シムーンーsimoun-でエロパロ

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393388 その1
「あなたがマミーナか? 今日からオレがパルだ」
 そうマミーナの前に立ったのは金髪の美しい少女だった。
「わたしが――どう呼ばれているか知ってる?」
「聞いている。あなたは有名だ。サジッタ殺し、だったか」
「それでもわたしのパルになろうって?」
「誰とパルと組もうが、嫌なことには変わりがない。オレは戦争が嫌いだ」
 妙なシヴュラだ、とマミーナは思った。言葉遣いと容姿がそぐわない上に誰もが嫌がるマミーナ
とのパルも厭わないという。
「マミーナよ。よろしく」
「ユンだ」
 戦争が嫌い、と公言するユンは優秀なサジッタだった。マミーナの独特の戦術にもすぐに対応
してみせた。
 マミーナの編み出した戦術はコール・イグニスでは『芝刈り』と陰口を叩かれている。
 大量の飛行機械を投入して乱戦に持ち込み、シムーンのリ・マージョンを攪乱する礁国の新戦術の
前に、宮国は多くの犠牲を出していた。各コールは礁国の新戦術への対応に苦慮し、ようやく
編み出したのが小規模なリ・マージョンという戦法だった。破壊力の大きなリ・マージョンは祈りを
捧げるのに時間が掛かる。小規模なリ・マージョンは一度に破壊できる敵の数は限られていたが、
シムーンの飛行機械としての優位性を生かした堅実な戦い方だった。
 だが、物量戦術へシヴュラたちが対応したと見るや礁国側はさらなる新戦術を展開してきた。
意図的に隙を作り、小さなリ・マージョンの繰り返しにいらだつシヴュラたちの心理を衝いて大規模な
リ・マージョンを誘うという巧妙な戦術だ。戦に疎いシヴュラたちは礁国の飛行機械に翻弄され、
損害を増やしていた。宮国は常に敵に一歩先んじられているようだった。
 シヴュラたちは戦闘そのものへの関心が希薄だった。神の守護を信じ、シムーンの性能の優位さの
ために生き残りにかける意気込みが薄いのだ。危険に直面すればシムーンの動力性能を生かして待避して
しまえばよい、と思っているようだった。神の乗機であるシムーンの不可侵性と現実との齟齬に
戸惑うばかりで一向に具体的な方策が浮かび上がらない。せいぜいが礁国の飛行機械の性能が低下する
高空、あるいは敵が少数である場合に小規模なリ・マージョンを駆使するという保守的な対応に
終始しがちだった。乱戦の最中に自ら大規模リ・マージョンを描くための隙を生み出したり、細かな
戦術を練るという積極的な発想はないようだった。
 マミーナが考えたのは格闘戦だった。と言っても礁国の飛行機械と対等の銃撃戦をするというわけ
ではない。乱戦に巻き込まれる振りをしながら背後に敵を引きつけ、敵を誘引する囮の役を自ら果た
そうと言うことだった。速度を落とし、敵の火力正面を避け、常に高機動を続けて攪乱する。多くの
敵を背後に率いながら極小規模のリ・マージョン――「鮫」や「隼」を極限まで小さく描いたもの――
で数機ずつを撃墜し、大勢がマミーナ機を狙うようにし向けるのだ。そして、マークの甘くなった
コールの他機に大規模リ・マージョンを描く隙を作る。それがマミーナの『芝刈り』だった。
 だが、この囮役は危険を伴った。敵飛行機械群の火線上に出てしまえばシムーンと言えど撃墜される。
ヘリカルモートリス自体は燃料を使わないが、補機類を駆動するため小型の燃焼機関は発火性の高い
燃料を使用する。その燃料タンクに被弾すれば即座に火を噴くし、そもそもが祭祀用に作られた
シムーンには乗員の保護装置などない。銃撃を受ければシヴュラたちは容易に傷ついてしまう。
 敵機を振り切るのはシムーンの性能からすれば容易だったが、振り切ってしまっては囮役の意味が
ない。敵の火線に曝されないぎりぎりの位置を狙い延々と逃げ回り続けるのだ。圧倒的多数の敵を
相手にそんな戦術を取っていれば被弾もゼロでは済まない。マミーナはコール・イグニス配属後、
サジッタを一人死なせ、もう一人に重傷を負わせてしまっていた。サジッタ殺し、の異名は限りなく
事実に近い。
 そんなマミーナのサジッタ席に、淡々と座ってくれるユンはありがたい存在だった。しかも、ユンは
マミーナの取ろうとしている囮の役割をすぐに理解し、敵の動きを読んで的確な進路を指示するという
優秀さを見せたのだ。
「やるわね」
 ユンと組んでの初の戦闘からの帰路、マミーナはユンを賞賛した。
「あなたの試みは理に敵っている。これ以上味方を死なせるわけにはいかない。オレには向いた役割だ」
「そう。でも、レギーナがわたしのしていることをあまり理解していないのがどうもね」
394388 その2:2006/08/23(水) 20:21:43 ID:FIQ7X4sj
 以前から幾度もマミーナは「隙を捉えて強力なリ・マージョンを描け」と進言しているのだが、
コール・イグニスのレギーナは囮役のマミーナの救援を試みようとしたり、マミーナ機がリ・
マージョンに巻き込まれることを恐れて絶好のタイミングを逃したりを繰り返していた。マミーナの
