1 :
トラパス作者:
萌える話をお待ちしております。
がんがん書いていきましょう。
注意
人によっては、気にいらないカップリングやシチュエーションが描かれることもあるでしょう。
その場合はまったりとスルーしてください。
優しい言葉遣いを心がけましょう。
作者さんは、「肌に合わない人がいるかもしれない」と感じる作品のときは、書き込むときに前注をつけましょう。
原作の雰囲気を大事にしたマターリした優しいスレにしましょう。
関連スレは2をどうぞ
2 :
トラパス作者:03/10/16 15:11 ID:lfBWynUJ
3 :
トラパス作者:03/10/16 15:13 ID:lfBWynUJ
どう考えても、前スレで連載すると作品の途中で容量オーバー起こしそうだったので
新スレたてさせてもらいました。勝手なことしてすみません。
結構前スレまだ余裕あるんですが……
話が短くまとめられなくて本当にすみません。
今回は学園編の続きです。
長くなりすぎてエピソードを丸ごと一つ次に持ち越したら、エロがなくなりました(滝汗
明らかな板違い作品ですが……申し訳ありません。
次の作品は、ちゃんとエロ含ませますのでご容赦を……
――どうして、行かないの?
お昼ごはんの後。ふてくされたように床に転がっている男の子に、わたしは声をかけた。
午前中、彼はあんなにも親切にわたしを色々なところに案内してくれていたのに。
何故か、午後は、わたしがどれだけ声をかけても連れていってくれようとはしなかった。
「どうしても」
男の子は、わたしに背を向けたまま言った。
子供心にわかった。彼は何故だかとても不機嫌で、そして不機嫌の原因はどうやらわたしにあるらしい、と。
「ねえ、わたし、何かした?」
男の子に一生懸命声をかける。
嫌だった。せっかく仲良くなれそうだったのに。わたしが何か彼の気に触るようなことをしたのならば、謝らなければ。
だけど理由がわからなかった。わたしはただ遊んでいただけだ。目の前の男の子と、公園で出会った、男の子の友達だというブランコの男の子との三人で。
別に喧嘩をしたわけでもないし。一体何がそんなに彼の気に障ったのだろう。
「ねえ……」
わたしがそっと近寄ると、彼はごろごろと床を転がってわたしから距離を置いた。
そして言った。
「……に遊んでもらやあいいだろ」
呼ばれた名前は、ブランコの男の子の名前。
わけがわからない。遊んでもらえと言われても、わたしには彼がどこに住んでいるのか、それすらもわからないのに。
「……もう、いい」
そのとき、わたしは何となく悟ったのだ。
きっとわたしがどう謝ったって、すねてしまった彼の機嫌は直らないだろうと。
「わたし、ひとりであそぶ」
大人達は話しに夢中で、誰もわたし達のことなど気にも止めていない。
わたしは、一人で外に出た。
自分が方向音痴であるという自覚もなかった、幼い日の思い出。
あのとき、男の子は、どうして機嫌を損ねてしまったんだろう……
おにぎりの中身は梅干と鮭フレーク。卵焼きにプチトマト、キュウリのつけものに昨日の夕食の残りであるコロッケと唐揚げ。下に敷いてあるのはレタス。
お弁当箱に彩りよく盛り付けると、我ながらおいしそうにできたなあ、って思ってしまう。
わたしの楕円形のお弁当箱と、それより一回り大きい、トラップの四角いお弁当箱。
今日から通常授業になるから、お弁当作るね。
土曜日、買い物につきあってくれたトラップにそう言うと、「俺のも作ってくれんの?」とすごく意外そうな顔をされた。
わたしは笑って、買い物籠に自分の分と彼の分、二つのお弁当箱を入れた。
もともと、わたしは料理は嫌いじゃない。両親が忙しくて、食事の支度もお弁当の支度もほとんど一人でやっていたから。
今更、作るお弁当が一つから二つに増えたって大した手間じゃない。
そう言うと、彼はぷいっと顔をそむけて、「……さんきゅ」と小さくつぶやいた。
彼の顔が耳まで真っ赤になっていたことを、わたしは見逃さなかったけど。
だってねえ。聞いてみたら、それまで一人暮らしも同然だったというトラップ。
手先の器用な彼は料理もそれなりにできるらしいけど、朝に弱い上に面倒くさがりな彼が、そんな面倒なことをしているはずもなく。普段昼食は学食で済ませていたとか。
まあね、学食はそれなりに美味しいしボリュームもあるし安いけど。
でも、やっぱり不経済だよね。トラップの家はまあお金持ちの部類に入るんだろうけど、わたしという居候が増えた以上、生活費の管理はしっかりしないと。
そんなわけで、わたしは今日から30分ほど早起きして、お弁当作りをすることにしたのだ。
ついでに朝食も作れば、7時過ぎには終わるし。朝には割りと強い方だからそんなに苦にはならない。
今日の朝食は和食。ご飯に海苔に卵焼き、お味噌汁の具はわかめと豆腐。メインのおかずは鮭の塩焼き。
……お弁当を作るついでだと、どうしてもメニューが似たようなものになるんだよね……ま、いっか。
時計を見ると、もう7時をいくらかまわっていた。そろそろトラップを起こさないと。
「トラップートラップ、トラップー!!」
叫びながら階段を上る。何しろ、トラップは寝起きの悪い人だから。
以前強引に起こそうと布団をひっぺがしたとき、見たくもないものを見てしまったトラウマで、わたしは部屋の外からどんどんとドアをノックする。
幸いなことに、今日は既に起きていたらしい。
「んだよ……朝っぱらからうっせえなあ……」
眠そうな目つきでボーッと顔を覗かせるトラップに、洗濯済みのYシャツをたたきつけた。
「もう時間なの! 遅刻しちゃうじゃない、早く着替えてご飯食べちゃって!!」
年頃の男女の二人暮らし。トラップのご両親は仕事の都合でほとんど海外生活を送っていて、わたしとトラップは世間一般が見るところの同棲生活、とやらに突入している。
ううう。わたしは知らなかったのよ! 知ってたらさすがにこの家で暮らそうとは……思わなかった、と思う。多分。
わたしの両親が事故で他界してしまって、一人で寂しいだろうと引きとってくれたのが、お父さんの親友だったというブーツ一家。
トラップはそこの一人息子で、わたしと同い年で同じクラスで席も隣同士という、変な縁がある。
ちなみに、同棲生活……に見えるかもしれないけれど、わたしとトラップはそんな関係じゃないから。絶対違うから。あくまでもただの「同居生活」なんだから。
まあ、そんなわけで、最初のうちはどうなることか、と思ったけれど、ほんの数日で、わたしはすっかりこの生活になじんでしまっていたりする。
そりゃあねえ……生まれて始めて同じ年頃の男の子と一緒に暮らすことになって、色々見たくもないものとかも見る羽目になったけど。
一人暮らしで寂しい思いをするよりは断然マシだし。それにああ見えて、トラップは頼りになるしね。
ただ、唯一不満があるとすれば……
「あのねえ、トラップ」
「あんだよ」
ずずず、とお味噌汁をすすりながら、トラップが上目遣いに見上げてくる。
彼は基本的に好き嫌いがないらしく、わたしが作ったものを文句一つ言わず美味しいと食べてくれる。
普段自分のためにしか料理を作ったことがなかったから、それがすごく嬉しかったんだけど。
「あのねえ、わたし、お世話になっておいてこんなこと言うのはあれだけど、料理も後片付けも洗濯も掃除もぜーんぶわたしがやるのって、結構大変なのよね」
「ふーん」
お行儀悪くお味噌汁の中にご飯の残りを入れて、さらさらと食べ始める。
……あれ、美味しいのかなあ。今度試してみようかな。
「だからさあ……あの、できれば、洗濯くらいは……トラップにやってほしいなあ、と……」
「あんだ? おめえ……」
ごくん、と食後のお茶をすすって、トラップは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「俺がおめえの服から何から洗濯しちゃって、いいわけ?」
――――!!
わたしの下着までトラップに洗濯してもらう光景を想像して、ボンッ、と頭に血が上る。
「だだだだからっ! その、わたしの分はわたしが洗濯するから……」
「二回も洗濯するなんてそれこそ電気代がもったいねえだろーが」
言い返されてぐっと詰まる。
た、確かにね。二人暮らしでもともとそう量が多いわけでもないのに、この上さらに洗濯を二回に分けるのは、面倒だし電気代や水道代も……
「じゃ、じゃあ……掃除、とか」
「おめえの部屋に勝手に入っていいんだな?」
ぐぐっ
言われてさらに言葉に詰まる。
くくーっ! 何か悔しいー!!
いやいや待て待て。わたしの部屋以外を掃除して、とか。うん、これなら問題無いよね。
「じゃあっ……」
「おめえ、さっさと食わねえと遅刻すっぞ」
「え?」
言われて腕時計を見ると、時間は既に7時半になろうとしていた。
「きゃああああ!? バカ、もっと早く言ってよー!!」
「おめえが一人でべらべらしゃべってたんだろーが」
呆れたような眼差しを向けるトラップを無視して、慌てて食事をかきこむ。
ううっ、朝ごはんくらい、のんびり食べたーい!!
二人分のお弁当をバンダナで包んでカバンの中へ。
洗い物は帰ってからやることにして、慌てて外に出たときは、もう7時40分。
余裕を持って起きたつもりでも、何故かわたし達の登校はいつもギリギリになっちゃうんだよなあ……
それでも、どうにかいつもの電車に飛び乗って、ほっと一息。
ほんの数駅、時間にして15分くらい。
わたしは電車通学をするのは初めてだったから、最初のうちはちょっと楽しみでもあったんだけど。
「うううううう……」
ぎゅうぎゅうに混んだ車内で、深く深くため息をつく。
どうやら、わたしは朝のラッシュというのを甘く見すぎていたらしい。
初めてこの混んだ電車に乗ったときは、人の波に押し流されて危うく違う駅で降りそうになり、トラップに散々バカにされた。
だってねえ……普通電車の中って座席があるはずなのに、座席分のスペースも惜しいって、朝は椅子が全部壁際に畳まれてるのよ?
そこに限界まで人が押し込まれてるって、一体どこからこんなに乗ってきてるんだろう。
はあ、とため息をついて、ぎゅっと身をちぢこませる。
トラップは、中等部(ひょっとしたら初等部から?)からずっとこのラッシュを経験していてすっかり慣れているらしく、この混雑の中、壁にもたれてのん気にMDを聞いていた。
ううー羨ましい、その余裕っ!
背広姿のサラリーマンに前後左右さらに斜め前後まで挟まれて、わたしは完全に身動きが取れなくなっていた。
乗るときは、トラップ、確か隣に立っていたはずなんだけどなあ……いつの間にあんなに離されたんだろ……
はあ。我慢我慢。たった15分だもんね。
そうやってわたしがため息をついたときだった。
ぞわり
変な感覚をお尻に感じて、背筋に寒気が走る。
な、何? なに何?
何かがお尻にあたってる。そりゃあね、こんな混雑だもん。何にも触れてない部分の方が遥かに少ないんだけど……
ぐ、偶然……だよね?
もぞりっ
――ひいっ!!
思わず心の中で悲鳴をあげる。
だってだって、お尻に触れている何か、何だか不自然にもぞもぞ動いてて……
これ、絶対カバンとかじゃないよね。だ、誰かの……手?
ち、痴漢!?
思わず大声をあげそうになったけど、怖くて喉が強張って、何も言えなかった。
万が一勘違いだったら、とも思ってしまう。
だけどだけど、手は容赦なくもぞもぞとお尻をはいまわっていて、わたしはその気持ち悪さに泣きたくなってきた。
もー、何でこんな目に合うの? 最低っ……
っっきゃあああああああ!!?
相変わらず声には出せなかったけど、わたしは心の中で絶叫した。
わたしが動かない(動けない)のをいいことに、手の動きは段々エスカレートしていったんだけど、その手、手が、スカートをたくしあげていて……
も、もう怒ったわよ!! こうなったら思いっきりひっかいて……
って手が動かせないいいいいっ!!
前後左右ぴったり人に押し付けられているせいで、わたしは動くこともままならない状態。逃げられないっ!!
だ、誰か……
ぎゅっと目を閉じる。太ももあたりを這い回る手の感触に、泣きそうになる。
そのときだった。
電車が、カーブにさしかかって、一瞬人の列が崩れた。
まだよろける隙間があったんだなあ、と変なことに感心していたそのとき。
ぐいっ、と肩をつかまれた。周囲の人が迷惑そうな顔をするのにも構わず、わたしはそのまま誰かに引き寄せられて……
カーブを抜けたとき、わたしは壁際に無理やり押しやられていた。
「……え?」
目の前に立っているのは、わずかにイヤホンから漏れる音楽に合わせて身体を揺らしている、見慣れた赤毛頭。
彼は壁に両手をついて、ジッと音楽に聞き入っているみたいだったけど。
わたしの身体は、壁と、彼の身体と両腕にすっぽり覆われていて、痴漢の姿は、影も形もなかった。
「トラップ……」
わたしのつぶやきに、トラップは答えなかったけど。
かばってくれたんだ。そう思うと、何だか、電車通学も悪くない、そんな風に思ってしまった。
「トラップ、さっきはありがとうね」
「ああ? そう思うんなら今度から自分で何とかしろよ」
うっ……
せ、せっかくお礼言ってるのに。かっわいくなーい。
電車を降りたら、駅から徒歩で10分くらい。
そこが、わたし達の通う聖フォーチュン学園。
幼稚舎から大学まである、結構大きな学校なんだよね。
高等部の二年A組が、わたしとトラップのクラス。
「おはよう!」
既に教室にいたマリーナとリタに声をかけて、席につく。
「あ、おはようパステル、トラップ」
「おっす」
いつもの挨拶、いつもの光景。
ただ……
本鈴が鳴って、担任のギア先生が入ってきたとき、わたしは身体が強張るのを感じた。
ギア・リンゼイ先生。わたし達の担任の先生で、わたしのことを好きだ、と言ってくれている。
だけど、わたしはどうしても先生は先生としか見れないから、その気持ちを受け止められなくて……
ギア先生は、今日も何だか不機嫌そうだった。名前も呼ばず、欠席者がいない、ってことだけを帳簿に書き付けている。
最近、ギア先生は失恋したらしいっていうのが、水面下でできたギア先生ファンクラブの説なんだけど。
当たっているだけに、わたしはその噂を聞いたとき、笑うしかできなかったんだよねえ……
「今日は……」
ギア先生の言葉に、ハッと顔を上げる。
「今日は、生徒会役員選挙があるので、六時間目は体育館に集合するように。連絡事項は以上だ」
それだけ言うと、先生は挨拶もそこそこに教室を出て行った。
「生徒会役員選挙かあ……」
そういえば、そんなのもある、って言ってたなあ。
うちの学校の生徒会は、初等部、中等部、高等部からそれぞれ三人ずつ選出される。
けど、選挙で選ばれるのは生徒会長一人だけ。後の副会長と書記は、生徒会長が信頼おける人間を選ぶ、っていう方式になっている。
だからこそ、うちの学校の生徒会って、みんなまとまりがあるんだよね。
「けっ。どーせクレイの野郎で決まりだろ?」
お行儀悪く椅子に足を乗せながらつぶやいたのはトラップ。
「クレイと……後、誰だっけ? 立候補してたの」
「ディビーって言ったかな。金持ちの甘ったれのぼんぼんだよ。まあまず勝ち目はねえだろうな」
「クレイは立候補じゃないわよ。他薦よ他薦。断りきれなかったんだって」
会話に割り込んできたのはマリーナ。
実は、マリーナってクレイと付き合ってるんだよねえ。
あんなかっこいい彼氏がいるなんていいなあ、って思わなくもないけど、今のところ、わたしには好きな人は……いない、と思うので。多分。
羨ましがってもしょうがない、っていうのが本音だったり。
「やれやれ。一時間目は何だあ?」
「トラップ、時間割確認してないの?」
「けっ。んなめんどくせーことしなくても、教科書全部学校に置きっぱなしにすりゃあいいだろーが」
トラップ……それじゃどうやって予習復習するのよ……
わたしはやれやれとため息をついた。
一時間目は数学の授業。苦手な科目だからがんばらないとね!
お昼休み。わたしとトラップ、リタとマリーナの四人でお弁当を囲む。
「おーいトラップ、学食行かねえの?」
クラスメートの男の子達が声をかけてきたけど、トラップがひらひらとお弁当箱を見せると、何やら「くそっ羨ましい!」「裏切り者!」とか言いながら学食に行ってしまった。
「いいのトラップ? 学食でお弁当食べれば?」
「おめえ……そりゃ嫌味ってもんだろ」
わたしの問いに、返されたトラップの言葉。その意味はよくわからないけれど。
まあいいや。好都合だし。
揃ってお弁当を広げた後、わたしは数日前から計画していたことを話した。
「ねえ、トラップもうすぐ誕生日だよね」
「んあ?」
おにぎりをほおばったトラップが、黒板に書いてある日付を見て頷く。
「そだな。後半月くれえかな」
「五月の三日だよね。ねえ、誕生日のお祝いパーティーしようよ」
「はあ?」
わたしの言葉に、トラップはしばらく唖然としていたみたいだけど、彼本人より、マリーナとリタが先に反応した。
「あら、本当にもうすぐじゃない。いいわね、やろうやろう」
「へートラップ、誕生日早いのねえ」
二人の言葉に、トラップが焦ったように振り返る。
「へ? いや待て。おめえ、何で俺の誕生日知ってんだよ」
「この間生徒手帳を見たから」
わたしがあっさり答えると、なるほどな……と妙に感心したように頷くトラップ。
えへへ。実はわたし、誕生日パーティーとか、クリスマスパーティーとか、そういうの企画するの好きなんだよね。
普段一人でいることが多かったから。みんなでわいわい楽しむのが好きなんだ。
「ほら、五月三日って、ちょうどゴールデンウィークで学校休みだし。クレイも呼んで……」
「ああ、そっか。そういえばトラップって、クレイの幼馴染だったわよね」
わたしの言葉に、マリーナもリタも俄然乗り気になったんだけど。
マリーナは、トラップの方に視線を向けた瞬間……何故か、顔色を変えた。
「あ、ああそうだそうだ。わたし、三日は都合が悪いのよ。できれば四日か五日……ううん、もうちょっと早くしてくれない?」
「へ?」
「え?」
どうしたんだろ、いきなり。
わたしとリタはきょとんとしてしまったんだけど。マリーナがリタをどん、と小突いた瞬間、何故かリタまで、
「あ、ああそうそう。わたしも、実は……ねえ、どうせなら、四月の最終日曜日にやっちゃわない? ねえ、パステル」
「へ? う、うん。わたしは構わないけど……」
トラップは?
振り返ると、トラップは、何故だか満足そうに頷いていた。
「ああ、いいぜ。四月の最終日曜日な。さんきゅ」
あ、嬉しそう。うん、やっぱり計画してよかった。
それにしても……二人とも、何で当日じゃ駄目なのかなあ?
六時間目の生徒会役員選挙は、やっぱりクレイの圧勝で終わった。
まあねえ。対抗相手のディビーが、「ええっと、僕が立候補したのは、ママに言われて……」なーんて言ってるくらいだから。
そりゃあ、彼とクレイだったらクレイを選ぶでしょう、普通。
わたしも当然クレイに投票したし。
というわけで、その日は、それで終わり。クレイにマリーナ、わたしとトラップの四人で、お祝いと称してご飯を食べに行ったりしたんだけど(リタは、何故か「余り物になるじゃない」と言って来なかった)。
翌日。予想外の出来事が、わたしを待っていた。
翌朝、相変わらず遅刻ギリギリで学校に到着すると、わたし達のすぐ後にギア先生が入ってきた。
いつもの通り出欠確認をして、連絡事項を話して。そしてHRが終了する、はずだったんだけど。
「パステル・G・キング、それとステア・ブーツ」
「へーい」
「はいっ!?」
今にも帰りそうだったギア先生に突然声をかけられて、わたしは思わずびくっとしてしまった。
な、何だろ。何かあるのかな? こ、今回はわたしだけじゃなくトラップもだから……別に、危ないことはない、よね?
「その二人は、ちょっと話があるから、昼休み、生徒会室に来るように」
「へーい」
「はい……え?」
生徒会室? 何でそんなところに?
わたしは首をかしげてしまったけれど、トラップは、用事が何か予想がついているらしく、つまらなそうにあくびをしていた。
何なんだろう……?
昼休みまで、わたしはずっと不安な気持ちで過ごしていたんだけど。
トラップと並んで生徒会室に行った途端聞かされた言葉に、思わず倒れそうになった。
「わ、わたしが書記、ですかあ!?」
「そうだ。生徒会長クレイ・S・アンダーソンの指名だ。副会長がステア・ブーツ、書記がパステル、君だ」
ギア先生は、事務的な口調で淡々と告げた。
ええと、一応、指名を断る権利はある……んだよね?
だって、生徒会長がクレイなんだよ? わたしよりマリーナの方がいいんじゃない?
そう言って、わたしは一瞬断ろうとしたんだけど。
「どうする」
「もちろんやるに決まってんじゃん。なあ、パステル?」
「へ? ええ?」
「こいつもやる気じゅーぶんだそうで」
「ちょ、ちょっとトラップ!!」
な、何勝手に返事してるのよお!!
わたしはゆさゆさとトラップの腕を揺さぶったけど、トラップはへらへら笑ってるだけで取り合ってくれそうにない。
もー! 何なのこの展開!? クレイってば何考えてるのよー!?
「ステア・ブーツ。君に聞いてるんじゃないんだ。パステル、どうする。やるのか、やらないのか」
「え? ええっと……」
わたしはおろおろしてしまったんだけど。
そのとき、トラップが耳元で囁いた。
(だいじょーぶだって。俺達を信じろ)
へ? ど、どういう意味?
そんなわたし達の様子に、ギア先生がぴくり、と眉を動かした。
ど、どうしよう。マリーナに譲ってあげたいけど、あのクレイだもん。考え無しにわたしを指名したはずないよね? もしかして、マリーナの方が嫌だって断ったのかもしれないし……
それに、指名されたのに断るのって、失礼だよね。うん。
後でマリーナにちゃんと話聞こう。きっと、何か考えがあるんだよね。トラップも信じろって言ってるし。
「わかりました。やります」
「……そうか」
わたしの答えに、ギア先生は頷いて、手帳に何か書き付けていた。
「わかった。その旨学園に報告しておく。ああ、それと」
「はいっ!?」
ま、まだ何かあるのお!?
ギア先生はトラップをにらむように見ていて、トラップは何だかすごくバカにしたような目でギア先生を見ていて。
二人の間に漂う緊張感で、わたしはほとんど泣きそうになってたんだけど。
ギア先生が差し出した紙を見て、涙も引っ込んでしまった。
それは、この間、わたしに差し出された紙。
つまり……わたしとトラップの名前のところに、全く同じ住所と電話番号が書かれた連絡網。
「これを、そろそろ配布しないといけないんだが」
「ああ、もうそんな時期っすねえ」
トラップ……それ、先生に対する言葉遣いじゃないよ……
「もう一度確認する。パステル・G・キング、ステア・ブーツ。君らの住所と電話番号はこれでいいんだな? 同じ場所に住んでいる、それでいいんだな?」
「ああ、そーだよ」
わたしが答えるより早くトラップは言った。
バン、と机に両手をついて、挑むような目つきで先生の顔を覗きこむ。
「何か文句でもあんのか?」
「……年頃の男女が、それも赤の他人同士が、一つ屋根の下に住んでいる。あまり歓迎すべき事態とは言えないな」
「ああ、なーるほど。担任として心配、そう言いてえんだな?」
トラップはにやにや笑いながら言った。妙に「担任」のあたりに力をこめている。
ちょっとちょっと、何を言うつもりよー!?
わたしがハラハラしながら見守っていると。
トラップの口から、爆弾発言が飛び出した。
「なら、心配ご無用。だって俺達、他人じゃねえもん」
「……はあ!?」
「ほう」
わたしはうろたえて、ギア先生の目が冷たく光った。
ちょっとー! 何その言い方!? それじゃまるで……
「君らは親戚関係にでもあるのか?」
「いいや、婚約者だよ」
がたがたがたっ!!
思わず椅子ごとひっくりかえってしまう。
な、な、な、何を言い出すのよー!?
こ、婚約者ってわたし達は……
「ほう。そうだったのか、パステル?」
「え? あの、いえ、それは……」
そう。実はトラップの言葉は、嘘ではなかったりする。
もっとも、親同士が勝手に決めたことで、本人同士はちっとも了解してなかったりするんだけど。
「そうだって言ってんだろ? じゃなきゃさすがに引き取らねーよ。あんたなら知ってんだろ? 俺ん家の親が、仕事の都合でほとんど海外暮らしだっつーことは」
「……確かに」
トラップの言葉に、ギア先生は頷いて立ち上がった。
「わかった。ではこのまま皆に配ることにする」
「へいへい、わざわざ確認ごくろうさん」
「……ステア・ブーツ」
ギア先生は、そのまま部屋を出ようとしたんだけど。
すれ違い様、トラップの胸元をつかみあげた。
トラップも結構長身な方なんだけど、ギア先生はさらに高い。そのまま、トラップは強引に立ち上がらされて……
「……あんだよ」
「言葉遣いに気をつけろ。俺は教師、お前は生徒だ。それを忘れるな」
「……へっ」
それだけ言うと、ギア先生は手を離して、教室から出て行った。
その表情は……今まで見たこともないくらい、冷たいものだった。
わたしは、二人の間に漂う緊迫感に、声も出せなかったんだけど……
どさっ
トラップが椅子に座り込む音で、慌てて我に返る。
「ちょ、ちょっと。大丈夫!?」
「んあ? 別に何もされてねーよ」
「だ、だって……」
力なら、多分ギア先生の方が強い。立場も。
トラップったら、そんなことくらいわからないはず無いのに、どうして……
「もう、トラップってば……あんまり、無茶しないでよ。そ、それに……」
「それに?」
トラップの目に、面白そうな光が宿った。
……絶対。ぜっったい! わたしが言いたいことわかってるくせに、わざと聞いてる!
「こ、婚約者だなんて!! 何で、そんなことわざわざ。第一……」
「さすがに、諦めるんじゃねえの?」
「え?」
トラップの言葉に、思わずきょとんとする。
諦める?
トラップは、そんなわたしと、先生が出て行ったドアを交互に見つめながら言った。
「俺と婚約してるって言やあ、あいつもさすがにおめえのこと諦めるんじゃねえ?」
……あ。
もしかして……わたしが、先生のこと怖がってるの知ってて、それで……?
わたしのこと、考えてくれたんだ……
「ったくよお。おめえがきっぱり『そんなつもりありません』って言やあ、話は簡単に終わったのに。中途半端に期待持たせるよーなことするから」
うっ!!
痛いところをつかれて、思わず黙り込む。
た、確かにそれはそう……なんだよね。わたしの優柔不断が招いたこと、なんだよね……
で、でも……
「しっかしあいつも物好きだよなあ。こんなどこが胸だか背中だかわかんねえような女の、どこがそんなにいいんだか」
ぶちっ
「わ、悪かったわねえっ!!」
バシーン!!
「ってえ――!!」
生徒会室に、わたしの怒声とトラップの悲鳴が響いたのは、それからすぐのことだった……
トラップの言葉にどれほどの効果があったのかはわからないけれど。
とりあえず、その後は、ギア先生からの呼び出しがかかることもなく。
連絡網が配られた後、クラスの中でちょっとした話題になったけれど。「両親同士が友人で〜」と説明したら、みんな納得してくれた。
まあね。トラップのご両親がどんな職業についてるか、なんて、あえて言わなければ誰も知らないだろうし。
そんなわけで、しばらくは平穏な学園生活が続いて、わたしもやっと落ち着くことができた。
生徒会役員になったのが、ちょっとした事件と言えば事件だけど。
別に、今のところ何の行事があるわけでもないし。週に一回、役員ミーティングがある以外は、これと言って仕事は無い、ということだった。
そうそう、後でクレイとマリーナに聞いてみたんだよね。何でわたしが書記なの? って。
そうしたら、二人は何だかすごく意味ありげに視線を交わして、「ま、そのうちトラップが教えてくれるよ」って言ってきた。
……どういう意味なんだろう?
四月の最終日曜日。
今日は、トラップの誕生日パーティーをやる日。
そんなわけで、わたしは朝から準備に取り掛かっていた。
クレイにマリーナ、リタも来てくれるって言うしね。よーし、腕によりをかけるぞー!
「おめえ、はりきってんなあ……」
げんなりした様子で声をかけてきたのはトラップ。
ちなみに今は、朝の五時。普段のトラップなら、まだまだ夢の中にいる時間。
じゃあ何で起きたのかって言うと、わたしがばたばたうるさいから目が覚めた、ってことらしい。
トラップの誕生日を知ったとき、本当は内緒にして当日驚かせようかどうしようか、迷ったんだよねー。
でも、どうせこの家でパーティーするんだったらばれちゃうだろうし。内緒にしておいて、当日に「用があるから」なんて言われたらたまらないもんね。
驚く顔が見たかった、っていう気持ちはなくもないけど。ま、それは来年にでも、ということで。
そんなわけで、わたしは朝からご馳走作りに取り掛かっていたのだ。
ちなみに、今はケーキを焼いているところ。
トラップの家って、お母さんが滅多にいない割には、調理器具とか豊富にそろってるんだよねー。
「おい、聞いてんのかあ?」
「ふんふんふーん♪ え? 何?」
わたしが振り返りもせずに言うと、背後から盛大なため息が聞こえてきた。
もー、何なのよ。今メレンゲ作ってるところで手が離せないんだからね。
がしゃがしゃがしゃ
卵白にグラニュー糖を三回に加えて、ピンと角が立つまでしっかり泡立てる作業。ハンドミキサーがあればすぐなんだけど、どうやらトラップのお母さんは、こういう作業を全部手作業で済ませていたらしく、台所に見当たらなかった。
おかげで、手動で泡立ててるんだけど……これがなかなか体力勝負。
ひーん、この後生クリームも泡立てなきゃいけないのにい。
がしゃがしゃがしゃ
腕が痛くなって休み休み泡立てていると、隣に誰かが立つ気配。
「ん?」
「貸せっ」
「と、トラップ!?」
すっと横に立ったのはトラップ。わたしの手から卵白の入ったボウルを取り上げて。
がしゃがしゃがしゃがしゃっ
わたしより数倍手早く、しかもすごく手慣れた様子で泡立て始めた。
す、すごいすごい! あっという間にメレンゲになってく!!
「トラップ、お菓子なんか作ったことあるの!?」
「母ちゃんによく手伝わされたんだよ。『菓子を作るには体力がいるんだよっ。どうせできたらお前も食べるんだろう?』ってな」
がしゃがしゃがしゃ
わたしが一生懸命かきまわしてもちっとも泡立たなかった卵白が、あっという間にメレンゲになってしまった。
ほへー……す、すごい……
って、いやいや、感心してる場合じゃなくて!
「と、トラップのための料理なんだから。手伝ってもらうわけにはいかないわよ。いいから寝てて?」
「ああ? おめえがとっとと料理終わらせてくんねえと、うっさくて眠れやしねえんだよ! 大体夕方からじゃねえのか、パーティーは。何でこんな朝っぱらから準備してんだよ!」
「だ、だって、間に合わなかったらかっこ悪いじゃない」
しゅん、とわたしがうつむくと、トラップはまたまた盛大なため息をついて、泡だて器を洗い場に放り込んだ。
「だあら、手伝ってやるっつってんだよ。んで? 次は何をすればいいんだ?」
……うう、何だか釈然としないなあ。
でもまあ、いいか。今度ハンドミキサー買いに行こう。
トラップと二人で作ると、不思議なくらい、料理はスムーズにできた。
この人って何をやらせても器用なんだよね。初めてやることなのに、手際がいいっていうか。
というわけで、朝早くから準備を始めた料理は、昼前には全部作り終わってしまったのだった。
昼食は、味見も兼ねてパーティーの料理をちょこっとずつ。
悔しいけど、トラップの料理はうまかった……
「こんなに上手なんだから、料理当番交代制にしない? 朝ごはんとお弁当は、わたしが作るから。夕食だけでも」
「はあ? んなめんどくせえことやってられっかよ。今日は特別なの、特別!」
わたしの提案は、あくびと共にあっさり却下されてしまったけど。
はあ……トラップの手料理、食べてみたかったんだけどなあ。
わたしがあからさまにため息をついていると、トラップはちょっとうろたえたみたいだった。
困ったように赤毛をかきまわし、しばらく視線をさまよわせて……
「ま、気が向いたらな」
とボソッとつぶやいた。
「嘘、本当に? やったー! 楽しみ!」
わたしがにこにこ笑って言うと、彼は「けっ」と言ってそっぽを向いてしまったけど。
トラップってそうなんだよね。厳しいように見えて、実は結構優しいところもあるんだよね。
ま、ごくごくたまーにだけど。
そんなこんなで、二人で昼食をつついていたんだけど。
それを言われたのは、食事が終わって、洗い物をしようとしたときだった。
「……なあ」
「ん? 何?」
食器を流しに運びながら言うと、トラップは珍しく口ごもっていたけれど。
「……あのさ、おめえ、ゴールデンウィーク暇か?」
「え?」
ゴールデンウィーク。とは言っても、今年はカレンダーの都合上、五月の三日から六日まで、休みは四日しかないけど。
去年までは、この時期は両親と旅行に出かけてたんだよね。でも、今年は……
「……ううん、別に無い」
マリーナもリタも、三日は忙しいって言ってたしね。新学期は色々ありすぎて、旅行の計画を練るような暇も無かったし。
しょうがないから、今年のゴールデンウィークはのんびり本でも読んで過ごそうかな、って思ってた。
わたしがそう言うと、トラップはしばらく考え込んでたみたいだけど。
「……んじゃさ、五月の三日、ちょっとつきあってくんねえ?」
「は?」
三日……ってトラップの誕生日当日よね。
どうしたんだろう、急に。
「……嫌か?」
「ううん、別に構わないけど。どこに?」
「それは……ま、当日のお楽しみ、ってとこだな」
トラップは、何だか意味ありげに笑うと、「パーティーまで一眠りする」と言って二階に上がっていった。
何なんだろう? 五月三日……どこへ行くつもりなのかな?
でも、楽しみ。今年はどこへも行けないって、諦めてたもんね。
何着て行こうかな。
洗い物をしながらそんなことを考えているうちに、時間は昼の一時をまわった。
パーティーは夕方五時からの予定なんだよね。よーし、今のうちに買出しに行っておこう!
パーティーは大盛況だった。
クレイにマリーナにリタ、それにわたしとトラップ。
五人っていう人数はそんなに多い方じゃないと思うけど。みんなで囲む食卓は、やっぱりすごく楽しかった。
そうそう、料理もすっごく好評でね。マリーナもリタも料理は得意らしいけど、その二人が尊敬の目で見てくれたもんねー。
半分くらいはトラップに手伝ってもらったんだけど、それはまあ……内緒、ということで。
トラップも、プレゼントがいっぱいもらえて満足したみたいだし。
ちなみに、わたしは皮の手袋をあげた。ほら、トラップってバイクが好きみたいじゃない? 今使ってるのが随分古いみたいだから、ちょっと奮発して専門店で買ってきたんだ。
クレイも同じような考えだったらしく、彼のプレゼントはヘルメット。
一個持ってるじゃない? って聞いたら、何故だかクレイに笑われちゃったんだけど。
「パステルはちょっと鈍いんじゃないか?」
って、うー……どういう意味なのよお……
マリーナからは手作りのクッキーで、リタからはシルバーのアクセサリー。
マリーナのクッキーがね、もう絶品で。
一個つまませてもらったんだけど、お店で売ってるものよりずっと美味しいクッキーなんて初めて!
「後でレシピ教えてくれる?」
ってこっそり聞いちゃったくらいだもんね。
リタのシルバーのアクセサリーもすっごくセンスが良くて、まあとにかく、トラップは大満足したみたいなのだ。
うんうん、パーティーを計画した甲斐があったぞ。
結局、みんなが帰ったの、夜の十時近かったもんね。
明日は学校があるし、泊まりがけにできなかったのが残念なんだけど。
「ふーっ、楽しかった。トラップ、後はわたしが片付けておくから、先にお風呂入ってて。後で追い炊きしておいてねー」
「んー」
生返事と共にお風呂場に消えるトラップ。
さてさて、後もうひとふんばりだ!
こんなときでもなければ滅多に使わない、大きなお皿やケーキの型。丁寧に洗っておかないと、次に使うときさびたりカビたりしちゃ大変だもんね。
ふー、料理って本当に体力勝負だわ。
そうしてわたしががしゃがしゃと洗い物をしているときだった。
30分くらい経ったのかな? お風呂場で物音がしたんだ。
ああ、トラップがお風呂から上がったんだなあ。わたしも早く入りたい……
と、そんなことを思いながら、洗い終わったお皿を拭いていたとき。
ふっ、と後ろから石鹸の香りが漂ってきた。
「トラップ? 何か……」
何か飲む? そう聞こうとしたとき。
ふっ、と後ろから腕が回ってきた。
「え……」
かしゃーん。
驚きで、手に持っていたお皿を落としてしまう。幸い、割れはしなかったけど……
「トラップ?」
えと……ど、どうしたんだろう?
こ、これは……わたし、抱きしめられて……る?
「トラップ……」
「さんきゅ」
「え?」
軽く力をこめられた腕。耳元で囁かれた言葉。
そんな一つ一つのことに、思わずドキリとしてしまう。
「えと……?」
「嬉しかったぜ。俺、今まで誕生日祝ってもらったことなんか、滅多にねえから」
「……え?」
それって……
「だあら、俺の親、滅多に帰ってこねえから。ガキの頃は親戚の家に預けられっぱなしだったし。誰も誕生日祝ってくれる奴なんかいなかったから、そのうち自分の誕生日なんて忘れちまってたんだよな」
「トラップ……」
……そう、だったんだ。
かわいそう……わたしの両親も、忙しい人だったけど。
でも、わたしの誕生日のときは、絶対二人とも休みを取ってくれてたもんね。
誕生日にパーティーをするのなんか、当たり前だと思ってたのに……
「だあら、おめえがパーティーしようって言ってくれて、嬉しかったぜ? こんな楽しい誕生日初めてだったから。さんきゅ」
「……うん、喜んでもらえて、わたしも嬉しい。来年もやろうね」
えへへ。感謝してもらえるって、嬉しいな。企画して、本当によかった。
わたしは思わず顔がほころんでしまったんだけど。
「そだな。そんときは……」
瞬間、走る嫌な予感。
それまでの真面目な口調から、急速に軽薄な口調に変わっていったんだよね。
トラップがこういう言い方をするときって……
「そんときまでには、おめえもうちっと成長しろよな?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなくてぽかんとしてしまう。
ぱっ、と身体にまわっていたトラップの腕が離れて……
「どうせ抱きしめるんだったら、もーちっと出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでる女を抱きてえし」
…………
な、な、な――!!
「と、トラップー!?」
「へへへ。怒ったあ? パステルちゃん」
「もーっ! せっかくの感動台無し! こらー!!」
ばたばたばたっ!!
四月の最終日曜日。わたしの激動の一ヶ月は、こうして幕を閉じたのだった。
五月三日。トラップの誕生日。
そして、ゴールデンウィークの一日目。
テレビのニュースによれば、今日は一日いいお天気で、どこもかしこも大混雑だとか。
うーん……トラップ、どこに行くつもりなんだろ?
「ふわあ……おはよ」
「あ、おはよう〜〜」
朝の特別番組なんかを眺めていると、トラップが階段から降りてきた。
まだパジャマ姿。時間は朝の九時。いつもの休日から考えたら、驚異的な早起きって言えるよね。
休みの日は、いつもお昼過ぎまで寝てるもんなあ……
「朝ごはん、できてるよ。それに、お弁当も作ってみたけど。ねえ、どこに行くのか教えてくれない?」
「ああ? んー……ま、行きゃあわかるって。それよか、おめえ……」
トラップは、眠そうな目でじろじろとわたしの身体を見回した。
へ? な、何だろ……?
「な、何? 何かついてる?」
「いや……おめえ、その格好で行くつもりなのか?」
「え?」
ちなみに、今のわたしは、春らしい白いワンピースの上からピンクの薄手のカーディガンを羽織っている。
わたしとしては、精一杯お洒落したつもりなんだけど。
「そうだけど……駄目、かな?」
「んにゃ。バイクで行くつもりだったから。ズボンの方がいいんだけど……そういやあ、俺おめえのジーンズ姿見たことねえな。持ってるか?」
「あ、そっかそっか。そうだよね、ごめーん」
あちゃあ、そういえばそうだ。トラップと一緒に出かけるときって、大抵バイクだもんね。
よく制服姿で乗せてもらってるけど、実は結構派手にスカートが翻って、あまり長いこと乗ってられないんだ。
どこに行くつもりかわからないけど、10分や15分の距離……じゃないよねえ、まさか。
「うん、持ってるよ、ズボン。じゃあ、着替えてくるから。それまでにご飯食べちゃって」
「おう」
やれやれ。失敗しちゃった。この服、気にいってたんだけど。ワンピースだし、何より白だもんね。バイクになんか乗ったらあっという間に汚れちゃうだろうし。
タンスを開けて、滅多にはかないジーンズを取り出してみる。
上は、どうしようかなあ……
ちょっと迷って、水色のキャミソールの上から濃紺の7部袖の上着を羽織ることにする。
今日は大分あったかくなりそうだしね。うん、おかしなところは、無いよね?
あ、そうだ。この格好なら、パンプスよりスニーカーの方がいいよね。準備準備、と。
わたしが身支度を整えて下に下りると、トラップはいまだにパジャマ姿で、新聞を広げてコーヒーをすすっていた。
「ねえ、わたしは準備できたけど、いつ出かけるの?」
「んー……そだな。うし、じゃ出かけるか。あのな、荷物だけど、俺のリュック貸すからそれに入れて、おめえが背負ってくんねえ?」
「うん、わかった」
バイクで行くとなると、当然運転はトラップで、わたしが後部座席。
そうすると、トラップの背中に荷物があったら、わたしが座るスペースがなくなっちゃうもんね。
トラップが渡してくれたリュックにお財布やお弁当を入れている間に、彼本人も着替えて下に下りてくる。
今日は黒のスリムジーンズの上に白いTシャツ、上から黒皮のジャケットを羽織った、普段の彼に比べたら割と地味な格好。
はあっ。いつも派手な姿ばっかり見てるけど、こういう格好も意外と似合うんだなあ……
「あにボケーッとしてんだ。ほれ、行くぞ」
「あー、ちょっと待ってよ!」
ゴールデンウィーク一日目。
空は快晴、絶好の行楽日和だった。
誕生日にわたしがあげた皮手袋と、クレイがあげたヘルメットを身につけて、トラップが運転席に座る。
以前までトラップが使っていたヘルメットは、わたしの頭に。
あ、そっか。クレイがヘルメットプレゼントしたのって、もしかしてこういうことを考えてなのかな?
そうだよね。遠出するのに運転手がノーヘルじゃ、さすがに問題があるもんねえ。
ぎゅっとトラップのウェストにしがみついたところで、バイクが急発進する。
トラップの後ろに乗せてもらったことは、もう何回もあるけど。
いつも20分足らずの短い時間だから、あっという間なんだよね。今日はどこまで行くのかなあ?
一人じゃ絶対味わえないスピード感に、ぎゅっとしがみつく腕に力をこめる。
最初のうちは怖かったんだよね。事故にあったら、ちょっとやそっとの怪我じゃすまないだろうし。
でも、トラップの運転の腕は確かだったし。それに、慣れてくると、この風を切って走る感覚が何とも気持ちいいんだよねえ。
はーっ、わたしも免許取ろうかなあ……
以前そう口走ったら、「おめえにゃ絶対無理だよ」って笑われちゃったんだけどね。
うーッ、そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない。もう……
そうして、バイクで走ること一時間近く。
方向音痴のわたしには、今どこを走ってるのかよくわからないんだけど。
何だか段々交通量も減ってきて、寂しい道に入ったみたいだった。
えと……? これって、どこかレジャーへ行くつもり……じゃないよねえ?
交通量が少なくなって、バイクのスピードも上がる。
ノンストップで走り続けて、そろそろ腕とお尻が痛くなってきたなあ、っていうとき。
不意に、バイクが減速を始めた。
あ、ついたのかな?
そう思って気が緩みかけたとき、突然バイクが左折して、身体が振り回されそうになる。
うわわわわ!
慌ててぎゅっと力をこめなおす。危ない危ない。
バイクは、広い道路を外れて、脇道へと入っていった。
そして、駐車OKな場所まで来たところで、停止する。
……えーと……?
きょろきょろと辺りを見回してみたけど、どう見てもただの道。
まわりにぽつんぽつんと小さなお店があって、家があって、ただそれだけ。
ここが……目的地……?
「あの、トラップ?」
「おめえ、ちっとここで待ってろ」
「え?」
わたしに質問する時間すら与えず、トラップはヘルメットをわたしに押し付けると、さっさとどこかへ歩いて行った。
もー、何なのよ、一体……
わからないなあ。トラップは一体何がしたいわけ?
うう。かと言って、今更一人では帰れないしなあ……ここ、どこなんだろ?
トラップが何をしたのかがさっぱりわからなくて、わたしは一人で膨れていたんだけど。
幸いというか、そんなに待たされることなく、トラップはあっさり戻ってきた。
その手には、花束が抱えられている。
「……トラップ? それ……」
「そこの花屋で買った。おい、ちっと後ろ向け」
「え? う、うん」
言われた通りにすると、背中のリュックをごそごそ開けられる気配。どうやら、リュックに花束を入れてるみたい。
……トラップ、一体何を……
「うし。んじゃ、バイクに乗れ。なーに、もうすぐつくから」
「だから……つくって、どこへ……」
「……この辺の地名、聞き覚えねえか?」
「え?」
地名?
言われて地名を確認しようとしたけれど。
わたしが周りを見回そうとしたときには、もうバイクは走り出していた。
脇道からまた広い道へ。そして、言われた通り、三分も走らないうちに、また停車する。
今度は、道路の路側帯に。
「ちょっとちょっと! こんなところに停めちゃっていいの!?」
「いーんだよ。ちっとの間だしな。ほれ、ついてこい」
「う、うん」
わたしの抗議を無視して、トラップはさっさと歩き出した。仕方なく、その後をついていく。
そうして、少し進んで彼が立ち止まったのは……
「トラップ……? ここ……」
「ほれ、あっこに地名が載ってる。……聞き覚え、あんだろ?」
そこは、道路が急カーブしている場所。道路脇にはガードレールが設置されていたけれど、カーブの部分だけ、明らかに新しかった。まるで、つい最近修理したみたいに。
トラップが指さしたのは、電柱に貼ってある地名表示。そこに書いてあったのは……
「ここって……」
「おめえさ、来たことなかったんだろ? ここに」
そう言うと、トラップはリュックから花束を取り出して、そっとガードレールの脇、通行の邪魔にならないところに置いた。
ここって……
「わたしの、お父さんとお母さんが……」
「……迷ったんだよ。こんなことして、おめえの傷口、広げることになるんじゃねえかって。だけど、おめえにはここに来る権利があるんじゃねえかと思った。
忘れろなんて言うつもりはねえけど、ふっきるためには、ここに来て、何があったのかをちゃんと知るのが一番じゃねえかって、そう思ったんだ」
トラップは、うつむいたままわたしの顔を見ようとはしない。
そう……あの、冬の日。
突然の事故で、お父さんとお母さんが死んだ。
原因は、後ろの車にあおられてスピードを出しすぎたことによる、カーブの曲がりそこね。
わたしは、その事故現場がどこかは教えられたけれど、とうとう現場には行かずじまいだった。
ジョシュアが連れていってくれなかった。「お嬢さんには、ショックが大きすぎます」って言って。
だけど……だけど……
ぼろぼろと涙がこぼれる。そんなわたしを見て、トラップは困ったように頭をかいていたけど、やがてちょっと頭を下げた。
「……わりい。やっぱ、余計なお世話だったか?」
「…………」
「おめえに早く立ち直って欲しかったんだよ。いつも寂しそうだったから。たまに泣いてただろ? おめえがいつまでもめそめそしてたって、おめえの親は喜ばねえ。そう思ったから」
「…………え?」
トラップ……知ってたの……?
そう、わたしは、トラップの家に来て。毎日がとても楽しくて、随分寂しさをまぎらわせてくれたけど。
でも、夜一人になったとき。夢に両親が出てきたとき。どうかすると、涙がこぼれるときがあった。
気づかれないように、大きな声を出さないようにしてたのに。
気づいてたんだ……
「やっぱ、まだ早かったか? よけーな……」
「ううん」
トラップの言葉に、わたしは首を振った。
余計なお世話なんかじゃない。
ずっとここに来たいと思ってた。わたしのお父さんとお母さんは、ほとんど即死だった、それくらい酷い事故だった。
ここが、お父さんとお母さんが本当に死んだ場所だから。
「ありがとう、トラップ……連れてきてくれて、ありがとう……」
お父さん、お母さん。
忘れることなんか絶対にできないと思うし、傷を完全に癒すには、まだちょっと時間がかかると思うけど。
でも、わたし頑張るよ。
わたしのこと、こんなにも一生懸命考えてくれる人が、傍にいるから。
だから、安心して……見守っていてね。
わたしがしゃがみこんで手を合わせると、トラップも隣にしゃがみこんで、同じように手を合わせてくれた。
目を閉じて、何かを真剣につぶやいている。
彼が何を言っているのかはわからなかったけれど、わたしの両親のことを真剣に祈ってくれていることだけはわかって、何だか、とても嬉しかった。
その後、わたし達は、またバイクに乗って海辺に出てきた。
臨海公園、って言うのかな? 海を見下ろすような形で公園が作られていて、潮風がとっても気持ちいい。
ベンチの上でお弁当を広げると、何だかいつもよりずっと美味しく感じるんだよね。何でだろう?
お弁当を食べて、おしゃべりをして、海を眺めて。
そうやってぼんやりと過ごしているうちに、いつの間にか、夕焼け空が広がっていた。
「もう、こんな時間かあ……」
「……そだな……」
「ありがとう、トラップ。今日は……本当に、楽しかった」
「ま、こないだのパーティーのお礼だよ、お礼」
そう言って、くしゃっと頭を撫でてくれたトラップの手は、思ったよりも骨ばっていて大きい。
そっか。やっぱり、トラップって男の子なんだよね……
そんな当たり前のことを考えてぼんやりトラップの顔を眺めていると、何故か視線をそらされてしまった。
彼の顔が赤く見えるのは……夕焼けのせい?
「ねえ、トラップ。どうして今日なの?」
「ん?」
そんな彼を見ているうちに、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
五月三日、トラップの誕生日。どうして、今日じゃなきゃ駄目だったんだろう?
今日パーティーをして、明日でも明後日でもよかったんじゃないの?
わたしがそう言うと、トラップはしばらくジーッとわたしを見つめていたけれど。
「ま、けじめって奴かな」
「けじめ?」
「そ。おめえの親に、ちゃんとした形で報告したかったから。何か節目になる日がよかったんだよ。だあら、今日、誕生日にな」
「ふーん……?」
わかったような、わからないような……
ま、いいか。本当に、今日、ここに来れてよかったと思うから。
「ねえ、よく考えたらさ、わたし、トラップに助けてもらってばかりだよねえ」
「あん?」
初めて出会ったときから、今日まで。いっぱい助けてもらったよね。
何かしてあげたいなあ。ちょうど誕生日だし。
「ね、トラップ。何か欲しいものとか、して欲しいことがあったら言ってね。誕生日だし。何でもしてあげるよ?」
「ああ? 別にいいよ。これもらったしな」
ほれ、とひらひら見せるのは、わたしがあげた皮手袋。
もー、そうじゃなくて。それは誕生日プレゼント。わたしが今言ってるのは……何なのかな? 感謝の気持ち、かな? お礼?
「いいのいいの。誕生日より早くあげちゃったでしょ? だから、それと今日のプレゼントは別、ってことで。あ、あんまり高いのは無しね?」
「ふーん。何でも、ねえ……」
わたしの言葉に、トラップはしばらく考えていたけれど。
やがて、その顔に、何だか意地の悪い笑みが広がった。
……あ、嫌な予感。こういうときって、絶対何か企んでるんだよね。
「そだな。キス一回とかどーだ?」
「はあ?」
「いや、おめえ自身って言おうかと思ったけど、よく考えたらそんな貧相な身体もらっても仕方な……」
ばこんっ!!
皆まで言うより早く、リュックを振り回してその口を封じる。
「もーっ! せっかく感謝してるのに。真面目に答えてよね、ちょっとは!」
全く。こんなときまでふざけなくたっていいじゃない!
わたしがふん、と視線をそらすと……ふっと、肩に手が乗せられた。
「いやあ、割とマジだぜ? ま、無理しなくてもいいけどよ。そんなつもりで助けたわけじゃねえしな」
…………
ふいっと振り返る。夕焼けの中、トラップの顔は、思ったよりも真面目だった。
そのとき、何でそんな衝動がつきあげてきたのかは、よくわからないけれど。
気がついたら、わたしは……トラップの唇に、自分の唇を、重ねていた。
ほんの一瞬。時間にして一秒か二秒程度。
ぱっ、と顔を離すと……トラップは、何だか、茫然としていた。
「これで、いいかな? お礼……キス、一回」
これは、お礼。ただのお礼。
それ以上の意味なんか……無いんだから。
きっと、トラップの顔も、わたしの顔も。真っ赤なのは、夕焼けのせいじゃないと思うけど。
急に照れくさくなって、わたしは視線をそらして立ち上がった。
「さあ、もう帰ろう! 遅くなっちゃうよ!」
完結です。
ああ、エロも萌えもない……(汗
やはり長くなってもあのエピソードをつっこむべきだったか……
ちなみに次は要望の多かった「運命編逆バージョンパステル視点」、その次がそのトラップ視点
で、さらにその後学園編の4を書こうかなあ、と……
ってパラレルばっかりですね(汗汗
普通のFQの方が好きだという皆さん、大変申し訳ありません……
(´Д`*)ハァハァハァハァ/ \ァ/ \ァ
学園編よすぎ…。萌えー!
>>トラパス作家さん
おつでした〜。
毎日凄い勢いで投下されてますね。
息切れとかしないのでしょうか。
その勢いでどんどん書いていって頂きたいです。
ところでちょっと思ったのですが、
トラパス作家さんの作品の中のトラップは毎回
パステルがクレイの事が好きだと思っているエピソードがありますが、
そう思っていない作品も読んでみたいです。
パステルは、オリジナル作品でもトラップがマリーナに片思いしていると思い込んでる描写がありますが、
トラップに関してはないような気がするので・・・。
(もちろんただの我侭なのでスルーして下さっても結構です。)
>>サンマルナナさん
この先どんな展開になるかとっても気になります。
最近夜は眠そうですが、無理せず頑張ってください。
>>35 あ、何だかナイスタイミングですが
次発表予定の「運命編逆バージョン」では
トラップの嫉妬描写は一切ありません。
まあ、設定上当たり前と言えば当たり前なことなんですが……
パラレルですからねえ。普通のパロのときも、そういう作品を書いてみるよう、頑張ってみます。
でも、原作に無かったですか? トラップが誤解する場面
どこかに、「おめえはやっぱりクレイのことが好きなんだな、と思ってさ」みたいな台詞を言ってるシーンがあったような気がするのですが
気のせいかな……
息切れしないでいられるのはいつも読んでくださる皆様のおかげです。
エロパロ板なのにエロが無いというとんでもない作品に、いつも暖かい言葉をかけてくださってありがとうございます!
続き前スレに書き込みます。
どうぞよろしくです。
神々の降臨しまくるスレにいられて幸せです♪
一度でいいからトラパス作者さんのクレパスが読んでみたいと思う私は鬼ですか?
いや、折角サンマルナナさんがトラパス書いて下さってることですし。
それぞれカップルチェンジってのも面白いかもしれませんよ?
40 :
名無しさん@ピンキー:03/10/17 00:47 ID:4jIbxdB7
今回の学園編のトラップ、カッコイイー
「…迷ったんだよ。こんなことして、おめえの傷口、広げるんじゃねえかって…中略…
…何があったのかをちゃんと知るのが一番じゃねえかって、そう思ったんだ」とか言っちゃって
今回は特に渋い!このシーン何か好きだな。
学園編はエロなんか無くても良いんじゃない、俺はそう思ってるけどね(゚∀゚)
>>40 激しく同意
渋いし、料理もできちゃうし……トラップカコイイ
シリーズ物の流れの中で不自然でないエロが入れば充分かと
サンマルナナ前スレ354の続ききぼんぬ!!
い、いや、ここから泥沼に展開していきそうで、個人的にはとても気になるのですが・・・。
他に書きたいものがあれば無視しちゃってください。
>>42 ありゃ。私的にはどちらも一応ネタはありつつ手はつけてない感じなのですが…
どっち先がいいでしょうか。
とりあえず仕事行って帰ってくるまでの間に考えます。
ではまたー
新作です。
運命編逆バージョン。パステルが姫でトラップが従者。
従者……?(←作品を読み返してみる)
いえ、まあとにかく、
リクエストに答えてみました。
パステルがかなりキャラ違うような気もしますが……
後長いですが。
後よくよく過去作品見直してみたら、完遂Hシーンが入る作品がかなり久々だと気づきましたが。
ご満足いただければ幸いです。
アンダーソン王家の第一王女。
自分の身分を特に意識したことはなかった。
わたしは生まれたときから姫と呼ばれて、そしてそれは当然のことだと思っていた。
お父様は気難しい人で、王家のことを第一に考えて、愛情なんかかけらもなく身分だけでお母様と結婚して。
跡継ぎであるクレイ兄様は幼い頃から既に有力な貴族のお嬢様であるサラさんとの結婚が決められていて。
わたしとルーミィは、どこかの王家の息子さんと結婚させられることが決まっていて。
そうやって政略結婚の道具に使われることが、王家の人間として当たり前だと教育されてきたから、それを特に寂しいと思うこともなかった。
悪い虫がつかないようにと、お父様はわたしのまわりから異性を徹底的に遠ざけていて、身の回りの世話をするのは女性ばかりだった。だから、わたしは恋をする、というのがどういうことかも知らない。
それを不幸だとも思わない。
ただ姫であることを強制され、義務づけられ、そしてそれに答える。
わたしにできることはそれだけで、周囲もそれを望んでいたから。
クレイ兄様は、たまに「パステル。たまには自分を出してもいいんだよ」なんて言ってくれたけれど。
自分を出すと言われても、それがどういうことなのかわからない。
わたしは素直に自分のしたいこと、やりたいことを告げているつもりで、そしてそれは大抵叶えてもらえる。
生活に不自由は無いし、周囲は皆親切。だから、わたしは幸せだよ。
そう言うと、クレイ兄様はため息をついていた。
まだ幼くて無邪気に笑っているだけのルーミィと、ただ皆が望むような姫を演じさせられているわたし。
そんなわたし達を、クレイ兄様はひどく痛ましげな目で見ていた。
大丈夫。わたしは大丈夫。
今の状況を辛いなんて思っていないから。そういうものだって思ってるから。
だから、心配しないでください。兄様。
わたしには、今以上に望むことなんて、何も無いですから……
「わあ、綺麗な月……」
部屋の窓から見える月に、わたしは思わず感嘆の声を漏らした。
時間は深夜。今夜は満月。
いつものわたしならとっくに寝てしまっている時間だけど、今日は、何だか目が冴えちゃったんだよね。
たまにそういう日が来る。それは、例えば世話をしてくれる侍女達の、「街で出会った素敵な人」の話を聞いたり、「優しい恋人」の話を聞いたときだったり。
まあ、とにかくわたしには縁の無い話を聞かせてもらったとき、たまにあるんだ。
わたしは王家の姫だから、庶民が暮らすような場所には行ってはいけないというのが、お父様の考え。
だから、わたしは生まれてこの方この城から遠出をしたことが無いし、クレイ兄様を除いて、自分と同い年くらいの男の人に会ったこともない。
お城には騎士団の人たちも控えているけれど、いつも遠くから眺めているだけで、決して近くには寄ってこないんだよね。わたしの近くにいるのは、決まって武芸のたしなみがある女官達。
小さい頃からずっとそうだったから、それを今更どうこう言うつもりは無いんだけど……
でも、やっぱり。みんながうっとりと「恋の話」なんかに盛り上がっていると、わたしも……少しでいいから、それを体験してみたいなあ、なんて思わなくもない。
そう考えると眠れなくなってしまう。
明日の朝も早い。わたしが何時に寝ていようと、執事のキットンは必ず決まった時間に起こしに来るだろうから。
だから、寝なくちゃ。そう頭ではわかっていたけれど……
えーい、行っちゃえ!
我慢できなくて、わたしは夜着の上から地味なローブをまとって、こっそり部屋から抜け出した。
眠れない夜、こっそりと城の前庭に出て、月を眺める。それが、わたしの密かな楽しみ。
お父様に知られたらきっと怒られるだけじゃすまないだろうけれど、いつも誰かに見張られて行動しているわたしにとっては、ほとんど唯一、一人になれる時間。
この時間は、見張りの兵士も少ないし。わたしは、こっそり誰にも見られず庭に出るルートを、ちゃんと知っている。
廊下に誰もいないことを確認して、わたしはそっと歩き出した。
わたしの部屋は三階。そうでなければ、窓から出ることもできるのだけれど。
はやる思いを抑えて、わたしは階段をそっと降りていった。
庭から見上げる月は、とても見事だった。
白い満月。見ていると吸い込まれそうになる。
そんな月を見上げて、わたしはボーッとしていた。
別に何を考えているわけじゃない。多分明日も今日と同じ一日だろうし、明後日も、その次の日もそうだと思う。
それが当たり前だと思っている。わたしは何も考えなくていい。黙って言われた通りにしていれば、お父様や兄様が何とかしてくれるから。
わたしはただ、「今日はこれが食べたい」とか「今日はこの服が着たい」とか、そんな誰の迷惑にもならないわがままを言っていればいいだけ。
ふう。
ため息をついて、もう一度空を見上げる。
何でなのかなあ。それが当たり前だと思ってたのに。みんながそれで満足してくれているのに。
たまに、どうしてこう……胸が締め付けられるような気持ちになるのかなあ。
最近、わたし変だよね。もしかして、兄様に頼んで貸してもらった小説の影響かな?
