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427サンタは我が後席手:04/12/24 22:23:13 ID:f5AgLKuf
『スーザン、トナカイの役をやる気はないか?』
彼は開口一番、そう切り出した。
『広報の大尉をひとり、正午までにモシェーンに運ばねばならないのだが、パイロットが体調を崩した。
いま基地にいるのはアラート要員だけで、我々が最初につかまえられたのが君というわけだ』
 彼女は唇を噛み、時計とオーブンを交互に見て、チャートを思い浮かべた。モシェーンまで行くと…
『機体はホーク112だ』
「今すぐ行きます」
 彼女は大急ぎで出仕度をした。
「行くのかい?」サムがどこかしら不安そうに聞いた。
「大丈夫、昼までには戻るわよ。
クッキーはもうオーブンに入れてあるから、タイマーが鳴ったら出しておいて。そこの本に書いてあるから」
「了解。早く帰っておいで」
出掛けのキスをすると、彼女は愛車のボルボに乗り込んで、ぶっ飛ばした。窓からそれを見たサムは苦笑した。
仕事中は音の2倍で飛んでいるのだから、地上でそんなに急がなくてもよかろうに、と思うのだった。

「ホーク112ですね?」
彼女は飛行隊本部隊舎に入るなり、念を押すように繰り返した。准将は笑った。
イギリス製のホーク112は、ノルウェー空軍が新しく導入したジェット練習機である。(※ 架空の機体である)
彼女はアメリカでホーク60練習機を飛ばしたことがあり、まことに気に入っていた。
「その通り、間違いなくホークだ。ところで、こちらは広報のカーツ大尉」
「よろしく」
カーツは真っ赤なサンタの衣装に身を包み、抱えるヘルメットにまで赤いカバーが掛けられていた。
スーザンは笑いを堪えるのに苦労した。
428サンタは我が後席手:04/12/24 22:23:40 ID:f5AgLKuf
「なるほど、それでトナカイですか」
「その通りであります、少佐」
カーツは滑稽な仕草で胸を張った。
「子供たちに夢と希望を運ぶことが小官の任務であります」
「了解いたしました、ミスター・サンタクロース」
彼女はおどけて敬礼するふりをした。
「両翼端にスモークワインダーが積んである。機体のFCSは既に適合化してある。使い方は知っているね?」
「はい。アクロバットをやるんですか?」
彼女は少し期待をこめて聞いた。
「いや。サンタの衣装の上からGスーツを着るわけにもいかんだろう?
高G機動は無しだ。フライバイして、少し翼を振ってやればいいよ」

 タイマーが鳴って、サムは耐熱手袋をつけてオーブンからクッキーが載ったプレートを引き出した。
口を焼きそうになりながら一枚つまんでいるところに、IGSの所長から電話がかかってきた。
『君が来月の15日にインタビューすることになっている海兵即応連隊のアーケン大尉なんだが、年明け早々にも
クロアチアに派遣されることになった。それで、今日しか先方が空いている日がないと言うんだが、今日インタ
ビュには行けないか?』
サムは少し迷ってから了承した。即応連隊本部はグロムフィヨールにあるが、飛ばせば3時には帰れるだろう。
彼は手早くメモを書いて玄関に置き、ツリーの下のプレゼントから小さな緑色の箱を取ると、自分用のランドク
ルーザーに乗り込んだ。

 F-16がフルバーナーで離陸するときは、本当にすごい。下手をすると滑走路エンドで音速が出てしまう。
そんなF-16と比べると物足りないが、ホークの加速もなかなかのものだ。彼女自身が教育を受けた、老兵の
T-33練習機などと比べると隔世の感がある。ましてや、民間機や輸送機などにしか乗ったことがないカーツに
とっては、まさに戦闘機並みというところだろうか。
429サンタは我が後席手:04/12/24 22:25:00 ID:f5AgLKuf
 ホークは軽やかに加速し、離陸した。彼女はゆるやかに旋回した。彼女自身は裸でもそれなりにG耐性がある
が、カーツはからきし駄目だろう。そのホークは、機首と胴体上面、主翼前端と垂直尾翼の上半分を赤、それ以
外を白とあざやかに塗り分けた特別塗装機で、クリスマスにはまさにぴったりだった。両翼端にはスモークワイ
ンダー、胴体下にはカーツの私物を入れたトラベル・ポッドが搭載されている。

『頭の上に空しかないと言うのは落ち着きませんね』
後席のカーツの呟きがインターコムを通じてスーザンの耳に届いた。
ホークの座席は、後席が前席よりも頭ひとつ分高くなっているので、後席のカーツも彼女の頭越しに前を見る
ことができる。
「複座機ははじめて?」
『はい。広報に行ってからはずっと輸送機でしたから』
彼女はそのとき、エンジンの潤滑油のメーターが少し触れていることに気づいた。安全圏内だが、でも、できれ
ばモシェーンで検査してもらおう、と彼女は心にとめた。普段の彼女の無謀さを知っている友人たちは面白がる
が、彼女は決して不必要な危険は冒さないのだった。

 ブーデからモシェーンまでは30分足らずの飛行だった。
上空をフライパスすると、地上に人が集まっているのが見えた。彼女はトリガーを引き、両翼端のスモークワイ
ンダーを作動させた。
「ホークを導入するとき、英本国型にするか、輸出型にするかで一悶着あったけれど、こういうときには輸出型
で良かったと思うわね」
『なぜですか?』
「本国型は翼端にミサイルを積めないのよ。
スモークワインダーを使うなら、やっぱり両翼端につけてないとね!」
彼女はゆっくりと翼を振ってからゆるやかに旋回し、機体を着陸させた。
430サンタは我が後席手:04/12/24 22:26:52 ID:f5AgLKuf
『さて、私の出番ですね!』
心なしか、弾んだ声でカーツが言った。
彼女がキャノピーのロックを解除して右側に開くと、身を切るような冷たい風が吹き込んでくる。カーツは座席の上に立ち上がって叫んだ。
「ホッホッホウ! メリー・クリスマス、子供たち!」
庁舎の脇に固まって騒いでいた子供たちが、わっとタキシング中のホークに向かって手を振った。
それにつられて、彼女も少し微笑して小さく手を振った。
突然お祭り騒ぎの中に放り込まれ、すこし驚いたが、彼女の心も浮き浮きしてきた。
 そのとき、バックミラーに何かが映ったので、振り向いた。なんとそこに、ソリがあった。
それは、普段は基地内での弾薬輸送などに使われている電動のカートだが、勤勉で遊び心溢れ、かつイタズラの
ためなら超過勤務も厭わぬ整備員たちの手によって、見事なソリへと変身を遂げていた。そして、それをやった
張本人と思しき連中は、セーター姿に赤い帽子と白い付け髭をつけ、小人に扮してプレゼントの山の中に座って
いた。
エプロンまで誘導すると、先導しているカートの乗員もどこかから赤い帽子を取り出してきてかぶった。よく見
ると、彼らも制服ではなくセーターを着ているのだった。
 機体が完全に停止し、ラッタルが掛けられると、地元紙の記者と空軍広報部の隊員が駆け寄ってきた。
スーザンも、カーツといっしょに機体の周りでポーズを取るように求められ、何枚か写真をとられた。パイロッ
トが女性で、しかもエースだというのに興味を引かれたのか、地元紙の記者が彼女から話を聞きたがり、彼女は
「『サンタは我が後席手』といった感じですかね」
などと答えていた。
そのとき、カーツに声を掛けられた。
「少佐、プレゼントを配るのを手伝っていただけませんか?
女性のほうが何かと都合がいいんじゃないかと思うんですが…」
彼女は断ろうとして振り向いた。今すぐ飛んで帰れば、充分に昼前には帰れる。
しかし、子供たちのうち何人かが、いかにも期待するような眼差しで彼女を見ている。
断れないな、と観念した。
431サンタは我が後席手:04/12/24 22:27:50 ID:f5AgLKuf
 インタビューを終えたサムは、通行許可証を首から下げ、ラップトップ・コンピュータを入れたブリーフケー
スを小脇に抱えて連隊本部の廊下を歩いていた。
 アンダヤの戦闘は、ノルウェー海兵隊の経験した最も苛烈な戦闘だった。海兵隊はそれを「北欧の硫黄島」
と宣伝したが、それは同時にその戦闘の相手であったサムを宣伝しているのも同然だった。その防戦にはしばし
ば賞賛が向けられ、そのおかげでこのような機会にはしばしば便宜を図ってもらうことができた。彼が亡命した
という事実がそれを傷つけているが、親衛師団に属し、祖国に片足までささげた相手を面と向かって非難しにく
いのもまた事実である。そして、そこまでして彼が尽くした祖国を捨ててノルウェーに来たと言うことが、彼ら
の自尊心をくすぐるという面もあった。
 警衛の敬礼に無意識に答礼し、彼は玄関の階段を軽やかに下りた。外に出て冷気にさらすと、義足との接合部
が痛むが、彼はだいぶ慣れていた。この国はいい国だが、寒いのだけが気に食わん、と彼はときおり思うのだっ
た。連隊庁舎前の来客用駐車場に止めたランドクルーザーに乗り込もうとしたとき、声を掛けられた。
相手はノルウェー海兵隊のヨルデン少将だった。
「久しぶりだな、クレトフ――いや、いまはクラークか?」
「そうです、少将。お元気そうで何よりです」
「いやいや。ところで、時間があれば家に来ないかね?
実は初孫がいま家に来ていてね、可愛いんだ、これが!」
ヨルデンは、まるで目の前に赤ん坊がいるかのように目を細めた。そんなヨルデンの表情に乗せられ、
彼はついうかうかと了承してしまった。
まあ、と彼は考えた。昼までに辞すれば、夕方前には家に帰れるだろう。
432サンタは我が後席手:04/12/24 22:28:34 ID:f5AgLKuf
 周りの広報や地上要員たちがみんな明るい衣装を身に着けている中で、ひとりだけ普段どおりに濃緑色の飛行
服とヘルメットをつけているせいで、彼女は少しばかり疎外感を感じていた。
 しかし、若い女性の戦闘機パイロットというのはその意外性のために多少は衆目を集めるものだが、ここまで
騒がれるのは彼女にしても初体験だった。子供たちにとっては大柄な男性兵士よりは小柄な彼女のほうが親しみ
やすく、何より、集まった子供たちの母親たちが、彼女のほうにより親しみを感じていた。そんなわけで、空軍
の広報部が用意したプレゼントを渡している彼女の周りには子供たちがまとわりつき、本職の広報部員からやっ
かみ半分の冗談が飛び出す始末。
 内心彼女は気が気でなかった。日没が近く、おまけに空はわずかに雲がかかってきている。しかも、この機体
は明日予定が入っているので、今日中にはボーデに戻しておきたい。しかし、この時間を有効活用するつもりで
ホークは点検を頼んであるので抜け出すわけにもいかず、自分の人の良さを恨むしかなかった。

 飛行機の前で写真を取りたがる子供も多く、仕方なく、彼女はモシェーンの基地に配備されたタイガー戦闘機
の前で撮影に応じた。小さな子供は彼女の腕に収まって満面の笑みと共にタイガーと写真に収まり、そして彼女
はいらいらしながらも楽しんでしまう自分が情けなくてしょうがなかった。
 しかし運命が地上整備員の形をとって介入し、彼女はようやく出発できることになった。広報の隊員がプレゼ
ントを一つ取っておいてくれたので、それを土産代わりに手荷物スペースに押し込む。それに加えて基地の要員
用のシャンパンを一瓶くれたので、山ほどの緩衝材に包んでトラベル・ポッドに収めた。

