真・三国無双6(再)

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85小覇王別姫
漢帝国ができる前、暗愚の帝によって乱れた世が続き、群雄が割拠した頃の話。
項羽という男がいた。男は覇王と称され、傍らには美しい女がいた。
覇王は名の通り誰よりも強かったが、終には敗れて死んだ。王に愛され、王を愛した女も死んだ。
しかし二人の死は、どちらも願いだった。

小覇王別姫

梢で雲雀が鳴いている午後。時折風が吹く。若草の香りを運んでくる、春の強い風。
「どうしても今じゃなきゃダメなのかよ」
一度だけ窓から高い太陽を見上げ、それから周瑜に視線を戻した孫策は言った。
「今日中に読むから」
「文句を言うな、仕事だ」
「だってよぉ…大喬を待たせてるんだ、後じゃだめか?」
孫策は周瑜の手の中の書簡を覗き込みながら呟いた。周瑜が持っているのは敵国―――蜀軍の使者からの休戦を
求める文で、周瑜はそれを吟味しろと言ってきたのだ。
まだ日の高い刻だったが、孫策は大喬とのひと時を過ごすために寝所へ向かう所だった。
君主として忙しい身故、一緒に居られる時間も少ない。だからこそ暇を見つけては甲斐甲斐しく彼女の元へ通って
いたのに、その僅かな楽しみさえも邪魔されてはたまらない。
それに、蜀と休戦する気は無く、それについては周瑜も理解している筈。なぜ今更和解のための書簡を読ませようと
してくるのかが分からない。
「それじゃあ一時だけ時間をくれよ。半時したらちゃんとそれも読むからさっ」
孫策は顔の前で手を合わせて拝む仕草をした。周瑜は眉根を寄せながらそれを見て、溜息を吐いた。
「……わかった、一時したら訪ねる。逃げるなよ」
「信用ねえなあ、逃げねえよ。それじゃあな」
孫策は周瑜が心変わりしないうちにと、急いで執務室を飛び出した。
走りながらぼんやりと、内政ならば弟の権の方が向いているのにと思った。
父孫堅が亡くなって七年、国の為、志の為とがむしゃらに突き進んできた。自分が正しいと思う事には躊躇せずに、
例えそれがどのような怨嗟を残すとしても。
誰のためにも疲れたり足を止める訳にはいかなかったが、たった一人、それも全てを受け止め、心を癒してくれたのが
大喬だった。期待に羨望、尊敬畏怖に忠誠は誰からも贈られ続けてきた。しかし安らぎをくれたのは大喬だけ。
だから彼女との事だけは、どんなに忙しくともおろそかにはしたくない。
86小覇王別姫:04/06/07 20:02 ID:RUF9k3N/
閨房に入ると、大喬は肌着一枚をまとい、寝台に横たわっていた。
「おい、大喬」
顔を覗き込むと彼女は眠っていた。飾り模様の入った窓によって光の半分ほどが遮断された空間に聞こえてくるのは、
静かな寝息だけ。
「何だ、寝ちまったのか」
孫策は呟きながら、自分も彼女の横に寝転がった。
「随分待たせたからなぁ……」
―――心地よい。
傍らから漂ってくるえもいわれぬよい香りを吸い込み、一人でにやつく。
ここにはいつも無償の幸せがあった。求めたから得られる物、求めれば得られる物ではなく、『孫策だから』という理由
だけで降りかかる幸福。これは掛け値なしの宝である。
実は大喬は月の物が明けたばかりで、孫策は久しぶりに彼女に触れる。それもあって彼は大喬を構いたくて
仕方が無かった。やがて気配を感じたのか、大喬が目覚めた。
「あっ、孫策様…」
「いいから、そのままでいろ」
申し訳なさそうに半身を起こした少女を掣肘し、孫策は先ずは頬に、それから耳朶に口付けをした。