行動をコールが、レギーナが理解してくれていれば、強力な「銀」や「錫」のリ・マージョンで敵を
減らすことができるし、さらなる連携が期待できれば囮役のマミーナ機もリ・マージョンに参加して
「鉄」や「海嘯」の一撃で敵を一掃することも不可能ではないはずなのだ。
「礁国の飛行機械は年々その性能を上げているそうよ。今後、性能差が縮まれば彼らの数は驚異だし、
戦い方もさらに巧妙になっていくはず」
 宮国のシヴュラたちは生え抜きだ。シムーンに乗るシヴュラたちの技量は高く、通信索を繋いだ
ままの編隊機動も難なくこなす。貴族や聖職者の家系からの出身者がほとんどを占めるとはいえ、
翼の中の翼なのだ。正規のシムーン・シヴュラとして残れる練習生は一握り。熾烈な競争を経ている。
技量の劣る者などいようはずもない。
 だが、シムーン・シヴュラたちのその技量は空にいかにその軌跡を美しく描くかを競うものだ。
針の穴を通すような正確な操縦技術は持っていても、銃撃をかわすすべも知らなければ、敵の意図を
読むことも知らない。編隊飛行は完璧にこなせても、戦術がないのだ。
「シミュラを使った模擬弾演習が必要なんだわ」
 シミュラ・シムーンは性能が低く、飛行特性も礁国の飛行機械に似ていると言われる。そのシミュラを
相手に有効な戦術を研究することは礁国相手の実戦でも意味のあることだろう。
「もぎだん?」
「塗料を詰め込んだ銃弾よ。巫女同士で実弾練習をするわけにはいかないでしょう。子供の頃、
染め粉の木の実を投げつけあって遊んだアレ。シミュラとシムーンに別れて同じことをすれば
上手な戦い方が掴めるはずだわ」
「だが、それは無理な相談だ。本来の我らは巫女だ。神殿に仕える練習生たちに殺し合いの練習を
手伝わせるわけにはいかない」
 アルクスニゲルへと帰還する空の上でユンが答える。
 ――やっぱり、この子も巫女だわね。
 ユンは神殿にも足繁く通い、戦場においても敵味方関わりなく死者には祈りの言葉を捧げる。
今し方の戦闘でも敵の死者の冥福を祈るリ・マージョンを要求された。シヴュラの中のシヴュラと
でも言うべき存在だろう。もっとも、敵味方を問わないそんな態度が上層部の不興を買ってマミーナの
パルを務める羽目になったという噂も聞こえてきていた。
「防弾も必要なのよ」
「ぼうだん?」
「今日も何発か銃撃を受けたじゃない。風防にひびが入ってる」
 これか、とユンは関心の薄そうな声で応じてきた。
「囮役が危険なのは当然だ。オレは理解してここに座っている。気に病むことはない」
「冗談じゃないわ。またパルを死なせたりしたらシヴュラ・アウレアのパルになれなくなってしまう。
これ以上の汚名はごめんよ」
「シヴュラ・アウレアもパルを失ったと聞いた」
 マミーナは周囲に視線を配りながら頷く。薄くたなびく雲は遙か上空で青空に溶け込んでいた。
シムーンに上空から急襲をかけられる飛行機械は存在しない。後方から接近することも不可能だ。
視線は自然、前方を中心に注がれる。礁国の兵は地形を利用して待ち伏せをかけてくることが多い。
「らしいわね。是非パルに、と売り込んでいるのだけれど」
「あなたはなぜシヴュラ・アウレアのパルを望むのだ?」
 一時の方向に影を認め、マミーナはユンに確認を求める。アルクスニゲルである、との答えを得て
マミーナは隊長機にハンドサインを送った。隊長機の方でも確認を取っていたところらしい。即座に
進路変更の指示が出た。横列に編隊を組み直し、着艦の体制を取る。
「シヴュラ・アウレアのパルとして働きを得れば庭師の娘であっても誰にも後ろ指は指されない。
神官への道も武官への道も開ける。逆にそれだけの功績を挙げ続けなければわたしはシヴュラではいられない」
395388 その3:2006/08/23(水) 20:23:17 ID:FIQ7X4sj
 マミーナはシヴュラの選抜試験以来なにかと司政院副院主に目をかけてもらっている。シヴュラ
叙任前に戦果を挙げた経験を買われ、彼の後ろ盾を得ることでようやくコール・イグニスに席を得た
のだ。マミーナが加わって以来、コール・イグニスは安定した戦果を挙げている。大打撃を受ける
コールが続発する中でコール・イグニスは戦死者を一名に抑えてアルクスニゲル最優秀コールの名を
不動の物にしていた。最強と名高いコール・テンペストでさえ五名の欠員を出している現状で、コール・
イグニスの戦果と損失は中央からも注目されていた。
「人はさまざまな理由で空を飛ぼうとするものだな」
「そういうあんたはどうなのよ、ユン」
「戦時の今、オレが泉に向かえば他の誰かがシムーンで戦場に立たねばならない」
「そう言えば、あんたが以前にいたコールって……」
 壊滅した、と短く返したユンの声に表情はない。単身でイグニスに転任してきたと言うことは、
生死はともかくパルをも失ったと言うことなのだろう。パルは異動の時も維持されることが多い。
「アルクスニゲルの誘導灯だわ。そうそう。今日の夕飯は玉葱のフライらしいわよ、あんたの大好きな」
 重くなった空気を払拭しようとマミーナは軽口を叩く。
「知っている。ちょうど今日は、オレは断食行の予定だ」
