1 :
トラパス作者:
萌える話をお待ちしております。
がんがん書いていきましょう。
注意
人によっては、気にいらないカップリングやシチュエーションが描かれることもあるでしょう。
その場合はまったりとスルーしてください。
優しい言葉遣いを心がけましょう。
作者さんは、「肌に合わない人がいるかもしれない」と感じる作品のときは、書き込むときに前注をつけましょう。
原作の雰囲気を大事にしたマターリした優しいスレにしましょう。
関連スレは2をどうぞ
2 :
トラパス作者:03/10/25 08:26 ID:5rFoT6Zw
3 :
名無しさん@ピンキー:03/10/25 08:28 ID:ZM4nqGGW
あれっ!まさか2?
興味無かったけど、取れるんなら・・・ねェ、エヘヘ
(で、3になったりしたら大笑いだな)
4 :
名無しさん@ピンキー:03/10/25 08:29 ID:ZM4nqGGW
大笑いだな
大笑だよ!
5 :
トラパス作者:03/10/25 08:31 ID:5rFoT6Zw
前スレ、容量が危ないので新スレ立てました。
午後から用事があるので早目に新作公開します。
本当は、トラパスクエストっぽい雰囲気の作品にしようと思っていたのですが
どうもうまくまとまらなかったのと、前スレでわずかながら読みたい、とおっしゃってくださる方がいらしたので
パラレルの悲恋もの、発表してしまいます。
注意
・この作品はパラレルです。世界観は現代、トラップ達の年齢は26歳前後という設定です。
・ちょっと難しいテーマを選んでしまったため、知識的に誤っている点があるかもしれません。
・作品傾向はかなり暗いです。原作の雰囲気を大事にしたい方には合わないと思います。
・再三言っていますが悲恋ものです。
上記の点を踏まえて、「肌に合わない」と思う人は、今回はスルーでお願いします。
次作で、リクエストされた「子供になったトラパス」発表予定ですので
そちらは明るい原作の雰囲気を大事にした作品にするよう努力いたしますので
よろしくお願いします。
医者になったことを後悔したことはなかった。
両親とも医者だから、お前もなれ――ガキの頃からそう言われてきて、実際に医者になれるだけの能力があった。
俺が医者になった動機はそんな程度のものだったが、なってみれば、まあやりがいのある仕事で、退屈する暇はなかった。
後悔したことはねえ。そのかわり、「医者になって良かった」と思えるほどの出来事も無く。言われるままに外科医として腕を振るって、幼馴染で内科医のクレイや、看護婦のマリーナ。親しい連中と適当に楽しくやりながら、日々を過ごす。
そんな日常に、まあまあ満足しきっていた。
だからこそ、あの日のことは強烈な思い出として残っている。
医者になんかなるんじゃなかったという後悔と、なってよかったという喜び。
その二つを同時に味わうことになった、あの日には……
「トラップ! 急患だ、すぐ来てくれ!!」
独身寮にかかってきた電話の声は、焦りまくったクレイのもの。
そういやあ、奴は今日、当直だったよな……
眠気の覚めきってねえ頭で、ぼんやり考える。
「聞いてるか!? すぐ来てくれ、早く!!」
「わあったわあった」
がちゃん、と電話を切ったときには、もうパジャマを脱ぎ捨てていた。
服の上から白衣を羽織って、車に乗り込む。寮から病院まで、五分とかからねえ距離だ。
休日がこんな風に潰されることは珍しいことじゃねえ。それは医者という職業柄、仕方ねえことだ。
それはわかっていたが、寝ているところを叩き起こされるのは……いまだに慣れねえ。
病院につくと、マリーナが入り口で待ち構えていた。
「事故か?」
挨拶も抜きで聞く。マリーナも慣れたもんで、余計なことを一切言わずに事情だけ告げる。
会話を始めたときには、既に歩き出していた。
「自動車事故。頭を強打していて、意識不明。自発呼吸無し。患者は三人。手術が必要なのは二人、一人は軽症よ。クレイが診ているわ」
「わかった」
手術着に着替えて、部屋に乗り込む。
だが……一目見てわかった。
助からねえって。
あらゆる数値が絶望的な数を示していて、ベッドに横たえられた二人……どうやら、夫婦らしい……は、もう神様でもねえ限り手のほどこしようがねえって。
それでも、やれることはやった。打てる手は全部打った。
だが、結局、患者の心臓が再び動くことはなく……俺は、手を止めるしかなかった。
「2時43分……ご臨終です」
時計を読み上げるマリーナの声が、空しく響く。
珍しいこっちゃねえ。医者だって万能じゃねえんだ。これまでにも、手術の甲斐なく死んでいく患者はいくらでも診てきた。
それでも……やっぱり、慣れねえな。
「家族はいねえのか?」
手術室を出てすぐ、マリーナに問いかける。
気が重いが、結果を家族に伝えるのは執刀医の役目だからな……夜中で、他の外科医が捕まらなかったのを、不運と言うしかねえ。
「言ったでしょ? 軽症の患者が一人いるって……娘さんよ。多分、今はクレイが話し相手になってると思うわ」
「家族旅行の最中の事故か?」
「ええ。高速道路で渋滞に巻き込まれてこんな時間に。運転手……お父さんだけど……が眠気に負けての事故。よくあることよ。……いい? トラップ。絶対に、余計なこと言わないでよ」
「わあってるよ」
きつい目つきでにらんでくるマリーナに、適当に手を振って答える。
どうも俺は、いらねえことをべらべらと喋る悪癖があるらしく……これまで、患者との間に起こした揉め事の数は両手両足を使っても数えきれねえ。
一度なんざ手術の前日に「他の病院に移るザマス!!」とか騒ぎたてられたこともあったしな。
だが、今回ばかりは……さすがに、な。
両親を突然の事故で失った娘。相当ナーバスになってるだろう。
……面倒くせえ……
「ここよ。わたしは、まだやることがあるから」
「ああ、すまねえな」
マリーナに手を振って、部屋をノックする。
診察室。すぐに、中からクレイの声が返ってきた。
「開いてるよ」
「失礼……俺だ」
「トラップか……」
俺の声の調子で、大体結果を察したんだろう。クレイのため息が、聞こえてきた。
しきりのカーテンを開ける。見慣れた白衣のクレイと、その前に座っている、手足に包帯を巻いた金髪の女……
カーテンを開いた瞬間、女が振り向いた。はしばみ色の目に涙をいっぱいにためて、すがるように俺を見てくる。
その瞬間、感じた罪悪感は……一体何だったのか。
「先生、お父さんは? お母さんは!?」
がしっ、と白衣を握り締めてくる女の手首をつかむ。
言わねえわけにはいかねえ。それはわかってたが……後の展開がわかるから、ためらわずにはいられなかった。
俺らしくねえ。どんだけ相手が傷つこうと泣き喚こうと、事実は事実だと冷静に告げる、それが俺だったのに。
「……わりい。助けられなかった」
そうつぶやいた瞬間。
女の表情が、消えた。
ストン、と音がしそうなほど綺麗に表情が落ち、人形のような無表情になる。
クレイが痛ましそうな目で女を見ているが……女は、それに全く気づいてねえようだった。
ずるっ、と身体から力が抜ける。俺が手を離したら、多分そのまま崩れ落ちるんじゃねえか。
「トラップ……」
「クレイ、どっか開いてるベッド、あるか?」
「用意させるよ」
俺の言葉に、クレイが内線電話に手を伸ばした。
クレイの親は、この病院の病院長だ。奴が言えば、大抵の無理は通る。
病院のベッドは常に満杯の状態だが、この日も、クレイの一言で即座に個室が用意された。
そこに女を運び込む。いつもなら、手術が終わった後は泥のように眠りこけるのが常だが……
何故だか、この日に限って、俺はこいつの傍にいてやりてえ、そう思った。
パステル・G・キング。
目を覚ましたのは30分後。女は、白い天井を見つめて、そう名乗った。
両親が死んだことを、わかってんのか、わかってねえのか。
それは、俺にも判断がつかなかった。精神科は俺の領分じゃねえしな。
「おめえ、何があったか覚えてっか?」
そう聞くと、パステルは微かに頷いた。
「わたしは、寝てたの。車の後ろの席で……そうしたら、大きな音がして、車がひっくり返って……後は、わからない……」
「おめえの親は、死んだぜ」
我ながらもうちっと優しい言い方はできねえものか、と思わなくもねえが。
こういう言い方しかできねえ性分だから、仕方ねえ。
だが、そう告げても、パステルの表情は動かなかった。
「先生……」
「……何だ?」
「あなたが、わたしのお父さんとお母さんを……殺したの?」
ずばり、と言われたことに、俺はしばらく反応できなかった。
手術の失敗をするたび、身内の人間から「あんたが殺したんだ」とわめかれること。
それは、医者になった以上、避けて通れねえ道だ……外科部長のキットンあたりは、いつもそう言っていたが。
いざ言われると、反応に困る。
「……助けられなかったのは事実だな」
「先生じゃなかったら、助けられた?」
「んなことわかんねえよ。誰も助けられなかったかもしれねえし、もしかしたら助けられる奴もいたかもな」
仮定の話しには意味がねえ。だから慰めも言い訳もしねえ。
俺がそう言うと、パステルは身を起こした。
そして……そのまま、俺の胸倉につかみかかってきた。
「っ……どうして……」
「…………」
「どうして助けてくれなかったの! お父さんとお母さんが、一体何をしたっていうの! 返して……返してよ、お父さん……お母さんっ……!!」
わあああああああああああっ……
胸元にすがりつくようにして、パステルは、子供のように泣きじゃくった。
ゆっくりとその背中を撫でてやる。いつもだったら、こんなのは俺の役目じゃねえと、クレイあたりに押し付けるところだが……
泣きたいだけ泣かせてやる。激情を吐き出す相手が欲しいってことくらい、俺にもわかる。
その相手に俺を選んでくれたことを、何故か素直に嬉しいと思えたから。
だから、今だけでも、思う存分泣け。
そう耳元で囁いてやると、パステルは身を震わせて……そして、そのまま長いこと泣き続けた。
夜が明けるまで、俺はパステルの背中を撫で続けた。
助けられなかったことに関する後悔と、だがそのおかげでパステルに出会えたという喜び。
間違いなく、その日は、俺にとって特別な一日となった。
パステル本人の怪我は入院するほどのもんでもなく、程なく、両親の遺体と一緒に帰っていった。
多分、二度と会うこたあねえだろう。そう思うと、寂しいと思ったが。
いかんせん、医者ってのは自由になる時間が圧倒的に少ねえ。自分から会いに行くこともできず、結局時間だけが流れて行った。
今どうしてるんだろうと気にしねえ日は無い。だが、確実にその時間は短くなっていく。
こうして月日が経つにつれ、忘れていく。それを寂しく思ったところでどうしようもできねえ。
そうして、諦めていたときのことだった。
俺が、「医者になってよかった」と心から喜べる日が、来たのは……
「あっちいなあ……」
事故から半年ほど経ったある日。
俺は、ナースステーションでばたばたとうちわを使って、マリーナからにらまれていた。
「トラップ、あんた何でこんなところにいるのよ」
「ああ? あっちは男ばっかでむさくるしいからだよ」
「あのねえ! ここはナースステーションなの!! ドクターは自分の部屋に戻ってよ。第一もうすぐ診療時間でしょ!」
「ったく冷てえなあ」
実のところ、俺は……いや、俺だけじゃなくクレイもだが、ナースにはなかなか人気がある。
ここに顔を出すと、やれ飲み物だやれ菓子だと随分な歓待を受けるから入り浸ってんだが……マリーナがいると、その歓待も半分以下に減っちまう。
ったく。今度はこいつがいねえ時間に来るか。
不承不承腰を上げたときだった。
「あのー……」
ドキン
廊下に面した窓から響く声。
聞いたのはすげえ前のことなのに、はっきりとそれが誰の声なのかわかる自分に驚く。
思わず振り向いた。予想通りの顔がそこにあるのを見ても、まだ信じられねえ。
「あら? あなたは、確か……」
マリーナも覚えていたらしい。驚きを隠せねえ顔で、相手の顔を見つめている。
「あの、先日は……どうもお世話になりました。あれから、色々考えて……こちらの病院で、事務をやらせてもらうことになりました。パステル・G・キングです。よろしく」
その笑顔を太陽のようだ、と表現していたことを知ったら、マリーナやクレイあたりは吹き出すだろうな。
けど、本当にそう思ったんだから……しゃあねえだろ。
「あ……先生」
俺の顔を認めて、パステルが真っ赤になってうつむいた。
「あの、あの……この前は、すごく失礼なことを言っちゃって、ごめんなさい。先生は、一生懸命助けてくれようとしたんですよね?」
「あ、ああ……」
「ごめんなさい。それと……ありがとう、先生。あの日、先生のおかげで、両親の死を受け止めることができました。だから、わたしも、働こうっていう気になれたんです。本当に、ありがとう」
「……そっか。よかったな」
そうか。俺のしたことは、余計なことにならずにすんだんだな。
そう思うと……何か、胸が熱くなってきやがった。
何なんだよ、この気持ちは。俺は……
「先生、あの……」
「トラップ」
「え?」
「俺の名前はトラップ。先生、なんて呼ばなくてもいいぜ? 敬語もいらねえ。そのかわり、俺も……」
じーっと相手の目を見つめて、微笑んでやる。
後になってマリーナから、「あんたでもあんな表情ができるのね」と妙に感心された顔で。
「パステル、って呼んでいいか?」
俺の言葉に、パステルは満面の笑みで頷いた。
「もちろん! これからもよろしくね、トラップ!」
それが、俺とパステルの再会だった。
「よっ」
「ちょっとトラップ! また来たの!? 診察は?」
「今は休憩時間。なあ、茶かなんか出ねえの?」
「もうっ! わたしは仕事中なんだってば。邪魔しないでよっ」
それからは、病院に来るのが何か楽しみになった。
暇があったら事務室に入り浸って、よくパステルに邪険にされたが。
いつからだろうな? 俺が来る時間帯になると、いつもパステルが茶と菓子を準備しているようになったのは。
事務員はもちろんパステル一人じゃねえが、俺が来ると他の事務員にはかったように用事ができるようになったのは。
「トラップ、最近やけに楽しそうだよな?」
「ああ? そうか?」
「ああ。何だか、すごく生き生きして見える」
脳に麻酔を打ってんじゃねえかと思うくらい鈍い幼馴染にすらこう言われるほど、俺の態度は傍目にはばればれだったらしい。
気づいてねえのは当の本人だけどきたもんだ。ま、変に聡い女よりは、まだいいけどな。
「はっきり言えばいいんじゃない?」
マリーナと二人きりになると、よく言われた言葉。
そのたびに、「ああ? 何を言えってんだよ」なんて照れ隠しを言ってたが、心の中では「言われなくてもわかってるよ」とぶつくさつぶやいていた。
だけどなあ。話すようになってわかったが、パステルは、クレイとためを張れるくれえの鈍い女で……俺の気持ちになんか、これっぽっちも気づいてなくて。
そして痛いことに、俺のことをそういう対象として一切見てねえんだよな……
時期を間違えたら、今の関係すら壊れるかもしれねえだろ?
そう自分に言い聞かせて、俺はなかなか、本音を口に出せなかった。
本当はただ勇気が出なかっただけだ。それを認めたくなかっただけだ。
そのことを、後になって死ぬほど後悔することになるなんて……今の俺に、わかるはずもなかったから。
初めて出会ってから二年近く。パステルが病院に勤めるようになってから一年半。
関係がどうにかこうにか一歩前進したのは、こんだけの時間が流れてからだった。
いや全く。自分の我慢強さに拍手を送りたくなる。
その日、物凄く珍しいことだが、俺とパステルの帰宅時間が重なった。
「送ってってやろうか?」
そう言うと、パステルは嬉しそうに頷いた。
ちなみに、俺は相変わらずの独身寮住まいだが、パステルは小さなアパートで一人暮らしをしている。
最初は寮に住む予定だったらしいが、部屋が空いてなかったから、らしい。まあ、俺にとっちゃ幸運だったんだけどな。
車で20分くらいかかるパステルの部屋。ここを訪れるのは、初めてじゃねえが……
「送ってくれるのは嬉しいけど、いいの? トラップの家、大分離れてるじゃない」
「こっちに用があるからついでだよ、ついで」
「なーんだ、そうだったの?」
……信じるなよ。毎回毎回同じ言い訳によくひっかかるな、おめえも。
「乗るのか? 乗らねえのか?」
「わわ、乗る乗る。ありがとうっ!」
そういって助手席に滑り込んできたパステルの服から、微かに花の匂いが漂ってきて、ドキン、と心臓がはねるのがわかった。
待て待て、焦るな、俺。落ち着いて、落ち着いて。
この一年半、ずーっと見てきた。今じゃ事務室には俺専用の椅子すら用意される始末で、顔を出しても嫌そうな顔を見せつつ、口元が笑ってるのが丸分かりという様子。
嫌われてるはずがねえ。大丈夫、うまくいくはずだ。
20分間のドライブの間、俺はずっとぶつぶつつぶやき続けていた。
おかげで、パステルから物凄く不審な目を向けられてしまったが……
全くなあ。おめえがもうちっと鋭かったら、俺もこんな苦労しなくても済んだんだぜ?
「あがってく?」
家についたとき、パステルは無邪気な笑顔で言った。
他意が無いことは、長い付き合いでよくわかってる。こいつはただ、ついでとは言え結構な距離を送ってくれた俺に対して純粋に感謝し、茶のいっぱいでもご馳走しようか、とそんなことしか考えてねえ。
つまり、俺を男だと認識してねえってことだが。
……してくれねえならさせるまでだ。
「あ、ごめん。用事があるんだっけ?」
「いんや。まだちっと時間があるし。茶でも出してくれよ。あ、そーだな。この前食った羊羹。あれうまかった。残ってたらまた出してくれ」
「もー、図々しいんだから」
他愛も無い会話を交わしながら、部屋に入る。
……こっからが、勝負。
ガチャン、と部屋の鍵をかけたのを確認して、どかっとちゃぶだいの前に腰掛ける。
荷物だけ置いて、パステルは即座に台所へと向かっていったが……
「おい」
「ん? 何?」
「茶は後でいいや。ちっとこっちに来てくんねえ?」
「え?」
ひょいひょいと手招きすると、パステルは、いぶかしげな顔をしつつ俺の前に座った。
有無を言わせず、その身体を抱きしめる。
「――――なっ……!?」
この鈍い女は、何を言っても通じねえかもしれねえ。
「好きだ」と言ったら「何を?」と聞き返すような女だ。
だから、実力行使でわからせる。長々と悩んで出した結論。
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」
ぐっ
文句は受けつけねえ。開きかけたパステルの唇を、自分のそれで強引に塞ぐ。
さすがに何をされてるのかわかったんだろう。パステルの顔が、真っ赤に染まった。
「と、ゆーのが俺の気持ちだったりすんだけど」
ぱっと唇を解放してやると。
くたくたっ、とパステルの身体から力が抜けた。
茫然自失、という言葉がこれほどぴったり当てはまるのも珍しいんじゃねえだろうか? 潤んだ瞳で、じーっと俺を見つめている。
だが、俺の目はごまかせねえ。茫然としている。驚いている。信じられねえ、という様子も見える。
が……嫌がっては、いねえ。
「どうだ?」
「ど、どうだ……って……い、いきなりで、そんなっ……」
漏れる言葉が、どこまでももどかしい。
「まさか、わかんねえ、とは言わねえよな?」
「…………」
「俺は、おめえのことが……」
好きだ、と言うかわりに、もう一度唇を塞ぐ。触れるだけじゃねえ、もっと深い……大人のキス。
からみあう舌と交じり合う唾液。その隙間から、甘い吐息が漏れる。
振り上げられた手首をつかんでやると、それ以上の抵抗はしてこなかった。
もっとも……勢いでそのまま押し倒そうとしたら、さすがに悲鳴をあげられたが。
「やだっ……やだやだやだっ!」
「うおっ! ば、バカバカ、やめろって!!」
「バカーっ! エッチ、最低! 出てってー!!」
ぶん、とうなりをあげて飛んできたカバンに、さすがに背筋が寒くなる。
そのまま、追い出されるようにして(というか追い出されて)、外に出た。
……ま、まあ。最後がちっとまずったけど。
一応、前進した……よな? まさかあれだけされて気づかねえ、なんてことはねえよな?
それだけでよしとしよう、と自分に言い聞かせて、この日はひとまず退散することにした。
ちなみに、それから一週間ばかり、口をきいてもらえなくなった。事務室に顔を出すと、ばっと顔を背けられる始末だ。
謝り倒して機嫌を取りまくって、どうにかこうにか付き合いをOKしてもらえるのにどれだけ苦労したか……まあ、改めて言うまい。
付き合うようになるまで二年かかった。キスをするまでにも二年。
初めて抱いたのは、付き合ってからさらに数ヵ月後。
婚約したのは、抱いたその日。
それはどれも俺からの誘いで、パステルの方から俺を求めてきたことは一度も無かった。
キスをするのも、抱くのも。好きだというのも、プロポーズをするのも、全て俺から。
パステルは、そのたびに顔を赤らめて、そして素直に受け入れる。
そういう性格の女に参っちまったんだから仕方ねえ。
物足りねえ、と思わなくもねえが。これだけ時間をかけて口説き落とした女だ。それだけの価値があると認めた女だ。
贅沢は言わねえ。パステルが幸せそうな笑みを向けてくれる。それだけで十分じゃねえか?
そう自分に言い聞かせていた。
独身寮を出て、パステルと二人で暮らすようになって。
「式まで後半年だね」
と笑うパステルに、「ああ、そうだな」とひねりのねえ返事をする。
そんな何気ない日常が、現実とは思えねえくらいに幸せだった。
医者という職業柄、休みを気軽に取るわけにはいかねえ。式の日が随分先になったのも、それが理由だ。
何しろ、列席者も大半が病院関係者になるからな。そっちの都合もある。
だけど……後になって思う。
例え寂しい式になっても、とっととやっときゃよかったって。
俺とパステル、二人がいりゃあ、それで十分だったんだから。
いや、それを言うなら……
何で、俺はもっと早くに勇気をだせなかったんだろう。
二年という長い時間を無駄にしたことを、どれだけ悔やんでも。
過ぎたときは、戻らねえ。
それは、結婚式が4ヶ月後に迫った、ある日のことだった……
「あんだよ、おめえ、もう食わねえの?」
出勤前。俺の勤務時間はかなりまちまちだから、一緒に飯を食えるのは貴重な機会だ。
パステルはドジでおっちょこちょいだが、料理はうまい。おかげで俺の食生活は、かなり充実したものになってたが。
その朝。パステルは、いつもの半分くらいの量を食べたところで、箸を置いた。
「ん……あんまり食欲ない。トラップ、食べる?」
「風邪かあ?」
ひょい、と身を乗り出して、額と額をくっつける。
ぼんっ、と真っ赤になるパステルに笑いかけて……首をかしげる。
ちっと微熱があるかもしれねえ。けど、よくわかんねえ。
俺は外科が専門だからな。風邪とか、そっち方面は管轄外だ。
「念のためにクレイに診てもらえよ。あいつなら、言えばすぐ診てくれんだろ」
「いいわよ、患者さんに悪いじゃない。大したことないって」
にこっ、と笑ってみせるパステルの顔は、いつもと全く変わらなかったから。
だから、俺もそれ以上は言わなかった。
いつものように二人で出勤して、別れて。
その日は当直だったから、帰ったのは翌朝。パステルとは入れ違いになった。
一緒にいれる日の方が珍しい。そんなことは言い訳にもならねえ。
仮にも医者だってのに。過去に戻れるなら、多分俺は自分を殴りつけていた。
食欲が無い、とパステルが言い出してから、一週間後。
事務員の一人であるリタが、俺のところに飛んできた。
「トラップ、トラップトラップ! 大変よ!」
「あんだよ、どうした?」
カルテを整理しているところだったから、俺は振り返りもせずに言った。
が、次の瞬間。整理の終わったカルテは床にぶちまけられることになった。
「パステルが倒れたのよ! お願い、すぐ来て!!」
ガタンッ!!
椅子が倒れるのも構わず、俺は外に飛び出していた。
最近胃が痛い。
リタの話では、パステルはしょっちゅうそう言っていたそうだ。
医者と一緒に暮らしてるんだから診てもらえば? と何度となく薦めたのに。
「トラップは忙しいから。トラップを待ってる患者さんに悪いから。大したことないよ、大丈夫」
そう言って、胃薬を飲んで、耐えていたらしい。
それも、口に出すようになる随分前から、耐えてたんじゃないか……それが、クレイの言葉だった。
診せられたレントゲン。見間違いじゃねえかと何度も見直したが……これだけはっきりうつってるものを見間違えるほど、俺の目は腐ってねえ。
別の人間のカルテじゃねえか、とも思ったが……撮ったばかりの写真を取り違えるほど、クレイの腕は鈍ってねえ。
パステルのレントゲン写真。その胃の半分近くを覆う、不吉な影。
外科医として、嫌というほど診てきた。
だが……まさか、パステルのレントゲンに……こんなもんが、うつってるなんてっ……
「お前……一緒に暮らしてて、こんなになるまで……気づかなかったのか?」
青ざめたクレイの言葉に返事ができねえ。そのままうなだれる。
内科のクレイにとっては専門じゃねえ病気だ。だが、専門じゃなくたって……その怖さは、嫌というほど知っているだろう。
スキルス性胃がん。
がんの中でも、恐ろしく進行が早い。それも、若い奴ほど。
パステルのレントゲンを診た、冷静な外科医としての俺が、脳の中で告げている。
もうリンパの方に転移もしている。手術しても苦しめるだけで、まず完治は不可能。
これだけ進行しちまってたら、余命は……持って、三ヶ月、といったところ……
三ヶ月。
自分ではじき出した数値に、眩暈がする。
三ヶ月で、パステルが……死ぬ?
あんなに元気に笑ってたのに。あんなに明るかったのに。
何で……気づかなかった? もっと早くに気づいていればっ……
一週間前、食欲が無い、と笑っていたパステルを思い出す。
言われてみれば……あいつは最近、急に痩せてきていた。
「ドレスを着るためにダイエットをしてる」
そう言ったパステルに、「痩せるより先に胸に肉をつけろよなあ」と返したのは、いつだった?
俺は、どこまでっ……間抜けなんだ……
「トラップ……」
専門知識はなくたって、パステルの余命がそう長くはねえことは見ればわかったんだろう。クレイの声も震えている。
「知らせるのか?」
問われる言葉に首を振る。
告知の問題は、俺達医者にとっていつだって悩みの種だ。
教えて様々な治療に取り組むべきか、教えずに、希望の芽を育てるべきか。
だが、パステルは……多分、もう何をしても、本人の体力が持たねえ。そこまで進行しちまってる。
できるのは、せいぜい痛みを軽減してやることくらい……知らせたところでメリットはねえだろう。
けど……どうすれば、いい?
「トラップ」
クレイの目は真剣だった。レントゲン写真を、まとめて俺に押し付ける。
「告知するも、しないも、お前の自由だ。お前と、パステル本人で決めるしかない。……俺にできることがあったら言ってくれ。何だってしてやるから」
「……さんきゅ」
そう答える俺の声は、自分でも驚くくらい、震えていた。
「……トラップ」
麻酔が切れて、目を覚ましたとき。
俺が枕元に座っているのを見て、パステルは嬉しそうに微笑んだ。
「ごめん、心配かけちゃって」
「ばあか、無理しすぎなんだよ、おめえは。胃潰瘍だとさ。調子わりいならもっと早く言えっつーの」
「……だって、トラップ、忙しそうだったじゃない。邪魔しちゃいけないと思って」
布団にもぐりこんでつぶやくパステルの頭を小突く。
「何つまんねえ遠慮してんだよ。こうやって後で倒れられる方がよっぽど迷惑だっつーの」
「……ごめんなさい……」
「ま、しばらく入院すりゃあ、すぐよくなるだろうってことだから。大人しくしてろよ」
「……わかった…」
俺の言葉に、パステルは素直に頷いて目を閉じた。
鎮痛剤の効果かもしんねえ。……相当にきつい奴、使ってるからな。
音を立てないように、こっそり病室から出る。……俺にも仕事がある。パステルにつきっきりってわけにはいかねえ。
診察室に向かいながら、自問自答する。
俺は、普通に振る舞えたか?
何か、おかしな態度をとらなかったか? いつもの俺でいられたか?
……パステルに知られちゃいけねえ。後三ヶ月で自分が死ぬなんて言われて……あいつがそれに耐えられるかどうか。
ただでさえ、無理をしすぎたせいで体調は限界まで来てんだ。
……絶対に、知られちゃいけねえ。俺にしてやれることは、もう希望を与えてやることだけなんだから。
診察室のドアを開ける。すぐに患者が来るだろう。
どかっ、と椅子に腰掛ける。途中まで整理してあったカルテは、綺麗に並べてあった。リタか、それとも他の誰かがやってくれたんだろうか……
一番上に書かれた名前は、パステル・G・キング。
無力感だけが募ってきて、机につっぷした。
……何のために医者になったんだよ、俺は。
大切な女一人助けてやれなくて……何が医者だ……
「トラップ……患者さん、呼んでもいい?」
ドアの外から聞こえるマリーナの言葉に、俺は力なく返事をした。
抗がん剤は、使わねえことに決めた。
今更使ってみたところで、パステルの体力を削るだけで、大した意味はねえ。
外科部長キットンと長々と話し合った後、そういう結論に達した。
第一、抗がん剤を使うと、恐ろしい副作用に苦しむ羽目になる。
髪が抜ける、ってのが一般的なイメージかもしれねえが、他にも、止まらねえ吐き気だとか、割れそうな頭痛だとか、まあその症状は人それぞれなんだが。
あいつが苦しむ姿を見たくねえ。
俺がそうつぶやくと、キットンは反対しなかった。
「本当は、私情が入るから身内を主治医にはしないんですけどね」
うなだれる俺を黙って見つめて、キットンは言った。
「もう、我々にできることはそうは無いでしょうから……パステルのことは、あなたにまかせますよ、トラップ」
ふざけるな、俺達が諦めてどうする。何か手はあるだろう。
そう言いたかった。俺が医者じゃなかったら、そうやってつかみかかったかもしれねえ。
だけど、俺は医者だった。それも、がんに関しては専門である外科医。
今までいくらでも見てきた。助かる見込みもねえのに、わずかな希望にすがって、無理な手術をして、きつい薬を使って……身体がボロボロになるまで苦しんで、そうして死んでいった患者を。
せめて、もっと初期に見つけていたら……
立ち上がる。パステルの病室に向かうために。
残されたわずかな時間を、一緒にいてやるために。
日に日に体力が落ちていくのは、本人が一番よくわかってただろう。
倒れてから一ヶ月。目に見えて痩せて来たパステルを、俺は正視できなかった。
「ねー、トラップ」
「あんだよ」
枕元でカルテをチェックする。部屋に仕事を持ち込む俺の姿を、あいつがどう捉えているのかはわからねえ。
薄々は気づいてんじゃねえかと思う。ただの胃潰瘍なんかじゃねえってことに。
だが、それを聞いてはこねえ。俺を信用してるからなのか、聞くのが怖いからなのか、それはわからねえけど。
「ねえ、わたし……いつ退院できるの?」
……動揺をうまく隠せたかどうか、正直自信はなかった。
「もうちっと……かな。あんでだ?」
「だって……結婚式の準備」
……そうか。忘れてた。
不安そうな目を向けてくるパステルに微笑み返しながら、俺の頭の中で、めまぐるしく計算が働く。
多分、もうちょいしたら、パステルはベッドから起き上がることすらできなくなるだろう。
退院なんかとてもじゃねえけど無理だ。……けど……
逆に言えば、今なら……まだ、何とか外出は可能だ。
車椅子を使えば……
結婚式を挙げてやるとしたら、今しかねえ。
頭の中を、予定されてる手術スケジュールが流れていくが……それは、多分クレイのコネを使えば何とかなる。
本当は、こんなわがままを通すなんてもってのほかなんだが……
「パステル、ウェディングドレス、着てえか?」
「え? そりゃあ、もちろん。だけど……」
だけど、似合わないかもね。わたし、こんなになっちゃったから。
そう寂しそうにつぶやいて、やせ細った自分の腕を見るパステルを……俺は、抱きしめてやることしかできなかった。
「あに言ってんだ。似合うに決まってんじゃねーか。準備は俺にまかせとけ。おめえは心配することねえよ」
そう言うと、パステルは、嬉しそうに笑った。
それは、本当に小さな声だったが。
「クレイ、頼みがある。一生のお願いだ。これを聞いてくれたら、俺はこの後無休で働いても構わねえ」
ばん、と内科病棟に飛び込み、挨拶も抜きに詰め寄る。
クレイは、しばらく唖然としていたが……俺の話を聞いて、頷いた。
「バカだな、何が一生のお願いだ! こんなときくらい手を貸してやれなくて……親友なんて名乗れるわけないだろ!?」
そう言い返すクレイの目には、涙が浮かんでいた。
それから後は、文字通り、嵐のような忙しさだった。
もともと予約していた式場に事情を話すと、係りの人間は即座に予定を変更してくれた。
式は一週間後。病院の連中も、俺とパステルのことは知ってる。パステルの命が、そう長くはねえってことも。
結婚式を挙げてえと言うと、皆は、揃って協力を申し出た。
あのキットンですら、「何でしたら手術の予定、私が代わってもいいですよ」なんつったくらいだからな。
急なことだから、列席者は大分減るが……それは、仕方ねえ。
離れて暮らす俺の両親に事情を告げると、「何でもっと早くに知らせて来ない」と怒鳴られた。
俺の両親も医者だ。スケジュールはびっしりつまってるはずだが……どんな無理を押し通したのか、式の三日前には、こっちにとんできた。
正直、反対されるんじゃねえかと思った。
俺は一人息子だから、当然のように跡継ぎになるものと思われていた。
結婚相手も、多分できれば大病院の院長の娘とか、そういう相手を望まれていたはずだ。
だが、医者でも看護婦でもねえパステルを連れていったとき、両親は文句一つ言わず歓迎してくれた。
そして……今も。
パステルの命はそう長くはねえと告げても、両親は黙っていた。
「反対しねえのか? どうせ死ぬのに、結婚してどうするって……言わねえのか?」
そう聞くと。思いっきり顔をひっぱたかれた。
「何てことを言うんだい! 人間はね、誰だっていずれ死ぬんだよ。
パステルの場合はそれがちょっとばかり早まった、ただそれだけだよ! もしお前が『すぐに死ぬから婚約は解消する』なんて言い出してたら、親子の縁を切ってたところだからね!!」
涙を浮かべて怒鳴る母ちゃんに、俺は……心から、感謝した。
「おい、パステル」
「あ、トラップ……え? きゃああああ!?」
悲鳴をあげるパステルを、有無を言わせず抱き上げる。
式当日。俺は、準備していた車椅子にパステルを乗せると、そのまま車に強制連行した。
「ちょっと……ちょっとちょっとトラップ! どこに行くのよ!?」
「いいところだよ」
「いいところって……」
驚かせてやりたかった、そんな意図があったわけじゃねえ。
事前に知らせたら、おめえが察するかもしれねえ。
自分の命が、長くねえってことを。
だから、ギリギリまで黙っていた。余計な気をもまねえように。ただでさえ少ねえ体力を、消費しねえように。
式場についたとき、パステルは、信じられない、という目で俺を見てきた。
「トラップ……?」
「おら、行け! ただでさえちっと色気に足りねえんだ。化けてこい!」
「ななな何ですって!?」
がらがらがらっ
それ以上文句を言う暇を与えず、プロのメイク担当者に車椅子を押し付ける。
事情を知っていたのか、相手は驚くことなく、即座に控え室へとパステルを連れていった。
係りの人間がやってくる。トマスとかいう人の良さそうなその男は、車椅子のパステルを見て、柔らかな笑みを浮かべた。
「お綺麗なお嫁さんですね」
「ああ。俺にとっちゃ、世界一の嫁さんだ」
余計な慰めを言わず、予定だけを告げてくる。そんなトマスの態度が、嬉しかった。
ヴァージンロードの先にいたパステルは、綺麗だった。
パステルに両親はいねえから、俺の親父が代理を務めている。
車椅子を使わせるって案もあったが、それはパステル自身が拒絶したらしい。
ふらつく足取りで、それでもしっかり床を踏みしめて、ゆっくりこっちに歩いてくる。
痩せて顔色が悪かった肌は、化粧で見事にごまかされていた。
詰め物でもしてごまかしたのか、ウェディングドレスも、ぴったりだった。
つまりは……すげえ、綺麗だった。
「トラップ……」
「バカ、泣くな。化粧が落ちるだろーが」
「だって……だって……」
親父の手を離れ、俺の手にすがりつく。
「だって、こんなに幸せでいいの? わたし……色んな人にいっぱい迷惑かけてるのに。それなのに……」
「余計なこと考えるなって」
「だって……」
「ほれ、神父が困ってるだろうが。前向け、前」
ぐいっ、と肩をつかむと、苦笑を浮かべた神父が、長々と言葉を連ね始めた。
式場全体から、失笑が漏れる。パステルの顔が真っ赤に染まった。
「永遠に愛することを、誓いますか?」
「誓います」
永遠に愛する。こいつを、ずっと。
神を相手に嘘をつくような度胸はねえ。俺は、心から頷いていた。
式が終わった後、本当は病院にとって帰るつもりだった。
そこまでパステルの体力は持たねえだろうと思っていた。
だが……
「泊まってったらどうだ?」
無理してスケジュールを空けてきたクレイが、そっと囁いた。
「新婚旅行も行けないんだ。せめて……」
「……いいのか?」
「いいわけないだろう。医者としての意見は、な」
パステルの方に目をやる。マリーナやリタに囲まれて、幸せそうに微笑んでいるその姿を見て、クレイは言い切った。
「けど、俺個人の意見としては……パステルの望みを叶えてやりたい。病院に戻るか、お前と一緒に一晩過ごすか。どっちかを選べって言われたら……答えは決まってるだろう?」
その言葉で、踏ん切りがついた。
トマスを捕まえて話すと、すぐにでも一室用意する、とのことだった。
ばたばたと走っていくトマスを見送った後、クレイに視線を戻す。
「……さんきゅ」
「何言ってんだ。そもそもお前は外科医だろう? それも優秀な。お前さえいれば、滅多なことは無いだろうさ」
言われて思い出す。
……ああ、そうか。そういや、俺も医者だったな。
忘れてたぜ。パステルを救えねえことがわかったとき、自分の無力さを思い知ったときから。
部屋の鍵が渡された。
多分、これが……俺とパステル、二人きりで過ごす、最後の夜になる。
すげえ嫌な予感だが……俺の予感は、当たるんだよな。
「トラップ……ありがとう」
ホテルでも最高級のスイートルーム。
部屋に戻った途端、パステルは俺にしがみついて、泣きじゃくった。
「本当は、もう駄目かと思ったの。結婚式、できないんじゃないかって……ねえ、トラップ。わたし、本当は……」
言いかけるパステルの唇を塞ぐ。かさかさに乾いた唇。それを強引に押し開いて、深く、深くくちづける。
「……トラップ……」
「ばあか、何変なこと考えてんだ。俺が待ちきれなかったんだよ。おめえと早く結婚式を挙げたかった。それ以上の意味なんかねえっつーの」
我ながら下手な嘘だった。それでも、俺はそう言うしかなかった。
俺の言葉を聞いて、パステルは……微笑を浮かべて、抱きつく腕に力をこめた。
すっかり細くなった腕に、せいいっぱいの力をこめて、そしてつぶやいた。
「ねえ、トラップ……」
「あんだ?」
「ねえ。わたしを……その……」
うつむくパステルの顔が、真っ赤に染まっている。
……どーしたんだ?
「何だよ。言いたいことがあるんならはっきり言えよなあ」
「う、うん……」
「おめえの頼みなら、何でも聞いてやんぜ? 大事な奥さんだからな」
そう言うと。パステルは、意を決したように顔をあげた。
俺の目をまっすぐに見て……そして、つぶやいた。
「ねえ、わたしと……して、くれる? トラップ」
「……は?」
一瞬、言われた意味がわからなくて返事に困る。
して……くれる? だと……? それは……
「だから、その……わ……」
まじまじと見つめると、パステルは、さらに真っ赤になって、言った。
「わたしを……抱いて。トラップ……」
「…………」
好きだ、と言ったのも。プロポーズをしたのも。
キスをするのも、抱くのも。
いつだって、誘うのは俺からだった。パステルから俺を求めたことは、一度も無かった。
初めて……パステルが、自分から、言った。「抱いて欲しい」と。
医者としての冷静な俺がつぶやいている。
やめておけ。ただでさえ体力が落ちているのに、これ以上身体を痛めつけるつもりか。
わかってる。んなこたあ、十分にわかってるんだ。
けどっ……
「パステル……」
けど、どうして止められる?
目を見て、はっきりわかった。
パステルは、悟ってるんだと。自分の命がそう長くはねえことを、わかってるんだと。
多分……これが最後になることを、自分が一番、わかってるんだと。
寿命が縮まるのを覚悟で、俺に抱かれようとしている……そんなパステルを、どうして止められるってんだ。
再び唇を重ねると、パステルの方から、俺を求めてきた。
栄養が足りてねえせえか、乾いた唇。それでも、暖かかった。
ゆっくりとベッドに押し倒す。すっかりやせ細った身体を包むのは、簡素なワンピース。
背中に手をまわしてファスナーを引き下ろすと、すっかり細くなった首から肩のラインが、あらわになった。
「……ごめんね、トラップ……」
「あにがだよ……」
「色気の無い身体で」
「……ばあか。何言ってんだ」
泣かせるようなこと、言うんじゃねえ。
同じ台詞、俺が言ったら怒ったくせに。……いつものおめえでいてくれよ。
抱きしめたら折れそうな身体を、注意深く撫でていく。
大体、以前の俺は、優しくしてやろうと思っても、はやる気持ちを抑えきれなくて、荒っぽく扱うことが多かった。
そのたびに、パステルは泣きそうな顔をして、「痛い」とつぶやいていた。
だけど、今は……今だけは。痛みじゃねえ、快感を。
生涯忘れられなくなるような、素晴らしい思い出を与えてやりてえ。
痛みを軽減するために鎮痛剤を打ってるから、多分感覚は普段より鈍ってると思う。
だからと言って乱暴な愛撫は、後で痛みを残す。
それはひどく難しかったが、俺が手を動かすたび、パステルは、息をあらげて、あえぎ声を漏らしてくれた。
演技ができるほど器用な性格じゃねえことは知ってる。感じてくれている。
そう思うだけで、俺は十分に満足だったが。
ぐっと脚を開かせる。俺を受け入れてくれる場所に指をあてがうと、ぬるりという感触が返ってきた。
そっと唇を近づけると、パステルは反射的に脚を閉じようとしたみてえだが……
ふっと微笑みかけると、照れくさそうに笑って、そのまま動きを止めた。
ゆっくりと舌をさしいれる。甘い味。えぐるようにかきまわすと、パステルの声が大きくなった。
……もう、いいか……?
目で問いかけると、軽い頷きが返ってくる。
「パステル……」
耳元で囁き、抱きしめる。
パステルの腕が、おずおずと背中にまわってくる。
貫くときの抵抗は、全くなかった。
たっぷり時間をかけて愛撫し、ゆっくり動いて。
すぐにでもイっちまいそうな自分を制するのにどれほど苦労したか、まあおそらくパステルはわかっちゃいねえんだろうが。
パステルの中で果てたとき、つぶやかれたのは……俺が、ずっと待ち望んでいた言葉。
「愛してる」
「……俺も。おめえだけを、ずっと愛してる」
そう言うと、パステルは心から幸せそうに笑った。
「わたし、幸せだよ。トラップがいれば、何もいらなかった。本当に……幸せ。今まで、ありがとう」
そして、目を閉じた。
「……パステル?」
「…………」
「パステル?」
いくら声をかけても、返事は、なかった。
あいつが使っていた病室のベッド。その枕元に手紙が置いてあるのを見つけたのは、マリーナだった。
ベッドを片付けてたら、見つけたの。そう言うマリーナの目は、真っ赤だった。
手紙の宛名は、「トラップへ」とだけ書かれている。
……何だ?
封を開けてみる。中には、見慣れたあいつの字が躍っていた。
トラップへ。
ありがとう。わたし、わかってるから。
トラップ、わたしのことをいつも鈍い鈍いって言ってたけど。
そんなことないよって、言いたかった。わたし、わかってたんだからね?
きっと、この手紙をトラップが見る頃、わたしはもういないだろうって。
わたし、今まで本当に幸せだった。
トラップさえいてくれれば幸せだったから、わたし、頼みたいことなんて何も無かった。
わがままなんか言いたくなかったし、言う必要もなかった。だって、わたしが求めることは、全部トラップがしてくれたから。
だけど、ね。最後に、一つだけ、お願いがあるんだ。
結婚の約束は、無かったことにしてください。
この前、聞いたよね。「結婚式の準備は?」って。
そうしたら、トラップ、当たり前のように、「準備は俺にまかせとけ」って、言ってくれたよね。
わたしと結婚してくれるんだ、って。その気持ち、変わってないんだって、それがわかっただけで十分だから。
わたし、トラップの重荷になりたくないから。
トラップには、幸せになって欲しいから。
だから、わたしのことは忘れて。わたしには、今までの思い出だけで十分だから。
立派なお医者さんになって、いっぱい患者さんを救ってあげて。トラップに助けてもらって、幸せになれた患者さんを、わたしはいっぱい知ってるから。
色んな人を幸せにしてあげて。わたしを幸せにしてくれたように。
ありがとう。あなたに会えて、本当に、よかった。
パステル
――ぐしゃっ
思わず手紙を握りつぶす。
……何で、あいつはっ……
こんなに、どこまでも……鈍いんだよっ……
「忘れるわけ、ねえだろうが」
俺の指にはまっているのは、マリッジリング。
あいつの指にもはめて……そして、そのまま一度も抜かなかった、おそろいの指輪。
「忘れるわけねえだろう? 俺の嫁になる女は、おめえ一人しかいねえよ……パステル」
あのまま、病室に戻って来れたら。
そうしたら、この手紙は、捨てられたのかもしれねえ。
もっと違う内容になったのかもしれねえ。
……仮定の話に、意味なんかねえけどな。
あいつが何を考えていたのか……わかるのは、あいつだけだから。
「トラップ。患者さん、呼んでもいい?」
「……ああ、頼む」
外から響くマリーナの声に答えて、立ち上がった。
……本当は、医者をやめようかと思ってた。
大切な女一人救えなくて、医者なんかやってる意味はねえんじゃねえかって、そう本気で思った。
けど。
手紙のしわを丁寧に伸ばして、たたむ。
この手紙、いつまでも持ってるからな。
おめえが俺にくれた、最初で最後の手紙だから……
診察室のドアがノックされる。
俺は、外科医の顔に戻って、振り返った。
「どうぞ。……今日は、どうされましたか?」
完結です。
……多分、こういう話は嫌いという人、多いと思います。
読みたい、と言ってくださった方、期待にこたえられなかったら、申し訳ありません。
次作はこれと180度逆の明るい作品目指します。
ちなみに「シリーズ」になっているのは、ネタだけは後2〜3本あるからですが<パラレル悲恋もの
これよりさらにダークなネタになるので、書く予定は今のところありません。
どうしてもネタにつまったら、書くかも……? と考えてのことです。
でもこのシリーズ書くくらいだったらパラレル学園編の第二部書くなあ……
トラパス作者さん お疲れ様です。
今回の作品は個人的には、これはこれで!(イイ)といった感じで
拝見させていただきました。
子供になったトラパス楽しみにして待っています。
以前、ここを見て小説を読みたくなったと書きこんだんですけど
このスレの更新速度が早くてここを閲覧するので精一杯です。
小説の方はトラップとパステルのカップリングじゃないですよね?
小説読んだら違和感、感じるかも。
なんだか、トラパス作者さんに洗脳されている気がしなk
トラパス作者さん。新作読みました。
お疲れ様です。
すごいよかったです。泣いちゃいました。切なくなりました。
明るい話も好きだけど、悲恋ものもよいですね。
また悲恋ものも書いて下さい!いつまでも待ってます。
>>32さん。
小説のほうはトラップの片思いって感じです。
パステルの一人称だからよく分からないけれど。
私は結構クレイファンだから・・・ちょっぴりさみしかったり(w
トラパス作者さん、乙です。
ずっとロムってたんですが、初カキさせていただきます。
そうしたくなるほど素敵な作品でした!
あと伏線の張り方や構成がすごく上手だと思いました。技法にも感動。
今後も無理しない範囲で、書きたい話を書いていって下さい。
新作も楽しみにしてます!
トラパス作者様、今回もすばらしい作品お疲れ様です!
悲恋物は嫌いな方多いんでしょうか・・・私はこういう作品は
好きです。泣いてしまいました。・゚・(ノД`)・゚・。
もっと読んでみたいです。まだネタがあってそちらはさらにダークな内容
とのことですが、とことん待つ覚悟はありますのでいつか是非!!
次回は明るい作品ということでそちらも非常に楽しみです。
トラパス作者さま 悲恋物良かったです
泣けた・・・・・・・
他の作品も(悲恋物含め)楽しみにしてます
新作です。
リクエストのあった「トラップが子供になる話in魔法の罠」
注意
作品傾向は明るめ(多分)
エロ少ないです。
こんなことなら、告白なんかするんじゃなかった。
たった今起こったことを思い出して、目の前の光景を理解して。
わたしは心からそう思わずにはいられなかった。
別に以前の関係に不満があったわけじゃない。ただ、わたしの気持ちを知ってもらいたい。
それで何かを望んだわけじゃないのに。
だったら、黙ってればよかった。
こんなことになるくらいなら、黙ってただ影から見守っていればよかった。
わたしの腕の中にいるのは、5〜6歳くらいの男の子。
さらさらの赤毛、茶色の瞳、ちょっとばかりぽっちゃり体型で、顔立ちは可愛らしい方だと思う。
その可愛い顔に小悪魔の笑みを浮かべて、彼は言った。
「なあ、姉ちゃん。俺の顔に何かついてんのかあ? あんまりいい男だからってみとれてんじゃねえぞ」
…………
こっ、子供のくせにっ……
一瞬、後悔がとんで怒りがわきあがってきたけれど。
駄目駄目、子供にむきになってどうするの! 我慢よパステル。ここは我慢っ……
「なあ、姉ちゃん」
わたしの全身をじーっと見回した後、男の子はしみじみとつぶやいた。
「あのさあ、もうちっといいもん食わせてもらったほうがいいんじゃねえ? 胸のあたり、栄養足りてねえみたいだけど」
……………………
抱いている腕に力がこもる。男の子が苦しそうに身もだえしたけれど、構ってられない。
「クレイー!! キットン、ノル、ルーミィ、シロちゃーん!!!」
怒りをごまかすために、大声で叫ぶ。
近くにはいるのは確かなんだから。きっと聞こえてるはず!!
とにかく、この事態はわたし一人じゃ絶対どうにもできない。
「誰か、誰か来てー!! トラップがー!!」
「……姉ちゃん。何で俺の名前、知ってんだ?」
腕の中で、男の子は、不思議そうな顔をして言った。
トラップのことをいつから好きだったのかはわからない。
好きなんだ、って自覚したのは、数ヶ月前。
それを伝えたい、と思ったのが数日前。
トラップもわたしのことを好き、なんてことはないと思ってた。
今のまま、パーティーの仲間として、バカなこと言ってじゃれあってる関係でもいいかな、って思ったときもあった。
でも、それでも……黙っているのが辛くなって。
話せば話すほど、どんどん好きになっていくのがわかったから。
だから、勇気を持って伝えたんだ。
たまたまクレイもキットンも出かけてて、部屋にはトラップ一人しかいなかった。
ノックするとき手が震えてたのを覚えてる。
「トラップのことが、好きなの」と伝えたとき、喉が強張ってなかなか声が出なかったのも覚えてる。
持てる勇気を全部ぜーんぶ振り絞って、必死に伝えた。そして、そのまま部屋を飛び出そうとしたとき、
「待てよ。言うだけ言って逃げるなって」
ぐい、と腕をつかまれた。もうそれだけで、わたしの心臓は爆発しそうなくらいドキドキしてて。
「だって……トラップ、わたしみたいな美人でもない色気もない女の子は、興味無いんでしょ?」
常々、「女は出るとこ出てひっこむところが〜」が口癖の彼のこと。
どうせわたしのことなんか眼中に無い、そう思ってたから伝えると。
彼は、はああ、と大きなため息をついて、ぽんぽんと肩を叩いて言った。
「理想と現実なんてなあ、違うのが当たり前なんだよ。俺も好きだぜ? おめえのこと」
さらっ、と言われたことに、しばらく反応できなかった。
ようするに、わたしの思いは通じて……これはつまり、告白をOKしてもらえたんだ、と。
そこまで気づくのに、随分時間がかかった気がする。
そんなわけで、わたしとトラップは無事、両思いになれた……んだけど……
わたしは甘かった。
付き合うとか恋人同士になるとか、それがつまりどういうことか……わたしは全然わかってなくて。
「つまり、俺とおめえは、晴れて恋人同士になった……ってことだよなあ?」
わたしが理解したその瞬間。
トラップの目が、それはそれは嬉しそうに輝いた。
……すごく、すっごく嫌な予感が走った。トラップがこんな目をするときって、大抵ろくでもないこと考えていて……
一瞬身を引こうとした瞬間、ぐいっ、と肩をつかまれる。
あっと思ったときには、もう、唇を塞がれていた。
……いやいや、キスの経験が無いわけじゃないよ? 以前キスキン王国のお家騒動に巻き込まれたとき、知り合ったギアっていうファイターとまあちょこっと……
けど、あのときのキスと、今のキスは全然違ってて……
痛いくらいに押し付けられる唇。無理やり口の中に押し入ってくる舌。
ぐいっ、とからみとられて、吸い上げられて、全身から力が抜けそうな……激しいキス。
「んっ……!!」
がしっ
のけぞりそうになった身体を、トラップの腕が支えた。というより拘束された。逃げられないように。
そのまま、無理やりベッドに押し倒されて……
何をされようとしているのかわかって、すごく怖かった。やめて、と言いたかった。けど、声が出せなかった。
ただ、幸いと言えば幸いなことに……トラップがのしかかってこようとしたとき、クレイ達が戻ってきて、それでさすがに中断せざるを得なかったんだよね。
部屋の外に響く足音と声に、トラップは不満そうに身体を起こした。
そして、すごーく意地悪そうな笑みを浮かべて、耳元で囁いた。
「続きは、また今度な?」
…………
顔が真っ赤になるのがわかった。
付き合うって……彼氏彼女の関係になるって……
こういうこと、なの……?
悔しいのは、それだけ乱暴に扱われても、トラップのことを嫌いになれないところで……
そりゃあ……そりゃあ、ね? 恋人同士になったら、いずれは、そういうことをするようになるもんだって……それくらい知ってはいたよ?
だけどっ……告白したその日のうちに最後までっていうのは、いくら何でも性急ってもんじゃない!?
そう文句を言いたいけれど、これは惚れた弱み、という奴なんだろうか……トラップの目を見ると、どうしても言えなくて。キスを迫られても、どうしても「嫌」とは言えなくて!
幸いだったのは、わたし達は大所帯なパーティーですから。二人っきりになれるチャンスなんか滅多に無いから、トラップもキス以上のことはなかなかできないとこなんだけど。
トラップは、そのことにあからさまに不満そうな顔をしていた。
「なー。二人っきりでどっか行かねえ?」
「……どこに?」
「どっか。二人っきりになれるとこ」
「…………」
行きたい、という気持ちはもちろんある。
だけど、行きたくない、という気持ちも同じくらいある。
怖い。何されるのか、トラップが何をしようとしているのかがよーくわかるだけに、すごく……怖い。
みんなやってることなんだから、怖がることなんか無いって自分に言い聞かせても……やっぱり、怖い。
はあ。わたしって、変なのかなあ?
トラップの方が、普通なのかな?
「行きたいけど、難しいと思うな。どこかに行くって言ったら、絶対ルーミィが一緒に行くって言うと思うよ?」
結局、そうやってひきつった笑みで言い訳するのが精一杯だったんだけど。
……お願い、トラップ。
嫌わないで。本当に好きだから。好きだけど、それとこれとはまた別だってことをわかって!
わたしの心の声が通じているのかどうか。
そうやって、何だかんだ言ってわたしが二人っきりになるのを避けていること、あの鋭いトラップがわからないはずはないわけで。
トラップの態度が、何となーくよそよそしいって言うか……ぎすぎすしいっていうか。
とにかく、関係がぎくしゃくし始めてる? って思うようになったのが、昨日のこと。
ちゃんと言わなきゃとは思ってるけど、どう言ったらいいのかわからない。
はあ……わたし、どうしたらいいんだろう……?
そんなときだった。クレイが、新たなクエストの話を持ち込んできたのは。
「魔法の館?」
「そう。その館の女主人は魔法使いだったらしいんだけどね、どうやら魔法の道具を収集する趣味があったらしくて。今は無人のその館には、貴重な道具がたくさん眠ってるらしいんだ」
クレイの説明によると、場所はシルバーリーブから歩いて三日くらい。
クエストレベルは5。わたし達ではまあクリアギリギリ? っていう程度のレベル。
本当に魔法の道具が眠っているのなら、かなり好条件なクエストだけど……
「んないいクエスト、もうとっくに誰かがクリア済みなんじゃねえの?」
と口を挟んだのはトラップ。
それに、クレイは神妙な顔で言った。
「それが、この館、まず入り口のところで魔法がかけられていてね。それを解除するためには、魔力のある奴が少なくとも三人以上は必要なんだそうだ」
……あらら。そりゃあ、確かに厳しいかも。
魔力って、もともと持ってる人が少ないっていうか。ゼロな人は絶対ゼロのままっていう、貴重な能力なんだよね。
魔法使いや僧侶になるためには、この魔力が必須なんだけど。素養のある人が少ないからなり手がなかなかいないっていうのが現状。
普通、パーティーって多くてもせいぜい4人程度だもんね。魔力を持っている人三人以上っていうのは、確かにかなり厳しい条件と言える。
で。うちのパーティーはと言うと……
「ふーん。俺ら、ちょうど三人いるな、そう言えば。おお? もしかして掘り出しもんじゃねえ? それ」
途端に目が輝き出したのがトラップ。
そうなんだよね。うちのパーティー、六人と一匹のでこぼこパーティーなんだけど。
魔法使いのルーミィはもちろん、キットンとトラップ。この二人も、魔力があるんだよね。
まあトラップは、別に魔法が使えるわけじゃないしあるって言ってもほんのちょっぴりだけど……
「だろ? 挑戦してみる価値はあると思わないか?」
「だな」
クレイとトラップの言葉に、反対する人はいなかった。
魔法の館かあ……うん。何だか、すっごく楽しみになってきた!
それに……
ちらっ、と気づかれないように、トラップの方に目をやる。
わたしとトラップが付き合ってることは、誰にも言っていない。まあ、クレイやキットンは、もしかしたら薄々気づいてるかもしれないけど……
今の、ちょっとぎくしゃくした関係のまま、みすず旅館でぐずぐず悩んでるのは辛いもんね。
よーし。がんばるぞ!!
そんなわけで、準備を整えてクエストに出発したのが、それから三日後のことだった。
この三日は、買い物とか装備のチェックとかに追われていて、悩む暇も無いくらい忙しかった。
トラップと二人っきりになる機会なんか、全然無かったしね。
だから、わたしもちょっとだけ、辛いもやもやを少しは忘れることができたんだけど……
たまに視線を感じて振り向くと、トラップがすっごく真面目な目でわたしを見つめてるときがあって。
そんなとき、やっぱりすごくドキドキしてしまう。
……ごめんね、トラップ。
中途半端な覚悟で、好きなんて言うんじゃなかったかな。
もっと、ちゃんと考えて……言うべきだったかな?
ふっとそんなことを思ってしまう。
そんな自分が、情けなかった。
三日ほど歩き続けて辿り付いた魔法の館。
それは、すっごく立派な建物だった。
みすず旅館の二倍くらい? 外観は三階建てくらい、屋根の上に搭みたいなものまであって、スケールの小さいお城、って言った方がしっくり来る。
そして、わたし達の前にどどーんと立ちふさがっているのが、凄くものものしい両開きの扉。
「魔力のある奴でないと、反応しないみたいだな」
試しにクレイがひっぱってみたけど、扉はびくともしなかった。ノルと二人がかりでひっぱっても、きしむ音一つしない。
「おし。やってみっか。キットン、ルーミィ、行くぞ」
「わかりました」
「わかったおう!」
トラップの掛け声に合わせて、キットンとルーミィが扉の前に立つ。
ところが!
三人で取っ手をひっぱってみたけど、何故か扉は開かなかった。
「おいおい、話が違うじゃねーか。魔力のある奴が三人いれば、開くんじゃなかったのかあ?」
取ってや鍵穴をチェックしてみたトラップいわく、どうやら、普通に取っ手をひっぱっても駄目らしい。
何か魔法みたいなもので塞がれてる、っていうのはわかるんだけど、解除方法は、鍵とかそういう道具を使って開けるタイプのものではない、とか。
かと言って、鍵開けの魔法なんて使える人はいないしねえ……
うーん、とみんなで頭を抱えたとき。
「ぱーるぅ、これ、なんだあ?」
「え?」
突然声をあげたのはルーミィ。
彼女の視線に合わせてしゃがみこむと、扉のすごーく下の方に、小さな丸い模様が三つ、並んでいた。
大きさは、ちょうど親指の爪くらいかな?
「ねえ、もしかしたら、これ! 何か関係あるんじゃない!?」
わたしが声をかけると、トラップが隣にしゃがみこんできた。
ふっと腕と腕が触れる。
……う。
何だか急に気恥ずかしくなって、ぱっと距離を取る。
うー、何やってんだろ。こんなの、付き合うようになる前は、日常茶飯事だったじゃない!
……意識、しすぎだよな。はあ……
こっそりため息をついたけど、トラップは、それに気づいているのかいないのか、無反応だった。
熱心にルーミィの見つけた模様を見詰めて、そして頷いた。
「多分あれだな。ここに触れれば、魔力を感知して扉が開くんじゃねえ? キットン、ルーミィ、この丸い模様、指で押してみな」
「あ、はい」
「押すんかあ?」
トラップの言葉に、キットンとルーミィが人差し指を押し当てる。
最後に、トラップが残りの一つに触れたとき。
それまでぴくりともしなかった扉が、「ぎぎぎぎぎ〜〜っ」と重たい音を立てて、開いたのだった!
「やった! やったやったあ!」
「やったおう!!」
隣に立っていたクレイの手を取ってとびあがっていると、そのまわりをぴょんぴょんとルーミィが飛び跳ねる。
ううーっ、ついに! ついにクエスト開始だあ! 魔法の館、って言うくらいだから、多分魔法の罠とかモンスターが出てくるんだよね?
ちょっと怖いけど……でも、でも! 楽しみ〜〜!!
「はは、パステル。嬉しいのはわかるけど、手、離してくれない? 痛いんだけど」
「え? あ、ああ、ごめーん」
クレイの言葉に、慌てて握っていた手を離す。
いけないいけない、嬉しくってつい……
その瞬間。
ぞくっ、と背筋が寒くなるような視線を感じた。
ふっと横を向くと、トラップが、すごく冷たい目でじーっとわたしの方を見ている。
…………
み、見られた……よね。今の。
もしかして、誤解されてる……?
「おーいパステル、トラップ。何ボーッとしてるんだ? 行くぞお」
何も気づいていないクレイが、扉をくぐりながらのん気に声をかけてくる。
「……わり。今行く」
そう言って立ち上がると、トラップは、ぐいっ、とわたしの腕をつかんだ。
……ええっと……
「ぼけっとしてるとまた迷子になんぞ」
「なっ! し、しっつれいなあ! 大丈夫よ!」
「どーだか」
交わしてる会話は、いつもの内容。
トラップに手をひっぱられるのなんて、珍しくも何とも無い。
……けど……
つかまれた腕が、何となく熱いのは……気のせい?
