長年ジョゼに付きまとって懇願した甲斐があったらしい。
「ねえねえ、ジョゼさん、エッタを貸してくださいよ〜」
義体の外出時は基本的に担当官とのみ認められているのだが、さすがにジャンもジョゼも根負けしたらしい。
「まあ、最近は随分と落ち着いてきているし……単独行動のテストも兼ねて、許可するか」
「やった〜〜!」
「但し、連れ出す義体はヘンリエッタのみ、時間は1時間、指定されたブロックからは外れないように。なるべくなら車輌内部に留まる時間を多めに裂け。念のため、複数のモニターで監視する。いいな?」
実はビアンキが、
「たまには担当官抜きで外出させるのもいいんじゃないのか。煮詰まっているんだろ。彼女との関係に」
こうジョゼにアドバイスしたのが効いている。
かくして、プリシッラは念願の「生身のお姫様着せ替え放題計画」を叶えることができたのである。
「……やっぱり馬鹿だな。作戦名つけてあまつさえ公表するかよ」
「うかうかしているとアンジェまでゴスロリ漬けにされちゃうわよ」
とある外野の会話である。
「さあって、ミラノにもパリに行けないしダッサい店しかないけど、オリガさんも言ってたもんね〜。『魚がなければカニもエビも魚介類のうち』ってね♪」
とあるロシアの酔っ払い政治家が、日本で吐いた台詞らしい。
当然、聞かされているヘンリエッタには全く何のことかわからない。
だが、プリシッラがあまりにも嬉しそうなので、聞くタイミングを測りかねている。
「ヘンリエッタはどんな服がいい? たまにはトリエラみたいにかっちりした服でも着てみる? それとも、いかにも女の子〜華やか〜ってのがいい?」
「……えっと、私は……」
「はいはい、ジョゼさんの好みに合わせたいのね」
うっすらと頬を染め、俯き加減に、それでも嬉しそうに小さく頷くヘンリエッタ。それを見て、プリシッラも嬉しそうにニヤリと笑う。
「プ、プリシッラさん、笑わないでください!」
「うふふ、プリシッラさんは愛の堕天使であるからして、人の恋路のエネルギーを糧に生きているのだよ」
ヘンリエッタは両手を胸のあたりでぎゅっと重ね、握りしめた。
「……そうですね、恋をしていると……こう、毎日がドキドキで、楽しくて……力が湧いてきますよね」
その純真な反応に、ハンドルを握るプリシッラの目が遠くを見る目になる。
「……思い出すなぁ。こう見えても私、フランスのリセの寄宿舎に入れられて育ったのよ。親が見栄っ張りでね……。でまあ、先輩方から可愛がられて、いろいろとテクニックを教わってきたというわけよ」
「え、私、あの、見ているだけで幸せですので、あのっ!」
雑談も弾み、楽しい着せ替えタイムは終わって、二人は無事帰途に着いた。
「結構一杯買いましたね」
「私も楽しかったから、気にしないで♪ やっぱこう、女の子の服って選んでいて夢があっていいわぁ〜」
後部座席には、紙袋がいくつか鎮座している。ヘンリエッタは助手席に座るのが好きらしく、ついつい口も軽くなる。
「プリシッラさんは結婚して、子供を作らないんですか?」
突然の無邪気な爆弾発言に、プリシッラは狼狽した。
「え? いや、あの……相手あっての話だし」
「プリシッラさんだったら、相手はいくらでもいそうですよ。……ほら、アマデオさんと仲いいじゃないですか」
「ダメダメ。……あれは、じゃれる相手なの。……私の誕生日に何くれたか知ってる?」
「……さあ。指輪とか……」
「そんなものくれるわけないじゃない」
プリシッラはダッシュボードの上を指差した。
そこには、小さな猿の模型があった。
親指大の白い猿は、空き缶の上に座ってリンゴをかじっている。
「きゃー、かわいい! この子なんていう名前なんですか?」
「……日本のカトゥーンに出てきた猿だって。名前はアメデオよ。……大枚はたいて買ったらしいけど、もともとはペットボトルドリンクのおまけみたい」
「……うわぁ。これがおまけですか。かわいい……」
