ガンスリンガーガール 2人目の義体

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122変態医師のバラッド
 マルチェロは、ぐいっとジョッキを呷った。
 それは、一見ピルスナーに見えて非なる液体だ。ワンショットずつ、ライチリキュールとドライジンが入ったカクテルだった。
 ドラフトビア、ディタ、ドライジンの3つが入っているので3D。アメリカのプロレスの技が語源らしいのだが、海兵隊のPXからレシピが流れ流れてイタリアの場末のバーくんだりまで来たというわけだ。
 呑み口は非常に癖がない。ビール嫌いでも軽くいける味だ。だが、ジンとビールはことのほか相性の悪い組み合わせで、翌日二日酔いになる確率が非常に高い。
 だが、マルチェロは酔いたかった。
 イタリア人に明日も昨日も関係あるか。けっ。彼は心の中で毒づいた。
「マルチェロの旦那」
「わかってる」
 わかってるさ。とにかく、俺は今明日のことを考えたくないんだ。
 無言の拒絶にあっても、親父は厭な顔ひとつせず、軽く肩をすくめただけだった。彼は飲んだくれのろくでなしからマフィアに至るまで、さまざまな客を知っている。
 飲み屋とは、手前じゃ心の鎧を脱ぎ捨てられない大人が、酒の力を借りて一時的にでも重荷から解放される場所だ。
 だから、よほど暴れるような酔漢でない限り、彼は客を無下に扱わない。目下のところ、目の前の男――すなわちマルチェロは、黙々と酒を呑んでいるだけなのだ。
 その親父がふと顔を上げると、ドアをくぐって黒髪の女が入ってくるのが見えた。思わず親父は口笛を吹く仕草を――まさか、本当に吹くわけにもいくまい――し、いらっしゃいと声をかけた。
 その女は、外見からして鋼鉄製だった。イタリア男ならとりあえず社交辞令として誘いをかけるべきなのだろうが、漂わす鋼玉の雰囲気があまりにも凛としたものであったため、誰も声をかけない。
 あきらかに、とりつく島がない。
 一見、憲兵かSISDEの役人にさえ見える。
 その無謬の機械女は、フルメタルジャケットのライフル弾が獲物を狙うが如く、まっすぐにカウンターに向かって歩いてくる。

   *   *   *
123変態医師のバラッド:04/11/20 11:01:40 ID:c60kjRrT
 その場の空気が急激に硬直したようだったが、既に酒が回っていた俺は気付かなかった。不意に、しなやかな白い指先が俺のジョッキを掴み、横取りした。
「ジョゼさんから聞きました。ラウーロさんもご存知でしたよ」
「そりゃ、ラウーロの奴からここを聞いたからさ。……それより俺は、仕事の後では一切職場の話はしない主義なんだがな」
 フェッロだ。声だけでわかる。振り返れば、黒髪に黒い服の女が立っているのだろう。……その威圧的な格好は、場末の飲み屋にはふさわしくない。みんな引いちまうわけだ。
「明日はお忙しいはずですが」
「だから、ここで鋭気を――」
「いけません。没収です」
 背後でジョッキに口をつける気配がした。一口含むといきなりむせたようだ。飛沫が俺の首にも飛んだ。
「何、これ」
「何しやがる」
 俺とフェッロは同時に喋った。会話の衝突事故で話が詰まり、とりあえず彼女は俺の隣に座った。気管に入ったか、げほげほとまだむせている。
「あんたもしっかり者に見えて案外抜けてるんだな」
「あなたのところのビアンキ大先生、私を『家では家庭的な女』という設定でフィクション作ってるそうじゃないの。私は誰かさんの大長編童話『パスタの国の王子様』のお姫様かっつーの」
 言うなりジョッキをぐいと俺のほうに返した。どうやらお気に召さなかったようだ。
「口にあわなかったか」
「見た目ただのビールでしょ。含んだ途端に甘味と甘い香りが飛び込んできたから、びっくりしたのよ」
「じゃ、イタリア人らしくガリアーノでもいくか」
「歯磨き粉の味のする酒は嫌いなの。スコッチがいいわ。リヴェットを、ロックで」
 程なく、氷で白いグラスに注がれた褐色の液体が、カウンターの上をすべるように躍り出てくる。
