同日 pm:19:15
識子は盛大な溜息を吐いた。
腕に下げた紙袋には例の下着(いちまんはっせんえん)が入っている。
識子としてもさすがに断ろうとしたのだが、古畑は「なに、これはお礼の前払いだ」と言ってにっこりと笑って見せ、そのまま引きずる様にして識子を4階紳士服売り場へと連れて来た。
今、識子の眼前には様々な色柄の生地がずらりと並んでいる。
(シャツを買う……って、オーダーメイド!?もっと気楽な既製品かと思ったのに……)
「仕事用のものではないから、適当に選んでくれたまえ」
古畑は、サイズが変わったかもしれないからと採寸を受けながら、実に気楽に言ってのける。識子の苦悩など、知る由もない。
布地を前に頭を抱える識子に、若い男性店員が小さく声をかけた。
「お悩みですか?旦那様でしたら、体格もわりとがっしりされてますし、はっきりした色の方がお似合いかと思いますが」
「だ、だ……っ!?」
思わず声が裏返る。店員は少し不思議そうな顔をしたが、識子と古畑の年齢差をふと思い浮かべたのか、訳知り顔で頷いて見せた。その顔は、父娘と思ったわけでもなく、援助交際的な何かと思ったわけでもなく。強いて言うなら、そう。
新妻、かつ若奥様。初々しいなあ。
識子にはもう、訂正する気力もなかった。
「あは、あはははは……」
乾いた笑いを浮かべる識子の視界の端に、どこか見覚えのある色が飛び込んできた。
バックヤードに持って行こうとしていたさっきの店員(寧ろ、その途中で識子に声をかけたらしかった)を捕まえ、聞いてみる。
「あ……その生地は?」
「これですか?バレンタイン向けの商品だったんですが……今からでは、明日には間に合いませんよ?」
識子は一瞬だけ逡巡し、すぐに思い直した。
「かまいません」
柔らかい笑顔を浮かべていたことに、識子自身は気が付いていただろうか。
残念ながらその笑顔も、さらに細かいステッチの指定やらボタンの縫い付け方やらの指定を考えているうち、秒速で曇っていったわけだが。
同日 pm:20:05
識子と古畑はショッピングフロアが閉まるのに併せ百貨店を出た。
古畑は何故か不機嫌そうな表情をしていたが、識子はあまり気にしないことにしたそれより気がかりなことがあったからだ。
(あああああ。殆どボロボロにされてたのに、結局これ一着……明日から、どうしよう)
いっそのこと、今日着ているのを明日もそのまま着けようかとすら考え始めた識子に、古畑が声をかけた。
「さて、江波くんの自宅はどこだったかな」
「え?」
「自宅まで送ろう」
識子は慌てて首を振る。
「そんな、大丈夫ですよ。この時間ならまだバスもありますし」
「安全やバスの問題ではないよ。私にエスコートさせてくれないか?」
妙に気障に言う古畑に、識子は思わず「芦茂さんみたいなこと、言いますね」と吹き出してしまった。
それを聞いた古畑が憮然とするのがなんだか少し可笑しく見えて、一層笑いがこみ上げたが、それを笑えば今度はヘソを曲げかねない。そう思い、識子はわざと偉そうな咳払いをひとつして答えた。
「わかりました、博士。エスコート、お願いしますね」
同日 pm:20:30
識子の自宅を見て、古畑は感心した様な声を上げた。
「懐かしいな。私が子供の頃は、こんな家屋が随分残っていたものだが」
「あはは……古臭い家で。お恥ずかしい」
識子は背後で『識子どの、古臭いとは何事ですか!』と喚いている幽霊を黙殺した。
「安心したまえ、褒めているんだよ」
『ほら見たこと、やはり古畑どのは物を見る目があられる』
小さく苦笑し(そうでもして誤魔化さないと、どちらに対して答えたものか自分でもわからなくなりそうだったのだ)、識子は引き戸に手をかける。
