男主人・女従者の主従エロ小説 第二章

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645名無しさん@ピンキー:2008/08/20(水) 13:19:38 ID:C7QWOrop
GJ!!
収入が釣り銭漁りとはw
646名無しさん@ピンキー:2008/08/20(水) 14:52:22 ID:DIbDWGlf
>>643
正直すまんかった。エロ無しでだらだら投下するのはマナー悪いしね。
次の書き手さんも投下のタイミングを計りづらいだろうし、次から気をつける。

読んでくれた人ありがとうでゴンス。
647名無しさん@ピンキー:2008/08/21(木) 00:09:50 ID:voSJIbBN
不条理な出現ぶりが面白いぞ
続きを書いてくれ
648名無しさん@ピンキー:2008/08/24(日) 10:26:48 ID:9ndPdaZ9
649名無しさん@ピンキー:2008/08/26(火) 19:05:06 ID:fyc7pYEG
ほっしゅ

見習い「ひなたぼっこ…ポカポカ…」
騎士「おい、演習中に寝てるんじゃない。…俺のマントは?預けておいたろ」
見習い「…うるさい。あっちに置いといた」
地べたに捨ててあるマント
騎士「おおおいっ!!貴様はどうして上官の物を粗末に扱うのだ!!」
見習い「私は貴方に仕官したんじゃない。私が仕官したのは団長。少し黙って」
騎士「ふざけるな!貴様のような半人前の下っ端が団長のお傍に付けるとでも思っているのか!」
見習い「………今まで黙っていたけど…実は私、団長の隠し子なの…」
騎士「ぅえっ!!!??」
見習い「本当はただのか弱いオンナノコだけど…行き場が無くてここに預けられている」
騎士「…(そう言えば目元の辺りに団長の面影がある様な無い様な…)」
見習い「騎士に混ざって生活しなければならないのは…辛い…。でも…私にはこれしか……」
騎士「…もう何も言うな。…わかった。なるべく俺も配慮しよう。…その、怒鳴ったりしてすまなかった…」


見習い「(信じた…馬鹿だ…)」
650名無しさん@ピンキー:2008/08/29(金) 01:24:26 ID:ErSS3yhf
>>649
団長がきれいなお姉さんだったらいいなぁ
651 ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:24:25 ID:FHlhNrXH
投下します。
義手の少女傭兵と少年神官。エロ無し。厨二ファンタジー物。
長くなりそうなのでトリを用意してみました。NGは名前欄のトリでお願いします。
652光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:27:42 ID:FHlhNrXH
傍らの傭兵が重い荷物を担ぎ上げた。
「カーナ、僕も手伝うよ」
傭兵の名を呼んで少年が手を伸ばす。
主のジュネは腕力はもちろん身長も体重もカーナには及ばないのだが、それでも何かカーナの力になりたかった。
「いえ、護衛の仕事です」
カーナは静かにそれだけを返す。拒絶でも遠慮でもない、単なる区別を口にする事務的な声だ。
ジュネの出した手の平は引っ込みがつかずにしばし空を掻き、やがて恥ずかしそうに体の脇へと戻された。
二人分の食料や衣服を肩に背負い港へと歩き出すカーナにジュネは慌てて続く。
ジュネの頬が熱い。いくら護衛と言えど、女性に力仕事を任せる自分が情けない。
「ま、待ってよ」
「はい」
ジュネの声にカーナは歩みを止め、子犬のように駆け寄る小さな主を待った。

カーナは女傭兵だ。
背中には鞘に納めた剣がベルトで固定されている。厚みはさほど無い薄い剣だが、幅は太く、長さはジュネの背程もある。
カーナはジュネより幾つ年上なのだろうか。しかしジュネの見上げる彼女の鼻梁や頬の線には、まだ成長しきらないあどけなさが残っていた。
すらりと伸びた手足と引き締まった小さな胴体をタイトな防護服が包む。
653光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:29:42 ID:FHlhNrXH
くっきりと出た胴のシルエットは成熟した女性の凹凸とは遠く、固い果実のように痩せていた。
それでもすでにカーナの容姿が若い女性として魅力的なことは、小さなジュネにもわかる。
配置や大きさの整った目鼻は華美ではないが小作りな美形であったし、細い体も充分に女性としての機能を果たすのだろう。
ただ、多くの男性がカーナをそういった目では見ないこともジュネは理解していた。

しなやかなカーナの体の中で右腕だけが恐ろしく巨大だった。

荷を支えるその右腕が鉛の色に鈍く光る。義手だ。
カーナの二の腕から先を覆うそれは人の手を模した義手ではない。
甲殻を持つ化け物のそれに似ていた。
凶暴な形を誇示するように尖った外殻が組まれ、肘からは大きな鋼の歯車がはみ出ている。
五本の指は鉄片が重なりかぎ爪の形を成していた。

カーナの腕は街の人々の目を集める。
今も通り過ぎた食料店の前で、王国騎士達がカーナを指してささやき合った。「あんな物どこで造ったのか」「あれで剣が扱えるのか」と。
国でも有数のこの港街は様々な職業や人種で賑わっているが、その住民にもカーナの腕は奇怪に映るのか、カーナの姿を見た者は一様に顔をこわばらせ道を開けた。
654光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:33:04 ID:FHlhNrXH
当のカーナは、ジュネに危害が及びさえしなければどんな視線にも反応を示さないし、ジュネはジュネでカーナ以外の事は気に止めない。
雑多な人混みを左右に分け、悠然と進む少女と少年は平和でのどかだ。
「ねぇ、カーナは船に乗ったことあるの?」
「はい」
「いいなぁ!僕は初めてなんだ。…ちょっと船酔いしないか心配なんだけどさ…。カーナは船酔いしないの?」
「はい」
「ふぅん。じゃあ僕も平気かなぁ」
ジュネの明るい声にカーナの短い答えが返ってくる。
まるで一方通行な会話だったがジュネは楽しそうだ。
カーナが側に居さえすればいつだってご機嫌なのだ。ジュネの小さな胸の中は常にこの無口な護衛のことで一杯だった。
ジュネは、子供が母に続く様にカーナの背で揺れる青い髪を一心に追う。
ベリーショートの栗色の髪からのぞくおでこや初々しいおろしたての神官服が、12歳という年齢よりさらに彼を幼く見せた。
ジュネの丸い瞳には、街の建物に切り取られた空に溶けるカーナの髪が映る。
網膜に漠然と映るカーナの髪は風にそよぐだけで、他の何の意味もジュネに示さなかった。