「『これは僕と同じ名前であるからして、僕と思っていつも大事にしてほしい。僕といられないときは彼が君を守るよ』ですって」
「……素敵じゃないですか」
ヘンリエッタは瞳を潤ませて、まじまじとそれを見つめている。
「欲しい?」
「ダメですっ! これはプリシッラさんが大切にしなくてはいけないものですっ! こういうものは値段じゃないんですっ!」
烈火のごとき反論がプリシッラに浴びせられる。その後もヘンリエッタはうっとりとそれを見ていたようだ。
しばらくしてプリシッラが気付くと、彼女は髪の毛で表情を隠すように下を向いて、もじもじしていた。呼吸も乱れている。
「どうしたの、エッタ! 調子が悪いの?」
「いえ、プリシッラさん、実は……」
「……というわけです」
「……なるほど、ねぇ……」
ビアンキは頭を掻いた。
いくら医者でも、男という生き物にとって非常に交わしにくい話題だった。
思春期の女の子に訪れる、変化。
ひどい事件に巻き込まれ、文字通り半身不随とされ、ヘンリエッタは女性としての機能を喪っている。
だが、どんなに痛めつけられても、壊されても、それを修復するために大部分を人工の体に換装されても。
そう、一面のアスファルトを割って、タンポポが逞しく花を咲かせるかのように、彼女にも春が訪れつつあるというわけである。
ただ、悲しいことに実ることはない。
だが、肉体を持っている限り、肉体は常に快楽と言うものに反応する。
『あの……ジョゼさんのことを考えていたら……むずむずしてくるんです……』
『…………』
『何か、ひとく自分が恥かしい気持ちで満たされているみたいで、私、私……ジョゼさんにどんな顔をしたらいいのか……ときどきわからなくなって……』
『……それはね、人間なら誰にでもあることよ』
『でも……でも、こんなこと恥かしくて、ビアンキ先生にも言うことができないし、ジョゼさんに知られたらって考えるだけで死にたくなるし、……プリシッラさんくらいしか、思い切って言える大人の人がいないんです……』
車の中での会話を反芻しながら、つぶやくようにプリシッラは言う。
「……まあ、毎日プライベートな空間にいる義体の女の子には、まず聞けないか」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
「……ジョゼに相談するわけにもいかんしなあ……」
「他の娘からは相談されないの? こういうこと」
「……まあ、それなりに処理はしているみたいだな」
「覗いているのね。やらしい」
「……報告が上がってくるだけだ」
「知ってるんだからあんまり変わらないでしょ」
プリシッラは地面を蹴り飛ばした。
広い中庭の真ん中にあるベンチ。
秘密の会話をするには、部屋の中よりもむしろ、遮るもののないここの方がうってつけだ。
尤も、集音マイクでも狙っているのならば話は別なのだが。
「……で。教えちゃっていい? やりかた」
「何の」
一瞬プリシッラは言葉に詰まり、頬をうっすらと赤らめた。
「……あたしだって女の子よ。あからさまに言わせるつもり?」
「曖昧な言質に許可は出せんよ」
プリシッラはむっとした表情になった。だが、ぐっとこらえ、深呼吸ひとつすると、搾り出すような声で言った。
「……オナニーよ、オナニー」
「……あれって、自分でやりだすものじゃないのか」
「普通はね。でも、ジョゼさんとエッタの思惑がずれていることは、明白じゃない」
プリシッラは、八つ当たりでもするかのように、芝生に生えた雑草を蹴り飛ばす。掴まっていたテントウムシが驚いて飛び去る。
「ジョゼさんにとっては、エッタは妹でしょ。エッタも自分に対して無意識に抑制かけちゃってるのよ。だから、性欲が強まれば強まるほどそれを必死で抑えたがるわけ」
「…………」
「人間って不思議なもので、子宮や精巣で性欲が生み出されるわけじゃないでしょ。それを司る脳味噌があれば、そういった部位がなくても肉体的快楽を求めてしまうものでしょ」