小さく隙間を開けてみた所、中には猫又も含め誰もいないようだった。
「博士。今日、は……?」
古畑に礼を言おうと、くるりと振り返ろうとした識子を、後ろからふわりと回された腕が留めた。
「……江波くん。君はまさか、家に鍵をかけていないのか!?」
身長差のある頭上から古畑の強張った声が降って来るのを、識子は不思議な気持ちで聞いていた。
「ええ、そうですけど……」
抱き締める腕の力が強くなる。それを識子は心地よく感じた。
嫌だと思わない自分が不思議だった。
「無用心な……。あんな騒ぎもあったというのに。危険だと思わないのか?」
危険といえば、今の状況の方が、いろんな意味で危険な気がするんですけど。識子は胸の中でそう呟く。どこかで、信号が黄色く明滅しているような気がした。
識子は自分を抱き寄せる大きな掌に、自分の掌を重ねる。その腕が小さく震えていたが、それが、今にも雪がちらつきそうな夜の寒さに寄るものなのかどうか、そしてどちらの震えなのかどうかも、誰にも判りそうになかった。
「……私は、君のことが心配でならないよ」
長く伸びた識子の髪に顔を埋め、古畑が呟く。
それが少しだけこそばゆくて、識子は目を閉じ、小さく息を洩らした。
その息が白さを失う頃、古畑は識子の肩を抱くようにして、自分の方へと向き直させる。
識子が目を開けると、古畑と目が合った。
ああ、赤信号だ。
識子はそんなことを思った。
「江波くん。君は、誰に対しても、もう少し警戒心を持ったほうがいい」
「……博士にもですか?」
「……そうだ」
何かを堪えるような表情をして、肯定する古畑。識子は小さく背伸びをして、その頬に唇を寄せた。
「まったく、君は……いとおしい……」
古畑は目を閉じて唸るように呟くと、識子を力強く抱き締めてキスをした。
その後ろでは幽霊が、顔を赤くして慌てていた。
同日 pm:20:35
キスを交わし、コタツになっている卓袱台を足でどかせながら、二人して倒れ込むように居間へと縺れこんだ。
識子の服を肌蹴させ、少しずつ露になる肌に何度となく吸い付きながら、古畑は小さく謝る。
「すまない。年甲斐もない話だと思う。許してくれとは言わない。
……君が欲しい。欲しくて、たまらない」
識子は何も答えず、古畑の髪を指で梳く。言葉が必要だとは思わなかった。
やがて、古畑が識子に押し入ろうとしたときに初めて、識子は声を上げた。
「あ、ぅくっ……」
それが苦痛によるものだと気が付いた古畑は、識子の髪を撫でて、困ったような笑顔を浮かべた。
「悪いが、止められそうにない」
堪えてくれ――古畑はそう呟くと識子の唇を塞ぎ、一息に貫いた。
「〜〜〜〜っ!!!」
古畑の背に識子の爪が食い込む。
識子の痛みが治まるまで、古畑はキスをやめなかった。
2/13 pm:23:12
「識子くん。識子くん?」
身支度を済ませ、古畑は識子の頬を撫でた。
識子はうとうとしながら、その掌に顔を摺り寄せる。
小さく笑うと、古畑はその額にくちづけを落とした。
「明日は朝から他所で、抜けられない会議だ。残念だが、お暇させてもらうよ」
「……?」
識子は目を擦りながら、何を言われたのかもう一度反芻していたが、やがて思考がはっきりしてきたのか、慌てたように裸の胸を隠そうとコタツに深く潜り込む。
その様子はさながらつつかれたカタツムリのようだった。古畑は笑いながら識子の頭を撫でると、思い出したように識子の耳に囁いた。
「君はチョコより甘いようだ。
できれば、明日のバレンタインは今日買ったアレを着ていてくれないか?