「テンプスパティウムが断食を求めたなんて話は聞いたことがないわね」
 ユンは臭いが嫌だと言って、玉葱料理の日には食堂にさえ顔を出さない。だから玉葱がメニューに
乗る日にはマミーナはユンのためにパンとワインだけを部屋に運んでやっている。世話係の練習生たち
にも内緒で、だ。
 マミーナ機はしんがりで母艦に舞い降りた。コールの誰よりも完璧な着陸だった。整備員と並んで
機体の破損状況を確認し、修理の指示を出す。マミーナ機は整備場の常連だ。囮という役柄ゆえに。
「シヴュラ・マミーナ、またですか」
 担当の整備員に加えて整備長が顔を出す。
「悪いわね。手を煩わせて」
「いえ。シヴュラの方々が無事にお戻りであればそれに越したことはありません」
「それで防弾板の手配は?」
「手に入りそうです。嶺国の鹵獲戦車から引っぺがした物ですが」
「嶺国の?」
「はい。大口径の弾は無理ですが、礁国の飛行機械が積んでいるクラスの機銃であればなんとか
止まるかと。集中砲火には耐えられないと思いますが」
「それで十分。流れ弾に落とされなければそれでいいわ。手配を急いで。デュクスと他のシヴュラには
見つからないようにしてちょうだい」
「それはまあ、そうでしょうな。正直を言えば私も神の乗機たるシムーンに無粋な装甲など付けるのは
気が進みません。が、毎回このありさまでは命運が尽きるのも時間の問題です。なんとかしますよ。
――それにしてもなぜシヴュラ・マミーナの機体だけが毎回?」
 下手だからよ、とマミーナは肩を竦める。コール・イグニスが囮役を使わねば戦えない、などという
風評は流れて欲しくなかった。レギーナは頭が硬かったし、コールの僚友はマミーナを「庭師」「芝刈り」
などと蔑んでいたが、出身を知って口さえきこうとしない他コールのシヴュラたちに比べれば数倍まし
だった。それに、最近ではその「芝刈り」の戦法にさえ馴染み、チャンスを生かそうと試みてくれて
いるのをマミーナは知っていた。コール・イグニスは身分と伝統に塗り固められたシムーン・シヴュラ
たちの世界で唯一のマミーナの居場所なのだ。
「二つの翼を持つ者は幸いなり。汝、その名をシヴュラ」
 マミーナと整備長の会話を数歩離れたところで聞いていたユンがそう呟いて歩み去った。
「どういう意味?」
 そうマミーナは整備長を見上げる。
「私に訊かれましても」
 市井のシヴュラとごま塩ヒゲの整備長は顔を見合わせて首を捻る。神官の家系出身だというユンは
箴言めいた言葉をしばしば口にするが、大抵意味が汲み取れなかった。

 翌日の出撃は夜間の哨戒任務だった。
「マミーナ、将来を誓い合った相手はいるか?」
「何。いきなり」
「あなたがシヴュラに拘る理由はなんだろう、と思っただけだ」
 ヘリカルモートリスは快調に回っていた。今夜はまだ月が昇らない。雲はまばらで、地表はうっすら
と星明かりに照らされている。月が出れば明るくなるが、視界内に月が入れば幻惑されて逆に見づらい。
396388 その4:2006/08/23(水) 20:24:53 ID:FIQ7X4sj
「! マミーナ、十時の方向。雲の中で何かが動いた」
 マミーナは目を凝らす。何も動きは見えなかったがユンは確信を持てないようなことを口走る
性格でないのはわかっている。
「警戒を促すわ」
 翼を振ってレギーナ機の注意を引く。雲を示し「敵影ノ可能性アリ」のハンドサインを送って
二十を数えた頃に指示が来た。
「『低空から先行し敵発見次第攻撃せよ』だそうよ」
「今日はレギーナたちが囮役か」
 マミーナが了解のサインを送るとコール・イグニスはじわりと高度を下げ始める。機影が山陰を
横切るタイミングでマミーナ機だけが編隊を解いて低空へと紛れるのだ。月のない夜に地表すれすれで
谷間を縫えば発見されにくい。
 マミーナ機は単機で低空に忍び出た。
 かつてのシムーンは大気のなくなる空の果てまで舞い上がることができたと言うが、今のシムーンは
雲の上を飛ぶだけで乗員に限界が来てしまう。高度を上げすぎれば意識を失うし、例え意識を失わない
にしても地表に戻ってから手足の麻痺や難聴に苦しめられることになりかねない。高空を飛ぶための
操縦席が作れないのだと言う。同じようにシムーンの最大速度も操縦席の強度の限界で縛られていた。
 どん、と背後にシートを蹴る気配を感じる。最大速度でのシムーン中は風切音と構造材の軋みで
まともな会話ができない。大出力で稼働中のヘリカルモートリスも身体を内側から押しつぶすかの
ような感覚をもたらす。大抵のパルは無理をして伝声管で怒鳴り合うように会話をするが、ユンは
スマートな方法を取っていた。前席と後席の仕切を蹴飛ばしてサインを送るのだ。サジッタ席からは
アウリーガ席が見下ろせるのでアウリーガの側からはハンドサインで返答ができる。
 右上空に敵。
 ユンのサインはそう伝えていた。今目指しているのとは違う方向に敵を見つけたらしい。
 ――では、正面は?
 すでに雲の切れ間に礁国の飛行機械の群がひしめく様が見て取れた。飛行船型の空中母艦の姿もある。
 ――二手に分かれている、と?
