ノエインでエロい話お願いします

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635名無しさん@ピンキー:2007/08/06(月) 21:19:45 ID:NZLy4CYt
ほしゅ
636名無しさん@ピンキー:2007/08/10(金) 07:46:44 ID:DcZCOYvs
保守
637名無しさん@ピンキー:2007/08/13(月) 21:56:13 ID:cKl51ZKt
ほしゅ
638sage:2007/08/14(火) 22:32:46 ID:3rMOeuUD
へたれカラスとハルカがみたいなぁ…ほしゅ
639名無しさん@ピンキー:2007/08/15(水) 00:54:31 ID:XKP9qY42
このスレまだあったのか!
読んでない分まとめて読んだらえらい萌えたよ

亀だけど>>515さんのすげーよかった
ノエインは意外なカップリングもしっくり来るのが良いな
640(1/8):2007/08/19(日) 04:36:26 ID:N9a2rKZ4
>638
書いてたら物凄く長くなって投下を躊躇してる・・・とりあえずエロくないアトミホでお茶を濁してみる。
夏なのでいちゃラブカポーを書いてみたくなった。でも全然いちゃいちゃしてない。



 夢かしら。
 何も無い。知らない場所にいるようだ。私一人きり。なんとなくどこもかしこも濃いグレーだ。上も下も
右も左も無い。だから何も無い。いいえ、いつか来た場所かしら。いつかの夏休みとか。
「地面」が出来た。同時に「空」も頭の上に配置される。夏の空だ。
なんとなく風が吹いているような気がする。外、なのかな。暗い、ということは夜、かな。

 途端にぽっかり月が出た。見上げた空にはさぁっと濃紺が刷いたように広がり、瞬時に星が追いつい
てちかちかと瞬きだす。夢というものはそういうものだ。認識した瞬間、形が現れる。樹のざわざわいう
葉摺れの音が聞こえる。でも目の隅に映るのはベニヤ板におざなりに描かれた書割の森だ。近くで見
ると余りに大雑把で、それでいて離れてみると途端に命を放つ大胆な色彩の森が、床下の舞台装置で
揺れ、肌で感じた風を音にして伝えてくる。私に認識されたがって、次々と形を持とうとする。

 私の見たいものだけが形を作ってゆく。私に見たいと思われたものだけが、私の知識と想像力という
至極狭い範囲内の温い自由さで本物になってゆく。・・・私に見られたいと願うものだけが、媚びて歪ん
で像を結ぶ。本物そっくりに、でもそれで充分。だって夢だから。いいえ、この世界そのものが私なのだ
から、それ自体私の望むこと。この世界の望みは私の望み。この世界が向おうとするところこそ、私の
願い。

 そう、これは夢だ。
 夢の中で、私はそれが夢だと解る。
 これは夢だ。
 そう思うと安心もするし、少しそれで心が冴えもする。冴えれば、ますます像はくっきりと結ぶ。でもど
んどんデタラメに変化してゆく。私は其れを望んでいる。望んでいると認識する前に、記憶はランダムに
好きなもの同士結び合い、繋がり合い、融合し、再構築される。

 夢の中で、私は・・・白いワンピースを着ている。いつものじゃない。もっと、軽くて滑らかで手触りのい
い大人っぽい身体に沿うライン。胸元は少しギャザーが入っていて丸みを持たせつつもすっきりと程よ
く肌をみせるような上品なデザインで、裾は動きやすい広がりを保っている。足元、は、同じ白で、そう
ね、夏だからサンダル。ううん、やっぱりハイヒールかな。ええと、夏のサンダルとハイヒールとはどこが
どう違うんだろう。ミュール、はぺたぺたいうから嫌い。脱げそうになるし。
641(2/8):2007/08/19(日) 04:38:33 ID:N9a2rKZ4

 ――どっちでもいいや、つま先の見えるデザイン。オープントウ、というのだっけ。ヒールの踵を入れ
れば、私は百六十センチ近くには届くほどの身長になっている。ことにしよう。歳は、何歳にしよう。

・・・彼、何歳なのかな。ついつい思い浮かべるのはあの神経質そうな横顔。夢だからいいよね。彼と、
同い年が好いな。大人(だと思う)の彼と同い年ぐらい。そう言えば、私は彼等が何歳なのかも知らな
い。

 大人、大人だから、二十歳にしよう。私、向井ミホ、は今二十歳。はたちの、夏。髪は、やっぱり長くし
ていよう。大人っぽく結って、ううん、大人っぽく、と言っている間は子供だわ、歳相応に。としそうおう、
ってどんな風だろう。

・・・判らないから結わずに垂らしておこう。肩まで。これじゃ結べない。ぶわ、と腰辺りまで髪の広がる感
触が生々しく伝わる。重さもリアルだ。いやそんなに長くなくても。しゅ、と肩胛骨あたりに留まる。頭が
すっと軽くなる。うん、なんとなくそんな感じで。少しカットを入れて、重くならない印象で。ついでだから
毛先も綺麗につやつやにして。色の抜けたような明るい色じゃなくて綺麗な栗色で。そうそうそんな感じ。
便利だわ、夢って。

 ああ待って、一度ストレートにしてみたかったんだけど。しゅるん、とアビシニアンが日本の黒猫になっ
たかのような印象。のっぺりしてる。ハルカみたいな真っ黒で真っ直ぐな。・・・やっぱりいいわ、さっきの
で。

 サイドの髪が肩先から胸元へ流れる。うん、このぐらいならいいかな、胸も「大人」だし。・・・でももう少
し。考えた瞬間、どん!と覗き込んだ胸元がはじける。白く柔らかい丸いものを、ワンピースと同じ白い
レースが慌てて包み込んでゆく。ワンピースも急遽デザインを変えてぎりぎりラインをあっという間に縫
製してゆく。アメリカのアニメーションのように、ばかでかく、丸っこくデフォルメされ擬人化された糸と針
が慌ただしく動いて縫い上げるという手の込みようだ。流石は夢。大胆な切れ込み、といおうか見えそ
うで見えない絶妙ライン、でも自分で胸元を見下ろしたらなんだかおへそまで見えそうなんですけど!!み
んな大人の女の人ってこんなの着てるの!?
642(3/8):2007/08/19(日) 04:40:43 ID:N9a2rKZ4

 待って待って、やっぱり元に戻す!そんなに要らない。・・・だって恥ずかしいよ。こんなに胸が大きい
の、なんだかどきどきするし、何より重さと窮屈さに驚いた。さっきのでいい、さっきので。しゅん、と意気
消沈したようにボリュームもデザインも元のすっきりした清潔なものにダウンしてゆく。萎み方が何とも
名残惜しそうだ。ううん、やっぱりこのぐらいでいい。

 ああびっくりした、と私は眼鏡をくいっと指先で持ち上げる。・・・コンタクトにしてみようかな。コンタクト
レンズってどうだろう。ソフトだと痛くないけれどハードのほうが面倒臭くない、って聞いた。よく判らない
から、眼鏡なしでも見えていることにしよう。・・・顔が想像できないけれど眼鏡は無しの方向で。

 ・・・眼鏡の無いクリアな視界、というのは長らく体験したことが無い。だから流石に再現できなかった
のか、やっぱり視界の縁には丸いレンズの境目が見える。私の想像力は、幾重にも歪んで映るこの境
目から抜け出ることはなさそうだ。私に見える世界はいつもこの通り。これだけは嘘をつけない。

 指先、少しだけきれいに整えて。マニキュアは要らない。・・・やっぱり薄い桜色で。爪は長すぎず短す
ぎず。じゃあ、せっかくオープントウなのだからペディキュアも合わせて。鏡、は無い。そういえば何処に
もない。ううん、見たくない、ちょっと怖い。だって大人になったのにきれいな女の人になってなかったら
どうしよう。夢だから、想像できないことや知らないことは見えない。

 首の上にぽっかり黒い穴があいていたらどうしよう。髪も胸元もワンピースのシルエットも完璧なのに
顔だけが無い。怖すぎる。たかだか八年、されど八年。況や十五年後の私は。どうしているんだろう。ど
うなっているんだろう。ふわふわの髪に縁取られて、ぼんやりと顔の輪郭だけを残して底無しの闇が覗
いている。そこに、当惑した声だけが響く。

