ここで、彼女が何故この場にいるか、そして何者なのかということを説明しなければならない。
彼女の本当の名は木村 麻里紗(きむら・まりさ)という。
俺の同級生であり、仲間であり、そして恋人である。
元々、互いに同じクラスの同級生としか認識していなかった俺達が、その関係を大きく変える事となるきっかけとなったのは、
夢の中に出てきたあの少女の存在であった。
少女が標的として、執拗に狙ってきたのが他ならぬ麻里紗だったのだ。
さっきも言ったように、同級生である以外に何の接点も無かった俺と麻里紗だが、
少女が送り込んだ尖兵―俺達からはドールと呼ばれていた―から、ふとしたことで彼女を救ったことがきっかけとなり、
俺達は少しずつではあるが、関係を深めていくようになった。
その頃から、俺の中でも戦いに対する意識が変わっていったような気がする。
ただ単純に世界だとか、そう言うものを守るだけじゃない、麻里紗のいるこの世界を守りたいと。
そんな事もあって、俺の中では麻里紗と言う存在は大きなものとなっていたし、彼女の危機を救う為に、
この身を投げ出した事は数え切れない。
あの夢の中での出来事は、正にその最たるものと言えるだろう。
そうした幾多の出来事を経て、俺と麻里紗は晴れて恋人同士になった。
そして今、夏休みに入った事もあり、親元を離れて一人暮らししている俺の元にやってきているのだ。
まるで現実離れしたなり初めだが、俺みたいなヤツがヒーローになってしまうことに比べれば、
よっぽど現実的な話なんじゃないかと思っている。
…その一方で、俺自身は本当にこれでよかったのかと、俺がこんな思いをしてもいいのかと、
今でも少なからず思い悩む事もままある。周りからは贅沢な悩みだと言われそうだけど。
入ってきたときと同様、ガチャリという音と共にドアが閉められた。
それと共に、この部屋に再び静寂が戻ってくる。
緊張の糸でも切れたか、俺の上体が力なくベッドに倒れこむ。
それと共に再びぶり返してくる熱さ、そして苦しさ。
異様なまでのこの感覚に、眠ることすらできずただもがくだけの俺の姿がそこにはあった。
永遠とも一瞬ともつかぬ、際限なく続くこの状態に変化が現れたのは突然の事だった。
心臓を鷲掴みにされる。
こんな形容詞がピタリと当てはまるかのような、強烈な胸の痛みが襲い掛かる。
「あ…ぐぅっ…!?」
その激しさに、声を出すことも叶わずのた打ち回る。
呼吸も出来ないほどの痛みの中押さえた胸が、心なしかさっきよりもさらに熱を帯びたように感じられる。
心臓を中心に、血管を伝わって炎が全身に回るかのように、身体が発する熱もさらに増していく。
それに合わせ、まるで体内の水分を出し尽くさんばかりの勢いで汗が噴き出し、
ただでさえ湿っていた寝間着は、まるで水でも被ったかのような状態になってしまう。
それからまたしばらくして、また新たな変化が現れ始める。
全身の至る所から生じる激痛。それが苦しさに追い討ちをかけていく。
身体の中を乱暴に掻き回されるかのようなその痛みに、もはやのた打ち回る事も、声を出す事も叶わず、
俺はただシーツを固く握り締める事しか出来ずにいた。
全身を駆け巡る痛みと、熱さによって薄れ行く意識の中で、俺は先程の、物悲しげな麻里紗の顔を思い出していた。
あれが、俺の見た最後の姿になるだろうと思うと、悔しくて、悲しくて仕方がなかった。
だけど俺はまだ知らなかった。
この時、俺自身の運命さえも変えるような事態が起こっている事を。
―[2]―
微かに聞こえる、鳥のさえずり。
窓から差し込む日の光に眩しさを感じつつ、俺は瞼を開けた。
昨日と変わらぬ自室の風景が、そこには広がっていた。
何があったかは分からないが、俺は生きていたのだ。
あれほど熱く、苦しかった昨夜からは一転して、不自然なまでに身体が軽く感じられる。
押さえ付けられるような胸の苦しさこそまだ残っていたが、それもいずれ消え去るだろう。
そんなことを考えていた俺がふと違和感を感じたのは、その直後のことであった。
「死ぬかと思った…」
ふと漏れ出た声に違和感を感じる。少しばかり高くなったような気がするのだ。
いつもの俺の声とは明らかに異質な声に、一瞬戸惑ってしまう。
それでも、窓を開け放してたから喉でもやられたんだろう、そう自分で納得しつつ、
乱れに乱れた髪を手櫛ですこうとした俺は次なる違和感に気付く。
髪が異様に伸びているような気がする。確かに、ここ数週間散髪していなかった事もあり、
若干髪が伸びている事は俺も自覚していた。
だがそれにしても、昨日までとは明らかに長さが違う。
まるで一晩の内に一気に伸びたとしか思えないような、そんな長さにまで達していたのだから。
流石に、この違和感を不審に思わずにはいられない。
昨夜かいた汗で、寝間着もシーツも水を被ったかのようにぐっしょりと濡れていた事もあり、
俺は洗面所へ向かおうと部屋を出る。
正にその時であった。
「ほぇ…!?」
ドアを開けた瞬間、ばったり鉢合わせした麻里紗の表情が、見る間に驚きに満ちたものへと変わっていく。
「麻里紗…?」
俺が発したその声に、麻里紗は戸惑いを隠しきれないまま応える。
「み…満幸…だよね?」
「当たり前だろ」
「ホントのホントに満幸だよね?」
「ったく…一晩で俺の顔まで忘れちまったってか」
その言葉を聞いた麻里紗の表情に、ふと影がさしたように見えた。
「…とりあえず、洗面所行こう?」
「あ…あぁ」
麻里紗に促されるまま、洗面所へと足を進める。
その途中で、不意に麻里紗が口を開いた。
「さっき言ったよね?一晩で俺の顔まで忘れたかって」
「ん〜…一応」
「あたしは満幸の顔は覚えてるよ。だけど…」