魔法の館と言うだけあって、中は、様々な魔法の仕掛けがほどこされていた。
そもそも、モンスターが魔法によって生み出されたものばっかりだったしね。
幸いだったのが、そのどれもがそんなに高レベルじゃないってこと。
「……おっかしいなあ……」
「何が?」
魔力を感知して炎を噴き出す、という、内容だけならすっごく危険な罠。
だけど、実際はたいまつにつけるのに便利かな? っていう炎がちょろちょろっと出るだけ、そんな罠を解除しながら、トラップが言った。
「いやさ、仕掛けそのものは、すっげえ凝ってんだよ。魔法の生物を生み出すのだって、かなり高レベルの魔法使いでねえとできねえはずだしな」
予備校で習ったろ、と言われたけど。正直言って自信はなかった。
そ、そうだっけ? うーん。まあ、簡単なことじゃない、っていうのはわかるけど。
わたしが愛想笑いを浮かべると、トラップはため息をついて言った。
「まあとにかくな、この館の主人は、すげえ高レベルの魔法使いだった。それは間違いねえと思うんだよな。けど、その割には、効果がしょぼいんだよ」
「うんうん」
それはわかる。罠もモンスターも、どれもわたし達でどうとでもなるレベル。
自分で言ってて情けないけど、わたし達って冒険者としてはかなり低レベルだもんね。
そのわたし達でどうにかできるんだから、これはもう、効果がしょぼい、と言われても仕方が無いと思う。
「確かに変ですねえ。これだけの仕掛けをほどこす力があるんです。もっともっと恐ろしい罠になっても不思議は無いはずなんですが」
横で、キットンも頷いている。
実は我がパーティーで、頭脳派は誰か、って聞かれたら、キットンとトラップなんだよね。
ああ見えて、二人ともすごく頭の回転が速いっていうか……わたしでは到底思いつかないようなアイディアを、次々と出してくるもんなあ。
いつぞやノルの妹さんを救い出す計画を立てたときの二人の活躍、すごかったもん。
わたしが一人で感心していると、後ろからはたかれた。
もーっ!
「トラップ!」
「こんくらいで感心してんじゃねえよ。見りゃわかるだろ?」
「うっ……」
そ、そりゃあ、あんた達にとってはそうかもしれないけどさあ!
うう、どうせわたしは凡人ですよ……
「まあまあトラップ。それよりですねえ、わたしが気になるのは、この館の仕掛けの癖なんですけど……」
「お、やっぱおめえも気づいてたか?」
「はい、この館、どれも……」
トラップとキットンが、わたしそっちのけで何か話し始めたときだった。
「うわあああああああああ!!?」
前の方で、魔法で擬似生命を与えられたと思しき金属のモンスターとやりあっていたクレイが、突然悲鳴をあげた。
「クレイ! どうしたの!?」
「に、逃げろみんな!」
「え……?」
じりっ、とクレイが、後ずさりながら叫んだ。
「早く……ちょっとまずいぞこれは!」
「え?」
何が? と聞きかけて。わたしは目を見開いた。
クレイの前には、さっき彼が倒した金属のモンスターが転がっている。
剣で斬られた、というより、叩き潰された、に近い残骸。
それが、震えながら起き上がって……
ぎろり、とこちらに向き直った。
「ま、まさか……」
「こいつら、多分魔法でないと倒せないんだ!! 早く!」
「わわわ!!」
慌てて立ち上がる。横で、クレイと同じくモンスターと戦っていたノルが、ルーミィを抱き上げるのが見えた。
「トラップ、キットン!」
「こっちだ!!」
わたしが声をあげたときには、トラップはもう走り出していた。
キットンがその後をどたどたと追っている。
多分、彼は来た道を戻ろうとしたんだろう。ところが!
「ちっ! 駄目だっ!!」
ちょっと進んだだけで、トラップは立ち止まった。
嘘ー!? あっちからもっ!!?
トラップの向こう側から迫ってくるモンスターを見て、わたしは絶叫してしまった。
は、挟みうち!?
「き、キットン! 何か弱点は無いの!? 弱点!!」
「は、はいっ。えーっとですねえっ……」
トラップとクレイが、こっちにじり、じりと後退してくる。
キットンは、モンスターポケットミニ図鑑をばらばらとめくりながら叫んだ。
「ま、魔法で動いているんですから、とどめも魔法でないと駄目なんですがっ……き、金属ですから、雷系統の魔法でないと……」
「無理な弱点言ってもしゃあねえだろー!? 使える弱点だ使える弱点!!」
そう叫んだのはトラップ。
魔法って言ったら、キットンのキットン魔法とルーミィのファイヤーとコールドだけど。
キットン魔法はねえ、あの……
「あ!」
「どうしましたパステル?」
「キットン! ほら、あれ! あの魔法!」
「は? ……ああ!!」
わたしの言いたいことを即座に悟ったらしく、キットンはがばっ、と立ち直った。
そして気合一発!
「きぇえええええぇえええ!!」
「うお!?」
「うわっ!!」
キットンが叫んだその瞬間!! 彼の向かいに立っていたモンスターが、突然、キノコに変化した!!
キットンが使える魔法の一つ、キノコ変化。レベル1の頃は、キットン自身しか変身できなかったんだけど。色々試してるうちにレベルがあがったみたいなんだよね。
ある程度知能の低いモンスターに有効、ってことなんだけど、うまくいったみたい!
「す、すごいじゃないかキットン!」
「おし、その調子でこっちもやれー!」
クレイとトラップの声に、キットンがもう一度気合を入れると、その場にいたモンスターがぜーんぶキノコになってしまったのだった!
「うし、今のうち!」
ばたばたともがいているキノコの傍を、わたし達は悠々と走り抜けていった。
ふう、第一関門は突破、と。
だけど……魔法でないとモンスターにとどめを刺せない、なんて。
それって、結構痛いかも? キットンのキノコ変化だって、全部の敵に有効とは限らないわけだし……
悩みながら走って走って、ようやく一息つけたのは、一階のとある部屋。
ここの館って、基本的にドアは全部魔力のある人が模様に指を当てないと開かないようになってるんだよね。
入り口と違って、こっちは一人で十分みたいなんだけど……わたしやクレイ、ノルでは開けられないから、ちょっと不便。
「んー……よし、大丈夫だ。この部屋は別に罠もねえし、モンスターもいねえみたいだぞ」
先に部屋に入ったトラップの言葉に、やっと落ち着くことができた。
ふーっ、疲れたあ!!
部屋の中は、テーブルとソファ、暖炉に棚なんかもある、ごく普通の居間、って感じの部屋。
まあ、当たり前だけどね。もともとは普通の人が住んでいた家だから。
「ねえクレイ。このまま進んで大丈夫かな?」
わたしが声をかけると、クレイも、うーん、と首をかしげた。
「確かに……俺やノルではとどめが刺せない、っていうのは痛いな。まあ、そんなに怖いモンスターじゃないけどな。さっきはとっさのことでびっくりしたけど、挟みうちにされたり一度に大量に襲ってきたりしない限りは、逃げることは難しくないと思う」
うーん……
それって、逆に言えば挟みうちにされたり、一度に大量に襲ってきたら危ないってことなんじゃ……
「けっ、あに怖気づいてんだ。ここまで来て帰ったら大損だろ? せめて道具の一個は見つけねえと」
どかっ、とわたしの隣に腰掛けてきたのはトラップ。
「だけどねえ……」
わたしとトラップが言い争いになりかけたときだった。
「ぱーるぅ」
突然響いたのは、ルーミィの可愛らしい声。
「何? お腹空いた? チョコレート食べる?」
「食べるー! あのね、ぱーるぅ。こえ……」
ルーミィは、テーブルの脇に立っていた。彼女が何か言いながらテーブルの脚に触れたとき……
ガコン
「……え?」
「……あ?」
響いたのは、何というか……いかにも「何か仕掛けが発動します」というそんな音。
その瞬間。
「きゃあああああああああああ!?」
「うわあああああああああああ!!」
わたしとトラップが座っていたソファが、突然、ぐるんっ! とひっくり返った!!
背もたれから倒れこむ。床に叩きつけられる、一瞬その覚悟をしたけれど。
そのまま、ソファはぐるん、と一回転して……
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!?』
ソファの下。当然床がある、と思っていたそこには、暗い穴が開いていて……
なす術もなく、わたしとトラップは、その穴に放り出された!!
投げ出されたのは、暗くて狭い部屋。
家具も何も無いけど、床には絨毯だけが敷いてある、そんな部屋。
そこに乱暴に叩きつけられて、わたしは思わず悲鳴をあげていた。
ううーっ……い、一体何が起こったの……?
「……ってて……」
わたしの脇で立ち上がったのは、トラップ。
普段とても身軽な彼だけど、さすがに今回のは不意打ちだったらしく、腰を押さえている。
「トラップ、大丈夫?」
「何とかな……ったく。ルーミィの奴、やりやがったな……」
「え?」
そういえば、ルーミィ、さっき何か言いかけてたよね……
一体……?
「ルーミィが?」
「多分、テーブルの脚に何かボタンがあったんだろ? それで仕掛けが発動したの! ったく。余計なものに触るなって言っとくんだったぜ。今回のクエストはちっと厄介だからなあ……」
「へ?」
厄介? だって、罠もモンスターも大したことないって……
わたしがそう言うと、トラップは、かしかしと頭をかきながら言った。
「そうなんだけどよ。見つけにくいんだよ、仕掛けが。何でか知らねえけど、この館、仕掛けがすげえ低いところにあるんだよな。俺達じゃ目線が違うから見つけられなくても、ルーミィなら簡単に見つけられるような場所にな。
だあら、俺よりルーミィの方が先に気づいて、何も考えずに押しちまって、ややこしいことになったりすんだよなあ……」
こんな風にな、と彼が手を広げてみせる。
確かに……ややこしい状況になってるよね……
「だ、大丈夫だよね? すぐクレイ達が助けてくれるよね……?」
わたし達が落ちてきたのは、ちょっと角度が急な滑り台みたいな穴で。
その入り口は、今はもう塞がってしまってる。それに、全然足がかりが無いから、上るのは多分無理。
「へっ、どーだかなあ。ここの仕掛け、一度発動させたら、ちゃんとした手順を踏まねえと、リセットが効かねえようになってるからな。クレイ達にそれができるかどうか……」
ところが! 返ってきたのは、何とも心細くなる返事で。
どどどどうすればいいの!? もしかして、わたし達、このまま……?
「……あ、そうか」
その瞬間、くるり、とトラップが振り返った。
こんな状況だと言うのに、その顔は……何だか、やけに輝いていて……
「と、トラップ……?」
「そっかそっか。いや、そう悲観したもんでもねえな、この状況」
「……え?」
じりっ、とトラップが迫ってくる。
思わず後ずさったけど、何しろ狭い部屋だから。すぐに壁に当たってしまう。
「トラップ……?」
「前々から、聞きたかったんだよなあ……」
どん!
顔の真横に、腕が伸びてくる。
慌てて逆方向に逃げようとしたけど、どん! とそちら側もふさがれる。
真正面には、少し不機嫌そうなトラップの顔。
こ、この体勢は……
「あ、あの、トラップ、今はそんな場合じゃ……」
「聞きたかったんだよなあ。おめえ……」
ぐっ、と顔が迫ってくる。
わたしの目を覗き込むようにして、トラップは言った。
「おめえさ、本当に俺のこと好きなんか?」
「…………」
直球ストレートすぎますトラップさん!!
い、いきなり何を……!?
「す、好きだよ……」
声が震えたのは、怖かったから。
トラップが何を考えているのか、怒っているのか、冗談なのか。
それがわからなくて不安だったから。
好き。それは変わってない。
トラップのことは好き。だけど……
「んじゃさ……何で、おめえはいつも嫌そうな顔してんだよ」
「え?」
言われた瞬間。
ぐいっ、と顎をつかまれる。
そのまま、強引に唇を塞がれた。触れるだけじゃない、深い、熱いキス。
「んっ……」
交じり合った唾液が、唇の端から溢れた。
目が潤むのがわかる。あまりにも長いキス。段々息苦しくなってくる。
「んんっ……」
「……ほれ、今だって」
やっと解放されたとき、耳に届いたのは、不満そうな声。
「何で、おめえはそんな嫌そうなんだよ。俺のこと好きなんじゃねえの? 俺さ、おめえとこうなるの、ずっと我慢してたんだぜ? なあ、俺達って恋人同士なんじゃねえの?」
「…………」
ずっと前から? ……そうだったの?
いや、それはともかく……トラップの言ってることは、わかる。
わかるけど……だけど、嫌なんだもん。
そんな、身体が目当てみたいな付き合い方は、嫌なんだもん!
「わたしは……トラップのことが好き。一緒にいたいって思ってるよ。だけど、それだけじゃ……駄目なの?」
じっと見つめ返すと、トラップの身体が強張った。
肩に置かれた手が、震えている。
「好きだよ。その気持ちは嘘じゃないよ。だけど……そういうのは、何ていうかっ……もっと、後でもいいんじゃないかなって。わたしはっ……」
「……っざけんなよ……」
「きゃあああ!?」
がしっ!!
突然、荒っぽく胸をつかまれて、わたしは悲鳴をあげた。
いい、痛い! 痛いってばトラップ!!
「俺な、すげえ我慢してたんだよ。おめえが無防備に身体触らせるたびに、こうするのを、すっげえ我慢してたの。おめえが告白してくれて、俺がどんだけ喜んだか、おめえわかってんのか……?」
言いながら、トラップの手が、胸から腰へとまわっていった。
ひっ!? す、スカート……スカートまくりあげてる!?
「恋人同士になれて、これで我慢しなくてもいいって思えて、すっげえ嬉しかったんだぜ? それを、おめえ、まだ我慢しろってのか? おめえが、こんだけ……」
「や、やだっ! やだやだやだ! だって、だって……!」
ぐいっ、と太ももを持ち上げられる。
抱き上げられて、足が完全に宙に浮いた。
やだやだっ! こんなのやだっ!
何で? 恋人同士だからって、絶対こんなことしなきゃならないの?
違う、わたしは、こんなことがしたかったわけじゃ……
「やだっ、こんなところでやだってば……」
「…………」
トラップは返事をしてくれない。わたしの肩に、顔を埋めるようにして……
首筋に湿った感触を感じて、背中にぞくり、と寒気が走る。
……やだってば!
「やめてっ!」
「うおっ!?」
どん、と肩を突き飛ばす。
その瞬間、トラップがたたらを踏んで後ずさった。
トラップの腕が離れて、どすん、と床にしりもちをつく。
痛いっ……
涙がにじんできた。痛いのと、ショックなのとで。
「トラップ……」
顔をあげた、そのときだった。
がちん
トラップが、反対側の壁に背中をつけたとき。
彼の足元で、そんなような……何かが作動しますよ、というような音が、また、響いた。
「…………」
「…………」
一瞬にして青ざめる。
トラップの視線が、ゆっくりと床に向いた。そのときだった!
「きゃああああああああああああ!!?」
カッ!!
突然、床からすごく眩しい光が吹き上げてきて、わたしは思わず目を閉じた。
な、何ー!? 何なのっ!!?
「トラップ!!?」
どれくらいそれが続いたのかわからない。
十秒か二十秒、多分、そんなに長い時間じゃない。
でも、目を開けていられない強烈な光で……わたしは、両手で顔を覆って耐えるしかなかった。
そして。
やっと光が収まって顔を上げたとき……
「……え?」
そこには、誰もいなかった。
目の前に立っていたはずのトラップの姿が、消えていた。
「……ええ!?」
き、消えた!? 何で!? 何が起きたのっ!?
「とらっ……」
「姉ちゃん、誰だ?」
「……は?」
叫ぼうとしたそのとき、突然、足元から可愛い声が響いてきた。
おそるおそる、視線を下げる。
わたしの腰までも身長の無い、5〜6歳くらいの男の子。
ちょっとぽっちゃりした体型。鮮やかな赤毛。茶色の瞳。
そして……
彼の足元には、トラップが身につけていた服が落ちていて、彼本人は、だぶだぶのシャツ一枚を被っていて……
な、な、な……
「なあ、誰だよ姉ちゃん? 俺、何でこんなとこにいるんだ? ここ、ドーマ……じゃねえよなあ……?」
男の子は、不思議そうに首をかしげて言った。
何が……何がどうなったのー!!?
で、やっと冒頭に繋がるというわけなんだけど。
わたしの叫び声に、天井に光が走ったかと思うと、床を剣で斬って穴を開けたクレイが、飛び込んできてくれた。
続いて、キットンも滑り降りてくる。
上を見上げると、ノルがルーミィを抱っこして、心配そうにこっちを見下ろしていた。
ああ、ノルがここに降りたら、引き上げてくれる人がいなくなるもんね……って感心してる場合じゃなくて。
「パステル、何があった!?」
「くくくクレイ!! 見て、この子!!」
「お、おい、姉ちゃん……」
ぐいっ、とわたしが抱えていた男の子をつきつけると。
クレイも、キットンも、目をまん丸にしてわたしと男の子を見比べていた。
しばらく嫌な沈黙が流れる。それを破ったのは、キットン。
「……こほん。パステル……」
「え?」
「あなた、いつの間にトラップの子供なんか生んだんですか?」
ゴンッ!!
思わず拳骨を落してしまう。
ななななーんてこと言うのよ!! 失礼なっ!!
「わ、わたしが生んだんじゃないわよっ!! この子はっ……」
「そーだぞ。俺の母ちゃんはなあ、もっとグラマーで美人だぜ? こんなガキっぽい姉ちゃんじゃねえよ」
っきー!! 子供にガキなんて言われたくないわよっ!!
可愛くないことをいう男の子を、ぎゅううううっ、と抱きしめる。「痛い痛い、苦しいって!!」と腕の中で悲鳴があがったけど。ふん! 知らないもんね!!
「ぱ、パステル……まさか、とは思うけど……」
「だからっ……この子がトラップなのよ!! 何かの罠にひっかかって……こうなっちゃったみたいなのよー!!」
わたしが半泣きで叫ぶと、クレイとキットンは、茫然と顔を見合わせた。
「なあ……さっきから何言ってんだ? なあ、兄ちゃんクレイって言うのか?」
わたし達の会話の意味がわかってないのか、男の子は、不思議そうにまわりを見回して言った。
声をかけられたクレイが、何とも言えない表情で頷くと、男の子……いや、もういい。認めちゃう。トラップは、不審そうな眼差しを向けた。
「ふーん。俺の幼馴染にもクレイって奴いるぜ? 言われてみれば、兄ちゃん、あいつの兄貴によく似てんなあ。親戚か何かか?」
「…………」
幼馴染本人に向かってそう言われ、クレイは返す言葉が無いみたいだった。
まあね、そりゃそうだろうね。「俺がそのクレイだよ」って言っても……
どう見ても、子供。多分5歳か6歳か……ってことは、いきなり12年くらい若返った……ってことだよね?
罠にかかった……ってことだよね?
わ、わたしのせい!?
思わず青ざめる。どどどどうしよう!? どうしたらいいの!?
「キットン! 何か、何かいい方法は無いのー!?」
「ぐえっ!! ぐぐぐぐるじいですパステル……」
思わずキットンの首を締め上げると、彼はじたばたと手を振り回して言った。
「と、とにがく……ここにいてもじかたないですがら……上に……」
「ぱ、パステル、落ち着け。落ち着けって!!」
慌ててクレイが間に入る。
けどっ……これが落ち着いていられますかって!!
「おーい、大丈夫か?」
いまだに事情を知らないのん気なノルの声が、何だか腹立たしかった……
トラップの持ち物から勝手にフック付きロープを拝借して、何とか上に上る。
ちなみに、トラップはクレイがおぶっていこうとしたんだけど。
「馬鹿にすんなよなあ。これくらい一人で上れるって」
そう言うと、本当にするするとロープを上って行ってしまった。
うーむ! 昔は太ってた、との言葉通り、ちょっとぽっちゃりはしてるけど……
どうしてどうして。将来立派な盗賊になるだろうってことが、十分に予想できる……
って感心してる場合じゃなくて!!
トラップの何倍もの時間もかけて、わたしがひいひい言いながらロープを上りきると。
そこでは、既に驚愕の嵐が巻き起こっていた。
「とりゃー?」
「あんだよ、チビ」
「チビじゃないもん! ルーミィだもん!!」
「チビだからチビっつってんだ! 馴れ馴れしくすんじゃねえよ!!」
あああ……早速喧嘩してるよ、トラップとルーミィ……
ノルはぽかんとしてるしクレイは頭を抱えてるし、キットンは何がおかしいのかげはげは笑ってるし……
シロちゃんはシロちゃんで、「トラップあんちゃんデシか? 随分小さくなったデシね?」なんてにこにこしながら言ってるしっ……
「く、クレイ……どうしよう……?」
「どうしようったって……」
わたしとクレイが頭を抱えていると。
「なあ、姉ちゃん」
ぐいっ、とスカートをひっぱられる。
後ろでは、頭を叩かれたらしく、ルーミィが涙目になってトラップをにらんでいた。
ああもう! 子供に戻ったら容赦がなくなってるよトラップ……
「あのね、女の子は叩いちゃ駄目だよ?」
「あんだよ。お説教なんかいらねえっつーの」
きーっ! か、か、可愛くなーい!!
思わず本気で怒りかけたけど、その前に、トラップが口を開いた。
それまでの小生意気な口調とは違う、ちょっと不安そうな声で。
「なあ……結局、ここ、どこなんだよ? 何で、みんな俺の名前、知ってんだ?」
じいっ、とわたしを見上げてくる目は、さっきまでのいたずらっこみたいな目とは全然違ってて……
思わず胸がきゅんとなる。そうだよね、不安になるよね……
彼にとっては、どうやら今は6歳で、ドーマで盗賊としての修行をつんでいた、ってことになってるらしい。
クレイやマリーナ、幼馴染の名前は覚えてるけど、それも全部6歳時の記憶。
つまり、今の19歳のクレイを見ても、彼にとってはクレイじゃないわけで……
わ、わたしのせい……だよね……うん。
ど、どうしようっ!?
「あ、あのね、トラップ。実はね……」
ひそひそとクレイ、キットンとの相談の結果。
下手にごまかしても仕方が無い、ということで、一応事情は説明してみた。
今は本当は18歳で、立派な冒険者になっていて、それが罠にひっかかって……と一通り。
が、それを聞いた彼の答えは。
「……姉ちゃん、頭おかしくなったんじゃねえの?」
だった。
っかー!! 小さくてもトラップはトラップだよね。
この口の悪さったらもう!!
「……信じられないのはわかるけど、本当なんだって。ほら、俺がクレイ。お前の幼馴染の12年後の姿。似てるだろ?」
「うーん……」
わたしに代わってクレイが説明に出たけど、やっぱり納得がいかないらしい。
まあね、その気持ちはわかるんだけど……
「あの、ですねえ……」
おそるおそる口を挟んできたのは、キットン。
「この館で起きたことですし……多分、解く方法もこの館のどこかにあるんじゃないですかねえ? ひとまず調べてみたらどうでしょう?」
「そ、そうだな。そうするか。いつまでもここにいても仕方ないしな!」
その言葉に、かなり疲れた顔のクレイが立ち上がった。
そりゃ、疲れるよねえ……はあ……
お願い、トラップ。
元に……元に戻ってー!!
そんなわけで、わたし達は館の攻略に再チャレンジしたんだけど。
いやもう、大変だった……何しろ、罠解除のできるトラップが、今は子供になってるから。
簡単な鍵開けくらいはできるけど、さすがにそんな複雑な罠はお手上げだってことで。
ただ、罠を見つけるのは、今の彼にとってはかえって楽らしい。元のトラップが言ってたけど、この館、仕掛けがやけに下の位置にあるんだけど、それが今のトラップにとってはちょうど目線にあるみたいなんだよね。
ルーミィはノルが抱っこして、モンスターが出たらひたすら逃げて、トラップが発見した仕掛けをキットンが知恵を振り絞って解析して。
とにかく、みんなが一丸となって攻略に乗り出したのだ!
で、どうにかこうにか三階まで上ってきたときには、もうみんなへとへとになってたんだけど……
「あああー!! ここ! ここに多分全てが載ってますよ!!」
でも、苦労の甲斐はあって! わたし達は、三階のとある部屋で、どうやら館の女主人が書いたと思われる日記を見つけることができたのだ!
ぱらぱらと流し読みしたキットンいわく、館の間取りと、仕掛けた罠などが全部書き込んであるとか!
「じゃあ、それをチェックすれば……」
「はい。多分何とかなるんじゃないですかねえ?」
どうにかこうにか手がかりを見つけ出して、わたしは床にへたりこんだ。
よ、よかったあ! 解けなかったらどうしようかと思った……
「よかったねえトラップ! 元に、元に戻れるからね!!」
感極まってぎゅーっとトラップを抱きしめると、彼は何だか迷惑そうに顔をしかめていたけど。
ああもう。そんなことに構ってられないもんね! 本当に、本当に心配したんだからっ!
「よし。じゃあ……もうこんな時間だし、今日はちょっと休むか。キットン、その日記、調べてくれるか?」
「はいはい、任せてください。これによると、三階には特に仕掛けはしてないようですね。主に居住区にしていたみたいですよ? 部屋もいくつかありますし、ベッドも置いてあるみたいです」
「そうか。よし。みんな、今日はもう休もう。ゆっくり休んで、全ては明日だ!」
クレイの言葉に、反対する人はいなかった。
本当に疲れたもんね。ずーっと走り回ってたし。
キットンの言葉によれば、ここはどうやら全室ツインらしく、部屋数は十分にあるとか。
三階には何の仕掛けもなくモンスターも出ないってことなので、いっそみんな個室にしようか? なーんて案も出たんだけど。
それには、重要な問題があったんだよね。つまり……魔力のある人でないと、ドアを開けられないっていう問題が……
「うーむ。まさかこの仕掛けだけが健在とは……どうやら、館の住人は全員魔力を保有していたみたいですね。彼らにとっては、これは仕掛けでも何でもないようですね……」
わたしやクレイがひっぱってもびくともしないドアを見て、何だか感慨深そうに頷くキットン。
まあ、ね。とにかく、開かないものは仕方ないから。
二人ずつ三組に別れて休むことにしたんだ。トラップも、子供に戻っても魔力はしっかり健在だったらしく、ちゃんとドアが開けられたしね。
で、最初は、わたしとルーミィとシロちゃん、クレイとトラップ、ノルとキットンっていう組み合わせにしようか、って思ったのよ。
ところが……
そう組み合わせて、クレイが「じゃ、寝ようか」ってトラップに声をかけたとき。
彼は、何だかすごく不安そうな目で、クレイを見上げていた。
え、もしかして怖がってる? クレイって子供に好かれそうだと思うんだけどなあ。
クレイもクレイでとまどっているらしく、差し出した手を中途半端にさまよわせている。
でも、トラップはやっぱりその手を握ろうとはせず。
かわりに、ちらちらとわたしの方を見てきて……
……わたし?
思わず目線を合わせてしゃがみこむ。トラップは、そんなわたしを、じーっとすがるような目で見てきて……
うう、何だかこう、胸がきゅんってなるというか……こ、これはもしや母性本能!?
「トラップ……わたしと寝る?」
思わずそう聞くと、彼は一瞬、すごく嬉しそうに顔を輝かせて……
まあ、もっとも本当に一瞬だったけどね。すぐにばっと表情を変えて、「ね、姉ちゃんがそうしたいんなら、それでもいいぜ」なーんて可愛くない口調に戻ったけど。
その顔が耳まで真っ赤になってるの、見逃さなかったもんね。
ふふ、照れてる照れてる。かーわいい。
「すりこみ、ですかねえ」
その様子を見て、キットンがうんうんと頷いた。
「生まれて最初に見たものを親だと思う現象ですが、トラップにとってはそれがパステルなのかも……」
「てめえー!! 俺は動物じゃねえぞー!!」
「あぎゃぎゃ! な、何するんですかーっ!!」
その言葉を聞きとがめたのか、トラップがどかっ、とキットンに蹴りを入れている。
今のトラップ、キットンと身長がそんなに変わらないからね。こうして見ると、ちょっと微笑ましいかも。
「しょうがないな。じゃあ、ルーミィとシロは俺と一緒に寝ようか」
「うん、ルーミィ、眠いおう……」
その様子を苦笑しながら見ていたクレイが、ルーミィを抱き上げる。
小さな手を握ってドアを開けると、「先に休むよ」と言って部屋に入っていった。
「じゃあ、俺も。キットン」
「あ、ノル、待ってくださいっ!」
トラップから逃げるようにしてノルに走りよると、キットンもドアを開けてさっさと中に入っていった。
廊下に残されたのは、わたしとトラップだけ。
「……じゃあ、寝ようか?」
「うん……」
そう声をかけると、トラップは、ぎゅっとわたしの足にしがみついた。
……怖い、のかな? そうだよね。彼にとっては、住み慣れたドーマから突然見知らぬところにとばされた状態だもんね。
「大丈夫だよ。明日になれば、何もかもうまくいくからね」
そう言ってぽんぽんと肩を叩いてあげると、彼はちらっとわたしを見上げて、黙ってドアを開けた。
部屋の中は、ベッドが二つと、小さなテーブルがあるだけ。
そんなに広くは無いけど、思ったよりも綺麗で、居心地は良さそうだった。
「ほら、疲れたでしょ? 早く寝よう」
「……うん……」
小さなトラップを寝かしつけると、わたしも隣のベッドにもぐりこむ。
うーん、子供を持つ親の気分、っていうのかなあ。
何だか、トラップはトラップだけど、どんなに可愛くないことを言われても、次の瞬間には許せちゃうというか……守ってあげたいっ! って気分になるんだよね。
わたしのせいでこうなったから、っていうのもあるかもしれないけど。
そんなことを考えているうちに、疲れてるせいかな? 眠気ががーっと襲ってきて……
あっという間に、わたしは眠り込んでしまったのだった。
……ひっく……
…………?
うっ……ひっく……
どれくらい寝たのかはわからないけれど、でも、絶対そんなに時間は経ってない、って頃。
わたしは、部屋に響く小さな声に、ふっと目を開けた。
……この声は……?
くるっ、と寝返りを打つ。目に入るのは、隣のベッド。
そして、その上に膝を抱えて座り込んでいる、小さな人影。
「……トラップ?」
声をかけると、びくり、とその肩が揺れた。
おそるおそる振り向いたその顔は、涙でべとべとになってる。
……泣いてた?
「トラップ、どうしたの?」
「……姉ちゃん……」
震える声。すごく頼りなげな、弱々しい声。
元のトラップだったら絶対出さないだろう声に、わたしは思わず立ち上がった。
そのまま、隣のベッドに腰掛ける。
「どうしたの? 何かあった?」
「……俺……」
泣いていたのを見られたのが恥ずかしいのか、トラップは、ぎゅっと唇をかみしめてうつむいた。
……どうしたんだろう? 不安? 寂しい? それとも……
「トラップ」
ぎゅっ、とその小さな身体を抱きしめる。
びくり、とトラップが震えるのがわかったけど、それに構わず、そっと頭を撫でてあげる。
「どうしたの? 気にしなくてもいいよ。泣きたいときはうんと泣けばいいんだから。何かあった?」
「……俺……」
そのまま、トラップはわたしの胸元にしがみついて、大声で泣き始めた。
その姿は、どう見ても、6歳の子供そのもので……
あんなに可愛くないこと言ってたのに。あれは精一杯強がってただけだって、わかってしまう。
元のトラップは、何があったって、滅多なことで泣くような人じゃないけど。
子供の頃は、やっぱり普通に泣いたりしてたんだね……
何となく感慨にふけっていると、トラップは、ぽつんとつぶやいた。
「怖い……」
「え?」
「姉ちゃん、俺、怖い」
「何が?」
優しく聞き返すと、トラップは、顔をあげずに言った。
「怖い。俺、本当に元に戻れるのか? 元に戻ったら、俺、どうなるんだ?」
「…………」
「本当は18歳だなんて言われても、わかんねえよ。本当なら、俺は、ドーマにいて、じいちゃんと父ちゃんと母ちゃんと盗賊団のみんなと、一緒に暮らしてたはずなのに。クレイやマリーナと修行してたはずなのに。
何でいきなりこんなことになってんだよ。俺、わかんねえ……」
「トラップ……」
「なあ、姉ちゃん。クレイの奴、あんなでかくなっちまって。俺もあんな風になんのか? 怖い。俺、元に戻るのが怖い……」
「あの、あのね、トラップ」
ぎゅっ、と抱きしめる腕に力をこめる。
トラップは、多分漠然とした不安を抱えてるだけで、自分でも何がそんなに怖いのかよくわかってないみたいだけど。
わたしにはわかった。
わたしと同じだから。言葉に出せないけど、何となく怖いっていう思い。
それは、未知のことに対する不安。根拠なんか何も無いけれど、ただ漠然と「大丈夫だよ」ってまわりから言われて、でもその言葉を信じきれなくて、それが余計不安をあおる。そんな怖さ。
わかるよ。わたしもそうだった。トラップのこと好きなのに、どうしても先に進むのが怖かった。
失敗するかもしれない、見られたら嫌われるかもしれない、痛いかもしれない、そんな不安で、胸が押しつぶされそうになって。そのせいで、トラップを怒らせて。
そして、こんなことになって。今、トラップに同じ思いを味あわせてる。
……駄目。こんなんじゃ、駄目だ。
「トラップ。勇気、出そうよ」
「……勇気?」
「あのね、わたし達の仲間の……18歳のあなたはね、誰よりも口が悪くて、しょっちゅうトラブルばっかり起こしてたけど……でも、いざというとき、すごく頼りになるんだ」
「…………」
「いっつもいいかげんなこと言ってるみたいだったけど、誰よりも仲間のこと考えてくれて、仕事に関してはすっごく真面目で、絶対泣き言とか弱音は吐かない人だった。あなたの、将来の姿だよ、トラップ」
「…………」
「大丈夫だよ。あのね、わたし達がついてるから。怖がることなんか何も無いよ? いざとなったら、わたしも、クレイも、キットンもノルもルーミィも、みーんなあなたを守ってくれるから」
「……じゃあ……」
わたしがそれだけ言うと、トラップは、ばっと顔をあげた。
すごく真剣な眼差しで、じーっとわたしを見つめて言った。
「じゃあ、元に戻れなかったら?」
「……え?」
「もし、罠を解く方法がわかんなくて……俺が子供のまんまだったら? 俺、まだまだ修行しなくちゃなんないことがいっぱいあるから、姉ちゃん達の役に立てない。そうしたら、俺は邪魔?」
「そんなこと!!」
ああ、そうか。彼が感じていた不安は、もう一つあったんだ。
子供のままじゃ、足手まといになるから。一人にされるんじゃないかっていう、不安……
「そんなわけない、そんなわけないよ。トラップはトラップだもん。わたし達の大切な仲間だもん。わたし達、ずっと一緒にいてあげるから。大きくなるまで待っててあげるから! 心配することなんか、無いんだからね!」
そう言うと。
トラップの顔が、ぱっと輝いた。さっき一瞬見せた、心から嬉しそうな表情で。
「待っててくれんのか? 俺が、大きくなるまで」
「もちろん。10年でも20年でも、ずっと待ってるよ」
「……じゃあ、じゃあ……」
わたしの言葉に、トラップはちょっともじもじしていたけど。
やがて、がしっ、とわたしの手を握って言った。
「聞いたからな、待っててくれんだろ?」
「……う、うん?」
「俺、元に戻れなかったら、また一生懸命修行する。立派な、一人前の盗賊になって、姉ちゃんのこともらいに行くからな!」
「……え?」
えと。もらう? はい?
わたしがきょとんとしていると、トラップは。ぶうっ、と頬を膨らませて言った。
「もうちっと喜べよなあ。プロポーズしてんだからさあ」
「…………はい?」
ぷぷぷプロポーズ!?
言われたことを理解して、一瞬にして顔が真っ赤になるのがわかった。
な、な、な……ほ、本当に6歳なの!? 実は年齢を偽ってないでしょうね!?
わたしがぽかんとしていると、トラップは、すごく不満そうにうつむいた。
「やっぱり、嘘だったのかよ……」
「へ? い、いや……」
「ふん、俺が子供だと思って、いいかげんなこと言ったんだろ。いいよ、もう」
「ち、違うわよっ!!」
すねてばっとわたしの手を振り解いたトラップを、慌てて抱え込む。
子供だから、口先だけでごまかせる。そんな風に思ってる大人は多いかもしれない。
でも、わたしはそんな風に考えたくない。子供でも、ううん、子供だからこそ、真剣に話さなくちゃいけないときもある。
「あのね、トラップ。聞いて」
「…………」
「わたしとトラップ……18歳のトラップはね、恋人同士だったんだよ?」
そう言うと。
トラップの身体が、強張った。目をまん丸に見開いて、じーっとわたしのことを見つめている。
その目をまっすぐに見つめて、わたしは言った。
「わたし、トラップのことが本当に本当に大好き。でもね、わたしも、勇気が無いから。怖かったから。だから、後一歩のところが踏み出せなくて、それでトラップを怒らせちゃったんだ。
それがすごく悲しくて、謝りたい。だから、待つよ、トラップ。あなたが迎えに来てくれるの、ずっと待ってる。大好き。プロポーズしてくれて、ありがとう」
6歳のトラップ。わたしでも簡単に抱え上げられる、小さな身体。
その身体をそっと持ち上げて、目線を合わせる。
ゆっくりと顔を近づけた。触れた唇は、元のトラップよりずっと小さくて……でも、同じように暖かかった。
そのときだった!!
ぼうんっ!!
「きゃあっ!?」
そんな変な音とともに、突然、あたりが煙に包まれた。視界が真っ白に染まって、何も見えなくなる。
な、何っ!? 何なの一体!!?
ずしんっ
瞬間、急に、両腕にすごい重みがかかった。たまらず前に倒れこむ。
い、一体何がっ……
ぼすんっ
倒れこもうとしたわたしを、がしっ、と誰かが支えてくれる。
すごく暖かくて、力強い手が。
……え?
煙が、少しずつ薄くなっていく。
視界が戻ってくる。目の前には、わたしより一回りも二回りも大きな人影。
さらさらの長めの赤毛と茶色の瞳。
わたしを抱える腕も、胸も、しっかり筋肉がついて力強い……男の、人。
「と、トラップ……?」
「……よっ」
わたしの恋人、18歳のトラップは、いつもと全く変わらない軽薄な口調で言って、軽く手を上げた。
「何で……急に……」
「さあ? 何でだろうなあ……」
ベッドの上で、二人っきりで、わたしとトラップは向かい合っていた。
ちょっと前なら、怖くて逃げ出したくなった状況。でも……今は、そうでもない。
トラップの腕は、わたしをしっかり抱えている。緩めてくれそうな気配は、全く無い。
「……覚えてるの?」
「大体な。……おめえに、すげえ世話になったことは、覚えてる」
ぼんっ
トラップに言った色々なこと、最後にしたことを思い出して、顔が真っ赤に染まるのがわかった。
お、覚えてる……? 全部、覚えてる……?
「あ、あの……」
「怖かったんだな」
ぎゅっ
何を言えばいいのかわからない。とにかく、何か言おうとしたとき。
トラップは、わたしを抱きしめて、つぶやいた。
「おめえの気持ちなんか、何も考えてなかった。ただ嬉しくて、つっぱしって、そんでおめえを怖がらせてたなんて、ちっともわからなかった。……悪かったな」
「……ううん。わたしこそ、ごめんね。ちゃんと言えなくて」
きゅっ、と背中に手を回す。
勇気、出さなくちゃ。怖がってちゃ、何も進まない。
トラップの手が、わたしの背中を支えながら……ゆっくりと、ベッドに押し倒した。
「プロポーズ、受けてくれんだって?」
「……あれは、6歳のトラップとの約束だもん」
「ほー。んじゃ、18歳の俺が、改めて言ってやるよ。……おめえをもらっても、いいか?」
「駄目、って言っても強引にもらう気でしょ?」
「あたりめえだろ? おめえ、俺を何だと思ってる?」
「盗賊」
「よくわかってんじゃねえか」
くっくっく、と面白そうに笑って、トラップは、ゆっくりとわたしの服に手をかけた。
「で。勇気は出せそうか?」
「うん……」
怖くないと言えば嘘になるけど。
でも、今は大丈夫。
トラップのこと、信じてるから……
肌に触れる冷たい空気に、わたしは、ちょっと身震いした。
「パステル! パステル、起きてますか!!」
どんどんどん
翌朝。わたしとトラップが一つベッドで幸せに眠っていると。
キットンの大声が、そこから無理やり引きずり起こしてくれた。
「……朝っぱらから、うっせえなあ……」
「ば、馬鹿馬鹿トラップ! 服! 服着て!!」
「ったく。一体何なんだか……」
ぶつぶつ言いながら、トラップがシャツに腕を通す。
わたしも慌てて服に着替えて、ドアに走り寄る。
「き、キットン? 何?」
「ああ、パステル! あのですね、とんでもないことがわかりました。この館なんですけど!」
バン!!
ドアが開く。キットンは、昨日見つけた日記を振り回しながら部屋にとびこんできたけど。
ベッドに腰掛けているトラップを見て、ぽかん、とその場に立ちすくんだ。
「トラップ? あの……」
「あんだよ。俺の顔がそんなに珍しいか?」
「も、元に戻った!? パステル、まさかあなた……」
キットンがわなわなと震えながら、わたしとトラップを交互に見つめている。
な、何? 一体何がわかったの?
この館のとんでもないことって……一体何?
「何の騒ぎだ? キットン、うるさいんだけど」
その騒ぎに、隣の部屋で寝ていたクレイが、ぼーっとした顔を覗かせた。
けど、その顔も、不機嫌そうなトラップの顔を見て、一瞬で変わる。
「トラップ!? お、お前……いつの間に戻った!!?」
「けっ、どいつもこいつも。いいじゃねえか、戻ったんだからよ」
そう言ってトラップはぷいっとそっぽを向いた。
まあねえ。どうやって戻ったか、なんて、言えないよねえ。
というより、何であれで戻ったのか、よくわからないし……
わたしが苦笑していたときだった。
キットンが、すたすたすた、とわたしとトラップの前に歩いてきて。
いぶかしげな顔をするわたし達の前で、ぺこり、と頭を下げた。
「おめでとうございます」
…………
……はあ?
「あの、キットン?」
「いや、まさかパステルとトラップが……よかったですねえ、トラップ。思いが通じて」
「はあ? キットン、おめえ、あに言って……」
身を乗り出すトラップの前に、キットンは、ぐいっ、と日記をつきつけた。
「この館の秘密を知って、これはもう罠を解くのは無理か、と半ば諦めもしたんですが……本当によかった。パステルとトラップが愛し合っていたなんて。私はてっきりトラップの片思いだと思っていたものですから……」
…………
今度こそ、場の空気が凍りついた。
な、何を言い出すのキットン――!?
「お、お前ら……そういう関係だったのか……?」
唖然とした声を出すのは、クレイ。
いや、ちょっと、ちょっと待って。
た、確かにそうだよ。それは間違ってないよ。だけど……だけど……
な、何でわかるの!?
「あのですねえ、この館なんですけど……」
あたふたするわたし達に、キットンが説明してくれたところによると。
この館に住んでいたのは、魔法使いの女主人……
だけじゃなく、女主人の旦那様や、子供達、つまり、一家が住んでたんですって。
女主人はすごくレベルの高い魔法使いで、子供達にもその素質は十分に受け継がれたんだけど。
でも、旦那様は、魔法使いではあったけれど、そんなに大したレベルではなかったみたい。
女主人としては、旦那様も子供達をもっと鍛えてあげたい。でも、危険な冒険には連れていきたくない。
それで考えたのが、家の中に罠をいっぱい仕掛けて、それで夫と子供達を鍛えよう、という。つまりは、この館の仕掛けは、全部旦那様と子供達の修行のために作られたものだとか。
「なるほどな。それで、仕掛けが妙に低い位置にあったり、効果が妙にしょぼかったりしたんだな」
それを聞いて、トラップはうんうんと頷いていたけれど。
もちろん、大怪我をしないように十分に考えられていたし、魔法の罠も、危険なものでは決してなかった。
例えば、トラップがひっかかった罠。あれは、もし子供が引っかかった場合、逆にいきなり成長する罠……つまり、ある年齢を境に若返るか成長するか、どちらかを誘発する魔法だったらしい。
他にも、突然髪が伸びるとか、突然涙が止まらなくなるとか、そういう……何て言うのかな? 命の危険の無い罠ばかりで、解除も簡単にできるものだった。
そして、解除の方法が……
「で、ですね。罠に引っかかったときは、母親から息子へ、娘へ。あるいは、妻から夫への、愛情のこもったくちづけを与えれば解ける、だそうで……」
キットンの言葉に、わたしとトラップは、唖然として顔を見合わせた。
えと……つまり……
「おめでとう」
真っ先に声をかけてきたのは、入り口付近に立っていたノルだった。
その言葉に、クレイとキットンも、「よかったな」「おめでとうございます」と頭を下げる。
もう、何を言えばいいのやら。
まさかまさかの展開に、わたしもトラップも、何も言えなかった……
ちなみに、後日談。
結局、館中捜しても、魔法の道具は何も見つからなかったんだよね。
「魔法の道具がいっぱいの館じゃなくて、魔法の仕掛けがいっぱいの館でしたねえ。どこかで話が歪んだのでは?」
って、キットンは言ってたけど。
まあ、ね。見つからなかったものはしょうがないし。わたし達らしいっていうか。
で、その後わたしとトラップがどうなったのかというと?
「んで? 結婚してくれんのか?」
「んー、まあ、いずれね」
「はああ?」
わたしの言葉に、トラップはすっごく不満そうな声をあげたけど。
だって、しょうがないじゃない。
「だって、わたし、まだまだ冒険を続けたいんだもん。まだしばらくは、みんなと一緒にいたい……駄目?」
そう言うと、トラップはまじまじとわたしを見つめて。
そして、はーっと大きなため息をついた。
「……ま、しゃーねえな。俺もまだしばらくは、冒険続けたいしな」
「でしょ?」
「ま、でも……」
ぐいっ、と肩を引き寄せられる。
みんなに関係がばれちゃってから、何かと気を使って、二人きりにしてもらえるようになったんだよね。
恥ずかしいから、いいって言ったんだけど……
「これくらいは、許してくれるよなあ?」
「……いいけど」
でも、二人っきりのときだけね。
そう念を押すと、トラップの瞳が迫ってきて……
唇を塞がれて、ベッドに押し倒されても、あまり怖い、と思わなくなったのは……わたしもちょっと成長した、ってことで、いいのかな?
完結です。
長すぎた……前半もっとコンパクトにおさめるつもりだったのに(汗
次作、パステルが子供になるバージョン行きます。
ストーリーは変わりますが部分部分で設定が同じ、という予定。
その次……学園編第二部行こうか、それとももうしばらくパラレルは控えた方がいいか
悩みます……
>感想くださった方々
ありがとうございます!
ああいう悲恋ものは、好き嫌いが割れると思うので
アップするのがドキドキものでした。
シリーズと名乗る以上、考えている2つのネタも書いてみたいものですが
どうなるか未定……待ってる、と言ってくださった方、本当にありがとうございます!
トラパス作者様は世界一〜 〈死んだ目で、大空寺先生のファンです)
トラパス作者さん、お疲れ様です。
前の作品とは違った雰囲気で楽しめました。
リアルタイムで読めたんで、このレスの後はどうなるんだろうと
わくわくしながらレスの取得ボタン押してました。(かちゅーしゃ使用)
逆バージョン楽しみに待っています。
個人的には、パラレルも大歓迎ですので頑張ってください。
(無理しない範囲で)
>>33さん
ありがとうございます。
やっぱり、小説の方はそうなんですか。
小説は旧シリーズ?の方をずーと前に読んだだけなんで
記憶から消えかけています。
トラップ×パステルで、だいぶ洗脳されているので
小説読み直したら違和感、感じそうですな。
トラパス作者さんの作品、読むので今のところ精一杯なので
当分、先になりそうですけど。
トラパス作者さん、新作読ませていただきました。
小さいトラップにキスするパステル、イイ!
今回は、トラップ小さくなるの話に、パステルトラップを怖がるの
話がうまく混ざってましたね。さすがです。
次回作も楽しみにしています。
そしていつか、ダイナマイトバディパステルをなにとぞ…(ムリ?)
トラパス作者様、乙です〜
子供帰りトラップ編、楽しく読ませていただきました
館の設定がよく考えられていますね〜
男女の気持ちのすれ違いもリアルで悩ましいです
パステルバージョンが楽しみです〜
学園編第2部も心待ちにしておりますので是非〜
感想くださった方、ありがとうございます!
エロ少ないし長いしでどうしようかと思ったんですが……
あ、今日はこれから丸一日バイトですので、投下夜十時過ぎになります〜
77 :
名無しさん@ピンキー:03/10/27 12:03 ID:r0DqT2Zq
子供帰りトラップ編、面白かったです。
特に子供トラップがルーミィと喧嘩してる所が笑えました。
次の子供帰りパステル編も楽しみにしてます!
思ったよりバイトが早く終わった……
新作です。
子供返り編パステルバージョン。
ただ、チビパステルが難しくて、出来がいまいち……(汗
おい……これは、一体何の冗談だ?
わなわなと震える手から、中身の残ったビンが落ちる。
床に液体がぶちまけられるのがわかったが、んなことに構ってる余裕はねえ。
俺の腕に抱かれているのは、多分4〜5歳と思われるガキ。
長い金髪とはしばみ色の目。だぶだぶのブラウス一枚身につけただけ、という姿で、俺のことをじーっと見つめている。
「お兄ちゃん、誰?」
「…………」
「ここ、どこお? お父さんは? お母さんは……?」
「…………」
俺が何も言わねえせいか、最初は無邪気に笑っていたガキは、段々不安そうな顔つきできょろきょろとまわりを見回し始めた。
いつものみすず旅館のぼろい部屋。ここはパステルの部屋で、今は俺とこのガキの二人しかいない。
机の上には、書きかけの原稿と半分くらい中身の残ったコップ。
……これか。
こいつのせいなのか!?
がしっ、とコップをつかむ。
無色透明、一見したところ水みてえだが、目を近づけると中に無数の気泡が浮いているのがわかる。
サイダー。見た目から判断したら、そうとしか思えねえ。
が……
「おい……おめえ、名前何てーんだ?」
答えはわかりきっていたが、聞かずにはいられねえ。
俺が震える声で問いかけると、ガキは、にっこり笑って言った。
「ぱすてる」
…………
こんな……こんなことがあってたまるかー!!?
「トラップ! トラップ!! ちょっと聞きたいことがあるんですけど! あなたまさか私の薬を……」
バタン!!
そのとき、予告もなく部屋のドアを開けたのはキットンだった。
ぼさぼさ頭を振り乱して、はあはあ荒い息をつきながらじっとこっちをにらみつけて……
そして、俺と、俺の腕の中で怯えた目をする「ぱすてる」と名乗るガキを見て、その場にへたりこんだ。
「お、遅かったんですね……ああ……わ、私の最高傑作が……」
…………
ゆらり、と立ち上がる。俺の形相に、ガキがますます怯えるのがわかったが……構ってられねえ。
ぐいっ、とキットンの襟首をつかみあげる。そのまま強引に目線を合わせて、すごみをきかせた声で、言った。
「キットン……てめえ、今度は一体何をした――!!」
パステル、というのは、恐らくこの年代の女としては間違いなくベスト3に位置するくらい鈍い女だ、と俺は思っている。
普通なあ、この年頃の女っつったら、愛だの恋だのにきゃーきゃー騒いでるもんなんじゃねえのか? いや、別にそうなって欲しい、と思ってるわけじゃねえんだが。
それにしたってなあ……もう少し、こう俺のことを男として意識して欲しいというか……
同じ年頃の男と、一つ屋根の下どころか同じ部屋で雑魚寝。普通の女だったら、嫌がったり警戒したり……とにかく、何かしらの反応はするもんだろ?
ところが、パステルと来たら。
寝るとき、枚数の都合上、俺やクレイと一緒の毛布で寝ることになっても、動揺一つしねえ。
「おやすみ」
何でもないことのように言って、すやすやと無防備な寝顔を見せ付ける。
クレイはどうかしんねえよ。あいつもまあ、パステルとためを張るくれえ鈍い男だしな。
けどな、この俺は、違うんだよ。ごく普通の18歳の青少年らしく、まあその色々と……思うところもあるし身体の方もきちっと反応してるんだよ。
いや、それで俺を責めるのは酷ってもんだろ!? 考えても見ろよ。
同じ毛布にくるまって、ごろんと寝返りでも打とうもんなら目と鼻の先に無防備な寝顔があって、さあ触ってくださいといわんばかりの距離に身体があって……
これまで耐えに耐えに耐えに耐え続けた俺は、自分で言うのも何だが拍手ものの我慢強さだと思う。
最初は、「まあこいつだって女の端くれだから」と自分をごまかしていた。
男だったら誰でもそんなもんだろう。別にパステルだからじゃねえ。他の女と同じ状況になったとしても、多分同じような反応をするだろう、とそう自分に言い聞かせていた。
……が。
二年も三年も同じパーティーで顔を合わせ続けて……あいつの一挙一動が気になるようになって。
あいつに言い寄る男なんてものまで現れて。そのとき感じた焦燥感っつーか。とにかく、相手の男を即座にぶっとばしてやりてえと感じた思い。
それが嫉妬、っつー感情だってことに気づかねえほど、俺は鈍くねえ。
パステルにマジで惚れちまってる。すげえ認めたくねえが……心底、参っちまってる。
が、自覚したところで、それが何になる?
俺の気持ちに気づくなんてことは一生ありえねえだろう。かといって、この気持ちを告白したところで……受け止めてもらえる可能性も、まずねえだろう。
自分でわかってるのが情けねえが、パステルの好みの男ってのは、どーも俺と真逆のタイプらしいんだよな。
言うなれば、クレイのような、背の高い、顔のいい、そして何より優しい、困ってるときにさっと手を貸してくれる王子様タイプの男っつーのか。
……絶対に俺にゃ無理だ。優しくするなんて性に合わねえし、第一、俺はそんな風に甘やかされるパステルは好きじゃねえ。
どんなに泣き言を言っても、結局最後は自分の力で努力する、そういうパステルが好きなんだよ。絶対口にはしねえけどな。
つまり……俺のこの思いが実る可能性は、限り無くゼロに近い、と。
はあ……
もんもんと考えて出た結論に、ため息しか出せねえ。
こんな状態で四六時中顔をつきあわせなきゃなんねえんだから……俺ってある意味世界一不幸な男だよな。
とまあ、最近の俺は、こんなことばっか考えてたんだが。
世の中奇跡ってのは起こるもんらしい。
それは、ある日の夕方のことだった。
その日、クレイはバイトに出かけて、キットンは薬草収集に出ていた。
珍しく一人になった部屋で、ベッドを独り占めして昼寝三昧。こんな幸せな午後はそうはねえ。
そうしてごろごろと惰眠をむさぼっていたときだった。
コンコン
響いたのは、ノックの音。
……ったく。人の昼寝を邪魔すんじゃねえよ。
「開いてんぞ。誰だあ?」
「あの……わたし、だけど……」
声を聞いた瞬間、眠気は遥か彼方へととんでいった。
まぎれもなく、ここのところ年単位で俺を苦しめ続けている、パステルの声。
「何か用か?」
平静を装いつつドアを開けると、パステルは、すげえ思いつめた顔で言った。
「ごめん。突然、ごめんね。どうしても、言いたいことがあって……」
このとき、もし俺の脈拍数をはかってる奴がいたとしたら、即座に医者を呼んだに違いねえ。
こっ、このシチュエーション……もしやっ……!?
「トラップのことが、好きなの」
耳に声が届いた瞬間、頭の中でファンファーレが鳴り響いた。
男トラップ18歳、ついに春が、春が来た! 今の季節は秋だけどな!
パステルは、面白いくらい真っ赤になっている。この一言を言うために、こいつがどれだけ苦労したか、一目でわかる。
その瞬間、即座に抱きしめてキスしてそれからそれから? と頭の中を妄想がかけめぐって行ったことを、誰が責められようか。
何度も何度も言うが、俺はずっとずっとずーっと、この鈍い女のせいでやり場のねえ欲望に苦しめられてきた。
今まで散々我慢してきた恩恵を、今この瞬間に受けなくていつ受ける!?
コンマ単位の間にそれだけのことを考える。気づいたときには、俺の手は、身を翻して部屋を出ようとするパステルの腕をつかんでいた。
「待てよ。言うだけ言って逃げるなって」
俺はまだ何も言ってねえだろうが。
そう言うと、パステルは、今にも泣きそうな顔で言った。
「だって……トラップ、わたしみたいな美人でもない色気もない女の子は、興味無いんでしょ?」
……こいつは。
まさか、んなことを気にして……今の今まで遠慮してたってのか?
ぬかった。鈍い鈍いと自分で連呼しておきながら……こいつに、「照れ隠し」などというこの俺の高尚な気持ちなんざ、理解できるはずもねえって……わかってたはずなのに。
はああ、とため息が漏れる。まさか、自分で自分の首を絞めてたとはなあ。
っつーことはあれか? 俺がもっと素直になってりゃあ……もっと早くに決着はついてたのか?
「理想と現実なんてなあ、違うのが当たり前なんだよ。俺も好きだぜ? おめえのこと」
本音は意外とすんなり出せた。
ここで言わねえと、絶対話がややこしくなるからな。まあ、結果的に正解だったわけなんだが。
パステルは、最初きょとんとしていたが、さすがにわかったらしい。
つまりは、自分と俺が、両思いだっつーことに。
思いつめた表情が消えて、かわりに笑顔が浮かぶ。
俺の理性を散々かき乱してくれた、無防備な笑顔。
即座に欲望が燃え上がった。それまで我慢を強いられた分、余計に強烈な衝動。
「つまり、俺とおめえは、晴れて恋人同士になった……ってことだよなあ?」
ぐっ、とパステルの肩をつかむ。不安そうに俺を見つめる目が、また何つーか余計に煽るというか……
気が付いたときには、もう唇を奪っていた。それも触れるだけじゃねえ、もっと濃厚なキス。
閉じようとする唇の間に強引に舌を差し入れ、あいつの全てをからみとる。交じり合う唾液すらも甘く感じる、この上なく気持ちいいキス。
「んっ……!!」
感じてるのかどうか知らねえが、キスを深めるたび、徐々にその身体から力が抜けていく。がしっ、と背中を支えてやると、柔らかい感触が、胸に押し付けられた。
……我慢、できねえっ。
ようするに、欲望に負けた、ってことだ。まあ、戦おうなんて気は端から無かったんだが。
そのままベッドに押し倒す。組み敷いたあいつの身体は、普段「色気がねえ」とバカにしてたはずなのに、やけに扇情的で……
潤んだ目でじっと見つめられると、もうそれだけでイキそうになった。
そのまま、めくるめく快楽のときを過ごす! という俺の野望は、その直後に響いたお邪魔虫……クレイとキットンの声で、中断せざるを得なかったんだが。
くっそ、あいつらもっと遅くに帰ってこいよなあ!?
ドアをにらみつけるが、んなことで近づいてくる足音が消えるわけでもなく。
仕方ねえ。今日は諦めるか。
はあ、とため息をつく。まあ、チャンスはいくらでもある。何しろ、同じパーティーを組んでしょっちゅう顔をつきあわせてるんだからな。
全く、俺って世界一幸せな男かもしんねえな。
「続きは、また今度な?」
そう耳元で囁いてやると、パステルは真っ赤になって目をそらした。
おーおー、一人前に照れてやがる。
ま、仕方ねえか。どうせこのお子様な女のこった。男と付き合った経験なんて、今までねえだろうからなあ。
安心しろよ。俺が色々教えてやるからよ?
ところが、だ。
こうして、ようやく長い長い時を経て恋人同士になれたというのに。
関係がちっとも進展しない。これは一体どういうことだ!?
そりゃあな、俺達は大所帯のパーティーだよ。二人っきりになれる機会がそうはねえこともわかってるよ。
けどなっ……そんなもん、作る気になれば、いくらでも作れるもんじゃねえか!?
「なー。二人っきりでどっか行かねえ?」
「……どこに?」
「どっか。二人っきりになれるとこ」
「…………」
パステルにまかせていたら埒があかねえ、と俺から誘ってみてもだ。
返って来るのは、いまいち気が乗らない、と言いたげな複雑な表情。
「行きたいけど、難しいと思うな。どこかに行くって言ったら、絶対ルーミィが一緒に行くって言うと思うよ?」
その瞬間、俺がお邪魔虫ランキングぶっちぎり第一位にランクする赤ん坊エルフに本気で殺意を抱いたことを、誰が責められよう。
ああそうだな、確かにそうだよ。
付き合うようになる前から、あの天使の顔をした悪魔は、散々俺達のことを邪魔してくれたからな。
せっかくパステルと二人っきりになった、と思ったら乱入してくるわ騒ぎ立てるわ、「ルーミィ、お腹ぺっこぺこだおう!」なんて横でわめかれて、艶っぽい雰囲気なんか出るはずもなく。
あいつさえいなきゃ、もしかしたらもっと早くに俺達は……などと意味のねえ妄想さえわいてくる。
パステルの頼りねえ笑顔にひきつった笑みを返しながら、俺は決意した。
付き合ってるというのにせいぜいキス止まり。これはよくない。健康な18歳と17歳の少年少女として、非常によろしくない。
何が悪いのかと言えば、状況が悪い。四六時中誰かが傍にいるという、この環境が悪い。
なら、環境の方を変えるまでだ。
ごごごごご、と心の中に決意の炎が燃え上がる。
男トラップ18歳。惚れた女のためならば、どんな苦労も苦労じゃねえってとこを見せてやる!
その日のために、俺はあらゆるところに根回しした。
キットンには「何かいい薬草が見つかったって話だぜ」という偽りの情報を与えて、ズールの森へと追い払った。
お人よしの幼馴染クレイには、「ルーミィが退屈してるみたいなんだけどよー。パステルは原稿が忙しいから構ってやれねえんだって。おめえに散歩に連れてって欲しいって頼んでくれって言われた」と真っ赤な嘘をついた。
もうそれだけでクレイは、「パステルも大変だなあ」なんて言いながら、ルーミィとシロを散歩に連れ出してくれた。
ノルはこの際問題外だ。何しろ宿の中に入ってこれねえからな。
こっそり宿の外の木を伝って、あいつの部屋を確認する。
よしよし、部屋にいるな。これであいつまで出かけてたら大笑いだったんだが……
自慢の視力を駆使して部屋を覗き込む。どうやら、机に向かってるようだ。
クレイにはいいかげんなことを言ったが、本当に原稿を書いてるみてえだな。ま、別に何してようと構わねえんだが。
するすると木から下りる。はやる心臓をおさえるべく、一旦自分の部屋に戻る。
よーし、いいか。落ち着け俺。焦ったら余計に失敗する。ここは一つ、冷静に、だな……
すーはーと深呼吸する。そのとき、目に飛び込んできたのは、机の上に乗っているビン。
ん? こんなもん、さっきあったか?
ひょい、と取り上げる。中に冷たい液体の入ったビン。無色透明だから水か、と思ったが、目をこらすと気泡がいっぱいに浮いていた。
……サイダー? 誰のだ?
ちょっと考えるが、まあこんなところに放り出してあるくれえだ。別に俺がもらっても問題あるまい。気を落ち着けるのにちょうどいい。
ぽん、と栓を抜いて、一気に飲み干そうとする。その瞬間、実にナイスなアイディアが浮かんだ。
そうだそうだ。ことをスムーズに進めるためにも、機嫌を取っておいて損はねえよな。
一階に下りてトレイとコップを持ってくる。サイダーをのせて、いそいそと隣の部屋へ。
「おい、パステル」
ノックをするのももどかしく、ばん、と足でドアを開けると、パステルが、弾かれたように振り返った。
「トラップ!? 何よ、入るときはノックくらいしてよ」
「はあ? 俺とおめえの仲じゃねえか。細けえこと気にすんなって」
そう言うと、パステルはやや顔を赤らめてうつむいた。
思わず抱きしめたくなるが……まあ待て俺。まだ早い。
「原稿書いてんのか?」
「うん。もうすぐ締め切りだから」
「そっかそっか。いつも大変だな、おめえも」
そう言うと、思いっきり不審そうな目を向けられた。
失礼な奴だな。俺がおめえの心配したら悪いのかよ。
「トラップ、熱でもあるんじゃないの?」
「はあ? おめえなあ……この俺が、わざわざ親切に疲れてるだろーとねぎらいに来たってのに、何つー言い草だ」
どん、とトレイごと机の上に置く。汗をかいたびんを見て、パステルは首をかしげた。
「何? サイダー?」
「差し入れ。喉渇いたんじゃねえ? ほれ、飲め飲め」
どぼぼ、とコップにサイダーを注いで、パステルに渡す。ひんやりした感触が気持ちいい。
季節はもう秋だが、今日は天気もよくてあったかい。冷たい飲み物は魅力的なはずだ。
「これ、トラップのおごり? いいの?」
「ああ。感謝しろよ」
「へー、珍しい……じゃなくて、ありがとう。おいしそう、いただきまーす」
コップに口をつける。ごくん、と液体を飲み干す。
その瞬間を見計らって、俺はパステルの腰に手をまわした。
さて、ここからが、俺の腕の見せ所。まずは……「礼なら身体でくれよ」とか? いや、ちっとストレートすぎるか……?
