【妖怪】人間以外の女の子とのお話3【幽霊】

このエントリーをはてなブックマークに追加
271270 ◆W/KpcIbe5Y

「ふ〜っ。やってられっかよ、バカヤロー」
神社の社に座り込み、悪態をつく。酒が俺の態度を大きくさせていた。

一流のミュージシャンを目指して上京したはいいが、そう世間は甘くなかった。
バイトを掛け持ちながら、街角で歌ったりもしていたが反応は今ひとつ。
志をともにしていた友人も、家業に就くと去っていった。
東京を諦め――いや、見切りをつけた俺は地方に目を向けることにした。
今は旅をしながら、あちこちの街角で歌い、日々の糧を得ている。

傍からはよく、『自由に生きてますね』と言われる。
冗談じゃない。俺が目指したのは、こんなどん底の生活じゃない。
そうさ、俺が目指しているのは………

元々が酒に強いとは言えなかった俺は、上京時の唯一の荷物にして最大の宝物、
愛用の中古のギターを抱きしめながら、いつしか深い眠りについていた――
272270 ◆W/KpcIbe5Y :03/11/02 17:56 ID:lV2JHtOu

「もしもし。あなた、こんな所で眠っていたら、風邪を引きますよ」
「ん〜? っせえなあ。関係な…な?」
不意に肩を揺すられて目を覚ます。
まだ酔いが残っていた俺は、反射的に悪態を吐こうとして……固まっていた。
目の前には、女性が心配そうな顔で俺を見つめていたからだった。それも、ただの女性じゃない。

――整った顔立ち、月の明かりにキラキラと反射する、腰まで届く長い髪の毛、
それに何だか古式な、それでも俺の目でも高そうに見える和服姿――

「あの…その……えっと……………巫女さん?」
その姿に見とれていた俺は、一気に酔いが醒めるのを感じ、ぽつりとひとことつぶやいた。
「ふふっ…。わたくしは巫女ではありませぬよ」
口元に手を添えながら微笑む、悠然とした姿に胸が高鳴る。
巫女で無かったら……何者なんだ?
「あらあ? あなたも、楽器を嗜まれるのですか?」
「え、ええ、まあ……へえっくしん!」
訝しげに見つめる、俺の視線を気にするでもなく、隣に置いてあったギターを見て、明るい声をあげる。
俺は彼女の正体を図りかねて、曖昧に答えながら…寒さのあまり、クシャミが出た。
273270 ◆W/KpcIbe5Y :03/11/02 17:57 ID:lV2JHtOu

「あらあら、……今日は風神が張り切ってますからね。
どうでしょう。いろいろとお話も聞きたいことですし、中に入りませんか?」
天を見つめながら、何事かつぶやいたかと思うと、彼女はあろうことか、社の扉を開けて微笑む。
「いや…それは……ちょっと…」
思わず口ごもってしまう。正直、彼女の申し出はとてもありがたいものだった。
だが、ここの宮司さんに野宿する条件として、社の中には入らぬようにと注意されていた。
根無し草として暮らしている以上、周りに迷惑を掛ける行為だけは慎まなくては……。
「貞晴が言っていたことですか? 大丈夫、お気になさることはありませんよ。
わたくしも、今宵は話し相手が欲しいと思っていたところですの。さあ、どうぞ……」
「は……い……」
扉を開いたままの姿勢で、にっこりと微笑みながら彼女が言った。
その微笑みを目にしたとき、俺は何かに操られるように立ち上がり、
フラフラと彼女に導かれるままに、社の中に入っていった――
274270 ◆W/KpcIbe5Y :03/11/02 17:58 ID:lV2JHtOu

