THE 地球防衛軍【エロサンダー】

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444防衛と侵略1
あの悪夢のような戦いの日々から少し経った──────────────────


僕はすっかり平和ボケしきった毎日を送っていた。
今日もブラブラと街を歩き、何をするでも無く時間を潰す。
昼食後の腹をさすりながら行くと、ちょっと先に賑やかな感じの店がある。パチンコ店だ。
僕は久しくお世話になって無かった、大衆娯楽であるパチンコをする事に決めた。

店は新装開店らしく、沢山の花で派手に飾られている。
ここは以前「かんしゃく玉 4号館」だった所だ。
どうやらパワーアップしたらしく、「爆殺かんしゃく玉」としてリニューアルオープンしたようだ。
自動ドアの向うの空間は人で溢れ、店員のマイクロフォンを通した声や、あの懐かしいじゃらじゃらという雑音が通りに漏れている。
僕はわくわくしながら店内に入って行った。

初めてパチンコに触れたのは16、7の頃だった。悪友に連れて行かれたのだ。
あの頃と比べると随分と変わった。
建物も店内も客層もファショナブルになり、プライズも豪華。食事スペースやコミック・雑誌のコーナー、何と託児所まである。
至れり尽せりだ。
女性をターゲットにしているような観もある。
事実若くてかわいい子も大勢スロットに興じていた。

「へえぇぇ〜」

僕は様変わりしたパチンコ店に感心した。
時代と共に客のニーズに応え続けて、進化したのだ。
だからこうして、僕のようなバカなカモがフラフラと吸い寄せられる。ははは・・・・・。
勝とう、というのはやめて、場の雰囲気を楽しむ事をメインとしよう。
僕はなんとか空いてる席を見つけ出し、座った。

そのスロットのキャラクターは、鎧で身を固めた侍だった。
筐体に液晶のようなものが付けられていて、美しい映像と、スピード感溢れる斬り結ぶ映像が交互に出て来る。
僕は若い頃やっていた「目押し」なるもので勝負しようという気は無かった。ボタンを適当に押していく。
というのは、筐体の側面あたりにくっ付いている画面の操作に夢中になってしまったからだ。

なんとT.V.!
T.V.が付いている!
この機種の一体一体全てに!
いやこの機種だけでは無い。後ろを振り向くとマンガのキャラクターの機種にも付いていた。

「なんて事だ・・・・・・・・!」

こんなに繁盛しているのか・・・・・。
日本はビッグマーケットだ。僕よりひどいカモが大勢いるんだろう・・・・・。
445防衛と侵略2:2005/11/27(日) 19:02:23 ID:JDwBp3Mt
映画、グルメ特集、ドラマの再放送、クイズ番組、芸能ゴシップニュース、株価、外国語講座etc.
僕はパッパと画面を切り替えていく。

「お」

ひとつ面白そうなのがあった。「防衛NOW」だ。

番組では農家の仕事の移り変わりなどをやっていた。
画面には畑の所有者らしき人のアップが映っている。リポーターに聞かれると、詳しく受け答えしていた。
内容は大体、蟻の話だった。
耕運機に取り代わって赤色巨大甲殻虫が働いている事や、黒色巨大甲殻虫の体液を混ぜた良質の堆肥の説明をしている。
僕はスロットそっちのけで、防衛NOWを食い入るように見た。
いつも割と興味深い内容で構成されているからだ。

農家の風景が切り替わると今度はビルの工事現場だった。
背中に鉄筋の骨組みを括り付けられた蟻たちが器用にビルをよじ登り、せっせと上へ運んでいる。
蟻を使ったビル建設は短期間で完成するので、建設業界では蟻をたくさん所有している所が業績を伸ばしているらしい。

その他には人を乗せて観光名所を案内する蟻、草狩りをしたり道路工事を手伝う団子虫、土砂崩れを防ぐ蜘蛛などを紹介していた。
CMが入ったので、席を替えてからゆっくりTVを見る事に決めた。
僕はメダルを隣りの人にあげ、席を立つ。

あまり人が居ないレーンを選び、座った。
どうやらここのレーンは殆んどが食事中らしく、あちこちのドル箱の上に食事中の札が置かれている。人もまばらだ。
僕は急いでチャンネルを防衛NOWに切り替える。
ちょうど新車のCMが終わった所で、防衛NOWが戻って来た。

今度は家の紹介だ。
蟻塚の仕組みをふんだんに取り入れた、夏涼しく、冬暖かいというものだ。アントハウスというらしい。
この家を設計している会社は元々はビルの設計をやっていて、蟻塚仕様のビルのオーナーからは評判が良かった。
光熱費が恐ろしい程に浮くからだ。
おまけに地震にも強いときている。
好成績に気を良くした業者は、蟻塚ビルの仕組みを応用して、家の設計も手掛け始めたというわけだ。
売上げも上々だという。

お次は車だ。
この番組のスポンサーでもある会社が出した新車で、最新のテクノロジーを搭載したものだ。
あの防衛戦で最後のマザーシップを墜とした後、動きを止めたダロガやUFOなどで、爆発せずに残ったものを分解・研究し、
宇宙レベルの高度な文明を取り入れたのだ。
その技術は車はもちろん、生活上の電化製品を始め、あらゆるメカトロニクスに反映された。

あの戦いで地球は引っ掻き回されたというのに、こんなに早く街が、世界が復興したのは、
ひとえに敵の文明を我々の血肉として活かしたおかげでもあるのだ。
僕が子供の頃に夢見ていた未来都市も近い。
皮肉な事に、憎くて仕方がなかった無作法な訪問者のもたらしたハイテクに、今では感謝すらしている。
446防衛と侵略3:2005/11/27(日) 19:03:19 ID:JDwBp3Mt
もたらされたものはハイテクばかりでは無い。
アリやクモなど虫たちもそうだ。
マザーシップが墜とされたあと、どうしていいのかわからないといった風に右往左往する虫たちを捕獲し、
特殊なフェロモンや餌付けで飼い慣らしていったのだ。
交配や品種改良を繰り返して大人しい種を創り上げ、今や虫は人類の良きパートナーになってしまった。
虫たちも学習能力があるらしく、殺されるよりは共存の道を選んだのだろう。
この平和がいつまで続くかわからないが、僕達は今の所はこれでうまくいっている。それでいいんだ。

──エンジンの説明が終わると、内装の説明が始まる。
僕は画面を見るとも無しに見ながら、戦いの後の僕らの急成長ぶりに思いを馳せていた。

「その車シブイよな」
「えっ?」

振り返ると、食事を終えたらしき右隣りの人が腰掛ける所だった。
「どうだあんちゃん、出てんのか?」
「え・・・・・ま、まあ。はは・・・・」
僕は何故か焦りながら財布を取り出す。
「TVっ子だなオイ」
「は、はあ」
隣りの人は笑いながら爪楊枝を灰皿に置くと、タバコを取り出して火を付ける。
ふぅっと一息つくと食事中の札を脇によけ、パチンコの続きを始めた。
すると、何だか良くわからないが、始めるなりじゃりじゃりと出玉が溢れ出す。
これにあやかって僕も出るかもしれない、などと甘い事を思いながら玉を買い、隣りの人に次いで僕も打ち出した。

何て事だ!

ものの30分もしないうちに、札が何枚も何枚も何枚も何枚も吸い込まれて行ってしまった・・・・・・。
「戻って来てくれ!」
僕はついつい熱くなってしまい、魚介類に囲まれたにこやかなビキニの女の子の絵に訴えた。
「ジーザス!」
「わははははっ」
隣りの人はそんな僕を見てげらげら笑い、タバコの煙をわざと僕の顔に吹きかける。
「や、やめて下さい・・・・・っ」
「わはははっ! おもしれーなオメー」
隣りの人はタバコを揉み消すと首を振った。

「っふ〜、わりぃわりぃ。笑かして貰ったぜ。な、これ使えよ」
その人は傍らから満タンのドル箱を持ち上げると僕の膝の上に乗せた。
「えっ!?あ、あのこれ・・・・・」
「遠慮すんな」
「・・・・でも・・・・・」
確かにこの人の周りには山のように箱が詰まれて囲まれているが、何だか悪いような気がした。
「いいから使え」
「は、はい」
447防衛と侵略4:2005/11/27(日) 19:04:46 ID:JDwBp3Mt
僕は頂いた玉で打ち始めた。

しかし!
それすらもほんの数分で吸い込まれてしまった・・・・・。
隣りの人は相変わらずジャンジャンバリバリ出続けて、僕にくれた一箱もあっと言う間に挽回している。
「ったくしょーがねぇヤツだなおめーはよォ」
隣りの人はクククと苦笑いすると、親指で斜め後ろを指差す。
「あれ使え」

!?

「あ、あれって人のじゃ・・・・・」
「いいんだよ俺ンだ。そこらの札かかってるやつは全部俺のなんだよ。そうそう、お前の左のもそうだ。それ使え」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
僕はおとなしく従う事にした。
なんだかこの人には断れる雰囲気が無いからだ。

案の定玉は吸い込まれる。
どんどん吸い込まれる。
だが隣りの人はピロピロと派手な音を鳴らし続け、ドバドバと出し続けている。
吸い込まれた僕の玉を回収しているといった感じだ。
一体この差は何なのだ・・・・・。
隣りの人は僕の箱がカラになると目配せするので、僕は黙って箱を持って来て玉を使う。
そうこうしているうちに、いつの間にか防衛NOWも終わってしまった。

隣りの人はまた新たにタバコを咥えた。
どういうわけかライターはずっと片手に持って構えたまま、火を付けずにじっとしている。
そのうちに僕の方にライターを置いた。
「??」
「・・・・・おい早くしろよ」
「はい?」
「火だよ火ィ!」
「ハ、ハイッ」
「ったくオメーってやつぁ」

なんて人だ!

いつの間にかアゴで使われている僕は、アゴで使ってる人のタバコに急いで火を付ける。
「あんがとよ」
隣りの人は口の端を歪ませてフーッと煙を真横に吐き出す。
そう。僕の顔にわざとかける。
「オメーはおもしれーヤツだな」
と、上機嫌。僕はちっともおもしろくありません。ここの席から逃げ出したい衝動を抑えるのに必死だ・・・・・。
トイレに行くフリをして逃げてしまおうか?
そう思った矢先に急な展開を迎えた。
「オメー、多田んとこのヤツだろ」
448防衛と侵略5:2005/11/27(日) 19:05:43 ID:JDwBp3Mt
「え・・・・・、多田さんとお知り合いなんですか・・・・・?」
なぜこの人が多田さんを知ってるんだろう・・・・・?
「ああ知ってんぜ。久々に使えるヤツが入って来たって、多田のやつ喜んでたぞ」

多田さんというのは僕の勤めるホテルのオーナーで、元EDFの大先輩だ。
元、というのは語弊があるかもしれない。
僕らのほとんどは除籍でなくて除隊だから。予備役に就いているのだ。

多田さんは2017年の”終わりの始まり”の時からの軍人で、2年後のパニックの時にも活躍された。
僕は19年入隊だから、多田さん始め先輩方の足跡を踏んで行っただけなのだ。
だから今こうして生きていられる。
入隊の頃から戦争が終わるまで、先輩方には随分とお世話になった。

「多田さんとはどちらで・・・・・?」
「ん、あいつとは同期なんだよ。たまに会って飲むからオメーの事は知ってる」
ああなるほど。・・・・・・え?
「同・・・・・・? もしかしてEDFですかっ!?」
「ああ。俺ぁオメーがまだ空母に乗ってる頃からライサン持って、精鋭UFO追っかけ回してたんだよ。
今じゃこうして銀の玉追っかけ回してるってわけだ、ワハハ」
「せ・・・・先輩なんですね・・・・・」

数年前の17年戦争終決のちょっと後ぐらいから、航空母艦イクシオンで僕はコックをやっていた。
19年になるとまたインベーダーと戦争が始まり、イクシオンからも艦載機が飛んで行った。
だが第一艦隊が轟沈する頃、飛んで行った仲間たちもみな撃墜され、帰る者は居なかった・・・・・。
僕はその現実を目の当たりにし、艦をおりてEDFに入隊したのだ。

そして19年から始まった戦争も終わると、僕ら軍人は国からお金を貰いながらもそれぞれが働きに出る。
もちろんゆっくり休養を取る者もいたが、大体が復興支援に走り回ったり、市民の助けになるような事をした。
僕は避難所等に行って、救援物資でご飯を作ったり配ったりしていた。

そのうちにインベーダーのテクノロジーを取り入れた重機が開発され、街は驚くべき回復力でガンガン建て直されていく。
散り散りばらばらになった人々も都内に戻って来た。
もう僕らの助けはいらない。
449防衛と侵略6:2005/11/27(日) 19:06:33 ID:JDwBp3Mt
僕は手に職があったので、また空母に戻りコックを続けた。
しばらく続けていたが、ある日ふと辞めてしまった。
艦上に上がり、真っ白い泡と浅葱色の海が混じっては消え、混じっては消えするのを見ていると、どうしようも無く泣きたくなるからだ。
散っていった仲間たちの事が思い出されて辛い・・・・・・。
僕と同じにまだ若かった彼らは、敵の攻撃で一瞬で焼かれ、海に沈んでいった。
将来のある命が、泡のように消えてしまったのだ。

まだ彼らが生きていた頃は僕も彼らに混じって、女の子の話やバカ話で盛り上がって笑ったものだった。
波にゆらゆらと揺られながら、次に陸に上がった時は何する、かにするとお互いに語り合う。
・・・・・・その中で陸に上がる事ができたのは僕だけだった。

そして、少し前に僕はついに軍艦とおさらばした。
死んだ人間はもう戻らないのだ。
戦闘機乗りでない自分だけが生き残った事を、何か悪い事でもしているように責めるのはもうよそう。そんな思いで地上に降りたんだ。
いや、違う・・・・・そんなんじゃ無い・・・・・・・・。
変な後ろめたさなんて無かった。単に海に飽きただけさ。・・・・・・そうだろ・・・・・・。
それに海上じゃ、女の子との出会いも無い。

そんな訳で、以前から声を掛けられていた多田さんの所へ行き、ホテルのレストランで使って貰う事になった。
僕のいるレストランは最上階なので、とても景色が良い。
彼女が居たとしたら、デートに連れて来たいような素敵な眺めだ。

「・・・・は現場でたまに見かけたぜ」
「・・・・・え? ・・・・・・なん・・・・」

先輩に話し掛けられ、僕は我に返った。

「オメーは緊急回避が上手いって言ったんだよ。あの攻撃の雨アラレの中、ヒラリヒラリとよくもまぁあれだけよけられたもんだ。
オメーの回避は ネ申 だった。神認定してやる」
「あ・・・・・はぁ・・・・・。あ、ありがとうございます!」
回避が神って・・・・・・。

まあ確かに僕は、逃げ足だけは速いって良く言われるけどさ・・・・・。
だって痛いのはイヤだし、死にたくないから敵の攻撃が当たらないように努力してたんだ。
・・・・・臆病者だから生き残ったのかもしれないな・・・・・・。
450名無しさん@ピンキー:2005/11/27(日) 19:06:47 ID:OROhdIQ4
私怨
451防衛と侵略7:2005/11/27(日) 19:07:41 ID:JDwBp3Mt
「あの赤波の時はどうしてたんだ? うまく回避できたのか? 自爆プレイか?」
先輩はタバコを揉み消すと聞いてきた。
「赤波・・・・・ですか。・・・・・確か僕、アサルトあたり持って、逃げ撃ちしてたような気がします・・・・・」
「ばっかオメーッ! 赤波はマスレイだ! マスレイ持ってぴょんぴょん跳ねてりゃいいんだよ」
先輩は呆れ顔で僕を見る。

え? ・・・・・・マスレイ・・・・? マスターレイピア?

「・・・・・マスターレイピアって・・・・・ペイル・・・・」
「オメーはバカか! 女装すりゃいいだろが」
じょ・・・・・・。
先輩は戦場で女装してたんだろうか・・・・・。
「俺ら陸男は飛べねぇのがネックなんだ。あの足の速い赤アリ相手にヒィコラ走ってられっかってんだ。頭使えよ」
「はあ、す・・・・すみません・・・・」
僕はいつの間にか先輩にお説教を喰らっている。

「まあいい。そりゃそうとオメー、あの黒アリの酸、被ったか?」
「ええ、ええまあ。・・・・・・何度か・・・・・」
EDFであの黒アリの酸を被って無い者など、おそらくいないだろう。
誰もが被り、少し溶けたスーツを着たまま闘い続けた。
「お前らが酸だ酸だと騒ぐアレな、ありゃ精子だ」
「ブッ!!」
僕は予想もしなかった単語に、不覚にも噴いてしまった。

「ヘ、ヘンな事言うのはやめて下さいッ!」
「ヘンな事でも何でもねぇよ、ホントの事だ。皮膚に付いても痛くも痒くもなかっただろ? だが服は溶ける。
それは「宇宙精子」だからだ。
それにあの体液が黄色かったのは、溜まってたからだ。
アリども、宇宙の長旅で溜まってたんだよ。で、思わず俺らに顔射ってわけだ」
「う、嘘だ・・・・・ッ!」
「嘘じゃねーよ。現実を認めろ。ありゃ 米青シ夜 だ。大体、体液ってのは精液と相場が決まってんだろ。
結城だってそのへん分かってて酸って事にしたんだよ。
あそこで精子だって言ってみろ。士気は下がるし、みんな本部に帰っちまうだろが」

言われてみれば、あのツンとした青臭い剥いたタケノコのような匂い、ドロッとした感じ・・・・・・。
そしてさっきTVで見た良質の堆肥・・・・・。
栄養たっぷりで、野菜がグングン伸びる堆肥・・・・・。
どう見ても精子です。
ありがとうございました。
452防衛と侵略8:2005/11/27(日) 19:08:46 ID:JDwBp3Mt
「そうだ・・・・・・。もしまた戦争が始まったら、オメーにいいモンやる。俺のおさがりの武器をくれてやる」
「な・・・・何ですか? 何をくれるんですか??」
僕は少し嬉しくなって聞いた。
「鈍亀3号だ」
「え? ドン・・・・・・・・・・・・・・・リヴァイア・・・・?」

いりません!

「あんな危険な物、扱いきれません!」
「ばーかオメー。オメーのようなヘッポコはヘリの操縦の上手い陸男の相方を選んでだな、ひたすら上から鈍亀撃ってろ」
「・・・・・・・・」
先輩はケタケタと笑うと満タンになったドル箱を脇に置く。
僕はカラになった箱を脇に置く。
「冗談だよ。もう戦争は終わったんだ、鈍亀を撃つ事も無い。いいから銀の玉打てよ、銀の玉」
先輩に促されて、僕は新たにドル箱を持って来た。

また30分程経つ。

「先輩!」
「何だ」
僕はもうガマンできなくなって聞いた。
「どうして先輩の台はフィーバーの大連チャンで、僕のは飲まれっぱなしなんですか!」
「さあな」
「絶対におかしい!」
「わはははっ」

ひとしきり笑い終わると、先輩は自分のドル箱を僕の台に置く。
「そうだなぁ・・・・・・。
オメーがミニスカ穿いてだな、おっと勿論ノーパンだ。
イスに座ってパカっと股を開けばまぁ、10万は出るだろうな。ひと開き10万だ。やってみな」
「適当な事言わないで下さい!」
「わははっ」

この台はおかしい! ありえない!
まるで遠隔操作されているようだ。
「まああれだ。せっかくEDFの後輩に会ったんだ。なんかしてやらんとな」
先輩は立ち上がってウン・・・・と伸びをすると首を左右に振る。
「オラ行くぞ。うまいモンでも食いに行こうぜ」
ええ!? ちょ・・・・・。
「先輩ッ! このドル箱の山・・・・・・」
「いいんだよ、置いとけ。さっさと来いよ」
で、でも・・・・・・。
453防衛と侵略9:2005/11/27(日) 19:09:28 ID:JDwBp3Mt
僕らは店を出た。

音の篭る空間に居たので、耳がキンキンする。
「いいんですか!? あんなにあったのに・・・・・先・・・・・」
先輩は僕なんか待たずにスタスタ歩いて行く。
「先輩ッ」
めんどくさそうに振り返ると先輩は言った。
「いいってンだろ! どのみち付き合いでサクラやってただけだ」
「桜??」
「あそこは辻の店なんだよ」
「辻・・・・・先・・輩・・・・・・?」
要するに、先輩は僕のようなバカ鴨の餌だったって訳だ・・・・・。

先輩は口笛で、EDFのHQで良く耳にしたようなテーマ曲を吹く。
上機嫌だ。
「待って下さい」
僕は駆けて行って先輩に追いつくと、疑問に思ってる事を聞いてみた。
「あの、先輩・・・・・。さっき昼食済ませたばかりなんじゃ・・・・・」
僕だって昼後で特に空腹でも無い。
せっかく御馳走になるのに残してしまっては失礼にあたる。

「ばかオメ! オメーは食いモンの事しか頭にねぇのか」
え・・・・・確か、美味いものでも食べに行こう・・・・・って・・・・・・。
「俺のかわいいホットロッドに会いに行くんだよ」
先輩は照れたふうにニンマリする。
「え? まさか・・・・・女の・・・・・子・・・・?」
昼間っから!
それに”食う”って・・・・・。

「あっ! オメーッ!!」
何だ何だ、今度は何だ!?
「オメー、・・・・・チェリーだろ」
「ち、違いますっ」
「じゃああれだ、素人童貞だな」
先輩は僕をいじめ始める。
「違いますッ! 初めての人は・・・・・・その・・・・・・素人・・・・・でした・・・・・。
あの! ・・・・・プ、プロに行った事は・・・・・ありません・・・・・」
「フ────────ン」
と、空を仰ぎながら生返事。
餌を取って来たツバメが巣へ入って行くのを眼で追っている。
何だか・・・・・聞いておいて無関心って・・・・・。告白損みたいな気分だ・・・・・。
454防衛と侵略10:2005/11/27(日) 19:10:52 ID:JDwBp3Mt
僕はどんくさいけど、こう見えてもいっ時は彼女がいたんだ。
19年の戦争が始まると僕はEDF、彼女は強制疎開で地方へ行く事になった。
必ず生きて帰るから、戦争が終わったら結婚しようって約束して、・・・・・・・・・・・・その時初めて結ばれたんだ・・・・・・・。
そして離れ離れ。

戦争が終わって彼女を探してみてもどこにもいない。
風の噂によると彼女は妊娠して、他の人と一緒になったんだそうだ。
なるほど、姓が変わったから見つけられなかった訳だ。

彼女は疎開先のシェルターで、励ましてくれた地元民と仲良くなって、嫁いでそのままそこに住んでいるらしい。
・・・・・遠くのひつまぶし(僕)より、近くの卵かけご飯を選んだんだ。
無理も無い。
あのインベーダーの圧倒的な軍事力を見せ付けられては、誰だって絶望する。
彼女にしても、僕がもう死んだものだと思ったんだろう。

きっと女の子には、ずっとそばに居てくれる男が必要なんだ。
僕は空母に乗ってる時から、彼女とそうそうしょっちゅう会えた訳じゃ無かった。
思えば彼女の事をあまり良く知らなかったんだ。
僕は本気だったが、彼女はそうでも無かったのかもしれない。
僕1人で盛り上がっていただけなのかも・・・・・・。

──僕が女の子とエッチな事をしたのは、後にも先にもそれっきりだ。
・・・・・先輩の言うように、チェリーというのもあながち嘘では無い・・・・・。

「よォなんか飲むか?」

先輩は僕の返事なんか聞かず、すでに買ったらしい缶コーヒーを放ってよこす。
「え、あ、ありがとうございます。頂きます」
それは微糖でもブラックでもなかったが、ほろ苦い思い出と共に飲み込んだので、少し苦く感じた。
「っふー、くつろぎのひと時だな」
先輩は販売機横にあるベンチに腰掛けると背もたれに両腕をかけ、占領する。
まるで僕に、ここは俺の席だから座るな、と全身で言っているようだ。
くつろぎのひと時を味わっているのは先輩だけ・・・・・。

先輩は缶コーヒーをクイと飲み干すと、腕時計を見る。
おそらくこれから”食べ”に行こうとしている店の、開店時間でもチェックしたのではないだろうか。
「ん」
そしてカラになった缶を僕に差し出す。
「・・・・・」
僕はそれを受け取り、空き缶専用のゴミ箱に捨ててきた。
455防衛と侵略11:2005/11/27(日) 19:12:02 ID:JDwBp3Mt
戻ると先輩はタバコを口に咥えている。
今度は火をご所望だ。
僕はすかさず胸ポケットにしまってある先輩のライターで火を付けた。
「んん、センキュ」
先輩は煙を燻らせながら、電線にとまって会話しているような番いのツバメを眺めている。
そして長く煙を吐き出すと、
「コーヒーの後の一服はうまいなぁ・・・・・」
と、心からリラックスしたような顔を見せた。

僕は恐々聞いてみる。

「あの・・・・・これから行く店の子って・・・・・どんな感じなんですか?」
こんな破天荒な先輩が好む女性はどんなタイプなのか、少しだけ興味があった。
「うん、まあ・・・・・別に。フツーだな」
「・・・・・・(何て気の無い・・・・)」
「何だよ知りたそうだな」
「い、いえ・・・・そんな・・・・・」
「オメーがどうしても知りたいってンなら話してやってもいいがな。話すと長くなるんだよなぁ」

ここは知りたいって言うべきな所だな・・・・・。

「あの、・・・・聞かせて下さい・・・・是非・・・・・。その、女性の事・・・・・・」
「チッ! めんどくせぇなあオイ」
一体どうしろと!
「・・・・・まあ・・・・あれだ。あいつもEDFにいたんだ」
「そう・・・・なんですか。ペイルウィング隊ですか」
「ああ」
先輩はどことなく嬉しそうな様子で話し始めた。

「初めて会ったのは本部で待機してた時の事だ。
大勢居た他の奴らもそれぞれ持ち場に向かって、残りは俺と大黒、宝生、あと何人か。
まあ数える程しかいなかったな。
その中に様子のおかしなペリ子がいたんだ。
隅っこの方に座って、縮こまってるようだった。
俺はペリ隊の女隊長に事情を聞くと、戦地に向かわせても着くなり退却して、勝手に帰って来ちまうんだと言う。
困ったもんだと嘆いていたな。
俺は彼女に寄って、話し掛けてみた。
そしたら、行きたくなぁぃ〜なんつってしくしく泣いてんだよ。
何がイヤなのか聞けば、百足がヤなんだと。
蟲自体がイヤで生理的に受け付けないとか言ってな。
オメーそれじゃあどこにも行けねぇじゃねぇかとか思ったが、まあ女にゃありがちな話だぁな。
んで、特にムカデが嫌いなんだと。
ちぎれた部分が、じっと見つめてくる一つ目のようで、鳥肌が立つんだと」
先輩は親指でフィルターを軽く掻き、タバコの灰を落した。
456防衛と侵略12:2005/11/27(日) 19:12:50 ID:JDwBp3Mt
「そこで俺は、こいつの為に一肌脱いでやろうと決めたんだ。
ちょうどその時迎えのヘリが到着する。
俺は大黒達に先に戦地へ行くように言って送り出し、俺が行くはずだった現場の隣りエリアにいる村木に連絡を取った。
そこが終わったらVエリアも頼むっつってな。
疲れてた村木は渋ったが、その日は俺が新人のひよっこも何人か抱えてるのを知ってたから、貸し1つで頼まれてくれた。
・・・・・まあ・・・・・後で胡瓜を持ってかれたがな」

ハーキュリー・・・・・・。
僕なんかまだプロミネンスさえ持って無かったのに・・・・・。

「戻って来たヘリの給油が終わると、ぐずる彼女を乗せて2人で現地へ向かった。
Cエリアに到着すると、彼女をアーケードの下かなんかに待たせて、俺はムカデ退治をサクッと済ませる。
・・・・・・・お前も知ってる通り、あの宇宙百足は引っ付いて長くなる・・・・・わかるだろ?」
「ええ。わかります」

「ちょうどCエリアのそいつらも真っ最中なのか、致した後なのか、繋がったまま余韻に浸ってるような感じだった。
何か囁き合ってんのやら、鳴いてんのやら、ビルに頭突っ込んでんのやら・・・・・。
大イビキかいて寝てんのまでいる。
俺はほんのちょっとだけ悪いなぁとは思ったが、全滅させた。
腹減りゃ人を喰うからな」

先輩はタバコを揉み消すと続けた。

「余談だが、リアルのムカデは無駄に殺すなよオメー」
「え?? ・・・・・・・・どうしてですか?」
「あいつら番いで行動する習性があるんだ。
どっちか殺すと相方が必ず仕返ししに来るからな。知らずに毒刺されんぞ。
見かけたらそっとしとけ。
そうすれば悪さしない」

先輩は、本当か嘘かわからないような話を大真面目に話す。
土台無理な話だ!
害虫を殺すなだなんて・・・・・。
しかし、何かの神の使いだと言う話もどこかで聞いた事がある。

「ムカデ退治が終わると彼女の所へ戻って、無理矢理連絡先を聞き出した。
彼女にしてみりゃ恩があるんだ。言わねぇ訳には行かねぇよな。へへッ」
「・・・・・」

僕はコーヒーを飲み終えると、カンを捨てて戻って来た。
457防衛と侵略13:2005/11/27(日) 19:13:36 ID:JDwBp3Mt
「彼女を本部に送り返すと、俺はその足で本来の持ち場に向かった。
まあ、村木がほぼ一掃してくれてたけどな」

先輩は、電線にいたツバメが餌を取りに出掛けて行くのを見送ると、続ける。

「その晩、彼女に電話してみた。
ちょっと話するといきなり、どうしよう〜っつってまた泣き出すんだよ。
聞けば明日Dエリアに行かされる事になったらしい。
今日のCエリアのムカデ退治が評価されて、Dエリアのでけぇやつも任されたんだと。
長いのいやぁ〜っつって、もンのすごい嫌がりようだ。
何で長いのがイヤなんだよ? 壮観じゃねぇか。
龍が躍り狂ってるような見事な眺めだ。
でんでん太鼓ってのか? 薄手の振りつづみみたいなの片手に持った、ちゃんちゃんこ着たような奴が頭に乗ってそうだよな」

いや乗れないし! 溶けるし! 落ちるし!

「俺は明日オフだったが、しょうがねぇから一緒に向かう事にした。
他のペリ子達に見られるからってんで、俺は別のヘリで現場に着ける。
そんで、でかいの一発かまして宣戦布告だ。
あちこちからざっこざっこと行進して来る千切れたやつらを、ちょいちょいのちょいっと片付ける。
他の隊員がアーマーだなんだと拾い集めてる隙に彼女を探し出し、顔だけ出して帰って来た。
ガクガク震えててなぁ・・・・・・。
見てらんねぇよ」
「先輩、面倒見の良い所あるんですね」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ」

先輩は照れたのか、鼻でふんと笑うと続ける。

「ロンドンで大量に人が死んでEDFも人手不足の為か、彼女のようなひよっこを地道に育ててる暇は無かった。
敵が出りゃドンドン戦地に新人を送り出す、返り討ちにあう、奴らに喰われる、奴らが増える・・・・・・とまぁ悪循環だ。
だがひよっこでも戦地に送るしか無かった。
それしか手が無かったんだ。
例に漏れず彼女も、ほぼ初期装備のまま駆り出されてた。
俺は彼女を死なせたくなかったから、ペイルの副隊長に掛け合って、武器を売って貰った。
・・・・・・・あの女、足元見やがって・・・・・・」

先輩はどうやら副隊長にぼったくられたらしく、苦い顔をした。
458防衛と侵略14:2005/11/27(日) 19:14:20 ID:JDwBp3Mt
「彼女は防衛が終わって、部屋に戻ると俺に連絡して来た。
明日は休みだからゆっくりできるっつってな、礼を言われた。へへ。
そこで俺はすかさず会う約束を取り付ける。
次の日、俺は防衛をとっとと終わらせて彼女に会いに行った。
手土産持ってな。
マスレイとACだ。っあ〜、狙撃用のレーザー砲な。
仲間の居ない所でブン回すように言って渡したら、そこそこ喜んでたっけなぁ。
笑うとカワイイんだこれが・・・・・」

先輩はニヤリとする。
きっとそこで”食べて”しまったに違いない。

「俺は紳士だからすぐには手を出さない。
ラボの方には新しいスプレーを開発するようにけしかけてだな、彼女の元へはリペアスプレーを持って、マメに通った。
彼女は現場で吹っ飛ばされたり転んだりで、生傷が絶えなかったからだ。
あの奇麗な色白の肌が台無しになるのを見てられない。
俺は傷を一つ一つ丁寧に治してやった。
そのうちに激戦区に行かされるようになると、彼女に傷が増えてくる。全身だ。
服を脱がして治療してるうちに、ついムラムラ来てなぁ・・・・・・・・・・やっちまった」

ああやっぱり・・・・・。

先輩はビシッ! と僕を指差すと言った。
「俺は感動した!」
「な、何がです?」
「何と! あいつ・・・・・・・・・・・処女だったんだぜ」
「はぁ、そうですか」

別に珍しくも何とも無い、世にチェリーは溢れていると思う。
それとも・・・・・・僕がそう思い込んでいる・・・・・・・だけ・・・・・・?
「あの瑞々しい色気で、悪い虫を寄せ付けないでいたたぁ驚きだ」
いやあの・・・・・・・しっかり悪い蟲に寄られて食べられてしまったようですが?

