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630AMARIA -ED 1-
―――前略、お元気ですか? 私は相変わらず元気です。
 こちらはまた春の季節がやってきました。まだまだ朝は少し寒いものの、これからゆっくりと暖かく、そして暑くなってくる季節に備えて、早速制服も衣替えです。
 もう何度も着てみても、衣替えの度に湧き上がってくる懐かしさと嬉しさはいつも変わりません。せっかくなので、皆で久し振りに集まった時に撮った写真を送ります。
 ……注意。いやらしい目で見ないように。それでは、またメールしますね。
 P.S. いつ頃こちらに来られますか? 決まったら教えてください。

 宇宙港の前でノートパソコンを立ち上げ、これまでに送られてきたメールをいくつか適当に眺めていた。
 最後に、送られてきたばかりの最新のメールを確認。それによれば、待ち合わせの時間と場所は間違っていない。
 今、ちょうど時間になったことを指針が示す。
 つまり、まあ、そういうことだ。
―――ゆっくり、待とう。
 腰を深く掛けて、ノートパソコンを閉じ、鞄に仕舞い込む。そして、両手を突いて溜め息を漏らすと、何となく空を見上げていた。
 あれから、1年が経つ。
 それなりに忙しい大学生活の傍らで、何とか暇を見つけては火星への旅行費用を必死に貯めていた。結局、時間的に1年間も過ぎ、卒業も間近になってきた今日この頃、やっとの思いで再びやってきた。
 将来のこととか、考えてはいるけど明確な答えを出せずにいる。何よりもこうしてもう1度会いに来ることが最優先だった。
 希望としては、こうやって長い時間をかけて会いに来るなんて耐えられないので、いっそ火星に移り住むことも考えとしてはある。
―――あーあ、こうなったら郵便屋さんにでもなりますかな。舟の先生に最適な彼女もいることだし。
 久々に訪れた火星。色々変わっているものかと勝手に思っていたのだけれど、実際はその逆で少し驚いた。
 火星は以前と同じ姿を見せている。澄んだ空も、降り注がれる光も、水の音も、流れる空気も。それに、遅れてくる彼女さえ。
 異なっているのは気候くらいだ。高くなっている気温が、これからの夏を知らせているようにも感じられた。
 海を照らす光も強さを増し、輝きも同様に増している。鳥は優雅に海を泳ぎ、空を飛ぶ。
 行き交う人々は多くもなく、少なくもない。満ちているようで、足りないもの。建造物の多くは、長い月日を生きているのにその時だけの姿を目に焼き付ける。
 そんな中、点在する獅子の像は今日も広場に佇み、火星の平和を見守っていた。
―――変わらない百年単位の風景。
 1年振りの景色は、見慣れたと言うには程遠いのだろう。まだ知らないことが多過ぎて、未熟と言える。
 ここでは変わるということが、頻繁に起きているのだろう。けれどそれは目に見える全ての現象によって人々の前に姿を現す。
 反面、変わらないものがあり、それは目に見えていても人々が生活の中で必ずいつも目にしていて、だけど気付かれることはないから、きっとそこに変化というべき日常がある。
 つまり、言葉では言い難いもの。そして、かけがえの無いもの、ということ。
631AMARIA -ED 1-:2006/05/01(月) 22:33:51 ID:sKvkuLOM
 目を風に任せて泳がせた。水上に沢山の舟が浮かび、魚のように水のセカイを行く。
 同じような舟はいくつもあった。特に水先案内人の操る観光案内の舟が多く、その中で1艇の舟が視界の中に流れてきた。
―――あれは……。
 見たことのある制服と、鮮やかに操舵する後姿。
 まさか、見間違うはずがない。間違いない。
 目で追いかけていくと、その舟は少し先にある広場の舟乗り場へと着けたところだった。
 慌てて立ち上がり、走り出す。
 気がつくと、何も考えていなかった。頭の中がホワイトアウトして、何も見えない。順序もわからず、善悪も知らず、ただ手探りで会うことだけを目指していた。
 距離が近づくにつれて弾みだす心臓の音。胸を叩く感覚が短くなって、息が追いつかない。苦しさが、別のものと重なる。
「アマリア!」