 日没が迫る滑走路をホークが走る。旋回しながら増速、ゆるやかに上昇してにスモークワインダーを作動、
体を踏ん張り、機体をループに入れた。赤と白に鮮やかに塗り分けられた機体が赤く染まった空に吸い込まれる
ように上昇していく。白いスモークが、続けざまに3つの円を描いた。さすがに少しふらっと来たが、地上から
見上げる人々を見て、やっただけの甲斐はあったと思い、翼を振ってから、帰途についた。
1537時。
433サンタは我が後席手:04/12/24 22:29:10 ID:f5AgLKuf
 ヨルデンの家の車庫の前にランドクルーザーを停め、サムは車を降りた。夕焼けが赤く、綺麗だった。
ヨルデンが身振りで促し、歩きながら言った。
「そう言えば、君がこの間発表したあの論文は興味深いな。諸兵科連合の自動車化歩兵大隊の話だ」
「『自動車化歩兵諸兵科連合大隊-重(CAB-H)の提言』ですね? あれは私が現役の時から考えていて――
正確にはアンダヤに駐留していたとき、機甲科の連中との論争のなかで着想したものなんですよ」
「是非とも詳しい話を聞きたいな。スシでも食べながら話そうじゃないか?」
「スシですか? 私はスシが大好物なんですよ!」彼は喜んだ。
「あの発想の重要な点は、ソフトスキンの車両が有する速度,敏捷性,火力は、機甲部隊が行動する戦場に存在
するある種の空白にちょうど適合し、その混沌を利用することができると言う点で――」
彼らは話し合いながら玄関へと歩いていった。入ったところで彼はふと思い出し、電話を借りてボーデの飛行隊
本部に電話をかけた。
『少佐は間もなくモシェーンを発ちます』

 彼女は操縦桿をぴくりともさせずに、静かになめらかにホークを飛ばした。
飛び立ってすぐ、予報より早く雪がちらつきだした。今夜半からは吹雪くと言う予報である。
ホーク112には前方赤外線監視装置があり、限定的ながらも全天候能力を有する。彼女がそれを使うのは久しぶ
りだったが、それなりにスリリングな体験ではあった。
 10分後、エンジン・オイルの計器にわずかなふらつきが見えた。
彼女は信じられずに、じっと計器を見つめた。油量のほうはさほど心配していなかった。この程度の揺らぎは許
容範囲内の機体が多い。問題は、圧力の低下だった。このような圧力低下を、彼女は経験したことがなかった。

 1548時、彼女は管制に異状を報告した。
「キーホール、こちらタンゴ・ホテル・フォア・スリー・ツゥ・シックス、こちらの計器にはかなり重大な指示
が出ている。エンジンのオイル圧力が急速に低下している。ボーデまで行き着けないかもしれない。
緊急着陸の用意をする」
434サンタは我が後席手:04/12/24 22:30:42 ID:f5AgLKuf
 今現在、ロールスロイス製のジェット・エンジンは、潤滑油がほとんどない状態で動いている。
遠からず焼きつくことは自明だった。
「こちらTH4326、いまエンジンを停止した」
『了解した。そちらの位置はグロムフィヨールの南南西50キロ付近。
160度付近に放棄された緊急用滑走路がある』
「OK――視認した。本機はこれより着陸を試す」

 滑走路の周囲には全く明かりがなく、赤外線監視装置なしには到底発見は不可能だった。
滑走路長はかなり短かったし、凍結している恐れもあった。
風は強く、しかもかなり不安定だ――しかし、ドラッグシュートを使わなければ、オーバーランする可能性が高
い。彼女はエンジンを停止させたままでホークを滑空させ、滑走路へと寄せていく。
〈速度185ノット、降下率1600〉なお増速中――
吹雪きつつあることが事態をややこしくした。着陸復航している余裕はない、チャンスは一度だ。
寸前でスピードブレーキを開き、フレアをギリギリに抑えて車輪を降ろす。ロックした衝撃を感じる。
数呼吸後、主輪が接地した感触。荒っぽい接地に主脚が悲鳴を上げ、機体が揺れるが、車輪が回る感覚がない。
首脚が接地した瞬間にドラッグ・シュートを開傘した。機体が急減速し、体が前方に投げ出される。
 突風を警戒し、また推力が足りなかったせいで相当に荒っぽくはあったが、無事に降りた。
しかし、間一髪だった。シュートを放棄し、滑走路端の格納庫へ向けてタキシングをはじめたとき、エンジンが
火を噴いた。彼女は素早く反応し、消火ボタンを叩いた。エンジン内に放出された消火剤が火を食い止めた。
「ボーデ・コントロール、こちらTH4326。着陸に成功した、無事に停止した」
『素晴らしい』 
ボーデは状況を逐一モニターしていたのだった。
「が、エンジンが完全にイカレた」
彼女はそれに続けて、分かっている損害状況を伝えた。
火災でエンジンが相当に痛んでいるほかに、電装系統が一部焼けていた。
435サンタは我が後席手:04/12/24 22:31:23 ID:f5AgLKuf
『了解した、TH4326。明朝に整備班を派遣し、損害状況を調査する。それまで機体を維持せよ』
「了解」
 彼女はコクピットから飛び降りて、毒づいて腹いせに地面を蹴っ飛ばしてから、飛行機を牽引できる何かがな
いか、探しに行った。吹雪の中に飛行機を放置しておくわけにはいかなかった。
風が激しさを増し、眉庇に雪が吹き付けた。身を切るように寒い風だった。

 ハンス坊やは『急行「北極号」』がお気に入りだった。サムは坊やを膝の上に乗せて、坊やの前に置いた絵本
を読んでやった。坊やはサムの腕にもたれてうつらうつらしながら聞いていて、ときおりはっと起きてはまた
うたた寝した。
 やがて坊やが完全に寝込むと、彼は坊やをそっと抱き上げて父親に渡した。
「それでは、失礼します」
「やあ、遅くまで引き止めてしまってすまなかったな。
君の話は大変に興味深かった。またそのうち聞かせてくれ。奥さんによろしく」
ヨルデンは、土産にポークリブを切り身ごとタッパーに入れて渡した。彼らは終戦後に、一緒に狩りに行った
事があった。
「いいんですか?」
「帰ってすぐに冷凍庫に入れれば大丈夫――ああ、そういうことか。君が持っていってくれれば、1日早く別の料
理が食べられるようになるんだ。家では、料理に対する拒否権はないもんでね」
彼はこぼした。
「たまには自分で作ればいいんですよ」とサムは指摘した。
彼はランドクルーザーに乗り込み、エンジンをスタートさせると、玄関口で見送るヨルデンに敬礼した。ヨル
デンもさっと答礼した。
 予想外に長居してしまって、彼は少々焦っていた。途中で車を停め、カーナビの画面で確認した。
このまま無理に高速道路に乗るより、最短距離に近い道を飛ばしたほうが速そうだった。しかも、市街地は渋滞
している恐れもある。彼はこの国に来たばかりで、よく分からなかった。
436サンタは我が後席手:04/12/24 22:32:50 ID:f5AgLKuf
 人気は全くなく、機体を動かすのは断念せざるをえなかった。彼女は格納庫の裏にあった小屋に入り込んで、
風雪をしのぐことにした。水道も電気もなく、彼女は苦労して暖炉に火を起こし、暖を取っていた。薪だけは滑
走路の近くにある小屋に山積みされていた。
〈お前、人が良すぎるんだよなあ…〉
彼女は火の前でうずくまり、ブランケットをかきあわせた。アルミが蒸着されたブランケットがかさかさと音を
立てた。もう不時着したことはサムに伝わっただろうか。ひとりきりで家に残されて、さぞかし心配しているこ
とだろうが、しかしお互いに何もできない。

 サムは山道を飛ばしていた。彼は今でも空挺隊員の気質が抜けず、普通の人間なら肝を冷やすような状況でも
彼にとっては適度なスリルだった。ヘッドライトが、降りしきる雪を照らし出していた。
〈携帯電話を買っておくべきだったな〉
と彼は思った。普段は研究所と自宅の往復だけで、しかも最近は家での仕事が多かったために、わざわざ買う必
要もないと思ったのだった。辺りには人家の気配が全くなく、電話を借りることもできない。スーザンが不時着
しているとは夢にも思わず、目を三角にして怒る彼女の顔が脳裏を過ぎった。
 ヘッドライトに小屋の影が過ぎった。また無人の小屋だと思って通り過ぎてから、ガラス窓に火明かりが見え
たことに気づいた。

 ふと思い出して、広報がくれたプレゼントの袋を開けてみた。金色のリボンで口を閉じた透明なビニールの袋
に入れられたジンジャークッキー,空軍のワッペン,それとクリスマス・カードが入っていた。
カードを開くと、電子仕掛けのオルゴール音が流れ出した。“ジングルベル”だと気づいて、彼女は慌ててカー
ドを閉じた。窓の外でふと吹雪が勢いを増し、隙間風が甲高く唸る。
 たまらなく惨めだった。国中がお祝い気分の中、彼女だけは忘れられたような田舎の山小屋でクリスマスを迎
えねばならない。異状を見逃した整備員に、今日飛ぶことを頼んできたベルグ准将に、そして下らない広報活動
などで引き止めた広報部に腹が立った。しかし、一番苛立たしかったのは自分自身に対してだった。
437サンタは我が後席手:04/12/24 22:33:52 ID:f5AgLKuf
 スーザンはジンジャークッキーをひと口かじった。ココアとコーヒー、シナモンの風味と、それだけではない
ほろ苦さがあった。
そのとき、光芒が窓を射た。彼女は慌てて立ち上がったが、車の音は何事もなく遠ざかっていく。彼女が落胆し
たとき、車が十メートルほど先で停まる音がした。彼女が戸口に駆け寄ったとき、ドアが開いた。

「夜分申し訳ありませんが――」電話を貸していただけませんか? という言葉を飲み込んだ。
2人は、しばらくの間莫迦みたいにお互いを見つめ合った。
「セルゲイ!」
彼が目を疑い、何も言えないでいるうちに、スーザンが首っ玉にしがみついてきた。彼はバランスを崩し、戸口
に寄りかかった。彼女は彼の顔を両手で挟み、何度もキスをした。
「信じられない」と繰り返すスーザンは涙ぐんでいた。何よりもその涙が彼をうろたえさせた。彼女は気丈で、
彼の前ですら涙を見せることはほとんどなかった。しかし彼女は辛うじて堪え、彼を堅く抱きしめて、体を離し
た。