大喬が恥ずかしそうに身を縮めて吐息を漏らしたので、孫策は嬉しくなった。
傾国という言葉がある。その所為で国が滅ぶような美女の事で、大喬にはその素質が充分にある。
董卓や曹操、王たる王達に求められ、そして今、呉の王である自分も彼女に惹かれて止まない。
大喬はきらびやかには身を飾らないし、肉体も少女の名残があり、決して熟しきっているとはいえない。
しかし彼女は、ただ存在するだけで可憐で美しい。普段浮かべている物静かな笑顔に、時折雫が撥ねるように
見せる年頃の少女の顔、どちらも花が揺れるようで思わず抱きしめたくなる程。触れれば壊れてしまうような気がする
程に細く白い身体も、実は柔らかくしなやかで、見た目よりもずっと強い――それについてはいつか母になる為だと、
孫策は勝手に解釈していたが。
「こんな時間に良いのですか?お仕事は?」
甘い声を漏らしながら、大喬は孫策の背に手を回してきた。
「それを言うな、周瑜を説得するのに随分骨を折ったんだぞ」
「でしょうね、周瑜様が怒ってらっしゃる姿が目に浮かびます…」
「忘れろ」
87小覇王別姫:04/06/07 20:03 ID:RUF9k3N/
孫策は唇で唇を塞いだ。これを境にして二人は少しの間この世の全てから隔絶されるという、愛し合う者達にだけ
許される合図。
大喬は接吻に良く応えてきた。舌で唇を割ると途端に自らの物を絡めてきたし、吸い付いてもきた。
結った髪が頬に当たって邪魔になり、孫策は大喬を抱えたままで前傾した。一瞬唇が離れたが、今度は大喬の
方から求めてきた。
温く柔らかい舌は魔物。甘い唾液は媚薬で、理性をいとも容易く溶かしていく。
「孫策様、好き…」
短い息継ぎの合間に、大喬はうわごとのように言う。
「俺もだぜ……」
孫策は大喬の肌着を脱がせて押し倒し、自身も帯を解いた。一つの黒子も染みも傷もない白磁のような肌に接吻し、
視線は眸に向けながら指先で感じる部分を触る。
「あん……」
形の良い柔らかい乳房にはたちまち、いくつかの口付けの痕が残った。
「孫策様、私も貴方に…触れたい……」
大喬は媚びるような目で見てきた。その視線はそのまま体の線にそって下へ降りていき、まだ立ち上がっていないにも
関わらず、充分に太く長い性器で止まる。
「上に乗って尻をこっちに向けろ」
孫策は身体を倒し、大喬の手を取って導いた。両の臀部に手をかけて広げると、大喬は既に秘所を濡らしていた。
朝露のような輝きのぬるぬるの液が、小ぶりな小陰唇に絡んで薄い桃色を照からせている。
「恥ずかしい……あまり意地悪はしないで下さいね…」
―――意地悪、ねえ…。
孫策はそれを聞きながら、人差し指を秘所に乗せて軽く前後させる。
「あっ」
大喬は慌てた様子で孫策の男根に触れた。主導権を握られると思ったのかもしれない―――実際は既に
全ての権限は孫策にあるようなものだったが。
「もっと腰を落とせ・・・」
言いながら腰を引き寄せ、秘所に唇を押し付けると、大喬はピクンと反応して男根をギュッと握ってきた。
「そ、孫策さまぁ……」
孫策が暫くぶりであるように、大喬もまた久しぶりの性行為なのだ。過剰に反応しながら恥ずかしがっている。
88小覇王別姫:04/06/07 20:04 ID:RUF9k3N/
舌先を膣内の浅い部分にくぐらせると大喬の反応は更に大きくなった。このまま気をやってしまうのではないかとも
思える程、彼女は切なげに喘いでいる。こんな反応をされたら、大喬が何もしなくとも孫策も興奮してしまう。
「…あ、あぁ、気持ち良い…ですっ、ああん…」