通りを抜ければ潮の匂いが一層強く溢れる。
「うわぁ…!海だよ」
655光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:36:10 ID:FHlhNrXH
ジュネは初めて見る海へと目が釘付けになった。
石段のその先の景色は、途方もなく広がる水面で塗り潰されている。
「カーナ!ほら海だよ!海!」
はしゃいでカーナを追い越し駆けるジュネだが、港へと降りる階段に足をかけた瞬間「ふぎゃ」と悲鳴をあげて立ちすくんだ。
水面に反射したぎらつく光と肌を刺す塩気は内陸育ちのお坊っちゃんには刺激が強く、顔に手をかざしてたじろぐ。
「…しょっぱい…」
呟くジュネの隣を淡々と進むカーナがすり抜けて行く。
「……ねぇ、今気付いたんだけど、カーナの右腕海水で錆びちゃわないかな」
初めて触れる潮風にジュネは心配になって問うが、カーナもカーナの右腕も平然としていた。
「大丈夫です」
「そっかぁ…」
船に乗ったことがあるらしいから、海にも経験があるのだろうか。
ジュネは気を取り直し、カーナに続き石段を降りた。

いくつもの船着き場に国の持つ巨大な船や漁師達の小さな漁船がひしめき合う。
船底を濡らす波音と船乗り達の賑やかな声に混じり、高く響く海鳥の声が心地よい。
二人が目指すのは神殿の旗を掲げた大きな船。二十人ほどの乗組員を抱える、この港に並ぶ中では大きい部類に入る運搬船だ。
656光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/08/29(金) 01:38:23 ID:FHlhNrXH
辿り着いた二人を初老の船長が待ち構えていた。ジュネの神官服を認めると深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました」
船長の挨拶に会釈を返し、ジュネは胸元のポケットから神殿の紋章を取り出して見せた。
鎖でポケットの縁と繋がったその銀盤には、太陽と月とを乗せた天秤が彫られている。公平を表す神殿の証だ。
「中央大神殿より参りました、ジュネリアと申します。この度はよろしくお願い致します」
ジュネの朗らかな挨拶にはいささかの緊張も気負いも見られない。
子供とはいえさすがは神官という人種だと、船長はばれぬよう小さく息をついた。
ふと、顔を上げた船長とジュネの目が合った。レンズの様に澄んだジュネの栗色の瞳に船長の無防備な顔が一瞬映る。
その船長の表情が瞬く間に恐怖で歪んだ。
火に触れた様に船長はジュネの目から顔を背ける。息はあがり、固く握った拳は震えていた。
「…申し訳ありません…」
船長は無礼を詫びるが、ジュネは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。勝手に覗き見る様な失礼な真似は致しません」

ジュネに目を合わせられるのを人は嫌がる。
彼の性質を知らない赤の他人ですらも本能で悟る様に、その二つの目を恐れた。
657名無しさん@ピンキー:2008/08/29(金) 01:44:19 ID:FHlhNrXH
とりあえず以上です。

>>649を保守ついでに書いてたんだけど
>>650のおかげで、
美人団長の上からの圧力と美少女見習いの下からの突き上げに身も心もボロボロにされる騎士を幻視した。
ちょっと騎士物書く。
658名無しさん@ピンキー:2008/08/30(土) 00:22:01 ID:h2EPkazS
乙!!
マグロなカーナタンが心を開く展開は来るんだろうか?
659名無しさん@ピンキー:2008/08/30(土) 21:35:29 ID:E8AnTSNi
GJ!
ジュネの特殊能力が何かが気になるな。
660名無しさん@ピンキー:2008/08/31(日) 00:05:12 ID:bfZNIfYF
続き期待
661光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/09/01(月) 00:09:30 ID:qq8SqgPp
ジュネは、目と目を通して相手の心を透かし見ることができた。
相手がその瞬間に頭に浮かべている映像、音、香り、触感、すべてが鮮明にジュネの頭に送り込まれる。

思い出も。
異臭を放つ肉欲の妄想も。
ドス黒い殺意も。

―あそこのババァ豚みたい。
―頭を切り落とせば、まだ動く?
―もし世界中の男が俺以外死んだら、リサだって俺を。
―焼かれてみたい。
―ユリウス様の髪を掴んでここからあそこまで引きずる。

