お姫様でエロなスレ6

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1名無しさん@ピンキー
やんごとないお姫様をテーマにした総合スレです。
エロな小説(オリジナルでもパロでも)投下の他、姫に関する萌え話などでマターリ楽しみましょう。

■前スレ■
お姫様でエロなスレ5
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1166529179/

■過去スレ■
囚われのお姫様って
http://makimo.to/cgi-bin/dat2html/dat2html.cgi?pie/b/sm/1073571845/
お姫様でエロなスレ2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1133193721/
お姫様でエロなスレ3
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1148836416/
お姫様でエロなスレ4
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1157393191/

■関連スレ■
【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第四章
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1174644437/
◆◆ファンタジー世界の女兵士総合スレpart4◆◆
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1173497991/
妄想的時代小説part2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155751291/
地下牢+拘束具+エロ拷問のSSスレッド 2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1171895452/

■保管庫■
http://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/princess/index.html
2名無しさん@ピンキー:2007/05/12(土) 18:14:34 ID:ycdT4AMU
気位の高い姫への強姦・陵辱SS、囚われの姫への調教SSなど以外にも、
エロ姫が権力のまま他者を蹂躙するSS、民衆の為に剣振るう英雄姫の敗北SS、
姫と身分違いの男とが愛を貫くような和姦・純愛SSも可。基本的に何でもあり。

ただし幅広く同居する為に、ハードグロほか荒れかねない極端な属性は
SS投下時にスルー用警告よろ。スカ程度なら大丈夫っぽい。逆に住人も、
警告があり姫さえ出れば、他スレで放逐されがちな属性も受け入れヨロ。

姫のタイプも、高貴で繊細な姫、武闘派姫から、親近感ある庶民派お姫様。
中世西洋風な姫、和風な姫から、砂漠や辺境や南海の国の姫。王女、皇女、
貴族令嬢、または王妃や女王まで、姫っぽいなら何でもあり。
ライトファンタジー、重厚ファンタジー、歴史モノと、背景も職人の自由で。
3名無しさん@ピンキー:2007/05/12(土) 18:19:47 ID:ycdT4AMU
ものを知らない初心者のため、
次スレのご案内もしないまま前スレを書き込みできなくしてしまい
本当に申し訳ありませんでした。
4名無しさん@ピンキー:2007/05/12(土) 18:38:28 ID:ycdT4AMU
スレを立てたのはこれが初めてで、不都合がありましたら申し訳ありません。
ここを愛用される皆様にご迷惑をおかけして本当に恐縮です。

あまりに間抜けなところで話が切れてしまったので
非常にお恥ずかしいのですが、
続きを投下させていただきます。
5ふたたびの伴侶:2007/05/12(土) 18:43:55 ID:ycdT4AMU

―――ごぉん

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・マリー?」
「・・・・・」
「マリー、大丈夫ですか」
彼女は答えない。絶頂感と額を打った衝撃が強すぎて気を失ってしまったのかもしれない。
「ああ、なんということだ。
 誰か、誰かいな・・・むぐ」
意識が朦朧としながらもマリーはとっさに起き上がって夫の口を封じた。
いくら妻の身を案じるあまりとはいえ、こんな全裸に愛液と精液をしたたらせた姿で、
しかもつながったままの姿で侍女たちを呼び入れられたらたまらない。
マリーはそれこそアンヌを連れて生国に逃げ帰るしかなくなってしまう。
「―――だ、大丈夫ですわ。驚かせて申し訳ございません」
強烈に痛む額を押さえながら、マリーはなんでもないふりをしようとした。
しかしオーギュストは彼女の手をどかせて打撲部をよく見ようとする。
「大丈夫とは思えません。とにかく早く冷やしましょう」
「かまいませんわ、どうか誰も呼ばないでくださいませ」
「僕が自分で氷を取ってまいります。それならよろしいでしょう」
オーギュストは急いで妻を横たわらせて夜具をかけてやると、手早く寝衣を羽織って外に出て行った。
(―――どうしてこんなことに)
マリーは憮然としながら高い天蓋を見つめていた。
しかし今回は快楽に溺れるあまり遠近感を失った自分の落ち度には違いないので、誰を責めるわけにも行かない。
腫れた額は相変わらずずきずきと痛んで彼女を圧迫する。
(やはり古人のいうとおり、我を忘れるほどの姦淫に耽ってはいけないのね)
マリーが殊勝にもしみじみそう思ったとき、オーギュストが寝室に戻ってきた。
手には氷嚢と何かの皿をもっている。
「マリー、起き上がらないで。そのままでいらっしゃってください」
「申し訳ありません。お手数をおかけしてしまって」
氷嚢を額に当ててもらうと、ひんやりとした心地よさにマリーは目をつむった。
「ご気分はいかがですか」
「だいぶよくなりました。本当にありがとう存じます」
「あなたが気を失ったままだったらどうしようかと思った」
その場合は間違いなく、焦燥したオーギュストによって彼女の恥ずかしい姿態がそのまま侍女たちの目にさらされることになっただろう。
物語にでてくる繊細な姫君たちの例に倣わずに自力でむりやり復活してよかった、とマリーは心の底から思った。
「大丈夫ですわ。痛みは徐々に引いてまいりましたの。もう少したてばすっかり・・・これは?」
「食用の氷を一緒にもらってまいりました。
小さいころ病気になったとき乳母がしてくれたように、本当は果物か菓子をお持ちしてお慰めしたかったのですが、就寝前なので。
 子どものようでお恥ずかしいけれど、僕はほっとしたいとき氷を口に含むのが好きなのです。
あなたもそうだといいのですが」
マリーは微笑んだ。オーギュストが銀の匙で彼女の唇に小さく砕いた氷を運ぶと、口の中に涼風のような安息が訪れる。
薔薇の香りづけがしてあるようだ。
夫は案じるように彼女を見守っている。
マリーは彼の手をとって傍らに横たわるよういざない、ふたたび彼の体温の中にみずからを委ねた。
これが姦淫であるはずはなかった。だからいくら耽溺してもいいのだ、とマリーは眠りに落ちながら思いなおした。
6ふたたびの伴侶:2007/05/12(土) 18:45:05 ID:ycdT4AMU

盛大な音をたてて打ちつけたわりには、額の痛みはマリーの予想通り翌朝までに引いていた。
しかし痣ははっきりと残ってしまった。消えるまでに一週間くらいはかかるかもしれない。
未婚の娘のように前髪を下ろせば周囲の者には隠せるとしても、アンヌに対しては隠しようがない。
「どうなさったのです」
翌朝、マリーの身支度を手伝うために主人夫妻の寝室に入ったアンヌは落ち着いた声で尋ねた。
マリーはその落ち着きぶりをやや不穏に感じたものの、昨晩考えたとおりの回答をした。
しかし後ろめたさがあるためか、つい必要以上に饒舌になってしまう。
「これはね、寝台の支柱にぶつけてしまったの。
ほら、足元に鏡があるものだから、注意していつもより上のほうに枕を置いて寝たの。
起き上がったとき普段と位置が違うから感覚が狂ってしまって、眠い目で寝台を降りようとしたらぶつかったの。
もう痛みはないから大丈夫よ、アニュータ。心配をかけてごめんなさい」
「さようでございますか。しかし念のため午前中に侍医をお呼びしましょう」
アンヌは主人の答えに納得したように、淡々といつもの朝の仕事にとりかかった。
(よかった)
腰まである長い髪を櫛で梳いてもらいながら、マリーはひそかに胸を撫で下ろした。
(まったく)
アンヌは主人夫妻のうかつさ、というかオーギュストのうかつさに立腹しながらも黙って櫛を動かしていた。
客観的に考えれば明らかにマリー自身の不注意なのだが、
アンヌに言わせればこういう事故を未然に防ぐことこそ姫様の配偶者の仕事なのだ。
(昨晩はどんな痴戯をいい出すかと思えば、マルーシャ様に獣のような姿勢をとらせ、あまつさえ怪我をさせるとは)
まったく、と再び口の中でつぶやいた。
しかしその憤りが本物ではなかったのは、マリーが今朝はいつにもまして美しく、
オーギュストと幸せそうに視線を交わしているからだった。
アンヌは二年前のある朝を思い出した。あのときも姫君は顔に痣を負っていた。
彼女が心配して真剣に問いただしても、マリーは血の気のない顔をうつむけて目をそらしたまま、
ただ家具にぶつけたのですと小さな声で言うだけだった。
白絹の寝衣と肌着はなかば引きちぎられていた。
新婚の夫は早朝の狩りに出かけたためもう寝所にはいなかった。
(まあいい、今回は黙っておいてさしあげよう)
アンヌは部屋を出るとき、今朝取り替えたばかりのカーテンレースを寝台の端に据えられた鏡にさりげなくかけておいた。
下男たちが運び出すときにも中が見えることはあるまい。
大きな鏡の足元のほう、ちょうど人が寝台に手をついたとき顔が来るくらいの高さには、
小さなひび割れが入ってわずかに鏡像を歪ませていた。

(終)
7名無しさん@ピンキー:2007/05/13(日) 21:22:00 ID:VwE5gH/A
>>1
スレ立て乙!

>>6
今回もGJ!
今後の二人の展開にwktk!
8名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 19:07:03 ID:AQrxtnnZ
キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!


あげときますね
9名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 22:51:45 ID:L540yemc
>どうしてこうも健全な精神からこうも不健全な発想へと至ることができるのだろう、と
半ば感心していた。

マリーもオーギュストも大真面目なところがなんともほほえましくて
面白いよ。
GJ!
10名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 23:20:56 ID:qL7Ca/u3
めっちゃ面白かった。いろんな意味でw
11名無しさん@ピンキー:2007/05/16(水) 23:12:28 ID:C4IAJ4S1
即死回避保守してみる
12名無しさん@ピンキー:2007/05/20(日) 01:49:08 ID:c1bf+3PI
新スレに移行できなかった人が多かったのかな。
保守しとこう。
13名無しさん@ピンキー:2007/05/21(月) 08:43:17 ID:aXkAvSUJ
?と思ったが前スレ良く見たら500KB制限一杯まで使い切っちゃってたんだなw

>1
色んな意味で乙&GJ
14名無しさん@ピンキー:2007/05/25(金) 20:05:16 ID:bP92jzyO
保守・・・しなくて大丈夫かな?
15名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 20:03:49 ID:zxQoy+jZ
連投のようになってしまって恐縮なのですが、
保守がてらのつなぎということでご容赦ください。
(中盤やや陵辱風味なので苦手な方は注意してください)

従来の&新規の職人様がたどうかご光臨を (';ω;`)
16地下三階:2007/05/26(土) 20:05:49 ID:zxQoy+jZ
窓の外を緑あふれる景色が緩やかに流れていく。
車道半ばにまで枝を伸ばそうとする若木のたくましさに目を奪われ、
若芽のかぐわしさを楽しみながら、マリーは夫とともに王室付の馬車に揺られていた。
今朝は早くに王宮を出立して都城の門をくぐり、郊外の道を走り続けている。
彼らの目的地は都のすぐ南にある小さな大学町である。
町の中心にある国立大学は、この大陸で初めて設けられた高等学府として周辺諸国にも知られている。
ガルィアは伝統的に学術振興に力を入れてきたが、約三百年前に大学を設置して以来、
国際的に活躍する学者をますます多く輩出するようになった。
それに鑑みて、内乱に明け暮れていた周囲の国々も政情の安定が進むとともに徐々に高等教育施設を整備し始めたが、
国内に有する学校数からいえばいまだガルィアを凌ぐところはない。
この大陸最古にして最高の学府への訪問を前にしてマリーはやや緊張を覚えていた。
このたびの訪問の目的は、表向きは北方の後進国から嫁いできた第五王子の妃が
ガルィアの誇る教育施設・研究設備を見学したいというものであり、
それはたしかに嘘ではなかったが、彼女の真意はやや別のところにあった。

マリーの母国ルースは国としての体裁が整えられたのがかなり遅く、
また山脈に囲まれて人や物資の行き来が乏しいという自然条件もあいまって、文化的にはかなりの後発国である。
彼女の父すなわち当代のルース公は若き日に南方の先進諸国に遊学し近代的な合理精神を最大限に吸収した結果、
即位後は保守的な重臣たちの反対を押し切って先進国の諸制度を積極的に取り入れはじめた。
彼の大胆な行政改革や法整備は概ね効果を上げつつあるが、愛娘をガルィアに嫁がせたのもいわばその革新政策の一環である。
マリーは父が自分の政略結婚にどれほど切実な望みを託しているかをよく分かっていた。第五王子の妃という立場を最大限に活用して、ガルィアの宮廷人そして文化人のあいだに人脈を築き、
ルースへの好意的な関心を高めて協力関係を確固たるものにするのが彼女に課せられた務めである。
今日の訪問も、その主眼は最高学府の総裁ジョルジュ師に面会し
ここの学者や教育者をルースへ一定数招聘することを許可してほしいと直訴することにあった。
むろんマリーは公女とはいえ政治的な権限はもたないので、具体的な折衝はすべてルース公使がおこなうわけだが、
その折衝のための会談が近いうちに実現するよう根回しをするのが今回の目的だった。
17地下三階:2007/05/26(土) 20:07:11 ID:zxQoy+jZ
「あっ」
ふたり同時に小さく叫んだ。馬車が突然大きく揺れたのだ。
この一帯は舗装が崩れているのかその後も揺れは収まらず、ややもすると乗客は座席から跳ね落ちそうになってしまう。
オーギュストはマリーをかばうように抱き寄せた。
「ありがとうございます」
マリーは微笑んだが、夫は微笑み返したかと思うと急に下を向いてしまった。耳が赤い。
「どうなさったのです」
「いえ、その」
揺れが激しいために酔ってしまわれたのかしら、
と彼女はオーギュストの顔を心配そうにのぞきこんだが、彼はまた目をそらしてしまった。
「もう、どうなさったの」
妻の声がやや怒気をはらんできたので、彼も白状せざるを得なくなった。
「―――あなたのお胸が揺れているものだから、朝からおかしなことを考えてしまいそうで」
まあ、とマリーはあわてて胸元を押さえる。
馬車が一揺れするたびに彼女の豊かな乳房は大きく上下し、
オーギュストはなんとか自制心を利かせてその悩ましい眺めから目をそらそうとしていたのだった。
しかも、今日のマリーのドレスはとりわけ胸元が大きく開いており、
揺れた弾みで桃色の乳首まであらわになってしまいかねないほどである。

この国では貴婦人の正装というと肩や胸元、背中をあらわにして腰をきつく絞ったものが主流である。
北国出身のマリーからするとたいそう非機能的で品がないとさえ思える形状だが、
ガルィア王室の一員となった以上公式行事では身にまとわざるを得ない。
今日の訪問は公務ではないとはいえ、最高学府の総裁にこの国の習俗を遵守していることを示すため、
わざわざすこぶるガルィア風のドレスを選んで着てきたのだった。
母国ルースの国益にとっての重要人物に最大級の敬意を表し好感を得るためとあって、
髪や化粧も侍女たちの手によってふだん以上に念入りに整えられ完成された。
毎日彼女と顔を合わせているオーギュストでさえ見とれるほど今日のマリーは美しく華やかだった。
「わ、わたくしも少々あらわに過ぎると思いましたの。
 ショールを持って参ればようございました」
胸元を隠したままマリーが小声で言う。
その恥ずかしげな声がたまらず、オーギュストはまた彼女を引き寄せて結い上げ髪にくちづけした。
雪のように白い首や肩に接吻したら痕がはっきり残ってしまいそうだからだ。
「この肌が人目に触れるのが惜しくてなりません。
今日の訪問相手がご老人でなければ、あなたに更衣をお願いしているところでした」
18地下三階:2007/05/26(土) 20:08:57 ID:zxQoy+jZ

最高学府の総裁ジョルジュ師は六十年配の老学者である。
医薬学分野における長年の研究実績が大きく、宮廷において碩学という評価が固まったために今の地位を得たのはたしかだが、
もうひとつ看過できない要素があった。
彼はもともと名門貴族の出身で、若いころは知的な美貌で宮廷の女官や貴婦人たちの人気を一身にさらったという。
その魅力は当時の第一王女さえも虜にした。
現国王すなわちオーギュストの父親の姉にあたるサンドリーヌである。
王女といえばふつうは外交政策の一環として他国の王室に嫁ぐ運命を負っているものだが、
彼女の場合、かの青年学者に惚れ込むあまり最後には床に伏してしまったため、
父王から特別に降嫁の許可をもらって見事恋を実らせたのだという。
こうしてジョルジュは王家の姻戚ともなり、学術上の貢献とは別に、学界でも一目置かれる存在になった。
このたびの総裁という名誉ある地位への任命も、王姉の配偶者という立場によるものが少なくない。

「周囲の反対を愛の力の前に屈服させてご成婚なさるとは、なんて素敵なのでしょう」
二度も結婚しながらまだまだロマンチックな傾向を残しているマリーが夢見がちな声で言う。
「サンドリーヌ伯母様というのは王宮の孔雀の間に肖像が掛かっている方でしょう?
 たいそうお美しいかたでいらっしゃったのね」
「ええ、僕が覚えているのはそれなりの年配になられてからのことですが、
それでもお綺麗なかたでしたよ。とてもはきはきとしていて」
「快活な方だったのですか」
「ええ、父上に言わせると勝気だということですが、伯母様は僕たち甥姪にはとても優しくしてくださいました。
ご自分にお子がなかったためかもしれません」
「お子がなくともおふたりはたいそう睦まじくお過ごしだったのでしょうね」
「それはもう。伯父上は長い結婚生活の間ひとりも側妾を置かれませんでした。
それだけに、七年前に伯母上を亡くされたときの悲嘆は想像するにあまりあるものがあります。
あのとき僕はほんの子どもでしたが、
葬儀の席で悲しみを堪えて毅然と物事を采配される伯父上のお姿を見て偉いなあと思ったおぼえがあります。
学識が高いばかりでなく、自制心の効いたとても立派なかたです」

マリーはだんだん不安になってきた。
知性と徳性においてこの国の衆望を集める賢者の前に出て、物怖じせずにこちらの要求を伝えられるだろうか。
妻のかすかな憂いを読み取ったのか、オーギュストが励ますように言った。
そもそもマリーの願いを聴きいれて今回の大学訪問を実現させたのは彼の功である。
「大丈夫ですよ。伯父上はまことに徳高きお方です。
敵国にわが国の頭脳が流出するのは困りますが、
ルースのような友好国に文化面での援助を惜しむのは学究者としての精神に反する、と伯父上もきっとお考えになるでしょう。
すべての善きもの、先人の知の結晶、人々の生活に役立つものはどんな土地にでも伝播され、さらに改良されていくべきなのですから」
「そうだとよいのですが」
マリーはふたたび夫の胸に頭をもたせかけた。
「―――そろそろ着いたようです。大学の鐘楼が見えてきました」
馬車の前方には赤煉瓦づくりの城壁がゆっくりと迫っていた。
19地下三階:2007/05/26(土) 20:10:24 ID:zxQoy+jZ

応接間の扉が開き、痩せた老人がゆっくりした足どりで入ってきた。王子夫妻は同時に立ち上がる。
「お久しゅうございます、伯父上」
「息災であったか、オーギュスト。そちらの姫君がルースから迎えた奥方じゃな」
「マリーと申します。ジョルジュ様におかれましてはご機嫌うるわしゅう」
マリーはこの国の礼に従いスカートの裾を少し持ち上げ、丁重にお辞儀をした。
しかしあまり前かがみになりすぎて乳房が露出しかけたので、あわてて身を立て直す。
席に就いて東洋産の高価な茶を勧められながら、マリーは伯父と甥の歓談に耳を傾けつつ老学者を観察していた。
彼女は婚礼に先立ってガルィア王室の人々に初めて謁見したおりジョルジュとも顔を合わせているはずだが、
あのときは儀式的な挨拶に過ぎなかったため親しくことばを交わすのはこれが初めてになる。
長い年月を崇高な学問に捧げた彼の眉間や目元、口元には深い皺が刻まれ、
その冷厳ともいえる表情にマリーは気圧されそうになってしまう。しかし
(オーギュストがそばにいてくださるのだから)
と自分に言い聞かせ、訪問の目的を切り出すきっかけを待った。

伯父と甥は時候の挨拶から天気の話、農作物の出来、先日の大雨と治水工事、隣国との共同灌漑事業へと、
さまざまな事柄について語っている。
マリーはまだあまりガルィア語で入り組んだ議論はできないので、
時折相槌を打ったり求められたときに意見を述べるというかたちで控えめに会話に参加していた。
しかしよく聞いていると、夫はかなりたくみに話題を誘導してくれていることにマリーは気がついた。
いつのまにか国家間の援助や共存共栄という話になっている。
「ところで伯父上、妻の母国でも諸国から学者を誘致したがっているそうです。
ルースの未来をになう官僚や技術者がわが国の学者の下で指導され養成されるとしたら、
長い目で見ればガルィアの国益にもつながるといえるのではないでしょうか」
「ええ、そのとおりです、ジョルジュ様。
 すでに何度かお耳に達しているかと存じますが、どうかその件についてご再考いただけないでしょうか。
ガルィアの進歩的な学者がたをお招きして、わが国の若い世代に薫陶を及ぼすことが父の宿願なのでございます。
もちろん父は少なからぬご返礼を考えております。
 ご多忙とは重々存じ上げておりますが、どうかよしなに」

「ふむ」
ジョルジュは義理の姪の顔を見てしばらく黙っていた。
「そうじゃな。他国からの誘致は前例がある。
このような形で友誼を深めるのは両国にとっての益となろう」
マリーは顔を輝かせて微笑んだ。
「まことにありがとう存じます。それでは近いうちにわが国の公使と―――」
「ときにオーギュストよ、三号棟にある天文台の改築が先日終わったのだ。そなたは待ちこがれていただろう」
「伯父上、本当ですか。ぜひ新しい設備を拝見したいものです」
「そういうだろうと思っていた。あの者が案内をしてくれる。じっくり堪能してくるといい」
ジョルジュは部屋に控えていた侍従を指し示した。
オーギュストとともにマリーも立ち上がろうとすると、ジョルジュがそれを制した。
「あれは婦人が見ても大して面白いものとはいえまい。
 マリー公女よ、大学図書館の地下書庫には
ルースの古代文字で書かれたと思われる羊皮紙文書が何点か所蔵されておるのだが、興味はないか」
マリーは正直なところ夫と離れるのが不安だったが、
老学者が親切で申し出てくれていることを拒むのも気が引けたので、つい拝見したいと言ってしまった。
「ならばわしが案内しよう。オーギュスト、また後で落ち合うとしよう」
20地下三階:2007/05/26(土) 20:12:25 ID:zxQoy+jZ

地下三階へつづく階段は幅が狭く、非常に暗かった。
ジョルジュが下げているランプの明かりだけを頼りにマリーはおそるおそる一段ずつ降りていく。
石段に映る人影はふたつだけだった。
マリーはいつものようにルース人の護衛を伴おうとしたのだが、
地下書庫には機密文書も多数所蔵されているからという理由で、ジョルジュは彼女以外の立ち入りを許さなかった。
それに図書館の地下である以上、強盗や猛獣が潜んでいるはずもない。
護衛など必要ないといわれれば同意するしかなかった。

ジョルジュに渡された羊皮紙文書はたしかに興味深いものだった。
マリーはそれほど古文献の解読に長けているわけではないが、どうやらこれはルース建国時の伝承を記したもののようである。
書棚のあいだに立ちながら、自らの先祖にあたる英雄がどのようにこの世に生を受けたかというくだりを読んでいたとき、
マリーはふと熱い息遣いを耳元に感じた。
「なんときめ細かな、絹のような肌よ」
ぞっとして振り向くと、いつの間にこれほど接近したのかジョルジュが肩越しに彼女の深い胸元を覗き込んでいる。

マリーが驚いて身を離す間もなく後ろから骨ばった手がまわされ、胸をつかまれた。
老人のすることとは思えないほど貪欲に揉みしだいている。
彼女は恐怖と混乱のあまり口がきけなくなったが、ようやくのことでかすれた声を発した。
「ジョ、ジョルジュ様―――何をなさいます」
「見れば分かるじゃろう。そなたの胸の感触を楽しんでおる」
「お放しください。あまりに非礼ではありませんか」
「そなたも楽しんでおるのではないか。ああ、なんと弾力のある乳だ。たまらぬ」
マリーはなんとか乱暴にならない程度に力を込めて振り払おうとするが、
ジョルジュは年齢不相応の粘着力でもってマリーから決して離れようとしない。
そうこうするうちに彼女は自分の腰に後ろから押し当てられているものが徐々に硬くなってきたのを感じ、はげしい悪寒に襲われた。

「どうか、どうかお離しください」
「嫌がる声もたまらんな。オーギュストの身体の下でもこんな声を出すのか?」
彼女の抵抗で興が乗ったかのように、老人の手はますます不躾に彼女の身体を這いまわる。
マリーが着ているドレスは正装なだけに脱がせにくいが、胸元に手を差し入れるのは簡単だった。
老人のひからびた指が素肌に触れるのを感じ、マリーはついに悲鳴をあげてしまった。
しかし誰もいない地下書庫にむなしく響き渡るばかりである。
「いやっ、やめて!」
「やはり乳は生で揉むのが最高だのう。この滑らかさ、柔らかさ・・・」
「いやっ、いやあ!」
「本当は好きなのだろう?ほら、乳首がこんなに硬くなってきておる。かわいい娘だ。
 これまで宮廷でさまざまな婦人たちを見てきたが、そなたのように清楚な顔をしながらこんな男を誘う卑猥な体つきをしている者はおらなんだ。
これほど見事な乳を隠しておかないそなたが悪い」
そんなことをおっしゃったって、これがあなたがたの国の正装なのだから仕方ないではありませんか、
とマリーはよほど言いたかったが、焦燥のためにそれどころではなかった。
大事に至る前になんとか逃げなくては。
相手が身分ある年配者だけに思い切り突き飛ばすのもためらわれる。
致命的な怪我でも負わせたら他の者に言い訳がたたない。

(―――どうしたらいいの?)
老人の手は貪るようにマリーのこぼれ落ちそうな乳房を包み、揉み、桃色の乳首を弄んでいる。
彼の言うとおり、こんな状況でもふたつの頂きが硬くなり快感をおぼえているのがマリーは情けなかった。
彼女はついに抵抗をやめて顔だけジョルジュに向けた。頬は上気し瞳は潤んでいる。
「ジョルジュさま、あなた様のご意向に従いますわ。
着衣のままではお楽しみいただけませんでしょう?
生まれたままの姿でご奉仕いたしたく存じますわ。
脱ぐには手間がかかりますから、少しの間お放しくださいませ」
老人の手にこめられた力が彼女の従順な声と悩ましげな表情に緩んだ瞬間、
マリーは彼の腕を振り払い出口へと走っていった。
いくら豪奢な衣装を身に着けているとはいえ、全速力で走れば老人に追いつかれるはずがなかった。
21地下三階:2007/05/26(土) 20:14:36 ID:zxQoy+jZ

石造りの重い扉に手をかけたそのとき、後ろから声が響いた。
「わしの不興をこうむったままでよいのか?
 ガルィアの首脳部とは努めて誼を結んでおくようルース公から命じられておるのだろう?
 いくらそなたの父上がさまざまな工作を弄したところで、
ガルィア人学者の招聘が実現するか否かは結局のところわしの一存にかかっておるのだぞ」
扉を開けかけたマリーの手が止まった。
自分のことばがもつ威力を知っているかのように、老人は悠々とした足取りで彼女に近づいてくる。
今からでも逃げようと思えば十分逃げられるはずだ。
しかしマリーは動けなかった。ついに老人が追いつき、彼女の肩に骨ばった手をかけた。
「学者や教育者を誘致したいとはいうが、ルース公が結局はわが国の軍事技術に執心していることはよく存じておる。
むろん、我々とて素直に教授するわけにはいかぬが、
両国の誼が深まればゆくゆくは火薬製造の機密等を共有することになるかもしれぬな」

生温かい息を耳たぶに吹きかけられ、マリーは背筋を凍らせる。
「で、でも、父は―――」
「娘が夫を裏切って身体を張ることまで求めてはいない、と思うか。
 それはそうかもしれぬ。しかし国益のために私を滅することは公女たる者の務めではないか?」
「ですが―――」
「姫君よ、そう怖がることはない。
 ほんの1,2時間ばかりこの老体を慰めてくれればよいのだ。
外交の一環だと思えばよい。この程度の接待を惜しむようでは、
せっかくそなたの父上が苦心して成立させた政略結婚の意義も半減したようなものだ」
マリーは口を開きかけ、また閉じた。国を出る前に最後に父母と交わしたことばが次々に思い出された。
姫君の心が揺らぎかけていることを見て取ったジョルジュは、早くも彼女のあらわな肩や背中を撫でまわし始めた。
「国益のためだ。そう思えば良心にも恥じまい。
そなたひとりの辛抱で、父上やルースの民に利がもたらされるのだぞ?
 安心するがいい、わしも年だ。最後までは求めぬ。たった一度だけ、そなたの若々しい肌を堪能させてくれればそれでよいのだ」

マリーは黙ったままうつむいていた。
壁にとりつけられた燭台の周りを蛾が飛びまわり、石の床にちらちらと影が舞っている。
ついに彼女は扉にかけた手を離し、老人のほうを振り向いた。
「―――本当に、これ一度きりでございますね。最後まではなさらず、他言もなさいませんね。お約束くださいませ」
「もちろんだ、約束するとも。さあ来るがいい」
老人は喜色満面で彼女の腕をとり、ふたたび書庫の奥へ連れて行った。
「さっきはまんまと欺いてくれたが、今度こそ生まれたままの姿をわしに見せよ」
しわがれながらも興奮抑えがたい声で老人が要求する。しかしマリーはのっけから拒んだ。
「申し訳のうございますが、それはできません。
この服は一度脱いだら侍女の助けがなければふたたび着られないのです」
それが本当だということはジョルジュにも理解できた。
マリーのドレスは肩や背中の布を大胆に省略しているわりには、全体として重厚で緻密なつくりだった。
「ふむ、それなら仕方があるまい。
 ―――ではせめて上だけでも露わにしてみせよ。それなら何とかなろう」

このまま拒み通せば老人が自らドレスに手をかけかねないと思ったので、マリーは観念して胸元を締める紐を解き始めた。
上半身を覆うドレスの生地がふわっと下がり、その下に革の胸当て、さらに下には絹の肌着があらわれた。
最後の砦に手をかけることはためらわれたが、
老人が食い入るように次の動作を待っているのでマリーはそれを取り去らないわけにはいかなかった。
ついに肌着も脱ぎ捨てた。しかしながらマリーはジョルジュの凝視に耐え切れず、胸部を両手で覆わずにはいられなかった。
「手をどけよ」
上ずったような声で老人が命じたが、彼は結局マリーの返事を待たずにその細腕をつかんで無理やり引き剥がした。
22地下三階:2007/05/26(土) 20:17:09 ID:zxQoy+jZ

「―――いい眺めだ」
ついにマリーの秘められたふくらみがあらわになり、ジョルジュは満足げに唇を鳴らした。
その卑しげな仕草は、先ほどまで書物に囲まれて甥と歓談していた高名な学者のそれとはとても思えなかった。
「大きさも形も最高だ。この乳を毎晩好きなようにできるとは、オーギュストの奴め」
そうつぶやきながら、彼はマリーを抱き寄せるといきなり胸にむしゃぶりついた。
「い、いやっ」
「暴れるな、そなたの肌を堪能させると同意しただろう?
―――ああたまらぬ、張りがあって吸い付くようだ」
(いや・・・ごめんなさい、オーギュスト・・・)
老人の手と唇と舌が乳房を這い回るのを黙って受け入れながら、マリーは心から夫に詫びていた。
舌は彼女をじらすようにしばらく乳暈のまわりをなぞっていたが、ついに中心部に触れた。
「―――あっ、だめ・・・」
「そうか、やはりここは弱いか」
老人はうれしそうに集中的に乳首を責めはじめた。
乳房に対して小ぶりな乳首は舌でつつっと突かれただけで硬くなり、さらなる愛撫を待ち受けるように首をもたげた。
その反応に気をよくして老人の舌はますます執拗に桃色の硬いつぼみを舐めまわす。

(こ、こんなのいや・・・)
ジョルジュのことも彼の唾液にまみれる自分の身体も汚らわしくて仕方ないはずなのに、
マリーは感じてしまうのをこらえられなかった。
眉を顰め唇をかみしめても、どうしても声がもれてしまう。
「あん・・・はあっん・・・だめ・・・です・・・」
「素直になるがいい。身体のほうはこんなに素直ではないか」
「いやあっ・・・やめ・・・て・・・」
老人の唇に挟まれてますます硬くなる己の乳首の敏感さを恨みながら、マリーは自己嫌悪と罪悪感でいっぱいだった。
(ごめんなさい、オーギュスト、ごめんなさい)
瞳にはうっすらと涙が浮かんできた。
それを快楽ゆえの歓喜だと勘違いしたジョルジュは、ますます調子に乗って彼女の乳房を我が物顔で弄んだ。
赤子のようにマリーの胸の谷間に顔をうずめると、幸福感に浸るかのように張りのある乳房を皺だらけの頬にこすりつけている。
そんなことを許すのはオーギュストと彼とのあいだに授かる子どもたちに対してだけと信じていたマリーは
自分が徹底的に汚されたような気持ちになり、目元にますます大きな雫をためた。
彼女が肩を震わせている意味をジョルジュはまたも取り違えて囁いた。
「マリー、いい子じゃな。そなたは長上に奉仕することを喜びと心得ておるようだ。
 若い娘の肌はどれもいいものだが、そなたの雪肌はとりわけ美味であったぞ」
そして老人は彼女の身体を離し、手近な椅子に座った。

(―――これで解放してもらえる)
マリーはそっと涙を拭いながら胸を手で隠し、ようやく安堵したが、老人の次のことばは彼女をすぐに打ちのめした。
「そこに跪け。そなたの乳でわしの一物を慰めよ」
老人はすでに自らの帯を解いてそれをローブの奥から取り出していた。
目の前に示された赤黒いものにマリーはことばを失い、
彼の前に跪くどころか一歩退きかけたが、老人の声でまた現実に引き戻された。
「逃げるのか。よくやってくれたと思ったが、ここまでの接待も水の泡じゃのう」
マリーはしばらく立ちすくんでいたが、やがて一歩前に出てほとんど機械的に彼の前に跪いた。
しかし目と鼻の先に垂れ下がるしなびたようなそれを正視することなどとてもできず、とっさに顔をそらして目を瞑った。
老人の目にはそのような仕草さえいじらしいと映り、彼女の顎をつかんで上を向かせた。
もともと色白なマリーの肌はほとんど蒼白になり唇も血の気を失っていたが、
老人は異国の姫君の麗しい顔立ちとその下のむきだしになった乳房をこのような角度から眺めることに興奮しきっていたので、
彼女の絶望しきった表情も意に介さなかった。
23地下三階:2007/05/26(土) 20:18:44 ID:zxQoy+jZ

「そう悲しげな顔をするな。そなたの柔らかい乳で、ほんのしばらくわしを安らがせ、若き日を思い出させてくれればよいのだ。
 別に何か痕跡が残るわけでもない。オーギュストにも知られるはずがなかろう」
そういうと彼は無理やり彼女の胸の谷間に自身を挟ませ、気持ちよさそうにこすりだした。
「ああ、いい・・・最高だ・・・ほら、そなたも自分から乳をこすりつけてくれ。
 目を開けてわしのものをしっかり拝め」
「・・・で、できません・・・」
「手抜かりある接待はよい成果を上げられぬぞ」
マリーは唇をかんだ。やっとのことでのどの奥からかすれた声をしぼりだした。
「・・・喜んで、させていただきます・・・」
心を死なせた気になってマリーは目を開け、赤黒いそれを正視して自らの乳房で包むように挟んだ。
若干芯があるとはいえ、それはまだぐにゃりとしていた。
血みどろの動物の遺骸を素手でつかまされても、これほどおぞましいとは感じなかったにちがいない。
マリーは今にも息が止まりそうだったが、欲望に狂ったジョルジュは彼女を休ませなかった。
「ほら、早く動かせ。何をためらうのだ」
観念したマリーが自らの手で乳房を上下に揺らしてこすりあげるたびに、老人は感極まったように低いうめき声をもらした。
彼は本当ならマリーの小さくあどけない唇に自身を咥えさせ奉仕させたかったのだが、
いくら美しく気品のある姫君とはいえ所詮は北の蛮族出身だという思いがあり、
怒りに任せて獣のように噛み切られることを恐れたのだ。

(―――しかしこれも悪くないわい)
温かく柔らかく瑞々しい乳房によってもたらされる愉悦に身を任せながら、彼は青年時代の情熱をその身に取り戻しつつあった。
感触もすばらしかったが、清らかな幼い人妻に対し、
公女としての使命感と父への孝心を煽ってこんな卑しい行為を強いている状況がたまらなかった。
マリーが自分に課せられた務めに専念すればするほど、ますます熱い息が彼女の頭部に吹きかけられた。
まばゆい金髪に指がさしこまれぞんざいに弄りまわされる。
せっかく正装用に結い上げた髪もほどけてしまい、乱れた髪が彼女の額や首筋に垂れかかった。
自分を殺したつもりでいたが、やはり耐えられないもの耐えられなかった。
マリーはもはや嗚咽をこらえることもせず、涙の流れるままに乳房を両手で小刻みに動かしていた。

やがて自らの柔らかい乳房のなかでそれが徐々に硬くなってきたことに彼女は気づいた。
そして赤黒いものの先端からなにか透明な液が出てきて自身を伝い落ち、ゆっくりとマリーの胸をも濡らした。
(い、いや・・・!)
今にも悲鳴を上げて立ち上がり、地上へ逃げ帰ってオーギュストの胸へ飛び込みたかった。
しかしここまでの忍耐を水泡に帰するのは無念だった。
祖国発展の願いを娘の結婚に託した父親のはなむけのことばが彼女の脳裏をめぐり、なんとか膝を床につけたままにさせた。
24地下三階:2007/05/26(土) 20:20:02 ID:zxQoy+jZ

「―――ジョルジュ様、そろそろご満足いただけたでしょうか」
彼女からすれば気の遠くなるほど長いあいだ摩擦をほどこしてやったあと、マリーはようやく顔を上げてかすれた声で尋ねた。
老人は彼女の頬を濡らす涙を満足そうに指で拭い取り、うなずいた。
「うむ、大儀であった。そろそろそなたに報いてやらねばと思っていたのだ」
「えっ、ジョルジュ様、何を―――」
反問が終わらぬうちに彼は甥の妃を石畳の上に押し倒し、そのスカートに手をかけた。
「―――何をなさるのです!最後まではなさらぬとお誓いくださったではありませんか」
「撤回だ。よもや勃つまいと思っていたが、そなたの精勤のおかげでこれほどにも活気を取り戻したわ。
実に五年ぶりじゃ。そなたの身体は東洋の高価な回春剤にもまさる」
「約束は約束ですわ、恥をお知りください。あなたは貴族で王家の姻戚でしょう」
「恨むなら己の肉体を恨むがいい。全く罪深い肌だ。老境のわしでさえこれほど迷わせるのだからな」
回春のことばどおり、ジョルジュはほとんど若者のような力強さでマリーの両腕を彼女の頭上におさえつけ、
こともなく分厚いスカートを捲り上げた。

マリーが身をよじって逃れようとするたびに剥き出しの乳房が激しく揺れ、老人の劣情はますます煽られる。
彼は息せき切ってスカートの下のレース生地を剥ぎ取り、絹の肌着に手をかけた。
「いやっ、いやあっ!!」
「おとなしくせぬか、せっかくそなたの労に報いようといっておるのに。
 献身的な腰使いでわしを喜ばせてくれれば、ルース宮廷への図書の寄贈も考えてやろう」
「いやっ、放して、どうか放して!
 オーギュスト、助けてオーギュスト!アンヌ!お母様、お父様!!」
「こんな地下深くにいて声が届くはずはなかろう。
そなたの可愛い声はわしが挿入するまでとっておいてくれ。今からかすれてしまっては面白みが半減するわ。
―――ほう。清楚な顔をしてここの毛はなかなか濃いようだな。北国の人間の特性か?
しかし頭部と同じく見事な金髪だ」
力づくで肌着をひき下ろし、露わになった恥部にジョルジュは目を細めた。
さらに空いている手と両膝を使ってその純白の脚をこじ開けようとする。

「やめてっ!どうか、どうかお願いです」
「いまさらやめられるものか、―――おお、なんと愛らしい桃色ではないか。
 男をよく知っているわりには処女のような色合いだ。
 しかもやや潤っているようだ。乳を吸われてここまで感じてしまったのだな。
 まさに朝露に濡れた薔薇のつぼみのようだ」
マリーが羞恥と絶望で顔をゆがめるのもかまわず、老人は嬉々として自らをその花園にあてがおうとした。
さきほどの透明な液体でまだ湿っている硬い先端が花びらに触れたのを感じ、彼女はついに自制できなくなり悲鳴を上げた。
「いやあああっ!!」
「そう嫌がるな。十分に濡れておるから痛くもあるまい」
「お願い、わたくしはオーギュストの妃です、あなたの姪も同然ではありませんか」
「何を言う、そなたたち未開なルースの人間は、禽獣のように血縁同士で交わるのも厭わぬのだろう?
そなたも最初の結婚前にすでに父や兄弟に味見されていたのではないのか」
マリーは愕然として老人の顔を見た。
「なんということを、根も葉もない誹謗です。
それをいうならこちらの王家のほうがよほど近親結婚を重ねているではありませんか」
「ならば我々のことも構わぬではないか、ほら挿れるぞ、―――ああ、たまらぬ」
「いやああっ、オーギュスト!アンヌ!お母様!お父様!―――サンドリーヌ様!!」
25地下三階:2007/05/26(土) 20:21:41 ID:zxQoy+jZ

その瞬間、老人の股間から強張りが抜け、マリーの両腕を押さえつけていた手の力も緩んだ。
彼女はとっさに老体を突き飛ばして立ち上がり、手早く服の乱れを直しつつ、
先ほどは取り出す間がなかった護身用の短剣をコルセットの下から抜きとった。
もはや何の躊躇もなく老人の下半身にそれをかざしてみせる。
「あなたも亡き奥方様への罪悪感には勝てないとみえますわね。
 サンドリーヌ様のご冥福を心からお祈りいたします」
「―――その名を呼ぶな」
「お気を悪くなさいませぬよう。サンドリーヌ様の御名は、感謝の念とともに口にしているのです」
「―――呼ばないでくれ」

どうも様子が変だった。マリーは最初、この名が愛妻への思慕と罪悪感をかきたてるあまり彼から力を抜き取り、
自分の貞操を救ったのだとばかり思っていた。
しかし老人の表情はしんみりしているというより一気に萎縮してしまったといったほうがよく、一物もだらりと萎えきっていた。
マリーはふとあることに思い当たり、試しに大声で復唱してみた。
「サンドリーヌ様」
「やめろといっておるだろう」
老人の声は小さく、憔悴の色を帯びていた。もはや目を合わせようともしない。
「―――そういうことでしたのね。
 オーギュストはあなたがたご夫妻の仲むつまじさを熱心に語り、あなたは妾を囲われたこともないと賞賛しておりましたが、実際には奥方様に頭が上がらなかっただけですのね。
それにしても御名を耳にするだけでかように意気消沈なされるとは、奥方様のご生前はよほどその専横にお苦しみになられたのでしょうか。
王の女婿、ひいては王の義兄になるというのもたいへんですこと」
哀れむような口調とは裏腹にマリーの声にはいささかの憐憫も含まれていなかった。
彼女はもはや自分が優位に立ったことを知り、休まず彼に追い討ちをかけた。少しでも気弱になってはならない。
「あなたのおっしゃるとおり、我がルースの民はいまだ獣じみた蛮習から抜け出ておりませんの。わたくしとて例外ではありません。
この剣でその見苦しいものを切り落とされたくなければ我が国の公使と今月中には接触し、
来月までには本格的な会談をもつことに同意してくださいませ。
仮に後日翻意なさるようなことがあれば、祖国から連れてまいりました精鋭をたちどころに放って、
どんな手を使ってでもあなたを去勢します。
彼らは野獣のように俊敏ですから、痕跡を残して罪に問われるような真似はいたしません。
あなたもまさか世に不名誉を知らしめたくはないでしょう」
老人はうなだれたように黙っていた。
マリーが返事を促そうとしたそのとき、扉の向こうに足音が聞こえ、耳慣れた声が響いた。
「伯父上、マリー、そちらですか?失礼いたします」
「ええ、お入りになって、オーギュスト」

石造りの重い扉がゆっくりと開いた。
侍従が捧げ持つランプの明かりとともに夫が埃だらけの地下室に足を踏み入れたとき、
マリーは勢いよくその胸にとびこんだ。
オーギュストは目上の人間の前でこのような振舞をするのは少々軽率だと思ったが、
それでも妻の安心したような様子がうれしかった。
「こちらで古文書をごらんになっていたとうかがいましたが」
「ええ、とても興味深うございましたわ。保存状態もよくて」
「それはすばらしい。
でもそのほっとしたようなお顔を見ると、伯父上との話し合いもうまくいったのですね」
マリーは一瞬黙ったが、ええ、と笑顔でうなずいた。
「わあ、それはよかった。伯父上、お取り計らいかたじけのうございます」
大急ぎで服を調えたばかりのジョルジュは憮然として甥の能天気な笑顔を見ていたが、
善意の第三者にここまで言われてしまった以上、否定することもできなかった。
マリーはついに溜飲を下げた、かに見えた。
26地下三階:2007/05/26(土) 20:27:17 ID:zxQoy+jZ

浴槽に身を浸しながら、マリーは憂わしげに大理石の天井を見つめていた。
蒸気に混じりあってどこか野性味のある香りが浴室に充満している。
彼女は嫁入りに際して母国にしかない生活用品をこまごまと携えてきたが、いま浴槽に浮かべている香草もそのひとつだった。
お気に入りの香りながら数に限りがあるため、
どうしようもなく耐え難いことがあった日だけ気を静めるために使うことにしている。
今日の出来事を思い返すたび、マリーは怒りと恥辱のあまり顔から血の気が引くほどだった。
帰館してからもう三時間も浴室にいる。
マリーは首筋や胸にあの老人の接吻のあとが残っていることを危惧して侍女たちの助けを一切借りず、
ひとり浴室で身体を清めていた。
自分で自分の髪を洗うなど生まれて初めてのことかもしれない。
何度となく身体を洗ったり浴槽に漬かったりを繰り返しているが、
まだ自分の身体から汚れがとれていないような気がした。
できるものなら今すぐにでもオーギュストに抱いてもらって清めてほしいのだが、
自分の肌に染み付いた汚れが彼に気づかれてしまうような気がして、あと一週間は寝室で彼を拒まなければならないとすら思った。

(―――それにしても)
ルース公使と近日中に会談をもつことはジョルジュにとって別に個人的な損失ではない。
彼はまだ報いらしい報いを受けていないのだ。
(五百歩譲ってわたくしの肌を弄んだことには目をつぶるとしても、お父様たちのことをあんなふうに言われたのは絶対に許せない)
ガルィア王室に嫁いでからというもの、マリーは宮中でたびたび蔑むような視線に出くわしたり陰口を伝え聞いたりしたが、
面と向かってあそこまで母国を見下した物言いをされたことはなかった。
(―――禽獣にひとしいのはあの方ではないか)
血の滲むまで唇をかみしめながら、マリーはなんとか方策を考えようとした。
ルースの建国は数世紀前にさかのぼるが、その開祖は主君の横暴のために両親を処刑され、
兄弟の裏切りにも遭うなど血で血を洗う惨劇の末に政権を確立したと伝えられている。
そのためか、国是や国柄にも自然と荒々しい気風が残っている。
マリーもふだんは柔和で心優しい娘だが、
ひとたび激情を掻き立てられると歯止めが利かなくなってしまうという性質は血筋によるものかもしれない。
復讐するは我にあり、というルース公家の家訓をつぶやきながら、マリーはふたたび天井を仰いだ。
27地下三階:2007/05/26(土) 20:32:18 ID:zxQoy+jZ

「マリー、ご気分がすぐれないのですか」
晩餐の席で、オーギュストは向かいに座る妻に心配そうに尋ねた。
彼女はナイフやフォークを動かしてはいるものの、実際にはほとんど口に運んでいない。
しかもこちらから話しかけない限り黙りこくっている。
「いいえ、大丈夫ですわ」
マリーははっとしたように目を上げて夫に微笑んだ。申し訳程度にパンをちぎって口に運ぶ。
「今日、僕がお側にいないときに何かあったのですか」
オーギュストは相変わらず心配そうに妻の顔を見ている。
はるか北方の、あまり発展していない異国から嫁いできた妻が行く先々で好奇や軽侮の視線にさらされていることを彼は知っている。
自分が側にいればそういう不躾な連中を黙らせることもできるのだが、
彼女ひとりのときはどうやって耐え凌いでいるのか、それが心配だった。
まさかあの尊敬すべき伯父が彼女の出自を嘲弄するとは思えないが、彼の副官たちならばありうるかもしれない。
「い、いいえ、何もありませんでしたわ。ただ」
まさか今日起こったことをありのまま伝えるわけにもいかないので、マリーは口ごもった。

「―――ただ、あの、伯父上様が亡き奥方様のことをあまりに深く悼んでいらっしゃることを知ったものですから、それを思うと」
(なんとお優しい方だろう)
オーギュストは妻のことばに胸を打たれた。他人の悲痛に敏感なあまり、食欲をなくすほど沈鬱するなんて。
「そうですね。あのご夫妻は実に深く愛し合っておいででしたから、
サンドリーヌ伯母様がお隠れになって数年たった今でも伯父上の悲嘆が深いのはやはり無理もないことでしょう。
 そういえば、あなたのつけていらっしゃるその香り」
「香り?」
「それはルース産の香草によるものですか。伯母様が好んでつけておられた香りによく似ています」
「それはまことですか」
「ええ。わが国の貴婦人は香りというと薔薇や麝香の香水を好むのですが、
あの方は北方の山地でしか採れない香草をわざわざ取り寄せて、服にたきしめて使っておいででした。
伯母様がお若いころ、宮中の女官のあいだでも一時期流行りかけたそうですよ。
なにぶんわが国では入手が難しいので、それほど盛んには用いられなかったようですが」
「―――この香草は、わが国の山地では至るところに自生しておりますわ」
天使のような笑みを浮かべながら、マリーはつとめて真摯な声でいった。
28地下三階:2007/05/26(土) 20:33:01 ID:zxQoy+jZ

「わたくし、いいことを思いつきましたの。
この香りを伯父上様のもとへお届けしたら、サンドリーヌ様を偲ばれるのにたいそう佳いよすがになるとは思われませんか」
「ええ、それは素晴らしいお考えですが―――
でもマリー、お嫁入りとともにあなたが携えてこられた香草もそれほど多くはないでしょう。
ルースのお父上からの使節とて一年に一度しか来ないのに、貴重な母国産の物資を人のために使うのは惜しくはありませんか」
「いいえ、滅相もありません」
マリーは力強く言った。そのことばは本当だった。
「あなたの伯父上様ならわたくしの伯父上も同じですわ。
その方がお苦しみになっているのに自分の持ち物を惜しむなんて、たいへんな不孝ですもの。
 それに、ルース公使との会談を快諾してくださいましたし、あの方にはたいそうなご恩がありますわ。
わが家の家訓は、ガルィア風に意訳すれば“恩義には必ず報いよ”といいますの。
 わたくし、万難を排してでも決行いたします」
こぶしを固めて力説する妻の真剣な表情を見ながら、オーギュストはひどく感動を覚えていた。
(孝心に篤くて、利己心がなくて―――僕の妃はなんと得がたい方だろう)

「すばらしいご家訓ですね。人の道はそうあるべきです。
でもそういえば、伯父上は遠方の領地視察のため明日から大学構内の屋敷を留守にされるようですよ。
ご帰館されるのは来週の頭とか」
「まあ、それでしたら―――お帰りになる前に人を遣わして、
お屋敷いっぱいに香をたきしめさせていただくというのはどうでしょう。
亡き奥方様の忘れ形見ですから、まさか留守居の使用人たちも邪魔だてはいたしませぬでしょう。
半年は消えないくらい盛大にたきしめて差し上げましょう」
「なんとすばらしい!
お帰りになって屋敷に足を踏み入れられたとき、あなたのお優しい心遣いに伯父上も感に堪えないことでしょう」
「―――今からそのご様子が目に浮かぶようですわ」
マリーは勝利の表情を気取られないようにそっと目を伏せた。
そのつつましげな仕草はオーギュストの心の琴線に触れ、
給仕たちの前だというのに彼はついテーブル越しに妻の白い手をとり、恭しくくちづけした。
「マリー、これまでも何度となく思ったことですが、僕はなんという幸せ者なんだろう。
あなたのように、お姿だけでなく心までこの上なく清らかな女性を妻にできるなんて」
「まあ、わたくしなんて」
恥じらうようにうつむく妻をますますいとおしいと思い、オーギュストはその滑らかな手の甲に接吻を繰り返した。
北方産の香草は、彼女の指の先までかぐわしい香りで満たしていた。

(終)
29名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 22:33:36 ID:agFF6ovs
マリー超GJwwwwwww
読んでる自分まで溜飲がさがったw
毎度のことながら、エロスとコメディとほのぼのの配分が
すばらしいっすね。このシリーズすごく好きだ。
30名無しさん@ピンキー:2007/05/27(日) 00:18:02 ID:7LEEIEmL
マリーwwwwwwww
自分もこのシリーズ凄く好き。
31名無しさん@ピンキー:2007/05/28(月) 03:04:34 ID:5yrtewp3
乙であります
ただ寝取られネタかあ…
この夫婦のラブラブっぷりが好きだっただけにorz
何も知らないオーギュストカワイソス
32名無しさん@ピンキー:2007/05/28(月) 06:47:31 ID:ure5sW2q
え? 取られてないじゃん。
33名無しさん@ピンキー:2007/05/29(火) 01:40:46 ID:+8soriCG
思い込みで噛み付きたいお年頃なんでしょう
34名無しさん@ピンキー:2007/05/29(火) 11:40:46 ID:Vr+KBbjF
今頃>>31は真っ赤
35声をもつ人魚姫1/9:2007/06/01(金) 12:03:00 ID:Cz1SBqaC
鬼畜風味、注意
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『後悔するよ』と、海の魔女は言っていた。
そんなはずはない。さっきまで海底に暮らす人魚の姫だった少女は思う。
(嵐の海の中、王子様をお助けして励ました。
浜辺で、目覚めるまで歌ってさしあげた。
きっと、語りかければ思い出してくれるはず。
親切な魔女は、声を奪わずにおいてくれたのだから)
心で祈ったあと、少女は「人間になった」身体を見下ろす。
腰から下が足に変わっている。他の皮膚と同じ色がつづき、
それも二つに分かれているのは、奇妙に感じられた。
絡んでしまわないかと不安に思いながら、足を動かす。
魔女が言っていた「ナイフで刺される痛み」を覚えることはなかった。
首をかしげ、あちこち新しい器官に触れていく。
人の体の構造に無知な少女は、
好奇心のおもむくままに秘密の箇所に指を伸ばした。
「……ん、あっ!」
尾の時にはなかった、足の付け根に疑問が高まったのも無理はない。
遠慮も限界も知らない強さで触れ、足の間から全身を刺激がかけめぐる。
発する甘い声も、柔らかくとろけるような息も、はじめてのことだった。
その時、ゴクリと生唾を飲みこむ音が背後から聞こえてきた。
36声をもつ人魚姫2/9:2007/06/01(金) 12:04:18 ID:Cz1SBqaC
「あ、ああ……君は難破して流れ着いたのかな? そんな格好で」
バツが悪そうに、咳払いして目をそらす青年。服には王家の刺繍が輝いている。
少女はただ溢れそうな想いがいっぱいで、男の粘る視線に気づかなかった。
「王子様!」
元人魚の末姫の声は陽光より明るくあたりを照らす。
希望の詩を歌うときの、とっておきのソプラノの響き。
「私です、王子様。お助けした……覚えていらっしゃらないですか?」
愛しい相手の表情に変化はなく、少女は悲しげに声を詰まらせる。
「え、あ、いや……君、名前は?」
「ナマエ?」
永劫の寿命を持つ海底の住人は、個体を識別する文字の羅列を必要としない。
異国の単語を聞いたかのように首をかしげる少女に、王子の目の色が変わる。
獲物を見つけた光と、それから繕った慈悲の笑顔。
「ごめん、ごめん。君はきっと……」
続いた二つの単語は、まったく少女に理解不能なものであった。
「……なんだね。心配しなくていいよ。我が国はフクシ大国だから」
愛しく、地上での唯一頼りになる相手に難解な単語を吐かれ、
少女は心細さを覚え、胸の上でこぶしを握った。
「そこで待っててよ。ワンガンケイビタイをつれてくるから」
王子はそう宣言し、城へつづく石段を登るそぶりを見せた。
それが演技であると察しないのは、無垢な人魚の末姫だけだった。
「王子様……待って、行かない……っ、ああっ」
引きとめようと立ち上がる少女に、二本足歩行の実地本番は厳しかった。
はじめての地上の重力に足がよろけ、尻もちをつく。
37声をもつ人魚姫3/9:2007/06/01(金) 12:05:45 ID:Cz1SBqaC
「大丈夫かい?」
かぶさるたくましい影。差し出される優しげな手。少女は有頂天になった。
再び聞こえる生唾を飲み込む音には気づかず。
しかし、絡みつく熱い視線だけには、反応せずにはいられなかった。
自分がさきほど不思議な感覚を覚えた箇所を、
王子は息が肌を濡らすほど顔を接近させ、食い入るように見つめている。
少女もまた、王子の足に奇妙なものを見つけた。
「二本の足ではなく、三本になる方もいらっしゃるのですね」
豪華な絹の衣装を破らんばかりに滾る、王子の「三本目の足」。
王子の慈悲めいた笑みが、さらに達観したものになった。
何も答えず、王子は末姫の顔の横に腕を伸ばし、
そのまま厚い胸板で、浜辺に少女を押し倒した。
少女は王子の顔が近づいたその現状に、胸を波打たせていた。
頬が火照り、ただまぶたをパチパチとするだけで精一杯。
「君も覚えるといいよ。人間はね、みんな三本足なんだ。
もっていない子は、こうして三本にしてもらうんだよ」
赤子に言い諭すような、感情のこもらない声。
だが指は浜辺の熱気を集わせ、まだしっとりと湿り気を帯びる、
かつての少女の尾部分に這わせられる。
「ひぁ……っぅ」
以前に海中を蹴り、荒波を押しのけた人魚の尾は、
今はただ愛撫にビクリと跳ねて、甘い余韻に力を失う足であった。
38声をもつ人魚姫4/9:2007/06/01(金) 12:07:09 ID:Cz1SBqaC
「可愛い声だね……」
つぶやいた王子は、顔を落とし、豊かな少女の乳房を甘噛みする。
「っん……んんっ!」
貝殻に覆われ、冷たい海水から守られてきた女性のシンボルを、
このように扱われ、末姫はどうすればいいか分からなかった。
ただ、こんなに熱く柔らかな唇を這わされ、肌をついばまれ、
身体の中に甘い疼きのようなものが溜まっていくのを、
身じろぎもままならぬこの状態では、声に逃がすしかなかった。
「ふぁ……あ、んっ」
悶えて揺れた足に、熱いものが当たる。
それは、少女の声でますます大きくなったようだった。
荒い鼻息が、耳もとから離れる。
王子の顔は、さっきと同じ箇所を凝視していた。
しっとりと海水を含んだ少女の茂みは、しかしまだはじめての愛撫を
受け入れたばかりで、準備らしい準備が整っていない。
「王子様?」
海を行くもの全てを魅了する魔性の響きが、王子の耳にも渡る。
何かが切れたかのように、王子はむしゃぶりついた。
唾液たっぷりの舌を這わせ、水溜りを海にでも変えるかの勢いで
激しく執拗に舐めまわされ、末姫は恍惚のままに喘ぎ、身を揺らした。
「あ、いや……あぁ……王子、さま……っ、んんぅっ……」
頬を染め、か細く可憐な声を上げる少女は、王子が三度めの生唾を飲み、
臨戦体勢の男性自身を取り出したのを知らなかった。
39声をもつ人魚姫5/9:2007/06/01(金) 12:08:04 ID:Cz1SBqaC
「もう、大丈夫だね」
落ち着かせるための声ではない。息は荒く生臭く、切羽詰って
追われるような獣の響きに、末姫はビクリと肩を震わせた。
それは予感だった。けど、どうすべきか少女にその智恵はない。
王子は再び少女を胸板で押し倒し、何気ない動作のように、
触れ合った肌を擦り、前に進めた。
二者の表情の違いは、非常に対照的なものだった。
王子は快楽に目を細め、少女は壊れんばかりに瞳を見開く。
「ぁ、あっ……く、っぁあ! 痛いっ!」
可愛らしい悲鳴は残酷に、狭い中を押し開かれる苦痛を増すだけだった。
「ぁあ……可愛い、声だぁ……」
陶酔しきった顔の男は、愛らしい響きが耳を打つたび崩れそうに緩んだ。
表情を緩めても、下半身に流れ込む血の速度は早まる一方。
目に涙を浮べ小さな唇が痛みを訴えるたび、末姫ははちきれそうに
膨れあがる熱いものに攻め立てられ、息も止まらんばかりだった。
苦悶に絞られ、涙に視界を歪める少女が、それでも懸命に
瞳を開いていたのは、愛しい王子を見つめたいと思ったからだった。
この行為を理解できなくとも、触れ合う異性同士が目を合わせるのは、
海底の住人も行なう愛の仕草であったから。
壊れそうな苦痛の中、視線を下へ這わせていくと、
王子と同じ肌の色が脚の付け根で結合を果たしているのが分かった。
愛しい人の三本目の足と、少女が手に入れたばかりの器官。
(一つになっている……私たち、結ばれている)
40声をもつ人魚姫6/9:2007/06/01(金) 12:11:36 ID:Cz1SBqaC
思い出すのは、薬をくれた魔女の言葉。
『王子と結婚し、結ばれれば、あんたは人間の魂を手に入れる』
無垢な少女は叶えられた望みの一つに、一瞬痛みを忘れた。
溢れそうな想いを、愛しい相手の首に手を回し、言葉にする。
「あぁ……王子様。お慕いしております。私と結婚……」
ギョと目を剥き、陶酔顔に水をかけられたかのように、
荒々しく末姫を突き放すと、王子は浜辺に立ち上がった。
少女を苦しめていた逸物は、今は、身体に埋めるこむのには
とうてい足りない体積に萎び、先走った汁を砂浜に垂らしていた。
「わ、ワンガンケイビタイをっ……」
「どうか、しましたか。王子様?」
心配そうに尋ねる少女を無視し、王子はあくせくと衣服を整える。
「我が国はフクシ大国だ。隣国の多大な援助金により保つ……」
「あの、王子様?」
深呼吸し、帯をしめた王子の顔は、欲望を吐き切った聖人のそれだった。
「福祉大国だ。君のような精神薄弱で、名前も分からぬ記憶喪失を
収容する施設がある。とりあえず湾岸警備隊に保護してもらいたまえ」
少女は言葉を失った。半分も意味を理解していなかったが、
すっかり他人の顔で、階段を上りかける王子を見れば、
胸が騒ぎ、表情がこわばるのも、無理はなかった。
「王子、様。私、と……」
少女の弱弱しい言葉をさえぎるように、王子はまくしたてる。
41声をもつ人魚姫7/9:2007/06/01(金) 12:13:05 ID:Cz1SBqaC
「お、おつむが弱いだけじゃない、淫乱な血も混じっている。
裸で、破廉恥な格好で、男を惑わせる。その病も治してもらいたまえ。
君が治療を受けられるのも、僕が、僕が福祉大国を保つからこそ。
隣国の援助―――婚約中の王女の資金があるからこそだ。
君とは違って慎ましく貞淑な女性だから、娼婦館通いはともかくも、
妾を持つなど許されない。婚約破棄、援助打ち切り。
そうなったら、君だ。困るのは。
国力は向こうが上だし、王女との縁も、ささいなものだ。
嵐に巻き込まれ、溺れた僕を助けてくれた。便宜上は。
実際には、僕が遭難したのは何十マイルも沖合い。
カナヅチで意識を失っていた僕が、砂浜にたどり着いたのは、
奇跡的な潮流の力か、神の遣わしたイルカが運んだのか。
彼女が嵐の海を泳いたのではないのは、確かだ。
けど、それは重要じゃない。
大事なのは権力をもつ者と縁を持ち、それを育てることだ。
ただ浜辺で介抱しただけの王女に、これでもかと熱いお礼をし
感謝の念と共に付きまとい、婚約までにこぎつけた。
福祉大国にのし上がったのは僕の努力ゆえ。
そ、それを壊そうとするなど、とんでもない。
身許も分らぬ君を懇切丁寧に治療しようと言うのだから、
せめてありがたがり、身のほどをわきまえるべき―――」
42声をもつ人魚姫8/9:2007/06/01(金) 12:14:05 ID:Cz1SBqaC
言葉は出なかった。魔女の薬と引き換えに舌を渡さなかった末姫は
それでも今、己の気持ちを紡ぐすべを、使うことが出来なかった。
だが、階段を上って遠ざかっていく王子に、震える手を差し伸ばし、
身を起こすままに、二本の足で砂浜に立ち上がっていた。
「……っ、あ、ぁっ!」
突き刺さるような痛みに、顔が歪み、思わず目を閉じる。
それゆえ彼女は、砂地に滴る鮮血の色を見ずにすんだ。
押し広げられた肉が元に戻り、破られた箇所が痛みに疼くのを、
魔女の言っていた『歩くたびに、ナイフの刺さる痛み』だと
思い込めたのは、彼女の最期の幸せだったろう。
「と、とにかく湾岸警備隊に身柄を任せたまえっ……!」
捨てセリフを残した王子は、素早く石段を上りきり、
あっという間に気配を消していた。
もう、それを追う気力も残っていない。
少女はボロボロと涙の粒を砂に残しながら、
痛む歩行で静かな波に踏み入った。
涙は塩水に溶けた。
しかし海水を得て、踊るように動き出す尾を彼女はもう持たない。
縦横無尽に水の中を巡った肉体は、沖に歩を進めても、
優しく海に迎えられたりはしなかった。
43声をもつ人魚姫9/9:2007/06/01(金) 12:15:11 ID:Cz1SBqaC
数分後、通報を受けた湾岸警備隊が、海岸に辿り着いた時には、
もうすでに誰の姿も、気配も見当たらなかった。
砂地に落ちたどんな痕跡も、海の水に洗われてしまっていた。

*  *  *

「だから後悔するって警告したんだがねぇ……」
不気味な色した海草の林の奥、海の魔女はつぶやいた。
声をもたねば、王子は目の前に現れた少女を保護し、
城に招くだけの興味を持っただろう。
遅かれ早かれ破局が来るけれど、それまでは
愛しい男のそば、幸せな気分でいられたはずだ。
だが、裸体で惑わされ、人魚の声で魅了された男が、
城に着くまでの短い時間も、欲望を抑えきれるわけもない。
そして、一度至ってしまえば、王子が身許も知れない
元人魚の王女に、興味を抱くはずもなかった。
「……やっぱり、声は奪っておくべきだね」
幼い王女に、一時の幸せをも与えられなかったのを悔やみながら
魔女は背を丸め、窯を向き、薬作りの作業に戻った。
44名無しさん@ピンキー:2007/06/01(金) 22:38:37 ID:QKsf51pT
せつないね・・・でもおもしろかったYO!
45名無しさん@ピンキー:2007/06/03(日) 00:35:22 ID:oBYtddwE
上手いですね。面白かった。
でも、抜けなかった……。切な過ぎる。
46名無しさん@ピンキー:2007/06/03(日) 14:37:29 ID:/zyAC2ZO
えー王子様よ、おつむが弱い娘云々ってそこまで考えてて
手出した場合、本来責められるのは自分だって自覚はちったあ有るんだろうな?
……あるんだろうなorz だからこそ落ちが、せつないね。
47名無しさん@ピンキー:2007/06/04(月) 18:59:33 ID:iQp/SXxB
救いがねえええ! すげえ切ない…
もしも声が奪われてたらこんなことにならなかったんだろうか。

魔女が声を奪おうとするのは末姫の幸せを願ってのことっていう解釈がいい。
人魚は歌で人を惑わして船を難破させるというが
それがこんな話になるとは。自分じゃ絶対思いつけない。面白かった。

欲を言えば、王子が人魚の声で理性をなくす描写があるとなおよかったな。
この話だと声を奪わなかったことが悲劇をよんだというより、
単に王子が外道だったから目の前の女の子を襲った感が強くて、
せっかくの美しい設定を活かしきれていないように思う。
そこだけもったいない!
48名無しさん@ピンキー:2007/06/05(火) 07:39:06 ID:DkaMjC9J
末姫の純真無垢な様子が悲哀をさそうね。
エロかわいいコーラル姫とはまた違った味で新鮮だった。
いつかいい男を見つけて幸せになって欲しい。
49名無しさん@ピンキー:2007/06/09(土) 21:35:02 ID:6ewgpquB
保守
50名無しさん@ピンキー:2007/06/13(水) 00:11:08 ID:q72WpwTt
保守
51名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 00:51:25 ID:jFbhaZ3+
保守
52四葉の行方:2007/06/16(土) 11:03:35 ID:XvjCCUsy

「わあ、ここはクローバーがいっぱいだね」
なだらかな丘陵地帯いっぱいに広がる緑の毛氈を見渡しながら、弟王子がうれしそうに言う。
長兄のアランが郊外に散策に行くというので、彼の葦毛に同乗して連れてきてもらったのだ。
六歳のオーギュストはまだ自分では馬に乗れないでいる。
「ねえさまはシロツメクサ好き?」
従者に助けられつつ小柄な白馬から下りようとする兄嫁を見上げながらオーギュストは尋ねた。
アランは本来、妻だけを誘うつもりだったのだが、
幼い末弟を伴った方が場の雰囲気を和らげることができるかと思い彼を連れてきたのだ。
むろん幾人かの従者たちも影のように付き従っている。

「ええ、好きよ。かわいらしいもの」
乗馬中の向かい風のためにやや乱れた黒髪を直しながら、エレノールは幼い義弟に微笑みかける。
「じゃあぼくがたくさんつんであげる。あのね、ばあやはこれでかんむりをつくるのがとてもうまいんだよ」
「そうなの。わたくしも小さいころよく作ったわ。それから四葉を探したり」
「よつば?」
「わたくしの国では、四葉のクローバーは幸せを呼ぶといわれているの」
「そういえば、ばあやもおしえてくれたきがする。
 でもどうしてよつばがしあわせなの?」
「どうしてかしら。昔から伝えられていることだから、としか言えないわね」
義姉は困ったような顔になる。
「でもさいしょにだれかそういったひとがいるんでしょう。
 どうしてそのひとはそうおもったのかな。にいさま、しってる?」
黙って鐙を調節しているアランに弟王子は尋ねた。
自分から散策に誘ったにもかかわらず彼は道中ほとんどエレノールと口をきかず、
弟に何か聞かれれば答えるか、弟と妻が談笑するのを横で聞いているかのどちらかだった。

相変わらず妙なことを訊くものだ、と思いながらも王太子は振り向いてやる。
十二歳離れた末弟は乳幼児のころから周囲への反応が鈍く発語もかなり遅かったため、
王室付の教師たちのなかには精神的な遅滞を疑う者も少なくない。
王家ではさほど珍しい現象ではなかった。
この大陸の中枢諸国の上流層は小さな輪の中で通婚を繰り返してきたため、王室間の政略結婚はいまやほとんど近親婚であった。
アラン夫妻も血縁からいえば従兄妹同士にあたる。

しかし彼にいわせれば末弟のようすはまだまだ観察の余地があると思う。
たしかにものごとへの反応がやや変わっており、この年にしては語彙も乏しいのだが、
他の人間があたりまえに受け入れる概念の前でいちいち立ち止まり自分で吟味したがるのは、
考えようによっては学者として大成する可能性を秘めているともいえる。
それに何より、血を分けた弟が王家の恥部としてどこか別邸に隔離され、
顔も合わせないまま成長することになるかもしれないなどと想像するのはやはり気が重かった。
喧嘩しながら一緒に育ったすぐ下の弟たちとも仲は悪くはないが、
年が離れた末弟の無邪気さ人なつこさはやはり手放しで可愛い。