ぐっ、と抱き寄せる。パステルの顔が真っ赤に染まった。
「もういっぱい、飲むか?」
「あ、あの……」
ひょい、とびんを取り上げる。パステルが、あたふたとコップを机の上に置いたそのときだった。
ぼうんっ!!
「…………は?」
突然響いた妙な音。そして、目の前で起きた光景。
俺は、かなりの間呆けていた。
赤く染まったパステルの顔が、段々と視線から外れて……やけに下の方へと降りていく。
抱いていた腰は、腕の中でどんどん細くなっていって……
身体が縮んでる。にわかには信じられねえが、目の前で起こっているのは、どこをどう表現しても、そうとしか言いようがねえ。
「ぱ……パステル……?」
パステルの方も驚いているらしい。ぽかんとした表情をはりつかせて、その顔はどんどん幼くなっていって……
ぱさっ
我に返ったのは、パステルのスカートが下に落ちたときだった。
あいつがさっきまで履いていたスカート。視線をあげれば、丈が膝まであるだぶだぶのブラウスを身につけた、4〜5歳くらいのガキとまともに目が合う。
長い金髪を赤いリボンで結んで、はしばみ色の目でじいっと俺を見つめている。
きょとん、と首をかしげて、そのガキは言った。
「お兄ちゃん、誰?」
「若返りの薬、だあ……?」
「そうですよ! エベリンの薬草協会から依頼を受けて、研究していたんです! あああ、せっかく苦労して作ったのに……」
キットンを締め上げて吐かせたところによると。
机の上に置いてあったびん。あれは、サイダーでも何でもなく。
どうやら、若返りの薬なる、果てしなくうさんくさい代物だったらしい……
いや、それが見事に効果をあげていることは、目の前の光景を見れば、信じざるを得ないんだが……
俺のポシェットを漁って、盗賊七つ道具を面白そうにいじっくっている4〜5歳のガキ。
パステル・G・キング。名前を聞いたら、ろれつの怪しい口調ではっきりとそう名乗った、
認めざるをえねえ。つまり……若返りの薬を飲んで、パステルは、子供に戻っちまった、と……
「お、おめえなあっ……!!」
「わ、私に言われても困りますよ!? 飲ませたのはトラップでしょう!!」
「だあら、んな危ねえ薬を無防備にほったらかしてんじゃねえよ!!」
「だから、それに気づいたから戻ってきたんですってば!!」
ぎゃあぎゃあと不毛な言い争いが続く。
キットンの言葉によれば、ズールの森まで一度は出たものの、薬を机の上に置きっぱなしにしていたことを思い出して、慌てて戻ってきたんだとか。
何で、もっと早くに気づかねえんだよ!!
「お兄ちゃん……」
俺達の言い争いに、パステルは、怯えたような目を向けてきた。
慌てて笑顔を向ける。いや、さすがに……罪悪感を感じるな、これは……
「な、何だ?」
「ねえ、お兄ちゃん……ここ、どこ?」
不安そうな顔で、パステルは首をかしげた。
「お父さんと、お母さんは……?」
「うっ……」
かっ、可愛い。
じーっと上目使いで見上げられて、俺はぐらぐらと理性が揺れるのがわかった。
待て、待て落ち着け俺! 犯罪者になるつもりか!? これは確かにパステルだが、今は4歳の幼児なんだぞ!?
「と、とにかく! トラップの責任ですからね!? 私は被害者ですよ。せっかく作った薬なのに、また1から作り直しじゃないですか」
「作り直すなんな危険な薬っ!」
「何てことを言うんですかっ! これは非常に画期的な薬なんですよ!?」
照れ隠しの意味もこめて、言い争いを再開させる。
それに……何て言えばいいんだよ。
おめえのお父さんとお母さんはとっくに死んでるんだぞ、なんて……俺の口から言えってのか!?
「いいか! 若返りだか何だか知らねえが、まさか永久に効果が続くなんて言わねえよな!? いつだ、一体いつになったら元に戻るんだ!?」
「そ、そうですね……それが、ちょっと……」
俺が詰め寄ると、キットンは、すごい勢いで目をそらした。
……嫌な予感がする……
「おい……」
「いえ、その……この薬は、まだ作ったばかりでして……実験をしていないので、どれくらい効果が持つかは、何とも……」
「お、おめえなあっ……!!」
それは、あれか!? 下手したら、このまま一年も二年も戻らない……まさか、そんなこともありうるってのか!?
せっかくここまで関係を進展させたのに、また一からやり直しだってーのかっ!!?
「キットン……」
「わっ、たっ、お、落ち着いてくださいっ!! た、多分、何とかなりますからっ……」
「多分?」
「いえ、あの……ようするに、薬の効果を打ち消せればいいんですよね? 成分は全てわかってますから、逆の効果をもたらす薬草を使えば、おそらく……」
「できるのか?」
「多分……」
そうか。どうやら、ずっとこのまま、ってことには、ならずにすみそうだな。
なら……
「キットン」
「はい」
「さっさと作ってこいっ!!」
「わっ! あぎゃっ! な、殴らないでくださいっ!!」
即座にキットンを部屋から蹴りだす。
まあ、あれだ。激しく不安が残るが……ああ見えても、キットンの薬草の知識は本物だからな。
あいつが何とかなるって言ったんなら、多分何とかするだろう……してもらわねえと、困るが。
はーっ、と大きなため息をつく。
何でだ……俺はただ、ちっとばかりこれまで我慢に我慢を続けた褒美をもらおうとしただけなのに。
何で、こんなことになるんだ!?
「お兄ちゃん……大丈夫?」
俺が頭を抱えていると、パステルが、とてとてっと歩いてきて、小さな手をせいいっぱい伸ばして、俺の頭を撫でた。
「どこか、痛い?」
「……いや」
「よかったあ」
俺が答えると、パステルは、一点の汚れも無い無邪気な笑みを浮かべた。
……かっ、可愛いっ……
再び危ない衝動がつきあげてくる。
待て、落ち着け俺。それは本格的にやばいだろ。
一瞬、自分が正気かどうかを疑いかけたが……
いや……待てよ。
じっくり考えてみる。この衝動は、少なくとも17歳のパステルに抱いていた思いとは、ちっと違う。
何と言えばいいのか……保護欲をくすぐるというか。無条件に守ってやりたいと思う、というか……
これは、あれか。父親の気持ちって奴か!?
俺が自分の気持ちに決着をつけかけたときだった。
「ただいま! おーいパステル、原稿は進んだかい? お土産が……」
ひょい、とドアを開けて顔を覗かせたのは、クレイだった。その背中には、ぐっすり眠ったルーミィとシロがおぶわれていて……
そして、俺と、俺の腕に抱かれているパステルを見て、ぎしっ、と身体を強張らせた。
「トラップ……」
「クレイか。あのな……」
立ち上がろうとした俺を制して、クレイは言った。
「トラップ、どうして話してくれなかったんだ!?」
「……は?」
「お前、いつの間にパステルに子供を生ませたんだ!?」
その瞬間、俺がクレイに殴りかかったことは、言うまでもない。
「……つまり、お前が悪いんだな?」
洗いざらい起こったことを話すと。
返ってきたクレイの視線は、とてつもなく冷ややかだった。
……ああそうだ。否定はしねえよ。
けどなっ! 別に悪気があったわけじゃねえからな!!
「お兄ちゃん、誰?」
俺とクレイがにらみあっていると、何も状況をわかってねえパステルが、俺の背中に隠れて恐々と聞いてきた。
どうやら、パステルは、俺には無条件で懐いたみてえだが……クレイやキットンには、いまいち気を許してねえようだ。何でなのかはわかんねえが。
「心配するこたあねえよ。俺の友達。悪い奴じゃねえからな」
「ともだち?」
とてとてっ、と危なっかしい足取りで前に出る。
じーっ、と見つめられて、クレイは、思いっきり困惑の笑みを浮かべた。
「は、はじめまして……俺は、クレイ」
「わたし、ぱすてる」
「よ、よろしく……」
「うん」
にっこり微笑むパステルにひきつった笑顔を返した後。
クレイは、俺を振り返って言った。
「……いつ元に戻るんだ?」
「知るか。キットンに聞いてくれ」
「……そうか……」
そのままクレイは立ち上がると、ルーミィとシロをベッドに寝かせに行った。
そして。
男の俺でもはっきり美形と言い切れる顔に、疲れきった表情を張り付かせて、クレイは宣言した。
「じゃあ元に戻るまで、パステルの面倒はお前が見ろよ」
「はあ?」
「パステルがこうなった以上、誰がルーミィの世話をすると思ってるんだ!?」
「……ああ」
言われてみりゃあ、そうだよな。
キットンに子供の世話なんざできるわけねえし。ノルに頼んだら納屋に寝かせることになるしな。
俺が妙に感心していると。
バタンッ!!
言うだけ言って、クレイの姿はドアの外へと消えた。
あいつがあんだけ怒るのは珍しい……と思ったが。
よっぽど疲れてんだろうなあ……
ルーミィの世話をまかされたことは何度かあるが。あいつら、本当にパワフルだもんな。遊びに関する体力ならノル並にあるんじゃねえか?
それをずっとやれって言われたらなあ……
「お兄ちゃん?」
きょとん、とした顔で俺を見上げるパステルを、そっと抱き上げる。
まあ、このまま戻れねえ、ってことはねえみてえだし。
よしんば元に戻らなかったとしても! だ。これは別の意味でチャンスかもしれねえ。
18歳と4歳。年の差14歳というとでかく感じるが……30歳と16歳くれえになったら、そう気になるもんでもねえだろう。
そう、この鈍い女を、俺好みの女に育て上げるという……それはまたそれで燃える展開と言えるんじゃねえか!?
俺の邪悪な考えに気づいているのかいないのか。
抱き上げられて、パステルは無邪気にきゃっきゃと喜んでいた。
が。
俺の考えは甘かった……どこまでも甘かったと、その日の夜には早くも思い知る羽目になった。
夕食は猪鹿亭へ。リタの奴が目を丸くしていたが、事情を話すと、面白がって色々と構っていた。
まあそれはいい。
問題は、その後、だ。
「おふろ」
みすず旅館に戻った後。無邪気な顔をして言うパステルに、俺達はぴきーんと凍りついた。
「おふろ入りたい」
「ぱ、パステル……」
クレイも、キットンも、そして俺も(ルーミィは飯を食ったらさっさと寝てしまった)。顔を見合わせるしかねえ。
4歳のガキが、一人で風呂に入れるわけがねえ。必然的に、誰かが一緒に入ってやらなきゃならねえが……
「宿のおかみさんは?」
「間の悪いことに今日は出かけてるんです……」
三人で顔をつきあわせてひそひそと話し合う。
そういや、パステルは綺麗好きというか風呂好きだった。どうやらそれはガキの頃からだったらしいが……
「リタにでも頼むか?」
「馬鹿、仕事中だろ。猪鹿亭が終わるまで待ってたら、何時になると思う?」
「だって、じゃあ……」
言い返すクレイに、そっとパステルを指差してやる。
「俺達が、あいつを風呂に入れるのか?」
「…………」
いちはやく逃げ出したのはキットンだった。
「あ、あの。私はもともと風呂はそれほど好きじゃありませんので……そ、それに、早く薬を作りたいので! これで……」
だだだっ、と、あのキットンにしては妙に素早い動きで、階段を駆け上がっていく。
残されたのは、俺とクレイの二人。
「……俺は、お前に面倒を見ろ、と言ったよな?」
「お、俺にガキを風呂に入れるなんて、できると思うか!?」
「じゃあ、俺がパステルと一緒に風呂に入ってもいいのか?」
「うっ……」
言い返されて返事に詰まる。
そ、そりゃそうだ。それに、俺だって、これが17歳のパステルだったら、喜んで一緒に風呂に入ってた。
けどなっ! 今のパステルは、たった4歳のガキで……
パステルがルーミィと風呂に入ってるとき。風呂場から響く声に中の惨状を想像して、密かに手を合わせたことがある。
まさか、俺にそれをやれと言うのかっ!?
俺が一人青ざめていると。
とことこ、とパステルが歩いてきて、俺の足にひし、としがみついた。
「お兄ちゃん、お風呂、一緒に入ろ?」
「…………」
ポン、と俺の肩を叩き、クレイは階段を上っていった。
子供特有の、全く凹凸の無い身体。
恥じらいもなく服を脱ぎ捨てるパステルを見て、俺は罪悪感にさいなまされていた。
いいのか。これは、いいのか!?
いや、俺には見る権利がある! あるよな? いいんだよな!!?
「お風呂、お風呂〜」
「ば、馬鹿、待て!」
ばたばたと脱衣所を走り回るパステルを、慌てて捕まえる。
……しゃあねえ、覚悟を決めるか。
諦めて服を脱ぐ。ああ……元のパステルとだったら絶対ありえねえよな、こんな状況……
タオルをひっかけて小脇にパステルを抱える。風呂場には、俺達以外誰もいねえようだった。
まあ、大して広い風呂場じゃねえしな。都合がいいっちゃいいんだが。
「おふろ入る」
「待て待て。まずは身体を流してからな」
ああ、男トラップ18歳。
こんなに早く子育ての気分を味わうとは思わなかったぜ……
ざばーっ、とお湯をかけてやると、パステルは嬉しそうに笑った。
それから湯船につかって身体を洗って髪を洗う。
たったこれだけのことにどれだけ苦労したか……思い出したくもねえ。
「だあら、身体洗うから湯からあがれってーの!」
「馬鹿、動くな、走るな! 転んだら危ねえだろうが!?」
「髪洗ってるときに目を開けんなっ! いいって言うまで目え閉じとけっ!!」
ああ……何で俺がこんな苦労しなくちゃなんねえんだ……?
頼むキットン! 早く……こいつを元に戻してくれーっ!
やっとパステルの髪を洗い終わったときには、俺はもうとっとと部屋に帰って寝たい、と心から思ったが。
まだ自分の風呂が終わってねえんだよな……
「おら、大人しく湯に入ってろ。すぐに終わるからな」
「うん!」
どぼん、とパステルを湯船に座らせて、がしがしとタオルに石鹸をこすりつける。
はあ。とっととあがってとっとと寝よう。今日は色んなことがありすぎて疲れた……
俺がため息をついたときだった。
「お兄ちゃん」
「……あんだ?」
「あのね、背中流してあげようか?」
どきんっ
にこにこ笑って手を伸ばしてくるパステルに、不覚にも心臓がはねるのがわかった。
好きな女に背中を流してもらう。これは、男なら誰もが一度は憧れるシチュエーションではなかろうか。
ましてや、あのパステルのこと。今後、あいつが俺と一緒に風呂に入るなど、まあまずはありえねえだろうしな。
「……そだな。頼む」
「うん! あのね、お父さんとお風呂に入ったとき、いっつもやってたんだよお」
…………
お父さん……ね。
ま、しゃあねえわな。今はそうとしか見れなくても。
13年後、おめえは俺の彼女になってんだぜ?
ごしごしと、一生懸命背中をこするパステルのことを、心から愛しいと思う。
こいつを誰にもやりたくねえ。元に戻っても、戻らなくても。
ずっと一緒にいてえと、そう思う。
……あー、俺ってもしかして、意外と子供好きな父親になれるかもな。
「あのねえ、お兄ちゃん」
「あんだ?」
身体を洗って髪を洗って、そうして二人で湯船につかっていると。
パステルは、真っ赤な顔をして言った。
「あのね、お兄ちゃん。ずっと一緒にいてくれる?」
「……ああ」
顔が赤いのはどうせ湯につかってるから、なんだろうが。
その台詞は、素直に嬉しかった。
どうせなら17歳のときにも同じ台詞を言って欲しいもんだけどな。
すったもんだで風呂からあがったときには、もう夜はすっかり更けていた。
ちなみに、パステルに着せたのは勝手に拝借したあいつのブラウス。
ルーミィのじゃ小せえし、俺達のじゃでかい。キットンの服は……まあ改めて何も言うまい。
だぶだぶのブラウス一枚という姿は、それはそれで妙にそそるもんがあったが。
何だか一緒に風呂に入ってるうちに、すっかり親の気分ってーのは味わっちまってなあ……
最初に見たときほどの危険な衝動は、もうつきあげてこねえ。いや、いいことだけどな。
「はあ。パステル、もう寝ような」
「うん。お兄ちゃん、一緒に寝よう?」
「……………」
何度も何度も言うようだが頼む。
同じ台詞を17歳の姿でも言ってくれ。
思わず懇願しそうになったがさすがに自制して、その小さな身体を抱き上げる。
さて、それにしても、だ。
一体、俺はどっちで寝ればいいんだ?
男部屋……は、パステルを寝かせる場所は、ねえよなあ……キットンの寝相はすさまじいからな。
女部屋……って、ルーミィとシロとパステルと俺の四人? ……きっついな……
俺は想像するだけでうんざりしたが。
女部屋を覗くと、何故か、ルーミィもシロもベッドにいねえ。
どこ行った?
首をかしげていると、隣の部屋のドアが開いた。
顔を出したのはクレイ。パジャマ姿で、すっかり寝る準備を整えている。
「お疲れ、トラップ。随分長かったな」
「こいつがなかなか湯からあがろうとしねーもんでな。ところで、ルーミィ達どうしたんだ?」
「パステルがいないって泣くから、こっちの部屋に引き取ったよ」
苦笑して身体をずらす。
ドアの隙間から見えたのは、クレイのベッドを占領して眠るルーミィとシロの姿だった。
「……大変だな、おめえも。今夜は床か?」
「……仕方無いだろう。キットンはあれだし……」
誤解のねえように言っておくが、キットンは別に寝てたわけじゃねえ。
ただ、ベッドの上いっぱいに怪しげな薬草を広げて、自分の世界に浸ってるだけだ。
まあ、パステルを元に戻すためだから、それは仕方ないっちゃ仕方ないことだけどな。
「んじゃ、俺あっちでこいつ寝かしつけてくるわ」
「頼んだぞ。……泣かすなよ」
「わあってるって」
ひらひらと手を振ると、パステルも真似をしてにこにこと手を振った。
けど、やっぱり何つーか……俺と比べて、クレイにはよそよそしいっつーか……
子供に好かれそうなのは、どっちかっつーとクレイの方だと思ってたんだけどな。
頭をひねりつつ、女部屋のドアを開けた。
普通サイズのベッドが一つ。普段、あいつはルーミィとシロと一緒に、このベッドで寝てるわけだが……
……今日は、俺とパステルで一緒に寝ろ、と。つまりは、そういうことだよな?
ぎゅっと俺の首にしがみつくパステルの目は、既にかなりとろんとしている。
……し、仕方ねえよな、うん。別にやましいことは何にも考えてねえからな!
自分に言い聞かせて、俺はベッドにもぐりこんだ。
何だかんだで俺も相当疲れてたんだと思う。
パステルを寝かしつけてるうちに、気が付いたら自分が眠り込んでたからな。
まあ今日は色々と精神的にも肉体的にも酷使したからな。それはしょうがねえ。
と自分に言い聞かせ、睡魔に素直に身を委ねる。
それから、どれくらい時間が過ぎたのやら。
わからねえ。普段の俺なら、一度寝たら滅多なことじゃ起きねえからな。
それなのに、今目が覚めたのは……やっぱり、そこにいたのがあいつだから、か?
……ひっく、ひっく……
耳元で響くしゃくりあげるような声に、目を開ける。
部屋の中は真っ暗だ。どう見ても真夜中。普段の俺なら、夢の中にいる時間。
……ひっく、ひっく……
規則正しく響く声。
そっと身を起こして明かりをつける。
「どした?」
声をかけると、小さな人影が、ゆっくりを顔をあげた。
まあ言うまでもねえが……パステル。
小さな身体を丸めるようにして、彼女は、泣いていた。
「お兄ちゃん……」
「どーした。怖い夢でも見たんか?」
ひょい、とその身体を抱き上げると、パステルは、俺の首にしがみついて、わんわん泣き喚きながら言った。
「お兄ちゃん……お父さんは? お母さんは……? ここ、どこ? わたし、帰りたい。おうちに帰りたい……どうして、お父さんとお母さん、わたしを置いていったの……?」
「…………」
理解できねえだろう、と思ったから。パステルには、事情を告げていない。
俺達がどうして一緒にいるのか、そういったことを何も説明してねえ。
ただ、「おめえの親からしばらく世話してやってくれと頼まれた」という説明しかしてねえ。
それで納得したと思ってた。「すぐに家に帰れる」と言ったら、それ以上しつこく聞こうとはしなかった。
けど……やっぱり、それはどこか無理のある説明だったんだろう。
どこがどう、とは言えなくても。パステル自身、きっとどこか不安に思っていたんだろう。
クレイ達に気を許さなかったのも、多分それが原因だ。
不安だから。本当に気を許していいのかわからなかったから。
「……パステル、父ちゃんと母ちゃんのこと、好きか?」
「うん」
俺の質問に、パステルは即答した。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも微笑んだ。
「大好きだよ。お父さんもお母さんもやさしくって、いつも笑ってるから。大好き」
「……そっか」
可愛がられて育ったんだ、ということがわかる。
10年後に、親と死別するなんて知ったら……こいつは、どんな反応をするんだろうな?
会わせてやれるもんなら、会わせてやりたい。
けど、それはできねえから。……だから、せめて俺にできることを。
ぎゅっ、と小さな身体を抱きしめる。
「お兄ちゃん……?」
「多分な、おめえの父ちゃんも母ちゃんも、おめえのことすげえ大好きで、すげえ大事にしてると思うぜ?」
「大好き?」
「ああ。でもな、大好きだからって、ずーっと一緒にいれるとは限らねえんだ。おめえの父ちゃんと母ちゃんはな、今、すげえ大事な用事があって、おめえのことを一生懸命考えて、それで俺達に預けていったんだ」
「わたしのため……?」
「そうだ。おめえのことが大事だから、怪我させたりしたくねえから、しばらく離れることにしたんだ。だからな、泣くな。泣いちゃいけねえ。おめえを泣かせるために、置いていったんじゃねえんだぞ?」
「……よく、わかんない」
言葉の意味が理解できなかったわけじゃねえだろうが、パステルはそう言って目を伏せた。
多分、感情が追いついてねえんだろうな。大切だからこそ、身を引く……そんな気持ち、果たして17歳のあいつにだって理解できるかどうか。
じいっとその目を覗き込む。
「今はわかんなくてもな、そのうちわかるようになるさ……大切なのはな、父ちゃんも母ちゃんも、そして俺達も、みんながおめえを大事に思ってるってことだよ」
「……大事?」
「そう。おめえは、俺達のこと、嫌いか?」
「ううん」
俺の言葉に、パステルはぶんぶんと首を振った。
「お兄ちゃんも、お兄ちゃんのお友達も、好き」
「……そっか」
何とも言えねえ、じんわりと暖かい気持ちが胸に広がる。
何だかなあ……今までの自分が、何となくすげえ汚れてたような気がして……
大好きな相手だからこそ、相手のことを一番に考えて。
俺、今まで……パステルの気持ち、考えてやったこと、あったか?
キスしたときも、押し倒したときも……あいつがどう思ってるかなんて、考えたこと、あったか?
いっつも欲望にまかせて動いて……それであいつがどう感じてるかなんて、考えようともしねえで。
……いかん、罪悪感に押しつぶされそうだ。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
いきなり黙り込んだ俺に、パステルが不安そうに声をかけてくる。
そして。
「……!!?」
ちょん、と唇に触れた柔らかい感触。
顔をあげると、パステルが、「えへへ」と小さな笑いを漏らしていた。
「あのね、お母さんに聞いたんだ。大好きな人には、こうするんだよって」
「……大好き?」
「お兄ちゃんのこと、大好き。お父さんの次に優しいから」
「優しいか……俺?」
「うん」
じいっ、と俺を見上げて、パステルは言った。
「お兄ちゃんは、わたしのこと、嫌い?」
「……いや」
ひょい、とその身体を抱き上げる。視線を合わせて、顔を近づける。
その小さな唇にかすめるようなキスをして、笑顔で言った。
「大好きだぜ」
いっそ本当にパステルを育てるか。
本気でそんなことを考えてたんだが、俺のもくろみは、翌朝、早くも崩壊することになる。
「やりましたよトラップ! できました! 理論上、この薬を飲めばパステルは元に戻るはずです!!」
バタンッ!!
けたたましい声とともに、ドアが開く。
昨夜寝たのが遅かっただけに、その声は、堪えた。
「キットン……てめえ、今、何時だと……」
「何言ってるんですか、早く作れって言ったのはトラップ、あなたでしょう!? ああ眠い。私はもう寝ますからね。薬、確かに渡しましたよ!!」
ぎゃんぎゃんと一方的にわめいて机の上にびんを置くと、さっさと部屋を出て行く。
いつものあいつなら、効果を目で確かめていきそうなもんだが……元気そうに見えて、徹夜が堪えてんのかもしれねえな……
大あくびをして身を起こす。俺の動きに合わせて、横で寝ていたパステルが、もぞもぞと身動きした。
「起きたかあ?」
「……おはよう、お兄ちゃん……」
ぼーっとした顔で起き上がる。その顔は、かなり眠そうだった。
まあな。子供には、ちっときついだろうなあ……
何だか、このままでもいいんじゃねえか、と半ば本気で考えてたんだが。
いざ薬が目の前にあると、やっぱり元のパステルに戻って欲しい、と思う。
何より、これ以上4歳のパステルに、両親のことで嘘を突き通すのは……やっぱ、辛い。
10年後、死に別れることがわかってるからこそ、余計に辛い。
あいつは普段そんなことおくびにも出さねえけど……心の中では、多分苦しんでんだろうな。
元に戻ったら、話を聞いてやろう。
ちゃんと話を聞いて、どうしたいのか聞いて。俺のことを好きなのか聞いて。
キスするのも押し倒すのも抱くのも、とりあえずはそれからにしよう。
そう心に誓って、薬を取り上げる。
若返りの薬と見た目はよく似ている、中に気泡が浮いた無色透明の液体。
「ほら、パステル。ジュースだぞ。飲むか?」
「ジュース? 飲んでいいの?」
「ああ」
こぽこぽと、昨日から置きっぱなしになっていたコップに注ぐ。
差し出すと、パステルは満面の笑みを浮かべて、受け取った。
ああ、これで、このパステルも見納めか……
感慨深い思いで小さな身体を見つめる。
ごくん、とパステルが液体を飲み干したとき。
小さくなったときと同じように、ぼうんっ!! という妙な音が、響いた。
……始まったか!!
パステルの目が、まん丸になる。みるみるうちに、その身体が成長していく。
背が伸びて、手足が伸びて。顔立ちが大人びていって、胸が……
「……おいっ……?」
そういや、服。ブラウス一枚しか着せてねえから、今元に戻したら、ちっとまずいかも……
そんなことを考えていられたのは、最初だけだった。
胸が膨らむ。腰がくびれる。みるみるうちに、パステルは成長して……
「…………おいっ!!!?」
くたっ
腰が抜けた。
パステルはパステルで、そんな俺を、不思議そうに見つめていて……
そして、俺の視線を辿って、大悲鳴をあげた。
「きゃあああああああああああああああああああああ!!? な、何なのこれっ!? 何、何が起きたのー!!?」
目の前のパステル。
年の頃ならおそらく25歳前後。
大人びた顔立ち、豊満な胸、きゅっとくびれたウエスト、すんなり伸びた手足。
そう、それは……普段俺が多用している「幼児体型」という言葉が全く当てはまらない、それはそれは色っぽい姉ちゃんで……
顔が真っ赤になるのがわかった。一瞬で反応した自分自身を恨めしく思いながら、慌てて目をそらす。
き……キットンの奴っ……
ぷつんっ、という音がして、頭に何かが当たった。
手でぶつかってきたものをキャッチすると、ブラウスのボタンだった。
…………
おそるおそる振り返る。胸元のボタンが弾けたブラウスを見て、パステルが、真っ赤になってうずくまっていた。
まさか。
まさか、25歳(くれえか?)になったら……パステルは、こうなる……ってのか?
いや、まさか。まさか……な……
ってんなこと気にしてる場合じゃなくて!!
「くおらキットン!! てめえなあ!! 何とかしろ、この事態を何とかしろー!!」
このまま同じ部屋にいたら、理性が絶対飛ぶ。
そう確信して、俺は部屋を飛び出した。
結局、薬の配合がどうのこうので。
それからしばらく若返りと成長を繰り返し、どうにかパステルが元の姿に落ち着いたのは、実に3日後のことだった。
全く、元に戻るまでの長かったこと……
「ご、ごめんね、トラップ。何だか、随分お世話になったみたいで」
ようやく見慣れた17歳の姿に戻ったパステルが、神妙に頭を下げる。
ちなみに、今も部屋で二人っきり。クレイとルーミィとシロが散歩。キットンは、ここのところ薬を作るためにろくに寝てないとかで、隣の部屋で高いびきをかいている。
「いや、まあそれなりに楽しかったしな」
いいもんも色々見せてもらったし、とはさすがに言えなかったが。
聞いてみると、若返ってる間の記憶も、しっかり残っているらしい。俺がそう言うと、
「うん、わたしも、楽しかった。トラップ、きっといいお父さんになれるよ」
そう言って笑われた。まあな、自分でもちっとそう思う。
もっとも、自分の子供……心から大切な奴にだけ、だろうけどな。
「そういやさ、おめえ……」
部屋に二人っきり。以前なら、喜んで手を出したところだが。
今回のことでちっとばかり反省したので、今日は大人しくしておくことにする。
「ん? 何?」
「いんや。子供のおめえ、俺には懐いたけど、クレイやキットンには最後まで懐かなかったな、と思ってな」
それって、おめえの一番好きな男は俺ってことでいいんだよな?
本当はそう聞きたかったが、わざとそこで口をつぐむ。
パステルがどう答えるか。楽しみなような、怖いような。
じーっとその目をのぞきこむと、パステルは首をかしげて言った。
「そう言えば、何でだろうね? キットンはともかく、クレイって、あんなに優しそうなのにね」
「…………」
何だそのひっかかる言い方は。どうせ俺は優しそうには見えねえよ。
密かにすねていると、パステルは、ぽすん、と俺の肩に頭をもたれかけて、言った。
「直感的にわかったからじゃない? わたしのことを、一番大切に考えてくれるのは誰かってこと」
「…………」
なるほど。……まあ、その答えで満足してやるか。
ぐっ、とその肩を抱き寄せる。そのまま、二人でぼんやりと時間を過ごす。
今は、こうして一緒にいるだけで幸せだから。
焦ることは、ねえんじゃねえの?
ひょい、と目を向けると、パステルの視線と、ばっちりからみあう。
笑いかけてやると、パステルは、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。
完結です。
ああ、何と言うか……エロ少ないしトラップ暴走してるし(汗
ごめんなさい。次はもっといい作品書けるようがんばります……
トラパス作者様、いつもいつもお疲れです。
>ALL
業務連絡。
当方の保管庫の、このスレのSSの置き場が、
「ライトノベルの部屋」から「ライトノベルの部屋その2」に移動しました。
エロ少ないのはいつもの事なんだしそれは今更言わなくてもいいんじゃない?
毎日毎日本当にお疲れ様。支持者はたくさんいるんだからもっと自信を持ってもいいんじゃないかと思うよ。
新作拝見いたしました。
ブラウスのボタンがはじけ飛ぶパステル…ハァハァ
トラップの若さゆえの妄想もよかったっす。
ただの子供がえりの話に終わってないところがすごいですね。
トラップがちょっと大人の考えができるようになるところとか。
本当にすごいです…バイトやゼミとかいう話もされてますが、
いったいいつ執筆されているのか…
欲を言えばもっとセクスィパステル見たかったかも。
いつか彼女が再登場することを願いつつ…
子供パステルに翻弄されているトラップが可愛いです…。
ほくほくです。ありがとうございます。
クレパス短編書きました。
海が舞台です。お茶請けにどうぞ。
さっきまでの西日はゆっくりと姿を消していって、
それを追うようにに薄い三日月が沈もうとしていた。
お風呂に入りたいな。
そう言ったパステルの唇を塞いで、抱きしめて、染み付いた海の香りを吸う。
首筋に塩の結晶が付いていて、それを舐めとると彼女は少しだけ身じろぎした。
「ちょ…ちょちょ…ちょっと待って、ほんとに、お風呂…」
「…駄目。もう待てない」
羽織っていた薄いパーカーを脱がせて、水着の肩紐を引っ張った。
首の後ろでリボンに結ばれているそれはいともたやすく解ける。
「…海の味がする」
「え?」
「パステルの身体」
「そ、そんなこと言ったら…クレイだってするわよ」
「そうなのかな?」
「そうだよ」
胸に暖かい感触…
パステルの舌がおれの胸を這っていた。
「う…」
「ほら…、しょっぱい」
小さくて、可愛い耳が見える。
その耳にかけられた、濡れた髪の毛。
指が、腕がおれの背中に回されたので、おれもパステルの背中の紐を解く。
乾いた音を立てて、水着が床に落ちた。
「あっ。…取った」
「取っちゃった」
「…」
「駄目?」
「駄目じゃ、ないけど」
「けど?」
「けど」
言いながら、彼女の指がおれの背中を降りて、水着の中へ差し入れられる。
「…仕返ししちゃうもん」
既に膨張していたおれの欲望を包み込んで、パステルはしゃがみこんだ…
書き逃げのつもりでしたが、
ちょっとだけ続きを書いてみました。
トラパス作者さん、サンマルナナさんの後で恐縮ですが。
タイトル無いと不便なので「トラパス キスキン国 if編」にします。
夢じゃねぇよな。
今おれがパステルを抱きしめてることとか。
こんな都合のいい夢なら、一生このままでもいいけどよ。
でも、確かめなけりゃ、嘘になっちまうような気がして。
「いいんだな?……ギアのことは」
その名前を出した瞬間、パステルの肩がびくっと強張るのがわかった。
ギアへのコンプレックス。
つまんねぇ感情だけど、 簡単には消えねえ。
あいつみたい愛し方なんて、おれには一生かかってもできねぇと思う。
おれにはおれのやり方しか、できねぇから。
答えを待ちきれなくて、つい口から出た言葉。
「後悔しねぇのか?」
すっとパステルの身体が離れる。
おれを見上げた目には、驚くほどの強い力があった。
迷いなんか微塵もねえ。
片手を胸に当て、怒りさえ含んだ声で。
「わたしを、トラップのものにするんでしょ?」
痛ぇぐらいに切ない表情が、おれの心を刺した。
同時に、場違いな感想だとはわかってるけど……すげぇ、綺麗だと思った。
それは、初めて見る大人の女の顔だったから。
わずかに目を伏せ、ためらった後、パステルは言った。
「だったら。全部、トラップのものにしてよ」
意味わかってるのかよ、とおれが言うより早く、再び胸に飛び込んでくる。
「わたしだって……意味ぐらい、わかってるつもりだよ」
パステルの手を取って、暗い階段を昇った。
どこをどう行けば、パステルの客室があるのかは何となくわかる。
そう、いつもこうやって手をひいていた。
おれがいないと、こいつはすぐ迷子になっちまうから。
探し出すのもいつもおれの役目だった。迷い疲れて心細そうな表情とか、つないだ手を握り返す強さとか、そんな小さな一つ一つのことの繰り返し。
でも、こいつがいねぇと、自分を見失いそうになっちまうのはおれ自身だって気づいたのは、いつからだろな。
大きな窓からは、夕闇を照らす中庭の灯火が揺れるのが見えた。
後ろ手に扉を閉めると、パステルを引き寄せて軽くキスする。
「まだ、ちゃんと言ってなかったよな。
パステル、いつからかわかんねぇけど、多分ずっと前から……好きだぜ」
その言葉に、ぼろぼろ涙こぼしながらもパステルは何度か頷いた後、初めて笑顔を見せた。
「わたしも、ずっと、ずっと、好きだったよ」
それが、確認と同時に、始まりだった。
再び口付ける。今度は深く。
パステルは少し戸惑ってたけど、ぎこちなくおれの動きに応えてくる。
強く吸い上げた途端に、力が抜けて崩れそうになるのを抱きとめた。
「暗いままがいい」と、灯りも付けねぇ部屋で、パステルは自分でドレスを脱ぎ捨てた。
おれが脱がせたかった、なんてセコい失望は白い素肌を目にした瞬間に吹っ飛んでいた。
肩から胸…腰にかけての細く柔らかい曲線に、しばらく、ぼーっと見とれてた。
女の身体ってのは、こんなにキレイなもんなのかよ。
「ごめんね、子供っぽい身体で」
おれの視線を感じてか、パステルが恥かしそうにうつむく。
「ばーか。十分に刺激的、だぜ?」
薄暗い中でもわかるぐらい、パステルは耳まで真っ赤になっていた。
大人二人が寝ても広々とした豪奢なベッドに横たえる。
白いシーツに、金の髪がゆるやかに広がった。
首筋に唇を這わせ、片手を胸元に伸ばす。
些細な動きにも、びくっと震えるパステル。両目はぎゅっと閉じられている。
本当にウソのつけねぇ奴。
何も言わなくても、不安が手に取るように伝わってくる。
初めてなのか?なんて聞くまでもねぇ。
奥手に超が付くようなこいつが、よくも自分から男を誘うようなセリフを言えたもんだ。
下手に言葉を選ぶよりも、空いた手をパステルの手に重ねた。
「心配すんな」
耳元に一言囁いて、指を絡め合わせると、ふっと表情が和らぐ。
「トラップ……」
柔らけぇ耳朶に軽く歯を立てると、初めて甘い吐息が洩れた。
こんな感じかなぁ。
これじゃ中途半端なんで、できれば続きも書こうと思ってます〜
だいぶ根暗なトラップでスマソ。別人ですね。
ひょえー。リアルで読ませていただきました。嬉しい…
頑張ってるパステルが可愛いです。ご馳走様です。
117 :
名無しさん@ピンキー:03/10/28 01:32 ID:XQvTg6mx
子供帰り編パステルバージョン、ほのぼのしてて良かったです。
俺も4〜7歳の甥と姪がいるのでこの作品とかさなる所がありました!
いやーホント面白かったです。
307さんも続き、来ましたね、ここまでエロ押さえ気味だけど
次から凄くなる予感!
389さんも題名を付けてまた来てくれましたか
ありがとうございます、そしてこれからもヨロシク!
続き楽しみにしてます。
>でも、こいつがいねぇと〜 ってくだり、最高です!萌死ぬかと思いました(*´д`)
是非とも続きお願いします!!
いつもROMってたけどちょっと書き込み。
前スレ389さん、GJでした!
なんか読んでたら思わずにやけてしまいそうになったわ…。
自分は
> 探し出すのもいつもおれの役目だった。迷い疲れて心細そうな表情とか、つないだ手を握り返す強さとか、そんな小さな一つ一つのことの繰り返し。
とかの表現がなんかキタ・・・。随所随所の言葉選びが上手いと思います。
ぜひ続きキボン!!
サンマルナナさん
>パステルの舌がおれの胸を這っていた
なんですか!この描写は!!
ハァハァしすぎますよw
さりげない描写なんだけど、エロティックで続きが気になりまくります。
トラパス作者さん
ちょっと前の悲恋ものは、もっと恋自体実らずに終わるものかと思っていましたので
私的にはちょっと悲しい恋愛ものという感じでした。
ダークな作品も好きな人はいっぱいいると思いますし、期待していてもいいのかな?
前スレ389さん
またまたキター(・∀・)−!!
パステルが可愛いよ・・・!
感想くださった方々、ありがとうございます。
明るい原作の雰囲気を大事にした作品を心がけてみました。
で……こういう作品の後で発表するのは、どうかと思ったんですが。
次、何を書こうか大分迷ったんですけど。
一部リクエストしてくださる方がいたので、パラレル悲恋シリーズの2、いきます。
要注意!!!
・この作品はパラレルです。世界観は現代、トラップが18歳、パステルが17歳という設定です。
・作品傾向は相当にダーク、及び倫理的にかなり問題のある作品です。
・ちなみにレイプものです。
↑
こういう作品が嫌いな人は今回はスルーでお願いします。
人によってはかなりの嫌悪感、不快感を感じる作品だと思いますので
よろしくお願いします。
いつからあいつを「女」として意識しだしたのか。
小さいときからずっと一緒に過ごしてきて、どうして今更こんな思いを抱く羽目になったのか。
まわりに他に女がいなかったわけじゃねえし、自分で言うのも何だが、特別女に不自由していたわけでもねえ。
それでも、気が付いたらあいつの姿しか目に入らなくなっていた。
……バカか? 俺は。
決して実らない恋心なんか抱いて……何になる?
自分にそう言い聞かせても、募る思いを抑えることはできなかった。
あいつの無邪気な笑顔、無防備な身体、その全てが、俺の欲情をどうしようもなく煽って、そのたびに罪悪感に押しつぶされそうになる。
……好きになっちまったもんは、しょうがねえ。
だから、せめて……気づかれるな。
こんな思いを抱いてるってことを、あいつにも、他の誰にも、気づかれるな。
きっと誰にもわかってもらえない。この思いを理解してくれる奴なんか、誰もいねえだろうから。
他人の話を聞いただけなら、俺だって理解できなかっただろうから。
「トラップ」
ドキン
たった今、考えていた相手から声をかけられて、俺は内心とびあがりそうなほど驚いた。
落ち着け、焦るな、平静を装え。
内容なんざちっとも頭に入ってねえ本から目を離さずに、生返事だけを返す。
「お風呂、あいたよー。お掃除したいから、早く入っちゃってね」
「……ああ」
それだけ言うと、パステルは居間から出て行った。軽快に階段を上っていく音。どうやら、自分の部屋に戻ったらしい。
微かに香る、湯上りのあいつの匂い。
パステル。
俺がどれだけ愛しても、決して結ばれることの無い相手。
単身赴任することになった親父に母ちゃんがついていって、この家で二人だけで暮らすことになって。
多分、それが俺の思いを増長させたんだ、と思うが……
けど、どうしようもなかった。俺もパステルもまだ高校生で、それも同じ学校の生徒で、どちらかが一人暮らしをするには無理があったし、どちらかだけが親父達についていくわけにもいかなかった。
かと言って、俺はもう高校三年生で、今更学校を転校するくらいなら、と、親父達はあっさりと二人暮らしを許可してくれた。
俺の思いに気づかなかった両親を、鈍いと責めることはできねえ。
気づかなくたって無理はねえ。誰だって、思わねえだろう。
……実の妹を、愛してしまったなんて……
俺とパステルは年子で生まれた。俺にはクレイという幼馴染がいて、パステルにはマリーナという幼馴染がいて、小さい頃はよく四人で遊んだもんだ。
「おにいちゃん」と俺の後をついてまわるパステルのことを本当に大切に思っていたし、守ってやりたいと思っていた。喧嘩だって何度もしたが、どれも長続きはしなかった。気が付いたらどっちかが謝っていて、謝られた方は許さざるをえない。
そう、俺達は仲のいい兄妹だった。最初は本当にそうだった。
歯車が狂ったのは、中学の頃。クレイとマリーナが付き合い始めた頃、だろう。
クレイは俺から見ても、嫌味なくらい完璧な男だった。美形で優しくて頭が良くて運動神経もいい、それだけの素質を兼ね備えながら、誰からも嫉まれることのねえ、そんな男。
マリーナは、女が憧れる要素を全て持ってる女だった。美人でスタイルがよくて、頭が切れてそのくせそれを鼻にかけるような真似を絶対にしねえ。同性にも好かれ、異性にはもっと好かれる、そんな女。
どこから見てもお似合いの二人だった。俺は素直に祝福したし、二人がお互いを意識していることはそれこそ小さい頃から知っていたから、「やっとくっついたか」という思いの方が強かった。
けど、パステルは違った。
「わたし達、付き合うことになったから」
そうマリーナに言われたとき、口では「おめでとう」と言っていたが、その表情が複雑にゆがんでいることを、俺は見逃さなかった。
……そうか。こいつは、クレイのことが好きだったんだな。
ぼんやりとそんなことを思う。
気づいてなかったわけじゃねえが、あえて意識するのを避けていた。パステルが他の男を好きになる。それは、年頃になったら当たり前のように起こることだ。
そう気づいたとき、胸を締め付けるような苦しみを味わった。
そのとき、確か俺は14歳だったか。中学二年くらいだったと思う。
それから4年。
あのとき感じた思いは、消えることなく、成長し続けている。
俺の理性を食いつぶすようにして。
パステルが俺のことを「お兄ちゃん」と呼ばなくなったのは、それからだった。
どういう心境の変化があったのかはわからねえ。もしかしたら、意味なんかねえのかもしれねえな。
いつかそれを聞いてみたことがある。「トラップ」と呼び捨てにされることが嫌だったわけじゃねえ。むしろ嬉しかったが。
まさかこいつも俺を男と意識してくれているのか、そんな妄想さえ抱いて聞いてみたとき、あいつはあっけらかんと言った。
「マリーナに言われたの。わたし達は、いつまでも子供じゃないんだから、って。『お兄ちゃん』って、何だか子供っぽいじゃない」
……子供っぽい、ね。
そんなことを言う年になったんだな、と思う。そのときパステルは13歳、中学一年生。
恋だの愛だのに一番興味のあるお年頃、って奴か。
昔は一緒に風呂に入ったり一緒に寝たりしてたのに。
今、俺がんなことを言い出した日には、最低呼ばわりされるだろうな。
一度、洗面所に行って、風呂上りにバスタオル一枚巻いただけのあいつと鉢合わせをしたことがある。
気が付いたら胸も膨らんで、すっかり女っぽくなったあいつの身体に、一瞬反応しそうになった自分を呪いながら、「あ、わりい」なんて軽い言葉を吐いてたが。
「ば、バカー!! エッチ、最低、お風呂入ってるんだから来ないでよー!!」
あいつは、真っ赤になって即座に風呂場に舞い戻っていったっけ。
「ばあか、んな幼児体型誰が見るかっつーの。そんな台詞はもっと成長してから言えよなあ」
いつもの調子を崩さねえように。
俺はそれだけを気にして、さっさと自分の部屋に戻っていったが。
その後、部屋の中で俺が何してたかを知ったら……パステルは、軽蔑するだろうな。
そうだよ、パステル。その通りだ。
俺達は、いつまでも子供じゃねえ。
おめえは成長して「女」の匂いを漂わせるようになって、俺だって「男」として、色んな欲望を抱くようになって。
そんなこと、おめえは気づいちゃいねえんだろうけど……
湯上りの姿、パジャマ姿、寝ぼけた顔、キャミソール一枚という薄着姿、下着をつけてねえ姿……
おめえが無防備な姿をさらしていることが、自分の身を危険にさらしてるなんて、気づいちゃいねえんだろうけど。
そんな姿を見るたびに、俺がどんなあさましい妄想を抱いてるか知ったら、おめえは何て言うだろうな?
それを考えると、怖くなる。
パステルに嫌われる、軽蔑される。それだけは、どうしたって避けたい。
そのためにも……この思い、絶対に気づかれちゃいけねえ。
早く時が過ぎるのを祈るばかりだ。高校を卒業したら、多分順当に大学に行くことになるだろう。
幸い成績は悪くなかったし、志望の大学には問題なく入れる、と太鼓判を押してもらっている。
大学生になりゃ、一人暮らしをすることになるだろう。離れて暮らせば、きっと思いも冷める。
それまで……待つしかねえか。
季節が夏から秋に移動する、という時期。
全てが変わったのは、そんなときだった。
普段、家事の類は一切パステルがやっている。
あいつは鈍くさいが、料理はうまい。母親に負けねえものを作れるのは、なかなか大したもんだと思ってる。
まあそれはともかく、だ。
普段なら、夕食を作る時間。パステルは、居間に座ってぼんやりとしていた。
「おい、パステル」
声をかけると、びくり、と肩を震わせて振り向いた。
「と、トラップ。何か用?」
「『何か用』じゃねえよ。あのさ、俺腹へってんだけど。飯は?」
「え? あ、ご、ごめんごめーん。今作るねっ!!」
あたふたとソファから立ち上がる。その姿は、あからさまに怪しい。
「何かあったんか?」
「え? な、何でもない何でもない。あ、あのね、夕ご飯、何が食べたい?」
「……そだな……」
考える振りをしながら、パステルの背後にまわりこむ。
そして……
ばっ、その腕をつかみあげた。その手に握られているのは、一通の手紙。
「や! ちょ、ちょっと、見ないで、見ないでってば!!」
封筒ごと取り上げられてパステルがばたばたともがくが、こいつ程度の動きに負けるほど俺は鈍くねえ。
がしっ、と両手首まとめてつかみあげて、片手だけで手紙を開く。
「あんだ、これ?」
中身を見た瞬間、即座に内容を理解したが……俺は聞かずにはいられなかった。
「ば、バカバカー!! もう、人の手紙、勝手に読まないでよー!!」
「ばあか、見られたくねえならこんなところで読んでんじゃねえよ」
――付き合って欲しい――
ごちゃごちゃと書かれた内容。それは、要約すればその一言で収まる。
……ラブレター……
ぽん、と真っ赤になったパステルの頭に手紙を乗せる。
そうか……こいつも、そんなもんをもらうようになったんだな。
パステルは、可愛い顔をしていると思う。いつも一緒にいたマリーナが美人だったから、本人は何のとりえもねえと自分を卑下していたが……兄の欲目を差し引いても、普通よりは上程度の容姿はしている。
何より、気立てがいい。今時の女にしては珍しくスレたところがなくて、素直で、真面目で。
男が「守ってやりたいと思う女」、それがパステルだと、思ってる。
……いつか、こんな日が来るとわかっていた。
パステルみてえな女が好きだ、っつー男はいくらでもいる。
わかってたことなんだ……ショックを受けて、どうする。
ふくれっつらをするパステルにでこぴんをかまして、ソファに腰掛ける。
声が震えねえように細心の注意を払いながら、何でもねえような顔をして聞く。
「ラブレターもらったんだろ? よかったな。おめえみてえな幼児体型を好きだっつー物好きがいて」
「よよよ幼児体型!?」
さりげなく胸が小さいことを気にしていたらしい。パステルは、それこそ頭から湯気が出そうな勢いで怒っている。
それでいい。冷静な目で見られたら、動揺を見抜かれるかもしれねえから。
「幼児体型を幼児体型っつって何が悪いんだよ。んで? 相手の男誰だ。同じ学校の奴だろ? 俺の知ってる相手か?」
テレビのリモコンをつかむ手が微かに震えていることに、自分で気づいた。
知ってどうする。相手を知って……「妹をよろしく」と頼みに行くってのか?
まさか。顔を見たら殴りかかるかもしれねえ。この激しい嫉妬に負けて。
「……知ってると思うよ、トラップも」
せめて、俺の知らねえ相手だったら。殴りたくてもどこに住んでるのかもわからねえ相手だったら、という願いは、あっさりと打ち砕かれた。
「誰だ?」
「……ギア先生」
返された言葉に凍りつく。
ギア・リンゼイ。パステルの担任教師。
専門は体育で、俺も何度か受け持ってもらったことがある。
男には厳しいが、女にはそれなりに優しい、ありがちな教師だった。
背が高くて美形で、それもクレイみてえな優しそうな美形とは違って、鋭い、冷たい美形と言えばいいのか。
男からの評判ははなはだ悪いが、女の評判はごく一部ではすごいもんがある。そんな教師。
「……そっか。あいつにロリコンの気があったとは知らなかった」
「な、何よーその言い方!!」
「教師と生徒なんてそんなもんだろーが。年の差考えたら」
「ギア先生はまだ20代よ!!」
ふん、と鼻を鳴らして、パステルはきびすを返した。
多分、夕食の準備をするつもりなんだろう。
台所に消えるパステルの後姿に声をかける。
「んで、おめえ、付き合うつもりなんか?」
ぱちん、とテレビをつける。画面では、名前も知らねえ芸人が何かを言って客を笑わせていた。
全神経はパステルの方に集中しちまって、言ってる内容なんかかけらも理解できなかったが。
「まだ……考え中」
「好きなのか、ギアのこと」
「好きだよ」
あっさり言われた言葉に、俺の中で、何かが確実に壊れた。
「そうか」
「だけど、教師と生徒って……よくないんじゃないかな、と思って。ねえ、どうすればいいと思う?」
知られたもんはしょうがねえと割り切ったのか、パステルは、あっけらかんとそう聞いてきた。
俺に聞くのか、それを。
それで俺が「やめとけ」と言えば、おめえはやめるのか?
その程度の思いなのか?
「おめえはどうなんだよ。嫌なのか?」
「ううん……う、嬉しかったよ。だって、ギア先生、すごくかっこいいじゃない」
「……そうか」
立ち上がる。つけたことに何の意味もなかったテレビを消して、階段へ向かう。
「なら、いいんじゃねえの? 好きなら、立場なんか関係ねえだろ?」
立場。
それは、多分に自虐的な言葉。
ギアはいい。教師と生徒なんて、時間が解決してくれる程度の問題だ。
俺とパステルの立場は変わらねえ。どれだけ時が過ぎても。
パステルの返事を聞かずに、自分の部屋にこもる。
こんな顔、あいつには見られたくねえから。
嫉妬でゆがんだ顔なんて。
それからあいつがどうしたのか、何を言ったのか。
わからねえ。いつの間にか、季節は秋に変わっていた。
そろそろ受験勉強も本格的にやらなきゃなんねえ時期。推薦をやめて一般入試に絞ったことをちっとばかり後悔する、そんな時期。
部屋にこもって勉強していれば、パステルと顔を合わせる時間が短くてすむ。その程度の理由で、ひたすら勉強に明け暮れた。
「ギアと付き合ってんのか?」
聞きたくても聞けねえ。答えを聞くのが怖い質問。
パステルの態度はいつもと変わらなかった。いつものように家事をして、学校に行って、たまにはマリーナや学校の友達と遊びに行って。
以前なら、よく「宿題教えて」とか言って部屋に入ってきたが、最近はそれもあまり無い。俺の勉強の邪魔をしねえように、と気を使ってんだろう。
それはありがたかった。顔を見ずにいること、見られずにいること。
後半年。それだけ我慢すれば……俺はパステルから離れることができる。
長いようで、短い時間。
パステルと離れる。それは、俺自身が望んだことのはずなのに。
いざ、その日が近づいてくると、それを実感すると……どうしようもなく気分が荒むのは。
それは、俺がパステルを絶対に諦められねえっていう、証拠なんだろうな……
もともと壊れかけていた理性。
それが完全に崩壊したのは、それから一ヶ月くらいが過ぎたある日。
そろそろ寒くなる時期。勉強に疲れて、何か飲み物でも取ろう、と台所に降り立った深夜一時。
そこでダイニングテーブルに座ったパステルを見て、一瞬回れ右をして部屋にとって帰ろうか迷った。
けど、俺が決心するより早く、パステルが俺に気づいて振り返った。
「あ、トラップ……まだ勉強してたんだ?」
「……ああ」
気づかれたもんは仕方がねえ。ため息をついて、パステルのむかいに座る。
そういや、こいつと向かい合うの、久々だな……
最近は勉強を口実に、飯も自分の部屋で食っていた。「一人でご飯食べても美味しくない」とパステルは文句を言っていたが……そんなことに構ってるほどの余裕があるわけもなく。
そう意識すると、顔を上げていられなくなった。即座に立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
「お腹空いた? 何か作ってあげようか」
「いや、いらね……食ったら眠くなるしな……」
生返事をしながら、中を覗きこむ。
茶と牛乳しか入ってねえ。舌打ちして冷蔵庫を閉じると、パステルが立ち上がった。
「コーヒー入れるよ。ちょっと待っててね」
「あ、おい……」
「いいから、いいから。たまにはね」
ふわり、とシャンプーの香りが微かに漂う。
俺の目の前を通り過ぎて、湯を沸かすためにコンロに向かう。
その瞬間、とびこんできた白い首筋。
自分の目が良かったことを、これほど恨んだことはねえ。
白い首筋にくっきりと残る、赤い痕。
それが何なのかわからねえほど、俺は子供じゃねえ。
「おめえこそ、こんな時間に、こんなとこで何してたんだ?」
声が暗くなるのがわかった。酷く凶暴な衝動が、燃え上がりそうになる。
抑えろ。気づかれるな。
自分をいさめる言葉も、いつもに比べれば弱々しい。
「ん……何だか、眠れなくて。えへへ、そういえば、トラップとこうやって話すの、久しぶりだね」
パステルは鈍い。今まで俺の思いにさっぱり気づかなかったことからもわかるだろうが……かなり、鈍い。
俺の気持ちになど全く気づく様子もなく、嬉しそうな、照れくさそうな、そんな無邪気な笑みを浮かべて、コーヒーを注ぐ。
聞いちゃいけねえ。きっと、もうこれ以上は、駄目だから。
わかっていたのに……、聞かずにはいられなかった。
「ギアと付き合ってんのか」
予告も前振りもなくずばっと切り込むと、パステルは、大きな目をまん丸にして、俺を見つめてきた。
「どうして、わかるの?」
すっかり小さくなった理性を、さらに細かく砕く言葉だった。
――あのね、色々考えたんだけど。
――やっぱり、先生のこと好きだし。その……いいかな、と思って。
――先生もね、わたしが卒業するまで待つ、って言ってくれたし。
――あのね、すごく優しいんだよ。わたし、デートなんてしたことなかったからよくわからないんだけど。
――先生、「俺にまかせておけばいい」って。大人って感じがすると思わない?
耳に届く言葉の羅列。世間一般では、「のろけ」っつーんだろうな。
マグカップをつかむ手が、ぶるぶると震えているのがわかった。
ようするに、パステルはギアとの付き合いをOKして。
そして、今日が何度目かのデートで。
あまりにも素敵な体験だったから、興奮して眠れなかった……
パステルが言ったのは、そんなような内容だ。
誰かに話したくてしょうがなかったの。それくらい、素敵だったから。
けど、誰にも言えないでしょ? 相手が相手だもん。
でも、トラップなら、いいよね。家族だし。
家族だし。
残酷な言葉だった。
言い換えれば、「異性としては全く見ていない」、パステルが言ってるのはそういうことだ。
ぐいっ、と冷めかけたコーヒーを飲み干す。やけに苦い味が、喉を通り過ぎていった。
そのまま立ち上がる。これ以上、こいつの言葉を聞きたくなかったから。
流しにコップを持っていこうとしたとき……パステルは、つぶやいた。
本当に何気なく、そんな口調で。
「ねえ、トラップには、誰か好きな人いないの? わたし、応援するけど」
手からコップが滑り落ちた。
ガシャンッ、と床でガラスが砕ける音。
それは、同時に、俺の理性が砕け散った瞬間でもあった。
「やだっ、大丈夫? 怪我……」
慌てて立ち上がろうとしたパステルの肩をつかむ。
とびこんできたのは、きょとんとしたあいつの顔。
一歩踏み出した瞬間、足の裏がガラスで切れるのがわかったが、その痛みを痛みとも感じられねえ。
つきあげてきた衝動、欲望、本能。その全てに身を委ねて。
俺は、パステルの唇を、強引に奪っていた。
最初、何されてるのか、パステルはわかってねえようだった。
変化が現れたのは、唇をこじ開けて。舌を無理やりからめとったとき。
「ん……んーっ、んんんっ!!」
真っ赤な顔をしてもがく身体を、強引に抱きすくめる。
ずっとこうしたいと思っていた。おめえを自分のものにしたいと。
血まみれの足が床の上で滑る。そのまま、パステルもろともテーブルの上に倒れこんでいた。
がしゃん、という音がして、飾ってあった花瓶が倒れた。広がる水が、あいつのパジャマを濡らして、身体の線を浮き上がらせる。
それは、俺の心を冷やすことはなく、かえって燃え上がらせるだけだったが。
言葉はいらなかったし、何も浮かばなかった。あるのは、ただこうしたいという思いだけ。
「トラップ……やっ……やだっ、何、何なのっ……」
パステルの怯えた目が、俺をとらえる。
それは、ただ俺の激情を煽るだけにすぎねえってことに気づいてねえ、そんな無防備な視線。
無言でパジャマを引き裂いた。ボタンが一気にはじけ飛んで、下着をつけてねえ胸があらわになる。
唇を寄せると、悲鳴のような声をあげて、身をよじってきた。
「やあっ……やだ、トラップ、冗談、だよね? ねえ、ちょっと洒落になってないよ。やめて、やめてってばっ……」
冗談じゃねえよ。
ぐい、と肩を抑えこむ。
その目を覗き込んだとき、あいつの目に走った光は、何だったのか。
嫌悪か、軽蔑か、諦めか、絶望か。
何でもいい。俺のことだけを思ってくれるのなら。
俺以外の男のことを思うくらいなら、例え絶望に染まった瞳でも、俺だけを見ていて欲しい。
もう一度唇をふさぐ。反射的に閉じようとした唇を、無理やり押し開く。
口の中に広がる苦味は、ブラックで飲んだコーヒーの味なのか。
そのまま唇を首筋から肩へと移動させる。そうすると、嫌でも目に飛び込んでくる。
あいつにつけられた、他の男のものだというしるし……
「おめえは、もう寝たのか? ギアと……」
「なっ……」
耳元で囁くと、パステルの身体が強張った。
「何、言ってるのよ……ねえ、やだよ。トラップ……」
「寝たのか?」
否定も肯定もしねえパステルをにらみつける。奥歯をかみしめて、次の言葉を待つ。
俺が怒っていること。本気で嫉妬していることを悟ったのか、パステルの顔が強張った。全身に細かい震えが走る。
「ま、まだ……」
「キスは? 身体、触られたのか?」
「…………」
矢継ぎ早に質問すると、パステルは真っ赤になって視線をそらした。
それが、答えだった。
首筋の赤いマークの上に歯を立てる。いっそ、そのまま食いちぎってやりたい、そんな危険な衝動。
「やっ……痛い、痛いってば! やだっ、もう……もうやめて、や、あ……」
ぐいっ
胸をつかみあげると、声にあえぎと涙が混じり始めた。
全身で必死に俺を拒絶しようと試みて、その全てを封じ込められて。
力じゃ絶対にかなわないことを思い知って、かといって俺がやめるつもりも毛頭無いことを悟って。
そのときあいつが浮かべた表情は、一体何だったのか。
もうどうでもいい。どうせ。
今更、やめるなんてできねえから。
水ではりついたズボンを強引に剥ぎ取る。下着に手をかけると、今度こそ、パステルの唇から悲鳴が漏れた。
うるせえよ。
脚に手をかける。無理やり開かせると、硬く閉じられたそこが、目にとびこんできた。
ここに、いずれ他の男を迎え入れることになる。
それくらいなら……
ろくに愛撫もしてねえ。痛がらせるだけで、快感なんてほとんど与えてねえ。
涙でどろどろに汚れたパステルの顔。その顎に手をかけ、強引に視線をからめる。
「おめえは渡さねえ」
「…………」
「一生、俺だけのもんだ……」
限界寸前まで膨らんだ自分自身をあてがう。
激しい抵抗が返ってきた。まだ誰も貫いてねえ、狭い場所。
そこに力づくで押し入る。
相当に痛いんだろう。繋がった瞬間、パステルが漏らしたのは、悲鳴。
そして。
「……おにいちゃん!!」
耳に届いた意味を成す言葉は、それが最後だった。
無理やり貫いて、無理やり動いて、無理やり欲望を放出して。
一度はそれで収まったものの、欲望は尽きることはなくて。
そうして何度パステルを抱いたのかはわからねえ。やっと我に返ったとき、時計の針は、既に4時に近かった。
ずるり、と血と精液にまみれたモノを引き抜く。徐々に冷静になってきて初めて、自分の足がずたずたになっていることに気づいた。
「……パステル」
床の上も、テーブルの上も、パステルの身体も俺の身体も。
赤と白と透明な液体でどろどろに汚れた、酷く凄惨で淫靡な場所で。
パステルは、大の字に身体を広げたまま。ぴくりとも動かなかった。
「パステル?」
いくら呼びかけても、揺さぶっても。
返ってくるのは、うつろな視線だけだった。
時が流れる。
5月3日。それは俺の誕生日でもある。
高校を卒業して、俺は結局、今の家から通える距離の近場の大学を選んだ。
もっと上のところも狙えるぞ、と教師全員、親からも薦められたが、俺は断固としてそこにしか行かねえと言い張った。
「こんなになったパステルを、一人で放っておけるわけねえだろ?」
そう言うと、両親は納得したみてえだった。
「パステル」
部屋をノックする。ドアから顔を覗かせると、パステルは、ふわり、と花のような微笑を浮かべて振り返った。
「トラップ。大学は?」
「ばあか、もうゴールデンウィークだから休み。飯、できたぜ。食うか?」
「うん」
微笑むパステルの笑顔は、以前と何も変わってねえ。
だが、今のパステルには、ここ半年ほどの記憶しかねえ。
あの日。俺がパステルを欲望の赴くまま犯したあの日。
パステルは、完全に心を閉ざしてしまった。
実の兄とつながったという罪悪感なのか、現実を否定したいという逃避なのか、それはわからねえ。
だが、目を覚ましたとき、あいつは俺の顔を見て言った。
「あなたは、誰?」
自分の名前はパステル。覚えているのはそれだけ。
俺が誰なのか、マリーナのことも、クレイのこともギアのことも学校のことも自分に起こったことも。
何もかも忘れて、穏やかな顔で、あいつは言った。
「ここ、どこ?」
事故にあって記憶をなくした、と両親には説明した。
何があったのかは俺にもよくわからねえし、医者に見せても記憶が戻るかどうかは不明だと言われた、と。
そう説明すると、両親はパステルを自分たちの元に引き取ろうとしたみてえだが。
「住み慣れた場所で暮らした方が、早く記憶が戻るかもしれねえ」
俺がそう言うと、「くれぐれもパステルのことを頼む」と言って、諦めた。
学校にも同じ説明をした。ギアの野郎は、担任という名目でしばらくしつこく見舞いに来ていたが。
パステルに「覚えていない」と言われたことが余程ショックなのか。いくら顔を出しても、思い出す気配も見せねえことに耐えられないのか、ここしばらくは来ていない。
そして、また俺とパステル、二人だけの生活に戻った。
「ねえ、トラップ」
「あんだよ」
「どうして、あなたはわたしにそんなに親切にしてくれるの?」
飯を運んでくると、パステルは嬉しそうな、それでいて困ったような顔で言った。
「他人の、わたしのために」
俺達の関係を、パステルには話していない。俺にまかせてくれというと、それ以上余計なことを吹き込む奴は誰もいなかった。
ただ、道で倒れていたところを助けた。身分がわかるものを何も持ってねえから、家に引き取って面倒を見ている。
俺とパステルは赤の他人。パステルは、半年以上が経った今でも、そう信じている。
「さあな。俺にだってわかんねえよ。おめえのことが気に入った、つまりはそういうことじゃねえ?」
湯気の立つ皿を差し出すと、パステルは、にっこりと微笑んで受け取った。
そして、真っ赤な顔でつぶやいた。
「じゃあ、じゃあ……あのね」
「うん?」
「わたし……トラップのこと、好きになってもいいかな?」
おめえと一緒になれるなら、この身は地獄に落ちたって構わねえ。
「俺も、ずっとおめえが好きだった」
ずっと前から。おめえだけを見ていた。
妹の頬に手を当てて、俺はゆっくりと、その唇をふさいだ。
完結です。
リクエストくださった方、これはありでしょうか……?