 解らない。私はどんな大人になっているんだろう。どんな顔をして逢えばいいんだろう。せっかく夢な
のに、夢の中ぐらい出てきて欲しいのに。私の夢の中でぐらい、好きに会わせてくれたっていいのに。
 ねぇ、見えないわ。私、自分の顔が見えない。目も無いのにどうして身体は見えるんだろう?指先も、
つま先も、ほら、ちゃんと見えているのに。私の顔は何処へ行ったんだろう?
643(4/8):2007/08/19(日) 04:42:53 ID:N9a2rKZ4


「昼間っから何寝言云ってるんだお前は」こつん、と軽くげんこつが頭上に振ってくる感触に吃驚する。
同時に、安堵感がどっと押し寄せて来る。夢に出てきた彼はグレーの背景に溶け込む黒のいでたちで、
そう、最初に会った時の風体で、相変わらず意地悪そうな目でぎろりと私を睨め付ける。私はそれが嬉
しくて飛びつきたくなる。

 でも、思っている事と違う言葉がするすると出てくる。

「昼?だって夜よ」だってほら、と言いかけて振り仰ぐ空は――さっきまで濃紺だった夜の空は、さぁっと
蒼く澄み渡っている。潔いまでの快晴だ。雲一つ無い。裏切り者!と私は誰にというでもなく心中毒づ
く。
「だってさっきまで夜の夢だったのに」
「夢?夢は夜見るもんだろう。昼の夢なんぞあるか。寝ぼけてるのか?真昼間から暢気な奴だな」
「だから夢の中なのよ。昼でも夜でもいいわ、それより私今、大人なのよ」
「どこがだチビ。いつもどおりちんちくりんのチビだろうが、お前は」
 そういえば、目線がいつもと同じだ。慌てて私は小突かれた額を押さえる。がくん。世界が途端に大き
くなる。

「あれ、」
 がくん、がくん、となんだか視界が揺れて、あれよあれよという間にいつもの目線で街の景色が生え
てくる。ビル、外灯、道路、じりじりと照りつける太陽の熱を反射するアスファルト、陽炎のゆらめく坂道。
駅前の景色。

「どうして・・・だって私大きくなってみたかったの、大人になってみたかったの、ううん、『大人』よ、あんた
とおなじぐらいの歳なんだから、背だって高くなったでしょ?」

 陽炎の中で私は脚を踏ん張る。慣れないハイヒールだけれど、立っているだけなら平気だ。ワンピー
スの裾からすらりと伸びる脚が見える。また世界がぐっと縮んでゆく。でも昼間の世界はそのままだ。
昼間でもいい。太陽の下、ノースリーブの袖ぐりから伸びる腕、指。もどかしい小さな手じゃなくて、指輪
だって似合いそうなすんなりした指先。その手を伸ばす。

 ほら。肩だってこんなに近い。一生懸命背伸びしなくたって、楽に届きそう。
 なのに彼はつい、と身を逸らす。逃げてから、少し後悔したかのような色を浮かべ、小さく舌打ちをす
る。私に向けたものではなく、自身に向けた叱咤なのが解る。「よせよ。帰るぞ」
644(5/8):2007/08/19(日) 04:45:12 ID:N9a2rKZ4

「帰る?どうして?此処がイヤなの?夢なんだったら。夢だからいいじゃない」
 私は少し悲しくなる。そうしてなんだか腹立たしい。どうして夢の中なのに彼は私の思う通りになってく
れないのだろう。夢の中まで意地悪する気なのかしら。夢なのに。
「せっかく大人になって会いに来たのに」

「お前なぁ、大人になるってのがどういう事か解ってるのか?」彼は珍しく嘲りの色を含まない小さな溜
息を漏らした。また彼の目線が低くなる。私は少し彼を見上げなければならない。「どういうこと?」「子
供じゃ居られないって事の意味は、まだお前には早ぇよ」

 彼が殆ど真下を見下ろすように私の眼を覗き込む。哀憐といっていい色が浮かんでいるように見える
のは、きっとこれが夢の所為だろう。私は不安を通り越した本能的な衝迫に駆られて彼にしがみつく。
勢いがつきすぎて反動で二人ともくるりと半回転する。白いワンピースがふわりと身体に追いつく頃に
は踵は地面にぺったり着いていて、書割の無人の街は陽炎に揺らいでいた。その中で私は彼にぴった
り頬を寄せて立ち尽くす。あたり前のように抱き寄せてくれる腕を感じながら、髪を撫でてくれる手に目
を閉じながら。私は彼の胸あたりまでしかない。

 大人はいろいろ難しい事を考えなくちゃならない。何でも自分で出来なきゃならない。自分ひとりで生
きてゆけるようにならなきゃいけない。仕事をしなくちゃならない。それから、それから。

 突然、足元のマンホールがぐにゃりと歪んで、その丸い形いっぱいいっぱいにアトリの顔が盛り上が
ってくる。にへら、と笑っている。顔だけで伸び上がって私を覗き込む。ぐにゃりと街燈が飴のように曲
がり、ランプを明滅させながら歪んだアトリの顔になってぐねぐねと見下ろしてくる。信号が、ポストが、
停まっている無人の自動車のボディが、無機物有機物何もかもが、手抜きの落書きのような狂ったデッ
サンのアトリの顔を立体的に模倣し、そこかしこにいっぱい溢れさせている。

 嗤い声は聞こえないがどれもこれも乾いて粘着く笑みを張り付かせている。どれもこれも意地悪そう
な狂った笑顔を浮かべている。私は悲鳴をあげて彼にしがみつく手に力を込める。
 ふと、私たちを取り囲んだ「アトリ」の一つが言葉を発した。「・・・えよ。お前には早ぇよ。」
645(6/8):2007/08/19(日) 04:47:53 ID:N9a2rKZ4

 早ぇよ。早ぇよ。早ぇよ。ガキだ。ガキだ。ガキだ。ガキだ。ガキだ。お前には早ぇよ。お前には早ぇよ。
お前には早ぇよ。ぇよ。だ。キだ。子供なんだよ。子供だ。おおおおおおまえにははぁぁぇぇぇぇよぉおお
ぉぉぉぉまえぇぇぇ。

 口々に小さく呟いている。呟きは重なりさざめき合って増幅し、わんわんと響いてくる。書割の港街を
背景に、世を限りとばかりに身を震わせ喚きたてる夏の蝉のように。

 鉄もコンクリートも煉瓦も、水銀のように溶けて揺らぎ、軽薄そうなアトリの嘲笑を形作った。本人を目
の前にしてこんな造形は、という考えはもはや吹っ飛んでいる。「いやよこんなの、私の夢なのに、夢な
んだから!」必死でアトリの胸に顔を埋め叫ぶ私の声に反応して、贋物のアトリ達が一斉に揺れる。

 ガキだ。早ぇよ。ガキだ。ガキだ。お前には早ぇよ。子供の癖に。子供なんだ。子供なんだよぉぉぉ。
 声に反応して動いてみせる下卑た花の玩具のように。私は突然、身体に伝わる彼の体温に不安を感
じる。待って、このアトリは本物なの?本物も何も、夢だけど、

「無理しなくっていい。お前はお前だ。チビで泣き虫のガキだよ」頭が割れそうな喧騒の中、ひっそりと
確かに耳に届いた声の、その思いがけない穏やかさに私は彼を見上げる。
 彼の神経質そうな骨ばった人指し指が、待ち構えていたように私の額にとん、と軽く触れた。

 くるん、と世界が反転する。眩暈、思った瞬間、私はどこまでも広がる燃えるような突き抜けた蒼穹に
溺れそうになる。真昼の月が白くぼんやりと足元に浮かんでいる。デタラメなまがいもののアトリ達はぎ
ょろりと白目を剥きながら一瞬で捩れて塵になり、霧散した。
 同時に一切の音が消えて、額に触れた彼の指の感触だけが残る。足元がぐるぐる回り、やがて消え
て、見上げたそこは何も無い。グレーの世界だ。上も下も右も左もない。傍に立つ彼だけが確かな存在
だった。

