1 :
トラパス作者:
萌える話をお待ちしております。
がんがん書いていきましょう。
注意
人によっては、気にいらないカップリングやシチュエーションが描かれることもあるでしょう。
その場合はまったりとスルーしてください。
優しい言葉遣いを心がけましょう。
作者さんは、「肌に合わない人がいるかもしれない」と感じる作品のときは、書き込むときに前注をつけましょう。
原作の雰囲気を大事にしたマターリした優しいスレにしましょう。
関連スレは2をどうぞ
2 :
トラパス作者:03/10/09 13:21 ID:sfnGBB9E
3 :
トラパス作者:03/10/09 13:23 ID:sfnGBB9E
というわけでスレ立てました。
よ、よかったんでしょうかこれで。何か問題は……無いですよね?
即死防止のためというか
前スレでリクエストされた「トラップが激しく嫉妬してレイプしまくりな話し」を一応書いてみました。
注意しておきます。
かなりダークです。フォーチュンらしいほのぼのさは一切ありません。
むしろトラップのキャラもパステルのキャラも相当変わっています。
多分にご都合主義も混じっています。
そういうのが嫌いな方は、今回はスルーでお願いします。
また次の作品で明るい作品をがんばって書きますのでご了承願います。
原稿が進まない。
パステルはうんうんと唸りながら、真っ白な原稿用紙を前に悩んでいた。
「パステル……大丈夫か?」
ドアをそっと開けて顔を覗かせたのは、クレイ。
彼女があんまり原稿に苦しんでいるものだから、ルーミィを連れ出して遊んでくれていたのだが。どうやら既にルーミィは寝てしまったらしい。
「ありがとう、クレイ。全然進まないけど……でも、多分何とかなるから」
パステルが無理やり笑顔を向けると、クレイはますます心配そうに眉をひそめた。
どうやら、彼女のささやかな嘘はパーティーのリーダーたるクレイには通じなかったようだ。
この原稿は、締め切りがかなり迫ってきている。本当は今日中には書きあげている予定だったもの。
まだ半分も終わってない。このままだと、今日はパステルは徹夜することになるだろう。
「じゃあ、俺、お茶でも入れてきてあげるよ。あまり無理しすぎないようにな」
「うん、ありがとう」
バタン、とドアが閉まる。
(うーっ、クレイってばやっぱり優しいね! よし、頑張らないと)
パステルはそう呟くと、再び原稿用紙に向かった。ちょうど場面はクレイが敵に向かっていくところにさしかかっている。
本人に会ったからか、やっと何とか文章になりそうだと少しばかり先に進んだときだった。
バタン、とまたドアが開く音。
ああ、クレイもう戻ってきたんだ? 早いなあ。
パステルは何の疑いもなくそう思ったが、ちょうど筆が進んでいることもあって、振り返ろうとはしなかった。
足音が背後に近づいてくる。その瞬間、ばさっと肩に毛布がかけられる。
ああ、そうか。お茶の前に毛布を取りに行ってくれたんだ。もう大分寒くなってきてるもんね。
そう思ったとき、彼女の口からは、自然にお礼の言葉が漏れていた。
「ありがとう、クレイ」
そう言って振り返った視線の先。
そこには、毛布をかけたそのままの姿勢でパステルを見つめているトラップの姿があった。
あ、あれ?
首をかしげる。確か、パステルの記憶によればトラップは、カジノに出かけていたはずなのだが。いつの間に戻ってきたんだろう。
「何だ、トラップだったの。帰ってきてたんだ?」
「……まあな」
それだけ言うと、トラップはパステルの机の上に目を走らせた。
ちょうど1ページくらい進んだ原稿。それをひょいっと取り上げる。
「やだ、見ないでよ。まだ完成してないんだから」
パステルは必死に取り上げようとしたが、盗賊たるトラップの動きに彼女がついていけるはずもなく、ひょいひょいひょい、とかわされてしまう。
もうっ! 不服そうに彼女が頬を膨らませた。
そのときだった。
「……好きだぜ」
ぽつん、とトラップが呟いた。
パステルは、しばらく首をかしげていたが、やがて太陽のように微笑んだ。
「ありがとう。原稿が進まなくって苦労してたんだけど、そう言ってもらえると嬉しい」
「……嬉しい?」
「そりゃあ、自分の書いたものを褒められたんだから、嬉しいに決まってるじゃない」
パステルの言葉に、トラップはしばらく原稿を見つめていたが、やがてぽん、と原稿を机の上に投げてそのまま部屋を出て行った。
ちょうどドアの前でお茶を運んできたクレイと鉢合わせをしたようだが、特に会話は無い。
クレイの入れてくれたお茶はパステルの体を十分すぎるほど温めてくれて、その後、原稿は先ほどまで難航していたのが嘘のようにすらすらと進んだ。
それからいくらか月日が流れたある日、ちょっとしたお使いクエストのために、クレイ、ルーミィ、キットン、ノル、シロが二日ほど出かけることになった。
パステルが行けなかったのは別の原稿の締め切りが迫っていたからであり、トラップが行かなかったのは「用事がある」と本人が断ったため。
ダンジョンに行くようなクエストでもないし、別に彼らがいなくても困ることはないだろう、とパーティーのメンバーは悩むこともなく出かけて行った。
そして、その夜、全ては壊れた。
うーん、とわたしはまたまた原稿を前に頭を抱えていた。
ははは。何だかちょっと前にも同じことして悩んでいたような気がするなあ。
でも、今日はこの間と違って、お茶を持ってきてくれるクレイもいない。一人で頑張らないと。
今、わたしはみすず旅館の部屋の中に一人っきり。
クレイ達はお使いクエストに行ってしまって、明後日にならないと帰ってこない。
いつもよりずっと静かな部屋の中。本当ならさくさく原稿が進むはずなのに。
はあっ。
わたしが落ち込んで、ペンを置いたときだった。
バタン
ノックも無しにドアが開く。
もーっ、何なのよう。って、こんな失礼なことする人は一人しかいないんだけどね。
第一、他のみんなはクエストに行っちゃってるし。
「トラップ、入ってくるならノックくらいしてよ」
振り返って一言。いつもなら、ここで「ああ? いちいちうっせえな」みたいな文句が飛んでくるはず。
……なのに。
ドアを背にもたれかかっているトラップは、珍しいことに何も言ってはこなかった。
……どうしたんだろ?
そういえば、用事があったんじゃなかったっけ。もう終わったのかな?
ふっと窓の外に目をやってみた。
うわっ、気がついたらもう真っ暗! 今何時くらいなんだろう?
その、わたしの視線がトラップからそれた瞬間。ふっと背中に何かの気配を感じた。
え?
振り返ったその瞬間目に飛び込んできたのは、とても鮮やかなオレンジ。
「とらっ……」
どすん
お腹にものすごく重たい衝撃が走った。
一瞬火花が飛ぶくらいの衝撃。
ぼおっ、と目の前が暗くなっていく。最後に目に入ったのは……すごく冷たい目をしたトラップ。
何……? 何が、起こったの……?
くらくらと倒れこむわたしの身体を、力強い腕が支えてくれる。
そのまま、わたしは意識を失った。
どさっ
乱暴に身体を投げ出されたショックで、わたしは目が覚めた。
うーっ……何? 何が起こったの?
何度かまばたきをして目を開ける。
わたしが倒れていたのは、硬い床。
そんなに広くも無い部屋だけど、隅っこには一応ベッドらしきものが置いてある。
窓ガラスはほこりで曇っていて、外がよく見えない……ここ、どこ?
「気ぃついたか」
突然頭上から降ってきた声に、わたしは顔をあげた。
ずきん、とお腹に痛みが走ったけど、何とか立ち上がる。
目の前には、オレンジのジャケットと緑のズボンという、いつもの服装をしたトラップ。
さらさらの赤毛も、ひょろっとした体格も、いつもと全然変わらないのに。
いつもいたずらっこみたいな光を浮かべている明るい茶色の瞳が、今日は、やけに暗くて……
「トラップ……? 何、ねえここどこ? 何が……」
「…………」
「ねえ、わたしを、ここに連れてきたのは……トラップ?」
「他に、誰がいるってんだ」
そう言って彼が唇の端に浮かべた笑みは、酷く冷たいものだった。
こんな笑い方をするトラップなんか、見たこと無い……
「とらっ……」
名前を呼ぼうとしたそのときだった。
突然トラップがわたしの肩をつかんだ。そして……
その瞬間、わたしは唇をふさがれていた。
「んっ……」
痛い。
痛いくらいに押し付けられる唇。トラップの舌が無理やりわたしの唇をこじあけて、口の中へともぐりこんでくる。
舌がからみとられて、一瞬、背筋がぞくり、とした。
何? 何が起こってるの?
トラップ……どうしちゃったの?
「やっ……」
無理やりトラップの身体を引き離す。やっと解放されて、大きく息をついた。そのとき。
ぐいっ!!
「きゃあっ!!」
トラップの腕に力がこもる。その瞬間、わたしの身体は床に押し倒されていた。
じたばたともがいたけれど、腕を振り上げた瞬間、トラップの手が、わたしの両手首をまとめて床に押し付けていた。
やだっ……嘘、何この力!?
トラップって、こんなに力が強かったの!?
動けない。わたしは必死に力をこめているのに、トラップは、片手でそんなわたしも苦もなくおさえこんでいて……
「いやあっ!?」
がしっ、と音がしそうなほど乱暴に胸をつかまれて、悲鳴が漏れる。その瞬間……
「えっ……」
バシン
頬に走った熱い衝撃。口の中が切れて、鉄みたいな味がいっぱいに広がった。
叩いた……? トラップがわたしを叩いた?
何で? 何が起こってるの? 何でこんなことされなきゃいけないの?
一瞬茫然としてしまったけれど。
しゅるりっ
トラップがポケットから取り出したロープを見て、思わず身体が強張る。
トラップ……!?
逃げようともがいたけれど、トラップは、全然力をこめてないみたいなのに、わたしは身動きが取れなくて。
あっという間に、わたしの両手首は、まとめてベッドの脚に縛り付けられた。
手首に縄が食いこんで、痛い……
「痛い、痛いよ……やめて。ねえ、離し……」
「黙れ」
つぶやかれたのは、とても短い一言。
聞いたこともないような冷たい声。背筋がぞくり、とした。
そのまま……
トラップは、わたしの膝をつかんで、強引に脚を開かせると自分の身体を割り込ませた。
人より鈍い鈍いって言われるわたしだけど……知ってる。
この、体勢って……
「いやあっ!? やめてお願い! やだっ、やだやだ、トラップっ……」
トラップの手が、わたしのブラウスを乱暴に引き裂いた。
乱暴に胸をつかまれる。
痛い。痛い、としか思えない。
逃げたくても、もがけばもがくほど手首が痛いだけだった。
優しさなんて全然感じられない。
違う、こんなのトラップじゃない。
トラップは……こんな人じゃない。
何で? 何がどうなってるの……?
また唇を塞がれた。熱い舌がわたしの中にこじいれられ、乱暴にかきまわされる。
唾液と唾液が交じり合って、唇の端からあふれた。
無理やり口を閉じようとしたけれど、顎に力が入らなかった。そのキスは、とても乱暴だったのに……わたしの頭を、とてもぼおっとさせて……
唇が離れる。つたった唾液の後をたどるように、唇から首筋、胸元へと移動していく。
胸に歯を立てられて、わたしはびくり、とのけぞった。
嫌。
こんなのは嫌。何が……どうなってるのよ。
何で、何が起きてるの? ねえ、トラップ……
ブラと素肌の間に、手がこじいれられた。
冷たい手。冷えきったその手が、酷くわたしの身体を震わせる。
乱暴に胸をもまれて、わたしは涙がにじんでくるのを感じた。
痛いだけ。そんな感想しか浮かばない、そんな乱暴な愛撫。
優しさなんかかけらも感じない。微かな初夜の憧れが、木っ端微塵に壊れてしまうその瞬間。
身体にいくつも赤い痕が残った。
トラップがつけた痕。きっとこの日のことが忘れられなくなる、そんな確信が持てるそんな痕。
一瞬諦めににた感情に囚われたけれど。
それでも、トラップの手が、わたしの太ももにかかったとき……わたしは、抵抗せずにはいられなかった。
こんなの嫌だ。
このまま黙って諦めてしまうなんて嫌だ。
違うよ、トラップはそんな人じゃない。いつも意地悪で口が悪くてトラブルメーカーで、でもいざというときは助けてくれたじゃない。わたしが困っていたら、さりげなく手を貸してくれたじゃない。
「いやあっ……」
無理やり脚を閉じようとしたそのときだった。
暗がりの中で、トラップの目が……すっと細まった。
嫌な予感。全身に緊張感が走ったそのとき。
ドン!!
首のすぐ横で、鈍い音がした。
頚動脈に触れるか触れないか……そんなギリギリの位置に、とても冷たい感触がある。
怖くて首を動かせない。そっと視線だけを横に向けると、そこに突き立っていたのは……トラップの、ナイフ。
「ああっ……」
「動くなよ。動くんじゃねえ」
しゃきん
まるで魔法のように、トラップの手の中にもう一本のナイフが現れる。
そのナイフが、わたしの脚をつつつっ、となであげる。
刃を立てないようにはしてくれている。だから、肌は傷ついていない。
けれど、その冷たい感触は、わたしの心をずたずたに切り裂いていた。
ナイフが、わたしの大事なところに触れた。
わずかに刃が動く。痛みも何も感じなかったけれど、ほんの数回の動きで、はらり、という音とともに下着が切り取られた。
風が触れる。冷たさに身震いした。
「お願い……やめ……」
びくりっ!!
生暖かい感触が、「そこ」に走る。
トラップは、わたしの脚の間に顔を埋めるようにしていて、全く表情が見えなかったけれど。
けれど、何をされているのかは、大体わかった。
「っ……ああっ、やあっ、やだっ……あ、あんっ……」
声が漏れる。
それは初めての感触。
トラップの舌がうごめく。ひどく繊細で、そのくせ荒々しい。わたしの中をかきまわし、理性をとばしてしまいそうな、そんな冷たくて暖かい感触。
ぐちゅっ
やけに生々しい音が響いて、わたしは羞恥で顔が真っ赤になった。
何で? 何、何なのこの感覚。
こんなに乱暴にされて、何で……
「……おめえって……」
ふっ、と顔をあげてトラップが呟いた。
「意外と、淫乱だな」
ぐじゅっ
びくりっ!!
細い指がわたしの中にもぐりこんできて、わたしは身をよじらせた。
もちろん、そんなことで逃げられるわけはないんだけど。
「犯されてるってのに……反応だけは、きっちりするんだな」
トラップの手がリズミカルに動く。
普段、どんな鍵でも罠でも平気で解除してしまう器用な指先が、わたしの中で踊っている。
そのたびに、ぐじゅっ、というような恥ずかしい音が、いやに大きな音で響いた。
「やああっ……」
「ほれ。こんなに、濡れてる」
ひょい、とあげられたトラップの手は、わずかに差し込む明かりを反射して、透明な粘液にまみれていた。
まさか……あれ、わたしのっ……
やだ……恥ずかしい。見ないで、見せないで。もう嫌だっ……
ぎゅっと目を閉じる。全身が火照って、熱いとさえ感じる。
そんなわたしを見て、トラップは……笑っているようだった。
低く、冷たい笑い声が耳に響く。
その瞬間、痛みが、全身を走り抜けた。
「っっっあ……痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いー!!」
悲鳴をあげる。首の横にナイフが刺さっていることも忘れて全身をばたつかせる。
わずかに皮膚が切れたみたいで、首筋から一筋、血が流れた。
ぐいっ
わたしの悲鳴になんか全然構わず、トラップはわたしの奥深くへと無理やり侵入していく。
肉が裂けるみたいな嫌な音。太ももを流れ落ちる、べたべたした感触。
何が起こったのかわかってはいたけれど、それでも認めたくはなかった。
冗談だと思いたかったのに。ちょっと度が過ぎた冗談で、きっといつもみたいに「ばあか、何マジになってんだよ」って笑ってくれると思ったのに。
「痛い、抜いて……お願い抜いて、痛い、痛いっ!!」
「…………」
わたしの悲鳴なんか聞こえてないみたいに、トラップは動き始めた。
激しい動き。太ももに彼の脚が当たって、パンッ、というような音が響く。
快感なんて感じない。気持ちいいなんて思えない。
涙でどろどろになった頬を床に押し付けて、わたしはつぶやいていた。
これは嘘。これは夢。こんなことが現実にあるわけない。
どぐんっ
感じたのは、わたしの中で何かが弾けるような……とても、とても嫌な感触だった。
ずるり、とパステルの中からモノを引き抜く。
俺自身が放ったブツと、パステルが溢れさせた蜜と、流れ出した血が交じり合って、ひどくどろりとしたピンクの粘液にまみれたモノ。
パステルの太ももと床を酷く汚しているその粘液が、収まりかけた欲望を再び高まらせる。
パステルはうつろな視線で床を見つめていた。その顔は涙でかなり酷い有様になっている。
……これは、おめえの罪。
俺の心をこれほどまでに傷つけ、追い詰め、絶望に狂わせた、おめえ自身の罪。
一度なんかで終わらせねえ。
もう逃げねえと、逃げられねえとわかっていたから、床に刺したナイフを抜いて、手首を戒めていたロープをほどいてやる。
何されてるのかもわかってねえのか、パステルは全くの無抵抗だった。
その上半身を無理やり抱き起こす。
愛しい女だった。心から愛しくて、好きで好きでたまらなくて、そして自分のものにしたいと願って。
それが叶わないとわかって、だから盗んでやることに決めた。
俺は盗賊だ。欲しいものは盗んででも手に入れる。だから、パステルの心も盗むことにした。これはただそれだけの話だ。
「おい」
俺が声をかけると、パステルはのろのろと顔をあげた。
その目に浮かぶのは、怯え。
それすらも、俺の中の嗜虐心じみた感情を煽って、欲情へと昇華させる。
ぐいっ、とパステルの頭をつかむと、無理やり俺の腰のあたりにつきつけた。
ひっ、と喉の奥で悲鳴が漏れるのが聞こえる。
さっき欲望を放出したはずなのに、早くも勢いを取り戻しかけているモノ。
「なめてみろよ」
「…………?」
「くわえてみろ。しゃぶってみろよ。俺を満足させてみろ。そうしたら、やめてやるよ」
パステルの身体が強張る。怯えた顔で必死に首を振る。
……めんどくせえ。
手で強引にその唇をこじあける。そのまま、力ずくでくわえさせる。
生暖かい、まとわりつくような感触。
さっき、パステルの中で感じたのとは、また違った感覚の快感。
びくり、びくりとモノが大きくなっていくのが自分でもわかる。
パステルは必死に首を振って逃れようとしたみてえだが、俺が頭を押さえ込んでいるせいで、それもかなわない。
小刻みに頭が揺れるたび、快感が、ぞくり、ぞくりと背筋を震わせる。
「さっさとしろよ」
「…………」
「やめてほしけりゃ、舌つかえ。俺を満足させてみろ」
満足させてみろ。そう繰り返すと、諦めたのか、パステルはおずおずと目を伏せて、一度は止まっていた涙を再び溢れさせながら舌を動かし始めた。
ちろちろ、といった遠慮がちな動き。
それは、本当にわずかな刺激だったのに。パステルの泣き顔と重なって、酷く快感を与えてくれる。
やべえ、そう長持ちはしねえか。
不器用に、それでも必死に舌を動かすパステルの頭を、さらにおさえこむ。
喉の奥にまでモノが入り込んで息ができないのか、苦しそうにうめき始める。
安心しろ。すぐに楽になる。
その瞬間、俺は、パステルの口の中で、果てていた。
ごほっ
せきこみながらパステルがうずくまる。
口から白っぽい液体を吐き出し、それが床の上で涙と交じり合う。
……おめえは、俺のもんだ。
誰にも渡さねえ。俺だけのもんだ。
クレイになんぞ絶対に渡さねえ。
暗い独占欲が俺の頭を支配する。
苦しそうに、それでも目には哀願の色をこめて、パステルは俺の顔を見上げた。
帰して欲しい、辞めて欲しい、せめて理由を話して欲しい。
多分あいつが願っているのはそんなことだろう。
……駄目だ。
帰したら、おめえは俺から離れるだろう。
だから離さねえ。帰さねえ。
ひょい、とパステルの身体を抱き上げる。
既に服は服としての機能を果たしていない。白やピンクの淫靡な液体にまみれたその身体。
それは、おさまった欲望を何度でも高ぶらせてくれる。
ドサッ、とベッドに投げ出すと、パステルの瞳に絶望の色が灯った。
やっと気づいたんだろう。どれだけ俺を満足させようと、何度俺に抱かれようと、俺がおめえを帰すつもりなんかねえってことに。
ベッドの脚にパステルの手首を縛りつける。今度は片手ずつだ。
脚を開かせれば大の字になる、そんな格好で、ベッドに固定する。
パステルの力じゃ絶対にほどけねえ。俺にしかこいつを解放できねえ。
「トラップ……ねえ、お願い……もう……」
何かをつぶやくパステルの唇を塞いだ。
うるせえよ。
おめえは、大人しく俺のものになってりゃいいんだ。
いくらでも絶望すればいい。先に俺を絶望させたのは、おめえだ。
俺は、再びパステルの上にのしかかっていった。
何度でも抱いてやる。何度イッたってイキたりねえ。
ずっと我慢してきたんだから。おめえとこうなることを。
再び貫くと、パステルは泣き声とあえぎ声が混じったような声で、うめいた。
一日目の夜が終わる。
最後には、もうわけがわからなくなっちゃってた。
最初は痛いだけだったのに、何度も何度も抱かれているうちに、そのうち……「ぞくり」という感覚が、段々強くなっていって。
やがて痛みは「くすぐったい」になって、そのうち「きもちいい」になった。
悲鳴しか漏れなかったのに、その中にあえぎ声が混じり始めたのは……いつからだろう?
