昼間にひっそり投下ー。
魔道書というものはつまるところ外道の知識の集大成であり、決して侮ってはならないものだ。
要するに基本的なことを見落としていた、そういうことなのだろう。
「ら、るら、あなた、かわいい、とてもとても、おいしいの」
にっこりと涼やかに微笑む少女は無害そのもののようだ。
だが、この状況ではとてもではないがそう判断することは困難だろう。
さきほどから数時間に渡って続けられている陵辱はこの少女によるものであり、
それから抜け出せずにいる少年にとって、彼女のその微笑みはもはや憎悪と嫌悪の対象でしかない。
「はな…せ…よっクソ女……ッ!!」
組み敷かれ、先ほどから一方的にむさぼられ続ける少年は、
牙があるならば噛み付いていたであろう程に殺気をにじませた言葉を吐く。
しかし言葉はするりと無視され、少女は微笑を浮かべたまま自らの中におさまった
少年のものに再び刺激を与えるために、ゆっくりと腰を上下させる。
そのたびに湿った音が室内に響き、少年の意志とは裏腹に喘ぎが漏れ、その体はびくびくと痙攣していた。
もう何度も精を放ったはずの少年のものが再び硬さを取り戻していく。
「畜生……ナメやがって、この……」
胸に刻まれた邪神の印が輝きを帯びるも、少年の口をふさぐように少女の唇がかさねられる。
その舌が彼をむさぼるようにうごめくとともに輝きは薄れ、少年の体から力が抜けた。
「ん…んぅ…っ」
少年が弱々しく嫌々をするように首をうごかしても少女はそれを許さず口腔への陵辱をやめない。
夢見るように楽しげな微笑をたたえたまま、少女は少年を犯し続ける。
略奪は限界に達しようとしていた。
このままでは死すら確実なものとなる。
少年は初めて自覚した『死』に戦慄を覚えながらも、ただされるがままになるしかなかった。
きっかけはささいなことだった。
夢幻心母で暇を持て余してぶらついていた時に、それと出くわしたのだ。
いつもならば誰かしらが管理しているはずの魔道書、その化身たる少女がふらふらと
頼りない足取りで回廊を歩いている。
少年にしてみればその『書』はどこか得体の知れず関わりたくない類のものだったのだが、
そうはいってもこうして単独でふらついているというのもあまり見過ごせる事態でもあるまい。
「糞、めんどくせーな。ったく」
彼に気づいたのか少女が振り向くが、いつもの如くの呆けたような顔のままである。
「おい、ノータリン、髭んとこにいたんじゃねーのか?何ほっつき歩いてんだよ」
少女は少年の刺々しい物言いにもまったく頓着せずに、ぼんやりと虚空を見上げている。
「なー、オメーがパーなのはボクもよぉーく知ってんけどよー…」
意思の疎通が一欠けらも期待できない相手ともなると、彼も調子が狂う。
と、肩を落す少年の脇を少女は再び頼りない足取りですり抜けようとする。
「ってオイオイオイオイ、勘弁しろよドコいくつもりだっつの、コラ」
慌てて少年が肩を掴んでも、少女は相変わらず夢見る顔つきで歌うような呟きを漏らすばかりで、
彼の言葉が届いている様子は微塵もない。
わかりきっていたものの、彼は心の底から疲れを感じていた。
手を引かれるまま少女は少年の部屋へとおとなしくついてくる。
何も知らない者が見れば微笑ましい光景とすら思うだろう。
「糞、あのオッサンどこ行きやがったんだよ…」
ぶつぶつと少年が呟く。管理を任されているはずの男はあいにく不在のようで、
かといって彼らの主の元にわざわざ向かうのもあまり気が進まなかった。
あの金色の闇は彼のような外道からしても規格外れに過ぎた。
ゆえになるべくなら接触したくない、というのが本音だ。
結果、これといった知恵も浮かばずにこうして自分の部屋まで連れてくる羽目に陥っていたのだった。
「メンドくせえ…なんでボクが」
部屋に戻るなり、少年の口を愚痴がついて出る。
少年の憂鬱にもまったく関わりなく、少女はオッドアイの瞳を虚空にさまよわせるばかり。
ふらふらと歩き出す少女に、慌てて少年が声をかける。
他の術者ほどではないが、彼の部屋とてそれなりに扱いに気を使う物があるのだ。
これだけ力を持った『書』なら、それらになんらかの影響を及ぼしてもなんら不思議はない。
「おい、だからフラフラすんなっつの!」
少女の肩を掴む、と、それまでなんか彼に反応をしめすことのなかった彼女が初めて振り向いた。
怪訝な顔をする少年に、ぐっと少女は顔をよせてくる。
「んな…なんだよ、ボクの顔になんかついてんのかよ」
不意に少女が笑い、少年は視界がぐるっとまわるのを感じた。
錯覚ではない。
「は……?」
一瞬だった。床に押し倒された、と理解するのには数秒の間があった。
何のつもりか、少女は押し倒した彼にのしかかるように頬をすりよせ微笑みを浮かべる。
「おい、何のつもりだよ。…って、よせよ、ひっつくなって!」
慌てる少年に頓着することなく、少女は体をすり寄せすうっと彼の匂いを嗅ぐ。
「ら、ら、あなた、いいにおい」
歌うように囁く少女の微笑みに、少年は我知らず動悸を乱された。
いくら逆十字として名を連ねていても、彼の本質はその外見通りの齢の少年にすぎない。