「だけど何だよ…?」
言い終わらぬうちに、俺の手を掴んだ麻里紗はズンズンと、早足で俺を洗面所へと引っ張っていく。
あまりの勢いに、途中何度かつんのめりそうになったほどだ。
ともあれ、洗面所へ着くや麻里紗は、普段の優しげな表情から一転して真剣な顔で俺に問い掛ける。
「最後に聞くけど、その顔ってホントに満幸のだよね?」
まるで怒ってるようにも感じられるその言葉にカチンときた俺は、
「あぁ、この顔が俺の顔で無くて、一体誰の顔って言うんだよ?大体・・・」
そう言いかけた俺の目に飛び込んできたのは、俺が想像だにしなかったものであった。
鏡に映し出された俺の姿。
しかしその姿は、俺が今まで俺のものだと認識していたそれではなかった。
「う……うぇぇぇぃっ!?」
俺の口から飛び出した素っ頓狂な声が、狭い洗面所の中に響き渡る。
先程違和感を感じた髪は肩口まで伸びており、汗で濡れているからか全体的に艶やかな感じがする。
またスッと通った鼻筋や、パッチリとした目は殆ど変わってはいないものの、顔立ち自体は柔和なものになっている。
心なしか、肌の色も若干白っぽくなっているようにも見える。
それはまるで女性のような、いや女性そのものの顔立ちであった。
目の前に映し出されたものに言い知れぬ恐怖と驚きを感じつつ、今度は俺が麻里紗に問い掛ける。
「な、なぁ麻里紗…この顔ってホントに俺の…かな?」
「あたしに聞かないでよ…」
困ったような表情を浮かべつつ、深い溜息を吐く麻里紗。
その反応は、俺に対して否応なしに自分の顔が変わってしまったという事実を突きつける形となった。
ショックを受けつつも、再び鏡を見遣った俺はさらなる事実にぶち当たる事となる。
女性らしく変化を遂げた顔だったが、変わったのはそこだけに留まらなかったようだ。
よくよく見れば、胸の辺りも膨らみ、寝間着を内側から押し上げているのが見て取れる。
その様子に、俺は思わず胸元へと手を伸ばす。
「うわぁ…」
思わず感嘆にも似た声が上がる。
ずっしりとまでは行かないが、ある程度の重みが感じ取れる。
俺は胸のサイズとかそういうのは殆ど分からないけれど、
それでも触れてみて、これが比較的大きい部類に入るということだけは認識できた。
目覚めた時に感じた胸の苦しさは、これが原因だったのだろう。
「てことは…」
ふと、重大な事に気付いた俺はズボンの中へと手を突っ込み、股間をまさぐりだす。
だが、俺の手が本来触れているべきそれは影も形も無く、俺の悪い予感を見事に的中させる結果となった。
ここで三度、鏡を見遣る。
鏡の中の少女は俺を見つめたまま、不安げな表情を浮かべるのみであった。
当然、俺が何故こうなったかという事を答えてくれるはずも無い。
「麻里紗ぁ…」
さらに麻里紗の方へ振り向いた俺だが、彼女もまた不安げな表情を崩さぬまま、変わり果てた俺を見つめるのみだった。
この場に、俺の疑念に答える者は誰一人としていないのである。
果たして、俺の悪い予感は見事に的中してしまった。
それも一晩の内に女性の姿に変わってしまうという、全く予想だにしなかった形で。
579 :
Zh-nS:2007/07/07(土) 16:41:40 ID:ZvHjj9L1
ありゃ…投下してみると思ったほど多くは無かったなぁ。
とりあえず今日の分はここまでです。
次の投下は来週の頭ぐらいになるかもしれません。
>京丸@ピンキー
いいですよヽ(´ー`)ノ
ふうさん>感謝です。
腕の立つ脇役が欲しかったもので。
ありがとうございます。
最近にぎわっていてとてもいいですね。
でも、同時に、なかなか投下するタイミングがないのも事実で
そうこうしているうちに
私が、あゆこのお話の続きを投下しようとしたら
確実に容量オーバーしてしまうことになりました。
なんで、とりあえずあゆこの続きは、また来ます。
読んでくださってる方は、次、期待してもらってもいいと思います。
ということで、前スレの最後に投下したお話の続きをちょっとだけ落とします。
この話、エロまで行き着くのにかなり時間かけます。
時間が取れるかどうか分かりませんが、少しずつ話を進めるので
なんなら後で誰かが集めてくれたやつでも読んでください。
前スレ(27となっているもうひとつのスレ)の728から始まったヤツの続きです。
病気という特別な事情で、女の子になった僕にまっていたのは、
新しい戸籍、男子校からの退学、地元の公立中学校への編入手続という
女子中学生としての、新しい人生をはじめるための、こまごまとしたことだった。
と、書けば簡単なことに思えるが、実際にはとても面倒くさくて
お金もかかるし、時間もかかるし、とんでもない労力を伴う、出来事だった。
考えてもみてほしい。僕は、女の子として生まれ変わった。
下着からなにから、今まで使っていたものでこれからも使えるものがほとんどないのだ。
女の子の体が正常に機能していることを確かめるための
「健康診断」だけで2日間もかかったし、戸籍を書き換える作業は
あまり僕には関係なかったけれど、
病院から退院した後には、洋服や靴も、一通りそろえないといけない。
女の子に生まれ変わることで一回り小さくなった僕の体には
今までの服は、サイズ的にも合わない。
学校が変わるということは、それだけでもいろんな準備をしなければいけないのに
僕の場合は制服のサイズから計りなおさないといけない。
150センチ、38キロ、バスト72センチ、ウェスト51センチ、ヒップ73センチ、
靴のサイズは21センチ、視力は両目1.5
それが、女の子として生まれ変わった僕の、新しいサイズだった。