足元に広がるクローバー畑、そしてゆるやかな丘陵の谷間を縫って流れる小川を目で追いながら、
アランは弟を納得させられるような簡潔にして明瞭な答えを思案している。
「自然の法則からいえば、四葉のクローバーというのは奇形、つまり異常だ」
「イジョウって?」
「ふつうではない、ありふれてはいないということだ。
幸せもそれと同じでそこらにありふれてはいないものだ。
四葉が幸せをもたらすと最初に言い出した者はたぶんその辺から連想したんだろう。
別に根拠はないはずだ」
「そうか、しあわせはイジョウなんだ」
神妙な顔でオーギュストは兄のことばをくりかえす。
分かっているのだろうか、とアランは疑わしい気がするが、そもそもこの言い伝え自体たいした意味はないのだ。
深く考えるのもばかばかしい。
いかにも婦人の好みそうな風説だ、と妻の姿を横目で見る。
53四葉の行方:2007/06/16(土) 11:08:47 ID:XvjCCUsy

半年前に娶った妃のエレノールは隣接する大国スパニヤの出身である。
王太子夫妻の成婚とあって国中が沸き立ち、膨大な国費が投じられて婚礼が執り行われた。
式典の長々しさと仰々しさにアランはつくづく辟易したが、
終日にわたる儀式をなんとか終えて寝室に向かうころには、やや気力をもち直していた。
従妹とはいえこれまで顔を合わせることもなかった花嫁だが、祭壇で見る限りは悪くなかった。
アランと同い年で十八歳のエレノールは、さすが太陽と情熱の国から来ただけあって健康的な小麦色の肌をもち、
黒髪はまばゆい光沢にあふれ、漆黒の瞳は牝鹿のように大きくて優しげだった。
式典ではそれらすべてが純白の衣装に映え、宮廷および参道の人々の賞賛の的となった。

見る者によっては「絶世の」をつけてもいいくらいの佳人だが、
アランのように幼少時から美形ぞろいの女官にかしづかれて育ってきた青年の目には、
エレノールの容姿はそこまでの感動はもたらさなかった。
しかし式の合間に侍女と母国語で話すようすなどを見ていると、その明朗で思いやりある態度はたしかに好ましく感じられた。

さりながら、初夜は彼の想像とは打って変わった展開になった。
「どうかわたくしに御手を触れないでください」
寝室でふたりきりになったとき、エレノールは震える声で花婿に告げ、胸元から短剣をとりだした。
「あなたを傷つけるつもりはありません。
でもお触れになるようなことがあれば、わたくしは自害いたします」
(なんという女だ)
アランは驚くよりも先に呆れた。
この花嫁は立場上の義務や使命といったものをまるで理解していないようだ。
政略の駒として使えるのがこんな娘しかいなかったとはな、とスパニヤ国王を哀れむ気持ちさえ沸いてきた。
彼は面倒ごとが嫌いなのであえて騒ぎ立てるつもりもないが、
仮に明朝ありのままを廷臣の前で父王に報告したら外交問題にさえ発展しかねないほどの愚行だ。
この娘はそれを分かっているのだろうか。
ここまで思い切ったことをするからには何がしかの理由があるのだろうとはいえ、
アランは花嫁のあまりの短慮さにたちまち興ざめをおぼえ、昼間彼女に抱いた好ましい感情も立ち消えてしまった。
彼は無言のまま花嫁と対峙していたが、やがてひとりでベッドに入り、彼女に背を向けて眠りに就いた。

翌朝、エレノールに付き従ってガルィア宮廷にやってきた年配の女官から秘密裏にご面会したいとの申し出があった。
まあそうだろうなと思いつつ彼女を引見すると、五人ほどの妙齢の侍女たちを従えている。
「われらが王女のことはどうかお怒りくださいませぬよう。
 王太子殿下におかれましてはどうかもうしばらくご忍耐いただきまして、
時間をかけて王女の御心を解きほぐしていただけますれば恐悦でございます」
白髪の女官は平身低頭して詫びたが、王太子はそれを制止した。
「そなたは悪くない。それよりも事情が訊きたいのだ。なぜ姫はあんなことを?」
女官は答えなかった。そのかわり同伴した五人の美女たちを招きよせ、代わる代わるアランに挨拶させた。
「スパニヤ国王のせめてもの御心遣いでございます。
 殿下の御無聊は、しばらくはこの者たちがお慰めさせていただきますので」

54四葉の行方:2007/06/16(土) 11:11:00 ID:XvjCCUsy

半年前に娶った妃のエレノールは隣接する大国スパニヤの出身である。
王太子夫妻の成婚とあって国中が沸き立ち、膨大な国費が投じられて婚礼が執り行われた。
式典の長々しさと仰々しさにアランはつくづく辟易したが、
終日にわたる儀式をなんとか終えて寝室に向かうころには、やや気力をもち直していた。
従妹とはいえこれまで顔を合わせることもなかった花嫁だが、祭壇で見る限りは悪くなかった。
アランと同い年で十八歳のエレノールは、さすが太陽と情熱の国から来ただけあって健康的な小麦色の肌をもち、
黒髪はまばゆい光沢にあふれ、漆黒の瞳は牝鹿のように大きくて優しげだった。
式典ではそれらすべてが純白の衣装に映え、宮廷および参道の人々の賞賛の的となった。

見る者によっては「絶世の」をつけてもいいくらいの佳人だが、
アランのように幼少時から美形ぞろいの女官にかしづかれて育ってきた青年の目には、
エレノールの容姿はそこまでの感動はもたらさなかった。
しかし式の合間に侍女と母国語で話すようすなどを見ていると、その明朗で思いやりある態度はたしかに好ましく感じられた。

さりながら、初夜は彼の想像とは打って変わった展開になった。
「どうかわたくしに御手を触れないでください」
寝室でふたりきりになったとき、エレノールは震える声で花婿に告げ、胸元から短剣をとりだした。
「あなたを傷つけるつもりはありません。
でもお触れになるようなことがあれば、わたくしは自害いたします」
(なんという女だ)
アランは驚くよりも先に呆れた。
この花嫁は立場上の義務や使命といったものをまるで理解していないようだ。
政略の駒として使えるのがこんな娘しかいなかったとはな、とスパニヤ国王を哀れむ気持ちさえ沸いてきた。
彼は面倒ごとが嫌いなのであえて騒ぎ立てるつもりもないが、
仮に明朝ありのままを廷臣の前で父王に報告したら外交問題にさえ発展しかねないほどの愚行だ。
この娘はそれを分かっているのだろうか。
ここまで思い切ったことをするからには何がしかの理由があるのだろうとはいえ、
アランは花嫁のあまりの短慮さにたちまち興ざめをおぼえ、昼間彼女に抱いた好ましい感情も立ち消えてしまった。
彼は無言のまま花嫁と対峙していたが、やがてひとりでベッドに入り、彼女に背を向けて眠りに就いた。

翌朝、エレノールに付き従ってガルィア宮廷にやってきた年配の女官から秘密裏にご面会したいとの申し出があった。
まあそうだろうなと思いつつ彼女を引見すると、五人ほどの妙齢の侍女たちを従えている。
「われらが王女のことはどうかお怒りくださいませぬよう。
 王太子殿下におかれましてはどうかもうしばらくご忍耐いただきまして、
時間をかけて王女の御心を解きほぐしていただけますれば恐悦でございます」
白髪の女官は平身低頭して詫びたが、王太子はそれを制止した。
「そなたは悪くない。それよりも事情が訊きたいのだ。なぜ姫はあんなことを?」
女官は答えなかった。そのかわり同伴した五人の美女たちを招きよせ、代わる代わるアランに挨拶させた。
「スパニヤ国王のせめてもの御心遣いでございます。
 殿下の御無聊は、しばらくはこの者たちがお慰めさせていただきますので」

55四葉の行方:2007/06/16(土) 11:11:53 ID:XvjCCUsy

(さすが義父上、よく分かっておいでだ)
ローザという名の五人目の娘の腹部に何度目かの精を放ちながら、アランは満足しつつそう思った。
ただひとつ残念なのは、嫡子をもうけるまえに庶子が生まれたりしないよう外に出さねばならないということだ。
べつに周囲に強制されたわけではないとはいえ、アランは義務感から常にそうしていた。
献上された侍女たちはこれですべて賞味したことになるが、
いずれも豊満で清純で従順で夜は床上手、というアランの―――
あるいは世の男の大半の―――嗜好をほぼ完璧に満たした選りすぐりの美女ばかりである。
理知的なことでは宮廷でも定評がある王太子だとはいえ、
十八歳の彼が婚礼後最初の一週間が終わらぬうちに全員に手をつけてしまったのも無理からぬことであった。

「アラン様」
やや訛りのある可愛い声でローザが身体を寄せてくる。
「あたし幸せですわ。
最初ガルィアの王太子にお仕えせよと命じられたときはとても怖かったけど、アラン様はとてもお優しくて、紳士的で」
そして彼の頬に手を触れる。
「とてもお美しくて」
言われ慣れたことなので別に否定もせず、アランは自分の赤味がかった金髪をまさぐられるがまま、
娘に腕枕をしつつその乳房をもてあそんでいた。
「やあぁん……っ」
熱い吐息とともに耳元で漏れた声があまりに愛くるしいので、
大きめの乳首を小刻みにこすりあげて限界まで硬くしてやってから、手をさらに下に持っていった。
濡れに濡れた秘肉はさきほど彼自身をくわえ込んでいたときの熱がまだ残っているにもかかわらず、
技巧に富んだその指の訪れを過敏なまでに歓んだ。
ふたたび大きくふくらんだつぼみをさすられるがまま、ローザはあられもなく腰を浮かせ、
王太子の指がたわむれに離れていこうとすると両手で押さえつけ、本能の命ずるまま快感を享受していた。

身も心も素直で屈託のない侍女が自分の指でのぼりつめていく嬌声を聞きながら、
彼の涼やかな茶色の瞳は天蓋の一点を凝視している。
ここは夫婦の寝室ではなく彼の自室である。そろそろ妃のもとへ足を運ぶべきだろうか、
と彼は考え始めていた。

しかしながら、婚礼から一週間してもエレノールの態度は変わらなかった。
相変わらず寝所で短剣を胸に抱いている。
せっかくこちらから歩み寄る気になったのに勝手にしろ、とアランは言い捨てたくなったがぐっとこらえ、辛抱強く妻に声をかけた。
ここまで人の下手に出たのは彼の人生で初めてのことかもしれない。

「エレノール、よく聴いていただけないか。
われわれの結婚はわれわれだけのものではない。スパニヤとガルィア両国の末永い友好の象徴だ。
だからこそ形骸的であるべきではないのだ。
昔からの許婚者だったとはいえ昨日今日会ったばかりの男と肌を重ねるのが容易なことでないのは分かる。
しかしあなたにはここまでするだけの理由が何かあるはずだ。
まずそれを教えていただけないか。お互いを分かり合うために」
しかし新妻は黙ってうつむき、口をつぐんだままである。
王太子はじっとそこで待っていたが、ついに真夜中を過ぎるとひとりで横になった。

その次の晩、彼は同様にして寝室で妻に問いかけた。
しかし反応は変わらない。アランはかなり長い間彼女の横に腰掛けて返事を待っていたが、
やがてどうでもよくなり、妻に挨拶もせずに寝室を出て自室へ戻ると、例の侍女たちのひとりを呼ぶようにいいつけた。

それからというもの、アランは自分から妻のもとを訪れることはしなくなった。
食事の時間は決まっているのでともにテーブルを囲まないわけにはいかないが、
向かい合ったふたりはただ黙々とナイフやフォークを動かし、グラスを口に運ぶだけである。
公式行事の場でも必要がないかぎり決してことばを交わさない。
そんな異様な関係が周りに感づかれないはずはないが、ふたりともそ知らぬ顔をして淡々と公務をこなし、今に至っている。
56四葉の行方:2007/06/16(土) 11:12:57 ID:XvjCCUsy

「わあっ」
王太子夫妻は同時に振り返った。
見ると弟王子が低い土手を転げ落ちていき、小川のぬかるんだ岸辺に身を浸していた。
四葉のクローバーを懸命に探していたせいで石につまずいたのだろう。
幸い土手はごくなだらかなので大事には至っていないが、やはり身体のふしぶしを打ったらしい。
服を泥で汚しながら泣きそうな顔をしている。
「大丈夫か、オーギュスト」
心配が半分、いつもながらの末弟の不注意さに呆れるのが半分といった顔でアランが土手を降りようとすると、
彼よりも従者たちよりも先にオーギュストに駆け寄って助け起こした者がいた。
エレノールだった。

「ねえさま、いたいよう」
「そうね、痛かったわね。でも泣かなくて偉かったわ。オーギュストは強い子ね」
「―――うん、ぼく、泣いてない」
すすり上げそうになるのを我慢する義弟を胸に抱き寄せながら、
エレノールは彼の顔についた泥をハンカチで拭ってやる。
むろん彼女の服も靴もすでに泥で汚されている。
(そんなことは従僕に任せればよい)
そう思いながらも、アランは黙ってふたりを眺めていた。
足元ではクローバー畑が微風に揺れている。
57四葉の行方:2007/06/16(土) 11:13:45 ID:XvjCCUsy

その晩、アランは実に半年ぶりに夫婦の寝室へ向かった。
昼間の上天気とは打って変わって、月も星も見えない暗い夜だった。
(どう言い出したものか)
従僕を下がらせてから寝室の扉に手をかけると、アランはそこで静止した。
数日前、彼は母親に召しだされたのだった。
正確には母后が療養する王家の別荘へ呼び出されたのである。
彼女は二十年にわたる結婚生活で健やかな男女の赤子を次々とあげながら、自身の健康は徐々に失っていくことになった。
今では一日の大半は床に伏せっている。
久しぶりにふたりきりで向かい合うと、アランは母の病み衰えぶりを直視しないわけにはいかなかった。

くちづけするために枕元に跪いて手を乞うと、手首が嘘のように細くなっていた。
理の勝った気性のアランもさすがにことばを失いその場に凍りつく。
できるだけ病の話はするまいと決めると、彼は似合わぬほど饒舌になって最近の愉快なできごとを母に報告した。
ひと段落ついたとき、母后はようやく口を開いた。
「成人したわが子にこんなことを訊くのはどうかと思いますが―――
おまえとエレオノーラ、いえエレノールの仲は大丈夫なのですか」
見た目より毅然とした声はアランをやや安心させたが、質問の内容が彼に打撃を与えた。
自分たちの結婚生活についての風聞がこんな状態の母にまで心労をかけているとは。
アランは快活に答えようとした。
「もちろんです。まだ慶事をおしらせできないのは残念ですが、こればかりは神のご意志ですから。
ですが母上と同じくスパニヤ王家の出身ですから、あれも安産多産の体質なのはまちがいないでしょう」
そういって母親のやせ細った手を両手で包んだ。
母后は自分の面影をそっくり受け継いだ長男の顔を黙って見ていたが、
やがてかすかに首をふり、息子の顔を引き寄せると昔のように頬にくちづけた。
ああすべて分かっておられるのだ、とアランは思った。
58四葉の行方:2007/06/16(土) 11:15:36 ID:XvjCCUsy

とうとう意を決して寝室に入ると、妻は文机の前に座っていた。
しかし筆をとるわけでもなく、膝の上に置いた何かをもてあそんでいる。
それは昼間オーギュストが摘んできたシロツメクサで作った花冠だった。
弟はぼくがつくってあげると言い張ったのだが、
やはりあの不器用な手先ではうまくできずに結局エレノールがほとんど作ってやり、
自分でつくったものをなぜかオーギュストの手から進呈されるという羽目になった。

文机の上に置かれた燭台が、花冠をどこかに掛けて飾ろうと思案する妻の姿を浮かび上がらせている。
こうしてみると悪くなかった。
ふいに、自分たちのあいだに子どもができたらどんなだろうと思った。
自分とこの強情な娘が睦みあうというのは今の状況においてさえ想像できないが、
自分の子どもがエレノールのような母親をもつと仮定するのは悪くなかった。
「エレノール」
アランは妻に近づき、静かに声をかけた。
彼女は振り向きはしたものの、返事はしなかった。
王太子は突然妻の前に跪いた。
声こそ上げなかったものの、エレノールは心底驚いた顔で彼を見つめている。
屈辱にふるえる自分の矜持をおさえつけながら、彼は冷静な声で言った。

「エレノール、あなたに頼みがある。今夜からはどうか私の妻になっていただきたい。
あなたを長らく孤閨に追いやってすまなかった。
私に不服なところがおありなら直すよう努力する。
だから事実上の夫婦となり、いずれ私の子を生んでくださらないか」
「どうして突然、そんなことを」
エレノールが小さな声で尋ねた。
「周りがみなそれを望んでいるからだ。あなたのご一門も、私の身内も。
 われわれは幸運だ。そうではないか。愛する人々みなから祝福されて結婚したのだから」
誇り高い王太子がこれだけのことを自ら口にするのにどれほどの忍辱を己に課しているか、彼女にも分からぬはずはなかった。
しかしエレノールは沈黙し続けたあと、こうつぶやいただけだった。
「わたくしは―――みなから祝福されて結婚したことが幸運だったとは思えません」

アランは立ち上がった。
一瞬にして猛禽のように変じた彼の目つきを見ると、意志の強い王女もさすがに怯えたような色を浮かべた。
王太子は逃すまいとするかのように、彼女の襟をつかんで立ち上がらせ顔を近づける。
エレノールは驚愕と恐怖とで黒い瞳をさらに大きく見開いた。
「理由を言ってやろうか。
そなたは母国の宮廷で一介の文官と通じていたのだろう。
あの侍女たちが寝物語に漏らしてくれたわ。
おおかたその男は婚礼前にそなたに逃亡をもちかけ、それが事前に露見して罪を得たのだろうが、それが俺と何の関係がある。
わが頼みに応じる気さえあれば純潔でないことなどこの際目をつぶったものを、
そなたはいまだ下賎な男への思慕が断ち切れぬとみえる。恥を知れ」
そういって妻を床に叩きつけるかと見えたが、さすがに自制して襟から手を離すだけにとどめた。
それでも均衡を失ったエレノールの身体は床に崩れていく。
燭台に立つ蝋燭のはぜる音が耳に届きそうなほど、夫妻の寝室は静寂に満たされていった。
59四葉の行方:2007/06/16(土) 11:16:46 ID:XvjCCUsy

「―――あなたのおっしゃることは本当です」
妃は冷たい床の一点を見つめながらひとりごとのように口を開いた。
「わたくしは恥を知らない女です。
あなたには何も非はない。
なのに自分の失った恋に執着するあまり、許されぬほどあなたを、夫たるかたをないがしろにしてしまいました。
 ふたつだけ、間違いがあります。
わたくしはまだ生娘です。
そして、婚礼前に連れて逃げてくれるよう頼んだのはわたくしのほうです。
でも彼は応じませんでした」
エレノールはことばを切った。
しばらく口をつぐんでいたが、やがてためらいがちに開いてつづける。
「そのかわり、出国する前夜にこの身にくまなく触れて、接吻してくれたのです。
その記憶をあなたの手で―――他の殿方の手で塗り替えられたくはなかったのです。
どうしても」

アランは、はっ、と鼻で笑った。
気位こそ高いとはいえつくづく幼稚な女だ。これで自分と同い年だとは。

「つまりそなたの片恋だったというわけか。
何をそこまで神妙な顔で語る必要がある。
あらゆる犠牲を払ってでもその男がそなたを助け出すのが当然だとでも思っていたのか。
自分にそれだけの価値があると。己が世界の中心だとでも思っているのか。

冷静に考えてみよ。
仮にその男がそなたを連れて逃げたとしたら、その一族郎党にどんな累が及ぶと思う。
スパニヤの刑法についてはよく知らぬが、わが国では王族の拉致誘拐を企てた者の身内は三族まで連座する決まりだ。
たとえその男が心底そなたを愛していたとしても、
老いた父母を苦役に就かせ兄弟姉妹の未来を闇に葬ってもかまわないとまで思い切るのはよほど難儀なことだ。
あるいはその男が孤児だったとしよう。
それでも上官や同僚といった他者が監督不行き届きであるといって重い咎めを受けることに変わりはない。
わが国なら減給どころではすまんぞ。最悪で官職剥脱、よくても辺境地帯への左遷だ。
そなたは王女としての特権はもれなく享受してきたようだが、
己ひとりの恣意でどれほどの人間に苦労をかけるか想像したことはないとみえる。

何より、そなたの頼みはその男自身の将来を奪うことになったはずだ。
ずいぶん有望な官僚だと聞いたが、
大志ある男なら誰もが望むはずの名誉と栄達につづくきざはしから恋人を引き摺り下ろしてもそなたは平気だったのか。
かように浅薄な王女をかどわかす罪よりは、
有為有徳の士から国史に名を留める機会を奪って逃亡者の身へ貶める罪のほうがよほど重いわ」

侮蔑のことばを一息に叩きつけてやると、アランはやや気が軽くなったように感じた。
しかし溜飲が下がったように思えぬのはなぜだろう。
むしろ心のどこか別の部分が重くなってきたようにも感じる。

ここまでいえばあの傲慢な王女のことだから短剣を振りかざして向かってきてもおかしくないと思ったが、
彼女は床から立ち上がらなかった。ただ同じ一点を見つめている。
許してください、とつぶやく声が聞こえた。
空耳かと思ったが、もう一度同じ声を聞いた。許しを乞うたのはたしかに彼女だった。
―――ああそうか、とアランは気がついた。
自分でも意外なほど静かな声がこぼれ落ちた。
「その男が、そなたの世界の中心だったのだな」
エレノールはゆっくりと両手で顔を覆った。燭台の火は早くも消えかけていた。
60四葉の行方:2007/06/16(土) 11:20:35 ID:XvjCCUsy

朝を告げる鐘の音が王宮の外れから響いてくる。
従僕たちが朝の用意一式をもって部屋を訪れる前に、アランはいつもどおり早々と目が覚めた。
いや、いつもと違うことがいくつかあった。
久しぶりに夫婦の寝室にいる。
何か聞きなれない香りが枕元に漂っている。
そして腕の中には昨晩まで指を触れたこともなかった女がいた。
(なぜあんなことをしたのだろう)
アランは自分でも不思議な気がしていた。
あのとき、彼は寝室をあとにすることもできたのに、結局泣き崩れるエレノールを抱き上げて寝台に運び、
その華奢な身体を子守のように腕に抱いて眠りにつかせたのだった。
腕の中の妻の寝顔をそっと眺める。
朝日に照らし出された彼女はどれほど間近で見ても麗しかったが、
あの黒い瞳が覆われてしまっているのはつくづく残念だとアランは思った。

ふとその瞳に再会することができた。
しかしそれは大きく見開かれたまま固まっている。
そういえば何を話せばいいだろう、とアランは少し困った。

「おはよう」
「お―――おはようございます」
ふたりとも黙っている。
「ひとつ訊きたいのだが」
「何でしょう」
「これは何の香りだ」
「白檀ですわ」
「話には聞いていたが、これがそうか。そなた愛用しているのか」
「ええ。わが国では一般的です」
「そうか」
そう言って彼はエレノールの黒髪に顔をうずめ、その匂いをさらにかごうとした。
あまりに自然にやってのけられたので彼女は押しのけることもできなかった。
きっとずいぶん女慣れしているにちがいないと思ったが、不快ではなかった。
「いい匂いだ」
「それは、―――ようございました」
緊張でこわばったような声にアランは思わず笑う。
生娘だというのは本当だな、と彼は思った。
61四葉の行方:2007/06/16(土) 11:22:07 ID:XvjCCUsy
「褒められたら礼を言うものだ」
ですが、と言おうとする妻を制し、彼女の唇を奪った。
婚礼の祭壇で交わしたとき以来初めての接吻といえる。
思っても見ないほど優しい感触に、エレノールは全身の緊張が徐々にほどけていくのを感じていた。
このままなかに進入されるのかと思ったが、そうなる前にアランは顔を離した。
しかし彼女の瞳を長い間見つめている。
「そなたに触れるぞ。あの短剣はもう捨てろ」
一方的で高圧的な命令だった。
なんという男だろう、とエレノールは思ったが、もはや抗弁はしなかった。

妻の沈黙を同意だと見なし、アランは濡れたその紅唇にもういちど触れた。
今度は遠慮なく舌で唇をこじあけ、無防備なその内側と柔らかい舌をじっくりと嬲ってやる。
かつての恋人もここまではしなかった。
巧妙すぎる愛撫にエレノールは早くも息が乱れ始めていたが、
アランは唇を離さないまま片手で彼女の頭を抱き、片手で腰帯を難なく解きはじめる。
留め具の多い肌着さえ片手だけで脱がされていくのを感じて、
エレノールはその手馴れぶりにやや腹がたつほどだった。
妻の寝衣をすっかり脱がせてしまうと、彼は掛け布団を払いのけてその裸形をよく見ようとした。

「だめです」
エレノールが真っ赤な顔で抗う。
「夫に隠し事をするな」
「隠し事なものですか。せめてカーテンを引いてくださいませ」
「つまらぬではないか」
何がつまらぬものですか、と彼女が言いかけたとき、ふいに部屋の反対側の扉が開きかけた。
ノックをしていたのだろうが聞こえなかったのだ。
こんな時間に堂々とやってきて、しかも衛兵に見逃してもらえるのはあいつしかいない、とアランは直感した。
62四葉の行方:2007/06/16(土) 11:25:47 ID:XvjCCUsy
「アランにいさま、おはようございます。
 おへやにいないからさがしたんだけど、やっぱりここだったんだね」
元気な声が枕元に届いたときにはエレノールはすっかり身を隠していた。
この娘は六歳の子どもにさえ肌をさらしたくないのか、と思うとアランは可笑しかったが、
同時にひどくいとおしくもあった。
口角が上がりそうになるのを抑えながら、足元のほうに丸まった掛け布団を一瞥し、それからオーギュストを見た。

「早いな。どうしたんだ」
「あのね、さっききゅうしゃへお馬を見に行くとちゅうで、よつばをみつけたの。これ」
「それはよかったな」
そのために睦言が阻止されたのかと思うと、どうも不幸をもたらす四葉に見えてくる。
「これ、にいさまからエレノールねえさまにあげてよ」
「どうしてだ。おまえが見つけたのだから自分のものにすればいい」
「でもぼくもうしあわせになったんだ。これをみつけたときすごくうれしかったもの。
 ねえさまよろこんでくれるかな」
「たぶんな。でもなぜ俺からエレノールに渡すんだ」
「だってねえさまは花嫁さまでしょう。花嫁さまはみんなしあわせなんだって、ばあやがいってた。
でもねえさまはあんまりしあわせそうじゃないから、これがあると花嫁さまらしいでしょ。
それに、にいさまからこれをもらったら、ねえさまもっとしあわせなきもちになるよ」
オーギュストは小さな手を開いて兄の掌にクローバーを置いた。
強く握られすぎたためか、茎はややしなびかけている。
窓から差し込む朝日が裏側の葉脈をくっきりと浮かび上がらせ、葉の全体をいっそう鮮やかな緑に染め上げた。
アランは黙ってそれを眺めていた。
63四葉の行方:2007/06/16(土) 11:30:50 ID:XvjCCUsy

用件を終えた弟王子は帰ろうとしかけたが、ふいに寝台の上の塊に目を留めた。
「にいさま、あれはなに」
「羽根布団だ。丸めてある」
「うそ。おふとんは丸めてもあんなかたちにならないよ。もっとひらたくなる」
妙なところで洞察力のはたらくやつだと思いながら、
恥ずかしがって身を硬くしている妻のことを慮って、兄は適当な言い訳を考えていた。
「あれはだな、つまり―――」
「わかった。卵をかえしてるんだね」
エウレカ!と叫びだしそうな顔でオーギュストが言った。
「だからにいさまは裸なんだ」
アランはことばに詰まった。
どこからそういう論理が出てくるのか分からないが、
しかし弟のなかでは辻褄が合っているのだとしたら便乗するにこしたことはなさそうだ。

「よく分かったな」
褒めてやる、といわんばかりの落ち着いた声でアランは答える。
「すごいなあ、にいさま」
心底感心したような顔でオーギュストは兄の寝起き姿を眺め、
彼の足元に丸まった羽根布団を眺めた。それから突然靴を脱ぎ始める。
「ぼくも卵をかえしたい」
わくわくしたような顔で寝台に上がってこようとする末弟をアランは急いで押し留めた。
「だめだ」
「どうして」
「卵を孵せるのは大人だけなんだ。鶏を見てみろ」
「そうか」
残念そうではあったが、オーギュストは聞き分けよく寝台から降りた。
「卵がかえったらぼくにさいしょにおしえてね。はやくかえらないかな。
―――ああ、そうか。だからにいさまはときどき他のひとといっしょに裸でいるんだね」
(おまえ何もこんな時に)
ふたたびエウレカ!の顔になったオーギュストを前にアランはかすかに口元をこわばらせるが、むろん気づかれるはずもない。
彼の足元の塊がほんの一瞬ぴくっとする。
「いつもは女のひとが一人だけど、このあいだの朝は二人の女のひとといっしょにいたよね。
あのひとたち、ぼくを見てびっくりしてたけど卵をかくしたかったのかな。ぼく、とったりしないのに。
 そのまえはにいさまのおともだちが―――ええとだれだっけ―――
ボーアルネ公爵家のおねえさんとヴァロワ伯爵家のおにいさんがにいさまのとなりでねむってたよね。
 やっぱり一人より二人、二人より三人であたためれば卵もはやくかえるんだ。
 ぼくおもいつかなかったよ。にいさまはほんとうにあたまがいいなあ」
そりゃおまえの年で思いついたら大問題だ、とアランは思いつつ、
足元の布団がぴくぴく震えているのを横目で見守っている。

「いいなあ。ぼくもおとなになったらおともだちをたくさんベッドに呼んで、いっぱい卵をかえそう」
「それでこそ男だ」
引き寄せて髪をぐしゃぐしゃしてやりたかったが、丸めた布団のことが気になるのでそれは控えておいた。
「―――だがまあ、相方はひとりにしておけ。そのほうが無難だ」
「ブナンって?」
「卵が割れにくいとか、卵をめぐって喧嘩別れしないとか、そういうことだ」
「そうか。あんまりたくさんいるとだめになっちゃうかもしれないよね。
 ひとりしかだめなんだ。ぼくはだれと卵をかえそうかな」
オーギュストは神妙な顔で考え込んだ。
とりあえずこいつをどうやって追い帰そうか、とアランもそのあいだに考えている。

「ぼく、くまさんがいいな。大きくて毛がふわふわしててあったかいでしょ。
いっしょのおふとんにはいったら、きっとすごくきもちいいよ。
それにぼくの髪や目の色はくまさんと同じ茶色だから、すぐおともだちになってくれるよ」
「そうだな。くまさんに来てもらうといい。そのためには蜂蜜を今から貯えておけ」
「はちみつ?そうだ、もう朝ごはんだね。ぼくいかなきゃ。にいさまはねえさまといっしょにたべるんだよね」
「ああ。早く行って来い」
「じゃあね、卵がかえったらぼくにいちばんにおしえてね。
 ねえさまによつばをあげるのもわすれないで」
64四葉の行方:2007/06/16(土) 11:34:34 ID:XvjCCUsy

うれしそうな足取りで末弟が去ってしまうとアランはしばらくそのままの姿勢で座っていたが、
やがて羽根布団に手をかけた。
中身をそっくり剥き出そうとするもエレノールはそんなことは許さず、
布団にくるまるような形で肩から下を覆ったまま夫に再会した。
さきほどは盛夏のような情熱を宿らせかけていた黒い瞳もいまや零下三十度ほどの冷ややかさで彼を見ている。
「三人で卵を孵すというのは、ずいぶん楽しそうですこと」
「まあな―――いやそんなことはない。というかあれはきわめて例外的だ」
「そのわりには弟君の目に二度も留まったようですわね」
「偶然だ」
「―――恥を知るべきはあなたのほうです」
顔を赤らめたまま、エレノールはぴしゃりと言った。
いつもならこんな物言いをされればアランは相手が重臣でも黙らせているところだが、今はべつに腹も立たなかった。

「まあな。悪かった」
「まったくです」
それからまたふたりは黙りこんだ。
「それで、どうなさるのです」
「何がだ」
「わたくしと卵を孵す気はおありなのですか」
アランが目を上げて見ると、彼女は布団の中で縮こまらんばかりに緊張し、耳まで赤くしながら夫の答えを待っていた。
もちろんあるとも、と答えるかわりに今度は本気で布団を剥いで、
その初々しい肉体をシーツの上に仰向けにした。

そっとくちづけすると、妻が震えを押し隠しているのが伝わってくる。
「恐ろしいか」
「いいえ」
寝台では似つかわしくないほど気丈な声がかえって内心の不安を映し出している。
アランは初めて彼女をいじらしいと思った。
「力を抜け。乱暴にはしない」
「心配などしておりません」
緊張でこわばった声に王太子の口元も思わず緩み、ふたたび唇を重ねる。
舌で彼女の内奥をさぐりながら、手で乳房を揉みほぐしていく。
こぶりながら形はよいと思った。
桃色の乳首を集中的に弄りながら、この気位の高い王女はどんな喘ぎを漏らすのだろう、
と思って顔を離してみたが、彼女は決して声を上げない。
拍子抜けした気分である。
「唇をかみしめるな。声を聞かせよ」
「……」
エレノールはむろん従わず、夫の巧妙な愛撫を受け入れながらも口はかたく閉ざしていた。
(やはり強情な女だ)
あらためてそう思ったものの、以前のように不快には感じなかった。
むしろその頑なさを屈服させる楽しみができたというべきか。

妻の柔らかい耳たぶや小さな顎やほっそりとした首筋を優しく噛むようにしながら、彼の顔はゆっくり乳房へと降りていった。
初々しい桃色の乳暈を舌先でそっと円を書くように嬲ってやると、
エレノールの身体は子兎のようにぴくんと震えた。
やはりここは弱いようだ、と満足しつつ、アランは舌と唇をさらに自在に使っていく。
ほとんど男を知らないはずの乳首はみるみるうちに硬くなり、
もっと吸ってほしいとばかりに上を向いて存在を主張しはじめる。
責めどころが分かりやすい身体だな、と彼には好ましく思われる。
65四葉の行方:2007/06/16(土) 11:36:43 ID:XvjCCUsy

「……あっ……」
ようやくエレノールの口から喘ぎとも呻きともつかない押し殺したような声が漏れた。
アランはむろん聞き逃さなかった。
「よかったか」
「…………」
「どうなんだ」
「……あっ、だめ、そこは……っ」
下腹部に夫の手が忍んできたのを知って、エレノールはさすがに口をつぐんではいられなくなる。
その指先は薄い茂みをそっと梳いてすぐ花園に至るかと思われたが、そうではなく、太腿のほうまで降りていった。
触れるか触れないかという節度を保ちながら、
生まれてからいちども日に晒したことがないであろう膝からデルタまでの内腿をゆっくり往復しはじめる。
最も秘すべきところに触れられるのは逃れたのでエレノールは最初ほっとしたが、じきにそうも思えなくなった。
彼女自身、自分の太腿の内側がこれほど敏感だとは知らなかったのだろう。
どうして、と言いたげな表情をしながら吐息をこらえようとしている。
アランの思ったとおり控えめな摩擦は処女の肉体をほぐすにはかえって効果的で、
焦らすように内腿をさぐればさぐるほど、妻の脚からは力が抜けていった。
今なら思い切り開かせても抗われることはないだろう。

「い、いやあ……っ」
アランが膝頭に手をかけたのを感じてエレノールはやや正気に戻り、
なんとか足を閉じようとするがむろん彼の力にはかなわない。
朝日の差し込む寝台の上で、姫君の秘肉は夫の眼前にあらわになった。
薄紅色の花弁はうっすらと蜜をまとって光沢を放ち、
その中央には彼女の意思とは裏腹に焦らしに耐えかねたつぼみがふくらみつつあり、
まるで早く夫に見出されじかに摘んでもらいたがっているかのような様相を呈していた。

「やめて、見ないで……!」
エレノールが限界まで赤面しつつその無遠慮な顔を押しのけようとすると、
両腕は彼の片手ですぐに押さえつけられてしまい、かえって両者の力関係をはっきりさせる結果に終わってしまった。
「お願い、お願いです……見ないで……」
「もう遅い。すべてさらされている」
「ひどい……こんなことをなさるなんて……」
「見られるのは初めてか」
「もちろんです」
何を馬鹿な、といいたげにエレノールは答えた。
声には嗚咽が混じっていながらも態度は毅然としていることに、アランはふたたび満足をおぼえた。
これぐらい誇り高くあってこそわが妃だ、という思いと、
この矜持をどうやって剥ぎとり乱れさせてやるか、という期待とが心中で交錯する。

「綺麗だ。何も恥じることはない」
「……」
「もっとも、処女の身ですでにこれだけ濡れているのは恥じてもよいかもしれん」
エレノールは聞こえないふりをして真っ赤な顔を背けたが、ふいに彼の長い指が忍んできたのを感じ、
快感というよりは驚愕のために全身でびくっとする。
初々しいことだ、と思いながらアランは花びらを周辺からなぞりはじめ、露骨に蜜の音をたててやる。
「己が男を欲しがっている音が聞こえるか」
「いやあっ……やめ……やあんっ」
「つぼみもすっかりふくらんでいるな。俺の指は無用なほどだ」
エレノールは唇を噛みながら夫をにらみつけているが、そのことばは事実なのでどうしようもない。
親指で小刻みにこすられつづけると、下肢からはますます力が抜けていく。
「や、やめ……やめて……あぁ……っ」
アランの指はとうとう割れ目に忍び入った。
人差し指一本でもきついというところであり、なかで動かすのはむずかしい。
しかしエレノールの反応は敏感だった。
夫の指を愛液にひたしつくしながら、腰を浮かさんばかりにして快楽に耐えている。
66四葉の行方:2007/06/16(土) 11:41:19 ID:XvjCCUsy

(生娘のくせに)
純潔を保持していながらもこの肌はかつて他の男にまさぐられ、ある程度まで肉の歓びを教えられているのだ。
そう思うとアランははげしく嫉妬する一方、異常な興奮をおぼえざるを得なかった。
(どこまで教え込まれた)
身をよじって責めを逃れようとする妻に内心で問えば問うほど、彼の愛撫は執拗になっていく。
尖って上を向いたままの乳首を吸いながら片手は秘奥にまわし、
敏感すぎるつぼみと割れ目を巧妙な指先で同時になぶりつづける。
「……もう、許して……」
とうとうエレノールが涙まじりにそう懇願したとき、アラン自身もそろそろ限界にさしかかっていた。
常ながら一方的に宣言する。

「挿れるぞ。力を抜け」
「えっ、や……あああっ!」
十分濡れていたとはいえ、ゆっくり進入してきた男の硬さと太さはやはり処女には耐え難いものがあった。
アランは細心の注意を払いつつ分け入っているものの、
その残酷なほどの狭さと温かさと潤いにどうかすると理性を失いそうになってしまう。
しかし妻がはしたない悲鳴をあげまいと唇を噛んで堪えているのを見たとき、
彼の情動はかえって落ち着き、この娘を二度と傷つけまいと思った。
締め付けに抗いながら最深奥までようやく到達すると、その快感を惜しみつつも動くのを止めた。
エレノールの眉間からやや苦痛が去ったように見える。
ひとつに結ばれているという実感が急速に沸いてきた。

「痛むか。すまない」
「いいえ」
まさか自分の花芯を貫いているさなかにこの倣岸不遜な王子の口から謝罪のことばが出るとは思わなかったので、
エレノールは目を見開いて彼の顔を見上げる。
「どうした」
「何も」
「思い出すか」
「何をでございます」
「前の男だ」
「―――いいえ」
「忘れろとはいわん」
妻は目を伏せて黙った。こんなに睫毛が長かったのか、とアランは妙なところで感心した。
やがて紅唇がふたたびひらく。
「あなたが、わたくしの記憶を満たしてください。他に何者も立ち入れなくなるまで」
エレノールは瞳を上げた。
その深い黒には彼自身の姿が克明に映し出されている。
やはり忘れられないのだ、と彼は思った。
かまわん、待つことにしよう。心中で自分に語りかけながら、黙って妻に接吻した。
67四葉の行方:2007/06/16(土) 11:42:03 ID:XvjCCUsy

「そろそろ動かす。もっと力を抜け」
(この方はどうしてこう断定的な通告ばかり好まれるのだろう)
エレノールはやや呆れつつも、はい、という代わりに小さくうなずいた。
先ほどは鎮まりつつあった痛みがまたよみがえってくる。
しかし今度はどこか甘美な痺れが混じってもいた。
彼女の愁眉は開かなかったが、唇は徐々に開き始めた。
最初はうめきに過ぎなかったのが、だんだんとアランの耳朶にまとわりつくような喘ぎに変わっていく。
彼の往復が重なれば重なるほどほどエレノールの花園はあられもない蜜音を響かせて歓迎する。
ついには腰が浮き、その肉襞は自分の意思をもつかのように彼自身をとらえて放さぬほど締めつけてきた。
荒ぶる息をこらえながら王子はささやきかける。
「そなたの身体は信じがたいほど貪欲だ。けがれなき姫君とは思えん」
「わ、わたくしは……殿方をお迎えするのは、初めてです……どうか、信じて……」
「その点は信じる。何にせよ、この痴態を見せる相手が俺だけならば、それでいい」
「……もちろん、です……」
陶酔と羞恥と苦痛が融けあっているかのような表情で彼女は夫を見つめた。
彼の最後のたがを外し、絶頂に追い立てるにはそのまなざしだけで十分だった。

じきに抽送が小刻みになり、意識はある一点に向かって収束していく。
「あっ、だめ、そんな、激しく…………やああっ……あああああっ」
自制できなくなった妻に心ゆくまで嬌声を上げさせながら、彼はついにその深奥で果てた。
長い振動が収まって妻の身体の上に倒れこむと、彼は無意識にその華奢な身体を抱き寄せる。
十四で女を知って以来、そんなことをするのは初めてだった。
アラン、という声が耳元で聞こえた。
(初めて俺の名を呼んだな)
混濁する意識の中でそんなことを考えていると、さらに声が聞こえてきた。
温かい、と彼女はつぶやいていた。
68四葉の行方:2007/06/16(土) 11:47:17 ID:XvjCCUsy

「もうすぐおいでになるころですね」
妻が葡萄の皮をむきながらアランにいう。
そして彼の口まで丸い果肉をはこんでやる。
その指先をたわむれに噛んでみると、もう、という顔をしてみせながら、また別の葡萄をむきはじめる。
まだふくらみが目立たないその腹部には彼の三人目の子どもを宿している。
母后には結局、最初の孫を見せることはかなわなかった。
しかし逝去の数日前にふたりで見舞いに訪れたとき、
彼女は息子夫婦の顔を見交わして、ようやく安堵を得たようだった。

妻の手元を見ながら、つくづく妙な女だ、とアランは思う。
結婚して半年後、ようやくエレノールを事実上の妻にしたその朝、
寝台から降りた彼女が最初にしたのは夫の髪を梳かすことだった。
あとで従僕がしてくれる、といっても妻は聞かなかった。
突然新婚らしい気分になったのだろう、まあじきに飽きるはずだ、と彼は思ったが、
彼女はその後も夫の身の回りの世話にいそしむことをやめなかった。
あるとき、そなたの生国ではこれも妃たる者の務めなのか、と尋ねてみたが
「好きでしていることでございます」
と簡潔に答えるだけだった。

そして十年たった今でも夫やふたりの子どもたちに手ずから果物をむいてやっている。
これほど情がこまやかに深く持続する女はそうそういないことを、アランはもう分かっている。
人々が妻の同国人の気風を形容する際つねに使われる「情熱的な」ということばは
一見エレノールにはあてはまらない気もするが、
彼女の情熱は静かに控えめに、そして永く燻りつづける類のものなのだ。
(こんなことは侍女に任せればよい)
そう思いながらも、彼は結局エレノールのこまやかな気遣いを拒まず、
いまも口に葡萄を運んでもらっている。
69四葉の行方:2007/06/16(土) 11:49:29 ID:XvjCCUsy

今日の昼餐には末弟夫妻を招いている。
蜜月と呼ばれる時期はとうに過ぎているにもかかわらず、彼らはいつ見ても睦まじげに暮らしていた。
ただその想いあう様子がいかにも童男童女然としているので、
あいつは北国から迎えた妃を未だに「ふわふわしてあったかくてきもちいいくまさん」として遇しているのではあるまいな、
と疑わしくなってしまうほどである。
しかし彼らが寝台の上でほかに何をするでもなくひたすら互いを抱きしめあっている姿を想像すると、
なんとなく愉快な気分にならないでもない。

「あれらはちゃんと、卵を孵していると思うか」
「卵がどうなさいました」
「いや、なんでもない」

それからあの朝の四葉を思い出した。
夫の腕に抱かれてけだるく横たわりながら、エレノールは枕元に置いてあるクローバーを見つけたのだった。
「いただいてもよろしいでしょうか」
「かまわんが、引き換えに俺の―――」
「弟君との約束はお守りください」
そう言ってふてぶてしい夫から強引に譲り受けると、
彼女はそれを唇にちかづけて何事かを祈り、髪に差し込んだ。

それから後はどうなったのかアランは気にも留めなかったが、
先日妻の宝石箱のひとつが化粧台の上で開いていたので覗いてみると、
茶色くなりかけた四葉がそこにしまってあった。
よくもまあとっておいたものだ、とアランはやや呆れながらそれを指先でなぞってみた。
ぱさぱさに乾いたクローバーはだいぶ脆そうだったが、それでも葉が欠けたりはしなかった。

ふたたび妻の指で葡萄を含ませられながら、
しあわせはイジョウなんだ、とつぶやいていた末弟の幼くも神妙な顔を思い出した。
やはりひとつの真理にはちがいない。
けれど、それはいちど見つけたら案外いつまでも居座るものだ、ということも今では分かっていた。

(終)
70名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 12:19:12 ID:UDMhzA+a
これはGJ
幸せな夫婦になるって話しは読んでて嬉しくなる
71名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 13:18:43 ID:fri7sekV
弟いい味だしてていいな。
幸せな結末の話って読んでるほうも幸せになれる。GJ!
72名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 15:21:10 ID:P/TeTUE9
GJ。

……ところで弟の方の寝室事情は?
73名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 17:01:00 ID:ppnXoObX
GJ!これはいい嫁&姫だな。

ところでくまの着ぐるみ姿のマリーたんを想像して、萌えたおれはイジョウな人ですか?
74名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 17:22:38 ID:8YYICuia
毎回ある漫才シーンが好きだw
75名無しさん@ピンキー:2007/06/16(土) 19:29:00 ID:1HV9YPwq
当たり前と言えば当たり前だが、
天然は子供の頃から天然なのだな。
76名無しさん@ピンキー:2007/06/17(日) 01:46:00 ID:5P6SFFnw
結構このスレでシリーズものを描いている職人さんじゃないかなぁ。
文体・好むシチュが似ているかもと思ってさ、ファンなんだよね自分!
まぁどちらにせよ美味い文章でGJ。こんなに萌えた話は久しぶりかもw
77名無しさん@ピンキー:2007/06/17(日) 17:51:52 ID:Fmexzkos
ほかのシリーズとの関連は話の中でちゃんと出てる
変な知ったかぶりでレスするのが最近の流行りか
変なメンヘル腐女子でも住み着いたの
78名無しさん@ピンキー:2007/06/17(日) 21:56:35 ID:9QKZyLE1
なんという言いがかり
79名無しさん@ピンキー:2007/06/18(月) 00:02:01 ID:Dk8RNOwT
変ないちゃもんつけるのが最近の流行りか
80名無しさん@ピンキー:2007/06/18(月) 00:16:03 ID:JD5aEumG
オーギュストは子供の頃からオーギュストだったんだなw
夜の教育は実践で嫁さんに丸投げするしかなさそうだw
81名無しさん@ピンキー:2007/06/18(月) 01:14:02 ID:C7gig5Fq
なるほど前スレのオーギュストの初夜は或る意味必然だったのかも
オーギュスト頼むから大勢で卵を変えそうとしないで
(展開の押付けの意図はありません)
スパニヤのエレノールというとアサシンの毒刃に倒れた夫に
献身的看護をした姫君を思い出しますた
82名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 03:57:42 ID:tAAqfXIG
保守
83名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 00:56:51 ID:Krjmua5w
ロウィたんにあいたい。
84名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 04:48:38 ID:s/kIG6nh
ハゲドウ
85名無しさん@ピンキー:2007/06/28(木) 18:03:15 ID:yTgqqcFV
投下待ち。わっふるわっふる!
86名無しさん@ピンキー:2007/07/01(日) 20:48:07 ID:IpJVansA
わっふるわっふる!
87名無しさん@ピンキー:2007/07/06(金) 23:44:56 ID:g9JFXQDP
保守兼ねてなんちゃって和風昔話風のを書いてみたので投下します。
エロはぬるめ少なめです。

10レス程度頂きます。



88ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:46:28 ID:g9JFXQDP
 むかしむかしあるところに、仲はよいけれどなかなか子供に恵まれない夫婦がいました。
子宝を授かると有名な神社があると聞けば二人揃ってお参りし、
よい薬があると聞けば遠くの町から取り寄せたり。
ですがなかなか子を授かりません。
それでも負けじと努力の結果、ついに二人の間に可愛らしい女の子が生まれました。

 これは子宝に恵まれず日夜子づくりに専念したある一組の夫婦の愛と感動の……ではなく、
二人の間に生まれた女の子が大きくなってからのおはなし。おはなし。

 ここは都から遠く西に離れた弓刈の地。
財は多く無いけれども温厚な領主のもと、民は贅沢はできなくてものんびりとした暮らしをしていました。
ある日の昼下がりのこと。
茶を飲んでいた吾郎丸は立て札の周りに群がる人込みを眺めていました。
「おい、みんな何を見てるんだ?盗人の人相書きでも出てるのかい?」
だんごを頬張りながら吾郎丸は店の主人に尋ねます。
「ああ、お客さんあれのことかい。あれは七崎さまがおふれを出したのさ。大方また姫さまのことだろう」
「七崎ってあのでかいお屋敷の?」
吾郎丸が顎で指す先には都の貴族達に比べれば地味ですが、
吾郎丸のような身分も学もない流れ者からみれば一生かけても住めないような立派なお屋敷がありました。
「そうさ。あそこの姫さんは、もう長い事あるのろ……いや、や、病を患っていてね」
「ほう、娘の病を治すためにいい医者か薬師でも集めているのだな。よい親ではないか」
吾郎丸は感心してうなずくと、主人は少し困った様に目をそらします。
「治す、ねえ。まあそれも含まれているかもなあ」
「ん、違うのか?」
「う、あ、いや、まあ、緋琴姫ももうお年頃。お婿さんをさがしてるのさ」
主人はしどろもどろになって答えます。良く見れば冷や汗もかいているようです。
しかし吾郎丸はそんなことには気付きません。
「結婚といってもそのひ、えーと、ひことといったか?緋琴姫はどうせどこかのお偉いの息子にでも嫁ぐんだろ?こんなところに張り紙したって町人しか見ないだろうに」
「あまり大きな声では言えないが、七崎さまは姫さまのの、じゃなくて御病気のこともあって他国に嫁がせられないんだよ」
「なるほど、娘に余計な心労をおわせたくないのだな。優しい父親だ」
吾郎丸は他国の戦ばかりしていて民に迷惑をかける領主とは偉い違いだ、と七崎を誉めます。
主人は冷や汗を拭いながら言いました。
「お客さんはこの土地の人間じゃないみたいだが、急ぎの用がないなら挑戦しててみたらどうだい?上手くいけば次の七崎の領主はお客さんかもしれいよ」
「何、姫の婿は俺の様な流れ者でも構わないのか?」
「ああ、七崎さまは身分など問わないよ」
主人はにっこりと笑って頷きます。
その笑顔が少々ひきつっていたことも、吾郎丸はさっぱり気付きませんでした。
89ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:47:59 ID:g9JFXQDP
 さて茶屋の主人とのやりとりから数日後。
吾郎丸はやや緊張した面持ちでお屋敷の門前に立っていました。
お屋敷の前にいたのは吾郎丸だけではありません。
立派な着物を着たお公家様のような若者や、野良着を着た若者、
腰にさした刀を自慢げにいじっている鬚面のお侍に、
もう孫がいてもおかしくないような白い頭の者。
皆、吾郎丸同様に七崎さまの愛娘、緋琴姫が目当てで集まった者が列を作ってたのです。
列の中では様々な噂が飛び交います。
「なんでも緋琴姫は美しいがたいそう気難しいらしい。今までお父上の持って来た縁談を片っ端から断ってしまったそうだ」
「いや俺の聞いた話だと逆で縁談は姫の病を理由に片っ端から断られたとか」
「姫さまは病なのかい?わしは狸の物の怪が憑いていて払ってほしいのかと思ってたわい」
「いやいや、ただのいかず後家なんじゃ」
良からぬ噂の多さに、吾郎丸はもし姫さまがすごい醜女でかつ吾郎丸を気に入ってしまったらどうしようかと不安になってきました。
しかし門が開くや否や皆が一斉に駆け出すのを見ると、吾郎丸もつられて走り出すのでした。

 「えー、ごほんごほん」
七崎さまと思しき人物が、吾郎丸達を見下ろすように立っています。
「今日は我が娘緋琴の為に皆朝早くから集まってくれて感謝する」
皆言葉を聞き逃さないようにしんと静まり返っています。
「我が娘の婿となる条件はそんなに難しいことではない。わしは娘の認めた者ならば身分など問わぬつもりだし、美男だろうが醜男だろうが容姿を気にするつもりもない」
身分を問わぬと言われ、吾郎丸はほっとしました。
ですが、まだ婿になるための条件が明らかにされていません。再び言葉に耳を傾けます。
「これから皆には一人づつ娘と会ってもらう。もし娘が気にいった者がおれば、一言話す。その者が婿じゃ!」
娘に気に入られる。たったそれだけ?
難しい試験やら、試練やらを想像していた吾郎丸には肩透かしの条件です。
周りの男達も余りに簡単な条件に驚き、ざわついています。
七崎さまが握りこぶしを高く掲げました。額には血管が浮き出て何やらすごい気迫です。
「新婚旅行に〜、行きたいか〜?」
おおー!
「次期領主に〜、なりたいか〜?」
おおー!
「姫を〜、娶りたいか〜?」
おおー!おおー!おおー!
かくして異様な熱気の中、緋琴姫の婿選びが始まったのです。
90ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:49:11 ID:g9JFXQDP
 「皆様は一人につき一度だけ姫さまにお目通りが叶います。姫さまの前ではお名前と年を。それだけで構いません。もし姫さまが気に入ればお声をおかけになります。何もおっしゃらない場合はそのままお引き取りください」
侍女らしき女性が吾郎丸たちを面会の部屋に導きます。
吾郎丸に渡された木札は五十六番。まだまだ先です。
人の好みは千差万別。誰が気に入られるかなんて姫にしかわかりません。
一人、二人とがっくりと肩を落とした男達が帰っていきます。
五十五番の札を持った男が吾郎丸に話しかけてきました。
「なああんた知ってるか?ここの姫は呪われてるらしい」
「ああ、狸の物の怪がどうとかいうやつか。ただの噂じゃ無いのか?」
「狸かどうかは知らんが、姫が呪われてるってのは事実さ。前に挑戦した奴に聞いたんだ」
「へえ、じゃあどんな呪いなのかい?まさか老婆のようになっているとか、からだが石の様に重いとか……」
吾郎丸の問い掛けに男は軽く手を振って否定します。
「そんな厄介な呪いだったら俺もこんなとこに来やしないさ。なんでも姫は一日に一言しか口がきけないらしい」
「一言?なんだそれは?唖と言うのならわかるが、頭が足りないだけではないのか?」
男は慌てて吾郎丸の口を押さえます。
「しーっ!!あんた声がでかいよ」
いくら温厚な領主さまでも姫さまの悪口を言っているのを聞かれたらさすがにまずいでしょう。
吾郎丸は小声で続けます。
「一言しか口のきけぬ姫、か。ふうむ、害はなくても気味のいい話でもないな。」
「まあ、そうは言っても庶民が姫を娶れる機会なんてそうそうないわけで。姫は美人だし、才もある。悪く無い話だ」
「姫に一言喋らせた者が婿になるというのか。今日集まった者が誰も姫に気に入られなかったらどうなるんだ?」
「さあ、またおふれを出して人を集めるんだろうよ。あんた知らないのか?この婿探しは今年に入ってこれで三回目だ」
「えっ、前にも同じ事をやってるのか?」
「そうだ。ちなみに去年は六回おふれがでてる」
この話をしてる間にも次々と脱落者が帰っていきます。
吾郎丸は自分が無謀な挑戦をしていることに改めて気付くのでした。
91ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:50:50 ID:g9JFXQDP
 「次、五十六番の方!」
やっと吾郎丸の番です。
どうやらだめだったらしい五十五番の男はすれ違いながら頑張れよと声をかけて去っていきました。
七崎さまと恐らく奥方と思われる品のいい女性に挟まれて座る少女。それが緋琴姫でした。
あどけなさと気高さを合わせ持った瞳。滑らかで艶のある黒髪。ほんのり赤い頬。奥方に似たのかなかなかの美人です。
ですが姫は今日も何人もの男と対面して疲れたのか飽きたのか、吾郎丸の方をろくに見てもいません。
思いがけない姫の愛らしさに見とれていると、奥方の方から声がかかります。
「そち、名はなんという?」
はっと我に帰った吾郎丸は慌てて姿勢を正します。
「吾郎丸と申します。姓はありません。年はおそらく二十ニ、三、かと」
「おそらく?とは」
殿さまの眉がぴくりと動きます。
「はあ、親がいなかったものですから大体で」
ふと姫の方を見れば、姫は扇の影で欠伸をしています。相変わらず吾郎丸に興味を示しません。
「まあ。苦労したのね」
奥方が吾郎丸に労いの言葉をかけました。
「姫、吾郎丸はどうだ?」
七崎さま、奥方、吾郎丸の視線が一斉に姫の口元に集中します。
ですが姫の赤い唇は一文字に結ばれたままぷいっと遠くを向いてしまいました。
「すまぬが吾郎丸、姫はそなたが気に入らなかったようじゃ」
吾郎丸はがっくりと肩を落とし部屋を出ます。
次の順番の男が入って来る時も、姫は欠伸を堪えて退屈そうにしてました。

 領主になる夢が破れた以上、この町に長くいるのも得策ではありません。
とある事情、といっても情けない事情ですが、とにかく吾郎丸は追われる身だったのです。
宿に戻って吾郎丸が仕度を整えていると、なにやら物騒な男の声が聞こえてきました。
「……いいから出せって言ってるんだよ!殺されてぇのか」
「しかしお客さん」
「いるんだろう?部屋を教えろ!」
怒鳴ってる男の声に心当たりのあった吾郎丸は急いで風呂敷をまとめます。
が、時既に遅し。ぱーんと勢い良く障子が開かれます。
「見つけたよ〜吾郎丸ちゃん」
頬に傷のある目つきの悪い男がにやにやしながら立っています。
吾郎丸は思わず身構えます。
「うっ、こんなとこまで追い掛けてくるとは……」
「てめえの借金回収するまでどこまででも追ってくぜ!!」
いつぞやの茶屋の主人以上に吾郎丸は汗だらだらです。
実は吾郎丸には博打で作った借金があったのでした。
92ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:51:53 ID:g9JFXQDP
 草木も眠る丑三つ時。
吾郎丸は七崎さまの屋敷の前に立っていました。
とはいっても強面の門番の立つ門の前ではありません。
彼は人目につかなさそうな塀の前を選んで立っていました。
これから吾郎丸がしようとしてることは、客として堂々と門をくぐれる行為ではないのですから。
そう、彼は緋琴姫に夜這いをかけようとしているのです。
「吾郎丸、あと二日だけ待ってやる。他の金貸から借りてもいい。博打で取りかえすもいい。どうにかして金を作るんだ。さもないと……わかってるよな?」
借金取りの言葉が耳を過ります。
この町の金貸に行くことも考えましたが、今度はこの町の金貸に追われるようになるだけです。
真面目に働いて返すという手が一番なのでしょう。
ですが親も、身分も、学もない吾郎丸は真っ当に稼ぐ術を知らず、小金を掴んでもすぐ博打に費やすばかり。
てっとり早く財を手に入れる方法。
吾郎丸が無い頭で考え付いた結論が緋琴姫を脅して婿になること。
それがだめなら手篭めにすることでした。
先日の婿選びでは結局誰も選ばれなかったと聞きます。
(姫が一言しゃべればいいんだろ?俺を婿にすると。拒むなら抱いちまえばいいのさ)
くっくっくっ。吾郎丸は声を漏らさぬ様低く笑います。
(言わせてやるさ。何度でも。からだに覚えさせてやる。俺が最高だってな!)
借金取りとの追いかけっこで培った軽い身のこなしで塀を飛びこえ、吾郎丸は屋敷の奥へと姿を消していきました。
姫の寝所を目指して。

 招かれざる客である以上、さっさと目的を済ませなくてはいけません。
寝静まった屋敷の中、吾郎丸はたくさんの部屋の中から姫の寝所ただ一つを探り当てようとしてました。
部屋を間違えて家人か使用人にばれてしまうのは避けねばなりません。
そろりそろりと屋敷を徘徊しながら、吾郎丸はわずかに灯りの漏れる部屋を見つけます。
使用人達の部屋なら、油をけちって真っ暗なはずです。
吾郎丸は意を決して襖を開きました。

93ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:54:12 ID:g9JFXQDP
 何と幸運なことでしょう。 
灯籠の灯りがほのかに照らす一人の少女。それは、間違いなく緋琴姫その人でした。
吾郎丸は、悪巧みなど露知らずすやすやと寝息をたて眠る姫の元に近付きます。
(やっぱ綺麗なもんだな、お姫さまってもんは)
姫を穢す。己のものにする。その期待が吾郎丸の胸の鼓動を早めます。
まだその柔肌に触れてもいないのに興奮は増す一方です。
姫の頬を撫でると、姫はむずがゆそうに顔をしかめます。
ですが起きる気配はありません。
(しゃべれないってのが本当ならこっちとしては都合がいい)
当初は姫を脅して婿に認めさせる計画だったのに、
愛らしい姫の寝姿に欲情してしまった吾郎丸の頭の中は陵辱一色になってしまいました。
吾郎丸はさっと布団を払い、姫のからだを押さえ込む様にのしかかります。
突然のしかかられた衝撃で姫の瞼が大きく見開かれました。
「へへ、起きたか」
間近に迫った吾郎丸の顔を見ても事体は飲み込んだのか、彼の元を逃れようと必死で手足をばたつかせます。
ですが紅が塗られなくともほのかに赤い唇はやはり結ばれたまま。叫び声一つあげません。
「どうやらしゃべれないってのは本当みたいだな。姫さま」
全体重で姫のからだを押さえ、吾郎丸は姫の唇を奪います。
柔らかな唇の感触を愉しみながら吾郎丸は手を姫の胸へと滑らせます。
大ぶりとは言えなくとも掌からこぼれる柔らかい乳房を揉みしだいでいると、唇にちくりと痛みを感じます。
「痛っ。噛みやがって!!」
傷を舌で舐めると鉄の味がしました。
「へえ、抵抗するのか」
吾郎丸が身を起こした隙にも姫は逃げようと必死です。
ですが吾郎丸は再び姫を押さえ付けると襟に手をかけ、一気に広げます。
姫の白い乳房が灯籠の灯りに照らされ、つんと立った桃色の乳首が吾郎丸をの残りわずかな理性までも奪いました。
乳房を曝した羞恥からか姫の顔は赤く、それでも彼から逃れようと必死です。
吾郎丸は片手で乳房をこねくりながら、桃色の乳首を血の滲む唇で包みこみました。
舌で乳首をつつき、吸いたててやると姫が切なそうに息を漏らします。
(ここまで黙りっぱなしの女を抱くのは初めてだが、ちゃんと感じてはいるようだな)
こりこりと乳首を甘噛みし右を堪能しきったら左をしゃぶる、と愛撫を繰り返します。
姫は頭を振り、わずかに動く手で吾郎丸の頭を剥がそうと抵抗はするものの、その手には力がなくされるがままの状態です。
吾郎丸の分身は熱を持ち、形を変えはじめているのがわかります。
(もっと愉しみたいのはやまやまだが入れないと意味がねえ)
吾郎丸は姫の腰紐を解きにかかります。
94ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:55:37 ID:g9JFXQDP
 もう姫のからだはほとんど隠すものが無く、吾郎丸に全てを曝け出している状態です。
姫はぴったりと足を閉じようとするものの、吾郎丸の手は足の間を縫って侵入し姫の秘唇の奥へと指をすすめます。
温かい姫のおんなの蕾みの最奥からは愛液が滲んでおり、吾郎丸の指の動きにあわせてくちゅくちゅと卑猥な音をたてます。
「なんだあ、この音は?こんな状況なのに舌の口からこんなに涎をたらしやがって、とんだ淫乱姫だよ!」
姫の顔が激しく紅潮します。空いた手で吾郎丸を殴ろうとするも、簡単に止められてしまいます。
それどころか吾郎丸の指が恥肉を行き来する度に足の力は弛んでいき、気付けばぴったりと閉じていた足はだらりと開かれ、すかさず吾郎丸が間に陣取ります。
「さすがに傷物にされたら他の男に嫁げないだろう?俺がお前の婿になるしかないんだよ、緋琴姫さまよ!」
姫は首を左右に振り、吾郎丸を睨み付けます。
「こんな状況でも強気だな。でもまあその方が犯し甲斐がある」
吾郎丸は取り出した己の分身をしごきます。
赤黒く猛り狂った一物を見て、姫が青ざめます。
吾郎丸は間髪いれず、愛液にまみれた姫の恥部に標的をさだめるとぐいと腰を進めました。
 己を包む女の媚肉の心地よさに吾郎丸はうっとりとし、反対に姫の表情は嫌悪で歪みます。
吾郎丸は嫌がる姫の顎を掴み無理矢理唇を奪います。
姫は吾郎丸の頭をぽかぽかと殴り、侵入を繰り返す男茎から逃れようとします。
ですが吾郎丸は姫の両足をがっちり抱え込み、高く持ち上げると自身を更に奥へと進めます。
いきりたった男茎に姫の温かい恥肉が絡み、とろけるような快感が脳天を突き抜けます。
女を悦ばせるのには少々自信のあったはずの吾郎丸ですが、ぎゅうぎゅうと締め付ける姫の中ではすぐに果ててしまいそうです。
吾郎丸は息を荒く吐きながら腰を振り続けます。
姫は目を閉じ唇を噛んでいます。一刻も早くこの辱めから解放されたいのでしょう。
ですが吾郎丸を受け入れている部分からはとめど無く愛液を流し続けていました。
「へへっ、あんた顔は嫌がっててもこっちは素直に悦んでるじょねえか。こんなに涎を垂らして」
吾郎丸は腰の動きはそのままに、接合部から滲む愛液を拭い取ります。
それを姫の唇をこじ開け突っ込みます。
「どうだ?自分の味は」
吾郎丸は噛まれないうちに指を抜くと、再び姫の恥肉を弄びます。
普段は姫の秘唇に隠れている小さなお豆をつまんでやると、姫の締め付けはいっそう強くなります。
そのままくりくりこねてやると姫はびくびくと痙攣します。
姫の豊かな黒髪は止めど無く繰り返される愛撫にすっかり乱れ、額にはうっすら汗が滲みます。
姫の桃色の乳首には吾郎丸が付けた歯型があり、うっすらと血が滲み痛々しい次第です。
「さあて、そろそろ俺の子種をたっぷりと注いでやるさ」
吾郎丸の言葉に姫は最後の力をもって抵抗を見せます。
ですが姫が身をくねらせ逃げようとすることがかえって男茎を締め付け、吾郎丸はもう堪え切れません。
「うっっ!!」
低く呻くと同時に吾郎丸は姫の最奥に白濁を勢い良く放ったのでした。
95ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:57:59 ID:g9JFXQDP
 「はあ、はあ、はあ………くくく。よかっただろう俺のもんは?」
吾郎丸はだらりと垂れた男根を抜きながら姫に問いかけます。
姫の愛液と己の放った白い精にまみれ萎縮したそれは、さっきまで姫を貫いていたものとは全くの別物にすら感じます。
涙目の姫は、涙がこぼれるのをぐっと堪えてきっと吾郎丸を睨み付けます。
そして、ついに一文字だった姫の唇がわずかに動きました。

『…………。早漏っ!!!』

姫の言葉を理解し損ねたのか、吾郎丸の動きがぴたりととまります。
が、その意味に気付くと吾郎丸の顔からはみるみる血の気が失せていきました。
姫の声に気付いた家人達がばたばたと集団で駆け寄ってくるのはすぐのことでしょう。
 
 そして翌日。
「おはよう、ご主人。昨日のアレは聞いたかね?」
宿屋の主人がにやにやしながらやってきました。
「ああ、宿屋のご主人。アレが聞こえぬわけなかろう」
茶屋の主人もにやにやしています。
「姫の寝込みを襲おうなんて馬鹿がまだいたとは。あの姫に臆さぬとはどれだけ自信過剰だったのか」
「それが、うちに泊まってた客らしい。他所者の様だったから知らなかったんだろう」
「ほう、それはそれは御愁傷様」
はっはっは、と二人声を揃えて笑います。
「緋琴姫。いや、一言姫か。尾弓ケ森のお狸さまも厄介な呪いをかけてくれたものよ」
「一日に話せるのはたった一言だけ。それももっとも感情が高ぶった時のみ。それだけならまだ扱いに困らんだが……」
茶屋の主人が屋敷を見上げます。
「早漏、ね」
姫さまにかけられた呪い。
それは一日一言、しかも最も感情が高ぶった時しかしゃべれないという厄介なものでした。
しかし恐ろしいのはその一言が、千里を駆けて皆に聞こえてしまうということなのです。
あの夜の姫さまの叫びは屋敷の人や町の人はおろか、野を越え山を越え知れ渡ってしまったのです。
「最初の嫁ぎ先の荒木の跡取りは包茎。二番目の林田の次男坊は短小。この二人は今でも次の嫁が決まらぬらしい。まだ若いのに可哀想に」
「今度の男は早漏、か。ま、どうせ頭の悪い理由で姫を手篭めにしたんだろ、自業自得だ。首をはねられなかっただけ運がいい」
二人はまたわははと声を揃えて笑います。
96ヒトコトヒメ:2007/07/06(金) 23:58:53 ID:g9JFXQDP
 満月の夜、尾弓ケ森の小さな祠の前でぽんぽこぽんぽこと腹鼓をうつ大狸が一匹。
『あの姫はあいかわらずのようじゃのう。まだまだ呪いは解けぬわ』
祠の前では二匹の子狸がそれぞれの小さなお腹を叩きます。
それは数年前のこと。
尾弓ケ森の主と言われる大狸の噂を聞いて祠にやってきた緋琴姫。
ですが大狸がなかなか姿を現さないと、あろうことかお供物に手を付け、祠に落書きする始末。
腹をたてた大狸が怖がらせようと姿を見せると、姫は若い娘とは思えぬようなとんでもない言葉を口にしたのです。
「何あの×××、最っっ低!××が×××よ。あんなんでよく人前に出れるわね!!」
姫の毒舌はこの後数刻、供の女中が恥ずかしさの余り顔を真っ赤にして姫を諌めるまで続きました。
散々こけにされ、怒った大狸は例の呪いをかけることとなったのです。
『全く、そう解くのに難しい呪いでもないというのに』
そうそれは簡単なこと。姫に心より思う相手ができればすんなりと解けるはずなのです。
心より思う相手に心からの一言を伝える。たったそれだけなのですから。
大狸はため息を吐くと、再び腹鼓を打ち始めます。
三匹は陽気に合奏しながら秋の夜長は過ぎていくのでした。

おしまいおしまい。
97名無しさん@ピンキー:2007/07/07(土) 02:29:40 ID:w3Twj4Fi
エロだけどオチもあって、楽しくハァハァしながら読みました!
GJ!
98名無しさん@ピンキー:2007/07/07(土) 22:17:43 ID:7JfUK4gJ
面白かったw
ありがとう、乙!
99名無しさん@ピンキー:2007/07/08(日) 01:54:13 ID:ZoaPbQgA
GJ!楽しくて面白くってエロもあってよかった。
また書いて!
100名無しさん@ピンキー:2007/07/08(日) 03:20:36 ID:vrnckUsF
めっさワロタwwww
101名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 01:00:31 ID:m0Zw8iSA
女兵士スレに投下したシリーズの派生ものを投下します。16レスです。
興味の無い方はスルーして下さい。
102ユーリアン:2007/07/12(木) 01:01:38 ID:m0Zw8iSA

ユーリアンは、ついに張り詰めた糸が切れるのを感じ、ベッドに倒れ伏して泣き始めた。
つやのある茶褐色の髪がシーツの上で扇状に広がり、薄い夜着に包まれた華奢な
両肩と、小さく丸めた背中が小刻みに揺れる。
時折、押さえ切れない嗚咽がのどの奥から漏れ、しんとした空気に低くこもって響くが、
隣に横たわる彼女の夫は、ピクリとも動かない。