 気付けば、私はだぼだぼの大きなワンピースの中に半ば埋もれるように立ち竦んでいた。子供には
刳りの広すぎるそれは身体を覆っているようで覆い切れていない。白いレースの豪奢な下着がもそも
そと肩からひっかかってごわついた。
646(7/8):2007/08/19(日) 04:50:00 ID:N9a2rKZ4


「ほら、お前はまだガキでいいんだよ。元のまんまでいい」
 彼のその声を聴いた瞬間、白い大人びたワンピースはしゅるっと音も無く私のお気に入りのコットンワ
ンピースに変わった。私は自分の顔におそるおそる触れてみる。ぽっかりした穴ではなく、確かに慣れ
た手触りがあった。ほう、と少し震えた膝の下、ぺたんこのサンダルは今年の夏買って貰ったばかりの
ものだ。髪もいつものように両サイドで結んでいる。左腕には、夕べ蚊に刺された跡もまだぷっくりとし
ている。「掻くな、痕になるぞ」見もせずに彼は言う。

「うん、えっと、怖かった」
「そうか」相変わらず素っ気無いけれど、猫の尻尾を弄る様に髪を撫でてくれる指がなんだか嬉しくて、
私は漸く彼の顔を見上げる。照れを押し隠したような、少し不機嫌そうにも見える懐かしい顔が見下ろ
していた。
「でも、ふふ、なんだか随分優しいね」「そうか?」「そうよ、夢だからかな」「お前の基準はよく解らねぇ」

 私は心底ほっとして、もう一度ぎゅっと彼にしがみついた。骨ばった細い、けれどもがっしりした確かな
感触に安堵する。間違いない、本物の彼だ。

「私、いつもの顔かな」
「ああ」
「でもこれも夢なのね」
「ああ、そうさ。眼が覚めたら元通り、綺麗さっぱり忘れちまってな」

「夢だったらいいかな」「何がだ?」「好きなことしても」「いつも好きにしてるんじゃないのか」「それはあ
んたでしょ」「ふん」
 ぷい、と彼は横を向いてしまう。私は笑いながら、夢の終わる時間が近付いているのを感じている。

「もう帰らなきゃいけないのかな」
「ああ」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろう」私は彼から離れてスカートの膝を軽く払い、彼を促す。おとなしく彼は
横を歩いてくれる。何も無い暗灰色の世界を二人は歩く。不思議と怖くは無い。何も無いけれど、曲が
り角があるように坂道があるように自然に二人の足は方向を変え、傾きを変える。歩きながら、私はと
りとめもない事を話し、彼は聞いているのかいないのか、相変わらずの相槌を打つ。ずっと云いたかっ
たことは不思議と出てこない。でも私は満足だった。
647(8/8):2007/08/19(日) 04:59:35 ID:N9a2rKZ4

 見えない交差点でどちらからともなく足が止まる。ここでお別れらしい。「私はこっちみたい」「ああ」互
いが指差す方向はその先交わることはなさそうだ。じゃあ、と私は彼に手を伸ばす。彼はその手を取っ
て、私を少し引き寄せた。仕方の無い人ね、と私は引き寄せられるままに少し背伸びをして、小鳥のよ
うなキスをした。




 じゃあね。また。

 それきりこちらを振り向くことなく、真直ぐ歩いてゆく彼を少し見送って、私はまた歩き出した。




※おそまつ!アリスみたいになったな・・・


648名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 19:08:58 ID:mtInjYKP
649名無しさん@ピンキー:2007/08/24(金) 15:43:50 ID:x1/orBo9
>>640
乙! そして長くて躊躇ってるのも投下よろ。
650名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 00:09:20 ID:p4AgQMNc
ほしゅ
651名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 20:50:14 ID:EEgusXFV
ほしゅ
652名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 21:16:33 ID:w+W51wzg
ほしゅ
653名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 22:02:12 ID:Dy5rz1HH
ぐわ。ノエインの季節が終わってしまった。北海道はもうとっくに新学期始まってるんだけど。
654名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 00:08:15 ID:uWFQZMfp
なーにあと数ヶ月で冬だから問題なし
655名無しさん@ピンキー:2007/09/08(土) 02:12:49 ID:D3rqOzqY
いやいろいろと時期が過ぎちゃって・・・そうか、冬のネタかぁ。
本スレで現地見学に行ってる人が羨ましい。いいなぁ・・・
656名無しさん@ピンキー:2007/09/11(火) 00:43:02 ID:bQrlYpHK
保守
657名無しさん@ピンキー:2007/09/14(金) 22:45:47 ID:UhAqOV9M
ほしゅ
658名無しさん@ピンキー:2007/09/17(月) 20:34:37 ID:3RwUMrAJ
保守
659(1/9) ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:12:46 ID:zdzQBY3i
でけた。エロくなくてすみませぬ。
ほのぼのでユウ×ハルカ。(むしろハルカ×ユウ)




「おい、来るってお前、片道でも三万円近くかかるんだぞ」
 受話器の向こうの声は明らかに狼狽し、誰にというわけでもないだろうが低く潜められた。でも半分本気にしてな
いな。「知ってるよ、調べたもん。格安チケット探したら少し安くで行けそうだし。それにあたしバイトしてるし、お父さ
んからのお小遣いもあるし、そのくらいなら何とかなるから。でも泊めてよね、ユウ」
「な」
 何言ってんだよお前本気か、と本格的に慌てて捲し立てる声だけを聴いていると、懐かしいあの顔を思い出す。
まあ「彼」はよほどのことが無い限りこんな風に取り乱すことなどなかったけれど。でももし今横で聞いていたらどん
な顔をするだろう。私は笑いをかみ殺す。

 声変わりして、背も伸びて、すっかり大人びたユウはそれでも相変わらずだ。強いて言うなら、少し穏やかになっ
た。かく言う私もあの夏からすれば随分大人になったと思うけれど、大学生が大人なのかどうかはいまひとつよく
判らない。母親に言わせれば、「大きくなったってあんたはいつまで経っても子供なんだから」だそうだ。

 ユウは東京の中・高を経て在京のまま大学へ進学し、結果顔を合わせるのは年に数回になっていた。帰省の度
に彼はどんどん私を追い越し、一体何の焦燥感に煽られてか、と訝しむ程の性急さで大人になってゆく。女の子の
方が大人びるのは早いけれど、一旦男の子が自覚を持ち出すとそれは実にあっという間だ。身体的なことも勿論
在るけれど、やはりあの夏の出来事以来、彼は、(そしてきっと私も)変わった。早く大人になりたいとは昔から漏ら
していたが、それは少しばかり軌道修正の後、彼を急速に後押ししているようだった。

 この間帰ってきた時に皆で居酒屋で出迎えた時も(そう、私たちもそんな年齢になったのだ)イサミと並んで日本
酒など傾けていたのもごく自然な様子だった。イサミは焼酎派だがユウには日本酒が合うようだった。もしあのラク
リマがあんな世界でなかったら、あちらの二人もこうして串などつつき合う和やかな時間も多かったのだろうかと私
は目を細めた。あの二人なら想像に難くない。いや、よそう。・・・東京でも、数は多くなさそうだが心の置けない友人
も出来たようで、部屋に呼んで飲んだりということもたびたびあるようだ。
660(2/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:15:02 ID:zdzQBY3i


 さすがにこの歳になると「早く大人になりたい」とは口に出さなくなる。その本当の意味がすぐ目前にちらついて、
躊躇することの方が多い所為だろう。人にもよりけりだが、もう少しこの中途半端な時間に浸っていたいとも思うし、
早く社会に出て自分の「個」を持ちたい、一人立ちしたい、とも思う。ユウは、恐らく後者だ。