「彼女の戦果は上々だった」

先輩は立ち上がって、歩き出した。僕もそれについて行く。
459防衛と侵略15:2005/11/27(日) 19:15:11 ID:JDwBp3Mt
「彼女はペリ隊で重要なポストに就くぐらい、優秀に育って行った。
新しい武器もたくさん手に入れ、効率的に殲滅できるようになり、新人の教育も任されるようになった・・・・・・・・・・・・・・。
今じゃ俺より強くなりやがって!
・・・・・・・くっそぅ・・・・・・・・。
出会った頃はそれこそ、オニンギョさんのようにかわいかったのになぁ・・・・・。
ウブで、純情で、会う度に迫っても拒まなかった。
・・・・・・懐かしいなぁ・・・・・・。
あの頃は生きて帰りゃあ、ご褒美にやらせてくれたもんだ・・・・・・。
生きてる事を確認し合うように抱き合って、お互い貪るようにやった・・・・・・・。
それが今じゃどうだ!
金払わねぇと会えねぇときたもんだ!! 一体どういうこった!!!」
「せ、先輩・・・・・」

先輩は苦り切った顔をする。

「ま、仕方ねえ。金払やぁ会えんだ。払やぁ済むこったな」

・・・・・・・・・へ?
今さっきの渋い顔はどこへやら、先輩はカラッと晴れきってしまった。
何と転換の早い・・・・・・。

「あ、あの〜・・・・・・先輩?」
僕は彼女がどうして先輩を避けるようになったのか聞いてみた。
「まぁたオメー、まぁた話させんのかよ。
長くなるっつってんだろ?」

先輩はまためんどくさそうにする。
今度は本当なのかもしれない・・・・・・。

「いえ、あの・・・・・・その・・・・・やっぱりいいです。ごめんなさい・・・・・・・」
「オメーは! 何だオメーは! こンの肩透かし野郎! 聞きたくねぇのかよ!」
「ひっ! すす、すいませんっ、是非聞かせて下さいっ」
「・・・・ったくオメーってやつは・・・・・・・無理ばっか言うやつだ。
めんどくせぇってンだろ?
先輩をくたびれさせる悪い後輩だなオイ」
「・・・・・」
「しゃあねぇから話してやる」

もうどうしようも無いよこの先輩・・・・・・・僕の手には負えない・・・・・・。
460防衛と侵略16:2005/11/27(日) 19:15:58 ID:JDwBp3Mt
「皇帝都市を墜っことして戦争が終わった。
だがまだあちこちに蟲がいやがる。
そいつらを捕獲すんのにいろいろ派遣されただろう、お前も」

先輩は振り返って僕に言う。

「ええ、はい。僕は日本国内でした」

戦争後期に入隊した者は大体は国内で動いていた。
海外に送り出されたのは、志願した者か、初期から生き残っている少数精鋭部隊だけだった。

「俺はまずロンドンに行けと言われた。
いつ帰れるかわからんから、あいつに一緒に来いってかなりしつこく言ったんだがな、待ってるっつーんだよ。
荒れた国内を建て直したいっつってな。
しょうねぇから俺はロンドンに飛んだ。
まあ仕事は簡単だ。
お前も知ってる通り、アリ捕まえたりクモ捕まえたりだな。
仕事が終わるとあいつに電話する。が、時差もあるからいつも決まった時間にしかかけられねぇ。大体がメールだ。
寝てっとこ起こしたくねぇからな。
だが電話は電話でほとんど留守電になってやがる。
折り返しかけて来るでも無し。メールの返信も無い。
そのうちに日本で、回線の大規模な工事かなんかを始めたらしく、メールも届かなくなっちまった。
これはマズイってな状況だ。
ロンドンも落ち着いたし、俺はもう帰国したかった。
が、隊長に強く頼まれて、頭下げられて、やむなくあちこちに飛ぶ事になる。
NY、マイアミ、シアトル、イタリア、オタワ、パリ、シドニー、トロント、アトランタ、ボストン・・・・・・・。
もう何でもアリだ」

先輩は僕に苦笑いしてみせるとタバコを取り出す。
僕はすかさずライターを持ち、火の用意をした。が・・・

「貸してくれ」

先輩は僕の手からライターを取ると自分で火を付け、タバコのボックスの中にライターをしまい込んだ。
461防衛と侵略17:2005/11/27(日) 19:16:42 ID:JDwBp3Mt
「やっとこさ日本に帰って来りゃ、ツンツンしやがって素っ気無い。
回線の不備で連絡取れなかった事も信用しやしねぇ。
・・・・・俺がパツキンのロンドンっ娘と、よろしくやってるもんだと思い込んでたんだ。
いまさら何、とか言われてなぁ。
気付けばいつの間にか引越しして風俗で働いてやがる。
女ってやつぁ、そばにいて捕まえとかないとダメだな」
「どうして・・・・・・・そうなったんでしょう・・・・・」

先輩は溜め息のような煙を吐き出すと続けた。

「なんかのリハビリらしい」
「リハビリ?」
「ああ。
あの戦いが終わって平和になってからも、ペリ子や陸男達は悪夢に魘され続けた。
トラウマってやつだな。
悪夢だけじゃない。
普通にしてるのに急に呼吸が苦しくなったり、脈が上がって冷や汗が吹き出るそうだ。
PTAナントカ? シンガイなんとか?
そんな症状を訴えるEDFが大勢いて、中でも女が多かったらしい。
あいつもそんな女の1人だ。
なんでも治療の専門家に言わせると、何か人様の役に立つ事をしてると癒されるんだそうだ。
それで何故か風俗でご奉仕って訳だ。
おかしな話じゃねぇか、俺らEDFは充分人様の為に戦ってきた・・・・・・」
「そうですよね・・・・・・」

「・・・・・・・・あいつがEDFに入ったきっかけは、復讐だった。
倫敦騒乱のあと都内に出やがったアリに、家族や友人が目の前で喰われたんだよ。
そして天涯孤独の身になった。
敵を討つ為にペリ子になったはいいが、所詮新人、どうやったって弱っちい。
ペイルの仲間も逃げ惑う市民も、目の前でどんどん喰われていく。
・・・・・・お前もEDFやってりゃわかるだろうが、1人を餌にして大勢を逃がすという選択を迫られた筈だ。
場合によっては一般人を囮に、自分が逃げる事もある。
奇麗事じゃねンだよ戦争は。
まず自分が生き残んなきゃ、人なんか助けらんねぇだろ。
ブチ切れて敵に突っ込んで行くピュアなやつもいたが、大体がお前のようなブルッてたやつが生き残る。
それでいいだろ、生き残ったんだ、それでいいじゃねぇか。何故自分を責める必要がある?
・・・・・・そこを割り切れねぇのが女なんだな。
あいつらの方が責任感が強いのかもしれねぇ」

責める・・・・・・・。
僕も一時期自分を責めていた時があったな・・・・・。
462防衛と侵略18:2005/11/27(日) 19:17:33 ID:JDwBp3Mt
「あいつはきっと、たくさんの犠牲者の上に自分の命が成り立ってると思ってるんだ。
罪悪感に苛まれてる。
自分がもっと強かったら、もっと大勢助けられた。
そうやって自分を責めてるんだ。
だから今、戦争で奥さんや婚約者を亡くした男ばかりを相手してる。
罪滅ぼしのつもりなんだな。
見当違いの懺悔だ」
「なんだか・・・・・・かわいそうですね・・・・・」

「それでいながら男不信ときたもんだ!」
「え?」
「男を憎んでる」
「先輩の・・・・・事を・・・・ですか?」
「俺のこたぁ前からだ」

先輩は短くなったタバコをゴミ集積所の前で踏み、歩いて行く。

「詳しくは言いたがらないが、俺が日本にいない間いろいろあったようだ。
・・・・・思うに詐欺られたんだな」

あ・・・・・なんとなく記憶が・・・・・。
戦争も終わって街も立ち直ってきた頃、元ペイルウィング隊の女性をターゲットにした詐欺が流行ってたらしい。
何人も騙されたって、僕の耳にも入ってきたな。

色々なパターンがあった。
親族のフリをして振り込ませたり、戦争孤児を救う為と偽って集めた善意の金で私腹を肥したり、結婚詐欺だったり・・・・・・。
一番やっかいなのが、お前が助けなかったからうちの誰々が死んだ! などと言って泣き脅しをするやつだ。
真に受けて心を病む者もいたらしい。

僕らEDFの生き残りは、国や派遣先の国から莫大なお金を定期的に貰う。
普通には使い切れないぐらいだ。
寄付に回す人も珍しく無い。
だから詐欺に遭っても財布の方は痛くも痒くも無いのだが、騙されてたという事に気付いた時のショックが痛いらしい。
463防衛と侵略19:2005/11/27(日) 19:18:19 ID:JDwBp3Mt
「・・・・・専門家にもいろんなのがいてよ、とにかく何かに依存して、辛い事から目を背ける事が大事だと言い切るやつもいる。
脳内麻薬を常にドバドバと出し続けて、いい気分になるべきなんだと。
そこでセックス依存症のススメとか言いやがる。
我を忘れてパコパコしてりゃ、いつの間にか癒されてるっつーんだよ。
どんなトンデモ論だよ!
・・・・・・・・まったく・・・・・・・・」

先輩の彼女はそれを信じたのだろうか・・・・・・・?
なんと言う・・・・・・。
いや、しかし・・・・・・・・悪夢で気が狂いそうになったら、藁をも掴む思いでしがみ付くのかもしれない・・・・・・。
誰でもそうなる可能性はある・・・・・・。
僕だって追い詰められたらどうなるかわからない。

「お、ここだ」
「え!? こ、ここ??」

先輩は急に立ち止まると、小奇麗でこじんまりとした店に入って行く。
僕は拍子抜けしてしまい、おしゃれな字体で書かれた店の看板を見上げた。
読めた自信は無いが、”パティセリー(?)エクレア”とある。
これが風俗店?? ・・・・・どう見てもケーキ屋だ。
僕はわけもわからず、先輩についてケーキ屋に入って行った。

「・・・・・ああそれと、それもな。あと、一番売れてるやつは?」
「こちらです」
「じゃあそれも入れてくれ」
「かしこまりました」

先輩は注文し終わるとシートに腰掛ける。
僕もシートに腰掛けると、堪らず聞いてみた。もちろん小声でだ。

「ここが・・・・・その・・・・・そうなんですか?」
「ばっかオメー、ここが風俗に見えんのか? やべーぞオメー」
「そっ・・・・・」

そんなに通る声で言わないで下さい!
ほら案の定、バイトの学生が顔を強張らせてしまった。
聞こえてないフリをしてくれている優しさが沁みる・・・・・・。
464防衛と侵略20:2005/11/27(日) 19:19:15 ID:JDwBp3Mt
「お待たせ致しました」

ケーキの箱と紅茶の瓶を袋に入れ終わると、学生は先輩と目を合わせてしまった。

「俺のツレ、とんだどスケベ男だよな」
「ぅくっ・・・・・!」

学生は思わず吹き出しかけた。
先輩は素のままお札を置く。

「ほらほらあんまこっち向くな。気を付けねぇと今夜のオカズにされんぞ」
「先輩ッ!」

やめて下さい!
先輩はおつりを受け取りながら、紅潮した学生を見てにやにや。
こんな純朴そうな子をからかうなんて、趣味が悪すぎる・・・・・・。

「ヤローなんてのはみんなこんなもんだよ」

と洗脳。
歪んだ価値観を植え付ける。

「店長によろしく。じゃ、またな」
「ありがとうございましたー」

声が上ずりがちな学生を背に、僕らは店を後にした。
少し歩くと先輩が話し出す。

「あそこ、エクレールの経営者もEDFだ」
「そ、そうなんですか?」
「・・・・・佐野っつってな。
お前のようなヘタレで、パニクって1人で逃げ出すようなやつだが悪運が強い。
生きてるのが奇跡なくらいの状況を切り抜けて、いつも無傷でひょっこり帰って来たりする。
森をヒヤヒヤさせてたな」

佐野さん・・・・・。
僕のちょっと前に入った先輩だ。
防衛戦の日々が、フッと僕の脳裏を駆け巡った。
465防衛と侵略21:2005/11/27(日) 19:20:05 ID:JDwBp3Mt
全国規模で地表に出た巣穴を塞ぐミッションの時に、ビル跡に隠れてたら、僕と同じように隠れてる人と一緒になった。
僕らは傷の応急処置をしたり、得物のリロードをしながら黒アリの様子を窺っていた。
アリ達は行列を作って、近くの工場を襲撃している。
サトウキビの加工工場だ。
工場から何やらたくさん運んで、せっせと巣穴に持ち帰って行く。
僕らにはまるで気付いていない。
そんな折、彼がふふっと笑った。
そして、防護スーツが破れて血を流している左腕を簡単にリペアし、その上にきつく布を縛りながらぽつりぽつりと語る。
戦争が終わったら、ケーキ屋を始めたいとの事だった。
彼が言うにはパリで修行中に戦争が始まったので、ケーキどころじゃ無くなり、EDFに入隊したのだそうだ。

「自分の店を持つのが夢なんだ」

そう言い終わると彼は駆けて行き、巣穴にミサイルを撃ち込んだ。
メット越しの顔が良く見えず、一体誰なのかわからず仕舞いだったが、・・・・・今思えば、あれが佐野さんだったのかもしれない。

「先輩、そのケーキは彼女へのおみやげなんですか?」
「ま、そんなとこだ。スイーツってやつだな」
「やさしい所があるんですね」
「そんなんじゃねぇってんだろばーか。女はガリガリじゃねぇ方がいいだろオメー」

僕も自分のレストランをゆくゆくは持ちたいけど、今はまだそんな気にはなれないんだ。
今は気楽な使用人でいたい。

「あれだ」

先輩は向こうの方に見えるビルを指差す。
それは繁華街からだいぶ外れた所にポツンとあった。

「あ、あれは・・・・・」

確かEDF関係者が運営する、全国ネットの風俗ビルだ。
一説では、詐欺の餌食にならないようにペイルの女性を匿っているという噂も聞く。
ビルが近付くにつれ、”確か”は”確信”に変わる。
ビルの敷地は高い塀で囲まれ、あちこちに監視カメラ、警備員が配置されている。
門の前には守衛がいて、先輩の免許証を何かの機械に入れて読み込んでいる。

「結構です。お入り下さい」
466防衛と侵略22:2005/11/27(日) 19:21:23 ID:JDwBp3Mt
ビルには『ホーリーランスグループ   ヘヴンズゲート』とある。
なんだか意味深だ・・・・・。
先輩についてビルに入るが、妙に緊張してきてトイレが近くなってしまった。
僕は先輩に断って、トイレに向かう。
先輩はその間に受付を済ませると言っていた。

「・・・・・ふぅ」

やたらと広くて豪華な造りのトイレだ・・・・・・。
風俗って、場末ってイメージがあったのだが、こんな高級な雰囲気じゃ僕が場違いだ。

「・・・・・・にはちゃんと話しつけてあんだから心配すんな」
「し、しかしながらですねお客様・・・・・、女の子の方からですね、お客様の事はお断りするようにと・・・・・」
「んなこたわかってんだよ、いつもの事だろ。
いいから小切手受け取れよ。
あんたの立場は悪くしない、俺からうまく言っとく。
気になるならここで森に電話して聞いてみなって。だいじょぶだよ」
「は、はあ・・・・・」

僕はフロントでの先輩と支配人のやり取りを、遠巻きに見ていた。
近寄るに寄れなかったのだ。
そこへ先輩が僕を手招きする。

「来いよ」

フロントに行くと、先輩は本のようなのを広げて僕に渡して来た。

「どの娘がいい?」

その本には奇麗な女の子の写真と、源氏名のようなのが書かれている。

「せ、先輩は・・・・・」
「俺はもう決まってんだよ」

先輩は本を捲る僕の横で上機嫌だ。
おそらくこの、NO.1人気のリサ嬢あたりだろう。
467防衛と侵略23:2005/11/27(日) 19:22:07 ID:JDwBp3Mt
「・・・・・っあ゙〜、なかなか決まんねぇやつだな」

どの子もかわいい・・・・・決められないよ・・・・・。

「ああもういい! この娘」

先輩はNO.2とあるナナ嬢を指名した。

「かしこまりました」

支配人はキーを2つ取り出し、僕らに渡して来た。
エレベーターには案内役らしき人も一緒に乗り込むが、先輩は案内を断り、僕ら2人だけで上に上がって行く。
僕の心臓は早鐘を打ってやまない。
だってこれから高級娼婦とにゃんにゃんするのだ。
普通でいられる訳が無い・・・・・。

「着いたぜ」

エレベーターは最上階の33階で開いた。
先輩はさっさと歩いて行く。

「俺はこっちだ。お前は多分あっちだな」

僕は貰ったキーとドアを見比べて回る。
広いなあ・・・・・。
おそらく先輩はもうとっくに部屋に入ってしまったのだろう。

「あ・・・・・あった。ここか・・・・・?」

僕はキーを差し込み回してみる・・・・・開いた・・・・・・。
おそるおそる中に入って行くと、奥から奇麗な女の子が歩いて来た。

「あら、いらしたのね」

僕は思わず固まってしまった。
あまりにもかわいいからだ。
写真とは比べ物にならない。本物の方がずっといい。
ドアを閉じようとしたその時だった。
468防衛と侵略24:2005/11/27(日) 19:23:55 ID:JDwBp3Mt
「やめて! 帰って!」

先輩の行った方から声がした。

「触らないで! 何しに来たのよ!!」
「ナニしに来たんだ!」
「いやぁ!」

人が駆けて来る音が近付く。

「待ってくれ!」
「いやああああぁぁぁ〜〜〜・・・・・・っ」

僕は通路に出て丁字の方を見ると、金でロングのナイトドレスを着た人が小走りに行くのが見えた。
さらさらの髪をなびかせ、ちらと見えた横顔のそれで、美人とわかる。
その後を追い駆けて行く先輩・・・・・・。
相当に嫌がられているようだ。

「ウフフッ、いつもああなのよ。さ、入って」

ナナ嬢に促されて僕は部屋に入る事にした。
ドアを閉める間際に、リサ嬢を担いだ先輩が見えたような気がした・・・・・。
僕がドアを閉めると、鍵が掛かる。
ナナ嬢は僕の手を引いて行き、豪華な調度品が設えてある広い部屋に入ると、僕をレザーのソファに座らせた。

「今、何か飲み物を作るわ」
「・・・・・・・」

・・・・・全てが眩し過ぎて、僕は顔も上げられないでいた。

「どうぞ」

ナナ嬢はカラフルなカクテルを僕に差し出すと、僕の隣に座る。
そして僕の左手を取ると、やわらかい両手で包み込んだ。

「よろしくね」
「よ・・・・・・よ・・・しく・・・・・」

僕はロレツも回らない有様だ・・・・・かっこ悪い・・・・・。
469防衛と侵略25:2005/11/27(日) 19:24:37 ID:JDwBp3Mt
僕は何を話して何をしたら良いのか分からず、カクテルに手を伸ばした。

「・・・・いただきます・・・・」

カクテルを味わう余裕も無い程、僕は興奮していた。
・・・・・隣りで座る彼女の方から、香水の良い香りが漂って来るからだ。
酒どころでは無い。
もともとアルコールは強い方じゃ無いのに、一気に半分ぐらい飲み干してしまった。
彼女はそんな僕を見てクスッと笑う。
僕は何か話題を振らなければ、と焦って来た。

「あ、あの・・・・・聞いていい?」
「ええ」
「さっき・・・・・いつもあんなだ・・・・・って言ってたけど、・・・・・そうなの?」
「ええそうよ。リサちゃんいつも逃げ回ってるわ。・・・・結局捕まってしまうけど。
あのお客さん、強引なのよ」
「そ・・・・・そうなんだ・・・・・」

僕は酒が回って来たせいか、少しクラクラして来た。
・・・・・・いやきっと、彼女の香水にクラクラしてるだけなんだろう。

「ね、知ってた?」
「何をだい?」
「ここはね、EDFの男の人は来ちゃいけないのよ」
「エエッ!!?」

僕EDFだよっ!

「ふふっ。やっぱり知らないのね。本当は入店禁止になってるの。
でもあのお客さんは、支店長を通して強引に入って来るのよ。
いつも大金を置いて行くから、お店としては文句は言えないのよ。
支店長もあの人は上客だからって言って、歓迎してるわ」

やはり金で買収していたのか・・・・・。
470防衛と侵略26:2005/11/27(日) 19:25:22 ID:JDwBp3Mt
「あの・・・・・、リサちゃんはどうして先輩の事あんなに嫌ってるのかな・・・・?」

僕は酒のせいか、だんだん饒舌になって来た。

「リサちゃん、その後お仕事にならなくなっちゃうの。
・・・・・きっと、本当はあのお客さんの事、好きなのよ。
私、女だからわかるわ」

そう言うものなんだろうか・・・・・。

「私も少し、貰っていい?」

彼女は僕の手からカクテルを取ると、口を付ける。
僕はぼんやりする頭のまま、カクテルを飲む彼女を見るが、どうも視線が胸元にばかり行ってしょうが無い。

「おいしい」

酒のせいだろうか?
僕は何かおかしな事になっている。
舌で唇を舐める彼女の手からカクテルを取り返すと、グッと飲み干してしまった。

「僕は酒が弱い筈なのに・・・・・」
「うふふっ、おかわりする?」
「も、もう無理だ・・・・・」

酒が回ると同時に、なんだか変にみだらな気持ちにさせられる。
彼女の着た、美しい銀のドレスでさえ淫蕩な印象を受ける。

「・・・・・なんだかヘンなんだ・・・・・」
「ごめんね。
本当の事言うとね、初めてのお客さんには媚薬を入れる事になってるの」

なるほど・・・・・。

それなら全て、淫剤のせいにしてしまおう。
・・・・・というズルい気分になって来る。
僕は彼女を抱き寄せ、その唇に吸い付いた。

「待って、待って。
お風呂に入ってからにしましょう」

僕はすっかりプロのペースに乗せられてしまった。
471防衛と侵略27:2005/11/27(日) 19:26:11 ID:JDwBp3Mt
僕は彼女に手を引かれてバスルームに向かう。
そしてはにかみ屋の僕が、どういう訳か恥じらいも無く全裸になる。
僕は彼女のドレスも脱がしてしまうと、抱き締めてキスしようとした。

「うふふ、ダメよ」

彼女は人差し指を僕の唇に当て、するりと僕の腕を抜けるとドアを開け、浴槽にドボンと飛び込んでしまった。
大きな大きな丸い浴槽にはジャグジーが付いていて、予め入れておいたらしい入浴剤の為、泡立っている。
僕も泡に誘われるように浴槽に入って、湯に浸かった。

「はい」

彼女はきめ細やかなクリームのようになった泡を両の手ですくい、僕の頭の上に乗せてきた。
そしてクスクスと笑う。
彼女が泡をすくって、また乗せようとする所を僕は捕まえようとした。
が、するするとうまく逃げられてしまう。
僕は躍起になって追いかける。

「きゃあっ」

やっと彼女を捕まえた。
だが捕まっているのは僕の方だった・・・・・。
彼女は僕の固くなったものをしっかりと握り、僕の目を覗き込む。
そしてやさしい唇で僕の唇を塞いだ。
僕は目を閉じて彼女と舌を絡ませ合い、お互いの粘膜を味わう。
僕が強く彼女を抱き寄せようとすると、途端に身動きが取れなくなる・・・・・。
彼女が指先で僕の亀頭をなぞるからだ。

「・・・・・・・・・・」

僕が大人しくなるとまた濃過ぎるキス。
僕が暴走しそうになると操縦桿を操作。
そんな仕打ちを何度も何度も何度も何度も・・・・・・・・。
・・・・・・・なんて事だ・・・・・・・。
僕はアッと言う間に乗りこなされてしまっている。
このまま・・・・このまま・・・・・・・。

「おあずけ♪」

そう言い彼女は急に僕を現実に引き戻すと、サッとフロを出て行ってしまった・・・・・。
なんと言うヒドイおあずけだ!
僕の亀さんがどんどん切なくなって来る。
もうタダじゃおかない。
僕も彼女を追ってフロを出た。
472防衛と侵略28:2005/11/27(日) 19:26:55 ID:JDwBp3Mt
かろうじて一物が隠れるくらいの小さなフェイスタオルで股間を隠し、濡れた体のまま広い部屋をウロウロと歩き回って彼女を探した。

「・・・・・!!」

彼女はベッドの上に座っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ペイルウィング隊のスーツを着て・・・・・!!

「・・・・・なんて事だ・・・・・こんな・・・・・こんな・・・・・・・っ!」

僕は異様な興奮を覚え、襲い掛かろうとしたが、テーブルの上の物が視界に入った。
迷わずテーブルに寄り、手に取ってそれらを見る。
おそらくこう使うのであろうと思う方法で、僕はそれらを身に着けていく。
ギザギザになった長い手袋のような物を着け、これまたギザギザになった長い靴下のような物を履く。
お次はベルトにくっついたような、尖んがった卵型の大きな尻を僕の尻にくっつけて、ベルトを締める。
そしてかぶり物の蟻の頭をすっぽりとかぶる。
驚くべきは、ちゃんと触覚がくの字になっている所だ。芸が細かい。
細かいのは眼もだ。
・・・・・・・・複眼になっている。
僕はもう完全に蟻に変身してしまい、四つん這いになった。

「ッシャアァッ! ッシャアアァァッ!!」
「さあ蟻さん。甘いアメをあげるわ。今日もしっかり働いてね」

彼女はアメの袋を剥き、口に含むと僕の方に歩み寄った。
僕はすかさず彼女を捕らえようとしたが、難無くひらりとかわされる。

「あ、蟻さんっ!?」
「ッシャアァッ!」

彼女はギョッとした風に後ずさって逃げる。
僕はそれを四つん這いでシャカシャカと追い駆けて行く。
が、慣れない複眼のせいで、あちこちに頭をぶつけた。
眼が回ってきたようだ。
しかし彼女を喰ってしまわない事には、気が済みそうに無い。
こんな事で負けられないのだ。

「いやあぁっ! 蟻さんっ!? あんなに大人しい蟻さんが・・・・・! 一体どうしたの蟻さん!」

僕はあたかも赤蟻の如く彼女を追い詰め、絨毯の上に押し倒した。
473防衛と侵略29:2005/11/27(日) 19:27:40 ID:JDwBp3Mt
「蟻さんッ!? キャアアアアァァァァ──────ッ!!」

彼女はジタバタと僕の下から逃げ出そうとするが、暴走した蟻には敵わなかった。
激しく頭を振るのでペイルメットが脱げてしまう。

「助けて蟻さんっ! やめてぇぇっ・・・・!」

蟻は、スーツから伸びる彼女の手足を舐め回し、奇声を上げる。
怖がって嫌がる彼女。
その怖がる彼女の口に舌を突っ込み、甘い口内を余す所無く舐めて吸う。

「・・・・ングウゥッ! ウウッ! ンン〜〜ッ・・・・・」
「シャ─────────ッ!!」

蟻に容赦は無い。
彼女の下着をひん剥き、丸くて弾力のあるヒップにむしゃぶり付く。

「ひいぃっっ!」

蟻は形の良い両の肉を揉みしだき、蜜の溢れる場所を舌で執拗に責める。

「ア・・・・・ア・・・・・・・ッ・・・・・」

ペイルが無抵抗になってきたのをいい事に、蟻は彼女の背中のチャックを下ろして胸を露わにした。

「イヤッ・・・・」

彼女を転がし仰向けにさせると、蟻は彼女の柔らかい胸に顔を埋めた。
ひとしきりその柔肌に溺れると、溺死する前に蟻は顔を上げる。
白い胸を複眼でじっと見つめ続けると、彼女は胸の頂を自動的にしこらせていく。

「そんなに見ないでえぇぇ〜〜ッ」

もう充分にしこったという所で、蟻はやさしく乳首を舐め上げる。

「っっ!」

彼女はビクッと体を震わせた。
蟻は彼女の弱点を見付けたとばかりに得意になって、乳首の周りに舌で円を描く。

「ああ・・・・・・や・・・・・・・やぁ・・・・っ・・・・・」
474防衛と侵略30:2005/11/27(日) 19:28:24 ID:JDwBp3Mt
彼女の唇が震え、息が上がり、頬が上気しても蟻は舐めるのを決して止めなかった。
蟻にはお目当てがあったからだ。

───蜜だ。

蟻は彼女の蜜が欲しいのだ。

「ダメ・・っ・・・ダメ・・・・・・・やめて・・・っ・・・・蟻・・・・・・・さ・・・・・・」

彼女はハアハアと甘い溜め息をつき続け、瞳が潤んで来た。
蟻はそろそろ蜜が欲しくなり、宇宙唾液のいやらしく光る胸から股間へと顔を移動させた。

───蟻というのは冬に備えての働きっぷりを見ればわかるように、貯蓄型だ。
おいしいものはとっておき、後でじっくり味わうのだ。
この蟻も同じである。
おいしい蜜が溢れ出したからといって、すぐさま貪るようなマネはしない。
あんなバカなキリギリスと一緒にされては困るのだ。

「・・・・・・ふぅ・・・・・っあ・・・・・ああぁ・・・・・・ん・・・・・・ッ」

蜜には触れず、その周りの太ももや下腹部、淫核をやさしく唇で挟む。
彼女のかすれたような声が蟻を刺激し、もっと蜜まみれにさせてみたくなった。
蟻は敏感になった彼女の淫核を舌先で転がし続ける。
彼女の内部からは蜜がどんどん溢れかえり、もう手が付けられなくなって来た。
そこで蟻は柔らかい舌先でかすかに触れる方法は取り止め、少し強くした激しい舌の動きで責め立てる。

「やっ・・・・・・や・・・・・・・ぃゃぁっ・・・・・・」

彼女は身を強張らせた後に顎を反らせ、脱力した・・・・・・・。
蟻は満足げに花びらを見物していると、息も整いきらない彼女が恥ずかしがって脚を横に閉じてしまった。
蟻としてはヒクヒクする花びらをもう少し眺めていたかったのだが。
仕方が無いので、ヒップの方まで広がってあやしく光る蜜をちろちろと舐める。
ぬるぬるのそれは蟻の舌に絡みつき、薄塩の上品な味わいが口の中に広がる。
纏わり付く蜜を味わっているうちに、蟻はもう辛抱堪らなくなってしまった。

「な、なに・・・・? イヤッ!」
475防衛と侵略31:2005/11/27(日) 19:29:03 ID:JDwBp3Mt
蟻は彼女を四つん這いにさせると、宇宙陰茎を蜜壷の中に突っ込んだ。

「シャ・・・・・・・アァッ・・・・・!」
「ひっ、ひあぁっ」

吸い付き包み込まれる快感に、蟻は地球での目的をど忘れし、ひたすら腰を振って打ち付ける。

「アッ・・・・・蟻さんッ・・・・・ヒィッ・・・ゃめ・・・・ダ・・・・・・アアアアァッ」
「シャッ・・・・! シャッ・・・・!! シャッ・・・・!!!」

なかでの蟻の陰茎はみるみる硬くなり、動きも激しさを増す。
頭の中でEDF達の断末魔が聞こえる。
さ! 酸だァ─────────────────────ッ!!!!

「あっ! ・・・・・・アアァ───ッ!! アッ! アァッ!! ううッ!・・・・・!」

なんて事だ・・・・・・・!
溜まりに溜まった宇宙精子は意志とは無関係に、勝手に放出されてしまった・・・・・!
どう見ても早漏です。
本当にry

「ハァッ・・・・・・ハァッ・・・・・・・ハァッ・・・・・・ハァ・・・・・・」

蟻は陰茎を抜き彼女と横向きで抱き合うと、急に湧いて来た愛しさが抑え切れず、強く抱いて口を吸った。



───以上は全て蟻がしでかした事であり、僕とは全く無関係である。
このシャイな僕がこんな事やあんな事をできる訳が無い。
薬でも盛られない限り、絶対に有り得ない事だ。

暫らく余韻に浸って、彼女の髪を撫でていた僕は我に返った。
僕らは絨毯に横になっているじゃないか。
彼女が冷えるといけない。

「あの・・・・・・ナ、ナナちゃん・・・・・・。もう一回おフロに行こうよ」

僕は彼女の手を引いてフロ場に向かった。
476防衛と侵略32:2005/11/27(日) 19:29:49 ID:JDwBp3Mt
2人で湯船に浸かると、僕は彼女を抱き寄せる。
そしてだっこするようなかたちで、僕のももの上に横座りさせた。
僕はちょっと図々しいかもしれない、と思いながら彼女にお願いをした。

「あの・・・・・さ・・・、今のこの時間が終わるまでだけでいいから、君の事、恋人だと思ってもいいかな・・・・・」

彼女はええ、と明るく答えてくれた。
僕は湯船の泡を手に取り、彼女の肩をやさしくさすっていく。
これは、洗ってるつもりなんだ・・・・・。いや、あの、あまりゴシゴシしたら痛いんじゃないかと思って・・・・・。
女の子の体はやっぱり柔らかい。すべすべでつるつるだ。
生卵の黄身だけ取る時のあの感じを思い出す。絹ごし豆腐でもいい。
とにかくそっと扱わないと・・・・・。
僕は時折彼女の肌にキスしながら、彼女の全身を手で洗っていった。
こんな経験した事無いけど、なんと言うかその・・・・・・クセになりそうだ。

フロを出ると彼女をバスタオルで拭き、バスローブを着せる。
そして化粧台のイスに座らせると、髪を乾かしていく。
彼女は僕のされるがままになっているが、にこにこしてなんだかうれしそうだ。

僕はもう気付いているが、彼女はどうだろう?
・・・・・・・彼女は僕の事なんか知らないかもしれない。まあそれでいいんだが・・・・・・。
彼女の事は本部で何度か見かけた。
確か僕と同期で、神楽だか川平だかいう子だ。
彼女は、地下にクイーンを倒しに行くチームに組み込まれていた。
あのミッション以来、見かけなくなっていたんだ・・・・・・・・。
本当に良かった!
生きていて本当に良かったよ!!

「私、この香水が好きなの」

彼女は僕に髪を梳かされながら香水を吹く。それから爪の手入れに夢中になり出した。
僕はハッと思い出して時間の事を聞いてみた。

「まだ平気。あのお客さんが帰る時にはフロントから連絡が入るの。それから降りても間に合うわ。そうね、あと・・・・・」

彼女は振り返って壁の時計を見る。
そしてあと3、4時間は大丈夫、あのお客さん長いのよと言って爪の先を磨く。
・・・・・・・僕の敏亀と大違いで、先輩の鈍亀は時間が掛かるようだ。一体何をやっているんだろう・・・・・?

「眠たくなっちゃった・・・・・・」

と言って彼女はあくびをひとつする。
実は僕も眠い。リラックスし過ぎたのだろうか? 松果体がどうにかなる時間帯なのだろうか?
とにかく眠い。
僕は彼女を連れて、ベッドに横になる事にした。
477防衛と侵略33:2005/11/27(日) 19:30:56 ID:JDwBp3Mt
「私、眠る時はお気に入りの香水だけを纏って眠るの」

彼女は昔のハリウッド女優のような事を言うとバスローブを脱ぎ、ベッドに滑り込んで伸びをした。
僕も裸になりベッドに入る。
もう既に半眼になっている彼女とキスをし、彼・・女の求めに応じて腕枕をし・・・た。

カクテルの副作用だろうか? ・・・・・次第に・・・・ぼんやりとしてきた・・・。
僕らは霞がかかったよ・・・うな頭のまま会話をす・・・・る。
また会・・・・・いに来てもいい・・・かと言う事と、・・・何か差入れ・・・を・・持って来てもいいかと言う事など・・・・・。
お肉・・・・・と彼女が言う
のでなんの肉がいいのかとお
もって僕の肉?あははなどとは聞か
ず取り合えず精の付きそうな肉料理でもタッパーかなんかに入れて持って来ようかそれとも外へ連れ出して食事で


─────────サイドテーブルの電話が鳴って、僕は反射的にガバッと起き上がった。

EDF時代に良く緊急召集がかけられて、寝てる所を起こされるのは日常的だった。
だから、枕元の電話が鳴れば一瞬にして目が覚めるという体質は、未だに抜けない。良いのか悪いのか・・・・・・。
僕は急いで電話に出た。
それはフロントの支配人からだった。
先輩が下で僕を待っている、との事だった。
僕の頭の中でサイレンが鳴り響き、体が勝手に戒厳体勢に入るのがわかる。
職業柄仕方無いが・・・・・悲しい条件反射だ。
僕らは良く訓練された兵士なんだぜベイベー!ほんと戦場は地獄だぜ!フゥハハハァーハァー!

僕は隣りで眠る彼女にキスしてからベッドをそっと抜け出す。
鬼ダッシュで着替え、エレベーターさえも使わず、非常階段を滑り降りて、マッハでフロントに駆けつけた。

「よォ、早かったじゃねぇか」

先輩はちょうどトイレから出て来た所らしく、待ちくたびれた様子も無い。
良かった・・・・・・。

「んじゃ行くか」

森によろしく、支配人にそう言うと先輩は歩いて行く。僕はあとについて行った。
出てタクシーに乗るまで、僕らの両脇にズラッと関係者が並んで頭を下げていたが、一体いくら使ったんだろう・・・・・。
478防衛と侵略34:2005/11/27(日) 19:31:46 ID:JDwBp3Mt
タクシーは繁華街で僕らを降ろすと、行った。

「腹減ったな。美味いモンでも食いに行こうぜ」
「えええッ!!?」

ま、また女の子!?

「い、今さっき・・・・・・・」
「こンのバカ! オメーは女の事しか頭にねぇのか!」

先輩は気持ち良さそうにガハガハ笑った。
夏至が近いせいか、陽が長い。
夕方なのにまだ青い空に、先輩の清々しい笑顔が映える。
こんな笑顔を見せられては僕はもう、この男が伝説の男でも良いと思った。

戦場で同チームの仲間に伝説の男の話をふったら、そんな御伽噺より目の前の現実を見ろと言われた。
だが僕は、伝説の男が必ずいると信じたい。
僕の前で、屈託無く笑うこの男でもいい。
顔や手の甲に引っかき傷があり、そこから血を滲ませ、一部の髪はレーザーライフルで狙われたように禿げ焦げていても、だ。
先輩が伝説の男でもいい。
・・・・・・それにしても痛そうだなあ・・・・・・リサちゃん怖いよ・・・・・・・。

「ん〜、よし。ウナギでも食いに行くか」

そのあと先輩に夕食をご馳走になり、ちょっと飲んだ。
先輩は普段は辻先輩の店でサクラをやったり、あちこちの駐屯地に呼ばれては戦闘のノウハウを教えたり、
結城先輩と飯綱先輩のラボに行って、新しく出来上がった武器やスーツの強度テストを”やらされて”いるらしい。
僕は何時間も妙な髪形の酔っ払いに付き合わされ、絡まれ、大変な思いをしたが、ものすごく楽しかった。
そして夜も更けると、僕らはそれぞれ家に帰って行った。



──────あれから2、3ヵ月が経った─────────

僕は何度もナナちゃんの所へ通い、どんどん仲良くなって行った。
お互いの家に頻繁に行き来するくらいだ。
コックの仕事にも熱が入り、毎日がただ、ただ楽しかった。
そんなある日の事だった。
EDFの本部から連絡があったんだ。
来週の水曜に本部に集まれとの事だった。
479防衛と侵略35:2005/11/27(日) 19:32:38 ID:JDwBp3Mt
水曜になった。
いつも待機場所に使っていた所に集まると、隊長が話し始める。
内容はこうだった。

インベーダーは小さな遊星からやって来ていた事が判明した。
その星の軌道を調べた所、定期的に地球に近付くという事もわかった。
過去の戦争は2回とも、奴らの星が地球に近付いた時に起こっている。
そこでEDF本部は、星の次の接近に備えて迎え討つ作戦を取る事にした。
隊員は完成真近の月のコロニーに移住し、訓練し、奴らの星が近付いた時に宇宙船に乗り、奴らの星に攻め込んで行く。
そして奴らが地球を攻めるのを食い止める・・・・・。

これが隊長の話の概要だ。
集まった隊員達はそれぞれ驚いたり、意気込んだり、不安な様子を見せたり、と様々だ。
隊員の中には先輩もいた。
先輩は、

「それ防衛じゃなくて侵略だろ、隊長!」

と言って、腹を抱えて大笑いしている。

「ああ。わかっている。
が、攻撃は最大の防御だ。侵略は最大の地球防衛なのだ!」

隊長は拳を硬く握り締め、熱く語った。
先輩は笑い出したいのを一生懸命にこらえて、にっこりと言った。

「わかった。やるぜ」


───月のコロニー移住は希望の隊員だけだと言う。
僕達は必要な書類をたくさん貰って帰って行った。
あそこの場で、すぐに”やる”と言ったのは、先輩ほか数名だけだった。
あとの者はみな、家に帰ってゆっくり考える事だろう。
僕も即答はしなかった者の1人だ。
だがもう僕の心は決まっている。
僕も月に移住するんだ・・・・・・・!
480防衛と侵略36:2005/11/27(日) 19:33:26 ID:JDwBp3Mt
移住希望者は、数週間もすればシャトルに乗る訓練が始まる。
僕ももう、それに備えて身辺を整理しなければ!
そんな事はわかっている、だけど、それよりも先に彼女に会いたい!
会って話すんだ。
僕らが先に月に行き、問題が無い事がわかれば女性隊員にも声がかかる。
その時が来たら、彼女は月に来るだろうか?
いや、是非来て欲しい。
ペイルで闘わなくてもいい、是非傍にいて欲しい。
ああー、考えが纏まらないっ! なんて言ったらいいんだ!
どうでもいい、とにかく会いに行かないと・・・・・。





気付くと僕は、ヘヴンズゲートに向かって駆け出していた。
481名無しさん@ピンキー:2005/11/27(日) 19:34:27 ID:JDwBp3Mt
それではお邪魔しました。
またどこかで会いましょう。
482名無しさん@ピンキー:2005/11/27(日) 21:01:24 ID:/GCkjFW+
キタ Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!