「……受け売りだな」
「……はい、本を読んだ通りです」
「昔、ラバロ大尉にあの本を渡したのは……お前か、ひょっとして」
「あの無骨な人があんな本買えるわけないでしょ」
「……そうか。そうだな」
ビアンキは、紙袋をごそごぞ探ると、一冊の本を取り出した。
タイトルは「女の子の性と思春期」。
「……参考に、と思ってな。『書庫』から借りてきたが、お前とソースが一緒じゃあまり意味なさそうだな。返してくるか」
「で、いいんですか」
「ん?」
「エッタに教えちゃって……」
「むしろ、あの娘を追い詰めるようなことにはならんかな?」
プリシッラは再び顔を赤らめ、目を閉じ天を仰いで言った。
「……私もリセで先輩から手ほどきを受け、後輩に教え込んできたクチですから、自信は……ありますよ」
「……乱れてるな。高校生の時から」
「だから『堕天使』なんですよ、プリシッラさんは」
遠い昔、両の乳房を押し付けながら背後から包んでくれた先輩のことを思い出して、
――正直プリシッラは、疼きを覚えていた。
リコは、例によってぐっすり眠っていた。
シャワーから戻ってきたヘンリエッタは、照明を落とすと、静かに自分とリコの部屋を出た。
プリシッラに呼ばれたのだ。
何だろう。
この間のこと……もしかして、怒られるのかな。
少し憂鬱な面持ちで、ヘンリエッタはプリシッラの私室のドアを叩いた。
「どうぞ」
どこかうわずった部屋の主の声に気付かず、ヘンリエッタは重いドアを開けた。
一応防弾仕様のドアは、木目の紙が貼ってはあるが、実は中には特殊繊維と金属板が埋め込まれている。
プリシッラは、ベッドの上にいた。
正座を崩したような感じで、丁度脚をWの形に折りたたんで座っている。
シルクのネグリジェがやけに大人っぽい。ワンポイントなのか、同じ色のシルクのチョーカーがセクシーな感じを増している。ヘンリエッタはその雰囲気に顔を赤らめながら、部屋の真ん中へと歩み寄った。
「何でしょうか、プリシッラさん……」
「こっちへいらっしゃい、エッタ。シャワー浴びたてでしょ、髪を梳かしてあげるわ」
手招きに応じて、ヘンリエッタはこくりと頷く。プリシッラの喋り方は、いつもの躁的な陽気さと違って、しっとりとしている。
「さ、ベッドに腰掛けて」
戸惑いながらも、ヘンリエッタは素直に応じる。
「わぁ、柔らかい……」
プリシッラは声を上げると、早速ヘンリエッタの髪の毛をくしけずる。ブラシからは大人の女の香りがして、ヘンリエッタはちょっぴり羨ましくなった。
突然ヘンリエッタの体重がプリシッラにかかった。
「プリシッラさんって……本当に、お姉さんって感じがします……」
安心しきって身を委ねるヘンリエッタの頭を優しく撫でながら、プリシッラは口火を切った。
「この間の話、だけどね……」
「……はい」
「……私も寄宿舎にいたとき、同じような経験をしたの。訳もわからず、ただもやもやしたものがおなかの辺りに宿っているみたいで、何かむずがゆいような……」
髪を撫でていた手が、耳の横を流れ、肩に降りてきた。ヘンリエッタは一瞬身をぴくりと硬直させたが、されるがままに委ねた。
「……そんな時、教えてもらったのよ。先輩に、どうしたらいいかって……」
ヘンリエッタの耳を、プリシッラが甘噛みした。ヘンリエッタは抵抗しようとしたが、プリシッラの歯はしっかりと、だが全く痛みを伴わずに、彼女の耳を捕らえて離さない。
歯と歯の合間から、彼女の蠢惑的な舌が、ちろちろと微妙な感触を伝えている。それは、じんわりとヘンリエッタの中から彼女を蕩かし、抵抗力を奪ってゆく。
「ダメです……ジョゼさんが知ったら……知られたら……」
「エッタ。あなたの肉体は、あなたのものなのよ」
するり、するりとプリシッラの掌が肩、二の腕を撫でる。プリシッラの体温が、なぞったそこに火をつけるようだ。