例えジュネが望まなくても、ありとあらゆるおぞましいモノが流れ込んだ。

物心ついた頃には既に両親の心を読んでいたから、生まれつきの能力なのだろう。
それがあまりに強い想いなら目を合わせずとも顔を見るだけで脳裏に映ることもあった。

「どうぞ…こちらへ」
船長は頭を下げたまま身を引き、船内へ続く渡し橋をジュネへ示した。
いつの間にか船員達が甲板に並び、大神殿からの客人に揃って礼をしている。
「はい!あ、彼女は護衛のカーナです。これからロックまでお世話になります」ジュネははしゃいで橋へと駆け出した。
カーナは無表情のまま一同に目線で礼をするとジュネに続く。
船員達は礼を解くと、物珍しそうに甲板から二人を見下ろした。
662光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/09/01(月) 00:11:21 ID:qq8SqgPp
客室に案内するために数人が迎えに降りるが、残りの者はその場で物珍しそうに雑談を始める。
安全な街から離れ海を渡る男達は皆日に焼けた逞しい体をしていた。
「護衛ちゃん可愛いじゃん。やったねー女の子来たよ」
「はぁ?お前あの腕見なかったのか。そっからじゃ見えない?」
「神殿さんのお付きなんだから中央で作った最新の義手かなんかじゃないか」
重い顔をした船長とは対照的に皆気楽そうだった。
それもそのはずだ。ジュネの読心の技のことを知っているのはごく一部の者のみ。
神殿と契約を持つ船とはいえ直接神官と関わりを持たない乗組員は、ただ神殿からの客人としか伝えられていない。
それは、ジュネとこの船員に限ったことではない。上位神官の特異な性質は、この国中でもほとんどの市民は知らないはずだ。
神官の中でも中央に勤める上位の者は、ジュネを含め全員が心を読む力を持つ。それが上位の神官としての絶対にして唯一の条件だった。
それはどんな方法でも構わないが、推理や第六感という不確かな物ではなく確実に他者の内面を暴ける術でなくてはならない。
ジュネはこの瞳のおかげで9歳の頃からこの国一番の高給取りの仲間入りをしているのだ。
663光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/09/01(月) 00:13:47 ID:qq8SqgPp
「あーすごい!ベッドがあるよ。立派な部屋だね」
ジュネは客室の奥に備え付けられた大きなベッドにポンと頭から飛び込んだ。スプリングが心地良く跳ねる。
ベッドが並んで二つ、テーブルも簡単な収納も付いた小綺麗な部屋だった。床は波で揺れるがかなりくつろげる。
実は狭い船の一室でハンモックに揺られる旅にも憧れてもいたジュネだが、地方神殿のあるロックまでは一週間もかかる。
柔らかな寝床でなければひ弱なジュネは1日で倒れてしまうだろう。
紋章を胸に入れたままの神官服で寝転べば息苦しく、ジュネは身を起こしモソモソと上着を脱いだ。
しかし、カーナが床に下ろした荷物をほどき始める姿が目に入り慌ててシャツ姿で飛び起きる。
「僕もっ!」
転がる様に床に降りると有無を言わせず素早く荷物に手を付ける。
今度こそ何か仕事をしたかったジュネは、張り切って荷物の中身を床に仕分け始めた。
「これは歯ブラシとタオル、これは…あ、食料だ。後で船員さんに渡さないとね。えと、これは僕の着替え」
カーナは立ち上がり、ベッドに脱ぎ捨てられたジュネの上着を皺にならぬようハンガーに通す。
仕分けに夢中なジュネを静かに見守りながら、壁へと架けた。
664光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/09/01(月) 00:15:57 ID:qq8SqgPp
「これは?…あ、カーナのパンツ…っ!!ああっ、ごめんっ僕見てないから!」
両手で広げてしまった白い下着にジュネの顔が真っ赤に染まる。
慌ててわたわたと下着を衣類の山に突っ込むが、カーナは気にせずに仕分けられた日用品を棚やテーブルに移動させていた。
ジュネはカーナの表情を気にしつつ、衣類を抱え棚へと移す。その布の山を見ない様に赤い顔を背けながら。

他人の心を通して性欲や情交を生々しく知っていたジュネだが、自身はまるで純情だ。
赤子の頃より当たり前の様に人の業に触れて育ったジュネにとって、人の抱くどんな汚泥も「人間なら誰もが普通に持つもの」でしかなかった。
男女の交わりも自分の身の上には遥かに遠い行為でしかない。ただの知識だ。
もちろんこんな能力を持つ人間全てがジュネの様に考えられるわけではない。
神官になってから知ったことだが、自分と同じ様に心を読む瞳を持つ者が過去二人発見されていたらしい。
一人は気が狂って自殺。もう一人は他者の内側に勝手に踏み入る業に絶望し自ら両目を潰したという。
そのどちらもが大人になってから読心の能力が芽生えたというから、生まれつきその目を持っていたジュネは幸せだったのかもしれない。
665光の庭へ ◆iLx12Y3JE. :2008/09/01(月) 00:19:18 ID:qq8SqgPp
気に病むことも卑屈に生きることもなく、ありのままとして健やかに少年期を過ごしている。
その不幸な二人の顛末を教えてくれたのは40半ばの先輩の上位神官で、彼は人の体に手で触れることで相手の心を読めた。
強大な力を管理する神殿という職場には必要な術なのだが、神官同士、その術を持つ故の辛さを労ってくれたのだろう。
彼は去年の神殿行脚の役目だった。今年はこうしてジュネが国中の各神殿を巡る。
年少の神官には異例の大役だが、瞳による読心という実用的な能力とジュネの将来への期待に他ならない。

「僕、頑張らなきゃ…」
「はい」
「うん。ありがとう。カーナもよろしくね」
「はい」
「うん!あ、ねぇ甲板に上がってみない?出航までにもっと港の景色を見ようよ」
「はい」
「じゃあ行こ!」
ジュネは元気よく戸に手を伸ばすが、上着を忘れたのに気付いて立ち止まる。
そのジュネの小さな肩に上着が静かに掛けられた。
カーナは無表情のまま、左手と右のかぎ爪の尖端とで傷付けぬよう上着を持ちジュネが袖を通すのを助ける。
「ありがとう…」
ジュネははにかんだ。肩が温かい。

異能の少年と異形の少女。
異常な事など何も無いように、寄り添う。
666名無しさん@ピンキー:2008/09/01(月) 00:21:21 ID:qq8SqgPp
とりあえず以上です。
もうすぐ合併の季節ですわね。
667名無しさん@ピンキー:2008/09/01(月) 03:44:51 ID:bTdrrLPz
カーナ可愛いなぁ
お稲荷様のコウちゃんを思い出す。
668名無しさん@ピンキー:2008/09/02(火) 23:34:27 ID:m3+FwreF
ジュネの純粋さに癒される…
カーナもそうだと良いなぁ
669名無しさん@ピンキー:2008/09/04(木) 20:01:20 ID:ZSbDzXDp
続き期待
670名無しさん@ピンキー:2008/09/05(金) 13:27:13 ID:IRuZyRP0
館の主人と使用人。エロ薄め。短い。

