R.O.D -ERO OF WRITE-

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685名無しさん@ピンキー
「先生。朝ご飯、できましたが……」
 ドアの前から呼び掛ける。返事は無い。
「まだ、寝てますか?」
 少し声を強めてみるが、やはり応えは無く。しばし戸惑い、
「ええと……失礼します……」
貼り紙は脇目に、雇い主の部屋へと踏み入った。
 カーテン越しの朝の日差しと、付いたままの明かり。満ちた光に、一瞬目が眩む。
しかし、薄目がちに見やれば、そこには片腕を枕に、突っ伏して眠るねねねの姿があった。
規則正しく、呼吸に合わせて上下してはいるが、その背中はなんだか小さく見える。
 先生は、大切な人が行方知れずになっている。
そして、その影響は無意識に外に現れてしまうのだろう。
そう思えた。

 リーさんは変わったと言うけれど、『読子・リードマン』の名を口にする時の先生の目。
それは、とても寂しそうで。
 下の部屋だけでなく、ここにも飾られている二人の写真。
その中には、笑顔があって。
あまりにも違う、過去と現在。
 自分たちでは、日々を引っ掻き回して和ますのが精一杯なんだろうか?
 先生は、私たちでは。ううん。私では……駄目、ですか?
 そっと後ろから腕を回し、キーボードに投げ出された手を
包むようにして、自分の大きな手を重ねる。
「私は……。先生の本だけじゃなくて、先生自身も……大好きです……」
 髪の香りを感じる距離で、小さく、密やかに、打ち明けた。
686名無しさん@ピンキー:04/08/30 17:37 ID:z+H7G/MU
 モニターを見れば、ひたすらに同じ文字が続いている。
 これなら、構わない筈……。
 手を軽く広げ、まだ目覚めないねねねの指と指の間に、自分の指を絡める。
深く触れた手は、とても冷たかった。
元からなのか、この寝方によるものなのかは判らない。
ただ、それが愛しさを加速させる温度なのは、確かだった。
「先生……。受け止めたり、運んであげたりできる自分の身体には感謝してます。
でも……。本当に望んでいるのはそんなのじゃないんです……」
 そう。欲しいものは、ひとつで。
「必要だ。ずっと傍に居て。っていう、先生のことばなんです……」

 私と同じに本が好きで。紙使い。そして、女性である、『読子・リードマン』。
 先生の探し人で、なおかつきっと、想い人。
 どうしてあなたは、突然居なくなった?
 どうしてあなたは、先生と私を、こんなにも苦しめる?
 羨ましくて、憎くて。堪らない、気持ち。
「うっ……うぅっ………」
 涙が出てきてしまった。仕方ないから手を離して、拭う。
時計を見ると、数分が経っていた。
「いけないっ、朝ごは……」
 言い掛けたところで、「こらーっ!いい加減起きろー!ねね姉っ!
まー姉も、何で降りてこないー!?本でも読んでんのかー!?」
 足音を伴って、元気な妹の声が聞こえてくる。
この部屋へと向かって来ているのが解った。
687名無しさん@ピンキー:04/08/30 17:38 ID:z+H7G/MU
 もうこうしてはいられない。仕方ないが、
「先生っ!ご飯です!」
肩を揺すって起こしにかかる。
すると、意外あっけなく目覚めてくれた。
「んん〜。何?もう、朝なの?」
 いつものように、気は抜けて、寝呆けたままではあったが。
「は、はい。アニタも姉さんも待ってますから、一緒に食べましょう」
「夢、みてた」
「……えっ?」
 脈絡が全くない台詞。だが、興味は沸いた。
「一体、どんな……?」
「あの人が出てきた」
 ズキリ。
「それでさ、出会った時、言ってくれた台詞が聞こえたの」
 ズキリ。
「作品だけじゃなくて、先生本人のファンです。ってね」
 ……ズキンッ。

「ま、そこで目が覚めちゃったんだけど」
 言えない。私がさっき声を掛けたんです。なんて。
「思えばあれが、くっついていこうと思った切っ掛けだったのかな……」
 どうしようもない決定打。本当に、かなわないらしい。彼女には。
 ならば、せめて。
「先生。必ず、また逢えます。絶対です。夢で逢えたんですから……」
 頭と背中とに腕を回し、包み込むように抱き締めた。
 一瞬、沈黙が部屋に満ちた後、小さな『ありがと』の言葉が聞こえて。
胸に顔をうずめられ、両腕もしっかりと回された。
 よかった。拒まれなくて。今だけでも、私は先生に必要とされている……。
688名無しさん@ピンキー:04/08/30 17:39 ID:z+H7G/MU
 嬉しくて、ドキドキして。時間の感覚無しに、そうしていた。
しかし突然に、
「あんたら、朝から何やってんの?早く来なよー」
日常に引き戻す声が掛けられた。
「いや、その……」
 慌てて離れ、答えようとして言葉に詰まる。
「うるさいチビッ子。マギーちゃんはお前と違って、優しいの」
代わりとばかりに、先程までの様子をまるで悟らせず、ねねねが言う。
「はいそうですかぁ。別にいいけどねー。さっ!下に行こう!」
「ん。行こうか、マギー」
「はいっ!」
 私は今、先生を支えていられる。そう。それだけでいい。
 この抱擁を、確信と、決意の証にすればやっていける。
 彼女に出会えて、先生があの笑顔を取り戻せる、その日まで。