足の長さが少し変わっただけでも、結構歩くのが大変だ。
慣れるまでには、病院のなかの「リハビリ」だけではとても足りなかった。
それでも、病院の先生に言わせれば
「こんなにスムーズに女の子の体に生まれ変わることができるとは思わなかった」
らしい。僕は、手術の一週間後、退院するときには
まるで普通の女の子のように歩いて、普通の女の子のように話していた。
もちろん、口調や身のこなしまで女の子のそれにすっかり生まれ変わったというわけじゃない。
女の子の体が、男とつくりが違うことで感じる違和感はたくさんあったし、
退院した後、社会に、女の子として復帰すること自体が、
特殊な病気にかかった僕の、大きな挑戦でもあったし、
現代医学の挑戦でもあったという。
「たとえば、これが体だけの症状で、君の頭の中や心の中は
男のままだとしたら、このあと、性同一性障害として少しずつ
男に体を戻していくような治療もありうるんだけど・・・」
一瞬、僕は、「男に戻る」ことが選択肢にあるような希望を覚えた。
先生は、僕自身の体のいろんなことについて説明をしてくれた。
そのなかでも、僕が女の子として生きていくべきだと結論付けた。決定的な理由は・・・
「少なくとも医学的には、君の心や精神のありかたまで、女の子のものに
少しずつ変化しているようなんだ。
だから、君は、女の子としてのいろんなことを学んで、女の子として生きていくのが
いいと思う。」
科学的な事実に基づく意見だけに、冷静すぎて、残酷にも響きかねない言葉だった。
「そ、そうなんですか・・・」
僕自身の心までが、女の子のそれに変化しつつある・・・
血やおしっこを調べるだけで・・・そんなことまで分かってしまうのか・・・
そんなことまで、決められてしまうのか・・・
僕は、何か納得のいかない気持ちをいだいたけれど、
目の前にある自分の体が、女の子のものであるという事実は
動かしようもないものでもあった。
そして、7月の中旬。
女の子として生きていくことを余儀なくされた僕は、入院して、手術して
一週間くらい、女の子としての「リハビリ」を続けていた。
そんな僕にも、15回目の誕生日がやってきた。
誕生日のその日、僕は女の子になってから初めて外出を許され、
自分の家に帰って、家族とともに誕生日を祝うことを許された。
母が持ってきた、僕が初めて外で着る女の子の服は、
夏らしい水色のワンピースだった。
「これ、どうやって着るの?」
女の子の生活は、初めてのことばかり。普通のスカートすら、
穿く、ということをしたことがなかった僕には、上と下がつながっている服の
着方など分かるはずもなかった。
病院の中で着られるような・・・女の子用でも、
男物と大して変わらないようなTシャツや短パンしか知らなかった僕には
初めての女の子の服・・・初めてのスカート、初めてのワンピースは
自分が女の子になったことを改めて実感させるものだった。
家に帰って、誕生日を祝う、
と、いっても、家族は両親だけなのだが、
この日ばかりはちょっと違った。
僕が、女の子として生まれ変わり、女の子として社会の中で生きていくために、
幼馴染で、隣の家に住む、香澄さんが僕の誕生日と、そして新しい人生を
お祝いに来てくれたのだった。
「かずくん。大変だったね。あっ、もうかずくんじゃおかしいのか。
とにかく、女の子として生きていくのに、あたしのことを本当のお姉さんだと思ってたよってね。
「香澄さん・・・ありがとう・・・」
僕は、女の子になってから・・・いや、この体が女の子に変化し始めてから
明らかにゆるくなった涙腺から、温かいものを流して、香澄さんの言葉に感動していた。
「それで、これからの和宏の・・・いや、君の名前なんだが・・・」
父が気恥ずかしそうに話し始めた。
「はいっ。」
僕は緊張する。
「紗希。新しい名前は紗希だ。」
大きく半紙に書いた名前を僕にも見せる父。
「今日は、紗希の新しい人生の始まった日ね。」
母も、うれしそうに微笑んでいる。
「紗希・・・今日から・・・お・・・あたしは、紗希・・・」
驚くほどに女の子らしい名前に、僕はとまどう。
ああ、本当に女の子になっちゃったんだな・・・
そう心のそこから思うのもいったい何度目だろうか・・・
誕生日のケーキには、15本のろうそくと、そして、
これから名前を書くように、チョコレートのホイップが用意してあった。
「紗希」と僕は自分で書いた。自分の、これからの名前をはじめて書いた瞬間だった。
まだ慣れない、自分の名前。
ふうっとろうそくの火を消したとき、「紗希」という名前が自分のものだと
不思議に実感した。
女の子らしいのは、体だけでも、服装だけでもなくなった。
名前が「紗希」となったときから、もう僕は和宏じゃない。
下山紗希・・・本当に女の子になってしまったことの違和感はまだ消えない。
僕は自分の部屋に、久しぶりに入った。
女の子になる準備は、入院する前から始まっていたけれども、
まだまだこの部屋は男の子の部屋だった。
「女の子になったらいらないものは全部かたづけようね。」
香澄さんが部屋に入るなりそう言った。
「うん・・・」
ぼくは小さくうなずいたけれど、心の中では納得していなかった。
男として僕が育ってきた、さまざまな証拠を、
女の子になったからといって、捨て去るなんて・・・
でも、香澄さんの言ってることは正しかったのも事実だ。
下着や服のほとんどは女の子になった今、不要なものだし、
漫画や雑誌やCDはともかくとして、
なんというか、この部屋には
「女の子の部屋のふいんきがないんだよねぇ。」
香澄さんが僕のベッドにすわってそう言う。
「そんなこと・・・僕は・・・別に・・・気にしないんだけど・・・」