宇宙精子ワロタw
483名無しさん@ピンキー:2005/11/28(月) 00:29:55 ID:zRn4CmV7
なんつーか、あれだ。

エロは多くない。むしろ少ない。
だが、GJ。小説として面白い。
484名無しさん@ピンキー:2005/11/28(月) 15:29:57 ID:Oizd5lIf
長杉空気読め。
俺は読んでみようという気すらしなかった。
キリのいい所で分割、連載の形をとっていたら、
作者とはまた違った出会いになっていたと思う。
折角の労力がもったいなさ過ぎ。
ごめんね。
485名無しさん@ピンキー:2005/11/28(月) 16:28:44 ID:+9GYD4Af
>>484はツンデレ。
486名無しさん@ピンキー:2005/11/28(月) 16:40:29 ID:mimlzKK+
>>484
一度に読めるから私的は別に構わないと思うけどな。
むしろ分割して他の書き手と投下が重なるような事になるとスレ読み難い。
一括投下か分割投下かは書き手次第じゃない?

あと>>480長文乙。
エロ目的でここを出入りしてるが小説として良い物を見せてもらったよ。
487名無しさん@ピンキー:2005/11/29(火) 19:41:18 ID:w7vtSges
続きマダー?

まさかこれほどの作品に出会えるとは思わなかったよ
またエロエロなものかと思ってたが、良い意味で裏切られたようだ
488名無しさん@ピンキー:2005/11/29(火) 19:53:34 ID:BZU9fDui
マケタ……オモシロスギル……orz
489名無しさん@ピンキー:2005/12/01(木) 08:16:53 ID:8P/rukcq
なるほどね
490名無しさん@ピンキー:2005/12/01(木) 18:30:02 ID:l+HLl3vP
>>488
あきらめるな
いまだこのスレに、
このエロパロ板に、
お前のSSと投下を待つROMがいる。
あきらめるな>>488!!
491名無しさん@ピンキー:2005/12/01(木) 21:46:18 ID:mB1xjwyF
492名無しさん@ピンキー:2005/12/01(木) 21:58:24 ID:xuedI8uU
精神ブラクラ
493名無しさん@ピンキー:2005/12/05(月) 11:25:24 ID:GKGBnwnT
グロってかけばいいだけなのに何故精神ブラクラなんだろう。
精神ブラウザークラッシャー???
なんか見た瞬間意識をのっとられるとかそういうの想像しちゃう。
494名無しさん@ピンキー:2005/12/06(火) 16:18:38 ID:/3a8bVvq
全部読んじまったよ。想像以上に面白かったがとりあえず俺の30分を返してくれ。
495ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:00:01 ID:SotjeCnc
 陸戦兵は後ろ向きに走りながら、手にしたアサルトライフルを連射する。
 身の毛もよだつ悲鳴が、辺りに轟き渡る。
 黄色い飛沫が上がり、アリンコの死骸が山と重なった。
「笑ってる?……あの人、笑ってる」
 絶体絶命であるはずの陸戦兵の口元は、確かに弛んでいた。
 この状況で笑えるものなのか。

 陸戦兵の背後に、一匹のアリンコが忍び寄る。
「危ないっ」
 思わず叫ぶ智恵理。
 しかし陸戦兵は背後の危機を察知したのか、素早い横転に入った。
 鋭い牙が虚しく宙を斬る。
 三度横転して窮地を脱した陸戦兵は、必要最小限の銃弾を送ってアリンコを死骸に変えた。

 背中に重荷を背負ったペイルウイングには不可能な体捌きである。
 なによりも、背中に目が付いているような勘の良さであった。
「すごいっ、すごすぎるよ」
 智恵理は飛行ユニットのチャージが終了したのも忘れて、男の動きに見とれていた。

 男がエリア内の巨大甲殻虫を全滅させるのに、さしたる時間を必要としなかった。
「あ……あのぅ……えぇ〜っと」
 智恵理は命の恩人に近づくと、遠慮がちに話し掛けた。
 銃口のチェックをしていた陸戦兵が顔を上げる。
「助けてくれたんだよね? ありがとう」
 智恵理はペコリと頭を下げた。
「どこの部隊の人なの? 名前は?」
 智恵理は興味津々に問い掛ける。

 智恵理を一瞥した陸戦兵は口元を弛めた。
「俺は存在していない……したがって、お前たちは何も見ていない」
 陸戦兵は素っ気なくそれだけ答えると、傍らに置かれていたエアバイクSDL2に跨る。
 そして智恵理に向かって片手を上げると、次の戦闘エリアに向かって去っていった。
「……かぁ〜こい〜い」
 智恵理は砂埃を上げて消えていくエアバイクを、惚けたような顔で見送った。
496ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:00:52 ID:SotjeCnc
《西暦2019年6月17日 東京 EDF極東支部》

 初陣を散々な形で終えたペイルウイング・ハミングバード隊は、EDF極東支部に帰還していた。
 智恵理たち、旧101号の同期生は辛うじて全員生き残り、帰還兵の列に加わることが出来た。

「それって、噂の『伝説の男』って人じゃないの?」
 美穂が目を輝かせて智恵理に詰め寄る。
 結局、智恵理は命の恩人のことを隠しきれず、同期生たちに話してしまったのだ。
「えぇっ?『伝説の男』って、あの前大戦を勝利に導いたという?」
 寧々も興味津々に話に乗ってくる。
「ねっ、ねっ、いい男だった?」
「あたしも会いたぁ〜い」
 会議室はたちまちかしましくなる。

 彼女たちが同期の多くを失って落ち込んでいたのは、最初の2,3日だけだった。
 生き延びて基地に帰り着いた安堵感が、彼女たちを開放感に浸らせていた。
 自動ドアが開いてお局様が入室してきたが、若い女の嬌声は収まらない。

「気を付けぇ」
 ようやく隊長の存在に気付いた神楽中尉が号令を掛けた。
 慌てて立ち上がった少女たちが、一斉に敬礼する。
「今日は大目に見てやるさ」
 自身にも経験のあるお局様は、理解のあるところを見せる。

 全員が着席してブリーフィングが始まった。
「まず最初に、英国から部隊宛に来た感謝状を紹介おく」
 お局様が横文字の額をお披露目し、拍手喝采が起こる。
 救援とは名ばかりで、ほとんど戦果らしい戦果を上げていないのにもかかわらず、誇らしげに胸を張る少女たち。

「それでは、前回の戦闘における公認スコアを伝達する」
 ペイルウイング隊のヘルメットには、戦果確認用のガンカメラが装備されている。
 戦闘終了後に提出されたチップは分析され、敵の研究や戦術ソフトの開発に利用される。
「部隊としての合計撃破数68。共同撃破21。個人スコア、神楽中尉、撃破14。麻生中尉、撃破12……」
 個人スコアの発表が続き、若い隊員から感嘆の溜息が漏れる。
497ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:01:35 ID:SotjeCnc
 流石に実戦経験のある隊員は、あの乱戦の中でも確実にスコアを上げていた。
「……西園寺准尉、撃破6……以上だ」
 発表の最後に智恵理の名が告げられると、会議室にどよめきが起こった。
「えぇ〜っ、智恵理……オメェ、単独撃破したのかぁ?」
 貴子が目を丸くして智恵理を指差す。
 撃破6とは、中堅どころの陸戦兵が一回の戦闘で上げる、平均的な個人スコアに匹敵する。
「うん、逃げ遅れた通信社のレポーター守るのに夢中で……」
 智恵理が照れたように頭を掻く。
「その件で、国際通信社からEDF本部に謝意表明があったそうだ。一条長官がよろしく言っておられたぞ」
 お局様がEDF極東支部最高責任者の名を出すと、一斉に拍手が巻き起こった。

 只1人、顔を真っ青にさせた綾だけは、押し黙って俯いていた。
 それに気付いた雅が、綾に話し掛けようとして口を開き掛ける。
 しかし声を出すより先に、あることに思い当たった雅は沈黙を守った。
 綾の苗字は長官と同じなのである。

「うちは、どないしても首席で卒業せなあきませんのや」

 ぺ科練にいた頃、そう繰り返す綾が思い詰めた顔をしていたことが思い出された。
「事情があるんでしょうが、今はそっとしておきましょう」

 雅が壇上に意識を戻すと、お局様がブリーフィングを続けていた。
「ところで、お前ら『エイリアン・ウォーシッパー』って聞いたことあるか?」
 聞き慣れないボキャブラリーに、隊員たちは顔を見合わせて首を捻る。
「インベーダーを信奉する、おめでたい連中の集まりだ」
 お局様は軽蔑しきった口調で吐き捨てた。

 会議室にざわめきが生じる。
「おい、地球の敵である侵略者を信奉してどうすんだよ。こらぁ」
 気の短い貴子が怒ったように立ち上がった。
「そうよ、私たちが必死で戦っているっていうのに」
 前回の降下作戦では、逃げ回るのに必死であった寧々もホッペタを膨らませる。

「地球が奴らの手に渡った時、少しでも有利な立場を得ようっていう魂胆なのさ。今回も奴らが発電所に仕掛けた爆弾のせいで、生体レーダーが一時使用不能に陥った。お陰で陸戦隊の兵員輸送車が奇襲を受けて多大な被害を被っている」
 お局様の目が不愉快そうに細められた。
498ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:02:21 ID:SotjeCnc
「昨日奴らの代表を名乗る男から声明文が届いた。今後は我々ペイルウイング隊を狙ってテロを仕掛けてくるそうだ」
 お局様の発表に、会議室が静まりかえる。
「我々の敵は正面の虫けらだけじゃないってことだ。戦場では常に周囲に気を配れ。寄生虫に隙を見せるなっ」

 神楽中尉の号令により、ブリーフィングはお開きとなった。
「許せない」
 智恵理は実際の敵であるエイリアンより、自分のことしか考えない、利己的で悪質なエイリアン・ウォーシッパーに激しい怒りを感じた。
 何より自分たちEDFが、地球を守れないほど無力だと決めつけられていることが許せなかった。

                                 ※

「やっぱり……あの子たちにはこんなもの見せられませんよね」
 士官室に戻った神楽中尉は、手にした数枚の写真を机の上に投げ捨てた。
 それぞれの写真には、無惨な姿を晒したペイルウイング隊員の死体が写っていた。
 アリンコに殺されたものでないことは一目で分かる。
 全員が銃で射殺されていた。
 そしてパンティを剥ぎ取られ、剥き出しになった下半身は鮮血にまみれていた。
 真っ白な腹部に、彼らのシンボルなのであろうか──UFOを象ったマークが血文字でえがかれている。

「ああ、士気に関わる」
 更に回収された死体の膣、直腸そして口腔内からは、夥しい量の精液が採取されている。
 分析の結果、精液は人間のものと断定された。
 複数の男たちに輪姦された上、銃殺されたことは明白であった。
 順序は逆かもしれない。
 苦痛に歪んだ顔が、無念の叫びを上げているように見える。
「お前らゆっくり休め……後は任せておけ」
 お局様は心の中でそっと手を合わせた。
499ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:03:19 ID:SotjeCnc
《西暦2019年6月28日 倫敦市街》

 この日、倫敦が再び巨大甲殻虫の攻撃を受け、EDF各隊に緊急応援要請が発せられた。
「お前らぁ、今度はしくじるなぁっ」
 お局少佐を指揮官とするペイルウイング・ハミングバード第1小隊、総勢35名は倫敦市街に降下し,所定の攻撃態勢を整えた。
 三列横隊のオフェンスの後方を、半円形のディフェンスで取り囲んだ第一戦闘陣形である。

「敵第一集団。前方より接近」
 レディオガール(無線手)の綾が、隣に立ったお局様に報告する。
「よぉ〜し、ファイヤァッ」
 号令一下、部隊中段に整列した制圧分隊15名が、一斉に中距離射撃を開始する。
 LAZR−197の火線が巨大甲殻虫の先鋒部隊を圧倒し、固い隊形が大きく崩れた。
 陣形を乱した敵は、連係攻撃の機会を失う。

「よし、突入準備っ」
 部隊の最前列で待機していた突撃分隊が、レイピアのトリガーに指を掛ける。
「行けぇぇぇーっ」
 号令と共に突撃分隊の5名は、鎖を解き放たれた5匹の猟犬と化した。
 背中に背負ったプラズマエネルギー・ユニットのパワージェネレーターが唸りを上げる。
 先頭を切る神楽中尉に遅れまいと、智恵理も飛行ユニットの出力を全開にした。
 プラズマの剣を6本束ねたレイピアは、ペイルウイング自慢の必殺武器である。
 強力な武器だが、それだけに使い手を選ぶ。
 アタッカーとも呼ばれる突撃分隊は、選り抜きのエースで構成されていた。

 敵主力の真っ只中に突入したアタッカーは、光の刃で巨大甲殻虫をめった切りにした。
 硬い殻が面白いように崩れ、切り刻まれる。
 裂け目から吹き出した黄色い体液も、瞬時に蒸発してしまう。
500ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:04:04 ID:SotjeCnc
「敵の後方より増援部隊が接近中。距離3000」
 レーダー反応を解析した綾が、お局様に状況報告する。
 となれば今度は3段目、支援火器分隊の出番である。

 E1プラズマ・ランチャーの砲口を連ねた6名が照門を覗き込む。
 その頃になると、向こうのビルの陰から巨大な蟻の化物がワラワラと姿を見せ始めた。
「敵襲団距離2500……2000……1900……」
 綾のレーダー読み取りが1800を告げたとき、お局様の右手が振り下ろされた。
「ファイヤッ」
 号令と同時に砲口から飛び出した6個のプラズマ球が、レイピア隊の頭上を通り過ぎる。
 敵集団のど真ん中に着弾したプラズマが膨張し、アリンコの群れを包み込んでいく。
 次の瞬間、限界まで膨れあがった光の玉が四散し、巻き添えになったアリンコが吹き飛んだ。

「いいなぁ」
 3列に並んだ攻撃隊の後方で、半円を描くように配置された後方警戒隊の7名が、羨ましそうに前線をチラチラ振り返る。
 後方警戒隊は敵の奇襲に対して咄嗟に対応できるよう、サンダーボゥ10が装備されている。
 警戒隊の7番員──指揮官の背後に配置──のみは狙撃手を兼務しており、追加装備としてサンダースナイパーを背負わされていた。

「敵反応ありまへん。担当エリア内の敵を殲滅しました」
 レーダーを確認した綾が報告する。
「よぉ〜し。他のエリアの助っ人に向かうぞ」
 綾はレーダーを操作して、市街中心部を低速移動する敵部隊を発見する。
 テームズ川を挟んで東に1つ、西に6つの光点が認められた。
「西の野郎を背後から襲うぞ」
 お局様が先頭に立ち、小隊35名が戦略移動に入る。
501ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:04:53 ID:SotjeCnc
 かつてペイルウイング隊の存在がまだ秘密であった頃、隊をマーチングバンドに偽装していたことがあった。
 その時は無意味に思えたドリル演奏だったが、一糸乱れぬ部隊活動の基礎作りに、思わぬ効果があった。
 アッという間に目的地に到着した彼女らは、戦闘隊形を保ったまま着地した。

 この先には第4小隊が展開しているはずである。
「敵群はビル街の向こう側どす」
 綾が100メートル先の高層ビル街を指差す。
「よし、隊形維持のまま前進」
 お局様が号令を下した時であった。

 ビルとビルの隙間から、第4小隊の隊員たちが転がるように走り出てきた。
「なんだっ」
 突然、目の前のビル街のガラスが粉みじんに吹き飛んだ。
 一拍おいてビル自体が無惨に崩れ落ちる。
「なにっ」
 お局様の顔が凍りつく。

 崩れた残骸の向こうに立っていたのは、巨大なカニであった。
 4本足の鉄のカニはユーモラスな動きで2,3歩前進したかと思うと、次の瞬間、無数の曳光弾を吐き出した。
 全身に弾丸を浴びた第4小隊の隊員たちは、アッという間に制服の防弾機能を喪失し、蜂の巣になって倒れた。
 一瞬のことであった。

「スターボー」
 お局様の緊急命令で、小隊全員が咄嗟に飛行ユニットに点火、大きく右側へ飛び退いたのは、全て厳しい訓練の賜物であった。
「なんだ、あれは?」
 安全距離まで逃れたお局様は、ガチャガチャと足音を立てながら追ってくる敵の新兵器を見上げた。
502ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:05:43 ID:SotjeCnc
「支援火器分隊っ。撃てっ」
 6丁のE1プラズマ・ランチャーが火を吹き、敵マシンを超高熱の光球が包み込んだ。
 しかし装甲で覆われた鉄のカニは、傷一つ付かなかった。
「後方に新たな敵」
 綾が叫ぶのと同時に、小隊の背後から同型のマシンが3体姿を現せた。
 理想的な挟撃であった。

「……狙撃手っ」
 短い沈黙の後、お局様が怒鳴り声を上げた。
「はい」
 後方警戒隊の7番員、寧々が一歩前に出る。
「小隊はこれより集合地点まで撤退する。狙撃手は現地に止まり、小隊の撤退を支援せよ」
 お局様は眉一つ動かさずに命令を下した。
 寧々はサンダースナイパーを抱えたまま凍りつく。
 小柄な体に、長大な狙撃銃が不釣り合いであった。

「ちょっと待って。寧々ちゃんに死ねって言う気なの」
 智恵理がお局様に噛み付いた。
「死ねとは言っておらん。味方が態勢を整えて戻ってくるまで、あいつらをここに足止めしておくだけ……」
「本気で言っているの? 今の見たでしょ。あんな奴らに狙われたら一瞬で殺されちゃうよ」
 智恵理はお局様に詰め寄ろうとして、神楽中尉に阻まれる。

「あたし……やります……」
 智恵理の反抗を止めたのは、寧々の一言であった。
「敵の足止めは、狙撃手の役目だから……それに、やっといつかの恩返し出来るから……」
 寧々は真っ青になりながらも、はっきりと答えた。
「寧々ちゃん、そんな無茶な命令、聞く必要ないよ」
 智恵理は狙撃銃を奪い取ろうと寧々に近づく。
503ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:06:40 ID:SotjeCnc
「バカにしないでっ。あたしだってペイルウイング隊の一員なんだからぁっ」
 寧々の叫びで、智恵理は自分が彼女のプライドを傷つけようとしていたことに気付いた。
「……ごめん」
 ようやく頭の冷えた智恵理は、力無く項垂れた。

 雅が智恵理の肩を抱き上げ、撤収を促す。
「寧々さん、後はよろしく頼みましたわよ。出来るだけ早く戻ってきて差し上げますわ」
 雅の激励を受け、寧々は深く頷く。
「寧々はん、ここから東北東3500にテームズ川の橋があります。あそこやったら、あの重いカラクリは渡れまへんさかいに」
 綾が素早くマップを検索して安全地帯を見つける。

 そうしている間にも別れの時間は迫ってきていた。
「行くぞっ、続け」
 お局様が飛行ユニットに点火し、残りの隊員が続いた。
 皆が一斉に地上を振り返る。
 一人地上に残った寧々は、右手を上げて大きく左右に振った。

                                 ※

 飛行ユニットは断続的に噴かしても、1回で移動出来る距離は限られている。
 警報アラームが鳴り続ける中、小隊員達は緩降下に入る。
「寧々ちゃん……大丈夫かな……」
 降下しながら後ろを振り返った智恵理は、全身の血が凍りつくような光景を目にした。

 回転機銃を逃れようと、空高く飛び上がった寧々。
 その彼女目掛けて、敵マシンから誘導ミサイルが放たれたのである。
 爆発に煽られ、寧々の体が木の葉のように舞った。

「寧々ちゃんっ」
 反射的に助けに向かおうとした時、智恵理のプラズマエネルギー・ユニットが煙を上げて停止した。
 緊急チャージモードに入ったユニットが使い物にならなくなる。
「どうしよう」
504ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:07:31 ID:SotjeCnc
 真っ青になった智恵理の目が、路上に置かれたエアバイクと戦車を捉えた。
「待てっ、智恵理。如何なる事情があっても、それは許されんぞ」
 智恵理の意図を見抜いて、お局様が引き止める。

 ペイルウイングに比べて、陸戦兵の機動力は圧倒的に劣る。
 それを補うのがエアバイクや戦車などのマシン兵器である。
 マシン兵器は予め計算された位置に設置され、文字通り陸戦兵の命綱になっている。
 その位置を勝手に動かすことは、何者にも許されていないのである。

「お前、自分が何をしようとしてるのか分かってんのか。マシン兵器の無断使用は銃殺刑なんだぞ」
 流石にお局様も真っ青になる。
「目の前の仲間一人を救えないで、なんで地球が救えるのよ」
 智恵理は命令を無視してエアバイクに跨る。
「お前……」
 智恵理の性格をよく知っているお局様は絶句する。

「ホホホッ、よろしくってよ智恵理さん。もしも陸戦兵さんがここへいらして、困るようなことになれば、わたくしが背中にでも乗せてあげてよ」
 雅の高笑いが周囲を制した。
「ありがと、雅さん。私、行くよ」
 智恵理は雅に笑いかけると、SDL2のエンジンを掛けた。
 重いバイクが排気圧の作用で浮き上がる。
「待ってて寧々ちゃん。今行くから」
 走り出したエアバイクは、信じられないような加速でビルの谷間に消えていった。
505ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:08:11 ID:SotjeCnc
「智恵理……頼んだぞ」
 エアバイクを見送ったお局様は心の中で呟いた。
「それでは撤収行動を再開する。お嬢を残して出発」
「えっ?」
 雅の目が点になる。
「お前がいなきゃ、バイクを求めて陸戦兵がやって来た時、困るだろ」
 お局様の目がイタズラっぽく笑った。

                                 ※

 一方その頃、ミサイルに撃墜された寧々は絶体絶命の危機に陥っていた。
 前後から敵の新型マシンが迫ってくる。
「痛ぁっ」
 立ち上がろうとした寧々は、右足の激痛に耐えかねて再びしゃがみ込んでしまった。
 仕方なく寝撃ちの姿勢でサンダースナイパーを構える。
 4倍のスコープ一杯に、敵のボディが映り込む。
 冬の夜に霜が降りるが如く慎重にトリガーが引かれた。

 3本の稲妻が大気を切り裂き、敵マシンに命中した。
 しかし大した効き目があった様子はなく、マシンは何事もなかったように近づいてくる。
 寧々は次々とトリガーを引いて攻撃を続ける。
 ようやく先頭の1台から薄煙が立ち始めた時、ユニットが緊急チャージモードに入った。
「ダメだわ……」
 こんな調子では敵の全滅など、望めるはずもなかった。

 バイザー越しに見える景色が涙で滲んできた。
「みんなぁ、上手く逃げてくれたかな」
 寧々はヘルメットのスイッチを操作して、レーダーマップを開いた。
 眼前2メートルの所にバーチャルスクリーンが展開し、周囲の状況を示した。
506ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:09:33 ID:SotjeCnc
 自分を中心に赤い光点が東西を挟み込んでいる。
 赤い光点は徐々にだが確実に中心へと近づいていた。
「えぇっ?」
 その時、寧々は南から急速に接近してくる紫色の光点を認めた。

 赤は敵を、紫は自軍のマシン兵器を現している。
 光点の下にコードネームが添付されている。
 それはcherry−blossomと判読出来た。

「智恵理ちゃん……」
 南のビル群を突破して、早くも智恵理のエアバイクが姿を見せた。
「遅くなってゴメン」
 バイクが止まりきるより先に、寧々がシートカウルに飛び乗る。
 エンジンが唸りを上げ、エアバイクは蹴っ飛ばされたように加速した。
「しっかり掴まってなよ」
「うん……」
 抱きしめた智恵理の肩が暖かかった。

                                 ※

「どうして、このわたくしが伝言板の代わりなんかを……」
 一人だけ部隊から取り残された雅はむくれていた。
 バイクを求めて陸戦兵がこの場に辿り着いた時、説明する者がいないと智恵理がまずい立場になる。
 それは理解しているが、その役目が本当に自分に回ってくるとは思っていなかったのである。
 雅は手持ち無沙汰を持て余し、その場に残された戦車のボディを蹴飛ばす。
 ハイヒールの踵が当たって金属音を上げた。
 雅は忌々しそうに戦車を睨んでいたが、やがて思い直したようにボディをさすり始めた。

「あれ、ここに俺のバイクがあるはずなんだが」
 急に背後から話し掛けられ、雅は飛び上がるほど驚いた。
「アンタ、知らないかい?」
 振り返ると、そこには一人の陸戦兵が立っていた。
507ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:10:36 ID:SotjeCnc
「弱ったな、ダロガの機銃掃射網をくぐるにはアレが要るんだが」
 陸戦兵は腕組みをして首を捻る。
 そして事情を知っていそうな雅の方に視線を移した。
「なっ、なんですの? わたくしのせいではなくってよ」
 『銃殺刑』の三文字が雅の脳裏を掠める。

「だいたい、男のくせに何ですの。お道具に頼らなければ、一人前の仕事が出来ないほど老いぼれてはいらっしゃらないでしょう」
 雅の剣幕に押されて、陸戦兵は呆気に取られた。

「バイクが無いんじゃ仕方ない。そっちに乗せて貰おうかな」
 陸戦兵は雅の方に向けてアゴをしゃくる。
「なっ……」
 雅が真っ赤になって狼狽えた。
 手が胸とスカートの裾に添えられる。
「なかなかのモノなんだぜ、そのギガンテスも」
 陸戦兵は雅の背後に置かれた戦車のニックネームを口にした。

「へっ?」
 陸戦兵は呆然とした雅を尻目に、戦車のハッチに駆け上る。
「お待ちになって。まだお話が……」
 駆け寄ろうとした雅に向けて、陸戦兵のSG−99が向けられる。
「ひぃっ」
 頭を抱えてしゃがみ込んだ雅の頭上で、ショットガンが吼えた。
 その銃口の先で、見知らぬ黒タイツの男が吹っ飛ばされる。
 手には明らかに地球のものではない銃器が握られていた。

「エイリアン・ウォーシッパー?」
 雅の顔が青ざめる。
「目障りなのがウロチョロしてる……一緒に来るか?」
 陸戦兵は雅に向かって手を差し伸べた。
508ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:11:45 ID:SotjeCnc
 轟音を上げてE551ギガンテスが風を切る。
 エアバイクほどではないとしても、走るよりは余程有速であった。
「ビルの上をよく見張っててくれよ。上部装甲はペラペラなんだから」
 操縦席の陸戦兵が雅に怒鳴る。
 砲塔に座した雅が、首を巡らせてビルの屋上に睨みを利かせる。

「ねぇっ。この戦車、如何ですの?」
 エンジン音に負けまいと、雅が怒鳴り声を上げる。
「えぇっ? なんだってぇ?」
「どうなのかしらぁっ。このギガンテスの性能はぁっ?」
 雅はハッチの内部に顔を突っ込んで聞き直す。
「ご機嫌だね。一人で扱えるし、破壊力も充分だ」
 陸戦兵の回答に、雅は嬉しそうに口元をゆるめた。

「どうしてそんなことを? 戦車、好きなのかい?」
 陸戦兵は左にカーブを切りながら無駄口を続ける。
「父が……父の会社が作った戦車ですのよ」
 雅がポツリと答えた。
「それじゃ、君はセントラル・グループの……?」

 コンツェルン令嬢としてもて囃され、同時に死の商人の娘として蔑まれてきた、過去の記憶が鮮明に蘇った。
 なぜ、見ず知らずの陸戦兵なんかに、身の上を打ち明けてしまったのかと自問してみる。
 全ての過去を清算するため、ペ科練に入ったのではなかったのか。
 雅は黙り込んで天を仰いだ。

「そいつはいい。今度、親父さんに言っといてくれ。新型を作る時は、空中攻撃に対する耐性をもっと増してくれって。それにこいつは余りにも横転しやすいってな」
 雅の気持ちを知ってか知らずか、陸戦兵は遠慮のない批判を口にした。
「なんですってぇ? たった今、ご機嫌だってお褒めになったところですのに。この嘘つきっ。変節漢っ」
 雅が頬を紅潮させて罵り声を上げた。
509ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:12:28 ID:SotjeCnc
                                 ※

 智恵理と寧々を乗せたエアバイクが、第1ブリッジに辿り着いた。
 振り返って確認すると、動きの鈍い鉄のカニは今だビルの陰から出てこない。
 代わりに対岸から1台のカニが迫ってきていた。

「さぁっ、寧々ちゃん。頼んだよ」
 智恵理が寧々の肩をポンと叩く。
「ダメ……あたしダメなの。智恵理ちゃんお願い」
 寧々が手にしたサンダースナイパーを智恵理に押し付けようとする。
「怖くて照準が定まらないよぉ。お願いだから」
 寧々の膝は笑い、今にも銃を取り落としそうであった。

「ダメだよ寧々ちゃん。これは寧々ちゃんの仕事だよ」
 智恵理とて精密射撃の訓練は受けている。
 寧々に代わって狙撃するのは簡単なことであった。
 しかし、ここで寧々に職務放棄させると、彼女が二度と使い物にならなくなるのは明白であった。

 躊躇している間にもカニはどんどん近づいてくる。
「ヒャアァァッ」
 悲鳴を上げた寧々が逃げ掛かる。
 それを智恵理が抱きとめた。

「逃げる場所なんて無いんだよ、寧々ちゃん。あたしたちはEDF隊員なんだよ」
 寧々の涙で一杯の目が、智恵理の目と交錯する。
 傷ついた小動物のような寧々の仕草を、愛おしく感じる智恵理。
 智恵理は半開きになった寧々の唇に、自分の唇をそっと重ねた。
 驚いて見開かれた寧々の目が、やがてゆっくりと閉じられる。
 しばしの間、カニの重厚な足音だけが周囲を制した。
 寧々の震えが止まると同時に、智恵理は彼女の体を放す。
「……あたしが付いてるから」
 寧々がコクンと頷いた。
510ペイルウイング物語:2005/12/12(月) 14:13:38 ID:SotjeCnc
 ブリッジのギリギリまで近づいたカニは、そこで一旦停止した。
 そして橋の構造から強度を計算すると、左へ進路を変えて川沿いに移動を始めた。
「ほらっ、綾さんの言った通りだよ。奴らはこの橋を渡れないんだ」
 膝撃ちの構えになった寧々が頷く。
 そして手にしたサンダースナイパーの引き金を引き絞った。

 轟音と共に稲妻が宙を裂く。
「外れっ。ちょい右」
 智恵理が観的を担当する。
 銃口から再び稲妻が迸る。
「ちょい下」
 三度伸びた稲妻が、見事敵マシンのど真ん中にヒットして火花を散らした。
「命中ぅっ!!」
 智恵理の声が弾んだ。

 しかしサンダースナイパーが1発命中したくらいでは、カニの化物はビクともしない。
「寧々ちゃん、落ち着いて。じっくり削っていこぉっ」

 だが実のところ、彼女たちに余り時間は残されていなかった。
 やがて彼らに搭載されたコンピュータが渡河作戦に戦術変更した時、ブリッジ上は安全地帯ではなくなるのである。
 口にはしなかったが、その事は2人とも先刻承知していた。

 やがてもうもうと黒煙を上げるようになったカニが、大きくぐらついた。
「寧々ちゃん。とどめっ」
 稲妻に貫かれたボディが爆発する。
 ガクリと崩れ落ちたカニが大爆発を起こし、ブリッジが大きく揺らいだ。
「やった、智恵理ちゃん。あたしやったよ」
 寧々が小躍りして喜ぶ。
「今度は後ろの奴らだよ」

 鋼鉄のカニはまだ6匹もいるのである。
 それに引き替え、試作型のサンダースナイパーは余りにも非力であった。
 絶望的な銃撃戦が始まった。
511名無しさん@ピンキー:2005/12/12(月) 16:18:59 ID:CobO12u4
私怨
512名無しさん@ピンキー:2005/12/12(月) 18:16:16 ID:kDnuLCEJ
降臨キター

つC
513名無しさん@ピンキー:2005/12/13(火) 01:56:54 ID:HGDb3beN
努力! 友情! 勝利!
514名無しさん@ピンキー:2005/12/13(火) 22:04:11 ID:8soEA9Dy
うん、面白い。
515名無しさん@ピンキー:2005/12/15(木) 01:16:46 ID:dwWptNqb
なんだか知らんがとにかく良し!
516名無しさん@ピンキー:2005/12/15(木) 18:43:01 ID:zvRASZzk
>>513

週刊少年ジャンプの基本理念だねw
517名無しさん@ピンキー:2005/12/16(金) 23:20:29 ID:6vlj0wBR
しえん
518ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:32:08 ID:ICONXhWS
 サンダースナイパーの銃口から閃光がほとばしる。
 青空を切り裂いた3本の稲妻が、敵重機動メカに命中した。
 続いてもう一撃。
 不死身を誇る鉄のカニも、とうとう黒煙を上げてぐらつき始めた。
 傷ついた敵はヨタヨタした足取りで、徐々に橋から遠のいていく。

「寧々ちゃん、あと1発でノックアウトだよ」
 智恵理が汗ばんだ手を固く握る。
 スコープのレティクルが、敵メカの胴体を捉える。
 寧々がトリガーを引こうとした次の瞬間、無傷のカニが左から割り込んできた。
 敵は6機の隊列を組み、広大な長方形を描いて市街を行進しているのである。

 橋の手前まで来た敵は、その度に橋の強度を計算するために立ち止まる。
 そして戦術コンピュータが「通過不可能」と判断すると、左向け左をして橋から遠ざかっていく。
 しかし生体レーダーが智恵理と寧々を捕捉すると、市街を一周して再び橋へと向かってくるのだ。
 優秀な火器管制システムに比べて、戦術ソフトの方は余り上等なものを搭載していないようである。

「ふぅぅ〜っ」
 スコープから目を外した寧々が、溜息をついて額を拭う。
「焦らないで、イケる奴から順番に行こっ」
 寧々は深く頷いて、紅潮した頬をストックに付ける。
 トリガーが引かれ、鉄の甲羅に火花が散った。

「これじゃ間に合わない……」
 智恵理は残された時間が短いことを悟る。
 鉄のカニは今のところ、最短距離からの直接攻撃を試みている。
 しかし敵のAIが周囲の地形を完全に把握し、橋へのこだわりを捨てた時──敵が渡河戦術を開始するとともに、2人の位置的優位は脆くも崩れ去るのだ。
 その時は思ったよりも早く来た。
 これまでテームズ川手前で左へ転進していた敵が、そのまま直進してきたのである。
519ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:33:00 ID:ICONXhWS
「あぁっ……」
 2人が見守る中、寺院の横を通過した敵が、堤防道路に足を掛ける。

 飛行ユニットを噴かして川の対岸へと逃げるか。
 飛びながらの射撃はエネルギーの消耗が激しく、直ぐ追い詰められてしまうだろう。
 逃げ回りながら味方を待つにしても、お局様が生き残りの隊員を再編するには、今少しの時間が必要だ。

「攻撃は最大の防御なり……か」
 レイピアの銃把に添えられた智恵理の手に力がこもる。
 残された手は、レイピアによるゼロ距離射撃しかない。
 あの凄まじい火線網を、無傷で突破することは不可能であろう。
 それでも寧々を、倫敦を、そしてEDFの誇りを守るためにはそれしかないのである。

「……?」
 不意に背後の気配を感じた智恵理が振り返ろうとした。
「うっ……」
 後頭部に衝撃を受けて、智恵理が前のめりに倒れ込む。
「寧々……ちゃん……?」
 サンダースナイパーを逆手に持った寧々が二重にぼやける。
「ごめん、智恵理ちゃん……いっつも、いっつも足手まといになって」
 寧々の手からサンダースナイパーが滑り落ち、アスファルトに転がった。
「智恵理ちゃんはEDFにとって、必要な人だから……あたしがイクよ……」

 寧々はその場にしゃがみ込むと、躊躇いがちに目を伏せて続けた。
「さっきはありがと……続き……したかったよ……」
 寧々はそれだけ言うと、智恵理のレイピアを手にして立ち上がった。
「ダメだよ……寧々ちゃんじゃ……レイピアは無理……」
 ブラックアウト寸前の視界の中で、寧々が走り始めた。
520ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:33:53 ID:ICONXhWS
「寧々ちゃんが……死んじゃう……」
 智恵理は、ともすれば消え入りそうな意識を必死で現実に繋ぎ止めると、全身の力を込めて立ち上がった。
 頭の中で早鐘が鳴り響き、足下がふらつく。

「うわあぁぁぁーっ」
 智恵理は頭を激しく左右に振ると、絶叫と共にダッシュした。
 背後を振り返った寧々の腰にタックルが入り、2人の足がもつれる。
「放して」
 智恵理の手を振り解こうと、寧々が暴れる。

 揉み合う2人の直近に砲弾が落下してきたのは、丁度その時であった。
 2000DMクラスの大爆発が2人を吹き飛ばした。

                                 ※

「あぁ〜ああ、言わんこっちゃない。だから砲撃も俺に任せとけって言ったんだ」
 操縦席の陸戦兵が、憮然として戦車砲を見詰める雅を非難する。
 雅が放った120ミリ砲弾は、ダロガの頭上はるかを飛び越えたのだ。
「お黙りなさいっ。そもそも、あなたの操縦が乱暴すぎるからでしょうに」
 雅は初弾を外した責任を男に転嫁した。
 そして慣れない手つきでレバーを操作して、ダロガに照準を合わせようと悪戦苦闘する。

「だから砲身を下げるには、レバーを手前に引くんだって……」
「うるさいですわっ。気が散って狙いが定まりません」
 最高速度で突っ走りながらの砲撃は、相当の高等技術を要する。
「この位置から弾を外すと、もろに橋を攻撃することになるんだがなぁ」
 陸戦兵がポツリと漏らすのも気に留めず、雅は第2弾の照準を付ける。
521ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:34:34 ID:ICONXhWS
 今度は距離が縮まっていたこともあり、誤差修正がほとんど不要であった。
 それでも陸戦兵はスクリーンの映像を元に、戦車の頭を振って照準を微調整してやる。
「行きますわっ」
 乾いた破裂音と共に、車体に振動が伝わった。
 その数秒後、最後尾のダロガが爆炎に包まれる。
 ガクリと崩れ落ちたダロガが大爆発を起こして四散した。

「オォ〜ホッホッホッホッ、やりましたわっ。二度と同じ過ちを繰り返さないのが、わたくしの主義ですの」
 雅が腰に手を当てて高笑いする。
「黙って座ってないと舌噛んじゃうぜ」
 ゴトンゴトンという音がして、自動装填装置が次弾を砲身に送り込んだ。

