おにゃのこ改造 BY アダルト2

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93名無しさん@ピンキー
【青蛾(1)】

 その喫茶店は、大きな交差点の角地に建つビルの二階にあった。
 表の歩道から見上げると、窓際の席に座った数組の客の姿が見える。
「この店なら、入った途端にいきなり拉致られる心配、なさそーね」
 したり顔で恭子が言って、繭華(まゆか)は、くすくす笑った。
「拉致なんて、そんなまさか」
「わかんないじゃん。聞いたこともない事務所のスカウトだよ? ネットで調べてもロクにひっかからないし、
 インチキかも知んないでしょ? あんただって心配だから、ついて来てほしいって言ったんじゃないの?」
「それはそうだけど……」
 繭華は苦笑する。
 恭子と繭華は、高校のクラスメートである。
 土曜日の半日授業が終わって、まっすぐここに来たので、二人とも学校の制服姿。
 青い身頃に水色の襟というセーラー服は、都内の名門として知られた女子校のものだ。
 先週の日曜日、繭華は、地方から遊びに来ていた従姉妹と渋谷に出かけた。
 そこで、モデル事務所のスカウトと名乗る女性から声をかけられた。
 二つ年下の従姉妹は自分のことのようにはしゃぎ、すぐに詳しい話を聞こうと勧めたが、繭華は慎重だった。
 女性の名刺を預り、少し考えてから連絡すると言って、その場は別れた。
 従姉妹には、モデルになるなんて父親が許すはずないから、この話は口外しないようにと釘を刺した。
 その一方で、従姉妹を東京駅まで送って新幹線改札の前で別れると、繭華はすぐに親友の恭子に電話した。
「あたし、スカウトされちゃった。どうしよう……?」
 友人に相談している時点で、すでに乗り気だという証拠なのだけど。
 繭華は、周囲の誰もが認める美少女だった。
 すらりとした長身、艶やかな黒髪、色白で細面の清楚な顔立ち。
【続く】
94名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:18:14 ID:QZKlhsbr
【青蛾(2)】

「かわいい」「綺麗」と褒め言葉を受けて生活していれば、当人も自分が美人だと意識せずにいられない。
 雑誌の読者モデルなどに自分から応募しようと考えるほどの、自己顕示欲はなかったけど。
 いざ、スカウトされてみると、華やかな舞台に自分も立ってみたいという願望が湧き出したのだ。
 そんな繭華にとって、恭子は頼りになる相談相手だった。
 バレーボール部員である恭子は、三年生が引退したあとの新キャプテンに任命されたばかりだった。
 姐御肌で、世話焼き好き。
 一緒にスカウトに会ってほしいと繭華が頼むと、二つ返事で引き受けてくれた。
「あたしもついでにスカウトされてみてもいいし」
 冗談めかして恭子は言ったけど、それがあってもおかしくないと、繭華は思っていた。
「バレーで汗かいて、一年中ニキビ面」
 恭子はよく自嘲気味に言うけれど、そのニキビさえ消えれば、モデルばりの長身の美人なのである。
 
 ビルの横手の専用の階段を上り、喫茶店に入った。
 店の中央辺りの席に、渋谷で会ったスカウトの女性がいるのを、繭華はすぐに見つけた。
 もう一人、一緒にいる綺麗というか、あでやかな女性は、もらった名刺の番号に電話したとき、
「詳しい話は、うちの社長からさせて頂きます」
 とスカウトの人が言っていた、その社長であるらしい。
 スカウトの女性も二十代半ばくらいの美人だが、スーツ姿で落ち着いた印象である。
 しかし、社長は三十代後半だろうが、ドレスのような赤いワンピースといい、全身のアクセサリーといい。
 とにかく、華やかだった。
 その風体で、それがモデル事務所の社長であると、恭子にもわかったらしい。
「あれよね?」そっと指差したずねて、繭華はうなずく。
【続く】
95名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:23:42 ID:QZKlhsbr
【青蛾(3)】