 格納庫の影とはいえ、吹きすさぶ雪の中で放置されていたホークは半ば雪に埋まりかけていた。彼女はコクピ
ットに滑り込んだ。APUの配線系統は焼けていたが、非常用電源のバッテリーは生きていた。
 ランドクルーザーのウィンチとホークの前輪をワイヤーで結び、サムはゆっくりと車を前に出した。スーザン
は絶対に動くと断言したが、こうしてみると疑いたくなる。しかし車が前進するにつれてワイヤーが張り詰め、
次の瞬間、ゆっくりとホークが動いた。
 その格納庫は、かつてダコタを収容するために作られたもので、スペースの余裕はあった。しかしランクルが
出る余裕を確保するためには、斜めに機体を入れる必要があった。コクピットの彼女はハンドレールを掴んで後
ろを振り向き、機体が完全に格納庫に入ったのを確認し、首を切るように手を動かした。ランクルが停まり、少
し遅れてホークが停まると、彼女はコクピットから飛び降りて走り、ハンドルに取り付いて懸命に回した。途中
からサムも手伝った。シャッターがいらいらするほどゆっくりと閉まっていき、やがて重々しい音を立てて完全
に閉じた。彼らは笑って向き合い、ぱちんと手のひらを打ち合わせた。
438サンタは我が後席手:04/12/24 22:36:17 ID:f5AgLKuf
 隻脚のサムの代わりに走り回ったスーザンは疲れ果て、山小屋の戸をくぐるや否や椅子に崩れ落ちた。機体を
ようやく格納庫に収めて緊張が解け、疲れがどっと押し寄せてきた。どうにか上衣を脱いで、黒いセーターに着
替えた。サムはランドクルーザーのトランクから簡易ベッドを取り出して組み立てた。サムがたびたび不満に思
うのは、彼自身は男の仕事だと思っている力仕事の大部分を妻に任せねばならず、しかも彼女にはそれを楽々と
やってのけるだけの能力があることだった。
「それ、使っちゃっていいの?」
ベッドの上に寝転がり、腕を顔の上で組んでいた彼女が顔だけ動かして聞いた。彼はNASAのクラッカーの缶
を開けようとしていた。
「クリスマスだろう? 奮発しないとね」
そう言いながら、彼は埃をかぶったテーブルを拭き、バスケットから食器セットを取り出して並べ、食事の用意
をした。
 体が暖まったせいもあって暖炉の前でまどろんでいた彼女は、ふと漂ってきた香ばしい匂いにばっと飛び起き
た。
「すごい! どうやって出したのよ?」
「ヨルデン少将の家に招ばれたって言ったろう? そのときに分けてもらったのさ」
そのとき、彼女はようやく思い出し、滑走路を渡って格納庫まで取りに行った。
しばらくしてシャンペンの瓶を抱えて戻ってきた彼女を見て、彼は口笛を吹いた。
そしていきさつを聞いて吹きだした。
「トナカイ役をやらされて、サンタクロースの役をやらされて、挙句の果てに飛行機を壊されて不時着して
それでシャンペン一瓶か!」
そう言われてみると彼女も何だか莫迦莫迦しくなって、二人してしばらく笑っていた。
439サンタは我が後席手:04/12/24 22:37:22 ID:f5AgLKuf
 たいていのハンターと同様に、彼も精肉されていない肉を料理するほうが得意だった。それはほとんど調味料
も使われていない素朴なものだったが、彼女が食べたいかなるクリスマスのディナーにも勝るとも劣らなかっ
た。というのも、それらは、彼の深く純粋な愛情と言うソースで味付けされていたからである!
実のところ、彼の絶妙な焙り具合は素朴な味付けと相まって大変に絶妙な味を醸し出していた。

 暖炉の前で二人は彼女の土産のクッキーをつまんでいた。
「エンジンが止まったとき、ああ、これで今年のクリスマスはぶち壊しだな、って思ったわ。
でも何だか、こうして見ると、二人で色々持ち寄ってキャンプしてるみたい」
「こんなクリスマスも悪くないね」
 両親を早くに亡くし、祖国をも捨てた彼にとって、彼女こそが世界で唯一愛する相手だった。彼が愛する全て
がこの家にあるのだった。
彼女は立ち上がり、歩いていって曇った窓を拭き、声を上げた。
「雪が止んでる。予報より早く降り出して、早く止んだんだわ」
彼も立ち上がり、妻の後ろに立った。
白い雪が月光を浴びて淡く輝き、幻想的な美しさを醸し出していた。彼女は嘆息した。
「もしもきのう、あなたはこんなところで今年のクリスマスを過ごすだろう、しかもそれに満足するだろうなん
て言われても信じなかったでしょうね。でも今、私はここにいて、こんなに幸せ」
彼は息を吸い、懐に手を入れた。
「メリークリスマス、スーザン」
彼女は振り向き、彼が緑色の小箱を差し出しているのを見た。驚いて茫然としている彼女を、彼が促した。
彼女は急いで、しかし紙を破らないように気をつけて、包み紙をはがした。白い厚紙の箱が出てきた。その中に
はフェルト張りのケースがあった。彼女はそれをゆっくりと開けた。
きれいな青灰色をしたトルコ石のネックレスだった。チェーンは純金で、首まわりにぴったり合うようにデザイ
ンされていた。
彼女は息を鋭く吸い、一方の彼は息を詰めて見つめていた。気に入ってくれたかな?
440サンタは我が後席手:04/12/24 22:38:00 ID:f5AgLKuf
「どうやって――?」
「偶然見つけたんだ」彼は努めてさりげなく、嘘を言った。本当は5つのショッピングモールを渡り歩き、同僚の
夫婦と忍耐強い店員の助言を受けたものだった。
「見つけたとき、それが語りかけてきたんだ。『わたしは奥様のために作られたんです』とね」
彼はケースからそれを取り、彼女の首にかけた。彼女は窓に自分の姿を映してみた。
トルコ石はきれいなブルーグレイの目にぴったり合い、柔らかい金髪がチェーンにこぼれて黒いセーターの上で
映えた。
「――セルゲイ、わたしはあなたに何も――」
「黙って。毎朝、目覚めるときに君がそばにいる。それだけで、僕にとっては最高の贈り物だよ」
「どこかの本に出てきそうなロマンチストね――でも、構わない」
彼は妻のうなじに唇を当てた。
「僕と一緒にいてくれて、ありがとう。僕を一緒にいさせてくれて、ありがとう。
僕を愛してくれて、ありがとう。僕に、君を愛させてくれて、ありがとう」
大泣きしてしまいそうで、彼女は窓の外を睨み、目をしばたたいて涙を堪えた。
「ねえ、気に入ってくれた?」
「莫迦ね――大好きよ!」
彼女は振り向いて、両腕を夫の首にからませた。
アルコールと暖炉で肌はほんのりと赤く上気し、きれいな青灰色の目は濡れてきらめいていた。
彼女は夫の唇に軽く口付けて、かすれた声でささやいた。
“Merry Christmas!”

<終>
441名無しさん@ピンキー:04/12/25 03:22:41 ID:kJuUCIPf
すげーサンタが三人も来たよ!職人さん方GJでしたメリークリスマス!
442名無しさん@ピンキー:04/12/25 23:33:16 ID:AW9yJDb+
職人様、ありがとう、GJです。
仄かな暖かい気持ちになれました。ここは色々なジャンルが見られるので、いいなあ。
443名無しさん@ピンキー:04/12/26 07:09:26 ID:5wOECFNI
48さん、ご無事で良かったです。
タイムリミットが近づいて、かなりドキドキしてました。
どうぞ良い休暇をお過ごし下さい。
今回は軍事関係に弱くても大丈夫な短編で、
二人にあてられながらも一気読みさせていただきました。
過去作品はかなり飲み込むのに時間がかかるので、
48さんファンの方には申し訳ないですが、たまにはいいなあ、と思ったり。

410さん
幼なじみ、イイですよね。
少しづつ変わってく関係に萌えます。
良かったらまた続きを読んでみたいです。

419さん
パーティのおすそ分けにあったみたいでほのぼの。。。
混ざりたいわー。
って自分元ネタを知らないんですが。

職人様、ありがとうございました。
これからも楽しみにしています。
44448:04/12/27 00:12:46 ID:NCBndJIJ
 今回の短編は私が書いた中では初めての「一発も撃たれない・一人も死なない」SSです。それゆえに、
先のお二方に比べれば格段に劣るにも関わらず、私にとってこれは成功作です。
そんなわけで「二人にあてられながらも〜」なんて感想をもらうのも初めてなもので、大いに感動して
おります。ありがとうございました。
 さて、ついでに現状報告です。実はここしばらく、仕事の都合でさらに奥に行っていたので、ご無沙汰
しておりました。
 保守兼用企画についてですが、諸般事情により「II」および「III」を棚上げし、万一投下の要が起きた
場合には「IV」を先行投下します。これに伴い、投下条件を2週間から1ヶ月に強化することで投下頻
度を減らします。もっとも、この調子ならば保守の必要は無さそうなので、一安心ですか。
 ところで、職場には今回の地震の被害は及んでいないようですが、友人が何人かあの辺に住んでいる
ので、心配なところです。そんなわけで、パソコンにかじりついて情報収集に汲々としています。オースト
ラリアの友人からも電話がかかってきましたが、あちらでも情報は不足しているようです。
マスコミの友人が、私が帰っていることを知らなかったようで、「何か知らない?」とかメールしてきた挙句
「残っててくれればよかったのに」とか抜かしよりました。全く薄情な奴です。
445特捜戦隊赤黄:04/12/30 21:19:57 ID:aEXfCyuf
 このスレをちょっとお借りします。 
これから投下するのは、現在放送中のスーパー戦隊シリーズ「特捜戦隊デカレンジャー」のエロ殆ど無し小説です。
 時系列はほぼ現在進行形(44話終了後)、基本の元ネタは8話の「レインボー・ビジョン」から持ってきました。
デカレッド=バン、そしてデカイエロー=ジャスミンのお話です。
 エロ…というか一応そういう場面は出てくるのですが、殆ど描写がなく、
あっても15禁?くらいなので、悩んだ挙句、こちらに投下することに致しました。
 前編(前にテキストファイルでうp)と後編に分かれておりましたが、統一してまとめてこちらに投下…します。
それ故長いので40レスくらい消費してしまうかもしれません。…はっきりいって駄文です。

 ついていけない、下手糞な文章だと思いましたら、名前欄からNGワードあぼーんお願いいたします。

(元スレ)【S.P.D】デカレンジャー総合カップルスレ【S.E.X】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1080011602/
※一応こんな感じで毎週放送されております↓
<"S.P.D" Special Police Dekaranger 燃えるハートでクールに戦う5人の刑事たち !
彼らの任務は地球に侵入した宇宙の犯罪者(アリエナイザー)たちと戦い、人々の平和と安全を守ることである!>

それでは、どうぞ…
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 宇宙警察地球署の刑事、礼紋茉莉花。通称ジャスミン。
 ジャスミンは、エスパーである。相手に触れることで相手の気持ちが読めるのだ。

(捜査以外でそんなことをしたくない。相手の気持ちなんかわかったって、何もいいことなんかないから)
経験上、そう自負する彼女は、あえてそれを遮断する為に、いつも黒の革手袋を着けている。
 ここ最近、”不思議”なことが、ある。
 それは、黒革手袋を着用していても、たった一人だけ、気持ちが読める……否、気持ちが
勝手に自分に伝わってくる人物がいた。
 その一人とは同じ地球署の刑事、バンこと、赤座伴番。
446特捜戦隊赤黄2:04/12/30 21:25:23 ID:aEXfCyuf
 ヘルズ三兄弟に追い詰められ、ああ、もう駄目だ―と思った瞬間。彼はジャスミンの肩に
手をかけ、こう叫んだ。
「手はなくてもそれでも正義は勝つんだ!俺はいつもそう信じてる、お前だってそうだろジャスミン!」
 弱気になりかけ、不安で真っ黒になりそうだった彼女の心に光を照らし、全ての不安要素を
吹っ飛ばしてくれた、あの言葉。
 そう、”昔”と同じ。”あの人”に救ってもらった時。雨が止み、雲がどこかに吹っ飛んだ後の空
―虹がかかった空を見たとき以来だ―と彼女は思った。