                                 ※

「あ痛たたたぁ〜」
 智恵理がお尻をさすりながら身を起こす。
 寧々も顔をしかめて立ち上がる。
 煙が薄れると、橋上は無惨なことになっていた。
 アスファルトは捲れ上がり、土台のコンクリートが剥き出しになっている。
 所々には大穴が開き、川面が丸見えになっていた。
 それでも2人が無事だったのは、ひとえにコスチュームの耐久力のお陰である。

「寧々ちゃん、大丈夫?」
 智恵理が戦友を気遣う。
「このくらい……少佐のビンタの方が効くよ」
「いえてる」
 強がりを言ってるうちにも、敵はテームズ川へ降りようと堤防道路に乗り上げた。
522ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:35:19 ID:ICONXhWS
「どいつが撃ってきたの? お返ししてあげるわ」
 寧々がスコープを覗き込むのと、最後尾にいた敵が大爆発を起こすのが同時であった。
「えぇっ? あたし、まだなんにも……」
 キョトンとした寧々が見守る中、敵集団が一斉に行き足を止める。
 そしてアンテナをグルグル巡らせると、もと来た道を戻り始めた。

 ボディ下部に配備された回転機銃が唸りを上げ、曳光弾が滝のように降り注ぐ。
「なにっ? 奴ら何を狙っているの?」
 その答えは直ぐに出た。
「寧々ちゃん。あれ……」
 智恵理の指差す先に、砂塵を巻き上げて走るギガンテスが現れた。

                                 ※

「来たぜ。飛ばすから掴まってろ」
 陸戦兵が不敵に笑う。
 同時にギガンテスの上部装甲に、プスプスと穴が開いた。
「ひぇぇぇぇ〜っ」
 雅がはしたなく悲鳴を上げる。
「ハッハッハッ、言った通りだろ。親父さんによろしく言っといてくれよな」

 ギガンテスのエンジンから炎が上がり、ボディが黒煙に包まれる。
「そろそろ限界だな。飛び降りるぞ」
「はぁっ?」
 雅が眉をひそめて聞き返す。

 戦車は時速50キロの高速で移動している。
 それに外界では、まだ敵の機銃弾が雨霰と飛び交っているのである。
「何やってんだ? アンタと心中なんてゴメンだぜ」
 陸戦兵が操縦席から振り返る。
「やってますわ。ですけど、このハッチ……被弾で、変形したみたいで……開きませんのぉっ」
523ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:35:53 ID:ICONXhWS
 砲塔の雅が歯を食いしばり、必死でハッチを持ち上げようとする。
 しかし歪みを生じた重いハッチはビクともしない。
「やれやれ」
 陸戦兵は木製ストックのライフルを2丁手に取り、操縦席を離れる。
 そして雅の頭を下げさせると、ハッチに向けてライフル銃を放った。

「ひぃぃぃっ」
 轟音と共に、重い鋼鉄のハッチが紙切れのように舞い上がった。
 もの凄い衝撃が雅に襲いかかる。
 防弾スーツとヘルメットを着けていなかったら、失神は免れないところである。

「持っててくれ」
 手渡された2丁のライフルを、雅は両手でしっかりと抱きしめる。
 その雅を軽々と肩に担ぐ陸戦兵。
「あれぇっ、乱暴な。何をなさるのですっ」
 荷物のように扱われて、雅がヒステリックにわめく。
「じっとしてろ」
「せめて、お姫様だっこに……あ〜れ〜」
 2人の体が宙に躍り出た。

                                 ※

「みっ、雅さんっ?」
 陸戦兵に担がれた雅を、智恵理と寧々が出迎える。
 2人の姿に気が付くと、雅は慌てて陸戦兵の肩から飛び降りた。
「オォ〜ホッホッホッ。救援隊、只今参上ですわ」
 手を腰に当てて胸を反らせる得意のポーズで高笑いする雅。
 その背後でギガンテスが大爆発を起こし、雅の体がぐらついた。
524ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:36:25 ID:ICONXhWS
「来てくれたんだぁ」
 寧々が嬉しそうに笑い、雅の体を支えてやる。
「当たり前ですわ。大事な引き立て役を、わたくしが見捨てると思っていますの?」
 吹き出しそうになった智恵理が、陸戦兵に目を向ける。

「あぁっ?」
 智恵理の声に反応し、陸戦兵も視線を上げる。
「覚えてくれてる? この前はありがと」
 智恵理がヘルメットのバイザーを上げ、素顔で微笑む。
「あぁ、あの時のルーキーちゃんか」
 陸戦兵は智恵理のことを思い出し、何度か小さく頷いた。
「智恵理さん。この野蛮人とお知り合いですの?」
 雅が陸戦兵に冷たい視線を送る。

 男性から手荒な扱いを受けるなど、雅にとって初めての経験であった。
「うん、前に話した命の恩人だよ」
「えぇ〜っ? じゃあ、噂の『伝説の男』って……?」
 雅と寧々が同時に目を丸くした。
「無駄にお喋りしてる暇はなさそうだ」
 気付くと、ダロガの隊列が迫りつつあった。

 陸戦兵は2丁のライフルを肩に当てて構える。
 そしてロクに照準も合わせないまま右のトリガーを引いた。
 落雷のような銃声が轟き、先頭のダロガに火花が散った。

 陸戦兵の狙撃銃はアサルトライフルとは違い、ガス圧を使った排莢システムを採用していない。
 全てのガス圧は弾丸を発射するために消費され、排莢、装填は電動システムになっていた。
525ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:37:07 ID:ICONXhWS
 モーターがギヤを巻き上げ、完全に閉鎖されていた薬室が開く。
 エクストラクターが後退し、弾き出された空薬莢が宙に舞った。
 ボルトが前進し、マガジンからせり上がった次弾を薬室に送り込む。
 この間、約3秒。

 しかし、陸戦兵は次弾を発射するのに3秒も待たない。
 すかさず左のライフルに意識を移すと、無造作に引き金を引く。
 先頭のダロガがガクリと崩れ、巨大な火柱が上がった。
「すごぉ〜い。たったの2発で」
 寧々の目が陸戦兵のライフルに釘付けになる。
 銃床に“Type−F”の刻印が彫り込まれていた。
 
 再び火を噴く右手のライフル。
 一拍おいて空薬莢が弾け飛ぶ。
 続いて左のライフルから轟音が上がり、2機目のダロガが大爆発を起こした。
 陸戦兵は左右2丁の狙撃銃を交互に撃つことにより、リロードに掛かる時間を半減させているのだ。

 被弾したダロガは大きくバランスを崩し、攻撃も移動も不可能になる。
 先頭のダロガが足止めされることにより、一列縦隊になった後続の進行が妨げられる。
 そしてようやく立ち直った先頭が活動を再開するより早く、次の弾丸が破損した装甲を貫く。

「ラ……イ……サン……ダー……」
 寧々が反動で跳ね上がる銃に併せて首を振り、銃身に刻まれた横文字を読む。
 そうしている間にも陸戦兵は次々と銃弾を放ち、ダロガの部隊を屑鉄に変えていった。

「すごい、すご過ぎますわ」
「ねっ、ねっ。嘘じゃなかったでしょ」
 雅が驚嘆し、智恵理が自分が褒められたように胸を張った。
526ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:37:40 ID:ICONXhWS
 たった一人で敵編隊を壊滅させた陸戦兵は、銃のボルトを開放させて冷却させる。
 そして放置されたエアバイクを見つけると、2丁の銃をフレームに突っ込んでシートに跨った。

「もしっ、せめてお名前を……」
 雅が慌ててバイクに駆け寄る。
 ヘルメットを脱ぐと、ゴージャスな縦巻きロールが風になびいた。
「俺は存在していない……」
 陸戦兵が素っ気なく答える。

「したがってお前たちは何も見ていない」
「したがってお前たちは何も見ていない」
 智恵理が陸戦兵の口真似をして、彼の台詞に重ねた。
「……だよねっ」
 智恵理が満面の笑みを浮かべる。
 陸戦兵は苦笑しつつ左手で別れの挨拶をすると、ビルの谷間に消えていった。

「ふぅぅ〜」
 熱っぽい目をした雅が溜息をつく。
「雅さん、どうかしたの?」
「許せませんわ。わたくし、殿方にあんな乱暴な扱いされたこと、これまで一度もなくってよ」
 頬を真っ赤に染めた雅が、溜息を繰り返す。
「草の根分けても探し出して、セクハラ委員会に訴えて差し上げますわ」

 その日撃破された7機のダロガの残骸から、かなりの量の宇宙繊維と未知の機器が回収された。
 宇宙繊維はクモの糸のように軽く、スチールより強靱である。
 それを元に作られた極薄の防弾パッドは、撃破した隊員に優先的に支給され、コスチュームの防弾性能を強化するのに役立てられる。
 未知の機器は兵器の性能アップに利用され、新兵器も原則的に撃破した隊員に贈られることになっている。
527ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:38:25 ID:ICONXhWS
「新型のサンダースナイパー、くれるかなぁ」
 愛銃の非力さを思い知らされた寧々が、ポツリと呟いた。

《同日 倫敦 EDF本部》

 チェリーブロッサムこと智恵理は、本部ビルの小さな一室に待機していた。
 無事に小隊と合流し、本部に帰還した途端、この部屋に押し込められたのである。
「やっぱ、あたし……銃殺刑なのかなぁ?」
 智恵理は装飾品一つ置いていない、殺風景な部屋を見渡す。
 英雄として持て囃されるとは思っていなかったが、流石にこの扱いには不安になった。

 やがてドアが開き、お局少佐が入ってきた。
「少佐……」
 智恵理は立ち上がってお辞儀する。
「ようやくお前の処遇が決定した」
 お局様の目に暗いものを感じ、智恵理は息を呑んだ。

「本日付けで少尉に特進だ」
「えぇっ?」
 智恵理は我が耳を疑って聞き返した。
 降格を覚悟していたのに、逆に昇進とは信じられない処遇であった。

「あたしが少尉?」
 智恵理は躍り上がろうとして、少佐の目が暗い色をしたままなのに気付いた。
「なお、同日付けで西園寺少尉は配置転換となる」
 智恵理の顔が一瞬にして凍り付く。

「西園寺少尉は、本日22時に第304滑走路に出頭。28号輸送機に搭乗せよ。以上だ」
 命令の伝達を終えた少佐は、口を固く結んだ。
528ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:39:07 ID:ICONXhWS
「……やだ」
 しばしの沈黙の後、智恵理の口が動いた。
「やだよ……そんなの絶対やだよぉ」
 智恵理が激しく首を振って叫ぶ。
「ばっきゃろう、ダダこねてんじゃねぇ。ここは軍隊なんだぞっ」
 少佐も怒鳴り返し、命令の正当性と絶対性を強調する。
「絶対いかないっ。少尉なんてならなくていい」
 折角知り合い、姉妹以上の間柄になった仲間と別れるなんて、考えることも出来なかった。

「てめぇはガキかっ。いいかっ、軍隊ってところはなぁ……」
 なおも怒鳴ろうとする少佐の頬に、智恵理のパンチが炸裂した。
 よろけて尻餅をつく少佐。
「上官暴行は一階級降格だよね……だから……どこにも……行かせないでぇ……」
 最後は涙声になった。

 少佐の頭に上った血が、ゆっくり降りていった。
「誰が好きこのんで、可愛い教え子を他人に預けるか」
 少佐が頬を押さえて立ち上がる。

「だがな、お前の力を必要としている部隊が、他にも存在しているんだ」
 少佐が諭すような口調になる。
「ペイルウイングはみんな家族だろ。いつまでも自分のことだけ考えてちゃいかん」
 智恵理が鼻をすする音がしばらく続いた。

「また……直ぐに……帰ってこれる……よね?」
 智恵理の問い掛けに、少佐が深く頷いた。
「ああっ。待ってる」

                                 ※
529ペイルウイング物語:2005/12/18(日) 20:39:56 ID:ICONXhWS

 それから30分後、智恵理はEDF本部、第304滑走路にいた。
 仲間との別れの時間も与えられず、手荷物は最小限の着替えと愛用のレイピアだけであった。
「これで良かったんだ。寧々ちゃんに泣かれると、手に負えないからなぁ」
 智恵理はシルエットになった本部ビルを振り返った。

 いくつかの窓には、まだ明かりがともっている。
「あれ、みんなの部屋かな?」
 智恵理の表情に、一瞬寂寥感が走る。
 しかし振り返った顔には、もう迷いの色はなかった。

 28号輸送機は直ぐに見つかった。
 待機している航空機は、1機しかいなかったのである。
 小型のVTOL機は、かなりくたびれていた。

「ヒッヒッヒッ、お嬢ちゃんは何をやらかしたのかな? この輸送機は地獄行きだよ」
 年輩の整備員が、気色の悪い笑いで出迎えた。
「マシン兵器の強奪と上官暴行っ。なんか文句あるぅっ?」
 智恵理の剣幕に圧倒され、ジジイが後ずさりする。
「失礼しましたぁっ」
 ジジイは自分でも知らないうちに直立不動になり、自然と敬礼していた。

 タラップを駆け上がった智恵理が、もう一度だけ本部ビルを振り返る。
「それじゃ、ちょっと行って来るから」
 智恵理の右手が弧を描き、見事な敬礼を見せた。
 そのスタンドカラーには、真新しい少尉の襟章が光っていた。
530名無しさん@ピンキー:2005/12/18(日) 23:49:37 ID:F4WxolzU
私怨
531名無しさん@ピンキー:2005/12/19(月) 01:55:30 ID:4I+cB9L/
つ@@@@
532名無しさん@ピンキー:2005/12/22(木) 00:24:10 ID:x02jPobe
うお、なんか知らんがいいな
普通に読み物として読みふけった
533ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:03:26 ID:cLuMrtHD
《同日 アメリカ西海岸 サンフランシスコ湾上空》

 突然気流が乱れ、28号輸送機が大きく揺れた。
 シートベルトが腹部に食い込み、智恵理が目を覚ます。
「まだ着かないのぉ?」
 寝起きの悪い智恵理が、気怠そうに聞いた。
 アイマスク代わりにしていた鉢巻きを外し、今度はヘヤバンドとして頭に締め直す。
 17歳の誕生日に、101号室の仲間からプレゼントされた宝物である。
「申し訳ありませんっ。後10分ほどでありますっ」
 キャビン担当の下士官が直立不動になって答える。

 老整備士の話は尾鰭が付いて、搭乗員の間に広まっていた。
 マシン兵器の無断使用と上官暴行というのが本当なら、普通なら銃殺刑、最低でも2,3階級の降格が当たり前である。
 となれば、目の前の少女は本来少佐か大尉であるはずであった。
 ペ科練出たての16,7歳の身で、既に少佐となると、余程のエースに違いない。

 男ばかり8人の乗員に囲まれているのにも関わらず、乗り込んで来るなりいびきをかきはじめた度胸の良さも、それならば頷ける。
 とにかく逆らわない方がいいという結論に達した。

「ところでこの飛行機、どこへ向かってるの?」
 智恵理は自分が新しい赴任先について、なにも聞いていなかったことに気付く。
「少尉殿は知らないのでありますか?」
「うん。聞く暇がなかったんだ」
 智恵理はばつが悪そうに頭を掻く。
「ブタバコです。この機は本部とブタバコとの定期輸送便なのであります」
 下士官は逃げるようにキャビンを出ていった。

                                 ※

 フィッシャーマンズワーフの沖合い3キロの地点に、アルカトラズ島はあった。
 脱出不可能と言われた連邦刑務所があった島で、数々の映画の舞台にもなっている。
 かつてこの刑務所に入所したのは、殺人、強盗といった重罪犯人や他の刑務所で脱走を企てたり、通常の施設では「矯正不能」な服役囚ばかりであった。
534ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:04:37 ID:cLuMrtHD
「おつとめ……ご武運を祈ります」
 機長は智恵理を見送ると早々にVTOL機を発進させ、逃げるように去っていった。
 智恵理は腕時計を操作して電波を拾う。
 現地時間に合わせてみると、出発したのと同じ22時であった。
「なんか得しちゃったみたい」
 一人残された智恵理は辺りを見回すが、出迎えの姿はなかった。
 丘の上の建物に灯りが点っているのを見つけ、そちらへ向かうことにした。

 建物の入り口に『アルカトラズ実験小隊』を意味する横文字の看板が掛かっていた。
 錆びたドアを押すと。軋んだ音を立てて開いた。
「不用心だなぁ」
 建物に入った智恵理は、灯りの漏れている部屋を見つけた。
 ノックをしたが返事はない。

「入ります」
 一声掛けてドアを開くと、バーボンの臭いが鼻を突いた。
 正面の机で、EDF士官の制服を着た当直が居眠りをしている。
「西園寺少尉、只今着任しました」
 智恵理が着任申告すると、当直士官は驚いたように飛び起きた。

「ああ、聞いてる。遅かったな」
 当直士官はバインダーをペラペラと捲って書類を確認した。
「アンタは実験小隊の第3分隊長を任されることになってる」
 士官は任命書を智恵理に渡して言った。
「はっ」
 智恵理は身を固くしてそれを受け取った。
「今は基地司令も小隊長も就寝している。挨拶は明日でいいだろう」
 士官は大あくびして、酒臭い息を吐き出した。
「アンタも今日は寝るがいい。宿舎は上の白い建物だ。みんな寝てるだろうから、静かにな」
 そう言って士官は再び机に突っ伏す。
「ありがとうございます」
 智恵理が礼を言ったが、士官はもう返事もしなかった。
535ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:05:22 ID:cLuMrtHD
 一礼して外へ出ると、坂の上に白い建物が見えた。
 他にそれらしい建物がないので、智恵理は坂を上がり始めた。
 白い建物はやはり宿舎であり、壊れかかった看板があがっていた。
 入り口にはスケジュール表が貼ってある。
「起床は0600、その後体操と駆け足訓練か。うっわぁ〜、朝ご飯まで体、保つかな?」
 宿舎に入り、第3分隊の部屋を探す。
 一番奥のドアで表札を確認し、静かに中へと入る。

 保安灯一つ付いていない暗闇であった。
 夏虫の鳴き声が異様に大きく聞こえている。
 智恵理は窓から差し込む月明かりだけを頼りに、部屋の奥に空のベッドを見つけた。
 部下への挨拶は、明日の起床後になりそうだ。

「タイミングが悪いのは天性のものなのかな」
 静かに着衣を脱ぎながら、昔の出来事を思い出す智恵理。

 小学校6年の3学期に転校を余儀なくされ、何の思い出もない卒業式に出たこと。
 好きになった男子のことを親友に相談しようと思ったら、実はその男子が親友の彼氏であったこと。

「まっ、いいか。なんにしても、明日起きてからのことだし」
 パンティとブラだけになった智恵理はベッドに潜り込む。
「今頃寧々ちゃん、泣いてるだろうな……」
 黙って出ていったことを心の中で謝りながら、智恵理は眠りに落ちた。

 突然、虫の声がパタリと止んだ。

 反射的に目を覚ました智恵理は、忍び寄ってくる複数の気配を感じた。
「だ……」
 誰何しようと開いた口に濡れた布きれがねじ込まれた。
「うぅっ?」
 口がタオルで覆われ、後頭部で固く結ばれる。
 毛布が引き剥がされ、何本もの手が智恵理の全身を押さえつけた。
「ふぐぅっ」
 猿轡の隙間から、声にならない声が漏れる。
536ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:05:56 ID:cLuMrtHD
 ブラとパンティが引きちぎられ、智恵理は生まれたままの姿になる。
 続いて俯せに裏返された智恵理が、四つん這いの姿勢を強いられた。
 恐怖心でパニックを起こした智恵理は全く抵抗出来ない。
 複数の手が尻を高々と持ち上げて固定させた時、智恵理は相手の意図を察した。

「ふぐぅむぅぅ〜っ」
 必死で暴れようと身悶えする智恵理であったが、多人数の力の前には無力であった。
 生暖かい舌が股間に触れ、智恵理はビクッと身を震わせる。
 ザラザラした感触が中へ中へと侵入してくる。
「むぅぅぅっ」
 中程まで入り込んだ舌先が、自在に折り曲げられて周囲を湿らせていった。

 同時に、熱っぽい息を吐く鼻先が、アヌスに押し当てられる。
 反射的に菊の花がキュッとしぼもうとする。
 そのアヌスに指が押し当てられた。
 ドロリとした冷たい感触がしたと思うと、指先がグリグリと小さい円を描き始める。

 驚く間も与えられず、攻撃の手は胸の膨らみにも忍び寄った。
 左右から伸びた手が、指の付け根で乳首を挟んだまま乳房を愛撫する。
 繊細なタッチの妙技の前に、たちまち硬くしこってしまう智恵理の乳首。
 背中や脇腹の敏感な部分に爪が立ち、神経の流れに沿ってラインを描く。
 全身を苛むデリケートな責めに、智恵理の思考力が停止する。

 突然、股間の包皮が捲られ、最も敏感な部分が指先で摘み上げられた。
「ふむぅぅぅ〜っ」
 無礼な指先は、智恵理の肉芽を引っ張り、こね回して執拗に弄ぶ。
 女の泣き所を知り尽くした責めであった。

 智恵理の黒目が裏側へとでんぐり返り、全身がビクンビクンと跳ね回った。
 最初のクライマックスを迎えたのである。
537ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:06:55 ID:cLuMrtHD
 その頃には充分ほぐれていたアヌスにも魔の手が伸びる。
 一方通行違反を犯した指先が、ゆっくりと智恵理の体内に沈み込んでいく。
「むっ?……むむぅ……」
 ローションをタップリと付けた指先がゆっくり、そして徐々に素早く往復し肛門括約筋の緊張を奪っていく。

「指で……指なんかでいかされちゃう……うぅっ?」
 自分でも知らなかった初めての快感に、智恵理はたちまち登り詰めてしまう。
「お……お尻で……イッちゃう?……ダメェェェッ」
 股間から熱いモノがほとばしり、智恵理は2度目のエクスタシーに達した。

 半ば失神したようになっても、攻撃の手は緩められない。
 股間に硬い固形物が押し付けられる。
 智恵理が最も怖れていた事態が始まったのである。

 侵入してきたバイブは支給品より遥かに太く、長さもあった。
 しかし強制的に発情させられた膣口は、ローションの助けも借りて太いバイブを受け入れた。
 ねちっこい責めが開始される。

 責め手は本人以上に智恵理の体を熟知しているようであった。
 未体験の快感に溺れ、智恵理が白目を剥いて果てる。
 それでも智恵理はまだ解放されない。

 続いて支給品のバイブがアヌスに押し当てられる。
 責め手はグリグリと左右に捻りつつ、バイブを直腸の奥へと送り込む。
 前後同時の攻撃は、僅かに残っていた智恵理の理性を完全に砕いた。

「むぐぅぅ〜うぅっ……」
 智恵理の全身が硬直し、激しい痙攣と供に弛緩した。
 責め手は終始無言であった。
538ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:07:34 ID:cLuMrtHD
《西暦2019年6月29日 アルカトラズ島》

 太陽が水平線から昇り、気の抜けたような起床ラッパが響いた。

 隊員たちが緩慢な動作でベッドから起きあがる。
 面倒臭そうに歯を磨く隊員たちは、一様にだらしない格好であった。
 当たり前のようにノーブラの者もいる。

 狡そうな目をしたタンクトップの女が、金髪を掻き上げて背後を確認する。
 奥のベッドでは人の動く気配はなかった。
 女はほくそ笑むと、洗面台に向かって泡混じりの唾を吐き捨てた。

 浅黒い肌をしたランニングパンツの女もニヤッと白い歯を見せる。
 ピンクの髪を逆立てた女は、鏡で背後を確認すると鼻先で笑った。
 東洋人らしいロングヘアの女は、細面の顔に一切の表情を浮かべていない。

「あれだけ犯ったんだ。しばらくはショックで口もきけめぇ」
 金髪の女が口を開いた。
「スクイズのテクはピカイチだからね。何度お漏らししたのか……随分と水っぽい少尉さんだったな」
 浅黒い肌の南洋女が金髪をおだてる。

「そういうホノルルの禁制バイブもなかなかのモノよ。その方も悪よのぅ」
 ピンク色の髪をした女に揶揄されて南洋美人が頭を下げてへりくだる。
「いえいえ、ハーレー様のアナル責めに比べましては、手前のバイブなどは……」
 3人がカッカッカッと笑い声を立てる。
「それにしてもペッパーの作った、催淫剤入りローションの効き目は大したモンだよ」
 東洋系の美女は仲間に褒められても、眉一つ動かさなかった。

「実戦経験も殆ど無いガキが分隊長なんて、馬鹿らしくてやってられっか」
「なぁ〜に、今日にも辞表を書いて出ていくって」
 4人が連れ立って部屋を出た瞬間、張りのある声が響いた。
539ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:08:14 ID:cLuMrtHD
「おはようっ、気持ちのいい朝だね」
 ぺ科練の赤ブルマに着替えた智恵理が立っていた。
「あたし、昨日着任した西園寺少尉。よろしくっ」
「て……てめぇ……」
 唖然とした隊員たちが、口をパクパクさせる。

「着任早々エッチな夢見ちゃった。お陰でストレスも発散、今日も一日頑張るぞ」
 智恵理は細い二の腕に力こぶを作って見せると、グラウンドへ向かって踵を返した。

                                 ※

「アルカトラズにようこそ、チェリーブロッサム少尉」
 司令室に出頭した智恵理は、小隊長のバルキリー大尉の出迎えを受けた。
「敵の残骸から採取したテクノロジーを応用し、EDFの武器も日々進化を遂げているの。試作品のテストとデータ収集が、私たち実験小隊のお仕事よ」
 バルキリー大尉は北欧系の金髪美人で、穏やかな笑顔が印象的であった。
 同じ小隊長でも、お局様とは随分と様子が違う。

「そのことなんですが……やっぱり自信がありません。辞めさせていただこうと……」
 強がって見せはしたものの、昨夜のことはやはり智恵理の心を傷つけていた。
 同じ戦うにしても、味方を相手にするような無意味なことはしたくなかった。
「そんなこといわないで……」
 途端に大尉が泣きそうな顔になった。
「あなたに見放されたら、もうあの子たちに行き場はないのよ。人助けと思って……ねっ、お願い」
 上官に拝まれて智恵理は戸惑った。

「ホントはいい子たちばかりなのよ。素直に自分を表現出来ないだけなの」
 智恵理は差し出された考課ファイルを受け取る。
「まぁ、ゆっくり考えてちょうだい。辞めるのはそれからでもいいでしょ?」
 智恵理ははぐらかされたようになったまま部屋を出ていった。
540ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:09:00 ID:cLuMrtHD
「今のがそうか?」
 公務室の奥から鋭い目をしたEDF士官が出てきた。
 ガッシリした体格のアングロサクソン系の中年男であった。
「はい、司令」
 大尉が直立不動になって答える。
「いずれ大挙して押し寄せるインベーダーども。奴らを根こそぎ叩き潰す決戦兵器が、あんな小娘とはな」
 司令が複雑そうな笑みを浮かべる。

「あくまで『候補者』の一人に過ぎません。それを見極めるのが当小隊の真の目的ですわ」
 大尉があからさまな非難を視線に込める。
「どうでもいいが、見極めるんだったら早いとこ頼む。もう我々に時間は残されていないんだ。奴らは既に『ここ』に気付いている」

 司令は壁に掛かった宇宙図に目をやる。
 地球の公転軌道が赤いラインで示され、波線で仕切られた左側には未知の遊星の公転軌道が青で描かれていた。
「それと思念誘導兵器の開発を急がせろ。必要な人材や機器は幾らでも揃えてやる」
 司令が轟然と言い放った。
「司令、お声が……」
 バルキリー大尉が自分の口の前に人差し指を立てた。

                                 ※

「スクイズ伍長は元プロ野球女子リーグのピッチャー。えぇ〜と、窃盗の常習犯か」
 智恵理は胸ポケットに入れた巾着を無意識に確認する。
「ホノルル伍長はハワイ出身か。分かり易いな。専門は狙撃……っと」
 頭をガンガン叩きながら記憶するのは、女子高生の時以来の癖である。
「ハーレー伍長は珍走団上がりの曲者。命令無視の常習犯……ひどいな」
 智恵理は自分のことを棚に上げて顔をしかめる。
「レッドペッパー伍長はソウル支部出身か」
 智恵理は今朝見た黒髪の美女を思いだし、同じ東洋人として親近感を覚えた。
「いけない、いけない。えこ贔屓は指揮官としてあるまじき行為だわ」
541ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:09:41 ID:cLuMrtHD
 最後のページを開いて、智恵理は首を捻った。
 もう一人分のファイルがあったのである。
「確か4人組だったと思ったけど」
 頭の中で人数を数えてみる智恵理。
「えぇ〜と、コンボイ軍曹。身長1メートル94、たっ、体重105キロぉ? この人ってプロレスラーなのぉっ?」

 ファイルにはその通り、彼女が元WWWCのヘビー級チャンピオンであったことが記録されていた。
「うそっ……この人、あのレギー・ベレッタなの?」
 智恵理は中学生の頃、大好きだった女子プロレスラーの顔を思い出す。
「どうしたのかしら、今朝は姿を見なかったけど……」

 智恵理が首を捻っていると、白衣を着た医務官が入室してきた。
「チェリーブロッサム少尉ですな。午前中は身体検査を受診してもらいます」
 医務官は智恵理の全身を無遠慮に眺め回した。

                                 ※

 智恵理は医務官に案内され、検査室を訪れた。
 部屋に入ると同時に、電波時計がシャットダウンした。
 智恵理が四方の壁や天井を見回す。

「そう、この部屋はあらゆる電波を通さない造りになっている。流石は『候補者』だ。良い観察眼をしている」
 待っていた白髪の博士が嬉しそうに言った。
「儂はここの研究主任、ガイスト博士じゃ」
 マッドサイエンティストを画に描いたような博士であった。

「『候補者』って?」
 智恵理が聞き返す。
 可愛らしい看護兵が靴の踵で博士の足を踏みつける。
「つぅっ……何でもよいわ。さぁっ、着ている服を脱いでベッドに」
542ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:10:14 ID:cLuMrtHD
 博士が義手になった左手でベッドへいざなう。
 智恵理はどうしてよいのか分からず、モジモジとする。
「儂のことなら気にせんでよい。慣れておるから」
 博士がイライラしたように急かせる。

「そっちがよくても……あたしは慣れていないんだけどな」
 智恵理はブツブツ言いながら、看護兵の差し出したカゴの中に着衣を投げていく。
 前を隠してベッドに横たわると検査が始まった。

 型どおりの問診の後、血液検査とX線検査があり、CTスキャンにもかけられた。
「期待通りじゃわい。この側頭葉の発達ぶりといったら……キヒヒヒッ」
 何が嬉しいのか、博士は相好を崩して機器を操る。

「それじゃESP検査に移るかの」
 ガイスト博士が目を輝かせて智恵理を見下ろす。
「なに、それっ?」
 本能的に危険を察知した智恵理が上半身を起こす。
「大丈夫ですよ。痛くも何ともありませんから」
 幼さを残した看護兵が優しく囁き、智恵理の腕に注射を施した。
「なっ……なにを……」
 アッという間に視界がぼやけ、智恵理が寝息を立て始める。

                                 ※

 数分後、意識を失った智恵理の体は、培養液で満たされた水槽の中に浮かんでいた。
 全身にセンサーの付いたコードが取り付けられ、巨大な機器のパイロットランプが点滅を繰り返している。

「見たまえ、このシーター波の振れ幅を」
 博士が興奮したように機器を指差すが、助手の医師たちは水槽の中の智恵理を食い入るように見詰めている。

「えぇ〜い、この左脳が邪魔じゃ。いっそ機能を停止させてしまえば、更にESP波が増幅するものを」
 苛立たしそうに博士が白髪を掻く。
543ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:10:50 ID:cLuMrtHD
 今まで発見した『適応者』のほとんどは左脳に問題をもつ、いわば人格欠陥者であった。
 目の前の被験者は健全な左脳を持ちながら、これまでの誰よりもESP波の出力が高い。
「そんなことをすれば少尉の人格は崩壊し、只の殺戮マシンになっちゃいます」
 看護兵が博士の袖を引っ張る。
「それこそ儂の望む究極のESP戦士の姿じゃ」
 博士の目に狂気の色が宿っている。

「何度失敗すれば……何人、狂器人間を作ったら気が済むの……」
 看護兵は怖気を振るって、視線を智恵理に移した。
「可哀想に……どんな夢を見ているのかしら」
 看護兵が憐れみの表情を浮かべた。

                                 ※

 午後からの課業は通常通りに行われた。
 本日の第3分隊では、新型レイピアのテストが予定されていた。
 M2レイピアは出力がこれまでの2倍と強化されている。
 その上、消費エネルギーは僅か3パーセント増しに押さえられ、非常に有効な兵器に仕上がった。

「さてと、誰に試射してもらおうかな」
 智恵理は背後をチラリと振り返る。
 そこには分隊員たちが、整列というには余りにもほど遠い、だらしない格好で並んでいた。
「スクイズ伍長。試してみて」
 智恵理は、制服の前をだらしなくはだけた金髪女にM2レイピアを差しだし、演習場に置かれた廃戦車を示した。
「冗談でしょ? あたしゃレイピアなんて野蛮なオモチャ使わないんだよ」
 スクイズがケタケタ笑い、ホノルル伍長とハーレー伍長がそれに続いた。
 レッドペッパー伍長は、詰まらなさそうにムスッとしたままである。
544ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:11:40 ID:cLuMrtHD
「分隊長さんよ。アタイらのファイル、ちゃんと読んでねぇのかい?」
「読んでりゃ、お前にそんな命令するかよ。オモチャ渡した途端、バックレちまわぁ」
「そりゃ大変だぁ。明日から質屋回りして探さなきゃ」
 3人が大爆笑する。
「あなたは? レッドペッパー伍長」
 智恵理は3人を無視して、レッドペッパーにM2レイピアを差し向ける。
「他人に命令するんなら、まず自ら範を示すんだね」
 レッドペッパーは眉一つ動かさないで吐き捨てた。

「一本ッ」
「お見事ぉっ」
 分隊員が柔道で覚えた日本語を使い、智恵理を野次った。
 これには智恵理もカッときた。
「そうだね。なんにも知らない赤ちゃんは、ママを見て物事を学ぶんだった」

 途端に白磁器のようなレッドペッパーの顔に赤みが差した。
 智恵理は知らなかった。
 レッドペッパーが誤射による赤ん坊殺しから身を持ち崩し、アルカトラズ送りになったことを。

 レッドペッパーの全身が、その名の通り赤唐辛子の如く真っ赤に染まる。
「ペッパー、やっちまぇ」
 ハーレーの煽りが終わるより先に、鋭い後ろ回し蹴りが飛んできた。
 咄嗟のことであり、智恵理は無防備のままである。

 この時不思議なことが起こった。
 智恵理の脳裏に、銀色をした半円形のラインが浮かんだのである。
 銀色のラインは左側から、自分の頭に向かって伸びてくる。
 智恵理は本能的に身を後ろに反らせてラインを避けた。
545ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:12:30 ID:cLuMrtHD
 次の瞬間、もの凄い風圧が鼻先を掠めた。
 銀のラインは、レッドペッパーの踵の軌道だったのである。

 避けた智恵理も、避けられたレッドペッパーも唖然とした。
「当たってたら、死んでた?」
 その時になって心臓がバクバクと鳴り始める。

 一方のレッドペッパーが受けたショックも、ただごとではなかった。
 彼女のパンデ・トルリョ・チャギをかわした者など、EDFに入って一人もいなかったのだ。
 間合いも動きも完璧であり、一瞬後に吹っ飛ぶ智恵理の姿が脳裏に浮かんだほどであった。
 それを目の前の小娘は瞬きひとつせず、無造作に避けて見せたのである。

「できる……」
 自分の無防備に気付き、レッドペッパーが大きく跳び下がる。
「いいキックだね。勿体ないよ、敵にこそ使わないと」
 智恵理が前に進むと、レッドペッパーは後ずさった。
「伍長は遠慮深いなぁ。いいよ、今からお手本を見せてあげるから」

 智恵理は振り向きざまに飛行ユニットを点火した。
 宙に浮かんだ智恵理がみるみる加速する。
「んっ? なんか調子良い」
 いつにない体の軽さを感じた。
 しかし違和感はなく、むしろ心地よい。

 アッという間に廃戦車に到達した智恵理は、M2レイピアのトリガーを引いた。
 超高温のプラズマが、刃となって戦車に襲いかかる。
 複合構造になったリアクティブアーマーがあっさりと両断される。
「すごいっ」
 愛用のレイピアを凌ぐ凄まじい攻撃力に、智恵理は目を丸くする。
 銃を振るう度に、戦車がバターのように切り裂かれた。
546ペイルウイング物語:2005/12/22(木) 01:13:32 ID:cLuMrtHD
 アッという間に戦車をバラバラにした智恵理が、Uターンして隊員の元に着地する。
 余りにも鮮やかなチャージであった。
「設計よりパワーが出過ぎてるんじゃないかな?」
 盛んに銃を眺め回す智恵理。
 分隊員たちは一言も発することができない。
「兵器廠で見てもらうよ。取り敢えず、今日は解散」
 それだけ言って智恵理は演習場を後にした。

 後に残された分隊員たちは、呆然と立ちつくしていた。
「おっ、おい……アイツなら……」
 スクイズが口を開いた。
「待ちなっ、アイツが司令部の回し者じゃないという保障はないんだ」
 ハーレーがスクイズを制した。
「アタイらを手なずけて、取り込もうってんだろうが。そうは問屋が卸すか」
 ホノルルの顔からも、いつもの陽気さが消えていた。
「絶対に奴らの秘密を暴いて、マイティ少尉の仇を取るんだよ」

