KURAU Phantom Memory クリスマス前夜

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1天箕博士
クラウ ファントムメモリーのパロディ。
必ずしもエロである必要ありません。
本放送終了以降のやるせないキモチをどぞ。
2天箕博士:2005/06/07(火) 15:17:28 ID:r/LykRuK
あの素晴らしいクラウやクリスマスをもう一度〜♪

【本スレ】KURAU Phantom Memory Part22
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/anime2/1110371131/l50
【関連スレ】KURAU-Phantom Memory-ハァハァスレ 2nd Reaction
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1101294890/l50
【公式HP】KURAU Phantom Memory
http://www.kurau.net/
3天箕博士:2005/06/07(火) 15:24:15 ID:r/LykRuK
もうすぐDVDも完結しちゃうし、
イマイチ盛り上がりに欠ける要素ばっかりですが
隠れクラウサピエンの皆様、投稿お待ちしてます。
4天箕博士:2005/06/07(火) 16:06:05 ID:r/LykRuK
そんなわけで小話投下します。
まださわりの部分だけど。
5天箕博士:2005/06/07(火) 16:06:52 ID:r/LykRuK
遠い追憶の日々がわたしを壊す―――。

ウィリアム・ワードバーグ「幻影の調べ・蛍の乱舞」


―序章―

「人、リナクス、そして・・・」
6天箕博士:2005/06/07(火) 16:07:21 ID:r/LykRuK
「天箕 クラウ」
わたしは便宜上この世界ではこういう名前というもので識別されている。
人間という生き物はとても面倒だ。
わざわざ自らという存在を規定するために、自らを再認識するため単純なワードを組み合わせ、
無数のパターンに及ぶコードを皆がみな所持している。
わたしに科せられたコード「天箕 クラウ」、この言葉もまた人間が生み出した
一人の存在を規定するささやかな証なのだろう。
7天箕博士:2005/06/07(火) 16:07:54 ID:r/LykRuK
わたしは天箕クラウではない。
わたしは天箕クラウによってこの世界に導かれ、やって来た。
わたしは彼女の存在をもってしてこの世界に存在している。

この体、この腕、この足、この声。

わたしは大切な存在たる対とともにこの肉体に宿っている。
わたしはすなわちリナクスである。
わたしはすなわち天箕クラウでもある―。


だが、その思いが彼らに伝わるには、
あまりにも遠すぎる。
8天箕博士:2005/06/07(火) 16:08:21 ID:r/LykRuK
あの日わたしはこの体の少女、「天箕クラウ」を通し、
この世界にやって来た。
あの日以来、この少女の遺伝子上の父、天箕創という男はずっと
自室に閉じこもったきり、姿を現さない。
食事も摂らず、最低限の水分すら彼は摂取していないのではないか。
わたしはその原因が自らにあるということに一抹の負い目のようなものを感じていた。
9天箕博士:2005/06/07(火) 16:08:45 ID:r/LykRuK
彼とは直後から色々この「天箕クラウ」を巡って話し合ってきた。
だが彼は、ただ「娘を返してくれ。クラウを、わたしの大切な・・・」
と、うわごとのように繰り返すばかりで話は平原上にはしる鉄道の線路みたいに
空しく平行線を描くばかりだった。
決して交わることのない平行線。
わたしは彼と話しながらぼんやりと、この延々と続く線路は、
この世界でわたしが存在する限り終生続くものなのだろうかと考えていた。
10天箕博士:2005/06/07(火) 16:14:05 ID:r/LykRuK
ある意味でこの思索は間違いではなかった。
この交わることのない線路は、わたしをこのあと何度も苦痛への行く先を暗示し続けた。
まるで、この世の終わりへと導いていくように。


わたしが出てきたこの広い世界はたくさんの悲しみと苦しみと空しさに
溢れ帰っているではないか。
わたしは世界に出てこれた喜びとともに悲しみをも
自らのうちに抱え込むことになってしまうなんて。

わたしは、ゆっくりと「父親」である天箕創のいる
書斎の扉に手をかけながら思った。


「天箕クラウ」、
あなたはこのような世界にどうして存在していたのだ―?

11天箕博士:2005/06/07(火) 16:15:55 ID:r/LykRuK
一旦ここまで。
続きはすぐにアップしますんで〜。
皆さんの熱き思い待ってますんでシクヨロ。
12天箕博士:2005/06/09(木) 22:32:05 ID:cJMjogVa
こんちわ。
先日の続き、アップしますです。

ちなみに今日アニメイトで設定資料集取り寄せてもらいました。
12歳クラウに激萌え。
13天箕博士:2005/06/09(木) 22:34:16 ID:cJMjogVa
―彼岸の彼方から―



学会でもそれなりに名の通った物理学者である父、天箕創。
彼はあの日以来まるで人が変わってしまったかのように
一日中書斎に引きこもっていた。

いや、以前からも父は研究が佳境を迎えるたびに自宅にまで
資料を持ち帰り、研究に没頭することは多々あった。
だが、そんな渦中にあっても、家政婦のエラが
作ってくれた好物のパンプキンポタージュの芳しい芳香を家いっぱいに漂わせれば
貝の殻のように閉じこもっていた父を誘い出すことなんて造作もないはずだった。
14天箕博士:2005/06/09(木) 22:36:05 ID:cJMjogVa
冬でもないのにまるで凍りついたかのようなドアノブにゆっくりと手をかけたクラウは
おずおずと父の書斎に足を踏み入れた。

わたしは父が書斎で仕事に励む姿を垣間見るのがとても好きだった。
父も日頃ろくに構ってやることもできない娘に不憫な思いをさせまいと、
せめて自分が仕事中であれ、クラウが自室に入ることを咎めたりするようなことは
決してなかった。
15天箕博士:2005/06/09(木) 22:36:53 ID:cJMjogVa
「お父さん・・・」

父はパソコンのキーボードを叩きながらも、嫌な顔一つせずクラウと色んな話をした。

学校の友達の話、夕方エラと行ったスーパーマーケットでとても可愛い子犬に出会ったこと、

明日はお父さんのためにクラウ特製のサンドイッチを作ってあげるね・・・・。

本当に他愛ないことばっかりで、他人が聞けば呆れてしまいそうな話ばかりだったが、
二人にとってはそんなことも気にならないくらいおしゃべりできることが
本当に楽しかったからだ。
16天箕博士:2005/06/09(木) 22:37:50 ID:cJMjogVa
「入るね―――」


父はわたしとのおしゃべりを堪能したあとは決まってこういうのだった。
クラウとたくさんお話した時に手掛けた研究は必ず良い結果を生むんだよ・・・。
少しおどけたように父は教えてくれた。

事実、父はわたしとの語らいの中で多くの理論を組み上げ、それを実験のなかで
数多く立証することに成功している。
父の発見した成果は物理学会のこれまでの常識を塗り替え、
その業績は着実に認められつつあった。

そして、父はついに人類史上に残る大きな発見をすることになる。
そして、父の名声は物理のみならず、世界にさえ記憶されるはずだった。
そして、あの日、あの瞬間に天箕創と、天箕クラウは近くて遠い彼岸の彼方へと別たれることになったのだ。
17天箕博士:2005/06/09(木) 22:38:48 ID:cJMjogVa
―ラドガ湖の水底―



「・・・・誰だ」

「わたし、・・クラウ」

父の書斎はかつての心地よい本の香りに包まれた空間ではなくなっていた。
昼間から分厚いカーテンで遮られた部屋はろくに光も射し込まず、
床には硬いハードカバーの専門書が、何ら省みられることなく打ち捨てられている。

クラウはほんの先日まで父が大切にしていた本を踏まないように慎重に歩みを進めた。
18天箕博士:2005/06/09(木) 22:39:37 ID:cJMjogVa
クラウが返答を返してからも身じろぎ一つすることなく、
依然大きな書き物机に頭から突っ伏すように俯いている父はおもむろに
頭を上げながらゆっくりとクラウの方を見つめた。

「どうかしたのかい」

口調は優しいがわたしを見つめる瞳はどこか、寂寞としたものが漂っていて、
クラウは僅かにたじろいだ。と、言うよりは戸惑ったと言った方が正しいかもしれない。
そんなクラウの気配を察した父は険しい色をその本来なら柔和であろう表情の中に浮かべた。
19天箕博士:2005/06/09(木) 22:40:25 ID:cJMjogVa
「あ、あのね・・・・」