最初から拒絶を示すならともかく、こういう反応をする相手に対しての免疫がほとんどなかった。
ゆえに『書』の化身とはいえ、こうして少女に無邪気に微笑みかけられたことで
すっかり心を乱してしまっていた。
少女は優しく口づけ、少年の服をはだけさせていく。
「な……」
困惑する少年の言葉を封じるように、少女は再び
――今度は先ほどよりも濃厚な口づけを与え、微笑んだ。
それが駄目押しだった。
だが、このとき彼はもう少し注意深くあるべきだった。
そうすれば気づけただろう、それが食虫花の笑みであると。
少女の強引な愛撫によって、少年のものはもう何度目とも知れない絶頂を迎えようとしていた。
ぷちゅ、じゅぷ、という水音が繋がりから響く。
「あ…うぁ……」
もはや少年の口からは意味を成さない声しか上がらない。
言葉を紡ぐだけの意思はほとんど残されてない。
あるのはただ、少女によって与えられる無慈悲なまでの快楽。
そしてその代償として少年からはその身に宿る魔力が略奪されていく。
「アナタ、おいしい、とてもかわいい」
それでもまだ足りないとでもいうのか、少女は彼の胸に顔をよせ、その乳首を舌で舐り軽く歯を立てる。
「ひうっ!」
ひときわ高い声が少年から上がる。
頭の芯が痺れてしまったような感覚。これ以上は危険だと頭ではわかっていたが、
もはや抗うすべもなく彼はその与えられる刺激に身を任せるほかない。
「たべたい、たべたい、ぜんぶアナタをたべちゃいたい」
歌うような少女の声と共に、その動きが一層激しさを増し、湿った音が一際室内に響く。
「あ…や……また……」
徐々に高まる射精の予感に少年が怯えを口にするが、それは少女の笑みをより一層深めるだけだ。
「だして、ゼンブ、ワタシのなかに」
少女の指が、少年の腹を逆撫でる、それが駄目押しだった。
「――ッ!!」
声にならない叫びと共に、少年は達した。
びく、びくと脈動し少女の中に収まりきらなくなった精液が溢れ、少年の腹を汚していく。
ぜえぜえと息を荒げ力なく横たわる少年になおも繋がったまま、
少女はうっとりと夢見るような顔のまま己の体を抱きしめ虚空を見上げる。
ふわっと柔らかな笑みを浮かべる少女はどこまでも清らかであり淫らであった。
「いやいやいや、もうそろそろそのあたりで満足してもらえないかね?お嬢さん」
どこか楽しげな声が室内に響き渡り、瞬時に少年の顔に険が宿る。
少女もまた、耳をそばだてるように顔を上げ動きを止めた。
「テメ……ッ」
その少女の下で、組み敷かれた格好の少年が噛みつきかねない顔で声の主を睨む。
「おやおやそんな顔をされても困るな、うん困るね、困るじゃないか。助け舟のつもりだったのだがね?」
いつからそこにいたのか、仕立てのいいスーツに身を包みんだ男が椅子に腰掛け鷹揚に笑っていた。
勿体をつけるように顎髭をなでつけながら横目で二人を眺める。
それは少年の神経を逆撫でるに充分な物だった。
「何が…助けだ。どうせ最初っから見てやがったんだろ!!」
少年の罵声に男はおどけるように肩をすくめてみせる。
「なに、この子が散歩にいったきり帰ってこないものだからね、これでも探し回っていたんだよ。
それに君のことだ、まさか本当に食われるとも思えなかったのでね」
言外に少年の手落ちを当てこする。
「おまけになかなかに絵になる見世物だったのでね、つい止め所を見失ってしまったんだよ」
いやお恥ずかしい、と男は笑いながら歩み寄り、少女の額に手をかざした。
途端に少女の体は紙片となってほどけ、男の手に『本』として顕現する。
満足げに本を手にした男は、弱々しく身を起こしながらも敵意をあらわにする少年に微笑みかけた。
表面上は友好的だが、決して温かみなど存在しないことも容易に見て取れる、そういう笑みだった。
「しかしなんだね、君も存外に可愛らしいところがあるようだね?まるで少女のような声をあげるのだからねえ」
くっくっと喉の奥で笑う男を射殺しかねない目で少年が睨むが、一向に気にする様子もない。
「黙れよ。テメエ今この場でイイ感じに刻んでやろうか?」
言葉と殺気だけは立派だが、その体から感じられる魔力は微量でそれが単なる虚勢にすぎないことを男は見抜いている。
実のところ、そういう状態になるのを待ってから止めに入ったのだが。
「止したまえ、君も今は充分に休養を取るべきではないのかな?なにしろ、この子がこれだけ満足しているのだからねえ」
ぽん、と軽く男が平で『本』を叩くと、応えるようにそれは魔力の波動をにじませる。
「なに、これだけ上質の魔力ならば『C』の召喚にもさぞかし貢献できるだろうさ。君もむしろ誇りに思いたまえ」
では失礼するよ、という言葉とともに男は部屋を立ち去り、あとには少年だけが取り残された。
寒々しい沈黙が室内を支配する。
少年はしばし無言だったが、不意に拳を振り上げた。
ごつ、という鈍い音が室内に響き、床に振り下ろされた拳には血がにじむ。
「どいつもこいつも…ボクをコケにして…バカにして……ムカつくんだよッ!!」
解体(バラ)してやる、そう呟いた少年の貌はどこまでも暗く深い闇そのものだった。