「…俺も気持ち良いぜ」
いつの間にか彼は、程よく漲った自身の先端が大喬の唇に当たっているのを感じていた。おそらく咥えようとした
のではなく、勃起したそれが偶々その位置に辿り着いただけなのだろうが、大喬はうんうんと可愛らしい声を
漏らしながら先端を吸ってきた。
「もっとよくしてやるからな」
孫策も負けじと、大喬の、今彼女が吸っている部分に当たる場所に唇を押し当て、舌を絡める。
「んっ……」
呼応するように大喬からの愛撫も激しくなったが、孫策は少しずつ腰を引きながら自身の快感を調節していった。
狙い通りに、続ければ続ける程大喬は喘ぎ、肩を震わせる。
「あっ…あんっ、ずるいです…孫策様っ…」
少し後に上半身を捩じらせながら振り向いた大喬は、瞳の端に涙を浮かべていた。秘所の方も既に洪水に
なっている。
「今入れてやるから、機嫌を直せよ」
口の周りを濡らした愛液を手の甲で拭いながら、孫策は大喬を仰向けに押し倒した。
明らかに期待している視線を向けられ、孫策は小さく笑った。
「沢山してやるからな…」
腰だけで位置を探り当てて、一気に膣の奥まで肉柱を突き入れた。
「あっ!!」
膣内は少しきつい程の締め付けだったが、それをこじ開ける感触が二人の結合をより深いものにした。
抽送を繰り返すと大喬の締め付けはどんどんきつくなり、膣壁は孫策の物に絡んで搾り上げようと蠢いている。
蜜壷という言葉にふさわしいように、大喬の秘所からは大量の愛液が溢れ出してふたりの股間を濡らしてくる。
抜き射しの度に上がる飛沫が内股を濡らし、グチュグチュという卑猥な肉ずれの音が意識を押し上げていく。
大喬が身悶えているように、孫策自身も気持ちがよかった。
律動に合わせて、快感が背筋を駆け上がる。

89小覇王別姫:04/06/07 20:06 ID:RUF9k3N/
「すごい締め付けだな…」
孫策は抽送の幅を小さくして小刻みに子宮口を叩きながら、身体をずりあげて大喬を両腕で包み込んだ。
体重をかけて足を思い切り開かせる。ぷっくりと膨らんだ陰核に恥骨を擦りつけるようにしながら、膣内をがむしゃらに掻き混ぜる。
「ひっ……んんっ…んあっ、あっ、だめええ…」
「いいぜぇ……ほら、もっと締め付けろっ」
「ああぁん、いくうっ、いっちゃう……!」
大喬は背を逸らせ、膝をガクガクと震わせた。達したのだろう。体重で押し付けているために痙攣が強く伝わってくる。
膣の収縮の感覚は随分と短くなっていた。それはもう息もつけぬほどで、ほぼ締まり続けていると言っても良い。
「あ…は・・・っ、ああ…!!」
それでも抽送を止めない孫策の背にはいつしか、大喬の爪が食い込んでいた。大喬は辛そうに眉を寄せて喘ぎ達し続けながら、快感から開放されるのを待っている様子だ。
孫策は今度は自分が達するために、前後に大きく、先ほどよりも早く腰を動かし始めた。食いつくような膣圧に、思ったよりもずっと早く絶頂へ上り詰めていく。
「大喬、出すぞ…っ」
言うや否や、孫策は愛しい女の中に精を解き放った。頭の中が白く熔けていくような絶頂。
ドプドプと濃度の高い白濁を注ぎ込み、抱きしめていた腕を僅かに緩めると、大喬はくたりと寝台の上に崩れ落ちた。
「孫策様……すごかった…です…」
彼女は途切れ途切れにそれだけ言うと眼を閉じてしまった。
「もう降参か?」
「だって…私…奥までもう……」
「だめだ、まだ離してやらないぜ」
孫策は陰茎を挿入したまま、浅い呼吸を繰り返しながら呟く大喬の乳首を抓んだ。
「あっ」
驚いた大喬は首を擡げる。
「休ませてやりたいんだが、時間がねえんだ」