 相手も、繭華が来たことに気づいたようだ。
「あら、こっちこっち」
 社長らしい女性が立ち上がり、声を上げて手招きした。
 周りの客が振り向き、最初は社長を、次いで手招きを受けている繭華を見て、くすくす笑う。
「あちゃー」
 恭子は渋い顔をして、繭華も恥ずかしかったけど、でも。
 朗らかで気安い印象の、いい社長さんみたいだと思った。
 もちろん、本当のところは、よく話を聞いてみないとわからないけど。
 
 繭華と恭子は、女社長とスカウトの女性と、向かい合ってテーブルに着いた。
 ウエイトレスが注文を取りに来て、
「お好きなものを頼んでくださいな。お奨めは『本日のケーキセット』ですって」
 自分もケーキを食べていた女社長に促されたけど、二人は無難にミルクティーを頼んだ。
 話の成り行き次第では、モデルになる誘いを断らなければならないのだ。
 好き放題に頼んで、負い目を作るわけにいかない。
「じゃあ、まず自己紹介させてもらいますね。私、ノルド・プロの社長で、籠田(こもだ)といいます」
 女社長は、繭華と恭子に一枚ずつ名刺を差し出した。
『株式会社ノルド・プロダクション 代表取締役社長 籠田天姫(TENKI KOMODA)』――
 名前の通りお姫様のようなティアラをつけて微笑む顔写真入りの名刺と当人とを、繭華は思わず見比べる。
(うわあ、かなり天然キャラかも、この社長さん……)
 明らかに引き気味の二人の少女に、籠田は気を悪くする様子もなく、写真のままの笑顔で言葉を続けた。
「正直に言って、うちは出来たばかりの事務所で、まだ業界でもあまり名前を知られてないんだけど……」
【続く】
96名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:29:44 ID:QZKlhsbr
【青蛾(4)】

「でも、どんな仕事をしているかは、うちのモデルが出ている作品を見てもらえば早いわね」
 籠田は、隣に座るスカウトの女性に指示した。
「妙子さん、あれを見せてあげて」
「はい」
 スカウトの女性が、床に置いていたスーツケースから大判の本を取り出す。
 ずしりと重たいそれを、繭華は受けとった。
 写真集のようだった。タイトルは『FAIRY』。
 表紙の写真は森の中で、背に透き通る翅(はね)を生やした少女が佇んでいるものだ。
 緑のワンピース姿だが、腕が四本あるのはCG加工しているのだろうか。
「ゲオルギィ・ヘミングという海外のカメラマンの写真集だけど、モデルはうちの陽子という子」
 籠田の説明を聞きながら、繭華は写真集のページをめくってみる。
 なるほど、緑の髪と、整った美貌でわかりづらいけど、確かにモデルは日本人のようだ。
 それにしても、どの写真も幻想的で、陽子というモデルを妖精そのもののように捉えていた。
 背の翅と四本の腕も、本当にそれが生えているかのように、自然に見える。
 隣から覗き込んでいる恭子も、すっかり感心したように、つぶやいた。
「綺麗……」
「そう言ってもらえると、陽子も喜ぶでしょうね」
 籠田は微笑む。
「これは去年発行されたんだけど、アート写真の世界では高い評価を頂いて、いま第二段の撮影中なの」
「こういう写真集に、繭華も出してもらえるんですか?」
 たずねる恭子に、籠田は、にっこりとして、
「そうなるように、繭華さんと私たちとで、一緒に頑張りたいと思ってるの」
【続く】
97名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:35:42 ID:QZKlhsbr
【青蛾(5)】