 それには少なからず「彼」の存在が多分に影響しているのだろう。受話器越しの声は月に何度か聴いているし、
それが無理でも週に一度のメールの着信が途絶えたことは無い。でも、見ない間にも彼は刻々と変化し続けてい
る。恐らく彼がそう望んでいるからだ。「彼」との約束をユウなりに果たそうとしている、私はそう感じている。それは
義務感に駆られてのことではなく、彼自身が決め、そう望んでのことだ。

 一人暮らしをしてもう長い時間が過ぎたということもある。家の事を手伝っているとはいえ、自宅にそのまま暮らし
ている私とはやはり自立心が違う。自分ひとりで全てを遣り繰りし段取りを考えての無駄のない暮らしは私やお母
さんには無理だ。断言してもいい。大人になるということの近道はやはり一人暮らしをすることなのだ。でも、ユウも
少し抜けたところがあるから、その暮らしぶりには以前から興味があった。

「わざわざお前がこっちに来なくても、俺すぐにまたそっちへ帰るのに」
「うん、それは判ってるんだけど、あたしが会いに行きたいの。で、一緒にこっちへ帰ってこようよ」
「なんだよそれ」
「ユウが帰省する一日前にそっちについて、東京見物して、一緒に函館に戻るの。みんなには内緒で」
「俺はいいけど・・・一日だけの為に随分金かかっちゃうぞ、いいのかよ。どうせならゆっくり遊んで、おじさんにも会
っていけばいいのに」

 此処まで来ると受話器の向こうは諦めモードだ。私が言い出したら聴かない事を厭という程彼は知っている。「ユ
ウがいつもひとりで見てる函館までの景色をあたしも見たくなったの」「そんなもんか」「そうだよ」少し小さくなったユ
ウの声に私は満足して大きく頷きながら答える。
「・・・じゃあ、またそっちへ戻る算段がついたら連絡するよ」「うん、待ってる」

661(3/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:18:43 ID:zdzQBY3i


 ぷつ、と携帯を切って、液晶画面を拭いながら私はよし、とひとりごちる。

 あれから7年。「彼」の事を忘れたことは無い。あまりに存在が大きすぎて、起こった出来事が突飛過ぎて却っ
て口に出せないまま数年があっという間に過ぎた。何もかも消えてしまったので元から何も起きなかったのかも、と
思ったほどだ。でも、夢じゃない。
 最後の夏から中学生、高校生、と飛ぶように時間は過ぎて、今私たちは「大人」と「子供」との最後の境目を漂っ
ていた。

 ユウは最初のような彼に対する蟠りを解いてはいたけれど、それでもなんだかユウに申し訳ないような気がして
「彼」の話題は避けてきたように思う。私にもそう考えが及ぶだけの分別がついたというものだろう。「彼」の年齢に
私たちが、ユウが近付くにつれますます比べてしまうようで余計に避ける話題となった。でも、やっぱりユウはユウ
だし、「彼」は、カラスは、カラスなのだと今でも思う。やはり似ているとも思えるし、やはり別のユウだったのだとも
確信するのだ。

 ユウが函館を離れてから仲間内でぽつりぽつり話すことはあったが、それでも思い出すと辛いことも多かったの
で「想い出」は大事に仕舞われがちになった。特に、年に数度姿を見せるユウの背丈が年齢とともに伸びてゆくに
つれカラスの面影が重なって、薄れかけた頃に再び記憶は関係者の中にその色を濃く残してゆくのだった。そうし
て彼の風貌だけではなく、彼の傍らにいた他の仲間達の事も彷彿とさせるのは言うまでもなかった。

 あの終始殺気を漲らせた鋭い眼光、触れると意外と柔らかだった色の抜けた髪、それは今のユウとは異なるも
のではあるけれどやはり何処か似通った空気が漂っていた。不器用な優しさと、総ての肩の荷が下りた時のあの
穏やかな笑顔。カラスの最後の姿を見送った私には余計に重なって見える。そのことを、ユウは知らない。





「で、おばさんには何ていって出てきたんだよ」東京駅で出迎えてくれたユウは白い息を吐きながら開口一番そう
言った。「もう、他に何か言うことあるでしょ、久しぶり、とか元気だったか、とかキレイになったな、とか」私はちょっ
と不貞腐れてユウに荷物を押し付ける。といっても大したものは入っていない。少し長旅で疲れただけだ。「東京に
遊びに行って来る、ってちゃんと言ってきたよ」「まんまじゃないか」「嘘つくよりはいいでしょ」

662(4/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:23:51 ID:zdzQBY3i

 久しぶりに見上げたユウは、また肩の位置が上がったように思えた。ちょっとヒールのある靴を選んできたのに。
東京の冬は暖かかく、灰色の空に雪はなかった。

 電話越しよりも低めで落ち着いた声は、目を閉じて聴いているとやっぱりカラスにそっくりだった。あの頃は小さか
ったから随分大きく見えた背中も、きっとこのぐらいだったのに違いない、と思えるほどになっている。ううん、ユウ
も大人になったらやっぱりこんな風になるんだ。

「その、ようこそ、東京へ」
 少しそっぽを向くように目を逸らしながらユウは手袋を外した左手を差し出した。
「うん!来たよ!」
 私はその手を握り返す。「おいおい」小さい頃のように、引っ張られるままにユウは少し躊躇いを見せつつ二三歩
踏み出して、そうして諦めたように笑うと少し私の先へと脚を進めた。「迷子になるなよ」歩幅も、もう追いつかない
かもしれない。大きな手が、子供の頃のような繋ぎ方ではなく、しっかり指を絡め直して私を導いた。


 東京へ出てくるのは勿論初めてではないが、父を訪ねる目的での上京が多く、ユウとこうして二人で歩くのは実
際初めてだった。函館の繁華街も相当に気忙しげに人の行き交いが激しかったが、都心はその比ではなかった。
何処から沸いて出たのだというほどの人が犇めき合い、ぶつからずに歩いているのが不思議なほどだった。「今日
は何か特別な日なの?」「どうしてさ?」「人が多いから」「いつものことさ、お前田舎者丸出しだぞ」手を引いて雑踏
を抜け出そうと身体で庇ってくれるユウを見上げると、なんだかその横顔は妙に頼もしかった。

「こっちのほうがいい?」私はもう何度となく口にしそうで出せなかった言葉をこの地に足をつけながらユウにぶつ
ける。私の問いは茶色いダッフルコートの広い背中にこつんとあたって、転がり落ちた。「え?なんだって?」「うう
ん、何でもない」喧騒の中で私は下を向いて笑った。肩越しに振り返った横顔はいつかの彼と重なった。
 とりあえず人混みを抜けて目的の喫茶店へと私たちは脚を早めた。


「大きくなったわねぇ、二人とも。もう6年、7年になるのかしら」
 艶やかな声も白い肌も変わりはないが、この人はきっとこのままの容で歳をとってゆくに違いない、そう思わせる
のはきっとその笑顔があの当時よりもどことなく穏やかなものになったと感じさせるからだろう。笑うと少し目許に細
波が浮かぶが衰えたという印象はない。

663(5/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:27:59 ID:zdzQBY3i

 こっそり私が連絡をとっておいた内田博士は、もう少し冷めかけたカップ半分ほどのコーヒーを前にして座ってい
た。相変わらず綺麗な人だというのが率直な印象だ。「すみません、お忙しそうなのに」「いいのよ、会いたかった
わ」すっと立ち上がった彼女は相変わらず姿勢がよかった。凛と伸びた背筋、ぴんと張った両肩、相変わらず豊満
な胸元から今猶健在な締まった腰へと続く大胆な流線形、腰掛けたガラスのテーブルの下に伸びる優美な脚線へ
と私の目線はつたいおちて、淡いベージュのツイードスーツとそろいの色の品のいいヒールへと吸い込まれる。我
ながらあまりの不躾さに頬が熱くなる。

 嘆息もののスタイルには変わりなかったが、思ったより小柄だったのに内心驚いた。もっとこの人は大きく見えて
いた気がするのに。(それにしても私にはこの高さのヒールは無理だ。)椅子にかかった薄物のコートも仕立ての良
さが見て取れた。