ちなみに悲恋シリーズ、ネタはまだもう一つあります。
ダーク具合は1と2の中間程度。
それにしても悲恋の意味を履き違えてるような気がしてならない今日この頃……
>サンマルナナさん
シチュエーションにもえました……
続きはあるのでしょうか?
>前スレ389さん
キスキン王国if編いい!
トラップの一人称がすっごく自然ですごくいい!!
こういう作品大好きです。原作改変と言いますが原作がこうであってほしかった!
続きすごく楽しみにしています!!
キットンの薬で大人になったルーミィと、魔法で人間になったシロが、
互いに気付かないまま恋に落ちる話なんかを…
トラパス作者さん
キタ-(゚∀゚)-!!!
こういう救いようのない話を待っていました!!
ダーク(;´Д`)ハァハァ
140 :
名無しさん@ピンキー:03/10/28 16:36 ID:XQvTg6mx
悲恋シリーズ2、なかなか良かったですね。
今回の話はトラップにとっては幸せなれた様ですね、ある意味パステルも…
まあダーク物には変わり無いけど、いや 基本的に悲恋だから、まあ言うなれば
チョット悲恋、ダーク、恋愛物って感じかな (俺、何言ってんだろう スマン)
……と、とにかく次も楽しみにしてます!
「悲恋シリーズ3」と「学園編第二部」どっちだろう
トラパス作者様、乙です〜
悲恋シリーズ2、凄惨な結末が素敵でした
壊れたパステルの無邪気な告白がせつなくていいですね〜
でも前半の描写にはなんとなくパステルにも兄想いの影が……?
ってこれはトラパスフィルタのなせる業かもしれませんが^^;
ギア先生が(またもやw)ちょっと可哀想でしたが……やはり運命?
学園編第二部も楽しみにしてますので、是非〜
アク禁かかり書き込めません。続きは一応あるんですが、解除されたら書き込みます。迷惑なはなしだ…
わたしはベットに寝転がって、ぼんやり空を見上げていた。今日は少し雲が
多くて、時々日が陰る。
シルバーリーブに私達が帰ってから一週間。時間が経つごとに不安が増してる。
なんだか、心がざわついて落ち着かない。マリーナは、クレイには会わないって
言っていたけれど……。一週間、近くにいるんだし、偶然出会ったりすることも
あると思う。その時、どうなるんだろう。もし、もしも、マリーナの気持ちが
変わったら?
はぁ……。なんで、嫌な方にばかり考えるんだろう。クレイが居ないだけで、
こんなに不安になるなんて。二人を疑ってしまう自分が嫌になる。
「早く、会いたい……」
クレイの温もりを思い浮かべて、少し大きめの枕をギュッと抱いて横向きになった。
ルーミイと二人分の大きめの枕。
こうすれば、少しは不安が治まるかなって思った。けど、そうじゃなくて、
あの時のことを思い出して、かえって切なくなる。
ドキドキして、顔が熱い。抑えようとすると、あの時の様子が浮かんで来てしまう。
キスの真似をして唇に指を当てる。これがクレイだったら、いいのに。
何度もキスをして、指を唇で銜える。舌でなぞって、そして、含んで。これは
クレイの舌…。
「ん、ふ………」
なんだか、変な気持ち…。抱きしめる力に強弱つけて、胸を押しつぶす。
でも……、物足りなくて胸をゆっくり撫でる。
「はっ……、んんっ………」
立った乳首がこすれて、感じてしまう。
んっ、やぁ。ダメ、こんなことしたら。でも、でも……、気持ちいい。このまま、
もっと感じたい。
指を舐めながら、服の上から胸を揉む。わたし、凄いカッコしてる。………ううん。
これは、クレイの舌で、手だから。わたしはクレイに抱かれてるんだ。両手を服の
裾へ延ばして。
「ぱーるぅ!」「きゃっ!」
突然、ドアが開いてルーミィが飛び込んできた。
「るっ、ルルルーミィっっ! 部屋にはいるときはノックしてって言ったじゃないっ」
「あっ、えっと、ごめんなさい。…それよりねっ、くれーから手紙だよ!」
小さく頭を下げたあと、すぐに顔を上げてにっこり笑って手紙を差し出した。
2ヶ月前、急に成長しだしたルーミィ。今は12、3歳ぐらいに見えるけど、
性格や動作が小さい頃と殆ど変わってない。
「ええっ!」
ルーミィの手から手紙をひったくるように奪って封を切った。
「ね、ね、何て書いてあるの?」
ルーミィは横から抱きついて、手紙をのぞき込んでる。
「明日……、ううん。手紙の日付は昨日だから……、今日帰ってくるって」
「ホントにっ!?」
「クレイ、今日帰ってくるんだ……」
ルーミィの言葉に答えずに、手紙を胸に押し当てた。
すいません。次回で本当に最後です……。
ルーミィが成長してるのは、関連した話しを書くのに必要だったので。
終わった後に書く予定です。
新作です
>>138さんのリクエストに答えてみました。
……ご期待に添えるかどうかはわかりませんが……
シロ×ルーミィ(+トラパス)
注意
・子供返り編パステルバージョンの設定を微妙に引きずっていますが、読まなくても全くの無問題です
・エロ無いです。入れようと試みましたが見事に失敗しました
・この話、四人の間で視点が切り替わっていますのでちょっと読みづらいかもしれません
ではでは〜
最近、ぱーるぅの様子が変。
ルーミィが話しかけても、ぼおっとしてお返事してくれないことが多いんだお。
それなのに、とりゃーが話しかけたら、真っ赤になってうつむいてるんだあ。
ルーミィが見てることに、とりゃーは気づいてないみたいだったんだ。そのまま、とりゃーはぱーるぅをぎゅーってしたり、お口にちゅっ、とかしてるんだお。
そのたびに、ぱーるぅは「バカ」って言いながらとりゃーを叩いてるんだ。
ぱーるぅ、とりゃーと喧嘩したのかな? 喧嘩はよくないんだお。仲直りすればいいのに。
そうくれぇに言ったら、「ま、ルーミィもそのうちわかるよ」なんて言われちゃった。
ルーミィは今知りたいんだもん!
そう言ったら、「大人になったらな」って、くれぇは困った顔して頭をなでてくれた。
大人になるってどういうことなのかな。
わからなかったから、きっとんに聞いてみた。
あのね、ぱーるぅが言ってたんだお。きっとんは、最近「さえてる」から、わかんないことがあったら聞いてみるといいよ、って。
「きっとん、大人になるって、どういうこと? ルーミィ、早く大人になりたいんだお」
そう言ったら、きっとんは「はあー?」なんて言ってたけど、「そうですねー」って言いながら、説明してくれた。
「大人になるってことは、色々な意味がありますけど。ルーミィの場合は、成長するってことでしょうね。それは、今すぐには無理なんですよ。時間をかけないとね」
「いつ大人になれるんだあ?」
「さあーどうでしょうねえ。エルフの寿命は、我々よりもずっと長いですから……」
ルーミィは、今すぐ大人になりたいんだもん!
そう言ったら、きっとんは「うーん」と考えて、そして言ってくれた。
「そうだ、あの薬が使えるかもしれませんねえ。ルーミィ、2〜3日待っててくださいね。何とかできるかもしれません」
2〜3日待てば、大人になれるのかあ? そうしたら、ぱーるぅがどうして変なのか、わかるのかな。
それなら、ルーミィは待つんだお。
ぱーるぅのこと、大好きだもん!
最近、トラップあんちゃんとパステルおねえしゃんの様子がおかしいんデシ。
二人は、とっても仲良しさんだったんデシけど。
ちょっと前から、みなさんと一緒にいないで、二人だけで出かけることが多くなったんデシ。
パステルおねえしゃんはトラップあんちゃんとお出かけするのがとっても嬉しそうなんデシ。きっと楽しいところに行ってるに違いないデシ!
そう思って、トラップあんちゃんに「ぼくも連れていって欲しいデシ」って頼んでみたんデシけど。
「わりいなーシロ。おめえの頼みでも、それだけはできねえんだわ」
そう言って、トラップあんちゃんは笑ってたんデシ。どうしてぼくは駄目なんデシか?
聞いてみたら、「ま、人間には色々あるんだよー色々な」って、すっごく嬉しそうに言われてしまったデシ。
ぼくは、人間じゃないからわからないデシか? 人間になったら、わかるんデシか?
おかあしゃんは、ある程度大きくなったらぼく達も人間になれる、って言ってたデシけど……ある程度って、いつのことなんデシかねえ……
ぼく、知りたいデシ!
「トラップあんちゃん、お願いがあるデシ」
「あん? 何だよ」
ぼく、トラップあんちゃんもパステルおねえしゃんも大好きデシ。
だから、決めたデシ。
「ぼくを、あそこに連れてって欲しいデシ! ぼくのおかあしゃんに会えた、あの場所に!」
トラップが突然「シロと一緒にドーマに行ってくらあ」と言い出したとき、わたしもクレイも唖然としてしまった。
だって、本当に突然なのよ? 何の予告もなくいきなり。
「おい、トラップ。お前そういうことはもっと早くになあ……」
「しゃあねえだろー? シロに突然言われたんだからよ」
な、シロ? とトラップが言うと、シロちゃんは「はいデシ!」ととっても元気な声で言った。
ふーん、シロちゃんがねえ……
ドーマって、トラップとクレイの故郷なんだけど。実は、シロちゃんにとっても思いで深い場所でもあるんだ。
何しろ、ずっと待ってたお母さんと会えた場所だもんね。
何か、用でもあるのかなあ?
他ならぬシロちゃんの頼みだもん。駄目とは言えないよね。わたしもクレイも、「じゃ、しょうがないな」って、許すしかなかった。
でもねえ……せめて、わたしには言っておいて欲しかったな。
わたしとトラップ、実はちょっと前から付き合うようになってたりする。
別にどっちが言い出したわけじゃないんだけどね。何となくトラップのこと好きだなーって思ってて、二人きりになったときぽろっとそれを言ったら。
「俺も好きだぜ? おめえのこと」
あっさりとそう返されてしまって、「じゃ、つきあおっか」「だな」みたいな流れで恋人同士になった。
ううっ、自分で言ってて何だかロマンが無いなーって思ってしまう……
ま、でもいいんだけどね。トラップと二人っきりでいると、何だかほわほわーんって幸せな気分になれるし。
それに、出発直前、わたしにだけそっと耳打ちしてくれたし。
「しばらくおめえに会えねえのは寂しいけどな。俺が帰ってくるまでちゃんと待ってろよ」
「あったりまえでしょ!」
えへへ。言葉にしたら何気ないやりとりかもしれないけど。
でも、そんな何気ないところが、幸せなんだなあ。
まあ、そんなわけで。
トラップとシロちゃんが突然ドーマに行ってしまい、みすず旅館は急に静かになった。
まあしばらくはクエストに出かける予定も無いし。みんなバイトに明け暮れていたんだけど。
トラップ達が旅立ってから一週間後くらい。多分、今日か明日には帰ってくるんじゃないかなー、ってとき。
キットンが、突然わたし達の部屋に飛び込んできた。
「パステル、パステルちょっといいですか!?」
「キットン……いいですかって、もう部屋に入ってきてるじゃない……」
苦笑しながら振り向く。
トラップもそうだけど、どうしてこの人達は、部屋に入るときノックするってことができないかなー。
ま、今は別に見られて困るようなことしてたわけじゃないから、いいんだけどね。
「ああすいませんすいません。つい興奮してしまって」
「ううん、いいけど。何か用?」
「はいはい! あのですねえ、ルーミィはいますか?」
「え? ルーミィなら……」
ひょい、とベッドを指差す。
わたしもクレイもノルもバイトで忙しかったし、シロちゃんはトラップと出かけてしまって。
それで、ルーミィは最近、ずっと一人でお絵描きしてることが多いんだよね。
おかげでちょっとご機嫌斜め。かわいそうだけど、わたし達は貧乏パーティーですから。バイトをやめるわけにはいかないのが辛いところ。
でも、今日はわたしが久々に休みが取れて。それで、ルーミィと思う存分遊んであげてたんだ。
そうしたら、疲れて寝ちゃったんだよね。ふふふ、寝顔かわいい!
「あちゃー、寝てしまってますか。ルーミィに頼まれた薬、できたんですけどねえ」
「へ? ルーミィが?」
「はい。あのですねえ……」
キットンが何かを言いかけたときだった。
寝てすぐだったせいか、それともキットンの声が大きすぎたからかはわからないけど。珍しいことに、ルーミィが、ぱちっと目を開けたんだ。
「ルーミィ、起きたの?」
「んー……ルーミィ、ねむいおう……」
あらら、せっかく開いた目が閉じちゃいそう。
わたしがもう一度寝かしつけようとすると、キットンがずいっと身を乗り出した。
「ルーミィ、あのとき言われた薬、できましたよ」
「くすり?」
「ほら、前に言われた……」
ルーミィは、しばらくきょとんとしていたけど、やがてぱーっと顔を輝かせてキットンに抱きついた。
「きっとん、ほんとかあ? 本当に、るーみぃなれるんかあ?」
「はいはい。飲んでみますか?」
「うん! 飲むおう!!」
わたしが止める暇なんかありゃしない。
あれよあれよという間にキットンとルーミィの間で話がまとまって、彼女はキットンが差し出したびんを、何のためらいもなく飲み干した!
「ちょ、ちょっとキットン! 一体何よその薬!? まさか危ないものは入ってないでしょうね?」
「パステル、失礼じゃないですか。わたしを誰だと思ってるんです!?」
「いやキットンだと思ってるけど……とにかく、一体何の薬?」
「パステルも飲んだことがありますよ。ほら、あの……」
キットンが説明しかけたときだった。
ぼうんっ!!
突然妙な音がしたかと思うと、ベッドがぎししっ、ときしんだ。
……え?
聞き覚えのある音に首を傾げる。
あれ? 確かこの音って……
ゆっくりとベッドの方を振り向く。そして、まじまじと目を見開いてしまう。
隣で、キットンが腰を抜かしているのが見えた。
ベッドに座っていたのは、真っ白な肌にふわふわのシルバーブロンド、とっても綺麗なブルーアイにぴょこんと耳が長い、女性。
そう、女性だった。多分年齢は17〜18歳くらい。すんなりと伸びた手足に、悔しいことにわたしよりも大きな胸と、見事にくびれたウェスト。
だけど、その顔立ちは、確かに彼女の面影を残していて……
「る……ルーミィ……?」
まさか、と思いながら呼びかけると、彼女は、満面の笑みを浮かべて言った。
「やったあ! パステル、わたし、大人になれたよお!!」
シロに突然「ドーマに連れてって欲しい」と頼まれたときは、一体何なんだ、と思ったが。
話を聞いて、連れてってやらねえわけにはいかなくなった。
「あんでドーマに行きたいんだ?」
そう聞いたら、シロはぱたぱたとしっぽを振って、きっぱりと言った。
「いつになったら人間になれるか、おかあしゃんに聞きにいくんデシ!!」
…………
これは、あれか。どう考えても、俺がこの前言ったことが原因だよな?
「人間には色々あるんだよー色々な」
悪気なんかこれっぽっちもなかったが。そう言うと、シロの奴、えらく落ち込んでたもんな。
けどなあ……あれは、状況が状況だったからな。
俺とパステルはつきあってる。
何でそんなことになったんだか。気が付いたらあいつにべた惚れになってて、パステルもどうやら俺のことが好きだったみたいで。
付き合うきっかけはなりゆきに近いもんがあったが、いざ彼氏彼女の関係になってみると、これがまた何つーか幸せなんだよなあ。
俺達大所帯のパーティーは、二人っきりになれる機会なんか滅多にねえ。
だからこそ、デートの機会は貴重だ。例えシロといえども、連れてってやるわけにはいかねえ。
きちんと説明しなかったことを今更悔やんでも遅い。まあ、シロに恋人同士っつー概念が理解できるかは疑問だったが。
そんなわけで、今更「駄目」とも言えず、俺とシロはドーマに旅立つことになった。
数日間乗合馬車に揺られて、そこからさらに歩きで一日。
いつぞや雪崩のせいで通れなくなった道は、盗賊団の誰かが整備してくれたらしく、すっかり元通りになっていた。
以前シロの母親を呼び出した場所まで行き、宝玉をはめて待つことさらに数日(シロは帰ってもいいと言ったが、そんなわけにはいかねえだろうが)
いいかげん野宿にもうんざりしてきた頃、ようやく母親と連絡が取れたらしい。
「おかあしゃんが、すぐ来るって言ってるデシ!」
「はあ? すぐって、どれくらいだ?」
「すぐデシ!!」
シロがそう言った瞬間。
突然突風が吹き荒れて、俺はそのままふっとばされそうになった。
「どわあああああああああああああああああああ!!?」
「お、おかあしゃんおかあしゃん!! トラップあんちゃんが困ってるデシ。笑うのやめてくださいデシ!!」
シロのすっげえ焦った声に、ようやく風が止まる。
わ、忘れてたぜ。そういや、前にもこんなことあったよなあ……
「まあートレイトンちゃんおひさしぶり!! まあまあごめんなさいねえ。あんまり嬉しかったものだからつい。あらあら、あなた以前にもお会いしましたよね? まあまあトレイトンちゃんがお世話になって」
相変わらずのまくしたてるような口調で、シロの母親(トレイトンってのはシロの本名だ)は、するすると人間形態をとってお辞儀した。
全くなあ……相変わらず、ホワイトドラゴンに対する幻想を木っ端微塵にしてくれるおっかさんだぜ……
「いやいやんなことはいいんだけどな。シロの奴が、あんたに聞きたいことがあるんだとよ」
「まあートレイトンちゃん。なあに? 私に答えられることだったら、何でも答えてあげるわよお」
母親が微笑むと、シロはその身体にとびついて、必死の形相で叫んだ。
「おかあしゃん、ぼく、人間になりたいんデシ!! ぼく、いつになったら人間形態になれるんデシか?」
「あらあー。なろうと思えば今すぐにでもなれるわよお」
…………
あっさり帰ってきた返事に、俺は目が点になってしまった。
おいおいおい! いや、まあ話が簡単で、いいっちゃいいんだが……
「本当デシか? どうやるんデシか?」
「そうねえー。トレイトンちゃんはまだ小さいから、自分で変身するのは無理だけど。私が力を貸してあげれば、短い間だけ人間になることはできるわよ? トレイトンちゃん、変身してみる?」
「してみるデシ! お願いするデシ!!」
「うふふ、わかったわ。ああートレイトンちゃんも成長したのねえ。お母さん嬉しいわあ! 親が無くても子が育つって本当ねえ……」
おいおい、あんたそれ、前に会ったときも行ってたぞ。
そうつっこんでやりたかったが、またあのすげえブレス(=笑い声)でふっ飛ばされるのは勘弁してほしかったので黙っておくことにする。
そうして、シロの母親は、俺達にはわからねえ言葉で何やらぶつぶつつぶやいて……
「トレイトンちゃん、いくわよお!」
「はいデシ!!」
そう叫んだ瞬間!
どかんっ!!
突然の爆音と閃光と煙。それをまともにくらって、俺は危うく山から転落しそうになった。
な、な、何だこのとんでもねえ音は!!
もうもうと立ち込める煙。それが薄れるのを待って、ようやく目を開ける。
そこには……
長い髪をたなびかせて笑ってるシロの母親。そして、その前には。
銀髪、っつーのか? クレイと似たような髪形をしているが、その色は母親のものとそっくりだ。
髪の色とふつりあいな黒い目。人の良さが前面ににじみ出た顔。色白な肌。
多分年の頃なら20歳前後。まあまあ美形と読んで差し支えねえ顔立ち。
まさか……こいつが……
「……シロ?」
そう呼びかけると、男は、すっげえ嬉しそうな顔で言った。
「そうデシ! トラップあんちゃん、ぼく、人間になれたんデシよ!!」
大人になるって、こういうことなのかあ。
ルーミィ……ううん、わたしは、何だか不思議だった。
だって、いっつも見上げていたぱーるぅ……パステルが、今は同じ目線にいるんだもん。
キットンはすごく小さく見える。そっかあ、大人になると、わたしってこうなるのかあ。
パステルもキットンも、わたしを見て、しばらく何も言わなかった。
わたし、そんなに変わったのかな?
首をかしげると、パステルが慌てて、「キットン! バカ、何ぼーっとしてるのよ! あっち向いて!!」と叫んでいた。
……どうしたの?
そう聞くと、パステルが真っ赤になって、「ルーミィ。ね、これ着て、これ」と、パステルがよく着ている服を差し出してくれた。
変なの。こんなの、いつものことなのに。
そう言うと、パステルは頭を抱えてしまった。
何だろう、よくわからないけど。パステルを悲しませたくはないもんね。
言われたとおり服を着てみる。何だか、急に大きくなったせいかな? わたしの身体じゃないみたい。
パステルの服はちょっと窮屈だった。そう言うと、彼女は「ううっ、どうせわたしは……」と自分の胸を見下ろして涙ぐんでいた。
わたし、何か悪いこと言ったのかな?
不安になる。そう言うと、パステルは「ううん、ルーミィは何も悪くないからね」と、何だか変な笑顔で言った。
よくわからないけど、まあいいや。
大人になれたんだもん。これでやっと、わかるんだよね!
「あのね、クレイに聞いてくる!」
「あ、ちょっとルーミィ!」
パステルが呼び止めるのが聞こえたけど、ごめんね。わたし、早く知りたいんだ。
パステルが変なわけ。クレイは、大人になったら教えてくれるって言ったもんね!
「クレイー」
わたしが隣の部屋に行くと、中で剣を磨いていたクレイは、わたしを見てぽかんとして言った。
「……失礼。どちら様ですか? どこかでお会いしましたっけ?」
「クレイ、わたしだよ。ルーミィだよ!」
「……はああああ!!?」
そう言った瞬間、クレイは腰を抜かしたみたいだった。
どうしてそんなに驚くの? わたしの姿って、そんなに変?
「い、一体どうしたんだ……? ほ、本当にルーミィなのか!?」
「クレイ! クレイ、言ったよね。わたしが大人になったら、パステルが変な理由教えてくれるって! だから、わたしキットンにお願いしたんだ。そうしたら、キットンが大人になれるお薬を作ってくれたの!」
そう言うと、クレイは「あのときの薬か……キットンの奴……!」と隣の部屋をにらみつけてたけど。
わたしがじーっと見つめると、さっきパステルがしたみたいな変な笑顔で言った。
「あ、あのな、ルーミィ。大人になるってのは……」
「クレイ、約束したよね?」
ごまかされないもん。わたしはもう子供じゃないから!
じいっ、とクレイの目をのぞきこむと、彼はすごくすごーく困ってたみたいだけど。
やがて、小さくため息をついて、答えてくれた。
「あのな、ルーミィ。パステルは変なわけじゃないし、トラップと喧嘩したわけでもないんだよ」
「じゃあ、どうして……?」
「パステルはな、うーん……何て言うか……トラップのことが、大好きなんだよ」
言われた意味がよくわからなくて、首をかしげてしまう。
「じゃあ、パステルはわたしのことは大好きじゃないの?」
「いやいや、もちろんルーミィのことだって大好きだけどな」
「でも! じゃあどうしてルーミィが話しかけても、返事してくれないときがあるの? トラップが話しかけたら、すぐに返事してるのに」
わたしがそう言うと、クレイは困った顔で言った。
「大好きっていうのにも、色んな意味があるんだよ。何て言うかなあ……」
そのときだった。
バタン、とドアが開いて、パステルが中にとびこんできた。
「うわあああ!? お、俺はまだ何も言ってないぞパステル!!」
それを見て、クレイはすごく慌ててたけど。
パステルは、彼には全然構わないで、わたしににっこり笑いかけて言った。
「ルーミィ、お買い物に行こう!!」
もちろん、わたしはすぐに頷いた。
人間になるって、こういうことなんデシね。
いつもは見上げてばかりのトラップあんちゃんの顔が、何だかすごく近くに感じるデシ。
ぼくを見て、トラップあんちゃんは「嘘だ、ありえねえ」とかぶつぶつ言ってたデシが。
おかあしゃんが、「数日もすれば私の力が切れて元に戻りますから、それまでトレイトンちゃんをよろしくお願いしますね〜」と言って姿を消すと、大きな大きなため息をついて言ったデシ。
「あー……まあ、なっちまったもんはしょうがねえな。効果は数日だって言うし。どうせだからみんなにその姿見せに行くか?」
「はいデシ!」
みんなっていうのは、みなさんのことデシね。パステルおねえしゃんやクレイしゃん、ルーミィしゃんにキットンしゃんにノルしゃんのことデシね?
みなさんに会えるのは、もちろん嬉しいんデシが……
「トラップあんちゃん、教えてほしいデシ!」
「……何をだ?」
「ぼく、人間になれたデシ! だから、どうして一緒に連れていってもらえないか教えて欲しいデシ!!」
ぼくがそう言うと、トラップあんちゃんはすごーく困った顔で頭をかいてたんデシが。
しばらくして、すごく小さな声で言ったんデシ。
「パステルと二人っきりでいてえからだよ」
……すごく簡単な答えデシ。
でも、やっぱりわからないデシ。どうして、二人っきりじゃないと駄目なんデシか?
そう聞くと、トラップあんちゃんは何だか乾いた笑顔で答えたデシ。
「シルバーリーブに戻ったら、ゆっくり教えてやるよ。とりあえず戻るぞ。みんな心配してんだろうからなあ」
はいデシ。ぼくも皆さんに会いたいデシ。
ルーミィにトラップのジャケットを被せて、外に連れ出す。
何しろねえ……今のルーミィは、そりゃあもう、トラップの言葉を借りれば「出るとこ出て引っ込むところが引っ込んだ」とっても素敵なお姉さんになってて。
わたしの服じゃ、胸元とかすっごくひきつってたもんね……ううう。
とにかく、こんな格好でクレイやキットン、トラップの前をうろうろされちゃかなわない。お財布的にはきっついんだけど、何か新しい服、買ってあげないと。
キットンがルーミィに飲ませたのは、どうやら以前わたしが飲んだ若返りの薬と逆効果をもたらす薬の改変版らしい。
どのあたりが変わったかというと、並外れた長命なエルフでも成長させられるくらい、効果が強い、とか何とか。
ところが、キットンを問い詰めて聞き出したところによると、効果がいつ切れるのかは彼にもわからないって言うのよ!!
まったくう!! そんな危ない薬、ほいほい使わないでよ!!
まあ、どう叫んだところで、もう飲んじゃったものはしょうがないんだけどさ……
はあ、とため息をついて隣を見る。
大きくなったルーミィ。
そりゃ、いずれは成長するっていうのはわかってたけど。エルフの成長は遅いから。それはずっとずっと先のことだと思ってた。
でも、一時的とは言え、こうして成長したルーミィは……
すっごく、すっっっごく美人だった……
歩いていると、街行く男の人がみーんな振り返ってたもんね。
はああ……な、何だか寂しい。これってもしかして、子離れしたお母さんの気分なのかな?
わたしがため息をついていると、ルーミィが不思議そうにのぞきこんできた。
「パステル、どこか痛い?」
「え? う、ううん。全然。どうして?」
「だって、さっきから何だか辛そう」
うっ、そ、そう見えてたんだ。気をつけないと……
「何でもないない、大丈夫。ね、ルーミィ。お洋服買おうね、大きめの服」
「うん!」
あ、嬉しそう。やっぱり、ルーミィだって女の子なんだよねー。
うんうん、何だか楽しくなってきたぞ。よく考えたら、わたし同い年くらいの女の子と買い物に行く機会なんて、滅多に無いもんなあ。
「じゃあ、あそこで見てみようか?」
「うん! パステル、ありがとう!!」
目に付いた服屋さんを覗いてみる。
シルバーリーブに時々来る、露天商みたいなところなんだけどね。品揃えは豊富だし、何よりお値段が安め。
あれもいい、これもいいなんてきゃあきゃあいいながら服を選ぶのは、何だか久しぶりですっごく楽しかった。
まあ、一時的なものだし。なっちゃったんだから、思いっきり楽しまないとね。
「ねえ、パステル。似合う?」
「似合う似合う。ルーミィ、すっごく可愛い! すいません、これいくらですかー?」
結局、ルーミィには、青いワンピースを買ってあげた。
ウェストのところがぎゅっとしぼってあってね、スタイルのいい人が着ると、それがすっごく際立つデザインなんだ。
ルーミィの目と同じ、綺麗な青は、彼女にとってもよく似合っていた。
きちきちだったわたしの服を脱がせて着替えさせると、それはもう。お店の人がためいきをつくくらいで。
「いやあ、綺麗なお嬢さんですなあ。あ、これはおまけです」
なーんて、リボンまでおまけしてくれたんだよ! 美人って得だなあ、としみじみ思ってしまう。
ああ、わたしの服、胸元のボタンが取れかけてるよ……
それを見てますます落ち込みそうになったけど、慌てて首を振る。
いけないいけない。ルーミィが心配するもんね。
そうやってわたしが一人で百面相をしていると、
「パステル、わたし、パステルともうちょっと一緒にいたい」
服を着替えた後、ルーミィは、じいっとわたしを見つめて言った。
そう言えば、最近ルーミィと二人っきりになったことって、あんまり無いなあ。せいぜい寝るときくらい?
「うん、いいよ。せっかくだから、今日は思いっきり遊ぼうか」
そう言うと、彼女はとっても嬉しそうに笑った。
そっかそっか。やっぱり、ルーミィ寂しかったんだね。うう、ごめんねー。
そうだね、せっかく同い年くらいになれたんだし。普段行けないようなところにも行っちゃおう!
……あれ? でも、そういえば。
どうして、ルーミィは大人になりたかったのかな……?
聞いてみよう、と思って振り返ったときだった。
「よーよー、可愛いお姉ちゃんじゃん」
突然、後ろからすっごく軽薄そうな声がした。
振り向くと、見覚えの無い、腰に剣をぶらさげた二人の男の人が立っている。
その胸にぶら下がっているのは、わたしも持っている冒険者カード。
……嘘、もしかして、ファイター?
彼らが声をかけたのは、ルーミィ。彼女は何を言われたのか、どう返せばいいのかわからなくて困ってるみたいだった。
こ、これは、もしかしなくてもナンパ!?
「なあ、いいじゃん。ちょっとくらい。なー?」
「そうそ。俺達が、楽しいところに連れてってやるからよー」
「でも、わたし、パステルと遊びたいから」
彼らの一人に腕をつかまれて、ルーミィが困ったように言うと。
彼らは、初めてわたしに気づいたらしく、ちらっとこっちに目を向けてきた。
「んーそっちの子もまあまあいけてんじゃん? なあ」
「ああ。まあまあな」
……何だか異様に腹が立つんだけど気のせいですか?
「あの! 離してあげてください!!」
わたしが彼らの間に割って入ると、もう一人が、ぐいっとわたしの腕をつかんで言った。
「まあいいじゃん。あんたも一緒に遊ぼうぜ? そうしたら、2対2になるしなあ」
「お、お断りします!」
じょ、冗談じゃないわよ!? わたしには、ちゃーんと恋人が……
「パステルぅ……」
ルーミィの泣きそうな声に、慌てて振り向く。
な、何と! 彼女の腕をつかんでいた一人が、ルーミィの胸をつかんでいた!!
「ちょ、ちょっと!! 何するん……」
がしっ
慌てて駆け寄ろうとすると、もう一人に羽交い絞めにされた。
その手が、わたしのブラウスに伸びてきて……
「だーから! 俺達と遊ぼうって言ってるじゃん? いい気持ちにさせてやるからよお」
……今気づいたけど。この人の息、お酒臭い。
よ、酔っ払ってる!!?
その手が、遠慮もなくわたしの胸をつかんできた。
痛さに涙が出そうになる。振り払おうとしたけど、力じゃかないそうもなかった。
えーん、嘘嘘嘘! 何でこんなことになるの!!?
またこんなときに限って、まわりに人がいないんだし!!
普段ならもうちょっとはにぎやかな通りも、今は時間帯の関係か閑散としてる。
誰か、誰か助けてー!!
「パステル……ぱーるぅ……」
ルーミィの涙声。彼女を捕まえている一人の手は、スカートの方に伸ばされていて……
だ、駄目っ!!
そう叫ぼうとしたときだった。
――びしっ!!
「いてっ!!」
何かが飛んでくる音。男の悲鳴。
わたしをつかんでいた腕が、離れた。同時に……
びしっ! びしっ!!
「っつ……誰だ!!?」
さらに音がして、ルーミィをつかまえていた男も悲鳴をあげた。
ルーミィが転がるようにこっちにかけてきた。その身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫?」
「ぱーるぅ、ルーミィ、怖かったよ……」
綺麗なブルーアイに、涙がいっぱいに浮かんでいる。
……許せない!!
わたしが顔をあげたときだった。男たちが、すごくひきつった顔で後ずさった。
……え? わたし、そんなに迫力あった!?
一瞬びっくりしたけど、すぐに気づく。彼らの目は、わたしを見ていない。彼らの視線の先にいたのは……
振り向く。そこに飛び込んできたのは、ちょっとしか離れていなかったのに、すごく懐かしい顔。
「……トラップ!!」
立っていたのは、トラップ……と、見たことのない銀髪の男の人。印象はちょっとクレイに近い優しそうなハンサムさん。
そして、彼らの顔は、すっごく冷たい、そのくせ怒ってるってことがはっきりわかる目で、男達をにらみつけていて……
「……こいつは俺の女なんだが。何か用か?」
そうトラップが凄みの聞いた声で言うと。
「ちくしょう」とか「覚えてろ」とか言いながら、男達は走り去っていった。
……こ、怖かったあ……
思わずルーミィとへたりこむ。そんなわたし達を、トラップは呆れた、という目で見下ろしていて……
「ったくおめえは!! 一体あにやってんだよ!!」
「ご、ごめんなさい……」
「ったく。俺がたまたま通りかかったからよかったようなものの……隙があるからあんなのにつけこまれるんだよ!! おめえそれでも冒険者か!?」
「…………」
すっごく厳しい言葉に、思わずうつむく。
そ、そんな言い方、しなくてもいいじゃない……わたしだって、怖かったんだから……
あ、駄目。泣いちゃいそう……
わたしが顔を伏せたときだった。
それまでずっとおろおろした顔でわたしとトラップを見比べていた男の人が、ふっとしゃがみこんだ。
彼が手を伸ばしたのは、ずっとわたしの腕にすがりついているルーミィ。
「あの、大丈夫デシか? 怪我はないデシか?」
「え……?」
…………
ルーミィは、自分に伸ばされた手をきょとんとして見つめている。
そして、わたしはわたしで……その特徴のありすぎる言葉遣いに、目が点になって……
「あの、トラップ……?」
声をかけると、トラップは、初めて気づいた、という様子で、ルーミィを指差して言った。
「そういやパステル。このべっぴんの姉ちゃん、誰だ?」
全くなあ……あいつは、一体何をやってんだよ!?
シルバーリーブに戻ったら、真っ先にパステルの顔が見てえ。
そう思ってまっすぐみすず旅館に戻ったというのに、あいつは出かけてる、と来たもんだ。
何故だかクレイは疲れて寝込んでいて、キットンは薬草を夢中になっていじくっていた。二人そろって、俺とシロが帰ってきたことに気づかなかったくれえだ。
全く、せっかく驚かせてやろうと思ったのに。
しゃあねえ、探しに行くか、と声をかけると、「はいデシ」という元気な返事がかえってくる。
全くなあ……せっかく人間になったのに、その言葉遣いは、どうにかなんねえのかよ?
ドーマから戻る道すがら、散々特訓してみたんだが、結局口調が改まることはなかった。癖ってのは、なかなか抜けねえもんなんだなあ。
まあそれは諦めて、シルバーリーブをあちこち巡っていると。
目にしたのは、見たこともねえファイター風の男に羽交い絞めにされて好き勝手に身体をいじくられているパステルと、見たこともねえシルバーブロンドのえらいべっぴんの姉ちゃんだった。
俺の頭に瞬間的に血が上ったことは言うまでもねえ。それはシロも同じだったらしい。
「トラップあんちゃん、パステルおねえしゃんとあの女の人が大変デシ! 助けるデシ!」
「言われるまでもねえ!!」
パチンコで野郎どもを撃退すると、パステルは、情けねえ声をあげてしゃがみこんだ。
全く、おめえはどこまで俺に心配かけりゃ気がすむんだよ!!
ついつい厳しい声をかけちまう。パステルの顔が、ますますゆがんだそのときだった。
シロが、何だかぽかんとした顔で、パステルの後ろにうずくまる姉ちゃんをじーっと見つめている。
……どうしたんだ?
声をかけようとしたとき、シロは、そっとしゃがみこんで、姉ちゃんの方に手を伸ばした。
「あの、大丈夫デシか? 怪我はないデシか?」
「え……?」
シロの言葉に、姉ちゃんはぽかんとして、パステルは唖然とした。
……そういやあ……
「そういやパステル。このべっぴんの姉ちゃん、誰だ?」
俺がそう言うと、パステルはパステルでシロを指差して言った。
「トラップこそ。このかっこいい人、誰?」
…………
何となくにらみあいになる。俺以外の男をかっこいいなんて言うなよな、おめえ。
そう言うと、「トラップだって同じようなこと言ったじゃない」とそっぽを向かれた。
いっちょまえに焼きもちやいてやんの……まあ、それは好きだからこそ、だよな?
そう思うと、怒りも少しは薄れる。
「んで? 結局誰なんだよ」
俺が重ねて聞くと、パステルはちょいちょい、と俺の腕をひっぱった。
シロと姉ちゃんは、二人で何かしゃべっている。気づかれねえようにそっと移動して……
「実はね……彼女、ルーミィなのよ」
「……はあ?」
言われた言葉がすぐには理解できねえ。
ルーミィ。それはあれか。俺の知ってる、ちびっこエルフのことか?
あの赤ん坊が……何で急にあんな色っぺえ姉ちゃんになってんだ!?
驚きを隠せずに聞くと、パステルは深い深いため息をついて言った。
「だから……またキットンの怪しげな薬で……」
言われて思い出す。そういや、ちょっと前にパステルが突然ナイスバディの姉ちゃんに変身するという珍事が起きたな。あの薬か。
なるほど……しかし、何だってルーミィは、んな薬を飲んだんだ?
俺が首をかしげていると、パステルに腕をつつかれた。
「で? 彼は誰なの?」
俺が説明をすると、パステルは、それこそ目が飛び出そうな勢いで驚いたようだった。
「あ、あれが……シロちゃん、ですって?」
「口調聞けばわかるだろ?」
「だって、まさかって思ったんだもん!! し、シロちゃんが人間に……?」
「ああ。まあ効果はそんなに持たねえらしいけどな。多分後一日か二日で切れるんじゃねえ?」
「そうなんだ……」
パステルは、複雑な視線でシロを見つめて言った。
「でも、どうしてシロちゃん、突然人間になりたいなんて言ったのかしらね」
「…………」
俺のせいだ、なんて言えるわけがねえ。
慌てて話をそらす。
「それを言うなら、何でルーミィは、突然大人になりたがったんだ? おめえの話だと、ルーミィがキットンに頼んだんだよな?」
「そうみたいなんだけど……どうしてかしらね……」
俺とパステルは、しばらく目を見合わせて……
そして、同時にため息をついた。
何だかわかんねえけど……ややこしいことになりそうだよな……
この人、誰なんだろう?
わたしに手を伸ばしてくれたのは、わたしによく似た髪の色の、綺麗な男の人だった。
「大丈夫デシか?」
わたしがぽかんとしていると、男の人がもう一度声をかけてきた。
何だか、シロちゃんの喋り方とよく似てる。
そう思ったけど、シロちゃんはホワイトドラゴンの子供だから。この人はどう見ても人間だもん。違うよね。
「ありがとう」
そう言って手を握ると、男の人は、わたしをひっぱって立たせてくれた。
あ。
ぎゅっと握られた手とか、わたしの顔を見て笑ってくれた表情とか。
何だかそんなのを見ると、ちょっと胸がドキドキした。
……どうしたんだろ、わたし。
「あのね、ありがとう」
そう言うと、男の人が、みるみるうちに真っ赤になった。
急にどうしたんだろう。お熱があるのかな?
わたしはそれを伝えようと、パステルと、男の人を連れてきたトラップを捜したんだけど。
どうしてなんだろう? 二人ともいなくなっちゃってる。
「パステルー」
声をかけるけど、二人は戻ってこなかった。
急に不安になる。わたし、どうしたらいいんだろう?
困っていると、男の人が、あたふたと手を振って言った。
「あの、トラップあんちゃん達は……用事があるって言ってたデシ」
「用事?」
「あの、ぼくがお姉しゃんを宿まで送るデシ」
「本当に?」
男の人は、元気そうだった。ちょっとだけ安心する。
それに、宿まで連れていってくれるって言ってもらえて、何だかすごく嬉しかった。
あれ、わたし……変だよね? さっきまで、パステルと二人きりでいたい! って思ってたのに。
今は、何だか……この人と一緒にいたい、って思ってる。
シロちゃんと喋り方がよく似てるから。だから、安心するのかなあ?
ぎゅうっと握った手は、パステルと同じくらい……もしかしたら、それよりもずっと、暖かかった。
ぼく、どうしたんデシかねえ……
トラップあんちゃんと二人で、パステルおねえしゃんと知らないお姉しゃんを助け出して。
そうして近くでそのお姉しゃんを見たら、何だかドキドキが止まらなくなったんデシ。
そのお姉しゃんは、今まで見たこともないくらい綺麗なお姉しゃんで。髪の色や目の色はルーミィしゃんによく似てたデシ。
でも、ルーミィしゃんはぼくと同じくらい小さなお姉しゃんデシから、このお姉しゃんとは別人デシよね?
ぎゅっとお姉しゃんの手を握ると、すごくあったかくて。
それだけで、もう顔が真っ赤になるのがわかったんデシ。
うう。一体どうしたんデシか……
トラップあんちゃんに聞こうと思ったけど、振り向いたら、もうあんちゃんはいなくて。それに、パステルおねえしゃんまでいなくなってて。
きっと、また二人で楽しいところに出かけたんデシ! ずるいデシ。
……でも……
以前は、ぼくも連れてって欲しい、と思ってたんデシけど。
今は、何だか、二人がいなくなって、ちょっとホッとしたんデシ。
だって、ぼくとお姉しゃん、二人っきりになれたから。
…………
あれ? どうして……どうしてぼく、二人っきりだと嬉しいんデシか?
「パステルー」
ぼくが考えていると、お姉しゃんは、すごく不安そうな声で、パステルおねえしゃんを呼び始めたんデシ。
お姉しゃんは、パステルおねえしゃんのお友達なんデシかね? 後で聞いてみたいデシ。
「あの、トラップあんちゃん達は……用事があるって言ってたデシ」
どうしてそんなことを言ったのかはわからないけど。何だか二人に戻ってきてほしくなくて、ぼくは慌ててそう言ったんデシ。
「用事?」
「あの、ぼくがお姉しゃんを宿まで送るデシ」
「本当に?」
ぼくが言うと、お姉しゃんはホッとしたみたいデシ。
聞いてみたら、お姉しゃんもぼく達と同じ宿に泊まってるとか。偶然デシね。
それから、二人で宿までおしゃべりしながら歩いたデシ。
お姉しゃんとのおしゃべりは、とっても楽しくて、とってもドキドキして。
宿についたとき、心から思ったんデシ。
もうちょっとだけ、こうしていたいって。
でも、宿に戻ったら、クレイしゃんやキットンしゃんが部屋にいるから、二人っきりにはなれないデシ。
それが、すごく残念デシ……
宿の入り口で、ぼくがしょぼんとしていると、お姉しゃんはじーっとぼくを見つめて言ったデシ。
「あのね、わたし、あなたといると、何だか……」
そのときだったデシ。
「あ、おめえら、先に帰ってたんか」
後ろから聞こえてきたのは、トラップあんちゃんの声。
もうちょっと、遅く帰ってきて欲しかったデシ……
後ろを振り向くと、トラップあんちゃんとパステルおねえしゃんが、手を繋いで立っていて……
そのときだったデシ。後ろで、ぼうんっ! っていう変な音が響いて……
そして、パステルおねえしゃんの目が、まん丸になったんデシ。
「何かあったんデシか?」
ぼくが後ろを振り向こうとすると、パステルおねえしゃんはすごい勢いで宿の中に入っていって……
振り向いたときには、パステルおねえしゃんも、あの綺麗なお姉しゃんの姿も、なかったんデシ。
「トラップあんちゃん、どうしたんデシか?」
「……ま、色々複雑な事情があってな」
「複雑、デシか?」
「ああ。何つーかな、シロ。あの女は……」
トラップあんちゃんが何か言いかけたときデシた。
突然、ぼくの身体も、ぼわんっ!! ていう音と煙を立てて、縮んだんデシ。
あ、そういえば、おかあしゃんが「数日経てば力は消える」って、言ってたデシね……
何となくわかったデシ。身体の中に流れてたおかあしゃんの魔力が、すっかり消えてしまったのが。
「トラップあんちゃん……」
煙が収まって、ぼくは元の姿に戻って。
何だか、すごく寂しかったデシ。最後に、お姉しゃんにきちんと挨拶できなくて。
「……気ぃすんだか?」
ぼくを見つめるトラップあんちゃんの目は、何だかすごく優しかったんデシ。
ああーもうびっくりした!!
「久しぶりだなー二人っきりになれるのは」
とかトラップに言われて、ルーミィとシロちゃんはどうするのよ、と思いながらも。
「シロがいりゃあ大丈夫だよ」
そう言われたら逆らえなくて。そっと二人から離れてつかの間のデート……を楽しんで。
それから宿に戻ってみたら、ルーミィとシロちゃんはちゃんと宿に戻ってきていた。
「ほれ見ろ。俺の言った通りだろ?」
なんて、トラップは勝ち誇ったように言って、「あ、おめえら、先に帰ってたんか」と声をかけたときだった。
シロちゃんがこっちを振り向く。彼の目は、何だかすごく残念そうだった。
どうしたんだろう? ちょっと疑問に思ったんだけど。
その瞬間、目を疑ってしまう。
シロちゃんの後ろに立っていたのはルーミィ。彼女が口を開きかけたそのとき。
ぼうんっ!!
聞き覚えのある音がして、目の前で、ルーミィの身体がみるみる縮んで……
薬の効果が……切れた?
そして、彼女の身体から、ばさり、と身につけていたものが落ちる。
買ってあげたワンピースと、その下につけた、わたしの……
きゃあああああああああああああ!!? み、見られる、トラップに見られるー!!?
気づいた瞬間、わたしは、自分でもちょっと驚くくらいの素早さで、ルーミィと服を抱えて走り出していた。
ああ、もう心臓に悪いったら!! 効果が切れるなら切れるって、予告くらいしてよー!!
「はあ、はあ……る、ルーミィ。着替えよう……も、元に戻ったんだね。よかったあ」
「ぱーるぅ……」
わたしが息を切らして部屋にかけこむと、ルーミィは、何だかすごく寂しそうな目をしていた。
……え?
「どうしたの? 何かあった?」
「ぱーるぅ。あんね、ルーミィ、変なんだお」
「変?」
「うん……」
ルーミィの綺麗なブルーアイから、涙がこぼれ落ちた。
「寂しいんだお。ぱーるぅと一緒なのに、何だかすごく寂しいんだお……あのお兄ちゃんに、ちゃんとお別れしたかったんだお……」
……ルーミィ……?
まさか……あなた、彼が……シロちゃんのことが……?
まさか、とは思ったけど。でも、流れる涙は本物で。
何を言えばいいのかわからない。こんなとき、どうアドバイスしてあげればいいのかわからない。
困っているわたしの胸にすがりついて、ルーミィは、いつまでも泣いていた。
パステル達がすんげえ勢いで宿にかけこんで言った。
まー大体想像はつくけどな。それにしても、あのナイスバディなルーミィに、よくあいつの小さな……
や、まあ言わねえけどよ。怒るだろうし。
ため息つきつき、しゃがみこむ。
俺の目の前には、元の犬にしか見えねえ姿に戻ったシロ。
効果が切れたのか。まあ、遅かれ早かれこうなんのはわかってたけど。
ちっと意外だな。予告くれえはあるかと思ってたんだが。
「トラップあんちゃん……」
シロは、何だかすげえ悲しそうな目で俺を見て、それから、入り口の方を振り返った。
さっきまで、ルーミィが立っていた場所を。
……まさか。
自慢じゃねえが、勘は鋭い方だ。何となくぴんとくるもんがある。
まさか、こいつ……ルーミィのことが……?
聞いてやろうか、と思ったけど。やめておくことにする。
こいつは、まだまだ自分の力では人間になれなくて。ルーミィだって、あの姿は一時的なもんで、本当に成長するまでには多分すげえ長い時間が必要で。
二人が再会できるとしても、それはすげえ先の話で……いや、下手したら。ちょっと時期がずれたら、もう再会することだってできねえかもしれねえから……
だから、聞かねえし言わねえ。
「……気ぃすんだか?」
俺がそう言うと、シロの目に、涙が浮かんできた。
ルーミィ、変なんだお。
あのお兄ちゃんに会いたいって。最近すっごくそう思うんだあ。
とりゃーもしおちゃんも帰ってきて、みんなと一緒にいれるのに。
何だか……寂しいんだお。
どうして?
ぱーるぅに聞いてみたけど、困ったように笑って教えてくれなかった。
「きっと、そのうちわかるよ」
そのうちって、いつなのかなあ……
でも、大人になれて、くれぇの言ってたこと、何となくわかったお。
「大好きには、色んな大好きがある」
ぱーるぅのことが大好きで、とりゃーもくれぇもきっとんものりゅもしおちゃんも大好きで。
でも、あのお兄ちゃんの大好きは、みんなの大好きとは、ちょっと違うんだお。
だから、ぱーるぅがいても、寂しいって思うだあ……
また会いたい。会えるかな。
そう言うと、ぱーるぅはルーミィをぎゅってしてくれた。
あのお姉しゃんに会いたいデシ。
同じ宿に泊まってるはずなのに、ぼくが部屋に行ったときには、もうお姉しゃんはいなかったデシ。
トラップあんちゃんもパステルおねえしゃんも、何か知ってるみたいなのに教えてくれないんデシ……どうしてデシかねえ。
久しぶりにルーミィしゃんと一緒にベッドで眠って、それはとってもあったかくて嬉しかったんデシけど。
でも、やっぱり思うんデシ。
あのお姉しゃんと、二人っきりでいたかった、って。
……あ、もしかしたら、これがトラップあんちゃんの言ってた、「二人っきりでいたい」っていう気持ちなんデシかね?
トラップあんちゃんがパステルおねえしゃんと二人っきりでいたいって思うのと同じように、ぼくもあのお姉しゃんと二人っきりでいたいって思ってる。
そういうことで、いいんデシかね……?
だったら、気持ち、わかるデシ。もうついて行きたいなんて言わないデシ。
そう言ったら、トラップあんちゃんは黙って頭を撫でてくれたんデシ。これは正解って思って、いいんデシよね?
ぼく、いつか絶対大きくなって、また人間になるデシ。
そうして、あのお姉しゃんを探しにいくんデシ!
何故かわからないけど、わかるんデシ。
きっと、きっと、あのお姉しゃんに、もう一度会えるって。
だから、それまでは、さよならデシ。いっぱい寝て、早く大きくなるデシ。
そう決意して、ぼくはルーミィしゃんの腕にしがみついたデシ。
ルーミィしゃんも、何だか元気が無いデシけど。
明日になれば、また元気に遊んでくれるデシよね?
完結です。
読みづらくてすいません。本当は全編ルーミィとシロちゃんの一人称で通そうかと思ったんですが
三行で挫折しました(w 難しかった……
口調とかが変かもしれませんが……
視点の切り替わりは
ルーミィ→シロ→パステル→トラップ→ルーミィ……
という順番です。
>悲恋2の感想くださった方々
概ね好評みたいでほっとしました。
本当に読む人を選ぶ作品だったので、ひやひやしていたのですが……
悲恋3、4……と書けたら書いていきたいと思います。
次はまとめページの掲示板でリクエストされた作品を行こうかな、と思っています。
172 :
名無しさん@ピンキー:03/10/29 15:26 ID:Ilc8IiGl
良かった。うん。良かった。新鮮だった。
事務っぽい発言の連投スマソ。
Part4の396番さんへ
>次スレは避難所に置いておいてね。
という意味が分からないのですが、このスレ、固有の避難所って
ありましたっけ?
>>174 >避難所
SS保管庫のことかな…?
転送量オーバーでと止められた、みたいな話を最近聞いた。
違ったらスマソ。
176 :
名無しさん@ピンキー:03/10/30 00:13 ID:lidnxCyd
トラパス作家さん、シロルミ凄くイイ!イイよ、マジでイイ!!
思っていたよりも滅茶苦茶オモシロかったです。
「あのお姉しゃんに」「おのお兄ちゃんに」会いたい、とか言っちゃって切ねぇー!
シロルミ、かなり気に入りました 機会があれば、また書いてください!
(と言ってもシロルミは話を考んの難しいけどね……無理にとは言いません)
4スレ376です。
レーイプものなのでうPしても良いものか悩んだのですが、投下させて頂きます。
前注!
パステルがやられてます。(原因はトラップ?)
エロ多め。(つーかそれだけ?)
救いは・・・ありません。
原作ほのぼの愛のあるエロが好きな方はスルーして下さい。(お願いします)
事の起こりは小さなクエストに挑戦している最中に起こった。
毎度の事ながら罠に掛かってしまいパステル一人だけ飛ばされてしまったのだ。
しかしそこで待ち受けていたのはモンスターではなかった。
いや、モンスターの方が良かったのかも知れない・・・
どすんっ!
「いたたたた・・・」
あ〜ん。またやっちゃったよ。とにかくみんなの所に戻らなくっちゃ。
痛むお尻を擦りながら立ち上がるといきなり後ろから声をかけられた。
「よう。お譲ちゃん。罠に掛かっちまったのかい?」
見るとポタカンの明かりに照らされて男の人がいた。
どうやら冒険者のようだ。
「あ、はい」
「そりゃ難儀だったなぁ」
「あの、あなたも・・・ですか?」
「そーなんだよ。って自慢にならねぇけどな」
人の良さそうな顔で笑いかけられた。
自分だけじゃないとわかるとちょっとホッとする。
だって暗闇の中で一人ってほんとーに心細いんだ。
「ここは一定の時間にならないと罠が作動しねぇんだ。それもお一人様限定って奴でな」
「え?じゃあ・・・」
「安心しな、こっちに抜け穴を見つけたから来るといいぜ」
「助かりました!ありがとうございます」
「ほらここに隠しボタンがあるだろ?」
そう言われて覗き込むけど真っ暗で何にも見えない。
「え?どこですか?」
「ほら、ここだよ」
よく見ようと壁に顔を寄せたその時だった。
背後から口に湿った布を当てられた。
「んっ!?」
「わりぃなお譲ちゃん。恨むんならお仲間を恨みな」
ぐらりと身体が沈む。そして徐々に意識が遠のいていった・・・
気がつくと手首を縛られ、やっと爪先立ち出来るような格好で吊るされていた。
「気がついたかお譲ちゃん」
男はにやにやと笑いながら、これ見よがしにナイフをひらひらとさせている。
薬を使われた為か意識が朦朧としてる・・・
なんでこんな事になってるのか・・・
「あんたのお仲間には随分と世話になったからなぁ。お返しさせて貰うよ」
そう言いながら男は喉元にナイフを突き付けた。冷たい・・・もしかしてわたし殺されるの!?
一気に血の気が引いた。夢じゃない、これは現実!?
痛みを覚悟して目をきつく瞑った。
でも訪れたのは痛みではなく布を引き裂く感触だった。
男が切り裂いたのは身体ではなく布・・・
でも安心なんか出来ない。恐怖のため身体がガタガタと震えて止まらない。
叫びたいのに声がでない。
身を捩って逃れようとしても吊るされていて逃れることは叶わない。
男は楽しそうに服を裂いてゆく・・・
やがて一枚も残さず全ての衣服を剥ぎ取られてしまった。
男は舐めるように裸になった身体を見る。
羞恥より恐怖で身体が竦む。
「へぇー?小振りだけど良い乳してやがるんだな。・・・楽しませてもらうぜ」
男はにやにや笑いながら露になった胸を鷲づかみにし、突起に舌を絡めてきた。
「いやっ!やめてーーー!!」
ぞわりと体中に悪寒が走る。いやっ!気持ち悪い!!
叫んでも男は止めない。
止めるどころか、わざと羞恥を煽るようにぴちゃぴちゃと音をたてて舐めまわす。
舌先で突起を軽く舐めたかと思うと強く押したり乳輪をなぞったり。
次第に胸の突起が熱を持ったようにジンジンとし始めてくる。
気持ち悪いのに・・・嫌なのに・・・身体は心を裏切る。
「・・・んっ・・・」
「ほぉ・・・硬くなってきてるじゃねぇか。気持ちいいのか?」
気を良くした男は胸を捏ねるように揉みながら硬くなった突起に歯を立てた。
「いたっ!」
「痛いじゃねぇだろ。気持ちいいじゃねぇのか?」
そう言いながら片方の乳首を執拗に舐め回し、開いた片方の乳首を抓んだり引っ張ったりしていた。
「・・・お願い・・・やめて・・・」
涙交じりの声で哀願しても男の手は休むことをしない。
むしろ嫌がれば嫌がるほど男の鼻息は荒くなっていった。
もう・・・だめ・・・そう半ば諦め始めた時。
「よぉ。そろそろこっちにも回してくんねぇか?」
見ると暗闇から2人の男たちが現れた。
「へへっ手荒なことはしたくねえからな。抵抗すんじゃねぇぞ」
背中に舌を這わせられる。逃げようと背を反らせると胸にむしゃぶりつかれた。
体中を這う3つの舌と6本の手。
そのうちの1本が一番敏感な場所を探り当てた。
「あれぇ?お譲ちゃんお漏らししてるね。ほら汁が垂れてるよ」
指を潜り込ませながらくちゅくちゅと掻き回す。
「・・・いやっ・・・んっ・・・」
「いやだぁ?こっちのお口は喜んでるぜ」
ほらほらと羞恥心を煽るようにわざと音をたてて指を動かす。
とろとろと中から蜜が溢れてくる。
嫌なのに、気持ち悪いのに、自分の身体なのに出てくる反応は男たちを喜ばせるものだった。
「どれ、お味はどんなもんかね?」
腿に手を這わせながら一番敏感な所を舐めあげられた。
「あっ・・・ん・・・っ・・・」
ビクッと身体が仰け反る。
「お?感じてるじゃねえか。けっこう淫乱なんだな」
「・・・んっ・・・や・・ぁ・・・」
男は割れ目を指で広げながらクリトリスを剥き出しにした。
その一番敏感な場所を舌で突いたり、吸い付いたり。
・・・違う、感じてなんか・・・ない。
頭を振って痺れる様な感覚を逃そうとしたけど
痺れるような感覚は身体から出て行ってはくれなかった。
男たちは散々身体を弄んていたが、自分のモノを入れようとはしなかった。
布越しでもはっきりと形が解るほど勃起しているのに・・・
もしかしたら最後まではしないのかもしれないと一縷の望みを持ったその時、
「そろそろお客さんが来る頃だな。仕上げといくか」
そう言って一人の男が赤黒く怒張したモノをズボンから引きずり出した。
「お譲ちゃん、暴れるんじゃねぇよ。でないとナイフが刺さっちゃうからなぁ」
吊るされたまま背後から腰を抱えられ、割れ目に怒張したものを当てられる。
恐怖で喉が凍りついたとき・・・
どすんっ!何かが落ちた音。
「いててててっ」
暗闇で姿は見えなかったけれどその声はまぎれも無くトラップの声。
「・・・と、トラップ?」
「ん?パステルか?ったく毎度毎度同じことしやがって」
声が段々と近づいてきた。『助けて!』と声を出したいのに肝心な所で出てこない。
「ポタカン持ってねぇのか?こう真っ暗じゃなんも見えねぇ・・・」
トラップの言葉を待っていた様に傍の男が灯りを付けた。
「よぉ、小僧」
「ん?誰だてめぇ」
男のただならない態度にトラップが足を止める。
「この間は世話になったな。お礼がしてぇんだけどよ、こんなもん用意させてもらったぜ」
そう言ってわたしの姿を灯りで晒した。
「さぁ、受けとんな!!」
それを合図に割れ目にあてがわれていたモノを一気に突きたてられた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「パステル!!」
「動くんじゃねぇぞ小僧!動けばお譲ちゃんの命が無くなっちまうからな」
男は鼻息を荒くしながら何度も突き立てる。
「・・・いやぁ・・・やっ・・・」
「・・・んっ・・・な、なかなか・・・いい締り・・してやがる」
「お譲ちゃんはお前より俺達の方が良い様だぜ?あそこがぐちょぐちょ言ってやがる」
「あぁっ・・・い、いやっ・・・お願い・・・み・・ないで・・」
見ていられないというように目を逸らしたトラップ。
「小僧!!目を逸らすんじゃねぇ。よーっく見ておくんだな。はーっはっはっは!」
勝ち誇ったように男の笑い声がこだました。
「さて、次はお前の番だ。たっぷりお礼をさせて貰うぜ」
「わかってると思うが抵抗なんかするんじゃねーぞ。」
わたしの目に黙って殴られているトラップの姿が映った。
いつもは黙ってやられたりしないのに・・・ドジ踏んでごめんね。トラップ・・・
それからわたしは代わる代わる男たちのモノを受け入れさせられ、
トラップは立ち上がることも出来ないほど痛めつけられた。
「これに懲りたら生意気な態度を改めるんだな」
そう高笑いしながらダンジョンから消えていった。
残されたのは男たちの放ったもので汚れたわたしと傷ついたトラップ。
・・・何が起こったのか理解出来なかった。
理解したくなんかなかった。
放心状態のわたしをトラップは何も言わずきつく抱きしめた。
咄嗟に悪寒が走る。相手はトラップだというのにさっきの男たちとオーバーラップする。
「いやっ!やぁぁぁぁぁぁ!!」
腕から逃れようと必死で暴れるのにも構わず抱きしめる腕を緩めない。
そしてガタガタと震える身体を落ち着くまで抱きしめてくれていた。
以上です。
・・・救いが無い・・・
因みにこのあとトラップがパステルを慰めながらエロ突入・・・にしようとしたのですが
電池が切れてしまいました。逝ってきまーす。
>4スレ376様
夜更かししててよかった。新作が読めるなんて!