帰ってきたらいの一番に確認しに来るから」
識子は顔を真っ赤にしてコタツの中に頭まですっぽり隠れてしまった。
それを見て古畑は、声を上げて笑った。
2/20 pm:18:15
例の紳士服売り場に、古畑と識子は二人して訪れた。
「お預かりした商品はこちらです」
先週と同じ男性店員がにこやかに紙袋を差し出してくる。
受け取ろうとする識子を押し留めて、古畑はにっと笑って見せた。
「今、袖を通させてもらってもかまわないかな?」
「え!?あの、ほら、それは帰ってからゆっくり見ればいいじゃないですか!」
妙に慌てる識子を無視して、古畑はひょいと試着室に滑り込むと、ややあってから満面の笑みを浮かべて現れた。
「道理で、頑としてチョコをくれなかったわけだ!」
「そんなこと大声で言わなくていいじゃないですか!」
照れてしまった自分の方がよほど大きな声を出していることに気づいて、識子は恥ずかしさのあまり顔を両手で覆ってそっぽを向いてしまう。
古畑は、傍にいる男性店員(ああ、若いって良いなあ、みたいな表情を浮かべていた)に上機嫌で話しかけた。
「いいだろう。私の嫁だ」
その声が耳に入って初めて、識子は古畑が先週の帰り際に見せた不機嫌の理由に思い当たった。その袖を小さく引っ張って、確認してみる。
「……もしかして。あの店員さんに嫉妬してたんですか?」
「その通りだ。君があんなに嬉しそうに微笑んでいたからね」
子供のように思いっきり肯定して見せた男のシャツは、ビターチョコレートの色だった。
【END】
ナンバリング…2が2つ…orz
GJ!
いい作品だ
おお、GJ!
朝から乙です、GJ!
あれか、今度はそのシャツを着た博士が「私を食b
……じょうだんですごめんなさい。
次はホワイトディか?
シモーヌは?
age
芦茂かキモオタデブによる全女性キャラコンプリートレイプが読みてえ
保守。
ほしゅ
保守ー
過疎ってるな保守しとく
216 :
きみのために:2008/04/13(日) 17:24:12 ID:ZuXL4ewd
エロ無しの二次創作だけど投下します。
識子×植木です。
****************
「江波さーん」
深夜二時過ぎ。
植木虫介はついさきほどできあがった書類を持って識子のラボの扉を開けた。いつもならメールに添付して送ってしまうのだが、今回は体を動かしがてら自分のラボからここまで歩いてきたのだった。
女性らしく整理整頓された――とはほど遠い江波識子捜査官のラボ内。虫介はひょいと足下の寝袋をまたぎ、書類戸棚の向こうのデスクへと向かう。またいだ股の下で寝袋がごそっと動いた気がしたのは、識子がよく連れてきている猫がくるまっているのだろうか。
「夏の白川郷あたりで用水溝に挟まった場合の死体の蠅の孵化のサイクルの書類、できたよー。……って、あれ」
いつもの紺色の制服を着た識子が、デスクに突っ伏していた。
くぅくぅという寝息が聞こえる。
「寝ちゃってる……。まあ、しょうがないか。もうこんな時間だもんね。女の子には辛い職業だよねえ……ってもう『子』ってトシでもないけど」
識子本人が聞いていたら顔を真っ赤にして文句を言うであろうことを独りつぶやく虫介。
「それじゃ、書類ここに置いとくからね。ボクはこれで上がらせてもらうねー」
軽い調子で置こうとし――虫介は彼女の腕の下に写真が挟まっているのに気づいた。
人の腐乱死体である。おびただしい数の黒い蠅が皮膚のすべてをおおいつくし、点々と見える小さく白な点はウジ虫。普通の人が見れば吐き気をもよおす写真だ。
少なくとも、普通の年頃の娘さんなら、こんな写真を頭の下に敷いたまま寝ることなどできない。
――普通、じゃないよね。
日常的に死体に接し、分析し、犯人を追う手がかりを得る――たまに直接犯人を捕まえる。それが彼女の仕事なのだ。
(それに、江波さんって江戸時代から続く警察一族だしね……)
時代劇の小道具ではない、本物の、古い十手をいつも携帯しているのはその矜持なのだろう。
たまには憧れたりしないのだろうか。
同世代の女性の華やいだ美しさに。若さをめいっぱい楽しむ若者たちに。
虫だって……、そう虫だって異性を誘うために美しく進化していくのに。
だが、まあ。
数百年続いている警察一族の女性にとっては、ブランドものでちゃらちゃらと着飾ることよりも、犯人をつきとめる瞬間のほうが華やげるのだろう。江波警視正にしてもそうだ。あれほどブレスレットより手錠のほうが似合う女性というのも珍しい。
ひょっとしたらそれは、DNAに刻まれた因果なのかもしれない。……それでも彼女たちの一族が江戸時代から続いているということは、そんな江波家の人間を好きになる一族以外の『誰か』が常にいた、という動かぬ証拠でもある。
(……職場結婚かな?)
