(閲覧注意!!)
学校生活の中で最も開放的な時間である昼休み、ちよちゃんは手作りのお弁当を持って窓際の榊の席で榊と一緒に昼食を食べた。
その日のちよちゃんはとても機嫌が良く、ウキウキした調子で明るげに榊に話しかけていた。けれど、そんなちよちゃんとは対照的に榊の表情はとても沈んだ物だった。
「あれ、榊さん、どうしたんですか?」
「えっ?」
「私の話、ちゃんと聞いてますか?」
「あっ……ごめん、聞いてなかった」
榊は顔を伏せてちよちゃんに謝った。話を聞いてくれなかった榊にちよちゃんは機嫌が悪くなる事はなかった。それよりも榊の様子が少しおかしいと思った。
「どうしたんですか、榊さん、何か悩み事でもあるんですか?」
「えっ?」
普段からクールで感情をあまり表に出さない榊。そんな榊は誰が見ても普段と変わりない、いつもの榊に思えたが、ちよちゃんだけは榊の異変を感じ取った。
「いっ、いや、何も悩んでない」
「えー、本当にそうですか、榊さん?」
「ほっ、本当だ」
榊はちよちゃんの質問に緊張を覚えながら、なんとかちよちゃんをごまかした。ちよちゃんは少しの間、榊に懐疑的な視線を送ったが、あまり深く考えたりはせず表情を戻して話を再開した。
榊はちよちゃんに怪しまれないようにするため、ちよちゃんとの会話に集中する、だが、そんなちよちゃんの会話はどこか遠く聞こえた。
今、榊の頭の中には一人の男、彼の事で占められていた。
彼――ちょっとワルっぽい自動車修理工で阿部高和と名乗る男の事だった。
榊が彼、阿部高和と名乗る男と出逢ったのは、およそ一ヶ月ほど前の事だった。
榊は、その日、猫が良く集まると評判の公園に足を伸ばし、猫を見つけては手懐けようとしてはいつものごとく手を噛まれ逃げられてしまった時、そんな榊の光景を見て笑った人物が居た。
榊はその笑い声にハッと振り向くとベンチに座るツナギ姿の男と目があった。
「猫が好きなのか?」
男はそう榊に向かって気さくに喋り掛けた。榊はそんな男に対して恥ずかしさがこみあげ、どう応えたらいいのか分からずにいた。すると、そんな榊に対して男はもう一度笑った。
それが、榊と阿部高和の初めての出逢いだった。
今まで榊にとって男とは、それについてすら考えた事もないとても縁遠い物だった。
それは昔から現在に至るまで抱かれる榊の印象、美人であるがどこか近寄りがたい印象。
女子の平均から飛び抜けて高い身長とスタイル、切れ長の鋭い瞳、無口で無表情。
美人であってもどこか住む世界が違うと思わせられる、そんな榊の特徴に今まで誰も榊に話し掛けてきた男は居なかった。
無論、榊はそんな自分が本当の自分じゃないと思ってはいたが、そんな自分をうまく説明できるほど器用でない事も分かっていて、結局、周りの抱くイメージに対し諦観して今まで生きてきた。
そんな榊に対して阿部高和と言う男の存在は突然な物だった。
阿部はいつもその猫の集まる公園にいて、いつも同じツナギ姿、同じベンチにいた。そして榊に対していつも気さくに声を掛けた。
声を掛けられる度に榊は緊張を覚え、慎重に言葉を選んで返事をした。
変な事を言ってないだろうか? ちゃんと相手に伝わってるのだろうか? 面白くない事を言ってないだろうか? つまるところ男とどう喋ったら良いのか知りもしない榊にとって阿部に話し掛けられる事は何よりも疲れる物だった。
けれど、けれど、その事に対して迷惑に思った事は一度もなかった。
「そう言えば榊ちゃん、榊ちゃんは彼氏はいないのかい」
「…………いない」
「おや、本当にいないのなかい」
「うん、私、背が高すぎるし、目つき悪いから……」
「そうか? 榊ちゃん、カワイイのに」
「カワイイ? 私が?」
「ああ」
ごく何気ない阿部からの言葉、榊にとっては生まれ初めて言われた言葉。その言葉は榊の脳裏に深く刻み込まれ一人で居る時、何度も何度も思い返された。
やがて榊は阿部の座るベンチの隣に自然に腰を掛けられるようになっていった………………しかし、阿部にはおよそ信じられない秘密があった。
榊が阿部の秘密を知ったのは一週間前の事だった。
その日の休み時間、榊がボンクラーズの面々との会話が事の発端だった。
「ねぇねぇ、ハッテン場ってなに?」
「なんだ、それ?」
「分からないから聞いてるんだよ」
智の質問に対して誰もが首をかしげる中、大阪が胸を張って智の質問に答えた。