 チンと、グラスとジョッキが音を立てる。後はお互い見つめあうでもなし、別々に呑み始める。
124変態医師のバラッド:04/11/20 11:02:22 ID:c60kjRrT
「……課長からの命令で、あんまり飲ませる訳にはいかないのよ」
「……だろうな」
「……あなた、こんなところで飲んだくれて弱ったりしてないで、黙っていれば立派な変態医師なのにね」
「余計なお世話だ。特に『変態』はこの上なく余計だ」
「後悔してるの?」
「……俺は、常に最善を尽くしている」
「判ってるわ。だから、その一杯は大目に見てやってるの。美女の間接キスつきジョッキよ。ありがたく飲みなさい」
「……だから、俺は変態じゃねえ」
 ビアンキがポエムを作りたがるわけだ。普段の無愛想獄吏ぶりからは想像もできない軽口(しかも、妙に辛辣)がぽんぽん出てくる。
 この馬鹿話に救われているのか救われていないのか、少し俺は落ち着いた。美女との間接キスを楽しむことに決めて、俺は再び軽くジョッキを傾ける。
 クラエスの担当官、ラバロが事故に遭った。即死だったらしい。
 クラエスは機能停止寸前まで陥った。
 俺は義体担当医師だ。通常の医者は生きた人間を相手にするが、俺の相手は機械の体だ。
 この「義体」と呼ばれる機械の体は通常瀕死の少女に与えられる。そんな高価なものがただで手に入るはずもなく、少女は政府のための汚れた仕事に手を染める。
 そんな状況に置かれて小娘がピンピンしていられようはずもないので、「条件付け」という処理によって半ば強制的に忠誠づけられた担当官が、彼女たちの面倒を見る。
 その担当官が突然取り除かれればどうなるか。
 クラエスという義体――患者もそう呼ばれる――は、その知らせを聞いて、精神的に崩壊寸前まで壊れてしまったのだ。
 俺は、彼女をもらいうけた。
 彼女で義体新パーツの試験を行う。
125変態医師のバラッド:04/11/20 11:04:15 ID:c60kjRrT
 そうすれば、他の義体に与える負担は最低限で済む。
 以前、投薬の加減を模索していた頃、副作用でアンジェリカという義体に取り返しのつかないダメージを与えてしまった。
 もう、失敗は繰り返せない。手持ちのカードは限られているのだ。
 だから。
 俺はその決断に、押しつぶされかかっているのだ。
 人をモルモットにする、罪悪感に。

 俺は昔、フランスの化粧品会社のラボにいた。新製品の化粧品が肌に与える影響を調べるのが俺の仕事だった。
 だが、おりしもEUでは化粧品に関する動物実験の禁止を求める法案が可決された。
 それ自身はザル法だった。倫理的な論議の捏ねくりあいはともあれ、検証実験も施さない化粧品を市場に垂れ流すのは、本末転倒だ。
 だが、理性的なところでない場所を舞台に、何かがはじけた。
 ヨーロッパ市場に参入をもくろむアメリカ資本が、意図的にインターネット上にセンセーショナルな情報を垂れ流したのだ。
 スナッフフィルムのようなカギカッコつき「動物虐待映像」が、インターネットを賑わした。
 その結果、どうなったか。
 動物実験を完全に撤廃したと称するアメリカの化粧品会社の化粧が、爆発的に売れたのだ。
 ちなみに売り文句に嘘はなく、製品以前の段階――つまりその会社が子会社に発注する原材料の段階で、より厳密な動物実験が繰り返されている――はいざ知らず、製品にになってしまってからは一切実験は行われていない。
 そして、動物実験を行う会社――つまり俺のいた会社――では連日のデモとより過激な自殺抗議が繰り返されていた。
 何度となく、ウサギとマウスの惨状を声高に叫びつつ、喉をかっさばく女を目にしてきた。
 そういえばブタの肌は人間に似ているのでよく実験に使ってきたが、誰一人ブタを省みる女はいなかったな。
 あまりの惨状に、ライセンス提携の関係で出向してきていた日本人が、俺にこう言った。
126変態医師のバラッド:04/11/20 11:04:57 ID:c60kjRrT