電池が切れてしまったとはもしや携帯からだったのでしょうか!?
お疲れさまです。このスレではあまりこのような話がなかったで
すが(・∀・)イイ! このあとトラパスがあるならそちらも読みたいです!
お待ちしておりますので戻ってきてください( ´Д⊂ヽ
今から唯のおばか話投下します。
クレイとトラップの性格は意図的に壊してあります。
エロもありません。
これがフォーチュンか?とといたくなるような物ですので、原作やトラパス・クレパスなどにが大好きな方はスルーが賢明だと思います。
ただ、そんな話を「はは」っと笑い飛ばすことができそうな方はぜひ読んでください。
187 :
186:03/10/30 03:45 ID:uwJeNDhQ
「トラップ、ちょっといいか?」
冒険の途中、ちょうどパステルの作った夕食を食べ終わって、寝る準備に取り掛かっているときだった。寝る準備っつても何にもないんだが、居心地のよさそうな場所を探していると、少し抑えた声でクレイが俺を呼んだ。
親指を林の方へ動かす。
クレイはどうやらここじゃねえとこで話したいらしい。パーティってのは普段いつも一緒にいる分、プライベートとかは在ってねえようなもんだし、なかなか秘密の話もできねえからな。
キャンプの光も届かないかなり離れた場所まで来て、クレイは立ち止まった。そして鬱蒼と立ち並ぶ木々の一本に手を置く。
パステルたちの声ももちろん聞こえてこねえ。
「んで、何なんだよ」
なかなか話をし始めねえクレイの後ろ姿にしびれを切らして、俺がまず口を開いた。
「俺…もう我慢できない気がするんだ」
クレイはそういって木に当てていた手を強く握り締める。
我慢…一体何が?とは思わねぇ、こんだけ長い間一緒にいるんだし、男同士だ、何が言いたいのかはよく分かる。ただ俺は何をどう言ったもんかと少し返答に詰まった。
けど、クレイは俺が何も答えないことを気にする様子もなく言葉を続ける。
「まだ町にいる時はいいんだ、別の部屋だし、一人になれる所がある。けど、冒険が始まると…お前も分かるだろ…?ただでさえたまりやすい年頃なのに、パステルはあんな赤のミニスカートなんか履いてるし、そしてよくこけるし、だから…中身が見えるんだよ…」
自己嫌悪に陥っているらしいクレイは地面に膝を落として、その両方の手が草をつかむ。
188 :
186:03/10/30 03:50 ID:uwJeNDhQ
「俺だって努力はしてる…!
毎日毎日危なそうになったら、トイレに行くフリしてしっかり出してるし。
まさか夢見てなんてことはないだろうけど一応…寝る前にもしぼってる。
でも、そんなだましだましの生活じゃ最近は駄目なんだ!
目の前に本物があるかと思うと…手が伸びてる…理性だけじゃ抑えられなくなって―」
ぽんっ。
「よーく、わかったぜ。クレイ」
仏のように優しい笑顔で俺はクレイの肩に手を置いた。
おめえほんとにつらい思いしてたんだな。
「トラップ…」
クレイは疲れきった様子で顔を上げた。
そんな死にそうな目で俺を見んなよ、若いんだからよ。
俺はクレイの前に回りこんでその両肩に手を置く。
「つまり、解決策は一つ。俺がこの自慢の尻をお前に貸せばいいんだな。何気にすんな、誰でもねえ幼馴染のお前の頼みだ、多少の痛みは我慢すっからよ」
俺は正義感で胸を一杯にした生徒会長のようにクレイに話しかけた。
189 :
186:03/10/30 03:51 ID:uwJeNDhQ
「…」
沈黙がその場を占拠した。
「冗談だって」
まさか反応が返ってこないとは思わなかった。
冷や汗を流して俺は勤めて明るい声でそう言った。いや実際にちゃんと言えたかはわかんねえけど。
でも、クレイの表情は固まったままうごかねえ。
この場合、どうすりゃいいんだ、おい。
俺も引きつった笑顔のまま固まっていると、やっと搾り出すようにクレイが声をだした。
「…と、トラップ。気持ちはあれなんだが、その、いつも割れ目がくっきり見えてるお前の尻には欲情できないというか…、むしろ萎えるというか…いや、俺の息子を萎えさせることができれば結果オーライだとは思うんだが、それは…その…」
「いや、だから冗談だって、ジョーダン…」
必死に弁解を試みるクレイに俺は再度言ってやった。
ってか、『いつも割れ目がくっきり』って俺のことそんな風に見てたのか普段―タイツやめるべきだな。前も最近危険を感じることだし…。
クレイは照れ隠しのように頭をかいた。
そして、力なく笑いながら言う。
「そ、そうだよな、はは、何か今トリップしちゃったよ、ハハハ…」
無事かえってこれてよかった、と俺は少し本気で思った。
190 :
186:03/10/30 03:52 ID:uwJeNDhQ
「それで、相談したかったのは、実は、パステルのことなんだ」
気まずい静けさの後クレイはやっとまともに話し始めた。
実はっていうより、最初っからそいつの話だった気もするが。
俺は黙って頷いた。
それを確認して、クレイは俺の目を真剣に見つめた。
「お前もつらいだろうし、俺もつらい。そこで一つ、名案を思いついた。このさい、パステルに頼んで二人の物になってもらうのはどうだろうか?」
「…二人の?」
「とりあえず、俺はパステルにお願いしようと心に決めてみたんだが、いきなり俺だけ夜な夜なパステルとやり始めたらお前が欲求不満になるだろ?パステルに交代で相手をしてくれるように頼めば、このパーティのなかの性欲は丸く収まるきがしないか?」
その瞬間、俺はクレイの手をとっていた。
「おめえ、天才だよ…クレイ」
191 :
186:03/10/30 03:59 ID:uwJeNDhQ
とりあえずおわりです。
いや、なにがしたいんだって話ですけど。
激しく馬鹿な二人を書いてみたくなってしまっただけで…。だったらフォーチュンじゃなくてもっテ感じもしますが。
トラップの割れ目の会話を書いてみたかったわけで。
このあと二人でパステルに頼みにいけば、無事少々のエロは出るんですがって言い訳ばっかですね。
とりあえずそういうわけです。
スルーしているかた、ここで終わりですよ。
クレイの微妙な壊れっぷりにワロタ。
つ、続きは〜?
>4スレ376さん
ああーこういうのも好きです、大好きですとも!(*;´∀`)=3
救いがないとおっしゃいますが、ラスト、トラップが優しめだったのに癒されました。
いや、あれは優しさじゃなく暴走の序曲なのか…?(;゚Д゚)ハッ
…と、続きが気になるので、気が向いたら是非是非読ませてくださいね。
>186さん
笑いすぎてハライテーヨ!
朝っぱらから素敵なブツをありがとうございます。
今日も元気に頑張れそうです。
新作です。しばらくリクエストに答えた作品続けます。
今日、明日とまとめページの方の掲示板のリクエストにこたえて
次は……悲恋の3か学園の第二部か
要望の多そうな方(か先に書きあがった方)投下します。
今回の作品
・いつものことですがエロ描写あんまり無いです。
・作品傾向は純愛・明るめ系統。
よく考えたら、わたしはいつも教えてもらうばっかりで、教える側に立ったことがないなあ、って思った。
冒険者になってから、クレイやトラップに色々なことを教えてもらった。
火の起こし方とか、マッピングのやり方とか、目印の付け方とか、罠の避け方とかね。
彼らはそりゃもう小さい頃から冒険者になるために訓練してきた人達だから。ごくごく普通の女の子として育ったわたしが、彼らに教えてあげられることなんてなーんにも無かったんだよね。
それはもうしょうがないことだって諦めてる。
でも、クレイはともかく、トラップの教え方なんかすっごい偉そうなんだよねえ。
「はあ? おめえなあ、こんなの常識だろ」
って、すっごく人をバカにしたような口調で頭をはたかれると、さすがのわたしもムッとしちゃう。
いやいや、あの短気で面倒くさがりな彼が、そもそも教えるという行為に向いてないのはよくわかってるんだけど。
それでもねえ……やっぱり、言い方っていうのがあると思うんだ。
第一、わたしとトラップは年だって同じだし。彼の方が多少早く生まれたってだけで、学校に通っていれば完全に同い年扱いだったはず。
そんな人にこんなに偉そうにされるいわれはないわよ! って、最初は随分腹が立ったんだよなあ。
トラップの性格を知るにつけ、彼本人にはちっとも悪気は無くて、むしろ親切だってことがわかって、最近はそうでもないんだけどね。
最近は、どうにかわたしも冒険者らしくなってきたかなー? って思える程度には、色々な知識も増えたし。
けど、それはやっと二人と「対等」になったってだけで(多分、トラップに言わせれば「けっ。まだまだだよ」ってところだと思うけど)。
やっぱり、わたしの方が優位に立つ、なんてことは……多分一生無いんだろうなあ。
別に人の上に立ちたい、なんて大それたことを考えてるわけじゃないんだけどね。
それでも、たまには、「教える立場」の気分っていうのを味わってみたい。
最近密かにそう思うようになってたんだけど。
意外なところからそのチャンスが訪れたのは、ある秋の日の昼下がりだった。
その日、クレイはルーミィやシロちゃんをお散歩に連れていってくれて、キットンは薬草収集、ノルはバイトに出かけていた。
で、わたしは部屋で、一人せっせと原稿を書いてたんだけど。
ちょうど筆が乗ってきたときに、鉛筆の芯が折れちゃったんだよね。
ああーもったいない……なんて思わずつぶやいてしまう自分がちょっと悲しかったりする。
こ、これもみんな貧乏が悪いのよ!
そう、貧乏。わたし達は、クエストに出るためにまずバイトをしなきゃならないような貧乏パーティー。
たかが筆記用具といえども、余分なものは一切無い。
とほほ、鉛筆一本に情けないなあ……
仕方なく、ナイフで芯を削ろうとしたんだけど。
こういうときに限って、ちょうどいい大きさのナイフが見つからない。
うーん、前使ったとき、どこに片付けたっけ?
刃物の類は危ないから、ルーミィやシロちゃんの手の届かないところに置いたはずなんだけど……
うんうんと頭をひねって、ぽんと手を叩く。
そうだそうだ、思い出した。ちょっと前にトラップに貸したんだった!
トラップならナイフなんかいくらでも持ってるだろうに、何でか「おめえのナイフを貸してくれ」って言われたんだよね。
そういえば、そのまま返してもらってない。あれ、何に使ったんだろ?
ちょっと考えてみたけど、思いつきそうになかった。
ま、いいや。何でも。とにかく、返してもらわなくちゃ。
トラップは……出かけるところを見てないから、多分部屋にいるはずだよね?
わたしは自分の部屋を出ると、隣の部屋をノックした。
「トラップーいる? 開けるよ」
「わっ、バカ待てっ!!」
「え?」
すっごく焦ったようなトラップの声。
だけど、そのときにはもう、わたしはドアを開けていたりする。
トラップやキットンは、普段ノックもしないでわたし達の部屋に入ってくるもんね。最早遠慮もプライバシーもあったもんじゃない。
ドアを開けて最初に見えたのは、机に向かっていたトラップ。
その彼が、慌てて椅子から立ち上がって、背後に何かを隠したところだった。
……? 何やってたんだろ?
「ぱ、パステル? おめえ、いきなり何なんだよ!」
「な、何をそんなに焦ってるの?」
変なの。第一、いつものトラップなら、気配だけでノックの前にわたしが来ることに気づいてもよさそうなものなのに。
「焦ってるわけじゃねえよっ! んで、一体何の用なんだ?」
「ああ、あのね、この前ナイフ貸したでしょ? 鉛筆削るための。あれを……」
言いながらひょいと視線を机の上に向けると、目的の品が机の上に転がってるのが見えた。
あったあった。よかったあ、勘違いだったらどうしようかと思ってたんだよね。ナイフ一本だって我が貧乏パーティーには……まあ、これ以上は言わないでおこう。
「それそれ。それを返してもらおうと思って。わたしも使うから」
言いながら、机の方に歩み寄る。
そんなわたしを見て、トラップは何だかすごーく焦って机の上をかきまわして……
……ん? 何、この紙の束?
机の上に転がっていたのは、わたしのナイフと鉛筆に消しゴム、それと、大量の紙だった。
それも、ただの真っ白な紙じゃなくて……何て言えばいいのかな?
ピンク色にレースの縁取りがされた、すっごく綺麗な……これ、便箋?
「……トラップ、そういう趣味があったの?」
「はあ? ち、違うっ。勘違いすんなよなあ! こ、これはなあ……」
わたしが思わず疑惑の目を向けると、トラップは真っ赤になって口ごもった。
怪しい……こんな可愛らしい便箋、間違ってもトラップの趣味じゃないよね。
一体、何のために……?
「トラップ、手紙書こうとしてたの?」
わたしが聞くと、彼はいかにも渋々といった様子で頷いた。
ほえー、トラップが、手紙……
何だかすっごく意外。大体、トラップは文章書くのをすごく面倒くさがる人だもんね。
「へー。どんな手紙?」
「う……んなこと、おめえにゃ関係ねえだろっ!!」
質問の答えは、耳まで真っ赤になった彼の顔。
まあね。人からはよく鈍感って言われるわたしだけど、男の人がこんな可愛い便箋を使って書く手紙なんて、一つしか思い浮かばない。
つまりは……ラブレター?
「へー、トラップがねえ……」
すっごく意外。大体、トラップはもし告白するとしたら、手紙なんてまどろっこしい方法じゃなくて、自分の口でずばっと伝えるタイプだと思ってたもん。
口では伝えられない相手、なのかな? もしかして、遠距離とか?
そのとき、わたしの頭に浮かんだのは、前髪だけピンクに染めた、すっごく美人な女の子の顔だったりするんだけど。
うんうん、彼女だったら、トラップが好きになるのもわかるなあ。顔良し、スタイル良し、頭良し、性格良しと、本当に欠けてるところがどっこも無い子だもんね。
なるほどなるほど。
「……おめえ、何ニヤニヤしてんだよ」
わたしが一人で感心していると。
トラップから、物凄く不審な目を向けられてしまった。
に、ニヤニヤ……もうちょっと別の表現ができないかなあ? この人は。
はあ、とため息をついて視線をそらすと、机の脇に置かれたゴミ箱が目に入った。
中には、鉛筆の削りかすや消しゴムのかす、丸めた便箋が山のように入ってる。
……も、もったいないっ……!
「トラップ……もしかして、手紙書くの初めてなんじゃない?」
思わず聞くと、彼は「うっせえ」と小さくつぶやいた。
やっぱりねえ……ま、どう見ても筆まめなタイプには見えないもんね。
文章って、書ける人にとってはすらすら出てくるけど、苦手な人にとっては本当に一文ひねり出すのもすっごく苦労するって聞いたことがある。
話し言葉と書き言葉は違うとか、自分の思いがもやもやした感じではっきり言葉にできないとか。
きっとトラップも、書いては消し、書いては消しの繰り返しだったんだろうなあ……
そう気づいたとき、わたしの中で、変な使命感が燃え上がってしまった。
多分ナイフを借りたのも、この手紙を書くためだったんだよね。あれが数日前のことだから、つまり彼は、数日かけてこの作業を繰り返してるってわけで……そして、多分いまだに全然進んでない、と。
「ねえ、トラップ。わたしが教えてあげようか?」
「はあ?」
「手紙の書き方! わたしが教えてあげるよ。わたしだって、一応物書きの端くれなんだから」
そう言うと、トラップはしばらくぽかんとしていたけど。
やがて、妙に皮肉っぽい笑顔を浮かべて言った。
「そだな。んじゃ、パステル先生のお手並み拝見、といきますか?」
そのまま、どかっと椅子に腰掛ける。
新しい便箋を広げて、削ったばかりの鉛筆を構えて、彼は不敵な笑みを張り付かせて言った。
「さて。まずはどう書き出せばいいんだ?」
手紙っていうのも、色んなパターンがある。
例えば、正式な依頼とかお願いの手紙の場合、頭に持ってくる文章とか締めの文章とかにもちゃんとルールが存在するし、書き手が男性か女性かで変わってきたりもする。
だけど、まあ……ラブレターだもんね。そんな堅苦しい文章は必要無いと思う。
目的は、相手に自分の思いを伝えるために書くもの、だからして。ようするに「好きだ」って気持ちが伝わればいいんだよね。
かといって、本当に「好きだ」の一文で終わらせちゃうと、本気かどうか疑われる、なんて悲しい事態にもなりかねない。
「そうだね。書き出しは……『お元気ですか? 僕は元気です』とか」
わたしがそう言った瞬間、ぼきん、という派手な音と共に、鉛筆の芯が飛んだ。
あああもう! 言ってる傍から!!
「ちょっとトラップ。もっと大事に扱ってよ」
「……おめえなあ……本当に物書きか? それとも俺をバカにしてんのか!?」
わなわなと震える手を握り締めるトラップ。
し、しっつれいな!! 誰がいつバカにしたのよ!
「何言ってるのよ、本気よ本気。大本気!」
「なお悪い! ったく、おめえに頼んだ俺がバカだった。もういい、自分で書く」
「あああちょっと、ちょっと待ってってば!!」
あわわわわ、一体何が気に入らなかったんだろ?
ううー、でもまあ、こんなところで追い出されちゃったんじゃ、自分から「教える」って言った手前、さすがにみっともない。
ええと、えーっと……
「えっとね、トラップは、結局その手紙でどんなことを伝えたいの?」
「ああ?」
「だから、手紙を出す相手に、何を一番伝えたいのかな、って。自分の近況とか、気持ちとか、質問とかお願いとか……色々あると思うんだけど」
わたしがそう言うと、彼はうーん、と首をひねって、
「ま、自分の気持ち……かな」
「そうでしょ? だからね、自分の気持ちを伝えるためには、まず話題をそこに持ってかなきゃいけないと思うのよ」
わたしの言葉に、トラップはちょっと興味を示したみたいだった。
ふう。手紙ったって、文章には違いない。
突然意味の繋がらない文章が出てきたら、読む相手がびっくりするもんね。
まずは、一つの流れを決めること。これって、文を書く上でかなり大事なことなんだよね。
「えっとね、その相手って、トラップから手紙受け取るのは初めてなんでしょう?」
「……ああ」
「じゃあ、まずは何で突然手紙を出したか、ってことを書くの。例えば、『突然こんな手紙を出してごめんなさい。驚いたでしょう?』みたいな」
「……ふん、なるほどな」
トラップの手が、さらさらと便箋を走る。
割と癖が強いけど、読みにくいっていうほどでもない字。
――わりい、突然手紙なんて、驚いたか?
うーむ、トラップらしいといえばらしい文章。……ま、いっか。彼女にあてる手紙なんだから、砕けた文体の方がかえっていいよね。
「そうそう。それでね、ちゃんと手紙を出すには理由がある、ってことを書くといいかもしれない。『あなたにどうしても伝えたいことがあって、こんな方法を選びました』とかね」
「ふんふん……」
――おめえにどうしても伝えてえことがある。だあらこんなもんを書いてんだけどな。
……見事なまでにトラップ言葉に変換されてるなあ……話し言葉と書き言葉がここまで一致してる人って、珍しいかも……
「それでねえ……トラップ、それ、ラブレターだよね?」
ぼきん
わたしがそう言った瞬間、トラップの手の中で、鉛筆が真っ二つに折れた。
ああああああ!! も、もったいないいい!!
「ちょっと、トラップってば……」
「……うっせえ。別に何でもいいだろーが」
「よくないわよ。目的によって手紙の書き方も変わってくるもん! ラブレターって言うのはね、相手に自分の思いを真面目に伝えるものなんだから。トラップのいつもの言葉で書いたら、またふざけてるって思われるかもよ」
ゴン
その瞬間、げんこつが落ちてくる。
もーっ! 乱暴なんだからっ!!
「おめえ……人を何だと思ってる?」
「だってトラップのことだもん! 『好きだ……なーんて言うと思ったか? 冗談だよ冗談。おめえをひっかけようと思ってわざわざこんな手間暇かけた俺に感謝しろよなあ』くらい書きそうだなあって思って」
「お、おめえなあ!!」
わたしの言葉に、トラップはいたく憤慨したみたいだけど。
ふと表情を変えて、座りなおした。その瞳は、すごく、すっごく意地悪そうに光っていて……
「んじゃあ、おめえ、お手本見せてくれよ」
「……お手本?」
「そ。例えばだなあ……」
どん、と頬づえをついて、トラップは言った。
「例えば、おめえが俺にラブレターを書くとしたら……何て書くか、今ここで見せてくれよ」
「……はあ??」
わ、わたしがトラップに!? な、何でそんなこと……
一瞬そう言おうかと思ったけれど。
トラップの目は、もう何て言うか「どうせおめえにゃできねえだろ?」と言わんばかりに輝いていて……
くっ、何だかすっごく悔しい……ええい! わ、わたしだって一応小説家の端くれなんだから!!
「わ、わかったわよ! 見てなさいよ、すぐにすっごく素敵なラブレター書いてあげるから!!」
「ほー。そりゃ楽しみだ」
言いながら、トラップは立ち上がった。椅子をわたしに勧めて、自分はごろりとベッドに横たわる。
「んじゃ、がんばってくれよ。どんな素敵なラブレターが届くか、楽しみにしてるからなあ」
……絶対、バカにされてる……
よ、よーし、見てなさいよ。トラップが感動して「俺が悪かった」って土下座するくらい、素敵なラブレター書いてみせるんだから!!
さて、ラブレター。
自慢じゃないけど、わたしだってそんなの書くのは生まれて初めてだったりするんだけど……
うーん。トラップにラブレター、ねえ……
そもそも、四六時中顔を突き合わせてるんだから、手紙を出すっていうのがそもそも不自然だよね……
――突然手紙なんか出してごめんね。驚いた? でもね、顔を見たら絶対言えないと思った。だから、こんな方法を選んだんだ。
うん。もし告白するとしたら……面と向かって「好きだ」なんて、なかなか言えないと思う。気恥ずかしいもん。
書き出しはこれでいいよね。次は……?
――トラップは、まどろっこしいのが嫌いだと思うから、はっきり言うね。わたし、ずっと前から、トラップのことが好きだったんだ。
そうそう、あの短気なトラップのことだもん。長々と前置きを書いてたら、「面倒くせえ」とか言って読む前に破り捨てそう。うわあ、ラブレターでそれは悲しすぎる。
でも、はっきり気持ちを伝えて、その後は……?
――いきなりそんなこと言われても、信じられないかもしれない。でも、この気持ち、嘘や冗談なんかじゃないから。真面目な、わたしの本音だから。
せっかく思いを伝えて、「おめえなあ。冗談は顔だけにしろよなあ」なんて言われた日には、多分立ち直れないもんね。冗談じゃない、ってことを念押しするのは、重要だと思う。
後を続けるとしたら……理由、かな?
――でも、どうして? って思われるかもしれない。今までずっとパーティーの仲間として一緒に暮らしてきたのに、どうして今更? って。
今更じゃないよ。ずっと前から好きだったけど、でも、言ったら今の関係さえ壊れちゃいそうで、それが怖かったんだ。だから、本当は伝えるつもりなんか無かった。
けど、もう我慢できないから。わたしの思いに気づいて欲しいって、そう思ったから。
うう、何だか、すっごく「トラップのことを好きなわたし」に感情移入してしまいそう……本当に、そうだよなあって思うもん。
友達を好きになる。それって、ある意味全然関係ない人を好きになるより辛いかもしれない。
告白したら、友達という関係まで崩れてしまうかもしれない。でも、友達のままじゃなくて、一歩進んだ関係になりたい。
これが複雑な乙女心、って奴だよねえ、うん。
もし、これが理由でトラップと気まずくなるようなことがあったら……多分、すっごく寂しいと思うから……
――トラップのことが好き。厳しいことばっかり言ってるけど、本当は一番わたしのこと考えてくれてるって、わかってるから。
何だかんだ言って、わたし一人の力ではどうしようもないときは、いつも真っ先に手を貸してくれたよね。本当は誰よりもパーティーのこと考えていて、誰よりも気を配ってること、わたしにはわかってるから。
甘やかすのはわたしのためにならないって、自分一人の力で何とかできるようにならないと、結局苦労するのはわたしだってわかってるから、いつも厳しいことばかり言ってるんだよね?
そうやってわたしを一人前の冒険者として扱ってくれるのは、トラップだけだから。
そんなトラップのことが、いつの間にか好きになっちゃったの。
……あれ? 何だろ……
これは、架空のラブレター……のはず。
なのに、トラップを好きな理由……それは、驚くくらいすらすら出てきた。
本当に、そうなんだよね。ここに書いたことに、嘘は一つも含まれていない。
我がパーティーの中では唯一の現実主義者で、口の悪さからトラブルばっかり起こしてたけど。
でも、一番現実を見つめて、一番正論を言ってるのはいつだってトラップだった。
わたしもクレイも、どうしても情に流されてしまうようなところがあるんだけど。
けど、それが正しいことだとは限らない、その人のためになるとは限らないって教えてくれたのは、トラップだった。
わたしにだっていっつも厳しいことを言ってたけど、「一人の力で何とかできるはずだ」って言われて、実際に一人でできなかったことなんて……まあ、しいて言えばキットン族の宝を探しにいったとき、炎の谷のキノコ渡りのときくらいかな?
あのときだって、ギアがいなければ多分一人で渡れたと思う。
そして、もし失敗しそうになったとしても、絶対トラップは助けてくれたと思う。
厳しくわたしを突き放しておきながら、いつも影でちゃんと見守って、危ないときは手を貸してくれていたの、知ってるから。
……あれ、何だろ、この気持ち……
何だか……鉛筆が、止まらない……
――こんなこと言われても、トラップにとっては迷惑なだけかもしれないね。
わたし、それでどうにかしてほしい、なんて思ってないから。
ただ、わたしはこんな気持ちだよって知ってて欲しかっただけ。
お願いがあるとしたら、一つだけ。
わたしの気持ちを受け止めて欲しいなんて、高望みはしてないから。
トラップのまわりには、素敵な女の子がたくさんいるから。多分わたしに望みなんか無いだろうなってことは、わかってるから。
だから……そのかわり、今の関係を続けさせてください。
一緒のパーティーを組んで、いつもみたいにくだらない冗談を言って笑いあえる、そんな関係で満足だから。
だから……この手紙を読んで、態度を変えたりはしないでください。
本当に、突然こんな手紙を出してごめんね。
明日からは、またいつものわたしに戻るから。
読んでくれて、ありがとう
パステル
カランッ
一気に書き上げて、鉛筆を置く。
……な、何だろ?
何だか、すっごく胸がドキドキして……
「……終わったか?」
「きゃあっ!?」
突然耳元でつぶやかれて、わたしは思わず飛び上がってしまった。
振り向くと、びっくりするくらい近くに、トラップがじーっと立っている。
「お、驚かさないでよ!」
「はあ? おめえが勝手に驚いたんだろうが。で? 書けたのかよ。ラブレター」
そう言うトラップの顔は、思ったよりも真面目だった。
バカにするような響きは、全然無い。
……何だろ。このもやもや感。何だか、すっごく……見せるのが、怖い。
「どうなんだよ?」
「……う、うん。書けたよ」
怖い。これを読んで、トラップがどんな反応をするのか怖い。
でも、自分から教えるって言って、見本を書いてみせるって言った手前、見せないわけには、いかないよね。
丁寧に便箋を畳んで、トラップに渡す。
「……さんきゅ。参考にさせてもらうわ」
「う、うん……」
ドキドキする心臓を押さえて、立ち上がった。
とてもじゃないけど……それを読むトラップの顔を、まともに見てる自信が無い。
「あ、あの、わたし……原稿があるから」
「ああ。ナイフ、悪かったな」
「う、ううん、いいの……じゃ」
自分のナイフだけつかんで、慌てて部屋を飛び出す。
あ、あれ? 何だろう……
あのラブレターは、ただの見本で書いたもののはずなのに……
な、何で……こんな。この気持ちは、一体、何……?
その日の夕食は、何だかトラップの顔がまともに見れなかった。
……わたしってば、何を意識してるんだろう?
あのラブレターは、あくまでも見本。
そして、それを参考にして……トラップは、多分別の女の子に……彼女にラブレターを書くつもり、なんだよね。
それなのに……
わたし、それを辛いって、思ってる? トラップが他の女の子にラブレター書くのを、悲しいって思ってる?
……まさか……
夕食もろくに喉を通らない。
クレイが心配そうに声をかけてきたけど、それに生返事しか返せない。
まさか……とは思う。
でも、この気持ちって……まさか、こんなことで自分の気持ちを知る羽目になるなんて……
改めて、自分で書いたことが頭にのしかかる。
――気持ちを受け止めて欲しいなんて思ってない。
――今の関係のままでいてください。
それは本音。彼女よりわたしの方がいいわよ! なんて言える自信は全く無いし、気持ちを押し付けるのは嫌。
そのせいで関係がぎくしゃくするなんてもっと嫌。
だけど……
だけど、やっぱり、強がり……も入ってる。
受け止めてもらえるのなら、受け止めて欲しい。
いざ受け止めてもらえなかったら、きっとショックを隠せない。
……わたしって、わがままだよなあ……
はあ、とため息をついて、ちらりとトラップに視線を送る。
彼は、いつもと全然変わらない様子でご飯を食べていたけど。
……ラブレター、書けたのかな。もう出したのかな?
聞きたいけど……聞いたって教えてくれるわけないよね。
それこそ、「おめえには関係ねえ」から。
……痛い。
このもやもやは当分晴れそうにもないってわかったから。
憂鬱な気分で、わたしは食事を続けた。
そして、予想通りもやもやは全く晴れることはなく……
翌日。
この日、わたしが暗い顔をしていたせいか、クレイやルーミィが随分と気を使って話しかけてくれたんだけど。
わたしが「ごめん、一人で考えたい」というと、二人とシロちゃんは、またまたお散歩に出かけてしまった。
ノルはしばらくバイトが忙しいみたいだし、キットンは飽きもせずに薬草収集に出かけているはず。
部屋で一人っきり。それは、考え事をしたり、原稿を書いたりするのにはすっごく都合がいいんだけど。
落ち込んでいるときに一人で考え込んでると、暗い考えしか浮かばないよね……
どんどんどんどん思考がマイナス方向に向かっているのを感じて、大きなため息をついてしまう。
ああーもう! こんなことなら、ルーミィ達と一緒に遊びに行けばよかった!!
机に向かう気力も無くて、ベッドで不貞寝をしていたときだった。
とんとんとん
遠慮がちなノックの音が、響いた。
誰だろ。宿のご主人……?
「はい」
「……入っていいか」
聞こえてきた声に、思わずとびおきる。
とととトラップ!? な、何でノックなんか……
「ど、どうぞ」
返事をすると、トラップは、何だか仏頂面で部屋に入ってきた。
いつもなら、遠慮もノックもなしでずかずか部屋に踏み込んでくるのに。
今日は、入り口付近に立ったまま、じーっとわたしの方を見てる。
「……な、何か用?」
沈黙が痛くて、わたしがひきつった笑みを返すと。
彼は、ずいっ、とわたしの方に、何かをつきつけてきた。
……これ、は……?
見覚えのあるピンクの便箋。それが、丁寧に畳まれて……
「書いてみたんだよ。手紙」
トラップは、ぼそぼそとつぶやいて、わたしの隣に腰掛けた。
「んで、パステル先生に、添削してもらおーと思ったわけ。どっか変なところがあったら、教えて欲しいんだけど」
ズキン
言われた言葉に、胸が痛くなる。
わたしに……読め、っていうの?
トラップが、他の女の子に書いたラブレターを。
彼は、わたしの気持ちを知らないから……あのラブレター、後半が本気で書かれたものだって知らないから、無理は無いんだけど。
……残酷。
「いいわよ」
けど、嫌なんて言えるわけがない。
教えてあげるって偉そうなことを言ったのはわたしだから。途中で放り出せるわけがない。
手が震えてることに、気づかれないといい……
そう思いながら、わたしは手紙を受け取った。
――突然手紙なんか出してわりいな。驚いただろ? けどな、顔を見たら絶対言えねえと思った。だあら、こんな方法を選んだんだ。
おめえには、はっきり言わねえと伝わらねえだろうから。だから、余計な前置きとかしねえぞ。俺は、ずっと前から、おめえのことが好きだったんだ。
いきなりんなこと言われても、信じられねえかもしれないけどな。でも、この気持ちは、嘘や冗談なんかじゃねえぞ。誓ってもいいが、真面目な、俺の本音だ。
どうして? って思うかもしれねえな。今までずっと一緒に過ごしてきたのに、どうして今更? ってな。
今更じゃねえ。ずっと前から好きだった。でも、言ったら今の関係さえ壊れそうで、それが怖かった。だあら、本当は伝えるつもりなんか無かった。
けど、もう我慢できねえ。このまま、俺の思いに気づくことなく、おめえに他の男ができて、いつか俺から離れるかもしれねえ。そう思ったら、書かずにはいられなかった。
おめえのことが好きだ。いっつも一生懸命で、人のことより他人のことばっか考えて。俺はそれをおひとよしだなんてよく罵ってたけど、それは俺にはぜってーできねえことだから。
いつも感心してた。俺には無いものばっかり持ってるおめえのことを。気が付いたら、目が離せなくなってた。
おめえはよく、自分を何のとりえもねえとか言ってたけど、俺は、おめえにだっていいところはいっぱいあること知ってるから。
一緒にいるだけであったかい気分になれる、そんなおめえのことを、いつの間にか好きになってた。
ずっと傍にいてえって、本気で思った。
こんなこと言われても、おめえにとっては迷惑なだけかもしれないけどな。
それでどうにかしてほしい、なんて思ってねえから。
ただ、俺だって男なんだってことを、意識してほしかっただけだ。
頼みがあるとしたら、一つだけ。
俺の気持ちを受け止めて欲しいなんて、高望みはしてねえ。
そのかわり、今の関係を続けさせて欲しい。
傍にいてくだらねえ冗談を言って笑いあえる、そんな関係で満足だから。
だあら……この手紙を読んで、態度を変えたりはすんなよ?
本当に、突然こんな手紙を出して悪かった。
明日からは、またいつもの俺に戻る。
読んでくれて、ありがとう。
わたしの書いたラブレターが、そのままトラップの言葉に変えられただけみたいな手紙。
好きな理由とかは、もちろん変わってるけど……
「うん、いいんじゃないかな……きっと、相手も喜ぶと思うよ」
わたしがそう言うと。
トラップは、何だか呆れたようなため息をついて、唇の端をつりあげた。
「……おめえ、念のために聞くが、それ誰にあてた手紙だと思ってんだ?」
「? マリーナ……じゃないの?」
エベリンに住む、トラップの幼馴染。女性としてパーフェクトに近い、とっても羨ましくて……少しだけ妬ましい、そんな女の子。
わたしがそう言うと、トラップはがっくりと床に膝をついた。
「あんでそこでマリーナが……中身読んでわからねえか……?」
「……え?」
言われてもう一度中身を読み返す。
……そう言えば、マリーナが「何のとりえもない」なんて言うわけないよね。
彼女、とりえだらけじゃない、そう言えば。
……すると……
「マリーナじゃないの? 誰? もしかして、リタとか?」
いや、まさかね。リタにはもっと当てはまらない気がする。
案の定、トラップはますます大きくうなだれて……
この手紙の相手……トラップの言ってる「おめえ」は……
自分のことを何のとりえもないと思ってて、自分のことより他人のことに一生懸命で、傍にいるとあったかい気分になれて。
そして……トラップの傍にいる、女の子……?
「……二枚目」
「え?」
「便箋の二枚目! 見てみろ!!」
「……ええ?」
二枚目?
言われて気づく。手紙が、実は二枚重ねてあったことに。
一枚目は、さっき読んだところで終わってる。そして、二枚目は……
真ん中に、ぽつんと一文だけ書かれている。
――パステル・G・キングへ。 トラップより――
……え?
「と、トラップ……?」
「……だあら……その……」
トラップは、真っ赤になって、視線をそらして言った。
「て、手紙に書いたとおりだよっ……悪かったな。ひねりのねえ文章で」
……な……
な、何を言ってるの? トラップ……
手紙に書いたとおり、って……それって……
あ、あなたが、わたしを……好き? まさか……
トラップは、それ以上は何も言おうとしなかった。
そのまま、無言で部屋を出て行こうとして……
「……待って!!」
反射的に呼び止めていた。
返事、返事しなきゃ。
今のうちに返事をしなきゃ。明日になったら、いつもの彼に戻る。手紙でそう書かれている。
だから……今日のうちに。いつもの彼じゃなく、真面目な彼であるうちに。
ぴたり、とトラップが立ち止まった。そのまま、振り返る。
彼の目をまっすぐに見つめて、わたしは言った。
「わたしの気持ちは……昨日、手紙で渡したよね?」
「…………」
「あれ、本音……だから」
「……マジか?」
信じられない、そういう表情をする彼に、大きく頷く。
……あ、でも……
「あ、ごめん。ちょっとだけ、嘘書いちゃった」
「……は?」
「『明日になったら、いつものわたしに戻るから』……って。嘘だよね。戻れなかった」
本当は、「戻れるように努力する」だ。
「トラップが、他の女の子にラブレター書くんだって思ったら……何でだろう。どうしても、いつものわたしでいられなかったよ」
わたしがそう言うと。
トラップは、見たことも無いような優しい笑みを浮かべて、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
「おめえのおかげだよな」
「……え?」
トラップの言葉に顔をあげると、彼は、すんごく嬉しそうな顔で、じーっとわたしを見ていた。
その目が、徐々に近づいてきて……
「おめえがラブレターの書き方教えてくれたおかげで、俺は無事、好きな相手に気持ちを伝えることができたんだよな。さんきゅ」
「……いえいえ」
ふふ、何だか嬉しい。
教えてあげた相手に感謝されるって……何だか、すごくいい気分。
自分が、人の役に立てたー! って思えるから。
わたしがにこにこしていると、彼は、ふっと微笑んで……
そして、耳元に唇を寄せた。
「んじゃ、お返しに俺もおめえに教えてやろうか?」
「……え?」
「イイコト」
つぶやく彼の言葉は、すごく意味深で。
次の瞬間、耳と、首筋に、暖かいものが触れた。
ぞくりっ! と全身を快感が走り抜ける。
「……ええ?」
「どうせ、おめえは何にも知らねえだろうから」
トラップの唇が、ブラウスの隙間から、肩の方へともぐりこむ。
背中にまわった手が、ゆっくりと背筋をなであげて……
そのたびに、ぞくっ、とする感覚は強くなり、膝ががくがくと震える。
……駄目、立ってられないっ……
がくん、とのけぞったわたしの身体を、トラップの腕ががっしりと支えてくれた。
そのまま、優しくベッドに横たえられる。
ぐいっ、と肩を押さえ込まれる。のしかかってくる、トラップの身体。
音が聞こえるんじゃないか、っていうくらい、心臓が大きくはねるのがわかった。
「トラップ……」
「なあ。俺に家庭教師、頼む気はあるか?」
にやり、と笑って、ブラウスのボタンに手をかける彼に。
わたしは、頷くしかなかった。
ああ、もう……わたしは、もうトラップには逆らえない。それっくらい、彼に夢中になっちゃってるんだって、わかってしまったから。
胸に冷たい空気が触れた。
熱いくちづけを受けたとき、理性とか、そういう色んなものが、まとめて飛んでいくのが、わかった。
「ねえ、そういえばトラップ」
トラップに散々「教えて」もらった後で。
狭いベッドの中でよりそいながら、わたしはそっと聞いてみた。
そもそもの疑問。一番最初に思ったこと。つまり……
「何で、ラブレターなんか書こうって思ったの?」
「……はあ?」
トラップは、だるそうに枕にもたれかかっていたけど。
わたしの言葉に、身を起こした。
毛布がずり落ちて、裸の胸が目に入る。急に気恥ずかしくなって、わたしは布団の中にもぐりこんだ。
トラップなら、手紙なんてまどろっこしい方法使わずに、ずばっと口で言いそうじゃない?
わたしがそう言うと、トラップは乾いた笑いを浮かべた。
「誰のせいでこんな方法とったと思ってんだよ」
「……え?」
首をかしげると、腕が、ぐいっと肩にまわってきた。
そのまま、抱き寄せられる。
「あの、誰のせいって……」
「おめえは、鈍いからなあ」
「……はあ?」
言われた意味がわからなくて首をかしげると、トラップは、くっくっと小さく笑って言った。
「おめえは鈍いから。口で言ったって誤解されるかもしんねえし。どさくさにまぎれて忘れられるかもしんねえし」
「…………」
何か否定できない自分がいる。わたしなら……トラップに口で「好きだ」って言われても。
確かに、言葉通りには、受け取らなかったかもしれない……
思わずつぶやくと、トラップは大きく頷いて言った。
「それに、手紙の方がいいんじゃねえか、と思ったんだよ」
「……え?」
意外な言葉に思わず身を起こすと、彼は、わたしをとりこにした笑顔で、言った。
「だって、手紙なら、一生形として残るだろ?」
俺の思いは変わらねえっていう意味もこめて、だから形に残る方法を選んだんだよ。
トラップのその気持ちが、とても嬉しかったから。
お礼の意味もこめて……とびっきりの笑顔とキスを、わたしは彼に贈っていた。
完結です。
エロ描写が途中で途切れてるのは、この後だらだら続けるよりはここですぱっと切って想像に委ねた方がいいかな、と思ったからですが
やっぱりちゃんと書いた方がよかったかなあ……
ところで、ファイルナンバリング見て気づいたんですが次の作品で多分50作品目ですね
これまで付き合ってくださった方々、本当にありがとうございます。
何か特別っぽい作品が書きたいけど、人の好みはそれぞれだしなあ……
シロ×ルーミィはあまり需要がなかったみたいだしパラレル嫌いって人もいるだろうしダーク作品もそうだし……
何か考えてみます。
>>186さま、おもいっきり笑わせて頂きました〜。
掛け合いが絶妙!!ありがとうございました。
>>トラパス作者さま、新作乙です!
トラップらしいトラップとパステルらしいパステルで萌!!
エロが途中でちょっとショボン(いやいや、贅沢はいけませんね)
がんばって想像を膨らませてみますw
>何か特別っぽい作品が書きたいけど、
トラパス作者さまの書きたい物を読みたいです。
マターリおまちしております。
>>185さま193さま
読んでくださってありがとうございました。
話がレイープなのでここでうPするのはドキドキでした。
続きは書いてますが、なにせ遅筆なもので・・・
8スレ頃には続きor新作がうPできたらよいな〜と思っておりますw
これからもよろしくお願いします。
やった。書き込めるようになってる…
>>173代行スレを勧めてくださった方、ありがとうございます。
>>109-110の続き…です。
ひんやりとした感触。
パステルの手は冷たい。
その指で引きずり出されて、おれの身体は熱く昂ぶった。
「もう、こんなに大きいよ…クレイ」
冷たくてさらさらで柔らかい手のひら。
こわごわとおれに触れながら、彼女は舌先で刺激を与えてくる。
「もっと…大きくしてあげる」
裏の筋をつぅっ、と舐めあげて、両手でしごく。
十分に焦らして、喉の奥まで飲み込むように吸い上げる。前後する。
いつの間に、おれの好きな動作を覚えたんだろう…
こうしてくれ、とリクエストしたことはないはずなんだけどな。
いつの間にか翻弄されるようになってしまった。
と、激しい動きを止めて、パステルはまた立ち上がった。
一生懸命すると酸欠になっちゃうんだよね、と言っていたっけ。
熱にうかされたような瞳で、おれを見上げた。
そのままくちづける。
「ありがとう」
「ううん…気持ちよかった?」
「よかった。このまま最後までして欲しかった」
「…駄目。そしたらクレイばっかりずるい。わたしも…してほしいもん」
「どうしてほしいの?」
「して…ほしい」
「具体的に」
「…この間、してくれたこと」
「それじゃわからないよ」
「わ…わかってるでしょ?」
「…さあ?違うかもしれないから、言ってみて」
「…」
「…」
「…舐めて、欲しいの…」
「どこを?」
「どこをって…」
「ここ?」
「んあっ!…違うよ、そこは…そこも好きだけど…そこじゃなくて…」
「どこ?」
「…」
「…」
「ク…クレイの意地悪…」
「たまには、いいだろ?」
「いやだよう…」
「しょうがないな。じゃあ、舐めてほしいところ、おれに良く見せて」
ベッドに腰をおろして、開かれた両脚の間に、おれはかがみこんだ。
4-376様(名前これでいいんでしょうか?)
ダークなのも(というか救いようのないやつも)わたしは好きです。
トラップやクレイやギアじゃありえないですもんね、
鬼畜なプレイとか強姦とか。
いつか挑戦してみようかな…ちょい怖いですが。
>>186様
すごい爆笑しました!!!
もっと書いて欲しいです。お願いします。
>>トラパス作者様
わたしのアク禁中に新作が2本も…神ですね。
シロルミが可愛かったです。ラブリー。
>>4-376さん
こういう話はわたし好きです。
続き見たいです。トラパスラブ!
後感想ありがとうです。
エロやっぱり書くべきだったか!(後悔中
>>186 わ、笑った……
壊れてる、といいましたが
あの年頃の男の子としては、これは普通じゃないでしょうか
この系統の話、また書いてください〜
>>サンマルナナさん
積極的パステルですね
意地悪クレイが新鮮です
4−376さんの作品を見て
めらめらと創作意欲がわいてどばーっと書き上げた作品があるのですが
あんまりにもダークで救いようが無いので躊躇中
これがいっそ鬼畜にまで行ってるのならまだしも、エロはやけに中途半端という……
どなたか見たい人います?
220 :
名無しさん@ピンキー:03/10/30 22:05 ID:8dCcpay6
>トラパス作家さん
見たいに決まってるぢゃないですか!
もちろん皆々様のエロエロも読みたいです!ぐっはー!待ち遠しいなぁ。
>>220さん
たとえたった一人でも
リクエストしてくださる方がいるのなら!
いえ、本当にありがとうございます。
せっかく書いたのに誰にも「見たい」って言われなかったらどうしようかと思いましたので
というわけで新作というか
本当はもっと後に書く予定だった「悲恋シリーズ」の3です
要注意!!
・パラレルです。設定は現代です。
・思いっきりダークかつ暗いです。明るい要素ゼロです。
・登場人物が全員不幸になってます。「ハッピーでないと許せない」という人は絶対見てはいけません
↑
こういう作品が嫌いな人はスルーでお願いします。
ではでは
(あ、気がつけばこれ投下50作品目だ……いいのかこんなので)
わたしは絶対に許されない。
「うっ……ううっ……」
広い部屋。豪華な家具。だけど、そこに漂う空気は冷たい。
一人で寝るには広すぎるベッドの上につっぷした。
止まらない涙。漏れる嗚咽。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
歯車が狂ったのは、いつ?
「うっ……うう……うわあああああああああああ!!」
我慢できなかった。
わたしは絶対に許されない罪を犯してしまった。
誰かに裁いて欲しい。誰か、わたしを裁いて……
「奥様」
かけられる言葉に、弾かれたように振り向く。
入り口付近に立っていたのは、わたしの罪の象徴。
「トラップ……」
名前を呼ぶと、彼は恭しくお辞儀をした。
とてもとてもわざとらしいくらいの丁寧なお辞儀。それが余計に、わたしの心をさかなでる。
「何しに来たの?」
「あれは、事故でした」
トラップは、丁寧な口調を崩さないまま言った。
ゆっくりとベッドの傍に歩み寄る。その足取りには、何の迷いもない。
「近寄らないで」
そう言うと、彼はぴたりと足を止めた。
あくまでも自分の立場はわきまえている。そう言いたげに。
そう。わたしと彼の関係は、主従関係。
わたしはこの、名門アンダーソン家の妻にして主人。トラップはこの家の運転手。
トラップはわたしの言うことには逆らえない。そんな関係。
「何しに、来たの?」
「奥様」
奥様なんて呼ばないで。
本当はそんなこと、思ってやいないくせに。
今更自分の立場をわきまえてるなんて態度をとらないで。
あなたはずるい。わたしがこれだけ罪の意識に苦しめられているのに。
どうしてあなたは、そんな平気な顔をしていられるの?
「どうして、平気でいられるの」
疑問がそのまま口をついて出た。
答えて欲しいなんて思ってない。ただ、止められなかっただけ。
わたしの質問に、彼は微笑みさえ浮かべて言った。
「あれは事故でした」
繰り返される言葉。
事故。ええそう。確かにその通りよ。
そうなるように、あなたが仕組んだくせに!!
「よくも、そんなことが……」
「旦那様が……クレイ様が亡くなったのは、不幸な事故です。そうではありませんか?」
「言わないで!!」
枕を投げつける。もちろん、彼にとってそれが何のダメージにもなりはしないことはわかっていたけど。
「どうして、どうしてこんなことになるの? わたしは、ただ……」
再び溢れ出す涙。それを見ても、トラップは眉一つ動かさない。
「あなたを、愛しただけだったのに……」
「…………」
「いつからこんなことになったの? トラップ。わたしはこれからどうすればいいの?」
「お好きなように」
わたしの言葉に、トラップは恭しくお辞儀をした。
「私は、あなたに仕える立場ですから。奥様のご命令とあらば……」
「…………」
そう、その通り。
夫のクレイが死んだ今、わたしは……この家の主人となった。
それは、つまり……この屋敷の中に、わたしに逆らえる人はいなくなった、ということだから。
「抱いてよ」
「…………」
「あの日のようにわたしを抱いてよ! そう言えば抱くんでしょう、あなたは!?」
「……それが、奥様のお望みであるならば」
わざとらしい、丁寧な口調。
ぎしり、ときしむベッド。
身体にかかる重みを受け止めながら、わたしはベッドに倒れこんだ。
これは、わたしの罪の証。
許されない恋に堕ちた、わたしへの罰。
あの日のことを、忘れないこと。
トラップに抱かれている限り、わたしは決してあの日のことを忘れられない。
そうして生涯自分の罪を忘れないことが、わたしに対する最大の罰。
優しい愛撫も、貫かれたときの衝撃も。
乾いたわたしの心には、何一つ潤いを与えない。
トラップの頭を抱きしめるようにして、わたしはまた少し、泣いた。
「俺と、結婚して欲しいんだけど」
クレイにそう言われたとき、わたしは、「へ?」と間抜けな返事をしかできなかった。
わたしと、クレイとトラップ。
クレイは一つ年上で、わたしとトラップは同い年。
わたし達三人の家は、それぞれが適度に名の通った名門の家系で、親同士が仲が良かったから、自然子供同士も親しくなった。
つまりは、幼馴染。
ずっと小さい頃から一緒に過ごしてきて、わたしにとって、彼らはもう実の兄弟みたいなものだったんだけど。
でも、大きくなるにつれて、お父さんやお母さんの話に、「結婚」って言葉が混じるようになって。
そうなってわかった。いつまでも子供じゃないって。
名家なんかに生まれたくなかった。
最近、つくづくそう思う。
わたしは、三人でずっと一緒にいられたらいいと思っていたのに。
わたしにとって、クレイはクレイでトラップはトラップ。彼らは二人ともとてもいい人で、よくいる傲慢な「お坊ちゃん」からはもっとも縁遠い人達だった。
三人でよく近所を探検に出かけたり、泥まみれになって走り回ったり。
親達はあまりいい顔をしなかったけれど、わたし達には、そんなこと何の関係もなくて。
そして、そのまま、月日だけが流れて行って。
名家になんか生まれていなければ、あんなことにはならなかったのに。
指輪を差し出すクレイ。彼の言葉に「ありがとう。もちろん」と承諾の言葉を返しながら。
わたしは、自分の運命を、呪わずにはいられなかった。
あれは、わたしが高校を卒業する年のことだった。。
一年上のクレイは、既に大学に入っている。もっとも、幼稚舎から大学までエスカレーター式の学校だったから、同じ敷地内に通ってはいたんだけど。
同じクラスのトラップ。わたしも彼も、このままなら順当にクレイと同じ大学に入る、そう思っていたときだった。
突然、トラップに呼び出されたのは。
「トラップ? どうしたのよ、突然」
「んー……いや、あのな」
鮮やかな赤毛を長めに伸ばし、細い身体をブレザーに包んだトラップ。
小さい頃は意識していなかったけれど。最近、やけに女の子達に騒がれるようになったのもわかるなあ、なんて、ぼんやりと考える。
クレイも、トラップも、かっこよくなった。
背だって伸びて、力も強くなって、顔もいいし頭もいい。
彼らのことを好きだっていう女の子はいっぱいいて、親衛隊みたいなものまでできている。幼馴染だっていうだけで、わたしは随分彼女達から嫌がらせを受けたけど。
そんなとき、トラップはいつもさりげなく庇ってくれた。学年が同じだから、必然的に、クレイよりトラップの方が一緒にいる時間が長くなった。
「あのな……おめえ、クレイのこと好きなんか?」
「……はあ?」
突然言われたことに、思いっきり間の抜けた返事をしてしまう。
い、いきなり何を言い出すのよあんたは!
「何言ってるのよ。クレイは幼馴染。いい人だなあとは思うけど……」
クレイ・S・アンダーソン。
さらさらの黒髪、優しそうな、欠点がどこにも見当たらないタイプの美形。かなりの長身に鍛えられた身体。成績は学年でもトップクラスで、剣道ではインターハイ優勝までした、まさに文武両道な完璧な人。
そんな彼と幼馴染であることを誇らしくは思うけど……でも、それ以上の気持ちは無い。
何て言うのかな。お兄さんとかお父さんとか……
クレイはとても優しくていい人だけど、彼のことを好きだって言うときの「好き」は、あくまでもそういう意味でしかないんだ。
わたしがそう言うと、トラップはほっ、とため息をついて……そして言った。
「……んじゃ……さ……他に好きな奴は、いんのか?」
「……トラップ。一体何が言いたいの?」
彼の言いたいことがわからなくて、ちょっと苛立ってしまう。
はっきり言って欲しい。……もし……
もし、わたしのこの勝手な予想が当たっているとしたら。
「いんのか?」
「それがどうかしたの?」
わたしがそう言うと、トラップは、髪と同じ色に顔を染めて、そして言った。
「だあら……お、俺を、好きにならねえか?」
「……はあ?」
それは、照れ屋な彼らしい、実に素直じゃない告白だった。
だけど、とても嬉しかったから。
いつからトラップのことを好きだったのかはわからない。
幼馴染としてずっと一緒に過ごしてきて、笑って喧嘩して怒って泣いて、相談して冗談を言って守られて。
そんなことをしているうちに、いつの間にかトラップのことしか見れなくなっていた。
「……無理!」
わたしがそう言うと、トラップは面白いくらいにがっくりとうなだれた。
小さく笑う。きっと、次に彼は怒るだろうってことがわかったから。
「だって、とっくに好きになっちゃってるもん」
そう言うと、予想通り頭を小突かれて、そして抱きしめられた。
幸せだった。
初めてキスしたのは、卒業式の日だった。
初めて抱かれたのは、大学一年の夏休みだった。
「今時珍しいわよ、あんた達みたいなうぶなカップルって」
親友のマリーナには、よくそう言ってからかわれたけど。
いいんだもん。わたしはそれで、十分に満足なんだから。
トラップと付き合い始めてから、クレイと顔をあわせる時間が段々と減っていった。
だけど、クレイはあまり気にしてないみたいだった。
「大学入ったら、色々付き合いも増えるしな」
そんなことを言って笑っていた。
トラップとのことが言えなかったのは、照れくさかったから。
誰よりもわたし達のことを知っている彼だからこそ、恥ずかしかった。
「けどさあ、普通気づくだろ? あいつも大概鈍い奴だよな」
「そうだよね」
そんなことを言って、トラップと二人で笑っていた。
大学一年の夏休み。
「あのさあ、どっか旅行でも行かねえ?」
「どこに?」
「……海とか。車出すからよ」
そのとき、トラップは免許を取ったばかりだった。
ちゃりっ、と車の鍵を見せられて、わたしは念を押したっけ。
「スピード出しすぎないでよ? 事故は嫌だからね」
「ばあか、俺の運転テクニックを見て腰抜かすなよなあ。んで、行くのか? 行かねえのか?」
そう聞いてくる彼の腕に自分の腕をからませて、わたしはわざと聞いた。
「もちろん、日帰りよね?」
その瞬間、トラップの顔がすごく残念そうに曇ったこと、そのくせ、わたしの笑顔を見て、ぷいっと顔をそらしたこと。
「おめえがその方がいいって言うんならな」
一言一句覚えている自分に驚く。それくらい、幸せな記憶だったってことだよね。
すねる彼に身体を寄せて、わたしは言った。
「残念。わたしは、どっちかって言うと、泊りがけの方がいいなあ」
そう言うと、トラップの顔が一瞬にして輝いて。
ぐいっ、と肩に腕がまわされた。
「おめえがその方がいいってーのなら、それでもいいけどな?」
「トラップにまかせる」
答えなんか、わかりきってたけどね。
そっと重ねられた唇。背中に回される腕。
そんな何気ない日常が、いつまでも続くものだと、そう思っていたのに。
初体験は、痛いっていう記憶ばかりが残っているけど。
でも、トラップはとても優しくしてくれた。
裸のまま同じベッドで眠って、翌朝目が覚めたとき、すごく気恥ずかしかった。
「俺さあ、ずっとこういう朝を迎えてえ」
そしたら、もうちっと寝起きがよくなるぜ?
そう言う彼に、「トラップの寝起きがよくなるなんて、ありえるの?」と返すと。
トラップは、くしゃりと赤毛をかきあげて、わたしの目を覗き込んだ。
「おめえさ、意味わかんねえの?」
「……え?」
「おめえと、ずっと一緒に寝たい、そう言ってんだけどな? 俺は」
それが彼なりのプロポーズだと知って、顔が真っ赤になったのを覚えてる。
「返事は?」
「……えと……い、いいよ」
「……もうちっと気の利いた台詞は言えねえのかよ」
呆れた、とトラップはため息をついて、そしてぎゅっとわたしを抱きしめた。
「結婚してくれっか?」
「……はい」
思えば、それが幸せな記憶の最後。
この旅行から帰ってきたとき、何もかもが壊れるなんて……そのときのわたしには、わからなかった。
「え……?」
わたしの家に、古くから仕えてくれている、執事ノル。
彼の言葉を聞いたとき、わたしはしばらく、その意味がわからなかった。
「し、死んだ……?」
「……はい」
ノルは、沈痛な面持ちで言った。
「旦那様と、奥様は……もう、手の施しようがない、と……」
ノルが告げたのは、突然の事故による両親の訃報だった。
それも……
「何ですって……」
それは、信じられない言葉だった。
クレイのご両親と、トラップのご両親と、そしてわたしの両親。
仲がいいように見えたけれど、実は互いが互いを探りあっていた、と知ったのは、確か中学生くらいの頃だった。
少しでも、相手の家を出し抜こうと。
わたしの両親はとても心優しい人達で、そんな争いに本来向いた性格ではなかったんだけど。
父のお母さん……つまり、わたしのおばあさまが、とても厳格な人で、そういうことを気にする人だった。
両家に負けないよう、このキング家を盛りたてていくように。その資格が無いと判断したら、パステル……わたしに、しかるべきところから婿をとり、その人に家をつがせる、と。
わたしにそんな家柄だけの結婚をさせたくないから、と、両親はせいいっぱい頑張ってくれた。
おばあさまが亡くなって、そんな必要がなくなっても……今更関係を変えることはできなくって。
そして……
月に一度行われる、うわべだけの食事会。
それに参加した両親は、そこで事故にあった。
食事会の会場は、三家の屋敷を順番に提供していたのだけれど。
今回は、トラップの家が会場だった。
彼の屋敷は、周囲を自然に囲まれた、とても綺麗な家だったのだけれど。
六人が揃ったところで、悲劇が起きた。
崖崩れ。
屋敷の裏手の崖が、突然崩れて、屋敷は下敷きになった。
かろうじて、クレイのご両親とトラップのご両親は助かったけれど……わたしの両親は……
「お二人は、ブーツ様を助けようとして……そして、逃げ遅れた、ということです」
「…………」
ブーツ、はトラップの家名。
トラップの両親を助けて、わたしの両親は死んだ。
トラップの屋敷が事故に巻き込まれて、わたしの両親も……
「そんな……そんなっ……」
「パステルお嬢様。し、しっかり……しっかりしてください」
「いやあああああああああああああああああああ!!!?」
ノルの声も耳に届かない。
わたしはいつまでも、叫んでいた。
「こんなことになった責任は、取ってもらわねばな」
葬儀の場で、クレイのお父さんは、冷たくトラップ達に言った。
屋敷の建築にミスがあった、立地がどうのこうの。
難しくてよくわからなかったけれど、つまり、こんなことになったのは、トラップの家のせいだと。
アンダーソンさんもその奥様も、無傷じゃなかった。骨折や打撲、無数の怪我を負って、命からがら逃げ出した、と、トラップとそのご両親を責めた。
わたしの両親は死んで、アンダーソンさんも大怪我を負って、でも、皮肉なことに、トラップのご両親は、一番の軽傷で済んだ。
それは、もちろん喜ぶべきことなんだけど……
「俺達にどうしろと?」
「しかるべきものは払ってもらう。当然だろう?」
アンダーソンさんの言葉は残酷だった。
トラップ達家族は、突然屋敷を失って、多くの財産も失って。
そして残されたものも、全て賠償金としてわたしとクレイの家に払われることが決まって。
「裁判に持ち込まないだけ、ありがたく思え」
「ちょっと、お父さま……」
追い討ちをかけるように吐き捨てるアンダーソンさんを、クレイが必死にいさめていたけれど。
所詮、わたしも、トラップも、そしてクレイも。
その現場にはいなかったから。事故がどういう状況で起こったのかなんてわからないから。それに反論する術はなかった。
そして、アンダーソンさんの言葉は、それで終わりじゃなかった。
「責任は、取ってもらうぞ」
「っ……あのなあっ、うちの財産丸ごとあんたらに差し出すって言ってんだ、この上まだ何か文句があんのかよ!?」
たまりかねたように叫ぶトラップを見るアンダーソンさんの目は、とても冷たかった。
「治療費、慰謝料、賠償金。それは払って当然のものだ。責任は、また違う」
「けっ。うちにはもうおめえらに出すものなんざ何も残ってねえぜ」
そう吐き捨てるトラップに、アンダーソンさんは言った。
「いいや、ある」
「あんだよ」
「お前だ」
そのときのトラップのご両親の顔。絶望を張り付かせた表情を、わたしは一生、忘れることはできない。
「一生、無給でうちに仕え続けろ。それがお前にできる、罪滅ぼしだ」
「あにを……」
「……妻は……」
アンダーソンさんは、奥様……クレイのお母さんを、痛ましそうな目で見つめて、言った。
「あの事故のせいで、二度と歩くことはできないそうだ」
…………!!
