84 :
根来と戦部:
戦部という戦士がいる。
元亀天正の牢人を思わせる風貌の彼に一度、同僚の根来という人が
(──貴殿は、勇猛果敢な記録保持者であるが、全身修復を終えると全裸になり見苦しい。
私のように髪の毛を衣装に織り込んでみてはどうか)
と声を潜めて忠告したことがある。
されば激戦の特性が衣装にも適用され、無駄にせず済むかもしれない。
という事を、闇討ちと覗きを信条にしているこの合理主義者はとくとくと説いた。
(それは──)
戦部はむずかしい顔をしたまま黙った。髪じたいはさほど惜しくない。
が、ホムンクルスを生で食すという悪癖を見てもわかるように、戦部は生来、細かい事が嫌いである。
(縫いこむのが面倒だ)
第一、ブタさんがシークレットトレイルのDNAうんぬんの設定を、激戦にも適用しているかどうか。
彼は吸血鬼よりは忘れっぽくはないが、ひどく行き当たりばったりで、
1週間が10日と半ば本気で信じている痴呆のような部分もあり、こと物語全体の整合性に関しては、どうもあやしい。
きっと単行本のおまけページでも、特性の説明は要領をえぬまま終わるだろう。
余談がすぎた。
戦部の目の前の合理主義者は、戦部のとっての「面倒」を合理と信じて連日連夜、裁縫に明け暮れているのだろうか。
「いる」
と根来は無表情で頷き、ついで、ソーイングセットと「ブタでも理解できる裁縫」という本を戦部に差し出した。
「いらん」
戦部は嫌そうな顔をするとそれらを押し返し、こういった。
「実はだな」
神妙な顔つきで、いう。
「俺は洗濯ができない」
根来はソーイングセットを手にしたまま小首を傾げた。戦部のいわんとする事がよく分からない。
「制服を着続けていると、汗にまみれて気持ちが悪い。
そういう時はわざとホムンクルスに破かせて、新しい制服を支給して貰っているのさ」
根来は閉口した。
制服がもったいないではないか。