恋愛より仕事をとる一族のものとうまくいくには、やはり同じ価値観が必要である。
(ボクは……)
犯人を捕まえようという、識子のような強い意志はない。生物のことで聞かれるから調べて答えているだけ。専門外のことはその専門家にまわしてしまえばいい。好きなことをしているという自覚はある。遊びの延長というより、ほとんど遊びである。
とはいえ、それでも識子は自分を頼りにしてくれている。
だから、せめて。
この子の努力を応援したい――。
「もうちょっとだけ、残業しよっと」
識子の穏やかな寝顔の横にそっと資料を置くと、虫介はそうっと部屋から出て行った。
(もしボクと識子ちゃんが結婚して子供ができたら、虫好きのうえに捜査好きな警察関係者になるのかな)
――そんなことを考えながら。
217 :
きみのために:2008/04/13(日) 17:42:58 ID:ZuXL4ewd
終わりって書き忘れた。
おお投下がきている!
植木いいなぁ。
おお、ほのぼのいいな!GJ!
保守age
ちょっと質問。
夏川ナナ(ポロリ星の姫)って男性経験あると思う?
>>222 う〜ん、やっぱり?
査之介とナナのSS書こうと思ったんだけど、そこで迷ってさ・・・。
うん。「あり」で書くわ、ありがとう。
ho
なんか子猫が尻尾立ててるように見えた
ho orz
保守
age
続編が出るまでは…
230 :
名無しさん@ピンキー:2008/06/01(日) 18:51:27 ID:JtpgWTks
保守
保守雑談。
来月は爆弾処理班か…
舞台が南東京市じゃないあたりに驚愕
日本じゃない…ってのは、オートマンを出さない為の布石なのかな
ごめん、鑑識官しかやったことないからわからない……
遅ればせながら最近2をプレイしたんだが、
査之介が「興奮すると」人魂を出せるって
台詞に性的な意味合いを連想してしまった
……末期か……
>>232ナカーマ
大丈夫このスレなら末期じゃないさあその妄想をここにだね
なんだかんだでこのスレも祝1年。
爆弾処理班まであと20日ですね〜。
発売までに何か書く。
>>234 +
+ ∧_∧ +
+(0゚・∀・)wktk
(0゚つと) +
+ と_)_)
ワクテカ保守
なんか無駄に書くのに時間がかかってる(いつものこと、とか言わないでー)
その上、なんか愛のない話になりそうな悪寒。
発売までには必ずっ・・・!
