「さて…どうしたものか…。」
「一緒に、っていうのはちょっと無理よね…。」
ターナは心なしか残念そうだった。
暫し槍を持つ手に視線を落としていたが、すぐにクーガーを見る。
「…どうした?」
「私が代わりにクーガーの槍も洗ってきてあげるわ。」
そう言ってターナが手を突き出してくる。
その行動は、槍貸してくれない?と言いたげにしていた。
「それは…1人で行くという事か?」
「ええ、そうよ。…大丈夫、心配しないで。」
クーガーが怪訝そうな顔をしているのに対し、ターナはきっぱりと返す。
しかし、それでもクーガーは中々納得出来ずにいた。
仮にもターナは一国の女王であり、また1人の女性である。
まさかこんな夜道、しかめ荒れ道に単独で行かせるような真似はさせられない。
「なら、俺が…。」
「駄目よ、クーガーは見張りがあるでしょ?」
言いかけるクーガーを制し、ぴしゃりと言った。
「だが……。」
「もう、大丈夫だってば。何かあったら大声出すなり、何なりしちゃうから。」
ターナは槍を持ち上げ、矛先のやや下で自分の右肩をポンポンと叩く。
これは最早何を言っても無駄だな、と溜め息をつきながら悟ったクーガーは持っていた槍を手渡した。
「ちゃんと綺麗にしてきてあげるから待っててね。」
「…くれぐれも気を付けてくれ。」
クーガーが強く念を押すように言う。
そんなクーガーに任せといて、と一言返した後ターナは軽い足取りで森の道に入っていく。
飛び出る木々を槍で薙ぎ払いながら、さくさく進んでいくターナ。
やがて、その後ろ姿は暗き道の奥へと消えていった…。
………ターナが川に向かってから1時間程経った。
クーガーは今日の戦闘で使わなかった予備の1本の槍を手にし、切り株の上に陣取り見張りをしていた。
「……遅い…。何かあったんじゃないだろうな…。」
未だ帰ってこないターナに、ざわめく不安を感じたクーガーはふとそこから立ち上がる。
そして、すぐ正面に張ってあるテントに行くと入り口からテント内を覗き込む。
すると、その中でコーマとカイルとモルダの3人が一列になって眠る姿が確認出来た。
「…………。」
そこでクーガーは一番近い入り口側にいたコーマの腹を、息を潜め無言で槍の柄を使って突付く。
何度か突付いた後に、コーマが寝ぼけ眼でむくりと上体を起こす。
「…誰だよ…こんな夜中に……ってクーガーさん?」
ぼんやりと視界に映るクーガーの姿を見たコーマは意外そうな顔で立ち上がった。
「起こしてしまって悪いんだが…少し見張りを代わってくれないか?」
「へ?そりゃまた急な話だな…。何かあったのかい?…………まぁいいけどさ。」
起き抜けのコーマは目を擦り、何だかんだ言いながらもクーガーの申し出を承諾する。
その後、近くに置いてあった短剣を手に持つと颯爽とテントから出てきた。
「ちょうど夜風に当たりたい所だったしな。じゃ、ちゃっちゃと用足してきなよ。」
特に悪びれた様子もなく、さらりと言うコーマ。
「………………。」
何か微妙な勘違いをしているコーマをジロリと一瞥して、クーガーはターナが通っていった道へ向かう。
後に残されたコーマは何故自分が睨まれたのか首を傾げていたが、すぐにどうでもよくなり鼻歌混じりに夜空を眺め始めた。
…漆黒の闇が支配する道を、クーガーはただひたすらに走っている。槍を手に警戒しつつ先へ先へと進んでいく。
さっきも見たように、ターナが邪魔な木々を薙ぎ払っていてくれたお陰でその道は大分通りやすい。
やがて、道の先にキラキラと光るものが見えてくる。
その先にある川の水面が、照らす月光に反射し光を放っていたのだった。
「姫…!」
そう呟くのと同時に森を抜け、素早く付近を見回す。
そこは思いの外、広い場所で辺り一面視界に入りきらない程だった。
中心に位置する川は、さらさらと緩やかに流れている。
しかし…そこでクーガーは衝撃的なものを見る事となってしまう。
そんなクーガーの目に飛び込んできたのは…。
「ふぅ…たまにはこういうのもいいわよね…。」
信じられない事に、それは一糸纏わぬ格好で水浴びをしているターナの姿。
首から肩へ、肩から腰へ結ぶ体のラインは流麗なたおやかさを醸し出す。
そして、薄白い綺麗な素肌に、動きがある度たわわに揺れる豊満な乳房…惜しげもなくその肢体を見せている。
煌めく水飛沫と、月光に曝されその美しさを一層引き立てていた。
「なっ…。」
クーガーは小さく呻くとじりっ、と後ずさる。
すぐさまターナに気付かれないように、横に見えた草むらに隠れた。
草むらを背にして座り込んだクーガーは今のこの状況に困惑する。
「…ど、どういう事だ…。これは…。」
たった今、見たものは見間違う事なくあのターナである。
そのターナの裸体を直に見てしまった事に、言い知れぬ気持ちが込み上げてきた。
と、そこに…。
「……クーガー…。」
不意にターナの口から自分の名前が出てきて、クーガーは思わず身を強ばらせる。
そして、ターナは何処か切なそうな雰囲気で水浴びを続けていた。
両手で水を掬い、それを胸へ持っていき放す。
手が触れた時、乳房がぷるんと揺れ掬った水が流れ落ちる。
「…………私の気持ち…気付いてくれているのかな…。」
「……!?」
続けて、耳を疑いたくなるような発言が聞こえてきた。
(まさか…そんな筈は…姫が……姫が俺を…?)
珍しくクーガーの顔に動揺の色が浮かぶ。
たらりと一筋の汗が流れ、頬を伝って落ちていく。
確かにクーガー自身、ターナへの恋心が全く無かった訳ではない。
だが、自分は裏切りの一兵に過ぎず、おまけにターナは女王だ。
どう考えても、その関係で釣り合うものとは到底思えなかった。
「…姫…。」
何とも形容し難い歯がゆさに身が震え、その顔をしかめる。