オレの名は韋駄天のジョージ。
この界隈じゃちょっとは知られた黒ゴキブリだ。
茶羽ゴキブリよりデカイ身体をしちゃいるが、速さだけじゃ今まで誰にも負けた事はない。
まだ人間どもが起きている時間に、並み居るライバルを尻目に、真っ先に台所の三角コーナーに飛びついて食事をする。
その間、オレは人間どもに気付かれる事なんざ、一度だってなかった。
そんなオレでも、たまには人間に見付かる事はある。
野生の世界はキビシイ。
あの巨大な人間に見付かったりすれば、たちまち殺されてしまう。
仲間達の中にゃ、そうやって叩き潰されたり、毒を吹きかけられたりして死ぬノロマもいる。
が、オレの場合は違う。
そんな時は、自慢の速度と羽でハエ叩きやスリッパをことごとくヒラリヒラリとかわし、毒の霧からも素早く逃げる。
オレぐらい長く生きれば、毒餌もトリモチも簡単に避ける知恵もある。
誰もオレを捕まえられない。それがオレの自慢だった。
ところが最近、オレのNo.1の座と命を脅かすものが出てきた。
エプロンドレスにポニーテールのホイホイさん、とかいうアイツだ。
人間そっくりなくせに、オレら並のサイズで、オレ達に襲いかかってくる。
チビなくせになたらと強くて、仲間が何匹も叩き潰されたりした。
オレはわざとそいつの前に出てみる。
「へい、そこのチビのおじょーちゃん。オレ様を捕まえられるものなら捕まえてみろや」
これは、宣戦布告だ。
「ふん。ついに出てきたわね、ジョージ。あたしはあんたを倒す為にここのご主人様に買われた、ホイホイさんVer.15『イチゴ』よ。いざ、尋常に勝負!」
彼女は、肩に担いだ大砲からBB弾を撃って撃ってくる。
飛び道具とは分が悪い。が、広範囲の毒噴射からも逃れる俺だ。そんなものはかわしきれなくもない。
いつものように、食器棚と食品棚の間に入りこんで逃げる。
「うふふふふ。逃がさないわよ」
なんと、アイツは小ささを活かして隙間までオレを追ってくる。
こいつぁやっかいだ。
しかも相手は夜目が利く。簡単に追跡を捲けはしない。
「待てーーーーっ」
食器棚の裏から箪笥の裏までしつこく追跡してくる。
が、オレは直に相手に弱点に気付いた。
昆虫と違って、さすがに壁面移動までは苦手だったらしい。
「へっ、残念だったな」
オレは箪笥の裏を素早く上って行く。
「ふふふっ、逃がさないわよーーーっ」
と、イチゴの奴は箪笥の裏の狭さを利用して、箪笥と壁に手をついて登って来る。
ふふん、なかなかやるな。が、これはどうだ。
箪笥の天辺、なんかゴチャゴチャと置いてあり、誇りの詰まったそこでオレは待ちうける。
「ふっふっふ。ついに観念したわね」
イチゴは肩の大砲を構え、オレを狙う。が、オレはニヤリとする。
アイツと違ってゴキブリには羽がある。箪笥から部屋の中に飛び出してブーンと飛んでいく。
「あ、ちっくしょー。この卑怯者。帰れ、戻れ」
後からは、悔しそうなイチゴの声がした。
「はっはっは。残念だったな明智君。また会おう、さらばだ」
そう言い残して、オレは悠々といつもの隠れ家へと飛んで行く。
これが、オレとアイツの腐れ縁の始まりだった。