」
「フン…その程度で浮かれてるようじゃ志望校合格なんて夢のまた夢ね。…努力はしたようだけどね。」
「くっ…いつか先生を見返してやる…。」




元ネタが海原雄山だなんて言えない…。
287でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/11/03(土) 00:29:45 ID:HZSZKQEU
Slowly×Slowly第5話投下します。
288Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:30:28 ID:HZSZKQEU
 
 「母さん、来週のゴールデンウィークなんだが仕事休んでも良いかな」
 「別に良いけど、珍しいわね。緋莉がお仕事の手伝いを休むなんて。どこか行くの?」
 「友達に別荘に来ないかって誘われたんだ」
 「そう、じゃあ楽しんできなさい」
 観月から別荘に誘われた緋莉は凍夜が参加するのを知り、自分も参加することにした。毎年のゴールデン
ウィークはいつも事務所の手伝いをしている緋莉が休みをとるのは珍しい。平日、休日に関わらず仕事を
している緋莉には感謝しつつも申し訳なさがある由香里には却下する理由はない。
 むしろ嬉しく思っている。今まで自発的に休みを取らずに友達とも遊ばないで高校生活を終わらせて
しまうんじゃないかと心配していた。
 「おとうさーん」
 「ん、なんだ?」
 「緋莉ゴールデンウィーク遊びに行くから休むって。なんかお友達に別荘に誘われたらしいわよ」
 「なにー!?別荘ってことはお泊りか!?」
 浩二はテンションMAXで声を挙げる。由香里はしまったという表情をしている。
 「お友達ってもしかしてもしかすると、凍夜君のことか!?」
 「別荘に誘ってくれたのは先輩だが凍夜も参加する」
 「聞いたか由香里!今緋莉が凍夜だって!男の子を呼び捨てにしたよ!あの緋莉が!!そっか〜緋莉も
ようやく彼氏をゲットしたか」
 「いや父さん、凍夜とはまだ付き合っていないぞ」
 「あっ、こんなことしてられない。和夫に『これからもよろしく』ってメールしないと…それに結婚式の
準備にベビー用品も買わないと!赤ちゃんは十月十日後って言うけど今から準備しても損はないしな。あぁ
もうこんなに幸せだなんて死んでも良い!いや、結婚式のスピーチでいろいろ自慢したいからまだ死ねない!
そうだ、由香里!今日は鯛にお赤飯にしよう!なんなら出前も頼むか!こんな素晴らしい日だ、奮発するぞ。
あぁもう仕事なんてもういい!緋莉に比べればどうでも良いことだ!!なあ緋莉、今日は何が食べたい?
お前が主役だ。好きなものを頼んで、ブヒュラッ!ドヒュッ!アベラッ!」
 浩二が振り返った瞬間、体に三連コンボが叩き込まれる。もちろん叩き込んだのは他でもない緋莉だ。
浩二はドサッと倒れピクピクと震え、頭からは星が大量生産され鈍い光を放つ。
 緋莉は息を荒げ実の父を見下ろし一言。
 「生まれてくるところ間違えたか…」
 由香里は浩二の足を持ってズルズルと退かし血が付いた床を拭く。まるで毎日しているかのような手つきで。
     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 あれから一週間が経ちゴールデンウィークがやってきた。
 薫風が吹く5月の晴れた朝、大きめのバッグを両手に持ち、待ち合わせ場所のターミナル駅に向かう緋莉。
昨日買ったブルーを基調としたワンピースに身を包み、サラサラとした髪の毛は綺麗に整えられている。
彼女が動くたびに、ふわっ、と香水が空気に乗り風で送られる。
 ふと、横のショーウィンドウに映った自分に足を止めた。学校では制服、事務所ではスーツを着ているため
あまり私服を着ることが少ない。
 「変じゃないよな。店員も誉めてくれたし…」
 
289Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:31:02 ID:HZSZKQEU
 
 (これは似合っているか?凍夜はどう思うのだろう…?)
 自分が何を考えたのか気付き我に返る。
 「いや、別に凍夜に良く思われたいとか考えているわけじゃない。初めて休日に会うのだし不潔な印象を
与えたくない。まぁただ凍夜がどんな感想を言うのかは気になる…男からどう思われているのか知りたがるのは
女として当然だ。別に凍夜だからではない。克行?…あいつは観月先輩がいる」
 独りで呟きつつ、うむうむと頷く。
 ショーウィンドウを鏡代わりにし髪を直し、スカートの皺を丹念に伸ばす。運が良いことにこの通りには
緋莉以外に人がいない。もし誰か緋莉を見たら間違いなく「この子はデートなんだな」と思うだろう。
 一通り身だしなみを整えた緋莉は待ち合わせ場所に向かった。
 *   *   *   *

 一方凍夜はいつもより早い朝ご飯を食べ終え、荷物の最終確認をしていた。洋服に下着、使い捨ての
コンタクトレンズにワックスはもちろん、何かあったための薬も準備していた。別荘には一通りの薬はあるかも
しれないが念には念を。備え有れば憂いなしだ。
 (ケータイの充電器も入れたし……よし、完璧)
 荷物確認が終わり、凍夜は家の窓全てに鍵をかけカーテンを閉じる。それと同時に電気がちゃんと切れている
かも確認する。火元のチェックだって怠らない。
 この家には凍夜しかいないので、もし火事を起こしたり、泥棒に侵入などされたら全て凍夜だけの責任に
なってしまう。これは凍夜も十分理解しているため、全ての部屋を何回も行き来している。
 そろそろ家を出ないと遅れてしまうので、凍夜は最後に電話を留守電にした。
 「ただいま留守にしております。ファクシミリを……」
 電話のスピーカーから淡々とアナウンスを背に旅行のバックを手にし家を出て玄関の鍵をかけた。これで
2日間は誰もいなくなる。
 鍵をポケットにしまい凍夜が向かったのは待ち合わせ場所のターミナル駅ではなく、歩いて4秒、歩数に
すれば約6歩で敷地に入り、プラス5歩で玄関に着いてしまうほど近い幼馴染みの家。そこには玲奈が
立っていた。左手で眠そうな目を擦りながら右手を上げて朝の挨拶。凍夜も右手を上げ、挨拶を返す。
 今朝、凍夜にメールがあった。差出人はもちろん玲奈だ。内容は「朝食はいらない。出発するとき私の家に
来て。来なかったら承知しないからねっ!(●`へ´●)」とお願いというより命令と怒りの顔文字。
なぜ今日は家に来ないのか不思議だったが聞くこともないと思った凍夜は、「了解」と一言返信した。
 昨日の夕飯を終えた玲奈は自室に篭り、当日着ていく洋服をクローゼットから全て出し、鏡を前にして
独りファッションショーを開いていた。ワンピースにスカート・Tシャツから帽子etc.放課後にコンビニで
買った女性用ファッション雑誌を広げ、男受けするコーディネートを参考にし自分の洋服で写真と同じような
格好をする。
 (かわいいかな…これ。似合ってるって言ってくれるかな?)
 鏡の前で急に不安になる玲奈。頭の中では「モデルがいいから可愛く写るんじゃないか」などとネガティブ
思考が走っている。
 (凍夜はどう思うかな……こういう服好きかな…?それに菜月や緋莉も来るし。観月先輩は克行君の彼女
だからライバルではないけど…3人とも私よりスタイル良いからな…やっぱり凍夜も胸の大きい人の方が
好きなのかな?………はっ、な、ななな何で私が凍夜のことを!?違う!そんなんじゃないっ!)
 
290Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:34:41 ID:HZSZKQEU
 
 と、思いつつも2〜3分後には同じことを考えてしまう。延々と思考がマイナスになってしまい、布団に
入っても不安で眠れなくなってしまった。結局玲奈が眠れたのは今朝の4時30分。2時間も眠れなかった。
 朝起きることができたのは楽しみにしていた凍夜との旅行のせいかもしれない。
 「…そういや玲奈の私服姿って初めて見るよな」
 幼い頃は飽きるほど見てきた玲奈の私服だが高校生になれば別。凍夜の知っていた玲奈は遥かに女性に
なっていた。……童顔とストンとした平らな胸は触れないでおこう。
 玲奈は待っていた話題に鼓動を速める。「そうね」と素っ気無い返事をしつつも内心凍夜の言葉が気になる。
 「んじゃ行くか。今からならまだ余裕だけど」
 玲奈はガッカリしてため息をつきながら肩を落とす。
 「あんたに期待していた私が馬鹿だったわ……私の睡眠時間を返せっ!」
 「えっ、なに?どういうこと?」
 玲奈の顔は真っ赤で、目も真っ赤になっている。この原因は寝不足だけではないだろう。涙がちょっと
にじんでいた。
 「凍夜のバカーッ!!普通ならここで似合ってるとか可愛いって誉めてくれても良いじゃんかー!!!」
 玲奈は泣きながら、凍夜の胸をパカポコ叩きまくる。
 「いやだってそんなの、必要ないじゃんか!」
 凍夜の一言で玲奈のパンチの威力が急激に上がった。玲奈は叩くのを止めずにまだ涙を流している。
 「酷い!!私なんてあんたに誉められたいがために夜遅くまで悩んでいたのに…」
 「酷い!!」の後は口の中でモニョモニョと呟く。拳は止むことがなく凍夜の胸板に叩き込んでいる。
胸を叩き込まれているからか、凍夜は玲奈が何と言ったのか解らない。ただ解っているのは玲奈が怒っている
ことだけだ。
 「元から可愛いのにいちいち可愛いなんて言う必要ないじゃんか!」
 「え?」
 玲奈は何を言われたのか解らなかった。
 (もしかして可愛いって言われた?私が?可愛い?凍夜が本気で私のことを?べ、別に嬉しくないからねっ!
ほんとに…嬉しく…なんて)
 やっと頭が追いついたのか言われたことを理解する。心の中では強がってはいるが、顔は先ほどよりとても
赤い。耳まで真っ赤だ。
 攻撃がおさまり凍夜は胸を擦りながら歩き出す。
 「そろそろ行かないとマジで遅刻するぞ」
 照れているのか玲奈は耳の後ろを擦りながらコクンと頷くしか出来なかった。
 (なんでいきなり赤くなってるんだ?それにしても『可愛い洋服』着てるな。まあ女の子ならこんぐらいが
普通なのかな)
 思い切り誤解が生じているがこの間違いが訂正されることは一生なかった。
 *   *   *   *
291Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:35:25 ID:HZSZKQEU
 
 そうしてなんとか待ち合わせ時間に間に合った2人を迎えたのは
 「遅い!」
 緋莉だった。だがあまり良い迎えではないが。
 後ろには菜月に克行・観月がすでにいた。凍夜と玲奈は一番最後に到着したのだ。
 待ち合わせの時間には間に合ったのだが凍夜と玲奈が一緒なのが気に食わないのか、緋莉は少し機嫌が
悪く、腕を組んで顔をプイとさせている。ゴールデンウィーク初日のせいか旅行客や家族連れ、カップルが
多く緋莉の先ほどの怒号に周囲の視線が集まるが、電車の時間が近いのかすぐに散った。
 「遅いって…時間ぴったりじゃない」
 「なに言ってるんだ!お前ら5分前行動を知らないのか?…まったく2人一緒に来て…私だって
本当は…」
 最後の方は口の中でゴニョゴニョと言葉を濁す。もちろん凍夜と玲奈には聞き取れなかったが、勘の良い
観月たちは
 「嫉妬だね」
 「嫉妬だな」
 「嫉妬ね」
 と口を揃えた。
 「だ、誰が嫉妬なんて!?違うからなっ!そんな事より早く電車に乗るぞ!……まったく何故私が
嫉妬なんて…ブツブツ」
 緋莉は1人ホームに向かって歩き出した。克行たちも肩をすくめ荷物を手にして歩き始める。事態がよく
解らない玲奈と凍夜は目を合わせ首を傾げた。

 観月の別荘は特急列車で約2時間。
 6人は3人がけの席をゲット、向かい合わせになるようにイスを回転させ、グループ席にする。
ゴールデンウィーク初日なので自由席の殆どが埋まっている。6人分の席を確保できたのは運が良かったせい
だろう。
 凍夜と克行は自分の荷物を荷台に放り上げ、女子のバッグをその上に乗せた。女子はさりげない優しさに
胸を焦がす。これは玲奈たちにも当てはまることで、玲奈に緋莉、もちろん菜月も胸をキュンとさせていた。
 (やっぱり男の子なんだ…私のバッグ重いはずなのに軽々と持ち上げるなんて…なにこれ?胸がこう、
キュンとした感じは…いや!そんなはずないわっ!私が凍夜相手に…そんなこと絶対に…)
 (私のカバン重いのに…でも凍夜はそれを簡単に乗せるのか…やはり男なんだな。凍夜は私のこと女として
見てくれているのか…?今の行為はちゃんと私を女の子扱いでしてくれたのか?……いやっ!何を考えてるんだ
私は!!別に凍夜はただの友人だ!そうだ…ただの…友人)
 (やっぱし克行も凍夜君も男の子だな〜。私たちのバッグ全部乗せてくれるなんて。こういうさりげない
行為ができるなんてカッコイイな。ま、克行は観月先輩の彼氏暦がそれなり長いからできるんだろうけど)
 
292Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:36:02 ID:HZSZKQEU
 
 「ありがとう克行くん」
 克行はコクンと頷き窓際の席に座る。観月はその隣に腰を下ろし、凍夜も座ろうとするが玲奈と緋莉に
毎度のごとく腕を掴まれる。緋莉が凍夜を引っ張り席に座る。必然的に凍夜は緋莉と玲奈の真ん中に座る
羽目になる。そして菜月も必然的に余った観月の隣に腰を下ろす。
 (なんかわからんけどすげぇ圧迫感が…挟まれて死亡とかないよな?電車内だからいつもみたく両腕を
引っ張られたりはしないだろうけど…あれ?何か嫌な予感がする)
 左右に玲奈と緋莉がいると必ずと言って良い程何かが起こる。それは凍夜にとってはうれしいものでは
なく、悪夢のような出来事だ。いや、悪夢のほうがまだマシかもしれない。夢ならいずれ覚めるが凍夜に
降りかかっているのは全て現実だ。
 「あれ?凍夜君、顔色が少し悪いけど大丈夫?もしかして電車とか苦手?」
 「酔い止めの薬あるよっ」
 青ざめた顔をする凍夜に気付いた観月と菜月。ポケットの中から酔い止めの薬を出した観月は、それを
凍夜に手渡す。
 普段車などに酔わない凍夜にとって、薬なんて必要ないが
 (何もないよりマシだよな。治る見込みは少ないけど)
 一応もらうことにした。
 「ありがとうございます、先輩」
 薬を受け取り口に入れようとするが、飲み物がない。あることはあるんだが、凍夜が持っているのは
炭酸飲料。正直薬を呑み流すには適さないだろう。薬局では噛み砕いて呑む薬というタイプも売っているが、
あいにく観月が持っているのは粉末タイプしかない。これを水無しでは少しキツイ。
 水がないことを知った玲奈と緋莉は持っていたペットボトルを凍夜に差し出す。
 「それじゃ飲みづらいだろう、仕方ないからやる」
 「ソーダなんかじゃ飲みにくいでしょ?これ、飲みなさい」
 ある意味これ以上ないほどのコンビネーションで
 (そのコンビの良さはバスケの試合でやれ。くそー、絶対嫌なことが起きる)
 凍夜の不安を掻き立てる。あぁ俺の勘ってこういう時には当たるんだな、と。先ほどの嫌な予感はやはり
現実になってしまう。
 「有澄、凍夜には私のをあげるから有澄のはいらないぞ」
 「なに言ってるの河原さん。凍夜は私のがあるから大丈夫よ」
玲奈と緋莉はお互いを睨む。目を合わせれば電気系の魔法が使われているんじゃないかと思うほど、
2人の間にバチバチと電気が走っている。その中間にいる凍夜はその魔法に耐えられず
 「自販機で買ってくる!」
 と言って席を立ち逃げた。
 「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
 「あっ、こら待て!凍夜!」
 2人の声は聞こえているが、凍夜はそれを無視し自動販売機まで走った。
 「だめだよ〜2人とも」
 「そうよ、凍夜君を恐がらせて。しょうがない。凍夜君の心を私の体で温めてあげよう」
 観月と菜月に怒られた2人は俯きばつが悪い顔をする。
 
293Slowly×Slowly:2007/11/03(土) 00:36:36 ID:HZSZKQEU
 
 凍夜がミネラルウォーターを手に持ち戻ってきた。先ほどまで騒いでいた2人はおとなしく、凍夜が
席に着いても何も言わない。
 反省しているんだろうが、黙ったままでは空気が冷えてしまい旅行ならではの盛り上がりがなくなって
しまう。この空気で2時間の列車移動はキツイ。この状況を打開する話題を探すも凍夜はどんな話題を
振れば良いか解らず、悩んでいた。観月と菜月も同様に何を話せばいいか模索している。しかし何か
話さないといけない。
 「なぁ観月。これから行く別荘って、俺行ったある?」
 「えっ、ああ、うん。去年の夏にいっしょに行ったとこだよっ」
 「ああ、あそこか。俺以外は行くの初めてだよな」
 「うん、克行くん以外に呼ぶの初めてだよ」
 「よかったな。向こうに着いたら驚くぞ。家はでかいし、プールもあったし」
 克行は顔を凍夜に向け、顎で玲奈をさした。それを見て最初は何がしたいのか解らなかった凍夜だが
俯く玲奈を見て理解できた。
 「すごいぞ玲奈!観月先輩の別荘ってプールあるんだって!!」
 「え?そうなの?」
 「マジ、マジ!!すごいよな〜家にプールがあるなんて。な、緋莉?」
 「あ、ああそうだな」
 「こりゃあもう泳ぐしかないな!!」
 凍夜は拳を握り真剣な表情で言うが
 「凍夜くん、残念だけどまだ5月なので寒くて無理だね。寒中水泳になってもいいならプール出すよー」
 「ちょっ、先輩すいません前言撤回します」
 あっけなく真面目な表情が崩された。
 「アハハ」
 「クスッ、フフ」
 玲奈と緋莉が笑みを零す。先ほどまでの暗い雰囲気はどこかに行ってしまい、今あるのは暖かな空気。
 凍夜は克行に「サンキュ」と口パクでお礼を言った。ちゃんと伝わったらしく克行はこくんと頷いた。
 思いも寄らなかったトラブルもあったが克行と凍夜のフォローにより、『菜月とその他の仲良しs』の
旅行は順調にスタートした。
 すると不意に
 「あっ――」
 緋莉が声を上げた。
 トンネルから外に出たため、窓から眩い光が降り注ぐ。緋莉の声に気付いた一同は窓の外に目を向けた。
そして今以上に瞳を輝かせる。
 「すんごーーーい!きっれーい!」
 菜月が外の世界を見て叫んだ。他の人間も同じことを考えたのか、菜月の言葉に顔を頷けた。6人を
乗せた列車の外は青く煌いた海が見える。太陽の光を受けた海は凍夜が今までに見たことのないものだった。
 
294でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/11/03(土) 00:40:46 ID:HZSZKQEU
以上で終了です。読んでいただき、ありがとうございました。
観月の別荘偏が予想より長くなってしまったため、今回はここで投下させてもらいました。
それでは皆さんまた6話でお会いしましょう。ノシ
295名無しさん@ピンキー:2007/11/03(土) 06:13:41 ID:L0+kGeGC
GJ!!!!!
次回も期待してます
296名無しさん@ピンキー:2007/11/03(土) 10:13:27 ID:6aRANUlR
GJ
あかりの父の馬鹿さに笑い、克行に惚れました

相変わらず文に違和感がなくて凄い
297名無しさん@ピンキー:2007/11/04(日) 00:41:19 ID:vr4/lJMA
どもったり言い訳したりしないのは
ツンデレではないのだろうか、とふと思った
298名無しさん@ピンキー:2007/11/04(日) 15:51:01 ID:0Nj53ogH
乙GJ!!
続きwktk
299名無しさん@ピンキー:2007/11/06(火) 11:11:34 ID:StFF65HJ
age
300名無しさん@ピンキー:2007/11/07(水) 23:52:11 ID:nlWdsW+U
馬鹿親父良いですなあ

それにしても俺の大好きなやよいさんは・・・・・・
301名無しさん@ピンキー:2007/11/08(木) 05:16:49 ID:OQV5K5k7
内心デレてるけどツンな態度は変わらない場合ツンデレと言えるのだろうか?
302名無しさん@ピンキー:2007/11/10(土) 17:20:18 ID:HI4E7qDr
ほーしゅ
303名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 06:25:31 ID:7JfROCQy
age
304名無しさん@ピンキー:2007/11/13(火) 20:45:39 ID:3JjiHFcr
保守。
305名無しさん@ピンキー:2007/11/14(水) 23:57:14 ID:dEMVPgFx
ふん。
保守なんかされても……うれしくなんかないんだからね。
306巫女は清楚と限らない!?:2007/11/15(木) 01:13:09 ID:Ex1PyWus
 俺の両親は宗教に入っている。別に変な宗教でもなければ犯罪だってしていない。だから
俺は小さい頃から御神殿にお経を唱えたりする姿をよく見てきたし、家族の誕生日には神社に
行って、御礼をしていた。
 そのため俺は般若心経を唱えることが出来る。普通の高校生は出来ないだろうけど、家の
環境が環境のため簡単に覚えることが出来たのだ。
 俺は神様を信じている。まぁ両親の影響だけどな。

 「無事に大学に合格出来ました。ありがとうございます」
 雨宮桐人は賽銭を入れ手をパンパンと叩き、神様にお礼をした。内容は桐人の言葉から
簡単に解るだろう。桐人は受験を終えた。桐人は推薦受験のため一般の受験生より早く
終わった。
 季節は秋。境内には色を付けた葉がヒラヒラ舞い散り、赤や黄色の絨毯のようになっている。
 「あんた、また来たの!?」
 お祈りが終わり自宅に帰ろうとした桐人の目の前にいたのは、誰が見ても解る白と赤を身に
纏った巫女が立っていた。その少女の手にはレ○レのおじさんが持っているような大きい箒。
 「おう、今日は大学合格の感謝をしに来た」
 「へぇ〜あんたでも大学に受かるんだ。その大学ってどこ?」
 「塔鏡大学に受かったぜい!」
 桐人は七海にピースサインを見せた。塔鏡大学は名門中の名門で数年浪人して受ける人も
いる大学だ。その大学を推薦で合格を勝ち取るのは正直、天才でも奇跡が必要になる。
 「う、うそ!?塔鏡大学ってあの!?何でそんなところに行くのよっ!?」
 「いや何でって聞かれても…高1のときから狙ってたし、それに俺の目標だし」
 「私もその大学行くために勉強しなきゃならないじゃない!」
 「ここ以外でも別に良いだろ」
 「何言ってんのよ!?あんたと同じ大学じゃないとダメなの!!」
 「お、おい、それって…」
 七海は顔を赤くさせ、すぐに自分が何を言ってしまったのか把握した。
 「変な勘違いしないでよねっ!も、元から私もそこに行きたかっただけなんだからね」
 「はは、そっか。そうだよな」
 (違う。ほんとは桐人と同じ学校に行きたい。ただそれだけなのに何で言えないんだろ……)
 七海は桐人を見かけてすぐに恋に落ちてしまった。いわゆる一目惚れだ。年寄りしか来ない
この神社に七海と同じ世代の人は全く来ない。だからか、七海は桐人が神社に訪れると必ず
目で追ってしまう。
 勇気を出して声を掛けるには相当な時間を費やした。鼓動をいつもの何倍も速めて声を掛けたが
桐人は最初素っ気無い返事をするだけ。その日からは七海は桐人が訪れるたびに話しかけるようになった。
いろんな話をするために。自分を見てもらうために。だが性格が邪魔をし素直になれないことが
障害となっている。
 「なんだったら教えるぞ、勉強」
 「えっほんとに!?嘘じゃないよね!」
 「こんなことで嘘なんか吐かねえよ。もう試験ないから別に良いぞ」
 「…じゃあお願い」
 「おう、まかせとけ」
 頭の良い桐人にとって人に勉強を教えるのは造作もない。1つ年下の七海が受験生になるのは次の年。
再来年には同じ門を潜っているのだろうか。それは神のみぞ知るのだろう。
 秋風に乗り木の葉が舞い落ちる。例年より寒い冬は七海だけ暖かい冬になりそうだ。
307でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/11/15(木) 01:14:44 ID:Ex1PyWus
以上保守ネタでした。楽しんでいただければ幸いです。
それではノシ
308名無しさん@ピンキー:2007/11/15(木) 18:32:24 ID:GPNqx6IQ
>>307


その調子でslowlyの続きお願いします
309名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 21:46:47 ID:gRSbTXhP
>>307GJ!!!てかこれもシリーズ化して欲しい。
310名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 21:55:04 ID:JiEh4rqv
いや、GJですねえ……
力の差を感じる。ネタばかり浮かんできて萌えを掴めてないのかも
311名無しさん@ピンキー:2007/11/17(土) 15:03:15 ID:wuZoHNM2
>>310
ネタが思い浮かぶなら書きなさいよ。
べっ、べべつにアンタのSSが読みたいわけじゃないんだからね!
保守だけじゃつまんないだけなんだからねっ!変な勘違いしないでよ!
312名無しさん@ピンキー:2007/11/17(土) 19:00:42 ID:bF5cmNKn
コレは、大変良いツンデレ馬鹿ップル(w
 
 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1173800427/245-254
313名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 21:30:42 ID:92WGDhXX
保守age
314名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 01:25:40 ID:5yukFE50
陸上部に所属している俺は大会を明日に控えていた。
最もうちの学校で注目されているのは俺達男子じゃないだけに気楽なものだが。
「エレナ先輩、12秒2!」
…それにしても相変わらず速いな。
100mで県代表選手となり全国にも顔を出す選手となったこいつが、女子キャプテンの葉月エレナ。俺の幼なじみである。
小さい頃から何かと競争してきた俺たちであったが、戦績はエレナの方がいい。
負けず嫌いで強気、それに努力家な性格もその一因だろう。
「ちょっとあんた、何ボサッと突っ立ってんのよ」
おっと、練習の邪魔だったか…?
「何ボサッと突っ立ってんのよって聞いてるの!用がないなら早くどきなさいよ!」
「すまん、ちょっと考え事だ」
「練習中に考え事なんてあんたずいぶん余裕なのね。明日、期待してるわよ」
結構怒ってるみたいだ。まあ試合前日だしピリピリしていても当然か。
「大体あんた昨日も全然タイムよくなかったじゃない。調整できてるの?あんたの場合は明日も練習と同じようなタイムじゃだめなのよ?」
「分かってるよ。俺なりに調整するさ」
「あんたの調整ってのは信用できないわ。あんた調整するって言っていっつも練習しすぎるじゃない。分かってるの?調子が出ないならダウンしてさっさと帰りなさい」
「そうだな…たまにはお前の言うことも聞くことにするか。先帰らせてもらうわ」
「…そう。気をつけなさいよ。帰りに事故に遭ったりしたら意味ないんだからね!」
「分かってるよ。じゃ、また明日な」
「あ、それと!明日…」
「ん?悪い。聞こえなかったわ」
「あぁもう!明日はちゃんとあたしのこと応援しなさいよね!あたしもあんたのこと一生懸命応援するから!」
「任せとけって。お前の応援欠かしたことなんてなかっただろ?」
「それは…そうだけど…。そんなことはいいの!じゃあまた明日ね!」

風のように走り去ったエレナの後ろ姿を見送りつつ帰路についた俺は、今日も教室のロッカーに寄って帰る。
いつものタオルと試合前日に必ずある小さな封筒を取りに。
315名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 01:26:16 ID:5yukFE50
保守ついでに…
気に入ってもらえれば幸いです。
316名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 07:35:01 ID:WriROLi/
続き書いた方がいいんじゃね?つか希望
317名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 11:16:46 ID:GlSv2ioO
一つだけ言いたい。










続 き を 書 く ん だ !
318314:2007/11/22(木) 18:53:29 ID:5yukFE50
続きですか!他の職人さんに比べたらまだまだですが…
続きうpするときは酉とかつけた方がいいんですかね?新参なものでよく分からないんです(´・ω・`)
319名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 19:57:26 ID:vdpKhy+w
酉はないよりあった方がいいと思う

続きwktk
320314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/23(金) 02:04:56 ID:SlLqJUqB
タオルと封筒をロッカーから取り出し、更衣室に向かう。
もう2年近く続いている風習だ。こういう几帳面なところは真似できない。
俺がエレナに勝っていること…いざ考えてみると浮かばない。困ったもんだ。
風習通り、封筒の中には今時の学生には似つかわしくない整った文字で書かれた手紙が入っている。
内容もいつも通りだ。初めての試合の時にもらった手紙と見比べてもそう変わらないだろう。
心なしか文字が柔らかくなったように思えるが、それは俺の心境の変化なのだろうか。
「こんなところで回想モードに入ったら明日棄権じゃねえか…」
荷物をまとめて更衣室を出る。
「あんた、何やってんの?更衣室で寝てたりしたんじゃないでしょうね…」
先に帰ると言いながら、結局エレナと同じ時間帯に帰ることになってしまった。

試合当日。天気は曇りだ。中距離を走る俺にとっては都合がいい。
何となく涼しいのが好きなだけだが。
エレナは…どんな天気でも結果を残すだろう。俺には有り得ないことだが。

「調子はどう?」
「それなりかな」
早く帰ったのにも関わらずいつも通りの睡眠時間だったなんて今は言えない。
「そう。なら今日は記録が期待できそうね。あんたにとっては最高のコンディションだし」
「だといいんだがな。実際そううまくいくかどうかは分からん」
「練習は裏切らないのよ。うまくいくかどうかは分からん、なんてあんた自分で練習してないって言ってるようなものじゃない」
相変わらず気合入ってるな、エレナは。いつものことだが。
「そういうエレナはどうなんだ?」
「あたし?あたしはもちろん大丈夫よ。ちゃんと練習してきたんだから」
なんとか話題を逸らすことに成功したみたいだ。
「まぁあんたもせいぜい頑張りなさいよ。練習は裏切らないのよ、練・習・は」
どうやら話題を逸らすことに失敗したみたいだ。
321314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/23(金) 02:07:55 ID:SlLqJUqB
続きです。
まとめてうpした方がいいならそうしますが、どうしましょう?
322名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 09:42:11 ID:glnfZuNT
個人的にはまとめてUPしてくれた方が嬉しい。
>>320だけでは感想をつけづらいので。
323名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 14:43:45 ID:MXAUva0G
そうだね。パソコンに書きためてから区切りの良いところで
投下するのがベストだし変にモヤモヤしなくて済む。
続きwktk
324名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 18:09:54 ID:zhbCZ+ES
保管庫更新しといた。
このスレの>>320までと、初代スレから5スレまでの過去ログHTMLを見られるようになっているはず。
HTMLの書式が崩れてたら言って頂戴な。
325314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/23(金) 19:52:58 ID:SlLqJUqB
分かりました。いつになるかはまだ分かりませんが、よろしくお願いします。
326名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 20:04:26 ID:d1XsCnyc
>>307
乙です。
Slowly×Slowlyでたまに「迎い」とあるのが気になります。
327名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 20:52:25 ID:cWHcMHjV
>>324
乙だぜよ。
328名無しさん@ピンキー:2007/11/25(日) 06:26:55 ID:QLG5I9lw
329314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:54:49 ID:Rumr1J01
続き投下します。
どうやら長編になりそうです…
ツンデレから離れている部分も多々ありますがご了承ください…
330314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:55:31 ID:Rumr1J01
朝7時に会場に到着した俺たちは、全員で朝のアップに向かう。
種目前にだけアップに行くと量が足りなくて、思うように体が温まらないからだ。
この朝のアップを「一次アップ」、種目前のアップを「二次アップ」というところもあるほどである。
そして大抵の学校は朝トラックが開放されている時間帯に各学校の普段のアップメニューをこなす。
ナイス解説、俺。
最初の種目(女子100m予選なわけだが)が始まるのが、9時。
ということは、大体8時半くらいまでトラックが開放されるな…
「みなさん!今日は7時半から8時半くらいまでアップの時間にするそうです!」
監督の指示がマネージャーから伝えられる。
「あ、杉野先輩!」
「ん?何?」
「今日の男子800なんですけど、実は私の同級生が走るんです。速いですよー?」
「マジで?2個下に負けるわけには行かないなぁ…でも華歩ちゃんのイチオシってことなら気をつけるよ。情報ありがとな」
「いえいえ!じゃ、一次アップ頑張ってください!」
「おう」
ちなみに俺の名前は杉野孝平。普通である。もっとカッコいい名前がよかったのだが。
華歩ちゃんは中学時代陸上をやっていたらしいのだが、なぜかマネージャーをやっている変わり者である。
気になって聞いてみたのだが、怪我ではないらしく学校の体育の授業はしっかり出ているらしい。
まぁ男子部員が部活に出る理由の1つになっているみたいだし、何も問題はないんだけど。