「要は、バランスの問題よ。我慢して我慢してある日突然破局を迎えるより、自分をリラックスさせるほうがいいわ。人間は、肉体を持っているのよ……」
手は、脇腹を這っている。
「溺れさえしなければ、誰にもそれを断罪する資格なんてないわ」
「でも……恥かしいことじゃないんですか……」
「トイレですることは、おおぴらにするようなことじゃないけど、決して恥かしいとか悪いことをしているわけじゃないでしょ」
背中に豊満な乳房が押し付けられ、ヘンリエッタはドキドキした。
「教えてあげるわ。……女の子が本当は、どういうものなのか」
ヘンリエッタが顔を上げた。頬はリンゴのように真っ赤に染まり、その目は――潤み、ぼんやりと遠くを見るような目つきだった。
「……教えてください。プリシッラさん……」
ヘンリエッタは、抱きしめられた。腰が浮き、次にベッドに座った時には、プリシッラの腿と腿の間に挟まれるように、腰と腰とが密着していた。
ぷつり、ぷつりという音と共に、パジャマのボタンがはだけてゆく。ぱさり、と乾いた音がして、パジャマの上着がベッドに落ちる。
ブラジャーの類はしていない。平らな胸が露になる。人工筋肉のおかげで胸の真ん中にくぼみの線が走っているが、かえってそれが平坦さを強調している。
エストロゲンの投与がなければ、彼女は永遠にこの体型のままである。
確かに、パーツの換装は容易だ。
だが、体に不釣合いに大きな人工パーツを増やすことは、それだけ彼女らに負担を与えることになる。
ゆえに、体がそう成長しない限り、「不必要な」パーツが増えようはずもない。
永遠の少女。
この少女を、大人の女へと解き放つことは、果たして正しいことなのか。
腕の中に身を委ねている無垢なるものに、プリシッラは一瞬畏れを抱いた。
だが少女は無垢なままではいられない。
否、無垢なままでいてはいけない。
例え汚れるとしても、識ることをやめず歩みをやめぬことと、無垢なるままで朽ち果てさせることの、どちらが少女のためになるのだろうか。
プリシッラは躊躇いを捨てた。
指先が、すべすべな胸の上を踊る。
ぴくんと、ヘンリエッタの顎が上がる。
今や、ヘンリエッタの額にキスの嵐を浴びせながら、プリシッラは大理石の彫像のようにつややかで皓いその胸を、揉みしだく。
強く、弱く、風のように軽く、あるいは水面のように緩やかに。
淡く儚い乳首を掠め、脇の下から下胸にめがけてしなやかに、肩や二の腕の辺りから大きく、あるいは頚の辺りを密やかに、隠微に。
まるで腕利きのマッサージ師のようにヘンリエッタをリラックスさせる一方で、その指先は淫靡な媚薬を撃ち込む毒針のように、彼女の自由を奪っていく。
まだ上半身しか触れられていないというのに。
動けない。
それでいて、体の中から次第に熱くなってくる。
そして、額や耳や首筋に与えられるねっとりとしたキスが、鮮烈なる冷刺激となって肌の上で弾ける。
ああ……。
背中にプリシッラの豊満な胸が当たる。腰はしっかりと、弾力のある腿で押さえつけられている。
身悶えしたくなるほど気持ちよくて、切羽詰っているのに。
動けない。動かしてもらえない。
その焦燥感が、ヘンリエッタを陶酔感の蜜沼の中にずぶずぶとのめりこませる。
プリシッラの両手の中指が、ヘンリエッタの乳首を指先で転がす。
ああああああっ。
おかしくなっちゃう。
おかしくなっちゃうよぉっ。
悲鳴すら声にならない。
はあっと、ヘンリエッタは大きく吐息を洩らす。
だが、肺の中から空気を搾り出してしまえば、最早彼女には浮力は残らない。
ふっと、意識が白くなった。
後から考えれば、その瞬間に達してしまったんだと判った。
だが、その時は足元から崩れ落ちたような衝撃としか、認識できなかった。
次の瞬間、ヘンリエッタの両足が高く持ち上げられたような気がした。
五感が遠のいて、他人事のように感じられたのだ。
するりとズボンとパンツが脱がされ、ぱさりと床に落とされ、しばらく経ってからようやく耳はその音を感知した。