ユーリアンと夫は、今日結婚式を終えて、永遠の愛を誓ったばかりだった。
けれども、初夜の床に来た夫は、ひどく酩酊していて、従僕の支えがなければ歩けず、
待っていた新妻をちらりとだけ見て、ベッドの上に崩れ落ちてしまっていた。
重そうな筋肉質の手足を投げだして眠る夫のそばで、一人取り残されたユーリアンは、
沈む気持ちを押さえられずに唇を噛む。
人々のあたたかな祝意や、盛大に開かれた宴席を思い返しても、ただ空しく、
寝室のそこかしこに飾られた花々も、きちんと整えられた豪華なベッドも、何一つ
彼女の慰めにはならなかった。

この結婚は、彼女の母である女王が決めたことだった。
ユーリアンに選択権は全く無かったし、夫は彼女の故国に国境を接する王国の王太子、
自分は王女なのだから、これが政略結婚以外の何ものでもないことは、十分に
承知していた。
とはいっても、ユーリアンは期待していたのだ。

彼女の夫は、まだ十六歳のユーリアンより十歳ほども年上で、すでにその評判を
世間に知らしめていた。
曰く、武芸に秀で、戦いにおいては勇猛果敢、獅子のような金髪と優しい青い眼を
持ち、人々に慕われる世継ぎの王子。

たくさんの娘たちが、彼の妃の座を狙っていると噂されていたし、候補として
挙げられていた中には、ユーリアンよりずっと家格の高い娘の名もあった。
だから、この縁談が本決まりになった時、ユーリアンはとても嬉しく思い、夫のために
努力をしようと決心もした。
夫の国の文化や習慣を聞き、修めた作法や芸事をさらい、肌の調子を整えて、
足の爪先から髪の毛一本一本に至るまで、全身を隅々まで入念に磨き上げたのも、
この日を夫と迎えるためだった。
103ユーリアン:2007/07/12(木) 01:02:46 ID:m0Zw8iSA

――でも、夫には愛人がいる。
ユーリアンは顔を上げて、涙に濡れた目をこすり、そしてその手を途中でとめた。
こんな風に泣き続けると、翌朝にはまぶたが腫れ上がってしまうかも知れない。
予定では、明日から首都を離れ、半月ほどかけて地方都市を幾つか回ることに
なっている。
歓迎してくれる人々に対して、泣き腫らしたみっともない顔を見せるわけにいかない。
そう自分自身に言い聞かせるも、明日もまた夫の隣で、にこやかさを装わなければ
ならないことを考えると、ユーリアンはまぶたが熱くなるのをこらえられず、
シーツの上に一つ、また一つと涙をにじませてしまうのだった。

夫の愛人の存在を教えてくれたのは、夫の国の貴族で、内宰府の職を辞した後、
広く世界を見るため旅行しているという、穏やかな顔の老人だった。
故国に滞在していた彼は、ユーリアンが国を出立するまで、見知らぬ土地へ嫁ぐ
彼女のために、さまざまな質問に答えてくれた。
だが、その顔色は、皆が慶事に浮かれる中、どことなく心苦しそうだった。

(どうかされましたか? 顔色が少し良くないようですが)
(いいえ、……王女殿下の気にされるようなことは……何も)
不審に思った彼女の問いに、老人は眉間にしわを寄せて言葉を濁した。
(しかし、知らずに嫁ぐのは、あまりにもお可哀相で)
彼は沈痛な面持ちで首を左右に振り、人払いを求めた。
それからユーリアンの耳元に顔を寄せ、ご用心を、と低いささやき声で続ける。
("王太子のお気に入り"と呼ばれる近衛の女騎士は、あなたの婚約者の愛人なのです)

ユーリアンは一目で彼女が分かった。
初めて会ったのは国境の街メッシエ・スールエで、彼女は花嫁を迎えに来た
護国将軍のお供として、その一行の中にいた。
すらっとした体は小柄なユーリアンより頭半分も高く、やわらかくカールした
黒髪や、感じのいい笑顔も、話に聞いていた通りだった。
愛人の女騎士は王太子妃づきを任じられていると紹介され、首都に向かう旅の間中、
臆するところのない堂々とした態度でユーリアンに付き従っていたので、
ユーリアンは本当に彼女が未来の夫の愛人なのか、半信半疑になったくらいだった。
104ユーリアン:2007/07/12(木) 01:03:50 ID:m0Zw8iSA

けれども、疑惑が確信に変わったのは、今日の祝宴でのこと。
(良く……似合っているな)
きっかけは夫のその一言。

愛人の女騎士は宴の早い時間に、彼女の父親の護国将軍――どことなく渋い顔を
していた――と共に、王太子と新しい王太子妃の前へ出て一礼し、祝意を述べた。
ユーリアンががっかりしたことに、彼女は他の女性と比べて地味に見える近衛の
正装ではなく、銀糸の刺繍の入った瑠璃色の絹のドレスといった、華やかな
いでたちだった。
前あきの白い肌に馴染んだ高価そうな首飾りが、シャンデリアの明かりにきらめき、
散りばめられたエメラルドは、彼女の緑の目に良く映えて、確かに、これ以上ないほど、
見事に彼女に似合っていた。

ユーリアンの夫が愛人の装いを褒めたたえ、情深い微笑みを顔に浮かべる。
愛人は褒め言葉の礼を言い、頬を薔薇色に染めて、どこかおどけたようなものが
混ざった、あふれんばかりの笑みを返した。
(贈ってくださった方に、見ていただきたくて)
彼女はそう付け加えると、はにかむように目を伏せて、愛情を込めた指先で
のど元のエメラルドにそっと触れた。
その瞬間、ユーリアンは、誰が彼女にそれを贈ったのかを直感し、自分の平凡な
茶色の目と髪を呪った。

――私、もう二度とエメラルドは身につけない。
そんな決心をしても余計自分がみじめに思えて、彼女は小さくしゃくりあげた。
「いい度胸だわ」
ユーリアンはしわがれた声で毒づいた。
「あれは、宣戦布告なの? "王太子のお気に入り"はそんなにお偉いの?
少しでも良心の呵責があれば、王太子妃づきになろうなんて思うはずがないのに、
私を小国の王女だとあなどっているのかしら」
105ユーリアン:2007/07/12(木) 01:04:50 ID:m0Zw8iSA

ユーリアンは将来の王妃なのだから、夫に愛人がいても気にせず、毅然と
構えていれば良い。
故国を出発する間際、婚約者の愛人の存在を訴えたユーリアンに、彼女の母は
そうさとした。
未来の夫の国は安定した大国で、こちらは小国。
向こうの申し出が王太子であったのは、望外のこと。
ユーリアンの相手として提示されたのが、後ろ見のない病弱な第二王子や、
まだ十二歳の第三王子であっても、異を唱えることは出来なかったのですよ、と。

――隣に寝ているのが、第二王子であったかもしれない。
ユーリアンはその可能性に寒気を感じて身震いし、自身を暖めるように腕を回した。
冷たい目をした第二王子は、"智の王子"と呼ばれているだけあって、洗練された
着こなしの貴公子だったが、ユーリアンは、こころなしかそっけない態度を取られて
いるような気がした。

夫の弟に歓迎されてないかもしれないと考えるのは辛いことで、そのうえ彼に
間の悪い思いをさせてしまったらしい一件を思い出し、ユーリアンは溜め息をついた。
今日の祝宴で、夫の弟は胸につけた小さなメダルを気にして、しきりに手をやり、
落ち着きに欠けているので、夫が苦笑しながらたしなめていた。
夫の胸にもついているそのメダルが、武芸大会の優勝者のメダルだと聞いていたので、
ユーリアンは夫の弟に、どの部門で優勝したのか、話を振ってみた。
だが、そのとたん、隣で夫が吹き出し、それを合図にしたかのように周りの者が
くすくす笑った。夫の弟はもごもごと言いよどみ、ユーリアンは何かしくじったらしいと
悟って口をつぐんだ。
それは、自分の失態が何だったか、皆が何を笑っているのか見当もつかないことが、
余計にユーリアンには新参者と思い知らされる出来事だった。

――ここから逃げ出して、国に帰りたいわ。
望郷の念にかられ、ユーリアンは痛む頭を起こし、宙を見上げる。
目に入ったのは、天蓋つきのベッド、細かい彫刻の施された支柱、王太子と
その妃のために用意された、広くて立派で豪華すぎる寝室。
故国と比べて王宮も格式も何もかもが重厚で、今にも押し潰されそうに感じ、
途方にくれて再び深い溜め息をつく。
106ユーリアン:2007/07/12(木) 01:05:53 ID:m0Zw8iSA

「……帰りたいの」
涙まじりにつぶやき、傷心を持て余してベッドから降りる。
ふらふらと次の間へ向かい、扉を開けた先は無人。
真っ暗な中をさらに行き、控えの間へと続く扉をほんのわずかに開けると、隙間から
目に飛び込んだのは、小さな蝋燭の明かりに照らされた愛人の女騎士の横顔だった。



近衛の制服に着替えた夫の愛人は、剣を抱いて長椅子に座り、目を閉じて
眠っているように見えた。
膝に力が入らなくて、ユーリアンは崩れ落ちるようにぺたんと床に座り込む。
しばらく王太子妃づきの女騎士や女官が、交代で控えるというのは聞いていたが、
彼女がいるとは思い浮かびもしなかった。

なぜ、今、あの人が、という苦々しさが、のどの奥からこみ上げて、ユーリアンは
両手を口元に当てた。
王太子が結婚しても、自分の地位は揺らがないと思っているらしい、平静そのもの
の顔が憎らしかった。
しかし、かと言って、部屋を出て直接対峙することも出来ず、凍りついたような時が
流れる間、ユーリアンに出来たのは、暗がりに身を隠したまま、ただ彼女を凝視する
ことだけだった。

と、女騎士がまぶたを開け、揺れる火影を見詰めた。
気づかれたかしらと、ユーリアンが不安を募らせる中、女騎士は立ち上がる。
だが、予想に反して、彼女はユーリアンに背を向け、廊下側の扉へと歩み寄った。
同時に、誰かが廊下側の扉を静かにノックするのが聞こえた。

「いや……、部屋の外で、……ああ、待っていろ」
かすかに声がして、姿を見せたのは夫の弟だった。
夫の弟は従者を部屋の外に追い出し、女騎士が扉を閉めるのを確かめた後、
肩の力を抜いて、ふうっと一つ大きく息を吐く。
107ユーリアン:2007/07/12(木) 01:07:00 ID:m0Zw8iSA

「そちらはもう終わりましたか?」
いたわるような口調で女騎士が彼に話し掛ける。
「ああ。お前は?」
「あと一時間ほどで交代です」
「そうか、あ……、兄上は? ひどく酔っ払っていたようだが」
ユーリアンが手を握り締めるのと同時に、彼女が肩をすくめた。
「あれでは、朝まで起きられないかもしれません。近衛の者が調子にのって、
飲ませすぎたようです」
「……お前ら近衛は、王太子の悪友と改名した方がいいかもしれんな」
なかば呆れたような声の夫の弟に対し、愛人の女騎士が、ふふっと笑った。
「それも近衛の、一つの役割ですから」

「王女殿下――もう妃殿下か。妃殿下の態度がぎこちないようだったな。
早くこちらの宮廷に慣れるといいのだが」
夫の弟が長椅子の中央に深く腰掛け、女騎士に向けてさりげなく右手を差し上げた。
「そうですね。でも……」
「でも、何だ?」

女騎士は彼に近寄り、その手を握り返しながら、ユーリアンも知っている名前を
口の端に乗せる。
「あちらの宮廷にいたそうです。おそらく、原因はそのせいかと」
「ああ……」
夫の弟は低く嘆息して、天を仰いだ。
「彼が妃殿下に何を吹き込んだかと思うと、頭が痛いですね」
「まったく、あいつは不和の種をばら撒いていまいましい。自分から署名したくせに、
国外追放処分だけで済んでありがたいと……」
「しっ」

女騎士が夫の弟の唇に人差し指を添えて、彼の言葉をさえぎった。
それから彼女は、慣れた様子で彼の膝の間に座り、空いている手を彼の頭の
後ろに回した。
夫の弟が応えて体を曲げ、女騎士は体を伸ばして彼の唇をとらえた。
「ん、ふ……あ、……」
交差させた指先をくすぐるように絡ませて、手に頬に唇に、二人は何度も
口づけを繰り返す。
その目の前で思いがけない展開に、ユーリアンは、ただ目を疑い、呆然と二人を
見守ることしか出来なかった。
108ユーリアン:2007/07/12(木) 01:08:03 ID:m0Zw8iSA

「わたくしとしては、殿下が妃殿下に冷たかったのが気になりますが」
やがて女騎士が名残惜しげに唇を離し、夫の弟の胸に人差し指を突き立てて言った。
「せっかく仲直りした兄殿下を妃殿下に取られたように思っていらっしゃるのでしょう?」
女騎士のからかうような言葉に、夫の弟は違う、と短く答えてそっぽを向いた。

「お前は王太子妃づきに任命されてから、ずっと忙しくなって会えなくなるし、
義姉上を迎えにメッシエ・スールエまで行ってしまうし、明日からはまた、
兄上たちについて首都を離れなければいけないだろう?」
夫の弟は、ふわっとした黒髪に不満げな顔を埋め、さすがに八つ当たりのような
言い訳が恥ずかしかったのか、最後の方はくぐもった声で呟いた。

「それで、妃殿下にあのような態度をお取りになったのですか?」
女騎士は眉をひそめ、彼の顔を覗き込んだ。
「妃殿下はまだ十六歳なんですよ。それなのに殿下ときたら大人げのない。
皆、王太子殿下と妃殿下の幸せを祈っていますのに、弟殿下がそのようでは、
周囲の者が困ります」

女騎士に叱られた夫の弟は、少しばつが悪そうな顔をしていたが、どこか
嬉しそうな様子が口元に表れていて、そのいたずらが見つかった子供にも
似た愛嬌に、ユーリアンは思わず微笑まずにはいられなかった。
「分かった。……お前が、困るのなら、明日からは義姉上への態度を改めて、
必要なら謝るから」

お前が、という部分を特に強調して言った夫の弟に、女騎士は彼の頬をなでながら、
心底呆れたといった風に息を吐いた。
「本当に……、妃殿下のお相手が王太子殿下で良かったです」
「俺もそう思っているよ」
夫の弟が笑って女騎士を抱き締めた。
「殿下、わたくしは真面目に……」
「俺も真面目に言っている。……ほら、二人きりなんだから殿下はやめろ」
「ん……ええ」
109ユーリアン:2007/07/12(木) 01:09:06 ID:m0Zw8iSA

彼の手が彼女の頬に触れ、くすぐるような口づけが女騎士の顔に降りそそぐ。
女騎士はくすくす笑い、たわむれて体を引いた。視線を落とし、彼の胸の小さな
メダルをそっと触る。
彼らは顔を見合わせてまた笑った。

「会えなくて、寂しかったですよ」
「俺も、寂しかった……」
二人はお互いの名を呼び合い、恋人同士の特別な言葉をささやき合う。
頬をすり寄せ、濡れて光る血色の唇を重ね、しだいにそれは、お互いの口唇を
むさぼるような激しいものへと変わる。
その熱を帯びた吐息や、うるんだ二人の瞳に、ユーリアンは彼らの間にある
事実をはっきりと悟ったのだった。

「その、今夜は俺も、王宮に泊まることになっているのだが……」
夫の弟が咳払いをして、そう切り出した。
「またそんな我がままを……」
困惑顔で難色を示した女騎士に、夫の弟はすねたように目を閉じてうつむいた。
「明日からまた、しばらく離れ離れになるのに、お前はそうやって……。ああ、そうだ。
……俺は、お前が来るまで寝ないで待っているからな」

女騎士は一瞬目を丸くし、それから夫の弟にもたれながら、声を殺してくっくっと笑った。
「あなたは、人の弱みをよくご存知……、ん、やっ……」
信じられないくらい表情を崩した夫の弟が、彼女の首筋を舐め上げ、
耳朶に息を吹きかけて、待っている、と繰り返す。

「駄目、です……。こんなところで……、あ」
執拗に続く愛撫に女騎士の体がのけぞって震え、手が肩を強くつかんだ。
けれども、抗議の声は弱々しく、白いのどは上気して、紅潮しつつあった。
「待っているから」
「え、ええ、行きます。……もちろん、行きますから。でも、本当に、これ以上、
ここでは駄目……」
110ユーリアン:2007/07/12(木) 01:10:08 ID:m0Zw8iSA



それ以上見てはいけない気がして、ユーリアンはそっとその場を離れた。
宿直を終えた後、彼女は彼の部屋に行くのだろう。
明かりの落ちた王宮内の廊下を、ひたひたと急ぎ足で渡り、王族用の寝所の扉を
開けて静かに忍び入る。
待ちわびて少し不機嫌になった彼の手を取り、優しくなだめて、控えの間で見たのと
同じキスをする。
じゃれ合って笑い、一緒にベッドへ入り、そして……。

ユーリアンの体が突然、熱を持ったように火照った。
ベッドの中で、彼らが何をするのか見当はつく。
馬がどうやって繁殖するかは知っているし、結婚初夜に何が起こるかも聞いている。
――でも、ふしだらだわ。
悔しいことに、二人に対する反発が、うらやましさから来ているのだということを、
ユーリアンはよく自覚していた。

寝室では、ベッドサイドテーブルの小さな明かりに照らされて、ユーリアンの夫が
変わらず寝息を立てている。
ユーリアンはベッドの端に腰掛け、腕を伸ばして、瞬時ためらう。
「起きて……、起きて下さい……」
彼の肩に手を置き、祈るような気持ちで揺すぶると、夫は薄目を開け、それから
力なく上体を起こして、ユーリアンの頬を撫でた。

「泣いているな。どうした?」
彼女を気遣う言葉はやわらかく響き、ユーリアンは自分がまた涙を流していることに
気がついた。
「じ……自信がないの。……ここで、妃として、やっていく自信が。
この国は重くて、複雑で、分からないことも多すぎて……」
ユーリアンの夫は彼女を抱き寄せ、慰める手つきで彼女の茶色の髪を撫でつけた。
「周囲の者を信頼しなさい。国王陛下や弟たち、護国将軍、騎士たち、女官たち、
官僚たち、……何より夫たる俺を」
111ユーリアン:2007/07/12(木) 01:11:07 ID:m0Zw8iSA

「あなたを?」
ユーリアンは思わず高くなった声を呑み込み、手を当てて夫の厚い胸板を押し返した。
与えられたたくましさ、気強さから自分の体をはがし、夫の顔を正面に見据える。
「あなたと、あなたの"お気に入り"の女騎士……。彼女は、あなたの愛人なの?」
それは、老貴族に耳打ちされてからずっと、頭の中で繰り返してきた疑問、でも決して
するつもりのなかった質問だった。
それが真実ではないと、もうすでに半ば承知しつつも、ユーリアンの口からこぼれた
言葉は、夫をひどく打ちのめしたようだった。
目を閉じて黙り込んだ夫を前に、ユーリアンは取り返しのつかない後悔に襲われる。

「そう……は、ならなかった」
長く沈黙を保った後のかすれた声。
片手で顔面をこすり、疲労を隠せずにいる姿。
「俺は次の王だから、何よりも王国の安定を優先させなければいけない。
だから、俺は黙認した。止めることは出来たはずだった。彼女にとっても、
辛いことであっただろう。
けれども、何があっても、何を犠牲にしても、父の轍を踏まずに済むなら……。
……いや、何でもない」

首を左右に振って正気を取り戻そうとする夫が、あまりにも疲れ切って見えたので、
ユーリアンは夫の背中に腕を回して、彼を抱き止めた。
思い返せば、愛情のない政略結婚の妃に対し、複雑な儀式に望んでは、
さりげなく彼女を誘導してくれて、宴席においては如才なく話しかけてくれて、
まめやかに気遣い、いたわってくれていたのだ。
――だから、考え違いをしてしまったのよ。

「……ごめんなさい」
彼女は夫の耳元でささやいた。
「ユーリアン……?」
夫はとまどい、先ほどよりもしっかりした口調で彼女の名を呼ぶ。

ユーリアンはもう一度、ごめんなさいと呟き、自分の体を夫に預けた。
まぶたを閉じて胸をぎゅっと押し付けると、やわらかな二つのふくらみが、
夫の筋肉質の体に合わせて形を変え、ぴったりと密着した。
薄い布地越しのあたたかさを肌に感じ、同じものが夫にも伝わって欲しい、
とユーリアンは願う。
112ユーリアン:2007/07/12(木) 01:12:09 ID:m0Zw8iSA

果たして、夫は彼女の背中に手のひらを当てて、撫で返してくれた。
だが、その穏やかさに安心感を覚えたのも束の間、二度目に夫は指を立て、
腰の下からうなじまで、彼女の背筋に沿ってゆっくりとなぞった。
「……ふっ、…っ」
先ほどとは違う、何かをかき立てるような手つきに、ユーリアンの全身がぞくりと震えた。
湿った声が漏れて、恥ずかしさで頭に血が昇る。

夫の唇がユーリアンの細い首筋につけられ、さぐるように動いた。
責め立てるような愛撫に、ユーリアンはバランスを崩して尻もちをつく。
脇腹をつかむ力強い手が彼女を支えた。夫の腕にすがりついた彼女を更に、
やや乱暴な口づけが襲う。
低いうめき声が鎖骨に響き、熱い吐息の一つ一つが敏感にユーリアンに伝わる。
期待と不安で目を開けていられず、彼女はこれから待ち受ける嵐の予兆に、
ぼうっと霞みがかった頭で、ただ体温が上がっていくことを感じていた。

「あのっ……、んっ……」
背中から脇の下を通って撫で上げた夫の手は、ユーリアンの左の乳房を覆うほど
大きく、わしづかみにされた心臓が激しく動悸を打って肌に届いた。
ユーリアンの夫が夜着の上から彼女の張りつめた乳房に吸い付いた。
唇の間から差し出された舌先、かじるように動かされる歯の動きに、思考と理性が
とろとろと溶けて流れ出していく。

布一枚を隔てて彼の舌が、乳首をこねる未知の感触。
腫れて尖った乳首が、透ける布地を持ち上げて浮かび上がり、濡れて部分が
くっついて、夫の離れた後もわずかな振動で、彼女をひどく刺激した。
胸の谷間に鼻先を埋めた夫の吐息と、同時に上下してさすられる背中の手とが、
前から後ろから波となってユーリアンを彼女を翻弄し、たまらない気持ちにさせる。

「あの、わ、……私っ」
下半身に熱が溜まって巡り、無意識のうちに腰がくねる。
「ひゃ……、やっ」
夫がユーリアンを軽々と持ち上げて、ベッドの中央に押し倒した。
その天地が引っくり返るような勢いに、意識が攪拌されて、気を失いそうになる。
113ユーリアン:2007/07/12(木) 01:13:09 ID:m0Zw8iSA

ごつごつした固い手はいまや、遠慮なくユーリアンの肌をまさぐり、裾をからげて
足の中の大事な場所に侵入しようとしていた。
細いふくらはぎをしごいて晒し、腿の内側に沿って、ゆっくりと撫で上げられる。
火照った体に浮かぶ、自分の汗の匂いが気になって、ユーリアンは居たたまれずに
両手でシーツを握り締めた。
知っていると思っていたことと実際に知ることは全く違うのだと、混乱した頭で
考えつくのはそれだけだった。

つい、と夫の指がユーリアンの秘所に行き当たった。
「やっ、…あ」
充血して敏感になっているそこに触れられた衝撃で、ユーリアンの体が撥ねる。
そこから痺れが肌身に広がり、また一段と熱が上がった。
夫の動く指に合わせて、くちゅりと、かすかな水音が聞こえたような気がした。

「待って……、少し、待ってくださっ……」
つかんで乱れた夫の夜着から、赤黒くそそり立つものが垣間見えた。
狼狽して後ずさりをしたユーリアンの両脚を押し広げて、夫が体を割り込ませる。
身悶えても、覆いかぶさる重い体に押さえつけられ、動くことが出来ない。
夜着は腹部にまとわりつき、ただの布の塊と化して、裸も同然のユーリアンには
為すすべがなかった。

二、三度つつかれて、細くなったのどの奥で、詰まったような小さな悲鳴が上がる。
茶色の髪の毛に差し入れられた指は、太くてがっしりとしていて、ユーリアンを
しっかりと固定し、足をばたつかせての抵抗は、抵抗の形にすらならない。

「しーっ……」
ユーリアンをなだめるような呼びかけに、やがて彼女は力なく縮こまる。
目を閉じたまま、その時を待つユーリアンの耳元で、夫の生ぬるい獣じみた呼気が
渦を巻いた。
あてがわれ、入り口を差し開くようにめり込んだものは、固く、かつ、ねっとりとしていて、
ユーリアンの発情した熱よりも熱かった。
114ユーリアン:2007/07/12(木) 01:14:11 ID:m0Zw8iSA

「……いっ、ぁ、んくっ」
進むほどに、引き裂かれるような痛みがユーリアンを貫いた。
入って来たものが内臓を詰め込むように押し上げ、身中を隙間なく塞ぐ。
涙が目尻からこぼれて、髪の毛に吸い込まれるのを感じながら、歯を食いしばって
必死で耐える。

「ユーリアン……」
夫が動きを止めて、彼女の名を呼んだ。
ユーリアンはわずかにまぶたを開け、まつげの間から夫を透かし見る。
眉を寄せて辛そうな顔の夫に、ユーリアンはめまいにも似た戸惑いを覚える。

――初夜の床で起こることを、お母様は何と言ったかしら? 共同作業?
思い出して痛みをこらえ、彼の額に浮かんだ汗をぬぐい、精一杯笑ってみせる。
内側が痛んで、ずきん、ずきんと共鳴するように脈打っていた。

「……私は、大丈夫ですから」
夫は何も言わず、答えの代わりにキスを返した。
近づいてくる薄青い瞳の静けさが、ユーリアンを安心させる。
無理強いではなく、唇で挟み込むように口全体を覆い、舌を差し入れて優しく
口中を愛撫する。

それから、夫は緩やかに動き始めた。
先ほどよりも痛みは少なく、ユーリアンは全身の緊張を解いて夫に全てを任せる。
夫の動きが徐々に速くなり、深くなった。
ユーリアンは波打つ奔流に押し流されて、自分の発したものとは思えないような声を
遠くに聞いていた。



朝、ユーリアンが目覚めると、ベッドの中にいるのは彼女一人だけだった。
窓から差し込む日の光は、もう起きる予定の時間に近いことを示していて、
ユーリアンは節々が痛むのをさすりながら、控えていた女官の助けを借り、
起き上がって鏡台に向かう。
115ユーリアン:2007/07/12(木) 01:15:13 ID:m0Zw8iSA

「あの、そういえば……」
昨日紹介された女官の名前を記憶から探り、小道具を持って待機している彼女に
呼びかけて口ごもる。
「王太子殿下は日課の遠駆けに出ておられます。でも、もう戻られるでしょう」
女官が察して答え、ユーリアンは、新婚第一日目の朝に夫の居場所が
分からないのを、情けなく思う。
――やはり、ここでは、やっていけないかもしれない。
暗い失望感がユーリアンの胸のうちをよぎった。
鏡に視線を戻し、そこに青白い顔色と少し腫れぼったいまぶたが映っているのを
確認して、ますます憂鬱になる。

「次は誘っていただけるかしら?」
誰に言うともなく呟くが、足の間のひりつく痛みは、存在感をもって、彼女に乗馬は
しばらく諦めたほうが良いことを思い知らせた。
「どうでしょうね。近衛の方々の訓練の一環だそうですから」
女官はユーリアンの髪を梳きながら、あまりおすすめ出来ないといった顔をした。
「そう。……では、お誘いがあっても、遠慮した方が良さそうね」

身支度を整えたユーリアンは重い気持ちを抱えたまま、朝日にしおれた花々と、
その濃い香りが充満する寝室を後にする。
次の間と控えの部屋を抜け、少し暗い廊下に出ると、ちょうどこちらへやってくる夫と
鉢合わせをした。
「あ……、お、おはようございます」
「ん、おはよう」
ぎこちない態度だったのはユーリアンだけで、湯浴みをしたのか、まだ少し濡れている
髪の毛を気にして撫で付けた夫は、昨夜のことなど何もなかったかのような、いつもの
落ち着いた、皆の理想の王太子だった。

「昨夜は、よく眠れているといいのだが。今日も少し予定が詰まっているので、
体が辛かったら言いなさい」
「はい、あの、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
夫は優しくうなずいて、窓のほうに目をやった。
「では、支度が出来ているのなら、皆が待っているから」
116ユーリアン:2007/07/12(木) 01:16:13 ID:m0Zw8iSA

つられてユーリアンも、廊下の窓から眼下を眺めた。
庭先にしつらえたテーブルに、彼女達を待っている夫の弟や近衛たち、女騎士たち、
女官たちが出揃っている。

その集っている人々の中心、テーブルの上座に座っている夫の弟が、夫の愛人の
女騎士――もとい、夫の弟の愛人の女騎士に、何かを言って笑いかけた。
彼らは寄り添っているわけではない、触れているわけでもない。
なのに、ただ顔を見合わせて、視線を合わせて、笑い合っているだけなのに、
あの二人を見ていると、ユーリアンは頬が熱くなるのを感じた。

「あの二人は……」
――なぜ、もっと早くに、気づかなかったのかしら。
昨夜、控えの間での二人を見るまでもなく、あの様子では誰にでも一目で
分かりそうなものなのに。
――嫉妬に目がくらんで、たくさんのものが見えていなかったからよ。
ユーリアンは両手を頬に当てて覗き込み、今ひらめいた事柄を思い巡らす。

「ああ、あの二人か……」
夫が彼女の視線を追って、見ているものを確認し、溜め息をつくように笑った。
「正式な発表はまだだが、我々のほうが落ち着いたら、順次、話を進めていくことに
なっている。
将来の第二王子妃をいつまでも最前線に置いておくことは出来ないから、
近衛の中でも王太子妃づきになったが、いずれは義理の姉妹になる。
仲良くしてやって欲しい」

ふいに、ユーリアンの脳裏に一筋の光明が差し込んだ。
「それでは……、何か贈り物を、二人が喜ぶような贈り物を用意しましょう」
ユーリアンは夫の手に自分の手を重ね、彼を見上げて続けた。
「あなた、……あの、一緒に……、何が良いか、考えて下さいますか?」
夫は一瞬、驚いたような顔をしたが、返す視線はあたたかく、彼女の手を
握り返して答えた。
「ああ、一緒に」

この国は言われているほど安定しているのではないし、この人も時々は心が弱くなる
瞬間があるのだ、とユーリアンは深い感懐をいだく。
けれども、日差しはやわらかく、空は青く澄んでいて、庭の緑がとても綺麗だったので、
ユーリアンは背筋を伸ばして、夫の腕を取り、夫と共に長い廊下をたどり始めた。
117ユーリアン:2007/07/12(木) 01:17:14 ID:m0Zw8iSA



附記


リィエン・リンレネア(斯子歴634年-692年、在位期間665年-692年)


リィエン朝第五代国王。第四代国王リィエン・メリファリンの長子として生まれた。
獅子のような勇敢さと寛容さを兼ね備えた王として、今日でも人気のある王の一人である。

646年、12歳で、父王にならって近衛近習から始める。
655年、近衛騎士として、長年争っていた狐狄との戦いに参加。勝利に貢献した。
656年、王統府近衛長官に昇格。
659年、バセズ王女サラニ・ムユーリアンと結婚。
夫婦仲は良く、三男二女に恵まれる。
662年、再び南下し始めた狐狄と交戦。アッコードの戦いで撃破。
この戦いの激しさと、それから凱旋したリンレネアが、人目も憚らず妃を抱き締めたのは
有名なエピソードであり、これにより以後、狐狄は衰退していくことになる。
665年、リィエン・メリファリンの死により即位。

国土の整備、学問の奨励など、民の幸せを願い、国の安定に努めた。
弟である内宰丞相リィエン・リンルーゼン、護国将軍モンドラン・アルアダールの
協力を得て、しばしば発生していた内宰府と護国府の対立に終止符を打ち、
教育機関を設立し、官僚養成制度を確立して、内宰府を掌握。
もとより支持のあった王統府、護国府と併せて管轄下に置き、諸侯の勢力を抑え、
王権の強化をはかり、後の絶対王政の礎を築いた。
文化面においては、リィエン・リンルーゼンの助言により、芸術家を招聘、保護。
全ての美はここから始まる、と言われるほど文化的影響力を強めた。

692年、58歳で病没。長子のリィエン・エアトールが後を継いだ。
118名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 01:18:15 ID:m0Zw8iSA
以上です。

これでこのシリーズは全て終了です。
読んでくださった方、ありがとうございました。
119名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 01:58:35 ID:6IfeLgnQ
GJ!
お疲れさまでした。
鋭気を養って、次作品も楽しみにしてます!
120名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 02:01:09 ID:fdNey4Ss
このシリーズ大好きでした。どうもありがとう。
121名無し:2007/07/12(木) 21:48:18 ID:d6rETwXj
GJ♪
楽しめました。
122名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 22:39:53 ID:cAxsQdZT
ハッピーエンドはやはり(・∀・)イイ!!
面白エロかった!!お疲れさまでした!
123名無しさん@ピンキー:2007/07/13(金) 00:54:23 ID:WcdhxYx+
GJ!こういう結末のつけ方はいいよね。
品良くて読後感が爽やか!幸せな気分になるな。
ホント構成がしっかりして高品質なシリーズだったなぁ。
しかしなんですかこのシリーズ終って一抹の寂しさは…
124名無しさん@ピンキー:2007/07/13(金) 16:20:15 ID:zEM9d/fR
GJ!!
お疲れ様でした。
クオリティ高いもの読ませてもらって感謝です。
次作も楽しみにしてます。
125北緯五度:2007/07/15(日) 01:59:01 ID:RCliLXhv
「まあ、なんて色鮮やかなのでしょう」
卓上に並べられた品々を見てマリーは両手で口を覆い、感嘆の声を上げた。
真紅や黄や橙色の果物、奇妙な形の葉と目の覚めるような色の花で覆われた大小の植物、
そして同じく色とりどりの羽をまとう籠の中の鳥たち。
一年の大半が氷雪で閉ざされる北国に生まれた姫君にとって、
眼前に広がる色彩はまさに地上の奇跡のように見えた。

これらはすべて、先ほど宮中でオーギュストが父王から下賜されたものであった。
一年以上前に王室の援助を受けて南海探検の旅に出ていた航海者たちが、
先日ようやく母国の港に帰還したのである。
君臣たちはみな、もはやあの船団は難破したものと考えていただけに、
艱難辛苦のすえ探検の成果を携えて帰国した航海者たちを破格の待遇でねぎらい、
彼らが献上した奇妙な動植物にそろって驚かされた。

「船団は赤道の手前、北緯五度あたりの島まで到達して、それから帰還の途に着いたということです。
これらを見る限り、赤道近辺の風物や景観はよほど彩りゆたかなのでしょうね」
「陛下はこれほど珍奇な品々をみな、王族ひとりひとりに御下賜くださったのですか?」
うっとりしたような、信じられないといったような声でマリーが夫に問いかける。
「ええ。探検隊が南海諸島から持ち帰った品々はキャラック船二隻分もあるそうです。
熱帯産の動植物なので、半数ほどはやはり帰路の海上で息絶えてしまったそうですが」
「―――まあ、かわいそうに」
マリーはふたたび不思議な動植物を眺めたが、その生命力あふれる色彩はもはやさっきほど彼女の心を浮き立たせてはくれない。
故郷を遠く離れて全く違った環境に来てしまったということでは彼らはマリーと同じ境遇なのだった。
そのことに思い至ると彼女はややしんみりした気持ちになり、腰をかがめて鳥籠をのぞきこんだ。
「最初は慣れないかもしれないけれど、一緒に末永く暮らしましょうね。
 わたくしたちが、―――オーギュストとわたくしがいつまでも一緒にいられるように、
おまえたちもどうか、日々祈る代わりに歌ってね」
妻は母国語でささやいているのでオーギュストには内容は分からなかったが、
その優しげな口調には何か切実な想いがこめられていることはたしかだった。
マリーが目を閉じてそっと籠の格子にくちづけしたとき、
彼は思わず、妻の華奢な背中を後ろから抱きしめたくなった。
126北緯五度:2007/07/15(日) 02:02:15 ID:RCliLXhv

やがて侍女たちが皿やナイフを用意し、果物を剥きはじめる。
「まあ、いい香り……オーギュスト、ごらんくださいませ、
皮だけでなく中身も赤いようですわ。こんな果実は初めて見ました」
「見た目はやや毒々しいですが、美味しかったですよ」
「あら、もうお召しになりましたの?」
「ええ、宮中で兄たちとともに父上のご相伴にあずかったのです。
 もう僕はいずれの果物も賞味しましたから、ここにあるものはすべてあなたにさしあげます、マリー」
「まあ、よろしいのですか?」
心底驚いたような、うれしそうな顔で口元を覆い、夫を見つめる。
桃色に染まるその頬が彼にはますます愛らしく見える。
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。
 ―――あの、これだけたくさんあるのですから、ルースから連れてまいりました者たちにも分けてやってよろしいでしょうか。
わたくしたちの生国ではこれほど美しい果物は一生眼にできませぬから……
それから、公使にもぜひ賞味させてやりとうございます」

公使というのは、マリーが嫁ぐずっと前からここガルィアの都に駐在し、精力的に勤めを果たしているルースの外交官である。
マリーは嫁ぎ先の王家で困ったことに出くわすたび、
この有能にして篤実な老臣に意見を求めては助けられてきたので、いつか彼に謝意を表したいと思っていたのである。
「もちろんです。よろしければ今日の晩餐にでも招待されてはいかがです。
 果物は新鮮なうちのほうがよろこばれるでしょう。
 ほかの動植物も、もし公使どののお気に入れば分けて差し上げましょう」
ありがとうございます、という代わりにマリーはオーギュストに抱きついて接吻した。
やれやれ、と思いながら侍女たちは見ないふりをして、せっせと果物を向いている。

「美味しい……」
とろけるようにやわらかい果肉とみずみずしい果汁にことばを失いかけながら、
マリーは各種の果物を一切れずつ味わっていった。
至福そのものといった妻の表情に、傍らで見ているオーギュストの心まで和んでくる。
「あ、皮を捨てないで。こんなに美しいのですもの、変色するまでは残しておきましょう」
不可食部分を処分しようとしていた侍女に命じて果汁したたる色とりどりの皮を卓上の皿に置かせると、
マリーは目でその色彩を楽しみつつ、口元にその中身を運んだ。
127北緯五度:2007/07/15(日) 02:04:01 ID:RCliLXhv

最後に黄色の細長い物体が残った。
オーギュストが「この皮は手で剥ける」というので、侍女たちもナイフを入れなかったのである。
「これは、果物―――なのですよね」
先ほどの幸せな夢から覚めたような面持ちで、マリーは訝しげに夫に尋ねる。
「ええ」
「―――まず、どうすればよろしいのでしょう」
「この先端の茎のようなものをつまんで、下に引けばいいのです。
 やってさしあげましょう」
「まあ、ナプキンをお持ちにならないと。お手が果汁で汚れてしまいますわ」
「大丈夫ですよ。これには果汁がありません」

果汁がない?
マリーが驚いたときにはオーギュストはその果物の上半分の皮をすっかりむいてしまっていた。
白い中身を示してマリーに勧める。
「どうぞ」
そう言って渡されても、彼女はしばらく動けなかった。
果汁がなく見るからにぱさぱさしているのも妙だが、香りもなんだかツンとくるような気がする。
本当にこれは果物なのだろうか。先ほどのみずみずしい果実のように美味だとはとても思えない。
「―――これは、ひょっとして苦いのではありませんか」
「そんなことはありません。甘くて美味しいですよ。食感が少し変わっていますが」
そう断言されても、マリーはなかなか信じる気になれない。
何しろ彼女の夫は、美食家が多いこの国の王侯貴族にしては珍しく、何を食べても美味しいという少年である。
あるいは言動と同様、味覚も常人の斜め上を行っているのかもしれない。

冬になると食品がたちまち乏しくなる北国の人間の常として、マリーも別に美食家ではなく、
むしろ粗食に甘んじることのできる姫君である。
しかし苦いものだけは苦手だった。
彼女はしばらく逡巡していたが、とうとう侍女に命じて蜂蜜と生クリームの壷を持ってこさせた。
そんなものをかけなくても甘いのに、とオーギュストは思ったが、
とりあえず妻の意思を尊重し、その緊迫した実験の様子を横で観察しはじめた。
128北緯五度:2007/07/15(日) 02:05:43 ID:RCliLXhv

マリーはまずひとさじ分の蜂蜜を壷からすくい、白く細長く、やや反り返っている果肉の頂点にそれをしたたらせた。
黄金色の蜂蜜は湾曲する幹をゆっくりと滑り落ちていく。
それをたしかめてから頂点を口元に近づけ、口に含んでみようとするが、
マリーは歯を立てる直前でやめてしまった。
表面をこれだけ蜂蜜で覆ってしまえばたとえ中身が苦くても中和されるはずだとはいえ、
やはりなんだか怖いのである。

(どうしよう)
そうこうしているうちに蜂蜜がどんどん滴り落ちて手を汚しそうになったので、はしたないとは思いつつも、
マリーは白い果肉に舌を這わせはじめた。
小さな舌で下から上へと舐めとるうちに、蜂蜜はすっかりなくなってしまった。
しかし本来の目的は全く果たされていない。
(もういちど)
同じように頂点から蜂蜜を垂らしてみるが、やはり得体の知れない果肉を味わう決心はつかない。
幹をゆっくりと伝い落ちる液体にふたたび目がいく。
(やっぱり、蜂蜜のほうが美味しい)
反り返りの外側に顔を近づけながら、マリーは童女のようにただ無心に、上から下へと舌を這わせた。
形のよい小さな唇ももはや蜂蜜にまみれてぬるぬるし、たっぷりと光沢をおびている。
今度もまた一滴残らず舐め取ってしまったので、マリーが三度目の挑戦をしようとして銀の匙をつかんだとき、
オーギュストがそれを止めた。なぜだか顔が上気している。

「マリー、あの、蜂蜜はもういいのではないでしょうか」
(やっぱり、舐めすぎかしら)
彼女がやや節度のないことをすると、ふだんなら腹心の侍女のアンヌが諌めてくれるのだが、
今日はたまたま彼女がいないのでつい子どものようなまねをしてしまった。
少々恥じ入りながら、マリーは夫のことばにしたがった。
「分かりました。―――では、生クリームで試してみます」
「い、いえ、クリームはもっといけません」
「なぜですの」
「いや、その」
マリーは口ごもる夫をいぶかしんで身を寄せた。暑い季節なので、食中毒を心配しておいでなのかしら。

「―――まあ」
なんとなくオーギュストの膝に手をついたとき、彼の異状に気づいた。
股間の布がふくらんでいる。テーブルがあるので侍女たちの目には触れていないのが幸いだった。
ふいにマリーは事情を了解した。そして顔を赤らめつつも微笑まずにはいられなかった。
実は以前、月経期間中にそうと知らないオーギュストに求められたとき、彼女は
「口でお慰めいたしましょう」
とささやいたのだが、その提案はあまりに新鮮で刺激が強すぎたのか、
「そそそんなことをあなたにはさせられない」
と彼は真剣に拒絶したのだった。
その晩は結局手で妻の務めを果たした。
しかし指の動きとともに愛する夫が高まっていく様子を見るにつけ、
(口でしてさしあげたらどんなふうに歓んでいただけるだろう)
と思わずにはいられなかった。
129北緯五度:2007/07/15(日) 02:09:42 ID:RCliLXhv

「オーギュスト」
人払いをしてから、マリーは恥じらいがちに彼の耳元でささやいた。
夫はすっかり身体をこわばらせている。
「わたくし、もう少しだけ、蜂蜜をいただきたいと思いますの」
「え、ええ」
「それで―――」
彼の下衣に手をかけ、ゆっくりと前を開く。阻止するものは何もない。
「ここを先ほどの果実がわりに―――」
すでに硬くなりすぎているそれを取り出す。
「賞味させていただいても、よろしいでしょうか」
「―――あ、あの」
やっとのことで彼は声を発する。
「食品で遊ぶのは、好ましくありません。民が労苦して納めたものです」
「もちろんですわ。――― 一滴とて、無駄にはいたしません」
そこまでいうと、マリーもさすがに恥ずかしさが極まって顔をうつむけた。
「ああ、マリー」
耳まで紅潮した妻のようすにますます劣情をあおられた年若いオーギュストは、もはや提案を拒みはせず、
妻が自分の前にひざまずいて膝頭を開こうとするのを黙って許した。

一瞬ひんやりとした感覚が彼を襲い、次に妻の細い指先が、その冷たく粘る液体を局部全体に塗布しようと上下に動き始める。
「あ、マリー・・・・・・ああ・・・・・・」
「どうか動かないで、オーギュスト」
そう言われても、心地よいものは心地よいのだから自制は難しかった。
蜂蜜にまみれた指先で裏側をこすられるたびに彼の身体はほんの少しびくっと動いた。
その初々しいようすを可愛いと思いながら、マリーはとうとう顔を近づけ、彼自身の先端を口に含んだ。
甘い香りと味わいを予期していたのだが、何かべつの風味も混ざっている。
(―――まあ、もう先走りのお汁を)
そんなに感じてくださったのかしら、と彼女はなんとなくうれしくなる。
視線を上げると、オーギュストは感極まったような、
しかし決定的な罪障を犯してしまったような複雑な表情で、愛する妻を見下ろしていた。

「ほ、本当によろしいのですか。そんな、ところを」
「お気に病んだりなさらないで。
 ――――その、わたくしが望んだことなのですから。
妃たる者は、いつ何時でもできうる限りの手段をもちいて背の君をお慰めしなければならない、
という母の訓戒に従っているまででございます」
「そ、そうですか・・・・・・ならば、よいのですが。
―――マリー、あの、そんなに僕の顔をごらんにならないでください」
(だって、あなたの恥ずかしがるご様子が可愛らしいんですもの)
もはや口は塞がれているので返事はできないが、心のなかでそうつぶやきつつ、
彼女は控えめに愛撫を始めた。

夫のものを先端から付け根まで小さな舌で丁寧に舐め上げると、今度は上から下へ向かって唇を這わせていく。
裏側を焦らすように舐めるその舌使いはほとんど玄人の域に達していたが、
口頭での愛撫に全く未経験である夫はむろんそんなことには気づかず、衝撃的かつ背徳的な快楽にひたすら圧倒されていた。
「ああ、マリー・・・マリー・・・・・・」
オーギュストは自失したかのようにひたすら妻の名を呼び続ける。
その喘ぎまじりの声を聴きながら、マリーは自分に経験があってよかった、と初めて思った。
最初の夫に新婚三日目で口での奉仕を強要されたときは、
ことのあと、自分が家畜以下の生き物に成り下がったような気がして本気で自害を考えたものだった。
しかし、彼に力ずくで教え込まれた愛撫の方法も、今こうして最愛の相手を悦ばせるために役立っているのだから、
あの頃流した涙も意味のないものではなかったのだ、とマリーは思った。
ふと口を離して何か大事なことを告げたくなる。
130北緯五度:2007/07/15(日) 02:12:18 ID:RCliLXhv

「オーギュスト」
「マリー・・・・・・?」
「―――なんでもありませんの。じっとしていらしてね」
マリーはふたたび彼自身にくちづけした。
今度は両方の玉を交互に小さな口いっぱいにほおばってから、ふたたび幹の部分を唇に咥え、呑み込んでいく。
夫の息遣いがますます荒くなるのが分かる。
約束どおり蜂蜜はすっかり味わってしまった、とマリーが思ったとき、
突然オーギュストの下肢が振動し、彼女の口の中に何か温かく苦いものが注ぎ込まれた。
(―――まあ)
予測しないほど早い反応にマリーはやや驚きながらも、夫の身体から震えが去るのを見守っていた。

未踏の境地からようやく意識が戻ってきたとき、オーギュストは自分のしでかした不始末に愕然とした。
妻は光沢ある紅唇の端から白い液を滴らせながら、透き通るような水色の瞳でこちらを見つめている。
「―――マリー」
夫が意識を回復したのに気づいて彼女はにっこりした。
しかしその大輪の薔薇のような清楚な笑顔さえも、彼には張り飛ばされる前兆のように思えてならなかった。
「あ、あの、マリー・・・・・・許してください。
 僕は、僕はなんてことをしてしまったんだろう。
 そんなつもりではなかったのです。お許しください。
 気が済むならどうか僕を殴ってください。
 でもどうか、僕のことを嫌いにならないでください。もう二度とこんなまねはしません」

マリーはぽかんと聞いていたが、じきに彼がなんのことを言っているのか分かってきた。
精を口に放ったことを詫びているのだ。
前の夫には精液を一滴残らず飲み込むことまで強要されていたので、
これは世の夫婦の慣わしなのだと信じ込まされていたが、たしかに考えてみれば異常な営みには違いなかった。
だが彼女はその液を吐き出すどころか、すでに嚥下してしまっていた。
もちろん苦いものは嫌いなのだが、我慢してすっかり飲み込めばオーギュストは喜んでくれるはずだと信じ、
前夫に教え込まれたとおりに振舞ってしまったのだ。
そしてそのことに、マリーは何か罪悪感に似たものをおぼえた。

しかし、心底いたたまれなさそうにしている夫をどうにか元気づけるため、その思いを振り払って口をひらく。
「気になさらないで、オーギュスト。
 あまり突然だったので少し驚きましたけれど・・・・・・」
そして恥じらいがちに視線をそらす。
「あの、これからは、先におっしゃってくださいね。
 そうすれば、心の準備もできますし、こんなふうに口からこぼしたりしな―――」
妻のことばが終わらぬうちに、オーギュストは彼女の肢体をもちあげ、寝椅子の上に押し倒した。
131北緯五度:2007/07/15(日) 02:15:00 ID:RCliLXhv

「マリー」
ふたたび驚きの色を浮かべる妻の瞳を見つめながら、彼は小さな声でささやく。
「あなたはなんと寛大なかただろう。
 でも僕はなんとかあなたにつぐないたい。お報いしたい」
そういうと、返事も待たずに彼女の腰帯を解き始め、上衣を脱がせ、息もつかせず肌着まで剥ぎ取ってしまった。
「い、いけませんわ。まだ明るいではございませんか」
大きな飾り窓から射し込む西日に白い肌を照らされながら、
マリーはなんとか乳房と下腹部を隠そうとしたが、オーギュストに制止されてしまう。
彼のもう一方の手は何かをつかんでおり、それを彼女の染みひとつない肌の上に置いた。
たっぷりと水気を含んでいるようだ。見れば、侍女にとっておかせた果物の皮だった。

「あ、あの、オーギュスト・・・・・・?」
「果実そのものを潰して果汁をつくるのは食品を粗末にしているようで気がひけますが、これならよろしいでしょう」
何がどうよろしいのか説明もしないまま、彼は妻の全身を触診するかのように、その皮をゆっくりと動かし始めた。
「あっ・・・・・・だめ・・・・・・」
薄い果物の皮越しに乳首をなぞられて、マリーは思わず吐息を漏らした。
その切なげな声に触発されたかのように、オーギュストは妻の敏感な肉体の各処に果実の皮をすべらせ、
とうとう全身を果汁まみれにしてしまった。

「オーギュスト、どうして、こんな・・・・・・戯れをなさるのです・・・・・・」
彼女の呼吸はすでに乱れ、頬は上気している。
妻の肌からたちのぼる甘い香りに陶然となりながら、彼はかろうじて耳元でささやいた。
「お報いしようと思ったのです」
何のことですの、とマリーが問う前に、彼はすでに唇を細い首筋に這わせていた。
いつもより吸い方が強いのに比例してか、マリーの肌もいっそう敏感になる。
「だめ、だめです・・・・・・ここは・・・・・・寝室でも、ありませんのに・・・・・・」
彼女はまず、肩から両腕に塗られた果汁を夫の舌で焦らすように清められた。
そしてようやく、かぐわしい果汁に濡れた乳首を吸われ、乳房を優しくむさぼられた。
マリーの声はだんだん弱くはかなげになっていく。
すっかり果汁を舐め取られてしまったあとも、乳首はまだまだ吸われ足りないかのように硬く天井を向いたまま、
夫の唇が戻ってくるのを待っている。
オーギュストはなごりおしそうに両方の頂に恭しく接吻してからようやく顔を下げ、
平らな腹部を唇でなぞり、処女雪のような太腿を唇でゆっくりと清めた。
132北緯五度:2007/07/15(日) 02:16:12 ID:RCliLXhv

そしてついに、脚を大きく開かせ、金髪の茂みの奥に秘された果樹園に迷うことなくくちづけした。
マリーの身体が大きく震える。
「だ、だめ、オーギュスト!」
「どうしてです。あなたがさっきしてくださったことではありませんか」
「それはそうですけれど、でも」
「ずっと、あなたの全身にくまなくくちづけたいと思っていたのです。
でも、許してくださらないかと思って」
今だって決してお許ししてはおりません、と抗う前に、
夫がふたたび秘所に接吻したのを感じ、マリーは吐息混じりにことばを失う。
しかも今度は舌を使っているのが分かる。
その温かく柔らかい感触にマリーはどうかするとすべてを委ねてしまいたくなるが、かろうじて抵抗の意思を示そうとした。
「い、いけません。本当にいけませんわ・・・・・・そんな・・・・・・ところ・・・・・・ぃやあっ」
「マリー、あなたのここは、とても美味しい」
すこしだけ顔を上げ、童子のような笑顔で妻の美体を賞賛すると、彼はまた愛撫に戻った。
甘い果汁と酸味のある愛液に濡れた花びらの一枚一枚を丹念に舐めあげてから、
妻が腰をよじって逃げようとするのもかまわずに、とうとう果樹園の中央に唇を寄せた。
その敏感すぎるほど敏感な秘芽をそっと吸ってみると、マリーははしたないほどの悲鳴を漏らした。
「いやあああっだめえっ!!…そこ、そこはだめなの・・・・・・っ・・・・・・
 許して、どうか許して・・・・・・だめえっ・・・・・・わたくし、死んでしまう・・・・・っ・・・・・・」
その含羞のこもった反応がたまらぬほどいじらしく、彼はますます執拗に吸いつづけた。
そこはやがて夜露を含んだ春先のつぼみのように色づき、南国の果実の香りをまといながら固くふくらんでいった。
「だめ、だめぇ・・・・・・ああっ・・・・・・ああ、すごい・・・・・・すごい、だめぇ・・・・・・っ」
妻が徐々に快感の虜になっていくのが彼にも分かった。
ことばではなかば抗っているものの、彼女は無意識のうちに秘所をオーギュストの顔に押し付け、自ら腰を動かし始めている。
自ら招いた結果だとはいえ、見る見るうちに貪欲になっていく妻の肉体がやや恐ろしくなり、
彼は早くマリーを頂点に導こうとふたたび熱心に舌を使い始めた。

マリーはといえば、もはや理性を放棄しているのか、いまや彼の愛撫を手放しで賞賛し、受け入れるばかりである。
そのたおやかな肉体はすでに痙攣を始めている。
「ああ・・・・・・そこ、そこがいいのです……お願い・・・・・・・もっと、奥まで・・・・・・
 だめ・・・・・・おやめに、ならないで・・・・・・そこぉ・・・・・・
 やあん・・・・・・やめないで・・・・・・マリー、おかしく、なっちゃう・・・・・・
 いい、ああ、いい、いくぅ、いかせてぇっ・・・・・・いくぅぅぅっ」
悲鳴にも似た嬌声とともに、マリーはついにひとり果てた。
従来の夫婦の営みの際には見られなかったほど、
妻が歓喜に激しく震えているのを確認してオーギュストはうれしかったが、一方で顔面にやや疲労をおぼえてもいた。
133北緯五度:2007/07/15(日) 02:19:32 ID:RCliLXhv

宮室の外では宵闇が迫っていた。
それぞれの浴室から戻ってくると、ふたりはまたも身を寄せ合い、
ルース公使が訪ねてくるまでの短い時間を親密に過ごそうとしていた。
功労ある老臣のために晩餐は正式なものを用意させているので、
今夜はおそらく寝室で語りあう時間もないまま就寝せねばならないだろうからだ。
濡れて色が深くなった妻の金髪に顔をうずめながら、オーギュストは
(今夜は何の香油を使われたのだろう)
と考えていたが、結局判じかね、香油を塗りこめた髪よりもっと滑らかな白いうなじに唇を近づけた。
マリーはくすぐったそうにそれを許していたが、ふいに強く吸われたので思わず大きな声を出し、夫をたしなめた。
「いけませんわ、オーギュスト」
痕が残ったら公使の手前恥ずかしいではありませんか、とつづけようとしたところ、背後から人の声が聞こえてきた。

「お、お、おーぎゅすと、おーぎゅすと」
人払いしていたつもりのふたりはびっくりして振り向くが、そこには誰もいない。
国王からの下賜品が卓上に積まれているだけである。
彼らは怪訝に思い広い部屋中を見渡すが、人の気配はない。ふいにまた声が聞こえた。
「お、おーぎゅすと」
今度はまちがいなく下賜品のなかから聞こえてくる。
呼ばれたオーギュストはゆっくりと近づいていくが、
怪異におびえるマリーはそれを引きとめようとする。ふいに彼の足が止まった。

「ああ、そうか。彼らの言うことは本当だったんだ」
「―――どういうことですの?」
「航海士たちが父上に南海の産物を献上したとき、そこには人語を解する鳥が含まれていると申し上げたのだそうです。
ですがそれらしき鳥は見当たらず、航海士たちは虚言の罪を得るところでした。
しかしながら父上は
『旅疲れであろう、そんな鳥がいるはずはあるまい』
と一笑に付されてお許しになり、そのまま献上品を僕たちに分与してくださったのですが、
かの鳥はここに紛れ込んでいたのですね」
「まあ、なかなか囀らない鳥だと思っていたら」

マリーも恐る恐る卓上の鳥籠に近づき、顔を寄せてみる。
「おまえたちなの?言ってごらんなさい、オーギュストって」
「お、お、おーぎゅすと」
数羽いるうちの一羽がすかさず返答し、マリーを驚嘆とともに喜ばせる。
「まあ、おまえなのね。なんて賢いの!すばらしいわ。
 公使も驚くことでしょう」
「全くすごい、たいしたものだ」
「ス、スゴ、スゴイ、スゴイ」
幼さを残した王子夫妻はますます喜び、もっと何かを言わせようとするが、その暇はなかった。
これまでの沈黙を埋め合わせるかのように、その色鮮やかな鳥は怒涛のごとくしゃべりだしたのである。
134北緯五度:2007/07/15(日) 02:21:58 ID:RCliLXhv

「お、お、おーぎゅすと、スゴ、スゴイ、スゴォイ」
「まあ、本当にかしこ―――」
「ス、スゴイ、ダ、ダダメェ、ソコハダメェ、ダメエエエエェ、ユルシテエエエ」
「・・・・・・・・・・・え?」
「すごいなあ。こんなに語彙が増えてる」
「ユユユルシテェ、ソソソコハイケマセン、ダメェ、まりーオカシクナッチャウゥ」
「・・・・・・あの、これって」
「賢いなあ。文法も正しいですね」
「ソソソコ、ソコガイイノオォ、モット、モットスッテェ、まりーイッチャウ、
オオネガイ、イカセテエエエ」
「―――お黙りっ!!」
「ああマリー、何をなさるのです!」
鳥の饒舌さと聡明さに心を打たれていたオーギュストは、
妻がいきなりその籠を宙に放り投げようとするのを見てあわてて押しとどめた。
「乱心なさってはいけません」
「この鳥は、この鳥はわたくしを侮辱しております」
マリーは肩で息をし、白皙の顔を真っ赤に染めて立腹している。

「禽獣に悪意があるはずはありません。
それに僕はこの鳥を好きになりました。どうか害さないでください。
声質があなたにそっくりです。とても可愛い」
そのそっくりさがマリーの怒りを増幅させているのだということに、どうやら彼は気づいていないらしい。
「わが国に二羽といない賢い鳥ではありませんか。
 ―――そうだ、明日にでも父上にお披露目しなければ。
いないはずだと思っていた人語を解する鳥をごらんになって、どんなにお喜びになることか」
青天の霹靂のような提案にマリーの顔はますますひきつった。
「どうでしょう、マリー」
「―――もしあなたがそれを実行なされるなら、わたくしは生国に帰ります。
何が何でも帰らせていただきます」
「ええっどうして!?」
できるものなら自分の夫を幼少時から再教育したい衝動に駆られながら、
マリーは淡々とした脅しでもって彼の提案を取り下げさせた。
実家に帰る、といえばオーギュストは決して逆らえないのだ。
しかし彼はまだ未練ありげな顔をしている。そしてふいに明るい声で言った。

「そうだマリー、学舎に連れて行くならかまわぬでしょう。
僕の学友には生態系の研究を志している者が少なくな―――」
「短い間でしたがお世話になりました。帰国の馬車を用意しなければなりませんので、失礼を」
「マリー!!」
オーギュストはひざまずかんばかりに妻の裾にしがみつき、なんとか彼女を引きとどめる。
「分かりました、もう決して、ほかの誰かに見せようとは思いません。
 僕たちの寝室で飼うことにいたしましょう」
「寝室ではいけません。これ以上、―――その、妙な語彙が増えたら困ります。
 どこか廊下の端あたりに空き部屋をつくって、そこで飼育しましょう」
本音を言えばあの鳥の生存自体がマリーにとっては許しがたいのだが、
鳥はもともと夫の所有物であり、彼もずいぶん譲歩してくれたことから、彼女もやや歩み寄ろうという気になった。
「分かりました」
「飼育係以外、決して他者を近づけてはなりません。お誓いくださいますか」
「誓います」
オーギュストがそう言ったとき、扉の外から侍女の声が聞こえた。
135北緯五度:2007/07/15(日) 02:26:43 ID:RCliLXhv

「公使さまの馬車がお着きです」
(―――そうだったわ)
マリーは一瞬にして青ざめ、オーギュストと見つめあった。しかし彼の顔には緊迫感のかけらもない。
「オーギュスト、どういたしましょう」
「バイリンガル同士ですから、この鳥を引き合わせてみてはいかがでし―――」
(ご相談したわたくしが馬鹿でしたわ)
マリーは夫の返答をしまいまで聞かずに鳥籠に近づき、懐から刺繍糸の束を取り出した。
「マリー、何をなさるおつもりですか」
「絞めます」
「そ、そんな、この鳥と初めて対面なさったときは、何かお優しいことばをかけていらっしゃったではありませんか」
「―――あれはつまり、『わたくしとおまえとは不倶戴天の敵だ』と宣告したのです」
「・・・・・・そうだったのですか?
 いや、でもマリー、絞め殺すのはかわいそうです」
マリーもやはり迷っていた。
いくら腹立たしい相手だとはいえ、さすがに手を下すのは忍びない気がする。
手持ち無沙汰に刺繍糸をもてあそんでいると、ふいに鳥がまた沈黙を破った。
「ダダダメェ、シンジャウ、ソンナコトサレタラ、ワワワタクシ、シンデシマウゥ」
(やはり絞めるべきかしら)
マリーがまた鳥籠に一歩近づいたとき、扉の外から衛兵の大きな声が響いた。
「公使さまご入室です!」
136北緯五度:2007/07/15(日) 02:28:27 ID:RCliLXhv

ルース公の厚い信頼を受けてガルィアに派遣されてからというもの、長年にわたり敏腕外交官として活躍してきた老臣は、
ゆっくりとした足取りで王子夫妻の居間に入ってきた。
ここは正餐をとる大食堂に通じているので、一歩踏み入れたとたん好い匂いが鼻腔をつく。
「今晩は殿下夫妻のお招きにあずかりまして、光栄至極に存じます」
「こちらこそ、わざわざお運びいただきまして」
オーギュストがにこやかに、しかしどこか悲しげな顔で挨拶する。
「南海の珍しい産物をお見せいただけるということでしたが―――」
「あちらですわ」
有無をいわせぬ口調でマリーが公使の視線を誘導し、大きな机に山と積まれた珍奇な動植物を扇で指し示す。
「おお、これはなんと美しい品々でしょう」
「珍しい果物もありますの。あなたに賞味していただきたくて取っておきました」
「この老体のために、姫さま、かたじけのうございます」
感極まって謝辞をのべながら、彼はふと、卓上にひとつだけ空の鳥籠があることに気がついた。
しかし別に大したことでもないと思い、わけは訊かなかった。



その籠の主が北緯五度の故郷に向かって解き放たれたか、はたまた厨房に送られたかは、王子夫妻のみぞ知るところである。


(終)
137名無しさん@ピンキー:2007/07/15(日) 02:40:08 ID:hci6pbUs
GJ!
なんだかお妃、だんだん強くなってきてるなw
138名無しさん@ピンキー:2007/07/15(日) 09:11:09 ID:P0dSmRA+
GJ!
この夫婦大好き
139名無しさん@ピンキー:2007/07/18(水) 10:17:32 ID:192uxCcn
GJ!!
マリーもオーギュストも可愛いぜ。
140名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 16:47:43 ID:Ins4drHb
遅くなったけどGJ!
いつもオチがしっかりしてて面白いよ。
141名無しさん@ピンキー:2007/07/22(日) 03:14:01 ID:l5fb6RRm
ほっしゅ
142名無しさん@ピンキー:2007/07/26(木) 14:57:42 ID:WEFSjfvm
sagari過ぎー
ホシュage
143名無しさん@ピンキー:2007/07/28(土) 14:55:02 ID:ea7DdVSB
144名無しさん@ピンキー:2007/07/28(土) 22:45:00 ID:H1o/blrY
ニャ━━━━ヽ(゚∀゚)ノ━━━━ン!!
145名無しさん@ピンキー:2007/08/02(木) 07:13:09 ID:VwcjtQlP
わっふるわっふる
146名無しさん@ピンキー:2007/08/06(月) 01:58:56 ID:8Nk3AfSO
保守
147名無しさん@ピンキー:2007/08/07(火) 22:43:59 ID:S7Ei1eO2
ロウィたんに遭いたい
148名無しさん@ピンキー:2007/08/08(水) 11:10:28 ID:EzQ3mgsx
同意〜
149名無しさん@ピンキー:2007/08/14(火) 11:17:33 ID:06NGVAuy
保守
150名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 06:38:57 ID:8olQhfXy
ほす
15137no:2007/08/19(日) 14:15:45 ID:EiE7GP47
登場人物:シーラ・ラパーナ女王(聖戦士ダンバイン)

「ただいま戻りました…ンッ…お待たせして申し訳ありません…ハァッ…」
シーラはプライベートルームであるはずの女王の寝所に入り挨拶をした。
その顔はどこか紅潮しており声も少しうわずっていた。
「遅い!」…男の声がした。
「もっ、申し訳ありません…アァッ…公務が長引いてしまって…ハァン…」
シーラは慌てた様子で、男に許しを請うが、時折声から色っぽい吐息が漏れていた。
「何だ、感じすぎて仕事が進まなかったのか?」
「いっ、いえ、その様な事は…」 (図星であった)
「まあいい、さっさとベットに横になれ。」
「はい!本当に申し訳ありませんでした。」
シーラはほっとした様子で、ベットに横になった
「では、見せてもらおうか、シーラ女王様」
「…はい…アァー…」
ベットに横たわったシーラは、恥ずかしそうに返事をすると、
ゆっくりとスカートを捲くり上げ、おずおずと足を開いていった。
淡いピンク色の下着が丸見えとなる。
女王らしい上品で清楚なデザインのパンティ、だがそこには大きな染みが出来ていた。
「アァッ、恥ずかしいです、見ないで下さい。」
「ほぉー、こんなにパンティをグッショリに濡らして、いやらしい女王様だな、シーラは。」
「イヤッ!そんな事おっしゃらないで下さい。」
羞恥で顔を真っ赤にしたシーラが男に懇願する。
「シーラ!お前は俺に意見する立場なのか?」
「いっ、いえ。もっ、申し訳ありません、ご主人様。シーラはご主人様のモノですから、何なりとご命令下さい。」
慌てて答えるシーラの表情はどこか恍惚としてきた。
「…そうか、ではもっとよく見せてもらおうか。」
「はい、ご主人様…どうかシーラの恥ずかしい所を、ご存分にご覧下さい。」
媚びる様に男に答えると、シーラは濡れた下着をずらし男に良く見える様に自分の秘部を晒した。
若い女王の濡れた秘列には、バイブが根元まで収まっており、愛液がとめどなく溢れていた。
男の命令でシーラはバイブを入れたまま女王としての公務を行っていたのだった。
「あの…ご覧になれますか?シーラの恥ずかしい所…」媚びる視線で男を見ながらシーラは訊ねた。
「ああ、旨そうにバイブを咥えて、涎をたらしているシーラのいやらしいアソコが良く見えるぞ。」
「アァン…いや、恥ずかしいですわ。」
そう答えながらシーラの表情はウットリとしていた。
「バイブを入れたまま過ごした気分はどうだった?」
「あっ、あの…すごく恥ずかしくて…ばれるんじゃないかとドキドキして…その…辛かったです…」
「ほう、どう辛かったんだ?」
「えっ、そっ、それは…その…あの…」
シーラは恥ずかしげに口ごもった。
「パンティをそんなに濡らして、服の上から判るほど乳首を起てて、どう辛かったか聞いてるんだ!」
男は再度尋ねた。
「…ハイ…あの、体か疼いて…アソコが切なくなって…その…早くご主人様に苛めて欲しくなって
 …我慢するのが、とても辛かったです。」
「シーラ女王様は、大勢の家臣の前で公務中にそんな事を考えていたのか。」
「ハイ、シーラはいやらしい娘です。公務中に、ご主人様の事を考え、アソコを濡らしていました。」
「シーラはいやらしく可愛い俺の雌奴隷だな」
「アァ…はい、ありがとうございます、ご主人様。」
シーラは潤んだ瞳で男を見つめ答えた。
「そんなに俺に苛めて欲しいのか?」
「はい!淫乱な女王のシーラを、どうかご主人様の奴隷として扱って下さい。」
「ご主人様の立派なモノで、雌奴隷のシーラを、もっといっぱい苛めて!可愛がって下さい!」
シーラは既に女王ではなく、一匹の雌犬となっていた。雌犬シーラの長い夜は続いていく…
152名無しさん@ピンキー:2007/08/19(日) 20:11:05 ID:9oZDXhPo
性戦士キタコレwww
シーラたん…(*´Д`)ハァハァ
153名無しさん@ピンキー:2007/08/21(火) 22:57:51 ID:9hl7n4b3
保管庫を見ようとしたのだけどHDDがクラッシュした模様orz
http://free.f-t-s.com/news.html

154名無しさん@ピンキー:2007/08/22(水) 19:34:58 ID:UvLofqlW
マリー&オーギュストの新作が読みたいよ〜

もちろ他の職人さんの投下もwktkして待ってる
155名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 01:34:18 ID:wEbk3Wvu
荒川静香で有名になった「トゥーランドット」は稀に見る美姫の話。

彼女に惚れた男の「そなたに愛の喜びを教え、俺を恋焦がれさせてみせる」に、
「おやめ!汚らわしい男よ」と拒絶する美貌の女。
話はこのスレ向きだね。
156保管庫の中のエロい人:2007/08/28(火) 00:59:43 ID:Mdy1ye0m
クラッシュ前のアカウントを再取得しました。
ログは全部保存してあるのでアップしときました。
古いSSが読めないかと思いますが、
その部分は調整が必要なので、しばらくお待ちください。

今超絶に忙しいから9月中旬くらいにはなんとか。
157名無しさん@ピンキー:2007/08/28(火) 07:14:57 ID:YlIR9Tzc
>>156
超絶乙! くれぐれも無理しない範囲でよろしく。
158名無しさん@ピンキー:2007/08/28(火) 10:18:36 ID:i8JVFUD5
管理人さん、いつもお世話になっています。
保管庫復活、うれしい限りです。

上の方と同文ですが、あまり無理することなく
マイペースでなさってくれれば、と思っております。
159名無しさん@ピンキー:2007/08/31(金) 21:30:42 ID:k6TAOV9z
ヘタレな魔王の物語の続編投下されないかな・・・
160名無しさん@ピンキー:2007/09/02(日) 22:01:45 ID:8I0LTUx2
ヘタレの3は女兵士スレ4に投下されてますよ。姫は登場しないけど。