トラップがやっとわたしを解放してくれたのは、もう窓の外がうっすらと明るくなる、そんな時間。
解放、と言っても、ロープをほどいてくれたわけじゃないけれど。
トラップもさすがに疲れたような顔をしていたけど、その目は……酷く輝いていた。
暗い暗い光で。
そのまま、彼は何も言わずに外に出て行った。もちろん、わたしはベッドに固定されたまま。
バタン、と冷たく閉じるドア。
どうしよう。
大声で叫べば、誰かが来てくれるかもしれない。だけど、こんな格好を人に見られたくない。
わたしの服は、もうぼろぼろで、裸同然だった。
一応、身体にはトラップのジャケットが被せられていたけど……
鮮やかなオレンジのジャケット。その色が目に染みて、また涙がこぼれてきた。
もう枯れたと思ったのに。
ねえ、トラップ。何が……どうなってるの?
わたしは、あなたに何をしたの?
わたしは……そんなに、あなたを怒らせたの?
何も言ってくれなきゃわからない。せめて理由くらい教えて欲しい。
謝りたくても謝れない……どうすれば、許してもらえるのか。
声を出そうとして気づいた。喉がからからで、舌がはりついたようになって……全く声が出ない。
ああ、だから。
トラップは、手首を縛っただけで出て行ったんだ。
どうせ、わたしは逃げられないとわかっていたから。
いつだってそうだった。トラップはわたしのことなんか何でもわかってる。
……ねえ。わたしは、いつまでこうしていればいいの?
いつになったら……許されるの?
そのつぶやき声は、誰にも聞こえなかったに違いない。
わたしにしか。
二日目の朝が来る。
俺が飲み物や食い物を持って小屋に戻ってきたとき、パステルは、真っ赤な顔で身もだえしていた。
どうにか縄を解こうと暴れたんだろう。手首は血まみれになっていた。
……無駄なこと、してんな。
がちゃん、と鍵を閉める。その音に、パステルは必死の表情を向けてきた。
「どうした? 食い物持ってきてやったぜ」
「トラップ……お願い、ほどいて……」
俺が精一杯優しく声をかけてやると、パステルは涙混じりにつぶやいた。
……まだんなこと言ってんのかよ。
いいかげんに諦めろ。大人しく俺のものになっちまえ。
そうすりゃあ、少しは優しくしてやるよ。
俺の目に凶暴な光が宿ったのがわかったのか、パステルは必死に首を振って言った。
「違うっ……と、トイレ……トイレに行きたいの。お願い、ちょっとでいいから……」
言われた答えは……まあ、当たり前と言えば当たり前な答えだった。
トイレね。そうだな。もう拘束してから半日は経ってるもんな。
「……いいぜ」
にやり、と笑うと、パステルは背筋を震わせた。
怯えている。俺が何を考えているのかわからなくて、何をされるのかがわからなくて怯えている。
それだけで、俺の中のゆがんだ欲望は、十分に満足していたが。
ロープを解いてやる。長時間無理な形で拘束されて、腕は変な形に固まっていた。
「痛い」
つぶやくパステルを無視して、その両手首を後ろ手にまとめて縛り上げる。
こすれた傷口の上からまた縛られてパステルは悲鳴をあげたが……そんなもんは気にならねえ。
俺が受けた痛みに比べれば、んなもん痛みじゃねえ。
そのままパステルをひきずって、小屋の隅に置いてあったバケツの方を顎でさした。
「ほれ」
「…………?」
「そこでやれ。トイレ、行きてえんだろ?」
俺が言うと、パステルの顔は再び絶望に曇った。
嫌だと言っても、やめてと泣いても、許してやるつもりはねえ。
「せめて……外で……」
「…………」
「じゃあ、じゃあ……見ないでっ……」
「さっさとしろよ。漏らしてえのか?」
どん
俺が突き飛ばすと、パステルは諦めたようにしゃがみこんだ。
もちろん、視線をそらしてやるつもりは、毛頭無かった。
多分、このままだとわたしの心は壊れる。
トラップに抱かれながら、わたしはぼんやりと悟っていた。
トイレを済ませて見上げたトラップの顔は、それはそれは嬉しそうだった。
わたしを困らせて、悲しませて、絶望させるのが嬉しくて仕方が無い、そんな顔。
わたしは……彼に何をしたんだろう。
どうして、トラップはこうなったんだろう。
つぶやく声は、誰にも聞こえない。
すぐ傍にいるトラップにも。
わたしの身体を乱暴にタオルで拭いた後、「飯だ」とトラップが差し出したのは、どれもわたしの好きなものばかりだった。
そう、トラップはわたしのことなら何でも知っている。いつのまにか……知っていた。
お腹はちっとも空いていなかった。第一、後ろ手で縛られたままで、食べられるわけがない。
そっとトラップの顔をうかがうと、彼は、ビンに入った飲み物を口にふくんでいるところだった。
そして。
そのまま、わたしに口付けて来た。唇の間から流れ込む液体。
少し生暖かいそれを、わたしは必死に飲み下した。
お腹は空いていなくても、喉はもうからからだったから。
ごくん、と飲み込むと、トラップはひどく満足そうに、もう一度飲み物を口にふくんだ。
そのくちづけは、優しかった。少なくとも、昨日よりは。
「ほれ」
差し出された食べ物を、機械的に口にする。
今は、トラップに逆らっちゃいけない。きっと、いけない。
これ以上怒らせちゃいけない。
味も何もしない食べ物を飲み込む。食事が終わると同時、トラップは、わたしにのしかかってきた。
逃げられないなら、解放してもらえないなら。
せめて、優しくしてよ。
胸に食い込む手の痛みに、わたしは、また少し泣いた。
押し倒して、組み敷いて、抱いて。
何度果てても俺の欲望は尽きねえ。
抱き続けるたび、パステルの身体は少しずつ感じるようになったみてえで。
手を触れるだけで濡れ、愛撫にあえぎ声をあげるようになった。
悲鳴と泣き声よりは、色気があっていいけどな。
だけど、まだ駄目だ。
自分から「抱いて欲しい」「トラップのものになりたい」そう言わねえ限り、拘束を緩めるつもりはねえ。
抱いて、休んで、また抱いて。
気がつけば、パステルの身体は傷だらけになっていた。
俺が、乱暴に扱うから。優しくしてやらねえから。
擦り傷と切り傷、歯型、キスマーク。
そんな痕でいっぱいになった身体は、元が色白だっただけにかなり痛々しかったが。
それでも、綺麗だった。俺にとって、おめえ以上に綺麗な女なんていねえ。
おめえはわかっちゃいねえだろうけどな。
また夜が来る。
二日目の夜が、やって来る。
窓の外が暗い。
わたしは、曇った窓ガラスの外をぼんやりと見つめていた。
身体はもうどこもかしこも痛くて、「痛い」と思えない。それが普通になってしまった。
今、わたしは後ろ手に縛られてベッドに転がされている。
トラップは、しばらく床に座り込んで休んでいたみたいだけど……
月明かりが差し込む頃、ふらりと立ち上がって、わたしの隣に横たわってきた。
ああ、また……
見上げれば、暗く濁った茶色の瞳。
焦点も合わないほど間近にある彼の顔。
唇が塞がれる。舌がからみあう。
彼の手が、わたしの胸を這い回る。……こうして、わたしは何度彼に抱かれたんだろう。
彼自身の反応が鈍くなれば、わたしは手で、口で、満足させろと命じられて。
何度彼自身を受け入れてきたんだろう。
つつつっ、という手の動きに、ぞくり、と反応が走る。
夜。
夜。二日目の、夜。
トラップの身体が、わたしの脚の間に割り込んできた。
心地よい程度の重みが身体にのしかかる。
その瞬間、わたしはつぶやいていた。
もうずっと口をきけなかったけれど。どうしても気になることがあったから。
「……ねえ」
わたしがつぶやくと、トラップの愛撫が、ぴたりと止まった。
「これから、どうするの?」
「…………」
「明日になれば……クレイ達、帰ってくるよ。どうするの……?」
わたしのつぶやきに。
トラップの目に、酷く凶暴な……凶悪な色が、灯った。
二日目の夜は、まだ終わらない。
クレイ。
その名前を呼ぶな。
俺の中で、癒されることの無い絶望が、じわじわと広がっていく。
いつだってそうだった。
女が最初に惚れるのはいつもクレイ。
男の俺から見ても美形で、優しくて、自分よりも他人のことばかり気遣って……そう、女が惚れる要素を全て満たした、あらゆる意味で俺と正反対の幼馴染。
それはある意味仕方ねえと思っていた。俺はどうがんばったってクレイみてえにはなれねえし。それに好きでもねえ女にきゃあきゃあまとわりつかれるくれえなら……と、そう思っていた。
だけど。
こいつは、こいつだけは渡さねえ。渡したくねえ。
初めてだった。クレイと俺を同じように扱ってくれた女は。
クレイだけでなく俺にも同じような視線を向けてくれたのは。
それが例え仲間に向ける視線であったとしても。それでも満足だった。
それなのに、結局こいつも他の女と同じだ。
俺じゃなくクレイを選ぶ。俺がどれだけ愛していても。
「言うな……」
「え?」
「その名前を、言うなっ」
「トラップ……?」
ぎりっ
歯を食いしばる。
そうだ、わかっていた。明日にはクレイ達が戻ってくる。
俺がどうするつもりなのか、パステルは確かに気になるだろう。
俺達の姿が消えたとあっちゃ、あのお人よしの連中のことだ。真っ青になって探し回るだろう。
そうしたら助けてもらえると、期待しているんだろう。
だけど、そうはさせねえ。どんな汚ねえ手をつかっても、おめえはぜってー離さねえ。
「……逃がさねえ」
「え?」
「クレイ達には、おめえはガイナに帰ったとでも……そうだな、いっそ事故にあって死んだっつってやってもいい」
「! ひ、ひどい……何で……」
パステルの目に、非難の色が走る。
非難。おめえが、俺を非難するか?
今まで、俺がおめえに……どれほど傷つけられたと、思ってやがる?
「おめえが悪い」
「……え?」
「おめえが悪いんだ。俺をここまで狂わせたのはおめえだ、パステル」
そう呟いて。俺は続けることにした。
一度は萎えかけたものの、再び勢いを取り戻したモノを、パステルの中に深く沈めてやる。
もう、俺にはこれしか方法がねえから。
おめえを感じるには、これしか方法が考えられねえから。
「おめえが悪い」
つぶやかれた言葉は、わけがわからない。
わたしが悪い。そう、薄々わかっていた。わたしが何かトラップを酷く怒らせたんだって。
でも、その原因がわからない。わたしは何をしたの? こんな目に合わなきゃならない何かを……したの?
トラップがわたしの中に入ってくる。もう何度目かもわからない結合。
その動きはひどく手慣れていて、ここまで来れば、もうわたしも、痛いと感じることは少なくなっていたけれど。
それでも、トラップの動きに、優しさは感じられない。
「わたしが何をしたの……」
わたしを抱きしめるトラップの耳元でつぶやく。
「わたしが何をしたの!? わたしがあなたに何をしたっていうのよ、トラップ!!」
わたしがそう叫ぶと同時、トラップは、わたしの中で、ぐったりと脱力していた。
「クレイ、あのね……」
「クレイ、それ取って……」
「ごめん、クレイ。ちょっといい?」
パステルの声がクレイの名前を呼ぶたび、俺の中でどうしようもないイライラがこみあげてくる。
何でクレイなんだよ。別に俺だっていいだろう?
それはぜってー口には出せない思い。だけど、俺の中で少しずつ少しずつたまっていった思い。
俺はあいつのことが好きなんだと、自覚したのがいつかはわからねえけど。
気がついたら好きになっていた。そうとしか言いようがねえ。
その思いは、冷めるどころか、徐々に大きくなっていった。同時に、俺の中で、どろどろした感情がうずまくのも感じていた。
ちょうどその頃だと思う。パステルが、俺とあまり目を合わせなくなったのは。
俺の名前を呼ぶかわり、クレイの名前を呼ぶことが多くなったのは。
そう悟ったとき、俺の心を絶望がかすめた。
いつもそうだった。女が惚れるのはいつもクレイ。
パステルだけは違うと、俺のこともクレイに向けるのと同じ視線で見てくれるとそう信じて。
今思えば、そのことがこいつを愛しいと感じた瞬間でもあったのに。
こいつは、あっさり俺を裏切った。やっぱり、おめえも他の女と同じなのか。
それがいつのことだったかは忘れたが。
ある日カジノから帰ってくると、パステルの部屋から明かりが漏れていた。
あいつが原稿に煮詰まっているのは知っていた。だから、俺は珍しくも親切心を起こして、毛布を差し入れてやった。
それなのに、あいつは振り向きもせず言った。
「ありがとう、クレイ」
クレイ。
優しくしてやるのはいつもクレイか。お礼を言うのはいつもクレイか。
振り向いたパステルの目は、驚きに満ちていた。
「何だ、トラップだったの。帰ってきたんだ?」
何だ、だと。
何だよ、その残念そうな声は。クレイでなくて、悪かったな。
思わずにらみつけそうになって、視線をそらせる。目にとびこんできたのは、あいつが書いていた原稿。
目のいい俺にはわざわざ取り上げなくても内容は読めたが、それでもあえて取り上げた。
取り返そうとパステルがばたついているが、気にもならねえ。
何度読み返しても同じだ。クレイの名前で溢れた原稿。
クレイ、クレイ。
そうか、そんなにクレイがいいのかよ。
俺は、こんなにもおめえを好きなのに。
「……好きだぜ」
そうつぶやいたのは、ほとんど条件反射だった。
意識して欲しい。
俺だってクレイと同じ男なんだよ。
ずっとおめえを見守ってきた……男なんだよ。
せめて意識して欲しい。おめえのまわりにいる男は、クレイだけじゃねえって。
パステルの顔を見れなくて、拒絶されるのが怖くて、俺はわざと原稿から目をそらさず……つぶやいた。
けれど。
俺のつぶやきに、パステルはしばらく首をかしげていたが……やがて……
微笑んだ。俺を魅了してやまなかった微笑を浮かべて、言った。
「ありがとう。原稿が進まなくって苦労してたんだけど、そう言ってもらえると嬉しい」
……何、だと?
驚きと困惑が支配する。嬉しい、だと?
それは全くあいつらしくねえ答えだった。あいつの性格だったら、告白されたら、真っ赤になって慌てふためくところだ。
「……嬉しい?」
「そりゃあ、自分の書いたものを褒められたんだから、嬉しいに決まってるじゃない」
パステルの答えは、俺の心を、完全に引き裂いた。
原稿、ね。
おめえにとって、俺は……そんな存在なんだな。
かけらも男として見てもらえねえ……そんな存在なんだな。
暗く濁った絶望が心を支配する。今すぐ押し倒してやりたい、めちゃくちゃに傷つけてやりたい、俺のものにしてやりたいという、酷くゆがんだ愛情が暴走する。
それを押しとどめたのは、ほんのひとかけら残った理性。
今ここで押し倒したって……すぐに誰かがかけつけて、殴られて引き離されてそれで終わりだ。
それくらいなら。
ばさっと原稿を机に戻して部屋を出る。
ドアの前で茶をトレイに載せたクレイと鉢合わせたが、声をかける気にもなれなかった。
クレイは、俺を見てちょっとばかり驚いたようだったが、俺が何も言わずに自分の部屋に戻ると、それ以上気にしないことにしたらしく、パステルの部屋へと入っていった。
自分の耳がよかったことをこれほど呪ったことはない。ドアの隙間から聞こえる、パステルの嬉しそうな声。
焦ることはねえよ。
俺の中の悪魔が囁いた。
チャンスはいくらでもあるんだからな。
パステルが原稿を抱えているときにまいこんだクエストの話。
それこそがチャンスなのだと……もちろん、この俺にわからないはずがねえ。
ふと気がついたとき、トラップの姿を目で追うようになっていた。
いつも可愛い女の子と一緒にいる彼を見るたびに、胸の中に何だかもやもやがたまっていくのを感じた。
でも、どうしてそうなるのかわたしにはわからない。
どうしてこんなにトラップのことが気になるのかわからない。
だから、わたしはあえて気にしないようにしようと思った。
トラップのことを目で追ってしまうたび、慌てて目をそらした。
いざというとき、ふと頼りたくなったとき、わざとトラップではなく他の人の名前を呼ぶようにした。
トラップの隣には大抵クレイがいたから、その名前は大抵クレイだった。
どうしてだろう。どうして、クレイには何でもないように話しかけることができるのに。
トラップに話しかけようとすると、胸がどきどきするの?
自分の気持ちが、わからない。
こんな気持ちを抱えていたら、絶対ぎくしゃくする。今のみんなとの関係を、壊したくない。
だから、わたしはこの気持ちを絶対に表に出さないようにしよう、と、そう決めた。
けれど。
あれは、わたしが原稿につまって困っていたとき。
クレイがお茶を持ってきてくれる、と姿を消した後、足音がして、背後から毛布がかけられた。
ああ、お茶の前に毛布を取りにいってくれたんだ。
当たり前のようにそう思って、お礼を言って振り向いたとき。
目に入ってきたのは……わたしの心を支配してやまない、赤毛の盗賊の姿。
「何だ、トラップだったの。帰ってきたんだ?」
そう答えたのは照れ隠し。
彼の気遣いが嬉しくて嬉しくて、とても心臓がドキドキして、だから照れ隠しに気にしてないふりをした。
トラップは、わたしの様子になんか全く気にかけてないように原稿を取り上げて、そんないつもの姿にすら、つい見とれそうになって。
慌てて視線をそらした。原稿を取り返すふりをしながら顔を見ないようにしていたわたしの必死の努力に気づきもしない彼に、少しばかりいらだってもいた。
だから。
「……好きだぜ」
そう言われたときは、心臓が止まるかと思った。
とてもとても嬉しくて。ああ、わたしはこの言葉が欲しかったんだってそう思って。
でも。
顔を上げた彼は、原稿から目を離そうとはしていなくて。わたしの顔なんかちっとも見ていなかった。
……ああ。
そう、そうだよね。そんな都合のいいことが……起こるわけがなかったんだ。
涙が流れそうになる。自意識過剰な勘違いをした自分が情けなくて。
そう、彼はただ原稿の感想を述べただけ。
彼のまわりには、自分なんか足元にも及ばないような素敵な女の子がいっぱいいて……だから、彼がわたしを選ぶ理由なんか、どこにもなかったのに。
みじめになりそうな自分を元気付けるつもりで、わざと笑った。そして言った。
「ありがとう。原稿が進まなくって苦労してたんだけど、そう言ってもらえると嬉しい」
「……嬉しい?」
「そりゃあ、自分の書いたものを褒められたんだから、嬉しいに決まってるじゃない」
痛かった。
嘘をついている自分がとても痛かった。
トラップはそれ以上何も言わず、原稿を置いて部屋から出て行った。
その背中にすがりつきたい。「行かないで」「傍にいて」「好きだから」そう叫びたい。
だけどそれはできない。彼を困らせるだけだから。
トラップが出て行ってすぐ、クレイがお茶を運んできてくれた。
悲しい気分を振り払おうと、わたしはわざと明るい声をあげた。
「わたしが何をしたの!? わたしがあなたに何をしたっていうのよ、トラップ!!」
パステルの中で果てると同時。
その声が、言葉が、頭を殴りつけた。
何をした、だと……?
俺を裏切ったくせに。これほどまでに傷つけて、絶望させたくせに。
何をした、だと……?
悪魔がそうわめく一方で、消えかけていた良心が、冷静な心が、つぶやく。
……仕方ないだろう。
お前は、彼女に何も言わなかったじゃないか。
告白を誤解されたときも……説明すら、しなかったじゃないか。
彼女は知らなかった。わからなかった。お前の気持ちに気づかなかったことを責めるのは、それは酷だろう?
そうつぶやく理性を殴りつける。
ああそうだ。わかっていたんだ。
本当はわかっていた。俺がしていることは酷く身勝手で、パステルを傷つけているだけで、何の意味もねえって。
こんなことしたってあいつが振り向くわけはねえって、わかっていたんだ。
わかっていたけれど俺はそれでも。
こいつを、自分だけのものに、したかった……
「したんだよ」
「何を?」
俺のつぶやきに、パステルは涙で濡れた目を瞬かせた。
一から説明させるのかよ。おめえは……どこまで俺の傷口を広げれば、気が済むんだ。
「おめえは、俺を裏切った。傷つけた。絶望を与えた」
「何それ……わけが、わからないよ……」
かすれた声で、パステルがつぶやく。
「わからないよ。傷ついたのも裏切られたのも、絶望したのもわたしだよ! どうして? トラップ、どうしてこんなことしたのよ!」
「愛してるからだよ!!」
パステルの叫び。心からの叫びに……俺は答えた。
ずっと変わっていない。こんなことになっても、ずっとずっと変わらなかった答えを。
「愛してるんだ。おめえを愛してる」
汚れたパステルの頬に手を当てて。
俺は、それまでで一番優しい口付けを……パステルに、与えていた。
おめえを、愛してる。
アイシテル。
聞かされた言葉は……わたしが、ずっと待ち望んでいて。
そして、もう絶対に与えてもらえないと確信していた……言葉。
何で? トラップ、何を言ってるの?
