かーいい幽霊、妖怪、オカルト娘でハァハァ【その12】

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そのとき、妖精さんの脳内では。


フラッシュプレーヤー連続再生、さっきまで妖精さんが作り上げた妄想ムービーが頭の中でぐるぐると。

(・・・く、んひゃあっ、あっ、は、羽根箒でくすぐらないでえぇっ!!)
 ああっ、だめぇっ、ノギスでちくび、挟まれると、冷たくてゾクゾクしちゃううっ!!
 いやっ、こ、こわい、さ、三角スケールの尖ったところが、アソコにくいこんで、いたいようっ!!
 ぎ、いっ、い、いやっ、だめっ、わたしのはじめて、てーぱーすけーるでやぶらないでぇっ!!!!)

その妄想をSSに起こせる文章力があれば、特定のスレで人気者の神になれたかもしれない。


「い・・・いや・・・・」

さっき男に捕まったときは、許してもらえた。今までやった悪戯のことに腹を立てていたのだろうが、それでも許してくれた。
しかし妖精さん、そんな男の好意を踏みにじって、自由になったとたんまた悪戯を再開。
しかも、男の仕事を直接邪魔する、かなりヤバイ悪戯。

こんどこそ。
まちがいなく。

(この人は許してくれない・・・)

妖精さんは、逃げられない。
ディスプレイの中、パソコンの中に入っても、すぐにここに叩き出されてしまう。

(もうダメだ、きっと酷いことをされてしまう!)



とまぁ、そんなガクブル妖精さん、今にもチビリそうな様子だったのだが。

対する男は割と平然と、

「なにもしねーから、ビビんなよ」

そう、言った。


「・・・・・・へ?」

妖精さん、唖然と返す。
あまりにも予測と違って男の声に尖ったところがなく、ずいぶんと柔らかだったからだ。

「まぁオレはエロパロ板の住人だけどさ、あんまキツイのは苦手なんだよ。レイプとか輪姦とかグロとかスカとかリョナとか」

そういって男、ちょんちょんと指先で妖精さんの頭をつついてから、そのままパソコンに向き直り、仕事を再開した。





「あ、あのぅ・・・・・・」

しばらくあと、ディスプレイを怖い顔で見つめ懸命に仕事していた男の側から、小さな妖精さんの小さな声。
男が、つい、とその声に気を引かれ、仕事の画面から離れた。

「どうした?」
「えと、あの、その・・・」

もじもじと、小さな妖精さんが肩を小さく狭めながら、なにやら言いたそうな様子である。
男が視線を向ける中、しばし戸惑ったあと、ようやく妖精さんが、

「ごめんなさい!」

ぺこりっ! と勢いよく頭を下げた。
先程男に嘘をついたときに比べると、ずいぶんと様子が違う。
緊張しながら、小さく肩を震わせている妖精さん。

「もう悪戯はしねーか?」
「もうしないよっ!」

男は、さっき騙されはしたけれど、今回の謝罪は信用してもいいかな、と思った。
もしこれが嘘で、逃げ場をなくした妖精さんが保身のために謝っているだけなのだとしても、まぁそれはそれで仕方のないことだろう、とも思えるからだ。
だから男は、よし、許してやろう!と少々尊大に、しかし口調には気安さを込めて言った。

「・・・ありがとう」

その気安さに、ようやく安堵の笑みを浮かべて、妖精さんは小さく笑った。




「あなたって、結構優しいんだね」

そうして妖精さん、男の肩に腰掛けて、耳元をくすぐるような声で、ずいぶんとくすぐったいことをいうものだから、男は本当にくすぐったくなってしまった。
普段からあまり人に褒められることに慣れていないから、こういうことを言われるとどう反応していいのか非常に困る。
だから男はとりあえず調子に乗ってみることにした。

「そりゃあな、オレは紳士だからな」

そんな男の言葉を聞いて妖精さん、

「というより、ただ『お人好し』なだけかも」

と、ずいぶんシビアなご意見。
多少なりとも自覚のあった男だから、ズバリ妖精さんに指摘されては軽く落ち込んでしまう。
だが妖精さん、そんな男の心の内を察してか否かは知らないが、でも、と言葉をつなげた。
そして羽根のような軽さでぴょんと彼の肩から飛び降りて、見事机の上に着地。

「でも、私は好きかも、お人好しなヒトって」

そういって、にっこりと笑った。
じんわりと、耳たぶのあたりが熱くなる感覚。不覚にも妖精さんの言葉に照れてしまった男は。

「じゃあ、オレの恋人になるか?」

などと、茶化すように応じた。そうでもしなければ、動揺がばれてみっともないところを見せてしまいそうだったからだ。
それに対して妖精さんの回答は、

「やだ」

と、ずいぶんきっぱりとしたものだった。しかも笑顔で。

「じゃあ、セフレで」
「あはは、いくらあなたのアレがポークビッツ並でも、わたしの膣内(なか)には入らないよ」

あはははと笑う妖精さんにつられて男もあははと笑った後、指の先で妖精さんのこめかみをぐりぐりと。
誰がポークビッツだこのやろー、と男が怒ると、妖精さんがいたたたたたたたたたたたと悲鳴を上げる。

