【女装】処女はお姉さまに恋してる 第4話【百合】

このエントリーをはてなブックマークに追加
549昔話
久しぶりの私の部屋は恐ろしく寒かった。
凍え死んでしまうような思いで、暖房のスイッチを入れる。
どうせすぐには温まらないだろうけど、入れなければ一生寒いままだと言い聞かせる。
ごめんね……寒かったよね……?
クローゼットに手をかける。
ここにもたれ掛かるようにして最期を迎えたあの子の事を想うと、
切り裂かれるような思いがこみ上げてくる。
「ただいま……一子ちゃん」




    前編:再会




寮にいるのは私一人のようだった。
皆、まだ実家で家族と一緒のお正月を過ごしてるはずだ。
こんなに早く戻ってくるのは、私くらいのものだろう。
私は一人、そのクローゼットに話し続ける。
「半年ぶりかな? 実家に帰ったのも。
 次に帰るのは卒業の後でしょうね……そうしたら、私はすぐに慶行さまの所に嫁いで行きます。
 でも……お父さまとお母さまには悪いけど、帰って来てしまいました」
何をしていても、この部屋が、一子ちゃんの事が気にかかってしょうがなかった。
ひょっとしたら今頃一子ちゃんが私の部屋で帰りを待っているのではないかと思えてきて、気が気でなかった。
「結婚まで、あと三ヶ月か……」
脳裏に浮かぶのは幼き日の慶行さまのお顔。
どんな風に成長なさっているのだろう。
愛しい殿方の事を想っても、今だけは感情の高鳴りは感じられる事はなかった。
550名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:09:01 ID:Nrhhj1MH
「ねえ……一子ちゃん? 私……もうすぐ、結婚……しちゃうよ?」
私が慶行さまのお話をするとジト目でいじけていた一子ちゃん。
『嫌です駄目です許しません私がお姉さまのお嫁さんになるんですぅ〜』と手を取ってきた一子ちゃん。
「もう何も……言ってくれないんだね、……一子ちゃん……
 ……ぅう……ぁぁ…あああ……」
誰もいない寮で、一人涙にくれる。
駄目ですね、半年くらいでは一向に立ち直れそうにありません。
「一子ちゃんっ……一子ちゃん………
 ごめんね……私の、……私が…………」
会いたい。また一子ちゃんに会いたい。
向日葵のような、あの真っ直ぐな一子ちゃんの笑顔を、見たい。
カランッ
クローゼットの中から、金属が落ちるような音がした。
何かに惹かれるようにクローゼットに手をかける。
何だろう、何の音?
「あ……、これ……」
出てきたのは小さな髪止め。
一子ちゃんがいつも付けていた……私が、一子ちゃんにプレゼントした……。
「……っ、………ぅうっ……っく……」
神様の莫迦、今更このような物を見せて、どういうつもりですか。
「一子……一子ちゃん……」
ガタガタガタッ
「わっきゃああ〜〜〜〜〜」
「……へ」
目に映ったのはお尻。そして暗転。
551名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:09:36 ID:Nrhhj1MH
「あいったたたた……」
「ふみ〜っ、ふむむむっ」
「あぁああ、すいません下の方。只今、今っすぐどきますので。
 って……お姉…さま……。お姉さまっ……!」
私の顔からお尻をどかした一子ちゃんと目が合う。
そして、次の瞬間には私に抱きついてきた。
「お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまぁ…!
 あ〜ん、お逢いしたかったですお姉さまぁっ……!」
「ちょっ、待って……いち、こ……ちゃん?」
「そうです一子です高島さんちの一子ちゃんですけど待つことはまかりなりません
 私待てと言われて待てるほどこの感情の迸りを押さえられる
 屈強な精神を持ち合わせてはいませんし
 私自身の人間性といいますかとにかっ―――うっきゃあ!?
 おおおおっ、お姉さまぁ〜!?」
「一子ちゃんっ……! 一子ちゃんっ…! 一子ちゃんっ……!
 逢いたかったよぉ……一子ちゃん……、ふぁぁあああああんっ」
「えっ!? えぇ!? お姉さま!?
 いったいどうなさったんですか、お姉さまっ!?
 ……ええと、はい、お姉さま。……私もお逢いしたかったです」
一子ちゃんの胸にしがみついて狂ったように涙を流す。
一子ちゃんだ。本当に一子ちゃんがいる……。