へたれじゃない方の魔王で王妃が登場するSSもあり。
161名無しさん@ピンキー:2007/09/03(月) 01:51:30 ID:xZRpMBWe
オペラだとクセーニャ皇女に妙に萌えたな。
史実を基にしたオペラで、劇中だと婚約者の死を嘆くシーンが出てくるだけなんだけど、
その後王族を騙る者の手に落ちて、さらに別の簒奪者の手に渡った悲劇の美姫だ。
162名無しさん@ピンキー:2007/09/07(金) 05:27:11 ID:AozdhznC
保守
163名無しさん@ピンキー:2007/09/11(火) 15:08:13 ID:IBtG9ThW
保守
164名無しさん@ピンキー:2007/09/18(火) 00:17:49 ID:BOw46cqX
わっふるわっふる
165名無しさん@ピンキー:2007/09/19(水) 04:24:14 ID:IghxAbzl
先日パソコンが壊れた。
ファイル整理してて気づいた。
アグレイアの話、面談と服従の間の一話分が未投下のまま…。
時間がたってますがそういう事なので保守がてらどーぞ。
166バーレスク 1 :2007/09/19(水) 04:25:00 ID:IghxAbzl
王城から離れた路地の一角に目立たぬ祭祀壇があった。

近隣の住人たちが毎朝捧げる花々や香の香りは今は失せ、貧民がとっていったあとの供え物の余りが星明かりの影となって壇上に並んでいる。
その後ろ、細く絞ったカンテラの光の環の中に黒髪黒瞳の女と中年の小男がむっつりと黙り込んでいる様はやはりなにかの残骸を思わせた。

「…では、確かにそのように兄君に。我ら、姫より賜りました『時間』を決して無駄にはいたしませぬ」
小男、つい先日までは今は亡きこの国の宰相の副官であったキュクトが沈黙を破った。
立場に似合わぬ軽装と一人歩きだ。
そのまま祭祀壇に背を向けかけ、彼は足を踏み出すのをわずかに躊躇した。
「気付かれぬうちに早くお戻りなされ」
立ち止まった小男を、女──世俗の女がかぶるような頭巾を着けているリュリュが低い声で促した。
「あの男の信用が泡となりまする」
「斎姫を売り渡した卑怯ものとしての信用がね」
キュクトは小さく呟き、もっと小さな声で彼女に囁いた。
「リュリュ殿、皇女様に…その…どうか、お気を強く保たれますようにと…」
「余計な気遣い」
女はぴしゃりと遮った。
「私の姫様はそなたの何百倍も気強いわ。それよりも己の保身じゃ、卑怯者として巧みにな」
思わず苦笑しかけた小男にリュリュは追い打ちをかけた。
「そういえば、仰っておられた。そなたは病を得ておるから、悪化する前に薬を服んだほうがよいと伝えよと」
キュクトは口と腹のあたりを押さえた。
「…少々胃を悪くいたしております。ご無礼を、とお伝えください」

王が死に、王都が敵軍の占領下におかれても庶民の基本的な営みは変わらない。
路地の出口の吹けば飛ぶような酒場もささやかに営業を続けており、この夜もぼつぼつと客を吸い込んでは吐き出している。
小男の後ろ姿が路地を出て闇に溶けるまでを見送り、リュリュは頭巾の垂れを握り直した。
「…無理もないが、の」
見上げた顔には理が勝った普段の強気の表情はなく、瞳は強い気遣いと苦しみに満ちていた。
視線の先には、家々の屋根の稜線のはるか先、王城の尖塔が黒く夜空に浮かんでいる。
167バーレスク 2:2007/09/19(水) 04:26:33 ID:IghxAbzl
***

二日前から閉じ込められているこの部屋は天井も壁も床も寝台も、重厚な王の部屋よりも繊細かつ華麗に飾り立てられていた。
おそらく──と、アグレイアは思う。
先日戦死した王には若くして亡くなった王妃がいた。
ここは彼女の寝室なのだろう。
主神を斎き奉る『皇家』と世俗の『王家』の普段の交流はなきに等しく、勿論王は別だが王妃の顔をみたことは一度もない。

アグレイアは腰を引き寄せられて珊瑚色の唇をかすかに歪め、目を閉じた。
まさか自分たちの寝台でこのような狼藉が行われるとは、亡き王も王妃も想像だにしなかったに違いない。
深い赤の羅紗地に覆われた寝台の上で、アグレイアは男に組み敷かれていた。
なめらかな金髪が広がって艶々と端から垂れ下がり、目映いほどの対比を描いている。
頬や首筋がかすかに上気していなければ人形と見間違いそうな無表情ぶりだった。
衣装は寝台の周囲に散らばって重なり、彼女は今、身分に相応しい装束を一糸たりとも纏ってはいない。
一方的な予告の通りにあれから二日目の今宵、訪れてきたローランに手ずから剥ぎ取られたのである。
彼女を上気させているのは激しい屈辱と羞恥、それだけだった。

「皇女様、おみ脚をこちらに」
開いた目はくっきりと澄んだ深い灰色で、かたちのいい唇ともども瑞々しく美しかった。
「嫌です」
ローランはゆっくりと顔をあげ、そっぽを向いた皇女を眺めた。
「失礼。何と仰ったかな?」
恭し気な口調は同じだが、抑揚がせっかくのその印象を裏切っている。彼も何も身につけていない。
いつの間にローランが服を脱いだのか、アグレイアにはわからなかった。
ただ、どうせどこかすぐに手に取れる場所に武器を持ち込んでいるはずだと知っている。
一度征服した女相手だからと言って程もなく油断する性質でない事は二日前に理解していた。

「勝手にせよと申したはず。厭がるのがわかっていて、根性の悪い男じゃ」
「ふむ、昔から、確かに性格を褒められたためしはないが」
ローランは手を伸ばし、アグレイアの顎の線に指先を滑らせた。
「私だけが悪いとも言い切れない」
温い指先は顎の線を耳まで辿り、引き返しながら本数を増やして喉のあたりのしっとりとした感触を愉しんでいるようだった。
「経験上知ったのですがね。この世には時々、男と互角に戦えると信じている女がいる」
じっと、ローランはアグレイアの灰色の瞳を見据えた。茶色のくせに温度の低い目だった。
「こてんぱんにしたくなる類の女です。本能的に、敵でしかないのが双方わかるんでしょうな」

アグレイアは肩を竦め、唇をひき結んだ。噛み締めた歯の縁に、鮮やかに珊瑚の色が増す。
ごつごつとした感触の手が腿の内側に入り込んできた。
「この二日、ひどくおとなしかったようだが、ただただ我が身の不幸を嘆いていたわけではないでしょう」
「無礼もの…その手を、お離し」
アグレイアは、男の言葉には関りあわずに罵った。
ローランはアグレイアの背中にもう片方の腕を廻すと、振り上げようとした腕ごと自分にひきよせ動きを押しとどめた。
「女らしく復讐するおつもりか、それともなにか企んでおられるのか、興味がある。…この興味は、少々危険です」
アグレイアは腿に力をいれるべきか、それとも抜くべきが迷った。
ローランの掌を挟んでいて、どちらを選んでも結果は同じ事になりそうだった。
迷いながら顔をあげると、茶色の目が相変わらずじっと注がれていた。
「あなたの血を狙ってはいた…だが、よくも悪くも興味を抱く腹づもりではなくてね」
「お前の腹づもりなどどうでもよい」
アグレイアは急いで遮った。
男の口調が馴れ馴れしくなっているのが彼女に強い不快を抱かせた。
ローランの喉が鳴った。笑ったのだとわかった。
「こちらを見なさい」
背中に廻されていた手がほどけ、頬を包まれてアグレイアは至近距離でローランと見つめ合う形になった。
アグレイアは睫を伏せることもかなわずにその視線を見返した。
168バーレスク 3:2007/09/19(水) 04:27:17 ID:IghxAbzl
無表情を心がけていたが、どのようにローランに見えていたのかわからない。
しばらく皇女を眺め回したあと、ローランは小さく呟いた。
「たぶん、天女や女神というものはこんな容をしているのだろう。不信心でまだ本物に会った事はないが」
アグレイアは無言で眉をしかめ、顔をあげたままでいた。
容貌を褒められたからといって、適切な反応を返す気にならない。
「男にとっては命取りの魔女に等しい。──どうも、好ましくは思えない」
「それは良い」
アグレイアは呟いた。
「初めて意見が合ったというもの」
ローランは目を細め、瞼を閉じた。

気付くと顎を持ち上げられ、アグレイアは視界を塞がれていた。
乾いた感触の唇がアグレイアの上の唇を挟み、吸われて開いた間から温く濡れた柔らかな舌が差し込まれる。
歯列に触れ、付け根を辿り、ローランの舌はたっぷりと自分の唾液をアグレイアに含ませながら下唇へと移っていった。
アグレイアは背筋を震わせ、反射的に男から逃れようとしたが顎をがっちりと掴まれていて顔は動かせなかった。
(ん)
驚きのあまり、頭の中が真っ白になった。その間にも男の舌も唇も、アグレイアの口腔を撫で回している。
(苦しい…)
やっとその言葉が脳裏に浮かび、息継ぎを思い出したアグレイアは大きく口を開けた。
息を吸えたのは一瞬だけで、すぐに男の舌が機会を逃さず歯の内側に侵入してきた。
悲鳴も呼吸も舌と一緒に押し込められて、彼女は頭を振り、肩を竦めたがローランは動じなかった。
舌の裏側を持ち上げられ、やわらかく吸われた。逃げようとすると側面を撫でられた。
触れぬよう縮こめると、ローランはゆっくりと上顎の裏を舌先で刺激しはじめた。
健康な人間の吐息と言動に比べると厭味のない唾液の味が鼻孔の奥に否応無しに入り込んでくる。
唇と舌を蹂躙されながら、アグレイアは出せない声を再びあげた。
どっちつかずに閉じていた腿の内側で掌が蠢き、奥に這おうとするのがわかった。
しっとりとした肌が吸い付いて掌が自由に動かせず、焦れたローランは抱き寄せていたアグレイアの躯を乱暴に胸で押しのけた。
169バーレスク 4:2007/09/19(水) 04:28:30 ID:IghxAbzl
ローランの息は少しあがっていた。
自分もそうであることにアグレイアは気付かなかったが、離れた勢いのままもっと離れようと身を仰け反らせた。
もどかしげに彼女の腿にかけた指に力をこめがら、ローランが呟いた。
「アグレイア」
今度は呼び捨てにされた──膝を押し広げられながら、アグレイアは頬を紅潮させた。
そこにどのような密やかに胸を刺すかすかな響きを認めようと、当然受けるべき敬意を示されない事実に、いつまでたっても彼女は馴れることができなかった。
彼女の憤慨にはおかまい無しにローランは皇女を組み伏せた。
緩んだ膝を折り曲げ、強い力で持ち上げた。

仰向いた腰が高く浮き、アグレイアは肩を安定させようと肘を伸ばした。
豪華な羅紗地に両の掌を置き、事態の把握を求めて見開いた目に、ローランの顔を挟んだ自分の白い腿が映る。
「何をっ…」
思わず訊ねた。答えが返ってくる事を望んだのではなく、このとんでもない展開を咎めるための質問だったが、ローランは律儀に視線をあわせてきた。
茶色の目はそれほど冷たくはなくなっていた。
ふくらはぎを肩にかけ、指を伸ばして、ローランはすべすべと引き締まったやわらかな尻を掌で包み込んだ。
「愉しみだと言ったと思うが。一昨日は時間がなかった」
子どもじみた口調で言い捨てると、ローランは頭を下げた。
アグレイアは身悶えし、鋭い叫びをあげた。
「なにをするの、お前は!な、なにを…して……っ!」
声が途切れた。
熱く熟れた小さな空気の塊を、自分ではまだ見たことのない恥ずかしい場所に感じた。
…吐息だ。
あまりの事態に、へなへなと皇女の肩や肘から力が抜けた。

支えを失ったアグレイアの重みを抱え、ローランは身をねじるように、さらに頭を傾けていく。
自重で男の顔を挟み込んだ腿に気付いたアグレイアが、気力を振り絞って空を蹴ろうとした。
ローランはその膝を掴んで自分の肩に投げると、柔らかく生え揃う、やや影を帯びた金色の恥毛の茂みを指でかき開いた。
優しくふくらんだ白い小さなふたすじの丘、その奥にぴったりとより合わさった鮮やかな紅の花弁の縁が露に晒されて震えている。
先日彼が注ぎ込んだ残滓も、強引な陵辱の痕跡も、定かな徴はすでにどこにもない。
「…綺麗になさいましたな」
当事者の男は感想を述べた。
びくりとわなないたが、アグレイアは無言だった。
「契約は無視して、さぞかし種をつけられぬよう念入りに洗われたに違いない」
ローランは舌を伸ばして、先でつっと裂け目を掃いた。避けようとして細い腰がかすかにくねる。
男の髪に手を伸ばして押さえ、股間から押しやりながらアグレイアは声を励ました。
「み、淫らな…どうして、こんな事を。嫌、離れよ!」
「おや」
ローランは顔をあげない。
「犬の交尾をご覧になったと仰ったがやはり勉強不足のご様子だ。舐めますよ、このように」
舌がひろがり、広い面積を舐め上げられてアグレイアは言葉を紡ぐ能力を失った。
「あ、…!」
一度ではなく、繰り返し舐めあげながら、唾液を集めた舌先を軽く裂け目の最後で揺らしている。
そのたびに何度も突き上げてくる鋭くて異様な刺激に翻弄されてアグレイアは呻いた。
「あ、いや、あ、あ…」
170バーレスク 5:2007/09/19(水) 04:29:10 ID:IghxAbzl
舐める深さが変わった。
舌先を花弁の縁から差し入れるようにかたちをなぞり、ローランは唇の柔らかな内側を使いながら挟んでは軽く吸い上げ始めた。
唾液のせいで、ぬるぬるとした舌も唇も密着してアグレイアの腰を執拗に揺らしている。
舌が小さく鳴り、濡れた音をたてて彼は裂け目の終わりの頂点に集中してとりかかった。
ちゅるちゅるとやわらかく啜る響きが天蓋の下の空気を掻き回す。
「ふ、あ…」
思わず唇を割った喘ぎに気付いた彼女は衝撃を受けた。
ローランの髪を掴んだ指先が白くなるほど力をこめて、アグレイアは気をとりなおそうと努力した。
尻を掴んだ男の大きな掌が指を目一杯に拡げてゆっくりと揉んでいる。
舐められている近くに指先が軽くめり込むと頭の芯が真っ白になりかかる。
腰の奥がじんじんとしていた。熱い。
「嫌じゃ、いや…いやっ、やめて……はあ…!」
背筋をしならせて、アグレイアはのけぞった。尖らせた舌が縁を越えて内部に侵入してきたのだ。
体中が震え、皇女は何度も息を継いだ。
「ひ、あ、いや…!こんなの、いや!いや…!」
無理矢理に昂らせられる屈辱に、視界が暗くなるほどの怒りを覚える。
自分の声に威厳がなくなっているのが辛うじてわかる。
ただの女の声だ。
辛うじて抵抗してはいるが、これではまるで──。

ふいに熱が離れた。ぽっかりと開いた空間を感じて、アグレイアは我に戻った。
急いで太腿をあわせ、ローランの頭を突き飛ばす。
すでに離れかけていたローランはアグレイアの手首を掴んで口元を綻ばせた。
その唇や顎が濡れて光っている。ぐいと何気なく男が顎を拭うのを、アグレイアは震えながら目を見開いて凝視した。
「愉しいでしょう?」
男は上体をずらせてアグレイアの上に載ってきた。
裏切ろうとする自分の躯と渾身の戦いをしていたアグレイアにははねのける余力がなかった。
「実に可愛い声をお出しになる。気位が高いだけにたまらんな」
萎えそうな気力を奮い立たせて、皇女はローランを睨みつけた。男は含み笑いをしていた。
「その、殺してやると言わんばかりの凄まじい目がまたね」

「お、お前は…さ、最低の男じゃ」
アグレイアは口ごもった。どう言えばこの男を傷つけてやれるのか、この瞬間ほど自分の罵詈雑言の語彙の少なさを悔しく思ったことはなかった。
案の定ローランに堪えた様子は見受けられなかった。
「皇女様のお褒めに預かり光栄至極。一層ご満足いただけますよう引き続き相務めまする」
「消えよ!そこからおどきなさい」
アグレイアは叫んだ。男は眉の片方をあげただけだった。
「ご冗談でしょう。私はまだ今夜の目的を果たしておりませんよ」
「余計な事をしておるからじゃ」
アグレイアはかっとしてさらに叫んだ。
「これ以上嬲るつもりなら、私は舌を噛む」
「できるものならやってみせろ。俺は止めぬ」
ローランは、アグレイアのふっくらと盛り上がった乳房に手を伸ばした。
茶色の目は冷たく光っていた。
「その後どうなるか、あなたは知っているのだからな。躯を起こせ」
「………」
その言葉に打ちのめされ、精根尽き果てて、アグレイアは口を噤んだ。
体中が熱いような冷たいような不安定な熱に襲われている。
171バーレスク 6:2007/09/19(水) 04:29:59 ID:IghxAbzl
***

暖かい指が触れ、掴み、かたちのよい乳房を自在に捏ねていく。
ローランに背後から抱え込まれるように寝台に座り、アグレイアは自分の胸が揉まれているのを人ごとのように眺めていた。
尻に当たった男の腰に堅いものが勃ちあがっているのがわかる。
それもこれもどうでもよかった。
この場において自分は皇女でも斎姫でもなく、ただの贄のような存在に過ぎないのだと彼女はようやく理解した。
ローランに必要なのは皇家の血統と器としての彼女の躯であって、彼女の中の誇りや自尊心は爪の先ほどの価値もないのである。
彼女にできることは先日と同じくただ一つ、耐える事だけだった。
だが、それでもローランがひたすらに憎かった。

武骨な指を先端に押し込まれ、アグレイアは眉をひそめて息を殺した。
やわらかだったそこは執拗な刺激にふるりと立ち上がり、敏感になりすぎた痛みを彼女に送ってくる。
握られて張りつめた乳房の重みを愉しむようにローランは下から支えては揺らしている。
アグレイアの胸はかたちよく、やわらかで張りがあった。
しっとりとふくよかな柔肌がよほど心地いいのか、さっきからローランは彼女の乳房ばかり触っていた。
くびれた胴からゆっくりと撫で上げてはふくらみの豊かさを楽しみ、細い肩やうなじを甘噛みしたり舐めたりしている。
早く飽きればいいのに──そう彼女は、にぶくうずく躯から乖離したような思考回路でぼんやりと考えた。

その思考を読み取ったように、長く乱れた金髪ごしにローランが耳朶に囁いた。
「どうやらすっかりご機嫌を損ねたようですな…そろそろいかがでしょうか、皇女様」
「……勝手におし」
アグレイアが呟くと、不快な笑いがさらに耳元をくすぐった。
「言うと思った。まだご自分の立場がおわかりになっておらぬ」
細い腰と腿を抱き上げ、ローランは簡単に彼女の躯の向きを変えた。
バランスを崩しかけて逞しい胸にしがみつき、アグレイアは青ざめた顔で男を見上げた。
ローランはあぐらをかいたまま、両手を後ろにゆったりついて美しい皇女を眺めた。
「ご自分で載って、終わらせなさい」

びくりとアグレイアの躯がこわばった。
珊瑚色の唇が軽く開いて、彼女は小さく喘いだ。
「…え…?」
視線がのろのろと動いてあぐらの中心に勃起して軽く揺れているものをかすめ、すぐに離れた。
アグレイアは頬を染めた。頬だけでなくうなじや肩先までがさっと赤くなった。
灰色の瞳を伏せ、アグレイアは呻いた。
「そのような真似は」
「あなたの気高いご身分ではできぬと?」
ローランは鼻で笑った。
「女ならば誰にでもできる。早く終わらせたいのなら、さっさとお載りなさい」
アグレイアは火を噴くような目つきでローランを睨んだ。見事な淡い金髪がなだらかな肩から流れ落ちた。
「でも、私は…」
ローランは無言で、うながすよう肩を竦めた。
172バーレスク 7:2007/09/19(水) 04:30:40 ID:IghxAbzl
***

凝固していたアグレイアが顔を伏せるまでたっぷり数十秒はかかった。
やがて、顔を伏せたまま彼女は膝に力をいれた。ゆっくり、腰を浮かせ始める。

目は閉じているに違いない、とローランは考えた。
勃起したものの幹をアグレイアの白くやわらかくひきしまった腹がこすり、茂みがさらさらと触れている。
ローランはさりげなく片手を伸ばして自分のものの位置を下から支えた。
一昨日まで処女だったこの皇女には、うまく納めるのは難しいだろう。
ヴェールのように美貌を覆った長い金髪の間から覗き込んでみると、やはり目を閉じている。
唇を噛み締め、いつもは白い頬が赤く染まったままだった。ローランは満足した。
もう片方の手を彼女の腰に添えると、アグレイアはびくりとしたが目は開かない。
そのまま動きを止めてしまったので、ローランは囁いた。
「腰を降ろして」

すっきりとのびた眉がぴくぴくと動いた。
また唇を噛み締めたアグレイアは、小さく吐息をつくとじりじりと腰をおろしはじめた。
そのままでは位置が外れてしまうので、腰を掴んで軽く引き寄せる。
膝を泳がせてぶつかってきたアグレイアの躯を抱きとめ、ローランはすんなりとした腕を自分の首に廻させた。
「そう、そのまま」
アグレイアの頬が一層赤くなった。
それでも、同じ事なら早く終わらせようと決意したらしい。
彼女の花芯に触れ、潜り込んでいく己のものをちらと眺めて、ローランは鼻から息を吐き出した。
まだキツいのは仕方ないとしても、今日のアグレイアの感触はとても良かった。
濡れた襞がやわやわと亀頭に絡み付き、ふくれた先端の縁を優しく潰し、薄い皮を玉袋の方に押さえ込みながらしごき下ろす。
喉から思わずかすれた声が漏れた。
愛撫の労力は報われたようだ。

眉を顰めながら腰をおろしたアグレイアの唇からも吐息が漏れた。
「あ…」
肉が四方八方からおさえつけてくるような締め付けに、彼女の感じているだろう違和感の強さが窺えた。
細い背に腕を廻して抱き寄せ、ローランは波打つ金色の髪に頬をつけて囁いた。
「体重をのせて。動いて」
抱き寄せられると彼女は震えた。
何度も息を逃がして彼女は囁いた。
「できぬ」
「ではいつまでもこのままです。…恋人同士のようにね」
ゆっくりとねじるように腰をおしあげ、アグレイアの胎内を内側から擦ると彼女は喘いだ。
「それは…いや…」

掌をローランの肩につけ、アグレイアは震えながら躯を男に擦り付けた。
ゆっくりと、できるだけ痛みを逃しながら。
一昨日に比べるとましだったが、やはりどうしようもない圧迫感が鈍い痛みを胎内に伝えている。
ローランの満足げな息遣いが段々荒くなっていくのがわかる。自分がぎこちなく動くたびに、だ。
背を抱く力は万力のようだったが時折微妙に変化した。
律動の速度をそれとなく強要されている事に気付き、あまりの情けなさに、アグレイアの頬に一粒涙が伝わった。
道具になるのは覚悟の上だったが、これほどに誇りを傷つけられるのはこの男ゆえだ。
人形のように横たわっているだけなら、耐えるだけで済む。
この男を自らの努力で満足させねばならないとは。


だが、今に、見ているがいい。


アグレイアは鋭い呼気を隠して小さく鼻を鳴らした。
思い切って男の肩にすがりつき、懸命に動き始めた。
驚いたような気配があったが、それを押さえ込むように彼女は胸にローランの顔を引き寄せた。
173バーレスク 8:2007/09/19(水) 04:31:18 ID:IghxAbzl

「これはこれは」
男が呟く。背に廻した腕を滑らせると彼はアグレイアの尻を掴んだ。
下から腰を持ち上げられて、彼女は声をかみ殺した。
「く…あ…」
「声を、出せ」
首筋をかなり強く噛まれ、呻く。
「んっ!…」
「ほら、もっと、声を出せ。…いいぞ、けなげな皇女様」
囁いた男はアグレイアを突き上げ、自分も動き始めた。
痛みを逃そうにも自重で避けることもできず、乱した金髪の隙間から白いうなじをさらけ出して彼女は悶え、ローランにしがみつく。
「んっ、んっ、んっ…!ん、ん、あっ、あ…」
躯の芯を男がどこまでも食み、胸の奥で心臓が轟き、男のものとも自分のものともわからない汗がぬるぬると肌を滑る。
翻弄されて、アグレイアはがっしりとした目の前の躯にすがりついて震えることしかできなかった。

いつ果てるとも判りかねる時間が過ぎ、あまりの激しさに腿をすりあわせるように腰を浮かしたその瞬間、ローランが怒ったように背中を抱え込んできた。
「イく。出るぞ、おとなしく…」
後半は意味不明の呻きになったが、意味は判ったのでアグレイアはほっとしてローランの胸に頬を落とした。
躯の力を抜こうとした矢先、びくびくと、一杯に埋め込まれたものが暴れた。
驚いてさっと頬を離し、ローランを見ると、彼は苦虫をかみつぶしたような顔でアグレイアを見返した。
「待て、あと少しだ」
小さく溜め息をついて彼はさらに腰を押しつけ、じっとしていた。
ぬるぬるとした熱さが、じんわりと、わずかもない二人の間を潤していくのがわかった。

ローランが彼女を持ち上げそれを引き抜く。
むっと、栗の花の臭いが鼻を突いた。
胎内から粘度のあるなにかがどろりと伝わり、彼の先端に繋がり落ちる気配がしてアグレイアはおぞましさに身震いし、腕を伸ばすと男の躯から急いで離れた。
「…そんなに嫌う事はない」
ローランは薄く笑った。
「どの男のも同じです」
アグレイアは軽蔑をこめた視線で男の顔を一瞬突き刺し、寝台からよろよろと降りた。
震える手で装束を拾い上げ、集める。
ローランに与えられたドレスには目もくれず、アグレイアは祖宮から着てきた簡素な衣装を二日というもの着たままだった。

身支度を整えている彼女を、ローランはじっと眺めていたがやがて欠伸をした。
「さて、用事も済んだ事ですし」
寝台から降りて軍人らしい素早さであっというまに服を着込むと、彼は恭し気にアグレイアに一礼した。
「失礼します。ごゆっくりお休みを、皇女様」
くびれた胴から腰の線に目を止めたローランの口元に微笑が浮かんだが、幸い、背を向けたままのアグレイアには見えなかった。
寝室の入り口付近で彼は立ち止まり、丁寧に言い足した。
「忘れるところだった。次は来週です」
電光に打たれたような勢いでアグレイアが金髪を翻して振り向いた。
灰色の美しい目が見開いて驚愕と嫌悪を伝えている。
「非常に多忙でしてね、あなたにかまけているわけにもいかないのです」
ローランが肩を竦めると、彼女は無言で視線を外した。
裾の横で握りしめた拳が震えていた。
「もしかするとその次の週になるかもしれません。私の顔を見る事もなく、さぞお寂しい事でしょうが、その日をお愉しみに」
皮肉に満ちた口ぶりで言い残し、ローランは今度こそ振り向きもせずに部屋を出て行った。

足音が聞こえなくなるとアグレイアは重い足取りで寝台から離れ、部屋を横切ると窓際に立った。
夜空は暗く、王城の窓からは都の小さな灯り以外、何も見えなかった。




おわり
174名無しさん@ピンキー:2007/09/19(水) 08:52:26 ID:ttA0k8tJ
うっは、まさか読めるとは…!そしてやっぱりなクオリティの高さ。
パソが壊れたとはご愁傷様でした。
こっちは予想外に神の作品が読めて幸せなのが申し訳なく感じてしまうな
嬉しい不意打ちの投下ありがとう。堪能したよ、超Godjob!
175名無しさん@ピンキー:2007/09/19(水) 17:46:48 ID:7R8lY69Q
神の降臨だー!
素晴らしかったです。ありがとう!
ハッピーエンドだとわかっている話は読んでて安心するよ。
176名無しさん@ピンキー:2007/09/20(木) 11:43:35 ID:BiIZ6s+m
また読めて嬉しいです。
神様ありがとう。
177名無しさん@ピンキー:2007/09/20(木) 22:51:27 ID:vXmMOhqe
ああ、また読めるなんて、なんてうれしいんだ。
ありがとう、あなたの作る話が大好きです。
178六ヶ月目:2007/09/24(月) 00:48:12 ID:wWdfky1j

王太子が妃の居室に入ると、彼女は安楽椅子に腰掛けて刺繍をしているところだった。
「まあ、アラン」
こちらを向いたエレノールの顔に穏やかな笑みが広がる。
長いまつげにふちどられた大きな黒い瞳が細められ、小さな紅唇がほんの少しひらく。
その瞬間がアランは好きだった。
彼にすべてを許しきったような、四季を問わず咲きほころぶ花のような笑顔だ。
今日の御前会議は夕方まで終わらないはずだっただけに、夫が少し早く退廷してきたことがいっそう彼女を喜ばせたのだろう。
ゆるく編みこまれた黒髪の先までが、幸福の色に染められたかのようだった。

しかしアラン自身はといえば、口元をほんの少し緩ませただけだった。
静かな足取りで妻の椅子に近づいていく。
実際のところ王太子は、長い不和のすえついに心を通わせたこの美貌の妃を溺愛していた。
ただ彼は妻と違い、身辺の者に対する愛惜を態度に出すことに慣れていないので、
あまり表情も変えずに対応することしかできないのだった。

彼は妻の膝に置かれたものを見下ろした。白い産着に金糸銀糸で文様が縫いこまれている。
よくみると、彼と妻の一族の象徴、つまりガルィアとスパニヤ両王家の紋章だった。
宮中お抱えのお針子並とまではいかないが、なかなか緻密で丁寧な出来栄えである。
「見事なものだ」
「ありがとう存じます」
「だが、ずいぶん神経を使うだろう。褓や産着を仕立てることなど裁縫師に一任すればよいものを」
「ええ、大部分は彼らに任せておりますわ。
でもこの子のために、自分でも何かしてあげたくて」

そういって夫の手をとり、自らのふくらんだ腹部にそっと置いた。
ふたりともしばらく黙った。
胎動が聞こえるような気もするが、アランにはいまひとつ確信はもてなかった。
しかし、この手の下に息づいているものが、
長ずるとともに彼らふたりをいっそう強く結びつけるであろうことは、決して疑わなかった。
179六ヶ月目:2007/09/24(月) 00:53:04 ID:wWdfky1j

「そろそろ六ヶ月か」
「ええ。早いものです」
早かっただろうか、とアランは少し疑義を呈したい気もした。
エレノールの受胎が侍医長のギュスターヴによって確認されてからというもの、彼らの周囲は急にあわただしくなった。

王太子の第一子を懐妊したとあればそれも無理はないが、
それにしても公私の生活においてここまで制約を受けるとは思わなかった、というのがアランの正直な感想だった。
妃の公務の量が減るのはいい。食生活が変わるのは当然である。
しかし、妊娠のごく初期から、宮中舞踏会に出席してはならない、
乗馬に連れ出してもならない、感情面での刺激を避けるため王立劇場に足を運んでもならない、
といった戒めをギュスターヴの口から告げられたのは予想外だった。

王族に限らずどんな貴婦人でも、よほどのことがない限り臨月近くまで舞踏会には参列するのがこの国の上流階級の習いである。
今回の措置にはおそらく父王の意向がはたらいているのだろう。
アランたち兄弟の生母である王妃が崩御したのは二年前のことであるが、その病死の遠因は
―――夭折した王子王女も含めれば―――
十回近い妊娠・出産における肉体的負荷にあると侍医は判断した。

かといって王族である以上、国家の存続のためには生み殖やすことをやめるわけにはいかない。
父王が恐れているのは、太子の妃が自分の妻と同様に妊娠・出産によって取り返しのつかない衰弱に陥ることなのだろう。
その思いはアランにもよく分かった。
何より彼自身、母后の死を今でも受け入れがたい気持ちでいる。

しかし彼にとってどうにも不本意なことがあった。
侍医長から面と向かって、夫婦の営みを目的としない同衾さえ戒められたのである。
「何かの拍子にまちがいが起こるかもしれませぬゆえ」だとはいえ、夜毎妻と肌を寄せ合うことさえ禁じられるのは、
二十歳の壮健な若者にとっては非常に狂おしい試練だといえた。
むろん、王太子という立場上、―――たとえそうでなくても彼の長身と輝ける金髪、端整な眉目をもってすれば―――
情欲の処理をさせる相手は宮中にいくらでも見つけることはできたし、
王族の習いとしてエレノールもそれを咎めないであろうことは分かっていた。

しかし、妊娠が確認された最初の晩、侍医長の厳命で用意された別々の寝室に向かう前に
ふたりが就寝の接吻を交わしたとき、彼女はふいに黒い瞳を伏せ、
彼の胸に顔を押し付けてこうつぶやいたのだった。
「アラン、ねえ、もし、
―――ご不自由がおありでしたら、ほかの女性のもとにお運びになってもよろしいのですよ」
そのときの妻の寂しげな微笑を思い出すと、
アランはとても、公認の愛妾を立てる気にはなれなかった。
180六ヶ月目:2007/09/24(月) 00:55:38 ID:wWdfky1j

かといって自己処理だけでは空しくなる一方なので、
アランは極力、公務の合間にふたりきりになれる時間と空間をつくりだそうとしていた。
それは妻の化粧部屋だったり、まだ生まれ来ぬ王太孫のために設けられた無人の子ども部屋だったり、
庭師すら気がつかないような御苑の一角だったりした。
まだ日が落ちる前に、寝室でもない場所で肌をさらすことに対してエレノールは当初激しい拒絶反応を示したが、
ふだんはやや傲慢ともいえる夫にこのときばかりは耳元で何度も囁きかけられ懇願されると、
結局はそれを聞き入れざるを得なかった。

濃厚な接吻を交わしながら緩やかなつくりの服を一枚一枚脱がされ、黒々と繁る恥毛を指先で梳かれ、
日々ふくよかになっていく自らの肉体を夫にすみずみまで視姦されたあと、
恥じらいがちに口や手で彼の「不自由」を取り除いてやるのが、今やエレノールの週一回ほどの務めになりつつあった。

ここを口で慰めてほしい、と初めてアランに言われたとき、エレノールは思わず耳を疑い、
次に彼の頬を張ろうと手を上げかけたが、
(―――わたくしがお応えしなかったら、ほかの女が喜んで御奉仕を引き受けるのだわ)
という思いが脳裏をよぎり、いちど深呼吸をして間をおいたあと、
振り上げた手を下ろしてアランの前に跪いた。

最初はひどくぎこちなく、彼に痛い思いをさせたことさえあったが、
今では唇、舌の動きともにずいぶん巧みになっている。
夫に愛妾をつくらせたくないという嫉妬心がはたらくからか、
エレノールは日ごろの誇り高さも圧し殺して彼の言うがままに愛撫に励んだために、いまや玄人はだしの技術だった。

臣下たちの前における気品ある挙措と、ふたりきりでいるときの従順な淫蕩さとの落差を思うと、
アランはますます妻に対して情欲を掻き立てられた。

「そなたの美体と技巧をもってすれば、都で一番の娼館にさえ勤められる」
と戯れを囁くたびに、エレノールは彼のものを口に含んだまま耳まで赤くなり、
いまにも抗議したそうな、羞恥と憤慨をはらんだ表情になった。
それが彼にはたまらなくいとおしかった。
アランとて本当は、自分が充足を得るばかりではなく、妻にも妊婦に許される限りの歓びを与えてやりたかった。
しかし侍医長の戒めがどうしても頭を去らず、彼女に刺激を与えてはならない、
と結局は自制し、ことばで妻を愛撫したり嬲ったりすることに終始するほかなかった。
181六ヶ月目:2007/09/24(月) 00:57:48 ID:wWdfky1j

そして今も、限られた時間ながら人知れず妃と睦みあうために、彼はこの居室へやってきたのだった。
父王の代理として国境付近の直轄地を視察したり、複数の外国の使節を引見するなど、
ここのところ忙しかったために、エレノールとふたりきりで過ごすのはほぼ一ヶ月ぶりになる。
今、彼女のそばに立ちその香りに包まれているだけで、アランの身体はひどく熱を帯びてきた。
そして、ふと椅子に座る妻を見下ろし、しばらく見ない間に起こった変化に気づくと、心はいっそうかき乱されざるを得なかった。
努めて平静でいようとするが、視線はそこから離れようがない。

(―――六ヶ月目になると乳房がいっそうふくらむというが、本当だな)
通常、妊婦は四ヶ月目ごろから乳房が大きくなりはじめるが、
王太子妃は妊娠初期にあまりものを食べられなかったせいか、これまでそれほどの変化は見られなかった。
それが今では、懐妊前の倍くらい大きくなったように見える。
それとも彼の目がそれほど飢えきっているということだろうか。
ともかくも、アランは何気ない会話を続けながらもとうとう耐えがたくなり、妻を助け起こして寝椅子に連れて行こうとした。
隣り合って座りながら彼女に接吻し、ゆっくりと服を脱がせるにはそちらのほうが都合がいい。

しかしエレノールは立ち上がらなかった。
「今は、いけません」
申し訳なさそうだったが、しっかりした口調だった。
「このあとに侍医の診察がひかえております」
「知らなかった。検診の回数が増えたのだな」
「陛下のご意向です。たいへんお気遣いいただき、ありがたく存じております」
「母上のこともあって、父上はそなたの身をたいそう案じておられるからな。初孫でもあることだ。
 だが、俺は一月もそなたに触れなかったのだ。少しだけ、慰労してはくれぬか。
そなたの肌に跡を残したりはしない。
 ―――いやか」
夫の声が遠慮がちなのが、エレノールにはかえってつらかった。
そしてしばらく迷ったすえ、ようやく口を開いた。

「そんなことは決してございません。
 でも、わたくし、もう―――こんなあわただしい忍び逢いはいやなのです。
神の前で誓い合った正式な夫婦だというのに、医師や従僕の目を気にしてばかり。
素肌を重ねたまま、あなたの腕の中でゆっくりと眠りに就きたいのです」
アランはやや驚いた。これまで妻がこんな大胆な願望を口にしたことは一度としてない。
一呼吸おくと、彼は妻の手の甲に自分の手を重ね、優しい声で言った。
「エレノール、そなたは少し心が昂っているようだ。
妊婦はそうなりやすいというからな。
いま、水をもってこさせる。それから少し横になるといい」
「いいえ、そんなことではございません」
彼女はためらいがちに答えた。
「いくら陛下のお気遣いだからといって、わたくしたちが夜毎引き離されなければならないなんて。
これをごらんくださいませ」
182六ヶ月目:2007/09/24(月) 00:59:53 ID:wWdfky1j
エレノールがアランに示したのは美しい縁飾りのついた便箋だった。
彼女の国のことばで書いてあるが、アランもスパニヤ語の読み書きには習熟しているので、
文意を取ることは容易だった。
「シチル大公国に嫁いでおられるそなたの姉上からか。時候のたよりと見える」
「ええ。でもここをごらんになって」
そういいながらも、エレノールは夫が目を通すのを待たずに自分で解説をはじめた。
「姉もいま現在身重で、七ヶ月目なのですけれど、夫君とはずっと夫婦の務めを欠かしたことがないと書いておりますわ。
これまで二人の子を成しておりますけれど、その子たちのときも臨月の前月までは欠かさず、それでも丈夫な子が授かったと」
「ふむ」

正直何といえばいいのか分からなかったが、アランはとりあえず相槌をうった。
政略結婚で異国に嫁いだ王女姉妹というのはふつう、母国のために有利な情報を密書で伝え合うものなのだと思っていたが、
こんな呑気なことをしていていいのだろうか。
南方の情勢はしばらく安定すると見てよかろうと思いながら、アランは妻のことばを待った。

「どう思われます」
「そなたはどうだ。不公平だと思うか」
「不公平だなんて」
エレノールの顔が赤く染まった。アランは少し笑った。

「たしかに、激しい愛撫を避ければ問題ないとはいうが。
 とくに挿入を浅くすれば」
挿入、という露骨なことばを聞いてエレノールはいっそう頬を赤くした。
しかし同時に身体の芯が熱くなったのも事実だった。

「しかし俺は怖い。どんなに丁重にことを運んでも、そなたの身体に負担をかけそうな気がする」
「そんなことはありえません。
 だって、わたくしは」
エレノールは自分がいいかけたことのはしたなさに自分で驚いていた。
こんなに思い切ったことを言ってしまうのも妊娠中だからなのかしら、と我ながら空恐ろしい気がしたが、
今までどうにか宥めてきた熱い疼きをもはや押し止めることはできなかった。
「―――あなたがほしいのですもの」
183六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:02:16 ID:wWdfky1j

そのとき、外から扉をたたく音が聞こえた。
「エレノールねえさま、ここ?」
アランの末弟オーギュストの声だった。夫妻はびくっとして身を離すと、一瞬顔を見合わせた。
「あれと何か約束でも?」
「いいえ、―――いえ、そうだわ。午睡のときに読みきかせをしてあげるつもりだったのに、すっかり忘れておりました。
 あなたがお戻りになることで頭がいっぱいで。
 ―――悪いことをしてしまったわ」
アランは立ち上がって扉に向かい、錠を開けてやった。

「―――にいさま」
やや潤んだような栗色の瞳が彼を見上げていた。手には古びた大型の本を持っている。
「悪かったな。エレノールは少し俺と話があったんだ」
「そうなの」
義姉を責めるわけでもなく、ただ残念そうな色を帯びた幼い声に、彼女の罪悪感はかえって大きくなった。
あるいは彼女の中に大きく根を張り始めた母性というものだったかもしれない。
「ごめんなさいね、オーギュスト」
「ううん、いいよ。でも、今度また、いつか来られる?」
「そうね、―――そうだわ、今夜はどう?
 アランとわたくしがふたりで読み聞かせてあげましょう」
「本当?にいさまも?」
オーギュストは心底うれしそうな声を上げた。
「じゃあ今夜、ぼくの寝室にきっと来てね。やくそくだよ」
そして、来たときとは対照的に軽やかな足取りで出て行った。

アランはふたたび妻と向き合った。
「どういうつもりだ」
「読み聞かせはお嫌いですか」
「それくらい別にかまわんが―――まさか」
エレノールは思わずうつむいた。
「あいつを寝付かしつけたあとで、同じ部屋でする、ということか?」
「―――やっぱり、尋常ではありませんわね。わたくしおかしくなっていたのですわ。
 ごめんなさい。今夜はわたくしひとりであの子のそばについてあげることにいたします」
小さな声で彼女は詫びた。自分の発案に自分で動転していることは明らかだった。

「いや、だが、―――」
アランは妻のいたたまれなさそうな様子が不憫になり、少し検討してみた。

八歳の末弟はエレノールを慕っており、乳母が字を読めないこともあって、
午睡のときに読みきかせをしてもらうのが大好きだということを周囲はみな知っている。
夜の就寝時に夫妻ふたりで彼の枕元で読みきかせをしてやったことはないが、別に不自然ではない。
そしてそのままふたりとも朝まで弟王子の部屋にいたとしても、さすがに従僕たちや侍医もいぶかしがりはしないだろう。
弟を寝かしつけたあとで王太子夫妻も彼を挟んで寝入ってしまった、と見なされるだけだ。

またさらに、オーギュストの寝つきが恐ろしく早く、眠りが非常に―――彼を起こす係の侍女が毎朝呪詛を吐くほど―――深いこと、
そして彼ひとりを寝台に残し天蓋を下ろしてしまえば、
その外で起こっていることは何も聞こえず、何も見えないことを考えると、問題はないかという気がしてきた。
何より、妻が羞恥心と葛藤しながらも、そこまで積極的に自分を誘ってくれるのがうれしかった。
「分かった。そうしよう」
そしてエレノールの小麦色の額に接吻し、晩餐前の公務を片付けるために部屋を出て行った。
184六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:04:52 ID:wWdfky1j

「―――そしてお姫様は王子様のお城に連れ帰られ、王様の祝福を受けて結婚式をあげました。
その後、ふたりはいつまでもいつまでも、幸せに暮らしました」
エレノールはここで本を閉じた。職人の手で鮮やかに彩色された大判の絵本だ。
アランにしてみれば、八歳児が読むものとしてはやや幼すぎるのではないか、と思われるほどの他愛ないお伽噺である。

「寝付いたようだな」
「ええ」
王太子夫妻はささやきを交わしながら末弟の寝顔を眺めた。
静まり返った寝室には、健やかな寝息だけが響いている。
彼らがその場を離れようとしかけたとき、オーギュストの口が少し動き何事かつぶやいたのでふたりはびくっとした。
しかしよくみると、晩餐がまだつづいているかのように口をもぐもぐさせているだけだった。

「つくづく人を焦らせるやつだ」
「そんなことをおっしゃらないの。わたくしたちが初めて結ばれた日の朝、誰より先にこの子が祝福に来てくれたのをお忘れですか」
「あれは正確には闖入だ」
「道徳的に後ろめたいことがおありのかたにはそうかもしれませんわね。
 ―――ほら、この無邪気な寝顔をごらんくださいませ。
 まさにわたくしたち夫婦の守護天使ではありませんか」

その評価はどう考えても過分だとアランは思ったが、それを指摘すると諍いに発展しそうなので、
魚のように口をぱくぱくしている末弟のようすを黙って眺めるにとどめた。
おそらく、妻の中で日々肥大している母性が彼女の判断力を曇らせているにちがいない。

「まあたしかに、何も考えていない―――いや、この世の苦悩から遠い顔ではあるな」
「さようでございましょう。
 わたくしたちのもとにも、もうすぐこんな純真無垢な子がさずかるのですわ」
「俺に予想できる範囲の無垢さであればよいが」
そう言いつつ、彼はふたたびオーギュストのようすを観察した。

「もう大丈夫だろう」
そういってアランは寝台から下りると、妻に手を貸してゆっくりと足を大理石の床につけさせた。
そこまで慎重にならなくてもよろしいのに、とエレノール自身が思うほど、
彼は妻の身体を丁重に、クリスタルガラスでできた彫刻のように扱った。
それからアランは天蓋をそっと下ろし、身重の妻の身体を支えるようにして、
寝台からだいぶ離れたところにある長椅子へと連れて行った。

本を読み終わったあとで寝台付近の灯火をすべて消してしまったため、
天井近くの壁に設置された三叉の燭台だけが、いまやこの静かな部屋の光源となっている。
アランはあまり妻のようすを判別できなかったが、
闇の中とはいえ大きな瞳が黒真珠のように輝いているのは見落としようもなかったので、
彼女の所在をまちがえることはなかった。
185六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:05:59 ID:wWdfky1j

「アラン」
ためらいがちに、しかし喜びを押し隠したような声で、エレノールは夫の名を呼び、その肩に身をもたせかけた。
妻の唇に接吻したあと、豊かな黒髪に鼻先をうずめながら、アランは彼女の夜着を脱がせはじめた。
「―――だめ、そんな、急に・・・・・・」
口ではそういいながらも、エレノールは夫のなすがままだった。
ゆっくりと腰帯がほどかれ、襟がはだけられた。白い乳房がこぼれ落ちるようにしてそこに現れる。
アランの眼はもはや暗闇に慣れてきていたので、吸いつくようにふたつのふくらみを凝視していたが、
やがて耐え切れずに妻を抱き上げて膝の上に乗せた。

彼女のうなじに唇を這わせながら、彼は両手で包みこむようにして、乳房の質感をたしかめた。
「しばらく会わぬうちに、ずいぶん発育したものだ」
「し、知りません・・・・・・」
「そなた自ら赤子に乳を含ませるわけでもないのに」
そういいながら、彼はごく軽く乳房を揉みしだきはじめる。エレノールの息遣いが荒くなってきたのを感じると、
アランはやや迷ったが、それでも誘惑に耐え切れず、指先で円を描くように乳首をそっと弄ってみた。

「やっ・・・・・・」
「痛むか。それならやめるが」
「い、いいえ、大丈夫・・・・・・わたくし、あの・・・・・・」
感じすぎてしまって、などとはさすがに言えなかったので、エレノールは口をつぐんだ。
しかしその唇はやがて喘ぎを押し止めがたくなり、じきに彼女は夫の愛撫を全身で受け入れるようになった。
その素直すぎるほどの態度にアランは最初面食らったが、
妊婦は感度も違ってくるのだろう、と自分を納得させることにした。

すでに十分すぎるほど硬くなった乳首を優しくつままれたりこね回されたりしながらも、
エレノールはかろうじて嬌声をかみ殺していたが、
彼の指が秘所に及んでくるのを感じてからは、吐息だけで耐え忍ぶことはできなくなった。
「やあっ・・・・・・あんっ・・・・・・」
彼女の声にかき消されまいとするかのように、くちゅくちゅという粘着質の音がふくらんだお腹の下あたりから部屋中に響いた。
音は徐々に大きくなり、ますます卑猥になっていく。

「ここの濡れやすさは身重になる前と変わらんな。
乳首を可愛がられただけでこんなに潤ってしまったのか。
それとも、この部屋に入る前からすでに妄想をたくましくしていたか」
「そんな・・・・・・いっ、いや・・・・・・」
蜜まみれの指でふくらみかけた秘芽を上下にさすられると、エレノールはもはや抗いの声を上げることもできなくなった。
それに加えうなじと乳首と秘裂を同時に愛撫されている以上、
挿入される前にのぼりつめてしまうのは時間の問題だった。
186六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:09:48 ID:wWdfky1j

「―――アラン、だめ」
切れ切れの声で彼女は懇願した。
「あなたとひとつになって―――あなたとふたりで、心地よくなりたいの」
だから早くいらして、と言いたげに彼女は首だけ振り向き、潤んだ黒い瞳で夫を見つめた。
本来なら王太子妃としては淫蕩すぎる振る舞いというべきだろうが、
半年振りに肌を重ねる妻へのいとしさで心身ともに昂揚していたアランには、
彼女のまなざしがただ素直でいじらしいものとして映った。

「わかった」
かろうじて興奮を抑えた声でそう答えると、彼はエレノールの身体を長椅子に横たえ、
自分も帯を解いてからその背後に横たわった。
彼が自分で医学書を引いて調べたところによれば―――侍医たちに下問したりすれば父王に注進されかねないので―――
これこそ妊娠期間中における「夫婦の義務」に最も適した体位なのだという。

(顔を見られないのが残念だが)
そう思いつつも、アランは妻の耳たぶを優しく噛みながら、
そそりたった自分自身の先端を彼女の足の付け根にあてがった。
エレノールはもともと華奢な体つきをしている娘だが、
いまでは乳だけではなく尻の肉付きもずいぶん豊かになってきている。
彼はそこに自らの先端や幹を押し付けて絹のような感触を味わうだけで、
さらに駆り立てられたような気分になった。

濡れそぼった花弁を押し分けて秘奥の入り口を探り当てた頃には、
すでに先走りの汁さえ滴ってしまっていたが、それでもアランはごくゆっくりと前進を始めた。
それは初めて彼女と同衾したときよりもさらに慎重なやりかただった。
その吸い付くような花弁のやわらかさと温もりのために、
彼の興奮は瞬時にして最高潮に達したが、同時にそれは、ひどく懐かしく慕わしいものにも思われた。

半年も孤閨を強いられたせいなのか、エレノールの秘奥は処女のような緊密さで彼を迎えた。
ゆっくりと浅く分け入っていくだけでも、そのしめつけぶりにアランは眩暈がするほどの快感をおぼえたが、
なおかつ平素の慎みも忘れて自分の腕の中であられもなく身をそらす妻の痴態が追い討ちをかけた。
彼が背後から一突きするたびにその清楚な眉目はひそめられ、紅唇は開かれ、
豊かな胸はいやらしく波打っていることだろう。
対面した状態で愛することができないのは実に惜しい、とアランは思った。
187六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:11:32 ID:wWdfky1j

「あっ・・・・・・ああっ・・・・・・あああっいやあっ・・・・・」
「―――大丈夫か。苦しくはないか」
彼の理性はふいに機能し始めた。
ゆっくりと、しかし何度となく突き上げるうちに、エレノールの声があまりに大きくなってきている。
妻の豊満な肉体に夢中になっているうちに、いつのまにか深く挿入しすぎただろうか、とアランは不安になった。

しかし彼女は首だけ振り向くと、哀願するような濡れたまなざしで夫の瞳をみつめた。
吐息のようなささやきが闇の中に響いた。
「だい・・・・・・じょうぶ、ですわ・・・・・・つづけて・・・・・・ここで、やめないで・・・・・」
「―――分かった」
妊娠中であるためなのか、半年振りの情事であるためなのか、
廷臣一同に賞賛されるほど貞淑だった我が妃はあまりに敏感な―――そして貪欲な―――
肉体の婢僕に変貌してしまったのだ、ということがアランにも分かった。

彼はエレノールを後ろから抱きしめ、激しくなりすぎないように気をつけながら、再び突きはじめた。
とはいえ、彼のほうもいつまでも自制できるわけではない。
限界に近づけば近づくほど、どうしても動きが早くなり、悩ましいほどに高まっていく妻のよがり声がさらにそれを加速させた。
「―――出すぞ」
はい、と息も切れ切れに答えるエレノールのいじらしさにたまらなくなり、
なおかつ従来の夫婦生活の習いもあって、彼はそのまま勢い込んで中に出してしまいそうになったが、
一歩手前で医学書の一節を思い出した。

(母子にとってよくないそうだからな)
妻の秘奥の温もりを限りなく惜しみながらも、アランは自分自身を急いで抜き取り、
月のように白く丸い尻の上あたりに精を放った。
「あっ・・・・・アラン、ああっ・・・・・・あああっ・・・・・・!!」
夫がいきなり離れてしまったことを恨めしがるような、けれども完全に燃焼しきったような声で、
エレノールは最後の叫びを上げた。
それは長らく寝室の闇を切り裂いていたが、やがて潮が引くように止んだ。
188六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:14:57 ID:wWdfky1j

「もう朝なのですね」
「ようやくな」
「―――そうでしょうか」
小さくつぶやきながら、エレノールは夫の胸板に顔をうずめた。
絹張りの寝椅子よりもここが心地よかった。
大きな窓からは秋らしく穏やかな曙光が射し込み、新しい一日の始まりを告げている。

しかし彼らはすっかり疲労していた。
一晩中肌を重ね、一睡もしていないのだから無理もない。
正確には、アランは妻の身を慮って挿入は一度きりしかしなかったのだが、
久方ぶりに歓びの境地に引き上げられたエレノールの身体は、
指先や口舌でのやわらかな愛撫を求めつづけ、結局彼を眠らせなかったのだ。

「そう物足りなさそうな顔をするな。そなたが無事出産を終えたら、何度でも中に出してやる」
「―――そんなこと」
エレノールは真っ赤になって顔をそらした。
ついさっきまであれほどの痴態をみせつけておきながら、
この程度のたわむれで常に生娘のような反応をする妻が彼には愛しかった。
異国の香りが焚きしめられた彼女の黒髪を指で梳きつつ、その腹部を撫でてやる。
あと数ヶ月で父親になるのだ、という感慨はむろんあったが、
同時に、無事に赤子が生まれて妃が健康を回復した暁にはどんなふうに愛し合おうか、という期待も胸にしまわれていた。

民衆の家庭生活では、女はいちど出産すると授乳や諸々の世話で赤子にかかりきりにならざるを得ず、
妻という側面はなおざりにしがちであるというが、それを考えれば
―――私生活に制約が付きまとうとはいえ―――王族であることにもそれなりの利点はあるといえる。
まだ見ぬ我が子が安らいでいる場所を優しくさすりつづけながら、
アランの思考は数ヵ月後の夫婦の寝台に飛んでいた。

エレノールは、同じスパニヤ王家の出身である彼の母親と同様、
出産後に本来のほっそりした体つきを取り戻すのも早いことだろう。
もはや腹部を圧迫する心配もなく、アランは正常位で妻と見つめあい、深くつながるところを想像した。
それから彼の嗜虐性がうずきはじめる。
後ろから責め抜くのもいいが、騎乗位で娼婦のように腰を振らせるのも悪くない。
一国の王女として生まれ、いまやこの国の王太孫の生母でもある妻が、
そんな浅ましい体位を強いられて羞恥と快感に耐えている姿を思い浮かべるのはたまらなかった。
そして最後には―――エレノールの望みどおり―――薔薇色の秘奥を白濁液で汚しきる。

蜜にまみれて照り光る花園の割れ目から、自らの白い欲望が滴り落ちるのを見るまでは、
アランはどこか満足しきれなかった。
自分でも馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、彼は妻の乙女時代の恋人のことがいまだに気にかかるのだ。
エレノールを心身ともに征服する権利があるのは俺だけだ、という確信を、彼は常にもっていたいのだった。
ゆえに情事のたびごとに、アランは心底恥ずかしがって抗おうとする妻の肢体を押さえつけながら、
その秘裂を指でおしひろげ、自分が放ったばかりの熱い精液が妻の愛液と混じりあいながらゆっくりと滴り落ちていくさまを
―――このうえなく高貴な女体にほどこされた、このうえなく卑猥な彩色を―――
じっと見つめるのだった。
189六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:19:08 ID:wWdfky1j

「あなた、そろそろオーギュストが起きるころかもしれませんわ」
妄想とともにまどろみかけた彼は、妻のささやき声に顔を上げた。
「そうだな」
全身にけだるさをおぼえつつも、ふたりはなんとか身を起こして寝衣に袖を通し、寝椅子を降りた。
そして顔を見合わせると、幼い弟王子の眠る寝台へ向かった。
ふたりとも無言だったが、懸念していることは同じであった。

天蓋を下ろしてしまえば声・姿ともに彼には届くはずがないと信じきっていたものの、本当に大丈夫だっただろうか?
アランは絹張りの重厚な天蓋を上げると、明け方の光の中でオーギュストの顔を覗き込んだ。
まだ眠っているようだ。
「大丈夫そうだな」
「本当に気づかれなかったかしら」
「俺のほうはな。そなたの声はひょっとしたら漏れ聞こえていたかもしれん。
 あれだけよがりつづければな」
「そんな、うそ」
エレノールの頬が朱に染まった。
「冗談だ。この天蓋は実にみごとに音を遮断する。
 見たところ、オーギュストは最初寝付いたときから動いたようすもないし、ずっと眠りこんでいたにちがいない」
「そうだとよいのですが。でも、―――」

ふいにエレノールは口をつぐんだ。
閉じられていた栗色の瞳が半開きになり、口元が少し動いたのだ。
オーギュストは彼女のほうを見ているようだった。
そのくぐもった声は、かあさま、とつぶやいていた。

「―――ああ、ねえさま。にいさまも」
一瞬後、彼の目はすっかり開き、兄夫婦の顔を交互に眺めた。
自分の寝台のそばに彼らが立っていることが最初理解できないようだったが、
ふいに昨夜の出来事を思い出し、うれしそうな顔になった。
「おはようございます。
 よかった、ずっとこの部屋にいてくれたんだね」
「―――ああ」
その声の無邪気さに、彼らはいまさらのように罪悪感を刺激されて黙り込んだ。
オーギュストは不思議そうにふたりを見ている。
「―――あの、ゆうべは何も、聞こえなかったかしら?」
「途中で起こされるようなことはなかったか」
「ううん、ずっとねてたよ」
なんでもなさそうな声で答えると、弟王子は身を起こして大きく伸びをし、寝台から降りようとした。

エレノールはそばに腰掛けて彼が靴を履くのを助けてやりながら、ふいに静かな声で問いかけた。
「ねえオーギュスト、さっきまでお母様の夢をみていたの?」
「ううん。ゆめは、なんにもみてなかったとおもう」
「でも、さっきわたくしのことをお母様とまちがえたでしょう」
「そうだっけ・・・・・そうかもしれない。
でもそれは、ねえさまの声がかあさまとにてるから、ねぼけたんだ」
「わたくしの声が?」

エレノールばかりか、アランにとってもこの返事は意外だった。
彼はむろん、母后のことを妻や弟よりもよく知っているが、病弱だった母のかぼそい声と、
若々しく生命力にあふれた妻の声が似ているとはいちども思ったことがない。

「声がにてるっていうのは、おかしいのかな・・・・・・
なんていうんだっけ、『はつおん』が、にてるんだとおもう。
ねえさまも、かあさまとおなじ国からおよめにきたでしょう。
だからなのかな。sをはつおんするときとか、すごくにてる。
 だから、ねえさまにあの本をよんでもらうのがだいすきなんだ」
そう言ってオーギュストは昨夜の絵本を目で探した。
それはエレノールが最後に置いたとおり、寝台脇の卓上にひっそりたたずんでいた。
190六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:22:51 ID:wWdfky1j

「―――そうなのか?」
我知らず、アランは尋ねた。ふしぎな気持ちだった。
母后が崩御したとき、彼は十八歳だったが、オーギュストはまだ六歳だった。
兄王子たちや姉姫たちとちがい、国葬の席で彼だけは泣いてはいなかった。
いつものようにぼんやりしていた、というべきか。
アランは腹立たしい気がする一方で、無理もない、という思いもあった。

王族として生を受ければ、産湯の段階からすでに生母の手より引き離される定めである。
ある程度ものごころがつき、礼節をわきまえる歳になれば、母后の膝元で話をしたり食卓をともに囲むことも許されるが、
それ以前の手がかかる時期は、せいぜい就寝前に接吻してもらうことくらいしか望めない。
ましてオーギュストの場合、誕生直後から母后は病床に臥してしまったので、
胸に抱かれることさえほとんどなかったはずである。
アランも自分の幼児期を思い起こせば、母親の死に対してとくに感慨のない末弟を責めることはできなかった。
それなのに、彼は母の訛りを覚えていると言った。アランでさえ徐々に忘れかけていた母の話し方を。

「かあさまがしんでしまうまえ―――ぼくが四才くらいのころかな、
ばあやといっしょにおみまいにいったとき、
いちどだけ、ぼくをベッドにあげてくれて、この本をよんでくれたの。
sの息のぬきかたとか、アクセントとか、ねえさまとそっくりだった。
かあさまの声は、もうすこしかすれていたけど」

オーギュストは靴を履き終わった。寝台から降りると、兄夫婦を残して東面の壁に近づいていく。
大きな飾り窓はやや高いところにあったが、爪先立ちになってようやく開け放つと、
心地よい冷気と朝靄が入り込んできた。
そして彼は毎朝の習慣どおり、頭上の梢に停まっている雀に声をかけた。

「にいさまたちは、きのうはここでなにしてたの」
雀から目を離して振り向くと、オーギュストはようやく眠気が去ったような顔で尋ねた。
「い、いや何も、ただ寝てたんだ」
「そ、そうよ」
「でも、ぼくのとなりではねてないでしょう。いっしょにねてくれればよかったのに。
ねるときはベッドじゃないといけないんだよ。
そのへんでてきとうにねころんではいけませんって、ばあやがいってた」
「いや、あそこの寝椅子を借りた」
「ほんとう?―――でもあれ、大人ふたりでねむるのはむずかしいよ。
 足がたかいから、おちるとたいへんだし」
「いやつまり、俺は床で寝たんだ。エレノールが落ちないように下で見守っていた」
「そうなの?だから、あんまりねられなかったようなかおをしてるんだね」
「え、ええ、そうなのよ。身重のわたくしを気遣ってくださったの」

「そうか、ねえさまはもうすぐであかちゃんがうまれるんだよね」
オーギュストはふいに破顔した。
「髪や瞳のいろはどうなるのかな」
「どうかしら。両親が金髪と黒髪だと、髪は黒っぽくなるというけれど」
「じゃあ、ねえさまとおなじだね。かあさまとも」
それから少し黙り、また微笑んだ。
191六ヶ月目:2007/09/24(月) 01:25:17 ID:wWdfky1j

「―――あれが、母上のことを覚えているとは思わなかった」
夫婦ふたりの朝食を終え、給仕たちを下がらせてから、アランはひとりごとのようにつぶやいた。
眠気が襲ってくるばかりで食欲などろくにわかなかったが、
王室の食事の時間は厳格に定められている以上、摂らないわけにはいかなかった。

「ええ。でも、故人をしのぶよすがとなる記憶があるのは
―――たとえそれが喪失感につながっても―――
何もないよりもずっとよいことではないでしょうか。
 小さなお子をひとり遺さざるを得なかったお母様にとっても、それは本望であられましょう」
「―――そうだな」
アランはグラスに残っていた一口分のワインを干した。
何か突き上げるような感情がふいに沸き起こり、それからまた鎮まった。

俺もあれと同じように、人前で泣くことの許される歳だったら、と彼は思った。
しかし時間は流れてしまった。彼はもうすぐ父親になるし、自分でそれを選んだのだ。
アランは立ち上がり、いたわるように妻の腕を取って助け起こした。
そして食堂から吹き抜けの回廊へと出て行き、朝の空気を吸い込むために御苑のほうへ歩いていった。

「にいさま、ねえさま」
王太子夫妻が足をとめて振り向くと、明け方まで一緒だった末弟が息をきらして彼らを見上げていた。
「まあ、どうしたの。朝食は終えたの?」
「ううん、あさごはんのまえに侍医長のギュスターヴ先生のところにいってきたの」
「―――それはまた、どうしてだ」
老医師が自分に戒めを垂れたときの厳粛な顔を思い浮かべてぎくりとしながら、アランはつとめて平静に尋ねた。

「けさ、かあさまのことをかんがえたから、かあさまのことをよくしってるひととはなしたくなったんだ」
「―――そうか」
王太子夫妻はともに安堵のためいきをついたが、同時に末弟のことがいつにもまして不憫になった。
アランが栗色の髪に手を置いてくしゃくしゃしてやると、
オーギュストはうれしがってその大きな手をつかんだ。

「それでね、とちゅうでにいさまたちのこともおもいだして、ギュスターヴ先生にはなしたんだ。
 きのうのよる、アランにいさまとエレノールねえさまはぼくのところにきて、
よみきかせをしてくれたんだよっていったら、
先生は、なんとおやさしいかたがたでしょう、ってほめてくれたよ。
それでうれしくなって、にいさまがもっとほめてもらえるように、ぜんぶ教えてあげたんだ。

ぼくがねてるあいだ、にいさまはねえさまのからだがだいじだから、
一晩中ねえさまを上にして、じぶんが下になってあげてたんだ、って。
けさおきたらにいさまはすごくねむそうでつかれてて、
こしやせなかをしっかりいためたにちがいないから、あとで診てあげてってたのんだの。

そしたら、ギュスターヴ先生はすごくしんこくなかおになってね、
にいさまと今すぐおはなしがしたいっていうんだ。
先生は従僕をよんでつたえようとしたけど、ぼくがかわりにつたえてあげるっていったの。
だからよびにきたんだ」

(終)
192名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 03:10:52 ID:BcQ+p9wH
アランとエレノールキテター!
愛情深い夫婦の雰囲気が伝わってきて凄いよかった。
オーギュストは相変わらずいらん事しいだなwww
193名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 08:46:34 ID:bhbW849I
オーギュストwwww
ここの所神作品が続けて見れて嬉しい
194名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 17:15:31 ID:XCmuduKx
このシリーズ大好きです。
作者さんありがとう!!
195名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 03:02:08 ID:V9jf5muO
オーギュスト、しゃべってる意味は違ったが結果的に正解w
雰囲気も良くてGJ!!