「それでも小さな体で懸命にご奉仕、とかがエロ妖精のつとめだろーが!」
「誰がエロ妖精よっ! そんな偏見はドブに捨てて来なさいっ!」

お互いが唾を飛ばしあって喚いた後、どちらからともなく馬鹿笑い。
ひとしきり笑いあった後、妖精さんは、出会って一番の笑顔でこう言った。

「セフレにはなれないけど、トモダチにだったらなれるよ!」


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妖精さんと過ごす、楽しく爽やかな時間。
しかしそんな穏やかな二人の時間も、長くは続かなかった。

といっても、別に悲恋とか、二人の仲を引き裂く残酷な運命、とかそういった類のものではなく。

「くわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!! 図面がーーーーーーーーーッッッ!!!!」

男は、仕事のためにここに残っていたのだった。

明日(すでに今日だった)が納期の図面を放置していたことをようやく思いだした男は、それまで紅茶を飲みながら妖精さんと、
のほほんと談笑していたのを先程の叫びとともに中断し、猛然とパソコンに向かい作業を再開した。

「・・・急ぐの?」
「急ぐ急ぐ、チョー急ぐ!」

ディスプレイを睨み、妖精さんの方を振り返らずに言葉だけ返してくる。
その様子からも、男がかなり逼迫していることが分かろうというものだ。

「よし! 私も手伝ってあげるよ!」

小さな胸をぽすんと叩いて、妖精さんが言った。

「なに! 本当か!?」

男は思わず振り返った。元はといえばこの妖精さんの悪戯で消えてしまった図面を復元しているわけだが、
そんなことはまぁ広い心で水に流すことにした。
仮にも彼女はインターネットの妖精さん。消えたデータを完全復元するミラクルな呪文を知っているかもしれないのだ。

「じゃあ、早速図面の復元を」

そんなふうにすがる男を、しかし妖精さんは、くわっ!と一喝した。

「ばかっ! 消えてしまったデータは、もう永遠に戻らないから尊いのよっ!!」

そのデータを消した張本人が、なにやらもっともらしいことをのたまった。

「大切なデータは、絶対バックアップをとっておくのは鉄則よ!
 しかも納品前の最終データなら、同じものをMOやCD−Rなんかの外部記録メディアに複製して、万が一の事態に備えておかなくちゃ!」

ほほぅ、と男は、熱弁を振るう妖精さんの言葉を一通り聞き終えた後、奇妙な感嘆とともに問いかけた。そしてそれに答える妖精さん。

「じゃあ今回、オレはちゃんとそういう準備をしていたら、助かったのかな?」
「ばかね、私がそんな手落ちをするわけないじゃない。消すならちゃんと、複製データも見逃さないって」

ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり・・・
あだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!



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結局、妖精さんができる手伝いとは。

「こらーーーーーっっ!! おきなさいっ、寝るなーーーーーーっっっ!!!」

そうやって、睡魔に負けそうになる男をたたき起こすために耳元で喚いたり、

「あともうちょっとじゃない、がんばれーー!!」

へたれてコーヒーをがぶ飲みする荒んだ心を癒したり、と。
直接的ではないにしろ、なんだかんだで結構役に立っていた。

そうやって、男は妖精さんに励まされながら、なんとかがんばって作業を続行した。
消された図面データは幸いにも途中までのデータが残っていたため、丸々すべてを一から作成し直す、と言うようなことにはならなかったのだ。
そうして夜も白み始めた頃、何とか図面は修復完了。



「でけたーーーーーーーーーーーっ!!!」
「いやー、疲れた疲れた!」

椅子の背もたれを限界まで倒して男が叫ぶと、妖精さんも満足げに背伸びをする。



「じゃあ、オレは家に帰るけど」

男はそういって妖精さんを見る。妖精さんも、さすがに眠たくなったようで、大きくあくびしながら、私も帰るね、と言ってディスプレイの中に潜り込んでいった。
そうしてインターネットエクスプローラーの小さなポップアップウィンドウの中に入り込んだ妖精さんは、バイバイ、と言ってそのまま窓を閉じた。

昨日、仕事の合間に重ねられた雑談の中で聞いたことなのだが、妖精さんはこのパソコンにインストールされたインターネットエクスプローラーに宿った妖精なのだという。
故に、このパソコンからそれをアンインストールすれば帰る家がなくなるし、別のパソコンに移すことも出来ないのだという。

男は、そうやってここでしか会えないという関係を少し寂しく思ったが、しばらくはそれも良いだろう、と納得した。この会社のパソコンも、少し古い機種なので、そのうち新しい機種に買い換える予定がある。
そのときに申し出て、この古いパソコンを譲って貰えばいいのだ。

まぁそれまでは、会社の中でだけ会える友達、と言うことで、これはこれで良い関係なのだろう。
実際、妖精さんとは、まるで男友達と話すような下ネタも使える、まさに悪友といった感じだった。
男が冗談で言った『恋人』とは、やはり少し感じが違うのだ。