「内田さんは変わりませんねぇ」お世辞ではなく心底羨望を込めた私の言葉に彼女はくすり、と笑う。「二人とももう
大学生なのね、私お邪魔じゃなかったかしら」「いえ、俺、年に何度もあっちに帰ってますし」
 あの頃はちんぷんかんぷんだった量子力学についても大学の一般教養課程で少しだけ齧ることがあって興味が
湧いてきたのだ、だとか、郡山さんはどうしているのか、といった他愛の無い話に興じて、互いの近況報告をしあう。

 数年間は組織の中で微妙な立場であったこと、漸くほとぼりがさめてきて事態は好転しつつあること。プロジェク
トは別の形で再び動き出していること。私の父もそれに参加していると言うこと。「相変わらずこき使われているの
よ」嬉しそうに彼女は言った。真剣な面持ちも勿論捨てがたいが彼女は笑顔が何より似合うと思う。それは信念に
裏付けられた輝きを放つものなのだ、そう感じずにはにいられない。あの頃、そんな大事なことに私は気付いてい
なかった。

 夏の終わりとともに総てが終わりすべてが新しく生まれたあの日。彼女は事後処理で暫く函館に留まっていたも
のの、短い秋が終わる少し前には去って行った。会うのはそれ以来だ。最後に見た彼女は、以前にも増して仕事
に没頭しているようだった。子供にはその内容はわからなかったが処理せねばならないことは山ほどあったのだろ
う。しかしそうすることで必死に自分を支えていたようにも見えた。あの夏、誰もがなにかしらの思いを抱えて、往く
夏を見送ったのだ。

664(6/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:30:58 ID:zdzQBY3i

 話しながら、内田さんは私と交互に、静かにじっとユウを見つめていた。ユウの中に誰を探していたのか、見つけ
ていたのか、私には何となく判っていたけれども敢えて口にはしないことにした。目を細めて感慨深げな顔をしてい
たが悲しそうではなかったのは救いだった。あまり引留めても、と思いつつも、席を立つ頃には数時間が過ぎてお
り、もう外は薄暗くなっていた

「すみません、話し込んじゃって」「いいのよ、会えて良かったわ、楽しかった」にっこり笑って彼女はさらりと髪を揺
らし、ユウに向き直る。「後藤君、ハルカちゃんをよろしくね」黙って頷くユウと私に、もう一度匂い立つような笑顔を
向けて彼女は辞していった。二人で手を振る彼女を見送る。人混みにその小さな背が見えなくなるまで二人でじっ
と立ち尽くした。「ご馳走になっちゃったね」「うん」「やっぱりキレイだったねぇ」「うん」「ユウ?」「うん、ああ、ごめん、
行こうか」
 




「あ、あたしビールもう一つ。ユウは?」「俺、手取川」「あと、おでん盛り合わせひとつ」
 ユウがよく通っているという居酒屋はチェーン店ではなく落ち着いた小さな店だった。よく言えば隠れ家的な、有
体に言えば小汚いひっそりとした店だったが酒の種類は充実していた。オーダーの通りもよく待たされることが無
いのは何より良かった。
「さっきのは何ていうの?」「はるしか。春の鹿、だよ。さっぱりしてて飲み易い。お前も飲む?」「ううん、あたしまだビ
ールでいいよ。てどりがわ、って何処のお酒?」「石川。旨いよ」「生意気言っちゃって」「はは」

 ユウの下宿はすぐ近くだった。とりあえず荷物だけ置いて出てきたのだが、思いのほかこざっぱりとした部屋で予
想通りといえば予想通りの空気に私は正直拍子抜けしたような気分だった。「おじゃましまーす・・・って何も無い
ね」「だって一人だし、節約しなきゃいけないし」「お酒はあるね」「イサミが送って来るんだよ」「それだけじゃなさそ
う」「あいつ焼酎ばっか送ってくるからな、何でも飲むけどさ」
 ユウは昔から偏屈だったが男の子にしては、いや男の子らしい几帳面なところもあって、散らかすだけ散らかす
イサミとは違い、割とすっきりとした収納が出来る性格だったのを今更ながら思い出した。

665(7/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:33:49 ID:zdzQBY3i


 正直を言えば、瞬間そこにユウ以外の誰かの残り香を探さなかったといえば嘘になる。来ると宣言してから来た
のだから、そういう事実があったとしても彼の性格からして万が一にも痕跡を残しているはずもないのだが、それよ
りも何よりも、そこはユウの匂いがした。なんだか私にはそれで充分だった。もしいつかそんな日が来てもそれはそ
れでいいか、と思えるほど気分は落ち着いてしまった。


「はい、ビールどちら?」「あたしです」「じゃあこっち、手取川」枡に納められたグラスに一升瓶の口が寄せられ、グ
ラスの縁を越えて枡から溢れる寸前まで注がれるまろやかな液体に歓声をあげ、私たちは何度目かの乾杯をした。
新しい杯が来るたびに乾杯することにしているのだが、もう何度目なのか正直判らなくなってきていた。それでもユ
ウは顔色一つ変わらない。私は、母親に付き合って中学生時分から慣らしてきているのでそこそこいける口だと自
負していたが、彼もなかなかのものだ。本当にいつの間に。

「俺さ、ハルカ」グラスをことり、と置き、胸の前で抱えるように枡を握り締めてその中を見下ろすような目線でユウ
は呟いた。「お前のこと守るって言っときながらこんな離れたとこに居てさ」私はジョッキを置いて少し身を乗り出す。
「ううん、しょっちゅう電話してるし。いっつも悩み事聞いてくれてるじゃない。それに前みたいにあんな危ないことは
もうないんだし」

「でもさ」枡が揺れた。ユウはそれをぐっと呷る。私はグラスの残りを枡に注いだ。「ありがとう」それに少し口をつけ
て、ユウは浮かされた様に続けた。もしかして、見かけは変わらないけれど酔っているのかな、とちらりと思った。
「大丈夫。まだ大丈夫だと思うよ」いまひとつ説得力の無い言葉、枡を握り締めた手に私がそっと手を添えた時、が
やがやと学生が雪崩れ込んできた。どうやらユウと同じ大学の学生らしい。体育会系の学生のようだ。「たてこんで
きたな、出ようか」「うん」

 騒がしくてすみません、という親父さんの声に送られて私たちは暖簾をかき分けた。


666(8/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:36:07 ID:zdzQBY3i


「あの時は実際危ないことが一杯あったからカラスは何時だって傍に居てくれたしいっぱい助けてくれたけど、今は
四六時中一緒に居ることだけが守るって事じゃないよ」
 少し足元が覚束無い二人が支え合って歩くということは思いのほか大変なことだったが、しっかり握り合った手は
昼間よりも数段熱かった。

「俺にはアイツみたいなことは出来ないよ、それは判ってる、解ってるから」ユウの下宿しているワンルームまで川
沿いに歩き、川原まで続く石段にとりあえず私たちは並んで座り込んだ。途中のコンビニで買ったペットボトルが膝
の上に冷たくて気持ちいい。川面を滑って吹き上げてくる夜風は刺すようだったが、まだ酒精の抜け切らない頬に
は心地良かった。
「俺は俺に出来るやり方でお前を守ろうと思うんだ、だからこうしてこっちに出てきてる」
「うん、解ってるよ」

 手渡した水のボトルをありがとう、と受け取り、ユウはごくりと飲み込んだ。息が白く流れた。ころりとキャップが手
から零れ落ちて、ことん、ことんと階段を落ちてゆく。

「みんな、俺にヤツの姿を重ねてるみたいなんだ。わかるだろ?お前だってそうだろ?」
 どきん、と揺れた胸の前でペットボトルを握り締めた私は、痛切な問いに沈黙でもって答えてしまう。遠い記憶に
思いを馳せていた内田さんの少し潤んだような瞳が脳裏に浮かぶ。

「そうだよな。自分でも思うんだ。似てきたよな、アイツに近づけてるかな、何時になったら追い越せるかな、って思
うんだ。嫌じゃないんだ、全部が全部理想って訳じゃないけどあいつみたいになりたいって思うことあるし」