でも、中盤あたりからオチが気になってしょうがなかったのは秘密だw
196名無しさん@ピンキー:2007/09/25(火) 21:33:14 ID:+Esm+F+P
良くも悪くも兄夫婦の仲をとりもつオーギュGJ!
197名無しさん@ピンキー:2007/09/27(木) 22:17:04 ID:/453W0fB
緊急保守
198名無しさん@ピンキー:2007/09/29(土) 21:35:13 ID:vvadgg0O
ほしゅ
199名無しさん@ピンキー:2007/10/01(月) 19:11:19 ID:DhBbVPzz
上昇
200名無しさん@ピンキー:2007/10/01(月) 21:06:39 ID:qheV8Qvp
チラシの裏
病気によって明日をも知れない命となったところを出産で体を壊し
もう子供の産めない后を溺愛する父王が后の地位を守るため非合法な手段
(黒魔術でも邪神の祭儀でも肉体改造によるキメラ化でも可)をとったことで
生き延びた姫だがその代償は大きく純粋な人とは言えない存在となってしまう。
この事実は后の心情を慮って伏せられていたが后と王が相次いで病没すると
徐々に広まっていき国内は動揺し、隣の大国は姫のまたいとこに当たる王子の
王位継承権を主張し始める云々という電波が届いた。
201装われた花 1:2007/10/01(月) 21:15:46 ID:DhBbVPzz
トーニア姫は悩みがありました。
姫はお輿入れが間近です。相手は、大国エステルハイムの王テレジウス殿。
既に50歳も過ぎて、結婚はこれで3度目です。
姫は17才、お嫁に行くのは初めてです。
しかし、悩みはそんなことではありませんでした。
姫たる者の務めとして、国のためには恋物語のような結婚など望んではなりません。
 たとえ相手が70の老人だろうと、奴隷あがりの卑しげな富豪だろうと、
国のためになるのならば嫁ぐ覚悟はできているつもりです。
 幸い、テレジウス陛下は、老人とはよぶにはまだ早く、風格があり、
賢明な王としての評判も高い方なので、姫個人としても決してイヤではありません。
 年齢の不釣合いなど問題ではないのでした。
 問題は、姫の身にありました。若い娘が嫁ぐ際の最高の宝とされているもの、
ーー乙女の純潔、それをトーニア姫はもはや失っていたのです。 
 3年前、14歳だった姫は、教会に懺悔に訪れたとき、破戒僧たちに聖具室へ
連れ込まれて犯されました。このことは、侍女頭しか知りません。
下手人たちは、こっそりと捕らえられ、拷問されて沈黙を誓わせられました。
 平民の女はいざ知らず、高貴な身分の婦人ならば、操を汚されたりしたら
俗世を捨てて修道院にこもるのが普通です。しかし姫はそれをしませんでした。
いまわしい事件でしたが、ふしだらにふるまったわけでもなく暴力をふるわれたに
すぎない自分が罪びとだとはどうしても思えなかったからです。
 いつか自分が世のため人のため国のために役立つ日が俗世で来ると信じて、
懸命に学んできました。
 そしてその機会がとうとう訪れたのですが、嫁ぎ先のエステルハイムの宮廷は
婦人の身持ちにたいへん厳格なのでした。操を守るために自害して果てた姫君の
話が美談として語り伝えられるし、テレジウス陛下のご先祖のとある王は、
うら若い花嫁が処女でなかったので火あぶりにしてしまったなどという伝説が
つくられてしまうくらいなのです。陛下自身かつて、暴漢に襲われた妹君を、
王家の対面を汚したといって修道院へ幽閉してしまったし、不貞の噂をたてられた
だけで2度目の妃を離縁したくらいです。自らもまた品行正しく、2度の結婚以外
浮いた話なとまったくありません。花嫁に純潔を求めても仕方ない御身です。
力ずくで奪われたという言い訳も通じるはずがありません。
 ポルスク王国は小さな国です、大国との友好を保って、もしものときには
その助けが必要です。姫のこの結婚は、なんとしても成功
させなければならないのです。
202装われた花 2:2007/10/01(月) 21:17:35 ID:DhBbVPzz
「姫様、なにやらふさいでいらっしゃる御様子ですね」
と侍女が言います。「旅回りの芝居の一座が来ておりますよ。
なにかご覧になってはいかがですか?」という言葉に、トーニア姫も
心が動きました。
 「そうね、なにか楽しい出し物を見せてもらおうかしら」
 そこで一座がよばれました。演じられたのは、お輿入れするお姫様の一行が
盗賊に襲われ、姫がかどわかされそうになる、あわやというところでお相手の
王子が駆けつけて颯爽と戦い、二人の愛はいっそう強まるーーという、実に
たわいのない話ですが、質素なりに工夫した舞台は気が利いていて、
役者も見目よく、中々楽しめるものでした。
 もちろんこれには、このたびの婚儀への祝意がこめられており、
姫はますます、使命感を強くしたのです。
「姫様、お気に召しましたか?」と侍女が尋ねるので、
「ええ、上手な一座ね」と微笑みました。
「よかった。実は、座長は私の兄なのです」と嬉しそうに言う侍女に案内されて、
姫はその夜、座長と長く話しこむことになりました。
203装われた花 3:2007/10/01(月) 21:18:57 ID:DhBbVPzz
婚儀まであと一月となったころ、トーニア姫は、テレジウス陛下に連れられて、
エステルハイムの首都ヴィドナの郊外の村を訪れました。風光明媚で知られる
その村では、国王の可憐な妃となる姫君を心から歓迎してくれました。
人々が陛下に示す敬意も偽りない様子で、姫は改めて、よき妃となることを
望んだのでした。
「どうだ、気に入ったか?」
「ええ、陛下、本当に美しい村ですこと。それに村人たちも暖かくて」
おおげさにならぬように護衛の兵士はごくわずかな人数にとどめていたので、
ほとんど二人きりで近い将来の夫妻は語り合いました。
「わたくし、あの人たちのためにも、この国のために役立ちたいと思いますの。
ーー陛下とともに」 そう言って姫は、王の手を、自らの華奢な両手で包みます。
「なにしろわたくしはまだ若く未熟でございます、どうか末永く、陛下の思慮と
知恵でお導き下さいませ、わたくしも決して軽はずみは致しませんわ、
貞節を誓います」
「姫よ、余のほうこそ嬉しいぞ、そなたを力の限り護ろう、よき伴侶となろう、誓う」

 二人が見つめ合っているそのとき、護衛の兵士たちが、矢を受けて倒れていきました。
204装われた花 4:2007/10/01(月) 21:19:57 ID:DhBbVPzz
いつのまにか、覆面や仮面をした男たちの群が、弓をこちらに向けて取り囲んでいます。

王は反射的に剣の柄に手をかけますが、「おおっと、ムダなことはよすんだな、
旦那、多勢に無勢だぜ」と、首領らしい男の声がかかります。
 確かに、護衛は倒され、20、30名いそうなこの連中を相手にするのは、
たとえ王が剣の使い手であっても不可能でしょう。トーニアは、震える手で王の背にすがっています。
 「オレたちは人殺しが目当てじゃない。大人しく金目のものをよこしな」
 姫は小さな声で、「お命を大切になさいませ。ここはどうかご辛抱を」と囁くと、
首飾りに指輪、ショールをはずします。王も悔しさを抑えて、ベルトのバックルなど
差し出しました。
 「お嬢さん、まだまだ、恵んでやれるものがあるんじゃないのかい?」と
野卑な笑いをうかべて首領が言います。「そのドレスもだ」
思わず身を硬くした姫に追い討ちをかけるように、「もちろん下着もさ。
さぞかし上等な品なんだろうなぁ」
 我慢ならず、王は首領に殴りかかると、その勢いで仮面が落ちました。
眉間に目立つ傷のある、まだ若い男の顔が露わになります。
「・・・・・・見られちまったか。じゃあ仕方ねぇな」
殺意をこめて睨みつける王へ、首領が剣を向けると、
「いやあああっ、やめて!」と姫の叫びが響きました。
「お願いよ、その人を殺さないで、許して、どうか許して・・・」
と、ひざまづいて懇願する姫に、残忍な微笑をうかべた首領は、
「よし、ではまず、脱げ。なにもかもだぜ」と言い放ちます。
「いかん、そんな」と言おうとしたテレジウス王の口は、猿轡が巻かれて、
暴れさせまいと盗賊たちが背後から押さえます。
205装われた花 5:2007/10/01(月) 21:21:05 ID:DhBbVPzz
震える姫の体から、ドレスが滑り落ちていきます。無慈悲な手伝いのように
後ろに立った盗賊たちが、複雑そうなコルセットの紐を剣で断ち切ります。
靴も靴下も、すべてを剥ぎ取られたトーニア姫は、いまや後ろ手にきつく縛られて
盗賊たちの前に立ちくつしています。眩しいほどの白い裸身。折れそうな細い腰、
すらりとした脚。豊かで形のいい隆起は、羞恥に震えて、先端を飾る薔薇の蕾が
ならず者たちの目を奪います。
「なんていい眺めだ」 落とされたドレスなどを拾い上げて手下に渡した首領は
姫に近づいて言葉を重ねます。
「ドレスよりも指輪よりも、中身は何倍も上等だぜ」
猥褻な賛辞に、姫は涙目で睨もうと試みましたが、そんな反抗の意志も無視して、
「もっと中のほうはどんな具合かねぇ」と呟きます。
意味を図りかねている姫の体は、後ろに立った手下たちが抱えあげるように
持ち上げて、−−その両脚を大きく開かせました。
「いやああ!」
その脚の間に顔を近づけて花びらの奥を覗くようにして、
「こちらもキレイなもんだぜ」 指を少し入れられて、身をよじらせた姫に首領は
「あんたはあの旦那のなんだい、別嬪さん、娘か、愛人か?」と問います。
姫は明らかに気を悪くした表情で、「妻よ・・・未来の。無礼者!」と
搾り出すように答えました。
「ほぅ、そんな口をきける立場だと思っているのかねお嬢さん。おい」
と姫の背後の手下たちに顎をしゃくると、二つの手が前に伸びて、
豊かなふくらみを乱暴に?み上げ、指の間で形をかえるようにこねまわし、
尖ってきた乳首をギリギリとつまみあげました。
「う、うぅっ・・・!」 痛みに眉をしかめる姫に、「まだまだ、こんなもんじゃないぜ」
と、首領の言葉が追い討ちをかけました。
206装われた花 6:2007/10/01(月) 21:22:42 ID:DhBbVPzz
男は己の股間から、もう充分に膨張したものを出して、そして姫の花びらの奥へと
侵入しました。その痛みを姫が理解するより早く、あろうことか、背後で姫の体を
持ち上げていた手下の一人もまた己のものを、後ろの蕾に突き刺したのです。
「あ、ああっ、・・・・・・!!!」
信じられないほどの激痛に悲鳴さえもとぎれ、前後から激しく腰をうちつけられながら、
姫の体はガクガクと揺さぶられ、突かれた部分からは血がしたたり落ちていました。
「おい、よく見ておくんだぜ旦那。あんたの命乞いのためにこの別嬪のお嬢さんは
こんな目にあわされてるんだからな」と、その間、屈辱で死にそうなほどの
テレジウス陛下に不躾な声が投げられます。目を背けたい気持ちと、
目をそらせない気持ちと入り混じった複雑な感情で、一部始終を見せられていたのです。
 初めて見た姫の裸身のなんとうつくしいことか、本当に、あの不埒な男の言ったとおり、
ドレスよりも宝石よりも、一糸まとわぬ姿は輝いていました。正しい夫たる王に
捧げられるべきそのきよらかなからだが、ならず者どもに蹂躙されている・・・。
207装われた花 7:2007/10/01(月) 21:24:00 ID:DhBbVPzz
激痛に意識をなくしてぐったりした姫のからだを、盗賊たちの手が這いまわります。
 やがて、嬲りつくして気が済んだ首領は姫の花奥から武器を抜き、
最後のしあげのように、姫の半開きになった可憐な唇にそれを押し込み、放出しました。

 どろりとした液体を口の端からしたたらせて横たわる姫のからだを見下ろして、
「楽しませてもらったぜ。お嬢さんのけなげさに免じて、このことは他言しないで
おいてやる。幸い、オレたちはあんたたちの名前も知らないからな。
じゃあな。極上の味だったぜ、あんたも男冥利ってもんさ、
お初じゃないからってモンク言ったらバチがあたるぜ、
あんたもたっぷり可愛がってやるんだな」
と、呆然とするほかない王に言い放ちました。
せめてもの情けで、姫の体をくるんでやるマントだけはおいていきました。

 やがて意識を取り戻した姫は、自分の体をそっと抱いているのが王であることを
目にすると、「・・・陛下、よく、ご無事で・・・」と弱々しく微笑みました。
「姫よ・・・!許してくれ・・・」と抱きしめる腕に王は力をこめます。
「そなたを殺して余も自害できたらと楽だろうと思った。しかし、共に歩んでいこうと

誓ったではないか。けなげなそなたを殺すことも、残していくこともできぬ。
許しを請いながら生きていくしか余の償いの道はない。許せ」
「なにより嬉しいお言葉ですわ、陛下・・・」
と、テレジウス王にすがりつく姫は、まだ生々しい恥辱のあとにも関わらず
幸せに輝いていました。             
208装われた花 8:2007/10/01(月) 21:25:09 ID:DhBbVPzz
「そして結婚式もつつがなく終了というてわけですね」
と、トーニア姫の侍女は主に声をかけました。
「ええ、おかげさまでーーこれは言葉の通りの意味よ」
「おそれいります」
「本当に、あなたのお兄様たちの協力のおかげ」と微笑む姫、いまや
エステルハイムの王妃ですが、17才の少女のあどけなさと大人の思慮を
備えてふるまいます。
「あのときのご依頼には驚きました、よりにもよって・・・」
と侍女は少し遠い目になります。
 
 旅回りの一座の舞台を見た日、侍女の兄だという座長に会って、
姫はひとつの依頼をしたのです。
 −−私を、陛下の目の前で犯して。そして、出血させてほしいの。
 そして姫は、実は自分が処女でないこと、それを縁談の相手である王に
知られてはならないことを打明けました。それには、どうしようもない状況で
それが奪われたことを見せ付ける必要があるのだと。
 −−できるだけ、痛く、恥ずかしくして。私が泣き叫ぶほどに。
「それはつまり、ヤられて喜んでいるように見えてはいけないということですな。
お姫様はひたすらおかわいそうな犠牲者、と思わせる、と」
 座長は察しの良い男でした。それもそのはず、芝居の一座とは仮の姿、
実は、諸国を巡って情報を得る、ポルスク王家の間諜なのです。団員には
多くの兵士も貴族も混じっているので、戦闘能力も愛国心も充分。
だから手加減もできるので、あのとき護衛の兵士たちを狙った矢も決して
致命傷は与えていませんでした。なるべく血を流さずにすませたいという姫の意向です。

「たいしたお姫様だな、あれだけ知恵がまわり、責任感が強く、おまけに
カラダは極上ときている。王様を骨抜きにすることくらいたやすいだろうよ」
としみじみ言った兄の言葉をそのまま伝えることは憚られました。
「私がじきじきにお礼を言いに行きたいところだけど、それはよしておいたほうが
安全だということはわかってね、あなたからくれぐれもよろしく伝えて」
「もったいないお言葉です、兄たちだってあんな役得と・・・っ」
いくらなんでも口が過ぎたと思いましたが、姫はすでに真っ赤でした。
咳払いして、「陛下は、たいそう優しくしてくださったわ、
私の3度目の処女は心から陛下に捧げた。これが本当の初めてよ」
と、つながりがあるのかないのかわかりにくい答えをします。
「でも、姫様」と、無礼ついでに言いたいことを言ってしまおうと侍女は続けます、
「いまのうちは優しくして下さっても、陛下の心にとってもあの事件が残るならば、
ご自分でも姫様のおからだに乱暴をはたらきたくならないでしょうか?
ならず者などの跡を追い出すために、もっともっとひどいことをしてやりたくなって」

「そんなことはあるかもしれないわね。・・・でも、いいのよ。陛下が私を妃として
重んじてくださり、私を心ごと愛してくださるならば。私もあの方の真摯なお心が
好き。私のからだを奴隷のように扱っても、愛を信じていられるならば大丈夫。
私はポルスクの王女で、エステルハイムの王妃。それがいちばん大切なこと」
と姫は毅然と言いました。
209装われた花 9:2007/10/01(月) 21:26:16 ID:DhBbVPzz
その後。
侍女の心配のとおり、テレジウス陛下は、姫に対して屈折した心が
残りました。昼間の勤勉な生活のあと、妃とともに寝所にはいると、妃の肩に
手をかけます。夜着の胸元から手をさしこみ、優しく乳房をもむときには
穏やかな愛撫が続く夜です。しかし時に、乳首をきつくつねり上げると、それは、
暴君と奴隷の遊戯の夜、それが合図でした。夜着を引き裂くほどの勢いで剥ぎ取り、
後ろ手に縛り上げて、恥ずかしい格好をさせてーー。
「あっ、あっ、陛下、お許しを、こんな、恥ずかしい・・・」
「口答えするとは許さぬ、もっと仕置きがいるようだ」
「ああぁーっ!」
・・・このような夜が時折ありました。盗賊たちにされたひどい行為が、
夫王のそれを上回る虐待によってトーニアの心と体から追い出されるようにという
トーニア自身の望みであり、王の独占欲に沿ったふるまいでもあったのです。
 このような遊戯のせいなのか無関係なのか、夫妻の間に中々子供は授かりませんでした。
 それで妃を責める宮廷の人々もいましたが、王は、事件のあとでのませた
堕胎薬の副作用だと思っていたので、一貫してトーニアをかばい、側女の勧めも
頑として拒否しました。3年たったころ、トーニアの姉の息子を養子に迎えることが
取り決められて、エステルハイムでのポルスクの力はいっそう強くなるようでした。
結婚から10年後、王はこの世を去り、その9ヵ月後にトーニアは女児を産みます。
この娘と養子とがいずれ娶わせられることになります。
 その後、トーニアは、宮廷の婦人たちの自由を広げ、弱い女たちの立場を守る
ために特に力をつくし、大国エステルハイムの歴史に名を留めたのでした。

終わり

『はだかのお姫様』を考えたあと、処女を奪われた姫はお輿入れのときにどう
ごまかしたんだろう?と思ったことからこの話思いつきましたが、
キャラも話もつながりはないので、続編というわけでもありません。
210名無しさん@ピンキー:2007/10/01(月) 21:37:14 ID:qheV8Qvp
GJ!
感想一番乗りかな
211名無しさん@ピンキー:2007/10/01(月) 21:47:37 ID:9st0QFGZ
強かな姫もいいもんだな。GJ!
212名無しさん@ピンキー:2007/10/05(金) 18:40:13 ID:5GDTXTQt
GJ!
お姫様が賢いのが、面白かった!
でもエロがこのお話によく合った表現で、すごく良かったよ!
213八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:19:35 ID:Ne6OQyBh

城外から麦の実りを告げる涼やかな風に裾をはためかせながら、アンヌは西御苑に面した吹き抜けの回廊を歩いていた。
この先は彼女の主人たち、すなわち第五王子夫妻の住まいである離宮へと続いている。
アンヌの灰色がかった金髪は中秋の午後の日差しを浴びてやわらかく輝き、
透き通るように淡い灰色の瞳は、空を横切る渡り鳥たちを仰ぐたびにやや細くなった。
彼女は昼餐後の休息を終えて、マリー妃の冬物の衣類を整理するために衣裳部屋へ向かうところだった。

(―――おや)
廊下の外側にそびえる支柱の陰に人影を見出して、アンヌは立ち止まった。
身なりからすると宮中の使用人ではない。
(最近不審な人物がこのあたりに出没すると聞いたが、あの者だろうか)
相手はひたすら廊下の先を見つめており、周囲にあまり気を配っていないようで、
アンヌは足音をしのばせながら容易に不審者に近づくことができた。
(―――まだ子どもだわ。
袖に紋章が縫いこまれているということは貴族なのね。
つがいの鹿に十字紋ということは、ポワトゥ伯爵家の若君だろうか)
相手が貴人とはいえ、場合によっては即座に衛兵を呼ぶつもりだったが、
外見や物腰があどけなく隙だらけだということもあり、アンヌはそのまま背後に身を潜めて彼の動向を観察することにした。

赤茶けた髪を肩の辺りで切り揃えたその少年は見たところ十四、五歳だったが、柱の陰から緑色の瞳をじっと凝らし、
肩に蜻蛉が停まろうとも強風が髪を乱そうとも身動きもせず廊下の前方を見つめていた。
(あちらの離れから知り合いが出てくるのを待っているのかしら)
アンヌはそう見当をつけたが、しかし伯爵家の子弟が身を潜めて会いに来る相手というのが誰なのかは測りかねた。
王子オーギュストの学友なのだとしたら、正々堂々と来訪を取り次がせ、控えの間で彼を待てばいいだけである。

ふと少年が身動きした。見れば廊下の端の扉が開き、女性らしい人影が出てきたところである。
彼は自分が身を隠していることも忘れたのか、柱の陰からすっかりはみ出るほど首を伸ばしてその人影を見極めようとする。
近づくにつれて輪郭がはっきりしてきたが、それはオーギュストの妃マリーに仕える侍女のひとり、つまりアンヌの同僚だった。
そうと分かると少年はがっかりしたようにかすかに首をふり、ふたたび柱の陰に全身を隠した。
同僚の侍女は果物が入っているとおぼしき籠を抱えながら廊下を渡ってきたが、
柱にひそむ少年には気づかぬまま、彼のすぐ背後にいるアンヌに軽く会釈すると反対側の棟に行ってしまった。

このとき、彼は初めてアンヌの存在に気がついたようだった。
振り向いて彼女の姿をみとめ、愕然としたように凍りつく。
アンヌは平然として彼を眺めている。
十九歳の彼女は少年にしてみればほんの四、五歳年長にすぎないが、
彼を頭からつま先まで観察しているアンヌのまなざしは年季の入った生物学者のそれであり、
ほとんど老境ともいえるほどに腰が据わっていた。
「き、君は」
「マリー妃殿下の侍女です。あなたさまはここで何をしておいでですか」
「えっ、―――マリー様の?」
アンヌの問いかけを全く無視して貴公子は驚きの声を上げた。見る見るうちに頬が上気していく。
(―――なるほど)
この反応だけでアンヌには状況が大体飲み込めた。
(マルーシャ様の求愛者のひとりというわけね)
214八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:22:26 ID:Ne6OQyBh

この大陸の最北端に位置する辺境国ルースの公女マリー―――アンヌが昔から用いてきた愛称でいえばマルーシャ―――
が嫁いできたこの国では、いわゆる婚外恋愛がさかんである。
とくに有閑階級に限っていえば、あたかも不倫は法律で奨励されているのではないかとさえ思われるほどだ。
マリーと同じくルースの素朴な国風のなかで生い育ってきたアンヌは、
修史官の娘として生まれたため女子としては珍しく識字教育を受け、生来の聡明さもあって外国語の読み書きにも堪能だが、
姫君の嫁ぎ先のこのような風潮については、文明国ゆえの退廃だとして忌み嫌っていた。
しかしながら、彼女の愛らしい主人はこの国の王子に嫁いだ以上、公式行事のたびに人前に現れざるを得ず、
また父君の意向を受けてガルィア宮廷に人脈をつくることに日々心を砕いたので、
その帰結としてか、王侯貴族から届けられる恋文は婚礼以来増える一方であった。

むろん夫と幸せな毎日を送っているマリーは全く相手にしないのだが、
日を追って多くなる求愛者の数に、アンヌは当人以上に危機感を強めていた。
いくら不倫が盛んだとはいえ、上流社会の暗黙の了解として、それは決して表ざたになってはならないものである。
日々マリーのもとに届けられる恋文の中にはほとんど熱に浮かされて書いているようなものもあり、
万が一、彼らのうちのひとりが思い余って人前で露骨にマリーに求愛するようなことがあれば、
彼だけでなくマリーの名誉まで貶められかねない。
ことにマリーは外国の公室から嫁いできた身の上であるから、
彼女が夫をないがしろにして貴公子たちの求愛を許すままにしているなどという噂がオーギュストの父つまり現国王の耳に入れば、
大いに不興をこうむることはまちがいなく、外交にも影響が及びかねない。

(最近は、情熱をもてあましたようなやたら稚拙な恋文が増えてきたと思っていたら。
こんなお若い方なら無理もない)
アンヌはマリーから最も信頼されている侍女として、貴公子たちからの恋文を最終的に焼却処分する任を負っているので、
主人に懸想している人々の内訳もだいたい把握している。
しかし、目の前にいるのがそのなかで最も真摯な者のひとりだとしたら、
王子夫妻の生活空間にまで忍んでくるほどの不行跡を看過するわけにはいかなかった。
(マルーシャ様の名誉のためにも、わがルースの外交政策が順調に実を結ぶためにも、
禍根の芽は早めに摘んでおくに越したことはない)
オーギュストの存在は度外視しつつも、常に理知的な態度を崩さないアンヌは今回もそのように判断し、
貴公子の緑色の瞳を見据えながら口を開いた。

「ここは王族がたの私的空間です。
たとえ宰相閣下であろうと、無断で侵入するなどということは許されません。
今回は見逃してさしあげますから、今すぐご退去くださいませ」
「いや、僕はマリー様に直接申し上げたい儀があって参上したんだ。
君がマリー様付きの侍女だというならかえって都合がいい。
僕はポワトゥ伯爵の三男フランソワだ。ほら、この紋章を見てくれ。身元は保証されている。
どうか僕のことを秘密裏に取り次いでもらえないだろうか。
もちろん礼はする。真珠でも翡翠でも、君の望むものをあとで送り届けよう」

恋を成就させるために侍女を買収する、という騎士道物語じみた手口の常套さに呆れながらも、
アンヌは厳しい表情を保ったまま頑としてはねつけた。
「わたくしの存じ上げる限り、マリー様はあなたさまとご面識はないはずです。
 わが主人に邪な懸想をされるかたのお取り次ぎはいたしかねます」
「この想いが邪だなどと。どうか頼む。
先月の宮中晩餐会でお見かけしたとき以来、あの可憐なお姿が目に焼きついて離れないんだ。
まさに北国の雪深い山中に咲く一輪の椿のようだ」
少年は自分のことばに酔ったかのように陶然として廊下の彼方を見やった。
215八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:26:05 ID:Ne6OQyBh

あの方は見た目ほど儚げではありませんが、と思いながらアンヌは辛抱強く言い聞かせる。
「オーギュスト殿下との平穏な結婚生活を乱そうとなさるかたは、わたくしに言わせればみな邪でございます。
お諦めなさいませ。おふたりは神の前で誓い合って結ばれた正式な夫婦でいらっしゃいます」
「あの血の巡りの悪い―――いや、おっとりした王子殿下には、
マリー様ほど生き生きとして瑞々しく最高に愛らしいお方はあまりにもったいない。
 そもそも、神聖な誓約とはいうが、実質は単なる政略結婚ではないか」
アンヌとしても、この発言の前半部分には大いに賛同を示したかったが、
そうなると不倫の片棒をかつぐ羽目に陥りかねないので聞き流した。
とにかくこの若君を翻意させることが先決だった。

「始まりはさようでございましたが、今や殿下ご夫妻は心から想い合っておいでです。
絡まりあう蔦のように」
「いいや、そんなものは仕組まれて余儀なくそうなった関係だ。
僕の燃えさかる恋情をもってすれば、マリー様も真実の愛とはどんなものかをきっと分かってくださるに違いない」
(これだから御曹司というのは)
アンヌはつくづく相手をするのが面倒になってきた。
貴族の独善性というのは別にこの少年に限ったことではないが、フランソワは年若く純真なだけにいっそう頑なである。

(さっさと衛兵を呼んで叩き出そうか)
それでもいずれまたこの貴公子は性懲りもなく忍んでくるに違いない。
アンヌに言わせれば、一途な想い人と執念深い犯罪者というのは紙一重である。
(―――やはりいちど現実を見せておくのがよい。
 ちょうど三時だから、ご公務の合間におふたりが寝室で過ごされるころだわ)
王子夫妻の睦まじさを眼前に示してやれば、さすがに諦めるに違いない。
少々むごいだろうか、という気もしたが、
アンヌにしてみれば見知らぬ貴公子の恋の成就などよりマリーの名誉と身の安全のほうが万倍も大切なので、
それほどためらいもなく少年に提案してみた。

「分かりました、フランソワ様。
どうしてもマリー様のお側近くに参られたいということでしたら、今日だけ特別にご案内して差し上げましょう。
 ただし、お部屋の外に侍るだけというお約束です。
決して思い余って侵入したり、呼びかけたりなさってはなりません。
お誓いくださいませ」
「ああ、ありがとう。君はなんて心優しいんだ。
もちろん誓うよ。僕は贅沢は言わない。
あの鈴のようなお声を間近で聞き、御身にまとってらっしゃる香りを知ることができればそれで十分だ。
今夜はきっとそのひとつひとつを反芻しながら、
恋しさのあまり眠れなくなるに違いない」
自慰の種が増えすぎて寝られないの間違いではないか、と思いながらもアンヌは黙って歩き始めた。
御苑のこの一隅を抜ければ王子夫妻の寝室がある棟に行き着く。
フランソワは浮かれるような、そわそわするような足取りでとことこと付き従っていった。
216八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:29:04 ID:Ne6OQyBh

「ああ、ここに・・・この壁の向こうに僕のマリー様が」
わたくしの姫様がいつからこのあなたのものになったのです、と内心咎めつつ、アンヌは貴公子の浮かれぶりを見守っていた。
感慨に打たれたような面持ちでフランソワは煉瓦の壁に手を当て、頭ひとつ分高いところにある窓を眺めている。
葡萄の蔓と小鳥たちが彫琢されたマホガニーの窓枠が陽光を浴びてますます艶やかに照り映える一方、
レースのカーテンは微風にくすぐられるたびそっとはためき、室内の物音や香りをひそやかに運び出していく。
実に穏やかな秋の日の午後であった。

「マリー様は毎日この時間にここで午睡をとっておいでなのか」
フランソワは興奮を隠そうとしつつ隠しきれていない声音で侍女に尋ねた。
ろくに日に焼けていない頬が上気している。
姫君の悩ましい寝姿―――枕の上に散らばる金髪、はしたなく乱れた裾、そこからのぞく白いふくらはぎといった情景が
この少年の脳裏でめまぐるしく回転していることを如実に見て取りながら、
アンヌは淡々と否定した。
「いいえ、オーギュスト殿下をお待ちなのです。
おふたりともちょうど三時ごろご公務の休憩を取られるものですから」
「えっ!では殿下がここに?」
「ええ、そろそろおいでになるころでしょう。―――ほら、扉が開いたようです」

たしかにぎぃっという蝶番の音とともに足音がゆっくりと近づいてくるのが聞こえた。
「オーギュスト」
うれしそうなマリーの声が聞こえる。
声の近さからすると彼女は窓際の椅子に座っていたらしいが、立ち上がって扉近くまで夫を迎えに行ったようだ。
ふたりが何かことばを交わしているのは聞こえるが、内容は聞き取れない。
しかし蜜月が永遠に終わらないかのように睦まじい口ぶりは、窓の下にいても十分感じ取ることができた。
フランソワはだんだん下を向いていく。
「戻りましょうか」
アンヌは静かに尋ねたが、貴公子は首を振って拒んだ。
どうあっても姫君のそばにいたいらしい。

やがて夫妻は寝室の奥に、つまり窓の近くにやってきた。
このあたりに寝台が据えてあるであろうことはフランソワにも十分想像できる。
何事か短くことばを交わしたあと、部屋のなかのふたりは急に沈黙した。
それがあまりに長いので、フランソワはかえってほっとした。
(なんだ、やっぱり午睡の時間ではないか)
すこしだけ元気を取り戻して顔を上げかけたところへ、嬌声にも似た悲鳴が突然聞こえた。
217八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:31:58 ID:Ne6OQyBh

「いやっ……!そこは、いけません、オーギュスト……」
(―――マリー様)
フランソワは愕然として窓を見上げた。
そこにはカーテンレースがはためくばかりで、真下から人影が見えようはずもない。
ふたりの声は、切れ切れながらも継続的に漏れ聞こえてくる。

「……許して……お願い……」
「マリー、ここは……?」
「あぁんっ……そこも、だめっ……いけませんわ、そんな……
わたくしの、大事なところ……奥まで……かき乱さないで……」
「困ったな……」
本当に困ったような、しかしどこか呑気な調子のオーギュストの声が低く響く。
「……でも、もっといろいろ試してみたい」
「やんっ・・・・・・そこもだめえ……!オーギュストの、意地悪……
 わたくし、このままじゃ、もう……だめになっちゃう……っ」
「だってマリー、あなたがそうしてほしいとおっしゃるから」
「たしかに、お願いしたのはわたくしですけれど……
でも、こんなふうになさるなんて……いやらしい……わたくしの王子様が……」
「もっと野卑なやりかたもあるにはあります。でも僕はそういうのは好まないので」
「もうっ……これでも十分……ひどうございます……
 わたくしの、弱いところばかり……いけない方……」
「もうやめましょうか」
「……いいえ、どうかつづけて……もっと、したいの……していただきたいの……
 だって・・・・・・あなたのを、いただけるまでは・・・・・・
わたくし・・・・・・満足できないもの・・・・・・
どうしても、ほしいの・・・・・・」
「それほど僕のを?」
「もう、オーギュストったら……分かってらっしゃるくせに……
 これ以上……わたくしを、辱めないでくださいませ」
「マリー、どうか機嫌を直してください」

軽くくちづけするような音、そして軽やかな笑い声が聞こえ、ふたりの音声はまた小さくなっていった。
あるいは布団の下にもぐりこんで愛をささやき始めたのかもしれない。

(そろそろ引き上げ時かしら)
自分の本来の意図が果たされたかと思い、アンヌはフランソワのほうを見た。
すると、その生白い顔はいっそう青ざめ、緑色の瞳は地面の一点を凝視していた。
アンヌが袖を引いてもこちらを向こうともしない。
(打撃が強すぎたのだろうか)
温室育ちのぼんぼんとはいえまさかここまで神経が細いとは、とアンヌはなかば呆れつつ、一方で若干の責任を感じてもいた。
何もここまで直截にやらなくてもよかったかもしれない。
218八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:33:28 ID:Ne6OQyBh

「フランソワ様、―――フランソワ様」
押し殺したような声で強く呼びかけられ、貴公子はようやく焦点を合わせて侍女のほうを見た。
その緑色の瞳は揺れるように潤み、なんとか落涙だけは耐えているといった風情である。
「マリー様のお声はすっかりお耳に届いたでしょう。
さあ戻りましょう。通用門までご案内いたします」
「マリー様が、僕のマリー様が―――こんな昼間から、あんな」
喉から搾り出すような声でフランソワがつぶやく。

「さようです。こんな明るいうちから時間さえあればおふたりは睦みあっておられるのです」
ですから間男の介在する余地などございません、とアンヌはつづけようとしたのだが、
貴公子の真っ赤に染まった目元を見て口をつぐんだ。
彼はもう十分すぎるほど分かっているのだ。いまさら追い討ちをかける必要はあるまい。
年下の少年が肩を震わせて初々しい痛みに耐えている様子を眺めていると、
ふだんは淡白なアンヌもさすがに罪悪感と母性本能を刺激されずにはいられなかった。

マリーが沈んでいるのを慰めるときのくせで、彼女はついフランソワの柔らかい赤毛を撫でてやった。
すると思いがけないことに、まだ背が伸びきっていない少年は侍女の胸に頭を寄せてきた。
いつもならこういう馴れ馴れしい相手はたとえ貴族でもさっさと引き剥がしているところだが、
このときはさすがにアンヌも拒めなかった。
姉になったような気持ちで胸の中に抱いてやる。
「……気持ちいい……」
「え?」
「ここ、すごく、気持ちいい……」
(この童貞は)

アンヌは複雑な気持ちで少年を胸に抱いていた。
(―――まあいい、ひと肌脱ぐことにしよう。私のやりかたも少しは悪かったわ)
この御曹司のマリーへの横恋慕がこれで収束し、
なおかつ自分の罪悪感も払拭できるなら重畳だと思い、アンヌは心を決めた。
そして自分よりやや背丈の低い貴公子の頬を両手ではさみ、顔を上げさせる。

「もっと、心地いいことをしてさしあげましょうか」
冬の空のように淡い灰色の瞳にじっと見つめられて、少年はまばたきもせずに凍りついた。
レースのカーテンが頭上ではためいたかと思うとまた窓枠の中に納まる。
彼は侍女の瞳から目をそらせないまま、ぎこちなくうなずいた。
219八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:35:54 ID:Ne6OQyBh

ふたりは先ほど通り過ぎた御苑の一隅に戻り、アンヌは少年の手を引きながら、午後の光が届かない茂みの奥に入っていった。
「緊張していらっしゃる?」
振り向いて尋ねても、フランソワの返事はない。
自分の意思でついては来たが、不安であることに変わりはないのだ。
「い、いや。少し肌寒い」
アンヌはふっと微笑んだ。
この彫刻のような女が笑うのを初めて見た、とフランソワは思った。
意外にも目元が優しげだった。

「すぐ温かくしてさしあげます。
そちらにお横になってください」
自分が主導しないことには事態が動かないと分かっているので、アンヌは彼の両肩を抱くようにして芝生の上に横たわらせた。
そして自らも地面に膝を突き、貴公子の革のベルトに手をかける。
ここにもまた、伯爵家の象徴であるひとつがいの鹿が刺繍されていた。

「そ、その、や、やはりこんなのはよくないのではないだろうか」
されるがままになっていたフランソワはようやくのことで震える声を発した。
股間をまさぐる侍女の手を恐る恐る押さえようとする。
しかしアンヌは意に介さずに手際よく肌着まで下ろし、十分硬くなったそれを取り出した。
「どうしていけませんの」
熱く脈打つ棹の長さを図るかのように、根元から先端までを白い指の腹でゆっくりとなぞりながら、侍女は表情を変えずに淡々と尋ねた。

「だ、だって、目下の者に伽を強いるなんて、貴族のすることではない」
「わたくしが自分からご提案したのですよ」
そう言って裏側をひと舐めする。少年はうめき声を発し、しばらく口をきけなくなる。
「―――そ、それはそうだが、……ここ、これは単なる肉欲の充足だ、罪ではないか」
「さようかもしれません。
けれどもフランソワ様は、これまでマリー様のことを想いながら、
ご自分の肉欲を満たされたことはありませんの?
それも罪ではございませんか?
それともマリー様への清き愛ゆえの手淫は咎にはあたらぬとお考えでしょうか」

フランソワは真っ赤になって反論しようとしたが、口を開きかけただけで何もいえなかった。
その純朴で正直なようすがアンヌの密かな加虐趣味をあおり、口舌の動きをますます滑らかにしていく。
彼女は両手で彼のものをこすり上げつつ先端を舐めてやったりしながら、貴公子の瞳をのぞきこんで淡々とことばをつづけた。

「反論なさらぬということはよほど頻繁に、マリー様を種にした自慰に耽っていらっしゃるのですね。
毎晩、それとも毎朝でしょうか。
頭の中であの方のお召し物をゆっくり剥いでいくのね。
たとえ妄想のなかとはいえ、王子殿下の妃たる方をそんな浅ましい肉欲の餌食にしていいと思っていらっしゃるのですか?
不敬の極みではありませんこと?」
「ち、ちが……ううっ」
アンヌはそれをすっかり口に含んでしまい、根元から先へとゆっくり吸い上げた。
世の中にはこんな感覚があったのか、と思うほどの劇的な快感が少年の身体をかけめぐる。
アンヌはその愛撫を何度も反復してやりながら、そろそろ挿入したほうがいいかしらと考えている。
(すぐ果ててしまうだろうけど)
220八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:38:18 ID:Ne6OQyBh

そう思った瞬間、彼女の口腔内に振動と熱いものが広がり、フランソワの身体もびくびくと震えた。
(やれやれ)
まあよくあることだと思いながらアンヌは顔を離し、やや咳き込みながら近くの芝生に白い液を戻した。
この苦いものを飲むのが当然と思っている男も世の中には多いが、
そんな傲慢な物言いをまずしないのが童貞のいいところだと思う。
長い振動が収まったあと、フランソワはようやく身を起こしてアンヌを見た。
まだ息が荒いのはもちろんだが、自分のしでかしたことに自分で驚いているような顔だ。

「許してくれ」
「何をです」
「あ、あんな……汚らわしいものを口に、出してしまった」
初めてなのだから仕方ありませんわ、というのが正直な感想だったが、
貴公子の気弱で申し訳なさそうなようすにアンヌの嗜好がふたたび刺激された。

「そうですわね」
立ち上がりながらスカートの下に手を入れ、白い肌着を両脚からそっと引き抜く。
「たいそうなおいたをしてくださいましたこと。
 おうちでの躾が行き届いていないのではなくて?」
貴公子のおびえたような緑色の瞳にアンヌの加虐心はますますあおられ、ふたたび彼を芝生に押し倒す。
そしてまだ硬いままの彼自身をつかむと、着衣のままゆっくりとそのうえに座り込んだ。
221八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:40:04 ID:Ne6OQyBh

温かく柔らかくしっとりとしてきつい、しかし決して目には見えない天国に自身が包まれていくのを感じ、
フランソワは自分がなじられているにもかかわらず夢心地に浸らずにはいられなかった。
アンヌはまだ腰を動かしてもいないのに、彼の身中ではすでに歓喜がふつふつとこみあげてくる。
ものも言えない少年の表情をのぞきこみ、その赤い頬に手を当てながら、侍女は熱い吐息混じりに彼をやんわりと咎めだてた。

「本当にいけない方ですこと。こんなお若いのに肉欲の虜になったりして」
むろん若いからこそ肉欲の虜になるのだが、
騎士道的な純愛こそ真実の愛、人が踏み行うべき道だと信じきっている少年の耳には痛いことばだった。

「い、いや……僕は、そんな、こと……」
「本当?でもこうされるのがお好きなのでしょう?
あなた様のものは、今にもわたくしの中ではちきれそうですのに」
「ち、ちが・・・」
「ではおやめになりますか?
あなた様はご貞操をマリー様に捧げるおつもりでいらしたものね」

「……うぅ……」
フランソワはうめきを押し殺しながらことばを探していた。
むろん彼にも年相応の膂力はあるし、
純潔を守るためにこの女を突き飛ばそうと思えばできるものの、あえてやれるはずがなかった。
こんな天国から途中で引き返すことができたらそれこそ聖人だ、と彼は思った。

「……離れないで、くれ……僕が、僕が悪かった……」
「反省していらっしゃる?」
「う、うん……もう、マリー様に、懸想は……しない……」
「それがよろしいですわね。
二度とむやみにお近づきにならぬよう、お誓いくださいますか?」
「……ち、誓うとも……」
「いい子ね。ではご褒美を」

アンヌは腰をゆっくりと前後に動かし始め、しだいに緩急をつけていった。
小さな唇からこぼれ落ちる吐息はますます荒くなり、華奢な上体が徐々に弓なりになっていく。
スカートの下で一体何が起こっているのか見当もつかないが、
フランソワは次々とこみあげてくる快感に呆然としながら、侍女になされるがままになっていた。
四方から容赦なくしめつけられる感触は彼からことばを奪い、唇からはただ獣のようなうめきが漏らされるばかりだった。
ひとけのないこの一隅で他に聞こえるものといえば、
まだ緑色を残した葉や梢が風に吹かれる旅に頭上で交わすささやき、
ふたりの衣擦れの音にアンヌの乱れた吐息、
そして彼女の紺色のスカート越しに結合部から響いてくる粘っこい水音だけだった。
222八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:46:03 ID:Ne6OQyBh

「……胸を……」
「え?」
「胸を、見たい」
貴族の矜持も忘れ、フランソワは哀願するような口調でつぶやいた。
「そんなにごらんになりたい?」
「すごく、見たい……触りたい」
「浅ましいこと」
「……すまない……」

腰を休まず動かしながら、アンヌは上体を前に折ると自分の胸元に片手をやり、焦らすようにゆっくりと飾り紐を解いていった。
紺色の上着の下には白いブラウスがあり、豊かなふくらみの輪郭を示していた。
上衣をすっかり脱ぎ去ってしまうとあとが面倒なので、彼女はブラウスの下部のボタンだけ留めたまま胸襟をはだけていく。
ようやく日の目を見た肌着は白いレース状で、その眺めだけでもフランソワには新鮮だったが、アンヌはさらにそれを上にずらした。

あらわになった白すぎる乳房が目の前で揺れるのを、少年はただ呆然と眺めていた。
雪兎のようなふたつの丘にはそれぞれ桃色の頂があり、
誰かが到達するのを待ち焦がれているかのように恥じらいもなく尖っている。
何度か唾を飲み込んだあと、フランソワはようやくみずからの腕を伸ばし、ふたつのふくらみを恐る恐るつかんでみた。
指先に伝わる柔らかさと掌のまんなか辺りを突く硬さ、そのどちらもが嘘のように心地よかった。
「すごい」
突如湧き起こった衝動にたまらなくなり、貴公子は侍女の上体を引き寄せて乳房にくちづけ、その頂をむさぼるように吸う。
彼女は最初痛がってフランソワを注意したが、吸われれば吸われるほどその吐息は荒く熱くなっていった。

乳首への入念な愛撫が惜しまれたものの、やがてアンヌは再び上体を起こし、絶頂への予感に身をそりかえしていく。
フランソワはほとんど爆発しそうになっている。
(わりと忍耐強い子だこと)
ひそかに感心しながらアンヌは内なる疼きの欲するままに腰を動かし、
じわじわと貴公子の純潔を追いつめていった。
そしてある瞬間に腰を浮かし、短い儀式に幕を下ろした。

少年の欲望が凝縮された液体はスカートの内側を遠慮なく汚し、彼女の明るい色の恥毛と太腿をも汚しつくしたが、
アンヌはもはや責めることはしなかった。
ふたりの吐息はいまだ絡まりあい、外気の温度を少しだけ上げている。
アンヌ自身はいまだ疼きを抱えたままだとはいえ、
とりあえず目的は果たしたことに満足をおぼえ、彼女は無言で貴公子の横の芝生に崩れ落ちた。
223八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:48:03 ID:Ne6OQyBh

「君の名前は?」
長くけだるい沈黙を最初に破ったのはフランソワだった。
場をつなぎたいがために尋ねたのだろう、とアンヌは思った。
子どもが沈黙を恐れるのはよくあることだ。
「名前ですか」
「そうだ」
「―――覚えていただくほどの者ではございません」

我ながら陳腐な物言いだと思いながらも、それ以外に言うべき答えがあるとはアンヌには考えられなかった。
己は任意の一点であるのが望ましいのだ。
初めての女として名をもち実体をもってしまったら、いらぬ執着を引き起こしかねない。

フランソワは身を起こして侍女の白い顔をのぞきこんだ。
その瞳は真剣な色を浮かべていた。
「どうか教えてくれ」
弱ったこと、と思いながらアンヌは彼の顔を眺め、さらに目をそらして空を見つめた。
日はようやく落ちかけていたが、中天はいまだ、透き通る淡青色を留めていた。
「ないのです、本当に」
「そんなはずは―――」

あるまい、と少年は言いかけたが、途中で口をつぐんだ。
たった今交わした情事の重みというものが、自分とこの女のあいだではあまりに違うのだ、ということをふいに悟ったかに見えた。
そうか、とつぶやいてフランソワはゆっくりと彼女から離れ、身なりを整え始めた。
アンヌもやがて上体を起こした。
たしかに辺りは肌寒くなっていた。
彼女は長い金髪に絡まった草の葉を取りはらいつつ、少年の背中を眺めていた。
224八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:51:15 ID:Ne6OQyBh

中秋らしく、その日も夕暮れは唐突に訪ない、そして過ぎていった。
アンヌは一介の侍女とはいえマリーから特別に重んじられているので、
ほかの使用人たちと違って自分専用の居室を与えられている。
その夜、就寝前にマリーの肌と髪の手入れを行うため自室を出ようとしていると、扉を叩く音がした。
開けてみれば同僚の侍女が手に大きな花束をもち、さきほどポワトゥ伯爵家の使いがこれを持って来たのだと言う。
贈る相手に関して、使いの者はその外見的特徴と雰囲気しか言付けされていなかったが、
同僚はおそらくアンヌのことだろうと見当をつけて預かってくれたのだ。

アンヌは礼を言って受け取ると扉を閉め、またひとりになった。
白絹のリボンでくくられた純白の花々のおかげで、部屋にはさらなる明かりが灯されたかのようだった。
よく見ると、リボンと包み紙の間には、伯爵家の紋章が摺られた小さなカードが挟まれている。
(椿の君へ、か)

そういえば御苑のあのあたりには、ひどく硬そうな濃緑の葉をつけた細い樹木が寄り添うように立っていた、とアンヌは思い出した。
彼女はそれが椿の木であることさえ気がつかなかったので、その名を与えられたことがなんとなく可笑しかった。
あるいはあの夢多き少年は、北国から来た娘は椿の花を贈られるのを最も喜ぶ、と思いなしているのかもしれない。
しかし、そろそろ大地が雪に覆われつつある彼女の生国ならともかく、
この温暖な国で今の時期に椿の花を入手するのは難しいことに違いなかった。
最良の品種として選びぬかれた御苑の椿さえ、いまだただひとつの蕾もつけていなかった。

(―――どこから取り寄せたものやら)
半ばいぶかしがりながらアンヌは花束を顔に近づけ、香りをかいでみた。
一足先に清澄な冬の空気に包まれるのを感じた。
淡い灯火のもとでよく見ると、この椿は珍しいことに八重咲きであった。
頭が重いので、ややもすればたちまち萼ごと地に散ってしまうような危うい風情がある。
鞠のような丸々した量感はアンヌの目を楽しませたが、
しかし、花弁の一枚一枚から漂うような、この一途な愛らしさは自分にはそぐわない、と彼女は思った。

屈託なく人を愛し、人から愛されることを感謝とともに受け入れられる娘こそが、
この可憐にして潔い花で飾られるに値するのではないだろうか。
たとえばマリーのように。
ふとそんな気がした。
225八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:52:27 ID:Ne6OQyBh

しばしの逡巡の後、アンヌは一輪だけ抜き取って髪に挿し、残りは卓上に飾った。
これが最後の一輪までしおれるころには、あの少年は新しい娘を見初め、
彼を淡々と男にした名もない女への執着も薄れていることだろう。
しかしそれでも、花の名とともに記憶に留められるのは悪い気分ではなかった。
226八重咲きの椿:2007/10/07(日) 18:54:16 ID:Ne6OQyBh

「まあ素敵、アニュータ」
マリーは自室で侍女を迎えると、彼女のかぐわしい髪飾りに碧眼を輝かせた。
もともとあまり身なりに気を遣わないアニュータが夜遅くにこんなふうに装うなんて何があったのかしら、
と聞き出したくてたまらなそうな顔をしている。
しかしアンヌは礼だけ述べて、黙々といつもの仕事にとりかかった。
鏡台の上に化粧水やクリームや香油やらを一瓶ずつ準備する。
姫君の爪の手入れを終えた年配の侍女は、入れ替わりで部屋を退出していった。

「ねえアニュータ、それは殿方からの贈り物なの?」
マリーは期待に満ちた声で尋ねた。
アンヌは言いたくないことについては主人に対してさえ絶対に口を割ろうとしないが、万が一ということもある。
マリーはそれに期待していた。
腹心の侍女はええ、とだけ答えた。姫君の顔はますます輝く。
「素敵だわ、どんな方なの?背が高い?恋文をいただいた?どこで見初められたの?」
アンヌが何もいわないうちから、マリーの頭のなかではどんどん物語が構築されていくようであった。

「アニュータ、安心して。周りがどんなに反対してもわたくしが必ず運命のその方と縁結びしてあげます」
マリーはじつに生き生きした瞳で鏡の中のアンヌに語りかけた。
うちの姫様は一体いつからこんな中年婦人じみた娯楽に手を染めるようになったのか、とアンヌはやや嘆かわしい気がしたが、
それはとりもなおさず彼女の人の善さの表れでもあり、
何よりオーギュストとの結婚生活が満ち足りていることを反映しているのだと思えば、むしろ喜ぶべきことであった。

自身ありげな姫君の声に、鏡の中のアンヌはほんの一瞬頬を緩めたが、すぐにまた作業にとりかかった。
主人のまばゆく白光りする金髪の根元から毛先まで、丁重に香油を塗りこめていく。
「ありがたいお申し出ですが、そちらのほうの始末はすでについております。
 ところでマルーシャ様、今日の昼下がりもずいぶんご熱心でしたこと」
「まあ、廊下まで聞こえてしまっていて?」
マリーは口ごもりながら頬を染める。

「いえ、ご寝所の窓の下を通りかかったのです。
 精を出されるのもよろしいですが、あまり熱中されすぎて子どものようにお声を上げられるのはお控えくださいませ。
そろそろ涼しくなってまいりましたから南向きのあのお部屋で午後を過ごされたいのは分かりますが、
風通しがよいために外までお声がよく通ります」
「だって、―――今日はオーギュストがあまりに手厳しかったから」
「手加減しないで鍛えていただきたいとお願いしたのはマルーシャ様でしょう?」
「ええ、それはそうなのだけど」
「上級者との手合わせを望まれるのは無理もありませんが、チェスを指すときにはとにかく平静を心がけられませ。
それが肝要です」

(やっぱり今日は夢中になりすぎたかしら)
マリーもさすがに自省しつつ、分かりました、と子どものように素直に答える。
しかしながら、昼間オーギュストが指したある一手を思い出すと、
(―――あの局面でプリンスを取られてしまうなんて)
と無念さを断ち切れない気持ちではあった。
就寝前にもう一局お願いしたら受けてくださるかしら、とぼんやり考えながら、マリーは鏡に映る侍女の仕事ぶりを眺めていた。
ふだんは感情を伝えない端正な横顔が、今夜はほんの少しだけ、思い乱れているように見えた。
ふとアンヌの白い手が後頭部に回され、椿の枝が抜き取られた。
マリーがそのまま見ていると、その枝はゆっくりと、彼女自身の白金色の髪に挿しこまれていく。

「まあ、アンヌ、もったいない。あなたがつけていなければ。
 贈り主の殿方もそれを望んでおられましょうに」
「もう、よろしいのです。
 ご就寝までの短い間ですが、よろしければお飾りくださいませ。
 オーギュスト殿下も喜ばれましょう」
アンヌは一歩退いて、鏡に映る戸惑い顔の姫君と、その後ろ姿とを見交わした。
結い上げ髪の根元にほころぶ八重の椿はあまりにゆかしく清冽で、
白いうなじと今にも溶けあうかのようだった。

(終)
227八重咲きの椿:2007/10/07(日) 19:21:24 ID:Ne6OQyBh

読んでくださった方々、前回までに感想をくださった方々、
そして保管庫の管理人様、
いつも本当にありがとうございます。

毎回なんとなく題名に数字を入れているのですが、
今回は「八」のほうが先に書きあがってしまったので、
次回「七」を投下した際には、
よろしければ、保管庫のほうでは「七」「八」の順に置いていただけないでしょうか。
管理人様はご多忙だというのに、
作者の勝手なこだわりのためにお手数をおかけして申し訳ありません。
ご息災をお祈りしております。

(恥ずかしい補足)
プリンス→キング
と置き換えて読んでください。
チェス未経験者が馬鹿なことを書いてしまいすみませんでした・・・・・・
228名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 19:23:54 ID:kDgO+DK3
お、キテタ―――!!!
侍女なのに女王様なアンヌのサドっぷりが素晴らしいです
実はチェスだったのにフランソワカワイソスw
六、七が飛んでるのが気になりますが西洋だとやっぱり難しいのかな?
しかしマリー夫婦も兄夫婦もアンヌとフランソワも皆行く先が気になる組み合わせだなあ…
229名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 19:25:19 ID:kDgO+DK3
考えたら六も七も揃ってますね
アホだ自分orz
230名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 21:13:21 ID:sb8czAFf
作者さん超グッジョブです!
オーギュストがとうとう探究心に目覚めたのかと思ったら・・・違うっ!

>>229
六はあるけど七はないよ。
231名無しさん@ピンキー:2007/10/07(日) 21:20:50 ID:XCJcZyhj
なんてお約束なオチ見事にだまされた。GJ!
232名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 03:18:43 ID:ghxmEw7R
ごちそうさまでした。うまかったです!
233名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 05:06:41 ID:tJhbmAJW
オーギュストは毎回おもしろいな
234名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 18:59:54 ID:MS6k+KM3
鉄壁の侍女も熱い肉体を持った女性だったんだな〜
言葉と技を駆使した女王様攻めっぷりエロす。
フランソワには生涯忘れられない女性として心身に刻まれただろう。
いつもながらの傑作、GJでした!
235名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 20:36:40 ID:XG0J3Uf+
ネタがわいたけど、小説らしく書きこむ余裕がないです。ほとんどあらすじ状態だけど投下。

『妄執の画』

タルキウス王国、壮年の王はまだ少女のような姫レイシアを娶り、夫妻は睦まじかった。
しかし、王が私事において重用している占い師が、妃は二人の子を遺して
若死にすると告げる。王はますます寵愛を激しくし、妃の美しい姿を多くの肖像に
描かせた。さらに、自分だけの秘蔵品とするために、
市井の無名の画家を選び、王妃の裸体画も描かせた。
絵に迫真性を増すために、目の前で交わってまでみせ、みごとな絵が完成する。
そして画家は、レイシア王妃の美しさが忘れられず、密かに王妃を描き続けた。
手の届かない高貴な美女への想いはゆがんだ妄執となり、
絵の中で王妃は、裸にされ、拷問され、犯され、処刑され、
さまざまに凌辱されていた。
画家が数年後に死んだとき、身寄りのない彼の絵は多くが売りに出されたが、
これらばかりは差し障りがありすぎ、しかしみごと過ぎるので、
少数の好事家の間でだけ取引される幻の逸品となった。
 一方、現実のレイシア王妃は、男女の双子を産み落とし、予言のとおりに早世した。
子供たちが愛妻に似ていくことを喜びながら、10年としないで王もまた
この世を去る。妃の面影をこの世に残すことに執着する王は、
妃の直系は皆、妃に似るように強く願った。
その結果、王妃の子も孫もそのまた子孫も、髪・目の色や背の高さ
(そしてむろん気性も)は様々ながら、顔立ちは王妃に瓜二つとなった。

それから数十年。
小国クロディオの王子ユニウスは冒険の旅の途上で、あやしい塔に出くわす。
そこで、美しい娘が閉じ込められており、裸で鞭打たれ犯されているのを見る。
娘を救い出した王子は、妻にしたいと思い素性を尋ねるが、彼女は沈黙する。
故郷へ戻った王子は、叔父が亡くなり、遺産の一部が彼に贈られたことを知る。
道楽者だった叔父は、怪しげな収集もしており、その中に一連の絵があった。
そこで描かれた美女の顔が、助けた娘にそっくりなことに驚き、現実に見た光景
ーー裸で鞭打たれ犯されるさまーーと同じであることにさらに驚愕した。
それを知った娘は蒼ざめ、何枚かの絵を目にして悲鳴をあげた。
「これらの絵は、タルキウス王国の王妃レイシアに違いありません。
私の何代か前の祖先にあたります。
この方の直系はみな、たいそうよく似た顔だちをしているときかされております」
娘は、アティウス王家のリアーナ姫。数十年まえにタルキウス国から妃を迎えて、
レイシア王妃の血筋とその美貌がアティウス王家にも伝わったのだ。
しかし、その美しい姫たちはしばしば不幸に見舞われた。
「ある人は、嫉妬深い夫に不貞の疑いをかけられて責め殺されたといいます。
また、怪しげなお告げによって、邪神への生贄に捧げられたという話さえも」
と言う姫の視線の先には、花嫁衣装で犠牲の祭壇に横たえられた美女の絵がある。
姫と瓜二つの面差しのその美女は、後ろ手に縛られ胸をさらけだされ、裾を
まくりあげられてそこに神官が体を割り込ませている。
「私の姉は、海を越えて嫁ぎ先へ向かう途中で海賊にかどわかされました。
奴隷として遠い国へ売られたそうです」
指差す先には、やはり姫とよく似た美しい女が、
全裸で奴隷市でせりにかけられている様が描かれていた。
「そして、私は、遠くの修道院へ叔母を見舞った帰りにさらわれて売られ、
ーー王子のご覧になったとおり、嬲り者にされておりました、
ここに描かれているとおりに」
236名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 20:38:06 ID:XG0J3Uf+
絵の由来を調べていくうちに、占い師・まじない師の老婆が発見される。
そもそもの問題のレイシア王妃の夭逝を予言した占い師の弟子筋にあたる。
老婆は、王妃に対する画家の執着の顛末を語る。
王妃の血と美貌を受け継いでしまった姫君は、これらの絵に描かれたことのどれかが
我が身に実現してしまう呪いを受けている。それを避けるためには、
ある種の儀式が要る。
それ以来、タルキウス王家、アティウス王家、クロディオ王家を中心となり、
レイシア王妃の直系の人々の間には、姫が年頃になったら
(遅くとも嫁入りのまえには)、ひそかに、首都のはずれの占い小屋にいる
この老婆のもとを訪れるという隠れたしきたりが出来た。
老婆は姫を、さびれた館へ連れてゆく。
その一室で姫を裸になるように命じる。
その部屋には、狂恋の画家の絵、さまざまな方法で王妃がいたぶられている絵が
並べられており、裸の姫がそれらの前に立つと、絵の一つ(あるいは幾つか)が
カタカタと揺れて音を立てる。その絵が、その姫の未来の予言。
それを実現させないためには、絵の内容に似たことを姫の身に加えなければならない。


たとえば、ヤギに犯されている絵ならば:
姫を裸にして縛り、乳首と下腹部の穴に、媚薬を混ぜた蜜を塗る。
子ヤギ2匹に乳首を、雄ヤギに下を舐めさせる。ざらざらした舌の感触と
媚薬の効き目で喘ぎまくり失神する姫。雄ヤギも興奮してモノを膨張させ、
液が噴出して姫の白い内股を汚す。

たとえば、首切り台に頭を乗せられ、後ろから首切り役人に犯されている絵なら:
裸の姫が首を台に置き、獣のようなよつんばいにさせられる。
執行人(の扮装をした男)が後ろから腰を高く持ち上げ、指で穴を探りあて、
立ち上がったモノの先端を穴の入り口にあてる。
なにかはわからないままに、ビクリとする姫君。
押し入ることは禁じられているので、つつくだけで我慢し、
かわりに手を前に伸ばし、柔らかな乳房を思い切りもみしだく、
姫の心では羞恥と恐怖と快感が闘い出す。

老婆は、近所の娼館も芝居小屋も仲間につけているので、小道具も役者も
充分にそろえることが出来る。
殉教の聖女物語など、美女の嬲り殺されるさまに興奮する客も多く、
磔台でも火刑台でも準備されている。
娼館には異常な客もいるので、責め道具も豊富である。
237名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 20:39:37 ID:XG0J3Uf+
あるとき、はだかに剥かれた姫のまえで音を立てたのは、
火刑台で炎にまかれて悶える王妃の絵だった。怯える姫を、老婆は
火刑台の舞台装置に縛りつけさせる。初々しい裸身を眺め回して
「・・・きれいなおっぱいだね。こんなことをするのはかわいそうだけど」
手にしたロウソクを近づけ、姫の乳首を焙る。
「きゃああああああっ!!!」つんざくような悲鳴をあげ、身をよじって苦しむ姫。
「あっ、いやっ、・・・あぁ、ゆるして・・・!」
「少しだけ、我慢するんだよ、さもないとこのきれいなからだがすべて焼かれて
しまうことになってしまうんだから・・・」
乳首が責めから解放されて大きく息をつく姫の胸元に、老婆は再び手を伸ばす。
「さぁ、火傷の薬だ、これで痕も残らないから安心おし」 乳首にどろりとしたものを
じっくりと擦り込む。そして下腹部にも手が伸びる。
「あっ、そこは火傷していないのに、おばあさん、どうして?あっ・・・」
「おまけのおまじないだよ。未来の旦那様が、たっぷりとかわいがってくださるようにね、
ほら、たっぷりと、塗りこめてあげよう・・・」
「ん、あっ、あぁん・・・」
薬には媚薬も混じっている。ロウソクの火であぶられたときとは違った熱さが
乳首からも攻めてくるのを感じて、姫の喘ぎに甘いものが混じってくるのだった。

このように、10年にいちどくらいの割りで、姫君への儀式が行われていった。
あらかじめ。絵の内容と似た怖ろしい目や恥ずかしい目にあわされることで、
その実現を防ぐというまじないが、老婆とその後継者たちによって
伝えられた。
しかしさらに長い年月ののち、まじない師は、絵にこもる念が薄れていくのを感じる。
 多くの姫たちの、怖れ、恥じらい、苦しみを吸い続けたことによって、
画家の妄執が鎮められたのである。
 だが。うるわしき王妃のうるわしい末裔たちは次々と生まれ育っていく。
美しい姫が怯えた様子で忍んでくる、それを裸にしていいようにする、
それはもはや、芝居小屋と娼館の人々の待ち焦がれる共有の愉しみとなっている。
まだやめられない。
そういうわけで、画家の呪いが消滅したのちも、姫たちへの「儀式」は続けられたのであった。
 あるいは、そのうち、不埒な人々の中に、かつての画家のような妄執が生じて、
新たな呪いが生まれたーーかもしれない。
238名無しさん@ピンキー:2007/10/09(火) 01:36:38 ID:TlzIfM2A
ヘタレな魔王の物語また書いてくれないかな
239名無しさん@ピンキー:2007/10/10(水) 03:02:23 ID:g5PvSaV2
ロウィーナはどうしたんだろう
240名無しさん@ピンキー:2007/10/14(日) 23:55:47 ID:2xU676f4
>>235
いいなぁ。純愛だけじゃなくこういうのも大好きだGJ!
241名無しさん@ピンキー:2007/10/20(土) 16:36:36 ID:MQdVgaQ+
王室婚姻によってばら撒かれた呪いか。
ちょっと違うけど、ヴィクトリア女王の血友病因子の話思い出したよ。
ヴィクトリア時代の英国は飛ぶ鳥落とす勢いだったので、どこの王家も
彼女の子供たちと縁を結びたがった。しかしヴィクトリア女王は
血友病因子を持っていた(血友病は母によって伝えられ、男子が発症する)
かくしてヨーロッパの王室中に血友病因子がばらまかれ、ロマノフ王朝などは、
世継の男児が発症。治療にやっきになった王妃がラスプーチンなる怪しげな僧に
つけこまれたりして、とうとうロマノフ家は滅亡してしまった。
今現在、ヨーロッパの王室が全体的に男女の継承の別を問わなくなっているのは、
(昔は男児一辺倒の継承だったのに)子孫に因子が受け継がれている可能性が今もまだ
あるため、男児の継承だけを当てにしていたらお家断絶だから、というのもあるらしい。
242名無しさん@ピンキー:2007/10/24(水) 16:34:46 ID:QXDvRgX/
ほしゅ
243名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 01:19:23 ID:7wuT1p6k
わっふるわっふる
244第七の罪(前書き):2007/10/28(日) 10:23:33 ID:+B1XtZbY
※やや陵辱風味な描写があります。
※これまでの一話分の倍くらい長いので、前・後半に分けたほうがよいかと思いましたが、
 一身上の都合により一挙に投下させていただきました。
 どうかご容赦ください。
245第七の罪:2007/10/28(日) 10:27:24 ID:+B1XtZbY

「お名前は?」
彫像が口を利いたかのようだった。
しかしそんなはずはない。
天上界の弦楽器にて奏でられたかのような深く温かみのある声は、
白いヴェールをまとった眼前の麗人の紅唇からこぼれ落ちたのだと知ると、ルネはようやく我に返った。
供の者たちは心配そうに彼を見ている。

何しろ相手は隣接する大国スパニヤから王太子妃として迎え奉った王女であり、
本日ルネの長兄と婚礼を挙げたばかりの御身である。
それなのに今、式典後の祝宴の席において、花婿側の親族が順を追って彼女に挨拶し祝辞を呈しているさなか、
第三王子のルネだけがものも言わずに固まってしまったのだ。
兄嫁となる王女の心証を初対面から悪しくしてしまったことは、誰の目にも明らかだった。
しかしルネにとってはそうではなかった。彼は無言でその場に立ち尽くしながら、
いま初めて相見えた五歳年上の貴婦人の声とまなざしの奥にある情愛深さを、誰よりも早く感じとっていた。
王女エレノールの大きな漆黒の瞳は宝玉にも劣らぬ光をたたえ、
年若い義弟に優しく微笑みかけていたが、どこか寂しげで、しめやかに悲しげだった。

「ルネ、です」
かすれた声でこれだけいうと、彼は足早にその場を立ち去ろうとした。
殿下、と従者たちが必死で引きとめようとしたが、彼は振り返らなかった。
これでは一体何のための挨拶か分からない。
見るからに気位の高そうな異国の姫君に平身低頭して詫びてから、
忠実な従者たちは十三歳の主人の後を追い、祝杯の香りで満たされた大広間を通り抜けていった。
246第七の罪:2007/10/28(日) 10:29:32 ID:+B1XtZbY

堂内には朝靄が漂いつつある。
長い祈祷を終え、ルネはようやく立ち上がった。
凍土のように冷え切った大理石の床のために、彼の両膝はほとんど感覚を失くしかけていた。
祭壇の前からゆっくりと遠ざかり内陣を退出して側廊に入ると、彼はようやくかじかむ両手を組み合わせて白い息を吐きかけた。
昨晩あたりから王都にもようやく、本格的な冬がやってきたようだ。

世俗を遠く離れた山間の修道院であればすでに黎明時の礼拝が始まっているところだが、
ここは宮廷の一隅に設けられた王室附属の聖堂であるからそのような日課はない。
この時間、王族はみな鵞鳥の羽をたっぷり詰め込んだ布団にくるまり、心地よい夢をむさぼっているはずである。
ただひとり第三王子のルネだけは、数年前から早朝礼拝を勤続していた。
誰に言われて始めたわけでもない。
五人の王子にそれぞれつけられた乳母のなかでも最も敬虔な婦人であったカトリーヌの影響か、
彼はごく幼い頃から、至聖の存在への畏敬の念を強く抱いていた。

知性に秀でていれば秀でているほど、たいていの者は長ずるに従い神と教会に対しては懐疑的になっていくものだが、
ルネの場合はそうではなかった。
彼はむしろ、童児から少年へと成長していく過程で、己の頭脳と心身を神の道に捧げる覚悟をはっきりと固めたようだった。
王族の子弟が義務として受ける神学教育だけでは飽き足らず、自らすすんで王室顧問の高僧に師事し、
極度に形而上的な論争に的確な疑問を呈しては彼らを感心させ、喜ばせた。
十三歳という若年にもかかわらず、いまや典礼のしきたりや精進潔斎に関しては王族の中で最も通暁しており、
最も厳格に履行していると称えられるほどである。

側廊を抜けて聖堂の出口へ向かおうとしていたルネは、ふと物音を聞いた。
宿直の番僧だろうか。いや、彼らが堂内の見回りをするのはもっと早い時刻のはずだ。
それは女性の靴音だった。
正確には屈強な衛兵ふたりが伴をしていたが、彼らは扉付近の篝火のもとで立ち止まり、
女主人が聖堂のなかへ入っていくのを見送った。
そこで待機するように言い渡されたのだろう。

彼女が進んでいったのは、ルネが歩いてきたのとは反対側の、入り口からみて右側にあたる側廊だった。
たった今礼拝を終えたルネとは逆に、内陣へ向かうつもりなのだろう。靴音が徐々に遠のいていく。
ほとんど後姿しか見えなかったが、彼にはその貴婦人が誰であるのかすぐに分かった。
247第七の罪:2007/10/28(日) 10:31:24 ID:+B1XtZbY

少年は一瞬立ちすくんだが、衛兵たちの視界に入る前に踵を返して側廊を戻り、内陣へと向かっていった。
走っているわけでもないのに、心臓が早鐘を打ちはじめた。
僕は何をしているんだ、ともうひとりの自分が問いただす。
ルネ自身にも答えは分からなかった。
ただ、この機会を逃してはならないと思った。
もちろん礼拝のためにここを訪れた相手にみだりに声をかけるつもりはない。
けれど、祭壇の前にただひとり跪きあの黒い瞳で聖像を見上げている姿を柱の影からでも眺めることができるなら、
それ以上は何もいらないと思った。

(―――義姉上)
心の中で呼びかけながら、ルネは内陣へつづく扉をほんの少し開け、中をのぞきこんだ。
祭壇の前には誰もいなかった。
自分が急いで着きすぎたのかもしれない。
案の定、反対側の側廊のほうから靴音が近づいてきたのでルネはほっとしたが、しかしその音は内陣の脇を通り過ぎていった。
(どこへ行かれたのだろう)
彼は困惑をおぼえたが、ふと思い当たることがあった。

外壁は何度も修築されたとはいえ、この聖堂の内部は非常に古い時代に建造されたためか一般的な設計様式とはやや異なっており、
内陣の裏手にはいくつかの小部屋が備わっているのだった。
しかし、聖遺物の安置室を除けば、今ではそれほどの用途もない部屋ばかりである。
(どういったご用向きだろうか)
そう思いながらも、彼の足は自然に奥へ踏み出していた。
これが正しいことなのかは分からないが、それでも追わずにいることはできなかった。

ルネが側廊の端にたどりついたとき、彼女もちょうど反対側の端を抜けてからこちらへ歩いてくるところだった。
少年は急いで壁に身を寄せたが、その必要はなかった。
貴婦人は左右の側廊をむすびつける回廊のちょうど中央あたりに来ると足を止め、
右手にいくつもならんでいる扉のうちのひとつを軽くたたいた。
返事がないことをたしかめると、重々しい扉を両手でゆっくりと開け、彼女は静かに中に入っていった。
ルネはふたたび扉が閉まったことを確かめると、足音を殺しながら、しかしできるかぎりの早足で扉の前にたどりついた。
248第七の罪:2007/10/28(日) 10:33:12 ID:+B1XtZbY

(―――そうか、ここは昔の告解室だ)
扉の上に刻まれた文字を見上げながら、彼はようやく思い出した。
けれど不思議でならなかった。
王族にもむろん、一般信徒と同じように定期的に懺悔をおこなう義務はあるが、
それはこんな廃れた小部屋においてではなく、この聖堂とはべつに設けられた礼拝堂内においてなされるべきものである。
なにより、今の時間この場所に王室専属の聴罪司祭がいるはずもない。

(何をなされようとしているのだろう)
ルネは身動きもせずにその文字を見上げていた。
早く立ち去れ、と彼の理性は働きかけていた。
彼女はわざわざひとりになるためにここへ来ているのに、おまえが乱すべきではない。
ルネは視線を下げた。
この扉の向こうにはあのひとがいる。
扉一枚を隔てて、あのひとがたったひとりで僕の前にいる。

(―――なんとしても、お姿を、近くから見たい)
彼の心は決まった。
敬虔な信徒としてのルネの一部は声を荒げて自身を非難したが、もはや耳を貸す気はなかった。
少年は、この告解室は隣の小部屋と通じていることを知っていた。
かつての聴罪司祭は、その通用口を通って隣の部屋と告解室の壇上とを行き来していたのだ。
そして、その通用口は、高い壇に阻まれて信徒の側からは見えないようになっていた。

ルネは一瞬目をつぶり、息を呑み込んでから、隣の小部屋の扉を慎重に開けて中へすべりこんだ。
窓もないので真っ暗なはずだと思ったが、ありがたいことに、屋外に向かって大きめの通風孔がいくつも穿たれており、
足元ぐらいはなんとか確認しながら部屋の奥に進んでいくことができた。
ようやく告解室に通じる扉に手をかけたとき、ルネの心臓はこれまでの生涯で最高と呼べるほど激しく脈打ち始めた。
(義姉上)
何度となく心の奥でつぶやきながら、彼はついに扉を開け、隙間から中を覗き込んだ。
冬の朝なので陽光もいまだおぼろげだとはいえ、天井付近のステンドグラスのおかげで、告解室のなかは明るかった。

壇上にはむろん僧侶はいない。
しかし、壇の向こう側には彼女が跪き、敬虔な想いに打たれてうなだれているはずであった。
この高い壇のおかげで自分の姿が隠れるのはよいが、
これほど近くにいながら彼女のようすを見ることができないのは耐え難いほど無念なことに思われた。
ルネは意を決すると扉の向こうへ滑り込み、壇の脇から彼女の姿をみとめることに成功した。
249第七の罪:2007/10/28(日) 10:35:06 ID:+B1XtZbY

ルネの義姉、一年近く前に隣国から嫁いできた王太子妃エレノールは、
冷たい床に両膝をつけて跪き、「黒曜石のような」と宮中に謳われる漆黒の瞳を誰もいない壇上に向けていた。
胸の前で組まれた両手は、先刻のルネのようにかじかんで色を失くしている。
その作法を見るに、今からただひとりで神に対峙し、告解を始めようとしているのは明らかだった。
朝の冷気の中に微動だにせず佇むその恭倹な姿は、伝承の中の聖女像のようにルネの目には映った。

しばらくの静止ののち、エレノールは黒い瞳を閉じ、組んだ両手で額を支えるようにしてうなだれた。
宮中で見かけるときと違い、いまの彼女は全身を灰色の粗衣に包み、
腰まである豊かな黒髪は修道女のまとうような質素な灰色の頭巾ですっかり覆われていた。
ただ幾筋かのほつれ髪はうなだれた拍子にそっと額をすべり落ち、滑らかな頬にかかっていた。

「―――お赦しください」
あえかな声がルネの耳に届いた。
彼は両手を強く握りあわせた。
室温はこれほど低いというのに、掌にはすでに汗がにじんでいた。
静まり返った室内に響くことを恐れながら、彼は呼吸が速くなるのを抑えることができなかった。
この美しいひとが、一体どんな罪を犯すというのだろう。
250第七の罪:2007/10/28(日) 10:36:41 ID:+B1XtZbY

「道を外れた恋情に長らくこの身を浸し、かのひとの運命さえ危難に瀕せしめようとした罪をお赦しください。
あなた様の御前で誓いを交わした夫婦でありながら、長らく夫たる殿方を遠ざけてきた罪をお赦しください。
そして、―――あなた様が男女の戒律においてお定めになった以上に、
過多なほどに夫を愛してしまうかもしれぬ罪を、どうかお赦しください」
(義姉上、一体、それは―――)
心の中で問いかけつつも、ルネには思い当たることがあった。