以下に、注意書き含めたネタバレあり。










金銭を対価に肉体関係を求める描写があるので苦手な方は、名前欄のタイトル「雨の洋館」でNGを。
671雨の洋館 1/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/05(金) 13:29:34 ID:IRuZyRP0
 雨の中を歩いていた。傘を持って、辺りを見回しながら。
 少女は人を探していた。雨に濡れて寒い思いをしているに違いない人を。
 そうして、自らの肌も常よりずっと低く下がりきった頃にようやく、彼女は探し人を見つけた。
 うんと手を伸ばし、彼女は自分より背の高い相手に傘を差し掛ける。
「風邪をひきますよ」
 緩慢な仕草で、相手は少女の方へ身体を向けた。
「もう、怒ってない?」
 問われ、彼女は困り切った顔で青年を見上げた。
「あなたの機嫌が治るまで、私は頭を冷やすよ」
 少女は嘆息した。
 淡い色の髪は水を滴らせるほど濡れてその色を濃くし、シャツは肌に張り付いている。一体いつから雨の中に立ち尽くしていたのか、考えたくもない。
「旦那様が風邪をひかれたら、私はもっと怒ります」
 青年は困惑し、探るように少女の表情を見つめた。その中に怒りの色がないことを悟り、青年は少女の手から傘を受け取る。
「帰りましょう。湯浴みの支度はできていますから、帰ったら身体を温めてください」
「うん。でも、あなたの身体も冷えてしまっているんじゃないかな」
「旦那様に比べれば熱いくらいです」
 青年は苦笑し、彼女が濡れないように傘を傾けて歩きだした。

 生い茂る木々の中をしばらく歩くと視界が開け、豪奢な洋館が姿を現す。青年は館の主であり、少女はそこで働く使用人だ。
 屋根のある場所に着いたと同時に少女は青年の手から傘を受け取り、畳んで雫を払った。
「葛葉さん」
 少女が傘立てに傘を仕舞う姿を眺めながら、青年は濡れた髪をかきあげて後ろへ撫で付ける。
「髪、あなたが洗って」
 幼い頃から使用人に身の回りの世話を任せてきた青年は、当然のように湯浴みの供を要求する。従事したばかりの頃は躊躇していた少女も近頃はそんな主人の要求にも慣れてきていた。
「先に行ってるから」
 振り向いた少女に微笑みかけ、青年は館の中へと消えていく。
 少女は小さく吐息をつく。慣れたのは言動だけで、行為自体にはまだ慣れていない。それどころか、慣れる日なんてこないのではないかと彼女は思っていた。


 青年の着替えなどを脱衣所に用意し、少女は浴室へ足を踏み入れた。もちろん、裸ではない。
 しかし、青年は当然一矢纏わぬ姿でそこにいる。少女は全身に緊張を纏う。
672雨の洋館 2/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/05(金) 13:30:49 ID:IRuZyRP0
 湯舟に浸かっていた青年が、少女の姿を認めて立ち上がる。恥ずかしげもなく裸体を晒され、少女はほんのりと頬を染めた。
 用意された椅子に腰を下ろした青年の背後に回り、少女は洗髪料を手にとった。
「葛葉さん、怒ってなくてよかった」
 少し手で泡立ててから柔らかな髪を傷めないようにそっと洗い始める。地肌に触れるときは爪を立てないよう、より慎重に。
「あなたは怒っていると来てくれないから」
「旦那様を相手に怒ったりしません」
「そうかな。葛葉さんは結構怒りっぽいよ」
 くつくつと喉を鳴らして青年は笑う。
 青年が雨の中に立ち尽くしていたそもそもの原因を思い出すなり少女はいたたまれない気持ちで顔を赤くした。
「あなたの言う通り、私は情けないし、卑怯だね」
 そう呟き、青年はいきなり身体を反転させて少女の手首を掴んだ。
「でも、仕方がないよ。あなたを前にすると、私は誰よりも愚かになってしまうんだから」
 引き寄せられ、唇を重ねられる。
 それは、掠めるように優しい口づけだった。
「葛葉さん」
 少女は腹の辺りに違和感を感じて視線を落とし、すぐさま目を反らした。
「だ、だめです」
「どうしても?」
「だって、旦那様……ずるい、一度だけって……んっ」
 青年の唇が少女の耳朶に触れる。
「うん、あの時はあの時だけ。今度はあの時とはまた別だよ」
「だ、旦那様……」
「今月の給金ははずむから。特別手当が必要ならそうするよ」
「そういう、問題じゃありません」
 薄い唇が項を伝う。少女は唇を噛んで耐えた。
「じゃあ、どういう問題?」
 少女は精一杯の力で青年の胸を押した。手首を捕まれたままでは上手くいかなかったが意志は伝わったようで青年は僅かに身体を離した。
「あなたが私に求めるものは金ではないの?」
 幾度も求められた末に拒みきれず受け入れた夜のやりとりを思い出す。身体を差し出す代わりに、少女は両親の抱えた負債を青年に肩代わりしてもらった。一晩限りの逢瀬の代価にしては破格の額面を青年は惜しむことなく受け入れたのだ。