 「五人目なんか、いらないね」

 最初の頃、彼には直接言わなかったけど、そう吐き捨てた彼女。
まさか彼が自分の魂を揺さぶるところまで大きな存在になるとは。
でも、これが彼女の『ターニング・ポイント』。
 普段は伝わってこない彼の”心”。事件なり、恋なり、なんらかのきっかけで
彼の”心”に一度火が点けば一緒にいるだけで、彼の”心”が嫌が応にも伝わってくる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ある時。ホージーのイリーガルマッチに観戦がてら、潜入捜査に入ったジャスミンたち。
イリーガルマッチが始まり、序盤。ホージー優勢。相手にダウンを与えた時。
「やったー!」 「「ワン、ツー」」 そして、ハイタッチ。その瞬間。
(相棒!やったな!)
 ジャスミンの心に、バンの”心”が流れてきた初めての、瞬間。

 その日、ジャスミンは手袋を付けていなかった。手袋を付けただけでも、
バレる可能性もないとは言えなかったから。
 誰にも触れなければ、大丈夫。そう思って彼女は手袋を外して、潜入捜査に来ていたのだ。
 バンと素手の状態でハイタッチなんぞしたもんだからバンの気持ちが流れてきたのだと、
その時はそれで納得し、そのまま試合観戦を続けていた。
 そして、ホージー優勢かと思った試合も、筋肉増強剤メガゲストリンを飲んだ相手が徐々に
ホージーを追い詰めにかかり、ホージーにダメージを与える一方。そんな中バンが叫ぶ。

447特捜戦隊赤黄3:04/12/30 21:27:37 ID:aEXfCyuf
「ドーピングまでして勝ちてぇかよ、卑怯者!」
その隣で観戦していたジャスミンの心に流れてきたのは。
(こんなのに、負けるんじゃねえぞ……相棒)
 何もしていない、ましてや触れてもいないのに、バンの気持ちがわかる自分に初めて気が付いた。
 流れてこなくても、予測できる範囲内では、あるものの。
 結局イリーガルマッチが終了するまで、ホージーの試合経過を気にしながらも、心の中に流れてくる
バンの”相棒”に対する”気持ち”を受け止めるので必死だった。
 そして、またある時。それはマシンドーベルマンの車内で。
「緊急手配、真犯人はパウチ星人ボラペーノ。おそらく次はザムザ星人シェイクになりすます」
ボスの連絡を受けて、パトライトとサイレンを点けながらバンが叫ぶ。
「じゃ、きっとマイラさんに会いに行くはずだ」
 (マイラさんが、危ない!助けにいかないと!)
 (……また流れてきた。……失恋したくせに、それももう半年近くも経ってるのに……)
「なぜ知ってる?」
 そう突っ込んだものの、見事に無視されて。挙句の果てに、バンから流れてくるのは、
 (マイラさん、マイラさん、マイラさーん!!)
 「マイラ」の言葉だけ。ドリフトターンまでして、マイラのマンションに向かうバンに、ジャスミンは呆れながらも、
ちょっとマイラが羨ましく、なった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―キィーン……耳鳴りがすると、それは”彼女”からの、”エマージェンシー”という、合図。
 しかし、彼はそれに気付くのはもう少し後の話―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 とある午後の宇宙警察地球署、デカルーム。
クリスマスも終わり、あと5日ほどで新しい年になるというのに、事件は絶えず起きている。
 というわけで、地球署には休みなど、ない。そんな中……。

「ジャスミン、外線にお前宛の電話が入ってるそうだが……」
そうボスに呼ばれて、振り返ったのは、ジャスミン。
「誰からですか?」 「相手はちょっとわからないのだが……どうする?」
「……部屋に繋いでください」 「わかった、じゃ、行ってこい」
そのままジャスミンは、駆け足でデカルームを出て行った。
448特捜戦隊赤黄4:04/12/30 21:34:53 ID:aEXfCyuf
「……ごめん……私、いろいろ忙しくて……」
『えー?そうなの……じゃあ、しょうがないよね。勤務中に電話して、ごめんね。それじゃあね』
「じゃあ……」
震える手で受話器を置いた直後。そのまま床にへなへなと座り込んだ。
(なんで今更……)

―もう、昔の私は、捨てたはずなのに また、思い出す。”あの頃”―

「……ジャスミン、遅っせーなあ……」
はあとバンがため息をつく。
「電話にしては、長いね……俺たちは先に出動させてもらうよ。行こう、ウメコ」
そう言いながら、センとウメコは先にマシンブルでパトロールに出かけてしまった。
 電話を繋いでくれと言って、かれこれもう10分以上過ぎている。
いくら私用だと言っても、一応仕事しているのだから、また後でとか丁重に断れるはず。
(ジャスミンはそういうところ、しっかりしてると思うんだけどなあ) などと思いながら。

「……部屋、見に行ってきていいっすか?ボス」
ボスに一応許可を取る。
「ああ、いいぞ。そのままパトロールに出動してくれ」
「俺も行きます!」 と水を差したのは、ホージー。
「なんだよ相棒ー、相棒はパトロール行かなくていい日だから関係ないじゃんか」
「相棒って言うな。お前一人じゃ何するかわからんからな」
「なんだよそれ!」  またいつもの喧騒。やれやれとボスが声をかける。
「バン……部屋に行かなくていいのか?」
「あ、そうだ!行ってきまーす!」
「おい、ちょっと待て!」
 そのまま颯爽と、デカルームを出て行くバン。もちろんバンの自称”相棒”もその後について行った。

「……だから、別にさぼったり何もしないって!」
「うるさい!お前は信用ならないんだ」
とそのまま喧騒を廊下にまで持ち越し、やっとこさジャスミンの部屋に着いた。
449特捜戦隊赤黄4:04/12/30 21:35:56 ID:aEXfCyuf
 ドアの向こうからは、声はしない。
(電話もう切ってるんじゃないか……)とホージーと目線で合図しながら、バンがドアを3回叩く。
「おーい、ジャスミン。もうパトロールの時間だぜ?」
『……』
再び、ノックを3回。
『……』
「おっかしーな」
「部屋にいないんじゃないのか?」
「じゃあ俺たち、すれ違いだったのか?……あ、あれ?」
バンが何気に触っていたドアノブが動く。
「おい!ジャスミン”とはいえ”、”レイディー”の部屋だぞ!」
何気に失礼なことを言うホージーである。
「でも、なんか事件とかだったら……どうするんだよ?……ジャスミン、開けるぞ?」
とドアノブを回し、ドアを開けた。

 部屋に入ってみる。誰もその部屋には、いなかった。部屋の真ん中にはSPライセンスが転がっている。
「ライセンスがあるんだったら、外には出かけないよな……普通」
「よっぽどのことがなければな」
―!?―
「……隣の部屋に誰かいる」
「また野生の勘ってやつか?」
「なんとなく……」
「……しょうがないな」
 バンの野生の勘を何気に買っているホージーはそのまま部屋に行くぞと合図する。
実は、野生の勘ではなくて、耳鳴りがしたのを、バンはそのままホージーには、黙っていた。
(耳鳴りなんて、久しぶりだな)

 ホージーが部屋のドアをノックする。
「ジャスミン?」 「おーい、ジャスミン!パトロール行かないのかよー!」
(馬鹿!声がでかいんだよ、お前は……敵だったらどうするんだ……)
と思いながらも、ちゃっかりとホージーが
「開けるぞ」と言ってそろそろとドアを開けてみる。
450特捜戦隊赤黄6(↑は5です):04/12/30 21:37:50 ID:aEXfCyuf
 ジャスミンが、ベットに持たれかかっていた。寝ているのか?と思って先に声をかけたのは、ホージー。
「……ジャスミン?」
「……」
むくりと起き上がり、2人を見るジャスミンは、いつもと変わらない。
「……あ……ごめんね。2人とも。もうすぐ行くから……バン、先に駐車場に待っててくれない?」
「わかった」
「お前、なんか顔色悪くないか?」
ホージーにそう聞かれて、すぐさまピースサインを出す。
「ううん、大丈ブイ」
「そうか、ならいい。じゃあ、このバカが足引っ張らないように祈ってるからな」
「うるさいよ、相棒!」 「だから、相棒って言うな!」
 また喧騒しながら、2人はジャスミンの部屋を出て行く。

 ジャスミンはそんな2人を見送りながら
(仕事……しなきゃね) ため息を一つついて立ち上がり、隣の部屋に置いてあったSPライセンスを取って、
後を追いかけるように部屋を出て行った。

「……なあ相棒……さっき、”なんか”見えなかったか?」
「”なんか”って、何が?それと相棒って言うな」
「……じゃあ、別にいい」
「変な奴だな。じゃ、俺はデカルームに戻るから。ジャスミンのこと頼むぞ。
お前はどうもジャスミンの足を引っ張ってるとしか思えんからな」
それだけ言うと、ホージーはデカルームの方へ歩いて行った。

 駐車場に向かう廊下を歩きながら、ボソッとバンは呟く。
「俺の見間違いかなあ……」
あの時、バンの目に一瞬映ったのは、

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。

 はっと気が付くとその女の子は消えて、ベットに持たれかかっていたジャスミンがバンの目に映っていた。
「気のせいだよな……きっと」
451特捜戦隊赤黄7:04/12/30 21:39:49 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―気のせいだと思っても、それでもやっぱり、気になるもんだ―

 マシンドーベルマンでのパトロール中。
「あー、わっかんねー!」
 髪をくしゃくしゃかきむしりながら、バンは叫ぶ。

「わっかんねーって、何が?」
抑揚のないいつもの声でジャスミンに指摘されたバンは、
「まあ、いろいろあってさ」
「……まあ、バンが言わないのなら、別にいいけど」
そう言って、ジャスミンはハンドルを再び握り締め、

 暫しの沈黙。いつもならこんな沈黙も気にしないのに。今日の沈黙は、なぜか破りたくてたまらない。
バンが先に口を開く。
「えーっと、現在位置は……」
 いつもは触ることすらしない、フロントボディに設置してある端末をピッピッピと触り場所を確認する。
何かしらで沈黙を破らないと、気がすまないのだ。
「ポイント184か……」

 そう言った瞬間、それまで何もなかったジャスミンの周りの空気が変わるのを感じ、耳鳴りが突如始まった。
 (今日耳鳴り、多いな……)
 ―キィーン―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 (……あれ?)
 バンは気が付くと、学校らしき建物の廊下に立っていた。

 (……ここ、何処だ?……ってさっき俺車の中にいたはずなのに……)
 辺りをきょろきょろしても、バンには見覚えもないところなのだから、わかるわけがない。
 「あのー……」
 通りかかる人に声をかけようと試みるも、皆バンを通り過ぎて、誰も気付いてくれない。
452特捜戦隊赤黄8:04/12/30 21:40:55 ID:aEXfCyuf
(どうなってんだ……?)
 あせるとどうしても走る癖があるのか、バンは廊下をそのまま通り過ぎ、階段にぶち当たった。
 バンの目に映ったのは、階段に座り込む少女。