香澄さんがぼくを、きっ、とにらんで言い返す。
「そりゃ、ベッドも枕も、このままでも寝られるし、勉強する机だって
あのままでもいいけど。でも、あなたは女の子になったんだよ。」
どきっ、と胸が鳴る。
立ち尽くしたままの僕はまだ、自分が「女の子」だと指摘されるたびに
違和感を感じる。そして、ひとつさっき間違いを犯したことに気づいていた。
「まずはこれから剥がそうか。」
香澄さんはベッドの横の壁に張ってあったアイドルのポスターを剥がした。
「あっ、やめて!」
「どうして?女の子の部屋にあったら変だよ。それから、さっき僕って言ったでしょ。」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
「ごめんなさいじゃなくて、女の子になって、女の子の輪の中にも入っていかなきゃ
いけないんだよ。紗希ちゃんにはその自覚が足りないなじゃない?」
「自覚、ですか?」
紗希ちゃん、というのが自分のことだと分かるのにもまだほんの少し時間のかかる僕に
女の子としての自覚なんてない。
「そう、これからは、道を歩くときも男の子じゃない。女の子なんだよ。
電車に乗って大股開きでふんぞり返ることも許されないし、常に
男の目線を気にして生きないと、女の子として生きていることにならないでしょ。
あたしが呼ばれたからには、紗希ちゃんをちゃんと女の子にしないと、
紗希ちゃんのお父さんやお母さんにも申し訳ないし。」
女の子としての・・・自覚。
手術の後、毎日のようにいろんな女の人が来て
僕に女の子の心得を何時間も教えていった。
女子トイレでの作法すら知らなかった僕には、覚えることすら大変な数の
女の子として生きるための数々の決まり・・・ルール。
でも、そんなこんなを一言「自覚」と表現されると、
なんだか・・・すっきり頭に入る気がする。
「あたしが女の子である・・・そういう自覚ですか?」
「そう、紗希ちゃんは女の子なんだから、もう男の子じゃないんだから。
ただ女の子のまねをして生きるだけじゃなくて、
女の子として、生きるんだよ。わかる?」
「女の子のまねじゃなくて・・・女の子として・・・」
僕は、なんだかすっきりしたような気がした。
その二つが全然違うことだというのは、なんとなくだけど分かった。
「おかまのお兄さんや女装するおじさんとは、紗希ちゃんは違うの。
だから、あたしが、紗希ちゃんをちゃんと、女の子に育て上げるって、
あたしは紗希ちゃんのお父さんとお母さんに約束したの。
紗希ちゃんの、今日からお姉さんなの。」
「香澄さん、よろしくお願いします。」
熱く語りかける香澄さんに、僕は感動せずにはいられなかった。
初めて聞いたことだった。香澄さんは、隣に住む幼馴染としてだけではなく、
「お姉さん」として、僕を・・・女の子らしくする同世代のお姉さんとして、
お姉さんとなるように。両親からも頼まれていたのだった。
「よろしい、夏休みの間に、女の子として独り立ちできるように頑張ろうね。」
「はいっ。」
香澄さんは、美しくて、かわいくて、小さい頃から僕の憧れだった。
さすがに中学生くらいになると、隣の女の子と遊ぶということは少なくなったけれど、
ずっと、ずっと、憧れだった。
その香澄さんが、今ぼくの「お姉さん」として、僕を女の子として・・・育てるという。
香澄さんみたいになれるのなら・・・女の子も悪くないかも・・・
僕はそう思った。
女の子になって、初めて・・・目標ができたような気がした。
「退院はいつなの?」
「明日の夜、また病院に戻って、たぶん一週間くらいいろんな検査のためにまだ
病院にいてくださいって、いわれてます。」
「ふうん、じゃ、一週間か。それと、明日はどうするの?」
「あしたは・・・夜までうちにいれるから・・・」
「それじゃ、買い物にいこうよ。女の子のものをいろいろとね。」
実は、初めからその予定になっていた。
「はい、実は、お母さんとはそういう予定になってたんです。香澄さんも、きてくれるんですか?」
「うん。行くよ。紗希ちゃんが女の子になれるように、お手伝いするんだ。」
香澄さんの目は輝いていた。
一人の、幼馴染の男の子が突然女の子に生まれ変わって、
その子を自分の妹として育てられるなんて、それは確かに楽しいことに違いないと、
後になって思った。
香澄さんは、僕よりもひとつ年上の女の子だった。
僕と香澄さんが育ったこのあたりは、大企業のエリートや、有名人も住む
ちょっと郊外の住宅街で、二人とも子供のころにここに引っ越してきた。
それは、幼稚園のときのことで、お互い一人っ子の僕たちは
きょうだいのように育ったというのが、正当な評価だと思う。
小学校の高学年くらいになると、さすがにいろんな事情・・・
中学受験のことや、単純に気恥ずかしくなるからという理由で
隣に住んでいても、だんだんに疎遠になっていた。
でも、こんなときに一番に飛んできてくれた・・・うれしかった。
香澄さんは、名門私立女子中学から、受験して、大学までエスカレーターの
K女子高に合格し、今年一年生だった。
あたしは・・・男の子だったころ、大学まで進めるW中学に通っていた。
W中学は、男子校だったから・・・辞めなくてはいけなかったけれど・・・
「地元の中学校に行くの?それはたいへんだ。受験勉強しなきゃいけないんだ・・・」
そう、今年の春まで受験なんて必要なかった僕にとって、それは結構な重荷だった。
「でも、あたしが助けてあげるよ。なんとかなるって。あたしと同じ高校にくる?」
はい、と答えたかった。
でも、高校受験って、そんなにかんたんなものだろうか?
