【妖怪】人間以外の女の子とのお話13【幽霊】

このエントリーをはてなブックマークに追加
330メリーさんのお話
大学の食堂でカレーうどんを啜っていると、ポケットの中の携帯が震えた。
何事かと引っ張り出してみれば、ディスプレイには非通知の文字。
――またか……
俺は少々げんなりしながら通話ボタンを押した。
相手が誰か分かっているだけに、挨拶も投げやりだ。
「はいよ。何?」
……返事は無い。
おかしい。いつもならお決まりのセリフが飛び出してくる筈なのに。
もしや、こちらの想像していた相手ではなかったのだろうか。
そんな疑念がちらっと脳裏を過ぎった。
――瞬間。
『もおおぉいい加減にしてええええええええええッ!』
耳元と、そしてすぐ背後から甲高い悲鳴が上がった。
思わず携帯を落としかけて、慌てて両手で持ち直す。
「お、おい、いきなり大声出すなよ。ビックリするだろうが」
『そんなの私の知ったこっちゃないわよ!
どうして! どうして! どおおぉして! 後ろを振り向いてくれないのーっ!』
「どうしてって、そりゃあ……決まってんじゃん」
『何よ! 何が決まってるのよ!』
「お前、『あの』メリーさんなんだろ?
振り向いたら殺されるか呪われちゃうんだろ?」
“メリーさん”と言えば、割と有名な怪談だ。
何の前触れも無く電話が鳴り、それに出ると女の子の声で、
『私、メリーさん。いま貴方の後ろに居るの』と言われる。
そうして後ろを振り向いてメリーさんの姿を見たが最後、呪われるか殺されるかしてしまうのだ。
俺だってそんなのはただの嘘っぱちだと思っていた。
だが――三日前。
331メリーさんのお話:2005/07/16(土) 01:34:18 ID:KyjES3CJ
その電話が俺の携帯にかかってきたのだ。
女の子の声で『私、メリーさん。いま貴方の後ろに居るの』と。
流石にその時は背筋に寒気が走った。頭が混乱して、額に脂汗も浮かんだ。
いけないとは知りつつも、思わず後ろを振り返りかけて――ふと、気付いた。
怪談では『後ろを振り向いてメリーさんの姿を見る』とお仕舞いなのだと言われている。
だったら、ずっとメリーさんを見ないでいれば助かるのではないか、と。
何の根拠も無い考えだったが、それは見事に的中していた。
以来この三日の間、呪われる事も殺される事も無く――
俺はひたすら後ろを見ない様に生活を送っていた。
「俺は呪われたくないし、死ぬのもゴメンなんだよ。絶対に振り向いてなんかやらないぞ」
『うぅ〜……じゃあ、呪わないし殺さないから。だから私を見てよ〜』
こちらの決意が伝わっているのか、携帯越しのメリーさんに先刻までの勢いはない。
それどころか哀願する様な鼻声になっている。
しかし、俺は騙されない。
同情心を誘っておきながら、振り向いた途端に殺す積もりでいるに違いない。
「ふん。そんな声出しても無駄だ。見え透いてるんだよ」
『見え透いてるなんて……非道い……私、ほんとに……』
「だから騙されないって。大体、何もしないってんなら俺がお前を見る必要なんてないじゃないか」
『必要あるから言ってんでしょうが! この鈍チン!』
「……やっぱり芝居だったか」
『…………あ』
ぽつりと間抜けな声が漏れる。
案外、メリーさんの頭は軽いのかもしれない。
俺はわざとらしく大袈裟に嘆息してみせた。
「んじゃ、それしか用がないならもう切るぞ。
今日は午後一で講義があるから、さっさと昼飯食べないと間に合わないんだ」
『ああー! ま、待って! 切らないで!』
332メリーさんのお話:2005/07/16(土) 01:35:31 ID:KyjES3CJ
「……何だよ?」
『お願い! お願いだから私を見て! そうしないと――』
「そうしないと?」
『そうしないと、他の人にとり憑く事ができないんもん!』
「ふ〜ん……」
成る程。だから俺が振り向かなくてもずっと着いて来ていた訳だ。
ただ、そうなると――厄介な事になってくる。
メリーさんが何処かへ行ってくれるのは望むところだが、彼女を見れば俺が死んでしまう。
ならば……
「じゃあ、一つ取引しないか?」
『取引?』
「そう。お前を見てやるその代わりに、俺を呪わないし殺しもしない。どうだ?」
『……』
沈黙。
その間は逡巡か、或いは何か思惑があるのか。
俺がどちらか判断する前に、メリーさんが言った。
333メリーさんのお話:2005/07/16(土) 01:36:03 ID:KyjES3CJ
『分かったわ。貴方には何もしない』
「誓うか? 絶対に何もしないって」
『誓う。ぜっっったいに何もしない』
「……よし」
正直なところ、ちょっと心拍数が上がっている。
メリーさんは「誓う」と言ったが、
相手は幽霊(いや、妖怪か?)なだけに確実に安全だと言う保証はない。
だが、恐怖心と共に、それと同じくらいの好奇心もあった。
俺は携帯を耳に当てたまま恐る恐る――背後を振り向いた。
『ああ……やっと……』
感極まった様な、震えた声が耳朶を叩く。
もっとも、俺はそんなもの聞いてはいなかった。
そこに居た少女の姿に、全神経を持っていかれてしまった。
まるで西洋の人形みたいなはっきりとした目鼻立ちに、白蝋の様な瑞々しい肌。
背中の中ほどまである柔らかそうな蜂蜜色の髪は緩いウェーブを描いてさわさわと揺れている。
ドレスみたいなワンピースに包まれた身体は風が吹けば飛ばされそうなほど華奢で……
こんな可憐な少女が恐怖の怪談の主人公だなんて、とてもじゃないが信じられない。