「……落ち着きましたか? お姉さま」
「えぇ……ごめんなさい、一子ちゃん」
一子ちゃんの胸に抱かれる事数分、私はやっと落ち着きを取り戻していた。
「あの……お姉さま。それでですね、一つ質問をよろしいでしょうか……?」
「ええ、いいわよ」
「私、浮いてませんか……? いえ、あの空気にそぐわないとかそういう意味ではなくてですね、
 こう…なんというか、ぶぶっ、物理的にっ、浮いてないでしょうかぁ〜」
台詞の後半から涙目状態で自分の足を指差す一子ちゃん。
552名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:12:04 ID:Nrhhj1MH
ふわふわ。
「……そう、ね……確かに一子ちゃん、浮いてますね」
「こここここ、これってどういう事なのでしょうかっ、お姉さまぁ〜!
 私、一体どうなってしまったのですかぁ〜〜!!」
「……一子ちゃん、落ち着いて聞いてちょうだい」
この半年間の事を話すのは胸が張り裂けるくらい辛いけど、きっと私の責務のはず。
話しているうちに、一旦止まった涙は再び流れ始めていた。






「…………ええと、つまり私はもう死んでいて、
 ここにいる私は幽霊か何かというわけですか……あはっ、あははは……」
乾いた笑い声をあげる一子ちゃん。やはり、ショックは大きいみたい。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……こんな……」
「そんなっ、お姉さまは何も悪くありません。そんな顔をなさらないでください。
 むしろ、私が……私が勝手な真似をしたせいで、こんなにもお姉さまを苦しめてしまっていただなんて……。
 やっぱり駄目な妹ですね、私……後先考えないばかりに、こんな……」
「ううん、一子ちゃんは何も悪くないわ。
 それに、一子ちゃんの気持ちは嬉しかったし、こうしてもう一度逢えたのも、とても嬉しいわ」
「お姉さま……。私……お姉さまに、どうでもお逢いしたかったんです。
 死んでしまう前に、一目でもいいからお逢いしたかったんです。
 でも、おかげでこうしてまた逢えました。…………死ぬほど頑張った甲斐がありました」
「……それ、笑えませんよ、一子ちゃん」
私たちは、いつまでもいつまでも、互いを深く抱きしめ続けた。
553名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:13:05 ID:Nrhhj1MH




「へっくちっ――」
一子ちゃんの可愛らしいくしゃみで意識が現実に引き戻される。
一体何時間こうしていたのだろう、私たちは。
……というか
「幽霊もくしゃみをするのね、一子ちゃん」
「ん〜、よく分かりませんが、漠然と寒いというのは感じます」
「そう……一子ちゃん、真冬なのに夏服ですからね。だから寒いのかもしれません」
「そういう問題なのでしょうか……?」
よく分からないという一子ちゃんを尻目に私は制服から、寝間着に着替える。
「今日はもう寝ましょう、一子ちゃん。私、泣き疲れてしまいました」
「はぁ……それはいいのですが、お姉さま。私幽霊なのですが、幽霊も眠るのですか?
 むしろこれからの時間帯が、私の活動時間のような気もするのですが」
「そんな不良さんみたいな事を言ってはいけませんわ。さ、いらっしゃい。
 一緒に寝ましょう」
ぽむぽむ、
掛け布団をめくってベッドを手でたたく。
「えっ、えぇぇえええ、いいんですかぁ〜お姉さまぁ〜〜〜〜!!」
一子ちゃんの顔がキラキラ輝く。
たまらなく心が満たされていくのを感じる。
こんなにも私は一子ちゃんを欲していたのですね。
なんだか、一子ちゃんの喜ぶ顔が見たくて、明日からいっぱい甘やかしてしまいそう。
554名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:13:59 ID:Nrhhj1MH
「あぁあっ、でもでもっ、私不幸な事に幽霊ですからこんな寒い冬の夜に一緒に寝ようものなら
 明日の朝にはお姉さままで冷たくなっているかもしれませんし下手したら私お姉さまへの想いが
 想いにそれこそ思い余って取り憑いてしまうかもしれませんしいけませんお姉さま私何をするか分かりません
 霊的にではなくてもやはり思い余って取り付いてしまうという事すら考えられます」
「だめですっ、離しません。絶対一緒に寝ます」
「お姉さまぁ……、ですがですがっ」
「はい、ストップ、そこまで。続きはお布団の中で聞いてあげますから。
 さ、いらっしゃい、一子ちゃん」
ぽむぽむっ
再びベッドの…私の寝ているすぐ横を叩く。
「そ、それじゃあ……失礼します……お姉さま…」
二人、布団の中で手を取り合う。
目前には夢にまで見た一子ちゃんの顔。
そして私は、夢にも想わない形での再会を神に感謝する。
「お姉さま……暖かいです」
「そう? 良かったわ。でも一子ちゃんだってちゃんと暖かいわよ?」
一子ちゃんの体を抱きしめなおす。うん、感じる……しっかりと一子ちゃんを感じる。
「一子ちゃんに触れている部分から、だんだんと私の体が暖かくなっていくのを感じます。
 それに……こうして一子ちゃんと言葉を交わしていると、
 凍り付いていた私の心までが温まってくるの」
「お姉さまぁ……」
「一子ちゃん……」
布団の中で互いにしがみ付くようにして、眠る。
久しぶりに、安心して熟睡できそうな気がした。