中学受験だって、あんなに頑張ってようやくだったのに
そんなにかんたんなはずがない、ともおもった。
そして、もうひとつ・・・重大な事実があった。
「実は・・・あたしの・・・W高校が、来年から共学になるんです。」
「えっ、それなら、それもいいかもね。」
香澄さんは、ちょっと驚いたようだった。
いま、辞めたばかりの学校に、半年後に、何とかしたら入れるかもしれない。
来年から、男子校だった学校が共学になる。
そのタイミングで僕は・・・女の子になってしまった・・・
それは、何かの運命にも思えた。
もし・・・受験してW高校に入って・・・そしたら、
今までずっと過ごしてきた仲間たちとも再会できる・・・
「まぁ、とにかく、明日は女の子のものを買いに行こうね。それから、
受験勉強もがんばろう。」
香澄さんはそう言って、僕を励ましてくれた。
現実的には、僕の置かれた状況って、かなり厳しいものだとおもう。
女の子になって、学校も変わらなきゃいけなくて、しかも中学3年生で、
僕に起きる大事件にかかわりなく、時間は刻々と流れていくのだから。
「受験勉強かぁ、あたしも去年の今頃から頑張りだしたなぁ。」
香澄さんが少し遠い目をしてそんなことをつぶやく。
「あたし、がんばります。」
そう、この大事件を嘆いても始まらない。
女の子に生まれ変わった僕の、とりあえずの目標、それは
高校受験の突破ということになるだろう。
その意味で、香澄さんの存在は、きっと大きなものになりそうだった。
する必要のなかったはずの高校受験を突破するために、
一年前にそれを経験したお姉さんの存在は、大きいはずだった。
「もう、夏本番だね。夜でもこんなに暑い・・・」
香澄さんは隣の家に住んでいる。玄関を一歩出たところでそんなことをつぶやいた。
いつもより少し長かった梅雨明けが発表されたその日、熱帯夜の空気が
生まれたばかりの女の子の肌にも、じんわりと汗をにじませた。
「それじゃ、明日の朝ね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい、かすみさん。」
ぼくは笑顔で手を振り、明日の約束を確認して
香澄さんが隣の家に入るのを見届けると、カギを閉めて
自分の部屋へと駆け上がっていった。
女の子になって、初めて、うれしい気分だった。
憧れの香澄さんが・・・僕のことを妹だって・・・
少し時間がたって、うれしさがこみ上げてくる。
女の子も、わるくない。
まだ、女の子の世界のことを何も知らない、無邪気な少女に、
その日、僕は生まれ変わった。
「男の子のにおいだ・・・」
自分のベッドのふとんやまくらが・・・もはや今の自分のものじゃない。
自分のにおいなのに・・・どうしてだろう、何か違和感を覚えてしまう。
僕って、こんなにおいしてたんだ・・・
他人のにおいならわかるけど、自分のにおいってなかなか分からない。
でも、今僕の鼻に入ってくるのは・・・今の自分のにおいじゃない。
女の子なんだ・・・僕は・・・もう男じゃないんだ・・・
何度も思ったことをまた思いながら、眠りについた。
「おはよう、紗希ちゃん。」
「お・・・おはようございます。かすみさん・・・」
「香澄、でいいよ。今日からは友達にもなろうよ。」
「・・・」
僕の心は揺れる。なんだかとても不思議な感じだった。
女の子になって初めての外出。
一日の始まりは、外出の準備。
初めてのお化粧。でも、まだ僕用のメイク道具はないから
香澄さんの部屋で香澄さんにメイクしてもらった。
ファンデーションから始まって、まつげをマスカラで整えたり
唇にグロスリップを塗って、かわいく顔が変わっていく。
「女の子って、たいへんだね。」
ぼくはいくつもいくつもやることのある女の子の外出前の準備を
一通り、香澄さんの力を借りてやってみた。
「かわいい・・・」
自分の顔が、確かに変わっていく。女の子って、すごい、と思った。
少女・・・というよりも15歳とは思えないほど、
すっぴんのままだとただの子供にしか見えなかった僕は
ほんのすこし、目をはっきりさせて、肌の色を大人っぽく見せただけで
カラダは小さくても、ギャルになってしまったかのように変身した。
香澄さんは、まるでお人形ででも遊ぶかのように僕をあっというまに
子供から小柄なギャルに変身させていく。
ショートカットの髪も、ちょっとリボンを結んだだけで全然かわって見えるし、
ひまわりの柄のプリントされたひざ上までのスカートを借りて
ビーズで文字が書かれたピンク色のTシャツの上に
袖のないカーディガンみたいなのを着せられた。
「かわいい・・・」
一時間近くもかかっただろうか。そのあいだ僕は何度この言葉を口にしたかわからない。
魔法のように変わっていく自分が信じられなかった。
「さぁ、行こうか。」
実は、今日はやることがたくさんある。
お金はうちのお母さんからもらってある。
女の子としての生活を始めるための準備。お金はすごくかかるはずだけど
それはどうやら心配ないようなのだ。
夏の日差しがふりそそぐ街にでて、女の子のものをたくさん買った。
今日だけじゃ買いきれないくらい。服だって、最低限必要な数すらまだ足りないし・・・
そして、その日から僕はお化粧や、服装や、アクセサリーで
自分を飾るということを覚えた。
「かわいい!」
香澄さんは自分の好みのショップに入っては
僕を着せ替え人形のようにいろいろ試して、何度も何度もかわいい、と褒めてくれる。
そして、それは僕の目にもその通りだった。
女の子の、楽しみ。初めて覚えた、自分をかわいく見せるための努力。
男だった僕の価値観で、かわいい女の子になること・・・
それって、とても楽しいことだと、気づいてしまった。
「今日は忙しくて髪の毛まで気が回らないね。」
お昼ごはんはファミレスだった。午前中だけじゃもちろん足りない。
一日、香澄さんは僕の買い物を手伝ってくれた。