 なんだか、あたしより恭子のほうが乗り気になっているみたいだと、繭華は思いながら、
「写真集のほかには、どんなお仕事があるんですか?」
「そうね。いろいろ引き合いは来ているけど……」
 籠田が説明しかけたところで、ウエイトレスが飲み物を運んで来た。
 二人の少女の前に、香りのいいミルクティーのカップが並べられる。
「さあ、どうぞ」
 籠田に促されて、繭華と恭子は「いただきます」と、それぞれ紅茶に口をつけた。
 ごくりと、紅茶がのどを通った途端――
 繭華と恭子の表情が、固まった。
 その様子を見て、籠田は気どったように手の甲で口元を隠して、「ほほほ」と笑い、
「《催眠薬》入りの紅茶は、お口に合ったかしら?」
「…………」
 繭華と恭子は答えない。少しばかり驚いたような表情のまま、ゆっくりと、カップを置く。
「さて、お節介なお友だちさん」
 籠田は、恭子に呼びかけた。
「あなたに用はないから、このまま帰らせてあげる。気がついたとき、あなたは渋谷にいる。
 きょう一日、渋谷で遊んでいた記憶しかない」
 妙子と呼ばれたスカウトの女が、恐る恐るといった様子で籠田にたずねる。
「よろしいのですか、《プリンセス》……?」
「クラスメートが二人して行方不明じゃ、騒ぎが大きくなりすぎるもの。『拉致』は一度に一人ずつが基本よ」
 籠田は答え、にっこりとして、つけ加えた。
「それにあたし、ニキビの子は好みじゃないの。ちゃんとスキンケアしないのは、女の子として怠慢だもの」
【続く】
98名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:41:06 ID:QZKlhsbr
【青蛾(6)】

 籠田は恭子に向き直る。
「繭華さんがどこに行ったか、あなたは知らない。彼女がスカウトされたなんて話は聞いてない。
 彼女とやりとりしたメールで、スカウトの件に関するものは、渋谷に着くまでに自分で削除しておいて」
「……はい」
 恭子は、うなずく。
「行っていいわ」
 籠田に言われて、恭子は席を立ち、うつろな表情のまま店を出て行った。
 このテーブルで起きている異変に、周囲の客は気づいていない。
「さて、繭華さん」
 籠田は、繭華に微笑みかけた。
「残念だけど、あなたは帰らせてあげられないの。私と一緒に来てもらうわね」
「はい……」
 繭華は、うなずいた。
 彼女と友人が飲んだ紅茶。それがこの異変を引き起こしたことは、明らかだろう。
 自分に待ち受ける運命を想像することもなく、いまの繭華は、ただの操り人形だった。
 
 ドラマで見たことがあるような、手術室の丸いライト――
 最初に目に映ったのが、それだった。
「お目覚めかしら?」
 声をかけられて、繭華は、まだぼんやりした様子でのろのろと、そちらに顔を向ける。
 籠田と名乗った女社長が、そこにいた。
 いまは頭にティアラをつけて、黒いドレス姿。服の色が黒でなければ、おとぎ話の王女様という格好だ。
【続く】
99名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 16:46:14 ID:QZKlhsbr
【青蛾(7)】

「…………、あたし……」
 そう。自分は、親友の恭子と一緒に籠田に会って、モデルになる誘いを受けていたのだ。
 それなのに、紅茶を飲んだ途端、不意に意識が遠くなり……
 あたし、もしかして寝ちゃったの!?
「……あのっ、すいませんっ!」
 繭華は、籠田に謝らなくちゃと思い、あわてて起き上がろうとして、
「……えっ!?」
 手首と足首に痛みが走った。体が、動かない。
 見ると、両腕を左右に広げた格好で、手首を金具のようなもので拘束されている。
 おそらく、足首も同じように拘束されているのだろう。
 繭華の表情がこわばる。
「やだ、何これ……」
「ごめんなさい。謝るのは、私のほう」
 くすくす笑って、籠田が言った。
「あなたたちの紅茶に《催眠薬》を入れさせたの」
「さい、みん……?」
「人間を操り人形にする薬よ。記憶の操作もできて使い勝手がいいの。あのお店は私たちの拠点の一つでね。
 いつもは普通の喫茶店として営業しているけど、こういうときに役に立つわけ」
「…………」
 何を言っているのか、繭華には理解できない。
 いったい、ここはどこだろう? 手術室? どうして、そんな場所に?
 眠っている間に連れて来られた? 誰に? 目の前にいる女社長に? 彼女、いったい何者なの??
【続く】
100名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:08:48 ID:QZKlhsbr
【青蛾(8)】