 極低空を全力で飛んでいるためにマミーナには右側の敵をきちんと視認することはできなかった。
一瞬でも余所見をすれば大地に激突しかねない。
『正面の敵をリ・マージョンで炙りだし、次いで右の敵に向かう』
『了解』
 マミーナは即座に作戦の変更を決断した。正面の敵の攪乱ではなく、正面と右側面の敵の位置を
編隊僚機に伝えることが優先だ。神の乗機と言えども不意を打たれれば不利なことに変わりはない。
 シムーンを一気に上空に踊り出させる。作戦とは異なる行動にレギーナたちは後方で驚いている
ことだろう。
『限界速度飛行』
『了解』
 背中にユンからのサインを感じながらマミーナはスロットルを押し込む。巡航の可能な最高速度
とは違い、限界速度飛行はごく短時間しか行えない。迂闊に行えば空中分解の危険もあった。すでに
操縦席左側の外板には奇妙な皺が刻まれ始めている。
 ――これ以上の増速は無理か。
 サジッタ席ではユンが残り時間をカウントしているはずだった。
 どん、と背中を蹴る手荒なサインが来る。
『隼のリ・マージョン』
 正面の敵とは距離があり、リ・マージョンの効果範囲には届かなかったが、目的は攻撃ではない。
敵に交戦開始のタイミングを決めさせないことが重要だった。マミーナ機がリ・マージョンを発動
させれば正面の敵は否応なく攻勢に出てくるだろう。マミーナはユンの合図に応えて航跡を描き
始める。夜空を照らし、雲を払うためのリ・マージョンだ。いつもの「芝刈り」式の小さなリ・
マージョンではない。
「次だ、マミーナ」
「わかってる! 目標視認!」
 リ・マージョンで速度を落としたため通常の会話が可能になる。
 コール・イグニスの右側面に展開していたのは正面の敵に二倍する大部隊だった。四席の空中母艦が
まさに飛行機械を放出している最中だった。
 再び限界飛行速度へと加速する。先ほどの飛行で機体にストレスが生じていたのだろう、構造材が
嫌な音を立てて振動を始めた。
「マミーナ!」
397388 その5:2006/08/23(水) 20:25:41 ID:FIQ7X4sj
 取り乱すことなどないかと思われたユンの声が金切り声を上げる。薄氷を踏む思いなのはマミーナも
同じだ。真っ先に破壊が始まると言われる翼――それはシムーンの横に突き出され、補機類が収められて
いるだけのスペースで鳥の翼のように機体を浮かせるためのものではない――を横目で睨む。スロットルは
まだ戻さない。第二の飛行機械群はまだ攻撃態勢に入っていないようだった。今ならば母艦ごと多くを葬れる。
『二番目の敵。母艦を狙う』
『了解。海嘯のリ・マージョンで』
 第一の敵に対して行った隼のリ・マージョンにより、雲間に潜んでいた敵が一斉に踊り出していた。
全機がコール・イグニスへと向かっている。マミーナ機はもう一方の部隊に任せるつもりらしい。
シムーンにはどうやっても追いつけないのと踏んだのだろう。
 一方のコール・イグニス本隊はマミーナの進路の先に別道部隊が居ることにようやく気づいたよう
だった。殺到してくる第一波に対しての応撃の構えから、接敵を早めるべく積極策に出ようとしている。
悪くないレギーナの判断だが、編隊機の中には状況を把握し切れていない者もいるらしい。展開が鈍い。
 ――まずい。あちらも、こちらも。
 マミーナ機の振動はさらに激しさを増していた。標的である飛行母艦は搭載機のほとんどを放出し
終えているかに見えた。母艦を失えば礁国の飛行機械は自力では帰還できない。が、恐らく彼らは
帰路のことなど考えずに出撃してきている。
「マミーナ、限界だっ」
「くっ」
 やむなく出力を絞ったがすでに強度の限界を超えていたらしい、巡航速度まで減速したにもかかわらず
風切音がおかしく、操縦桿の反応もおかしかった。キャノピを支えるフレームには歪みが生じてしまった
のか、操縦席内に空気の流れを生んでいる。
「戻ったら整備長に大目玉だわね」
「悠長なことを。これからオレたちはあの大部隊を相手に祈らねばならないんだ」
 前方にはすでに母艦から離れた飛行機械の群がひしめいていた。
「雲に入るわよ。目標は一番奥の母艦。真上に誘導よろしくっ」
「まかせろ」
 ユンには優れた空間把握能力があった。視界が遮られる悪天候でもユンの誘導に従っていればリ・
マージョンは完璧に発動する。雲の中はユンの独壇場と言ってもいい。
「雲から出る前にリ・マージョンを始める」
「……そんなに近くに飛び出るわけ?」
「目の前だ。大丈夫。あなたならやれる、マミーナ」
 雲の中に飛び込めば周囲は灰色――と言うよりはチャコールグレーに塗り潰され闇の中だ。風切音と
振動でようやく飛んでいるのだと判るばかり。視程ゼロの空間を全速力で飛んでいるのだ。この雲の中に
礁国の飛行機械が飛び込んできていないことを祈るばかりだった。
 シムーンは計器飛行が可能なだけの装備を持っている。シヴュラたちも、巫女という役職から想像
されるのとはかけ離れた学問的なエリートだ。神学はもちろん、数学や物理学においても高い学力が
求められるのは機上でコンパスや計算尺を駆使して自機の位置を割り出さねばならないという現実的な
理由がある。シヴュラたちは優秀な技術者でもあるのだ。