「少尉はアタイら厄介者がやっと巡り会えた、信頼出来る隊長だったんだ。原因不明の事故死なんかでうやむやにさせてたまるか」
 スクイズも思い直したように口を固く結ぶ。
「しかし……奴は手強いぞ」
 レッドペッパーが眉をひそめて呟いた。
「なぁ〜に、軍曹が重営倉から出てくるまでの辛抱さね」
 ハーレーが中指を突き上げる。
「コンボイ、コンボイ、コンボイ……」
 4人の唱和がいつまでも続いた。
547名無しさん@ピンキー:2005/12/23(金) 14:02:46 ID:3kSMW+kf
とらんすふぉぉおむ!
548ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:56:05 ID:0pIQGD6t
                                 ※

 兵器廠へ向かった智恵理は、途中で見覚えのある看護兵に出くわした。
「やぁ、先程は。えぇ〜と……」
「ミラージュ上等兵ですわ、少尉」
 看護兵は上目遣いに智恵理をチラリと見て、再び視線を逸らした。
「さっきの検査って、結局なんだったの? よく分からなかったんだけど」
 智恵理は上等兵の目を覗き込みながら尋ねた。
「その後、変わったことありません?」
 上等兵は智恵理の質問には答えず、逆に問い掛けてきた。
 上等兵のつぶらな目に妖しい光が走る。

 その瞬間、智恵理の脳裏に人物のイメージが流入してきた。
「なに?」
 年齢は20歳前であろうか。
 黒髪をポニーテールに結った東洋人だ。
 キリッとした目と眉、真っ白な歯が印象的である。

 イメージは出現と同様、唐突に掻き消えた。
「なんだったの、今の?」

 気が付くと、ミラージュ上等兵が心配そうに見詰めていた。
「いっ、いや。特に変わったことは……」
 智恵理は上等兵を安心させようと、敢えて異常を口にしなかった。
「何か変わったことがあったら、直ぐに教えてくださいね」
 上等兵は何度も振り返りながら、病棟の方へと去っていった。

「どうかしちゃったのかな、あたしの頭?」
 格闘中に変な銀のラインが見えたと思うと、今度は少女の幻影である。

 気が付くと、課業終わりのラッパが物悲しく鳴っていた。
549ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:57:03 ID:0pIQGD6t
《西暦2019年7月4日 アルカトラズ島》

 智恵理が実験小隊に配属されて、早5日が経過した。
 この間、新兵器のテストに明け暮れる、単調な日が続いていた。

 新兵器は続々と製造され、サンダーボゥはタイプ15へと進化し、粒子砲イクシオンは小型ジェネレータを内蔵したMX型が試作された。
 また狙撃銃サンダースナイパーも出力を上げたB型のテストが終了し、先行量産が開始された。

「寧々ちゃん、喜ぶだろうなぁ。無茶しなけりゃいいけど」
 戦友のことを思い、智恵理はちょっぴり不安になる。
 新兵器を試す度、智恵理は人類の進歩を感じ、最終的な勝利と明るい未来を夢見ることができた。

 しかし時にはグロームXなどという、とんでもない兵器も上がってくることもある。
 第1分隊に危うく殺されかけた智恵理は、この任務の危険性を改めて思い知らされた。
 発射された稲妻が、まさか後ろに飛んでくるとは思いもしなかった。

「済まない。ここまで弾道が不安定とは、正直知らなかった。申し訳ない」
 先任である第1分隊長のヴィナス中尉に平身低頭謝られては、智恵理も矛を収めざるを得ない。
 美貌の黒人中尉に睨み付けられ、ロシア人技術者のラスプーチンが項垂れる。

 この分野の研究は日本のお家芸と言え、市場の大半をイズナやサンダーボゥといった日本のメーカーが独占しているのが現状である。
 後を追うのがフランス製のエクレールであり、新規参入のグローム社の実力は未知数であった。

「破壊力を欲張りすぎてるんだよ。出力を押さえれば発射方向が安定するんじゃない?」
 巨漢の技術者が、小娘の助言を真摯な態度で聞いている様子は微笑ましかった。
 技術者に対するアドバイスも、実験小隊の重要な役割なのである。
550ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:57:49 ID:0pIQGD6t
 やがて午前中のトライアルが終了し、昼休みになった。
「今夜は一杯奢るから」
 ヴィナス中尉の申し出を快く受け、智恵理は分隊を率いて隊員食堂へと向かった。

 初日以来、4人の伍長は表面上しおらしく「部下」を演じていた。
 例の「夜の襲撃」も鳴りをひそめている。
 それがかえって不気味ではあったが、智恵理は努めて明るく振る舞っていた。

「少尉。チェリーブロッサム少尉」
 食堂に向かう途中、智恵理はミラージュ上等兵に呼び止められた。
 ミニの白衣が初夏の太陽に映えて眩しい。
 胸のマークが赤十字でなく赤い菱形なのを見ると、イスラエル人なのであろうか。
 サラサラのセミロングが、そよ風に揺れていた。
「前線に行ったら、陸戦兵のアイドル間違い無しだね」
 智恵理は目を細めて看護兵を見詰める。

 その時になって智恵理は、ミラージュと4人の伍長たちの間に、微かな殺気が流れているのを感じた。
「我々は先に行ってます」
 ハーレー伍長が智恵理に断りを入れる。
「うん。直ぐにイクから」

 4人が角を曲がるのを待ってミラージュが口を開いた。
「午後から新しい照準システムの実験があるんです。お付き合い願えませんか?」
 ミラージュがクリクリした目で訴えるように見上げてくる。
「ダメ?」
 智恵理が黙っているとミラージュの目が泣き出しそうになる。
 智恵理の一番苦手な目であった。
「分かった。1時間だけでイイなら、協力するよ」
 智恵理が約束すると、少女看護兵の顔がパッと輝いた。
「じゃあ、30分後に。病棟で待ってますから」
 ミラージュはペコリと一礼して、その場を去っていった。
551ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:58:23 ID:0pIQGD6t
                                 ※

 30分後、智恵理は病棟を訪れていた。
「ここじゃ、病院でも兵器の開発をやってるの?」
 智恵理はミラージュに対し、もっともな疑問をぶつけてみた。
「ええ。生物化学の実験データを、兵器開発にフィードバックさせるのが私たちの仕事なんです」
 ミラージュは奇妙な椅子に向かい、付属機器を操作している。

 智恵理は壁を見回し、そこに何枚もの証書を見つける。
 そして目の前の少女看護兵が、既に3つの大学院を卒業しており、心理物理学の博士号を持っていることを知った。
「お待たせ。それじゃ少尉、裸になって下さい」
 智恵理は「またか」と思いながらも、素直に言うことを聞く。
「下着も?」
「全部です」
 仕方なく、智恵理はパンティから足を抜き、ヘヤバンド代わりの鉢巻きまで外す。
 そして勧められるままに、革張りの椅子に腰掛けた。

「今日はあのガイスト博士は?」
 智恵理は例のマッドサイエンティストの姿が見えないことに気付く。
「博士は関係ないの、これは」
 ミラージュがスイッチを入れると、肘掛けに置いていた智恵理の手首が枷で拘束された。
「ミラージュ上等兵っ?」
 智恵理が驚いて抗議の声を上げる。
「だって、動かれるとデータが採れないもん」
 智恵理の頭部にセンサーを取り付けるミラージュ。
 その目にはガイスト博士と同じ色が宿っていた。
552ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:59:02 ID:0pIQGD6t
「やっぱりダメ。あたし、午後からは忙しいんだった」
 逃げようとした智恵理の腹部と足が、金属製のベルトで拘束される。
「うふふっ、綺麗よ……少尉」
 注射器を持ったミラージュが、不気味にほくそ笑んだ。
 智恵理の前腕に、鋭い痛みが一瞬だけ走った。

                                 ※

 智恵理の前方10メートルの所に巨大なモニターが設置されていた。
 画面には5つのシルエットが浮かんでおり、それぞれ青、赤、黄、緑そして紫の色分けがされていた。
 大きさ形も様々である。

「さあ、任意の目標を定めたら、色、形、大きさを記憶して。出来るだけ早く、出来るだけ詳細に」
 やがて5色のシルエットが目まぐるしく動きだす。
「もうどれがどれだか……分からないよ」
 画面を見ているうち、智恵理は吐き気を催してくる。
「見る必要はないの。目を瞑って、頭で念じてみて頂戴」
 智恵理は固く目を閉じると、頭の中に赤い星形を描いてみる。

「もっと強く。もっと克明に」
 ミラージュが叫び、手元のダイヤルを操作する。
 智恵理の右側頭部と左半身に痺れが走る。
 それと共に、肩口に設置された光線銃の銃身が、目まぐるしく動き始めた。
 計器のインジケータが赤から青に変化する。
 同時にミラージュがトリガーボタンを押した。

 淡いピンク色をした光の帯が発射され、ゆっくりモニターへと伸びた。
 光の帯がモニターに命中したが、何事も起こらない。
「ダメッ。もう一度」
 ミラージュの厳しい檄が飛ぶ。
553ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 07:59:45 ID:0pIQGD6t
「こんなことしたくないのに」
 それでも何故か、智恵理は彼女に逆らえない。
「もっと強く念じて。色形の細部に渡るまで」
 猛烈な嘔吐感をこらえて、智恵理が目を固く閉じる。
 脳髄を掻き回されるような違和感が襲ってくる。
「あなたの大事な人を思い浮かべて。その人をインベーダーから守るのよ」
 智恵理の脳裏に、寧々の泣き顔が浮かんでくる。
 計器の目盛りがMAXを振り切った。

 再び発射された光の帯は、鮮烈なピンク色をしていた。
 途中まで直進した光の帯が、空中で螺旋軌道を描く。
 モニターに命中した途端、画像が停止し、赤色の星形が消え去っていた。
「たったの2回で。うぅっ……素晴らしい……素晴らしいわ……」
 ミラージュ上等兵が呻き声を上げる。
 視線を移すと、智恵理が胃液を吐いて失神していた。
「誰にも渡さないわ……渡してたまるもんですか」
 ミラージュは智恵理に覆い被さると、硬くしこった乳首にむしゃぶりついた。

                                 ※

 気が付くと、智恵理はベッドの中にいた。
「気が付かれました?」
 枕元に立っていたミラージュが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あたし……」
「日射病にやられたみたいです。病棟に入るなり倒れられて……心配しましたわ」
 ミラージュが目をうるうるさせて喜ぶ。
「……ごめん……心配掛けた」
 智恵理は腑に落ちないものを感じながら素直に謝った。

 病棟に入ったところまでは覚えているが、それから先の記憶が一切無い。
「お注射、打っておきましたから。もう大丈夫です。ご無理なさらないで」
 右の前腕に注射の後があった。
554ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:00:32 ID:0pIQGD6t
 窓から西日が差し、もう夕刻であることを告げていた。
「もういかなくちゃ。ヴィナス中尉と約束があるんだ」
 ベッドから降りた智恵理は、ミラージュに手伝って貰い上着を着る。
 ふと、デスクの上の写真に目が止まった。

 腕組みしたポニーテールの少女が、キリッとした表情でこちらを見ている。
 智恵理は何故かデジャブーを感じた。
「誰だっけ?」
 持ち主のミラージュに尋ねてみる。
「マイティ少尉……あなたの前任者です。新兵器のテスト中に事故死した……」
「そう……」
 智恵理はミラージュの表情に只ならぬものを感じて、それ以上の質問を控えた。

                                 ※

 日没直後とあって、士官クラブはまだ閑散としていた。
 智恵理はそこでヴィナス中尉から、2分隊長のハットトリック少尉を紹介された。
 ハットトリック少尉はイタリア系の小柄な女性で、智恵理の1歳年上だと知らされる。
 ヴィナスとトリックはEDF士官学校出身で、1号生と4号生の間柄になるらしい。

 ペイルウイングの大半を占めるのは陸戦兵上がりであり、士官学校卒者は稀であった。
 生粋のペリ子として無菌培養されたペ科練出身者となると、この時期だと更に珍しい。

「日射病で倒れたんだって? だらしないなぁ、チェリーブロッサムは」
 陽気なハットトリックは未成年のくせに、強いテキーラをグイグイ煽る。
「そういうトリックだって、二日酔いでダウンなんてのは二度とごめんだよ」
 ヴィナス中尉はバーボンをストレートでチビチビやっている。
 アルコール未経験の智恵理はオレンジジュースである。
「まぁ、環境が変わって、体調を崩しているんだよ。気にしなくていいさ」
 国籍は違えど、同じペイルウイング同士、一杯やれば昼間のわだかまりも直ぐに消し飛んだ。

「事故死した私の前任者って、どんな人だったの?」
 話が盛り上がってきたところで、智恵理は2人に尋ねてみた。
 途端に、場が凍りついた。
「うん……イイ奴だったよな……」
「あぁ……真のサムライだった」
 まずい質問をしたと、智恵理は後悔した。
555ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:01:07 ID:0pIQGD6t
「ランス系兵器のトライアルでな。コンプレッサが故障し、圧縮プラズマが爆発を起こしたそうだ」
 ヴィナスが顔を歪めて唸るように呟く。
「回収された遺体はバラバラだったらしいぜ。たまんねぇよな」
 トリックもテキーラのボトルを握りしめたまま、硬直している。
 2人とも伝聞口調であり、実際のところは何も知らないようであった。

「そっ、そっか。実験小隊って、やっぱ危険な仕事なんだね」
 智恵理は気まずそうに「あはは」と笑った。
 クラブハウスのドアが乱暴に開かれたのは、智恵理がその場の雰囲気に耐えきれなくなった時であった。

「なんだぁ、スクイズ伍長。ここは下士官風情の来るような所じゃないぞ」
 入り口に立ったスクイズに、トリックの厳しい視線が向けられた。
「これはこれは、2分隊長殿。用件が済めば直ぐにおいとましますよ」
 スクイズが皮肉っぽくやり返す。

「これが士官学校の同期で元少尉だと思うと、我ながら情けない」
 トリックの一言に、智恵理は軽い衝撃を受けた。
 そんなことは、プロフィールにも載っていなかった。

 トリックは皿からジャガイモを取ると、スクイズの足元に転がした。
「ほらっ、ボールが行ったぜ。今度は踏むんじゃないぞ」
 トリックが大笑いし、スクイズの表情がこわばった。
「こいつ、優勝がかかった大事な試合で、スクイズを処理しようとして、ボールを踏みつけて転びやがったんだ」
 トリックが苦しそうに笑い転げる。

「お陰で優勝はおじゃん。以来、それをからかわれると、こいつ頭に血が昇っちゃって……挙げ句の果てが下士官降格だぁ」
「しかも最終的には4階級も……たいしたモンだ」
 ヴィナスとトリックが大爆笑した。
556ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:03:02 ID:0pIQGD6t
 スクイズは真っ青になったが、それでもなんとか理性を保つことに成功した。
「チェリーブロッサム少尉。用事が出来たんで、ちょこっと顔貸して貰えませんかね?」
 丁度、その場を逃げ出したいと思っていた智恵理は、渡りに船とばかりに同意した。

                                 ※

「用事って何なの」
 智恵理は先を歩くスクイズ伍長に問い掛けた。
「黙ってついてくりゃ分かるよ」
 智恵理が連れてこられたのは、下士官専用のバーであった。
 ドアの前にホノルル伍長とレッドペッパー伍長が待っていた。

「少尉に紹介したい人がいるんで」
 スクイズが先に立ち、粗末なドアをくぐった。
「さぁ、さっきからお待ちかねだよ」
 中で待っていたハーレー伍長が、右手をかざして奥のテーブル席を示す。

 筋肉の山がそこにあった。
 充実しきった上体と、充分それに見合った下肢。
 それが機能的に動く度、筋繊維のよじれる音がするようであった。

「レギー・ベレッタ?」
 記憶に残る名前が、智恵理の口から発せられた。
 一週間の重営倉送りになっていた彼女が、本日ようやく現場復帰したのである。

「聞いたかい? この子、私のこと知ってるよ。嬉しいねぇ」
 カーリーヘアの巨体が目を細めて笑う。
 邪気のない、何とも人懐っこい笑顔であった。
 造りはごついが、基本的に美人顔である。
 現役当時、日本で健康飲料のCMに起用されたこともあった。
「あたし、学生の頃、あなたの大ファンだったんだから」
 智恵理は憧れのチャンピオンを目の前にして、立ち眩みしそうになった。
557ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:03:55 ID:0pIQGD6t
「ホノルル、ハーレー」
 名を呼ばれた2人の伍長が身を低くする。
「今日は何とも愉快な日じゃないか」
「へい」
「こんないい日に、人は殺めたくないもんだなぁ」
 コンボイ軍曹ことレギー・ベレッタは智恵理に向き直った。
「てな訳で相談だが、黙ってここから出てってくれやしないかい?」
 コンボイは大ジョッキのビールを一気に飲み干す。
「私たちは、これまで自分らだけで上手くやってきた。そして、これからもそうしたいんだよ」

 空になったジョッキがカウンターに叩き付けられる。
 硬質な打撃音が上がり、智恵理は身をビクッと震わせる。
「あたしが邪魔だってこと? 追い出そうったってそうはいかないわ」
 智恵理は傲然と言い放った。
「あたしは軍律によって定められた、あなた達の正式な上官なのよ」
 そして立ち上がって軍曹を睨み付ける。
「どうあってもかい?」
「あたしが認めても、軍律が許さないわ」
 コンボイがクククッと笑い声を漏らす。

 その上腕に太い筋が浮かび上がり、蛇のようにのたくった。
 次の瞬間、分厚いジョッキが、粉々に握り潰された。
「だったら棺桶に入って出ていくんだね」
 コンボイが椅子を蹴って立ち上がる。
 身長1メートル94、体重105キロの巨体は、まさに筋肉の壁となって智恵理の前に立ちはだかった。

「ひっ……」
 余りの圧迫感に、智恵理は腰を抜かしかけた。
 恐怖心が筋肉を縛り、体の自由が利かなくなる。
 棒立ちになった智恵理に、強烈な右ストレートが襲いかかった。
558ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:04:28 ID:0pIQGD6t
「…………?」
 気がつくと、智恵理は硬い床の上に倒れていた。
 一撃を食らった瞬間、智恵理は失神し、背後の壁まで吹っ飛ばされたのである。
「ヒャハハハッ。一発でおネンネかい?」
 立ち上がろうとしても、指一本動かせない。
 全身の運動神経が麻痺して、機能障害を起こしているのである。
 お漏らししたのか、半パンの股間がグショグショになっていた。

「相変わらず、水っぽい分隊長だぜ」
「軍曹のパンチが、そんなによかったのかい」
 分隊員たちが口々に冷やかす。

 自力で立つ余裕も与えられず、智恵理はベルトを掴まれ、軽々と持ち上げられる。
 天地逆さまに抱え上げられた智恵理の体が、90度の弧を描いて後ろに叩き付けられた。
 テーブルが砕けて、食器が散乱する。
「出ましたブレーンバスター。チャンピオンの必殺技です」
 ホノルル伍長の解説が入る。

 後頭部を強打した智恵理が再度お漏らしし、膀胱の中身が空になる。
「し……死ぬ……殺される……」
 薄れいく意識の中で、智恵理は生命の危険を感じた。
 圧倒的すぎる戦闘能力の差であった。
「まだまだ、試合開始から1分も経っていないよ」
 予想通りの結果に、大喝采の分隊員たち。

 レッドペッパー伍長だけは憮然としていた。
「もう少し出来ると思っていたが……」
 こんな奴に自分のキックがかわされたとは信じたくなかった。

「ほらっ、お客さんを満足させなきゃ」
 ハーレーとスクイズが智恵理を両脇から抱え、むりやり立たせる。
 軍曹の巨体が軽々と宙に舞い、揃えられた爪先が智恵理の胸元に入った。
 余波をかったハーレーとスクイズも、真新しいテーブルに向かって吹っ飛ばされる。
「あぁ〜っと、ドロップキックゥ〜ッ。これは立てないかぁ?」
559ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:05:13 ID:0pIQGD6t
 ハーレーがクッションとなり、智恵理は背中を打たずに済んだ。
 しかし転がった拍子に、右のこめかみの下辺りをテーブルの角で強打してしまった。
 右側頭葉に異常をきたし、智恵理の瞳孔が拡大する。

 その途端、智恵理の意識下に人物のイメージが流入してきた。
 ポニーテールの東洋人の少女が、悲しそうな目で智恵理を見詰めていた。

「マイティ……少尉?……」
 イメージの源は分隊員たちの頭であった。
 暖かくも悲しいイメージであった。
「そう……先輩……あなた、みんなに好かれてたんだね」

 頭上から銀色の光が、筋となって降りてきた。
「あっ、またあの時の……」
 間一髪でそれを避けると、顔面すれすれに巨大な膝頭が落ちてきた。
「むぅっ?」
 分厚いコンクリートに膝を打ちつけ、コンボイ軍曹が呻いた。
 とどめのニードロップが不発に終わったのである。
 左膝頭にヒビが入ったのか、軍曹は大きく顔を歪める。

「タァァァーッ」
 生じた隙を利用して、智恵理が全身に気合いを込める。
 神経回路が活性化され、たちまち運動機能が回復した。
 智恵理は自分の負傷状況を確認しながら、ゆっくりと立ち上がる。

「おっ、おめぇ……不死身かぁっ?」
 ホノルルが怯えたような声で罵り、レッドペッパーがニヤリと微笑んだ。

「ペ科練のシゴキはホントの地獄なんだってね。遠慮は無用のようだ」
 コンボイが大振りのフックを左右から飛ばす。
 智恵理は最小限度のヘッドスリップで全てを避けきる。
 事前に軌道が分かっているので、いとも簡単な動作であった。
560ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:06:02 ID:0pIQGD6t
 空振りした軍曹が大きくバランスを崩す。
 無防備になった後頭部に、樫の丸椅子が叩き付けられた。
「てめぇっ」
 背後でハーレーが非難する。
「これだけウエート差があるんだから。凶器攻撃ぐらい認めてよね」
 智恵理は背後を振り返ったまま、軍曹のパンチを避けてみせる。
 そして体重の乗った左膝頭に、鋭い蹴りを放った。

「ウガァッ」
 今度は耐えきれずに悲鳴を上げるコンボイ。
 コンボイはそれでも倒れず、智恵理の胸ぐらを掴むと強烈な頭突きをかます。
 ガツンという衝撃と共に、智恵理の目から火花が散った。
 智恵理は負けずに、タンクトップ越しに浮き出た乳首に噛み付く。
 ビワの実ほどもある乳首は汗の味がした。

「オワァオォォッ」
 たまらず、コンボイは智恵理を投げ捨てる。
 乳首を押さえるコンボイの頭上に、再び丸椅子攻撃が炸裂した。

 10分後、マスターの知らせを受けた憲兵隊が到着したが、乱闘を続ける2人を制止するのに一個小隊を必要とした。

                                 ※

「アッという間に逆戻りだね。ごめん、軍曹。……今日のあたし、ちょっと変なの」
 重営倉送りとなった智恵理は、隣室のコンボイ軍曹に話し掛けた。
「おかしな奴だ。ケンカにゴメンも糞もあるかよ」
 軍曹の答えに窮したような声が、壁越しに響いてきた。
561ペイルウイング物語:2005/12/24(土) 08:06:59 ID:0pIQGD6t
「あなたも……降格組なの?」
 智恵理は思い切って聞いてみたが、しばらく返答はなかった。

「前大戦じゃ、陸戦隊の小隊長をやってた。ある戦いで敵の奇襲を喰らったウチの中隊は、戦闘開始早々に3分の2の兵力を喪失した」
 軍曹の低い声が響いてきた。

「中隊を再編する間、私の小隊に戦線の維持が命じられた。しかし丸一日経っても援軍は来ず、大事に育て上げた小隊員は1人また1人と倒れていった。やむなく戦線を放棄し、たった3人になった部下を引き連れて撤退した時……」
 コンボイの声が一瞬詰まった。
「中隊長は後方司令部の士官クラブでティータイムの真っ最中だった。『戦闘放棄で処罰する』なんてぬかしやがったから、ぶっ飛ばしてやったよ」
 智恵理が思わず息を飲む。

「お陰で軍刑送りになって、終戦後もそのままさ。命懸けの仕事と引き替えに軍籍は戻ったが、ご覧の通りの降格だ。後悔はしていないよ……ただ、可愛がってた部下のことを思うと……」
 しばらくの間、軍曹のすすり泣く声が聞こえた。

「その後は降格者のお定まりコースさ。どこへ行っても厄介者扱い……マイティ少尉がここに着任されるまではな。あんないい人を、私たちは見殺しに……」
 後はすすり泣きだけが、いつまでも続いていた。

「あのさ……」
 智恵理が口を開いた。
「あのさ……あたし、マイティ少尉じゃないけど……マイティ少尉には、なれないけどさ。きっと、いい分隊長になってみせるよ。約束するよ」
 後は2種類のすすり泣きだけが、いつまでも続いた。
562名無しさん@ピンキー:2005/12/24(土) 23:51:17 ID:T31uO6PN
つ@@@@
563名無しさん@ピンキー:2005/12/26(月) 12:04:40 ID:e9NnlFDU
智恵理「ああっ……空が、空が堕ちてくるぅっ!」
564ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:35:38 ID:opEFqYvD
《西暦2019年7月14日 アルカトラズ島》

 戦地の実戦部隊とは異なり、実験小隊の日曜日は休息日であった。
「日本にいたら、14,15と連休だったのよね。相変わらずタイミング悪いなぁ」
 当直士官として勤務に就いていた智恵理は、朝から暇を持て余していた。
 ジョギングをして新聞を片っ端から読んでしまうと、後は4時間ごとに回ってくる無線当番以外する事がない。
 ジッとしているのが苦手な智恵理にとって、退屈は苦痛であった。

 当番の時間になり、智恵理は漫画雑誌を持って無線室へと向かった。
 無線室に入ると、ハーレー伍長が無線そっちのけでインターネットに興じていた。
 コッソリ後ろから近づくと、新型エアバイクのホームページが開かれていた。
 SDLエアバイクの右前方からのショットがダウンロードされている。
 お馴染みの戦闘バイク、SDL2から武装を取り外した市販車である。

「かぁ〜っこイイよね。やっぱ」
 いきなり背後から声を掛けられ、ハーレーは驚いた。
「アッ、アンタもバイク好きなのかい?」
 智恵理の目の輝きに気付き、ハーレーは不審そうに尋ねた。

 コンボイ軍曹との乱闘の後、分隊員は表面上は大人しくなり、命令にも従うようになった。
 しかし智恵理とは一線を画し、心から打ち解けようという素振りは見せなかった。

「当たり前よ、『バリバリ伝説』はあたしのバイブルなんだから」
 智恵理はオートバイ漫画の古典の名を上げて胸を反らせた。
「あなたも、結構やるんでしょ?」
 智恵理はアクセルグリップをグィグィひねる仕草をしてみせる。
「当たり前よ。疾風のハーレー様って言ったら、この世界じゃちょっとは知られた姐さんよ」
 ハーレーもクククッと笑い、仮想のアクセルを盛んに捻る。
「ホンダでもヤマハでも持って来やがれってんだ。日本のバイクなんかに負けやしねぇぜ」
 ハーレーの体に、久々に熱いモノが流れる。
565ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:37:01 ID:opEFqYvD
「あたし、これに乗ったことあるんだよ」
 画面に視線を戻した智恵理は、自慢げに両手を腰に当ててふんぞり返る。
「えっ?……どこでだ」
 ハーレーの顔が俄にかき曇った。
「倫敦でだよ。無論SDL2の方」

「嘘つきやがれっ」
 たちまちいつもの不機嫌そうに顔に戻ったハーレーが吐き捨てた。
「本当だよ。うちの小隊がダロガと初めて交戦した時……」
 智恵理が説明しようとするのを、ハーレーは手を振って遮った。
「ペイルが戦地のマシン兵器を無断で使用して、只で済む訳がないだろ。あぶねぇ、危うく取り込まれるとこだったぜ」
 ハーレーは憎々しげな表情で智恵理を睨み付けた。

「ウソじゃないんだって」
 智恵理が必死で説明しようとしたが、ハーレーはもう耳も貸さなかった。
「黙ってマシン兵器を使ったペイルが、その後どういう扱いを受けることになるか。その確かな回答は今、アンタの目の前にあるよっ」
 ハーレーは荒々しくドアを閉めて無線室を出ていった。
「なにさ。折角面白い話、教えてあげようと思ったのに」

 ハーレーと入れ替わるように、看護兵のミラージュ上等兵が差し入れを持って入ってくる。
 ミラージュは智恵理より年下で、心理物理学の博士号を持っているにもかかわらず、上等兵の階級に甘んじている謎の美少女である。

「どうかしましたの?」
 後ろを振り返りつつ、ミラージュが心配そうに聞いてくる。
「なんでもないよ」
 智恵理は詰まらなさそうにパソコンの前に腰を下ろすと、ペイルウイング隊の情報サイトを開いてみた。
 そこで見つけたハミングバード隊のページへ飛んでみる。
566ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:37:43 ID:opEFqYvD
「おぉ〜ほっほっほっ」
 両手を腰に当てて高笑いするお嬢こと、雅のフラッシュ動画が出迎える。
「相変わらずだなぁ」
 このサイトのトップページを作るに際して、雅が裏から手を回したことは明白であった。
「この人、根っからのお嬢様のくせに、どこか抜けたところがあってね」
 智恵理は苦笑混じりにミラージュに説明してやる。

 最新ニュースのページを開くと、人事異動が紹介されていた。
「ええっ。綾さん、参謀本部へ転勤したのか」
 智恵理は同期の中でも、最も頭脳優秀だった綾の顔を思い浮かべる。
「ふぅ〜ん、でも適材適所かも。小隊副官にしとくのは勿体ないよね」

「この人、EDF極東総本部の一条長官のお孫さんなんでしょ? いいわよねぇ」
 ミラージュの表情と声に蔑みのエッセンスが混じる。
 綾が祖父の力を借りて、戦場から逃げ出したといわんばかりであった。

「綾さんはそんな人じゃないよ。同期の誰もが認める、頭の切れる人なんだ」
 智恵理が同期生を庇い、声を荒げた。
「ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないの」
 ミラージュは素直に頭を下げて詫びた。
「いいよ。こっちもゴメンね」
 智恵理はミラージュの謝罪を受け入れると、画面に目を戻した。

 ページの片隅にある、隊員検索のコーナーが目に入った。
「こんなの出来たんだ。看護婦さんは『伝説の男』って聞いたことある?」
 ミラージュは瞬間的に表情を曇らせ、その後一笑に付した。
「あんなの、ただの戦場伝説です。窮地に陥った兵士が心の拠り所を求めて、願望と妄想で作り上げた虚像に過ぎませんわ」

 敵の牙を易々と回避する驚異的な反射神経と、グレネードの爆風に巻き込まれても無傷な耐久力。
 考えれば考えるほど、あり得ない話であった。
 智恵理にしても見るまでは、否、見たからこそ余計に信じられない出来事であった。
567ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:38:23 ID:opEFqYvD
 彼のことを検索しようとして、その名前さえ知らないことに気付く智恵理。
「もうよしましょうよ。こんなの覗き見みたいで、よくないわ」
 ミラージュは自分のお気に入りである、美味しいケーキのサイトを紹介しようとする。

「もうちょっと。自分のプロフィールなら覗き見にならないよね」
 智恵理はミラージュを制して全隊員検索のページを開く。
「階級は2ndLt。コードネームイニシャルはC、っと」

 イニシャルCのペイル少尉が次々に表示される。
「カカロット、カラミティ、キャンディでしょ、カストロール、キャバリエ……」
 智恵理は自分のコードネームであるCherry−brossomに向かって、順繰りにカーソルを下ろしていく。
「あれっ?」

 そこには自分のコードネームが記載されていなかった。
 Cheetahの次が、いきなりChestnutになっていたのだ。
「あたしのプロフィールが飛んでるよ」
 智恵理は不審に思った。
「ホントだわ。へんねぇ」
 ミラージュも盛んに首を捻る。

 間違って戦死扱いになっているのではないことは、直ぐに分かった。
 戦死者のコードネームは、赤文字にはなっていたが、ちゃんと混在して表示されているのである。
「少尉は転属してまだ間がないから、きっと更新が間に合っていないのよ」
 ミラージュがもっともなことを口にする。
「綾さんの所を確認すれば直ぐに分かるよ。あの人だって転勤したばかりだから……」
 智恵理がマウスを操る。

「もう止めましょ。こんなの全然面白くないわ」
 ミラージュが手を伸ばし、智恵理のマウスを止めようとする。
「なによっ。せっかく私が遊びに来てるのにぃっ」
 ミラージュの声が悲鳴に近くなり、智恵理が驚いたように手を止めた。
 狭い室内が静まりかえる。
568ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:39:01 ID:opEFqYvD
 その静けさを唐突に破ったのは、EDF本部からの緊急FAXの呼び出し音であった。
 智恵理が吐き出された緊急指令書を手に取る。
「大変だっ」
 指令書を読んだ智恵理の顔から血の気が引く。
「ハワイが敵の攻撃を受けてる」
 ミラージュの顔にも緊張が走った。
「うちにも待機命令が下った。直ぐに非常招集を掛けなきゃ」
 プロフィールのことなど、既に頭から消え去っていた。

                                 ※

 1時間後には完全装備のペイルウイング・アルカトラズ実験小隊の全隊員が、ブリーフィングルームに集まっていた。
「敵はキャリアーUFOを使って、ハワイの各島に巨大甲殻虫を投下している模様です」
 小隊副官のエイプリル准尉が、神経質そうにメガネを掛け直しながら説明する。
 准尉が緊張した時の癖である。

「防衛隊の方はどうなってるの?」
 指揮官のバルキリー大尉が説明を求める。
「ハワイ支部には陸戦隊の1個小隊しか存在しません。現在、各地に投下された巨大甲殻虫に分断されて苦戦中です」

「各個撃破されるのは時間の問題だな。援軍の方はどうなってる?」
 第1分隊長のヴィナス中尉も、褐色の肌に嫌な汗を滲ませている。
「現在西海岸の有力部隊は全部、ニューヨークもしくはパリへ救援出動しています」
 エイプリルのこめかみに血管が浮き出る。
「本土で州兵を掻き集めているところですが。出撃は24時間後になりそうです」
 隊員たちの間にざわめきが生じる。
「おい、ハワイを見捨てるのかよ。本部の連中は」

 ペイルウイングにいい格好をさせたくないという、本部の政治的意図が見え見えだった。
 EDFは、あくまで陸戦隊派が主流なのである。
569ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:39:34 ID:opEFqYvD
「みんな、冷静になってちょうだい。EDF本部からは、待機命令が出ています」
 大尉が皆を落ち着かせようと声を掛ける。
「これから小隊は第3種戦闘配備に入ります。出撃命令に備えて、隊員の半分は戦闘準備のまま待機、残りの半分は通常の業務に戻ってちょうだい」

                                 ※

 智恵理はヴィナス中尉、ハットトリック少尉と共に、待機組の割り振りを決めた後、宿舎に向かった。
 第3分隊はこれから2時間、待機に入ることに決まった。

「ハワイの人、大丈夫かなぁ」
 ハワイは高校の修学旅行先で、智恵理にとって思い出の場所であった。
 今現在、ハワイから最も近い所にいる正規軍は彼女たちなのである。
 それなのに何もしてやれない自分がもどかしかった。

「やめろって。落ち着け」
「放してぇっ」
 何やら言い争う声が聞こえてきたのは、ヘリコプター格納庫の方であった。

「何してるの? 3分隊はこれから2時間の待機だよ」
 智恵理は取っ組み合いをしているホノルル伍長とスクイズ伍長に声を掛けた。
「放してっ。行かせて」
 ハーレー伍長も手を貸し、暴れるホノルルを取り押さえる。

「ハワイが、あたしの故郷が滅茶苦茶にされちゃうんだよぉ」
 押さえつけられたホノルルが絶叫する。
「だからってお前一人が行ったってどうにもなるめぇ」
 ハーレーが諭すように言う。
 しかし錯乱しかかったホノルルには効果がなかった。
570ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:40:36 ID:opEFqYvD
「ハワイのことは吹っ切れたと思っていたが……」
 レッドペッパー伍長がボソリと呟いた。
「本当に吹っ切れたんなら、ホノルルなんてコードネーム付いてるわけないだろ」
 コンボイ軍曹が反論する。
 サッパリ訳も分からず智恵理がポツンと立っていると、コンボイ軍曹が説明してくれた。

 ホノルルが将来を嘱望されたマラソン選手だったこと。
 地元の期待を一身に背負って走ったホノルル国際マラソンのこと。
 そして体調不良を押して出場した彼女が、途中棄権を余儀なくされたこと。

 コンボイ軍曹は言葉を選びながら訥々と語った。
「それ以来、地元の花形が、一転、地元の恥晒しで。その後、本土に出てきたものの、なまじ有名人だったばっかりに、どこへ行っても『あのお漏らしの……』でさ」
 コンボイが憐れみの目でホノルルを見下ろす。
「こいつそれでも故郷のことを恨まずに……例え一人ででも助けに行こうって……」
 ハーレーが言葉を詰まらせ、鼻を鳴らした。

「一人で行っても何にもできないよ……だから、みんなで行こう」
 沈黙を破って智恵理が言った。
「どうやって? 命令は第3種戦闘配備なんだぞ」
 スクイズが八つ当たり気味に食って掛かる。
 智恵理とて、隊員の命令違反を監視する立場にある指揮官の端くれである。

「考えるのよ。みんなで知恵を絞るの」
 格納庫に沈黙が流れる。
 時間だけが過ぎていった。
571ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:41:13 ID:opEFqYvD
「もういいよ……ゴメン。自分の勝手でみんなを巻き込むとこだった……」
 冷静さを取り戻したホノルルが、力無く頭を下げる。

