PHASE-04
その後も僕は黒い下着を中心に森野に勧めていった。
僕が勧める度に森野は「なんかごわごわしてるわ」「ヒラヒラが邪魔よ」「いやらしい」など
顔を赤くして文句をつけながらも、満更ではない様子だった。
僕の頭の中では、森野がそれらの下着を少し恥ずかしそうに着用している姿が鮮明に描き出されていた。
そうしているうちにかれこれ30分経ち、結局最初に僕が選んだ黒の下着を買うことにした。
購入する時、レジの女性が代金を払おうとした森野とその後ろにいた僕を見比べ、怪訝な顔をした。
僕はその意味がわからず突っ立っていたが、森野はレジの女性に軽く頷き、僕に振り向いて微笑んだ。
「お願いね。」
どうやら僕に払わせるつもりのようだ。
「優しい彼氏さんですね。」
レジの女性が言った。森野はその言葉を特に否定もせず、財布を取り出した僕を見て微笑んでいた。
こういう状況では男性が払うのが暗黙の了解らしい。
財布から5千円札が1枚なくなり、これ以上森野が買い物しないことを願いながらエレベーターに向かう。
森野は荷物を全て僕に預け、一人身軽そうだ。顔にはうっすらと笑みが浮かび、鼻歌まで聞こえてきそうなほど
上機嫌に見える。そんなにこの下着が気に入ったのだろうか。それとも僕に奢らせたのがおもしろかったのか。
多分後者だな、と思いながら、また満員に近いエレベーターに乗り込んだ。
僕と森野は隅に追いやられ、定員オーバーのブザーが鳴らないのが不思議なほどだった。
僕は荷物で手が塞がれスペースを確保することができず、森野と正面から密着する形になった。
僕の方が少し背が高いので、僕からは森野の頭部が見える。
森野は僕の胸に体を預け、丁度心臓のあたりに頬をくっつけてきた。
鼓動を聞いているのだろうか。僕は自分の心拍数がいつも通りであることを確認した。
その時、下半身に違和感を感じた。見ると、僕の股の間に森野の左手が入り込んでいる。
森野の細い指がジーンズの上から僕の股間を円を描くように滑っていく。
また森野の奇行が始まったようだ。僕を動揺させるつもりだろう。
幸いにも、ジーンズの生地のおかげで刺激が少ない。
この程度なら耐えられる。
そう思っていた矢先、おかしな音が聞こえた。
これは、チャックを開ける音だ。
森野はジーンズのチャックを開け、下着の上から僕の性器を撫でている。
僕の反応が乏しかったのが悔しかったのだろうか。森野は変なところで負けず嫌いを発揮するようだ。
最初はソフトタッチだったが、段々と指の動きが激しくなってきた。
僕はここで反応したら森野を調子づかせるだけだと思い、なんとか勃起しないように堪えた。
それに僕にも一応、男としてのプライドがある。下着の上から触られただけで勃起してしまうのは避けたい。
ここで勃起してしまった場合、また僕と森野の間の優劣の差が開いてしまうような気がする。
森野の指の動きが止まる。諦めてくれたのだろうか。
「っ!!」
今度はダイレクトに刺激が伝わる。見ると、下着を乗り越えて森野の指が僕の性器に絡みついている。
さすがにこれはやりすぎだ。森野の目元は髪に隠れて見えないが、口の端がつり上がっている。
意地でも勃起させるつもりのようだ。森野の指は僕のペニスをゆっくりとしごき始めた。
すでに僕のペニスは半勃ちになっていた。森野の長い指が亀頭に辿り着き、尿道をなすりつけてくる。
僕は声を上げないように必死で食いしばっていたが、また新たな刺激が現れた。
左手だけだったのに今度は右手も加わり、袋を揉み始めている。
手は竿を上下にしごき、右手は袋。これで僕のペニスは完全に勃起状態になってしまった。
執拗な亀頭への攻撃により、尿道からはカウパー液――俗に言う我慢汁が漏れ出している。
森野の指がその液をすくい取り、指と指に付け糸を伸ばした。エレベーターの照明を受け、わずかに輝いている。
完全に僕の負けだ。不意打ちを食らったとはいえ、森野のテクニックを侮っていた。
だが、このままで終わるわけにはいかない。
エレベーターが地下1階に着いた。ここは食品売り場と軽食コーナーがあるフロアで、
メインのエレベーターの反対に位置する場所にひっそりと階段があり、そこの隣のトイレはほとんど人がいない。
よく家族で買い物に来た時、人混みにうんざりした僕が逃げ場所として使っていた。
森野の手を引き、そのトイレに向かう。そこなら人目につかないだろう。
森野は特に抵抗もせず、黙って僕に手を引かれている。僕が何をするつもりなのか、もうわかっているのだろう。
感想ありがとうございます。
うひょう唐突なエロ
森野に痴女属性が付加されました
また携帯からすまん…
エロいよ〜エロ過ぎるよ!!続き楽しみにしてます!!
次は神山君の番か!?
ぅ〜っGJ!!不意エロ森野タソに激萌!!これは続きが気になるぜ!!
wktkwktk(´Д`*)
森野やらしいな!!
続きわくてか
GJ
wktk
携帯からwktk
マジワクテカ
白乙一作品のも読んでみたいな
214 :
名無しさん@ピンキー:2006/06/28(水) 18:26:31 ID:fn9Asbtg
『失はれる物語』の中の『幸せは子猫のかたち』を読後、ある妄想が浮かんできました。
何故かエロ付きで。
正直な話、私は自分のサイトで小説(の名を借りただけの愚文)を書いています。
しかし、私はこの妄想を文にする力がない。女人が書けないのです。
なにせ、今まで女人と話した時間を全て合わせても一日に満たないであろう包茎童貞生きる価値無しな私。
そんな私が、どうやって女人なんて、しかもエロなんて綴ればいいのでしょうか。
頼むしかないのか?頑張るしかないのか?
どうすればよいのでしょうか。死ねばいいんですか。
どうか皆々様、私に蔑んだ目とアドバイスをくれないでしょうか。
>>214 Mですか?とりあえず死んじゃ駄目ですよ。
安心しろ、白乙一と聞いて真っ先にエロ妄想が浮かんだのが俺もそれだった。
神、来ないお・・・
これじゃ寸止めだよ orz
PHASE-05
僕の思った通り、賑やかなフロアとは反対にここのトイレはひっそりと静まり返り、誰もいなかった。
森野の手を引いて男子トイレに入ろうとすると、森野がそれを拒んだ。
さすがにこんな所でするのは嫌だったのだろうか。
「そっちは嫌よ。」
僕の手を取り、女子トイレに入った。男子トイレが生理的に嫌なだけだったらしい。
相変わらず森野は変なところに拘る。僕は思わず苦笑してしまった。
「何よ。」
「いや、べつに。」
森野に手を引かれて個室に入る。すると早速森野が僕に向かって目を瞑ってきた。
キスをしろということだろう。いつの間にか森野に主導権を握られている。
僕は森野と唇を重ねた。僕は森野の唇に舌をこじ入れた。
森野は抵抗せず、僕にされるがまま舌を絡ませている。
静かな個室の中で、ピチャピチャと唾液が混ざる音が響く。
やはりシチュエーションというものは重要な要素らしい。森野とこういう事をする時は僕の部屋か学校だったが、
今はその時よりも体が昂ぶっている。脈もいつもより速い。興奮しているのだ。僕も、森野も。
スカートを下にずらし、下着の上から森野の性器をさする。既に下着は濡れており、少し触っただけで指に愛液がついた。
「すごい濡れてるけど。」
「っ……、言わないで。」
少しさすっただけで森野は身をよじり、声を上げないように堪えている。
「僕のを弄っただけでこんなになったのかい?」
「だ、だから……っ言わないでって……!」
顔を真っ赤にしながら森野が答えた。図星のようだ。先程は一方的にやられたが、今度はそうはいかない。
下着をずらし、直に性器に指を入れる。
触れた瞬間、森野がわずかに体を揺らし反応した。
顔を見ると、口に手をあてて声を上げないように堪えている。
森野のこういう姿を見るのは何度目だろうか。その度に僕の中にある何かが疼く感じがする。
そうだ、これはあの時にも感じた。化学の教師に森野を襲わせた時、殺人犯に森野が拉致された時、そして――
ナイフの乾いた音が止まった時。今も僕の手に感触が残っている。刃先が肉にのめり込んでいく。
今わかった。僕はまたこの感覚が欲しくて森野といるのだろう。
そして、もしかしたら森野もまたそのために僕といるのかもしれない。
ズボンと下着を脱ぎ、ペニスを挿入する。
先程までの愛撫で森野の性器は十分に濡れており、挿入はすんなりいった。
「んっ……あっ」
森野の声が響く。トイレには僕たちの他に誰もおらず、店内のBGMが微かに聞こえてくる。
森野は未だに口に手を当てて堪えている。他の客がトイレに来た時のことを配慮しているのだろう。
ペニスをぎりぎりまで引き抜き、そこから一気に突き上げた。
「うっあっ…あっ!」
一段と大きい反応が返ってきた。今までの経験から、森野は非常に敏感で感じやすい体質のようだ。
以前学校で二人きりの時、少しうなじを触っただけで凄まじい反応が返ってきたこともあった。
腰を深く突き上げながら、左手でブラジャーを捲り乳首を口に含む。
世間一般の男性は女性の胸を好む傾向にある。それも大きければ大きいほど良いらしい。
僕個人の嗜好としては、大きすぎると逆に萎えてしまう。やはり森野ぐらいの大きさがベストだ。
軽く乳首を噛みながら吸いついた。
狭い個室に、僕と森野の性器が奏でる水音と、乳首を吸い立てる音が響く。
「んっ……あ…赤ちゃんみたいね……」
そんな森野の声を聞きながら、僕は森野の胸に顔を埋める。
ほどよい大きさの胸には、ほどよい大きさの谷間があり、そこは顔を埋めるにはほどよい弾力さとほどよい心地よさだ。
「今なにか失礼なこと考えてなかった?」
先程までの喘ぎ声とは一転、背筋が凍りそうなほど冷たい声で森野が睨み付けてきた。
森野は変なところで鋭い。
僕は左手で乳首をつまみながら、反対の乳房を口に含んだ。
「ちょっ……やぁ…」
僕はそれを無視し、胸を愛撫しながらも腰を深く突き上げる。
僕らは壁に寄りかかった状態でセックスしていたので、そろそろ限界のようだ。
特に森野は足に力が入らなくなってきている。
僕は便座に腰掛け、森野を僕と向かい合わせになるように僕の上に座らせた。
「ちょ……いゃよこんな……あっああっ」
この体勢だと、性器の結合部がよく見える。森野はそれを恥ずかしがっているようだ。
森野の腰に手を回し、ペニスを更に奥まで侵入させた。
今までよりもさらに強い快感が襲ってくる。僕も森野ももう限界だ。
「そろそろっ……いくよ」
「っ……い…いわ…っあっぅ」
ピストンを速める。
森野が顔を寄せてきた。森野の唇に自分の唇を重ねた。
舌を絡め、口内を嘗め回していく。
お互いの唾液が混ざり、もはやどちらのものかわからない。
唇を離し、また森野の胸に顔を埋める。
森野の鼓動に何故か安心感を感じる自分に僅かな苛立ちを抱きながら、僕は射精した。
すいぶん長く間を空けてしまい、すみませんでした。
次で終わりです。
>>214 大丈夫ですよ。人間やれば何とかなるもんです。
僕だって童貞なのに(ry
キターょ!!待ってました!!
相変わらず森野には萌え疲れてきました・・・
次で最後ですか・・・淋しい気もするが期待wktk!GJ!
飲み終わって家で一服してきてみれば…
頭痛がなくなるほど素敵だわ!!GJ!!
そして今回も携帯からすまん
とにかくGJ!
トイレの個室で…エロ過ぎです。
次でラストなのは寂しいですがwktkして待ってます!
超GJ!!神ssいつもありがとうございます!
226 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/04(火) 21:56:36 ID:44sQja+F
森野がかわいくてたまらん。
神よいつも萌えをありがとう。
森野かわいいよ森野(*´Д`)
いつも中田氏で大丈夫なのかしらん
いつもGJ。
ところで映画版日だまりの詩は原作の何百年も後になって、
たまたま似た出来事をなぞった一組の話だったんじゃないか、とかいう妄想が浮かんだ。
あの世界、死に際にそーゆーことをした組はあったんだろうかなァ。
アキヒロ×ミチル、リョウ×シンヤとか妄想はできるんだが
何せ文才がないからなあ書けない
神を待ちつつ保守
神様待ちのところすみません。
このスレは初めてなのですが、GOTHのSSを投下しても良いでしょうか。
一応、謎解きあり、残酷な殺人あり、セクロスなし、SM系のエロあり、な感じで
けっこう長めです。
>>232 読み手はただ待つのみです。
乙一作品ならOK。
どうぞ、投下してください。上の
>>221氏がいつ投下するかわからないので・・・。
>>233 了解です。様子を見つつ、できている分から順に投下してみます。
タイトルは「D.O.A」です。
会社へ続く路上で立ちどまり、原田はため息をついた。この時期、営業は地獄だ。汗だくで
得意先を回り、戻れば戻ったで残業、夜は寝苦しい熱帯夜だ。つかれた肩を鳴らし、ビルの谷
間から暗くにごった空をみる。
その空の一角から、死体が降ってきた。
‥‥正確には、一秒後に死体となるべき犠牲者が、降ってきたのだ。
目があった。顔をそむけたが遅すぎた。少女と視線がからまりあい、原田は呪縛された。
原田を見とがめた少女の瞳孔が恐怖と絶望で裂けんばかりにみひらかれる。落ちゆく少女は
長い黒髪をさかしまに広げ、全身から呪詛と無念をまきちらした。
死にたくない‥‥。
死にたくないの‥‥助けて‥‥。
たすけて‥‥見てないで‥‥たすけてよ‥‥!!