本を読む楽しみを知ったのは、本当に最近のこと。「嘘やくだらないことしか書いていない」と、お父様はなかなか許してくれなかったけれど、兄様が「教養を身につけるためです」って納得させてくれたんだよね。
わくわくするような冒険小説とか、うっとりするような恋愛小説とか。
そこに出てくる女の子は、みんな、わたしとは全然違う境遇の女の子ばかりだったけれど。
本当にこんな女の子がいるのかはわからないけれど、もし実在するとしたら。
……彼女達みたいな経験を、一度でいいからしてみたい。そういう思いが、衝動的にこみあげてくる。
もっとも、こんなこと誰にも話せないけどね。もしお父様に知られたら、きっと本を取り上げられてしまうから。
あーあ、ともう一度つぶやいたときだった。
不意に、城門の上に、何かの影がよじ登ってきた。
……侵入者!?
慌てて立ち上がり、声を上げようとしたけれど。足がすくんで動けない。
それは、赤い影。白い光を受けながら、その影は鮮やかな身のこなしで城門を乗り越え、前庭に飛び降りてきた。
視界に翻る、赤とオレンジと緑の鮮やかな色合い。
「あ……」
誰何の声をあげるか、あるいは悲鳴をあげるか。
一瞬迷っている間に、人影はわたしに気づいたらしい。
その動きがわずかに止まる。そしてその瞬間。
「ん――!?」
すごい速さで近づいてきた人影が、わたしの口を手でふさぎながら城壁に押し付けた。
だ、だ、誰かっ!?
「静かにしろ。怪我したくなかったらな」
耳に届くのは、よく通る低い声。男の人の……声。
首筋に冷たい感触が押し付けられる。確認するのが怖くて、おそるおそる視線を上げた。
目の前に、暗い光と強い意志を宿した瞳が迫っていた。
ドキン、と心臓がはねる。
見覚えの無い人だ。夜でも目立つ真っ赤な髪と、茶色の瞳、オレンジの上着と緑のズボンというひどく派手な格好をして、その上から漆黒のマントを被っている。
わたしと同じか、あるいは少し年上か……それくらいの、男の人。
「んん……」
「おめえ、この城の人間か?」
彼の問いに、必死に頷く。口どころか鼻まで覆う大きな手。少し、呼吸が苦しい。
「ふん……侍女か? それとも……娼婦か?」
「ん――!?」
しょ、娼婦!? し、失礼なっ!!
いくら世間知らずのわたしでも、その単語がどういった職種をさしているのかはわかる。
視線で必死に抗議すると、男は……酷く軽い笑みを浮かべた。
「冗談だよ冗談。おめえみてえな出るとこひっこんでひっこむところが出てるような幼児体型の娼婦、いるかよ」
なっ、なっ、な――!?
姫として、これまで丁重にしか扱われたことのないわたしにとって、それは初めての経験だった。
な、何て失礼な人なの!?
「ふむーっ! ふむ、ふむっ!!」
「……大声出すなよ。そう誓ったら、手、離してやらあ」
すっと目を細める彼に、必死で頷く。
口を塞いでいた手が、ゆっくりと外れ、そして……
その瞬間大声を出そうとしたわたしの腕を、彼を即座にひねりあげた。あまりの痛みに、出かけた悲鳴が喉の奥にひっこんでしまう。
「きゃぅっ!?」
「甘え奴だな。おめえの考えなんかばればれだっつーの。さて、痛い目見たくなかったら、案内してもらおうか?」
「……え?」
腕が痛い。折れるんじゃないかと思うほど力をこめて拘束されている。
その腕を解放してほしくて、わたしは必死に振り向いた。
涙がこぼれそうになる。何で……こんな目に合わなくちゃいけないの?
「どこ、に?」
「ああん? こんな時間に城に忍び込むなんざ、目的は一つに決まってんだろーが。お宝のある部屋だよ」
「宝……」
宝物庫に案内しろ、ということだろうか。だけど……
「無理、よ」
「あん?」
「宝物庫には、24時間交代制で見張りが立っていて……例え王族でも、許可証が無ければ、侵入できないようになっているの。案内してもいいけど……すぐに、捕まるわよ」
「…………」
言葉に、男は舌打ちをした。
答えたんだから手を離して欲しい。そう思って見上げると。
驚くほど間近に、彼の顔が迫っていた。
反射的に身をのけぞらせる。だけど、彼はそんなことにはちっとも構わず、
「あんた、面白え奴だな」
「……え?」
「バカ正直に言わず、そのまま宝物庫に案内してりゃあ、そのまま俺を捕まえられたのに。わざわざ教えてくれるなんて、よっぽどのおひとよしか……よっぽどのバカだな」
「…………」
言われてみれば、その通り。
あーっ、もう、わたしのバカバカバカ!!
悲鳴をあげる気力も無くして、わたしががっくりうなだれると……低い笑い声が耳に届いた。
「本当に面白え。あんた、名前、何てーんだ?」
「……人に名前を聞くときは、自分が先に名乗るものじゃない?」
ささやかな反抗に、彼は首をすくめて答えた。
「しっかりしてら。俺の名前はトラップ」
「トラップ……わたしの、名前は……」
そのときだった。
「そこで何をしている」
響き渡ったのは、見張りの兵士であるノルの声。
「っ……やべっ……」
「パステル姫。大丈夫ですか?」
「どうした、何があった!?」
ノルの声に、どやどやと人が押し寄せてくる気配。
トラップ、と名乗った彼は、逃げ出そうとしたみたいだけれど。
そのときには、もう、周りを兵士に囲まれていた。
「パステル……姫?」
茫然とわたしを見下ろす彼の視線をまともに受け止められなくて、わたしは視線をそらした。
兵士達が彼を押さえつける。多分、地下牢にでも連れ込むつもりだろう。
わたしには、それを止めることが、できなかった。
「パステル。昨夜は一体何をしていた」
翌朝。起きるなりお父様に呼び出されて、わたしは王座の前に立たされていた。
目の前には、いかめしい顔をしているお父様と、困ったような顔で微笑んでいるお母様。
わたしの脇には、困惑の表情を浮かべているクレイ兄様。
ちなみにルーミィはまだ寝ている。まあ、まだ幼い彼女がここに来ることは、滅多に無いんだけど。
「わ、わたしは……」
「まあまあ、お父様。そう頭ごなしに言わなくても」
「クレイ。お前は黙っておれ」
何か言いかける兄様をぴしゃりと黙らせて、お父様は冷たい視線をわたしに向けた。
「聞けば、真夜中に庭に出て、そこに忍び込んだ盗賊風情と語らっていたとか。何をしていた?」
「か、語らっていたなんて、そんな……!!」
わたしは宝物庫に連れていけと、ナイフを押し付けられて、脅されていた。
そう言えば、きっとお父様は、それ以上わたしを責めはしないだろう。
ただ、そう答えた瞬間、彼は……トラップは、即座に処刑を命じられるに違いない。
トラップが殺される。それは嫌だった。どうしてそう思ったのかは、わからないけれど。
「では、何をしていた」
「……わ、わたしは、庭に不審な人影を見つけて……そ、そうしたら彼がいて、彼は、道に迷って……」
我ながら苦しい言い訳だった。迷子になったなんて、わたしじゃあるまいし!
……実はわたしは極度の方向音痴で、城の中でさえ迷子になりかけたことがある。いや、まあそれはともかく。
「で、ですから、お父様。彼は別に盗賊じゃないんです。地下牢から出してあげてもらえませんか?」
「バカなことを言うな。城に侵入をするなど大それた奴だ。既に三日後の処刑が決まっておる」
「そんな!!」
何てことだろう。お父様は、わたしが何を言ったって、聞くつもりなんか無かったんだ。
ただ確認のためにわたしを呼び出しただけ。それにわたしが何と答えようと、彼の処分が変わることなどありえなかったんだ。
何て、酷い……
「お前の話はわかった。もういい、行け」
「…………」
「行け、と言っている」
「わ、わかりました。ほら、パステル、行こう」
黙りこくっているわたしを見かねて、クレイ兄様がわたしを助け起こしてくれた。
お父様が望んでいるのは従順な娘であるわたしだから。逆らったら、教育という名の下にひどい罰を受けるだろう。
わたしも兄様も、それは重々わかっていたから。
だから、それ以上何も言わず、王の間を出た。
「ふっ……うっ……」
部屋から出た瞬間、涙が溢れて止まらなくなる。
「パステル……?」
「兄様……どうしよう。わたし、わたしのせいで、トラップが……」
わたしのせいだ。わたしがあんなところにいたから。
……いや、わたしがいなければ、彼は宝物庫に忍び込んで、そしてそこで言い訳の機会を与えられることもなく首をはねられたかもしれない。
そう考えたら、決してわたしのせいだとは言い切れないけれど。
でも、あのとき逃げ出せなかったのはわたしのせいだ。
腕を拘束していたわたしを、そのまま放っておいてもいいものか。
彼の目が一瞬迷ったのを、わたしは見てしまったから。
わたしのことなんか気にせず放っていけば、彼は逃げられたのに。
「わたしのせいなの。彼は何もしていないのよ。トラップは悪くないの。兄様っ……」
クレイ兄様の胸元にすがりついて泣きじゃくる。兄様は、しばらくわたしの背中をなでていてくれたけど……
「わかった」
やがて、そっとわたしの耳元で囁いた。
「わかった。俺が、何とかしてやる」
「……え?」
嘘……本当に……?
まさか、いくら兄様でも……
「ただし、一つ条件がある」
「何? 何でも聞くわ。彼を助けてもらえるなら」
それでも、このまま黙っているよりは、希望が少しでもあるのなら。
わたしが必死に言うと、兄様はいたずらっこみたいな笑みを浮かべて言った。
「一度、ちゃんと彼に話を聞いてからだ。彼が何のつもりで城に忍び込んできたのか……パステルがそれを聞き出して、そして俺がそれに納得できたら、彼を必ず助けると約束するよ」
「……わかったわ」
トラップは、悪い人じゃない。
確かにひどく口は悪かったけれど……でも、根は悪い人じゃない。
昨夜あんなことをされたのに、何故そう思ってしまうのかは、わからないけれど。
変な確信を持って、わたしは頷いた。
地下牢は、暗く湿った空気がよどんでいた。
普段なら見張りに立っている門番がいるはずなんだけれど。クレイ兄様が何かをささやくと、彼は即座にどこかに行ってしまった。
「ほら、パステル、行って。俺がここで見張ってるから」
「う、うん」
かつん、かつんと足音が響く石の階段をゆっくりと降りる。
地下牢に入るのは初めて。だけど、あまり清潔とは言えない壁に、新鮮とは言えない空気。
こんなところに閉じ込められて……病気になんかならないのかしら。
かつん
階段を降りきったところに、ずらりと牢が並んでいた。
そのほとんどは空っぽだったけれど、一番奥の牢にだけ、人影がある。
マントを石床に敷いて、その上でごろ寝をしている、赤毛のほっそりした身体。
間違いない……彼だ。
「トラップ」
わたしが呼びかけると、トラップは即座に跳ね起きた。
寝ていたのではなく、ただ横になっていただけらしい。そりゃ、こんな硬い床の上で寝れるわけないよね。
ひどい……せめて、毛布くらい入れてあげればいいのに。
「トラップ……ごめんなさい」
「……はあ?」
わたしの言葉に、トラップは酷く意外そうな声をあげた。
「何で、あんたが謝るんだよ」
「だって……だって、わたしのせいで。わたしのせいで、あなたは捕まったんでしょう?」
「はああ? あんでそーなるんだ?」
心底不思議そうな顔で、彼が近づいてくる。
鉄格子を挟んで、わたし達は向かい合っていた。
「あのな、捕まったのは俺がドジだったから。ただそれだけ。それにしても驚いたぜ。あんたがアンダーソン王家第一王女パステル姫だったとはなあ」
「…………」
「で、姫さん。あんた、こんなところに何しに来たんだ?」
トラップの声は明るいけれど。
その声の中に、どこか憎しみ……に近い感情が混じってるような気がするのは、気のせいだろうか。
「どうして、あんなことしたの?」
「あん?」
「どうして、城に忍び込んだりしたの?」
わたしの問いに、彼は肩をすくめて答えた。
「言ったろ? こんな時間に城に忍び込む理由なんざ一つしかねえって。お宝だよ。金目当て」
「だったら……どうして、お金がいるの?」
さらに聞くと、トラップは、まじまじとわたしを見つめて……
そして、盛大にため息をついた。
「あの……?」
「あんたさあ……本当に世間知らずだよなあ。城の外で、俺達庶民がどんな暮らししてんのか、知らねえわけ?」
「え……?」
庶民の暮らし。
それは、わたしには想像もつかないものだった。本の中で、その描写がいくらかある作品もあったけれど、「小説は所詮小説。嘘を積み重ねたもの」というお父様の言葉によれば、書かれているそれは、真実ではないはずで……
「どんな……暮らし?」
「税金、っつーのを知ってるか?」
逆に聞き返されて、軽く頷く。
わたしには家庭教師がついていて、姫として必要な経済知識や教養は色々学んでいた。
だから、当然税金というものも知っている。
庶民、と呼ばれる立場の人が王家にいくらかずつお金を支払い、そしてその見返りに、王家は彼らの生活の保護をする、そういうもののはずだ。
わたしがそう答えると、彼はまたまた深いため息をついた。
「ったく。んなうわべだけの知識で、よくもまあ『知ってる』なんて言えるもんだ……」
「え……?」
「生活保護だあ? 冗談じゃねえ。王家と貴族の連中はなあ、俺らから限界ぎりぎり、しぼれるだけ金しぼりとってな、自分らの豪遊生活の資金にしてるんだぜ?
奴らがいつ俺達の手助けしてくれたっつーんだよ。あんた、王家が俺達に何してくれたか、説明できるか?」
「…………」
情けないことに……わたしはその問いに答えられなかった。
生活保護、と言ったって、それが具体的にどんな内容なのか。そこまでは学んでいなかった。
恥ずかしい……そうだよね。確かにトラップの言う通り。わたしはうわべだけの知識を語っているに過ぎない。
わたしが真っ赤になってうつむくと……トラップの手が、鉄格子の隙間から伸びてきた。
そして、わたしの頭を、優しく撫でる。
「落ち込むなよ。おめえを責めてるわけじゃねえんだ。王家に生まれたのは、別におめえのせいじゃねえからな」
その声に、いくらか親しみのような色が含まれていたのは……気のせい?
気のせいじゃない、と思いたいけれど。
「ごめんなさい。ごめんなさいトラップ。あなたが忍び込んだのは、生活が苦しいから? だから……?」
「……いんや」
わたしが聞くと、彼は微かに首を振った。
「別に、生活がきついのなんか、もう慣れちまってるよ。でもな……妹が……」
「……妹さん?」
反射的に、ルーミィのことを思い浮かべる。
「ああ。マリーナっつーんだけどよ。俺より一個下だから、おめえと同い年くらいじゃねえ? ま、とにかくな、ろくな飯も食わずに働き通しだったもんだから、ついに倒れちまったんだよ。
医者が言うには、高え薬と栄養のある食事、それがなきゃあ、助からねえ。そう聞いたもんで、つい、な」
「…………」
「たった一人の妹なんだよ。過労で父ちゃんも母ちゃんも死んで、もう俺にはあいつしか残ってねえから。だからどうしても助けてやりたかったんだよ。……わり。こんなことおめえに言っても仕方ねえよな」
わたしは立ち上がった。
迷いは無い。唖然とするトラップを無視して、石の階段を駆け上る。
「クレイ兄様!!」
「うん?」
入り口に立っている兄様を無理やり引きずって、再び階段を駆け下りる。
わたしの剣幕に、兄様はかなり驚いていたみたいだけれど。わたしが早口で事情をしゃべると、理解してくれたみたいだった。
「あん? 戻ってきたのか……って、あんた、誰だ?」
「アンダーソン王家第一王子、クレイと言います。昨夜は妹がお世話になったそうだね、トラップ」
不審の眼差しを向けるトラップに兄様がにこやかに言うと、彼はすごい勢いで牢の奥に飛びすさった。
「く、クレイ王子!? あんた……」
「ああ、怖がらなくてもいいよ」
兄様は優しい笑みを浮かべると、ポケットから鍵を取り出して、あっという間に鍵を開けてしまった。
きょとんとしているトラップを尻目に、牢の扉を開ける。
「早く逃げろ」
「おい……?」
「後のことは気にするな。俺が何とでもしてやる。だから、逃げろ」
「おい、正気か、あんた……」
茫然としているトラップの元に、わたしは歩み寄った。
そして、身につけていた指輪や髪飾りを、まとめてトラップの手に押し付ける。
「おい」
「ごめんなさい。何も知らなくてごめんなさい。あなたは何も悪くないのに、こんなところに閉じ込めてごめんなさい」
「いや、別におめえのせいじゃ……」
「ううん、わたしのせい。あなたが捕まえられるのを黙ってみてたわたしのせいなの。これ、売ったらいくらかのお金になるでしょう? わたし、妹さんを助けるお役に、立てる?」
わたしの言葉に、トラップは手の中の装飾品と、わたしの顔と、そしてクレイ兄様の顔を交互に見比べて……
そして、にやりと笑った。
「俺は、どうやら王族ってーのを誤解してたみてえだな」
「わかってくれたら、嬉しいよ」
相変わらずの優しい笑みを浮かべて手を差し出すクレイ兄様。その手を、がっちりと握るトラップ。
「この恩は忘れねえよ」
「いや、忘れた方がいいと思うけどね。トラップ、お前は城になんか来なかったし、捕まったりもしなかった。ただ妹さんを助けるために金策にかけまわっていた、それだけだよ」
兄様の言葉に、トラップは……初めて、穏やかな笑みを浮かべた。
「……さんきゅ」
「どういたしまして」
それだけ言って、トラップは牢から出ようとしたけれど。
ふと思い付いたように立ち止まった。そして、わたしの方に視線を向ける。
「なあ、姫さん」
「え?」
「……昨夜は、手荒なことして悪かったな」
ぼそり、とつぶやく彼の顔は……耳まで、赤かった。
……ああ。
やっぱり、わたしの目に狂いはなかった。彼は、悪い人じゃない。そんなことを、ずっと気に病んでいてくれたんだから。
「何のこと? あなたは城には来なかったし捕まったりもしなかった。だからわたしも、あなたとはここで初めて出会ったのよ?」
そう答えると、彼は酷く嬉しそうだった。
そして、今度こそ背を向ける。
その瞬間、わたしは叫んでいた。どうしてそんな気になったのかは、わからないけれど。
「トラップ!」
「…………?」
ちょっと振り返るトラップに、わたしは言った。ただ一言。
「パステル」
「あ?」
「わたしの名前は、『姫さん』なんかじゃないわ。パステル。そう呼んで」
「…………」
わずかな間、わたしは見詰め合っていた。やがて、彼はちょっと片手を上げて言った。
「オーケー、パステル。……世話になったな」
それだけ言うと、彼の姿は、階段から消えた。
きっと、もう彼に会うことはないだろう。
そう考えると、わたしは酷く寂しい、と感じた。
まるで抜け殻のように、あの鮮烈な出来事を忘れることもできず、ぼんやりと日々を過ごす。
そうして、いつまでも薄れることの無い記憶が、いつか薄れてくれることを祈りながら。
そうやって過ごしていくしかないのだ、と当に諦めていたのに。
どうして、こうなるんだろう?
「従者……ですか?」
「ああ」
いつもながら唐突にわたしを呼び出したお父様は、かなり不機嫌だった。
「クレイの奴がな。お前の世話をする従者を勝手に見つけてきおった。全く、余計なことを」
「兄様が……」
従者。ということは……男性?
何で。今までは、ずっと女官、侍女がついていたのに。
わたしが首をかしげていると、珍しいことに、お父様がためいきをついていた。
「全くあいつも頑固になったというか……お前を守るのに、女ばかりでは不安だ、とこう言う。まあ確かに、昨今命知らずな輩が多いからな。大事な嫁入り前のお前に、傷でもつけられたらかなわん」
きっと、お父様は嫁入り前の「道具」と言いたかったんじゃないだろうか。
何となくそんな風に思ったけれど、さすがにそれは口にできなかった。
「わかりました」
「石の人形だとでも思っておけ。我々にとって従者というのはそういった存在だ。話はそれだけだ。行け」
「はい」
相変わらず、強引に呼び出しておいて……ねぎらいの言葉一つない。
そんなことには、もう慣れていたけれど。
わたしは、ため息をついて王の間を出る。
外では、クレイ兄様が待ち構えていた。
「兄様。どういうこと?」
「どういうって?」
「だって、いきなり従者だなんて……」
「パステル」
クレイ兄様が急に振り返って、わたしはつんのめりそうになった。
な、何?
「兄様?」
「俺はパステルが心配なんだよ。最近、全然元気がなかっただろう? 俺はパステルに、俺みたいになってほしくはないんだよ」
「兄様みたい、って……」
兄様はわたしにとって憧れの人だ。誰にでも優しくて、城中の人から慕われていて、次期王としてあの人以上にふさわしい人はいないと、そう言われている。
わたしはそんな兄様を尊敬していたのだけれど……
「俺みたいな……臆病者には、なってほしくないんだよ」
「臆病、って?」
話しながら、兄様は歩き出した。
向かっているのは、わたしの部屋。
「……いずれわかるよ。俺は、みんなが言ってくれるような、そんな立派な人間じゃないんだ。パステル、新しい従者は部屋の中で待ってるから。後は好きなようにしてくれ」
「え? ちょっと、ちょっと?」
バタン
強引にわたしを部屋の中に押し込んで、兄様は出て行ってしまった。
もう、一体何なのよ?
くるり、と振り返る。そのとき、目に飛び込んできたのは……
……多分、わたしは一生その光景を忘れられないだろう。
部屋のソファにふんぞりかえって、乱暴に足をテーブルの上に投げ出している。
身につけているのは、シンプルな白い服と漆黒のマント。腰には長剣。
その姿は、あのときと違って、どこからどう見ても立派な剣士にしか見えなかったけれど。
見間違えるわけはない。あんな鮮やかな赤毛、わたしは彼しか知らないから……
「トラップ……」
「よう、パステル。また会ったな」
とても王族に対する態度には見えない。
トラップは、よっと片手をあげて、言った。
何がどうなっているのか。
「何かよ、おめえの兄ちゃんがうちに来て、『城で働く気はねえか』って言ってきたんだよ。まあ給料もいいっつーしな」
どうしてあなたがここにいるの、と聞くと、トラップはひょうひょうと答えた。
その態度は、とても従者の態度には見えなかったけれど。
それが嬉しかった。あのとき別れたトラップ、そのままの姿だったから。
わたしのことを「姫」ではなく「パステル」として見てくれたのは、兄様とルーミィ以外では初めてだったから。
「妹さんは、元気になった?」
そう聞くと、トラップはとても嬉しそうに頷いた。
わたしがあげた装飾品は、結構な値段で売れたらしく。妹さんはすぐに元気になって、しばらく生活に困ることも無いだろう、ということだった。
よかった、とわたしが微笑むと、彼は、それはそれは満足そうに笑った。
「んでさ。俺はおめえの従者として、一体何をすればいいわけ?」
「それは……」
改めて言われると、彼にしてもらわなければならないようなことは特に思い当たらない。
まさか着替えなどを手伝ってもらうわけにはいかないし。
「……とりあえず、傍にいてよ」
わたしがそう言うと、彼はにやり、と笑った。
トラップが来てから、わたしの生活は一変した。
何と言えばいいのだろう。今までは、次に何を言われるか、何を求められるか。
決まりきった儀式のように流れていた生活が、トラップのおかげで、予想がつかないものとなった。
「もう! わたし本を読みたいの。邪魔しないでよ!」
「ああ? だって退屈なんだよ」
「退屈なら、騎士団の人と剣の稽古でもしてたらいいんじゃない?」
「んん? 俺はおめえの従者だぜ? んで、おめえは俺に『傍にいろ』って命令したんじゃねえの?」
だから傍にいるんだよ。そう言って笑われると、わたしはもう、何も言えなくなってしまって。
本を読むのを邪魔されるのは嫌だったけれど。トラップの手が、わたしの髪を嬉しそうにいじっくっているのを見ると、何だか胸があったかくなる。
どうしてだろう。トラップが傍にいることが嬉しくて、たまに何か用事があって彼が姿を消したりすると、いつ戻ってくるのかが気になって。
彼が他の侍女達としゃべっているのを見ると、どうしようもなく胸がざわついて。あの、強い意志のともった目で見つめられると、どうしようもなく胸が高鳴って。
どうしてこんなことになるのか、自分でもよくわからなかったけれど。
それでも、わたしは思った。「楽しい」って。
生まれてこの方、滅多に味わえなかった感覚。これが「楽しい」っていうことなんだって、何となくわかった。
そんなわたしを見るクレイ兄様の眼は、とても優しくて。
だから、わたしはお礼を言った。「トラップを連れてきてくれてありがとう」って。
クレイ兄様は笑っているだけだった。兄様はわたしのことならきっと何でもわかっているに違いない。
初めて出会ったときから、わたしがトラップにどうしようもなく惹かれていたことに、わたし自身よりも早く気づいていたに違いない。
こんな気持ち、表に出すことはできないけれど。
だからこそ、お父様に「あのこと」を告げられたとき。
わたしは、目の前が真っ暗になるような錯覚に陥ったのだった。
その日、わたしはまた部屋で本を読んでいて、トラップは退屈そうにソファに寝そべっていたのだけれど。
「パステル姫様、失礼いたします」
そう言って入ってきたのは、執事頭のキットン。
ちょっと口うるさいところはあるけれど、わたし達のことを真剣に考えてくれるいい人だ。
キットンは、部屋に入ってくるなり、ソファに突進した。
「と、トラップ! あなたはまた姫様の部屋で何という……」
「ああ? うっせえな。当の姫様がいいっつってんだからいいじゃねえか」
「なっ、なっ……」
「き、キットン、いいのよ。わたしがそれでいいって言ったんだから。トラップはわたしの従者でしょう? わたしがいいと言ったらいいのよ」
慌ててフォローに走る。キットンとトラップのいさかいは今に始まったことじゃない。
だけど、キットンはわたしがトラップといるのを楽しんでいることを知っているから、お父様に報告して彼を首にするようなことはしない。その点に関しては、本当に感謝しなければならないと思っているんだけど。
「はあ、はあ……まあ、姫様がそうおっしゃるのでしたら……」
興奮のあまり荒くなった息を整えて、キットンは言った。
「姫様。王がお呼びですので、すぐ王の間にいらしていただけますか?」
「……わかったわ」
すぐに。呼び出されるときはいつもそう。
わたしが何をしていようと、お父様はお構いなし。……仕方の無いことだけど。
読みかけの本を机に伏せて、わたしは仕方なく立ち上がった。その後から、トラップが音もなくついてくる。
従者として、トラップはわたしが行くところにはいつもついてくる。
もっとも、手助けしてくれるようなことは滅多に無い。「けっ、甘い甘い。自分のことくらい自分でできなくてどうするよ?」というのが彼の口癖だった。
じゃあ、何のための従者なのよ、と思わなくも無いけれど。そんなトラップの態度は、わたしを一人前として扱ってくれているみたいで、嬉しかった。
王の間に入る。トラップは入り口付近で待機させておいて、静かに王座の前まで行き、膝をつく。
とても親子の対面には見えないけれど、これが小さい頃からのわたし達の会話スタイルだった。
「お父様、お呼びでしょうか」
「パステル。お前の縁談が決まった」
……そのときの、わたしの感情を、どう説明すればいいのか。
確かに、部屋の中の空気が凍りついたように感じた。胸の中が、かつてないほどざわめく。
「縁談……ですか」
「ジョーンズ王家のディビー王子を知っているか」
お父様のあげた名前は、確かにパーティー等で何度か顔を合わせた相手だった。
何といえばいいのか……「アンダーソン王家のパステル姫ザマスか!? うちのディビーちゃまをよろしくザマス!!」というすさまじい彼のお母さんばかりが印象に残っているのだけれど。
ディビー本人は、人は悪くなさそうだけれど良くも悪くもお坊ちゃんという印象の抜けきらない、母親に頼らなければ何もできない、そんな印象しか残っていない王子だった。
わたしより、いくらか年下だったはずだけど……
「お前ももう17だ。そろそろ嫁いでも……いや、遅すぎたくらいだな。お前がジョーンズ王家と婚姻関係を結べば、我がアンダーソン王家もますます力を得ることができるというものだ」
お父様の言葉は、確認じゃない。
決定事項を伝える事務的な口調の、それだった。
わたしには反論の余地など許されてはいない。そう……いずれこういう日が来ることは、わかっていたのだけれど。
「式は一ヵ月後に決まっている。お前も、そのつもりで」
「……はい……」
わたしに発することを許されているのは、肯定の返事だけ。
否定は許されない。そういう風にしつけられてきたから。
たとえ、胸の中でどう思っていようとも。
「話はそれだけだ。行け」
「は、はい……」
動揺を悟られないように。わたしはうつむいて立ち上がった。
そして振り向く。その瞬間……
入り口で立っていたトラップと、目が合った。
彼の視線は、ひどく冷たかった。最初に出会ったときですら、これほどまでに冷たい目はしていなかった。
トラップ……?
しばらくの間、わたしとトラップは見詰め合っていた。早く行かなければならないのに、動けない。
……そのときだった。
「パステルの従者……だったな」
部屋の奥から響いてきたのは、お父様の冷たい言葉。
「聞いたとおりだ。パステルがジョーンズ王家に嫁げば、お前は用無しとなる。……そのつもりで荷物をまとめておけ」
お父様の言葉に、わたしは今度こそ愕然と立ちすくむことになったけれど。
トラップは冷静だった。まるでその言葉を予測していたかのように、少し肩をすくめただけで。
「はい」
彼があんなに素直に返事をする光景を、多分わたしは、初めて見た。
それからの一ヶ月は、わたしにとって、また元の生活に戻った、ただそれだけのことだった。
トラップは余り口をきいてくれなくなり、部屋ではただ隅の方でじっとたたずんでいるだけ。
わたしが声をかけなければ自分からは動こうとはしない。そう、普通の従者のように。
「トラップ……」
そんな状態に耐え切れなくて、わたしがおそるおそる声をかけると。
彼は、酷く冷たい笑みを浮かべて言った。
「お呼びでしょうか、パステル姫様」
そう呼ばれることが、わたしの中にどれほどの絶望をもたらしているか。
トラップは、わかっているのだろうか……?
式は翌日に迫っていた。
明日になれば、わたしはジョーンズ王家に嫁がなければならない。
好きでもない男の下へと。
ぼんやりと窓から月を見上げる。
眠れなかった。眠れるはずがない。
わたしは嫌なのだから。あんな男の下へ嫁ぎたいなんて、これっぽっちも思っていないのだから。
だけど、わたしの意思は聞き入れてもらえない。嫌だと言っても、お父様は強引にわたしを嫁にやるだろう。
そのとき、初めて、わたしは「アンダーソン王家」などという家に生まれたことを呪った。
わたしが、ただの庶民の娘だったら。例え生活に不自由しても、汚い服しか着れなくても、貧しい食事しかできなくても。
それでも、ただの庶民の娘に生まれていたら……一番欲しかったものが、手に入ったかもしれないのに……!
窓から外を見る。
いつか……そう、トラップと初めてあったあの日。
あの日以来、わたしの部屋の外には、見張りが立つようになった。
もう部屋から勝手に抜け出さないように。けれど、トラップが来てくれるようになって、眠れぬ夜を過ごすこともなくなったから。それを気にしたことはなかったのに。
今……わたしは、どうしようもなく外に出たかった。
庭に、ではなく。外へ。
それは、叶わぬ願いだけれど……
ぐっ、と窓ガラスに手を当てる。せめて、外にとっかかりになるような足場でもあれば、窓から外に出ることだって……
そのときだった。
ガラス越しに、ふと、温かみを感じたような気がした。
……まさか!? ここは、三階……
ばっと顔を上げる。窓ガラスを挟んだ向かい側。そこに、どうやっているのかしがみついていたのは……
「と、トラップ!?」
「……よう」
片手で窓枠にぶら下がり、片手をガラスに押し当てて。どう考えても無理のあるその体勢で、トラップは、以前と同じ笑みを向けてくれた。
慌てて窓を開ける。内開きでよかった、と心底思いながら、トラップに手を貸す。
転がり込むようにして、トラップが部屋の中に入ってきた。
「トラップ……どうして……?」
「…………」
何を、しにきたのか。
この一ヶ月、ろくに口もきいてもらえなかったのに。
ひどく他人行儀で……わたしは、もう諦めていたのに。
あのいたずらっこみたいな笑みを見ることはできないと、もう諦めきっていたのに。
どうして、今更……
「……おめえに、聞きに来た」
「……え?」
ぼそぼそとつぶやくトラップの言葉を聴きとろうと、彼に目線を合わせてしゃがみこむ。
「トラップ?」
「聞きてえんだ。おめえは、嫁に行きてえのか? ジョーンズ王家とやらの王子様と、結婚してえのかよ?」
トラップの目は、ひどく真面目だった。
こんなに真面目な彼を見るのは、初めてのことだった。
だから、わたしも迷わず答えることができた。決して口にはできなかった本音を。
「……嫌」
「…………」
「嫌よ。どうして、あんな……ろくに、顔も知らないようなあんな人と、結婚しなくちゃいけないの? わたしは嫌。わたしは、わたしは……!」
それ以上は、言葉にならなかった。
気がついたとき、わたしは……トラップの両腕に、抱きすくめられていた。
「トラップ……?」
「……諦められると、思ったんだ」
耳元で囁かれる言葉。甘い吐息が触れて、思わず背筋がぞくり、とする。
「諦められると思った。おめえがそれで幸せになれるんなら。どうせ俺には……庶民の俺には、おめえを幸せにするなんてできっこねえから、忘れちまおうとそう思った。だけど……」
「トラップ……」
「……見てられねえんだよ!! この一ヶ月、おめえの顔はどんどん暗くなっていって……何でそんな辛そうなんだよ。幸せになるんじゃなかったのかよ!? おめえがそんな顔してたら……諦めきれねえじゃねえか。俺は……」
トラップ。それは……それは、もしかして。
わたし……思ってもいいの? あなたに本音をぶつけても、いいの……?
「諦めないでよ……」
「……あ?」
「諦めないでよ、傍にいて、わたしを幸せにして! わたしはこんな王家にはもういたくない。誰もわたしのことなんか考えてくれない、ただ従順な姫であることを強制される生活なんてもう嫌なのよ! 諦めないで、わたしとずっと一緒にいてよ!!
わたしは……トラップさえ傍にいてくれれば、それで幸せなんだから!!」
「……パステル……」
呼んで、くれた。
本当に久しぶりだった。彼がそう呼んでくれるのは。
「姫」じゃなく「パステル」になれたのは、本当に、久しぶりだった。
皆が期待している偽りの言葉じゃなく、本音をぶつけられたのは、初めてだったから。
だから……とても。とても、嬉しかった。
じっとトラップの顔を見つめる。強い意志を持ったトラップの目が、段々と近づいてくる。
そのまま、わたしはトラップの唇を、受け止めていた。
ベッドに行くのももどかしい。そんな性急な手つきで、彼はわたしを床に押し倒した。
それがどういった行為なのかは、さすがにわたしも知っている。
婚姻したその夜に、わたしはきっとディビー王子とする羽目になったのだろう行為。
考えただけで背筋がぞっとする。それを思えば……今、こうして床の上で組み敷かれることくらい、何でもないことだった。
心の底では望んでいたから。わたしの何もかもを、トラップに受け取ってもらいたいって。
「初めて、なのよ……」
「見りゃわかる」
「優しく、してくれる?」
「……おめえが、そう望むのなら」
トラップの唇が、ゆっくりとわたしのそれに重ねられた。
わずかに開いた唇の中へ優しく侵入し、わたしの全てをからみとってしまうような、深いキス。
「っあ……」
「…………」
キスって、こんなに、気持ちのいいものだったんだ……
走り抜ける快感に、わたしはたまらず、トラップの首筋にすがりついた。
耳に届く低い笑い声。
細い指が、わたしの胸元を這い、するり、と夜着の紐を解く。
あらわになった胸元に、キスの雨が降る。
トラップの唇が強く吸い上げるたび、わたしの肌に、彼のしるしが残される。
身も心も彼に堕とされた瞬間だった。
「はあ……あ、やあっ……」
トラップの手の動きに、声を抑えられなくなる。
彼の手は、ひどく巧みにわたしの身体をほぐしていった。
ときに優しく、ときに強く。いつの間にか夜着は足元に押しやられ、下着ははぎとられていた。
いつそうされたのかも気づかないくらい、わたしは彼の行為に夢中になって、自分でも恥ずかしくなるようなみだらな声をあげていたから。
「っう……あんっ……と、とらっ……ぷ……」
ぐいっ
脚を開かされる。すべるようにして、彼の手がもぐりこんできた。
わたしの身体は、やすやすと彼の手を受け入れていた。
「っ……やだっ……もう……」
「そうやって恥らう様が……また、何つーかそそるんだよな。おめえ……色気のねえ女だと思ってたけど、それ、訂正してやる……」
耳元で囁かれる彼の息は荒い。
びくりっ
耳にキスされて、わたしは全身をのけぞらせた。
太ももをつたって溢れるのは、一体何なのか。
身体が火照って、肌寒い季節のはずなのに熱いと感じるのは何故なのか。
わからない。何もかもが初めての経験で、わたしはただ、されるがままになっていた。
「も、いいか……俺、限界……」
つぶやかれた言葉に、頷くしかできなかった。
身体の芯にうずきが走っていた。決して口には出せない欲求が、頭をかけめぐる。
「……来てっ……」
彼の背中にしがみついてつぶやいた瞬間。
トラップとわたしは、一つに繋がっていた。
っあああああああああああああ!!
唇をふさがれていなければ、きっとさぞ大きな悲鳴をあげたことだろう。
受け入れた瞬間走る痛みに、わたしは力いっぱい彼にしがみついていた。
ぎしぎしぎしっ
きしむような音とともに、トラップの「それ」は、わたしの奥深くへと侵入していく。
痛い。彼が精一杯気を使って、優しくしてくれているのがわかるから口にはしないけど。
痛かった。
「っうう……」
侵入と同時、塞がれた唇。強く吸い上げられて、眩暈すら感じそうな快感と痛みが、わたしの身体を複雑に反応させる。
身をよじると、トラップの方も辛そうにうめいた。
「っやべっ……」
「とらっぷ……?」
囁きに返事は無い。彼の身体は、しばらく小刻みに動いていたかと思うと……
いきなり、動き始めた。
「っあっ……い、いたっ……」
ゆっくりなのに力強い動き。その刺激はとても強く、わたしは痛みに顔をしかめることになったけれど。
何故だろう。うずいていた身体が、徐々に収まっていくのは。
全身をかけめぐるこのぞくりとした感覚は、何なのだろう。
頭の中でめまぐるしく思考が揺れ動く。まともに物を考えることができなくなって、わたしはただ、揺れる彼の背中にしがみつくしかなかった。
気がつけば爪を立てていたらしく、トラップの顔をしかめさせることになったけれど。そんなことに気づいたのは、ずっと後になってから。
トラップの動きが早くなる。痛みは薄らぎ、快感だけが残る。
「……トラップ……」
「パステル!」
お互いの名前を呼び合った瞬間、トラップは、強くわたしを抱きしめた。
その瞬間、彼の全身から……力が、抜けた。
ことが終わったその後。
わたしに渡されたのは、夜着ではなく……地味な色合いの服とローブだった。
「これ、は……?」
「マリーナの服、借りてきた……」
「えと……?」
着たことの無いタイプの服に戸惑っていると、苛立ったのか、トラップがわたしの手を取って着替えさせてくれた。
着替えすらも、今まで一人ではしたことのない。そんなわたしでも……いいの? トラップ……
「もう決めた。おめえを連れて逃げるって、もう決めたんだ。まさか……嫌だ、なんて言わねえよな?」
それこそ、まさか。逆に聞き返したいくらいなのに。
「後悔、しないの? もう、マリーナに会えないかもしれないのに」
「……話、つけてあるよ。ちゃんと。『トラップが幸せになるのならそれでいいよ』だとさ。ったく、薄情な妹だぜ」
そんなこと言って。トラップ……あなた、すごく嬉しそうだけど。
「おら、行くのか、行かねえのか?」
差し伸べられた手を、わたしは握った。
後悔なんか、絶対にしないから。
わたしに護身用のショートソードを渡すと、トラップは、自らも長剣を構えた。
部屋の外には見張りが立っているはず。そういうと、彼はわたしに静かにしているように言って、そっとドアを開けた。
思えば、あれだけ部屋で大騒ぎをしていたのに、見張りに気づかれなかったのは……
「……誰もいねえぞ」
「え?」
トラップの言葉に、慌てて外を見る。
誰もいなかった。ドアに張り付いているはずの見張りの姿は、影も形も無い。
どういうこと?
それはとても幸運なことのはずなのに、妙に不安だった。
それでも……迷っている暇は、なかった。
「行くぞ、パステル」
「うん」
トラップに手を引かれて。
わたしは、城の外へと飛び出した。
生まれて初めて、外の世界に出た。
城の外に広がっていたのは森。
トラップの話によれば、この森を抜ければ、トラップが住んでいる小さな街があるらしい。
とりあえずそこまで逃げて、朝になったら馬車を調達すればいい。
走りながら彼が説明してくれたのは、そんな計画。
だけど、わたしは半分も聞いていられなかった。
姫としてかしずかれてきたわたしは、そもそも「走る」という経験もほとんどしたことがなかったから。
すぐに息が切れる。慣れない森の道でつまづき、傷つき、そのたびにトラップをわずらわせる。
情けない。こんなことすらできないなんて。
わたしは、今まで、一体何を勉強してきたんだろうっ……
悔しさに涙がこぼれそうになる。そうして、どれくらい走ったのか。
ぴたり、とトラップが立ち止まった。
「トラップ……?」
「……くそっ……」
さすがの彼も、息が荒い。
森の道。こんな時間に、人通りなど無いはずのそこに。
一つの人影が、たたずんでいた。
闇に塗りつぶされるような、黒髪と漆黒の目。無駄な贅肉など一切感じられない鍛えぬかれた肉体を黒い服に包んで、長剣を抜いた人影。
「あなたは……」
「騎士団長、ギア・リンゼイと申します。パステル姫……いつも素直だったあなたが、こんな盗賊風情に言いくるめられるとは……」
ギアの言葉は丁寧だったけれど、その声音は酷く冷たかった。
ためらいなど一切感じられない動きで、長剣を構える。
「下がっていてください。あなたは明日嫁がれる大切なお身体。傷つけるわけには参りません。この害虫を始末したら、すぐに城までお送りしますから」
「なっ……」
害虫。それは、まさか……トラップのことだと言うの?
「ひどい……ギア、下がって。下がりなさい! これは命令よ。トラップを傷つけないで!!」
「……申し訳ありませんが姫様。それは聞けません。これは王陛下からの命令ですので」
……お父様の!?
まさか……お父様は見抜いていたというの。
わたしの気持ちに。トラップの気持ちに。まさか……
すっ、とギアの長剣が動く。トラップも自分の剣を引き抜いた。
その額に浮かんでいる汗は……単に運動したから、だけの理由ではないはず。
トラップの剣の腕は、そう目だって高いわけではない。
もちろんそれなりの腕前はあるのだろうけれど、細身の彼にとって、ロングソードは手に余る武器だと、聞いたことがある。
本当は、飛び道具の方が得意なんだとも。ただ、わたしの従者になるために、クレイ兄様から付け焼刃で学んだだけだとも。
騎士団長ギア・リンゼイ。お父様が唯一一目置いている人。
彼の剣の腕は、並の剣士4〜5人くらいなら軽くあしらってしまえる腕だと聞いている。
トラップ――!?
「下がってろ、パステル」
ゆっくりと長剣を構えて、トラップは笑った。
「負けねえよ。おめえを置いて、俺が一人でいくわけねえだろ? 俺を信じろ」
トラップ……
そうだよね。トラップはいつも厳しかった。絶対にわたしを甘やかそうとはしなかったけれど。
逆に、わたしが一人ではどうしようもないときは、いつも助けてくれた。あなたはそういう人だから。
だから、信じる。
わたしは、ばっと下がった。戦いの邪魔にならないように。
その瞬間……トラップが、走り出した。
キンッ!!
夜の闇に響く硬質の音。
ギアの剣とトラップの剣が、一瞬交じり合った後……同時に、二人はとびずさった。
トラップの息が荒いのに対し、ギアの顔には余裕の色がうかがえる。
一流の剣士は、剣を交わしただけで、相手の技量を見抜くことができると、クレイ兄様が言っていた。
ギアが唇の端に浮かべたのは、まぎれもない嘲笑。
トラップ……!!
再び走り出す。何度か剣が交じり合い、そのたびにトラップの身体に、少しずつ傷が増えていった。
技術でも、単純な力比べでも、体力でも。
トラップがギアに勝てる要素は、多分何一つ無い。それでも……トラップは諦めようとしていなかった。
その強い意志を宿した瞳には、諦めの色は、全くなかった。
一体どれくらいそんなつばぜりあいが続いたのか。
トラップがあちこちから血を流しているのに対し、ギアは全くの無傷。しかも、息一つ乱していない。
そして……
ぎんっ!!
いつもと違う音。その瞬間、トラップの手から、長剣ははねとばされていた。
「トラップ!?」
「ちっ……」
その瞬間、ギアの手がトラップの首をつかみ、そのまま傍の木に叩きつけた。
ズンッ! というような重たい音。
木が一瞬しなり、トラップの顔に苦痛が浮かぶ。
「くっ……」
「まあ、その程度の腕で、よく持った方だといえる。だが……遊んでいる暇は、無いんでね」
にやり、とギアが微笑み、反対の手で……そう、片手で、長剣を振り上げた。
――――!!
殺される。
トラップが殺される。わたしのせいで。
わたしを連れて逃げるために、トラップが……
それはもう無我夢中だった。
ギアの剣が、ゆっくりとトラップの身体に押し当てられ……
一気に剣がひかれようとしたその瞬間。
わたしは、身体ごと、ギアに体当たりしていた。
「ぐっ!!?」
わたしのことなど、眼中に無かったのか。何もできない姫だと、甘くみていたのか。
ギアは、それをまともに食らった。わたしが構えたショートソードを、まともに背中に受け止めて。
どすん、と音がして、ギアの長剣が地面に落ちる。
トラップは……
「っつつつ……」
ギアの手から力が抜け、どさり、と地面に倒れる。それと同時、トラップもしゃがみこんだ。
首に真っ赤な痕が残っている。大きく息をついて、わたしと、血にまみれたわたしの手と、ショートソードを背中に刺したまま倒れるギアを、見つめた。
「トラップ……」
「パステル……おめえ……」
どすん
膝から力が抜けて、わたしはしゃがみこんだ。
今更ながら、自分のしたことを理解して……震えが止まらなくなる。
わたし、わたしは……
何て、ことを……!
「パステル……」
「いや……わたし、夢中で……トラップを助けようとして、トラップが死んじゃうと思って……いや……いやああああああああああああ!!?」
「パステル!!」
ぎゅっ
力強い腕が、わたしを抱きしめる。
トラップの身体は……震えていた。
「おめえ……何てことを……おめえまで、その手を汚すことはなかったのに。そんなのは俺だけで十分だったのに」
「トラップ……」
「おめえを守ってやれなかった。これは俺の罪だ。おめえは悪くねえ。全部俺が……」
「違う!」
違う、違う。それは違う。
これはわたしの罪。世間知らずで、皆の苦しみも知らず。ただ言われるがままに姫であり続け、それでいながらトラップをも欲した、わがままなわたしの罪。
「違う。トラップ、言ったじゃない。甘えるな、自分のことは自分でやれって。だからわたしが自分でやったの。これはわたしがしたことなのよ。トラップ!!」
――――
トラップは何も言わなかった。ただ、わたしを強く、強く抱きしめてくれた。
わたしも、彼の身体にしがみついた。震えを抑えようと、必死にしがみついていた。
そのときだった。
背後から、足音が響いてきたのは……
「……クレイ兄様!?」
背後からやってきた人を見て、わたしは目を見開いた。
地味な服を着ているけれど、長剣を持って立っていたのは、まぎれもなくクレイ兄様だったから。
「パステル……」
兄様は、しばらく茫然とわたし達を見つめていたけれど。
倒れているギアに目をやって、かけよってきた。
素早く彼の腕をとる。そして、頷いた。
「兄様、これは……」
「逃げろ」
「え?」
兄様の言葉に、わたしもトラップも顔をあげる。
クレイ兄様は、ギアの体を抱き起こして言った。
「大丈夫だ、彼は助かる。後のことは何とかするから、お前達は早く逃げろ」
「兄様!? だって……」
わたしの言葉を遮って立ち上がったのは……トラップ。
ゆっくりとクレイ兄様の元に歩み寄る。
「いいのか? ……こいつが嫁がねえと、あんたの王家、色々とやばいことになるんじゃねえ?」
「バカなことを言うな! 妹を不幸にしなければ得られない力なんかいるか。そんなものに頼らなければならないような王家なら滅んでしまえばいい。トラップ」
クレイ兄様は、きっとトラップをにらみつけた。いつもの優しい目とは違う、酷く真面目な目で。
「妹の幸せを願わない兄がいるか? ……早く行け。パステルを不幸にするようなことがあったら……俺はお前を許さない。どこまでも追いかけて、俺自身の手で始末をつける」
「へっ、言われるまでもねえ。……安心して見守ってろ、パステルは絶対に幸せにする。……パステルはもらっていくぜ、兄貴」
トラップがそう言うと、クレイ兄様は……満足そうに、頷いた。
「お前は、やっぱり罪人だよ。王家から、パステルの心という、もっとも価値のあるものを盗み出したんだからな?」
「クレイ兄様……」
「パステル。幸せに、なれよ」
兄様の言葉に、わたしは大きく頷いた。
なるに決まっている。トラップと一緒にいるだけで、わたしはこんなにも幸せなんだから。
他には何もいらないから。地位も名誉もお金も、トラップさえいれば何もいらないから。
わたしとトラップは、走り出した。
かたく繋いだ手を、決して離すまいと誓いながら……
完結です。
トラップ視点のお話しは明日にでもアップします。
ちなみにパステル視点も長かったですがトラップ視点はさらーに長くなる予定です。
その次、学園編の4いきます。こっちは多少短いです。
で、次は……リクエストに答えてクレパスかクレマリに挑戦してみようか……?
それはわたしにとって最高にして最大の難問だったりしますが、努力はします。
えと……
あの、わたし、別にギアが嫌いなわけではないですから(←説得力無)
終わり方をどうしようか迷ったのですが……あ、没案にした別の終わり方は前スレ埋め立てにでも使いましょうかねえ……
凄いっ!!
嬉しすぎて涙がでました〜。
没案も是非是非みせて欲しいです。
あぁぁぁぁ・・・萌え!
78 :
名無しさん@ピンキー:03/10/17 20:53 ID:jSIAG8bg
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
序盤、パステルが自分がなにがしたいかもわからないで「幸せ」だって
言っているのにぐっときました。
トラップと一緒にいることが生まれて初めての望みだったんですね〜
トラップ視点もすごく楽しみです!
トラパス以外のカプ書かれるのなら、ヴァンパイヤのクレマリに一票!
前からずっと読みたいって思ってたんです!! あと密かにノル出演希望
ノルが出ればヴァンパイヤの話でメンバーコンプリートですよね でもノル、マリーナの
兄ってのもヘンですし、ストーリーに絡ませるのは難しいですよね(汗
スミマセン、単なるワガママなのでスルーしてくださって結構です…
自分はトラパス作者さんのクレパスが読みたいなぁ。
トラップファンのトラパス作者さんだから、きっとトラップが不幸になるような
クレパスにはならないだろうと勝手に思ってるんですが……
クレパス話でトラップも傷つかないお話、見てみたいです。
ものすごく難しいリクエストだっていうのは分かってるんですけれど。
決めました。
次はむちゃくちゃ明るくラブラブトラパスかギアパス!!!
明るい話がそろそろ書きたいので。
>>81 トラパス読みたいです。かなり希望します。
わたしは……王宮編トラップ視点書いて、学園編4書いて、そのあとヴァンパイヤのクレマリ(書きかけて放置してました)書き上げて
……パラレルばっかりだ(汗
クレパスは……書けたら。鋭意努力はします。
ところで学園編は、多分5まで行ったところで「第一部」完、みたいになるかと。
第二部があるかどうかは要望が多ければ……
>82
どの作品、と限った話じゃないのですが。
トラップ一人称地の文や告白台詞で「特別な女」「惚れた女」というの、
控えていただけると嬉しいなぁ、と。
なんていうか、どれだけストーリーが違ってても、
その一文だけで同じ印象が強くなってしまうのですよぅ。
もちろん、キャラ同じなんだから似た表現になるのは当然なのですが。
せっかくストーリーがバラエティに富んでるのだから、
できる範囲で表現にも幅を持たせられたらもっといいのになぁ(贅沢ですね
とか思ってしまいます。。。
>>81 ええ人や…出来ればギアパスをおながいします。
でもあのカプ、「明るい」と付くと微妙に想像出来ない漏れがいたりして。
…ジュディマリとか?
なんかここ読んでるとギアパス=痛い系なイメージになっちゃうよな。
でもギアパスきぼん。
わたしの中では
クレパス=ほのぼの
トラパス=どたばた
ギアパス=しんみり
なイメージだったりします。いやよーわかりませんけど、ファンサイト巡ってもそんなのが多いんです。
例外はありますが、大体ギャグになってるのはトラパスでギアパスはダークっぽく、クレパスはほのぼの〜でした。
まあそれはともかく
今日この後バイトなので新作さっさと投下します。
王宮編のトラップ視点。
今回書きたかったのはむしろトラップ側の事情よりもクレイだったりしますが……
いつも不幸にしてしまっているので今回クレイをかっこよくしたいなあ、と思いまして。
……次はギアにかっこいい役を割り振ってあげたい。
二年前に親父が死んで、去年母ちゃんが死んだ。
死因は過労。それは珍しくも何ともない出来事で、周囲の大人はおざなりな言葉をかけただけだった。
誰も俺と妹を助けようなんて奴はいねえ。当たり前だ。自分が生きるだけで精一杯だから。
他人に甘い顔をしている余裕なんかねえ。そういう世の中にそういう身分に生まれたことを、今更呪ったって仕方がねえ。
だから俺は精一杯働いた。俺と、妹のマリーナと。二人だけだってどうとでもやっていける。
誰にも頼るもんか。頼りになるのは自分だけだ。
そう思って、これまで頑張ってきたのに。
この世に神はいねえのかよ。
目の前で倒れている妹の姿を前に、俺は絶叫した。
妹のマリーナは、俺より一つ年下の17歳。
兄の贔屓目差し引いても美人だし、スタイルも悪くねえと思う。
なのに、それを着飾ってやれる余裕なんてものはどこにもねえ。
朝から晩まで仕事に明け暮れて、本来白かった肌がくすんで見える。それを辛いなんて言うような奴じゃねえが……
それと言うのも、王家と貴族がわりいんだ。
振り仰げば、森を挟んでいるというのにそびえ立つ尖塔がはっきりと確認できる。
アンダーソン王家。ここら一帯をまとめる貴族の、さらに上に当たる悪の総本山。
少なくとも俺はそう思っているし、俺以外の奴もそう思っている。
俺達の生活からぎりぎりまで税金をしぼりとって、自分たちは贅沢三昧繰り広げ、そしてこっちには何一つ還元しやがらねえ。あんなのは税金じゃねえ、強奪っつーんだ。
死にたくなければ働くしかねえ。過労死寸前まで働いて、寸前をうまく見極められなかった奴から死んでいく。そんな生活に生まれたときから置かれりゃあ……「諦め」っつーものをいいかげん覚える。
それでも。我慢には限界っつーのがあるんだ。
古ぼけたベッドの中で、マリーナは、苦しそうに息をしていた。
栄養失調と極度の過労。高い薬とうまい飯と。それさえあれば死ぬこたあねえだろうというのが医者の判断。
だが、その薬と飯がなければ間違いなく死ぬだろうというのも、医者の判断。
俺達の生活を見りゃあわかるだろ? そんな金、家ごと叩き売ったって出やしねえってことは。
「……トラップ……」
微かなつぶやきに、慌てて耳を寄せる。
俺の名を呼んで、マリーナは苦しんでいた。
「トラップ……ごめん、ごめんね……」
「マリーナ……?」
「ごめんね……迷惑かけて……ごめんね……」
マリーナ。
おめえ……おめえって奴は……
「何でおめえが謝るんだよ。おめえは何も悪くねえじゃねえか。どうして俺達ばっかり……こんな目に合うんだよっ!!」
バン!!
安普請の壁を叩きつけると、天井から煤が降ってきた。
たまらねえ……
マリーナの顔を見ていられなくて、外に飛び出す。
目を向ければ、嫌でもとびこんでくる。
絢爛豪華な、王家の城が……
……このまま、マリーナを死なせてたまるか。
どんなことをしてでも守ってやるって、そう親父と母ちゃんに誓ったんだ。
マリーナはぜってー助けてみせる。例え……
例え、この手を汚しても。
深夜。城の周りは静かだった。門番の類はいねえ。
服の上からマントを被って、俺は城門を見上げた。
見つかったら多分俺は殺される。けど、怖いとは思わねえ。
どうせ金がなきゃ、マリーナは死ぬしかねえんだ。二人とも助かるか、二人とも死ぬか……どっちかしか選べねえ。
俺だけ生き残ったって、誰のために生きればいいのかわかんねえ。だから、やるしかねえんだ。
ひゅっ
仕事に使うフックつきのロープを投げる。狙いたがわず、城門にひっかかった。
身の軽さには自身がある。盗賊にだってなれると親方に太鼓判を押されてるからな。これくらいの高さならちょろいもんだ。
するすると城門によじのぼると、手入れの行き届いた庭が見渡せた。
夜だが、今日は満月だ。月の光は、十分に明るい。ロープを素早く回収すると、城門からとびおりた。
その瞬間、俺は失敗に気づいた。
(……しまった!?)
とびおりた瞬間、気づく。城壁にもたれかかるようにして、こちらを凝視している人影に。
が、今更戻れねえ。……覚悟を決めるしかねえ!
どん、と地面に着地する。結構な衝撃が足に響くが、構ってられねえ。
人影を確認する。……兵士の類じゃねえ。女。侍女か?
よし……それなら、まだ何とかなる!
「あ……」
女が何かを言いかけようとした瞬間。即座にかけより、声を上げられる前に口を塞いで城壁に押し付けた。
腕の中で柔らかい体がもがく。
「ん――!?」
「静かにしろ。怪我したくなかったらな」
女の首筋に護身用に持ってきたナイフを押し付ける。
……できれば、こんなもん使いたくねえが……
自分が何をされてるのに気づいたんだろう。女が怯えた目を向ける。
視線と視線がぶつかった。
そのとき……俺の心臓が大きくはねたのは、何でなんだか。
長い金髪に、はしばみ色の目。特別な美人というわけでもなけりゃ、目を見張るほど色気のある身体ってわけでもねえ。
なのに、何故か……その、生きているのに死んでいるんじゃねえかと思うほど、覇気のねえ目。そのくせ、俺の内面まで見透かしてしまいそうなまっすぐな目で見られると、視線をそらせなくなった。
「んん……」
「おめえ、この城の人間か?」
動揺する心を悟られねえように問うと、女は必死に頷いた。
やっぱりか。すると……
「ふん……侍女か? それとも……娼婦か?」
「ん――!?」
俺の言葉に、女は状況を忘れたのか、えらく不満そうな目を向けてきた。
どうやら「娼婦」が気にくわねえらしい。……冗談の通じねえ奴だ。
「冗談だよ冗談。おめえみてえな出るとこひっこんでひっこむところが出てるような幼児体型の娼婦、いるかよ」
「ふむーっ! ふむ、ふむっ!!」
だが、それを伝えてやると、女はさらに不満そうに、じたばたと身もだえした。
……面白え女だな。自分が何されてるかわかってんのか?
俺がちょっと手え動かせば……おめえ、死ぬんだぜ?
実行する気はねえけどな。
女の顔が段々赤らんできた。どうやら口と一緒に鼻までふさいでるから、息苦しいらしい。
さて、どうするか。
「……大声出すなよ。そう誓ったら、手、離してやらあ」
そう囁いてやると、間髪置かず女はぶんぶんと首を振った。
……やれやれ。わかりやすい女だ。
ぱっと手を離す。瞬間、女は大きく息を吸い込んだ。
……ばればれだっつーの。
即座に腕をひねりあげて壁に押し付ける。痛みのためか、「きゃぅっ!?」と小さな悲鳴を漏らし、女の顔が苦痛に歪んだ。
なめてんじゃねえよ。これでも、それなりに修羅場はくぐってきてんだ。
「甘え奴だな。おめえの考えなんかばればれだっつーの。さて、痛い目見たくなかったら、案内してもらおうか?」
「……え?」
俺の質問に、女は今にも泣きそうな顔をして、必死に振り返った。
「どこ、に?」
「ああん? こんな時間に城に忍び込むなんざ、目的は一つに決まってんだろーが。お宝のある部屋だよ」
「宝……」
そうだ。宝、金。何でもいい。
元々俺達の金だったんだ。それをちょっとばかり取り返すだけだ。
自分のものをもらって何が悪い? 金が無きゃ、マリーナは死ぬんだ。
それくらいなら、自分の手がどれだけ汚れようが……俺はやってやる。
だが。
そんな俺の決意を、女はあっさりと否定してくれた。
「無理、よ」
女の言葉に、額に青筋が浮かぶのがわかった。
「あん?」
「宝物庫には、24時間交代制で見張りが立っていて……例え王族でも、許可証が無ければ、侵入できないようになっているの。案内してもいいけど……すぐに、捕まるわよ」
「…………」
考えてみりゃあ、当たり前のことだった。
そうだよな……俺みてえな素人にあっさり忍び込めるような、そんな場所じゃねえ。
んなこと、わかりきってたじゃねえか……ったく。
……それにしても、だ。
舌打ち一つして、女の顔を覗きこむ。
バカ正直にこいつが教えてくれたおかげで、俺は無駄に捕まることなく済みそうだが……
こいつは……
「あんた、面白え奴だな」
「……え?」
「バカ正直に言わず、そのまま宝物庫に案内してりゃあ、そのまま俺を捕まえられたのに。わざわざ教えてくれるなんて、よっぽどのおひとよしか……よっぽどのバカだな」
「…………」
女の顔が朱に染まった。
俺が顔を近付けすぎたせいか、必死に身をそらしていたが……その身体から一気に力が抜ける。
わかりやすい落胆の表情。どうやら、俺が指摘しなけりゃ、自分が盗賊の手助けをしたという事実に、一生気づかなかったみてえだ。
救いがてえおひとよし。……こんな奴が傍にいてくれたら、マリーナを助けてもらえたかもしれねえのに。
「本当に面白え。あんた、名前、何てーんだ?」
それはただの気まぐれだったはずだ。
だが、聞いてわかった。
初めて出会ったのに……俺は、この女のことが、どうしようもなく気になっている、と。
何でだろうなあ。別に人をひきつけるような魅力に溢れた女ってわけでもねえのに。
どっちかというとガキくさくて女としての魅力は皆無に近いのに。
じーっと顔を見つめてやると、女は視線をそらして言った。
「……人に名前を聞くときは、自分が先に名乗るものじゃない?」
……ごもっとも。
本名をバカ正直に名乗る盗賊なんて聞いたこともねえが……何故か、このとき俺は、驚くほど素直に返事をしていた。
「しっかりしてら。俺の名前はトラップ」
「トラップ……わたしの、名前は……」
女が名乗りかける。
その瞬間だった。
「そこで何をしている」
響き渡ったのは、野太い男の声。
……しまった! のんびりしすぎたか!?