「何だ、用事があるのなら言いなさい」

「わたしねお父さんのこと・・」

苦しみに歪んだ娘の表情が父の中の何かに触れたように見え、途端に父の険しかった表情が和らいだ。
だが、寂寞とした瞳の色だけはさっきと比べても余計に悲しみの色を湛えていた。
例えるなら北欧の針葉樹林帯の中にひっそりと静まり返った湖沼の色のような・・・・。

クラウはそんな悲しみの色を見るたび、居心地が悪く感じるのだった。
20天箕博士:2005/06/09(木) 22:41:05 ID:cJMjogVa
「・・・・・すまない」

「どうしてもお前を見ると心が乱され、そして辛く当たってしまう」

そのまま父はクラウの瞳を直視し続けることができずにいる。
やがて、静かな湖沼のような瞳の色が静かにざわめいた。

小さな湖沼から溢れ出る水は一筋の川のようになり、
父、天箕創の頬を濡らした。
21天箕博士:2005/06/09(木) 22:41:47 ID:cJMjogVa
クラウは静かに父の傍らに寄り添うと、
溢れ出た涙をひとしずく、自らの柔らかな指に這わせる。
そして静かにその指を口に含んでみせた。

「クラウ・・・」

「しょっぱいね」

今度は父の表情が苦しみに歪む番だった。

「済まない、クラウ・・・・。父さんを許してくれ――――」

「クラウ」

「クラウ・・・・・・」
22天箕博士:2005/06/09(木) 22:42:25 ID:cJMjogVa
クラウは静かに椅子に腰掛ける父の肩を抱き寄せる。
父は急いで立ち上がろうとするのだが、右腕に無理に力がかかって
また椅子に尻持ちつくような格好で座り込んでいた。

バランスが上手く取れないのだ。
クラウは小さな腕で、背中から包み込むように抱きすくめている。
心持ち、バランスが取れない左腕を意識しながら。

「わたしこそ・・本当・に・・・ごめんなさい」

父はそのままクラウの抱きすくめるままにゆったりと椅子に腰を下ろした。
23天箕博士:2005/06/09(木) 22:43:01 ID:cJMjogVa
本来なら、わたしこそがお前を抱きしめてあげなければならない立場なのに。
何も出来ない無力な自分に無性に腹が立った。
例えこの眼前にいる娘がリナクスという存在によって本来あるべきクラウと
書き換えられてしまっていたとしても、今ここで自らを抱きすくめてくれている
小さなぬくもりは何者にも代えがたく厳然と存在している――――。

『わたしはここにいるよ』

その小さなぬくもりはそう訴えかけているようだった。
24天箕博士:2005/06/09(木) 22:43:58 ID:cJMjogVa

―善きこころ、強き思い―



命。

温かい身体。

そして自らを自らたらしめるこころ。


あの日原子分解されてしまった娘は、
今、全く同じ姿をしたもうひとりのリナクスという存在によって
ここに生きている―――――。

そう。娘はここにいたのだ。
遥か彼岸の彼方に行ってしまったはずの娘は、
ずっとわたしのそばにいたのだ。
25天箕博士:2005/06/09(木) 22:44:40 ID:cJMjogVa

愛。

ヒトを思う心。

そして自らを自らたらしめる身体。


「いいんだ。クラウ。お前は誰が何と言おうと父さんと母さんの娘だ」

「おまえのことは父さんがこの身をかけてでも守ってみせる」

「・・・・お父さん」

「わたしも・・クラウも父さんを守る。もう辛い思いはさせない」
26天箕博士:2005/06/09(木) 22:45:38 ID:cJMjogVa
父はゆっくりと椅子から身を起こし、片方だけになってしまった腕で自分を抱きしめてくれる娘を
優しく包み込んだ。
そして薄暗い室内を一歩一歩確固とした足取りで厚い遮光カーテンを下ろしている窓に近付いていく―――。

「わたしは、リナクスとしてこの世界にやってきた」

「でもねお父さん。わたし、わかるよ」

「・・・・・・・」

「人間が、本当に大切にしたいもの―――――」

父は、そんなクラウの問いに答えるかのように力強く、分厚く重いカーテンを開いた。
27天箕博士:2005/06/09(木) 22:46:28 ID:cJMjogVa



優しくそして善き力に満ち溢れた光が一瞬にして部屋を包み込んだ。

まるであの日、光がクラウを奪い去った瞬間のようだった。
だが今は思い出し難い苦痛も伴わなければ、
自らに対するやり場のない怒りも消えていた。

ただ、自らが大切にしたい存在をそばに感じながら、
二人は大いなる光の奔流に身を委ねていた。
28天箕博士:2005/06/09(木) 22:47:09 ID:cJMjogVa
「それは、わたしを消し去ったんじゃない」

「ああ」

「クラウは、天箕クラウは―――――」

「わかってる。天箕クラウは」


『ここにいるよ』


西暦 2100年 12月24日 クリスマスイヴ。

光の奔流の中で二人の父娘はやっと再会できたのだ。
29天箕博士:2005/06/09(木) 22:49:03 ID:cJMjogVa
終章
―天箕クラウ、12月24日の手紙―



天箕 創様


あれから何年が経ったのでしょう。
そう、十年も経ったんだ。
あの日私たち父娘は再会をはたすことができました。

わたしはお父さんと暮らした月を離れ、
いつも遥か彼方に浮かんでいた地球のおおきな街で一人静かに暮らしています。
30天箕博士:2005/06/09(木) 22:50:13 ID:cJMjogVa
あの日からしばらくしてお父さんはわたしを地球にいるお母さんの妹、
クライネとその夫フランクのもとに預けることを決め、
そのあと色んなことがあったけど、わたしはわたしの中に宿っているはずの『対』が
戻ってきてくれるのを待ち続けています。
そんな寂寥とした日々に耐えることができたのは
あの日の出来事があったからだと今になって思うのです。

わたしが、あの日お父さんからこの『思い』を感じなければ、
おそらく、わたしがまだ見ぬ『対』にこんな温かい気持ちを抱くことなど
到底できやしなかったはずです。
31天箕博士:2005/06/09(木) 22:51:22 ID:cJMjogVa
わたしは信じたい。
たとえわたしがリナクスであったとしても、わたしはわたしとして生きてゆきたい。
そして、まだ見ぬ『対』にあの日わたしが一人の存在として感じた
大切な思いを伝えることができればと。
今はただそれだけがわたしを励まし、温かい気持ちにさせてくれています。


この手紙がお父さんの許に届くことは決してないけれど、
毎日わたしの中に宿る『対』と一緒に月を眺めています。


お父さん。わたしはいつもお父さんの傍にいるよ。


天箕 クラウ
2110年 12月24日
32天箕博士:2005/06/09(木) 22:59:14 ID:cJMjogVa
『12月24日のクリスマス前夜』 了。


ここまででっす。クリスマスたんやアヤカ様も
出てこない上に「エロ」すら無くて激しく申し訳ない。
またご意見などあったらレス付けて下さいまし。
あと皆さんの作品も見てみたいっす。余裕あればカキコして欲しいでっす。
33名無しさん@ピンキー:2005/06/10(金) 19:26:34 ID:ZrOBVKDd
おお、エロパロ板にクラウスレ復活か。
確かにエロが無いのはアレだが雰囲気は出ているし上手い。

次は元ネタであるティプトリーJrの「星ぼしの荒野から」に出てくるようなエロを…
34名無しさん@ピンキー:2005/06/11(土) 02:31:16 ID:aGbg1ec6
(・∀・)イイ!!
35名無しさん@ピンキー:2005/06/11(土) 06:53:30 ID:0iSBrPMo
(・∀・)すごく良い!!
36天箕博士:2005/06/11(土) 14:18:39 ID:nDPY+FVG
今更かもしれませんがクラウスレ、立ててしまいました。
わたしのクラウ歴はDVDからだったもので、結構後追いだったのですね。
DVD完結も間近ということだし、もう一度皆さんのクラウたちへの
思いを見てみたい願望に駆られてしまったから・・というのが真相です。
37天箕博士:2005/06/11(土) 14:19:16 ID:nDPY+FVG
>>33さん、>>34さん、>>35さん
感想どうもありがとうでっす!また近日中に第二弾も投下予定ですんで、
宜しくお願いします〜。んで、クラウに元ネタあったんですね。
「星ぼしの荒野から」ですかー。今度書店で探してみますです。
38名無しさん@ピンキー:2005/06/21(火) 01:18:27 ID:K2gE6d9T
そろそろ10日…
新作が来てもいい頃だが…
39名無しさん@ピンキー:2005/07/03(日) 01:33:36 ID:9XWGERkH
結局、月を越してしまったな。
やはりクラウのように10年は待たなければならないのか。
40天箕博士:2005/07/12(火) 02:28:05 ID:5WA6aXFt
月を越えて帰ってくるのに手間取りました。
すんません。どうにも向かい風が強くて・・・・。

