【貴方が居なければ】依存スレッド【生きられない】

50籠城戦 ◆DppZDahiPc
思いつくままに書いた。
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 事故の瞬間のことは覚えていない。
 頭を強く打ったショックで、事故前後の記憶を失っているからだと、先生から
説明された。
 その事故で、わたしの目は見えなくなってしまったのだが。
 それについても覚えていない。
 事故前後の記憶を失ったのと同様に、私は色々なものを失った。
 まず、視覚。
 目が見えないというのは、私が考えていた以上に、辛い。
 好きだったクイズ番組は、効果音と、出演者が正否で歓喜する声が聞こえるだ
けになり。聞いていてもつまらない。
 カップラーメンを食べようとして、湯を入れ、三分待つというだけの行為がひ
どく長かった。
 掃除をするたび、身体のあちこちを家具にぶつけた。
 友人たちとは疎遠になった。所詮その程度の人間関係しか、築けていなかった
のだ。
 それまでの生活は失われた。
 しかし、盲目となった私には、それらのことよりも。
 父母妹、家族が全て失われたことの方が、大きかった。
 まるで、私という存在に、風穴をあけられたかのようだ。
 私は失意に沈み、一度は死のうとした――死ねなかった。
 手首を切り、死ぬはずだった私を助けたのは。国からボランティアとして、派
遣されてきた、一人の青年。
 声から、私と同年代と推測したが。外れた、私より一回り上だった。今年で三
一になると、本人が言った。
 ヘルパーになってからは、まだ一年経っていないとも。
 彼はとても甲斐甲斐しく、私の面倒を見てくれる。
 本当に男性なのかと、疑いたくなるくらい、気が利く。
 二年も経った頃には、私は彼なしの生活が考えられないほど、彼に依存するよ
うになっていた。
 何故か、彼はそれを嫌いがったが。
 私が買い物に行く時は、彼に付き添ってもらったし。
 部屋掃除は彼に任せた。
 障害者手当と、定期にした父母の保険を、彼に銀行に下ろしてきてもらったし。
 彼から点字を習い、彼へ手紙を書いたこともあった。
 彼の顔が見えないから、本当の所は分からないが。彼は嫌そうにはせず、かい
がいしく面倒を見てくれた。感謝の言葉もなかった。
 そのお礼を一度、――身体で払おうとしたことがあった。
 けれど、彼は
「すいません」
 と辞した。
 私は、私に女としての魅力がないのかと悩んだ。
51籠城戦 ◆DppZDahiPc :2006/11/22(水) 00:09:16 ID:RHawaKY2
 その前後辺りから、私は彼のことが好きになっていた。
 当然だ。
 その間、まともに関わった人間は少なく、私へ優しさを向けてくれたのは、彼
だけだったのだから。
 ――だから、彼になら……とも思ったが。
 私の誘いは全て断られ、本当なら大学を卒業するはずだった二二の春、彼は唐
突に切り出した。
「来週、僕は引っ越すことになりましたので。来週からは新しい方が来られます」
 ――声が、出なかった。
 彼は色々と言っていたが、それも耳に入らなかった。
 私は酷く取り乱した。
「なんで」「うそ」「私のことが嫌いになったの」「ふざけないで」
 言葉が濁流のようにあふれ、彼を何度も、言葉の鞭で殴りつけたのは覚えてい
る。もしかしたら、彼へ物を投げつけたかもしれない、殴りつけたかもしれない。
 それでも彼の言葉は変わらなかった。
 ――いや。
「ごめんなさい。もう、無理なんです。オレ」
 無理――私といることが?
 手元にあった物を投げた。がしゃんっと何かが砕けた。
 彼を傷つけようとした手を、厚い手が、優しく抱いた。
 そうされると、私が落ち着くことを知ってる。
「動かないでください、今片づけますから」
「そんなこと、後でいいから。わけを聞かせて。なんで行っちゃうのよっ、なん
で、なんで」
 彼は答えない。
 彼の手が離れた。私は行かせまいとして、手を伸ばす、空を掴む。
 静かな足音が離れていく。
 私はまるで、置き去りにされた子供のようだった。
 頬にむずがゆい感触が伝わっているのに、今更気づく。
 彼が片づける音を聞きながら、錯乱した私は、頭を掻き乱して――空虚な閃き
を得た。