 しかし、あれは一晩限りとの約束だった。青年があれからも少女を求めているのは言動や仕草で察していたが、少女に応じるつもりはなかった。
「あなたでなければだめだ。他の女では楽しめない」
673雨の洋館 3/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/05(金) 13:32:32 ID:IRuZyRP0
 愛人になるのを少女は厭う。ずるずると青年と身体の関係を結ぶのは愛人になるということだ。一度は金を対価に身体を許しはしたが、これから先ずっと金で囲われる女に彼女はなりたくなかった。
「葛葉さん……」
 しかし、少女には拒みつづける自信がなかった。
 それは、少女が青年に好意を抱いているからだ。好きな相手に強引に迫られれば拒みきれるものではない。
 このままでは流されて肌を重ねてしまう。逃げ切れないかもしれないと少女が身を強張らせた、その時、青年が素っ頓狂な声を上げて少女から手を離した。
 いきなりの解放に気が抜け、ぽかんとした顔で少女は青年を見つめ、次いでくすくすと笑い出す。
「大人しくなさらないからそうなるんです。ほら、そのまま目を閉じていてください」
 蛇口を捻って、青年の頭に湯をかける。
 洗髪途中で放ったらかしたせいで、流れた洗髪料が青年の目に入ったようだった。
 悶える青年の為に頭を流してやりながら、少女は安堵の息を吐く。
 すっかり洗髪料を流し終えると青年は赤い目で少女を見上げた。
「旦那様……」
 縋るような目をされると胸がきゅんと締め付けられる。
「あなたが欲しいんだ、葛葉さん」
 右手首はまたしても青年の手の中。少女はとくとくと脈打つ心臓を強く感じていた。
「……す、少しだけですよ」
 少女は青年の正面にぺたりと座り込み、彼の欲望をこれでもかというほど現す屹立と向かい合う。
「これで、我慢してください」
 囁くように語りかけ、少女はそれにそっと手を添えた。
 元より経験は一度きり。その時は触れさえしなかったものだ。触れ方も力加減もわからない。
 それでも、女同士の噂話程度でなら知識はある。少女は意を決して、青年への奉仕を開始した。
 青年が手を離したおかげで自由になった両手を使い、優しく上下に扱いてみる。芯の固い不思議な感触に触れている内に、少女の胸がどきどきと速まる。
「葛葉、さん」
 躊躇いがちに少女はそれの先端を舐めた。独特の味と匂いに、少女は驚いたように顔を離す。
 あまり好ましいとは言えないが青年のものならば大丈夫だと彼女は自らを鼓舞し、再度舌を這わせる。
674雨の洋館 4/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/05(金) 13:33:55 ID:IRuZyRP0
 扱いて、舐める。ただそれだけの稚拙な奉仕。けれど、青年はそれだけで十分すぎるほどの快楽を得ることができる。なにせ、初めて少女を抱いた日から今まで禁欲的な生活を送ってきたのだ。ともすれば口づけだけでも果ててしまいそうなほどに。
 そういった事情から、青年は情けないほど短時間で絶頂に達した。
「きゃっ……!」
 一生懸命舌を這わせていた少女は、握ったものが膨張したかと思った瞬間に視界に現れた白濁に驚き、小さく声をあげた。
 粘り気のあるそれは勢いよく飛び出し、少女の髪や肌にも落ちた。
 先端から滲み出るそれを指で掬いとる。先端を刺激された青年が小さく呻いたが、少女の耳には届かない。
「旦那様……」
 まじまじと見つめ、その白く濁ったものに既視感を覚える。初めて抱かれた夜に見たものと同じものに見えた――というより、同じものなのだろうと彼女は悟る。
 つまり。
「達してくださったのですね」
 少女の口から安堵の吐息が漏れる。青年が自分の拙い愛撫で達してくれた事実を少女は嬉しいような恥ずかしいような気持ちで受け止めた。
 見上げた青年の顔に浮かぶ表情は複雑なものであったが、少女はおっとりと笑んだ。
「次は私があなたを喜ばせるよ」
「いえ、それは結構です」
「でもね、あなたにだけ奉仕させるのは忍びない」
「旦那様は主人なのですから、私のような使用人に奉仕させるのは当然のことでしょう?」
 伸びてきた手から逃れるよう身を引き、憮然とし始める青年から少女は距離を置いた。
「このまま大人しくして私に湯浴みを手伝わせるか、駄々をこねながら一人で湯浴みをすませるか。どちらがよろしいですか?」
 青年は無言で少女を見つめ、やがて観念したように肩を落とした。
「あなたに手伝ってもらう」
「では、大人しくなさってください」
「努力するよ」
「約束してください」
「……約束する」
 ここまで言わせれば青年が大人しくなることは経験上彼女も理解しており、少女は再び青年へと近付く。
 まずは先程の後始末からと決め、少女は自身に纏わり付く性臭を服を脱がずに落としてしまう方法を考えようと頭を悩ませはじめるのであった。