少女のきゃしゃな全身は黒づくめの革で縛りあげられ、ほとばしる無音の絶叫は口枷に吸い
つくされている。
骨と肉のくだける音が、彼の鼓膜を打った。
2回ほどの高さで少女の体が首から跳ねあがり、バウンドする。首を吊っていた縄が切れ、
おぞましく音をひしゃげさせ、アスファルトの路上にそれはたたきつけられた。原田の立って
いた場所からほんの数メートルのところだ。縛めの一部が千切れ、茶色の汚物が狂ったように
ふきあげる。
病的に青白かった少女のうなじは衝撃でほとんど切断され、あざやかな真紅の噴水が汚物の
濁流とまざりあった。鉄分と排泄物の匂い、ぼろぼろになった肉の匂いが路上にたちこめる。
裂けた頭蓋は、原田につぶれたいちじくを連想させた。
無傷の顔に残る魔術的なほくろに目が吸いよせられ、彼は呆けていた。
遠くからサイレンが近づいてくる。
ようやく、ひとごとのように騒ぎを認識しながら彼はその場にしゃがみこみ、ゆっくりと、
はげしく嘔吐しはじめた。
夏休みをひかえた期末テストも終わり、天高くうだるばかりの炎天にさらされた教室から、
次々に生徒たちが飛び出していく。
遊びにいこうと誘うクラスメイトを無視して、僕は椅子に座っていた。といっても黙ってい
たわけではない。急に彼らが笑いだしたのを見ると、気づかずに冗談を口にしたらしかった。
何の話題かも分からない僕をあとに、彼らが帰っていく。この異様な光景が、いつも変わらぬ
僕の日常だった。
僕にとって、クラスメイトとの会話は、自動的な反射にすぎない。
長いことこの作業を続けてきたため、今では無意識のうちにジョークを言い、陽気な会話で
クラスにまじることができる。しかしそれは、僕が人として社会に溶け込むための擬態でしか
なかった。
たとえば、カマキリが草葉にまぎれて獲物を狙うように。
一人きりになってから、廊下へ出る。
予想どおりそこには、漆黒をまとう少女の背があった。袖の白い夏用のセーラー服にもかか
わらず、ゆっくりゆっくり歩を進める森野夜は、星明かりのない、ガラスのように平らな夜の
湖面を思わせる。
前を向いたままこちらをうかがっている気配があったので追いつくと、森野はちらりと視線
を流してよこした。僕を待っていたのだろう、足取りを普通に戻して歩きだす。
この猛暑のさなかにあって、そよともなびかぬ長いつややかな黒髪は冷気を発しているかの
ようだ。左目の下にある黒いほくろは、昏く無機質な彼女の印象に、さらに神秘性を付加して
いた。
「やっぱり変わっているわ、あなたは。全然興味もない話題に、あれだけ楽しそうな顔で参加
できるなんて。まるでペテン師よ」
さっきのクラスメイトとの会話を聞いていたのだろう、と僕は推測する。
「それにしても残酷な事件よね。本当、やりきれないわ」
森野の口調は、天気の話かなにかのように無感動だ。どちらの発言も僕に向けたものではな
い、と判断し、特に注意をはらわなかった。ややあって焦れたように森野が言う。
「持ってきたんでしょ。早く見せて」
「図書室に行ってからの方が良いな。人に見られないほうがいい」
「‥‥そうね」
おたがい無表情に用件を交わし、それきり会話はとぎれた。
この寡黙さゆえに、森野はクラスでもきわだって目立つ存在だ。僕と違って人と交わること
もなく、笑顔や愛想などの擬態を拒み、深海に沈む宝石のように沈黙を守りつづける。森野が
僕に話しかけてくるのは特定の話題のみで、それも僕のまわりにクラスメイトがいないときに
限られていた。
クラスメイトとの会話を演技だと見破ったのは、今までに森野ただ1人だ。
無表情に森野と会話をしている間だけ、僕は欺瞞的な表情づくりを破棄し、いっときの安ら
ぎを得る。それは森野と僕、どちらにとっても心地よいひややかな関係だった。
閑散とした図書室の一角で、急かされるまま携帯を取りだす。
近々と身を乗りだし、興味ぶかげに森野が数点のサムネイル画像をのぞきこんできた。スト
レートの髪がさらさらと音をたて、僕の頬をくすぐっている。
「それが事件の画像なの」
「違うよ」
イアフォンを携帯に差し、イアーピースの一方を彼女にさしだして、僕は告げる。
「2人目が死ぬまでを撮影した動画さ」
再生ボタンを押し、片手で携帯を操作しつつ森野を盗み見る。
長い髪をかきあげてイアフォンを装着した森野の瞳は、しずかな愉悦のきらめきに揺らいで
いた。僕と似通ったもの‥‥何も感じず、何にも動じない、±0℃の魂がそこにある。
流れだす映像は最初激しく手ブレし、けたたましい人々の声が入り乱れた。3階建ての校舎
を見あげる私服の生徒たちの黒々した頭が、視界を埋めつくしている。
「なんだ!」「原口先生が吊られて」「ひでぇ‥‥」「助けろよ!」
「119番が先だろ、俺らでどうやってさ!」
学生たちの怒号にまじって女子生徒の悲鳴、近所の住人らしき会話、ひきつった教師の声が
聞き取れる。
すぐにフォーカスが合い、幾多の目に視姦される女教師‥‥原口英里沙という名はニュース
で知っていた‥‥の姿があらわになった。それは誇張でもなんでもなく、視姦というほかない
凄惨さで、犯人のもくろみは明白だった。
原口英里沙は、校舎の壁に設置された丸時計の上に、爪先立ちで立っていた。
正確には立たされていた、というべきだろう。
スーツからストッキングにいたるまで着衣はズタズタに切り裂かれ、彼女はほぼ全裸だった。
その肢体を縄が搾りあげ、肘を抱くように胸を寄せあげるポーズで、手首から二の腕まで上半
身を縛りあげている。
棒のようにまっすぐ伸びきった下半身には、踵のないピンヒールが履かされていた。
開いた下肢は太ももからくるぶしまで金属のフレームで拘束されている。彼女は外壁に背を
おしつけ、丸みをおびて傾く10センチ足らずの時計のふちで懸命に爪先立ちのバランスを取り、
落下の恐怖におびえながら放置されていた。
じりじりとアップで移動するカメラが、彼女の苦悩を舐めるように映しこんでいた。
無数の瞳の前で晒しものにされた原口英里沙は、ぞっとするほど濃密な、死と背中あわせの
妖艶さをただよわせていた。息苦しいのか呼吸もせわしない。あやうい瀕死の獣をおもわせ、
肩で息をついている。
全身には汗がにじみ、肌はうっすら桜色に上気し、紅くなった頬をうつむけて必死になにか
堪えつつ口枷の嵌められた唇を噛みしめる。U字型の金具があごをこじあけ、クリップで固定
された舌は言葉を奪っていた。
ときおり甘くかぼそい悲鳴があふれだす。
女教師の絶叫は、口紅の剥げた小さな唇を割り裂く嵌口具のせいでくぐもった呻きになって
いたが、何を叫んでいるかは聞きとれた。
「いやあ‥‥やめへぇ‥‥壊れちゃ‥‥たすけ、助けて‥‥」
無常にもカメラは撮影をつづけ、ついに、ニュースでは伏せられていた核心に迫る猟奇性が
レンズの前にさらけだされる。
原口英里沙は、下腹部にバイブレーターを咥えこまされ、犯されつづけていた。
彼女は凌辱されつつ、転落死の恐怖と戦っていたのだ。
汗としずくで濡れそぼった下腹部へ、冷徹にカメラが寄っていく。太ももはパンパンに張り
つめ、痙攣さえみてとれた。あるいは媚薬の類を犯人に打たれたのか。いずれにせよ、深々と
沈みこんだバイブレーターに意識を削がれれば、待っているのは転落死だ。
運動部らしき生徒や教師が、3階の教室や屋上から手を伸ばすが届かない。取りつけられた
丸時計は窓から遠すぎ、屋上からも半階分低いデッドスペースにあるのだ。触れられた彼女が
バランスを崩す可能性もかなり高い。
ようやく、遠くから緊急車両のサイレンが近づいてくる。救助の到着を知り、ざわめきの輪
にほっと安堵が広がりだす‥‥。
異変が起きたのはそのときだった。
「だ、だ、ダメェェェ‥‥止めヘぇ‥‥!」
唐突にうめき声がうらがえり、女教師の体が震えだす。ぎょっとしたのか騒ぎがやみ、静寂
が校庭をつつむ。その場の誰もが食いいるように彼女を見ながら、彼女のためになに一つして
やれないのだ。
「しにはふない、ひにはくはい‥‥!!」
命乞いをするような絶望のまなざしで叫んだ次の瞬間、彼女は決壊した。
股間を責めるバイブレーターの後ろからドッと茶色の奔流が流れだす。どろどろの排泄物は
みるまに女教師の足場をベタベタに汚し、滑稽すぎるほど勢いよく爪先で踊った原口英里沙は
足を滑らせた。
一拍遅れて、見上げる人々から悲鳴がわきあがる。
足を裂かれつつ腰を落とした女教師は時計に股間を打ちつけ、反転して地べたまで落下した。
直後、ガクンと反動がかかり、地面から数センチのところで首から体が吊りあがる。
「死にた‥‥ぎひッッ!!」
それが、原口英里沙の最期の台詞だった。
時計から伸びきったワイヤーに縊られ、女教師は死んでいた。荒い映像では気づかぬほどの
細いロープが首に巻かれており、彼女を絞首刑に処したのだ。映像の流れはニュースで報じら
れた内容と一致していた。
ビデオの撮影者はたくみな技術を持っていたらしい。
携帯のカメラフレームからはみだすことなく、死の瞬間の絶叫と慟哭にゆがんだ女教師の顔
を最後までみとどけ、動画は彼女の死に顔で終わった。
このところ、県をまたいだ近隣のX市で、日本全国を震わす異常殺人が起きている。
これはその最初の衝撃的な瞬間を、目撃者の1人が携帯で撮影したものだ。テレビでの発表
のほかにも、この事件については様々な憶測や情報がみだれていた。
ほんの3分足らずの動画だ。
しかしここには、まぎれもない1つの死の結末が封印されている。
今月に入ってついに4件目が起きたばかりの連続猟奇殺人は、その独特な手口から、DOA
殺人と呼称されていた。
犯人に襲われるのは女性ばかりで、その場で殺されることはない。被害者は性的な暴行を受
け、特殊な状況下で放置される。そのさい犯人は必ず被害者の目につくところにD.O.Aと
書き残していた。それが『今からおまえを殺すぞ』という、犯人からの殺人予告のメッセージ
なのだ。
最初の被害者は主婦だった。
近くのオフィス街からくりだす人々で商店街が混雑しだす昼頃、山口真奈美はアーケードの
ドームを突き破り、10メートル下の路上へ墜ちてきた‥‥ボーリングのピンのように頭を下に
して。
現場は大混乱となり一時封鎖された。
死因は脳挫傷だが、縛られてバイブを挿入されていたことが後で分かった。被害者はドーム
上部の補修用足場に放置されていたらしい。目ざめた彼女は犯されていると知ってパニックに
陥り、不自由な体でもがきはじめ、足場から落ちたのだった。
DOAという謎のメッセージも公開され、その解釈をめぐって世間をにぎわせた。
2件目がこの女性教師、原口英里沙だった。
司法解剖によって、彼女は薬で眠らされ、夜中の3時ごろに放置されたらしいと判明した。
つまり、DOAの文字を見た原口英里沙は、すぐに自分が猟奇殺人の獲物にされたとさとり、
パニックを抑えてひたすら救援を待ちつづけていたのだ。
1件目と違い、朝になって教師や用務員に発見されるまで彼女が生きていられたのは、その
おかげなのだろう。たとえそれが犯人によって仕掛けられた、永遠にひとしい恐怖と凌辱の時
だとしても。
3件目の被害にあったのは帰宅途中のOLだった。
気絶させられた大野涼子は細くめだたない鋭利なワイヤーで縛りあげられ、何重にも猿轡を
噛まされて、道路わきの側溝に寝かされていた。ホームレスの多い一帯で、激しい豪雨だった
こともあり、その夜、汚れた服装で寝そべる彼女に注意をはらう者はわずかだった。
ふりそそぐ雨で目覚めた彼女は、道路からそそぎこむ濁流で溺れかけ、パニックにかられて
跳ね起きると駅へむかうサラリーマンの列へ飛びだしていった。
残念なことに、彼女は1歩も進めなかった‥‥。
立ちあがると同時に、腰から上が39の肉片に分割されていたからだ。
細切れになった大野涼子は10人ちかい通行人にぶちまけられ、痙攣する下半身だけがよろめ
きつつガードレールまで走っていって、そこで転倒した。永遠に取りもどしようのない、切断
された首は側溝に転がったままだった。
彼女の全身を縛っていたのは戦場でゲリラなどが使う首切りワイヤーで、不幸にもワイヤー
の端は側溝の蓋に結ばれていた。大野涼子はたちあがった勢いでワイヤーを引き絞り、自分自
身を輪切りにしたのだった。
さらについ先日、4件目が発覚している。
被害者、田辺ありさは女子高生だった。彼女が放置されたのは、繁華街の一画にある雑居ビ
ルの、屋上から張りだす看板の真裏だった。雑居ビルは入居者もテナントもごくわずかだった
ため、ビル屋上の、しかも死角になったそんな場所に人が監禁されているなどとは誰も気づか
なかったという。
今までの3人とは違い、彼女は濡れた革で全身を締めあげられ、棒のように固く拘束されて
いた。
折りしも梅雨明け宣言が出たばかりで、さえぎるものもない猛暑が、身動きできぬ田辺あり
さから水分を奪っていった。寝かされたビルの真下は大通りだが、水道栓のような口枷を噛ま
され、悲鳴はどこにも届かなかった。
脱水症状に苦しみつつ、それでも彼女は一日目は耐えぬいたらしい。
けれど翌日の夜明けまえ、彼女は不自由な身をよじり、ビルから飛び降りた。死を選んだ、
いや、選ばされたのだ。反動でロープを巻かれた首は折れ、死体はアスファルトに叩きつけら
れた。なぜ田辺ありさが死を選んだのか、そして詳しい死の理由などは、まだ公表されてはい
ない。
犯人は被害者を生かしてかえすつもりなどない。
それは何度となくマスコミが憤りをもって断じていた。たとえばOL殺人については、首を
ワイヤーにつながれた範囲でじっとしていたとしても、まず溺死しただろうというのが専門家
の判断だ。
したがって、DOAのメッセージは単純な「Dead or Alive」、生か死かを選べ、ではなく、
速やかに死ぬか緩慢に死ぬかを選ばせる二択だった。
どちらの選択が正しいかは、自分が犠牲者になるまで分からない。
ただし、その場、その瞬間、冷静に判断すれば、あるいは生き延びるチャンスが、この世で
生きていられる残りの時間がわずかながら伸びるかもしれない。そう思わせるのが犯人の目的
なのだ。
たしかに、これはやるせない事件だった。森野の言葉通りに。
4件の事件に共通するのは、殺人者が持ちうる飛びきりの残酷さの発露であり、そこには許
しも慰藉のかけらもない。指のなかでつぶれていく昆虫を観察している子供と同じだ。犯人は
人の死を形にして収集している。希望がじわじわ圧壊し、絶望が侵食していくありさまを熱望
するのだ。
そのありよう、死の運命をもたらすことでしか暖かみを得られない犯人の心のありように、
僕も森野もいやおうなく惹きつけられていた。かって僕が出会った殺人者も、ある瞬間、人と
してのフィルターが外れた瞳で僕を見た。無機質なその感覚は、僕にとっては、とても近しい
ものなのだ。
大多数の社会が目をそむけて関わるまいとする人の昏みに触れたがる僕らのような人間は、
ヴィクトリア朝で流行った退廃的な文化になぞらえてGOTHと呼ばれている。
森野も僕も、人の死にひきつけられてやまないGOTHだった。
冷房の効いた図書室にもかかわらず、窓越しのうだるような熱気が、僕と森野の背中におし
かぶさってくる。
額をくっつけるようにして画面に魅入っていた僕らは、ようやく顔をあげ、おたがいを見た。
森野の口元は呆けたまま、ただ瞳の色だけが失われていた。どうやらかなり気に入ってくれた
らしい。
「‥‥残酷だわ」
しばらくして、森野はようやく小声で呟いた。
発言とはうらはらに、声には陶酔とも賛嘆とも畏怖ともつかぬ余韻が残っている。
「ひどいわ。ひどい殺し方。あんなにも、いまわのきわに生を実感させて、絶望を舐めさせて
殺すなんて‥‥たまらない」
被害者を自分にだぶらせたのか、しみじみと反芻するように森野が呟く。
テレビ報道では、警察の要請もあるのだろう、ごく断片的な話題しかあがってはこなかった。
そのぶん週刊誌は大々的にDOA殺人を取りあげ、ネットではあまたの情報や画像が流れた。
実際、2件目の校庭に居合わせた者の多くが携帯で画像撮影などをしており、一部はインター
ネットでも出回っていた。ねばりづよい交渉のすえに匿名の撮影者から手に入れたこの映像も
その1つだった。
もしかしたら、犯人自身の撮影記録も、闇で流れたり取引されるのかもしれない。殺し方に
見世物的な要素が含まれていることからも、可能性は高いだろう。
「これ以上ないほど生を渇望させて、けど、決して許さない。犯人の手のひらでもてあそばれ、
転がされて、屈辱に震えながら死んでいかなきゃいけないなんて、みじめだわ」
「そうかもしれない」
「ねえ、あなたもそう思うでしょう? この連続殺人」
「どうだろう。犯人は手間をかけすぎだね」
簡潔に印象を述べると、森野からかすかに不機嫌な空気が発散された。
森野が浸るのは自由だが、僕はこの殺人に彼女ほどは没頭できない。僕が共感するのはより
シンプルな手段だ。例えばナイフの一閃であり、例えば生き埋めであり、例えば野獣のような
残忍な殺しの手口だ。
もちろん、異常な動機につき動かされる犯人を観察したり、犯行の痕跡を見いだすことを僕
は好んでいたし、そこに暗い悦びも見いだしていた。
けれど、被害者の葛藤や選択ばかりクローズアップするこの殺人は、手の込んだ複雑さに感
心するものの、妙なもどかしさを感じてしまう。犯人自身が被害者の気分でレンズをのぞいて
いるような戯劇性をおぼえるのだ。
森野と僕の決定的な違いでもあると言いかえてもいい。
すなわち、事件を目にしてどちら側に感情移入するか、の問題でもある。
イアフォンをしまい、携帯電話のスロットから動画を記録したデータ媒体を取りだし、約束
どおり森野にわたす。
「で、交換条件にきみが持ってきた情報というのは、どんな内容なの?」
「現場、見に行きましょう」
それきり黙ったので、さらに説明を求めて森野を見つめる。その僕に向け、森野がにぎった
拳をのばした。指を開くと、銀色の鍵が僕の手のひらの上に落ちる。
「立ち入り禁止になっている、4件目の雑居ビルの合鍵よ」
僕をのぞきこむような挑発的なまなざしで森野は呟き、小さく口元をほころばせた。
彼女には彼女で、特殊な情報源があるようだ。
とりあえずここまで。だいたいこんな感じでです。
長いので、毎回6レス位づつ区切って投下しようと思っています。
おつきあいいただければ幸いです。
乙!
