「キスだけでこんなに気持ちよさそうな顔しちゃって……ふふっ、かわいいなぁ。 ――んっ…」
すっかり緩んだ頬でそう言うと、もう一度、今度は啄ばむようなキスを降らせてくる。
部屋に響く、唾液の、湿った音。
その度に触れる柔らかい唇の感触が気持ちよくて、溺れそうだ。
唇が重ねられている間にも、体を這い回る細い指は肌蹴た胸板や首筋を愛撫している。
「――――んっ…!」
その指が、最も熱を持った部分に到達した。
哀しいかな。
すでにそこは準備は万端とばかりに屹立としている。
童貞の節操なんてそんなもんだ、などと頭の片隅に自嘲が浮かんだ。
けれど、指はやわやわと布の上からそれを撫ぜるだけで、中々本格的な愛撫には移行しない。
「なんだ、もうすっかり勃ってるじゃないか。」
楽しそうな、嬉しそうな、声。
快楽に負けそうな心を奮い起こし、歯を食いしばりながら頭を振る。
このまま流されてしまうのは、最後の意地が許さない。
――と、急に、体が離れる。
覚悟を決めた直後だけあって、肩透かしを食らった気分だ。
「……そんなに、嫌?」
白い手が、頬に添えられる。
鼓膜に届く声はとけるほどに熱を帯び、真っ直ぐ見つめてくる瞳は確かに熱を帯びていた。
そんなものに騙されるなと、ぐらつく意地が叫ぶ。
逃げるように、力いっぱい瞼を閉じた。
少し、遠ざかるため息。
微かに、金属同士が擦れる音がしたかと思うと、腕のつっかえが取れた。
「――――?」
思わず、目を開く。
金属光沢を持った何かが、先生のポケットに戻っていくのが見えた。恐らく鍵だろう。
どうして、今になってあの永劫消えることが内容にも思えた束縛が解かれるんだ。
「キミが嫌だというなら、無理強いはしない。 私を放って帰ってくれたって構わない。」
困惑している僕に、先生は囁く。
「だけど、キミは本当にしたくないか?
――――私は、キミが欲しい。 欲しくて堪らない。
ほら、分かるだろ? こんなに胸が高鳴ってる。」
「――――っ!」
ひんやりとした先生の手に導かれて、一際柔らかいふくらみに汗ばんだ指が触れた。
いくらシャツの上からだとはいえ、生まれて初めての感触に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
柔らかいだとか暖かいだとか、そんなことばっかり感じてしまって、心臓の音なんて聞いてる余裕はない。
ただ、自分の顔が赤くなってることだけは嫌でも実感できた。
ほんの少し、好奇心に負けて手を動かすと、指の腹が硬くなりはじめた突起に触れた。
「んっ……」
「あっ、ご、ごめんなさい。」
すぐそばで辛そうな声が聞こえて、痛くしてしまったのかと不安になる。
慌てて引っ込めようとする手を引き止めて、先生は少しだけ、笑った。
「まるで子供だな、キミは。 初めて触れるんだろう?
……平気だから、好きにしてくれていいんだぞ?」
甘く、優しい声。
状況に流されてしまっていることに気付かないように、ごくり、と口にたまった唾液を嚥下した。
「――――ふ、あ……、ん、そう、上手…………」
ゆっくりと全体を揉んでみたり、もうすっかり硬くなりきった突起を摘んでみたり。
その度に思っていたよりも随分と可愛らしい声が部屋に響く。
こんな状況でどうにかならない男がいるっていうのなら、是非、病院にいくことをお勧めする。
「はすか、わ…………」
「ん、ふ――――」
呼ばれて顔を上げると、唇が重ねられた。
少しだけこちらが優位だった体勢から、肩を押されて再び先生が上になる。
「ん……、もう、挿れ、ちゃうぞ……?」
自らパンツに手をかけながら、哀願するように涙目で囁く。
勿論、こっちだってもう準備は万端だ。
流れや勢いで行為に及んでしまうことも、今さら我慢できるとは思えない。
けれど――――、
「せん、せ……ゴム、は……?」
呆けた頭で、そんなことを口走っていた。
「そんなの、なくたって……」
ここまできて今更そんな下世話ともいえるようなことを口にする僕に、少しだけ先生の声に不機嫌な色が混じりはじめている。
小さな肩に手を乗せて距離を置きながら、ゆっくりと体を起こす。
「――――駄目です。」
目をそらさないように苦労しながら、出来るだけ強く、言い切った。
そんな様子に驚いたのか、先生は目を丸くして僕を見ている。
「ちゃんとした関係ならともかく、こんな成り行きで間違いがあったら大変ですから。
僕は男だからまだ良いですけど、女の人はそうはいかないし……、」
なにより、間違いなんかで生まれてきてしまった子供が、可愛そうだ。
「…………はぁ、」
少しの沈黙の後、ため息と一緒に、ぽりぽりと頭をかく音が聞こえる。
僕はというと、なんだかいづらくて俯いてしまっていた。
「堅物め。」
忌々しげに先生は唇を尖らせた。
実を言うと、似たような展開で一度『卒業』のチャンスを逃している。
「あ、いや、別にしたくないってわけじゃないんですけど……
やっぱりこういうことはちゃんとしないといけないかな、って。」
空気に耐えられず、情けなくもごにょごにょと言い訳を始めてしまう。
ああ、またこのパターンか、なんて、心の中では半ば諦めはついていた。
「……隣にコンビニがある。」
先生は、枕元に腰掛けてタバコに火をつけている。
「……へ? え……っと、それはどーゆー…」
「…………私だって、こんな体が火照ったまま放っておかれたら、その、…困る。
――とにかく、早く買って来いといっているんだっ!」
「あ、はい、はいっ! じゃ、じゃあ行ってきます!」
タバコの火が燃えうつったかのように赤面する先生にこっちがドギマギしながら、慌てて部屋を出る。
歩きながら服装を整えて、ズボンの尻ポケットに財布を確認する。
なんだかよくわからない今の状況を深く考えてしまわないように、ドアを開けると同時に駆け出した。
キョウハココマデ
遅筆でごめんなさいすいません
次回で必ず終わらせるんで勘弁してください