時は未来、ところは宇宙、星間国家として覇を唱える魔法帝国は、後継者問題から千路に乱れていた。
先帝の嫡男が呪いをかけられ、100年の眠りについたため、数千年にわたる血統が断絶の危機に瀕していたのだ。
傍系をかつぎあげる勢力は後を絶たず、内乱に次ぐ内乱は、帝国の臣民に塗炭の苦しみを与えていた。
ここにあたり、帝国を司る主要な6王家は、皇子の呪いを解くべく勇者を送り出した。
これは、勇気ある6人の王女たちの物語である。
数々の苦難を乗り越えた王女たちの目に、豪奢な寝台に眠る播磨皇子の姿が映る。
塔の基底部にある、この広間の中央にある宝珠には、眠りつづける皇子の姿が映しだされているのだ。
「話が違うわ。ぜんぜん良い男じゃないじゃない。私、帰らせてもらうわ」
踵を返して引き返そうとする愛理を、仲間たちがが引き止める。
「百年も経ってるんですし、言い伝えに間違いがあったのかも」と、鬼怒川
「そうそう、それに、あの姿は魔女の呪いかもしれないよぅ」と、天満が能天気な声をあげる。
「とりあえず、伝承にしたがって口づけてみれば? 減るもんじゃないし」
円の提案は至極もっともだったが、愛理は狼狽を隠せなかった。
初めての相手が、よりにもよってあんな男だなんて。想像してたのとぜんぜん違う。
でも、皇子を連れ帰るか、せめて子種を貰い受けなければ、帝国は崩壊してしまう。
「行くしかないわね……」
小声で呟くと、愛理は播磨の横たわる寝台へと続く階段へと歩み寄った。
と、その時、目に見えない障壁が紫に輝き、愛理たち一行の行く手を阻んだ。
「結界?」
衝撃から飛びのいた愛理が、頭を振りながらそう呟くと、
「邪悪な魔法使いを倒さねば、この先には進めません」
金色の光が差し込むと、可憐な妖精が現れ、愛理たち一行に告げた。
「私たちは聖剣の精。知恵と勇気ある真の勇者にこの剣を托すためにあらわれました」
固唾を飲んで見つめる一同の視線に恥じらいを浮かべながら、そばかす顔の妖精が告げる。
「まずは、貴方たちの知恵を試します。朝は4本足、昼は2本足、夕べには3本足、これ何だ?」
「はい、はい、はい! 私、それ知ってる」
天満が勢い込んで答える。
「答えは、『化け物』」
そばかす顔の妖精は、めがねっ娘妖精としばらく顔を見合わせていたが、
「不…不正解なので…け 剣はあげません…」
哀しそうな表情で告げると、かき消すように消え去ってしまった。
一同を重苦しい沈黙が包んだ。妖精が消えた部屋に、肌寒い空気が流れる。
「抜け道が……あるはずよ」
いち早く立ち直った愛理が、率先して塔の壁を探り始めた。
「ともかく、皇子のもとに辿りつけば良いんだから。あんな剣なんか必要ないわ」
自分を奮い立たせるためか、天満に慰めの言葉をかけながら壁面を丹念に叩く。
我に返った王女たちが次々と壁面を探ると、やがて短剣が差し込める隙間が見つかった。
「私に任せてください」
手懸りを壁面に穿つと、一条が持ち前の怪力を発揮した。
「皇子っ!! 今アナタのもとに参ります!!」
汚名を返上すべく、先頭をきって隠し通路に飛び込む天満
その声が届いたのか、播磨皇子は、一瞬身じろぎをした。
「…え? まさか、目が覚めたのかしら…」
悪い魔法使いは、播磨皇子から体を離し独白した。
唾液がひとすじ、口の端から流れ落ち、端正な魔法使いの顔を妖艶に見せている。
「麻生、管、これへ」
口元を拭い虚空に向かい手を叩くと、
「御前に…」
暗闇が凝縮して使い魔たちが現れた。
「何者かが、塔へ侵入しました。可愛がってやりなさい」
「御意」
塔の内壁に設けられた抜け道を急ぐ王子たちの前に現れる使い魔たち。
巨大な魔羅を象ったゴーレムが襲い掛かる。