アイシテル。愛してる?
なら、どうして……こんなことをするの?
優しさなんか感じられなかった。力づくでわたしを抱いて、傷つけて、いたぶって、それでどうして愛してるなんて言えるの?
それとも……これが、あなたの復讐?
わたしを絶望させるために、優しい言葉をかけた後に裏切りの言葉を吐く、復讐なの?
わたしは半ば以上それを覚悟していたのだけれど。
トラップは、それ以上は何も言わず……ゆっくりと、わたしの唇を塞いだ。
優しいキス。今までの、力づくのキスとは全然違う。
溶けるような幸せが、じんわりと脳に染み渡って行く。
「愛してる」
耳元で囁かれた言葉。
「おめえを愛してる。ずっと前から……」
裏切った。傷つけた。絶望を与えた。
同時に思い出される。ただ一度だけ、彼がわたしに「好きだ」と言ったあの日。
今になって、思い出される。
原稿から目を離さなかった彼の耳が、真っ赤になっていたことを。
彼が本を、小説を愛でるような性格ではないことくらい、わたしはとっくに知っていたはずなのに。
彼が、わたしの小説を「好きだ」と言う理由なんかどこにも無いことくらい知っていたはずなのに。
彼の性格なら、意地悪を言うか、たとえ褒めるにしたって……「おもしれえ」、せいぜいこの程度だろう。
「好きだ」なんて言う理由はどこにもなかった。原稿には。
じゃあ、じゃあ。あのときの、あの言葉は。
あれは、わたしの勘違いじゃなかった……?
傷つけた。告白を無視したから。だから傷ついた、そういうことなの?
そうだったの、トラップ……?
「好き……」
つぶやいたのは、言いたくても言えなかった、決して言うまいと決めていた言葉。
「わたしも好きだよ。トラップ……ずっと、ずっと好きだよ……」
わたしがそうつぶやいたとき。
トラップの手が、しなやかに……わたしの身体の上をなぞった。
乱暴で、力づくだった愛撫とは違う。
心から愛しいと思っている相手にだけできるような、とても優しい……幸せを与えてくれる、愛撫。
「ああっ……」
唇から素直にあえぎ声をもらすことができたのは、初めてだった。
トラップの唇が、身体中にできた傷口の上を優しく、優しく這いまわる。
少しでも、癒されるように。
熱い吐息が触れて、わたしの身体は……もうすっかり彼に馴らされてしまった身体は、実に素直に、反応を示した。
火照る身体と内部から溢れる何か。
純粋な快感だけを感じながら、わたしはトラップを……初めて、心から、受け入れていた。
抵抗もなく、俺のモノはもぐりこんだ。
その途端、今までに無い快感が締め付けてくる。
素直に俺の愛撫に身をまかせ、反応し、あえぐパステルの姿は……異様なまでに扇情的で、俺の欲望を果てしなく高めてくれる。
遠慮なく動いた。痛がって泣いていた最初とは全然違う。
なめらかで、暖かくて、まとわりつくようで締めつけるようで。
そう。どこまでも、どこまでも快感だった。
呆気なく果てる。だが、パステルの顔を見ただけで、口付けただけで、わずかに触れるだけで。
何度でも復活した。何度でも抱けた。
時間を忘れて、俺とパステルは、お互いの身体を求めあった。
「わたしも好きだよ」
絶望を取り払ったのは、その一言。
そのたった一言が、歪んでねじれた俺の愛情を、まっすぐに叩きなおしてくれた。
どうやってでも償おう。
おめえが望むなら、今この瞬間に舌をかんでやってもいい。
おめえ以上に欲しかったものなんて、俺には何もねえんだから。
全てが終わったとき、既に、外は明るかった。
二日目の夜が終わる。
好きだから。
クレイにばかり声をかけた理由。目を合わせられなかった理由。
トラップは、わたしの血まみれになった手首に包帯を巻きながら、黙って聞いていてくれた。
どうすればいいんだろう。
わたしは、彼に何て言って謝ればいいんだろう?
あの照れ屋で、滅多なことでは本心を告げない彼が、「好きだ」という一言を吐くのにどれだけの苦労を重ねたか。
それがわかるからこそ……わたしは、何をしてでも彼に償いをしなければならない。
そう思ったのだけれど。
『ごめん』
言葉は、同時だった。
同時につぶやき、同時に頭を下げていた。
それが妙におかしくて……わたしは、笑った。
ああ、そうだ。
最初からわかっていた。トラップが、理由も無くこんなことをするはずがないって。
彼にあんな冷たい目をさせたのはわたし。あんなに暗い目をさせたのはわたしなのだから。
だから、わたしは彼を許さなければならない。
それが、わたしにできる最大の償い。
「愛してる」
そっとわたしを抱きしめるトラップの耳元でささやく。
その囁きにびくり、と身を震わせて。そしてトラップもつぶやいた。
「俺も。愛してる」
わたし達の関係は、これから始まる。
夜が明けて、空が明るくなり、朝が来る。
もうすぐ、クレイや、ルーミィや、キットンやノルやシロちゃんが帰ってくる。
大切な仲間達が。
まずは、彼らに告げよう。
わたしとトラップが、仲間から特別な関係に変わったことを。
三日目の朝が来たとき、わたし達は、幸せになった。
完結です。
…………
スレ汚してすいませんでした。
こういうのが駄目な人、本当にすいませんでした。
何書いてるんだろうわたしって(自己嫌悪中)
きっとわたしの後に307さんが素晴らしい作品を書いてくれると思います。
どうか、許容できないという人は今回はスルーでお願いします。
ちなみに最初が三人称になっているのは、最後の方まで読めば意味がわかっていただけると信じているのですが
久々に三人称書いたのでとてもへたくそです。
その辺も生暖かく見守ってくれると嬉しいです。
33 :
名無しさん@ピンキー:03/10/09 16:22 ID:TAt6KnjJ
いやいや、良かったですよ トラパス暴走編!
俺はこう言うダークなのも好きですよ。ただ…
やっぱり最後はハッピーエンドになるんだなと思いました。
まあ、フォーチュンは最終的には不幸は似合わないって事かな、
また、気が向いたらこう言うのお願いします(゚∀゚)
34 :
名無しさん@ピンキー:03/10/09 16:40 ID:kr7w887x
レープ希望したモノですが、いゃあハラハラさせていただきました。ただもぅちょっとエロ部分が生々しいとよかったかな?なんて思います。
最終的にハッピーエンドで落ち着きましたがトラパス作家さんがこれで救われるならいいでしょう。実言うとホッとしたんですけどね。
最後に無理なお願いしてしまい棲ミマセンでした。
>トラパス作者さま
乙です。
暴走編、ハラハラしながら読みました。今回も良かったです。
漏れ、途中で↓こんな展開もありかと思いますた。
「わたしが何をしたっていうの……トラップ……!!」
いくら問いかけてもいくら叫んでも、トラップは答えてくれなかった。
むしろその言葉は、彼の瞳をさらに酷く冷たいものにするだけだった。
それはわたしを少しずつ、確実に絶望の淵に追いやるもの。
少しずつ、けれど確実に心が壊れていくのがわかった。
そうして一体何度抱かれたのだろう。
既にわたしの身体は痛みにも、内側から与えられる刺激にも何も感じなくなっていた。
それでもトラップは無言のまま、貪るように何度も何度もわたしを抱いた。
彼の欲求を満たす道具のように。
……ああ、わたしはトラップの道具にすぎないんだ。
ずっとこのまま……。
わたしは薄れゆく意識の中でぼんやりと考えた。
「わたしが何をしたの!? わたしがあなたに何をしたっていうのよ、トラップ!!」
パステルの悲痛な叫び。それが俺を責めつづける。
こんなことしたってあいつが振り向くわけはねえって、わかっていたんだ。
わかっていたけれど俺はそれでも。
こいつを、自分だけのものにしたかった……
その思いが俺を突き動かす。
いくら抱いたとしても俺の心は決して満たされるはずはないのに。
・・・で、パステル意識だけあぼーん。目覚めても反応なし。
それが1週間くらい続き、トラップ激しく後悔。
俺はおめぇをこんな風にしたかったんじゃないんだ……
「今更信じてもらえねぇかもしれないけど、本当はおめえを愛してるんだ…」
でトラップマジ泣き。・゚・(つД`)・゚・
その涙でパステル復活→誤解をといてハッピーエンド。
あぁ、文才なさ過ぎな上に少女漫画チク。 ……逝ってきます。
>>36 実は、そんな展開考えていました。
アンハッピーエンドにするか、ハッピーエンドにするか迷ったとき
アンハッピーエンドの方を選択していたら、パステルの「わたしが何をしたの」の問いに
トラップは答えようとせず
そのままパステルは壊れてしまって……トラップは笑うだけの人形のようになったパステルを永遠に見つめ続ける。END
みたいな、あらすじ説明しただけで欝になりそうなエピソードを一瞬とは言え組みかけました。
しかし、いくら何でもあんまりだろう
と、多少ご都合主義的展開だと思いつつハッピーエンドに持ち越しました
アンハッピーエンドレイプ物……
307さんが書いてくれないかな、と実は密かに期待しているのですが。
他力本願ですみません……
>>37 いえいえ、毎回楽しませてもらってるので謝らないで下さい。
漏れもSS書きたいと思いつつも、
文才の無さからROMってるだけなのでここの神様たちには感謝してます。
最初なんで三人称なんだろうとは思っていたのですが、後半の仕掛け(タネあかし?)には
正直まいりました。ここの2人のすれ違いが切なくて…。もろツボです(*´д`)
サンマルナナさまの作品も楽しみです〜!
新スレになってますねー。
ということで新作投下です。
レイプ…?には、なるんかなぁ。
とりあえず前編から。
「きゃああああ!」
わたしたちパーティを取り囲む、毛むくじゃらの人獣。
3匹の、背の低い彼らは、揃って口から汚らしい唾液を落としていた。
体毛の奥からのぞく目はらんらんと輝いている。
「グルルルルルル…」
背筋がぞくぞくぞくっ!とする。
こんなモンスター見たこと無い。
わたしは腰に下げていたショートソードを抜き放つ。
ほんのちょっと街道を逸れただけなのに、なんでこんな強そうなモンスターが出てくるのっ?
向こうの方でキットンがわたわたとモンスター図鑑を出そうとしてるけど…
まだまだ出せそうもないうえに、モンスターはそんなこと待ってはくれない。
茶色のまだらの毛並みの、リーダー格の獣人の咆哮とともに、一斉にとびかかってきた―――
あるクエストからの帰り道。
「なぁ、ここまっすぐ行けば結構ショートカットできるんじゃねぇか?」
パーティのトラブルメーカー、トラップがわたしのもつマップを覗き込んで言った。
トラップの指差した部分は森の中でぐるっと道がくねっているところ。
「え…うん、そうかもしれないね」
「だろ?ここの森の中で方角さえ間違えなきゃ、明るいうちにシルバーリーブに帰れるんじゃねぇか?
あと、ここと、ここと、ここ突っ切れば、間違いねぇだろ」
「うーん。そう…かな」
わたしは太陽の位置を確認してみる。
うーん…今日のクエスト…迷子犬捜索がスムーズに終わってさえいればなぁ。
そのワンちゃんは、シルバーリーブに最近引っ越してきたワンちゃんなんだけどね。
リーザとシルバーリーブの間の森の中で1人暮らしをしていたおばあさんが娘さん夫婦と同居するので、一緒にやってきたのだ。
おばあさんとはもう12年一緒にいるんだって。
そのワンちゃんが、おばあさんの旅行中にふらっといなくなってしまったのだそう。
家族が出来て、ワンちゃんを見ていてくれる人がいるということで、安心しておばあさんは旅行に行ったらしいんだけど…
今回はどうやらそれが逆効果だったみたい。シルバーリーブ中を探して歩いたけど、見つからなかった。
それで、もしかしたらってことで、前の家の位置を聞いて、行ってみると…やっとそこにワンちゃんを見つけられたのだ。
ノルが一生懸命、おばあさんはただ旅行に行っただけでここにはもう誰も戻って来ないことを伝えると、彼はしょんぼりとノルに抱き上げられたんだけど…
ショートカットした森の中で、まさかこんなモンスターが出てくるなんて!
ズバッ!
クレイのロングソードがリーダー格の獣人の腕を切り飛ばした。
「ギャウン!!」
たまらず地面をごろごろと転がった茶色いまだらの毛並みに、すかさず剣を突き立て、クレイは敵を絶命させた。
トラップはするすると木の上に登り、木の上から3匹の獣人にパチンコで牽制攻撃を仕掛け始めた。
茶色と白の獣人が小石のつぶてに襲われてよろめく。そこを逃さず、ノルが片手でワンちゃんを抱きながら、その斧で強引に目の前の獣人の胴体をなぎ払った。
片手なのに、すごい威力!2回ほどバウンドして、獣人の身体は吹っ飛ばされてしまった。
そのダメージが効いたのか、獣人はごろごろと転がった勢いで一目散に逃げ出した。
わたしとルーミィの目の前に立ちはだかったのは、黒い獣人だった。
わたしはルーミィを守るように間合いをとろうとして…そして気付いた。
あ、あ、あああー!後ろ側が斜面になってる!
踏みしめようとした足がずるっと落ちてしまいそうになった。
ばちっ!ばちばちっ!!
その瞬間、トラップからの援護射撃。
黒い獣人はそのぎらぎら光る目を一瞬トラップに向けた。その隙を突いて、わたしはルーミィを抱えて中腰で右側に回りこみ、斜面から離れようとした。
落ちたりしたら大変だもんね。逃げるが勝ち!だし。
そのとき。
「パステル!危ない!後ろ!」
え?
クレイの声に、わたしが振り向くと…
さっきノルが倒したはずの獣人が、わき腹を押さえながらそこに立っていた。
らんぐいの歯を剥き出しにして、その爪をわたしたちに向ける。
「―――」
…え…
血の気が一気に引いて、声が出せなかった。息を吸う音だけがひょうっ、とやけに大きく聞こえて…
振り下ろされる腕に、わたしはルーミィを抱きしめたままぎゅっと目をつぶった。
ドシュッ!…ごとっ。
いつまでたっても届かない腕の代わりに、聞こえてきたのは鈍い音。
恐る恐る目を開けると…ぎゃあ!
そこに立っていたのはさっきの獣人。でも、首が、首が、首がないー!!!!
地面を見ると、転がっているのは無くなったほうの顔だった。
ひええええええ!こ、怖い!
そして、茂みから躍り出た影が、もう1匹の獣人も打ち倒す。
見覚えのあるその影…
振り向いたその人は、なんと!
「ダ…ダンシング・シミター?!!」
ニヤニヤと笑う不適な表情。
トラップたちも目を真ん丸くして呆然と彼を見つめた。
ルーミィを抱えたままへたり込んだわたしの後ろから、がさがさがさ…と音がする。
…わたしの心臓が、心拍数をいきなり上げた。
もしかして…
わたしが振り仰いだ先に現れたのは、クールな傭兵…ギア・リンゼイその人だった。
その夜は、シルバーリーブの猪鹿亭で2人を交えてちょっとした宴会になった。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
ひとつのテーブルに、ギア、ダンシング・シミター、クレイ、ノル、キットン、トラップ、ルーミィ、そしてわたし。足元にはシロちゃん。
店内の大きなテーブルに椅子を追加して、ほんっときつきつ!
リタも人数分のオーダーをとるのに大変そうだった。
「つうか、びっくりしたぜ。リーザからの帰り道にあんたらにでくわすなんてなぁ」
シミターがビールをぐいぐい飲んで、ぷはぁっ、と息を吐いた。
「ぼくらもびっくりですよ。しかも、助けて頂いて…ありがとうございました」
「あー、それなんだがな、…手負いの獣を逃がしたのは誰だ?」
「え?」
シミターの問いに、ギアが説明を付けた。
「おれたちが歩いていたら、あのモンスターと出くわしたんだよ。それで、逃げた奴を追っていったらあんたたちがいた。
あの手のモンスターは、縄張り意識が強くて、そこに入り込まない限り人間には近寄っても来ないはずなんだ。
で、出会ったら確実に倒すっていうのが鉄則なんだよ。人間にやられたら、必ず人間に報復するからな。
クレイ。あんたもファイターなら、それくらいのことは常識だろう?」
「どこが縄張りかなんて境界線は見えないから、まあ出くわしちまったのはしょうがないと思うがな。
けどあれを逃がしてたら、ヘタしたらこの村に被害が出てたかもしれないんだぜ」
クレイの表情が固まる。それを見て、ノルが口を開いた。
「おれが、逃がしてしまった。すまない」
「…いや、ノル、こういうことはおれがちゃんと把握しておくべきだったんだ。おれの責任だよ。
ダンシング・シミター、ギア、改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」
クレイが深々と頭を下げたのを見て、シミターはふっ、と優しげに笑って、
「今回はなんの問題も無かったんだ、そんなに気にするな。同じ失敗を繰り返さなければ、失敗は何度したって無駄なもんじゃねぇからな」
その言葉にクレイはもう一度、ゆっくりと頭を下げた。
みすず旅館に案内すると、シミターは「うわ、すげぇボロだな」と正直な感想を漏らした。
でも料金を教えると、納得したように「安いんだか、適正なんだか微妙だな」…だって。
そんな事言っても、安いのが一番なんだもんね。
ああ、いいお湯だった…
湯船で寝てしまったルーミィを抱っこして、わたしは部屋に戻った。
今日はたくさん歩いたもんね。わたしも、疲れた。
ルーミィをベッドに寝かせて、窓から吹き込んだ風にぶるるっ、と震えてしまう。
最近冷えるようになったなぁ…
窓を閉めてもちょっと寒い。寝る前に、あったかいお茶でも飲もうかなぁ…
うん、そうしよう!わたしはカーディガンを羽織って、階段を降りていった。
食堂へ向かうと…話し声が聞こえてくる。
誰だろう?
「…まぁ、考えすぎなところもあるよ、おまえさんの場合は。
でもな、性格とか、資質よりも大事なのはなりたいビジョンだ。
あとからくっついてくるものより、そこがないと後々行き詰まることになるぜ」
「…はい」
クレイだ。―――一緒に話しているのは、ダンシング・シミター?
思わず立ち止まってしまう。
どうしよう。聞かない方がいい話なのかな?
「理由なんてものはこじつけでもいい。自分の肥やしになれば。
例えば、そこに立ってるお嬢さんを守るとかでもいい」
!!!!
なんで、わたしがいるってわかったの?!
がたん、という椅子の音とともに、食堂から出てきたのは…クレイだった。
「パステル…」
びっくりしたようすで、わたしを見る目がなんとなくうつむき加減なのは気のせいではないだろうか。
「クレイ…ご、ごめ…」
「悪いけど…ちょっと、ほっといてくれ…」
わたしが最後まで言い終わる前に、クレイはわたしの横を通り、階段を昇っていってしまう。
…クレイ。
そのクレイに続くかのように、シミターがぬっ、と食堂から顔を出した。
「あの精神面の弱さは、鍛えないといけないぜ」
「…」
「パーティの致命的な弱点にもなっちまう。リーダーたるもの、個人としての自分だけじゃなく、リーダーとしての自分のことも考えられなきゃな」
…そうなんだよね。
クレイも自覚はしてる。優しすぎるところ。自分がファイターにじつは向いていないんじゃないかって思ってる。
クレイの去った階段を見つめて、わたしは胸の辺りがちりちり痛むのを感じた。
シミターがその横に歩いてくる。
「…お、お姫様は風呂上りか?
髪の毛を下ろしてると、雰囲気が変わるな。どうだ、おれの部屋に来るか?」
…は?
ニヤリと笑って、呆然としてるわたしの髪の毛をひと房掴み、口付けた。
…っきゃあああ!
心の中で悲鳴をあげる。いきなり何を言い出すの?!この人はっ。
からだが硬直してしまう。
「からかうのはよせよ、シミター」
もうひとり、食堂から出てきたのは…ギア。
ギアもいたんだ。
わたしの心臓が、さらに激しく動き出す。
「半分は本気だぜ、おれは」
言いながらシミターはわたしの髪の毛を離した。
それでやっと、固まっていたからだが元に戻る。
――はああああ。びっくりしたぁ。
「だから性質が悪いんだろう」
ギアのあきらめたようなため息に、シミターはふん、と鼻を鳴らして、
「大丈夫だよ、お前の想い人に手を出すような真似はしない。んじゃま、ごゆっくり」
そういうと、部屋へ戻って行ってしまった。
…えぇと…
想い人…っていうのは…
ギアの顔を見上げると、ギアの顔が照れくさそうにしていた。
…わたし…なの?
しばらく…前のことだ。
最近悩んでいるらしかったクレイの話を、わたしはじっと聞いていた。
一生懸命励ましてあげたつもり。
元気になってくれたかどうかはわからなかったけど…
彼はありがとう、と言ってくれて、わたしを抱きしめて、キスをした。
そのキスにどんな意味が隠されているのか…わからなかったけど、少し元気になってくれたことは純粋に嬉しかった。
(ちょっと、ほっといてくれ)
…胸が痛い。
あのキスはなんだったのかなぁ?
ギアに、その話を何故か…してしまった。
ギアの部屋のベッドに腰掛けながら。
彼は黙って話を最後まで聞いてくれて、ぽつりと言った。
「パステルは、鈍感だな」
ええ?
いきなりなんて失礼なことを。
わたしが憮然とした表情でギアを睨むと、悪い悪い、と言って付け足した。
「それがパステルのいいところでもあるんだよ」
…ますますわけがわからない。
鈍感なのは、どう考えても短所だと思うんだけど?