視線が、いっせいに集まるのを感じてか、アンダーソンの奥様は、顔を伏せた。
両足に巻かれた包帯と車椅子が、とても痛々しい。
「妻の足のかわりに、運転手として、我が家で働いてもらう」
「と、トラップは関係ない!!」
さすがにたまりかねたのか、トラップのお父さんが立ち上がった。
「私が……」
「いつまで働ける?」
アンダーソンさんの言葉に、トラップのご両親の顔が凍りついた。
「お前達の年で、一体いつまで働ける? いつまで世話を続けることができる? 私達はもう老いていくだけだ。妻が死ぬまで面倒をみてもらう。お前達に、それだけの時間が残されているか?」
「っ…………」
言い返せなくなったのか。トラップ達一家は、黙り込んだ。
クレイも、クレイのお母さんも、必死に止めたけれど。
アンダーソンさんの怒りは、収まらなかった。
死ぬまで、クレイのご両親の世話をしろ。
それが、トラップに与えられた罰。
彼は何も悪くないのに……彼にだけ課せられた罰。
「すまない、すまない」
葬儀の後、わたしは見てしまった。
ご両親が、トラップに土下座をしている光景を。
それを、とても悲しい目で見つめるトラップを。
「しゃあねえって」
そうつぶやくトラップの表情は、とてもうつろだった。
「親父達のせいじゃ、ねえからよ」
……だけど。
あなたのせいでもないじゃない……トラップ……
それだけでも、十分にわたしはショックを受けていたのに。
とんでもない報告が来たのは、両親の四十九日が終わった直後だった。
「お嬢様……」
ノルの声が震えている。
わたしの前に立っているのは、ギア・リンゼイと名乗る、黒髪の美青年。
鋭く整った面立ちと、ナイフでそぎおとしたような無駄の無い体つきをしている。
「アンダーソン家の顧問弁護士だ」
そう名乗る彼が差し出したのは、借金の申し込み書。
そこに書かれていたのは、確かにわたしのお父さんの名前だった。
事業の失敗と、それに伴いできた莫大な借金。
それを払うために、アンダーソン家に助力を申し出たという。父の筆跡に、間違いなかった。
「ご両親が亡くなって、当然、この借金は、あんたに払ってもらうことになるんだがね、お嬢さん」
ギアの声は冷たかった。
その金額は、この屋敷に残されたものを売り払って、両親の保険金と、トラップの家から払われた慰謝料全てを合わせても、まだ足りない。
それくらいに、莫大な金額。
「……わたしに、これを払え、と?」
「いいや。払わなくてすむ方法もある」
ギアは、淡々と言った。
「相続放棄、という方法だ。両親の財産をつぐかつがないか、それはあんたの自由だ。そして、借金というのは、マイナスではあるが財産の一つとみなされる。あんたが相続を放棄するというのなら、この借金を払う必要はなくなる」
「だったら……」
「ただし」
身を乗り出しかけたわたしに、ギアはぴしゃりと告げた。
「あんたは何もかも失うことになる。この家もそうだし、家具も、服も、両親があんたに与えたものは、全て奪われることになる。それでもいいというのなら、好きにすればいい」
それだけ言うと、ギアは立ち上がった。
「返事は、一週間以内にしてもらえると、ありがたいね」
それだけ言って彼が立ち去った後も、わたしはしばらく動けなかった。
何もかも失う。
それは、この……両親の思い出がつまったものを、全て手放すということ。
でも、そうしなければ、わたしは借金を背負うことになる。
もちろん大学もやめて……そして……
「パステルお嬢様……」
「ノル。わたしはもう、お嬢様じゃないわよ……」
声をかけるノルに、力なく告げる。
ほんの数ヶ月前、あんなに幸せだったのに。
どうして、こんなことになってしまったの……
思い出を捨てることなんてできない。
借金を払う術はない。
わたしは、どうすればいいんだろう……
クレイがわたしの家を訪ねてきたのは、それから数日後のことだった。
「パステル……今回のことは、何て言ったらいいのか……」
優しい彼は、きっとお父さんのしたことを自分のことのように責任を感じてくれているんだろうけど。
「クレイは、何も悪くないよ」
わたしがそう言うと、クレイは目を伏せて首を振った。
「お父様を止められなかったのは、俺の責任だよ。トラップの奴も……運転手として、うちで母の世話をしているけど、あいつもパステルと同じことを言ったよ。『おめえは悪くねえだろ』って。だけど……」
がしっ、と自分の頭を抱えて、クレイは言った。
「だけど、それなら、トラップとパステルが何をしたって言うんだ? 今回のことは一方的な事故じゃないか。それなのに、トラップは財産も家も失って、パステルは両親を失って。どうしてこんなことになるんだ?」
「クレイ……」
「しかも、そんな君に……」
クレイは何かを言いかけたけれど、そこで口をつぐんだ。
何となくわかる。
ああ……クレイは、知ってるんだな、って。
わたしの両親が、クレイのご両親に借金をしていたことを、知ってるんだな、って。
「クレイ、いいのよ。わたしのことは……」
「バカ、いいわけないだろう!? ……パステル」
ぐっ、とクレイはわたしの手を握った。
真剣な目で、わたしの目を覗き込む。
「トラップを助けられなかった。だから、俺は君だけでも助けたいんだ。もう、お父様の許可は取ってある。俺には、君を救うことができる。たった一つだけ、方法がある」
「……え?」
救う。わたしを救う?
そんな方法が、どこに……
クレイが差し出したのは、小さな箱だった。
綺麗にリボンがかけられた箱。開くと、中からは、小さな石のはまった指輪が出てきた。
「クレイ……?」
「俺と、結婚して欲しいんだけど」
「……へ?」
クレイと結婚すれば、借金はなかったことにしてもいい。
それが、アンダーソンさんの返事。
わたしに、他の返事は許されていなかった。
それしか、両親の思い出を守る方法はなかったから。
「ありがとう。もちろん」
心が痛かった。
最後に浮かんだのは、トラップの、何もかも諦めきったような、うつろな表情。
「もちろん、お受けするわ……」
きっと、今のわたしは、あのときのトラップと同じ表情を浮かべているに違いない。
わたしの家は、ノルが残って管理してくれることになった。
彼には本当に感謝している。両親亡き後も、わたしの家に仕えることをためらわなかった彼に。
そうして、わたしはアンダーソン家へと嫁いでいくことになった。
それは、とても残酷な事実を目の当たりにすることになったけれど。
「……パステル」
アンダーソン家の門をくぐったとき、目に入ったのは、車を磨いているトラップの姿。
普段のカジュアルな服装とは全く違う、スーツ姿のトラップ。
そして、その彼の傍に立っている背の低い男の人は、アンダーソン家の執事、キットン。
わたしの顔を見つめるトラップに、キットンの叱責がとぶ。
「トラップ、あなたという人は……その口の利き方は何とかならないんですか!」
「…………」
「パステル様は、クレイ様の奥様になられる人です。あなたが気安く口を利けるような方ではないんですよ!」
「…………」
まくしたてるキットンを、トラップはとても冷たい目で見下ろした。
そして、わたしに小さく頭を下げた。
「……失礼しました、パステル様」
「……いえ……」
これは、わたしが選んだこと。
溢れそうになる涙を抑えて、アンダーソン家の玄関をくぐる。
これからは、わたしはクレイの妻として、トラップに接しなければならない。
どうして……こんなことになってしまったの?
案内された部屋の中で、わたしは長いこと、泣き続けた。
クレイはとても優しかった。
ずっと以前からそうだったけれど。結婚して、さらに優しくなった。
大学も卒業させてもらえたし、失敗をして、アンダーソンさん……お義父さんに怒られていると、いつもすっとんできてかばってくれた。
そして。
「……ごめんなさい」
「無理しなくていいよ」
同じ寝室。それは、結婚してるんだから当然のこと。
大きなダブルベッドで、わたしは身をちぢこませていた。
クレイは優しい。
わたしがクレイを拒絶しても、絶対に怒らない。
「無理もないよ。ずっと幼馴染で、そんな対象として見てなかったんだろ? 急には無理だよ」
俺は、いつまででも待つから。
そう言ってくれたクレイに申し訳なくて、わたしは彼の顔を見れなかった。
クレイはわたしとトラップの関係を知らない。
わたしの身体が、既にトラップを受け入れていることも知らない。
それを知ったら、クレイは……どんな顔をするんだろう?
言えない。
そして。
まだわたしがトラップを愛していることも、言えない。
クレイを裏切っている自分が、トラップを諦められない自分が、情けなかった。
クレイと結婚して、数年。
全てが狂ったのは、それだけの月日が流れてから。
「な……何、ですって……?」
わたしとクレイの前に立っているのは、頭に包帯を巻いたトラップ。
「……すまねえ……」
いつもの口調で言いかけて、そしてトラップは、思いなおしたように言葉を変えた。
「申し訳ありません。私の、不注意です……」
トラップの言葉は、事故の報告だった。
お義父さんとお義母さんを乗せて、大事な集会に出かける途中。
ハンドル操作を誤ったのか、スピードを出しすぎていたのか。
とにかく……車は事故を起こした、と。
そして……トラップは、頭を打ったけれど、命に別状はなかった。
けれど、二人は……
バタバタバタ!
騒がしい足音が響き、キットンが、部屋にとびこんできた。
「ご報告します、クレイ様! 旦那様と奥様が……」
皆の視線が、一斉にキットンに集まる。
「……ただいま病院から連絡がありました。お二人とも、助からなかったそうです……」
わたしは、呪われているのかもしれない。
突然の不幸に、茫然とするクレイ。うなだれるトラップ。
二人の姿を見ながら……わたしは、意識が遠のいていくのを感じた。
目が覚めたとき、既に葬儀は終わっていた。
酷い事故で、トラップが助かったのも奇跡のようだというのが、警察の答え。
もちろんトラップは過失を追及されたけれど、事故現場の状況を見る限り、トラップだけが悪いのではないし、彼が真面目に職務をこなしていたことは、屋敷中の人間が証言した。
だから、罪に問われることはなかった。
そうして屋敷に戻ってきたトラップに、クレイは言った。
「……お前は、もううちにいなくてもいいんだぞ?」
「…………」
「お父様も母さんも死んで……お前をうちに縛り付ける人間は、誰もいなくなったんだ。だから、もういいんだぞ?」
「……いいえ」
クレイの言葉に、トラップは首を振った。
その表情は、どこまでも冷たかった。
「このたびのことは、私の責任です。責任は、取ります。クレイ様……いいえ」
そうして頭を下げる姿は、どこまでも、彼に似合っていなかった。
「旦那様」
アンダーソン家主人。
それが、クレイに与えられた新たな名前。
そして、わたしはその妻として、「奥様」と呼ばれる立場になった。
何て……似合わない言葉。
「パステル?」
ぼんやりとトラップを見つめるわたしに、クレイが声をかけてきた。
その言葉に、微笑を返す。
クレイのご両親が亡くなっても、わたしの立場は変わらない。
わたしの借金を全て受け止めてくれて、両親の思い出も守ってくれて、そして身体も許せない情けないわたしを、いつも優しく見守ってくれているクレイを、今更裏切るなんてできないから。
「何でもない」
「そうか。お父様と母さんが死んで、これから忙しくなると思うけど……俺についてきてくれるかい?」
「当たり前じゃない」
わたしがそう言ったとき。
トラップの目が、酷く冷たくわたしをにらんだように見えたのは……
きっと、わたしの気のせいじゃない。
クレイがアンダーソン家をついでから、彼はとても忙しくなって、顔を合わせる機会も減った。
トラップは、運転手として、クレイやわたしの送り迎えをもくもくとこなしている。
とても穏やかで、刺激の無い日常。
「奥様」
呼ばれて振り向く。立っているのは、キットン。
「旦那様からお電話で、今日は家に帰れそうもない、ということです」
「そう……ありがとう」
またかあ、という気持ちしかない。
クレイは滅多に家に帰ってこない。仕事や付き合いが忙しくて、それに慣れるのがせいいっぱいで。
本当は、わたしはそれを悲しむべきなのかもしれないけれど……
彼の顔を見ずにすむのは、正直に言えば、嬉しかった。
罪悪感を感じずに済むから。
「あの、それで、奥様」
「え、何?」
キットンは、用件を告げた後も、しばらく入り口に立っていた。
仕事が終わったらさっさと退室する彼にしては珍しい。
「何か用?」
「いいえ。あの、奥様、まことに勝手なお願いですが……今日、外出させていただいて、よろしいですか?」
「ああ……何だ。もちろん、いいよ。どこかに出かけるの?」
「はい。病院からちょっと声がかかりまして」
キットンは、こう見えて薬剤師の資格も持っていて、優秀な論文を何本も発表しているらしい。
そんな彼が何故執事なんかやっているのかはわからないけれど……
とにかく、そういう理由があるのなら、止める理由は何も無い。
「いいわよ。頑張ってね」
「ありがとうございます。明日には帰ってきますので。それでは、これから出かけます」
そう言って、彼は今度こそ部屋から出て行った。
ドアを閉める寸前、ふと思い付いたように振り返る。
「後のことはトラップに頼んでおきますから。何かあったら彼に言ってください」
バタン
ドアが閉まる。部屋にはわたしが一人残される。
トラップ。
クレイは今日帰ってこない。キットンも出かけてしまった。
この家に、今夜は……わたしとトラップの二人しかいない。
そのことに気づいて、ふと背筋が寒くなるのを感じた。
通いの料理人であるリタが夕食の後片付けを済ませて帰ってしまうと、屋敷の中は急に静かになった。
部屋は一人では広すぎて、落ち着かなかった。
ごろり、とベッドに横になったけれど、時間はまだ夜の九時を少しまわっただけで、当分眠れそうもなかった。
「……本でも読もうかな」
そんなことしかやることが無い。
わたしは立ち上がると、階段を降りて行った。
どうしようもなく寂しいとき、わたしは、図書室と呼ばれている部屋から、本を持ってきて読むことにしている。
このアンダーソン家には、大量の書物が置いてあって、それは、どうにも満たされないわたしの心を少しは癒してくれた。
そうして、階段を降りきったとき……
「…………?」
台所から、光が見えた。
そのとき、何故わたしがそちらに足を向けたのか。
この家に残っているのは誰か、それを考えれば、そこに誰がいるかなんてわかりきっていたのに。
わたしの足は、吸い寄せられるようにして、台所へと向かった。
「……何、してるの?」
ガタンッ!!
入り口で声をかけると。
中でテーブルについていた人影が、弾かれたように振り返った。
「奥様……」
言うまでもない。今、この家にはわたしと彼しかいないのだから。
トラップ。
テーブルの上には、簡単な食事が乗せられていた。
一人で、食事をしていた……トラップやキットンが、わたしやクレイと一緒に食事をすることは絶対に無い。
彼らがいつ食事をしているのか、わたしは知らなかった。
こんな時間に……
「ごめん、食事の邪魔しちゃって」
「いえ……」
わたしがそう言うと、彼は黙って立ち上がった。
その目は伏せられたまま。態度には、ぎこちなさが残ったまま。
その姿を見て悲しくなった。
こんなはずじゃなかったのに。
仲のいい幼馴染、素敵な恋人、そして将来の夫になるはずだった人なのに。
どうして……こんなことに……
「キットンは……今日は、帰ってこないって」
そう思ったとき、言葉が自然に溢れてきた。
「クレイも、今日は、帰ってこれないって……」
わたしの言葉に、トラップの肩が強張った。
「だから……もう、そんな態度は、やめて」
ぽろり、と目から涙がこぼれ落ちた。
「やめて。トラップ……わたしのことを、『奥様』なんて呼ばないで。わたしは……」
わたしがそう言った瞬間。
トラップの顔が、ゆがんだ。
怒りをこらえるような、涙をこらえるような、複雑な表情で。
手が白くなるほどに拳を握り締めて、つぶやいた。
「パステル……」
「…………」
すいっ、と彼の元に歩み寄る。
その腕に手をかけると、トラップの身体が、びくりと強張った。
「わたし……まだ、クレイに抱かれてないの」
「…………」
何を言ってるんだろう、と思う。
突然何を、言い出すんだろう。
でも、止められない。どうしても、伝えたい。
ずっとずっと心の底に押し込めてきた、この思いを。
「駄目だったの。クレイはあんなに優しくしてくれて、わたしのことを助けてくれて……それなのに、どうしても駄目だったの。だって、だってわたしはっ……」
ばっ、とトラップの胸元をつかむ。すがりつくようにして、つぶやいた。
「あなたを、まだ愛しているから……」
「……っ……パステルっ……」
ぐっ、と背中にまわされる、力強い腕。
体重を預けると、トラップの身体は、しっかりとわたしを受け止めてくれた。
「……どうして、この家にいるの?」
「…………」
「事故だったんでしょう? どうしようもなかったんでしょう!? どうして、まだこの家にいるの? あなたが、傍にいたから……わたしは、いつまで経っても……」
「俺はっ……」
耳に届く、甘い言葉。苦しいくらいにわたしを抱きしめる腕。
「おめえを愛してるから……」
「…………」
「おめえの傍にいたかった。この家を出ちまったら、おめえと二度と会えねえんじゃねえかと思った。それが怖かった。だあらっ……」
「トラップ……」
これは罪だとわかってる。
許されない愛だとわかってる。
それでも、止められなかった。
顔をあげると、トラップの唇が降ってきた。荒々しくわたしの唇を奪い、全てをからめとり、強く吸い上げる乱暴なキス。
そんなキスでも、嬉しかった。
唇が離れたとき、わたしは自然につぶやいていた。
「抱いてよ……」
「……ずっと、こうしたかった」
トラップの腕が、わたしの身体を軽々と抱き上げた。
そのまま運ばれたのは、わたしの寝室。
いつもは、クレイと寝ているその場所に、トラップは、乱暴にわたしを投げ出した。
のしかかってくる身体、はぎとられる服。
全ての行為が荒っぽくて、性急で、それでも、わたしは嬉しかった。
「トラップ……」
「パステルっ……」
むさぼるようにして、お互いを求め合う。
トラップの唇が、わたしの身体にいくつも痣を残した。
彼の手は、わたしの身体をあますことなく触れていき、そういった行為に慣れているとは言いがたい身体を、確実にほぐしていく。
「ああっ……や、やあっ……あんっ……と、トラップ……」
細い指先が、わたしの中へともぐりこむ。
酷く恥ずかしい音を立てて、わたしのそこは、あっさりとそれを受け入れた。
「やっ……」
「……マジかよ……」
トラップのつぶやきが漏れる。
「結婚して……何年も経って、クレイの奴とは、一回も寝てねえのか……?」
どうしてわかるの? と聞きたかったけれど聞けなかった。
わたしが経験したのは、ただの一度っきり。
あの大学一年の夏、トラップと経験した、あの一度だけ。
「そう、だよ……だって」
涙で濡れた目で、トラップを見上げる。
この涙は嬉し涙。そうに違いない。
「だって、トラップのことしか、考えられなかったもん……」
「……俺も……」
ぐっ
トラップの身体とわたしの身体が、繋がった。
トラップは、随分と時間をかけてわたしをならしてくれたけれど……それでも、ひどく久しぶりなその行為は、わずかな痛みを与えた。
「うんっ……」
「……痛えか?」
「ううん……平気……」
トラップが相手なら、どんな痛みだって、耐えられる。
わたしがそう言うと、トラップは低く笑って、そして動き始めた。
慎重で、わたしのことを心から大事にしてくれているのがわかる、緩慢で力強い動き。
彼の身体が動くたび、わたしの身体は、確実に反応を返していた。
「あっ……あ、ああっ……と、トラップ……」
「…………」
トラップは無言で行為に没頭していた。
彼の身体から力が抜けたとき、わたしは自ら、彼の身体を抱きしめた。
そうして、わたしとトラップは、明け方までお互いの身体を求め合った。
ようやく彼が身体を離したとき、窓の外は、明るくなりかけていた。
「……おめえを、離したくねえ」
「わたしも……」
「逃げて、くれるか?」
「……それは、駄目」
わたしの言葉に、トラップの顔に絶望の表情が走った。
「どうしてだ?」
「クレイを裏切れない」
裏切れるわけがない。
クレイは何も悪くないのに。むしろ、彼はわたしにとてもよくしてくれた。
彼がいなければ、わたしはこんな優雅な生活を送ることはできなかった。借金に追われて、夜の仕事に身を堕としていたかもしれない。
それなのに、どうして今更裏切れるの? それくらいなら……最初から、結婚したりはしなかった。
「クレイのことが、好きなのか?」
「好きよ」
嫌いになれるわけがない。いっそ嫌いになれたら、楽だったのに。
「あんなに優しい人を、わたしは他に知らない」
「俺だって知らねえよ」
「……わたしは、どうしたらいいの?」
「…………」
「クレイのことが大好きなのに愛せなかった。トラップのことを諦めきれなかった。こんなわたしは、一体どうしたらいいの!?」
「……パステル」
ぎゅっ、と抱き寄せられる。
その腕は、力強く、そして暖かかった。
「俺に、まかせておけ」
「トラップ……?」
「俺が……何とかしてやる」
どうしてだろう。その言葉に、とても不吉な響きを感じたのは。
それがわかっていたのに、断れなかったのは。
「いいの……?」
「ああ」
トラップの答えに、迷いはなかった。
「おめえのためなら、この手をどれだけ汚しても……構うもんか」
それは、3日後のことだった。
「え? パーティー?」
「そう。付き合いのある家からの誘いでさ。夫人同伴で来てくれって……何か用事はある?」
「ううん、無いけど」
クレイの言葉は唐突だった。
古い付き合いのとある屋敷で、パーティーがある。
仕事から帰ってきて、クレイは開口一番にそう言った。
もちろん、わたしに特に用事があるはずもない。
「でも、そういうことはもっと早く言ってよね。ドレス、選ばなきゃ」
「ごめんごめん。俺も突然言われたんだ。待ってるから、準備してきてよ」
「うん、ちょっと待ってて」
部屋にとってかえって、クローゼットをあさる。
こういうパーティーに呼ばれるのは初めてじゃないから、ドレスも何着が準備してる。
ひまわり色の肩の開いたドレスを選んで、上からショールを巻きつけた。髪をアップに結い上げて、化粧をしてアクセサリーを身につける。
大学生になるまではしたこともなかったそんな行為も、ここ数年ですっかり慣れてしまった。
着飾って下に降りると、クレイが、トラップと話していた。
思わず立ち止まる。トラップの視線が、一瞬わたしをとらえた。
その視線があまりにも鋭くて……息が止まりそうになった。
もっとも、本当に一瞬のことだったけれど。
「クレイ。準備できたわよ」
「ああ、早かったね。じゃ、トラップ。よろしく頼む」
「……はい」
トラップは、ひどく似合わない丁寧な仕草で礼をして、玄関へと向かった。
「どうぞ、お乗りください。旦那様、奥様」
開けられた車のドア。
それに乗りたくない、と思ったのは……何でなんだろう?
「ごめん、遅れそうだから、なるべく急いでくれ」
「かしこまりました」
せかされるようにして席に座る。
車は、音も無く走り出した。
「おい、トラップ。どうしてこんな道を?」
「近道です。遅れそうなのでしょう?」
「ああ。そうか、頼む」
「おまかせください」
そんな会話の後、車は、見覚えの無い道を走り始めた。
呼ばれた屋敷は、これまでにも何度か行ったことがある。
何だかその方向とは全然別の方向へ進んでいるような気がしたけれど、方向音痴気味のわたしにはよくわからなかった。
そうして、車がしばらく走ったときだった。
「……なあ、トラップ」
クレイが、不安そうに辺りを見回した。
「お前、この場所は……」
「……気づいたか? クレイ」
トラップは、振り返りもしなかったけれど。
急に周囲が寒くなったような錯覚に襲われて、わたしは思わず、前の背もたれを握り締めた。
「トラップ……?」
「おめえをこう呼ぶのは久しぶりだな、クレイ」
「トラップ、お前どうしたんだ!?」
トラップの声にただならぬものを感じたのか、クレイが必死に呼びかけたけど。
トラップは、前方を凝視したまま、振り返らない。
「お前……一体……」
「おめえにゃわかってるはずだぜ、クレイ。今走ってる場所がどこなのか」
「……ああ」
「何……? ねえ、二人とも何の話をしているの!?」
トラップとクレイの間に漂う緊迫感。
これは……一体何……!?
「パステル」
呼びかけたのは、トラップだった。
「言ったよな? 俺が何とかしてやるって」
「トラップ……?」
車のスピードが、上がったような気がした。
「ここはな、以前俺が事故った場所だ」
「え……?」
「クレイの親父とお袋さんが死んだ、あの場所だよ」
「…………!!」
その声音にひどく危険なものを感じて、わたしは思わず身を乗り出そうとしたけれど。それは、クレイに止められた。
「トラップ……一体何の話しだ?」
「クレイ。俺は、おめえのことを親友だと思ってた」
クレイの言葉を無視して、トラップは続けた。
「おめえほどいい奴は他にいねえって思ってたよ。おめえみたいな奴が幼馴染で、俺それがすげえ自慢だったんだぜ? どこで俺達は、こんな風になっちまったんだろうな」
「トラップ……」
トラップの足が、アクセルを踏み込んだ。
車の通りが少ない道。どんどんスピードを増す車。
「嫌いになれたら楽だった。おめえを憎めたら、こんなことをせずにはすんだのに」
「トラップ……?」
「おめえは鈍すぎたぜ。どうして、俺の気持ちに気づかなかった? 俺がパステルをずっと愛してることに、何で気づかなかったんだよ」
その言葉はとても静かだった。激情に近い感情は、何も含まれていないようだったのに。
それを聞いた途端、クレイの顔から、血の気が引いた。
「何だと……」
「おめえの両親を殺したのは、俺だ」
ぐんっ
車のスピードがさらに上がる。
メーターは、既に100キロ近い数値をさしていた。
「トラップ……トラップ、何を言ってるの!? お願い、やめて……」
「パステルを手に入れるためなら、どんなことだってしてやる。パステルを自由の身にするためには、どうしたって、おめえの両親に生きててもらうわけにはいかなかった」
「トラップっ……」
100キロから、110キロへ。
この車は外車だから、その気になれば200キロ近い時速が出せるって聞いたことがある。
「まさか、お前はっ……やめろ、そんなことをしたら、パステルも!!」
「俺の運転技術を甘くみんなよ……後ろに座ってるより、前に座ってる俺の方がずっと死亡率は高えんだ。それなのにおめえの両親は死んで、俺は助かった。それは何でだと思う?」
バックミラーにうつるトラップの目には、狂気が光っていた。
顔が恐怖にひきつるのがわかった。クレイが、ハンドルを奪おうとしたみたいだけれど、後ろの席からそんなこと、できるわけもない。
130キロを超えた。
目の前に、急カーブが迫ってくる。
「トラップっ……!!」
「トラップ、やめてっ……」
「……安心しろよ、パステル」
かけられた声は、どこまでも穏やかだった。
「おめえは死なねえよ。本当は、おめえまで危険にさらしたくなかった。だけど、クレイが死んだら、アンダーソン家の莫大な財産をつぐのはおめえだ、パステル」
「トラップ……?」
「おめえにつまんねえ疑いがかかるのだけは避けたかった。安心しろよパステル。おめえだけは絶対に助けてみせる。どんな手を使ってもなっ……」
「いやああああああああああああああああああああ!!」
目の前に、ガードレールと、その先に暗い光が見えた。
下は、海。
そう気づいた瞬間。車は、ガードレールを突き破って、夜の闇に身を躍らせていた。
わたしは許されない。
わたしのつまらないわがままのせいで、クレイは死んだ。そしてわたしとトラップは生き残った。
あの大事故で、どうしてそんなことが起こり得たのか、わたしにはいまだにわからない。
けれども、それは事実。
わたしを抱いた後、部屋を出て行くトラップに、毛布を投げつける。
トラップは、振り返りもせずに部屋を出て行った。
どうして、どうして。
トラップの望み通り、わたしは解放された。
莫大な財産を手に入れて、アンダーソン家の女主人となった。
けれども。
わたしの心には、決して消えることのない罪悪感だけが残されていた。
こんな結末を望んだわけじゃない。
クレイが大好きだった。できれば愛したかった。
その気持ちには、誓って何の偽りもなかったのにっ……
「バカ……トラップのバカっ……」
それでもトラップを嫌いになれない自分を、どこまでも責め続けるしかなかった。
誰か、わたしを裁いて……
バタン、とドアを閉める。
部屋の中から聞こえるパステルの嗚咽の声に、耳を塞ぐ。
これは、俺の罪。そして俺への罰。
廊下を歩いていくと、キットンと鉢合わせした。
「また……奥様の部屋へ?」
「ああ」
俺の言葉に、キットンは痛ましそうな表情をはりつかせて言った。
「どうして、本当のことを言わないのですか?」
「…………」
「いつまで、こんなことを続けるつもりですか?」
俺が答えずにいると、キットンはいらいらしたように言った。
「クレイ様」
「…………」
ゆっくりと髪をかきあげる。
手入れもしていないのに、あまり痛むということがない黒髪。
その下に走る傷は、一生消えることはないだろうと医者に宣告されている。
もちろん、そんなことはちっとも構わないのだけど。
あの事故で。
ガードレールを突き破って、車は海に転落した。
あのときの光景を、俺は一生忘れない。
最初からシートベルトはしていなかったらしい。トラップが、運転席から身を乗り出してきた。
窓を蹴り破って、パステルを外に引きずり出す。
その瞬間、自分がしたことを……俺は、一生忘れられないだろう。
外に出ようとするトラップの足をつかむ。このままだと、俺は死ぬ。そう悟ったとき、無我夢中になった。
車の中に水が流れ込んで、すごい勢いで沈み続ける。
もみあいになった。力なら、トラップより俺の方が強い。
先に脱出に成功したのは、俺だった。
……できることなら、トラップも助けてやりたかった。
例え殺されそうになっても、俺は、トラップを親友だと思っていた。
いや、今でも思っている。
だけど。
脱出に成功して、トラップをひきずりだそうと振り向いた俺が見たものは、もう手も届かないような海中深くに沈んでいく車だった。
トラップの姿が車の中に残されているのを、はっきりと見てしまったのは……それは、神が俺に与えた罰に違いない。
迷う暇は無かった。俺には、先に助けなければならない人物がいたから。
海中を漂うパステルを救い出し、岸に這い上がれたのは、奇跡としか言いようがない。
だけど……
パステルが意識を取り戻したとき、その目は、既に俺を見てはいなかった。
「トラップ」
俺を見て、彼女はそうつぶやいた。
「トラップ……何て、何てことをしたの……」
「パステル……」
「わたしのせいなの?」
トラップの名を呼びながら、パステルは俺の身体にしがみついて言った。
「わたしがあなたを愛したから……あなたを諦められなかったから。だから、こんなことになったの!?」
そのときの俺の衝撃は、言葉では説明できない。
それ以来、パステルは俺をトラップだと思い続けている。
それだけ、彼女はトラップに生きてて欲しかったんだろう。
現実を否定しても。
そう悟ったとき、俺にできたことは、彼女の夢につきあってやることだけだった。
「クレイ様……旦那様。どうして、あなたはそこまで……」
「……愛してるからだよ」
視線をパステルの部屋に向ける。
愛していた。ずっと小さな頃から守ってあげたいと思っていた。
最初は妹のように、やがて一人の女性として。
その気持ちは、裏切られていたと知った今でも、決して変わっていない。
一生、変わらない。
「クレイ様……」
「これは、俺に与えられた罰だ」
トラップの気持ちも、パステルの気持ちにも気づかず。
二人を救ってやるつもりで、絶望を与えて追い詰めた、俺の罪。
一生許されることのない、罪。
だから、俺は甘んじて受けよう。その罰を。
それに……
決して俺に手を触れさせようとしなかった彼女が、「トラップ」と名乗ることで自ら身体を投げ出してくれるのならば。
例え偽りだとしても、愛してもらえるのならば。
それは、俺にとっても、決して悪いことじゃないから……
廊下を歩いていく。アンダーソン家の主人として、やるべき仕事は山のようにあるから。
部屋に入る俺を迎えてくれる者は、誰もいなかった。
完結です。
長っ!(汗 暗っ!(汗汗
スレ汚してすいません。
明日は明るめの作品書きます。
パラレル嫌いな人、本当にすいません。
>>トラパス作家さま。
新作お疲れ様です!!
最後の、キットンが「クレイ様」と言うシーン・・・鳥肌ものでした!
話は確かにダークですが、面白かったです。
ものすごい文才です!!も〜〜〜〜興奮です(><)
253 :
186:03/10/30 23:20 ID:seX9cvBT
呼んでくださった方々ありがとうござい。。
ちゃんと笑いを取れたようでうれしいです。
やっぱり笑いって、一日の原動力ですよね…なんていってみたり。
前に書いたトラマリは話の続きがなくて書けなかったんですけど、
これはがんばって続き考えて書こうと思います。
新作投下の暁にはまた読んでください。
254 :
186:03/10/30 23:26 ID:seX9cvBT
>呼んでくださった方々ありがとうござい。。
→読んでくださった(以下略
誰も呼んでねえよ、って感じですね。素で間違ったので直しときます。
>作者様
乙です!面白かったよ〜!!トラパスだけじゃなくても読み応え十分な
筋でした。
>>253 自分もツボでした
2人のものになるパステル(;´Д`)ハァハァ
258 :
名無しさん@ピンキー:03/10/31 00:27 ID:QMOxOJVS
悲恋シリーズ3、最高でした 良いダーク振りでしたよ。
これ以上に凄いダーク物も見たくなりました、是非 書いてもらえれば…と思います。
186さん、マジ面白かったです、二人のバカっぷりが良かった!
続き楽しみにしてます。
凄いっ!スレがこんなに伸びてて嬉しい!
読み応えのある作品ばかりで感動してます。
>>サンマルナナさま
遅レスですが・・・
積極的なパステル、めっちゃイイ!!
鬼畜なプレイや強姦に挑戦してください。ええ、是非とも!
めっちゃ読んでみたいです。
>>トラパス作者さま、新作乙です!
少しでも創作意欲をかき立てるお手伝いができて、うPした甲斐がありました。
悲恋3面白かったです。
心理描写が凄くイイ!一気に読んじゃいました。
次作もマターリお待ちしております。
>感想くれた方々
ありがとうございます!
実はこういうダークな話の方がすごく書きやすかったりします。
いい、と言ってくださった方、本当にありがとうございます。
いずれ悲恋の4、5と書いていきたいと思います。
というわけで新作です。今回は明るめでエロ描写も普通にあります。
ただし
注意点!!
この話は、新FQ9巻の直後、続きという設定で書いています。
本編の続きに関して勝手な憶測が混じっていますので
夢が壊れると思う人は読まないでください。
それでは
やっとこさ、レベル18の冒険者でも解けなかったっていういわくつきのクエストをクリアしたわたし達。
その間に本っっっっ当に色んなことがあった。
キットンが魔法を新たに覚えたり、ルーミィに何か秘密があることがわかったり、謎の行商人と直接対決したり、クレイが大怪我したり……
まあね、でも、みんな何とか無事に帰ってくることができたから。
クレイも何とか元気になったし。よかったあ!!
と大喜びしていたわたし達なんだけど。
重要なことを忘れてたってことに気づいて、一気に青ざめてしまった。
つまり……ヒポちゃん。
わたし達の乗り物として、移動をすっごく手助けしてくれた大事な仲間。
彼を、お隣のリーザ国に置きっぱなしだったということに!!
「取りにいかなくちゃ」
わたしがそう言うと、反対する人は誰もいなかった。
ヒポちゃんがいたら、全員で移動できるから、乗り合い馬車代の節約にもなるし。
何より、これまでずーっと一生懸命働いてくれたもんね。今更お別れなんて辛すぎる。
「そだな。これからもクエストに出るとき、あいつがいたら便利だしなあ」
トラップもうんうんと頷いて、早速引き取りに行こうって言うことになったんだけど。
そこで、誰が? っていう問題が出てしまった。
本当は全員で行けたら一番いいんだけどねえ……
クレイは、何と言っても、一時は命が危うくなるくらいの大怪我をした直後でしょ?
もっとゆっくり静養させてあげたいし。
かと言って、これまでずっとユリアさんに世話をまかせっぱなしだったから、「あの、もう少し面倒診てあげてください」なんて言うのは忍びなかっ。
だから、誰かが残ろうって話になったんだよね。
で、結果。
「トラップとパステルで行ってください」
誰が残って誰がヒポちゃんを取りに行くか?
顔を付き合わせた瞬間、キットンはきっぱりと言い切った。
「へ? わたし?」
「はい」
何でわたしなんだろ? トラップは、ヒポちゃんの運転ができるからだろうけど……
どうせ彼のことだ。「けっ、こんな奴、いたって足手まといになるだけだよ」なーんて言うんじゃないか、って思ったけど。
視線を向けると、意外や意外。彼はぽかんとキットンを見つめていたけど、別に文句は言ってこなかった。
「別にいいけど……でも、わたしよりノルの方がいいんじゃない?」
ノルは、動物とお話ができるっていう特技を持ってて、もちろんヒポちゃんとも話せる。
ヒポちゃんもねえ……今は大分大人しく言うことを聞いてくれるようになったけど。
ちょっと前は、いきなり止まったり道から外れたり、すっごく気ままだったもんなあ。
今度そんなことになったら、わたしとトラップじゃどうしようもできないんじゃないか、って思ったんだけど。
キットンは、きっぱりと首を振った。
「いいええ。なるべく早く帰ってきて欲しいですからね。せっかく無事に帰ってこれたんですし。ノルみたいな重量級が乗ったら、スピードが出ないでしょう」
……そうかな? もともと六人と一匹、それに荷物まで積んで走ってたんだから、あんまり変わらない気がするけど……
「ルーミィがいるとそれこそ足手まといでしょうし、シロちゃんには彼女の面倒をみてもらいたいですし、私はクレイの看病がありますから。かと言って、トラップ一人に行かせたらまたどんなトラブルを起こすことやら」
ああ、それは確かにそうだよね。
思わず深く納得してしまうと、後ろからトラップにどつかれた。
もー何なのよ! 本当のことじゃない!!
ぎろっとトラップをにらみつけると、彼は彼で、すんごく不機嫌そうな顔でわたしとキットンを見比べている。
何なのよ! 文句があるならはっきり言えばいいじゃない!
わたしがそう言おうとしたときだった。
「ですから、二人で行ってください」
あのキットンにしては珍しく、押し付けるような口調。他のみんなも、ちょっとびっくりしてる。
……一体何なんだろ? わたしとトラップが二人で行くことに、何か意味があるのかな?
そう聞きたかったけど、キットンは何だか意味のわからない笑いを浮かべていて、答えてくれそうもなかった。
……まあいいけどね。ヒポちゃんに久しぶりに会いたいし。
「けっ、しゃあねえな。……おら、行くぞパステル」
「あ、待ってよ」
歩き出すトラップの後を、慌ててついていく。
みんなも、ヒールニントの入り口まで見送るって言って、ついてきてくれた。
「トラップ、がんばってください」
別れるとき、キットンは意味深な口調で、トラップに言った。
「ゼンばあさんも言っていたでしょう? たまには冒険も必要だって」
「……うっせえ」
謎の激励に、トラップの返事はそれだけだった。
うーん? そういえば、ゼンばあさん、そんなこと言ってたよね。
ある意味でトラップが一番身の程を知っていて、でもわきまえてはいない。保守的だけど、現実的すぎて思い切った飛躍が無い、って。
トラップの悩みって、何なのかなあ? クレイは、自分の将来のことじゃないかって言ってたけど。
ちらっと彼の顔を見上げると、相変わらず、その表情は不機嫌そうだった。
本当は乗合馬車を使えば早いんだろうけど。
家が燃えてしまって余分なお金なんか一切持っていないわたし達のこと。
仕方なく徒歩。うー、リーザ国まで何日かかるんだろ?
そう考えるとちょっとうんざりしてしまったけど。
でも、行きだけだもんね。帰りは、ヒポちゃんに乗って帰れるから、一日でみんなのところまで行けるはず。
多分二週間はかからないよね。早くヒポちゃんを連れて帰って、それからクエストクリアのお祝いしなくちゃ!
よーし、そう考えると元気がわいてきたかも。
わたしが鼻息荒くずんずん歩いていると、後ろから、トラップの呆れたような声がとんできた。
「おめえ、張り切ってんなあ……」
「あったり前じゃない! クレイも元気になったし。早くシルバーリーブに戻りたいもん」
随分長い間クエストに出てた気がするもんね。そう考えると、早く帰りたいって思う。
そういえば、ヒールニントからリーザ国に行こうと思ったら、途中でシルバーリーブを通るんだよね。
しまったあ……そこまでみんなと一緒に行けばよかったかな?
わたしがそう言うと、トラップに小突かれた。
「ばあか。病み上がりのクレイをヒールニントから歩かせるつもりかあ? 俺達がヒポの奴を連れて帰って、それに乗ってみんなで帰りゃいいんだよ。シルバーリーブは逃げやしねえって」
「う……まあ、そうだけど」
だからって、小突くことないじゃない。乱暴なんだから。
ヒールニントからシルバーリーブまで5、6日。
以前はそうだったけど、二人だけだと、その行程は驚くほどスムーズだった。
途中モンスターももちろん出るんだけど、そこはトラップの機転で何とか逃げ回ることができたし。
わたし達二人だけだとね、大分身軽に動けるんだ。キットンやルーミィがいると、彼らに合わせて動かなくちゃいけないから、余計な時間がかかるんだよね。
まあ、難点があるとすると……
「ほらあ、トラップ、起きてってば!!」
「ん〜〜……」
「起きてってば! ほら、そこに宝箱が!」
「……何!?」
がばっと身を起こすトラップに、盛大なため息を返す。
そう、このトラップの寝起きの悪さ! 野宿でここまで熟睡できるのって、ある意味羨ましいんだけど。
二人しかいないから、当然見張りも交互。そのせいかもしれないけど、いつにも増して、なかなか起きてくれない。
ああーもう。やっぱり、クレイはさすがに無理としても、ノルにはついてきて欲しかった!!
キットンってば、何であんなに拘ったんだろ。
わたし達、二人で行くことに……
……二人。
そういえば、二人っきりなんだ。
寝起き特有の、ボケーッとした目で身支度を整えているトラップの顔を、ちらっと見る。
こんなに長い間トラップと二人っきりになったのって、初めてかもしれない。
い、いやいや、それがどうしたっていうのよ。
変なの。何意識してるんだろ、わたしってば。
「ほらートラップ、早く出かけるよ! 今日中にはシルバーリーブにつきたいんだから!」
「……っせえな。わかってるよ」
大あくびをしながら、トラップが荷物を背負った。
と、とにかく。早く行って早く帰ろう。
みんなが待ってるんだから!
「ああーパステル!! 無事に帰ってきたのね、よかったああ!!」
久しぶりのヒールニント。
何はともあれ、と猪鹿亭に顔を出すと、リタが厨房からすっとんできた。
シルバーリーブもね、あのモンスターの襲来であっちこっち燃えたりしたんだけど。
わたし達がクエストに出た後、みんなががんばったみたいで。大分復興されてた。
猪鹿亭もしっかり営業してて、しかもにぎわってたしね!
「リタ! ひさしぶりー!!」
その明るい笑顔を見ると、疲れもふっ飛んじゃう!
リタにぎゅーっと抱きついて、思わず再会を喜び合ったわたし達なんだけど。
わたしの後に続くのがトラップだけなのを見て、リタは複雑な表情で身を離した。
「あれ? パステルとトラップだけ? みんなは?」
「うん……ちょっと色々あって、今みんなはヒールニントにいるんだ」
「ふーん……」
何だか意味深な目つきで、わたしとトラップを見比べるリタ。
……何なのよう。
「おい、嬉しいのはわかるけどな。俺腹減ってんだけど。何か食わせてくんねえ?」
リタの視線に気づいているのかいないのか。トラップは、不機嫌そうにテーブルについて言った。
ああ、そうだよね。ここのところ、ずーっと携帯食料ばっかりだったもん。
久しぶりのまともなご飯! うう、お腹空いたあ。
「リタ、わたしA定食ね」
「俺も。後ビール」
「……それは駄目」
なんていいながら、テーブルにつく。
普段は大所帯だから、大きなテーブルにつくんだけど。今日は二人だけだから、もっと小さなテーブル。
向かい合うと、意外と間近にトラップの顔。
……何なんでしょう、この気分。
何でそんなことが気になるわけ? トラップの顔なんかそれこそ見慣れてるじゃない。
……変なの。
ちょうどそのとき、
「お待たせ! ちょっとサービスしておいたからね!」
リタが、大盛りになったお皿をすいすいと運んできてくれた。
ううっ、おいしそうっ! いただきまっす!
もうしばらくは、わたしもトラップも食事に夢中になってたんだけど。
半分くらい食べたときかな? 突然、猪鹿亭の入り口が騒がしくなった。
「……ん?」
すっごく痛い視線を感じて振り向く。
すると……
「ぶっ」
「な、何だよおめえ! 汚ねえな!!」
思わず口に含んでいたものを吹き出してしまう。トラップが嫌そうに顔をしかめるのがわかったけど……
どすどすどす、と足音を響かせて、わたし達のところに十人近い女の子が歩いてくる。
それを見て、トラップもちょっと驚いたみたいだった。唖然とした顔で、その集団を見つめている。
そう、彼女達は……シルバーリーブにできた、トラップとクレイの親衛隊。
わたし達も色んなクエストをクリアして、随分有名になっちゃって。そこに来て、トラップもクレイも、ああいう目立つ人だから。
もてるのは、わかるよ。別に彼らのことを誰が好きになろうと、それは勝手だと思う。
けど……
「おかえりい、トラップ!」
「もー、帰ってきたのなら、顔見せてくれればいいのにい!!」
ずいずいずい、とわたしを押しのけて、トラップに群がる女の子達。
彼女達の視線は、一様に鋭くわたしをにらんでいたりする。
ううう、そうなんだよね。
自分の好きな男の子のまわりに、他の女の子がいる。それが気に入らないのはわかるんだけど。
だからって、どうしてわたしが嫌がらせをされなきゃいけないわけ?
足をひっかけられたり、「ブスっ」とか言われたり。
わたしは、トラップやクレイとは一緒のパーティーを組んでる仲間で……つまり、家族みたいなものなんだってば!!
ガタン、と席を立つ。
「トラップ、ごゆっくり。わたし、リタとおしゃべりしてるから」
「あ、おいパステル!!」
トラップが何か言いかけたみたいだったけど。
「ほらあ、パステルもああ言ってるし」「ねえねえ、どんな冒険だったのお?」なんて言う女の子達の声にかき消された。
ふんだ。知らないもんね。
「大変ねえ、パステル」
カウンターに移動してきたわたしを、リタが気の毒そうに見ている。
本当に大変だよ……もしかして、シルバーリーブにいる間、ずっとああなのかなあ?
うう、ちょっと気が重いぞ。
「本当。わたし、トラップともクレイとも家族みたいな関係だって思ってるのに……何で、彼女達、わかってくれないのかなあ」
はああ、とわたしが大きく息をつくと。
リタは、首をかしげて言った。
「あら? パステル。トラップに決めたんじゃないの?」
「……は?」
決めた、って?
怪訝そうな顔をすると、リタが重ねて言った。
「だから、トラップと付き合うことにしたんじゃないの?」
ぶはっ!!
再び吹き出してしまう。
な、な、突然何をっ……!?
「ち、違うよお。大体、クエストの最中にそんな話してる暇なんか、全然無かったもん!」
「あ、そうなの? 二人だけで来たから、てっきりそうなのかなって思って」
ううう。リタまでそんな……
ああ、そういえば言われたんだよね。クエストに出かける前。まだ家が燃える前。
クレイとトラップ、どっちを好きなの? って。
どっちかを選べば、嫌がらせも減るんじゃないかって。
だ、だからあ。別にわたしは、どっちかを特別視なんてしてないもん。
トラップがどうしようと……
ちらっ、と背後を振り返る。
トラップは、女の子に囲まれて何だか上機嫌みたいだった。
……何だろ。何だか今、胸の中をすごくもやもやイライラしたものが通り過ぎた。
これって……?
何となく想像してみる。あそこにいるのが、トラップじゃなくてクレイだったら?
……クレイが、女の子に囲まれて上機嫌……
いや、微笑ましい。何しろ、クレイはああいう人だから。自分に向けられる好意になんか全然気づかないんだよね。
多分、女の子達に同情しちゃうかも……
……そうそう。このもやもやイライラは、クレイと違って、トラップはしっかり女の子達の気持ちに気づいてて、それに答えるつもりも無いのにへらへら笑ってるからだよね。
トラップってば、適当にナンパするくせして、相手が本気になったら逃げる人だから。
うん、そう。そうに違いない。
わたしが一人で納得していると、リタは、何だかちょっと哀れみの混じった目でトラップを見て、黙ってわたしの肩を叩いてくれた。
何なのよう、その反応……
シルバーリーブに一泊。みすず旅館に行ってみたら、ご主人がすっごく喜んでくれてね。
どうせ他にお客さんはいないから、二人だけだっていうんなら、宿代はサービスしますって言ってもらえたんだ!
ああ、よかった。正直、今は100ゴールドでも節約したいもんね。
ちなみに、わたしが旅館に戻ったとき、トラップはまだ女の子達に囲まれていた。
彼がいつ帰ってきたのかは知らないけど、朝起きたら、隣の部屋で寝てたから、泊まったってことは無いみたい。
……まあ、別に泊まったって、わたしには関係ないんだけどね。
「ほらあ、トラップ、起きて起きて! やっとここまで来たんだから。早くリーザに行こう!!」
毎度毎度寝起きの悪いトラップをたたき起こして、朝ごはんを食べた後出発する。
シルバーリーブからリーザまで、歩こうか乗合馬車を使おうか、すっごく迷ったんだよねえ。
ここからさらに歩くと、時間だけがかかるし。乗合馬車に乗ると、お金がかかるし。
で、うーんと朝食の間中財布とにらめっこしてたんだけど。
そんなわたしの目の前に、ひょい、とトラップが何かを突き出した。
「……何これ」
「見りゃわかんだろ?」
いやわかるよ。これ、乗合馬車のチケット……だよね。
で、でも何で?
「どうしたの? これ」
「リーザに向かうっつったら、昨日女どもがくれた」
さらっと答えてずずーっとお茶をすするトラップ。
く、くれたって、それ……まさか貢がせた!?
「ば、バカっ。こんなのもらえるわけないでしょー!?」
「ああ? 何でだよ。くれるっつーんだからもらっときゃいいんだよ」
「だ、だって……」
チケットはしっかり二枚ある。トラップが何を言ったのかは知らないけど。
彼女達がわたしにチケットをおごってくれるなんて……そんなの絶対ありえないもん。
まさか、騙したんじゃないでしょうね?
ありうる。この口先だけならレベル20は優に達してそうなトラップのことだもん。すっごくありうる!
「誰にもらったのよ。わたし、返してくる」
「だーっ! いいんだって。おめえ、何つまんねえ意地張ってんだ?」
「い、意地なんか……」
意地なんか張ってない。わ、わたしは、ただ……
そう、トラップのことが好きだから喜んで欲しい、ってわざわざチケットを用意してくれた女の子が可哀想だから。
それだけだもん。
……けど、そんなことを言ったら、あのトラップのこと。また何を言われることやら。
仕方なく席に座りなおす。ここで「返しに行く」って言い張ったら、ますます意地張ってるように見られるだけだもんね。
「わかったわよ。よくお礼言っておいてね」
「ああ。ちゃーんと礼はしといたぜえ?」
そう言うと、トラップは意味ありげに笑ってたけど。
……ふんだ。別に関係ないもんね。トラップがその子とどんな関係だろうと。
後で、わたしの分だけでもお金返しに行こう。
そんなわけで、乗合馬車に乗って、わたし達は一路リーザ国へと向かったのだった。
アンジェリカ王女にちょっと挨拶して、無事ヒポちゃんを引き取ることができた。
ヒポちゃんは大事にしてもらったみたいで、毛皮もぴかぴかに磨かれてたしね。すっごく機嫌が良さそうで、ホッとしたんだ。
「さんきゅ。世話になったな」
預かってくれていた皆さんにお礼を言って、わたしとトラップはヒポちゃんの上へ。
ヒポちゃんを使えば、ヒールニントまでは一日二日で帰れるはず!
はあ。早くみんなに会いたいなあ。
トラップの運転で、ヒポちゃんは快調に走り出した。
うーん、随分久しぶり。ヒポちゃんって、確か時速30キロくらいで走れるんだよね。
顔に当たる風が、すっごく気持ちいい。
「ねえ、トラップ。今日中につけそう?」
「……多分な」
「そっかあ。みんな心配してるかなあ」
来るときは色々ごたごたがあったけど。
帰りは、シルバーリーブにも立ち寄らずノンストップで戻る予定。
どうせみんなと合流したら、戻ってくるもんね。わざわざ立ち寄ることもないだろうって言うのがトラップの意見。
ま、確かに。それに、シルバーリーブに戻ったら、また女の子達にからまれるかもしれないし。
……そう思うと、すごーく嫌な気分になる。
別に、トラップが誰と仲良くしようとわたしには関係無い。
ただ、わたしにとばっちりがとんでくるのが迷惑なだけ。だから嫌な気分になるだけ。
そう自分に言い聞かせてるんだけど……
何でだろ? 頭の隅で、誰かが何かを言ってる。
それだけじゃないでしょ? もっと素直になりなよ、って。
いつか言われた言葉。自信と焦燥、希望と諦め。
自分には帰る場所が無いんじゃないか、という不安。
居場所が欲しいんでしょう? 素直になればいいじゃない?
頭の中で、そんな言葉が響く。
……素直だもん、わたしは。
後ちょっとで、トラップと二人っきりっていう状況からも解放される。
そうしたら、こんな変な気分にならなくてもすむよね、うん。
自分にそう言い聞かせて、前を向いたときだった。
ききーっ!!
「どうわっ!!」
「きゃあああっ!!?」
がっくん
突然、それまで快調に走っていたヒポちゃんが急ブレーキをかけた。
そのまま前につんのめって、危うく転がり落ちそうになったんだけど……
「っと! 危ねえなっ」
ぐいっ、とトラップに腕を捕まれて、何とかこらえる。
もーっ、一体何なのお!!?
ヒポちゃんが止まったのは、シルバーリーブとヒールニントのちょうど中間。ズールの森の外れだった。
「お、おい。いきなり何だあ? 走れ、走れっつーのこのカバ!!」
トラップがぽかぽかヒポちゃんの頭を叩いたけど、ヒポちゃんは全くの無反応。
そのまま、のそのそと道から外れて、木の根元まで歩いて行って……
そして、どかっ、とそこに座り込んで、動かなくなってしまった。
う、嘘ー!? 後ちょっとなのに!!
「ったく!! ちっとは素直になったかと思えば……変わってねえなあ、こいつは」
のん気に目を閉じて眠る体勢に入ったヒポちゃんを、トラップが思いっきり毒づいたけど。
でも、そんなことでヒポちゃんが動くはずもなく。
シルバーリーブに戻るには遠くに来すぎて、ヒールニントに行くにもまだ距離があるっていう場所。
わたしとトラップは、ズールの森でもう一泊することを余儀なくされた。
一晩休めば、多分ヒポちゃんも動いてくれるでしょう。
そうしたら、明日にはヒールニントにつくはず。
そう言い聞かせて、毛布にくるまる。
普段野宿のときって、地面の上で寝てるんだけど。今日はヒポちゃんがいるから、座席で寝ることができる。
土の感触がしないだけでも、随分寝心地はマシになったと思うよ、本当に。
はあーっ、とため息をついていると、隣に座ってるトラップも盛大なため息をついて空を見上げていた。
本当にねえ、今日中にはつける! って期待していただけに、がっくりした気分。
……それに……
ちらっ、と隣を見上げる。
普段六人と一匹が乗れるヒポちゃんなだけに、座席には随分余裕がある。
別に、トラップと並んで座ってなくてもいいはず、なんだけど……
何でだろう? 何だか、動こうって気分になれない。
トラップもトラップで、運転席に座ったままじーっとしてるし……
……何で……
ふっとその顔を見て、思わずドキリとする。
空を見上げてるトラップの顔。その表情は、すっごく真面目だった。
「たしかに、おまえにも人並みに悩みはあるようじゃ」
不意に思い出す、ゼンばあさんの言葉。
トラップの悩み。……それは、将来のことじゃないか。
クレイの言葉。ルーミィに隠された秘密、見つかったスグリさん。
色んなことが頭をよぎって、そしてそのときわたしが感じた不安を思い出す。
このまま、パーティーがばらばらになっちゃうんじゃないか。そのとき、わたしは一人になるんじゃないか、っていう不安。
「ねえ、トラップ」
そう思ったとき、わたしはトラップに声をかけていた。
「トラップの悩みって、何?」
そう言うと、トラップの身体が、びくっとひきつった。
軽薄さが全然感じられない、すごく真面目な顔のまま、ちらっ、とわたしに視線を向ける。
「気になんの?」
「……そりゃあ……」
ちょっと前なら、「べ、別に」なんて言ったと思うんだけど。
でも、どうしてかな? 今は、ちょっとだけ、素直になれた。
明日になって、みんなと合流できたら。
そうしたら、もうトラップと二人っきりになる機会なんて滅多に無いだろう。そう思ったら、素直になろうって気になれた。
……何で?
「……気になるよ。何?」
「あんだと思う?」
だから、素直に聞いてみた。すると、逆に聞き返されてしまう。
……わからないから、聞いてるのに。
「将来のことじゃないか、ってクレイは言ってたけど。このままわたし達と冒険を続けるか、一度ドーマに戻って、盗賊団で修行をやり直すか、とか」
「外れ」
わたしの答えに、トラップは即答した。
そのまま、わたしの方にぐいっ、と身を乗り出してくる。
「教えて欲しいか?」
「う、うん……? うん」
な、何? 何だか、ドキドキする。
ぐっ、と迫るトラップの身体。狭い座席で逃げ場なんかない。
そのまま肩をつかまれる。鼻と鼻が触れそうな距離に、トラップの顔がある。
「あの……」
「キットンが言ってたよなあ。たまには冒険も必要だって」
「……へ?」
突然飛び出す脈絡の無い台詞に、思わずポカンとしてしまう。
冒険……ああ、出がけに確かに言ってたよね、キットン。
それって、どういう意味だったんだろう?
「……おめえ、気づいてねえの?」
「な、何を……?」
「だあら……ったく。キットンが気づくのに、どうしておめえが気づかねえのかねえ」
「だから、何を!?」
トラップの言いたいことがよくわからない。
それ以上に、自分の気持ちがわからない。
何で? 何で……こんなにドキドキするの!?
すいっ、とトラップの顔が視線からそれる。そのまま、彼はわたしの耳元に唇を寄せて言った。
「別に、こんなに時間かける必要、なかったろうが」
「……え?」
「シロにでっかくなってもらって、飛んでいけば、それこそ一日で往復できたんだ。なのに、あいつが何で俺とおめえ二人だけで行けって言ったか……わかるか?」
「…………!!」
言われて気づく自分が情けない。
そうだよそうだよ。言われてみればその通り。
シロちゃんに飛んでもらえばすぐだったのに、一週間もかけててくてく歩いて……何で? キットンがそれに気づかないわけないのに。
……トラップもそれに気づいてたのに。何で?
「どうして……」
「だあら、キットンの奴が言ったろ? 冒険しろって」
「え……」
ぐいっ、と肩を引き寄せられる。
ぼすん、とぶつかったのは、トラップの胸。そのまま、彼の腕に力がこもって……
……えと、これは。
もしかして……だ、抱きしめられてますか? わたし……
え、ええええええっ!?
「と、トラップ……?」
「やっぱ、おめえの身体は……あったけえな」
「な、ななな何言ってるのよ! か、カイロじゃないわよわたしの身体はっ……」
確かに、今は寒い。毛布にくるまってるけど、それでも寒い。
けどっ……
抱きしめられて、わたしの身体、何だかすっごく火照ってきて……
心臓が痛いくらいドキドキしてる。な、何で……
「……これだけしても、わかんねえのか、おめえって奴は」
耳元でつかれる、大きなため息。
そのまま、トラップはじーっ、とわたしの目を覗き込んで……
「……で、まだ知りてえか? 俺の悩み」
「…………」
こくん、と頷く。
何でだろう。喉が強張って……声が、出ない。
「教えてやろうか?」
もう一度頷く。
すると、トラップは、ニヤリ、と笑って言った。
「キスしてくれたら」
「……え?」
「キスしてくれたら、教えてやるよ。俺の悩み」
…………
な、な、何をっ……!!
言われた意味を理解して、即座に頭に血が上るのがわかった。
き、キスって……そ、そんなの、軽々しくしてくれなんて言うもんじゃないでしょ!?
一体、何をっ……
「やっぱ、嫌か?」
「…………」
「じゃ、教えねー」
わたしが何も答えなかったとき。
そう返したトラップの目は、何だか少し寂しそうだった。
いつもの軽い口調を装ってるけど、そこに……何て言うんだろ? 諦めみたいな感情が混じってる気がして……
そう気が付いたとき。
わたしは、トラップの唇に、自分の唇を重ねていた。
……嫌じゃない、と思った。
何でだかはわからない。けど、嫌じゃないと思った。
そして、トラップが……冗談じゃなく、それを本気で言ってるとわかったから。
ふっ、と唇を離した瞬間、トラップの顔が、耳まで真っ赤になった。
「お、おめえ……」
「ほらっ……したわよっ……」
な、何やってるんだろう、わたしってば……
クエストに出かける前にリタに言われた言葉。考えたこと。クエストの最中にあった色々なこと。ゼンばあさんに言われたこと。
そして今の状況。明日になれば、みんなと合流できて……そしてもう、トラップと二人っきりになれることはそうそう無いだろうってこと。
そんな色んなことが押し寄せてきて……そして、思った。
あのときは違うと思った。そんなことないって自分をごまかしていた。
けどっ……今になって思う。
わたし、もしかしたら……本当に、トラップのことが……
「トラップの悩みって、何?」
そう重ねると。
トラップの手が、わたしの頬に触れた。
顔を挟むようにして、わたしの目を覗きこんで……
唇が重ねられた。隙間から滑り込むようにして、熱いものが侵入してくる。
そのまま、舌がからめとられた。
熱い。ひどく寒くて、トラップの手もとても冷たかったのに。
何故か、とても、熱くて……
長くて熱くて深いキス。
歯から上あごから、とにかく口の中全体で触れてない場所は無いんじゃないかってくらい、暴れまわった後。
トラップは、ようやくわたしを解放してくれた。
「わかんねえ?」
「…………」
「鈍い誰かさんが、俺の気持ちに全然気が付いてくれねえから……」
すっ、と背中にまわったトラップの手が、わたしの肩に触れた。
毛布の下で、コートが肩から外される。
「俺はどうすりゃいいんだと、ずっと悩んでたんだけど。……どうすりゃいい?」
「それは……」
きっと、トラップは。
長い間、ずっとわたしを見ててくれて。
そう言われてみれば、ほんの何気ない瞬間に、彼の視線を感じたことや、気が付けばいつもわたしの隣にいたことや、そんなことが思い出されて。
いつからか、多分わたしはそれを自然なことだと受け止めていたのに。
素直になってしまえば……リタにもいつも言っていたように、とても心地いい家族みたいな関係が崩れそうで。
それが怖くて素直になれなかった。
けれど。
「素直になればいいんじゃない?」
ぐっ、と腕に力がこもった。
セーターがまくりあげられて、冷たい手が、直に背中に触れる。
「自分の欲望に忠実なのがトラップだって……キットンも言ってたじゃない」
「……随分な言い草じゃねえの」
ガタンッ
のしかかってくるトラップの身体。背中が、座席に当たった。
「俺が素直になるってーのは、つまりこういうことだぜ?」
ぐいっ
セーターが胸の上までまくりあげられる。
痛いくらいに感じる視線と、寒さ。その二つに、わたしは震えてトラップの身体にしがみついた。
「……寒い」
「あっためてやろうか?」
「…………」
それは、つまり……
「お願い」
きっと、これは一夜限りの夢に違いない。
だっておかしいもん。わたしが、こんなに素直になれるなんて……
トラップが、こんなに優しいなんて……
そんなの、普段じゃ絶対ありえないから……
ぐいっ、とセーターに続いて下着をまくりあげられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
ヒポちゃんはぴくりとも動かない。
上でわたし達が何をやってるのかなんて、気づく様子もない。
それは、ありがたいことだったんだけど。
狭苦しい座席の中、わたしとトラップは重なるようにして倒れていた。
セーターもブラもまくりあげられて、スカートの下で、下着はずりおろされている。
耳に届くのは、トラップの荒い息だけ。
顔に、首筋に、胸に。
降るようなキス。そのたびに、震えが走る身体。
最初は、鳥肌が立つくらい寒かったのに。あっためてやる、その言葉は嘘じゃなかった。
トラップの手も、最初は冷たかったのに、段々熱がこもってきて。
あったかい。身体が触れるたびに、素直にそう思えてきた。
「っ……あー、シアワセ」
「そう、なの……?」
「ああ」
身体をまさぐる手を止めず、トラップは言った。
「キットンに冒険しろって言われたとき……あに言ってんだ、って思った。できるくれえなら苦労しねえし、どうせ、おめえは……」
「うん……?」
「……何でもねー。……叶うなんて思ってなかった。だあら、すげえ幸せ」
何を言いかけたんだろう?