指先を少しずつ滑らせ、ぐっしょりと濡れた秘所に触れる。ついさっき達したばかりのそこを弄ると、大喬は仰け反った。
「あ…くうっ……」
「気持ち良いか?勃ったらまた突いてやるからな」
指先の動きに合わせて膣が締まる。性器が抜けてしまわないように気をつけながら、孫策は愛撫を続けた。
陰核を抓んで指先で扱くと、大喬は力なく首を横に振る。
90小覇王別姫:04/06/07 20:08 ID:RUF9k3N/
「だめ…そこは……」
「だめな事はない、気持ちいいんだろう?」
孫策は敏感な豆を揉みながら、身悶える大喬に口付けた。痙攣する身体を押さえ込みながら彼は少しずつ、自身が再び硬く猛ってくるのを感じていた。
何度目かの性交を終え、二人が動くのも億劫になる程疲れ果てた頃、閨房の扉を激しく叩く者が居た。
「孫策…おい孫策!!鍵をかけるとは卑怯だぞ!一時したら執務に戻ると言ったではないか!!聞いているのか!」
訪問者は扉の向こうで怒鳴っている。
「…っといけねえ、怖いのが来たぜぇ」
孫策も大喬も一瞬で声の主が解ったが、孫策はどうしようか迷っていた。約束を守って執務に戻らなければいけないが、できればこのまま大喬と休んでいたい。しかし大喬はそれも見抜いた
様子で、子供を叱るように言ってきた。
「約束したなら守らなくてはいけませんよ」
彼女は孫策に反論の暇を与えず、寝具を身体に巻きつけて扉へ駆け寄った。鍵を外した途端扉は勢い良く開き、怒りで眉尻を吊り上げた周瑜が室内に飛び込んできた。
「全く君ときたら…江東の小覇王が聞いて呆れるな!!」
「いいじゃねえか」
「良いわけがないだろう!」
「怖い奴だなぁ…そんなに怒ると早死にするぜ」
「孫策っ!!!」
孫策は肩をすくめ、やれやれと寝台から降りた。脱ぎ捨てた衣服を纏いながらもぶつぶつと文句などを言ってみたが、その後周瑜はずっと機嫌が悪いままだった。
「それじゃ大喬、また夜に来るからな」
妻に笑みを投げかけ、孫策は扉を向いた。しかし―――。
「いってらっしゃい、小覇王様」
大喬からは呼びなれない呼称―――反射的に振り向いてしまう。驚いたのはそう呼ばれたからだけではない。声が悲しそうだったから。
「どうした?」
「いえ…何でもありません」
「そうか、それならいい」
91小覇王別姫:04/06/07 20:10 ID:RUF9k3N/
嫌な予感がした。しかし、次の瞬間いつもの笑顔に戻っていた大喬のせいで、孫策はその予感を無理やり胸の奥に
封じ込めた。周瑜と共に立ち去った孫策の後ろ姿を眼で追いながら、大喬は溜息を吐いた。
目を瞑れば、孫策が治める広大な国が浮かぶ。想像の中では楽園のような大地が彼方まで続き、そこでは誰しもが
幸せで、勿論大喬も孫策と共にある。
しかし、小覇王―――夫がそう呼ばれる事を想う時に、いつも不安の影がつきまとう。その名を冠した人は、覇王の末路を知った上でそうしたのだろうか。
覇王項羽は確かに強かった。誰よりも強かった―――だが、結局は劉邦に敗れた。我先にと手柄を争う敵兵によって、死体は幾つもに引き裂かれたという。
よもや夫に待っているのはそのような暗い未来ではないのだろうか。そう想い、辛くなる。そして覇王に思いを馳せる度にもう一人、女の姿が瞼の裏にちらつく。覇王に愛された虞姫の事が。
追い詰められ死が視界にちらつき始めても尚、項羽は彼女と最後まで共にあろうとしたが、女は自身が足手まといになる事を恐れて自刎して果てたという。