「久々の大会だな〜。調子はどうよ、孝平」
「微妙だな。最近タイム良くないし」
「まぁ最悪県ランキングギリギリに載ればいいんじゃね?」
「去年は一応載ったしな。そんくらいが目標でいいか」
「まぁ俺は勝ちに行くけどね!」
こいつは狩野瞬。うちの学校の男子短距離エース。
去年までは幽霊部員だったが、今年からなぜか熱心になった。ちなみに練習でのタイムは相当いい。
実力から行くとこいつがキャプテンなのに、部活に出ていなかったせいで結局キャプテンは俺である。
「さて、んじゃ一次アップ行きますかね!」
「そうだな。行くか」
331314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:56:14 ID:Rumr1J01
一次アップを終え、テントに戻ろうとしたその時だった。
テントって言っても楽しいキャンプをしてるわけじゃない。今日大会だし。
サッカーや野球ならベンチがあるけど、陸上にそんなものはない。
だから各学校がテントを用意して、そこを自分たちの陣地とするわけだ。
テントじゃないところだってあるが、まぁうちはテントなんだ。納得できただろうか。
それじゃ、話を戻そう。
テントに戻ろうとしたその時、声をかけられた。
「おい、孝平!」
「お、雄介か。今日何に出んの?」
「800だな。たまには5000とかにも出ろって言われてんだけど、長すぎるだろあれは…」
「まぁ俺も5000に出ろって言われたら丁重にお断りするだろうな。めんどい」
「だよなー。んじゃ、800予選で会おうぜ!」
「おう、じゃあまた後でな」
多田野雄介。800、1500m県代表。前年度中国大会ファイナリスト。つまりベスト8。
何でこんなすごいやつと知り合いかというと、単にいとこだからだ。それだけ。
さて、とりあえずテントに戻ろう。あと30分で女子100mの予選だ。

テントに戻る途中、アップを終えてスタート地点に向かうエレナと会った。
「アップお疲れ。予選だし力抜いて行けよ」
「言われなくても分かってるわよ。あんたは予選から全力で行かないと危ないんじゃない?」
「結構危ない。まぁ予選通過できたら万々歳ってとこかな」
「…そう。じゃ」
「お…おう」
何だあいつ。一気にテンション下がったな。
まぁ怒ってるんならいつものことだし気にする必要もないか。

テントに戻った俺は、プログラムでエレナが何組か確認する。
えーと、エレナは…予選5組か。
「ただいまより、3年女子100m予選を始めます」
「まず1組のスタートです」
1組のメンバーの中にうちの選手はいない。
ぼんやり眺めていただけだったが、俺はトップ選手のゴールタイムに目を疑った。
332314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:56:49 ID:Rumr1J01
11秒99…?
全国トップクラスのタイムじゃないか…。
ちなみにエレナの自己ベストは12秒12。充分速い。
事実、去年の夏の県大会はエレナが制した。秋の新人戦だってそうだ。
一体誰だこの超新星は。
「ただいまの記録、11秒99は大会記録と同時に県新記録となります。城谷紗枝さん、おめでとうございます」
聞いたことがない名前だ。瞬のような幽霊部員だろうか。
いやそんなことより、とりあえずエレナが心配だ。動揺していないだろうか。
そんなことを考えているうちに2組、3組そして4組が走り終わり、エレナが走る5組がスタンバイを始めた。
「位置について。よーい…」
――パンッ!
ピストルの音が鳴り響くと同時に8人の選手が横一列にスタートを切る。
横一列…?
エレナはどちらかというとスタートが速い選手だ。序盤にリードを作り、その加速力を保ってゴールまで走りきる。
つまり序盤のリードがエレナにとっての生命線、というわけだ。
やはりエレナ本来の走りが崩れている。いくら力を抜くと言っても、そのタイミングはゴール直前だろう。
考え込んでいたらいつの間にか5組の面々は走り終えていた。
「もう、先輩。どうしたんですか?いつもならもっと声出して応援するのに」
「…ごめん、ちょっと考え事してたんだ。エレナ何位だった?」
「ゴールシーンも見てないんですか?2位でしたよ。エレナ先輩どうしたんでしょう…」
「1位のタイムはどれくらい?」
「12秒75です」
となると2位のエレナのタイムは…ベストより0.5秒以上遅い。動揺しているみたいだ。
「でもエレナ先輩、何とか準決勝には進みましたね。本調子じゃないのにさすがです」
3年女子100mは全8組。各組2位までが準決勝に進めるわけだからエレナは何とか駒を進めたわけだ。
悔しい。エレナの本来の力が発揮されなかったことが。
だけど今一番悔しがってるのはエレナだ。悔しがるべきなのは俺じゃない。
改善点だってエレナには分かっているはずだ。
俺は今すぐエレナを励ましに行こうかと考えたが、その選択肢には横線を引いた。
333314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:57:46 ID:Rumr1J01
「次の種目は3年男子100mです」
女子100mが終わり、男子100mが始まろうとしていた。
瞬は1組だ。さっさと走ってさっさと退散。あいつらしい。
「3年男子100m、スタートです」
「位置について。よーい…」
――パンッ!
「狩野先輩、頑張ってくださーい!」
「瞬、ファイト!」
予想通り瞬は無事1位でゴールした。しかしこいつが2年間幽霊部員だったとはな。考えられない


タイムは11秒40。それなりってところだ。

エレナも瞬も予選通過を決めた。
次は俺の番だ。
俺は二次アップに向かった。種目開始まであと1時間。

二次アップを済ませた俺は、800mのスタート地点に来ていた。
「孝平とは違う組か。面白くねぇなぁ」
「お前と走ったら俺が段違いに遅く見えるから勘弁してくれよ」
「まぁ多田野様の速さは尋常じゃねぇからな!ハハッ」
「何も言い返せない自分が悔しいよ、全く」
「まぁまぁそう落ちんなって!まぁ俺の走りを見て元気出せよ!」
「元気が出るかどうかは知らんが見るよ。どれくらいのタイムで来るか見とかないとな」
「了解!んじゃ行って来るぜ」
「おう」
手をひらひらと振りながら雄介は1組の面々とスタンバイを始めた。
「位置について…」
――パンッ!
雄介がスタートした。段違いに速い。何となく部活をやっているような奴らとはレベルが違いすぎる


2分1秒27。ベストタイムより5秒以上遅い。余裕だな。これで1位とは恐れ入る。
「どうよ、孝平!」
「さすがだな。俺も続いてやるよ」
冬を耐え抜いて春が来る。そうして迎えた今シーズン最初のスタートラインに、俺は立った。
334314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 02:58:43 ID:Rumr1J01
スタートラインに立った途端にレースを走りたくなくなるのはいつものことだ。
自信がないからだろうか。自分が怖いからだろうか。エレナが怖いからだろうか。
さすがにエレナはないか。ただエレナをがっかりさせてしまうのでは、という不安はあった。
そんな不安が的中しそうな雰囲気になりだしているこの空間が怖い。
「位置について…」
――パンッ!
しかしスタートしてみると意外と走れるもので、あれよあれよという間に俺は先頭に躍り出た。
「孝平ー!頑張ってー!」
「杉野!ファイト!」
心に余裕があるのか、みんなの応援がはっきりと聞こえる。ペースも落ちそうにない。
負ける気がしなかった。今なら雄介とも互角に渡り合える、そう思うほどだった。
1位でゴールした俺のタイムは…2分4秒84。
ベストタイムよりは遅いが、力を抑えて走った俺にとっては最高の結果だった。
「どうよ、雄介」
「まだまだ余裕っぽいなー。決勝が楽しみだぜ!」
「そうだな。昼からだしお互いゆっくり休もうぜ」
「だな!じゃ、また決勝でなー」
「おう」

無事に800m予選を終えた俺は悠々とテントで過ごしていた。
家でダラダラしていると時間が長く感じられるが、試合会場だとどうも短く感じられる。
そこまで気を遣う空間ではないが、自宅気分でリラックスできる空間でもない。

エレナの準決勝まであと40分。
335314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/27(火) 03:01:28 ID:Rumr1J01
ここまでです。
>>314,>>320をプロローグ、>>330-334を第1話という扱いでお願いします。


>>333に改行ミスがあるので以下のように訂正します。

予想通り瞬は無事1位でゴールした。
しかしこいつが2年間幽霊部員だったとはな。考えられない。
タイムは11秒40。それなりってところだ。
336名無しさん@ピンキー:2007/11/27(火) 09:16:15 ID:CnRGilVQ
GJ!!
この後の展開wktk
俺もこんな青春を送りたいな…。
337名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 01:34:49 ID:G2gya/9Q
圧縮回避保守
338名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 08:03:05 ID:YMbc3Ryy
遅レスGJ
一人だけ気になるキャラが出た。新たな伏線が回収できそうな…っていうと作者さん書きづらいか。
339314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/28(水) 08:07:11 ID:czq/XKIK
>>338
僕としては、いろいろなキャラの√を作りたいんですが、ツンデレから離れてしまうかもしれません…
それでもよければどんどん派生させていきたいと思っています。
340名無しさん@ピンキー:2007/11/30(金) 19:36:25 ID:BmY+/dKz
>>339
申し訳ないのだが、できたら作品のタイトルをつけていただきたい。
保管庫に収録する際、その方が保管しやすいので。
341314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/30(金) 22:41:27 ID:/TS188ol
>>340
それでは「Rosy Runners」でお願いします。
342名無しさん@ピンキー:2007/11/30(金) 23:13:09 ID:BmY+/dKz
>>341
おk。保管した。
343314 ◆TaF/InZTmo :2007/11/30(金) 23:32:38 ID:/TS188ol
>>342
ありがとうございます。
344名無しさん@ピンキー:2007/12/02(日) 14:47:21 ID:hFeXMIuz
保守ageない
345ケーキの甘さと彼女の甘さ:2007/12/03(月) 01:07:21 ID:zMv7GpXH
 来栖壽人(くるすかずひと)は将来パティシエになるため専門学校に通い、叔父が経営するスウィーツ店の
『ソプラノ』に泊り込みで修行を行っている。
 外観はシンプルでおしゃれとはほど遠いが味は本物であり、このお店のデザートを求め遠方から訪れる人は
珍しくもない。壽人のケーキより叔父が作る品のほうが売れるが人気がないわけではなく、叔父の実力が並
外れているのだ。
 同じように作っていても、口の中で広がる甘さや香りにスポンジの舌触りは再現できない。世界一位を
何度も獲得した人間に楽々と上回ることは難しいと解っていても、壽人は諦めない。
 そろそろ仕込みの時間。今日こそは叔父に一歩近づくためにと壽人は果物と包丁を手にする。

 「ありがとうございましたっ」
 最後の客が店を後にし、壽人は扉に掛かっている札をOPENからCLOSEにひっくり返してホッと息を
吐く。残すは夕食とクローズ作業だけだ。先ほどとは別世界と思わせるほど静かになった店内を見渡すのが
壽人の癖だ。目を閉じてイメージする。自分の店に自分の作品を。そして、それを嬉しそうに美味しそうに
食べる客の姿を。
 傍から見ればただの妄想をしているだけだが、壽人は気にもせずにイメージを続ける。ここにいるのは
どうせ俺だけ。叔父さんは奥の調理場にいるだろうし、バイトの人は控え室だ。
 その考えが甘かった。
 「立ったまま寝るなんて器用だね、壽人」
 「ぬぅわっ!み、みかん!?お、お前いつからそこに?」
 「アンタがニヤニヤしながら食器がどうたらってとこから」
 壽人は目を見開きやっちまったというような表情をする。
 簡単に言うと最初からいたのだ。それが解ると壽人は頬を赤らめ美甘から目を逸らす。そして美甘が壽人の
次にニヤニヤし始めた。
 美甘は叔父の一人娘でソプラノのウェイトレスをしている。いつもは着替えに行っているはずだが、今日は
何故か店内にまだいた。
 「いるなら声かけろよな」
 「別にいーじゃん、暇つぶしだから」
 「俺を暇つぶしに使うな」
 「おーい、2人ともーご飯にするぞー」
 「「はーい」」
 叔父からの一言により壽人と美甘は夕食の準備に取り掛かった。
 壽人は食事を作る叔父の手伝いに美甘はテーブルにイスを用意する。一般的に見て遅い夕飯はソプラノ
唯一のゆっくりと出来る貴重な時間だ。オープンすると同時に客でごった返しになるこの店はスタッフに
安らぎの時間なんていうものは休憩以外にはない。四六時中ソプラノは戦場なのだ。
 調理場から良い匂いがフロアに流れ込む。美甘が用意したテーブルにはとても美味しそうな料理で鮮やかに
飾られる。
 「いただきます」
 「いただきまーす」
 「いっただきまーす。ねえ壽人が作ったのってどれ?」
 「ん?俺が作ったヤツ?このベーコンとアスパラのスパゲッティ」
346ケーキの甘さと彼女の甘さ:2007/12/03(月) 01:08:49 ID:zMv7GpXH
 壽人が指差したスパゲッティはオリーブオイルの匂いがほのかに香り、湯気と共に店内を包み込む。
 「ふーん、これが壽人が作ったんだ。やっぱり見た目はお父さんのに劣るわね」
 「じゃあ喰うな」
 「ばかねー、私以外にあんたの料理を食べる人がどこにいるのよ」
 「私たちが美甘の分まで食べてやるぞ」
 「まっ、待ってお父さん!ダメ!これは私が食べるの!!」
 「言っておくけど美甘、それ半分だけ俺が作ったってだけだからな」
 スパゲッティを美味しく作る際に必ずぶつかる壁がある。それはアルデンテだ。火の強さや湯で時間に
大きく左右されてしまうスパゲッティは美味く作るのが難しい。
 まだ完璧にパスタを茹でることが出来ない壽人は、料理全般をこなす叔父に任せ具と絡めることに力を
注いだ。
 「もぐもぐ……うん、結構おいしい。やっぱりお父さんが手伝ったからかな」
 「美甘の言うことは気にするな。壽人と初めて会ったときよりかは随分成長している」
 「ありがとうございますっ」
 「……お世辞お世辞」
 「うっさい!」
 夕食は叔父が作るデザートでいつもしめられる。美甘にとって一日で最も至福であり贅沢な時間だ。
 「今日はティラミスだ」
 「うっわ〜、おいしそー」
 「いただきます、叔父さん」
 壽人が口に入れた瞬間に口内は砂糖の甘さと、ココアパウダーの代わりに使用されたエスプレッソの豆を
挽いた粉がほんの少しだけ、苦味を味あわせる。
 ―――やっぱり遠い
 自分と世界トップのパティシエの距離を嫌なほど教える。だが諦めるわけにはいかない。壽人はこの
距離を受け入れ、やる気の燃料とする。
 「ふぅ〜ご馳走様」
 「じゃあ私は自室でやることがあるから、壽人。後はよろしくな」
 「了解っす」
 「私はのんびりしてようかな〜」
 美甘が机に体重を預けると目の前にケーキが置かれた。それは先ほど食べたティラミスではなく、
生クリームが乗ったキャロットケーキだった。
 「どうしたのこれ?」
 「ためしに作ったんだ、味見してくんない?」
 「しょうがないわね、アンタがそこまで言うなら食べてあげるわよ」
 器用にケーキを一口取りその上に生クリームを乗せ口に運んだ。ニンジンの味は少ししかなく、代わりに
甘さが広がる。
 「あっ、おいしい」
 「よっし!」
 ガッツポーズを決める壽人。
 「実はそれ砂糖があんまり使われてないんだ。他のケーキよりも低カロリーに作ってみた」
347ケーキの甘さと彼女の甘さ:2007/12/03(月) 01:09:29 ID:zMv7GpXH
 「うそっ!?だってこれ、ちゃんと甘いよ!」
 「どうやってその甘さを出すか悩んだけど、無事成功かな」
 「ねえねえ、壽人も食べてみなよ。ホラ」
 美甘はケーキにフォークを刺し壽人に食べさせた。
 そして美甘はあることに気が付いてしまう。
 (こ、ここここれって間接キス〜〜〜!?)
 壽人は美甘に食べてもらうため1つしかフォークを持ってこなかった。とすれば自然に間接キスになる。
しかし美甘は壽人に『あ〜ん』をしたことには気付いていない。
 「うん、結構うまくできたな」
 1人で自分の力作に納得していたが、目の前にいる美甘の様子がおかしい。「アワワ」と呟きながら顔を
赤くさせている。
 美甘が手にしているフォークと美甘の性格……壽人はすぐに答えを見つけた。そして彼の中にあるS心が
疼いてしまった。
 「みかん〜、これって間・接・キ・スだよなー」
 「キャーーーーー!!言わないでーーー」
 「しかも、あ〜んしてもらったし」
 「えっ…うっそーーー!?」
 「マジマジ」
 壽人は顔を歪ませニヤニヤと笑っている。何年も一緒にいるが美甘を苛めるのがおもしろくて仕方ない。
 「くっそー、私だけ壽人に馬鹿にされるなんて……こうなったのもアンタが悪いんだからねっ」
 「イヤイヤ、俺は悪く…」
 セリフを言い終える前に美甘の唇によって壽人は何も言えなくなった。首筋からほのかに香る香水に
壽人は目を覚まされる。
 「お、お前なにしてんだ!?」
 「アアアア、アア、アンタが悪いんだからね!!私に恥を掻かせた罰よっ!」
 「恥ってなんだよ!?それに間接キスなんて別に恥っていうほどでもないだろ!」
 「ううう、うるさいわね!!私に恥ずかしい思いをさせた分、アンタは罪を償いなさい!」
 そして二度目のキス。このキスの甘さは先ほど食べたケーキのせいか、それとも、彼女がそうさせている
のか。甘い空気が漂う中2人は恋人になり、これから甘いケーキと甘い生活を作っていくのだった。
348でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/12/03(月) 01:12:37 ID:zMv7GpXH
読んでいただきありがとうございました。
バイト中に思い浮かんだんで書いてみました。一応保守ネタです。
1レスで終わらせるはずが何か増えてしまったのは予想外でした。
それではまた今度会いましょうノシ
349314 ◆TaF/InZTmo :2007/12/03(月) 04:38:38 ID:zMOxGt32
乙です!
さすがというか何というか…
レベルが違いますね…自分も頑張ります…
350名無しさん@ピンキー:2007/12/03(月) 21:27:20 ID:FLMVBeLh
乙ー

しつこいが早くslowlyの続きを(ry
351名無しさん@ピンキー:2007/12/04(火) 22:06:37 ID:AEOAgv0T
相変わらず凄い腕前。。

314もスローリーも期待してます
352グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/12/05(水) 01:47:43 ID:UlSNC/je
お久しぶりです。第8回、投下します。
353グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/12/05(水) 01:51:38 ID:UlSNC/je
*****

 その日の夜九時。
 風呂から上がったはじめは、髪を乾かした後で自室に入った。
「……あれ?」
 部屋の中には、この家の同居人にしてメイドであるマナがいた。
 ただし今はメイドではない。メイド服を着ていないからだ。
 当然のことだが、マナは眠る時にはメイド服を着ていない。
 その代わりに犬の絵がプリントされたパジャマを着ている。
 しかし、それはマナにはマッチしていないように、はじめには思えた。
 はじめが抱くマナのイメージは犬と言うより猫だ。
 時折リビングの縁側でひなたぼっこをしつつ眠っているところが猫みたいだから。
 そんなときはじめはついマナにいたずらをしたくなるのだが、以前に頬をつついた時には起こしてしまい、
さらにはこの上なく不機嫌な表情で睨み付けられたので、それ以来はやっていない。
 そういう反応をするところも猫っぽい、とはじめは密かに心の中で呟いている。
 もちろん、マナには言っていない。
 
 今、マナがはじめの部屋に来ているのには理由がある。
 今夜は、はじめの意志をほとんど無視して、やよいとマナの間に取り結ばれた約束に則り、
マナとはじめが一緒になって一晩過ごす番だったのだ。
 そのことを半ば諦めつつ――最近はもういいやとさえ思いつつ――あるはじめは、
もちろん今夜がマナの番だということをわかっていた。
 だからこそ、疑問を抱いた。
 何を疑問に思ったのかというと。

「マナ……来るの、早過ぎないか?」
 部屋の壁にかかっている時計の針を視界の隅で確認しつつ、はじめは言った。
 そう。まだ時刻は九時。
 いつもなら、マナがはじめの部屋にやってくる時間は日付の変ったころ。
 もしくははじめが部屋の電気を消して、寝ようとしたころか寝静まったころ。
 不意打ちのようなタイミングではじめの部屋に来るのが、夜におけるマナの行動だ。
 だというのに、今夜は早めに来た。はじめが風呂に入っている隙にやってきて、待ち伏せていた。
 いったいどのような考えのもとにそんな行動をとったのかが、はじめには気がかりだった。

「そう? いつもこんなもんじゃなかったかしら?」
「いや、違うだろ。見え透いた嘘をつくなよ」
「そうね。うん、嘘をついたわ」
 あっさり、マナは嘘を吐いたことを認めた。
 腕を組み少し天井を見つめ、んー、と唸ってから、口を開く。
「今日ははじめの邪魔をしてやろうかな、とか思ったから早めに来てやったのよ。感謝なさい」
「邪魔……って、僕がプラモ作りするのを妨害しようとしてやってきたのか?
 それのどこに感謝しろって言うんだよ、お前は」
「今夜はじめがプラモデルを作っていたら、私は部屋の中にスーパーボールを投げ込んでやったわ」
「な!?」
「近所の駄菓子屋さんが閉店するみたいで、在庫一掃処分セールなんてやってたのよ。
 そのときに買い占めたスーパーボールを全部投げ込んでやるつもりだったわ。きっかり五秒おきに」
「それ一体どれぐらいあるのかわかんないし、なんで五秒おきに一個ずつ投げるんだよ」
「一個ずつじゃないわ。ひと箱ずつよ。ひと箱六個入り」
「避けられるか!」
「避けられないでしょ? だから、感謝しなさい、って言ったのよ」
 自分で危害を加えようとしておいて、なんて態度をとるんだ。
 それに、どのみち邪魔することには変わりないじゃないか。
354グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/12/05(水) 01:54:30 ID:UlSNC/je
「冗談よ。スーパーボールなんか買ってないわ」
「ああ、そう」
「でも、駄菓子屋さんが閉店したのは本当。覚えてる? ほら、私たちが小学生のころによく行ったじゃない」
「……もちろん、覚えてるよ」
 駄菓子屋さんというのは、藤森家の近くにある、老婦人が一人で経営している小さな店だ。
 はじめは中学に進み始めてから一度も顔を見せていないが、その場所だけははっきりと覚えている。
 小さいころに楽しい時を過ごした場所のことは忘れない。いつになっても。
「そっか。もう無いんだ、あのお店……ちょっと残念だな」
「おばさんも残念がってたわよ。はじめくんはすっかり来なくなっちゃったねえ、って言ってたわ」
「そっか……」
「はじめくんが来るのを待ってたんだけどねえ、とも」
「う……」
 そう言われると、罪悪感が芽生えてくるはじめだった。
 はじめの家から、はじめがかつて通っていた小学校まではそう遠い距離ではない。
 子供でも歩いていける距離だ。
 しかし、運悪くというべきか、はじめの家の近くには子供のいる家庭はほとんどいなかった。
 だから、必然的に駄菓子屋へ頻繁に通うのは、はじめと、はじめの幼なじみのマナだけ、ということになった。
 老婦人がはじめとマナのことをしっかり覚えているのは当たり前のことだった。

「一度くらい行っておけばよかったかな。でも、今さら言っても遅いか。お家を訪ねていくのもなんだか変だし」
「そこまで気にする必要はないわ。だって、おばさんははじめの現状を知っているもの」
「なぜ……って、まさかマナ。お前」
 マナは首を傾けつつ、にこりと微笑んだ。
「インドアなはじめと違って、私は散歩が好きだからね。いつだってバイクに乗っているわけじゃないわ。
 この辺りは危ない車も通らないから、散歩するにはうってつけなのよ。
 で、散歩していると、おばさんのお店の前をよく通るの」
「つまり、そのときにおばさんに……」
「私が散歩する時間はほとんどお昼だから、子供なんか来ないし、おばさんもお暇みたいでね。
 お茶を飲みつつ、世間話に交えてはじめのことを話したわ」
 マナの言葉を聞き、はじめは落とし穴に突き落とされたような気分を味わわされた。
 マナは、はじめのことならばやよいよりもたくさん知っている。
 二人の付き合いの長さは、やよいとはじめのそれよりも年季が入っている。
 まして、マナははじめの恋人なのだ。
 もはや、はじめの弱点を全て握っていることに等しい。
 大勢の人間と同じに、はじめも過去の話をされることを恐ろしく感じている。
 マナがはじめを陥れるようなことは言わない、とはじめは信じている。
 だが、言ってしまっても内緒にしてもらえる話題であれば、一概には言えない。
 例えば、恥ずかしい話。具体的には、男と女の話。

「はじめは強引な相手に対しては受けに回る、とか」
「おい、こら」
「最初はうろたえていたくせに、ノってくると責めてくる、とかね」
「なんでそんなおかしな話をするんだよ! おばちゃん、困ってただろ?!」
「おばさんはそれに対してこう応えました。はじめくんはギャルゲーの主人公みたいね」
「…………」
 なんでそんなこと知ってるんだよおばちゃん、とはじめは思った。
「あ、違った。PC用の十八禁の、だったわ」
「お前嘘ついてるだろ」
「当たり前じゃない」
「だから、平然と答えるなよ!」
「で、PC用の十八禁のギャルゲーってどんなの? そもそもギャルゲーってどんなジャンル?」
「知ってて言ってるだろ、マナ……」
 ちなみに、はじめのその手のゲームに関する知識は卓也に教わった程度のものでしかない。
 それでも知らないわけではない。自分と、ゲームの主人公に似通った部分があることを。
 もちろんマナだって、まるっきり知らないわけではないだろう。
355グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/12/05(水) 01:56:20 ID:UlSNC/je
「うん。まあ、ギャルゲー云々をおばさんが言ったのは嘘だけど。
 おばさんね、喜んでたわよ。私と、はじめが……そういう仲になったこと」
「そう、か」
 はじめは、自分の身長が一メートルに満たなかったときのことなど覚えていない。
 だが、子供を相手に商い、大人も相手にしてきた人生経験豊富な老婦人は全て覚えているだろう。
 だからこそ、小さな子供がいつのまにか成長していたということは嬉しいのだろう。
 子供だと思っていた存在が、恋人を作っていた、しかも恋人同士になっていたと知れば、喜びもひとしおだろう。

「んー、でも、やっぱりやよいのことを話したら顔をしかめたわね。
 無理ないわね、傍から見れば、ただれた関係だもの」
「ただれたって言うなよ」
「あら、そうじゃないって、言える?」
 マナに睨み付けられたわけでも、詰問されたわけでもないのに、はじめは怯んだ。
 自分の身に、心に思い当たることがありすぎた。
 常日頃から卓也に言われている言葉が脳裏に甦る。
 ――お前は男の敵だ。美少女と美女を二人も侍らせているんだから。
「安心しなさい。今さらそのことをどうこう言うつもりはないから」
「そうしてくれると、ありがたいよ」
 二人にまで責められたら、慢性的胃痛にかかってしまうから。
 冗談でなく、はじめはその懸念を抱いているのだった。

「ただね――はじめ」
「うん?」
 ここで初めて、マナの目に強い力が篭った。
「これ以上増えるとなると、さすがに私も黙っちゃいないわよ。……もちろん、やよいだってね」
「……」
 気押されて、はじめは心の中で呻いた。――あう、と。
「あの人、酉島千夏さん? はじめはやっぱり、強気な性格の女が好きなのね。私のせいかしら」
「う……うん、そうだよ。マナが」
「黙りなさい。目と目の間を洗濯ばさみで挟むわよ」
 今にも、洗濯ばさみを一つとは言わず二つは挟まれそうだった。
 実際、はじめはその危機感によって言葉を続けられなくなった。

「どうして、はじめは女の子を引きつけてしまうのかしら? もしかして口説いたりしてるの?」
「いやいや! 断じてしてません!」
 はじめが強く言える女性はマナだけ。そんなはじめが女性を口説くはずもない。
 だが、女性二人を相手に恋人関係を続けていれば、対女性経験値は勝手に積まれていく。
 知らぬ間に、軽口を叩いてしまうことだってあるかもしれない。
 その軽口が、相手の女性にとって初めて言われた言葉だったりもする――こともある。
「そうよね、はじめは恋人が二人もいるのに、ナンパなんかしないわよね……」
 恋人が二人、というフレーズにひっかかるものはあったが、はじめは即座に頷きで応えた。
「頷いたわね? うん、それでいいの。はじめは、私とやよいだけを、見ていればいいの」
「う、うん」
「でも、私と二人っきりの時だけは…………私のことだけを、考えなさい。
 それが、年上の幼なじみに対する、礼儀ってやつよ」
356グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2007/12/05(水) 02:01:01 ID:UlSNC/je
 マナは立ち上がり、立ったままのはじめの頭を両手で押さえた。
 マナの瞳が閉じる。その動きを見取ったはじめは、まぶたの力を抜いて視界を閉ざした。
 強く感じるのは自分の耳に触れる、マナの冷たい手の感触だけ。
 それだけ。だが、それさえあれば充分だった。
 あとは、心に恋しい人の輪郭を浮かべて、衝動に身を任せれば、唇を重ねることができた。
「…………んん、………………ふぅ、ぅん…………」
 唇を重ねるだけの、静かなキスが続く。
 どちらからも押さず、引かず、偏らないよう、バランスをとる。
 マナよりも背の高いはじめは、こころもち腰をかがめている。
 だが、気を遣っている点ではマナとて同じ事だろう。
 マナも、はじめから離れないように背中を伸ばしているはずだから。

「………………ん、……はぁ」
 二人は同時に唇を離す。
 しかし、近寄った体だけは遠ざけない。
 先に行動を起こしたのはマナだった。はじめの首に手を回し、その身を委ねる。
 はじめはマナの体を抱いた。マナの矮躯は、はじめの腕の中になら二人は収まれそうなほどのもの。
 力強く抱きしめてしまう発作を起こさないか、はじめはいつも心配になる。
 マナが、はじめの胸に顔を埋めながら口を開く。
「ちょっと早いけど、いいわよね。もちろん」
「……うん。僕もそうしたい」

 はじめの首に、マナの体重が強く掛かる。
 その行動の意図を悟りきっているはじめは、然るべき行動として、左手をマナの背中に、右手をマナの腿に回した。
 姫だっこでマナの体を支え、そのままベッドへと歩を進める。
 ベッドの上にマナの体を横たえ同時に自分もマナに覆い被さる、という一連の行動を頭に浮かべる。
 そしてその通りに動こうとした、まさにその時。

 三回、ドアをノックする音が聞こえてきたのだった。


------

今回はここまでです。次回に続きます。

あと、長い間投下せずすみませんでした。
ですが、必ず完結させますので、それまでお付き合いください。
357名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 17:22:41 ID:zkeTJGAP
>>356
GJ!!!!!
次回も期待してます
358名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 01:40:56 ID:FXdBBm1e
>>349
投下以外の時は酉外した方がいいよ

>>356
GJ!
359でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/12/07(金) 12:21:41 ID:83/kS8JO
Slowly×Slowly第6話投下します。
360Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:22:19 ID:83/kS8JO
 観月の別荘がある駅に降り、歩くこと数十分。山道を下り森林を抜けたところに、そいつはドンと
構えていた。馬鹿でかい敷地。馬鹿でかい門。馬鹿でかい家が凍夜たちの目の前にあった。凍夜の家の
数倍はあるんじゃないかと思わせるほど大きい。凍夜の家は小さくはない。正直言って平均の少し上ぐらい。
 だが凍夜の前にずっしりと構えている別荘はそんなことを強制的に忘れさせてくれる。観月と去年の夏に
来たことがある克行の2人を除く4人は、口をだらしなく半開きにし、目を丸くしてポカーンと景色を
見続ける。言葉が出ない。それよりも頭の中が何もない状態だ。頭の中が真っ白という言葉そのものだ。
 自分たちがここに泊まることが理解できたら、急に恐くなった。
 (……『ドッキリ大成功!』って書かれたプラカードを持ったスタッフはいないよな)
 罠に嵌められているんじゃないかと失礼なことを考えてしまい、つい辺りをキョロキョロと見渡す。
もちろん、プラカードを持ったスタッフもカメラを抱えた人も探しても見つかるはずはない。正真正銘ここは
観月家の別荘だ。
 「すごいですね……観月先輩の別荘って…うちの何倍もありますよ、これ」
 菜月がやっとの思いで言葉を搾り出した。
 「そうかなぁ」
 「そうですよ先輩。ああもうダメ。なんだか眩暈が…凍夜君悪いけどお姫様抱っこで連れてって」
 菜月は右手で頭をを押さえ、凍夜に寄りかかった。
 「そのまま海に放り投げてもいいならお姫様抱っこしてやるぞ」
 「冷たいなー」
 凍夜に預けていた体を起こした菜月はある事に気が付いた。
 「近くに海があるのに何でプールなんてあるんだろ」
 「お金持ちの金銭感覚なんて私たちに解るわけないよ」
 「そうだね、玲奈…」
 玲奈と菜月は豪邸を再度見上げ、「はあ〜〜」とため息を吐いた。
 右手には若々しい葉を着た木々が生い茂った山に、左手には太陽に眩い光を受けて青く煌く海。そして目の
前には大豪邸。凍夜たちはまるで絵画の中の登場人物になった気分だった。

