43 :
名無しさん@ピンキー:
『一歩一歩』
「はぁぁ」
俺、犬塚孝士は今、文字通り「頭を抱えて」いる。
というのも……
「うきゃきゃきゃきゃぁぁ!!!!」
「はぁぁぁぁぁっっぁ!!!」
俺の部屋を物の見事に稽古場としている二人、
親父と(親父達が勝手に決めている)許婚のもも子、
まあ、察しのいい奴なら大体の状況というか経緯は説明しなくても解ってくれるだろう。
そう、いつもの犬塚家の夜だ。
月明かりが綺麗な夜になんで龍やらビームやら目にしなきゃいけないのやら……
「ふぁぁぁ」
瞼が重い。昨日も安眠できなかった。
「こーしどの!なにやら眠そうなお顔を」
無邪気に聞いてくる、もも子。
「誰のせいだと思ってる」
俺が少し怒気を込めて言い放つ。
「わ、私……昨晩は、あんなに、激しく……」
「ちょ!誤解を招く言い方するな!」
「はっ、すいません、すいません」
「はぁ、これだもの」
俺は怒るのも諦め、学校へと進む足取りを速める。
「あわわ、待ってくださいこーしどのぉ」
学校じゃあ、相手がいないから少しは安心だ、不用意な事話さなければだがな。
44 :
名無しさん@ピンキー:2006/11/01(水) 05:12:02 ID:2Y0UATFC
「犬塚君」
学校に着き教室に向かう途中で委員長に会う。
「おはよう」
「おはよう犬塚君、それにもも子ちゃんもおはよう」
「来週は模試だね、お互い頑張ろうね?」
「ああ、委員長、その、また古典で解らない所とか教えてもらっていいか?」
「え、う、うん。私も公民でちょっと詰まってる所があるけど、その、、」
「あ、俺で良ければ、教えるよ」
「じゃあ、放課後に、図書室で少しお勉強会していくとか、どう?」
「いいな、うん解ったよ委員長」
あぁ、普通だ、健全な高校生の健全な会話。
俺が求める「日常」はこうなんだと、実感できる瞬間だ。
「こーしどの。『もし』とは?」
横で飛び跳ねながら、騒いでいるのこいつには、正直この空間に入られるのは御免こうむりたい、が
「あのね、もも子ちゃん、『模試』っていうのは……」
律儀な委員長はこのピンクの単細胞にせっせと教えていく。
このまま、放課後まで一緒だと何が起こるかわからないからな、先手を打っておくか。
放課後
「こーしどの!帰りましょう!はっその前に図書館でしたね」
「それなんだが、お前は先に帰ってくれ」
「ふぇぇぇぇ、そんなぁぁぁぁ」
案の定半泣きのもも子、だがここは何とかしなければ。
俺はもも子の両肩を掴む、びくっともも子の動きが止まった。
「あ、あの、こ、こーしどの!?」
俺は優しい口調で、こう言ってみた。
「なあ、帰ったときに、旨い飯がすぐに用意されてるって、いいよな」
しばしの沈黙、あ、赤くなってる、こいつの頭には今どんな妄想が広がってるのだろう?
「そ、そうですよね!わかりました!お帰りをお待ちしてます!」
どう解釈したのかは知らない。俺は一般論を言っただけだ、しかし効果は絶大だったようだ。
45 :
名無しさん@ピンキー:2006/11/01(水) 05:12:39 ID:2Y0UATFC
ぎぃぃと少し重い扉を開けると、そこは静けさに満ち溢れていた。
日ごろの騒がしさなど、どこ吹く風。ここは別世界だ、いや、これが『普通』だ。
などと感心しつつ委員長を探す、まだのようだ。彼女もなにかと忙しい人だからな。
「さてと」
俺は比較的広い席に着き、適当に読書を始める。
勉強会は委員長が来てからにしよう。などと考えていたのだが、
暖かな日差し、鳥の囀り、紙を捲る音、他の生徒達の奏でる鉛筆の音……
いつの間にか、俺は船を漕いでいた。
……
「う、うん、、、」
「あっ、こ、……犬塚君、起きた?」
「あ、委員長、俺寝てたのか」
「凄く気持ちよさそうにね」
「ごめんな、委員長」
「んん、それに犬塚君の寝顔、可愛いかったし」
「可愛いってそれは男としてどうかな」
「ふふふ」
「ははっ」
どことなく自然に微笑む二人。
「それじゃあ、勉強始めようか」
「うん!」
46 :
名無しさん@ピンキー:2006/11/01(水) 05:13:45 ID:2Y0UATFC
帰り道、横には見慣れたもも子は居なくて、委員長と二人きりだ。
なんとなく会話が無い、が俺はこういった雰囲気も気に入っていた。
二人で並んで夕日の道を歩く、ゆっくりと。
と、ある交差点で委員長の足が止まる。
「あ、私はこっちだから……」
「それじゃあ、また明日。模試頑張ろうな」
「うん、あの、犬塚君」
「何?」
「その、あの、お、お願いがあるんだけど……」
「委員長が俺に?俺に出来る事なら力になるよ」
「えっと、その、なまえ」
「名前?」
「ほらっ、もも子ちゃんはいつも『孝士殿』って呼んでるでしょ」
「ああ、あいつは、い、従兄妹だからな」
正確には違うのだが、同居している分、こうでも言っておかないと困る。
「それで、その、迷惑じゃなかったら、私も、こ、こうしくんって呼んで、いい?」
物凄く真っ赤にした委員長が、そこに居た。
背後の夕日よりも赤い顔にしばし見とれる。
「ああ、委員長の好きなように呼んでくれ」
「うん!ありがとう、、こ、こう、孝士くん、それでね、もう一つなんだけど私の事も///」
「えっ」
「こーしどのぉぉ」
裸足のピンク色の髪の女の子が背後から駆けてくる、ずどどどという効果音と共に。
「お待ちしてました、ささっ、早くお家に、ささっ、ささぁぁ」
「お前は、で委員長、続きは」
「え、んん、また今度言うね」
「そうか、解った、じゃあ、また」
横でじゃれてくる犬のようなのを適当に相手しながら、俺は家路に向かった。
背後からの小さな声は横に居る奴のせいで聞こえてくることは無かった。
「一歩前進、かな?」