嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ その32

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871名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 21:35:27 ID:xGHgqvpG
煽り荒らしが粘着してる今煽るなって言っても無駄
ひとまず荒れそうだと思ったら違う話題振るか我慢して無視するしかないよ
ムカつくレスも専ブラならあぼーんできるからみんな専ブラ使えばマターリ


ひとまず俺は熱血でカラッとした修羅場話が読みたい
全体的に陰湿な話が多いしスレ自体ヤンデレ傾向強いけど

男 ←(嫉妬)→ 男
 \       /
  女(両天秤)

こんな感じとかこのスレ的にはどうなんでしょう><
872名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 21:49:41 ID:Os0rrqnH
>>871
男同士の嫉妬はいただけない


女 ←(嫉妬)→ 男
 \       /
  男(両天秤)


アッー!
873名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 21:54:07 ID:qigtXYHx
男の嫉妬は醜いだけで、美しさが感じられん。
874名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 21:57:52 ID:oAF6hJTF
男2・女2の四角関係ならどう?
875名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 22:00:39 ID:h5syMFS9
新井素子先生は仰った。
男が狂うのはいただけない、と。

つまり。
男は低く、暗く、心の奥底に燻ってるようなKOOLな嫉妬が似合う。
876名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 22:05:13 ID:WyJ28JB1
いや、男はどんな嫉妬もいかんだろ。
877 ◆8WEVcVrsT6 :2007/03/28(水) 22:16:04 ID:9HU+309H
昨日の続き投下するけど良い?
878名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 22:19:02 ID:4v4ByNXD
ok
879僕と姉さんの日常ごっこCの1 ◆8WEVcVrsT6 :2007/03/28(水) 22:20:01 ID:9HU+309H

「姉さん、今日は手つだ」
「そーちゃんはなーんにもしなくていいの。はい、あっちで座ってて」
今日もまた申し出は見事玉砕され、僕は一人、姉さんの料理が出来るまで待っていることになった。大抵、雑誌かテ
レビでも見て時間を潰しているのだが、今日はなぜだか何にも手がつかなかった。
だから、と言ってはなんだけれど。
「もうっ、どうしたの、そーちゃん。お姉ちゃんのことジロジロ見て」
姉さんは恥ずかしそうに言いながら、ヒヨコのエプロンを僅かに揺らして台所を動き回る。その手際は良く、素人の
自分でも姉さんの料理の腕がどれほどのものか、普段食べている実績からも窺い知ることが出来る。
もう姉さんはこちらが気にならないのか、こちらを振り返ることなく料理に集中している。元々、僕とは違いここぞ
という時の集中力がずば抜けている姉さんは、学業もずば抜けていたらしく某有名難関大に一発合格。就職難の時代
にすんなりと大手企業に就職してしまうなど、“出がらし”の僕にとってはお月様のような存在だ。おまけにそのス
ッポンまで養うとまで言い出すのだから、姉弟の愛云々以前に尊敬の念すら湧いている。
そのことをクラスの連中に話したら、案の定、シスコンという称号を貰ったわけで。
「きゃっ」
「え?」
姉さんの声に戻される。その時になってやっと、床が不自然に揺れているのを感じた。トラックが傍を通るのとはま
た違う、人の根源的な不安を煽る振動。
「地震だよっ、そーちゃん! 大丈夫っ!? お姉ちゃんすぐそっちに」
姉さんの声に反応してそちらに顔を向ける。
姉さんの頭上の棚も揺れていた。
そして見てしまう。半身を乗り出している空の鍋が揺れて、バランスを崩しているところを。
真下には、姉さん。
「危ないっ」
声が先か、僕は渾身の力で姉さんに飛び掛る。
耳に響くのはガラスか何かが割れるような大きな音。僕の意識も同時に暗転した。

880僕と姉さんの日常ごっこCの2 ◆8WEVcVrsT6 :2007/03/28(水) 22:20:32 ID:9HU+309H
そーちゃん! そーちゃん!
そうたいして気を失っていなかったのだろう。壁に掛けてある時計の針が三つに見えてまだぶれているのかと思った
けれど、最後の一つが秒針だと思い直した時には意識はハッキリとしていた。
大丈夫だよ、姉さん。そう開こうとした口が、ふいの頭痛に止まる。
「あ……ああ……」
目の前には、きっと僕以上に血の気の失せた顔をしている姉さん。
まずい。頭に血を流していたからなのかは、今となっては判別できそうにない。
「ごめんなさい……ごめんなさいそーちゃん……おねえ……わた、わたしをかばって……かばって」
「姉さんのせいじゃないから。落ち着いて」
「だって……そーちゃん……頭、ケガして……血……血が……いっぱい……」
「姉さん」
「ごめんねそーちゃんっ、許して。ねえっ」
「大丈夫だから」
「ごめんなさいそーちゃん。許して、許し……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
い」
「姉さん」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご
めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな
さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ
んごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「姉さん……」
姉さんの謝罪はその後もずっと続いていた。
881僕と姉さんの日常ごっこCの3 ◆8WEVcVrsT6 :2007/03/28(水) 22:21:09 ID:9HU+309H

結局、夜間の病院に無理やり連れて行かれた僕は包帯を巻かれただけで済む事になった。姉さんの勧めで、あと少し
で入院するハメになりそうだったけれど、こうして家に帰ることが出来たから良しとしよう。
自室のベッドに寝転ぶ。随分、久しぶりのような気がした。未だに頭部の痛みは治まっていないが、医者も苦笑いす
るほどだったから一日眠れば大丈夫だろう。もう時計の針も0時を回っていることもあって、すぐ眠ることも出来そ
うだった。