ギアは小さなビンのふたを開けて、ひとくち飲んだ。
「パステルも飲む?」
「…何が入ってるの?」
「リーザで依頼をこなした報酬と一緒にもらった酒。果実酒らしくて、飲みやすいよ」
…果実酒か。
いつもはお酒なんか飲まないわたしだけれど、今日はほんの少しだけ飲んでみたいかも。
「じゃあ、少しだけ」
わたしが言うと、ギアは笑って、「酔えば嫌な気分も飛んでいくよ」と言った。
そしてそのビンをまた口元に運んで傾けると、わたしの唇を塞いだ。
「…!…んっ…んんっ…」
リンゴの香りが鼻腔いっぱいに広がる。ゆっくりとわたしのからだをベッドに倒しながら、ギアは少しずつ液体をわたしに流し込んできた。
びっくりして、口の端から溢れそうになるのをなんとかこらえて、わたしは必死にそれを嚥下する。
最後の一口とともにギアの舌先も流れ込んできて、優しく吸い上げてきた。
離れる。
「消毒」
そう言ってギアはにやっと笑った。
「それとも、クレイのことが好きなの?」
…え。
混乱したままの頭で、その言葉の意味を必死に考えてみた。
しょ…消毒?
もしかして、…クレイがわたしにキス…したから?
喉の奥が灼けるように熱い。
好きなのかって。こんなときに聞かれても、いつもだって曖昧なのに、至近距離で囁かれても困る…!
困り果てて、ギアの目をじっと見つめた。わたしにキスをしたその唇が、耳元に寄ってきて、小さく囁いた。
「なんにしても、下着も着けずに部屋に来られたら…我慢できなくなるんだけどね」
…
あああああ!
顔が真っ赤になってしまうのがわかる。
わたしは、ちょっと暖かいものをとりに行くだけのつもりで…
下着、寝るときは外しちゃうから、お風呂上がったときから着けてなくて…
わたしはばっ、と自分の胸元を見下ろしてみる。
すると、綿のパジャマの胸の(申し訳程度の)隆起の上に…尖った部分が丸見えになっていた。
やっと気付いた?ギアが微笑んで、その隆起に大きな手をあてがい、こねるように揉みながら…
声を出しかけたわたしの唇を、また塞いだ。
前編おしまいです。
エロは後編でたーーーーーーーーーーーーーーーっぷり書こうかなぁ、とか
考えています。
6が2回あるのは気にしないで下さい。
しかも最初の6でダッシュ(―)と一(漢数字)がまざってます。
一緒…と書いてあります。すみませんです。
そしてトラパス作家様の新作とネタがかぶった…<口移し
わざとじゃないです。欝だ…
>>307 いえ……お気になさらずに……
わたしも今新作書いてるんですが(多分夜までにはアップします)
ギアとダンシングシミター……出てるんですよね。
こちらも被った!? と読みながら青ざめてました。
まあ内容は全く関係ないんですが。
ところで、レイプネタ……ですよね
ギアとは同意(?)Hでその後嫉妬に狂った……クレイがレイプ? トラップ?
何かどういう組み合わせなのかが非常に気になります。楽しみにしてますので〜
えーと。というわけで……新作です。
前作があんなの(暴走編)だったので
今回は明るく! 目指せ明るい話! でした。
裏テーマ「目指せ爽やかトラップ!」
そして出来上がったのが……
……何故探偵編の続きなのだ(汗
多分作品の中で1、2を争うくらい反応が薄かったパラレルトラパス探偵編なのですが
わたし本人は妙に気にいってたりします。
で、続編書きました。わたしに推理物なんて無理なのでツッコミどころ満載でしょうが細かいことには目をつぶってくれると嬉しいです。
エロ少ないわ長いわ、な作品ですが……愛には溢れてますので
よろしくお願いします。
ゆさゆさゆさ
優しく身体を揺さぶられる。
耳元では、俺の名前をささやきかける甘い声。
「起きて。ねえ、起きてってば……」
わかっているさ。そう焦るな。
俺は、うーんと唸り声をあげつつ、ゆっくりと手を伸ばして相手の肩をつかむ。
そのままぐいっと抱き寄せようとして……
「きゃああああああああああああああ!! 何するのよエッチー!!」
ばっしーん!!
その朝の俺の目覚めは、20年近く生きてきた中でもベスト3には確実に入るくらい最悪のものとなった。
「おい、コーヒー」
「…………」
「……おーい、朝飯は?」
「…………」
俺がどれだけ声をかけても、パステルは振り向こうとすらしない。
色白な頬が、いまだに真っ赤になってやがる。
ったく。寝ぼけてたって言ったじゃねーか。まあ、パステルが拒否しなけりゃ、無論その先へと進むつもり満々だったことは否定しねえが。
俺の名はトラップ。そこそこ名の知れた優秀な探偵である。
さっき俺を起こしに来たのはパステル・G・キング。
我が探偵事務所唯一の従業員にして、俺の将来の嫁さん……になってほしいと心密かに思っている女である。
いつだったか、アンダーソン家という名家で起こった事件のときに知り合い、報酬かわりに貰い受けてきたんだが。
女の扱いには慣れた方だと自負しているこの俺が、何故かこいつだけはなかなかものにできねえ。
驚異的なまでに鈍感で、お子様で、なかなかこのナイーブな男心って奴をわかってくれねえんだよなあ。
はあ。
ため息をつきつつ立ち上がる。しゃあねえ、自分で用意すっか。
台所でつったったまんまのパステルの横に立ち、自らコーヒーメーカーをセットする。
パステルが来る前は全部自分でやってたからな。扱いには慣れたもんだ。
もっとも、最近台所に立つのはもっぱら彼女だから、気がつかねえうちにものが増えたり配置が変わったりしてちっととまどったが。
ちなみに、この事務所は兼俺の家でもある。どっかにアパートでも借りようかと思ったことはあるが、どうせ毎日ここに顔出すことになるんだ、と考えたら面倒になっていつのまにかそうなった。
パステルは、ここに来た当初、どこか小さな部屋でも借りようとしたらしいが。
「部屋代なんざ出すつもりはねえ」
と俺が冷たく言ってやると、不承不承ここに住み込むことに同意した。
もちろん俺はけちでそう言ったわけではない。断じてない。
住み込みなら四六時中顔をつきあわせるわけで、そうなりゃあ口説くチャンスも増えるってもんだ。さすがに部屋は別々だが。
俺がごぼごぼとコーヒーをカップに注ぐと、いまだ真っ赤になったままのパステルがぐい、と何かをつきつけてきた。
「ん?」
「……お砂糖とミルク」
「さんきゅ」
もともとコーヒーはブラックで飲んでいたが、パステルが来るようになってから、甘いコーヒーってのも悪くない、と思うようになった。
全く。この俺が女一人のために自分の主義まで曲げることになるとは。
パステル・G・キング。大した女だぜ。
ようするに、パステルは立ち直りが早い女なんだ。
過ぎたことをぐずぐず拘るような人間じゃねえ。ま、そこがいいところなんだけどな。
俺が爽やかに「寝ぼけてたんだ」と繰り返すと、どうにか機嫌を直してくれた。
一人暮らしのときでは絶対食えなかったようなうまい朝食を二人で堪能していたときだった。
玄関のドアがノックされたのは。
「はーい」
ばたばたとパステルが応対しにいく。
こんな朝早くに、誰だ? 依頼人か集金かあるいは変な勧誘か。
一番最後の予想が当たっていた場合、パステルでは荷が重い。何しろあいつは救いがたいお人よしだからな。
ずずっとコーヒーを飲み干して俺も玄関に向かうと……
黒髪長身、すらっとした体格の男の俺から見てもいい男……が、パステルの肩を抱いて顔を見つめていた。
瞬時にどっかんと頭に血が上る。
なななな何やってんだこいつらは!?
「あ、あのっ……」
パステルもかなり困惑しているようだが、男は、一切気に止めずにじーっとパステルの目を見つめて……
「おい」
明日事務所が倒産する、と言われてもできねえだろうというくらい不機嫌な顔で男の肩をつきとばす。
そこで初めて、男は俺の存在に気づいたようだ。
「誰だてめえ? うちの従業員に何か用か?」
こいつは俺のもんなんだよ。手え出すな。
後半は視線にこめて男をにらみつけてやる。ついでにどさくさにまぎれてパステルの肩を抱いてみる。
男は、そんな俺達をしばらく見比べていたが、やがて、にやりと笑って口を開いた。
「これは失礼。あんまり驚いたもんでな。ここは探偵事務所……だな?」
「ああ、そうだ」
表に看板が出てるだろうが。そう口の中でつぶやくと、
「すると、こちらのお嬢さんも探偵なのか?」
「え、わたし?」
お嬢さん、と言われたのが嬉しいのか、パステルはへらっ、と笑って首を振った。
「いえいえ、違います。わたしはただの事務員で……」
「探偵は俺だ。あんた、依頼人か?」
「ああ」
俺の問いに、男は頷いて言った。
「ギア・リンゼイと言う。そちらのお嬢さんに、依頼したいことがあってな」
男の問いに、俺とパステルは目を見合わせた。
応接室に男、ギアを通す。
パステルは茶を入れるべく台所だ。
水でいい、と言ってやったのだが「何言ってるのよ」とたしなめられてしまった。
くっそ。何もわかってねえな。
「んで? 詳しい話を聞かせてもらいてえんだが」
どかっ、とソファにふんぞりかえって言うと、ギアは頷きながら、写真を一枚取り出した。
そこに写っていたのは……
「ん?」
じーっ、と目をこらす。
そこに写っていたのは……パステルだった。
いや、正確に言うとパステルによく似た女だ。あいつの髪はくせ毛だが、写真の女はストレート。だが、違いといえばそれくらい……それほどよく似た女。
「誰だ? この女は」
「彼女の名はミモザ。とある大貴族の一人娘だ。俺が用心棒を受け持った相手でもある」
用心棒? おいおい、話が物騒になってきたぞ。
ちょうどそのとき、パステルが紅茶と手作りのクッキーを持って入ってきた。
テーブルに並べて、俺の隣に座る。
こうして比べてみると、ますます似てるな……
パステル本人も驚いたらしく、じーっと写真を凝視している。
「ミモザ、ね。んで? その貴族のお嬢様の用心棒が、何の用なんだ?」
「トラップ探偵。お前も探偵なら、薄々察してるんじゃないか?」
ギアは実に面白そうに俺を見た後、茶をすする。
まあな、大体の想像はつく。
貴族の娘、用心棒、よく似た娘、パステルへの依頼。
「身代わりを頼みてえ、とそういうことか?」
「察しがいい、その通りだ」
俺の答えにギアは満足そうに頷いて、詳細を語り始めた。
ありがちと言えばありがちな、遺産相続問題に絡んだ騒動。
大貴族の娘、ミモザの父親が、病床に伏してもう長くは無いという。
当然遺産を相続するのは一人娘であるミモザだが、家を継ぐための条件として、彼女は結婚をしなければならない。
結婚相手は決まっている。家同士が幼いときから決めていたという、古くから付き合いのあるやはり貴族の息子、ナレオ。
本人同士も納得しており、それで話は終わるはずだったが。
そこに意義を唱えてきたのが、ナレオの父親、ゾラ。
当初はミモザの家の方がナレオの家よりも遥かに力を持っていた。そのため、ナレオがミモザに家に婿入りする、ということだった。
だが、ここ近年、ミモザの家が少々衰退気味なのに対し、ナレオの家は逆に力を増していった(どうせ裏で汚ねえことでもやってんだろ、と俺が口走り、パステルに睨まれた)。
そうなるとゾラとしては欲が出てくる。ナレオを婿入りさせるのではなく、ミモザをこちらの家に嫁入りさせろ……とまあ、そうもめているのだとか。
だが、これはあくまでもゾラの意見であり、ナレオとしてはミモザの家に婿入りすることに全く不満は無い。
そこで二人が考え出したことは、ゾラが文句を言い出す前にさっさと既成事実……この場合は婚姻か……を成立させよう、ということだった。
どこの貴族にも古くからのしきたり、というものがあるもんだが、ミモザの家の場合、婚姻に当たっての条件として結婚相手と二人で指輪をとある搭に納めに行く、というものだ。
ところが、もちろんゾラとしてはそんなことをさせるわけにはいかない。あれやこれやと妨害行為を持ちかけてくる。
ついにはおかしな連中を雇って二人を襲わせたりもしたとか(おいおい、死んだらどうするつもりなんだよ、そいつバカじゃねえの? と口走り、パステルに嫌というほど足を踏まれた)。
そこで、用心棒として雇われたのがギア、及びここにはいねえがダンシング・シミターというギアの相棒。
この二人とミモザにナレオ、そしてミモザの家の執事頭であるアルメシアン(こいつはどうやらミモザの世話をするためについてきたんだとか)の五人で、搭を目指して旅を始めた、と。
それが三日前のこと。この町に滞在して物資の調達などをしているとき、偶然にも買い物に来ていたパステルを見かけ、妙案を思いつく。
パステルは遠目に見ればミモザにそっくりだ。身近な人間ならともかく、雇われたごろつき程度なら見分けはつかねえ。
ミモザとパステルが入れ替わって目をくらませながら搭に向かい、ミモザは少し遅れて別ルートから搭を目指す、とまあそういう案を考え付いたわけだ。
「断る」
話を聞いて、俺は一刀両断した。
パステルはびっくりしたように俺を見つめているが……冗談じゃねえぞ。
そんなパステルを危険にさらすような真似ができるかっつーの。お家騒動なんざ知ったことか。
「ちょっと、トラップ。そんなすぐに断らなくても。困っているみたいだし」
「ばあか、他人の家の遺産相続問題なんかに首つっこんでみろ。ろくなことにならねえぞ。ギア、とか言ったか? あんたえらく腕が立ちそうじゃねえか。そこらへんのごろつきくれえ、どうにかできねえの?」
多分にバカにしたような響きをこめつつ言ってやる。
大体用心棒なんて奴は、自分の腕に自信を持ってるもんだ。当たりめえだが。
プライドを傷つけるような発言をしてやれば、「お前達なんかに頼む必要は無い」とかなんとか言って引き下がるだろう、と思っていたのだが。
ギアはどうやら、そんな俺の考えなぞお見通しだったらしく、平然とした顔で言った。
「用心というのは、いくらしてもしすぎるということはない。ゾラも少々頭に来ているようだしな。もしかしたら、婚姻を成立させてナレオを婿入りさせた後、ミモザの暗殺を企むかもしれない。
そうすれば結果的にミモザの家はナレオのものになるからな。そのためには、ここでゾラを徹底的に叩き潰す必要がある。これはナレオも了承済みだ」
「はあ? ナレオってのはゾラの息子だろ? 自分の父親をか?」
「それ以上にミモザの方が大事なんだとさ。何、別に殺すわけじゃない。赤の他人、一般人であるパステルに追っ手を差し向けた……そのことを役人に通報して少々痛い目を見てもらうだけだ」
おいおい、さらっととんでもないこと口走るな、こいつ。
だがまあ、ありえねえ想像とは言えねえが。
ギアの言葉に、パステルは真っ青になっていたが、やがて拳を握り締めて立ち上がった。
「わかりました。わたし、やります」
「おい、パステル!?」
「だって許せないもの。本人達は愛し合っているのに、それを引き裂くような真似……トラップ、あなたそれでも探偵なの!? 困っている人を見過ごすつもり!?」
探偵は便利屋じゃねえ。
そう言ってやりたかったが、パステルの目は、変な使命感に燃えていて……
ああ、もうこいつがここに来てから嫌というほど思い知ったが……パステルは、どこまでも、どこまでもお人よしなんだよな。こいつがこういう目をしたら、もう止められねえ。
そのおかげで、何度無償で依頼を受けさせられたことか……
「わかった。わかった、いいじゃねえか、引き受けよう」
「そうか」
俺とパステルを面白そうに見ているギア。その目が、何だか全てを見透かしているようで果てしなく気にいらねえ。
くっそ。黙って引き受けるつもりだけは、毛頭ねえからな。
「ただし、条件が二つばかりある」
「聞こう」
「一つ、依頼料は弾んでもらうぜ。危険手当て込みでな。大貴族なんだろ? ミモザっつーお嬢さんの家は」
「言われるまでもない。この探偵事務所が丸ごと買い取れるだけの額はすぐにでも準備できる」
何とも豪快な話だ。まあそれならこの件に関しては文句はねえ。
もう一つ。もっとも重要な条件。
「二つ、俺も連れていけ」
「トラップ!?」
俺の言葉に、パステルは驚いたようだが……ギアの方は、ぴくりとも表情を動かさなかった。
どうやら予想してたらしいな。
「いいか、パステルは探偵じゃねえ。ただの従業員だ。依頼を受けたのは俺だ。だから俺も連れていけ。これは譲れねえからな」
「駄目だ、という理由は無い。噂を聞いたが、探偵としては随分優秀らしいな、トラップ」
にやり、と笑ってギアは立ち上がった。
「ミモザ達が泊まっている宿に案内しよう。ついてきてくれ」
ギアに連れていかれたのは、俺の探偵事務所から歩いて一時間ばかりかかるところにあるぼろっちい宿屋。
ちなみに、そこに来るまでの道中、2、3回ごろつきに襲われた。
「手を引け」みてえなことを叫んでたところを見ると、ゾラって奴が差し向けたごろつきなんだろうが。
ギアが2、3回剣を振り回しただけで、奴らはあっさりと退散していった。俺は剣技に詳しいわけじゃねえが、それでもわかる。かなりの使い手だ。
パステルの奴は感心しきった様子でギアを見ている。くそっ、面白くねえ。
そうしてたどり着いたのが、「みすず旅館」という名前の宿。風が吹いたら倒れそう、という表現がぴったりくるおんぼろだ。
「おいおい、大貴族のお嬢さんが、よくもまあこんな宿に泊まることを了承したな」
俺が皮肉ってやると、ギアはぴくりとも表情を変えずに玄関の戸を開けた。
バタン、と、旅館全体を揺るがしそうな盛大な音がする。
おいおい、どんだけ安普請なんだよ……
「追手の目をくらますためだ。誰も、こんなところに大貴族が泊まるなんて思わないだろう?」
へえへえ、言われてみればその通り。
俺は、念のために顔を隠したパステルと並んで、玄関をくぐった。
宿屋には、部屋は一階に三つ、二階に三つの計六部屋しかないとか。
ギアに連れていかれたのは、一階の真ん中の部屋。
「ギア!」
ドアを開けると、中で待機していた四名が一斉に立ち上がった。
一人がミモザ。こうしてみると本当にパステルによく似ている。
一人が、色白な肌に金髪、まあ美形と言えなくもないがひょろっと痩せていまひとつ頼りない雰囲気を漂わせている男。こいつがナレオだろう。
一人が、白髪の上品な老人。こいつが執事アルメシアンか。
そして、最後の一人が、みんなから少し離れた場所で壁にもたれかかっている、禿頭に長い三つ編みを一本ぶらさげただけという、どうにも理解しがたいヘアスタイルの男。
だが、一目見てわかった。かなりの使い手だ。こいつがダンシング・シミター。ギアの相棒だろう。
「ギア、すまない。迷惑をかけた……そちらが?」
ミモザがかけより、俺達の方に視線を向けた。
大貴族として甘やかされたであろう割には、俺達に対する態度は悪くはない。俺はいつぞやの事件で知り合ったクレイを思い浮かべた。貴族だからって偏見を持つのはよくねえかもしんねえな。
「彼女がパステル。……見てわかるだろう、ミモザ。君の身代わりを引き受けてくれる女性だ。そして、こちらが……」
「トラップ。探偵だ」
俺が名乗ると、ミモザは深々と頭を下げて言った。
「面倒なことを頼んですまない。本来、このようなことに他人を巻き込むべきでないことはわかっているが……」
「皆まで言わなくても結構。こっちとしちゃ、依頼料さえ相応にもらえりゃいいんだ。仕事だからな」
そう言うと、後ろでアルメシアンらしき男がいきり立った。
「お、お嬢様に何という口のきき方を……無礼な! ギア殿、我々が必要としているのはパステル嬢。このような輩を呼んだ覚えはありませんぞ!?」
「ああ? おめえなめたこと言ってんじゃねえぞ?」
ぐいっ、とミモザを押しのけ、アルメシアンをにらみつける。
「パステルはなあ、探偵でも何でもねえ、ただの事務員なんだよ。その可愛い部下を、『俺達だけじゃどうにもできないから助けてください』なんつー情けねえ奴らにまかせて一人でのんびりなんてできるわけねえだろうが?
勘違いすんなよ、探偵は俺だ。依頼を受けたのも俺。パステルじゃねえ」
「な、な……」
「ちょ、ちょっとトラップ……」
パステルが慌てていさめようとしたらしいが、それを軽く手で追い払う。
勘違いしてもらっちゃ困る。おめえは利用されてるんだぜ? ミモザを傷つけたくはねえけど、おめえなら例え殺されても問題はねえ、そう思われてるんだぜ?