「バカッ、あなたの故郷の友人が苦しんでるのよ。簡単に諦めないでっ」
 いきなり智恵理が怒鳴り声を上げた。
 分隊長が初めて見せる怒気に、隊員たちは驚いた。

「で……でもさぁ……」
 これ以上の命令違反は、軍籍の剥奪につながる。
「なんとかしなきゃ。なんとか……」

 硬い足音を立てて、熊のような大男が格納庫に現れたのは、丁度そんな時であった。
 例のグローム社のロシア人技術者、ラスプーチンである。
 なぜかミラージュ上等兵が随伴している。

「グロームXの改造型を作ったらしいんですけど。みんな怖がって、試射もしてくれないって……今日の定期便で、一旦本国へ帰るらしいですわ」
 ロシア人技術者を見送るため、付き添ってきたミラージュ上等兵が説明した。

「少尉にお礼を言っています」
 ミラージュが通訳してみせる。
「そう、しっかり頑張りなよって言っといて」
 今はそんなことに構っている暇はなかった。

「試験データだけでも採ってあげたらよかったのに。ロシアはEDFの議長国の一つだし、今後何かと便宜を図ってもらうには、グローム社は窓口としてうってつけなんですけどね」
 そう言ってミラージュはウインクした。
572ペイルウイング物語:2005/12/27(火) 20:43:10 ID:opEFqYvD
「そうか、その手があったか」
 智恵理はミラージュの意図に気付いて手を打った。
「プーさん、定期便を待たせといて。データなら、とびっきりレアなやつを採ってあげるから」
 智恵理は、驚く熊男の手を取ると、激しく上下に揺すった。

《同日 ハワイ オアフ島上空》

 それから僅か4時間後、アルカトラズ実験小隊は、定期便VTOLの機上にいた。
「なんでロシアが……やっぱりハワイが好きなのかしら?」
 バルキリー大尉は、訳が分からず首を捻る。
 EDF議長国のロシアが、なぜハワイ防衛に全力を期すよう圧力を掛けてきたのか。
 それは大尉の理解を超えていた。

 なんにせよ、最も近くにいる部隊である彼女らに、緊急出撃命令が下されたのである。
 ちょうど基地を訪れていた、定期便のVTOL機も簡単に徴発できた。
 VTOL機は輸送機だが、それでも輸送ヘリより10倍以上の速度が出る。

「じれってぇなぁ。このポンコツはぁっ」
「こらぁっ、早く着きやがれ」
「マッハ1000出せっ。今すぐ出せっ」
 見るからに柄の悪いペリ子に睨まれて、機付けの老整備士が縮こまった。

「静かにしてて。もうすぐだから」
 老整備士は、声の主に見覚えがあった。
「あの鉢巻きのお嬢ちゃん……」

 鉢巻きの少尉が睨みを利かすと、不良ペリ子も大人しくなる。
 化け物じみた巨体のペリ子も静かに目を閉じた。
「あわわ、やっぱりエースの貫禄じゃ……あの時、逆らわなんでよかったわい」
 老整備士は心の中で、ホッと溜息をついた。
573名無しさん@ピンキー:2005/12/27(火) 21:52:54 ID:HWGl+oKH
574名無しさん@ピンキー:2005/12/28(水) 00:24:33 ID:KJz9kRWX
なんかエリアル思い出すよ。
575名無しさん@ピンキー:2005/12/30(金) 02:55:57 ID:OBAAI1Xm
>>573
実は>>368でその作者自ら晒してくれてた
576ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:38:10 ID:m0r/7+7V
                                 ※

「新型はリミッターで最大出力を絞り、DMを360まで落としているそうです」
 通訳として機に乗り込んだミラージュが、グロームSSの性能を智恵理に説明する。
「グロームXにリミッターを付けただけなの?」
 智恵理は新品の電撃銃を受け取り、各部をチェックした。

 銃把にリミッターのスイッチがあった。
 これをオフにするだけで、あの悪名高いグロームXに先祖帰りするのである。
「精度はZ判定からBへと大幅に向上、チャージ時間も10秒から8秒へと短縮されました」

 ラスプーチンが大げさなジェスチャーで智恵理の手を握る。
「氏は大変感謝しています。グロームSSが制式採用されたら、ぜひ少尉を妻に迎えたいとも言っています」
 ミラージュがクスクスと笑いながら通訳する。
「そんなの困るよ。いきなりプロポーズされたって」
 智恵理は真っ赤になって突っぱねた。

 そうしているうちに、VTOL機は降下ポイントに到着した。
「敵は現在、マウイ島、ラナイ島、モロカイ島の3ヶ所に分散しているわ。これをマウイから順に時計回りに叩きます」
 小隊長であるバルキリー大尉は、小隊員を眺め回して基本戦術を伝達する。

「敵の規模は?」
 第1分隊長ヴィナス中尉が質問する。
「いずれの群団も巨大甲殻虫で構成されています。その数、30から50程度。それぞれが2、3の小群に分かれて活動中の模様です」
 小隊副官のエイプリル准尉がデータを読み上げる。
577ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:38:50 ID:m0r/7+7V
「その程度の敵なら、分隊単位で対処できるんじゃないかな」
 ヴィナス中尉が意見具申する。
「各個撃破するよりも効率がいいね。それだけ島の被害も押さえられるし」
 第2分隊長のハットトリック少尉も、中尉の意見に賛成である。

「チェリーブロッサム少尉の意見は?」
 バルキリー大尉は智恵理にも発言を求める。
「現状ではそれでイケるかと。ただし、敵の増援を計算に入れておかないと」
 智恵理はペ科練での戦術総論の授業を思い出して言った。

「敵キャリアーの現在位置は?」
 バルキリー大尉がエイプリル准尉を振り返る。
「現在、レーダー策敵圏内には反応ありません」
 准尉はアクティブレーダーを確認して答えた。

 バルキリー大尉はしばしの間思案する。
 智恵理の意見も、もっともであった。
 下手をすると、敵の増援に囲まれて、分隊ごとに各個撃破されるおそれがある。

「キャリアーはもう撤退したんだろ。しょせんアリンコなんか使い捨て。収容する必要もないからね」
 ハットトリック少尉が智恵理の意見を一笑に付す。
「そうね、そう考えるのが自然かも。それじゃ、出来るだけ速やかに担当方面の敵を掃討して頂戴。万一、敵の増援があった場合は、手すきになった分隊からカバーに回ること」
 指揮官の裁定が下され、戦術が確定した。

 担当方面が割り振られ、第1分隊はマウイ島、第2分隊はラナイ島、そして智恵理たち第3分隊はモロカイ島を受け持つことになった。
578ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:39:54 ID:m0r/7+7V
 まずマウイ島上空、高度1000で第1分隊が降下する。
「ご武運を」
 エイプリル准尉の敬礼に見送られ、ヴィナス中尉以下の6名が宙に舞った。
 高空からの偵察で、中尉は東へと移動中の敵集団を発見する。
 中尉は分隊に指示を出し、攻撃に有利なポイントへと降下していく。

 VTOL機は第1分隊に被さるように高度を落としていき、周囲に目を光らせる。
 降下に専念する彼女たちを、安全高度まで支援するのである。

 再び高度を上げたVTOL機が、今度はラナイ島上空へと向かう。
「まどろっこしいなぁ」
 ホノルル伍長が時計とにらめっこをする。
「ウチらの担当方面は2分隊の担当と、それほど離れちゃいねぇよ」
 ホノルルのことを気遣い、ハーレー伍長が慰めの言葉を掛ける。

「いっそのこと、2分隊と同時に降下すりゃいいじゃんか。距離は少々あるけど、辿り着けないこともないだろ」
 スクイズ伍長が智恵理に提案する。
 ラナイ上空で第2分隊を降下させ、支援を行った後でモロカイに向かうとしたら、まだかなりの時間待たされることになる。

「軍曹はどう思う?」
 智恵理は経験豊富なコンボイ軍曹に助言を求める。
「そういうのは基本戦術の想定にはありませんが……」
 軍曹は言外に不賛同の意を表す。

 そうしている間にも、第2分隊の降下地点が近づいてくる。
「よぉ〜し、やろうよ。とりあえず海岸線まで辿り着ければいいんだ」
 決断を下した智恵理は、バルキリー大尉の許可を貰うため士官室へと向かった。
579ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:40:32 ID:m0r/7+7V
 ラナイ島上空、高度1000に差し掛かったVTOL機が、ガクンと速度を落とす。
「続けぇっ。ヒャ〜ッホォォォ〜ッ」
 奇怪な叫び声と共にハットトリック少尉が宙に飛び出し、5名の分隊員が続く。

「速度そのまま、降下支援態勢に入る。高度下げぇ〜」
 機長がスロットルを絞りながら、操縦桿をゆっくりと前に倒した。
 VTOL機が徐々に高度を下げていく。
 機体側面に設置された機関銃座が、周囲を隈無く見張る。

 降下していくトリックが銃座に気付きウインクする。
 そして腰を淫らにくねらせて卑猥なジェスチャーを見せる。
 銃座に座った若い兵士が顔を真っ赤にさせて俯いた。

「それじゃ、あたしたちもイクよっ」
 智恵理は胴体ハッチの床面を思い切り蹴り、虚空へと飛び出した。

 途端にもの凄い風圧が体に掛かり、風切り音だけが聴覚を支配する。
 スカート状になった制服の裾が突風に煽られ、バタバタと大暴れする。
 ジェット後流の影響を受けない位置まで自由落下した後、背中の飛行ユニットを点火する。
 軽い失調感がしばらく続き、やがて浮遊感がそれに取って代わった。
 鮮やかな虹色の航跡を描き、智恵理の体が上昇に転じる。

 振り返って背後を見ると、5名の分隊員がユニットを噴かし始めたところであった。
 智恵理は体を立てて風圧ブレーキを掛け、部下の集結を待つ。
 そして全員揃ったところで一斉にユニットを全開にし、斜め上方へと加速した。

 智恵理はバーチャルスクリーンの右端に描かれたエネルギーゲージを確認する。
 エネルギーが消費されるに従い、ゲージがグングン下がっていく。
 適度なところでユニットをオフにし、斜め下方へと緩降下する。

 ユニットを切るとエネルギー充填が開始し、ゲージが上がり始めた。
 ゲージが充分回復すると再び加速、高度を取りながら前進する。
 ユニットのオン、オフを断続的に繰り返すことで、定量のエネルギーゲインで遠距離飛行が可能になるのだ。
580ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:41:30 ID:m0r/7+7V
 ほどなくモロカイ島の海岸線が見えてきた。
「無事に着けそうだね」
 距離計を確認した智恵理は、目を瞑ってホッと溜息をつく。

 だが目を見開いた途端、弛緩していた顔が一気に強張った。
 エメラルドグリーンの海面を割って、インベーダーのキャリアーが出現したのである。
 低速のキャリアーは潜水行動による隠密輸送を行っていたのである。

 キャリアーは底部のハッチを開放し、巨大甲殻虫の群れをボトボトと投下した。
 見たこともない真っ赤な巨大アリが、次々と海面に着水していく。
「新種?」
 智恵理にはその体の赤が、血の色に感じられた。

「軍曹ぉっ、みんなを率いて海岸に急いで」
 智恵理がマイクに叫んだ。
「アンタはどうすんだい?」
 耳元のレシーバーにコンボイ軍曹の返答が入る。
「このまま進めば、みんなガス欠のところをキャリアーに狙われる。あたしがキャリアーを片付けるから、軍曹たちは奴らを迎え撃って」
 智恵理は海面を泳いでいる赤アリを指差すと、身を翻してキャリアーへ向かった。

 インベーダーの戦術は、彼女たちを空と陸から同時に攻める立体戦法であった。
 しかし、智恵理の思い切った反転が、敵の構想を根底から瓦解させた。
 壮烈なドッグファイトに入る。

「こっちの方が、身が軽いんだからぁーっ」
 強烈なGに耐えつつ、智恵理がキャリアーの旋回軌道の内側へと侵入していく。

 まだ大戦初頭に当たるこの時期、ペイルウイングはスピード、運動性能ともに、敵のあらゆる飛行兵器を凌駕していた。
 インベーダー側に、ペイルウイングとまともに戦える航空ユニットなど存在しない。
581ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:42:17 ID:m0r/7+7V
 ウイング左右のプラズマ出力を微妙に違え、更に小回りを利かせると、キャリアーが目の前に迫ってきた。
「よぉ〜し」
 智恵理はグロームSSを構えると、キャリアーのど真ん中に照準を合わせる。
 引き金を引こうとした瞬間、キャリアーは急上昇に移った。

「逃がさないっ」
 重量の軽いペイルウイングは、上昇力でも敵を遙かに凌ぐ。
 再び照準器がキャリアを捉えるが、その時にはエネルギーゲージが残り少なくなっていた。
 アラームが鳴り響き、ゲージが危険域に入ったことを知らせる。

 キャリアーは明らかに智恵理のエネルギー切れを誘っている。
 敵の意図を察した智恵理は素早く間合いを詰め、一気にトリガーを引き絞った。
 目のくらむような稲妻が走り、キャリアーのジェネレーターから黒煙が上がった。
 更にもう一発。
 今度はジェネレーター本体が吹き飛んだ。

「やった」
 智恵理が勝利を確信するのとほぼ同時に、アラームの調子がけたたましく変化した。
 プラズマユニットの備蓄エネルギーが完全に尽きたのである。

 ラジェーターが開放され、緊急チャージモードに入った。
 甲高い作動音がパタリと止み、失速した智恵理の体が自由落下していく。
 智恵理は翼の角度を制御して、緩降下に移った。
 これで地上への激突死は免れる。
 しかし海水に浸かれば、プラズマユニットは作動停止に陥ってしまう。
 そうなれば戦力としては、もう死んだも同然なのである。

 海上までの僅かな時間で、エネルギーが回復する保障はない。
 ただ緊急チャージに入れば、通常時の充填より遥かに回復率が高い。
 グロームSSを敢えて2連射したのは、わざとガス欠にさせる、一か八かの賭であった。
582ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:42:56 ID:m0r/7+7V
「早く、早く……」
 緩降下を続けながら、智恵理は海岸線を眺め見る。
 海岸線は遥か彼方へ遠ざかり、分隊員の姿は確認できなかった。
「かなりの赤アリが海岸線に向かっていたけど、みんな大丈夫かなぁ」
 いよいよ海面が近くなり、智恵理は焦ってゲージを見詰める。

「まっ、間に合わないっ?」
 智恵理は目を瞑って衝撃に備える。
 その時、カシャンと金属音を立て、ラジェーターが再閉塞された。
 プラズマユニットが回復し、全ての機能が再起動を果たす。
 信じられない反射神経で、智恵理が飛行ユニットを点火した。

「上がれぇぇぇ〜っ」
 しかし、奇跡もそこまでだった。
 智恵理の体が上昇に転ずる寸前、彼女の体は見事に海中に没していた。

                                 ※

 赤アリの大群が海上を突き進む様子は、さながら赤い波のようであった。
 赤波は大きくうねりながら、モロカイ島の波打ち際へと押し寄せてくる。

「左右に大きく展開しろ。水際でくい止めるんだ」
 コンボイ軍曹が右手を大きく左右に振る。
「ホノルルッ。おめぇは崖の上から援護しろ」
 ホノルル伍長がサンダースナイパーBを片手に、崖の上へと飛び上がる。
「距離1500まで引きつけろ」
 軍曹がてきぱきと指示を出し、素早く防御ラインを構築した。

「よぉ〜し。撃ち方……始めぇっ」
 号令を合図に、5門の火器が戦端を開いた。
 プラズマランチャーの遠距離射撃が赤アリの中央で炸裂する。
 一旦は吹き飛ばされた赤アリだったが、致命傷を受けた訳ではなく、直ぐに立ち直って泳ぎ始める。
583ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:43:41 ID:m0r/7+7V
「チィッ」
 軍曹が舌打ちし、サンダーボゥ15に持ち替える。
 その頃には先頭集団の約20匹は、海岸線の手前に浮かんでいる小島にまで到達していた。

 射程距離に入ると同時に発砲を開始する。
 一撃15本の稲妻の束を連続に浴びせられ、さしもの赤アリもダウンする。
 目の前の波打ち際は、死骸の山で埋め尽くされた。

「ただの色違いじゃねぇぞ。黒アリに比べて、タフさが段違いだ」
 コンボイ軍曹はバイザーを上げ、額の汗を拭って一息つく。
 そうしている間にも、次の集団15匹ほどが小島に迫っていた。
「撃てっ、撃てぇっ」
 もの凄い火線が飛び交い、血も凍るような悲鳴が轟く。
 約半数を倒したところで、次の集団10匹が前線に追いついた。

「一旦下がるぞ」
 4人が揃って崖の上へと飛び上がり、ホノルルのBスナイパーが援護する。

 赤アリの集団は、飛ぶような早さで崖をよじ登ってくる。
 余りの早さに、軍曹たちはポジションの優位を活かせない。
 崖下を覗き込むようにして撃つことになるので、命中率は非常に悪くなった。

「後退しつつ迎撃。一塊りになって離れるな」
 大きくバックステップしつつ、着地とともに撃ちまくる。
 敵が至近に迫ると、再び大きく飛び下がる。

                                 ※

 約20分後、コンボイ軍曹以下の5名は、全ての赤アリを死骸に変えていた。
「ふぅぅぅ〜っ。流石に疲れたな」
「ちくしょうめ。ビールが欲しいや」
 一騎当千の猛者たちも、疲労感を覚えてグッタリとなる。
 文字通り、息つく暇もない激戦であった。
584ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:44:36 ID:m0r/7+7V
「チェリーブロッサム少尉はどうした」
 軍曹に言われて、後の4人はようやく分隊長のことを思い出す。
 周囲を見回しても、少尉もキャリアーの姿も見えなかった。
「まさか、拉致られたんじゃねぇだろうな」

 インベーダーによるペイルウイング拉致事件は、これまでにも数件が確認されている。
 敵は牽引ビームでペリ子の自由を奪い、UFO内に引きずり込むのである。

 敵に連れ去られたペリ子が、どういう運命を辿るのか……。
 生還した者がいない今、真実は誰にも分からない。

 洗脳によりインベーダーの手先にされる説、ウイルス兵器の実験台にされる説など、噂は多岐に渡っていた。
 ユニークなものになると、地球環境に適応したハーフを作り出すため、母胎としてペイル隊員を狙っているという説もある。

 散々慰み物にされた後、戦意高揚のため公開処刑されるという噂は、主として陸戦兵の間でまことしやかに流れていた。
 拉致されるのはペリ子だけだというのが、その噂の頼りない根拠である。

 噂には「美人だけは皇帝の妾として後宮に送られる」という続きがある。
 「それを聞いて、ほとんど全部のペリ子が安堵した」という嘘くさい後日談までが付いていた。
 『皇帝の側室』は『伝説の男』と並ぶ、最も有名な戦場伝説である。
 それには陸戦隊のペイルウイング隊に対する憧れ、欲望、侮蔑、嫉妬など、複雑な感情が織り込まれていた。

「生体レーダーで探って見ろ」
 スクイズがバーチャルスクリーンを開く。
 眼前に巨大なディスプレイが出現し、周囲の状況を明らかにした。
585ペイルウイング物語:2005/12/31(土) 00:45:53 ID:m0r/7+7V
「ゲッ……軍曹っ。こりゃ少尉どころじゃありません」
 北東の丘の向こう側に、敵を示す赤い光点が溢れかえっていた。
 今叩いたのは敵の増援部隊であり、主力との交戦はこれからが本番であった。
 光点は真っ直ぐ彼女たちの方へ向かってくる。
 やがて出現した赤い津波は、北東の丘を飲み込んでいった。
586名無しさん@ピンキー:2005/12/31(土) 00:53:08 ID:7TlAZQtt
>585
つ@@@@
587名無しさん@ピンキー:2006/01/08(日) 01:40:58 ID:ZweTgrYp
wktkhosyu
588ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 19:59:25 ID:PF4qNmh9

                                 ※

「うえっぷ……最悪ぅ」
 何度目かの大波を被り、智恵理は口から潮水を吹き上げた。
 水に浸かったプラズマユニットはシャットダウンし、飛行はおろか武器の使用も不可能になった。

 とにかく、今の智恵理は陸地に上がらねば戦力にならない。
 頼みのプラズマユニットも、こうなればただの重荷であった。
「鬼教官に感謝しなくっちゃ」
 ペ科練のリュック遠泳の授業が懐かしく思い出される。
 このままで半日やそこらの遠泳は経験済みであった。

 タップリ1時間も泳ぐと、ようやく海岸線手前の小島に辿り着いた。
 そこからビーチまでは浅瀬になっており、赤アリの死骸が累々と続いている。
 分隊員たちは移動したのか、交戦している様子はなかった。

 ヘルメットを外すと、海水が滝のように流れ落ちた。
 額当て代わりの鉢巻きを解いて顔を拭う。
「酷い目にあったな」
 智恵理が制服の裾を絞って水気を取っていると、プラズマユニットが再起動した。

「チェリーブロッサムから分隊各員へ」
 さっそく部下との交信を試みる。
「……ッサム……挟撃を受け……負傷……現在地は……峡谷……」
 雑音混じりに返答が入った。
「誰っ? よく分からないっ。現在地、再度知らせ」
 海水に漬かったためか、ラジオの感度が悪い。
 しまいには雑音すら途切れてしまった。
589ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:00:32 ID:PF4qNmh9
「どうしよう。負傷って言ってたようだけど、誰か怪我したのかな」
 嫌な予感が脳裏を掠める。
「峡谷って言ってたっけ」
 智恵理はバーチャルスクリーンを展開し、マップを検索する。
「あった、ハラワ峡谷」
 海岸からほど近い地点に峡谷がある。
 智恵理は飛行ユニットを使い、そちらへ向かってみることにした。

 地上には夥しい数の死骸が転がっていた。
 流石は各隊からエースを引き抜き、特設された小隊だけのことはある。
 部下の戦果を確認していると、前方に信号弾が上がった。
「あそこ」
 パイナップル畑の一角に、手を振るペイルウイングが確認出来た。

                                 ※

「もの凄い数のアリンコだった。あんな波状攻撃は見たことない」
 体育座りしたハーレー伍長が、首をすくめて震え上がった。
「丘の上で挟み撃ちを喰らった。逃げながら撃ちまくったが、遂に追いつめられてこのざまだ」
 レッドペッパー伍長が自嘲気味に笑った。
 負傷したホノルル伍長とスクイズ伍長は、声も出さずに悔し泣きしていた。

「軍曹は? コンボイ軍曹はどうしたの」
 軍曹の巨体が見えない。
「分からない。峡谷の手前までは一緒だったが、その後囮になって一人で峡谷へ……おそらく今頃は」
 ハーレーが膝の間に顔を埋めた。
590ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:02:36 ID:PF4qNmh9
「間もなく脱出用のヘリが来る。生存者はそれに乗れって命令だ」
 ペッパーの目からも、涙が一筋流れ落ちた。

                                 ※

 ヘリのローター音がやかましかった。
 毛布にくるまったハーレー伍長は、忌々しそうに耳を塞いだ。
 そして同じく毛布にくるまり、震えている3人の仲間を見た。
 機内に彼女らの分隊長の姿はなかった。

「バカだな……」
 ペッパーが無表情のまま呟いた。
「まずバカだろうよ。あの群団に一人で立ち向かうなんて、まともな人間の考えることじゃねぇ」
 スクイズがゆっくり相槌を打った。

「バカなんかじゃないよ」
 ホノルルがピシャリと否定した。

「あいつ……アタイらの仲間の仇を討ちに行ったんだよ。バカなんかじゃない」
 ホノルルは激しく首を振る。
 ペッパーとスクイズは黙って項垂れた。

「もしあいつが生きて還ってきたら……アタイ……今度こそ……」
 最後は涙声になり、聞き取れなかった。
 先任伍長のハーレーは、仲間に顔を見られまいと、そっぽを向いていた。

                                 ※

 ハラワ峡谷に降りた智恵理を赤アリの大群が出迎えた。
「さぁ、最初に死にたい奴は誰なの。新米少尉だと思って甘く見てると酷い目にあうよ」
 智恵理はグロームSSを構えて恫喝した。
 勿論脅し文句が通用するはずもなく、赤アリは一斉に牙を剥いて掛かってきた。
591ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:03:46 ID:PF4qNmh9
 グロームSSが稲妻を放ち、戦闘の赤アリが断末魔の叫びを上げる。
 赤アリの体表で反射した稲妻は、周囲のアリたちを巻き込みながら、射程距離一杯まで伸びた。

「すごぉ〜い。プーさん、これすごいよ」
 僅かな期間でこれだけの物に仕上げたロシアの技術に、智恵理は素直に感銘を受ける。
 しかし赤アリは仲間の死骸を乗り越え、次から次に襲いかかってくる。
 飛行ユニットで一旦距離を取り、着地と共に射撃を再開する。

 赤アリの耐久力は黒アリよりも高いらしく、少々の攻撃を喰らっても死には至らない。
 僅かだが運動性も高いように感じるのは、自分が焦っているからであろうか。
 マップで戦場全体を確認しながら戦うゆとりはない。
 目の前の敵を叩くので精一杯であった。
 それでもバイザーの右上隅に常時投影されている、小レーダーは嫌でも目に入る。

 敵の第一派も残り僅かになってきた時、上流の西側から多数の赤点が迫ってくるのを認めた。
「別の一団が……もっ、もう来たの?」
 レーダーに気を取られ、智恵理に一瞬の隙が生じる。
 気付いた時には赤アリの大アゴが至近に迫っていた。

 横合いから束になった稲妻が伸びる。
 智恵理を狙った赤アリが吹き飛ばされ、逆さまになって足をピクつかせた。
「軍曹ぉっ」
 岩壁の窪みに、サンダーボゥ15を構えたコンボイ軍曹がいた。
「見てたぜ。やるじゃないか」

 智恵理は飛行ユニットを噴かせて、軍曹に飛び付いた。
「バカッ。人に抱きつくのに、ユニット使う奴があるかよっ」
 ヘルメットの一撃を食らって、軍曹の鼻から鮮血が滴る。
「来てくれたんだな」
 軍曹が照れ臭そうに、鼻を啜った。
592ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:05:03 ID:PF4qNmh9
 窪みの入り口は狭く、赤アリのアゴも入れない安全地帯であった。
 ただし奥行きも狭く、軍曹一人が入るともう一杯である。
「悪いが、一人で逃げてくれ。膝をやっちまって動けそうにない」
 軍曹が顔をしかめて、左膝をさする。
「その膝、もしかしてあたしが……ごめん」
 智恵理が項垂れ、軍曹の膝に手を添える。

「だから痛いって……気にするな。それより早いとこ、救援を呼んできてくれ」
 あの軍曹が耐えきれない程なのだから、痛みは相当のものなのであろう。
「ダメッ。こんな岩肌、奴らの牙に掛かれば直ぐに壊されちゃうよ。味方が来るまで、あたしがここを守る」
 智恵理がグロームSSを構えて振り返る。
 対岸の崖の上から、赤アリの大群が滑り落ちてきた。

                                 ※

「ここ、消毒して。それから止血剤」
 マウイ島の海岸に張られた司令部のテントは、野戦病院さながらであった。
 ミラージュが地元の看護学生を指揮して応急処置に当たっている。
 処置の済んだ負傷者は、必要に応じてオアフ島の病院にヘリ輸送される。
 ピストン輸送の病院ヘリが、ひっきりなしに飛びかっていた。
 1、2分隊そして現地の陸戦小隊の活躍で、マウイとラナイの敵はほぼ一掃された。
 負傷者が後送され、残りの隊員が最後の掃討戦に入ったところである。

「こいつも頼む」
 ハーレー伍長がホノルル伍長を担いでテントに入ってきた。
「見せて」
 日頃のいがみ合いは忘れ、ミラージュは空きベッドを指差す。
593ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:05:49 ID:PF4qNmh9
 肩口が刃物で切り裂かれたように、パックリと割れていた。
「畜生ぉ〜っ。2017年度ミス・ハワイの肌が台無しじゃんかぁ」
 ホノルルが悔しそうに赤アリを罵る。
「そんな冗談が言えるようなら、脳みそ以外は問題ないみたいね」
 ミラージュはニコリともせず、傷口にアルコールをぶちまけた。
 ホノルルが派手な悲鳴を上げ、陸戦兵たちが一斉に振り向く。

「ところで、あなた達の隊長は? 無事なの?」
 ミラージュは智恵理の姿が見えないことに気付く。
「いっ、いや、小娘は……少尉は一人でモロカイに残られた。軍曹の仇を討つと言って……」
 ハーレー伍長が苦しそうに説明した。

「なんですってぇっ」
 ミラージュの手からアルコールのビンが転がり落ちた。
 代わりにハーレーの襟首を掴む。
「あなたたち、自分の隊長を見捨ててきたのっ? まだ生きている仲間を地獄に置き去りにしてきたのぉっ?」
 真実を突かれて、ハーレーが言葉に詰まった。

「仕方なかったんだよ。現場にいもしなかったお前に、いったい何が分かるってんだ」
 ハーレーが突き飛ばすと、小柄なミラージュは簡単に吹っ飛ぶ。
 パンティが丸見えになり、陸戦兵たちからどよめきが生じた。
「あなたたちはいつだってそう。あの時だって……また自分たちの分隊長を見殺しにするのねっ」
 ミラージュは医療バッグを持って立ち上がると、振り向きもせずにヘリポートに向かった。
 そして発進待ちの病院ヘリに近づき、コクピットのドアを開く。
594ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:07:07 ID:PF4qNmh9
「そこ、どいてちょうだい」
 巨漢の現地人パイロットが何事かといぶかしがる。
「この機は今から州立病院に……」
「どきなさいって言ってるのぉっ」
 少女の目に只ならぬモノを見て、パイロットが機を降りた。

 操縦席を確保したミラージュがシートベルトを装着する。
「上司に叱られたら、私に殴り倒されたって言いなさい」
 身長150センチやっとのミラージュに言われ、ごついパイロットは憮然とした。
 ローターの回転が上がり、ヘリが地上を離れた。

「っと……あわわっ」
 機体が不自然に揺れたかと思うと、グルグルと回転し始める。
「お願いっ、言うこと聞いてぇっ」
 ミラージュは金切り声を上げて操縦桿を操作する。
 反動でドアが開き、それを見ていた現地人パイロットが手で顔を覆った。

「バカ野郎。マニュアル暗記してるからって、ぶっつけ本番で操縦できるかぁっ」
 開いたままのドアからハーレー伍長が飛び込んできた。
「どいてろ」
 ハーレーに操縦席を譲り、ミラージュは観測席に移動する。
「あなた……」
「畜生ぉっ。アタイだって、もっと早くあんな上官に会っていたら……アタイだってぇ……」
 ハーレーが叫びながらヘリを立て直した。

 安定を取り戻したヘリが上昇を開始する。
 ミラージュは自席のシートベルトを締め直す。

「死なせはしない、少尉。あなたは私の……全人類の希望なのよ」
 ヘリはしっかりした動きで尾根の向こうへ消えていった。
595ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:08:02 ID:PF4qNmh9

                                 ※

 何匹退治したか、もう分からなかった。
 智恵理の息は上がり、制服のあちこちは避け損なった牙に切り裂かれていた。
「負けるモンかぁ〜っ。さぁ、こいっ」
 智恵理は引き金を引こうとして、グロームSSを持っていないことに気付く。
 知らない間に地面に取り落としていた。
 疲労はピークに差し掛かっていた。

「もう限界だ。逃げろぉっ」
 窪みに身を潜めた軍曹が、我が身の危険を顧みず叫んだ。
 智恵理を取り囲んだ赤アリが、一斉に飛び掛かる。
 慌てて銃を掴み上げる智恵理。
 その時、銃床が擦れ、リミッターがオフになったことに、智恵理は気付かなかった。

 トリガーを引くと同時に、あらぬ方向に向かって稲妻が伸びた。
「レレッ?」
 リミッターがカットされたことにより、銃がグロームXに早変わりしたのである。
「間に合わないっ」

 智恵理はトリガーを引いたまま、電撃を誘導しようと銃を振り回した。
 すると、のたうつ稲妻が、ムチの如くしなやかな動きを見せた。
 純粋エネルギーのムチを浴びた赤アリが、叫び声を上げて次々にぶちのめされる。
「これ、イケる……よぉ〜し。うわぁぁぁ〜っ」
 智恵理が雄叫びを上げてグローム電撃銃を振るう。
 赤アリが吹き飛び、死骸の山が量産される。
596ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:08:53 ID:PF4qNmh9
 ユニットが緊急チャージモードに入った時、敵の第2波は壊滅していた。
 しかしその時無情にも、東の崖から敵の第3派が姿を現せた。
 智恵理のレーダーは既に壊れており、敵の接近には気付かなかったのだ。
「私のことはいいっ。もう充分だから……逃げてくれぇっ」
 軍曹の悲鳴が峡谷にこだました。

 第3派の攻撃は巧妙を極めたものであった。
 1派目2派目の失敗を教訓に、正面からの攻撃は控え、両サイドから波状的に斬り掛かってきたのである。

 峡谷の両側は、切り立った崖になっている。
 崖の上に忍び寄った敵は、2匹が一組になり、智恵理に向かって一気に駆け下りてくる。
 そして攻撃が当たろうが当たるまいが、一目散に反対側の崖に駆け上がる。
 逃げていく敵に気を取られていると、次のペアが背後から襲いかかってくる。
 完璧なヒットアンドアウェイであった。

「奴らには知能があるの?」
 ゆっくり狙っている暇を与えられず、智恵理は後手後手に回る。
 軍曹の隠れている窪みを守るため、このフィールドから離れるわけにもいかない。
 愛用のレイピアが欲しかったが、今さら言っても仕方のないことであった。
「やばい。このままじゃやられる」
 鮮やかな一撃離脱の前に、智恵理は絶体絶命のピンチに陥った。

「少尉っ。生きてます? 生きてらしたら返事を」
 その時、ミラージュ上等兵の声がレシーバーから流れ出してきた。
「こちらチェリーブロッサム。今、ハラワ峡谷の中腹にいる。コンボイ軍曹も一緒よ」
 智恵理はマイクに向かって叫んだ。

 智恵理の声を聞いて、ミラージュ上等兵はホッと溜息をついた。
 ハーレー伍長も軍曹の無事を知って目を輝かせる。
「今、上空から確認出来ました。派手なもてなしを受けてるみたいですね」
 ミラージュの声に笑いの成分が戻ってくる。
「援護してくれたら恩に着るんだけど」
 スピーカーから智恵理の照れ臭そうな声がした。
597ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:09:54 ID:PF4qNmh9
「ごめんなさい。病院ヘリなんで、武器ついてないみたい」
 ミラージュはコクピット周りを探すが、ピストル1丁見つからない。
「いいさ。上から見張っててくれない? どこから襲ってくるか、よく分からないんだ」
 智恵理が泣き言を口にする。
「そういうことなら、おやすいご用だわ。待ってて」

 ミラージュはバッグからゴーグルとヘッドホンが一体となった機器を取り出した。
 ゴーグルを目に、ヘッドホンをこめかみに付ける。
 機器から伸びたコードの端子をバッグの中のマシンに接続する。
 そしてハーレーにヘリをホバリングさせると、窓から下界を覗き込んだ。

「驚かないでよ、少尉」
 ミラージュは網膜に焼き付けた風景を、再度頭の中で念じる。
 デジタル化されたミラージュの脳波は、指向性念波となって智恵理の脳髄に直接送り込まれた。

「何これっ?」
 智恵理は自分の体が、周囲の風景に溶け込んでいくのを感じた。
 周囲の空間と一体になったような気がした。

「見える。見えるよ」
 どこに赤アリが潜んでいて、いつ襲ってくるか。
 今崖の上に消えたペアが、どこへ向かっているか。
 窪みに隠れた軍曹の息遣いまで、全てが手に取るように分かった。

 グロームSSのリミッターを再度入れる。
「そこぉっ」
 振り向きざまにぶっ放したグロームSSが2匹の赤アリを黒こげにする。

「次ぎぃっ」
 崖から顔を覗かせた赤アリが、カウンターを喰らって転げ落ちた。

「もひとつっ」
 智恵理は背後を振り向きもせず、忍び寄った赤アリの眉間をぶち抜いた。
598ペイルウイング物語:2006/01/11(水) 20:10:30 ID:PF4qNmh9
「どっ、どっ、どうなってんだぁ?」
 智恵理の動きを目の当たりにして、ハーレーの舌がもつれる。
「すごい、流石は私の少尉だわ。反応の鋭さが段違い」
 ミラージュが赤アリの動きを目で追いながら感嘆した。

 窪みに潜んだコンボイ軍曹も目を丸くしていた。
「どうしたというんだ。急に」
 目の前の少尉は研ぎ澄まされたような動きを見せている。
 先程までのピンチが嘘のようであった。
 全ての攻撃を余裕を持ってかわし、狙った獲物は逃がさない。

「さっきまでとは……レベルが違う」
 背中に目が付いているようであった。
 敵が自ら動いて、少尉が放つ稲妻に飛び込んでいるように思えた。
「『伝説の男』ってのはこんな存在なんだろうか」
 軍曹は我を忘れて目の前の光景を見守った。

                                 ※

 全ての敵を倒した智恵理は、軍曹の潜む窪みに近寄った。
 そして軍曹に向かって右手を差し伸べる。
「握る資格があるのかな? 私に」
 軍曹が手を伸ばし掛けて躊躇する。