ぼんやりとした意識で目を開くと、窓から見える月が綺麗だった。
月明かりを眩しいと思ったのか、寝返りを打とうと体を捩るものの押し返されてしまった。誰かがいる。分かってい
たはずなのに僕はそのまま黙っていた。
「そーちゃん……お姉ちゃんだけのそーちゃん……」
いつの間に脱がされたのか、裸の背中にぴったりとくっついている所は既に熱を帯びていた。それだけずっとそこに
いたのだろう。
「誰にも渡さない……お姉ちゃんだけのそーちゃん……苦しい思いなんてさせない。ずっとお姉ちゃんが傍にいてあ
げるから。ぜんぶお姉ちゃんが面倒を見てあげるからね……そーちゃん、フフ……」
指先が背中をなぞる感触に、思わず体が固まる。そのままお尻の方まで伸びて、そしてまた上に戻る。それのずっと
繰り返し。
「痛い事も苦しい事も辛い事もぜーんぶお姉ちゃんが背負ってあげる、ぜーんぶそーちゃんの代わりに受け止めてあ
げる……だってそーちゃんはもうお姉ちゃんの分を、ぜんぶぜーんぶ受け止めてくれたもんねー……」
「痛い痛いはもうお姉ちゃんがぜんぶしてあげるからね。だからそーちゃんはなんにもしなくていいんだよー……」
「フフ……お姉ちゃんだけのそーちゃん……お姉ちゃんのイタイイタイしてくれたそーちゃん……」
僕の背中を、見るに耐えないその部分をなぞる姉さん。
その行為は、また僕が意識を落とすまで続けられた。

「お姉ちゃんの分イタイイタイしてくれたそーちゃん……今度はそーちゃんの分のイタイイタイ、ぜーんぶどかして
あげるからね?」


つづく
882 ◆8WEVcVrsT6 :2007/03/28(水) 22:22:52 ID:9HU+309H
今日はここまでで。明日はバイト長いんで休みで。

あといつも感想ありがとう。このキモ姉にこうして欲しいってのがあったら考えとくわ。
883名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 22:38:50 ID:orTg2NnF
(´・ω・`)お姉ちゃん、このお姉ちゃん怖いよぅ

あんちゃん、良い仕事してんな!
884名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 22:47:56 ID:PQIa4SRl
>>882
キモ姉(;´Д`)ハァハァ
お姉ちゃんに限らず女の子がこっちの話も聞かず謝り続けたり問い詰めたりしてくるのって萌えるね。あとGJ
885 ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 22:59:10 ID:a2IEocnK
投下いきます
886ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:01:26 ID:a2IEocnK
 少女が『智ちゃん』と言葉を発した時、エルは自然と微笑を浮かべていた。
 やっと見つけた、と思った。
 そして―――長く苦しかった旅は今度こそ終わり、新しい時間が始まるのだ・・・とも。

                         ・
                         ・
                         ・
                         ・
                         ・

「見つけたわ・・・」

 自然と独り言が漏れる。
 夜の街を彷徨い歩くこと数時間、ようやくたどり着いた一軒家は智の気配に満ちていた。
 17年間で彼が最も長い時間を過ごした場所、つまり自宅に違いなかった。

 エルは智の家の場所は勿論、千早の居場所も知っていたわけではない。それでも、何となく分かってしまった。
 乙女の勘か、吸血鬼の感覚か、狂った者だけに宿る純粋すぎる想い故か。
 エルに聞いたならば、『私とサトシの運命が導いた必然の結果よ』とでも答えるだろう。
 実際、今や世界を『智』と『智以外のもの』とで定義しているエルにすれば、この程度の問題を解決することは必然かもしれない。


 出来ることならゆっくりと見て回りたいとエルは思う。
 ここには自分の知らない智のことが一杯詰まっているから。
 毎年背を測った柱の傷とかあるのだろうか。他には、どうしても捨てられない思い出の玩具とか、子供の頃の服とか。
 アルバムは外せないだろう。『余計なもの』も映っていたら塗り潰さないといけないから、見る時は黒マジックを用意しておかなければ。
 智のベッドに潜り込んで、少しだけ眠ってみるのも良いかもしれない。
 きっといい夢が見られるだろう。現実の智をそう待たせるわけにはいかないから、あまりゆっくりはできないけれど。


 しかし、何よりも先にすべきことがある。
 愛しい空気に包まれたこの空間で唯一の異質なモノを排除しなければならない。
 靴を脱ぐのが礼儀だと知ってはいたが、それさえもまどろっこしくて土足のまま玄関を上がる。



「智ちゃんの匂いがする・・・!」
(サトシの匂いがする・・・)

 階段に座り込んでいる千早を見下ろす位置まで近づく。
 そこでエルが感じたことはは、図らずも千早から発せられた台詞と同じ内容だった。
 更に言うなら、その声と『智ちゃん』という呼称にも覚えがあった。
 笑顔のまま凍りついた仮面の裏で、煮え繰り返るような憎悪が燃え上がる。
 以前智の携帯に電話して別の女が出た時に感じたのと同じ感情―――同族嫌悪だ。

887ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:03:45 ID:a2IEocnK
(あの電話の女・・・。あれがサトシが言っていた『チハヤ』だったんだ・・・)

 いっそ吐き気がするほどに智の気配を身に纏った女だった。
 愛されることを当然のこととして甘受し生きてきたのだろう。
 そんなこの女に分かるだろうか。
 すぐ戻ると言った智が戻って来なかった間の、孤独に震える心の寒さが。
 電話越しの勝ち誇った嘲笑により突き落とされた、絶望という闇の深さが。