「ヨーロッパの女性は、もう少し理知的だと思っていたのですが……」
 俺は学生時代、鯨を食う日本人は野蛮人だという抗議集会によく出かけていたのを思い出した。
 そして思い知った。
 人ごとだから、人は他人の人格から何から全てを否定できるんだな。
 そして、否定することに酔いしれて死ぬこともできるんだな。
 そして、俺は彼女たちのために一生懸命手を汚してきたわけだ。
 彼女たちが化粧を楽しめるように。
 馬鹿らしくなった。
 だから、辞めた。
 そして、喰えなくなって、俺は温室にいたことを知った。
 実験屋は、ラボという温室を離れたら即座に枯れる熱帯植物なのだ。
 だから、公社に雇われた。
 得意分野がアレルギー反応の医師として。

「せっかくの私の間接キスなんだから、もう少し楽しそうな顔をしなさいよ」
 彼女の一言で俺は我に返った。
「ん」
 正直、冗談を楽しめる気分ではなかった。だが、会話の端緒を切ってしまったのは、正直まずいと思った。居たたまれない沈黙が十数秒続き、見かねたのか親父が口を挟んできた。
「旦那、そういや医者でしたっけ。……最近私の胃あたりがね、調子が良くないというかシクシクと痛むんですわ」
127変態医師のバラッド:04/11/20 11:05:37 ID:c60kjRrT
「残念だけど、私はどちらかというと生身の体は専門じゃないんだ」
「この人はね、どっちかというと切り刻むのが専門なの」
「ははぁ、なるほど」
 フェッロの茶々もあって、親父は完全に誤解した。隣に憲兵のようないかめしい女を従えた「生きていない人間」専門の医者――つまり、監察医と婦人警官の二人組みだと思ったのだろう。
 まあ、当たらずと言えども遠からずだが。
「何だかな、こうやって皮膚を着て服を着て、人間は尊厳ってものを身につけている。だがな、皮膚の下ばっかり見ていると……人間が尊いものだってことが、次第にわからなくなってくる」
 俺はジョッキを完全に空けた。
「こうやって、頭を真っ白にする時間を設けないとな――」
 壊れそうになるぜ。
 フェッロは、静かにスツールから降りた。
「時間よ。……そろそろ行きましょ」
 似非監察医は、似非憲兵に連行されてバーを後にした。
 ドアを閉めると、フェッロは大きく息を吐いた。
「……人間の尊厳がわからなくなるって、言ったわね」
「……ああ」
 彼女は少し俯くと、ややあって俺の正面に回って俺をじっと見た。切れ長の視線が、何か切ない光を湛えて俺に注がれている。
「……教えてあげる」
 彼女は俺の腕を取った。そして、体重をかけて引きずるように、俺を引っ張る。香水っ気はないが、よくトリートメントされた髪の匂いが俺の鼻を掠め、俺は少なからず狼狽した。
「ど、どこへ」
「……いいから」
 腕にぐいぐい押し付けられる、思いのほか豊満な弾力に意志の力の大部分を減殺されていた俺は、ずるずると引きずられてゆく。
 そしてそこは。
128変態医師のバラッド:04/11/20 11:07:01 ID:c60kjRrT
 さして遠くないところにあった、場末の安宿だった。
「ちょっと待て、何で俺なんだ。あんたみたいないい女が……」
 部屋に入るなり上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた彼女に問うと、彼女はいきなり抱きついて舌を絡ませてきた。光にぬらぬらと光る赤い舌は、まるで軟体動物のようにいやらしく蠢き、俺を昂らせる。
 そして、ブラウスにうっすら浮かんだブラジャーの線をみせびらかすかのように、俺の胸にその胸を押し付けてくる。
 あの端正で全く隙のないフェッロからこんなことをされれば、大抵の男は黙ってしまうだろう。俺も息が上がりかけ、何も言えない。
 カチャカチャいう音に気が付くと、フェッロは俺のズボンを脱がしにかかっていた。
 軽くずり下ろして既にいきり立った俺の一物を取り出すと、彼女は猛然と襲い掛かって口に含んだ。
 たまらずベッドに腰を落とすと、彼女はそのまま体重をかけて俺の股の間に陣取り、足をしっかりと押さえつける。