使い魔たちと王女一行は激しい痴闘を繰り広げた。
だが、それはまた別の機会に語られるべきであろう。
かくして、愛理王女ただ一人が、皇子の待つ塔の最奥部へと足を踏み入れることとなった。
「皇子……王女エリー 今……お迎えに上がりました。……どうか眠りをさまし、私と契りを……」
高らかに口上を述べる愛理の目前で、寝台の帳が音を立てて閉まる。
「皇子……」
それにも挫けず、愛理が再び口上を繰り返すと、
「お前じゃない」
はっきりとした拒絶の意志が、皇子の唇から発せられるとともに、全ての帳が閉ざされた。
「わははは、皇子からごめんなさいだー!!」
愛理の耳に嘲笑が聞こえる。
おそらく、遠見の水晶球で王女たちの一挙手一投足を監視している廷臣たちのものであろう。
自分達の意に染まぬ皇太子妃の誕生を願わぬものたちは予想以上に多いようだ。
生まれてこのかた16年、これほどの屈辱を味わったことはかつて無かった。
好きでここに来たわけじゃない。帝国のためと思えばこそ、やむなくこの冒険に旅立ったのだ。
乙女の身でありながら、衆人環視とも言える状況下で、皇子と契りを交わす覚悟までして。
「いい加減に…」
激昂した愛理は、口元を引き攣らせ、蒼ざめた顔で叫ぶと、
「起きなさいよ!」
帳に手を掛け、大きく開け放った。
掛け布団が動く。
ようやく観念して目覚めたようね。
鼻息も荒く歩み寄ると、愛理は掛け布団に手を掛けた。
と、艶やかな黒髪が、次いで長い睫に縁取られた鮮紅色の瞳が現れる。
八雲は朱に染まった頬を引き上げた上掛けで隠し、上目遣いに愛理を見据えた。
どっ どういうこと―――っ!?
愛理の口が、言葉を紡ぐことを忘れ虚しく開閉する。
ツカモート国からは、既に天満王女が冒険に参加している。
王家の息女として資格はあるものの、明らかな協定違反だ。
「何であんたがこんなとこにいるのよ?」
やっとのことで絞り出した。
「そ……それは……その……」
質問に答えられず、少し頬を染めながら言葉を濁す。
「布団の中で、いったい何をしてたの?」
「……」
「答えられないようね。このアバズレが…どきなさい。叩き起こしてあげるわ」
王女の声に眦をあげると、魔法使いは杖を片手に寝台から降り立った。
枕もとから帽子をとり、かぶりなおす。
「私は……悪い魔法使いです……」
愛理と対峙すると静かに語りだした。
「私は知っています……この人は今とても疲れています……今は……静かに休ませてあげるべきです」
八雲の台詞はよどみなく続く。穏やかな語り口に、遠く離れた帝都でも、廷臣たちが納得の声をあげていた。
「…この人の眠りを妨げることは王子エリー、例えアナタでも、許しません」
何よ、その私が悪者みたいな言い方…いい度胸じゃない!!愛理は、腰の剣に手を掛けて糾弾する。
「なっ、なんですって? そういうアンタは何してたのよ。いやらしい。その涎は何よ?」
「……これは……」
魔法使い八雲の頬が朱に染まる。
恥らいを見せた八雲の表情が、愛理の心に火をつけた。鞘走りの音とともに宝剣を抜き放つ。
愛理は、言葉とともに八雲に剣を突きつけた。
「皇子は私が叩き起こすわ!! そこをどきなさい!!」
「王女か……魔法使いか……」
「構わないのですか?」
「いずれも帝国の血をひく姫君たち。皇子と契りさえ交してもらえれば問題はない」
遠く帝都でも、この事態に対処するための閣議が行われていたが、衆議は決したようだ。
食い入るように遠見の水晶球を見つめる廷臣たちは、宰相が姿を消したことに気づいていなかった。
皇子って俺のことだよな!? 何だよ契りって!? じゃ、じゃあ、どっちが勝ってもするしかねえのかよ!!