僕の女の子としての身の回りのものを、いっぱい、いっぱい。
「たくさん買っちゃったね。」
帰りの電車の中で、両手に抱え切れないほどの荷物を持った
二人の少女は・・・疲れているはずなのに疲れを感じていなかった。
すくなくとも、僕はこの一日が地元の駅について、
そして僕のうちに・・・もし香澄さんを家まで送ってもそこから10秒で・・・
終わってしまうのがとってもいやだった。
駅に着くと、ゆっくり歩きながら、僕は思い出話を始めた。
「かすみさん・・・思いだした。」
「なぁに?」
「むかし・・・むかしから香澄さんはお人形で遊ぶのが大好きだったよね。
じつは・・・香澄さんのあのお人形たち、すごくかわいかったのを
ぼく・・・あたし・・・覚えてる。あのころ・・・本当はかすみさんと
お人形で遊びたかったんだ。」
かすみさんは、少し驚いたような笑顔で
「へー、そうだったの。あたしは・・・かずくん・・・じゃないあなたが
あたしのお人形遊びに付き合ってくれないの、すごく淋しかったんだよ。」
「あ、あのころは・・・男の子がそんなことするなんて・・・恥ずかしくて・・・
それに、女の子と遊ぶのも・・・香澄さんと遊ぶのも、恥ずかしくて・・・」
「じゃあ、今はもう恥ずかしくないの?」
「お人形遊びが?」
「ぷっ・・・ちがうよ。あたしと一緒にこうして、一日過ごしたことがだよ。」
「えっ?それは、男の子でも、今は恥ずかしくないよ。かすみさんと一緒なら・・・」
「そうじゃなくて・・・女の子と一緒に遊ぶのも恥ずかしかったのに、
お人形で遊ぶのも恥ずかしかったのに、今日は自分のための
スカートとか、ヘアバンドとか、ファンデーションとか・・・いっぱい買ったでしょ?」
「う・・・うん・・・一人じゃムリだったかも。」
「じゃあ、紗希ちゃんはあたしのあたらしいお人形かな?」
どきっ・・・とする笑顔でさらっと、どきっ、とすることを香澄さんが口走る。
「お人形?」
「こんなかわいいお人形なら、あたし、ずっと大切にするんだけどな?」
さらに僕はどきっ、とする。
「あた・・・あたし・・・そんな・・・」
「ばか、なに想像してんの?」
かぁ、っと僕の顔が赤くなる。
「女の子になって、いろんなことを教えてあげるよ。いっぱいね。」
香澄さんのいったことは、すごくいやらしくも聞こえたし、
すごく温かくも聞こえた。
憧れの香澄さんの・・・お人形になるのなら・・・
女の子も悪くないかも、ってそう思ってしまう。
「さぁ、帰ったら女の子の部屋作りだよ。」
「えっ?今日これから?」
「そうだよ。急がないと、女の子として生きていくのは大変なんだから。
勉強もしなきゃいけないし、あなたは忙しいんだよ。」
「でも、これから・・・あたし・・・病院に帰らなきゃ・・・」
「夜でもいいんでしょ?まだ2時間くらい大丈夫。」
「えっ・・・?うん・・・」
強引な香澄さんだったけれど、僕はうれしかった。
あと2時間は香澄さんと一緒にいられる。
もうすこしいろんな検査をしたら、僕は退院できる。
そしたら・・・本当の女の子の生活が始まるんだ。
まだ女の子の体に慣れてない僕にとっては、
一日歩き回っただけでもかなり大変なことだった。
かなり疲れて・・・でも心地よい疲れだった。
女の子になって、一番明るくて、甘い気持ちになることができた日曜日。
「女の子って、わるくないかも・・・」
僕の部屋を、ほんの少しだけ改造した。女の子の部屋に・・・
香澄さんが持ってきてくれた枕カバーから・・・かすかに香澄さんの香りがした。
これからの女の子の生活に、僕は始めて期待を抱いた。
以上です。
エロの萌芽はまだ欠片すらないように見えるかもですけど、
ちょこちょこと種はまいてます。
それじゃ、新スレであゆこを落とします。
ちなみにワードの初期設定で100ページくらいはたまってます。
それから感想を。
>京丸さん
面白いとは思いますが、「・」の使い方がすごく気になるんです。
「・・・」と三つ使うのが基本です。あとは間の長さや短さを表現するのに二つにしてみたり
六つにしてみたり、とするわけですが、
二つがデフォルトだと・・・リズムを大事にしてるのかもしれませんが、
ただものを知らないだけだと思われても仕方がない。
文章は自由に書いていいものだけど、ルールにはなるべく従った方がいいと思うんです。
くだらないことを言われてると思うでしょうけど、検討してみてください。
ふうさんのキャラクターを使うのも、本人の許可が取れたとはいえ、慎重にやったほうがいいでしょう。
人に自分のキャラ使われて、読むに耐えたことは今までありません。私の場合は。
でも、期待してますんで、頑張ってください。
乙でした。
改名かー・・何故か考えなかったな。
百合な匂いが何となく。
百合展開もわたしゃ好物ですが。
なるほど。
今までずっとそういうの考えずに使用してました。
・・・
なんですね?
知りませんでした。
了解です。
ふうさんのキャラを壊さない様に細心の注意を払いますので。
改名した時の名前の読み方、かずきで桶?
>>597 ・を何個も打ってから変換すると候補に…があがるのと同じで。
ちなみに…(三点リーダ)の場合は2つずつで使う。
>京丸さん
理解が早くて助かります。
2つ、という用法もないわけではないのだが、
本来は>600にあるように… …と二回×3つが本当。
でも、私は・・・と全角で使うことで間延びしないようにしてる。
その代わり多用してみたり。
エロ書くときは思考やあえぎ声に、一瞬の躊躇みたいなものがあって、
それを表現するのって、結構工夫が必要だったりします。
これ以上は議論スレ行けとか言われるのでおわり。
新スレにあゆこを落とします。
hirosHiさん>了解。
まだまだ素人ですもんで、お許し下され。
ご指摘感謝。
私のも、次回作は新スレに投下します。
神か!?ここは神々が集う約束の地か!?