逃げようとして、自分の手が拘束している女の腕が目に入った。
……こいつ、このままここに放っておいていいもんか。
まさか、俺の仲間だって疑われたりしねえよな? どうする……?
だが、その一瞬の迷いが……致命的に手遅れとなった。
「っ……やべっ……」
ばたばたと走りよってくる足音に、俺は覚悟を決めた。
そのときだった。
「パステル姫。大丈夫ですか?」
「どうした、何があった!?」
信じがたい言葉を聞いて、俺は足元にうずくまる女を見つめた。
パステル……姫だと?
こいつが、この王家の……第一王女!?
俺がぼけっとしている間にも、周囲にはどんどん人が集まってくる。
なす術もなく、俺はあっさり取り押さえられた。
「パステル……姫?」
女にささやきかけたが、返事は返ってこなかった。
否定の言葉も。
俺が放り込まれたのは地下牢だった。
愛想のかけらもねえ牢番が鍵をかけて出て行く。
ま、あの程度の鍵、開けられねえこたあねえだろうが……
どーせ、見張りが山のようにいるんだろうな。
ったく、ドジ踏んじまったぜ。
被っていたマントを敷いて、ごろりと横になる。
あの女が、パステル姫。
王家の第一王女。言われてみりゃあ、真っ白な肌と傷一つねえ手なんかは、苦労を知らずに育った証拠だよな。
くっそ、何で気づかなかったんだか。気づいてたら……人質にとるとか、方法はいくらでも……
そんだけ考えて思わず自嘲した。んなことどうせ思い付いたってできやしねえことは、自分がよくわかってる。
パステル姫。
名前しか知らなかった。アンダーソン王家の長女にして、多分将来は政略結婚の道具に使われるだろう王女。
俺達を苦しめる王族の一員だ。いい噂なんか聞いたこともねえ。男をたぶらかす悪女だっつー噂まで広まってたが……
俺の手の中で震えていたあの女は、どこからどう見ても、気が弱くておひとよしな、ただの女だった。
……何であの女のことがこんなに気になるんだよ。
ごろんと寝返りを打つ。冷たい感触しか返ってこねえ石畳の上で、俺は自分に必死に言い聞かせていた。
勘違いするな。あの女だって、どんだけとろそうに見えたって王族の一員だ。
俺達庶民のことなんざハエくらいにしか思ってねえ、そんな連中なんだ。
……そうだ。
俺があいつに、あいつら王族に抱いていい感情は、憎しみだけだ。
そうでもしなきゃ……やってらんねえ……
気がついたら、俺はうとうとしていたらしい。
こんなところでよくも寝れたと感心しちまったが……
目が覚めたのは、響き渡る足音だった。
かつん、かつんという、階段を降りる足音。
誰かが、こっちにやってくる……?
ごろんと鉄格子に背を向ける。今は誰の顔も見たくねえ。
どうせ愛想の悪い牢番が飯でも持ってきたか……とっとと処刑でもしにきたかどっちかだろう。
殺すなら殺せ。もっとも、その前にせいぜい暴れてやるがな。
そんなことを考えていたときだった。
「トラップ」
響き渡った声に、俺は思わず跳ね起きた。
忘れもしねえ。この声は……
慌てて振り向く。昨夜、俺の前で震えていた女が……パステルが、心配そうにこっちを見つめていた。
俺の姿を見て、パステルは目を見開いた。
そして。
「トラップ……ごめんなさい」
「……はあ?」
かけられた言葉に、俺は間の抜けた声をあげていた。
な……何だあ?
何で、俺が謝られなきゃなんねーんだ?
俺は城に忍び込んだ罪人だぞ……なんで、そんな俺に、王女であるあんたが謝るんだよ?
「何で、あんたが謝るんだよ」
「だって……だって、わたしのせいで。わたしのせいで、あなたは捕まったんでしょう?」
…………
こいつ、何言ってんだ?
「はああ? あんでそーなるんだ?」
言いながら、ずりずりと鉄格子の方に這いよる。
冷たい檻を挟んで向かい合うパステルの目に、軽蔑とか、怒りとか、そういった負の感情は一切なかった。
ただただ、俺の身を案じている。そんな目で……
「あのな、捕まったのは俺がドジだったから。ただそれだけ」
そんな目で、俺を見るなよ。
俺は……おめえを憎まなくちゃいけねえんだから。
そう思ったら、口にせずにはいられなかった。
いまひとつ信じられなかった……この女の正体を。
「それにしても驚いたぜ。あんたがアンダーソン王家第一王女パステル姫だったとはなあ」
「…………」
つとめて明るい声を出したつもりだが、果たしてそれが成功したかどうか。自分でも自信がねえ。
パステルは、そんな俺の言葉に、恥じ入るように目を伏せた。
……何でだよ。
何で、おめえはそんなに殊勝なんだよ。
勝ち誇ればいいじゃねえか。「わたしは王女よ? あんたみたいな盗賊風情、わたしの声一つで処刑することができるのよ?」とか何とか。
実際その通りなんだろ? あんたが、昨日のことを正確に伝えりゃ……俺のこの首なんか、あっさり胴体からおさらばするんだろ?
「で、姫さん。あんた、こんなところに何しに来たんだ?」
いつまで経ってもパステルは何も言わねえ。
沈黙に耐えきれなくて、俺は思わず声をあげた。だが、パステルは、その問いに答えず。
どこまでもまっすぐな視線を向けて、俺につぶやいた。
「どうして、あんなことしたの?」
「あん?」
言われた意味がわからねえ。俺が顔をしかめると、パステルは重ねて聞いた。
「どうして、城に忍び込んだりしたの?」
…………
どうしたの、と来たもんだ。それは、昨日も説明したじゃねえか。
「言ったろ? こんな時間に城に忍び込む理由なんざ一つしかねえって。お宝だよ。金目当て」
「だったら……どうして、お金がいるの?」
それは、あまりにもストレートな質問だった。
こんな場所で、こんな相手で、こんな状況じゃなけりゃあ……「バカなこと聞くな」と笑いとばすか、「ふざけてんのかおめえ」とつかみかかるか……そのどっちかの反応をしただろうが。
パステルの目は真面目だった。本気でわからねえ、そういう目だ。
……そうだろうよ。
おめえみてえなお姫様にはわかんねえだろう。俺達がどんな暮らしを強いられてるかなんて。
「あの……?」
何か言いかけるパステルを遮る。一応確認のためだ。
「あんたさあ……本当に世間知らずだよなあ。城の外で、俺達庶民がどんな暮らししてんのか、知らねえわけ?」
「え……? どんな……暮らし?」
返って来たのは、予想通りの反応だった。
何を言われたのかわかんねえ、そんな目で俺を見てくる。
……こいつじゃなけりゃな。
もっと嫌味で尊大な親父とかだったら、例え次に殺されるとわかってても、殴りかかってやるんだが。
「税金、っつーのを知ってるか?」
俺が聞くと、パステルは軽く頷いて答えた。
「庶民と呼ばれる人たちが、お城に納めているお金でしょう? そのお金で、わたし達王族が庶民の生活保護をしているのよね?」
教科書に書いてある文章をそのまま答えているかのような、模範的な答え。
苦笑が漏れる。世間知らずのお嬢様だからこそ、できる答えだろうな……それは。
「ったく。んなうわべだけの知識で、よくもまあ『知ってる』なんて言えるもんだ……」
「え……?」
俺の言っていることの意味がわからねえ、そんな顔をするパステルに、まくしたてるようにしてしゃべる。
俺達の本音。庶民と呼ばれて蔑まれてる俺達が、どんだけ辛い生活を強いられてるかを。
「生活保護だあ? 冗談じゃねえ。王家と貴族の連中はなあ、俺らから限界ぎりぎり、しぼれるだけ金しぼりとってな、自分らの豪遊生活の資金にしてるんだぜ?
奴らがいつ俺達の手助けしてくれたっつーんだよ。あんた、王家が俺達に何してくれたか、説明できるか?」
「…………」
俺が言うと、パステルは真っ赤になってうつむいた。
その顔に浮かぶのは、羞恥。
何も知らず、ぬくぬくと育ってきた自分を心から責めている……そんな顔だ。
気づかれねえようにため息をつく。……何でそんな顔するんだよ。
まるで……俺がいじめてるみてえじゃねえか。何で、俺に罪悪感なんて抱かせるんだよ。
気がついたら、俺は手を伸ばしていた。
丁寧に結われた金髪を、ゆっくりと撫でてやる。
「落ち込むなよ。おめえを責めてるわけじゃねえんだ。王家に生まれたのは、別におめえのせいじゃねえからな」
かけた声は、我ながら優しい声だった。
その声に、パステルは顔をあげて……必死になって言った。
「ごめんなさい。ごめんなさいトラップ。あなたが忍び込んだのは、生活が苦しいから? だから……?」
「……いんや」
生活が苦しい、か。そんだけの理由だったら……俺も、ここまで意地にならなくても済んだのに。
パステルに話したってしょうがねえことだ。それはわかっていたが……
それでも、俺は話さずにはいられなかった。もっと俺のことを知って欲しいと、パステルならわかってくれると、そう思ったから。
「別に、生活がきついのなんか、もう慣れちまってるよ。でもな……妹が……」
「……妹さん?」
「ああ。マリーナっつーんだけどよ。俺より一個下だから、おめえと同い年くらいじゃねえ?
ま、とにかくな、ろくな飯も食わずに働き通しだったもんだから、ついに倒れちまったんだよ。医者が言うには、高え薬と栄養のある食事、それがなきゃあ、助からねえ。そう聞いたもんで、つい、な」
「…………」
「たった一人の妹なんだよ。過労で父ちゃんも母ちゃんも死んで、もう俺にはあいつしか残ってねえから。だからどうしても助けてやりたかったんだよ。……わり。こんなことおめえに言っても仕方ねえよな」
俺がそこまで言ったとき。
パステルは、突然立ち上がった。
唖然としてる俺のことなんか見もしねえで、すげえ勢いで階段を駆け上がっていく。
……な、何だ……?
逃げた……のか? やっぱり、信じた俺が……バカだったのか?
一瞬、そう思ったが。
だが、けたたましい足音は、すぐに戻ってきた。しかも、二人分。
……見張りの兵士を連れてきたのか!?
一瞬身構えるが、牢の前に立った人影を見て、俺は一瞬目を奪われた。
パステルが連れてきたのは、黒髪にとび色の目をした……すげえ美形だった。
いや、男の俺から見ても文句のつけようのねえ美形というのか。えらい長身で、俺も低い方じゃねえがさらに10センチ近くは高い。その身体は均整が取れていて、しかもかなり鍛えられていることがわかる。
……兵士……いや、騎士か?
「あん? 戻ってきたのか……って、あんた、誰だ?」
「アンダーソン王家第一王子、クレイと言います。昨夜は妹がお世話になったそうだね、トラップ」
その言葉に、俺は反射的に後ずさっていた。
うげ、ミスが……1と2の間、
俺達の生活を見りゃあわかるだろ? そんな金、家ごと叩き売ったって出やしねえってことは。
ぎゅっとマリーナの手を握ってやる。年頃の娘だっつーのに、あかぎれだらけのささくれだらけで、滑らかさが全くねえ。ま、俺の手だって似たようなもんなんだけどな。
なあ、マリーナ。俺……どうすればいいんだよ。
おめえまで死んだら、俺はどうすればいいんだよ?
「……トラップ……」
微かなつぶやきに、慌てて耳を寄せる。
と続きます。バカだ……
「く、クレイ王子!? あんた……」
クレイ・S・アンダーソン。
アンダーソン王家第一王子にして跡取り息子。
勉学優秀、武芸の達人、王位についた暁には稀に見る名君となるに違いねえともっぱらの評判だった人物。
ま、まさか……!?
「ああ、怖がらなくてもいいよ」
俺が目に警戒をこめてにらみつけると、クレイは、女だったら即座に転びそうな優しい笑みを浮かべて……
そして、牢の鍵を開けた。
……は?
「早く逃げろ」
「おい……?」
おい、これは何の冗談だよ。
何かの罠……なのか?
「後のことは気にするな。俺が何とでもしてやる。だから、逃げろ」
「おい、正気か、あんた……」
俺は、仮にも罪人なんだぞ?
いくらあんたが王子だからって……そんな、簡単に逃がして、いいもんなのか?
俺が躊躇していると、パステルがこっちに歩み寄ってきた。
そして、髪にささっていた飾りだとか指輪だとか……とにかく、目に付く装飾品を全部外して、俺に押し付けた。
「おい」
「ごめんなさい。何も知らなくてごめんなさい。あなたは何も悪くないのに、こんなところに閉じ込めてごめんなさい」
……はあ?
おめえって奴は……いったい、どこまで……
「いや、別におめえのせいじゃ……」
「ううん、わたしのせい。あなたが捕まえられるのを黙ってみてたわたしのせいなの。これ、売ったらいくらかのお金になるでしょう? わたし、妹さんを助けるお役に、立てる?」
……どこまでおひとよしなんだよ、こいつは。
あの話が、本当だって根拠がどこにあんだよ? 俺がおめえを騙すために……同情を買うためについた嘘かもしれねえって、思わねえのかよ?
何で、そんなに……あっさり人を信じられるんだ?
装飾品と、パステル、そしてクレイの顔を交互に見る。
どこまでも俺を案じている顔。嘘や偽り、そんな色などかけらも見られねえ顔。
……自分は人がいいなんて思ったことはねえ。疑い深い性格で、滅多なことでは他人を信用なんかしねえ、そう思っていたが……
自然に笑みがこぼれた。
「俺は、どうやら王族ってーのを誤解してたみてえだな」
「わかってくれたら、嬉しいよ」
俺がそう言うと、クレイは、手を差し出してきた。
その手をがっちりと握る。荒れまくった俺の手とは違い、武芸のたしなんでるせいか、豆だらけで硬いことは硬いが……暖かい手。
「この恩は忘れねえよ」
その言葉は、本気だった。だが、俺の言葉に、クレイは首を振った。
「いや、忘れた方がいいと思うけどね。トラップ、お前は城になんか来なかったし、捕まったりもしなかった。ただ妹さんを助けるために金策にかけまわっていた、それだけだよ」
……全く。
おめえらは……本当に王族なのかよ?
何で、おめえみてえな奴が……早く即位してくんねえんだ。
そうすりゃ、俺達だって、おめえらをこんな風に誤解しなくて済んだのに。
礼の言葉は、すんなりと出た。
「……さんきゅ」
「どういたしまして」
それだけ言って、立ち上がる。
クレイが逃げろ、と言ってるんだ。
まさか、牢に出た途端に捕まるなんてこたあねえだろう。
…………
だが、駄目だった。どうしても気になることがあった。
そのまま帰るわけには、いかねえ。
振り返る。視線の先にいるのは、初めて会ったときから……どうしようもなく心が惹かれた女。
「なあ、姫さん」
「え?」
不思議そうに聞き返すパステルに……俺は、うつむいて言った。
「……昨夜は、手荒なことして悪かったな」
これだけは、言わなくちゃいけねえ。
ナイフを押し付けて、腕をひねりあげて。多分相当痛かっただろう。
その場で殺されても文句は言えなかったのに……パステルは、こうして俺を逃がそうとしてくれる。
謝らなくちゃ、気がすまねえ。
だが、パステルは、俺の言葉に、微笑んで言った。
「何のこと? あなたは城には来なかったし捕まったりもしなかった。だからわたしも、あなたとはここで初めて出会ったのよ?」
……おめえは。
おめえは……どこまでも、俺の心を捉えて離さねえんだな。
おめえが、王女じゃなけりゃ……
浮かんだ考えを、慌てて振り払う。
何バカなこと考えてんだ、俺は。相手は王女だぞ? 王女。
そんな……
未練を断ち切るために背中を向ける。階段に足をかけたそのときだった。
「トラップ!」
「…………?」
かけられた声に、思わず振り向く。
パステルは、真剣な表情で俺を見て……言った。
「パステル」
「あ?」
「わたしの名前は、『姫さん』なんかじゃないわ。パステル。そう呼んで」
「…………」
一瞬、視線がぶつかった。わずかな見詰め合い。
パステルの目は、それようとはしなかった。
……もう、やめてくれよ。これ以上、離れたくないとは、思わせねえでくれ。
俺とおめえじゃ、住む世界が違うんだから。
そう言おうとしたけれど。言えなかった。
「オーケー、パステル。……世話になったな」
それだけ言って、一気に階段をかけあがる。
城門を出るまで、邪魔をする奴は、誰もいなかった。
……何で。
盗みに入ったはずなのに……
俺が盗まれてどうするよ……? 心を。
二度と会えねえだろうパステルの顔を思い浮かべ……俺は城を振り返った。
それは、はっきり言えば未練だった。
未練がましい男じゃねえ。
俺は自分のことをそう思っていたが。
街に戻り、パステルからもらった装飾品を換金し……それで薬と食料を手に入れて。
それをマリーナに飲ませて、一日一日回復するのを見届けて。
それだけの時間が経っても、俺はパステルのことを忘れられなかった。
気弱で、世間知らずで、馬鹿馬鹿しいくらいにおひとよしで、そのくせまっすぐで……
何から何まで正反対で、俺の持ってねえものを全て持っている女。
思ったってしょうがねえ。いずれ、時間が解決してくれる。
そうやって、俺が必死に忘れようとしているときだった。
とんでもねえ客が、俺の家に訪れたのは……
その日、俺は仕事が休みで、家で一日ごろごろしていた。
マリーナは、大分元気になったものの、まだまだ静養が必要ということで家で休んでいた。
幸いというか、パステルにもらった装飾品は結構な金になって、しばらくは仕事をしなくても食っていけそうな程度の余裕はあったしな。
そうやって怠惰な一日を過ごしていたときだった。
どんどんどん
突然、ノックの音が響いた。
「トラップ、誰か来たみたい」
「客かあ? 珍しいな」
起き上がろうとするマリーナを押さえて、俺はドアを開けた。
「どちらさん?」
「やあ、トラップ。久しぶりだな」
目の前に立っていた人物を見上げて……
俺は思わずドアを閉めようとした。が、その前に素早く相手の身体が割り込んできた。
「おいおい、そんな目の敵にしなくても」
「くくくクレイ王子!? おめえ、こんなところに……」
「クレイでいいよ。やあ、君が妹さん?」
「はあ? あ、あの……」
ずかずかと家に入り込むクレイに、マリーナは頬を赤らめて頷いた。
……マリーナ、俺と同じ過ちは犯すなよ? 惚れるにはちっとばかり次元が違う相手だぜ、こいつは。
「トラップ、こちらは……」
「クレイ・S・アンダーソンと言います。君がマリーナだね? どうだい、調子は?」
「はあ……大分……あ、アンダーソン!?」
苗字を聞いた瞬間。
マリーナは、即座にベッドからはねおきて深々と頭を下げた。
ま……当然の反応だろーな……
「おいおいおい、今日は王子としてじゃなくて、ただのトラップの友人として来てるんだ。そんな堅苦しい態度は取らないでくれよ」
「はっ……で、でもっ……あ、あの、お、お茶。お茶入れてきますっ!!」
マリーナはベッドから這い出すと、即座に俺を引きずって台所まで連行した。
「トラップ! 何でクレイ王子と知り合いなの!?」
「俺にだってわけがわかんねえよ! それよかおめえ、病み上がりなんだから寝てろ」
「バカっ! 寝てられるわけないでしょー!?」
「あの、トラップ……ちょっと、いいか……?」
俺とマリーナの会話を遮るようにして、クレイが台所に顔を覗かせた。
何しろ城と違って狭い家だからな。台所っつったって結局は同じ部屋なんだよ。
大きくため息をついて、椅子に座る。二つしかねえ椅子の一つをクレイに勧めて、俺は用件を聞くことにした。
「ああ……で、クレイ王子……」
「クレイでいいよ」
「……じゃあクレイ。一体俺に何の用なんだ? 今更捕まえに来たとかいうなよ?」
「まさか。あのな、トラップ」
クレイは、悪意なんかひとかけらもねえ笑みを浮かべて、言った。
「城で働く気は無いか?」
「……は?」
クレイの言葉に、俺はかなりの間、呆けていた。
パステルの従者をやらないか。
クレイが持ちかけてきたのは、そういう仕事だった。
「あんで俺が……? んなの、城にいくらでもいい人材がいるんじゃねえの?」
「いや、俺はトラップに頼みたいんだよ。見たところ随分感覚が鋭そうだし身も軽そうだ。ここのところ、王家同士の確執が激しいせいか、命を狙ってくるような輩も多くてね。パステルの傍には女官しかついてないから、兄として心配なんだよ」
……盗賊をつけるのは心配じゃねえのか?
そう言おうかと思ったが、マリーナが茶を運んでくるのが見えたので、慌てて口をつぐむ。
「もちろん、給料は弾もう。城に住み込んでもらうことになるから、妹さんと離れ離れになるが……妹さんが一人でも十分生活できる程度の金額は、すぐにでも用意ができる」
「…………」
思わずマリーナと顔を見合わせる。
結構な話だ。それはわかる。だが……
「けどな、俺は何の訓練も受けてねえし、それに……」
「長剣なら俺が教えてやるよ。それに、な」
ぐっとクレイが身を乗り出す。奴の目が、かなり真剣になったのを見て……悟った。
多分、今から話すことが、クレイの本音なんだ、と。
「トラップ、お前は王族の人間ってのをどう思っていた?」
「…………」
先制攻撃は、またえらく答えにくい質問だった。
「どう……って言われてもな……」
「正直に答えればいい。税金をしぼりとるだけしぼりとって、自分たちだけ贅沢三昧をしている、そんな悪魔のような人種だと思ってたんじゃないのか?」
「…………」
ずばり当てられて、思わず視線をそらす。
さすがに頷くことはできなかったが、俺の態度から、クレイは勝手に納得したらしい。
「そうだろうな。その認識は概ね正しい。そして、俺も、パステルも、下の妹ルーミィも、そうなるように子供の頃から厳しくしつけられた」
「……そうなのか?」
とても、そうは見えねえんだが。
だが、俺の問いに、クレイははっきりと頷いた。
「そうだ。俺は臆病な人間だ。そんなことは間違っているとわかっているのに、逆らうことができない。
自分の身分を捨てることもできず、ただ言われるがまま『聞き分けのいい王子』を演じることでしか、城での居場所を作ることができなかった」
「…………」
何となく、最初に出会ったパステルの目が浮かんだ。
恐ろしく覇気の無い、一瞬人形かと思うような目を……
「俺はいいんだ。どうせ将来王位を継ぐ身だ。王族である以上、ある程度の冷酷さを持つことは必要だということもわかっている。だが……俺は、パステルには、そんな風になってほしくはないんだ」
「パステル!?」
我ながら未練がましいとは思うが。
その名前を聞いて……俺は、平静ではいられなくなった。
「そうだ。パステルを見ただろう? 彼女も俺と同じだ。聞き分けのいい王女であることを周りから強いられて、自分を出すこともせず、ただ日々を生きているだけだ。
いや、彼女には『逆らう』というのがどういうことかもわかってない。俺は妹にそんな風にはなってほしくないんだ!」
ドン!
クレイの拳が机にぶちあたって、めきっという不吉な音が響いた。
おいおい、壊さないでくれよ……?
俺は内心はらはらしたが、そんなこっちの事情を知る由もなく、クレイは俺の手をがしっと握って必死に言った。
「だから、トラップ。お前にパステルを助けて欲しい。お前と一緒にいたあの一瞬だけ、俺はパステルの感情を見ることができたんだ。パステルを救えるのはお前だけなんだ、トラップ。頼む!」
「な…………」
パステルを救えるのは……俺だけ?
俺と一緒にいるときだけが、感情を見せた……?
それが本当のことなのか、俺にはわからなかったが。
従者になれば、パステルとずっと一緒にいることができる。その言葉に、激しく心が揺れ動いた。
そのときだった。ずっと黙って立っていたマリーナが、俺とクレイを交互に見比べて言った。
「行ってあげなさいよ、トラップ」
「マリーナ……?」
「行ってあげなさいよ。あたしなら大丈夫。パステル姫様……だっけ? 助けてあげられるのはあんただけなんでしょ?」
「…………」
「それに、トラップ。あんた、もしかして……」
「あ?」
マリーナの目に、えらく意地の悪そうな笑みが浮かんだ。
……嫌な予感がする。こいつは昔から勘の鋭い奴だった。
まさか……
「マリーナ……?」
「トラップ。あんた、もしかしてそのパステル姫様のこと……」
「わかった! 行くよ、行きゃあいいんだろ!?」
マリーナが何かを言いかけた瞬間。
俺は、やけくそになって叫んでいた。
くっそ、何かうまくのせられたような気がしなくもねえが。
……それで、パステルにもう一度会えるんなら……
「ありがとう、トラップ。マリーナのことは心配しなくてもいい。責任もって、生活保護を与えよう」
「……頼んだぜ」
王族の言うことなんざ信用できるか。
以前ならそうはねのけただろうが……
クレイの、どこまでも優しい瞳を見ていると。信じるしかねえと思えるから……不思議だ。
それから二週間ほど、俺はクレイの手によって長剣の手ほどきを受けた。
素早さには自信がある。勘の鋭さにも、運動神経にも。
ただ、いかんせん……致命的に、腕力が足りねえんだよなあ……
俺がその後どんな特訓を受けたのかは、詳しく書く気にならねえ。
ただ、クレイと腕相撲をしたとき、元は両手を使っても指一本のクレイに呆気なくなぎ倒されてたが、特訓終了後、ハンデ無しでほぼ互角の勝負ができるようになった……とだけ告げておく。
そして、俺が従者として城にあがる日。
何やらクレイに押し付けられた服を着せられ、俺はどこだかの部屋に押し込まれた。
「もう話はつけてあるから。お前は少しそこで大人しくしててくれ」
それだけ言うと、クレイは外に出ていった。部屋に残されたのは、俺一人。
……しかし、まー何つーか。
馬鹿馬鹿しいくらいに広い部屋を見渡して、俺はため息をついた。
今更うらやむ気にもなれねえが……金ってのは、あるとこにはあるもんなんだなあ……
俺の家が三軒はおさまりそうな部屋。ベッドからクローゼットからテーブルからソファから、それだけでいちいち庶民が数年単位で暮らせそうな高級家具。
ベッドについているのは、あれはもしや噂に聞く天蓋って奴かあ?
はーっ、と大きくため息をついて、ソファに腰掛ける。
ぼすん、と身体ごと沈んで、ため息はさらにでかくなった。
ああ、もう次元が違いすぎるぜ、いくら何でも。
どかっとテーブルに足を乗せて、ソファにもたれかかる。
このソファ一個で、多分俺の給料ン年分の額がすんだろうなあ……
そんなどうでもいいことを考えて天井を見上げたときだった。
バタン、とドアが開いた。
クレイが戻ってきたのかと視線を戻して……そして、目を見張った。
別れたあの日から今日まで、会いたいと願い続けた女が、そこに立っていたから。
いや、当たり前なんだけどな。俺はこいつの従者になるために、ここに来たんだから。
それでも……
「トラップ……」
「よう、パステル。また会ったな」
意外そうな声をあげるパステルに、俺はそう言うのが精一杯だった。
「一体どうして、あなたがここに?」
「何かよ、おめえの兄ちゃんがうちに来て、『城で働く気はねえか』って言ってきたんだよ。まあ給料もいいっつーしな」
当たり前といえば当たり前のパステルの質問に、俺はそう答えるしかなかった。
まさかなあ。クレイがあんな風に悩んでるなんて、こいつは考えてもいねえんだろうが。
俺の答えに、パステルはそれ以上の異議は挟まなかったが……沈黙が流れると、やがてぽつんとつぶやいた。
「妹さんは、元気になった?」
「ああ。パステルのおかげでな。……あれ、結構な額で売れたからな。当分生活に困ることもねえだろう。……さんきゅ」
俺がそう答えると、パステルはホッとしたように微笑んだ。
案じてくれていたのかよ。おめえは、マリーナに会ったこともねえってのに。
……やべ、本気になっちまいそうだ……いや、もうとっくに本気なのかもな。
「んでさ。俺はおめえの従者として、一体何をすればいいわけ?」
照れ隠しに聞いてみる。それを聞いて、パステルはしばらくポカンとしていたが。
「それは……」
それだけ言って、言葉につまる。
どうやら、俺が何のために来たのか、本気で何も聞いてねえらしい。
パステルは、たっぷりうんうんと考えこんで……やがて、顔をほころばせて言った。
「……とりあえず、傍にいてよ」
……そりゃ、もちろん。願ってもねえことだ。
にやり、と笑ってみせると、パステルは満面の笑みを浮かべた。
従者としての生活は、快適そのものだった。
俺に与えられた部屋も、飯も、まああのまま庶民として暮らしてりゃ、一生ありつけねえだろうすげえ代物だったしな。
そして、何より……
「もう! わたし本を読みたいの。邪魔しないでよ!」
退屈しのぎにパステルの髪をいじくっていると、きっとにらまれる。
だが、その顔は半分以上笑っていて、迫力なんか皆無だったけどな。
「ああ? だって退屈なんだよ」
「退屈なら、騎士団の人と剣の稽古でもしてたらいいんじゃない?」
「んん? 俺はおめえの従者だぜ? んで、おめえは俺に『傍にいろ』って命令したんじゃねえの?」
そう言うと、パステルはぐっと言葉につまったようだった。ここぞとばかりに耳元で囁いてやる。
「だから、傍にいるんだよ」
そう言うと、パステルは真っ赤になってうつむいた。
思わずそのまま抱きしめてえ衝動にかられるが……危ねえ危ねえ。
いいか、俺は従者だ。あくまでも従者。
従者……のはずなんだが……
実質、俺のやっていることと言えば、四六時中パステルの傍にはりついて、からかって遊んでるようなもんだった。
せっかくクレイが長剣の腕を鍛えてくれたが、今のところそれを振るう羽目になる事態は起きてねえ。
それに。
最近、パステルは明るくなった。
最初会ったときの覇気のねえ目とは違い。日をおうごとにいきいきと輝くようになった。
俺がからかってやると、本気で怒ったり困ったり……そして笑ったり。
……うぬぼれちゃいけねえとわかってる。それでも、期待せずにはいられねえ。
パステルも……俺に、好意を持ってくれてんじゃねえか?
このお子様で鈍感な女のことだ。それを自覚しちゃいねえだろうが……
「トラップ? どうしたの? ボーッとして」
「……んにゃ。何でもねえぜ?」
顔を寄せてきたパステルに、微笑を返してやる。
とりあえず……
今が、十分幸せだから。
こいつのことを見守ってやれて、笑いあってふざけあうことができる今が、十分すぎるほどに幸せだから。
これ以上の高望みなんかしねえ。ただ、こんな日がずっと続いてくれればいい。
そう、思っていたのに。
神様ってのは残酷だ。
わずかな幸せを与えた後で、人を地獄に突き落とすのが好きだと来てるからな……
その日、いつものようにパステルは本を読んでいて、俺はソファに寝そべっていた。
何でもねえいつもの光景。それを壊したのは、部屋を訪ねてきた一人の執事。
「パステル姫様、失礼いたします」
執事頭キットン。ぼさぼさ頭で俺の腰くれえまでしか身長が無く、身につけている燕尾服がまた恐ろしいくらいに似合っていない。
そして……
「と、トラップ! あなたはまた姫様の部屋で何という……」
入ってくるなり、ソファにつめよってつばをとばしながらわめきたてる。
決して、悪い奴じゃねえんだが……どうにもこうにも、口うるせえんだよなあ……
「ああ? うっせえな。当の姫様がいいっつってんだからいいじゃねえか」
「なっ、なっ……」
「き、キットン、いいのよ。わたしがそれでいいって言ったんだから。トラップはわたしの従者でしょう? わたしがいいと言ったらいいのよ」
怒りのあまりか口をぱくぱくさせるキットンに、パステルが慌ててフォローに走る。
さすが。助かったぜ。
笑みを返してやるが、パステルはそれに気づかなかったようだ。
ま、な。こう見えてもキットンにはちゃんと感謝してるんだけどな。
本来、こんな態度の従者なんざ、即首を切られてもおかしくねえところだ。
だが、パステルがそれで満足しているのを見て……それで納得しているのか、いまだ首になる気配がねえのは、キットンがアンダーソン王のところまで報告しないせえだろう。
そう考えると、多少の口うるささには目をつぶろうという気になる。
「はあ、はあ……まあ、姫様がそうおっしゃるのでしたら……」
俺の考えなんぞ知る由もなく。
キットンは、必死に息を整えながら用件を言った。
「姫様。王がお呼びですので、すぐ王の間にいらしていただけますか?」
「……わかったわ」
それだけ言うと、キットンは退室した。
王、ね。ここに来てから、こうして呼び出されるのは初めてのことじゃねえが。
毎度毎度唐突だな。パステルが本を読んでようが勉強してようが入浴してようが。
いつも同じだ。「すぐに来い」。
アンダーソン王は、息子や娘を王家を盛りたてる道具程度にしか考えてねえ、とは庶民の間で流れる噂だが。
その噂が事実だっつーことは、ここに来てからすぐにわかった。
……わかったってどうしようもねえけどな。
先を歩くパステルの後を、ゆっくりとついていく。
王の間は、パステルの部屋から歩いてすぐ。またこの部屋も、中で子供100人が鬼ごっこできそうな広さがあり、その中では王と王妃に加えて、傭兵含めたおつきの人間がずらっと並んでいる。
初めて見たときは一瞬腰がひけそうになったもんだ。さすがにもう慣れたけどな。
従者として王の間に入るこたあ入ったものの、それ以上進むことは許されてねえ。
俺は入り口付近で待機し、パステルだけが、そろそろと王の前まで歩いていく。
「お父様、お呼びでしょうか」
ひざまずいて頭を下げる。これが親子の対面かよ。
早く終わらねえか、と俺がぼんやり眺めていたときだった。
いきなり、頭を殴りつけられるような衝撃発言が飛び出したのは。
「パステル。お前の縁談が決まった」
……それを聞いたときの、俺の衝撃をどう説明すればいいものか。
突然世界が崩壊するかのような、そんな衝撃。
よろめきそうになった身体を必死に支える。落ち着け、落ち着け俺。
わかってたじゃねえか。いつかこんな日が来るってことは、最初からわかってたんだ。
今更ショックを受けてどうする……最初からわかってた。
俺に手の届く存在じゃねえってことは。
「縁談……ですか」
そう答えるパステルの表情は、背中を向けているからよくわからねえが。
少なくとも、声は平静だった。……何とも、思ってねえのか? まさか……
「ジョーンズ王家のディビー王子を知っているか」
王があげた名前は、少なくとも俺には聞き覚えのねえ名前だったが。
パステルは知っているらしく、質問は無かった。
まあ……王家っつーくらいだから、いいとこのぼんぼんなのは間違いねえだろうな。
少なくとも……俺とは立場も身分も財産も、何もかも違う存在だってーのは、確かな話だ。
必死に感情を殺して、ポーカーフェイスを取り繕う。
俺はただの従者だ。姫に対して特別な感情を抱くなんて許されてねえ。
だから……耐えろ。絶対に、気づかれるな。
「式は一ヵ月後に決まっている。お前も、そのつもりで」
「……はい……」
「話はそれだけだ。行け」
「は、はい……」
俺の内心などもちろん知る由もなく。親子の会話は続いた。
一方的な宣言。パステルの都合も希望も全く聞かず、既に決定事項となったことを伝える、事務的な口調。
そして、それに不満の一つも言わず、ただ頷くだけのパステル。
……おめえは、それでいいのか。
そんな……道具みてえな扱われ方をして、満足なのか?
パステルが振り返る。その目には、特別な感情は浮かんでいないように見えたが……
視線と視線がぶつかりあう。
駆け寄って、抱きしめて、すぐにこの場からひっさらってやりてえ。
そうわめく本心を、理性で必死に抑えつける。
今この場で暴れたって、どうにもできねえんだ。どうせすぐに捕まって、引き離されて、即座に首をはねられて……そんなところだろう。
パステル本人がそれで納得してるんだ。俺じゃあ、こいつを幸せにはできねえから。金もねえ地位もねえ、何も持ってねえ俺に、王家の姫であるこいつを幸せになんて、できっこねえから。
だから、俺が耐えれば……それで、こいつは幸せになれるんだから。
パステルは動かねえ。ただ、俺の目をまっすぐに見返していて……
そのときだった。
「パステルの従者……だったな」
部屋の奥から響いてきたのは、王の冷たい声。
何故だか、背筋に寒気が走る。
その、何もかもを見透かしたような声が……俺の内面を、全て見透かしているような気がして。
「聞いたとおりだ。パステルがジョーンズ王家に嫁げば、お前は用無しとなる。……そのつもりで荷物をまとめておけ」
…………
まさか、本当に……気づいているのか。
俺を遠ざけるために……こんなに急いで、縁談を組んだのか?
まさか……
「はい」
その予想が当たっているにしろ、いないにしろ。
俺に言えたのは、その一言だけだった。
婚姻の日まで、一ヶ月。
パステルの傍にいられるのは、一ヶ月。
それは、途方もなく長いようで、絶望的なまでに短い時間。
忘れるしかねえから。
諦めるしかねえから。
だから、俺はただの従者になる。そうなりきるしかねえから。
部屋の隅に黙って立ち、パステルに声をかけられねえ限りは動かない。
二人でふざけることも、からかうこともしない。
そうやって徹底的にパステルを拒絶しなければ……俺は、すぐにでもさらって逃げちまいたくなる衝動にかられるから。
パステルの幸せのためには、俺が身を引くのが一番だから。
「トラップ……」
「お呼びでしょうか、パステル姫様」
感情を押し殺したうわべだけの笑み。
それを受け止め、泣きそうな顔をするパステル。
……悲しそうな顔なんざしねえでくれ。
せめて、幸せに笑っていてくれ。婚姻が楽しみだ、そう言ってくれ。
おめえを悲しませるために、身を引くんじゃねえ。
俺が、こうやっておめえを拒絶することが、どれだけ辛いか……おめえはわかってるのか?
パステルの婚姻の日まで、後一日。
城にいる気になれなくて、俺は一足早く、家に戻っていた。
どうせ、今日か、明日か、明後日か。
パステルがいなくなったら、首になる身だった。一日やそこら早く辞めたって、誰も文句を言う奴なんざいねえ。
「ただいま」
「……トラップ!? どーしたのよ一体!」
家のドアを開けると、食事をしていたマリーナが立ち上がった。
そして……
「……何でおめえがここにいるんだ?」
「マリーナの作る料理は美味しいからね。城のコックになってほしいくらいだよ」
ひょうひょうと答えているのは……クレイ。
おい……一体いつのまに……
「と、とにかくそこらへんに座って。もう、何で急に帰ってくるのよ。ご飯、用意してないからね」
何やら迷惑そうに言いながらばたばたと茶を入れ始めるマリーナ。
おい……それが久しぶりに帰ってきた兄に対する言葉かよ……
はーっ、とため息をついてベッドに腰掛ける。椅子はクレイの野郎が座ってるしな。
ったく。
俺がどかっとベッドに横になると、背後で誰かが立つ気配がした。
見上げると、クレイが俺の顔を覗きこんでいる。
「……あんだよ」
「帰ってくるだろうと思って、先回りしてたんだ」
「はあ?」
思わず身を起こすと、クレイは隣に腰掛けて、淡々と言った。
「明日が、いよいよ結婚式だな」
「……そーだな」
クレイの言葉には、何の感情もこもってねえように見えたが。
……そんなわけ、ねえ。こいつはいつもいつも、無意味に朗らかで、優しそうで……
感情がこもってねえ、ように聞こえるってこたあ……
「トラップ」
「あんだよ」
「……止めるつもりは、無いのか?」
「はあ?」
おいおい。それが第一王子の言葉かよ。
王に聞かれたら即刻勘当もんだぜ?
「止めてどうする。パステルは納得して嫁に行くんだろ。俺にそれを止める権利なんざあるかよ」
吐き捨てるようにして言った瞬間。
クレイの手が、俺の胸倉をつかみ上げた。
身長差を利用して、そのままつりあげられる。
「ぐえっ!?」
「……俺は、お前ならパステルを幸せにできると、そう見込んでお前にパステルをたくしたんだぞ!? お前、それを今更裏切るのか!?」
「う、うらぎ……?」
何を……言ってやがる。俺は……
どさりっ
手を離されて、床でしたたかに腰を打つ。
にらむような目で俺を見るクレイの目を、まっすぐに見返してやる。
「俺だって……俺だってできればさらって逃げてえんだよ!」
口をついて出たのは、誰にも言えねえと押し隠してきた……本音だった。
「ああ、そうだ。俺はパステルにどうしようもねえくらい惚れてる。だけど俺に何ができる!? 俺がさらって逃げたところで、俺は何も持ってねえ。
王家の姫として何不自由なく暮らしてきたあいつを、わざわざ不幸になるとわかってさらって逃げるなんざ、できるわけねえだろ!? 俺は、俺はなあ!!」
叫んでいるうちに段々腹が立ってきた。
何でだよ。
俺は、もう十分傷ついて、絶望してるんだ。
なのに、何でおめえは……わざわざ傷口をえぐるようなことを言うんだよ!!
「俺はなあ、あいつに幸せになってほしいんだよ。クレイ、おめえが言ったようにな! だから身を……」
バキッ!!
したたかに顔を殴られて、俺は再び床を転がる羽目になった。
目の前には……初めて見る。怒りの表情を浮かべた、クレイ。
「てめっ……」
「見損なったぞ、トラップ」
吐き捨てるようにして、クレイは言った。
「お前は、一体この数ヶ月……パステルの何を見てきたんだ。パステルが、地位とか金とか……そんなものに幸せを感じる女だと、お前は本気でそう思っているのか!?」
「…………」
「お前がそのつもりなら……俺に言うことは何も無い。マリーナ、騒がせて悪かったね」
マリーナに声をかけて。
言いたいことだけ言って、クレイは……出て行った。
起き上がる気にもなれねえ。俺は床に転がったまま、天井を見つめていた。
地位とか金とか、そんなものに幸せを感じる女。
……そんなわけはねえ。パステルは、そんな女からはもっとも縁遠い女だ。
俺は……
「トラップ……」
「あん?」
どかっ!!
突然腹の上に何かを落されて、俺は身もだえする羽目になった。
「ま、マリーナ……あに、しやがる……」
「バカ! バカバカバカ! あんた本当にバカよ! 何もわかってない、あんたみたいなのが従者だなんて、パステル姫様が気の毒すぎるわ!」
「あんだと!?」
何で何も知らねえおめえにそこまで言われなきゃなんねえんだよ!!
立ち上がろうとした瞬間、つきつけられたのは……
長剣だった。
「おめえ……」
「クレイからの、預かり物よ」
鞘に収められた長剣。それとショートソード。
それを抱えて、マリーナは……言った。
「クレイ、言ってた。トラップが城に来てから、パステルが明るくなったって、本当に嬉しそうだった。あのね、これは女の勘よ! 勘だけど、間違いないわね。パステル姫様はねえ……!」
まくしたてられるマリーナの言葉は……にわかには信じがたかった。
「……まさか」
「なら、確かめて来なさいよ! あんたらしくないわよ、トラップ。自分の目で見たことしか、自分の耳で聞いたことしか信じない、それがあんたでしょう!?」
「…………」
マリーナが叩き付けた荷物に入っていたのは、路銀と、そしてマリーナ自身の服が一式。
それに、長剣とショートソード。
「……おめえは、それでいいのか?」
「いいに決まってるじゃない」
俺の問いに、マリーナはあっけらかんと答えた。
「そりゃ、寂しいけど。あたしだって子供じゃないのよ? トラップは……お兄ちゃんは、あたしのために今まで散々苦労してきたんだから。トラップが幸せになるんだったら、それでいいわよ」
「おめえ……」
子供だ、と思ってた。俺が守ってやらなきゃ、と思ってた。
なのに、いつの間にか……成長してたんだな、おめえは。
「……さんきゅ」
「バカ、お礼なんか言わないでよ。兄の幸せを願わない妹がいますかって! ……そのかわり、幸せにしてあげてよ? 絶対に」
「ばあか、それこそ、おめえに言われるまでもねえよ」
それが、別れの言葉だった。
マリーナに背を向けて、走り出す。
目指すは、城だ。……俺の幸せのために。パステルの幸せのために。
俺はもう一度、この手を汚す。
パステルの部屋の場所は熟知していた。ここ何ヶ月か、ずっとそこにいたからな。
何故だか、門番や見張りのいねえ城を、不審に思う暇もなく、最初にパステルと出会った日と同じように、城門をよじのぼって乗り越える。
三階までとは、ちっときついが。
今の俺は、失敗する気がしねえ。
フックつきロープを投げると、狙いたがわず、パステルの部屋……の真上の部屋の窓枠に、しっかりとかかった。
ひっぱってみる。……大丈夫そうだな。
音を立てねえよう注意してよじ登る。こんな時間だ。もう、寝てるだろうが……
するすると窓枠にたどり着き、片手でぶら下がるようにして、窓枠を叩こうと……
した瞬間、俺は手を滑らせそうになった。
な、何でだ!?
カーテンもひいてない窓。その向こうに立っているのは……まぎれもない、パステル自身。
何で……こんな時間に……?
パステルは、窓ガラスに手をついて、じっとうつむいていた。
その姿は……絶望に染まっていた。
……何でだよ。
何で、そんな……悲しそうなんだ……?
そっと、パステルの手のある場所に、自分の手を重なる。
返って来るのは、冷たいガラスの感触だけだったが。
気配のようなものでも感じたのか。パステルは、ハッと顔を上げた。
「と、トラップ!?」
「……よう」
ガラス越しに聞こえる、微かな声。
パステルが慌てて窓を開ける。外開きの窓だったら、ちっと苦労するところだったが。幸いなことに内開きだったらしく、何なく部屋へ侵入するのに成功した。
「トラップ……どうして……?」
「…………」
パステルの戸惑った顔。
言いたいことはいくらでもあった。聞きたいこともいくらでもあった。
悲しそうな顔なんか見たくなかった。幸せになってほしかった。ずっと笑顔でいてほしかった。
そして……
「……おめえに、聞きに来た」
「……え?」
ぼそりとつぶやくと、パステルはしゃがみこんで、俺に目線を合わせてきた。
「トラップ?」
「聞きてえんだ。おめえは、嫁に行きてえのか? ジョーンズ王家とやらの王子様と、結婚してえのかよ?」
その答え次第だ。
その答え次第で、俺は……おめえを連れて逃げるか、あるいはこのまま帰るかを決める。
全てはおめえ次第なんだ、パステル。
じっとパステルの目を見つめる。迷っていたのは、ほんの一瞬だった。
「……嫌」
「…………」
「嫌よ。どうして、あんな……ろくに、顔も知らないようなあんな人と、結婚しなくちゃいけないの? わたしは嫌。わたしは、わたしは……!」
それだけで十分だった。
ずっと抑えてきた衝動。欲望。そういったものが、俺の身体を一気に突き動かした。
気がついたとき、俺は……パステルの身体を、力いっぱい抱きしめていた。
「トラップ……?」
耳に届く、戸惑いの声。
「……諦められると、思ったんだ」
おめえが幸せになれるなら、俺自身はどうなってもいい。
本気でそう思っていた。諦めるのが一番いいんだと、自分に言い聞かせていた。
だが……
「諦められると思った。おめえがそれで幸せになれるんなら。どうせ俺には……庶民の俺には、おめえを幸せにするなんてできっこねえから、忘れちまおうとそう思った。だけど……」
「トラップ……」
「……見てられねえんだよ!! この一ヶ月、おめえの顔はどんどん暗くなっていって……何でそんな辛そうなんだよ。幸せになるんじゃなかったのかよ!? おめえがそんな顔してたら……諦めきれねえじゃねえか。俺は……」
どうして、悲しそうなんだ。
悲しそうな顔をするくれえなら……何で、きっぱり断ってくれなかったんだ。
おめえが、黙って婚姻を承諾したとき。俺が、どれほどのショックを受けたのか……おめえはわかってるのか?
ぶつけたい言葉はいくらでもあった。
だが、パステルの方が早かった。
「諦めないでよ……」
「……あ?」
「諦めないでよ、傍にいて、わたしを幸せにして! わたしはこんな王家にはもういたくない。誰もわたしのことなんか考えてくれない、ただ従順な姫であることを強制される生活なんてもう嫌なのよ!
諦めないで、わたしとずっと一緒にいてよ!! わたしは……トラップさえ傍にいてくれれば、それで幸せなんだから!!」
……おめえは。
それは……本気で、言ってるのか……?
「……パステル……」
そう呼びかけたとき。
パステルが見せたのは……まぎれもない、喜びの表情。
この一ヶ月、一度も見せたことのなかった、笑顔。
止められなかった。もう限界だった。
気づいたとき、俺は……パステルの唇を、奪っていた。
抵抗は、無かった。
我慢できねえ。
わずかな時間も惜しんで、俺は、パステルの身体をその場に押し倒した。
ずっと、ずっと耐えてきた。
初めて出会ったときから、どうしようもなく惹かれていた。
諦めようとして、諦めきれなくて、ずっとずっと辛かったから。
だから……もう、我慢しねえ。
ぐっと肩を押さえ込む。冷たい床の上だというのに、パステルは、嫌がる素振りも見せなかった。
ただ、つぶやいた。
「初めて、なのよ……」
思わず笑いがこぼれそうになる。
「見りゃわかる」
「優しく、してくれる?」
「……おめえが、そう望むのなら」
いくらでも、優しくしてやる。
おめえが俺を受け入れてくれるのなら。俺は、おめえの望む通りにしてやるから。
唇をふさぐ。わずかな隙間にこじいれるようにして、パステルの舌をからめとる。
「っあ……」
「…………」
キスを深めるにつれて、パステルの白い頬は、段々と赤らんでいった。
ぎゅっと俺の首にしがみつくようにして……自ら、刺激を求めてくる。
感じてるんだな。しっかりと。
抑えきれない笑いが漏れる。ろくに知識も無えお嬢さんだからこそ、与えられた刺激に、恥らうことなく素直に反応を返してくる。
……好都合だけどな。
するりと夜着の紐をほどくと、大して大きくもねえが、ひどく綺麗な胸が、飛び込んできた。
無地の生地を汚すことに、快感を覚える。それは、こういう心理なんだろう。
白い胸に唇を寄せる。軽く吸い上げるたびに、赤い痕が残った。
こいつは、俺だけのもんだから。
もう、誰にも渡さねえ。
そっと手を滑らせる。
最初は軽く、優しく。時にさするように、撫でるように。
「はあ……あ、やあっ……」
俺の手が動くたび、パステルの唇から、あえぎ声が漏れる。
白い肌が少しずつ朱にそまり、手が触れるたびに身もだえして背筋をのけぞらせる。
……敏感なんだな。多分。
「っう……あんっ……と、とらっ……ぷ……」
耳に届く甘い声。
そこに秘められているのは……間違いなく、欲望という名の感情。
俺を求めている。そう考えただけで、瞬間的にイキそうになる。
ぐいっ
はやる気持ちを抑えて、足を開く。愛撫の最中に、既に夜着も下着もはぎとってある。
隠すもののねえパステルの裸身は……月明かりを浴びて、ぞっとするほど綺麗だった。
太ももに手を這わせ、中心部に触れる。
そこは、既に十分過ぎるほど潤っていて、俺の指を、何の抵抗もなく受け入れた。
「っ……やだっ……もう……」
パステルが声をあげるたび。俺の身体もまた、素直に反応を返す。
「そうやって恥らう様が……また、何つーかそそるんだよな。おめえ……色気のねえ女だと思ってたけど、それ、訂正してやる……」
耳元で囁き、耳たぶを軽くかんでやる。
びくり、と震える身体。指にまとわりつく粘液。
……もう……
「も、いいか……俺、限界……」
囁き声に返ってきたのは、小さな頷き。
潤んだ瞳で俺を見上げて、パステルはただ一言、つぶやいた。
「……来てっ……」
太ももを持ち上げる。俺自身をあてがう。
貫いたときの抵抗は、思ったよりも少なかった。
貫いた瞬間、悲鳴の形に開いた唇を塞ぐ。
むさぼるようにして、お互いをからめあう。
俺の背中にしがみつくパステルの腕に力がこもる。相当痛いんだろう。侵入を進めるごとに、パステルの身体は、ひきつるように震えた。
……わりい。これ以上、優しくはできねえ。
もう限界なんだ。俺も。
「っうう……」
痛みのせいか、パステルはもがくようにして腰を振った。
そのわずかな動きさえも、俺に全身を貫くような快感を与えてくれる。
「っやべっ……」
「とらっぷ……?」
怪訝な声に、返事をしてやる余裕もねえ。
あまりの快感に、気を抜けば即イッてしまいそうな状況。
……長持ちはしねえ。
そう考えたら、動き始めていた。優しくしようと思いつつ、欲望に突き動かされる身体。
俺が律動を開始すると、パステルの目に涙が浮かび始めた。
痛い……のか。……わりい……
俺ばっかり気持ちよくて……おめえに、何の快感も与えてやれねえのか?
「っあっ……い、いたっ……」
うめき声。それすらも、欲望を高める。
激しい律動。パステルの爪が俺の背中に消えない痕を残す。
……痛え……
背中に食い込む痛みに顔をしかめるが、それを口には出せねえ。
こんな痛みは、痛みじゃねえ。パステルの痛みに比べたら。
最後のときは近づいてきた。
徐々に上りつめるような感覚が、俺の全身をかけめぐる。
「……トラップ……」
「パステル!」
叫んだ瞬間、パステルの身体をかき抱いた。
その瞬間、俺はパステルの中に、欲望を放っていた。
しばらく、俺もパステルも動けなかったが。
……のんびりしてる暇はねえ。
ばさり、とマリーナに渡された荷物を渡す。
「これ、は……?」
「マリーナの服、借りてきた……」
「えと……?」
明らかにドレスとは違う服に、パステルは戸惑いの表情を見せる。
……そーだよな。そういや、こいつ、着替えもいつも侍女にやらせてたもんな。
……いいのか? そんな優雅な生活を捨てちまって。
手を貸して着替えさせると、パステルは申し訳なさそうにうつむいた。
……そんな顔、すんなよ。俺には……おめえしかいねえんだから。
「もう決めた。おめえを連れて逃げるって、もう決めたんだ。まさか……嫌だ、なんて言わねえよな?」
そう言うと、パステルはすがるような目で答えた。
「後悔、しないの? もう、マリーナに会えないかもしれないのに」
「……話、つけてあるよ。ちゃんと。『トラップが幸せになるのならそれでいいよ』だとさ。ったく、薄情な妹だぜ」
というよりも、最後の一押しをしたのはマリーナ自身なんだが。
さすがは……俺の妹だぜ。
「おら、行くのか、行かねえのか?」
差し伸べた俺の手を、パステルはためらいなく握った。
これから先、どんな苦労が待っていようと。
俺は絶対に……後悔なんかしねえ。
ショートソードをパステルに渡し、長剣を構える。
久々に握ったそれは、重かった。この腕に、俺と、パステルの命運がかかってるんだからな……軽かったら困る。
「見張りがいるかもしれない」
パステルの言葉に外をうかがうが、それらしき気配は感じられねえ。
細くドアを開ける。廊下には、人気が全くなかった。
「……誰もいねえぞ」
「え?」
俺の言葉にパステルも外に出る。見事に人っこ一人いねえ。
……まさか。こんなことができるのは……
俺の脳裏に、黒髪の美形の王子の姿が浮かんだが、それを確認しているような暇は無かった。
「行くぞ、パステル」
「うん」
最愛の女を連れて。俺は、引き返せない一歩を踏み出した。
まずは森を抜ける。俺の街まで戻ったら、朝まで時間を潰して、馬車を調達する。
どこからかき集めたのか、あるいは出所はクレイなのか……マリーナが持たせた路銀は、結構な額だった。
必死で森を走り抜ける。俺はいい。どうとでもなる。
問題はパステルだ。それまで、城から外に出たことすらも無いというパステルの足に、夜の森はきついらしい。
すぐに息が切れ、何でもねえところでつまづくようになった。
それでも、弱音一つ吐かず、俺についてきてくれる。
……手助けしてやるのは簡単なんだ。今の俺なら、おめえをおぶって森を走り抜けるくらい、多分わけもねえ。
だが、甘やかさねえ。これから先待ち受けてる困難は、こんなもんじゃねえから。
だから走れ、パステル。どれだけ俺の手をわずらわせてもいい。自分の力で走れ。
手をひっぱる。普段の倍近い時間をかけて道を進む。
何とか、夜明け前には抜けられそうだ、そう思ったそのとき。
前方から、異様な気配が、漂ってきた。
自然に足が止まる。先に進もうとしても進めねえ。異様な迫力……
「トラップ……?」
「……くそっ……」
足音一つ無かったのに。気配だけが濃厚に漂ってくる。
やがて……闇に同化しそうな黒尽くめの男が、俺の前に、姿を現した。
黒髪黒目、鍛え抜かれた体、手にしているのは長剣。
俺は剣の腕は大したもんじゃねえが……それでもわかる。
相当な、使い手……
「あなたは……」
「騎士団長、ギア・リンゼイと申します。パステル姫……いつも素直だったあなたが、こんな盗賊風情に言いくるめられるとは……」
パステルの問いに答える男の言葉は、酷く冷たかった。
俺に対する蔑みと、愚かな王女に対する哀れみ。
そんな感情がこめられた、背筋が寒くなるような言葉。
「下がっていてください。あなたは明日嫁がれる大切なお身体。傷つけるわけには参りません。この害虫を始末したら、すぐに城までお送りしますから」
「なっ……」
害虫呼ばわりされたのは、俺なんだろうが。
その言葉に、俺よりもパステルが怒りを覚えたらしい。俺を押しのけてギア、という男につめよろうとする。
……やめろ。
その男は……いざとなったら、俺とおめえ、二人まとめて秒単位で殺すことだってできる。
それだけの使い手なんだぜ……?
「ひどい……ギア、下がって。下がりなさい! これは命令よ。トラップを傷つけないで!!」
初めて聞いた、パステルの命令の言葉。だが、それにも、ギアは動じる気配も見せなかった。
「……申し訳ありませんが姫様。それは聞けません。これは王陛下からの命令ですので」
その言葉に、俺は悟る。
やっぱり、あのとき……あの王は、何もかも見抜いていたんだと。
俺の気持ちも、パステルの気持ちも。
パステルのことは、無視することに決めたらしい。それ以上構うことなく、ギアは長剣を構えた。
あちこちが崩れている俺の構えとは全く違う。無駄も隙もない構え。
俺があいつに勝とうと思ったら、多分後十年は修行が必要だな。
でも……負けるわけには、いかねえんだよ!
「下がってろ、パステル」
前に出ようとするパステルを押しやって……俺は、笑った。
笑ってやることが、パステルのためにできる、せいいっぱいの気遣いだったから。
「負けねえよ。おめえを置いて、俺が一人でいくわけねえだろ? 俺を信じろ」
俺の言葉に……パステルは、頷いて後ろに下がった。
それを確認して、向き直る。
ギアは動こうとはしない。見事な無表情で、俺を見ている。
……やるしか、ねえんだ!
長剣を構えて、俺は走り出した。
キンッ!!
一瞬、剣と剣がぶつかりあう。
力比べ。数秒耐えて……そのままとびすさる。
……駄目だ。
俺が全力をこめていたのに対し、ギアの野郎の表情には、余裕と嘲笑が見え隠れしている。
遊んでやがる。その気になれば、一瞬で殺すこともできるくせに……
……油断。その油断を、つくしかねえ!
再び走る。走る剣筋を見切って、避けて、受けて、流す。
反射神経とスピードには自信がある。そのおかげで、一撃でばっさり、という羽目にならねえですんでいるが。
ギアの剣が走るたび、俺の身体には、確実に傷が増えていった。
そして、その傷の痛みが、流れる血が、確実に反応速度を落とす。
……やべえっ!
何度目のことかは忘れた。
一瞬力が抜ける。その隙を狙って、ギアの剣が……俺の剣をはねとばした。
ぎんっ!
「トラップ!?」
「ちっ……」
響くパステルの悲鳴。
伏せるか、後ろに下がるか、思い切って前に出るか、横に避けるか。
いくつかの選択肢が頭をめぐり、その一瞬の間に、全ての選択肢が消滅する。
その瞬間、俺は首をつかまれ、傍の木に叩きつけられていた。
「くっ……!!」
骨がきしむような振動に、思わず歯を食いしばる。
ギアの力はすごかった。どれだけ力をこめても、ぴくりとも動かねえ。
喉を潰されそうな痛みに、目の前が真っ赤に染まる。
「まあ、その程度の腕で、よく持った方だといえる。だが……遊んでいる暇は、無いんでね」
耳に届くのは、笑いさえ混じったギアの言葉。
脇腹に、冷たい感触が押し付けられる。
……駄目かっ!!