 だが、いくら計器飛行が可能でも、戦場で雲の中を飛び有視界で軌道を補正することもないままリ・
マージョンを開始するというのは常軌を逸していた。そもそも、雲に入る前に標的である敵の飛行母艦
との位置関係さえ計測していない。三角測量から開始しなくてはいけないはずだ。もちろん、戦場に
そんな余裕はない。ユンは目測と直感だけでそれをしようと言うのだ。
「軌道修正。左〇三〇、下〇一七。そうだ。右ロール〇七七……右〇〇二、上〇〇一。カウントを
始めるぞ。最大規模で海嘯のリ・マージョン」
 シムーン球がマミーナの背後で輝きを増す。
「六、五、四、三、二、一。行け!」
 真っ黒な雲の中に光の軌跡を縦横に刻んでいく。手のひらにじっとりと嫌な汗が滲んだ。リ・
マージョンの航跡さえよほど近づいたときしか見えてこない有様だった。ユンの誘導で操縦桿を
握ってはいたが、マミーナにはリ・マージョンを描いている実感は得られなかった。だが、最後の
垂直降下に入るとリ・マージョンが効果を発揮し始めたことが感じられた。航跡の段階ではうっすら
とした光の帯でしかないが、成功が近づくにつれ強く輝き始める。チャコールの壁は一転して緑色の
光で満ちた目映い世界へと変貌していく。身体の裡(うち)にも空間から解放されようとする力の
漲りが感じられる。
398388 その6:2006/08/23(水) 20:27:19 ID:FIQ7X4sj
 直後にマミーナのシムーンは雲を突き破った。
「――っ!」
 目の前どころではなかった。敵の母艦は雲の中へ逃げ込もうとしていたのだろう、飛び出した
マミーナ機はすでに敵飛行母艦の側面を触れんばかりの距離で擦り抜けようとしていた。
「近すぎた」
 妙に落ちついた声でそう呟くユンの声を聞きながらマミーナは口の中で罵声を上げる。
 巨大な光球が膨れあがり、海嘯のリ・マージョンは接近して飛行していた敵の母艦二隻と、
その周辺に展開していた多数の飛行機械を飲み込んだ。だが、まだ二隻の母艦と多数の飛行機械が
無傷のまま残されている。コール・イグニスの本隊もどうなったかわからない。
「コールは!?」
「無事だ。善戦している」
 そう会話しながらもマミーナは右へ左へと忙しく機動を繰り返す。
「こちらも地道にやろう。隼。ヴェガ方向の五機編隊をターゲットに」
「了解。いくわよっ」
 礁国機編隊の直前を全速で横切りながら隼のリ・マージョンを発動させる。
「次だ。カシオペア。鮫で――いや、ブレイク!」
 ユンの指示が絶え間なく飛ぶ。今回ばかりはいつものように速度を落として敵を引きつける
余裕はない。可能な限りの速度で逃げ回りながら隙を見て最小規模のリ・マージョンを放つのが
精一杯だった。だが、恐らくは三百を超えるであろう礁国の飛行機械を相手に二、三機ずつを撃墜して
いても切りがない。雲の中から飛び出しざまのリ・マージョンで敵が混乱しているうちはまだしも、
マミーナ機は次第に苦しい状況へと追い込まれていく。だが、粘った甲斐があった。コールの五機が
離れた場所で見事な航跡を描ききる。
「やった! 五機でのエイを成功させた」
 ユンの声と同時に夜空が青白く染まっていく。その光を視界に捉え、マミーナは即座に決断を下した。
「あの光を使うわよっ」
「波頭か?」
「ええ」
 遠方で膨れあがる光球に向けてマミーナはシムーンの機首を振った。マミーナ機の後を追って
礁国飛行機械の群が吸い寄せられるように近づいてくる。密かに描きつつある螺旋に後続の敵は
気づいていないようだった。波頭のリ・マージョンは描くのに時間のかかる大規模リ・マージョンの
一種だが、その航跡が待避機動と見分けにくいという特徴を持つ。特に太陽などに向かって描くことで
軌跡を秘匿してやれば乱戦の最中でも悟られずに発動させることも可能だ。
「二度は使えない」
「わかってる」
 リ・マージョンモードへと移行したヘリカルモートリスが不気味な唸りを立てた。二つの円盤は
その出力を周囲の空間に展開させてゆく。マミーナたちシヴュラにはその感触が手に取るように伝わり、
シムーンが神の乗機であることを否応なしに納得させられてしまうのだ。時間と空間を操る――
それが口上だけのものでないことをシヴュラたちは経験的に知っている。
「あなたの描く波頭は美しいな」
 マミーナ機は最後の螺旋を描き終え、敵飛行機械の群中へと逆行していく。敵の火線を避けるための
機動は取れない。リ・マージョンの軌跡は厳密だ。待避のために航跡を乱せば、その歪みに応じて
級数的に威力が落ちてしまう。実質的には回避機動なしで敵のただ中に飛び込んでいくことに等しい。
「くっ」
 キンッと敵の銃撃がマミーナ機の機体をかすめる。陸上の歩兵戦闘とは違い至近弾では弾丸の音は
聞こえない。機体に響いてくるのは着弾音そのものだ。まともに命中してしまえば機体全体を打ち
鳴らすような破壊音が響く。
「銃撃する」
 サジッタ席でユンが宣言と同時に機銃弾をばらまき始めた。進路を切り開くための制圧射撃だ。
曳光弾がシャワーのように前方へと注がれる。
「派手だわね」
「あなたの戦い方には合っているだろう。曳光弾を中心に装填してもらった」
「戦争は嫌いだって言ったくせによく気が回ること」