私は立ち上がって膝立ちになり、少しうなだれるユウに腕を廻す。ユウの声は一層小さく低くなる。
「でもアイツはすごい。今になって本当にそう思うんだ。最初は怖かったし、正直気に入らなかったけど、やっぱり、
カラスはすごいヤツだったんだ。だからお前だって」
「でも、ユウはユウだよ。カラスじゃない。カラスにはなれないし、ならなくっていいと思う」

 ダッフルコートを着込んだ長身の彼は私の腕には余ったが、冷たくなりかけた頬に頬をすり寄せて、おでこをこつ
ん、とあわせた。ユウのにおいだ。懐かしいにおいだ。私は目を閉じる。
「ユウにしか出来ないよ、だってユウだけがユウなんだよ。だからあたしずっと待ってるし、こうして会いに来たんだ
よ」」

667(9/9)ユウ×ハルカ:2007/09/18(火) 00:39:48 ID:zdzQBY3i


 ユウはなにも言わずに私にしがみついた。少しこそばゆかったけれど、腰にしがみつく腕はがっしりしていて、何
より愛おしかった。私はそれをそっと撫でて、胸の辺りにある彼の頭を撫でて、背を抱いた。こうして抱きとめてくれ
る腕があれば、誰だってきっと生きていける。きっと何処ででも生きてゆける。誰のことも恨み嫉むことなく、心が拗
けることもなく。簡単なことだったんだ。でも時にはそれが一番難しい。だって、たった一人と望んだ人から望まれな
ければそれは永遠の孤独を意味するのだから。誰でもいいわけじゃない。
 だから、ユウは大丈夫だよ。

 カラスはカラスに出来る事を懸命にやり遂げようとしてくれた。出来ることと出来ない事をちゃんと解っていたんだ
よ。そうして自分には出来ない事をユウに託した。彼はユウを認めた。認めてくれたんだよ。だから、ユウはユウの
やり方で大人になっていけばいい。あたしも、ユウを支えられる大人になるよ。きっと、彼もそれを望んでる。

「ねぇユウ、しよっか」
 静かに囁くと、私のおなかに顔を押し付けたまま、ユウは黙ってこっくりと頷いた。
「じゃあ、帰ろ」
 ぽんぽん、とユウの背を叩いて促す。暫し黙りこんでいた大きな子供は静かに顔をあげるとぐい、とコートの腕で
顔を拭い、立ち上がる。さっきよりも数段力の篭った手が私の手を握り締め、子供のようにリズムをつけて腕を振っ
て歩く。私はおかしくって仕方が無かったけれど、ここで笑っちゃ駄目なのよね、と思い直して、繋いだ手を一緒に
振りながら、それでもやっぱり笑いながら二人ではしゃいで踊るように家路を辿った。

 ユウ、明日は一緒に函館に帰ろう。みんなが待ってる。






おわり。寸止めスマソ。

668名無しさん@ピンキー:2007/09/18(火) 00:45:30 ID:cVgKl3rZ
リアルタイムだった!
GJ!本編の未来っぽくて、先を読むのが待ち遠しかった。
出来れば本番もいつかおながいします。
669名無しさん@ピンキー:2007/09/18(火) 09:15:40 ID:kHdvwCC5
なんという神…
タイトルを見ただけで(*´Д`)ハァハァしてしまった
このSSは間違いなくGJ
670名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 02:06:40 ID:8IKYzsBb
ノエイン全部見なおしてきた。
泣いた。これほどまでに製作側に恵まれたアニメもない
俺が感動している後ろで容赦なくドライアーかける姉に別の意味で泣いた
671名無しさん@ピンキー:2007/09/23(日) 23:08:04 ID:cTJMRmcv
>>670
自分も見直してる。DVDもう1セット買ってしまいそうな勢い。

さぁその感動をSSにぶつけるんだ!

672名無しさん@ピンキー:2007/09/28(金) 08:04:55 ID:KAZ5O/RN
ほしゅ
673名無しさん@ピンキー:2007/10/03(水) 09:07:45 ID:fr3n9qJH
ほしゅ
674名無しさん@ピンキー:2007/10/05(金) 08:43:48 ID:fUnP+yS8
保守
675名無しさん@ピンキー:2007/10/08(月) 19:54:16 ID:3SSWszav
保守
676名無しさん@ピンキー:2007/10/13(土) 06:07:34 ID:KHIpFbaN

保守がわりに内田ちゃんレポート・コサギのCASE。
基本トビ×内田で。



 おやすみなさい、といつものように窓辺に彼を見送って、少しだけ用事を済まそうとノートPCを開いた時だ
った。背にした窓の外にかすかな気配を感じて、私は珍しいこと、と手を止めた。引き返してくるなんて、何か
あったのかしら?「どうかした?何か忘れ物?」

 振り返ると、はたしてそこには黒い人影がぼんやり浮かんでいた。彼ではない。女のようだった。しかもまだ
若い。短くした前髪が印象的だ。黒い闇に浮かぶ姿、はためく黒いマント。明らかに彼と同じ世界からの訪問客だ。
 想定外の珍客には違いないが、もう今更大して驚くほどの事でもない。いい加減私も不可思議な現象や人
物には慣れてきたようだ。ここが平凡なビジネスホテルの一室だということも忘れてしまいがちになる。

 とりあえず危害を加えられることもないだろうと踏んで、私は窓に近づいた。少し女が身じろぎする。からり、
と窓を開くと、少し警戒を見せつつも気丈に睨みつけてくる。彼らの仲間には女性もいるのだとは聞いていた
が、実際会うのはこれが初めてだった。よくよく個性的なメンバーだ。触れなば斬らん、という空気は、あの白
髪の青年を彷彿とさせた。

彼等を束ねるリーダーは苦労が絶えなかったのではなかろうか。いや、案外戦闘時にはチームワークを発揮
して?・・・駄目だ、やはり単独行動に走りそうな気がする。では、リーダーはよほど優れた戦士で且つ人格者
だったのだろうか?

「入って」
「・・・トビの気配を追って来た」
「そう?」隠しているつもりでも彼の仲間内では周知の事実かもしれないな、という思いが初めて頭をよぎった。
「私が恐ろしくはないのか」
「もうそういうの慣れちゃったわ。それより、何か用があったんでしょう?こんなとこで『立ち話』も何だから」

 全身に纏った不穏な空気は複雑そうにゆらめいた。口がへの字に結ばれている。
「では入るぞ」少しの逡巡の後、意を決したように彼女は頷いた。そんなに構えなくても大丈夫よ、と私は苦
笑を禁じ得ない。彼等は彼等なりに不安を抱えているのか。

677(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 2/8):2007/10/13(土) 06:09:56 ID:KHIpFbaN

 窓枠に手をかけてするりと部屋に降り立つ黒い姿を迎え入れるのはもう何度目だろう。しかしいつもの見慣
れた小柄な彼ではなく、長身の女性というのがなかなかどうして新鮮だった。鍛え上げられたと思しき体は無
駄な動きがなく、全身から漲る気迫がびしびしと肌に伝わって来る。かといってごつごつした筋肉質、というわ
けでもない。むしろ女性的なしなやかさをそれと知らず纏っているような風情を漂わせているのが興味深い。
すらりとした肉食獣のような姿に部屋の空気が一変する。

「奴は度々来ているのか?」部屋を油断なく見渡しながら警戒も露わに彼女は言い放つ。
「ええ、時々。でも内緒にしてね」
 ベッドを示して座るよう促すと、うむ、と彼女は頷き、異常がないかすばやく確認すると、どっかりと腰掛けた。
引っ張られて出来たシーツの皺に目がゆく。今夜に限って少し話をしただけの短い逢瀬だったのが幸いした。
散らかっていなくて良かったと今更ながら心底ほっとする。

「全く、どいつもこいつもどうなっているんだ。竜騎兵が揃いも揃って!」
「まあいいじゃない。少なくとも、彼がこの時空を選んだ時には、私達まだ出会ってもいなかったんだし」
 改めて鋭い視線が私に注がれる。わたしは正面からそれを受け止める。さぁ、来なさいな。
「まぁ子供相手にうつつを抜かしているよりはましか」
「それを言っちゃあ身も蓋もないわよ」
 やっぱりそういう風に見えるのか、と私は少し可笑しくて、ここには居ない二人の顔を思い浮かべた。

