保守がてら、SS投下。エロはないです。というか、書けませんので
どうぞよろしく。カップリングはトリコロのにわ×八重。
<プロローグ>
「潦(にわたずみ)さん、それなら、この花なんていいと思うわ。」
烏の濡れ羽色をした、長い髪の女性が紫色の花を指差す。髪をツインテールに結った少女が
その花を見て女性に尋ねる。
「綺麗な花ですね。なんて名前なんです?」
「…それと、白いバラ。あ、この花の名前? ライラックよ。
-----花言葉は----- 」
《WITH LOVE,FROM ME TO YOU.》
ある春の月曜日の放課後。
「なあ、マキちー、八重ちゃん。帰りにハンズ寄ってかん?」
「いいですねえ。…あれ、にわちゃんは?」
「にわ? もう帰ったみたいやけど」
珍しいこともあるものだ、と七瀬八重と由崎多汰美は顔を見合わせて首をかしげた。
にわちゃんこと潦景子とはいつも分かれ道まで一緒に帰っていたものだし、八重、広島出身の
多汰美、大阪出身の青野真紀子が同居している七瀬家へ寄ることもしょっちゅうだ。それなのに
何も言わずに先に帰るなんて。
「なんか用でもあるんやろ。私らも、もう帰ろ」
真紀子に促され、その日は三人で帰ることになった。
次の日の昼休み。
「そういえばにわちゃん。昨日はどうして早く帰ったんですか?」
八重に訊ねられて、景子の顔はさっと赤くなった。
「き、昨日は…用事、そう用事があったのよ!」
(あやしい……)八重と真紀子がいぶかしんでいると、多汰美がにこにこ笑いながら言い
放った。
「私らに言えんような『いい人』と逢っとったけえ、詮索したらいかんよ。八重ちゃん」
二人が見ると、ますます景子の顔は茹蛸のように真っ赤になり、
「そ、そんなわけないってば! い、いい人…、うんいい人だけど…、いやそうじゃ
なくって…」
(ますますあやしい……)湯気が出るのではないかと思えるほど上気した顔でうつむく
景子を見て、八重と真紀子は無言で紙パックの牛乳を飲み干した。
それから数日。景子は月曜日以来、八重たちとは別に帰っている。
「やっぱりにわちゃんは『いい人』と逢っとるんじゃねえ」
「またそれか、多汰美。…でも、なんであいつ、何も言わんのやろ。あんまり隠し事する
やつやないのに」
帰り道、多汰美と真紀子が歩きながら最近の景子のことについて話している。二人がふと
八重を見ると、八重はあまり浮かない顔をしている。足取りも重い。
「八重ちゃん?」
「あ、はい。」はっと我に返る八重。「えっと…、にわちゃん、大丈夫でしょうか?」
「何が?」「やっぱり男は狼じゃけえねえ」
「じゃなくて! 最近にわちゃんの手、傷だらけなんですよ。あの月曜からずっと、絆創膏
何枚も貼りっぱなしなんです」
「何をしとるんやろうな、にわは」
あごに手を当てて真紀子は首をひねる。すると多汰美はポンと手を叩いて提案した。
「いいこと思いついた。明日、にわちゃんの後を尾行するんよ」
「せやな。はっきりさせた方がええし。決定」
「え、そんな! そんなの良くないですよ、真紀子さん、多汰美さん。」
「八重ちゃんも心配なんやろ? まさかとは思うけど、性質の悪いのに暴力振るわれとるかも
しれんのやで? まあ、にわに彼氏できたんなら、八重ちゃんもにわが泊まる日、夜の心配
せんでもいいやろけど」
にやにや笑いながら真紀子が煽る。やさしい八重のことだ、どうせ止めるだろうからせいぜい
からかってやろうと真紀子は高を括っていた。だが。
「分かりました。明日は私も行きます。」
八重は毅然とした態度で真紀子と多汰美に向かい、そう言い切った。
金曜日。前日の夜打ち合わせたとおり、景子が先に帰らないように八重が軽く引き止める。
「にわちゃん、月曜日のお弁当、何がいいですか?」
「え、あ、七瀬が作ってくれるんだったら、なんでもいいわよ。珍しいわね。いつもそんな
こと訊かないのに」
「たまにはリクエストに応えたいと思いましたから」
「ありがと。あ、ごめん、七瀬。用事があるから、先に帰るね。また来週」
「うん。じゃあ」
早足で帰る景子を、元陸上部の多汰美が見失わないように後をつける。景子はいつもは使わ
ないはずの歩道橋を通り、普段あまり自分たちが行かないようなビル街へ入っていった。
「ビル街だから買い物じゃないな…。あ、花屋さん」
そこは、企業向けのテナントビルに囲まれたなかでひっそりと営業している生花店だった。
周りのビル街に埋もれているけれども、野に咲く可憐な花のようなたたずまいで控えめな
自己主張をしているような、そんな店だった。
多汰美は生花店「Evergarden」に入ってゆく景子を確かめると、携帯電話で真紀子に連絡する。