「好きでやっているものか」
 逆行するマミーナ機の機動を見て勘の良い敵機は待避と航跡の攪乱を狙って機動を始めた。だが、
もう遅い。強い光を発し始めた螺旋の航跡は瞬く間に膨れあがり、そのエネルギーを開放していく。
背中越しに感じられる力の奔流はまさしく神の怒りだった。
399388 その7:2006/08/23(水) 20:28:26 ID:FIQ7X4sj
「どのくらい減らせた!?」
「四分の一――程度か。状況は好転していない」
 数え切れないほどの敵機に囲まれていることに違いはない。だが、今の一撃で確定しただろう。
マミーナたちが引きつけているこの敵の部隊はもはや別動のコールなど見向きもしないはずだった。
 リ・マージョンの成功によりその光に紛れてマミーナ機は敵の中枢に躍り込むことに成功した。
敵の戦意をくじくためにはやっておかなくてはいけないことがある。母艦の破壊だ。帰還の手段さえ
奪ってしまえば、極端な話、マミーナたちが直接戦わずとも済むのだ。滞空時間の短い礁国の
飛行機械は自滅する。飛行兵たちの装備では山岳地帯を徒歩で抜け出すことも敵わない。何よりも
敵兵の士気が大幅に低下するだろう。シムーンを撃墜しても母艦がなければ自国に持ち帰ることは
できないはずだった。得るものがないのだ。
「! マミーナ、気づかれたっ!」
 観察力に優れたユンが敵飛行母艦が迎撃態勢に入ったことを察知したらしい。マミーナは気づかれる
前に接近してリ・マージョンを描ききってしまうつもりだったが、そうはいかないようだった。
「ちっ」
 上下左右に機体を振りながらなおも全速力で接近を続ける。母艦の直掩飛行機械たちもマミーナ機と
母艦の間に割り込むよう展開を始めた。
「最小の隼を」
「え?」
「目くらましだ。さっきのリ・マージョンで閃いた。夜には有効なはず」
「わかった。試してみる」
 今は背後に引き連れている敵機はいない。正面の敵母艦もその直掩部隊もまだ銃撃は開始していない。
小刻みな機動で隼のリ・マージョンを描き終えた瞬間、マミーナは地表へと降下を開始する。アルクスニゲルの
所属機は機体色も黒だ。夜の地表に溶け込むには向いているだろう。
「直下から急上昇して二隻の母艦の間を抜けよう。リ・マージョンではなく銃撃を加える」
「わかった」
 ユンの意図はマミーナにも読めた。リ・マージョンはヘリカルモートリスの出力の大半を要求する。
それは自然、シムーンの速度を奪う。銃撃では――特に今回は曳光弾ばかりを装填してきていることも
あるが――大した威力は望めないが、今のマミーナたちがすべきことは敵の攪乱だ。銃撃を加えることで
母艦を手薄にするわけにはいかないことを教えてやるべきだ。そして、何よりも速度を落とさないことが
重要だった。今のマミーナたちにできるのは戦場を掻き回してコール・イグニス本隊の来援を待つことだけだ。
「母艦の間を抜けるときに速度を維持したまま機首を振るわ。銃撃はそのタイミングで」
 シムーンは進路を維持したまま左右上下に機首を向けることができる。ヨー、ピッチ、ロールの
三軸運動に制限がなく、全速で後進することも容易い。プロペラで推進力を得る礁国の飛行機械とは
その特性にかなりの差があった。
「行くわよ!」
 木立の陰を抜け、山肌に沿って敵の母艦の真下まで忍び寄る。敵はまだこちらの姿を見失ったままの
ようだった。マミーナは機首を上に向けて垂直上昇を開始する。わずかな時間で最高速度に到達し
マミーナ機はキャノピを振るわせながら巨大な飛行母艦へと突進する。無理な飛行が続いているせい
だろう、左翼の通信索射出機の近辺からも嫌な振動が伝わってきた。
「八〇〇……七〇〇……六〇〇……」
 ガシャリ、と機首の機銃の排莢音が響く。宮国の機銃は信頼性が低い。先ほどの連射で一度加熱した
銃身と弾丸は作動不良を起こす可能性が高かった。一度使用した機銃は新しい弾丸を装填し直すことが
必要なのだと、マミーナは実戦の中で学んでいた。
「いいわよ! 撃って!」
 敵母艦の船体表面に沿って上昇しながらマミーナは喚く。機首を大きく振っている今は両手両足共に
シムーンの操作で手一杯だ。ハンドサインを使う余裕はない。
「天に在(ましま)すテンプスパティウム、汝の罪深き僕(しもべ)の……」
 敵母艦にまばゆく輝く弾丸を送り込みながらユンが祈りの言葉を唱える。正直なところマミーナには
鬱陶しいことこの上なかったがユンには必要なことなのだ、と口をつぐみ、マミーナはシムーンへの
祈りを捧げることに集中する。同じ祈りでもマミーナにはこちらのほうが性に合っていた。
「マミーナ! 離脱しろっ! 全力で!」
 機首は敵母艦に向けてはいたものの、マミーナはシムーンの進行方向を見上げていた。切羽詰まった
ユンの声に視線を戻すと、銃撃を加えてきた弾痕から点々と炎が柱となって吹き出しつつあるのが目に入った。
400yui:2006/08/23(水) 20:28:44 ID:lPj1xDL1
これはすごい! html化してアップロードして良いですか?
差し支えなければ許可ください・・・
401388 その8:2006/08/23(水) 20:29:41 ID:FIQ7X4sj
 ――これっぽっちの銃撃で?