 (この子……どっかで見たことある……そうだ!)
 『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。
 どうせ気付かないだろうからと思って、顔を覗く。

 少し幼さが残っているものの、見たことのある、顔。
 (……ジャスミン)
 その少女は、ずっとうずくまったまま、動かない。何かに怯えているように見える。
 (何か、聞こえてくる……)
 否が応にも、頭の中に流れ込んでくる、”負の囁き”。

 (またいるよ)
 (なに考えてるかわかんない)
 (気持ち悪い)
 (またこっち見てる)……

 男の声、女の声……いろんな人の声。
 (これって、ジャスミンのことかよ……)
 「ヤメテ!!」
 少女が叫んだところで……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 再びバンの意識は、マシンドーベルマンの中に、戻った。
「……ちゃん、バン!」
「うぁ……?」
 マシンドーベルマンは、停車中。
「バン……やっと目が覚めた……」
まっさきにバンの目に映ったのは、ため息をつくジャスミン。
453特捜戦隊赤黄9:04/12/30 21:41:50 ID:aEXfCyuf
「……あれ?ここ何処?」
「パトロール中に……居眠りはいけません!」 びしっと腕で×印を出すジャスミンがいる。

 (さっきの……何だったんだろう)

「俺、さっき寝てた?」
「私が運転しててよかっただっちゅーの」
「……ごめん」 「ま、いつものことだし」
「あのさ」 「何じゃらほい?」
「……やっぱ、やめとく」 「変なバンちゃん」

(妙にリアルな夢だったな……。俺、やっぱり変なのかな)

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
 あれは、確かに、ジャスミンだった。
泣きもせず、ただひたすら、耳を塞ぎ、声を聞かずに耐える、ジャスミン。

(でも……嫌でも聞こえてきたんだろうなあ)
 大体の経緯は彼女から直接聞いている。エスパー能力のコントロールが出来ずに
他人の心の声が聞こえてきたりして、苦しかった。とも。

 しかし、夢の中とはいえ、あの夢はリアルすぎる。
(あんな生活を送っていたのか……)

 現在は劣等生ではあるものの、それでも、何もかも上手いこと人生が運んできた
自分とはまったく正反対の、生活を送っていたのかと思うと。 
(……俺、ジャスミンのこと、何もわかってなかったんだ……わかろうとも、しなかった……)

 ジャスミンが、SPライセンスを開いて、時刻を確かめる。
「……そろそろ、パトロール終了。デカルームに戻りましょか」
「うん……」
 そのまま、マシンドーベルマンは帰路の途に着いた。
454特捜戦隊赤黄10:04/12/30 21:43:49 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 その日の夜。バンはテツとセンと深夜勤務に当たっていた。
丑三つ時も過ぎた頃。いつもならバンはあくびを始めてくーくー寝てしまうところ。
 
 しかし、今日は、特別。頭が冴えて、眠れない。気になるのは、昼間の出来事。
ジャスミンの様子。そして、夢か幻か。ちらほらと、バンの目に映る少女時代のジャスミン。
 眠っては深夜勤務の意味がないので、眠れなくて結構なのだが、本人より驚いたのが、他の2人。
「……先輩が起きてるなんて」
「珍しいねえ」
2人で顔を見合わせる。
「……いいじゃんか……俺にだってたまには眠れない時はあるの!」
ばん!と机を叩き、2人をびっくりさせる。

「起きてるのなら……たまっている始末書、書きなよ」
「書く気ねーよ……”それどころ”じゃないし(ボソ」
「ナンセンス!じゃあ、寝た方がマシですよ!……その前に、”それどころ”じゃないって、何ですか?」
「そうだよねえ……バンが眠れないなんて、よっぽどの理由が、あるはずだし」
ニヤニヤするテツとセンに突っ込まれてしまい。
「あ……」
(センちゃんは物知りだし、テツは後輩だから、話しても笑ったりとか、しないかな……?
これがウメコや相棒だったら、馬鹿にされてオシマイって感じするしなあ……)

「……あのさ……」
バンはここぞとばかりに、昼間の出来事を、話し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……それは、変な話ですね……」
 はい、どうぞとテツがコーヒーを差し出してくれた。サンキュと言って、コーヒーを受け取ったバンは、
「だろ?なんでジャスミンの若い頃の幻とか夢とか見えるんだろうって……センちゃんもそう思わないか?」
 うーんと唸りながら腕を組んで考えていたセンが、バンの話を聞いてから初めて口を開く。
「……バンに、一種のエスパー能力が目覚めた……かもしれない」
「え、嘘、ホント?」  「ナンセンス!」
驚くバン。納得のいかない、テツ。
455特捜戦隊赤黄11:04/12/30 21:45:13 ID:aEXfCyuf
「ただし……相手はジャスミン限定」
「へ?……って、なんで相手はジャスミンだけ……」
「そんなの決まってるじゃないか。……いつも一緒に、いるだろ?」
「それだけで?」
ぽかーんとした顔でセンに聞く。
「バンは意識しなくても、ジャスミンが、意識してるかも、しれないねえ〜」
「何だよそれ……」
”意識”という言葉を出さないと、気付かないバン。それで、やっと気が付いたらしい。
 そして、後輩からのとどめの一言。
「ナンセンス!先輩はそんなこともわからないんですか……だから先輩は、”女心がわからない”って言われるんですよ!」
「……」
バンは黙り込んで、うつむいてしまった。数分間、そのままの状態でうつむいていた。
テツが痺れをきらして。
「先輩……だいじょうぶですか?」 ちょんちょん、と肩をつつく。
「……大丈夫じゃねーよ……」 頭を掻きむしり、立ち上がった。
「何処行くの」 「トイレ!」
そのままバンはデカルームを出て行った。

「……やっぱり、先輩って……」
「……だよねえ……顔、赤くしてたよね」
残された2人は、お互いの顔を見て、ニヤッと笑った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「……さっきはああ言ったけど、エスパーと呼べるほどのものでは、ないんだよね。」
 「ジャスミンさん限定だからですかね?」
 「”悩んでる人や、困っている人が無意識に発する思考を感じ取る能力”……”思考派”に当てはまると思うんだけど……
もっと困ってる人や悩んでる人はいくらでもいるのに、ジャスミンのことしか受信できてないんじゃ、エスパー能力とは言えないよ。
”縁(えにし)”って感じがするんだ。」

 「そういえば……ジャスミンさんに触るのって、ウメコさんか先輩ぐらいですよ……イリーガルマッチの時、先輩、
ジャスミンさんと素手でハイタッチしてましたよね」
 「テツが来るちょっと前に、正義は勝つ!ってがっちりと肩掴んだり、してたしねえ」
 「……ちゃっかりとそんなことまで……」
456特捜戦隊赤黄12:04/12/30 21:46:59 ID:aEXfCyuf
 「それと、後でファラに関する報告書、読んだんだけど。ファラの取調べの最中に、バンがファラにイチモツを蹴られた拍子に、
ジャスミンを押し倒したんだって。後でこれはセクハラだってファラがぎゃーぎゃーわめいてたそうだけど……とにかく、
あの2人は接触が多いんだよ。それで意識しない方がおかしいんだよ。……バンは特に鈍感だから、
さっきでやっと気が付いたって感じかな?」
 (またこの人は、そういういたずらが好きなんだから……)

 「知らず知らずのうちにジャスミンがバンに対して心を開いて、無意識のうちにバンに対して自分の思念を”ビジョン”に変えて……
いろんなサインを送ったりしている……っていうのが、俺の予測なんだけど。どこまで当たってるかは、当の本人にしか、わからないからねえ」
 「なるほど……さっすがセンさん!頭が切れますね!」
 「君はいつも俺に対して褒め言葉ばかりだねえ……もっと他に言うことはないの?」
 「……」
 (だって、余計なこというと、センさん怖いですから……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 トイレに行くと言って嘘付いて。廊下に逃げただけだった。

 (嘘だろ?……ジャスミンが、俺のこと……だって、いつもしゃべってるのは、ウメコか、センちゃんばっかじゃん。
俺となんて、マシンドーベルマンに乗ってるときぐらいしかしゃべらないし……何で、俺なんか……)

 ”仲間”としか見ていなかった”彼女”。でも、”彼女”はそう見ていない……?
 (俺って鈍感なんだな)……やっと気が付いたバンであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次の日の朝。
 眠い。
 昨日深夜勤務だったせいもあるが、何しろ、深夜勤務でお馴染みの”睡眠”が出来なかったのもあって……
「ふあああーあ」
「バン、またあくびしてるー!」
「るせー!昨日深夜勤務だったんだから眠くて当たり前だろ?」
「いっつも寝てるくせに(ボソ」
「なんだとー!」

「おい、バンとウメコ、静かにしろ!」
さっそくホージーからダメ出しを食らった。
457特捜戦隊赤黄13:04/12/30 21:48:10 ID:aEXfCyuf
「ホージー、そのくらいにしといてやれ。……ちょっと皆、聞いてくれるか?」
「何です?ボス」

「昨日から、ポイント260周辺で、アリエナイザーを目撃したと多数の通報があってな」
「そのアリエナイザーの手がかりは?」
「それが……まだよくわからんのだ……」
「聞き込み開始、ってことですね」
「まあ、簡単に言えば、そうなるな……というわけで、捜査を開始してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
 バンたちは、ポイント260周辺で聞き込みを開始した。通りすがりの人たちや、周辺住民の人たち……
ちょっとした手がかりは掴めたものの、未だアリエナイザーの特徴・姿形までは情報を収集することが出来ず、
そのまま時間が過ぎ、日が暮れようとしていた。
 ホージーとテツのバイク組は先に報告するからと言ってデカベースへ戻ってしまい、あとはマシンブル・マシンドーベルマンの
2組が集まり始めていた。
 
「だめー、全然手がかりがつかめないよぉ」
「せめてアリエナイザーの特徴までわかればいいんだけど」
センとウメコが走りながらマシンブルとマシンドーベルマンを停めてあった場所に、戻ってきた。
「俺たちも手がかりほとんどナッシング」
自称相棒の口癖を真似ながら、ためいきをつくバン。

「あれ?ジャスミンは」
「それがまだ戻ってこないんだ……」
センがSPライセンスを開けて、ジャスミンの場所を確認すると。
「ポイント184にいるみたいだけど……」
「184?っていうか全然!離れてるじゃん!……何やってるんだよジャスミンは……」
「俺たち、もうすこし聞き込み続けてるから、バン、ジャスミン探してきてくれない?」
「ぶー!なんでバンなの?ウメが行く!」
予想通りウメコが噛み付いてきた。
458特捜戦隊赤黄14:04/12/30 21:50:08 ID:aEXfCyuf
(ウメコの言うこともわからないでもないけど、一応パトロールのパートナーは、バンとジャスミン。
そして、俺とウメコ。ボスからそう決められたんだから、しょうがないんだよ。それに……)
「まーまーウメコ……」
と言いながらセンがウメコに耳打ちする。(帰りに三ツ星ケーキ、こっそり食べに行こうよ)

「……じゃあ、しょうがない。バン、絶対ジャスミン連れて帰ってきてよねー」
「へーへー」(また食い物につられたな、ウメコ……)
と言いながら手をひらひらして2人の元から去り、ジャスミンを探しにポイント184へ向かった。

