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585AMARIA -32-
「はい、じゃあこれで終わりです。ありがとうございました」
 机の上に置いてあったレコーダーのスイッチを切って、頭を下げる。
「こちらこそ、どうもありがとう。面白いお話が聞けて楽しかったわ」
 時刻は既に5時を回っていた。秋の夕暮れは早くなりつつあり、夕闇がすぐそこまでやってきている。
 社長が不在とのことで、少し心残りはあるが、3大妖精の1人に話を聞けただけでも、この旅行の目的を果たしたと言えるだろう。
 あとは、火星で得た資料と写真、そして自分で体験したことを書き上げれば、十分に納得のいくものに仕上がるはずだ。
「滞在が延びてしまったけど、学校の方は大丈夫かしら?」
「ええ。地球では明日までが休みと繋がってくれたので、助かりました。流石に、明日には帰らないと不味いですけど」
 火星に来られたのは、創立記念日、そして日曜と祝日が偶然にも続いてくれたお陰だ。それが終わってしまえば、当然、学生生活に戻るしかない。
 日常への回帰。聞こえはいいが、誰もが必ずしも望むことではない。
 星間という、かけ離れた距離を旅して、この地まで来たことであらゆることが体験できた。
 ホテルではシャワーを浴びるだけでも一苦労だったし、文明の発展速度の違いに驚きの連続だった。逆に言えば、食べ物などの良い面もあったが。
 時間の流れ、生活のリズムがここでは違う。ゆっくりと、それこそ人形に命を吹き込むためにネジを巻くような―――この星では必要なことをするために。
 地球での暮らしに慣れた人が来れば、ここでは、全てのことが地球に比べて鬱陶しく思えてしまうのかもしれない。だけど、全部の人がそう感じるわけではないだろう。
 少なくとも、俺にはその不便さは、邪魔なものではかった。
 火星にあるべき、無くてはならないもの。それこそが、この星―――アクアなのだと感じていた。
 本来、在るべき、地球では既に失ってしまったものが、この場所には有った。
 そして、火星に住まう人々は『それ』を掛け替えの無いものとして、いつまでもこのままで在ろうとすることを望んでいる。そんな人たちと出会えたことが、地球で生まれ育った自分としては貴重で新鮮な記憶となる。
 そのことがわかっただけでも、貴重な経験になったんだ。これ以上のことを望んで良いわけがない。
586AMARIA -33-:2006/04/06(木) 20:07:08 ID:n4D4cS5S
―――そう、これ以上の……。
「じゃあ、明日、帰るんですか?」
 声に反応して、目線をアリシアさんの隣に座っている水無さんに向ける。今までインタビューの間は、緊張していたのか、直接本人に質問しないと口を開こうとはしなかった。
 その彼女が寂しそうに、訊いてくる。瞳は愁いを帯びて、哀しく輝いているように見えた。絶望すら味わったような、悲劇の姫君を重ね合わせる。
 もし、これで胸の前に両手を組んで祈られたら、俺は何もかもを断れないかもしれない。
「はい。一応、午後の最終便で帰ろうと思っています。チケットも手配済みですし」
「そうですか……」
 そんな顔をしないで欲しい。まるで、俺が悪いことをしている気分だ。
―――このままだと、この願いが、この『  』が、行き場を得てしまいそうで。
 慌てて、溢れないうちに感情の扉を閉じた。
「それじゃ、研究が纏まったら、その結果、こちらにも送ってくださいね」
 そう言って、アリシアさんがメールアドレスの書かれた紙を差し出す。
「あ、はい。それはもちろん」
 受け取った名刺を取材資料と一緒に鞄へと仕舞い込んでから、快く返答した。
 よく見ると、それは名刺で、メールアドレスの他にもARIAカンパニーの社名の下には、水無さんの名前が書かれていた。
「じゃあ、俺はこれで失礼します。遅くまで、ありがとうございました」
 席を立ち、頭を下げる。再び顔を上げると、水無さんと目が合った。
 一体、彼女は何を思っているのか考えていると、その当の本人まで椅子から立ち上がる。
「アリシアさん、私、送ってきます」
 そして水無さんは俺を見ずに、アリシアさんに向かってそう言った。
 そんな申し出を、もうすぐ暗くなるから断ろうと思った瞬間、
「灯里ちゃん」
 向かいのアリシアさんが言った。発言の機会を失う。
「―――気をつけてね」
 慎重にゆっくり紡がれた言葉。何気無い言葉なのに、その残響音が消え去って静かになると急に落ち着かなくなった。
 軽く、頷いただけだった。
「それじゃ、行きましょう」