 おわり


675名無しさん@ピンキー:2008/09/05(金) 18:31:10 ID:lAtVFXHN
GJ!!こういうお話好きです。
お金がらみだけど、全然おkだった。
旦那様も葛葉さんも可愛いな。ほのぼのカップル(未満?)だ。
676名無しさん@ピンキー:2008/09/05(金) 21:52:08 ID:chwBWDRk
ぜひカップルになってほしい二人だ
青年の想いが良いね
677名無しさん@ピンキー:2008/09/05(金) 23:03:33 ID:huLB4g2+
GJ
いやー、すごい良かったよ
最初に体を許した時の話も読んでみたい

お金がらみが気になるんだったら「金の力で困ってる女の子を助けてあげたい」スレが良かったかも
678 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 02:45:31 ID:75AsmgU/
館の主人と使用人。エロなし。短め。

調子に乗ってもう一本。日常のヒトコマ。
NGはトリで。
679林檎の花 1/2 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 02:46:21 ID:75AsmgU/
 森の中をゆったりと歩む背に少女は続く、桜もあらかた散り、森は真新しい緑に溢れていた。
 少女と青年は目的なく歩を進め、互いに無言だ。
 昼食の後片付けを終えた頃に「森に散歩に行こう。桜の時期は過ぎたけど、今日は天気がいいからきっと気持ちがいいよ」と誘われ、少女は首肯を返した。そうして今に至るのである。
「ああ、見てごらん」
 青年は立ち止まり、手招きで少女を呼び寄せる。距離をつめ、青年の隣に並び、少女はその視線の先を追った。
「可愛いね」
 綺麗ではなく可愛いと青年は言う。彼の指し示すものを確認し、少女は小さく笑みを零した。
 それは盛を過ぎた桜に代わり、森に華やぎを添えていた。淡く白い、甘やかな香りを持つ花だった。まだ花開く前の蕾は愛らしい桃色をしている。
「りんご、ですか?」
 おそらくそうであろうという花の名を口にすれば、青年は満足げに笑む。
「正解。あれはりんごの花だ」
 二人して林檎の木を見上げ、その花を楽しんだ。さわさわと風が枝葉を揺らす音だけが辺りに響いている。
 館が建つのは郊外の森の中。森全体が青年の家の所有地であるから、館を訪れるのは郵便配達人と本家から定期的に訪れる者のみ。
 世間から隔離されたような営みを送る青年にとって、森を散策することは数少ない娯楽の一つであった。少女はそれを知っているから散策への誘いを断ったことはない。断る理由などないし、この緩やかに流れる時間は少女にとっても好ましいものであったから。
 今もまた心地よい時間が二人の間に流れている。
「葛葉さんは、りんごの花言葉を知ってる?」
 ふいにかけられた青年からの問いに少女は首を横に振る。そういった知識は少女にはない。反対に、読書好きな青年はそうしたことにも詳しく、散策の度に少女にいろいろなことを教えてくれる。
「花言葉は、名声とか選択」
 青年はにっこりと笑う。その笑顔に見惚れ、少女は頬をほんのり染めた。
「あとは、そう、選ばれた恋」
 浮かんだ笑みが種類を変えたような気がして、少女は慌てて表情を引き締めた。
「私とあなたのために咲いてくれたのかな」
 青年の細く長い指が少女の頬に触れる。
 どくどく早鐘を打ち始めた心臓の辺りを少女は服の上からぎゅっと押さえた。
「あなたへの私の思いを後押ししているのかも」
 低く艶めいた声と呼応するよう指先も官能的に輪郭をなぞる。
「か、からかわないでください」
680林檎の花 2/2 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 02:47:10 ID:75AsmgU/
 強く答えたつもりが、実際は蚊の鳴くような声しか出せていない。
 そんな少女を見つめ、青年はくすくすと笑う。
「からかっていないよ。私はいつだってあなたを求めているんだから」
 紡ぐ言葉は情熱的に、けれど青年は少女から指を離し、追い詰めることを諦める。
 少女が戸惑い、恐れを感じれば、青年は敏感にそれを察して一歩引いてくれた。それは有り難くもあり、不思議でもあり、青年の真意が少女にはまだよくわからない。
「もっと近付けば手が届くかもしれないね。少し待っていて」
 戸惑っている少女を置いて、青年は少し離れた場所に立つ林檎の木へと歩んでいく。
 そして、林檎の木にたどり着くとその枝へ手を伸ばし、躊躇いなく手折る。少女はその姿を見守りながら、徐々に呼吸を整える。
 青年は決して無理強いはしない。強引な時もあるにはあるがそれでも強く拒めばわかってくれる。それを思い出せば、胸の動悸も少しずつ落ち着いてくれた。
 彼は手折った枝を持ち、再びこちらへ歩いてくる。だいぶ落ち着きを取り戻した少女は、青年が戻る頃には頬の赤みを抑えることに成功していた。
「はい」
 花のついた細い枝。それを差し出され、少女はきょとんとした顔で彼を見上げた。
「葛葉さん。あなたに」
 受け取るよう促され、少女は枝をそっと掴む。そして、花を間近で見つめ、その可憐な様に微笑する。
 片手で枝を持ち、少女は青年に礼を言おうと口を開きかけ、青年の顔の思いもよらない近さに驚いて言葉を飲み込む。
「最も優しき女性に」
 眩しいものを見るように少女の笑みを見つめてから、青年は腰を屈めて少女の耳朶に囁いた。
「あなたにぴったりだ、葛葉さん」
 せっかく落ち着いた心臓はまた激しく鳴り響き、少女は顔を赤らめ俯いた。
 そんな少女の手を握り、青年は歩き出す。少女は手を引かれるままに青年の後に続く。
 日はまだ高く、散策のための時間はたっぷり残されていた。


 おわり

681名無しさん@ピンキー:2008/09/06(土) 08:54:03 ID:HlKRiJI2
やばい、萌え死ぬとはこういうことなのか!
GJすぎてなんて言っていいかわからんよ

続編楽しみにしてます!!
682名無しさん@ピンキー:2008/09/06(土) 09:49:36 ID:U+/CilnQ
青年の甘い囁きがいいですねー
GJです
683名無しさん@ピンキー:2008/09/06(土) 20:36:29 ID:yteJpc2Y
すごい良い!
早く青年の想いが少女に伝わればいいなぁ
続編期待してます
684 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 22:52:35 ID:75AsmgU/
館の主人と使用人。エロなし。短め。