播磨皇子は焦っていた。意識こそ覚醒し、言葉も発することが出来るとはいえ、いまだ身動きすらかなわない。
皇子の傍らでは、愛理と八雲が激しい剣戟を繰り広げていた。
炎のように攻めたてる愛理の渾身の剣捌きを、八雲は涼しい表情でいなしていく。
支援
息が上がりそうになった愛理は、つばぜり合いの最中、小声で問いかける。
「いつまでがんばるつもり!? 知ってるでしょ!? 予言では、皇子と結ばれるのは王女なのよ!!」
「で でも……皇子の気持ちも……」
煮え切らない八雲の態度に業を煮やした愛理は、再び攻撃に転じた。
「これで終わりよ!! この剣とわが心の炎、受けてみよ!!」
気合とともに繰り出された渾身の一撃――だが、紙一重で回避した八雲が差し出した杖が、愛理の顔面を直撃した。
「だ、大丈夫ですか……エリー王女……」
慌てて愛理を気遣うが、愛理の全身からは憎しみの黒いオーラが立ち上っていた。
またも、繰り返される愛理の激しい攻撃。それは必殺の意志を伴い、八雲の急所を的確に狙いはじめた。
魔法が使えないこの間合いでは、帝国有数の剣士たる愛理の剣先をしのぐのは容易ではない。
八雲は、次第に追い詰められた。
「答えよ魔法使い!! 貴様は一体何のためにこの私の前に立ちはだかるのか?」
愛理は、斬撃とともに舌鋒を繰り出した。
「わ、私と皇子は……あなたが知らない百年という時を共に過ごしてきたのです……」
厳しい表情の沢近に、八雲は戸惑い気味に答えた。
八雲の応えに、愛理の剣先が止まる。愛理は杖を制しながら、八雲の瞳をのぞきこんだ。
「…………その言葉に嘘偽りはないと誓うか?」
八雲は一瞬、躊躇した。が、顔を寄せるようにして唇を開くと愛理にしか聞こえない小さな声で呟く。
「皇子は、EDなんです……」
愛理の時が止まる。すぐさま、間合いを取ると、訝るように八雲を見つめていたが、やがて剣を投げ捨てた。
「………興ざめだ」
言い放つと、愛理は八雲に背を向けた。
「そなたの考えはわかった……後は好きにするがいい
……だが私を退けたのだ。半端な結末は許されぬこと……努々忘れるな……!」
さらばだ!! そう言い残すと、何か言いたげな八雲に背を向けて愛理王女は立ち去っていった。
「おおっ王女が身を引いた! どうなるんだ!?」
「うぉーっ 魔法使いの勝ちか!! 何があったんだ?」
廷臣たちの戸惑いも長くは続かなかった。
「それじゃ魔法使いが契るのか?」
「当然だぜ!! 帝国の存亡がかかってるんだから!!」
魔法使いが勝利したということで、廷臣たちは愈愈契りが始まると盛り上がりだした。
次々と空間に窓が開かれ、廷臣たちが露骨な興味とともに魔法使いに賛辞を贈る。
閉じた空間を通じて、契り! 契り! と囃子たてる声が届いた。
え……っ、え……っ、戸惑いを隠せない八雲は、あたりを見回しながら途方に暮れていた。
だから言ったじゃない……知らないから……、囃子たてる声も、愛理にとってはもはや他人事であった。
「……ど どうしよう…………」
困惑気味に呟くが、誰も助けてはくれない。それどころか、
「わしらが見てると、契りに差障りがありますな」
「うむ。あとは、若いもの同士で……ひひ」
などと、興味本位の台詞を遺して魔法の窓は次々と閉じられてしまった。
で……でも…………こんなことは播磨皇子も……私も……望んではいないのに……。
寝台上で硬直している播磨を見やりながら、八雲は思案に暮れていた。そのとき、
「もはや希望はそなたのみ!! 早く皇子と契りの儀を!!」
剣を杖にして天満王女が部屋に辿りついた。ガンバレ八雲!!と言い残し、息絶える。
て……天満チャン!! ……逝っちまったのか? これじゃ待ってた意味がねーじゃねーか!!
