【303号室 山代 八重(やましろ やえ)】
「私、捨てられてしまいました・・・」
病室のベッドに半身を起して横たわる少女は、まるで人形だった。
三郎が少女を見舞うと、音の一つもしない部屋に、彼は招き入れられた。
窓から聞こえる街の音も、ずいぶんと遠い、別の世界の音のようだった。
その少女は、二十歳という聞いていた年齢をまともに取り合うのも馬鹿らしいほど、幼い風貌をしている。
艶のある長い髪、細い顎と大きな瞳、そして小さな唇と、確かに人形のような愛らしさがある。
だが、そんな整ったパーツのことをさして人形と評するのではなく、人間から何かが抜けてしまった心許なさが彼女から感じられて、三郎には人形のように思えた。
三郎が声を掛けても、何も反応すること無かった少女、山代八重(やましろ やえ)は、彼の言葉が途絶えてからしばらくの間を空けて、先ほどの言葉をようやく口にした。
三郎はその言葉に、なんと言って返してやればいいものやら、逡巡したまま息を呑むことしかできなかった。
「あの人にとっては、私は玩具みたいなものだったんです」
彼女の視線は、やや斜め下に落とされ、自分の居るベッドを眺めるわけでもなくただぼんやりと。
「捨てられた玩具なんて、もう誰も欲しがったりしません」
本当に、少女は人形のような生気の抜けた瞳で、ぽつりぽつりと零すように言葉を連ねていく。
彼女の身の上や、番組に出た動機、そして今、こんなに力を失ってしまった理由。
そのいずれも知らない三郎は、彼女になんと言って声を掛ければいいのか、分からない。
ただ無責任に、「元気出せよ」と声を掛けることが、彼女のために良いことなのかが分からない。
ただそれだけの言葉で、自分の心が満足するのか、分からない。
ただの一時、番組の収録という何とも味気ない出会いの末、お互いの気持ちを伴わないセックスをした、というだけの二人。
三郎は、彼女に関わるのならば、気持ちを正しく据えてからやらねばならない、と、なぜかそう思えた。
【八重エンディングフラグ】