 予想通りというか何というか、この別荘の内装は素晴らしかった。三階建ての家となっており、玄関は
何かの部屋なんじゃないかと思ってしまうほど広く、壁には多分高価な絵が飾ってある。長い廊下を渡り、
リビングに入るとそこは、二十畳以上ある広々とした空間だった。こんなに大きくなくても良いのでは、と
思うプラズマテレビに高級感溢れるソファー。そして、凍夜の視線を奪ったのが外国製のシステムキッチン。
そして二階には寝室が8部屋もある。しかも、ベッドはキングサイズで3〜4人が一緒に寝ても大丈夫な位に
大きい。
 まだまだ紹介できる部分が大量に残っているが、これだけでも観月家の別荘の凄さが解るだろう。
 「こんなに部屋があっても使いきれねぇだろ…」
 自分が使う部屋に荷物を置く凍夜。ボスンとベッドに座り部屋を眺める。正直一人では使い切れないこの
ベッドルームに眩暈を感じてしまう。天井にある何の理由であるのか解らないファンを見つめて思った。
 (どうやってあの2人を仲直りさせようかな……)
 ぼんやりと考える。最初は何の理由なしに参加したが、今は玲奈と緋莉の仲を戻すチャンスだと思う。
だが、方法が見つからない。 
361Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:22:52 ID:83/kS8JO
 (……ダメだ…思いつかない)
 凍夜が起き上がるのと同時にコンコンとノックの音がした。
 「ハーイ」
 「準備終わったらリビングまで来て」
 「わかった、じゃあ行くか」
 ガチャと扉が開かれると、そこに居たのは克行。
 準備なんて何もない、ただ荷物を置くだけだった凍夜は克行と共にリビングへ向かった。
 「かつゆきぃ〜。どうやったら玲奈と緋莉仲良くなるかな〜?」
 凍夜は後ろから克行の両肩に手を置きながら聞く。その姿はまるで幼稚園児がする電車ごっこの様だ。
克行はその手を気にも留めず言った。
 「俺としては仲良く見えるけどな。息も合ってる」
 「息がピッタリなところは嫌っていうほど知っているけど、それは仲が良いって言わないだろ?」
 凍夜は自分の身体をもって言いきれる。確かに何回か絶妙なコンビネーションで腕を引きちぎられそうに
なったことはある。だが、いつも顔を合わせれば嫌な空気が辺りを覆い、目からはイナズマが走っている。
そして背中には黒い炎というかオーラがはっきりと映し出し、互いをジッと睨む。それは仲が良いと
言えるのか?
 「本当に仲が悪かったらお互いを無視する。いちいち嫌いな人間なんかと話したりしない」
 「そうだけどさ〜」
 「案外一緒にいたり、何か作業でもすると本音が出るかもよ。2人ともまだ最悪な状態じゃない」
 「何を一緒にさせるの?」
 「それは凍夜が考えるべきことだろ」
 「うぁ〜」
 克行の両肩に体重を乗せ、凍夜は膝を落とし項垂れる。そのせいで克行の背中は大きく反るが、それでも
克行は気にせず歩く。凍夜もしゃがんだまま歩き続けた。
 凍夜のベッドルームから長い廊下を渡り階段を下りる。さすがに危険だと思った凍夜は克行の肩から手を
離し、自分の力で歩く。手すりに体重を乗せながら螺旋状とまではいかない少し曲がった階段を下りていると
克行が口を開いた。
 「…凍夜」
 「ん?」
 「ケンカの原因を解決すればなんとかなるんじゃないか?」
 「なるほど」
 「ゆっくりでも良いかもしれなぞ。急いだら逆効果の場合だってある」
 「うん」
 「すぐに解決した方が良いときもあるけど、こればかりはどっちが正解かは解らない」
 「だね」
 「ただ凍夜は出来ることをやっていけばいい。自分のペースで」
 「…そうかもね。ありがとう克行」
 会話をしているとリビングに着いた。そこにはもう女子メンバー4人がソファに座っており、これで全員が
集合した。
362Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:24:35 ID:83/kS8JO
 「遅いわよ凍夜っ!何で荷物置くのにこんなに時間かかるの!」
 「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
 「どーせ変なことでも考えてたんでしょ」
 (お前らのことで悩んでたんだよ)
 一番はやく凍夜たちに気が付いた玲奈はソファから立ち上がり、ペタペタとスリッパを鳴らして凍夜に
近づいた。玲奈の声で2人の存在に気付いた後の3人も談笑も止める。
 「ああ凍夜君!いいところに来たね。ささっこっちに」
 菜月が凍夜に向かって手招きをしている。コの字型した赤いソファには菜月と緋莉そして観月がなにやら
会議をしていたのか、高級感漂うガラステーブルに紙が1枚あった。
 凍夜はそれを手に取り見てみるとそこには
 「買出し班と掃除班…?」
 凍夜が手にしたメモ帳には2つの班が書いてある。買出し班は克行と観月の2人。残りの4人は掃除班と
書かれていた。買出し班は正しい班分けだろう。この周辺に詳しいのはこの別荘の所有者の観月しかおらず、
その彼氏の克行が買い物に付いて行くのは当然だ。
 また、掃除が得意である凍夜が清掃班になったのも納得がいくし理解も出来た。
 が、なぜ玲奈と緋莉が一緒なのか解らない。2人が一緒だと必ずと言って良い程、凍夜は身体的ダメージ
(主に腕)を受けていた。酷い言いようかもしれないが事実だから仕方ない。
 だから凍夜は自分の身体(というか腕)を守るために声を挙げた。
 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 「何よ凍夜?どうかした?」
 「どうかしたって…何この班分け!?」
 「どこかおかしいことでもあるのか、凍夜?」
 (お前ら2人が組んでいるのがおかしいんだよ〜!)
 なんて言えるはずもない凍夜は無難な答えを示した。
 「3人とも掃除って出来るの?」
 「掃除なんてよゆーだよ」
 と菜月。
 「愚問だな。こんなの出来て当然だ」
 軽々しく言う緋莉。
 「ふ、ふふふ普通に出来るわよっ、こんなの!馬鹿にしてんの!?」
 どもりながら答える玲奈。
 さて、問題です。この中に嘘つきがいますがそれは誰でしょう?
 (明らか玲奈はウソだろ……嘘を吐くならどもらないようにしろよ)
 シンキングタイムを1秒も使わず正解した凍夜は頭を抱えた。菜月と緋莉は実際うまいだろうが、玲奈1人
だけが失敗していては空気が悪くなってしまうだろうし、自分の責任だと考え込み1人で重荷を背負って
しまうだろう。
 緋莉と菜月は自分の部屋は自分で掃除する。緋莉の父・浩二の法律事務所はお世辞にもキレイとか、整理
されているなど言えない、正直資料などでゴチャゴチャしているが緋莉の部屋はいつ、誰が来ても良いように
整理してある。
363Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:25:09 ID:83/kS8JO
 逆に玲奈は清掃が苦手である。というよりも家事全般が壊滅的と言って良いかもしれない。生まれ持った
ドジパワーのせいか掃除を始めればすぐに「ガチャーン」やら「ガラガラ」とか「ドンガラガッシャーン」や
「キャー」など、様々な破壊音と悲鳴が聞こえる。
 そして掃除をしたはずの部屋はする前よりも埃が舞い、粉々になった道具等が散乱し汚いのだ。見るに
見兼ねた玲奈の母は「二度と掃除機に触れないで!!」と言って、部屋の後片付けをしたとか。
 凍夜はそんなこと知らないが玲奈のドジパワーの存在は頭の中にあり、先ほどの嘘で本能が訴えている。
 ――玲奈に掃除はやらせてはいけない、と。
 「克行ちょっと来てくれ」
 「なに?」
 凍夜は克行を手招きし玲奈たちに聞こえないリビングの隅に移動し、メモを渡し反応を窺うが克行は表情を
崩さない。それもそうだ。買出し班は克行と観月の2人だけなので、誰にも邪魔されずにゆっくりと買い物が
出来る。
 買うものは食材と調味料にジュースを数本。スーパーで食料を恋人同士で買う姿は新婚生活を送る夫婦に
見えるかもしれない。新婚夫婦にはまだ年齢が足りないし、やはり他の人から見ればカップルか仲の良い
兄妹にしか見えないが、観月の頭の中では熱々の夫婦像が出来上がっている。というよりも作られたが
正しいだろう。あの3人に。
 「メンバー交換しない?」
 「なんで?」
 「俺の本能が訴えてるんだ…玲奈に掃除をやらせるなと。俺の勘と本能が告げてるから間違いない」
 「偏った勘だな」
 「偏っててもいいんだ。なあ、頼むよ。このとーり」
 凍夜は手の皺と皺を合わせ頭を下げた。
 「今月のお願い!!」
 「一生のお願いじゃないのか」
 「今日のお願い!」
 「低くなってるぞ」
 「マジで!頼む!」
 克行は頭を押さえて「はぁ〜」とため息を吐いた。
 「有澄と河原を仲戻りさせるんじゃなかったのか?」
 「あ」
 「忘れんなよ」
 「そっか〜それじゃ仕方ないか」
 腕を組んで考える凍夜に克行は追い討ちをかける。
 「でも2人が一緒だと凍夜の腕が千切られて大量出血、そして死亡」
 「怖いこと言うなよ!そうだよ…俺の腕が危ない」
 克行は何度も玲奈と緋莉に腕を我の物と言わんばかりに抱きしめ、凍夜に苦痛を与えている場面に何度も
出会い凍夜を救った。その救世主の克行がいないのは凍夜にとっては不安要素になってしまう。
 「でも今回は菜月もいるから大丈夫だろ」
 「そっか。それなら安心」
 「いや、右腕には有澄に左手に河原。そして頭には菜月。一軒の別荘には両腕と頭が引きちぎられた遺体が
あり、周りは血で赤く染められていた……2時間ドラマが限界だな」
364Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:26:40 ID:83/kS8JO
 「こえーよ!怖すぎだろ!!つーか俺殺すな!!!」
 「まあ冗談はさておき、2人を仲直りさせたいんだろ?我慢しろ」
 「2人ともさっきから何話てんの?」
 ソファに座っていた玲奈がさすがに気になったのか凍夜たちに近づいて来た。
 「別に何でもないよ。じゃあ俺と観月は買出しに行くから掃除の方頼むな」
 克行はそう言い残して観月がいるソファに行ってしまった。克行がああ言ってしまうとこれ以上の交渉は
無理だ。
 「かつゆきーっ、俺が死んだら燃やした骨を海に流してくれー」
 凍夜はリビングから出ようとしている克行に向かって叫んだ。内容が掴みきれない玲奈たちはクエスチョン
マークを何個も飾り、首を傾げている。
 なぜ凍夜が死ぬのか意味が解らない。冗談なんだろうが、どういうネタなのかさっぱりだ。
 (なによ、凍夜ったら克行君とばっかり話して。まさか私よりも克行君が良いの!?ダ、ダメよ!そ、
そういうのは漫画だけで充分!凍夜が他の人、しかも、寄りによって相手が男なんて!絶っっっ対にダメ!!
それに私の立場が無いじゃない!っていうか何で私が凍夜に嫉妬しなきゃいけないのよ!?もう、全部凍夜の
せいなんだからっ!)
 嫉妬やあらぬ勘違いが玲奈の心でうごめく中、凍夜は気付かないでいた。
 「自然環境に悪いから止めとくーっ」
 克行が凍夜の(人生最後になるかもしれない)お願いをキッパリスッパリと断り、観月と買出しに行って
しまった。
 これでこの別荘に残ったのは凍夜に菜月、そして問題児の玲奈と緋莉の4人になり、この現実を受け
止めたくない凍夜は
 (そういや何で2時間ドラマのラストって崖の上にするんだろう?)
 などと考え現実逃避をしていた。
 「さて、私たちは掃除でもしましょうか」
 玲奈の一言により目を覚まされた凍夜は顔を青くさせ、がっくりと肩を落とし、顔を俯かせている。
 掃除と言っても年末に行うような大掃除でもなければ、終業式前にするカーテンを外し窓を拭きロッカーを
退かす面倒な清掃でもない。軽くササッとするものだが……背中に恐怖が取り憑くのは何故だろう。
 それは破壊の大魔神がこの中にいるからなど凍夜は知らない。恐怖を感じ取るのは第六感か、それとも
これまで培った経験がそうさせているのか。
 「それじゃあ誰が何をやるか、当番を決めましょ」
 「おっ、玲奈ど〜したの?えらくやる気じゃん」
 「別に?そんなことないわよ」
 「ほんっとかにゃ〜?」
 「本当よ」
 「ってか菜月、その語尾なに?」
 「萌えた?」
 「うん、とっても萌えたよ。わーヤラレタヤラレタ」
 死んだ魚のような色味のない瞳と棒読みで答える凍夜に菜月は「はいはい、予想通りの反応ありがとう」と
言い返した。
365Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:27:25 ID:83/kS8JO
 「イヤイヤ、ホントニモエモエダヨ。キミノコエニマイハートワ、ドッキュンコサ」
 「じゃあ凍夜、今日から私の奴隷ね」
 などと話している後ろで玲奈と緋莉は野望を抱え、心をメラメラと燃やしていた。
 (今日は良いところがないから少しは役に立たないと。別にこれは凍夜のためじゃない、私のため。
私のプライドが許さないからやる気を出してるの。家庭的なところを見せれば、少しぐらい私を女として
意識してくれるとか、安っぽい期待なんて絶対にしてない!……そういえば何でお母さんは、私に掃除を
させなくなったんだっけ?まっ、いっか)
 (ふふふ、掃除なんて簡単だ。ここで名誉挽回して有澄より一歩先に進む。そして凍夜にどちらが上か
見てもらおう。別に有澄より気に入られたいとか、女としての魅力に気付いてほしいとか、そんな馬鹿げた
考えなんて微塵もない)
 異常なまでにやる気を出す2人に何も気付かない凍夜。菜月はやる気出してるなーと思うぐらい。
 だが凍夜と菜月に緋莉はまだ知らないでいた。玲奈のやる気が3人の掃除を邪魔させ何十万の被害を
出してしまうなど、ここにいる人間は夢にも思わなかった。
 *   *   *   *

 「凍夜君ちょっといいかな?」
 「ん、なんだ」
 「…すごいやる気だね」
 「そう?普通じゃね?」
 「ゴメン、凍夜君の普通が解らない」
 作成時間たった15秒のあみだで決めた掃除当番により凍夜はトイレと風呂掃除をすることになった。
克行と観月が帰ってくるまで適当にするだけの簡単な清掃のはずが、家事全般大好きである凍夜は先ほどの
玲奈たち以上の情熱を燃やし、掃除用のアルコールにマイペットをバケツに入れ、後ろポケットには乾いた
雑巾。そしてゴム手袋を装着した手には濡れ雑巾が。
 また、どこから手に入れたのかマスクを完備して青春まっしぐらな高校生らしからぬ格好をしている。
もしここが家だったらエプロンも着けてたんだけどなーと。だが、エプロンはどこにあるのか解らなかった
ので、断念したというのは凍夜から聞いた菜月談。
 「で、用ってなに?」
 「いやね、キッチンからいや〜な音がするんだよね。パリーンとかそういう音がずっと。気のせいかな?
っていうか気のせいであってほしいんだけど」
 「…いや、俺もさっきから聞くんだけど多分聞き間違いだろ。それか空耳だ。そうだ空耳に間違いない。
タモさんもびっくり空耳ア○ーだ」
 「そうだよね、Tシャツもらえるほどの空耳ア○ーだよね」
 「そうそう、これは空み…」

 パリーン!キャーー!!

 「…………」
 「…………」
 「………俺思うんだけどさ」
 「…なに?」
 「人間ときには現実逃避も重要だと思うんだ……例えばこういうときとかさ」
366Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:28:03 ID:83/kS8JO
 「……私も思うんだけどさ」
 「…なにを?」
 「人間ときには諦めも重要だと思うんだ……例えばこういうときとかね」
 「…諦めるか」
 「じゃあ…行こうか」
 「…そうだな」
 キッチンへ向かう凍夜の姿はまるで犯罪を犯し、警察に捕まってしまい、パトカーに乗り込む人間の
ようだった。平たく言えば行きたくないのだ。地獄絵図が完成したキッチンへ。
 でも仕方ない、これが俺の運命なら!あっ、また嫌な音がした。

 そこには予想以上の地獄絵図だった。先ほど凍夜の頭の中で描いていた地獄は生易しいもので、皿が
何枚か割れていて床にその破片が落ちているぐらいの想像でしかなかったが、こちらの世界ではそれ
以上。皿の枚数の単位がまず違った。何枚とかそんな優しいものではなく、明らかに何十枚はいっていた
改め逝っていた。
 そして一番違ったのは落ち込んだ玲奈を怒鳴り散らす鬼がいる。地獄には鬼が付き物だから凍夜が想像
していたキッチンは生易しい世界であった。
 (私の『菜月とその他の仲良しs』にあんな鬼の娘いたっけ?あ〜あ顔が真っ赤かじゃん。ありゃ赤鬼
だね。頭に角も見えるし……来るんじゃなかったー!)
 そう思う菜月の横で凍夜は無数に転がる鍋やフライパンを眺め
 (あっ中華鍋がある。あれで炒飯作ったらどんな味になんのかな)
 現実から目を背けていた。だって何か変な生き物がいるんだもん。
 「どうやったらこんなに皿を割ることが出来るんだ!!しかも全て観月先輩のものだぞ、信じられん!」
 「だって…」
 「だってじゃない!!」
 「うっ…」
 「まったく…ん?凍夜に菜月か。丁度いいところに来たな、見ての通りキッチンはこのありさまだ。
まったく掃除どころか逆に汚しているじゃないか。凍夜からも何か言ってくれ」
 (ああ、あれ緋莉だったんだ…)
 2人は鬼の姿が緋莉だと知ってほっとした。なんというか喉に刺さった魚の骨が取れたような感覚。
 「えーと、玲奈」
 「……」
 玲奈は凍夜の顔を見てすぐに気まずそうに視線を外し、俯いた。まるで悪戯が親にばれてしまった子供の
ように。

 「怪我はないか?」

 凍夜はゆっくりと優しく尋ねた。我が子を慰める母を思わせるような声で。
 「…………」
 玲奈は無言でふるふると首を横に振った。
 「そっか。そりゃ良かった」
 「凍夜!それよりも玲奈を…」
 「そうだ、緋莉」
 「ん、なんだ?」
367Slowly×Slowly:2007/12/07(金) 12:29:06 ID:83/kS8JO
 「緋莉も怪我してないか?」
 「んなっ!?な、お前何を言っているんだっ」
 凍夜の声に緋莉は唖然とする。そんなことよりももっと他に言うことがあるだろう、と。だが、緋莉の
気持ちに気付かない凍夜は言う。
 「だって、緋莉の足元にも皿の破片があるから」
 凍夜の言うとおり、緋莉の足元というよりキッチンの全体が玲奈が割った食器の破片でいっぱいだ。
どこぞの国の地雷が埋まった草原のように、一歩踏み込んだら即アウトの床に立つ緋莉に怪我があっても
不思議ではない。
 「…別に。傷なんてない」
 緋莉は自分が心配されていることにようやく気付き頬を染める。そして、凍夜に顔を見られているのが
恥ずかしくなったのか、視線を合わせないようプイと目を逸らしてしまう。
 「ふう、良かった〜。んじゃあ後は俺がやるから3人は退いてくれ」
 ゴム手袋を着けているのはこの4人の中で凍夜のみ。玲奈と緋莉はその場から退きリビングに行って
しまった。残ったのは凍夜に菜月。
 菜月は凍夜ほど熱意を燃やして掃除をしていたわけではないので、ゴム手袋は持っておらず素手のまま。
何も着けていない手で皿拾いなどできない、というより凍夜がさせない。それに玲奈を叱らず真っ先に
身体の心配をした彼なら、絶対に止めると菜月はわかっていた。
 でもどうしても力になりたい菜月は、廊下清掃に使用していた掃除機を持ってきた。
 「凍夜君、これ使って」
 「おっ、サンキュー。助かるわ」
 大きい破片を四重にもしたビニール袋に入れ終わった凍夜は近くにあるコンセントにプラグを差し込み、
掃除機を動かせ細かい破片を吸い込ませる。
 菜月の大きな働きによって後片付けはほんの数分で終了した。
 「マジ助かった。ありがとな菜月」
 「別に気にしないで。それよりと〜や君、キミはなかなかのプレイボーイだね〜。あの状態であんなこと
言えるもんじゃないよ」
 掃除機を手にした菜月が冗談のように言った。
 「そうか?普通だろ」
 「いやいやそんな簡単なもんじゃないよ、絶対。あの2人はもうあれだね、凍夜君の言葉にドッキュンコ
だね。もう間違いなし」
 ドッキュンコかどうかはさておき、菜月の言うことは的を得ている。事実あの2人は凍夜に少なからず
好意を抱いているのは確かだ。菜月もそのことを知っている。玲奈とは長い付き合いというのもあるが、
彼女たちを見ていてすぐに解る。
 そんな菜月に凍夜は真面目な顔つきで言った。
 「でも、もし菜月があの状況になっていても同じことを言ってたぞ、怪我されたら嫌だし。つーか菜月も
大切な人には変わんねーし。まぁ何か困ったことがあったら相談しろ。力になるから」
 「ええっ!?」
 「んじゃあ後はまかせるわ。まだトイレ掃除終わってないから」
 ――――ゴトン
 凍夜がキッチンから去った後菜月は手にしていた掃除機を落としてしまった。
 「どうしよ、玲奈……」
 菜月は天を仰いで誰かに告げるように続ける。
 「私も……凍夜君のこと好きになっちゃった……」
368でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2007/12/07(金) 12:33:01 ID:83/kS8JO
以上で第6話終了です。読んでいただきありがとうございました。
ではまた保守ネタ&第7話で会いましょう。ノシ

どなたか解りませんが保管庫の更新お疲れ様でした。
369名無しさん@ピンキー:2007/12/08(土) 12:10:46 ID:lfzVjHBj
畜生… ちくしょ(AA略
王道展開と分かっていてもwktkが止まらんぜ…

GJ!GJ!

地味に克行と菜月が好きキャラなんで今回は特に良かった、という主観的感想w
370名無しさん@ピンキー:2007/12/10(月) 01:22:08 ID:hBhhQk/5
>>368
good job.
371名無しさん@ピンキー:2007/12/10(月) 18:43:25 ID:kgk98Bpf
やべ、何書くか忘れたGJ
372名無しさん@ピンキー:2007/12/12(水) 02:40:55 ID:NuCZcnMd
373名無しさん@ピンキー:2007/12/16(日) 10:01:23 ID:Rd+br2jD
374名無しさん@ピンキー:2007/12/17(月) 03:40:01 ID:IfmbAJk9
375名無しさん@ピンキー:2007/12/19(水) 00:11:11 ID:5xSWGtho
無言の>>372>>373が気になって寝れないよ
『GJなんて言えるわけないじゃない・・・
でも>>363大好き』
か『あ、あんたの話なんてま、待ってないの!
・・・続き早く書きなさいよ』
というツンデレの言葉に出来ない思いが込められているに違いない
うん、疲れてるんだ
すまない
376375:2007/12/19(水) 00:19:30 ID:5xSWGtho
>>363でなく>>368の間違いだ
オマケに>>374を忘れていたし
本当にすまないm(_ _)m
ちょっとツンデレ後輩に怒られてくる
あと>>368に心からGJ
貴方のSSはいい、大好きだ
377名無しさん@ピンキー:2007/12/19(水) 23:10:48 ID:LGZ4Vwb+
  
378名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 05:42:25 ID:1CEbQz0H
379名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 10:04:06 ID:4flRqme5
 
380名無しさん@ピンキー:2007/12/21(金) 16:25:17 ID:O1F2Ik18
381名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 07:18:07 ID:0PN1cGHi
保守
382名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 13:03:26 ID:WnQzhKNK
ここって本番エロなし、ないしはエロまでやたら話数がかかるであろう長編とかOKなんですかね?
でぃすぱさんの作品とか見てると大丈夫とは思うんですが。
383名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 13:59:05 ID:vZyHtza2
>>382
あり。ノープロブレム。無問題。
384382:2007/12/23(日) 15:58:47 ID:WnQzhKNK
できたので投下します。
長編でタイトルは『森厳学園の副会長さん』
385森厳学園の副会長さん:2007/12/23(日) 16:01:20 ID:WnQzhKNK

「……あれ?」
「どうした、懐?」
「いや、なんか靴箱に手紙が入ってる」
自分の靴箱に見慣れぬものを発見した懐ははてな? と首をかしげた。
可愛らしいハートマークのシールでとめられた封筒が目を引く。
「ラブレターだな、どう見ても」
友人にいわれ、そうだなと頷く。
靴箱にハートマークで止められた手紙。
成る程これはラブレター以外の何者でもないではないか。
「しかし油断はできんぞ懐。悪戯の可能性もある。ま、お前にそんなことをする奴がいるとも思えんが」
「んー、とりあえず開けてみるよ」
「おい、ここでか? ていうか俺が一緒に見てもいいのか?」
「ああ、こういうのは抜人のほうが慣れてるだろ? 本物ならアドバイスももらいたいし」
「いや、慣れてるっつっても俺は断るのが専門だし、つーかリアル女に興味がないだけだし」
「あはは、相変わらずだな」
友人の危ない発言にも引くことなく懐は封を丁寧に破り、中身を取り出す。
そこには
『今日の放課後、校舎裏で待ってます』
とだけが書いてあった。
「…シンプルだな」
「シンプルだね」
「んー、字の感じも女の子っぽいし、ほぼ間違いなく告白コースだとは思うんだが…不良さんたちの呼び出しって可能性も捨てきれないな」
「それはないよ。俺なんかにそこまでする価値があるとも思えないし」
「……いや、十分あると思うぞ」
「え?」
「いやいや、なんでもない。まあお前をボコろうなんて奴はそうはいないだろ。なんせ生徒会副会長なんだしな」
「とりあえず、行くだけいってみる。今日は生徒会の仕事もないし」
「で、かわいい女の子だったら付き合うのか?」
「うーん、それはあってみないとわからないかな」
「ふむ、全くの脈なしというわけでもないのか」
「そりゃ俺も一応は健全な男子学生だからね」
「その健全な部分を少しは会長や林野に向けてやれよ…」
「え、なんでそこで雲雀さんとタマがでてくるんだ?」
ハテナを頭上に浮かべた懐に抜人はやれやれとばかりに頭を左右に振る。
そして、まあがんばれよと一声かけて立ち去っていく友人に懐は首をかしげるのであった。

彼らは知らない、二人が立ち去った後に慌てて懐の靴箱を覗き、ガックリと肩を落とす一人の女子の姿があったことを。
懐は知らない、それが自分宛のラブレターではなく、手違いで送られたものだということを。
抜人は知らない、それは本来ならば自分宛のラブレターだったということを。
386森厳学園の副会長さん:2007/12/23(日) 16:03:43 ID:WnQzhKNK

放課後、校舎裏。
鳴風真白は苛立っていた。
呼び出されたにもかかわらず、呼び出した当人がなかなか現れないからだった。
「人を呼んでおいて待たせるなんて…」
ウフフ、と不気味に笑う真白。
彼女は告白をされるべく、呼び出されていた。
覚えている限りでは入学してこれで十三件目だった。
「全く、うざったいったらありゃしない」
普段は外面よくにこやかに微笑んでいるはずの美麗な顔が不機嫌そうにゆがむ。
真白は容姿端麗成績優秀運動神経抜群、しかも人当たりもよいというと非の打ち所のない美少女だった。
当然、そんな彼女はもてる。
だが、近寄ってくるのは上っ面ばかりを見て駄目元前提で告白してくるバカばかり。
意図的に演じている部分があるとはいえ、『学校のアイドル』に騙される男になど興味はない。
「そうよ、あたしが求めているのは…」
浮かぶのは眼鏡をかけた一人の少年の姿。
同学年でクラスメートの彼は真白にとって気になる男だった。
いつも穏やかに微笑み、優しい空気をまとうその雰囲気は自分とは違う、演技ではない芯からにじみ出るもの。
人によってはナヨナヨした奴と言う者もいる。
だが、真白はそんな彼にどこか惹かれていた。
それは自分にないものを持っている少年が羨ましかったからなのかもしれない。
けれど、気がつけばいつも視線は彼を追っていて―――
「って違う! き、気になるのは確かだけど、恋愛感情とかそんなのじゃ……っ!?」
ジャリ。
と、背後に迫る足音に真白はビクッと体を震わせた。
恐る恐る振りむく。
もしや今の独り言を聞かれていたのだろうか?
ならば抹殺――否、口封じしなければならない。
この歳で人の命に手をかけるのかしらと悲壮な決意で振り向いた真白の目が、大きく見開いた。
「あれ、鳴風さん…?」
「へ…?」
なぜなら、そこにいたのはついさっきまで頭に思い浮かべていた少年だったのだから。

「ひ、ひ、火竹くん!?」
いきなり悲鳴のような声で名前を呼ばれた少年こと火竹懐は困惑した。
それはそうだ、ラブレターらしきもので呼び出されて校舎裏にきてみればそこにいたのは学校のアイドルと呼ばれている少女。
すわ彼女が自分に告白か!? とビックリするも、どうにも少女の様子がおかしい。
どう考えても真白の態度は今から告白をする女の子のそれではなかったのだから。
387森厳学園の副会長さん:2007/12/23(日) 16:05:23 ID:WnQzhKNK

(な、なんでこの男がここにー!?)
一方、思わぬ人物の出現に心臓がばっくんばっくんと跳ねているのは真白だ。
自分はラブレターをもらって呼び出された。
今までの経験上、告白されるのは間違いない。
そこに現れたのは眼鏡をかけた温和そうな表情の少年。
つまり、今から自分は彼に告白されるわけで…
(ちょちょちょちょっと待って! タイム! たんま! それは反則! 想定の範囲外!)
どんな男がきてもいつものように悲壮な表情での『ごめんなさい』でばっさり斬るつもりだったというのに、思考は動揺一色だ。
一番ありえなく、だけど一番あってほしかった可能性の実現に少女の頬が見る見るうちに赤く染まっていく。
「あの…」
ビクッ!
かけられた声に思わず身がすくんでしまう。
まずい、上手く思考が回らない。
真白は本能的に口を開き―――
「か、勘違いしないでよね! 確かにここまできたけど、OKなんて言うと思ったら大間違いなんだから!」
脱兎のように駆け出した、というか逃げ出した。

(ああああ、あたしのバカバカバカバカーっ!?)
後ろを振り返ることなく駆ける真白は思い切り後悔していた。
まだ懐は何もいっていなかったというのに自意識過剰にもほどがある。
状況的に見れば告白なのは間違いなかったが、万が一にもそうでなければただのバカ女である。
しかも、思い切り素を出してしまった。
普段の清楚で穏やかな自分を見ていたであろう彼はさぞ驚いたに違いない。
(だ、だってだっていきなりだったんだもん! 仕方ないじゃない!)
頭に思い浮かべていた男子が突然現れれば女の子なら誰だって驚く。
そう自己弁護をしてみるものの、どう考えても先ほどのリアクションはまずかった。
彼がゴシップを言いふらすような人物だとは思えないが、下手すれば今まで築き上げてきたイメージが全て崩壊する。
それに、懐は真剣に自分に告白をしようとしていたのかもしれないのだ。
ならば自分の対応は失礼以外の何者でもない。
(なんて勿体無いことを…ち、違う、そうじゃなくて! ああ、明日どんな顔して顔をあわせればいいのよ〜!?)
頭の中はぐちゃぐちゃでも体は一直線に学校の外へと向かう。
とにかく今はクールダウンすることが必要だ。
真白は盛大な勘違いをしたまま一心不乱に家に向かって陸上部顔負けのダッシュを続けるのだった。

「な、なんだったんだろう…?」
一人置き去りにされた懐はぽつりと呟いた。
これではドキドキしてやってきた自分がバカみたいではないか。
いや、彼女が手紙の差出人とは限らないのだが、それにしたとしても意味がわからない。
388森厳学園の副会長さん:2007/12/23(日) 16:07:25 ID:WnQzhKNK

それに、あの口調。
普段の真白からは考えられない大声と表情が懐の脳裏で再生される。
「俺、幻覚を見たのかな?」
見なかったことにするか、それともあれは幻だったと自分を誤魔化すか。
懐は解けない問題を押し付けられたような気分でその場を去るのだった。
なお、その後に名もなき一人の男子生徒が意を決した表情で現れるのだが、すでに待ち人は立ち去った後だったのはいうまでもない。

「な、懐お兄ちゃん」
「……タマ?」
首をひねりながら校門を出た懐は自分を呼び止める声に振り向いた。
見れば、校門の影からちょこんと顔を出してこちらを伺っている一人の少女がいる。
林野珠美。
懐の幼馴染の少女だった。
「どうしたんだ、こんなところで? あ、俺を待っていてくれたの?」
「ち、違うのっ。たまたま懐お兄ちゃんを見かけたから、それで…」
「そうかそうか。じゃあ一緒に帰るか?」
「あ…うん、懐お兄ちゃんがそういうのなら」
おずおずと、それでいて嬉しそうな表情で小柄な少女が姿を現した。
懐がタマと呼ぶ少女は一つ下の幼馴染で小さなころからの妹分だった。
今でも自分を懐お兄ちゃんと呼んで慕ってくれる珠美は懐にとって大事な女の子である。
人見知りで怖がりな彼女は昔からいつも懐の後ろをついてくることが多く、今でもそれは変わらない。
思春期を迎えてからは流石にべたべたくっついてくることはなくなり、やや距離をとるようになったのだが懐はそれでもかまわなかった。
珠美が可愛い妹分であることは変わらなかったし、それを切欠に自分以外の人間と親しくなるのなら喜ばしいことだ。
こちらから近寄ると逃げるが、離れるそぶりを見せると近寄ってくるまるで子猫のような少女に懐はほほえましいものを感じていた。

「懐お兄ちゃん、こんな時間まで何をしてたの…?」
帰り道、不安気にそう訊ねてきた珠美に懐は言葉を詰まらせる。
ラブレターをもらって呼び出されていた、などとはこの妹分の前ではいいにくいのだ。
普段は懐のことなんて気にしないといった態度をとる彼女だが、その実彼に近寄ってくる女には厳しい。
ぎゅっと懐の腕に抱きつき、威嚇することすらしばしばなのだ。
珠美からすれば兄を取られたくない一身なのだろう(と懐は思っている)が、懐からすれば少々困りものでもあった。
何せ今までの人生で彼女ができなかったのは間違いなく珠美が一因だったのだから。
「いや、こんな時間って、そこまで時間はたってないだろう?」
「今日は生徒会の仕事はないっていってた」
「そ、それはその…そうだ。じゃあなんでタマはこんな時間まで残ってたんだ?」
「ふぁ!?」
389森厳学園の副会長さん:2007/12/23(日) 16:09:27 ID:WnQzhKNK

懐の切り返しに珠美の肩がビクンと跳ねる。
勿論、懐を待っていたのは明白で、それは懐自身も重々承知だったのだが話題をそらすには有効だったようだ。
途端に落ち着きなくそわそわして目線を左右に揺らしだす珠美。
「どうしてなのかな?」
「ふぁ…そ、それは…」
動揺する珠美を見て、懐の悪戯心がうずうずとわいてくる。
見た目も正確も小動物っぽい妹分はついつい構いたくなってしまうのだ。
「し、質問を質問で返さないでっ」
「じゃあ俺が答えたらタマも答えてくれるの?」
「わ、わかった」
こくり、と頷く珠美に懐は仕方なく経緯を話すことにした。
勿論、真白の名前は伏せておいたのだが。

「……むー」
話を聞き終えた珠美はぷくーっと頬を膨らませて懐を睨んでいた。
懐としては自分に非がない以上そんな態度をとられるのは遺憾なのだが、兄を慕う妹分にはそんなことは関係ない。
「話したんだから、そんなに膨れるなよ…」
「だって、懐お兄ちゃんなんかがラブレターをもらうだなんて…」
「おいおい、なんかって酷いな」
「そうじゃない。懐お兄ちゃんなんてトロそうだし、ガリ勉だし、眼鏡だし、弱そうだし…」
「眼鏡は関係ないだろう…?」
「でも、凄く優しくて…そんな懐お兄ちゃんを知ってるのは私だけなのに…」
「褒めるのか貶めるのかどっちかにしてくれよ」
「ふぁ!? い、今の聞いてた!?」
「いや、普通に横にいたし…」
「だ、だめっ! 今のなし! 懐お兄ちゃんは極悪人っ!」
「物凄い格下げだな」
わたわたと手を振る珠美に懐は苦笑するしかない。
「と、とにかく。懐お兄ちゃんが彼女を作るなんてありえないんだからっ…」
「タマは俺に一生独身でいろと?」
「その時は私が―――あ、な、なんでもない!」
何かを言いかけて慌てて口をつぐむ珠美。
懐はそんな妹分の奇行を不思議に思いつつ、帰宅の途を歩くのだった。
ちなみに、珠美は最後まで懐を待っていたのだとは認めなかった。
390382:2007/12/23(日) 16:11:31 ID:WnQzhKNK
一回目の投下終了です。
新参者ですが、これからよしなに。
391名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 16:12:53 ID:nWxdBPMV
GJ!