そんなわけで>>39さん、及び他の皆さんお待たせでした。
新作投下いたします。
41天箕博士:2005/07/12(火) 02:29:02 ID:5WA6aXFt
「海からの風と街の光が」



購うべき罪を抱え、荒野を彷徨う。
だが、そこに赦されるべき救済はもはやない――――。

ハベル・ウィンタース  「亡骸を胸に」
42天箕博士:2005/07/12(火) 02:30:09 ID:5WA6aXFt
長かった夏の日もようやく西に傾き始めた。
うだるような暑さも和らぎ、ずっと窓の外を彩っていた陽炎もその勢いをひそめたようだ。
天箕クラウはそのすらりとした手足を軽やかに、床に直接敷いたマットから、寝た子を起こさないように
静かに抜け出でて、窓辺に歩み寄る。

光が僅かに紅い色を帯びて夕刻であることを匂わせている。
もういいだろう。
43天箕博士:2005/07/12(火) 02:30:53 ID:5WA6aXFt
クラウは窓に手をかけると力いっぱい開け放った。
潮の匂いの混じった、暑いけれど素敵な風が天箕クラウの頬をなでてゆく。
遠くに僅かながら海が見える。背後には山。
山で降ったらしい夕立が爽やかな湿り気も運んでくれるのがわかる。
「気持ちいい・・・」
クラウはベランダに足を踏み出して、手すりにひじをつき暮れてゆく街並みをしばし眺めていた。
44天箕博士:2005/07/12(火) 02:31:47 ID:5WA6aXFt
「クラウ、どうかしたの・・・」

背後から眠そうな少女の声が聞こえてきた。

「ああ、ごめんねクリスマス。起こしちゃった?」
クリスマスと呼ばれた髪の長い女の子がベランダで夕涼みをするクラウの隣にやって来た。
まだ、寝ぼけたような眼差しで、クラウが眺めていた方向を見つめる。
クラウは穏やかな表情でそんなクリスマスを静かに見守っていた。
そんな二人をまた海からの風が包み込む。
45天箕博士:2005/07/12(火) 02:32:13 ID:5WA6aXFt
「わあ・・・いい風」
「クラウ、素敵な匂いがするね」
「そうね。海が近いから」
クラウはそう言うと、昔、父に連れて行ってもらったハワイの海を思い出す。
どこまでも青く澄み渡って魚だってすぐそばまで迫ってきた。
しかし、クラウはすぐに寂しそうに微笑んだ。
「でも、この記憶は『彼女』のものだったんだよね・・・・」
「え?」
「なんでもないよ」
46天箕博士:2005/07/12(火) 02:32:43 ID:5WA6aXFt
GPOに追われる前、東京にいたときは海なんてろくに見たことが無かった。
元々、どこかに行って何かを観たりするのもあまり好きじゃなかったし、
殆ど仕事と家の往復だったような気がする。
「あの時、江の島に行ったくらいだったっけ・・・・」
麻布の高台に住んではいたけれど、窓の外からはここみたいに海が見える
なんてとても望めなかった。まあ、もし見えたとしても家から見える海なんて
たかが知れていただろうけど。
47天箕博士:2005/07/12(火) 02:33:17 ID:5WA6aXFt
一度エージェントの仕事で請け負った、有明の大きなイベントの警備のとき、
時間があいたのでしばらく海を眺めていた記憶がよみがえってきた。
ああ、確かそのときもハワイの海をおもいだしていたっけ。

「くらーうー」
思い出にすっかり引き込まれていたようだ。
隣でふくれっ面をしたクリスマスがいる。
「もう。何言っても全然聞いてないんだから」
「ごめん」
「しーらない」
48天箕博士:2005/07/12(火) 02:33:47 ID:5WA6aXFt
クリスマスはそのまま部屋の中に入っていってしまった。
さっきより日が傾いてきた。美しい夕日の色がさらに街を紅に染め上げてゆく。

「エアコン、消しておくね」
「うん」

部屋からクリスマスが聞いてくる。そのあとピッという電子音が聞こえて、
傍に置いてあった室外機のコンプレッサー音が止まる。

ビルの谷あいに沈む夕日に一瞥をくれながら
クラウはようやくベランダを離れクリスマスのいる室内に戻ってきた。
49天箕博士:2005/07/12(火) 02:34:11 ID:5WA6aXFt
もう部屋には照明が灯り、テレビがついていた。ニュースがあすの天気を告げる。
大阪は晴れ。京都は晴れ時々曇り、神戸は晴れ、所により雨・・・・。

クリスマスは台所で何かを作っているらしい。
軽やかな包丁の音に混じってクリスマスお得意、即興の鼻歌が聞こえてくる。
クラウはそのまま何の感慨も無くテレビの前に座る。
天気予報はもう終わって、東京では見たことのない番組が流れている。
出ている人も東京では見かけない連中ばかりだ。
まあ、クラウ自身もともとあまりテレビを見るほうではないからあまり当てにならないけれど。
50天箕博士:2005/07/12(火) 02:34:37 ID:5WA6aXFt
「そんなやつおらんやろ〜」
「えーかげんにしなさい」
どうもこの神戸や大阪のひとの話し方に似ている。
「クリスマス、またへんなしゃべり方して・・・。」
きっと毎日見ているテレビで覚えたんだろう。
クラウが仕事から帰るたびにクリスマスはいろいろな事を教えてくれる。
今となってはクリスマスのほうがよっぽど世間通だ。

そんなふうに穏やかな時が流れる。
51天箕博士:2005/07/12(火) 02:35:03 ID:5WA6aXFt
先日、文字通り着の身着のままで神戸にやってきて、
ブローカーのキャラダインが用意してくれた
このフラットに身をよせてこのかた初めて安らかな時間が持てたように思えた。

台所からクリスマスが涼しげなガラスの器に何かを入れて持ってきた。
「えへへー、昨日、サムからもらった・・・」
「なあに」
「細いヌードル。作り方の通りに茹でたんだけど、」
「ああ、素麺」
「そーめん?」
クラウ慣れた様子でサムからもらった包みから、黒い液体の入ったビンを取り出す。
「これをね・・・・」
かちん。乾いた音を立ててビンのふたが取れた。
52天箕博士:2005/07/12(火) 02:35:34 ID:5WA6aXFt
小さなガラスの器が無いからコーヒーカップを持ってきて、そこに黒い液体を注ぐ。
ふわりと部屋に鰹の香ばしい香気が広がる。
「いいにおい・・」
クリスマスは興味しんしん、固唾を呑んで見守っている。

クラウは苦笑しながらそれでも手際よく準備を整えた。
こんなことでこんなに感心されちゃあ、悲しいよね。
クラウからみてみればクリスマスのほうが余程手の込んだ料理を作ると知っている。
それはもう呆れてしまうくらい上手に。
わたしなんて未だ包丁で大根の皮すら剥けないのだから。
53天箕博士:2005/07/12(火) 02:36:01 ID:5WA6aXFt
「クラウ、料理できるんだね」
「それ、皮肉?」
「うふふ、どーかなあ」
「からかうんじゃないの」

そんなやりとりの間に準備が出来た。
「青いネギがないのが寂しいけど・・・」
「これにつけてたべるんだね」
「いっただきまーす」
クリスマスはそんなことお構い無しに、できたばかりの素麺を箸にとると、
つるつるとすべる麺もなんのその、勢いよくすすっている。
54天箕博士:2005/07/12(火) 02:36:31 ID:5WA6aXFt
「おいしい!涼しくていいね」
「うん」