 だが、今なら少しは分かるだろう。
 様子を見る限り、智に去られたらしい。
 あの優しい智が、自分を思ってこんな風になってしまう相手を見捨てていなくなるなど、並大抵のことではない。

(きっとこの女も、サトシの吸血鬼としての部分を認めなかったんだわ。あの銀刀の小娘と同じように)

 だとしたら去って当然だ。自分の存在を否定してくる相手とどうして一緒に居る必要があるというのか。
 しかし、それでも智は見捨てきれず、未だこの女を思って魘されている。それもよりによって、エルの目の前でその名前を呼んで。
 つまり千早は、それほどまでに智の愛情――異性としてのものではないとしても――を一身に受けてきた存在ということだ。


 ―――羨ましい。悔しい。妬ましい。憎い。・・・殺したい。
 嫉妬が胸を焼き焦がし、エルの中ではちきれんばかりに荒れ狂う。
 綸音と相対した時の激情さえ、今の殺意の前には子供騙しのように霞んでしまいそうだった。
 それでも、智を縛るこの小娘を断罪するには足りないとさえ思える。
 もっと強い憎しみを、苦しみを、怨みを与えたいと思う。

 だが、もう我慢の限界だった。
 いきなり気が触れたように笑い出した千早を気にも留めず、その幼い顔を正面から見つめる。
 もう笑顔は保てなかった。




「やっと会えたね」

 殺さないよう――即死させたいのを懸命に堪えて――手加減した手刀で、軽く薙ぎ払って壁に叩きつける。
 身体が床にずり落ちる前に首に手を掛けると、千早の身体は中空で停止した。
 それはまさに、磔にされた咎人が死神の鎌を振るわれようとしている、という光景。


 ――さあ、思い知らせてあげる。

 牙を光らせ、エルは酷薄に口元を吊り上げた。

                         ・
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888ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:05:12 ID:a2IEocnK
「苦しい? 苦しいわよね。呼吸が出来なきゃ生物は死んじゃうもの。『私たち』だってそうだしね」

 首に掛かった手に壁へ押し付けられて浮いたままの千早に、エルは悠然と話しかける。
 千早の身体は拍子抜けするほど軽く、右手一本でも支えるのは容易い。
 千早は苦しげに呻きながら足をばたつかせて暴れるが、エルはビクともしなかった。
 身体が持ち上げられている分、視線はエルの方が若干下だが、彼女は見下した瞳で千早を見つめる。

「離してあげてもいいわよ。私だって何の意味も無くこんなことはしない。
 ・・・でもね、一つだけ条件があるの。聞いてくれたら命だけは助けてあげる。
 あっと、心配しなくて良いわ。とっても簡単なことだから。この態勢からでも出来ることよ」

 一方的に告げるエルを、千早は憤怒の瞳で睨みつける。
 その口元に先程までの歪んだ三日月型は無く、噛み千切るほどに食いしばった様子が彼女の心情を映している。
 だがエルは、そんな千早の視線など何処吹く風。元よりこの程度で怯む性格ではない。
 真っ向から睨み返し、千早の瞳を間近で覗き込んで、一言一句ゆっくりと告げた。




「サトシのことを、嫌いだと、言いなさい」


889ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:07:27 ID:a2IEocnK
 刹那、千早の抵抗が止む。何を言われたのか理解できなかった。

(智ちゃんのことを、嫌い? 私が?)

 在り得ない――『存在し得ない』言葉に思わず混乱してしまうが、その意味はすぐさま脳に浸透する。
 そして次の瞬間、千早は火が付いたように暴れ出した。

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 冗談でも言ってはならない言葉を受け、千早が激昂した。
 どこにそんな力が残っていたのかと思わせる暴れぶりに、首を掴まえるエルの腕が僅かに揺れる。

 幼少時から周囲に仲の良さを冷やかされることの多かった智と千早だが、意地を張ってでも冗談ででも、相手を嫌いだと言ったことは無い。
 近い距離を維持し離れたことも無いまま恋を愛に昇華させた千早にとって、その言葉は未知にして禁忌だった。
 たとえ嘘でも、耐えることは勿論、聞き流すことも出来ないブロックワード。
 まして他の女、それも智を奪おうとする泥棒猫から発せられたのなら尚更だった。


 しかしエルは動じない。外れ掛けた腕に改めて力をこめ直し、今度こそ千早の抵抗を封殺した。
 必然的に千早の首がより強く絞められることになり、怒りの叫びも苦悶の掠れ声へと変わっていく。

「怒っても無駄。かえって苦しさが増すだけよ。・・・そろそろ呼吸も苦しくなってきたんじゃない?
 さっさと認めなさい。首を一つ縦に振るだけで命が助かるのよ?」

 声に少量の凄みを加えてエルが言う。彼女の言うとおり、喉への圧迫は千早の呼吸を困難にしていた。
 それでも千早は頷かない。手足は届かず、もう喋ることも叶わないが、瞳だけはエルへの抵抗を諦めていない。
 千早のその様子に、エルは段々と内心のいらつきを抑えられなくなっていく。

890ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:09:41 ID:a2IEocnK
「言いなさい、言いなさいよ! 智のことが嫌いだって! 死にたくないって! 
 智への気持ちに命までは掛けられないって、言いなさいよっ!!」

 業を煮やしたエルは、とうとう落ち着いた態度をかなぐり捨てて叫んだ。
 見くびっていたつもりはない。相手は綸音に負けず劣らずの狂った女だという自覚はあった。
 だが、生殺し状態で己の無力さを見せつけ続ければ、すぐに折れて屈すると思っていた。



 エルの目的は、ただ千早を殺すことではない。
 千早に智への想いを否定させ、裏切らせ、その上で殺すのだ。
 智にはエルしかいないということを、その手で実証するために。

 どんなに智が想っても応えてはくれない。短い人生にしがみつく人間は、自らの全てを誰かのために賭することなど出来ない。
 綸音は智を奪うために命を掛けて挑んできたが、吸血鬼としての智を否定した時点で彼のためとは言えなかった。
 唯一の例外は智。あの初めて逢った日の自らの身を省みない優しさは、人か化物かなど関係ない、彼自身のものだったとエルは思う。

 そして、そんな彼に応えられるのは自分だけ。
 千早を身も心も打ちのめせば、もう智は他の人間に余計な情は割かなくなる。
 名実共に、エルだけのものになる。



(なのに・・・!)