続きwktk
392名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 17:01:13 ID:tQ2Lj6rp
人物の名前が読めなかった。
オッサンなんだな俺は。
393名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 17:54:27 ID:vZyHtza2
>>390
GJ!
読みやすいしキャラが立ってるしなにより面白そう。
王道的学園ラブコメみたいなんで期待してます。
394名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 19:11:17 ID:2LSaZwob
これは・・・明らかにプロによる犯行だな・・・
395名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 01:54:48 ID:3ue6X4Ig
抜人と真白が分からない……。後者はましろ??

ま、なにはともあれ続きにwktk
396名無しさん@ピンキー:2007/12/25(火) 03:32:10 ID:Msdi/l8p
397名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 14:29:38 ID:zKpM4PnU
保守
398名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 20:27:15 ID:b/eKMGcw
399名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 00:21:41 ID:Bn/PGZ2Q
保守的浮上
400ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/12/27(木) 17:17:07 ID:TFF7P+vz
お久し振りです
元日に短編一本投下するつもりです、アレの劇場番
書きたいものを書きたい分だけ書いたら量がエラいことになってしまいました
そこでお願いがあるのですが、出来れば支援を宜しくお願いします
投下は午前0時辺りから
やることが無くて、まぁ協力してやろうという方が居たら、どうか助けてやって下さい
401名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 21:37:42 ID:OTKvO/ZN
保守
402名無しさん@ピンキー:2007/12/29(土) 12:53:49 ID:iWH6D/m4

403名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 02:28:31 ID:s0M7A6Ec
久々のロボさん登場!

アレって、カメとツルなんだろうか??まぁ楽しみだ。
404ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/12/31(月) 13:32:14 ID:BE6zdhHE
仕事の都合でが少し変わりまして、
今日の投下は20時00分を予定します
一気に投下したいので、宜しくお願いします
405名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 18:30:29 ID:g8EFORdf
wktk
406名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:00:51 ID:BE6zdhHE
投下しますよ
407『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:02:25 ID:BE6zdhHE
 鈍音。
 光さえ届かぬ空間に響く音は鈍く、そして連続したものだ。鼓動と呼ばれる音は三秒間の内に
二回の割合で正確に鳴り、光が存在しない部屋では音のみが空間を支配する。
 しかし直後、それを崩すものが幾つか発生した。
 一つは部屋の中心部から発せられた、硬質のガラス同士が擦れるような低く乾いた音で、もう
一つは同じく部屋の中心部から響いた、粘度のある水を床にブチ撒けたような音。最後の一つは
軽く、そして弾力のあるものが遅いテンポながらも床を連続で打つ音だ。
 最後の音は空間内を動き、そして止まって二秒。
 プラスチックを打つ軽い音が響き、空間に光が満たされる。
 無数のコードが接続された培養層を中心に構え、多様な計測器が配置された10m四方の部屋の
中心に立っていたのは、幼女だった。身長は1m弱、ストレートの赤い長髪を持つ幼女は、衣服
を身に着けていない姿のまま、周囲を見渡した。三度首を回したところで視線を一点に固定して
数歩移動し、そのまま自分の正面、金属素材で作られた箱へと左手を伸ばす。
 箱が開き、現れたのは義腕だ。
 武骨と言うよりも未完成という表現に近い、フレーム剥き出しのそれを掴み取ると、幼女は己
の右肩、本来は腕が存在している位置へと押し当て、幼女は漸く人の姿になる。だが接合部から
肉を突き破る鈍い音と、内部の金属シリンダーがジョイントする音が連続する。大小多種の接合
の度に繋がる速度は加速し、最終的に五つのプラグが肌を突き破ったのは一瞬だった。接合が27
を数えた時点で音が止まり、垂れた血が無機質な金属製の床に複数の赤い点を描いてゆく。
 続いて箱から取り出したものは、黒の色彩を持つ布だ。義腕の一振りによって広がった布は、
正確な5m四方。それを二度目の振りで回転させると、幼女を包む壁へと変化した。それは既に
服や鎧ではなく空間と呼べるもので、反射をすることのない闇として存在していた。
 完了を確認し、幼女は箱から一歩後退。
 続くものは声だ。
 自分は産まれたのだと、この世界に現れたのだという意味を持つ声。自分という一つの存在が
始まったのだと世界に証を残す声、自分という存在を一番最初に主張する声を産声という。
 だから幼女は紅色の薄い唇を開き、天井を見上げた。この世界へと誕生したのだから、中心に
あるものを見なければならないと、そう言うように。
408『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:03:01 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「どうすっかなぁ……オイ」
 管理局の食堂は狭いので基本的には込み合うが、昼食の時間から外れると途端に利用する者が
少なくなる。現在、食堂の中に居るのは休憩に入っている少数のみで、設計されている面積より
寧ろ広く感じる状態だ。随所に空席が存在するが、しかし虎蔵は隅のテーブルを選び、その上に
つっ伏していた。吐息として出てくるのは重い空気と言葉だ。
「どうしたんですか?」
 対面に座り、問うてくるリィタの声に返すのは澱みを持った自然で、
「ヘドロっぽくないダーク視線というのも珍しいですね」
 うるせぇ、と返す声は弱いもので、そのことにリィタは首を傾ける。ヘドロ、という二つ名が
示す通りに虎蔵は頻繁に汚泥の如く濁った目をするが、それは娘であるサユリや、死別した妻の
セリスの写真、そして回数はサユリやセリスに比べると少ないが、義娘であるリィタへ向かう
ものだ。しかしそれは深い情が込められたものであるし、他人が見て不安を抱くものだが、心配
を抱くようなものではないからだ。
 だが今、虎蔵が浮かべているものは正反対のもので、
「何か悩みがあるんですか?」
 数秒前と僅かに意味を変えて問われ、虎蔵は視線を上げた。
「リリィがよ、一言も口を聞いてくれなくなった」
「いつものことでしょう? まぁ、責任の一旦は私にありますけど」
 上着代わりに着ている作業服を椅子の背もたれに掛けながら言うリィタを見て、虎蔵は再度の
吐息をした。始まりは朝からで、確かに原因の一旦はリィタ自身が言った通りだとも言えるが、
しかし違うとも言える。だから虎蔵は首を振り、否定の言葉を小さく呟いた。これは事故のよう
なもの、悪い偶然が重なっただけのものだ、と。
 Dr.ペドとの最後の大戦の後でリリィと虎蔵は一緒に住むようになり、そして起こった変化が
幾つかあった。局員寮の同室に住むようになれば通いという制限は消え、虎蔵よりもリリィの方
が早く起きればリリィは虎蔵を起こしに寝室へと来る。一年という時間の中で定着したものだが、
同時期に起こったもう一つの変化があった。Dr.ペドや管理局から逃げることがなくなり、また
虎蔵の住所を知ったシオリやミク、ムツエが旅館の非番になると寮へと遊びに来るようになった
ことだ。それ自体には何も言わないが、しかし今朝は違った。
409名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:03:46 ID:Puhsht9t
無人島見ながら支援
410『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:07:08 ID:BE6zdhHE
 リリィが起こしに来て普段のように乱暴に布団を捲り、目にしたものは虎蔵以外の姿だ。虎蔵
のベッドにサユリが潜り込んでくるのは珍しくないが、しかし今朝は虎蔵に抱き付くように眠って
いたのだ。更にシオリやミク、ムツエまでもが虎蔵に抱き付き、結果的にリリィは今朝から暴言
を吐いてきた。更に偶然が重なり、突然告げられた第79番監獄都市への出張や、リリィの不定期
な生理が重なり、
「ご機嫌ナナメだ」
 眼前に置かれた自販機の安い珈琲を軽く含み、声を漏らす。
「茶化すつもりは無いが、せめて生理が違う日ならな」
「……重いらしいですからね」
 僅かな間を空けて答えたリィタの声に含まれているものに気付き、虎蔵は頭を下げた。これは
言ってはいけないことだった、と後悔を込める。リリィと違い、リィタの身体は魔法幼女のもの
として年齢が固定されたものだ。成長もしなければ、子供わ産む準備が出来るという、最も女性らしいと言えるものが来ることも
絶対にない。そもそもリィタの体は一度瀕死になり、死にゆく自分の身体の代替として無理矢理
手に入れたものだ。望まぬ方法だし、リリィとは一卵性の双子であるにも関わらず現在は他人の
遺伝子を持っている現状など本来は口にすることも避けるべきことだ。それを出してしまった、
という後悔は、眉根を寄せた表情を作らせる。
「気にしないで下さい、これでも気に入ってるんですから」
 気を使わせているな、と思いつつ浮かぶのは苦笑。無意識の内に頭を撫でると、わ、と喜びの
声が聞こえ、それに救われているなと思う。
 気分を紛らわす為にテレビを点けると、聞こえてくるのはサユリが毎週日曜朝に見ている戦隊
ものの再放送、それのCM明けだ。目を向けると異常に筋肉質な褐色肌の五人組がポーズをキメ
ており、敵の怪人が「キレてる!!」と連呼していた。ラバーマスクが戦隊的に顔を隠しているが、
皆同じなので戦隊としての個性が足りないとも思う。
「『隆肉戦隊ビルダー5』、これは、サユリちゃんに見せても良いんですか? 教育に悪いし、
それに見た目が気持ち悪いので嫌いですよ」
「俺がガキの頃に流行った『医療戦隊ケミカルジャー』よりはマシだ。『非常に興味深い験体だ、
フシシシシ』『き、貴様らの血こそ何色だぁ!?』というのがPTAに不評だった。前半で怪人を
捕まえて、CM明けると突然解剖シーンが始まる」
411『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:08:09 ID:BE6zdhHE
「それ、放送禁止にならなかったんですか?」
「あぁ、全員が無免許な上にモルヒネ中毒という設定が出てきた次の週にな」
 セリスは寂しがり、結果、第二のケミカルジャーを目指して医療課に入ったと、過去に言って
いたことを思い出した。サユリが最近筋トレをしているのはビルダー5を目指しているからかと
嫌な予想をして、今後は出来るだけ見せないようにしようと決心する。それには抗議のハガキと
電話が必要だが、軽いジャブとして4000枚ほどだろうか。
 不意にリィタが表情を真面目なものに変えた。
「真面目な話ですが」
「サユリの教育の話か?」
「真面目な話ですが!! 今夜の出張は20時00分に転移装置室の前で良いですね?」
「そうだな」
 虎蔵は首を鳴らして立ち上がり、歩き出す。リィタも慌てて立ち上がると空になった紙コップ
を握り、自分とは別の歩幅に合わせて小走りで歩き出した。
「リリィの歩幅、ですか」
「何か言ったか?」
「何でもありません」
 リィタは首を振り、虎蔵との距離を詰めた。
412名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:08:40 ID:g8EFORdf

413『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:09:20 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「大した仕事じゃなかったな。大体よ、新型機械人形の実戦テストなんて、俺よりも野崎の方の
仕事だろうに。リィタもそう思わねぇか?」
「『乱牛』さんは野島さんと共同で第81番監獄都市の調査だから仕方ないですよ。それに典型的
なパワータイプの人より、テクニカルな戦い片の虎蔵さんが選ばれたんじゃないですか? 実績
なんて、それこそ対『D3』とおものがありますし」
 疲れの吐息をして部屋から出ようとすると、妙なことに気が付いた。周囲に人間の気配が全く
感じられないのだ。転移時に余計な遺伝子情報を読み込ませないようにする為、使用時には人間
だけでなく虫のような些細なものも入れないようになってはいる。しかし操作は専門の者が外部
から行うので最小限の人数はドア付近で待機している筈だし、転移後の身体に不備が無いがなど
チェックする為の医療課の人間も数名は居る筈だ。それなのに今は何故か無人の状態で、人間が
存在していたことを示しているのは、淡い光を放つ制御装置のみだ。
「虎蔵さん」
 リィタの声に頷きを返し、腕輪をいつでも起動出来るように待機状態へ。
 耳を澄まし、聞こえてくるのは、
「足音?」
 体重の軽い者が、素足で二足歩行するような音だ。肉がタイルを打つ柔らかな足音が、こちら
に向かって進んでくる。想像は幾らか出来るが、サユリだろうかと考えて、しかしすぐに否定の
言葉が頭に浮かぶ。今日は学校の友達の家に泊まることになっているし、それは仕事の前に相手
の家に電話をかけて確認もした。それに冷えるタイルの上を裸足で歩き回るような悪い癖は無いし、歩くテンポも、サユリのもに
しては不規則だと思う。聞こえてくるものは、何かを探して回っているような迷いを持ったもの。
正しい道順が分からない、迷子の子供のようなものだ。
 数秒。
 ドアが開き、見えたのは、
「幼女?」
 隣でリィタが息を飲む音が聞こえ、幼女がこちらに出てきたことで、その意味に気が付いた。
 赤い髪を持った幼女の姿は、普通のものではなかった。光を全く反射しない素材で出来た長大
な黒布を身に纏い、それは空間を埋めるように揺れている。更には右の腕が生身のものではなく、
装甲の無いフレーム剥き出しの義腕を着けていた。血が飛んだ腕の付け根から見えるのは鋼塊で、
それを見て思い付くのは、
「機械人形か?」
414『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:12:00 ID:BE6zdhHE
「いえ、純粋なものではありません。これは恐らく人型の人工生命へ無理矢理機械人形の部品を
組み込んだものです。……しかし、ハーフな技術は封印指定だった筈ですが……」
 リィタの言葉を遮るように、幼女は鋼の腕を上げると虎蔵を差し、
「見付けたわ」
『DragneelSystem:Enter;』
 踏み込みの高い音をたて、腕を振り被りながら飛翔した。
415『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:12:45 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 リリィは肩を怒らせながら、それでも転移装置室へと歩を進めていた。このまま虎蔵と喧嘩を
したままでも良いのかと問われ、その辺りの後悔もある。上司である薫に言われ、自分にも非が
あるのだと、そう思う部分もある。出張は虎蔵の方に非は存在しないし、今も鈍い痛みを与えて
くる生理とて自分の身体のことだ。多少の苛つきは存在するが、それは自分の問題で、虎蔵など
自分が持っている意味もないのに何故か常備している鎮痛剤を置いていってくれた。今朝の事も、
薫に言われて納得したものだが、虎蔵に非はないものだ。ガードが甘いのは腹が立つが、しかし
それでも悪いものではない。サユリは虎蔵の連れ子だから嫉妬の対象にしてはいけないし、ミク
とムツエはガチレズ姉妹だから攻略の対象になることはない。シオリは少し可哀想なことに友人
としか見て貰えていないし、リィタも娘としか見られていない。
 何より納得させられたのは、
「虎蔵さんの意思、ですか」
 セリスが殺されて以降、浮いた話は無いと言うより、そうならないよう他の女を寄せ付けない
ようにしていたと薫は言っていた。恋人めいた存在が完全に居なかったという訳ではないのだが、
それでも一定のラインは保っていたようだ、と。その虎蔵が一緒に住むことを許したのは義娘で
あるリィタを除けばリリィのみで、それは共に過ごすことを認めても良い、と判断されたという
ことだ。年齢など親子程も離れている相手だが、一緒に住んでいることが喧嘩の原因だと考えて、
「このまま喧嘩別れしても良いの?……ですか」
 それは嫌だ、と考え、嫌だという思考は脚の動きを加速させる。もはや早足と言うよりも走る
という動きにまで脚の回転は早くなり、視線は真っ直ぐ目的地へ向かう。
 横を見れば、
「寝不足なんですか?」
 何故か局員が揃いも揃って倒れているが、珍しい光景ではないので無視をする。どうせ毎回の
如く無意味にテンションを上げすぎて馬鹿をしまくり、その結果倒れたのだろうと思う。虎蔵は
馬鹿のメンバーに加わることはないのを理解しているので興味は無いし、寧ろ意外に真面目な虎蔵に感心する。
 リリィは小さく笑い、
「虎蔵さんを見習って下さいね」
 しかし直後、リリィは妙な音を聞いた。
416『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:13:22 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 変身した虎蔵とリィタは、幼女と戦っていた。二人とも基本形態のままだが、敵の力が未知数
であることと、リリィがこの場に居ないことが原因だ。しかし自分達の手の内を見せずに済むと
いうことでもあるので悪いことではないし、
「手を抜いているのか?」
 何故か敵と自分達が対等に渡り合っている今の状況では、戦力不足だとは思わない。だが疑問
のようなものが残る。こちらが全力で攻めれば全て防いでくるのだが、逆に自分が少しでもミス
をした場合には待っているかのように動きを緩めるのだ。まるで、こちらの何かを確かめている
ように、だ。更に言えば幼女が攻撃を仕掛けてきたのは跳躍と共に放たれた一撃のみで、以降は
こちらに攻撃を仕掛けてくることも無い。戦闘しているのではなく、踊っているかのようだ、と
錯覚してしまう程だ。
 鈍音。
 強い踏み込みと共にブレードを叩き込むが、硬質な音を持って弾かれた。通常ならば今の間を
縫うようにして反撃の一発でも打ってくるものだが、しかし身構えた虎蔵に幼女は視線を向けた
だけだった。虎蔵が飛び退いて距離を取ると同時にリィタの白銀杭が飛来するが、それは刹那の
回転で加速を持った左手で威力を殺され、
「マジかよ」
 現段階での最大攻撃力を持つパイルバンカーが通じなかったことに対し、虎蔵は歯噛みをして
考えたのは敵の目的だ。これだけの能力を持ちながらも特に目的があるようには思えない行動の
パターンだし、その疑問は実際に対面する以前の段階。足音が聞こえていた時点でも微かに存在
していたものだ。歩く足音は道に迷っているようだったし、それなのにスタッフ達を、こちらに
気付かせることなく片付けていた。逆に言えば、幼女は、それだけのことしかしていない。
「どういうことだ?」
「そろそろ、来るわ」
 幼女の声の示すものは何か、と考えたところで聞こえてきたのは、
「虎蔵さん!!」
 リリィの叫びに呼応するように、彼女の五指に填めた指輪が音を鳴らし、瞬間的に起動する。
微細に振動する青の宝石の内部、埋め込まれた正六面体フラクタル回路は処理能力限界まで行使
されたことにより白熱の光を放ち、
「まだ全力は出せませんが、全盛期の約七割を計測。行けます!!」
417名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:13:42 ID:Puhsht9t
 
418『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:15:23 ID:BE6zdhHE
 吠えて、虎蔵の動きが先程の倍にまで加速する。
 室内という限られた空間で加速すれば距離を詰めるのは一瞬よりも短い時間、鼓動さえしない
時間で距離を詰めた虎蔵はブレードを振り抜いた。
 鋭音。
 何度も繰り返した攻撃だ。弾かれたのはリリィが来る以前と変わらないが、繰り返した故に、
分かる変化というものがある。今までは弾かれていたときに自分も後退していたが、しかし今回
は自分ではなく幼女の方から後退をして距離が開いたのだ。
 だが幼女は表情を変えずに、リリィを見て、
「そう、貴方が」
 頷きを一つ。
「これで全員……揃ったわね」
 呟きと同時に、幼女が身に纏っていた黒布が広がった。幼女の足元を埋めていた黒布は部屋を
飲むようにして一瞬で埋め尽くし、光さえも生まぬ黒の色彩で満たされる。
『EDEN:Open;』
 続くものは『D3』特有のシステムコードで、虎蔵は足元が急な変化を持ったことを感じ急速
にブースターを展開。同時に発炎で生まれた光を利用して周囲に視線を巡らせ、
「虎蔵さん」
 無事だったか、と声のする方向に目を向けた。
 驚愕する。
 この部屋は10m四方程度の筈で、しかも転移装置を置いていたから、動ける範囲というものは
更に狭いものになる。だがリリィ達が居る場所は目測でも20m以上、光源など殆んど存在しない
状況なのだから、更に離れている可能性もある。
 現状の理由を幾つか考えたところで、背後から聞こえてかたものは幼女の声。
「貴方はパパを倒したから、これで飛ばしてあげる。でも……」
 空間を構成する闇が、一気に虎蔵の身体を飲み込んだ。
419『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:16:12 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「何をしたんですか!?」
 リリィの声に、幼女は笑みを浮かべた。
「あの人は、パパを倒してくれたから。だから、幸せな場所に飛ばしてあげたのよ。もう二度と
戻ってこれない、その人が今までで一番幸福を感じる楽園に。貴女達全員送りたいけど、まぁ、
残念な話よね。これは一人用のものだから」
 空間が黒布に戻り、収束して現れたものは、
「これから何をするかは、貴女達次第よ」
 変身が解け、元の姿へと戻った虎蔵の身体だ。
「またね」
 幼女に外へと吹き飛ばされた直後、転移装置室は闇に満たされた。
420『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:16:50 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 闇の中、幼女は目を閉じた。何も身に纏わぬ状態で、それを寒いと言うように己の裸身
を抱き締めて膝を丸めた、胎児のような姿勢だ。方向すら存在しなくなる程の広さにまで
展開された空間の中で、だが敢えて幼い体を更にコンパクトにするようにして、首までも
膝の間に埋めるようにして体を折り畳む。
 自分の肌同士の接地面を大きくして感じるのは、目を閉じたことにより更に深くなった
暗闇という空間ではなく、右腕の感触だ。体温という概念を持たない、冷たく硬い感触の
それに左の短い手指を這わせ、ふ、と息を漏らした。
 分かることは少なく、
「それも嫌いで」
 どうしたら良いのだろうか。
 今の自分の存在を確立させているものは、この鋼の右腕だということは分かっている。
それを動かすことも出来るし、更にその先の部分。どのような機能を持って、どのような
目的で設計されているのかも分かっている。しかし、その持った力をどのように使うべき
なのか、ということが分からない。だが逃げを許されていない、そのことは分かっている。
 一度目は、既に行った。
 あと一回で、それが終わる。
 ただし終わるのは全てだ。
 一番重要な二つの事実を確認しているからこそ、
「どうしよう」
 分からないまま動き、分からないまま終わるのは嫌だ、と思う。だから分からないまま
動いたが、分からないままに終わらないようにしようと思い、そう動いた。
 だが、とも思う。
 このままで望んだ結果が出るのか、と。
 何も分からないし、答えをくれる者は、この無人の空間では存在しない。仮に目を開き
体を伸ばしたとしても、周囲には何も存在しない。空間を作った本人だからこそ誰よりも
理解することが出来る、そういうものだ。
 誰にも問いが届かないことを知りながら、しかし、
「お願い、答えて」
 まるで泣いているような声で呟き、幼女はもう一度、鋼の義腕を撫でた。
421『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:19:13 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 白の色彩で統一された部屋がある。表には『会議室』というプラスチックのプレートが
掲げられた部屋で、扉には更に『使用中』と書かれたプレートが掛けられている。
「それでは今回の作戦の説明をする前に、敵が何をしたのかと、転移装置室がどのような
ことが起きているのかを解説します」
 部屋の前部、一段高くなっている部分に設置されているホワイトボードの前に立つのは、
普段と変わらず白衣を着たリリィと作業着を着たリィタだ。全員の視線を受けながら二人
は一瞬だけ視線を交わし、そしてリリィが一歩前に出た。
「まず基礎的な話になりますが、皆さんも普段使用している『確率システム』の説明です。
これは微細な波、波動を発するものですが、理論上は私達が住む三次元世界と超紐理論の
説明でお馴染みの一次元世界、どちらにも干渉出来る仕組みになっています」
 管理局局員を育てる専門学校では必ず習うことだし、そうでない者も高校で習うことだ。
この世界では誰もが知っていることで、それを表すように『分かっている』と全員が頷き
を返したのを見て、リリィはポケットから一本のサインペンを出した。
「今回のものは、一次元世界上に働きかけたのだと考えられます」
 ホワイトボードに数ヵ所波打つ線を書き、
「これが私達の住んでいる世界を、一次元的に表したものです。この波打つ部分が現象、
つまり私達や空気、またベクトルや強さを表すもの。直線の部分が何も存在しない空間。
要は無と呼ばれるものですが、これは大気すら存在しない真空と呼ばれるもので、もっと
細かいマクロな視点で見ていけば観測出来る部分です」
「リリィ、説明が長いですよ」
 リィタは溜息を吐き、飛び上がると作業着の袖で線の中央部を消した。その仕草に部屋
の数ヵ所から声援が飛ぶが、知ったことではない。リィタは眉根を寄せて指示棒を伸ばし、
「調査した結果、今の転移装置室は完全な無の状態です。無という概念すらも存在しない、
これは観測したことのないことなので正確かどうかは分かりませんが、要は宇宙の外側に
近い感じだと思って下さい。因みに完全な虚無である以上、干渉することは出来ません。
この線を消しましたよね? つまり線が無ければ、波を与えることが出来ないからです」
422『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:20:10 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 白の色彩で統一された部屋がある。表には『会議室』というプラスチックのプレートが
掲げられた部屋で、扉には更に『使用中』と書かれたプレートが掛けられている。
「それでは今回の作戦の説明をする前に、敵が何をしたのかと、転移装置室がどのような
ことが起きているのかを解説します」
 部屋の前部、一段高くなっている部分に設置されているホワイトボードの前に立つのは、
普段と変わらず白衣を着たリリィと作業着を着たリィタだ。全員の視線を受けながら二人
は一瞬だけ視線を交わし、そしてリリィが一歩前に出た。
「まず基礎的な話になりますが、皆さんも普段使用している『確率システム』の説明です。
これは微細な波、波動を発するものですが、理論上は私達が住む三次元世界と超紐理論の
説明でお馴染みの一次元世界、どちらにも干渉出来る仕組みになっています」
 管理局局員を育てる専門学校では必ず習うことだし、そうでない者も高校で習うことだ。
この世界では誰もが知っていることで、それを表すように『分かっている』と全員が頷き
を返したのを見て、リリィはポケットから一本のサインペンを出した。
「今回のものは、一次元世界上に働きかけたのだと考えられます」
 ホワイトボードに数ヵ所波打つ線を書き、
「これが私達の住んでいる世界を、一次元的に表したものです。この波打つ部分が現象、
つまり私達や空気、またベクトルや強さを表すもの。直線の部分が何も存在しない空間。
要は無と呼ばれるものですが、これは大気すら存在しない真空と呼ばれるもので、もっと
細かいマクロな視点で見ていけば観測出来る部分です」
「リリィ、説明が長いですよ」
 リィタは溜息を吐き、飛び上がると作業着の袖で線の中央部を消した。その仕草に部屋
の数ヵ所から声援が飛ぶが、知ったことではない。リィタは眉根を寄せて指示棒を伸ばし、
「調査した結果、今の転移装置室は完全な無の状態です。無という概念すらも存在しない、
これは観測したことのないことなので正確かどうかは分かりませんが、要は宇宙の外側に
近い感じだと思って下さい。因みに完全な虚無である以上、干渉することは出来ません。
この線を消しましたよね? つまり線が無ければ、波を与えることが出来ないからです」
423『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:20:54 ID:BE6zdhHE
 じゃあどうするんだ、と説明を聞いていた者の一人が声を出した。
「そこで鍵になるのが、あの幼女です。あの幼女は転移装置室の中に居る、つまり何らか
の行動するつもりだ、という結論が出ます。虚無を作るだけなら今も中に居る必要は無い
ですし。そもそも現状を維持したとですし。そもそも現状を維持したとしても、変な空間が有るらしいですよ、という風に、
この監獄都市に妙な名物が新しく追加されるだけですからね」
424『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:21:58 ID:BE6zdhHE
 それに、とリリィは言葉を続け、
「付け加えて言うなら、と言うか、これが一番の判断材料ですが、皆さんも覚えはある筈
ですよね。こんな化け物じみた力を持つ、幼女の姿をした人工の兵器に」
 まさか、と何人かが歯を噛んだ。
「そう、あの幼女は『D3』です」
 全員の目が驚愕に見開いた。
 あの変態科学者の作ったものは、一年前の大戦で全て消滅した筈だ、と。
「恐らく完成が間に合わなかったのか、それとも敗北した後に起動する筈だったものが、
予定よりも遥かに時間を開いて起動してしまったのか。それは分かりません。問題は現在
その幼女が目を覚まし、そして転移装置室の中を虚無空間へと変化させていることです。
話を戻しますが、それで幼女は何をするつもりなのか、ですが。恐らく虚無の中で、更に
虚無を作るつもりなのでしょう。虚無に干渉出来るものと言えば、それこそ虚無ぐらいの
ものです。そこから何が起こるのかは、正直分かりません。仮定の話になれば、それこそ
幾つかありますが。そして、リィタと話し合った結果、その中で有力なのものが二つ程。
一つ目、人工的に作られた、世界の裂け目とも言える不自然な虚無なので、無理矢理干渉
された事により裂け目が広がり、結果ズタズタに千切られて世界は崩壊。二つ目、0を0
で割ったときのように無限という概念が発生し、ビッグバンが起きるというもの。どちら
の結果が起こっても、人類は、世界は完全に壊れてしまいます」
 そして、
「随分とお待たせしましたが、今回の作戦の内容に移ります。と言っても内容はシンプル
なもの。二度目の虚無を作り出す際、敵は必ず力場を作ります。敵もこの世界に存在する
以上、動作の際には必ず三次元的なベースが必要な訳で、作らざるを得ないというものが
正しい言い方になりますが。力場が発生すれば強引にこちらから干渉し、敵の陣地に入り
接触することが出来るようになる訳です。短い時間だとは思いますが、その隙に敵を殲滅
すれば世界の崩壊を防ぐことが出来ると、そう結論しました。Dr.ペドがどのような裏技
を使ったのかは分かりませんが、あの技術は基本的に封印指定なので再発も無いでしょう」
425『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:23:53 ID:BE6zdhHE
 その答えに、場の空気が僅かだが緩んだ。難しいことだが、不可能な事ではない、と。
敵は『D3』だが一体だけだし、総力を挙げれば潰せるのではないか、と。今は管理局を
離れ元の旅館経営に戻っているシオリ達だが、数日前から偶然遊びに来ていることは全員
が虎蔵から聞いている。戦力的には申し分ないし、恐らく被害も市民に出ないよう抑える
ことも出来るだろう。そう表情を自信に変えてゆく中で、しかしリィタとリリィの表情は
変わらなかった。
「さて、肝心の結構日程ですが」
 リリィは一度息を吐き、
「正確には分かりません。リィタ、虎蔵さんが戦闘したときの敵のスペックから計算した
結果では三日後となっていますが、こちらは完全に受け身の状態になります」
 更には、
「これが一番の問題ですが、敵の戦力です。変身した虎蔵さんとリィタ二人を相手に余裕
で応対しており、姿はType-Nのままですが、私のサポート
を受けた状態の虎蔵さんの一撃を防ぎました。また転移装置も使えない今は、他の管理局
から応援を受けることも難しいと思われます。これだけでも厳しいですが、もっと厳しい
ことに、虎蔵さんが敵の攻撃を受け、今は戦えない状態です」
 全員の顔が凍りついた。
 現状の最大戦力である虎蔵は戦うことは出来ず、二番目に強いリィタと組んでも敵には
勝てなかったという事実がある。それだけでも勝てる可能性は限りなくゼロに近付くし、
しかも応援も無しの状態で、これを短時間で行わなければならない。そんなことを、誰が
出来るのだ、と全員の表情が再び緊を持ったものに変化した。
「対策は私達で考えますので、皆さんはすぐに動けるよう待機していて下さい。では以上、
今日はこれで解散となります。ありがとうございました」
426『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:24:34 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 部屋を出る皆を見送るリリィの背中を見ながら、リィタは思う。
「強くなりましたね」
 一年前なら、こうは出来なかった筈だ。虎蔵が負けては落ち込み、ダメージを受けては
泣き喚き、何か起こる度に部屋に込もって逃げていた。部屋からリリィを引っ張り出して
いたのは虎蔵で、その虎蔵が居ない今の状況では説得することすら出来ないと思っていた。
また部屋に一人で隠れ、ずっと意思を見せまいとしながら、そして泣くのだと。
 だがリリィの行動は、予測とは正反対のものだった。
 最初に行ったことは虎蔵を医療課の人間に渡したことだが、引き渡しを済ませた直後に
見せていたのは、泣き顔ではなく真剣な研究者の顔だ。そして数時間の後には調査を完了
させ、こうして皆の前に立って作戦の内容まで殆んど一人で説明していた。らしくない程
に前向きだ、とすら思う。良い変化ではあるが、それでもリリィらしくない、と。
「違いますね」
 この場合、掛けるべき言葉は他にあるし、自分にもするべきことは多い。それを考え、
身を回そうとしたとき、は、という呼吸の音を聞いた。今この部屋に居るのは己とリリィ
のみで、自分のものではないなら、それはリリィの発したものだ。
「こんな場所で」
 恐らく誰にも聞かれないように、それでも口から溢れてしまったのだろう。
「こんな別れ方なんて」
 不意に蘇ったのは、あの幼女が言った言葉だ。
 二度と戻ってこれない、一番幸せな世界に飛ばしたのだ、と。
 虎蔵にとって一番幸せな世界とは何か考えれば、答えはすぐに浮かんでくる。セリスが
殺される以前の時間、今とは違う構成の家族と暮らしていた時間だ。最近はリリィや自分
への気遣いなのだろう、人前でセリスの写真を見ることは少なくなり、話をするにしても
サユリのことばかりになっているが、それでも夜中に一人で昔の映像などを見ているのを
知っている。それは忘れることも出来ないし、忘れたくもない、思い出にしたくない時間、
ということだ。未だに虎蔵の中にはセリスが存在しているという事実は、今を天秤に掛け、
そして拮抗する重さを持つ程、それに強い感情を向けたままだということでもある。
「きっと、戻ってきて、くれますよね?」
 自分にも問うように言葉を吐き出したリリィの背を見つめ、
「……強く、なりましたね」
 誰にも聞こえないよう、呟いた。
427『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:26:45 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「虎蔵ちゃん」
 もう呼び掛けた回数は三桁にもなるが、しかし虎蔵は目を覚まさない。
 医務室の隅、簡素なアルミ系合金のフレームで作られたベッドの上、虎蔵は眠っていた。
検査の結果では身体に異常はないらしく、特に目に見える外傷も存在しない。担当した者
の説明では、ただ深く眠っているだけ、というものだ。
 だが長年の付き合いである薫の目から見れば、
「そんなレベルじゃないわよね」
 虎蔵は割と眠りが浅い方だし、セリスが殺されてからは、その性質が顕著になっていた。
普段は捜査課の人間として暮らしているが、刃を振ることが出来るという技術を持つ故に
戦闘や新型機械人形の技術テストに駆り出されることも少なくない。それが主な理由なの
だろうが、周囲からの刺激に対しては敏感で、物音がすれば、それが些細なものだろうと
虎蔵は目を覚ます。日常に支障を与える程のものではないが、睡眠という概念は並の人間
と比べると、虎蔵の場合は極端に少ない。
 だからこそ、妙だと思う。
 リリィの説明では『D3』の攻撃を受けた結果らしいが、
「起きなさいよ」
 それに応えず、変化と言えば数分に一度、小さく息を漏らすだけだ。
 真実かは分からないが、幸福な世界へ意識が飛ばされていると、そうリリィは言った。
一番の幸福が虎蔵の意識にあるのだと俯いてリリィは言っていたが、しかし薫の思考の中
にあるのは怒りにも似た疑問だ。
 それで良いのか、と。
 仮に意識が幸福な時間へ飛んでいるとして、最初に頭に思い浮かんでくるものはセリス
が生きていた時間だ。確かにセリスが生きていた時間は虎蔵にとっての幸福なのだろうが、
しかし、それで良いのか。リリィと過ごした時間は、セリスとの時間に劣っているのか。
その疑問は口に出さず、視線という現在の虎蔵に伝わらない方法で向け、息を吐く。
「ねぇ」
 言葉を続けず、一言で終えた薫は立ち上がった。
 そろそろリリィも作戦会議を終え、そうなれば交代の時間になり、自分は部屋に要らぬ
存在になる。虎蔵に必要なのはリリィで、きっと虎蔵もリリィの存在を望んでいるだろう。
一瞬でも自分が居るのは、戻る時間を一瞬の長さだけ伸ばすことになるし、時間は決して
戻ることはないからだ。
 そして敢えて足音を立てながら踵を返した直後、薫は不意の一言を聞いた。
428『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:28:41 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 目を覚まし、身を起こして、虎蔵は一瞬迷った。
「妙な夢を見たな」
 内容は思い出すことが出来ないが、とても幸福な夢だったと思い、
「いや、気のせいか」
 視線を回せば普段と変わらぬ風景があり、耳に入ってくるのは半年前に産まれたサユリ
の寝息とセリスが朝食を作る音だ。出身は同じ第3惑星だが天央区の出身なので得意とは
言えないものだが、それでも虎蔵の趣味に合わせて希に作る極東地区の料理の匂いがする。
そのことに笑みを浮かべ、背骨を叩いて立ち上がり、
「あら、もう起きたの? 今日は非番だった筈でしょ」
 自分が起こすつもりだったのか、エプロンで手を拭いながらこちらに歩いてきたセリス
の頭を撫でた。擽ったそうに目を細めるセリスの顔を見て思うのは幸福の一言で、これが
変わらず続いてゆくのだろう、と微かに欠伸を漏らす。
 だが不意にセリスの顔が曇り、
「それにしても、まだ三十路なのに腰を叩くのはどうかしら?」
「非番だからって、お前が休ませてくれなかったんだろうが」
「だって早く二人目が欲しかったから。虎蔵さんって剣を振るのは凄く上手いのに射撃は
命中率かなり低いから、弾数増やさないと当たらないでしょ?」
「……それは戦闘の話だよな?」
 無言のまま笑みを強めるセリスと約一分の沈黙を過ごし、先に虎蔵が口を開いた。
「もっと頑張る」
「やぁン、虎蔵さんのH!! 昨日だって色んな場所に吸い付いてきたのに、それより更に
頑張るなんて!! わ、私、どうしたら良いのかしら!?」
 まずは落ち着いて欲しかったので心のままに伝えると、セリスは落ち着いた。そして横
に目をやると、今の会話で目を覚ましたらしいサユリの元へ駆け寄ると抱き上げ、母乳を
飲ませ始める。セリスは妙にアッパーな感じになりやすい傾向があるが普段は穏やかで、
こうして見ていると、やけに似合っていると虎蔵は思う。緩やかなテンポの鼻唄を聞いて
思い出すのは故郷で暮らしている両親のことだし、今はもう他界しているというセリスの
母親も同じようにしていたのだと考える。
「いっぱい飲むわね、虎蔵さんみたい」
「俺は少ししか飲んでなかったぞ?」
「……食事量の話よ?」
429『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:29:09 ID:BE6zdhHE
 いかん、さっきの下品な比喩のせいで思考が乱れたか、と思い、虎蔵は苦笑を浮かべ、
結果的に今度は約二分の沈黙を過ごした。冷たい汗が背中を伝い、どう義父に申し開きを
しようか考え、浮かんだ答えは自分の故郷に伝わる謝罪方法。
「セリス、魚捌くの得意だよな?」
「魚と人間の頭を落とすのは別物よ? そんなことより、ご飯出来てるから食べましょ?
サユリもお腹イッパイだから、今度はパパがご飯だよって。ねー?」
 あ、とサユリが小さく発音したのを聞き、セリスは小さい声を漏らした。
「やっぱり、まだ喋れないわね」
「気が早ぇよ。まぁ、セリスに似て頭が良い娘だから、きっとすぐに喋れるようになる」
 親馬鹿ね、と苦笑するセリスに笑みを返し、それでも良いと思う。愛情が不足している
よりは何倍も良い。大切に育てたならば、その大切に育てられた子供は何かを大切に思う
ことが出来る人間に育つ筈だし、その何かを自覚出来れば幸福というものになる。
「さて、飯にするか。少し管理局の方にも顔を出さないといけねぇし」
「非番なのに顔を出さないといけないなんて、虎蔵さんも大変よね」
「俺が少しだけ努力すれば、全員の負担が少しだけ減る。皆の為だと思えば軽いもんだ」
 それに、と見たのは既に寝息をたて始めているサユリの姿だ。起こさないよう声を消し、
思考の中で呟くのは、サユリとセリスが幸せになれるようにと結婚式場で唱えた、セリス
の故郷での祈りの言葉だ。
「そう言えば、私も思い出したんだけど」
 一息。
「寝言で言ってたリリィって……誰?」
430『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:30:44 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 魔法幼女の整備をしながら、リィタは首を傾げていた。作業服の袖口で額に浮かんだ汗
を拭い、改めて内部を見てみるが、特におかしな部分が見当たらない。魔法幼女の試作機
であるリィタのモデルは出力が大きな割に、負担を軽減する為の装置などは虎蔵のものに
比べると遥かに少ない仕様
となっているので、いつも通りなら戦闘の際、各所に少なからず負担の掛った形跡が残る。
だが今回はそのような形跡が存在せず、全力で稼働させたというのに装甲の傷すら残って
いないのだ。確かに相手にダメージを与えることは出来なかったが、
「まるで、使用しなかったみたいですね」
 疑問に頭を傾げたままに再び装甲をフレームに被せ、傍らのペットボトルに手を伸ばす。
泡立つ緑の液体を口に含んで飲み下せば、口内に広がるのは普段から味わっている好物の
味だ。続いてカップの焼ソバに手を伸ばし、それも食って眉根を寄せ、ラベルを見て、
「『SHOPオリハマ』の新食品。メロンソーダ焼ソバ味とメロンソーダ味の焼ソバですか。
……これを作った人は何を考えているんでしょうか」
 そもそも焼ソバの味がするならメロンという単語は関係ない、と思いながらも、それら
を口に運ぶ手は止まらない。時計の針は既に深夜の一時を指しているし、考えてみたら、
固形の食品を口に運び入れるなど十二時間ぶりだ。
「不味いですけど、カレー味よりマシですから」
 そう言って際どい味のする焼ソバを全て食い、周囲に視線を回すと、
「虎蔵さん」
 昼食の後で虎蔵が飲んでいた珈琲の紙カップが棚に置いてあった。昼に虎蔵が捨て忘れ、
それを代わりに捨てようと思い、しかし虎蔵の唇が触れたものだからと保管しておこうと
持ってきたものだ。特に忘れないよう、唇が付いていた部分にはマーカーで印が書かれて
いて、不味いメロンソーダもそこからなら上手く飲めるだろうかと考え、
「いえ、私は変態じゃありませんから」
 保管しておくだけにしようと決心し、そっと紙カップを握る。
 そして天井を見上げ、
「虎蔵さん」
 先程と同じ文字で構成された、しかし意味と発音が違う言葉を呟き、数秒の後に整備を
再開した。こんな場所で、立ち止まっている訳にはいかない、と。
431名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:30:53 ID:Puhsht9t
 