おもしろい。ただ、人を選ぶね。
イイ(・∀・)!!
続き楽しみにしてます
おわあ、凄く良かった!!
自分はこういうの結構好きだな。ほんとの小説読んでるみたいだ。
245 :
名無しさん@ピンキー:2006/07/16(日) 21:24:57 ID:4kWaq8oZ
うお!
GOTHが今まさにここに!
駅前の待ち合わせ場所についたのは20分前だが、すでに森野はベンチに腰かけて待っていた。
まだ午前中だというのに、かんかん照りの夏日が広場のタイルを白く干上がらせ、噴水を虹色
に輝かせていた。
森野はうつむき加減で本を読んでいた。顔を傾けてざあと黒髪のヴェールを垂らし、陽射し
をさえぎってページをめくる。薄手の生地らしい黒いワンピースからほっそり伸びる手足は、
白亜の置物のようにつややかだった。
日焼けをした森野など想像もできないと思いながら声をかける。パタンと閉じたタイトルは、
数年前に発禁処分になった図解入りの殺人マニュアルだった。
「死んだ田辺ありさの通っていた予備校の講師が、割合近しい親戚の1人だったの。で、葬儀
の日に出られないから、代わりに献花をお願いできないかって‥‥その時に、奥井晃って人と
知り合って」
電車のなかで森野の情報源について話を聞き、少しだけ安心する。
森野に鍵をわたした奥井晃という人物は、雑居ビルに店舗を構えるテナントの一人らしい。
年は20代後半だと言う。
どういうわけか、森野夜は殺人者や異常者をひきつける特異性をもっていた。ひっそり影に
たたずむ容姿や、瞳の奥に秘めた意志の強さが、孤独にかがやく夜光石のように変質者をひき
つけてやまないのだ。
車内での会話は一度きりで、そのとき僕は被害者ごとに違う殺害方法についてどう思うかを
たずねていた。
「どこか変な感じがするわ。それぞれの殺され方がしっくりこないというか‥‥なにか欠けて
いる気がするの」
森野の感想は僕と同じだった。犯人の目で事件を追っていくと、どうも納得できない事件が
混ざっているのだ。
もう一人ぐらい殺されたら分かるかも、と森野が言い、そうだね、と僕は同意する。ひどい
ことだが、僕らは次の被害者が出る可能性を憂うどころか、早く早くと待ち望むような非人道
的なコンビだった。
「飛び降りとか、落下することにこだわっているのかしら‥‥」
森野夜はしばらく考えこんでいたが、やがて推理をあきらめ、本に顔をもどした。
寝る前に来てよかった!!まさにGOTHですね〜続き楽しみにしてます!!
灼けるような熱気に背をあぶられ、少女はゆっくりと目を覚ました。
時差ぼけめいた鈍い違和感が後頭部にあった。寝るときにはクーラーを凍えるくらいに設定
するのが習慣なのに、今朝はやけにカラダに熱がこもり、だるく汗ばんでいる。
狭苦しいスペースだった。
手も足も、首さえまるで動かすことができなかった。ベッドと壁のすきまに落ちて目覚めた
のだろうかといぶかり、もぞもぞ身じろぐ。
しだいに焦点がさだまり、そびえたつ鉄柵と看板に切りとられた抜けるような空だけが、見
あげたすべてだと気づいた。まるで、ひどく小さい棺の底からはるかな世界を見上げるように
空の青が切なく遠い。
こんなことが数日前にあったような気がして、混濁した記憶をまさぐりつつ瞳だけを動かす。
そうして少女は、作為的にたてかけられた鏡の表面に記された文字を見た。少女自身をうつし
だす鏡の表面に書きなぐられた「D.O.A」の3文字を。
‥‥かぁっと頬が熱くなっていく。
だがそれは、巷をさわがす殺人犯の署名におののいたからではなかった。より直接的な原因
で、少女は声もなく呻き、ぎしりぎしりと羞恥に身をよじらせた。
鏡に写りこむ、卑猥なみずからの裸体が理由だ。
彼女だけに見せつけようとして看板から伸びる鉄骨の一つに設置された鏡が、あさましくも
エロスにいろどられた少女の肢体を、犯人の技巧と審美眼とを、あますことなくさらけだして
いる。
少女はあおむけになり、背中に腕を束ねられて横たえられていた。
お気に入りのワンピースはずたずたで、丸裸よりも扇情的に剥かれていた。残骸になった衣
服の裂け目からなめらかな革ベルトが食いこみ、汗ばむ肌を犯して全身くまなく這いまわって
いる。
ぎっちりと硬い幅広の腕枷が、肩の下とひじのあたりに二箇所づつ嵌められ、左右の腕を胸
のわきに密着させていた。上半身はもうしわけ程度に背中とお尻だけをおおう革の奴隷装束を
着せられ、ほの白く輝きをはじく形の良い双の胸から、下腹部の淡い茂みにいたるまで、すべ
てが丸出しだった。
たわむ乳房も上下を革ベルトで絞りだされ、いびつに強調されて汗の玉を浮かべている。
ひごろ冷たく青ざめる顔もまた、無数の拘束で蹂躙されている。
肩甲骨の下までとどく長くつややかな黒髪を巻きこむように顔の下半分は革のマスクで覆わ
れている。後ろ手の手枷と首輪はベルトのどれかでつながっているらしく、暴れようとすると
首が絞まるようだった。
死の恐怖やパニックを抑えつけ、懸命に状況を把握する。
目覚めてからすでに10分近くたっていた。いますぐ殺される可能性は少ない、と判断できる。
即座に身に迫る危険はなく、かわりに、なにかしら陰湿に、緩慢な死を招くしかけが‥‥。
「‥‥!!」
ぞわりと産毛がさかだち、体がどくんと跳ねた。
ただれた感触がカラダの芯から疼きだす。下腹部から広がっていく悪寒と痙攣のさざなみが、
女ならば知らないはずもないこの感触の意味を少女に思い知らせる。ぞくぞくと震えたそれは
あらがいがたい快楽の前兆だった
これが犯人の狙いなのか。
どうやら、気を失っているあいだに、薬かなにかを塗りこめられたらしい。もっとも過敏な
部分がじくじく狂おしい焦燥感につきあげられている。うつろにみたされぬ惨めさが、さらに
刺激を生む。
「う‥‥あぐ‥‥」
下種ね‥‥そうつぶやきかけた少女の口腔には、あごが痛いほどの太さをもつ、水筒の栓の
ような形状の口枷がねじこまれていた。中央の穴にはゴム栓が詰まっている。
この器具が奴隷にフェラチオを強要するためのフェイスクラッチマスクという名称をもって
いることを、彼女はようやく思いだした‥‥それを選んで犯人に手わたしたのが、少女自身だ
ということも。
犯人との邂逅。気を失うまぎわ、少女に向かって彼女が言い放った不埒な言葉。すべて思い
だす。後ろ手に握らされた固い感触のもたらす意味も。
なんてことなの‥‥。
虚脱した敗北感におそわれ、全身から力が抜けていく。
鏡の向こうで悶える少女が、まぎれもなく悦びに身じろぐマゾ奴隷そのものだと、少女自身
認めざるをえないほど、拘束された全身が無力に甘く匂いたっている。
とほうもない屈辱と怯えが心にうずまいていた。こんな形で女の性をむきだされたことが。
抵抗もできぬまま、少女は無防備にこの境遇を受けいれてしまったのだ。
「んァ‥‥っ、ク」
急に甘い声がこぼれてしまい、少女は悔しげに自省のなさを恥じた。無防備な裸の胸をぬる
い風がなぶり、桜桃色の突起がつんとした痛みで締めつけられたのだ。
むきだしの少女の乳首は、凌辱者の手による金属のクリップで摘まれた上にチェーンで結び
あわされていた。じわりと刺激をもたらすクリップの締めつけを噛みしめていた紅蕾が、乾い
た夏の風に煽られて、はしなくも固くしこりだす。
一度意識してしまった以上、乳首を虐める鉄の感触をこらえようとすればするほど、少女は
疼痛に翻弄され、敏感な胸を充血させ、尖らせるばかりなのだ。
「なに怒ってるのよ。そうじゃないわね? 違うよね。嬉しいでしょう? もう探偵ごっこも
終わりにしていいの。だって、次の犠牲者はあなた自身なんだから‥‥さ、望みどおり快楽を
あたえて殺してあげるわ。最期のひととき、心行くまで味わいなさい」
じっくり楽しんでね‥‥死ぬまで‥‥。
にやにやと笑いかける逆光のなかの彼女をにらみつづけていた、それが最後の記憶だった。
どうしてD.O.A殺人の獲物に自分が選ばれてしまったのか。
遠くから人の喧騒や騒音がひびく。
一縷の希望を胸に、冷静に声を溜め、うわずることのないよう大きな声で助けを呼んでみる。
「ぁふ‥‥はぅへ‥‥え‥‥」
無駄だった。
ろれつのまわらない、赤子のようなみじめな喘ぎしか押しだせない。
絶望に圧されまいと身をよじり、歯が折れそうなほど力をこめて、割り裂かれた唇ふかく金
属のリングを咥えこんだまま、悲鳴のかわりに乱れた吐息をを押しだす。
もはや、うたがう余地はない。
みじめに屈服させられた少女は、あきらめとともに、なすすべのない現実を受けいれる。
森野夜‥‥彼女自身が、5人目の猟奇殺人の犠牲者だった。
例の映像が撮られた高校へは、すんなり入ることができた。今の時期は全国どこも期末後の
テスト休みだ。部活らしき私服通学の生徒にまじって守衛に頭を下げ、やすやすと校内に入り
こむ。
校舎の入り口前でたちどまり、時計を下からみあげる。
直径1メートル足らずの丸くたわんだ足場のうえで、女教師がどれほど必死だったか思いを
めぐらす。校舎の屋上からも時計をみおろした。気絶した被害者を吊り下げるのはかなりの重
労働だろう。
はためく髪を押さえ、森野は目を細めている。ときおり瞳が泳ぐのは、被害者がどのように
放置されたのか思いをめぐらせているからだ。収穫のないのは承知の上だった。森野も僕も、
死者の足跡を巡礼しているにすぎない。
汗がにじみだす熱気と湿気のなか、僕らは冷ややかな死の息吹にふれていた。
帰りぎわ、校門からすぐのところで携帯をかまえ、カメラモードで校舎の時計をみあげる。
「かなり遠くから撮られた映像みたいだね」
「遠くって、校門から?」
映像の中の前庭は近隣住民や生徒たちでごったがえしていた。そこに犯人もいたのだろうか。
詰所の守衛を気にしつつ携帯をのぞき、目測で校門の外から撮影されたらしいと見当をつけて、
僕らは高校をあとにした。
3件目の路上では、側溝に血痕めいた痕跡があると森野が主張したものの、僕は同意しなか
った。蓋を取りかえた可能性もあるし、雨で血痕は流れただろう。だが僕の話など聞かずに、
森野はしゃがみこんで熱心に路傍のしみに手を這わせ、通りすがりの会社員らの注目を集めて
いた。
森野夜は、自分という存在が周囲にあたえる影響を計算できない。少しばかり鈍感なのだ。
いくぶん不満げな森野をうながして調査を打ちきり、昼時の繁華街に向かい、オープンカフ
ェでパスタを注文した。店内には数組のカップルがおり、たいていの男は森野をちらちらと見
ていたが、やはり彼女は視線に気づいていなかった。
向かいあって食事をしつつ、森野が僕をどうみているかを考える。僕が森野をどう思うかも。
森野と僕はどういう関係なのだろうか。
思いのほかエロにてこずったので、今夜はここまでです。07〜10まで。
>>251 乙ですー。
既に全部書き上げているのではなく、書いた分を順次投下しているのかしら?
>>252 エロのとこだけ「ここでセクロス」みたいなぼんやり指定だったので、書き出したら
時間がかかってしまいました。
今回も神的に面白かったです!
