「すべての生きとし生けるものは、
この地球上において須く平等である」
ニュース映像で流れる、とある国家指導者の演説風景。
彼の眼前には人人人。彼の声トーンが高まるたびに、群集の歓声が沸き起こる。
そして私の記憶に染み付いてしまったあの光景。
軽い頭痛を覚えて、私はこめかみを押さえた。
「それではこれから、わが国の誇る畜産業についてご紹介します」
バスを降りた我々は、ガイドを先頭にぞろぞろととある建物に入る。
上着を脱ぎ、白い服を着せられ、靴を履き替え、マスクをして、
更に手まで洗って、ようやく我々は畜舎の中に入ることができた。
暖房の効いた畜舎の中に入った私の視線に最初に飛び込んできたのは、
肌色の動物、いや、正しくは全裸で鎖につながれて、
もぞもぞとうごめいている人間の女たちであった。
広い畜舎の中には、数十、いや百数十人もの全裸の女達が、
首に首輪をつけられ、首輪から伸びる鎖で金属製の柵につながれていた。
鎖の長さからすると、彼女達の行動できる範囲は二、三メートル程度だろうか。
ある者達は、食事の時間なのか、寝そべったり、座り込んだりして、
シリアルのようなものを、手づかみで食べている。
鎖につながれた彼女達の後ろは、便器が一列に並んでおり、
しゃがみ込んで排便しているものもいる。
「ううっ」
「あはぁー」
「んんーっ」
そんな彼女達の中のとある一角からは、嬌声とも、苦悶の声とも
思える悩ましげな声が聞こえてきた。
声の聞こえてきた方向に目をやると、
そこには横一列に四つんばいになっている全裸の十数人が、
背筋をそらし、並べたお尻をゆらゆらと揺らしている。
四つんばいになった彼女達をよく見ると、
パンパンに膨れ上がった両方の乳房に、
左右に規則正しく上下する搾乳機を取り付けられていた。
搾乳機により搾り取られた母乳は、備え付けられたガラス製の大きな瓶に、
白い軌跡を残しながらどんどん溜まっていく。
「ここは、人乳を生産するための畜舎です。乳の生産量を上げるため、
かなりの時間をかけて人種交配させており、一人当たりの生産量は世界一と自負しております」
ガイドは、取材に訪れた記者の我々を前にして誇らしげに語った。
あまりにもの光景に、呆然としていた我々だったが、ガイドの言葉に我を取り戻した。
「これは一体なんだ!人間をただの乳牛と同じ扱いしているなんて酷すぎる。
何がすべての生物にとっての理想郷だ。人権蹂躙もはなはだしい。
しかも国家が組織的関与しているとは、許せないぞ!」
一人の記者が抗議の声を上げると、その他の記者らもやいのやいのと言い始めた。
ある女性記者は、飼われている女性達に駆け寄り声を掛ける。
「なんてこと。可哀想に……。あなた達、私達がすぐに助けてあげますからね」
「うあ?」
懸命に話しかける彼女を、不思議そうに見上げる女達。
「何の教育もしてませんから、何を言っても理解しませんよ。
人乳生産のために産まれたのだから、何不自由することなく、
ただそのために生きることが幸せなのです」
「そんなバカな!」
ヒステリックに声を上げる女性記者をガイドは冷ややかに見ている。
「人乳は貴重品ですから牛乳と比べても非常に高く売れます。
人の生育には時間もコストもかかりますが、それでも十分に利益が上がっております。
十分にビジネスになると言うことです」
「なっ! お、お金になりさえすりゃ、なにをしてもいいって言うの?」
「市場経済を信奉するあなた方の言葉とは思えませんが……さ、次に参りましょう」
そう言ってガイドは微笑んだ。
そう。この国は、冒頭の演説にもあったように、
生物はみな平等であるという生命平等主義を唱えており、
その実践として、人間すらも、牛と同じく乳や肉を生み出す動物扱いしているのである。
そのツアーで、我々は更にその狂気を次々に思い知らされることになるのだが、
それはまた別の機会に。