 礁国の飛行母艦は船全体を装甲で覆い、機銃程度では歯が立たない堅牢な空中要塞のように見えた。
だが、これはどうだろう。大した威力のないはずの曳光弾を打ち込んだだけであっさりと炎を噴いている。
 マミーナは三度目の緊急出力を指定する。ヘリカルモートリスは即座に反応し、増速しようとする
機体は随所で嫌な軋みを立て始めた。だが、今、出力の手綱を緩めるわけにはいかない。マミーナ機の
背後では船体総てを光球へと変じさせようとしている敵飛行母艦があった。
「なんだってこんな簡単に……」
「母艦相手ならリ・マージョンは必要ないみたいだ」
 あくまでも冷静なユンの声が癇に障る。
「ついでよ。もうひとつの母艦も叩くわよ」
 離脱した進路の前方には最後の空中母艦が浮かんでいる。擦れ違いざまに銃弾を叩き込めばそれで
撃破できてしまいそうだった。
 ――こんな脆弱な兵器に多くの兵の命運を委ねるなんて。
 シムーンに群がってくる小型の飛行機械も華奢な乗り物だった。飛行性能が劣るだけではない。
マミーナ機がこれまで幾度も受けている程度の軽い銃撃であっさりと炎に包まれるのだ。
「彼らの飛行機械は燃えるガスを使っていると聞いたことがある」
「ガス?」
「空気より軽いガスで、機体の重量を支えるそうだ。ヘリカルモートリスを欲しがるのはそんな
危険な技術から逃れたいと言うことなのだろうな」
 ヘリカルモートリスを欲して、それを積むシムーンに撃破される。なんて空しい戦争なのだろう、
とマミーナは思う。マッチのように簡単に火のつく飛行機械に乗る彼らは、ヘリカルモートリスが
巫女にしか起動できない代物であると知っているのだろうか。遺跡からごく少数が発掘されるばかりの
遺物だと言うことを。
「敵に同情している余裕はないわ。最後の母艦を破壊して彼らの戦意を削ぐわよ」
「……そうだな」
 機体の振動はもはや安定した飛行姿勢を取れないまでに拡大していた。このままの速度を維持すれば
空中分解を起こすのは時間の問題だろう。だが、今は速度を落とすわけにはいかない。背後で
火球と化している飛行母艦を隠れ蓑に一気に接近するのだ。敵に追われていては母艦に接近する
隙を作ることも難しい。これはひとつのチャンスから次々と連鎖した最後のチャンスだろう。
 だが、マミーナたちの動きを捉えていた敵もいた。彼らは機体を軋ませ突進するマミーナ機と
母艦の間に見事に割って入ったのだった。
「マミーナ!」
「やられた……。母艦強襲は断念するわよ!」
 母艦との間に展開した敵飛行機械はわずか十五機だったが、一目でそれが難敵であることがわかった。
三本線のストライプの入った隊長機と完璧なまでに統率の取れた編隊運動は彼らが熟練兵であることを
物語っていた。編隊もV字型の縦深陣形を取っていて、マミーナ機がそのまま母艦に向けて突入すれば
火力の集中する軌道を辿る羽目になる。かといって、母艦の前面でこの手練れの十五機を相手に攻撃を
仕掛けるのも分が悪い。母艦からの支援――と言うよりは敵味方お構いなしの銃撃によってこの十五機
もろとも蜂の巣にされてしまうだろう。
 多くの敵を相手にするときには手早く片付けられる相手から狙うのが得策だと、マミーナはこれまでの
戦闘で学んでいた。好きこのんでリスクの大きな敵に向かう必要はない。
「あとは逃げて逃げて逃げまくるからねっ。レギーナたちが一刻も早く向こうの敵を片付けてくれることを
祈ってちょうだい」
 機首を翻し、爆発炎上しながら墜落していく飛行母艦へと進路を向ける。炎と煙に包まれた空域で別の
機会を狙うのだ。圧倒的多数を相手にするならばこの煙幕を使わない手はない。
 だが、マミーナの考えは甘かったらしい。波頭のリ・マージョンの成功と母艦の撃破が敵の戦意に火を
付けたらしい。母艦の墜落地点へと集結してきた飛行機械の群は遮二無二マミーナ機へと突っ込んできた。
味方機が火線上にいても銃撃を躊躇わないどころか、体当たりさえ辞さない姿勢だ。
「なんなのっ、これはっ」
「死兵というやつだな。最後に残したのが督戦隊の母艦だったのかもしれない。礁国では督戦隊言うのが
組織されていて、兵士に『死ね』と命じるそうだ」
「あんた、よく落ちついていられるわね」
「腹をくくるしかない。――魚座方向」
402yui:2006/08/23(水) 20:30:06 ID:lPj1xDL1
作品の標題とかは決まっていますか?
403388 その9:2006/08/23(水) 20:30:32 ID:FIQ7X4sj
 ユンが進路の指示を出す。もはや形振りは構っていられなかった。敵を引きつけるなどと言う悠長な
ことをしている暇もない。とにかく火線を避ける進路を探して飛び続け、わずかな隙があればリ・
マージョンを放つ。効果範囲など気にする必要もなかった。敵はなんの躊躇もなく殺到してくるのだ。
まるで火に吸い寄せられる虫のようにリ・マージョンの光芒の中に敵が吸い込まれてくる。
「なんとか……一度、乱戦から抜け出さないと」
「包囲が固い。ベガ……いや、アルタイル!」
 マミーナもユンも息が上がっていた。戦場は、そこにいるだけで人を消耗させる。そろそろマミーナの
集中力も限界に達しようとしていた。操縦桿を握る腕が重く、視界が霞む。額から流れ落ちた汗が目に染みた。
「やった! マミーナ、レギーナたちがリ・マージョンを成功させた」
 遠くで膨らむ光が視界の隅に映った。だが、同時に金属を打ち鳴らす破壊音がマミーナ機を包む。
「ぐっ」
 機銃の一連射がマミーナ機を襲う。銃弾は右翼の補機類を吹き飛ばし、ヘリカルモートリスへの
直撃音を響かせた。遺跡から発掘されるヘリカルモートリスは銃撃程度では傷もつかないが、
宮国の技術で作られる部品はそうはいかない。巨大なハンマーで横殴りにされたかのような衝撃に
操縦桿から腕が引きはがされそうになる。
 首を竦める間もなく機体が激しくヨー回転を始めた。その回転を収めるよりも先にマミーナは
ヘリカルモートリスの出力を上げ、離脱を図る。瞬時に反応したシムーンにマミーナはわずかに安堵する。
 ――まだ、飛べる。
 部品をまき散らして低空へと向かいながらマミーナは機体の立て直しを図った。
「ユン、……ユン!」
 金髪のサジッタの名を繰り返し呼んでみても応答がない。だが、生きてはいるはずだった。