GJ。
犯人の怖さはGOTHよりSAWとかに近いモンがあるな。
微妙に主人公が一歩引いてたのはそのせいだろうかとか妄想しつつ、
やっぱ面白いよ、アンタ。
今日も深夜投下してくれるのかな・・・wktk
初めてこのスレ覗いたが、ここの職人さんたちはすごいな
どの人の投下もwktkで待ってます
こういうの好きです。職人さん乙。
今夜は早め(?)に続き投下です。11〜16まで。
「本当ですか? その方とは会えますか‥‥ええ、今からでも」
携帯を切りつつ、森野は静かに興奮していた。目撃者が見つかり、会う手はずをととのえて
もらったのだ。明日の探索前に、彼をおどろかせてやれるかもしれない。
森野にとって少年は、無価値なクラスメイトのなかで唯一興味をひく対象だった。
少年はつねに明るくクラスに溶けこんでいる。学校での一日をほとんど沈黙のうちに過ごす
森野とは逆で、そんな2人の組みあわせは不思議に映るらしかった。光と影、あるいは太陽と
月。そう比較して陰口をたたく女子もいた。
けれどただ一人、森野だけが、冷え冷えとした真実を知っている。
少年の太陽はうわべだけであり、ひとたびペルソナを引き剥がせば、そこには森野さえ立ち
すくむような昏い日食の闇が広がっているのだ。そうと知りつつはなれられない。重力のよう
に惹かれていく。
少年のことをどう思っているのか、森野は自分の心をうまく言葉にできたことがなかった。
夕食はいらないからと親につげ、家を出る。
情報提供者と電話で約束したとおり、X市の待ち合わせ場所で彼女は待っていた。
「はじめまして。森野夜さんですね」
「わざわざお会いいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ‥‥つらいお話になるかもしれませんが」
青ざめた顔を深々と下げると、目撃者は痛ましい顔になった。死んだ田辺ありさの友人だと
思ったらしい。いつものことだった。誰もが気の毒そうに森野を気づかい、進んで情報を提供
してくれるのだ。
同情といたわりを声に感じつつ、少しづつ打ち解けながら、とくに死のまぎわ被害者が着せ
られた拘束衣のことをつぶさに訊ねていく。
こうした相手の勘違いや想像は、つねに的外れだった。
犯人をつかまえようとは思わないし、犯人を推理しようとも思ったことさえない。
森野は、ただ、死者になりかわってみるのが好きなだけだった。
同じように拘束され、同じように放置され、死のまぎわになにを感じたのか知りたい。死に
ゆく被害者に同化したい。背徳的で後ろめたい衝動であればあるほど、甘美な誘惑をおぼえず
にはいられないのだ。
誘蛾灯に惹きよせられる羽虫のように、森野は、田辺ありさになりかわろうとしていた。
人気のない屋上にはすでに暗い空が広がり、ところどころに星がまたたいていた。
「で、今度は、これを着せて欲しいっていうの?」
「お願いします。どうしても‥‥彼女の気持ちが知りたいんです」
「本気なんだ」
森野の言葉を耳にしてふうとため息をつき、彼女は肩をすくめる。それでも出会ったばかり
のときに比べ、声には気安さと親しみが混じっていた。あるいは森野の執着に共感でも抱いた
のだろうか。
あのあと、森野は頼みこんで彼女とともにSMショップへ向かい、拘束具を買いあさった。
彼女の目で見てそろえた、すべて田口ありさが着せられたものと同じ‥‥寸分たがわぬ市販品
だ。
「風変わりだけど、買ったのはあなた。それはかまわないわ。でもね、脱ぐときはどうするの。
それに、こんなとこまで私をつれてきて‥‥ついてきた私もかなり酔狂かしら」
「それは、いいんです」
「え? ‥‥いいって、こんなもの着せられたままでうちに帰りたいの?」
鏡のような無表情で、森野はこくりとうなずく。
どのみち拘束衣だけを持って帰っても、知識のない彼女一人では身に着けようがない。親に
手伝わせるのは論外だ。となれば結論はひとつだった。
翌日、少年と会うときのことを想像する。
なにも知らない少年は、いつものようにベンチに座る森野に声をかけるだろう。彼女は立ち
上がり、肩にはおったジャケットをすべりおとす‥‥。
そのときの少年のおどろきの表情を、そしてそれ以上の感情をあばきだしたいのだ。
子供じみていると思う。けれど、彼を挑発したいという誘惑にあらがうことはできなかった。
ずっと昔、双子の妹と死体ごっこや悪質ないたずらをして遊んだことを思いだす。
「‥‥はあ」
なんだかな。そうぼやきつつも、彼女は協力してくれた。
「ンッ」
カチリと施錠された瞬間、かすかな呻きがもれる。
立ったまま両手を背中にそろえて組み、拘束された手枷の冷たさに感じ入る。
従順にからだを預け、森野は無数の皮具を装着されていった。
革ベルトがぎりぎり絞られていく。そのきつさに声をあふれさせつつ、皮具が引き締められ、
疼痛とともに柔肌がくびれ、次々バックルが留められていく。自由を奪われ、田辺ありさと一
体化していく自分のカラダを、どこか酔ったような瞳で森野は見下ろしていた。
無力にされていくことへの焦り。もはや自分ではほどけなくなったという恐怖。彼女のなす
がままであるという認識。同じことを田口ありさは感じていたのだろう。イメージにおぼれ、
カラダの芯が熱くなっていく。
急に下腹部をするりと指の腹でさわられ、森野は吐息とも声ともつかぬものを洩らした。
「あら‥‥湿ってきたかしら」
くすくす笑い。
そうした恥ずかしささえ屈辱と共に享受する‥‥田口ありさがそうであったように。
首輪をかっちり嵌められ、あごをつままれ、ひどく暴力的で複雑な口枷が唇にあてがわれる。
あごが外れそうなサイズのリングに、思わずたじろぐ。
「口をあけて」
ここまでは頼んでいなかった。ただ、拘束衣を着せてくれるよう頼んだだけだ。
けれど‥‥。
ぞくりとしたものをおぼえつつ、森野は懸命に小さな口をひらいて太い金属の筒を咥えだす。
歯の位置を調節し、リングの中央から森野の舌をつまんで引きだしながら、なにげなく彼女は
つぶやいた。
「田辺ありさを殺したときも、こんな風に最期に口枷を噛ませながら囁いてあげたのよね‥‥
私が真犯人だって」
「‥‥? ‥‥‥‥!?」
森野の瞳孔が大きくみひらかれる。
けれど、なにを告げるより早く、柔らかな唇をこじあけた無慈悲で固い金属の円筒が、深々
と森野の口腔にねじこまれていった。
「私たちは愛しあっていたから、あの子、最後まで涙目で訴えていたわ‥‥まさか、死体愛好
家のあなたが、女性同士の関係がおかしいなんて言わないわよね。あの子には屈辱をあたえて
殺してあげたから。愛おしい田辺ありさにはね」
暴れようともがきだし、戦慄する。
森野のカラダには、自由にできるところなど、何一つなかったからだ。袋詰めされたように
全身がのたうつばかりで彼女の腕から逃れられない。
必死になり言葉をつむごうとするが、喉のあたりまで咥えこまされた口枷がそれを許さない。
「さて、あなたはどうしましょうか‥‥森野夜」
きゃしゃな全身を揺すってにらみつける森野を、色のない瞳がみおろしている。
まばゆい光が目を射り‥‥。
「あっ、んぁ‥‥!!」
拘束をほどこされた全身を海老ぞりに弾ませ、森野夜は目覚めた。
どうやら、しばらく気を失って白昼夢をみていたらしい。微笑みつつ無抵抗のカラダをなで
まわす手の感触がまざまざと肌によみがえり、たまらず裸身を揉みねじる。それでも、微細な
刺激はやむどころか、さらに嬲るようにカラダをほてらせていく。
状況は朝からまったく変わってなかった。
ビル外壁のはざまに寝かされ、裸身を括りあげる革はゆるみもせず、完全に放置されたまま。
締めつけはきつくなるばかりで、這いずることさえ拘束衣のきしみと圧倒的な絶望がさらに
森野の心をひたす。どこか倒錯した、マゾめいて被虐的な気分を昂ぶらせていく。
犯人の獲物にされ、死を待つばかりのいけにえの少女。
これこそ、森野自身がもっとも強く願い、もっとも味わってみたかった展開ではなかったか。
確実な死とひきかえに、ただ一度きり堪能を許される被害者の目線。
いくどとなく‥‥。
くりかえしくりかえし、没入してきた空想の世界でのこと。
人をはばむ山林の奥で、だれもいない廃墟の校舎で、白々とした肌を無残にナイフで切り裂
かれ、痛みにむせびながら生きたまま解体されていくありようを‥‥
死んでなお安息を許されず、細切れにされ、芸術品のように自分の首が、腕が、乳房が、犯
人の手によってうやうやしく展示されていくところを‥‥
喉がかれるまで悲鳴をあげつづけ、ついに誰にも聞き届けられず、朦朧としたあたまで飛び
降りを選ばざるをえないその瞬間を‥‥
まさしく、彼女自身がいま、身を持って体験しているのだから。
「‥‥‥‥‥‥‥‥ッッ!?」
口枷の奥からぷすりと呼気が洩れ、青白い頬に微かな甘みがさす。
色とも艶ともみえぬそれは、しかし、顔の下半分をおおいつくす黒革のマスクとの対比で、
いやおう強調され、鏡うつしとなって森野を辱めた。
感じていない‥‥違う、だって‥‥これは、卑劣な薬をぬられただけで‥‥。
動くたびに、きつ‥‥く、ベルトにこすられて、真っ赤にただれて‥‥。
ひりひりして、灼けるようだから‥‥。こんな、太ももなんかこすってないで‥‥、指さえ
使えたら、思いきり‥‥。
思いきり‥‥‥なにを、思いきり‥‥‥!?
「‥‥!」
またしても、屈辱で頬が赤くなるのをとめられない。
堂々めぐりの思考は、身動きできない分だけ、過敏なカラダを意識させてしまう。薬の効果
だけではない、ぬらりとしたしずくが下腹部からあふれかけているのを、彼女はまだ気づいて
いない。
「ン‥‥ぅ、ぁあ‥‥。」
声をだすことで気をまぎわらすにも限度があった。
いやらしく皮具にくびりだされた股間が、緊めあげる拘束をちぎりそうなほどに熱く激しく
疼き、もどかしさで灼けつくようだった。
ぷっくりと充血したそこは3本の革ベルトで締め上げられている。
ひそやかな土手の両脇に食いこんだ革ベルトは、羞恥の源泉たる肉のふくらみにことさら血
を集めるとともに、左右から盛りあげて、はしたなく女の部分を誇示させている。
ひどくわいせつな形にゆがみ、左右のベルトに引っぱられてほころびだすいまだ無地の桜色
に染まったクレヴァスには、揺籃を剥かれた肉芽を痛々しくも快楽にまぶして革ベルトが食い
入り、じっとりとしみだす透明なしずくにまみれて、深々と肉の裂け目にもぐりこみ、消えて
いく。
しかも中央のベルトだけ裏地がケバだっており、この残酷な仕掛けは身じろぐたびに森野を
責めあげ、甘く擦りたてては苦しめるのだ。
意地悪くカラダをあおりたて、しだいに理性さえも愉悦の波に足を洗われだすようだ。
とろけかけていた意識に、少年のことが頭をよぎる。
どれほど忘我の境地であるとしても、死をうけいれるわけにはいかない。彼は必ず来るのだ。
根拠もなく、そう思う。できるなら、そのときは死体ではなく生きて言葉をかわしたい。
‥‥だから。
覚悟を決め、彼女は全身を揺すって残酷な革にあらがいはじめる。
とたんに吐息は鼻声となり、甘い呻きとなり、嬌声に堕ちて森野をなぶりだす。一息ごとに、
腰を揺するごとに、上気したむきだしの乳房を震わせるごとに、囚われのカラダを卑猥な衝撃
がつきぬけ、神経が溶かしていく。
これは自分との、くるおしい快楽とぎりぎりの理性の戦いなのだ。
「ンァ、あ‥‥ン、ク、ンク‥‥」
そうして。
敗北は、あっという間だった。
小さなアクメの波が森野をどろどろに突き崩し、わけもわからず濁流に押し流す。
喘ぎ声がリズミカルになり、裸身をふるわせるたび、痛みと圧迫感と疼痛のまじったグチャ
グチャの刺激が森野をこわしていく。
自由にならない。コントロール不能な官能が意識をむしばんでいく。たまらない。腰だけが
釣りあげられたようにひくひくとブリッジでもするように跳ねおどり、しかも、その滑稽さと
うらはらに子宮をむしばむ切羽詰った焦燥感は、いやされるどころかさらに渇きをましていく。
じわじわ被虐的になぶられ殺されていく。
無慈悲な現実にカラダを犯され、死と背中合わせの凌辱に感じきり、ふしだらにも、逃がれ
られぬ死の足先をしゃぶりながら、森野夜はますますあさましく発情させられていくのだ。
満たされない‥‥。
欲しい‥‥。
もっといじられたい。深くまで犯されて、ぐちゃぐちゃにされたい‥‥‥‥。
焦らすくらいなら、いっそ、一思いに殺して‥‥‥‥!
考えてみれば当然のこと。およそ自分で慰めることもまれな少女が、周到な犯人の責めに、
ただの決意であらがえるはずもないのだ。しかも、もっとも感じる状況に追いこまれて、意識
が高ぶらないわけがないのだ。
快楽の炎と炎天の双方に裸身をあぶり理性をけずられ、革拘束の下でとめどなく汗をながし
つつ、この数日のこと、いつも行動を共にする少年との事件めぐりを思いかえす。
それすら、胸の谷間にうちつけられたニップルチェーンのみだらな衝撃で霧散し、真っ白に
焼けきれて、森野はひたすらに身もだえ、不自由に蕩けだしていた‥‥。
午後の日ざしがいちだんときつくなったころ、巨大な清涼飲料水の広告がせりだす雑居ビル
にたどりついた。
ワンピースが汚れるのも気にせず森野は横の路地に入っていき、情報提供者からもらった鍵
で勝手口をあけた。人気のないビル内にも熱気がこもっており、閉口しつつ階段を上っていく。
靴音だけが鈍くこだました。
屋上の扉にも鍵がかかっていた。出られないじゃないかと文句をつけた僕に、森野は片頬で
うすく笑みを浮かべてみせ、勝手口で使った鍵をふたたび差しこんで回す。
錆の浮きあがった扉が、軋んで開いた。
「ここの屋上は、入居したテナントの共有スペースになっているらしいの」
説明しつつ、森野は思わぬまぶしさに顔をしかめた。
屋上に踏みだした僕たちは、直上からの日照りとビル風にまかれ、しばし言葉をうしなった。
そこは、色あせたコンクリートの墓地だった。
6階建ての雑居ビルは、通りに面した側を3メートルほどの看板で目隠しされ、残り三方を
のっぺりした建物の外壁で囲まれている。周囲から屋上を見おろせる窓は数えるほどで、繁華
街のなかここだけが孤立していた。
現場検証のあとだろう、血痕らしき黒ずみや足跡など屋上のいたるところがチョークで丸く
記されている。濃密な絶望と死の残滓が、いまだ強く匂っているようだ。
誘われるように森野が看板へと近寄っていく。
「なんてこと‥‥」
つぶやく彼女の横にならび、大通りを見おろして僕は納得した。
路上には人々が行きかい、たえず喧騒がとどく。だというのに、手すりの向こう、50センチ
ほどのはざまは、看板と鉄柵で視界をうばわれ、細長く切りとられた空と照りつける太陽しか
見えないのだ。
このせまく小さな棺に記されたチョークの人型に、僕らは魅入られていた。
田辺ありさは、ここで朦朧とした意識のまま助けを求めつづけたのだ。ひっきりなしに騒音
が耳に入り、人が行きかい、けれど誰もおとずれず、誰にも気づかれず、じわじわ死んでいく。
しだいに日が落ち、静寂の恐怖がにじりよってくるのを、田辺ありさはどんな思いで目にした
だろう。
あるいは、森野には、この気持ちが分かるのだろうか?
「‥‥そう。そこで被害者が放置されてたんだ。生きたまま、袋詰めにされてね」
静寂をやぶり、屋上の扉がきしんだ。
初めて耳にする声に、僕と森野はふりかえる。
「おーおー、今日も美人だねえ、森野さんは。その子が例の彼氏か。へえー」
「あ‥‥いえ、その、彼は友達で‥‥」
「おいおい、いいの? そりゃあ、彼氏いないほうが嬉しいけど」
二人の会話よりも、僕はむしろ珍しく狼狽をあらわにした森野の表情に気をとられていた。
あわてたような、けれど否定しかねる風情で言葉をさがしていた森野が、僕の視線に気づいて
むっと咎めだてる非難のまなざしをよこす。
「さっき話したテナントの、奥井晃さん。鍵をくれた人。こっちの彼は‥‥」
進みでてあいさつをかわす。奥井晃は笑いだし、可愛い子だねえ、と僕を評した。一瞬ぎょ
っとしたが、森野の顔から、僕が無意識に冗談を口にしたのだと気づく。森野以外の相手に本
当の僕を知られるのは好ましいことではない。ここは陽気な同級生としてふるまうことにしよ
うと決める。
まぶしそうに手をかざす奥井晃は背が高く、さばけた服装だった。衿を立てた格子柄のYシ
ャツの胸元をだるそうにくつろげ、あせたジーンズをはいている。遠慮のない目でじろじろと
僕らをながめ、愉快そうな笑みを作った。
動機についてどう思いますかと、あたりさわりなくたずねてみる。
そうだねえと奥井晃は首をひねっていたが、ひとくさり警察への文句をならべたてた。事情
聴取をうけたときの対応を快く思ってないようだ。
「話を聞いたら森野さんは猟奇犯罪にすごく詳しいし、被害者には悪いけど私だって異常者の
心理には興味あるんだ。これだけやってのけた真犯人がどんな奴か、想像すると胸がわくわく
するね。だろう?」
「テナントに入っているだけで事情聴取されたんですか。警察も本腰入れていますね」
とたんに奥井晃は不機嫌になった。
「そうじゃない‥‥うちがSMショップだったからさ。さいわい先月は商材の買付で海外だっ
たし、帰国も2人目が死んだあとだから、容疑者扱いはされずにすんだがね」
ああ、と納得する。
被害者間に接点はなく、怨恨などの動機もみあたらない。となればロープや猿轡、バイブ等、
遺留品に警察の目が向くのは当然だった。雑居ビルには奥井晃の経営するアダルトショップの
2号店が入っており、相当調べられたという。
もっとも、どの品も大量に出まわるものばかりで、犯人特定には結びつかなかったようだ。
森野は会話に参加していなかった。
手すりのあいだから手を伸ばし、残されたぬくもりでも探るようにチョークの人型を丹念に
指でなぞっている。黒髪のなびく背中を眺め、にやりと僕を肘でこづいた奥井晃は思わぬこと
を口にした。
「どうして田辺ありさがみずから死を選んだか、きみたちは知っていたっけ」
「いえ。もしかしてご存知なんですか?」
少しおどろきながら返事をする。初耳だった。規制がきびしいのか、彼女の死因については
ネットで知りえた情報も少なく、映像をくれた例の情報提供者もくわしくは知らない風だった
からだ。
森野もまた、全身で注意を傾け、こちらに聞き入っている。
大仰にちょっと間をおくと、目に嗜虐的な色をためて奥井晃は話しだした。
「スカトロって分かるかな。死んだ彼女な、動けなくされて、口とお尻をホースでつながれて
放置されていたんだ」
どういうことか分かるかい? とたずねてくる。
排泄器官と口を連結され、自由を奪われたまま丸二日放置される。その様子を頭で想像し、
そして唐突に僕は理解した。
‥‥だから、田辺ありさは二日目に飛び降りたのだ。
一日目は懸命に排泄欲求をこらえたのだろう。けれど、体から水分を奪われ、正常な理性を
うしなって、そういう状況下で排泄物が逆流してきたら、それは発作的な自殺へのトリガーに
なるかもしれない。
「そのとおり。背中は熱したコンクリート、革の拘束具は乾いてどんどん締まりだす。脱水症
状でもうろうとなって、さらに自分がひりだす汚物まで咀嚼しなきゃいけない。極限の恥辱だ
ね。普通はもたないさ」
口元をちいさくゆがめて被害者の死にざまを語る奥井晃も、ある種のGOTHだった。淡々
と死に触れたがる僕や森野とは違うが、奥井晃もまた、こわれた死に様にひかれているのだと
感じる。
「数日は汚物の匂いがビル前の路上にこもってね。閉口したよ」
「‥‥なるほど。ところで、奥井さんのお店を見せてもらっていいですか。僕はSMグッズを
見たことがないので、被害者がどういう目に遭わされたのか、どうもつかめないんです」
「かまわんよ。おいで」
階段をおりかけた僕は一度引きかえし、森野の腕をつかむと、手すりから指をひきはがして
こちらにひきよせた。森野はおとなしく僕についてきたが、視線は宙をただよっており、白く
あざやかな鉄柵のあとが、手のひらに残っていた。
あとから書き上げたSMエロスが本編から浮いている気もしますが、気にシナイ(・∀・)!!