エレノールはもとより天然の美貌の主であるが、最近その麗容に磨きがかかったことは、宮中の誰もが認めていた。
周囲の使用人たちが噂するには、彼女は婚礼後半年後を経て、今ようやくルネの長兄と名実ともに夫婦になったのだという。
意味の分からない話だった。
ルネにしてみれば、夫婦の誕生とは、神の前で誓約を交わしたときをおいてほかにない。
「なんにしても、めでたきこと」
と侍女たちがささやきあうのを耳にするたび、彼は何とも説明しがたい気分になった。
義姉はきっとそのことをいっているのだろう、ということは彼にも分かった。
しかし、「過多なほどに愛する」ことの罪というのがなんなのか、なぜそれが罪なのか、彼にはよく分からなかった。

「全知全能のあなた様におかれましてはご承知なされておいでのように、わたくしの夫は―――」
言いかけてエレノールはまた口を閉じ、はにかみがちな童女のようにおずおずとまつげを伏せた。
小麦色の頬はほんのりと上気している。
ルネはふたたび息を呑んだ。
エレノールにとって、彼の長兄アランは―――彼女をここまで美しく目覚めさせた男は、一体どんな存在なのだろう。

神とはいえ他者の前で、己の身も心も火照らせるほどの想いを口にするのが決して容易ではないことはルネにも想像がついた。
義姉は両膝で跪拝したまま、切り取られた宗教画のようにそこに静止している。
けれどようやく勇気を得たのか、四季咲きの薔薇にも似た瑞々しい唇は、いままたゆっくりと開かれた。
深く空気を吸い込む音が聞こえた。
わたくしの夫は、とたおやかな声が復唱した。
251第七の罪:2007/10/28(日) 10:46:31 ID:+B1XtZbY

「信じがたいほど傲慢で尊大で鼻持ちならなくて我侭で自分にはなんでも許されると思っていて他人の欠点に不寛容で肉体は魂の器
に過ぎぬにも拘らず己の容姿にやたら自信を持ち大抵の女はこれで落とせると思っていて根拠はなきにしもあらぬがゆえにいっそう
腹立たしい男で狩り道楽が激しくてこの間は王室直轄地の荘園三箇所分に相当する大金をはたいて外国産の猟犬と馬を買ったりする
一方で教会にはろくに寄進もしない不信心者で王位に就いたらさっそく恐れ多くも教皇領を侵犯するに違いなく年中無休の戒律破り
で精進潔斎の期間さえまともに把握しておらずワインの好みがうるさくて女の好みもうるさくて淫蕩でそのくせ嫉妬深くて自分の妻
にはどこまでも貞潔を要求し俺が先に死んだら一生後家でいろと今から放言する一方で年端も行かぬ頃からおびただしい数の婦人た
ちと関係を持ち人妻であろうと頓着せずしかも複数を同時に寝台に招いたりする許しがたい倒錯者でわたくしの生国のようにこの国
でも異端審問制度が機能していたなら即刻火刑台送りにしてやりたいと思ったことも数知れぬ、そんな殿方なのですが、どうかあの
かたの罪をお赦しください。
とりわけ第一の大罪、傲慢の罪の甚だしきことをお赦しください」

エレノールはことばを切った。
その後しばらくは肩で息をしていたが、ようやく心身ともに落ち着きを得ると、
牝鹿にも似た大きな瞳を真摯に見開き、ふたたび閉じて祈り始めた。
ルネは壇の裏側でただ黙していたが、兄夫婦の先行きが周囲の考えるよりも不透明であるということはなんとなく分かった。
この呪詛、ではなく祈念を延々聞かされ続ければ、
しまいには自分も反王太子派の筆頭として反乱軍を組織するまでに洗脳されかねない気がする。
まあたしかに兄のひととなりを端的に描写した発言ではあった。

よくよく思い出せば、王太子夫妻の和解を喜んでいた使用人たちも一方では、
「―――でもおふたりはあのとおり、負けず劣らず気位の高い方々だから」
「そうねえ。冷たい無言の壁はなくなったかわりに、傍で見ていても、あわや一触即発という場面が多々あるものねえ」
などと案じていたものである。
「名実ともに」隔てをなくして夫婦になるとはこういうことか、
とルネは悟ったようなことを思いつつも、やはり退出したほうがよかろうか、
とさっき出てきた扉のほうを振り向いたとき、耳にふたたび義姉の声が届いた。
けれど今度は先ほどよりも小さくなり、なおかつどこか言いよどんでいるようだった。
252第七の罪:2007/10/28(日) 10:48:16 ID:+B1XtZbY

「―――けれど、実を申し上げますれば、わたくしにもあのかたを全面的に告発する権利はないのでございます。
すでに申し上げましたとおり、あの方は第七の大罪、姦淫の罪をなすことも甚だしゅうございますが、
それについては、わ―――わたくしもその責の半分を負っております。
少なくとも、わたくしたちが名実ともに夫婦となりましてからのあのかたの素行につきましては、さようでございます」

エレノールはそこでことばを切った。
いつにまにか頬がいっそう赤く染まっている。
しばらく視線を宙に泳がせて沈黙していたが、やがて意を決したかのように口を開いた。
しかし声はますますよどみがちになり、かぼそくなっている。

「―――わたくしは、あのかたと夫婦の義務をとりおこなうにあたり、よ、歓びを、得てしまったのです。
わたくしたちか弱き人間が姦淫に溺れぬようにと慈悲深きあなた様がお禁じになられた、かの『歓び』でございます。
それを、あのかたに、教えられてしまい、受け入れてしまいました。
―――そしてわたくしはそのことを、恥じてはおりますが、忌んではおりません。
あのかたを拒みきることが、どうしても、できないのです。
それどころか、むしろ、幸福をおぼえてしまうのです。そのように感じる己を、偽ることができません。
―――この罪深き肉体と魂を、どうかお赦しくださいませ」

エレノールはためらいがちに口をつぐむと、ふたたび瞳を閉じ紅潮した顔をうつむけるようにうなだれた。
地に向かって屈せられた従順な姿態は、無謬者の裁きを受け入れる覚悟をすでに決めているかに見えた。
長い黙祷だった。
大理石でできた氷嚢のような床の冷たさが全身に行き渡ったころ、
彼女はようやくのことで立ち上がり、音もなく告解室を出て行った。

ルネは壇の裏側に座り込みながらしばらく茫洋とした気分に呑み込まれていたが、
ふと思い出したように立ち上がって真後ろの扉をくぐり、隣の小部屋を抜けて廊下に出た。
エレノールはすでに、もと来た側廊を歩き進めていた。
あの部屋へ入るまで彼女を追跡したときとはちがい、今のルネはほとんど無意識的にそのあとを追っていた。
聖堂の出口に至ると義姉は待機させていたふたりの衛兵をねぎらい、
彼らを伴って王宮に戻ろうとするかに見えたが、それを呼び止める声が屋外から聞こえてきた。
253第七の罪:2007/10/28(日) 10:51:07 ID:+B1XtZbY

「まさか本当にこんな早朝に寝床を抜け出すとはな。苦労なことだ」
「―――アラン」
聖堂の出口から前庭へとつづく石段には、橙に染まる水面に墨を落としたかのように、淡く細長い影が落ちていた。
見れば羅紗の外套に身を包んだ青年が最上段に足をかけたところである。
赤茶けた金髪はやや寝乱れたままだったが、褐色の瞳は朝の冷気のためにすっかり冴えきっているようだ。
捜していた妻を視界にとらえても、さして喜ぶでもなく歩調を速めるでもなく近づいてくる。

その無感動な様子にもかかわらず、エレノールは彼の声と姿をみとめたとたん、
王太子妃としての威厳の衣を無意識に脱ぎ捨て、十八歳の乙女の顔になった。
むろん彼女はもはや生娘ではない。
けれど、エレノール自身こんなのはおかしいと思うのだが、
この一年近くさんざん短所を見せられているはずの夫と顔を合わせるたび、
牧童との逢引をひかえた羊飼いの少女のようにひどく幼い、単純な、
それでいて正体の判りにくい喜びとはにかみをなぜだか未だにおぼえてしまうのだった。
彼女は返事をしようとしたが、声が上ずってしまうのではないかとやや心配になった。

「迎えに来てくださったのですか?お寝みになっていてよろしかったのに」
「目が覚めたときに隣に誰もいないとなると、まあ、手持ち無沙汰でな」
行動でもって本音を証明してしまった居心地悪さのためか、アランはどことなく視線を泳がせていた。
エレノールは彼のそのようすに珍しく愛らしさを感じつつ、作法どおり夫に手をとられるがまま石段を降りていった。
衛兵たちは王太子に礼を捧げてからそれにつづく。

「ルネに会ったか?あれも早朝礼拝を欠かしておらぬはずだが」
「いいえ、お見かけしませんでした。ずっと内陣のほうにおられたのでしょう。
 礼拝の最中にご挨拶するのも非礼かと思い、わたくしはそちらには参りませんでした」
「告解など一年に二、三度坊主の前でまとめてやればいいものを。わざわざ無人の廃室にまで赴いて何を懺悔することがある」
「主に直接申し上げられることを願い、あの場所を選んだのです。」
「よほど後ろめたいことがあると見える」
「ええ、どなたかのせいで、とても」
エレノールはかなり真剣ににらんでみせたが、アランは無頓着な顔で受け流すだけだった。

そして首元の留め具をはずし、外套を脱いで妃の華奢な肩にかけてやった。
外套それ自体よりも、彼の体温がそこに留まっているという事実がエレノールの肌をほんのりと火照らせた。
しかし同時に心配になる。
「ありがとう存じます。でも」
「主の御前では罪人として粗衣を通すのもいいが、聖堂への往き帰りぐらいはちゃんと着ろ」
「でも、あなたがお寒いでしょう」
「かまわん。
 ――――いや、かまわんことはないな。かまってくれてもいい。むしろかまえ」
254第七の罪:2007/10/28(日) 10:52:14 ID:+B1XtZbY

いつもながらの尊大な物言いがふと顔を出したことに気がつき、エレノールはいやな予感がした。
でしたらお返しいたします、と知らぬ顔で申し出る前に、彼女の肩はさりげなく引き寄せられていた。
おやおや、と背後の衛兵たちが思う間もなく、王太子の端正な横顔は妃のすぐ耳元まで近づいていく。
そうして、鉄兜で覆われた兵士たちの耳には届かない囁きが交わされはじめる。

「寒さに震える夫を不憫と思うか」
「いいえ、全く。どうか耐え忍んでください」
「あの小屋は無人のようだ。見えるか」
妃の答えを無視して、アランは前方の小さな建物を眼で示した。
それは聖堂の敷地を囲む外壁の門を出たところに設けられた番兵たちの詰め所で、
今はちょうど当直の交代時刻にあたるのか、中には明かりも灯されていないようだった。
いや、たとえ人がいたとしても、このかたなら臨時で見回りを命じて追い出すにちがいない、とエレノールはすでに確信していた。
それを実現させないためには、あくまで彼に劣らぬ高慢な態度を貫くしかなかった。

「聖堂の治安に気を配られるとは、あなたにしては珍しくも殊勝なお心がけですこと。
 早々に宮中に戻り増員を手配してくださいませ」
「早まることはあるまい」
急ぎ足で詰め所の前を通り過ぎようとする妃の肩を、アランはいっそう強く抱いて引き戻した。
「お残りになりたいのでしたら止めませんわ」
「こんなうすら寒いところで誰がひとり暖をとると言った」

そう囁きながらアランは首だけ振り向き、ふたりの衛兵のたじろいだような視線をとらえた。
この戸口の前でしばらく人払いにつとめよ、
との王太子の命に彼らはなかば苦笑をかみ殺しつつも、なかば興奮をおぼえたような顔で拝受した。
不敬な想像は断じて許すまいと、王太子妃は彼らを眼光で叱責しようとしたが、
その効果が現れる前に強い力が彼女をさらっていった。
255第七の罪:2007/10/28(日) 10:53:17 ID:+B1XtZbY

「何をお考えです」
夫の意向はあまりに明白でありながらも、エレノールはあえて尋ねた。
衛兵たちの手前見苦しく騒ぎ立てることはなかろうと踏んだ彼の卑劣さのために
ごく自然に屋内に連れ込まれてしまったとはいえ、
彼女はとっさにアランの腕を振り払うと自ら壁に背中を押し付け、すぐにも逃げ出す覚悟をみせた。
「戸は開かぬ。身を寄せ合ったほうが温かいと思わんか」
「わたくしたちは聖域へ詣でたばかりではありませんか」
「すでに敷地の外だ」
「性急に過ぎます。
せめて寝所まで待ってくださらなけ―――あ」

失言に気づいて口元を押さえる妻の姿にアランは思わず口元を緩めた。
「宮中に戻ればさっそく侍従らに執務室へ追い立てられるに決まっている。そうだろう」
もっともらしい理由を述べつつ、彼女に一歩ずつ近づいていく。
「なんにせよ今のことばは、寝所でならば許す気はあったということだな、朝からでも。
 この小屋は寝所と同様に人払いはしてある。問題ない」
「―――あなたというかたは」
今日こそ何か決定的な罵詈を投げつけてやらなくてはとエレノールが一瞬黙考したあいだに、
アランはさっさと彼女に歩み寄りその細い腰をだきすくめた。

「そなたが悪い」
「なにをおっしゃいます」
「ひとつには、昨晩の夫婦の務めを拒絶した。告解を控えているからという理由にもならん理由でだ。
 もうひとつには、こんな姿を俺に見せるからだ」
そうつぶやきつつ、アランは妻の黒髪を覆う頭巾の端を払い、薔薇色の頬をなでた。
「こんな、男を知らぬ穢れなき修道女のようななりをして、しかもそれが板についているのだからな。困った女だ」
「何の悪しきことがありましょうか。お放しください」
「悪いさ。寝所ではあれだけ乱れに乱れてやまないくせにな。これでは欺瞞もいいところだ」
「無礼な。いくら我が夫君でも、言ってよいことと悪いことが―――」

瞬時に高潮した恥ずかしさと怒りに突き上げられ、エレノールは真っ赤な顔で夫に平手を食らわそうとしたが、
彼はその手を制したばかりか悠々と顔を近づけ、紅唇を奪った。
(いや・・・・・・・!)
壁に押さえつけられたままエレノールは首を振って抗おうとしたが、
アランの舌が自在に動けば動くほど、その動作は無力になっていった。
最初のうちはよほど歯を立ててやろうと思っていたにもかかわらず、
じきにいつもの如く、夫のいびつな情熱と豊富な経験に抗しきれない己を認めざるを得なくなり、
心身ともにほのかな陶酔に侵されていくほかなくなった。
冬の朝の張り詰めた空気のなかで、ふたりの溶けあう唇だけが熱かった。
256第七の罪:2007/10/28(日) 10:56:53 ID:+B1XtZbY

やがてアランは顔を離した。エレノールは余韻に浸っていたいかのようにまだ瞳を閉じていたが、
首筋にかかる頭巾が払いのけられ濡れた唇がそこに触れるのを感じると、はっとして漆黒の眼を見開いた。
「いけません」
「いまさら拒むか」
「これはまた別です」
「なぜだ」
「接吻は祭壇の前でも許されますが、あなたが今なさろうとしているのは姦淫です」
「夫婦の間だ。何が悪い」
「あなたのなさりようが、―――心構えが悪いのです」
エレノールはこの機を逃さじとばかりに夫の不信心ぶりを指弾しようとしたが、
アランは腹を立てるどころか、我が意を得たりというふうに口元だけで笑った。

「まあな。たしかに、不謹慎かもしれん。
 修道女の似姿のまま、そなたに嬌声をあげさせるのはどんなに背徳感がさしせまるだろうかと、今頭に浮かぶのはそればかりだ」
「アラン!」
真剣な抗議の声も耳に届かぬかのように、王太子は涼しい顔で彼女の身体を回し、
彼に背を向けて壁に手を付くような姿態をとらせた。
「やはり後ろからがよさそうだ」
「何がよろしいのですか!お放しください」
悪い予感が現実味をおびてくるのをひしひしと感じながら、エレノールは必死な声で夫を思いとどまらせようとした。
「清らかなものをいっそう『汚す』感じがするからだ」
そんなことは訊いていません、とますます顔を赤らめながら、
彼女は抵抗をつづけたが、ふいに足腰の力が抜けるような感触をおぼえた。
いつのまにやら夫の両腕は彼女のゆったりした粗衣のなかにさしこまれ、我が物顔で這い回っていた。

「やっ、いや・・・・・・やめて・・・・・っ」
「今朝は肌着をつけていないのか。感心だな」
「こ、こんなことを受け入れるためではありません。せ、清貧の教えに―――やぁんっ」
やわらかな桃の重みを計るかのように両の乳房をそっと握られて、エレノールはびくっと上体をそらした。
「冷たい肌だ。堂内はさぞかし寒かったことだろう。
今暖めてやる」
「・・・・・・い、いやっ、そんな・・・・・・」

「乳首がもうこれほど硬い。寒さのせいではないのか。
 こんななりでも本性の淫らさは変わらんな」
「ち、ちが・・・・・いやぁっ・・・・・・あぁ、はぁっ・・・・・・」
傍目にはエレノールの上衣は何やらもこもこと揺れているだけだが、
実際のところ、布の下ではアランの指先が尖る乳首を執拗に責めたて、さらに硬くしようと試みていた。
「早くも火照ってきたようだ。この衣の下で、そなたの全身が朱に染まりつつあるさまが目に浮かぶ」
ことばで弄ばれることから少しでも逃れたいがために、エレノールは壁に額を押し付けてうなだれたが、
夫のささやきはすぐ耳元に響いて止まなかった。
257第七の罪:2007/10/28(日) 10:58:56 ID:+B1XtZbY

「寒いだろうが少しだけ我慢してくれ。俺も寒い」
「え?な、何を・・・・・いやっ」
下半身が突然刺すような外気にさらされるのを感じた。
踝まである下衣の布が突然後ろからたくしあげられたのだ。
しかも傍らの小窓からはすでに曙光が差込み、夫の目にはすべてが見えているはずだ。
あまりの狼藉にことばを失ったまま、エレノールは唇をかみしめ瞳を潤ませて後ろを振り向いた。
しかしながら、修道服を模した粗衣と修道女以上に修道女らしいその潔癖な表情は、
露出された下半身の淫猥さをかえって際立たせており、涙目の抗議は男の情欲を煽り立てるだけだった。

妻の抵抗を制しつつ、愛らしい丸みをおびた臀部とほっそりした脚を満足げに鑑賞しながら、
アランは革のベルトをはずして、とうとう自らのものを取り出した。
それはすでに十分膨張してはいたが、やはり寒さにおびえて普段より縮こまっているようであった。
が、すぐに温かい花園に迎え入れられるのだと思い至ると、たちまち活力に満ちて頭をもたげるのが我ながら可笑しかった。

「いい眺めだ。ひとりで楽しむのが惜しいくらいにな」
「し、痴れ言はおよしください」
「まあな。この宝玉の肌を人目にさらすのはさらに惜しい」
これほどの辱めを強いられていながら、宝玉、ということばにエレノールの胸は一瞬熱く昂ぶった。
それがなにげなく吐かれたことばだけに、いっそう彼女の頬は赤くなった。
しかしそのときめきも、むろん長くつづくものではなかった。
アランの両手が彼女の腰をつかみ、自らの下腹に引き寄せたのだ。
あまりといえばあまりの振る舞いだった。

上体を壁に寄せたまま露わな尻と秘所を背後の男に差し出すなどという、
これまで生きてきた中で想像したこともないような姿態をとらされて、エレノールは最初怒るよりもむしろ呆然とした。
一瞬後我に返ると、彼女は必死で夫の力から逃れようと試みた。
しかし、なんとか振り切ろうと腰を揺らせば揺らすほど、その眺めは雄の欲望をいっそう掻き立てるだけだということに、
ついこのあいだまで処女だった娘が気づくはずもなかった。

「そう暴れるな。腰を使ってくれるなら、むしろ挿入後がいい」
勝手なことを放言しながらも、アランの息はそうとう荒くなってきていた。
過度に強引な真似はするまいと決めていたが、上下左右に弾む尻肉をここまで見せつけられるとさすがに耐えがたくなり、
とうとう妻の腰をがっしりと押さえて動かぬようにした。
ほぼ同時に秘所を指先で探ると、思ったとおりそこはすでに熱くとろけていた。
溶鉱炉さながらだな、と感心しながら二本の指を前後に動かすと、くちゅくちゅという音が小さな部屋に間断なく響いた。
258第七の罪:2007/10/28(日) 11:00:50 ID:+B1XtZbY

「先刻まで至聖の場にいながら、早くもここは罪を欲しているとみえる」
「こ、これはすべて、あ、あなたが・・・・・・・はぁっ、か、かき混ぜないで・・・・・・あぁっ・・・・・・」
「蜜が内腿まで伝わり落ちているな。靴を汚すのは時間の問題だ」
「そ、そんなこと・・・・・・ありま、せん・・・・・・・・・はあぁっ!」
突然大きな喘ぎをあげたのは、火照る花園に雄の先端が押し付けられたからだった。
しかしそれは蜜にまみれた秘裂の入り口をゆっくりなぞるだけで、進入しようとする気配はない。

「・・・・・・ア、アラン・・・・・どうして・・・・・?」
焦らすような愛撫に耐え難くなったのか、エレノールはとうとう後ろを振り向き、無意識のうちに上目遣いで夫に尋ねた。
そのうわずった声はなかば吐息で占められている。
「いやがることはしたくない」
「い、いやがる、とは・・・・・・」
「こんな場所でされるのは嫌なのだろう」
それだけ切り取れば殊勝な発言であったが、エレノールには夫の言わんとすることがはかりかねた。
「それは、そうなのですが、で、でも・・・・・・」
「でもなんだ。ほしいか」

エレノールは口をつぐんだ。
やはり、この倣岸不遜を絵に描いたような男が一瞬でもしおらしくなるはずがない。
そう思うといっそう憤りが燃え上がったが、それはもはや頭の中だけのことだった。
彼女のしなやかな肢体は、たしかに夫のさらなる愛撫を欲していた。
とりわけ火照りに火照ったその部位は、もはや否認できないほどに彼を欲していた。
無情な声が背後からつづく。
「望まぬならやめる」
「い、いいえ・・・・・」
夫の期待通りのことばをほとんど反射的に口走ってしまったことに動転し、
エレノールは目をぎゅっとつぶって額をいっそう強く壁に押し付けた。
タペストリーも何も掛かっていない、ざらざらした荒削りの花崗岩は素肌にひどく痛かった。

表情どころか後ろ髪さえ灰色の頭巾に隠れて見えないとはいえ、自責に耐える妻の姿はあまりにいじらしいものだった。
アランは彼女の耳たぶをそっと噛んでから、ねぎらうように囁いた。
「よく言えた」
エレノールは己の慎みのなさを再度思い知らされて身をこわばらせるばかりだったが、ふいに上体をびくっとそらした。
欲していた力強さがとうとう彼女の門を訪れたのだ。

室温が下がり切っているだけに、それは常にもまして熱を帯びているように感じられた。この時間この場所でのこのような営みが姦淫にはあたらない、
と思い切ることはエレノールにはいまだ難しかったが、しかし一方では、
男と女がこのように暖を分かち合うのは神の定めたもうた自然の摂理に適っているのではないだろうか、と信じる気にもなっていた。
(だって、このかたとひとつになって―――正しくはひとつにさせられてだけれど―――
わたくしは、こんなにも幸せなのだもの)
荒ぶる吐息を少しでも静めようと努めながら、少女は黒い瞳を閉じたままそんなことを思っていた。
259第七の罪:2007/10/28(日) 11:02:28 ID:+B1XtZbY

自らの半ば以上をしかるべきところに落ち着かせてしまうと、アランは少し止まって息を整えた。
このまま安逸のなかに埋もれて休息したい気もするが、朝日は刻一刻と昇りつつあることを考えると、
そう悠長なことを言っているわけにもいかなかった。
柔らかい襞の抵抗を押し返すようにして動き出してみれば、エレノールの反応は実に素直で敏感だった。
さきほどまでの反抗的な態度は単に、正妃としての体面を保つための形式に過ぎなかったのではないかと疑われるほどである。
後ろから一突きしてやるたびに紅唇からこぼれおちる仔猫のように切なげな声は、
アランの耳にはたまらなく可憐に響き、そして獣欲をますます激しく煽り立てた。

「はぁっ、あぁっ、い、いやっ・・・・・そんな、奥まで・・・・・」
「奥までほしいのだろう。さっきはそうねだらなかったか」
「ち、ちがいま・・・・・あぁっ、はぁんっ、そこ、だめぇ、そんなに、突かれたら・・・・・あぁんっ」
「ほら、もっと鳴いてみろ。そなたの今の姿は発情期の牝猫同然だ」
「いやぁ・・・・っ、そんな、そんなこと・・・・・ふぁ、はぁんっ・・・・・・あ、熱い・・・・・・」
「熱いどころか、もうとろとろに溶けている。聞こえるだろう」

くちゅ、くちゅ、とあふれる蜜音を意図的に大きく響かせながら、アランは容赦なく妻の深奥へと攻め入っていた。
つい先ごろ開拓したばかりのエレノールの花園はいまだ初々しいきつさを残していたとはいえ、
ひたむきなほど従順に彼のものを受け入れ締め付けてしまうのは、結婚して一年もたたない新妻らしからぬ成熟ぶりだともいえた。

しかしアランにしてみれば、己の「教育」が着実に実を結んでいることを実地でたしかめる満足感は大きかった。
彼は何も、女との関係において常に専制者たることを望んでいるわけではない。
しかし、エレノールに関しては、婚前まで愛し合っていたという恋人の存在をどうしても無視することができず、
その男との心の結びつきがいかに強かったかと邪推を逞しくすればするほど、
彼女の清らかな肉体をあられもなく開かせ隅々まで汚しつくしたい、という歪んだ欲望が頭をもたげてくるのだった。
それゆえ、アランはこれまで数知れぬ女たちと同衾してきたとはいえ、
隣国の王室から迎えたこの誇り高い妃とふたりきりになると、かつてないほど淫猥で執拗な情事を強いるのが常だった。
260第七の罪:2007/10/28(日) 11:03:24 ID:+B1XtZbY

(だがまあ、早朝でもあることだ。これくらいにしておくか)
妻から常々批判されるところのやたら偉そうな目線で黙考しつつも、
実際のところアラン自身がそろそろ解き放たれたい欲求に駆られていた。
やはり、この清純無垢な服装がこの娘に似合いすぎるからいけないのだ、だから今回はやたら早まってしまった、
と見当違いな怨み言を頭の中でつぶやきつつ、
アランは彼女の柳腰をしっかりと掴みなおし、ますます勢いをつけて抽送を繰り返した。
エレノールはもはや壁にしがみついているのがやっとのありさまで、もし彼の腕で腰を支えられていなかったら、
そのまま床に崩れ落ちてしまうのではないかと危ぶまれるほどの恍惚に陥りつつあった。

深く深く内奥をえぐられるたび、気品ある美貌を艶かしく歪め、啜り泣きともとれる嬌声を上げながら、
十八歳の貴婦人は無意識のうちに自ら動いていた。
いとしい男にさらなる歓びを与え、己もより深い悦楽に沈まんがために、浅ましくも自ら腰を前後に振っているのだった。
アランはそのことに気づいていたが、それを指摘してじっくり辱めてやるのは別の機会にまわしたほうが楽しそうだ、
と揺らぐ意識の中で結論した。
今はとにかくこれに専念したほうがいい。
しかし、彼自身を根元まで咥えこんだ花びらがひくついているそのすぐ上で、
丸い双丘が誘うように揺れているという眺めは、十八歳の青年の忍耐力をかえって弱める結果に終わった。

老練な彼はふだんなら、未成熟な妻の弱点を新たに突き止めては責め抜き早々といかせた後で
悠々と自分を解放するのが習いなのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
ある瞬間、自制の及ばないところで大きな高ぶりが生じるのを感じ、
ついで身体の芯を揺るがすような振動をエレノールと共有してみると、これもよいものだ、とアランは思った。
(―――最後の乱れぶりをちゃんと見届けられなかったのは残念だが)
意識は着実に遠のきつつも、妻の腰を支えもつことだけはどうやら忘れずにいた。
261第七の罪:2007/10/28(日) 11:04:42 ID:+B1XtZbY

朝日はようやくその全身を露わにしようとしていた。
すでに葉を落としかけている背の高い木々も、一日の始まりを迎えた喜びに肌を輝かせ、雄々しく枝を広げていた。
詰め所の周りに積もりゆく枯葉は日々掃き除かれる定めだが、
この時刻はまだ、昨夜の強風で散り落ちた分がそのままに残されていた。
戸口の表に立つ衛兵たちが手持ち無沙汰に落ち葉をぱりぱり踏みしめる一方で、
建物の裏側には、音を立てるのを恐れる静物画のような人影がたたずんでいた。

小窓のすぐ脇の壁に身をもたせかけながら、ルネは立っているのがやっとだった。
どうしようもなく息が苦しい。
自分の意志で呼吸を鎮めることができないのは初めてだった。
(―――静かにしないと、表側にいる衛兵たちに聞きとめられてしまう)
辛抱強く自分に言い聞かせながら、彼の息遣いはなんとか規則性を取り戻すことができた。
しかし心の中はまるで違っていた。
五感の端々まで乱れに乱された今、平静を取り戻すすべなど思いつきようもない。
ルネはとうとう地に片膝を突き、ついでもう一方の膝も突いた。
霜の降りた地面は冬物の下衣を遠慮なく汚し、膝頭を凍りつかせたが、そんなことはもはや気にもならなかった。

(やはり、後をつけたりしてはいけなかったんだ。―――こんなふうに、覗き見たりしてはいけなかった。
不道徳な誘惑を退けられない心弱き者には、必ず罰が下されるんだ)
我知らず涙が出てきた。
男なのになんということだ、とルネは自らを叱咤した。
しかし、その勢い込んだ響きはかえってむなしかった。

今ここで目に焼きついた映像は、一生脳裏を去らないようにも思われた。
兄夫婦の堅い抱擁、濃密な接吻、そして、―――力づくで露わにされた義姉の肌、
漆黒の濡れた瞳、苦悶するように顰められた眉、切なげに開く唇。
これを目にしたとき、ルネは胸がつぶれる思いだった。
兄に罰せられるのも覚悟の上で、窓を叩き割って乗り込み、罪なき義姉が虐げられるのを何としても阻止しなくてはと思ったのだ。
しかし、窓枠に手をかけながら再び室内に目を凝らすと、
兄の股間から伸びるものが彼女の足の付け根に押し付けられているところだった。
そのとき義姉の顔に浮かんだ表情とガラス越しに漏れ聞こえる声を形容する語彙は、ルネのなかにはまだ存在していなかった。

彼はそこに凍りついた。
これまでも義姉は決して近しきひとではなかったが、ふいに驚くほど遠いひとになったように思われた。
そしてそのことに、ルネはなぜだか激しい怒りを覚えた。
これが人に知られてはならない秘事だということは、十三歳の少年の目にももはや明らかとなり、
暗い室内で絡み合う兄夫婦の姿は獣のように浅ましく映った。
しかし視線をそらすことはできなかった。

あの誇り高い義姉が、腰をつかまれ服の下をまさぐられるという非礼を受けながら、
尊厳を放棄したかのようにすべてを従順に受け入れている。
兄の腰の動きにあわせて下半身を突き上げられるままにしながら、
壁にしがみつき、あらゆる男の耳朶に絡みつくような甘い嗚咽を上げている。
土埃で薄汚れたガラスの向こうで展開する情景をどう整理すればいいのか、ルネには見当もつかなかった。
ただ義姉への怒りにも似た悲しみが―――不思議なことに兄に対してはそれほどの憤りも沸かなかった―――
皮膚の下でふつふつと募るばかりだった。
262第七の罪:2007/10/28(日) 11:05:50 ID:+B1XtZbY

一方で、我が身の特定の部位が異常に熱を持ってきたことにも、
彼は気づかないわけにはいかなかった。
しかしそのことは努めて無視しようとした。
義姉の乱れゆく姿をひたすら凝視しながら、無意識のうちに右手が何度もその部位に伸びかけたが、
自らの内なる声がそれを戒めてくれた。
しかし、敗北は遠からずやってきた。
義姉のしなやかな肢体が前後に揺れ、弓なりにそりかえるのを見つめながら、彼はついに指一本も動かさずに果てたのだった。

そのあとの嫌悪感は形容しがたいものだった。
下腹部の湿りの不快さなどは問題ではなく、自分という人間そのものがどうしようもなく汚らわしいものに思われた。
あの一瞬はたしかに、これが天国かとも錯覚されるすばらしいものだったが、
後に残ったのは汗ばんだ肉体と思考の澱みだけであった。

長い煩悶の末、ふと目を上げると、兄夫婦もすでに高みに達したようであった。
彼らもきっと、肉欲を果たした後のむなしさに襲われ、たちどころに悔いるにちがいない
―――少なくとも、義姉はそうであるにちがいない。
なぜなら彼女は己と同じく、神へとつづく清浄な道を愛するひとだからだ。
期待というよりもほぼ確信をもちながら、ルネは彼らのようすを見守った。
兄がゆっくりと身体を離そうとしたとき、壁に手をついて自らを支えていた義姉は、振り向いて彼に身を寄せた。
ルネの目には、彼女は今にも、このような姦淫を自らに犯させた罪を責めたてようとするかに見えたが、そうではなかった。
服の乱れを整えるのもそこそこに、義姉は夫の胸に自らをゆだね、ふたたびの抱擁を求めたのだった。
彼女が自ら唇を近づけた後、ふたりはどうなったのか、ルネは知らない。
少年はその抱擁の瞬間に窓から離れ、冷たい壁に背を押し付けて、なんとか自らの足元を支えようとしていた。

(なんという欺瞞だろう)
そう思わずにはいられなかった。
天使のように楚々として心優しく、敬虔なあの義姉が、人の目の届かぬところではあのような醜行に身を任せている。
そして夫の前ではそれを悔いる様子もなく、彼の愛撫をふたたび待ちうけようとしている。
告解室で盗み聴いたあの祈りも、結局は神に対する誠心のないものなのだ、
あの懺悔はすべて偽りだ、とルネは結論づけざるをえなかった。

そうして義姉を貶めてみれば、彼女を憎み蔑むことにも躊躇はいらなくなった。
実を言えば、彼はそれを望んでいたのだ。
神の道を志す身であるがゆえに、かねてから、義姉を遠ざけ義姉から遠ざかるための理由を彼は欲していた。
あのような女に少しでも心を惹かれたことがそもそものまちがいだった、
と少年は自らに言い聞かせようとした。
しかし、目を閉じれば浮かんでくるのはさきほどの痴態の断片、
そしてそのあとにつづくのは、初めて顔を合わせたときのあの姿、
雪のように白い花嫁衣裳に身を包み、どこかさみしげな黒い瞳で幼い義弟に微笑みかける、あの儚げな姿だった。
263第七の罪:2007/10/28(日) 11:07:21 ID:+B1XtZbY

「今からでは、席次の変更はしていただけないのかしら」
ためらいがちにいう妻の声に、アランは窓の外の景色から顔を戻した。
彼らは馬車に揺られて茶会に向かうところだった。
月に一回、諸王族および伯爵家以上の上流貴族を招いて御苑の一隅でおこなわれる催しだが、
同じ王宮内とはいえなにぶん広大な敷地のことなので、移動にも馬車を要するのである。
「何か不服か」
「いいえ。でも、ただ―――わたくしは、だいぶ前からルネ殿に嫌われているように感じるのです。
 理由は、分からないのだけれど。
 せっかくの茶会なのに、ご不快な思いをさせてしまうのでしょうね」

そして何よりエレノール自身が、針の筵に座るような思いを数時間も耐え忍ばなくてはならない。
アランは不思議だった。
三弟が義姉を避けていることではなくて、この誇り高い妻が、理由も明かされずに他者から嫌悪感をほのめかされ、
それでも自分に非があるかのようにそれを甘受しつづけていることがである。
他の者がそのように理不尽なふるまいをすれば、この娘のなかではたちどころに矜持が温和さに打ち克ち、
自分を避けようとする意図を強い語調で正面から問いただそうとするだろう。

ルネに限ってそれができないのは、おそらくエレノールの敬虔さゆえであった。
幼少時よりその信仰心篤さを称えられてきた十六歳の第三王子は近年ますます謹厳さに磨きがかかる一方であり、
聖職者をもたじろがせるほど熱心に修養と神学研究に打ち込み、
一方で授封された土地から上がる収入の多くを投じて教会による救貧院や孤児院の設立事業を後援しているということは、
宮廷では知らぬ者とてない事実である。
そして、そのことが王太子妃の顔をうつむかせ、口をつぐませるのであろうことは想像に難くなかった。
信仰者としてこれほど非の打ち所のない人物が自分を嫌うのであるから、その理由は自分のなかにあるはずだ。
彼の恣意的なものであるはずがない。
そう考えざるを得ないのだ。

(神の愛に近づく道を誰よりも真摯に歩まれているがゆえに、
あのかたはわたくしのなかにある罪業を誰よりもよく見抜かれ、―――それゆえに避けておいでなのだ)
これまで何度となく感じた鈍い痛みが、エレノールの胸の奥にふたたび甦ってきた。
けれどそれを口に出すことはせず、黙ったまま膝の上で両手を組みなおした。
長女の出産から三ヶ月も経つというのに、お腹がすっかり平らになってしまったことにいまだ違和感をぬぐえない。
アランもやはり黙っていた。
264第七の罪:2007/10/28(日) 11:09:17 ID:+B1XtZbY

茶会は毎月恒例のなごやかな空気のなかで始まった。
季節によって会場の設けられる区域は変わるのだが、
晩春から夏にかけては天上の美を模した御苑の真骨頂ともいえる薔薇園の中央に席が定められていた。
ことに今回は、第一子の懐妊と出産後の安静のために
一年以上こうした公の席から遠のいていた王太子妃が戻ってきた記念すべき日とあって、
会場はいつも以上に盛大な祝宴の様相を呈していた。

遅れて座席に着いたとたん、王太子夫妻は人の輪に囲まれ、豪奢に着飾った貴人たちが口々に祝辞を奉った。
茶会とはいいつつすでにワインが回っている者も少なくなく、
アランが学舎に通っていた頃の悪友ベルナールこと将来のヴァンヌ侯爵などは、誰に向かうでもなく叫んでいた。

「みなよく聞け!妃殿下のお手柄もさることながら、われらが王太子の夜毎の奮闘をねぎらうのも忘れてはならん!
姫君が受胎なされたとおぼしき時期は、われらは陸軍再編成令の作成に忙殺されていた。
よくもそんな暇と体力を温存されていたものだと―――」
アランは無言で立ち上がりその首を片腕で締め付けると、衆人環視のなか友人を庭園の奥に引きずっていった。
それを見送った後も貴人たちの祝辞はしばらくつづいたが、酔漢の発言で赤くなった王太子妃がことば少ななためか、
彼らは徐々に散っていき、庭園のあちこちにふたたび歓談の輪をつくった。

座席にひとり取り残され、エレノールはかえって安堵の息をついた。
しかし厳密にはひとりではなかった。
長兄夫妻の着席以来いちどもことばを発しなかったが、ルネはずっと前から彼女の左隣に座っていた。
むろん深酒などたしなまず、東洋産の精巧な磁器に注がれた同じく東洋産の茶を静かに口に運んでいる。
「お久しゅうございます、ルネ殿」
我ながらぎこちない声だと思いながら、エレノールはつとめて明るい口調で呼びかけた。
ルネは顔だけこちらに向けたが、長兄と同じ褐色の双眸を義姉の瞳に合わせようとはしなかった。

「お久しぶりです、義姉上。お元気なご様子で何よりです」
「ええ、あなたも」
会話はそこで止んだ。というより、これでは会話にもなっていなかった。
ルネはふと義姉の茶碗に薔薇の花びらが浮いているのをみとめ、
早く取り替えるようにと背後の給仕に申し付けたが、彼自身はふたたび正面を向いてしまった。
自分を本当の姉のように慕ってほしいとまではいわないまでも、
せめて互いに親族らしく打ち解けたいと願いながら、エレノールはなんとかことばを探そうとした。
滑稽な話なら気持ちを和らげられるだろうかと思い、不得手ながらもその分野に挑戦することにした。
「あの、先ほどの侯爵家の若君をご存知ですか?アランの昔からのお友達なのですけれど。
 あのかたはいろいろな武勇伝をおもちで、たとえば―――」

「結構です。あなたの品位を汚すようなお話はおやめください」
短くいうとルネは立ち上がり、ビロードで飾り立てられた席を後にした。
今度こそエレノールはひとり取り残された。
周囲の人々はみな歓談をつづけていたが、何が起こったか気づいていない者はひとりもいるまい、とエレノールには思われた。
唇を固く閉じながら、彼女は背筋をのばして座りなおした。
胸元の花飾りが少しずつずり落ちていたが、気にしないふりをしつづけた。
少しでも下を向いたら、何かが弾けてしまいそうだった。
265第七の罪:2007/10/28(日) 11:11:07 ID:+B1XtZbY

品位を汚すような話はやめてほしい、というのはルネの本心ではなかった。
あの敬虔で貞潔な義姉が人前で猥談を披露するはずがなく、
この国の上流階級の男女が好む洗練された艶笑譚でさえまちがっても口に上すはずはない。
そんなことはよく分かっていた。
彼はただ、これ以上義姉の隣にいるのが耐えがたかったのだ。

ルネはもうとうに知りすぎていた。
十三歳のあの冬の朝、義姉の告解を盗み聴き、さらに情事の現場を盗み見たあの日からのちも、
彼は毎朝聖堂での礼拝後に告解室へ通い続けた。
むろん義姉は毎朝来るわけではなかったが、彼女が足を運んだその日には、
少年は一言一句聞き漏らすまいとひたすら息を殺していた。
最初の朝にあれほど打ちのめされたというのに、彼はどうしても、
敬虔な信者にあるまじきその行いをやめることができなかった。

そして自室に戻ると、新しく知った義姉の秘密を何度となく思い浮かべ、手淫の罪を犯す習慣をやめられなくなっていた。
ルネはすべて知ってしまったのだ。
長兄のもとに嫁いでくる前夜、義姉が生国で恋人と交わした最後の接吻の忘れがたさも、
素肌に教えられた初めての悦びも、夫にくまなく開拓されて知りそめた本物の歓びも。
さきほど悪酔いした貴公子ががなりたてようとした話題、
つまり長兄夫婦がどのように赤子をもうけたかということも、彼は概ね把握していた。

終夜の祈祷でどれほど疲労している朝でも、ひとりになるとルネの脳裏にはたちまち、
今にも帯を解いて隣に横たわろうとする義姉の姿が浮かんできた。
神の御前で告白し赦しを乞うた痴戯痴態のすべてを、彼女は義弟に対しては躊躇なく再現しつづけた。
舌と舌を絡めあう濃厚なくちづけも、乳房を弄ばれることも、前から後ろから激しく責めたてられることも、
あまつさえ唇や胸の谷間で彼自身を挟み種子で汚されることまで、義姉はすべてを受け入れ許してくれた。
紅い唇、小麦色の肌、そして桃色の乳首と花園にくまなく飛び散った白濁液を、
彼女は指ですくいとって上品に舐め、美味しい、と微笑んだ。
宮廷での厳めしさを片鱗も感じさせないその可憐なまなざしは、
まちがいなく、夫婦の寝所で彼女が兄に対して向けているそれだった。

王族はみな茶会に出席しているというのに、彼はひとり王宮の居室に戻ってきた。
清貧を尊び華美な遊楽を嫌う主人のことでもあれば、使用人たちは誰一人それを奇ともせず、
ちょうど清掃が済んだばかりの邸内に喜んで彼を迎え入れた。
礼服を着たまま寝台に身を投げると、ルネは右手のこぶしを開き中のものを見つめた。
強く握り締められたそれはいまや皺だらけになっていたが、エレノールが口をつけた茶器に飛び込んだ薔薇の花弁だった。
器を下げようとした給仕に目配せして手に入れたそれをじっと見つめながら、ルネは微動だにしなかった。
ふと唇を寄せてみた。全身が燃えあがるような気がした。
266第七の罪:2007/10/28(日) 11:12:25 ID:+B1XtZbY

女がひとりうなだれ、佇んでいる。
小さな部屋は静まり返り、右手の壁に設置された燭台を除けば、すべてが闇に沈み込んでいた。
首から足先まで黒い服で覆われたその貴婦人は、頭髪と顔をもやはり黒いヴェールで覆っていた。
ルネが近づいていくとかすかに面をあげたが、ことばは一言も発しなかった。
あまりに深い悲しみが、彼女のすべての音声を咽喉の奥で凍結させてしまったのだろう。

ルネもやはりものも言わずたちつくしていたが、突如としてヴェールを引き剥がし、その小さなあごを掴んで上げさせた。
人形のような眉目にのさばる悲嘆と憔悴の色は、
ふつうの女ならみすぼらしく見えるだけであろうが、
彼女の場合はそれによって面立ちの清楚さがいっそう引き立てられているということを知り、ルネは暗い満足を覚えた。

日夜心に思い浮かべた美貌を初めてこれほど間近で見られたというのに、
猛獣にも似た衝動をすでに解き放っていた彼は、ゆっくり鑑賞する間もおかずにその乾いた唇を奪った。
乱暴に舌を入れ、小さな舌を絡めとり嬲ってみても、貴婦人はめまぐるしく自分に襲いかかる現状が理解できないのか、
なされるがままになっているだけだった。
ルネはようやく口を離し、腕の中の麗人を見つめた。
その黒い瞳はあまりの無礼なふるまいに大きく見開かれていたが、怒りよりも驚愕と困惑に染まっていた。

「―――何を、なさいます」
「分からないのですか」
自分の声とはとても思えないような冷え切った口調で、彼は問い返した。
「あなたを我がものにするのです」
「ご冗談は―――」
義姉に最後までいわせず、ルネは彼女を床に押し倒した。
立ったまますっかり剥ぎ取ってしまおうかとも思ったが、
喪服は脱がせないほうが義姉の清らかさをいっそう楽しめると思ったのだ。
そして彼女を汚す楽しみがいっそう深まる。
義姉の細い両腕を押さえつけたまま自分の腰帯をほどくと、
ルネはその一端を近くの柱にくくりつけ、もう一端で彼女の両手の自由を奪った。
エレノールの表情を占めるのはいまや侮蔑の色だけだった。
抵抗を制止されながらも、彼女は義弟の眼を見据えて言った。

「離しなさい。寡婦となった今でも、わたくしはあなたの姉です。
かように人の道に外れたことが許されると思っているのですか。
長い間、敬虔な求道者の皮をかぶってよくも周囲の者たちを騙しとおすことができたものですね。
かくも欺瞞に満ちたあなたに神に仕える資格などありません。
恥を知りなさい」
虜囚のような姿を強いられようとも尊厳を崩さず言い放つこの貴婦人に侮辱されればされるほど、
ルネはどこか倒錯的な満足をおぼえた。
これでこそ義姉なのだ。己が愛したあのひとなのだ。
あと数刻もすれば、この誇り高い麗人は忍び泣きせんばかりに愉悦に身悶えているであろうことを思うと、
いまはどんな罵詈でも喜んで聞きたい気分だった。
267第七の罪:2007/10/28(日) 11:14:28 ID:+B1XtZbY

「どうかな」
つぶやきながら、ルネは義姉の黒い襟に手をかけ、力任せに左右にひきちぎった。
エレノールが小さな悲鳴を上げるのが聞こえたが、彼は気にせず膝下まで破きつづけた。
それから荒々しくコルセットをはずす。
肌を覆う絹の下着までが黒いのは、むろん亡夫を偲ぶ気持ちの深さを示すものであろうが、
欲望をたぎらせた彼の眼にはただ淫猥に映った。
それは男を誘う魅力的な肢体をいっそう強調するものにすぎなかった。

「恥ずかしい思いをなさるのはあなたのほうかもしれませんよ。
 未亡人でしかも王太子妃ともあろうお方だというのに、最後には歓んで僕を受け入れるのが目に見えるようだ」
「黙りなさ―――いやっ!」
羞恥のあまり気品のある顔をゆがませながら、彼女は身体をくねらせてなんとか義弟の腕から逃れようとした。
しかしむろんかなうはずもなく、ルネの手は我がもの顔にその滑らかな小麦色の肌の上を這い回りはじめた。
最初に目指したのはやはり乳房だった。
エレノールがあきらめずに身を揺すって逃れようとすればするほど、
妊娠出産を経験して豊かになったふくらみは大きく波打ち、彼の眼を釘付けにしていた。
誇り高い義姉がいまやうっすらと涙を浮かべているのも意に介さず、ルネはその下着に手をかけ、留め金ごと引きちぎった。

「い、いや・・・・・・!」
「思ったとおり、いやらしい身体つきだ」
彼は傲然と言い放ちつつも、長年想像の中でのみ弄ぶことのできた恋しい人の乳房を今ようやく眼前にすると、
さすがに息を呑み込まずにはいられなかった。
小麦色のふたつの丘は仰向けになっても型崩れすることがなく、
その桃色の頂は冷気に触れたためかやや縮こまっているように見えた。
引きちぎられた喪服のなかから現れただけに、彼の眼にはその聖域はいっそう侵しがたく、
いっそう汚し甲斐があるものとして映った。

しばしの感動からわれに立ち返ると、ルネは思い出したように両の乳房を揉み始めた。
とろけるような柔らかさに十本の指が食い込んでいく。
「やめて、触らないで・・・・・・はぁっ・・・・・・いやぁっ・・・・・・ん・・・・・・」
彼の掌を何か硬いものが突くようになった。
左右の親指でそれぞれをこねまわしてみると、義姉の吐息は明らかに熱く、荒くなっていった。
「感じやすい乳首ですね。そんなによいですか?」
「ち、ちがいま―――はぁんっ・・・・・・いやっ、いじらないで・・・・・っ」

義姉は必死で声を殺そうとしているが、そんなことはできるはずもなかった。
「この胸を開発しつくした兄上の喪に服しているさなかだというのに、こんなに感じていただけるとは。
聖女のように清らかな顔をしていながら、実態は娼婦だ」
「なんということを―――あぁっ・・・・・・だめっ・・・・・・」
義姉を貶めたのと同じ口で、ルネは彼女の乳首をゆっくりと味わい、その敏感さを堪能した。
唇ではさんでみても、舌先で転がしてみても、その硬いつぼみから深い歓喜が彼女の全身へと伝わっていくようだった。
エレノールの声はもはや完全に喘ぎとなり、義弟の舌が乳暈を円くなぞるたびに大きく高くなっていった。

「あぁんっ・・・・・はぁっ・・・・・・だめ、いけません・・・・・・っ」
「何がだめなんだ。こんなに硬くしているくせに。
 もっと吸われたいんだろう?」
もはや義姉に形式上の敬意を払うことも忘れ、ルネは荒い息で言った。
「下がどうなっているか、たしかめてやる」
「いや、やめて・・・・・!」
268第七の罪:2007/10/28(日) 11:16:04 ID:+B1XtZbY

ようやく我に返って抵抗を始めたエレノールの両脚を押さえつけながら、彼の手は最後の肌着にかけられた。
が、ふと思い立って脱がせるのはやめ、足の付け根を肌着越しになぞってみた。
そこはちょうど割れ目にあたるところだった。しっとりと湿ったその部分をひと撫でしただけで、しなやかな肢体がびくっと震える。
義姉はとうとう矜持を脱ぎ捨てたかのように、瞳を潤ませながら哀願するが、
その非力なようすは彼の情欲をあおりたてるだけだということにも気がついていなかった。

「や・・・・・・やめて、お願いです、もう、やめて・・・・・・」
「ほしがっているのが自分で分からないのか。
ここはもうこんなに濡れて、じかに触られるのを待ち望んでいるとしかみえない。
ほら、この硬いつぼみのようなものは何だ。剥いて弄ってほしいんだろう?」
「やめて、ちがいます、ちが・・・・・・あっ、あんっ・・・・・・はぁっ、だめ、そこは・・・・・・優しく・・・・・・」
黒絹の肌着越しに「そこ」を集中的に撫で上げられると、エレノールの両足からは最後の力も徐々に抜けていった。
「だめ、だめぇ・・・・・・っ」

「いやらしい花びらの形がわかるぐらい、もうぐしょぐしょだ。
 喪服にまで蜜が滴っている。さっきまで夫の冥福を天に祈っていたばかりのくせに、身体のほうはどうしようもない牝犬だな。
 そろそろほしいか。疼いてたまらないだろう。おまえみたいな淫乱に、貞淑な未亡人としての生活が送れるはずがない。
ひとり寝の間、ずっと自分の指でここを慰めていたんだろう。違うか」
「そんな、なんとひどいことを・・・・・・あ、あぁっ!いやぁ・・・・・っ」
「認めろ。そして、あれがほしいとねだってみろ。
 そうしないかぎり、決して解放してやるものか」
「や、やめ・・・・・・おねが、お願いだから・・・・・・あっ・・・・はぁ、あああっ・・・・・・!!
 ・・・・・申し、あげます・・・・・だから、もう、許して・・・・・もう、焦らさないで・・・・・
 わたくし、寡婦となって以来、・・・・・・じ、自涜にふけっておりました・・・・・・」
「この淫乱な身体は男なしでは寝つけないからだな、そうだろう」
「と、殿方なしでは・・・・・わたくし、夜を過ごせません・・・・・
 ・・・・・・ど、どうか、早く、いらしてください・・・・・・」
「娼婦め」

異常な興奮に駆り立てられた声で罵倒しながら、ルネはとうとう最後の肌着を義姉の両脚から引き抜き、床に放り投げた。
蜜にまみれた無防備な花園がついに彼の眼にさらされる。
エレノールは怯えたような、恥辱に苛まれているような、
しかし自らの内に燃え盛る欲望にこれ以上耐えきれないような潤んだ瞳で、義弟をじっと見上げていた。
269第七の罪:2007/10/28(日) 11:17:32 ID:+B1XtZbY

「・・・・・・お願い、優しく・・・・・・」
「嘘をつくな。激しく攻め立てられるのが好きなくせに」
ルネは限界まで大きくなった自分自身の先端を、蜜でぬめるような柔らかい秘裂にあてがうと、一息に奥まで貫いた。
「―――――いやああああっ!!」
一瞬、悲鳴が部屋中にひびきわたった。
しかし、それがあられもない喘ぎに変わっていくのに時間はかからなかった。

「・・・・・い、いやっ・・・・・あ、あぁっ・・・・・・はあっ、あんっ・・・・・」
ルネが深く浅く突くたび、エレノールの声は切なげに高くなり、乳房は前後に大きく揺れ、秘所はきゅっと彼自身を締め付けた。
すでに子どもを生んだ身体にもかかわらず、ルネがどんなに荒々しく攻め抜こうと、
義姉の濡れて火照った花園は永遠の愛撫を嘆願するかのように、彼自身に吸い付いて離れなかった。

「子種が、ほしいか」
押し殺した声でルネはささやいた。
これを拒めば絶頂を決して許されないであろうことは、エレノールにももはや分かっていた。
喘ぎと嗚咽を何度か飲み下しながら、彼女はついに答えを口にした。
「・・・・・・はい、ください・・・・・・わたくしの、なかに、・・・・・たくさん、出してください・・・・・・」
朱に染まった両頬にはすでに雫が伝っていた。
それが屈辱によるものか歓喜によるものか、彼女自身にも判然とはしなかっただろう。
王妃と王太子亡き今、国王についでこの国の最高位にある貴婦人は、端麗な顔を涙で汚しながら、
それでも義弟から一突きされるたびに無意識に腰を動かさずにはいられなかった。
粘着質な音がそれにつづき、床のうえを低く這った。

「・・・・・ル、ルネ、・・・・・おねが・・・・・わ、わたくし、もう・・・・・」
「いきたいのか」
「・・・・・はい・・・・・」
「そういえ」
「・・・・・・お願いです、い、いかせてください・・・・・・っ、あっ、はああっ、ああああんっ」
義姉の懇願の声にますます駆り立てられ、ルネは猛然と突き始めた。
もはや何を失っても怖くはないと思った。
このひとは自分のものなのだ。
誰もこのひとを自分から奪っていくことはできない。
なぜなら、この美しいひとはこんなにも自分を求めている。

最後の瞬間、ルネはエレノールの瞳を覗き込んだ。
その漆黒の奥に浮かんでいるのがどんな色なのか、どうしても見極めたいと思った。
しかしその前に、彼には混沌がやってきた。
270第七の罪:2007/10/28(日) 11:18:19 ID:+B1XtZbY

曙光すらいまだ訪れない昏黒の中で、ルネは目を覚ました。汗まみれの身体と、いっそう濡れた下腹部とがたまらなく不快だった。
彼は闇の一点を凝視し、やがて髪をかきむしるように両手で額を押さえつけた。
「―――もう、だめだ」
我知らず、口に出してつぶやいていた。その声には嗚咽さえ滲んでいた。
「僕は、もう、だめだ。
 このままでは、――――神の道どころか、人の道さえ踏み外してしまう。
 いや、すでに踏み外している」
陵辱してでも義姉を手に入れたいという己の心願も、
そして彼女に恋焦がれるあまり兄の死さえ願っているという己の真意も、彼には信じられなかった。
信じたくなかった。
ルネは瞳を閉じた。
ふたたび寝入るためではなかった。
ただ心を決めるために、自分を落ち着かせようとしていた。


翌日、ルネは父王に拝謁し、僧籍に入ることを願い出た。
周囲もある程度予測はしていたとはいえ、あまりに早い出家だった。
王族や重臣たちの間ではさまざまな動揺が走ったが、数日後、彼の願いは正式に受理された。
271第七の罪:2007/10/28(日) 11:20:50 ID:+B1XtZbY

昨晩遅くからみぞれが降りしきっていた。
今は止んでいるとはいえ、天はいまだ濃い灰色に覆われ、地は濡れそぼつような寒気に包まれている。
今日の正午にルネは王宮を出立することになっていた。
ごく少数の供回りの役僧と衛兵を従えて、王都から見て南西の山間部に位置するこの国最古の修道院へと向かうのである。

出家が認可されたのは数ヶ月前だが、彼のような生まれの者にはどうしても煩瑣な下準備がつきまとう。
授封された領地の相続権の一部を修道院に寄進し残りを兄弟たちに譲渡するための手続き、
各地の高位聖職者との面会、そして王族身分からの離脱にともなう諸典礼を終え、
その締めくくりとして、昨晩ようやく肉親との告別の儀を果たしたのだった。
王妃に先立たれたことに加え、加齢とともに自制心が緩みやすくなったせいか、
最後の正餐の席で父王が浮かべた涙を思うと、ルネはいまも胸が痛んだ。
修道院に入った後もあの場面を何度も思い出してしまうにちがいない、という気がした。
けれどその一方で、彼の心はたしかに清々しい思いで満たされてもいた。

(―――止んでよかった)
昨日よりいっそう白い息を吐きながら、ルネは聖堂の出口から曇り空を見上げた。
何年にもわたってひとり早朝礼拝を勤めてきたこの場所にも、もはや足を踏み入れることはないのだ。
地上へつづく石段に一歩降り立つと、靴の下でかすかに薄氷の砕ける音が聞こえた。
聖堂の前には石畳の道が伸びており、外壁を抜けるとそのはるか先は王族の居住区画へとつづいている。
石段をまた一歩降りながら、ルネはふいに立ちどまった。

前方に人影があった。
朝靄のなかで徐々に輪郭を明らかにしてきたそれは、出家の決意以来長らく顔を合わせていない長兄の妃だった。
御苑を散策するときでさえ護衛を伴わないわけにはいかない彼女の立場にしては驚くべきことに、
今朝はただのひとりも供を連れていなかった。
彼女自身こんな一人歩きがよほど新鮮なのか、時折立ち止まっては枯葉の下の霜を注意深く眺めている。
272第七の罪:2007/10/28(日) 11:24:01 ID:+B1XtZbY

義姉上、とルネが声にならない声で呼びかける前に、エレノールは自らこちらに近づいてきた。
「ルネ殿。やはりこちらにおいでだったのですね」
白い息を吐きながら、以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。
「もう、陛下のもとへ最後のお暇乞いに向かわれたかと危ぶんでおりました。
 これから伺うのですか?」
「いいえ。出立の直前に拝謁を賜ることになっております」
「さようですか。ではまだお時間はあるのですね」
エレノールはほっとしたように言った。
そんなうれしそうな顔をしないでください、とルネは心底から訴えたかった。
俗世にこれ以上未練を残していきたくはない。
だからどうか、その太陽のような笑顔を僕に向けないでください、と。

「少しばかりは」
義弟は無感動な声で応じた。
その口調と動かない表情にエレノールはやや気圧されたように見えたが、それでも声を励ますように言った。
「わたくし、あなたとお話がしたいと思って伺いましたの。
 よろしければ、こちらの聖堂のなかでしばらくお付き合いくださいませんか」
ルネの動悸は急速に早まった。このかたはどういうつもりなのだろう。
僕に避けられていることをよくご存知のはずなのに。
頭の中は空模様以上に混沌としてきた。
けれど、ルネの口はすでに開こうとしていた。
出家の誓願を立てて以来ひとえに修めてきたはずの道心をも覆す何か大きな力が、
己を内部から揺り動かしているかのように感じられた。

「もちろん、喜んで」
無関心な態度だけは保ったまま、ルネは言った。
「この奥で暖をとりましょう。
 石段は濡れて滑りやすくなっておりますから、お気をつけください」
そう言って彼女の前を歩き始めた。
273第七の罪:2007/10/28(日) 11:24:56 ID:+B1XtZbY

「毎朝の勤行、ご苦労様です。
 とてもお若いころからつづけておいでなのだと伺いました」
薄暗い側廊を歩きながら、エレノールは先導役の義弟に問うた。
清澄なその声は、目も眩むほど高い天井にまでは届かぬまでも、無人の空間によく響いた。
「ええ、そうです」
常と変わらず短く答えながら、ルネは振り向きもせず歩調を緩めもせずに歩きつづけた。
このひとの姿を見てはいけない。漆黒の瞳を見つめてはいけない。
彼はいつのまにかそう自戒していた。
見てしまったら、きっと二度と後戻りできない罪を犯してしまう。
その思いに愕然とするほど、彼の歩調は早まるばかりだった。

ほとんど大人といってもよい少年の足並みにかろうじて追いつきながら、エレノールはふと気がついた。
自分としては内陣の隅の聖歌隊席にでも腰掛けて話をするつもりだったのに、
義弟は内陣につづく扉の脇を通りすぎ、どんどん奥へと進んでいく。
「あの、ルネ殿、―――どちらへ?」
息をきらしそうになりながら、エレノールは恐る恐る問いかけた。
「心乱されないところへ」
振り向かないまま彼は答えた。

(―――ここは)
義弟がついに立ち止まった場所を見て、エレノールは困惑の色を隠せなかった。
今ではほとんど足を踏み入れるものもなく、その存在を知る者も少ないと聞いていたのに
―――だからこそ彼女はここへ通ったのだ―――彼はなぜここへ連れてきたのだろう。
(いえやはり、静謐だからだわ。
ルネ殿がこの聖堂の内部を知悉しておられるのは当然だし)
己があらゆる告白と懺悔を重ねてきた場所、天井から四方の壁までが己の恥部を知り尽くしているその場所で、
この敬虔にして謹厳な少年とふたりきりで向かい合うということに、エレノールは罪悪感に似たものをおぼえたが、
さりとてここは嫌だと説明できる理由も思いつかなかった。
「どうぞ、お入りください」
ルネはすでに、重い扉を開けていた。
274第七の罪:2007/10/28(日) 11:27:22 ID:+B1XtZbY

同じ冬の日だとはいえ、ここをはじめて訪れたあの朝と違い、室内はひどく薄暗かった。
みぞれに打たれたばかりのステンドグラスは艶を失い、灰色の岩壁に閉ざされた空間に彩を添えるものは何もなかった。
室温はもはや外気とさほど変わらず、エレノールは足元から冷気に取り込まれるように感じた。
沈黙が降りた。
かつて聴罪司祭が上っていた壇を除けば部屋には調度らしい調度も置かれていないので、
ふたりは所在なさげに立っているほかなかった。

つとルネが口を開いた。
「―――それで、お話というのは」
「ああ、あの―――」
沈黙を破ってくれたのが相手であることにほっとしたような声で、エレノールは答えた。
「あの、わたくし」
つとめて明るい声で言おうとしながらも、やはり途中で口ごもらずにはいられない。
「その、あなたに」
「何です」
義弟の突き放したような口調が、かえってエレノールの矜持を刺激したようであった。
彼女はふいに開き直ったように、けれどやはりまだ臆しているかのように、ゆっくり先をつづけた。

「わたくし、ずっとあなたに嫌われているのではないかと思っておりましたの。
 ですから、こういう場はお気に染まないかもしれませんが―――」
エレノールはことばを切った。
たとえ社交儀礼に過ぎなくても、ルネが否定してくれるものとばかり思っていたのだ。
しかし義弟は沈黙を守っている。
胸苦しさに圧迫されながら、彼女は出口を探すかのようにつづけた。
「女人は罪障深い身でございますゆえ、あなたのように清浄な道を希求しておられる方にはきっと、―――」

「ちがいます」
ルネはすべて言わせずに打ち消した。義姉の黒い瞳が大きく見開かれる。
「女性だから避けていたのではありません。
 あなただから避けたのです」
義姉の双眸を見据えたまま、ルネは乾いた声で言い放った。
漆黒の瞳に映る己の姿はまるで異界の悪鬼のようだ、と彼は思った。
275第七の罪:2007/10/28(日) 11:28:54 ID:+B1XtZbY

エレノールは何か言いかけて口を動かしたが、結局凍りついたまま動かなかった。
身体を支えるかのように壁面に置かれた片手は、
ごくかすかに、けれど今にも床に転がり落ちていきそうなほど小刻みに震えていた。
ぴしゃん、と硬い水滴のようなものがステンドグラスを打つ音が聞こえた。
見上げれば、外ではふたたびみぞれが降り始めていた。
出立には向かない天気だな、と思いながら、ルネはぼんやりとそちらを眺めた。
正確には、義姉の姿を見ていることができなかった。

向かいあう貴婦人の呼吸の乱れは、澄み切った静寂を通じて如実に伝わってきた。
長い間をおいて空気の流れがようやく平穏をとりもどしたころ、色を失いかけたエレノールの唇はようやく動き出した。
しかしその声からはほとんど力が失われていた。
「―――さようでしたか。それは、たいへん残念なことでございました。
 あの、これを」
ふだんの優美な挙措も忘れたかのように、彼女はごく機械的に懐に手を入れ、赤い布のようなものを取り出した。
「これをお渡ししようと思って、お会いしたかったのです」
「―――これは」
丁重な態度だけは崩さずに、ルネは両手で捧げ持つようにしてその布を受け取った。
畳んであるのを広げてみると、横に長い絹織物だった。

「祭儀用の肩布です。
修道生活でもいずれご入用になる向きもあるかと思い、織らせていただきました」
「―――ありがとう存じます」
すでに胸の奥で萌芽していた痛みが、いままたルネの五臓を突き破らんばかりに弾けようとしていた。
何とかそれを忘れようと、少年は強いて贈り物に施された精緻な紋様に隅々まで目を通した。
真紅の絹地には五種類ほどの意匠の十字紋が幾何学的に組み合わされ、全体としてみごとな調和をなしていた。
ふとルネの視線がとまった。
肩布の上下両端のみは、金糸の紋様ではなく黒い絹糸で祈祷文が縫いこまれていた。
聖職者用のいわゆる文語文だが、平坦なことばに訳せば、「これに護られる者に永遠の祝福を」と読めた。
ルネが思わず指先でその部分をなぞると、想像していた感触とは違っていた。

「―――あの、これは」
「髪です」
いぶかしがるような義弟のまなざしを咎めの意だと思いなし、エレノールは消え入りそうな声で答えた。
聖界へ去りゆく人からとどめのように露骨な嫌悪を向けられるのだと予感すれば、
いくら意志の強い彼女でも自尊心を保つのは容易ではなかった。

「こちらの国では、旅立つ人の平安を祈るため自らの髪を織物に縫いこんで贈る慣わしがあるからと、
アランに勧められたものですから。
でも、もしご不快でしたら―――」
エレノールはふいに口をつぐんだ。
義弟の挙措が彼女からことばを奪っていた。
276第七の罪:2007/10/28(日) 11:30:16 ID:+B1XtZbY

ルネは真紅の絹布を胸に抱き、顔をうつむけ、黒い文字の部分を唇に押しあてていた。
義姉の動きがふたたび凍りついたことに気がついて、彼は褐色の瞳だけを上げた。
鋼の自制心も長きにわたる韜晦も、何もかもが消えうせていた。
残ったのは、自らが秘してきた大罪に慄くような、そして赦しを乞うような、すべてを物語るまなざしだけだった。

「僕は、女性を知りません」
ひとりごとのようにルネはつぶやいた。
「―――ルネ殿」
応じる声はわずかだが震えていた。
義姉の唇から発せられたとも思えぬような、聞き苦しくかすれた声だった。
しかし少年の耳には、初めて彼女にまみえたあの日と同じように、ほかの何物にも代えがたい天上の調べとして響いた。
このひとに名を呼ばれるのもこれが最後だ、最後なのだ。
そう思い至ると、世俗を捨てるということの意味が急に現実感を帯びて迫ってきた。

「ルネ殿、わたくしは―――」
「御手を」
「手?」
「どうか、御手を」
震えながら差し出された繊手をそっと己の掌に乗せ、少年はその甲に接吻した。

「お祈りください」
ようやく顔を上げ、ルネはつぶやいた。
義姉は意味を判じかねたように、ただ呆然と彼のほうを見ていた。
「我が小さき魂の救済のために、どうかお祈りください。
これが、生涯最初で最後の、ただ一度の肉の罪となるように。
 僕も、あなたの―――あなたがたの平安を、どこにいてもお祈りいたします」

「―――ルネ殿」
呼びかけられても、彼はもはや答えなかった。
目を伏せたまま義弟は踵を返し、靴音も立てずに告解室を出て行った。
エレノールは一歩も動かず、そこに立ちつくしていた。
部屋に響くのは外から叩きつけるみぞれの音ばかりになった。
ふいに寒さを覚えて我が身をかき抱くと、その拍子に一粒の雫が頬を伝い、首筋までこぼれ落ちた。
後につづく涙もすべて、ゆっくりと蒸気になっていった。
277第七の罪:2007/10/28(日) 11:32:24 ID:+B1XtZbY

「ルネにいさまだ」
二階の東端に位置する第六書庫の窓から外を見下ろしながら、オーギュストがつぶやいた。
第三王子の出立式を正午に控え、今日の宮廷は上から下まで慌しかった。
ひとり放り出された形の末の王子がかまってくれる相手を探そうとしても、
今日の主役である三兄にそんな暇がないのはもちろんのこと、
正装を準備するためなのかほかの兄姉たちも居場所が定まっていなかった。
だめもとで長兄のところへ行ってみると、聖堂の敷地にほど近い王室文書保管棟で調べものをするというので、
「じゃましないから」とついてきてしまったのだ。

「エレノールねえさまも聖堂に行ったはずなのに、いっしょじゃないね。どうしたのかな」
「ルネは忙しいのだろう。出立式の前に禊も済まさねばならんはずだ」
「そうなんだ」
小さく息を吐くと窓がまた白く曇ってしまったので、幼い王子はふたたび毛織の袖でごしごしと擦り、外の様子を眺めようとした。
「ほんとだ。離れのほうに行っちゃった」
「そうか」
「ルネにいさま、ほんとにいなくなっちゃうんだね」
「ああ」
「さみしいな」
「そうだな」
「でも、これでよかったのかもしれないね」

「―――なぜそう思う」
祖父王の代に発布された勅令集から顔を上げて、アランは尋ねた。
末弟はまだ窓の外を見ている。
白地にくりぬかれた即席の小窓の向こうは、どこまでも灰色で塗りつぶされていた。
「ルネにいさまは、巡礼にでかけたり遠くのお寺におまいりするときはいつもうれしそうだったけど、
王宮にいるとなんだかちがったでしょう。
 とくにエレノールねえさまといっしょにいるときは、なんだかいつも、かなしそうだったよね」
278第七の罪:2007/10/28(日) 11:34:19 ID:+B1XtZbY

ふと風が起こり、どこからか飛ばされてきた枯葉が濡れた窓に付着しかけた。
しかし次の風ですぐにまた舞い落ちていく。
書見台に開いた本の端を意味もなく折り曲げながら、やれやれ、とアランはひとりごちた。
「おまえのようなぼんやり者でさえ気づいているというのに、あの連中は―――」
「え、なに?にいさま」
「なんでもない」
そしてアランも窓際に行き、自分の目線に合わせて、末弟と同様に袖口で窓の白い膜をぬぐった。