ヘルカルモートリスの出力は維持されているし、シムーン球の輝きにも異常はない。追撃して
くる敵飛行機械を避けながらマミーナはさらに高度を落としコールの方角へと進路を取る。
もはやマミーナを追い回している部隊をこの場に留め置く必要はなかった。
 だが、傷ついたシムーンは思ったように速度が上がらない。ヘリカルモートリスは変わらず
作動していたが、機体の一部を失ってしまったために安定した姿勢が保てなくなっていた。
「生きているなら返事をしてちょうだい、ユン! 敵を振り切るの。鮫のリ・マージョンいくわよ」
 返事の代わりにトンと、座席を背後から蹴る音が響く。シムーン球が光を増し、ヘリカル
モートリスがリ・マージョン用に出力を上げるのが感じられた。その反応にマミーナは安堵の
息を吐く。シムーンも、マミーナのサジッタも継戦の意志を示している。
 マミーナの描いた鮫のリ・マージョンは軌跡も覚束なく、急激な機動によりシムーンに残された
最後の安定性さえも剥ぎ取った。マミーナ機は不規則な回転を繰り返しながらさらに高度を落として
いく。それはもはや飛んでいると言うより墜落に近かったが、マミーナはまだ制御の手綱を手放した
わけではなかった。だが、次の瞬間、二度目の被弾音が操縦席に響く。
 アウリーガ席のキャノピが吹き飛び、マミーナの目の前にあったはずの計器類がごっそりと姿を
消していた。
 ――やけにすっきりしたわ。
 目の前の光景に現実感が伴わず、マミーナは妙に白けた気分で破壊された機首を眺める。
 機体のヨー回転はまだ収まらない。ヘルカルモートリスの出力制御も反応しない。左へと傾きながら
背後に機首が向いた瞬間、マミーナは空に広がる雲霞のような敵機の群を見てしまった。殺気を
みなぎらせてマミーナ機へと殺到しようとしている。それは一瞬の出来事だったが、マミーナには
スローモーションのように感じられた。
 ――これは……さすがに悪運も尽きた、かしら。
 だが、コール・イグニスの五機があればこの敵の群もなんとかできるだろう。とりあえず
マミーナたちはコール・イグニスの主力が挟撃されることだけは防いだはずだった。単機で
三隻の母艦と百機近い飛行機械を撃墜し、敵を引きつけておくことができただけでも上出来だ。
 マミーナはサジッタ席を振り返る。
「ごめん、ユン。あんたまで巻き添えにした」
 サジッタ席のキャノピがわずかに開く。その隙間からユンが胸を赤く染めた姿を見せた。首の
あたりを布で押さえている。唇からも血の溢れた痕跡があり、力なく座席に収まっていた。
 ――負傷していたんだ。
404388 その10/完:2006/08/23(水) 20:32:02 ID:FIQ7X4sj
 マミーナの背筋を冷たい汗が流れる。恐らくは一度目の被弾の時だ。首を負傷してしまい声が
出せなくなったために応答がなかったのだ。首に押し当てた布は血を吸いきって黒々と湿っている。
相当な出血があったのだろう。だが、傷口を押さえながらも彼女はサジッタとしての仕事をこなした。
 ユンはうっすらと微笑んで上空を指さした。
 次の瞬間、目映い光が空に満ちる。。
「あ……」
 コール・イグニスの五機が鮫、エイ、銀と立て続けにリ・マージョンを描いてゆく。瞬く間に
敵を殲滅していく姿を、マミーナはただ呆然と見上げていた。最後に放った鮫のリ・マージョンが
マミーナ機の位置を教えたらしい。最初の一撃で殲滅されたのはマミーナを追ってきた一群だった。

 マミーナ機はコールの仲間たちに牽引されてアルクスニゲルへと帰還した。
 ユンは命に別状はなかったが、大きな傷跡が首に残った。銃撃で破壊された機体の破片が首筋を
かすめたらしい。
「生きててくれて良かったわよ」
 マミーナが肩を竦めて見せるとベッドで上半身を起こしたユンが静かな表情で応える。
「あなたもな。キャノピが砕けたときはまた一人見送ることになったかと思った」
 声が出るようになって良かった、とマミーナは内心で胸を撫で下ろす。
「お互い様だわね。そうだ。わたしたちのシムーン、防弾板をつけてもらえることになったわよ。
キャノピはしょうがないけど、もう破片ぐらいで怪我をすることはなくなるはず」
「囮戦術には懲りていないんだな」
「お誂え向きのパルを見つけたからね。シヴュラ・アウレアのパルの座を射止めるまでは
付き合ってもらうことになりそう」
「欲しているものが――」とユンが真剣な表情で視線を合わせてくる。「求めているものと
同じとは限らない」
「……それは?」
「気にするな。いつもの独り言だ」
 マミーナは再び肩を竦める。見舞い、と言い残して枕元に玉葱を置き、病室を出た。
405yui:2006/08/23(水) 20:40:13 ID:lPj1xDL1
ttp://www.geocities.jp/emiri_0623/novel_1.htm

仮ページですが、HTML化してみました。作者さん、差し支えなければ連絡ください。
あと標題などあればここでも構わないので連絡と掲載許可をいただきたいです
406388:2006/08/23(水) 20:49:48 ID:Zyf0gil6
>>390さんのイグニスも読みたいなー。なんか戦闘シーンばかりになってもーた。

>>400
ぉぉ。ありがとう。アップしたものはご随意に〜。共有テキストのつもりなので煮るのも焼くのもOKです。
標題は特に考えてないです。
407名無しさん@ピンキー:2006/08/23(水) 21:32:22 ID:FOr7PQZ6
>>388
GJ!
戦闘の細部の描写ひとつひとつにすげー説得力があるな
本編では遺跡関係の謎とシヴュラたちの心理を描くことに注力してるけど、
こういうシムーンも見てみたかったんだ
408yui:2006/08/23(水) 22:29:37 ID:lPj1xDL1
ttp://www.geocities.jp/emiri_0623/novel_1.htm
ですが、以下の点を追加してみました。

1:標題を作成「コール・イグニス」
(トップページにおいて「コールイグニスにおけるユンとマミーナ」とリンク)
2:さし絵として航空戦記風の画像を使用
3:「シミュラ・シムーン」の語はよりファンにとって一般的な「シミレ・シムーン」へ
4:文節・段落及び誤字など訂正(内容は作者に敬意を彰して一切削ってません)