そういえば、昔東京に来た当初はお金がなくて毎日これ食べていたっけ・・・。
黒いだしに浸かった白い麺。昔の記憶が蘇ってくる。

隣には対であるクリスマスが幸せそうな笑顔を向けてくる。
55天箕博士:2005/07/12(火) 02:37:08 ID:5WA6aXFt
この事実をお父さんに知らせてあげるべきなんだろう。
だが、知らせてしまえば、この身体を返さなくてはいけない。
約束はとてもつらい。
このままこうしてクリスマスと逃げて行ければ・・・・。

だがあの日お父さんとの約束があったからこそ、
わたしはこうして生きてこれたのだ。
だけど・・・・・。
56天箕博士:2005/07/12(火) 02:37:32 ID:5WA6aXFt
随分遠くまで来てしまった。
ほんとうに、これでよかったのだろうか。

記憶の隘路を辿っていたクラウをクリスマスの声が呼び戻す。

「おなかいっぱいだあ」
ふとわれに返るクラウ。目の前には満足した心地のクリスマスが。
うん。わたしはいま目の前にいるこの子を守ることこそ必要なんだ。
そう自分に言い聞かせたクラウは食べ終えた食器を片付けはじめた。
57天箕博士:2005/07/12(火) 02:37:55 ID:5WA6aXFt
「あ、そうだ。クラウ〜」
「ん?なあにクリスマス」

夕食を終え、二人はめいめい自分の好きなことをはじめていた矢先。
クリスマスが思い出したように声を上げた。

「あのね、もう食材がないの」
58天箕博士:2005/07/12(火) 02:38:18 ID:5WA6aXFt
キャラダインが借りてくれたフラットは、神戸の中心地、三宮からそう遠くない
山を背にした古い住宅街にあった。

とても静かな街並みが山の中腹まで続いていて、
品の良さそうな奥さんがしつけの良い小型犬を散歩している、そんな地域。
もう二世紀近く前に建てられた古い建築物が多く残されていて訪れる人も多い。
その当時、この国に来た外国人が異国に居を定め終生暮らした家もある。
だが、多くの人々はまた他の国や祖国再び帰っていったそうだ。
59天箕博士:2005/07/12(火) 02:38:44 ID:5WA6aXFt
「って、散歩してたおばあちゃんが教えてくれたの」
「そうなんだ・・・」

わたしたちにも彼らのような帰る場所があるんだろうか?

二人は麓まで続く長い坂道をゆっくりと歩いていた。
もう日中のうんざりする暑さも影をひそめ、山から下りてくる冷気がほどよく街を冷やしてくれている。
とても気持ちのいい夜。こうやって夜の街を歩くのも悪くない。
向かって正面には三宮のネオンがきらきらと光り、
大阪湾伝いに光が絨毯のように続いているのがわかる。
そんな遠くない所にスタジアムらしい光も見える。
60天箕博士:2005/07/12(火) 02:39:06 ID:5WA6aXFt
「あれ、なんの光?」
「ああ、あれはスタジアム・・・野球場よ」
「やきゅう・・・・ああ・・あれね」
両腕を振りかぶってピッチャーのモーションを真似する。
クリスマスは何でも知っている。クラウなんて野球の存在を知ったのは、
東京に住んで二年も経ってからだったから。
同じ対といっても全然出来が違うわね。
苦笑するしかなかった。これじゃあすぐにわたしのほうが妹みたいになっちゃいそう。
61天箕博士:2005/07/12(火) 02:39:30 ID:5WA6aXFt
「ろぉーっこうおろーしにー」
また変な歌うたって・・・。
「クラウ知ってる?この歌ってわたしたちの後ろの山から吹く風のこと歌っているんだって」
「そんでもってやきゅうの・・・あのチーム」
「?」

「おっ!嬢ちゃん阪神好きなんか!?」
「それそれっ、おっちゃん。たいがーす!」
突然横から中年のサラリーマンが声をかけてきた。
クリスマスは物怖じするでもなくその声に応える。
62天箕博士:2005/07/12(火) 02:40:59 ID:5WA6aXFt
「そのたいがーすを応援する歌なのです」
「さーあっそううとお」
路上の屋台で酒を飲んでいたサラリーマンたちも巻き込んで
合唱がはじまってしまった。
「おっ、若いのにええ声してんなあ」
「姉ちゃん、あんたの妹?」
「ええ、まあ」
「将来べっぴんさんになるでー」
クラウは苦笑いしながら中年たちに答える。
ほんとうにこの子は物怖じしない。素直というか、何も知らないというか・・・。
まあ、楽しそうだからいいか。

ほどなくして、試合はタイガースの逆転勝ちで幕を下ろした。
63天箕博士:2005/07/12(火) 02:42:04 ID:5WA6aXFt
「あー楽しかった」
「もう、クリスマスったら」
しきりに飲んでゆくことを勧める屋台の中年たちと別れ、
そこから程遠くない深夜営業のダイエーに入って食材を買い込んだ。
翌朝ロビーの配達ボックスに届けるようにお願いする。
これであの坂道を重い荷物を抱えて登らなくてもいい。

「クリスマス」
「え?」
「もう少し散歩してから帰ろっか」
「さんせい!」
64天箕博士:2005/07/12(火) 02:42:35 ID:5WA6aXFt
二人はそのまま駅を越え、デパートや大きなオフィスビルの間を歩いてゆくと、
前方に港が見えてきた。
岸壁は綺麗にライトアップされて、正面には高い塔がそびえている。

「わあーキレイだねクラウ」
程よく古びた港は周囲を歩きやすいように整備されていて、恋人たちのよい
デートの場所になっていた。
さっきの中年みたいに騒ぐものもおらず、聞こえてくるのは凪いだ海から聞こえてくる
潮騒くらいなものだった。

あてどなく港を歩く。他愛ない話をしながら。
「この匂いだったんだね」
「え?」
「うーみ!」
クリスマスはくるくるはしゃぎまわりながら屈託無く笑う。
本当に、楽しそうに・・・。
65天箕博士:2005/07/12(火) 02:43:19 ID:5WA6aXFt
しばらく歩くと、岸壁が急に落ち込んでいる場所に出た。
古い街灯や崩れ落ちた岸壁がそのままになっている。

「これって・・・」
「ずうっと昔・・百年くらい前にこの街で大きな地震があったみたいね」
「そのときの記憶を忘れないためにこの場所を当時のまま保存している・・・・」

クラウは傍にあった案内板を見ながらクリスマスに伝える。
クリスマスも何かを察したのか静かに無言の記憶に思いを馳せる。
「6400人のひとが亡くなったんだって」
「・・・・・みんな、いなくなっちゃったの?」
静かな声が人気のない岸壁に響く。

「そうね・・・」
「かわいそう」

「でもね、クリスマス。人間は忘れたくないから残すの・・・思い出を」
66天箕博士:2005/07/12(火) 02:43:48 ID:5WA6aXFt
こうやって人は事実を胸に刻み込むことでいなくなってしまった人の残した
思いを覚えていられるのだろう。
いや、忘れずにはいられないのかもしれない。
大切な思いを残し、この世界から消えてしまうのはあまりにもつらいから。

再び夜の街を歩きながら家路を戻る。長い坂が続く。
疲れたのもあるのだろう。クリスマスもめっきり口数が減り二人とも黙々と歩く。

家までもう少しの所にある眺めの良い小さなバス停まで来たところで、
クラウは意を決したようにクリスマスに話しかけた。
67天箕博士:2005/07/12(火) 02:44:11 ID:5WA6aXFt
「クリスマス・・・」
「ん?」
クリスマスも静かにクラウの話に耳を傾ける。
「いつかは話さなくてはいけないことなんだけどね」
「じゃあ、ここに座って話して」
クリスマスは傍にあったベンチを指差す。

クラウは目の前に広がるリナクスの光みたいな街を見ながら
話し始めた。
68天箕博士:2005/07/12(火) 02:44:37 ID:5WA6aXFt
「ずっと昔、そう、わたしがこのクラウの身体に宿ったときの約束」
「お父さんとね約束したの。対であるあなたがこの世界に出てきたら、この身体を
元のクラウさんに返すって・・・」
「なぜならわたしはリナクスで、ほんとうの、クラウではないから・・・・」
「生まれるべきではなかったのかもしれない」
クリスマスはその大きな瞳いっぱいに街の光を湛えながら穏やかに聞いてくれている。
「だから、そう遠くない日」
「わたしはもといた世界に戻ることになる」
「でもね・・・でもね・・」
「わたしは、クリスマスと離れたく・・・ない」
69天箕博士:2005/07/12(火) 02:45:05 ID:5WA6aXFt
突然感情が波のように覆いかぶさってくるのがわかった。
それを察してくれたのか、クリスマスはそっとクラウを抱きしめてくれた。
堰を切ったように溢れて来る涙。
お父さんと別れてから絶対に泣かないって決めたのに。