「あ、マキちー?『Evergarden』って花屋さんに今入った。…うん、座って店員さんと話し
とるけえ、間に合うと思う」
五分ほどして、真紀子と八重は多汰美に追いついた。
「わあ…、こんな所に素敵な花屋さんがあったんですね」
「素敵なのは店構えだけやないみたいやけどな」
「どういうことです?」
八重が店内を見ると、すらりとして落ち着いた感じの長身の女性が景子の話し相手をしている
のが目に入った。どちらかというと人見知りをする性質の景子が、自分の知らない人とにこ
やかに話している。八重にとって、それはなんだか奇妙な光景に思えた。
「『いい人』はあの店員さんだったんじゃねえ。狼じゃのうて」
多汰美がぽつりと呟く。
「そ、そんなこと…、きっとお花を買ったらすぐ出てきますよ…あ、れ?」
八重は言葉を失った。花を選んだ景子が会計を済ませたのは見えた。普通なら店を出るはずだ。
だが、目に映った光景は違った。景子と店員は談笑しながら、店の奥の部屋へ入っていった。
そのまま三人は生花店の前で様子を伺っていたが、一時間経っても出てこない。結局、景子が
出てきたのは二時間後で、そのあとは自宅のマンションにまっすぐ帰るのを見届けることと
なった。
その夜。
八重は明らかにおかしかった。多汰美の部屋で得意のシューティングゲームをしていても
あっさり負けてしまう。シューティングは苦手、という真紀子と一緒にプレイしても足を
引っ張る始末。
「…お茶、淹れてきますね」
「う、うん」
意気消沈して八重は階下の台所へ行った。お盆と、急須。湯呑は、一つ、二つ、三つ、四つ。
……四つ?
おっちょこちょいだな私、と八重は薄く笑う。今日は景子はいないのだ。いつも週末になる
たびに来るものだから、つい癖で準備をしてしまった。ふと脳裏によぎる今日の夕方の生花
店での光景。背が高くて、腰まで伸びた黒髪が綺麗な大人びた店員。年は自分たちより一、
二歳位上だろうか。
「にわちゃんだって、私たち以外の友達がいたって何もおかしくないんだから」
八重は自分にそう言い聞かせる。
「でも、どうして私に何も言ってくれないの?」
そこで八重ははっと気付く。「私に」?「私たちに」ではなくて?
そう、友達になってからの景子はいつも八重と一緒だった。過剰なくらいのスキンシップを
はかってくる度、ちょっと苦しいと思う反面、もし昔欲しかった妹がいたらこんななのかな、
と嬉しくもあった。いつの間にか、いてくれて当たり前、慕ってくれて当たり前と思って
いなかったか---。
夕方からのもやもやした気持ち。その気持ちの名は、嫉妬。
土曜の朝。八重の携帯が鳴る。景子からだ。
「もしもし。にわちゃん?」
「あ、七瀬。おはよう。あのね、今日の夕方、時間ある?」
「いいですよ。でも、私がいたらお邪魔じゃないですか?」
言ってしまってから、八重は口に手を当てた。これではまるで嫌味を言っているようでは
ないか。そんなつもりじゃないのに。
「七瀬?」
「あ、ごめんなさい。でも最近のにわちゃん、夕方に用事があるってことが多いですから。
だから邪魔したら悪いかと思ったんです」
心とは裏腹に景子に返す言葉はとげとげしくなっていく。このままでは景子が不審に思う
ではないか。けれども、頭から黒髪の綺麗な彼女が消えない。八重は固く目を瞑り、頭の
中の彼女を追い払おうとする。
「…あのね、そのことも含めて話があるの。青野や由崎にちょっと聞かれたくないから、
一人で来てほしいんだけど」
「…分かりました。それじゃあ、いつがいいですか」
「四時にウチに来て」
花屋ではないのか、と拍子抜けした。だが、よく考えてみれば昨日の尾行のことは景子は
知らないのだ。分かった、と返事をして八重は電話を切った。
三時五十分。ちょっと早いかなと思ったが、景子の住むマンションに八重は着いてしまった。
昼の間も「真紀子や多汰美に聞かれたくない話」のことが気になって仕方なかった。昨日の
尾行の手前もあり、真紀子たちには買い物に行くと嘘をついてここに来た。疑われるかと
思ったが、「ゆっくり行ってきてね」と二人からは予想外の返事が返ってきた。今日はなん
とも調子が狂う日だ。こんなことで、景子の話を冷静に聞けるのだろうか。
オートロックを開けてもらい、八重は景子しかいない潦家の居間に通された。
「あの、にわちゃん、話って何ですか」
八重は思い切って単刀直入に話を振る。景子は、顔を赤らめてテーブルに置いた手を見て
いる。
「あのね、…私、好きな人がいるの」
予想した中で一番最悪の告白に、八重の目の前は真っ暗になる。そんな八重を知ってか
知らずか、景子は続ける。