432『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:32:12 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 虎蔵は開発課の扉をくぐり、そこで違和感を覚えた。今朝、目が覚めたとき感じたもの
と似たようなもので、いつもと同じ筈なのに何かが違っているような気がしたのだ。
「なぁ、薫」
 去年課長に昇進したばかりの同僚に声をかけ、口から出てきたのは、
「金髪の奴はどこだ?」
 自分でも言った意味が分からず首を傾げ、薫もそれを返す。この管理局に居る者の髪は
殆んど全員が黒か茶色で、それ以外は他の管理局から来た銀の髪や赤い髪の者ばかりだ。
自分が知っている中で金髪は先月結婚して退職した事務課の新人くらいのもの。それ以外
となれば、もっと遡って、三年前に自分と結婚して退職したセリスくらいのものだ。
 だが確かに居たような気がして、再び室内を見渡してみるが、
「居ねぇな」
「当然でしょ? そんな不審人物が居たら、すぐに分かるわよ」
 だよな、と呟き、頼まれていた新型の剣の形状や出力を確認する。重さや振り心地など
基本的な部分は悪くないし、起動させて速度加速や振動調整、演算速度などを総合して、
出てくる評価は悪くないもの。これならば突然実戦に出しても耐えることも出来る筈だと
考え、用意された質問用紙に答えを記入して薫に渡す。
「まずまず、か。いつもより厳しいんじゃない?」
「いや、そうでもねぇだろ。ただ、いつものに慣れてるから、他の奴が使うには充分だ」
「そう? 今回は、かなり虎蔵ちゃん寄りに作ってあるけど?」
「いや、やっぱ余計なものより単純に身体加速とかのよ」
 いつもの、と言いかけて、そこで疑問が来る。いつも使っているものは、身体加速など
使わずに、振動の調整に重点を置いたものだ。虎蔵が使う守崎流の原点は、人間と複数の
虎が戦ったときに生まれたもの。回避と受け流しによる防御、そして要所への攻撃を基本
とする為に攻撃力は低い。だからこそ補うよう、確実に敵を破壊する為、演算速度や振動
の調整といったものに重点を置いているのだ。だが自分が言ったものは正反対で、
「どうしたの?」
「いや、疲れてるのかもな」
 そうね、と薫は何度か頷いた。
「セリスと結婚して、金髪にのめり込んだのね。休日に出てくると、定期的に補給してる
金髪成分ブロンドニウムが不足してしまうのかしら。診断結果、今すぐ精神治療を受けて。
あとついでに嫁や娘のムービーとかに気持ち悪い目を向けるのも治して貰ってね」
433『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:35:02 ID:BE6zdhHE
 ブロンドニウムが完全に切れたので暴れたくなり、取り敢えず新型剣で薫をぶん殴った。
起動はさせていないし、きちんと刃の腹で殴打するようにしたので問題はない。一瞬だけ
作業中の局員がこちらを向いたが、いつものことなのでいつもの通りに作業を再開する。
薫はこちらを睨んだが、知ったことではないので無視をした。
「真面目な話、どうしたの?」
「いや、何だろうな。真面目な話、マジで金髪成分が不足しているのかもな」
 どこかに居たような気がして、
「いや、気のせいか。気のせいだな」
 思考を切り替え、
「ところでよ、魔法幼女システムの」
「……何を言っているの?」
 本気で白い目を向けられた。
「いや、だからよ。何か突然思い付いた話だ。あの『暴君』フランチェスカの身体データ
使って、転移装置の応用でな、身体だけ変えて、出力強化の装甲やって……どうだ?」
「そっち方面は弟さんが専門じゃなかったかしら?」
 それもそうか、と考える。自分でも信じらないことだ、このようなことを考えたのは。
普段は自分は設計思想すら考えないし、考えようとすることも無い。精々使いたいタイプ
の剣を言ってみたり、それの改良案を言うぐらいで、開発関係と殆んど無縁のポジション
に立っているのだから。
 だが薫は笑みを浮かべ、
「ま、悪くない考えね」
「よせよ、誉めるなら」
 誰だろうか。
「でも残念。そんな技術なんて無いし、そんなモノ作れないわよ。少なくともアタシはね」
 だが、出来るような気がする。それに薫の言ったことは、つまり理論上、誰か作ること
が出来るということだ。それが誰かは分からないが、確実に存在出来るということ。
 そこまで考え、は、と息をする。
 これ以上考えるなと理性が警告を鳴らし、頭が軋み、しかし感情が前に進めと無理矢理
思考を継続させようと鳴いている。考えなければ、そうしなければ、己も前に進めないと。
「大丈夫? 顔、真っ青よ?」
「悪い、もう帰って休む」
 虎蔵は一歩進み、
「あぁ、それと最後に……リリィって奴、知ってるか?」
 薫は首を横に振った。

 ◇ ◇ ◇

 は、と暗闇の中で、幼女は吐息した。
「EDENが、破綻してる?」
 そして暗闇の中、
「……いえ、これが、彼の意思なの?」
 もう何度目か知れず、腕を撫でた。
434『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:35:40 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 通路に出た直後、虎蔵は一人の少女を見た。
「お前は」
 ストレートの金髪を腰まで伸ばした、十代半ばの少女だ。背も低く、体の起伏も皆無に
近いものだが、しかし何故だか年齢が分かる。そして無表情を浮かべた顔の中央、二つの
青い瞳はこちらを見て、しかし一瞬の後には通路の奥を見た。白衣の裾を翻し、歩き進み、
「待て」
 速度は遅いが、それは角を曲がって消えた。
 待て、と今度は思考の中で叫び、息を吐いて一歩を踏み出し、少女を追おうとして足の
動きは加速する。一歩の幅を大きくしたそれは歩くと言うより走りに近いもの。腕の振り
などを大きくすれば、体の捻りを加えた分だけ脚部の力が増して、踏み込みは強くなり、
踏み込みが強くなれば、体をより速く遠くに飛ばすことが出来る。その速度が表す言葉は
『走り』ではなく『疾走』で、相手より速度が高い分だけ距離は近くなる。
「痛ッ」
 酸素の補給によって痛みを和らげ、少しクリアになった頭で考えるのは少女のことだ。
相手が何者なのか分からず、それなのに何故、自分は相手を追い掛けているのだろうか。
家には愛する家族が居るし、このまま帰れば優しい妻が自分を支えてくれるだろう。娘の
顔を見れば痛みも気合いで我慢出来るようになるし、そもそも自分は非番だからこんなに
無理に追い掛けずとも他の局員が何とかしてくれる筈だ。
 だが、と言う者が居る。
 それは頭の痛みを生む理性ではなく、体を現在動かす感情だ。理屈で通るものではない、
だが追わねばならぬと感情が告げている。
 だから足を前に出し、
「待てよ」
 声は、自分が追い付こうとする意思を吐き出している。
 追い付いた。
 しかし少女が立つ扉の正面、強くなった頭の軋みによって歩みが止まる。
「待てよ」
 通路に座り、それは這う姿勢になったが、それでも、その姿勢は前へと進むものだった。
寝るのと這う動きは、決定的に違うものがある。床に寝る動きは現状を一旦止めて休息を
得る為の姿勢だが、それは現時点で前に進もうという意思を放棄したものだ。体は休り、
目を閉じ意識を飛ばせば重荷が少しでも減るだろう。逆に言えば、後から追い付くことが
出来るというものに対してしか効力を持たないもので、それは己の中で意思や目的などが
固まっている状態でしか使えない方法だ。
435『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:37:35 ID:BE6zdhHE
 しかし前者の這う動きというものは、前に進む意思を効率という概念を無視して出来上がる。
動くことが出来なくても意思を見せれば前へと進むことは出来るし、僅かでも腕を動かすことが
出来るようになれば、それが前進という動作に繋がってくる。足も動けば速度は倍になり、意思
と手足を合わせると動きは三倍だ。
 更に言うなら、己を前に飛ばす意思は動かせぬ体を持ち上げさせ、
「追い掛けねぇと」
 立ち上がれば、速度は四倍になる。
 壁に手を付き立ち上がり、正面、そこで虎蔵は理解した。四倍の速度で近付いた分だけ
少女の顔が見れるようになり、その理由は強く頭の中に浮かんでくる。
 もはや言うのは制止の言葉ではなく、
「泣くなよ」
 相手の感情を表す言葉だ。
 顔は感情を消すように平坦なものになっているが、何故
だか表情が意味することが分かる。それが分かれば自分の行動の意味が理解出来てきて、
「泣くなよ、リリィ」
 自らが吐き出した言葉で、全てを理解した。
 リリィはきっと泣きそうな状態で、それは自分が夢の中に居るからだ。シオリが過去に
行ったものと違い、今の自分がセリスと暮らしていると実感できる。それは長く過ごせば
リリィよりも選んだ結果になり、リリィからの好意をゼロに帰すことになるものだ。
 それを選ぶことが出来るのも分かっているし、セリスとの暮らしは幸せなことだという
のも嘘ではない感情だ。時間を取り戻した生活が、そこに存在するならば、それを選ばぬ
ことは出来るものではない。
 だが、虎蔵は言葉を吐いた。
「悪いな、セリス。過去にするつもりは無いが、俺にも新しい家族が出来た。リリィよ、
今の時間を表す言葉を知っているか? 馬鹿な俺から賢いお前に問題だ」
「未練、ですか?」
 違う。
 忘れることが出来ない過去だが、しかし捨てることも出来ず、本人の中でのみ存在する
時間という概念だ。その言葉の意味は間違いなく今の夢を見ている状態だと、そう考え、
リリィの顔を見れば、答えは自然と浮かんでくる。
 それに合わせるようにリリィの口が開き、
「思い出、ですか?」
「正解だ」
436『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:38:14 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 鈍音。
 痛む額を押さえ、掌で狭まった視界の中央にあるものは、
「痛そうだな」
 何故か涙目で額を押さえるリリィは頷き、
「何を幼女に昇天させられそうになってるんですか、この駄目中年!! リィタとか色々、
このペド!! どんだけ人に心配かけるつもりですか!!」
 いきなり罵倒してきた。
 だが虎蔵は笑みを浮かべ、
「心配してくれたのか?」
 手をどけて額を撫でると、リリィはそっぽを向いた。そのまま顔を赤く染め、
「別に、心配なんかしてません。今にも世界が滅びそうですから、戦力が足りないと思い、
そちらのことを心配していただけです。まだ布団の話、決着して……」
 可愛い反応だ、と思いながらこちらを向かせ、虎蔵はいきなり唇を重ねた。体を抱いて
髪を撫で、数秒かけて小柄なリリィの体を離すと、
「ごめんな」
 あ、と胸元から声がする。
 それは、ひ、という言葉に変わり、そこから続くのは感情を持った声の連続だ。シャツ
の襟を掴み、額を胸板に押し付けるようにした動きは強く、震える背に合わせるように手
の甲へと体温を持った雫が垂れてくる。
「まだ、怒ってますから」
 分かる。
 だから再び唇を重ね、
「さっきのが一年前の礼で、今のが俺の気持ちだ」
 言うと、泣き顔のままリリィは顔を上げてきた。
「虎蔵さんと喧嘩したままで、でも、虎蔵さんは起きなくなって、しかも世界が滅びそう
な状態ど、このままお別れなんて私は絶対に嫌で、でも虎蔵さんはセリスさんを」
 なぁ、と虎蔵は呟いた。
「リリィ、何で俺が戻ってきたか、分かるか?」
 ひ、と声を漏らし、しかしリリィは喋らない。そのまま再び虎蔵の襟を掴み、顔を伏せ、
吐き出すのは熱を持った吐息のみだ。湿度がある感情の強い息をリリィのものだ、と自覚
しながら、虎蔵は白衣の細い背中を撫で、
「リリィが、大切だからだ。泣かせそうに……いや、泣かせてすまん」
 全くです、という声は先程よりも幾らか力のあるもので、それを聞き、頷いた。
「セリスとの生活は幸せだが、それは今のものじゃねぇ。今の俺には、リリィが居る」
 言って三度目の口付けをし、そこでリリィが笑みを浮かべていることに気が付いた。
「虎蔵さん、知ってましたか? 私達は一年キスも手を繋ぐのもしてなかったんですよ」
 知っている。
 だから尋ねた。
「リリィ、今は何月何日の何時だ?」
437『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:39:43 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「つまり、虎蔵さんは聞いたんですね。あれから四日後の、つまり明日の午前0時丁度に
世界を滅ぼすと。全く、幼女にはモテますね」
 半目で睨みながらリリィは吐息をし、そして落ちかけたバスタオルを直した。
 虎蔵は頷き、
「間違いねぇ。今から十時間後、あいつは行動を開始する。そしてリリィ、そんなタオル
上げると下の部分が丸見えになるから気を付けろ」
 わぁ、と今度はバスタオルを下げ、結果的に見えた桜色の突起を隠すように直してやる。
「しかし、最後の戦いの前になるかもしれないから、なんてベタだよな。言い出したのは
俺の方からだが、改めて冷静になってみるとアレだよな」
「て、テンション上げましょう!! それに私は、こういうの好きですよ」
 そうか、と頷き、唇を重ねて髪を撫でた。気持ち良さそうに目を細めるのを確認しつつ
舌を伸ばし、絡めると、それに応えるようにリリィの舌も控え目な動きだが返してくる。
あまり上手くはない動きだし、リリィの舌自体も短いので感覚が薄いが、それ故に精一杯
動かしてくれているというのが分かる。あまり激しい動きは駄目だと思いながら口内全体
を舐めるようにして、そのまま舌の裏側を舐めるようにすると、背筋が一瞬震えた。
 リリィは、は、と息を吐きながら、透明な橋を繋げて唇を離し、
「手加減して下さいよ!! こっちはキスの経験すら碌にない処女ですよ!!」
 いかん、昔の癖が出たか。
 苦笑しながら今度は軽く重ねるだけの状態に唇を重ね、背中を撫でるとリリィの方から
舌を伸ばしてきた。こちらの口内を味わうように舌を動かし、慣れていない故に、は、と
吐息しながら舌の表面を舌で撫でてくる。こちらの中に唾液が流れ込み、それを飲み下し
喉を鳴らすと、リリィは虎蔵の頬を押さえる掌を動かして頭を掻き抱いた。
 しかし、これ以上動かない。
「どうした?」
「あの、これから先、どうしたら?」
「AV見たこと無いのか?」
 この年頃ならば手順はある程度は分かっているだろうと思ったが、少し考えて理解する。
リリィはリィタと協力して魔法幼女システムを作り出す程、昔から頭が良かった。そんな
二人ならば幼い頃から研究が専らの対照だっただろうし、『首吊り』事件の後は、ずっと
管理局で働いていた。ひたすら仕事に打ち込んでいたリリィは、恐らくエロいもの関係を
見ることは無かったのだろう、と。
438『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:40:21 ID:BE6zdhHE
 虎蔵はリリィの髪を撫で、
「大変だったもんな」
「はい。最初に見たエロがバナーに騙されて覗いたスカトロ系のもので、それ以来、エロ
関係のものはトラウマ発動で見れなくなりました。いきなり肛門のアップですよ!?」
「マジで大変だったな」
 それなら自分が動くしかない、とリリィの体を横たえようとするが、何故か動かない。
初めてなので緊張しているのだろうかと思い、先程のように背中と髪を撫でて唇を重ねて
みるが変わらないし、試しに舌を入れてみても変わらぬままだ。
「力を抜けよ」
 本来ならば、このような場面で使うべき言葉ではない。だが言葉に応じずリリィの顔は
真剣なままで、よく注意してみれば、無理をしているのか太股やふくらはぎが力の過剰な
込め方で僅かに痙攣していた。
「あの、出来ればセリスさんを使って覚えた技術は無しの方向で」
「セリスとやったことが無いもの、か」
 頷きを返すリリィを見て、考えた。セリスとは普通のプレイが比較的多かったものだが、
積極的に色々求められることも少なくなかったので少しアブノーマルなプレイやハードな
プレイも何度か経験している。その区分で言えば多かったものはアナルプレイで、細かく
思い出していけばSMや足コキ、髪を使ったものや、ひたすら何度もイかせるという地獄
のようなものまで体験している。自分の想像力が及ぶ範囲で残っているものは、
「俺をペニバンで犯すか、それともスカトロか」
「何ですか、その鬼の二択は!? 私は初めてなんですよ!?」
 いかん。
「ならコスプレのバリエーションか」
 考えた結果、リリィの個性を生かしたものにしようと結論した。リリィの個性と言えば
体の起伏が平坦なことと、技術者であるということだ。背が低く体も平らなので幼い子を
あやすようなものなど似合うだろうが、しかし大抵の年齢は既に体験している。色々無理
があったが中学生プレイ小学生プレイ園児プレイ幼児プレイとクリアしているし、年相応
な感じでやったら何かに該当してしまうだろう。ならば次に思い浮かぶのは、技術者だと
いう点だ。セリスは機械の扱いが苦手だったので技術者設定でプレイしたことは無いし、
これはリリィの個性に合うだろう。
439『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:42:00 ID:BE6zdhHE
 リリィが普段していることと言えば、やはり技術者の一番の仕事である開発の光景だ。
虎蔵がリリィの仕事場に行けば大抵は仕事をしているし、それの主な行動と言えば機械を
動かす為のコンソールの操作だ。ならば、それをテーマにするべきだろう。
 虎蔵はリリィの体を抱えるとシーツの上に寝かせ、バスタオルを剥いた。
「あの、これは」
「大丈夫だ」
 安心させるように笑みを浮かべ、
「体がガキでも、一年前と同じく毛が生えてなくても俺は気にし……痛ェ!!」
 頭をホールドされての顎への膝蹴りのせいで衝撃は殺されず、脳の揺れが二分続いた。
「さて、真面目にやるぞ?」
 リリィが頷きを返すのを待ってから、虎蔵は手指を左の胸へと伸ばした。肌に傷などを
付けぬよう軽く触り、少しずつ力を込めながら指先を押し込んでゆく。肉付きが薄いので
少し進んで止まったが、骨ばった虎蔵の手に比べ柔らかな弾力を持つそこは、僅かな自己
主張をするように微かな力で皮膚を押し返してくる。そのまま揉むように指先のみで肌を
撫で、先端の部分を指の腹で押すと、小さな声が漏れた。
 一旦指を離した手をリリィは両手で握り、
「あの、やっぱり薄いですよね?」
 いや、と虎蔵は首を振った。こんなものは普段からリリィの体を見ていれば分かること
だし、先程の言葉が示したように、大して気にするようなことではない。
 それに、
「マウスは軽く押し込むもんだ」
 また指を胸へ押し込み、クリックの動作をすると、
「アホ中年!! 何ですか、その頭が悪くて下品な発想は!! だから中年は嫌いなんです!!」
 先程の倍の威力で顎に膝を叩き込まれ、今度は回復に三分かかった。
 だが、決めたことだ。虎蔵は自分から見て右側の乳首へ手を伸ばし、クリックを一つ。
するとリリィは小さく身を悶えさせ、腰をよじりながら、押さえるように掌を握ってきた。
指先に伝わる鼓動を感じながら聞くのは、突起を転がす度に漏れる吐息と、
「右クリック、だと、簡易メニューが、開くん、です」
 乗り気じゃねぇか、と指に小さく力を込めると、声が半音上がった。
「じゃあ、左は範囲指定と決定か」
440名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:42:29 ID:g8EFORdf