「わたしはだいじょうぶ」
「・・・えっ」

意外だった。
クリスマスは毅然とした表情で、しかし本当におだやかな微笑みを湛えながら、
クラウをしっかりと見つめていた。
70天箕博士:2005/07/12(火) 02:45:29 ID:5WA6aXFt
「だって、クラウはわたしが出てくるまでの長い間」
「ずっと待っていてくれた」
「わたし、がまんするよ。たとえクラウが元の世界に戻っても
いつの日か、もう一度わたしのもとに帰ってきてくれるその時まで」

「クリスマス・・・・・・」

「さっきのモニュメントの前でクラウ、教えてくれたでしょ」
「ひとはいなくなってしまったひとのことを記憶することで
生きてゆける。それはリナクスのわたしたちも、同じだと思うの」

「だからクラウ、わたしは絶対に忘れない」
「天箕クラウのことを―――――」
71天箕博士:2005/07/12(火) 02:45:56 ID:5WA6aXFt
この子はいつの間にこんなに強くなっていたのだろう。
溢れる涙が視界をぼんやりと霞めながらクラウは
ぎゅっとクリスマスの小さな身体を抱きしめていた。
クリスマスもそれに応えるようにめいっぱい抱きしめてくれていた。

「ありがとう、クリスマス・・・」
「泣いた赤鬼がもう笑ってる」
いたずらっぽく笑ったクリスマスがクラウをひやかす。
次の瞬間、クリスマスは抱きしめてくるクラウの両腕の間から身体を
のりだして、すばやくクラウの柔らかな唇に自分の唇を重ねた。

「あっ・・・」
72天箕博士:2005/07/12(火) 02:46:24 ID:5WA6aXFt
時が静かに過ぎてゆく。

やがて静かに重ねていた唇を離すと、クリスマスはおどけたように笑う。
「ファーストキス、クラウにあげちゃった」
「光栄ですお姫様」
「あーあ。これじゃあクラウのお嫁さんにならないといけないな。わたし」
「だったらうれしいな」
73天箕博士:2005/07/12(火) 02:46:46 ID:5WA6aXFt
クリスマスは勢いよくベンチから立ち上がると家路へ続く
坂道を駆け上がり始めた。
「じゃあ、クラウわたしと家まで競争!」
「勝ったらお嫁さんよ」
「勝ったらね!」

家路までの坂を駆けながらクラウは思った。
クリスマス、わたしも絶対にあなたのこと忘れないよ。
絶対に・・・。
74天箕博士:2005/07/12(火) 02:47:09 ID:5WA6aXFt
『その思いを胸に刻んでください。
そうすればわたしは永遠にあなたと共に在ることができる。』

マリオット・ウェブナー公夫人、最期の言葉から。



「海からの風と街の光が」了。
75天箕博士:2005/07/12(火) 02:51:17 ID:5WA6aXFt
今回はここまで。またエロなくて激しくスマソ。
なるべくコンスタントにカキコできればいいんだけど・・。
頑張りますんで、お見捨てなきようお願いします〜。
76名無しさん@ピンキー:2005/07/14(木) 01:33:39 ID:zZWKvTUz
  ⊂二 ̄⌒\ ,.'"  ̄`ヽ       ノ)
     )\    (|  ノ从ハノ.      / \
   /__   )d´д`ノ     //^\)  <>1さんGJ〜!!
  //// /       ⌒ ̄_/       愛してるよ〜〜
 / / / // ̄\      | ̄ ̄
/ / / (/     \    \___
((/         (       _  )
            /  / ̄ ̄/ /            
      三    /  /   / /              / >>1
          / /    ) /               (; ^ω^)
    三   / /     ( /             -=≡ ノ/つニコつ
        / /      し′          -=≡ 人 Y ゝ
  三  (  /                    -=≡ し'(_)
      ) /
      し
77名無しさん@ピンキー:2005/07/14(木) 08:33:56 ID:ByzG1KJX
GJ(・∀・)!!!
78天箕博士:2005/07/14(木) 23:59:22 ID:7oy9J3Cy
>76>77さんありがとうございます〜。
作者が多忙を理由に書くの遅いのにかかわらず忘れずにいてくれて感謝です。
79天箕博士:2005/07/15(金) 00:03:13 ID:ps8mtKPY
しかし、皆さんもうすぐ夏コミですけどクラウ関連本は
出す人いるのですかねー。いたらいいんだけどなあ・・・。
わたしも余裕あればコピ本だしたいんだけど、うーむ。
80名無しさん@ピンキー:2005/07/16(土) 07:52:20 ID:pNpp1Q5l
GJ(・∀・)!!!です
ふたりの声が聞こえてくるみたいで…

二人の何気ない会話を聞いてると幸せな気分になれるのは私だけ?w
ラジオとかあったらよかったのになぁ・・

コピ本?
81天箕博士:2005/07/17(日) 12:39:40 ID:nmIUCN6s
>80さんサンクスです!
そう言っていただけると嬉しいですだ。
二人のいちゃいちゃした会話は書いていて楽しいです。

コピ本→クラウのコピー本(同人誌)。夏コミで出したいのだけど・・・。
82名無しさん@ピンキー:2005/07/19(火) 17:51:06 ID:HB9QpdHB
80さんじゃないけど、
買いにいくよ(・∀・)だしてくれるなら。
83天箕博士:2005/07/21(木) 01:15:53 ID:vy5YQQiE
>82さん。わかりました!
出しますんで買いに来て下さい〜。
84名無しさん@ピンキー:2005/07/21(木) 12:43:13 ID:N6GrL1UZ
サンクス(´ω`)場所おしえてください。
何もいわずに買って帰ります(・∀・)よ
85天箕博士:2005/07/21(木) 14:35:44 ID:vy5YQQiE
>84ラジャです。
じゃあ、完成したら場所お知らせしますです。
86天箕博士:2005/07/24(日) 14:21:24 ID:YLmBuIXx
また新作更新滞っております。すんません。
>39さん、月は越えないように気をつけますので(笑)。
他皆様もお見捨てなきよう・・。
87名無しさん@ピンキー:2005/07/26(火) 02:52:58 ID:Dqj9puig
>天箕博士さん
がんばってくださいね〜私もがんばります。
これからも期待させて頂いてます。
88天箕博士:2005/07/28(木) 01:58:10 ID:F3zN5hGf
>87さん。
ありがとうございます〜。その一言が心底嬉しいですよー。
只今新作書いてますので近日中にも投下予定なのでまたよろしく・・・。
89名無しさん@ピンキー:2005/07/30(土) 05:22:01 ID:mXNKPEvB
>>88さん
改めて期待させて頂きます〜私も描いています
自分に出来るなにかに頑張れる人が好きですよ。
90天箕博士:2005/08/03(水) 14:05:36 ID:+o6NXXAQ
こんにちわーお久しぶりです。
ようやく新作投下。毎度遅くてすみません。
>89さん、励ましありがとうございます。とても嬉しいです。
他にもこのスレを読んでくださっている皆さんありがとう。
>39さん、また月を越えてしまいましたが、お許しを。

そんなわけで、わたし以外の皆さんの作品も期待しつつ、
「それがわたしたちを遠く隔てたとしても」お楽しみ下さい。
91天箕博士:2005/08/03(水) 14:08:40 ID:+o6NXXAQ
「それがわたしたちを遠く隔てたとしても」



「この大きな『家』がわたしたちを何とか結び付けてきたのよ」

「いや、そうじゃない。それが全てを悲しみの向こうへいざなってしまったんだ」


ヴィボルグ・ハーケンタイン 「黄昏の時刻に」
92天箕博士:2005/08/03(水) 14:20:09 ID:+o6NXXAQ
湖からの風が心地よく感じられるようになってきた遅い午後。
半ズボン丈のオーバーオールを着た少女が丘の上からの道を降りてくる。
少女はひとりいつもの場所―湖の桟橋への緩やかな下り坂を歩いていた。