「あ、ねえさまだ」
「ああ」
「ひとりで歩いてる。迎えに行かなくていいの?」
「ああ。みぞれは止んでいる」
短く答えたまま、アランはそこから動かなかった。
「ねえさま、足元がふらふらしてるよ。何かあったのかな」
「いや、何もない」
「どうして分かるの?」
長兄は少し目を伏せた。
窓敷居にも天井と同じ意匠の浮き彫りがほどこされていることに、彼はこのときまで気がつかなかった。

「信じることだ」
オーギュストがさらなる問いかけを発する前に、彼はゆっくりと窓際から離れた。
書庫の一隅に据えられた暖炉は、その煉瓦の重厚さとは裏腹に、ほんのわずかな残り火がちろちろと燃えているばかりだった。
寒いはずだ、とアランは思った。

四方を書棚に覆われた広い室内は、冬の吐息が忍び込むのを黙認し、冷気を遊ばせるがままになっている。
炉の底にはぜる小さな埋み火は、暗色を背にしてどこまでも朱く揺れていた。
一瞬空気の乱調があったのか、炎は腕を天に伸ばしかけたがすぐに静まった。
そしてあとはただ黙々と、わずかな命を燃やし尽くそうとするばかりだった。

(終)
279名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 11:39:19 ID:ov2HfjTr
大作GJです兄弟はもう一人いるんですよねどんな方なのでしょう
この兄弟の両親も若い頃は相当変わった人だった気がします
280名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 19:16:47 ID:55850LW1
お疲れ様です。マリーとオーギュストシリーズの八作目ですね
このシリーズ大好きなのでまた投下しに来てくれると嬉しいです

>>279
王太子アラン、第三王子ルネ、第五王子オーギュスト
は判ったんだけど他の兄弟って出てきたっけ?読み返してきたけどわかんなかった
もし見落としとか他スレで投下されてたりしたら教えてくれないだろうか
281名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 19:29:53 ID:ov2HfjTr
>>280すいません数え間違えてただけでございます
282名無しさん@ピンキー:2007/10/28(日) 20:49:54 ID:3J0ojbRV
GJでは言葉が軽すぎて憚られるくらい感動しました。
ルネの叶わぬ想いが切ないですね…
前作の貴族の坊ちゃんと違って肉体的には救われないし。
自分が俗世を捨てることでしか義姉に尽くせない愛…切なすぎる。

オーギュとマリーを始め、このシリーズの登場人物は誰もが魅力的。
またの来臨をお待ちしてます
283名無しさん@ピンキー:2007/10/29(月) 06:52:54 ID:j0ZSva7f
>>281
把握w
いや本当に他で投下されてたのかと思っただけなんだ
なんか揚げ足取りみたいな言い方になってすまない
284名無しさん@ピンキー:2007/10/29(月) 22:56:35 ID:6wgqjHJj
保管庫の保管庫とかないの?
285名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 00:39:06 ID:hM4O5YPr
これは素晴らしいデキだね。終しまいの余韻も良いね!
エレオノールとルネの別れの描写がどこぞの文学作品みたいに味わい深い。
作者さんは岩波文庫の古典フランス文学あたりを読んでそうだなwとふと思った。
286名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 08:24:40 ID:8OqDqhgP
オーギュストの人が本出したら十冊買う。
や〜ホントいいわ。つかオーギュストが大人になった時分アランて王になったのかな。
でてきてない気がするから何かあったのか?とか思ってみたり。
エレねーさまもいるならマリーと仲良くしそうなのに、と思って。
…読み直してくるか。

>>284
この板の保管庫情報スレじゃあかんの?
287名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 08:27:40 ID:EVMglLOH
>>286
このスレの保管庫が前から死んでいるので、どこか他に保管している場所がないかと思ったのです。
288名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 10:37:52 ID:S2Ic5LKo
>>287
289名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 17:27:45 ID:XCsgAxeJ
>>287
保管庫、一時期更新止まってたけど
今は大丈夫だよ。

管理人さん乙です。THXです。
作者さんにも感謝!
290名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 21:09:14 ID:Kd0BL8KM
>>289
自分287じゃないんだけど、
保管庫ってこれだよね?
http://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/princess/index.html

自分も随分前から見れないんだが…
291名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 21:21:12 ID:WN3Yhhp+
普通に見られるけど、おかしいのか?
292名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 21:46:28 ID:EVMglLOH
284で287だけど、^pinkprincessフォルダ以下にはつながらない。
293名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 00:32:16 ID:ni+3SkTI
>>293
自分も見れない。
携帯からだとかろうじてみれたけどね。
294名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 08:15:55 ID:O38J/Juc
管理人さんじゃないけど、チェックしてみた。

冒頭の2つ「戦国時代」と「囚われのお姫様」がタイムアウトした。
あと、下のほうにある「フローラ」はファイルが消えているもよう。
それ以外は読めるけど、全然表示されない人もいるのかな?
295名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 09:36:01 ID:tsjWElrO
俺は保管庫自体につながらないよ。urlフィルタとかは使ってない。
296名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 11:00:25 ID:f3bR3VhE
俺は普通に見える。DIONで光
状況は>294と同じ
297名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 11:14:58 ID:tsjWElrO
見られない俺はOCNの光。
298290:2007/10/31(水) 12:59:24 ID:dw975A0L
見られない自分もOCNの光
299保管庫のエロい人:2007/10/31(水) 21:26:26 ID:qO0RihpU
ピックアップしてくださったSSは表示されるように手直ししました。

つながらないことについては、サーバーの管理人に連絡してみます。
他に繋がらないプロバイダの方がいらっしゃいましたらお知らせください。
300名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 07:11:18 ID:728XZom6
294ですが、読めなかったSS3本とも表示されました。
管理人さん、いつもありがとうございます。
301名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 21:56:13 ID:sse+5lXq
良作の多いスレだが、やや鬼畜分が足りない
302名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 23:27:20 ID:BcVgHjor
すげえいいこと考えた。
>>301が鬼畜エロ書けばいいんじゃね?
303名無しさん@ピンキー:2007/11/02(金) 12:07:10 ID:K0akJAqK
その発想はなかった
304名無しさん@ピンキー:2007/11/02(金) 13:05:15 ID:KLXpxpr5
何せIDがSSイーだしな
305名無しさん@ピンキー:2007/11/03(土) 23:47:18 ID:JuT24rS5
オーギュスト書いてる人は、男装スレでも書いてなかった?
捕らえた領主の娘を手篭めにして嫁さんにしちゃうやつ。
306名無しさん@ピンキー:2007/11/04(日) 16:40:04 ID:ElgwYhf+
領主の娘を…てナサさんのことか?
なら別の人じゃないけ。
こっちでもナタリーイヴァン話落としてるし。

つか最近男装スレ行ってないから作品自体を勘違いしてるかもだけど。
307名無しさん@ピンキー:2007/11/04(日) 22:35:30 ID:HkQrCfdX
オーギュストの人はこのスレで
家庭教師×お嬢様を投下していた作者さんだったとオモ
308名無しさん@ピンキー:2007/11/05(月) 23:46:15 ID:6ds56+Gp
保管庫では作者一緒になってるみたいだね。
309保管庫のエロい人:2007/11/07(水) 02:27:33 ID:teCJmBRN
非常に間抜けな話なのですが、自分もOCN光でした(すっかり忘れてました)。
うちからは問題なく見えておりますので、
OCN光ユーザー全員が見られないというわけではないかと思われます。

サーバーの管理者の方より、
>こちらの件ですが、サーバ側におきましては何ら制限は設けておりません
>一度、ISP側に質問していただけますでしょうか?
>ISP側の回答で、サーバ側での対応等ございましたらお知らせ下さい。
との回答を頂いていることもあり、
もう一度PCの設定を見直されるか、
直接OCNにお問い合わせして頂ければと思います。

なお、プロバイダ板のOCNスレを覗いてみたのですが、
一部のHPが見られない人もいるようです。

以上宜しくお願いします。
310名無しさん@ピンキー:2007/11/08(木) 14:44:45 ID:gV19X5Rm
やりとりを見てると、ここの住人は紳士淑女だと思う。

>良作の多いスレだが、やや鬼畜分が足りない

鬼畜シチュはもうほぼ出尽くしたのかも?
保管庫(管理人さんに感謝)改めて読んでみて、
家庭教師がお嬢様エッラを言葉で嬲るくだり、
恥ずかしい格好で使用人たちや猟犬たちに犯させようってのが
すごく萌えだった。

>保管庫では作者一緒になってるみたいだね。

コメントではっきり同じとわかってるなら同じくくりだけど、
離れてるとそうでない。

311名無しさん@ピンキー:2007/11/08(木) 15:09:08 ID:Rz5Z3OaU
SM板時代の「暁の風」陵辱シーンを未だに使ってるのは俺だけで良い
312287:2007/11/08(木) 15:39:00 ID:NgLlylUw
>>保管庫の管理人様

今日から急に保管庫につながるようになりました。原因不明ですがお手数をおかけしました。
いろいろと調べていただき、どうもありがとうございました。
313290:2007/11/08(木) 16:42:55 ID:+YQ6l+Cw
自分も見に行ったらつながりました。
管理人さん本当にありがとう。

しかし原因はなんだったのか…
314名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 18:05:59 ID:0yrqFP2U
ここは「お姫様」であれば
洋風でも和風でも中華風でもOK?
315名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 18:28:49 ID:TZUxPFvb
おKだよ。
316名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 18:42:03 ID:q/PJU9Ig
銀髪で褐色肌のお姫様を犯したい。
317名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 01:17:53 ID:pirranh4
鬼畜系はもういい
318名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 11:20:03 ID:/phBOghC
まだまだ
319名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 16:37:50 ID:KAh+6k2V
ほす
320名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 17:39:56 ID:bY4I5YkT
もういいってほど出たか?
つーか自分が嫌いだからといってもういいとか勝手なことぬかす奴は失せろ
321名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 23:01:10 ID:5Ngvdqo+
>>316
それはそういうのを書いてくれるということだな。
期待してるぞい。もちろん鬼畜だよな!!
322名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 12:48:49 ID:Hh504JMh
なにを言っているんだ。
鬼畜VerとラブラブエロエロVerの2種類に決まっているじゃないか。
323名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 13:36:53 ID:CxPNt3wJ
「鬼畜」がどの程度をさすのかも個人差あるからな。
私は、裸で晒しもの・輪姦・鞭打ちあたりは大歓迎だ。
324名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 16:19:04 ID:dcbrafW3
純愛でないものは全て鬼畜だと思っている
325名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 17:29:28 ID:Hh504JMh
強姦なら鬼畜だと思ってる。
326名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 17:35:44 ID:o25g83Q7
羞恥プレイまでならなんとか…
327名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 19:04:11 ID:+P/reEZT
別に定義付けなんてどうでもよくね?
お姫様でありさえすれば、このスレの趣旨に合うのだし
328名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 22:44:21 ID:Hh504JMh
ドレスを着たままのお姫様をバックで犯すのがいい!
329名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 22:51:30 ID:tx+09ZPN
もうちょっと練ればいい作品になった気がする。
目のつけどころはいいと思うので、また何か書いてください。
330名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 22:52:01 ID:tx+09ZPN
ごめん誤爆
331名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 22:59:20 ID:Tk5nT5yl
輪姦寝取られは無理だな
独占欲が強いんだろうな
332姫君と見習い魔術師:2007/11/12(月) 23:39:25 ID:pChuJS4D
エロがないので注意してください。


「クリフー、いるー?」
その声により、俺は書物から顔を上げ、来客を確認した。
「姫様ですか」
俺は自分の発言がまずかったと気づいたが、その時にはもう遅かった。
彼女の機嫌は曇りのない青空から、今にも雨が降りそうな危険な空模様になった。
「私、姫様って名前じゃない」
「…セリア様。ようこそ、みすぼらしい魔術師の館へ」
曇り空程度の機嫌に戻った。
セリア姫、彼女は何が気に入っているのか、俺が魔術師の修行のため住まわせてもらっている師匠の家によく来る。
今は師匠は留守だ。
「ひどーい、私たちの仲なのに”様”なんてつけるの?」
どんな仲だ。
「わかりましたよ、セリア様」
俺は香草の入った茶を口のなかに含む。
まったく、と彼女は腕組みをして、聞き分けのない子供を見る親のような表情となった。
俺はそんな彼女を見つめる。
美しい娘だ。
肌は日焼けし、髪は短い銀髪で輝くようだ。
体は健康的に引き締まっている。
動きやすい革のドレスを身にまとい、生命力を感じさせる。
剣を身に帯びているのがやや不釣合いか。
その美しい銀髪から「銀月の姫君」などと呼ばれている。
だが、それは彼女を知らない人間が無責任なことを言っているだけだ。
彼女は恐ろしく腕が立つ、らしい。
髪が短いのも動くの邪魔だそうでバッサリ切ったそうだ。
書物と向き合い、部屋に篭もっている俺など、てんで相手にならない。
俺には剣のことなど分からないが、騎士たちの中にも彼女に勝てる者は少ないらしい。
「なに、私に見惚れた?」
俺の視線に気づいたのか、彼女が悪戯っぽく笑う。
「今日は何のようですか?」
俺は彼女の戯言を無視する。
「クリフって、少し付き合いが悪いと思うのよ」
「そうですか」
「そうよ、あなたの愛する姫君がこんなむさ苦しい場所にわざわざ来てるのに。とっても冷たい態度なんだもの」
「…何のようですか」
いい加減用件に入って欲しい。
だが、彼女は不満そうだ。
なおも関係ない話題を続けようとする。
「あなたに会いにきたの、じゃだめ?」
「……何のようでしょうか、姫様」
俺もなんでこんな不毛な時間をすごしているのだろう。
我ながら我慢強いものだ。
「もう、ねぇ私、欲しいものがあるの」
なおもセリアは不満そうだが、本題には入るようだ。
333姫君と見習い魔術師:2007/11/12(月) 23:40:16 ID:pChuJS4D
さっさと用件を伝えてほしい。
「惚れ薬が欲しいの」
甘えたような声で、こちらに顔を近づけて言う。
「はぁ?」
俺は思わず頓狂な声を出した。
彼女なら何も知らない相手を誑かすことなど簡単だろう。
被害者のその後については俺は知らない。
冥福を祈るばかりだ。
「ねぇ、あるんでしょ?」
なおも顔を近づけてくる彼女。
これで、どれだけの男が誑かされるのだろうか。
だが、俺は騙されない。
この女と過ごした幼年期のことは決して忘れない。
あの日々を思い出すと今でも恐ろしくなる。
「ありませんよ」
「嘘」
俺の発言を無視するセリア。
なぜ、嘘だと決め付ける。
「惚れ薬なんて、物語だけの話ですよ」
「嘘よ、惚れ薬の話を侍女たちが」
俺は彼女を遮る。
「似たものならありますがね」
「じゃ、それ頂戴」
「人の憎悪をかきたてる薬ですよ」
「何よ、それ」
セリアが呆れたように言う。
「憎悪も愛も執着という点は同じでしょう?」
「そんなのおかしいわ!」
彼女は認められないとばかりに机を叩く。
…あまり強く叩くを壊れるのでほどほどにして欲しい。
「あってもそんなもの渡しませんよ」
俺がその言葉を発した時。
俺の咽喉元に剣が突きつけられていた。
「あるのね」
彼女は無いといったらどうなるか分かってるだろうな、とでも言いたげな口調で言った。
目が据わっている。
なぜ、国王はこの女に剣を持たせているんだ?
いつか、罪も無い人が死ぬぞ。
「いやだから」
「私ね、素直な人が好きなの」
俺に選択肢は無かった。
「分かりましたよ…」
そう言った途端彼女は剣をおろした。
334姫君と見習い魔術師:2007/11/12(月) 23:41:19 ID:pChuJS4D
俺は薬品棚のところに歩み寄る。
そして、そこから小瓶を取り出す。
「この中の液体を一滴、食べ物か飲み物に入れてください」
「うん」
「その後、いいですか、相手がこの薬を飲んだ後、最初に見た人に効果が現れるのでその時相手の視界に入るようにしてください」
「わかったわ!ありがとうね!」
そう言って彼女は去っていった。
まるで、嵐のようだった。


「と、いう訳なんですよ、師匠」
「お前は何を渡したのだ、クリフよ」
俺は夕食をとりながら、昼の出来事を師匠に話していたところだ。
「ただの薬草のエキスですよ、何の害もないです」
俺は肩をすくめて答える。
あの状況で「惚れ薬はない」と言ってもセリアは納得しないだろう。
だから、適当なものを渡してごまかした。
「ふむ…なら問題はないが…」
師匠はあごひげを撫でながら言った。
「青の導師」などと師匠は呼ばれているが、今はトレードマークの青のローブでなく部屋着だ。
「お前は、姫様が惚れ薬を与える相手が気にならんのか?」
師匠はなにやら意味ありげに問いかけた。
「どうしてです?ただのエキスを与える相手なんて気になりませんよ」
それよりも、嘘がばれた時の俺の運命の方が気になる。
師匠は俺の答えに「なら、いいがな」と言ってそこで夕食は終わった。


翌日。
またもや、セリアがやって来た。
「クリフー」
「何ですか、今度は」
まさか、もうばれたのか?
俺はめまぐるしく言い訳を考える。
だが、彼女の用件は違った。
「お茶の葉を持ってきたの。一緒に飲みましょう」
彼女はやってくるたびに災厄を振りまくが、ほんのわずかだが、良いことももたらす。
それが、お茶の葉だ。
俺はお茶を飲むのが好きなのでこの時だけは彼女に感謝をする。
「そうですか、ありがとうございます」
「気にしない、気にしない」
そう言って彼女はテキパキとお茶の準備を始める。
まあ、今だけはこのひと時を楽しもう。
地獄へ向かう前に、それくらいはしても良いはずだ。
「さあ、どうぞ」
彼女は俺に、お茶を差し出す。
335姫君と見習い魔術師:2007/11/12(月) 23:43:12 ID:pChuJS4D
俺はそれを飲もうとカップに口を寄せる。
「セリア様、俺の顔に何かついてますか?」
「何でもないわ、気にしないで」
彼女は俺のことをじろじろと見つめる。
そんな風に見つめられるとお茶がまずくなる。
「早く飲みなさいよ」
彼女が急かすので、俺は茶の香りを味わった後、ゆっくりと口に含む。
お茶の温かさが体内を満たす。
彼女は相変わらずこちらを見つめる。
「本当に、どうかしたんですか?」
「何でもないわ」
さっきと同じことを言う。
しばらく、俺のことを見つめていたが、やがて意を決したように彼女が口を開く。
「ねぇ、惚れ薬のことなんだけど…」
やっぱりそのために来たのか。
お茶はフェイクということだったのか。
俺は覚悟を決める。
「あれは偽者ですよ」
「えっ?」
彼女は俺の言葉に驚く。
覚悟を決めると、俺の舌はは滑らかに動き出す。
「言ったでしょう。惚れ薬なんてないと」
「でも、きのうは」
「渡さないと、納得しないでしょう、あなたは」
彼女は俯く。
気を落としたのか。
まあ、惚れ薬など求めたことに問題がある。
「それにしても誰に入れたのです?相手にきちんと謝って下さいね」
「分かったわ」
彼女は顔を上げニッコリと笑う。
俺は反射的に後ずさろうとする。
危険だ、逃げないと。
俺の本能がそう告げる。
「そ、そうですか。判って頂けま…グフッ!?」
腹部に、衝撃が。
笑顔のままセリアが俺に蹴りをいれていた。
「あなた、私を騙したのね」
白昼堂々、惨劇が幕を開く。
336姫君と見習い魔術師:2007/11/12(月) 23:44:20 ID:pChuJS4D
「クリフ、あなたって幸せ者よね」
セリアがナイフで果物の皮を剥きながらそんなことを言って微笑んだ。
彼女は刃物の扱いが上手い。
今の彼女は白いドレス姿だ。
これだけなら、「銀月の姫君」と呼ばれるのも納得がいく。
「…なぜですか?」
俺の質問も当然だろう。
あの後俺は彼女にボコボコにされ、全治1週間の怪我をした。
ひどい痛みのわりに全治1週間なのは、セリアがどこを攻撃すれば苦痛を大きくし怪我を小さく出来るか知っていたからだ。
彼女は騎士団でどこを攻撃すれば効率的にダメージを与えられるか学んだそうだ。
そして、どこを攻撃すればより痛めつけることができるかも。
…間違った知識の使い方だ。
「だってあなた、私を騙したのに、私から手厚い看護を受けてるじゃない」
俺をボコボコした人間にそんなことを言う資格があるだろうか?
俺は今、王城の病室にいる。
セリアの手の中にいるといっても良いだろう。
「セリア様、こんなところに居ないで、職務を果たしてください」
そして、俺の前から消えてくれ。
俺の望みを打ち砕くように彼女は微笑む。
「大丈夫よ、私、ちゃんとすることはするの」
彼女は極上の笑顔を浮かべ続ける。
「1週間、ちゃんと面倒をみてあげるわ」
俺は1週間後、生きて師匠の下へ帰ることができるのだろうか?


おしまいです。
337名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 23:59:31 ID:Tk5nT5yl
>>336
GJ!!
338名無しさん@ピンキー:2007/11/13(火) 01:15:44 ID:iA2fmFMx
GJ!こういうの好きだ。
続きがあったらぜひ書いてください。
339姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 22:58:18 ID:oBqGkqjJ
姫君と見習い魔術師の続きです。
エロがないので注意してください。


俺は今、王城の中にある病室にいる。
セリア姫の手による暴行のせいで、一週間の病室暮らしを余儀なくさせられているからだ。
彼女の計らいで、個室で傷をいやしている。
そのセリアはなんだかんだで忙しく、日に30分程しか病室に来ない。
まあ、礼儀作法やらの姫君としての教養だけでなく、騎士として腕を磨かなくてはならないのだろう。
彼女は悲しげな表情で「ごめんなさい、看護ができなくて」などと言っていた。
結構なことだ。
そもそも彼女のせいでこんな不自由な目に遭っているのに、看護されるなど御免被る。
師匠も毎日見舞いに来てくれるし、特に問題はない。
師匠とセリアが鉢合わせれば俺に対する対応も自然減る。
セリアは小さい頃から師匠の家に遊びに来ていたので、「お爺様」と呼んで慕っている。
「青の導師」と呼ばれる老人も彼女にとっては「お爺様」なのである。
そんな師匠もセリアを可愛がっており、2人で会話していてくれる。
本当に結構なことだ。
だが、何事も無く、静かな病室で読書に日々を費やすこの生活も今日で終わりだ。
「ふむ、明日には導師様の家に戻れるな」
とアルフ先生は言った。
アルフ先生は医師として王城で勤めている。
小さい頃からセリナにより命の危機にさらされる度に世話になり、感謝してもしきれない。
「ありがとうございます、先生」
「はは、君をこうして診るのも久しぶりだが、それももう終わりか」
俺としてはそんなに世話にはなりたくない。
「まあ、セリア殿下とは気をつけて付き合いたまえ」
「そうしています」
そのおかげで、ここ最近は世話にならずに済んでいたのだ。
先生は俺以外の患者の元へ向かった。
俺は読書を再会した。
どれほど経ったか。
薔薇の香りに気づいて顔をあげると、そこに一人の女性がいた。
香りはこの女性からのもののようだ。
どことなく、良く知った顔に似ている気がする。
18歳ほどか。
女性が穏やかな表情でに微笑む。
340姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 22:58:59 ID:oBqGkqjJ
「始めまして、クリフ殿。私はセリアの姉のドロシアという者です」
セリアの姉。
赤い髪と瞳は鮮やかな色合いで、見る者を釘付けにする。
長身でプロポーションも良い。
どこぞの姫よりも成熟した肉体を持ち、大人の色香を漂わせている。
「妹のセリアが、いつもお世話になっているそうですね」
落ち着いた口調で俺に話しかける。
「いえ、こちらこそ、セリア殿下にはお世話になっております」
『全く、その通りだ』などとは言えず、俺はそう言った。
「ふふ、謙遜がお上手ですこと」
品のある微笑みを浮かべている。
お淑やかな女性のようだ。
姉妹でずいぶん違うものだ。
俺は疑問を口にする。
「あの、どうしてこのような所に…?」
まあ、実際に気になる。
俺はセリアとは嫌というほど顔を合わせているが、彼女の兄弟姉妹とは顔を合わせたことはない。
まあ、平民で孤児の俺とは縁の無い存在だ。
別におかしくなどない。
「妹の友人がどのような方か、会ってみたくなりました」
そんなものか。
セリアの姉としては平民である俺とあまり会うことを良く思わないのかもしれない。
俺のせいではないと言うのに。
「そうですか」
「可愛い方で、良かったわ」
可愛い。
男にそれはほめ言葉にならない。
特に、俺には。
昔のことを思い出す。
341姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 22:59:48 ID:oBqGkqjJ
あれは俺が6歳ほどの時か。


『ねえ、クリフ、良いものをあげるわ』
『なあに、セリア様?』
セリアは偉そうに言った。
俺より1歳年上のセリアは良く年長者面した。
疑うことを知らない幼い俺を、セリアは押さえつける。
『セリア様、止めてよぉ』
両手を縛られる俺。
べそをかきながら、俺は懇願する。
『クリフは可愛いから、絶対似合うと思うの』
そういって、俺の服を脱がし、自分のお古を着せる。
『いやぁ、止めてよぉ』
女のような声をあげる俺。
『ほら、良く似合うでしょ。可愛いわよ、クリフ』
そう言って笑顔で鏡を俺に向けるセリア。
『うわぁぁん』
泣きじゃくる幼い俺。


嫌な思い出だった。
そのままの格好であちこち引きずり回され、大人たちからも俺は女と勘違いされた。
他の子供からは「へんたい、へんたい」とはやし立てられた。
なんという屈辱の日々だったろうか。
ドロシア殿下の言葉が俺の意識を現在に戻す。
「ねぇ、あなたと妹は恋人同士なのかしら?」
何てことを聞くんだ。
妹にたかる虫か確かめに来たのか?
「何もやましいことはしていませんよ、殿下」
淡々と答える俺。
「本当に、そうなの?」
顔を近づけ重ねて問いかけるドロシア殿下。
薔薇の香りが強くなる。
「私と姫には何もやましいことはありません、殿下」
「そう」
ドロシア殿下は笑みを微かに深める。
「失礼しましたわ、クリフ殿」
そう言って、ドロシア殿下は去っていこうとした。
だが、
「なんで、ドロシア姉様がここいるの!?」
「あなたのお友達のことを知りたいと思ったの、セリア」
「クリフ!」
342姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 23:01:28 ID:oBqGkqjJ
俺に詰め寄るセリア。
「ドロシア姉様に、何かしなかったでしょうね!?」
まるで俺が「何かした」かのような様子で詰め寄る。
軽く言葉を交わしただけで、何故こうなる?
「何もありませんでしたよ、セリア様」
「本当に!?」
「勿論、何も無かったわ、そうですよね、クリフ殿?」
横から口を出して意味ありげに微笑み、俺を見つめるドロシア殿下。
そんな誤解を招きそうな雰囲気で言わないで下さい。
俺に対する視線をきつくするセリア。
「今日は、ゆっくり話しましょうね、クリフ」
「いや、ですが、セリア様、お仕事は」
セリアはニッコリと笑う。
ドロシア殿下は面白そうに俺たちを見る。
「今日はもうお仕事は終わりよ」
「それでは、御機嫌よう。セリア、クリフ殿」
薔薇の香りを振りまいてドロシア殿下は去った。
そしてセリアは残った。
俺は逃げ場を空しく探す。
「ねぇ、クリフ。あなた姉様のこと、どう思う?」
セリアは顔を近づけていう。
別の角度から攻めて俺の様子を伺うのか。
「まあ、大人の女性ではないかと…」
去り際の行為はあまり、大人の対応ではない気がするが。
彼女は急に心配そうな口調になる。
「クリフは、姉様のような人が好みなの?」
「あの方とは身分が違いすぎます」
事実だ。
実際、俺など歯牙にもかけないだろう。
「愛があればそんなの関係ないわ!」
彼女は突然叫ぶ。
さらに、顔を近づけてくる。
「姉様と、結婚したいの?」
どうして、そこまで飛躍するのだろう。
俺はドロシア殿下との結婚は絶対しない。
「仮に、俺とドロシア殿下の身分が釣り合っても、俺は殿下とは結婚しません」
「どうして?」
少し、落ち着きを取り戻してきたセリア。
もし、1000の結婚する理由があっても、たった1つの理由で俺はドロシア殿下とは結婚しない。
「ドロシア殿下と結婚すれば、セリア様は俺の義妹となりますね」
「……?そうね」
不思議そうに頷くセリア。
343姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 23:03:36 ID:oBqGkqjJ
「そうすると、セリア様は私を「義兄様」と呼ぶわけですが、俺はそのことをあまり喜べないのです」
義兄様。
この女にそんな風に呼ばれたら、おぞましさに鳥肌が立つだろう。
3日と持たずに俺は首を括る。
その意見の何が気に入ったのか、1人で納得するセリア。
「ふうん…そうよね、クリフは私に「義兄様」なんて呼ばれたくないわよね、そうよね」
俺から顔を離し、嬉しそうにニコニコするセリア。
まあ、誤解が解けて何よりだ。
「ドロシア姉様は他に何か言った?」
「俺とセリア様が恋人同士か、と」
「なんて答えたの?」
再び離していた顔を近づけてくる。
「私たちにやましいところはない、と答えました」
俺の答えに若干不満そうな顔を見せながら頷くセリア。
が、何か気になるのか俺に顔を寄せて鼻をふんふんとさせる。
お前は犬か。
「…ァ…ぇ……匂い……ぃゃ…」
臭いが嫌?
確かに最初のうちは風呂に入れなかったが、ここ2,3日はきちんと入っている。
さほど臭くないはずだが。
「クリフ、体を洗ってきて!」
「そんなに臭いますか?」
「そうね…すごく気になる匂いがするの。後シーツも替えて部屋の空気を入れ替えた方が良いわね」
そこまでするほど臭うのか。
俺は仕方なく風呂場に向かう。
この城は風呂場をいつでも使える。
もっとも、それを堪能できたのはここ2,3日だけだが。
体を洗い、さっぱりした状態で病室に戻る。
セリアは本当にシーツを替えていた。
「別にそこまでしなくてもいいですよ」
セリアは姫君以外のことなら大抵こなせるんじゃないか?
俺の思考はそこで止まる。
唐突にセリアが抱きついてきた。
温かい感触に、香水などつけていないだろうセリア自身の匂い。
それらに頭がくらくらする。
「セリア…様?」
「ごめんね、クリフ」
何を謝っているのだろう?
344姫君と見習い魔術師その2:2007/11/14(水) 23:04:39 ID:oBqGkqjJ
「先週は、あなたに暴力を振るって」
悪いと思っていたのか。
なら、あんなに痛めつけなくても良いじゃないか。
それなのに俺は何も言い返せない。
「いえ…その…」
多分、あれだ。
俺は疲れているのだろう。
セリアに抱きつかれた状態がずっと続けば良いなどと、本気で思っているはずが無い。
そのはずだ。
しかし、セリアが離れていった時、俺はそのことを惜しんだ。
やはり、どうかしている。
セリアはいつもの笑顔を浮かべて、
「じゃあ、今日はなんの話をしましょうか?」
といった。
他愛ない雑談。
それが終わり、セリアは去った。
そこには彼女の匂いが微かに残った。
「寝るか…」
不思議と落ち着いた気持ちで俺はぐっすりと眠り、病室での最後の夜を過ごした。


その2終わりです。
345名無しさん@ピンキー:2007/11/15(木) 11:47:14 ID:55qCCujI
GJ
346名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 08:57:31 ID:lFqw4p8+
イイ!(・∀・)
んだけどもあまりにエロがないというのも…。
次回期待してますぞえ
347姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:01:26 ID:L7yV6iV/
「今日は何のようですか、セリア様」
俺が病室を出てから1週間が過ぎた。
俺は師匠の家に帰り、日常が戻った。
そして、セリアも日課としてここに来るのを再開している。
彼女は革のドレスを着ている。
「私、最近夜眠れないの」
唐突にそんなことを言った。
俺はセリアを見る。
銀髪は美しく輝いているし、肌にもハリがあるように見える。
まあ、胸のあたりに栄養がいっていないようだが、それを言う必要はないだろう。
地獄とは想像するだけで恐ろしいのだから。
体験する必要もない。
彼女の生き生きと青い瞳を輝かせている様子と、寝不足という言葉はどうにも結びつかない。
「…セリア様、冗談を言いにわざわざこんな所まで来ないで下さい」
こんな所、と言ったが、王城からは割りと近く、20分程歩けば着く。
走ればもっと早く着く。
その距離がこの女を呼び寄せる一因になっているのか?
「ひどい。私、あなたの看護で心をすり減らしたのよ。きっとそれで眠れないのよ」
あなたの看護だと?
俺はそんなものは丁重に断りをいれたはずだが。
それに、その看護の原因をつくっておいてそんなことをよく言える。
「セリア様」
「私のことは呼び捨てで良いって言ってるのに」
俺が続けようとするのを止めてセリアはそんなことを言う。
その悲しげな様子の少女と、俺に剣を突き付ける女が同じ人物とは到底思えない。
「そんなわけにはいきませんよ」
仮にもこの国の王女。
そんな人物を呼び捨てにしたら、不敬にあたる。
そして、俺が罰せられる。
この女のせいで、なぜ俺が罰を受けなければならない?
「枕を変えたり、夜ミルクを温めて飲んだらどうです?」
精一杯のアドバイスをする。
俺は医者じゃない。
それ以上、アドバイスのしようがないではないか。
「睡眠薬があるでしょ?」
俺のアドバイスを無視してそんなことを言うセリア。
「ありますが…あまり、体にいいものではないですし…」
「私の心配をしてくれるのね!」
セリアが感激したように胸の前で手を合わせる。
348姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:02:38 ID:L7yV6iV/
当然だろう。
この女に何かあれば、俺が真っ先に疑われる。
そして、いつも被害を受けているはずの俺が容疑者となるかもしれないのだ。
「でも、大丈夫。お薬を頂戴」
「王城にいる医師からもらって下さい…」
俺の台詞を聞き終えたセリアはナイフを取り出し、自分の爪を削りだした。
そして、俺のことを意味ありげに見つめ微笑む。
その様子に寒気がする俺。
「あなたの、愛のこもった、薬がね、欲しいの、私」
ひとことずつ、言い聞かせるようにセリアが言う。
この女にこめる愛はない。
だが、俺はまたしても理不尽な脅迫に屈した。
「分かりました…」
薬品棚に俺は向かう。
睡眠薬はっと。
顆粒状の睡眠薬を取り出し、重さを計り、一回分ずつに分ける。
「いいですか、セリア様。一回につきこの一袋を使ってください。そうですね、水かお湯にでも溶いて飲んでください」
「ありがとうね、クリフ」
彼女は感謝の言葉を述べる。
「ねぇ、クリフ」
今度は何だ。
「何ですか。セリア様」
「これ、お茶にいれてはダメなの?」
「ダメということはないですが…効果が少し弱くなるかもしれません。あまりおすすめはできません」
そう、と言って彼女は微笑んだ。
その後、雑談をした後、彼女は去っていった。


翌日。
「ねえ、クリフ、お茶を飲みましょう」
セリアはそんなことを言って俺をお茶に誘った。
なんだか、2週間ほど前の出来事を思い出す。
だが、お茶に罪はない。
外はいい天気だし、外で飲むか。
「そうですね、俺も飲みたいと思っていました」
俺は本を閉じて、お茶の準備を始めた。
「東方で採れる種類のお茶を用意したの」
そう言って、きれいな緑色のお茶を注ぐ。
普段と異なる香りが漂う。
349姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:03:43 ID:L7yV6iV/
俺にとってのささやかな幸せ。
香りを楽しみ、その後味を楽しむ。
微かな苦味と甘さが口に広がる。
「変わった味ですね」
「そうね、でも美味しいわ」
セリアが微笑む。
不覚にも美しいと俺は思ってしまった。
そして、彼女の顔をみているうちに眠くなる。
まあ、いい天気だしな…


なんだか、少し肌寒い。
おまけに顔が痛い。
体が覚醒を拒むが、なんとか意識を集中させる。
「何だ、これ?」
俺は、素っ裸で仰向けにされて大の字になっていた。
外は暗く月明かりだけが俺を照らす。
「う、動かない?」
体があまり言うことが利かず、おまけに手足が縛られていた。
「目が覚めたのね」
セリアの声。
彼女が俺の頭を抱きしめる。
彼女の匂いと、胸の感触で頭が包まれる。
ここはどこだ?
「セ、セリア?」
俺は思わず、呼び捨てにする。
「ちゃんと、呼んでくれるのね」
呼び捨てにされたことで嬉しそうな様子のセリア。
どうやら、ここは俺の部屋のようだ。
「い、一体…?」
「睡眠薬の入ったお茶を飲んで眠っていたのよ、あなたは」
俺の渡した睡眠薬か?
俺は何て馬鹿なことをしたんだ。
「なかなか起きなくて心配したわ。殴っても起きなかったもの。ちょっと入れすぎたかもしれないわ」
心配…したのか…それ?
俺はこの女に一服盛られて、殴られたのか。
なんてことだ。
「どれくらい、入れたのですか…?」
俺は現実逃避のため、どうでも良いことを聞く。
いや、どうでも良くないが。
350姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:05:20 ID:L7yV6iV/
「ほんの三袋くらいよ。お茶にいれると効き目が悪いって言ってたし」
何で容量を守らないんだ。
死ぬかも知れないんだぞ。
「ねぇ、クリフ」
「何ですか」
「大っきいのね」
そう言って俺のペニスを繊細な指先で触る。
ひんやりとした感触。
「うあっ」
ビクンとセリアの指に敏感に反応する俺。
「大丈夫?痛かった?」
痛みを感じたのかとセリアは心配して声をかける。
「気持ち良かった…」
いや、違う、そうじゃない。
「やっぱり男の人は触られると気持ち良いのね」
感心したように言ったあとセリアは俺のペニスを触りだす。
全てがそうではないが、触るたびに快感がもたらされる。
これは、いかん。
「セリア様、え〜とですね、拘束を解いて服を」
「ダメよ」
この女が俺の要求を受け入れる日は来るのだろうか。
…永遠に来ないかもしれない。
「ねぇ、クリフ」
触るの止めて、セリアが聞いてくる。
「今度はなんですか?」
「約束、覚えてる?」
約束。
この女とした約束。
あれ…か?
でも、あれはなあ。
「結婚…の約束ですか?」
「覚えててくれてたのね!」
セリアが嬉しそうに手をたたく。
「あれは俺が5歳でセリア様が6歳のころでは…?」
10年前の子供時代の話だ。
「そう、それよ!あの時の約束を覚えてるなんて…私たちの愛はとっても深いのね!」
1人盛り上がるセリア。
そうじゃねえよ。
あのことから、どうして愛などという言葉がでてくる?
俺はあの時のことを思い出す。
351姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:06:25 ID:L7yV6iV/
『ねぇ、クリフ。こっち来て』
『なあに、セリア様?』
小っこい俺はちょこちょことセリアの元へ向かう。
暗い、物陰へと。
突然、ナイフが俺の咽喉元に当てられる。
『……!』
叫び声をあげようとする俺の口をセリアが押さえる。
彼女はナイフを俺に突きつけたまま、もじもじと話し出した。
『あのね、私。あなたとケッコンしたいの。だからね、私にプロポーズして?』
ダメ?と続けるセリア。
ケッコンもプロポーズも意味が分からなかった。
しかし、首を横に振ればどうなるかはなんとなく分かった。
俺は全力で首を縦に振る。
『そっかあ。断られたらどうしよう、って思ってたの』
セリアがニッコリ嬉しそうに笑う。
ナイフは動かない。
『えっと、プロポーズの台詞は私が考えてあげたわ。あなたはそれを繰り返してね』
頷く俺。
『セリア王女殿下、これから私と一緒に人生を歩んで頂けるでしょうか?はい、言って』
口が開放される。
『『セ、セリア王女殿下、こ、これからワタシと、い、一緒にジンセイを歩んで、頂けるでしょうか?』』
恐怖に震えながら何とか言えた。
もし、言えなかったら俺はどうなっていたんだ?
セリアはナイフを突きつけたまま、
『はい、喜んで…』
俯いて、真っ赤になりながら言った。
『あっ、でもねケッコンは大人にならなきゃダメなんだって、だから、今日はそのヤクソクね』
残念そうに言うセリア。
俺は訳も分からないがとにかく頷く。
そして、
『チュ』
セリアが俺の口にキスをした。
『これで私のファーストキスはあなたに盗られちゃったわ、セキニンとりなさい!』
俺に肯定以外の返事ができただろうか?


あの後、しばらくナイフを持ったセリアが何度も夢に出てきた。
しかし、この女はまだそんなことを覚えていたのか。
「あなたとしたのが私のファーストキスだったのよ。私の初めてはあなたに奪われたわけね」
352姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:07:32 ID:L7yV6iV/
セリアがそう言う。
奪われた?
それは、おかしくはないか。
この女と俺は違う言葉を使って生きているのだろうか?
「あとね、いきなり結婚はちょっと早いと思うのよね」
何を言い出すんだ。
俺としては大歓迎だが。
「そうですか、それなら…」
「まずは恋人同士から始めた方が良いと思うの」
結局、結婚はするつもりなのか。
俺はなおも説得しようとする。
「とにかく、このロープを解いて下さい…」
「ダメよ、これから私たち、するんだもの」
「何を…?」
この状態で、聞く俺も馬鹿だ。
セリアはもじもじと俯いて答える。
「…その、愛し合う恋人や、夫婦がする営み、よ」
「こんなことする恋人や夫婦はいません」
いるかもしれないが、俺にそんな趣味はない。
それにいつから俺たちは愛し合う恋人になった?
「ねえ、私のこと嫌いなら、そう言って。それなら私、諦めるわ」
悲しげな青い瞳に宝石のような涙を浮かべながらセリアは言う。
俺の咽喉元に剣を突きつけながら。
「あの、セリア様…これ、は?」
「あなたの真心を聞きたいの。クリフっていつも身分がどうとか言って遠慮してるから」
当然と言った口調で言うセリア。
刃物を突きつけられて真心なんて言えるか!
「その…考える時間を…」
俺は精一杯の勇気を込めて言った。
ここで、拒絶したら俺はどうなる?
「そうね」
あっさり頷くセリア。
なんだ、これで開放されるのか?
「一回してから考えましょう」
そう言って俺のペニスを舌でペロッと舐めた。
ちょっと待て!
だが、そんな思いよりも手で触られた時より、はるかに強い快感が俺の理性を奪う。
「な、なにをするんです?」
「男の人は口で舐めたり咥えたりしたら喜ぶって聞いたから」
こともなげにそう言うセリア。
誰にそんなことを聞いたんだ?
353姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:08:35 ID:L7yV6iV/
そんな俺の疑問は彼方に飛んだ。
セリアが俺のペニスを口に咥えたからだ。
「あうっ」
情けない声を出す俺。
口の中は温かく、俺を包み込んでいた。
セリアはそのまま続ける。
「んむ……ちゅ……んん……んぐ……ん」
セリアの口は俺に快楽を与え続ける。
限界が近づいてくる。
まずい、このままだと…
「セリア、止めろ、出る」
「んん…んぐ…んぅ…んぁ…んむ…あむ」
舌の動きを激しくするセリア。
だから止めろと。
ああ、もうダメだ…
俺はセリアの中で果てた。
「んん!?」
突然、口の中に入ってきた精液に驚いた顔をするセリア。
だが、そのまま飲み干す。
飲み物じゃないんだぞ、それ?
そんなことを思いつつ、俺は快楽に身をゆだねる。
「んん……苦いわね」
飲んだ後セリアが言う。
「飲み物じゃないんですよ…セリア様」
「男の人は飲んだら喜ぶって聞いたんだけど」
だから、誰に聞いたんだ?
セリアは俺の心など読めないから、そのままニッコリ笑って続ける。
「気持ちよかった?」
「はい…」
なぜ、俺はそこで肯定する?
流されたらダメだろ!?
「そう、じゃあ私も覚悟ができたし、本番をしましょう」
俺を縛り上げておいて覚悟ができてなかったというのか。
だが、俺はセリアに釘付けになる。
服を脱ぎ始め肌が露わになっていく。
革のドレスを脱ぎ下着姿となる。
白い肌と下着が薄暗い部屋に映える。
その白さを見て、俺の咽喉がごくりとなる。
月明かりに照らされたセリアは美しかった。
『銀月の姫君』どころか、女神に俺には見えた。
もっと、見たい。
そのままセリアは下着に手を掛けて
354姫君と見習い魔術師その3:2007/11/16(金) 20:10:04 ID:L7yV6iV/
「なんじゃ、クリフは留守か」
師匠の声が聞こえた。
俺は、終わった。
なぜ、一時間後に、いや、一時間前に来てくれなかったんだ?
部屋に師匠がやってくる。
「クリフ…お主…」
状況を確認しよう。
素っ裸で縛られてる俺。
下着姿のセリア。
そして、それを見つめる師匠。
俺は、どう見ても変態マゾ野朗としか見えない。
「あ、お爺様…」
恥ずかしそうに俯くセリア。
きっと顔は真っ赤なのだろう。
「え〜、師匠、これはですね…そう、実は…」
俺は何とか説明を試みようとする。
そんな俺に対して師匠は好々爺といった笑顔を浮かべ
「このバカもんが!!」
怒鳴った。


その後、朝まで俺は師匠にこっぴどく叱られた。
セリアは「若い未婚の娘だから」とそのまま帰された。
なぜ、被害者である俺だけ?
おまけに薬の効果が残っている俺は眠くて仕方がなく、意識がとびそうになった。
そしてそのたびに、師匠にたたかれた。
師匠に誤解であると理解してもらった時には太陽が昇っていた。
そして、マゾでないことを理解してもらった時には昼となっていた。
翌日、セリアに会った時に彼女から謝罪された。
「昨日はごめんなさいね」
済まなそうに彼女は続けた。
「次は見つからない場所でしましょうね」
次…があるのか?


以上でその3終わりです。
355名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 20:15:36 ID:TmiLhtZ6
エロキター!!!!!!
マジでGJ!

これからどの様に転ぶか楽しみでしょうがない。
356名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 20:54:57 ID:4SvCpqg2
ほ、本番を…
357名無しさん@ピンキー:2007/11/16(金) 22:16:39 ID:IXnIvd07
>>356
そんな簡単に本番ヤッちしまったら話が終わってしまう!
もっと引っ張ってほしいとおねがいするんだ!
358名無しさん@ピンキー:2007/11/17(土) 00:36:01 ID:a0szmg37
GJ!
こういう暴力的なお姫様もいいな。
続きを期待してる。
359名無しさん@ピンキー:2007/11/17(土) 07:50:43 ID:jQ666p5p
色々エロ知識吹き込んでるのは姉姫じゃないだろうから別キャラ登場の予感
360名無しさん@ピンキー:2007/11/18(日) 06:35:43 ID:o7KhooGt
お付きの侍女とか?
361名無しさん@ピンキー:2007/11/18(日) 22:08:02 ID:co59K9pS
兄王子とか兄嫁とか母親とか宰相とか親衛隊長とか教育係とか。
362名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 17:58:50 ID:QzMvh8bs
GJ!斜め上に一途なお姫様は最高だな
363名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 20:53:27 ID:GljtESaD
戦国時代の姫様は立ちションしていたらしいよ
364姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:05:02 ID:+zZDxW3X
「…おはようございます、クリフさん」
「おはようございます、イルマ」
俺は師匠の家にやって来た年下の少女に挨拶する。
13、4歳だったか。
礼儀正しい子だ。
「…本をお借りしたいのですが」
「約束していた本ですね」
俺はイルマに約束していた本を貸す。
進んで勉強しようとしている姿勢には好感が持てる。
同じ見習い魔術師として、ぜひ彼女を範としなければならない。
面倒そうだが。
「…ありがとうございます」
「いえ、勉強頑張ってください」
茶色い頭をぺこりと少女は下げる。
そこに耳慣れた声がする。
「ねぇ、2人で何してるの?」
「セリア様、おはようございます」
イルマも無言でペコリと頭を下げる。
そんなリアの様子にセリアは苦笑する。
知り合いか。
「セリア様、イルマとはお知り合いですか?」
「何で、イルマは呼び捨てなの?」
微笑みながら聞いてくるセリア。
何でと言われても。
「彼女は年下ですし、同じ魔術師ですし…」
「私は”様”なのに、妹のことは呼び捨てにするのね!」
そう言って俺の胸倉を掴む。
いもうと?
セリアとイルマを見比べる。
銀色の髪のセリアと茶色い髪のイルマ。
活発そうなセリアと物静かなイルマ。
ほど良く日焼けしているセリアと真っ白な肌のイルマ。
服を脱げば白かったが…いやそうじゃない。
瞳の色は同じ青だが、総合するとあまり似ていないだろう。
「あまり似ていませんね…」
「嘘!あなた、もしかしてイルマのこと…」
信じられないとばかりに俺を見つめる。
さっさと俺を解放して欲しい。
「…セリア姉様、私はクリフさんに本をお借りしただけです」
助け舟が来た。
「そうなの、誤解してごめんね」
あっさり、俺を解放するセリア。
何だ、この扱いの差は。
「…それでは失礼しました、セリア姉様、クリフさん」
そう言ってイルマは去っていった。
「イルマに手を出しちゃ、ダメよ」
「本を貸しただけですよ…それにしても、大人しい娘なので姉妹とは思いませんでした」
「そう?イルマはとっても情熱的よ」
情熱?何のことやら。
365姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:06:14 ID:+zZDxW3X
まあ、もう少し活発的な方が良いかもしれない。
セリアの域に達したりしたら嫌だが。
「ところでね、明日はあなたの所に行けないの」
残念そうにセリアは言った。
あの夜の出来事以来、セリアは俺を縛ったりするようなことはなかった。
…師匠に見つかったら、また叱られるしな。
セリアも後日師匠に叱られたはずだったが、いつの間にか和やかなお茶会となっていた。
何という差別だろうか。
「そうですか」
それは良かった。
「ひどい、恋人にそんな言い方ないじゃない」
頬を膨らませるセリア。
あの夜のことを思い出す。
下着姿で月明かりの下輝いていたセリア。
あれは惜しかった…
いや違う!月明かりで美化されていたんだ、うん。
セリアの中で俺は恋人となってしまっているようだ。
それは、あそこまですれば、まあ。
「仕事ですか?だったらサボる訳にも行かないでしょう?」
俺は、恋人云々のところには触れずにそう言った。
「そうなのよ。お仕事だからきちんとしないといけないの。本当にごめんなさい」
心からすまなそうに言う。
明日はセリアがいない分ゆっくりできる、かというとそうではない。
俺にも仕事があるのだ。
何でも、住人が行方不明になるとかでその捜索のために魔術師がいるそうだ。
宮廷魔術師に頼めば良い気もするが、連中は探知などの地味な魔法は不得手なのである。
火球を爆発させるなど分かりやすく力を体現するものの方が好まれるらしい。
高位の者ならできるだろうが、あまりお偉いさんが出張るものでもないらしい。
そういうわけで俺にお声がかかった。
「そうですか、頑張ってください」
「もちろんよ!」
セリアは元気に頷く。
そして、俺の方をじっと見つめ目を瞑る。
しばしの時間。
彼女は目を開けて不満そうに俺を見る。
「どうしたんですか?」
「行ってきますのキスをもらいたいの」
なんだそれは。
「なぜ、そんなことをしなければならないのですか?」
「なぜって、愛し合う2人が当然にすることだからよ」
俺の質問に対して、当たり前のことだろうと言わんばかりにセリアが言う。
この女…
「そんなことをしないと愛を確認できないのですか、セリア様は?」
「いじわるね…まあ、今日は許してあげるわ」
今日は許されたらしい。
366姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:07:16 ID:+zZDxW3X
「そういえば、来月舞踏会があるの。あなたも来るでしょう?」
平民の俺が出られると思っているのか、この女は。
まあ、そうでなくても無理だ。
「俺はいけません」
即答した。
「どうして?」
「警備の手伝いがあるからです」
警備と言うより監視か。
不審者が侵入してきたら騎士団にチクるという仕事だ。
不審者と戦うのはあくまで騎士団。
実に安全そうな仕事で素晴らしい。
「私、あなたにドレスを見てもらいたいんだけど…仕事なら仕方ないわね」
しぶしぶ言うセリア。
さすがに仕事を休んで自分を優先させろとは言わないようだ。
何かの言い訳に使えるかもしれない。
…ばれた時のことを考えると、あまり使えそうにないな。
「別に普段の格好で十分では?」
「クリフは普段の方が好きなの?」
顔をこちらに近づけてくるセリア。
俺は同じだけ顔を離す。
「別に普段どおりで良いじゃないですか。その方が自然です」
絵本に出てくるような姫君のような姿になりお淑やかにされたら、その方が不気味だ。
何か企んでいるのではないかと勘繰ってしまう。
「そう、クリフは自然な感じがいいのね」
セリアは1人で頷く。
いや、それは。
「じゃあね」
そう言って、セリアは帰っていった。
「さて、と」
師匠から家の草花の手入れをするように頼まれている。
楽をしようとして除草剤を作ったが、量ばかり作りすぎた上にてんで使い物にならない。
俺は草むしりを始めた。




翌日。
「彼が青の導師の愛弟子にして、ご子息のクリフ殿だ」
そんな風に俺はリーダー格の騎士に紹介された。
一応、師匠の養子なので間違っていないが、紹介の仕方から過剰な期待を持たれないか不安だ。
実際周りは驚いたような表情をしている。
…セリアも驚いた顔をしている。
この女の場合、驚いているのは別の理由だろう。
もしや、とは思っていた。
捜索を騎士団と共に行うと聞いていたのだから。
まあ、いい。
367姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:08:19 ID:+zZDxW3X
「クリフ殿、本日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
そして、捜索は始まった。
探知の呪文を唱え、山林を歩き回る。
小さい頃、セリアに山や森を引きずり回されたから俺は慣れている。
でなければへばっていただろう。
あの女に感謝する日が来るとは思わなかった。
意外な健脚に周りのものは驚いている様である。
魔術師はもちろん騎士たちもこういった場所での行動に慣れていないものがいた。
休憩を挟みながら探索は続く。
「クリフ殿、何か気配はありませんか」
「特に、ないですね…魔物の襲撃があったらその時にはお願いします」
今のところ人らしき気配は俺の探知にひっかかっていない。
騎士団や宮廷魔術師は比較的、協力してくれている。
まあ、表面的なものかもしれんが。
年若い者たちはやや剣呑な目で俺を見ている。
年長者に遠慮して何も言わないだけなのかもしれない。
「何か、いますね」
俺の探知に何かが引っかかった。
人間以外のものが。
騎士団と俺以外の魔術師の出番だ。
俺はあまり敵を攻撃するような魔術は得意ではないしな、うん。
そうこうするうちに魔物が5体ほど襲ってきた。
俺がどこから来るのか予め伝えておいたので、魔物に対して落ち着いて対応できた。
魔術師がまず攻撃を加え、騎士たちが傷ついた魔物を囲んで止めをさす。
そんな中、セリアが魔物に止めをさしていた。
が、足場が不安定でバランスを崩す。
そっちは崖だ!
「セリア!」
俺は駆け寄って彼女を安全な方向へ突き飛ばす。
「きゃっ!?」
そして、俺は。
「あ」
バランスを崩す。
俺は空中浮遊だのはまだ使えない。
だって、俺見習いだし、仕方ないよな、うん。
とっさに落下速度を落とす呪文を唱える。
…効果が半端だったようだ。
当然の帰結として俺は転げ落ちていく。
「うわぁああああああ!」
368姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:09:35 ID:+zZDxW3X
目を覚ますとベッドの上。
山の中ではないのか?
甘い、匂いがする。
「ここ…は…?」
「クリフ…」
そう言って俺に熱烈に抱きついてくるセリア。
助かったのか?
そして、熱いキスも加えるセリア。
甘い匂いで頭がいっぱいになる。
「んぅ!?」
俺は突然のことに驚く。
何なんだ?
「あの、セリア様?」
「私、あなたのこと愛してるの」
そういって青い瞳を潤ませるセリア。
「いつも…聞いてます…」
「あなたは?」
「えっ?」
「あなたは、私のこと愛してる?」
誘うように妖しく微笑むセリア。
おかしい。
この女が刃物を突きつけずにこんなことを言うなんて。
普段は覚えるそんな疑問も、先ほどのキスと甘い匂いでどうでも良くなってくる。
俺、俺は…セリアのことが。
いつも一緒にいるセリア。
俺のことを愛しているというセリア。
俺は…
「愛して…ます…」
そんな言葉が口から漏れる。
「そう、じゃあ一緒に愛し合いましょう…」
そう言って手を広げるセリア。
何をためらうことがあるだろうか?
「セリア!」
俺は彼女を抱きしめ、キスをする。
セリアの柔らかい感触と甘い匂い。
「んん、積極的ね、クリフ…」
甘い匂いが強くなる。
彼女が欲しい。
俺だけのものにしたい。
誰にも渡したくない。
俺は彼女を抱きしめたまま
369姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:11:16 ID:+zZDxW3X
腹部に衝撃が走る。
「うげっ!?」
俺の声か?
「クリフ、大丈夫?」
セリアの声が聞こえる。
目を開ける。
心配そうなセリアの顔。
こいつがやったのか?
いや、そんなことよりも。
衝動と欲望に従って叫ぶ。
「セリア、愛してる!」
俺は彼女を抱きしめてキスをする。
彼女の感触を口で味わい、幸福感で満たされる。
彼女はなぜか驚いた顔をした後、嬉しそうな、困ったような顔をする。
キスを止め、俺は続きをしようとすると
「クリフ、積極的になってくれるのは嬉しいけど、今はお仕事中よ」
そう言って俺から身を離す。
仕事中?
周りを見るとベッドなどない。
セリアは鎧を着ていた。
そしてまだ、俺たちは山の中にいた。
じゃあ、あれは…
「夢?」
「夢を見ていたの?でもね、さっきみたいなこと、他の人のいる所では、ね…」
最後の方は消え入りそうな声でセリアは言う。
他の人?
「貴様ぁ!」
「なんて、破廉恥なことを!」
騎士の青年と魔術師の少女が俺に詰め寄る。
もう1人の騎士の少年はおろおろしている。
4人1組になって俺を探していたようだ。
キスしてるとこ、見られた?
てか、「愛してる」とか口走ったよな、俺?
「アルフ、エリック、サラ」
セリアがそう言って3人に呼びかける。
騎士の青年がアルフで少年の方がエリック、魔術師がサラというようだ。
「お仕事中にこんなことしたのはまずいと思うの。だけど、黙っていてほしいの…」
「はぁ…わかりました、セリア先輩」
「「なぜですか!?」」
一番若いだろうエリックの呑気な声に被せる様にして、きれいにアルフとサラの声が重なる。
セリアは嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな口調で言う。
「私たちはね、人目を忍ぶ恋をしているの…」
人目を忍ぶ恋!?
俺と、セリアが?
「だから、お願い、秘密にしていて…」
セリアが懇願する。
370姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:12:57 ID:+zZDxW3X
「セリアがそういうなら…」
しぶしぶと魔術師のサラが同意する。
アルフを見る。
「し、しかし、セリア殿…」
騎士殿は不満があるようだ。
セリアはアルフを見つめて
「お願い…」
と涙ながらに頼み込む。
その言葉でアルフは陥落した。
お前、騙されてるぞ?
今回は吹聴されたら困るので、俺は何も言わないが。
「…わかりました」
うなだれるアルフ。
しかしセリアは俺の腹を殴って起こしたのか。
他に起こし方は無かったのか?
「あの、ところでここは?」
「あなたが崖から落ちたので、探していたのよ」
俺は見事に足手まといになったのか。
「遅くなったけど、ありかとう、クリフ」
そう言って微笑む。
夢の中の甘い香りがまだ漂う。
「そういえば、妙に甘ったるい香りがしない…?」
サラがそんなことを言う。
辺りを見回す。
あの木は…?
「あの木を始末してください!人食い植物です!」
俺はそう言う。
唐突な俺の発言に4人とも目を白黒させる。
セリアが最初に反応する。
「どうするの?」
「焼き払います」
そう言って俺は魔力を集中させて魔術の炎で木を焼き払う。
…火力が足りんな。
「このへたくそ!」
サラが俺を罵倒したあと、サラの手による強力な炎に木が包まれる。
木が本性を現し、枝を振り回してくる。
俺の元へ枝が迫る。
「危ない!」
そう言って、セリアが枝を切り払う。
その間にアルフとエリックが枝を切り払い、幹に剣を突きたてる。
まだ、暴れ続ける人食い植物。
どうしたものか。
371姫君と見習い魔術師その4:2007/11/20(火) 00:14:43 ID:+zZDxW3X
あれは…使えるか?
俺はふところを探り、大量に作った出来損ないの除草剤の入った瓶を取り出す。
それを木の根元に投げる。
瓶が割れ中の液体が木にかかる。
すると
「枯れてく…」
サラの言う通り、木が見る間に枯れていく。
とりあえず、脅威は去った。
…これでは、強力すぎて家の除草剤に使えんな。


結局、行方不明というのは人食い植物の犠牲によるもののようであった。
甘い匂いで獲物を誘い、眠った獲物を始末する。
獲物は心地よい夢を見るので目を覚まさずに餌食になる。
ということはセリアが俺にとっての心地よい夢なのか?
馬鹿な。
他にもいくつか人食い植物が育っていたので、一つずつ始末していって、俺たちの仕事は終わった。
そう、仕事は。
「ふん、ふふ〜ん」
セリアが嬉しそうに鼻歌を歌う。
俺たちはお茶の準備をしている。
「私ね、クリフがあんなに情熱的な人とは思わなかったの」
「…あれはですね」
「『セリア、愛してる!』って。あれをするために今までわざとつれない態度だったのね」
ニコニコと笑っているセリア。
愛してる、はまずかった。
どうしようもない。
「しかも、私の夢まで見てたのよね。本当に2人の絆を感じるわ」
俺たちの間は終わりなどせず、進んでしまった。
「ああ、そうそう、クリフ」
「なんですか、セリア様?」
彼女にキスされた。
セリアの唇の感触は柔らかく、甘かった。
「助けてくれてありがと。これはそのお礼ね。やっぱりキスはされるのも、するのも良いわね」
そう言って微笑む。
「じゃあ、久しぶりに3人でお茶を飲みましょう」
師匠を待たせているのを思い出す。
そう言えば、師匠も含め3人でお茶を飲むのは久しぶりだな。
セリアを愛していると言った俺。
実はマゾなのか?
3人でお茶を飲みながら、真剣にそんなことを思った。


以上でその4終わりです。
エロなし宣言してしまうとただでさえ読めそうな夢オチが
さらに簡単に読めてしまうので書きませんでした。
すいません。
372名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 01:20:40 ID:JGShX8De
ほのぼのGJ!
毎回楽しませてもらってるよ。
373名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 02:06:30 ID:nbMMKBvH
>>371
妹がどう出てくるのかに期待
374名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 16:16:36 ID:6glz2H2r
SHU☆RA☆BAになるのかしらん?
375名無しさん@ピンキー:2007/11/20(火) 23:25:14 ID:v60j5men
しかしセリアの妹とわかっても様づけしないんだな
376名無しさん@ピンキー:2007/11/22(木) 00:08:22 ID:lWT7EqAP
>>375
わかった後にクリフは名前を呼んでいるか?
この関係で、急に地の文でまで様つけたらおかしいだろ。

どうでもいいけど名前にラ行入りが多いね
377九夜の別離:2007/11/24(土) 00:39:19 ID:ym4CDyeH
※薬ものの話です。
 魔術師の作者様とややかぶってしまい申し訳ありません。





棚の扉が開かれたとたん、視界が一挙に明るくなったように感じた。
マリーの眼前には一面の白が広がっていた。
マホガニーの巨大な衣装棚から取り出されたそれは
首なしの石膏像に纏われたまま部屋の中央に据え置かれ、
所有者そのひとと同じように、気品と優美が調和した存在感でもって見る者を感嘆させた。

上から順に鑑賞していくと、
首や胸元の布は大胆に省略されつつもその襟ぐりの滑らかさゆえに品位は損なわれぬどころかいや増しており、
肩にかけられた最上級のシフォンは上半身の輪郭を余さず透かし出している。
胴から腰にかけては芸術的とさえ呼べる曲線が描かれる一方で、その下に広がるスカートは、
御伽噺の妖精が身に着けていても不思議ではない、春風のようにふわりとして何層にも重ねられたフリルから成っている。
裾はくるぶしよりはるかに長く、
付き添いの童女たちに端を持ち上げられてもなお地面に引きずって歩くように設計されたものであろう。

しかし、一国の王女の花嫁衣裳である以上は、この程度の奢侈は必然というべきであった。
石膏像の腕もやはり白絹で飾られていた。
肘まである手袋にほどこされた薔薇紋様のレース飾りの精緻さに目を奪われながら、
マリーは何度目かの嘆息を漏らした。

「きれいでしょう、マリーさま」
陶然としてことばもなく石膏像の前に立ち尽くす彼女に向かい、誇らしげな幼い声が腰のあたりから呼びかける。
「でも、これを着たおかあさまはもっときれいだったのよ。
 白ばらの精みたいだったって。
 けっこんしきを見たひとたちはみんなそう言ってるの。おとうさまも」

「―――アランも?」
エレノールはそうつぶやくと、かすかに頬を染め、ほんの一瞬だけまなざしを伏せた。
吐息のような声を耳にして、マリーはそっとそちらを見遣る。
彼女たちにドレスを至近距離から眺めたり触れたりすることを許してくれた所有者そのひとは、
ひとり後方の椅子に腰掛けていた。
378九夜の別離:2007/11/24(土) 00:41:29 ID:ym4CDyeH

マリーからするとエレノールは義姉、正確には夫の長兄の妃にあたる。
十歳ほど年上の大人の女性だとはいえ、優美をきわめた挙措の合間にこういう表情を見せられると、
つくづく少女のように愛らしいお方だと思わざるを得ない。
宮廷ではいつ見ても冷たく無機質な空気をまとっている王太子が、
結婚して十年以上たつというのに側妾も置かずこの美貌の妃を寵愛しつづけているというのも分かる気がした。

オーギュストと結婚した当初、マリーはこの美男だが明らかに彼女の生国の後進性を見下している義兄のことが
―――最初の夫を思い出させるのもあって―――非常に苦手だったが、
王室の成員とはみな家族のようでありたいと願うエレノールが夫の態度を諌めつづけてくれたおかげで、
今ではぎこちないながらもそれなりに良好な関係を築けている。
それに実際時間をかけて付き合ってみると、アランはたしかに傲岸不遜尊大無比ではあるが、
エレノールの言うように、弱い立場の者に対していつまでも冷淡な態度をとることはできない人間だった。
そこが前夫と違っていた。

「どうか、我が君の非礼をお許しくださいね。
あの方は、―――あれなりにお優しいところもあるのです」
マリーが嫁いできたばかりのころ、
ガルィア宮廷で流行している香水や香油の種類を手ほどきしてくれながら、エレノールは言ったものだ。
「傲慢ですけれど」
そう呟かれたときだけは、天使のようなお顔立ちも何か異様な迫力を秘めていたわ、
とマリーはついでに思い出した。

「ルイーズ、お邪魔をせずにゆっくり見せてさしあげなさい。
こちらへいらっしゃい」
少女のように頬を赤らめていたのも束の間、すぐに平静に戻ると、
エレノールは穏やかな声で娘をたしなめた。
そして膝元に呼び戻し、隣に座らせて行儀よく鑑賞させようと試みる。
おかあさまのことをほめたのに、とやや不貞腐れながらも
あくまで母親の手を握っていたがるルイーズのようすに、マリーも思わず微笑した。
379九夜の別離:2007/11/24(土) 00:43:18 ID:ym4CDyeH

気持ちのいい午後であった。
南に面した飾り窓から差し込む冬日が絨毯の上に淡い紋様を描く一方、室内は暖炉の熱気で十分に満たされていた。
今日マリーが義姉の宮室を訪れたのは、もともとは先週教わったばかりの編み物のつづきを習うためだったのだが、
その場に居合わせた七歳の姪が、レース編みと聞くや
「おかあさまがおよめに来たときのドレスのかざりがいちばんきれいよ。
 マリーさまにも見せてあげましょうよ。ねえ、おかあさま」
と嘆願を始めたために―――義理の叔母にお披露目するためというより、
ルイーズ自身がそれを何度でも穴の開くほど眺めたいのだということは傍目にも明らかだったが―――風向きが変わってきた。

エレノールは娘のわがままを根気よく戒めたが、
マリー自身の口添えもあって最後には聞き入れることになり、
礼装用の特別な衣裳部屋の奥にしまいこまれた花嫁衣裳一式を運んでくるよう従僕たちに命じたのだった。

「―――夢のように、美しゅうございました」
あらゆる角度からドレスの眺めを堪能したあとで、マリーはため息とともに義姉に礼を述べた。
彼女が自身の婚礼でまとった衣装も、父公がルース公室の沽券を賭けてあつらえさせたものである以上たしかに豪奢ではあったが、
北辺の地でしかとれない白貂の襟飾りやら白狐の裏地やらといった一部の装飾を除けば、
洗練の極みともいえる王太子妃のドレスの前にあってはやはり見劣りがした。

しかしそれは気に病むことでもなかった。
婚儀など過ぎた日のことであるし、母国の国風を反映したような己のドレスの素朴な様式をマリーは愛していた。
何より、神前での誓いのあとに始まり今へとつづいてきた夫との結婚生活のほうが、彼女にとってはずっと大切なものなのだ。

そしてそれゆえに、
乙女として嫁いできた義姉の純潔を如実に証明するような純白の花嫁衣裳を目の前にして、
今ふたたび彼女の胸を去来する思いがあった。

「マリーさま、どうかなさったの」
叔母が急にことばすくなになったことに気づいたのか、小さな顔が下からのぞきこむようにして問いかけてきた。
童女らしく下ろしたままのルイーズの髪は腰まで伸び、身動きするたび母親譲りの光沢ある漆黒が滑らかに波打つ。
肌は父親に似て明るい乳白色なだけに、彼女の黒髪の美しさはいっそう際立っているように見えた。
父方の祖母譲りと思われる瞳の色は、はるか東南方に広がると伝えられる異境の海のように澄んだ青緑色だが、
こんなふうにして下から見上げられるといつもとはまた違った彩りを帯びているようでもある。

そういうマリー自身、北国の人間の常として瞳の色が非常に淡いため、
本来は水色でありながら光の角度によってさまざまに趣が変わってしまい、そのたびに夫に感心されたりしている。
この室内では瞳の色こそ変わらないが、光が注ぎ込む窓辺に近づくたび、
彼女の豊かな白金色の髪は燐粉をまぶしたかのように煌めき立った。
380九夜の別離:2007/11/24(土) 00:44:13 ID:ym4CDyeH

「い、いいえ、なんでもないのよ。大丈夫。
 あまりに綺麗だから、つい目を奪われてしまって」
マリーは微笑してみせた。
そう、とルイーズは納得し、ふたたび母親の胸にもたれかかった。
小さな背の上で絡まりかけた黒髪が、エレノールのほっそりした指で優しく梳かれていく。

「ルイーズがおよめにいくときも、これを着ていきたい。
 いいでしょう、おかあさま」
「あなたのお嫁入りの際にはまた別のドレスを仕立てることになるわ」
「ルイーズはこれがいい。おかあさまと一緒のがいい」
「一生に一度しか着ないものなのですよ」
「いいの。これが着たい」
「わがままを言ってはいけません。
世の花嫁はみな、まだ誰も袖を通したことのない白い衣装でもって己の純潔を証すものです」
「じゅんけつって?」
「それはつまり、
一生のうちでお婿さまおひとりにあなたのまごころを尽くし―――」

ここまで言いかけてエレノールはふと口をつぐんだ。
義妹のほうを見遣ると、顔は少しだけうつむき、視線は床の上をさまよっているようだった。
「まあ、マリー、わたくし―――」
義姉が謝罪を口にしかけたことに気づいたマリーはあわてて笑顔を見せ、彼女を押しとどめた。
「考え事をしていただけですの。
お話の途中でぼんやりとしてしまって、申し訳ありません」

「いいえ、そんな。
 ―――無神経なことを口にしてしまい、どうか、お許しくださいね。
先ほどは一般的なことを申したまでで、むしろわたくしたちのような身の上の女は、
政情の変動のため離婚再婚を繰り返させられることのほうが多いくらいですものね。
まして、あなたは前の夫君とはわずか一ヶ月で死別なされたのですもの。
何もお気に病まれることはありません。
乙女の身で嫁ぐ娘たちと全く同様、あなたはオーギュストに男性としての栄誉をお与えになったのですわ」