「握る義務があるのよ。地球防衛のために」
 智恵理が破顔し、軍曹も釣られて微笑みを返した。
 智恵理が全身の力を込めて、軍曹を窪みから引っ張り出す。

「あ痛ててっ」
 軍曹が大げさに顔をしかめて呻く。
 ちっちゃな掌が暖かかった。
599名無しさん@ピンキー:2006/01/11(水) 23:21:00 ID:28Cc6dts
つ@@@@
600名無しさん@ピンキー:2006/01/12(木) 11:55:45 ID:X99Hfqm3
面白いのはよいですが……強化人間化ばりばり進行中ですな
601名無しさん@ピンキー:2006/01/12(木) 22:19:20 ID:WuorB9cX
まぁペリ子は超能力者だからな。
602名無しさん@ピンキー:2006/01/13(金) 17:00:13 ID:SldfoPGS
エロパロなんだよね…
603名無しさん@ピンキー:2006/01/14(土) 02:15:21 ID:F7l0eMns
面白いから俺は満足してる
604名無しさん@ピンキー:2006/01/14(土) 13:08:49 ID:tV5Rz5rC
展開毎にエロとか正直イラネ
てな訳で俺はこれで満足してる
605名無しさん@ピンキー:2006/01/15(日) 17:59:55 ID:7ZxnuKtT
だな。
商業誌でもあるまいし、”一回毎”のエロは義務じゃない罠。
要はトータルで面白くてエロければ。
606名無しさん@ピンキー:2006/01/16(月) 16:04:58 ID:OpnfjJUS
ペリ子の存在自体がエロいから、それだけでいい
607名無しさん@ピンキー:2006/01/18(水) 11:38:06 ID:JWBOAInJ
映画に入るエロシーンみたいな
608ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:52:08 ID:MWBGw2St
《西暦2019年9月2日 アルカトラズ島》

 アルカトラズ島の南海岸線は硬い岩場が続いている。
 かつては船着き場となっていたその場所に、智恵理たち第3分隊の面々がいた。
「んなもんでいいんじゃねぇのか?」
 波の侵食でできた大穴から、ハーレー伍長が顔を出した。
 彼女は掘削ドリルを使い、大穴の中を成形していたのである。
「よっし。お水入れて」
 ホノルル伍長が動力ポンプのスイッチを入れると、穴の中に海水が流れ落ちてきた。

 海水を満たした大穴は、ちょっとしたプールになる。
「それじゃイクよ」
 智恵理はレイピアの出力を最弱に絞ると、プールに向けて照準を合わせる。
 そしてトリガーに掛けた指を、素早く一瞬だけ屈伸させた。
 瞬間的に伸びたプラズマがプールの水に命中し、激しい水蒸気爆発を起こした。
 濛々と立ち上った湯気が消え去ると、半分ほどに減った水が煮えたぎっていた。
 そこに新たに海水を入れると、丁度いい湯加減のお風呂が出来上がる。

「これが日本式の温泉ですかい?」
 コンボイ軍曹が目を丸くして智恵理に問い掛ける。
「うん、露天風呂だよ」
 智恵理は制服を脱ぎ捨てると、出来上がったばかりの海水温泉に飛び込んだ。
「アチチッ」
 痺れるような熱さに耐えていると、徐々に皮膚が馴染んでくる。
「あぁ〜っ、気持ちいいっ。生き返るぅ」

 宿舎の狭いバスとシャワーは、日本人の智恵理にはどうも不満であった。
 そこで休憩時間を利用し、こっそり手製の露天風呂を楽しむことにしたのである。
 分隊員も制服を脱いで、こわごわと温泉に足を突っ込む。
「うひゃあ、気持ちイイ」
 熱い湯に浸かりながら手足を伸ばすと、何とも言えない開放感にひたれた。
「後で洗いっこしよ」
「少尉はあたしが洗ってやるよ」
609ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:53:04 ID:MWBGw2St
 ハワイ降下作戦から1月半が経ち、アルカトラズ島には日常が戻っていた。
 反発していた分隊員も、今ではすっかり智恵理を受け入れ、指揮官として認めている。
 智恵理がハラワ峡谷で見せた、命懸けの特攻作戦は無駄ではなかった。
 彼女の部下を思う真心が、隊員らの冷めたハートに再び情熱を与えたのであった。

 通常業務として新兵器のトライアルに従事する一方で、実験と称して行われる病棟での怪しげな検査も相変わらず続いていた。
 実験は週に3度、ガイスト博士の手によって行われる。
 それと同時に、ミラージュ上等兵による非公式の実験が平行して行われていた。

 秘密の実験は休日を浪費させることになる。
 しかし、ハラワ峡谷での借りがある手前、智恵理は拒絶することができなかった。
 それにガイスト博士に付き合うのはともかくとして、ミラージュとの秘密の実験は不愉快ではなかった。
 むしろ智恵理は積極的に参加していた節がある。

「脳内のシーター波って、イク時が一番出力が高くなるんですよ」
 ミラージュはまことしやかにそう言うと、いつも怪しげな性感マシンを使ってくる。
「むっ、無理だって……そんなおっきいの……」
 口では拒みながらも、智恵理はいつでもメカディルドゥを受け入れてしまう。
 メカディルドゥは茎部に付いた無数のイボから、微弱な電流を放射しながら智恵理の膣を掻き回す。

 時にはミラージュがペニスバンドにディルドゥを装着して使用することもある。
「ここでしょ? 少尉の弱いところ」
 ミラージュは僅か数週間で、既に智恵理の膣内を知り尽くしていた。
「ダッ、ダメェェェ〜ッ」
 ミラージュは脳波計の振れを監視しつつ、バックから智恵理の泣き所を責め立てる。
「凄いわっ、こんな振れ幅……昨日の実験じゃ見られなかった」
 ミラージュは記録に挑戦するアスリートのように呟くと、更に猛然とラッシュを掛けてくるのである。
610ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:53:42 ID:MWBGw2St
 2人の科学者が行う実験は、手段こそ全く違ったが、目的は同じであるという。
 いずれにせよ、博士たちが何の実験をしているのか……。
 全貌は解らないままである。
 ただ、「画期的な照準システムの開発」とだけ教えられていた。

 気が付くと、隊員たちのスポンジが乳房や股間に伸びていた。
「ちょっと、どこ触ってるのよ」
「ここはよく洗っとかねぇとさ」
 泡だらけにされた智恵理が、5つのスポンジに同時攻撃を浴びて悲鳴を上げる。

「あぁっ……そこダメッ。ホントにだめぇぇぇ〜っ」
 誰かの指がお尻の穴をまさぐっていた。
「少尉のアヌスは感じやす過ぎるんだよ」
 傍目には上司の背中を流すおべっか隊員たちにしか見えない。
 しかし実情は、反応のよい智恵理に悲鳴を上げさせて、レスポンスを楽しんでいるのである。

「ゆっ、指ぃっ……指、入ってるぅっ」
 誰かの指がアヌスを割って侵入してくる。
 入念に解されたアヌスは泡の助けも借りて、何の抵抗もなくそれを受け入れてしまう。
「ヒィッ……ヒィィ〜ッ」
 悲鳴を上げながらも、既にアヌス責めの快感を知ってしまった智恵理は拒絶できない。
 冷たい指がスイートスポットを裏から掻き回し、智恵理を絶頂へと導いていく。

「いやっ……いやぁぁぁ〜んっ」
 部下の目の前でイクところを見せるのは恥ずかしかった。
 そう言いながらも、俯せになった智恵理はお尻を微妙に動かして、岩肌に恥丘をグリグリと押し付けている。

「命令なら止めるけど」
 ハーレーの声が「何をバカな」と言わんばかりに笑っていた。
「ダメッ、止めちゃ」
 予想通りの答えに満足したハーレーは、いよいよ指の出し入れを激しくしていく。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
 智恵理の息遣いが荒くなり、目の前がホワイトアウトする。
611ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:54:16 ID:MWBGw2St
 ペ科練の新入生だった頃は先輩たちから、上級生になれば後輩たちから、常に肉欲の対象として狙われ続けてきた智恵理。
 中にはアヌスにキスをしてきた後輩もいたが、異物を挿入されるのはここに来て初めて味わった経験である。
 初めて知った快感は、癖になる味であった。

 ペ科練に限らず、EDFではレズなど珍しくも何ともない。
 統帥部も、むしろ推奨しているように思えた。
 女性用のエッチ施設など稀少であるし、男性隊員との淫らな行為は風紀を大きく乱す。
 何より妊娠して戦線を離脱されるおそれがないことが、上層部にとって一番有り難かった。

「はぅぅ〜っ」
 全身を激しく痙攣させて、智恵理が絶頂に達する。
 同時に股間から煮えたぎった液を迸らせた。
「またお漏らししちゃったよ」
「可愛いなぁ、少尉は」

 隊員たちが汚れた股間を優しく洗ってくれる。
「恥ずかしいよぉ……」
 智恵理は真っ赤になった顔を、両手で覆って隠した。
 だが分隊員たちは容赦しない。
「お次は私の番です、少尉。ウフフッ、覚悟なさって下さいよ」
 コンボイ軍曹がペニスバンドを着け、智恵理の腕ほどもあるディルドゥを装着する。

「そっ、そんなのぜったい無理ぃ……それに、もう午後の課業が……」
 智恵理は鼻先に突き出された、自分の拳ほどもある亀頭を見詰める。
「何言ってんの。お楽しみはこれからじゃん」
「昼休みはまだ長いんだよ」
「今度は前後同時に……」
612ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:55:00 ID:MWBGw2St
 その時、耳障りなサイレンが数度に渡って鳴り響いた。
「北東方面より、敵の航空ユニット多数が接近中。防空体制を取れ」
 基地の各所に取り付けられたスピーカーから、オペレータの声が流れ出る。
 守備隊が慌ただしく走り、各自受け持ち箇所に散っていく。

「ペイルウイング各隊員は完全装備の上、指揮所前に集合せよ」
 智恵理が基地に来て初めての敵襲である。
「よし、行くよ。みんな」
 智恵理は手早く衣服を身に着けると、先頭に立って走り出した。

 装備の置いてある小隊司令部は、島のほぼ中央部にある。
 急がないと大目玉を食らう。
「久しぶりに腕が鳴るぜ」
 ハーレーが嬉しそうに口元を歪める。

「一丁やりますか。パー5でどう?」
 ホノルルが人差し指と親指で丸を作って上下に揺する。
「よし、乗った」
 ハーレーが了承し、撃破数1機の差につき50ドルで賭が成立する。
「フフフッ、あたしが新型のエクレール持ってるって知ったら、怒るだろうなぁ」
 ホノルルは今週の担当兵器、エクレール20の優美なフォルムを脳裏に描く。

「敵襲って、時々あるの?」
 智恵理は隣を走るスクイズに声を掛けた。
「少尉が転勤してくる前までは、嫌がらせ的な空襲がちょこちょこあったけど。ここんとこご無沙汰だったねぇ」
 スクイズの顔もいつになく上気している。
 主力部隊とは違い、滅多に実戦機会がない彼女らにとって、敵の空襲はスコアを稼ぐまたとないチャンスなのである。
613ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:55:50 ID:MWBGw2St
小隊司令部の建物に入ると、壁に掛けた戦闘服とヘルメットをひっ掴む。
 電子キーを使ってロッカーを開け、個人貸与のプラズマエネルギー・ユニットを持ち出し、待機所に飛び込む。
 丁度、第2分隊が着替え終わったところに鉢合わせた。
「お先っ」
 2分隊長のハットトリック少尉が窓から通路に飛び降りた。

「急いで」
 智恵理は耐熱、耐圧加工された黒いボディスーツを身につけ、ワンピース型の戦闘服を頭から被る。
 腕と脚に汗止めの粉末をはたき込み、二の腕まであるロンググラブと太股までのブーツで露出部を覆い隠す。
 プラズマユニットを背負い、ヘルメットを被ると、ペイルウイング隊員の完全装備が整った。
 ヘルメットの右ヘッドフォン部に付いた薄桃色の桜花マークは、第3分隊長である智恵理の識別章である。

 智恵理はペ科練の緊急着装訓練が得意で、常に上位5名に入っていた。
 訓練では5分以内で、制服から戦闘スタイルへの変換が要求される。
 小柄で体のしなやかな智恵理は、この手の作業はお手の物であった。
「おいっ、誰か手伝ってくれ」
 コンボイ軍曹などは巨体を縮めて大騒ぎしている。

 通路を走り、突き当たりの兵器庫で、個人が担当している試作兵器を受領する。
 智恵理の今週担当している兵器はレイピア・スラストであった。
 レイピアのエネルギーをそのままに、前方のみに攻撃力を集中させた新兵器である。
 緊急出動なので、書類へのサインは省略していい。

 智恵理たちが指揮所前に到着すると、既に1分隊と2分隊は整列を終えていた。
 指揮台にバルキリー大尉が駆け上がる。
「第1分隊集合終わりっ」
「第2分隊集合終わりっ」
「第3分隊集合終わりっ」
 各分隊長が敬礼と共に申告する。
「敵UFOは北東方面よりこちらへ向けて進撃中。機数およそ50。接敵まであと15分」
 小隊副官のエイプリル准尉が状況説明する。
614ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:57:09 ID:MWBGw2St
「小隊長と副官も、いい仲なんだろうか?」
 智恵理は頼りなさそうに微笑んでいる大尉と、神経質そうなメガネの准尉を見比べる。
「やっぱ、小隊長が受けなのかな……って、戦闘前にあたしは何を……」
 勝手な妄想を膨らませ、智恵理は一人赤面する。
 風呂上がりによく拭かなかったせいか、股間が少し湿っているような気がした。

「たったの50で? 舐められたモンだ」
 黒人美女の1分隊長、ヴィナス中尉が白い歯を見せた。
「威力偵察かな? いずれにせよ数が少ないから、早いモン勝ちだね」
 ハットトリック少尉が偽悪趣味を漂わせ、全員が爆笑する。

「分隊ごとに迎撃してね。戦闘指揮は各分隊長に任せるわ。それじゃ、掛かって」
 大尉の間の抜けたような出撃命令が下る。
「敬礼っ」
 ヴィナス中尉の号令で隊員たちが一斉に敬礼する。
 大尉がニコニコ顔で答礼する。

「よぉ〜し、掛かれぇっ」
 第1分隊が対空戦に有利なダイナストXを手にして走り出す。
「遅れるなよ」
 第2分隊は空中戦を行うつもりなのか、レーザーランスBを準備している。

「うちは空中戦と対空戦の立体戦術を採ろう」
 智恵理がドッグファイト要員を募ると、すかさずハーレーが挙手した。
「それじゃあたしとハーレーが空中戦で敵を低空に誘い込むから、軍曹の指揮で対空攻撃を」
 大まかな戦術が決まり、第3分隊も島の北東部へと移動した。

「敵は3派に分散しました。それぞれ北、西、東から侵入する模様」
 戦術オペレーターを兼ねるエイプリル准尉が戦況報告を入れる。
 敵が分散する前にまとめて叩こうと思っていた第1、第2分隊が悔しがる。
615ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:57:51 ID:MWBGw2St
 遅れ気味になっていた第3分隊にもチャンスが回ってきた。
「慌てる乞食は何とやらってね。西から来る奴を叩く。いくよっ」
 智恵理は飛行ユニットを点火し、空中に舞い上がった。
 ハーレーもユニットを噴かして後を追う。

「敵UFO、約20。掛かれぇっ」
 直進してくるUFO部隊に、智恵理とハーレーは真っ正面から突っ込んでいく。
 UFOは紫色のパルスレーザーで出迎える。
 その瞬間、2人は体を横滑りさせ、左右に分かれて射線をかわした。
「バーチカルショットでいくよ」
 智恵理は急上昇に、ハーレーは急降下に、それぞれ入った。
 そして同時に反転を見せ、上と下から敵を挟み撃ちにする。

 智恵理のレイピア・スラストがUFOの機体を穴だらけにする。
 ハーレーはサンダーボゥ15を連射し、3機に黒煙を噴き上げさせた。
 智恵理はそのまま降下し、UFOの編隊を引き連れて低空に舞い降りる。
「しっかりついてきなさいよ」
 智恵理が後ろを振り返って、追跡してくるUFOを確認する。

 地上では遮蔽物に隠れたコンボイ以下の隊員が、トリガーに指をかけて待機していた。
 エクレール20を手にしたホノルルが、ペロリと上唇を舐める。
 上空へと抜けたハーレーは、高空に位置していつでも智恵理を援護できるように待機する……はずであった。

「イエェェェ〜イ」
 奇声を上げたハーレーが、逆落としに降ってきた。
 加速のついた稲妻がUFOを破壊する。
 背後を突かれた編隊は、智恵理の追跡を中断して左右に散開した。

「あぁっ、こらぁ〜っ」
 シナリオを台無しにされた智恵理が、上空を振り返って怒る。
「ずっるぅ〜い」
 ホノルルがエクレール20を手に立ち上がり、逃げるUFOに向かってぶっ放した。
 広範囲に広がった稲妻の投網がUFOの編隊を包み込む。
 たちまち3、4機のUFOが炎上して落下する。
616ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:58:40 ID:MWBGw2St
「キャハハハッ。やった、やったぁ〜っ」
 大はしゃぎするホノルルに向け、UFOの一団が急降下する。
「まずいっ」
 智恵理は反転降下してUFOの後を追った。

 あらゆる性能でペイルウイングに劣っているUFO。
 しかし唯一、急降下性能だけは彼女たちを凌いでいる。
「間に合わないっ?」
 射程の短いレイピア・スラストでは敵に届かない。

 その時、横合いから稲妻とレーザーランスが交錯し、低空に迫ったUFOを一網打尽にした。
 施設の屋上に身をひそめていたコンボイ軍曹とレッドペッパー伍長が姿を現す。
 智恵理はホッと溜息をついて上昇に転じた。
「これじゃダメだ。みんな自分のスコアしか考えていない」

                                 ※

 実験小隊がUFO相手に奮戦していたころ、南の磯に浮上した2つの人影があった。
 ウエットスーツに似たシームレスの服を着て、背中にはリュックサックのような物を背負っている。
 豊かに盛り上がった胸と丸みのある腰は、明らかに女性のものである。
 マスクタイプのヘルメットを後ろにずらすと、緩やかなウェーブの金髪が垂れ下がった。
 今1人は、ナチュラルなストレートの金髪を潮風になびかせている。
 一見してセレブ調の白人娘であった。

 風に吹かれたスーツがあっという間に乾ききる。
「久しぶりだねニッキー」
「うん、パリス。半年ぶりかな」
 2人は顔を見合わせてクスクス笑いあった。

「実験病棟……場所、覚えてる?」
「たぶん、行けば思い出す。今ならみんなUFOに掛かりっきりだし」
 2人がリュックサックのカバーを取る。
 そこに現れたのは、なんとプラズマエネルギー・ユニットであった。
 ウイングがせり出し、先端のブースターから実体化したプラズマエネルギーが洩れ出す。
 2人が大空へ飛び上がると、溢れたプラズマが七色の航跡を残した。
617ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 19:59:25 ID:MWBGw2St

                                 ※

「みんなどうしたの? チームワークがバラバラだよ」
 分隊員を前にして、智恵理が声を荒げた。
 20機のUFOは、予想していたより遥かに短い時間で全滅させた。
 しかしあらかじめ定めた戦術は守られず、互いのカバーは無視された。
「こんなことしてると、いずれやられちゃうよ」

 一見派手なプラズマ兵器は、陸戦兵の実弾兵器に比べて著しく不安定である。
 自由度の高い機動力も、それを支えるエネルギーゲインは限られている。
 現在ペイルウイングが持つ優位には、所詮その程度の裏付けしかない。
 要するに現在の敵が、余りにも弱すぎるのである。
 より頑丈で、より高機動力の敵が出現したとき、耐久力に劣るペイルウイングを待つ運命には薄ら寒いものがあった。

 そのために強力な武器を開発する必要がある。
 そして何よりも、鉄より固い結束が要求されているのである。

「明日から、全員で早朝マラソンだよ」
 智恵理が決めると分隊員からブーイングが出た。
 ムッとした智恵理が口を開こうとした時であった。

「小隊司令部から各分隊へ」
 エイプリル准尉の無線が入った。
「本部中枢が敵の攻撃を受けています。至急、司令部へ帰還してください」
 准尉の声は悲鳴に近かった。

「みんな、イクよっ」
 智恵理が先頭に立ち、島の中央部へと急いだ。
 高度を取ると、黒煙が立ちのぼっているのが見えた。
「新館の方じゃない?」
「病棟の入っている辺りだ。畜生、負傷兵を狙うなんて卑怯だぞ」
 分隊員の顔が青ざめた。
618ペイルウイング物語:2006/01/19(木) 20:00:35 ID:MWBGw2St

                                 ※

 新館の玄関口が大きく破壊された。
 守備隊の陸戦兵がアサルトライフルを手に、わらわらと駆け付ける。
「お前達は何者だ」
 陸戦兵の指揮官が、黒いタイツ姿の二人に問い掛ける。
「なんか言ってるんだけどぉ」
「やだぁ、私たちって忘れられてるぅ」
 2人は顔を見合わせて、ケタケタと笑い転げた。

 陸戦指揮官が、2人の胸に付いている、白抜きのUFOマークに気付く。
「エッ、エイリアン・ウォーシッパー?」
 マークの意味を知っているのか、陸戦指揮官が顔を青ざめさせた。
 そして唾を飲み込むと、銃を構え直して2人に銃口を向けた。
「撃てっ、撃てぇっ」
 十数丁のAS−19が火を噴き、無数の被甲弾が吐き出される。
 しかし銃口の先には、既に2人の姿はなかった。

「上だっ」
 指揮官の指差す先に、仲良く手を繋いだ2人が浮かんでいた。
 慌てて銃口を上に向ける兵士達。
 だが、銃弾の雨が到達するより先に、2人は左右に別れていた。
 素早く逃げ回る敵に翻弄され、ライフルのマガジンがアッという間に空になる。

「しらけちゃったね」
「やっちゃお」
 2人は顔を見合わせて頷くと、背中に背負った銃を構える。
 紫色のビームがパルス状に発射され、守備隊員を一撃で蹴散らした。
 そのビームはUFOが発する殺人ビームに酷似していた。
 アッという間に無人の荒野と化した広場に、ケラケラという笑い声が響く。

「さて、どっちから……先にやる? 爺さん? 女?」
 ニッキーが相方に問い掛ける。
「う〜んとね……爺さん」
 少し考えてからパリスが答える。
「女は……後でゆっくり?」
「ゆっくり……楽しむの」
 2人は顔を見合わせて微笑み、新館の実験棟へと歩んでいった。
619名無しさん@ピンキー:2006/01/19(木) 20:00:56 ID:ZmGUUPrj
支援
620名無しさん@ピンキー:2006/01/20(金) 02:28:17 ID:GSJI/tde
圧縮が近いな
関係ないけど、一応ageとこう
621ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:46:43 ID:bMZQhceO
 その頃、実験棟の中は大騒ぎになっていた。
「早くっ、データは全部……いや、Sランクのものだけでもバックアップを取るのじゃ。その後はハードディスクごと消去しろ」
 ガイスト博士がパニックになったように指示を出す。
「奴らの手にデータを渡すな」

 博士が叫んだ時、出入り口の厚さ41センチの鋼鉄の扉に火花が上がった。
 光の剣がドアを貫通し、見る間に大穴を開けていく。
「プラズマソード……奴ら、もう」
 ガイスト博士の頬がヒクヒクと痙攣する。
「ハァ〜イ、お久しぶりぃ」
「元気してたぁ〜?」
 お気楽な挨拶と共に、2人のセレブが入ってきた。

                                 ※

「実験棟が燃えてる」
 智恵理は、炎上している実験棟を見て愕然とする。
 重傷を負った守備隊員たちが、地面に転がって苦悶していた。
「プロの手口だな」
 コンボイ軍曹の眉間に皺が寄る。
 死体なら放っておけるが、負傷者は人手を割いて救護しなければならない。
 そのため、敢えて生かして放置したのであろう。
「みんなは怪我人をお願い」
 智恵理は部下に指示を出すと、自らは炎に包まれた実験棟に突入していった。

「博士っ、ガイスト博士っ」
 丸く溶け落ちた穴を潜り、智恵理は実験室に飛び込む。
 そこは破壊の限りを尽くされた廃墟になっていた。
 あちこちに白衣を着た研究員が倒れている。
「博士っ」
 見覚えのある白髪頭を見つけた智恵理が叫ぶ。
 助け起こすと、まだ息があった。
622ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:47:21 ID:bMZQhceO
「おぉっ……チェリーブロッサムか」
 意外にしっかりした反応に、智恵理は安堵する。
「一体誰がっ」
 滅茶苦茶にされた機器類を見渡し、智恵理が叫ぶ。

「脱走したXナンバー25号と、26号が……お前の前々任の被検体が……戻ってきたのじゃ。エイリアンの手先となって」
 博士が忌々しそうに部屋中を見渡す。
「これでまた一から出直しじゃ……否、幸いワシにはお前のデータが残っておるでの」
 不敵な笑みを浮かべる博士。

「何のことなの。被検体っていったい何? 全然解らない。それより敵は?」
 智恵理は博士の襟首を揺すって説明を求める。
「説明は後じゃ。ワシのことはいいから、ミラージュの所へ。奴らは今そこに……」
 博士は何故かミラージュのことを気遣う。

「あ奴がワシの助手をしながら、その一方で総司令部の密命を受け、独自に思念誘導兵器の開発実験をしていたことは知っておる」
 博士は苦笑いして言った。
「博士、知ってたの……黙っててゴメン」
 智恵理は素直に頭を下げた。
「気にせんでもよいわ。ワシとあ奴は、互いが互いの保険という間柄なのじゃからな」
 博士がニヤリと笑う。

「こうなっては当面、あ奴の研究だけが、人類を滅亡から救う頼みの綱じゃ。あ奴を頼む」
 人類の未来のため、利己的な独占欲を捨てた博士の潔さに、智恵理は感動した。
「分かったわ。ミラージュは私が守ってみせるから」
 智恵理は頷くと、飛行ユニットに点火して部屋を出ていった。
「まっ、待たんかっ。まずワシをここから連れ出してからにせんかぁっ」
 ガイスト博士の怒鳴り声が智恵理を追い掛けた。
623ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:47:58 ID:bMZQhceO
「被検体25号、26号って……えぇ〜い、もういいっ」
 考えても解りそうにないモノは、取り敢えず無視するのが智恵理の主義である。
 実験棟を出た智恵理は、そのまま病棟側へと飛び込む。
「ミラージュ」
 死体の列に沿って、智恵理は先を急ぐ。

「ここだっ、ミラージュ」
 ドアを蹴破って突入した智恵理が見たものは、無惨なミラージュの姿であった。
 全裸に剥かれてベッドに縛り付けられたミラージュ。
 その頭にはヘッドレストが掛けられ、両足は閉じられないように開脚台に固定されている。

 枕元に立った黒タイツの女が機器を操作していた。
「ギャァァァ〜ッ」
 ミラージュが絶叫を上げて、激しく痙攣する。
 腰が淫らに上下した。

 足元に立ったもう一人の黒服が、ミラージュの股間に顔を埋めた。
「んん〜っ。わりかし美味しいんだけどぉ」
 女はミラージュの秘部に盛んに舌を這わせる。

 その機械には見覚えがあった。
 脳波をコントロールし、無理やりシーター波を増幅させるマシンである。
 この世のものとは思えないような快感が脳を支配し、死ぬほどの目に遭わされる。
 ミラージュはイキッぱなしになり、股間はグショグショになっているのであろう。
 このまま放っておいたら、ミラージュは発狂してしまう。

「私は実験のデータは残さないの。全部頭に入っているから大丈夫」

 智恵理は、以前ミラージュがそう自慢していたのを思い出す。
 となれば、敵の狙いはミラージュの脳細胞の破壊なのであろうか。
 そんなことは断じて許せない。
624ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:48:36 ID:bMZQhceO
「アンタ達、悪いけど……それ、あたし専用のなんだけど」
 智恵理の声に、2人が気怠そうに顔を上げる。
「どっちがぁ?」
「マシン? 女ぁ?」
 2人は面倒臭そうに問い掛けてくる。

「両方よ。さっさと返して、ここから出てってくれない?」
 智恵理も負けじと気怠そうに命令する。
「ぶっちゃけ、あり得ないんだけどぉ」
「あたしたち、博士にお礼に来ただけだしぃ」
 2人は智恵理を無視して、ミラージュの方に向き直る。

「少尉……にっ、逃げてぇっ……あなたは、人類最後の切り札……ギャァァァ〜ッ」
 再びスイッチが入り、白目を剥いたミラージュが、腰を激しく上下させてのたうち回る。
 股間から勢いよく液が迸った。

「ははぁ〜ん。アンタ、うちらの後釜な訳ぇ?」
 ニッキーがゆっくりと顔を上げた。
「待ってよ、間にマイティもいるからぁ……28号ってことぉ?」
 パリスが指を折って何かを数える。

「ビュ〜ンと飛んでくペ〜ルウィング、28号ぉ?」
「良い〜も、悪いもリモコン次第……って、やぁ〜ねぇ」
 2人は顔を似合わせてキャハハと笑い転げた。
「なんなの……こいつら。訳が分かんないよ」
 目の前の2人は、明らかに人格障害を起こしていた。

「28号もやっちゃう?」
「やっちゃう、やっちゃう」
 2人が笑い転げながら智恵理に組み付いてきた。
 不意を突かれた智恵理は両脇を抱え込まれ、壁に押さえつけられる。
625ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:49:10 ID:bMZQhceO
「レズとか有りな訳ぇ?」
 ニッキーの手が智恵理の股間に伸びる。
 こんもりと盛り上がった恥丘が掴まれた。
「やだぁっ」
 咄嗟に飛行ユニットを噴かす智恵理。
 智恵理に抱きついていた2人が宙に浮かび、天井に頭部を打ちつける。
「アイタタタァ〜ッ」
「わりかしやるじゃん?」
 ヘルメットがなければ、2人とも頭蓋骨骨折は免れなかった。

「手加減なしってことぉ?」
「どうでもイイ」
 真顔になった2人が智恵理に向き直る。
 そして各々ユニットに点火して、一斉に飛び掛かってきた。

「少尉っ。伏せてっ」
 背後から大声が響き、智恵理は本能的に身を伏せた。
 智恵理の後ろに、E2プラズマランチャーを構えたコンボイ軍曹が立っていた。
「死ねぇいっ」
 軍曹は躊躇なくプラズマランチャーを発射した。

 マズルから吐き出された球状プラズマが、ニッキーとパリスの体を押し戻す。
 2人にカウンターを浴びせたプラズマ球はそのまま直進し、窓ガラスを滅茶苦茶にしながら室外へと飛び出した。

 遥か彼方で爆発音が聞こえた。

「大丈夫ですかぃ?」
 軍曹が智恵理を助け起こす。
「無茶しないで、下手すりゃみんな死んでるとこよ。けど、ありがと」
 軍曹は軽く手を上げて智恵理に応え、破壊された窓から外を眺め見る。
626ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:49:43 ID:bMZQhceO
「帰ってきやがった……」
 軍曹がポツリと漏らした。
「何だったの? あの性悪女たち」
 智恵理は訳を知っていそうな軍曹に尋ねてみる。
「悪魔の姉妹、ニッキーとパリス……あなたの2代前の第3分隊長とその副官でさぁ……」
 心なしか軍曹の顔が青ざめているように見えた。

「そして先代……マイティ少尉の仇でもある」
「えぇっ?」
 軍曹の説明に、智恵理は驚く。
 マイティ少尉は公式記録では事故死となっていた。
 それが同士討ちの結果であったとは……。

「けど、これで仇は討てたわけだよね」
 智恵理はフゥ〜と長い溜息をつく。
「バカな……あの程度の攻撃で死ぬような奴らなら怖くはない。掠り傷一つ負っちゃいませんや」
 気が付くと軍曹の巨体が震えていた。

「着任当時から、少々変わってはいましたが……」
 コンボイ軍曹が巨体を屈めて説明を始めた。
「週に何度か実験棟に呼ばれるようになって──今の少尉と同じですがね。それから日に日におかしくなりやがって。ついには悪魔の姉妹と呼ばれる始末でさ」
 軍曹の顔に嫌悪感が滲み出る。

「おしまいにゃ死亡事故まで起こしやがって、とうとう地下の隔離施設送りになったんで」「隔離施設?」
 聞き慣れない名称に、智恵理は聞き返す。
「おかしくなった隊員を隔離して矯正する施設で。聞いたところによると、そん時で10人近くの隊員が収容されてるって話でした。実験で脳みそをいじくられた後遺症じゃないかって、みんな噂してました」
 軍曹は唾を吐こうとして中止し、喉を鳴らした。
627ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:50:29 ID:bMZQhceO
「その後に3分隊長として赴任してきたのがマイティ少尉ですが、やっぱり少尉も実験の対象に……」
 軍曹の眉間の皺が深くなる。

「隔離施設の脱走騒ぎが起こったのは、それからしばらく経った休養日のことでした。島がほとんど空の状態の中、奴らやりたい放題やりやがって。挙げ句にはミラージュを人質にとって、動力室に立て籠もりを……」
 智恵理が失神しているミラージュを横目で見る。

「止めたんですが、マイティ少尉がお一人で立ち向かい……結局は……。ミラージュは取り戻せたんですが、奴らは本土に逃走。司令部は秘密裏に事件を処理しようとし、少尉は無許可の実射訓練の結果、事故死ということに」
 そこで軍曹は無念そうに目を閉じた。

「人間一人の名誉や命を、防弾パッドより軽く扱いやがって。そこまでして隠さなきゃならない実験って何なのですか?」
 軍曹の問い掛けに、智恵理は黙って俯いた。
 智恵理自身、実験の本質を分かっていないのである。
 説明のしようがなかった。
「ともかく、今はあいつらを片付けるのが先決よ。みんなで協力して」

                                 ※

「敵はエイリアン・ウォーシッパーと推測されます。我々の装備がエイリアンの技術を転用したものであるからには、敵の装備はこちらと同等以上と判断するべきでしょう」
 エイプリル准尉がメガネのレンズを厳しく光らせる。
 司令部に集まった各分隊長と補佐役の軍曹たちが、緊張に身を固くする。

「じゃあ、こっちはトライアル中のラインアップから、最新式の物を用意して」
 バルキリー大尉が指示を出す。
「単独での行動を禁じます。策敵は必ず3名以上で当たらせること」
 バルキリー大尉は、元部下の恐るべき戦闘力を熟知している。
 大尉は戻ってきた脱走兵を、敵方の刺客として葬り去る決意をしていた。
「敵を発見したら交戦せずに、直ちに報告するように。戦闘は私が直接指揮します」
 ブリーフィングが終了し、各員が持ち場に散っていった。
628ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:51:15 ID:bMZQhceO
 壁の隠し扉が開き、巨体のアングロサクソン男が姿を現せた。
 この基地の総責任者、アルカトラズ島基地司令である。
「いよいよインベーダーの手先どものお出ましか」
 基地司令が不敵に笑う。
「まだ計画の半分も達成できていませんのに」
 只1人部屋に残ったバルキリー大尉が顔を曇らせた。

「例のXナンバー28号……チェリーブロッサムはどうした」
 司令は地球儀を弄びながら大尉に問い掛ける。
「予兆はあるものの、まだとても実戦配備できるような状態では……それに思念誘導兵器の完成も……」
 大尉は悲しそうに目を伏せて首を振る。

 司令は薄笑いを浮かべると、地球儀を回した。
「どの程度の進み具合なんだ?」
 地球儀がグルグルと激しく回り続ける。
 司令が全てを知った上で、敢えて質問していることは明らかであった。
「はい、試作型ガイストは破壊力が足りず廃棄、ガイスト2は弾速不足のため調整中。目下、新型のタイプ3が設計に入ったところです」
 大尉が淀みなく回答した。

「よし。完成しているガイスト2を装備の上、チェリーブロッサムを出撃させろ」
 司令の手が回転する球体に叩き付けられた。
 ピタリと止まる地球儀。
「ですけれど……」
「他に手がないのなら、少しでも可能性のある手段に賭けてみるしかない」
 司令の目が猛禽類のように鋭くなった。
「化け物の始末は、化け物につけさせろ」
629ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:51:47 ID:bMZQhceO

                                 ※

「ハーレーとスクイズは軍曹と、ペッパーとホノルルはあたしと、それぞれ3人で捜索に掛かって」
 智恵理はレイピア・スラストを背負いながら指示した。
「奴らを見つけたら、直ぐに司令部に報告して。間違っても自分たちだけで倒そうなんて思わないこと」
 智恵理が解散をかけようとした時、エイプリル准尉の呼ぶ声がした。

「少尉、チェリーブロッサム少尉。直ぐに新館の地下倉庫に出頭してください」
 智恵理は軍曹と顔を見合わせた。
「何でしょうか?」
 よく分からないが、ともかく出頭しなければならない。
「ちょっと行ってくるから。軍曹、みんなを待たせといて」
 智恵理は一抹の不安を覚えつつ、エイプリル准尉の後に続いた。

                                 ※

 地下倉庫の中は薄暗く、冷たい空気が澱んでいた。
 智恵理が到着すると、小隊長のバルキリー大尉が出迎えた。
 大尉の後ろには、ガイスト博士がベッドに寝たまま待機している。
「チェリーブロッサム少尉、参りました」
 智恵理は大尉に向かって型どおりの申告をする。
「こんなに早くこの日が来るとは、思ってもいませんでした」
 いつもの大尉とは違う雰囲気に、智恵理は戸惑う。

「思念誘導兵器。すなわち、来るべきインベーダーとの決戦に備えて開発された決戦兵器。その射手を選別、育成するのが当実験小隊の真の目的でした」
 大尉は沈痛な面持ちで智恵理に告白する。
「あなたは最高司令部の特別委員会が選んだ、28番目のXナンバーなのです」
「Xナンバー?」
 智恵理がオウム返しに質問する。
630ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:52:22 ID:bMZQhceO
「思念誘導兵器を操ることの出来る、ある種の才能を持った適応者のことです。今回の敵も途中でドロップアウトしたとは言え、元はあなたと同じXナンバーなのです」
 大尉は背後を振り返り、技師たちが準備している銃器を示す。

「思念誘導兵器、ガイスト2。破壊力200dm、射程500メートル、発射速度は毎秒1発、消費エネルギー7パーセント、爆破範囲は12メートル……」
 冷たい声で諸元データを説明する大尉。
「……そして誘導性能はランクAが保証されています」
 訳が分からず、智恵理は戸惑いの色を隠せない。