 エルの表情が歪み、首を絞める力が強まり、千早の顔色が見る見る悪くなっていく。
 しかし千早の様子は変わらない。エルを睨む瞳の鋭さは些かも鈍らない。

 いつしか、物理的な優劣はそのままに精神的な優劣が逆転していた。
 折れるはずの無い想いを必死に否定させようとするエルの姿に、千早は憎しみを通り越して哀れみさえ覚える。
 意識が朦朧とし出した中で、その感情は酷く自然に表情へ現れた。
 とても小さく、だがはっきりと、千早の口元が釣り上がる。

891ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:11:59 ID:a2IEocnK
「・・・っ!?」

 嘲笑。それも、追い詰められた立場にいるはずの者から。


 喉から引き攣った音が漏れた。憎悪と恐怖の入り混じった強迫観念がエルを苛む。
 首を絞めている自分の方が首を絞められている感覚。上手く呼吸が出来ない。
 解放されるには目の前の女を殺すしかないように思えてくる。


「死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで・・・。
 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 一気に力を込めてひと思いに殺そうとするが、気が動転したエルには上手く出来ない。
 それでもエルの右手は徐々に首に食い込んでいき、千早を確実に死へといざなっていく。

 手足が弛緩し、だらんと下がった。
 呼吸が完全に止まった口元からは涎が垂れ、顔色は土気色に変化していた。
 そして、最後に残った瞳からも光が消えようとした時。

 開け放たれたままの玄関に、月が長い人影を映していた。








「サトシ・・・?」

 予想外の人物の登場に、エルの動きが止まる。
 そこには、顔色悪く息も荒い智が立っていた。
 鎖に繋いだはずの左手は中途な長さで、血で真っ赤に染まった布が端部に丸まっている。当然だが、鎖は見当たらない。
 そして右手には、白光りする細長い棒のようなものを握っている。
 月明かりに煌くその光は、エルの肌をチリチリと焦がすような不快感を放っていた。
 生気のない、けれど決然とした表情で、智は口を開く。



「エルさん・・・。千早を、離して下さい」

 そう言って、見覚えのある銀刀の切っ先をエルに向けた。
892名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:13:33 ID:Sj6xiQtl
>>882
毎度GJ!
ここでキモアネの本性にそーちゃんは気付いてしまった……のか?
どっちにしろこれからのそーちゃんの行動が異常に気になるwwwww
893ブラッド・フォース ◆6xSmO/z5xE :2007/03/28(水) 23:14:31 ID:a2IEocnK
今回はここまで。
前回のと2回に分けたのにえらい長くなってしまいました・・・。

完結まであと1〜2回です。
894名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:17:41 ID:h5syMFS9
もう取り返しのつかないところまで逝きましたねwwww
このキャラ達が最後にどのように決着をつけるのかが気になります。
895892:2007/03/28(水) 23:18:51 ID:Sj6xiQtl
エルと千早のやり取りはいいっすなw
GJ!
あと、割り込み、非常に申し訳ないorz
896名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:20:39 ID:helXpvKn
リアルタイムGJ!!
一体何回F5押しただろうw
首しめられながらも見下す千早に激萌えッス!!!
エルなんぞに負けるな!ガンガレ千早!!
あ〜もう!相変らず続きが気になってしょうがない良い所で終わってくれる!
この焦らせ上手めw
897名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:28:14 ID:ze8whDje
お姉ちゃん可愛いよお姉ちゃん(*´Д`)ハァハァ
そしてある意味最大のピンチになってしまったエルガンガレ!
898名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:30:22 ID:2+i2J5rQ
>>893
智もちょっと黒魔法に巻き込まれて先輩とアヤシイ放課後が〜ってところからえらく遠くまで来たもんだ。
完結楽しみにしてます。
899名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:43:20 ID:hPUBGVYt
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご
めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ
いごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな
さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ
んごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

りぃん(ry以来のウザ投下きたな

ブラッドフォースGJ
900名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:48:03 ID:oAF6hJTF
今回もキモ姉GJ
そしてブラッドフォースも来てる!GJです
智は随分と運命にいじめられた主人公だったなぁ
901名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 23:49:17 ID:RxmH2HFS
次スレ

嫉妬・三角関係・修羅場系総合SSスレ その33
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1175093159/
902名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 00:00:33 ID:ccjIKQbq
>>882
やっぱりキモ姉は最高ですなぁ。このまま頑張って下さいな。