555名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:14:53 ID:Nrhhj1MH


「ん…………」
薄呆けた意識の中、包みこむようなその温かな感触に
もう一度眠りの中へ落ちていきそうになる。
「ふにゅう……む……ぉねえさまぁ……」
しっかりと私にしがみついている一子ちゃんに安堵する。
……夢じゃなかった。
「……お姉さまぁ」
寝言でもお姉さま、か……一子ちゃんったら。
「なぁに、一子ちゃん……」
「にゅんっ……お姉さま、くすぐったい〜」
起こす気にもなれないので、そのまま布団の中で過ごしてみる事にした。
どうせ冬休み中だし、いいよね。
それからたっぷり三時間ほど、一子ちゃんの寝顔を観察して、寝言を聞いて過ごしていたら、
ついに一子ちゃんが目を覚ました。楽しい時間だったけど、ここまでみたい。
「ふぁ……おふぁようございまふ……おねえさまぁ……」
ぎゅ
寝ぼけ目の一子ちゃんを抱きしめてみる。
「にゃあ……」
「おはよう、一子ちゃん。もうお昼よ、早くご飯にしましょう。
 簡単な食事を作る材料なら、きっと厨房にあると思うわ。
 今、この寮には私たちしかいないから、誰にも会う心配はないわ」
何せ幽霊ですからね一子ちゃん。知った人に見られたら大騒ぎになるだろうし。
「はいぃ〜、おはようございますぅ……お姉さまぁ……
 ……うぅ……なんだか、寝たりません……」
のそのそとベッドから這い出てくる一子ちゃんは、ちょっとだけ本物の幽霊じみていた。
「それにしても……あれだけ寝たのにまだ寝たりないのですか?
 どこか体の調子でも悪いのかしら」
「あはは……私、幽霊なんですけどね」
「そうだったわね、……それで、幽霊にも体調ってあるのかしら?」
556名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:15:26 ID:Nrhhj1MH
一子ちゃんの額に手をやる。
「……熱は……ないわね」
くすっとふきだす一子ちゃん。
「もうっ、お姉さまったら。寝不足なのは寝るのが遅かったからですよ」
よく分からないけど、元気のようだから、いいかな。
「ささ、詳しいお話は食堂でしましょう……って、私はご飯を食べる必要があるのでしょうか?」
それもよく分からない。
「食べてみれば分かるのではないかしら」
「そうですね、それじゃ取り合えず行ってみましょう〜」
スカっ
「……あう?」
スカッ、スカッ
「お、おぉおお、お姉さまぁ〜、大変です、ドアノブが通り抜けてしまって回せません〜
 これじゃ外に出れません〜〜!」
ドアノブがすり抜けるなら、ドアもすり抜けられると思うのですが……
面白いので黙っておきましょう。
代わりにドアを開けてあげる。
「はい、どうぞ」
「あうぅ……お姉さまに開けて頂くなんて、恐縮で光栄で恐れ多いですぅ。
 私、自分じゃ何もできないダメダメ幽霊のような気がしてきました……」
およよよと泣き崩れて見せる一子ちゃんの背中を押して食堂へ向かう。
まだ寮母さんですらお正月休み中なので、勝手に昼食を作らせてもらう。
「ねぇ一子ちゃん。思ったんだけど、ドアノブをすり抜けたって事は、
 その、……食べ物も……」
557名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:16:14 ID:Nrhhj1MH
「おっ、おおお、お姉さま〜、大変ですっ! 大根がっ、大根がすり抜けて洗えません〜〜!」
やっぱり……。これでは食べるのも無理のようね。
「いただきます。…ごめんね、一人で食べちゃって」
「いいんですよ。どうせ私はしがない幽霊伍長なのですから。
 ここでお姉さまが食べてるのを見ていますので、さっどうぞ。私はお気になさらずにっ!」
立ち直りの早い子だ。
「アーメン」
とは言いつつも、一人だけ食べるのも気が引ける。
「……あ、それでですねっ、お姉さま。さっきの話の続きなんですけど」
 私、そんなに長い時間寝ていたわけではないです」
それはちょっと聞き捨てならない。
「一子ちゃん、ず〜っと寝てて起きないんですよ。
 私、朝から一子ちゃんが起きるまで、何時間も寝顔を見てましたのに。
 一子ちゃんったら私の腕に絡み付いて、お姉さまぁって甘えるのよ?
 凄く可愛かったわ」
「それは……なんだかとても恥ずかしいですねぇ」
「……それなのにまだ眠いだなんて、……一子ちゃん、本当に大丈夫なの?」
半年振りに活動しているから、疲れているのかもしれない。
「それが……ですね、先程も言いかけたのですが、
 実は私、昨日寝付いたのがお姉さまよりも随分後でありまして……」
「私が寝た後も中々寝付けなかったという事?」
558名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:17:14 ID:Nrhhj1MH
顔を真っ赤にした一子ちゃんが恐縮している。
「ええとですね……お姉さまが私の事をむきゅ〜っと抱きしめて、
 一子ちゃん、一子ちゃんと名前をささやかれますもので、とても眠れなかったというか……」
なるほど……私の抱き癖が、一子ちゃん相手に炸裂してしまったせいだったのか。
「そうでしたの……寝ぼけていて、覚えていませんわ。
 きっと嬉しかったのでしょう、私も。でも……これでおあいこですね」
気がつくと私の昼食は全てなくなっていた。
話しているうちに、自然と箸が進んだのだろう。
一子ちゃんも、気を使ってくれたのかもしれない。
「さ〜、それでは食後にはやっぱり私の淹れるお茶が欠かせませんよねぇ〜お姉さまっ。
 では早速、不肖一子。お姉さまのために至高の一杯を淹れてきますっ!」
「あっ、一子ちゃん待って――」
私の制止も届く事なく、一子ちゃんは厨房へと消えていった。
「なっ、なっ、何でですかぁああああああっ!!」
ほどなくして、厨房から怒号とも絶望ともとれる絶叫。
「だから、待ってって云ったのに……」