聞いてみたかったけど……多分、答えてくれないな、って思った。
唇をついて出たのは、抑え切れないあえぎ声。
気持ち、いい……
素直にそう思った。
もちろん、わたしにとってこんなのは初めての経験で。
肩や、胸や、背中や、お腹や。
太ももや、それから……
色んなところを触られるたびに、すうっ、と寒気にも似た感覚が走って。
でも、その感覚が通り過ぎた後、身体はどんどん火照ってきた。
もう寒さは感じない。
「ああっ……」
すうっ、と太ももを撫でられて、わたしは唇をかみしめた。
大きな声は出せない。ズールの森にだって、モンスターはいる。
だけど、だけどっ……
「っ……」
「その顔……そそるな」
びくりっ
耳にキスされて、わたしは全身を強張らせた。
「おめえってさ、色気がねえってずーっとバカにしてきたけど……」
「……悪かったわねっ」
「怒るなよ。俺は、嬉しいんだぜ?」
ぞくりっ
太ももよりさらに上。「その部分」をなであげられて、わたしは力を抜けなくなった。
「おめえが変に色気ばりばりの姉ちゃんだったら……他の男に目えつけられたかもしれねえじゃん?」
「…………」
ぐじゅっ
聞こえてきたのは、何だかすごく恥ずかしい音。
わたしの中でトラップの指がうごめいて、太ももを何かが伝い落ちていくのがわかった。
「ああ、そういやあギアっつー物好きもいたっけ。……おめえ、あんときさ。俺がどんだけあいつに嫉妬してたか……知らねえだろ?」
「何、言ってるのよ……」
声がかすれる。まともな言葉をつむぐのに、ひどく苦労した。
「結婚……しても、いいかって言ったとき……トラップは……」
「……あんときゃあ、そう思ったんだよ。おめえが……それで幸せならいっか、ってな」
ぐいっ
太ももに手をかけて、トラップは強引にわたしの脚を開いた。
ぎゅっ、と目をつむる。
押し当てられたのは、とても硬い、熱い感触。
「おめえの笑顔が好きだから。おめえが幸せになれるのなら、それで満足だったから……」
耳元に触れる熱い吐息。
同時に。
全身を引き裂かれるんじゃないかっていうような痛みが、わたしに襲いかかった。
「っ……あっ……い、痛い……痛い痛いっ……」
ぐっ、とトラップの背中に手をまわす。
本当に痛いっ……何、これ……? こ、こんなに痛いものなのっ……?
「やっ……トラップ……」
「っ……あー……わりい」
ぐっ
謝られた理由はすぐにわかった。
トラップは、そのままさらにわたしの奥深くへと侵入して……そのたびに、痛みはどんどん強くなって……
「やあっ……」
「……やっべえー」
ぎゅっ、と抱きしめられる。
その腕の力強さが、ほんの少し、痛みを和らげてくれる。
「な、何が……」
「……良すぎ」
「え?」
それ以上、トラップは何も言わなかった。
無言で腰を動かされる。そのたびに、ぐちゃっ、っていうような音が響いて……
「っ……い、いった……痛い……っあ、あ……あ、ああっ……」
「…………」
痛かった、はずなのに。
何? 何で……
何で、頭が……ぼーっとして……
「……トラップっ……」
「パステルっ……」
お互い、意味のある言葉を言えたのはそれが最後だった。
もう、その後は無我夢中で。
わたしはトラップの身体にぎゅっとしがみついて、漏れそうになる声を抑えるのがせいいっぱいで。
最後は何が何だかよくわからなかった。
ただ……トラップが脱力したその瞬間。
ぎゅっ、と抱きしめられたことが、すごく嬉しかったことだけは……覚えてる。
「ねー、言うの?」
「あん?」
翌朝。
ぐっすり眠って機嫌がよくなったのか、快調に走るヒポちゃんの上で。
わたしとトラップは、のんびりとしゃべっていた。
もうすぐ、みんなと会える。
この数日間……疲れたけど、イライラしたりもしたけれど。変な気分に悩まされたけれど。
全部が解決しちゃうと、何だかすごく気分が爽快で。
だから、わたしは素直に笑顔を向けることができた。
「みんなに。わたし達のこと」
「言うしかねえんじゃねえの?」
肩をすくめて、トラップは言った。
「キットンの野郎は気づいてたし。っつーかとっととくっつけと言わんばかりだったしな。まールーミィとシロは気づいてねだろうけど、さすがに……」
「ノルとクレイは?」
「わかんねー。ノルはともかく、クレイは鈍いからなあ。気づいてねえかも」
いや、絶対気づいてないと思う。
トラップの悩みを、将来のことだって推測してたくらいだし。
そう言うと、トラップは「そういや、そうだな」なんて言って……
そして、二人で顔を見合わせて、同時に吹き出した。
まあ、いいや。
そんなのは、なるようになればいい。
変わらないはずだから。
どんな気持ちを抱いてたって、わたしとトラップがこうなったって。みんなとの関係は、変わらないはずだから。
「おっ、見えてきたぜ」
トラップが指差す先にあるのは、ヒールニント。
「やっと、みんなに会えるね」
「……まー、ちっと残念だけどな」
「え?」
振り向いた瞬間、唇をかすめるようにして、キスがとんでくる。
……ああ、なるほど。
確かに、みんなと一緒にいたら……こんなことは、なかなかできないだろう。
「いいんじゃない?」
ちょっとトラップの肩にもたれかかって、わたしは言った。
「悩みが解決したんだから。気持ちが通じ合ったってだけで、満足しておこうよ?」
「……そーだな」
振り向いたトラップの顔は、晴れ晴れとしていた。
「俺らのこったから、高望みするとろくなことがねえもんな?」
全く、その通り。
声をあげて笑ったとき、ヒールニントの入り口に、到着する。
わたし達が帰ってきたのがどうしてわかったのか。多分ゼンばあさんの力じゃないかと思うんだけど。
そこで待っていたのは、すごく懐かしいみんなの顔。
いずれお別れする日は絶対来るだろうけど。
でも、わたしは居場所を見つけたから。だから、きっとそれを乗り越えられる。
その日まで、せいいっぱい、一緒に楽しく過ごしていきたい。
わたしは身を乗り出して、大きく手を振った。
「たっだいまー!!」
完結です。
それにしても9〜10回書き込んだところで連続投稿規制が出るの何とかならないものか……
今回のリクエストは「ヒポちゃんに乗ってドライブな二人」でした。
次は何にしよう……そろそろ、というか次こそは学園編第二部?(←実は書きかけのまま中断していたりします)
遅レスだけど
>>174 多分、新人書き手が本スレ投下前に練習用として作品をアップできるところ
そういう意味じゃない?<避難所
穴埋め段階でよく短い作品投下されてるし
それにしても、作品投下数の割に感想少ないスレだなー。
それでもくじけずへこまず投下を続ける職人さんを尊敬する。
どれだけスレが進んでも連載続けてくれてる初代スレのクレパス作者さんとか
執筆速度は神を超えてるトラパス作者さんとか
いつも楽しみにしてますんでこれからも頑張ってください。
トラパス作者さま、お疲れ様です。 新9巻のゼンばあさんのトラップについての言葉、
私も全く同じ解釈してました(w でも、自分がカプヲタだって自覚あるので
こんなん考えてるの私だけかと思っていました。同志がいて嬉しかったです(´▽`)人(´▽`)ナカーマ
今回は最中に2人が会話しているのがなんだかエロくてツボでした!
原作もこの1/100でいいから色気がある展開になって欲しいもんです。
FQにそれ求めてるのは無理なんですかねぇ…
作者もカプオタなんだから、妥当な解釈だろう
>283
>それにしても、作品投下数の割に感想少ないスレだなー。
禿同。私もそう思います。感想を毎回書きたいのですが書き手さんの
投下速度が速すぎて追いつけてません…そんな読み手さんも
多いんじゃないかなーと思うのですが。
>4-376
すんごい亀レスですが4-376様、こういうカップリングじゃない作品はあまり
なかったので萌えました!この話の続きも読んでみたいです。
>186様
クレイが可愛いです。笑えました。続きがあるなら読みたいですよ!!
どういう展開になるか想像できませんけど。
>トラパス作者様
ここ最近の悲恋シリーズにすっかりはまってしまっています。かなりツボです!
トラパス作者様の悲恋物大好きです。
>前スレ389様
いいところで終わっているので続きが待ち遠しいです。パステルの大胆な
(自分でドレスを脱いでしまうところとか)ところがいいですね!!
>クレ×パス様
次の話で完結なのですか!?どんな展開になるのか楽しみです。期待してます。
>サンマルナナ様
いつもラブラブなクレパス楽しませて頂いてます。ちょっと意地悪なクレイが好きです。
もっとクレイが意地悪でも萌えそうです。
2〜5の倉庫収納依頼をした者です。
>>283 どうやらそのようですね。
個人的にはこのスレに投下すればよいと思いますが、
そういうニーズがあるのなら仕方ないですね。
ただ、「前々スレ」が残っているのはあれなんで、
気づいた方が適宜倉庫依頼するのが吉かと。
続きです。短くてすみません。
そこは潤んで、夕闇の微かな灯りに照らされてきらきらと光っていた。
そこはピンク色で熱を持って、火照っている。
「や…そんなにじっと見ないで…」
「…見るよ」
パステルの全てを見て、触れて、閉じ込めて、抱きしめたい。
おれは膨らんだ花弁を押し開いて、その上で真っ赤に充血しているクリトリスにキスをした。
「あっ…!」
唾液でしっかりと湿らせて、舌先で嬲る。そのたびに彼女の白い首がのけぞって、ウエストがよじれる。
「んくっ…はぁ、ああん、あ…!やあ、だめ、そこは…あぁ!」
「駄目なら…やめようか?」
「…や、やめないで、お願い…ああん!クレイ、クレイ、クレイ…っ!!」
彼女の手がおれの髪の毛をくしゃくしゃにしていく。
髪の毛を触れられるのは好きだ。
正確にいうと、こうして舐めているとき、髪の毛に触れられるのが好きだ。
しっとりとした指がおれの髪の毛を梳く。
その間にも、おれは舌を動かし続けた。
「あぁ…あん、あん、も、もう…我慢できないよ…」
「…」
「クレイ、お願い…あん!」
「どうしたらいい?」
「…」
「教えてくれよ」
「意地…わ…あぁっ…るぅ…」
「言って…」
「お願い…ク…クレイの固くなってるとこ…わたしに、わたしに挿れてっ…!!」
サンマルナナ様!エッチくてイイ!!
やっぱエロパロはこうでなくっちゃ。
エロが少ない作品しか書けなくてすいません……
今日は、本当は学園編第二部行こうかと思ったんですけど。
11月1日って、クレイの誕生日、という設定みたいなんで(ファンサイト巡ってて気づきました)
久しぶりに別カップリング書きます。
原作にそった設定で
クレイ×マリーナ
このカップリングがスレ的にどうなのかはわかりませんが。
よろしければ読んでください。
自分の誕生日が何かのイベントに近いっていうのは、嬉しいような悲しいような複雑な気分だ。
「マリーナが?」
その日、幼馴染でパーティーの仲間でもあるトラップの報告に、俺は首をかしげた。
トラップいわく、バイトから帰ってきたら、マリーナから手紙が来ていた、ということだった。
「おめえあてに」
そう言って放り出された手紙には、確かに俺の名前が書かれている。
何の用なんだろう?
そう聞いてみたが、トラップの返事は「俺が知るかよ」というもっともなものだった。
そして奴は、俺が手紙を開ける前に「おーいパステルー」と恋人の名前を呼びながら階段を上っていってしまった。
パステル。俺達の大切なパーティーの仲間。
妹のように思っていた彼女がトラップとくっついたときは、正直驚いた。
トラップがパステルを好きなことは、随分前から何となく察していたけれど。彼女の方は、何というか……そういう恋愛感情にはびっくりするくらい疎い子で。
俺は心の中で密かにトラップに同情していたりもしたんだけど。まあ、どういう経緯かはわからないが、二人は無事に恋人同士になれた。
別にそれでパーティー内に何か問題が起こるわけじゃない。俺も、キットンも、ノルも、素直に祝福することができた。
それ以来、トラップはやたらと機嫌がいいし、パステルは幸せそうだ。良くも悪くも、恋愛っていうのは人を変える、としみじみ思う。
そんなことを考えながら、手紙の封を切った。
マリーナは、俺とトラップの幼馴染だ。今はエベリンで貸衣装屋をやっていて、俺達もたびたび世話になっている。
そんな彼女からの手紙。何か困ったことでも起きたんだろうか? それなら、手伝ってやらないと。
手紙を広げる。中には、見慣れた可愛い文字がこうつづっていた。
こんにちわ、クレイ。久しぶりね。
突然なんだけど、エベリンに来れないかしら?
10月31日、ハロウィンっていうイベントがあるの、あなたは知ってる?
とても楽しいイベントなんだけど、それに合わせてパーティーを開きたいのよ。
もちろん無理に、とは言わないけれど。
よければ、トラップやパステル達も一緒にね。
ご馳走もたくさん用意しているから。
じゃあね
マリーナ
ハロウィン?
手紙に書かれたイベントは、俺の知らない名前だった。
そんなイベントがあったのか。さすがはマリーナ、物知りだな。
さて、それはともかく……
カレンダーに目を向ける。
明日、明後日あたりに出発すれば、31日までには十分につけるだろう。
けれど、みんなの予定はどうだろう?
思い出す。俺自身は特に予定は無い。けれど、トラップやパステルは、多分バイトがあったんじゃないだろうか。
キットンやノルは……わからないな。まあルーミィとシロは暇だろうけど、確実に。
とりあえず聞いてみよう。二人の間を邪魔するのは悪いけど。
ゆっくりと階段を上る。
きっと、ドアをノックしたら、パステルは真っ赤になって慌てていて、トラップはすごく不機嫌な顔でにらんでくるだろう。
あの二人は、わかりやすいから。
苦笑をこらえきれずに、パステルの部屋をノックした。
「ああ? 明日あ?」
予想通り不機嫌な顔で、トラップは言った。
パステルは真っ赤になって椅子に座っている。
……トラップが腰掛けているのはベッドで、それもやけにシーツが乱れてるのは……まあ深く考えるのはやめておこう。
「そう、マリーナから。お前、ハロウィンって知ってるか?」
「いや、知らねー。何だそりゃ?」
「俺もよく知らないけど、10月31日に、そういうイベントがあるらしい」
パステルに視線を向けると、「わたしも知らない」と首を振られた。
……一体どんなイベントなんだろう?
「まあ、そんなわけで、エベリンに来れないかって手紙が来たんだけど……都合はどうだ?」
「わりい。俺、バイト」
俺の質問に、トラップは即答した。
まあ……しょうがないな、急なことだし。
「パステルは?」
「ごめん、わたしも原稿の締め切りが近いから……キットンやノルに聞いてみたら、どう?」
パステルがそう言うと、何故か、トラップが枕を彼女に投げつけた。
「ちょっと……何するのよトラップ!」
「ばあか! 鈍い奴だなおめえは」
「はあ? 何よそれ」
パステルの質問に、トラップは答えなかった。
ただ、やけに意地の悪い笑みを浮かべて、俺を見ている。
「おめえが一人で行ってくりゃあいいだろ? もともと手紙はおめえに来たんだから」
「いや……でも、パーティーだろ? みんなで行った方が、楽しいんじゃないか?」
ご馳走も用意してある、ということだし。ルーミィを連れていったら、きっと喜ぶだろう。
そう言うと、トラップは盛大なため息をついた。
「何で気づかねえのかね、おめえって奴は……」
「はあ?」
「いんや、別に。マリーナがちっと気の毒になっただけだ。ありし日の俺を思い出すぜ」
そう言って、トラップはちらりとパステルに目をやったが……パステルにも、トラップが何を言いたいのかよくわかってないらしい。
「ったく。まあとにかくよ、来いって言ってんだから行ってくりゃあいいだろ。それとも、おめえには何か用事があんのか?」
「……いや、別に無いけど」
「そーだろそーだろ。だあら、行ってこいって」
「…………」
トラップが何を言いたいのかいまいちよくわからないけど。
まあ、いいか。俺に用事が無いのは確かだし、トラップ達が忙しいのは仕方の無いことだ。
「そうだな。じゃあ、俺、明日からしばらくエベリンに行ってくるから、後のことは頼んだぞ」
「ああ、まかせとけって」
「……お前じゃなくてパステルに言ってるんだ」
トラップなんかにまかせておいたら、帰って来たときにはパーティーの財布が空になってるかもしれない。
そう念押しすると、トラップはふてくされてパステルは苦笑した。
「わかった、安心していいよ。マリーナによろしくね」
「ああ」
邪魔して悪かったな、と心の中で告げて、外に出る。
そこで気づいた。
……10月31日?
翌日の11月1日って……俺の誕生日じゃないか。
思わず天井を仰ぐ。
あの調子じゃあ……トラップもパステルも忘れてるな。
31日にエベリンにいたら、1日にシルバーリーブに戻ってくるのはまず無理だろう……
まあ、しょうがないか。よく考えたら、去年もこんな調子で忘れられたような気がする。
今更誕生日を祝うような年でもないし……しょうがないか。
諦めきってる自分がちょっと寂しい。
荷物をまとめるべく、俺は隣の部屋へと移動した。
エベリンについたのは、10月の30日だった。
乗合馬車のチケットがなかなか取れなくて、間に合うかどうかひやひやしたんだけど、何とか間に合ってよかった。
既に通いなれたマリーナの店に行く。ハロウィンがどんなイベントかはわからないけど、そんなに大掛かりなイベントではないのかもしれない。店は、普通に営業していた。
「こんにちわ。マリーナ、いるかい?」
「……クレイ?」
声をかけると、店の奥からマリーナが顔を出した。
前髪だけをピンクに染めた金髪がよく似合う、俺より少し年下の女の子。
もっとも、彼女は時々とても大人びたことを言うから、あまり年下って感じはしないんだけど。
マリーナが嬉しそうにこっちに駆けてくる。その手には、何故か大きなかぼちゃが抱えられていた。
「本当に来てくれたのね。急なことだから、半分くらいは諦めてたのよ?」
「はは。他ならぬマリーナの頼みだしね。と言っても、俺だけなんだ。トラップもパステルも、バイトがあるからって」
「そう」
予想していたのか、もしかしたらパステルが事前に手紙でも送ったのかもしれない。
マリーナの表情には、特に残念そうな色は無かった。
「まあ、しょうがないわね。とりあえずあがって。お茶でも入れるから」
「ああ……なあ、ところで、ハロウィンってどんなイベントなんだ?」
「あら、知らなかった?」
お茶を入れながら、マリーナが説明してくれたところによると。
ハロウィン。それは、ようするに仮装パーティーみたいなものらしい。
お化けや魔女などの奇抜な仮装をして、子供達は「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ」と色々な家を巡ってはお菓子をもらい、そうして街中を練り歩く。
その日はかぼちゃをくりぬいて作った置物が飾られて、ご馳走を食べてお祝いするんだとか。
なるほど、それでかぼちゃか。
マリーナが持っていた大きなかぼちゃを見て、納得する。どう見ても、一人で食べるには無理がある大きさだ。
「そんなイベントがあったなんて、知らなかったなあ」
「あんまりメジャーなイベントじゃないからね。エベリンにだって、伝わってきたのはここ数年よ」
かちゃん、と紅茶が置かれる。いい匂いが、部屋いっぱいに広がった。
「そうか。それなら、やっぱりみんなで来た方がよかったかな。ルーミィが一緒だったら、きっと喜んだと思うんだけど」
「……そうね。何でクレイ一人なの? トラップやパステルは駄目でも、他の人達は?」
「いや……何でかよくわからないけど。トラップに、『一人で行け』って言われたんだ」
そう言えば何でなんだろうな。ルーミィ達を連れていってやったら、パステルもきっと原稿がはかどったと思うんだけど。
そう言うと、マリーナは何だか複雑な目で俺を見てきた。
「トラップにはわかってるんじゃない?」
「? 何が?」
「……何でも」
マリーナの言うことはよくわからなかったけれど。聞こうとしたときには、彼女はもう立ち上がっていた。
「長旅で疲れたでしょう? ゆっくり休んでてね。わたしは準備があるから」
「ああ。俺にも何か手伝えることはある?」
「……そうね。じゃあ、店番をお願いできる?」
「わかった」
マリーナはそのまま台所へと引っ込んだ。
さて、店番か。こういうのは、トラップの方が得意なんだろうけど。
レジの前に座ると、早速一人の客が、店内に入ってきた。
「今日は、やけに大繁盛ね」
夜。マリーナは感心したように言った。
本当に驚いた。俺が店番をしていたら、次々とお客さんが来たもんな。
やけに女性の客が多かったけれど、もしかしてみんな、ハロウィンの仮装のために来たのかな?
そう言うと、マリーナは「さあね。店番の差じゃない?」と意味ありげに笑っていたけれど。
実際、今日は黒いマントや着ぐるみのような、普段着として着るには無理があるような衣装がよく出た。
明日は、仮装をした人達が通りにあふれるんだろうな。
「マリーナは、どんな仮装をするんだ?」
「秘密。クレイも、何か着る?」
「……着なくてもいいんなら、できれば遠慮したいんだけど」
あんまり目立つのは好きじゃない。そう言うと、マリーナはころころ笑って、
「じゃあ、これを着てね」
と、黒いマントを始めとする衣装を一式渡してくれた。
……まあ、逃げられるなんて思ってなかったけどな。
トラップがいなくてよかった。きっと、ここぞとばかりからかわれるに違いない。
心からそう思う。
「明日が楽しみね」
夕食をとりながら、マリーナはぽつんとつぶやいた。
「そうだな」
彼女の言葉には、色んな意味がこめられていたんだけど。
そのときの俺は、まだ、そのことに気づいてなかった。
エベリンは物価の高い街だから、マリーナの家に泊めてもらうのはありがたい。
空いている部屋を一室提供してもらって、俺はぐっすりと眠ることができた。
何しろ、普段はみすず旅館の狭いベッドに、トラップ、キットンのどちらかと寝ることが多いから。
一つのベッドに一人で眠るのは、本当に久しぶりだ。
そんなわけで、俺は夢も見ないほど深い眠りにつくことができたんだけど。
その夜のことだった。
多分、時刻は二時をまわっていたんじゃないだろうか?
きぃっ、という微かな音に、俺は目を開けた。
……誰だ……?
ひたひたという足音が、ベッドの脇で止まる。
完全に眠気の覚めきってない頭で、身を起こした。
真っ暗な部屋の中。闇に溶け込みそうな黒ローブをまとい、頭に三角の帽子を被った女性。
波打つような長い金髪と、とても大人っぽい化粧が、ひどく印象的だった。
「……ま、マリーナ……?」
ぼんやりした目でつぶやくと、彼女は、とても色っぽい笑みを口元に浮かべて言った。
「Trick or Treat」
「……は?」
言われた意味がわからなくて首をかしげる。
徐々に眠気が引いていく中、マリーナは、すっ、と顔を近づけて、耳元で囁いた。
「お菓子か、いたずらか……?」
「……はあ?」
ええと、これは一体何なんだろう。
ちょっと考えて、思い当たる。
そうか、もう確かに、時間の上では31日になってるな。もしかして、ハロウィンの予行練習か何かだろうか。
そう言われてみれば、マリーナの格好は、絵本か何かで見る魔女の格好とよく似ている。
「お菓子かいたずらか」……つまり、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ、っていうことなんだろうな。
しかし、マリーナ。君は子供っていう年じゃないだろう。
思わず苦笑して、ベッドの上に座りなおす。
マリーナは、相変わらず魅惑的な笑みを浮かべたまま、俺の前にたたずんでいる。
……マリーナって、こんなに綺麗だったか?
その顔をじっと見つめて、ふとそんなことを思う。
ずっと小さい頃から一緒に過ごしてきて、パステルとはまた別の意味で、妹のように可愛いと思っていたんだけど。
今の彼女は……何だろう? 俺よりずっと年上の、立派な女性に見えて……
「Trick or Treat? クレイ。あなたの答えは?」
「悪い。何も持ってないよ」
マリーナの言葉に、俺が両手を広げると。
彼女の目が、すっと細まった。白い手が伸びてきて、俺の肩をつかむ。
「マリーナ?」
「あなたはいたずらを選んだのね」
マリーナの顔が、徐々に近づいてくる。
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうから」
そうして、マリーナは。
笑みを浮かべたまま、俺の唇にくちづけてきた。
…………一体何が起きたんだ?
ぼんやりと、目の前のマリーナの顔を見つめる。
キス……だよな、これは。
マリーナが、俺に?
ぐっ
突然のことに、何をすればいいのかさっぱりわからなかったけれど。
マリーナは、そんなことには全然構わず、キスを続けていた。
唇の間から滑り込むようにして、柔らかいものが差し入れられる。
こ、これ、は……
ぐいっ
マリーナが身を乗り出してきた。
そのまま、二人そろってベッドに倒れこむ。
俺の上にのしかかるような形になって、マリーナは、ようやく唇を離した。
「いたずら」
「……いたずらにしては、冗談が過ぎるんじゃないか?」
俺だって、男なんだぞ。こんな時間に、部屋に二人っきりで。この格好は……ちょっとまずいだろう。
「マリーナ」
「冗談じゃなかったら、いいの?」
「……は?」
「あなたは、鈍い人だから」
そう言うと、マリーナは、俺のパジャマに手をかけた。
……おい……?
「マリーナ、ちょっと……」
「トラップは気づいていたのに。あなたはちっとも気づいてくれなかったのね」
ぶちぶちぶちっ、と、あっという間にパジャマのボタンが全開にされた。
胸に手を滑らせるようにして、マリーナは言った。
「ずっと、クレイのことだけを見てたのに」
「……ま、マリーナ?」
それは……つまり……?
「クレイは、わたしが嫌い?」
「いや……」
「でも、女としては、見てなかったでしょう?」
「…………」
それは、その通りだったから。素直に頷く。
ずっと妹みたいな存在だと思っていた。可愛くて、守ってあげたいと。
ついさっきまでは。
「それでもいいと思ってたのよ、わたし」
「…………」
「あなたとわたしでは……何もかもが違いすぎるから。この恋は実らないって、ずっと諦めていたんだけど」
でもね、と、マリーナは、今にも泣きそうな笑みを浮かべて言った。
「トラップも、わたしと同じだった。叶うわけがないって、パステルへの思いを、ずっと隠してて……でも、あいつは勇気を出したのよ。それを言ったのはわたし。
『言わなきゃ始まらないでしょう』って言って、トラップはその通りにして、そしてパステルの心を手に入れたのよ」
「…………」
そうだったのか。
トラップとパステルが、どうやって恋人同士になったのか不思議だったんだけど……
それは、マリーナが裏で手を回していたのか。
「マリーナ」
「だから、わたしも勇気を出すことにしたの」
首筋に、熱い感触。
長い髪が顔に触れて、どきんと、心臓がはねた。
「一度でいいわ」
耳元に触れる甘い囁き。
「一度だけでいい。Trick or Treat……わたしに甘いお菓子のかわりに、甘い思い出を……ちょうだい」
「…………」
俺だって男なんだ、と実感する。それは随分久しぶりに感じた衝動だった。
気が付いたとき、俺はマリーナの肩をつかんで。
そして、体勢をひっくり返していた。
ぼすん、とマリーナの身体がベッドに沈む。
その身体にのしかかるようにして、俺は、彼女の唇を奪っていた。
ローブってのは、一体どうやって脱がせればいいんだ?
首筋へと唇を移動させて、何だかそれだけで、身体の方はしっかり反応してしまって。
そこまできておきながら、俺は途方に暮れていた。
こういうとき、トラップの手先の器用さが羨ましくなる。あいつなら、多分あっという間に……
いやいや、何考えてるんだ、俺は。
ぶんぶんと首を振っていると、くすり、と小さな笑い声が漏れた。
「あ、ごめん……」
「ううん……クレイらしいな、って思って」
マリーナは、ゆっくりと起き上がると、背中に手を回してあっという間にローブを脱ぎ捨てた。
ついで、下着も。一分とかからず、彼女は全裸になった。
ずっと小さい頃は、よく見ていたはずのマリーナの身体。
十年か……もうちょっとか?
長い間見ていないうちに、彼女の身体は、すっかり「女」の身体になっていて……
服を着ているときには大して意識もしていなかった、豊かな胸。細い身体とはふつりあいなくらい……でも、決して不恰好ではない、女性としては完璧に近いプロポーション。
……彼女は、何で俺を選んだんだろうな。
胸に手を触れると、マリーナの唇から、小さな声が漏れた。
すっと唇を寄せる。最初は柔らかかったのに、わずかにいじっただけで、先端部分は徐々に硬く、尖っていった。
美人で、スタイルも良くて、気立ても良くて……きっと、彼女なら、もっといい男はいくらでも見つけられただろうに。
ばさり、とパジャマを脱ぎ捨てる。
マリーナの手が、そっと俺の胸に触れた。
そのままわずかに上半身を起こして、唇を寄せてくる。
その頭を支えるように手をあてがって、もう片方の手で、背中を撫でる。
俺の身体とは違う、とても滑らかな手触りが返って来た。
肩のあたりに唇を寄せる。力をこめて吸い上げると、白い肌に赤い痣が残った。
もちろん、俺だってこんな行為に慣れてるわけじゃないんだけど。
何故だろう。これは、本能と言う奴だろうか。
マリーナの身体はとても魅力的で、頭で何も考えなくても、身体が自然に動いた。
「クレイ……」
囁かれる言葉が、欲望を煽る。
以前、トラップがぼやいていたことがある。
恋人同士になった直後くらいだったか。クエスト中、雑魚寝を強いられるとき、本当はパステルだけは別の場所に寝かせたいんだ、と。
どうして? 今更じゃないか、と聞いたら、あいつは笑って言った。
「そりゃ、我慢すんのが大変だからだよ。以前は、手え出したら嫌われると思ったら、まあ我慢のしようもあったんだけどな。今となっちゃあ……あんな色気のねえ奴、なんて思ってたんだけどな。惚れちまったら、んなの関係ねえんだよなあ」
正直、俺にはそのときよくわからなかった。「我慢する」という意味が。
……そうか。こういうことか。
俺の愛撫に素直に身をまかせ、あえぎ声を漏らしているマリーナ。
それはとても愛しくて……同時に、そのまま何もかも自分のものにしてしまいたいという独占欲を煽る。
多分マリーナも初めてなんだと思う。痛がらせたり、恐がらせたり、不安にさせたりはしたくない。
そう頭ではわかっているんだけど、俺の身体は、もう限界に近いというか……ようするに、早く……
「クレイ」
マリーナの脚に手をかけたとき、彼女は、潤んだ瞳で俺を見上げて言った。
「いいわよ……好きにして」
「マリーナ……?」
「あなたの、思い通りに……めちゃくちゃにしてくれちゃって、構わない」
ぐいっ、と細い腕が首にからめられた。
「好きにして。あなたにこうして抱かれているというだけで、わたしは十分に満足だから」
そう言って、マリーナは目を閉じた。
……いいのか。
俺だって、男なんだから。そんなことを言われたら……止まらなくなるぞ。
そう警告してやろうかと思ったけれど、身体がそれを許さなかった。
太ももを持ち上げる。手を伸ばすと、ぬるり、という感触が返って来た。
ぐいっ、と指をさしいれたとき、抵抗は、ほとんど返ってこなかった。
……マリーナ。
「痛かったら、ごめん」
そう言うと、マリーナは小さく笑った。
「こんなときでも、優しいのね……クレイは」
彼女の言葉が、耳に届くか、届かないか。
その瞬間、俺は、彼女と一つになっていた。
指のときとは違った。びっくりするくらい狭くて、激しい抵抗。
そこに無理やり押し入ると、マリーナは小さくうめいて、腕に力をこめた。
一瞬首が絞まりそうになる。
……痛いんだろうな……
抜いてあげたほうが、いいのかもしれない。一瞬弱気な考えが浮かんだけれど。
でも、身体の方は……想像以上に快感を与えてくれるその場所が、いたく気に入ったようで。
意思とは無関係に、俺の身体は動いていた。
マリーナの小さな身体が、俺の動きに合わせて振り回されるように動く。
彼女の唇から漏れる声は、徐々に大きくなって……それはとても艶っぽくて、俺の欲望をますます高めてくれる。
「……あ……」
「いいのよ」
その気配を感じて、俺が動きを止めようとしたとき。
マリーナは、そっと首を振っていった。
「今日は、大丈夫だから……中で……」
「…………」
それがどんなに危険なことか、知らなかったわけじゃない。
それでも……我慢ができなかった自分が、情けない。
彼女がそう言った瞬間、俺は動きを再開して。そして、呆気なく……彼女の中で、果てていた。
ことが終わると、マリーナは余韻に浸ることもなく、すぐに立ち上がった。
素早くローブを身につけて、相変わらずの悲しそうな笑みを浮かべて、言った。
「甘い思い出を、ありがとう……安心して。すがる女には、ならないから」
バタン
ドアが閉まる。
ふっと身を起こして外を見ると、まだ真っ暗だった。夜明けには、まだ大分間がある。
だけど……もう今夜は、眠れそうにない。
ふうっとため息をついて、パジャマを拾い上げた。
……俺は、どうすればいいんだろう?
翌朝。
予想通り眠れなかった俺が、腫れぼったい目をこすりながら下に降りると。
マリーナは、既に朝食の準備を整えていた。
「あら、おはよう、クレイ」
「……おはよう」
「よく眠れた?」
一瞬皮肉か、と思う。
だけど、そう言うマリーナの目も真っ赤で……それは、きっと彼女のせいいっぱいの気遣いなんだと、さすがの俺でも気づいた。
すがる女にはならない。
昨夜の台詞を思い出す。
ふうっ、とため息をついて、食卓につく。
いつの間に……マリーナは、こんなにいい女に成長したんだろう?
どうして、俺は今までそれに気づかなかったんだろう。
「パーティーは、いつ?」
「夕方から、近所の店と合同で」
「そうか……楽しそうだな」
「ええ」
俺の言葉に、マリーナは頷いた。昨夜と同じ笑みを浮かべて。
「きっと、楽しいと思うわよ」
パーティーは大盛況だった。
マリーナの店だけじゃなく、色んな店が色んな料理を提供して、そして様々な人が様々な仮装をして。
俺も随分と子供達にお菓子をねだられた。マリーナがクッキーをたくさん焼いて持たせてくれていたからよかったけど、そうじゃなかったら、どんな目に合わされたことやら。
ちなみに、俺の仮装は……吸血鬼、なのだろうか?
燕尾服の上から、漆黒のマント。唇の端から覗くのは、牙。
「よく似合うわよ」
そう言って笑っているマリーナの格好は、昨夜見た魔女のもの。
結局その騒ぎは夜中まで続き、もちろんそんな時間に乗合馬車はなく……俺はもう一泊、マリーナの店に泊まることになった。
けれど、それはある意味……好都合だった。
「女に恥かかせんのは、男として最低だかんな」
多分、トラップあたりならこう言うだろうな。
そう考えて苦笑する。
マリーナがあれほどまでに俺のことを考えてくれたのに。俺はそのことにちっとも気づかなくて。
そしてそんなになるまで自分の気持ちにも気づいていなくて。
全く、自分の鈍さが嫌になる。パステルのことを笑えない。
パーティーが終わり、後片付けは明日にする、とマリーナが自分の部屋に引っ込んだ後。
俺は、静かに時間が過ぎるのを待った。
深夜0時をまわるまで。
0時過ぎ。11月1日。
そっと部屋を抜け出す。身につけているのは、ハロウィンの仮装。
マリーナの部屋は隣だ。ドアノブをつかむと、抵抗なく開いた。
……助かった。鍵がかけられていたら、どうしようかと思った。
そのまま、ドアを開ける。
普段の俺なら、こんなことは絶対にできないんだけど。
今日は、許して欲しい。……誕生日だから。一年で唯一、わがままを許される日だから。
部屋の中に滑り込み、バタン、とドアを閉める。その音に、寝巻き姿のマリーナが、起き上がった。
「……クレイ?」
「Trick or Treat」
すっ、とお辞儀をする。
「今宵、あなたの血を貰い受けにきました、お嬢さん」
「……どこでそんな台詞を覚えてきたの?」
マリーナの顔に苦笑が広がる。
……自分でも、ちょっと言ってて恥ずかしかった。
「お菓子か、いたずらか……マリーナの答えは?」
「何言ってるの? ハロウィンは、もう終わりでしょう?」
マリーナの視線は、時計に注がれている。
確かにそうだ。0時はもうまわっている。
だけど……
「そうだな。もう31日じゃない。今日は……」
「11月1日ね。ハッピーバースデイ、クレイ」
さらりと返って来た返事に、少なからず驚く。
「覚えていてくれたのか」
「忘れるわけないじゃないの」
ストン、とマリーナがベッドの下に足を下ろした。
「本当は、ね……ハロウィンより、そっちがメインだったのよ?」
「…………?」
「どうせ、パステル達のことだから。きっと盛大なパーティを準備してるんだろう、って思ったんだけど」
「いや、それは無い。忘れられてたよ」
出かけるとき、引き止めるどころかさっさと行けとばかりに追い出したトラップの顔を思い出す。
そう言うと、マリーナは小さく笑って続けた。
「だけど、どうしても……一度でいいから、クレイの誕生日を二人だけで祝いたかったのよ。今まで、そんな機会なかったでしょう?」
「ああ」
言われてみればそうだ。俺の誕生日は……いつだって、家族と、トラップと、マリーナと、あるいはパーティーのみんなと、大勢の人に祝ってもらった。
いや、去年は忘れられてたけど。
「だから、ハロウィンの名目で呼び出したのよ。あなたを驚かせたかったから」
「もしみんなで来たら、どうするつもりだったんだ?」
「それは無いと思ったわ」
くすくす笑いながら、彼女は言った。
「きっと、トラップが止めてくれると思ったから。あの無駄に鋭いあいつなら、きっとわたしの考えなんかお見通しだろうって思って」
「……そうか」
トラップとマリーナは、よく似てる。
何となくそう思った。
二人とも、変に鋭くて、頭が切れて、そのせいで自分の感情より理性を優先することに慣れてしまって。
それはある意味、とても悲しいことなんじゃないかと思う。
たまには、感情を優先させたって、いいじゃないか。それが、思わぬ幸運をもたらすことだってあるんだから。
「……で、クレイ。結局、あなたは何をしに?」
「見てわからないか?」
すっ、とマントを翻す。
「ハロウィンは終わった。これは、仮装じゃなくて……冗談じゃなくて、俺の本心」
「……え?」
「あなたを貰い受けに来ました、お嬢さん」
後になって考えると、よくこんなことが言えたな、と自分に感心する。
茫然とするマリーナの頬に手をかけて、俺は言った。
「誕生日プレゼントとして……君をもらってもいいかい? マリーナ」
その言葉に、マリーナはしばらくぽかんとしていたけれど。
やがて、顔を真っ赤にして、小さく頷いた。
翌朝。
俺とマリーナが一つのベッドで目覚めたとき、マリーナはすがりつくようにして言った。
「ねえ、本当にいいの?」
「何が……?」
昨夜寝るのが遅かったせいもあって、俺がいまだ取れない眠気と戦っていると。
マリーナは、不安そうにつぶやいた。
「だって、クレイ。あなたには、婚約者が……」
「ああ……」
そういえば、サラのことがあった。……彼女は本当にいい人だと思うけど。
でも、それは……
「親同士が勝手に決めたことだからね」
「クレイ……」
「俺が何とかするよ。愛の無い結婚なんて、お互いが不幸になるだけだしね」
多分、おじいさまは怒り狂うだろうけど……
まあ、別に俺じゃなくたって。兄さん達がいるし。何とかなるんじゃないだろうか。
そう言うと、「あなたは楽観的すぎるわよ」とマリーナに小突かれたけど。
しょうがない。こういう性格なんだから。くよくよ思い悩んだって、なるようにしかならないんだから。
もっと昔は、こんな風に思い切ることはできなかったんだけど。
冒険者になって、パステルに出会って、俺は少し変われたと思う。
彼女のそういうところは、本当にすごいと思うから。トラップが惚れこんだのもわかる。
「自分の気持ちに嘘はつけないからね」
そう言うと、マリーナは嬉しそうに笑ってくれた。
名残惜しい気持ちはあるけれど、あんまり長居をしているわけにもいかない。
今日あたりシルバーリーブに帰ろうか、と俺が朝食を食べながら考えていると、一通の手紙が、店に届いた。
受け取ったマリーナは、不思議そうな顔をして、それを俺に差し出した。
「何?」
「あなたに」
「俺に?」
何で、俺あての手紙がマリーナの店に届くんだ?
一瞬不思議に思ったけれど。差出人の名前を見て納得する。
「トラップからだ……」
あいつが手紙なんて、ありえない。一体何が書いてあるんだ?
不安に思いながら、封を切る。
見慣れた癖のある字が、便箋を埋め尽くしていた。
よお。ちゃんとマリーナの気持ち受け取ったかあ?
ったくおめえは鈍すぎんぜ。ちっとは俺の苦労も考えろよなあ。
ま、おめえのこったから、家のこととかごちゃごちゃ考えてふんぎりつかねえかもしんねえけど。
自分の気持ちには、素直になったほうがいいぜ? 俺みてえにな。
っつーわけで、誕生日おめでとう、クレイ。
俺達からのプレゼント。おめえ、しばらく帰ってこなくていいからな。
クエストに出るような用事もねえし。みんなバイトを適当にこなしてるから。
何も心配することはねえぜ?
俺らからの祝いは、そうだな。まあ一週間後くれえにシルバーリーブでやるから。
それまではエベリンでのんびりしてろよ。
俺と違って、おめえの場合、そうそう気楽に会いに来れるわけじゃねえんだからな。
んじゃな。
トラップ
……全く、あいつは。
思わず苦笑すると、手紙を覗き込んで、マリーナもそっくり同じ笑みを浮かべた。
「トラップらしいわね」
「ああ。……まあ、まさか誕生日を覚えていてくれるとは思わなかったから。それは、嬉しいんだけど」
パーティーの日時がしっかり予告されているところが、本当にあいつらしい。パステルだったら隠そうとするだろうから。
そう思いながら何度も手紙を読み返していると、不意に、背中に重みがかかった。
振り返ると、マリーナが、俺の背中にすがりついている。
「ってことは、クレイは、もう少しここにいてくれるのかしら?」
「ああ。マリーナの迷惑じゃなければ」
そう答えると、マリーナはとても魅力的な笑顔で言った。
「そんなわけ、ないじゃない? あなたが今日帰るって言い出したら、どうやって引きとめようか。さっきからそればっかり考えていたんだから」
トラップに感謝しなくちゃね、というマリーナの頬に手をかけて。
触れるようなキスをすると、彼女の顔が、真っ赤に染まった。
完結です。
この二人はやっぱり苦手……トラパスと違って何を考えているかわかりにくい……
学園第二部もほぼ書きあがってるので、明日こそはそれを投下して
次は……どうしよう。
悲恋4行こうかと思ったんですが、このスレではどこまでのダークが許されるんでしょうか
多分今までの三本合わせたくらいのダークっぷりなのですが……
間に明るい作品挟もうかな? ずっと以前にリクエストされた「報われないトラップ」でも……
>>289 その一言は余計だと思う<やっぱりエロパロ板は〜
>トラパス作者さん
下手に原作の雰囲気を壊した、性格や設定やシチュエーションを無視してエロ描写しかないような作品よりは
ストーリーを練りこんで原作の雰囲気を大事にして不自然にならないようエロを挿入しようという努力の後が見える
そんなあなたの作品の方が好きです。
そういう住人は俺だけじゃないと思うんで、もっと堂々としていいかと
自分も、トラパス作者様の作品、大好きです。
あまりに投下される速度が速いので、自分の拙い言葉では
なかなか感想を述べることができずじまいなんですが。
サンマルナナさん、トラパス作者さん、お疲れさまです。
クレイ(・∀・)イイネイイネー!
ここ来るようになってから、クレイ好きになれたかも。
原作読んでるときはトラップしか見てなかった(´▽`;)
毎日新作が読めるこのスレはほんと貴重ですよ。
書き手さんたちありがとう。
トラパス作者様、乙です〜
クレマリ、楽しませていただきました〜
クレイの仮装でパラレルを思い出してニヤリと……
>>312様に同意です。
私もトラパス中心で原作読んでたクチですが、
このスレでクレイ視点の話などを読むようになって、
クレイの格好良さと不器用さがほんのり好きになってきました……
私もこのスレの皆様&書き手様たちに感謝を捧げます〜
学園編第2部心待ちにしておりますので是非〜
>>174 >>283 その書き込みをしたのは私です。
言葉足らずでしたが、発言の趣旨は仰るとおりです。
>>287 いつもご苦労様です。
さすがに前々スレまで残っているのは問題なので、今後も倉庫格納依頼をして貰えると嬉しいです。
>>175 >SS保管庫のことかな…?
>転送量オーバーでと止められた、みたいな話を最近聞いた。
えっと、そんな話は何処で出てるんでしょう? (汗
所詮、テキストONLYのサイトなので転送量がオーバーするようなことは無いと思いますし、
自分でチェックしている限りでは見られない事態になったことはないですし…
315 :
名無しさん@ピンキー:03/11/02 03:35 ID:MOoUZ4P5
トラパス作家さん、クレマリ良かったですよ とても苦手とは思えない!
クレイも良かったがマリーナはもっと良かったです、マジ可愛かった!!
次は悲恋4ですか?どこまでのダークが許されるのか、思ってるみたいですけど
トラパス作家さんの思いつく限りのダークな奴を書いてみてはどうでしょうか!
では、次の作品も楽しみにしてます。
やっとバイトが終了。
新作投下します。
えっと、一部からリクエストのあったパラレル学園編第二部。
しかし……
注意
長くなりすぎるのでエピソードを次に持ち越したら
エロが消滅しました。前にもあったなあ、このパターン……
エロエロ話を期待されている方は、申し訳ありません。
つきあうっていうのは、何が目的なんだろう。
二人っきりでいること? ずっと一緒にいること?
好きだって気持ちを確認すること? それとも……
きっと色々目的はあるんだと思う。
彼女が欲しい、彼氏が欲しい。理由はそんなものだって人も、いるかもしれない。
だけど、わたしは強く思う。
どんな目的だって構わない。それで本人たちが幸せならそれでいい。
だけど、一つだけ。
身体のつながりが一番の目的。そんな関係にはなりたくないって。
「なー、パステル……」
「…………」
「おい、いつまですねてんだ、おめえは」
「…………」
いつまで経ってもわたしが返事をしないことに、トラップは相当イライラしてるみたいだけど。
ふんだ。怒ってるのはわたしの方なんだからね。
いくら何でもひどい。ひどすぎる。
「あのなあ、好きだからだって言ってんじゃん。おめえのことがすげえ好きだから、つい暴走しちまったっつーかなあ……」
「…………」
あ、駄目だ。うっかり許しそうになってしまった。
思わずにやけそうになって、慌ててぶんぶんと首を振る。
駄目駄目、許しちゃ駄目! 今度ばかりは、絶対に、絶対に許せないっ!
あの照れ屋なトラップが、その台詞を吐くためにどれだけ苦労したか、わからないわけじゃないけど。でも、そんなことではごまかされないくらい、わたしはものすごーく怒っていて……
わたしが振り向きもしないことに諦めたのか、トラップは大きなため息をついて、顔をひっこめた。
……ふんだ。
好きだから。その言葉は素直に嬉しい。
だけど、たまに思う。
お互いがお互いを好き。ずっと一緒にいたい。
どうして、それだけじゃ駄目なんだろう? って。
どうして……キスしたり、その、身体を求めたり、そんなことしなきゃ、気がすまないんだろう? って。
こんなこと誰にも聞けない。だからわからない。
大きくため息をつく。
どうして……こんなにもトラップのことが好きなのに。許してあげることができないんだろう、って。
わたしとトラップは一緒の家に住んでいる。
わたしの両親とトラップの両親が友人同士で、事故でわたしが両親を失ったとき、引き取ってくれたのだ。
ところが、トラップの両親は麻薬取締官という、何ともすごい職業についていて、一年のほとんどを海外で過ごすとかで、実質的には二人暮らし状態だったりする。
引き取られた当初は色々あった。ちょうど、学校の方でも担任の先生に言い寄られるなんていう珍事が起こっていて、一時期は本当にトラップに色々助けてもらって。
そして、色んなことに決着がついた今……わたしとトラップは、恋人同士になっていたりする。
そのことに関しては素直に嬉しい。トラップは、口は悪いけど本当はいい人だって、一緒に暮らすようになってよくわかったし。
でもね……
トラップはずっとわたしを想っていてくれた、と言った。
ずっとわたしを見ていた、とも言ってくれた。
それはすごく嬉しいことなんだけど。
ことあるごとに、キスしようと、押し倒そうとするのは……やめて欲しいんですけど……
最初のうちは、そりゃちょっとは嬉しかった。
担任のギア先生に告白されたとき、無理やり身体を奪われそうになって、それ以来わたしの中ではちょっとしたトラウマ状態になっていたりするんだけど。
トラップとなら、嫌じゃない。本気でそう思った。もっとも、いつもいつも、ここぞ、というときに色んな邪魔が入って、何だかんだで最後までは……まだいってなかったりするんだけど。
だけどね。
あまりにも頻繁に迫られると……何て言うのかな? いわゆる「身体が目当て?」などという、とっても悲しい疑問が浮かんできてしまって……
一緒に暮らしてるんだから、二人っきりになる機会はそれこそ毎日のようにある。
わたしにはそれだけで十分なのに。一緒にいれるだけで満足なのに。
どうして、トラップは……キスしなきゃ、身体に触れなきゃ、満足してくれないのかな?
そう思ったから。わたしはトラップに、はっきり言ったんだ。
「あのね、トラップ。しばらく冷却期間っていうか……キスとかするの、やめてみない?」
わたしとしては、そんなことしてもしなくても、気持ちに変わりはないってことを証明したい、そんな思いがあった。
ところが。とーこーろーがー!!
この乙女心というものをチラリとも理解しない男は、わたしがそう言った途端、目をまん丸にして言った。
「あんだ? おめえ、俺に飽きたのか?」
……絶句。
どこで、どうしたら、そんな結論が出るの?
「そ、そんなこと誰も言ってないでしょ!? ただ……」
「ただ?」
「ただ、ちょっと……気持ちを確かめたい、っていうか……」
「はあ? んなのなあ、確かめなくてもわかりきってんだろ?」
わたしが詳しく説明しようとすると……それを聞こうともせずトラップは。
そ、その場でしょうこりもなく押し倒そうとしたのよ!? 台所で! 食事の最中に!!
信じられない! やっぱりトラップの頭にはそんなことしかないんだ!
「馬鹿馬鹿バカー!! もう知らない!!」
もちろん、わたしは全力で抵抗した。手当たり次第にものを投げつけて、必死に自分の部屋に逃げ込んで。
そして、さっきの場面に繋がる、というわけなのだ。
ちなみに、トラップの部屋とわたしの部屋はベランダで繋がっている。「さっきは悪かったって」とベランダ越しにトラップが声をかけてきたのは、わたしが部屋にこもってから30分後のことだった。
で、諦めて顔をひっこめるまでにかかった時間が、およそ一時間。
あの短気なトラップにしては、随分粘ったんじゃないか、と思うけど。
わたしのことを大事に思ってくれてるのはよくわかるけど。
でも、でも……! それとこれとは、別なんだから!!
「トラップなんか……トラップなんかっ……」
大っ嫌い、そう言えない自分が、情けなかった。
そして、翌朝。
今日は終業式。そう、気が付けば、もう一学期も終わり。
高校二年生になってからもう三ヶ月が過ぎた、なんてなかなか信じられない。それくらい、色んなことがあったから。
いやいや、まあそんな感慨はともかくとして。
終業式だから、もちろん午前中で終わり。お弁当はいらないから、いつもよりはゆっくり寝ていられる。
けど、わたしはあえていつもの時間に目覚ましをセットした。理由はもちろん、トラップと顔を合わせたくないから。
こういうときって、一緒に暮らしてるのは不便だよね……会いたくないときでも、普通にしてたら嫌でも顔を合わせちゃうんだもん……
あんまり食欲もなかったから、朝食はトーストだけ。
それでも、きっちりトラップの分の食事を用意しているわたしは、とことんおひとよしだなあ、と思う。
トラップの分のお皿にはラップをかけて、味のしないトーストをかじる。
はあ。美味しくない……そういえば、一人で食事するのって、久々だなあ……
軽いカバンを抱えて外に出たとき、時間は、まだ7時半前だった。
いくら何でも早すぎる。けど……ま、いいか。いっつもギリギリだし。たまにはね。
わたしが起こさないと、トラップは遅刻するかもしれない。
チラリとそんな考えが浮かんだけど、頭を振ってそれを追い払う。
知らないもんね。子供じゃないんだし。第一、わたしが来るまでは一人暮らしをしてたんだから。
それくらい、どうとでもするでしょう。
玄関を振り返らないようにして、わたしは外に出た。
いつもよりずっと空いた電車。人通りの少ない道。
学校についたのは、8時を少しまわった頃だった。
不思議……ちょっと時間をずらしただけで、こんなにスムーズに来れるなんて。
いつもだったら、人ごみをかきわけてるだけで無駄に時間が流れるもんね。うん、これは新しい発見だなあ……
人気の無い教室に座って、ぼんやりと窓の外を眺める。
もうすっかり夏。セーラー服は白い半そでに変わって、学生服はカッターシャツになって。学校の中が一気に明るくなった。
これから一ヵ月半の夏休み。去年までなら、家族旅行とか、友達と旅行とか、色々楽しい計画を練ってわくわくしたものだけど。
今年は……どうしようかなあ……
そんなことを考えていたときだった。
「パステル? どうした、随分早いな」
「……あ」
教室の入り口が、ガラリと開いた。
顔を出したのは、わたし達の担任……ギア先生。
わたしのことを好きだと言って、割と強引に迫ってきて、でも、最終的には、わたしがトラップのことを好きだと言ったら、身を引いてくれた……そんな先生。
あの後、しばらくはぎくしゃくしてたけど。
宣言通り、先生はもう何も言ってこなかったししてこなかったから。今ではすっかり、元の関係、つまりはただの先生と生徒になれた……と思ってる。
わだかまりが無いって言ったら嘘になるけどね。結局は何も無かったんだし。いつまでも気にしてたってしょうがない、って思うようにしてる。
「先生こそ、早いですね」
「当直でね。学校の鍵を開けなきゃならんから、早めに来たんだ。……ステア・ブーツは一緒じゃないのか?」
「……はい」
もちろん、ギア先生はわたしとトラップが一緒に住んでいることも知っている。
あ、ステア・ブーツってトラップの本名ね。ご両親の職業が職業だから、いつも誘拐の危険にさらされていて、自然と本名を名乗らなくなったんですって。
まあ、それはともかく。
「どうした。喧嘩でもしたのか?」
「……喧嘩ってわけじゃ、ないです。わたしが一方的に怒ってるだけだから」
先生に隠し事をしても仕方ない。わたしは嘘が下手だし、それに先生は、わたしとトラップのことなら何でもお見通しだから。
トラップと幸せになれることを祈ってる、わたしのことをずっと影で見守り続ける、そう宣言して手を引いてくれた先生には、話すべきなんじゃないか。
何となくそう思ったら、わたしはぽろりとつぶやいていた。
「先生……男の人って、やっぱり……付き合う目的の一つって……身体が目当て、なんですか?」
後で思い返すと、我ながら何てすごい発言なんだろう、って思うけど。
どうやら、自分で思っていた以上に、わたしはこの事態に動揺していたみたいで。
先生も、まさかわたしがそんなことを言い出すとは思ってなかったみたいで、しばらく目を丸くしていた。
「……パステル。それは、俺に対する皮肉かい?」
「え? いえ、別にそういうつもりじゃ、ないんですけど……」
皮肉……ああ、そうか。先生も、告白してきたとき、確か……
あのときのことを思い出すと、今でも恐怖がよみがえる。力づくで来られたら、わたしの腕力じゃ、どうしたって男の人にはかなわない、そう思い知った瞬間だったから。
そう……トラップとギア先生は、性格とかは全然正反対もいいところなのに。
それなのに、その一点だけは……共通してるんだよね。
どうして?
「男と女じゃ、考え方が違う。俺はステア・ブーツを一生好きにはなれないだろうが……彼の気持ちは、わからなくもないね」
詳しい事情を話したわけじゃないけど。たったそれだけで、先生は大体事情を悟ったみたいだった。
そして、余計なことは何一つ言わず、慰めも気休めも言わず、ただ一言だけ言った。
「男には2つのタイプの人間がいる。愛が無くても抱ける男と、愛が無ければ絶対に抱けない男。ステア・ブーツがどちらのタイプか、君にはわかってると思うけどね」
それだけ言うと、先生は教室を出て行った。
職員会議か何かが、あるのかもしれない。
また教室に一人になって、再びぼんやりと外を見る。
ちらほらと、登校してくる生徒の姿が、窓の外に見えた。
愛が無くても抱ける人と、愛が無ければ絶対に抱けない人。
トラップがどっちのタイプか、なんて、そんなの。
そんなの……決まってるよね?
「おはよう、パステル! 随分早いじゃない……あれ、トラップは?」
がらり、と教室のドアが開いて、親友のマリーナが顔を出した。
「おはよ。トラップは……寝坊じゃないかな」
「起こしてあげなかったの? 喧嘩でもした?」
はは……マリーナ、鋭い……
わたしがひきつった笑みを浮かべると、マリーナは、ぽん、と肩を叩いて言った。
「何があったのか知らないけど。あんまり長引かせないようにね。時間が経つとどんどん仲直りしにくくなっちゃうんだから。
仲直りがしたかったら、自分は悪くないと思っても、とりあえず謝っちゃいなさいよ。文句はその後でだって言えるんだから。ね?」
マリーナの明るい笑みに、わたしは素直に頷いた。
そうだね。どうせ、このままずっと顔を合わせずにいるのは無理なんだから。
それに、例えそれができたとしても……そんなの、やっぱり辛すぎるから。
ちゃんと謝ろう。昨日、トラップはあんなに一生懸命謝ってくれたんだから。
今度はわたしの番だよね?
時計を見ると、後数分で8時30分になるところだった。
ところが。とーこーろーがー!
8時40分になって、始業の時間になっても。
わたしの隣の席……トラップの席は、空っぽのまんまだった。
ま、まさか本当に寝坊した!?
思わず青ざめる。
トラップの寝起きの悪さを考えたら、十分にありうるもんね。
「欠席は……一人か。これから終業式だ。HRが終わったら、すぐに体育館に行くように」
短いHR。ギア先生の言葉に、教室が途端に騒がしくなる。
今朝のことから、トラップが風邪なんかじゃないことはわかってるんだろうけど。
ギア先生はそれ以上は何も言わず、さっさと教室を出て行った。
「パステル。あいつ、どうしたの?」
「……さあ……」
「一緒じゃなかったの? 珍しいわね」
もう一人の親友、リタの言葉が、耳に突き刺さる。
……まずいなあ。
どうしよう。メールくらい、打っておいた方がいいかな。
携帯を取り出したけど、何て言えばいいのかわからなくて、結局またしまってしまう。
終業式しかないから、多分トラップはもう来ないだろう。
いやいや、それどころか、家に帰ってみたらまだ寝てる、なんて可能性も、ありうるし。
それなら、まだその方がいいんだけど。
わたしが一人で登校したことを知ったら……多分、怒るだろうなあ。
はあ。
つまんない意地、はるんじゃなかったかな……
「あれ、トラップの奴は?」
終業式にて、舞台袖でため息をついていると、クレイに声をかけられた。
クレイ・S・アンダーソン。一年上の先輩にして、マリーナの恋人にして、トラップの幼馴染にして、学校の生徒会長。
その絡みで、トラップが副会長、わたしが書記などを務めてたりするんだけど。
終業式みたいな何かの行事のときには、生徒会役員が司会とかをするんだよね。
まあ、ほとんどの仕事は会長のクレイがやってくれるから、わたしとトラップがすることなんて余りないんだけど。
「うん……ちょっと、喧嘩しちゃって。わたしが朝起こさなかったから。起きれなかったんじゃないかな」
「はは。あいつならありえるかもな」
爽やかに笑うクレイの顔は、どこまでもほがらかで。見ていると何だか癒される。
「ねえ、クレイ。クレイなら、誰かと喧嘩したとき、自分は絶対に悪くない! っていう自信があったら、どうする?」
クレイはとってもいい人だ。優しいし、自分のことよりも先に他人のことばっかり考える。どっちかというと人生で損をしそうなタイプなんだけど、本人はそんなことちっとも気にしてないんだよね。
クレイが人と喧嘩するなんてあまり想像できないんだけど……どうなんだろう?
わたしの言葉に、彼はしばらくうーんと考えていたけど。
やがて、全然迷いの無い口調で言い切った。
「自分が全然悪くない、なんてありえないと思うな。例えそんな風に思えたとしても、それは自分の考えで、誰かが別の見方をすれば、やっぱり俺にも何かしら悪いところはあると思う。
だから、相手が謝ってくれるかどうかは別にして、俺からもちゃんと謝るよ。そいつと仲良くしていたいのならね」
それはすっごくクレイらしいっていうか。
何だか、考えさせられる意見だった。
自分が悪くないと思っても、それは所詮自分の考え。他の人が別の見方をすれば、何かしら自分にだって悪いところはあるはずだ……
言われてみればそうだよなあ、って素直に聞けるのが、クレイの言葉の不思議なところ。同じ台詞を別の人が言っても、こんなにすんなりとは納得できなかったと思う。
とにかく、クレイのおかげで、わたしの心のもやもやは完全に晴れた。
トラップがどんなに怒っててもいい。まずは謝ろう。
謝ってから、ゆっくり話し合おう。わかってもらえなかったら、わかってもらえるまで話すんだ。
トラップと、ずっと仲良くしていたいから。
終業式が終わった後、HRが一時間。その後解散、っていうのが今日のスケジュール。
HRでは、夏休みの宿題とか、登校日の連絡とかが主な内容。
終わるのは、大体11時くらい。
ギア先生は、淡々とプリント類の山を配って、注意事項の説明をしていった。
「連絡は以上。明日から夏休みだが、羽目を外しすぎないように……ああ、パステル・G・キング、後でちょっと来てくれ。では、解散」
……はい?
宿題の量にうんざりしていたとき、さらりと言われた言葉に、思わず顔をあげる。
先生がわたしを呼び出すのは、あの出来事以来……そう思うと、自然に身体が強張った。
ま、まさか。今更……ね。
けど……
怖い、という思いが抜けきれず、先生が教室から出て行く前に教壇に駆け寄る。
マリーナもリタも教室にいる。うん、大丈夫だよね!