「誘導性能……って?」
「思念誘導兵器は、目視で照準を合わせる必要がないのです。発射されたエネルギー波は、頭で念じた目標へ自動追尾で命中します」
 小隊副官のエイプリル准尉が説明する。
「とは言っても、まだこのガイスト2は試作段階のため、そこまでの性能はありません。エネルギー波は最も近い所にいる敵を、自動で捕捉するように調整されています」
 バルキリー大尉が補足、訂正する。

「しかし、行く行くは目視できないほど遠方にいる敵さえ、確実に仕留めることの出来る超兵器に発展するのじゃ」
 半身を起こした博士が、自慢するように胸を張る。
「けど……あたしにこんな兵器使えるの?」
 智恵理がガイスト2の禍々しいフォルムを見詰める。

「今のままでは無理じゃな。これから10分おきに、この脳波活性剤を4本打つ」
 技師の一人が手早く注射器の準備をする。
「その時、お前は思念誘導兵器を自由に操れる、地上で唯一の存在となるであろう」
 遠くで爆発音が起こり、部屋が大きく振動した。

 ガイスト博士が天井を睨み、溜息をついた。
「奴らは失敗作とは言え、ワシの可愛い作品じゃ。尻拭いさせるようで済まんが、せめてワシの作った兵器で葬ってやってくれい」
631ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:52:58 ID:bMZQhceO

                                 ※

「スパーキー伍長、カラミティ兵長続けぇっ。サタンローズ軍曹は右から回り込めっ」
 ヴィナス中尉が侵入者を追いつめる。
 横合いからはハットトリック分隊が迫る。
「ファイヤッ、ファイヤァーッ」
 LAZR−199のレーザーとイズナ−Cカスタムの稲妻放射が交錯する。
 しかし、素早く動く黒タイツの女を捉えることは出来ない。
「奴ら化け物かっ」
 ヴィナス中尉の褐色の顔から血の気が引く。

「あたしら化け物だって」
「失礼しちゃうじゃん」
 ニッキーとパリスは宙に浮いたまま、パルスレーザーガンを放つ。
 紫色の暴風が吹き荒れた後に、立っている者はいなかった。
「ウジ虫は、ウジ虫らしく地面を這ってなきゃ」
 地面でのたうち回る隊員たちに、パリスの銃口が向けられる。
「止めろぉっ、化け物がぁっ」

 ヴィナス中尉が叫んだ瞬間、その頭上を越えて3本の稲妻がパリスに襲いかかった。
「なによぉ〜っ」
 足元を狙撃され、飛び下がって逃げるパリス。
「どなた?」
 ニッキーが射線の先を睨む。

 隊舎の屋上に、サンダースナイパーCを構えたバルキリー大尉が立っていた。
 いつもの白いEDF士官服ではなく、ペイルウイングの完全装備である。
 大尉は狙撃銃を捨て、レイピア・スラストを手にする。
「功を焦って勝手なことを。私が直接指揮を執るって言ったでしょう」
 バルキリー大尉が一睨みすると、ヴィナスが新兵のようにかしこまった。

「おやおや、メス狼の登場だよ」
 ニッキーが嬉しそうに舌なめずりする。
「いい歳してるのに、無理しちゃって。今年で30だっけ?」
 パリスがせせら笑った瞬間、大尉がレイピア・スラストを手に跳躍した。
「まだ、28よぉぉぉーっ」
632ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:53:37 ID:bMZQhceO
 悪魔の姉妹はプラズマソードを振るって応戦する。
「プッ、1歳サバ読んでるよ」
「知ってる。せこいね」

 レイピア・スラストは正面にプラズマを集中させ、攻撃専用に特化した必殺武器である。
 バルキリー大尉はプラズマの刃を生き物のように操って、変幻自在の攻撃を仕掛けた。
「すっ、すげぇ……」
 小隊の生き残りが息を呑む。

 悪魔の姉妹もさるもの、直ぐに大きく分かれて的を二分する。
 そうなると、重量のあるレイピア・スラストを振るう大尉が不利になる。      「クッ……」
 前後から同時に斬りかかられ、バルキリー大尉が追い込まれる。
「だから年寄りは昼寝してればよかったのにぃ」
 ニッキーの顔が残忍そうに歪んだ。
「チィッ」
 バルキリー大尉が飛行ユニットを噴かし、大きく間合いを取る。
 姉妹も挟撃態勢を保ったままジャンプする。

 大尉が腰にぶら下げたグレネードを引き抜いた。
 赤いルージュを引いた唇がグレネードに触れる。
「お願い、頼むわよっ……パンドラ、ゴォーッ」
 大尉が投擲したグレネードが、パリスの頭上で空中停止する。
 一瞬の沈黙の後、グレネードは下方に向けてプラズマの曳光弾を吐き出し始めた。
 プラズマの雨がカーテンとなり、ニッキーとパリスを分断する。
 強敵2人を相手に、大尉は遂に禁断の支援兵器を使用したのである。

 一息つく間もなく、正面からニッキーが斬り込んできた。
 大尉のレイピア・スラストがプラズマソード受け止める。
「これで少しは時間が稼げる。チェリーブロッサム。早く来てちょうだい」
 ここまで全くの互角の勝負であった。

                                 ※

 その頃、地下倉庫に残された智恵理は、3本目の注射を受けたところであった。
 注射を受ける度、頭痛と嘔吐感が激しくなってくる。
633ペイルウイング物語:2006/01/24(火) 01:54:15 ID:bMZQhceO
 遠くで爆音が上がり、少し遅れて振動が伝わってくる。
 頭上の電灯が明滅するのは、戦いが動力室近辺で行われているからであろうか。

「味方はどうなってるの? みんなは?」
 智恵理は吐き気をこらえて、エイプリル准尉に尋ねる。
「1分隊、2分隊、既に戦闘力なし。3分隊にあっては詳細不明です。現在バルキリー大尉が敵と交戦中。なお、先程支援兵器の発動が認められています」
 エイプリルは通信記録を調べて智恵理に告げた。
「陸戦隊では『戦乙女』と呼ばれた大尉のことです、しばらくは大丈夫でしょう」

 実戦力のないエイプリルは、戦闘に参加できない。
 代わりに戦闘を側面から支えるため、優れた情報処理能力の全てを注ぎ込む覚悟であった。
「只今、第3分隊が戦場に到達しました。敵の片割れと交戦に入る模様です」
 戦術モニターを確認したエイプリルが報告する。

「大変だ。あたしだけこんなコトしていられない」
 智恵理が慌ててベッドから起きあがろうとして、床にへたり込む。
 足元がおぼつかなかった。
「少尉殿、投薬はあと200cc残っています。それが終わらないと」
 主任技師が智恵理を押しとどめた。

「なら、直ぐに打って。仲間を救えないんじゃ、みんなを見捨てるんじゃ、こんなこと何の意味もないよ」
 智恵理が技師の襟首を掴み上げる。
「しかし、まだ……次の投薬まで10分は……」
 技師は救いを求めるようにエイプリルの方を見た。
 エイプリルはしばらく考え込み、そして弱々しく頷いた。
「薬剤の効果は15分間しかありません。注意して戦ってください」

 浮き上がった静脈に注射針が刺さる。
 鋭い痛みが走り、智恵理の眉間に皺が寄った。
 目の前に光の洪水が現れ、意識が徐々に遠のいていく。
「みんな……今イクから……待ってて……」
634名無しさん@ピンキー:2006/01/24(火) 02:01:38 ID:ronGSmES
おつであります
635名無しさん@ピンキー:2006/01/24(火) 02:02:50 ID:A+gX07W5
GJ!
636名無しさん@ピンキー:2006/01/24(火) 17:33:27 ID:Ke8gsusK
ニッキー・ダイアルとビクトリア・パリス?
637ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:25:23 ID:jpI4rgVY

                                 ※

「こんのヤロォ〜ッ」
 ハーレーのイクシオンが無数の粒子ビーム弾を放って、周囲を薙ぎ払う。
 しかし、パリスは羽根のように軽い身のこなしで、全てを避けきる。
「当たれぇっ、当たれってんだよぉっ」
 ホノルルのエクレール20が稲妻の投網を幾重にも張るが、パリスを捕らえることは出来ない。

「どけぇっ。私が接近戦に持ち込むから、隙を見つけて撃ってくれ」
 ペッパーは怪鳥のような気合いを上げて、パリスに飛び掛かる。
「遅いね。アクビが出ちゃう」
 パリスは無造作に手を伸ばすと、蹴り込んできたペッパーの足首をむんずと掴み取った。
 そして万力のような力で握りしめたかと思うと、ペッパーを宙に持ち上げる。
「ヒィッ」
 パリスの手首が返り、ペッパーが後頭部から地面に叩き付けられた。

「おのれぇっ、これでも喰らえっ」
 スクイズの左足が高々と上がり、初速150キロの速さでブラスト・グレネードが投げられた。
 剛球グレネードが唸りを上げて、パリスに襲いかかる。
「ビーンボールは一発退場だよ」
 パリスは怯みも見せず、プラズマソードでグレネードを打ち返した。

 爆発の衝撃波を食らって、ハーレーとスクイズが吹っ飛ばされる。
 宇宙繊維の多重装甲パッドがズタズタになり、2人は苦悶の表情でのたうち回る。
 パリスが鼻で笑い、とどめの一撃を準備する。
「だめっ、させないっ」
 その面前にホノルルが立ち塞がった。
638ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:26:21 ID:jpI4rgVY
「どいてろぉっ」
 怒鳴り声とともに、コンボイ軍曹のサンダーボゥ20が横殴りに襲いかかる。
「おや、コンボイかい。マイティ少尉があの世で待ってるよ」
 パリスが嘲笑しながら稲妻を避ける。
 軍曹のこめかみに血管が浮かび上がり、鬼の形相になった。
「この化けモンは私が殺る」
 パリスを睨み付けた軍曹が、指をバキバキと鳴らす。

 丁度その時、パンドラαに活動限界が訪れ、2人の間に、バルキリー大尉とニッキーが転がり込んできた。
 ニッキーに馬乗りになった大尉が、顔面パンチの雨を降らせる。
「ニッキー、助っ人要るぅ?」
 無防備になった大尉の背中に向け、パリスが襲いかかる。

「ソフィアッ」
 コンボイ軍曹がバルキリー大尉の本名を叫び、援護射撃を仕掛けた。
 パリスは体を捻って射線をかわし、大きく跳躍して離脱する。
「レギーッ」
 バルキリーも久しぶりに旧い戦友を本名で呼ぶ。
 互いに本名を呼び合うのは、陸戦隊に所属していたとき以来のことであった。
「久々に組んでやるか」
 大尉と軍曹は、互いの背中を合わせて武器を構える。
「いいわね。ワクワクしちゃう」

 バルキリー大尉がレイピア・スラストを手に、ニッキーに向かって飛び掛かる。
 余裕の表情で飛び下がるニッキー。
 その着地点に向け、狙いすました軍曹のサンダーボゥ20が火を噴いた。
「いただきっ」
 しかし人間の限界を凌駕する反射神経が、間一髪で稲妻をかわす。
「やるじゃない」
 必殺のコンビネーションをかわされて、大尉が賛辞を口にする。
 しかし悪魔の姉妹が本気の攻勢に転ずると、そんな余裕はなくなり、たちまち2人は窮地に陥った。
639ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:26:57 ID:jpI4rgVY
 ニッキーはコンボイ軍曹の放つ稲妻を、正確にプラズマソードで絡め取る。
「綿菓子みたい」
 その感触がお気に召したのか、ニッキーは笑いながら間合いを詰めていく。
「いただきぃ〜っ」
 ニッキーの凶刃が、軍曹のサンダーボゥ20を真っ二つに切断した。
 コンプレッサーが停止し、圧縮されていたプラズマエネルギーが暴走を開始する。
「あぶねぇっ」
 軍曹が銃を投げ捨てた直後、圧縮プラズマが大爆発を起こした。
 目の眩む閃光とともに、落雷のような大音響が耳を聾した。

「ちょっとビックリしたぁ」
「うん、ちょっとだけ」
 ニッキーとパリスは顔を見合わせてクスクス笑いあった。
 そして何事もなかったように、獲物に向かって歩き始める。
「化け物め……」
 バルキリー大尉が丸腰の軍曹を庇うように立ち、悪魔の姉妹を睨み付けた。
「どけっ」
「どかない」
 互いを庇い合おうとする戦友2人。

 気がつくと、姉妹の足が止まっていた。
 顔をあらぬ方に向けて、一点を凝視している。
 その視線の先──噴煙に霞む貯水棟の上に人影が立っていた。
「チェリーブロッサム」
「少尉殿」
 大尉と軍曹が同時に叫んだ。

「あらっ、アンタなの」
「やぁ〜ねぇ〜」
 智恵理に気付いた姉妹が、嬉しそうにヘラヘラ笑う。
「どうしてあたしの仲間を傷つけるの? これ以上はもう止めて」
 智恵理は2人を見下ろして言った。
「あたしたち、やられたことやり返しに来ただけだし」
 ニッキーが智恵理を見上げて答えた。
「あなた達も、元はここの出身なんでしょ。かつての仲間を傷つけて、何とも思わないの?」
 智恵理が血を吐くような思いでたしなめた。
640ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:27:55 ID:jpI4rgVY
「友達なんかいなかったし」
「みんな、あたしらを怖がってただけだし」
 姉妹の口調が心なしか、弱々しくなる。
「お願いっ、あなた達とは戦いたくないの。どうかこのまま出てって」
 智恵理の願いは真摯なものであった。

「もう、無理っぽい。それに、アンタはこっち側の人間だし」
「そうそう。どうせ、もう軍籍もないし」
 ケラケラと笑い転げる姉妹。
 姉妹の台詞は、智恵理の感情を乱すのに充分であった。

「軍籍がないって……どういうこと?」
 智恵理は人事データに、自分の名が見当たらなかったことを思い出す。
「アンタはもうEDFの軍人じゃないの。最高機密を守るため、最初から存在しないことにされてるってわけ」
「だからぁ、どんな非人道的な実験も許されるし、死んだり廃人になっても構わないの」
 姉妹が小隊長のバルキリー大尉をチラチラと見る。

「つまりぃ、今のアンタはただの被検体28号に過ぎないってこと」
「用済み後は廃棄物28号だし。私たちみたいに」
 今はインベーダーの手先となった姉妹が再び爆笑した。
 真っ青になったバルキリー大尉の顔が、全てが真実であることを語っていた。

「たとえ軍籍がなくったって……あたしはあたしだし、仲間は仲間だよ」
 智恵理がポツリと呟いた。
「あたしはペイルウイング隊少尉、チェリーブロッサムとして、大事な仲間を守らなきゃいけないんだ」
 悪魔の姉妹がギョッとする。
「仲間を守るため、あなた達を倒すわ」
 智恵理はそう言い放つと、肩に背負ったガイスト2を構えた。
641ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:28:27 ID:jpI4rgVY
 姉妹の目が刃物のように細くなる。
「なら仕方ないよね。あたしらの敵として、殺してあげる」
「第一、それ……アンタなんかに撃てるの?」
 智恵理と姉妹が同時に飛び上がった。

 ガイスト2の銃把にはトリガーが無かった。
 発射も照準と同じで、思念作動であることは直感で理解できた。
 智恵理は手前にいるニッキーに意識を集中し、その動きを波動として捕捉する。

 脳波活性剤を打った智恵理には、周囲の全てが手に取るように認知できた。
 高速で移動するニッキーとパリス、高らかに心音を上げるバルキリー大尉、負傷の苦痛に唸り声を上げるコンボイ軍曹。
 ハラワ峡谷で味わった感覚と全く同じであった。

「起て! 撃て! 斬れっ!」
 智恵理が念ずると同時に、ガイスト2の銃口からピンクのエネルギー波が迸った。
「撃った?」
 ニッキーは驚愕の表情を浮かべながら、反射的に左へと逃れる。

 しかし思念誘導されたエネルギー波は、ニッキーに逃走を許さなかった。
 ピンク色の波動は、見えない力にねじ曲げられたように左へと軌道を変える。
「ヒィッ」
 慌てて飛行ユニットを噴かし、緊急回避するニッキー。

「残念でしたぁ」
 通過していったエネルギー波に向け、ニッキーがヒラヒラと手を振る。
 ところが通過した光の帯は180度の旋回を見せ、再びニッキーに襲いかかってきた。
「ひゃぁっ、なんなのよぉ?」
 ニッキーは飛行ユニットを全開にさせて光の帯から逃れる。
642ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:28:58 ID:jpI4rgVY
 何度も逃げ回るうちに、ニッキーはすっかり平常心を取り戻した。
「なんだ、どおってことないじゃん」
「全然遅いしぃ、楽勝で逃げ切れるよ」
 ニッキーは動力室の壁を背に立ち、光の帯を待ち受ける。
 そして、ギリギリのところで身をかわし、大きく空へ飛び上がった。
 エネルギー波が命中し、動力室の外壁が粉々に吹き飛んだ。

「当たらなきゃ、どういうことないし」
 新兵器は早くも弱点を露呈してしまう。
「ダメッ。弾が遅すぎるんだ」
 智恵理の顔に焦りの色が浮かぶ。

「撃てっ、撃てっ、撃てぇっ」
 弾速の遅さを弾数で補おうと、智恵理はガイスト2を連射した。
「キャハハッ」
「たっのぉしいぃ〜っ」
 悪魔の姉妹は、前後左右から襲いかかってくる光の帯を避け続ける。
 そして2人は同時に智恵理の目の前に降下してきた。
「まとめてお返しするよ」
 ニッコリ笑った2人が、手を繋いだまま宙へ飛び上がる。
 次の瞬間、3本の光の帯が智恵理に向かって飛んできた。

 大爆発が起こり、智恵理の体が宙を舞う。
「自分が撃った弾で、自分がやられてるぅ」
「やっだぁ〜。大昔のアニメみたい〜」
 ニッキーとパリスが腹を抱えて笑い転げる。
 2人は笑いを止めると、破壊された大穴を潜り、動力室の地下へと入っていった。
「動力室を破壊されると、島全体が吹き飛んでしまう」
 智恵理はガイスト2を拾い上げて2人の後を追った。
643ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:29:43 ID:jpI4rgVY

                                 ※

 薄暗い動力室の中は、ゴウゴウという機械の作動音だけが不気味に響いていた。
「居る。あたしを待っているわ」
 動力プラントの設備に紛れて、2つの波動が感じられた。
 しかし智恵理はガイスト2の発射をためらう。
 下手に外せば、施設を破壊してしまうおそれがあった。
「絶対外さない距離まで接近しなきゃ」
 そのためには、相討ちを覚悟しなければならない。

 体が異常に重たかった。
「さっき浴びた爆風のせいで」
 その疲労感は被弾によるものだと、智恵理は思っていた。
 思念誘導兵器が秘めた本当の恐ろしさを、この時智恵理は全く知らなかった。

                                 ※

 悪魔の姉妹に挟み撃ちにされた智恵理が、パルスレーザーを喰らって蜂の巣になる。
 ピクピクと痙攣する智恵理に向かって、とどめの一撃が加えられる。

「イヤァァァ〜ッ」
 そこでミラージュ上等兵は意識を取り戻した。
 気が付くとベッドに寝かされており、全身が汗まみれであった。
 反射的に時計を見ると、最初の敵襲から1時間近くが経過していた。
「いけないっ、少尉が」
 ミラージュはベッドから降りようとして床に転げ落ちた。
 まだ脳が撹拌されるような感覚が残っている。

「誰かぁっ。誰か居ないのっ。チェリーブロッサム少尉っ」
 叫び声を聞きつけて、オペレーターとして新館に残っていたエイプリルが飛んできた。
「まだ寝ていないと。少尉なら、先程ガイスト2を装備して出撃されました」
 エイプリルがミラージュを助け起こそうとする。
「思った通り……早くしないと取り返しのつかないことに」
 ミラージュの目に尋常ではないものが宿っていた。
「思念誘導兵器の動力源は……連射を続ければ、少尉は……」
644ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:30:20 ID:jpI4rgVY

                                 ※

「あんなヒョロヒョロ弾、楽勝だって」
「いざとなったらプラント撃って自爆すりゃ、目的は達成できるし」
 ニッキーとパリスは、互いにのみ通じる思念波で意思の疎通を図る。
「パリス、そっち行ったよ」
「分かってる」
 智恵理が2人の動きを捕捉しているのと同様、彼女らもまた智恵理の動向を完全に掴んでいた。

「動けない」
 智恵理は溜息をつき、次いで生唾を飲み込む。
 見えない敵は自分の動きに合わせて、逐一的確な反応を見せている。
 能力者同士の戦いでは、奇襲など掛けようもなかった。
 しかし持久戦になると、智恵理が不利である。
 敵の2人は、既に力を開花させている能力者である。
 対する智恵理は、薬剤の助けを借りて、一時的に能力を得ているに過ぎない。
 持ち時間はあと5分を切っていた。

「あの人たちが……消えていく?」
 智恵理は2人の気配が徐々に薄れていくのを感じる。
 それは彼女の能力が、失われつつあることを意味していた。
 このままではガイスト2の発射すら不可能になってしまう。
 その上、先程から感じていた原因不明の虚脱感は、ますます強くなっている。
 智恵理は絶体絶命のピンチを迎えた。

「こっちから打って出るしかない」
 覚悟を決めた智恵理はガイスト2の銃把を握りしめた。
 そして深呼吸すると同時に、パリスの潜む一角に向かって飛び掛かった。
 動力プラントを飛び越えた智恵理が、燕のような身軽さで振り返る。
645ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:30:56 ID:jpI4rgVY
 銃口1メートルのところに、プラントを背負ったパリスがいた。
 待ち構えていたように、パリスが宙に逃げる。
「あぶっ……」
 智恵理はプラントに向け、発射寸前にあったガイスト2を緊急停止させる。
 あわや動力室ごと吹き飛ばすところであった。

 呆然とする智恵理に向けて、上空から紫色のシャワーが降り注いだ。
 智恵理も飛行ユニットを点火させて宙に飛ぶ。
 確実に敵を倒すには、1メートル以内での発射が絶対条件であった。
 ガイスト2の破壊半径は7メートル。
 自分も無事で済まないことは覚悟の上である。

 逃げるパリスを追う智恵理。
「絶対逃がさない」
 前方のパリスに集中するあまり、智恵理は背後から迫ってきたニッキーに気付かない。
「いただきぃ」
 ニッキーが舌なめずりし、同時に銀色の殺意が智恵理を背後から射抜く。
「後ろっ?」
 瞬間、体をひねった智恵理の脇腹を、紫色のパルスレーザーが掠め去った。
 狙いを外したパルスレーザーが、智恵理の前にいたパリスに迫る。

「パリスッ、ごめぇ〜ん」
「ちょっとぉっ、同士討ちぃ?」
 慌てて急上昇で逃げるパリスが、単調な直線軌道を描く。
 待ちに待った瞬間が訪れた。

「今ぁっ」
 智恵理のガイスト2が火を噴いた。
 ピンク色のエネルギー波が、無防備のパリスに向かって伸びる。
「パリスッ、後ろぉ〜っ」
 危機を知らせるニッキーの思念が、ギリギリのところでパリスを救った。
646ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:31:28 ID:jpI4rgVY
 パリスを掠めたエネルギー波は、地下室の天井──すなわち一階部分の床を大破させた。
 大音響とともにコンクリートの破片が飛び散り、砂塵がもうもうと巻き上がる。
 大穴から差し込む日光が、砂塵に反射して光の柱を作った。
 光の柱がスポットライトとなり、床に倒れ込んだ智恵理を舞台女優のように照らし出す。
 力尽きた智恵理は仰向けになり、ゼイゼイと肩で息をしていた。

「惜しかったね、うん」
 さばさばした調子でニッキーが微笑みかけてきた。
 テニスのフルセットでもやり終えた調子であった。
「今日は体調がおかしかったの。それさえなきゃ」
 智恵理も釣られて力無く笑う。
「そりゃ、あんなにパカスカとサイコ兵器撃っちゃあ……ん、アンタ何にも知らない訳?」
 パリスが意外そうな顔つきになった。

「ダメェ〜ッ、少尉っ。そいつらと思念が共鳴してるっ」
 いきなり上から振ってきた絶叫に、3人が天井の穴を見上げる。
 そこに真っ青になったミラージュが立っていた。
「マイティ少尉の時と同じっ。そいつらに取り込まれちゃダメェ〜ッ」
 ミラージュの金切り声が響き渡る。
 同時に智恵理の脳髄に何者かの思念が流入してきた。

                                 ※

 ポニーテールの少女が、悲しそうな目で智恵理を見ていた。
「マイティ……少尉?」
 キリッとした眉と口元に見覚えがあった。
「ようやく会えたわね」
 少女の残留思念が、かすかに微笑んで頷く。

 風見舞子、18歳、静岡県出身で柳生新陰流免許皆伝──全てが一瞬で把握できた。
「あたし、ここで死ぬのかな? 迎えに来たんでしょ?」
 智恵理は妙に安らかな気分になる。
「あなたはこんな所で死ぬべき人ではないわ」
 マイティ少尉が首を横に振った。
「立ってもう一度戦うのです。そして自分の力で真理を導き出しなさい」
 それだけ言うと、智恵理の頭から少尉のイメージが掻き消えた。
647ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:32:00 ID:jpI4rgVY

                                 ※

「うるさいなぁ。邪魔しないでくれる」
「元はと言えば、アンタが全ての元凶じゃん?」
 気がつくと、ニッキーとパリスが煩わしそうにミラージュを見上げていた。
「目障りになってきたから、消えちゃってよ」
 2人が同時にパルスレーザーガンを放った。

「キャァァァッ」
 小爆発が幾つも起こり、ミラージュが吹き飛ばされる。
「やめろぉっ、ミラージュは生身なんだよっ」
 床に倒れたまま、智恵理が悲鳴を上げる。
「あたしの仲間を傷つける、お前たちはやっぱり敵だ」
 智恵理はニッキーとパリスを睨み付ける。
「なら、どうするわけ?」
「もうアンタ、限界じゃん?」
 2人が倒れたままの智恵理をせせら笑う。

「生きてる限り、望みは失わない。戦える限り、仲間は見捨てない。それがペイルウイング・スピリットだよ。あんたたちだって知ってるでしょ」
 智恵理が歯を食いしばって立ち上がろうとする。
 しかし、肝心のガイスト2は、遥か先の瓦礫の中に埋もれていた。
「これを使って」
 ミラージュが穴の上から武器を投げ下ろした。
「ミラージュ・ゼロ。私の作った試作1号兵器」
 投げ下ろされたミラージュ・ゼロを、ガッシと受け取る智恵理。
「何度やっても、結果は同じだよ」
「あんた自爆したいわけ?」
 2人がケラケラと笑い声を上げる。
 ミラージュ・ゼロを手にした智恵理は躊躇する。
648ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:32:43 ID:jpI4rgVY
「少尉っ。私を信じてぇっ」
 ミラージュの叫び声が智恵理を決断させた。
「どっちにせよ、このままじゃみんなやられちゃうんだ。あたし、最後まで仲間を信じる」
 智恵理はミラージュ・ゼロを杖代わりにして立ち上がる。
 そして目を瞑ると、ニッキーとパリスの気配を超感覚で捉える。
 脳下垂体が燃えるように熱くなった。

「起てっ! 撃てっ! 斬れぇっ!」
 ガイスト2のエネルギー波より細い、しかし比較にならないほど素早い薄桃色の筋が次々に迸った。
「ヒィッ」
 素早く右へと飛んだニッキーが、曲折してきたエネルギー波に貫かれる。
「ニッキィーッ」
 パリスの目の前で、ニッキーの体が腰の辺りで両断された。

 続いてパリスに襲いかかったエネルギー波が、真下から彼女を突き上げた。
「ギャッ」
 宙に舞ったパリスの体が、次々とエネルギー波に貫かれ、その度鮮血を撒き散らす。
 地面に叩き付けられたパリスは、ピクリとも動かなくなった。
 想像もしなかった惨劇を前に、智恵理は只呆然と立ちすくんでいた。

「パ……パリス……」
 上半身だけになったニッキーが、肘を使ってパリスの元ににじり寄る。
「いい気になんないでよ。今日の私の姿が、明日のあなただってこと、忘れないで」
 ニッキーがパリスの手を握り、智恵理を睨み上げる。
「アンタにはまだ8人の姉が……生きてる限り、アンタに安息の日は来ないのよ……」
 咳き込むニッキーの口から鮮血が溢れてきた。

「……けど、殺してくれてありがとう……これで……やっと……死ね……」
 そこまで言って、ニッキーが血の海に沈んだ。
 眠りについたような、安らかな死に顔であった。
649ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:33:20 ID:jpI4rgVY
「こっ、こんな……」
 智恵理は初めてその手で、生身の人間を殺した事実に呆然となった。

 コンボイ軍曹が穴から飛び降り、智恵理に近づく。
「少尉、同じこってすよ。キャリアー1機に何人の搭乗員が乗ってるとお思いで?」
「そうよ、殺らなきゃ少尉が殺られてたのよ。私、そんなの絶対に嫌っ」
 コンボイ軍曹やミラージュの慰めの言葉も、今の智恵理の耳には届いていなかった。
 智恵理の体がグラリと揺れ、次の瞬間コンクリートの床に崩れ落ちた。
「少尉っ、少尉ぃ〜っ」
 駆け寄ったミラージュが体を揺すっても、智恵理はピクリとも動かなかった。

                                 ※

 アルカトラズ基地の規模縮小を決定する通知が、総司令部より届けられたのは、それから5日後のことであった。
 施設が破壊され、新兵器の開発が滞ったこと。
 それに戦線の激化に伴い、深刻化してきた兵員不足の解消がその理由とされた。
 しかし真の理由が、思念誘導兵器の開発が、一時中断を余儀なくされたことにあったのは明らかであった。

 残留するのは小隊長のバルキリー大尉の他、ハットトリック少尉以下の負傷兵であり、全隊員の約3分の1である。
 その他の隊員は新たな辞令を受けて、各国の実戦部隊に配属されることとなった。
 幹部のうち、ヴィナス中尉は紐育の第11機動歩兵大隊に、エイプリル准尉は倫敦の参謀本部へ転出が決定した。
 チェリーブロッサム少尉こと智恵理は──あの後、三日三晩死んだように眠りこけ、目が覚めたときには、すっかり元の元気を取り戻していた。

 智恵理の転出先は巴里の第7混成連隊である。
 なお、同日付けで中尉に特進した智恵理には、同隊の小隊長のポストが待っていた。
 基地を守るため、単独でエイリアン・ウォーシッパーを粉砕した功績が認められたのである。
 最高機密の漏洩を防ぐため抹消されていた軍籍も、防諜の必要が無くなった今、新たに手に入れることが出来た。
650ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:33:58 ID:jpI4rgVY
「すっかり世話になったね」
 司令部で異動申告を済ませた智恵理は、病棟跡にミラージュ上等兵を訪ねていた。
「総司令部の戦技研に戻るんだって?」
 データを破壊されたガイスト博士と違い、全てを頭脳に記録していた彼女は本部に戻り次第、思念誘導兵器の開発に掛かれる。

「おめでとう……で、いいのかな?」
 智恵理は小首を傾げて考え込む。
「意地悪だわ。私が中尉をどう思ってるか、知ってるくせにぃっ」
 ミラージュが肉付きの薄い頬を膨らませて拗ねてみせる。

「また、撃って……くれますよね。今度はまともなサイコ兵器を作ってみせますから」
 ミラージュが態度を改めて、真剣な眼差しになる。
「うん。EDFの勝利のために、他に手段がないのなら」
 智恵理も真顔になって頷く。
 そしていつもの笑みに戻ると、背を向けてその場を離れた。

                                 ※

 飛行場に着くと、VTOL機が発進準備を終えていた。
 お馴染みの定期便28号も、基地縮小の余波を受けて廃止されるという。
 本部申告のため、一旦倫敦へ立ち寄る智恵理たち士官の搬送が、最後の仕事となった。
 顔見知りになった搭乗員たちが、出迎えのために機外へ降りてきた。
「姐さん。おつとめ、ご苦労さんした」
「ご苦労さんした」
 荒くれ男たちが、奪い取るようにして智恵理の手荷物を預かる。

 搭乗口には残留することになった第3分隊の面々が整列していた。
 全員が負傷しており、あちこちに巻かれた包帯が痛々しかった。
「少尉、いや中尉だっけ。お世話になりました。これからっていう時に……残念です」
 ハーレーがこれまで見せた中で、一番の敬礼を行う。
「我々も、何とかまともな軍人として立ち直れそうです。あなたのお陰です」
 いつもは感情を見せないレッドペッパーの目にも、うっすら涙が浮かんでいる。
「あたしらの力が必要なときは、いつでも声を掛けなよ」
「地球の裏側にいたって、すっ飛んでいくからさ」
 スクイズとホノルルも見事な敬礼を見せた。
651ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:34:34 ID:jpI4rgVY
「みんなありがと。何にもしてあげられなくてゴメンね」
 智恵理も感極まって、声が裏返る。
「今度会うときには、もう少しマシなペイルウイングになってるから。約束だよ」
 智恵理は顔を上げて答礼を行う。

「ところで曹長は? コンボイ曹長はどこ行ったんだよ」
 巨体の新曹長の姿は、その場には無かった。
「中尉とお別れするのが悲しくって、どっかでこっそり泣いてんじゃないの」
「意外にセンチだからさ、あの人は」

 コンボイ曹長を探しに行くには、もう時間が足りなかった。
 定期便の発進時刻が迫る。
「それじゃ、曹長にはくれぐれもよろしく言っといて」
 智恵理がタラップを駆け上がり、搭乗口が閉ざされる。
 もう一度、互いに敬礼を交わす中、ジェットエンジンの轟音が響き渡った。
 機体が垂直に浮かび上がり、次いで前進を始める。
 手を振る隊員たちが、そしてアルカトラズ島が見る見る小さくなった。

                                 ※

 計器の異常が発覚したのは、VTOL機がロッキー山脈上空に差し掛かった頃であった。
「どうしたの?」
 智恵理は機内に漂い始めた異様な雰囲気を嗅ぎ付けた。
「カーゴルームのウェイトバランサーに異常が見つかったんでさぁ」
 ゴロツキ風の機関士が申し訳なさそうに頭を下げる。
「コンピュータの計算より超過しているんで。参ったな、このままで着陸許可が降りるかな」
 機関士が首をひねりつつ、バランサーの再チェックに入る。
「どのくらいオーバーしてるの?」

 智恵理が機関士の背後からコンソールパネルを覗き込む。
「それが、105キログラムもオーバーしてるんで。ちゃんとチェックしたんですがねぇ」
 カウンターを確認した智恵理の目が輝く。
 そしてカーゴルームの扉を開いて中に飛び込んだ。
652ペイルウイング物語:2006/01/31(火) 20:35:11 ID:jpI4rgVY
「曹長っ、コンボイ曹長っ」
 智恵理の声に応えるように、貨物の陰から曹長の巨体が現れた。
「もう見つかっちゃいましたか」
 曹長はバツが悪そうに頭を掻く。
「あなたはサンフランシスコから、旅客便で羅馬に向かうはずじゃ?」
 智恵理が目を丸くして曹長を指差す。
「まだ中尉には、ハラワ峡谷でのご恩返しが出来てませんから。それに……」
「それに?」
「この程度の経験で小隊長なんて、危なっかしくて放っておけませんや。しっかりした補佐役が付いていないと」
 曹長が真面目くさって言い、突きだした親指で自分の胸を示した。

 エース中のエースと崇めている智恵理と、鬼のような巨体の曹長に挟まれて、機関士がオロオロとする。
「それとも、ここで降ろしますかぃ?」
 曹長がカーゴルームの小窓から機外を覗き見る。
 智恵理は室内をキョロキョロ見回す。
 そして巨大なトランクの前に立ち、機関士に尋ねた。
「これ、なんなの?」
「基地司令部から本部のお偉いさんへの貢ぎ物でさぁ」
 機関士が蔑みの感情を露わにする。

「結構重そうね……曹長っ。これ、目障りだから片付けといて」
 智恵理は如何にも邪魔だと言わんばかりに、そのトランクを足蹴にした。
「お安いご用で」
 曹長はランプの魔神のようにお辞儀をすると、無造作にトランクを肩に担ぎ上げる。
 そして搬出用のシューター目掛けて、思いっきり叩き込んだ。
 ウェイトバランサーのパイロットランプが赤から緑へ切り替わる。

 智恵理と曹長は改めて向き合う。
「私ら、死ぬまで一緒ですぜ」
「頼りにしてるわ」
 2人は互いを固く抱擁した。
653名無しさん@ピンキー:2006/01/31(火) 23:48:34 ID:MVh9ufyj

読み応えあるなぁ
654名無しさん@ピンキー:2006/02/01(水) 22:18:11 ID:VSsOKSAp
面白い。
しかし、柳生新陰流と来たか。
655名無しさん@ピンキー:2006/02/02(木) 12:21:39 ID:Xtnr4dbR
というかどんどん元ネタがいらなくなってるな
656名無しさん@ピンキー:2006/02/03(金) 20:21:17 ID:dVC5/xj/
そんなこともあるまい。
逸脱しないように上手くバランス取れてると思うよ。
657名無しさん@ピンキー:2006/02/03(金) 22:51:48 ID:w4EeMos7
最終局面におけるペリ子の切り札であり、ゲーム中最大の謎である
思念誘導兵器の紹介と解説は避けて通るわけにもいかないだろう。
というか、元ネタ自体が、良く言えば自由度の高い、悪く言えば
いい加減な設定で、キャラクター性の薄いゲームだからなぁ。
ゲーマーが100人いれば、100通りの世界があったっていいんじゃない?
658名無しさん@ピンキー:2006/02/04(土) 07:16:02 ID:zG4s6IgK
>>641
> 「起て! 撃て! 斬れっ!」
なにそのウルトラギロチン
659名無しさん@ピンキー:2006/02/04(土) 15:51:30 ID:qQgKpeKg
主人公は特ヲタなんじゃない?
君と同じでw
660名無しさん@ピンキー
どなたか>>110の画像を保存している人がいたら再うpしていただけないでしょうか
HDDが飛んでしまいましたorz