・・・というくらい凄いことになってるな・・・
ちょっと見ない間にぎゅいんぎゅいんスレ延びてるし。
イヤホント生きてて良かった(゜∀゜)b<埋め!
職人さんたち、ありがとう
堀
埋め。
ここのスレは投下拒まずだから良いね。
某スレでは新規投下はウザイって言われたな。
そこが特殊なだけだろう、と思いたい。
堀
散々と波風が立った後だから住人も寛容になってるんだよ。
投下が止まったスレは本当に寂しいからね。
今まで色々有ったんだね。
そう言えばそこ、そんなだから投下が無かったな。
頑張って投下していきたいと思う今日この頃。
ハァハァすればなんでもいいんだよ梅。
埋め雑談ついでに、角煮のボク妊スレってまだ生きてるのか?
あそこは荒らしを女性化して妊娠させる(SSで)という凄いスレだったんだが。
荒ら氏を女性化して妊娠ですか?こりゃまたW
ちょっとずれるが、実際男でも妊夫になれるそうな。
受精卵をどこに入れるんだったかな。忘れた。
>>男でも妊婦
大網?
要は着床さえすればいいらしいね。
女性でも子宮外着床とかあるらしい・・・
あ、そうそう。
その文字だったかな。
だから夫婦で嫁に子宮が無い場合、夫が代わりにってのもあり得るとか。
産休を取る亭主かぁ。
(((;゚Д゚)))コエーよ
俺は、何時でも犯す側がいいから恐怖の対象に…
>>611 子宮外着床、って言うより子宮外妊娠の方が正しいかと。
615 :
埋め:2007/07/09(月) 19:23:33 ID:Kl2T6Mjw
かしまし、見た訳だが。
明日太に感情移入しちまったらこの作品ちょい欝になるなぁ・・・。
子宮外妊娠による卵管破裂、人間が陥り得る最も悲惨な死に方の一つ
毎年何人か死ぬから、彼女が腹痛訴えだしたら気を付けた方が良いよ〜
618 :
名無しさん@ピンキー:2007/07/09(月) 21:12:45 ID:G4jpbKmh
>>616 つまり、子宮に行き届く前に着地しちゃうのか・・・・・
うわ・・・まじ、痛いとかそういうレベルじゃなさそう・・・・・
怖い。
ボク妊・・・。
言われてみたい気も。
実生活では嫁を妊娠させたく頑張ってる訳だが。
621 :
名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 17:05:18 ID:cEpm+y6J
動きが止まった?
622 :
301:2007/07/12(木) 18:47:00 ID:QLLawxpM
では今のうちに続きを投下します。
623 :
【僕オマエ】:2007/07/12(木) 18:47:42 ID:QLLawxpM
■■【9】■■
「いつまでくっついてくるんだよ?ナオタ」
教室へと向かう薫の後ろを、直人は飄々とした風体で付いてきた。
「…俺も教室に戻るんだ。同じ教室なら同じ方向になるのは当然だろ?」
「イヤだね。お前は別の方向から帰れ」
「…お前、やっぱり性格変わったか?」
呆れながらもニヤニヤと笑う直人の、意外に厚い胸板がすぐ後にある。
男の肉体から発する熱量が薫の敏感な背中をじりじりと焼き、
開け放たれた窓から舞い込んだ風が、彼の体臭を薫の鼻腔まで運んできていた。
『…なんか…ヘンだ』
体が熱い。
直人の汗混じりの体臭を感じてから、それはずっと続いていた。
男だった頃には、同性の体臭…特に汗の匂いなんてものは「臭い」としか思わなかったものだ。
逆に女の体臭は、どこか甘いような感じがしていた。
ところが、女になった今では同性の女の体臭でも「臭い」と思う事があるし、
逆に男の体臭に頭の中心が痺れるほどの甘美を感じる事があった。
臭いのは本当だ。
6時間目の体育が終わった後の、男子が着替えに使っていた教室に帰ってきた時など、
「熟成」された靴下の匂いなどは眩暈がするくらいに臭い。
だが、それだけではない。
その汗の匂いの中に、どうしようもなく惹かれる匂い成分の存在を感じるのだ。
今、薫はその匂いを直人の汗臭い体臭から、これ以上無いくらい強く感じていた。
『うわ…ウソッ…?…』
“くちっ…”と、脚の間から微かな音を感じた。
『濡れてる…』
何もしていないのに、あそこが潤んできている。
食い込んだパンツが陰核を包む包皮を擦り、歩行で充血した花弁がよじれ、
そして絆創膏を貼っただけの乳首が“ぴくん”と頭をもたげたのがわかった。
乳暈が“ぷくっ”とパンケーキのように膨らみ、
おっぱい自体も熱を帯びて重さが増したような気がする。
『感じてる…?なんで??』
薫は、自分が「発情」していることを認めたくなかった。
でもこれは、時々どうしようもなくなって、
ついしてしまう自慰の時の肉体的な性反応と、ものすごく良く似ていた。
だが、何に感じているというのか?
まさか、後を歩く直人の汗の匂いが、
体臭が、体の“スイッチ”を入れてしまったとでもいうのだろうか?