「先生、何ですか?」
「パステル」
ギア先生は、わたしをじーっと見つめて、そっと手をとった。
そして。
どさっ、とプリントの束を渡す。
「ステア・ブーツのプリントだ。彼に渡してやってくれ。宿題をさぼるな、と伝えてくれると嬉しいな」
「…………」
何考えてんだろ、わたしってば。先生を疑ってどうするの!
激しい自己嫌悪に陥ってしまう。
はあ。これと言うのもトラップが悪いのよ。変なこと散々吹き込むから……
思わずトラップに責任転嫁をしていたときだった。
ひょい、と先生が耳元に唇を寄せて、囁いた。
「ついでにこうも伝えてくれ。パステルを泣かせるようなことをしたら、俺がどんな手を使ってでも奪ってみせる、とな」
「…………」
言われた意味を理解して、瞬間的に顔が真っ赤に染まる。
「せ、先生っ……」
「……君は、本当に見ていて飽きないな」
抗議しようにも言葉がうまく出てこなくて、口をぱくぱくさせていると。ギア先生は、低く笑って言った。
「冗談だよ。だが、こう言ってやれば、彼のことだ。きっとすぐにでも仲直りしてくれるんじゃないか? 君の寂しそうな顔なんか見たくない、というのは、本当だよ」
ぽん、と肩を叩いて、先生は教室を出て行った。
……ギア先生といい、クレイといい。
みんな、トラップのことをよくわかってるんだなあ……
わたしは、彼のことをどれくらいわかってるんだろう?
「パステル、話終わった? ねえ、これからどうする? どこかに寄る?」
声をかけてくれたマリーナに、わたしは手を振って言った。
「ごめん、今日はまっすぐ帰ることにする」
早く謝りたいから。そう目で訴えると、マリーナはすぐにわかってくれたみたいで、小さくガッツポーズをしてくれた。
学校から家まで大体40分。急いでいるときは、ちょっと遠いなって感じる。
トラップと二人だと、あっという間なんだけどね。
そんなことを考えながら、靴をはき替えて玄関を出たときだった。
校門のあたりが、ちょっと騒がしい?
まだ帰宅途中の生徒があたりにはいっぱいいたんだけど、門のあたりに、ちょっとした人だかりができてた。
……何かあるのかな? まあ、わたしには関係無いよね。早く帰らなくちゃ。
そんなことを考えながら、校門をくぐったときだった。
ぴろろろろろろろろろろろ♪
ポケットの中で、突然携帯電話の着信音が鳴り響いた。
……誰だろう?
ちょうど人ごみをかきわけようとしたとき。
携帯を取り出すと、そこに出ている名前は……
……トラップ!?
な、何なの突然……?
慌てて通話ボタンを押したときだった。
『……そこかよ』
へ!?
わたしが何か言うより早く、トラップの声が耳から届いた。
携帯電話からと、そして……もっと近くから。
慌てて振り向く。みんながざわついている、その視線の先の主を。
「トラップ!?」
視線と視線がぶつかった。
人だかりの中心にいたのは、トラップ。
片手でヘルメットを抱えて、学校の前だと言うのに大胆にも私服姿でバイクにまたがっている。
彼は生徒会副会長もつとめているし、鮮やかな赤毛が目立つし、成績はトップクラスで運動神経も抜群で……
つまりは、そういうとても目立つ人なのだ。
そりゃあ……人も集まるよね……
わたしが名前を呼んだ瞬間、周囲の人が……主に女の子が……一斉に振り向く。
その鋭い視線に、思わずきびすを返そうとしたんだけど。
その前に、トラップにがっちり腕をつかまれてしまった。
「ちょ、ちょっと……」
「…………」
トラップは何も言わない。ただ、ずるずるとわたしを無理やり引きずって……
「きゃあああああああああああ!!? ちょ、いきなり、何をっ……」
ぐいっ、と片手で担ぎ上げられる。そのまま、どさっ、とバイクの後部座席に乗せられた。
頭にがぼっと被せられるのはヘルメット。わたしの文句なんか聞こうともしない。
エンジン音が響いた。
は、走り出すっ!!?
振り落とされちゃかなわない。わたしは慌てて、座りなおしてトラップのウエストにつかまった。
この間、一分とかかってはいない。
集まってきた人達が唖然としている間に、バイクは、校門から走り去って行った。
バイクはノンストップで走り続けた。
どういう道を選んでるのか知らないけど、信号待ちすら無い。つまりは、話しかけてもエンジン音のせいでトラップには聞こえていない。
いや、聞こえてるけど無視されてるだけなのかも……?
とにかく、トラップは何も言わずバイクを走らせていた。
既にまわりの光景は、一人で帰れって言われても絶対無理だと確信できるくらい、見覚えの無い場所。
ううーっ、い、一体何なのよう!!
トラップが何を考えているのかわからなくて怖かった。だけど、走るバイクから逃げる術なんてわたしには無い。
ただぎゅっとトラップの身体にしがみついて、早く目的地についてくれるように祈るばかりだった。
バイクが止まったのは、それから30分後くらい。
何の予告もなく突然急ブレーキをかけられて、身体がわずかに振り回される。
「トラップっ……」
「…………」
彼は何も言わずにバイクを降りた。
辿り付いた場所は……ここは?
思わずまわりを見回す。
臨海公園。以前、両親が事故にあった場所に連れていってもらった帰りに、立ち寄った場所。
そこで、わたしとトラップは、初めて……
「トラップ?」
「そこで待ってろ」
「え?」
返ってきたのは、たった一言。
トラップは、わたしを無理やりバイクから降ろすと、自分は再びまたがった。
そして、わたしの返事なんか待たずに、さっさとバイクをスタートさせる。
「ちょ、ちょっと……」
止める暇なんか全く無い。バイクは、土煙を残して走り去った。
……ま、全く……一体何なの!?
はあ、とため息をついて、ベンチに座る。
帰ろうにも、一人じゃ無理だし。まさか、置いていかれたりはしないよね?
……トラップ、やっぱり怒ってるのかなあ……
わ、わたしもちょっと意地をはりすぎたかな?
で、でも、だから謝ろうとしてたのに! 帰ったら一番に謝ろうって。なのに……
うう。トラップが何考えてるのか、わたしには全然わからないよ。
どうして、こうなっちゃったのかなあ……
落ち込んでうつむいてしまう。それから、どれくらい時間が経ったのか。
そんなに長くは無い時間。多分、15分とか20分とか、それくらい。
聞き覚えのあるエンジン音が、後ろから響いてきた。
……戻ってきた?
振り向きたかったけれど、今にも泣きそうな顔を見られたくなかった。
ぎゅっ、と唇をかみしめてうつむく。そんなわたしの後ろで、エンジン音が止まった。
足音が響く。そして……
ガサッ
紙がこすれるような音とともに、目の前に何かが差し出された。
……えっ……?
ばっ、と顔をあげる。目の前には、すっごく不機嫌そうな表情で、でも耳まで真っ赤に染めたトラップの顔。
彼がわたしに差し出しているのは、色とりどりの花が包まれた、小さなブーケ。
「トラップ……?」
「……悪かったよ。俺が悪かった。本当に悪かった。だあら……これで許せ」
謝ってるのに何で命令形なのよ。
一瞬そう思わないでもなかったけれど、それよりは喜びの方がずっと大きかったから、言えなかった。
ブーケを抱きしめると、ふんわりといい匂いが漂う。
花束。トラップが女の子に贈るものとして、これほど似合わないものもないんじゃないだろうか。
だけど、わたしを喜ばせようとして……買ってきてくれたんだよね?
「ありがとう……」
「礼なんざいいっつーの。んで!? 許すのかよ、許さねえのかよ?」
「……ごめん」
そう言うと、トラップは頭を抱えてしゃがみこんだ。
あ、ごめん。言葉が足りなかったみたい。
「ごめんね。わたし、変な意地、張っちゃって」
そう続けると、トラップは、疑い深い目でわたしをちらりと見た。
「……それって、つまり許すってことだよな?」
「許すも、許さないも……」
ベンチから降りてしゃがみこむ。トラップと目線を合わせて、微笑みかけた。
「トラップはちゃんと謝ってくれたじゃない。それに変な意地を張ったのはわたしだから。だから、今は、悪いのはわたしなんだよ? だから、ごめん、って謝ったの。トラップは、わたしを許してくれる?」
そう言うと、トラップの表情に微かに笑みが走った。
あっ、と思う間もなく、抱き寄せられる。
「……許すに決まってんじゃん? おめえな、今朝俺がどんだけショックを受けたか、わかってんのか?」
「……ごめん」
「どうすりゃ許してくれるのかって、学校さぼって必死に考えたんだからな」
「ごめんって。お礼に……あ、そうだ。お昼ごはん、おごるから」
そう言えば、学校から直接ここに来たから、ご飯もまだだった。
思い出した途端、お腹が空いてることに気づくなんて、我ながら現金だなあって思ったけど。
そう言った途端、トラップは、かくんとうなだれた。
「お、おめえって奴は……色気のねえ……」
「な、何よお」
「こういう場合はなあ、お礼っつったらこー何つーか……」
そこでトラップは口ごもったけど。
彼が何を言いたいのかは大体わかった。
……懲りてない、この男っ!
わたしが頬を膨らませたのがわかったのか、トラップは慌てて「い、いや、ありがてえよ、うん」なんてごまかしてたけど。
……そんなに。そんなに、身体の関係って……重要なのかな……
「ねえ、トラップ」
「あんだよ」
「何で、抱きたいって思うの?」
ぶはっ!!
わたしがそう言った途端、トラップは派手にふきだした。
まじまじとわたしを見つめて、はーっ、と盛大なため息をつく。
「おめえも……鈍いくせしてさらっととんでもねえこと言うなあ……」
「うっ……そ、そんなことないもん……」
そう返されると、自分がとんでもないことを口走った、ということに気づいてしまう。
うう……だ、だって気になるんだもん!
「ねえ、どうして? わたし、トラップのこと好きだよ。だから、一緒にいれるだけですごく嬉しいのに……トラップは、それだけじゃ駄目なの?」
「……んじゃ、聞くけどよ。おめえは、俺に抱かれるのが嫌なのかよ?」
…………
無言で首を振る。
嫌じゃない。相手がトラップなら嫌じゃない。それははっきり言える。
「んじゃ、何で駄目なんだ?」
「だって……怖いから」
「何がだよ。痛そうだから、とか?」
「違う……」
まあ、それは確かにあるんだけど。
「身体の関係が先に来るのは、嫌だから」
「はあ?」
「だから……何て言えばいいのかよくわからないけど。『好き』って気持ちより『抱きたい』って気持ちの方が先に来るような関係は、嫌だから」
「…………」
「もし……何かあってね、わたしが事故か何かにあって、身体がすっごく傷ついたりとかしちゃって、もう抱けなくなったら、トラップはわたしのことを好きじゃなくなるんじゃないかって……そんな風に思うのは、嫌だから」
気持ちをうまく説明できない。
わたしが一生懸命説明するのを、トラップは黙って聞いていてくれた。
全部説明し終わって、もう言うことがなくなっても、トラップはしばらく黙ったままだった。
……呆れられた? わたしの考えって……そんなに変なのかな。
あんまりにも沈黙が続くものだから。わたしが自信をなくしてうつむいたときだった。
ぽん、と頭に手が乗せられた。
「トラップ……?」
「パステル」
トラップは、じーっとわたしを見つめていた。いつもの軽い雰囲気なんかちっとも無い、シリアスな顔で、
「ばあか」
あっさりと言い切った。
「……と、トラップ!?」
「ばあか、うぬぼれてんじゃねえよ。おめえ、自分の身体にそんな魅力があると思ってんのかよ?」
「な、な、な……」
わ、わたしが一生懸命話してるのに。
な、何てこと言うのよ、この男は!?
思わず立ち上がろうとしたけど、トラップの手が頭を押さえつけていてできなかった。
ひ、ひどい……
仕方ないから視線で抗議すると、トラップはそれをしっかりと受け止めていた。そらすことなくじっと返して、そのまま続ける。
「身体が目当て、なんつーのはな、もっと出るとこが出て引っ込むところが引っ込んだナイスバディな姉ちゃんにだけ許される台詞だっつーの。おめえの魅力はな、そんなつまんねえもんじゃねえんだよ」
「……え……?」
えと、それは、つまり……?
ぎゅっ、と頭に置かれた手に、力がこもる。髪が巻き込まれて、ちょっと痛かった。
「トラップ……?」
「……俺はな、焦ってたんだよ。ギアみてえな物好きが他にも出てくるんじゃねえかって。早くおめえを自分のものにしてえって、焦ってたんだよ」
「え……?」
「身体の関係っつーのはな、一番わかりやすい。おめえみてえな女を、身体目当てで抱く男なんかいねえだろうから」
「…………」
激しくひっかかる物言いなんですけど……ねえ、これって怒ってもいい場面だよね?
わたしの剣呑な視線に気づいているのかいないのか。トラップは、表情一つ変えずに続けた。
「早くおめえを俺だけのもんにしたくて、焦ってた。おめえがそんな風に思ってたなんて知らなかったよ。……悪かったな」
「…………」
ええっと。ええっと……
言い方は、何だかすごーくひっかかるところがいっぱいあったけど。
これって、つまり……好きだ、って言われてるんだよね? ……そうだよね?
「バカ」
「な、何だよ! 人が珍しく真面目に話してんのになあ……」
「だって、バカだもん。そんなの、全然トラップらしくない」
わたしがそう言うと、トラップは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「俺らしくないって?」
「いっつも自信たっぷりなトラップらしくないもん、だって。トラップだったら、『俺以上にいい男なんているわけねえ』とか言いそうじゃない? 他の男の人に取られるかも、なんて……トラップらしくない」
そう答えると、トラップの腕がすっと伸びた。
ぐいっ、と肩を引き寄せられて、自然に顔が胸に押し付けられた。
「おめえな。俺だって、口で言ってるほど自信があるわけじゃねえんだぜ?」
「……そうなの?」
「ああ。不安に思うときだってあるよ。強がりっつーかな、泣き言言ったって仕方ねえときは、自信がなくてもそれを表に出さねえようにしてた。そんな情けねえ姿を、見られたくなかったから」
「…………」
「俺がこうやって本音を出せる相手ってな、おめえしかいねえんだぜ? わかってんのか、そのへん」
「……そうなんだ」
「もっと感動しろよなあ」
してるよ、すっごく。そんな風に言ってもらえて、すっごく嬉しいんだから。
だけど……悔しいから、それを表には出さない。
わたしはちっともトラップのことがわかってなかったんだって。それを認めるのは、悔しいから。
だから、代わりに。
「安心してよ」
「はあ?」
「わたしの心は、とっくにトラップにあげちゃってるから」
「……そうかよ」
「きっとね、タイミングっていうのかなあ……そういうのがあえば、なるようになると思うから」
だから、焦らないで。
わたしがそう言うと、トラップはかしかしと赤毛をかきあげて、
「……努力はする」
とぶっきらぼうにつぶやいた。
帰り道。せっかくもらったブーケを、潰さないように持ってバイクに乗るのは大変だった。
それでも、何とか無事に家に帰りつく。
「はい、トラップ」
「……あんだよ、これ」
どさどさっ、とプリントを渡すと、トラップはすっごく不機嫌そうににらんできた。
わたしをにらまれたって困るもん。
「夏休みの宿題とか、連絡とか、そういうの。トラップに渡しといて、ってギア先生が」
「けっ。ギアせんせーが、ね」
トラップの口調は、すっごく皮肉げ。
……ギア先生のことが気に入らないのはわかるけど。もう何もしないって言ってるんだから。
ちょっとは態度を改めて欲しいなあ……
そう思ったら、ちょっとしたいたずら心がわいてしまった。
何でもないような顔をして、続ける。
「あのね、ギア先生から伝言。宿題をさぼるな、だって」
「へえへえ」
全然真面目に聞いてない。トラップは、プリントをテーブルの上に置くとお湯をわかすべく、やかんを火にかけた。
……ふんだ。次を聞いても、その態度、続けてられる?
「後、もう一つ」
「まだあんのかよ」
「うん。『パステルを泣かせるようなことをしたら、俺がどんな手を使ってでも奪ってみせる』だって」
ガタンッ
その言葉は効果てき面だった。準備しかけていたコーヒーを放り出して、こちらに向き直る。
うわー、こめかみがひきつってる……
「……ギアの野郎、まだんなこと言ってんのか?」
「知らない。わたしは伝えてくれって言われただけだもん」
笑いをかみ殺してそう答えると……トラップは、ニヤリと笑った。
その何というか……いかにも「何かたくらんでいます」という笑いに、一瞬背筋が寒くなる。
「トラップ?」
「んじゃあ、ギアにこう伝えておいてくれ」
すたすたすた
言いながら、トラップはこちらに歩み寄ってきた。
そんなに広い台所じゃない。一気にわたしの正面まで来て、どんっ、と壁に手をつく。
壁とトラップの間に挟まれて、わたしは身動きが取れなくなった。
「ちょ、ちょっと……」
「奪えるもんなら奪ってみやがれ、何かの奇跡が起きて奪われたとしても……俺が即座に奪い返してやる、ってな?」
ひょい、と顎を持ち上げられる。
あっという間に唇を塞がれた。随分と久しぶりな気がする、濃厚なキス。
薄いシャツごしにトラップの体温が伝わってきて、鼓動が一気に早くなる。
そのまま、彼の手は、わたしのセーラー服にもぐりこもうとして……
お湯が沸いたことを知らせる「ぴーっ」という音に、がっくりと脱力したのだった。
完結です。
……全然話が進んでないですね。二話以降もなるべく早く書きます。
学園祭とか体育祭とか、書いて欲しいイベントがあったらリクエストいくらでも受け付けますので。
えと、パラレル嫌いな人もいらっしゃると思うので、2〜4日に一話くらいのペースを目標に……
>クレマリに感想下さった方々
どうもありがとうございます。
FQの世界にハロウィンなんてあるのか、と思いながら書いていたんですけれど
皆さんに受け入れてもらえたようで、ほっとしています。
要望があればトラパス以外のカップリングにもこれから挑戦していきたいと思います。
トラパス作者様、乙です〜
待ちに待った学園編第2部、早速いい雰囲気ですね〜
初々しい二人、何度読み返してもにまにましてしまいます
これからどんな展開になるのか楽しみです〜
学園祭の定番の演劇とか読んでみたいかもです……
生徒会+有志で、FQな劇とか
もちろん二人は派手な盗賊と方向音痴マッパーの役で……
ほかのカップリングだと見てみたいのはクレイ×ルーミィなんですが、
トラパス作者様は原作尊重されてるようなのでルーミィ設定が難しそうですし、
エロも入れにくそうなカップリングなので無理でしょうね……
学園編の続きも楽しみにしておりますので是非〜
感想書くの間に合わなかった…トラパス作者様、
クレマリに激しく萌えました。
ほんっとここのスレ見てからですよ、クレイに萌えはじめたのは。
トラパス作者様、お疲れっす!
すごいよかったっす!
今までの中で一番好きかも!
エロなしの方が萌えるのはなんでだろう(笑)
やっぱ描写がない方が自然な感じがするからかなぁ。
エロパロ版ではあるまじき発言かも。すいません。
>トラパス作者さま、新作乙です!
学園編楽しませていただきました。
脱力するトラップに萌〜!これはもう・・・放置プレイ?
続きを楽しみにしております。
え〜と、『レイープ』の続きを書いてみました。
読みたくない方はスルーして下さい(切望)
前注!
エロ→中途半端
話→中途半端
設定→・・・・・・・・・(汗
でわ!書き逃げさせて頂きます。
震える身体をトラップは何も言わずただ黙って抱きしめてくれていた。
どのくらいそうしていたんだろう・・・
「・・・・・・すまねえ・・・」
ポツリと呟いたトラップの声。
顔は見えない。でもその声は震えていて・・・とても苦しそうで・・・身を引き裂かれそうだった。
止まっていた涙が嗚咽と共に溢れ出す。
「・・・こ、怖かったの・・・」
「ああ・・・」
「い、嫌って・・・やめてって・・・」
「・・・ああ」
「・・・なんっ何度もっっ!!」
「もういいっ!何も言うな!・・・何も無かった。いいか、おめえは何もされてねえ!!」
突然の台詞にトラップが何を言ってるのか、何を言いたいのか解らなかった。
と同時にトラップへの怒りが込み上げてくる。
何も無かった事にしたいの?責任逃れ?・・・今更?
「・・・何を言ってるの?見たでしょう?見たんでしょう!わたしがっ・・・」
『男たちに犯されていたのを!』
そう言葉を続けるのを手で遮られた。
「違う!・・・いいや違わねぇ。おめえを抱いたのは俺だ!」
「・・・・・・・・・・・はぁ?」
この時素っ頓狂な声を出したわたしを誰が責められるだろう。
責められないでしょう?そーでしょ!?
いったいどれをそーしたらそーなるって言うの?
「な、何言ってるのトラップ?」
「だぁら、おめえの事を抱いたのは俺だって言ってんだよ」
「・・・何ふざけた事言ってるのよ!」
あまりの馬鹿馬鹿しい言動に思わず手を振り上げた。
−パシッ!−
避けようと思えば幾らでもできたのにトラップは避けなかった。
敢えて罰を受けるように・・・
なぜかそんな態度に無性に腹が立つ。
もう一度ひっぱたこうとした時、その手をトラップが掴んで引き寄せ・・・抱きしめられた。
逃れようと夢中で足掻くけど、わたしを抱きしめる手を緩めようとはしない。
そしてそっと耳元に唇を寄せて囁いた。
「おめえの身体に痕を付けたのは・・・俺。」
そう言いながら首筋に唇をつける。
えっ?
「・・・この痕を付けたのも・・・俺。」
舌を這わせながら首筋から鎖骨に唇が降りてくる。
な、なに?なにしてるの?
「・・・この痕も・・・俺だ。」
更に胸元へ唇が降りてきてチュッと音をたてる。
「それから・・・」
トラップは優しく胸の頂にある突起を口に含んだ。
瞬間体中に悪寒が走る。さっきの恐ろしい記憶が蘇ってきて身体がガタガタと震えだしてきた。
恐怖で涙が出てくる・・・いや・・・いやっ・・・いやっ!
「・・・パステル。おめえを抱いてるのは俺だ」
目を開くと目の前にはトラップの真剣な顔。
いつもの人を小馬鹿にしたような目じゃなくって大人の目。
その目がふっと優しく笑い、唇が再び胸の突起へと戻ってきた。
まるで赤ちゃんがお母さんのおっぱいに吸い付くようにクチュクチュッと。
もちろん赤ちゃんを産んだ経験なんて無いけど・・・何故だかそんな感じがした。
それから空いた片方の胸へと手をそっと添えてマッサージでもするように優しく揉む。
突起を擦るように転がす・・・
トラップの細く長い指が恐怖ではなく快感を紡ぎだすように動いていく。
優しく壊れ物でも扱っているように・・・
背中を擦るようにトラップの指が這っていくと身体が自然と仰け反る。
もっと胸を愛撫して欲しいと言ってるように胸を突き出す格好になる。
トラップはくすりと笑って突起に軽く歯を立てた。
「・・・あ・・んっ・・・」
口から漏れたのは悲鳴ではなく喘ぎ・・・
もうトラップはわかってるんだろう、わたしが恐怖ではなく快感を感じ始めているのを・・・
胸の先端が熱く痺れるような感覚を持ち始めているのを・・・
「・・・トラップ・・・」
「ん?」
「お願い・・・」
「・・・・・・」
「忘れさせて・・・」
「ばぁか、おめぇを抱いてるのは俺だぜ。忘れるんじゃねぇよ。」
「・・・うん・・・だね」
あくまでもそう言うトラップの優しさが嬉しかった。
自然に唇が重なり合う。最初は啄むように・・・上唇にキス。下唇にキス。
舌を絡めて深く・・・きつく・・・
凄く中途半端ですけど・・・以上終了っす。
原作の雰囲気を壊しまくりで、設定完全無視しちゃってごめんなさい。
吊ってきま〜す。
>>314 すみません、それ、他のスレの保管庫だった。
まだ中途半端な部分までしか書けてませんが、とりあえず上げてしまいます。
なにせ書くのが遅いので…
前回レス頂いたみなさん、本当にありがとうございます。
すごい嬉しかったです。(ホントは個別レス返したいぐらい)
首筋から鎖骨を唇で辿り、小ぶりな胸を軽く攻めてやる。
「やぁっ、トラップっ……」
おれの腕の下で、パステルが喘いで身をよじらせる。
かすかに、甘いような香りがした。
間違っても香水なんかじゃねえ。
どんな上等な作り物よりも、おれをクラクラさせる。
「パステル。おめぇの身体、何だかいい匂いすんな」
素直に感心してそう言ってるのに。
パステルはまた恥かしがって機嫌を損ねちまった。少し唇をとがらせて、そっぽを向く。
そんな顔してもおれが喜ぶだけっての、わかってんだろうか、こいつは。
根性が悪いだとか、無神経だとか、どう言われたってかまわねぇんだ。
ガキっぽく拗ねた横顔を見るだけで、何だか嬉しくなっちまう。
内腿からその奥へ指先が触れると、さすがにパステルは身を固くした。
誰にも触らせたことなんかないだろう場所。
かろうじて指一本を受けつける。
「あっ……」
「痛ぇか?」
「…ううん、大丈夫……」
きつく目を閉じて、パステルが答える。
反応を確かめるように、ゆっくりと指を動かしてみた。
時おりパステルの息遣いが乱れる。
「ホントに痛くねぇか?」
「うん…」
「我慢するこたねぇぞ。声だって抑えなくていい。どうせ誰にも聞こえやしねーよ」
こいつのことだから、どうせ『声を聞かれるのも恥かしい』とか思ってるに違いない。
どうやら図星だったようで、パステルは少し気まずそうな顔をした。
「おれにしか聞こえねぇからいいんだよ」
「で、でも……ん、あっ……」
「つーかさ。聞かせろ…おめぇの声、聞きてぇから。
それに、おれ、あんま余裕なくなってきてるから。嫌な時は嫌とか痛いとか言わねぇと、そのまま突っ走るぞ」
話しながらも、指は止めない。
だんだん動きが滑らかになり、ぐちゅぐちゅと湿った音を立て始める。
「……ごめん」
急に言われ、おれは動きを止めた。
何に謝られてるのかわからなくて、正直ちょっと不安になる。
パステルは、何だか申し訳なさそうだった。
消え入りそうな声で、ボソボソと言う。
「……最初、ちょっとだけ痛かったの。今は、大丈夫だから。続けて……お願い」
最後の『お願い』が実に効いた。
たまらなくなって、もう何度目かわからねぇキス。
頬にも額にも、もちろん唇にも。
こんな可愛い女は、世の中のどこ探してもいねえ。
ホント、おれはバカだった。
「こいつさえ幸せなら」なんて善人ぶってた、さっきまでの自分を絞め殺してやりてぇぐらいだ。
何で一瞬でも、パステルを他の男に譲ってもいいなんて思ったのか。
できるわけがねぇ。
他の男の腕に抱かせるなんて。
嫉妬とか後悔とかで気が狂っちまうこと確実だ。
おれは、こいつがいねぇと、もうダメだな。
あぁまた中途半端逃げです、すみません。
大胆パステルが良いとおっしゃっていただいた方がいましたが、
いざコトが始まると、受身っ子になってしまいました…
せっかくなので最近の作品だけでも感想です。
>トラパス作者様
学園編大好きです。
それに、このパステルの気持ち、かなーりよくわかるので…
次回作も楽しみにしています。
>4-376様
トラップがステキすぎますよ!
救いがある形で完了して、個人的には嬉しいです。
トラパス学園編で一番ギアに萌えた・・・。
こういう位置の人は大好きです。
ギア先生奪ってーーー!
無理だけど。
感想をくれた方々、ありがとうございます!
>>337さん
演劇。面白そうですね……考えてみます。
クレイ×ルーミィ……ファンサイトでよく見かける組み合わせですが、そのままのルーミィではクレイがロリ(略
成長ルーミィは賛否がわかれそうですね。でも、考えてみます。書けたら書いてみますね。
>>338さん
萌えてくださってありがとうございます! クレイ×マリーナ。またネタが浮かんだら挑戦してみます!
>>339さん
エロなしでも萌えてくださって多謝です〜。
学園編は寸止めがいい、ということなので、エロに突入しないのにエロの雰囲気を味わえるように、が努力目標なのですが……続編も頑張りたいと思います。
>>340さん
ありがとうございます♪ 放置プレイ……トラップ生殺し(笑
そして、続きー! 楽しみにしていました! トラップが優しい! かっこいい!
レイプものは好き嫌いがあるでしょうけれど、わたしは好きです。
あなたの作品を読んでいたら、めらめらと悲恋シリーズが書きたくなるくらい好きです!
また新作書けたら来てください、ずっと待ってます。
>>前スレ389さん
続き待ってました……キスキン国編、いいです!
原作がこうであってほしかったと思ってます。トラップの一人称がすごく自然です!
後、感想ありがとうございます。パステルの気持ちを理解してもらえてホッとしました。
>>351さん
ここでギアに走ったら、それはそれで斬新なアイディアかもしれない……
今まで、わたしの作品ではギアが不憫な役をすることが多かったので。
学園編第二部では、かっこいい役にしたいと思っております。
新作を投下するのに、このスレにしようか、新スレ立てようか迷ったのですが……
このスレに投下すると、容量を限界まで使ってしまいそうなので、新スレ立ててそっちにアップします。
で、こちらのスレに、穴埋めとしてショート(と言うにはちょっと長いかも?)ストーリーでも
新FQ9巻続編の、トラップサイドのお話し。
乗合馬車のチケットゲットにまつわる裏話です。
前注:トラップ視点です。場面は、猪鹿亭でパステルが帰った後のお話し。エロはありません(すみません……)
気がついたら、あいつの姿は猪鹿亭から消えていた。
「おい、リタ。パステルは?」
「とっくにみすず旅館に戻っちゃったわよ」
返って来たリタの言葉は、この上なく冷たかった。
……何なんだよ。
俺の周囲では、群がってきた女どもが好き勝手なことをしゃべりまくっている。
正直半分も聞いちゃいなかったが、俺の生返事に「きゃあ」だの「もう!」だのと声をあげては、また別の会話で盛り上がる。
……ったく。勘弁してくれよなあ……
シルバーリーブにできた、俺の親衛隊。
そりゃ、最初は悪い気はしなかった。大体、この俺はこれだけのいい男だっつーのに、今まで世の女どもは、クレイクレイと、俺のことなんざ眼中にも入れやがらなかったしな。
やっと世間が俺の魅力に気づいた。それは、決して悪い気分じゃなかった。
何より、そうやって俺のまわりに女どもが群がってくるのを見て、パステルがあからさまに不機嫌な顔をするのは、俺に勇気をくれたから。
見込みがねえわけじゃねえ。パステルも、俺のことを少しは気にかけてくれてるんだという、勇気。
いつからあいつのことしか目に入らなくなってたのかわからねえ。だけど、気がついたらもう自覚せずにはいられなかった。そのくらい、強い思い。
ゼンばあさんに「悩みがある」と見抜かれたときは、正直焦った。誰にも知られてねえと思っていたのに、キットンの奴はやけに意味ありげなことを言うしな。
「たまには、冒険も必要だぞ」
「がんばってください」
ゼンばあさんとキットン、二人の声が頭によみがえる。
俺とパステルを二人だけでここまで来させたのは……つまり、俺の悩みに決着をつけてこい、と。そういうことなんだろうな。
……けどな……
ぐいっ、と水を飲み干す。
「女の子達が待ってるから、早く行ってきたら?」
ある日を境に、パステルは俺が親衛隊に囲まれても、不機嫌そうな顔は見せなくなった。
むしろ、「さっさと行け」とばかりに追い出そうとする始末だ。
……どういうこった、これは。
今だって、ちっとでも俺のことが気になるんなら、先に帰ったりはしねえだろう。俺が何をしようと、関係無い。パステルが示しているのは、そういう態度。
……冒険したって、駄目なもんは駄目だろうよ。
わざわざ気を使ってもらって、悪いけどな。
俺の心を支配するのは、そんな思い。
何度か、諦めようとした。
例えば、ギアが現れたとき。
男の俺から見ても魅力的な男だと思った。何より、パステルを幸せにできる奴だとわかった。
プロポーズされた、と知ったとき。それでパステルが幸せになれるんなら、諦めるしかねえか、とも思った。
だけど、そのたびに、あいつは戻ってきた。
そして、結局諦め切れなくて、余計に思いは大きくなる。そんな悪循環。
……どうすりゃいいんだ、俺は。
せめて、パステルが俺の思いに気づいてくれればな。
ふとそんな風に思う。
多分、パステルは、俺のことを「男」だなんて思ってねえんだろう。
だから、俺の思いに気づかねえ。だから、関係もちっとも進展しねえ。
……せめて、気づいて、意識してくれれば。
そうすりゃあ……きっぱりふられることができりゃ、諦めもつくかもしんねえのに。
今の状態で告白したって、「はあ? 冗談はやめてよね」とか言われるのが関の山だ。そして、そう言われたら、俺のこった。「ばれたか?」なんて言っちまうに違いねえ。
……情けねえ……
「ねえートラップってばあ。聞いてるのお?」
果てしなく落ち込みそうな俺を引き戻したのは、甘ったるい女どもの声。
耳元で囁いてきたのは、名前も覚えてねえ女。
まあまあ美人だしスタイルもいい方なんだろうが、何の魅力も感じねえ女。
「ああ、聞いてる聞いてる」
「ねえねえ、トラップ。どうして、パステルと一緒なのお?」
ぴきーん
言われた言葉に凍りつく。
気が付けば、女どもは興味津々という顔で俺のことを見てやがる。
……いつの間にか、話題はそこに移っていたらしい。
「あんだよ、突然」
「だってえーパステルって、とろくさいっていうか、鈍くさいっていうかー」
「そうそー。どう見ても、足手まといにしか見えないっていうかー」
「仲間にしてて、何か役立つことってあるのお? どうして、トラップはいつもパステルと一緒にいるわけえ?」
本人がいねえと思って、好き勝手なこと言ってやがる。
会話の内容が聞こえているのか、厨房から、リタがすげえ目つきでこっちをにらんでいた。
……安心しろ、俺も同じ気持ちだから。
それを表に出さねえよう、今すげえ苦労してるから。
気持ちを落ち着けようと、水を飲み干す。
女どもの意見は、全くの的外れでもねえ。
確かにパステルの奴はとろくさいし鈍くさい。足手まといになることも多い。
けど、俺達が……俺があいつと一緒にいるのは、そんなのが理由じゃねえ。
そんなんじゃねえんだよ。あいつの凄いところってのは。いるだけでまわりがあったかくなるっていうかな……何なんだろうな。あいつがいなきゃ、今のパーティーは、こんなにまとまってなかった。あいつは、そういう奴なんだよ。
おめえらなんかにゃ、わかんねえだろうけどな。
説明してやる気にもなりゃしねえ。
俺が視線をそらすと、不機嫌になったことに気づいたのか、女どもは慌てて話題を変えた。
ちっとも耳になんか入っちゃいなかったけどな。
「ちょっと、あんた達! そろそろ閉店時間なのよ、もう帰ってくれない?」
女どもが腰をあげたのは、リタの鋭い声がとんできたときだった。
「あーん、もうこんな時間?」
「ねえートラップ。よかったら、うちに来ない? いいお酒、あるんだけどお」
「ああ、ずっるーい! それならあ……」
きゃあきゃあと俺を無視して盛り上がる女ども。
バン、とテーブルを叩く。思ったより大きな音が響いて、周囲が水を打ったように静まりかえった。
「わりいな」
俺の声に凄みが加わってることに気づいたのか、返事はなかった。
「俺な、明日朝一番でリーザに向かわなきゃなんねえんだわ。乗合馬車に乗るような余裕もねえしな。ここまでだってずっと歩いてきて、疲れてんだよ。早く休みてえんだけど」
そう言うと、女どもは視線を交わしあって、「じゃあ……」「また……」なんて言いながら、すごすごと店を出て行った。
……鬱陶しい。
こんな気分になったのは、初めてだ。
はあ、とため息をついて椅子に座ると、リタが茶を出してくれた。
「わりいな」
「びしっと言えたご褒美よ」
「はあ?」
俺が怪訝な顔をすると、リタは、にっ、と微笑んだ。
「パステルのこと、悪く言われて……怒ってたでしょ? あんた、機嫌が悪くなったの丸分かりだったから、あの子達相当焦ってたわよ?」
「……そうか?」
「そうよ。あそこで、もしあんたが『そうだな』なんて言ってたら、あたし、水をぶっかけてやろうって思ってたんだから」
おお怖。リタならやりかねねえところが特に。
「そりゃあな……よく知りもしねえ奴らに仲間を悪く言われたら、誰だって不機嫌になるだろ?」
「仲間、ねえ。果たして、それだけかしらね?」
「…………」
何なんだよ、その含みのある口調は。
まさかおめえまで気づいてるってのか? 俺の気持ちに。
……当の本人がさっぱり気づかねえのに。何で関係ねえ奴ばっかり気づくんだよ……
はああー、と俺が大きなため息をついたときだった。
カララン
小さなベルの音がして、誰かが店に入ってきた。
「あ、すいませーん。もう閉店なんですけどー」
そう言うリタの声にも、耳を貸さねえで、店に入ってきたのは、一人の女。
黒髪を腰まで伸ばした、大人しそうな女。まあまあ可愛い顔だとは思うが、いまいちガキくせえ、そんな女。
「あら? あなたは……」
女の顔を見て、リタが怪訝な顔をする。
同時に、俺も気づいた。
……この女、そういやー、さっきから視界の端にいたよな……
親衛隊の女ども。いちいち名前も覚えてねえけど、シルバーリーブにいる間中つきまとわれてたから、顔くらいは覚えている。
この女……その中の一人だな。もっとも、いつも隅っこで黙って俺を見てるだけだったから、全く印象に残ってねえけど。
「あのね、もう店はおしまいなんだけど」
リタがイライラしたように言うと、女は、黙って頭を下げた。
「ごめんなさい。すぐに出て行くから」
その言葉は静かで、そして意外だった。
親衛隊に共通している、きゃんきゃんわめきたてる女の声とは全く違う。
すげえ落ち着いていて、すげえ丁寧な言葉。
リタも余程意外だったのか、それ以上何も言えねえようだった。
女は、黙って俺の前に腰かけた。
「……あんだよ。何か用か?」
「さっきは、ごめんなさい」
「……あ?」
俺の言葉に、女はすいっ、と頭を下げた。
「ごめんね、パステルのことを悪く言って。あの子達も、悪気があるわけじゃないから。ただ、トラップの傍にいるパステルのことが、羨ましいだけだから、許してあげてくれない? ごめんなさい」
もう一度謝って、目を伏せる。
……何だ? この女。親衛隊にも、こんな奴がいたのか?
「許すも、許さねえも……他の奴がパステルをどう言おうと、俺の知ったことじゃねえよ」
「…………」
女のまっすぐな視線が痛い。目をそらして、ぐっと茶を飲み干す。
「俺達は、俺は、あいつのことをちゃんとわかってやってる。あいつだってそれをわかってるはずだ。それで十分だからな」
俺がどれだけ反論したところで、それは女どもの嫉妬心を煽るだけで、何の解決にもなりゃしねえ。
言いたい奴には言わせとく。俺はあいつのことをわかってる。クレイだってそうだし他の奴らだってそうだ。
パーティーなんだからな。
そう言うと、女は黙って微笑んだ。
そして、俺の前に、チケットを差し出した。
明日の日付の、乗合馬車のチケット。行き先はリーザ。それが二枚。
「……おい?」
「これ、お詫び」
「お詫びって、おめえ……」
乗合馬車のチケット。そう安いもんじゃねえ。
盗賊として鍛えられた勘が、警告している。
うまい話にゃ罠がある。タダで人に物をやろうなんて奇特な奴は、なかなかいねえ。
「何で、俺にこんなもんくれるんだ?」
「…………」
「何か裏があんだろ? デートしてくれ、とか?」
「違う」
俺の言葉に、女はふるふると首を振った。
「わたし、教えて欲しいことがあるの。それを教えてくれたら、これはあげる。一枚は失礼なことを言ったお詫び、一枚は教えてくれたお礼。どう?」
「どう、って言われてもな……」
教えて、って、何をだよ?
俺が顔をしかめると、女は微笑んだ。
「簡単なこと。トラップの気持ちを教えてほしいの」
「はあ?」
「トラップは、パステルのことが好きなの?」
これは不意打ちだった。
さっきから会話に聞き耳を立てていたらしきリタが、派手に皿をひっくり返したらしく盛大な音が響いてきたが、それが全く気にならねえ。
……何で。
何で、当の本人は気づかねえのに……関係ねえ奴は、簡単に気づくんだ……?
「おめえ……」
「教えてよ。わたし、それで踏ん切りをつけたいの」
女は、相変わらずの笑顔だったが。その目は寂しそうだった。
「乗合馬車に乗れたら、トラップも、パステルも随分助かるんじゃない? だから、教えて。こんな卑怯なことをしなくちゃ、きっとトラップは教えてくれないと思ったから。本当に本当に大事な思いは、滅多に口にしない人だと思ったから。だから、許して」
ぐいっ、と身を乗り出してきて、女は言った。
「わたし、知りたいの。もう、中途半端な状態には、耐えられない。……本当にトラップのことを好きになっちゃいそうだから。だから、その前に、諦めさせて」
まっすぐな視線。どこまでも真面目で、真摯な思いがこめられた視線が、俺を捕らえて離さなかった。
「トラップは、パステルのことが好きなの?」
みすず旅館に戻ったときは、もう真夜中に近かった。
宿の主人はえらく歓迎してくれて、一晩だけならタダで泊まってくれていいと言ってくれた。
ありがてえ。
遠慮なく階段を上る。普段俺達が使っている部屋。女部屋と男部屋。
ふと気になって、女部屋の中を覗いてみた。鍵がかけられていたが、まあこんなちゃちな鍵、俺の敵じゃねえ。
そっと覗き込むと、ベッドの中で、パステルが熟睡していた。
どこまでも無防備な寝顔。思わず手が伸びそうになるのを必死で抑える。
ヒールニントを出てから数日。
おめえと二人っきりで野宿をして……俺がどんだけ思いを抑えるのに苦労してたか、おめえわかってるのか?
見張りをしてる俺の前で、無防備に身体を投げ出しているおめえが、俺の目にどんだけ魅力的にうつってたか……おめえ、わかってんのか?
溢れそうな欲望と、止められねえ思いのせいで、夜もなかなか寝付けなかったこと……おめえは、本当にかけらも気づいてねえのかよ?
窓から差し込む月明かりに、あいつの白い頬が照らされた。
長い金髪が、からみつくように頬にはりついている。
ふと思いなおして、その髪をはらってやった。
そして。
気が付いたとき、俺の唇は……あいつの頬に、触れていた。
「……冒険、か」
確かに、これは冒険だ。俺が今まで経験した、どんな冒険よりも難しい。
判断を間違えれば、取り返しのつかねえことになる。何もかもがめちゃくちゃになるかもしれねえ、そんな冒険。
「するしか、ねえんだろうな」
中途半端な状態は、嫌だから。
女の言葉は、俺の気持ちを代弁してるようなもんだった。
すいっ、とベッドに背を向ける。
バタン、とドアを閉めて、自分の部屋に戻って。
ベッドにもぐりこんでも、疲れているのに……当分眠れそうもなかった。
乗合馬車を使えば、リーザまではすぐだ。
ヒポの奴を使えば、そっからヒールニントまでは……一日だろう。
あんまり、時間はねえ。戻ってみんなと合流しちまったら、もう、二人っきりになる機会なんてそうはねえだろうから。
覚悟を決めるしか、ねえのか……?
眠りに落ちるまで。俺はそんなことを、もんもんと考え続けていた。
完結です。
では新スレ立てて新作投下してきます。
じゃあ、感想。エロパロじゃないじゃん。
いや、凄くいいと思うので、頑張ってください。
364 :
名無しさん@ピンキー:03/11/04 00:03 ID:08kvwEeR
新FQ9巻続編裏話、面白かったです なるほど、こんな事があったのか。
何より良かったのは、普段 目立たないと言うか、いや目立ってんだけどあまり出番が無い
リタが結構セリフがあってマジ良かった!
原作でも出番の少ないリタだけど、FQの女キャラの中でパステルの次に好きだから
もっと使って欲しいと思ってるんですよ、原作でも… (ちなみにパステルは一位です)
そこで、リタ物を書いて頂けないかと思っています。
相手は誰でも(書きやすい人)でいいです、思いついた時でいいです。それでは……
>>364 突発で書いてみました、リタの小話。
リタの一人称がうまくかけてるか不安ですが……
ただ、リタ自身の恋愛話ではないです。相手が思いつかねえ〜〜ルタはまずいだろうし……(←まずすぎます)
小話ですので大したストーリーではないですが、よろしければどうぞ
「ねえ、リタ! 良かったら、今日うちに遊びに来ない?」
顔馴染みの冒険者、パステルに声をかけられたのは、春の日差しが暖かい午後のことだった。
シルバーリーブを襲ったモンスターのせいで、パステル達がせっかく買った家を火事で失うことになって、あたしもどう慰めたらいいものか、って思ってたんだけど。
そこでへこたれないのが、彼ららしいところ。その後すぐにまたクエストに出かけて、戻ってきたときには、パステル達はひとまわりもふたまわりも大きく成長していた。
その後、彼らがどんな活躍をしたのかは、詳しくは知らないんだけど。
戻ってきて一年ちょっと。今、シルバーリーブの外れには、新たな彼らの家が建てられている。
「あら、今日は何かあっったっけ?」
「ううん。別にそういうわけじゃないんだけどね」
えへへ、と笑うパステルの顔は、とっても嬉しそうだ。
「リタには、本当に色々お世話になってるし。猪鹿亭では、いっつもサービスしてもらってるし。たまにはね、わたしの手料理をご馳走したいなあって思って」
「嬉しいこと、言ってくれるじゃない」
パステルは本当にいい子だと思う。クレイやトラップの傍にいるから、色んな嫌がらせをされているのに。それにへこたれるってことが、全然無い。彼女の明るい笑顔は、見ているだけで元気になれる。
だから、あたしは胸を張って言えるんだけどね。「パステルは、あたしの最高の友人よ」って。
「じゃあ、お邪魔しようかしら」
「うん! 来て来て!」
父さんに言ったら、ルタを手伝わせるからっていうことで早めにあがらせてもらうことができた。
ちょっとした差し入れを準備して、彼らの家についたのが、夜の7時過ぎ。
トントン、と入り口をノックすると、待つほどもなく、黒髪のハンサムな男性、クレイがドアを開けてくれた。
「ああ、リタか。いらっしゃい、待ってたよ」
「どうも、今日はお招きにあずかりまして」
「はは。堅苦しい挨拶はしなくていいって。さ、あがってあがって」
クレイの案内で食堂らしき広い部屋に行くと、そこでは、ルーミィとノルがあやとりをしていた。
「リター! いらっしゃいだおう!」
「こんばんわ、ルーミィ。はい、差し入れ」
「わあい、お菓子お菓子ー!!」
差し入れのバスケットを差し出すと、満面の笑顔で受け取ってもらえた。
ふふふ、可愛い。彼らと知り合って、もう数年が経つけど。ルーミィだけは本当にちっとも変わらないのよね。
他のみんなは、それなりに大人っぽくなってるのに。
「ねえ、パステルは?」
「台所で、料理してる」
ノルに聞いてみると、にこにこしながら奥の部屋を指差された。視線を向けると、にぎやかな声が響いてくる。
「トラップー!! 早く、早くお皿ー!!」
「あんだよおめえ、そういうことはもっと早くに言えよなあ!!」
「だって手が離せなくて……ああっ、焦げちゃう焦げちゃうー!!」
「うわっ、ば、バカっ、水を止めろー!!」
何だか、声だけ聞いてると何が出てくるか不安になっちゃうんだけど。
「あたしも手伝ってこようかしら」
「大丈夫、二人にまかせておけば」
そういうノルの顔は、信頼に満ち溢れていて。
ああー、何だかいいなあ、って思ってしまう。
彼らは、もう本当の家族と同じなんだよね。あたしにはちゃんと本当の家族がいるから、羨ましいって思うのは変かもしれないけど……
彼らみたいな関係って、本当の家族よりも、ある意味絆が強いんじゃないかって、思う。
「う、うわわっ、リタ、もう来てたのっ!?」
声が聞こえたのか、台所からパステルが顔を出した。
彼女のエプロンに飛び散った汚れを見て、思わず苦笑してしまう。
「今来たところ。ねえ、何か手伝うこと、ある?」
「ううん、大丈夫、大丈夫っ! 今日はリタはお客さんなんだから。待ってて、もうすぐ……」
「おいパステル! 火! 火い止めなくていいのかっ!?」
「きゃあああああ!! 止めて止めてー!!」
トラップの声に、すぐさま顔をひっこめる。
……仲がいいことで。
そう。パステルが幸せそうな理由。
それは多分……トラップと、思いが通じたから、じゃないかな?
トラップがパステルを好きなことは、もうずっと前から何となくわかってたけど。
パステルはねえ……あたしの目から見ても、かなり鈍かったから。ちょっとトラップに同情してたんだけどね。クエストから戻ってきて、しばらくしたらちゃっかり恋人同士になってるんだもん。
あのときは驚いたわよ。いつかトラップを問い詰めてやろうと思ってるんだけど……
どっちが告白したのかしらね? 一体。
「ノルー! クレイ! お願い、お皿並べるの手伝ってー!!」
パステルの声に、ノルがにこにこしながら腰を上げた。
その声に、どたどたという音がした。どうやら、キットンが二階から降りてきたみたいね。
「ああ、リタ、いらっしゃい。今日は楽しんでいってくださいねえ」
「ありがと。キットンは、何か手伝わなくてもいいの?」
「ええ。私は何もしなくていいと止められました」
ぎゃっはっは、と笑う彼の姿を見ると、何となくその理由がわかった。
まあ、深くは考えないけどね。
パーティーはすっごく楽しかった。
パステル達とじっくり話すことなんて……普段、あたしは仕事があるから余計に……無いし。
気が付いたら、もう随分遅い時間になっていて。
「泊まっていったら?」
と薦められて、一泊していくことにしたんだ。
そういえば、あのとき……モンスターが襲ってきたあの夜も、こうやってパステル達の家に泊まってたんだよね。
あの夜、パステルに「クレイとトラップ、どっちが好き?」なんて聞いてたことを、今頃思い出す。
全く、笑っちゃうわよ。パステルったら、何が「今は家族みたいな関係でいたい。どっちが特別ってことはない」よ。
きっとあの頃、既にパステルはトラップを見ていたんだと思うな。まあ、根拠なんて何も無いんだけど。
以前は二人一部屋だったけど、今回は、一部屋一部屋が狭いかわりにみんな個室で寝てるんですって。あ、もちろんパステルはルーミィとシロちゃんと一緒らしいけど。
今日は、あたしが泊まるから、ルーミィはクレイの部屋で寝ることにしたみたい。
あらら、ごめんね、ルーミィ。パステルを盗っちゃって。今日だけだから、我慢してもらえる?
そう目で訴えて(もっとも、ルーミィにはわからなかっただろうけど)、夜中までパステルとおしゃべりしてるのは、本当に楽しかった。
あたしは、店の手伝いがあるから。あんまり同い年の女の子と遊びに行ったりする機会も、無いんだよね。
もちろん、今のところ恋人もなし。相手候補も、なし。
はあ。全く、あたしだって年頃の女の子だって言うのに。パステルが羨ましいわ。
そう言うと、パステルは笑って、「これはこれで、結構辛いものもあるんだよ?」なんて言ってたけど。
それは、ちょっと嫌味ってものじゃない? って笑うと、本気で困った顔をされてしまった。
彼らは彼らで、何か苦労があるのかしらねえ……
気になったけど、教えてくれそうにはなかったからしつこくは聞かないでおく。
人が嫌がることを無理に聞き出そうとはしない。これは接客業の基本。
本当は徹夜しておしゃべりしたいくらいだったけど。あたしは明日も仕事があるから、ほどほどに切り上げて寝ることにした。
「おやすみー」
「おやすみっ!」
明かりを消して、ベッドに横たわる。
どうやら、最近ルーミィとも別々に寝てるみたいで、パステルの部屋にはちゃんとベッドが二つあった。
ルーミィも、いつまでも子供じゃなくて、ちゃんと成長してるのねえ……
そんなことを思いながら、あたしはやがて眠り込んでしまったんだけど……
とんとん
小さな音に、目が覚めた。
……ドアを、ノックする音?
身を起こそうとしたけれど。隣のベッドでパステルが起き上がるのが見えたので、そのまま寝たふりを続けることにした。
これは、勘だったんだけど。
何となく思ったのよね。パステルが、あたしの様子をうかがってるって。
あたしが寝てるかどうか、確かめてるって。
パステル、接客業で鍛えたあたしの見る目を甘く見ないでよ? あなたの考えてることくらい、わかっちゃうんだから。
あたしが完全に眠ってると思って、パステルは安心したみたいだった。そっとドアの方へ歩いていく。
「もう、バカ、こんな日までー!」
「へへ、いーじゃん。こういう日だからこそ、スリルがあるんだろー?」
聞こえた声は、本当に小さな小さな声だったけど。
でも、あたしには大体わかった。部屋を訪ねてきたのが誰かで、パステルはその誰かと一緒に部屋を出てしまって。
そして、きっとその誰かの部屋へ移動したんだろうって。
彼らが個室を与えられたのって……まさか、このためじゃないでしょうね。
何となく身を起こす。
こんなこと、しちゃいけないってわかってるんだけど。
許してね、パステル。あたしも年頃の女の子として、その、色々興味があるお年頃、なのよ。
バタン、とドアが閉まる音を確認して、そっとベッドから抜け出す。
音を立てないように注意しながら外に出て、目的の部屋の前へと移動する。
きっとここに行ったに違いない。赤毛の盗賊の部屋。
(……やあっ、もう……)
(ほーれほれ。嫌がってても身体は正直だな、おめえ)
(やっ、ちょっ……あ、やあっ……)
……パステル。
あなた、多分……ちょっと声が大きいわよ?
聞き耳を立ててるつもりは無いのに、ドアの外にはっきり漏れている声。
思わず赤面してしまう。彼氏いない暦10年以上の身の上には、ちょっと刺激が強すぎるわ。
ベッドがきしむ音と、トラップの心底嬉しそうな声と、パステルのあえぎ声。
何だか色々いけないことを想像してしまいそうになって、慌てて部屋に戻る。
全く。大変っていうのは、もしかしてこういうこと?
まあねえ。トラップにしてみれば、長年の思いがやっと実ったってところだろうし。
昼間は、ルーミィやらシロちゃんやらが、パステルにべったりだし。
きっと、こんな時間でもないと、二人っきりになれる機会がないんでしょうけど。
それにしてもねえ。あたしが同じ部屋で寝てるっていうのに、二人とも大胆なんだから。
何だか身体が熱くなってきそうになって、あたしは慌ててベッドにもぐった。
全く。朝起きたらからかってやるんだから。
あたしを欲求不満にしちゃった罪は、重いわよ?
今夜はなかなか眠れそうも無いことを悟って、あたしは大きなため息をついた。
完結
もしリタがらみのエロパロ書くとしたら、相手は誰がいいんでしょうね……
出てくる男性キャラといったら
トラップ、クレイ、キットン、ノル、ルタ、オーシ……ですか。オリジナルキャラとか?
リタ×オーシって面白そうだなと一瞬でも思った自分が鬱だ。逝ってきます
キャラ別小話。何か思いついたらまた書きますね〜リクエストがあったらどうぞ〜
>>前スレ389さま
そう言っていただけると嬉しいです。
わたしもあのまんまじゃ可哀相だと思ってましたので(汗
キスキン国if面白かったです!
私の頭の中では原作から389さまの作品に脳内変換しちゃってます(笑
>>トラパス作者さま、新作乙です!
もう・・・感激うるうるでレス読ませていただきました。
ありがとうございます。
裏話、面白かったです!
これでアレに続くのね・・・と一人でニヤニヤしながら怪しい奴になってます(w
新作のネタはあるんですけど(これまたムニャムニャ・・・)書けたら投下させて頂きますね。
374 :
364:03/11/04 16:30 ID:08kvwEeR
トラパス作家さん、リクエストのリタ話を書いてくれて有り難う御座います!
いや〜言ってみるもんだ、まさかこんなに早く書いてくれるとは、マジで嬉しい。
しかし…リタ×オーシか……確かに面白いかもしれんが、チョット嫌だな(苦笑)
それならルタの方がイイ、もしくはオリジナルキャラですね。(て言うかそれが面白そう)
成長ルーミィと人間シロはオリジナルキャラみたいなものだから
出しても誰もなにも言わないと思われるので、やってみてはどうでしょう。
キャラ別小話も次は誰が来るのか楽しみにしてます。
ちょっと思いついて小ネタ投下。久々な空回りシリーズ
注意:冗談の通じる人以外は読まないでください。
タイトル:空回りなトラップ4−1
自分でもわかっちゃいたが、俺は不機嫌だった。
俺の隣に座っているのはクレイ。その向こうに座っているのはパステル。
いつもの猪鹿亭での食事。パステルの隣の席をゲットできなかったのは、不覚だったとしか言いようがねえが。
それにしても、だ。何でこいつら、こんなに仲がいいんだ!?
俺の隣で実に実に楽しそうに話しているパステルとクレイ。
会話の内容は大したもんじゃねえが。俺が隣に座ったとして、パステルは同じように話してくれただろうか?
そう考えると果てしなく気分が落ち込む。
くっそ、面白くねえ!
ぐいっ、とビールをあおる。
目がクレイ達の方に向くのを止めることができねえ。それが自分でもわかっているから余計にいらついていた。
と、そのときだった。
「あっ、美味しい、このジュース!」
パステルのはしゃいだ声が耳に入った。
その手に握られたグラスには、新発売だ、とリタが言っていたジュースが注がれている。
それを見て、クレイが身を乗り出した。
「そんなにうまいか?」
「うん。あ、クレイも飲んでみる?」
「いいのか? じゃあ少しもらうよ」
そう言って、ためらいもなくグラスを渡すパステルとクレイ。
そして、クレイの唇が、グラスに近付けられて……
ま、待て待てー! そ、それは俗に言う、関節キス、という奴か!?
しかも、中のジュースはパステルの飲みかけ!? そ、そこには唾液とかその他もろもろ多くのパステル物質が含まれていてっ……
タイトル:空回りなトラップ4−2(完結)
おのれクレイめ。どさくさにまぎれてパステルのキスを奪うなんざ、いい度胸してやがる!
即座に立ち上がって止めようとしたが、遅かった。
クレイはグラスに、しっかりと口をつけて中身をふくんでいて……
か、返せっ、それは俺のだっ!
「おいっ!」
「え?」
ぐいっ、とクレイの肩をつかむ。そして。
その唇を塞いで、無理やり中に舌をこじいれた。
口内をかきまわすようにして飲み込もうとしていたジュースを無理やり自分の口の中にうつし、ごっくん、と飲み下す。
ふう、危ないところだった。パステル、おめえの唇は俺のだかんな!? 例え関節とは言え、クレイになんかやるんじゃねえぞ!
そう言ってやろうか、と爽やかに顔を上げたとき。
目にとびこんできたのは、真っ青になったクレイとぽかんとしたパステル。
そして、痛いくらいに刺さるキットンやリタの視線だった。
し――ん。
水を打ったように静まり返る店内。そんな中、クレイが椅子ごとひっくり返る音がやけに大きく響いた。
「……トラップ」
パステルの目は、どこまでも、どこまでも冷たかった。
「あの、あのね、人の趣味はそれぞれだと思うから……トラップが、その、クレイにそういう感情を抱いてることに、別に文句を言う気はないよ? でもね。できれば、ルーミィが見てる前で、そういうことは控えて欲しいかな、なんて……」
何で……何でこうなるんだー!!?
俺の言い訳を聞こうとしてくれる奴は、誰もいねえ。
それ以来クレイは俺と目を合わせようとしないばかりか、半径2メートル以内に決して近寄らなくなった。
くだらないネタですいません(w
377 :
名無しさん@ピンキー:03/11/09 23:25 ID:gUBK7hY8
トラパス作家様イイ!トラップの暴走鰤にニヤリ。
ここで一つリクエスト。
シロちゃん発情期の巻なんてどうでしょか?
深夜ルーミィが寝た後、何やらムズムズしているシロちゃんに「どうしたの?」とパステルが手を差し伸べるとその腕にガバッと飛び付くシロちゃん…しかし
「この後どうしていいか解らないデシ…」
悩むシロちゃんにパステルは…
378 :
名無しさん@ピンキー:03/11/09 23:47 ID:e35aQyzD
キタ――!空回りなトラップ、久しぶりだー!
もう笑わせて貰いました、めちゃめちゃナイスです。
また思い付いたらお願いします!
379 :
nanasi:03/11/09 23:54 ID:8RIGgK54
パステル物質ワロタw
こういう子供っぽいトラップに激しく萌えます…。
トラパス作家さん有難うございました。ネタ思いついたらまた書いてください!
このネタ知ってる…
昔トラパス同人誌にありますた…
>>381さん
え、そうなんですか!?
ファンサイトは可能な限りチェックしているのですが、同人誌までは未チェックでした……
教えてくださってありがとうございます。
ついでにまた小ネタ投下。
タイトル:空回りなトラップ 5
いつものように、パステルの部屋のベッドでも借りるか、と俺が部屋のドアの前に来たとき。
中から聞こえてきた声に、俺は思わず床にスライディングをかましていた。
なっ、なっ、なっ……
自分の耳の良さがうらめしい。中から聞こえてきたのは、まぎれもなく、俺の最愛のパートナー(になるはず)のパステルと……
あ、あの声は、シロ……!?
『ごめんね。ごめんね、シロちゃん。こんなこと頼んじゃって……』
『いいデシよ。おねえしゃんのためなら、僕、何でもやるデシ』
『じゃあ、全部なめて……何もかも忘れさせて!』
『了解デシ!』
『ああっ……うっ、ううっ、わたしって、ひどいよね? 悪い子だよね……』
『おねえしゃん……美味しい匂いがするデシ。だから、気にしないでくださいデシ』
『お願い、もう何も言わないで……どんどんなめて……』
あ、あ、あいつはっ……一体何をやってんだ!?
ずるずるとドアに這いより、どうにかこうにかドアノブに手をかける。
ぱ、パステルの奴め! そんなに欲求不満だったのか? 言ってくれれば俺はいつだって……!
「おい、パステル!」
バンッ!!
ドアを開け、中で繰り広げられている光景をあますことなく目に収める。
そして、脱力した。
「……あにやってんだ?」
「トラップ……」
ぐずぐずと鼻をすすって泣いているパステルと、その前で一心不乱に皿をなめているシロ。
「美味しい野菜もらったから、スープ作ろうと思ったのに、ちょっと目を離したら焦げちゃって……」
「…………」
「ごめんね、シロちゃん。いいから全部なめちゃって……」
「おねえしゃん、これ、美味しいデシよ?」
「うわーん! 料理だけは、料理だけは得意だったはずなのにー!」
パステルの泣き声が響く中、俺はいたたまれねえ思いを胸にそっと部屋を後にした。
384 :
名無しさん@ピンキー:03/11/10 17:14 ID:W0+ztwaw
>>381 そういえば…持ってるな、似た話のある同人誌。
ベタといえば、ベタなギャグなのだが。
>>382 ファンサイトチェックしてるなら、同人活動のページものぞいてみなされ。
某リンク集チェックしてるならすぐ分かるはず。
2001夏発行のアンソロジー。
まだ在庫はある。
スレ違いでスマソ。
386 :
名無しさん@ピンキー:03/11/11 00:11 ID:LPznwgdJ
空回りなトラップ、またもやキタ――!マジ面白い、出だしでいきなり来ました!
「俺は思わず床にスライディングをかましていた」の所で笑って
そのシーンを想像してさらに笑いました!
このシリーズは俺のツボに入りまくりです、良い物を読ませて貰いました。
ありがとうございます!! また思い付いたら書いてください(゚∀゚)
387 :
誘導:03/11/16 11:29 ID:33oIV3GO
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