エロなしばかりですみません。NGはトリで。

楽しんで下さる方がいらっしゃるようなので、今回はエロなしですが、いずれ和姦まで書きたいと思います。
685苦いお薬 1/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 22:56:10 ID:75AsmgU/
「ご苦労様です」
 玄関まで見送り、少女は医者に頭を下げた。
「若旦那にきちんと薬を飲むよう言い付けておくれよ。あの人はすぐ薬を捨てちまうから治りが遅くてかなわん」
 玄関先で渋い顔をする医者に苦笑いを返しながら、少女は「私が責任をもって飲ませます」と承った。
 森へ続く道と庭の境に停められた馬車へと乗り込む白衣を見送ってから少女は扉を閉めた。
 まずは栄養をとらなければ。そう考え、少女は厨房へ向かう。
 専属の料理人を雇えばいいのに館の主人はそうしない。掃除洗濯炊事は少女の役割で、庭仕事と館の管理と来客の接待は執事の仕事だった。要するに、この洋館には主人を含めて三人の人間しかいないのだ。
 少女の前任者は優秀であったらしく、一人ですべての家事をこなすことに不満はなかったらしい。始めこそ不満たらたらだった少女も今は慣れた。頑張れば何とかなるものだというのが彼女の素直な感想だ。
 少女は風邪をひいてしまった青年のために粥を作り始める。そうしながら、厨房の窓から外を眺めると壮年を過ぎた男性が庭木の剪定に励んでいる。館の周囲が整然と保たれているのは一重に彼の賜物だ。
「郡司さんのご飯も用意しなきゃ」
 同時進行で昼食の用意も始め、少女は慌ただしく厨房の中を行ったり来たりする。
 しばらくして少女の前には青年のための梅粥と自分たちのための簡素な昼食が並んでいた。
 厨房の窓を開け放し、少女は執事へ向かって声をかけた。
「郡司さん!」
 自らの仕事ぶりを遠目に観察していた執事は、庭木から目を離して少女の方へ向き直る。
「お昼ご飯出来ました」
「ありがとうございます。今そちらへ」
 のんびりと歩き出す執事へ少女はなおも語りかける。
「先に食べていてください。私、旦那様にお粥を持って行きますから」
 執事は目を細め、鷹揚に頷いた。
「そうですか。坊ちゃまもあなたがお持ちすれば素直に口になさるでしょう。私がお持ちしても、粥は嫌いだのと駄々をこねますからな」
「ふふ、旦那様らしいです。ちゃんと食べさせて、お薬も飲ませますから」
 厨房に付けられた扉まで来た執事と目を合わせ、少女は笑った。
 執事が厨房へ足を踏み入れたのと同じ頃、少女は粥の入った小さな土鍋を持って厨房を後にした。
 廊下を通り、階段を上る。そのまま歩を進め、少女は一つの扉の前で立ち止まった。
686苦いお薬 2/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 22:58:19 ID:75AsmgU/
「旦那様、入りますよ」
 土鍋を持っているからノックは出来ない。声をかけ、返事を待たずに少女は両手を塞いだまま器用に扉を開いた。
 広く大きな寝台にぐったりと横たわり、青年は赤い顔で少女を見ていた。
「気分はどうですか?」
「あまり、良くはないと思う。でも、あなたの顔を見たら、少し元気が出たよ」
 相変わらずな青年に近付き、寝台横の机に土鍋を置いて、少女は彼の額に手を添える。熱を持った肌は汗ばんでいた。
「まだ熱がありますね」
 少女の手がひんやりとして心地いいと言うように青年は目を細める。
 額から外した手で、顔にかかる柔らかな髪を避けてやり、少女はそのまま数度青年の頭を撫でた。
「お粥、食べましょうね」
 寝台横に用意しておいた椅子に掛け、少女は土鍋の蓋を開いた。
「あなたが食べさせてくれるのか」
 梅を潰し、一口分を掬い上げた少女に青年が声をかける。
「旦那様は病人ですから、私がお世話します」
 問いを肯定するように少女はそっと彼の口元へ粥を運ぶ。
 青年は素直に口を開き、粥を口にし、咀嚼する。彼が飲み込んだのを見計らい、少女は二口目を運ぶ。
 そうしてしばらく粥を食べさせていると、青年が嬉しそうに笑った。
「こんな風に看病してもらえるならいつも風邪をひいていたいよ」
 少女は目を丸くし、次いで呆れたような顔で青年を見つめる。
「何をおっしゃるんですか。だめですよ、ちゃんと良くならないと」
「でも、風邪をひいている間あなたはそうして優しいんだろう?」
 青年は笑いながら「それならずっと風邪でいい」と嘯いた。
 屈託なくそう言われては何と返したものか判じかね、少女は黙らせるために粥を青年の口元へ運んだ。青年は素直にそれを口にする。
 ずっと風邪でいいなんて、苦しそうにしていたくせに何を言うんだろう。少女は昨夜の青年の様子を思い出し、むっとする。熱を出して苦しげにうなされている姿を見て一晩中心配したのだ。
 今はだいぶ良くなったようだが、放っておいたらまた悪化するに違いない。
 無責任な青年の発言に少女は腹を立て、けれど青年が求めているものが何かを考えると怒りを表に出すことは躊躇われた。
 青年は少女に甘えたがっているのだ。それくらいは少女にだってわかる。病人だからと理由をつけないと青年と親密なやりとりが出来ないくらい、近頃の少女は青年に対して余裕を欠いている。自覚は、あった。
687苦いお薬 3/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 23:00:09 ID:75AsmgU/
「早く良くなってくださらないと、もうご一緒に散歩も出来ませんよ」
 最後の一口を運びながら少女は呟き、青年はそれを飲み下してから笑った。
「うん。やっぱり風邪は治さないといけないね」
 水差しからコップへ水を注ぎ、青年に差し出す。
「お薬、飲みましょう」
 医者から渡された包みを一つ取り出す。途端に青年が嫌そうな顔をした。
 その反応を訝しみ、少女は包みと青年を交互に見つめ、嘆息する。どうやら青年は薬が嫌いらしい。
「ちゃんと飲んでいただきますよ」
「嫌だなあ」
「飲まなきゃ治りません」
「あの人の薬は嫌いなんだよ」
 ぶつぶつと駄々をこねはじめた青年の手に、無理矢理薬を握らせる。
「どうしてですか? 先生も旦那様は薬を飲まないっておっしゃられてましたけど」
 手の中の薬を忌ま忌ましげに眺め、青年は溜め息をついた。
「だって、苦いじゃないか。苦いのは好きじゃない。甘いのがいいよ」
 少女はたっぷりと間を置き、青年の言葉を反芻し、脱力した。なんてくだらない理由だろう。
「良薬口に苦し、ですよ。さあ、飲んでください」
 若干腹を立てながら急かすと青年は渋々ながら包みを開いた。
「……本当に苦いのに」
 嫌々ながらも青年は薬を飲み下し、渋い顔で水のおかわりを求めた。
 改めて水を飲み干し、青年は吐息をついた。
「やっぱり苦いよ。好きじゃないな」
 その姿がまるで幼い子供のように見え、少女はくすくすと笑いながら青年の頭を撫でた。
「頑張って飲みましたから、きっとすぐに良くなりますよ」
「良くなったら、あなたはまた一瞬に散歩をしてくれる?」
 少女は僅かに躊躇い、けれど観念したように頷いた。
「はい。約束します」
「約束だよ」
 立てた小指を差し出され、少女はそれに自身の小指を絡める。熱を出しているからか、青年はいつにも増して子供じみている。それに伴い、普段の彼から漂う、少女が居心地の悪さを感じる空気は消えていた。
「さあ、眠ってください」
 促せば青年は寝台に身体を預けてしまう。肩までしっかりと布団で覆い隠し、少女はぽんぽんと布団越しに胸を優しく叩いた。
「眠るまで側にいて」
 手を差し出され、少女はそれを握り閉める。
 そのまま青年は少女の手を引いて頬に押し当て、心地良さそうに目を閉じた。
「あなたの温度は心地いい」
688苦いお薬 4/4 ◆ZavxytTKqo :2008/09/06(土) 23:01:20 ID:75AsmgU/
 とくとくと心臓が脈打つ。
 まるで触れた肌から青年の熱が移ったかのように、全身を流れる血液はどんどん熱を帯びていく。
 今の青年には下心などかけらもなく、きっと病を得て心細いだけなのだろう。そう思うのに、触れているだけで身体が熱くなる。少女はそんな自身の反応に戸惑いを覚えた。
 青年は目を伏せ、静かに呼吸を重ねる。眠りに落ちるのは時間の問題だ。
 近頃は真っ正面から顔を見ることが出来なかったから、こうしてまじまじと顔を見つめるのは久しぶりだった。少女は眠る青年の顔を飽きることなく眺めた。
 伏せられた睫毛が意外と長いことに気付き、少女は思わず自身の睫毛に触れてみる。きっと青年のものより短い。
 そうやって、青年の顔に自分の知らなかった部分をいくつか見つけていく内に少女は改めて思い知らされる。
 私は旦那様のことが好きなんだ――と。その事実は少女の胸を甘く熱く、そして狂おしいまでに切なく焼くのであった。