ヘンリエッタは、生まれたままの姿でプリシッラに抱えられていた。
まるで胎児のように体を丸め、脚をM字に開いていた。
手鏡がかざされ、それが何を写しているか認識できたのも、プリシッラが愛撫を小休止したればこそだった。
「な、なにをするんですか、プリシッラさん! 恥かしいです……」
「見て。あなたのそこについているものよ。可愛いわ……」
ヘンリエッタは真っ赤になりながらも、生まれてはじめてそこをまじまじと見た。
ぷくりと膨らんだすべすべの土手。
幼い丸みを残した腿が合流し、緩やかな楕円形に弧を描いた盆地のような谷を作っている。
その出口を塞ぐように、土手は陣取っている。
その丘からは切れ目が入り、その間から絞る出るように縦に細長い山が走っている。
全体としてその切れ目周辺から土手にかけては、うっすらと朱を刷いたような桜色に染まっている。
蚯蚓腫れのようだとヘンリエッタは思った。
その山脈には上から三分の一程度のところから縦に切れ目が入り。尻の谷間寸前のところで山脈もろとも終わっている。
そこに、プリシッラの指が走った。
「あっ……」
今度はヘンリエッタは、軽く声をあげた。尤も、依然として誰か別の人間が喋っているような分離感は消えていない。
ねちっこい動きでそこを撫で回した後、唐突に指は離れた。
ヘンリエッタはほっと息をついた。
その瞬間、プリシッラの両手がそこに迫り、山脈の切れ目にそっと指をあて、開いた。
「ああっ!」
ヘンリエッタは羞恥にぎゅっと目を閉じた。恐る恐る開いた目に飛び込んできたのは、美しい珊瑚色に染まり、あでやかな光沢を持った内側の肉だった。
「きゃああああっ!」
だが、再び目をつぶる前に、ヘンリエッタは見てしまった。
そのピンク色に輝く花弁の付け根にはロールパンのような皮に包まれた突起があった。
そして、蘭のような形の花弁の奥には更に複雑な形の花弁があり、その奥には縦に窄まった秘密の洞窟が口を開けていた。
「やっぱり恥かしいです、プリシッラさん……」
「エッタ、見ておいたほうがいいわよ。これから、自分で見ようなんてそうそう思わないと思うから……。それにしても、エッタのここって可愛い。まるで砂糖菓子みたい……」
「……くすん」
涙目になりながらも、ヘンリエッタは健気に言われた通りにした。
自分に、こんなものがついているということが意外だった。
そこは、恥かしさにひくひくとゆらめいていた。
「これが……私の……」
だが、それ以上は耐えられなかった。ただでさえ赤い顔を更に染めて、ヘンリエッタは俯いてしまった。
「……よく頑張ったわね。ご褒美よ。大人のいけない遊び、教えてあげる……」
再びプリシッラの指先が、突起を掠めた。
ヘンリエッタはその衝撃に目を丸くして、びくんと顔を上げた。
それを合図に、プリシッラは容赦のない指遣いを加え始めた。
襞をこするように。
土手を揉みほぐすように。
突起を、こねるように。
口の中に指を擦り込むように。
時には早く。
あるいはねちっこく。
少女は、衝撃に溺れた。
果たして、それが気持ちいいのかわからなかった。
電光のような衝撃が、爆雷のような衝撃が、ただ脊髄を駆け抜け、嵐のように体の中で踊っていた。
少女は大きく口を開けた。
舌が、何かを求めるように蠢いた。
やはり、声は出なかった。
いつの間にか、少女はベッドの上で四つん這いになっていた。
高く尻をあげ、かくかくと笑う膝に翻弄され、少女は生まれたままの姿で、恥かしい姿勢を保ったまま、腰を振っていた。
その後ろから、抱え込むようにプリシッラが抱き付いている。
さかんに少女に胸をこすりつけ、下腹部の丘を少女の尻になすりつけ、その指がヘンリエッタに容赦ない責めを加えながら、同時に自身も高まりつつあるようだった。
ぷしっという音がしたような気がした。
同時に、下腹部に、じわじわと熱いものが拡がって行くのを感じた。