しばし俺とアルメシアンのにらみ合いが続いた。ナレオとギアは面白そうにそれを見ており、ダンシング・シミターは全くの無表情。パステルははらはらしていて……
「よいのだ、アルメシアン」
割って入ったのは、ミモザだった。
「よい。トラップの言う通りだ。わたくし達はパステルを危険に巻き込もうとしている。不安に思われるのは当然だ。トラップ探偵、改めてわたくし達に協力を願えないだろうか? 無論、礼は弾ませてもらう」
ミモザは、丁寧に頭を下げて言った。
親の躾がきっちり行き届いたお嬢さんだ。そこまで言われちゃ、俺にも文句はねえ。
「わかった。詳しい計画を聞こうじゃねえか」
俺の言葉に、七人はテーブルを囲んだ。
計画は単純だ。ようするにゾラを罠にはめる。
ナレオとパステルで搭に向かい、ミモザは別ルートから搭に向かう。
無論、ミモザの方はある程度変装をして、だ。
雇われのごろつきをナレオ達でひきつけている間にミモザが先に搭に潜入しておき、パステルとナレオは搭の前までわざとごろつきを引き寄せる。
そこで、ナレオに搭に入ってもらい、ミモザと誓いの儀式とやらを済ませてもらう一方で、ミモザ及びギア達用心棒がごろつきと応戦、と。
ミモザ(と思われているパステル)が搭に入らない限り、儀式は成立しねえから、ゾラとしてはまさか既に儀式が終わっているとは思いもしねえわけだ。
そこで、パステルに「大人しく嫁に行くからこんなことはやめろ」とでも叫ばせれば、ゾラのこった。のこのこと姿を現すだろう。
それが動かぬ証拠。一般人、パステルにごろつきを差し向けて襲わせる。貴族としちゃ救いようのない醜聞になる。
この時点でナレオはもう儀式をすませてミモザの家に婿入りした形になっているから、形式上、ゾラ(というより家?)とは無関係、という扱いになるわけだ。ならなくてもさせる、という方が近い。
「ゾラ本人がそう都合よく姿を現すか? 危険のねえところで高みの見物してんじゃねえの?」
と聞いてみたが、それは息子たるナレオに否定された。
「父さんの性格上、ありえないね。いつだって大事なことは自分で確認しないと気がすまない、そういう人だから。気が小さいんだよ、ようするに」
息子にこうまで言われるとあっちゃ、父親としておしまいだな。
まあ、とにかく。危険なことに変わりはねえが、ギア、そしてダンシング・シミターも、かなりの使い手ということだ。そこらへんのごろつきなんざ相手にもならねえらしい。
で、問題は二手に別れるその組み分け方なのだが。
「私はお嬢様についていきます!!」
そう言いはったのはアルメシアン。まあ、大事なお嬢さんを素性もわからねえ用心棒にまかせるのが不安だ、っつー気持ちはわかるんだが。
「あんたバカじゃねえの?」
「な、何ですと!?」
「敵さんにはなあ、パステルをミモザだ、と思ってもらう必要があるんだぜ? それなのに、大事な大事なお嬢さんを守る立場であるあんたがついていかなくてどーすんだよ」
ぐっ、とアルメシアンは言葉に詰まる。
全く、考えなしというか何というか。
「そうだ、アルメシアン。おまえはパステルとナレオについていってくれ。わたくしは……」
「ダンシング・シミター。ミモザ嬢の護衛を頼む」
そう声をあげたのはギア。その言葉に、ダンシング・シミターはにやりと笑って頷いた。
まああいつなら、少々敵に囲まれても何てこたあねえだろう。
「俺がパステルとナレオ殿の護衛につこう。トラップ、お前はミモザ嬢の方についていってくれるか?」
「はあ!?」
「ぎ、ギア殿! こんな男にお嬢様をまかせるなど!!」
続けて言われた言葉に、思わず間の抜けた声をあげる。横では、アルメシアンがとんでもない、と頭から湯気を出しそうな勢いでわめいている。
おいおい、俺はパステルを危険な目に合わせねえためについていく、って言ったんだぜ? 何で俺が離れなくちゃいけねえんだ?
「自分で言っただろう。アルメシアンにはどうしてもナレオとパステルについていてもらいたい。さりとて、トラップ、いざ敵に襲われたとき、お前にパステル達を守って敵を撃退するだけの腕があるのか?」
ギアの言葉に、ぐっとつまる。
確かにそうだ。俺も飛び道具なら多少腕に自信はあるが、大勢を守って多数を守れる程の腕はねえ。
「だから、俺とダンシング・シミターが二手に別れる。だが、トラップ、お前みたいな目立つ奴が突然一行に加わられると、ゾラに不審がられるかもしれないだろう。ダンシング・シミターの扮装をしてもらうわけにはいかないしな」
気持ちわりいことを言うな。
一瞬おさげにした自分を想像して、ぶんぶんと首を振る。
まあ、確かに言われてみりゃその通りだ。俺の赤毛は相当に目立つし、ダンシング・シミターとは体格が違いすぎるから扮装は無理だ。
ゾラには油断してもらわなきゃならねえ。そのためには、護衛が減るのはいいが、余計な人間が増えるのは避けたいところだ。
しかし、なあ……
「いいのよ、トラップ。わたし達はギアがいるから大丈夫。ミモザさんを守ってあげて」
何もわかってねえパステルがのんきな声をあげる。
おい、おめえはいつからそんなにギアの腕を信頼するようになったんだ。人の気も知らねえで。
「よろしく、トラップ」
同じく何もわかってねえらしきミモザが、再び丁寧に頭を下げる。
「こっちこそ、よろしくな。……あんたもな、ダンシング・シミター」
さっきから一言もしゃべらねえ男に声をかけると、ダンシング・シミターは軽く手を上げて言った。
「せいぜい、俺の足手まといにならんようにな」
…………
ナレオとギアはどこまでも面白そうに見つめており、アルメシアンは不機嫌丸出しの顔で俺をにらんでいて、パステルはにこにことギアの方を見ている。
くっそ。おもしろくねえ!!
で、まあひと悶着はあったが、とにかく出発は明日、今日は俺とパステルもこの宿に泊まる、ということになった。
が。
「え……同じ、部屋?」
宿の人間の話に、パステルが不満そうな声をあげる。
そうなんだよな。先にも言ったが、この宿には六部屋しか部屋がねえ。
で、うち既に五つは、ミモザ、ナレオ、ダンシング・シミター、ギア、アルメシアンで埋まっている。
そうなると、俺とパステルは当然、残り一部屋に二人で泊まり……ということになる。
「大丈夫大丈夫。エキストラベッドは入れてあげるから」
宿の女将はにこにこしながら言って、鍵を渡す。
いや、俺としては別に同じベッドでもいっこうに構わねえんだが。
当初、ダンシング・シミターとギアの二人が一部屋に、という案もあった。
が。
「護衛のため、左右の部屋に戦力になる人間を入れておきたいんだ。夜中、宿に襲撃がある可能性もあるからな」
と言われちゃあなあ。ナレオは「他人が部屋にいると眠れねえ」とほざくし、まさか女であるミモザの部屋にアルメシアンが一緒に寝るわけにはいかねえ。
かと言って、アルメシアンに言わせりゃ一般人が貴族たるミモザと一緒の部屋で寝るなんてとんでもねえ、とこうだ。
そうなったら、もう俺とパステルが一緒に寝るしかねえじゃねえか?
実は俺がギアかダンシング・シミターの部屋に泊めてもらう、という方法があるが、それはあえて口にしなかったし向こうも言ってこなかった。
冗談じゃねえ。あんないけすかねえ奴らと一晩とは言え同じ部屋で寝れるかっつーの。
「ほら、しょうがねえだろ。他に方法はねえんだから。安心しろ、おめえみてえな出るとこひっこんでひっこむところが出てる女になんか何もしやしねえよ」
「なっ、何よおしっつれいな!!」
ふん、と顔を背けて、パステルは鍵をひったくると階段を上っていった。
まあ、嫌がるというか不安そうな顔をした、っつーことは。
ちっとは、俺を男として意識した、と思っていいんだよな?
部屋割は、一階の左端からギア、ミモザ、ダンシング・シミター。二階の左端から俺とパステル、ナレオ、アルメシアン、となった。
おんぼろとは言え一応窓もドアも鍵がかかる。ミモザが一階というのは危険じゃないか、とも思ったが、いざというときすぐに逃げられるようにとの配慮かららしい。
で、そのおんぼろで大して広くもねえ部屋に無理やりエキストラベッドを入れて。
俺とパステルは身体を休めていた。
「はあ。緊張するなあ。明日にはもう出発なのよね?」
「ああ、早いとこすませてえらしいからな。お嬢さん達としちゃ」
「うーっ、眠れないかも」
「けっ、おめえがんな神経質なたまかっつーの」
「なっ、何よ。失礼ねっ!」
ばっとベッドから起き上がると、パステルはドアの方へと歩いて行った。
「どこ行くんだ?」
「飲み物もらってくるの。あったかいミルクでも飲めば、寝れるかもしれないでしょ!」
バタン
ドアが閉まると、思いの他大きな音がした。ったく、これだから安普請は。
あー、それにしても、だ。
ごろごろごろ、とベッドの上を転がる。
全く、同じ部屋で一晩過ごすという絶好のシチュエーションだというのに、全くそれらしい雰囲気になりゃしねえ。あの鈍感女め。
ここは一つ、無理やり実力行使に出るかあ?
そんな不穏なことを考えていると、隣の部屋からがつん、というような音が響いた。
おんぼろなだけに壁も薄い。隣の部屋の音が筒抜けなんだよな。
ちなみに俺達の隣はナレオの部屋だが。どうやら何か物を落としたらしい。
駄目だ。こんな筒抜け状態で事に及んでみろ。宿中に音が響くぞ、きっと。
しゃあねえ、諦めるか。
そのまま枕に顔をうずめていると、眠気が襲ってきたが。
バタン、という音に顔をあげる。どうやら、パステルが戻ってきたらしい。
大きなトレイに、湯気の立ったカップを二つに籠にフルーツを盛っている。
「どうしたんだ、それ?」
「ああ、この宿ね、食事は宿泊料と別料金だけど、フルーツは食べ放題なんだって。好きな果物を持って行っていいですよ、って言われたから。トラップも食べる?」
言われてみりゃあ、ちっと小腹が空いたな。
籠の中からりんごを取り上げて丸ごとかじる。甘い味とたっぷりの汁気が広がった。
結構いいりんごだな。
「もー。せめて皮くらいむいたら?」
「ばあか、んなめんどくせえことできるかってーの」
りんご、バナナ、イチゴ、オレンジ。
籠に盛ってあったのはこの四種類。パステルの話しによると、今の時期は食べ放題のフルーツはこの四種類だけなんだとか。
「季節によって、果物の種類は色々変わるんだって。ねえ、いい宿屋よね」
「まあな」
おんぼろ、おんぼろと連呼してきたが。
サービスは、悪くはねえ。
果物をかじりながら、俺はつぶやいた。
その夜、幸いなことに襲撃はなかった。
宿の中は静かで(誰もいびきをかく奴がいなかったのが本当に幸いだった)、俺もパステルも、疲れもあってぐっすりと寝込んでいた。
だが、襲撃はなかったものの。
もっと最悪な事態が密かに起こっていたことに、誰も気づかなかった。
朝。俺とパステルは、どんどんどん、という激しい音に目が覚めた。
「な、何?」
「……あんだよ……もうちっと寝かせろよなあ……」
俺とパステルがもぞもぞと起き出したときだった。
「起きろ、トラップ! パステル!!」
響いた声に、がばっと身を起こす。
この声は……ギア? あのすかした野郎がこれだけ慌てふためくなんて、一体何があった?
「どうした!?」
ばん、とドアを開けると、珍しく蒼白になったギアが俺の腕をひっぱった。
「とにかく来い。ミモザ嬢が……」
「ミモザさんが!?」
ギアの言葉に、パステルも慌てて駆け寄る。
どたどたどた、と板を踏み抜きそうな勢いで階段を降りて、ミモザの部屋にかけこむと……
「お嬢様、お嬢様!?」
部屋の中はすげえ騒ぎだった。
ミモザが真っ青になって床に倒れている。それを必死に揺さぶるアルメシアン。無表情にドアにもたれかかるダンシング・シミター。
……まさかっ……
「何だい? 何の騒ぎ?」
さすがにこれだけ大騒ぎをすると目が覚めたのか、階段からのんびりとあくびをしつつ降りてくるナレオ。
だが、俺達の様子を見て、さすがに血相を変えて走ってくる。
「ミモザが、どうかしたのか!?」
「わからねえ。ちっと、部屋に入らねえでくれるか?」
今にも部屋に押し入りそうなナレオを入り口で押しとどめて、俺はゆっくりと足を踏み入れた。
ギアもダンシング・シミターも入り口から動かねえ。部屋にはアルメシアンとミモザの二人。
アルメシアンを押しのけて、ミモザの手首をつかむ。
…………
「お、お嬢様は……?」
「安心しろ。死んじゃいねえよ」
俺の言葉に、全員が一斉に息をついた。
……実は、そう楽観したもんじゃねえんだが。
「死んじゃいねえ。けど……この症状。何か毒を飲まされたな」
「なっ!?」
俺の言葉に、アルメシアンが目をむいた。
それを無視して、俺はミモザを抱き上げナレオに押し付ける。
「どっか、別の部屋で寝かせて医者呼んでくれ。早くしねえと手遅れになるかもしんねえぞ」
「え? え?」
「パステル、手伝ってやってくれ。後、役人にも連絡しろ」
「わ、わかった!」
さすがに何度か助手を勤めただけあって、パステルの反応は早かった。最初の頃は、俺が何を言ってもおたおたしたもんだが。
ナレオをうながして部屋から出る。ギアがそれにつきあって外に出て行った。
……何でいちいちおめえがついていくんだよ。
そう文句を言いてえところだが、今はそれどころじゃねえ。
「おい」
アルメシアンの肩を叩くと、蒼白な顔で振り返った。
まずは、事情を聞かねえとな。詳しい状況を。
「何があったんだ?」
アルメシアンの話しによるとこうだった。
朝、ミモザを起こそうとドアを叩いた。
だが、ミモザは一向に反応しない。
そう寝起きの悪い方ではないし、第一今日は搭に向かう日。まさか寝坊など……
そう考えたアルメシアンは、悪いとは思いつつ、宿の女将に頼んで合鍵をもらい、部屋の鍵を開けた。
すると、テーブルの上につっぷしているミモザの姿が目に入った。
まさかこんなところで寝たのか? と不思議に思いつつ抱き起こしてみると、ミモザの顔は真っ青で、酷く身体が冷たかったとか。
アルメシアンが大騒ぎをしていると、それを聞きつけたギアとダンシングシミターがやってきた。
で、ダンシングシミターが入り口を見張っている間に、ギアが俺達を起こしに来た、とそういうことらしい。
「ふーん……ってこたあ、部屋に入ったのはミモザを除けばあんただけなんだな? アルメシアン」
「はい……」
いつもなら「お嬢様を呼び捨てにするな!」とか何とかわめくところなんだろうが、さすがのアルメシアンも少々ショックを受けているらしく素直に答える。
「で、鍵はしっかりかかってたんだな?」
「はい。私も合鍵をもらってくるまで部屋には入れませんでした」
うーん。
鍵のかかった部屋の中で、毒を飲んで倒れていた……
普通に考えりゃあ、自殺、と思うところだが……
テーブルの上には、ポットとコップと籠に盛ったフルーツが置いてあった。どうやら、このどちらかに毒が入っていたらしい。
籠の上には、りんごにバナナにイチゴにオレンジ。つまり、今の時期食べ放題なフルーツが全種類盛られている。
「おい。これは、ミモザ本人が持ってきたのか?」
俺が聞くと、アルメシアンは首を振った。
「それは、私がお運びしました。お嬢様の朝食に、と思いまして」
「いつ?」
「昨晩です」
運んだのは、アルメシアンねえ……
ミモザ本人が毒をあおったのではないとすれば、一番怪しいのは運んだ人間、ということになるが。
まあ、毒がこの中のどれかに含まれていりゃあ、の話しだが。
この忠誠の塊みてえなアルメシアンが、ミモザを殺そうとする動機なんざあるのか?
もしかしたら、外部の人間か。毒を使うなんざごろつきらしかぬ手だが……
俺が考え込んでいると、外が騒がしくなった。
医者と役人が到着したらしい。
「またあなたですか。トラップ探偵……」
深々とため息をついたのは、長いつきあいになる役人、トマス。
短い金髪とめがね、そばかす顔に残る、小柄な役人だ。
探偵始めた頃からつきあいのある、まあ顔なじみ、って奴の一人だ。
「んな嫌そうな顔するこたあねえだろうが。俺だって好きで巻き込まれたわけじゃねえよ」
「わかっていますけど……」
「んで、どうなんだ?」
トマスの他に、マックスやジェリーと言った同じく顔馴染みの役人達が、どやどやと部屋の中を調べている。
俺とトマスは、邪魔にならねえよう、外へと出ていた。
「飲まされたのは、毒に違いありませんが。少量でしたしね、命に別状は無い、ということです」
「んじゃ、助かったのか」
「はい。すぐに話も聞けるようになると思いますよ。今は、ナレオさんの部屋で休ませています」
ナレオの部屋か。後で顔を出すとしよう。
「んで、状況は?」
「それがどうも……よくわからないんですよねえ」
トマスは、首を振り振り言った。
「部屋の鍵はかかっていたそうですし、この宿も、夜の九時を過ぎたら鍵をかけてしまうそうです。もちろん中からは開きますけれど……昨夜、ここに泊まっていたのは皆さんだけなんですよね? 誰も外に出た人は……」
「いねえだろうな」
それは言い切れる。何しろ、あれだけバタンバタンと盛大な音がするんだ。外に出たらぜってー誰かが気づく。
「ですよねえ。こっそり鍵だけ開けておいて外部から人を呼び寄せる、というのも……」
「それもねえな。ここの部屋のドアも入り口もな、えらく開け閉めに大きな音がするし、壁も薄い。夜中にそんな音を立てりゃ、ぜってー誰かが気づく。
聞いてみろよ。誓って言うが、昨夜皆が寝静まった後、誰も部屋から出た奴はいねえし俺達を最後に宿に入ってきた人間もいねえ」
寝る前ならわかんねえけどな。いちいち気にしてなかったが、ドアの開け閉めの音は何度かしていた。
もちろん、夜中に部屋を出たって、「トイレに起きた」と言い訳すりゃあすむ話しなんだ。それなのに、音はしなかった。入り口のドアが開かなかったこともまず確かだろう。
夜中、部屋の出入りはなかった。それが何を意味するのか……
「うーん。となると、内部の人間の犯行、ということになりますが……」
「ま、そうだろうな」
俺が肩をすくめると、それまで黙って話を聞いていたアルメシアンが、血相を変えて詰め寄ってきた。
「な、内部ですと!? それはつまりっ……我々の中に、お嬢様に毒を盛った人間が……」
「ま、そーいうこった」
俺があっさり答えると、アルメシアンはうーん、とうなってひっくり返った。
どうやら、ショックのあまり気が遠くなったらしい。
「おい、誰か部屋に運んでやってくれ」
男を背負うなんざ、俺の趣味じゃねえ。
「さて、だ」
ばん、とテーブルを叩く。
ここはアルメシアンの部屋。テーブルを囲んでいるのは、俺とパステル、ギア、ダンシング・シミター、ついでにベッドの上ではうんうん唸っているアルメシアン。
ナレオはミモザに付き添っている。へらへらと軽薄そうな男だったが、ミモザを愛している、というのは本当らしい。
ちなみに本当は役人達が事情聴取をしようとしたんだが、そこはそれ。
長いつきあいということで、俺が無理やり受け持つことにした。過去、俺の働きで何度も事件解決しているだけに、強くは出れねえからな。渋々だが了承してくれた。
何しろ、事がお家騒動だからな。役人達につつきまわされてゾラのことがばれた日には、話がややこしくなる。
もう十分すぎるほどややこしい気もするが。
「聞いての通りだが、ミモザに毒が盛られた。役人の話しだと、鍵をこじ開けたような後はどこにもない、ということだ。入り口にも部屋にもな。つまり、犯人は不本意ながら俺達の中にいるとしか考えられねえ」
俺の言葉に、反対する奴は誰もいねえ。アルメシアンはいまだ気絶したまんまだしな。
「ギア、ダンシング・シミター」
「何だ?」
俺の言葉に二人が顔をあげる。その顔に、動揺のようなものは全く無い。
「一階に寝ていたおめえらに聞きてえ。不審な物音は聞かなかったか?」
「ドアの開閉の音は、何度か聞いた。だが、入り口のドアが開いた様子は無い」
「部屋のドアだって、俺達が寝た後に開いた様子はねえな」
やっぱりか。まあ予想はしてたけどなあ……
「何度か聞いたドアの開閉の音ってのは?」
「俺達が解散した後、だよな?」
確認した後、ギアが額に指をあてる。
ちなみに、昨夜話し合いが終わったのは夜の九時くれえだった。他の連中がどうかは知らねえが、俺とパステルが寝たのは夜の12時くらい。ギアに起こされたのは八時くらいだった。
「俺とダンシング・シミターは、しばらく明日のことについて話し合っていた。部屋は俺の部屋だ。ダンシング・シミターが自分の部屋に戻ったのが十時くらい」
「ああ、確かにそうだった」
それで、ギアの部屋が一回、ダンシング・シミターの部屋が一回。
「あんたらの部屋も一度開いたよな? ダンシング・シミターが戻る前だったか」
「ああ。パステルが飲み物を取りに行った。多分、夜の九時半くれえだ」
俺達の部屋が一回。
「俺が部屋に戻るとき、アルメシアンとすれ違った」
そう続けたのはダンシング・シミター。
「話をしたわけじゃねえが、台所の方へと向かっていった。しばらくしたら、お嬢さんの部屋が一度開いたな」
それは、多分果物と飲み物を運んだときだろう。アルメシアンの部屋にミモザの部屋も、一回は開いたわけだ。
すると……
「あ、わたし、ナレオとすれ違ったわよ?」
そう答えたのは、パステル。
「わたしが果物を持って階段を上ってきたら、ナレオとすれ違ったの。飲み物を取りにいくところだったみたい。そのとき、果物が食べ放題だって教えてあげたら、自分も持ってこようか、なんて言ってたわ」
ナレオも一度出入りしているか……つまり、一度は全員の部屋が開いたわけだ。
俺と、そしてギア、ミモザ。三人は、部屋のドアは開けても外には出なかった。
一度部屋から出たのはパステル、ダンシング・シミター、アルメシアン、ナレオ。
うーん。
聞いた話では、ミモザの部屋が開いたのは一回だけ。毒を入れるとしたら……やはりミモザ本人か、アルメシアンにしかチャンスは無い、か?
