「『アレ』を使うのは、、、不愉快なんだけどな」
ベルゼバブは部屋の中央から少し離れ長椅子を向き、わずかに目を閉じた。
瞬間の青い閃光とともに長椅子は円陣を纏(まと)う。
その中には無数の幾何学的な文様が描かれ、青白いまま蠕動(ぜんどう)していた。
呼吸をしているかのように少しずつ成長していき、それは円から球へと変化する。
人間にはとてつもなく不快であろう音の波が広がり
部屋全体がゆがむほどの波紋に育ってゆく。
ほどなくして球体全体が煮込まれているかのようにゆっくりと垂れ落ち
そのねばいしずくが地面にたまりやがてうねうねとうごめく。
その物体は偶然の産物ではなくここ地獄ではポピュラーなもので
もちろん王たるベルゼバブが呼び込んだのだ。
その物体の地獄での行動はまちまちだが、ほぼ統一された働きをする。
それは地獄の瘴気に触れ朽ちていったあらゆる物事、つまり「カス」を餌とし、
そしてカスが溜まり腐臭がただようのをふせぐという役割である。
『魔界の掃除機』
その物体はそう呼ばれる。
しかし我々人類はその物体を般的にはこう呼んでいる。
『スライム』、と。
スライムが『魔界の掃除機』であるのなら、むろん掃除屋もいるはずである。
「ブビーーーーーーーーッビッビッビ!!!」
どずうううん、と地響きをたてなにごとかが降ってくる。
(っと、『掃除屋』まで召喚させてしまったか)
「ベルベバブばばァァァァァァァ。ぼびばびぶびべぶゥゥゥゥゥゥ」
不思議な発音をする。パンデモニウムの暗い一室が甚大なる埃(ほこり)から
解放されるまでしばし。その後のっそりと現れた巨大な、なにか。
「ぼべべべべべべべべべべべべ」
「、、、あいかわらずだな。『マスター』」
『マスター』と呼ばれたのはもちろんこの巨大な、なにか、である。
はっきりしろと言われそうだが、およそ人類の知識の幅を超えたものであり
正確に描写することは不可能であるかと思える。
しかしそこをあえて言葉で写生するならば、亀のような、だろうか。
亀の甲羅より出ている頭の部分、それが象の鼻のようにのっそりと長い。
そしてそれが前面に存在しており、その下にはイソギンチャクのように無数の
なんとも言いがたい突起がうごめいている。
もっと分かりやすく言うと男性器をさかさまにしたような物である。
それが、知能を持っている。そして、濡れている。
(仕方ない)
「『マスター』、こちらを」
とスライムの接近を許してしまっている裸体を指差し、あとは何も言葉を発さない。
−掃除しろ−
ということなのだろうか。
「びべっばァァァァァァァァァァ」
『マスター』は全体から粘液を垂らしつつ裸体に鼻(?)の先を向ける。
そして沈黙。
『マスター』は鼓動をはじめ、怒りに満ちたように血管をうき立たせる。
鼻の先から色が見えそうなほど呼気を吐き、そして天を衝(つ)いた。
(本気になったか、、、なんせこの色香だ)
多少の不安をかかえながら、しかし『キミ』に対する軽い悪戯心もあった。
そして嫉妬心も。
(すこしくらいの無茶も、いいか)
興奮する『マスター』を尻目に「あの方の花嫁サンですよ」と一応釘をさし、部屋をあとにする。