これでだいたい半分くらい。次の次あたりで解決編です。
うおおおぉ!超GJ!!
GJGJGJGJ!!!!
エロいね〜良いね〜
GOTHらしさもすごく出てるし、これからにも期待!
キテター━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!すげえ!!GJ!
続きが楽しみだ!
GJ!!!
よくこんな酷い殺し方が思い浮かぶなあーと感心
原作に負けてないキガス
はっと気づいたとき、すでに太陽は中天にかかっていた。陽射しは強くなり、灼きつくす夏
日がじりじりと囚われの森野夜をあぶっていく。
マラソン直後のようにどくどくと動悸がみだれ、波打っている。
それが、とろ火で煮込むように長く断続的にイかされつづけたせいだと気づき、ぎりり、と
森野は、唇にねじこまれた金属の口枷をきつく噛みしめた。
まんまと犯人のわなにはめられて、惨めにも連続したアクメにまで追いこまれてしまった。
3時間ものあいだ被虐に溺れ、意識が混濁していたらしい。
この絶望的な革拘束から抜けだすどころか、いたずらに体力を消耗するだけで終わったのだ。
肌に食い入る革拘束のベルトは、どれも最初から水をかぶって重く濡れていた。
気絶しないよう、涼を取らせる目的だったのかしら‥‥。
けれど日が高くなったここにきて、森野は身をもって見込みの甘さを思い知る。水を吸った
革紐は乾きだし、獲物にまきついた大蛇のように収縮しはじめ、汗みずくの裸身はミリ単位で
締まっていく。
無残な革緊縛がもたらす圧迫としびれをこらえきれず、意に反して森野のカラダは強制的に
悶えさせられてしまうのだ。
またしてもこみ上げるマゾヒスティックな官能を、口枷に歯を立ててやりすごす。
刺激はとどまることを知らず、飽くこともなく、一波ごとに激しく狂おしく打ち寄せてくる。
そうして、溺れても、溺れまいとあがいても、森野を待つのは終わりのない色責めなのだ。
いまや、森野は犯人のねらいを正しく理解していた。
”快楽をあたえて殺す”‥‥その意味。
どれほど懸命に全身をのたうたせ、あらんかぎりに快楽をむさぼっても‥‥。
拘束された森野夜のカラダは、決して最後までイくことを許されず、エクスタシーの直前で
寸止めのまま、焦らされっぱなしなのだ。
ひりひり火照らされたまま、果てのない無間地獄。
瞳がうつろになり、欲望に突き動かされてぶざまに腰をふり、心まで本物の奴隷に堕とされ、
マゾになりきって何度も自失し‥‥けれど、その短いアクメはさらに森野の下半身を疼かせる
ばかりで、けっして届きえないのだ。
恥辱にまみれてイかされてゆく一瞬一瞬、意識は遠のく。
欲望をおさえきれず、屈辱を舐めながら犯人のあやつり人形となり、情欲に酔う。
縛りあげられた苦痛におぼれ、不自由な裸身を味わいつくす。
けれど、同じ女なればこそか、犯人の仕掛けはぎりぎりまで森野を追いあげていきながら、
最後の最後で快楽をきわめさせてくれない。頂上にとどかない。
目前に限界の悦びを見せつけられながら、どうやっても、とどかないのだ‥‥。
森野の瞳に小さな涙が浮かび、落ちていく。
「‥‥ン、ンク」
ちり‥‥ちゃり‥‥と澄んだ金属の響きが森野を震えさせる。
我慢できずに身じろぐたび、敏感に震えるなだらかな乳房のうえでチェーンが転げまわり、
その重量に引かれてニップルチェーンがきつい疼痛を乳首に加えてくるのだ。
一撃ごとに鈍く衝撃をともなう痛み。
快楽のほどを誇示するかのようにツンといやらしく尖りきった桜色の突起は、冷たい金属に
甘噛みされて、とほうもない悦びを少女の体内にそそぎこんでくる。あらがえばあらがうほど
チェーンは動きまわり、つながれた二つの乳首は少女自身の煩悶と連動して、こりこりきつく
揉みしだかれていく。
「ン‥‥ぁン、ひァ、ぁァァ‥‥ン」
焼けつく空気を押しだすようにもれるかぼそい呼吸は、大気よりなお熱く濡れていた。
快楽を反芻し、ためつすがめつ楽しむために、意識せずに鼻にかかったあえぎ声があふれて
しまう。
いつのまにか、玉のような汗が一面にふきだし、裸身を這っていた。
ちりちり焦がされていく柔肌を、小さな粒がつううと舐めるように転がりおちていく。触れ
るか触れないかのタッチで、そっと肌の輪郭を指でなぞられていく。思わぬくぼみをくすぐら
れ、乳房をあやすような意地の悪い刷毛のひとなで。
払いのけられないひとしずくひとしずくのペッティングが、森野を惑乱させ、狂わせていく。
開いた毛穴の奥までなぶられる感触に、かぁぁっと裸身が燃えあがるのだ。
お尻には重くだるい感触があった。
脂汗がでるほど太い異物が秘めたのすぼまりを抉りぬきすぽんと嵌りこんでいる感触。田辺
ありさがはめられた排泄用のチューブとは逆のしかけ。これは、そのごつごつした形状とエラ
の這ったカサで、後ろの穴を犯す忌まわしい擬似男根なのだ。
異物感は、尾てい骨のあたりまで、張りつめた背骨の下をみっちり埋めつくす。
本来激痛を覚えるはずのすぼまりは、薬のせいでほぐれていた。
たえまなく腸壁をこじる異物感のなまなましさが不快そのものなのに、無意識のうちに後ろ
の穴に力をかけたり抜いたり、きゅうきゅうと窄め、そのたびに揺れ動くバイブのいやらしい
ばかりの太さに目を潤ませてしまう。
凌辱のすべてが悩ましく、初めての苦悩で少女を圧倒し、打ちのめした。
しかもこれらすべては、おろかにも犯人の手中へ飛びこんだ森野自身が選び、犯人みずから
検分した、田口ありさとおそろいの奴隷装束なのだ。
捕らわれの屈辱と、快楽のジレンマが、彼女をさらに乱れさせていく。
快楽をあたえて殺す、そう告げた犯人を思いだす。
事実、この痒みとくるおしい火照りはすでに半日以上つづいており、悩ましい刺激を頭から
追いだそうと努めれば努めるほど、いっそうみだらに下腹部を充血させ、ただれきったクレヴ
ァス奥のぬめったひだをひくひく収縮させてしまう。
風にのって下から届く喧騒が遠く、森野をここちよい絶望でみたしていた。
きっとこんな風に感じていたのね。そう思う。
田辺ありさも喧騒を耳にし、必死に助けを求めた。そして、無残にも願いはとどかなかった。
希望は絶望に打ち砕かれ、失意のうちに田辺ありさは死を選んだ。
彼女も同じなのだ。
これだけ犯人の罠が周到である以上、森野夜も必ず田辺ありさと同じ運命をたどるだろう。
万が一はない。運よく通行人に発見され、助かる可能性は0に近い。
こうして凌辱の悦びに目覚め、奴隷の欲情に昂ぶらされたまま、あきらめを胸に抱いてじわ
じわと死んでいく。
それを嫌い、田辺ありさは、せめて自由意志で落下を選んだのか‥‥。
顔を傾ける。左側には外壁からはりだす看板があり、その隙間から落ちれば、一瞬でアスフ
ァルトに叩きつけられるだろう。
一応は転落防止なのか、首輪と足枷からのびた鎖が、小さい箱のような金具で、手すり側の
鎖とつながっている。ただ、鎖は意外に細い。どれほど森野がきゃしゃだといっても少女一人
の体重を支えきれるかどうか断言はできない。
死を選ぶのは簡単だった。
リモコンのスイッチは後ろ手に握らされ、ガムテープで巻かれた手の中にある。犯人は立ち
さりぎわ、堪えきれなくなったらそれを使えと、含み笑いとともに森野に教えた。
D.O.A‥‥速やかに死ぬか、緩やかに死ぬか。
死に方を選ばせるのが犯人の愉しみだ。ならば、このスイッチだけは押してはならない。
押した瞬間、彼女のカラダはエクスタシーの頂上をきわめるだろう。そして、どんな仕掛け
にせよ、そこで死ぬのだ。
死とひきかえにただ一度あたえられる極限の絶頂。どれだけ甘美なものかを思い、森野夜の
カラダはぶるりと震えた。間違ってスイッチを押しこまぬよう、汗でぬるぬるになった手から
意識をはなさないようにする。
口惜しいことに、いまの森野にはなんら反撃の手段も、逃れる手だてもなかった。
犯人の姦計どおりに、快楽に負けてすみやかな死をえらぶか。
全身を甘くただれさせ、最期まであらがいながら、衰弱しきって死んでいくか。
「んぁ‥‥ぅ、いぉ、ン‥‥」
大丈夫、大丈夫だから‥‥気が遠くなるたびに、少年のことを思いだす。
かならず彼が来てくれる。それは疑ってなどいない。
けれど‥‥。
少年の、闇一色にそまった本来の瞳の色を思いおこし、森野夜の背中がぞくりとあわだつ。
ほんのときおり、たとえば大地にばらまかれた被害者の残骸を目にしたときなど、少年は肉食
科の獣のような瞳をすることがあった。
獣欲に餓えた瞳とはちがう。冷静に獲物の力を計算するような、冷たい瞳だ。
めったにはないが、森野自身がその目で見られていることもあった。といっても、背中ごし
の気配で感じるだけだ。少年は森野のまえでその目を見せることはない。確実にしとめられる
時にしか殺気を見せない、孤高なサバンナの王のように。
森野をみつけ、犯人に打ち勝ったあとで、少年は森野を助けてくれるのだろうか。
それとも‥‥。
瞳を閉じ、森野は甘くやるせない物思いにふけった。
‥‥それでも、少なくとも、少年は死のまぎわまで、彼女の最期を看取ってくれるだろう。
雑居ビル4階の一室で、森野から鍵を返してもらった奥井晃がドアをあける。
「私はネットもパソコンも嫌いだが、従業員がくわしいのでね。最近はそちらの方が売れるし、
ほとんどネット専売に移行しているんだ」
店内の狭さをいいわけするように手をひろげ、手錠や革ムチやコスチュームなどの展示品を
さししめす。カウンターの店員がこちらに気づいてたちあがったが、奥井晃は手をふって下が
らせた。
いきいきと、ときに尊大な身ぶりでグッズを紹介する奥井晃にとって、この店舗は仕事と趣
味の両立のようだ。金属手錠の意外な重さにおどろき、ごわつく麻縄をさわり、被害者の自由
を奪っていく犯人をイメージしてみる。
自由を奪う、奪われることに快楽をおぼえるのがSMなら、あるいはこの手のマニアも僕や
森野と近い位置にいるのかもしれない。
奥井晃のレクチャーが終わったところで、バラバラの殺害方法についてどう思うかたずねて
みる。
「そういや、こいつは殺人犯のくせに刃物や凶器をつかわないな。そこがヒントかもしれない」
「面白い着眼点ですね。でも、たしか3件目が」
「あ‥‥首切りワイヤーか。ふむ、じゃあどうなるんだろう」
首をひねる奥井晃に礼をのべて、店の奥に入っていった森野を追いかける。
森野はカウンターの前に立っていた。
沁みるような病的な青白いうなじに革の首輪を食いこませ、店員の手を借りて、背中にねじ
あげた両手首を革の拘束具で締めあげられていくところだった。カチリと留め金がロックされ、
不自由な手枷を軋ませながら、感じいったようにまぶたを伏せている。
なにをしているのと問いかけると、うっすらとした死化粧のような笑みがむけられた。
「この締まる感触、悪くないわ。でも、紐のほうが好き」
「紐?」
「首吊り用の紐よ」
どうやら森野の中では首輪と首吊りの紐が同じカテゴリに入るらしい。あまり追求はせず、
一歩下がって彼女のできばえを眺める。森野もそれを望むかのように、拘束された腕をよじり、
黒いワンピースをひるがえしてみせた。
「これはこれは‥‥すばらしい。森野ちゃんには本当に拘束具が似合うね。商品モデルになっ
て欲しいぐらいだ」
いつのまにか瞳を輝かせた奥井晃が僕の後ろに立っていた。さん付けがちゃん付けに変わり、
サディストの目に変容している。奥井晃から視線をもどした僕は、そろそろ帰ろうかと森野を
うながした。
「え、もう帰るのかい? 残念だな」
本当に無念そうに奥井晃がつぶやき、寡黙な店員が首輪から垂れるリードを僕につきだす。
僕の困惑は二重の意味だった。革製のリードの先には、びっくりするぐらいの値札がついてい
たのだ。
「寺井君、野暮はやめたまえ。そのグッズは二つとも森野さんにプレゼントするんだ」
「‥‥」
オーナーにたしなめられて店員はうなだれ、僕はリードを取ろうか取るまいか迷っている。
つぶやくような森野の声が追い打ちをかけてきた。
「臆したのかしら?」
雑居ビルを後にするころ、夏の夜空はすっかりうすぐらくなっていた。
この町のどこかに猟奇殺人犯がひそんでいる。
そう思うと、周囲の視線が気になってしかたなかった。もちろん、それだけが理由ではない。
そろそろリードを離してもいいですかと丁重におうかがいをたてる。いや、とにべもない拒絶
がかえってきた。
ため息をつき、首輪を嵌められた森野にふりかえって目立ちすぎだと抗議する。
「いちいち通行人を気にする人なんかいないわよ。私はこの不自由な感触をもう少し味わって
いたいの」
森野は冷ややかに僕を睨んだ。背中でくくられた両手をきしりきしり弾ませ、首輪のリード
を引かれるがまま後からついてくるわりに、女王様のような尊大な態度だ。
「大丈夫。何かあったら、むりやり襲われたっていうから」
すでにこんなやりとりが数回はくりかえされている。警官に出会わず駅にたどりつけること
を僕は願った。この分だと、次の探索はさらに大変なことになりそうだ。奥井晃と森野のやり
とりのつづきを思いだす。
「このあたりには、他にSMショップはあります?」
「あるよ。駅をはさんだホテル街の方にね。うちの本店もそっちにある。けど気をつけた方が
いいねえ。暴力団がらみだったり無届で営業してるアダルトショップも多いから」
「そう‥‥」
森野はひどく残念そうだったが、奥井晃の言葉が他の店に客を逃がさないための方便である
可能性はまったく考慮していなかった
帰りぎわにふと思いたち、事件ごとの殺害方法がバラバラなことをどう思いますか、と店員
にたずねる。PCで作業中だった手を休め、彼は僕と目をあわせた。感情を浮かべずぼんやり
つぶやく。
「‥‥誰かに、見せつけたいのではないでしょうか」
寡黙な店員と熱心にしゃべる奥井晃のコンビは、森野と僕の関係を連想させた。奥井晃がサ
ドなら、あの店員はマゾなのだろうか。想像して少し気分が悪くなる。僕ら自身にそのイメー
ジを重ねることは、さらにお断りだった。
帰りの電車でも森野は首輪をはずさず、革の手枷をもてあそんでいた。
少しだけ彼女の汗を吸ってなじんだ器具を、不思議な思いでながめる。およそ殺人には使え