「やめろ、フェッロ……」
 だが、彼女は口を使い続けることで無言の拒絶を表明した。
 ショートカットの黒髪は乱れ、上気した頬に艶かしく貼り付いている。
 可愛らしい鼻の下にある唇は、今や貪欲に俺のものをしゃぶり、せわしなく妖しく蠢いている。唾液の絡まる音がじゅぶじゅぶと部屋に響く。
 その口の奥ではあのいやらしい舌がちろちろと俺の先端を、蟻の門渡りを、あるいは肉茎の裏筋を、さかんに刺激しながら這いずり回っている。
 深く飲み込めば彼女の頬がぷくっと膨れ、出れば彼女の頬はぺこっと凹む。その白魚のような指先は、全て搾り出そうかとでもいうように俺の睾丸を揉みしだく。
「うっ……」
 俺はたまらず、のけぞった。腰全体にびくん、びくんと衝撃が走り、噴出する快楽が脊髄から後頭部にかけてとろけるような気怠さを齎した。
「ん、ん、ん……」
 フェッロは一滴もこぼすまいと、雁を包み込んで離さない。だが、しばらく溜まっていた俺の種は彼女の愛らしい小さな口には収まりきらず、とろりと左の口端から流れ出した。
「んっ、んくっ……」
 それを指で拭うように押し戻すと、彼女は口を押さえて上を向き、一生懸命飲み干した。端正な眉根を寄せて必死で飲み込もうとする姿は淫らにいじましく、俺は正直この女に抑えきれない愛おしさを感じつつあった。
129変態医師のバラッド:04/11/20 11:07:34 ID:c60kjRrT
「フェッロ、無理するな」
「私は飲みたかったの」
 彼女はそのまま俺の股の間からするりと登ってくると、鼻をぶつけるような勢いで俺の唇にむしゃぶりついてきた。
 しばらく貪欲な舌が俺の口の中で蠢いている間に、彼女は器用に穿いていた一切合財を脱ぎ捨てた。
 ブラウスの隙間から、彼女の形のよい腿がちらちらと見えた。細いが、ふっくらと柔らかそうな熟れた女の脚だ。
「あきれた。あれだけ出しておきながら、まだこんなに硬いのね……このままいけそうね」
 彼女は俺の股ぐらを、そのしなやかに淫らな指先でつるりと撫でた。俺がまだ硬さを失っていないことを確認すると、そのままそれを握って彼女自身の股間へと導く。
「ふあっ……」
 とろけるような佳い声が響くと、柔らかい襞がつつつつつ……と俺を飲み込んでゆく。1分もたたぬ前に放出した俺はまだ敏感で、背筋をぞくぞくと戦慄が駆け抜ける。
「ふふ……最高のご褒美をもらった気分……」
 彼女はそのままかくかく腰を振りはじめた。ブラウスを通して染み出てくるフェッロの女の香りは清らかかつ淫靡で、それに鼻をくすぐられた俺はどうしようもなく反応する。
 そもそも服を着たまま俺に跨り、あられもなく乱れる彼女の姿は、貪欲な娼婦のようであり、かつ高貴な豊穣の女神のようでもあり、こうやって目にしているだけで恍惚感に意識が遠くなる。
 不意に彼女が俺の上に倒れこんできた。彼女の激しい吐息が顎の辺りをくすぐり、髪の香りが鼻に心地よい。胸をこすりつけるように体を振る彼女の肌は熱く、ブラウス越しにその昂ぶりが感じられる。
「何か、早い……もう……いっちゃいそう……」
 フェッロは俺の首に腕を絡めた。しなやかな指が痙攣し、そのたびに彼女の爪が俺の肩に突き立てられる。
「……いくっ」
 続いて嗚咽が尾を引きながら彼女の唇から吐き出され、喜悦のアリアがしばし部屋を満たす。体をこわばらせびくん、びくんと脈動するたびに、俺を包み込むそれも痛いくらいに締まってくる。それに促されるように、出したばかりのはずの俺も精を放った。
 彼女は繋がったまま俺の上で弛緩した。荒い息と熱気と汗、男と女の匂いに包まれて、俺と彼女はしばらく余韻を味わっていた……。
130名無しさん@ピンキー:04/11/20 11:09:00 ID:c60kjRrT
>>114に感謝と共に捧げる。まだ完結してないけど。
タイトルよくないなぁ。しかし思いつかないし……
131名無しさん@ピンキー:04/11/21 00:37:01 ID:kACcWBxb
GJ!