「ジャスミン、何処だろ」
SPライセンスに付属の通信機能で、大抵の場所の見当はわかる。あとはその場所に向かうだけ。
バンは、走り出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ポイント184。
 実はポイント184はジャスミンが通っていた、中学校の周辺区域に当たる。
過去を捨てた。とはいえ、やっぱり見るのは、辛いもの。
「……忘れたいなあ」 ぽつりと呟く。
 でも、忘れられない。引き寄せられるかのように、ここに来てしまった、自分。
木枯らしが吹く中、彼女は公園のベンチに座り込んだ。
 目を閉じると、あの嫌な思い出が再び頭をよぎり始める……

 (ここかなあ……)
 小さな公園の前。SPライセンスを覗くと、ジャスミンの位置と自分の位置確認がピッタリ合致する。
公園の中に入るとすぐに彼女の姿が目に入った。
 (お、見つけた!)
「おーい、ジャスミ……」
声をかけようとした、その時。
―キィーン―
(また耳鳴りかよ……) 彼女の周りから灰色かかった霧が立ちこめ、彼女の姿を、隠した。
しばらくして、そこから現れたのは……

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
459特捜戦隊赤黄15:04/12/30 21:51:22 ID:aEXfCyuf
(また出てきたか……それより、ジャスミンは何処だ?)
 慌ててジャスミンがいたところに駈け寄ると、さっきまでいた女の子は、消え、
ジャスミンがベンチに横たわって、目を閉じている。
「ジャスミン!」 ジャスミンの元に駈け寄り、声をかける。
返事がない。……でも、胸も動いているし、息も……している。

「ジャスミン……おい、起きろってば、ジャスミン!」
(まさか死んでなんてないだろうけど……)

 ジャスミンは、その声に気付いて、耳から手を離した。振り返ると、そこには。
笑顔を絶やさない、まるで少年のような目をした、彼。

「バン……」
「さ、早くデカルームに帰ろうぜ。……寒くって……コーヒー飲みてぇよ……」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「しっかし、よくここまで来れたよな……聞き込み……したか?」
彼女は首を横に振るだけ。
「そっか……、ま、たまにはそういうときも、あるよな!」

 ポイント184から260までは徒歩で15分かかる。2人は歩きながらポイント260に置いてある
マシンドーベルマンまで戻ることにした。

 街を歩くと、クリスマスのイルミネーションは片付けられ、今度は”ハッピーニューイヤー”、
”迎春”などの文字が並ぶ。通り過ぎる人も荷物を抱え、何かしらせせこましい。

「もう……今年も終わりか……」
「本当に今年はいろいろあったわね……」
「俺が来ちゃったから、事件も増えただろ?」
「んなこたーない……とは一概には言えない……」
「……そうだよなあ」
などと雑談を交えながら、ポイント260へ戻る途中…
460特捜戦隊赤黄16:04/12/30 21:53:28 ID:aEXfCyuf
「……茉莉花?」
「……え?」
「茉莉花だよね!?あたしよ!”ノリコ”」
「ノリちゃん……?」
「そうよー、もーう、すっごく久しぶりじゃない!」

 バンは一歩下がって2人のやりとりを、見つめていた。すると……(また来たかな……)
―キィーン―
 耳鳴りと同時に。2人のやりとりの真正面に、薄いフィルターを施したところから流れる”ビジョン”。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 同級生たちの心無い声に、ジャスミンがとうとう耐え切れず。
「ヤメテ!」

 ずっとうずくまっていた、ジャスミンが始めて叫んだ。
(さっきの、続きか……)
 昨日のセンの話、そして、バンらしいというか、もう耐性がついたようで、自分でも
冷静になんでこんなビジョンを見てるのだろうと、思いながら……。
 しばらくして、別の少女がやってきた。
「大丈夫?茉莉花」
 とジャスミンに声を掛ける。

 今しがたやってきたその少女はどうやらジャスミンを気遣っているようだ。
「ねえ、本当に大丈夫?」
 その少女がそう言った瞬間。バンの頭の中に信じられない言葉が流れてきた。

 (なーんか、一緒にいると疲れるんだよね)

 冷たく、突き放したような声が聞こえると、またバンの意識は現実に、引き戻された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 はっと気が付くとまだ同窓会がどうのこうのと揉めている。
(まだ揉めてんのかよ……それにしても、ノリちゃんって、さっきの……)
461特捜戦隊赤黄17:04/12/30 21:54:20 ID:aEXfCyuf
 バンもさっきの”ビジョン”を見て、顔も声もはっきり覚えている、”ジャスミンの親友”だった彼女。
”ビジョン”から何年か経っているので多少大人っぽくなり、化粧はしているものの、昔の面影は残っている。

「だから、忙しいって断ったはず……」
ジャスミンは、本当に困っているようだった。
「ねえ、茉莉花……本当に同窓会、出ないの?無理なら日程ずらすからさ……」
 見た目より強引な子らしい。ジャスミンの表情が途端に暗くなる。

(昨日の電話はこのことだったのか……)

「私に合わせると、いつまでたっても日程なんか組めないわよ……」
「……でも、あれから全然学校に来なくて、いきなり宇宙警察学校に入っちゃって……心配してたのよ……あたし……」
心配そうな顔でジャスミンを見つめる”ノリちゃん”。

 そのやりとりを横目で見ていたバンに突如として、聞こえてきたのは。
”ノリちゃん”の表情からは想像もつかない、言葉。

(あーあ、メンドクサイ。社交辞令も疲れるもんね)
 愕然。きっと、直接伝わっていなくても、ジャスミンにはわかっているだろうに。

(なんだコイツ!やっぱり昔と変わってないじゃねーか!)
 その瞬間。また耳鳴りが始まる。
―キィーン―
(バ、バカ!なんでこんなときに限って……)
 再びバンの目に映る”ビジョン”。今度はいつの間にか、自分もその場所に入り込んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 親友の女の子の本音の声が流れてきた瞬間。ジャスミンは、顔を上げて
「ノリちゃんだけは、親友だと思っていたのにっ……!」
 泣きそうな顔でそう叫ぶとそのまま階段を、駆け下りた。
462特捜戦隊赤黄18:04/12/30 21:55:25 ID:aEXfCyuf

「あ、おいっ、待てって!!」
 ジャスミンにはバンの姿など、見えていないのだから、気付くわけがない。
それでも、バンは、逃げるジャスミンを、追いかける。だって、声が聞こえるから。
―ツライ―
「ジャスミン!」 それでも、逃げる。バンは追いかける。まだ、声が聞こえるから。
―クルシイ―
「待てよ!」 やっぱり、逃げる。それでもバンは追いかける。声にもならぬ叫びは、まだ続く。
―タスケテ― 「待ちやがれーーーーーー!」
追いついた!そして、彼女に触れようとした、その瞬間――

 目の前が、真っ暗になり、バンの意識が薄れていく。
遠のいていく、意識の中で彼が見たものは、ジャスミンの、涙。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ”ビジョン”が消え、バンが現実に戻ってきた瞬間。
気が付くと、バンの手は、ジャスミンの手を掴んでいた。そして、”ノリちゃん”に向かって、口から自然と出た言葉。

 「すいません……俺たちこれから仕事ですから」

 バンはそう言って、ぐいぐいと、ジャスミンを引っ張って、”ノリちゃん”からジャスミンを引き離す。
だんだん”ノリちゃん”が遠くなる。けれど、”ノリちゃん”は追いかけてもこなかった。

「バン……」
 声をかけても、バンは何も言わず、ずっと手を引っ張り続ける。早歩きだったはずが、いつのまにか走り出していた。

 ”ノリちゃん”みたいに強引だけど、彼の手から伝わってきたのは。彼の手の暖かさ。
そして、手袋をしていても聞こえてくる、声。
 (俺……ジャスミンのこと、何にもわかってなかった……ごめんな……)
 (バン……)
 バンはずっとジャスミンの手を取って、街を駆け抜ける。”灰色のビジョン”はいつの間にか消えていた。
463特捜戦隊赤黄19:04/12/30 21:56:35 ID:aEXfCyuf

「バン……」
 2度目の呼びかけ。
ぴたっと、バンが立ち止まる。背を向けたまま、彼がボソッと呟くようにこう言った。

「昔のこと、思い出したら、俺が助けてやるから」
 そして、また再びジャスミンの手を取って走り出した。

 結局、ポイント260に置いてあったマシンドーベルマンに辿り着くまで、2人はずっと手を繋いで、走った。
 (ありがとう、バン)
走っている途中で、ぎゅっと手を握った。その直後。
 「お礼なんて、いらねーよ」 照れたように、彼は呟いた。

――自分の気持ちがそこはかとなく彼に伝わっていることになんとなく気付いた、彼女。
 自分の気持ちがそこはかとなく彼女に伝わっていることに、まだ気付かない、彼。
 2人の気持ちが合わさる時間はそう遠くは、ないはず――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 そんな2人を遠目から見ている、蝙蝠と1人のアリエナイザー。

 『……いつになったら、”アイツ”を襲ってもいいんだ?』
 「まあ、そう言うな。タイミングというものが、あるんだ」
 『俺は”アイツ”に復讐したいんだ……兄貴の仇……』
 「またその台詞か。お前には無料で希望の商品を、提供してやるって言ってるんだ。私がいいと言うまで、待て」
 『……』
 (……こいつらが、共倒れになれば、デカレンジャーも終わり……今のうちに、仲良しごっこしておくんだな。カワイコちゃん)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
464特捜戦隊赤黄20:04/12/30 22:01:38 ID:aEXfCyuf
 ポイント260周辺での、アリエナイザー目撃情報から2日。
バンたちは聞き込みを続けていたものの、犯人の特徴は未だに得られていなかった。
「今日もまた、聞き込みですか……?」
「ああ、地道な捜査も必要だからな、出動してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」

 各人それぞれ出動しようとした時。
「おい、バン」 「何すか?ボス」
「ちょっと……」
と、指でこっち来いと指示され、デカルームを出て、廊下で地球署のボス、ドギー・クルーガーと2人きりになった。
「なんか俺が配属されてきた直後みたいっすね」
「そういえばそうだな……それはいいとして、お前に頼みがある」
「え」
「実は、さっきのアリエナイザーの目撃情報のことだが。アリエナイザーの正体、もう見当がついてる」
「じゃあ、さっきなんでそれを……」
「ジャスミンが、どうして宇宙警察に来たか、知っているだろう?」
「知ってるに決まってるじゃないっすか。アリエナイザーに殺されそうになったところをボスに助けられたって……」
「今回のアリエナイザーは、ジャスミンを襲った犯人の双子の兄なんだ」
「…それじゃ、ベン・Gみたいに、またボスが狙われてるんじゃないですか?……それに、俺にどうしろと?」
「ジャスミンを、守ってやってくれ……もしかすると、ジャスミンを狙ってくるかも、しれない。
万が一ということもあるし。俺の鼻が、匂うんでな……」
「ボスは、どうするんですか?」
「自分の身は、自分で守るさ……」
「わっかんね…なんでジャスミンのことを俺に、頼むんですか?」
「俺の勘だ」
(そう言われちゃ、断りきれないっての)
ボスを見て苦笑しながら。
「ロジャー」と返事をして、バンは、デカルームに戻っていった。
465特捜戦隊赤黄21:04/12/30 22:02:45 ID:aEXfCyuf
 それを見届けて、ふうと息をつくボスに、後ろから
「あの子にそんな大役押し付けちゃって、いいの?ドゥギー……」
スワンが声をかけてきた。
「表面的にはお茶目を装っているが、まだまだジャスミンは、過去から吹っ切れていない。
完全に、吹っ切る為には、あいつが必要なんだ……」
「あなたがその役を引き受ければいいじゃない?」
「生憎俺はもう一線から、退いているからな……」
「バンもえらい人に目を付けられちゃったわね」
「俺のことか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ボスと何の話、してたの?」
「……始末書、たまってるから早く書けってさ」
(本当のことなんて、言えないに決まってんじゃんか)
「嘘つきは、泥棒の始まりって、習わなかった?」
「え!……嘘なんかついてないぜ(ボソ」
「墓穴掘ってる」
「……」
「私のこと、守ってやってくれとか、言われたんでしょ」
「……なんでわかるんだよ」
もうお手上げだ。