一瞬諦めそうになったそのときだった。
「ぐっ!!?」
悲鳴をあげたのは……ギアだった。
どん、という小さな衝撃。
……何が、あった!?
反射的に閉じていた目を開く。ギアは、驚愕の表情を浮かべて……そのまま、ずるずると崩れ落ちた。
「っつつつ……」
首を解放され、同時に俺も座り込む。
何が……
目に入ったのは、ギアの背に刺さるショートソード。
そして。
その場に座り込んでいるパステルと……血まみれの、両手。
「トラップ……」
「パステル……おめえ……」
つぶやいた瞬間、パステルの膝から、力が抜けた。
茫然自失という言葉がふさわしい。うつろな目を、俺と、ギアに向けて……
「パステル……」
「いや……わたし、夢中で……トラップを助けようとして、トラップが死んじゃうと思って……いや……いやああああああああああああ!!?」
それ以上は見ていられなかった。
恐慌状態に陥るパステルを、俺は……力の限り、抱きしめた。
「パステル!!」
腕に力をこめた瞬間、震えていたパステルの身体が、大人しくなる。
そして、そのかわりとでもいうように……事態を理解して。俺の身体に、震えが走った。
「おめえ……何てことを……おめえまで、その手を汚すことはなかったのに。そんなのは俺だけで十分だったのに」
おめえのためなら、どんな罪でも犯すつもりだった。
どんなことをしてでも、おめえを守ってやるつもりだったのに。
俺は……!
「トラップ……」
「おめえを守ってやれなかった。これは俺の罪だ。おめえは悪くねえ。全部俺が……」
「違う!」
俺の言葉を遮ったのは、パステルの強い言葉。
姫として、いつも穏やかに求められた返事を繰り返してきたパステルが放った……自分自身の考え。
「違う。トラップ、言ったじゃない。甘えるな、自分のことは自分でやれって。だからわたしが自分でやったの。これはわたしがしたことなのよ。トラップ!!」
――――!!
おめえって……奴は……
マリーナもそうだった。パステルも。
俺が守ってやりたいと思った奴は……みんな、いつのまにか、成長してやがる。
……情けねえ。パステルが、これだけ頑張ったのに。
俺は……
俺にできたことは、ただパステルの身体を抱きしめてやることだけだった。しばらくの間、言葉もなくお互いの身体にしがみつく。
そのときだった。
どこからともなく、足音が向かって来たのは……
「……クレイ兄様!?」
先にその人物に気づいたのは、パステルだった。
振り返る。確かに、そこに立っていたのはクレイだった。
服装こそ、庶民のような地味な服を身につけているが……
「パステル……」
この事態はさすがに予想外だったのか。
クレイは、しばらく俺達とギアを見つめていたが……やがて、倒れているギアの元にかけより、その腕をつかんだ。
「兄様、これは……」
「逃げろ」
「え?」
何かを言いかけるパステルを遮ったのは、クレイの強い言葉。
……逃げろ。
それは、あのとき。俺がクレイと初めて会ったときも、言われた言葉。
「大丈夫だ、彼は助かる。後のことは何とかするから、お前達は早く逃げろ」
ギアの身体を抱き起こして、クレイは言った。
……全く。
おめえは……何で、そう……いつもいつも貧乏くじばかりひくんだ?
「兄様!? だって……」
止めようとするパステルを押しのけて、俺は立ち上がった。
クレイの元に歩み寄る。この、何もかもを見透かしたかのように、俺とパステルを引き合わせた……恩人を。
「いいのか? ……こいつが嫁がねえと、あんたの王家、色々とやばいことになるんじゃねえ?」
「バカなことを言うな! 妹を不幸にしなければ得られない力なんかいるか。そんなものに頼らなければならないような王家なら滅んでしまえばいい」
俺の質問に、クレイは即答した。
こいつなら、きっとそう言うだろうと思っていた。こいつが王に即位すれば……この国は、もっといい国になるに違いねえ。
庶民でも安心して暮らせる、そんな国になるに違いねえ。
にらみつけるクレイの目を受け止めて、俺は大きく頷いた。
安心しろ。俺は……もう二度と、おめえの期待を裏切らねえ。
「トラップ、妹の幸せを願わない兄がいるか? ……早く行け。パステルを不幸にするようなことがあったら……俺はお前を許さない。どこまでも追いかけて、俺自身の手で始末をつける」
……同感だ。そっちこそ、頼むぜ。後のことは。
「へっ、言われるまでもねえ。……安心して見守ってろ、パステルは絶対に幸せにする。……パステルはもらっていくぜ、兄貴」
俺がそう答えると。クレイは、満足そうに頷いた。
もう少し、こいつを兄貴と呼びたかったけどな。……いや、きっといつか、また出会える。
そのときは思う存分呼んでやるさ。甥っ子か姪っ子も連れてな。
「お前は、やっぱり罪人だよ。王家から、パステルの心という、もっとも価値のあるものを盗み出したんだからな?」
うまいことを言う。
あの日、俺は何も盗めなかったと思った。死を覚悟し、マリーナを救えねえ自分を責めていた。
だが……あれは、無駄じゃなかった。あのとき、俺は最高の宝を手に入れていたんだから。
「クレイ兄様……」
「パステル。幸せに、なれよ」
クレイの言葉に、パステルは大きく頷いて、俺の手を握った。
そうだ、幸せになるに決まっている。
俺もパステルも、それまでの生活で幸せを得ることができなかった。
だから、古い生活は捨てる。新しい生活で、幸せをつかみとってやる。
俺とパステルは走り出した。新しい道へ。
かたく繋いだ手を、もう二度と離さねえと、心に誓って……
完結です。ああ、長い……(汗
パラレルばっかり書いてると元設定を忘れてしまいそうで非常に不安ですが
学園編の4、ヴァンパイヤ、次は学園編5のつもりなんですよねえ……
その次くらいまでに通常のクレパスを書いてみたいものですが。
それにしても表現。うーん。
一応同じ表現は極力使わないよう気を使ってきたつもりなんですが……
さすがに40作品近くなると言葉のバリエーションがもう(未熟ですいません……)
そういわれると投下するのが怖くなるなあ。
131 :
名無しさん@ピンキー:03/10/18 14:12 ID:qKehuLOT
('A`)
ギアパス好きさん、実は結構いる・・・のかなヽ(゚∀゚)ノ
自分もギアパスが好きなのでギアパス話を書くかもしれないという
サンマルナナさんに期待してます・・・!
プレッシャーになったらスミマセン。
いつか書いてください!
トラパス作者さんの学園編も好きです。
かなり新鮮な感じがしますね!
>>130 トラパス作者様、乙です〜。
王宮編トラップ視点、クレイが物凄く格好いいです。
クレイ視点とか、クレイ即位後にトラップ達が帰ってくる話なんかも
読みたくなっちゃいました……というのはわがままですにゃ
次の作品も楽しみにしてますので是非〜
134 :
名無しさん@ピンキー:03/10/18 16:06 ID:a6VwWPpw
>>133 それいい、クレイ視点、クレイ即位後、面白そう!
ぜひ、俺も見たいです、トラパス作家さん、よろしければ書いてください。
刺されたギアのその後も気になりますんで、実は改心したとか…
クレイをかっこよくしてあげよう、の試みが成功したみたいで嬉しいです。
クレイ視点……同じストーリーを三本、はさすがに見たくない、って人が多いんじゃないかなあ。
要望は結構来てるので、まとめページにでもひっそりとアップしてみようかな? 書けたら。
クレイ即位後の話を書いてくれ、は向こうの掲示板でも言われました。
その後の二人……書けたら書いてみます。
クレパス話、どうやら何とかストーリーがまとまりそうです。
学園編4→ヴァンパイヤクレマリ→クレパス→学園編5
という順番でアップしていこうかな、と思っています。
クレマリとクレパスは、自信無いんですができる限りがんばってみます。
> さすがに40作品近くなると
結局これが結論だと思われ。
俺も数個エロ書いたことがあったけど、こんな早く書ける人ではないので何度も表現変えたりとかしてたけど、
これだけ短期間でこの多作だとキツいとは思う。少しの間文章寝かしとくとまた違うのかもしれないけど。
(ちなみに307のペースだって充分に速い)
別テイストは新規参入者に期待したい。
俺はフォーチュンクエストほとんど忘れてしまったので書きたくても書けないので。
>>136 ペースは速いかもしれないですね…
わたしもあせってしまうことも実はあったり。
ラブラブかどうか。ギアパスです。
前編参ります。
わたしの気持ちなんかお構いなしで、キスキンではドタバタだった。
今まで悩んでいたりとか、落ち込んでいたりしたことを気にする暇もないほど。
ダンジョンはすっごく難しいし、怖いことばっかりで、けど…
そんななかで、冒険者を辞めようかと悩んでいた気持ちがどんどんなくなっていった。
わたしもちょっとは成長してるのかな?とか。
ちょっと前向きに考えるだけで、しぼんでいた気分がむくむくと膨らむ。
現金だよね?
だけど、気になることがひとつだけまだ残ってた。
…ギア。
一体、どうしたっていうんだろう。
告白してくれたのも、優しくしてくれたのも彼で…
わたしはどちらかというと、正直戸惑っていたような気持ちが強かった。
だって、ギアって、かっこよすぎるんだもの。
最初はさ、そりゃー冷たいひとだと思ったんだけど。
だんだんわかってきたのは、彼がとても優しく笑うということ…
何ていえばいいんだろう?それでも彼に対して恋をしてる、と思ったことは実は一度もなかったりする。
…あの朝までは。
あちこちに松明がともされて、その中でキスキンの盛大な宴は行われていた。
アップテンポの音楽。
酌み交わされる盃の音色があちこちで響いていた。
ルーミィも、ノルも、キットンもクレイもトラップも、皆正装をして。わたしもドレスを着て(ルーミィもドレスなんだった。)、
いつまでも終わらないキスキンの宴を楽しんでいた。
…わたしが、冒険者をやめようとしていたこと…皆少しずつ気付いていてくれたらしくって。
みんながくれたひとことひとことに心をあっためてもらった。
なんだかね。
1人で悩んでるような気持ちになっちゃってたのかもしれない。
みんながわたしのことを気にかけてくれて…わたしもみんなと一緒にいたいと心から思った。
それが仲間…なのにね。
忘れてた。
ふと。
「パステル、あなたはギアに言わなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」
マリーナの言葉が思い出されて、胸が苦しくなった。
ギア…ギア。ギアを探さなくちゃ。
伝えたいことがあるんだ…
―――わたしたちはいろいろな所で朝を迎える。
みすず旅館で、
ある山の岩陰で、川沿いの木陰で。
ドーマで、エベリンで、コーベニアで…
あの日も、そんな朝だった。
何が違ったのか、どこが違ったのか、どれ位違ったのか…
同じようだったのに、その瞬間は突然落ちてきた。
宿のベッドで眠って、目覚めて、階下の洗面所に向かって、
深呼吸とかしちゃったりして、顔を洗って、タオルで拭いて。
窓から見える目の覚めるような空の青さ。朝日もキラキラ差し込んできて、気持ちよかった。
そして、部屋に帰ろうとして、入れ違うように階段から降りてきた姿を見た、そのとき…
眠たげな表情。
少し乱れた漆黒の髪の毛。
同じ黒でまとめられた、細身のシルエット。
なんの変哲もない、その姿からなんでかわたしは目が離せなくなってしまっていた。
「…?どうしたんだ」
「え?あ、ああ…なんでもない」
うわっ。恥ずかしい。
凝視してた。
「今日も大変だろうが頑張ってくれよ。…パステル」
最初の印象なんてどこに行ったのかわからないような笑顔。
わたしの前髪を撫でるように触って、ギアは洗面所へ歩いていった。
…???
な、な、何で…?
心臓がものすっごい勢いでどくどくと動いてる。
ギアの手が触れるか触れないか…それだけの距離だったのに…
擦れた肩と、前髪が切ない気持ちでいっぱいになってしまった。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
混乱したまま部屋に戻って、船の上でギアにもらったペンダントを取り出してみた。
控えめに光る、宝石を抱いた天使…
さらさらと音を立てる細い鎖。
それを指に絡めると、一瞬だけひんやりと冷たかった。
…どうしよう。
わたし、ギアのことが好きだ。
それまで、ギアに抱いていた感情を180度引っくり返したかのような…
安心して、ほっとするような気持ちや、たまにドキッとさせられるような甘い気持ちじゃなくて、苦しい。
心だけじゃなくてほんとうに心臓が潰されそうになってる。絶対なってる。肺にうまく空気が入れられないのか、息も苦しい。
それなのに、目を離すことも出来ない。
今まで、ギアからは何度も色んなことを言ってもらって来たのに…
どうしてさっき、こんな気持ちになったんだろう?
なんで?
どうしてなの?
自分でも、もう、大混乱!って感じで、その気持ちは今になってもよくわかっていない。
とりあえず、わたしは彼が好きなんだろう、とは思うんだよね。
けど、どうしたらいいの?
締め付けられるかのような気持ちが前に出るようになっちゃって、きっと言おうとしてもうまくは言えない…
それに、わたし…冒険者を辞めるなんて言ってしまって。
ぎりぎりで、辞めない方に考えが向いてしまって。
いい加減で、くよくよしてばっかりのわたしのために彼は、ガイナに来てくれるとまで言ってくれたのに!
その彼を、傷つけることになってしまう…って思うと、何も出来なかった。
「…ギア」
いろいろなところを歩いて回ったけれど、何でかギアの姿が見えない。
どこなんだろう?
どこにもいない。
いま、会いたいのに…
城の中には、さすがにそろそろ宴を切り上げてきた人たちがちらほらいた。
まだまだ外の喧騒はおさまりそうになかったけど…
わたしが城に戻ってきたのは、疲れて寝るためじゃもちろんない。
ギアが戻ってきているんじゃないかっていう予感が…したから。
何となく、確信に近かった。
かならずギアと会える。わたしたちは会える。
唇だけで反芻しながら、ギアにあてがわれたはずの部屋の扉を、ゆっくりと3回、ノックした。
会いたい。
そう。会いたいんだ。
会いたい。ギアに会いたい。
会って、顔を見て、声を聞きたい。
心の中に願いを込めて、3回。
そして…それは叶った。
わたしの右手が下ろされるより先に、ドアの隙間から、驚いた表情のギアが、顔をのぞかせた…
前編終了です。
しょぼくて原作無視…すみません
ギアパス〜!ドキドキ楽しみなり!!
サンマルナナさん続き待っております!
新作アップ〜
学園編の4。
ええと……多分、この辺からあんまり学園って雰囲気が……(汗
後、トラップのある設定について、非難がとぶかもしれません。
迷ったんだよなあ、どうするか。
けれども、色々考えた結果、こうなりました。よろしくです。
ファーストキスは、結婚式までとっておきたい。
今時珍しいねって言われようと、わたしはずっとそう思っていた。
だけど、最近何故か思い出す幼い日の記憶。
遠い昔、お父さんの友達だという人の家に遊びに行った記憶。
そういうことがあった、とは覚えてはいたけれど、細かいことはもう忘れてしまっていたのに、最近何故か、そのことを思い出す。
仲良くなった、一つ年上の男の子。
一緒に遊んで、喧嘩して、そして助けてもらって。
「泣くなよ。約束だからな」
男の子は言った。笑っている方が可愛い、そう言ってもらえた。
「約束を守ったら、俺の嫁さんにしてやるよ」
ぶっきらぼうにそう言った男の子に、わたしは笑顔を返した。
お嫁さんになるということは、綺麗なドレスを着れるということ。
あの頃のわたしにとって、認識はそんな程度だったけど。
「うん。わたし、大きくなったら、……君のお嫁さんになる」
そう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
そして……
あのとき、唇に感じた柔らかい感触は、あれは、もしかして。
もちろん、幼かったわたしに、その意味などわかるはずもないけれど。
実際、今の今まですっかり忘れていたけれど。
多分友人達に話したら、「そんなのは数のうちに入らない」と言われるんだろうけれど。
でも、わたしは思う。
あれこそが、わたしにとってのファーストキスだった、って。
そう思わなければ……悲しすぎるから。
うーん……
わたしの前には、広げられたノートと教科書。
ううーん……
目の前に踊っているのは、数字と記号の羅列。
この記号の意味は何だっけ? ここにこの公式使うんだっけ? えと、その場合定義は……?
うんうんと唸っても、わからないものはわからない。だって問題の意味がまずよくわからないんだもん。
「ああーもう!」
思わずノートを投げたくなったけれど、それは何とか我慢する。やつあたりしたってしょうがないもんね。
五月の半ば。中間試験まで、後数日。
国語と英語はねえ、好きだしまあまあ得意だから。
社会も、覚えるだけだから。多分何とか。
でも、数学と理科は、わたしにとってはもう未知の教科。
中等部の頃までは何とか理解も追いついたけど、高等部に入ってから加速度的に難しくなったこの教科が、わたしは大の苦手なんだよねえ。
これさえなければ、試験の順位も大分上がる、とはマリーナの言葉だけど。
はう……
ため息をついた立ち上がった。時間はもう夜の1時過ぎ。
もうちょっと頑張ろう。明日は幸い休みだし。
今日は金曜日。土曜日、日曜日と挟んで、月曜日からもう試験。
もう一ヶ月以上も経つんだ。月日が流れるのって、早いよねえ……
何となくしんみりしながら、わたしは部屋を出た。
夜食でも作ろう。何だかお腹が空いちゃったし。確か、朝ごはんにしようと思ってサンドイッチの材料、そろえてあったはずだし。
じゃあ、明日の朝ごはんは? なーんて声が頭の中をかすめていったけれど。
ま、そのときはそのとき。何とでもなるでしょう。
台所に立って、簡単な野菜サンドイッチとあったかいミルクを入れる。
うん、おいしそう。試験勉強は好きじゃないけど、夜食を食べれるのが唯一の楽しみだったんだよね。
まだ両親が生きていた頃、遅くまで勉強していると、たまにお母さんがあれやこれや作って差し入れてくれた。
もっとも、お母さんが家にいることは滅多になかったけれど。
……あれ?
両親のことを思い出しても、もう以前ほどには辛い気持ちにならない自分に、ちょっと驚く。
以前は、ちょっと思い出すだけで、涙が溢れて困ったのに。
……大分、立ち直った……ってことなのかな。
これが、ふっきれた、ってこと? だとしたら……
「おめえ、こんな時間にあにやってんだ?」
「きゃあ!?」
ボーッと考え事をしているときに突然声をかけられて、わたしはマグカップを取り落としそうになった。
わたし以外にこの家に住んでいる人物は、今のところ一人しかいない。
「と、トラップ?」
「あんだよ。……お、うまそうじゃん。一個もらい!」
「あ、こらー!!」
作りたてのサンドイッチをかっさらわれて、思わず立ち上がる。
もー、油断も隙もないんだから!!
トラップ。本名ステア・ブーツ。
両親が死んだわたしを引き取ってくれたブーツ一家の一人息子で、わたしと同い年で同じ学校で同じクラスで席も隣。
口が悪くて手癖が悪くて寝起きも悪い、けれどいざというときは頼りになるし何だかんだで何でもできるし表には出にくいけどとても優しい。
そういう、複雑な人だったりする。ちなみに、彼のご両親は仕事の都合で海外に行ってしまっていて、今のところほぼ二人暮らし状態。
そう言うと、「同棲生活!?」なーんて言われるかもしれないけれど、今のところ、わたし達はそんな関係では……無い。
実は一度キスはしたけれど。それは……その、なりゆきというか。場の雰囲気というか。感謝のお礼というかっ……そう、あれは深い意味など何もなくて!
それが証拠に、キスまでした関係だというのに、以前となーんにも変わらないこのトラップの態度! 彼にとってはあんなこと、冗談の範疇内なんだろう、多分。
何だかんだでまあまあかっこいいからそれなりにもてるみたいだし(マリーナいわく)。
だから、わたしも気にしないことにした。そう、気にしてなんかいない。
「……一人で何ぶつぶつ言ってんだ?」
ハッ!
思ったより近くで声をかけられて、わたしはわたわたと手を振った。
「な、何でもない、何でもない」
「ふーん。ま、いいけど。で、おめえこんな時間に何で飯なんか作ってんだ?」
「え? そりゃあ……」
サンドイッチにしつこく手を伸ばしてくるトラップをべちんとはたいて……そこで我に返る。
そうだそうだ、こんなことしてる場合じゃなかった。
「決まってるでしょ、勉強してたのよ! もうすぐ中間試験じゃない」
「んあ? そーだっけ?」
くっ、この男のこの余裕は一体どこから来るんだろう……
「そうなのよ! もう、トラップは勉強してるの?」
「してねえ」
やっぱりね。まあ彼は、荷物が重たくなるとか面倒くさいとか言って、教科書もノートも学校に置きっぱなしにしてる人だから。
それにしても、少しは焦るとか無いのかなあ……
「いいの? それで」
「んあ? あんでだよ。だってどーせ授業で言ったことがそのまま出るんだろ? だったら授業受けてりゃあ、別に改めて勉強する必要なんかねえじゃん」
「うっ」
トラップの言葉は、何だかすごく正論に聞こえた。
言われてみれば……そうだよねえ。っていやいや、授業で言ったことを全部丸ごと覚えてるなんて無理だよ。
それに、予習をちゃんとしないと授業がそもそも理解できないし。復習しないと忘れちゃう。
だから、勉強は必要なんだって、やっぱり。
まあ、いいけどね。トラップの成績がどうだろうと、わたしには関係ないから。
「とにかく、そういうことだから。わたし、もう少し勉強してるから邪魔しないでね」
「けっ、誰がするかってんだ。で、今は何の勉強してんだ?」
「数学」
そう答えて、いつの間にか半分くらいに減ってるお皿とコップを手に立ち上がる。
やれやれ、結構時間が経っちゃってる。眠くならないうちに頑張らないと……
落さないように注意して階段を上っていくと、後ろからトラップもついてきた。
ああ、彼も自分の部屋に戻るんだな、と特に注意もしてなかったんだけど。
部屋のドアを開けると、何故かトラップも、一緒に入ってきた。
「……ちょっと」
「ふーん、割と綺麗にしてんだな」
「ってちょっと! 勉強するんだから邪魔しないでって言ったじゃない!」
「んあ? 邪魔なんかしてねーよ」
「だって……」
わたしの抗議なんか無視して、トラップは机の方に歩み寄った。
教科書をちらっと見て、ノートを取り上げる。
「ふーん……」
「ちょっとちょっと! 返してってば。わたし勉強……」
「おめえ、ここ計算ミスってんぞ」
「え?」
トラップが指摘したのは、どうしても解答と計算結果が一致しなくて困っていた問題。
彼が指差しているのは、かなり最初の段階の計算過程。
「え? 嘘っ」
「後、ここ。この時点でこの公式当てはめても使えねえよ。その前にこっちの計算やって数値を出して、その数値を代入しねえと意味がねえから」
「え? えー?」
ま、待って待って待って。
トラップって、もしかして……
「トラップって、数学得意なの!?」
「……何で苦手なんだよ。言われた通りに計算して公式に当てはめるだけじゃん」
何でもないことのように言うトラップ。その言葉に、わたしは何だか眩暈さえ感じた。
お父さん、お母さん。
人は皆平等だって言うけどそれは嘘です。
わたしがあれだけ努力しても解けない問題を、何の苦労もなくさらっと解いてみせるこの男の存在は、絶対不条理です!
わたしが一人落ち込んでいると、トラップは面白そうに笑って言った。
「勉強手伝ってやるからよ。そんかわり、俺にも夜食、作ってくれよな?」
それから今日と土日の二日間。わたしはトラップの猛特訓を受ける羽目になった。
「ばあか、何でそこでxの値を使うんだよ。最初にyを求めてからだなあ……」
「おめえなあ! F=ma ってのがどういう意味の式か、わかってんのかあ!?」
「違うっつーの。この公式はな、何で成立するのかってーと……」
10分に一回は怒鳴られて、30分に一回は拳骨が落ちたけど。
少なくとも、一人でやるよりは随分効率的に、理解することができた。
……絶対おかしい。
トラップがこんなに勉強できるなんて、絶対間違ってるって!!
月曜日は国語と地理と物理。火曜日は英語と化学。水曜日は歴史と数学。
国語はもともと得意だったし、地理もまあいつもと同じくらいには。
一番問題だった物理も、トラップの猛特訓のおかげか、何だか普段よりは格段にできたり。
火曜日も同じく。英語は得意な方だったし、化学も何とか乗り切った。
問題は、明日。数学は、トラップの猛特訓でどうにかなると思うけど……
「ううっ、範囲が広い……」
火曜日夜。わたしは歴史の教科書とノートと暗記カードの山に埋もれる羽目になった。
覚えるだけだから何とかなる。その前に物理と数学を何とかしちゃおう。
そんなことを考えていたら、いつのまにか物理と数学だけで時間が過ぎちゃったんだよね……
わーん、わたしのバカバカバカー!
「おめえって、本当にどっか抜けてるよなー」
トラップには笑われるし。うう、最悪……
こればっかりは、手伝ってもらうようなことも無いもんね。ひたすら覚えるだけだもん。
ううう……
そんなわけで、わたしは試験最終日に向けて、なかなか眠れない夜を過ごす羽目になった。
水曜日の朝。今日を乗り切れば、明日と明後日は試験休み、土日も含めた4連休。
試験中は午前中で授業が終わるから、お弁当も作る必要がなくて少しのんびり寝ていられる。
前夜遅くまで勉強していたせいで、わたしはそれこそギリギリまで寝ていよう、そう思ったんだけど。
「おい、パステル。起きてっかあ? あのさあ、朝飯……」
目が覚めたのは、トラップの声。
んん……?
枕元の時計を引き寄せると……時間は既に7時半。
……きゃああああああああああああああああああ!!?
「いやああああ!! ち、遅刻遅刻!!」
「あんだ、どーした?」
バタン
わたしが焦ってパジャマを脱ぎ捨てたところで、部屋のドアが開いて制服姿のトラップが顔を覗かせた。
……硬直。
「ば、ばかあああああああああああああああああ!!!」
「うわあああああああああ!!」
ばこーん!!
投げつけた時計は、トラップの顔面にクリーンヒットした。
いやあああ、もう最低っ!!
朝ごはんなんか食べてる暇も無い。
あたふたと制服に着替えて、教科書をカバンにつめこむ。
うー睡眠不足のせいかな? 何か頭痛い……今日の試験、大丈夫かな……
「……用意できたか」
部屋のドアでは、物凄く不機嫌そうな顔をしたトラップが待ち構えていた。
その額がちょっと赤くなってるのは……わ、わたしのせいじゃないからね!
「ったくよお。わざわざこの俺が起こしに来てやったっつーのに、こんな熱烈な礼をくれるとは思わなかったぜ」
「だだだだって、トラップが悪いんでしょー!? 人の着替え覗くから!」
「はああ? 誰がんなどこが背中か胸か理解に苦しむ身体を……てててっ!!」
ぎゅうううう、と憎まれ口を叩くトラップの背中をつねりあげて、わたしは階段を駆け下りた。
時間は既に7時50分!
「いやあ、もう最低……絶対遅刻しちゃう。今日試験なのに……」
わたしが嘆きながら靴を履いていると。
ポン、と何かが投げられた。
反射的に受け取ったそれは……ヘルメット。
「……え?」
「おら、行くぞ」
「え? ちょっとちょっと?」
ぐいっ、と手をひかれる。指差されたのは……
「ま、まさかこれで行くつもりなの!?」
「ああ? 遅刻するよりいいだろうが」
「だ、だって校則違反じゃない! 見つかったら……」
「ごちゃごちゃ言わずに乗れ!」
「きゃあああああ!!」
肩にかつぎあげられて、強引に座らされる。即座にトラップも前にまたがって……
「おら、しっかりつかまってろ!」
「いいやあああああ! わたし、わたしスカート……」
ぶろろろろろろろっ!!
わたしの抗議の声は、急発進のエンジン音でかき消された。
バイクで登校なんて……見つかったら停学ものじゃないのよおおおお!!
バイクは駅の駐車場に停めて、そこから歩く。
学校の最寄り駅に到着したとき、時間は8時30分だった。
「ほれ、間に合っただろうが」
「……もう二度とバイク登校はしない……」
ひょうひょうと言い放つトラップに、ヘルメットを投げつける。
だってだって! きちんと座りなおす暇もなく走り出すから、スカートが物凄く派手に翻って……
そ、それを抑えるために、片手でトラップのウェストにつかまってたのよ!?
生きた心地がしなかった……ううう……
とまあ、言いたい文句は山のようにあったけれど。
今は差し迫った試験の方が問題だよね、うん。
気を取り直して歩き出す。トラップの意見で、途中にあるコンビニで朝ごはんを調達することにしたんだけど。
「あんだよおめえ、食わねえの?」
「あんまり食欲無い……」
ストレスのせいか、あまり食べたいって気がしない。おにぎりだ唐揚げだと買い込むトラップを尻目に、わたしはお茶だけ買うことにした。
わたしってこんなに繊細だったっけ? どっちかというと楽観的な性格だと思ってたんだけど。
「ほら、行こう。遅刻しちゃう」
「ああ」
何だかじーっと顔を見てくるトラップをひっぱって、わたしは店を出た。
学校に到着したのはまたまた始業ギリギリの時間。
「今日は試験最終日だな。明日からしばらく休みになるが、すぐに期末テストもある。あまり気を抜かないように」
ギア先生の言葉に、みんなの反応は薄い。
目前に迫った歴史試験のことで、頭がいっぱいだからだけどね。
かくいうわたしも、机の下でこっそり暗記カードをめくって……
ふと視線を感じて顔をあげる。
ギア先生が、じっとわたしのことを見つめていた。その視線は……やっぱり、冷たい。
慌てて視線をそらす。
ギア先生は、実はわたしのことを好きだと言ってくれている。一緒に暮らそうとも言ってくれている。
だけど、わたしは先生は先生としか見れないから、受け入れられなかった。トラップの家に住んでいることに、何の不満もなかったし。
そのせいで、ギア先生はトラップを目の敵にしているような節があるんだけど……ちょっと前に「婚約者だ」とトラップが言い放ってから、特に何かを言われたことは、無い。
ただ、わたしとトラップに向ける視線は、酷く冷たくて……まあ、トラップは「気にすんな」って言ってるけど。
ちなみに婚約者云々は別に嘘じゃないけれど、本人同士は了承してなかったりする。念のため。
気まずい沈黙が流れる中、チャイムが鳴り響いた。
「……試験開始だ。筆記用具以外は、机の中に閉まって」
先生の言葉に、皆が一斉に動き始めた。
昨日の猛勉強のおかげか、歴史はまあまあ無難にクリアできた。
後は数学さえ終われば、晴れて自由の身。
「うう……」
「んあ? どーした?」
うめいていると、隣のトラップに声をかけられる。
試験はまだ終わってないけど、多分トラップの中では既に終わったも同然なんだろうなあ。数学得意みたいだし。
いやまあそれはともかく。
「パステル?」
「ん……何でもない」
何か頭痛い。寝不足のせい……? ボーッとする。
駄目駄目、まだ試験が残ってるのに。特に数学は、トラップに散々迷惑かけたんだから。
がんばらないと。
「おい、おめえ……」
「大丈夫、大丈夫。せっかく教えてもらったんだから、がんばらないとね」
手を振るわたしに、トラップはなおも何か言おうとしたみたいだけれど。
そのとき、チャイムが鳴り響いて、数学の先生であるミケラ先生が入ってきた。
最後の試験が始まる。
いつもは苦戦する問題も、今日は何なく解ける。
方程式、公式、代入。どこにどれを使うのか、いつもならおたおたするところだけど、トラップが教えてくれたことを思い出すと、今まで悩んでいたそれらが、すごく簡単なことに思えてきた。
これなら、いける。
試験時間は50分。時間いっぱいかけて、わたしは解答を埋めた。
後少し、後少し頑張れば……
チャイムが鳴った。
「よし、終了。後ろから答案用紙を集めてきてくれ」
がたがたと机の動く音、大きく息をついたり伸びをしたりするクラスメート。
終わった……!
「ま、思ったより簡単だったな。おめえ、どうだった?」
声をかけてくるトラップに、満面の笑みを返す。
「うん、ありがとう。トラップのおかげで、割とスラスラ解けたよ」
「あったりめえだろ? 感謝のしるしに飯でもおごれよ」
「うん、何でも……」
何でもおごるよ。
そう、言おうとしたんだけれど。
目の前のトラップの顔が……不意に、ぼやけた。
……あれ?
「パステル?」
頭、痛い。何だか、暑い……
ぼやん
視界が揺れる。気が遠くなる。
「おい、パステル!?」
悲鳴のようなトラップの声が響く中。
わたしは、ゆっくりと気が遠くなっていくのを感じた。
最後に感じたのは、力強い腕が、わたしの背中と膝裏にまわる感触。
誰かが、わたしを抱き上げて……
――ただの、風邪でしょう。
遠くに聞こえるのは……あの声は、保健室の先生、キットンの声だ。
――おうちの人に迎えに来てもらいますから、あなたはもう帰っていいですよ。
キットンの声は大きいから聞こえるけど、相手の声までは聞こえない。
――え? あなたが? ははあ。しかしどうやって連れて帰ります? 誰か、車で来ている先生に頼みますか?
この、感じ。ベッド? わたし、ベッドに寝かされてる……?
――ははあ、バイク? あんまりお勧めしませんがねえ……まあ無理はさせないようにしてくださいよ? 季節の変わり目の風邪は怖いですから。
暑いなあ……何があったんだろう……
――バイク取りに行ってきますか、そうですか。わかりました。
頭、痛い……
わたしは目を閉じたまま、じっとその会話を聞いていた。
風邪……それって、わたしのことだよねえ……
カーテンがひかれる音。誰かが、わたしの顔を覗きこんでいる。
そして……
唇に、何か柔らかいものが触れた。
けれど、それを感じたときには……わたしはもう、眠気に素直に身をまかせていた。
傍にいた人が離れた。
夢の中の出来事なのか、それとも現実なのかよくわからない、ふわふわした状態。
ドアが開いて誰かが出て行く。しばらくは静かだったけれど……
――ああ、そうだ! 今日は保険医会議があるんでした! うわああもうこんな時間だ!!
キットンの騒がしい声が微かに耳に届く。
ばたばたとまた一人、誰かが出て行った。
それっきり、部屋の中は静かになる。
……眠い、なあ……
すーっ、とまた眠気が襲ってくる。
暑い。布団から両手を出して、わたしが大きく息をついたときだった。
ガラリ、とドアが開く音がした。
誰か、来た……?
ぼんやりとそんなことを考えたけど、目を開けるのも億劫だった。
誰かが近づいてくる。カーテンをひく音がして、枕元に立つ気配。
視線を、感じる。誰……?
そのときだった。
暑さのため布団から出していた上半身。
その胸元に、微かな気配を感じる。
……え?
そう思ったときには、セーラー服のスカーフが、乱暴にひきぬかれていた。
な、何!?
目を開けようとした。だけど、そのときには……わたしは、乱暴に身体をひっくり返されていた。
「ふわっ!!」
ぐいっ、と顔を枕に押し付けられる。一瞬息がつまった。
力強い腕。両腕をねじりあげられ、痛みに涙がこぼれそうになる。
そのまま、わたしの腕は、ベッドのポールに縛り付けられた。
ななな何!? 何が起きてるの!?
縛り付けているのは、わたしのスカーフ。
腰のあたりに感じる重み。誰かが、わたしの上に……
不意に、自分が何をされようとしているのかを察した。
悲鳴をあげようとしたけれど、その瞬間、また頭を押さえ込まれる。
苦しいっ……!!
暴れようとしたけれど、身体にうまく力が入らない。
誰か、誰か助けてっ……!!
セーラー服をまくりあげられる。背中に生暖かい空気が触れた。
ばちり、とブラのホックが外される音。
「んーっ! んんっ!!」
抵抗しようとしたけれど、両腕は動かせないし、腰に誰かが乗っているせいで、身動きがままならない。
だ、誰か――!!
ぞわりっ
背中を撫でられて、全身に悪寒が走る。手が動いて、胸を包み込むように、身体をわずかに持ち上げられた。
怖い……
手が、胸を優しくもみしだく。反応なんかしたくないのに、声が漏れるのを抑えられない。
「やあっ……あ、ああっ……」
背中にキスの雨が降る。強く吸い上げられて、わたしは背筋をのけぞらせた。
脚の間に誰かが割り込んでくる。スカートがまくりあげられる。
下着が引き下ろされて、こらえきれず涙をこぼした。
何で? 何が……何がどうなってるの!?
つつっ、と太ももを撫でられる気配。
手は、容赦なく、わたしの中へと侵入していった。
「っああああっ!!」
その手の冷たさに、悲鳴をあげる。
これ……この手……まさか、まさかっ!?
まさか、そこまで……嫌だ、もう嫌っ……
「助けて……」
わたしの微かなつぶやきを黙殺して、相手の手は、容赦なくわたしの中をかきまわす。
ぐじゅっ、という音とともに、太ももを、粘液が伝い落ちるのがわかった。
反応してる。こんなことされて、反応してる。
嫌だ。嫌……こんなのは、嫌……
「助けて……」
ぐっ、と腰を持ち上げられた。四つんばいになるような格好を強いられて、羞恥に顔が赤くなる。
誰か……
「助けて、トラップ!!」
叫んだ瞬間。
がっしゃーん!!
響いたのは、窓ガラスが割れる音。
ついで、「うっ」という小さなうめき声。
その声を聞いて、わたしは確信する。
やっぱり……やっぱり……
ばたばたと走り去る音。ドアが開いて、誰かが出て行く。
「パステル、大丈夫か!?」
窓の外から響いたのは、わたしが求める声ではなかった。
「クレイ……?」
「ぱすて……」
必死に窓の方に顔を向けると、割れたガラスの向こうで、クレイと目が合った。
クレイは何故か硬直している。その顔が、段々と真っ赤に染まって……
「ごごごごめんっ! 見てないから、あの……」
ばっと顔をそむけられる。
彼の視線を辿って……わたしは、今の自分の格好を思い出した。
両腕をポールにしばりつけられて、四つんばいにされて、セーラーの上着は胸の上までまくりあげられて、スカートは腰まで……
「い、いやあああああああああああああ!!?」
服を直したくても。腕を縛られたわたしには、どうすることもできない。
じたばたと脚をばたつかせて、どうにかスカートだけ腰から落とす。
ななな何てことっ! こんな格好を、クレイに……男の人に見られるなんてー!!
「やだあ……何で、何で……」
涙がこぼれる。腕を振ったけど、スカーフの結び目は硬く、なかなか解けそうにない。
わたしの泣き声に気づいたのか、クレイはしばらく躊躇した後、窓を開けて中に入ってきた。
必死に目をそらしながら、腕の拘束を解いてくれる。
慌てて服装の乱れを直す。何で……
何で、こんな目に合わなくちゃいけないのっ……
「うっ……ふっ……う、ううう……」
あふれる涙を止められない。
クレイは、しばらく黙っていたけれど、優しく頭を撫でてくれた。
我慢できなかった。
わたしは、クレイの身体にすがりついて、小さな子供のように、大声で泣いてしまった。
どれくらい泣いていたのかわからない。
涙って、こんなにたくさん溢れるんだ。そんな変なことに感心していたとき。
クレイの手は、優しくわたしの背中を撫でてくれている。
喉が枯れて、しゃっくりのような声しか出なくなった。
そのときだった。
ガラリ、とドアが開く音。
「ったく参ったぜ。道路が混んでてよお……キットン、いねえのかよ?」
ずかずかずか
足音は、何のためらいもなく部屋に入ってきて。
そして、ベッド脇のカーテンをひいて……そのまま身を強張らせた。
立っていたのは、わたしが助けを求めた人物。
「おめえら……」
トラップの顔が強張る。拳が握り締められる。
その表情に怒りが浮かび、クレイが何かを言おうとして……
だけど、一番早かったのはわたしだった。
「トラップ……トラップ、トラップ!!」
もう声は出せないと思った。
もう涙なんか枯れ果てたと思った。
だけれど、その顔を見たら、新たな涙が、すごい勢いで溢れ出して……
「遅いよ……ばかあ! 怖かった、怖かったんだからあ!!」
「お、おい!?」
クレイから身を離し、今度はトラップにすがりついて、わんわんと泣き喚いてしまった。
後ろでクレイが苦笑している気配と、トラップの戸惑った気配。
遅いよ。
助けて欲しかったのに、どうしてもっと早く来てくれなかったの。
――守ってやるって言ったじゃない――
「……あにがあった?」
あの後。
どうやら、わたしは風邪をひきこんで熱を出して倒れたらしい。トラップが保健室まで運んでくれて、バイクを学校まで持ってこようと離れた。
すぐに戻るつもりだったけれど、道路の渋滞と、一方通行の関係でかなり回り道を強いられたらしい。それで、時間がかかったそうなんだけど。
まあとにかく、キットンも会議があるとかで保健室を出て、一時的にわたしが部屋に一人になったとき。
それは、起こった。
部活に出ようと、たまたま窓の外を通りかかったクレイが、石を投げてくれたおかげで……最悪の事態は避けられたけど。
バイクに乗せられて、帰宅した後。
説明を求めるトラップに、わたしは……何て言えばいいのかわからなかった。
どう説明すればいいのよ。あれは……あれはわたしの油断、じゃないよね。
だって、気がついたら一人で寝かされていて……気がついたら、もう脇に誰かが立ってて。
熱があって動けなくて、わたしのせいじゃ……無いよね?
でも、そう言ったら……多分、トラップは自分を責める。
一人にしたって、守れなかったって、自分を責める。
それは、嫌。
「何でも、無い……」
「ばあか、信じられるわけねえだろうが。……何が、あったんだよ?」
「何でも……」
思い出そうとすると、また涙が溢れてくる。
動けない身体を自由にされた恐怖と……そんなことをされながら、感じてしまった羞恥。
そんな感情がいっぱいいっぱい交じり合って……もう、何が何だか……
「うっ……ふ、ううっ……」
涙を止められない。泣き顔を見られたくない。
両手で顔を覆って、うつむくわたしを、トラップは……
ぎゅっ
「う……?」
「……ギア、か?」
抱きしめられる腕は、とても温かかった。
とても安心できる、腕。
トラップの言葉に、軽く頷く。
あの冷たい手と、声。あれは……あれは、間違いなく……
クレイは多分見ていたはずだけれど、言おうとはしなかった。多分、彼は彼で、色々考えていることがあるんだろうけれど。
言わなくても……トラップには、お見通しだった。
「トラップ……怖い、怖いよ。わたし……」
泣きじゃくるわたしを、トラップはただ抱きしめてくれた。
その後、再度熱が上がって、わたしはせっかくの4連休をほとんどベッドの中で過ごすことになった。
ショックはなかなか抜けそうもなかったけれど……
暇さえあれば部屋に顔を出して、おかゆだ飲み物だタオルだ氷枕だと世話をやいてくれるトラップの顔を見ると、早く忘れなくちゃ、と思えた。
心配してくれるトラップに、泣き顔を見せちゃいけない、と思った。
幸い、最悪のところまではいかなかった。
忘れ、なくちゃ。早く……忘れなくちゃ。
「どーだよ。うまいか?」
おかゆを差し出すトラップに、微笑んでみせる。
わたしの笑顔を見て……トラップは、微かに笑うと、くしゃり、と頭を撫でてくれた。
そして、4連休が終わる。
学校が始まる日が憂鬱だった。担任の先生だから、嫌でも顔を合わせなくちゃいけない。
怖い……
わたしが暗い顔をしているのがわかったのか。
朝食を食べながら、トラップは、にやりと笑って言った。
「大丈夫。心配すんなって」
その言葉がどういう意味なのか、ただの気休めなのかはわからなかったけれど。
その笑顔に、わたしは「ありがとう」と答えるしかなかった。
なるように、なる。
先生は、わたしが気づいたと思ってないかもしれない。
わたしが、何も気づかないふりをしていれば……
相変わらずの混雑した電車に乗って、学校へ。
「おはよう」と声をかけるクラスメートに、いつも通りの挨拶を返す。
いつも通り……だよね? わたし、どこも変な態度じゃないよね?
席につくと、程なく先生が姿を現した。
さすがに、背中が強張ったけれど……
「今日は試験の結果発表の日だな。答案も授業中に随時返って来るだろう。復習を怠らないように」
淡々と連絡事項を告げる先生の口調は、いつも通りだった。
特に、わたしに目を向けてくることも、ない。
……まさか、わたしの勘違い……なんてことは、ないよね?
間違いない、よね。だったら……
だったら、どうしてあんなに平然としていられるの? 先生……
涙がこぼれそうになって、慌てて目を伏せた。
気にしちゃいけない、忘れなくちゃいけない、忘れなくちゃ……
うつむくわたしのことは気にもとめず、先生は帳簿に欠席者のチェックだけして、HR終了の合図をした。
そのときだった。
ガタン
隣で誰かが立ち上がる。
「……トラップ?」
クラスメートの怪訝な視線が、一斉に集まる。
ギア先生の目が、冷たくトラップを見据えて……
トラップの表情に浮かぶのは、怒り。
彼は、そのままずかずかと教壇まで歩いて行って……
「トラップ!?」
瞬間的に声をあげて立ち上がったけれど、遅かった。
そのときには、トラップは、拳を固めて……
ガツンッ!!
派手な音を立てて、ギア先生を殴りつけていた。
うろうろ、うろうろ。
わたしは今、校長室の前で行ったりきたりしている。
ちなみにしっかり授業中だったりするんだけど、とても授業を受けようなんていう気にはなれなかった。
「頭が痛い」
一時間目の授業がたまたま数学で、ミケラ先生はわたしが試験のとき倒れたことも知っていたから。あっさり信じてくれた。
ううう、嘘ついてごめんなさい……でも、でも多分今授業を受けても、何も頭に入らないと思いますので……
校長室の中では、ギア先生とトラップ、そして校長ジェローム・ブリリアント三世(大げさな名前だよねえ……)がしゃべっているはず。
どんな事情があれ、いきなり生徒が先生を殴ったんだもん。
停学……下手したら、退学もあるかもしれない。
それに、確信できる。トラップは、多分絶対事情を話したりしない。わたしのことを、絶対口にしたりしないだろうって。
トラップ……ごめん。ごめんね。
わたしのせいだよね。わたしが泣いてたから、傷ついて忘れられなくて落ち込んでいたから。
だから……わたしのかわりに怒ってくれたんだよね?
わたし……どうすればいいんだろう。
ギア先生にされたことを、洗いざらい全部話せばいい? ……だけど、それは……
それは、嫌だった。思い出したくない。口にしたくない。人に知られたくない。
わたし、どうすれば……
うろうろ、うろうろ。
部屋の中からは全然声が聞こえてこない。一体、どんな話をしてるんだろう?
校長先生は面白い先生だ。ゲームが大好きであまり先生っぽくないけど、理由も聞かずに問答無用で処分を下すような先生ではない、と思う。
だけど、理由を話さなかったら……
そのとき、チャイムが鳴った。一時間目が終わったんだ……
ざわざわと廊下が騒がしくなる。わずかな休み時間。
後十分で二時間目が始まる。どうしよう、一度教室に戻った方がいいのかな……?
「パステル!」
声をかけられて、思わず振り向いた。
そこに立っていたのは……
「クレイ!?」
「パステル、話はマリーナから聞いたよ。トラップは……」
「まだ、中に……」
クレイが言うには、授業が終わってすぐ、マリーナが三年生の教室にとびこんできたらしい。
マリーナ、ありがとう! クレイなら……
「クレイ、お願いトラップを助けて! トラップは悪くないの。わたしが悪いのよ、わたしのためにトラップは怒ってくれたんだから! お願い……」
わたしの言葉に、クレイはただ優しく微笑んだ。
ああ、彼は何もかもわかってくれているんだ……そう確信する。
クレイの行動に、迷いは無かった。
即座に、ドアをノックする。
「誰だね」
「三年B組クレイ・S・アンダーソンです。失礼します」
返事も聞かずに、クレイは中へと入っていった。わたしの腕をつかんで。
……え?
問答無用で部屋の中に連れ込まれ、ドアを閉められる。
机についているジェローム・ブリリアント三世先生(長いから普段はJB先生って呼んでるんだけど)と、その前に立っているギア先生とズボンのポケットに手をつっこんだトラップが、一斉にこっちを注目した。
JB先生とギア先生は無表情だったけど、わたしとクレイを見て、トラップが少し表情を動かす。
「おめえら……」
「失礼します。校長先生、生徒会長のクレイ・S・アンダーソンです。彼女は二年A組、生徒会書記のパステル・G・キングです」
トラップの言葉を無視して、クレイは校長先生に詰め寄った。
「ほお、生徒会役員か。んん? そういえばこっちの赤毛の小僧はステア・ブーツとか言ったな? こいつも……」
「はい。とらっ……ステアは生徒会副会長です。同じ生徒会役員のしでかしたこととして、私も一言謝罪を、と思いまして」
興味深そうに身を乗り出すJB先生にクレイが答える。
……どうするつもり?
「ふむ。謝罪か。この小僧はさっきから一言も口をきかんしギア・リンゼイも何も言わんからわしも困っておったところだ。お前は理由と原因を知っているのか?」
「はい。校長先生、これはちょっとした誤解と勘違いが招いたことでして、リンゼイ先生とステア・ブーツの個人的な事情です。
生徒と教師、そういった立場は関係の無いことなんです。そこのところをご理解いただけますか?」
「ふむ?」
クレイの言葉に、JB先生はトラップとギア先生に視線を向けたけど。
二人は無言。クレイが何を言い出すのかわからなくて、対応に困ってるみたい。
……まあわたしもなんだけど。
「個人的な事情、な。それは、わしが聞いてはまずい事情か?」
「いえ、やましいようなことは一切ありません。……彼女に関することなんです」
ぐいっ
そこで押し出されたのは……わたしだった。
はいいいいいい!!?
「ほう? この娘が原因で、このような騒ぎになった……と?」
「そうです。彼女は両親を亡くし、親同士が知り合いであったステアの家に暮らしています。つまり、同居をしているわけです。ギア先生は、それを聞いて同棲生活を送っているのかと勘違いをされて……」
「ふむ。わしも今聞いたときそう思ったぞ。違うのか?」
「同居です。ステアは両親と共に暮らしています。彼女は彼の家族です。ですが、誤解を招くのもまあ仕方の無いことでしょう。
ギア先生がステアに話を聞いたところ、両親を失い、傷心の彼女を傷つけまいと守っている家族のことを邪推された、と怒ったわけです」
「ふむ」
「ですが、ギア先生とて彼女の身を案じてのこと。決して、悪気があったわけではありません。そのへんの誤解が高じてあのような騒ぎになった、ということです」
「お前は随分事情に詳しいな?」
「私はステアの幼馴染です。彼について知らないことはありません」
……よくも、まあ。
ぺらぺらと嘘を並べ立てるクレイに、わたしは唖然としてしまった。
よーく聞けば色々おかしいところはあるはずなんだけど、JB先生はそれに全然気づいてないみたい。
クレイって、あんなに口がうまかったっけ?
そっとその顔を覗き見てみると、額に冷や汗が浮かんでいた。
……クレイはトラップと違って、そう嘘がうまいわけじゃないもんね。かなり緊張しているみたい。
「校長先生、これは双方ともに彼女のことを心配して起こったことでして……どうか、穏便な処置をお願いします」
「ふむ。確かに事情を聞けばいたし方のないようにも思える。だが、生徒が教師を殴った、という事実に変わりはないぞ」
「……ステアが理由もなく人を殴るような性格かは、私が一番よく知っています。それに、彼は生徒会副会長、このような不祥事があったとばれては、学園全体の名誉に傷がつきますよ? それに!」
バン!
そこで、クレイは机の上に何かを叩き付けた。
その紙を見て、JB先生が興味深そうに目を見開く。
「ほう……」
え、何? 何だろ。
先生の態度が気になって、わたしもクレイの後ろからこっそり覗き見る。
それは、生徒の名前がずらずらと書かれた紙で……
「ステア・ブーツ。700点満点中652点、総合第五位か。この小僧、見た目によらず随分優秀だな」
……はい?
思わず身を乗り出してしまう。名前と、点数が書かれた……試験の結果発表の紙だ。い、いつの間に……
確かに、第五位のところにトラップの名前があった。
う、嘘でしょー!?
「このような言い方は私の本意ではありませんが、これだけ成績優秀な生徒を停学、あるいは退学にすることは、学園にとって損失にあたるのではないかと思います。
無論犯罪行為を犯したというのなら、話は別ですが……先生、いかがでしょう」
「ふむ。そうだな。そこまで言うのなら……」
そこでJB先生が見たのは、ギア先生だった。
「ギア・リンゼイ。後はお前次第だが……お前がいいと言うのなら、この小僧は今回だけはお咎め無しで済ませてやってもよい。どうだ?」
「…………」
全員の視線が、一斉にギア先生に集まる。
先生は、しばらく目を閉じて考え込んでいたけれど……
「私にも、非はあったことです。寛大な処置、感謝致します」
と、頭を下げた。
……え? ってことは……
「わかった。この件は無かったことにする。お前達、もう帰ってもいいぞ。授業が始まっとるだろう」
JB先生の言葉に、わたし達はぞろぞろと部屋を出て……
ギア先生は、何も言わずそのままさっさと歩いて行った。
そして……
「クレイ、トラップ! ありがとう、よかったああ!!」
二人にぎゅーっと抱きついて、わたしは思わず叫んでいた。
「えええ!? あの筋書き、全部トラップが考えたのお!?」
「まーな」
二人にご飯でもおごる、と放課後立ち寄ったファーストフードのお店で。
トラップは、ジュースをすすりながらこともなげに言った。
「参ったよ。突然協力してくれって言われたときはさあ。俺の柄じゃないって断ろうかと思ったんだけど……」
「んあ? ただ俺が書いた筋書きをしゃべっただけだろうが。俺なんかなあ、おめえらが何かミスしやしねえかとひやひやしてたんだぜ」
そう、呆れたことに。
殴った後、トラップ、ポケットの中で携帯を操作して、クレイに筋書き通りに動いてくれってメールを送ってたんですって。
おかしいと思ったんだよね。クレイがあんなにぺらぺら嘘をまくしたてるなんて。
クレイがメールを読んで何のことだ? と疑問に思ってるときに、マリーナが呼びに来てくれたとか。本当にいいタイミングだったみたい。
「でも、それって自分で話せばいいことなんじゃないの?」
「ふっ、甘えな。同じ話でもな、俺が話すのとクレイが話すんじゃ受けが違うんだよ、受けが」
「まあ、それはそうかもね」
「……納得すんなよ」
いやいや、でもそれはあると思う。
クレイって、何ていうか……人のよさが顔に出てるんだよね。
クレイが嘘をつくわけないって、無条件に信じちゃうような、そんな雰囲気が。
人柄、っていうのかなあ……
「でも、もしクレイがメールに気づかなかったら? マリーナが呼びに行かなかったらどうするつもりだったの?」
「そんときゃそんときでまた何か考えたさ。ギアの野郎も黙りこくってたしな。正直、あいつが『退学にしろ』ってわめいたら、ちっとやばかった」
ま、言うわけねえとは思ってたけどな、とはトラップの言葉だったけれど。
でも……つくづく思った。
わたし、トラップやクレイに助けられてばっかりで……こんなことじゃいけないって。
「トラップ」
「あんだよ?」
「今回のことは、本当にごめん……これって、わたしがはっきりさせないからいけないんだよね? ……わたし、ギア先生にちゃんと言うから。そんなつもりありませんって、はっきり言うから」
わたしがそう言うと、トラップはじーっとわたしを見つめていたけれど……
「……最初っからそう言えっつってんだろ? 遅えんだよ、ばあか」
そんな可愛くない返事をして、ぐしゃっと頭を撫でられた。
でも、言い方はきついけど……その目は、すごく優しかったんだ。
ちゃんと言わなきゃ、はっきりさせなきゃね。
もう、迷惑はかけられないから……
だから、わたし、頑張る。
そう言って微笑むと、トラップも、クレイも、すごく優しい顔で、笑いかけてくれた。
完結です。
あー……ご都合主義だなあ(汗
一応、あんまりだらだら続けるのもあれなので、学園編は次の5で、「第一部」完です。
第二部があるかどうかは要望があれば〜……
バレンタインデーとかクリスマスとはネタにできそうなイベントいっぱいありますしね
トラップの成績がいい、という設定に異論ありまくりな人もいるでしょう。
だけど、何となく、原作読んでも、トラップはすごく頭がいいんじゃないか、と思うんですよね。
頭の回転が速い、とでもいいましょうか。
物凄く理数系に強そうだなあ、という印象を持っています。努力型と天才型の中間とでもいいますか。
これはあくまでもわたしの勝手なイメージなので、「そんなわけない」と思う人はスルーしてくださると嬉しいです。
172 :
名無しさん@ピンキー:03/10/19 15:13 ID:RsdbpBGN
トラップ成績優秀キャラは全然OK、俺もトラップは頭が良いと思うから気にならない!
(たしかに原作より頭は良いかもしれない)
しかし、今回はハラハラする展開ですね、クレイ大活躍だったし!
次で取りあえず終りなのは残念です、でも いずれまた「第二部」を書いて下さい!
私もトラップ成績優秀は違和感ないです
罠解除や鍵開けも数学的思考力とセンスが必要でしょうし
原作でも、要領がよくて人の話を聞いてないようで聞いてる人ですし、
授業さぼったり寝てたりしなければある程度はいけるでしょう
予習復習やらないし割とうっかりさんなのでケアレスミスで減点はあるかも…
私もトラップ絶対理系強いって思ってました!なんとなく工学系が似合いそう…
それにしても今回エロかったですね〜。保健室ってだけでもなんかエロいのに
後ろからってギア、そこまでするかってドキドキしました
トラパス作者さんはすごいと思う。スレの住人のリクエストにも瞬時に答え、
毎日新作をうpし続けている。これは並大抵のことではない。
しかし、作品とは別に作者さんの言動ははっきりいって不快に感じるときがある。
マンセーな意見をしてもらいたがってるようだし(反応がないことについてのレスなど)、
せっかく今後の向上を願って、丁寧に指摘してくれた住人にも、「投下するのが怖い」だの、
ちょっとどうかと思う。過去スレも読んで感じたことです。
作品は好きですよ。好きだからこそ、普段の対応を見ると悲しくなるときがあります。
これを書くのは勇気が要りましたが、ちゃんと受け止めてくださると嬉しいです。
それは漏れも思ってた。一時期307に対する物言いで問題になりかかったがその前から感じてたなぁ。作品好きだからまあ、気にはしてなかったけどさ
>>176 別に……マンセーな意見だけが欲しいわけじゃないんですが
別に批判でもいっこうに構わないんです。つまらない作品をつまらないということは、間違ってないと思いますし
後で読み返して、ここがおかしいなあ、ありがちだなあ、落ちが同じだなあ、と思うことは自分でもありますから。
だけど、作品を投稿しても、何一つレスがつかなかったら……「アップしてもいいのかな。迷惑に思われてるかな?」と思うときがあります。
他の人が書き込みづらいかもしれない、わたしがアップしたら迷惑かもしれない
毎日投稿しているのは、「書いてほしい」と言われるのが嬉しいからですけど、そう不安に感じているときもあります。
批判意見は受け付けない、とは言っていません。いくらでもしてください。
もしわたしの言動が、褒め言葉しか受け付けないように見えたのでしたら、申し訳ありませんでした。だから、はっきり言います。
無理して褒める必要なんかちっともありません。つまらないからいいかげんにしろと思われるのでしたら、そんな意見でも構わないんです。
ただ、アップしても反応がゼロ……というのは寂しい、不安になる、その気持ちだけは、わかってほしいと思います。
書こうと思える原動力は、読者さんの反応ですから。
それにしても83さんには申し訳ないことをしました。
言い訳のしようもありません。高いレベルの作品になることを期待していただいたけれど、それに答える自信が無かったから投下が怖いと感じた
わたしのレスはつまりそういう意味でした。
不快な気分にさせて申し訳ありませんでした。過去スレでも指摘されたけれど、わたしは言葉が足りないというか、言い方がきついところがあるようです。
気をつけているつもりですけれど、また今後失礼な対応をしてしまうときがあったら、遠慮せずに指摘してください。
スレを荒らして本当にすいませんでした。
>178
このスレの>83で前スレの384です。
タイミング的にすれ違いがあったかもしれませんが、
前スレの方に私の考えは書いてあります。
掲示板で少ない字数の中で正確に意思の疎通を図るのは
とても難しいことだと思います。
どの発言も読む人がいること。
伝えたい相手に本意が伝わらなければ意味がないこと。
このあたりを意識して、お互いこれからのレスには気を付けましょう。
個人的にとても学園編の続きを楽しみにしてます。
頑張って下さい(と言うのもプレッシャーになるのでは、と気を遣うのですよ)。
私も過去に投下したことがありますが、喜んでもらえると素直に嬉しいし
反応が無いとつまんなかったのかな?なんてしょげちゃいます。
結構ビクビクもんで書いてるんですよね。
顔が見えないからこそお互い言葉には気をつけて優しいスレにしましょ。
・・・と自分にも言い聞かせてます。
えっと…か、書き込んでもいいんでしょうか…
続きをアップしちゃおうかと思ったんですけど。
書き込んでください〜〜〜〜!
寝ようかと思ってたけど寝なくて良かった!!
> その気持ちだけは、わかってほしい
その通り。一応俺も経験者だからわかる。
某板でかつて書いてたけど、実際反応が薄くて書くのやめたことあるし。
でも、2chでその言葉は口にすべきではないと思う。
荒らしに付けいる隙を与えることになるし、コテ叩きで潰れた良スレをいっぱい見てきてるので。
前スレの387の投稿を見て、もしかしてあまり2chには慣れてないのかな?、と思いあえて書きました。
(こんなとこ慣れない方がいいんだけど(藁))
これからもマイペースで頑張ってください。
>>181 どぞ〜
では失礼します。後編です。明るいかどうかは不明です。
…駄目だ!