 私は、立ち上がると、彼がいると思われるほうを向き。
「――西原さん。私を、抱いて」
 一瞬の空白。
 室温は変わらないというのに、身が縮まった。
「……服を着てください」
「なんで」
「駄目なんですよ」
「だから」
「――分かって、ください。貴女とは、笑って別れたい」
 私は首を振った。
「オレは、貴女を抱いていいような男じゃない」
「――だからっ」
 私は、手を伸ばし、また何かを彼へ投げつけようとした。
 手先は何かに触れたが、掴むことはなかった。
 勢いよく突き出した手は、壁にぶつかり。鈍痛がはしる。
「大丈夫ですか」
 彼が走ってきて、私の手首を掴む。
「……大丈夫」
 小さく喘いだ。
52籠城戦 ◆DppZDahiPc :2006/11/22(水) 00:10:08 ID:RHawaKY2
「……湿布貼った方がいいかな」
 彼は私の言葉を無視して、そう言い。
「そこに座って待っててください、今湿布持ってきます」
 離れようとした、彼の手を、今度は掴んだ。
「行かないで」
「でも……」
 彼は、しかし、わずかな沈黙の後。
「もう駄目なんです」
 と繰り返した。
 私は涙がこぼれるように呟いた。
「説明して。そうじゃないと、私、死ぬわ」
 彼が何かを言おうとした吐息だけが伝わった。
 私は絶対に離さぬつもりで、彼を掴み続けた。
 無限に感じられた間の後、彼はのろのろとした口調で言う。
「……本当は、伝えてはならないことなんですが」
 て前置きして、彼は、怯えた口調で呟くように言った。
「オレは……、オレが、貴女の家族と、貴女から目を奪った相手なんです」
「…………え?」
「オレが悪かったのに、本当ならオレが死ぬはずだったのに、オレが……オレが
……。だから、せめて、貴女の助けになりたくて」
 私は、頭の中が白んでいくのが分かった。

 ※※※

 あの日――誕生日を迎えた妹を祝うため、私たち家族は、車ででかけた。
 楽しかった。
 父さんはお酒を飲んでいたが、私は気にもしなかった。
 帰り道。
 住宅街のほの暗い道を、父さんは車を快調に走らせる。
 ヘッドライトが人影を照らし出す――その距離僅か。
 父さんはハンドルを切り――強い衝撃が、襲った。

 ※※※

 彼の手が震えはじめたのに気づき、私は回想からぬけ出た。
「どるだけ、謝っても、赦されないのは分かっています。ですが、……オレは、
もう貴女のそばにはいられない」
「……なぜ」
 震えが強くなる。
「駄目だと、あってはならいと分かっていたんです……それなのに、オレは、貴
女へ好意を抱いていた。……もう、駄目なんです。これ以上貴女の側にいたら、
立場を忘れてしまいかねない…………分かってください」
 彼は寂しく、悲しい声でそういった。
 私は、
「……最低ね」
 と呟いた。
「はい」
 彼は短く答えた。
「ヒトの目、奪っておいて」
「はい」
「ヒトの家族、奪っておいて」
「……はい」
「その上、また大事なヒトを奪うの」
「は――……え?」
「赦すとはいえそうにない、……だから、私の大切なヒトになって」
「な、――なにを言って」
53籠城戦 ◆DppZDahiPc :2006/11/22(水) 00:11:08 ID:RHawaKY2
「誰よりも私のこと好きになって、ずっと私の側にいて。私も……あなたが好き」
「――ば、バカなことを……そんな。だって、オレは、貴女の家族を……」
 私は小さく首を振った。
「もう、あなたも家族なの。大事な、大切な」


  ※※※

 私は、死ぬことに決めた。
 普段、物事を深く考えない私が。有り余る時間を得て、考え抜いた結果。
 それ以外の結論は得られなかった。
 家族は喪われ。
 全てを喪失した。
 生きている意味なんて、ない。
 手首をナイフで切ると、血は思っていたより、勢いなくあふれた。
 頭が白んでいく。
 私は白む視界に、誰かを見たような錯覚をおぼえた。
 その誰かは、必死に私へ呼びかけていた。
「死ぬな。――死ぬな。生きてくれ」


 そう言いながら、助けてくれた誰かの姿を、私は見たような気がした。


「そばにいて、これからも、ずっと」


――END