でも、ただwktkさせるだけなのも申し訳ないので、前に出した同人誌から一個投下しておくです。
所長×署長注意
時計は二十七時を指していた。
部屋の中には澱んだ微熱が充満している。
男と女、二人分に過ぎないそれは、しかし二人にとって今、世界の全てにも等しい。
女は警察の制服を半分肌蹴ながらも身に纏っており、本来ならばきっちりと後ろにまとめているのだろう後ろ髪が、情事にほつれている。
「く、ふぅ……っ、ん!」
その首には痛々しい包帯が巻かれており、激しい呼吸の邪魔をしている。
背後から覆いかぶさる男は、その様子を気遣うように項に唇を寄せるが、それでも寛げたスラックスから露出させた自分の欲望を叩きつけるのをやめない。
普段滅多なことでは外さない銀縁の眼鏡は、今は嬌声と同じリズムで揺れる机の上にある。
南東京市科学捜査研究所の所長である岩原にとって、この所長室で彼女を抱くのは決して初めてではない。
警視正である江波徹子にしても、初めは随分と怒りを見せたものの、いつの頃からか慣れてしまっていた。
科研の風紀に良くない、そう苦言を呈しそうないつもの秘書ソフトは現在、深夜メンテナンスの最中だ。少なくともあと一時間は停止している予定だと、デスクトップの表示が告げている。
強く抉る様な動きで打ち付ける男の身体が、自分よりも細い身体を木製のデスクに磔にする。
その細い身体は自分よりも大柄な重みを感じる度にデスクにしがみつく腕の力を増し、軽く吹き飛ばされてしまわれぬよう繋ぎ止めている。
顔は見えない。それでも、わかる。
彼女は今、『鉄の女』と呼び表される無表情などではなく、朱の差した頬、感じすぎると唇を噛み締める悪癖でもって、誰にも見せたがらない、美しく、蟲惑的で、魅力的な表情をしている。
あと少しだ。
あと少しで、いつもの高みへと彼女を連れて行ける。
己の限界もまた近いことを知り、一際強く打ち付け始めた。ここからペースを早めることを、彼女は好まない。
それよりは、強すぎる快楽を本能的に嫌がって身を捩るのを押さえつけ、胎内深くでひくつき始める肉莢のような場所を刺激してやる方が、悦ぶ。
「あくっ、くはぅっ、うっ、ふ、んむっ」
少しだけ血を滲ませた唇を開いて啼こうとするのを、慌てて顔を上げさせ、口付けで塞ぐ。
そんな喘ぎ方は、まだ喉の傷に障るだろう。
不意に自分たちの姿を窓ガラスに見つけ、僅かに、奇妙な気分に陥る。……そうか。
(長いこと、キスなどしていなかった。情や言葉より、こうして身体を交わすことが、当たり前になっていたのか)
柔らかさと温かさ。絡めた舌に感じるとろりとした唾液の中に微かに混ざる血の味。一度は失ったと絶望したその感触を愛しく思い、女の身体を強く抱きしめた。そのまま最奥で熱を吐き出す。
一瞬目を見開いた彼女の息が塞いだ口腔の中で弾けるのと、子宮が、胎内に受けたものと同じ程に熱い液体を、果てたばかりの肉棒へ吹きかけたのは、まったくの同時だった。
――このまま、彼女が孕めば良い。
岩原は本気でそう思った。
腕を通した制服が肩のラインにきちんと沿う様、襟を一度だけ強く引き、身なりを整えた江波徹子はソファーに腰を下ろす。
逆に、ジャケットを椅子へと放り投げた岩原は、先刻に淹れたインスタントコーヒーを江波に差し出しながら自分の分を一息に呷った。
黒く、熱く、甘い。芳しさを売りにしている商品だけあって、香りはなかなか、悪くない。独特の酸味が、事後の気だるさを和らげてくれる。
江波は一口含んだだけで、カップをソーサーに置いてしまった。その様子に、呆れてしまう。
「また強く噛んだな。いい加減その癖は直したらどうだ」
彼女はむっとした様子で再びカップを手にし、なんでもないことだとでも言いたげに再度コーヒーを喉に流し込んだ。
僅かに顔を顰める。荒れた唇に、熱い杯は痛むのだろう。
こくりと上下する喉。
岩原は、眉根を寄せてそれを見つめた。そこはまだ、痛々しい包帯に包まれている。