大喬は自分もいつかそうなるのではと思い怖かった。死ではなく、孫策と離れ離れになってしまう事が。たった一つだけ望みが叶うならば、大好きな人と、生涯幸せに暮らしたかったから。
「あら、花びらが…」
気付くと、窓の外にはちらちらと仄赤い桃の花弁が舞っていた。風が強いのだろう。
大喬はそのまま視線を落とし窓枠を見た。それによって切り取られた青空には目もくれずに、朱色の塗料で塗られた
木枠の隅に降り積もった埃を。どこまでも続く空の無限を見るよりもその方がずっと落ち着く事を、彼女は知っていた。
何度かの季節が巡り、大陸は戦乱のまま、ひとつの時代の終焉を迎えようとしていた。
三国の一を担った蜀は滅び、今や孫策の治める呉国も魏によって風前の灯火となっていた。決して呉が魏に
劣っていた訳ではなく、ただ天命のままに全てが遷り行こうとしていたのだ。魏の軍勢は呉の都健業にまで進軍し、随分と前から敗色は濃いものになっている。
それでも呉軍が戦を止めなかったのは戦場に散っていった同胞のためであり、自分達の未来のためでもあった。

92小覇王別姫:04/06/07 20:13 ID:RUF9k3N/
大喬は孫策と共に戦線に赴いていた。王であり将である孫策の傍にいたかったし、宮殿には何の未練もなかったから。
それに敵の総大将は曹操―――かつて大喬とその妹小喬を求め、国に攻め入ってきた中原の覇者である。もし今
捕らえられでもすれば、今度こそ大喬は男の下に組み伏せられ、死よりも辛い恥辱を受ける事になるだろう。
そればかりでなく人質として使われるかもしれない。それを解っていたから、孫策は戦場であるにもかかわらず大喬を傍に置いてくれた。日毎悪くなる戦況に心は痛んだが、
夫と共に居る事が不安を和らげてくれた。それが例え、滅亡へと続く斜陽の途だとしても。
「いよいよか…」
薄昏い天幕の中、戦況の報告に目を通しながら孫策が呟いた。その言葉が重く響き、大喬は彼の背にそっと寄り添う。
「動けば傷に響く、座っていろ」
孫策は大喬を見ずに言った。
先の戦闘で大喬は足に傷を負っていた。孫策は指揮の合間を縫って足繁く訪れてくれていたが、要らぬ心配をかけてしまった事が辛い。
「戦況は随分と不利なのですね」
「大丈夫だ、お前は何も心配するな」
孫策は今度は振り向いて抱きしめてくれたが、大丈夫ではない事位大喬にも解る。女には心配をかけまいとする男の
気持ちもよく解ったが、だからこそよけいに、今の状況を思うと悲しくなる。抱き返そうと思い腕に力を込めたその瞬間、天幕に兵士が飛び込んできた。
「殿!大変です!陣が敵軍に包囲されております!!」
負傷した兵は幕内に入るや否や、がくりと膝から崩れ落ちた。
「何っ!?魏軍め、ついにここまで…」
そう吐く孫策の腕には強い力が篭る。

93小覇王別姫:04/06/07 20:14 ID:RUF9k3N/
「何とか逃げられないでしょうか?ここで終わりだなんてあまりにも…」
とても黙り込んではいられなくなり、孫策と兵士を交互に見て言った。
「水路ならばまだどうにかなるかもしれませんが…」
肩で息をしている兵士はそう答え、語尾を濁して大喬に視線をよこしてきた。大喬というよりは、その足を覆う包帯を。
今の大喬では、歩く事はできても走る事はままならない。足手まといになる―――兵士はそう言いたいのだろうし、
大喬自身もそう思った。
一瞬の決心―――ここに残ろう、大喬はそう思った。そして別れを告げようと孫策を向いたその時、その言葉を遮る
ように彼が口を開いた。
「大喬は俺が連れて行く、大丈夫だ、最後まで守ってみせる」