そうもない道具であえて被害者を死に至らしめる。それがまだ見ぬ殺人犯の行動原理なのかも
しれない。
森野は、SMショップで僕がみせた動揺がよほど楽しかったのか、二日後にまた探索しまし
ょうと一方的に約束を取り決め、その日は駅のホームで別れた。
二度目の探索にでかける日の朝早く、携帯へのメール着信を告げる音で、僕は起こされた。
『2・3日のあいだ、探索は中止しましょう』
眠たい目を何度かこすり、じゃあね**君、と僕の名が記されたメールを、僕は訝しみつつ
見た。彼女らしくないし、これではなんだかよく分からない。こちらから電話をかけなおすが
不通だった。
「おはよう、兄さん」
朝のリビングに下りていくと妹の桜が話しかけてきた。昼から塾に通うので、午前中は予習
するのだという。兄さんも出るの、と聞かれ、予定がキャンセルになったと言うと、桜の目に
好奇心がやどった。
「もしかして、森野さん?」
僕がおどろいた顔をしていたのだろう。桜がしてやったりという表情になる。桜には、以前
森野と買い物に出かけたところを見られていた。そういう関係ではないと否定する僕の反応が
面白いのか、桜はこの話題を好むのだ。
「昨日、森野さんを見かけたわ‥‥男の人と一緒だった」
桜の話によれば、昨日友達の家に遊びにいった帰り、森野夜が背の高いすらりとした男性と
一緒に繁華街の高級そうな喫茶店へ入っていくのを見かけたという。友達の家はDOA殺人の
起きているX市だった。桜の話を聞くかぎり、容姿や風体からも、もう一人は奥井晃の可能性
が高い。
彼女を放っておいていいの? と意地悪くせまる桜に、それは誤解だとわかりやすく説明し、
論破されてちょっとむくれた彼女をあしらいつつ朝食をすませた。
これはどういうことなのだろう。
普通に考えれば、森野は情報提供者である奥井晃に呼びだされたのだろう。それ以外でX市
まで電車をのりついで向かう理由はないし、かりに森野自身が新しい情報を手に入れたのなら、
教える側が隣の県まで出かけるはずがないからだ。しかし、そうだとすれば探索を止めようと
言いだすのは不可解だ。新たに仕入れた情報で僕をびっくりさせる機会を、森野が逃がすわけ
がない。
と、いうことは‥‥。
変質者を惹きつける森野夜の特質を思いだす。一昨日の探索で、森野のとった行動はかなり
人目をひいた。あの町にひそむ殺人犯が森野を見初めたとしてもおかしくはない。
適当な時間になるのをみはからって森野の自宅に電話をかける。
やはり、彼女は昨夜から帰っていなかった。
昼過ぎまでインターネットで調べたが、とりたてて次の殺人や新しい情報は出ていなかった。
例の映像提供者だけが田辺ありさの転落死について新たな事実を教えてくれたが、それも奥井
晃の話と同じ内容にすぎなかった。
今までの被害者は、襲われてから約一日のうちに死んでいる。
同じように計算するなら、生きている森野夜にあえるのは今夜がタイムリミットということ
になる。少なくとも、まだ死体は見つかっていない。万全の準備をととのえて部屋を後にし、
夕食はいらないと伝えておく。あれ、やっぱり出かけるんだという桜に、ちょっとX市まで見
物にね、と僕は答えた。
去年の夏を思いだす。あれ以上に動悸が早まっていくのを、僕ははっきり自覚していた。
森野夜の最期に、立ち会うことができるだろうか。
ホームに降り立つと、おとといにも増してひどい熱気が全身をつつんだ。
ねばりつく大気はどろりと水飴のように重く、それでいて水気を与えるどころか奪いとり、
さらに渇きを助長させる。DOA殺人の犯人も、この干照りにあてられ、気を昂ぶらせている
ことだろう。
事前に電話で連絡をいれておいた雑居ビルのSMショップにむかう。ドアをあけると、あの
おとなしい店員が僕を認めて頭を下げた。奥井晃さんに会えないでしょうかと訪ねると店員は
小さく首を左右に振った。今日は営業に出かけてしまったらしく、どこにいるかは分からない
らしい。
少し考え、おとといは気づかなかったことを思いだす。
この店員は、奥井晃がDOA殺人の情報を集めていることを知っている風だった。店員自身
はあまりGOTHのように見えないが、もしかしたら奥井晃がなにか情報をもらしているかも
と思い、質問してみる。
「はい‥‥うちの奥井は凝り性ですので、このごろは出張前と同じように私に仕事をまかせた
きり、森野様とよく会っていたようで‥‥あなた方が来られた日も、ちょうど2人目の映像を
手に入れて上機嫌でした。森野様が映像を持っていたので落胆ぎみでしたが‥‥4人目のこと
ですか‥‥ええ、お二人が帰られてから、私も聞かされましたが‥‥飛び降りた理由について
です」
店員が語った話は、どれも、森野や僕にとって目新しい情報ではなかった。
奥井晃がさらに新しい情報を手に入れたというふしもない。真犯人が分かったのではと期待
していたのだが、違っていた。結局、奥井晃と森野が喫茶店でなにをしていたのは分からない
ままだ。
「いろいろとありがとうございました」
店員に礼をのべ、最後に、森野が失踪したこと、僕の推測と犯人のもくろみについて要点を
話しておく。アラだらけだったが、店員の反応を聞かされてこの推理に自信をもち、雑居ビル
をあとにした。
じきに、日が沈もうとしている。
今夜はこれまで。情報もでそろって、次、解決編です。
最後にエロが入るかどうかは未定。
>>267-270 感想どうもです。森野のハードSMシーンは内心「やっちゃったかな」と
ひやひやしてたので、ほっと安心できました。
おおGJ!SMだろうがエロだろうがどんとこいです。
GOTH本編を読んでるみたいに、自分なりに色々推理?してみたりしてる。
解決編が楽しみww
おおーいよいよクライマックスですか。
wktkしてます!
沈黙の夜がビルのはざまにおとずれようとしていた。
沈んでなおオレンジに輝いていた残照がついに暗く失せていくのを、なめるような思いで森
野は見つめていた。
甘美な絶望がひりひりと心を侵食していく。
無数の革ベルトに蹂躙されて、コンクリートの棺の底から見上げる空が無常にもあせていく。
今にも暴れだしそうな焦りにむしばまれつつ、けれど、浅ましい火照りを抑えこむためには、
イくにイけない生殺しの凌辱をじっとして味わうほかないのだ。
手からこぼれていく時間は、残りの命そのものだ。
躯の芯を溶かされて、爛れきった疼きと焦燥から、森野は死のせとぎわに近づきつつあった。
強制的な発情によるたえまない体力の消耗に加えて、異常な熱気が彼女の生命力を奪いかけて
いるのだ。
実際、森野は軽い脱水症状におちいり、意識がもうろうと遠のきかかっていた。
少年は来なかった。
いや、まだ来ていなかった。そう表現した方がいいかもしれない。
彼女の寝かされた外壁は屋上から一段低くなっており、ドアからは陰になっている。手すり
まで来なければ、人が寝かされているなど知りようがない。犯人が階段を降りていく音は壁を
つたってはっきりこだましたし、ずっと聞き耳をたてていた。誰か来ていれば必ずわかるはず
なのだ。
けれど‥‥。
かろうじてつないできた最後の希望が崩れ、不穏なイメージが広がっていく。
ところどころ森野の記憶は飛んでいた。イかされつづけて絶息し、呆けているあいだ、ひょ
っとしたら少年は来たのかもしれない。森野を呼び、反応がないので立ち去ってしまう。その
可能性がゼロだとは断言できないではないか‥‥。
「うグ、ン‥‥んぁッ!!」
たまらずぎしりと身もだえ、とたん、全身に仕掛けられた無数の責め具に鳴かされて、瞬間
的にイッてしまう。
蠕動するクレヴァスの奥が、熱くただれた帳に埋もれた革ベルトを引きずりこもうと蠢き、
かえって半端にずるずると肉芽を擦りあげるだけの結果に終わってしまう。つきあげるもどか
しさは頂点に達し、欲望の鬱積で頭がまっしろにはじけ、どろどろとした唾液が、のどの奥に
からんでいた。
拘束のための口枷にさえ意味もなくしゃぶりつき、円筒状の筒の内側でねっとり舌を使って
しまう。
ぷるぷると乳房が震え、誘うように熟れた少女の匂いがひろがっていく。
あまりに長くむごすぎる焦らし責めは、イキたいという以外の理性や思考をすべてかき消し
てしまうのだ。
幾度となく、後ろ手に握らされたスイッチのことが頭をよぎる。
なんで押しちゃいけなかったのかは分からない。駄目だったはずなのだけど‥‥。
でも、このスイッチを押せば‥‥。
きっと、体がバラバラになるぐらい、最後までイけるはず‥‥。
意識が惚けていくにつれて、なぜ自分があれほど突っぱっていたのか、スイッチを押すこと
を拒んでいたのかさえ、分からなくなってくるのだ。
全身の肌という肌をびっしり蚊にさされ、腫れているようなものだ。
掻きたくて掻きたくてしかたない。ひりひりして、赤く膨らんで、触るだけで楽になれるは
ず。なのに、理由なんかとうに忘れてしまった理性のどこかが、絶対に掻いてはだめだと悲鳴
をあげるのだ。
誘惑と忍耐のジレンマは身も心も裂いていく。
懊悩の極地に追いこまれて、もはや、自分が何を待ちわびているかさえわからなくなる。
だから、彼女の屈服は時間の問題でしかない。
少女のからだは、汗と火照りで、いまではすっかりいやらしく出来上がっていた。
這いまわる革の拘束具は、白くとろけた柔肌と完全に一体化していた。
乾ききってぴっちりと身を締めあげ、肌をむしばむのだ。
まるで肌と融けあってひとつになったかのように縛めが呼吸し、ささいな煩悶や身じろぎで
さえ革ベルトが吸収して、いともたやすくこらえていた被虐の波濤を呼びおこす。そのたびに
記憶が飛び、全身がけだるいアクメで焦らされ渇いていく。
熱帯夜だった。そよぐ風さえねばっこく、だるい余熱をはらんでいた。
夜気さえゆらゆらと霞む余熱はサウナのようで、一分のすきもなく柔肌に食いいる無数の革
ベルトをさらにひとおし、ぎりりと絞りこんでいく。その拘束感が気持ちいい。圧迫されしび
れた裸身は、たえまなく這いまわる手できつく抱き寄せられているかのようだ。
五感のすべてが性的な意味を持ってせまってくる。
気丈だった森野夜の心をマゾにつくりかえ、奴隷のように屈服させ、隷属させていく。
1時間や2時間ではない。めざめてから12時間以上、いっときの休息もなく責められつづけ
て、普通の少女が堕ちないわけがないのだ。
「ん‥‥んふ、ンッ‥‥」
顔の下半分に密着したフェラチオ用の口枷から、苦しげに息が洩れている。汗でへばりつく
口枷から空気が入らず、なかばふさがれた鼻で懸命に呼吸する。
発情した、むせぶような自分自身の匂い、女の匂いに眩暈さえおこしつつ、周囲をみやる。
腰が跳ねてしまう。
このままではいけない‥‥。
彼が来るまで、耐えるんだから‥‥。
少年のことを思いだすと、わずかに残された正気が戻ってくる。
心のなかに力をため、森野は自分を呼びさました。ぐったりしてはいるが、瞳に意思が戻っ
てくる。
考えてみれば、森野は蹂躙される一方だった。
いま、どんな拘束をされているか‥‥。
それが分かれば、まだしもわずかな余力が残るうちなら抜けだせるかもしれないと一縷の望
みをいだいたのだ。実際に脱出可能どうかより、希望をもつ、ということが重要だった。犯人
に心まで売りわたしたくはない。
顔を背けたくなるのをこらえながら、鏡の自分に目を凝らす。
首を傾げ、前髪をふりはらい、赤面して自分自身をなめるように見つめていく。
革の首輪から鎖骨のくぼみ、乳房、さらにへそのあたりまで‥‥
うとましい呻きがあふれる。
全身を緊めあげる革拘束は、森野がどれだけ悶えてもけっして解くことができないよう処理
されていた。
幾重にも重なりあうベルトは、すべて南京錠で留められている。金属の閂で施錠されたカラ
ダは、どれだけ森野が煩悶したところで1ミリたりともゆるむことはない。これでは、屈強な
大の男でも脱出は不可能だろう。
一人の少女を生贄としてその細身のカラダに施すには、あまりに苛烈で無慈悲なものだった。
実用以上に見た目の残酷さで犠牲者の希望を奪いさる‥‥そういう目的だ。
さらに下へ。
辱められた女の部分へいやいや目を向け‥‥はっと息を呑む。
ベルトに埋もれた性感帯の中心部にも、乳首と同じピアス状のクリップが、ネジ止めの金具
できりきり留めつけられ、ベルトをくぐった下で強く肉芽に噛みついていた、
どれだけ我慢しても腰が跳ねていたのは、この小さな仕掛けがじかにほどこされていたから
なのだ。包皮をむきあげたまま、錐のような冷たく鋭い刺激で彼女をねぶりたてていく。今ま
で気づかずにいたのは、羞じらいから強調された自分のそこに目をやらないようにしていたせ
いだろう。
あらためて肉欲の疼きをおぼえさせられ、つんとつきあげる誘惑を意志の力でねじふせる。
少なくとも、これでは拘束を解くのは不可能だった。
だが‥‥背中側、体の下敷きにされた後ろ手はどうなっているのだろう。最低限腕だけでも
動けば、まだ、どうにかなるかもしれないのだ。
もしかしたら、私が抵抗することなど予想もしていないのでは、と思う。
それは森野自身にとって都合のいい考えであり、犯人の罠でしかない。普段の彼女ならそこ
まで考えたのだろう。けれど、そのときの森野はすでに天日にあぶられて消耗し、体の芯から
こみあげる女の疼きにたえかねていた。
幅50センチほどのスペースで、滑落しないように注意してごろりと体を反転させる。
ざりざり、と乳首がコンクリートにこすれてとてつもない痛みをもたらした。悲鳴がこぼれ、
それすら口枷が吸収してしまう。しばらく悶絶し、その場で硬直した。
涙目になり、胸をいたわるようにゆっくり、歯を食いしばってうつぶせになる。
そのまま首だけをねじり、頭上の鏡をのぞきこんだ。
せめて手首だけでも、ほどけそうなら‥‥。
だが、後ろ手を見やり、無残に期待を打ち砕かれて森野は呻いていた。
肘をそろえ、背中でコの字に腕を重ねた手首には、3連の革手錠が食い込んでいた。
両手の手のひらで自分のひじをつかんでいる姿勢のまま、肘から手首までを完全に太い革の
筒が包みこみ、その上から3箇所でベルトが絞られてバックルをかけられている。南京錠のか
かった中央のベルトを解かなければ腕は自由にならず、そして、肘のあたりに追いやられた手