現場の惨状を思い返してしまえば、今こうして彼女が生きているのが不思議だと思う。
いつ、何が起きるかわからない。
そこが、彼女が望んで身を置いた場所だとわかってはいる。だが、しかし。
「もう、いいんじゃないか」
自分が、耐えられそうにない。
彼女には、その一言で通じたようだった。
屹と眦を吊り上げ睨む様な視線を向けてくる。
「所長。何を弱気になっているの?この怪我は私のミスよ。
警察内部の不正を正す為に行動していたのに、油断してしまった」
『鉄の女』の称号は、伊達ではない。今までだって何度も危ない橋を渡ってきた。それでも。
「だがな、江波警視正。その傷は、『命を狙われた』んじゃない。実際に『死にかけた』んだ。生きていたのは偶然だ。また今度、その強運が発揮されるかどうかは、わからんぞ」
そう言っていつものように中指で眼鏡を直そうとして、眼鏡を外したままだったことに気が付いた。
微妙な気恥ずかしさを感じながら、そのまま指で眉間を揉み解す。
「……俺は。……お前に、死んで欲しくない」
「……岩原ちゃん」
困ったような声が聞こえたことに、なぜか安堵する。そのせいか、言葉は口を突いて出た。
「本当を言えば、お前が江波の家を継がないと聞いたときも、ほっとしたんだ。これでようやく、お前も少しは安全に過ごせるようになるかもしれんとな」
その結果。やってきたのは江波識子で。
江波徹子は、それまで以上に危険になった。
自分の分だけでなく、姪の分まで気を付けなければならなくなったのだから。
深く息を吐き、静かに目を閉じる。
「……笑っていて欲しいんだ。お前には」
自分の傍で。ずっと。
岩原の脳裏に、不意に先刻まで腕の中にいた彼女の姿が浮かぶ。
脚の付け根から垂れ落ちそうになったものを慌てて抑え、赤い顔で上目遣いに睨んできたその表情。
ああ、頼むから、俺の遺伝子たちよ。
彼女の遺伝子と溶け合ってくれないか。
彼女のココロは彼女だけのものだ。
だからせめて、それ以外の全てが欲しい。
――どうしようもない独占欲。
残っていたコーヒーは、手の中ですっかり冷たくなってしまっていた。飲み干すのも億劫だ。
灯りの着いたままの天井を仰ぎ見る。
夜明けはまだ遠いだろう。
行為後の汗も拭かずにいた身体は冷え切って。
「腹が減ったな」
自分でも意図しない呟きを、それでも彼女は耳聡く聞いていた様だった。
「そうね、私もよ」
江波は髪を解き、結わえていた髪留めを軽く口にくわえながら、「でも、こんな時間に何か食べるのは、太る元ね」とどこか悔しそうに付け加えた。
今更気にすることでもあるまいに。お互い、若くないのだから。口にしたら間違いなく睨まれることなので、岩原はそれ以上考えないことにした。代わりに、違うことを口にする。
「作ってくれないか」
「は?」
結わえなおすために髪を纏めて持ち上げていた彼女の細い指から絹糸の如く黒が滑り落ちていくのを、呆けたように眺める。何も考えていなかった。考えるより先に言葉が滑り落ちる。
「味噌汁だ。それと米。沢庵は朝から食いたいものじゃないな。だが、漬物はあったほうがいい。あとは焼き魚か。塩焼きなんかは最高だ。身をほぐして、ワタを白米に乗せて……」
目の前の女が、小さく笑った。
「随分と、塩分の多い食事ね?」
「うるさいな。腹が減っていると、味が濃いのが食いたくなるだろうが」
ムッとしながらも、自分が何を口走っていたのかにようやく気が付いて、何故だか顔がむず痒くなる。そっぽを向いて、それでも。
「……お前の作る朝飯が、食いたいんだ」
「そうね、じゃあ、今日は泊まりにでも行こうかしら?」
そう言い無邪気に微笑む江波の顔に見惚れて、岩原は核心を口に出来なかった。
今日とか明日だけじゃなくて、毎日だったらありがたいんだが。
やたら上機嫌で帰り支度を始める彼女の姿を見ながら、岩原は苦笑するしかなかった。
終
GJ!
所長×署長って何か新鮮でいいなぁと思ったさね。
う、うおお。別板のスレだが爆弾処理班のフラゲ報告とかきてる!