その情のこもったことばにも、自分の手を包み込むように握る両手の温かさにも嘘がないことを知るだけに、
マリーはますますいたたまれなくなった。
この純白のドレスが目に届かない場所でひとりになりたい気がした。
適当な理由をつけて立ち上がり、まだどこか心配そうな顔をした美貌の母子に交互に接吻すると、彼女は静かにその部屋を辞した。

381九夜の別離:2007/11/24(土) 00:51:34 ID:ym4CDyeH

(巡り逢わせとは、どうして、こんなに―――)
大理石の床につくられた光と影のまだら模様を踏みしめながら、マリーはゆっくりと廊下を歩いていた。
(―――もしも、時間を戻すことができたなら。
お父様にどんなに厳命されても、最初の結婚は拒み通していたのに)
いまさら思っても詮無いことだとは分かっていた。
けれど、現在の結婚生活が安らぎに満ちて幸せであればあるほど、
何かの拍子にふと、やりきれなさと申し訳なさとが交互に頭をもたげてくるのだった。

最初の結婚も今回と同様、父公の意向に従って嫁いだまでであり、
我が身を捧げる相手をマリー自身が好んで選んだわけではない。
エレノールが言外に示したように、いわば国と公室に対する義務を果たしたにすぎない結婚である。
ゆえに良心に恥じることは何もない―――そう自分に言い聞かせても、やはり思い切れないものが残るのだった。

一生にただひとりの相手にしか捧げられない贈り物を、自分を生きた玩具のように扱った男に、
情愛の片鱗も見せてはくれなかった男に差し出さざるを得なかった。
抗えたかもしれなかったのに、結局はその運命に甘んじてしまった。
むろん、近い未来に自分を心から愛してくれるひとと巡り逢えるなどとは微塵も予感していなかったとはいえ、
その過去を思うとマリーはいつも胸が苦しくなった。

ことに、真夜中にふと悪い夢から覚めて、そのひとの腕のなかで―――彼女以外には女を知らず、
それでも満たされていると言うそのひとの腕の中で守られていることを知ったとき、
マリーはいつも安堵と感謝の念をこめて抱き返しながら、同時に、
このかたに嫁ぐまでに自分が純潔を貫けなかったのはやはり罪深いことではないだろうか、
と慄くような気持ちにさえ襲われるのだった。

長い廊下を歩いているうちに、窓から差し込む光はごくわずかだが傾き始めていた。
―――そうだわ、とマリーはふと足を止めた。
靴に施された瑪瑙細工が陽だまりのなかでひときわ輝く。
しかし今浮かんだ考えに気をとられるあまり、マリーの視線は足元に留まることもなかった。
それが正しいやりかたかどうかは分からない。
けれど、そのために骨を折る価値は十分あるように思われた。
(日が沈む前にとりかからなければ)
心に固く決めると、マリーは夫婦の書斎に向かって足早に歩き始めた。
382九夜の別離:2007/11/24(土) 00:52:52 ID:ym4CDyeH

「マルーシャ様、少しご休憩なされましたら。
たいそうご熱心でいらっしゃいますこと」
驚いて顔を上げると、いつのまにか侍女のアンヌが椅子の後ろに控えていた。
果実酒とグラスを載せた盆を両手で捧げ持っている。
むろんノックをしたうえで書斎に入ってきたはずなのだが、
書物に集中するあまりマリーは気がつかなかったのだ。
「ま、まあ、アニュータ。ありがとう」
「どういったお調べものでしょうか。
もうご就寝時刻も迫っていることですし、よろしければお手伝いを」

侍女の身とはいえ、アンヌはもともとルース指折りの修史官の家に生まれた貴族の娘であるため、
外国の古典から現代の公式文書に至るまで、並みの官僚よりもよほど読み書きに通じている。
こんな場合いつもならマリーも喜んで彼女の協力を仰ぐのだが、今夜はなぜだか歯切れが悪かった。
「ありがとう。―――でも、その、大丈夫」

主人のそぶりに何か不自然なものを感じて、アンヌは机の上に積み上げられた何冊もの厚い本の背をざっと眺めた。
茶や黒の革の表紙に縫いこまれた金文字は、彼女たちの母国ルースの古語でつづられている。
どうやらすべて、嫁入りの際にマリーが持参してきた書物であるらしかった。しかも分野が偏っている。
(マルーシャ様がご自身で医学書をお引きになるなんてお珍しい。
 ―――しかも、医学書というより古代呪術の写本のようなものも混ざっているようだわ)

「病やお薬についての解説をご所望でしたら、今からでも侍医なり薬師なりをお呼びいたしましょうほどに」
アンヌはさりげなく訊いてみた。
「いいえ、それはいいの。もう調べたから」
「―――何をご計画ですか」
口調は相変わらず平坦だったが、その切れ長な灰色の瞳の奥に言い逃れを許さない気配を感じ、マリーはついに観念した。

「わたくし、もう一度処女になるの」
アンヌはかすかに片方の眉を上げた。
姫君の思いつきの突拍子のなさにはご幼少のみぎりから相当慣らされてきたので、
今ではよほどのことがないかぎり驚かないが、
それでも今回の宣言はやや異色であるように思われた。
「なにゆえでございます」
とくに詰問するでもなく、アンヌは静かに尋ねた。

「女はなべて、乙女の身で嫁ぐべきものでしょう。
 前々から思っていたことだけれど、今日はっきりそう悟ったの。 
世の殿方がみなもれなく享受している権利を、オーギュストだけは手にすることができなかったのよ。
わたくしが再嫁の身であるばかりに。
あの方に、清い身体を捧げられる方法を探しているの。
―――そうして、もういちど最初から愛していただきたいの」
383九夜の別離:2007/11/24(土) 00:53:41 ID:ym4CDyeH

思いが強すぎるあまりか、それとも最後にはしたないことを口にしてしまったためか、マリーの頬にはすでに赤みがさしていた。
しかしアンヌはさほど動じた様子もなかった。
「恐れながら、今夜からでもそれは可能かと存じます」
「えっ!?どうしたらいいの?」
「『今まで伏せておりましたけれど、わたくし、実は処女ですの』と申し上げれば、
オーギュスト殿下ならまずまちがいなく『わあ、そうだったんだ。気がつかなかった』と納得してくださいます。
疑問の余地もございません」
「そういわれればそうね―――で、でもだめ!
たしかにうまくいきそうだけど、だめよ、そんなの。
夫婦の間では誠意こそが大切なのよ。嘘はいけないわ」

アンヌにしてみれば、あんなぼんくらにはマリーの処女を奪う権利どころか
指を触れる権利が与えられただけでも身に余る光栄と思えと言いたいところなのだが、
姫君の表情があまりに真摯で深刻な色を帯びているので、意見の開陳はしばらく控えることにした。
「それでね、思い出したの。
 輿入れに際してお父様やお母様がもたせて下さった古書全集のなかに、
たしか処女性の復活について書かれたものがあったと」
「それがその御本でございますか。
 少々拝見させていただけ―――」
「だ、だめよ。アニュータでも、これだけはだめ」

マリーは慌てて開いたままのその頁を両手で覆った。
ここでアンヌを関与させれば、どのみち何らかの非を指摘されて穏やかに計画を阻止されるに決まっている。
ものが見えすぎる人間の常で、この腹心の侍女はこれまでマリーのたいていの発案を未然に取りやめさせてきたが
―――そして後から考えると彼女の判断は九割九分がた正しかったのだが―――
今回ばかりはそれを許してはならないと思った。
なにしろ、ことは夫婦の愛情生活の根幹にかかわる問題なのだ。

「ですがマルーシャ様、仮に何かご服用なされるのであれば、
それが御身に害を及ぼすものでないか事前にたしかめる必要があります。
それがわたくしたち側仕えの者の務めでござりますれば」
「い、いいの。それはもう薬草事典で調べたから。
 調合に必要な材料はどれも無害よ。ふつうの内服薬にも使われるものばかりだもの」
「ですがご承知のように、調薬には化学反応というものが伴い―――」
言いかけたアンヌを制するように、マリーは件の書物を胸に抱いて突然立ち上がり、
無理やり勇気を鼓舞しながら彼女の前を傲然と通り過ぎて退室した。

長年仕えているだけに、主人にこういった反抗的な態度をとられるのは何も初めてのことではない。
アンヌは何も言わずに金髪で覆われたその小さな背中を見送ると、かすかに肩をすくめただけで、
文机の上の整頓と灯火の始末にとりかかった。
384九夜の別離:2007/11/24(土) 00:54:28 ID:ym4CDyeH

「オーギュスト、わたくしお話がありますの」
夫婦の寝室に入ると、マリーは開口一番夫に告げた。
部屋の隅の小卓に向かっていたオーギュストは、なんだろう、という顔で振り向いた。
卓上にはガルィア王室の紋章入りの便箋が二、三枚広げられている。
遠方にいる兄王子たちの誰かから受け取った書簡でも読んでいたのだろう。

ふだんは柔和で愛くるしく、理由もなく抱きしめたくなるような可憐な妻が珍しく厳格で真剣な表情をしているのをみて、
オーギュストはやや気圧された。
僕は最近何かしでかしてしまったろうか、と少し心配になった。

「マリー、とりあえずそちらに座られては」
「いいえ、わたくし、すぐに退出しなくてはなりませんの」
「えっ?でも、もう就寝の時間ではありませんか」
「たいへん身勝手で申し訳ないのですけれど―――わたくし、これから九日間、あなたとは床を別にさせていただきたく存じます」
「ええっ!?なぜです、マリー」

オーギュストは驚いた。
これまで、月の障りのためにマリーに触れられなかった期間はあっても、寝所を別にしたことなど一度もなかったからだ。
「僕、何かお気に触るようなことをしたでしょうか」
「いいえ、そうではないの。どうか悪くお思いにならないでね。
 これもすべて、わたくしたちの愛を深めるために必要な手順なのです。
 九日間精進潔斎を貫き、所定の薬を日に三度服用いたしますれば、
―――十日目には、わたくし、処女になっておりますの」

「ええっ!!」
マリーの期待していたとおり、オーギュストは栗色の瞳をいっそう大きく見開いた。
しかしそのようすは驚喜とはいいがたく、むしろ狼狽と呼ぶべきものであった。
「ど、どうしてです、マリー?僕にそんなにご不満が?」
「滅相もありませんわ、どうして?」
「処女とは未婚の娘のことではありませんか。
僕との結婚を解消したいということではないのですか」
「ちがいますわ、オーギュストったら」
マリーは優しくなだめるように言った。
「たしかに、処女とはおおむねそういう意味ですけれど―――でもわたくしが申しますのは、
 その、つまり、―――あなたを初めての殿方としてお迎えするということですの。
 お分かりでしょう?」
そういってマリーは恥じらいがちに夫の顔を見たが、彼はそれでも喜んでいるようには見えなかった。
どちらかといえば腑に落ちない顔をしている。

「いや、別に、僕は今のマリーのままで―――」
「もうオーギュストったら、気を遣ってくださるのね。
 でもいいのです、わたくし存じ上げております。
 殿方にとっては処女性こそ妻のかけがえのない婚資であり、至宝であり、寝室での歓びを約束するものですものね。
処女を好まぬ殿方などいるはずがございません」
「そうなのですか?知らなかった。今度兄たちに訊いてみます」
「・・・・・・とにかく、九日間です。
九日我慢していただければ、わたくし、処女性を取り戻すことができるのです。
そしてもう一度初夜を―――本来の『あるべき』初夜をともに迎えることができるのですわ」

マリーは力強くそう宣言すると、夫の頬に就寝前の接吻をしてあわただしく寝室を出て行った。
あまり長く抱き合って名残を惜しんでいると、つい肌を重ねたくなってしまうことを恐れたのだろう。
オーギュストはいまひとつ事態が呑み込めないまま、ひとり椅子に取り残された。
385九夜の別離:2007/11/24(土) 00:55:40 ID:ym4CDyeH

「―――ときに、訊きたいのだが」
白ワインが半分残ったグラスを卓上に置くと、アランは斜め向かいに座る末弟を見やった。
下戸のオーギュストは山羊チーズをひとかけら口に運んでいるところだった。
「何でしょう」
「おまえたちは、―――おまえと妃は最近何かあったのか」
「いいえ、何も」
「ならばなぜ寝所を別にしている。もう七日目になるというではないか」
「ああ、兄上もお聞き及びでしたか。あと二日すればまたマリーは戻ってきます」
オーギュストはふいに幸せいっぱいの表情になった。
しかしアランにしてみれば不可解さが募るばかりである。
やれやれ、という顔で隣に座るエレノールのほうを見た。

もともと彼自身は他人事に干渉するのを好まないたちである。
けれど、気品ある美貌とは裏腹に旅籠の女将なみに世話焼きで情の深い妃をもったばかりに、つい先日、
「実の弟君の家庭が危機に瀕しているかもしれないというのに傍観しているなどという法がありますか、いいえありません」
と反論を許さない調子で迫られ、
いまこうして夫婦だけのくつろいだ酒席に弟を呼ぶ次第になったのだった。
また一方で、父王を補佐し時には代理を努めるのが長子の務めである以上、
王室という巨大な家庭内における治安と調停にはやはり俺が責任を負わねばなるまい、
という感情が作用していたのも確かだった。

義弟の返答に、エレノールもやはり不可解そうな顔をしていたが、その眉からはやや曇りが薄れたようであった。
「それはたしかなのですか」
「もちろんです、義姉上。マリーがそう約束してくれました」
エレノールはかすかに安堵の息をついた。
全く、我が妻ながら他人のことに入れ込みすぎる女だ、とアランはなかば呆れながらも、
長いまつげでふちどられた漆黒の瞳が細められ、
深い呼吸とともに形のよい胸がかすかに上下するさまは目の端でしっかり捉えていた。

結婚前は、どれほどの美女であろうと一月も顔を合わせていれば飽きるだろうと思っていたが、
何かの警句にあるように、善良な女の表情というのは
―――それに首から下の曲線もついてくればなおさらだが―――
どれほど長く生活を共にしてもたしかに見飽きることがなかった。

「―――それならよいのですが。わたくしたち、とても案じていたのですよ。
 一、二日ならともかく、一週間もその状態がつづくなんて」
「ご心配をおかけしました。喧嘩ではないのです。
 ―――このチーズは美味しいですね。産地はどちらですか」
「マテューの領地からの献上品だ。山麓地帯はやはり酪農に恵まれているな」
「マテュー兄上といえば、僕のところにも最近たよりを下さいました」
「不精なあいつにしては珍しいことだな。
例によって詩を書き散らしているのか」
「ええ、でも昨今は領地経営に日夜お心を砕かれているようで、抒情詩が途中から森林伐採権の話になっていました。
 ところで兄上、処女はお好きですか」
386九夜の別離:2007/11/24(土) 00:57:03 ID:ym4CDyeH

ごふっ、と聞きなれない音がした。
見ると、常日ごろ一挙手一投足において疎漏のない長兄にしては珍しいことに、
気管支に入ったワインと呼吸を落ち着かせようと苦しそうに身を折り曲げていた。
エレノールがいたわるようにその背中をさすっている。
「大丈夫ですか、兄上」
「どうしたの、あなた。そんなに動揺なさったりして」

妻の掌の動きと声音はいつもどおりおっとりとして優しいが、
その目が笑っていないことは顔を上げないでも想像がついた。
卓上に突っ伏したまま、アランは穏当な答えを探そうとした。
「―――世間一般的には、好まれているな」
「まあアランったら、オーギュストはあなたのご見解を知りたがっておいでなのよ。
世の人の傾向ではなく。
 そうよね、オーギュスト」
「ええ、でも別に一般論でもかまわ―――」
「ほら、『あなたの』ご意見をうかがいたいのですって。オーギュストが」
(―――この女は)
弟にこんなことを吹き込んだのはエレノール自身なのではないかと疑いながらも、アランはやや焦燥を隠せなかった。
この心優しい妃は、嘘と不実に対しては異常に洞察が鋭く、なおかつ容赦がないのだ。

「―――なぜそんなことを訊く、オーギュスト」
「男はみな処女が好きなのだと、マリーは信じているのです。
それで自分も処女になると言って、今回寝所を別々にし、何か服用しているのです」
「処女性を取り戻す薬だと?
そんな都合のいいものがあれば俺がとうの昔に買い占めて国庫に備蓄
―――ではなくてだな、なんだそれは。かの国に伝わる呪術か?」
アランは急に感心できないといった顔になった。
一方のエレノールは卓の下で彼の靴を力の限り踏みつけながら、ふと何かに思い至ったように両手で口元を覆った。

「まあ、マリーったら、あのときのことをそんなに深く考えておいでだったのね・・・・・・・。
 つくづく悪いことを申し上げてしまったわ。
でも本当に、なんて旦那様思いのいい子なのでしょう。
 オーギュスト、あのかわいらしい奥様のことはどうか大切になさいませね」
「はい、もとよりそうしております」
彼は満面の笑みで義姉に答えた。
エレノールも思わずにっこりとする。
アランだけは妃に靴を踏みつけられたまま憮然としていた。

「―――おまえは宮中いたるところで処女愛好家率の統計でも取っているのか」
「そんなたいそうなものではありませんが、マテュー兄上やトマ兄上には書簡でお尋ねしました。
ちょうどおたよりをいただいたばかりなので」
王太子のアランは国政にあずかるため、第五王子のオーギュストは勉学をつづけるため結婚後も王都に留まる一方で、
第二王子のマテューと第四王子のトマは妻帯を機に授封された土地へ移り住んでいた。
宮廷に伺候するのは年に数回を数えるのみである。
都に住む末弟からはるばる届いた書簡を妻子家臣の前で開いたとたん、
「処女はお好きですか」と尋ねられる羽目に陥った弟たちの表情をまざまざと思い描きながら、
アランはふと尋ねた。

「ルネには」
「ルネ兄上は、聖母さまの名を冠した修道院で毎日起居しておられるぐらいだから、
書簡でお尋ねするまでもないと思いました」
「―――そうだな」
何気なく横目で妻のほうを見やると、伏し目がちな黒い瞳は絹の襞で覆われた膝の上をさまよっていた。
「―――まあいい。とにかくおまえたち夫妻の仲に異状がないなら、俺も何も言うことはない。
あと二日せいぜい耐え忍べ」
「分かりました」
オーギュストは元気よく答えた。
387九夜の別離:2007/11/24(土) 00:57:52 ID:ym4CDyeH

末弟を退室させると、アランは妻に向き直った。
「先ほどの答えだが」
「―――何でしょう」
いまだどこか思い乱れたような表情で、エレノールは視線を上げた。
その漆黒の瞳はいつになく無防備で、男の庇護欲をかきたてるような、
同時に汚したい欲求をあおりたてるような、深みのある潤いをおびていた。
アランは細い肩を抱き寄せた。妻が少し身を硬くしたのが分かる。
「処女は悪くない。が、かつて処女だった女も悪くない」
それから耳元に口を近づけた。
「自分で処女を奪った女なら、なおのことだ」
もう、と頬を染めてつぶやきながら、エレノールはそれでも夫の接吻を拒まなかった。
388九夜の別離:2007/11/24(土) 00:59:09 ID:ym4CDyeH

十日目の夜が来た。
オーギュストが寝室の扉をくぐると、マリーはすでに床に入り、
大きな枕に上体をもたせかけながら本を読んでいるところだった。
彼の姿をみとめると、燭台の光を宿したその水色の瞳はいっそう輝きをまして見開かれた。
ほころんだ薔薇色の唇に触れるのが待ちきれず、
オーギュストは彼にしては珍しく駆け足で寝台に近づき、妻の傍らに上がろうとしたところ、
勢いづくあまり寝台の柱に頭をぶつけた。

「まあオーギュスト、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。マリー、恋しかった。たった九夜の別れがこんなに長いなんて」
「わたくしもですわ」
胸があまりに昂ぶっていることの反動か、ふたりはおずおずと接吻を交わした。
まるで、ふたりきりの夜を文字通り初めて迎える恋人たちのようだった。
久方ぶりのくちづけで、身も心もいとしさに満たされながら、マリーは夫の肩に身を預けた。
目を閉じて、次に起こることをじっと待つ。
しかし何も起こらなかった。

「オーギュスト、どうして何もなさらないの」
「いや、だって・・・・・・いつもはマリーのほうから先導してくださるから」
「わたくし、もう処女なのですよ。処女は自分からどうこうしたりせぬものです」
「そ、そうなのですか。すみません」
「分かってくださればよいのです」
マリーを怒らせてしまっただろうかと気にしながら、オーギュストは慎重にことにとりかかった。
考えてみれば、これまで自分が完全に主導権を握っていた夜などというのは一度もありはしないのだった。
どうしたらいいだろう、と彼はのっけから途方に暮れた。

(最初のころみたいに、ずっと正常位でもいいのかなあ。
 マリーとずっと見つめ合っていられるのは、僕は大好きだけど、マリーは飽きないかな。
処女ってそういうのをつまらないと思うものなのだろうか)
そんなことを漠然と考えながら、
オーギュストはマリーの肩を抱き寄せるとその腰帯を解き、寝衣の胸元に手を差し込んだ。

「あっ・・・・・・」
久方ぶりに吐息混じりの愛らしい声を聞き、本物の絹に劣らぬほどきめこまやかな雪肌に触れてみると、
さきほどの逡巡はもはや意味をなさなかった。
とにかく早くこの肌をすみずみまで愛撫し、奥深くつながりたくてたまらない。
やや乱暴ともいえる手つきで妻の肌着を取り払ってしまうと、
オーギュストはそのしなやかな肢体を押し倒し、豊かな乳房の桃色の頂に接吻した。
389九夜の別離:2007/11/24(土) 01:08:56 ID:ym4CDyeH

「はぁっ、あん・・・・・」
「マリー、かわいい」
「もう・・・・・・」
間を措かずに彼の指がマリーの秘所に忍んできた。
やや毛深い黄金色の茂みを越えたその先の渓谷は、すでに温かく潤い始めていた。
二本の指先は、最初は柔らかい花びらをなぞるようにして、次第に中心部のつぼみに近づいていった。

「あっ、だめ・・・・・・」
「マリー、脚を閉じないで」
「だって・・・・・・ふぁ、はぁん・・・・・っ」
すでに膨らんでいるつぼみをそっと挟まれて、マリーは背中を反らせた。
自分の感度が以前と同じ、どころか以前より鋭敏になっているのはおかしいという気がしたが、
久しぶりの愛撫があまりに心地よいので、彼女は深く検討することができなかった。
とうとう奥まったところに指を挿れられて、マリーはまた大きく喘いだ。

唇を噛んで快感に耐えようとする妻の顔をいとしげに見つめながら、
「処女に向かい合ったとき男にはとるべき態度というものがございます」
と今回の聞き取り調査対象のひとりである廷臣から言われたのをオーギュストは思い出した。
なんだったろう、と彼は急に不安になった。
(こちらからいろいろ教え導かなければならない、とかそんなことだったかな)
そして考えあぐねたすえ、進級のための口頭試問に臨むかのような慎重を極めた口調で報告を始めた。

「マリー、ここはもう、十分滑らかに濡れているようです」
「そ、そんなはずはありませんわ・・・・・・処女の身で濡れるなんて、そんな、嘘・・・・・・」
「だってほら、こんなに」
別に他意もなく、オーギュストは秘裂から指を抜き取り、ぬらぬらと光るそれを彼女の眼前にかざして見せた。
客観的な事実を示せばマリーも自分を信じてくれるだろうと思ったのだ。
「い、いやっ・・・・・・そんなはず、あるわけが・・・・・・」
「でも、濡れたほうが痛くないのだからいいではありませんか」
「それは、そうですけれど・・・・・・」

マリーは言いかけながら、ふと口をつぐんだ。
何かさっきから、身体の芯が熱くなってきたような気がする。
愛する夫と九日ぶりに素肌を重ねているのだから身体が火照るのは当たり前だが、この熱さは異常だった。
体内に住まう見知らぬ獣が吠え立てて揺さぶりをかけてきたかのような、
かつて経験したこともない疼きだった。

(これは、一体・・・・・・・わたくし何か、変な感じ・・・・・
 どうしてしまったのかしら・・・・・・・何が、おかしいのかしら・・・・・・・
 そうだわ、オーギュストが、途中で・・・・・・指を抜いたり、なさるから・・・・・・
 こんな、満たされないままで、放り出されて・・・・・・)
390九夜の別離:2007/11/24(土) 01:10:09 ID:ym4CDyeH

「マ、マリー、どうされたのですか」
オーギュストは驚きを隠せない声でささやいた。
さきほどまで困惑がちに恥ずかしがっていると思ったら、
マリーは突然彼の手をつかみ、ふたたび自分の花園へと導いていったのだ。
のみならず、いちばん感じるところに彼の指が来るように、自分の細い指で押さえつけては動かしている。

「どうって・・・・・・?
だって、こうしていただくのが、いちばん素敵なのですもの・・・・・・あぁっ・・・・・
あん・・・・・・・そこ、ですわ・・・・・・っ」
「マリー・・・・・・」
呆然としながら、オーギュストは手を彼女に動かされるままになっていた。
(処女って、すごいんだなあ・・・・・・)
そんなことを考えているうちに、マリーは早くもひとりで達してしまった。
九日間の精進潔斎というのは、彼女にとってもよほど長かったのかもしれない。

「オーギュスト」
絶頂が過ぎ去ると、マリーは固まったままの夫の顔を申し訳なさそうにのぞきこんだ。
「今のこと、お許しください」
「い、いや、少しぐらい慎みを忘れたって、たいしたことでは」
「わたくしったら、自分ひとりで心地よくなってしまって。
 あなたにも歓んでいただかなくてはならなかったのに。
 それが、夫婦というものなのに」

そういうと、マリーはなんのためらいもなくオーギュストを押し倒して腰帯を解き、手際よく肌着を下ろした。
すでに硬くなっているそれを両手で包むようにして垂直に持ち上げると、
薔薇色の唇を近づけて先端から吸っていった。
ひとしきり吸うと、今度は舌で根元から舐めあげ、また咥えた。

「マ、マリー・・・・・・!」
「もう、こんなに大きくなさったりして・・・・・
かわいい、オーギュスト・・・・・・」
「い、いや、ちょっ・・・・・」
「もう透明なお汁をこぼしてらっしゃるのね・・・・・我慢できないなんて、いけないかた。
 白いのは、ちゃんと、マリーのなかで出してくださいませね」
マリーは顔を上げて優しくそうつぶやくと身体を起こし、固いものに手を添えつつ、
膝をつきながら夫の下腹部に腰を下ろそうとした。
391九夜の別離:2007/11/24(土) 01:12:24 ID:ym4CDyeH

あまりの光景に、オーギュストはことばも出なかった。
初夜以来マリーに手ほどきを受けて、すでにいろいろ知っているつもりでいたが、
どうやら世の中には自分の知らない営み方というのがまだまだたくさんあるらしい。
そしておそらく、その人の立場によって好ましい体位、奨励される体位というのがあるのだろう。
始めて営む夫婦は見つめあう体位、妊婦はおなかに負担がかからない体位、そして処女は上からまたがる体位というように。

(世の中に処女を好む人が多いというのは、こういうことなのか・・・・・・)
温かい花園に締め付けられるままに上から腰を打ちつけられ、
頭上で大きく揺れる乳房に目を奪われながら、オーギュストはようやく得心のいく気がした。
我慢できずに乳房を両手でつかむと、マリーはひときわ熱いため息をもらしながら、
その手を上から押さえつけた。
桃色のとがった頂が手のひらを突くのが分かる。

「うれしい、オーギュスト・・・・・・」
「あ、ああ、マリー」
「あなたが、こんなに奥深くまでいらして、いっぱい、突いてくださって・・・・・・」
「いや、それはどちらかというと、マリーが」
「わたくし、幸せですわ・・・・・こんなに深いところで、つながれるなんて・・・・・
 もっと、もっと突いて・・・・・・もっと奥まで・・・・・・」
なかば恍惚としながらも、マリーは激しい腰使いをやめなかった。
ふたりの接合部から響く蜜の音はしだいに大きくなっていった。
オーギュストは寝台ではそれほど忍耐強いほうではない。
妻の上体を抱き寄せて乳房にくちづけようとしたその一瞬後に、彼は早くも上り詰めてしまった。

「もう、オーギュストったら、せっかちなんだから」
責めるように、だがどこかうれしそうにささやくと、マリーはそっと抜き取るようにして立ち上がった。
ぴんと張った白い糸は伸びきって絶たれてしまうと、彼女の内腿に絡みついた。
「いや、申し訳な・・・・・」
ようやく我に返って上体を起こしたオーギュストが詫びようとすると、マリーはにっこりとしてそれを制した。
「かまいませんわ。だって、すぐにまた、愛していただけるのですもの」
その笑顔は人里離れた渓谷にひっそりと咲く白百合のように無垢そのものだった。
オーギュストもつられて微笑もうとするが、いかんせんまだ息があがっていた。
392九夜の別離:2007/11/24(土) 01:13:02 ID:ym4CDyeH

「ええ、もちろん。ただ、少し休ませ・・・・・・」
「今度は後ろからでも、よろしいでしょうか」
マリーはすでに寝台に肘と膝をつき、さきほどつながっていたばかりの部位を夫の眼前に差し出していた。
その眺めに息を呑みつつも、オーギュストはさすがにすぐには立ち上がれなかった。
「マ、マリー、もう少しだけ、休んでから・・・・・」
「お気に召しませんでしたか・・・・・・?
 もう、マリーのことに飽いてしまわれて・・・・・?」
「い、いや、そんなことは、全く。ただ」
「愛してくださるというなら、早く、ここに・・・・・・
 先ほどと同じ大きくて硬いものを、マリーのここにくださいませ。
 そして、熱いのをたくさん、たくさん出して・・・・・・」

首だけ振り向いて夫を見つめながら、その水色の瞳は潤みを帯びてますます澄んでいた。
やがて耐えられなくなったかのように身体の下をくぐらせて右手を秘所に伸ばすと、
二本の指で花園の入り口を左右に開いてみせる。
たっぷりとした蜜で照り光る桃色の花芯には乳白色の液体がにじみはじめ、じきにあとからあとからこぼれ落ちてきた。
蜜とまざりあったそれはゆっくりと太腿を這い、膝まで伝わり落ちていこうとする。

「ここに、ほしいの・・・・・・・
ねえ、オーギュスト、くださらないの・・・・・・・?」
涙を浮かべんばかりに哀願するその表情の清らかさは、
夫に見せつけている光景の淫らさとは微塵も相容れないものだった。
衝撃が大きすぎてことばを失いつつも、本能に命じられるまま、オーギュストはふらふらと立ち上がった。
下腹部のものもどうやらすっかり回復したようだ。
(それにしても、処女ってすごいんだなあ)
つくづく感心しながら、彼はマリーの後ろに膝立ちになった。
393九夜の別離:2007/11/24(土) 01:14:05 ID:ym4CDyeH

(一体、どのように進行していることやら)
アンヌは手持ち無沙汰にふたたび蝋燭の芯を切った。
第五王子夫妻の寝室につづく控えの間で、彼女はひとり不寝の番をしていた。
本来、今夜の宿直に当たるのはべつの侍女であり、しかも複数いたのだが、
全員分の責任を全うするからと頼み込んで、なんとか交代してもらったのだ。

樫の木の椅子に腰掛けるアンヌの膝の上には、折りたたまれた白いシーツが置かれていた。
糊の効き具合をたしかめるかのように、彼女はその端を指で少し押さえてみた。
(―――まあ、マルーシャ様ご自身が難儀なさることはあるまいから、この期に及んであまり気に病むまい)
マリーの代わりにその夫が苦労しているのはほぼ確実なのだが、アンヌはそのことについては深く考えなかった。

十日前、マリーに正面から反旗を翻されたあとで、
当然ながらアンヌは主人が服用するつもりだという薬の安全性を危ぶみ、独自に調査を進めていた。
いや、それは調査とも呼べなかった。
これまでの経験から、マリーがものを隠すときはどういう場所を選ぶかということはだいたい見当がついていたので、
アンヌは姫君の居室に敷かれた東洋趣味の絨毯の下に難なくそれを見つけ出し、栞が挟まれた件の頁を開いたのだった。

頁の下半分には薬の材料と調合方法が載っていたのでざっと目を通したが、
なるほど、ルースの山岳部でふつうに入手して食用にできる数種の野草と茸が主成分で、
それ自体に人体を損なう効果があるとは思われなかった。
母国から持参した産物のなかからそれらを見つけ出し、マリーが自身で素人調合したとしても害はないだろう。

しかしその頁の上部、古書らしい華麗な飾り文字で記された項目名を見たとき、アンヌは一瞬固まった。
そこにはたしかに「処女」「復活」という語句はあった。
ただしその後ろに小さな文字で注記された部分も合わせて読めば、それはおおむね
「処女性を取り戻すにも等しいほど妻女を魅力的にふるまわせる薬」といった意味になる。
つまり、一種の催淫薬であった。

(―――マルーシャ様)
誰もいない姫君の居室で、アンヌはかすかに嘆息して高い天井を仰いだ。
(あれほど、古典文法の学習をおろそかになさいませんようにと申し上げたのに)
しかしいまさら言っても始まらない。
いちばんいいのはマリーを諭して今回の試みを中断させることだが、
あのように交渉が決裂した以上、そう容易に耳を貸してもらえるとは思えない。
それならせめて薬の中身を何か別の無難なものに取り替えたいのだが、
マリーは件の秘薬を常に身に着けて持ち歩いているらしく、
中身どころか薬瓶に触れる機会さえつかむことができなかった。

そうして十日目の夜になってしまったのである。
これが本物の有害物質であればアンヌは臣下の分を踏み越えてでもマリーの計画を阻止したであろうが、
今回は事情が事情なだけに、彼女は途中で達観するにいたった。
すなわち、
「マルーシャ様がご満足なされてお幸せならそれでよい」
ということであった。

まあたぶん、寝台の上ではとんでもない光景が繰り広げられることになるであろうが、
それを知るのは結局のところオーギュストひとりであるし、疲労困憊するのも彼のほうであろう。
(それにあの薬には忘却効果もあるようだから、
明朝、処女を捧げたという満足感のみをおぼえてマルーシャ様がお目覚めになるならば、それでよしとしましょう。
 わたくしがなすべきは、あのかたのご満足にほころびが出ないようにすることだわ)
そう腹を決めたがゆえに、アンヌは夜を徹してこの場に控えることにしたのだった。

扉の向こうで姫君が一体どんなことをやらかしているのかと思うと若干不安にならなくもないが、
すでに始まってしまったことであり、夫妻の房事に今さら介入するわけにはいかない。
(ご奮闘くださいませ、オーギュスト殿下)
熱のこもらない声で応援をつぶやきながら、アンヌは蝋燭の芯をまた切り取った。
394九夜の別離:2007/11/24(土) 01:15:22 ID:ym4CDyeH

(―――ようやく、眠ってくださった)
ややもすれば布団の上に倒れこみそうになるのをぐっと持ちこたえながら、
オーギュストは病み上がりの老人のような足取りで寝台から降りた。
途中で何度か意識が遠のいているので正確な回数はわからないが、計五回、
口で果てさせられたのも数えれば七回ほどだろうか。
消耗の度合いはマリーの比ではないはずなのだが、彼女を先に寝付かせた以上、
オーギュストにはやらねばならぬことが残されていた。

(―――この状態のまま明朝侍女たちに起こされたら、
マリーは恥ずかしくて実家に帰ってしまわれるかもしれない)
しかし必要なものはどこにあるのだろう。
日用品のたぐいは常に従僕たちの責任で管理され、彼らにひとこと尋ねればたちどころに差し出されるが、
逆に言えば彼らがいなければ手も足も出ないのだった。
オーギュストには、いま求めているものの所在はほとんど見当もつかなかった。

寝台近辺の棚や引き出しを洗いざらい開けた挙句、彼はようやく清潔なハンカチのようなものを
―――あとで侍女たちに訊いたところでは予備の枕カバーだったらしいが―――見つけた。
布巾として用いるには糊がききすぎてぱりぱりしているようにも思えたが、
ともかくもオーギュストはそれでマリーの身体を清めようと決め、
小さな紅い唇から真っ白な膝頭のあたりまで、二種類の体液の残滓を丹念に拭い取った。
しかしながら、白い粘液が白金色の恥毛に絡み付いているのを改めて見ると、
これだけ疲労しきっていてもいまだに下腹が熱くなってきてしまうのが不思議だった。
困ったなあ、と彼はひとりごちた。

それにしても、われながら一晩にこれだけというのは信じがたい量だと思う。
それにまだベッドカバーに飛び散った分もあるのだ。
けれどよく見ると、寝台のシーツは主としてマリーの甘酸っぱい愛液を吸い込んだがために濡れているようだった。
(シーツも・・・・・・変えな、ければ・・・・・・)
むろんそんな作業は生まれてこのかたしたことがない。
その未知の労力を思うと今度こそオーギュストは床に崩れ落ちて眠りこけそうになったが、
最後に残った一握りの精神力で己を鼓舞しようとした。
(これを放置したまま朝を迎えたら、マリーが・・・・・・恥ずかしさのあまり・・・・・・
 でも、替えのシーツって、どこにあるんだろう・・・・・・)
そのとき、寝室の扉をそっと叩く音がした。
395九夜の別離:2007/11/24(土) 01:16:34 ID:ym4CDyeH

「だ、れだ・・・・・?」
「わたくしでございます。
恐れながら、もしよろしければ、ご寝台を整えさせていただけませんでしょうか」
(アンヌはどうして、僕たちの必要とすることがいつも分かるんだろう・・・・・・
 魔法使いみたいだなあ・・・・・)
オーギュストはいつにもましてぼんやりとした頭でつくづく感心し、
よろよろと寝衣を羽織ってから妻の最も信頼する侍女を部屋の中へ呼び入れた。

糊の利いた真っ白なベッドカバーを腕に抱えながら、アンヌは恭しく寝台のそばへ進み寄った。
どろどろに汚れたシーツを見ても彼女は何も言わなかったが、
半裸で眠りこける主人の姿をみとめると、冷静な態度の一角がふいに崩れた。
「ひょっとして―――殿下御自らマリー様の御身を清拭してくださったのですか」
「うん」
「―――なんと、大変な失礼を」

いくら日ごとにそのぼんくらぶりが堂に入っていることを実感させられる相手であるとはいえ、
さすがに一国の王子ともあろうお方に下女のような仕事をさせたと知って、アンヌは少し青ざめた。
マリーの行動力はいささか度が過ぎたようだ。
「申し訳ありません。わたくしがもっと強くお諌めしていれば―――」
「いや、いいよ。
 マリーが僕のためを思って、こうなったわけだし」
「ですが、これはさすがに―――
 マリー様には明朝、厳しく申し上げておきます」

「いやいや、本当にいいんだ。
 だって、マリーもきっと、怖かったと思うんだ。
宮廷のみんなに聞いてまわったところでは、処女というのはふつう、痛い思いをするんだろう。
ましてマリーは、前の夫君にはあまり優しくしてもらえなかったみたいだから、
たぶんそのことについては、ほかの女の人より辛くて怖い記憶しかないと思うんだ。
それなのに僕のために、今回また処女になろうとしてくれたんだから、マリーを責めたりしたくない。
だから、叱らないであげてほしい」

言いながら、オーギュストは妻の身体を抱き上げ、ふらふらした足どりで近くの寝椅子に運び寝かせた。
アンヌがベッドカバーを取り替えはじめると、彼も手伝おうとした。
「恐れ多いことでございます。
 わたくしひとりでできますので、ご安心を」
 「いや、僕もこういうのを自分でやってみたかった。それにいつか役立つかもしれないし」
ふたたび役立つ日があったらそのときこそ御身は精気を吸い取られて屍になっておられるのではないでしょうか、
とアンヌは疑問に思いながらも、結局は王子の厚意を受け入れた。
396九夜の別離:2007/11/24(土) 01:17:31 ID:ym4CDyeH

「やあ、これでよし。
 ありがとう、アンヌ。おかげで助かったよ」
シーツをすっかり取り替えてしまい、清潔に生まれ変わった寝台の上にマリーの身体をふたたび横たえると、
オーギュストもようやく荷が降りたかのようにどさっとその横に倒れこんだ。
主人夫妻に向かって枕元で深々と礼をすると、アンヌは静かに退出しようとした。
しかしふと頭に浮かぶことがあり、扉の前で立ち止まって振り返った。

「―――オーギュスト殿下」
「うん・・・・・?」
「お休みになりかけたところ大変恐縮でございますが、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ん・・・・・何だろう」
「―――殿下におかれましては、
マリー様が再嫁の身であられることを―――純潔の身ではなかったことを、
ご婚礼以来不服に思っておいででしたか」
「ううん・・・・・・」
眠りに落ちかけているとも考え込んでいるとも判じかねるくぐもった声を上げながら、
オーギュストはゆっくり答えた。

「そうだなあ・・・・・最初の頃は、やっぱり前の夫君のことが気になったけど・・・・・・
 でもいまは、別にいいかなあ・・・・・・
 僕といっしょにいるときは、僕のマリーだから」

そこまで言うと、オーギュストは妻と肩を寄せ合いつつ、本格的な眠りに落ちたようだった。
あとは規則的な二種類の寝息が寝室に響くばかりである。
―――そう、とアンヌはつぶやいた。
これまでの彼女なら、誰かが主人の名の前に所有格をつけるたびに
「わたくしの」姫様ですと心の中で訂正してきたものだが、
いまはそれほど咎める気にもならなかった。

(それほどおっしゃるなら、今夜だけは「わたくしたちの」姫様ということにしておきましょう)
口の中でつぶやきながら、彼女は寝室の扉を閉めた。
397九夜の別離:2007/11/24(土) 01:18:53 ID:ym4CDyeH

柔らかい日差しが白金色のまつげを煌めかせはじめたころ、マリーはゆっくりと目を覚ました。
朝日を宿した水色の瞳を瞬かせながら軽く伸びをすると、心地よい疲労が全身を覆っているように感じられた。
ふと隣を見ると、オーギュストは反対側を向いたまま横たわっている。
肩越しに顔を覗き込んでみると、眉ひとつ動かさず死んだように熟睡していた。

(―――お珍しいことだわ。この時刻になってもこんなにも深く眠り込んでいらっしゃるなんて)
いぶかしがりつつも、マリー自身昨夜の記憶が定かではなかった。
朝だというのにいつになく頭はすっきり冴えているのだが、
足の付け根やら顎やら身体の節々がなんとなく痺れる理由は思い起こすことができなかった。

掛け布団をオーギュストに寄せてやるために自分の身体から払いのけると、
下に敷かれたシーツは、いつもの朝と違いあまり皴が寄っていなかった。
ただし、中央部分近くに小さな汚れを見つけた。
(―――?)
マリーが顔を近づけてよく見ると、それは何か赤黒いような茶色いような液体が四、五滴こぼされた跡であった。
(これはどうやら―――血痕かしら。
―――ああ!そうだったわ)

マリーはすべて合点がいった。
思わず両手を打ち合わせ、白皙の顔には心からの笑みが広がる。
(やっぱり、わたくしは間違っていなかったのね。
アニュータの助けがなくても、やれるときはひとりでちゃんとやれるんだから。
あまりしっかりと思い出せないのは残念だけれど、きっと―――心から喜んでいただけたに違いないわ。
 この鮮血をごらんになって、オーギュストはきっと、『これでようやく僕だけのマリーだ』とかそのようなことをおっしゃって、そして・・・・・・)

そこまで思いを馳せるとマリーは思わず頬を赤らめ、
誰も見ていないとは知りつつも両手で顔を覆わずにはいられなかった。
気持ちを落ち着かせながら再び夫の顔をのぞきこむと常にもましていとしさが募り、
ぴくりともしないその寝顔がたまらなく愛らしいものに思われて―――
アンヌに言わせると「瞳を閉じられたことでいっそう知性の光から遠のいたお顔つき」らしいが―――
いつになく血色の悪いその頬を思わず撫でてみた。

そうこうするうちにくすぐったさを覚えたのか、ふとオーギュストの唇が開きかけ、
ついで栗色の瞳が軽く瞬いた。
気づいたマリーが微笑みかけると、その眼はいっそう大きく見開かれた。
「マ、マリー・・・・・・?」
「おはようございます」
「お、おは・・・・・・・そうか、もう朝なんだ。よかった・・・・・・」
夫の顔には驚愕と憔悴と安心を一度におぼえたような色が浮かんだが、
かつてないほど大きな幸福感に満たされているマリーには、そのあたりの詳細を見極める余裕はなかった。

「オーギュスト、わたくし、こんなにうれしいことはありません。
 昨晩とうとう、誰も触れたことのないまっさらな身体で、あなたの妻にしていただけたのですもの」
「え?う、うん」
「あの、わたくしあまりおぼえていないのですけれど、どのように思し召されましたか」
「ど、どのようにというのは」
「もう、いやですわ、オーギュストったら」
ますます頬を赤らめてうつむく妻の姿を呆然と眺めながら、
王子はただでさえあまりよく働かない頭を早朝だというのに最速で回転させようと努力していた。

「ええと、そうですね、この目が信じがたかった、じゃなくて、ええと、まるで夢かと思いました」
「まあ」
まさにうれし恥ずかしの絶頂に登りつめながら、マリーはふと夫の目元の隈に気がついた。
それをじっと見ているうちに、彼女はやがて昨夜の事態を把握しなおした。
唐突に罪悪感が沸き起こる。
398九夜の別離:2007/11/24(土) 01:19:42 ID:ym4CDyeH

「オーギュスト、わたくし、あなたにたいへんな忍耐を強いてしまったのね」
「え、ええ、まあ、そういわれれば、そう、かも・・・・・・」
「そうだわ、わたくしったら、なんということを。
自分だけ浮かれてしまっていて、今の今まであなたのご様子に気がつかないなんて。
昨晩はひどくご自制してくださったのね、ひとえにわたくしのために」
「じ、自制・・・・・・?」
「『初めての身体』だからさぞ不慣れで痛い思いをするだろうと、こんな時まで慮ってくださるなんて・・・・・・
九夜も独り寝を耐え忍んでいただいた後だというのに。
 本当はあなたも、存分に愛してくださるおつもりだったのでしょうけれど、
わたくしの身の大事を思って控えてくださったのね・・・・・・
ええ、そうだわ。昨日の今日だというのに、痛みらしい痛みはほとんどないもの。
それもすべて、あなたが本当に丁重に扱ってくださったからだわ。
でもあなたのほうは、オーギュスト、心ゆくまで思いを遂げられなかったばかりに、
これほどまで憔悴していらっしゃるのね・・・・・・」

感極まったマリーは突然彼の身体に抱きついた。
その柔らかな肌やかぐわしい金髪は通常ならいざ知らず、
今朝のオーギュストにとっては昨晩の壮絶な記憶を生々しく思い起こさせるものでしかなかった。
仰向けに横たわったままの夫の身体がふいに硬直したのを知って、
マリーは心配そうに上から栗色の双眸をのぞきこんだ。

「お優しい方、まだ抑えてくださっているのね」
「いえその、僕は」
「―――もう大丈夫ですわ。
 わたくしの身体でしたらご心配いただくことはありません。
 その、昨晩優しく愛していただいた部位は、まだ少し痺れている気もいたしますけれど、でも決して痛くはないのです」
「そ、それはよかった」
「今度はわたくしが、お返しする番ですわ」
恥じらいがちにそう告げると、マリーは彼の腰帯に手をかけ、ゆっくりと解き始めた。

状況が理解できないままオーギュストは放心の態で妻のなすことを眺めていたが、
帯を解ききったその手が肌着に取りかかろうとするのを感じて、ようやく我に返った。
全身に力が入らない状態だとはいえ、何とかして阻止しようといささかの反抗を試みる。
「マ、マリー、もう朝です」
「分かっておりますわ」
頬をいっそう赤らめつつ、マリーはやんわりと強引に夫の手を押しのけた。

「わたくしだって、こんな明るいうちからだなんて、恥ずかしくて消えてしまいたいほどですけれど、
でも、そんな身勝手な私情に屈するわけにはまいりませんわ。
昨晩それほどお労りいただいたのですもの。
今度はわたくしが、心を込めてお慰めしなければ」
「・・・・・・マママリー、いや本当に、ぼぼ僕はもう」
「何もおっしゃらないで。あなたのマリーはすべて存じ上げております。
嫁ぐ前、生国におりましたときに、母に深く諭されましたの。
夫婦の愛とはすなわち、自己犠牲と献身をおいて他ならないのだと。
 ですからわたくし―――もちろん恥ずかしゅうございますけれど、でも」
399九夜の別離:2007/11/24(土) 01:23:15 ID:ym4CDyeH

(うわあああああ!!!)

助けを求める悲鳴を聞いた気がして、アンヌはふと立ち止まり振り返った。
主人夫妻の寝室につづく扉は閉ざされたままである。

宿直明けの朝はやはり頭も身体も重い。
けれど、済ませるべきことは休憩前に済ませておこうと思い、
彼女は夜明けとともに控えの間を退出しようとするところだった。
両腕で使用済みのシーツを抱えつつも、左手の小指には包帯を巻いているため
重心はできるだけ右手が引き受けている。

アンヌはしばらく黙って耳をすませていたが、やがて扉から目を離した。
若干憐憫の情が沸かないでもなかったが、まあ、落ち着くべきところに落ち着いたというべきなのだ。
(―――「僕のマリー」とおっしゃったからには、その結果ももれなく引き受けていただかなくては)
それからまたゆっくりと歩き始めた。

(終)
400名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 01:25:12 ID:Vw5EwPKc
作者さんグッジョブ!!
久々の主役カップル、すごく楽しかったです。!
401名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 03:31:05 ID:MKFtWZSC
超GJ!!!
楽しくてエロくて、また楽しくて、最高でした!!
402名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 19:34:55 ID:bMeF6Lkx
素晴らしいの一言に尽きるw
マリーもオーギュストもアンヌも皇太子夫婦も大好きだwww
403名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 22:48:54 ID:Lp4godVg
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このレス数で警告出るってのはちょっと凄いな
404名無しさん@ピンキー:2007/11/25(日) 12:17:36 ID:njJEu3WV
GJ!!!
いつも素敵な話をありがとうございます
しかし、オーギュストは処女の意味を完全に勘違いしてないか?
皇太子夫妻との会話がまたチグハグになりそうだなwww
405名無しさん@ピンキー:2007/11/25(日) 18:55:36 ID:bxUxg6zx
切ない話を間に挟んで久々の主役カップル登場。
パワーupしたおバカ(←褒め言葉です)っぷりが可愛いくて愛しくて
本当に楽しませていただきました、GJ!

ところでこのたび第2、第4兄王子の名前も判明したわけですが
彼らも長兄と末弟に劣らず強烈な個性の持ち主っぽいのでしょうか?

>抒情詩が途中から森林伐採権の話になっていました。
 ↑の描写にココア噴きつつ、マテュー王子の登場をwktk待ち。
406名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 00:17:30 ID:yxWlShGL
姉妹王女シリーズもいいけど、
兄弟王子シリーズもいいね。
職人さんたちホントにありがとう。
407名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 01:01:24 ID:9YBzXsWq
ロウィーナたんの作者さんは元気かな
408名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 01:11:41 ID:a6W2pXPF
ここは、王女さまではなく
領主や公爵のお姫さまの話でも
落としてもいいのですか?
409名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 01:34:21 ID:18dIpPEm
大丈夫、そこまで神経質ではない。
410名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 01:41:53 ID:OHXiSV7A
容量に注意してどうぞ
411名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 02:15:52 ID:a6W2pXPF
ありがとうございます
それでは、もう少ししたら投下します
412名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 02:48:30 ID:lyeWG7+u
次スレ立てときました。
こちらを埋めてから順次移動してください。

お姫様でエロなスレ7
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1196012780/


413白いリボン1:2007/11/26(月) 03:05:36 ID:a6W2pXPF
公爵のお姫さまものです。
エロ要素が生ぬるいので期待は厳禁

*******

とある昼下がり、セシリアは、長いこと掛かりきりだった刺繍の作品を
ようやく完成させて上機嫌だった。
それは、白いリボンに白い絹糸で複雑な花模様をかがったもので、
母親の祖国であるノイス王国の伝統的な嫁入り道具の一つだった。
とはいっても、まだセシリアには結婚する予定はない。

「まあ、素晴らしい。初めてとは思えない出来映えでしてよ」
侍女のトルテは、リボンを手に取り、花模様をなぞりながら、感嘆のため息をもらした。
「ええ、ありがとう。これで少しはお母様のがお気に召すといいのだけど」
手放しで褒められて、セシリアはにっこりと笑った。

実は、刺繍のような集中力のいる作業は大の苦手だった。
だいたい、このリヴァー王国では、刺繍をたしなむ良家の娘は数少ない。
しかし、母にノイスでは王女の当然のたしなみだと強要されれば、努力するしかなかった。

セシリアはフィールド公爵の一人娘だ。
公爵は、もともとは先々代の王の息子で、まぎれもない王子であったが、
何かと火種になりやすい王位継承問題を避けるため、
結婚を機に爵位を賜わり、王都に邸宅を構えていた。
一方、セシリアの母親は寒冷な北方地方のノイス王国の第三王女だった。
両親とも、王家の血を引いていることに並々ならぬ誇りを持っていたので、
双方の王家における慣習や儀礼に基づき、セシリアに教育を施していた。
おかげでセシリアの苦労は二倍であった。

「今から宮殿に行くわ。マリアンヌにこれを見せると約束していたのよ」
セシリアは裁縫道具を片付けると、うきうきと立ち上がった。
マリアンヌとは現王ユーリ二世の娘で、つまりは正真正銘の王女だ。
二つ上の彼女は、セシリアとはまるで姉妹のように仲がよかった。
「セシリアさま。その前に、公爵様と奥方様に報告しなくては、だめですわよ」
「わかったわ。では馬車の用意だけお願いね」

セシリアはあまり気乗りしなかったが、仕方なく父親の書斎へ向かった。
きちんと閉じられていない扉から、そっと部屋を覗いてみると、父の姿は見えなかった。
奥の間にいるのかもしれない、と思いセシリアは中に入り込んだ。
壁にかかっている鏡を見ながら、セシリアは手にしていたリボンで手早く髪を飾った。
長いリボンをうまく束ねるのは少々時間が必要だった。

「ああ、そうだな。それがいちばんいい」
奥の間からお父様の声がする。誰と話しているのだろう。
セシリアは鏡の中の自分を見つめ、いろんな髪型をためしてみながらも、耳をすました。
「あと一年は待ってもらったら、セシリアには立派な教育がかけられますわ。
嫁入り道具だって、王家の娘に恥じない仕度ができます」
お母様だ。何を言っているのかしら。
自分のことが話題になっているのに、気がついてセシリアは奥の間の扉ににじりよった。
そして、信じられない話を耳にしたのだった。
414白いリボン2:2007/11/26(月) 03:13:29 ID:a6W2pXPF
気がついたらセシリアは、王城の図書室にいた。
父母との面会も忘れて、書斎からふらふらと戻ったあと、
エラが用意してくれた馬車に乗り、都の中心である王宮の門をくぐりぬけたのである。
三日と開けずにマリアンヌのもとへ訪れているため、
御者と門番は顔なじみであり、セシリアが采配を振るわなくとも、
まるで流れ作業のようにスムーズにたどり着けた。
とはいっても、いつものようにマリアンヌのいる秋の宮を訪ねる気にはなれず、
セシリアは西の宮の図書室へと逃げ込んだ。
西の宮は王族とその近しい家臣以外は立ち入り禁止区域の離宮であった。
おまけに図書室は別に、大きな図書館があるため、いつも人気がなかった。
 
たくさんある椅子の一つに座り、まず、先ほどの両親の会話を整理しようと考えた。
私はどうやら一年後に嫁がなくてはならないらしい。
お父様とお母様の話していたことが真実ならば。

『とにかく、セシリアにはまだ言うな。あれは結婚について何も考えていないようだからな。
 抵抗されてはかなわない』
『そうね。何しろ、二十九歳も年が離れているなんて、あの子が驚いてしまうわ』
『おまけに、ノイスは遠いからな』
『あら、何のためにノイス王家のしきたりを学ばせたと思っているのですか。
 あの子には、ノイスの王家の方が伸び伸びできるような気がするわ』
『まあ、まあ、とにかく。
 相手の素晴らしさがわかれば、セシリアも納得するだろう』
『まずは、ゆっくり外枠から埋めてきましょう。
 すぐにリヴァーへ手紙を送ります』

自分が知らないところで勝手に自分の人生が決められていくことに、
セシリアは恐怖を感じた。
両親がリヴァーだけではなくノイス王家の教育に力を注いでいたのは、
単に誇りだけではない深い意味があったのだ。
それでもセシリアは、あそこで両親の前にとび出してわめきたてなくよかったと思った。
彼らはまだセシリアが彼らの計画を知っているとは知らないのだ。
その間に、どうにか打開策を考えなくてはいけない。
415白いリボン3:2007/11/26(月) 03:20:06 ID:a6W2pXPF
「リア?」
誰かの声がした。自分の考えに耽っていたセシリアはゆっくりと顔を上げる。
そこには冷たい目をした少年が立っていた。

「エルド……」
セシリアは彼をまじまじと眺めた。
「珍しいな、リア。何をしているんだよ。」

セシリアは気が動転して、何も答えられなかった。
いつもなら、けんか腰で「リアって呼ばないでちょうだい」と叫んでいただろう。
彼がセシリアのことをリアと呼ぶのは、幼少の頃、
自分の名前も満足言えなかったセシリアが自分のことをリアと呼んでいたのを真似したせいだ。
すでに大きくなり、「私」という呼称を使うようになったセシリアにとっては、
あまり使って欲しくない幼名だった。
しかし、何度注意しても、エルドはそれを正してくれなかった。
そのうちリアは気づいた。彼は、セシリアが嫌がっているのを承知で、わざと正さないことを。
 
エルドは現王の第三王子で、マリアンヌの弟だった。セシリアとは同い年だ。
マリアンヌとは親友といっていいほどの仲なのに比べ、彼とはどうにも馬が合わなかった。
彼の下にも、まだ幼い弟や妹はいたが、
甘やかされて育ったエルドは完全に末っ子気質で傲慢に見える。

とにかく今日はエルドと言い争う気にはなれない。
セシリアは彼を軽くにらむと、奥の本棚の列へと足を向けた。
無視された形になったエルドは、追いかけようともしない。
ちらりと彼の方を振り返ると、窓際に寄せてある書き物机に座り、分厚い本を広げていた。
いつものような口げんかに発展しそうもないのでセシリアはホッとした。無視は有効な手段だ。
 
悟られないように、エルドの後姿を観察した。
栗色のやわらかそうな髪とまっすぐに伸びた背中だけで、怜悧で堂々とした気品が伺える。
悔しいが、彼が周囲に愛され甘やかされる理由もわかるような気がした。
 
同じ年齢で、従姉弟でありながら、彼と自分の落差に絶望したくなる。
普段は王女と同等の扱いを得ることもあるが、しょせん自分は公爵の娘だ。
しかも女であるから政略結婚の道具になるしかないのだ。
エルドは、第三王子なのだから政略結婚などせずに、自分の結婚したい相手と結婚できるだろう。
暗い考えにとりつかれたセシリアは、そのまま部屋を去ろうとした。
416白いリボン4:2007/11/26(月) 03:27:23 ID:a6W2pXPF
そのときだった。
カチャリと窓が開く音がしたあと、小さなうめき声が聞こえた。
セシリアはその場に固まった。
開け放たれた窓から白い布で覆面した男が侵入してきて、
あっという間に窓際にいたエルドに掴みかかった。
本に夢中だったらしい彼は完全に無防備で、抵抗する間もなく口をふさがれた。
どちらにしろ男の体格を考えるとエルドに勝ち目はなかった。
エルドは男の腕の中ですぐに動かなくなった。
 
エルド!
 
ようやく我に返ったセシリアは、自分が大変な局面の目撃者になっていることに気がついた。
誰か警備の者を呼ばなくては。しかし、あの男に気づかれずにこの部屋を出ることは不可能だろう。
 
次の瞬間の行動は、深窓の令嬢とは思えないほど素早かった。
セシリアは髪に結ばれていたリボンを外し、男の背後ににじりよった。
男は膝をつき、ぐったりしたエルドの懐を探り、何かを探しているようだった。
セシリアは両手でピンと張ったリボンを男の首に回し、思いっきり力を入れて引っ張った。
はずだったのだが。
セシリアは男に腕をつかまれた。

「きゃっ」
男の手を振り切り、助けを求めようとセシリアは扉へと走りかけた。
しかし、男はすぐにセシリアを羽交い絞めにした。
耳元から背筋が凍りつくほど冷たい声がした。
「お前は誰だ」
セシリアは怖くて言葉も出せなかった。
男はそんなセシリアを乱暴に床におしつけた。
毛の絨毯がしかれたとはいえ、セシリアの背中は痛みで悲鳴を上げた。
男は自身の膝を使い、セシリアの足首をおさえつけた。

「―――こんなものでな」 
男は自分の肩にまとわりついていたリボンを外し、セシリアの鼻先にぶらさげた。
何週間もかけた苦心の作が、はためくのをセシリアは呆然と眺めた。
「こんなもので俺を殺せると思ったのか?」 
覆面の隙間からセシリアを見下ろす目は深く暗い沼のようだった。
やがてセシリアは、両腕を頭の上で組まされ、手首をリボンできつく縛られた。
417名無しさん@ピンキー:2007/11/26(月) 03:34:05 ID:PLHkIuhp
418白いリボン5:2007/11/26(月) 03:35:41 ID:a6W2pXPF
ただ震えていることしかできなかった。
頭の中で、トルテから聞いた奴隷商人の話が去来した。
高貴な血筋を持つ子女を誘拐し、奴隷市で売り飛ばす極悪人の話だ。
そのときは、遠い異国の出来事で、自分には関係ないと思っていたのに。
 
セシリアが自分の想像によって益々恐怖の底に陥る中、
男の荒くてごつごつした手は、セシリアの首筋を触れた。
「ひゃっ」
何度も首の間を通る感触に悪寒がした。
セシリアが抵抗を示しても、男の手は容赦なく何度もセシリア首筋を撫で回した。
何のつもりだろう。こみあげる不快感にセシリアは息を呑んだ。
 
しかし、男がセシリアの背中に手を回し、服の紐を解き放そうとしたとき、
ようやく何をされているのか理解した。
この男は私を犯そうとしているのだ。
「嫌!」
セシリアは今度こそ抵抗しようと、激しくもがいたが男はすぐにねじふせた。
まるで歯が立たない。くくっと野卑な笑い声が、耳に届いた。
口元が隠れていても、にやにやと笑っているのが手に取るようにわかる。
まどろっこしくなったのか、男は、
セシリアの服を胸のあたりから腿にかけ、思い切り引き裂いた。

「ああ、やめっ、んん」
叫びだしたセシリアの口を男は左手でおさえた。
男の右手はセシリアの素肌にさらされた乳房を執拗に揉み始めた。
セシリアは具体的な性知識を持っていなかったが、少なくとも男の行為が乱暴で性急で、
自分のことなどこれっぽっちも考えていないのは理解できた。
男の手は次第に下半身の方へと下りていき、腿へと伸びていく、
ひたすら恐ろしくて、セシリアは天井に描かれている模様を一心に見つめた。
直面したくない現実に、意識がどんどんと遠のいていった。
419白いリボン6:2007/11/26(月) 03:40:07 ID:a6W2pXPF
ああ、こんな男の慰め者になるくらいだったら、
このまま舌を噛み切って、死んだほうがいい。 
そう逡巡しかけたとき、うめき声とともに男の体がセシリアの上に覆いかぶさった。
覆面の顔がセシリアの肩に触れ、男の体重がセシリアにのしかかる。
目を閉じて、身構えたセシリアだったが、男の動きは止まったままだ。
不思議に思い、目を開けると、見慣れた顔が飛び込んできた。

「馬鹿なのはこの男の方なのだ。俺の存在を忘れているのだから」
「―――エルド」

セシリアは、ようやく息をついた。
「あなた―――気絶したわけじゃなかったのね」
「振りをしていただけだ。俺がそんなに簡単にやられるわけないだろ」
「どうして、もっと―――」
もっと早く助けてくれなかったのよ、と言おうしてセシリアは黙った。
男が完全に油断するまで、待っていたのだろう。文句を言える筋合いではない。
「はやく、この男をどかしてちょうだい!」
エルドはうなずき、自分より大きな男を持ち上げた。
セシリアは、もう一秒でもその恐ろしい男を視界に留めたくなくて、
天井を穴の空くほど見つめた。
しかし、エルドの行動が気にかかり、横にちらりと視線を向けた。

エルドは窓にかかっていたカーテンを引き裂き、
ロープ代わりにして男の手や足を縛っていた。
「―――どうやって気絶させたの?」
「この文鎮だよ」
エルドは、書き物机の上に置いてある、猫の形を模した石を示した。
「早く縛ってちょうだい。また目を覚まして暴れだしたら、大変だわ。
 ものすごい怪力だったのよ。
 エルドなんか、あっという間にやっつけられてしまうわよ」
「そのうるさい口を閉じていろよ」
エルドは、セシリアをにらみつけたが、すぐに気まずそうに顔をそらした。
どうしたのかしら、と思ったセシリアだが、自分のあられもない格好に思い当たる。
肌着もろとも、引き裂かれ、乳房だけでなく腿も露わになっているのだ。
途端に首筋が熱くなるのを感じた。
420白いリボン6:2007/11/26(月) 03:46:17 ID:a6W2pXPF
気絶したままの男を厳重に縛り上げると、
エルドは横たわったままのセシリアに近寄り、残りの布を彼女の身体にかけた。
「今、警備の者を呼んでくる」
「そんなことしないで!」
セシリアは必死で起き上がろうとした。
しかし、両手の自由がきかずに、まるで幼児のように脚を動かすことしかできない。
腰や背中にもどうしても力が入らなかった。
「こんな格好を、誰かに見せるなんて耐えられないわ」
エルドは、ふうとため息をついた。
「まったくプライドだけは高いんだから」
 
プライドが高い? それ以前の問題ではないか。
セシリアが言い返そうとする前に、エルドはセシリアの腰を掴み、一気に引き起こした。
その勢いでカーテンはセシリアの膝に落ち、白い乳房は再びむき出しになった。
慌てて布で身体を隠そうとするが、両手首は縛られているので思い通りにならなかった。
エルドはその光景を眉一つ動かさず眺めたあとで、カーテンを使い、
ケープのようにセシリアの身体を覆った。
それから、突然セシリアを抱き上げた。

「エルド、あなたの腕が折れてしまうわよ」
セシリアは驚いてエルドにしがみついた。しかし慌てて付け加えた。
「もちろん私が重いという意味でなくてよ。
 ただあなたの腕はあまりにも細いんだし―――」
「しばらく黙っていろ」
エルドは苛々したように呟くと、幾度かセシリアを抱えなおす。
彼の手が、自分の背中と膝の裏側に触れているのはとても居心地が悪かった。
所在無く、脚をもぞもぞと動かすと、
ふくらはぎから足首にかけて、白い液体が緩やかに流れた。

「何かしら?」
セシリアは無心にエルドの耳元で呟くと、彼は一瞬、躊躇ったあとで返答した。
「……精液だ」 
セシリアはぴたりと口をつぐんだ。
自分が襲われそうになったのはわかっている。
しかし、今ようやくその生々しい現実感が降りてきた。
あのままだったら、私は、今頃―――。

いちばん奥の本棚の後ろに、エルドは彼女を下ろすと、
「そこで大人しく待っていろ。すぐ戻ってくるから」とだけ告げ、部屋を後にした。
セシリアはぼんやりと本の背表紙を見つめた。
421白いリボン8(上のは7でした):2007/11/26(月) 03:50:37 ID:a6W2pXPF
しばらくすると、数人のせわしない足音が図書室に向かってきた。
身をこわばらせて耳をすますと、
エルドの導く声と、興奮に満ちた衛兵たちの声だった。
「この男だ。早く連れて行け」 
「はい」
「殿下、本当にお怪我はございませんでしたか」
「ああ、大丈夫だ。
 気絶したふりをして、相手を油断させたのが成功だった」
「さすが、殿下。素晴らしい」
「このような悪漢をみすみす侵入させてしまったことをお許しください。
 先週から、中央会議が始まり、離宮の警備が手薄になっていて―――」
「いいから、さっさと連れていけ。
 それに、こいつの仲間が窓から逃げたままなのだ。
 早く追わないと、非常に危険だ。また誰かを襲うかもわからない」
「なんと!」
「殿下、悪党はどちらの方に」
「え、ああ。いや方角は見ていなかった。しかし、とにかくすぐに追え!!
 この宮の警備隊全員で捕まえるんだ。
 現場検証も、事情聴取も、その後だ」
「はっ!」
やがて、あわただしい足音は廊下へと消えて行った。
 
「リア! 今のうちだ。あの男も連れていかれた」
 背後から、エルドが近づいてくる。
「……仲間なんかいなかったわ」
「方便に決まっているだろう。ああ言えば、警備の目をかいくぐれる。
 ―――リア?」
 セシリアの顔を覗き込んだエルドは、言葉を続けるのを止めた。
 彼女の瞳が濡れていたからだ。
「マリアンヌのところへ行くか?」
 そう尋ねるエルドの声は困惑していて、彼をこんなに困らせるころができたのは快挙だ、
 とセシリアは心の片隅で思った。
「嫌よ。独りになりたい。
 こんな汚らわしい姿を、マリアンヌにも―――誰にも見せたくないわ」
堪えようとしても、後から後から涙が溢れてくる。
そんなセシリアをエルドは心底困ったように見つめていたが、
やがて彼女の背中に腕を回した。
「リア、時間がないんだ」
彼女を持ち上げると、エルドは図書室の外へ出て、長い廊下を突き進んだ。
422白いリボン9
シリルの現在の部屋は、西の宮の隣に位置する、春の宮にあった。
控えの間をくぐり抜けると、豪奢な長椅子や洒落た応接家具が置かれているのが目に入る。
「あなたの部屋に来るのは初めてね」
それまで泣きじゃくっていたセシリアは、エルドの腕の中でかすれた声を出した。
幾分、落ち着いた様子のセシリアに安堵したのかエルドはいつになく優しい声で答えた。
「そうだな。昔はマリアンヌらと徒党を組んで、俺の部屋に押しかけてきていたのに」
セシリアは微かに笑った。
それは、まだエルドが成人の儀を終える前、後宮にいた頃の話だ。
あの日々は、すでに遠い過去だ。
「また、あの頃に戻れたならいいのに……」
セシリアが弱々しく呟くと、
エルドは馬鹿馬鹿しいといわんばかりに思い切り顔をしかめた。
彼は、応接室を横切ると、その奥にある寝室に向かった。
「風呂にでも入ればいいんだ」
寝室の右手の扉を開けると、そこは浴室だった。
第三王子ただ一人のための場所としては、とてつもなく広い。
「好きに使え」
御影石の台にセシリアを丁寧に下ろすと、エルドは蛇口をひねり、浴槽に水を溜めた。

「シリル!」
そのまま去ろうとする彼に、セシリアは慌てて声をかけた。
振り向く彼の目の前に、縛れらた両腕を差し出す。
「これを、ほどいてくれなくては、何もできないわ」
「ああ、そうだった」
エルドは明らかに面倒そうに、彼女のもとに跪きリボンに手をかけた。

「固いな。ナイフか何かで切ったほうが早いかもしれないぞ」
「いけないわ! やっとの思いで、仕上げた刺繍なのに、無駄するなんて耐えられないわ」
「へぇ、これはお前が作ったのか。てっきり、ノイス国の品かと思っていた」
「あら、少し、当たっているわ」
セシリアは驚いて瞳を瞬かせた。
「これはノイスの国の刺繍なのよ。正確には、ノイス王家に伝わる歴史ある模様で、
 王家の娘ならば、誰でもこれを覚えなくてはいけないのよ」

「王家の娘か―――」
エルドは意味ありげに呟いた。
それは、まるで公爵の娘であるセシリアを揶揄しているように聞こえ、
セシリアはむっとした。
「私だって、好きで覚えているわけではなくてよ。
 ただ、お母様が、これは王女のたしなみであり、伝統的なよ―――」

伝統的な嫁入り道具だと言いかけて、セシリアは先ほど聞いた両親の企みを思い出した。
あれから、随分長い時が過ぎたような気がする。
急に無言になったセシリアに気づかずに、エルドが喜びの声をあげた。

「ほら! やっと、取れたぞ」
白いリボンはエルドの手をすり抜け、セシリアの膝に落ちた。
「それでは、お姫様、ごゆっくり」
エルドは立ち上がり、今度こそ浴室を後にした。
自由になった両手を伸ばしながら、
セシリアはまだどこかが縛られているような気がしてならなかった。

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容量が心配なのでとりあえず以上です。
ありがとうございました。