>>893
千、千早が……。
残り二回も楽しみにしてますぜ!
903名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 00:18:55 ID:Cg2djXOB
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
904赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:33:33 ID:u+TUf6bV
幕間、投下します。
905アンビエイト・ダンス 幕間 ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:35:11 ID:u+TUf6bV
 りりりりりん。りりりりりん。
 ちょうど、廊下に居たあたしの目の前でアンティークの電話機が昔特有の甲高いベルを鳴らした。
 いま現在この家にはあたしと直やんしか居ない。家事をすべて済ませるあのあたしの先輩メイドエリィは今は居ない。必然的に受話器を取るのはあたしである。
 受話器をあげる。いつも、エリィとあたしが全ての家事をやっちゃうから、直やんが受話器取るチャンスはめったに無い。
「はい、紅行院です」
 受話器を耳元まで持ってくると、声のトーンを上げてあたしは格調高く応対する。いわゆるあたしのヨソ向けの声だ。
『ラッテですか?』
「エリィさん?」
 電話の主はエリィだ。
 このお小言メイド(ひろってもらった手前こんなこと言うのは酷いけどね)は許婚を迎えに朝早くに空港まで車を走らせている。
メイド服のまま、空港のロビーで許婚を迎えるらしい。コスプレと間違われないかな。どうなることやら。まあそれ故、今家にはあたしと直やんだけの二人っきりなのだ。
 エリィは許婚のことを快く思っていない。そんな彼女がどうして迎えなんて面倒くさい真似をするのかと思ったけど、よく聞けば今日は許婚の付き添いとして、直やんの姉であるしずるお嬢様も今日はこちらに来るよう。
 そのしずるお嬢様の命により、エリィはしぶしぶながら自分の車に乗って、あたしと直やん二人を置いて隣の駅まで走ってたのだ。
 その間、あたしは新たの追加されたしずるお嬢様の分の料理の下ごしらえの準備をしていた。ちょうどたった今、すべての準備が終わったところで受話器を取ったわけだ。
「なに。電話してきて」
『直さまに手は出していないでしょうね?』
「してないわよ」
 開口一番でそれかい。あたしの声のトーンをすぐにいつもの状態に戻した。エリィにヨソ向けの声はもったいない。あたしは自分のこのヨソ向けの声が嫌いなのだ。やらなきゃいけないときにはやるけど。
『やるべきことはすべて終わりました?』
 エリィの声は受話器の向こうのエリィの声がこのアンティーク電話特有のノイズ音にまじって聞こえづらい。しかし、言ってることは理解できるわ。
「たった今終わったわ」
『遅いですね。もう一時間はやく済ませるようにしなさい』
 むかりとした。電話してまで小言を言いたいのかとあたしは文句をたれそうになる。ご主人様である直やんにはとてつもなく甘いくせに。例えるならザッハトルテに生クリームを添えるぐらい甘い。ザッハトルテに生クリームを添えるのは本場ウィーン風の食べ方だけど。
 でも、主人に甘いのは当然だよね。でも、あたしとしてはあまりに甘すぎないかと思う。それはやっぱり彼女の境遇のせいなんだろうけどさ。まあ、あたしには関係ない。
 しかしこういった小言は全て日常茶飯事なので、一言返すことは今はしない。あたしは普通に流して電話越しのエリィに用件を聞く。
「で、何さ?」
 エリィから電話するときは、大抵面倒くさい仕事の命令が常だわ。
『私達が帰るまでにわらび餅を作っておきなさい』
「はぁ?」
 なんでわざわざそんな手間かかるもん作らなきゃならないのよ!
 わらび餅といえば蕨粉(甘藷澱粉っていうヤツね。かんしょでんぷんって読む)を水で溶かして、かなり手間かけて混ぜ込み煮込んで冷やして作る、日本の茶菓子だ。スーパーにでも売ってる春の和菓子で黄な粉をかけて食べるのが一般的。
 あたし日本人じゃないくせに、よく知ってたな作り方。前にウィキペディアで見てたので覚えていたのね。
『作り方はわかりますね』
そんな断定口調で言わないでよさ。あんたのその口調じゃ「メイドの常識です」って言っているみたいに聞こえるわよ。すべてのメイドはわらび餅の作り方を熟知しているわけじゃないでしょ?
「わかるけど……。でも、なんでいきなりわらび餅?」
 アレ、作るの結構体力居るんだけど。あと冷えるのに時間かかるし、確実に帰ってくるまでに間に合わないし。
それだったら、あんたが近くのセブンイレブンにでも寄って買ってくるのが一番じゃない。買ったほうが手間少ないしね。
 あたしがそう言うと、エリィは淡々と返す。
『しずるお嬢様が所望しているのです。あなたが作りなさい』
 いやいやいや、確実に買ったほうが手間少ないわよ!
 しかし、あたしがもういちど反論しようとすると、
『あ、信号が青になりました。切ります』
「切るな! いや、というか運転中に電話を……」
 がちゃん。つーつーつー。
 むぅ、あたしは突然命じられた無理難題に頭を抱えた。
906アンビエイト・ダンス 幕間 ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:36:15 ID:u+TUf6bV
 ふと、時計を見ると時刻は午前八時。そろそろ直やんを起こす時刻である。
 直やんを起こすのはいつもエリィの一番の仕事だったわ。朝起きて直やんが最初に見るのは必ずエリィの顔で、夜眠るときに直やんが最後に見るのがエリィの顔。そんな生活をずっと続けていたよう。
 だから、あたしがメイドとしてここへ来たときも、頑固としてその仕事はあたしにやらせなかった。料理を作っていても直やんを起こす時間になれば全てほっぽりだして二階の部屋へと駆け上がっていく。
 あれは一種の刷り込みだよ。絶対……。直やんはまったく、エリィ漬けである。ごはんには合わないほど甘い。ザッハトルテに生クリームを添えるぐらい甘い。それが本場ウィーンの食べ方なんだけど。
 しかし、今日だけはその大役をあたしに譲った。
 あたしは直やんに呼ばれた場合でしか昇ることの許されない、二階への階段を一歩一歩踏みしめて昇る。
 なんか聖域に向かっている気分がする。エリィは直やんには自分以外誰者も近づけないという独善的なヤツだから、なんかその空間を私が犯している感じかな。
 直やんのドアの前までやって来た。ここから先は未知の領域。入るのは初めてだ。直やんの寝るだけの部屋だからこの半年間はいる用事も無かったし、エリィが絶対踏み入れさせてくれないし。
 どんな部屋なのか。あたしはちょっと楽しみだった。
 ドアノブを掴んでゆっくりと回す。軽く引くとすこしドアが開き、聖域の中心地である直やんの部屋が覗けた。落ち着いた印象を受ける薄青の壁紙、エリィが選んだと思われる間接照明が部屋の隅を柔らかく照らしている。
 さらにドアを開くと、部屋の奥にはあたしの使っている煎餅布団とはかけ離れたほどの豪華な木目調のアンティークベッドが備え付けられていた。天蓋付きとまではいかないけど、高級感漂うベッド。ここで寝たらさぞかし気持ちいいんでしょうね。
 あとで、エリィの部屋にも侵入してベッドを見てみよう。もしあたしと同じ煎餅布団で寝ていたら、すこしエリィのことを見直すわ。
 部屋を見渡すと、しかし質素な部屋ね。あるものといえば、ベッドと本棚と勉強机。本棚はいろいろとライトノベルや新書がシリーズごとにならべてしまってある。
 高さ順や色順ではなく、ブックオフの本棚のように作者の名前のあいうえお順にして左上から右下までぎっしり綺麗に収まっている。この仕舞いかたは確実にエリィだね。
 机の上はノートが数冊、分類わけして置かれていた。あとは和英辞典や国語字典がいくつか。教科書やテキストといったものは一切無いので机の上はすっきりとしている。
 そりゃそうか、直やん学校行ってないしな。
 ここぞとばかり部屋を見渡していて、ふとあたしはノックをしてなかったことに気付いた。あちゃ、ノックもなしなんて失礼全般だわね。エリィはこれだけでも鬼のようにキレるから徹底してたけれど……。
 その鬼が居ないから油断してた。思春期の直やんの部屋にノック無しではいるなんてまるで空気の読めない母親だわね。
 もし、直やんがエロ本読んでいた時だったら気まずかったなぁ。その時はあたしは全力で直やんと笑いながら一緒に見るけどね! エロ本なんてエリィがいるから絶対持ち込めないけどさ。
 まあいいや。どうせ、この時間は直やん寝てるし。
 あたしはエプロンドレスを翻して、ベッドに近づいた。
 ベッドの羽毛布団はこんもりと丘を作っていて、直やんの顔はあったかそうな布団に包まれ埋まっていた。
 そこで初めて、あたしは直やんの寝顔というものは見た。
 白い糸で編みこんだように決め細やかな肌の少年。くしゃくしゃとしたねぐせと半開きですぅすぅと静かに呼吸を繰り返し、十四歳のくせに年齢よりもずっと童顔な顔つきで幸せそうに無防備で眠る顔。
 あの可愛い天使が成長してクラスチェンジしたらこんな感じになるのかしら……。
「か、可愛い……」
 あたしの心臓がどきんと鳴った。いやいやいや、あたしにショタ属性は無いぞ。
しかし、あのエリィは何年もの間、この寝顔をずっと独占していたのか……。確かに独占したくなる寝顔だわ。エリィがあたしを目覚ましの任に任せなかったのが少し理解できる。
もうすこしの間、眺めてみようかと思ったが、あんまり眺めすぎて本格的にショタ属性に目覚めたら取り返しの付かないことになるわ。エリィと一緒になってしまう。