だが……
そのとき、部屋のドアがノックされた。顔を出したのはナレオ。
「ミモザが、目を覚ました。どうすればいい?」
ナレオの言葉に、俺は迷わず立ち上がった。
本人の言葉を聴くのが一番だ。
一体、あんたは何を食って毒にやられた?
「すまない、心配をかけた」
ナレオのベッドの中で、ミモザはまず俺達に謝った。
顔色は悪いが、言葉はしっかりしている。意識の混濁などは無いらしい。
部屋には、俺とパステル、ナレオとミモザの四人。あまり人数が多いと疲れるだろうということで、ギア達には隣のアルメシアンの部屋で待機してもらっている。
「大丈夫か? ……ちっときついかもしんねえが、俺の質問に答えてもらえるか?」
「と、トラップ。ミモザは……」
「よい、ナレオ」
食ってかかろうとしたナレオを押しとどめて、ミモザは言った。
「何でも聞いてくれ。これも、ゾラのやったことなのか?」
「いや、その可能性は……限り無く低いな」
「そうか」
その言葉が何を意味するかわからねえわけじゃねえだろうに、ミモザは冷静だった。
甘やかされただけのただのお嬢さんじゃねえようだな。……好都合だが。
「まず、昨夜のことを聞きたい。昨夜、九時頃解散したな。そんで、皆は一度は自分の部屋に戻った。その後、あんたはどうしていた?」
「わたくしは、しばらくボーッとしていた。色々と考えることがあってな。床についたのは、そう……11時くらいだろうか」
11時、ね。俺達が寝たとき、既にお嬢さんは眠っていたんだな。
すると……
「待て。すると倒れたのは今朝のことなんだな?」
「そうだ。昨夜の10時過ぎ、アルメシアンが飲み物と果物を届けてくれた。だが、わたくしは食欲が無いからいいと断った。そうしたら、アルメシアンに『では朝食にどうぞ』と言われたので、そのままテーブルの上に置いておいた」
ふむ。
「朝起きたのは7時過ぎくらい、だろうか……やや早く目が覚めてしまったので、飲み物でも飲もうと思った」
「で、何を食べて倒れた?」
「イチゴだ」
ミモザの話しでは、ポットの中に入っていたのは紅茶だったらしい。
だが、紅茶を飲んでも何ともなかった。イチゴを口にした途端、酷く気分が悪くなって倒れた……とまあそういうことらしい。
ちなみに、その果物の盛り合わせは、ナレオの部屋にも置いてあった。パステルに言われて自分も取りに行った、ということだが……
「ナレオ。おめえは、昨日何時頃部屋に戻った?」
「俺? 俺は……そうだな。十時半くらいかな?」
十時半?
「おめえがパステルとすれ違ったのは、九時過ぎだろ? いやに遅かったんだな」
「しばらく台所でぼんやりしてたしね。それに、俺も一応貴族だから。自分で飲み物を用意するなんて慣れてないんだよ」
キザったらしい動きで髪をかきあげる。何か異様に気にくわねえな、こいつ。
「30分くらいかな? ボーッとしてたらアルメシアンが台所に来たんだ。それで、俺も自分の飲み物を用意できたってわけ。
ちなみに、アルメシアンは最初飲み物だけを取りに来たみたいだ。俺が『果物を取りにきたのか』って聞いたら、『果物?』って聞き返されたからね」
ふむ……
つまり、果物が食べ放題だ、というサービスを、最初アルメシアンは知らなかった。ナレオに聞いて初めて知った、ということか?
いや、それを言うなら、ナレオもパステルに聞くまでは知らなかった。
「パステル。おめえは、果物が食べ放題だって誰から聞いた?」
「え? ああ、飲み物を取りにいったら、女将さんが教えてくれたの。『うちは大したものも用意できないけど、新鮮な果物だけはたっくさんありますからね。いくらでも食べてください』って」
ふーん……
「何、まさかトラップ探偵。あなたはアルメシアンを疑っているの?」
俺の様子に、ナレオは心底馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「アルメシアンがミモザに毒を盛る必要がどこにあるんだい。それに、俺はずっと見てたんだ。アルメシアンが果物を籠に盛って、ミモザの部屋に届けるところまで一部始終ね。
アルメシアンと一緒に台所を出たから、それは確かだよ。ミモザがトレイを受け取った後、アルメシアンはすぐに部屋に戻った。毒を入れる隙なんか絶対になかった」
ナレオの言葉使いは気にいらねえが、それは非常に重要な証言だった。
唯一毒を入れるチャンスがあった……と見られていたアルメシアンだが、彼にも毒は入れられなかった。
すると、いつから毒はミモザの部屋にあったんだ?
黙って話を聞いていたミモザだったが、やがて顔を覆った。
「すまない、トラップ……少し、休ませてもらえるか?」
「……ああ」
どうやら、疲れたみてえだな。
付き添いのナレオだけを残して、俺とパステルは、ひとまず外に出ることにした。
どうにも、わからねえ。
場所はさらに変わって台所。俺とパステルは頭を抱えていた。
こうなったら、アルメシアンが籠に盛った時点で、既にイチゴに毒が含まれていた、という可能性を考えたのだが。
パステルの案内で台所に来てみると、すぐにそれはありえねえとわかった。
台所は広い。その広い台所の4分の1くれえのスペースを使って、大きな籠が4つ。
それぞれ、リンゴ、バナナ、イチゴ、オレンジがてんこ盛りになっている。
その横には籠が山積みになっている。
どうやら完全セルフサービス。客が自由に好きなだけ果物を持って行ける仕組みになってるようだが。
「これじゃあ、何か一つに毒を入れても……それを相手が持っていってくれるか、わからないわよね」
「ああ」
パステルの言葉に、頷くしかねえ。
そうだ。例えば、毒を塗ったイチゴを用意して、それをこの中にまぎれこませたとする。
だが、それをうまくアルメシアンが持っていってくれるとは限らねえし……第一、よくよく考えたら、ミモザが持ってきた果物を必ず食べる、と決まったわけじゃねえ。
もしかしたら、これは……
「まさか無差別殺人を狙ったわけじゃねえだろうな」
「ええ?」
俺の言葉に、パステルが青ざめる。
犯人にとって、毒を食べるのは誰でもよかった。もっと言ってしまえば、別に俺達の誰かじゃなくても、別の泊まり客でもよかった。
まさかそんな理由じゃねえだろうな? ……違うと願いてえ。一歩間違えたら毒を飲んだのは俺達だったかもしれねえってことじゃねえか。
「ねえ、トラップ……外から犯人が入ってきた、っていうことは、絶対無いの?」
「…………」
「ほら、例えば……睡眠薬とかでみんなを眠らせて、とか」
「そうだな。ドアの開く音に俺達が気づかない、というのは、それでも説明できる」
パステルの意見に、俺はため息をついて言った。
「だが、鍵のことがある。こじ開けたような跡はなかったんだ。例えば誰かが中から手引きして、入り口の鍵を開けたとしても、その後どうやってお嬢さんの部屋に入るんだ?」
「あ……」
わからねえ。もしかしたらミモザは自分で毒をあおったのか? だとしたら何のために?
うーん、と俺達が悩んでいると。
ばたばたとトマス達がやってきた。
どうやら、一度役人は引き上げるらしい。
どう考えてもミモザに毒を盛る方法は無い、自殺ではないか、と考えているようだ。
気持ちはわからねえでもねえが。
ちなみに、毒そのものは、そこらの山で勝手に自生しているもので、手に入れることは誰でもできるらしいから何の手がかりにもならねえとか。
「明日、また出直してきます」
そう言い残して、トマス達は帰って行った。
さて。
どうしたものか……
夜になった。
ミモザの体調は思わしくねえし、とてもじゃねえが搭になんか行けそうもない、ということで、俺達はもう一泊、場合によってはもっとか……泊まることになった。
解決するまで出て行くな、とトマス達に釘を刺されたしな。
エキストラベッドが入ったせいで歩くスペースもほとんどねえ部屋で、俺とパステルは顔をつきあわせていた。
もっとも、話している内容は
「ミモザが自殺なんかするわけないじゃない!」
「んじゃあ、おめえは他に毒を盛った方法を説明できんのか?」
「そっ……それは……」
と、色気も素っ気もないものだったが。
わからねえ。それにしても、だ。
そもそも根本的に、動機は何だ? どうしてミモザが狙われる?
外部犯ならともかく、どう考えても内部の人間が犯人としか思えねえ。だが……俺達の誰かに、ミモザを殺す動機のある奴なんているのか?
俺とパステルは問題外だ。ギアとダンシング・シミターにとっては大事な依頼主、アルメシアンにとっては主君、ナレオにとっては婚約者。
どう考えても、ミモザを殺して得する奴がいるとは思えねえが……
「あー、わかんねえな」
俺がごろっとベッドに横たわると、パステルが上から覗き込んできた。
……何だ? まさか、ついに俺の思いが通じたか?
一瞬そう期待してしまったが。
「ねえ、ギアに相談してみない?」
言われた言葉は、激しくむかつく言葉だった。
ギアあ? 何であいつの名前がここに出てくるんだよ。
「あんでだよ」
「だって、ギアはわたし達よりも前からミモザ達についてたんでしょう? もしかしたら、わたし達の知らない情報を持ってるかもしれないじゃない」
「…………」
パステルの言ってることは正論だ。
だが……
「冗談じゃねえ」
「トラップ?」
「これは俺の専門分野だ。あいつの力なんか借りる必要ねえよ」
「もー。何意地張ってるのよ」
意地……だあ? おめえこそ……
「おめえこそ、何意地になってんだよ」
「え?」
「やけにギアが気になってんじゃねえか。惚れたのか?」
「なっ……」
俺の言葉に、パステルが真っ赤になる。
思わずはね起きる。おいおい、まさか……
「な、何を言ってるのよ。そんなわけないじゃない」
「…………」
「か、かっこいい人だなあ、とは思うけど……」
かっこいい、ね。……くそっ。
どうしようもなくむかつく。そして。
それは、反射的だった。反射的に……
俺は、パステルの唇を塞いでいた。
「ん……?」
一瞬何をされたのかわからなかったらしい。パステルは、最初きょとんとしていたが。
「ん……んー!?」
慌てて俺を突き飛ばそうとした。が、そうはさせるか。
ぐいっ、と両手首つかみあげてそのままベッドに押し倒す。
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」
「…………」
「じょ、冗談はやめてよね。どうしたのよいきなり!?」
どうしたの、と来たもんだ。……鈍い奴。
実を言えば、前のアンダーソン家の事件のとき、俺とパステルはキスもしたし、抱く一歩寸前まで行った。
プロポーズに近いような言葉さえ吐いた。いや、俺にしてみれば、完全にプロポーズそのものと言っても過言ではない。
それなのに、この鈍感女は……どこまでも、どこまでも俺の思いに気づかねえ。
嫌いならそれはそれでしょうがねえ。なのに、一緒の家に住んでいるし、こうして同じ部屋に泊まることになっても、戸惑いこそすれ嫌がりはしねえ。
一体……おめえは俺をどう思ってるんだよ。
「かっこいい男なら、おめえの目の前にもいるだろ?」
「え……」
ぽかんとするパステルの唇をもう一度塞ぐ。
片手で胸をまさぐると、さすがに何をされているかを理解したのか……パステルが足をばたつかせた。
ベッドの端に置いてあった荷物が、振動で結構盛大な音を立てて床に落ちる。
「ちょ、ちょっと、トラップ……」
「嫌、か?」
ぶつっ
ブラウスのボタンを外す。パステルの顔が、夕陽のように真っ赤に染まった。
「い、嫌って……だって……」
「おめえ、俺のこと嫌いなのか?」
「…………」
「俺の気持ち、全然わかってねえのか?」
「…………」
パステルの顔は、困惑の表情を浮かべていたが……拒否の色は、浮かんでいなかった。
ぶつっ
さらにボタンを外すと、下着に包まれた胸が露になった。
そっと手を差し入れると、びくん、という反応。
背中に手をまわして、下着のホックを外す。直に胸に触れると……やわらかい弾力が返って来た。
ゆっくりと口付ける。「やっ……」という小さな声。
だが、大して力もこめていねえのに……それを振り払おうという動きは、まだ無い。
……これは……
いいのか? 同意と思って、いいのか?
……いいんだよな。正直、今更止めろ、と言われてももう止まらねえんだが。
ぎしっ、とベッドがきしむ。パステルの脚の間に膝を割り込ませる。
間近にあるパステルの顔は、怯えているようだったが……潤んだ瞳は、そらすことなく俺の視線を受け止めていた。
指先で軽く胸の先端をつまむと、徐々に硬くなってくるのがわかった。
両手首を拘束していた手を離してみる。……逃げようとは、しない。
スカートの中に手を差し入れて、そっと下着をずりおろす。太ももを撫でると、耳元であえぎ声が漏れた。
手先の器用さには自信を持っていたが。
それが、こんな場面でも役立つとは思わなかった。
リズミカルに指を動かし、撫で、つまみ、さする。
俺の手が触れるたびに、確実にパステルの身体は上気して、声が高く、大きくなっていった。
すっと中心部に触れると、粘っこいものがまとわりついてくる。
「やっ……と、トラップ……わたし……怖い……」
荒い息の下で、パステルがつぶやく。
怖い、か。まあ初めてのときってのは、そんなもんだろうな。
安心しろよ。俺にまかせておけ……
愛撫の手に力をこめる。ぐっと脚の間に顔を埋める。そのとき、だった。
ガタン
…………
ぴたり、と俺とパステルの動きが、同時に止まった。
がばっ、と身を起こしてドアの方を凝視する。
…………
それ以上の音はしねえが……
ばばっ、とパステルが服を着ている。俺も乱れた服装を整えて、ゆっくりとドアを開けた。
「……すまん、邪魔するつもりじゃなかったんだが」
ドアの前では、全くの無表情で、ギアが立っていた。
こいつは、いつかぜってー殺す。
俺は、心の中で誓った。
「で、何か用か」
物音を立てたのはわざとじゃねえだろうな、と勘ぐりつつ。
俺とパステル、ギアは向かい合っていた。
「いや、別に用があったわけじゃない。ただ」
言いながら、ギアは床に落ちた荷物を拾い上げた。
「ただ、部屋にいたら、上からやけに大きな音が聞こえてきたものでね。何があったのかと、様子を見に来たんだ」
…………
あれが床に落ちたのはいつだった? こいつ、いつから外にいたんだ?
物凄く気になったが、パステルが真っ赤な顔でわき腹をつねってきたので、聞かないでおくことにする。
「まあ、あんたらがどんな関係だろうと、俺には関係ないがね」
くっくっく、と笑いながら、ギアは片手をあげた。
「だが、まあそうだな。せっかく来たんだ。今後のことを話させてもらってもいいか?」
「今後?」
「ああ。ミモザ嬢の体調が治り次第、どうするか、だ」
ギアの言葉に、やっとパステルも真面目な顔をして座りなおす。
確かに、それは重要な問題だ。いつまでもここにこもっていてもしょうがない。
このまま搭に向かうのか、それとも一度家に引き返すか。
「二人は何て言ってるんだ?」
「搭のすぐ近くまで来ているから、できればこのまま計画を進めたい、だそうだ」
まあ、気持ちはわからねえでもねえが。
それには、事件を解決させる必要がある。
「あんたの意見は?」
「別に。俺は用心棒だからな。依頼主の言葉に従う、それだけだ。ダンシング・シミターも同じだろうな」
うーん。
ミモザ達の願いを叶えるためには、一刻も早く事件を解決して、詳しい事情がゾラ達に漏れる前にとっとと出発する必要がある。
しかし、だなあ。
毒。一体毒はいつから入っていたのか。アルメシアンが届けた段階で、毒が含まれていた可能性はかなり低い。
すると、その後、ということになる。ミモザの部屋のテーブルの上に置かれたイチゴ。そこにミモザに気づかれないように部屋に侵入し、毒を入れる方法……
「どうやら、探偵は考えに集中したいらしいな」
俺の様子に、ギアがそう言って立ち上がった。
「まあ、せいぜい頑張ってくれ。それと、ここは音が響くからな。ああいうことは、もっと別の部屋でしたほうがいい」
ギアの言葉に、パステルの顔が再び真っ赤になる。
何やらものすごい視線を感じるが……まあ待て。その文句は後でゆっくり聞くから今は考えさせろ。
俺が無視しているのが気に入らないのか、横ですっくとパステルが立ち上がった。そしてギアの方へと歩いていく。
「何だか、トラップはわたしが邪魔みたいだから。ねえ、ギアの部屋に行ってもいい? この真下なのよね」
「ああ、構わない。いいのか?」
「ええ」
おいおいおいっ!?
パステルの言葉に、慌てて立ち上がると……パステルは、べーっ、と舌を出していた。
おい……子供かよ、おめえは……
「誰も邪魔だなんて……」
一歩踏み出す。ぎしり、となる床。
そのときだった。
俺の頭に、突然ある考えが浮かんだ。
床。真下……
「ギア」
「何だ?」
「あんたの部屋は、俺達の部屋の真下……だよな?」
「ああ、そうだ」
俺の言葉に、ギアも、パステルも不審そうな顔をしている。
俺が何を言い手えのか、わかってねえんだろう。
「さっき、すごい音がした、と言ったな。それはこの荷物が落ちた音だと思うが……それは、はっきり聞こえたか?」
「ああ。寝てても聞こえたと思うな、あの音なら」
「……あんたの部屋、家具の配置は、俺達の部屋とほぼ同じ……だよな」
「そうだな……」
ギアは、部屋を見回して言った。
「エキストラベッドを外に出せば、全く同じになるだろうな」
「……わかった」
俺の答えに、ギアはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて出て行った。
パステルの方は……
俺の様子が普通じゃねえことに気づいたんだろう。彼についていかず、こっちに戻ってくる。
「トラップ……まさか、わかったの?」
「……ああ。俺の想像が当たっていたら、な」
「じゃあ……」
俺の考えを説明する。パステルは、驚きに目を見開いていたが……
だが、待て。
確かにこの方法なら、ミモザに気づかれずに毒を盛れるし、そうだとすると犯人はあいつしかいねえ。
だが、動機は何だ? それがわからねえことには……
「ねえ……」
そのとき、ふと思い付いたようにパステルが言った。
「あのね、ちょっと思ったんだけど……」
バタン、とドアを開ける。中にいた人間が、驚いたように振り返った。
俺とパステルは、了承を得ることなく、ずかずかと部屋に踏み込んだ。
「な、何だ?」
「説明してもらいてえ」
相手の言葉を遮って、俺は言った。
「もっと、他の方法は思いつかなかったのか?」
「…………」
「こんなことをして、彼女の気持ちが確かめられると、本気で思ったのか?」
「…………」
「誰に犯人役をやってもらう予定だったんだ?」
「全く」
俺がそこまで言うと、相手はふっ、とため息をついて言った。
「あんたがそこまで優秀な探偵だとは思わなかったよ。女の尻ばかり追いかけている、肩書きだけの男だと思っていたのに」
「…………」
「別に誰でもよかった。ようするに、俺達には誰も犯行のチャンスは無かった……そう思ってもらえれば十分だったんだ」
「だから、アルメシアンに毒を入れるチャンスは無いと……あれほど言い張ったんだな? ナレオ」
俺の言葉に、ナレオは、軽薄な笑いを浮かべて頷いた。
ミモザは眠っているようだった。相変わらず顔色は悪いが、胸がきちんと上下しているから、死んでいるってこたあねえだろう。
「トラップ探偵。どうして俺が犯人だとわかったんだ?」
「……確証があったわけじゃねえ。ただ、この方法しかないと思ったとき、それを使えるのがあんただけだった、ただそれだけのことだ」
「じゃあ、もし俺が知らない、と言い張っていたら?」
「いいや、動機の予想がついたとき、あんたが言い逃れをするはずはねえと思った」
俺の言葉に、ナレオはふんと鼻を鳴らす。
「動機。動機……ね。ミモザを毒殺しようとした動機。あんたに本当にわかっているのか?」
「予想だ。それと、嘘をつくなよ?」
じっとナレオを見つめる。どこまでも軽薄そうで、まあまあハンサムとは言えるけれど、自信、威厳、そういったものが全く感じられない顔を。
「殺すつもりなんざなかったんだろう? あの毒はそんなに強力な代物じゃねえ。イチゴに含まれる程度の量で、人が死ぬはずはねえというのが、役人の意見だ」
「…………」
「おめえは、ただミモザの気持ちを確かめたかった。いざというとき、自分を頼ってくれるか、自分を愛してくれているか、確かめたかった。それだけだろう?」
あのときのパステルの言葉。
――ナレオは、ミモザのことを好きみたいだけど、ミモザはどうなのかしらね。
――嫌いなわけないと思うけど、親同士が決めた話でしょう?