「ハッテン場ちゅうのはな、男でありながら男が好きなホモさん達が集まる場所の事を言うねん」
「ええー、ウソ、本当なの、それ?」
「なんやねん智ちゃん! ウチの言う事が信じらへんのかい!」
「いっ、いや、別にそう言う事じゃ……」
「でも、本当にあるのかよ、そんな場所」
「うん、あるで、こっから近い所で言えば、あの公園やね」
「ええー、マジかよ」
「なんで、そんな事まで知ってんだ、お前!」
その会話の内容に誰よりも衝撃を覚えたのは榊であった。大阪の指す公園、まさしく阿部の居る公園だったからだ。
放課後、榊は居てもたってもおらず阿部の公園に向かった。
(違う、阿部さんはそんな人じゃない!…………)
何度もそう思いながら榊が公園に着いた時、阿部は…………居た。
阿部はいつものベンチに座り、いつもと同じ様子だった。だが、その阿部の隣には一人の男が座っていた。
阿部の隣に座る男は予備校生風の若い男で、緊張した様子で阿部と会話し、阿部はそんな予備校生風の男に対し気さくに喋り掛けていた。
榊はそんな光景に息を呑みながら真剣に様子を見守った。脳裏では大阪の言葉が自分の意志とは関わらず強く浮かび上がってくるが榊はその言葉を必死で否定した。
(阿部さん誰にでも優しい人だから……)
そう強く願う中、阿部と予備校生風の男はベンチから立ち上がった。二人はこの公園にある公衆トイレへと向かった。
(トイレ?……)
二人の男が榊の前から消えた。榊は言いようのない不安に見舞われた。
いったい、なぜ、二人でトイレへ? いや別にただの偶然? すぐに戻ってくる?……。疑問が疑問を呼び、最後に二人はトイレで何をしているのか? だけが榊の中で残った。
榊は一歩一歩二人が消えたトイレに足を歩ませた。そして、トイレの個室の窓を発見した。
トイレの個室の窓に榊は胸が痛むほどのためらいを感じた。けれど、そのためらいに体――本能は無意識のうちに中の様子を伺う事に働いた。
しかし、その個室の窓から展開されていたのは榊にとってはまさしく最悪の光景、阿部と二人の裸の男が互いに複雑に絡ませ合う、ホモセックスの光景だった。
「で 出そう……」
「ん? もうかい? 意外に早いんだな」
「くうっ!気持ちいい……!」
「このぶんだとそうとうがまんしてたみたいだな」
「あんまり気持ちよくて……こんなことしたの初めてだから……」
「ところで俺のキンタマを見てくれ、こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです……」
「でかいのはいいからさ、このままじゃおさまりがつかないんだよな。こんどは俺の番だろ?」
「ああっ!!」
「いいぞ……よくしまって吸いついてきやがる……」
「アオオオ―――ッ!!」
「出……出る……」
「しーましェーン!!」
榊はその光景に思わず叫びそうになるのを何とか手で口を塞ぎながら堪えた。必死に堪えた。
(あっ、阿部さん!……)
体中に走るショックに榊は全身の力が抜け、目頭が熱くなるのを覚えた。そして、ふらつくように一歩引いた、その瞬間、榊は地面に落ちている小枝を踏みつけた。
――パキッ
「誰だっ!!」
阿部の鋭い声がトイレの個室から榊の元に届いた。榊はその声に現実に呼び戻され、自分が阿部のホモセックスを覗いている状況を理解した。
榊はあわてて逃げた。残った全身の力を振り絞り、無我夢中でその場から逃げ出した…………。
…………榊が気がついた瞬間、そこはもう自分の家の自分の部屋だった。
時間の感覚は麻痺していて自分がいつ自分の部屋に戻ってきたのか分からないが、なんとか阿部から逃げ切った事を理解すると急速に安堵と涙が漏れた。
初めて普通に話せる、初めて自分の事をカワイイと言ってくれた男性、阿部高和。彼は普通の男ではなかった。異性よりも同性を好む嗜好の男であり、女である自分にとって遙か遠くの存在である事の認知が榊に
とって涙を漏らさせた。
「阿部さん…………」
涙とともに拭いきる事が出来ないトイレでの光景、阿部と予備校生風の男がまぐあう光景が鮮明に榊の脳裏に蘇った。だが、その光景は耐え難い現実とともにある種のイメージを強く浮かび上がらせた。
それは、阿部の体。広い肩幅、浮かび上がる筋肉の線、かたく引き締まったヒップ、それは榊にとって今まで知りようのなかった逞しい男の肉体が榊の脳裏に強く刻まれていた。
そして、そんな阿部の肉体を思い返すうちに榊は濡れていた…………。