 それにしてもすやすやと眠っているわね……。直後、あたしの頭の中に、なぜか直やんのほっぺたをつんつんしてみたいという欲求がこみあがってきた。ぷにぷにほっぺをつんつんしたらどうなるか、メチャクチャ興味がある。
いけないいけない。あたしはふるふると頭を振って、頭の中の煩悩を振り払う。
907アンビエイト・ダンス 幕間 ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:36:53 ID:u+TUf6bV
 しかし、一度こみ上げた欲求は簡単には収まらない。
「よし、じゃあほっぺをつんつんさせて起こすことにしようっ」
 誰も聞いていないのに、あたしは口でそう宣言するように理由づける。エリィが居ない今のうちに、鬼の居ぬ間に普段できないことをやってみたいの!
「直やん、起きてる?」
 念のため、直やんの耳元で小声で確認してみる。しかし直やんは平和そうな顔で静かに寝息を立てたままだ。
 あたしは期待に胸膨らませながら、直やんのほっぺたに人差し指を伸ばしていく。エリィめ、こんな起こし方、試したこと無いでしょうと、今居ないお小言メイドにあたしはすこし優越感をもってにやりと笑う。
 あたしの人差し指が、ぷにんと直やんのほっぺたに触れた。
 そのまま圧力をかけて、ぷにんぷにんとほっぺたの上を人差し指で弄っていく。これってある意味夜這いなのかしら。朝だけど。
 二十秒ほど、ほっぺをぷにぷにして、あたしはふと我に返った。
「……なにやってんの、あたし」
 あたしのショタ属性ブームは2分で終了した。
 普通に起こしましょ。あたしは直やんの包まっている羽毛布団をひっぺがした。ここで下が全裸だったら酷いが、普通に直やんは灰色のスウェット姿で寝息を立てていた。
 いきなり布団がはがされ、暖かさを失った体が寒さにううんとよがる。体育座りのように体を丸めようとした直やんの耳元に、あたしは用意していたフライパンとお玉杓子を近づけて、
「おっき! おっき! おっきしなさい!」
 そう大声で叫びながら、カンカンカンカンカンカンとフライパンにお玉杓子を打ち付けて音を鳴らした。古典的。この起こしかた、実は結構憧れてたのよねぇ。
 ちなみに、この「おっき!」は「起きる」の意味。別に意味に聞こえたら……変態っ! あ、でも朝だからおっきはしてるね。あたしはオヤジか。
「う、ううん……」
「おっき! おっき! おっきなさい!」
 直やんの目が薄く開いた。
「……あれ? ラッテ?」
 薄めのまま戸惑ったように声をあげた。
 そうか、あたしが初めて直やんの寝顔を見たように、直やんも起きて最初に見る顔がエリィ以外なのは初めてなのね。
「おはろぅー」
 あたしはいつもの笑顔で直やんに笑いかけて朝の挨拶をした。
「お、おはよう」
 寝癖の付いた髪の毛をぼりぼり掻きながら、寝ぼけ眼のまま直やんはあたしに向けて挨拶の言葉を返した。
 とんとんと耳元を押さえて、なにか納得でき無そうな顔であたしを見る。
「なんか、物凄い耳鳴りがするんだけど……」
「気のせいじゃない?」
「えっと、上手くいえないけど……なんだか、漫画的な耳鳴り……」
 それは多分、あたしがフライパンお玉杓子カンカン起こしをやったせいだと思う。ちなみにフライパンとお玉杓子は直やんにバレないように、背中のリボンに挿している。今後ろ向いたらフライパンが丸見えだったりする。
「なにそれ。漫画的って」
 とぼけるあたし。直やんは頭をひねっていろいろと考えてたけど、答えは上手く出ないよう。
「え、いや……。よくわからないけど……」
 いろいろと説明しづらそうに直やんは首をかしげながら、ベッドから立ち上がる。ふあぁと小さな欠伸をして伸びをした。
 その横であたしは剥ぎ取った布団を元のベッドに戻す。
「そういえば、エリィは?」
「お客さんの迎え。朝から空港まで車を走らせてったわ」
「そっか。だからラッテが起こしに来たんだ」
 直やんは合点が言ったように頷く。
「そ。じゃあ朝食作るから着替えて下来てね」
 あたしがそう言うと、直やんはもう一度うんと頷いた。素直な子だ。
 その直後、直やんがあたしに構わず上着に手をかけてスウェットを脱ぎだした。スウェットの下はシャツを着ておらず、細くて綺麗な上半身が露わになる。
ちょ、あんたいくらあたしがメイドだからって、女の子の前で躊躇なく脱ぐなよ!
「直やん。普通、男の子は女の子の前で脱ぐもんじゃないわよ?」
 あたしがやんわりと注意すると、直やんはきょとんとした様子であたしを見つめた。
「そうなの?」
「そうよ。直やんもあたしがここでいきなり脱ぎ出したら困るでしょ?」
「え、あ……………う、うん。困るね」
 顔が一気にもみじのように赤くなった。一瞬だけあたしが脱ぎだしたところを想像したかしらね。思春期だからたぶんナイスバディに想像したようだけど実際はあたしのは結構貧相よん。Bだし。
 そんなところがガキっぽくて可愛いとでもかしらね。世の中のおねーさんたちは。特にエリィとか。
「まったく。こういうところに無頓着だと今日来るお客さんにも嫌われるわよ」
 あたしの言葉に直やんは「え」と声を上げた。
908アンビエイト・ダンス 幕間 ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:37:39 ID:u+TUf6bV
「今日、来る人。やっぱり女の子……?」
 へ。あたしは眉をひそめる。
 やっぱりエリィは直やんに対して、来たる訪問者に関する説明はほとんどしていないようだ。今日来る子が許婚なんて、絶対知らないんでしょうね。
「そーよ。女の子、今日から女の子と暮らすことになるんだからしっかりしなきゃ」
「……やっぱり今日から住み込むの? エリィは一週間泊まるだけって言ってたけど……」
 エリィ……まさか許婚を一週間で追い出すつもりだったのか? 嫁姑問題のごとく、もしかしたらいびっていびっていびり散らして追い込むつもりだったのかもしれないわ。
 と、いうか。
「なんか、直やん。あまり驚いてないわね」
 あたしは直やんの態度が少し気になっていた。なんというか、あたしの言う真実を聞いて、驚くというよりまるで予想通りといいたそうな表情なの。
やっぱりとか言ってるし。あたしが疑問に感じてストレートに訊くと直やんはゆっくりと頷いた。
「うん。なんか、ほら。予想、できてたから」
「予想?」
「うん」
 直やんは脱いだスウェットの上着を律儀にもう一度着込みながらさらに頷く。
「どういうことかしら?」
「エリィの口ぶりとか、表情とかからさ。なんとなく女の子が来るんだって、わかる」
 あたしには鉄仮面を被っているようにしか見えないエリィでも、幼い頃から一緒に暮らしている直やんには、エリィの表情や態度から内面の思惑が読み取れたとしても不思議じゃない。
「エリィ。僕が女の人と話してるの好きじゃないんだ。舞子先生と喋っているだけでも、エリィすっごくピリピリしてるし」
 舞子先生……、あの清楚な女医か。しずるお嬢様以外で唯一エリィが敬語で話している本家のかかりつけの医者ね。隔週に一度の診察の時のエリィはあたしから見ても分かるほどめちゃくちゃ機嫌わるいわねぇ。
直やんには隠してるんだろうケド……でも、きちんと気付いてる。
「最近のエリィってさ。舞子先生が来るときとかみたいに、イライラしてることが多いんだ」
「そうね。あたしから見てもムカつくぐらいイライラしてるわ。そのせいかあたしに当たってくるしぃ」
「ラッテに当たるのはサボってるからじゃないの?」
「あたしの仕事は直やんと遊ぶことだからいいのっ」
「でも、たまに洗濯機の陰でアイス食べてたりするよね?」
 ちっ。あたしが隠れて本気でサボってることも気付いてのね。
「そ、それは……ともかく」
「でさ、エリィのイライラがずっと続いてたそんな時、いきなりお客さんが来るって言うんだ」
 ……ほぉ。
「エリィのイライラはお客さんが原因なんだろうなって気付いたよ。だから、お客さんって女の子だろうなって……」
「そう」
 そこまで言って、直やんは部屋の中をふらりふらりと歩く。歩きながら、なにか言いづらそうに口をもごもごさせていた。表情が硬い。
「まだ、なにか……?」
 うん、直やんが頷く。直やんは「これは多分の話だよ?」と念を押して、続けた。
「僕ももうすぐ十五歳だし……、そろそろ本家からなにか縁談が来ると思うんだ。だから……、だから。今日来る女の子って……もしかしたら……」
 直やんは一旦息を整え、核心を突いた。
「もしかしたら。僕の許婚……」
「いいなずけ……?」
「うん。本家にとって僕はただの駒だから……。たぶん、その子もどこかの大きな会社の偉い人の女の子なのかもしれないね」
 それでも、いきなり一緒にすむことになるとは思わなかったけど……と自嘲気味に言う直やんの姿。あたしはすこしこの子のことを見直していた。
なんだ、エリィにLIONのごとく超絶に甘く甘く甘く甘く甘く甘やかされているから、あんまり深く考えない単純なお坊ちゃん……と思っていた。けど、実は違う。
 甘やかされているからこそ、その甘やかしているエリィの態度の裏を如実に感じるようになったみたい。そのせいか、勘も鋭くなったよう。
 あ、関係ないけどLIONはフランスで食べたチョコバーの中で一番美味しかったから、もしフランスに行ってみたら買ってみてね。自販機の単品売りのほかにスーパーで4本(たまに5本)ぐらいのお得パックもあるから。
 それはともかく。
 それに、直やんは隔離されつつも紅行院家の直系の息子だ。本家(あたしにはさっぱりわかんないけど)のやり方というものを熟知している。
909アンビエイト・ダンス 幕間 ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:38:55 ID:u+TUf6bV