続くの?待たせて頂きます
132名無しさん@ピンキー:04/11/21 01:19:48 ID:1oPeTDPG
上手いけど・・・何故にマルチェロとフェッロなんで?
133名無しさん@ピンキー:04/11/21 03:44:12 ID:3p3ab2aR
 俺は煙草に火をつけた。空気を燻らせて、白い靄がうっすらと部屋の中程に層を成す。
 フェッロは先程と同じ格好で横たわっている。乱れた髪、乱れたネクタイ、白いブラウスとその奥に見え隠れする黒い翳り。
 艶かしい。
 やはり普段のフェッロと違う女が、そこに横になっていた。
 少し潤んだ黒い瞳が、しっとりと、だがシャム猫のように挑戦的に、俺をじっと見ている。
 ベッドサイドの照明器具は明らかに安物で、その安っぽい光がかえってフェッロのつややかさと大人の女らしさを際立たせている。
 その空間にしばし見蕩れてから、俺は口を開いた。
 喋ってしまえば、この空間が壊れてしまいそうで、俺はそれを恐れた。
 だが、聞かずにはいられなかった。
「……何で、俺なんだ」
「……私だって生身の女よ。セックスしたくなるときもあるわ」
 俺は煙草を消した。やや乱暴にこすりつけられて刻葉が散らばり、煙が止まる。
「……答えになってない。さっきの飲み屋だって――」
 ――いい男はいくらでも転がっていた。
 お前ほどの佳い女なら、いくらでも男はよりどりみどりだろう。
「……そりゃ、昔はそれでもよかったわ。この脚を差し出せば、跪いて敬愛のキスをくれる男はいくらでもひっかかったわ。……でもね」
 今はだめなの。
 彼女はにじり寄ると、耳元に囁くように言った。
「守秘義務か」
「寝物語にぽろっとまずいことをこぼすのも厳禁ね。でも、それだけじゃなくて、何て言うかなぁ……」
134名無しさん@ピンキー:04/11/21 03:45:03 ID:3p3ab2aR
 彼女は俺から煙草を奪い取ろうとしたようだ。だが、先程俺が潰したことを思い出して、眉を顰めた。
「……もう、元気はいいのに枕作法のなってない人ね」
「すまんな、あいにく都会的に洗練されたメイクラブってのは、縁がない」
 くすっと彼女は笑った。
「そういうデスペラードなところかな」
 ごろつき。無頼漢。そういった類の意味だ。
「勘違いしないでね。私、軽い男はダメなの。上に乗ってても風船みたいにふらふらしてそうな男はね。私が激しく乱れて昇天したいと思ったら、重い男じゃないと釣り合わないじゃない」
「……重いか? 俺が」
「その辺の飲み屋でへらへらしている奴よりはぜんぜんマシよ」
「……ありがとう。褒められたと思っておく」
 冷静に見れば、半分服を着ている状態の俺はかなり間抜けなはずだ。だが彼女はそんなことは気にも留めず、俺の左肩に頭を置いた。
「……クラエスのこと」
「ん?」
「ううん……。せいぜい私にできることは、彼女たちのために厳しく接してやることくらいだけどね……」
 彼女は俺の耳に吐息を吹きかけた。
「……決断で押し潰されそうになっている男の人って、見ると放っておけないわ。……男なら、自分のことは自分で面倒見ろって突き放すだろうけどね」
「だからか」
「厭ね。あまり詮索しないで……。たまらなくセックスしたかっただけってことにしておいて」