顔を見た瞬間、胸のちょっと下のあたりが爆発したように熱くなった。
ま…まともに喋れる気がしないよぅ…
泣きそうになってしまった気持ちを、どうにか奮い立たせ、とにかく目をそらさないように頑張った。
伝えなきゃ。
わたしがまさに口を開こうとしたそのとき、先に話し出したのは彼だった。
ギア。
「…会わずに行くつもりだったんだけどな」
「…え?」
「明日…発とうと思っていたんだ」
彼の背中越しに、旅支度の済んだ荷物。
な、なんで?
驚いたわたしに、彼はさらにびっくりするようなことを言った。
「続けるんだろう?冒険者」
気付かれてたの?
ギアにはお見通しだった…ってこと?
「パステルを見てたらわかったんだよ。
おれは、どうやら失恋したらしい…ってね」
「ち…違うわ!」
「…?」
「失恋じゃ…失恋…ぼ、冒険者は、そう、続けることにしちゃった、んだけど、ごめんなさい…
違うの。ギアのことが…わたしは…」
わたしは…
息が苦しくて、声が出ない。
あと少し。
あとほんのひと言なのに、どうして身体が動かなくなるの?
先に出てきたのは、声じゃなくて涙。
「パステル…?」
「ギア」
彼が呼んで、呼び返した。彼の名前。彼が呼ぶわたしの名前。
それがスイッチだった。
「ギア」
甘い砂糖菓子のような響き。
それをかみしめながら、わたしは背伸びして、彼の唇にくちづけていた。
好き。
ギアが好き。
…お願い、伝わって?
彼の手がいつの間にかわたしの背中にまわされて、部屋の中に引き入れられていた。
後ろで小さくドアが閉まる音が聞こえる。
触れ合っていた唇の間に、彼が潜り込んできた。
し、舌を入れてるんだよね…?これって…。
心臓が壊れそう…!
「…途中で止めてくれって言わないでくれよ…もう、止まりそうにない。
我慢できなさそうだったから、会わずにいようと思ったのに…」
キスの途中で、ギアが囁いた。
ひどく突き放すような言い方。離れたくなくて、胸にかじりついた。
キスしながらベッドに倒れこんで、それでもまだキスをし続ける。
ギアの口からは、宴で振舞われていたビールの苦い味がした。
だけどそれが、ひどく甘いのはなんで?
ギアの手がドレスのジッパーを留めていた小さなホックをあっというまに外して、下ろしてしまう。
ドレスを剥ぎ取ってしまわれると、わたしは下着とストッキングしか身につけていなかったので、ひどくすうすうした。
は、恥ずかしい…
「ドレスって、脱がせやすいな」
そんなわたしの表情を見ているのかいないのか、膝にキスをしながら彼は言う。
「ひゃっ…」
「…もしかして弱い?脚」
「わ、わかんない…くすぐったいかも」
「そうか」
言いながら、ギアはストッキングを止めていたベルトのリボンを外した。
「こっちは…脱がせにくい」
「ご、ごめん…」
「セクシーだけど」
…ギ、ギアってばあ!!
しゅるしゅるしゅる。何箇所かあるリボンがほどかれて、外気に晒された脚が何故か熱い。
全身、熱い。
されるがままになりながら、わたしはあっというまに下着も脱がされた。
マシュマロのようなキスをしてくれながら、ブラのホックを外してしまって、
パンティに手をかけて、するり。
ギアはそこで手と唇を休めて、まじまじとわたしを見た。
「や、やだ…見ないで、そんなに…」
「いや、可愛いから、ついね」
…ギアが言うと、こういうセリフも似合っちゃうのは何でだろう。
キットンあたりが言ったとしたら…思いっきり笑っちゃうだろうな。
もういちどキス。
そして微笑むと、彼は自分も服を脱いだ。
痩せてるけど、引き締まった骨太な体つき。
触れてみると、意外と柔らかいんだけど、力が込められると驚くほど固くなる筋肉。
わたしに覆いかぶさった背中を撫でると、彼の唇がわたしの身体をついばんだ。
ささやかな胸の隆起を指で刺激しながら。
それから、熱くなっている下腹部のあたりに手を這わせて、触れる。
「あっ…」
「痛かったら、言って」
「う…うん…」
答えると、驚くほどスムーズに指が入ってきた。
痛みなんてない。2本の指がリズミカルに動いて、…ちょっとだけ声が出てしまう。
「んん…っ」
「濡れてる…ぐちゃぐちゃだよ」
「うそ…」
「聞こえるだろ?」
ギアが指を動かすたびに、ぴちゃぴちゃともぐちゃぐちゃともつかない、いやらしい音が静かな部屋に響いた。
「いやあ…止めて、恥ずかしいよ、ギア…」
「止めないって、言っただろ?」
…言ったけど。
わたしが唇をとがらせると、それを吸いながら、彼はわたしに「入ってきた」。
「入る」ってこと。
知識として知ってはいたけれど、ものすごーく痛いものだって聞いてた。
けど、徐々に気持ちよくなってく、とも聞いた。
なのに、初めてなのに、わたし…気持ち、いいかも…。
一気に入ってきて、何度か突き上げて、キスをされた。
ギアの薄い唇。さっきまでより鋭敏になっているらしくって、されるたびに心臓がドキドキする。
これは、ギアが経験者だから…なのかな?
むむむ。
自分で考えてしまってなんだけど、ちょっとやだな。
ギアがほかの女の子を好きだったことも。
誰かにこうやって優しくしただろうことも。
でもいまは…いまだけはわたしだけのギアだよね。
この背中も。
この髪の毛も。
この瞳もすべて。
そう思うといとしくてたまらない気持ちになった。
抱きしめても、抱きしめても、足りないよ…
「ギア、ギア…ああ、あん…はあっ…」
「パステル…」
わたしの腕に力がこもったのに気付いたのか、彼がわたしを見た。
もっと。
彼がもっと欲しい。
どうしようもなくて、彼の頭を引き寄せてキスをした。
好き。ギア、あなたのことがとても好き。
あの朝、いきなり、崖から突き落とされるように恋をして…
好きになれて、嬉しい。
抱きしめて、キスしても、まだ欲しいなんて。
彼がしてくれるように、舌を捻じ込んで、彼の真似をしてむさぼってみた。
こ、こんな感じかな?
彼がしてくれるようにはできなかったけど…
わたしが唇を絡めると、彼の動きが加速して、わたしの快感をいきなりてっぺんまで引き上げた。
ふっ…と意識が遠のいた気がする。
気がつくと、おなかに暖かい感触。見ると白い液体がおへそに溜まっていた。
こ、これは…もしや…
わたしが赤面していると、ギアが息をつきながらそれを拭ってくれた。
きっちり拭いて、またキス。
交わして、微笑みあった。
まだ外では宴が続いているみたいで、喧騒が聞こえてくる。
クレイたちはまだ外なのかな?
わたしはギアに送ってもらって、自分の部屋に戻ってきた。
あたりにひと気がないことを確認して、くちづける。
「明日の朝、また会いに来るよ」
「うん」
「またそのうち、会おう」
「うん、きっと。シルバーリーブに連絡、…会いたくなったら」
「するよ。かならず」
これは、永遠のお別れじゃない。
「…好きよ、ギア。
あなたのことが、とってもとっても好き」
さっきどうしても言えなかった言葉をかみしめるように伝えると、ギアは返事のかわりにまたキスして、抱きしめてくれた。
…もしかしたらいつか別の人を好きになるかもしれない。
離れるってことは…そういうことだと思う。わたしは、パーティを失くせなかった。
でも。
あなたの事、忘れない。また会ったら絶対また同じ気持ちになると思うんだ。
突然の大雨みたいに好きになったひと。
小指を絡めあって、長い長いキスをして、わたしたちは抱きしめあった。
色々難産でしたけどギアパスでした。
明るい感じにはどうしてもならなかった…吊ってきます
マターリ行きましょう。
307さま乙です!
熟練者ギア!いいですね。
>おへそに溜まっていた
あたりがとってもリアルで・・・萌。
ごちそうさまでした!!新作マターリおまちしてます。
194 :
名無しさん@ピンキー:03/10/20 02:10 ID:lVev+DSS
確かに明るい感じではなかったですけど、いや、でも良かったですよ!
チョット切ない感じがイイ。
「突然の大雨みたいに好きになったひと」か…
なんか、上手い描写ですね 結構気に入ってます!
>36
すごい亀レスですが、パステルはクレイを好きなんだと
トラップが思っているような描写は原作でも一応ありましたね。
私が覚えてるのは新1巻のクレイの婚約者発覚で、でも形式だけだとクレイが言って
「良かったなおまえにもまだチャンスがあるぞ」みたいなことをトラップが言うシーン。
307さん乙です。ギアが原作通りの年上の男だなーって感じが出てて面白かったです。
原作にはまっていた当時は嫉妬してるトラップを捨ててもういっそギアの方にいってしまえ
なんて思ったものです。
リクエストされた「ヴァンパイヤ番外編クレマリ」いきます。
便宜上「パラレルトラパス番外編」というタイトルですが
中身クレマリです。トラップもパステルもちらりとしか出てきませんので
クレイもマリーナも苦手キャラなので下手ですが……
ヴァンパイヤ。異世界に住まう住人。
強大な魔力と不死に近い身体を持ち、純銀製の武器でなくては倒せないと言われる最強最悪の魔物。
その詳しい生態はいまだ不明であるが、しかるべき儀式を用いれば、現世に呼び寄せることは可能であるといわれている……
昔から、自分が嫌いだった。
優秀な兄達に対するコンプレックスの塊。何もかもが中途半端で、自分でもそれをわかっているくせにどうしようもできないところ。
人は俺のことを優しいと言うが、違う。俺の優しさは本当の優しさなんかじゃない。
ただ甘いだけだ。同情して優しくしてやる理由は、自分自身が罪悪感を感じたくないから。
こんな卑怯な自分が大嫌いだった。
騎士の家系に生まれたことを疎んだことはない。
けれど、生まれたときから自分の人生にレールが引かれていたことに、疑問を感じ不満を感じ……そのくせ、家族に見捨てられることを恐れてそれを表に出すこともできなかった、そんな臆病な自分を軽蔑すらしていた。
だから、悪魔が俺に囁いたとき……その誘惑に負けてしまった。
取り返しのつかない失敗をしたと悟ったところで、今更後戻りは……できない。
家の本棚に眠っていたその本は、ほこりを被って、長いこと誰も手を触れていないようだった。
俺がそれを偶然から見つけたのは、運命なのか。
開いたページに書かれていた言葉は、文字通り悪魔の囁き。
何の努力もすることなく、力を手に入れる、自分を変えることができるというその内容に、俺は……どうしようもなく心が揺れた。
――全く、クレイにも困ったものだ。
――あいつだって、才能はあるはずなんだけどな。
――才能があったってそれを使いこなせなきゃしょうがないだろ。まあ、人には向き不向きがあるからしょうがないって。
偶然立ち聞きした、おじいさまと兄さん達の会話。
ああそうだ。その通りだよ。
俺に才能があるのかなんてわからないけど……俺は騎士になんか向いてない。
人に剣を向けることをためらう騎士がどこにいる? 優しさなんかじゃない。ただ自分の手が血にまみれるのが怖い、そんな卑怯な騎士がどこにいるんだ。
どん、と壁を拳で殴る。
それを自分でわかっていながら、家を出る覚悟も持てない自分がどうしようもなく嫌だった。
だから……俺は、悪魔の囁きに耳を傾けた。
目の前に広がる森。
ドーマという村の近くにある森は、本当に何の変哲もない森だった。
だが、儀式を行うのに都合のいい森だった。
月明かりが遮られることなく森全体に降り注ぎ、街から近すぎず遠すぎず、滅多に人は通らない。
ここに来るまでの道のりで手に入れておいた道具を、森の要所要所に置いていく。
本に書かれた通りならば……俺でも使えるはずなんだ。
俺に魔力は備わっていないけれど、道具さえ確かなら使える儀式だと、そう書かれている。
全ての道具を設置し終わったところで、森の中心部らしき場所に立つ。
大きな木の裏側。程よくスペースの開いたそこに本を開き、書かれた通りの呪文を唱える。
その瞬間……本からまばゆい光が立ち上り、森全体を怪しく包み込んだ。
時間の流れを遮断する儀式。そんな大層な儀式が、まさか本当に成功するとは思わなかった。
光に包まれた瞬間、風のそよぎも、鳥達の鳴き声も完全に止まってしまった森の中で。俺は次の準備に取り掛かった。
複雑な模様が書かれた紙の四隅にろうそくを立て……後は、呪文を唱えるだけだ。
その瞬間、俺の脳裏を、微かな声が囁いた。
……本当にいいのか?
後悔しないのか?
そんな方法で自分を変えて……それで、満足なのか?
それは、良心という名の声。
ああ、わかっているさ。自分がどこまでも卑怯な人間だということは。
こんな方法が間違っているってことなんか、自分が一番よくわかってるんだ。
でも、俺には……もうこれしか、すがるものが無いんだ。
自然に口をついて出たのは、全てを終わらせる……呪文。
「出でよヴァンパイヤ。我に能力を与えよ。我が名は……クレイ」
その瞬間。
魔法陣から、すさまじいまでの「気」のようなものが溢れ出てきた。
それは、恐らく魔力、と呼ばれるものなんだろう。魔力の無い俺にはよくわからないが、そんな俺でも実感できるまでのすさまじい力。
呼吸することすら辛い。俺がぎゅっと目を閉じたそのとき。
『我を呼び出したのはお前か……』
響いてきたのは、不気味な声。
何だ、この声は……
これが……ヴァンパイヤの声なのか!?
『答えろ。我を呼び出したのは、お前か』
「……そう、です」
情けないことだけれど、声が震える。
自分で呼び出しておきながら……俺は、何をやっているんだ。
自分を変えたくてやったことじゃないか。堂々としていなくて……どうする。
顔をあげる。しっかりと前を見据える。そこには何の実体もなかったけれど……
『何故、我の力を求める』
聞こえてきたのは、質問だった。
それはある意味聞かれて当然の質問。例え魔物だろうが、理由も無く力を貸してくれるなんて、そんな甘いものじゃないだろう。
だけど、答えは一つしかない。迷うことなんか何も無い。
だから、俺は言った。全てを破滅させる、その一言を。
「自分を変えたいからです。俺は……自分自身が嫌いだから。あなたの力を借りてでも、自分を変えたかった。それが答えです」
そう答えた瞬間。
まわりに立ち込めた怪しげな「気」が、いっせいに俺に向かって押し寄せてきた。
それからどうなったのかはわからない。
どれくらい倒れていたのかもわからない。
身体の中で恐ろしいほどの魔力が満ち、頭の中で何かがわんわんと叫んでいる。
立っていることすらできなくて地面に倒れこんだ……それが、最後の記憶だった。
そして。
再び目が覚めたきっかけは、酷く場違いな、明るい声。
「おーい、大丈夫か?」
思ったよりも近くで響いた声に、俺は再び意識を取り戻した。
……一体、何がどうなったんだろう?
考えたけれど、よくわからなかった。一体、俺は……
感じたのは、強烈な喉の渇き。ただ、それだけだった。
「大丈夫かよあんた。具合でもわりいのか?」
再び耳元で聞こえた声に、俺は顔を上げた。
そこに立っていたのは、俺と同い年か、いくらか年下に見える赤毛の男。
ひょろりとした体格だが、弱々しさは一切感じない。暗い森には不釣合いな明るさと強さを持っているのが、一目でわかった。
「……ああ、大丈夫だ。ありがとう、心配してくれて」
そう答えて立ち上がる。
男は、俺をまじまじと見つめていたが、その目には特に不審そうな色は浮かんでいない。
……そうか、見た目が特に変わった、ということはないのかな?
いや、もしかしたら、あれは全て夢だったのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、男は、不思議そうに声をかけてきた。
「あんた、見かけねえ顔だな。旅人か?」
旅人。……まあ、そんなところだろう。
旅と言うほど遠くから来たわけじゃないけれど。
「ああ、そんなところだ。そういう君は、その先の村の人かい?」
「そうだよ。ドーマっつう街だ。村じゃねーぞ」
「ああ、これは失礼」
……街?
俺の知っているドーマは、「街」と言えるほど大きなところじゃなかったはずなのに。
……まさか。
慌てて立ち上がる。頭の中を、不吉な考えがうずまいていた。
「んで、あんたこんなとこで何してんだ?」
「ああ、道に迷ってしまってね。喉が渇いて、動けなくなったんだ。近くの街で一泊しようと思ってたんだけど、よかったら、案内してもらえないか?」
とっさについた嘘にしては上出来だ。
とにかく、確かめたい。まさか、だけど。俺の考えが合っていれば……
「ああ、別に構わねえよ。すぐそこだぜ」
男は、すぐに頷いてくれた。
いい奴だ。明るくて強くて、そして内に秘めた優しさを持っている、そんな奴に違いない。
こんな奴が友達にいたら……俺は、あんな儀式に頼らずとも、変われていたかもしれないのに。
「ありがとう。俺はクレイ。君は?」
「トラップと呼んでくれ。動けるか?」
トラップ、と名乗った男の声に、俺は歩こうとしたが……すさまじい頭痛がして、結局木にもたれかかった。
酷く喉が渇く。何なんだろう? 力が入らない。
俺は……
「いや、悪いが、ちょっと無理らしい」
「しゃーねえな。水持ってきてやるからここで待ってろよ。どうせすぐ近くだ」
俺の答えに、トラップは背を向けた。
目にとびこんできたのは、赤毛の間に見える、白い首筋……
瞬間こみあげてきた衝動を、俺は、説明できなかった。
何なんだろう、この感覚は。俺は、一体……
頭の中で、歓喜の声が響いた。
「……いや、それには及ばない」
気がついたとき、俺は……
トラップの肩をつかんで、その首筋に歯をつきたてていた。
我に返ったとき、俺の前には……真っ青な顔をしたトラップが倒れていた。
ひどく冷たい身体。脈も全く無い。首筋には、禍々しい赤い傷口。
俺は、一体……
(それが、我らの力を手に入れるということよ)
!?
頭の中に響いたのは、召還の瞬間に響いたのと同じ声。
(我が力を手に入れたお前は、これからヴァンパイヤとして生きるのだ)
「ヴァン……パイヤ?」
(そうとも。身体を作り変えるのに何十年もかかってしまった。お前はこれから、人間の血をすすることによって魔力を保持しながら、永遠に生き続けるのだ)
「何……だと?」
(血をすすり、眷属を増やし、そうして永遠に生き続けろ。望んでいた力を手に入れることができたのだ。もう誰もお前を笑うものはいない。お前はこの世で最強の生物となれたのだから)
何、だと。
俺は……そんな風に変わりたかったわけじゃない。
他人を犠牲にしてまで生き延びたかったわけじゃないんだ!!
「ふざけるな! そんなことが……」
(甘い人間だ。だが能力は申し分無い。惜しい……まあ、いずれわかるだろう。自分がそうして生き続けるより他に道が無いということは)
それだけ言うと、声は完全に沈黙した。
そうして生き続けるより、道が……
「はっ、ははっ……」
俺は笑うしかなかった。自分がどれだけ愚かだったかを悟って。
「ははっ……ははははっ……」
空を仰ぐ。夜は、まだ当分明けそうになかった。
それから後のことは、よく覚えていない。
ただ、自分の欲望の赴くままにさまよい歩く日々。
喉の渇きを感じては手近な人間の血をすすり、日の光にさらされれば動けなくなり……そうしてさまよい続けてたどり着いたのは、シルバーリーブという小さな村の近くにある、誰も住んでいない古城だった。
感覚は完全に麻痺してしまっている。俺は、身も心もヴァンパイヤに成り下がってしまったんだろうか?
最初は罪悪感にさいなまされた血をすするという行為も、そのうち気にならなくなった。
……俺は、こんな風に変わりたかったわけじゃない。
最初のうちこそそう思っていた。だが、血をすすり続けるうち、いつの間にか……俺は、手にした力に満足感すら得るようになっていた。
他人を傷つけることが怖い、臆病な自分が嫌いだった。
だけど、今は違う。望んだように変われたわけではないが、手に入れた力は……素晴らしい力だ。
そうだ。素晴らしい力に違いないんだ。
そうして屍のように城に住み着いてから数日後のことだった。
あのときの男が、再び俺の前に現れたのは。
鮮やかな赤毛と、羨ましいほどの明るさと強さを兼ね備えた男。
トラップ。俺が殺した……男。
俺の身体に住み着いたヴァンパイヤは、色んなことを教えてくれた。
俺が血を吸った相手は、眷属になり、俺と似たような性質を持つことになる、と。
一目でわかった。きっと、トラップも。
誰かの血をすすることで、こうして生き延びているんだと……
「待っていたよ、トラップ」
言葉は自然に出てきた。
そうだ、俺は会いたかった。
自分には無い強さを持つこの男に、会いたかったんだ。
友達になりたいと思ったから。彼が友達だったなら、俺はきっと変われていたに違いないと思ったから。
そして、今は……同じ力を持つ、同士として。
「てめえ……俺に何したんだ……そもそもてめえは何者だ?」
トラップの瞳は、怒りに燃えていた。
ああ……そうか。
お前は、何も知らないんだな。そうだな。俺が初めて血を吸った相手だからな。
ならば、教えてやらなければ。素晴らしい力を与えてやったことを。
「言っただろう? 俺はクレイ」
「名前なんざ聞いてねえ! おめえは……あのとき何を……」
「トラップ、もうわかってるんだろう?」
言いながら立ち上がる。何も知らない無知な眷族に、教えてやらなければならない。
俺達の身体に宿る、素晴らしい力のことを。
「俺は君の血を吸った。君は一度死んで、そして吸血鬼として復活した」
「……吸血鬼、だと?」
「そうだ。俺はヴァンパイヤ。光栄に思えよ、トラップ。おまえが最初の吸血鬼だ。ヴァンパイヤに最初に血を吸われた人間なんだよ」
トラップの顔には不審そうな表情しか浮かんでいない。
ああ、そうか。吸血鬼、という概念すら知らないのか。
「吸血鬼。ヴァンパイヤの眷属だ。他人の血をすすることで魔力を補充する必要があるが、そのかわり、魔力がある限り永遠に生きることすら可能になる。それは素晴らしい力なんだよ」
だが、俺の答えに、トラップは満足しなかったようだ。
無理も無い。目覚めて間もないうちは、力を実感することはできないだろう。
そのうちわかるだろうさ。自分が素晴らしい存在になれたということは。
「てめえ……よくも……」
「力を与えてやったのに、不満そうだな? トラップ、これでお前も、不老となり、すさまじい魔力を手に入れたんだぞ? 今はまだ、使い方もわからないからそれが実感できないだけだ」
「誰が……誰がんなこと頼んだ! 俺は、俺はっ……いらねえ……そんな力なんざいらねえ! 他人を犠牲にしなきゃ保てねえ力なんざ何になる!? 俺を戻せ、人間に戻しやがれ!」
「悪いな、トラップ。それはできない」
トラップの問いに、俺はそう答えてやるしかなかった。
そう、無理なんだ。俺も、お前も、もう人間には戻れない。
俺達は、もう死んでいるんだから。
>>193-195 レスありがとうございます…
読み返してみたらまた吊りなおしたくなりました。
はあああ。
>熟練者
ギアはかなり上手いと言うのが自分の中の妄想です。
完食ありがとうございましたw
>チョット切ない感じ
明るくラブラブにするにはパラレルしかないと思いました。
ちょ…挑戦してみようかなぁ…(自殺)
>もういっそギアの方にいってしまえ
わたしも凄く思いました!!当時はむちゃくちゃやきもきしてました…
「一度吸血鬼になってしまったら、もう二度と戻せない。おまえは吸血鬼として生きるしかないんだよ……身体を焼き尽くされるか心臓に杭を打ち込まれるかでもしない限り、死ぬことすらできない」
「あんだと……?」
「それに、犠牲にするというのも間違いだよ。君に血を吸われても、相手は死ぬわけじゃない。
厳密に言えば、血を吸われた直後の状態は、仮死状態って奴だ。その間に感染した血液が身体を作りかえ、吸血鬼となって復活するんだ」
「……な、に……?」
俺の答えに、トラップは酷くショックを受けたようだった。
そのまま、城を飛び出していく。
……トラップ。お前もいずれわかるさ。
素晴らしい力なんだよ。そう、本当に素晴らしい。
そうでも思わなければ……正気を保っていられないぞ?
死ぬことすらできない永遠に近い時間を、生き続けるんだからな。
それから、俺は城を拠点にして、喉の渇きを癒すため血をすすりに行く以外はひたすら城で空を眺めていた。
おじいさまも兄さん達も、もしかしたらもう死んだかもしれない。
召還をしたあの日から、もう何十年という月日が流れてしまったようだから。
変わった自分を見せてやりたかった相手は、もういない。
ただ無為に時間だけが流れていたが、そんな俺にも、一つだけ楽しみができた。
俺が友達になりたいと願った男、トラップが、「クレイを倒す」と息巻いて、たまに城を訪ねてきてくれるようになったことだ。
俺が相手をしてやるたび、トラップは確実に強くなっていった。
そうだ、どんどん強くなれ、トラップ。
お前が認めなくても、俺はお前を親友だと思いたい。親友になりたいんだ。
唯一俺と対等に渡り合える力を身につけてくれ、決して諦めないその強さを俺にわけてくれ、トラップ。
やがて俺は城に結界を張った。トラップを鍛えるために。
彼は、最初のうちこそ結界に弾かれていたが、やがて何なく結界を解いて城に入ってこれるようになった。
確実に強くなっている。だが……
魔力は、少なくなっている。
何があったのかはわからないけれど、トラップは人間の血を吸ってはいないようだった。
それだけが心配だ。このままでは、いずれトラップは魔力が尽きて死ぬだろう。
なあ、トラップ。
もう、俺にはお前しかいないんだ。お前の相手をしていることでしか、生きていると実感できることがないんだよ。
だから、頼む。
死なないでくれ。
長い月日が流れた。
やがて、人は「吸血鬼を倒す方法」を編み出したようだった。
俺の城にも、たまに人がやってくる。もっとも、結界に弾かれて中に入ることはかなわないようだったが。
トラップは、大丈夫だろうか?
俺はそれだけが心配だった。俺自身のことよりも、彼のことが心配だった。
トラップには死んで欲しくない。心から、そう思っていた。
そうして、たまに訪れるトラップを見ては、「まだ生きていてくれたか」と安心する日々が続いた。
そんなとき……俺は、彼女に出会った。
ああ……失敗したな。
どくどくと流れる血を感じて、俺はつぶやいた。
普段なら、こんな傷口はすぐに塞がるのに。
身体にめりこんだのは、純銀の……弾丸。
純銀製の武器は、ヴァンパイヤの身体を唯一傷つけられる武器。
もちろん、小さな傷なら問題は無いのだけど。
この傷口は、まずかった。下手したら致命傷だ。
血をすするために外に出て、そして背後から襲われた。
情けない。これがヴァンパイヤの死に方か?
トラップのことが気になって、注意力が散漫になっていた……なんて言い訳にもならないだろうけど。
トラップ、お前も気をつけろよ。
人間は……この何十年か、何百年かの間に、確実に強くなっているから。
俺は、お前に死んでほしくはないんだ。……生きていてくれよ。
例え俺が死んでも。
急速に襲ってきた睡魔に、俺は身を委ねた。
「ちょっと……大丈夫?」
再び目を開けることができたのは、耳にとびこんできた心地よい声のおかげだった。
ふっと意識が浮上する。……どうやら、俺はまだ死ねなかったらしい。
そこに立っていたのは、前髪だけをピンクに染めた、美しい少女だった。
「……君、は?」
「わたし? わたしはマリーナ。この近くの森に住んでいるのよ。……ねえ、あなた大丈夫なの?」
「ああ……」
ふと気がつけば、身体から弾丸は取り除かれていた。
彼女が……マリーナがやってくれたんだろうか?
……ああ。ちょうどいい。
彼女の血をすすれば……こんな怪我は、すぐに塞がるだろう。
ふっと身を起こす。そのまま、マリーナの肩に手を伸ばそうとして……
そのまま突き飛ばされた。
ガン、という衝撃が後頭部に響く。
な、何……
「駄目よ、まだ起きちゃ! 酷い怪我だったもの。待っててね、すぐに消毒するから」
そう言うと、マリーナは手早く俺の傷口に包帯を巻きつけていった。
……そんな必要は無い。
君の血さえすすってしまえば、すぐに塞がる怪我だ。
そう言って、そしていつものように血をすすって、それで終わってしまうはずだったのに。
何故か、俺は彼女から目を離すことができなくなっていた。
ずっと自分の居場所を捜していた。
孤児のわたし。捨てられていたわたし。
そんな自分が、ひどくちっぽけな存在に思えて、わたしはわたしが嫌いだった。
「マリーナ、ちょっと、用事頼んでいい?」
「いいわよ。何?」
わたしを拾って育ててくれたのは、森の中の大きな小屋に住んでいる、木こりのノルとメルの兄妹。
彼らはいい人だ。血の繋がりも無いわたしを、本当の妹、あるいは娘のように可愛がってくれる。
だけど、それでも、わたしの心は満たされない。
わたしは愛情をもらえずに捨てられた。拾われたのは同情から。そこに捨てられていたのがわたしじゃなくても、人のいい彼らは同じように可愛がって慈しんで育てただろう。
わたしが欲しいのは、わたしだけに向けられる愛情。
口には出せないけれど。わたしは随分小さい頃からずっとそう思っていた。
だから、あの日。
森の中であの人を見かけたとき、わたしは、心臓が止まるような衝撃を味わったのだった。
ノルに言われて、薬草を摘みに森の中へ入った。
最近、この辺も随分物騒になっている。化け物に現れる、襲われて何人も死んだ、死んだと思ったら生き返って……そいつ自身が化け物になった。
たまに街に出ると、どこもかしこもそんな噂で持ちきりだった。
怖くないと言えば嘘になる。だけど、わたしにはもっと怖いものがある。
聞き分けのいい娘を演じていなければ、「居させてもらっている」居場所を追い出されるのではないかという、そんな思い。
ノルもメルも、わたしが反抗したところで追い出すような人たちでないのはわかっている。
けれど、それでもわたしは怖かった。だから、頼まれたことは何でも「はい」と答えるようにしていた。
薬草がなかなか見つからなくて、辺りがすっかり暗くなってしまって。それでも、「見つからなかった」と帰ることが怖かった。
だから、必死に探した。
そのときだった。わたしの目に、倒れている人影が飛び込んできたのは。
「え……嘘、大丈夫!?」
慌ててかけよる。随分と長身な男性。
その腹部から溢れる血を見て、わたしは一瞬青ざめた。
酷い怪我。すぐに手当てしないと。
男性はぴくりとも動かなかった。その身体はとても冷たかったけれど、それでも、微かに息はしていた。
わたしは、持っていたナイフで彼の服を切り裂いて、傷口から弾丸を取り出した。
鈍く光るそれは、純銀の弾丸。
……こんな弾丸が、何故? 誤射……?
「う……」
男性が小さくうめくのを聞いて、わたしは慌てて、彼を地面に横たえた。
そして、初めてその顔をじっくり見る……その瞬間、心臓がとびはねるかと思った。
何て、綺麗な人……
さらさらの黒髪と長身に均整の取れた身体、その顔立ちは、これまでに見たこともないほど綺麗な……そう。美形、という言葉がぴったり当てはまる、そんな人。
ゆっくりと目を開ける。その目を覗き込んで、わたしは言った。
「ちょっと……大丈夫?」
マリーナ、と名乗った娘は、俺がヴァンパイヤだということに気づいてないようだった。
どうやら、薬草を取りにこの森に来たらしいけど……
「大丈夫? 医者に行った方がいいわよ。本当にひどい怪我だったから。ねえ、何があったの?」
「……ちょっと、森をふらついていたら……獣か何かに間違われたみたいだね。……助かったよ。ああ、医者はいい」
肩を貸そうとするマリーナの手を遮って、俺は立ち上がった。
幸い、弾丸は取り除かれている。多分、放っておけばそのうちふさがるだろう。
そのまま、マリーナに背を向ける。何故かわからないけれど、彼女の血は吸いたくないと思った。
このまま見ていたら、衝動を抑えられなくなるのではないかと……それが怖かった。
だけど、マリーナは、俺のマントをつかんで離そうとしなかった。
「マリーナ?」
「放っておけないわよ! そんな怪我で、医者に行かないなんて……」
「大丈夫だよ。見た目ほどひどい怪我じゃない」
我ながら下手な嘘だと思った。傷の手当てをしてくれたのは彼女なのに。
だけど、マリーナは俺が自分の足で歩いているのを見て、それは疑わないことにしたらしい。
「じゃあ、せめて家まで送っていくわ。あなたの家は、どこなの?」
「……ありがとう」
家、と呼べるかどうかはわからない。ひょっとしたら、彼女はあの城に住んでいるのがヴァンパイヤだと知っているのかもしれない。
だけど、何故か……俺は、マリーナと離れたくないと思った。
一緒にいたら血を吸ってしまうかもしれない。だから一緒にいたくないという思いと、離れたくないという矛盾する思い。
一体、どうしてしまったんだろう? 何故、彼女のことがこんなに気にかかるんだろう?
答えが出ないまま、俺はマリーナの肩を借りて、城へと戻った。
この人は、どういう人なんだろう……
クレイ、と名乗った彼が案内したのは、ズールの森の奥深くにある古城。
けれど、そこに住んでいるのは彼一人ということだった。
王族という雰囲気は無い。王族なら、わたしみたいな小娘になれなれしい口をきかせるはずがないもの。
……貴族? それとも、領主?
わからないけれど、彼が誰でもいいと思った。
今、わたしに向かって微笑んでくれて、「助けてくれてありがとう」と言っている。それだけで十分だと思ったから。
「本当に、助かったよ。マリーナ」
城に辿りついて、ほんの少しお話しをして。
それだけで、クレイは「もう遅いから帰った方がいい」と言った。
確かに、もうかなり遅い時間で、ノル達が心配しているだろう。
帰りたくないけれど、そう言ってクレイを煩わせて、追い出されるのが嫌だったから、わたしは素直に立ち上がった。
でも……どうしても、この一言だけは言いたかった
「ねえ、またこの城に遊びに来てもいい?」
わたしの言葉に、クレイはただ優しく微笑んで、そして頷いた。
結局薬草を手に入れられないまま小屋に戻ってしまった。
ノルはそれはそれは心配して、捜しにまで出かけてくれたらしいけれど。
わたしが無事に戻ってきたのを見て、薬草のことなんか一言も触れずに「無事でよかった」とだけ言ってくれた。
とても無口で、でもとても心の優しい人。
わたしは、もっとわたしに素直になってもいいのかもしれない。
例え……例え、それでノル達に嫌われるようなことがあっても。
クレイがいるから。
会ったばかりの人が、どうしてこんなに気になるのかわからないけれど。
そう思ってしまう自分がいた。
それから、わたしは三日とあけず、城に顔を出すようになった。
わたしの、わたしだけの居場所。
それがこんなに素敵なものだったなんて。
トラップに続いて、マリーナが顔を出してくれるようになった。
それだけで、こんなにも心が穏やかになるのは……何故だろう?
以前なら、どうしようもない孤独感にさいなまされたとき、自分の力を確信するために、ただそれだけのために血を吸いに出かけたりもしたのに。
最近は、そんな気にもなれない。魔力は弱っていくのかもしれないが……
マリーナの血を吸うことに比べたら、彼女のどこかはかなげな笑顔を奪うことに比べたら、そんなことは何でもないことだ。
トラップが来る日はマリーナに用事があるからと断り、マリーナが来る日はトラップが入れないようにより強力な結界を張った。
何故だか、彼女にトラップを会わせたくなかった。
俺から見ても、トラップは魅力的な男だ。俺には無い強い意志、生きようとする力に溢れている。
彼女がそれに触れるのが怖かった。そして、何より。
トラップがもし、マリーナの血を吸うようなことがあったら。
そうしたら、俺はトラップを殺してしまうかもしれない。二人を同時に失うことになるかもしれない。
それが怖くて、魔力のアンテナを常に張り巡らせて、二人の出会いを阻止していた。
幸いなことに、それはとてもうまくいっていた。
トラップとの小競り合いは楽しかったし、マリーナと交わす何ということの無い会話は心が穏やかになった。
「おめえ、最近何か変わったな」
もう何百回繰り返したかわからない争いの後、トラップはぼそりと言った。
「そうかい?」
「ああ。何つーか、雰囲気が優しくなった」
言ったそのすぐ後で、「あに言ってんだ俺は。ヴァンパイヤ相手に」などとぶつくさ言っているのが聞こえたけど。
鋭いな、トラップ。
俺には、お前以外にもう一人、生きていると実感できる相手と出会えたんだ。
騎士としてでなく、ただのクレイとして慕ってくれる相手。
そんな相手は、初めてだったから。
「マリーナ、最近明るくなったね」
クレイと出会って、彼のところに何度となく顔を出すようになって。
そんなある日、ノルに言われた言葉。
「わたしは、いつだって明るいわよ?」
そう言っておどけてみせると、ノルはとても優しい目でわたしを見て首を振った。
「以前のマリーナは、心から笑ってなかったように見える。でも、今は、とても楽しそうだ。よかった」
……気づかれて、いた?
何も言わなかったけれど、ノルはいつでも……わたしのことを、ちゃんと見てくれていた。
それがわかっただけで、とても幸せな気分になれる。
クレイに出会ってから、わたしの生活は変わった。
嫌われるんじゃないかと怯えることもなく、無性に寂しくなることもなく。
わたしの素性は何も言っていない。ただの「マリーナ」として優しくしてくれた相手は、初めてだったから。
同情じゃない愛情を向けられたのは、初めてだったから。
会えば会うほど好きになっていく。それでも、止められない。
クレイほどかっこいい人なら、わたし以外に相手はいくらでもいるだろうから。きっと叶う思いじゃないだろうけど。
でも、心の中で思うくらいは、許してもらっても……いいよね?
ただ、傍にいてくれるだけでよかったのに。
ただ、思い続けているだけで満足だったのに。
「……マリーナ」
クレイに出会ってから数ヶ月が過ぎたある日。
ノルは、思いつめたような顔でつぶやいた。
「最近、マリーナがしょっちゅう出かけているのは……あの古城?」
ノルの言葉に、一瞬息が止まるかと思った。
わたしは、クレイと会っていることを誰にも教えていなかった。
わたしの、わたしとクレイだけの秘密にしたかった。
まさか、知られていた――?
「どうして?」
否定もせず、肯定もせず、わたしはただ聞き返した。
隠すようなことじゃない。責められるようなことでもない。そう……想うだけなら、自由のはず。
だけど、次の瞬間。わたしは、一瞬目の前が暗くなった。
「だとしたら、もう行っちゃいけない。あの城に住んでいるのは……」
普段無口なノルが、珍しく必死に何かを言っている。
偶然わたしが城に向かうのを見かけたと。街の人から城に住む悪魔の噂を聞いたと。
出会う人間を片っ端から殺していった、「黒髪の悪魔」と呼ばれる恐ろしい化け物。
幾人もの人間が彼を殺そうとして、逆に返り討ちにあっていること。
そんな言葉が耳に届いているけれど……
認めたくない。まさか、まさか……
だって、彼はいつも優しかった。わたしが来ると、嬉しそうに微笑んでくれた。
まさか……
「マリーナ!」
ノルの声が背後から響いたけど、わたしはじっとしてはいられなかった。
城へ。クレイの元へ。
話しを……聞かなくちゃ。
「……なっ!?」
「うおっ!?」
突然足を止めた俺の前で、トラップがよろめいた。
「急に止まんなよ! それともおめえ、それは新しい嫌がらせか?」
彼の文句を聞いている暇も無い。
張り巡らせたアンテナに、一つの反応がある。
間違いない……マリーナだ。彼女が、ここに向かっている。
それも、ひどく焦って。
「トラップ、帰れ」
「……はあ? おめえなあ、まだ決着は……」
「いいから帰れ!」
言い争いをしている時間も惜しい。
次の瞬間、俺は魔力を使ってトラップを城の外に弾き飛ばしていた。
トラップのことだ。死ぬことはないだろう。
耳に残る罵声は、脳に届く前に消滅する。
即座に入り口の結界を解いた。マリーナがこれほど焦ってここに来るなんて……何か、あったのだろうか?
入り口に向かう。ほどなく、ひどく青ざめた顔のマリーナが、姿を現した。
「やあ、マリーナ。どうしたんだい? 今日は……」
「クレイ!」
走りよってくるマリーナ。そのまま、彼女は……
勢いを殺すことなく俺にしがみつき、強引に唇を押し当ててきた。
――なっ……!?
何をされたのかわからなくて、一瞬唖然とする。
その間に、彼女の小さな唇が俺の唇を割り開くようにして……
瞬時に悟った。彼女が何をしようとしているのか。
突き放そうとしたけれど、もう遅い。温かい舌が、牙をなぞる感覚。
「やっぱり……そうなの?」
俺の表情から悟ったのか、マリーナは、今にも泣きそうな顔でつぶやいた。
「やっぱり、あなたは化け物なの? ヴァンパイヤ、『黒髪の悪魔』……それはあなたのことなの? クレイ」
……これほど後悔したことはない。
この力を手に入れたことを、これほどまでに呪ったことはない。
彼女の泣き顔を見るくらいなら……どうしてもっと早く命を絶っておかなかったのかと。
それほどまでに後悔したけれど、もう遅い。
「……マリーナ」
「答えて」
マリーナの目は、まっすぐに俺を見つめていた。
……ごまかせない。ならば……
「そうだ。俺はヴァンパイヤ。大勢の人を殺したのも、事実だ」
マリーナの顔が蒼白になる。
全てを話そう。君に、これ以上嘘を言いたくはないから。
それで俺を受け入れてくれないというのなら……それは仕方の無いことだから。
「聞いてくれ、マリーナ。俺は騎士の家に生まれた。けれど、俺は自分が嫌いだったんだ……」
俺の言葉を最後まで聞いても、マリーナは逃げなかった。
目の前にヴァンパイヤがいるというのに、その顔に、もう怯えは無かった。
「逃げないのか?」
「逃げる? 何故?」
その頬を伝っているのは、涙。
「あなたはわたしにとても優しかった。わたしはあなたにとても心惹かれていた。……それじゃあ、いけない? わたしのこの思いは、迷惑?」
マリーナの言葉に、大きく首を振る。
そんなわけがない。
マリーナの思いは……むしろ、待ち望んでいたものだった。
俺もわかっていたから。彼女のことが好きなんだと、わかっていたから。
「君のことが、好きなんだ」
「わたしもよ」
「俺が、ヴァンパイヤでも?」
「わたしが、捨て子で、何の取り得もなくて育ての親の愛情を疑うような、そんな子でも?」
目をそらすことなく、俺達は頷きあった。
「クレイと、ずっと一緒にいたい」
「……俺はヴァンパイヤだ。君とは、一緒に年を重ねることもできない」
「じゃあ、わたしをあなたの仲間にしてくれる……?」
「……元には戻れない、引き返せない道だよ。君をそんな風にはしたくない」
「わたしの幸せは、あなたと一緒に過ごすことだから。それでも……駄目?」
どちらからともなく、俺達は、抱き合っていた。
目の前にとびこんでくる、マリーナの白い首筋。
そこに、ゆっくりと牙を押し当てる。
「ねえ、クレイ。お願いがあるの……」
「…………」
顎に力をこめる。柔らかい皮膚をあっけなく突き破り、口の中に甘い味が広がる。
「わたしで、血を吸うのを最後にして……? あなたがこれ以上苦しむのを、見たくない。あなたの心は、わたしが満たしてあげたいから……」
軽く頷くと、マリーナは満足そうに微笑んだ。
誰の血をすすっても、心からの満足は得られなかった。
マリーナの血が、こんなにも甘いのは……何故だろう?
クレイと二人の生活は幸せだった。
わたしはもう人間じゃなくなってしまった。怪我をしてもすぐにふさがり、時々満たされない渇きに苦しむことになった。
けれど、苦しいとき、いつもクレイが傍にいてくれた。
それだけで、十分に満足だった。
だけど、わたしはやっぱり、とても浅はかだった。
彼と一緒にいたくて、彼の寂しさを埋めてあげたくて、そして自分の寂しさを埋めたくて。
そうして、何も考えずにここに来てしまった。
それが、彼を命の危険にさらすことになるなんて……思いもしないで。
「城の外が、騒がしいな」
クレイの言葉に、わたしはふっと窓の外を見た。
そして、息をのんだ。
……いつのまに!?
城の外を、灯りがとりまいている。
吸血鬼になって、暗闇でもある程度目が見えるようになった。その中の一つに、視線が吸い寄せられる。
……ノル!?
とても心配そうな顔で、何かを言っている。城を指差している。
まさか……わたしを捜して?
「また、いつもの連中か。心配いらないよ、マリーナ……君は、どこかに」
「やめて!」
思わず叫んでいた。クレイの顔が、驚きに強張る。
「やめて、わたしの……わたしを育ててくれた人がいるの。お願い、力は使わないで、傷つけないで!」
わたしがそう叫ぶと、クレイはしばらく黙って外を見て……そして、いつもの優しい顔で、頷いた。
「俺と一緒にいることを、選ぶんだね?」
「ええ」
「わかった」
迷わず頷くと、クレイはわたしの手を取って……
そのまま、力を使った。
ふっ、と身体がかすむような感覚。
気がついたとき、わたし達はズールの森の外れに飛んでいた。
「城にいたら追いつめられる。とりあえず、逃げよう」
微笑むクレイに一つ頷く。
だけど……どこに逃げればいいの?
以前よりも断然鋭くなった耳に、切れ切れに会話が聞こえてくる。
――城はもぬけの空だ。
――逃げたか?
――捜せ、遠くには行ってないはずだ。
――マリーナが……娘が捕まってるんです。お願いします。
最後の声は、ノルの声だった。
娘……
ノル。ごめんなさい。
ぎゅっ、と自分の身体を抱きしめる。
クレイと一緒にいたいと思った、その気持ちは嘘じゃない。
そのために吸血鬼になるしかなくて、それを嫌だと想ったこともない。
だけど……ノルの声を聞いて、わたしは、一瞬とはいえ後悔してしまった。
もう人間には戻れないのに。もうノルの元へは戻れないのに。
わたしは……
「マリーナ」
声をかけられて振り向く。クレイの目は、どこまでも穏やかだった。
「俺のことなら、気にしなくてもいいんだよ?」
……クレイ。
一瞬の見詰め合い。だけど、それはすぐに邪魔をされた。
――犬に追わせろ!
――シロ、マリーナの匂いを追ってくれるか?
届いた声に、顔が強張るのがわかった。
シロ、とは、ノルと仲が良かった野良犬の名前。
だけどとても賢い犬で、わたしにも懐いてくれていた。
――わんデシ! わんデシ!
――そっちか!?
確実に近づく足音。
「……まずいな」
早く逃げなくちゃ。そう心ではわかっているのに。
ノル、メル、シロ。
自分から捨てたはずなのに、声を聞くと、平静ではいられなかった。
一瞬の迷い。クレイは、一人で逃げ出すことも、早くしようとせかすこともしなかった。
そこに……一発の銃声が、響いた。
どうにか追っ手を巻いたときには、もう夜が明けかけていた。
傷口から溢れる血は止まらない。クレイの顔が、苦しそうに歪んでいた。
わたしを庇って、彼は自分から傷ついた。
ぐずぐずと迷っていたのはわたし。わたしのせいで、彼が傷つけられた。
わたしがここに来たせいで、追っ手が差し向けられた。
……心が痛い。
「クレイ……」
「大丈夫……弾は貫通してる。いずれ、塞がるから」
わたしが声をかけると、クレイは酷く青ざめながら、それでもわたしを元気付けてくれた。
……駄目。
やっぱり、わたしは彼の傍にいちゃいけない。
きっと、こんなことはこれからも続く。いずれ、わたしが彼の命を奪うことになる。
だって、わたしには人間を傷つけることができないから。自分から望んで吸血鬼になったのに、まだ、人間を愛しているから。
……中途半端なわたし。わがままなわたし。
クレイ……ごめんね。
ごめんね……
「どうして、泣くんだ?」
クレイの言葉に答えることができず、わたしは、ただ涙をあふれさせていた。
マリーナはひどく落ち込んでいるみたいだった。
……大丈夫だろうか?
俺が傷ついたのは自分のせいだと、責めてはいないだろうか?
それは違う。俺が勝手にやったことだ。避ける気になれば、逃げる気になれば簡単に逃げられた。
……マリーナ……
俺達は、城に戻ってきていた。
追っては、どうやら一度ひきあげることにしたらしい。……また来るだろうけど。
さすがに、疲れた。
どうにかふさがってくれた傷口を見て、大きく息をつく。
ベッドに横たわると、すぐに睡魔が襲ってきた。
このまま眠れば、何とか体力も戻るだろう。
そのまま目を閉じようとしたときだった。
トントン
小さく響くノックの音に、身を起こす。
この城には、俺以外には彼女しかいない。
「どうした?」
「クレイ……」
すっ、と部屋に入ってきたマリーナの目は、真っ赤だった。
「マリーナ?」
「クレイ。お願いがあるの」
俺の言葉を無視して、マリーナはベッドの脇に歩み寄ってきた。
そのまま、じっと目を覗き込んでくる。
「抱いてくれる?」
その意味がわからないほど……俺も鈍くは無い。
一瞬、身体が強張るのがわかった。
一緒に暮らすようになっても、俺とマリーナは別々に寝ていた。
彼女を大事にしたかった。欲望を感じなかったと言えば嘘になるけれど。今の関係がとても気にいっていたから。
身体を重ねることで、その関係にひびが入るのが嫌だったから。
だけど……
「マリーナ……」
「抱いて欲しいの、クレイ」
そうつぶやいて、マリーナは自ら、唇を重ねてきた。
彼女の背中に手を回す。
服のファスナーをひき下ろすと、滑らかな肌が、手に触れた。
ふぁさり、とワンピースが下に落ちる。
月の明かりしかない部屋の中、マリーナの白い裸身が浮かび上がった。
……そうか。こうして見ると、彼女は随分スタイルがいいんだな。
そんなことをぼんやりと考える。
大きな胸と、しっかりくびれたウエストは、多分女性なら誰もが憧れる体型じゃないだろうか。
文句の無い美人だ。……きっと、人間のままでいたら、彼女は必ず幸せになれたと想う。
俺のせい……? 浅はかに力を求めて、浅はかに彼女を求めて、そして俺が彼女から幸せを奪った?
そんな考えを振り払うように、俺は彼女の身体を横たえた。
震える唇にくちづけると、自ら俺を求めてくる。……もちろん、それを拒否するつもりは無いんだけど。
しばらくくちづけを深め合うことだけを考えていた。熱い吐息と唾液が交じり合う。
やっぱり、俺も男なんだよなあ……
ヴァンパイヤになって、人間じゃなくなっても、やっぱり……本能には、逆らえないんだよなあ。
きっちり反応しきってる自分自身に苦笑しつつ、マリーナの身体に手を触れた。
胸は確かな弾力で俺の手を押し返し、肌はどこまでも滑らかで……明らかに俺達男とは違う体。
柔らかい。
ふっと衝動がこみあげてくる。胸に唇を当てると、マリーナは、くすぐったそうに身をよじらせた。
……可愛い。
素直にそう想ったので耳元で囁くと、マリーナは、嬉しそうに笑った。
俺ばかりに触れさせるのも癪だったのか、マリーナも、自ら俺に抱きついてきた。胸に吸い付く唇が、何だか、とても心地よかった。
物も言わずにお互いの身体を求め合う。
もっと早くにこうしたかったのかもしれない。
そして、彼女もそれを望んでいたのかもしれない?
何の根拠もないけれど、そう思った。
恥じらいを捨ててはいないけれど、あえぎ声にあまり遠慮の色は聞こえなかった。
受け入れてくれる場所に触れると、ぬるり、とした感触がまとわりついてくる。
……いいのか。もう、いいんだろうか?
「……入れてくれる?」
俺の迷いを見透かしたかのように、マリーナの艶っぽい声が耳に届いた。
「クレイが、欲しいの」
……俺も欲しい。マリーナが。
押し入るときの抵抗は、思ったより少なかった。
経験があったのか、なかったのか、それがわかるほど俺は熟練しているわけじゃないけれど。
マリーナは、笑顔なのに……目に涙が浮かんでいた。
多分、痛いんだろうな。……慣れてないんだろうな。
本当は、もっと刺激を求めていたけれど。激しく動くと彼女が苦しむかもしれない。
そう思って、限界寸前までゆっくりと動いた。
ほんのわずかな刺激。だけど、それは確実に、俺に快感を与えていた。
お互い何も言わない。響くのは、荒い吐息とあえぎ声だけ。
色々と言いたいことはあった。優しい言葉をかけてあげたかったし、嬉しいと伝えたかった。
だけど、マリーナの顔を見ていたら、何故か、何も言えなかった。
何かを決意した、そんな表情。
何となく、悟った。彼女が、何故急にこんなことを言い出したのか。
だけど……俺に、それを止める権利は、無い。
静かに彼女の中で果てた。
ぎゅっとその身体を抱きしめると、向こうも同じようにしがみついてきた。そうやって、俺達はいつまでも抱き合っていた。
永遠にこのときが続けばいい、そんな叶わぬ願いを胸に秘めながら……
クレイが眠ってしまった後、わたしはそっと部屋を出た。服を身につける。大してなかった荷物をまとめる。
わたしには、この思い出だけで十分だから。
火照りの残る身体を抱きしめて、わたしはしばらく、泣いた。
十分だから。クレイが死ぬところなんて見たくない。ましてや、わたしのせいで死ぬなんて……
わたしはあなたの傍にいちゃいけない。あなたが好きだから……離れなくちゃいけない。
ごめんなさい、クレイ。
未練がましい女にはなりたくなかったけれど……でも、多分あなたのことは忘れられない。
さよなら……
静かに城を出た。もうすぐ夜が明ける。その前に……戻らなくては。
わたしは歩き出した。わたしが育った場所へと。
目が覚めたとき、マリーナの姿は無かった。
手紙も何も置いてなかったけれど、荷物がなくなっていた。
何となくわかった。もう彼女に会えないだろうってことは。
わかっていた。あのとき、彼女が吸血鬼になったことを後悔したんだろうってことは。
結局、彼女は俺とは違ったんだから。育ての親を捨てることも、人間を傷つけることもできなかった。
人間の元へ戻った。それは、仕方の無いことだ。
俺には彼女を引き止める権利なんてない……だけど、せめて最後に。
……謝らせて欲しかった。君から、人間として生きる権利を、俺のエゴで奪ってしまったことを。
魔力を使えば、多分簡単に彼女を見つけられるだろうけれど。
強引に自分の元に連れ戻したくなるだろうから、やめておいた。
しばらく、トラップが来るたびに外に弾き返していた。
次に来るときは、まともに相手をしてやろう。
また元に戻った。俺のところに訪ねてきてくれるのは、お前だけになった。
すまないな、トラップ……俺のわがままに、つきあわせて……
「おい、クレイ! おめえ最近何なんだよ!? 今日こそはきっちり相手してもらうからな!!」
響いたのは、懐かしい声だった。
……本当に、お前は俺にとって最高の友人だ。
来て欲しいときに、ちゃんと来てくれるんだから。
見慣れた赤毛が顔を覗かせる。俺はゆっくりと立ち上がった。
「やあ、すまないね、トラップ……それで? 今日はどうするんだ?」
「へっ、今日の俺はいつもの俺じゃねえぞ? おめえを倒すためになあ……」
いつも繰り返された会話。
それを今日も繰り返す。また、いつもの日常が、戻ってくる。
ノルに別れを告げたとき、彼は泣いていた。
わたしが人間じゃなくなったことはわかったんだろう。だけど、それを責めることはしなかった。
「もう、クレイは誰も襲わない。だから、彼を傷つけないで」
そう頼むと、彼は黙って頷いてくれた。
それから、わたしは旅に出た。ひとところにはいられない。わたしはもう、年を取ることもできない、吸血鬼だから。
どれくらい旅を重ねたのかわからないけれど。でも、わたしは今、幸せだ。
「おかあさーん」
「パステル。走っちゃ駄目よ」
駆け寄ってくる娘を抱き上げて、わたしはふっと空を見た。
わたしにはパステルがいる。大事な大事な娘がいる。
だけど、クレイは……大丈夫だろうか。
また、あの孤独に濁った目をしていなければいいのだけれど……
「帰ろうか? パステル」
「うん。お母さん、今日のご飯は?」
見上げる娘の頭を撫でて……ふと、わたしは身体を強張らせた。
クレイと別れてから、長い月日が流れた。
その間にも、吸血鬼は吸血鬼を生み出し、世間はその対応に追われていた。
そうして現れたのが、ヴァンパイヤハンター。
ヴァンパイヤと吸血鬼を、無差別に殺す存在……
狙われている。
わたしは、パステルの身体を抱えて走り出した。同時に、背後から鋭い足音が響く。
「お母さん? ……また、ハンター?」
「パステル、目をつぶっていてくれる?」
パステルには全て話してある。わたしのことも、父親のことも。
いずれ、彼女は自分の運命を呪うことになるかもしれない。年を取ることもできない、半ヴァンパイヤである自分を。
だから全て話した。運命を自分で切り開いてもらうために。
「お母さん……?」
パステルの声が耳に届く。
同時に、一発の銃声が、響いた。
もうどれだけ生きてきただろう。
どれだけ、人の血を吸ってないだろう?
長い長い月日が流れて、やがて俺の顔は忘れられてしまった、そんな長い時間。
最近は、俺の恐ろしい噂も大分廃れていったのか、狙ってくる人間もめっきり少なくなった。
トラップは相変わらずだったけれど。確実に力をつけているのに、血を吸わないものだから、お互い魔力の量がどんどん減っているのがわかった。
後、どれくらい持つんだろうか。そう思うと、怖い、という思いと、やっと解放される、という二つの思いが交じり合う。
だけど、最近は、トラップ以外にも城に来てくれる人がいる。
キットン、と名乗る、ヴァンパイヤの研究家。俺を見てもちっとも恐れない、とてもマイペースでとても変わった人間だが……とても面白い。
彼のおかげで、シルバーリーブにも時々足を運ぶことができるようになった。
人間と関わるのはやめようと思ったのに。血を吸わないでいれば、俺の外見は人間と何も変わらない、ばれないということを教えてくれたキットンに、感謝してしまう。
やっぱり、人と関わるのは、楽しいから。
いつのまにか行き着けの店というのもできた。猪鹿亭という名前のその店は、ウェイトレスのリタがとても気さくで、村に住んでいるわけでもない俺のことを、うさんくさがらずに受け入れてくれた。
そして、今日も夕食を食べるために、その店へ行く。
「いらっしゃい、クレイ。相変わらずいい男ね?」
「ははっ、ありがとうリタ。今日のお勧めは?」
いつもの席でのいつもの会話。
俺が来るのは夜遅くだから、他の客はあまりいない。
ゆっくり話せるから、それはありがたいことなんだけど。
水を飲むと、リタは、今日あったことを話してくれた。
珍しいことに、女の子の冒険者がこの村に来たらしい。
最近、冒険者、と呼ばれる人は増えているけれど、大抵は男だ。
女の子、それも見た目は十代にしか見えないとなれば、それは確かに珍しい存在だろう。
「へえ、会ってみたいな」
「また来るって行ってたわよ。会えると思うわ」
そう言った傍から、入り口が開く音がした。
振り向く。その瞬間、走った衝撃は……一体何なんだろう?
多分、トラップより少し年下、と言うところか。
特別目を引く外見じゃないけれど、ハッとするほど笑顔が魅力的な、そんな女の子。
「やあ、君がパステル?」
俺が声をかけると、パステルは、まじまじと俺を見つめ返してきた。
どうしてだろう。君とは初めて会ったはずなのに。
何故だか、他人という気がしないのは……
「ヴァンパイヤを捜しに来たの」
そう言われたとき、驚くほど素直に、自分の居場所を教えることができた。
彼女は俺の正体を知ったら、怒るかもしれない。怯えるかもしれない。
それでも……また、彼女に会いたいと思ったから。
「初対面だけど、俺はパステルは信じてもいい子だと思った、ってだけ伝えておく」
俺の言葉に、パステルは、それは嬉しそうに笑って、店を飛び出していった。
……君は、俺の四人目の友達になってくれるかい?
トラップ、マリーナ、キットン……そして、パステル。
君は、彼らと同じように、俺を俺として見てくれるかい?
その答えが出るのは、もう少し先のことだった――
完結です。
次作はリクエストその2、「トラップが不幸にならないクレパス」いきます。
そっちは短め明るめさくっと終わらせる予定ですので。
>>トラパス作者様
割り込んじゃいました。すみません。
乙です。
トラパス作者の態度は確かに鼻につくものだったかもしれんが。
それにしても哀れだな。
金になるわけでもないのに毎日毎日作品書いて
リクエストにも必死に答えて
飽きたと言われてもめげずに別テイストの作品書こうと必死になって
プロだって同じ表現多様してる奴はいくらでもいるのに「あんたならできるだろ」と勝手な期待を押しつけられて
無理だ、答えられそうにないから恐いと言えば「その態度が不快だ」と責められる。
それでも逆切れも開き直りもせずに小さくなって必死に謝ってまたリクエストに答えて
俺に言わせりゃ(こう考えてるのは俺だけかもしれんが)サンマルナナのトラパス作者に対する態度も十分に冷たいぞ。連載最中に割り込んでおきながら、感想どころか読んだの報告もせず「乙」の一言ですませてるとことかな。
けど、そんなことは作品の出来には何の関係も無いから、改めろなんて言うつもりも全くない。
「作品大好きだからあえて言うんです」なんて自分を正当化してた奴は、これで作者が「もう来ない」と言いだしたら何て言ったんだろうな。
これくらい耐えられるはずだと勝手な期待を押しつけてたんだろうが
「面白い作品が読めれば人格なんかどうでもいい」と思ってる連中の楽しみを奪うことになるかも、なんて考えもしなかったんだろうな。
素晴らしい作品書く作者は人格発言すべてにおいて完璧でなければならんなんて夢見てる奴は、2chに来ない方がいいんじゃねえの。
ま、これは書き手の方にも言えることだけどな
長文失礼。こういう考えの奴もいるってことは、知っておいてくれ<書き手さん達
出逢ったときから愛してます。
バカップル全開、ラブラブファイヤーなトラパスが読みたいなw
お待ちしてました〜!!早速の新作乙です!