学校が引けてから、友達のマグダレーナと遊ぼうと思っていたのだが、
彼女は来週に控えた自分の誕生日を前に、明日からの連休を利用して、
遠く地球へのバカンスに出かけてしまう。
93天箕博士:2005/08/03(水) 14:20:51 ID:+o6NXXAQ
「誕生日の前倒しですって」

「わたしだって来週なんだけどな」


少女は少しむくれながら、坂を下る足をばたばたと鳴らしながら歩く。

「友情って儚いものね」

「うちのお父さん、わたしの誕生日覚えているのかなあ・・・」



「あなた、どう思う?」
94天箕博士:2005/08/03(水) 14:22:24 ID:+o6NXXAQ
湖の船着場の入口まで来ると、少女は今来た道を振り返った。
その手には、小さな紙包みと白い封筒があった。
不器用な手つきで包みを抱えながら封筒から、一枚のカードを出した。

そこには、可愛い天使のイラストとつたない文字でこう書かれていた。


『クラウ、お誕生日おめでとう!!今年は一緒にお祝いできなくてごめんね。
地球から帰ってきたらいっぱいお話しよう!大好きだよクラウ♪』

マグダレーナ・ヘルメーレン。
我が愛しの親友「クラウ」へ(笑)。
95天箕博士:2005/08/03(水) 14:23:09 ID:+o6NXXAQ
カードで「クラウ」と呼ばれている少女は、
難しい顔をして何かを考え込んでいるようだった。
やがて、苦笑いしながら子どもに似つかわしくないため息を大仰につくと、
桟橋の入口まえを通るステーションへの街道沿いに据えられた小さなベンチに腰掛けた。

「もう。マグダレーナったら調子いいんだから」

わざとらしくつんとすました面持ちでベンチに腰掛けたクラウは顎を高く上げてふんっと鼻を鳴らした。
最初それは彼女なりの抗議の意思なのか、そんなのには動揺しないのよ、みたいな葛藤なのか窺い知れなかったが、
それすらもクラウにとっては自身を面白がらせるためのフェイクだったようだ。
やがて耐え切れないといった風情でくっくっくと笑い声を上げると、
まあ、いっかといった表情で顎を上げたまま、空を見上げた。
96天箕博士:2005/08/03(水) 14:23:51 ID:+o6NXXAQ
そこには、柔構造REDシステムで管理された偽物の青い空と、
分厚いナノミクロ高分子強化ガラスで作られた真っ黒な星空が交互に広がっていた。
この月面都市の住民にとっては、これが『空』というものであり、
遠く深淵を覗き込むような暗い宇宙に対しては無限の存在を認識しながらも、
『空』は常に有限であるというのが月面に暮らす者共通の見解だった。

月面住民にとって、地球の無限に広がる『空』はたとえ月で世代を重ねたとはいえ、
人間が遺伝子に根源的な記憶として覚えている原風景、すなわち故郷への郷愁と憧れの象徴だった。
97天箕博士:2005/08/03(水) 14:24:33 ID:+o6NXXAQ
人類がアポロ11号で初めて降り立った記念すべき地、静かの海に作られた
最初の殖民都市、『コペルニクス市』ができてはや半世紀。
当初は、地球の環境悪化に耐えかねた高所得者層が中心に移住していたが、
国連を主体とする宇宙移民事業の地道な努力により、
半世紀で地球住民の約4分の1が月面に移住することになる。

それにより、地球温暖化、食糧問題などの多くの問題は解決したとはいえなかったが、
根本的な問題である地球人口の増大に一応の歯止めをかけることで、
その結果が生み出す破綻への道程の拡大だけは回避できた。
少なくとも当座は地球滅亡というシナリオの新規改定は中断したようだった。
98天箕博士:2005/08/03(水) 14:25:12 ID:+o6NXXAQ
そんな新しい歴史も半世紀前、地球規模で頻発した災害や紛争によって失われた多くの生命の
犠牲によって成り立っていたのだが。
だが、そんな世界からようやく抜け出でて手にした楽観的な世界観のほうこそ、
日々のくらしというものが生命の危機や、苦痛への恐怖に満ちているような状況より、
遥かにまっとうで、人が生きてゆくうえで心底希求するものではないだろうか?
正しい戦争や、崇高な死など本当は誰も求めてはいないように。
99天箕博士:2005/08/03(水) 14:25:56 ID:+o6NXXAQ
空にうっすらと霞のような雲が流れて、消える。
しばらくのあいだ静かに空を見上げていたクラウは高台の住宅街から降りてくる自動車の音に気が付いた。
音のするほうへ顔を向けたクラウは軽く伸びをするとその反動でひょいっと立ち上がる。
重力が軽い月面とはいえ、機敏な身のこなしはこのクラウの身体能力がとても高いことをしめしていた。

高台から下る道路からこの湖畔沿いの街道へ繋がる辻に自動車が差し掛かる。
BMWの7シリーズ最新型だ。高機動VWOCブルーユニットを積載し、重力の軽い月面での機動でも
しっかりしたグリップを確保する。さすがBMWの面目躍如と言った車種だ。
月面諸都市の高所得者層のあいだで引っ張りだこ。生産が追いつかないらしい。
しかもクラウに向かってくるのはそのなかでもカーマニアならずとも驚きの
リミテッドエディション、ガンメタリック・ダークターコイズバージョンだ。
月面でも僅か30台しか販売されていない代物。
100天箕博士:2005/08/03(水) 14:26:43 ID:+o6NXXAQ
それにひきかえ、クラウの家では元々車になんてろくに興味のない父・創の15年落ちの
汎用車、トヨタ・カローラ ルナティック(黄)を後生大事に乗っているのだから。
だが、そんなカローラも寄る年波に勝てなかったのか、修理中で今は代車として、
面白みのないオペルのセダンが天箕家の車寄せに鎮座している。


しかし、まだ12歳のクラウにはいま近寄ってくる車が希少なものなんてことはわかるはずもない。
むしろ問題なのはその車に乗っている人物であって、道具そのものではないのだ。
クラウは先日の視力検査で太鼓判の両目2.0を誇るだけあって、フロントシートに座る
マグダレーナの姿を認めるとにんまりと笑う。
車が近付くのにあわせて手を空に向かってしっかりと掲げるとそれを左右に忙しく振り上げた。
101天箕博士:2005/08/03(水) 14:27:21 ID:+o6NXXAQ
「マグダレーナ!」
フロントシートに座っていた少女もクラウに気が付いたらしい。パワーウインドを下ろすと身体を乗り出して
手を振り返した。
「クラウ!」

父親らしい運転者が、クラウが近付くのに合わせて車の速度を緩めてくれる。
クラウはタイミングを計りながら、マグダレーナに持っていた紙包みを手渡した。
マグダレーナもそこはよく心得ている。
まるでブラジル代表のサッカーを見るようだ。
102天箕博士:2005/08/03(水) 14:28:28 ID:+o6NXXAQ
「お誕生日おめでとう、マグダレーナ!!」

「それ、わたしが焼いたクッキー。後で食べてね」

「ありがとうクラウ。帰ったらまた遊ぼう」

「うん。気をつけて行ってらっしゃい!」

やがてBMWはステーションへの道を走り去っていった。
クラウも見えなくなるまで手を振り続けていた。
これが二人にとって今際の別れになるなど、この時点では
お互い想像すらしていなかったのだが。
103天箕博士:2005/08/03(水) 14:29:05 ID:+o6NXXAQ
「・・・・・・」

「さってと、じゃあ行こうかな」


少女たちの喧騒も束の間のにぎやかさで、再び湖畔に静けさが戻ってくる。
この住宅地周辺は日中も殆ど交通量がない。
そばの雑木林から小鳥たちのさえずりが聞こえてくるだけだ。