それからしばらくの間、男と妖精さんのバカッぽいながらも楽しい日々が続いた。

数人の社員が勤務する設計事務所ではあるものの、実のところまともに仕事が出来るのはこの男だけなので、必然的に彼に重要な仕事が回ってくる。
そうなるとどうしても残業になり、他の社員は定時で帰っていく。

そうして男が一人になったときにようやく、彼のパソコンに小さなポップアップが開くのだ。

夜の事務所で、ニコニコ動画を二人で眺めて大笑いしたり、初音ミクの歌声に嫉妬する妖精さんを男がからかったり、男が集めてきたエロ画像を妖精さんが抹殺してぐりぐりぐりぐりぎやあああああ、などと。
二人は本当に仲のよい悪友といった感じで、楽しい時間を過ごしたのだった。



そんなある日。

深夜遅くまで長引いた仕事のせいで、男はずいぶんと疲れ切ってしまっていた。
そしてついウトウト、机に突っ伏して眠りについてしまった。

(・・・・・・ん?)

ふと、うたたねの縁から男が微かに目を覚ますと、なにやら小さな声が聞こえる。

「・・・・・・・・・ん・・・・・ふ・・・・・・ぁ・・・・・・・・っ・・・・・・・・・」

男の他には、いつものように妖精さんがいるだけなので、この声の主も妖精さんのものだろう。それにしても、いつのまにか妖精さんが一緒にいることをずいぶんと当たり前に受け入れるようになったものだ、と男は眠りから覚めたぼんやりした頭で自嘲する。
そして男は、自分が眠っているあいだに妖精さんは何を喋っているのだろう、と興味が湧き、少しばかり耳を澄ましてみた。

「・・・・・・んぁっ、あ、あん、あふぅ・・・・・・んっ、んくっ、ぁああっ、」

その声は、それなりにしか女性経験のないこの男にでも分かる、女の喘ぎ声だった。

(って、これ、・・・・・・オナニー?)

薄目を開けてその様子を見た男は、自分の指の腹に股間を擦りつけて快感に浸る、小さな少女の姿を捕らえた。

「あ、あふ、・・・すき、すきなの・・・・ごめん、ごめんね・・・」

妖精さんが、男の指を使って、自慰をしている。

「だかれたい、いっぱいあなたとえっちしたいっ、・・・でもだめなのっ、ごめんなさいっ!」

衣服は身に纏ったままだが、無造作に放り出された男の指に抱き枕のようにしがみついて、股間を男の指の腹に擦りつけてオナニー。
そしてとうとう、夢中になって腰を擦りつけていた妖精さん、そのうっとりとした表情を男の方に向けた。

そこで、眠りから覚めた男と、快感に惚けた妖精さんの、目と目がバッチリあった。

「あっ!! あっ、あああっ!!」

びっくりしたのは妖精さん。
そりゃ、男が眠っているものと思って始めた自慰を、その男にバッチリ見られてしまったからだ。
もちろん男もびっくりした。
なにしろ、妖精さんの小さな喘ぎ声の中に、『すき』などという言葉が混ざっていたからだ。



それから数分、気まずい空気が流れて。

最初に声を出したのは、またしても妖精さんの方だった。

「ごめんね、変なことしてて・・・」

確かに、変なことと言えば変なことだ。しかし男は、その妖精さんの言葉に、声もかけられない。

「お願いだから、今見たことは忘れてね・・・」

恥ずかしげにくすんだ表情で、妖精さんは笑っていった。
しかし、男は、つい確かめたい気持ちを隠すことが出来なかった。

「あ、あのさ、さっき言ってたこと・・・」
「忘れてッ!!」

妖精さんが、強く、男の言葉を制した。

「・・・・・・こんな気持ち、あなたも、わたしも、辛くなるだけだから・・・」

顔を深く伏せて、男に瞳を見られないように隠しながら、妖精さんは言った。
男は妖精さんの強い意志に、自分の言葉を続けることが出来なかった。

そして、ほんの少しの間をおいて、妖精さんは顔を上げた。

「だから、明日からはいつも通り、トモダチでね!」

なけなしの明るさで、懸命に笑顔を作って、妖精さんはモニタの中に潜り込んで消えてしまった。




男はその夜、自室のベッドの中で眠れないまま考えていた。

これからあの妖精さんと、どうやって付き合っていくべきなのか。
自分はあの妖精さんに、どんな顔を見せればいいのか。
あの妖精さんに、自分の気持ちを伝えるべきなのだろうか。

そんなことを考えながら、それでも答えが出なくて。

そして朝が来て、男は会社に出勤する。


さて、今夜会ったとき、あの妖精さんに、まずなんと言って声をかければいいのだろうか、などと考えながら足を会社に向けて。
そして男が会社に着いた。


「・・・・・・あれ?」

会社に着いたときに、感じる違和感。



事務所の中が、『がらんどう』だった。

そして、入り口のドアから剥がれ堕ちた紙。
そこに書かれた文字が男の目に入る。


『倒産しました』


そこに、会社はもう、なくなっていた。

男の仕事も、机も、椅子も、製図道具も、そしてあのパソコンも。



すべてがもう、消え失せていた。



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