こうして、私と幽霊となってしまった一子ちゃんとの少し奇妙で、
とても奇跡としか思えないような、幸せな時間が動き始めた。


559名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:18:09 ID:Nrhhj1MH


誰もいない図書館に行く私に付き添ってくれたり、
「お姉さま〜、私も本を読みたいですぅ〜」
「しょうがないわね……ページをめくってあげるから、読みたい本を持っていらっしゃい」
「わ〜い! さっすがお姉さま。……はいっ、じゃあこれをお願いします」
「乙女の港……? 川端康成の本ですか」
「とーっても面白いらしいですよ」
「分かりました。じゃあ、私も一緒に読みますから、次のページに行くときは云ってくださいね」
「はいっ、あぁ〜幸せ。お姉さまと読書〜☆」
………
……

「お姉さまぁ、まだページをめくっちゃダメですってばぁ!」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「もう…………」
「……一子ちゃん…その、まだかしら」
「……うぅ、だって……とっても意地らしくてっ、私この子の気持ち、よく分かります……」
「……私は……早く続きが読みたいです」



560名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:19:14 ID:Nrhhj1MH



一緒に並木道を歩いたり、
「わ〜、お姉さま、お姉さまっ、雪が降ってきましたよ〜。
 きゃ〜、冷た……くなぁあいっ! 雪が雪がっ雪さんまでが私を素通りしていってしまうのですねぇっ!!」
「一子ちゃん、何も泣かなくても……」
「私毎年初雪が降ってきたらお空に向かって大口を開けるのが慣例でしたのに〜〜!」
「そんな事をしてたのですか……まぁ、初雪はとうに過ぎているのですけどね……。
 でも、楽しそうですね、それでは、代わりに私が……、あ〜〜ん」
「はうっ、ダメですいけませんお姉さまっ! エルダーともあろうものが
 そんなはしたない行為をなさってはマリア様もお空からきっと見ていらっしゃいますよぉ〜!
 しかもそれが私の真似だなんて知られたら
 きっと私はお姉さまをそそのかした極悪人として地獄に落とされてしまいます〜〜〜!!」
「あ〜〜〜……、いけません一子ちゃん、人が来たわっ!」
「きゃ〜、きゃ〜〜〜! お姉さまがこんな事をなさっている所を人にお見せするわけには行きませんっ!」
「そうじゃなくて、一子ちゃん幽霊なんだからっ、ほら、早くお隠れになって……」
「お姉さま、お隠れになるだと、死んだという意味になると、古文の先生がおっしゃてました……」
「あ〜、も〜っ! そんな事はどうでもいいですからっ、早く隠れなさ〜い!」