クラウは手紙をポッケに入れると、ようやく湖の桟橋―いつもの場所へ
歩みを進めていった。
104天箕博士:2005/08/03(水) 14:29:42 ID:+o6NXXAQ
クラウたちの住む一般居住区は月面でもわりに古くから開発された地区だ。、
しかも月面でもそう多くない大きな湖がある。名前はバラサン湖。
昔、この地区を開発した担当官の故郷に同じ名前の湖があったそうで、
そこからつけたという。
美しさは月面でも1・2を争うくらいで、特に夕暮れ時の湖面の光は何物にも換えがたい輝きを放っていた。
それがこの居住区の売りの一つなのだが、
天箕家の場合は、父が勤務する研究所が紹介してくれたのを、これまた世事に疎い父が
特に吟味せずそのまま買ってしまったことに端を発する。
105天箕博士:2005/08/03(水) 14:30:17 ID:+o6NXXAQ
しかし、まあ、結果的に娘のクラウにしてみれば、一番のお気に入りの場所、
すなわちこれから向かおうとしている小さな桟橋に出会えたのだから文句などないのだが。

クラウは、たくさんのヨットやボートが係留されている立派な船着場から、少し離れた小さな物見台のある
岬を回りこむと静かな入江にでた。その傍らに古い板が張られた木製の桟橋が鏡のように凪いだ入江に長く
伸びていた。

周囲には人家もなく、古くなって打ち捨てられた手漕ぎボートが一艘係留されているだけの桟橋を歩くクラウ。
歩みを進めるごとにギッギッと乾いた軋みを立てる板。何も知らない者なら思わず尻込みしそうな音だ。
だが、クラウは全くおびえるそぶりも無く、むしろはやく先端までというはやる気持ちを抑えるので
いっぱいみたいだ。
106天箕博士:2005/08/03(水) 14:33:40 ID:+o6NXXAQ
「わあっ!キレイ・・・。」

時計は午後5時を指していた。少しずつ夕暮れ色に染まってゆく空を見上げながらクラウは嬉しそうに伸びをした。

「良かった間に合ったよ」

クラウは桟橋の先端に腰を下ろすと履いていた靴を脱ぎ、両の手を後ろにまわしてようやく一息つく。
ほんのり赤い夕暮れが穏やかな微笑みを浮かべる12歳のクラウのほほを染める。

「わたしね、一日の中で、朝と同じくらいこの時間、好きなんだ」

クラウは、自らの身体そのものに語りかけるように言葉を紡ぐ。
まるで、すぐそばに誰かいて今日あった出来事を教えてあげているように。
107天箕博士:2005/08/03(水) 14:34:31 ID:+o6NXXAQ
その時、湖からの風がクラウを包み込んだ。ふわりとした風そのものをこの手に触れられそうなくらいの・・・。

「うん」

クラウは何事も無かったように再び話し始める。
しかし、さっきとは何かが違った。

「ずっと昔、お母さんと一緒によくここへ来てたから」

「・・・・ちょうど、この時間くらいに?」

「うん」

「そーなんだ・・・」

夕暮れの色が湖面を黄金色に変えてゆく。
静かに揺らぐ湖面が光を拡散し、クラウをも同じ色に染め上げていた―、

はずだった。
108天箕博士:2005/08/03(水) 14:35:31 ID:+o6NXXAQ
その時、クラウのまだ未発達な少女らしい胸元から、一条の柔らかな黄金色の光が漏れ出した。
遠目に見れば暮れゆく夕日が、少女を同じ色に染め上げているようにしか見えないが、
近くで見るとそれは明らかに少女自身から漏れ出してくる光に他ならなかった。
それは、懐中電灯やら蛍光塗料やらを隠しているみたいなレベルではもはや無く、
むしろ、相当強力な光源でも手元に置かない限りありえない。

「で、話はかわるけどさっきの女の子って・・・」

「マグダレーナ?」

「そう!まぐ・・・ダレーな?」

「ちょっ・・・」

「ふふふ。そう。マグダレーナよわたしの親友」
109天箕博士:2005/08/03(水) 14:36:08 ID:+o6NXXAQ
さっきまでは、12歳の思春期特有のナイーブな独白と思っていたが、
どうも様子がおかしい。
何故か、クラウ以外の存在の声が聞こえてくるのだ。
だがここは、岸からも200メートル近く離れた入江の桟橋の先端。
他に誰か居て大声張り上げてもこんなにはっきり聞こえるはずがない。
そもそも、桟橋にはクラウ以外の人影なんてどこにもないのに。

正確には、クラウ自身の声だった。
しかしそれはクラウの声帯を使って、何か別の意思がクラウと語り合っているのだ。
それは、まるで人形のいない腹話術師みたいだった。
110天箕博士:2005/08/03(水) 14:36:47 ID:+o6NXXAQ
「しん・・・ゆう」

「そっ。お友達のこと」

それからクラウはそんな自分の胸元に手を当てる。

「で、今日はいつも来ているあなたと違う子がきてるみたいだけど?」

「・・・・・・」

「あなただあれ?」

光はまるでそれそのものが意思をもっているように揺らいだり、重なったり強まったり弱ったりしている。
傍目でみているとまるで光がダンスしているようだ。
111天箕博士:2005/08/03(水) 14:37:27 ID:+o6NXXAQ
「・・・・誰・・?」

「わからない」

「わからない」

「もしかしてあなたたち自分が誰かもわからないの?」

クラウは呆れた様子で胸をぽんぽん叩く。
それからおおげさにため息をつくと、今度は鼻息荒くもう一度胸を強く叩いた。

「そーいえば自己紹介もしてなかたし・・」

「よおし!じゃあわたしに任せなさい!」

光は不安げに瞬く。これからおころうとしていることに・・・。

「じゃあ、あなた。あなたは、こないだ初めてわたしとお話したよね」

「・・・う・・ん」
112天箕博士:2005/08/03(水) 14:38:06 ID:+o6NXXAQ
最初に指名された光は途端に不安げな言葉で応える。

「あなた、今日来たおしゃべりな子に比べるとお姉さんみたいな感じね」

「だから、あなたは・・・、お姉さんだからー」

「おねえ・さん・・?」

「そういうことにしとけばいいのよ」

「はあ・・・」

「お姉さんだけにー・・よしわたしと同じ『クラウ』にしよう!」

「・・く・らう?」

「うん!同じ名前だね」

クラウはにっこりと微笑んだ。
113天箕博士:2005/08/03(水) 14:38:46 ID:+o6NXXAQ
「な・・・・・・ま・・え」

「アナタが誰なのかってこと」

「わたし・は・・・クラウ」

一瞬光がぱっと強くなる。
その途端もう一つの光が隣から割り込むように光り輝く。

「わかってる。あなたもだよね」

「はやくはやく!」

「じゃあね〜うーん・・・・」

「うーん」

「う・・・ん」
114天箕博士:2005/08/03(水) 14:39:26 ID:+o6NXXAQ
腕組みしながらうなだれるクラウ。
湖からの風が心地よい涼しさを連れてくる。
そのままうとうと眠り込んでしまいそうな・・・・。

「って!寝ないでよ〜!!!」

後からきた元気な光がすかさずツッコミを入れる。
人ならぬ光たちも人類の至高、「ツッコミ」ができるらしい。

「・・んあ、ごめんごめん」

「ひどい・・・」

「・・そうねーじゃあわたしが一年で一番好きな日―」

「クリスマスにしよう!」
115天箕博士:2005/08/03(水) 14:40:03 ID:+o6NXXAQ
決まった!
これなら完璧だ。クラウはいつも嬉しい時や気合を入れるときによくやる癖、
両のてのひらで自分のほおを軽く弾くように叩いた。

「クリスマス?」

光もクラウに合わせて嬉しそうな声を上げる。

「あたたかい感じがする・・・」

「そうよ!とーっても楽しい日なんだから」

「よかったね、クリスマス」

もう一つのお姉さんと呼ばれた光も祝福する。
しばらくの喜びの後クラウは再び光たちに問いかけた。
116天箕博士:2005/08/03(水) 14:40:46 ID:+o6NXXAQ
「で、あなたたち・・・クラウとクリスマスは、」

「きょうだいなの?」

「いいえ、わたしたちは『リナクス』・・・」

「そして『対』なの」

今度はクラウが戸惑う番だった。目を白黒させながら理解できない風情で
頭を抱え込む。

「えーそれはすなわちィ・・・・」

クラウは父がよくやる困ったときの言い訳の口調を真似する。
大概これがでたあとの父は最後に「ごめんなさい」するのが常なのだが。
117天箕博士:2005/08/03(水) 14:41:31 ID:+o6NXXAQ
「なあに?そのポーズ」