火曜日にフラゲって早いな。
火曜にはラー油氏もフラゲしてたようだしな。
さて、明日が発売日という、相変わらずというか…ぎりぎりになった。
その上、結局、エロ無しにさせてもらった。
この二人でエロがどうしても納得いかなかったというか…
言い訳だな。
なんにしても、ごめんなさい。
今度ガチエロ書くんで許してください。
識子+ボス
※作中では7月7日だと思っておくんなせい
今日は、現場での仕事がまた多かった。
湿気の強い、すっきりしないのにじめじめとして、ひたすら蒸し暑い日。
何箇所もの現場を回り、ようやく一息吐けた頃には既に20:00。
これから書かなければならない報告書の概要を頭の中でまとめながら、識子は思う。
充実している、なのに。
なんだろう。この孤独感は。
パソコンの駆動音は、BGMにするには無機質すぎる。
鼻歌でも歌おうかと思って、やめた。
最近の歌なんて、知らない。
それに。
「そんな時に誰か入ってきたら、恥ずかしいわよ」
声にしてみる。
反響した自分の声の残滓が、僅かに耳に届く。
孤独が、識子の心に強く染み渡っていく。
最初の一年に比べれば、報告書の内容で怒られることも随分減った。
カタカタとキーボードに指を走らせながら、思い出に耽る。
最初の頃は何を書いて怒られたのか、何を書かずに怒鳴られたのかがわからなかった。
よく、かんこさんに目を通してもらったりしたものだ……そこまで思い、ふと気付く。
「かんこさん」
ぴろり、と軽快な音を立て、画面内に極端にディフォルメされた女性像が現れた。
『どうかされましたか〜?』
識子はそのアイコンを見て僅かに絶句する。
かんこさんは、織姫の扮装をしていた。
「かんこさん、どうしたの?その服……」
『今日は7月7日、七夕を意識して見ました〜』
「な、なるほど……」
考えてみれば、かんこさんの通常業務には来訪した部外者の案内なども含まれている。
中には依頼しにきた一般人も少なくないだろう。
そうした人たちに安心感を与えるためのサービスだと思えば、そこまでおかしくはない。
……だが。
「もう、来客とかないんじゃないの?」
『そうですね〜。ついでに、現在科研内にいるのも、ごく僅かな関係者のみです』
「じゃあ、今日一日はその格好で?」
『もう戻してもいいかとは思っていますが、江波さんにお見せできていなかったもので』
ディスプレイの文字に、微かに苦笑する。
「似合ってるわ、すごく」
『そう言っていただけると、トテモトテーモ、嬉しいですね〜』
かんこさんは警察関係の擬人内で流行っているのだ、と、嬉しそうにそう言った。
書き上げた報告書に目を通す。とりあえず問題があるようには思わない。
それでも、一度気持ちを切り替えてもう一度見直そうと思い、識子は席を立った。
いつもの癖で、足は自然に屋上へと向かう。
識子は休憩室よりも、屋上の方が好きだ。
煙草の臭いは好きじゃないし、いつでも誰かがいるような気がする。
誰とも会わない場所の方が、不思議と落ち着くのだ。
屋上の扉を開く。
そこには、見知らぬ背中があった。
「……誰?」
識子の喉から、思わず剣呑な声が出る。
少しよれたシャツの男はゆっくりと振り向くと、銜えていた煙草を手にした。
「やあ。キミこそ」
「私はここの所員よ」
やけに落ち着いた様子の男に苛立つ。
煙草を吸っていることにも苛立つし、何よりこの場所に居たことが気に食わない。
「そうか……ぼくは、そうだなあ。牽牛とでも名乗っておこうか。
キミは江波さん、だろう?よく警視正からキミの話を聞いているよ」
眉を顰めた識子に、軽く笑って男は続けた。
織るとかいてシキコ、だから、ぼくは牽牛でもいいんじゃないかと思ってね。
識子は心底呆れた視線を投げる。
「知識のシキ、です」
慌てて目を逸らした男の背中を、識子はよほど蹴ってやりたくなった。
自分のことを探偵だ、という男には初めて会ったが、なんて胡散臭い職種だろう。
