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502AMARIA -3-
「確か、ここだ」
 マルコポーロ国際宇宙港の3番窓口。
―――そこを出たところで待っている、って言っていたよな……。
 夕方までは予約で一杯だが、その後でなら時間は空いているとのことで、意外にもアポは簡単にとれた。メールでのやりとりを数回行い、日時と時間および場所の決定をして、当日は宇宙港前で待ち合わせとなった。
 周りには、自分と同じ多くの観光客と地元住民の往来が見られる。
 まだ待ち合わせの時間までは少し余裕があった。とりあえず手頃なベンチに腰をかけて、空を見上げてみれば、いくつもの星間連絡船が空を泳いでいる。
「あー……」
 澄んだ空。蒼穹。
 季節は秋。乾いた風が吹き、風に乗った落ち葉が道や水面を飾る。多彩な色が咲き乱れて、何気ない季節の秘める風情を感じさせた。
 何かが地球とは違う。詳しい説明は出来ないが、そんな感じがした。
 ふと視線を落とすと隣に何かがいる気配を感じ取る。振り向くと、そこには1匹の火星猫。
「にゅ」
 白くて丸い、そして何よりデカイ。思わず見事な身体を触ってみたい衝動に駆られるが、あえて無視した。けれど、俺が視線を外しても、隣の猫は外す気配を感じない。
 観念してもう一度目を合わせる。よく見ると、その愛らしい体つきとは正反対の綺麗な青い瞳が俺を見つめていた。透き通る水面を具現したような神秘的な双眸。まるで、見るもの全てを見透かしてしまいそうな視線だ。
―――そういえば、火星猫って人間と同等の知能を持っているとか……。
 丁度いい。これは待ち合わせまで暇潰しになるんじゃなかろうか。どちらかというと、猫より犬派だが、この際我が儘は言っても仕方ない。
「なあ、お前ここで何してるんだ?」
 まさかなー、と好奇心に衝き動かされて思わず訊くと、
「―――てめぇに教える筋合いは無ぇ」
 なんて返事が返ってきた。ドスの利いた台詞のくせに、声は可愛らしい猫そのもの。
「あ、いや、スイマセン」
 まさか本当に喋れるなんて。恐るべし火星猫。
「ふふっ―――バカね。喋れるわけ無いでしょ」
 背後から笑い声と、それに続く楽しそうな声が聞こえてきた。
「いくら同等の知能でも喋れるほど器用じゃないのよ、所詮は猫だもの。貴方、観光客ね」
 背後に、風に長い黒髪を靡かせて、1人のウンディーネがいた。風を受ける白地がベースの制服には深紅の装飾線が所々に引かれている。ゆっくりと強まる風に帽子を押さえながら、俺を見た。
「そうだよな、冷静に考えてみれば」
 そう言うと、彼女は再び笑い出した。
「貴方、面白いのね。冷静に考えなくても、常識で考えればわかるのに。ねぇ、もしかしてわざと?」
 おかしすぎて、立っていられなくなったのか、腹を抱えながらしゃがみ込んだ。
 決して面白くないこちらとしては、彼女とは逆に腹立たしい限りだったが、それと引き換えに楽しそうに笑うウンディーネの横顔を間近で見られたのだから、この際良しとしよう。それにどうやら本気で馬鹿にしているわけではなさそうだ。
 笑う穏やかな顔。整った顔立ちとは逆に、嫌味の無い口調が子供っぽさを漂わせる。それとは逆に、ぴったりとした制服の見せる身体のラインが美しい。頭から流れるいくつもの曲部を経て、なだらかな面を伝い、流れ落ちる。それだけで気持ちよさそうだ。
「なーに、見惚れているの?」
「いや、別に」
 今度こそ本当の冷静を取り戻して、答える。いや、でもこの返答って明らかに何かを誤魔化している奴が言う台詞だよな。悟ったような意味深な笑いを浮かべて、自分の身体を抱く。
「はい、これ」
 一頻り笑った後、彼女は名刺を差し出した。そこには『ガーネット・サービス』という社名の下に『アマリア・ガーネット』と書かれていた。
「これって……」
「アクアに来たならさ、1度は観光案内くらいお願いするでしょ? 利用することがあれば、いつでもどうぞ。大抵はサン・マルコ広場近くにいるけど、これが運命なら―――きっとまたどこかで会えるわ。その時までに考えておいて」
 顔を近づけて、微笑む。柔らかな声が耳を擽ると同時に、不意に甘い香りを嗅ぎ取った。花のような優しい香りとは、全く違う頭が揺らされるような強烈な香り。
「覚えておくといいわ。喋れない猫はただの猫。喋れたら、それはもう猫じゃないの」
 すると隣に座っていた猫を抱き上げて、アマリアは去っていった。
 振り撒いた愛嬌も、猫撫で声も、匂いさえ風に流されて不残。
 留まることはない。気まぐれで、どこにも掴み所を見せることもない。
 その姿に、猫を重ね見た。