561名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:20:12 ID:Nrhhj1MH


迷子になった子を送ってあげたり、
「お姉さまお姉さま。この子、初等部から迷い込んできて
 帰り方が分からなくなってしまったらしいのですが……」
「……一子ちゃん、あなた……もうちょっと幽霊だという自覚を持ってみてはどうでしょうか……」
「はぅう、お姉さま、ごめんなさい〜」
「一子さまをおこらないでください、お姉さま。
 一子さまはわたくしがこまっているのを見かねて声をかけてくださったのです」
「そう……そうですか。ごめんなさいね、一子ちゃん」
「いえいえいえっ! そんな、謝らないでください、お姉さま。
 ……ぇと、それで…お願いがあるのですが……」
「そうね……。さすがに一子ちゃんを送りに行かせるわけにはいかないし、私がお連れしましょう」
「ありがとうございますっ、お姉さま〜!」
「それじゃあ行きましょうか、お嬢さん。
 私の名前は宮小路幸穂よ。お嬢さんは、なんていうのかな?」
「ひさこ……。かじうらひさこと言います。
 ……あの、さちほお姉さまは、エルダーシスターの、さちほお姉さまですか?」
「まあっ、初等部の生徒にも、私の事を知っている人がいるのね、嬉しいわ」
「さすがですっ。さすがお姉さまです! そのご威光は高等部には決して留まらないのですねっ!」
「わたくしも、大きくなったらお姉さまのようなエルダーになりたいです」
「そう……緋紗子ちゃんなら、きっとなれますわ」
「はいっ。わたくし、がんばりますっ」
「……なんだか私、歴史的な瞬間に立ち会ったような気がします……」


562名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:21:47 ID:Nrhhj1MH



寮で私のお世話係りになっている子にヤキモチをやいたり、
「いつも美味しいお茶をありがとう」
「そんな、お姉さまに褒められると、秦は照れてしまうのでありますよ〜」
「ふふっ、それは可愛らしいですね」
「はわわぁ〜、そ、それでは秦はこの辺で失礼するのでありますよ〜」
「…………ふぅ。一子ちゃん、もう出てきても大丈夫ですよ」
「う〜ら〜め〜し〜やぁ〜」
「一子ちゃん、ちょっと怖いかも……」
「き〜、何ですか何ですか〜! 秦ちゃんったら私がいないのをいい事にお姉さまを独り占めしていただなんてっ!
 あぁ〜〜私にお茶を淹れる事ができれば絶対に一番おいしいお茶を淹れてあげる自信がありますのに〜〜っ
 それは確かに秦ちゃんは私が存命だった頃と比べて格段にお茶の淹れ方はうまくなっているけどお姉さまの
 寵愛を一身に受けて生きてきたのかと思うと思わず無意識のうちに呪ってしまいそうな気分にさせられるというのに
 私ってば幽霊兵長のくせに意識的にすら人を呪ます術すら知らない半端もんなわけであ゙〜〜〜、ぐやじぃいいいっ!」
「もう……一子ちゃんったら、物騒な事を言ってはいけませんよ」
「はい……私だって本当は秦ちゃんの事は大好きです……少しだけ、羨ましかっただけです……」
「ふふっ、でもこうして私と毎晩一緒に寝ているのは一子ちゃんだけですよ?
 さ、いらっしゃい、一子ちゃん」
ぽむぽむっ
「お姉さまぁ〜〜〜!」


563名無しさん@ピンキー:2005/03/25(金) 17:22:52 ID:Nrhhj1MH


本当に夢のような日々が過ぎていった。
でも、ずっと気がかりに思っていた事も二つだけあった。
「……おはよう、一子ちゃん」
「……んむぅ……すぴ〜〜〜〜。……むにゃぁ……」
「一子ちゃん、一子ちゃんっ、朝ですよ、起きなさいっ」
「ふなぁ……あ゙いぃ……」
一子ちゃんの慢性的な寝不足がずっと続いている事と、
……それが日に日に重くなってきているように感じること。



そして、私の幸せな日々は、終わりの時を迎えようとしていた。