 不意に思い当たることがあった。
135名無しさん@ピンキー:04/11/21 03:45:42 ID:3p3ab2aR
 デスペラード。
 「望み」を意味するラテン語に、否定の接頭詞がついて「望みがない者」。
 スペランツァ――望みがないから、人は無頼漢になるのだ。
 お前、そういえばジョゼのことを――
 だが、問わなかった。
 言えば、彼女は傷つくだろう。
 義体担当官にはちょっかいを出せない。
 多感な義体の少女たちが、その事実を知れば苦しむ。
 彼女たちは、社会的には死んだ――あるいは見捨てられ、殺された――も同然の女の子たちだ。
 既に俺たちは、死者に鞭打って汚れ仕事をさせているのだ。
 これ以上の苦しみは、俺たちが負うべきなのだ。
 だからフェッロは、永遠におあずけを喰ったまま……。
 生殺しだな。
 こんな佳い女が。
 俺は彼女を見た。黒い瞳の潤みが、何かを語っていた。
 永遠に、言葉にはなるまい何かを。
 そうか。
 彼女は、幸せになりたくないのだ。
 彼女の望む幸せ以外の方法では。
 だから、俺を選んだのか……。
 俺は、何故か安堵した。
136名無しさん@ピンキー:04/11/21 03:46:38 ID:3p3ab2aR
 そして俺は、服を脱ぎ始めた。
 彼女は笑い出した。
「ちょ、ちょっと、普通は逆でしょ? 始める前に脱いで、終わったら着るのが順番でしょ!」
「だから、これからしようぜ……」
「え……」
 俺はさっきの彼女と同じことをした。不意に飛び掛って彼女の脚を押さえ、そこに顔を埋める。
 黒く眩しい茂みの下に。
 色淡いそれが、息づいていた。
「綺麗だな」
「やだもう、まじまじと見ないで!」
 笑い転げる彼女に覆い被さりながら、俺はそっと彼女の髪を撫でた。
「……ピル飲んでるから、大丈夫よ? ……仕事中に生理来たりしたら、私倒れると思うから。重いの」
 ふふ、と笑って彼女は続けた。
 出し放題よ。
 俺は彼女の唇を奪った。
 叶うなら、せめて今晩だけでも彼女に全てを忘れさせてやるのが、俺の務めだ。
 神ヨ。
 今宵、罪ニ震ヘ、慄ク二匹ノ子羊ヲ許シ給ヘ。
 例ヘ煉獄ノ炎ニ洗ハルルトモ、ソガ我ガ身ヲ漱ギ、御許ヘ辿リ着ク為ノ禊ナラバ。
 我ガ身ヲ火中ニ投ジ、而シテ御許ニ馳セ参ゼムモノ哉。
 彼女のたわわな果実がこぼれ、俺は指でなぞる。
 二人の体は重なり、肌は情熱に灼かれる。
 罪人たちは喘ぎの声を神への供物と捧げ、夜の帳が全てを闇へと包み隠していった。
137名無しさん@ピンキー:04/11/21 03:54:31 ID:3p3ab2aR
>>132
というわけで、オチです。
むちゃくちゃイタイ話になってしまいましたが、バラッドな話をを書こうと思った時点で方向修正不可能。
適度に生々しい話になりそうな人が、彼マルチェロだったというわけで。
2課の他の面々だと、いい男は多いけど軽そうで……。

ところでフェッロさん、1話2話ではスレンダーだったのに、他の話ではぽっちゃり気味。
剥いたらすっげーグラマーなんだろうなーとは思うのですが……作中のネタじゃないんですが、
まさかピル太り? とかゲスな勘繰り入っちゃいます。