深夜にひっそりゆっくり読ませていただきます(w
旦那よ早く寝てくれ・・・
トラパス作者様、乙です〜
原作のクレイが時折見せる危うさ、儚さを増幅した
ヴァンパイヤクレイに萌えました〜
トラップとの奇妙な関係もいいですね〜
途中は挟まれたやけに穏やかな会話は、対峙してのものでしょうか??
私的には、満身創痍で倒れて、喋ることしかできないトラップを
窓辺に腰掛けたクレイが見下ろしながら……なんて脳内補完してましたが
次回はトラップが不幸にならないクレパスですか……
難しいテーマだと思いますが、期待してますので是非〜
トラップが不幸にならないクレパスって、
トラップ自身が恋愛に関わらない役所って位しか思いつかないや。
230の言うこと分かるな〜。
まぁマターリいきましょう。
折角このスレがこんなにも繁栄していて、
さらにほぼ毎日新作が読めるというのはなかなか無いことでは…。
と蒸し返すようなことスマソ。
トラパス作者さんもサンマルナナさんも
いつも良い作品ありがとう!
楽しませてもらっているひとりです。
これからも無理せずガンガレ!
トラパス作者さんいつもありがとう。
学園編が好き、5話目期待してます!
毎日このスレを見るのを楽しみにしている者です。
トラパス作者さん、わたしも学園編に萌えまくりです。応援してます!
サンマルナナさん、切ないギアパス良かったです!
ギア視点のリクエストもありですか?もっと切ない話になりそうかな。
お二人とも、これからもがんばってください。あ、無理しない程度に。
>>230 …弁解をさせてもらうならなんですが…
正直仕事に遅刻しそうで、かなりあせってました。
身支度をしながら読む暇もなく、ほんとうはちゃんと読んで感想を書きたかったけれど…
でも割り込みながら放置して家を出るのもどうかと思ったんです。
帰宅してからちゃんとした謝罪&感想レスを付けようかと思ってました。
それがつっけんどんな対応に見えちゃったのはわたしの落ち度です…
わたしのいつもの態度にも問題があったみたいですね。
自粛します。すみませんでした。
私、ここ通うのもう日課ですよ?毎日すごく楽しみ。
てわけで230さんに同意しつつ書き手さんたちに感謝!
いつもアリガトです!
>>230 同意。
ここ来るのが日課になってるが、毎回感想を書いてない。(できるだけ書こうとは思ってるが)
・・・書き手さんスマソ。
漏れのように何もせずにROMってる人、かなり多いだろうに毎日のようにうpしてくれてる。
だから毎日楽しませてくれてる書き手さん達にはすごく感謝してる。
レスの仕方だって個人差あるんだし。
多少の事は目を瞑ってもいいんじゃないか。
>>サンマルナナ
各々事情あるんだから、あまり気にしなくていいと思う。
たぶん230は例に出しただけかと。
230がトラップに見えてきますた…
他のスレと比べても、このスレはレベルが高いですよ。
読者も好き勝手言うんだし、作者さんたちも好きなようにやってもらえれば…
伸び伸びやってもらえるのが、一番よいですよ。
毎晩ここ読むのが楽しみです。いつもありがとう。
242 :
名無しさん@ピンキー:03/10/21 00:47 ID:sCtmuBAK
>230
同意・・・というか、
サンマルナナさまのことも態度が悪いとは思わない。
むしろ俺は83の態度のほうが・・・
トラパス作者さまも毎日毎日、俺らの為に一生懸命作品作ってくれてるのに
前スレでの、あの言い方・・・俺なら落ち込んでもう来ないな。
蒸し返しスマソ。
243 :
名無しさん@ピンキー:03/10/21 01:29 ID:o7PC2l/8
俺も毎日ここに来るのを楽しみにしてる一人です。
作者さん達には本当に感謝しています。
俺達、読者のワガママに答えて作品を書いてくれて有り難く思いつつ申し訳無いです!
240さんが言ったようにそれぞれ事情が有るからあまり気にしないでください。
でも、230さんのこう言う意見もまた大事です!
まあ書き手にだって出来ることと出来ないことがある。
正直、出された要望に出来るだけ答えてSS書いてるトラパス作者さんはすごいと思う。
ただ、なんていうか気にしすぎないほうがいいよと言いたい。
出された要望に答えるのが難しいからって、作品投下に関しては怖がる必要はないと思う。
トラパス作者さんの作品が好きって人は多いし、気に入らない人はスルーするだろうから。
要望や意見に対して「こういう意見もあるんだ」くらいに構えるといい ヽ(´ー`)ノ
あんまり気負い過ぎないようにして下さい。
上の方にも書いてる人がいるけど、私も学園編好きで続きを楽しみに待ってます。
毎日読みごたえのある作品投下、乙です。
クレ×マリをリクエストした者です。
ヴァンパイヤ編、切なくて良かったっす!
待ってたかいがありました。
>>感想くれた方々
本当にありがとうございます。涙出そうになりました。
楽しみにしててくれる人がこんなにたくさんいてくれたんだとわかって、「レスつかないから〜」などと言っていた過去スレの自分をしばき倒したくなりました。
強制するような書き込みをして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございます。
これからもアイディアが尽きるまでがんばっていきたいと思います。
リクエストの一言からストーリーが浮かぶことも多々ありますので、リクエストは遠慮せずにどんどん言ってください。むしろお願いします。
本当に本当にありがとうございます。
>>サンマルナナさん
いえ、お気になさらずに。よくあることですし
むしろお仕事があるのにわざわざギリギリまで待っててくださってありがとうございます。
というわけで今日は初挑戦クレパス行きます。
やっぱりわたしはクレイが苦手だなあ、としみじみ…
それはただの偶然だった。
偶然と不運と、とにかくそんな要素が重なり合っただけで、俺にそんなつもりは一切無かったし、彼女の方だってそうだっただろう。
そして笑って「ごめんごめん」とでも言えば、それで流れるはずだったのに。
……何でこんなことになるんだろう?
まさか、こんなにも彼女のことが気になっていたなんで。
こんなことになるまで、そのことに気づいてすらいなかったなんて。
……自分の鈍さが嫌になる。
その日、クエストの最中、俺達は垂直に切り立った場所を這い登る羽目になった。
そこを通らなければ目的地につかないということだったけど、それは結構な高さで(20メートルはあったんじゃないだろうか?)、トラップや俺、ノルはともかく、ルーミィやキットン、それにパステルの腕力では、かなり厳しいと言わざるを得なかった。
トラップがフック付きロープを使って先に上ってみたところ、何とか足がかりになるところはあるけど、奴の身軽さを持ってしても、なかなか簡単にはいかない、という返事が返ってきた。
「ど、どうしよう……?」
パステルが不安そうな目を向けてくる。彼女は、自分の腕力ではここを登りきれないだろうと早々に理解したらしい。
「トラップ、お前、ルーミィを連れて上れるか!?」
上に向かって叫ぶと、しばらくの沈黙の後、「ちっ、しゃあねえな。やってみるよ」という返事。
トラップはいつも厳しいが、反面、頑張っても無理なものは無理だと判断したら、手を貸すことを厭わない。そういう奴だ。
するすると身軽にロープを降りてくると、「ほれ、チビ、おぶされ」とルーミィに背を向ける。
「チビじゃないもん! とりゃーのバカっ」
「だー! んなこと言ってる場合かっ! 後がつかえてんだよ、とっととおぶされっ!!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める二人に苦笑して、ルーミィを抱えてトラップの背中に預ける。
「ほら、ルーミィ。トラップにまかせて。ここを上らないと先に行けないんだ」
「おんぶかあ?」
「そう、おんぶ」
そう言うと、ルーミィはトラップの背中にがしっとしがみついた。
念のためにシロに傍を飛んでいてもらうことにする。トラップは、一人のときとはさほど変わらない速さでするすると上っていった。
……ここからが問題だな。
「ノル、キットンを頼む」
「わかった」
「パステル、俺がおぶっていくから、心配しなくていいよ」
「……ええ!?」
キットンがノルに「よろしくお願いします」と言ってる横で、パステルが顔を真っ赤にして首を振っていた。
「い、い、いいよ! クレイに悪いもん。重たいだろうし……」
「はは、大丈夫大丈夫。パステル一人なら、フルアーマーより軽いよ。それに、一人じゃここはきついだろう?」
「うー……ご、ごめんなさい……」
ぺこり、と頭を下げる様子が可愛い。
パステルのことは、何となく守ってあげたいと思った。それは初めて会ったときから変わらない。
何でだろう。妹みたいで放っておけない、と言えばいいのか。
もっとも、そうやって手を貸そうとすると、俺の幼馴染は「けっ、甘い甘い」なんて説教をしてきたりするけど。
「おーい、次、いいぞー」
上からトラップの声が降ってくる。とりあえず、先にノルとキットンに行ってもらうことにした。
それはロープの耐久性を試すためで、別に深い意味なんかこれっぽっちも無かった……はずだ。
するするとノルとその背中にしがみついたキットンがロープを上っていく。トラップはよほどしっかりした固定場所を見つけたらしく、ロープは微動だにしなかった。
……大丈夫そうだな。
「じゃ、パステル、背中につかまって」
「う、うん……ありがとう」
ぎゅっ、と背中に押し付けられる胸の感触に、思わずドキッとする。……こうしてみると、やっぱりパステルは、女の子なんだよな……
っていかんいかん。何を考えてるんだ、俺は。今はクエスト中だぞ?
「おい。ノルついたぞー。次、クレイ。大丈夫かあ? んな特大級の奴背負って」
「なっ、なっ、し、しっつれいなー!!」
トラップの言葉に、パステルが抗議の声をあげる。
……相変わらずだなあ、トラップは。いつもそうだ、余計なことを言ってパステルを怒らせる。
以前、俺は奴はパステルが好きなんじゃないか、と思ったことがある。
ところが、それはあっさり本人に否定された。
「はあ? からかうとおもしれえんだよ、あいつ。パステルを好き? そりゃ、俺じゃなくて……」
その後、奴は何だか意味ありげに俺を見ていたが……そういえば、あれはどういう意味だったんだろう?
まあ、考えてもわからなかったので、今まで気にしてなかったんだけど。
「クレイ……?」
「あ、ああ。ごめんごめん、ボーッとしてた。じゃ、行こうか」
パステルに笑みを向けて、ロープを握る。
……正直、ちょっときついかもしれないな、と思った。
パステルが重いわけじゃなく、足がかりが本当にわずかしかない。気を抜くと落ちるな。
慎重にロープをよじ登る。俺はロープを握ってるから、パステルは両手両足を使って俺にしがみついているわけで……
……ウエストのあたりに巻きついた両脚に目をやって、集中力が途切れそうになった。
ば、バカか俺は! こんなときにそんなこと考えてる場合じゃないだろ!?
集中しろ、集中……
俺がぶつぶつとつぶやいていると……
「あ……」
微かなパステルの声。
同時に、首に巻きついていた両腕が、一気に俺の喉を締め上げた。
「ぐっ!?」
「きゃああああ!?」
息がつまる。たまらず、ロープを離してしまう。
結果は……まあ、想像がつくだろう。
「うわあああああああああああ!!?」
「きゃあああああああああああああ!!」
「お、おい!! 大丈夫かあ!?」
珍しく焦りまくったトラップの声。
だけど、俺達にそれに答える余裕があるわけもなく。なす術もなく落下する。
……幸いだったことは、まだ大して高さの無い場所だったことか。
慌ててパステルと体勢を入れ替える。俺の下敷きになったりしたら、大怪我をおいかねない。
――ドサッ!!
二人まとめて地面に叩きつける。幸い、大怪我はしなかった……怪我は。
俺の上に、かぶさるようにしてパステルが倒れている。……そして。
…………!?
状況を理解して、俺は瞬時に真っ赤になるのがわかった。
こ、この、唇に触れる柔らかい感触、は……
パステルもしばらく茫然としていたみたいだけど、自分がどういう格好になっているのかがわかったのか……みるみるうちに、その顔色が変わった。
「わっ、わわわわわっ……く、クレイ、ごめんっ!!」
ばばっ!!
面白いくらい素早く、パステルがとびすさった。……その調子じゃ、怪我は無いみたいだ。よかった。
……いや、よくはない、か……?
「あ、あの……あの……」
「け、怪我は無いか!? パステル」
何か言いかけるパステルを遮って、俺は慌てて言った。
何を言えばいいのかわからない。どんな言葉をかければいいのかわからない。
そう考えたとき、俺にとっさにできたことは……ごまかすことだけだった。
「え? う、うん……」
「よかった。さっきは一体何があったんだ?」
「あ、あの、あのね。髪に、鳥が……そのまま髪をひっぱられて……」
「鳥はどうした? モンスターじゃなかったか?」
「うん、それは、大丈夫……」
「そ、そうか。なら良かった。じゃ、行こうか、ほら、背中に捕まって」
「……うん」
心なしか元気のない声で、パステルは俺の背中にしがみついてきた。
ドキドキする鼓動の音を、彼女に聞かれなければいい。
本気でそんなことを願った。
「おーい、おめえら、大丈夫かあ?」
何も知らない幼馴染ののん気な声が、何となく腹立たしかった。
クエストを無事クリアして数日。
それだけ時間が経っても、俺はあのことを忘れられなかった。
密着したパステルの身体と、触れた唇。
あれは……キス、だよな。うん。それしか考えられないよな。
……事故、だよな。あんなのはキスのうちに入らないよな!?
そう考えて、忘れよう、忘れようとしているのに。
何故か、それを思い出すたび、パステルの顔が浮かんできて……忘れられない。
何なんだろう、この気持ちは。俺は一体どうしたんだ?
気恥ずかしくてパステルの顔をまともに見れない。それはパステルも同じらしく、露骨に俺のことを避けている。
彼女は考えていることがすぐに顔に出る。「あのこと」が気になっているのは、まず間違いないだろう。
……どうすればいいんだ。
謝る……っていうのも変だよな。忘れよう、と言えばいいのか?
だけど、女の子にとって、キスっていうのは……そんなに軽いものじゃないだろう。
下手なことを言って、余計に傷つけることにならないか?
……どうすればいいんだ……
「クレイ、おめえさっきから何なんだ。うっせえんだけど」
俺が部屋の中でああでもない、こうでもないと頭を抱えていると。
ベッドで昼寝をしていた幼馴染……トラップが、いつのまにか身体を起こしていた。
ちなみに、もう一人の同室、キットンは、俺達のことなんか目にも入らない様子で、怪しげな実験をしている。
「……ああ、トラップ……すまない。ボーッとしていてね……」
「ったく。ここ数日、おめえ変だぜ? あのクエストのとき、パステルと何かあったのかよ?」
ぎくっ!!
ずばり図星を当てられて、思わず顔色を変える。
トラップの顔が、最上級のいたずらを思い付いたときの笑みを浮かべた。
「わっかりやすいよなあ、おめえら。んで? 一体何があったんだよ」
「…………」
こいつに話していいものか。
いや、でも俺と違って、トラップは女の子とも割りと気軽につきあっている。
本気の関係になりそうになったら逃げ出すような奴だが……それでも、俺よりは経験豊富だろう。
ここは一つ、アドバイスを頼むべきか。
「……ちょっとつきあってくれるか? 俺がおごるから」
「おっ、話せるねえ、クレイちゃーん」
へらへら笑いながら肩を叩くトラップを尻目に、俺は盛大なため息をついた。
猪鹿亭でビールなんかを傾けつつ。
面白そうにこっちを見てくるトラップに、俺は何と切り出そうかと迷った。
……やっぱり、正直に言うしかないよなあ……
トラップはかなり勘が鋭いし、はっきり言って俺は嘘が下手だ。
ごまかそうとしても無理だろう。よし。
「なあ、トラップ」
「うん?」
「お前、キスしたことあるか?」
ぶはっ!!
そう言った瞬間、トラップは盛大にビールを吹き出した。
それをまともに顔面に浴びる。……勘弁してくれよ。
「げほっ、ごほっ……あ、あんだよいきなり……」
「いや……」
いきなり、と言われても、他に聞きようがないんだが。
この過敏な反応を見ると、トラップもそういう経験は……全く無いか、あったとしても俺と同じく、事故とかそんな程度じゃないだろうか。
怖くてこれ以上確認できないけど。
「まあ、無理して答えなくてもいいけどさ……」
「あるぜ」
「は?」
あっさりと返ってきた返事に、俺は思わず間抜けな声をあげた。
目の前には、心底面白そうに笑っているトラップ。
「ある……んで? それがどーしたんだ?」
「いや、ええと……」
参った。そういえばその後どう聞けばいいんだろう? ……その後のフォロー?
「あのさ、もし、もしだぞ?」
「うん?」
「事故で……つまり、そんなつもりはなかったのに偶然キスしてしまったとして……お前なら、どうする?」
そう言うと、トラップは、何故だか深く納得したという風にうんうんと頷いていた。
「なるほど」
「ん?」
「さてはおめえ、あんとき……ロープから落っこちたあんとき、パステルに手え出したな?」
ごほっ!!
今度は俺がむせかえる番だった。
な、何て言い方をするんだこいつは!!
「て、手を出したわけじゃない! ただ……」
「キスしちまったんだろ?」
「…………」
それは事実なので、軽く頷く。
トラップは、うんうんと首を振って言った。
「なーるほどなあ。それでおめえもパステルも、うじうじしてたんだな? ったくおめえらは。つまんねえことで悩んでんなあ」
「つ、つまらない!?」
聞き捨てならない台詞に思わず立ち上がるが、トラップは表情一つ変えなかった。
「つまんねえっつーの。話は簡単だろ? おめえはパステルが好きなのか? 嫌いなのか?」
「……そりゃ、好きさ」
好きに決まっている。嫌いだったら一緒のパーティーを組んだりしない。
俺がそう言うと、話にならんとトラップは手を振った。
「俺が言ってるのはそーいう好きじゃねえの。ったく、おめえは鈍感だよなあ……いいか? 事故だろーが何だろーが、キスしちまったんだろ。やっちまったもんはしょうがねえだろ。今更取り消せるわけもなし。
だったら、後は簡単だろうが。『事故だから気にしないで』とでも言って割り切って忘れるか、『責任取る』っつって付き合うか、選択肢はどっちかだろーが」
…………
そのあまりにも乱暴と言えば乱暴な意見に、俺は一瞬返す言葉が見つからなかった。
何というか……トラップらしいと言えばトラップらしい。
現実主義というか……それによってその後どうなるか、なんて一切考えてないんじゃないか? と思うくらいに簡潔な意見。
「お前なあ……」
「あーうっせえうっせえ。文句は受けつけねえぞ。これ以外に何かあるってーなら言ってみろよ? このまま黙ってるってのは却下だからな。おめえらがそんなんだと、こっちが気い使ってしょうがねえんだよ」
お前がいつ気を使った。
そう突っ込みたいのは山々だったが、数倍反論が返ってきそうなのでやめておいた。
はあ……
大きくため息をついていると、肩を叩かれた。
「まあ、おめえにはちっとばかり酷な試練かもしれねえな」
「試練って……」
「おめえみてえな鈍感野郎に、女心の機微なんてわかんねえっつってんの」
「うっ……」
それはその通りかもしれないな……反論できない。
俺が落ち込んでいると、トラップは腹を抱えて笑いながら言った。
「ったくしゃあねえなあ。他ならぬ親友のためだ。俺が一肌脱いでやるよ」
「……は?」
「だあら、俺が何とかしてやるっつーの。まあまかせとけって。何もかも解決してやるからよ」
そう言うトラップの顔は、どこまでも。どこまでも面白そうで……
……嫌な予感がする。物凄く嫌な予感がする。
だけど、こんな顔をしたときの奴は……多分、奴のじいちゃんでもない限り、止められる人間はいない。
「……何するつもりだ?」
「教えたら意味ねえだろ? ま、騙されたと思って、そだな……後一時間したら、パステルの部屋を訪ねてみろよ? 何もかも解決してるはずだぜえ」
にやにや笑いながら、トラップは残っていたビールを一気飲みして出て行った。
……本当に、何をするつもりなんだ?
頼む、頼むぞトラップ。
解決してくれなんて贅沢を言うつもりはない。だから。
これ以上事態をややこしくしないでくれ――!!
最近ぼーっとすることが多い。
そのことを自覚しているから、わたしはため息をつかずにはいられなかった。
原因……はわかりきってる。
あのクエストのとき。偶然とは言え、クレイと……キス、しちゃったんだよね。
偶然。事故……だよね。
はあ。
別にファーストキスってわけじゃない。以前知り合ったギアっていうファイターと、その……まあちょこっと。
だけど、だからって誰とでもしていいってものじゃないよね、キスは。
はああ……
思わずため息をついてしまう。
クレイは、全然気にしてないみたいだった。あんなにかっこいいんだもん。多分、キスなんて慣れてるか……いやいや、そもそも事故だと割り切って、キスだなんて思ってないのかも?
……辛い、なあ。
そう思う自分に、ちょっとびっくりする。
わたし……何で辛い、なんて思ってるんだろう?
別に何でもないことなら、忘れちゃえばいいじゃない。
クレイだって悪気があったわけじゃないし、それを責めるつもりなんて全然無い。
むしろ……う、嬉しかった? ちょっとだけ、嬉しかったかも?
ショックだったのは……クレイが気にもとめてないってこと? 本当は、意識してほしかった……?
ああ、もう、わかんない!!
思わず頭をかきむしりたくなる。あー、わたしどうしちゃったんだろう?
こんなとき、ルーミィとでも遊んでいれば気がまぎれるんだろうけど、今日はルーミィとシロちゃんはノルと一緒にお散歩に行っている。
部屋にはわたし一人だけ。だから、余計に考えこんじゃうんだよねえ。
はあ……
わたしがもう一度ため息をついたときだった。
コンコンコン
響くノックの音。
思わずドキンとする。ノックをするような礼儀正しい人は、我がパーティーには一人しかいない。
「は、はーい?」
ばたばたとドアに駆け寄る。もしかしたら……っていう期待が走る。
だけど、ドアを開けて、拍子抜けしてしまった。
「トラップ? 何よ、珍しいじゃない、ノックするなんて」
「…………」
トラップは何も言わない。けど、するり、と部屋に入り込むと、バタン、とドアを閉めた。
……どうしたんだろ? 何の用……?
「ちょっと、トラップ?」
ぐいっ
……え?
急にウエストに腕がまわされる。気が付いたとき、わたしはトラップに抱き寄せられていた。
……ええ?
「あの、何……?」
「…………」
「お金なら、貸さないわよ?」
わざと冗談っぽく言ってみたけれど……トラップの目は、怖いくらいに真剣だった。
真剣に、わたしの目を見つめていて……
「……なあ」
ぼそり、と耳元で囁かれて、一瞬息が止まる。
「キスでもすっか?」
「……はあ?」
一瞬何を言われたのかわからなくて、わたしは間抜けな声をあげてしまった。
……な、何なの?
「な……何言ってるのよー。冗談やめてよね!」
「いやあ? 別に冗談でもねえんだけど」
……え?
間近に迫る茶色の瞳。思わず身体をそらそうとしたけれど、がしっ、と背中を支えられて、逃げられない。
「ちょ、ちょっと、トラップ?」
「いやー、俺らも結構長い付き合いじゃん? ここらで一つ、関係一歩前進、というかだなあ」
「な、な、な……」
「いいじゃん別に。どーせ、おめえだって……」
後数センチ。そこまで迫ったトラップの唇から、甘い声が漏れる。
「初めてってわけじゃ、ねえだろ……?」
――――なっ……!
あんまりと言えばあんまりな言葉に、思わず頭に血が上る。
も、もう怒ったわよ!? こ、こうなったら、足を踏んで……
その瞬間だった。
コンコンコン
再び響くノックの音。
……え?
「おい、トラップ。いるのかあ? 一体何なんだ?」
がちゃん
ドアが開く。そこに立っていたのは……クレイ。
トラップの目に面白そうな色が浮かび、クレイの顔がひきつり、わたしは……青ざめた。
み、見られた!? クレイに……見られた!!? ど、どうしよう。何て……何て、言い訳すればっ……
その瞬間だった。
トラップが、突然わたしごと横とびにジャンプした。
強引にひっぱられて、思わずたたらを踏む。
そして、さっきまでトラップが立っていた場所を、クレイの拳が通り過ぎた。
……ええ?
「ひゅー、いきなり乱暴だな、クレイちゃん」
「ととととトラップ!? お、お前、い、い、一体何、何をっ……」
「あーもう。怒るなっつーの」
ぱっ
突然手を離されて、わたしは床にしりもちをつく。
だけど、それに文句を言う気力も無かった。
何が何だか、わけがわからなくて。
い、一体これはどういうことっ!?
「トラップ……?」
「だあら、これでわーったろ? ったく。おめえら鈍すぎんだよ」
『……はあ?』
わたしとクレイの言葉が、見事にはもった。
「あの……?」
「パステル、おめえ、俺とキスすんのは嫌だったろ?」
にやにや笑いながら言われた言葉に、わたしは大きく頷いた。
あったりまえよ! わたしの返事なんか全然聞こうともしなかったくせに!
頬をふくらませて抗議すると、トラップはかしかし頭をかきながら、今度はクレイを見た。
「んで? クレイ。おめえは、俺がパステルにキスしようとしてんの見て、すげえ腹が立ったわけだろ?」
「あ? あ、ああ……」
クレイもクレイで何を言われたのかよくわかってないらしく、こくり、と頷いている。
……一体トラップは何が言いたいわけ?
「だー! おめえら、ここまで言ってまーだわかんねえのかよ? あのなっ……」
トラップはイライラしたように赤毛をかきむしっていたけれど……やがて、わたしの腕を強引につかんだ。
同時に、クレイの腕もつかんで……わたしの手を、無理やり握らせる。
……あの?
クレイと二人でとまどったような視線を向けると、トラップはため息をついて言った。
「おめえら、よーく考えてみろよ。事故だろーが何だろーがキスしちまって? で、おめえらはどう思ったんだよ。嫌だったのか? それとも嬉しかったのか? それ考えたら、俺の言いたいことだってわかるだろーが」
「……えと……?」
「あ……」
トラップは、それ以上教えてくれるつもりはなかったらしく。
そのまま、わたし達に背を向けた。
「あったく。俺って親切すぎんぜ。クレイ、パステル、後で飯おごれよ。すげえ高い奴!」
バタンッ
それだけ言うと、トラップは、部屋から出て行った。
……ええっと……
トラップの言っていたことを、ゆっくりと思い返す。
キスしちゃって、嫌だったのか、嬉しかったのか?
わたしは……
じーっとクレイの顔を見上げると、彼の顔は、何だか真っ赤になっていた。
トラップの言いたいこと。それは、さすがに鈍い俺でもわかった。
わからされた、と言うべきか。
部屋のドアを開けたとき、トラップとパステルがキスをしている(ように見えた)光景に、瞬間的に怒りがわいた。
それは、多分嫉妬……と呼ばれる感情なんだろう。
パステルと偶然とは言え、キスをしてしまって……嬉しかったのか? 嫌だったのか?
そんなの、決まっている。俺は……
「あの、あのね、クレイ」
パステルは、真っ赤になってつぶやいた。
視線を合わせようとしない……照れてるんだろうな。
「何?」
声をかけると、パステルは、ぼそぼそとつぶやいた。
「わたしは……嬉しかったよ?」
「……俺も」
答えは割りとすんなり言えた。
ふっと思い出す、あのときのパステルの柔らかい唇と……密着した身体と。
やっぱ、俺だって男なんだよなあ……
苦笑が漏れる。
じっとパステルの目を覗き込むと、照れたように目を伏せられたけれど。
唇を塞いでも、嫌そうな顔も、驚いた顔も、見せなかった。
さて、どうするべきか。
部屋に二人っきりで、好きな女の子と抱き合っていて、唇を重ねて。
鈍いとか言われる俺だが……ここまで来たら、先に進みたい、と思う欲望くらいは持ち合わせている。
だけど、それでパステルを怯えさせるのは嫌だった。
……かといって、本人に確認するのもなあ……
何だか離れるタイミングを逃してしまって俺が悩んでいると。
パステルが、ぎゅっと俺の服をにぎった。
……何だろう?
「パステル?」
「あの……わたし、いいよ?」
「ん?」
パステルは、真っ赤な顔のまま言った。
「クレイなら、いいよ……その、もっと……先にいっても、いいよ?」
そう言うパステルの顔は、かなり可愛かった。
……ごめん。俺もまさか、自分がここまで……
いや、もう難しく考えるのはよそう。
もう一度唇を塞ぐ。触れるだけのキスじゃない、もっと深いキス。
「んっ……」
小さくうめいたパステルの腕に、力がこもる。
ちなみに俺は初めてだ。パステルもそうだろう。
……トラップにアドバイスを受けるべきだったかな?
一瞬そんなバカな考えが浮かんだけれど。
もつれるようにしてベッドに倒れこむと、余計なことは考えられなくなった。
待て、焦るな。焦ると余計にうまくいかなくなる。
一応、兄さん達から話しくらいは聞いていた。ようするに、落ち着いて、怖がらせないようにして、優しくしてあげればいい……はずだ。
服をまくりあげると、びくり、と震える。
白い肌をなであげるようにすると、その震えは大きくなった。
怖い……のかな? いや、俺もかなり怖いんだけどさ。
「無理しなくてもいいよ」
そう言うと、パステルはぶんぶんと首を振った。
ぎゅっと目を閉じて……それでも、逃げようとはしない。……健気だなあ。
こういうところが、好きなんだ。守ってあげたいと思うんだよな、きっと。
下着に包まれた胸が、目に入る。正直に、見たい、と思った。
背中にまわしてホックを外そうとしてみたけれど、どうもうまくいかない。
四苦八苦していると、パステルが背中に手をまわして、自分でホックを外した。
な、情けないなあ、俺……
ちょっと落ち込みそうになるが、パステルは、にっこり笑って言った。
「クレイが、こういうことに慣れてたら……わたしは、逆にショックだったけど」
……ありがとう。
パステルに言われて、俺も服を脱ぐ。
我ながら不器用な手つきだった。どうやればいいのかもよくわからない、手探りの愛撫。
だけど、そんな愛撫でも、パステルはしっかり反応してくれているみたいだった。
白かった肌が徐々にピンクがかってきて、漏れる息が少しずつ荒くなってきている。
それは、俺も同じなんだけど……
「んっ……」
太ももに手を伸ばすと、声が一層大きくなった。
ああ……そっか。こんな風になってるんだ。
俺達男の身体とは明らかに違うそこを見て、何となく妙に感心してしまう。
手を伸ばすと、湿ったような感触が返ってきた。
「やっ……も、あ、あんまり見ないで……」
「あ……ごめん……」
ぐっと指を深くもぐらせる。ぬるっとした感触が、まとわりついてきた。
……もう、いいのかな……?
痛い思いをさせたらかわいそうだ。けど……よくわからない……
ふっと顔色を伺うと、パステルは、ぎゅっと目を閉じて、微かに頷いた。
やってみるしか、ない……かな?
ぐっとパステルの肩をつかむ。身体を割り込ませる。
最初はちょっと手間取った。すんなりいくものではないらしい。予想外に狭くて、入れるのも苦労した。
だけど、いざ成功してみると……
あ、そうか。女の子を抱くって、こんなに気持ちのいいものなんだ……
と、妙な感慨にふけってしまった。
パステルは相当痛かったんじゃないだろうか。目に涙がいっぱいたまっていたし。
妙に冷静に思われるかもしれないけれど、俺の方も、最後は「優しくしなきゃ」なんて考えはふっとんでいたから。
だけど……終わったその後。
パステルは、以前と変わらない笑顔を浮かべてくれたから。
だから、きっとこれでよかったんだろう……きっと。
別にその後、俺達の関係がパーティーに何か影響を与えた、ということはなく。
しいて言えば、トラップがよくからかってくるようになったくらいか。
たまに不安になるときもある。トラップは、本当にパステルのことを何とも思っていなかったのか?
あいつの顔は、そんな様子はちらりとも見せなかったけれど。
だから、たまたま二人きりになる機会があったとき、聞いてみた。
「なあ、トラップ。おまえ、キスしたことあるって言ってたけど、それって、相手は誰だったんだ?」
「あん?」
トラップは、ベッドでごろ寝をしていたけれど、俺の言葉を聞くと、何やら嬉しそうに目を細めて上半身を起こした。
「何、気になるわけ? クレイちゃん」
「いや、別に……」
本当はすごく気になっている。まさか、とは思うけど……
「別に気になんかしてないけどな。で? どうなんだ?」
「パステルだよ」
そのときの俺の気持ちを、どう表現したらいいものか。
全身が強張る、というのは、ああいうことを言うんだろうな。
そんな俺を、トラップはまじまじと見つめて……そして。
腹を抱えて大爆笑した。
「トラップ……おまえ、おまえなあ!? からかっただろ!?」
「ぶはははははは! あ、あったりめえだろ? 何で俺が、あんな色気のいの字もねえ女とキスなんざ……大体なあ、あいつは最初に会ったときから、ずっとおめえのことしか見てなかったんだぜ?」
「……はあ?」
そうなのか? ……ちっとも気づかなかった。
そう言うと、「どーせパステル本人もそうだろうけどな」なんて、したり顔で言われてしまった。
何でこいつはこう、無駄に鋭いんだろう……
はあ、とため息をついていると、トラップはにやり、と笑って言った。
「マリーナだよ」
「え?」
「マリーナ。俺のファーストキスの相手。もっとも……」
その後続いた言葉に、俺が激怒したとしても……許されてもいいんじゃないだろうか?
「もっとも、14、5年前の話だけどな?」
完結です。明るめで短め、トラップが不幸にならない作品を目指した……つもりです。
やっぱりわたしにとってクレパスは難しかったので……いまいち自信ないですけど。ありがちなお話になってしまって。
次作は「学園編 5」行きます。これで第一部完結です。
多分第二部もそのうち書きます。結構読みたい、という要望いただいたので……
ところで、このスレ的には「アンハッピーエンド」や「悲恋もの」はOKなのでしょうか?
いえ、ちょっとネタを思い付いたもので……
私的にはOKです〜ノシ
OKに一票!
他の住人の方はどうかな?
>トラパス作者さま
クレイの鈍さがらしくって良かったです。
トラパス派ですが、クレパスも良いとしみじみ。
学園編5楽しみにしております。
悲恋もたまにはいいんじゃないでしょうか、期待してます。
トラパス作者さま乙です。
無駄に鈍い二人をラブラブにするには大変な労力が必要なんですね・・・
またそこがツボだったりするんですけど(w
アンハッピーや悲恋もの全然OK!です。
楽しみにおまちしております。
私的には原作の雰囲気が損なわれていなければどんな話でも大丈夫。
私自身、カップリングにあまり拘らないというせいもあるかもしれないけど。
むしろ悲恋、アンハッピーものは大好きなので∩´∀`)∩ヤター
各々で微妙に人物イメージが異なっていたりして、それだけでも結構楽しめます。
(明らかに性格が違うものは除外するけど)
実はあまりにハイペースなので、逆にトラパス作者さんの心配をしてしまう。
>トラパス作者さま
「トラップが不幸にならないクレパス」をリクエストした者です。
正直、無理なリクエストをしてしまったかと悩んでいたんですが
自分が想像していた以上のお話で驚きました。
クレイとパステルの二人は鈍感で可愛いし、
トラップはしっかり格好いいし(さすがです)。
トラップがパステルを意識していないというところが
初期の原作の雰囲気をを思い出しました。
(最近はやっぱりトラップがパステルを好きなのは確実と思える描写が多いので)
リクエストに答えていただきありがとうございました!
269 :
名無しさん@ピンキー:03/10/22 00:11 ID:jkg94V8D
クレパス面白かったです、とても明るかったし苦手だと言っていたクレイも全然OK!
ホント上手いですよ、それにトラップも相変わらず上手い!
アンハッピーエンドや悲恋物語は俺もOKです!!
さあ次は「学園編5」ですね、楽しみにしてます(゚∀゚)
今までずっとROMってた人間なんですけど。何か書きたくなってかいてしましました。
トラマリです。スレ汚しになったらスマソ。
「よお」
古着屋の扉を開けて、俺は軽く挨拶をした。
店の奥にはこちらに背を向けて棚を整理する女が一人。
「あぁ、トラップ、いらっしゃい」
小柄な体を捻り、とびきりの笑顔でマリーナは出迎えてくれた。
「どうしたの?」
「いや、別に用事じゃねえんだけどな、なんとなく」
曖昧に返事をした俺は客用に置いてあるソファに腰をおろした。
マリーナは「そう…」と言って赤や黄色の服をまた棚に並べはじめる。
旅に出るまで毎日見てた後姿をまた目に焼き付けてやろうかとじっと見続けた。
おめえ、俺が何しに来たか大体わかんだろ?誰も連れずに一人で来たんだぜ?
「そういえば、これ、トラップにあげようかと思ってたんだけど」
マリーナは思い出したように棚の下にあった黒いマフラーを手にとって広げて見せる。「どう?」とそれを差し出された。
少し広めで凝った編みこみがしてある。悪くねえな。けど…。
俺はそのマフラーごとマリーナの手を握って、引き寄せた。
今必要なのはそれじゃねえんだ。
バランスを崩したマリーナの小せえ体を受け止めて抱きしめる。
「とらっ…」
「なんつーか、とっきどきおめえがすんげー欲しくなっちまうんだよなぁ…」
時々なんかじゃねえ、女抱くとき、ほとんどマリーナの顔がちらつく。でも、俺が素直にそうはいえねえの分かってるよな?
俺はそう思いながらソファにマリーナを押し倒した。少し店の入り口を気にする様子に構わず口を塞ぐ。
舌を絡ませて、久しぶりのマリーナの体の感触を味わおうと着ているセーターの下に手を潜り込ませた。
さらさらしてやわらけえ…。
セーターをたくし上げてマリーナの胸を見つめた。
この胸見ると、思い出すんだよなあ。
14ぐらいの時、俺とマリーナで少し遠くにある小さな湖に行った。
そこは時々俺が一人になりたい時によく行った場所で、俺の知る限り他に来るやつはいなかった。
初めて連れていってやった場所にマリーナは珍しそうにあたりの景色をみて「こんな所あったなんて」と驚いてた。
その隣に立って、俺はこう聞いたんだっけ。
「おめえさ、寝たことあっか?男と」
なーんも考えてなかったのかよ、俺は、なんて今思い出すと苦笑いしちまうぜ。
「な、な、無いにきまってるでしょ!」
「んじゃ、俺とやってみようぜ」
顔真っ赤にしてあわててそういったマリーナに俺も少し赤くなりながら言った。
「そんな、でも…」
「やってみたく…ねえ?」
「その、そりゃ、やってみたいけど…」
恥ずかしそうにうつむいてる顔をみながら俺はなぜか急いでマリーナにキスをしてた。
「服、脱ごうぜ」
「…けど…うん」
今考えればやるだけなら外だったし全部脱ぐ必要もねえんだけど、何かぎこちなく二人で服を脱いだ。
俺の服を下に敷いて、マリーナの体をそこに寝かせる。俺は胸の前に組まれてたマリーナの両手をどかした。
まだ成長しきってない胸を見ただけで、俺はもう起ち始めてた。内心びくびくしながらそこに手を置く。
「やわらけえ…」
ほとんど無意識に出た言葉にマリーナの顔はさらに赤くなった。
俺は今度は胸に口をつけて舌を這わせた。もう片方の胸を揉むと、マリーナの息があらくなるのが分かった。
足を広げさせてじっとその真ん中を見る。
すげえ…、こんななんだ。
「トラップ…そんなに…見ない…で…」
「あぁ?ああ、わりい、わりい」
俺はマリーナの声で自分がそこを見つめてたことに気づいて、あわてて前戯ってやつに戻った。
そこに指を入れるときつくて、ほんとにこれで入んのかよと大分でかくなっていた自分の物を見た。
首筋や胸の先、考え付くところ全部を舌でなめて、指でやさしくならしてやる。
とろっと中から液が出始めて、俺はそこで初めて少しほっとした。
もうそろそろ、か…?
俺は指を抜いて、自分の物を入れようとした。確かに入れようとはしたんだ。だが…
…これって、どうやって入れればいいんだ?
マリーナのそれと自分のこれがどうしても一緒になる気がしなくて俺は自分の物をもっておろおろするしかなかった。
その時、俺は不覚にもマリーナの腹の上に放ってしまった。
白い液体をびっくりしたようにマリーナが見る。俺は顔から火が出るんじゃねえかってぐらい顔面が熱くなるのを感じた。
「わりい、だいじょぶだって、今度はうまくやっからよ」
それからしっかりと入れて、俺は初めて女の体のすごさを知ったきがしたんだよな…。
「とらっぷ…なに、考えてるの…?」
うるんだ目でマリーナが俺を見ていた。ソファに押し倒されたまま、マリーナは俺の愛撫を受けていた。
随分前の記憶。確か髪も肩までいってなくておろしてたっけか。
「いや、少しな…」
俺はマリーナのスカートの中の既に濡れている下着を降ろしてそこをなめた。
「や…あん…ん」
色っぽい声を聞いてさらに舌を奥に押し込む。マリーナは俺の頭に手を置いて身をよじった。
「感じてんなあ…んじゃ、もっとやらしい感じにすっか?」
「え…?」
俺は少し意地悪く笑って不思議そうなマリーナを立たせる。そして壁に手をつかせた。足を開かせて、俺もズボンに手を掛ける。
「俺もただ冒険してたわけじゃないんだぜ…」
耳元でそう囁き、スカートをたくし上げて一気に貫いた。
「ああ!…あああ!!」
後ろから胸を揉み首筋をなめながらマリーナに腰を打ち付ける。
じっとりと汗をかいた肌が余計にたがいの体をくっつけているようだった。
「…ん……あっ…あん…」
中をいじくりまわしてマリーナの感じる所を探っていく。
「や…あんっ……やだっ……」
壁にもたれかかるマリーナの体を支えながら少しスピードを上げる。
「いっ……あっ…ああっ」
すいついてくるみてえ…
やっぱ、すんげえ気持ちいいよ、おめえん中…。
「あああ!!」
マリーナが声を上げるのと俺が果てるのはほぼ同時だった。
俺が自身を抜くとマリーナの太ももに白い液体が伝う。マリーナは力が抜けたようにずるずると床に膝をついた。
「まだまだこれからなんだけど、俺は」
「ばか…」
俺は後ろからマリーナの首にキスをした。
「あれ?そのマフラーどうしたの?」
宿に帰ると俺の首元を見てパステルが不思議そうに聞いてきた。
「あん、これか?今、マリーナのとこで」
「マリーナ、店にいたの?だったら一緒に行きたかったのに、何で言ってくれなかったのよ」
すねたようにパステルが口を尖らせた。
「あぁ?別にいいだろが。いちいちおめえらなんか連れていっけかよ」
俺の楽しみがなくなっちまうだろが。
キャラの性格とか半ば無視でスマヘン。
なんてーか、パステルに出会う前にトラップはたぶんこのぐらいやってたんじゃないだろうかっていう憶測です。
クレイも然り。
世界観とか雰囲気とか壊してそうですが、自分の中の裏フォーチュンはこんなんです。
おそまつ。
>>275 いや〜、面白かったです。
読む前、短いからどうなのかなーと思ったら、すっきりまとまってて。
パステルの知らないトラップって感じがすげー良かった・・・。
幼なじみとの初体験ってこんな感じだったりしますよね。なりゆきというか。
ここ読んでると興味なかったカプでも好きになってしまいそうだ・・・。
初のトラマリ作品が!
トラパス好きにとっては鬼門と言われるカップリングですが(笑
「ああーありえそうだなあ」と深く頷いてしまいました。思わず。
今のトラップはパステルが好きだと思ってますが、パステルに出会う前はマリーナが好きだったんじゃないか、というのは、同意できるんですよねえ。
いずれ過去話を読んでみたい……
感想くださった皆さん、ありがとうございます。
悲恋ものもOKということですので、またいずれ……
今日は「学園編 5」いきます。
ではでは
手を繋いで帰ってきたわたしと男の子を見て、大人達は大騒ぎだった。
やれどこに行っていたの、何をしていたのと怒られて、泣かれて、抱きしめられた。
どうやら、わたしは相当に遠くまで出歩いていて、両親にいたく心配をかけたらしい。
「ごめんなさい」
そうやって謝ると、「無事に見つかってよかった」と両親の友人が頭を撫でてくれた。
そして、「お前もよくやった」と自分たちの息子を褒めていた。
彼は、照れくさそうに笑っていたけれど……
随分と遅くなってしまって、わたし達家族はその家に一泊することになった。
わたしの両親も、男の子の両親もそれはそれは忙しい人達だったから、本当はそんなことできるはずもなかったけれど。
子供達の方が大事だ、と笑って、仕事を無理してキャンセルしてくれたらしい。
そしてその日、大人達は大人達で話しに花を咲かせている間、わたしと男の子は一緒の部屋で眠った。
「約束、忘れんなよお」
「わすれないよお」
寝る前に男の子が確認するように言ってきたので、わたしは大きく頷いた。
もう道に迷ったからって泣いたりしない。そして、いつか……
「大きくなったら、おめえのこと迎えにいくからな」
「うん、まってる」
「んで、俺の嫁さんになるんだぞ」
「うん、なるー」
「約束だからな」
「うん、約束」
もう一度指切りをして、二人で一緒に眠った。
懐かしい思い出。とても懐かしい思い出。
あの男の子は、わたしを迎えに来てくれると言った。
もしかしたら、白馬の王子様に憧れているわたしにとって、本当の王子様だったのかもしれない。
彼の、名前は……
「うーん……」
わたしは悩んでいた。
時刻は夜の12時。場所はわたしの部屋。
「ううーん……」
明日もちゃんと学校はあるし、そろそろ寝ないと朝がきつい時間。
だけど、寝れそうにもなかった。
「うーん、うーん……」
わたしが悩んでいるのは、担任の先生であるギア先生のこと。
好きだ、と言ってくれたけれど、その気持ちが受け入れられなかった。けれど、わたしがはっきり断らなかったせいで、ギア先生には「いつまでも待ってる」と宣言されて。
そして、色々と……その、実力行使に出られてしまった。
そのたびに、同居人であるトラップや、彼の友人クレイに助けてもらっていたんだけど。
このままじゃいけない。ちゃんとはっきり言わないと、と決心したのが三日前。
そして三日間、わたしは悩み続けているんだけど。
いざ、言うとなると……難しい。どう言えばいいんだろう、って思っちゃう。
以前は、わたしも思ってたんだよね。
ギア先生はかっこいいと思うし、好きか嫌いかって言われたら好きな方だと思う。
わたしが気になってるのは、先生と生徒であるっていうそのことだけで、そしてギア先生は、わたしのためなら教師の職を捨ててもいい、とさえ言ってくれた。
もし本当に先生が先生じゃなくなったら、好きになっちゃうかもしれない、そう思ってたんだよね。
でも、最近思う。多分、それはもう無いだろうって。
何でだかわからないけれど、わたしの中で、妙にもやもやする感情。
これが「好き」っていう感情なのかはわからない。でも……
口が悪くて寝起きが悪くて、派手好きで。
ギア先生とは、ある意味正反対なそんな人。王子様みたいな優しい人が好み、と言っていたわたしにとっては、かなり正反対なタイプ。
だけど……最近、何だか気がついたら彼の姿を目で追ってしまう。
料理を美味しいと褒めてもらえたり、バイクの後ろに乗せてもらったり、ふと目があったり。
そんなとき、妙にドキッとしてしまう。
トラップ。
わたしは……彼のことが好き、なのかなあ……
いやいや、嫌いじゃないのはそりゃ確かなんだけど……男の人として好き、なのかなあ……?
まあ、とにかく。
トラップと出会って、どんどん彼の意外な一面を知って、そしていつの間にか心の中の大部分がトラップで占められるようになって。
そうなってくると、わたし、思ったんだよね。多分、先生が先生じゃなくなっても、どれだけ時間が経っても、わたしはギア先生のことを好きにはならないだろうなって。
何で、って言われても困る。困るけど……そうなんだから、仕方ない。
だけど、それをどう伝えればいいんだろう……
ううーん……
そんなわけで、ここ数日、わたしはずーっと悩み続けているわけなんだけど。
できるだけ早く話をしなくちゃ、って思ってるのに、時間ばかりが流れちゃって……はあ。情けないなあ。
トラップに怒られるのも無理は無いんだよね。「おめえがはっきり言やあすむことだろ」って。
だけど、どう言っても「振り向いてくれるのをいつまでも待ってる」って言われちゃったら……ねえ。
はあ。
ため息をつくのにも疲れて、わたしは立ち上がった。
駄目駄目、このままじゃいくら悩んでも堂々巡りしちゃう。
何かあったかいものでも飲んで、気持ちを落ち着かせよう。そうしよう。
そう考えて、わたしは部屋を出た。
試験勉強の夜食のときに作ったのはホットミルクだった。
今日は、熱いミルクティー。
水を一旦沸騰させて、それから少し冷まして、紅茶の葉を蒸らして……
いつもは面倒だからってティーバッグを使うことも多いんだけど、こんなときは本格的な紅茶を飲みたくなるんだよね。
うん、今日はダージリンにしよう。
食器棚からティーカップを出して、準備は完了。後は、お湯がわくのを待つだけ。
ふう……
こぽこぽと泡を立て始めるお湯をボーッと見つめていると……思考は、やっぱり目下の一番の悩みへととんでしまう。
つまり、わたしはギア先生を振ろう、としてるんだよね。
好きな人に振られるって……辛いことだよね。
なるべく傷つけたくはない。……そりゃ、いっぱい嫌なこともされたし、絶対許せないとは思うけど。
でも、先生は……本気で、わたしのことを好きだ、って言ってくれたんだよね。
何て言えばいいんだろう。「嫌いじゃないけどそういう対象として見れないんです」が、一番無難な気もするけど。
これは駄目だよね。「そういう対象として見てくれるまで待つ」、そう言われたらおしまいだもん。
じゃあ……「嫌いだから」?
これも駄目だ。嫌い、じゃないから。許せないけど、どうしても嫌いにはなりきれない。
こんなことになる前、先生はすごく優しかった。重たい荷物を持っていたときさりげなく手を貸してくれたり、帰りが遅くなったときさりげなく待っててくれたり。
大好きな先生の一人だった。……好きになれたら、きっと幸せにしてもらえたと思う。
……どうしよう。
「他に好きな人がいるんです」とか……?
そう考えたとき、思い出したのは以前先生に言われた台詞。
「君は、ステア・ブーツのことが好きなのか?」
ステア・ブーツ。トラップの本名。
あのときは、「違う」って答えた。
……今は……
「おい、水沸騰してんぞ。何ボーッとしてんだ?」
「えっ!?」
ちょうど考えていた相手の声が聞こえて、わたしは思わず振り返った。
お風呂上りらしい、微かにシャンプーの匂いが漂う、下ろした髪の毛。下はハーフパンツ、上半身はだぼっとしたTシャツ姿で、首にタオルをひっかけた……
「と、トラップ!? あの……」
わわわ、ど、どうしよう。何て言えばいいのっ!?
後になってよーく考えたら、別に慌てるようなことじゃないんだけど。
そのときは、ちょうど「トラップのことを好き?」なんて考えていたせいで、わたしは思いっきりうろたえてしまって……
怪訝そうな顔をするトラップを尻目に、反射的に後ずさって、ドン、と流しに当たって止まる。
その瞬間……
「うわっ!!」
「え……?」
振動で、お湯を沸かしていたヤカンが揺れた。
スローモーションのように、ヤカンが傾いて……
バッシャーン
「いやっ!! 熱いっ……」
「パステル!?」
十分に沸騰していたお湯を足に被って、わたしはたまらず悲鳴をあげた。
いやああああ!? 何だか、みるみるうちに足が、赤くっ……
「ああああああああああああああ!! やっ、水、水……」
「じっとしてろ、動くな!」
「え……?」
あっ、と思ったときには、わたしはもう、トラップの両腕で抱き上げられていた。
間近に彼の顔が迫って、ぼんっ、と頭に血が上る。
「やっ、と、トラップ、下ろして! 大丈夫だから下ろしてってば!!」
「バカ、じっとしてろ! 痕が残ったらどーすんだ!!」
わたしの抗議なんかどこ吹く風で、彼は軽々とわたしをお風呂場まで連れ込んで、シャワーでいきなり冷水を浴びせ始めた。
「やだっ、冷たいっ……」
「ばあか、火傷には冷やすのが一番なんだよ。ったく、おめえってどこまでもドジな奴だな」
「…………」
返す言葉もありません。
うー、自己嫌悪……何でわたしって、いつもこうなのかなあ……
ばしゃばしゃばしゃ
容赦なく浴びせられる冷水は冷たかったけど、それは、火照った肌には気持ちよかった。
しばらくわたしはされるがままになってたんだけど……
「うし、こんなもんでいいか。後は薬塗って包帯でも巻けば、痕は残んねえだろ。立てるかあ?」
「あ、うん……あ、ありがとう」
幸い、すぐに水をかけたのが良かったのか、大して酷い火傷にはならなかったみたい。
わたしは、お礼を言って立ち上がろうとしたんだけど……
トラップが、何だか顔を真っ赤にしてわたしを凝視しているのを見て、ふとその視線を辿る。
……きゃあああああああああああ!!?
太ももまで捲り上げられたスカートと、水を浴びせられてべっとりと肌に張り付いた服。
自分の格好を見て、わたしを思わずうずくまってしまう。
あ、あわわわわわ、ど、どうしようっ!?
顔が真っ赤になるのがわかる。
……あれ?
以前も、似たようなことがあった。あのときは、「バカ、見ないでよ」とか何とか言って、ひっぱたいたりしていたんだけど。
何でだろう……今は、何だか、すっごく……
ばさあっ
上から被せられたのは、トラップのTシャツだった。
「と、トラップ?」
「……わりい。見るつもりじゃ、なかったんだけど……」
……あれ?
トラップも、変……前だったら、こういうときは絶対、「んな色気のねえ身体なんか頼まれたって見ねえよ」とか何とか、意地悪なこと言って……
「あ、あの……あの、あの……あ、ありがとう……」
言いたいことがいっぱいあるようで、そのくせちっともまとまらなくて。
結局、わたしはトラップのシャツを被って、小さくお礼を言うことしかできなかった。
怪我に薬を塗って、包帯を巻いて、着替えて。
それだけやって、わたしはまた台所におりていった。
準備していた紅茶がもったいなかったしね。……ただ、それだけ。
決して、トラップが台所にいたから……ではない、と思う。
「さっきは本当にありがとう。紅茶、飲む?」
「ん……」
自分の分と、トラップの分のマグカップに、沸かしなおしたお湯で紅茶を入れる。
いい匂いがいっぱいに広がって、いつもならそれだけですごく幸せな気分になれるんだけど。
何だか……今は、落ち着かない。
しばらく、紅茶をすする音だけが響いた。
……気まずい、なあ……
「ふう……」
「……んで、おめえ、こんな時間に何をぼけーっとしてたんだ?」
ぶっ!!
突然の質問に、思わず紅茶を吹いてしまう。
目の前でトラップが顔をしかめていたけれど、それに気を払う余裕もなく。
そ、そうだそうだ。なごんでる場合じゃなかった。
わたし、トラップとクレイに約束したんだよね。「なるべく早く話をつける」って。
別にその後二人にせかされたわけじゃないけど……いまだに迷ってる、って言ったら、多分バカにされる。
トラップは、こういうとき容赦が無い。例え相手が傷つくだろうってわかってても、それしか方法が無いのなら、ためらわない人だから。
えと、な、何て言おう……
わたしは思いっきりうろたえてしまったんだけど。
そんなわたしを見て、トラップの目が、意地悪そうに輝いた。
「ははーん。さてはおめえ、ギアに何て話そうかって悩んでただろ?」
「…………」
お父さん、お母さん。
世の中には、人の心を読める人がいるって、わたし初めて知りました……
何でわかるのおおおお!!?
返す言葉もなくてわたしがうつむいていると、トラップは鼻で笑って言った。
「ばあか、おめえの考えてることなんてな、お見通しだっつーの。どーせ、『嫌いじゃないから傷つけたくない』とか中途半端なこと考えてんだろ?」
ぎくっ
あからさまに顔色を変えるわたしに、トラップは心底呆れた、という風にため息をついた。
「んっとにおめえってわかりやすいよなあ。あのな、傷つけようがどうしようが、きっぱり言うことだって大事なんだよ。おめえ、自分にあてはめて考えてみろよ。
おめえにもしすげえ好きな奴がいたとして、相手から『君のことを好きにはなれないけど、傷つけたら可哀想だから嫌いじゃないって言ってあげるよ』とか『つきあってあげるよ』とか言われて、おめえ嬉しいかよ?」
「……嬉しく、ない」
実際にそんなはっきり言う人は少ないだろうけど。
そんな気持ちでつきあってもいいって言われたら……多分、すごく悲しいだろうな、とは思う。
「そうだろ。おめえはギアのことを好きじゃねえ。つきあってほしいって言われても、振り向くまで待ってるって言われても迷惑だ。そうきっぱり言やあいいだろ」
…………
トラップの言ってることは、多分すごく正論なんだと思う。
だけど……頭でわかってるのと、実際に行動できるかっていうのは、別問題だもん。
一緒にできる人なんて、限られてる。わたしは、トラップみたいに割り切れない。
「……まさか、おめえギアはかっこいいから振るのが惜しい、とか思ってねえだろうな?」
「…………」
答えないわたしに吐き捨てるようにつぶやかれた言葉。
それは……ちょっと前のわたしの心境を、そのまま表していた。
そう、多分わたしは、ちょっと前までそう思っていた。
大好きな先生だしかっこいいと思う。本気で好きだって言ってくれている。
今はそんな風に見れないけど、もっと後になったらわからない。だから、きっぱり振るのが惜しい、そんな風に思っていた。
「マジか? ……おめえ、それは……」
「違う」
だけど、違う。今は違う。
今は……
「どう言えばいいのかわからないんだもん。『振り向いてくれるまで待つ』『教師をやめたっていい』……ギア先生は、そこまで言ってくれたんだよ? 何を言ったって、『それでも待つ』って言われたら、それ以上どう答えればいいの。
トラップ、教えてよ。好きな人のことを完全に諦めるときって、どんなことを言われたとき? わたし、嘘はつきたくないの。先生は真剣だったから。だから、『嫌い』とは言えない。
酷いことされたから許せないとは思うけど、だけど嫌いになりきれないの。トラップ、わたしどうしたらいいの?」
適当にごまかすなんてことしたくない。本音をぶつけたい。
だけど傷つけたくはない。それは……わたしのわがままだってわかってるけど。
わたしがじっとトラップを見つめると、彼は、しばらく黙ってわたしの視線を受け止めていた。
立ち上がって、空になったマグカップを流しに戻して、そして。
わたしの背後に、まわりこんできた。
「……トラップ?」
「優しいのは、おめえのいいところでもあるんだけどよ。同時に悪いところでもあるんだよな」
「…………」
「好きな奴のことを完全に諦めるとき……俺だったら、相手が他の男のことを好きだって言われたとき、だな。そいつが、自分よりいい男だったら、諦める。俺だったらな」
「…………」
トラップとギア先生の考えが同じとは限らないけど、それは確かに一つの方法だと思う。
好きな人がいる、そう言ってしまえば……多分、話は一番簡単。
「わたしに、他に好きな人がいるって……」
「一番簡単な方法教えてやろうか?」
「え?」
トラップの言葉に、振り返る。
そんなわたしを、彼は……椅子の背もたれごしに、抱きしめてきた。
「と、トラップ!?」
「俺とおめえは婚約してるって、そうギアに言っただろ。手っ取り早く既成事実作っちまえばいい。一番簡単な方法だと思うわねえか?」
「……え?」
既成事実?
「どういうこと……?」
「こういうこと」
見上げたわたしに迫ってきたのは、予想外なまでに間近にあった彼の顔。
唇に柔らかいものが押し当てられる。暖かいものが、間に差し入れられ……歯や上あごをくすぐりながら、ゆっくりと中に侵入してくる。
舌をからめとられて、そこまで来て初めて、わたしは自分が何をされているのかを理解した。
「ん……んん――!?」
口いっぱいに広がるミルクティーの味。頭の芯がしびれるような感覚。
最初は強張っていた身体から、段々力が抜けていくのがわかった。
「……どうよ?」
「…………」
やっと唇を解放されても、わたしはしばらく何も言えなかった。
ほんの数センチ前にある、いたずらっこみたいに輝く彼の瞳。
段々と顔に血が上っていくのがわかった。
な、な、な……
「と、トラップ……?」
「既成事実。『わたしはもう身も心もトラップのものなんです』って言っちまえば、さすがに向こうも諦めると思わねえ?」
「なっ……」
一瞬、何を言われてるのかわからなかったけど。
その直後、嫌というほど思い知ることになった。
再び塞がれる唇。背後からまわっているトラップの手が、ゆっくりとわたしの胸を押し上げて……
「やっ……」
ぶつんっ
パジャマのボタンが外された。あっという間に、上から三つくらい。
差し入れられるトラップの手は、とても暖かかった。
「ふっ……あっ……」
下着を押し上げるようにして、胸にあてがわれる手。
その指が微妙に動くたびに、思わず声を漏らしてしまう。
な、何? 何なの、突然……
「感じるか?」
びくっ
耳元で囁かれて、震えが走った。
背もたれを挟んでいるから、触れているのは手だけ。
そして、それを……わたしは、残念に思ってる。
もっと触れたい、もっと感じたいって、思ってる……
な、何で?