「何が起きたのか、まだわかってないみたいね。いいわ。一つ一つ、順を追って説明してあげる」
 籠田が妖艶に微笑んだ。
「まず、私の本当の名前は《プリンセス・テンニョ》。籠田天姫というのは、仮の名前ね。
 モデル事務所の社長も仮の姿で、本当は《ショッカー・ノルド》という秘密結社の首領なの」
「……何を、言ってるんですか……?」
 繭華が怯えた顔でたずねる。
 籠田――いや、自称《プリンセス》が言っている意味はわからない。
 でも、ひとつ確信できたのは、彼女が「マトモな人間」じゃないことだ。
《プリンセス》は、おどけたように目をみはり、
「秘密結社と言われても、ピンとこない? 何だかよくわからない存在なのが、秘密結社たるゆえんだけど。
 私たちの組織は、女の子を集めて、クライアント好みに《改造》して『出荷』するのが主な活動なの。
 繭華ちゃんも、そのためにここに連れて来たのよ。あなたにも、ちょっとした《改造》を受けてもらうわ」
《プリンセス》は人差し指を立てて、繭華の顎の先から、臍のあたりまでをなぞる真似をした。
「この、身体と……」
 それから、繭華の右の頬から左の頬まで、一直線になぞる真似をして、
「この顔に、メスを入れてね」
「やだ……」
 繭華の顔が、青ざめた。
「やめてください、そんな!」
「そんなに怖がらないで。麻酔で眠ってる間に終わるし、目覚めたときは、いまよりもっと綺麗になってるの」
《プリンセス》は、笑って言った。
「あなたに見せた写真集の子、彼女も《改造手術》を受けた一人なのよ」
【続く】
101名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:13:57 ID:QZKlhsbr
【青蛾(9)】

 軽く肩をすくめる、芝居がかった仕草で、《プリンセス》は言葉を続ける。
「もっとも、あれはゲオルギィの趣味だけど。せっかく《改造》するのに、翅と余分の腕を生やすだけなんて。
 私としては物足りない『注文』だったわ」
 繭華は愕然とした。
 写真集の少女も《改造手術》で翅と腕を生やした? CGや特殊メイクじゃなくて?
 そんな「手術」があるのだろうか……?
「嫌です! モデルなんてやめる! 帰らせて!」
 目を潤ませて叫ぶ繭華に、《プリンセス》は、くすくす笑って、
「そうそう、もう一つ謝らなくちゃ。あなたをモデルにスカウトするって話、あれは嘘。作り話なの。
 あなたくらい綺麗なら、本当にモデルになれてもおかしくないし、最初はこちらもそのつもりだったけど。
 でも、ゲオルギィに売り込んでみたけど、彼は陽子ひとりにご執心でね。あなたには違う買い手がついたの。
 ある意味、カメラマンより上等なお客様よ。まだ三十代だけど大層な資産家。いわゆるセレブという人種ね。
 彼は人間の女性は愛せないけど、大好きな昆虫に《改造》した女の子なら愛せそうだと言ってるの。
 あなたには『人生のパートナー』になってほしいのですって。それって、モデルになるより幸せじゃない?」
「イヤァァァァッ! 誰か! 誰か、助けてっ!」
 繭華は半狂乱だった。
 人間を昆虫に《改造》するなんて、どんなおぞましい「手術」なのか?
 そのとき、繭華の視界の隅に、この手術室の出入口らしい扉が開くのが映った。
 救いを求めて、繭華は叫ぶ。
「助けてえっ! 誰かっ、誰か来てえっ!」
 だが、そこから入って来たのは、水色の帽子とマスク、手術着を身に着けた、医師らしい女性の一団だった。
 一人は手押し式のカートを押している。その上には、異様な物体が並べられていた。
【続く】
102名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:19:06 ID:QZKlhsbr
【青蛾(10)】