識子はそう鼻白む。
ライセンス制のことも知っているし、その男のことも確かにおばから聞いたことがあった。
擬人の秘書と所員(所猫?)を抱えて、滅多に事務所から出ないとまで言われる探偵。
腕は立つ。
探偵事務所の近くにあるラーメン屋の店主ピラニア仮面からもそう聞いていたが。
「……胡散臭い……」
「え。おっさん臭い?」
慌ててシャツの臭いを嗅ぐ姿からは、とてもそうは見えなかった。
「で、その探偵さんが、科研に何の用事ですか」
「七夕の牽牛って言ったら、決まってるじゃないか」
「織女でも探してるんですか」
「そんなところかな」
じり、と後ろに下がり距離を取った識子に、慌てて、あ、キミのことじゃないから、と続ける探偵。
識子としては睨むほかない。
「まあ、変な話をしたことはぼくが全面的に悪かった。
だから、そこまで警戒しないでくれるかな」
男は苦笑いをしながら、残り少なくなった煙草を携帯灰皿に捨てる。
「長年、実らない片思いをしてるせいかな。女性との会話ってのが得意じゃなくてね」
彦星がうらやましい。一年に一度でも、愛する女に会うことが出来るのだから。
そう言って空を見る男の顔は、嘘を言っているようには見えなかった。
識子は少し距離を取って、手すりにもたれかかる。
夏を迎える街の灯は、どこか滲んでいるようにも見える。
男は新しい煙草に火を点けた。
紫煙が風に乗る。
車のライトが流れる町並みを漂うそれは、薄曇の空に掛かるきざはしのようにも見えた。
「片思いなら、いいんじゃないですか?いつか実るかも」
「まあ、そう思いたいものだよね」
そう言って軽く笑う男の目は、柔らかい。
何故だかその瞳の奥に吸い込まれるような気がして、識子は顔を背ける。
こんな男は、好みじゃない。
「雨が降りそうだな……」
呟いた男の声に、つられて空を見上げる。天の川は見えなかった。
不意に識子は、空を見上げたのは随分久しぶりのように感じた。
いつも、屋上に来ては街並みを見下ろし、この街の治安に自分も貢献しているのだと感じていた。
それだけでも、自分の仕事に誇りが持てていた。
それなのに。
なぜ、こんなにも空は広いのか。
まだまだ、自分の力が及ばない世界があるのだと突きつけられたような気がして。
識子の目から、涙が溢れた。
「泣いてるの?」
男の、戸惑った声が聞こえて。
いいえ、雨ですよ。識子はそう答えた。
どこからか、賑やかな音楽が流れ聞こえてくる。
――ささのは さらさら のきばに ゆれる――
「お星さま きらきら、金銀砂子……」
節をつけて口ずさみ、男は手を伸ばす。地上の灯りへと。
柔らかい声をしていると、識子はそう思った。
「今の世の中じゃ、人の暮らしが、これだけ明るくなってしまったからね。
星はあんまり見えないけれど。
こうして灯りを見てると、その灯りの数だけ人が居るんだと思うと。
ぼくたちもこうして、多くの人の中で生きてるんだって思える」
手の届かない灯りに触れようと宙をかいていた手を引き戻すと、男は識子へと視線を向けた。
心配するでもなく、無理に媚びたものでもない、自然な笑顔で。
「だからまあ、キミも、あまり肩肘張らないで。
悩み事があるなら、相談に乗るよ。
こんなオジサンで良ければ、だけどね」
識子は男の顔を、しっかりと見つめ返した。
さっきまでは、そんな勇気も持てなかったというのに。
些細なことで、こんなにもこころが軽くなるものなのかと実感する。
「ありがとう、彦星さん。
心配してくれて、私、トテモトテーモ、嬉しいです」
探偵はそれを聞いて、何故か盛大にむせかえった。
END
>>244-
GJ!識子はもちろんボスとかんこさん萌えー
爆弾がkonozamaでこねえorz
お疲れ・・・
>>248 俺はkonozamaは明日着払いで届く予定。
でも、それは布教用。
爆弾もクリアしたぜ!
あげ