「バンの考えてることが、わかるようになった」
「え?」
「……と日記には書いておこう〜」
「なーんだ、嘘か……びっくりしたあ〜」

 ジャスミンの変な言葉は本音のカモフラージュ。それに気付かないバンは、
(ああ、よかった)……本気でほっとしている。

 ついこないだまでジャスミンの周りに漂っていた灰色のビジョンはもう微塵も残っていない。
(バンがいれば、大丈夫かも……もしかしたら彼に惹かれているのかな)
 そう思いながら、2人はマシンドーベルマンに乗り込み、聞き込みの捜査に向かった。
466特捜戦隊赤黄22:04/12/30 22:04:54 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「待ったかいがあったな……準備はできているぞ……」
 『やっと、あの女の顔を近くで拝めるんだな……』
 「思いっきり、やりたい放題暴れて来い……!これでデカレンジャーも、終わりだ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 捜査に向かう途中、緊急警報が鳴る。
『ポイント260にアリエナイザーが出現した!すぐに現場に向かってくれ!』
「「ロジャー!」」
 SPライセンスを開くと、一番自分たちがポイント260に近い。

「やっとお出ましか」 「一気に、行くべし」
 はっと、バンは気付いた。
(そうだ。俺、この感じ……この”やりとり”が、好きなんだ)

――ヘルズ三兄弟にボロボロにやられたくせに「正義は勝つ」って言った俺に向かって、
 一番最初に、「バンに賛成、いくべし!」と言ってくれた時。
  ビスケスから階級章を取りに来いと言われ、ボスに止められても「地球署の意地です、必ず勝ちます」
 と言った俺に、いつもの彼女らしく「以下同文」って言ってくれた時。
 ……そういえばどっちもジャスミンだったよな――


 それから間もなく。バンとジャスミンポイント260に到着した。
そこにはマシンハスキーもマシンブルも、マシンボクサーもいなかった。人すら見当たらない。
 とりあえず、いつアリエナイザーが現れるかわからない、2人はSPライセンスを取り出して。
「「エマージェンシー、デカレンジャー!SWATモード、ON!」」


「本当に、ここにアリエナイザーが、いたのか?」
「わからない……」(でも…何か、おかしい)
2人はそれぞれ、通信マイクを使って、
「ウメコ?聞こえる?応答して……」 「相棒?テツ?何処にいるんだ?」
 返事が無い。
467特捜戦隊赤黄23:04/12/30 22:06:06 ID:aEXfCyuf
「ウメコ?」 「相棒!」
しばらくして、ジャスミンの通信機能にウメコからの映像情報が、
バンの通信機能にホージーから映像情報が転送されてきた。

 ウメコからの映像情報は、イーガロイド4体……いや、6体ぐらい。
ホージーからの映像情報には、イーガロイド4体……バーツロイドが10体くらい。テツもちらりと映っていた。

「……足止めを食らってるってことか?」
「敵は、あたしたちのどっちかが目的?」
その時。2人に向かって、遠くから叫ぶ男の声。

『お前が……礼紋茉莉花だな!』
「どちら様……?」
『俺の顔を見たら、すぐに思い出すと思ったんだが……』

「!……あなた……もしかして」
バンのおかげで綺麗さっぱり消えていた過去が再びジャスミンの脳裏に、フィードバックされる。
それと同時に。
―キィーン……
バンの耳鳴りが始まった。途切れ途切れにビジョンが、バンの瞳に、映る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 <雨の中、逃げるジャスミン>

『そう、何年か前に、お前を殺そうとした男の”双子の弟”……』
ジャスミンはSPライセンスを開き、クライムファイルを検索する。

 <若い女性を燃やし尽くすロチイに瓜二つの男>
 <それを発見してしまう、ジャスミン>

「トモカオ星人ロチイ……20の星で猥褻殺人の罪で逃走中……それに100の星で若い女性を次々に殺人し、
○年前にデリートされたトモカオ星人オロジの双子の兄……直々にお出ましだなんて、どういうつもり……?」
”猥褻”という卑猥な言葉を目にしただけで、ぞくりと背筋が凍りついた。
468特捜戦隊赤黄24:04/12/30 22:07:23 ID:aEXfCyuf

 <男に見つかって、首を絞められそうになっている、ジャスミン>

 ”ビジョン”はそれ以上、バンの瞳に映ることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ジャスミンが冷静に話をしようと努めているのはバンにもわかる。でも……声がうわずっている。
(……ビジョンが途切れ途切れなのは……動揺する、ジャスミンの心と”リンク”しているからか?)
焦りながらも、バンはいつもの調子で、相手に突っかかる。
「一体……何が目的なんだ!」

『礼紋茉莉花に、”復讐”しにきたのさ……、いや……礼紋茉莉花というか”ドギー・クルーガー”にな!』
そう言うと、ロチイは一瞬消えたかと思うと、いきなり2人の前に瞬間移動してきた。
「ぐあっ!」 「きゃあっ!」
 不意を突かれ、2人続けて力強く胸を蹴られ、吹っ飛ばされた。
ロチイは、再び瞬間移動して、最初にいた場所に、戻る。余裕綽綽のようだ。

「うっ……」
「畜生、ジャスミン!大丈夫か?」 「……」
 バンはよろめきながらも、立ち上がり、ジャスミンに声をかけるものの、動かない。
あの一発でかなりのダメージを受けたらしい。……SWATモードじゃなかったら、
一発でデカメタルが解除されるくらいの……力。

「どうした?もう終わりか……」 ロチイが不敵な笑みを浮かべてこっちに近づいてきた。

『ジャスミンを、守ってやってくれ』 ボスから頼まれた、一言を思い出す。

(俺は……ジャスミンを、守る……!)
「これで、終わりなわけが……あるかぁ!……うぉぉぉっ!」
「バン!」
D−リボルバーを発射しながら、ロチイに近づくバン……しかし。
 再び、ロチイの姿が消えた。
469特捜戦隊赤黄24:04/12/30 22:10:58 ID:aEXfCyuf
「なに?」 姿が消えたのに反応して、立ち止まる。
「甘いな」 再びキックを後ろから浴びた。
「うわあああああ!」
 背中から、強烈な痛みが走り、そのまま ―デカメタル(変身)、解除― 
その場にバンはうつ伏せになって倒れた。

「……貴様、それでもデカレンジャーか?……相手にもならんな」
ロチイはぎりぎりと、バンの背中を踏みにじる。
「ぐあああっ……」
 変身していない状態で、アリエナイザーの直接攻撃を受ける
肋骨が、折れたような音を初めて聞いた。
(ジャスミン……) 意識が朦朧となりながらも、それでも気になるのは、ジャスミンのこと。

「やめなさい!」力強い、声と共に、D−リボルバーの発射音が鳴った。
それまでバンの背中を踏みにじっていた、ロチイが一瞬たじろいだ。
「なんだ……お前……まだ元気だったのか……」
「バンから……離れなさい!」
「……言うとおりに、してやるよ」 ニヤッと笑い。また消えた。

「消えた!?」 「ここだよ」
声がする方向……、上を見上げると。
ロチイが急降下してきて、ジャスミンの肩を蹴り飛ばす。
「きゃああっ……」 (しまった!)
弾みでD−リボルバーを離してしまった。

 そのまま倒れながらも、起き上がろうとしたジャスミンの目前に、映るのは。
さっきまで自分が持っていた、D−リボルバーの銃口。
「……形勢逆転にも、ならねえな」
ロチイはふん、とリボルバーを振り上げ、容赦なくジャスミンの胸にぶつける。もう声も出なかった。
―デカメタル(変身)、解除― 
470特捜戦隊赤黄26(↑は25です):04/12/30 22:12:09 ID:aEXfCyuf

そのままジャスミンも、倒れてしまった。
「お楽しみは、これからだ」 (何、言ってるの……こいつ……)
 バンも薄れた意識の中で、一部始終を見ていた。2人とも変身解除してしまい、手も足も……出ない。
残されたのは……腰元にある、SPシューターが最後の武器。
(まだ、動ける……こいつでなんとか!)
体が痛い。でもそんなこと言ってられない。手探りで、SPシューターを探しだす。
(見つけた!) シューターを握った瞬間。

「抵抗しても無駄だ!デカレッド!」 「誰だ!」
蝙蝠の大群。大群が一つにまとまり、そこから現れたのは……
「……エージェント・アブレラ!」
ジャスミンが叫んだ。
「ごきげんよう、カワイコちゃん……。でも、残念ながら、今日の君のお相手は、私じゃない」
「何ですって?」
「そこにいる、ロチイに、ゆっくり可愛がってもらえ!」
そう叫んで、ロチイに顎で合図をする。
「……」
ロチイの眼光が、さっきよりもぎらついた。

(まさか……こいつ……)
さっきクライムファイルで目にした”猥褻”の文字。それが現実のものに、なる。
段々、近づいてくるロチイ。ジャスミンの体は、動かない。
「いや……」
人間体だったロチイの上半身はいつの間にか、蟷螂のような、形態に変化していた。
(これが、トモカオ星人の……正体)

 バンにもロチイがジャスミンに何をするのか、察知できた。
(何とかしないと!) ぐっ、とSPシューターを握り締めた瞬間。
「邪魔するなと言った筈だ!」
「うあっ……」 びりびりっと、その手に衝撃を受け、SPシューターが飛ばされた。
471特捜戦隊赤黄27:04/12/30 22:14:50 ID:aEXfCyuf
「今から、楽しい楽しーい”寸劇”をお前にも見せてやろうって言うのに、自分から放棄するなんて……もったいない」
「そんなもん見たくねえ……!どけ!この蝙蝠野郎!」
「相変わらず、口だけは達者だ……ふん!」
背中を足で踏まれ、再び、激痛が走る。
「うわあああ……」
また肋骨が折れるような音が聞こえた。
「ゆっくり、私たちはここから、観客として楽しもうじゃないか。なあ……デカレッド」

(体……動かねえ。俺、ジャスミンを守るつもりだったのに……それにしてもなんで……相棒たちは来ないんだ……)
 