 あたしは口元がさらにニヤ付くのを抑え切れなかった。
 可笑しい、可笑しい。いつもニヤ付くような笑顔で居るのはこのため、いつも不快に笑っていれば、こうやって本当に滑稽なものを見た時に、薄笑いを浮かべても誤魔化せるから。
 本当に本当に、笑いたくなる。あのお小言鉄仮面エリィの隠していることなんて、直やんにとっては全てお見通しだということに。
 エリィ、あんたが囲った大事な大事な坊ちゃんは、どうやらあんたが思っている以上に優秀に成長しているわよ?
 さて、どうするのかね? エリィ。あなた、このまま直やんを無知だと思って、嘘を突き通していくと……、
 いつか絶対直やんの信頼を無くすことになるわよ。
 それでもいいのかしら?
 今、車の中で許婚と一緒にこちらへ向かっているだろうエリィ。
 あいつは開口一番に、許婚のことをどう紹介するのかしら? 許婚だと正直に紹介するのかしら? それとも……嘘をついて誤魔化す?
 ふふふふふふふ。さぁて、どうするのかしらね。

「でも、ひとつわからないんだ」
「なにが?」
 あたしがくすりくすりと音を忍ばせて笑っているところに、直やんは腑に落ちない顔で呟いた。
「なんで、エリィが僕が女の子と話していると嫌がるんだろう……」
 ………。
 本当にわからないといった風な顔ではぁとため息をつく直やんを見て、