この部屋に来る前、ギアの部屋を訪ねてみた。
「最後に、一つ教えてくれ」
「何だ?」
「あんたを雇ったのは、ミモザか? 俺達を雇う、という計画を出したのは?」
「……俺達を雇ったのは、ミモザ嬢だ。あんたらは、俺がたまたま見かけて、案だけ出したら、ミモザ嬢とアルメシアンがその気になった」
「……そうか。わかった」
それを聞いたとき、俺は思った。
用心棒を雇い、俺達を雇い……それは全てミモザの意見であり、ナレオの意見は含まれていない。
ナレオは、ただミモザに言われるがままついてきただけなのか。それを、ナレオはどう思っていたのか?
少しは頼りにしてほしい、少しは自分に相談してほしい。自分はミモザにとって何なのか、と思わなかったのだろうか?
そう考えたとき、それが動機じゃねえかと、思い当たった。
ミモザに頼られているか確かめること。信頼されているか確かめること。
内部の人間が犯人かもしれねえ。そんな状況で、看病を申し出た自分を頼ってくれるか。
それが、ナレオの賭けだったんだろう。酷く身勝手で、リスクの高い賭け。
だが、それが動機なら、同時に、言い逃れはしないだろうとも踏んだ。
ナレオのミモザに対する愛情は本物だ。だからこそ、ミモザの前で、嘘を語ることだけはないだろう、と。
そっとナレオを押しのける。抵抗は無かった。
部屋の中央に置いてあるテーブルをがたんと動かすと、その床板の一つに手をかけると、呆気なく外れた。
覗き込む。さして厚くもねえ床。すっかり古くなって、釘が抜けかけている床。
穴の下には、ミモザの部屋が見えた。真下に見えるのは、テーブルに置いてある果物の籠。
「これ……おめえが開けたのか?」
「まさか。最初から開いていたんだよ。それを見たとき、思い付いたのさ」
ナレオは、肩をすくめて言った。
「毒は、近所にいくらでも自生していた。取ってくるのは、大した手間じゃなかったしね」
あのとき起きたこと。
ナレオは、皆が寝静まった時間まで待ち、長い紐におもりをつけたものを用意する。
床板をそっと外し、ミモザが完全に眠っていることを確認して、その紐を静かに落とす。
正確に果物の真上に位置を固定した後、そこから毒をたらす。
紐を伝って、毒は果物籠の一番上に乗っていたもの(この場合はイチゴだったわけだが)にたれる。
翌朝、目覚めたミモザは、何の疑いもなく一番上に乗っている果物に手を伸ばした。
別にイチゴでなければならない理由はなかったし、果物が無くても、飲み物のカップにたらしてもよかった。
あるいは、失敗しても……それはそれでよかったんだろう。また別の方法を考えただけだ。
ミモザを殺すことが目的ではなかったのだから。
どう考えてもそれしか方法は無い。ミモザが自分で毒を盛ったのでもない限り、この方法以外毒をしこむことはできない。
そう考えれば、犯人はナレオしかいねえ。ミモザの部屋の真上に泊まっていた、ナレオしか。
「どうする、トラップ探偵。俺を役人に突き出すかい?」
「…………」
「遠慮することはない。探偵だろう? どうせ、婚約は解消だ。父さんのやったことも立派な犯罪だしね。俺にミモザはつりあわない。そういうことだったんだよ」
「……違う」
ぼそり、とつぶやいたのは……
パステルだった。
「違う。ナレオ、それは違うわよ。ミモザは……」
「…………」
「ミモザは、あなたのこと、愛してるわよ」
え?
俺とナレオは、同時にパステルを振り返る。
何故そんな答えが突然出たのか、それがわからずに。
「パステル? どういうことだ?」
俺の問いに、パステルが前に出る。
「ミモザは、別にあなたのことを、頼りにならないと思っていたわけじゃないし、信頼してなかったわけでもないわよ」
「…………」
「あのね、ミモザは試していたのよ。他の男性を頼ることで、あなたが焼きもちを焼いてくれるかどうか」
「えっ?」
そのときのナレオの顔こそ見ものだった。
ぽかん、と口を開けて、パステル、そしてミモザを交互に見やる。
ちなみに俺もだった。
な、何だと……?
「女の子はね、好きな人に焼きもちを焼いてもらうのが嬉しいものなんだから。それで、愛されてるって実感できるから。だから、わざと好きな人の前で他の男の人を褒めたり、頼ったりして、反応を試してみることがあるの」
「パステル……?」
「だって……わたしも、そうだから。わかるもの」
…………
俺の頭の中が、めまぐるしく回転する。
それは、あれか? あの、わざとギアを信頼してみせたり、頼ってみせたりした……あれをさしている、とみなしていいのか?
すると、パステルの好きな男は? もしかして……
「バカな……」
「だって、ナレオ、わたし不思議だった。あなた、いつも軽そうに見せていて、ミモザがギアやトラップを頼っていたときも、全然嫌そうな顔しなかったじゃない。なのに、ミモザのことを愛してるなんて、本当なのかな?
って、ずっと不思議だったんだから」
「あ……」
ナレオは茫然としている。パステルはじっと彼を見つめていて……
そこに、俺は割って入った。
「パステル、それは違う」
「え?」
「男ってーのはな……惚れた女の前で、嫉妬してるなんて見苦しい姿、見せたくねえもんなんだよ」
なあ? と肩を抱くと、ナレオは弱々しく微笑んだ。
「ようするにな、男心は女にはわかんねえし、女心は男にはわからねえ。そういうこったろ?」
なあ、お嬢さん。
俺が振り返ると。
ベッドの中で、ミモザが、弱々しい微笑みを浮かべて、ナレオを見つめていた。
結局、その後。
翌朝やってきた役人達には、「誤飲事故だ」と言い張って追い返した。
トマスは何やら不満そうだったが、「いつかの事件は俺がいなかったら……」と言い出したら渋々帰っていった。
つくづく、人脈ってのは広げておいて損はねえ。
ミモザは一週間ばかり寝込んでいたが、特に後遺症もなく、元気になった。
その後、当初の計画通り、搭に向かってナレオと婚姻の儀式をすませ、ゾラの方は役人につきだした。
まあ、金だけはある貴族だからな。大した罪にはならねえし、すぐに出てくるだろうが。
ミモザの手回しによって釈放されたとあっちゃ、これから一生、ゾラはミモザに頭が上がらねえだろうな。
ギアとダンシング・シミターは、ゾラを役人に突き出した後、どこへともなく旅立って行った。
どうやら、流れの用心棒らしく、またどこかで仕事を探すつもりらしい。
で、俺達は。
「なあ、パステル」
「何?」
久しぶりに戻ってきた探偵事務所。
まあ一週間ほどしか留守にしてねえが、妙に懐かしいのは何故だろう。
「あのさ、ちょっと聞きてえことがあるんだけど」
「え?」
食事の用意をしていたパステルの手首をつかみ、俺は自分でも寒気がするくらい優しい笑みを浮かべて言った。
「おめえ、俺のこと好きなんか?」
「……なっ……」
ぼん、と音がしそうな勢いで、パステルの顔が真っ赤に染まる。
……わかりやすいなあ、おめえ。
「な、何言ってるのよ! もー、自意識過剰……」
すっ
皆まで言わせず、その唇を塞ぐ。ぐっ、と唇を割り開き、舌をからませて吸い上げる。
くたくた、とパステルの膝から力が抜けた。
その身体を抱きとめて、俺は耳元で囁いた。
「俺は、好きだぜ?」
「…………」
「言っただろ? 男心は女にはわかんねえし、女心は男にはわかんねえ。はっきり言わなきゃ、伝わらねえこともいっぱいあるってこった」
「…………」
視線をそらそうとするパステルの顎をつかんで、その目を覗き込む。
「返事は?」
「……すき……」
「聞こえねえんだけど?」
「好き、だよ! トラップのことが……好き」
「よく言った」
それだけ言って、俺はパステルの身体を抱き上げた。
「ちょ、ちょっと!?」
「暴れるなって」
そのまま、俺の部屋まで強制連行して、どさっとベッドに投げ出す。
「ちょ、ちょっと……」
「みすず旅館での続き。あんときゃ、ギアに邪魔されたからな。嫌か?」
俺の問いに、パステルはうつむいて、首を振った。
まあここまで来る道のりの長かったこと。
全く、おめえは大した女だぜ。
ゆっくりとその身体を押し倒しながら、俺は満面の笑みを浮かべて言った。
「なあ、探偵夫人って肩書き、事務員よりもかっこいいと思わねえ?」
みすず旅館で起こった殺人未遂事件。
解決に要した時間は二日。
報酬は、必要経費+α、及び最高の嫁さんが一人。
ちっとばかり鈍感で、ドジで、探偵の助手としてはそう有能でもねえが。
まあ見てろよ。俺は有能な探偵だからな。頼りねえ助手だって、最高の助手に鍛えてやらあ!
完結です。
長っ!(汗
しかもエロ少なっ!(汗汗
うーん。明るさを爽やかさを目指したのですが……
暴走編の黒々しいトラップとぜひ見比べてください。別人になってますから
未熟者ですみません……
サンマルナナさま、トラパス作者さま、新作読ませていただきました!
相手クレイ?ギア?って読んでいてどきどきしました。
なにげにダンシング・シミターが登場シーンとか、語っていることとかカッコイイですね!
軽く惚れました(w 続きが楽しみです〜
前作の探偵編、私はすごく好きでした!もう、トラップ視点ってだけで悶えてます
どうやら、私はパステルにベタ惚れなトラップっていうのが一番のツボみたいなようで(w
推理モノは難しいでしょうが、探偵編シリーズ化していただけたら嬉しいです!
明るさを感じて目を開ける。いつのまにか眠ってたんだ。
カーテンの開けられた窓からは、明るい日差しが入り込んでいる。クレイは…、
ベットに座わって、わたしに背を向け外を見ていた。
今のクレイの背中は、昨日までのうなだれた力の無い背中じゃなくて、背筋の
のびたいつもの様子に戻ったみたい。
がっしりした広い背中を見ていると、この背中に守られていだんだって思えて
愛しさが込み上げてくる。
あ……、この傷は何時ついたんだろう? じっと見つめていると幾つか傷跡を
見つけた。もしバランスの取れたパーティだったら、こんなに怪我をすることも
なかったかもなぁ。今度のこともわたしがへまをしなければ、クレイが人を殺す
こともなかった筈だもの。ふがいないパーティだから、その分クレイに苦労を
かけてしまってるんだなって思う。
「おはよう、パステル」
「ひゃっ………、あ、お、おはよ……」
少しぼんやりと背中を見つめていたから、不意に振り返ったクレイに呼ばれて、
どきっと心臓が跳ね上がる。気づかれたかも、クレイに見とれていたの………。
昨日のこともあって、何だか恥ずかしくて目があわせずらい。
「気分はどう? だいぶ疲れていたみたいだったけれど」
「あ、うん。大丈夫。何ともないよ」
シーツを抑えて体を隠しながら起き上がる。クレイは…。よかった、下着、
ちゃんとはいてる。
「今日は、これからどうする?」
「えっ? ええっと、冒グルに行くつもりなんだけど…。クレイは平気?」
盗賊と戦ったときから、自分から行動することなんて無かったのに。どうしたん
だろう。
「ああ、平気だよ。だけど、俺の気が変わらない内に行った方がいいな」
わたしの訝しげな視線に気がついたのか、ちょっと天井を見上げてから、少し
照れたように微笑む。
「俺がしっかりしないとって思ったんだけれど、やっぱり、わかるみたいだね」
ふう、とクレイは溜息をつく。昨日まで酷い状態だったのが急に変わったりしたら、
誰だっておかしいって感じると思うけど…。
「解ってはいたんだ。ちょっとしたことで怒ったり、沈んだり。後で酷く後悔
して落ち込む…。悪循環だよ」
クレイは背を向けて服を着ながら話している。わたしも、それを見て服を着る。
気持ちをクレイの声に傾けたまま。
「断ち切りたいって思っても酷く弱気になっているから、まともな判断が
出来なくて。パステルやみんなに迷惑かけるばかりだった」
服を着おわった私達は、ベットに並んで座った。そっとクレイの手に左手に右手を
重ねて彼の顔を見上げた。
「パステルがいてくれなかったら、どうなっていたか解らないよ……。ありがとう、
パステル」
クレイの熱い視線にじっと見つめられて、心臓が、ドキドキと跳ねて頬か熱くなる。
「パステルの告白にちゃんと答えてなかったよね」
「え、あ、う、うん……」
そ、そう言えば、クレイが泣き出してしまって、答えてもらってなかった……。
「好きだ。パステル」
嬉しいけれど、何か色んな物が絡まって、混乱して、涙が溢れてきて、何を言って
いいか解らない……。
クレイは、そっとわたしを抱き締めて背中をゆっくり撫でる。
「う……、く……、ふ、あ、ありがとう」
コンコン、とドアをノックする音にハッとして離れた。
「クレイ、パステル。朝ご飯の準備できたけど、どうする」
ノルの声にお互い見つめ合って微笑むと、クレイがドアの方へ向いて声をかける。
「わかった。後から食堂へ行くから、先に行って待っててくれ」
96 :
名無しさん@ピンキー:03/10/11 07:55 ID:m6sA++z5
クレ×パス終了でしょうか?かなり間が開いてたので鬱クレイの事忘れてました。続けて読めたら最高〜に萌たかもしれません。
でも立ち直って良かった良かった。
97 :
名無しさん@ピンキー:03/10/11 15:00 ID:WIozUNPc
トラパス探偵編2、待ってました。でもこれって反応薄かったのか、
俺は好きだけどなぁ、でもまあ また書いてください、探偵編3を!
ほかの作品にもギアやダンシング・シミターを出してください。
書く方は大変だけど…
では、次の作品も楽しみにしてます!
クレ×パス待っていたよ!!
コソーリいつうpされるか楽しみにしていたよ。
昨日から人が少ないですね。皆さん連休でお出かけなんでしょうか?
トラパス作者さん、サンマルナナさんまだかな…(´-`).。oO
期待age
100 :
名無しさん@ピンキー:03/10/11 21:56 ID:AdiTjyes
↑上がってなかった 逝ってきます_| ̄|○
>>100 100げとおめですー。
帰ってきてください(笑)
続編はなんか長くなりそうで自分が眠いので今日は無理目です。
待っててくれてありがとうです〜。
はい、
>>99さん、お待たせしました。
いや待っていてくださったんですよね? ね?(期待)
新作です。ちと最近レスが少なくて寂しかったんですけど。
今日はー
すいません。あんまり出来よくないです……
目指せサスペンスタッチなパラレルじゃないFQ! だったんですけど。
相変わらずエロ少ないし、落ちは何だか「何回同じ落ち使えば気がすむんだよ」みたいな落ちだし……
えと。そんな代物でよろしければ。読んでくださると嬉しいです。
自分の目が信じられない、というのは、きっとああいうときのことを言うんだと思う。
わたしの目の前には、傷だらけの女の人が倒れている。
服が乱暴に引き裂かれて、うつぶせになってうめいている。泣いているのかもしれない。
早く助けなきゃいけないのに。わたしの足は、凍りついたようにその場を動けなかった。
信じられない。でも、わたしは別に目が悪いわけじゃないし、それにあいつの姿を見間違えるわけがない。
ほんの一瞬だったけど、見てしまった後姿。
ほっそりした長身と鮮やかな長めの赤毛。
ただいつもと違ったところといえば、背中に黒いマントをかけていて、後ろからでは服装が見えなかったこと。
だけど……
だけど、間違いない、と思う。
あいつは……
地面から聞こえてきた押し殺すような泣き声に、やっと我に返る。
「だ、大丈夫ですか!?」
わたしは、大声で人を呼びながら、女の人を抱き起こした。
シルバーリーブは小さな村。そして平和な村、だった。
物価も安いし、住んでる人もみんないい人だし。だからこそ、わたし達パーティーは、普段はここを拠点にしてるんだ。
だけど……
最近のシルバーリーブはちょっと違う。みんな不安そうで、夜になると人通りが途絶えてしまう。
夕食を食べに来るお客さんが減ったって、猪鹿亭のリタがぼやいていたくらい。
それというのも、最近、シルバーリーブで毎日のように凶悪事件が発生しているからなんだ。
最初の被害者は、バイトの帰りに襲われたっていう、わたしと同い年くらいの女の子。
持っていたバッグをひったくられた、最初はただそれだけだった。
ううん、ひったくりだって、犯罪には違いないんだけど。それでも、この後に起こる事件に比べたら、本当に可愛いものだと思う。
最初の何人かは、夜に出歩いているとそうやって荷物をひったくられる、そんな程度で、自警団の人たちが見回りを強化しようか、なんて話しが出る、その程度だった。
ところが、日をおうにつれて、事件はそれだけじゃすまなくなっていったんだ。
ひったくりだけじゃなく、突然刃物で切りつけられたりするようになり、長い髪をばっさり切られた女の子が出てきた。
酷く顔を殴られて、いまだにあざが消えない女の子も出た。
そして……ついに。
襲われる子が、出たのだった。
襲われるっていうのは、つまり……女の子にとって、もしかしたら殺されるよりも辛いかもしれない、あの「襲われる」ね。
不思議だった。毎日のように被害が出るから、夜遅くまで出歩かないようにってみんな注意してるのに。
不思議なくらい、毎日のように誰かが襲われた。
若い女の子ばかりじゃなく、それは子供だったり、中年のおじさんだったりと本当に色々だったけれど。
被害者の話しによれば、いきなり後ろから襲われたり真っ黒なフードつきのマントを目深に被っていたりで、人相とかは全然わからないんだけど。
ただ、割と長身で細身の、男の人には違いない、手がかりと言えばその程度。
犯人は、余程勘の鋭い奴に違いない。もうこうなったら、夜は絶対に出歩かないように。
そんな話まで出るようになって、今のシルバーリーブはかなりぴりぴりしている。
もちろん、わたし達パーティーも例外じゃなく。
ルーミィとシロちゃんは常にノルと一緒に行動することになり、わたしは、バイトに行ったり印刷所に行ったりするときは、絶対にクレイかトラップについていってもらう、ってことになったんだ。
もっとも、ほとんどクレイだったけどね。トラップはまあ、「俺が他人にのんびり襲われるような間抜けに見えるか?」なーんて自分の素早さに絶対の自信を持っている人だから。
こんなときだというのに、毎日毎日ギャンブルに明け暮れている。
シルバーリーブの人は出歩かなくても、旅の途中でふらりと立ち寄る冒険者達はいっぱいいるからね。相手には困らないんだそうな。全く。
そして……
とにかく、一刻も早く犯人が捕まって欲しい。みんながそう願っているそんなときだった。
わたしが、そいつに出くわしたのは……
その日。わたしはびくびくしながら、シルバーリーブの夜道を足早に歩いていた。
絶対に一人で出歩いちゃいけない、そう言われていたんだけど。
でも、今日は原稿の締め切り日。どうしても印刷所に行かなきゃいけなくなった。
出かけるとき、ノルはルーミィ達と遊びに行っていてまだ帰ってきていなかった。
キットンは薬草の採取とやらでやっぱり出かけていた。
トラップは多分ギャンブル、かな? 少なくとも宿にはいなかった。
頼みの綱、クレイは……今日はバイトだったんだよね……
わたしだって、どんなにか、明日まで待とう、せめてクレイが帰ってくるまで待とう、って思ったことか!
でもでも、わたしがのんびりしすぎていたのが悪いんだけど、締め切りを破りたくはなかったし。あんまり夜遅くまで待たせちゃ、印刷所のご主人に悪いもんね。
原稿が出来上がったとき、空はまだ明るかった。急げば暗くなる前に戻ってこれる、迷ってる時間も惜しい。
そう思って、慌てて出てきたんだけど……
まさか、シルバーリーブで迷子になるなんて……
怯えて歩いていたせいだと思う。必要以上にきょろきょろしたり、妙に後ろが気になったり、集中できずに歩いていたら、いつの間にか知らない通りに入り込んでたんだよね。
どうにかそこから見慣れた通りまで出てきたときには、もう外は真っ暗。
人通りも全然無い。ううっ、怖いよお……
一刻も早くみすず旅館に戻らなくちゃ、わたしがそう思って足を速めたときだった。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
辺りに響く悲鳴と、続いて人が争うような物音。
な、何!? 何なの、一体!!?
慌てて耳を済ませると、どうやらこの近く……みたい。
もしかして、また事件!? い、急いで人に……ううん、その前に助けに……
理性はそう告げていたんだけど。
情けないことに、足ががくがく震えて、全然動けなかった。
もーわたしのバカバカ!! 何のための冒険者なの!? ためらってる場合じゃないでしょ!!
震える足を必死で叱咤激励して、おそるおそる声がする方向へ。
誰か助けを呼びに行けたらいいんだけど、ちょうどここはお店も家もない、本当にただの道。
呼びに行っている間に、犯人に逃げられたら……ううん! さっきの悲鳴、女の人の声だった。
今からすぐに助けに行けば……最悪の事態は、免れるかもしれない!!
よろよろしながら何とか声のする方向へ足を進める。本当に1分もかからないくらい近く。
一歩間違っていたら、わたしが襲われたかもしれない……
思わずぞっとする。そうだったら、ますます放っておけない。
「やめなさい!!」
叫びながら、わたしは角を曲がった。
普段シルバーリーブ内では武器は持ち歩かないんだけど、最近はいつも、護身用にショートソードくらいは身につけている。
それを構えて、わたしはばっと飛び出した。
目に飛び込んできたのは……恐ろしい光景。
黒いマントに包まれた人影が、知らない女の人の服を無理やり引き裂いて押し倒していた。
女の人は必死に暴れていたけれど、マントの人影はすごく手慣れた様子で、それを押さえ込んでいて……
ただ、わたしが現れたせいだろう。マントの人影は、素早く女の人から離れた。
そして、振り返りもせずそのまま走り出す。
すごく早い足。わたしじゃ絶対に追いつけない。あっという間に、その人影は夜の闇の中に消えていったんだけど……
わたしは、人影が消えた方向から、目をそらせなかった。
逃げる途中、マントのフードがずり落ちて、相手の頭が目に入った。
後姿だけど、見間違えるわけがない。
あの、とても鮮やかな赤毛は……
ま、まさか。まさか……!?