 形状は昆虫の身体の一部のようだった。「複眼」や「触覚」、繊毛に覆われた「体節」の一部など。
 しかし、それがあまりに巨大であるのだ。
 そう、人間に「移植」するのに、ふさわしいくらいに。
 作り物だと考えるには、あまりに生々しくグロテスク。
 いや。「触覚」は、ひくひくと動いていないか。「体節」に穿たれた「気門」は、口を開け閉めしてないか。
 生きているのだ。それらの体組織は。
 新しい肉体に宿るときを、待ちわびているのだ。
「ヤアァァァァッ! アアァァァァッ!」
 繭華は激しく首を振り、声を限りに叫ぶ。恐怖しかなかった。おぞましい「手術」への。
 おぞましい姿に――昆虫の体組織を移植された「化け物」に、《改造》されることへの。
「暴れると、針が折れて痛いわよ」
 女医の一人が注射器を手に、繭華に近づく。
 別の女医が、繭華の頭を、両手でがっしりと押さえつける。
「麻酔無しで『手術』されたいの? いい子だから、大人しくしてね」
「やめて! やだっ! お願い! 嫌あっ!」
 目を見開き、叫び続ける少女の首筋に、注射器の針が突き立てられた。
 青い薬液が、少女の身体に流し込まれる。
「あああっ……、ああ……、あ……」
 少女の潤んだ瞳が、次第に力を失い――最期に、妖艶に笑う《プリンセス》に向けられる。
「おやすみなさい、繭華ちゃん。『人間のあなた』に、さようなら」
 そして、少女の瞳は「永遠に」閉ざされた。
 次に目覚めるとき、少女は、新たに与えられた「複眼」で、全てを見ることになるだろう……
【続く】
103名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:24:33 ID:QZKlhsbr
【青蛾(11)】

 蒼い月光に照らされて――
「彼女」は、優美に飛翔する。
 学名「アクティアス・アルテミス」――すなわち《月の女神》。
 和名でいえば《大水青(オオミズアオ)》。
 鱗翅目ヤママユガ科、名前の通りに澄んだ水色の翅をもつ、美しい蛾――「昆虫」だ。
 
 航空障害灯を明滅させたビル群の上空を、その翅を広げて翔ぶ「彼女」は、しかし。
「昆虫」でありながら、かつては「人間」でもあった。
 
 都心には珍しい緑地に囲まれた、ひと際高いビルが視界に入り、「彼女」は、ゆるやかに高度を下げた。
 近年流行の「レジデンス」の名がついた、超高層マンション。
 最上階、明かりの消えた部屋のバルコニーに高度を合わせ、まっすぐ飛んでいく。
 そして、そのバルコニーに、ふわりと降り立った。
 翅を畳むと、「彼女」の肢体は、人間のシルエットを持っていた。
 開け放たれたガラス戸を抜けて室内に入る。その足取りも、人間と変わらない。
 畳まれた翅は、マントのように背でなびいている。
 そこはリビングルームであった。50平米ほどの空間に、ソファやテーブルがゆとりを持って配されている。
 しかし、それより目を引くのは、壁にいくつも飾られた昆虫標本。
 知識のある人間が見れば、絶滅種まで含むそのコレクションの秀逸さに驚くだろう。
 そうでない人間も、集められた昆虫の種類と数に、圧倒されるだろう。
 もちろん、いまは明かりが消されているため、それらの細部まで見ることはできない。
 それの見えている「彼女」の眼は、すでに「人間」のものではない――「昆虫」の「複眼」だ。
【続く】
104名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:30:13 ID:QZKlhsbr
【青蛾(12)】

「お帰り。散歩を楽しんできたかい?」
 バルコニーと向き合う、部屋の奥の暗がりに置かれた肘掛け椅子。そこに腰掛けた男が、声をかけてきた。
 広い額に、大きな鷲鼻。背ばかり高いが、胸板は薄く、あばらが浮き、長い手足は枯れ枝のようだ。
 男性美とは程遠い裸身を晒した男は、しかし、「彼女」を見つめる眼だけは少年のように輝いている。
「……はい、ありがとうございます。でも……」
 答える声は、かつて「繭華」と呼ばれた少女のもの。
「……あたしが、そのまま逃げてしまうとは、お考えにならないのですか……?」
「残酷なことを言うようだけど、君は『その姿』で、どこに逃げるというんだい?」
 微笑む男に、少女も、口元にかすかな笑みを見せて答える。
「……そう、ですね……」
「明かりをつけるよ。僕は君と違って、夜目は利かないからね」
 男は手にしていたリモコンを操作した。
 天井の照明が、ぼうっと淡い光を放つ――ブラックライトだ。
 その光の中、少女の姿が浮かび上がる。
 銀色の髪、額に生えた触角――雌である彼女のそれは先端が尖っている。櫛状の触角をもつ蛾は、雄なのだ。
 顔の上半分は、仮面のような複眼で覆われている。
 それでもなお、小作りな鼻と唇は、かつて「人間の少女」であった頃の面影をとどめている。
 肌は白粉を塗ったように白く、唇だけが艶めかしく紅い。
 表面に繊毛の生えたレオタードを身に着けているように見えるが、乳房を含めて胸から上は露出している。
 小ぶりながら形のいい乳房もまた、その頂きにある乳頭までも、真っ白だ。
 ハイレッグカットから伸びた素脚も純白。しかし膝から下はブーツを履いたように繊毛に覆われている。
 そして、背には畳まれた水色の翅。
【続く】
105名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:36:05 ID:QZKlhsbr
【青蛾(13)】