ヘンリエッタはのけぞった。
だが、両手でぎゅっとシーツを握り締めたのが最後だった。
ヘンリエッタは腰から崩れ落ちた。
だが指の動きは容易には止まらず、次の瞬間、ヘンリエッタは気を失った。
気がつくと、ヘンリエッタはベッドに仰向けに寝ていた。
その頭を、プリシッラは優しく撫でていた。
ヘンリエッタは慌てて飛び起きた。
「ご、ごめんなさい、さっき私、ベッドに、あの、おしっこを……」
だが、プリシッラは陽気に笑い飛ばした。
「違うわよ。ベッドにおもらしの跡でも、ある? ……それはね、女の子が最高のところまで達したら、出るものなのよ」
「え……」
「どう、気持ちよかった?」
「あの……私、私には激しすぎて、よくわからなかったです……」
落ち込んで目を伏せるヘンリエッタの髪をかるくくしゃっと撫で上げ、プリシッラは言った。
「……まあいいわ、そのうち気持ちよくなるから。私もそうだったわ、最初先輩にされたとき、怖いだけだったもの」
プリシッラはヘンリエッタの頬に軽くキスをした。
「これはね、トイレですることと一緒で、めったに人前ではしないことなのよ。そうね……あなたの部屋にはリコがいるから、したくなったらここへおいで。部屋を貸してあげるわ」
「でも……」
「いいの。こういうことは心置きなく独りでしたいものなのよ」
プリシッラは悪戯っぽく笑った。
「……あ、そうだ。大事なことを忘れていたわ。……せっかくだし、プリシッラお姉さんのするところ、見ていく?」
ヘンリエッタはびくんと身を震わせた。
「いいんですか? さっき、こういうことは独りですることだって……」
「いいのよ。……これは我が校伝統でね。後輩に教えたら、自分がするところを必ず見せるべし。後輩の罪悪感を軽めんがためなり、ゆめ忘るることなかれ、ってね」
「…………」
「みんながみんなすることじゃないし、隠れてこそこそやることだけど、悪いことじゃないわ。むしろ、必要かも知れないことよ。特にあなたには」
「…………」
「感情を制御するって、ただ自分を押し殺すだけのことじゃないわ。適度な息の抜き方を覚えることも、立派なコントロールよ」
「……わかりました。見せてください。……というより、少し、興味あります……」
顔を赤らめたヘンリエッタを見て、プリシッラはにやりと笑った。
「いいわ、御覧なさい」
プリシッラはするりと着衣を脱ぎ捨てていった。体に密着していたシルクのネグリジェが取り払われると、案の定そこには豊満に熟れ切った女の肉体があった。
「プリシッラさんって、胸、おっきい……うらやましい……」
「あはは、エッタ、触ってみる?」
「いいんですか?」
おずおずと触れるたどたどしいヘンリエッタの手つきに、何となくプリシッラは火をつけられる。
「あなたがいちばん歳の離れた後輩よ……うふふ、我ながらいけない先輩だわ……」
指がよく手入れされた茂みをまさぐりはじめると、迫力にヘンリエッタが息を飲み込むのが判った。
刈り揃えたオレンジ色の芝生。
その先の、快楽の蕾。
絶頂を迎えるときは、まるで金木犀の木立を割って芽吹いた宝石に見えるわ。
リセの先輩は、そう言って私を可愛がってくれたっけ。
いつもより早い絶頂が、彼女を見舞った。
「ああっ、ああっ、ああっ、いくっ、いくっ、い……くっ……」
鈴を振るような絶妙なる声が、耳に心地よい音楽を迸らせる。男が彼女の上に跨っていたら、この声だけで満足するだろう。おぼこのヘンリエッタでさえ、聞き惚れる善がり声なのだ。
同じようなものなのに。ヘンリエッタは思った。
プリシッラさんのそれは、本当に綺麗。
ヘンリエッタはそっとプリシッラに近づくと――今や興奮して天を指すその乳首に、そっと吸い付いた。
「ああっ、エッタずるい! イク寸前で始めるなんて……反則よっ……あっ!」
だが、絹のような手触りにうっとりとなったヘンリエッタは聞かない。改めて見やれば、プリシッラの裸体はふっくらとしているが体の線は崩れておらず、乳房も仰向けに横たわっているのに垂れない。