静かに涙を流す播磨。だが、身動きひとつ出来なかったその体に、僅かな変化が訪れつつあった。
姉の最後を看取ると、八雲は一瞬だけ思案し、そして瞳に決意を宿らせた。
衣擦れの音とともに、言葉もなく播磨の傍によると、姉の血を播磨の唇に注ぐ。
「………妹さん………はやまっちゃいけねえ!!」
小声で制止する播磨。だが八雲は歩みを止めなかった。
「………あ、あの………」
八雲は頬を染め、艶を秘めた眼差しで播磨を見つめるながら囁いた。
「………フリ………だけ……ですから………」
言うと、四つ這いになって寝台にのし上がった。
震える手で上掛けを捲る。播磨の寝姿が目に飛び込んできた。
ED(Erectile Dysfunction)の呪いは完全に解けたようだ。
そもそも、天満王女と一緒になりたい一心から、皇子自身が望み八雲が施した禁呪だ。
ただ、Endless Dreamingと誤って隣の頁の呪文を詠唱したことに気づいたのは、呪文が完成してからだった。
いつまでも眠りに落ちない皇子を訝った八雲が、改めて呪文を点検した結果、判明したことだ。
以来、100年の長きにわたり治療に務めてきたが、八雲を凌ぐ魔法使いは現れず、八雲自身も、己の掛けた呪いを解くことが出来なかった。
そして今、触媒となる天満の血を得て、播磨皇子の呪いは解けかかっている。
皇子の陽根は、100年の鬱屈をはらすべく、脈打ち屹立した。
八雲は、目を閉じると唇をゆっくりと播磨自身に近づけていった。顔にかかる髪の毛を、手で押さえながら口づける。
ひとしきり幹をピンクの舌先で嬲ると、唇をすぼめ、はりつめた亀頭をほおばった。
オイオイオイオイオイ、マッ……マジか、妹さん!! 予言のスジとはいえヤバすぎやしねーか!!
そう頭で考えはしても、100年の禁欲は言うことを聞かない。
八雲の暖かな唇に包まれた瞬間、皇子の尾底骨から電撃が走った。
皇子の体は固まっているが、陽根の笠は限界まで張り詰め、てらてらと妖しい光を放っている。
八雲は、ローブの裾をたくしあげると、片足づつ、下履きを脱いだ。
「……ローブで、隠します……」
小声で告げるその言葉に、サングラス越しに播磨の瞳が頷いた。
播磨自身は、既に限界まで怒張している。カウパー氏腺液がとめどなく溢れ、幹を伝って袋までつたわっている。
八雲は顔を起こすと、ローブの裾を両手でたくし上げ、播磨の体を跨ごうとした。
と、その時、ラペリング降下してきた帝国宰相高野が、自らの秘裂に播磨をガッチリとくわえ込んだ。
あっけにとられる八雲の前で絞り上げるように数度腰を上下させると、播磨はたまらず吐精した。
「皇子の子種、確かに頂戴したわ」
そう言い遺すと、軽く播磨に口づける。
次の瞬間、するすると天井へ消えていった。
「うわっ、高野宰相って大胆!! ヌチュッて……」
「最初から狙ってたと言う訳か。やるな」
帝都では、廷臣たちが感心していた。
かくして、帝国の後継者争いにも終止符が打たれた。高野宰相は身篭り、玉のような皇子を授かった。
時に帝国暦○○○○年。後に中興の祖として名高い、ヅン・コバヤーシ生誕の秘話である。
魔法使い八雲と播磨皇子のその後は、誰も知らない……。