 乗り場まで辿り着くと、胸の中で堪えていた言葉を放った。楽になったお陰で、呼吸と安堵が一気にやってきた。思わず、咳き込む。
 舟の先端に縄を掛けていた1人の水先案内人。名前を呼ばれ、黒い髪を揺らしながら、立ち上がり、こちらを向いた。
 いつか見た、無表情。そんなものにさえ、過去を思い出す。
「お前―――」
 次の言葉が出てこなかった。何をしたかったんだろう?
 興奮にも似た熱が空回りするばかりで、その間も、じっとアマリアは俺を見据えている。
 口を開いて―――けれど言葉は続かなくて、喉を震わせて―――やはり声が出てこない。
 最後は顔さえまともに見れなくなり、視線を落としてしまった。
「知ってるくせに」
 最速で顔を上げた。
 彼女は周囲の緩い時間の流れの中を、自分だけ速く、それでも優雅に歩いてくる。
 立っている場所が、生きている場所が違うことを理解した。
 理解した。今、近づいた時、声を聞いた時、振り返ってくれた時。
 知っていた。昔、笑った時、誘われた時、運命を語った時、悦んだ時。
 速さを増す鼓動は、期待でも、嬉しさでも、ない。
「じゃあね。バイバイ」
 擦れ違う瞬間、嗅ぎ慣れた匂いを掴み取る。
 作用して熱が一気に冷まされた。だから、背後を歩いていく彼女に、後ろ髪を引かれることも無い。
―――いつだってそうだ。
 ただ、確かめたかっただけ。浸っていたかった。
 彼女に惹かれていたのではなく、美貌に酔っていたのでもない。まして、行動に満たされていたのでもない。
 単に、心に呼ばれ、共鳴している気がしていた。
 その原理を知りたかっただけなのだ。
 いつだって寂しそうな瞳も、身体も。惹かれていると勘違いできるほど、渇いていて―――そこに憧れ、みたいなものを抱いていたのかもしれない。
 いつも、どんな時もこんな風に、生きることができたなら。
 そう思っていた。
632AMARIA -ED 1-:2006/05/01(月) 22:34:56 ID:sKvkuLOM
 誰もが、呼ばれると錯覚するのかもしれない。でも、俺は確かに呼ばれた気がする。
 心の底辺に潜んでいる、夢や希望に似た羨望の入り混じる願望。
 呼ばれて、呼び覚まされて。
 多分、誰もが微かにでも夢見る自由奔放―――己の希望通りに生きる姿を一時でも思い描くはず。
 共に在りたいと。
 なら、体現された姿に、踊らされないわけが無い。
 ましてや、その聖女の形をした水の妖精は、自分を貫き、この世界の何物よりも美しいのだから。
 正体は知れた。全ての靄を吹き飛ばすように、全貌を晒す。
 呼び止めることは、しない。
 あの時と同じく、止められなかったのではない。『今の俺』は、それを見送る定めにあった。
 しばらく、そのまま身体が言うことを利かずに立ち尽くす。
 後悔は、無い。なら、それは最善の結末だったということ。加えて、もうひとつの物語は既に始まっている。
「お待たせしましたっ」
 背中越しに、声が届いた。頭の中に響く懐かしい声。
 何度思い出せたとしても、時間と共に薄れていく声音では限りがあった。
 追いかけていた目線を、現在に向ける。
「―――お帰りなさい」
 メールに添付された写真は何枚も見ていた。1年間、離れずに彼女を見ていたと思う。懐かしさなんて感じることすら無いと考えていた。でも、直接見るのでは大違いだ。
 風に乗る長い髪も、相変わらずの微笑みも蒼穹を背景に輝いている。
 この星と同じで、何も、変わっていなかった。
―――振り返ってる暇は、無い、な。
 新しいものが、始まっている。古いものがあるからこそ、出会えたセカイ。全ての流れは、昔があるからこそ今が成り立っている。
 視界一杯に彼女だけが映って、他の全てが世界から消えてしまったらしい。
「ただいま」
 何とか、その一言を吐き出す。
 何も変わっていない? まだ、全てを知っているわけじゃないんだ。知らないことの方が多いに違いない。
 変わったとか、そうじゃないとか。結論には早過ぎる。
 だからできるだけ、俺も変わっていないように笑いかけた。挨拶は軽く、簡単に。
 再開の合図はこんなものでいいだろう。


―――これから、ずーーーっと一緒ですよ!

END