ギア先生のときは、怖くて、やめてほしくて、それでも感じてしまう自分がすごく嫌だったのに。
何で、トラップなら……
「っあ……や、ひゃんっ……」
耳に、うなじに、キスの雨がふる。
ざらり、と湿った感触がして、ぞくぞく感がどんどん強くなる。
「と、トラップ……」
「嫌なら嫌って言え。……言えるだろ。俺はギアじゃねえ。嫌がるおめえを無理やり抱くなんてしたくねえ」
ぶつんっ
パジャマのボタンが全開になった。
手が、胸から肩へと移動する。
するり、とパジャマが肩から外され、背もたれと背中の間で、中途半端に止まる。
トラップの視線を痛いほど感じて、わたしは顔が真っ赤になるのを感じた。
「……嫌なら嫌だと言え。このまま先に行ってもいいなら……立ち上がれ。おめえが自分で選べ」
甘い吐息と共に囁かれる言葉。
身体に走るのは、多分快感。何も考えたくない、何も考えられない。
だから、反射的に動いた。素直に、自分の本能で動いた。
立ち上がる。わたし達の間にあった障害物が、ゆっくりと音を立てて倒れた。
間を遮るものは、何も無い。
振り向くと同時、意外とたくましい腕が、わたしの全身を包み込んだ。
ぱさっ、と微かな音を立てて床に落ちるパジャマ。
ふと見上げれば、真剣な茶色の瞳がわたしを覗き込んでいる。
これが……わたしの本心?
目を閉じる。三度目のキスは、自分から求めた。
つまり、わたしはトラップのことが好きなんだ。
床に横たわったまま、わたしは嫌でも自覚せずにはいられなかった。
のしかかってくるトラップの身体。そして、自分でもそれを求めようとしていることがわかったから。
「……俺が脱がせてもいいのか?」
「自分で……脱ぐよ」
するり、とズボンから脚を抜く。
視線を感じる。身体を見られたのは初めてじゃない。ちょっと前に、着替えの最中に乱入されたこともある。
だけど、そのときの視線と、今の視線は違う。
真剣に、わたしのことを見つめてくれてる……そんな視線。
唇と、指と、トラップは様々なものを使って、わたしの身体をほぐしていった。
触れられれば熱くなり、声が漏れる。
息が荒くなるのがわかった。同時に、トラップの息も同じくらい荒いってことも。
一つになりたい。それが、わたしの正直な思い。
無理やりじゃない愛撫が、こんなに気持ちいいものだったなんて……知らなかった。
「やあっ……あ……」
「あー……やべえ……」
何がやばい、のか。トラップは言わなかったけれど。
酷く苦しそうな彼の息遣いは、何となく、次にどう来るかを予想できるものだった。
「トラップ……」
わたしの呼びかけに、ぴくりと反応する。
その首に腕をまわし、わたしは彼の耳元で囁いた。
「いいよ……もう。来て……」
「……痛いかもしんねえぜ?」
「うん……」
どんな痛みも、我慢できるから。
あなたと一つになれるのなら。
わたしが微笑むと、彼も見たこともないような優しい笑みを返して……
割り開いた脚の間に押し入ってくる。
来る……自然に身体が強張った、その瞬間だった。
ガチャン
…………
唐突に響いた音に、わたしも、トラップも、身体を強張らせた。
わたしの聞き間違えでなければ……それは、ドアの鍵が外れる音、で……
「ただいま! 珍しく休みが取れたから帰ってきたよ! トラップ、パステル、いるんだろ?」
「おーい息子よ、娘よ! 両親の帰宅だぞ! ちゃんと出迎えんか!」
玄関から響いた声に、トラップは疾風のごとくわたしから離れた。
パジャマと下着が放り投げられる。わたしがあたふたとそれを身につけている間に、彼は素早く服装を直して玄関へと走った。
「親父! 母ちゃん! 何なんだよ突然!」
「まあ、何だいこの子は。親が帰ってきたってのにちっとは嬉しそうな顔をしたらどうなんだい?」
「いや嬉しい。すげえ嬉しいとも。だからせめて予告くらいしてくれっつーの!」
「自分の家に帰るのに何でいちいち知らせる必要があるんだい。ほれ、疲れてるんだからさっさと休ませておくれ」
「だーっ!! 待て、ちょっと、ちょっと待てー!!」
焦りまくった彼の声を尻目に、着替えを終える。
だ、大丈夫だよね? おかしなところは無いよね!?
横倒しになった椅子を起こして、わたしはあたふたと玄関へと走った。
「お、おかえりなさい! お久しぶりですっ」
「ああ、パステル! 元気そうでよかった。どうだい? トラップが何か悪さしなかっただろうね?」
「いいいいいいええ、全然っ! とてもよくしてもらってましたっ!!」
わたしとトラップの顔に冷や汗がだらだらと流れていたことに気づいていたかはわからないけれど。
とにかく、本当に突然、トラップの両親であるところのブーツ夫妻は、帰宅したのだった。
「あー、全く生き返るよ。やっぱり我が家が一番だねえ」
わたしが入れたお茶を飲んで、おじさんとおばさんは大きなため息をついた。
どうやら、仕事が一つ急にキャンセルになって、突然休みができたんだとか。
明日の夜にはまた飛行機らしいけれど、とりあえず今晩はゆっくりできる、とのことだった。
「どうだい、パステル。少しは落ち着いた?」
「は、はい。何とか」
「うちのバカ息子の世話は大変だろう? 全く苦労をかけるねえ」
そんなことを言っている二人の顔は、何だかとても優しい笑顔で。
何だかんだ言って、トラップのことをすごく信頼しているのはよくわかった。
だから、わたしも笑って頷いた。
「トラップには凄くお世話になっています。わたし、この家に来てよかった。本当にありがとう」
ずっと言いたかったお礼。わたしが頭を下げると、おばさんは目を細めて、わたしの頭を撫でてくれた。
「堅苦しい挨拶はいい、って言っただろ? もうパステルはうちの娘なんだから」
「うんうん、全くだ。小さい頃からそうだったが、本当に素直ないい娘さんじゃねえか。なあ、トラップ」
にやり、と笑うおじさんの顔は、トラップがよく浮かべる笑顔に本当にそっくりだったけど。
同意を求められたトラップは、そっぽを向いていた。
何となく不機嫌そうなのは……タイミングが悪すぎたせい、なんだろうなあ……
はあ。わたしも、実はちょっとだけだけど、残念だった、って思ってたりする。
いやいや、もちろん、おじさんとおばさんが帰ってきてくれたのはすごく嬉しいんだけど。
にこにこしながら二人が話してくれた外国の話は、とても面白かった。
もう時間は深夜に近いのに、ちっとも眠くならない。四人で囲むテーブルは、本当に久しぶりだったから。
しばらく、わたし達は夢中で話していたんだけど……
とんでもない話を耳にして、わたしは身体が強張るのを感じた。
「いやー、しかし、可愛いし素直だし気はきくし、おまけに料理も得意なんだろお? おいトラップ、どうだ。いっそおめえの嫁さんに来てもらうってのは」
ぶはっ!!
おじさんの言葉に、トラップは飲んでいたお茶を派手に吹き出した。
わたしはわたしで、瞬時にぼんっ、と頭に血が上るのがわかったんだけど……
「全くねえ。こんなにいいお嬢さんになるとわかってたら、キングさんにちゃんと話しとくんだったよ」
続くおばさんの言葉に、ひっかかるものを感じて、わたしは首をかしげた。
あれ……?
視線を向けると、何となく焦った表情のトラップ。
あれれ……?
「おう、惜しいことをした。けどなあ、うちのバカ息子に大切な一人娘を下さい、なんて言えねえだろうが」
「あーそれはそうだね。トラップにパステルはもったいないね。もっといい相手がいくらでも……ほら、アンダーソンさんの三男坊とか」
「おお。あいつか。確かに……」
「あ……あのなあ!! 黙って聞いてりゃ、本人目の前にして好き勝手なこと言ってんじゃねえよ!!」
あんまりな言われように、さすがにトラップが立ち上がったけれど。
わたしの剣呑な視線を感じたのか、すーっと表情を変えてまた座りなおした。
……どういう、こと?
親同士が決めた許婚……じゃなかったの? わたし達。
「あの、おじさん、おばさん。わたし、そろそろ休みますね。明日の朝は、腕によりをかけてご飯を作りますから、楽しみにしててください」
「おお! 楽しみにしてるとも」
「悪いね、気を使ってもらって」
「いいええ……トラップも、そろそろ寝る? 明日も学校だけど」
わたしがにっこり微笑むと。
トラップは、ひきつるような笑いを浮かべて、立ち上がった。
「トラップ……あのね、わたしが聞きたいこと、わかってるよね……?」
二階のトラップの部屋にて。わたしとトラップは向かい合っていた。
バツの悪そうな表情で視線をそらすトラップ。
……ごまかされないからね。
「トラップ。わたし達って、親同士が決めた婚約者だー、って言ったよね、最初にここに来た日に」
「…………」
「とぼけても駄目だからね。わたし、ちゃんと覚えてるから」
「……言った」
ぐいっ、と視線の先に移動すると、さすがに諦めたらしく、トラップはため息つきつき頷いた。
……やっぱり、嘘だったんだ……
わたしをからかってたの? 婚約者だって聞かされて、うろたえるわたしを見て、楽しんでたの?
最初は、びっくりしたけど……最近では、それを喜んでもいたのに。
「何で、そんな嘘ついたの?」
「…………」
「ねえ、トラップ……」
何か、理由はあるよね。意味もなく嘘をついたわけじゃないよね?
トラップを信じたい。だから……納得いく理由を教えてよ。
わたしがぐっと身体を寄せると、トラップは……
何故だか、盛大なため息をついた。
……何、その反応……
「トラップ?」
「……あのさあ。おめえ、覚えてねえの?」
「は?」
言われた意味がわからなくて、首をかしげる。
そんなわたしに苛立ったのか、トラップはやや強い口調で重ねて聞いた。
「何も、覚えてねえのか?」
「何を?」
「……確かに、親同士が〜ってのは嘘だったよ。けどな、俺とおめえが婚約してるってのは、嘘じゃねえ」
「……はあ?」
何よそれ。わけがわからない。
素直にそう言うと、トラップは何だか傷ついたように目をそらした。
……一体何が言いたいわけ……?
「トラップ?」
「……あのさあ、おめえ、小せえ頃に一度うちに遊びに来たことがある、っつったろ? 覚えてるか?」
「え? うーん……」
小さい頃……ねえ。お父さんの友人だ、という人の家に遊びに行ったのは、覚えてる。
凄くおぼろげだけど、最近よく思い出す。
あのとき、一緒に遊んだ男の子……
あれ? いや、ちょっと待って。あれは、だってわたしより一つ年上の男の子で。
トラップとは違う……よね? あれはブーツさんじゃなくて別の友人?
あのときの男の子の名前は……
「……ステア……?」
――わたし、ぱすてるっていうの。
――俺の名前は、ステア。
ステア。トラップの本名は、ステア・ブーツ……
「え、何で!?」
「はあ?」
「何で? そんなわけない。だって、あの男の子は、わたしより一つ年上だって……トラップは同い年じゃない! そんなわけない……」
「……何だ、覚えてんじゃねえか……何で、こんな簡単なことに気づかねえかねえ……」
はあ、とまたまた大きなため息。
そしてトラップが取り上げたのは、生徒手帳についてるスケジュール表。
「覚えてんだろ? そーだよ。ステア。あのとき、迷子になったおめえを迎えに行ってやっただろーが。そんとき、約束しただろ? もう泣かない、約束を守ったら、俺の嫁さんにしてやるって」
「……覚えて、る」
覚えてる。あれは多分わたしの初恋だった。
意地悪ばっかり言われたのに、いざ助けて欲しいとき、真っ先に助けに来てくれたから。
わたしを守ってくれるって言ったから。
あの男の子は……トラップのことだったの?
「でも、年齢が……」
「おめえが俺の家に来たのは夏。7月だったか、8月だったかは覚えてねえ。6月だったかもしれねえな。でも、少なくとも5月よりは後のことだった」
一年のカレンダーがつきつけられる。
5月3日が来た時点で、彼はわたしより先に年を重ねる。
そして、わたしの誕生日は……
「おめえの誕生日は冬だろうが。2月だったかあ? その時点で誕生日が来てなかったから、俺達の年齢が一つずれたんだよ。それをおめえは単純に年上だと勘違いしてたわけ」
……そう、だ。言われてみれば、その通り。
何で……こんな簡単なことに気づかなかっただろう?
今だって年齢だけ見ればそうだ。トラップは17歳、わたしは16歳……
「あの男の子が……トラップだったの? わたしを助けてくれて、守ってやるって言ってくれて、お嫁さんに、してくれるって……」
「……そーだよ。忘れたこと、なかった。おめえのことを、忘れたことはなかった。偶然同じ学校に入学して、すげえ嬉しかったけど。おめえは俺のことを覚えてねえみたいだった。……正直、ショックだったぜ?」
そう、覚えていなかった。
すごくおぼろげで、彼がどんな顔をしていたか、何ていう名前だったか、それすらもはっきり覚えていなくて。
そのうち、わたしの中で、それは「子供の頃の思い出」として頭の奥に押し込められてしまった。
最近、それをよく思い出すようになったのは……トラップに出会ってから……
「言っただろ。大きくなったら、おめえを迎えに行くって」
「……だって、わたし、約束守れてない。いつも泣いてばっかりで、助けてもらってばっかりで……」
「だけど、迷子になっても……泣かなくなったじゃねえか。何も、絶対泣くな、なんて言ってねえよ。泣く必要の無いときは泣くな、そう言ってんだ」
「…………」
ふわり、と優しく抱き寄せられる。
ぎゅっと腕に力がこもる。押し付けられたトラップの胸は、温かかった。
「迷子になったって泣く必要なんかねえんだ。どこに行ったって、おめえは俺が見つけてやるから」
「……じゃあ、約束、守ったって……認めてくれるの?」
「認める。おめえがあの学校に入ってきたの、中等部からだよな? 入学式でおめえを見て、一目でわかったんだよ。そんときから、ずっと……いんや、初めて会ったガキの頃から、ずっと……」
ずっと、おめえのことが好きだったんだ。
頬を挟む彼の手に、そっと自分の手を重ねる。
ふわり、と落ちてくる唇を受け止める。
もっとも、パジャマのボタンに伸ばされた手は、さすがに拒否したけど。
下におじさんもおばさんもいるんだってば!
そう囁くわたしに、トラップは微かに不満そうな顔をして。
そのかわりとばかりに、唇は、なかなか解放してもらえなかった。
そうして、わたしとトラップは初めて、本当の婚約者同士になった。
翌朝、わたしが腕を振るった朝食は、おじさんにもおばさんにも大好評だった。
いつもよりちょっと賑やかな朝。いつもよりもっと慌しい登校。
でも、何とかいつもの時間に学校につく。
「おはよう、パステル。どうしたの? 何だか嬉しそうね」
「えへへ。そう見える?」
にぎやかな朝食が楽しくて、わたしは朝から顔が緩みっぱなしだったんだけど。
ギア先生が教室に入ってくると、一気に顔がひきしまるのを感じた。
いよいよ……だね。
はっきりさせなくちゃいけない、と思ったのは、随分前。
今まで、ずるずると返事を引き延ばして、先生にも酷いことしたな、って思う。
……だから、はっきりさせるね。
「今日のHRはこれまで。連絡事項は特に無い。以上だ」
起立、礼の挨拶の後、教室を出て行く先生の後を追いかける。
「先生!」
わたしが声をかけると、ギア先生は、ぴくり、と肩を揺らして振り返った。
「……どうした。何か用か?」
「話したいことが、あるんです。昼休みに……屋上に来てもらえますか?」
表情から、先生はわたしの言いたいことがわかったのかもしれないけれど。
それでも、軽く頷いて、職員室へと戻って行った。
昼休みの屋上。
うちの学校は、本当は屋上は立ち入り禁止なんだよね。
だけど、わたしは一年生のとき、偶然知った。ドアの鍵が壊れていて、簡単に出入りできることを。
落下防止用の柵にもたれかかって、じっと待つ。
先生が来たのは、ほんの数分後だった。
「パステル・G・キング。話しとは?」
「……先生、今でも、わたしのことを好きだって……教師の職を捨ててもいって、本当にそう思ってますか?」
わたしが聞くと、先生は迷わず頷いた。
「君のことを、思わないときは無い。それくらい……本気だ」
「……先生の気持ちは、嬉しかったです。無理やり抱かれそうになって、怖くて、許せないと思って、それでも嫌いにはなりきれなかったんです。こうなる前の先生は、本当に優しかったから」
わたしの言葉にも、先生は何の反応も示さなかった。
ただ黙って聞いているだけ。だけど……その手は、指先が白くなりそうなほど、きつく握り締められていた。
「結局、君は何が言いたい?」
「ごめんなさい、って言いたかったんです。ごめんなさい、先生。先生が先生じゃなくなっても、いくら時間が経っても、わたしは先生のことが好きになれません。……わたしは」
すうっ、と息を吸い込む。
誰にも言っていない。当の相手にすら、うやむやのまま言いそびれた、わたしの本音を。
「わたし、トラップが……ステア・ブーツのことが好きなんです。……ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げる。
もっと色々言いたいことはあった。だけど、結局、これが一番いいんじゃないかと思った。
わたしの本音。わたしが一番好きなのは、多分これから先もずっとトラップだろうっていう、本音。
先生は、しばらく何も言わなかった。
……もしかしたら、また、力づくで……
そう考えると、手が震えたけれど。でも、逃げようとは思わなかった。
じっと先生の顔を見つめる。視線をそらしたのは、向こうが先だった。
「……奪い取れるものなら、奪い取りたかったな」
「…………」
「いつも自信が無さそうだった君を、守ってやりたいと思った。何もかも、俺が助けてやればいい。それが君にとって幸せなんだと、そう思っていた」
「先生……」
「いつの間に、俺の目をまっすぐ見れるようになった? 君にそれだけの自信を与えたのは、ステア・ブーツなんだろうな。彼の愛し方は俺とは正反対だった。
君を必要以上に甘やかさず、突き放しておきながら、影から手助けをして、君を成長させていた。君が望んだのは、そういう愛され方だったんだな」
「……はい」
その通りだから。わたしは大きく頷いた。
わたしを守ってくれる、王子様。
だけど、甘やかして欲しかったわけじゃない。人形のような愛され方なんて嫌だった。
わたしを、一人の人間として認めてくれる、そんな愛され方がしたかった。
だから、わたしはトラップのことが好きなんだ……そう気づくまでに、本当に時間がかかったけれど。
わたしの答えに、先生は軽く笑って言った。
「俺には、そんな愛し方は無理だろう……ステア・ブーツには勝てないだろう。諦めることにするよ。だが、多分君以上に愛せる相手は、なかなか見つからないだろう……そんな相手が見つかるまでは、君のことを想い続ける。それくらいは、許してもらっていいか?」
「……はい。でも、もう……」
「わかっているよ。……もう殴られたくはないからね。ステア・ブーツに伝えておいてくれ。あの一発は、なかなか効いた、と」
そうだろうなあ……トラップいわく、「全力をこめて殴った」だもん。
普段のギア先生なら、多分トラップの拳くらいなら受け止められると思うんだけど。
それだけ……トラップが本気だった、ってことだよね?
甘やかさず、突き放して、でも影からこっそり見守って、わたしのことを真剣に考えてくれる。
わたしが好きになったのは、そういう人だから。
「はい」と小さく頷くと、先生は優しい微笑を浮かべて、背を向けた。
その後姿は、何だか寂しそうで……わたしは思わず叫んだ。
「先生!」
先生は振り向かなかったけれど、ぴたり、と足を止めた。
「先生……教師、やめたりしないですよね?」
「……君のために捨てるなら、惜しくはなかった。けれど、それ以外の理由で捨てるには……ちょっとばかり、惜しいね」
「…………」
「君達の今後を見守っていきたい。卒業までちゃんと面倒を見てやりたい。ステア・ブーツが君を幸せにするか見張ってやりたい。……今しばらく教師でいるよ。君には迷惑かもしれないけどね」
「迷惑だなんて、そんなこと、無いです」
それも、本音だった。わたしの心からの本音。
「わたし……先生のこと、大好きですから。先生としての先生は、大好きですから」
「……ありがとう」
軽く手を上げて、ギア先生は、今度こそ、屋上から姿を消した。
……終わった、んだ。やっと、終わった。
やっと自分の気持ちをはっきり伝えることができた。……大分時間がかかったけど、色んな人に迷惑かけたけど。
大きく息をついた。そう思ったら、何だかずっともやもやしたものがたまっていた胸が、すっきりした気分。
うーん、と大きく伸びをして、階段へ向かう。
今から戻れば、まだお昼ご飯を食べる時間くらいはあるはず。
ドアを開けて、階段を降りようとしたそのとき。
「おい」
「きゃあ!?」
ドアの影から伸びてきた手に腕をつかまれて、わたしは思わず悲鳴をあげた。
……この声は。
「トラップ!?」
「……よう」
ドアの影から顔を覗かせるのは、わたしの大好きな……赤毛の、細身の男の子。
「ま、まさか、盗み聞きしてたの!?」
「人聞きのわりいことを言うな! 万一おめえが襲われでもしたらと思って、待機しててやったんだろーが!!」
わたしの言葉に、真っ赤になって怒鳴る。……声が大きいってば。
「心配しすぎだって。いくら何でも……」
「甘い! 甘い甘い甘い甘い! おめえは男ってーのを甘く見すぎてる。前にも言っただろーが!」
「な、何よお!」
びしっ、と指をつきつけられて、思わず反論しようとしたそのとき。
感心するような素早さで、つきつけられた腕が翻って……わたしを抱き寄せた。
触れる唇。押し入ってくる温かい舌。
「男ってーのはな、惚れた女が目の前にいたら、場所とか状況なんか、目に入らなくなっちまうんだよ」
「……よく、わかった」
だけど、さすがにこんな場所では。
セーラー服の中にもぐりこもうとした手を、わたしは思いっきり振り払った。
――ぱすてるって言うの。
――俺の名前は、ステア。
――いっしょに、あそんでくれる?
――年下で、女だから、守ってやらなきゃな。
――やくそくまもったら、およめさんにしてくれるの?
――大きくなったら、絶対おめえを迎えに行くから。
初恋は実らないって言うけど。
たまには、例外もあるんだって、わたしは初めて知った。
わたしの学園生活は、まだ終わらない。
トラップと二人の学園生活は、まだまだ、続く――
学園編第一部完結です。
こ、こんな終わり方でよかったんでしょうか……
第二部を書くとしたら、恋人設定な二人になって、文化祭とか体育祭とかクリスマスとかバレンタインとか
お約束なイベントエピソードになるかと思います。
次は、
>>231さんのリクエストに答えます。
バカップル全開、ラブラブファイヤーなトラパス
その次くらいに悲恋ものにいく……かも、です。
トラマリキター!!
バックで突かれるマリーナ(*´Д`)ハァハァ
リアルタイム学園編キター!
ツボ突かれまくりですがな!うひょー!!!
トラパス様おつかれです!
ギアの引き際かっこよすぎ!大人やねぇ
304 :
名無しさん@ピンキー:03/10/22 15:34 ID:jkg94V8D
ついにトラパス学園編第一部完結かぁ…
いやー良かった、確かにギアの引き際はカッコ良かった、最後に渋く決めたな!
トラップとパステルもこれからって所で両親が帰って来て慌てる所が笑えた。
この二人はこれからも「さぁやるか」って所で邪魔が入りそうな予感。
学園編第二部も楽しみにしてます!
トラパス作者様、乙です〜
学園編第一部完結、おめでとうございます!
期待に違わぬ素晴らしい作品を読めて、しやわせです(´ー`)
屋上のシーンはどきどきしながら読みましたが、
ギアの引き際は私もかっこいいと思いました
パステルも頑張りましたね〜
第二部も楽しみです〜
どんな波乱があるのかな……
王道だと「本物の親が決めた婚約者登場」とかありがちですが、
トラップに絡む女性キャラの候補はいなさそうですしね〜
あと、いざっていうときに邪魔が入るのも激しく賛成です!
わくわくしながら続きを待ちたいと思いますのでまた是非〜
306 :
名無しさん@ピンキー:03/10/22 20:14 ID:/O0k+3o+
トラパス良かった!寸止めなのが微笑ましくてよかったです。
当分この路線で読んでみたいのですが!ありがとう、トラパス作者さん!!
やっぱ学園編サイコー!!もーなんでそんなにツボつきまくりなのか。
2部を期待してます!
>>270〜
>>275を書いた者です。レスがついてて嬉しかったのでお礼を。
>>276さんありがとう。自分の短すぎかと思ってたんですが、そういってもらえて嬉しいかぎりっす。
トラパス殿>>トラパス様に頷かれたら本望ですよ。あと別にトラパスに喧嘩ふっかっけてるわけじゃないんで(藁
いつも楽しませてもらってますカラ。
ヘタレなエロで申し訳ない感じですが、一番主張したかったところに同意してもらえて満足です。
(´-`)。o(相変わらず一言多いなあ
>>309 誰のどの発言をさしてるんだ? 本気でわからんのだが
スレが荒れる元だから、言われた当人でもない外野がささいな発言にいちいち目くじらたてるのはやめにしない?
せっかく、毎日新作がうぷされる幸せなスレにいるんだからさあ
マターリいこうよ
>>310 も前もつっかかるな!
ちょぴーり「?」なレスがあるなぁ程度だったらお互いスルーするがよろし。
>トラマリ作者さん
かなり良かったです。
短編としてはちょうど良いくらいで、テンポもよくて読みやすかったです。
幼馴染特有の空気がとても良くでていたと思う。
次もがんがってくれ(*´∀`)
>トラパス作者さん
本番キター!な感じだったけど、お約束満載でワロタよ。
次は本番も有りなのか・・・!かなり期待していまつ。
恋人同士になったばかりの青臭いドキドキ感とかの描写も楽しみです。
312 :
309:03/10/22 23:37 ID:Mg/uuIgq
ごめんなさい。
トラパス作者さんの「トラマリはトラパスの鬼門」に、またかと思って脊髄反射してしまいました。
以前の「トラップを振ってまでクレイにいくのが納得いかない〜」の時もだけど、
そんなことわざわざ言わなくてもいいじゃないかと思ったものだからつい…。
確かに原作はかなりトラパス路線だけど、他カプが好きな人はいるんですし。
何にせよサンマルナナさんやトラマリさん本人様達が落ち着いてレスしてるのに
しゃしゃり出て最初にあんな書き込みした自分氏ね(つД`)モレタンキスギ…
マターリな雰囲気を壊してほんとすみません…。
あ……すいません。
別に、他カプを否定しているつもりはなかったんですが……
そういう発言を不快に感じる方もいらっしゃる、ということに、全然気づいていませんでした。
本当にすみません……これからは余計なことは言わないように気をつけます。
ごめんなさい>>サンマルナナさん&トラマリさん
お二方の作品、すごく面白いと思っています。新作投下、楽しみにしています。
余計なこと言って本当にすいませんでした。
314 :
309:03/10/23 00:14 ID:z+Z/QxGJ
こちらこそすみません。
もちろんトラパス作者さんが故意で言ってるとは思ってなかったので。
気づいていなさそうだからこそあんな書き込みしてしまいました。
トラパス作者さんの作品は大好きですし(学園編が特にイイ!(・∀・)です)
最初にあんな書き込みしてしまいましたし、気分を害されてしまったと思いますが、
一ファンの暴走ということであまり気にしないでください…。申し訳ないです…。
新作も楽しみにしてます。頑張ってください(´Д`*)
>>309 そんなに余計な発言か? 前トラパスよりクレパスが好きだ、肩身狭いでしょうけど頑張れ、とサンマルナナを応援してた奴がいたけど、そっちはいいのか?
そんなにトラパス作者が嫌いならスレに来なきゃいいだろ。作品は保管庫でも読めるんだから
(´・∀・`)っ旦
>>315 コテ半の方が目立つから、叩きやすいだけじゃない。
ともあれ、お前ももちつけ。
とりあえずこれ読んで落ち着いてくださいw
「キスしていいか?」
いつも返事なんか待たないくせに、どうして聞くの?
わざとだ。ぜーったい、わざとだ!
わたしは全然慣れないっていうのに、こいつときたら最初からこの調子。
わたしをいじめることが楽しくて仕方ないみたい。
付き合うとか彼氏とかキスとか、まだまだ未知の世界で、うろたえてばかりのわたしを眺めてはにやにやしてる。
でも、最初から負けてばっかのわたしも、少しは強くなったんだもんね!
「だーめ」
そっぽを向いてみせる。
いつもと違う反応にびっくりした様子で顔を覗き込んできた気配があったけど。
気付かないフリ。
ふーんだ。いつもいじめてる天罰よ!天罰。
…
あれ?
反応がないな。
わたしの想像だと、ふざけて絡んでくると思ってたんだけど。
「パステルちゃ〜ん」とかいう、あの猫なで声で。
耐え切れなくなって、ちらりと横を見た。
あれれ??
うつむいちゃってる。なんで?
斜め下を見ながら彼は言った。
「…やっぱ、付き合うのやだったのか?」
――えええ?!!
な、な、なんでそういうことになるの?
わたしが冷たくしたから?
不安に…させちゃった?
「い…今の嘘!付き合うのやだなんて、そんなこと一度も…っ」
思わず一生懸命否定しながら彼の肩を掴んだわたしの、手を…
掴み返しながら彼はにやりと笑って、
「そんじゃ、遠慮なく」
…と、言った。
そしていつものように、わたしは負けっぱなし。
でもそれもいいかな、とちょっと思っちゃうんだ。
エロ無しですみません。駄作でございました。
意見の相違とか言い方とかでもめることは少なからずいつでもどこでもありますけど。
まったり行きましょう。
多分「トラップを振ってまでクレイにいくのが納得いかない〜」も
トラパスよりクレパスが好きだ、肩身狭いでしょうけど頑張れ も
意味は同じで、けど言い方の問題とか受取る側の考え方で気になっちゃう人がいたってだけで。
それだけのことだと思いますので。
偉そうにごめんなさいです。
すいません。
第3スレの476で当方の保管庫のリンクミスを指摘して下さった方、
どこのリンクが途切れているのか教えて下さい。
他の方も、リンクミス、誤字脱字等を発見されたらご指摘下さい。
>>318-319 サンマルナナさま かわいくてイイ(゚∀゚)!!
誰か子悪魔なパステル書いてくれないだろうか
新作です。
ラブラブバカップル全開なトラパス
明るめ、短めを目指しました。
ん……
カーテンの隙間から入り込むまぶしい光で、わたしは目が覚めた。
もう朝、かあ……
ごろん、と寝返りをうつと、鼻と鼻がくっつきそうな至近距離に、さらさらの赤毛を頬にまとわりつかせた顔がある。
布団の上に出ている裸の肩と、耳に届く寝息。
ふふ。あったかーい!
思わず身体を丸めて、布団の中でその身体にしがみつく。
細いけれどきっちり筋肉のついた、見た目よりもたくましい身体。触れた場所から伝わってくる体温。
彼はまだ目を開けていないけれど、そうやってわたしがきゅっとしがみついていると、やがて腕がわたしの身体にまわりこんできた。そのまま、ぎゅーっと抱きしめられる。
……ああ、幸せだなあ……
しみじみそう思う。
「トラップ……」
「…………」
ささやき声にも、彼は目を開けない。
寝起きが悪いのは、相変わらず。……いっか。まだしばらくは、このままで。
何となくいたずらしてみたくなって、軽く開いた唇にそっとキスをしてみる。
わたしからキスをすることは滅多に無い。恥ずかしいっていうのもあるし、そんなことしなくても、いつもトラップの方からしてくれたから。
触れるだけの軽いキス、そのまま身を離そうとした瞬間……
がしっ、と、背中にまわっていた手が、わたしの頭をつかんだ。
「んっ……」
「…………」
唇の間から侵入する熱い舌。わたしの全てをからみとってしまいそうな、深いくちづけ。
生き物のように口の中でうごめき、かきまわし、何も考えられなくしてしまう……すごく激しいキス。
「……起きてたんなら、そう言ってよ」
「誰も寝てる、なんて言ってねえだろうが?」
やっと唇を解放された後。わたしが頬を膨らませて言うと、トラップは、にやにや笑いながら身を起こした。
上半身から滑り落ちる布団。裸の胸があらわになって、わたしは目をそらした。
もう何度も見てるはずなのに、やっぱりいざ目の前で見ると、恥ずかしい。
もっとも、そう言うわたしも、裸なんだけど。見られたくないから、身体は起こさない。
布団の中にもぐりこむ。ベッドの下に落ちたパジャマを拾おうとしたけれど、その手は、トラップに押さえ込まれてしまった。
「やだ……朝だよ? 今……」
「関係ねえって。先に誘ったのは、おめえだろ?」
「さ、誘ったなんてっ……」
「こうして」
ふっ、と唇に柔らかい感触。
そのまま首筋を伝い、胸の上に痣のような赤い痕をいくつも残していく。
「やっ……もう、服着るのに困るから……やめてって……」
「ばあか、他の男に見せてたまるかっつーの。だからつけてんだよ」
「ちょっと……」
ぐい、と肩を押さえ込まれる。身体にのしかかってくる重み。
ああ、もう……こうなったら、絶対止まらないんだから……
「もうっ……」
「身体は正直だよなあ。しっかり感じてるくせに」
耳元で囁かれた甘い言葉に、わたしは顔どころか全身が真っ赤に染まりそうだった。
それはっ……あんたが、うますぎるから!
……なんて、絶対に言えないんだけどね……
パラレルたまには良いけど別にフォーチュンじゃなくてもいいような
世界観まで変わるとキャラ名変えてオリジナルでいいじゃんみたいな・・・
面白くないとかやめてほしいとかじゃなくて、(話の設定はとっても面白い)
原作のキャラ、それとあの世界観もひっくるめてのフォーチュンが好きなんだヨー!!
原作にある程度そったのがもっと読みたいなーってワガママでつ
わたしとトラップが初めて知り合ったのは、わたしが14歳のときだった。
それから、10年。気が付いたら、それだけの時間が経っていた。
10代の頃、組んでいたパーティーの仲間達。
トラップの幼馴染であるクレイ、山火事の中から助け出したルーミィ、いつの間にか仲間になっていたキットン、スライムに襲われていたところを助けてもらったノル、ヒールニントの山の中で仲間になったシロちゃん。
そして、わたしとトラップ。6人と1匹の、でこぼこパーティー。
なかなかレベルも上がらなくて、最初はクエストよりむしろバイトにばっかり出ていたけれど。それでもちょっとずつ、ちょっとずつ成長していくのがわかって、すごく、すごく楽しかった。
みんなとずっと一緒にいたい、心からそう思っていた。
だけど……わかっていたけれど。いつか、絶対に別れはくるって。
最初に別れが来たのは、キットンだった。
奥さんであるスグリさんと無事に再会を果たし、「キットン王国を再興します」と、キットンがパーティーを抜けたのは5年前。
手伝おうか、って言ったんだけど、「これはキットン族の問題ですから」と断られてしまった。
しょうがないよね、って言って、また絶対会おうねって言って別れたんだけど、やっぱり、寂しかった。
次に別れたのがノル。
妹のメルさんと再会した後も、彼はずっとわたし達についてきてくれたんだけど。
それは、ひとえにメルさんをたぶらかした謎の行商人を追うため。
その謎の行商人、何故かわたし達の行く先々で色んな妨害をしてきて、つかず離れず、随分長いこと追い掛け回したんだけど。
キットンと別れてから一年くらい経って、ようやく決着をつけることができた。
もう心残りは無い、これからはメルと一緒に静かに暮らしたい――
そういうノルを、わたし達は止めることができなかった。それが4年前の話。
そして……意外なことに。次に別れが来たのはルーミィだった。
いつまで経っても小さいまま、わたしの後について「ぱーるぅ!」と懐いてくれていた、本当の妹みたいだったエルフの女の子。
だけど、彼女には大きな秘密があった。ノルのときにも言った、「謎の行商人」。彼がわたし達の前にちょくちょく姿を現すようになったのは、ルーミィのフライの魔法を見てから。
それから、何度となく彼女をさらおうとして小競り合いを起こしていたんだけど、その最中で判明した事実。
実は、ルーミィのママはエルフの女王様で、山火事で一族が全滅してしまった今、彼女こそが唯一の王家の血筋を引くものだ、という事実。
エルフの宝、という有名な話があるんだけど、王家の一族にしかその秘密は伝わっていないとかで、それで謎の行商人はルーミィをさらおうと躍起になっていたのだ。
それは、クレイとノルの活躍で行商人を倒したところで、何とか決着がついた、と思ったんだけど。
その争いが終わって、一族の秘密が明らかになった途端……ルーミィは、突然成長した。
どう見ても2〜3歳くらいだった外見が、突然15、6歳くらいまで成長したのだ。
成長したルーミィは、それはそれは綺麗だった。クレイもトラップもしばらくボケーッと見とれてたもんね。
いや、まあそれはともかく。
そして、彼女は言った。「エルフの宝を守らなきゃならないから」と。パーティーを抜ける、と。
一緒に行きたかった。ルーミィと離れたくなかった。
わたしは随分泣いたけれど、それはルーミィ自身に拒絶されてしまった。
「わたしはエルフだから。パステル……ぱーるぅと一緒に生きることはできないから」
そう言って、綺麗なブルーアイに涙をいっぱいためて……彼女は去った。
エルフと人間は、寿命が違いすぎるから。そんなことは、わかっていたけれど……
ルーミィ一人じゃ危険だ、と言うと、シロちゃんが一緒に行くと言い出した。
確かに、ホワイトドラゴンである彼なら、エルフの寿命に負けないくらい長生きできるはずだよね。
それに、シロちゃんは……ルーミィと一番の仲良しだったから。
そして、二人が行ってしまって……わたしと、クレイとトラップと、たった三人になってしまったとき。
クレイの方に、お家からの手紙が届いた。「修行はもう十分だろう。騎士団に入るために戻って来い」という手紙。
……わかってた。何となく予感していた。
いつか、こんな風にばらばらになって……パーティーを解散する日が来るって。
クレイがいなくなってしまったら……もう、クエストに出ることもできない。
わたし程度のレベルじゃ、多分新しい仲間なんてそう簡単に見つからない。
ガイナに戻るしかないのかな。わたしにも一応家はあるし、今までのクエストを小説にまとめて売れば、多分生活くらいは何とかなるんじゃないか。
そんなことを考えて、わたしが一人ボーッとしていると。
不意に、トラップが部屋を訪ねてきた。
このときのわたしは、クレイが帰るなら、当然彼もドーマに帰るものだと思いこんでいた。
お別れするものだと思っていた。
だから……彼に最初に言われたとき、すぐには信じられなかった。
「なあ、おめえ、これからどーすんの?」
窓枠に腰掛けて聞いてくるトラップの目を、まともに見れなかった。
泣いてしまいそうだったから。
「ガイナに戻るしかないかなあ、って。冒険者、続けたいけど。みんないなくなっちゃって、わたし一人じゃ絶対無理だし。ジョシュアはいつでも戻って来いって言ってくれてるし……」
そう言うと、トラップは、ぽん、と窓枠から飛び降りて、そしてわたしの目の前に立って言った。
「おめえ、それでいいのか?」
「……いいわけない。本当はずっとみんなと一緒にいたかった。ずっと冒険者をやっていきたかったよ。だけど……しょうがないじゃない」
改めて言われたら、限界が来た。
我慢しよう、我慢しようと思っていたのに。ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。
一人でぐすぐす泣いていると、トラップの顔が、意外なくらい間近に迫ってきていて……
そして、そのままボスン、と抱きしめられた。
「……トラップ? あの……?」
いつもなら、「やらしーわねー!」とか言って張り倒すところなんだけど。
今は、もしかしたら彼は慰めてくれているのかも、と思って。そんな気にはなれなかった。
しばらく身動きできずにいると、彼の腕に、ぎゅーっと力がこもって……
そして、言われた。
「……もしおめえさえ良ければ……俺と、ずっと一緒にやってかねえ?」
恥ずかしながら、最初にそう言われたとき、「え? でも、わたしとトラップだけじゃ、クエストはきついんじゃない? 新しい仲間、捜すの?」なーんて間抜けな答えを返して、抱きしめられたまま頭をはたかれた。
さすがに、ちょっと考えてすぐに意味がわかったけど……
そして。
三年前。クレイがお家に帰る日に合わせて、わたしとトラップもドーマに戻り……そこで、結婚式を挙げて。
そして、今に至る、というわけなのだ。
最初は、わたしに盗賊団のおかみさんなんて務まるのかなあ、と不安だったんだけど。
トラップのお母さんがびしびししごいてくれたおかげで、今は何とか、留守をまかせてもらえる程度にはなってる。
幸せだなあって、心から思ってる。
ジョシュアは、ちょっぴり残念そうだったけどね。
一戦終わって、トラップが身体を起こした後も。時計を見ると、まだしばらく時間に余裕があった。
今日は、何だか特別暑い一日になりそう……日差しがすっごく強いもん。だから、早く目が覚めちゃったんだけど。
こんな風に、余裕がある朝は珍しい。いつもはすっごく慌しいもんね。何しろあの人数の食事を作らなくちゃいけないし、トラップはぎりぎりまで寝てる人だし。
そう思ったら、何となく、今まで聞きたくても聞けなかったことを聞くチャンスじゃないか、って思った。
だって、この家、いつも4〜50人くらいが一緒に暮らしてるんだもんね。二人っきりになれるチャンスなんて、それこそ文字通り寝てる間しかない。
気兼ねなく二人だけでしゃべれる時間って、すごく貴重なんだ。
「ねえ、トラップ」
「あん?」
だるそうにごろごろしている彼の方に、身を乗り出す。
「ねえ、聞いていい? ずっと聞きたかったことがあるんだけど」
「あんだよ」
「あのね……」
直後のトラップの顔を想像して、思わず笑みが漏れる。
「わたしのこと、いつから好きだったの?」
想像通り真っ赤になった彼の顔を見て、わたしは堪えきれず笑い声をあげた。
いつからかなんて覚えてねえ。気がついたら、おめえしか目に入らなくなってたんだから。
……ああ、だけど、多分あのときじゃねえかな。おめえを「女」って意識しだしたのは。
あれは……確か、俺が16になったばっかの頃だったか……レベルだってやっと2とか3になったばっかで、まともなクエストにもあんま出れなくて……でも、珍しく骨のあるクエストに挑戦できたんだよな。
あんときの、あれが……多分、俺がおめえを意識するようになった、最初の日じゃねえかと思う。
「クレイ! そっち頼んだぞお!」
「わわわわかった!!」
ごうごうと流れの速い川。その中に、橋のかわりとでも言うのか点在する岩。
その一つに立って、俺は限界まで声を張り上げていた。
今日挑戦するクエストは、山の薬草を荒らしまわるゴブリン退治。まあいつものバイトだとかお使いに比べりゃあ、ちっとは冒険者らしいクエスト、と言えるだろう。
ゴブリンそのものは、んな怖い敵じゃねえしな。
やっとまともなクエストだ! と俺達もえらく張り切ってたんだが。
オーシの野郎め。どうりでやけに安いと思ったんだよ。
山に入る前にこんな難所があるなんて聞いてねえぞ!!
川の向こうに見える山こそが、俺達が目指す山。その山を、ぐるっと囲むようにして流れている川。
この川を超えねえ限り、絶対に山には辿りつけねえ……それがわかったときには、もう今更引き返す、なんつーこともできるわけもなく。
岩を飛び移っていけばどうにか渡れることを確認して、一番身軽な俺が先に川を渡り、ロープを張って命綱を作り、その後を残りの連中が渡る……とまあ、そういう計画を立てた。
で、実際、それは途中まではすげえうまく行っていた。
岩ったってんなでかいもんじゃねえし、水を被ってすげえ滑りやすかったが、まあロープにさえ捕まっていれば、何とか渡れるだろう、っていう程度。さすがにルーミィはノルがおぶっていくことにしたが。
ああ、そうだ。この頃は、まだシロは仲間になってなかったんだよな。まあそれはともかく。
渡りきったところでうまくロープを固定できそうな場所を探してしっかり縛り付けた後、反対の端を向こう岸に投げる。
クレイがそれをしっかり固定するのを確認した後、一人一人渡らせる。
最初にノルとルーミィ、次にキットン、次にクレイ。
パステルが最後になったのは、あいつが最後の最後まで怖気づいていたからだ。この頃は……いや、この後も長いことそうだったが……パステルは、怖がりで甘えたがりで、何かっつーと俺達を頼ろうとしてたっけな。
そのたびに、言ってやってたもんだ。「甘い甘い甘い。いつまでも俺達が一緒にいてやれると思うなよ」ってな。
そう言うたび、あいつは泣きそうな顔をして……それでも、歯を食いしばって努力しようとしてきた。
色々言ってたが、あいつに冒険者にとって一番必要な才能、根性があることは、俺も認めてたんだけどな。もっとも、本人にはぜってー言わねえけど。
「おい、パステル! さっさと渡れって!!」
「……だ、だって……」
俺が怒鳴ると、パステルは目に涙を浮かべながら、ロープにしがみついた。
「俺がおぶってってやろうか」なんてクレイが戻りかけるのを手で制して、とんとん、と川の中央の岩までとびうつる。
クレイは優しい奴だ。それはあいつのいいとこでもあるんだが……いかんせん、甘すぎる。
泣いて怖がるのを助けてやってたら、いつまで経っても成長できねえだろうが。ロープにさえ捕まれば、大して渡るのは難しくねえんだ。助けてやる必要なんざねえ。
「だってじゃねえよ! さっさと来いって!」
「…………」
俺が怒鳴ると、パステルは目をそらして……そして、ぼそぼそとつぶやいた。
耳はいい方だと思っているが、そのときは水の流れる音がうるさくて、よく聞こえなかった。
「あんだって?」
「だからっ……わたし……」
真っ赤になったパステルが叫んだ。
「お、泳ぎは苦手なのよっ!!」
…………
そうだったのか。……そりゃあ……怖気づくのも無理はねえ、か……
再三言ってるがこの川、相当に流れが速い。俺はもちろん泳ぎは得意中の得意だが、多分この川を泳いで渡れと言われたら……無理、と首を振る。それくらい速い。
かと言って……ここで優しい言葉をかけてやるのは、俺の性に合わねえしな……
「ばあか、落ちなきゃ問題ねえっつーの! いいから来い!!」
ひょいっ、と一番岸に近い岩までとびうつり、片手を伸ばす。パステルは、しばらく俺の顔と川を見比べていたが、おずおずと手を握ってきた。
危なっかしい足取りで、どうにかこうにか岩を渡っていく。反対の岸では、クレイ達がはらはらしながらこっちを見ているのがわかった。
……が、間の悪いときってのはあるもんで。
ちょうど川の中央まで来たとき、たまたま、大きなうねりが来て、水しぶきが高くあがった。
「きゃあ!?」
突然顔に水がふりかかって、パステルが反射的に顔を覆う。
片手は俺が握っていた。だから、もう片方の手で……つまり、ロープを握っていた方の手で。
「バカッ……」
「あああああああああ!!?」
思わずつぶやいてももう遅い。
その瞬間、足元が滑りやすかったことも災いして、パステルは思いっきりバランスを崩した。
慌てて支えようとしたが、こんな踏ん張りのきかないところで片手だけで支えきれるわけもなく。
結局、パステルもろとも、川の中へ落下する羽目になった。
一体どんだけ流されたのかわからねえ。
泳ぎが苦手な奴ほど、いざ水に放り込まれるとパニックになってめちゃくちゃに暴れまわる。
そんなパステルを抑えこむのにせいいっぱいで、岸に這い上がろうなんて到底無理だった。
流されるだけ流されて、どうにか水流が穏やかになったのは大分下流に来たところだった。
「げほっ、ごほっ……」
しこたま水を飲んでむせかえる。小脇に抱えたパステルをひきずりあげて、地面に倒れこむ。
服を着たまま、しかも泳げねえ奴を抱えたまま泳ぐのは、相当にきつい。俺まで溺れなかったのが不思議なくらいだ。
そんなわけで、しばらく動く気にもなれなくてぐったりしてたんだが。
そのうち、パステルが嫌に静かなのに気づいて、ふと身を起こした。
「おい……パステル?」
ぴくりとも動かねえ身体を仰向けにして、ぎくりとする。
身体は相当に冷え切っていた。水につかってたんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだが……
青ざめた顔。紫色に変色した唇。
鼻と口に手をあててみる。胸に耳を押し当ててみる。
……まずいっ!!
寝てる場合じゃねえ。俺は慌ててパステルを抱き起こすと、顎をそらして気道を確保した。
水を飲みすぎたのか……パステルの呼吸は、完全に止まっていた。
身につけていたアーマーを無理やり脱がせる。腰のあたりにまたがって、胸に両手を押し当てた。
そのまま、体重をかける。
「1、2、3、4、5」
カウントしながらの心臓マッサージ。鼻をつまんで口を開かせ、思いっきり息を吹き込む。
水難事故の場合、人工呼吸をなるべく早くやることが、文字通り命を左右する。まあ後になってよく考えたら、俺もよくそこまでできたな、と感心するが。
ちなみに、こういう応急手当は冒険者にとっての基礎知識の一つだ。実際に使うのは、このときが初めてだったんだが……
とにかく、パステルが死ぬかもしれねえと思ったから、俺も必死だった。額に汗がにじんで息切れがひどくなったが、今この場には俺しかいねえ。変わってくれる奴は誰もいねえ。
パステルを救えるのは俺しかいねえ。そう思ったら、やめたいなんてこれっぽっちも思わなかった。
そうして、何回目か、何十回目かは忘れたが。
努力の甲斐あって、どうにかパステルは息を吹き返した。ちょうど唇を重ねていたときに、「ごぶっ!!」とかいう色気も何もねえ声とともに水をふき出して、俺までむせかえりそうになったんだよな。
最初、目の前に俺の顔があるのを見て、しかも胸に両手が当てられてるのを見て、さらに腰のあたりにまたがってるのを見て、パステルは礼より先に盛大な悲鳴と強烈な平手をお見舞いしてくれたが。
自分が死にかけた、ということを理解して、さすがに殊勝に謝った。……当然だけどな。
「ったくなあ! 命の恩人に対してなんつー態度だよ。誰がおめえみてえな幼児体型襲うかっつーの!!」
「なっ……!!」
俺が言い返すと、パステルは真っ赤になって震えていたが。
改めてその身体を見て……一瞬、心臓がはねた。
アーマーを脱いで、ブラウスとスカート姿になったあいつの身体。
全身びしょぬれで、服はぴったりと張り付いて身体の線があらわになっていて……
扇情的とは言いがたい。けど、それでも、明らかに俺達男とは違う身体。
さっきは夢中で気づかなかったが、手のひらに残る弾力、唇に残る甘い味。
…………
瞬間的に顔が真っ赤になるのがわかった。
四六時中一緒にいたのに、金が無えから、と同じ部屋に雑魚寝までしていたのに。
今更気づく。こいつは女なんだって。いざというときは、守ってやらなくちゃなんねえ……って。
予備校に通っていた時代、パステルがクレイにこれっぽっちも恋愛対象として見ようともしねえことを知って、こいつは他の女とは違う、と思った。
美形で背が高くて優しい、クレイはそういう女が憧れる要素を全部持ってたからな。それまで、近寄る女という女全員がクレイに惚れるのを見てきた。
だからこそ、パステルみてえな女は新鮮だった。変に色恋沙汰にきゃあきゃあわめく女に比べりゃずっと付き合いやすいと思ったから(もちろん、他にも色々理由はあったんだが)、一緒のパーティーを組もう、という気にもなった。
何でだろうなあ……今更、意識することになるなんて。
どんだけ色気がなくて鈍くて恋愛沙汰に疎くても、こいつもやっぱ女なんだ、って……
思えば、あれからだよなあ。パステルのことを何となく目で追っちまうようになったのは。
……そういやあ、何だかんだで俺、こいつのファーストキスをもらったことになるんだよな?
ちら、と隣に横たわるパステルに目をやると、にへらっ、と幸せそうな笑みが返ってきた。
……可愛いじゃねえか、ちくしょー。
思わずもう一回押し倒したくなったが、それはさすがにやめておく。
全くなあ。まさかこの俺が、ここまでこいつにぞっこんになるとは。自分が一番驚いたぜ。
結婚をOKしてくれたとき、すげえ嬉しかったもんな。ずっとこいつと一緒にいれるとわかったから。
「ねー、トラップ?」
声をかけられて、ハッと我に返る。
「ねえ、教えてよ? いつからわたしのこと好きでいてくれたの?」
「……忘れちまったっつーの、んな昔のこと」
照れ隠しにそう言う。何でだかわかんねえけど、この思い出は誰にも教えたくねえと思った。例え相手がパステルでもな。
これは、俺の……俺だけの思い出にしときてえ。それだけ、大切な思い出だから。
すると、パステルの顔が、ますますほころんだ。
「そんなに前から、好きでいてくれたんだ?」
…………
やべ、余計なこと言っちまったか?
「そういうおめえは、どうなんだよ?」
「え?」
俺の言葉に、パステルが首を傾げる。
その唇に軽くキスした後、目を覗き込んで重ねて聞く。
「そういうおめえは、いつから俺のことが好きだったんだ?」
「……ええっと……」
パステルの顔が、ぼんっ、と赤く染まった。
……照れてやがる。
それにしても、いつからなんだろうなあ。まあ、俺より早いってこたあねえだろうな。
俺が告白するまで、こいつんなこと考えもしなかったみてえだもんなあ……
ひょっとしたら、俺に言われるまで気づかなかった、なんて真顔で言い出すかもしれねえな。心の準備をしとかねえと。
小さな肩に手をまわして、俺はパステルの返事を待つことにした。
わたしがトラップを好きになったのは、いつからなんだろう?
正直言って、トラップに「一緒になろう」って言われるまで、自分でも気づいてなかったんだよね。トラップを好きだってことに。
うーん、と知り合った頃から今日までの印象的なことを思い出して見る。
何がきっかけだったんだろう。少なくとも、最初に会ったときは、むしろ印象は悪かった。
だってだって、スライムに襲われてるわたしとルーミィに、「助けたんだから千ゴールドな」なんて真顔で言ってきたのよ!? いや、結局冗談だったみたいなんだけど。
その後も、色々失礼なこと言われるし意地悪もされるしとにかく厳しいし……そう、最初はどちらか……あえてどっちかを選べ、って言われたら、クレイとトラップだったらクレイを選んだと思う。
彼は出会ったときからずっと優しかったしね。それにこう言ったら何だけど、かっこいいし。
いつから、トラップでないと駄目だって思ったのかなあ……
うーん、と思い返して、やっと、「あれかな?」っていう出来事を思い出した。
それは、まだわたし達のレベルが2か3か、それくらいだったとき。
パーティーを結成してから、ちょうど一年くらいが過ぎたある日のことだった……
山の薬草を荒らすゴブリンを退治してくれ、というクエスト。バイトやお使いクエストばっかりやってきたわたし達にとって、久々に冒険者らしいクエスト。
だけど、わたし達のクエストって……何でいつもこう、無駄に障害が多いんだろう……?
ごうごうと流れる川を前に、わたしは途方にくれていた。
他のみんなは、向こう岸に渡ってしまっている。残っているのはわたし一人。
早く行かなくちゃ、っていうのはわかってる。だけど、だけど……
そのあまりの流れの速さに、眩暈を起こしそうになった。
自慢じゃないけど、わたし、泳ぎは苦手なんだよね。いや、かなづちっていうわけじゃないんだけど……
こんな流れの速い川、もし落ちたら、多分一巻の終わり。そう思うと、どうしても足がすくんで……
「おい、パステル! さっさと渡れって!!」
「……だ、だって……」
川の真ん中付近の岩の上で、すごーくイライラした様子のトラップが怒鳴っているのがわかった。
トラップは、こういうとき絶対にわたしを甘やかそうとしない。多分、クレイだったら「俺がおぶってあげるよ」とか言ってくれるんだろうけど……そのクレイは既に向こう岸に渡っちゃってる。
一人で渡れ、甘えるな……多分そう言われるだろう。そう思うと涙が出そうになった。
駄目駄目、泣いちゃ駄目!
厳しくても、トラップの言ってることは正しい。こんなことくらいで甘えてちゃ、到底冒険者なんてやっていけない。
なるべく自分一人の力でやらなくちゃ。がんばらなくちゃ。
それでも、「泳ぎが苦手」と伝えると、トラップは手を貸してくれた。ロープと、彼の手を握って、わたしはおそるおそる岩の上に足を踏み出して……
あああ、だけどわたしって、どこまでもドジなんだよね……
ちょっと高い水しぶきに驚いて、ロープを手放してしまう。岩の上は足場も悪くて、そうなったらもう身体を支えられなかった。
トラップが一生懸命手をひっぱってくれたけど、踏ん張りがきかないから結局そのまま二人そろって川へ落ちちゃったんだよね。あのときは、もう駄目かと思った。
落ちる寸前、トラップのすごく青ざめた顔が印象的だった。心配してくれてる、厳しいことばかり言ってるけど、トラップはトラップなりにわたしのこと考えてくれてる。
そうわかって、こんなときだっていうのに……ちょっとだけ嬉しかったのも、覚えてる。
それから後、どうなったのかはよく覚えてない。
気が付いたら、わたしは水を吐き出してせきこんでたんだけど。
パッと目を開けたら、今にも唇が触れそうな距離にトラップの顔。胸の上に彼の手。さらに身体の上に馬乗りになった彼の身体。
そんなものを一気に見てしまって、一瞬にして血が上って「きゃああああバカバカバカー!! 何するのよエッチー!!」 なんて叫びながら思いっきりひっぱたいてしまったんだけど。
……いや、でも、誤解してもしょうがない光景だと思わない? ねえ……
後になって、死にかけてたところを救ってもらったんだとわかって、どれだけ謝ったか。
もう自分が情けなくて。一体何考えてるんだってすごく落ち込んだんだよなあ。
でも、トラップも最初のうちこそぶつぶつ言ってたけど、すぐに「おら、行くぞ」といつも通りの顔で手を差し出してくれた。
「行くって?」
「はああ? おめえなあ、いつまでもここにいたってしょうがねえだろ。クレイ達と合流すんの。ほれ、とっとと立て」
「う、うん……」
ぎゅっ、と手を握る。そのまま、歩き出す。
わたしは正直、もうふらふらで歩いているのも辛いくらいだったんだけど、トラップの足取りはいつもと全然変わらなくて。
彼は盗賊だから、体力値なんかはファイターのクレイと比べると大分低いんだけど。
それでも、やっぱりこんなとき……男の子なんだなあ、って、しみじみ思ってしまう。
……感慨にふけってる場合じゃないんだけど。
何しろ川の流れが速かったからね。わたし達も相当下流に流されてて。クレイ達と合流するためには、大分歩かなくちゃいけない、ってことだった。
わたしもね、大分頑張ったんだ。
だけど、途中でついに動けなくなった。川に長いこと浸かっていたせいで身体が冷え切っていたし、後でキットンに聞いたところによると、長いこと呼吸が止まっていたのに長時間歩くなんて自殺行為だ、ってことらしい。
でもまあとにかく、そんなことはそのときのわたしにはわからなくて(呼吸が止まってた、ってところがそもそもぴんときてなかったし)
動かなくちゃ、って頭ではわかってるのに、どうしても足が動かない。歩かなくちゃ、トラップに怒られる……そう思いながらも、気が付いたら、地面にへたりこんでいた。
それに気づいたのか、先を歩いていたトラップが振り返った。
ああ、また怒鳴られるんだろうな……そんなことをぼんやりと考えながら、とん、と身体を横たえる。
物凄く眠たくなって、もうこのまま寝ちゃおうか、なんてことを本気で考えていると。
額に、冷たい感触があたった。
……これ……トラップの、手……?
「おめえ……熱があるじゃねえか!!」
耳に届いたのは、焦った様子のトラップの声。
「わりい、俺、気づかなくて……お、おい、大丈夫か!?」
ああ、何だろう。怒られる、と思ったのに。
心配してくれてる……?
ついで感じたのは、ふわっ、と抱き起こされる気配。わたしの背中に、ばさり、と何かが被せられた。
そして、そのまま、暖かい背中におぶわれて……
そのときのわたしは、眠気に負けて、そのまま寝てしまったんだけど。
どうやら、トラップはわたしに自分の上着を被せて、背負ってクレイ達のところまで運んでくれたらしい。
自分だって、わたしを川から助け出して何やかんやで凄く疲れてるはずなのに、よ?
すごいなあ。トラップって……何だかんだで、やっぱり頼りになるよなあ……
このとき、わたしは強く思ったんだよね。
優しくしてくれるのは嬉しい。だけど、厳しい言葉をかけるほうが、優しい言葉をかけるよりもっと難しいんじゃないかって。
いざというとき助けられる自信が無ければ、他人に厳しくなんてなかなかできないんじゃないかって。
それ以来かな。トラップの厳しい言葉を聞いても、あまりめげたり傷ついたりせずに「がんばろう!」っていう気になれるようになったのは……
好きになったきっかけかどうかはわからない。
だけど、間違いなく……このとき、トラップはわたしの中で、特別な存在になったんだよね……
「おい、何ニヤニヤしてんだよ。気持ちわりいな」
トラップの言葉に、ハッと我に返る。
相変わらずベッドの中。すぐ近くにトラップの顔。
いけないいけない。つい思い出に浸っちゃった。
「何でもないよ、何でも」
「あに言ってんだか。それよりほれ、答えろよ。おめえ、いつから俺のことが好きだったんだ?」
にやにやと意地悪そうに笑うトラップ。
うーっ……どうしよう。
恥ずかしいし、それに、何だかこの思い出は、誰にも教えたくない。
わたしの、わたしだけの思い出として、胸の中に閉まっておきたい。
今の幸せを手に入れるきっかけとなった、かけがえのない思い出だから。
「教えない」
「あんだよ、それ」
「だって、トラップも教えてくれなかったじゃない? だから、わたしも教えない」
「……んなこと言うとキスすっぞ」
「してみたら?」
二人して顔をつき合わせて……そして、同時に吹き出した。
こうして唇を合わせるの、何回目になるんだろう?
すごく気持ちいい、文字通りとろけそうになる熱い長いキス。
トラップの手が、わたしの背中をそっとなで上げる。そのときだった。
「朝だよっ! 起きてるかい!?」
ドアの外から聞こえてきたのは、わたしの大先輩である、お義母さんの声。
「……もうこんな時間か」
恨めしそうに時計を見上げるトラップに笑いかけて、わたしは立ち上がった。
今日も、一日が始まる。まずは朝食を作って、みんなを起こして、それから……
「トラップ!」
「ん?」
「……おはよう」
そう言って笑いかけると、トラップも満面の笑みを返してくれた。
さあ、今日も一日、頑張るぞ!