――いや、そこは悟れよ……。
 
 あたしは大幅にプラス修正していた直やんの評価を半分ぐらいマイナス補正したのであった。
(続く)
910赤いパパ ◆oEsZ2QR/bg :2007/03/29(木) 00:41:45 ID:u+TUf6bV
ラッテ視点で幕間でした。

四月からどうやらニート脱却しそうです。自由にパソコンを弄れる時間はかなり少なくなりそうです。
次回以降、投下に対しては確実に遅くなります。それでも、絶対に作品は完結させますのでよろしくお願いします。
911名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 02:40:37 ID:wb2t1I3u
GJ!!!
912名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 03:10:02 ID:h1QM623b
パパさんGJ!!
ついに姉上が登場するか
913名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 03:11:46 ID:EdslZOoM
NEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEETだったんすか
脱却おめでとさんです
914名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 07:11:18 ID:c2eimxX3
>>910
GJ!でも
>四月からどうやらニート脱却しそうです
これは完全に蛇足、SS以外のことを書き込むつもりはないと言ってたのに
こんな荒らしの食いつきそうなこと書かなくてもおkだよ
下手なコメントはスレが荒れるから気を付けて
915名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 07:30:14 ID:SHnGxVm2
大学生がわざと自分のことニートつってる類の発言じゃないのか
916名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 07:37:42 ID:eMhYs5eA
>>910 「おっき!おっき!」
萌えた(*´∇`*)
GJ!
917名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 07:50:04 ID:c2eimxX3
>>915
どっちにしろ格好の的にはなる
918名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 07:53:57 ID:wQYbsROM
作者の近況報告くらいいいだろ……
いちいちピリピリしすぎでせっかくの投下にまで無闇に制限押し付けるようになったら神減少の一途だぜオイ
919名無しさん@ピンキー:2007/03/29(木) 09:51:47 ID:iJbMsn7P
フルーツバスケットの主題歌を聞くと涙が出るのはどうしてだ?
920名無しさん@ピンキー
ニートだったらもう少し執筆速度は速いはずなんですが・・