441『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:42:48 ID:BE6zdhHE
 手を離し、反対側に指先を伸ばす。先端を指で一度叩き簡易メニューを閉じると、再度
指の腹を当てた。そこから桜色の周囲を遊ぶように回し、ほぐしてから、指を離さぬまま
脇腹を撫で、腰まで動かした後に横にスライド。臍の部分まで滑らせてゆくと、腹の中心
にある窪みをこじるようにして叩いた。
 手指を離し、腰の下に腕を差し入れ、
「舐めるぞ」
 宣言と共に胸に舌を伸ばし、乳首のやや右側の部分、左右の胸の中央を舐めると、背が
強張ったように震え、虎蔵の頭を抱き締めるように腕が包んでくる。頭を動かさず僅かに
動く範囲で舌を往復させると圧迫と言える程に力が強まり、甘い匂いが鼻孔を埋めるよう
侵入してくる。それは監理局の女性局員に人気のボディソープで、自分以外の家族全員の
要望で使っているせいで嗅ぎ慣れた『54(激甘風味)』のものと、
「リリィの匂いだな」
 味わうように、舌で舐めるのではなく唇で吸うようにすると、頭をホールドしていた腕
の動きが緩んだ。しかし尚も吸い、五秒の後に顔を上げて見えるのは、こちらを真っ直ぐ
見つめてくるリリィの顔と、吸った証の、白い肌に浮かぶ赤い点だ。
「すまん、跡が付くの、嫌だったか?」
「嬉しいですよ、見られない場所ですけど」
 言いながら目を弓にしたリリィの髪を撫で、印を濃くするように同じ場所に唇を寄せた。
また頭がホールドされ、何か大事なものを抱えるような力が込められたのを感じていると、
不意に上から声が聞こえてきた。
 責めるでもなく、純粋な疑問を持った声で、
「前から疑問に思っていたんですけど、虎蔵さんは私だけに限らず、よく人の頭を撫でて
いますよね? それって理由が何かあるんですか?」
 話してなかったか、と前置きしてから虎蔵は顔を上げ、浮かべたのは微笑だ。それから
リリィの疑問の通りに髪を撫で、吐息を一つ。
「親父もお袋も、よく頭を撫でる人なんだ。良いときでも、悪いときでも。そうされると
嬉しくてな、俺は人の頭を撫でれる人になりたいと思い、そう成長した」
 なら、と疑問の表情をリリィは続け、
「頭を掻くのは、自分で撫でたいからですか?」
「それは親父の癖が伝染った」
442『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:44:27 ID:BE6zdhHE
 小さく笑う声を聞きながら再び胸に顔を埋めると、頭に柔らかな感触が来た。固い髪を
鋤くように動くそれは体温があり、母に似ている、と目を細めながら舌を伸ばす。肋骨に
沿うように舌を滑らせ、上に移動し、固くなり始めた突起を口に含むと手の動きが止まる。
それを名残惜しいと思いながら唇で噛み、舌で転がすと、指のときに比べて高い声が耳の
中に入ってきた。胸を潰すように噛んだまま顔を押し付けると更に固くなり、力を込めず
歯を立てると、押し殺したような声が聞こえてくる。
「痛かったか?」
「気に、しないで、続け、て、下さい」
 言われたように虎蔵は構わず続けることにした。既に手の乗らない頭を下げると中心線
を描くように舌を滑らせ、先程は指先を入れていた形の良い臍の穴に今度は舌を潜らせて
内部を一周。脚を貼って背が弓になり、こちらに腹を突き出す姿勢になった。肌には薄く
汗が浮かび、脇腹まで移動していくと薄いものではあるが塩の味がする。
「結構感度が良いんだな」
「べ、別にエロくない、です」
「その分、苦痛が減るってことだ」
 言いながら右半身の乳首を弄び、今度は下ではなく上方向、左半身の方に手指を滑らせ
肩の方に持っていく。範囲指定をした通り、右の突起を唇に含み、続いて鎖骨を舐めると
今までのもので一番高い声が出てきた。シーツを握る手の力は強く、掌は白い肌が青味を
帯びる程のものだし、寄せた眉根の下側、閉じた両目の端には小さな雫が浮かんでいる。
鎖骨を重点的に舐めれば尻をシーツに押し付けるように悶え、手と足の先は胎児のように
丸く握り込まれている。
「あの、上半身は、もう、良いので」
「いや、いきなり下半身に行くと危険だ。特に初心者は」
「でも」
443『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:45:32 ID:BE6zdhHE
 切ないです、と言い、舐めてくるのを塞ぐようにリリィは唇を重ねてきた。最初のもの
と違い舌を入れない、しかし感情を強く乗せた押し付けるような動きだ。
「あの、怖いですけど、頑張りますから」
 時計を横目で確認すると、まだ幾らも時間が残っている。このまま下に進むのは少し気
が引けたが、セリスとの初体験が合計4時間はかかったこと、その殆んどが下半身部分に
費やされたことを思い出し、それなりの余裕が無いことに気が付いた。出来ることならば
もう少し時間を掛けたいが、リリィの要望もあるし、何より行為のせいで時間が足りなく
なるのでは意味がない。大切にしたいのは山々だが、それが原因でミーティングや調整の
時間が足りなくなり、そのせいで全てが失われたら本末転倒というものだ。自分は世界に
滅びては欲しくないし、何より戻ってきた一番の理由が、
「リリィを守りたいからだ」
 呟きに疑問の表情を浮かべるリリィの髪を撫でると、身を折って下半身にまで顔を寄せ、
両足を抱えるようにして股間に唇を寄せてゆく。目に入るのは僅かに湿りを持つ、年齢に
比べると成熟が少し遅れている、一本の線のように閉じた未熟な性器と尻の穴だ。
 ここで一つ思い付いた。
「右クリック、左クリック、とくれば?」
「スクロールボタン?」
 正解だ。
 虎蔵は割れ目の上部を指で広げると、その部分に舌を伸ばした。皮に包まれた固い肉の
目を吸うようにすると予想外に強い力で細い太股が顔を挟み、湯上がりから時間が経った
せいで冷え始めている独特の感触と温度が頬に当たる。柔らかく冷えたそこは変形しつつ
虎蔵の頭を囲み、腕のときよりも強いホールドを受けているが、不快な気持ちは浮かんで
こない。寧ろ気持ち良いと思うし、この反応を素直で可愛いと思う。
 視界に広がる白く細い腹より奥、慎ましい胸より先にあるリリィの悶える顔を見ながら
舌を動かせば、それに合わせた変化がやってきた。下側から上方に舐めればリリィは腹を
折って上半身がよく見えるようになるし、上側から下方に舐めれば背を反らせて腰が浮き、
上半身が見えなくなる代わりに視界を埋めるようにリリィの局所が全て見えるようになる。
リリィが答えた通りに、わざと自分の身をスクロールさせているのかと思ったが、しかし
表情から分かるのは普通に刺激を受けているという事実だ。
444『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:48:19 ID:BE6zdhHE
 この状態なら大丈夫だろうか、と考えて、舌を少し下にずらした。まだ割れ目に侵入は
させず、周囲をなぞるようにして舌を滑らせる。ざらついた表面と、ぬめる裏面を交互に
使い、しかし決まったパターンを持たせないようにする。リリィにとっては初めてだから
すぐに慣れることは無いだろうが、単調な刺激を与え続けるよりも様々なものの方がより
濡れるだろう。これから入れるときのことを考えると、それなりの体格差がある以上は、
出来るだけ濡らしておいた方が痛みも少ない筈だ。
 指で割れ目を開き、舌の先を閉じた穴へと潜らせてゆく。
「や、汚い、ですよ」
「定番だなぁ」
 だが、汚いなどと思うことはない。あくまでも乱暴にならないよう気を付けて、こじり
ながら舌を侵入させる。あまり深くまでは入らないが、こからから先は別のものが入る。
無理に進める必要など無いし、そこから湧き出る蜜を味わい、羞恥心を与えないように、
ゆっくりとほぐす行為を続けてゆく。
「さて、そろそろ良いか」
 その発言に、少しリリィの体が強張った。
「体の力を抜けよ、痛むぞ多分。それと瞬間強烈コースと、じっくり連続コースだったら
どっちが良い? オススメはセリスと逆の瞬間強烈コースだが」
 数秒。
 少し躊躇い、しかしリリィは強い表情を見せ、
「瞬間強烈コースで!!」
 良い返事だ、と思いながら虎蔵はジッパーを降ろすと、肉棒を取り出した。突然見ると
インパクトが強いだろうと判断したので、見るなと注意をしておく。セリスとのときは、
飛んでしまった精神を取り戻すのに約20分程もかかってしまった。次があるのなら、その
都度に慣れていけば良いと思う。
 虎蔵は割れ目に先端を当て、狙いを定めると腰を突き出そうとしたが、しかし入らない。
何度か角度を変えてみるが入らないし、入りそうになったとしても、穴が非常に狭すぎる
のだろう。少し押し込んだだけで滑ってずれるし、その度にリリィが悶えるので、侵入を
することが難しくなってきている。
「……入らないな」
「……入らないですね」
 どうしようか。
 暫く無言が続き、リリィが何かを思い付いたように手を軽く打ち、
「後ろの穴とか」
「……処女の前にアナルとか、どんだけマニアックなんだよ。しかも俺達が負けた暁には、
『リリィ、処女を捨てようとしたが叶わず。代わりにアナルのみ貫通して死す』とか悲惨
な状態になるんだぞ? それでも良いのか?」
445『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:49:15 ID:BE6zdhHE
「あ、だったら虎蔵さんが魔法幼女になれば、サイズ的に」
「ちんこ無いだろうが!! お前は何がしたいんだよ!?」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!?」
 はあ、と虎蔵は溜息を吐いて、
「普通にリラックスしてろ」
 髪を撫でると、僅かにリリィの体が弛緩しだ。それを確認すると虎蔵は改めてリリィの
割れ目に先端を当て、愛液をまぶして滑りを良くしてから腰を押し込んでゆく。
 く、と歯を噛んだ声が聞こえ、先端の半分を過ぎた辺りまで入っていった感触が来る。
「じゃあ、一気に行くぞ?」
 答えを待たず、一気に奥まで突っ込んだ。答えれば心構えが出来るが、同時に身構えの
ようなものが出来るので待たない方が良い。この辺りは恨まれても、そちらの方がリリィ
の為になるとは思ったが、物凄い表情で睨まれた。
446名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 20:50:10 ID:Puhsht9t
447『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:53:23 ID:BE6zdhHE
「……物凄く痛いです」
「3年間、ご無沙汰だったんだ。下手になってるんだよ」
 下手な言い訳だが、リリィは表情を僅かに緩めた。実際、恋人まがいの者が出来ても体
を重ねることは無かったので嘘ではないし、現在リリィと肌を重ねていることにも意味が
あるものだ、とも思う。
 暫く体を馴染ませるように動きを小刻みなものにし様子を見ると、反応は相変わらずの
ものだ。眉根は寄っているし、口元は苦痛に歪んだ中に笑みがあるという複雑なもの。
「虎蔵さんの、大き、過ぎる、んじゃ?」
「標準だが、リリィが小さいからなぁ」
 それに加え、セリスと付き合う以前に何度か経験した他の者と比べても狭い。体質だと
言えば仕方のない話だとは思うが、動かす度に、こちらにも苦痛が走る程だ。自分がそう
なのだからリリィは更に痛いだろうと思うし、どうすれば良いのかと考え、
「キスと撫でるの、どっちが良い?」
 本人が一番喜ぶものを考えた結果、答えを待たずに両方実行する。リリィが好むように
舌を入れないキスを重ね、そして髪を撫でてやると若干緩んだような気がして、腰の動き
を先程までのものより大きなものに変える。痛みによる声は予想通りに増したが、滑りが
増増しているので無理なことではない筈だ。
「大丈夫か?」
 念の為に聞くと、答えの代わりにシャツの襟を掴まれた。
「大丈夫、です。虎蔵さんが、気遣って、くれてる、から」
 健気な娘だ、と思いながら、腰を大きく引いた。強い摩擦が竿と亀頭の全てを刺激し、
摩擦以外の熱さが脳を溶かしてくる。結合部分に目を向けると、今の動きで掻き出された
ものだろう。初体験を迎えた証である鮮血が、下に敷かれたバスタオルに少し大きな染み
を作っているのが確認出来た。思っていたよりも血の量は少ないが、それでも普通と比べ
若干多いように思え、
「早く終わらせないとな」
 勿体ない、と思う気持ちもあるが、長引けば苦しむのはリリィの方だ。息も少し詰まり
始めているし、酸素を取り入れるような腹部の上下運動も入れたばかりの状態に比べたら
それなりに治まってきているものの、肌に浮く汗の量は増えてきている。珠のように多く
湧き出た箇所も何ヶ所かあるし、頬には涙が流れた跡も見える。
 リリィが、は、と息を吐き、大粒の汗が抱えた太股を滑った。
「ごめんな、もうすぐ終わる。少し激しく動くから、痛かったら言ってくれ」
448『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:54:15 ID:BE6zdhHE
 腰を抱える姿勢から俯伏せに被さる状態になると、背中に腕を回して体ごと抱え込んだ。
その姿勢を維持しながら身を再び起こして、対面で座る姿勢になる。なるべく体に負担が
かからないように体を起こしたが、結合部分にリリィの体重はかかり、それで繋がり自体
が深いものになる。幾ら体重が軽いと言っても奥まで一気に潜る状態になり、それで一瞬
リリィの顔が大きく歪んだが、
「息をゆっくり吐け」
 指示の通りにリリィは息を吐き、一番深い部分に体が落ち着くと、今までよりも苦痛が
消えた表情を浮かべた。このまま動けるかと視線を送れば頷きが来て、虎蔵はまずリリィ
の尻を掴み、体を小さく揺するように動かした。
「前、よりは、楽です」
「やっぱ無理してたな」
 だが負担が今の方が少ないなら、それに越したことはない。リリィの体を大きく揺すり、
自分も腰を動かし始めるとリリィは目尻に涙を浮かべながらも熱い吐息をした。
「気持ち、良い、ですか?」
「……聞くなよ、すぐに分かる」
 腰をそのままグラインドさせると、背中に鈍い痛みが走った。理由はなんとなく分かる、
耐えているのだと思う。だがリリィは非力だし、背中に爪を立てられるくらいなら、その
くらいで初めての痛みが紛れてくれるなら構わないと思う。
 だが、虎蔵は一つ思い出した。
「リリィ、一つ聞くがよ。生理が落ち着いたのはいつだ?」
 どのみち確率はあまり変わらないが、念の為ということもある。これは非常に重大な話
だと言えるものだし、自分は命中率は低いが万が一ということもある。ここで当てたなど
なってしまったら、それは冗談では済まされない。
「大丈夫、です」
「そうか」
「頑張って、産みます、から」
「既に孕んだつもりかよ!?」
 だが実は、既に限界に近い。年単位で行ったという理由もあるが、初を貫いた故の狭さ
というものがずっと刺激していたからだ。油断をしていれば今にも出してしまいそうだし、
だからこそリリィに問うたものだ。
 不味い。
 余裕は秒単位で消えてゆき、出してしまいそうだが、出して良いのだろうか。リリィは
確かに出しても良いと言ってくれたし、時計を見ても時間としては充分だ。文句など介入
する余地は無いし、いや、しかし、それでも良いのだろうか。
449『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 20:59:33 ID:BE6zdhHE
 そう考えている内に、背中に走る痛みが強くなった。リリィの顔を見れば歪んではいる
けれど、それはしっかりとした笑みの形になっているものだ。
「出して、下さい。お願いします!!」
 覚悟が決まったら、行うことは一つに定まってくる。
 虎蔵は腰を大きく動かし、粘りのある音をたてながら何度もリリィの中を貫いてゆく。
 直後。
「……ありがとうな」
 呟いて、虎蔵はリリィの身体全てを抱くようにしながら膣内にぶちまけた。
450『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:01:38 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 転移装置室の前に立ち、虎蔵は長い息を吐いた。時計を見れば表示されているのは予定の時刻
から五分程前で、その五分が経てば全てが決まることになる。
「でも、本当に良かったですよ。虎蔵さんが帰ってきてくれて。ですが」
 言葉を止め、リィタは虎蔵の傍らに立つリリィを見て、
「リリィは、その内股を止めて下さい」
「仕方ないじゃないですか。うぅ、まだ股間に異物感が」
 その発言に、そな場に立っていた全員が虎蔵を見た。皆が半目の状態で声を潜め、口々に、
「やっぱりロリコンなんだ」
「セリスさんも童顔だったしな」
「俺らのアイドル、リィタちゃんも義娘にしてるし」
「この前、シオリちゃんにも誕生日プレゼント貰ったらしいし……手作りの!!」
「リリィと喧嘩したのだって、リィタ達が布団に潜ってたのが原因らしいし」
 許せねぇ、と本気の殺意が向けられ、虎蔵は本気で焦った。慌てて首を振り、
「そんな呑気な事で争っている場合じゃねぇだろ」
「義娘の双子の姉の処女を奪う場合ですか?」
 手強い。
 フォローを頼もうとリリィにアイコンタクトをしたが、彼女は頬に手を当て、
「気遣ってくれたから、大丈夫ですよ」
 リィタが睨んで床をストンピングしたところで、残り一分を告げるタイマーが鳴った。全員が
漆黒に塗られた入口を見つめ、リリィに予め告げられていた者達は指輪の起動を開始。低く唸る
起動音が多重に響き、虎蔵は方に担いだバッグを投げる姿勢に変えた。
「虎蔵さん、それは何ですか?」
 疑問の表情を浮かべたリィタに歯を見せる笑みを向け、
「俺なりの礼って奴だ」
 頭を撫でて、そして黙る。
 残り30秒。
 は、と息を吐き、シャツの裾に違和感のようなものが来る。視線を向ければ、それは前を向き
ながらも意識をこちらに向けているリリィの手だ。自分の背中に爪を立ててきたようにシャツの
裾を掴むその手指は震えていて、指先からは肌の色が消えている。
 虎蔵はその指をシャツから離すと、自分の指を絡めるように手を繋いだ。汗の浮かぶ小さな掌
が離れぬよう力を込め、それに応えるようにリリィは吐息。
「勝ちましょうね」
「あぁ、絶対に」
 二度と失わせたりするものか。
 残り10秒。
 リリィは目を伏せて指輪を起動。
『FullmetalTiger:Enter』
 変化を告げる言葉の直後、虎蔵の体は、言葉の通りに変化を始めた。
451『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:02:10 ID:BE6zdhHE
 最初に起こったのは肉体的なものだ。白の閃光に包まれた体はまず身長が縮み、光が晴れれば
別の体が生まれてくる。身長は1m弱、細い手足を持つそれは幼女のものだ。波打つ金の髪は腰
まで伸びており、青の瞳は正面を見据え、虎蔵と呼べるものは口の端を吊り上げた口元だけだが
構わない。体の感覚は自分のものだし、理解は後から付いてくる。続いて体を覆うノースリーブ
の白いワンピースが出現し、更に追加されるものがある。無数の金属板や金属片や、大小様々な
フレームやシリンダー。ギアやケーブルなど、それらは鈍い音をたてながら己が持つべき姿へと
合致してゆく。装甲の表面に桃色の光が走ると同時、眼前に出現した身の丈程の長杖を掴むと、
それで全ては完了だ。
「リリィ、リィタ。今回は俺に任せて、サポートを頼む」
 残り3秒。
 長杖からブレードを伸ばしたのと同時に背部に白の大翼が展開し、
「行くぞ」
 残り1秒。
 二人の手を掴み、虎蔵は中へと飛び込んだ。
452『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:03:04 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 幼女は何もない空間に立ち上がり、息を吸った。
『DragneelSystem:Enter;』
 外に何があるのかは分かっているし、これから何があのかも分かる。だから事の運びを告げる
べく、己の右腕に備えられた力の行使を考える。こうするより他に出来ることは無いし、それが
己の存在意義であるからだ。
 力の溜まりは充分にあり、後はプログラムを起動させるだけ。
 それで、
「全てが決まる」
 右腕に力を込めると力場が展開し、この世界に存在するのだという字画が生まれてくる。
 不意に、左手に痛みが走った。
「これは」
 銀色の幼女との戦いの際に、無理に銀色の杭を掴んだときの傷だ。見れば皮膚は擦り剥けて、
生身の部分である証拠の血が滲んだ跡がある。拭う物が無かったせいで、そこには黒く変色した
染みが広がっている。痛みという感覚の無かった右腕で受ければ出来なかったもので、逆に言う
ならば左手で受けたからこそ出来たものだ。
「でも、それも」
 目的を終えれば自分もろとも消える。
『0000:Fullopen;(神語り大展開)』
 これで終わりだ。
 右腕に力が集まり、もう一瞬の後には世界は消える。
「待てよ」
 突然の言葉に機能の実行が停止し、声のした方向を見れば何かが飛んでくるのが見える。
「プレゼントだ」
 よく見ると、それは自分に合わせたようなサイズのバッグだった。
453『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:04:54 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

「これは?」
 幼女がバッグを漁り、中から出てきたものは髪と同色の赤いワンピースだ。それを見てリリィ
とリィタは疑問の表情を浮かべた。当然だ。今は遊んでいる場合ではないし、このように呑気に
服を与えている場合でもない。しかも相手は世界を滅ぼそうとしているのだし、その準備などは
完全に整っている状態だ。現在するべきことはワンピースを手に呆けている幼女の破壊で、
「何故?」
 と幼女に、その場の全員の疑問を問われた。
「裸のままだと不便だろ?」
「これからすぐに、関係なくなるわ」
 そうです、と背後のリリィの言葉を聞き、しかし虎蔵は首を振った。
「出来れば、俺はお前と戦いたくない」
 その言葉に三人が息を飲むが、虎蔵は表情を笑みの形から変えぬまま一歩踏み出した。
「無理よ、だって」
「おい、お前、ウチの娘になるつもりは無いか?」
 もう一度、無理よ、と呟いた幼女に虎蔵は首を振り、
「無理じゃねぇ、お前は悪くないからだ。良いか、これから話をする。勿論俺の中での結論だし
本当の部分はお前にしか分からない。だがよ、俺の意思の言葉だ」
 吐息。
「ある幼女は嫌いな親父を殺した男の元に来た。理由は多分、親父が空前絶後の悪人だったとか
そんな辺りだ。だから幼女は親父を許せなかったし、その親父を倒した男に興味を持った」
 それは、とリリィが息を吐く。
「幼女は邪魔な奴らを倒しながら男のところまで辿り着いたが、しかし出来ることと言えば身に
刻み込まれた行動だけだったって話だな。だから幼女は出来ることとして世界を滅ぼすなんつう
物騒なものしか選ぶことが出来なかった。だがせめて信じた男に幸せな夢の中で死んで貰おうと
思い、それを実行した訳だな。一人しか夢を見ることが出来ないのは、多分幼女の親父が自分用
に作ったからだろうよ。弟は既に生きていないしな」
 だがよ、と虎蔵は胸の辺りを探った。何度か胸の辺りを撫で回し、ポケットが消えているのを
思い出すと溜息を吐く。いかん、煙草持ってくるんだった、と呟き、
「だがよ、あぁ、煙草無いと雰囲気出ねぇな」
「雰囲気も何も、まず貴方、今は幼女じゃない。多分泣きを見るわよ?」
454名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 21:05:41 ID:Puhsht9t
455『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:05:54 ID:BE6zdhHE
 突っ込まれて舌打ちをした虎蔵は、三度目のだがよを言い、
「お前は出来てることがあるのに気付いてねぇだけなんだ。例えば廊下で倒れてた連中、奴らに
外傷なんて無かったって話だな。それはお前が他人を傷付けるのが嫌だったってことだろう? 
人が傷付くのが嫌だから、だからDr.ペドが嫌いだったんだ」
「勝手な妄想ね、偶然が続いただけよ」
「何十人も、か。だが、俺に夢を見させたのは」
「貴方が一番強いからよ」
「そうだな。じゃあ」
 一息。
「俺が眠る直前に、あたしを止めて、と言ったのは何だ?」
 虎蔵の言葉に、幼女は表情を消した。余裕のあったものから平坦な無表情に移り、そのまま手
にしていたワンピースを、ボタンを外すことなく頭から被る。次にバッグの中に入っていた包帯を手に取ると、虎蔵の方へ一歩、
大股で踏み出した。
「そこまで言うならゲームをしましよう。あたしの右腕を壊せば世界は守られるし、義娘になる
ことも認めるわ。その代わり私が買ったら世界が壊れるし、貴方の言葉が嘘になる」
 少し動いたせいか固まっていた血がひび割れ、傷口から血を溢れさせた左手を見ながら虎蔵は
強い頷きを返した。そして労るように丁寧に包帯を巻き、軽く幼女の頭を撫でてから離れ、
「聞いたな、皆。後で嘘プーとかは通じねぇぞ?」
 改めて構えを取った。
「最初から全力だ、リィタ、リリィ!!」
『InfinitKey:GrandOpen;』
『SumshinTiger:GrandOpen;』
 言葉と共に、虎蔵に更なる変化が起きた。装甲が弾け、空中に金色のパーツが出現し、それは
虎の叫びに近い音をたてながら合致してゆく。それによって作られるフォルムは先程までの曲線
を主にしたものとは正反対のもの。曲線という概念を捨て、その全てを直線によって構成された
シャープなものだ。眼前に出現した大剣を握ると同時に体の各部に黒のラインが走り、背部には
大小二対、計四枚の大翼が出現。音をたてながら翼を打つことで仕上がりを確認し、虎蔵は歯を
向いた笑みを幼女の方へと向けた。
 変化は虎蔵のものだけでは終わらない。
 虎蔵の背後、背中合わせになったリリィとリィタの周囲に無数の光板が出現する。黒鍵五本と
白鍵七本で1セットのそれは200のセットを持って一つの環を作り、環が五段に重なったものは
光のキーボードより作られる閃光の要塞だ。
456『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:07:58 ID:BE6zdhHE
 リィタとリリィは7000の鍵盤に手指を走らせ、
「行きますよ!!」
 踏み込むと、いきなり音速超過の衝撃が虎蔵の身を包んだ。
 足は床になる力場を踏んではいるが、羽ばたきとバーニアによる超加速は走ると表現するより
飛ぶといった動きで虎蔵の身体を前方に移動させる。装甲の各部からは水蒸気の糸をなびかせ、
下段に構えた大剣の先端は水蒸気を遥かに超えた雲というものを纏わせている。背後には長い髪
が揺れることすらせずに直線に伸びており、スカートはそのまま大気と同じ意味となっている。
 一閃。
 雲すら引かず、音速の倍の速度で振られた刃は、しかし止められた。頑丈な野太いフレームに
刃が食い込む鈍い音が響き、く、と幼女野太い口から苦悶の声が溢れ出した。しかし続くのは、
幼女からの連打だ。鋼の右腕のみならず、生身の腕や足すらも使っての連打は重さは殆んど無い
ものだが、しかし速度を持ったもの。
 だが行ける、と虎蔵は心の中で喜びの声を出す。
 各種のパラメータは二人のサポートを受けた現状にしても恐らく幼女の方が上だろう。それに
幼女は戦闘用に作られているだけあって手堅い防御を行うことが出来ているし、頭も良いので、
既にこちらの動きも何種類か覚えているだろう。技術を重視した
守崎の流派から見たら天敵にも近い存在だし、全力に近い威力で放った初撃を受け止められたと
いう事実も存在する。要所だけ見ていけば、それこそ敗因には暇が無い。
 だが、負けていないものもある。
 例えば、それは経験だ。自分は幼い頃から剣を振ってきたし、管理局に勤めてからは、何度も
戦闘を繰り返してきている。確かに幼女は良い受け方をしているが、何も知らず分からない幼女
故に見られる微かな隙というものが存在する。それに前提条件というものの違いも存在している。
こちらは全力でぶつかっていけば良いだけだが、相手は右腕を壊してはいけない為に全力を出す
ことが出来ないし、動きも右腕を庇いつつ右腕を武器にするという矛盾のある動きしか出来ない
状態になっている。それが弱さになるし、こちらが付け入る隙に変化をする。
 それに意思では負けていない。
457『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:08:46 ID:BE6zdhHE
 自分はリリィを、世界を護りたいと本気で思っているが、幼女は全力で来てはいるが、世界に
滅びて欲しいと本気で思っている訳ではない。寧ろ、それが勝てると虎蔵が思う一番の要因だ。
どちらも全力ならば、最後に勝敗を分かつ要因は本気かどうかという意思の力だ。それなら自分
は誰にも負けないという自信があるし、幼女には負けなければいけない理由がなければならない
と思う。そうでなければ、こちらが負けても意味がない。 なぁ、と虎蔵は言う。
「普通に暮らすつもりは無いのか?」
 何を、との問いに来るのは高速での連携攻撃だ。腰の捻りを入れた重い鋼の拳が大気を貫いて
放たれ、それを防げば多重の関節を利用した鋭い動きの左拳が飛んでくる。拳を放つ度に捻りと
溜めが増してゆき、それを利用した蹴りは尖鋭の角度を持って、空間ごとブチ抜くようにこちら
の剥き出しになった頭部を狙ってくる。
 互いの超速度によって背後に置かれた言葉を、それでも無理矢理引っ張ってくるような動きで
蹴りを繰り出し、幼女は叫ぶ。顔に浮かぶのは泣きそうな表情で、声は嗚咽を伴ったものだ。
「普通に、なんて……出来る訳が」
「出来る」
 叩き付ける動きの拳を受け止め、虎蔵は叫んだ。背骨は軋み、両腕も悲鳴をあげているが構う
ものでもない。その程度なら何度も体験しているし、幼女に告げねばならない言葉がある。
「普通なんて、望めばすぐに手に入る。特にお前は体の半分が人間なんだからよ」
「そんな簡単に」
 簡単なものではない、だが望めば手に入るものだ。

458『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:10:14 ID:BE6zdhHE
「例えば後ろの二人は、昔に起きた『首吊り』事件で悲惨な目に逢った。だが今は、普通に俺の
家族として気合いを入れて生きている。それに俺の友達にゃ、『D3』ながらも頑張って普通に
旅館を経営しながら生きている。人間と戦闘機械人形両方の素質を持つお前だったらよ、やって
出来ないことなんか無いだろうがよ!!」
 奥歯を噛んで踏み込むと、虎蔵は幼女を弾き飛ばした。そして続く動きは連続したもの、鋼の
腕を狙って虎蔵は連打という動きで大剣を叩き込んでゆく。意識の中にあるのは怒るのではなく
叱るという感情だ。まずは泣かす、全力で泣かす、大人気ないと思うが取り敢えず幼女を本気で
泣かしてやろうと思う。それもただ泣かすのではなく、心の底からの泣き声を出させてやろうと、
そう思いながら刃の連打を続けてゆく。背後から響く二人の演奏が背を後押しをしてくるのは、
自分の意思を分かっているからだ。
 泣かすのは、泣くのは、叱った結果だ。
 その泣き声が大きければ感情が強く出ているということだし、それが心の底からのものなら、
「産声だ!!」
 産声というのは、最も強い感情の表現だ。この世に生を受けた結果に発せられ、一生という時
の全てを告げるものとなるからだ。だから、それを出させてやろうと思う。この世に機械人形と
してではなく、一人の個体として生まれてきたのだと分からせてやろう、と。
 そう考えて、ふと思い付くことがあった。
 うっかりしていたものだと思い苦笑が漏れる。
 この世に生まれてくる為には準備が要るもので、それを忘れていた。
「アリス」
 呟いた言葉に幼女は首を捻るが、虎蔵はもう一度その名前を呟いた。
 この世に生まれる為には準備が要るもので、それは名前というものだ。個体だというからには
それを表すものが必要で、それは個体を一つの存在だと認める最大の理由になる。そして名前を
認めれば存在を認識されて、そこから人は成長を続けていくものだと思う。
「お前の名前だよ、アリス。悪くないだろう? 始まりの文字、Aから始まる少女の名前だよ」
 ふ、と幼女の表情が緩み、
「そうですね」
 動きが加速する。
459『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:10:52 ID:BE6zdhHE
 アリスとなった幼女の動きは生身の限界を超えたものになり、身体の各部から筋繊維が千切れ
骨が軋む音が聞こえてくる。肌は裂けて何ヵ所からは血が流れ始めているし、酸素を求めた口の
端からは血が流れ出している。赤の髪と赤のワンピースに鮮血が加われば赤の塊となり、それが
高速で動けば赤の風というものになる。
 虎蔵は笑みを強くして、は、と息を吐いた。
「少し普通に近付いたな」
「どこが?」
「まず全裸じゃねぇし、笑うと可愛いじゃねぇか」
 アリスは顔を赤くして笑みを消した。
「馬鹿、こんなときに敵を、しかも幼女をくどいてんじゃないわよ」
 言葉の突っ込みは前方からで、ますます普通に近付いたと笑みを浮かべると、不意に横を何か
見慣れた棒状のものが通り過ぎた。驚きに振り返れば何故か移動出力が下がり、もっと追記する
なら、いつの間にか魔法幼女の姿になったリィタが何故かこちらに向けて白銀杭を構えている。
しかも赤外線サイトによる狙いは正確にこちらの心臓だ。
「ば、馬鹿野郎!! 串刺しになるとこだったぞ!?」
 だがリィタの表情は真剣で、リリィはリリィで何やら耳打ち。こちらに聞こえてくる言葉は、
もっと狙いを正確にという嫌なアドバイスだ。虎蔵は半目で睨んだが、目が合った二人に露骨に
視線を反らされた。理不尽な、と思うが、いつもフォローしてくれる役のリィタが首謀者なので
助けてくれる者はいないし、この場の全員を泣かしてやろうかと思う。
「真面目にやりなさいよ」
「そうだな、残りは腕一本ブッ壊すだけだ。今は頭がおかしいが、あのリリィがきっと良い義手
を作ってくれるだろうよ。あいつの『腕』は俺が保証する」
 再び加速の力が満ちてきたのを感じながら、虎蔵は刃の振りを再開する。先程までのものより
鋭さを増した連撃は、それでも受け止められているが、僅かに虎蔵が推している。
 鋭音。
 耳に入るのは空間に満ちる音で、連続した音は鐘の音にも似ている。
 は、と声を漏らした。
「そろそろ素直になれよ」
 刃と鋼の腕が噛み合う音がするのは、自分の力が届いているからだ。力には感情が込められて
いるから感情が届いているということだし、感情が届けば、意思が通じることに繋がってゆく。
それを示すようにアリスの義腕には無数の亀裂が走り始めていて、既に崩壊してもおかしくない
と言える程だ。通じている、繋がり始めている、と笑みが強くなる。
460『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:12:20 ID:BE6zdhHE
「何で?」
 アリスは、疑問の声を発した。
「何で、そこまでするの?」
「決まってんだろ!!」
 そう、答えは一つだ。
「何度も言わせんな。お前が、それを望んだからだ!!」
 全ての音を掻き消す程の声で叫び、虎蔵は大きく身を捻った。
「まずは泣け、話はそれからだ!!」
 大剣の柄を両手で強く握り締めると至近距離にまで詰め寄り、限界まで息を吸う。大剣の尖端
を宙に弧を描くように走らせて右の腰溜めを中心として構え、左脚で身を前へと押し出してゆく。
跳ねる身体を右脚の踏み込みで床に押さえつけるようにして制御し、暴れる力は前へのベクトル
として偏っていく。身体のバネを利用して捻りという歪みは強引以上の力を持って回転しながら
戻り、一瞬という短い時間の中でそれら全ての動きを流れるように繋いでゆけば、それは斬撃と
いう意味を持った一つの動作になる。刃には体重を掛けた踏み込み、捻りが戻る力、腕の力や、
大剣の質量による遠心力、全てが収束すると、後は動作の目的となる場所に向かうだけた。
 放つ。
 最初に来た手応えは、重く硬いものを断ち割ったもの。
 続いて、ひ、という高い声が聞こえ、
「あたしは、そんな」
「我慢するな」
 その言葉を契機に、アリスの右腕が崩壊を始めた。歪んでいたフレームは支えるという目的を
失って外れ、シリンダーは音をたてて割れ飛んだ。ビスは切れ、ギアが慣性のみで空転している
動きが見える。動力を伝えるケーブルは熱を失い、義腕を構成していた全てが崩れ去ってゆく。
 更に、同時に二つの変化が起きた。
 一つは空間に起きたもの。空間を構成していた闇が晴れるように消えててゆき、無機質だが光
が満ちた元の転移装置室へと戻ってゆく。入口の方を見れば待機していた局員が見えているし、
こちらに向かって放つ声も聞こえている。
 もう一つの変化はアリスの表情だ。
 俯いて垂れた前髪の間からに見える表情は歪みを持ち、頬には涙が筋を作っている。左の手は
強く握り込まれ、曲がった背は細かく震えている。
「大変だったろう」
 虎蔵はアリスに近寄り、背を抱いた。各所から血が滲んだアリスの体が触れると白のインナー
に赤の染みが出来たが、構わない。そんなことより、初めて抱き締めたアリスの体の温度を快い
と思う。生きている人間と、何も変わらないと。
461『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:13:15 ID:BE6zdhHE
「我慢するなよ、アリス。泣けと言ったのは、泣いても良いということなんだからよ」
 言って頭を撫た直後、赤の色を持つ幼女の産声が響いた。
462『暗黒刑事ヘドロの魔法幼女大作戦-HolyBaby-』:2007/12/31(月) 21:14:04 ID:BE6zdhHE