「内田です。内田涼子。この国の政府機関の者よ」
「コサギと呼ばれている。旧い名は捨てた」
 名刺を渡しても意味はなさそうだし、握手を求めても応じてくれるだろうか、と思いあぐねてどちらもやめた。
しかしそっけない態度の彼女をもう少し知りたいと私は思うようになっていた。私より年下かもしれないな、と、
きめの細かい肌や澄んだ瞳に思う。

「お前は、奴らの十五年後の係累などではなさそうだな」
「それじゃ年があわなさすぎよ。此処の出身でもないの」
 でももしかしたら解らないかもね、国籍は関係なさそうだし、と苦笑交じりに答える。悪気はなさそうだ。きっ
と少し、誤解を受けやすいだけで。
678(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 3/8):2007/10/13(土) 06:12:10 ID:KHIpFbaN

 彼女の指が神経質そうに襟元を攫むと、次の瞬間には身を覆ったマントはしゅるりと消え、見慣れたデザイ
ンの黒い装束に包まれた痩身が現れる。とりあえず警戒心は解いてくれたというわけだろうか。
「量子物理学が専門よ。トビ君程じゃないけれど。周辺地域の調査の為に此処に来て、ハルカちゃん達に会
ったの。あなたも、彼らと一緒にハルカちゃんちに居るの?」
「私は、」

 一瞬、食ってかかりそうな剣幕に思わずたじろいだが、すぐに肩を落としてぼそりと呟く。
「私は彼らとは違う。だが、今は行動を共にしている。ラクリマとは決別した」
 どこがどう違うのか、いまひとつ要領を得ない説明だがとりあえず行く宛てはないということか。生活はどう
しているのだろう?「彼みたいにこの近くで潜伏してるって事?」
「カラスか?」彼女はひどく注意深く、さりげなさを装うようにその名を呟いた。「そう、そう呼ばれていたわ、あ
の背の高い白髪の」

 あまり話したことはないんだけど、という私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、少し彼女の目線が
彷徨う。私は立ち上がって、(その瞬間彼女がびりりと殺気立ったのには流石に驚いたが)冷やしておいたワ
インを取り出し、部屋の隅によせてあった丸いサイドテーブルを彼女の近くに寄せた。彼女が胡乱気に私の
一挙手一投足を眼で追っているのを感じながら、椅子を引き寄せて腰を落ち着け、二つのグラスに琥珀色
の液体を半ば満たした。ふわりといい香りが漂う。

「どうぞ」
「すまないが酒は」
「いいじゃない。女同士、出会いの記念よ、それにもう夜だし、ね」
 さっきよりも戸惑いの色が濃い。それが一層彼女を子供っぽく見せた。やはりまだ若いのだ。
「そうだな」
 どこか自分に言い聞かせるように、彼女は遠く呟いた。グラスに伸びた指先は、思った以上にしなやかでし
っとりと白く、繊細だった。
679(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 4/8):2007/10/13(土) 06:15:58 ID:KHIpFbaN

「別に用があったわけではないのだ」暫く琥珀色の揺らぎを見つめていた彼女がぽつりと漏らす。「たまたま
通りかかったら奴の匂いがした」
「何か別のものを探していたの?」

 彼女はそれには答えず、目線を上げた。「奴の気配の名残の先にお前がいた。正直、意外だ」
「何が?」
「お前のような有機的な女が奴の好みはだったとは知らなかったが、いや、あいつのことはどうでもいい、お
前は、リョウコはいいのか、トビの一体何処が良かったんだ?解っているのか、大体我々は」
「ゆ」

 いきなり直球でこうも矢継ぎ早に来るとは思っていなかったのでさすがに返答に窮する。そもそも、自分で
もあまり考えないようにしていたことだったので、思わず口唇に寄りかけたグラスが止まる。有機的?という
のはそもそも言葉通りの意味でしかも褒め言葉と受け取ってよいのだろうか。言い澱んだ彼女は小さく、すま
ぬ、と口中呟いた。

「・・・仲間同士だと居場所がわかるの?」
「レイズで呼び合ったり互いの居場所を探ることが出来る」半ば乗り出しかけた身体を落ち着けるように、ぐ
い、と意志の強さを垣間見せる唇へとグラスの中身を注ぎ込む。「美味いな」「気に入った?まだあるわよ」私
は差し出されたグラスに代りを注ぎながら、さりげなくグラスの縁と彼女の顔を見比べた。

「そうね、どこが良かったのかしら。改めて訊かれると、正直自分でも判らないの。説明できないことが自分の
中にあるのはなんだか気持ち悪いんだけど、どうしようもないわね」
「科学者でもそうなのか?」
 詰問口調はどうやら彼女の素地らしい。

「でも、私のどこが良くて逢いに来てくれるのか考えるともっと怖いの」
「怖い?好きなんだろう?」ぐい、と肘をついて身を乗り出してくる迫力に気圧されて、私は本人にも言ったこ
との無い言葉を口にしていた。「ええ、好きよ、・・・大好き、だけど」
 真顔で訊かれるとどうにも面映ゆい筈なのに、酒精と夏の夜が手伝ってか、素直に受け止められるから不
思議だ。いや、彼女が真剣そのものだからか。「それを認めるのが怖いのよ」

「・・・そうだな、怖いな」
 彼女は少し遠い眼をした。


「あなたも、何かを捨ててきたの?それとも、追ってきたの?」黙り込んだ彼女に水を向ける。
 ぴくり、とつり上がり気味の眉が動いた。
「あなたもこの時空を選んだのには何か理由があったんでしょう?」
「それは」
 肩がゆらゆらと揺れているのに自分で気付かぬような声だ。
「・・・そうだが」
 私は急がないことにした。ゆらり、ゆらり、彼女の手の中で鈍く光を跳ね返す液体がグラスの縁から縁を行
きつ戻りつする。その手がふと止まり、またも彼女は白い喉をそらせてぐいと呷る。肩が大きく息を吸い込ん
で、何かを篩い落とすのが見えた気がした。
680(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 5/8):2007/10/13(土) 06:19:10 ID:KHIpFbaN

「追いかける為に、捨ててきた」
 そう宣言して、彼女は大きく頷いた。「そうだ、追いかけて来たんだ」
「あら、かっこいいじゃない」私は彼女のグラスに自分のグラスをかちりと寄せた。備え付けの安物には安物
なりの音が響く。「そうでなきゃ」
「そう思うか?」初めて聞く彼女の不安げな声には、ほのかな艶があった。

 追いかけてきた、ということは、と思いを巡らさずにはいられないのだが、あまりに彼女の落胆振りが大き
いので、下手に誰彼の名前を出すわけにもいかなさそうだと思いあぐねていると、目線を落したまま無言で
彼女はグラスだけを差し出す。私も無言で注いでやると、ありがとう、というか細い声が返ってくる。私は自分
のグラスも満たして、彼女の横に並んで腰掛けた。これで彼女が追ってきた相手というのがもしトビだったら、
と冷やりとするが、それは欲目というものだろうと改めて彼女を見た。

 少しピンク色に上気した頬はやはり肌理が細かくなめらかで、物憂げに沈んだ瞳はさっきまでの勢いを失
って決壊寸前だった。少し揺れる肩に、私はそっと彼女の手からグラスを受け取ってテーブルに置いた。
「ああ、すまない」
 膝に置かれた両手がぎゅっと握られた。この拳で彼女は闘ってきたのか、とその掌にそっと手を重ねる。
「リョウコは優しいのだな」

 少しコサギは笑みを浮かべる。「だからなのか。優しい女など、ラクリマには居なかった。いや、私が知らな
かっただけなのか。人に優しくするなどということ自体忘れていたな。優しさは弱さに等しい、そう思っていた。
強くなければやられる、闘えぬ者は死んでしまう、そんな世界で生きていたからな。だから強くなりたかった。
強くなったと思っていた」