元気な光、クリスマスと名付けられた声がまた合いの手を入れる。

「おとうさんの真似」

「おとうさん?」

クラウと同じ名前の光がこたえる。

「そっ。あなたたちにもいる?」

「・・・・わたしたちは、リナクスだ。それ以上でもそれ以下でも存在しえない・・・」

「うーん、何言ってんだかさっぱり」

「すまない」

「いいよいいよ。まあ、きっとそういうおうちなんだよね」

「お・うち?」
118天箕博士:2005/08/03(水) 14:42:11 ID:+o6NXXAQ
クラウもいいかげんこれは大変な相手だと悟ったのだろう。
ここはわたしが一番のお姉さんとして頑張らないといけないみたいだ。

「まあ、その辺はこんどお話しようよ」

「うん」

「んで、クラウとクリスマス。あなたたちどこに住んでるの?」

初めて名前で呼ばれた光たちは照れているように不思議な明滅を繰り返す。

「えーっとわたしたちは、ずっとずっと遠い世界」

「わたしたち、リナクスしか存在しない場所」

「とても狭いのだけど、ここから出てゆくことができない・・・」

クラウは興味しんしんで聞き入っている。
119天箕博士:2005/08/03(水) 14:42:50 ID:+o6NXXAQ
「そんで、どこからわたしの中に入っちゃったの?」

「そう、えと・・クリスマスが、聞いたんだ」

「あなたが呼ぶ声を!」

「わたしが?」

「そう。わたしたちしか存在しえないこの世界に、あなたが呼ぶ声が僅かに聞こえた」

「そして見つけたの。あなたの声がするこの場所を・・・」

クラウは光たちに聞く。

「じゃあ、あなたたちにはここが見えるのね?」

「ええ。見える。とても、広い世界・・・・・・」

「すごくキレイ」

「そうでしょ。だって、ここはわたしとお母さんにとって・・・・・」
120天箕博士:2005/08/03(水) 14:43:28 ID:+o6NXXAQ
クラウが口をつぐむ。
光たちは戸惑いながら明滅を繰り返した。
もう夕刻が迫っているようだ。風が湖面にさざなみをたて、鳥たちも寂しい鳴き声を上げながら、
巣に戻ってゆく。

「思い出の場所なの」

「ずっと昔に死んじゃったんだけどね、これだけは覚えてる」

「その、お母さんというのはわたしたちでいう『対』のようなものなの?」

クラウと呼ばれた光が遠慮がちに聞いてくる。

「それがあなたたちにとってかけがえのない存在だったら・・・」

「わかるよ。わたしもクラウがいなかったら、つらくて、悲しくて、寂しくて・・・」

クラウは悲しい声を出すクリスマスを慰めるように優しく自らを抱きしめた。
121天箕博士:2005/08/03(水) 14:44:28 ID:+o6NXXAQ
「わたしも同じだよ。クラウ、クリスマス・・・・」

「でもね、わたしは大丈夫!」

突然クラウは元気いっぱいの声を上げると、今まで腰掛けていた桟橋の先端から
ぴょんっと立ち上がった。
「わたしには、お父さんやエラ、マグダレーナにほかのたくさんのお友達がいるから寂しくないよ」
122天箕博士:2005/08/03(水) 14:45:12 ID:+o6NXXAQ
「そして、あなたたち・・・・」

「クラウ」

「は・・・はい」

「クリスマス」

「はいっ♪」

クラウは沈み行く夕日をいっぱいに浴びながら心から幸せそうな表情で
ぎゅっとその小さな胸の奥に連なる世界を抱きしめていた。



「大好きだよ」
123天箕博士:2005/08/03(水) 14:45:49 ID:+o6NXXAQ
山の向こうに日が落ちて、柔らかな暗がりがクラウを包み始めた。
やがて、桟橋のたもとから、父とエラの声が聞こえてきた。

「おーいクラウ済まなかった。誕生日を忘れたわけじゃなかったんだ」

「おじょうさまー旦那様も事情があったんですから・・」

クラウはいたずらっぽく笑うと胸を叩いた。

「あーあ。来ちゃった。でもひどいよねお父さんたらわたしの誕生日忘れてるんだもの」

「よおし、帰ったらうーんと困らせてやるんだから。たまには悪い子クラウもいいよね」

「じゃあ、クラウ、クリスマス。今日はここまで。また来るから。」

「うん」

「じゃあね」
124天箕博士:2005/08/03(水) 14:46:26 ID:+o6NXXAQ
クラウが父たちのもとへきびすを返すと、胸元からの光はすっと弱くなり消えていった。
どたばたと乾いた板を蹴飛ばしながら、すっかり日の暮れた桟橋を後にしていった。


だがこの日の、クラウともう一人の「クラウ」と「クリスマス」たちの約束が、
ある意味悲しい形で守られることになってしまうとは、だれも知らない。
125天箕博士:2005/08/03(水) 14:48:43 ID:+o6NXXAQ
遠くから声が聞こえる。

遠い昔の記憶。

あれはいったい誰だったのだろう。

覚えてはいないけれど、

あの時感じたぬくもりだけは、

あの頃から遠く隔たったはずの今この瞬間にも、

少しも損なわれること無く、わたしの胸に宿り続けている。


「大好きだよ」


1945年8月6日、
廣島県立城廣女学校生徒 本庄沙耶香
友人への手紙から。
126天箕博士:2005/08/03(水) 14:49:27 ID:+o6NXXAQ
「それがわたしたちを遠く隔てたとしても」

了。
127天箕博士:2005/08/03(水) 14:53:05 ID:+o6NXXAQ
ここまでです〜。
いよいよ夏本番、有明でのビックイベントも近付いております。
皆さんも頑張って下さいね〜。
では、また感想などお待ちしてます・・・。
128名無しさん@ピンキー:2005/08/07(日) 11:29:47 ID:3vLiq+Hk
読ませていただきました―
少し敬虔的な内容であられるのでしょうか?

何度か読まさせて頂きたくなる様な内容ですね
クラウワールドをもっと広げていきましょう
自分自身が見たいですしw

夏コミには出られるのですか?
129天箕博士:2005/08/09(火) 23:44:17 ID:C5QmnHrX
>128さん。感想ありがとうございますー。
敬虔な内容なんてめっそうもない・・。わたしには過ぎた言葉です(笑)。
思い出した折にでも読み返していただければそれに勝る喜びはありません。
わたしもこのSSが、クラウワールドを広げる、
ささやかなきっかけになればと・・・・。

>夏コミ
はい、出ます。ただ、クラウスペースとしてとったわけでは
ないので、サークルカットにも「クラウ」とは書いてません・・・。
日時、配置場所は、14日東レ―51a
クラウ本はコピー誌ですが一冊出します。
130名無しさん@ピンキー:2005/08/11(木) 20:48:37 ID:RfT71dPd
>>天箕博士さん
夏コミも期待させていただきます
がんばってください。。
131天箕博士:2005/08/12(金) 01:49:02 ID:plCGwEi6
>130さん
ありがとうございます♪
コピー本もさっきようやく完成しましたー。
夏コミもご期待にそえればいいのですが(笑)。
132天箕博士:2005/08/15(月) 16:21:23 ID:fxiGjl70
夏コミお越しいただいたみなさま、
本当にありがとうございました〜。
133名無しさん@ピンキー:2005/09/15(木) 08:23:05 ID:VjFWhYNW
保守
134名無しさん@ピンキー:2005/09/17(土) 02:25:56 ID:GmUp/6w7
i
135名無しさん@ピンキー:2005/09/29(木) 03:42:27 ID:XQ7DwrtF
hoshu
136名無しさん@ピンキー
,..-──- 、
                /. : : : : : : : : : \
           冒  /.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
            l l ,!::: : : :,-…-…-ミ: : : : :',
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         ノ    ,二!\   \___/   /`丶、
        /\  /    \   /~ト、   /    l \
       / 、 `ソ!      \/l::::|ハ/     l-7 _ヽ
      /\  ,へi    ⊂ニ''ー-ゝ_`ヽ、    |_厂 _゙:、
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     ,ヘ \_,. ' | |    丁二_     7\、|イ _/ ̄ \
     i   \   ハ       |::::|`''ー-、,_/  /\_  _/⌒ヽ
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このスレを見た人は、10年以内にかならず氏にます。
でも、逃れる方法はあります、
※10日以内に20箇所のスレにこれをはるのです。
すみません、僕も氏にたくないんだす