 ◇ ◇ ◇

 晴れた空の下、リリィは手渡されたものを見て首を傾けた。
「ヘルメット?」
「おう、ちょっと出掛けるぞ」
 大型の単車を押しながら虎蔵は笑みを浮かべ、
「この近くに織濱の本家があるのは知ってるな? まぁ、昔は、俺の御先祖様の時代は、実家の
近くにあったんだがな。それは後で教えるとして、取り敢えず織濱の本家に行く」
 不思議そうな表情のままのリリィの頭を撫でながら、虎蔵はキーを差して捻った。エンジンに
火が入り、轟音と呼べる巨大な排気音が鳴り響く。虎蔵はアクセルを捻って具合を確かめ、
「婚約の報告みたいなもんだ」
「いや、何故織濱へ?」
「面倒な話だがな、俺の御先祖様が織濱の嫁を貰ったらしくてよ。それで守崎の家の者が結婚を
するときにゃ、相手の試験も兼ねた報告しなくちゃならねぇんだよ」
 リリィの表情が微妙に強張り、
「初耳ですよ?」
「当然だ、嫁にする奴以外には話さないようにしているからな。因みにセリスは、それを笑顔で
楽々突破しやがった。リリィ、お前はどうだ?」
 訊ねるとリリィは強引な笑みを浮かべ、
「余裕です」
 こちらの胸をヘルメットで叩いてくる。
 それで良いと頷き虎蔵は単車に跨がり、少し遅れて背中に細い体の感触が伝わってくる。腕が
腹にしっかりと回ったことを確認するとスタンドを蹴り、クラッチを踏んでグリップを回した。
加速が風となって体に伝わり、視界が高速で変化を始めた。
 大気が音の塊となって耳に入る中で、虎蔵はギアを一気に3速へ。
 その音に紛れるように、
「リリィ、ありがとうな」
「当然です。虎蔵さんみたいなロリコン駄目中年と結婚出来るのなんて、私くらいですよ」
「……そうかもな。トバすぞ」
 アクセルをふかし、ギアを一段上げるとしがみ付く腕の力が強くなった。頬を押し付けてきて
いるのか背中の中心に柔らかい感触と風でも冷えない温度が伝わり、リリィが後ろに座っている
のだと自覚させられる。
「俺が望んだことだ」
 説明をすることは山程ある。魔法幼女になって戦ったことや、その結果、幼女の養女が二人も
出来たこと。それは大変だが、間違っていないと思うこと。
 そして、また護りたいと思う者が出来て、それが幸せだということだ。
 ギアを更に一段上げると、背後からリリィの呟く声が聞こえてきた。
「今は幸福ですか?」
「当然だ!!」
463ロボ ◆JypZpjo0ig :2007/12/31(月) 21:15:08 ID:BE6zdhHE
これで終わり
長くてすみませんでした
それでは、良いお年を
464名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 21:21:12 ID:Puhsht9t
一番槍GJ!
あっという間に容量ががが。
良いお年を。
465名無しさん@ピンキー:2007/12/31(月) 22:04:57 ID:g8EFORdf
二番槍GJッ!そして乙ッ!
明日の朝ゆっくり読ませていただきます。
466名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 23:26:04 ID:3vSfFsJ+
遅いが…3本槍GJ!!久々だったな…ロボさんの投下。いい年過ごせそうだ。

てか、最近このスレ過疎気味じゃね?住人が少なすぎる気が…
467名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 02:17:33 ID:KQLuuiZf
にぶちんさんから
メールがついた〜

ツンデレさんたら
読まずに消した〜

し〜かたが無いので
メールを出〜した♪


「さ、さっきのメールな、なんなのよ・・・あ、あんたのく、口からい、い、言いなさいよ」


うんすまない・・・
住人は隠れているだけで存在すると言いたかっただけなんだ
468名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 07:21:50 ID:wszZa0lv
469名無しさん@ピンキー:2008/01/02(水) 19:01:47 ID:guKNLG9f
>>467
引っ掛かりすぎてて言語障害かとオモタ


十人いるかいないかぐらいか…?
470名無しさん@ピンキー:2008/01/04(金) 05:38:54 ID:gxkivOTt
471382:2008/01/06(日) 00:24:34 ID:ZcjEhtK6
謹賀新年。
二話目ができたので投下しまっす。
また、登場人物の名前の読みがわからないというレスをいくつかいただいたようなので
今度からは最初に読みを入れていこうと思います。
472382:2008/01/06(日) 00:25:08 ID:ZcjEhtK6
謹賀新年。
二話目ができたので投下しまっす。
また、登場人物の名前の読みがわからないというレスをいくつかいただいたようなので
今度からは最初に読みを入れていこうと思います。
473名無しさん@ピンキー:2008/01/06(日) 00:26:37 ID:1HJYGijQ
支援
474森厳学園の副会長さん:2008/01/06(日) 00:27:38 ID:ZcjEhtK6

森厳学園には一人の女帝が君臨していると言われている。
彼女の名は山置雲雀(やまおきひばり)
鬼女、クールビューティー、冷血仮面、氷の会長。
数々の呼び名を持つその存在。
警察官の父と弁護士の母の間に生まれた彼女は正に規律の具現者だった。
彼女は入学して数ヶ月、一年生にして生徒会長に当選すると、あっという間に学園の勢力図を塗り替えた。
具体的に言うと、不良の更生、駄目教師の追放、生徒会への権力集中である。
通常、いきなりこんな強引な行動がまかり通るはずがない。
しかし、彼女は見事に自らの豪腕をもってそれをやり通した。
ある人間には言論で、ある人間には策謀で、またある人間には実力行使で己の意を通していったのである。
『山置会長には逆らうな』
これは森厳学園関係者における鉄則であり、暗黙の了解であった。

昼休みの生徒会室。
用がない限りは役員すら立ち寄らないと言われているその一室に雲雀はいた。
目の前には開かれた弁当箱が鎮座している。
中身は玉子焼きにタコさんウインナー、そぼろごはんと色とりどりの女の子らしい可愛いラインナップだ。
彼女を知る者からすればいささか意外性のある中身といっていいだろう。
何せ、三食栄養剤で済ましているのではないかといわれている彼女なのだから。
閑話休題。
雲雀は真剣な表情で箸を伸ばす。
そして摘んだタコさんウインナーを持ち上げると、そっと口元へと運んだ。
ぱくり。
人差し指程度の大きさのそれが口の中に吸い込まれる。
もぐもぐと咀嚼、ごくりとのどを通る。
雲雀は緊張した面持ちで箸を下げた。
「…うん、美味しいですよ。雲雀さん」
「ほ、本当っ?」
ぱぁぁっ……
花のつぼみが開くかのような満開の笑顔が雲雀の表情に生まれる。
視線は目の前の眼鏡をかけた少年に固定されて動かない。
「でも、その…自分で食べますから。食べさせてもらう必要は…」
「私に、あ〜んされるの…嫌なの…?」
「いえ、決してそういうわけでは…」
目元を潤ませる少女に男子は慌てた様子で手を振る。
雲雀は、よかったと微笑むと次のおかずにと箸を伸ばし、先程と同じように少年の口元へとそれを運んだ。
475森厳学園の副会長さん:2008/01/06(日) 00:29:52 ID:ZcjEhtK6

「あ〜ん」
「……あ〜ん」
ぱくり。
渋々と口を開いた少年――懐は、この場面を他の誰かが見ていたらあまりの衝撃的光景に
卒倒するだろうなと遠い目をしながら生徒会室の扉を見た。
だが一向に扉は開く気配を見せない。
「余所見しちゃ駄目」
誰も入ってくる様子のない扉からすぐさま視線を戻される。
眼前には頬を膨らませた生徒会長様。
そう、彼女は生徒会長なのだ、巷では幾つもの呼び名と共に恐れられているはずの。
「まだまだあるからたくさん食べてね」
にこにこと微笑みながら箸を差し出してくる少女に、氷の会長と呼ばれる面影は欠片も存在しなかった。
むしろ、今の彼女を見てそういった単語を連想するほうが難しい。
それほどに今の雲雀は可愛らしく、また献身的だったのだ。
(時々、事情を知ってる俺でも二重人格って疑いたくなるからなぁ…)
ふと、思い出す。
二重人格といえば、昨日見たあれはなんだったのだろうかと。
学校のアイドルとして名高い鳴風真白(なるかぜましろ)の突然の怒号と奇行。
雲雀とほぼ同レベルの有名人である彼女のことは当然懐もよく知っていた。
常に微笑を絶やさず、周囲に優しさを振りまき、それでいてそれを鼻にかけることもない完全無欠の聖女。
それが周囲における真白のイメージであり、懐も少なからずそう認識している部分があった。
しかし、昨日見た彼女はそんなイメージをぶち壊すものだった。
表情を崩して声を荒げる、まるで普通の女の子のようだった。
(まあ、あっちのほうが好感はもてるけどね…)
どっちが真白の本当なのかはわからないけど、と懐は玉子焼きを咀嚼しながら考える。
甘い、美味しい。
雲雀の料理の腕は妹分である珠美のそれに匹敵する。
懐の知る限りで二人には交友関係はないはずだが、意外に話が合うかもしれないな、と思った。

「……」
「雲雀さん?」
咀嚼が終わり、玉子焼きを飲み込んだ懐は首をかしげた。
すぐさま次が来ると思われたのに、雲雀の箸は机の上に置かれていたのだ。
「…懐さん、ぼーっとしてた」
「え」
「何を考えてたの?」
じーっと上目遣いで見つめてくる視線。
懐はその可愛らしい仕草に少しばかりほのぼのとしたものを感じつつも、焦った。
476森厳学園の副会長さん:2008/01/06(日) 00:31:37 ID:ZcjEhtK6

「何か、悩み事でもあるの? ……それとも、女の子のこと?」
ぎくり、と身体が硬直する。
両方とも当たりだった。
だが、馬鹿正直に答えられるはずもない。
雲雀が冷血仮面のあだ名通り、氷のような視線を向けてきているのならばあるいは圧力に負けていたかもしれない。
しかし今の雲雀はおどおどとまるで小動物のように問いかけてきている。
これで、彼女を悲しませるとわかっている回答を口にできるはずがない。
「あ、いや、その…」
「…ごめんなさい、困らせるつもりはなかったの」
懐の困った様子を見て取ってか、シュンと落ち込む雲雀。
「あーうー、いや、昨日ちょっと珍しいというか…意外なことがあったもので」
「意外なこと…?」
「ええ、ちょっとラブレ……あ」
「ラブレ………ター?」
ピシリ。
僅かに首を傾げ、語句をつなげた雲雀の動きが止まり、空間にヒビが入った。
懐も自分の迂闊さに声をつなげられない。
「懐さん、ラブレターもらったの…?」
「い、いや、それが悪戯だったみたいで!」
「悪戯…?」
まるで切り出された別れ話を信じられない女の子のように確認を取ってくる雲雀。
だが、懐の次の言葉をきいた瞬間、その表情が変わった。
「そう…悪戯…ね」
ゴゴゴゴゴ…!
あえて効果音を出すとすればこんなところか。
懐は呆然とそんなことを考えながら眼前の少女を見つめる。
雲雀は、今までの態度が嘘だったかのように氷の会長の名の如く無表情になり、目を細めていく。
「懐さんにそんな残酷な悪戯をするなんて…許せない」
「ざ、残酷って…」
たらり、と冷や汗を流す懐。
一体雲雀の脳内では自分はどんな傷心少年になっているのか。
「懐さんの優しい心をもてあそぶなんて言語道断。山置雲雀の名の下に犯人を処罰しなくては」
「うえっ!? い、いいよそんなの!?」
本気と書いてマジと読む。
そう瞳に書いてあった雲雀のただならぬ様子に懐は必死でストップをかける。
このままでは犯人――この場合は真白ということになるのだろうか、は明日の朝日を拝めないかもしれない。
雲雀がそれを行うだけの行動力と権力を持っていることを知っている懐はあたふたと慌ててしまう。
477森厳学園の副会長さん:2008/01/06(日) 00:33:22 ID:ZcjEhtK6

「いいの、私のなつ……こほん、この学園の副会長を貶めた罪は重いのだから」
「き、気にしてないから!」
「私が気にするの」
雲雀はすっかりその気になってしまっていた。
まずい、このままではとんでもないことに。
そう考え、必死に考えを巡らせる懐。

コンコン

その瞬間、緊迫した生徒会室にノックの音が鳴った。
刹那、机の上に置かれていた弁当箱が雲雀の手によって消える。
寄せられていた懐の椅子はあっという間に離され、雲雀との間に距離がとられる。
どこからともなく書類が現れ、机の上に置かれていく。
この間、僅か二秒。
「し、失礼します。今年度のクラブ予算の決算書を持ってきました」
恐る恐るといった風体で扉の向こうから現れたのは生徒会の一員である一年生の男子だった。
懐の一つ下にあたる彼は魔境と呼ばれる森厳学園生徒会において貴重な存在だった。
何せ、懐と雲雀を除けば生徒会に残っているのはもはや彼だけなのだから。
「…そこに置いておきなさい」
「ひっ、わ、わかりました!」
絶対零度の視線が無垢な一年生を射抜く。
普通、雲雀のような美人に視線を向けられれば喜の感情が出るものだ。
しかし、今の彼はまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
(……うわ、可哀想に。ガチガチに固まっちゃったよ)
そんな二人のやり取りを半分他人事のように見つめる。
よく耐えていたが、そろそろ彼も辞めてしまうかな?
懐はほぼ確定した未来を嘆きつつ、視線を雲雀に向ける。
(相変わらず、変わり身早いなぁ…)
つい先程までたんぽぽのような笑みを見せてくれていた女の子は今能面のような表情を見せている。
いつもさっきまみたいな顔を見せていればこの人の評価もかわるだろうに。
懐はそんなことを考え、くすりと笑う。
だがその瞬間、ギラリと雲雀の目が光った。
「副会長、何を笑っているのですか?」
「え、そ、そんなことは…」
「そんなことでは困ります。生徒会副会長たるもの、いつも威厳を持ってもらわないと」
「…は、はい」
「全く、それでは……あら?」
男子生徒の姿はそこにはなかった。
ただ、『辞表』と書かれた一枚の紙切れが落ちていたのを懐は見逃さなかった。
478森厳学園の副会長さん:2008/01/06(日) 00:35:32 ID:ZcjEhtK6

(…これで、また残ったのは俺だけか)
はぁ、と溜息をつきつつ懐は床に落ちている紙を拾う。
雲雀が美人だからお近づきになりたい。
所詮は女だろ、生徒会の権力はもらった!
そんなことを考えて生徒会への参加を希望するものは多い。
だがそういった者たちは例外なく数日で辞めていく。
理由は簡単、雲雀の圧力に耐え切れなくなるからだ。
先程の男子は前者の理由からの参加だったようだが、ついに耐え切れなくなったようだった。
(五日か、持ったほうだよな)
五日というとここ一年の中では長い部類の記録である。
うんうん、と頷きながら懐は紙を雲雀に渡すべく振り向く。
そこには、不安気な表情を浮かべた生徒会長の姿があった。

「あの、懐さん…」
つい先程までの凛々しさが嘘のように弱々しい声で雲雀が呟く。
最後の一人が辞めたことで雲雀もやはりショックだったのだろうか。
どう慰めたものかと悩みかけた懐の制服の裾が握られた。
勿論、犯人は雲雀に他ならない。
「ごめんね、睨んだり、あんなこといったりして…」
「え」
懐は固まった。
てっきり辞表にショックを受けたのかと思っていたら、雲雀は懐への態度について落ち込んでいたのである。
「でも、皆の前だとああしないといけないから…」
「ああ、いや、気にしてないですから」
ぱたぱたと手を振って否定の意を示す。
そして素早く移動すると扉を閉める。
誰も通りかからないとは思うが、万が一にも今の雲雀を誰かに見られるのはまずい。
(けど、誰も信じないだろうなぁ…会長の素顔がこんな可愛い女の子だとは…)
多少の優越感を抱きながら懐は再び溜息をついた。
表情一つ変えずに重大な決断を下し、悪意ある者たちを文字通り投げ飛ばす無敵の生徒会長。
だがその実体は一人の男子の動向に一喜一憂する普通の女の子に過ぎなかったのだ。
(といっても、それを知ってるのはおそらく俺一人…なんだよね)
ふと、懐は思い出していた。
それは一年前のこと。
懐が雲雀の『本当』を知り、今の役職――生徒会副会長につくことになる切欠の出来事。
それはちょうど雨の日のことだった。
479382:2008/01/06(日) 00:36:56 ID:ZcjEhtK6
投下終了。
ミスで投下開始のレスが二つ…(汗
480名無しさん@ピンキー:2008/01/06(日) 01:11:03 ID:MEj+8KMw
一番槍GJ〜!!!
おそれいりましたとしか言い様がないっす
481名無しさん@ピンキー:2008/01/06(日) 01:21:04 ID:7crIHR8n
うおおおおおぉおおぉお!!
GJ!
会長かわええええ!
482名無しさん@ピンキー:2008/01/06(日) 18:44:49 ID:bVO8OkxE
>>479
読み仮名ありがとう。
483名無しさん@ピンキー:2008/01/07(月) 00:24:42 ID:Tts8Tq6R
ちょっと待て、これは今晩中の投下を期待していいのか?起きて待っていてもいいのか??

気になるじゃないか
484名無しさん@ピンキー:2008/01/07(月) 00:27:59 ID:vERo8fS5
この外ツン内デレは満塁ホームランだ・・・
気持ち良いくらいに真芯でスタンドに持っていかれた。
485名無しさん@ピンキー:2008/01/09(水) 13:36:57 ID:dGNdumfK
寧ろ、胸元鋭くえぐるシュートだな
…真芯だとツン8デレ2?
486名無しさん@ピンキー:2008/01/10(木) 20:31:22 ID:tQ7lCrPH
自分はストライクゾーンを広いからツンデレ以外でも場外弾が飛び出すこともある。
487名無しさん@ピンキー:2008/01/10(木) 23:58:37 ID:l+AJErr1
>>486
あれ?俺がいる…
ツンデレ・素クール・幼馴染み・修羅場・キモ姉妹他とイチローばりのスプレーヒッターな俺は異端?
488名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 02:59:22 ID:awnUAY9n
489名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 04:30:39 ID:psmqnjvf
>>487 >>486
よお、俺。
ツンデレ・素クール・幼馴染み・ヤンデレ・キモ姉妹・依存・主従関係他な俺が来ました。
490名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 08:25:41 ID:WTu12aNb
>>486 >>487 >>489

俺がいっぱいいるスレだな
491名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 14:25:26 ID:Yw059DdE
ツンデレ、素クール、姉、人外娘、フタナリ、百合、身長差、孕ませ、甘えん坊に対応した俺参上。でも全部ラブラブ前提な。
492名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 14:41:37 ID:J+xa6RvC
自分の属性を披露するスレはここですか?
493名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 00:15:33 ID:XrnaARgO
このスレを見た女の子がツンデレになる確率があがるじゃないか

リアルツンデレってどんな感じでどのくらいいるの?

俺の周りは天然かツン100%しかいない…
494名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 03:28:46 ID:TmlCmI+6
そもそもリアルツンデレのデレの部分を見るためには相手に好感を持ってもらわないといけないわけで・・・
495名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 14:03:20 ID:7swPuRX9
ツン100%を惚れさせれば立派なツンデレに!

そこが難しいとかいわない(´・ω・)
496名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 18:08:07 ID:SjBwouH/
ツン100%って完全に無視されてない?笑
どんなに第一印象が悪くても、嫌われてる=気にはされてる と解釈できるから希望はあると前向きになれるかもしれんが…100はちょっと…(´Д`)

とりあえず褒めれば引っ掛かる所が出来るか?w
497名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 18:51:02 ID:YioDLPbs
>>493
>ツン100%
それは嫌われてるだけじゃ・・・
498名無しさん@ピンキー:2008/01/12(土) 23:22:34 ID:iBDuew/M
ツン100%を好むってかなりのドMじゃないかwww
ただのMじゃ苦痛で耐えられないだろw
499名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 06:50:12 ID:aV43IrXM
500名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 11:53:13 ID:ofA93lNb
ツン100%=嫌われている?
逆に考えるんだ。まだフラグの立て方が足りないだけだと
501名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:45:54 ID:RvqbzcIp
ツン100%に言うこと聞かせるところがミソ・・・あれ?なんか違うか
502名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 12:48:05 ID:Fnb6+dti
>>501
それはツン堕ちとか調教とか言われる類のものでは。
503でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2008/01/13(日) 22:21:25 ID:IS9z2/tp
SS第7話投下します。
504Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:22:01 ID:IS9z2/tp
 「飯できたぞーっ」
 凍夜お手製のハンバーグが出来上がり夕食の時間となった。
 克行と観月がホクホクじゃがいもとハンバーグが盛り付けられた皿をテーブルに運ぶなか、玲奈と緋莉に
菜月はイスに腰掛けている。
 買い物班だった2人は何が起こったかは知らないが、雰囲気で悟り声をかけるのを止めた。話しかけたら
それが追い詰めることになってしまいそうだから。
 「いいかみんな?存分にこの超絶品ハンバーグを噛み締めるんだ。そして俺を崇めるんだ。せーの、いた
だきます!」
 調理班の班長であり副班長でただの班員、ようするに1人で全て作った凍夜が号令をかけて皆が飯にあり
ついた。凍夜ら3人はいつものごとく食べるが玲奈と緋莉は小さくハンバーグを口に運ぶ。
 若者が好きな濃厚ソースが掛かったハンバーグは噛むほどに黄金色の玉ねぎの甘味と、肉汁が口いっぱい
に広がり
 「おいしい!」(観月)
 「うまっ」(克行)
 「うん、もはやプロ級だな」(緋莉)
 「あー、おいしい〜っ」(玲奈)
 「さっすが凍夜君だわ!うまいし、最高だよ!」(菜月)
 と叫んでしまう。
 先ほどまでの憂鬱はどこへやら、3人の表情には笑顔が戻り食べるペースも普段通りになった。
 心の奥底でやってやったぜ感に浸りながら特製ソースを付けた白飯を食べる凍夜。こんなんで良いならず
っと作ってもいいかなぁなんて思ったり思わなかったり。
 「もうね、言うことないよ!完璧!最強!だからおかわり!!」
 「早っ!?あ〜、少し待ってろ。よそって来るから」
 菜月の大皿と茶碗を受け取りキッチンに向かおうと立ち上がった凍夜に
 「凍夜くん、私もおかわりちょーだい?」
 「あっ俺も」
 「私も頂こうか」
 「残したら勿体無いから私も食べてあげるわよっ。は、早く頂戴!」
 と、追い討ちをかける。
 「お前ら少しは自分でやれよ!つーか、俺にも飯喰わせろ!」
 などと言いつつ実は内心喜んでいる凍夜。その証拠に唇の両端は上に曲がっている。仕方ねえな、そんな
に俺の特製ハンバーグが食べたいか。そっかそっか、だったら腹一杯に食わせてやるよ。
 調子に乗って目を瞑りうんうんと頷いていたのが悪かったのか
 「ちょっと!ノロノロしてないで早くしてよ………せっかくアンタの料理食べられるんだから……」
 怒られた。本心は聞かれなかったが。
 「はいはい、サーセン。まっ、俺の特製ハンバーグでも食って大きくしろよ」
 「……何をよ?」
 「そんな残酷なこと言わせんなよ。なぁ菜月?」
 「えっ?……ああ」
 菜月の視線が自分の胸に向かっているのに気付いた玲奈は、凍夜が何を言いたいのか理解した。
505Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:22:36 ID:IS9z2/tp
 「こ、こ…殺す!ぶっ殺す!!」
 玲奈は少女に似つかわしくない暴言を吐きナイフを手にした。隣の菜月が羽交い絞めし何とか加害者にな
らないでいる玲奈。
 「あ、あああアア、アンタ、人の胸をおおおおお、大きくしろって……!!!!」
 「いやいや胸なんて言ってないぞ。俺はそのちっさい身長を大きくしろって言ってるんだ。すっげー親切
じゃね?」
 「嘘付けっ!それに凍夜私の胸見ながら言ってるじゃない!身長のことでも大きなお世話よっ。ああもう
離してよ菜月!私はアイツを殺(ヤ)らなきゃいけないの!!」
 玲奈は菜月の腕の中ジタバタ動くが身長差があるため自由になれない。また足が若干浮いているのでこの
まま持ち運ぶことも可能だ。
 「ダメでちゅよ玲奈ちゃん。ご飯の時間は静かにお行儀良くするんでちゅよ?あと誰かを殺すのもメだか
らね。わかりまちたか?」
 「はあーっ!?何言ってんのよ菜月!菜月まで馬鹿にする気!?ちょっと凍夜!アンタのせいで皆に笑わ
れるはめになったじゃないっ!ねえ聞いてるの!?あっ、ちょっと待ちなさいよ!!」
 笑い声を上げながらキッチンに向かう凍夜を見ることしかできない玲奈は、むぅーっと頬を膨らませ特製
ハンバーグを待つことにした。
 (なんか凍夜のくせに調子に乗ってない?人が気にしている胸を言うだなんて最低。それともなに?やっ
ぱり男は小さい胸より大きい胸の方がいいってわけ?私だってなりたくてなったわけじゃないのに!菜月と
同じくらいになったら私のこと見てくれるかな……?って何考えてんのよ、私!?)
 「……さっきから何してんの?宇宙人とでも交信か?」
 両腕に大皿を持った凍夜が頭を横に振ったり挙動不審な玲奈を呼びかけた。
 「えっ!?あ、ちょ、ちょっといきなり話しかけないでよ、びっくりするじゃない!」
 「ふっ、話しかけるのにいきなりも何もないだろ」
 「河原さんは黙ってて!」
 「図星をつかれたからってキレないキレない」
 「元はと言えばのせアンタのせいじゃないっ」
 「俺かよ……」
 「そうよアンタのせいよ!凍夜のせいでどうやって自分の胸を……って何言わせてんのよ!!」
 マグマのように憤怒した玲奈は凍夜に責めよる。
 「むね?」
 「誰も胸なんて言ってないわよ!これ以上変なこと言うと、その使えない脳みそ引きずり出すからね!」
 バン!と玲奈がテーブルを叩いたため食器が2〜3cm宙に舞い、汁一滴も零さずに着地。これはテーブ
ルクロス引きよりも高等な大道芸に見える。
 「酷い!玲奈が僕のこと虐めるよパパン!」
 凍夜は克行に抱きつき玲奈を指差しおいおいと泣いた振りをするが、克行は嫌っそうな顔をして凍夜の頭
を掴んで思いっきり引き剥がした。
 そしてたった一言―――
 「……ウザイ」
 「ヒデーーーーーーー!」
 「ひで?中田?」
506Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:23:14 ID:IS9z2/tp
 「観月先輩。一応ツッコんでおきますがヒデ違いですしベタ過ぎです」
 「……ん〜?」
 「いや、ですから。サッカー選手の方じゃなくて酷いを言ったんですよ、凍夜は」
 「………おっ!」
 菜月のツッコミで観月は頭上にあった?マークがなくなり代わりに電球マークがピカピカと光っている。
だが次は菜月の頭に?が浮かび某建築CMよろしく、「なぜ中田の方なんだ……?」と呟く。
 「ママン聞いて!パパンがボクちんのこと虐めるんだ」
 めげずにボケを噛まそうとしたのが間違いだった。
 克行にしたように観月の体に縋り付こうと接近した瞬間、襟首が何者かに掴まれ「うげぇ」とカエルの鳴
き声を出してしまった。
 恐る恐る後ろを振り返ると――

 「それ以上観月に近づいたら……」
 「それ以上他の女にいくなら……」

 そこには――

 「「殺す!!」」

 ――禍々しいオーラを身に纏い仁王立ちする少年と少女がいた。
 「お、おう!?」
 「お前他人の彼女に手出さないよな……?」
 「アンタ尻尾を振って女の子に近づくなんて……まして観月先輩を……」
 「いやいや冗談だよ、冗談……何もそこまでキレなくてもいいじゃんか。いやだなぁ〜アハハ」
 凍夜の力無い乾いた笑い声が響く。
 「冗談で他人の彼女を使うのか……?」
 「そうよそうよ!何で観月先輩なのよ!?あっ、いやこれは別に私でも良いじゃないっていう意味じゃな
くて、克行君の目の前で観月先輩に手を出すのはどうなのかなっていう意味なんだからねっ。変な勘違いし
ないでよ」
 早口で捲くし立てる玲奈に対して克行は(……何かが違う)などと呆れながら横目をつかう。
 緋莉たちも克行と同様に違和感を感じ玲奈に視線を送った。それに気付いた玲奈はあれ?あれ?とキョロ
キョロ周りを見る。この場の異様な空気を作り出した張本人は何がなんだか解らないようだ。
 「えっ?なによこの雰囲気は?」
 いえいえ、あなたが作り出したものですよ。カッコよく言うならば創造主ですよ。など言いづらいので
 「いや別に……それよかハンバーグ冷めるぞ」
 逃げてみた。
 「そうだな。折角の料理が台無しになってしまうからな」
 「……?まあいいわ」
 玲奈の頭の中を簡単に説明すると凍夜の料理>>>>>>>>今の空気といった感じだろう。
 「だけど凍夜、また女の子にセクハラしたり身体のこと言ったら殺すからね」
 16年間も悩み続ける身体的コンプレックス>>>>>>>>凍夜の料理なのは仕方がない。この胸のせ
いで何回ネタにされたか思い出したくないし、記憶から消し去りたいものだ。
507Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:23:48 ID:IS9z2/tp
 *   *   *   *
 夕食が終わり緋莉と菜月が各自の食器を流し台に持っていく。夕食を手伝うことができなかったことに責
任を感じたのか、2人は自ら皿洗いを進み出た。玲奈もやりたかったのだが、また地獄絵図を見せられてし
まいそうなので菜月が私らで充分だからと言って止めた。
 凍夜の方は2人の申し出を断らず克行たちと同様に、テレビを見ながら満腹感に酔いしれている。ソファ
の座り心地と程よい満腹感や疲労などが合わさり、睡魔と言う手強い怪物に進化して凍夜を襲う。
 頭をカクンと船を焦がしながらも心の中で戦うが
 (……ダメだ、今寝たら……確実に後悔する……目覚めろ俺!睡魔を打ち倒すんだ!ぬぅおおおおお!)
 「……スー」
 睡眠大好きな凍夜がこんな強敵に勝てるわけがなく、すぐに白旗を振ってしまった。だって人間の基本的
な欲求じゃん?仕方ないさ、アハハハ。
 「ちょっと起きなさいよ凍夜」
 凍夜の体がゆさゆさと揺れる。のではなく玲奈に揺らされている。あと数秒で向こうの世界ではなく心地
良い夢の世界に行けたのだが強制帰還が命じられた。
 「んあ……なんだ〜」
 体を起こして眠い瞳を擦りながら目の前にいる玲奈をジッと見る。意識も玲奈の輪郭もぼやけてしまって
いるので、頭をトントンと叩き眠らないよう努力するが一向に睡魔は去ってくれない。
 「あのさ折角遊びに来てるんだから寝ないの。それにすぐ寝たら牛になるわよ」
 「ん〜?……やることねーじゃん。見たいテレビだってないし……ふぁあ……克行だってのんびりしてん
だし別にいーじゃん」
 「あ、私がつまんない……」
 「えっ、今なんか言ったか?ゴメン聞こえなかった」
 「だから!えーと……あのー……」
 玲奈は口に右手を当て上目遣いの視線を凍夜から逸らして言葉を探す。頬を微かに赤く染めて。
 「一緒に遊んであげなくもないよ……?」
 「はい?」
 「あーもう!だから暇だから付き合いなさいって言ってるの!」
 微かに染められていた頬は真っ赤になっている。言い方もどこか投げやりになってしまい心が少しチクッ
とした。もう少し優しく言えないのか、と。
 「……ダメ?」
 「いいよ。眠気が無くなってくれそうだし」
 「ホ、ホント!?あ、いや凍夜が私に付き合うのは当然よね」
 誰にも気付かれないほどの小さな小さなガッツポーズを作ってホッと安堵する。
 ここで断られたら玲奈に大きな傷跡ができてしまう。自分は凍夜にとっては睡眠に劣る存在なんだと確証
になる。これは地味にショックだ。
 「で、なにすんの?」
 「え〜っと……」
 「……」
 「あ〜……」
508Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:24:21 ID:IS9z2/tp
 「おやすみ〜」
 「ちょ、ちょっと待って!こら、寝ないの!」
 横になってもう一度夢の世界に行こうとしたら襟首を持たれ、前後に揺らされて息ができない凍夜はあち
らの世界に逝ってしまいそうになる。白目を剥いたのに気付いた玲奈は手を離し、凍夜はソファに倒れてゲ
ホゲホとむせてしまう。凍夜は呼吸を整えてから抗議した。
 「決まってないじゃんか……」
 「そ、それは凍夜が決めるの」
 「俺かよ」
 「そうよ、大体デートとかも男が決めるじゃない。それと同じよ」
 玲奈は外人のように肩をすくめてハァとため息。当然でしょ?なに言わせてんの?と言いたいような表情
に冷たい視線を凍夜に与える。
 「なるほど、これはデートなのか」
 「ち、違うわよ!なに言ってるの!?」
 「だって玲奈が……」
 「他人のせいにしないの!まあ……凍夜がそう言うなら……デートってことにしても……いいけど……」
 頬を桜色に染め体を恥ずかしながらモジモジさせる様はとても女の子らしい。
 「じゃあ散歩でもするか。そうすりゃ目も覚めるだろうし」
 「そ、そう。じゃあ行こう」
 *   *   *   *