「…んぅっ…」
意識した途端、“ぞくぞく”としたものがお尻の割れ目から尾骨を伝い、
脊髄を伝って背中を走り抜けた。
“びくんっ”と体が奮え、鼻から甘ったれた猫みたいな吐息が漏れる。
「…オイ、ヘンな声出すなよ」
「べっ…別に出してねーよ」
無意識に、直人と距離をとろうとして歩調が早まるが、彼はそれにぴったりと付いてきていた。
「…お前、ブラしてねーだろ?」
教室まであともうすぐ…というところで、突然、直人がそう言い放った。
「しっ…してるぞ」
624 :
【僕オマエ】:2007/07/12(木) 18:48:15 ID:QLLawxpM
「…ウソ付け。体育前にはあった、背中のブラの線が見えん」
薫は慌てて背中に手をやり、彼の目から逃げるようにして壁に背中を向けた。
「やっぱりスケベだなっ!そんなのチェックしてたのか!?」
「…チェックなんかしなくても、そういうのはわかるもんだ」
「女子になんか興味ありません…って顔しながら、
いつも女子のブラチェックとかしてるんじゃないだろうな?」
「…してねーよ。どこのヘンタイだそれ」
「今、僕の目の前にいるヘンタイだ」
「…してねーっつーの」
そう言って、くくっと直人が笑う。
薫には、笑い混じりの直人の、余裕ある口調が腹立たしかった。
小学校の頃は、薫の方が余裕を持って相手していた気がするのに、
今は立場が逆転してしまっている。
それが薫を、更にイライラさせた。
「…牛みたいなチチしてるくせにノーブラか?」
「うるさいな」
「…垂れるぞ」
「お前なっ!!」
振り向いて思い切り文句を言おうと息を吸い込みかけた途端、
――“ぼふっ”と顔が何かに埋まった。
「…!!!…」
直人の制服だ…と気付くより早く、急激に鼻腔を襲った鮮烈な匂いが、
臭細胞を通り神経を駆け上って脳を焼いた。
「あれ?」と思う間も無かった。
“くたくたくた…”と膝の、腰の、腹筋の力が抜け、廊下に座り込んでしまったのだ。
『腰が抜けた』のだと思い至ったのは、突然床に崩れ落ちた薫に狼狽した直人が、
今まで見た事がないくらい必死な顔をして自分の肩を揺すっている最中だった。
直人の制服に顔を埋め、思い切り息を吸い込んでしまった。
6時間目に体育で運動して思い切り汗臭い、直人の体臭…。
すごい、におい、だった。
濃密な、オトコの匂い。
ただのオトコじゃない。
女の…薫の頭を馬鹿にして体を発情させ魂を焼き焦がす凶悪なオトコの、濃密な匂いだった。
脳の中心を蕩かして、そこに手を突っ込んで掻き回されたような気分だ。
自分でも信じられない。
気持ち悪くなるほどの甘ったるい感覚が、全身を駆け巡っていた。
おっぱいが重たく張って、腰が重い。
乳首が引っ張られるみたいに“きゅううん”と痛み、硬くなっているのがわかる。
お尻の…尾骨の奥が“じんじん”して、あそこが“むずむず”した。
「おいっカオルッ!」
「あぇ?はぅあ…ぁ…」
気付いた時には“じわぁ…”と、
失禁してしまったのではないか?とさえ思えるほどの蜜液が、パンツを重たく湿らせていた。
パンツのクロッチの部分がぐしょぐしょだ。
起き上がろうとしても、体に力が全く入らない。
625 :
【僕オマエ】:
再び“ぺたん”と床にお尻を付けた薫は、
左手を掴んで起こそうとする直人に、ほとんど縋るようにして立ち上がろうとする。
だが、ぐしょぐしょのあそこが気になり、
足に力が入らず腰が引けて、まるで腰の曲がった老婆のような格好になってしまったのだった。
『みっともないみっともないみっともないみっともないみっともない…』
――涙が出そうだ。
おまけに、掴まれた左手から直人の体温と少し汗ばんだ掌の感覚が駆け上ってきて、
それに追い討ちをかけた。
“ぴりっ”と電気にも似た刺激が腕を伝い、
背筋の“ぞくぞく”と合流して首筋の産毛を“ぞわっ”と立たせる。
「…大丈夫かお前…」
「ぃひ…ぁ…」
腰が、抜けた。
今度こそ完全に、復活出来ないほど徹底的に、壊滅的に、腰が抜けた。
助け起こそうとした直人が至近距離で耳元で喋り、その息が耳に、頬にかかったのだ。
たった、それだけで。
たったそれだけのことで、意識が軽く飛んでしまった。
死にたくなる。
あまりの激しい感覚に“ぴゅっ…”と、ほんのちょっぴり「尿漏れ」すらしてしまったからだ。
女の体になって一番困るのはコレだった。
男に比べて尿道が短いからか、陰茎みたいな海綿体質の筒が無いからか、
女はいとも簡単に尿が漏れる。
それはもう、びっくりするくらい簡単に。
「腹圧性尿失禁」とか「切迫尿失禁」とか「溢流(いつりゅう)性失禁」とか、
身体的になんらかの原因があってなる場合は歳を取ってからなるものだと思っている人も
いるらしいが、そんな事は無い。
特に薫は、女性の体になってまだ3年にもなっていないため、
最初の頃は尿排泄のコントロールが上手くいかず、泣きたくなるくらい頻繁に尿漏れしていたのだ
(さすがに“大きい方”でそんな事は一度も無かったが)。
「…お、おいカオル」
「さ…さわるなぁ…」
気付けば、ボロボロと涙がこぼれていた。
止めようとしても止められない。
恥ずかしいのと、直人への理不尽な怒りと、
自分自身への情けなさで感情がすっかり飽和してしまったのだ。
「…っひ…ぅ…くうっ…」
泣きじゃくり、しゃくりあげ、こぼれる涙を両手で拭い、
こみあげる嗚咽を押し込めようと口を引き結ぶ。
そんな、母親と離れるのを嫌がる幼稚園児みたいな薫を、
直人は困惑した顔で“じっ”と見ていたが、
誰かに見られたら確実に自分が薫をいじめて泣かせたように見えるだろうと思い、
突然、身を屈めて薫を抱き上げた。
驚いたのは薫だった。
なにせ、視界が涙に濡れて何も見えなくなったと思ったら急に浮遊感を感じ、
気が付いたら直人に“お姫さまだっこ”されていたのだから。