そう言った孫策の表情はいつもと同じだった。未来を信じているであろう、澄んでいて純粋な瞳。
大喬は一瞬見とれ、それから視線を落とした。
彼が信じている未来を叶えさせなくてはいけない、そのためには自分はやはり―――。
大喬は背伸びをして一度だけ孫策に口付けると、一歩後退った。
「私は小覇王の妻ですもの、覇王の妻のように、進退位自分で見極めます」
「何を言って…」
「私に構わず、貴方はお一人で逃げて下さい」
孫策の言葉を指先で止め、護身用に身に着けていた短剣を抜く。
今の自分は虞姫と同じだ―――そう思った。
今の自分は虞姫と同じだ―――そう思った。
気持ちがよくわかる。彼女だって項羽の隣で、ずっと幸せに暮らしたかっただろう。それでもただ女は、何よりも強く、
愛する人には生き延びて欲しいと願ったのだ。
ここに残れば曹操に囚われる事になる。孫策以外の男の物になる位ならいっそ―――。
「足手まといになる位なら、ここで…」
「やめろ!!」
切っ先を自らに向けた瞬間、孫策が怒鳴った。そして彼は一瞬ひるんでしまった大喬から刃を奪い取り、地面に
投げ捨てた。
94小覇王別姫:04/06/07 20:15 ID:RUF9k3N/
「だめだ、絶対にだめだ!!俺はお前と一緒に平和に暮らせる天下を作りたいんだ。生きてさえいれば、ここで
負けたとしても何とかなるだろう!?」
「孫策様……でも私は、お役にたてないならせめて邪魔にはなりたくない……」
自害が予定通り運ばなくなったせいで、堪えていた涙が溢れ出してしまった。語尾では既に嗚咽を交えながら、大喬は
思いをぶつける。
強い力で抱きしめられ、孫策のぬくもりが体中に染み渡ってくる。
「何も言うな、俺はどうしてもお前を連れて行きたいんだ」
「わかりました、困らせてしまって、ごめんなさい……」
大喬も孫策を抱き返した。窮地に堕ちてすら、以前と少しも変わらずに自分を気遣って守ろうとしてくれる―――
その想いがたまらなく嬉しく、そして悲しい。
「傍にいろ、これからもずっと…」
孫策は息を吐くように言った。苦しげな声。
「お前はいつだって俺の事を解ってくれただろう?」
「…はい……」
大喬はゆっくりと深く頷いた。
最初から知っていた。孫策が王として畏怖され、戦場でどれだけの人を殺めても、本当は誰よりも温かくて優しい人
だという事を。
彼に求められ、求める事ができて幸せだった。そして、彼自身が誰よりも大喬を解ってくれていた事も。
本当に、孫策の事を愛していた。
「殿、本陣の目前にまで敵が迫っております、ご指示を!!」
兵士が叫んだ。
「ああ今行く!…大喬、すぐに戻るからここから動くなよ」
言い聞かせるような調子の言葉に、大喬は素直に頷いてみせた。
「お気をつけて…」
「…ばかだな…お前を置いて死ぬ訳がないだろう」
諭すように言い、踵を返す男。
愛しい人が幕舎を後にするのを、大喬はしっかりとした視線で眺めていた。勇敢な後ろ姿を瞼に焼き付けるように。
天幕の中は暗い―――そのため、入り口に向かう孫策はまるで、光の中へ歩いていくように見えた。
大喬は、彼には決して聞こえないように呟いた。
「……生きて下さいね…」
95小覇王別姫:04/06/07 20:15 ID:RUF9k3N/
かつて目を閉じればはっきりと見えた楽園のような世界は、今はもうぼんやりと浮かぶ事も無い。
しかし息絶えればきっと、諦念によって沈められたそこに行き着く事もできるのだろう。
たった一つだけ望みが叶うなら大好きな人と生涯幸せに暮らしたかった。そう思っていたが、それは充分に叶ったのだ。