首はどれほど柔軟でもバックルまで届きそうになかった。
最初から、絶望させるための、異常なまでの縛めが森野にはあたえられていたのだ‥‥。
周到さと残忍さをおもい、失意のあまり、くらりと意識がゆらぐ。
そのとき、張りつめてきた糸がゆるみ、森野の裸身はぐらっと大きく投げさされていた。
上下が回転し、危うく転落しかけ、必死で腰を浮かす。
頭上にひろがった夜空がぐるぐると回り、反転してはるか下の路上を見下ろしていた。左の
肩をコンクリートにこすり、不自由な足に力をこめてかろうじて停止する。
遠くの喧騒とはうらはらに、通りは人気がたえていた。向こうからくたびれた様子の会社員
が歩いてくる。泳ぐ視線のはじで彼が立ち止まるのが目に入り、しかしその直後、森野夜は戦
慄した。
何者かが、まっすぐに屋上への階段をあがってくる。
そんな、どうして‥‥。
ためらいもない靴音は犯人のものに違いない。来るはずのなかった犯人の登場に動揺し、そ
してそれが、凍りついた森野夜の明暗をわけた。
激しい音をたててドアが開く。
びくりと震えた森野のカラダが、今度こそ危険なまでのバランスで外壁のそとへと傾ぐ。
もはや、残された力では回復不能なことを森野はさとった。
屋上で誰かの声が響いている。
全身をかきみだす恐怖と死の愉悦が、森野のあえぎをほとばしらせる。
汗まみれの拘束衣がにちゃりと滑り、次の瞬間、傾いた森野の裸身は音もたてずに外壁から
消えていた。
ビルの外の遠い喧騒が、ざわざわと最上階の踊り場まで響いてくる。ひどく猥雑なBGMや
呼びこみは、ホテルの密集する歓楽街としての夜を演出していた。
屋上へつづく施錠されたドアにもたれ、階下を見下ろしてじっと待つ。
嵌め殺しになったドアのすりガラスからネオンがあふれ、ちかちかと僕の肩で踊っていた。
ハーフ丈のチノパンに手をつっこみ、いざというときにそなえて持ってきたナイフの柄をまさ
ぐる。とある殺人犯との出会いの記念にもらったナイフセットの一本だ。刃はかわいておらず、
かわりに、しびれるような冷気が死の気配を教えてくれた。
暗闇のなかから、コツコツと刻むような靴音があがってくる。階段をあがりつつ胸もとから
とりだしたタバコを口にくわえて、そこで、僕に気づいたようだった。残り数段をはさんで、
上と下から視線がぶつかりあう。
「こんばんは」
「あれ、きみは‥‥」
解せないといいたげに首をひねり、森野さんの彼氏だっけ、とけだるそうに奥井晃は答えた。
不審そうな色が瞳に浮かぶ。僕は、雑居ビルの2号店で本店の場所を聞き、ここに来たと説明
した。
「にしても、あまりよろしくないね。ビルのこんな暗がりにひそんで、空き巣ねらいと勘違い
されるよ。警察なり学校なりに通報されたらどうするんだい」
「そのときは背中の扉をこじあけますから」
急にけわしくなった奥井晃の視線に失望をおぼえつつ、それで、と問いかけた。
「もう決めましたか?‥‥森野夜をどうやって殺すかは」
肌にささるような無音のひとときが奥井晃と僕をつつみこむ。静寂はほんの数秒だろうか。
口にした煙草に火をつけず、不思議そうな目で奥井晃は僕を見た。質問の意味が分からない
な、とつぶやく。僕は、昨夜から森野夜が家にかえっておらず、最後に奥井晃と一緒のところ
を見られていると説明する。
奥井晃は小さく苦笑し、なだめるように言葉をつむいだ。
「だから私が犯人だと? きみが森野さんを心配するのは分かるけど、根拠としては薄くない
かな。探偵ごっこでももう少し確実な調査をするもんだ。私には真犯人でないというアリバイ
まであるのにね」
「ええ。だからこそ、です」
ここまでくれば、もう陽気な少年のペルソナをかぶりつづける必要もない。
いっさいの表情を消し、僕は平板に告げた。
「あなたは真犯人の手口に魅せられ、自分のビルで4人目の田辺ありさを殺した、ただのでき
そこないの模倣犯です。そうして、次の犠牲者に森野夜を選んだ」
ちがいますか、ひかるさん。そうたたみかける。
暗がりのなかで、奥井晃の‥‥彼女の瞳から色がうせていくのを、僕はじっと見つめていた。
僕が奥井晃を疑いだすきっかけになったのは、森野夜があずかった鍵だった。
最初の探索のとき、森野の持っていた鍵は勝手口と屋上のドア、さらに店舗のドアまで開け
ることができた。つまり、マスターキーだったのだ。通常そうした鍵を所有するのはビルオー
ナーにかぎられる。
なぜ奥井晃はビルオーナーだということを僕らに隠したのか。そもそも見ず知らずの人間に
マスターキーを貸すなど無謀きわまりない。
おそらく、そこまでして彼女は森野の注意をひきたかったのだ。
殺害現場のビルオーナーが都合よく猟奇事件に興味をもち、鍵まで貸すのはおかしいと考え
たのだろう。その点、SMマニアなら疑われにくいと計算したのかもしれない。さらに記憶を
たぐってみれば、被害者と一面識もないはずのビルオーナーが葬儀に参列していることじたい
不自然だった。
「もちろん、これだけでは犯人と断定できません。決定的なのは、田辺ありさの死因でした。
あとで週刊誌やネットを調べましたが、やはりそうだった。あれは犯人のみ知りえた事実なん
です」
「排泄物を口にそそぎこまれたって私の話かい? あれがなんだっていうんだ。現場検証の警
官も顔をしかめてたし、清掃車だって来たんだ。あの場にいた住人なら誰だって知っているだ
ろうよ」
「ですから逆なんです」
攻撃的で男性的な話しかたをする奥井晃をさえぎる。
「彼女は屋上から落ちて首の骨を折り、死にました。首吊り自殺と同じです。眼球が飛びだし、
糞尿をもらしたり失禁する。でも、それはただの結果であって、糞尿をもらしたから飛び降り
るわけじゃないんです」
そうなのだ。
首を吊ったから排泄物をもらすのであって、排泄物をもらしたショックで首吊りはしない。
現場には汚物がまきちらされただろうが、それが『いつ』排泄されたのかは、犯人以外の者が
知りえるはずがない。
そもそも、口とお尻をホースでつながれていたという情報自体、一般にはでまわっていない。
落下の衝撃で拘束具は壊れ、あちこちちぎれてしまったのだから。
奥井晃は、窮地においこまれた猫のように肩を怒らせ、歯をきしらせていた。
そのありように失望する。
僕がこれまで目にした猟奇殺人犯たちは、犯罪衝動そのものが人生だった。日常はうつろな
はりぼてで、退屈でかわいた日常のなか、人を殺すという行為の感触だけが彼らを現実に引き
よせる。
だが奥井晃は違う。帰国してDOA殺人を知り、心酔して犯人にあこがれた偽者にすぎない。
こちら側の人間にすぎず、日常のしがらみに縛られている。だから、警察の動向をさぐろうと
被害者の葬儀に顔をだし‥‥森野夜に出会ってしまった。
奥井晃は、森野夜に声をかけた瞬間から、彼女を次の獲物に選んでいたのだ。
「不思議なことですが、森野には異常者を招きよせるフェロモンがあるんです。あなたのよう
な二流まで釣りあげたのは意外でしたが」
肩をすくめ、狂おしいほどの怒りを放つ奥井晃の視線をやりすごす。
すでに糾弾そのものがどうでもよくなっていた。
奥井晃には異常者になりうる素質があった。だが、楽しみのために人を殺めながら、彼女は
みずからの人間性さえ殺しきれていない。異常者にもなりきれず、日常にしがみつくさまは滑
稽でしかない。
「森野夜はこのドアの向こうにいますね。生きているのなら、返してもらえませんか」
あれは‥‥僕のものなのだから。
僕の発言を耳にして、奥井晃の顔にわずかだが余裕が生じた。こちらをねめつけ、唇をねじ
まげて笑う。
「ふん。そこにいると思いこんでいるのか。思いこみだらけの探偵坊やだな。こんな会話をし
ているあいだにも、森野夜は一人でじわじわと死にかけているぞ。探しにいかなくていいのか、
うん?」
「いいえ。間違いなく森野はここにいます。理由は簡単‥‥あなたが模倣犯だからです」
二度つづけて自分の持ちビルで人を殺すのはかなりのリスクを負う。DOA殺人の他の被害
者のように、森野がよそへ連れさられた可能性はゼロではない。
しかし‥‥。
「あなたと真犯人は決定的に違う」
それこそが重要だった。
「あなたは、自分が見て愉しみたいがために犯行をおこした。他人に見せるため、わざわざ睡
眠薬をつかってまで死のタイミングを演出した真犯人とは動機が真逆なんです。犯行を人に見
せようなどとは思いもしない。人の死を独占したいだけなんだ、あなたは」
だから、田辺ありさは人気のない早朝に死んだ。その殺しかたも、オリジナリティの欠けた
1・2件目の醜悪なパロディだった。
「あなたのようにいぎたない殺人犯が、森野夜が死んでいく最高の瞬間をのがすわけがない。
今ここにあなたがいる以上、森野もこの屋上で死につつあるんです。違いますか?」
奥井晃の反論はなかった。
黙ったまま、彼女の返事を待ちつづける。
答えるかわり、奥井晃の顔からいっさいの表情が消えた。足を踏みだし、威圧的に一歩づつ
階段をのぼりだす。
「で? これから、どうするんだい」
「そうですね‥‥真犯人にならいざしらず、あなたのような変質者のなりそこないに森野夜を
わたすのはしのびないですね」
「そうじゃないだろ。違うだろう。鍵のかかったドアの前に追いつめられて、おまえはどうす
るつもりなんだと聞いているんだよ、私は」
階段をのぼりきった奥井晃がふところに手をいれ一閃させると、折りたたみの警棒が伸びた。
彼女は背も高く、負けるはずがないと信じきっているのだろう。内心でうんざりしつつ、僕は
動いた。
「なら、こうしましょうか」
後ろに手をまわしてノブを握り、屋上のドアを大きく開け放つ。
「なっ‥‥どうやってカギを開けた!」
彼女のためらいを逃さず、バックステップで屋上へ飛びだした。猥雑な喧騒と夜気がねばり
つき、ネオンが背中を照らす。奥井晃の所有する2つ目の雑居ビルにも、四方を閉ざされた屋
上が広がっていた。
かぼそい悲鳴が後ろであがった。みなくとも分かる。手すりの向こう側に寝かされた森野だ。
田辺ありさと同じように拘束され、口枷の下で呻いている。
すぐに怒声をあげて奥井晃が飛びだしてきた。
警棒をふるって突進してくるかわり、奥井晃はジーンズの尻ポケットから四角い器具をとり
だし、みせつけるようにかざす。
「そこまでだ。動けばこのリモコンを使うぞ。森野夜は‥‥死ぬ」
奥井晃がにんまりと笑う。森野を救いたければ言うとおりにしろと僕に語りかける。口封じ
したいらしい。こうくるだろうということは、奥井晃とは分かりあえないだろうということは
予想済みだ。
だから、僕の返事も決まっていた。
「どうぞ」
意味が分からなかったのだろう。とまどったように奥井晃の動きがとまった。森野から聞き
ませんでしたか、と問いかける。
「僕は人の死んだ場所をたずねあるくのが趣味なんです。そうすれば、こんな風に」
言葉を切り、チノパンからナイフを抜きだす。
ネオンを反射する輝きに目を射られ、つかのま無表情になり、彼女に告げた。
「殺人犯にさらわれた、僕にとってもっとも大切な人が殺される瞬間を、この目で見ることが
できるかもしれませんから。そうでしょう?」
ちらりと、奥井晃の瞳の底を、おびえめいた何かがかすめていく。
怒りにわめいて、彼女はリモコンを押しこんだ。壊れたような喜悦のよがり声がほとばしり、
ガチャンと鎖のはずれる音がする。
躯をはずませ、落下する森野のかすれた悲鳴に、僕はじっと耳をかたむけた。
解決その一、ここまで。謎解きがめっさ長くなってます。
あと2回、次の次で完結です。
超GJ!!
続きwktkwktk
おおあ!次も楽しみにしてます!
こ、ここでストップとは・・・ああああ続き待ち遠しい!
めじりと革がきしみ、不自由にはじけた森野夜のカラダが重力の束縛から解きはなたれる。
強烈な電気ショックが森野を悶絶さた。
目の裏から火花がでるような衝撃が花芯をゆさぶり、神経をつらぬいて少女をうちがわから
甘く灼きつくす。全身が浮きあがり、感覚が溶けていく。
たえられるはずがなかった。
どろりと爛れきって感覚さえ麻痺しかけていた双の乳首とクリトリスに、金属のクリップを
通じて断続的な電撃がほとばしったのだ。
一撃ごとに乳首が跳ねあがるような、くるおしい衝撃。
肉芽を揉みつぶすような力強い律動が、自分では触れることもまさぐることもできぬ性感帯
をビリビリと感電させ、しびれるほどの刺激と痛いばかりこりこり歯をたてる金属の甘噛みを
もたらす。ひとりでに腰はよじれ、首とつま先だけでブリッジのように裸身をのけぞらせ、完
全にバランスを崩す。
甘くわいせつな電気ショックとともに、森野を手すりにつなぐ金具がパージされていた。
リモコン操作ではずれた足枷と首輪の鎖が、勢いよく床に落ちる。
一度バウンドした鎖は外壁のかなたへすべりだし、無抵抗の森野夜を奈落へ引きずりこんだ。
あっと思う間もない。跳ねおどる下腹部を制御しきれず、縛めの鎖にたぐりよせられて、あら
がうまもなく汗ばんだ裸身が宙に放りだされる。
「‥‥ァ、ひ‥‥ひぁァァ!!」
転落の刹那、森野夜をとらえたのは噴きあげる絶頂だった。
かってないほどの、およそ普通の少女が知りうるはずもない、残酷で華美なエクスタシー。
イク。なんどとなくイく。瞬間的にイく。強制的にイかされる。
あれほど切羽つまって届くことのなかった絶頂の高みへと軽々とつきあげられ、さらに絶息
するような快楽の波濤にイかされ、イった余韻すらあじわうことを許されず拷問のように、ど
こまでも果てもなく延々とイキつづけていくのだ。
長時間にわたる調教をほどこされ、苦悩の果てになめつくす被虐の桃源郷だった。
ひときわ高くいやらしい嗚咽をこぼし、口枷をきりきり噛みしぼって発情した牝猫のように
むせび鳴く。焦がれつづけ、ひたすらに抑圧されてきた官能がマグマの奔流となって全身を溶
かす。上も下もなく、ほとんど気死したまま、一気に解放されたアクメの濁流が、死を自覚し
た森野夜をなだれのようにうずめつくし押し流す。
犯人の手で突き落とされ、重力をふりきった裸身が、ひどくいとおしく思えた。
これで死ぬ‥‥。
殺されて‥‥今度こそ、助からないのだ‥‥。
イきながら‥‥こんなにも気狂いのように悶えながら‥‥死ぬの‥‥?