 本性を現したロチイの息が荒くなる。苦しいとか、疲れているとか、そういうのではない。
目の前にある、獲物をどうしようかと、期待と喜びに溢れ、興奮するかのような、喘ぎ。
「ぐへへへ……目一杯可愛いがってやるよ」
もちろん、獲物は、ジャスミン。
(助けて) 体も、心も。恐怖におののいてしまって、動けない。
 バンをふと一瞬見やるも、あのバンですら攻撃にやられ、その上アブレラによってがんじがらめにされている。
それでも……
「バン……助けて!!」 叫ばずにはいられなかった。……しかし、
「もう遅いんだよ」
ロチイが、ジャスミンの前に、立ちはだかり、無理矢理ジャスミンの服を、切り裂く。
「”寸劇”の始まり始まり……」 アブレラが、楽しそうに、呟く。

「……いやああああああああっ!」
「ジャスミン!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 鉄工所の主が帰ってくるのを待っていたドギー。
「はい、ドゥギー」
 いつの間にか帰ってきた、鉄工所の主、白鳥スワンからコーヒーを差し出され、
ドギーはもらっておくと言ってカップを受け取った。
「ジャスミンのところに行ってきたわ……」
「それで、様子は?」
スワンは首を振るだけだった。そうかと、ドギーはうなだれる。
472特捜戦隊赤黄28:04/12/30 22:16:16 ID:aEXfCyuf
「俺の判断ミスだ……。まさかエージェント・アブレラが絡んでいたとは……」
「結局、アブレラは?」 「取り逃がした」 
「そう……」
溜息をつきながら、スワンが呟いた。
「ジャスミンだけじゃない。きっと、バンも、辛いはずよ……」
「ああ……」 2人は、それ以上何も言わなかった。


 ホージーやセンから、ポイント260に辿り着けないとの通信を受け、
(何かおかしい) と思ったドギーは単身で260に乗り込んだ。
 ジャスミンの悲鳴で2人が何処にいるのか、すぐにわかり現場に駆けつけ、其処で目にしたのは。

 アブレラに足蹴にされているバン。そして、ロチイに”凌辱”されている……ジャスミンの姿。
もちろん、服は全部切り捨てられて。
「なあ……お前……いい体、してんな……たまんねえよ……」 ロチイの喘ぐ声。
「やめ……て……」
 いくら宇宙広しといえど、地球人外の者と地球人が繋がっている図はなんとも言い難い。異様。
 ジャスミンの、消えそうな、か細い声。
ロチイは何も言わず腰を振り続け、ジャスミンは、抵抗も出来ず、されるがまま……

「やめろ!」 ドギーが来たことに、気が付いたアブレラが、ふふんと鼻先で笑いながら。
「なんだ……ドギー・クルーガー……お前も”見物”に、来たのか?」

「……エマージェンシー……デカマスタァァ……」
 そのままドギーは変身し、先にデリート許可が降りていて、愛戯にいそしんでドギーの存在に気付かなかった
ロチイを真っ先にデリートした。その時点で、もうジャスミンの意識はなかった。

「ふん、こいつらはもう死んだも同然だ……地球署の終わりも近い……」
アブレラは、そのまま吐き捨てるように、消えていった。
 ”あの時”と同じように、ドギーはジャスミンの命を救いはしたものの。
”あの時”とは違って、虹の空は出てこない。
そればかりか、ジャスミンが受けた、ダメージは、底なし沼のように、深い。
473特捜戦隊赤黄29:04/12/30 22:17:30 ID:aEXfCyuf
 結局、敵をデリートしても、救われた者は誰一人として、いなかった。
(すまない……)
ドギーは心の中で呟きながら、意識がなく、裸で横たわるジャスミンに、毛布代わりに自分の上着をかけてやる。

「ボス……!」 それからホージーたちが駆けつけたのは数分後のことであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次の日、デカルームでは、報告書をまとめる為、バンとジャスミンを除く4人が机に向かって、この事件を振り返っていた。
「トモカオ星人、ロチイ……まだ現役だった頃のボスにデリートされた、オロジの双子の兄、か」
「オロジのパンクライムファイルを読んでいると、若い女性を次々に、”焼失”させていたって
載ってますけど。今回の兄の行動は……弟のそれとはまったく違うじゃないですか……」
 テツだって、まだ若い。直接的な表現は避け、皆に尋ねた。

 無言でホージーが壁面の端末に向かって、確認する。
「トモカオ星人の若年層は火を操ることができるらしい。……もっとも、暴走をすればオロジやロチイのようになる。
若い頃は相手を焼失化させることによって、快楽を見出し、年をとる毎に段々それにも飽きてきて、己の欲望……
ロチイの場合だと、”性欲”に正直になり、性欲を満たした後で女性を殺害することに”快楽”を覚えていたのかもしれない。
……もっとも、もうロチイがいないのだから調べようもないがな……」
「それで、自分の兄をデリートした、ボスに恨みがあって」
「ボスが助けたジャスミンが、同じ地球署にいると知って」
「ジャスミンにあんなこと……したんだ……ひどい……ひどいよ」 ぐすぐすっと、ウメコが再び泣き出す。

「今日はジャスミンさんの様子、どうでしたか?」 ウメコは首を横に振って、
「駄目。全然目を覚ましてくれなかった。”起きて”って、何度も呼びかけたけど……」
「そうですか……」
 あれからずっと、ジャスミンは眠り続けている。体は多少の打撲傷があるものの、眠りから、覚めない。
脳波等を検査しても異常は見つからなかった。まるで自ら心を閉ざすかのように……

そして、いつその苦痛が消えるのか、誰にもわからない。
 刑事の前に、ジャスミンは、一人の女性なのだという事を改めて痛感させられる。
474特捜戦隊赤黄30:04/12/30 22:18:34 ID:aEXfCyuf
 刑事の前に、ジャスミンは、一人の女性なのだという事を改めて痛感させられる。

「……ロチイよりも、アブレラが絡んでいたことの方が重要だ」
「ロチイの逆恨みを利用して、地球署潰しにかかったってことですよね」
「俺たちをポイント260に行かせないように、わざとイーガロイドたちを俺たちによこしたりなんかしちゃってるし……」
「あいつ……本当に、一体何者なんだ……」

 わからないものは、わからない。結局、そこで話が止まり、皆、無言になる。
そんな沈黙を破るかのように、テツが、口を開いた。

「……俺、先輩の様子、見に行ってきて、いいですか?」
「まだ、面会謝絶のはずだ。……意識もまだ取り戻していない」
「でも、心配なんです」
「テツ。気持ちはわかるけど。もうちょっと待ったほうがいいよ」
「……わかりました」 納得いかない顔をしながらも、センの言うことを聞くことにした。
(先輩……目が覚めたら、いつものようにバックドロップとか、してくれますよね……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ジャスミン!」
 そう叫んだ後、急に意識がなくなり、いつの間にか、バンの意識は、ふわふわと、どこかを彷徨い続けていた。
(俺、死んだのか?……別に、もう、死んでもいいかな)
 彼女を守れなかった、自分の無能さに気が付いて。もう彼女に会わせる顔が、ない。

(なんか……聴こえる)気が付くと。いつもの耳鳴り。彼女の声が、途切れ途切れに流れてきた。

<……ら、死ぬんだ……それでもいいかな……みんな私の事、……るし、
……なんて……いらないし……死んでも……いいや……>

(俺たち、一緒のこと、考えてるな……)
「ジャスミン……」
 目の前にいない、彼女の名を呟くと、意識がふっと遠のいた。
475特捜戦隊赤黄31:04/12/30 22:19:57 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ……」 見たことのある、場所。
「大丈夫ですか?やっと気が付かれましたね……おい、署長に連絡しろ!」
「俺……」 「メディカルルームで寝るのは、初めてでしたよね、赤座さん」
 メディカルスタッフに声をかけられそっと布団から手を出して、じっと見つめる。
手には包帯が、ぐるぐると巻かれていて、ちくりちくりと痛みは残っている。
アブレラから受けた傷の痛みで生を、実感するなんて。
(皮肉なもんだな……) ためしに、聞いてみた。
「今日って……何月何日?」 「もう……年明けちゃいましたよ……1月2日です」
「ごめんな……新年早々から」 「いいえ。毎年こんなもんですから」
笑いながらスタッフは答えた。
(嘘付くなよ……俺が来る前なんて、ほとんど事件がなかったくせに……)


 ボスとの面会が終わり、しばらくしてからセンとテツがバンの病室にやってきた。
「先輩がずっとあのままだったらどうしようかと……思ってたんですよ……」
「気が付いて、よかった」
「センちゃん、テツ……」
 笑いながら声をかける。でもその笑みは2人が見ていて痛々しいと思った。
 顔面には大きな絆創膏。左腕は三角巾で固定され。上半身や腕は包帯でぐるぐる巻き。
手は無数の傷が残っていてとてもじゃないが絆創膏じゃカバーしきれない為、そのまま消毒液を塗られた跡が残っている。
 もちろん、体が動かないので、寝たまま。
 一通り、自分たちも結局アブレラの罠にはまって、ポイント260に辿り着けなかったこととか、
ロチイはボスにデリートされたんだとか、バンに伝えた後……。

「……ジャスミンは?」
「それが、まだ意識が戻ってないんだ」
「そっか……」 それを聞くと、笑みが消え、そのまま黙り込んでしまった。そのまま黙り込むこと数分間。

 バンが口を開いた。
「俺、ジャスミンを守れなかったのに。それなのに……さっき、ボスから無茶なこと、言われた……」
「何を言われたんだい」 センが尋ねる。
476特捜戦隊赤黄32
「”俺には、あいつを救えなかった。頼むからあいつを救ってやってくれ”ってさ」 自嘲気味に答える。
「あいつ助ける資格なんか……もう俺にはないって何度か言ったのに……」
痛々しい右腕で、顔を隠す。そこから、流れてきたのは……・一筋の涙。そして。
「なんでだよ……」ぽつりと呟いた。

「バン、もう、眠ったほうがいい……」 それ以上、声を掛ける言葉が見つからなかった。

「先輩が泣くの、初めて見ました……」 「そうだね……」
 メディカルルームからの帰り道。テツが口を開いた。
「それにしても……まさかセンさんが来るとは思わなかったです」
「俺だって、バンのこと心配だったからね」
「……というより、誰も来ないだろうと思ってました」

「ウメコはしょうがないよ。彼女だけは常にジャスミンの側にいてあげないとね……同じ女性だから。
ホージーは……まあ、”相棒”だから」
「”相棒”だから、何ですか?」
「……バンのこと、彼なりに信じてるんだよ。一人で立ち直るだろうって。
俺は、バンのこと信じてないわけじゃないけど、やっぱり心配だった。だからテツについてきたんだよ。
……でもあの調子を見てると、立ち直れるかどうかわからない」
 センはそう言って振り返って病室の方を見つめる。
「センさん……」

 信じて見送る者。心配して会いに行く者。立場は違えど……人を思う気持ちは同じ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ロチイによって、服を切り裂かれ、露になった、彼女の体。
彼女の悲痛な叫びも、俺の止めろという叫びも何度となく空を抜けた。

 彼女は舐めるように見つめられ、そして体中を本当に舐められ、また彼女は叫んだ。一方的に、”犯され”続ける彼女。
 俺はそれを、見ているだけしか、出来なかった。せめてもの懺悔だと思って、見ないようにしようと思った。
 でも、目を逸らそうとしても、その都度蝙蝠野郎に邪魔をされ、俺の顔を動かして、あれを見ろ、
目をしっかり開けてなと耳元で囁く。
 それでも、何が何でも彼女の姿を見ずにこのままわざと眠ってやろうかと思った。