さっきは恥かしいばかりで気付かなかったが、もっちりとしていながら弾力に富んだプリシッラの体は、まさに極上の聖餐だった。
そして、首に残ったチョーカーが、フェティッシュな艶かしさを匂わんばかりに放っているのだ。
ヘンリエッタはプリシッラにしがみつくと、いたるところにキスと愛撫を加えた。幼くたどたどしいそれはプリシッラを焦らし、少なからず彼女を煽り燃え立たせていた。
気がつけば、ヘンリエッタの小さな右手は、プリシッラの手に導かれて茂みの中にあtった。フォークの使い方を教える母親のように、絡んだ指が指の遣い方を伝授している。
しっとりと朝露に濡れた叢の手触りに、そこから漂う芳香に、ヘンリエッタはうっとりと酔いしれた。
知らぬ間に、左手が彼女自身の幼い秘裂をまさぐっていた。
とろとろとかき混ぜると、先程は電光に弄ばれたかのような衝撃としか知覚できなかった感覚が、今度はどんなものなのかヘンリエッタにも理解できた。
気持ちいい……。
ぞわぞわっとして。
さあっと風が吹き抜けるように浮揚感があって。
体の隅々までとろけていくような開放感。
「ふあっ……プリシッラさん、私、すごく気持ちいいです……」
「エッタ……あ、来てる、もう、だ……いくっ!」
プリシッラの脚がぴんと伸びた。背筋は反り返って腰が浮く。二度目の絶頂が彼女を襲い、三度、四度……。
気怠い脱力感に包まれ、眉根を寄せ、頬に髪を汗で貼りつかせたまま、プリシッラは満足の深い吐息を漏らした。
その上に折り重なるようにヘンリエッタはぴったりと寄り添い、はあはあと幸福の荒い呼吸に弄ばれていた。
潤んだ目をわずかに開け、ヘンリエッタは濃密な女の匂いが漂う室内の空気を吸い込んだ。
プリシッラの白磁のようなすべすべの肌は、未だ触れれば熱いくらいの熱を持っていた。
その胸に、ヘンリエッタは耳を重ねた。
どきんどきんと早鐘の動悸が荒く脈を打っていた。
その音を聞きながら、彼女はいつしかくーくーと愛らしい寝息を立て始めていた。
プリシッラは、ヘンリエッタを起こさないように慎重にパジャマを着せた。
そして、自分は裸のまま鏡台の前に座った。
そういえば、こいつとも結構長いつきあいだっけ。
髪のほつれを直しながら、プリシッラは思った。
遠い日。密やかな喜びを知った、あの日。
あの時の先輩と、わずかな休日にパリでこれを買ったんだっけ。
たかだか高校生にとって、乏しい小遣いをやりくりして買った鏡台。
結局リセの寄宿舎には持ち込むことができず、その間はもっぱらこの鏡台は母親が愛用していた。それを知ったとき、プリシッラはくやしくて怒り狂ったものだが。
卒業を契機に、あの人はノーマルに戻った。
かなり寂しい思いをしたものだったが、今でも彼女とは付き合いがあり、たまに彼女の部屋を訪れると、可愛がってくれる。
でもまあ、そろそろあの人からも卒業の潮時か。
時々無理強いでことに及んでいるような気になるのだ。
フェッロ先輩。
私にいろいろといけないことを教えてくれた先輩。
そして今では厳格な同僚――。
振り返ると、ヘンリエッタの安らかな寝顔が目に入った。
プリシッラはネグリジェを取った。再びそれを身につけた。
エッタ、今日は安らかにお眠りなさい……。
彼女の愛の行方を思うと、その困難を不憫に思い、せめてものささやかな幸せを祈らずにはいられなかった。
プリシッラは明かりを落とした。
窓の外には皓く輝く月があった。
「En algo nos parecemos, Luna de la soledad……」
パリ時代に聞いたスペイン語の歌をワンフレーズだけ口ずさむと、プリシッラはソファに横になった。
どこかしら、似たところがあるわ。独りぼっちのお月さん、あなたと私……
もう一度詞を心で繰り返すと、彼女も静かな眠りに就いていった。
月明かりがただ、皓かった。