「よい…しょっと……」
「……え?」
社に入ると、彼女はスタスタと神棚に向かい、そこからお神酒を取り出す。
突然の行動に、俺は止める暇も無く、ただぽかんと口を開けていた。
そんな俺を横目に、手近にあった杯にお神酒をあけている。
徳利からトクトクという、何ともいえない音が聞こえてくる。
「……さて、まずは駆けつけ三杯。中身は多少強めではありますが、ね」
「え…。そ、それは……」
杯から酒が溢れそうになったとき、彼女が顔をあげ、にっこりと微笑みながら言った。
俺は思わず顔をひきつらせながら答える。
社に上がり込むに飽き足らず、あまつさえお神酒にまで手を出しては、さすがにマズイ。
宮司に怒られるどころか、バチまで当たってしまいそうだ。
「あらら、あなた下戸だったのですか。それならば仕方ありませんね」
「わ、わわわっ」
何を勘違いしたのか、彼女は杯を手に取りながら自分の口元へ運ぼうとする。
俺が飲まなくても、彼女が飲んでは意味が無い。慌てた俺は彼女から皿をとりあげた。
275270 ◆W/KpcIbe5Y :03/11/02 17:58 ID:lV2JHtOu

「な、何をなさるのですか…? ……まさか、下戸と呼んだのがお気に障ったのですか?
……それは申し訳ございませんでした。勝手に決めつけてしまいまして……」
「あ…いや、そうでなくて、さ……。さすがに見つかったらマズイ、って意味だよ…」
彼女は、怪訝そうな顔で俺を見つめたかと思うと、
何かに気づいたように身を竦め、いきなり土下座しだした。
俺は慌てて彼女の面を上げさせながら、しどろもどろに言った。
「………? 見つかったらまずい? 一体、何がでしょうか? まさか、貞晴のことですか?
さっきも言いましたが、貞晴の言ったことなぞ、気にする必要はありませぬよ」
「えっと…その……。はい、飲みます」
眉をひそめ、多少怒ったような仕草を見せる。
その美しい表情にドキリとしながらも、その裏に何とも言えない感情を感じ取った俺は、
覚悟を決めて、一気に杯の中身を飲み干した――
276270 ◆W/KpcIbe5Y :03/11/02 17:59 ID:lV2JHtOu

――10分後、再び酔いが回って態度がでかくなった俺は、彼女に向かって管を巻いている。
彼女は迷惑そうな顔ひとつせず、お酌までしながら俺の話を聞き続けてくれていた。

ちなみに彼女、名を沙羅といい、この社に祀られている弁天様らしい。
………なんてのは、まったく信じていなかった。どうせ、宮司の娘か何かだろう。
だが、こんな宴の場所で、それを指摘したりするのは野暮のすることだ。
どうせ、明日になれば醒めてしまう。ならば、彼女の話に乗ってやるのが粋というものだ。

「だがな……一緒にいた仲間は、諦めて家業を継ぐとかっていなくなっちまって……
んぐ…ぐ……ぷはあっ、にしても美味いねえ、この酒」
「あ…はいはい、お代わりですね。たくさんありますので、どんどんどうぞ……」
杯が空になったのを見て、またお酌する沙羅。だが…それにしても、だ。
「なあ、何でこんなにたくさん酒があるんだ、ここ? 何かのお祭りだった?」
「……ああ…実は今日は、飲み友達が来る予定だったので、ご用意していたのですが、
当日の今日になって、いきなり来ることができなくなったと。まったく、あのバッカ……」
「ふうん。じゃ、今日はその友達の代わりに飲むよ。どんどん持ってきて〜」
俺の疑問の声に、眉をひそめて話し出す沙羅。だが、口汚い言葉を吐きそうになったので、
無理矢理言葉を遮った。何だか、彼女の口からそういう言葉は発して欲しくなかった。
「ん〜……。ま、いいです。わたくしもお手伝いします。どんどん飲みましょう!」
「さんせ〜い!」
沙羅は、何か言いたそうな顔をしていたが、吹っ切ったように顔をぱっとあげて杯を天に掲げる。
それを見た俺は、自分が持っている杯を一緒に掲げて、カチンと打ち鳴らしながら答えた――