 おわり

689名無しさん@ピンキー:2008/09/07(日) 00:36:16 ID:LNXJ9rMq
>>688
グッジョーブ
690名無しさん@ピンキー:2008/09/07(日) 18:51:31 ID:lvJ3WsU1
ぎゃぁぁぁぁ萌え殺されるぅぅぅぅ!!
GJです!

ほのぼのカップルいいね
なんかもう夫婦になっちゃえとか思う
たまらん!!
691名無しさん@ピンキー:2008/09/07(日) 19:27:44 ID:bpBZsfE/
結婚しちゃえよ
692 ◆ZavxytTKqo :2008/09/07(日) 19:36:32 ID:ghSwItrk
館の主人と使用人。エロなし。前後編の前編。

今回ちょっと雰囲気変わってシリアス入ってます。
後編は深夜か明日にでも投下しにくる。
 母は、儚げな人だった。ともすれば消えてしまいそうな、思わず手を差し延べたくなるような。そんな女だから、きっと父は母を愛したのだろう。
 母はいつも空を見ていた。森を、花を見ていた。愛おしそうに、慈しむように。
 そんな母に私はいつも問うていた。
『お父様はどうして一緒にいられないの? どうして母様はいつも一人なの?』
 尋ねると、母は決まって困ったような顔をした。そうして、折れそうなほど細い腕で私を抱いた。
『あなたがいるから、母は一人ではありませんよ』
 母の答えは決まって、そうだった。
 いつしか、私は母に問うことをやめていた。その問いに満足のいく答えが返ることなどないと気付いたから。
『ごめんなさい』
 最期に母は私の頬に触れた。冷たい、冷たい手で。
『ごめんなさい、保名。ごめんなさい』
 父が母の最期に現れることはなかった。
 母はなぜ私に謝罪を述べたのか。私にはわからない。父の顔すら知らぬ私を哀れと思っていたのだろうか。
 謝罪などいらなかった。父親のいる生活を知らない私には、それを望むことも羨むこともなかったから。
 ただ知りたかった。父がなぜ私たちと、母と共に在ることが出来ないのか。生きているなら顔が見たかった。自分の父がどんな男なのか、知りたかっただけなのだ。
 やがて時が過ぎ、私は母が私を宿すに至る経緯を耳にした。それは実にありふれた陳腐な恋物語。
 愛し愛された結果が私のように育つなら、私は人など愛さずに生きよう。私には愛など必要ない。
 一人にしてしまうくらいなら、愛さない方がずっといい。
 愛を知らない私はそれを否定することしかできずにいた。それがどんなものかもわからないまま。





「目が覚めました?」
 少女は青年の顔を覗き込む。彼はまだまどろみの中にいるようで、視線はぼんやりと宙をさまよっている。
「もうすっかり良くなりましたね。熱がぶりかえす様子もないし」
 青年の額に手をあて、少女は微笑む。大事をとってゆっくり寝かせただけある。
 額から離した手が、突然青年に掴まれた。少女は驚いて目を丸くする。
「だ、旦那様?」
 寝乱れてくしゃくしゃの髪、虚ろな瞳。明らかに寝ぼけているようなのに、掴む腕は力強い。焦点の怪しい視線で縛り付けられ、少女は身動きできず、蛇に睨まれた蛙よろしく立ち尽くす。
「あの……ひゃっ」
 強い力で引き寄せられ、バランスを崩して青年に倒れ込む。そんな少女を抱き寄せ、青年はきつくきつく抱きしめた。
「葛葉さん」
「あの、まだ朝、っていうか、お昼かもしれませんけど、でも、お昼でも、やっぱり、その、こここういうのは、あの、あのっ」
「葛葉さん……葛葉」
 全身を巡る血液が沸騰しそうな熱さを感じ、少女は今にも気絶してしまいそうになる。けれど、なんとか意識を保ち、しどろもどろで青年の説得を試みた。
 しかし、青年の声音に切羽詰まったものを感じ取り、少女は抵抗するのをやめた。触れ方はけしていやらしいものではなく、幼子が母に縋り付くようなものだと気付いてしまったからかもしれない。
 少女は観念し、青年の頭を抱き寄せた。
「怖い夢でもみたのですか?」
 宥めるように髪を梳き、少女は優しく尋ねる。
 青年は少女にきつく両手を回し、柔らかな身体に頭を預ける。
 そうしてしばらく青年の好きにさせている内に、いつしか彼の腕から力は抜けていた。
「私は……」
 ぽつりと青年が呟く。低く掠れた声は泣いているかのようだった。
「私は、あなたが欲しくてたまらない。でも、私ではあなたを幸せにできないと気付いてる。あなたを不幸にしてしまうのに、私はあなたを求めずにいられないんだ」
 ぎゅうっと少女の胸が締め付けられる。
「あなたが好きだ、葛葉さん」
 優しく微笑まれる度に、温かな手で触れられる度に、甘く囁かれる度に。与えられる感情は少女の胸に柔らかく突き刺さり、甘美で熱く心地よいものをもたらした。それはけして嫌なものではなく、大切にしたいと思わせるようなものだった。
 彼女にとってそれは、受け入れれば叶う、けれど受け入れてしまえば喜びだけではなくなる、初めての思い。