「戦いの中でなら肩を並べて背を預けて生きてゆける。それだけでよかったのだ、なのに」
 ぽつぽつと布を打つ音がして、彼女の膝に水滴が広がった。「気付いてしまったんだ」大きく見開いた瞳か
ら、ぽろぽろと零れる大粒の涙を拭おうともせず、彼女はただ拳に力を籠める。
「わたしでは駄目なのだ」


 ひとしきり心を開放して少し興奮が収まってきたのか、ぐい、と手の甲で涙を拭って彼女は肩で大きく息を
ついた。子供のような仕草とは対照的に、ほんのりと染まった目元がなんともいえない色香を漂わせていて、
案外この顔を見せればよかったんじゃないかしら、と下種な考えが頭に浮かぶ。こんなに泣き顔が可愛いな
んて、連中知っているのかしら。知ってて泣かせてるなら随分な男だわ。
681(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 6/8):2007/10/13(土) 06:21:31 ID:KHIpFbaN

「解っていたことだ」自嘲気味に零れた笑みはそれでも少し明るかった。「解った上で、私もこちらに残ること
にした。私がそうしたかったのだ」私の手にそっと重ねた手は暖かく乾いていた。「だから、いいんだ」彼女は
眩しそうに天井を振り仰ぐ。「奴の居る、空の高いこの世界を選んだ。ここは、よいところだな」「あなた達はみ
んなそう云うわね」ちらりと流し目を寄越し、再び彼女は見えない空へと視線を戻す。

「だが、どんな美しいところでも、一人で居るのなら意味は無い。誰かと居てこそ、誰かが居るからこそ価値
があるようだ。リョウコ、奴はお前を見つけたのだな。リョウコも奴を、トビを見つけた」
 忘れた頃にまた真直ぐな眼で見つめられて、私は少しどぎまぎする。なんて純粋なんだろう、この子は。い
やそれ以前に相当恥ずかしい事を言われたような気がする。

「だが、ただ陰から見守るというのは存外辛いものなのだな、知らなかった。掴み合いの喧嘩をしているほう
がよほど楽だ。お前たちが羨ましい」
 私たちそんな事をしてるわけじゃないんだけど、と言いかけて、そういう意味じゃないわよね、と思わず笑い
出す。つられたように彼女も声をたてて笑う。

 私はたいして助言らしい助言も出来なかったが、彼女は話すだけ話して満足したようで、後は楽しい酒にな
った。幸い、ボトルの備蓄は十二分にあったし、そのまま瞑れてもベッドの上だから問題は無かった。同性と
はしゃいで部屋で飲み明かすのは私にしても彼女にしても初めてのことで、共通の友人を肴に大いに盛り上
がった。とはいえ、元々あまり彼女は強いほうではなかったらしく、やがてぱったりと倒れこんでそのまますう
すうと寝息を立て始めた。

 これまでゆっくり休む事も出来なかったんじゃないかしら、と穏やかな寝顔を窺う。上乃木家に身を寄せて
いないのだとしたら、一体何処でどうしているのだろう。さら、と額の髪に手を伸ばしてみる。まだ少し腫れぼ
ったい目元は安堵に緩んでいた。まぁ、これでよかったのよね、これで。

 夜明けまで二時間ほど。今から寝てしまっては彼女を見送れないかもしれない。暦の上では今日は一応休
日、多少の出遅れはやむを得ないことにしてしまおう。
 そう決めて、まだ少し飲み足りない気分の私は、彼女の寝顔を眺めながら中途半端な時間をグラス片手に
過ごすことにした。



682(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 7/8):2007/10/13(土) 06:26:32 ID:KHIpFbaN

「そ、それでコサギに飲ませたの?しかもそんな量を?大丈夫だったかい?」
「何が?」
「いや、彼女飲むと泣くわ絡むわで色々と始末におえないんだ、一番酒癖の悪いタイプで。暴れたりしなかった?」
「全然。可愛いもんだったわよ、ほんっっとあなた達って見る目がないんだから」
 違うか、『捨てて来た』って言ってたってことは一応誰かしらと何かしらはあったのよね、とこっそり反芻しな
がら、おろおろするトビに溜飲が下がる思いだった。でも、この子が悪いわけでもないのか。

「それで私は朝まで飲んでたから少し疲れているのよ。だから今日は駄目」
「えええええ。何、夕べ此処にコサギ泊まったの?しかも朝まで飲んだ?そんなぁ」
 僕ですら!と、今度はわなわなと珍しく嫉妬に震える姿に思わず吹き出した。本当に、一気に風通しが良く
なった気分だ。
「彼女、何か言ってた?」少し恐る恐る彼が問う。「云ってたわよ」「な、何て?」


 朝、目覚めた彼女をシャワーへと追いたて、その隙に手配したルームサービスを一緒に平らげるところま
で無理矢理彼女を引留め、落ち着いた頃にはすっかり日も高くなっており、彼女はといえば毒気が抜けて昨
晩の訪問時とはすっかり見違えるようだった。

「世話になったな、リョウコ」
 ぎゅ、と私の手を握り締め、やはり真っ直ぐに向けてくるひどく幸せそうな面持ちは、今度は私に眩しく映っ
た。「・・・その、また話しに来てもいいか」少しはにかんだ目線を私は出来る限り柔らかく受け止める。「勿論よ、
コサギ」「ああ、二人でいる時に邪魔するつもりはないから」「ふふ。それはお願いね」

 そうして、どちらからともなく求めた少し長めの抱擁の後、彼女は来たときと同じく窓の外に消えた。


「でね、『よし、いいかリョウコ、もし奴がお前を泣かすようなことがあったら、私がぶっとばしてやるからいつ
でも呼んでくれ』、って。本当に頼もしいわ」
「あああああ。なんだか豪い事になった気がするんだけど」
「女を怒らすと怖いんだから」
「コサギは元々怖いんだって」
「だからあなた達は駄目だっていうのよ」

「でもさ」くすくす笑う私に、ふと彼の声が重みを増した。「ありがとう」
「・・・どういたしまして」小さく音を立てて、軽く啄ばむようなキスをし、私は彼の胸を押しやった。
「さ、そういうわけだから今夜は早く寝ちゃいたいの」
「え、本当にしないの?」「しない」「涼子さんがコサギに優しくしてくれて、すごく嬉しいんだけど」
「もう、それとこれとは関係ないでしょ」
「あるよ、やっぱり涼子さんでよかった、って思ったんだ」

 そういえば彼も、真っ直ぐに人の目を見てものを言う性質だったな、と私は改めて思った。

683(内田ちゃんレポート・コサギのCASE 8/8):2007/10/13(土) 06:29:01 ID:KHIpFbaN

 こんな言葉ですぐ丸め込まれてしまう私もまだまだ修行が足りないな。そう思いつつも、
巧く切り返せなかった私は、そっぽを向いたまま、代わりにそっとシーツを持ち上げた。「・・・どうぞ」
 嬉しそうに滑り込んでくる彼を抱きとめながら、私は瞼に浮かぶ彼女に礼を言う。

 こちらこそありがとう、コサギ。
 ありがとう、あなた。









おわり。もう少しツンデレを勉強せねば・・・
684名無しさん@ピンキー
                                -―─- 、
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                     /イ ::::::|:::l:::::|::l :::::::|ヽ「二ニヘ:ヽ   `ニ二下\:ヽ:::|.::! :::::::| {  其れなら私を
                 { !| :::::::l:/!::::|:ハ::::::::V仟アてヽ\     仟アてヽ乂:::|/ ::::::: | l   し、尻穴奴隷にしてくださいっ!
                     ? :::::::{:∧::∨{\_::ヽ∨少'_      ∨少'_//リ::::   | |
                 `ト、::::::ヽ:∧:?:::: ハ ///    ///イ:::::::|! ::::   | l
                  l ::::::::::/::∧\:::::小、     '       小 ::: |l :::::.  ∨
                   i ::::::::/::/  ヽ:ヽ:::|:::l\    (⌒)   //l| l:::: |.| :::::  {
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