生涯とは永遠ではない―――大喬は生きている間確かに、孫策と幸せに暮らす事ができたのだから。
―――ごめんなさい。私は少しだけ早く行きます。
大喬は短剣を拾い上げ、頸部に当てて強く引いた。勇気を出すために、夫の名を呼んだ。
痛いのは予想していたがそれよりもずっと酷い激痛が走った。傷口からは血が噴き出したが、大喬がもう自分でそれを
見る事はなかった。
孫策が天幕に戻ったのは、それから僅か一刻後。
近衛と撤退の算段を済ませ、大喬を連れに戻った。軍を立て直し、いつか必ず―――この時まで彼はそう思っていた。
「大喬、陣を発つぞ!!」
駆け込み、先程置いていったままである筈の人を探す。しかし、天幕の中は静かで生者の気配はどこにもなかった。
「大喬?」
薄暗い幕内を見渡すと、対面した幕際に見慣れない赤い模様が眼に入った。
「えっ…」
背筋が凍りついた。模様は孫策を導くように地面へと続いている。
喉を突いて上がる嫌な予感―――今まで感じた事もないような異様なそれを必死に抑えながら、彼は赤の終着を探す。
そして、やがて血しぶきも途切れて彼を迎えたのは、既に事切れた妻の骸だった。
「……どうして…」
一緒に逃げる筈だった―――彼女もそう納得したのに、虚ろな瞳はもう何も映してはいない。
誰かに殺されたのか、一瞬それも過ぎったが、大喬を死に至らしめた凶器は彼女自身がしっかりと握っていた。
「大喬、大喬……おい、目をあけろ、お前が死んでどうするんだよ…おい…!!」
もう決して反応はしない事も判っていたが、孫策は妻の肩を掴んで何度も揺さぶる。
こんな風に愛しい人を奪われるなんて思っても見なかったから、どうすればよいのか分からなかった。
頭の中には大喬が呟いた言葉が渦巻いている。
96小覇王別姫:04/06/07 20:19 ID:RUF9k3N/
『小覇王の妻ですもの、覇王の妻のように、進退位自分で見極めます』
あの時はよく理解できなかったが、やっと今意味が解った。覇王とは項羽、小覇王は自分。だから虞姫は大喬だ。
そして、女が択った末路は―――。
「殿!時間がありません、早く…!!」
背後で近衛が叫んでいるが、それはもう少しも耳には入らなかった。
昔、大喬が自分を小覇王と呼んだ時の悪い予感。あの時の予感は間違っていなかった。
いや、予感のせいじゃない、全てが予定通りだったのか―――或いは、運命。
誰が自分を小覇王などと呼んだのだろう。
覇王が愛した女は自ら命を絶ち、そして自身も結局は敗れて死んだのに。
孫策は血まみれの妻を抱きながら考えた。
―――項羽は最期、どうしたんだっけ。
―――そうだ、戦って果てる事を選んだんだ。
かつて覇王は誰よりも強かったが、終には敗れて死んだ。覇王に愛され、愛した女も死んだ。
しかし二人の死はどちらも、強く純粋な願いだった。
虞姫の死の上には雛芥子の花が咲いたという。きっと大喬が死んだ場所にもいつか、燃え上がるような緋色のそれが
咲くのだろう。青色の空と真っ赤な花は彼女にふさわしい対比。
孫策は今、予感がしていた。やがて自分が息絶えるであろう場所もその花で覆われると。
心に生まれた強い決意を固めるように、彼は拳を握り締めた。
―――俺は、最期まで小覇王だ。
気付くと喧騒は天幕を取り囲んでいた。
走り出ると、振り上げた双棍に光が反射した。桃の花の色を映した美しい光。
孫策はただそれを、何よりも眩しい痛みだと思った。

終わり

小覇王孫策、覇王項羽の見事な生き様を描きました。
言っておきますが、私はアンチ呉ではありません。
項羽の本を読んだときに、ピピっと来ました。