「最近、夕方に用事があるっていうのは…」
「好きな人に会うためですか?」
気付いたら八重の目には涙が溜まっていた。自分の目を拭いながら、八重は言いたくもない
ことを口走る。
「昨日、見たんです。にわちゃんが花屋さんに入っていくのを。花屋さんに好きな人が
いるんですか?」
「七瀬?…どうしたの。どうして泣くの」
「どうして隠すんですか! 好きな人が女の人だから、言えないんですか!」
「…やっぱり、女の人が好きだっていうの、おかしいよね」
景子の呟きのあと、二人のいる居間に重い沈黙が流れる。壁時計の針が刻む、カチコチと
いう音だけがやけに響く。二人はうつむいたまま、黙り込んでしまった。
何十分にも、何時間にも感じられるような長い沈黙を破ったのは景子だった。
「七瀬、部屋に来てくれる?」
八重はうなずいて、景子の後についていった。部屋に入ると、テーブルの上にはバスケット
に入った綺麗な花が飾られていた。紫色の花を中心に、白いバラが周りを囲んでいる。なか
なか上品なつくりのフラワーアレンジメントだった。
「綺麗…」
八重はうっとりとバスケットを眺める。
「気に入った? 私が作ったの」
にっこりと景子が優しく微笑む。八重は驚いて景子のほうを向く。
「にわちゃんが作ったんですか? 上手ですねえ」
「そう。誕生日おめでとう、七瀬」
「あ、…え、ええっ!」
ここしばらくの騒ぎですっかり失念していた。今日は自分の誕生日だったのだ。
「今日、誕生日でしょう? だから。何かプレゼントしようと思ったけどいいものが浮かば
なくて迷っていたの。そしたら、お母さんの会社の近くに素敵な花屋さんがあったのを思い
出して。花屋さん、…伊鈴さんっていうんだけど、その人がね、じゃあ手作りアレンジ
メントでもあげたら、って勧めてくれたの」
景子の言葉に八重は目を白黒させる。景子が好きなのは花屋さん−伊鈴さんではないのか?
「あ、あの、じゃあ用事っていうのは」
「アレンジメントなんていっても、初めてだったから、伊鈴さんに教えてもらったの。七瀬の
誕生日まで一週間しかなかったから、放課後に行って習うしかないし」
「その手の怪我は?」
「花を扱うのに慣れてないから。バラのとげが刺さったり、水切りのときに鋏で手を引っ掛け
ちゃったり。さすがにオアシス、あ、花の土台ね、あれを切ったとき、カッターで手まで切っ
ちゃって、その時ばかりは伊鈴さんに呆れられちゃったわ」
傷だらけにした手を八重に向けて、景子は苦笑した。あまり器用とは言えない景子が花と悪戦
苦闘している姿を思い浮かべると、自然と八重の口から微笑が漏れた。ついくすくす笑って
いるうちに当初の大きな疑問を思い出してしまった。
「それじゃ、にわちゃんの好きな人って……誰……?」
八重がうっかり漏らした、問い掛けとも取れる呟きを受けて、景子が答えた。
「私が好きなのは、七瀬よ」目を伏して付け加える。「女の子が好きだなんて、自分でも
おかしいと思う。でも、伝えないままではいられなかったの。…ごめんね」
「どうして謝るんですか」
「だって、同性から恋愛感情込みで好きだって言われても、普通困るじゃない?」
「そ、そんなことはないです」
八重の言葉に今度は景子が目を白黒させる。八重も自分の口から滑り落ちた言葉に戸惑った。
自分は景子のことをどうおもっているのだろう。
もちろん、友達としては、好きだ。真紀子や多汰美は他人だけれども今では家族のような
存在だ。それでは、景子は? 景子は自分にとってどんな存在なのだろう。
伊鈴に関心を取られたと勘違いしたときに自覚したこの気持ちは−−。
八重は、肚を決めた。
「にわちゃん、あの、答えを言いますから、座ってもらえますか」
景子はおどおどした様子で椅子に腰を掛ける。まるで裁判に掛けられた被告人みたいに。
ああ、ペットショップで苦手だった犬を抱いていたときのあの表情にそっくりだ、と
八重は思う。あの時の景子は結局犬に慣れて、帰る頃には照れながら笑っていた。今度は?
「答えは……」
八重は優しく景子の顔を両手で包み、そっと景子の唇に口付けをした。
<エピローグ>
「紫のライラックの花言葉は『初恋』。その人の誕生日は5/30でしょう?誕生花なのよ」
伊鈴は景子に花言葉を伝える。
「『初恋』…。」
景子は反復するように呟く。届くかどうか分からない、初めての気持ち。この気持ちが八重に
届くことは果たしてあるのだろうか。
伊鈴はバラを数本手に取り、紫のライラックと他の数種類の花とまとめて紙にくるむ。
「白いバラを加えるといいと思うわ。花言葉は『私はあなたにふさわしい』。潦さんの心が
その人に伝わるように願って」
おしまい。