※申し訳ありませんが、ちょっとお借りしますわよ。
それより数分前。セーラはオスティア城内の一室で、
式典に着ていくための衣装に着替えている真っ最中である。
その手伝いを頼まれたのは、キアランの騎士であるフロリーナなのであった。
「ちょっ・・・フロリーナ、きついわよ!? や、やだ・・・やめて!!」
「ご、ごめんなさい! で、でも、コルセットって、このぐらいしないとダメなんです・・・」
客人の一人として呼ばれた自分が、なんでこんなことをしなければならないのか。
そんなことを考えながらコルセットの紐を引き絞るフロリーナ。紐を引く度、セーラから切ない声が漏れる。
「あっ・・・!! はぁ・・・はぁ・・・ ちょっと、フロリーナ!
リンが正装したときも、このくらいやったわけ!? あぁ・・・んもう、腰が変になっちゃう!」
「ごめんなさい・・・。でも、リンはそんなに痛がりませんでしたよ・・・?」
そう言われてむっとするセーラ。フロリーナは何気なく言ったのだろうが、
真の貴族でフロリーナの主人であるリンディスと自分との差を感じたような気がして、面白くなかったのだ。
「あの・・・セーラさん。そもそも、なんでドレスなんて着ようと思ったんですか・・・?
シスターだったら、正装用の僧服がありますよね・・・?」
「私は貴族なのよ! こんな時こそ、豪華なドレスを身に着けるのは当ったり前じゃない!!」
「はぁ・・・そうなんですか・・・」
セーラらしいといえばセーラらしいのだが、付き合わされる自分は堪ったものではない。
それから苦心して、ようやくコルセットの締め付けが終わった。
しかし、フロリーナが休む間もなく、セーラはドレスの着付けをはじめたの。
(・・・これじゃ、式典に間に合わないよぉ・・・)
そうは思うが、言ってみたところでセーラは聞く耳持たないだろう。
「フロリーナ、急いで! まだドレスが残ってるわよ!」
さすがのフロリーナもセーラの態度に次第に腹立たしくなってきた。
そこで、妙案を思いつく。たまには自分がセーラにお灸をすえてもいいだろう。
フロリーナはにっこり笑って返事をしながらセーラの背後にまわる。
「あっ、セーラさん、紐が緩んでますよ」
セーラが見えないのをいいことに、わざと紐の結び目をほどくフロリーナ。
「えっ、やだ! はやくなんとかして!!」
「・・・はぁい」
フロリーナの目が危険に光るが、それすらもセーラには見えない。
そして、フロリーナの手がコルセットの紐に伸びる様も。
「じゃあ、いきますよ」
「あっ・・・くうう・・・!!」
フロリーナは一気に紐を引き絞ったのだ。胸と腰を締め付けられ、セーラの愛らしい顔が歪む。
「・・・フロ・・・リーナ・・・!!」
苦しく、満足に声も出ない。フロリーナはセーラの耳元に顔を近づける。
セーラの香りがわずかに鼻をくすぐる。フロリーナが口を開いた。
「もう、諦めましょうよ・・・。このままじゃ、二人とも式典に遅刻ですよ・・・」
「い・・・いや・・・よ・・・わたし・・・わたしは・・・」
逆らおうとするセーラだが、フロリーナがさらに紐を引く。
「ああっ・・・!! ん・・・あっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
さすがにこれ以上やると、酸欠で倒れてしまうかもしれない。
フロリーナはそう判断し、紐から手を放した。セーラは苦しそうにしながら、ぺたりと座りこむ。
「セーラさんはいつも通りの格好のほうがいいですよ・・・。
そっちのほうが・・・絶対に可愛いですから・・・」
言いながら、セーラの様子がおかしいことに気づく。
フロリーナを見上げているが、その表情はどこか虚ろだ。
やりすぎたか、と思いセーラに近づいたが、セーラの異変のおおよその原因がわかった。
息を深く吸いながら、顔を真っ赤にしているセーラ。それだけなら、ただ息苦しいだけのようにも見える。
だが、明らかに違うものがあった。匂いだ。彼女の身体から発せられる香りが変わったのだ。
「セーラさん」
フロリーナがセーラに顔を近づける。いつものおどおどした態度はそこにはない。
知らず身体をすくませるセーラ。変化していたのはフロリーナもだった。
黒い牙の暗殺者やモルフ達を鬼神のごとき活躍で屠ったときの彼女が、こんな顔をしていた。
獲物を見つけた獣の目。その狙いから逃れられたのは、果たしてどれだけいたのか・・・。
「私、気づいちゃいましたよ・・・」
なおも顔を近づけるフロリーナ。セーラはもはや動くことができない。
どちらか一方がほんの少し首を伸ばせば、互いの唇が合わさる距離。
そこで、フロリーナはセーラにとって決定打となる言葉を発した。
「・・・興奮したんですよね? 私に締め付けられて・・・いたぶられて・・・」
セーラの目が大きく見開かれる。
「今のセーラさんからは、発情した雌の匂いがしますよ・・・」
思わずセーラが自身の股を両手で押さえる。やはり、出所はそこか。
「はぁ・・・リンやヘクトル様に怒られちゃう・・・。
もう二人で遅刻は確定ですよね・・・。その時は、一緒に謝ってくださいね?
だって・・・全部、セーラさんが悪いんですから・・・」
楽しくてしょうがない様子のフロリーナ。セーラは彼女が何をする気なのか見当もつかないが、
少なくとも、自分に何かとんでもないことをしようとしているのは間違いなかった。
「そんな・・・持て余した体を見せ付けられたら・・・私だって・・・」
上気した白い肌、茜がささった頬、脅えた瞳、座り込みながら両手で全身を守ろうとする両手。
それら全てがフロリーナの心の奥底に封印している黒いものを刺激し、肥大させていく。
「や、やめて・・・お願い・・・フロリーナ・・・」
懇願するセーラだが、それすらもフロリーナを昂ぶらせるだけであった。
「セーラさん・・・ごめんなさい・・・」
セーラから短い悲鳴が漏れる。そして今、獲物を捉えた肉食獣の手が、セーラに伸ばされた。
※フロリーナさんは絶対にアブナイ娘だと信じているわたくしなのでした。