「君の姿は、《女神》そのものだ――僕にとっては、ね」
 男は目を細めた。
「でも、君自身は、いまのその姿をどう思っているのかな? 正直に答えることを『許可』するよ」
「…………、それは……」
 少女は、口元の笑みをそのままに、
「……それこそ、残酷な質問だと、思います……」
「君は面白い子だね」
 男は笑った。
「君を選んで、本当に良かった。最初は『繭華』という名前に惹かれたんだけど。
《オオミズアオ》に《改造》するには、ぴったりの名前じゃないかい? それも残酷な質問かな?」
「…………」
 少女は、微笑んだまま答えない。
 男は肘掛けに頬杖をつき、
「君には最低限の《洗脳》しかさせなかった。契約上、全く洗脳無しには、できなかったけど。
《ショッカー・ノルド》の秘密は守らせなければならないし、自分の姿に絶望して発狂されても困るからね。
 でも、君自身にとっては、むしろ完全な《洗脳》で自分が人間だった記憶を失ったほうがよかったかな。
 君は鏡や窓に映る自分の姿を見るたびに、自分が人間ではなくなったことを思い知らされるんだ」
「……そんな意地悪を言うために、あたしを《改造》、したんですか……?」
「ん……?」
 問い返す男に、少女は、美しい《オオミズアオ》の翅を広げてみせた。
「……あたし、自分の姿を見て、悲しくなるけど……でも、『綺麗』だと思ってしまうことも、あります……。
 それに……空を翔んでいると、人間だったことなんか忘れて、『いまの自分』が幸せだと思えたり……」
【続く】
106名無しさん@ピンキー:2006/06/11(日) 17:41:32 ID:QZKlhsbr
【青蛾(14)】

 少女は、恥ずかしげにうつむく。
「……そんなこと、考えてしまうのは、やっぱり《洗脳》のせいかも、しれませんけど……」
「…………」
 男は、黙って少女を見つめていたが、やがて。
「こっちにおいで。その姿に――その身体に、触れさせておくれ」
「…………、はい……」
 進み出た少女の身体に、男は椅子に腰掛けたまま、片手を伸ばして触れる。
 色以外は人間の頃のままの美しい乳房の、やわらかな感触を楽しむ。
「……ん、あ……」
 少女は切なげに声を上げる。「複眼」でなければ、眼をとじるか細めるかしていただろう。
 男はもう一方の手を、少女のしなやかな両脚のつけ根に伸ばす。
 繊毛をかき分けると、熱く火照った花弁に指先が触れた。
 少女は何も身に着けていなかったのだ。着衣のように見えたのは、体毛だ。
 ――ちゅぷ。
 音を立てて、男の指が、少女の花芯に呑み込まれた。
「ああっ……」
 少女は両手で、男の淫らな手を押し戻そうとするが、その力は弱々しい。抗うつもりはないのだ。
 ただ、何かにすがっていなければ、腰が砕けそうだったから。
「立っていられないかい? ならば、ここに座るといい」
 男は言って、椅子の上で腰を前に突き出すようにした。少女は片足を上げ、男の腰をまたぐ。
 そして、自らの指で広げた秘唇に、男の股間から屹立したモノを、もう一方の手を使って導いた。
 少女は腰を落とし、二人の肉体が繋がった。交尾が、始まった。
【終わり】