 観月に出かけることを伝えた凍夜はぶらぶらと外を歩く。
 悲しみや喜びなどのあらゆるものを包み吸収してしまう黒い空の下、凍夜と玲奈は別荘の近くにある海辺
に向かって歩いていた。この前まではすぐに落ちていた太陽も最近になっては少しずつ頑張っているようだ
が、まだ夏のように明るさを保つことはできないようだ。
 ――今は5月。仲の良い家族や友人にカップルはこのゴールデンウィークを楽しんでいるのだろう。ここ
にいる玲奈たちもその中に当てはまる。
 本当は凍夜と一緒に過ごしたいという願いは叶ったのは事実。ただおまけが要らなかった。できれば2人
っきりが良かったのだがこればかりはもうしょうがない。今を楽しもう。この場には2人以外だれもいない。
天敵の緋莉もいない2人だけの世界。
 そんなことを考えていたら心も身体も熱くなってきたが、海の近くのおかげで冷たい夜風が火照った身を
冷ましてくれる。
 別荘を出てから数分、石段を下った先に月光を受けて煌く海が広がる。無人の砂浜には凍夜と玲奈のジャ
リ、ジャリという足音と、勢いが全く無い静かに打ち寄せる波の音しかなく、それはまるで映画の1シーン
のようだ。
 「少し座るか」
 「うん……」
 別荘を背にし海を眺めるかたちで浜辺に座る。夜空を見ると星が点々とあり凍夜たちが住む住宅街では見
ることができないものだった。
 「すごいよなー、観月先輩の家って」
509Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:25:17 ID:IS9z2/tp
 「そうだね」
 「……」
 「……」
 お互い何を話せばよいのか解らず無言になってしまう。向こうではどんな暮らしていたのか聞きたいこと
は山のように多く、凍夜がいなくなったときの寂しさを愚痴にして困らせたかったはずの玲奈は、言葉に表
さない。話題が多ければ多いほど何を掴めば良いのか迷ってしまう。
 寄せては返す波の音はBGMのように2人の頭の中に入り込み、玲奈は自然が織り成す音楽を聞くことに
した。静かな波音が玲奈の心をクラシック以上に癒してくれる。海面にも広がる星は絵画を思わせどこか現
実離れしていた。
 「……ごめんな」
 凍夜の寂しい一言が先ほどまでの空気を掻き消す。凍夜の言葉は何に対しての謝罪かすぐに解った。
 「……もういいの。詳しい理由は知らないけど家の事情かなんかだったんでしょ?」
 湿った声が凍夜を困らせたいという玲奈の悪戯心を壊す。
 「まあ、そんなところかな」
 ふぅと一息。そして諦めたような声で言う。
 「それなら仕方ないよね……」
 玲奈も高校生だから子供の力の無さなんて嫌というほど知っているし、自分よりも長く生きている大人た
ちと衝突しては挫けた経験だってある。残酷なことに子供は親の言うことを従って生きていくしかない。ど
んなに抵抗しても結局は自分の力の無さに涙を流すのだ。
 だから過去のことは諦める。あのときはお互い小学生でカッコイイことを言ってもそれを実現することは
できないから。
 「でも、お願いだから……」
 声を震わせ懇願する。顔を俯かせ前髪で瞳を隠しているので凍夜からは表情を窺うことはできない。だか
ら玲奈が怒っているのか泣いているのか寂しがっているのか解らなかった。
 「もう2度と勝手にいなくなるのはやめてっ!!!なんであのとき何も言わないで消えちゃったの!?待
つ方の身になってよ!寂しかったんだよ?悲しかったんだよ?」
 凍夜の方を向いた玲奈の表情は涙でグシャグシャだった。大きく綺麗な瞳から溢れ出る大粒の滴は彼女の
思いを乗せて、頬を伝い、砂に混ざって消えていく。

 ――玲奈の顔はとても悲しそうで
 ――とても寂しそうで
 ――どこか怒っていて
 ――目を逸らしたくても逸らしてはいけない気がして

 「私たち幼馴染でしょ!?一言、たった一言で良かったのになんで何も言わなかったの?そんな関係だっ
た!?簡単に壊れちゃうほどの絆だったの!?」

 ――彼女の叫びは俺の心を壊しそうで
 ――でも彼女を追い込んだのは紛れもなく俺であって

 「凍夜のバカーーーーーーッ!!!!」

 ――気付いたら俺は彼女を強く強く抱きしめていた
 
510Slowly×Slowly:2008/01/13(日) 22:25:57 ID:IS9z2/tp
 *   *   *   *
 長年溜めていた玲奈の心の叫びを吸い取ったのは星が煌く空でも月光を反射する海でもなく、1人の幼馴
染だった。そのおかげか玲奈もすぐに落ち着きを取り戻すが顔はまだ赤い。それは多くの涙を流したためか
凍夜の腕の中にいるためか。自分の顔が耳まで赤くなっていることぐらい玲奈も気付いている。その理由も
考える必要すらない。
 「凍夜……もう大丈夫。ありがと」
 正直まだ味わっていたかったが甘えていられない。玲奈は名残惜しそうに凍夜の身体から静かに離れた。
 「勘違いしないでね。泣いたのはアレよ、アレ。ほら……目にゴミが入っただけなんだから。それに悲し
いってのは私がなんか除け者っていうか、惨めな立場にされてイヤだったっていう意味だからね」
 「そっか」
 静かな海辺に凍夜の右ポケットの携帯電話から軽快な音楽が流れる。ディスプレイには『Eメール受信 
緋莉』と表示されていた。メールの内容は『散歩にしてはいくらなんでも遅くないか?しかも有澄と一緒に
行ったと聞いたが……いいか?もし不純なことをしたら怒るからな。あと有澄ばっかり構うんじゃなく他の
人とも接したらどうだ?すぐ近くにいるんだから。……少し話しが脱線したな。とにかく夜遅いから早く帰
って来るように』と、玲奈に対して嫉妬が混じったものだった。
 「そろそろ帰って来いだって」
 「ん〜っ、じゃあ帰ろっか」
 立ち上がり伸びをする玲奈は吹っ切れた表情でいた。とても可愛い笑顔でそれを見た凍夜は驚いて頬を赤
く染める。
 (今の玲奈……すっげぇかわいい)
 「いつまで座ってんの?はやく帰ろ」
 「ん、そうだな」
 凍夜も腰を上げズボンに付着した砂をパンパンと落とす。そして玲奈を見つめて静かに口を開いた。とて
も真剣な眼差しで。
 「玲奈……俺さ」
 (この目つき……も、もしかしてこここここ告白!?ちょ、ちょっと待ってまだ心の準備がああああ!)
 玲奈の心はそよ風に吹かれるタンポポのように舞い上がり
 「――転校とかもうしないよ」
 (わ、私も凍夜のこといいかなっていうか、まあそこまで言うなら付き合ってあげるって、え?なに?て
んこう?)
 「親の都合とかでまたどこかに行くことはもう無いから安心して。まあぶっちゃけ英語なんて話せねーか
らアメリカに行く気がないのもあるけどな、ハハハ」
 大きく墜落した。
 「……えじゃない」
 「え?」
 「当たり前じゃない!なにをえらそぉぉ〜に言ってるの?私にあんな思いをさせたのは死に値すると言っ
ても過言じゃないのよ?それなのにいきなり真剣な顔してこくは……じゃない、今のはなしっ!」
 「は?なに?コクハ?」
 玲奈は真っ赤になって凍夜をにらむ。
 「ばっ、今のなしって言ってるじゃない!それ以上言うならその使えない脳みそを鼻から引きずり出すか
らね!」
 文句を垂らしながらも笑う玲奈。先ほどまで泣いていた顔とは思えない女神のような美しい笑顔を知って
いるのは、世界中でただ1人。

 66億5051万人の中のたった一人である幼馴染だけだった。
511でぃすぱ ◆g5uZET9koI :2008/01/13(日) 22:28:54 ID:IS9z2/tp
だいぶ遅くなってしまいましたが明けましておめでとうございます。
また読んでいただきありがとうございます。今年もたくさん喜んで頂けたら幸いです。
それではSlowly×Slowly第8話でまたお会いしましょう。ノシ
512名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 22:59:31 ID:iHDjJS9j
一番槍GJッ!
玲奈かわいいよ玲奈。
513名無しさん@ピンキー:2008/01/13(日) 23:30:31 ID:g+32+n/V
SS更新キター。
玲奈の可愛らしさに万歳。
514名無しさん@ピンキー:2008/01/14(月) 01:55:17 ID:EHTO0pdF
まだ7話だっけ?乙
515名無しさん@ピンキー:2008/01/14(月) 02:04:00 ID:Nq9HpMB/
GJです
8話を心待ちにしています
516名無しさん@ピンキー:2008/01/14(月) 22:27:56 ID:nluCxXnR
いつの間にかSS新しいの来てる! 第八話も楽しみにしてます
517名無しさん@ピンキー:2008/01/14(月) 23:07:09 ID:bCye9kK9
>>516

ばかぁ!下げなさいよ!
え、スレが下がりすぎで危険だったから保守で上げた?

あんたはそんな事を気にしなくていいのよ。

私がちゃんと見てるし…

だから頑張って、すっごくいいSS書いて住人を驚かせてみなさいよ!!
518名無しさん@ピンキー:2008/01/17(木) 21:33:30 ID:Ro/+Ltvs
519名無しさん@ピンキー:2008/01/19(土) 06:14:04 ID:q6ZhXnmH
520名無しさん@ピンキー:2008/01/19(土) 21:35:54 ID:X5SD02li
そろそろ次スレが必要だな
521名無しさん@ピンキー:2008/01/22(火) 15:45:26 ID:SNYxG9ma
522名無しさん@ピンキー:2008/01/24(木) 02:19:40 ID:TSgfRSKY
523名無しさん@ピンキー:2008/01/26(土) 08:52:30 ID:tcoKKt7p
 
524名無しさん@ピンキー:2008/01/27(日) 07:23:16 ID:eX5wajti
525名無しさん@ピンキー:2008/01/27(日) 16:51:45 ID:b5cN1Cp9
次スレ

ツンデレのエロパロ7
ttp://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1201418764/
526名無しさん@ピンキー:2008/01/27(日) 20:35:11 ID:mHFfm4hJ
すいません
次スレを立てた者です
スレ立てやってるときに急に仕事が入ってしまい、
二レス目がgdgdになってしまいました。
申し訳ありませんでしたm(_ _)m
527グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:41:09 ID:w2ex1h7L
投下します。
今回で九回目になります。
528グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:41:56 ID:w2ex1h7L
「……邪魔するぞ、はじめ」
 ドアを開けて部屋に入ってきたのは、千夏だった。 
 やよいと一戦交えた後でも顔に傷ができていないのは、顔面を狙われなかったからか、全て躱していたからなのか。
 しかし、外から見ただけでは怪我らしい怪我を負っていないにしても、動きはどこかぎこちない。
 部屋に入るときに出した声も、ドアを開ける手にも勢いがない。
 それでも瞳に気が籠もっているところは変わらない。
 隙を見せないよう、相手の機先を制することができるよう、前を見据えている。
 はじめがマナの背中と脚を持ちベッドへと運び、今まさに横たえようとしている様が、千夏の目にははっきりと映っていた。
「あ、その……本当に、邪魔だった、か……?」
 気まずい顔で、言葉を詰まらせる。
 はじめも困惑を声に出したい気分だったが、出さなかった。
 マナを抱えた状態でそんな声を出すことはできない。それはマナに対する見栄のようなもの。
 なにせ、ついさっきまで自分はマナと唇を重ねていたのだ。その直後に呻いたらかっこ悪く思われそうだ。
 はじめは気づかない。千夏が闖入してきた時点で良い雰囲気が台無しになっていることを。
 千夏の方向を向いているから、マナが不機嫌なオーラを放っていることにも気づかない。

 そうして、はじめと千夏が向かい合い、マナがしかめっ面をしたまま時が過ぎる。
 部屋の壁に掛けてある時計が、動き続ける。一秒ずつ律儀に、等間隔で小さな音を立てる。
 静けさに包まれた部屋がため息をついた――ような錯覚を、はじめは覚えた。
 実際にためいきをついたのは部屋ではなく、だっこされ続けていたマナだった。
「はじめ」
「うん、なに?」
「そろそろ下ろしてくれない? ていうか、下ろしなさい」
 吐き捨てるようなマナの声に従い、はじめはベッドに小さな体を横たえた。
 続けてその体の上に乗ったりはしない。数分前まではそうしようと考えていたが、今はできない状態にある。
 千夏の視線を浴びながら行為に及ぶほどはじめは愚かではない。
 だから、とりあえず問題のなさそうな動きをとることにする。
「千夏さん、起きたんだね」
「う……うん。実際は結構ふらふらな状態だがな。目が覚めてしまって、眠ることもできないから、
 誰か居そうな部屋を探して歩いていたんだ。そうしたら、この部屋の灯りがついていたから……入ってしまった」
「そう、なんだ」
「うん、そう。あ、ははは、ははははは……」
 間を持たせることができないはじめは苦笑い。千夏は乾いた笑い声を漏らす。
 そのまましばらく同じ行動が繰り返された。
529グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:43:07 ID:w2ex1h7L
「はあぁ…………」
 あからさまな落胆のため息を吐いたのはマナだった。
 ベッドに腰掛けながら床を見つめている。
 はじめと千夏には目を向けない。
 足をぶらぶらさせながら、退屈そうにしている。
「あんたたち二人とも、何やってんのよ」
「何、と言われても」
 どうやってこの気まずい空気を振り払おうか、とはじめは考えている最中だった。
 それはそうだ。さっきのはじめとマナが作り出していた空間は恋人たちだけに作ることのできる甘いもの。
 いきなり千夏が部屋に入り込んできたせいでその空気が一気に台無しになった。
 湯煎をかけているチョコレートに水が入り込んで台無しになったようなものだ。
 こうなったせいでマナがどう思うのか、考えるだけで気分が落ち込む。
 しかし、その事実を千夏を前にして言うのもなんだか悪い気がする。千夏に悪気はなかったのだ。
 もう一度、今度は肩をすくませながらマナがため息を吐く。
「はじめの考えてることなんかわかってるわよ。
 私にもその人にも気を遣って、なんて言って場を取り繕おうか、悩んでるんでしょ」
 少しだけ救われた気持ちになったはじめは頷いた。
「それは無駄なことよ」
「へ? 無駄って、どういうことだ?」
「無理をして取り繕おうとしなくてもいいってこと。だいたい、はじめが今更格好つけたって遅いわよ。
 そんなことしたって、私にとってのはじめのイメージはずっと固定化されたまま」
 面と向かって、あんたは格好良くない、ともとれる台詞言われてしまったはじめは、当然ながらショックを受けた。
 これでもマナややよいの前ではしっかりした姿を見せようと努力していたのだ。
 気分が落ち込んでいく。僕って、マナにとってはずっと昔から変わっていないのか。

 その時はじめは、マナが自分の顔をまっすぐに見つめていることに気がついた。
 マナの瞳に映っているのは憧れではない。しかし失望でもない。
 出逢った頃からずっと変わらない親愛の情だった。
「私ははじめがいいの。
 同じ家に住んで、同じ釜のご飯を食べるっていうことの繰り返しを一緒にしたい相手ははじめだけ。
 いくらあんたが間抜けなことやヘマをやらかしたって私は見捨てないわ。
 だから、そんな落ち込んだ顔しないの。泣く二歩手前ぐらいの顔つきになってるわよ、今」
「……え、あ…………」
 はじめは、あんたは格好良くない発言ではなく、マナの大胆な告白のせいで涙腺が緩みそうだった。
 これほどまでにマナが自分のことを想ってくれているとは、今まで気づかなかった。
 歯を噛みしめて溢れ出そうなものをこらえる。
 喉の奥にじんわりとした、けれど心地いい、そんな痺れが拡がった。
530グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:44:02 ID:w2ex1h7L
「ま、そんなわけだから私に悪いなんて気持ちは持たなくてもいいわよ」
「ああ。ああ…………ありがと、マナ」
「どういたしまして。
 それで話は戻るけど、私はこうなったのが嫌だってわけじゃないのよ。……実を言うと、ね」
 言葉を一旦切ったマナは、千夏の方を見た。
 千夏は口を脱力しきったように開け、呆然としていた。
「酉島、千夏さんだったかしら? 名前」
「え、あ! あ……ああ。うん、そうだ」
 そして不意に声をかけられ、慌てて平静な表情を作った。
「歳はいくつ?」
「今、十八だ」
「じゃ、私より年下なのね。年下だからってわけじゃないけど、千夏って呼んでもいいかしら?」
「構わない。私もマナと呼ぶことにする」
「そう。私もその方が気楽でいいわ。
 実を言うと、千夏に話を聞いてみたかったのよね。今回の件に関しては」
「今回の、件?」
 疑問に思った千夏が首を傾げる。
 しかし、すぐに思い当たったようで、小さな声を漏らした。
「さっき、庭ではじめを押し倒していたことについてか」
「あ、それはいいわ。どうせはじめのことだから喜劇みたいな出来事があってああなったんでしょうし」
 どうせ、というところにひっかかるものはあったが、はじめは口を挟まない。
 マナの言うとおり、コメディーのような展開を経て二人は庭でくっついたのだ。
 千夏をはじめの方へ向けて押したのは卓也なのだが、狙い通りに事が運んでしまったのは、はじめだからこそだろう。
「そのことではない、ということか?」
 千夏は腕を組んで眉をひそめた。
「わかんない?」
「わからないな。私はただはじめと仲直りしただけで」
「あ、それよそれ。いや、それそのものじゃないんだけどね。
 仲直りしなければいけなかったってことは、つまり友達にはなっていたってこと、でしょ?」
「う……うん。そうだ。なあ、はじめ」
 はじめは無言で頷いた。
 仲直りしたおかげで、以前よりも千夏に親しみを覚えるようになっている。
 今では卓也の次ぐらいに仲のいい友達だ。

「そこに、私は疑問を覚えるのよねぇ……」
「どういう意味だ?」
「ねえ、千夏。しょーー……じきに、答えてよ」
 わかった、と言ってから千夏は首肯した。
 マナの目が真剣味を帯びる。その変化ははじめにはもちろん、会って間もない千夏にも分かるもの。
 声の調子を抑え、マナが口を開く。
「本当に、はじめはただの友達?」
「さっきもそれには答えたぞ」
「よく聞きなさい。ただの友達なのか、って言ってるの。
 はじめはただの友達で、親しみ以外に何か他の感情を抱いていないの?」
「他の……? たとえば?」
「だいたいわかってるんじゃないの? 
 親しみに近い方向で、他のって言えば、恋愛感情ぐらいでしょ」
531グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:44:50 ID:w2ex1h7L
 マナ以外の二人が絶句した。おそらくこの場に卓也がいれば同じ反応をしただろう。
 はじめは驚愕のせいで、千夏は言葉が見つからなかったせいで、卓也は大笑いしそうな口を押さえているせいで。
「わ、わ…………」
 最初に立ち直ったのは千夏だった。
 唇が震えているせいで、声までもが震えていた。
「私が、はじめを、好きだと。そう言いたいのか、マナ」
「そうじゃないかな、と疑ってる。あ、好きって言っても友達として、とかナシだから。
 ちゃんとはじめのことを男として意識して、モノにしたいと思っているかどうか、それが知りたいの」
「モノ……はじめは人間だが……」
「モノにするっていうのは、独占するって意味。
 毎日片時も離れず傍に居て、他の女には目を向けさせない。そうしたい欲求が独占欲」
「ど、どどど……独占、欲……」
 初めて聞いた単語であるかのようにどもる。
 千夏の顔は紅くなっていない。
 だが、目がはじめとマナと部屋のインテリアの間を行ったり来たりしていて、落ち着いていない。
 まるで頭の中に強い負荷がかかっているようだ。もう少しで処理落ちしかねない。
「武道家たるもの、煩悩は振り払うべし。……と父は言っていた。だから私は……」
「やよいが言うには、その人の歩む道には大きな通りはあっても、それ一つで成り立っているわけじゃない。
 小道や、荒れた泥だらけの道や、大通りと見間違えそうな整った道があって、ようやく形になる。
 だから私は全身全霊ではじめくんを愛します、だって。
 やよいの言うことにならえって言うつもりはないわよ。
 でも、自分をごまかすっていうのは道を無理矢理壊しちゃうようなもんじゃない?」
「うむ…………うぅ……」
 千夏が手近にあった壁に手をつけた。目の焦点が合っていない。
 やよいを前にしてもひるむことなく立ち続けていた勇姿は見る影もない。
「どうしろというんだ、私に」
「正直に答えればいいのよ。
 はじめとは友達のままでいたい、それか、恋人の関係がいい。どっちか」
「私、には……」
 ようやく、千夏の目に意志の光が灯った。そこに映ったのは、力強いものではなかったが。
532グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:46:14 ID:w2ex1h7L
「――わからない。私は誰かを好きになったという経験が一度もない。
 一人で今まで生きてきたわけではない。父と道場の門下生と、卓也と。あと……母と。
 いろんな人の助けがあって今の私がある。そう思う」
「本当に誰も好きになれなかったの?」
「嫌、なんじゃないな。怖いんだ。
 誰かを好きになっても、いつか嫌われるか、去られるかもしれないと思うと。
 私には父がいる。道場の師範を務めている。はじめも知っているだろう?」
 はじめが頷くのを見てから、千夏は言葉を続ける。
「母もいた。優しくて暖かくて、厳しくて怒りっぽくて、でも真っ直ぐな人だった。
 私は、母のことが大好きだった。小さな頃は母にずっとくっついていた。
 でも、母はある日、病気で亡くなった」
 マナもはじめもじっとしたまま、込められた感情を聞き逃すまいと耳を傾けている。
「私がどれだけ落ち込んだのか、今では覚えていない。卓也が言うには相当なものだったらしいが。
 母が亡くなって、父は厳しくなった。それが過保護ゆえのものだとは知っている。
 しかしそれはここ数年で気づいたこと。
 母が亡くなって間もない頃の私にとっては、世界が闇に包まれたほどの変化だった。
 子供心に思ったことは……もう誰も好きなるまい、というもの。
 誰かを好きになっても、いつかはいなくなってしまう。いつかは嫌われてしまう。
 ならば最初から誰にも深く関わらなければいい。
 誰に対してもとりつく島もないほどに厳しく接すれば、近づいてこないだろう、と」
「それで、残った友達が卓也一人なの?」
「あいつは、なんだろうな……そう、お節介焼きなんだ。
 おちゃらけているように見えて、実は他人のことを考えている。
 私だけでなく、身近にいた人に対してはいつもそうだったよ。
 卓也のことは人間として好きだ。男としては見られない。
 はじめ。私が、卓也は私のものだ、と叫んだときのことを覚えているか?」
「うん」
 忘れるはずもない。
 千夏の告白もインパクトが強すぎたし、その次に卓也へ向けて放たれた正拳突きも衝撃的だった。
「あの言葉、自分でもどうして言ってしまったのかわからなかったのが、今になってわかった。
 ずっと私と仲良くして欲しい。これからも世話を焼いてくれ。それが変じてあの言葉になった」
「そう、なんだ……。でも、それなら」
 遮るかのように、千夏は手を伸ばした。手のひらがはじめの顔へ向けられている。
 二三度首を振ってから、千夏が口を開く。
「それは恋愛感情とは違うものなんだ。無理だ。もう卓也は友達としてしか見られない。
 でもずっと近くにいて欲しい。ふふ、これも独占欲かな、マナ?」
「ん…………かも、ね」
 自信なさげにマナは頷いた。

「話が逸れたな。私が、はじめのことをどう思っているか。言うよ、今から」
 千夏がはじめへ向けて一歩踏み出す。
 真正面から見据え、目と目を合わせる。
 二人とも瞬きをすることはあっても、視線を逸らすことはない。
 はじめは何を言われても聞くつもりだった。
 おそらく、最初は友達の友達だった、今では直接の友達だ、と言われるだろうと予測を立てた。
 それは思いつきで閃いた、浅すぎる予測だった。
 はじめの深刻度は、決意を固めた表情を浮かべる千夏に対してレベルが低すぎた。
533グレーゾーンのメイドと家政婦2 ◆Z.OmhTbrSo :2008/01/30(水) 01:47:48 ID:w2ex1h7L
「さっきも言ったように、私は自分から誰かを好きになろうとも、好かれようとも思わない」
 言葉を聞き、はじめの心が軽く痛んだ。
 自分に対しても同じように考えていたのだろうか、と思ったのだ。
 しかし、千夏の言葉には続きがあった。
「だけど、この間の模型の展示会が行われていた会場に行った日、例外が起こった。
 はじめの作った模型がきっかけだ。テーマは家族、季節ごとに分けて作られていたな」
「うん」
「父親と母親と子供の三人家族だった。それを見て、自分の家族の姿と重ねてしまった。
 こんな風に父と母と手を繋いで、日々を過ごしたいという夢を浮かべた。
 模型を見ているうちに、久しぶりに、いや初めてかも知れないが、
 これを作った人に会ってみたい、と思った。
 感動したことをその人に伝えたい。あなたは私の恩人だと伝えたかった。
 そんな時に現れたのが、卓也と一緒にやってきたはじめだった。
 本当にありがとう。もう一度礼を言わせてもらう」
 千夏が頭を下げる。想いのこもった礼をされて、はじめは戸惑った。
 コンテスト会場で千夏に礼を言われたときもだったが、自分の作ったものがここまで人に影響を与える。
 それははじめにとってまだ慣れないことなのだ。
 慌てて言葉を探しているうちに、千夏が頭を上げた。
「……それから、はじめと会話するようになり、今まで味わったことのない楽しさを知った。
 私と仲良くしたいとはっきり言ったのははじめぐらいのものだ。
 理由も告げずに絶交宣言しても、私を見捨てず、捜し回ってくれた。
 本当に嬉しかった。同年代の人と触れ合うのがここまで楽しいと思ったのは初めてだった。
 これからもはじめと仲良くしたい。だけど――卓也とは違う意味で」

 ――え?
 思考をさっぱりと洗い流された。頭がクリアになり、千夏の言葉が頭の中で跳ね回る。
 スーパーボールのようにそれはひとところに落ち着かない。
 そして、さらにはじめの思考を混乱に陥れる言葉が投げかけられる。
「今、はじめを想う心が恋心なのかは、私にはわからない。
 ただ、はじめのことをもっとよく知りたい。
 ……この願いだけは、何度自分に問いかけても変わらない」
 はじめが千夏の言葉を理解するまで、十回以上の反芻が必要だった。
534名無しさん@ピンキー:2008/01/30(水) 01:48:52 ID:w2ex1h7L
今回はここまでです。
次回、えろシーンの予定。
535名無しさん@ピンキー:2008/01/30(水) 19:55:50 ID:Wzoqz9Pj
GJ!!
536名無しさん@ピンキー:2008/01/31(木) 01:16:18 ID:9MxWxpRy
次回が楽しみすぐる。
537名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 08:59:37 ID:oCFa4pmA
埋め
538名無しさん@ピンキー:2008/02/05(火) 16:39:23 ID:PxJq3hbT
u
m
e



































539埋めネタ:2008/02/05(火) 18:45:36 ID:oJHiY2iJ
「はい、これが修学旅行の班分けが書かれているプリントです。
 みなさん、自分がどの班にいるのかちゃんと確認しておいてくださいね」
 新年になって一ヶ月少々経った今日、僕の所属する二年A組では修学旅行の準備に突入していた。
 別の学校に通っている友達が言うには、二年の秋頃に修学旅行を行うものなんだそうだけど、
どういうわけか僕の通う高校では二月の末になってから行うのが慣例らしい。
 正直に言うと、こんな時期に修学旅行に行かせようとする学校はおかしい。
 だって、秋ならともかく二月のうちはまだまだ冬だから寒いのだ。
 ジャンパーかコートを着なければ外を出歩くのも億劫になる時期だ。
 とてもじゃないけど、乗り気にはなれない。修学旅行をさぼりたいぐらい。
 でも、僕一人だけ修学旅行に行かなかったら、なんだか空気を読めていないみたいな感じに思われる。
 卒業アルバムの集合写真に僕の姿がなく、右上に顔写真だけぽつりとあったりするのは寂しい。
 というわけで、僕も修学旅行には行く。

 行き先は華の都京都だ。海外旅行に行ったことがないくせに海外に行きたくない僕にとっては嬉しい。
 周りはオーストラリアがいい、いやアメリカだろう、イタリアのバイクをこの目でみたい、なんて不満を垂らしている。
 僕が思うに、こんな機会だからこそ国内に行くべきだ。
 普通は逆の意見が多いんだろう。だけど、僕は持論をねじ曲げたりはしない。
 友達の数人と行くならまだしも、二年生全員で海外旅行に行っても楽しくないはずだ。
 まず修学旅行だから予定を個人の自由で立てられない。行き先が絞られている旅行なんておもしろくない。
 僕はなるべく人の集まらないところへ行って、そこで過ごす人たちを観察したい。
 都会に行っても気忙しいだけで、気が滅入るだけだ。そう、田舎なんかベスト。
 でも海外の田舎はどんな風習があるかわかったものじゃないので、あんまり行きたくない。
 安全な日本で、そこに暮らす人々を見ていたい。僕はその方がいい。
 まあ、今回は修学旅行。思った通りに振る舞うのはこれから先に一人旅をする時のためにとっておくとしよう。

 配られたプリントを見て、班分けを確認する。
 班分けはあらかじめ数人グループで希望を出し合って決めているらしい。
 らしい、というのは僕が班分けを決める日に風邪で欠席していたから。
 だから、僕が誰と班を組まされているのかは知らない。
 まさか一人ということはないだろうけど、あまりものみたいには扱われているかも。
 そんなことを考えながらプリントを見る。
 僕の名前があるのは八班。で、総員――――二名。
540埋めネタ
「なんだこれ……」
 目を丸くするしか、今の僕にすることはできない。
 他の班は五人で組んでいるのに、僕のいる班だけはペア。別の言い方をすれば二人一組。
 三十七人のクラスだから、五人ずつ組まれていったら二人余るけど……どこかの班に入れてくれてもいいじゃないか。
 そりゃ、休んでいた僕が悪いんだろう。けど、友人たちの情の薄さにはほとほと呆れる。
 やれやれ、いったい誰と組まされて居るんだか。
 プリントを見て、同じ班になったかわいそうな相棒の名前を確認する。
                                                                  
「げ……」
 まさかこいつと? 明らかにいやがらせだろう。こりゃあ、修学旅行は悪い思い出しかできそうにないな。
 ため息もつきたくなる。そして実際に、馬鹿でかいため息が勝手に漏れでた。
「なによ! そのため息!」
 背後から大声を上げられ、僕は肩を震わせた。
 振り向く。後ろに立っていたのは――かわいそうな相棒だった。
「やあ、菜々美」
「やあ、じゃないわよ。何、今のため息は。プリントを見ていたわね? そんなに私と班が一緒になったのが嫌?」
「嫌じゃないよ。別に」
 嫌だよ。当たり前じゃないか。
 だって、お前と一緒になったらこき使われることになる。
 なんでこんなイベントの時まで一緒にならなきゃ行けないんだ。
「あんたね、友達の誘いを断ってまで一緒に班を組んで挙げた私の優しさがわからないの?」
 お前はあえてそうしたんだろう。自分勝手なルートをとりたいから。
「そうじゃないよ。ただ、二人っきりっていうのが、どうもな」
「仕方ないでしょ。五人一組で班を作るのが普通なんだから」
「でもなあ……」
「むむむ…………」
 おや、菜々美の顔が赤くなっている。
 照れている訳じゃなさそうだ。ストーブの上に乗ったやかん的な熱され方だ。
「あんたなんか……」
「ん?」
「あんたなんか! ピアノの角に頭ぶつけて死ねばいいのよ! ばかーーーーーっ!」
 それを言うなら豆腐の角じゃないのか、というツッコミを入れるまもなく、僕は菜々美に殴られた。
 もっともあまり痛くない。だって菜々美は女の子だから。
 菜々美はまずった、とでも言いたげな顔で自分の拳と僕の顔を見ている。
「あ……ごめん。つい、その……さ、さよなら!」
 そしてきびすを返して教室のドアを開けて廊下へ飛び出した。ドドドドド、という足音が聞こえる。 
                                                               
 またため息をついて、僕は立ち上がった。
 菜々美はまた屋上ですねているだろう。迎えに行ってやらないといつまで経っても戻ってこないはず。
 修学旅行の計画をどうせ立てなきゃ行けないんだ。屋上でそうすることも悪くない。
 プリントとノートと、シャープペンを二本持って僕は屋上へ向かうことにした。
                                                   
                                                     
                                                    
                                                  
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