完結です。
明日はかなり趣向変えた作品いきます。パラレルな悲恋もの
苦手な方はスルーでお願いします。
>>327 あ……すいません。やっぱり嫌いな方、いらっしゃるみたいですね……
やめときます……別の作品にします<パラレル
最近パラレルばっかりだったし……
345 :
名無しさん@ピンキー:03/10/23 11:29 ID:Ge6rsoma
なるほど、未来編かぁ…いや、もちろん面白かったです!
仲間と別れる所、クレイ、キットン、ノルは原作でもこんな感じになると思う
ルーミィはどうするか難しかっただろうなあ、まだ謎だらけだから。
トラパス作家さん、お疲れ様です!
でも、次はパラレルじゃないけど悲恋物ですか?それか、まったく別物?
>>345 ありがとうございます。確かにルーミィは苦労しました……
次、全くの別物いきます。
悲恋もの、何本か考えていたのですが、全てパラレルですので……
なぜか未来編を読んで最初に思った事が、
「ジョシュア×パステル」もいいかも、だった私は一体・・・。
パラレルもいいとは思いますよ。
ただ、最近はそればかりだったのがまずかっただけじゃないでしょうかね?
パラレルでも原作の雰囲気をないがしろにしていないし、私は結構好感触です。
まずいも何も
学園編にしろ王宮編にしろクレマリにしろ
ここ最近住人がパラレルばっかりリクエストしてたからそれに答えただけだろ
>>348 あ、そうか。
そう考えると読者がわがままなだけか(w
>トラパス作者さん
今回の作品はできれば最初に注意書きして欲しかったです。
原作の雰囲気云々もそうですが、今回のように原作のさらに先の話となると……
パーティ解散理由とキャラのその後には触れないか触れるなら最初に一言
あると嬉しいです。
ところで、ひとつ気になってるのですが。
和塩ってエロ・アダルトだめですよね?
緊急避難的にまとめページをつくった経緯はわかるのですが保管庫にも
作品が置かれてるのだから、規約違反してまでまとめページ作らなくても
とか思ってしまいました。
エロ・アダルトokの鯖に移すか保管庫にお任せしてはいかがでしょうか?
読者、わがまますぎ!
パラレルいやならスルーしたらいいだけじゃねぇの?
>>350 ……配慮が足りなくて申し訳ありませんでした。
まとめページですが、プロバイダスペースの方に丸ごと移動させました。
こちらでhtmlファイルにしてアップしておくとSS保管庫の管理人様の手間が大分省ける、ということでしたので
まとめページを更新し続けていたのですが。
作らなくてもいいと皆様がおっしゃるようでしたら削除します。
>>350 そこまで作者さんに気を遣わせるのはどうかと思うが。
注意書きなんてパラレル、グロ、スカ程度でいいんじゃないか?
あ、あとはカップリングか。
あんまり口うるさくする物書きさんにとって居づらいスレになってしまうよ。
作者さんあってのエロパロ板なんだから。
>352トラパス作者さん
早速の移動、ありがとうございます。
プロバイダスペースの方はエロ・アダルト大丈夫なんですよね?
些細なことのようですが、規約違反は何かあったとき嫌な思いをするので
気をつけるにこしたことはないと思います。
>353さん
完結してない作品の完結後っていうのも立派にパラレルだと思います。
ストーリーの大枠にそこまで踏み込むのはパロの域を出てしまっている
のではないかと……
そういう作品を書くことが悪いっていうんじゃなくて、ほんとただ一言あれば
嬉しかったので、意見してみました。
>>354 トラパス「未来編」てタイトルで十分内容は予想できたけどな
まとめページのこととか、ただでさえ住人のわがままに振り回されてる気の毒な作者を、ひとりよがりな「善意の押しつけ」でこれ以上追いつめるなよ
それにしても、パラレル悲恋もの読みたいと思ってたのは俺だけか?
書かないと言われてすごく残念なんだが
>>355 禿同。
トラパス作者さんが下手に出てるのを良いことに言いたい放題だな。
それでも期待に応えようとしてるのを見ていると気の毒になってくるよ。
漏れはトラパス作者好きだけどヴァンパイヤはスルーしてるぞ。
理由は自分の好みじゃないから。それを作者に文句言うなんてのは筋違いだろ。
もう少しもちついて考えろ。
>>355に同意☆
住人のリクエストにもこたえて下さって、いろいろ気を使って書いてらっしゃるのはスレ見たら分かると思うのですが。
なので>354さんはもうちょっと言い方があるのでは??と思います。
自分の意見を押し付けるのはいかがなものかと思いました。
>>トラパス作家さん。
未来編、最後の段落が好きです!!
パステルらしさ全開☆って感じで。
仲間との別れは、ほんとにこんな理由なんだろうなって思ってチョト切なくなりました。
悲恋もの禿げしく読みたいです!!
>>サンマルナナさん
また機会あったらクレイ書いてください(><)サンマルナナさんの書かれるクレイがも〜〜ほんとに大好きです!!
短編もよかったです!!めっちゃかわええ☆ほのぼのしちゃいました!
>355さん>356さん>357さん
マイナス意見を受けるつもりがないなら個人サイトでやったらいいんじゃないですか?
トラパス作者さんは個人でまとめページも掲示板も持ってらっしゃる。
その上でここでやる理由って何ですか?
>1にある注意書きをつけたのはトラパス作者さんです。
その段に乗っ取ってこういうときには注意書きが欲しい、というのは意見の押しつけですか?
規約違反についても、自分達が良ければ構わないってことですか?
ファンサイト的馴れ合いがしたいなら、ファンサイトでやって下さい。
>>358さん。
それは本当にトラパス作者さんのためになるマイナス意見なのでしょうか。
自分が気に入らなかったから意見しているだけじゃないですか?
それに、全部作者さんに押し付けるのはおかしいですよ。
タイトルである程度予想できますし、途中でやめることもできるんです。
スルーすればいいじゃないですか。
というか、言い方があると思うのですが?
ここでやる理由って・・・ここはあなただけの掲示板じゃないんですけど。
ここはもとよりマターリマターリでした。。。
かなり感情的になってしまい申し訳ありません。
同じ意見するにも言い方があると思います。
トラパスさんの学園編楽しみにしてたのにもう見られないのかな…。
気に入らないなら見なければ良いだけの話ではないでしょうか。
規約違反の話を教えるのも大事ですが、やっぱり頭ごなしだと
良くないんじゃないかな。
もうちょっと考えないとリアルの人間関係まで駄目にしますよ。
パラレルじゃないリクエスト。
何か魔法の罠に掛かって子供になってしまうトラパスきぼん。
トラップが子供になるバージョンとパステルが子供になるバージョン。
さらにそれぞれでトラップ視点、パステル視点で4通り。(←さすがにこれは冗談だけどw
>>358 順番を履き違えていないか?
このスレが先でサイトは後発。
この雰囲気が馴れ合いというのなら、あなたはネット止めた方がいい。
多かれ少なかれ掲示板でのやり取りなんだから、何処のサイトに行こうがスタンスは変わらない。
2chは巨大掲示板の集まりだが、雰囲気は他のサイトに比べれば「普通」とは違うと言う事は確かだ。
だがファンサイト云々という括りは「掲示板でのやり取りの基本」に対する偏見だ。
このスレはファンが集まる掲示板であり、個人サイトではないがファン同士の交流の場になっている事が頭の中から抜け落ちていやしないか?
注意書きにしてもあくまでも「作者の主観」でと言う事を、あなたは読み取っていない様に感じる。
あなたの意見はかなり国語力が足りないのでは?と疑わざるを得ない。
>>1を読む限りはトラパス氏が規約違反しているわけではないと思う。
100回
>>1を読み直して、小学生から国語を勉強し直す事をお勧めしたい。
>359さん>360さん>362さん
色々と反論したいこともありますが、とりあえずやめておきます。
ストーリーが自分の好みではない、元々二次創作で読みたくないと思うものは
基本的にスルーしていますし、ここでそのことを書き込んだこともありません。
ファンサイト云々については、様々な意見や異論を封じ込めるのであれば
意見を統一しやすいファンサイトでやった方がいいだろうというだけです。
>>361 あ、自分も似たようなことリクしたいなーと思ってた。
いきなりセクシーバディな大人の女に
変身したパステルとか。
いままで「心の中を読む」とか「前世に飛ぶ」とかで
活躍したキットンの怪しい薬シリーズもあるから、
体が変わってしまうクスリもありそう。
365 :
362:03/10/23 21:21 ID:VZSO9dxA
>>363 ファンサイトであろうが掲示板であればいろいろな意見が出るのは当たり前だ。
意見のやり取りがあってこそ掲示板は成り立つ物だろう。
今までのやり取りを「異論の封じ込め」と見なす事自体おかしい。
「指摘」と「封じ込め」は全く異なる物だ。
あなたは掲示板を何だと思っている?
寸分違わず同じ嗜好の者がファンサイトなら集まると思うのであれば、とんでもない勘違いだが。
>>363 >まとめページあるのにここでやる意味あるんですか?
お前はつまり、トラパス作者にこのスレを出ていけと、そう言いたいのか?
違うというのなら、わざわざこんなことを書き込む真意をぜひ説明してくれ。
トラパス作者がいなかったら、このスレはこんなににぎわうことはまず無かっただろうな。
にぎわってるからこそ、新たな住人も集まったんじゃないか?
読んでたら自分も書きたくなった、という書き手もいるんじゃないか?
お前の身勝手な書き込みのせいでトラパス作者が「もうスレに来ません」と言い出したら、ROM含めて残念に思う奴がどれだけいるだろうな
少しは他人を思いやるってことを覚えたほうがいいんじゃないか?
>>363 >優しい言葉遣いを心がけましょう。
>原作の雰囲気を大事にしたマターリした優しいスレにしましょう。
喪前も
>>1のこの段に乗っ取ってない罠。
>ファンサイト云々については、様々な意見や異論を封じ込めるのであれば
つか、何でもかんでも作者たちに押し付けるのは(・A・)イクナイ!!
意見という名のもとに、作者たちを「がんじがらめ」に「封じ込め」て逝ってる気がする。
マターリする事がそんなに悪いのか?
喪前にとって「マターリ=馴れ合い」なのか?
作者たちが気の毒すぎる……。
スレ汚しスマソ。
パラレルいやんの発端は
>>327。
350=363?はトラパス作者の為を思っての発言もあったのだろうが、
もう少し言葉を選ぶという事をすれば良かったのではないのか?
まあその後のレスはかなり感情的になってるようなので
一度自分の書いたレスを読み直してみるのもいいだろうな。
また荒れちゃってる…
今回の「未来編」ですけど。
タイトル見ただけじゃたしかにどんな内容かわかりづらいし、
内容的に好みは分かれるような内容だったと思います。
原作を楽しみにしていて夢が壊れたと思う人もいるやも。
わたしも実は流し読みしました…
クレイとかはまあ想像つくんですけどね。
ルーミィのあたりとかちょっと読みたくなかった、ていうのが個人的な感想でした。
注意書きが欲しいと言うのもわかる意見です。
でもそう思った瞬間スルーするのが鉄則だと思います。
規約違反について指摘するのは構わないけど(というかこれは気付いてなかったトラパス作者さんの責任)
それもまとめサイトに書き込んだほうが良かった。
っていうか。
みんな、落ち着きましょう。
一回タイピングしたらそれをもう一回読み返すくらいの慎重さで。
トラパス作者さん自身は「マイナス意見を受けるつもりがない」とは一言も言ってないよ…
むしろ、スジの通った批判意見なら、きちんと受け止める姿勢をお持ちです。
現状、本人のいないところで勝手に話が広がっていってる感じですが。
>サンマルナナ
すまん、指摘させてくれ
そう言うのなら、あなたがちょっと前に書いたラブラブなギアパス
原作の流れを無視したストーリーになるのなら、一言前注が欲しかったぞ
あれは新五巻ラスト近辺のパラレルストーリーだよな。それこそ読んでて夢が壊れると思った
読んでどう思うかなんて人それぞれだろ
書き手にそれを全部予測して、あらゆるファンに備えて注意書きを入れろっていうのは厳しくないか?
たまたま自分の好みに合わない作品に注意書きがなかったからって、嫌味を書き連ねるのはどうか
というか、夢が壊れるのが嫌な奴はエロパロ板になんか来るなよ(w
原作がFQである以上、エロが混じる時点で既に十分夢が壊れてると思うが
>たまたま自分の好みに合わない作品に注意書きがなかったからって、嫌味を書き連ねるのはどうか
>でもそう思った瞬間スルーするのが鉄則
って書いたのはそういうつもりでした。
ただ、夢が壊れるとかそう感じる人はいるかも、って書きたかっただけです。
今の状況、作家さんたちが新作投下しにくい雰囲気だろうと思う。
トラパス作者さんも、発言しにくいだろうなあ。
俺はエロ話が読みたいよ。
作家さんたちが書いてくれなくなったら俺はいったいどうしたらいいんだよ
>サンマルナナさん
>一回タイピングしたらそれをもう一回読み返すくらいの慎重さで。
僭越ながらこの意見、あなたにもあてはまります…。
批判的な感想を丁寧に書かれたあとでそう流されても…と傍目に見て
思いました。
「未来に関しては原作が触れてない部分だから最初に注意書きが
欲しかったですね」くらいで済むんじゃないでしょうか。
単純だけど、人に向けた批判は同時に自分にもあてはまりやすい
もんですなー。
サンマルナナさんも折角良い作品を書いて下さるんだからお考えになってクレヨ。
あなたには書けるのですか?
私には書けません。
だから書いてくださる方の作品を読むのが楽しみです。
書いてくださる方が、作品を投下するのを臆するような発言は
止めてください。
>>373禿同
その状態になることだけは避けたいよ((((((;゚Д゚))))))ガクガクブルブル
>>374 実は今回だけわざときつめの書き方をしました。
いつもならちらっと思っても、書いたとおりスルーさせてるような考えです。
今回はちょっと書き込んでみました。
すみません。
おまえら!!もちつけ!!
ぶっちゃけ二次創作は全てがパラレルだろ。
合わないと思ったらスルーしろ。
>でもそう思った瞬間スルーするのが鉄則だと思います。
って書いてあるから、サンマルナナさんの意見は作者ではなく、読者に向かって
『「チッ!前注つけろや!」って思ったらそこから先はみなさんな』
と自分の経験を例に出して言っているように見えるのは自分だけ?
あや、何か書いてるうちにスレが進んでた…(恥
>>372 前注つけろ、という意見に
「配慮が足りなくてすみません」と謝ったのがトラパス作者
「だから嫌ならスルーしろって言ってんだろ」と開き直ったのがサンマルナナ
その態度をどうこう言うつもりはないが、これでどうしてトラパス作者ばっかり「態度が不快だ」と責められるんだろうな
このスレの「不快じゃない態度」の基準がわからん
もういい加減に止めないか???
どんな言動をしてようと、良い作品を読ませてくれれば我慢できない?
>1の通り、『原作の雰囲気を大事にしたマターリした優しいスレ』に戻りましょう?
お互いの発言の深読みで状況が悪化しているように見えます。
コレだけのスペースに、出来るだけコンパクトに意見をまとめたいと思うわけですから、
言葉たらずな部分が出来てしまうのは仕方のないことと思いますが・・・。
皆さん、落ち着いて下さい。
お願いします。
384 :
名無しさん@ピンキー:03/10/23 23:34 ID:Ge6rsoma
この話はこの辺でヤメにしませんか。
いつまでもこんな事続けてたら作家さん達は作品を書けないし、もう本当にココに来なくなりますよ!
みんなはそれでいいんですか?
いくないです!次行こう次!
ここの作家さん達はレベルが高いから皆好きです。
ルーミィが恋に目覚める話を読んでみたい!
相手にリクはないのでホノボノとしたやつをお願い。
シロ擬人化でもOKよん!
作家様たちはがしがし書いて読み手の皆様はマッタリなさってください。
波風立てちゃってすみませんです。吊ってきます。
388 :
名無しさん@ピンキー:03/10/24 00:19 ID:nbcKfNZk
サンマルナナさん、また書きに戻ってきて来てださいね! あまり気にもなさらずに。
>>386 それイイな、ルーミィ物はまだ誰も書いてないし、どう言うふうになるか楽しみ!
ってまだ誰が書くとも言ってないんだけどね。
マターリしようぜ!
ちょっとでも雰囲気が和むこと祈りつつ
書き逃げていきます。エロなしでスミマソン。
(ルーミィものでもありません。ダブルスマソ)
前注:原作改変なのでお気をつけて。
あいつは、誰のものにもならねぇ。
いつかおれが手にいれるまでは。
勝手にそう思ってた。
ミモザ王女の即位を控え、キスキンでは毎夜、前夜祭と称した騒ぎが続くらしい。
城の中庭には、豪勢な料理と賑やかな楽団。
主賓扱いのおれたちは、借り物の正装で辺りをうろついていた。
「パステル……どうするんだろうな」
クレイが独り言みてぇに言う。
祭りのざわめきが、その瞬間だけ、ふっと遠のく。
「ギア、ですか。あんな良い人、断る理由がないですからねぇ」
キットンのいつものお気楽な口調が、やけにイライラさせる。
「おれはあいつ嫌いだけどな」
「そうなんですか? 確かにケンカばかりしてましたねえ、トラップは」
酒は、いくら飲んでも飲み切れねぇほどあった。
普段じゃ絶対ありつけねぇような高い酒。
だけど、いくら飲んでも、ちっとも酔えやしねぇ。
あいつが、冒険者をやめるかもしれねぇ。
そんなこと、考えたこともなかった。
決まってんだろ。
キットンの言うとおりだ。
あんな良い奴、断るわけねーよな。
パステルも、優しくされてまんざらでもなさそうだったしな。
あんな、強くて、性格も良くて、男から見てもカッコイイ奴。
おれには勝てねえよ。何もかも。
ちくしょう。
こんなことなら、先に言っとくんだった。
どーせ、あの鈍感パステルのことだ。言わなきゃ一生、気づかねぇんだから。
でも、終わるにしても、こんな形で終わるなんてよ。
いつまでもウジウジしてるのがイヤで、おれはパステルを人気のない階段へ連れ出した。
本人の口から聞けば、あきらめもつくってもんだ。
水色のドレスで着飾ったパステルは、何だか別人みてぇな気がして、うまく言葉が出なかった。
さりげなく聞き出そう、とか頭ん中で考えてたヘボい筋書きなんざ、すぐに吹っ飛んじまってた。
「おまえ、ギアと結婚するつもりなのか?」
気づけば、
「あいつならおめぇを幸せにしてくれる」
心にもねぇセリフばかりがスラスラと出てくる。
「出るとこ出て」
とか、軽口なら、いくらでも言えるのにな。
ウソなんか、上手くたって、一つもいい事なんか無え。
いつのまにか、おれたちは言葉もなく、うつむいていた。
大きな柱時計でもあるんだろうか、時計の針の音がどっか遠くから聞こえていた。
ぽつん、とパステルの小さな声。
「…しようかな」
「あ?なに?」
聞き返すと、パステルはどこか遠くを見つめた。
「結婚、しようかなって」
そっか。
まぁ予想してたから、驚きゃしねえよ。
次になんて言えばいいかだって、考えてある。
『良かったな。まぁ仲良くやれよ』
笑顔で言えばいい。
これでいいはずだ。
用意していたセリフを、おれは言うことができなかった。
「なんで、泣いてんだよ」
パステルの目から、ぼろぼろと涙が流れている。
手で拭おうともしねえで。
「トラップが、止めてくれないから。
わたし、結婚する」
おれの、そん時の顔。
さぞ間抜けだったことだろう。
「トラップに、止めてほしかった。反対してほしかった。
でも、ムリみたいだから」
涙に光るはしばみ色の目が、おれを見つめた。
わずかに唇が震えている。
無意識といっていいほど自然に、おれはその唇を奪っていた。
薄絹に包まれた温かい身体を、胸元に抱き寄せる。
「止めるなっつっても、止めてやるよ。
今すぐ、さらって逃げてもいいぜ」
おめぇは、おれのものにするから。
囁くと、腕の中の女は、小さく頷いた。
おわり。
このままエロって展開はありなんだろうか。
イイヨイイヨー むしろぜひ逝っちゃって下さい、ぷりーず。
トラパスな自分としてはむしろ原作がこうだったらよかったと思えて嬉スィ(w
おお!あらたなる神が!
自分もこの設定には萌え!がっちょりエロ逝っちゃってくださいまし!
おはようございます。
ええと……昨夜は執筆に忙しくて板を見ていなかったんですけど
わ、わたしが発端で、こんな騒ぎになってたなんて……どうもすみません。
不快に思われた住人さん、ごめんなさい。
書き手さん達が書きづらくなるような状況を作ってしまって、本当にすみませんでした。
>>389さん
続き見てみたいです! わたしも原作がこうであってほしかったなあと思ってる一人です。
えと……こんな状況でわたしが作品発表してもいいのかどうか、迷ったんですけど
新作投下しておきます。
作品傾向は明るめで割とエロ描写は多目の作品です。
「おめえのことが、好きなんだけどな」
最初そう言われたとき、一体何を言ってるんだろうって首をかしげてしまった。
だって、わたしの目の前にいるのはトラップで……それも、いつもの軽薄そうな雰囲気が全然無くて。
またからかってるのか、それとも罰ゲームか何かなのかって、本気で疑ってしまった。
「それ、本気で言ってるの?」
そう言い返したら、トラップはがくっ、とうなだれて、「あーっ、ったく。これだから鈍い女はやだねえ」などとのたまった。
に、鈍いってどういう意味よっ!
そう叫ぼうとした瞬間、ぐいっ、と手首をつかまれて。そして……
あっと思ったときには、もう、わたしは唇を塞がれていた。
「おめえ、これでもまだ疑うのか?」
「…………」
「おめえのことが好きなんだって、本気でそう言ってるの。ったく。気づけよなあ。俺、あんだけ態度で示しただろうが?」
いや、そう言われても。
態度。態度ねえ……いつ示したっけ?
だって、トラップ、いっつも厳しくて、意地悪ばっかり言って、口を開けば色気がねえとかブスだとかそんなことばっかり……
「ばあか、そりゃ照れ隠しっつーかだなあ……いや、んなことどーでもいいんだよ。で? おめえの返事は!?」
そう言われてすごい形相で詰め寄られて、わたしは反射的に「うん」と頷いてしまった。
「うん……い、いいよ」
「……おめえ、それ本気で言ってんだろうな?」
いや、言い返されると困っちゃうんだけど。
ええと、ええと落ち着いて考えよう。
トラップがわたしを好き、と言ってくれた。
これは、つまり……世間一般で言うところの、告白って奴ですか!?
で、それは……わたしに、彼女になってくれ、って言ってるんだよね!? だよね!?
う、うわわわわ!!
冷静に考えると、ぼんっ! と頭に血が上ってしまった。
ええと、えとえとどうしよう!?
「やっぱ本気じゃねえのかよ。……ったく」
「い、いやいや! ちょっと待って、待って!」
ええっと、ええっと、つまり、考えるのは一つだけだよね。
わたしは、トラップのことが好きなのか?
そ、そりゃ好きだよ。でなきゃ、二年も三年も一緒にいたりしないもん。
いやいや、でも、この場合の好きはそういう好きじゃなくて……何ていうか、その……
ああっ、もうどうしようっ!?
わたしが赤くなったり青くなったりしているのを、トラップは面白そうに眺めていたんだけど。
どん、と壁に手をついて、わたしの顔を覗きこんだ。
「自分の気持ちって、意外と自分が一番わかってねえもんだよなあ。そう思わねえ?」
「う、うん……? そ、そうかな」
「そんなもんだって。案外、他人の方が見抜いてるときもあんだぜ? ……ところで、これからいくつか質問すっから答えてみそ?」
「はあ?」
質問って……何?
そう聞こうとしたけれど。何故だか、喉が強張って何も言えなかった。
鼻が触れそうな距離で見るトラップの顔が、何だかすごくかっこよく見えて……ドキドキして。
な、何が、どうしたんだろ……
「質問その1。シルバーリーブに俺の親衛隊みたいなもんができたけどさ、おめえ、そいつらのことどう思う?」
「……はあ?」
どう思う、って言われても。……いや、すごいなあ、としか……
わたしが首をかしげていると、トラップはかしかしと頭をかいて、
「質問変える。俺のことを好きだっつー女がいっぱいいるみてえだけど、おめえはそれについてどう思う? 何かこー、嫌だなあ、っつーか。ちょっとむかつくとか、そんな気持ちは無いか?」
「……うーん……」
言われてみれば。
最近突然増えたトラップ親衛隊。彼女達がトラップにベタベタしているのを見ると、何だかこう……胸の奥がもやもやするっていうか。
これは……むかつく? いや、よくわからないけど、いい気分じゃないのは確か。
「どうよ?」
「う、うん……ちょっと嫌、かも……」
「よしよし。じゃあ、質問その2。もしな、クレイに『好きだ、付き合ってくれ』って言われたとして……おめえはどう答える?」
「ええ?」
な、何よその質問。どういう意味?
そう聞きたいけれど。何だか聞いても答えてくれそうになかったから、とりあえず考えてみることにする。
うーん……クレイに告白されたら?
何だかそれこそ想像がつかないんだけど……もし、もしねえ。もし告白されたら……多分、OKしないだろうなあ。
何ていうか、クレイってお兄さんとかお父さんとか、そんな雰囲気で……そう、何だか頼りになる人って感じなんだけど、どうしても恋人とか、そういう対象としては見れないんだよね。
うん。多分そうだと思う。
わたしがそう答えると、トラップは満足そうに頷いた。
何だかまたさらに顔が近づいたような気がする。後ちょっとでも顔を動かせば、唇が触れる、そんな距離で。
「最後の質問……俺にキスされて、おめえ、どう思った?」
「…………」
そう言えば。キス、されたよね……さっき。
あれ、あれえ? ……何でだろ。びっくりはしたけど……
「嫌……じゃなかったよ? 別に……」
そう答えたとき。
トラップの顔が動いた。ふっと唇をかすめるように、何かが触れる。
「だあら、それが……好き、ってことなんだよ。わかったかあ?」
「…………」
耳元で囁かれる言葉。痛いくらいはねる心臓。
好き。トラップのことが……好き?
ちょっと考えてみたけれど、それを否定するような言葉は……どこを探っても、出てこなかった。
「どうよ?」
「好き……かなあ」
「……頼りねえ奴」
そう言ってため息をつくと、トラップは、ぎゅーっとわたしを抱きしめた。
うん……何か、幸せな気分。好きって、こういうことかあ。
ぎゅっ、とわたしもトラップを抱きしめる。
わたしとトラップが恋人同士になったのは、そんなある秋の日の昼下がりだった。
いや、だけどねえ。
恋人同士になったから、と言って……それで、結局何が変わったのか、というと。
なーんにも変わってなかったりするんだなあ、これが……
だって、我々は何しろ大所帯なパーティーですから。
二人っきりになる機会っていうのが、まず滅多に無いんだもんねえ……
トラップは何だか相当不満そうだったけど、それは、わたしに言われても困るんだよね。
だって、経済的事情で、個室を持つのは絶対無理なんだもん。
はあ。まあしょうがないって。諦めて? そのうち何とかなるよ。
そう言うと、「おめえはのん気っつーか……はあ」などと大きなため息をつかれてしまったんだけど。
意外なことから二人っきりになれるチャンスが来たのは、それから一ヵ月後のことだった。
ある日の深夜のこと。
わたしは、何だか喉が渇いて、夜中に目が覚めちゃったんだよね。
もうそろそろ寒くなってくる時期なのに。何でだろ?
まあ、でもとにかく何かが飲みたいなあ、と思って。
それで、台所に下りてみることにしたんだ。ルーミィとシロちゃんが寝てるから、二人を起こさないようにこっそりと。
一度台所に下りて水を飲み、もう一度階段を上る。
ちょうど一番上までのぼりきったときだった。突然、誰かが階段に姿を現した。
「え?」
「うわっ!!」
悲鳴をあげたときにはもう遅い。
その誰かは、わたしに気づいてなかったらしく、階段に足を踏み出していて。
そして、そのまま二人とももつれるようにして階段を転げ落ちてしまった。
どどっ、という音。うーっ、痛いいい……
結構強く頭を打ったみたいで、何だか耳ががんがんする。
「だ、大丈夫か?」
聞き覚えの無い女の子の声が、耳に届く。
……誰だろ? 真っ暗で、よくわかんない。
「大丈夫」
って言ったつもりだけど、声に出てたかどうかは、自信がなかった。
そう言って立ち上がると、相手は安心したみたいだった。
そのまま、別れて階段を上る。自分の部屋に戻って、ごろっとベッドに転がった。
……何かベッドが狭いなあ。気のせい……?
何と無くそう思ったけど。
その答えが出る前にはもう、わたしは、眠りに落ちていた。
目が覚めたきっかけは、隣の部屋から響く悲鳴だった。
「うわああああああああああああああ!!?」
……あれはクレイの悲鳴!? な、何があったんだろ!?
とびおきると、ズキン、と頭が痛かった。
ああ、そういえば昨日階段から落ちたんだっけ……?
手を伸ばすと、後ろ頭にこぶができていた。
ああー……後でキットンに薬もらお……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!!
「どうしたの!?」
叫びながら隣のドアを開ける。
……あれ? 今の……わたしの声?
口から出た自分の声に、何となく違和感を感じる。
けど、目の前の光景を見た瞬間……そんな疑問、空の彼方へととんでいってしまった。
「ぱぱぱパステル!? 何でこんなところで寝てるんだ! おい、起きろって!!」
「……ん〜……」
目の前の光景。ベッドが二つ。そのうちの一つでは、キットンが大の字になって盛大ないびきをかいていた。
で。
もう一つのベッドでは、クレイが寝ていた。
そして。
クレイが一生懸命肩を揺さぶっているのは……
わ、わたし!?
「ととととととトラップ!?」
そのとき、クレイがわたしに気づいたらしく。こっちに視線を向けて叫んだ。
「い、いや違う、違うから! 誤解するなよ!? こ、これはなあっ……」
「……トラップ……?」
……クレイ……何、言ってるの……?
い、いや、ちょっと待って。
わたし……は、あそこで寝てる……よね。
そっくりさん、ってことは、ないと思う。だって、着てたパジャマまで、全く同じだもん。
ええっと……
ぱっ、と自分の手を見てみる。
……何か、やけに骨っぽいというか……わたしの指って、こんな細長かったっけ?
ふと思いついて、髪をひっぱってみる。
肩にかかる程度の長さの髪。ぐいっ、と目の前に持ってくると、それは……赤毛だった。
…………
「トラップ? お前……何してるんだ?」
クレイの声は、どこまでも不審そうだった。
……ま、さ、か……
「く、クレイ! クレイ、鏡持ってない!?」
ばっとベッドに駆け寄ると、クレイが思いっきり身をそらした。
「と、トラップ……?」
「鏡! ねえ、持ってない!?」
「…………」
クレイの目が、何だかばっとすごい勢いでそらされた。
黙って、部屋に備え付けの手鏡を渡してくれる。
見るのが怖い。だけど、見なくちゃ始まらない。
そーっと鏡の中を覗きこむ。笑ってみる。
鏡の中で、顔を動かしているのは……まぎれもなく。
わたしの恋人であるところの、赤毛の盗賊、トラップだった……
…………
「ど、どうしようクレイ!? わ、わたしどうしたらっ……」
「と、トラップ……あ、あのな、何があったのかはわからないけど、俺、ちょっと今お前と距離を置きたいんだけどいいか……?」
あああ誤解してるっ! 絶対誤解してるー!!
「ち、違うんだってばー! あのね、あのねっ……」
「……んだよ……うっせえなあ、朝っぱらから……」
そのとき。
もぞり、と布団をはねのけて、「わたし」が身を起こした。
その声は、昨日階段から落ちたときに聞いた、見知らぬ女の子の声……
って、これわたしの声なの? 自分の声って、改めて耳で聞くと違うように聞こえるって、以前言われたけど……
っていやいや、そんなことに感心してる場合じゃなくて!
「トラップ!!」
ぐっ、とわたしが顔を近づけると。「わたし」の顔をしたトラップは、まじまじとわたしを見つめて、首をかしげた。
「……わり。俺、寝ぼけてんのかあ? 何か、目の前にすっげえいい男がいるように見えんだけど……」
「…………」
ぐいっ、と鏡をつきつける。
鏡の前で、トラップはしばらく固まっていた。やがて、微妙に顔をひきつらせて、わたしと、クレイを見比べた。
「……おい。これは一体、どーいうことだ?」
「そんなのっ……わたしの方が聞きたいわよー!!」
わたしの叫びがみすず旅館を揺るがす中。
状況についていけなかったらしいクレイが、こっそりと部屋から出て行った。
に、逃げないでよっ! はうううっ……な、何がどうなってるのよー!!
「ほおほお。入れ替わり……ですか。そんなこと、実際にあるんですねえ……」
逃げてしまったクレイと入れ替わるようにして目を覚ましたキットンは、わたしとトラップの話を聞いて、ふんふんと頷いた。
何だかあっさり信じられると、それはそれで困るんだけど……
「き、キットン! どうしよう、どうすればわたし達、元に戻ると思う!?」
わたしが詰め寄ると、キットンは何だか微妙な表情で目をそらし、かわりにトラップに頭をはたかれた。
「パステル……おめえ、おめえなあ! 俺の身体で気持ちわりい言葉使いするんじゃねえよ!」
「な、何よー! そういうトラップこそ、わたしの格好で変な言葉使いしないでよ!!」
「どこが変だどこが! 俺はいつもこういう喋り方だろうが!」
「だからっ! わたしの姿でしないでって言ってるのー!!」
ぎゃあぎゃあと言い争うわたし達を見て、キットンは深々とため息をついた。
「まあ……クレイが逃げた気持ち、わかりますねえ……これは、確かに見ていてあまり精神衛生によろしいとは言えない光景です。はい……」
「どーいう意味だ!?」「どーいう意味よ!?」
わたしとトラップの声が、見事にはもった。
うう……いや、しかし、しかーしっ!
遊んでる場合じゃなくて。これは、もしかしたらすごくまずい状況なんじゃない?
ええと、多分原因はあれよね。昨夜、階段から落ちたとき。
トラップいわく、何だか喉が渇いて目が覚めた……とまあ、わたしと同じ理由で起きたらしい。
で、階段から落ちて頭を打って、とまあ、ここまでが見事にわたしと一緒。
その後、彼もまさか身体が入れ替わってるなんてことに気づかず、自分の部屋に戻って寝なおして、それで今朝、クレイが悲鳴をあげた、と……
原因がわかっても、それでどうしましょう? って感じなんだけど……
「ねえキットン。何とかならない?」
「……そうですねえ。ありがちな展開としては、もう一度階段から落ちてみる、とかどうです?」
「階段……トラップ?」
「嫌だ」
振り向いた瞬間、即答される。
「何でよー!!」
「痛いからに決まってんだろうがばあか! おめえはともかくなあ、俺の身体は今、鈍くさいおめえの身体になってんだぞ!? 下手したら大怪我するかもしれねえだろーがー!!」
「ななな何よその言い方っ! じゃあいつまでもこのままでいいって言うの!?」
「いいわけねえだろ!?」
再び始まる言い争い。
その隙にこっそり逃げようとしたキットンの襟首を、がしっとつかむ。
ふふふ。トラップの身体になってるせいかな? 何だか、妙に気配に敏感になったんだよね。
「逃げないでね、キットン。最近冴えてるじゃない? お願い、何とかならない?」
「は、はあ……そ、そうですねえ……え、ええっと、ですね……」
キットンは、だらだらと汗を流して言った。
「ええと……一時的なものであるのは、間違いないと思いますよ? 身体が入れ替わるなんて、そうそう無いですからねえ……放っておけば、自然に治るかと……」
「本当? いつ?」
「い、いや、そこまでは……あの、わたしも色々調べてみますから……とりあえず、手を離してくれません?」
「え? あ、ああ。ごめーん」
ぱっと手を離す。
その瞬間、あのキットンにしては拍手喝采ものの素早さで、入り口の方に駆け寄った。
「あの……とにかく、調べてみます。そういう症例が過去にもあるかもしれませんし、何かいい薬草があるかもしれませんので……とりあえず、部屋から出ないでくださいね?」
バタン
それだけ言うと、出て行ってしまう。
言われなくても。こんな状態で外に出て行ったら……あのトラップのこと。一体何を言い出すやら。
その光景を想像して、背筋に寒気が走る。
いやいやいやー!! わたし、シルバーリーブを歩けなくなるかも!?
「……逃げられたな」
ひどく不機嫌そうな顔でぼそりとつぶやくのは、トラップ。
……信じようよ、仲間なんだからさあ。
そうフォローしようかと思ったけど。クレイの例があるので、言い出せない。
しばらく、嫌な沈黙が流れた。
ううー、気まずいなあ……どうしよう……
何か、試してみるべきかな? どうすれば、元に戻るか、とか……
「……ああ、そうか」
そのとき。突然、トラップがポン、と手を叩いた。
ふっとわたしの方を振り返る。その顔に、すごーく面白そうな笑みを浮かべて。
……わたしって、あんな顔もできるんだなあ……
何だか妙に感心してしまう。中身が違うと、表情も変わるってことかな?
「なあ、パステル」
「な、何よ……?」
ぐいっと詰め寄られる。もっとも、詰め寄ってくる身体は「わたし」の身体だから、何だか変な感じなんだけど。
「二人っきり、だよな? 今」
「…………」
トラップの口調に、すごーく不吉な予感が走ったのは……きっと気のせいじゃないと思う。
「ちょっと……ちょっと、トラップ……?」
「…………」
無言で迫ってくる「わたし」の身体。顔面に浮かぶのは、自分の顔とは思えないほど意地悪そうな笑み。
「あ、あのね? トラップ。落ち着いて……っていうか、あの、元に戻るための努力をしない? っていうか」
「……もし……」
わたしの言葉なんか無視して、トラップは言った。
「もし、このまま戻れなかったら……困るよなあ?」
「へ? そ、そりゃあ……」
「着替えとか、トイレとか、風呂とか……色々困るよなあ?」
「…………」
言われて青ざめる。
そ、そりゃそうだ。よく考えたらそうだ。
何しろ、寝起きだもんね。わたし(というかトラップの身体)が着てるのは、だぶっとしたシャツにズボンで、まあまあ、上からジャケットでも羽織れば何とかごまかせる? っていう格好だけど。
トラップ(というかわたしの身体)はねえ……パジャマ。
それも、前ボタン式の、「パジャマです」としか言いようのないパジャマ姿。
こんな格好で外に出るなんてとんでもない! ……けど、着替えてもらうとなると……
ぼぼんっ、と頭に血が上る。
じ、実はわたし、寝るときって下着をつけてないんだよね。苦しいから。
着替え、となると、当然ブラとかも身につけてもらうわけで……
いやいや、そもそもお風呂入るときとか……
その光景を想像して、真っ青になってしまう。
いやーいやいやいや!! 見られる!? 見られるよねっ!?
「おめえ……頼むから俺の顔で百面相すんのやめろよなあ……」
呆れた、という様子でトラップがつぶやいてるのが聞こえたけど、そんなことに構ってる余裕は無かった。
だってー! だってだってだって! 生まれたこの方18年、お父さん以外には見せたことないんだよ!? そ、それを……
「と、トラップ、やっぱり階段行こう? 一緒に落ちよう! 大丈夫、きっと何とかなるって」
「まーまー、そんな焦ることねえじゃん? よく考えたら、こんなこと滅多にねえわけだし……」
へらへらと笑って、トラップは……
ゆっくりと、パジャマのボタンに手をかけた。
一つ、二つとボタンを外していく。
ってちょっとおおおおお!!?
「や、やだやだやめてっ! 見ないでってば!?」
「ああ? いいじゃん。どーせいつかは見ることになるんだし、とっとと慣れておこうぜ? ……っつーか、おめえさ?」
ぐいっ、と顔を突き出される。至近距離で見詰め合って、自分の顔だというのに赤面してしまう。
「忘れてねえ? 俺とおめえって、恋人同士……なんだよなあ……?」
「…………そ、そう……だけど……」
ごめん、忘れてたわ。
一瞬そう言いそうになったけど、さすがに口をつぐむ。
な、何されるかわからないもんね。怒らせない方がいいよね、うん。
「なのにさー……よく考えたら俺達、キスすらまともにしてねえんだよな?」
「……したじゃない。最初の日」
「ほお。で、その後は?」
「…………」
言われてみれば、してないかも。
い、いや、でも、それってそんなにおかしい?
別に嫌だったわけじゃないし、避けてたわけでもないよ? ただ、二人っきりになるチャンスがなかっただけで……
わたしが慌てて言うと、トラップは、満足そうに言った。
「そう。つまり、二人っきりになれれば……別にしてもよかった、とそういうことだよなあ?」
「なっ……」
電光石火。
気が付いたときには、わたしは唇を塞がれていて……
「ん……んん? ん――っ!!」
な、何何!? な、何か、この口の中に入ってくるこのあったかくて柔らかいものは、何ー!?
「んんんっ!!」
どん
思わず全力をこめて突き飛ばすと……トラップ……いや、「わたしの身体」は、すごい勢いでひっくり返った。
……あれ?
あ、そうか。わたしの身体、今はトラップの身体だから……
……そっか。男の子って、いざとなったらこんなに力が出るんだあ……
わたしが妙に感心していると、トラップが、それはそれは恨めしそうな顔で起き上がった。
「……おめえ、実は俺のこと嫌いなんか?」
「ち、違うってば。ちょっと、ちょっとびっくりしただけで! ほら、いきなりだし。心の準備とかっ!」
「……じゃあ、心の準備をしてれば、いいんだな?」
「へ!? あ、あのっ……」
にやり、と笑ってトラップは。
ばさっ、とパジャマを脱ぎ捨てた。
とびこんでくるのは、すごーく見慣れた自分の……裸。
「なななななななななな……」
「……もーちっと胸に肉がついてりゃなあ……」
身体を見下ろして、しみじみとため息をつくトラップ。
な、何てこと言うのよっ!?
「ば、バカバカッ! 早く服着てよっ!?」
「あー? おめえ、わかんねえかなあ。俺が何しようとしてんのか……」
「……は……?」
ばさりっ
呆けるわたしの顔に叩きつけられるのは……パジャマのズボン。
「と……と……と……トラップ!!?」
「できたかあ? 心の準備」
「い、いや、その、できたか? って聞かれてもっ!!」
下着一枚の姿で不敵な笑みを浮かべるトラップ。
い、いやー!! 何!? 何なのー!?
トラップが何を考えているのか。わかるような、わからないような。
だけど、わたしがパニックになってるのは、それだけが原因じゃなくて。
な、何だろ? この、すごーくもやもや、というか、変な気持ちは……
な、何か、むずむずするっていうかっ……
「あー、おめえ……」
わたしがドン、と後ずさって壁に背中を預けると、そこにのしかかるようにして、トラップが覗き込んできた。
「たってんな」
「何が……?」
「何がって……」
トラップは、面白そうに笑って、耳元で囁いた。
「何か、今すげえ変な気分になってねえか? むらむらドキドキもやもや、そんな感じ」
「……何で、わかるの?」
「そりゃおめえ、これまでずーっと付き合ってきた自分の身体だからなあ……」
うんうんと頷きながら彼が見下ろすのは、わたしの……腰? より、やや下の部分。
……そこって……
「楽になりてえか?」
「…………」
「苦しいだろ、何か」
「……うん、苦しい……」
何だろう。言われてみたら、本当に苦しくなってきた。
言うなれば、トイレに行きたいのにずーっと我慢してる? みたいな……そんな感じ。
「んじゃ、俺が楽にしてやっから……そのかわり、後で俺の言うこと、何でも聞けよ?」
「……ええ……?」
「あんだよ。おめえ、人にものを頼むのに、そんな嫌そうな顔するかあ?」
「…………」
何でも。
ああ、何言われるんだろうっ!? 物凄く。ものすごーく嫌な予感がめらめらとするんだけどっ!?
でもでも、そんなことをしてるうちにも、もやもや感はどんどん強くなっていって。
トラップがわたしの方に身を乗り出してくるたび。耳元で囁かれるたび、それはどんどん強くなっていって……
早く楽になりたい。そう思ったら、わたしは反射的に頷いていた。
トラップは、ひどく満足そうに頷いて……
そして、わたしのズボンに、手をかけた。
――――!!
そのとき感じた衝撃を、どう言えばいいのやら。
ズボンをひき下ろされる。トラップの……いや、「わたし」の手が、「トラップ」の下着にかかって……
触れられた瞬間、それこそ全身をびりびり震わせるような……ものすごい快感が走った。
「ちょっと……ちょっと、トラップ……?」
「気持ちいいだろー? ま、男の身体になるなんて、滅多にねえ機会なんだから……せいぜい味わえよ? 俺達が、普段どんだけ苦労してんのか、ってこと」
耳に届く言葉を理解する暇もない。
「それ」を握るトラップの手が、すごい勢いで動いて……そのたびに、快感は、どんどん強くなっていって……
自然に息が荒くなった。姿勢を保つのが難しくなって、わたしは……前のめりに倒れこみ、目の前のトラップの頭を抱きしめた。
いつも手入れに苦労する金髪の癖毛。それをぎゅーっと抱きしめて……
「っあ……や、やだやだっ……何? 何なの、これえ……」
何かが……出る。
何が出るのかよくわからないけど……何かが、すごい勢いで、出そうになってる。
トイレで用を足すのと、多分同じような感覚。違うのは、それがわたしの意思では、もうどうにも制御できないってところで……
身体が震える。怖い。何だろう、何が起きるのっ!?
わたしの様子に、トラップは何が起きてるのか察したみたいだった。
唇の端を歪めて、手に力をこめる。
その瞬間……
どばっ!!
多分、効果音をつけるとしたら、そんな音。
溢れ出す、白っぽいどろっとした液体。
「わたし」の手と顔にまで飛び散ってるそれを見て、何だか、物凄く恥ずかしくなってきた。
まともに顔をあげていられない。涙がこぼれそうになる。
な、何だろ……何なの、これえ……?
すごく気持ちよかった。それは認める。
認めるけどっ……
「……おめえなあ……泣くなよ。それも俺の身体で……」
どこから取り出したのか、がしがしとタオルで手を拭いながら、トラップが呆れたように言った。
「言っただろ? 俺達男は、おめえらと違って、色々苦労があんだよ」
にやにや笑うトラップに、力なく返す。
「……いつも、こんなことしてるの……?」
「聞くな。想像にまかせる……っつっても想像なんかできねえだろうけどな。ま、健康な青少年なら、大抵の奴はやってんじゃねえ?」
…………
何か、見る目が変わっちゃいそう……
健康な青少年? ということは、あれ? もしかして、トラップだけじゃなくて、クレイも……?
キットンも? ノルも!?
頭がくらくらしてくる。や、やめよう。想像するのはやめよう。
それこそ、あんまり精神衛生にいい光景じゃないもん……
「……で、どうだ? 楽になったか?」
「……うん……」
言われて力なく頷く。
確かに、すごくすっきりした。爽快感、っていうのかな? これは。
すると、トラップは満足そうに頷いて……わたしに囁きかけてきた。
「んじゃ、おめえも俺を楽にしてくれよ」
「…………?」
「わかんだろ? ……まさか、知らねえ、とは言わねえよな?」
「…………」
大体、わかる。いくら何でも、わたしだって「赤ちゃんはどこから来るの?」って聞くほど子供じゃない。
トラップの言ってること、それは……
けけけけどっ!
「むむむ無理っ! だって、どうやればいいのか、全然わかんないしっ……」
「……おめえ、一人でやったこととか……いや、ねえんだろうなあ、おめえなら……」
はあ、とトラップはため息をついて、そしてわたしの手をつかんだ。
そのまま、ぐいっ、と自分の胸……つまり、「わたしの」胸にあてがう。
「トラップ……?」
「適当でいいんだよ、適当で。俺だって詳しいわけじゃねえし……適当に、いじくってみそ? 自分の身体なんだから、遠慮はいらねえだろ?」
て、適当、って言われても……
手の下で感じる胸。いつもお風呂とかに入ると、嫌ってくらい触ってたけど……
な、何だろ? トラップの手で触ってるせいかな? いつもとちょっと違う感じ……
力をこめると、トラップが顔をしかめた。慌てて手を離す。
「痛い?」
「加減しろ、加減。俺の身体なんだからよ。……ま、けど……悪い気分じゃねえ」
笑うトラップに安心して、もう一度手を伸ばす。
何だろ……変な気持ち。
触ってるのは自分の身体。なのに……何だか、すっごく……
ふにふに、と胸をもんでみる。ちょん、と先の方をつついてみると、トラップが微かにうめいた。
「どうしたの?」
「……いやあ……女の身体ってのも、悪くねえかも……」
うん? そ、そうかな……?
よくわからないけど、悪くないっていうのなら……いいんだよね? これで。
トラップに言われるまま、胸とか、背中とかを撫でてみる。そのたびに、トラップの息は、段々荒くなっていって……
……何か、肌が赤くなってきてる? どうしたんだろ……?
「トラップ……?」
「あー……多分おめえって、鈍感だけど……敏感だぜ?」
「はあ……?」
「いや、こっちの話……で。肝心なとこがまだだけど……触ってくれっか?」
「…………」
顔が赤くなるのがわかった。
肝心なところって……やっぱり、あそこ……だよね?
自分でだって滅多に触らない。まあ、せいぜいトイレとお風呂のときくらい?
……触らなきゃ、駄目、なのかなあ……
「どうしても……?」
「自分の身体が痛い思いすんのが嫌ならな」
「……痛い……」
痛いのは嫌……だよね。うん。わたしの身体だし。
……恥ずかしがることは、ないよね。
そーっと手を伸ばす。下着に包まれた「そこ」に手を触れると……何だか、湿った感触が返ってきた。
「……何で、濡れてるの?」
「何でって、おめえなあ……」
「ん……これで、いい?」
ズプッ
下着の隙間から、指を差し入れてみる。
トラップの指って、細いからね。入れるのは、難しくなかった。
ぐいっ、と奥までもぐりこませると、すごくぬるぬるした感覚が返って来て……
「っあ……あー……」
「トラップ……?」
「いいから……指、動かせ……」
「う、うん……」
言われるままに指を動かしてみる。もっとも、かなり適当だけど。
出し入れしてみたり、ぐりぐりかきまわしてみたり。
何だろ……この、指にまとわりついてくるべたべたしたものは……
「あーっ……もう、たまんねえな、これ……」
「……どうするの? やめる……?」
「いや……」
トラップの表情が、また変わった。
さっきまでは茫然、といったような表情を浮かべてたんだけど。きらりん、と目が輝いて……
そして、さっき散々触りまくったわたしの「それ」に、手を伸ばしてきた。
「ちょっと、ちょっとトラップ!?」
「いいじゃん。もうこうなったら、最後までいっちまおうぜ? 俺、何かすっげえ『入れてー』っていう気分になってんだよね」
「や、や、でも、でもでもでもっ……」
「ほーれ、身体は正直だな、パステルちゃん」
「ひっ……」
ぐいっ、とトラップが手を動かした瞬間、さっきすっきりしたはずの「そこ」が、また何だか熱を持ってきて……
「ななななな……何で……こんな……」
「いや、俺って若いからなあ……ほれ。どうやるか、わかってんだろ……?」
「…………」
「入れてみ? 多分、すっげえ気持ちいいと思うぜ? さっきよりも、ずっとな……」
「…………」
そう言われると……ちょっと興味が……
い、いや、でも!
こ、これは記念すべき初体験、って奴だよね!? こ、こんな状況であっさり捨てちゃって……いいの!?
うー、あーとしばらく頭を抱えたけど。
その……わたしのね? 「そこ」が、またさっきみたいに、すごく変な……もぞもぞするような感覚になっちゃって……
さっきの、すごく気持ちよかった感覚とかが戻ってきて……
目の前で、トラップがするっ、と下着を足から抜き取った。
これで、完全な……裸。
ふっと手を伸ばす。「わたし」の肩をつかむ。
いまいち、その……場所とか、よくわからなかったんだけど……
「あれ? えと……」
「……頼むから、俺の身体で! んな情けねえ声出すなよなあ……」
ため息をついて、トラップは、わたしの頭を抱え込んだ。
そのまま、「それ」の上に、自分から腰を落とす。
あ……っという間だった。
あっという間に、「それ」が、何だかすごく狭くて、暖かくて、ぬるり、とした場所に包まれて……
「っってぇ――――!!」
響いたのは、トラップの悲鳴。
「とと、トラップ!?」
「……っ……お、女ってのも、大変だな……」
「え?」
「マジで……いてえ……」
嘘ー!!? な、泣いてる、あのトラップが!!?
目の端に涙を浮かべるトラップ。けど、それでも、腰を上げようとは、しない。
「と、トラップ? ねえ、無理しないでやめた方が……」
「……ばあかっ……や、やめるわけ、ねえだろ? おめえ、俺がこのときをどんだけ待ってたと、思ってんだ……」
こ、声震えてるんですけどっ!?
ああ、だけど、だけど……
トラップには悪いけどっ……わたしは、何だかすっごく……すっっごく……
き、気持ちいい……
「うっ……」
「やっ……あ、ああっ……」
トラップが、歯を食いしばって腰を動かしている。
そのたびに、すごいびりびりするような感覚が、全身を襲ってきて……
「やっ……ご、ごめん、ね、トラップ……」
「……あにがだよ……」
「ごめん、わたし……」
……イッちゃいそう!!
それはさすがに言葉に出せなかった。
ぎゅっ、と目の前の身体を抱きしめる。
トラップの腕力なら、できるかもっ……?
ぐいっ、とその身体を持ち上げた。「トラップ」の腕で「わたし」の身体を。
トラップにばっかり、動かせて、悪いもんね……
そのまま、何度か持ち上げて、沈めてを繰り返す。普段のわたしの腕力だったら、絶対こんなことできないから。やってみると、ちょっと楽しいかも……
「うわっ……っつ……あ、お、おめえ、なあ……」
「な、何……? 駄目……?」
「……いや。いい。すっげえ、いい……あー、これが……イク、って……」
トラップが何か言いかけたけど、それ以上続かないみたいだった。
わたしも、何だか、こう「あ、もう駄目!」って感覚が、どんどんどんどん強くなっていって……
「っあっ……」
ぎゅっと腕に力をこめる。トラップも、わたしの髪にしがみつくようにして……
その瞬間……目の前が、真っ白に、なった。
…………
……あれ……?
頭がすごくぼんやりしてる。
薄く目を開けてみると、何だか焦点がぼやけて……
目の前に座ってるトラップも、何だかぼんやりとわたしを見て……
……うん……?
ばっと目を開ける。
目の前には、トラップの顔。さらさらの赤毛も、茶色の瞳も、意地悪そうな表情も、いつもと全く同じ……
……あれ?
見下ろす。
一糸まとわぬ身体。すごーく見慣れた、わたしの身体。
この、脚の間にある違和感、は……?
「……きゃああああああああああああああ!!?」
思わずばっととびすさる。わ、わたし……わたし……
も、元に……戻った……?
「……悲鳴あげるかあ? さっきまで散々……イイコトしてたじゃねえの」
そんなわたしを、トラップは、ニヤニヤ笑いながら見つめてきて……
ちょ、ちょっと。何で? 何で……迫ってくるの……?
「と、トラップ……?」
「まさか、イッた拍子に元に戻るとはなあ……おめえの身体で感じるのも、なかなかよかったんだけど……」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って……」
逃げようとしたけど、こんな格好で外に出れない。
うろたえているうちに、がしっ、と肩をつかまれる。
「やっぱ、俺としちゃあ……俺の身体で、おめえを抱きたいんだよなあ……わかる?」
「え、ええっと……」
「まさか、嫌とは言わねえよな?」
瞳が迫ってくる。
塞がれる唇。からみあう舌。そして……身体を這い回る手。
に、逃げられない……よね。
それに……「気持ちよかった」っていう感覚が、まだ抜けきってなくて。
もっと味わってみたいって気持ちが、確かにあって……
トラップがわたしを解放してくれたのは、数時間後。
「やりましたよ! 多分この薬草でなら、何とか……!!」
というキットンの声が、廊下から響いてきたときだった。
完結です。
ええっと……わたしは、このスレにいてもいいんですかね……?
もし次の作品投下するとしたら、新スレを立てないと容量オーバー起こすと思うんですけど……
予定では、トラパスクエストとよく似た雰囲気の作品にしようかな、と思ってるんですが
その次にリクエストされた、「どっちかが子供になるバージョンのパステルトラップ両方の作品」にしようかな、と
ルーミィのリクエストは、書けるかどうかわからないので未定で……
>>419 こういうスレではありがちな話題ですし、あまり気にしなくても良いと思います。
今回もGJ!
いつもながら面白かったよ〜。
トラパス作者様、新作乙です。
いや〜笑わせてもらいました。すっごく面白かった!!
きっとトラップが口説くときはこんな感じだろうな〜なんて思ってたので、
おもいっきりツボでした。
一生懸命に人のリクに答えようとする姿勢のトラパス作者さまのこと、私は好きですよ。
それにこのスレは誰が居てもいい場所だと思いますよ。
(明らかに悪意のある人は居て欲しくないけど・・・)
ちょっとした行き違いはあると思いますが、もちついてマターリいきましょう。
つーか、新作で暗いムードが飛んじゃった(w
トラパス作者さまありがd
トラパス作者さま GJ!!!
激ウマーーーーー
これだけのペースで書いていれば
多くの人の目に触れる分 様々な意見が出てきても仕方ないですねー
出る杭は打たれる。楽しくない例えですがw
でも別にそんなに気にするほどのことをしたわけでなし
いつまでも居ついていてくれると嬉しいです
書き忘れた
パラレル悲恋もの読みたいんですが無理でしょうか
トラパス作者さまの精神衛生上よろしくないなら素直に諦めますが
424 :
名無しさん@ピンキー:03/10/24 15:47 ID:nbcKfNZk
トラパス作家さん、「人格交代編」楽しかったです、皆の反応が面白かったです
そして、もちろんココに居ていいんですよ!
これからも色んな作品を書いてください。
>>389 エロが無くても凄くいい感じでした、面白かったです。
また思い突いたら何か書いてください!
トラパス作者様、乙です〜
告白シーンのパステルが素敵すぎです
文章だけだと入れ替わりのギャップを表現するのが
難しそうだと思いましたが、とても楽しく読ませてもらいました〜
これからも色々な作品楽しみに待ってますので、無理しない程度に是非〜
気を取り直して短編書いてみました。
クレパスです。
海に来ている。
クエストの途中で立ち寄ったわけではなく、ただ海に来ている。
傾いた太陽が名残惜しげに、立てられたパラソルで浜辺に濃い影を落とす。
雲は限りなく赤く、大きかった。
ほっぺたがひやっとして、「飲まない?」聞き慣れた甘い声。
振り返ると、パステルの金色の髪の毛が日光に揺らめいた。
冷たいビンに付いた水滴も。
「炭酸、大丈夫だったっけ?」
「ああ。平気だよ。ありがとう」
水着の裾から見えるおへそにちらちらと視線を奪われてしまいながら、
わざと平気な顔をしてビンを受取った。
おれの隣に座り込んで、頭をおれに預け、安心しきっている。
それだけでも満たされて行って、足りなくなっていく。
贅沢な自分が嫌いで、嫌いじゃない。
くすぐったいような気持ちのまま、肩を抱き寄せて、キスした。
「ク…クレイ?」
ぱちぱち、とまつげが音を立てる。
もう一度キスして、シートに彼女の身体を押し倒した。
「クレ、クレイっ……あぁっ…」
海水に貼り付けられた水着をまくりあげて、砂が付いた乳房の先端を吸った。
小振りだけど可愛いふたつの乳首。
ほんの少しだけしょっぱいそれをいじるたびに、パステルは過剰に反応した。
「や…だ、だめ…やぁっ…」
おれはいつものように、聞こえないフリをして、着衣の上からクリトリスを嬲る。
こうやって焦らしたときのパステルの顔が可愛いから。
「んふぅ…だ…だめぇ…」
目にたっぷりと涙を溜めて、閉じようとする太ももにもくちづけ。
脇から指で探ると、もうそこは十分に湿らされていた。
ぎゅっと締まったそこにまさに侵入しようとした指をは、彼女の手によってそれを阻まれた。
「や、ほんとにだめぇ…!だめ、こんなところじゃ…」
「…じゃあ、どこならいいの?」
「…」
「どこ?」
「…」
「…」
「へ…部屋とか…?」
――帰ったら、続きをして?
小さな耳打ち。
そしてパステルはおれのほおにキスをして、しょっぱいね、と言って笑った。
半端に終わります。
もう少しでこのスレも終わりだし、穴埋め替わりに。
>サンマルナナさま
今の時期にはかえっていいなーって思う夏模様でした!
水着のパステル萌!
>>436 新作短編おつでした。
サンマルナナさんのパステルはリアリティーありますね。
恋愛も原作の雰囲気を保ちつつちょっと大人の恋愛という感じ。
読んでいてたまに思い当たる部分があったりしてドキドキします。
私はクレイはギアのような大人っぽいキャラが好きなのですが、
サンマルナナさんの書かれるトラパスも読んでみたい気がします。
もし気が向かれたらお願いします。
次回作お待ちしてます。
>>430-431 萌えていただけたようで嬉しいです。
少し休んでからまた復活したいと思っています。
ほんとにありがとうございます。
サンマルナナ様
新作お疲れさまです。
いつもすばらしい作品で感激です。今回は短編ながらシチュエーションに
かなり萌えました!!ゆっくり休んでください。ヽ(´ー`)ノマターリと復活お待ち
しております。サンマルナナ様は書かれるペース速いですよね。
嬉しいですが心配になってしまうこともあります。
トラパス作者様の速さも神業としか思えないし…
このスレは読み手としては次々に新作が読めて天国のようです。
サンマルナナ様、新作乙です。
クレパスありがとうございます。
パステルの初々しさが可愛い!
次の新作マターリお待ちしてます。
435 :
誘導:03/10/28 23:59 ID:fjEvMZ0S
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