彼に死に顔を‥‥見られ、て‥‥。
深々と錐のように心を刺しつらぬく悪寒。黒々とした絶望の眺め。
ぬりつぶされた森野の心は、くらく濁った疚しい恥辱に溺れきり、狂おしく小刻みな痙攣を
起こしていた。一秒か‥‥数秒か‥‥のたうつことも悶えることもできぬ革拘束に緊めあげら
れて憔悴したカラダに、なすすべもない奴隷としてできあがっていた受け身の裸身に、容赦な
い快楽の焔が灯されていく。
強烈な電気ショックが、ひきつる躯を外壁に打ちつけて‥‥。
タナトスの裏返しとなったエロスにみたされた森野夜は、永い永いアクメをむさぼりつづけ、
下半身からはとめどなく甘く匂いたつ透明なしずくを零し、深々とアナルに打ちこまれた太い
バイブをほぐれきった括約筋でしっかり噛みしめながら、上気したお尻を自動的にひくひくと
震わせていた。
「低周波‥‥パルス‥‥ですね。違いますか?」
「まさか、最初から知って‥‥」
「ええ‥‥ですから、僕は彼女が‥‥ないように‥‥」
呆けた森野の耳にはなにも聞こえてはいない。
ものすごい衝撃が、快楽の余波をともなって森野夜のきゃしゃな裸体を蹂躙していく。
森野は気づいていなかった。
死んだ自分のカラダが、実は少年が胴体にまきつけられたロープに引き戻されてかろうじて
宙吊りを保っていることを。
つい先刻、夕暮れ時の屋上にあらわれた少年は、落下しかけていた森野を介抱していたのだ。
複雑な束縛に手をやいた少年はとりあえず腰に命綱をまきつけ、それが彼女の転落死をふせい
だのだった。
ギィィン、ガキン、と、金属の調べが屋上になりひびく。
鋭いその音は容易に死を連想させた。
殺される側。
殺す側。
森野は被害者になりかわりたいのではない。そんなうわべだけのごっこ遊びでは、もはや、
我慢できなくなっていた。
森野は、被害者として、殺されてみたかったのだ。
嫌がる体に無理強いをされ、自由意志を剥奪され、切なく厭わしい残忍な方法で殺されてい
く。それが殺人犯の手でむきだしにされた彼女の昏い業、初めて情欲としてカラダに刻みこま
れた、やるせない被虐の悦びだった。
手枷をきしませ、上半身をうねらせて、汗ばむ肢体をつつみこむ革に身悶える。
とらわれの篭女だった。直接、肉芽の裏から快楽につながる神経を引きずりだされ、そこを
ライターで炙られているかのような衝撃、しかも無力な森野自身にはどうしようもない衝撃に
翻弄され、もっとも原始的な喘ぎを汲みだされていく。
つきせぬ蜜がこんこんとクレヴァスをぬらし、革ベルトをべたべたに湿らせ、太ももをじわ
じわ伝っていく。乳房は天をうがつようで、きりきりとそそりたつ乳首の頂点がとほうもなく
悦楽にしびれかえっている。
体の芯からつきあげる甘い叫び。喘いでも喘いでもわきあがる淫らな悲鳴。
とどまることなく嬌声を洩らし、肌を嬲りたてる痛みを懸命にむさぼっていく。啜りつくす
快感はとめどなく、押し流されるだけの奔騰する官能を身のうちに溜め、子宮であじわい、不
自由な裸体のすみずみまで味わいつくしていく。
そうして幾度となくイきつづけながら、奴隷の愉悦にうっとり酔いしれた森野は、無限の連
鎖でこわれた人形のように、ひくりと手足をきしませていた。
うつろな瞳に、目線すれすれの屋上であらそう二人の足が映っている。
なにをしているか認識はできず、ただ、飴のように引きのばされた快楽の海に溺れながら、
ぶつかりあうナイフとロッドの重みを聞いた。
少年は、森野を救うために戦っている。そんな気がする。それが嬉しい。
本当にそうなのかと疑念をいだくだけの思考力は、いまの森野には備わっていなかった。
だん、と重たく鈍い衝撃音が鉄柵を揺らす。
突然間近で起きた音は、気をやりつつ惚けて涎をこぼす森野の理性を、手荒に引きもどした。
果てしない電気的な凌辱に身を焼かれながら‥‥。
大きく目をみひらいた森野の目の前、手すりのすぐ向こう側で、奥井晃が少年を押し倒すと
馬乗りになり、警棒をふりあげた。
警棒の一撃をナイフでうけた衝撃で吹きとばされ、コンクリートの上を転がる。
もともとナイフは切り、裂き、突くものであり、鈍器として力まかせの殴打をおこなうもの
ではない。奥井晃のロッドを受けきれないのも当然のことだ。
なまぬるく汗のにじむ熱帯夜のなか、握るナイフだけが死の予感に冷めきっていた。
この争いにけりをつけるのは、さほどむずかしくはない。ナイフの思うとおりに動けばいい。
以前にも刃の輝きに導かれたことはあったし、ナイフの先が人のからだに埋まっていく感触も
僕は知っている。
ただの一閃、ただの一撃だ。だが、だがそうできない理由が僕にはあった。
‥‥森野が見つめている。
彼女のまえで人を殺している僕を見せる。それは、決定的にまずいという気がした。
倫理的によくないとか、目撃者を残すのがまずいとか、そういうことではない。森野も僕も
残忍な事件に心躍らせ、死を通じて世界とわかりあう。
僕らはある面で似ているし、とても近しい部分でつながっている。
だからこそ‥‥‥‥。
駄目なのだ。
むろん、それだけが理由ではない。けれど、攻めることができない以上、必然、防戦一方と
なり、追いこまれていく。よって、待ちうけるのは当然の結末だった。
「勝負あったな。え、そうだろう?」
奥井晃が馬乗りになる。振りおろされた一撃を、今度ばかりはしびれる両手でうけとめた。
利き手はナイフの柄を握り、逆の手で刃背をささえ、渾身の力でロッドを押しかえす。たがい
の武器がせりあい、膠着状態が生まれた。
くぐもった悲鳴があがる。
首をかたむけると、森野が噛まされた口枷の下から懸命になにかを叫んでいる。彼女の顔は
涙でぐしゃぐしゃだった。なぜ僕を見て泣いているのだろう。不思議に思う。僕が死ねば次は
自分の番だからだろうか。
奥井晃は馬乗りになり、完全に勝ちを確信して全体重をのせ、ロッドを首におしつけてくる。
ギロチンのように窒息させる気らしい。
苦しい息の下で、僕はつとめて普通に奥井晃に問いかけた。
「‥‥ところで、真犯人は誰に見せるために人を殺してきたと思いますか?」
「はぁ?」
なんだ、こんなときに。そんな顔を奥井晃がみせる。時間かせぎだと思ったのか返事はない。
かまわずにしゃべりつづける。
「分かりませんか。では質問を変えます。奥井さんは、真犯人を知っていますか」
「さぁね。すごい奴だとは思うが、ここでそんな話題は無意味だ。どっちみちお前は殺すよ?」
「そうですか」
ますますロッドの圧迫がきつくなる。あまり猶予はないようだ。
一度だけ深く息を吸い、すべてを吐きだした。
「こうは思いませんか‥‥」
DOA殺人の真犯人は殺しの美学をもっている。人に見せるため、メッセージをこめて死を
展示する。ならば模倣犯は、本物のプライドを傷つけはしないだろうか。偽者が誰かわかれば、
犯人は偽者を『清算』するために訪れるのではないだろうか。
「そいつぁいい。楽しみだな。私も、犯人とはぜひ語りあいと思っていたんだよ」
「なら、最後にあなたに告げておかなければなりませんね。でないと僕は後悔を残しますから」
「‥‥言ってみな」
にやり、と唇をゆがめた奥井晃に、僕はしごく真面目な顔で事実を告げた。
「あなたの後ろに真犯人がいるんです」
「は。下らん」
おそらくこの答えを予想していたのだろう。下らんと言いたげに舌打ちした奥井晃はナイフ
をにぎる僕の腕をひざでつぶし、ちゅうちょなく警棒を振りあげる。致命的なロッドをかわす
手段はもうなかった。
だから、いまにも頭部を叩き割るだろう一撃をみあげて言葉をつむぐ。
「屋上の鍵を、僕がどうやって開けたと思いますか」
「‥‥‥‥」
「そこにいる、彼から、預かったんですよ」
奥井晃の返事はなかった。
バチバチっと、奥井晃の首の後ろではげしい放電が火花をちらしている。衝撃にふりむく暇
もなかったのだろう。ふりあげた腕から警棒が落ち、白目をむき、ゆっくりと脱力した肉体が
倒れていく。
気絶した彼女をおしやり、ようやく上体を起こした。
呼吸はみだれ、しびれた利き手はろくにナイフも握れそうにない。
背後で、またしても森野が悲鳴をあげた。奥井晃のからだをまたぐようにして、4人目の登
場人物があらわれからだ。
スタンガンを手に、真犯人が無言で僕をみおろす。
僕は、彼を見つめかえした。
首すじに走る痛みに、奥井晃は意識を取りもどした。
バンジージャンプのあとに宙吊りになっているかのような浮遊感があり、全身がぴくりとも
動かない。無理に手足に力をこめると、ギシリギシリ不吉な音をたてて縄がきしみ、奥井晃は
完全に目を開け‥‥巨大なボールギャグを噛まされた口で絶叫した。
彼女は全裸に剥かれていた。
くもの巣のような縄目によって、小さな立方体の檻の天辺から吊られており、均整のとれた
モデルのような柔らかな肢体には異常な量の緊縛がほどこされている。腕は高手小手に厳しく
縛められ、カエルのように膝を折りたたんだ両足はぐるぐる巻きにされていた。
檻の床を暗い波が洗っている。
直前までの少年との諍いと、不気味な口調で彼がつぶやいたひとことを最期に、奥井晃の記
憶はブラックアウトしていた。
‥‥犯人は偽者を『清算』するために訪れるのではないでしょうか。
‥‥模倣犯は、本物のプライドを傷つけはしないでしょうか。
予言めいた科白が、くりかえし脳裏をリフレインする。
では、まさか。
おそるおそる周囲に目をやり、怜悧に吊りあがった彼女の瞳が裂けそうなほどみひらかれる。
うなだれている首をもたげた奥井晃の正面、皮肉にもそこには、彼女が森野夜にしかけたのと
同じ仕掛けが残されていた。
‥‥D.O.Aの血文字が書きなぐられた、全身を写しだす鏡が。
事態をつかみきれず、混乱と恐怖が心をかきむしる。
全身の毛穴が開き、しとどな汗とともに 全身が狂ったように熱をおびはじめる。
冗談ではない。こんな形で邂逅したくはなかった。違うのだ、私は真犯人を侮辱するつもり
なんてなかった、逆なのだ、あざやかに死を切取るその手口にあこがれただけなのだ‥‥。
パニックにおちいって全身がひきつり、暴れだしそうになる。
そこで思いだした。
この文字が記されたときには。すでに犯人と被害者の接触は終了したあとだということを。
奥井晃が殺す場合とことなり、犯人は二度と犠牲者に顔をあわせることはないのだ。
揺らぐ湖面に奥井晃自身が写りこんでいる。
丸出しにされた股間をひろげっぱなしのまま、後ろ手に縛り上げられ、敏感な3点にピアス
をうがたれて、チェーンで結びあわされた、本来の彼女と真逆の姿を。
自由気ままなSMの女王から、哀れをもよおす緊縛奴隷に貶められた自分自身を。
すでに、奥井晃は死を待つばかりの第五の犠牲者。
死をもって模倣犯の罪をつぐなう、屠られたあわれな供物だった。
今夜はここまで。日曜中にできれば更新して次で完結です。
サイト持ちなのでそっちで掲載もはじめてますが、こっちの方が早いので
完結編はスレの方を見てくださいw
あと、思いのほか長くなりすぎ、スレを占領してしまってすみません。
批判や意見などもありましたら、遠慮なくお願いいたします。
GJ
>>295 文句なしです。むしろたくさん投下してくれた方が
うれしいです。完結編wktkして待ってます。
>>297 ありがとうございます。
また何かよさげなミステリを思いついたら、投下してみたいと思います。
では、最後、34〜38までを投下。これにて幕です。
ブラックアウトしていくモニタを、5人目の殺害の一部始終を、僕らは熱心に魅入っていた。
檻にとりつけられた浮きが一つづつ潰れていき、湖面に没するまでを。
屋上を吹き抜ける生暖かい風が、肌をねぶっている。
あれから数時間がたち、コンビニで買ったスポーツ飲料を与えたことで、森野も多少は正気
をとりもどしているようだった。あまりそうは見えないにしても、だ。くたびれきってはいる
が、命には別状ないようだ。
いま目にした、奥井晃の殺害現場がどこかは知らされていなかった。
人里はなれた暗い湖に、生きたまま水葬された奥井晃の檻が沈んでいるのだと思うと、胸が
おどる気がする。目撃者は真犯人と、あとは檻にとりつけたカメラで中継してもらった画像を
みせてもらった僕たち2人きりなのだ。
当分、奥井晃の遺体は上がってこないだろう。もしかしたらずっとかもしれない。
こうして最後の事件をモニタで見せてくれたのは、奥井晃の注意をそらし、彼の仕事をやり
やすくした僕への感謝なのだろう。あるいは、最後の最後まで、人に見せるということに執着
した彼の方法論なのかもしれない。
彼の手を借りて立ち上がったときのことを思いだす。
「どうして私が真犯人だと分かったのですか。さきほどは時間がありませんでしたから」
「二人目の動画がありますよね。あれをネットで入手して森野に渡したのは、僕なんですよ」
「‥‥では、私たちはネットですでに顔を合わせていたんですね」
ええ、とうなずく。
つまるところ、僕がネットで映像を譲りうけた匿名の情報提供者こそ、この店員だった。
気づいたのは夕方、SMショップで店員の話を聞いてからだ。
そもそも、教師の死にざまを撮ったあの動画は、犯人が撮影したものだった。
それは早くから推測がついていたことだ。
時計の近くから撮れば、必ず映像は見上げる視点になる。だが、映像はほとんど真正面から、
つまり遠距離から撮影されていた。そうした極端なズーム撮影にもかかわらず、映っていない
細い首吊りロープのことまで計算して、一瞬たりとも教師が死ぬまでフレームから外さなかっ
たのだ。
「撮影者は、あの混乱した現場で、彼女がどのように死ぬかあらかじめ分かっていたんです‥
‥そんな人間は、犯人だけでしょう」
また、校舎の外から撮っていることから、学校関係者ではないと推測もつく。前庭に入れる
のなら、迷わず間近で撮影するだろうからだ。
「少なくとも僕ならそうしたい。でも、犯人は校庭に入るわけにはいかなかった。だから目立
たぬよう、人ごみにまぎれて遠くから撮影していたわけです」
「でも、それだけでは映像をわたしたのが私だと‥‥殺人犯だと分からないはずですが」
「簡単な消去法でした」
田辺ありさの情報は、4件目の模倣犯、奥井晃しか知らない事実だった。
口と尻をホースでつながれて死んだというあの発言だ。
パソコンやネットを嫌う奥井晃がわざわざインターネットで情報を流すはずがない。あまり
ネットを使わない森野も同じだ。にもかかわらず、今朝になってひとりだけ、田辺ありさの話
を知っている者がいた‥‥例の、匿名の情報提供者だ。
「昨夜の時点で奥井晃から話を聞かされたのは、僕、森野、そしてあなたです。3人のうち、
森野と僕はネットに情報を流さない。となれば奥井晃からじかに情報を聞き、それをネットに
流せたのは一人しかいない」
「私以外の従業員にも同じことを話したかもしれません」
「それはないでしょう。というのも、ネットを使えない奥井晃はあなたを通して‥‥皮肉にも
真犯人その人から、ということになるのですが‥‥ネットに流出した映像を手に入れていたか
らです」
ネット嫌いの奥井晃がどこで情報を仕入れ、森野に近づくことができたか。だれか、奥井の
かわりに、ネットから情報をひろいだす者がいたからにほかならない。
さらに別の協力者がいる可能性は低かった。
猟奇犯罪の情報さがしに手を貸す従業員が何人もいるとは考えにくい。
警察に疑われた経緯もある以上、奥井晃は注意ぶかく相手をえらぶだろう。店員自身の語っ
た話からも、それは明らかだ。
この寺井という店員が4人目の死に方を聞かされたということは、すくなくとも、彼は奥井
晃に信頼されていたことになる。おそらく、彼は手足としてネットで情報を集めるふりを続け、
なにも知らない奥井晃はそれを森野に提供したのだ。
そして‥‥このことは、必然的にひとつの結論をもたらす。
「でも本当は逆だった。あなたは森野に情報を流すためネットを使ったのではない」
そうですよね。
問いかけながら、店員の瞳に浮かんだ無表情を、興味深く観察する。
「あなたは、奥井晃に情報を渡したくて、ネットで拾ってきたふりをしたんです‥‥最初から、
奥井晃に被害者の死にざまをみせつけるのが、あなたの目的だった」
「どうしてそうしたと思いますか?」
「うん」
考えるまでもない。答えはすぐに出た。
「DOAのメッセージは、実は、被害者に出されていたわけじゃない。あなたは、最初の一件
目から、ただ奥井晃を殺したくて、彼女に死をイメージさせたくて、ずっと殺人予告を送りつ
けていたんです‥‥違いますか?」
マニッシュないでたちを好む奥井晃は、その気の強さが魅力的な女性だった。
ショップでの二人のやりとりを見て、SM的な関係をイメージしたことを思いだす。彼にと
って奥井晃こそが特別だったのだ。
店員の反応を見て、僕は深い満足をおぼえた。
「完璧な推理です。あなたと私は友達になれそうですね」
「かも、しれません」
にっこりと店員が笑い、僕に手をさしだす。
彼と僕はよく似ている。
もっとも身近なところに、もっとも魅力的な生贄が連れ添っていたいう、その一点において。
店員と僕の違いは、のどが渇いたから冷蔵庫を開けたか開けなかったか、その程度のささいな
差にすぎないのだ。
さいしょのころ、奥井晃と店員をコンビとして考え、森野と僕になぞらえたことがある。
あのとき気分が悪くなったのも当然だ。たしかにそれは、けっして僕が検討してはならない
禁忌のひとつだった。
彼はおそらく、僕にとって鏡写しの、ひとつの可能性だったのだ。
黒々と奈落の穴のように、太陽の黒点のように光にぬりこめられた瞳を深くのぞきこみ、僕
は、DOA殺人の真犯人と固い握手を交わした。