「ううっ……」
わたしが我に返ったのは、足元で女の人がうめいたときだった。
傷だらけだけど、どれも浅い。服はぼろぼろだけど、それ以上何かをされた様子は……無いみたい。
「大丈夫ですか!? 誰か、誰か来て――!!」
わたしの悲鳴が、シルバーリーブに響き渡った。
「一人で出歩いちゃ駄目だって、あれほど言ったじゃないか!!」
自警団の人たちにわたしが見たことを説明していたとき。
迎えに来てくれたクレイは、わたしの顔を見るなり叫んだ。
「……ごめんなさい」
クレイの顔はすごく怖かった。本気で怒ってる。それだけ、わたしのことを心配してくれてるんだよね。
「まあ、パステルに何も無くてよかった……あ、いや、でも襲われた人が……いるんだよな。すみません、不謹慎でした」
「いやいや」
ぺこりと頭を下げるクレイに、自警団のリーダーは鷹揚に手を振って言った。
「それはその通りさ。お嬢さんに何もなくてよかった。それに、彼女が勇気を出して飛び出してくれたから、今日襲われた女性は、カバンをひったくられて服を破かれたくらいですんだんだ。
……心の傷は残るだろうけどね。それでも、最悪の事態だけは免れた。それは幸運だと思うべきだ」
リーダーの言葉に、詰め所にいた他の自警団の人達もうんうんと頷いている。
そうなんだよね。わたしのおかげかどうかはわからないけれど、犯人が途中で逃げたおかげで、幸いなことに、女の人は……まだ「襲われる」前だった。
もちろん、とてもショックを受けていて、まともに言葉も出せないくらいだったんだけど……
「あの、パステルはもう連れて帰っても?」
「ああ、話は全部聞いたしね。もう帰ってもいいよ。面倒をかけたね……それと、もう二度と、一人で出歩かないようにね」
わたしの目を覗き込むリーダーに、こくりと頷く。
自己嫌悪で、まともにその目を見れなかった。
だって、わたしはついに言えなかったから。わたしは、ただ悲鳴を聞いてかけつけたら、黒いマントに包まれた人影が逃げ出すのを見た、それだけしか言えなかった。
鮮やかな赤毛と、長身で細身の身体。それは、とても有力な手がかりになるはずなのに……どうしても、言えなかったから。
「じゃあ、パステル、帰ろう」
くいっ、と手を引っぱってくれるクレイに、曖昧な微笑を浮かべて頷く。
わたしは……どうしたらいいんだろう?
みすず旅館に戻ったとき、出迎えてくれたのは、ルーミィ、キットン、ノル、そしてシロちゃん。
わたしがクレイに手を引かれて戻ったとき、ルーミィは綺麗なブルーアイにいっぱい涙をためて飛びついてきた。
ノルはとてもほっとしたように「よかった」とだけつぶやき、キットンは「無事で何よりでした」と安堵してくれた。
だけど……そこに、わたしが一番会いたかった人はいなかった。
「トラップは? まだ戻らないのか?」
クレイの言葉に、キットン達は顔を見合わせて、「今日は昼過ぎから姿を見ていない」と首を振った。
昼過ぎから……
そう、最近のトラップはいつもそうだ。昼過ぎに出かけて、夜遅くにならないと帰ってこない。
本人は、「バイトだ」「ギャンブルだ」と言っていたけれど。
「全く、あいつは……今日という今日はがつんと言わないと……」
「あにをがつんと言うだって?」
クレイが拳を握り締めてつぶやいたとき。
とても場違いな、酷く能天気な声が、頭上から響き渡った。
「えっ?」
皆がいっせいに顔を上げると、視線の先にいたのは……木の枝に腰掛けた、赤毛、長身、細身の男。
とても見慣れた姿。パーティーの大事な仲間の一人、トラップ。
「トラップ! おまえいつからそこにいたんだ!?」
「ん? 今さっきだよ。何か入り口の方が騒がしいから、様子見てたんだけど……パステルに、何かあったんか?」
そう言いながら枝から飛び下りる彼は、全く普段通りの姿。
逃げたのがトラップなら、わたしの声だってわかったはず。見られたって……わかってるはずだよね。
それとも、これは演技?
「お前……何かあったんか、じゃない!! 今までどこに言ってたんだ!!」
珍しく声を荒げてつかみかかるクレイの手をひょいひょいと交わしながら、トラップは、
「どこって……カジノだよカジノ。いやあ、今日はいいカモがいて……」
と、最近毎日のように言っていることを言った。
本当に?
本当に……カジノに行っていたの?
わたしがじーっと見つめると、その視線に気づいたのか、ひょいとトラップと目が合った。
思わずドキリとする。その目は、いつもと変わらない、いたずらっこみたいな光を浮かべていたけれど……
「で、何があったんだよ?」
すぐにその視線はそらされた。クレイの方に向き直って、わたしがどんな目にあったのか、を聞いている。
違う、よね。
トラップじゃ……無いよね。だって、本当にいつものトラップだもん。
……わたしの見間違い、だよね。
「へー。パステル、お手柄じゃんか」
「『お手柄』じゃない! 一歩間違ってたら、パステルが襲われていたかもしれないんだ。お前、せめて俺がバイトでいないときくらいはパステルについていてやってくれってあれほど言っただろう!?」
夜のシルバーリーブに、近所迷惑な大声が響き渡った。
それから数日、わたしは部屋にこもってずーっと考えていた。
どうすればいいのか。いっそ自警団の人たちに本当に見たことを話すか……
ううん、駄目。それは駄目。あんな鮮やかな赤毛、シルバーリーブでは多分トラップしかいない。
きっと、それだけでトラップを疑う。それは駄目。
トラップのわけがない。万が一トラップだったとしても……絶対何かわけがあるはず。
ほら、例えば、以前出くわした敵、ドッペルゲンネルとか。あるいは、何かに操られているとか。
とにかく、トラップが自分の意思であんなことするわけないもん。
それは、別に根拠があるわけじゃないけれど……ずっとパーティーを組んでいるわたしだからできる、確信だった。
そりゃあ、ねえ。トラップは大のギャンブル好きで、年中お金に困ってるし。それにしょっちゅうナンパもしてるみたいだけど。
それにしたって……いくら彼が盗賊だからって……ねえ。
でも、トラップを信じるとして、それはそれでまた問題が出る。
つまり……もし他の人に姿を見られたらどうなるか。
わたし達もねえ、色んなクエストを経験して、シルバーリーブじゃちょっとした有名人になっているから。
あんな目立つ赤毛だもん。きっとすぐに噂になっちゃう。むしろ、今まで誰も見てなかったっていう方が不思議なくらいだし。
でも、いつまでもそうだとは限らない。もし、トラップのことをよく知らない人が、あの姿を見たら……
結局一緒。「とにかく、話を聞きましょう」ってことになっちゃうよね?
トラップはそんなことしない、っていくらわたし達が言い張ったって。事件がある日……というかここ最近、彼がずっと昼過ぎには出かけて夜遅くまで戻ってこないのは事実だし。
すると……わたしにできるのは、一つだけ。
真犯人を、捕まえること。
そう考え付いたとき、すごく背筋がぞっとした。
怖い。相手はモンスターとは違う。ちゃんとものを考えることができる、ごく普通の人間なんだから。
だけど、トラップの疑いを晴らす(いや、今のところ疑ってるのはわたしだけだけどね)ためには、それしか方法は無い。
クレイ達に相談しようかとも思ったけど……もし、もしよ。
もしも、万が一、本当にトラップ本人が犯人だったら……
そうだとしたら、きっと何か、深い事情があるはずだから。
だから、じっくり話を聞いて、こんなことはやめてもらうように話して……もしわたしだけじゃどうしようもないような事情があったら、そのときは相談するしかないけど。
でも、もしわたしでも何とかできるような悩みだったら……今回のことは、わたしだけの胸に、そっとしまっておきたい。
よーし。やっぱりこれしかない。
わたしが、犯人を捕まえる。これしかないんだ!
そう決意したのはいいけれど。
じゃあ、どうやって? って考えると、またそこでつまってしまう。
自警団の人たちがあれだけ警戒して、それでも捕まらない犯人なんだよね。
わたし一人で、何ができるのか……
数日、考えて。唸って。また考えて。
わたしがそんなことをしている間にも、事件は確実に起こっていた。
早く決断しなくちゃいけない。どうしよう。どうすればいいんだろう?
そう悩み続けて、そして出た結論。
それは、ひどく単純な結論だった。
ようするに、トラップの疑いさえ晴れればいい。
疑いが晴れないのは、事件のある日、いつも彼がどこかに行ってしまっているから。
なら、どこに行っているかつきとめればいい。
すなわち……彼を尾行すればいい。
これよ、これしかない。
一連の事件は、同じ犯人だっていうことは確実だって言われてるもの。
事件が起きた日、トラップが本当にカジノに行っていたことさえ証明できれば……
よーし、明日、早速実行しよう!
決意も新たにして、わたしは久しぶりにゆっくり眠ることができた。
さて、とは言ったものの。
あの人一倍感覚の鋭いトラップのあとをつける……それは、なかなか容易なことじゃなかった。
一日目。
昼食を食べた後、「んじゃ、俺バイトに行ってくらあ」とトラップが立ち上がった。
わたしは、わざと彼の方を見ないようにしながらも、慌てて昼食を食べて「ちょっと散歩」なーんて言いながら彼の後を追って……
遠くに赤毛頭を確認して、さあ、行くぞ! と追いかけたんだけど。
一つ目の角を曲がったら、もうトラップの姿は無かった。
バイトに行くって言ってたんだから……とバイト先に行ってみると、トラップは真面目にバイトに明け暮れていて。
じゃあバイトが終わるまで待てばいいか、と店の外でずーっと待ってたんだけど。
気がついたら……寝ちゃってたんだよね。たはは……
人を見張るって、根気がいるんだあ……
ちなみに、目が覚めたとき、既にトラップの姿は無かった。
カジノに顔を出してみようか、とも思ったんだけど、既に暗くなりかけてたし、今日は諦めることにした。
ちなみに、トラップが帰ってきたのはやっぱり夜遅くだった。
二日目。
今日はトラップはバイトは休み。だけど、昼食の後、やっぱりふらっと出かけて行った。
本人は、ちょっとそこまで、みたいなこと言ってたんだけど。
わたしは今度はすぐにトラップの後を追ったんだけど。何だかなあ。
ふっと気がついたら、もう姿が見えなくなってるんだよね。もしかして、気がついてる?
目を離したつもりはないのに、ちょっと人通りに視界を遮られて、その瞬間には姿が消えている。
……でも、トラップなら、気づいてるなら「何か用か?」とか、声をかけてきそうなもんだよね。
何も言わずに姿を消すってことは……もしかして?
三日目。
今日もトラップのバイトは無かった。黙って後をついていってもまかれちゃうなら! とわたしは思い切って、
「ねえ、トラップ。今日暇なら買い物つきあってくれない?」
と言ってみた。
OKなら、一応疑いは晴れる……かな?
ところが。
「ああ? 何で俺? クレイにでも頼めよ」
「えっ!? い、いや、トラップについてきてほしいの! お願い!!」
わたしがそう言うと、何故かその場にいたクレイ達からすごく不審そうな、それでいて意味ありげな視線をもらってしまった。
うー、何よ何よみんな。人の気も知らないで!!
わたしの言葉に、トラップはぽかんとしていたけれど。
「……わりい。今日別の約束があるんだわ。またな」
と言われて、結局逃げられてしまった。
「買い物、つきあおうか?」
と後で優しくクレイが声をかけてくれたけれど。「いい。トラップじゃないと……」と言ったところ、みんなは顔をつきあわせて何かひそひそ言っていた。
もっとも、それを気にかけている余裕は無いんだけど。
……別の約束、ねえ。
もちろん、しょっちゅうナンパしているトラップのこと。そういうのがあってもちっとも不思議じゃないけれど。
怪しい……よねえ……断り方がトラップらしくない、というか。
トラップだったら、「めんどくせえ」とか言いそうな気がするんだよね。
わざわざ「別の約束がある」、しかも「またな」?
怪しい。怪しすぎる……
こんな感じで、わたしの尾行はちっともうまくいかないまま、一週間が過ぎた。
その方法に気づいたのは一週間と一日後。
いやもう、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろ、って、自分の頭をぽかぽか殴りたくなった。
話は簡単じゃない。本当に毎日カジノに来てるかどうかなんて、カジノの店員さんか誰かに聞けば簡単にわかる。
幸い、トラップはああいう目立つ外見だし、有名人だし。
そう思い立って、昼食の後、案の定姿を消したトラップがカジノとは別方向に行くことを確認した後、わたしは出かけた。
カジノに行くのは初めてじゃないんだけどね。トラップを迎えに行ったことがあるし。
営業は夜からだから、お客さんも誰もいなくて、ちょっと寂しげなその建物に、おそるおそる足を踏み入れる。
「あーすいません。まだ準備中なんですけどー」
わたしが入ってきたのを見て、床を掃除していた店員さんが声をかけてきた。
顔くらいは見たことあるなあっていう程度の知り合い。向こうもわたしに見覚えがあったらしく、怪訝な顔しつつ会釈してくれた。
「あの、すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」
「はい?」
わたしの質問に、人の良さそうな店員さんは掃除の手を止めてくれた。
「あの、わたし実は冒険者なんですけどー」
「ああ、知ってるよ。あんたら有名人だしねえ」
にこにこしながら店員さんは頷いてくれた。
うう、照れるなあ……ってそんなこと言ってる場合じゃなくて!
「あの、わたしのパーティーの仲間で、赤毛の男の子がいるんですけど。トラップって言う……」
「ああ、彼ね。彼、どうかしたの?」
「え?」
わたしが質問する前に、店員さんに質問されてしまった。
どうか……って?
「えと?」
「前は三日と空けずに通いつめてたのに、ここのところずーっと姿を見ないからねえ。ちょっと気になってたんだ。病気でもしてるの? まさかねえ」
「あ……あはは。まさか……」
店員さんの答えは、半ば予想はしていたものの、外れて欲しいと願った答え。
ま、まさか……?
「ま、また暇と金ができたら来るように言ってよ。彼が来ると店がにぎやかだからね」
「あ、あはは。はい、伝えておきますう……」
多分、わたしはそんなことを言いながら店を出たと思うんだけど。
正直、よく覚えていなかった。
頭の中を、色んなことがぐるぐるまわっていて。
カジノには行ってない。
でも、トラップは毎日帰りが遅い。
一体、どこに行ってるの?
事件が起こっている日、トラップはいつもいなかった。
わたしが見た、長身細身の赤毛の男。
トラップ。まさか……まさか?
もう、なりふりなんか構っていられない。
カジノでの聞き込みの翌日。
わたしは、今日こそは、トラップがどこへ行っているかつきとめようと決心した。
夜道が怖いとかそんなこと言ってられない。今日こそは、何が何でもどこへ行くのか突き止めなくちゃ。
わたしはトラップを信じたい。でも、出てくるのは、疑いを裏付けるような証拠ばかり。
このままじゃ駄目だ。いっそ本人に聞いてしまいたいけど……答えを聞くのが、怖い。
早く安心したい。だから、今日こそは!
今日は、トラップはバイトの日だった。もうすっかりいつもの光景だけど、昼食の後、外出するトラップの後をこっそりとついていく。
何だかそんなわたしをクレイ達が暖かい目で見てるのがすごく気になるんだけど……まあいいや。全部解決したら、ゆっくり説明しよう。
トラップはまっすぐバイト先へと向かって、真面目に働き始めた。いつぞや寝てしまった場所。
店の出入り口が見張れるけど、店側からは茂みが邪魔になって見れない、という場所に座り込んで、絶対寝ない! と自分に言い聞かせる。
トラップが何時までバイトなのかよくわからないけど、多分夕方過ぎまではやるだろう。
先はまだまだ長い。頑張らないと!!
で、そうして見張ること数時間。
地面に座り込んでいたせいですっかりしびれてしまった足をもみつつ、もう何百回見たかわからないお店の出入り口に目をやると、ようやくトラップが出てきた。
彼が向かうのは、やっぱりみすず旅館とは別方向。
よーし!
がさがさと茂みから這い出して、トラップが歩いていった方向へと向かう。
トラップの歩く速度は、わたしより大分速い。のんびりしてると置いていかれちゃうもんね。
最悪、見つかったって構わない。見つかったら見つかったで、どこへ行くつもりなのか聞くだけだもん。
そんなわけで、わたしはトラップの追跡を開始したんだけど……
はあ、はあ、はあ……
辺りはすっかり暗くなっている。人気のなくなった道の真ん中で、わたしは途方に暮れていた。
大分頑張ったんだけど、ついにトラップを見失っちゃったんだよね。
もー、歩くの早すぎ! 普段のクエストのときは、そうでもないのに!!
……って、あれは多分、トラップの方がわたしやルーミィにあわせてのんびり歩いてくれてるんだよね。
はあ。もうちょっと体力つけた方がいいかなあ……
いやいや、今はそんなことで落ち込んでる場合じゃない。
わたしの前には、三つ又に別れた道がある。
この手前までトラップが来たのは確か。ここから先、どこへ向かったのかが、わからないんだよねえ……
左の道は、シルバーリーブの外へ出るための道で、人通りはほとんど無いし民家もお店も無い。
真ん中の道は、自警団の詰め所がある方向。
右の道は、街中へ戻る道。みすず旅館に戻るにも、カジノに行くにも、この道を使う。
一番可能性が高いのは、右の道だけど……
……だけど、もしトラップが犯人だった場合、右の道は多分使わない。犯行は大体人気の無い町外れとか森の中で行われてるもん。真ん中の道も同じく。自警団の詰め所の前で犯行に及ぶ……なんていくら何でもないよね。
だとすると……左?
いやいや、トラップが犯人じゃなかったら、やっぱり右だよね。犯人だったら、左。
どっちだろう。もちろん、迷わず右! って言えたらいいんだけど……
ごくん、と息を呑む。
わたしがこんなことをしているのは、疑いを晴らすため。
左の道へ行って、トラップが見つからなければ……
わたしは、おそるおそる左の道へと足を踏み入れた。
左の道は、夜はすごく不気味な道。
人通りはほとんど無いし、建物もなく、まさに自然の道。
あちこちに大きな木や茂みがあって、事件の最初の方の被害者は、大体ここで襲われている。
後の方になると、別の場所からわざわざここまで連れてこられて……っていうパターンもあったみたい。
つまり、それくらい……危ない道なのだ。
響くのはわたしの足音だけ。どんどん光が遠ざかっていくのを見て、わたしは段々不安になってきた。
や、やっぱり無謀だったかな?
やっぱり、クレイ達に相談した方がよかったかな。
それとも、自警団の人に……
そんな弱気な考えがどんどん押し寄せてくる。
うーっ、これと言うのも、トラップが悪いのよ。カジノに行ってる、なんて嘘つくから!
信じてる。犯人じゃないって信じてるから、毎日毎日どこに出かけていたのか、しっかり白状してもらうからね!!
わたしが心の中で叫んだときだった。
ざわっ
ぴたり、と足を止める。
背後から聞こえた、微かな音。
茂みが揺れるような……そんな音。
ぞくり、と悪寒が走る。
人より鈍い、って言われるわたしでも……感じる。
背後に、何か……すごく、嫌な気配。
わたしは、重要なことを見落としていた。
トラップが犯人だったら? 犯人じゃなかったら?
そればっかり考えていて……考え無しにこんな危ない道に足を踏み入れて。
トラップが犯人だったらまだよかった(いや、よくはないけどさ)。そうだったら、話し合いの余地があるもの。
だけど……
トラップが犯人じゃなかった場合。他の人が犯人だった場合。
夜、こんな危ない道を、一人で歩く。
それは……
ばっと振り向く。腰のショートソードに手を伸ばしたけれど、情けないことに、手が震えてまともにつかめなかった。
いつの間にそこに立っていたのか。
長身痩躯の、黒いマントをすっぽり被った人影か、わたしの背後に、たたずんでいた。
「……トラップ……?」
声をかけるけど、目の前の人影……ここしばらく、シルバーリーブを恐怖のどん底に陥れた犯人は、何も言わない。
違う……トラップじゃ、ない。
マントの隙間からわずかに覗く赤い髪。180センチにわずかに届かないくらいの身長。細く引き締まった身体。
その特徴は、どれもトラップの特徴と一致していたけれど……でも、違う。
トラップじゃない。トラップは……こんな、近寄りがたい冷たい雰囲気じゃない。
わたしは、ようやく気づいた。自分が、物凄くバカなことをしでかした、ということを。
「その声……この間、俺の邪魔をした女か」
ぼそぼそとつぶやくような声が、風に乗って耳に届く。
聞き取りにくい、低い声。それは、うるさいくらいによく通る……だけど、聞くとすごく安心できるトラップの声とは、全く違う声だった。
「あ……」
反射的に後ずさった。逃げなくちゃ、と頭の中でがんがん警報が鳴り響いていたけど、足がすくんで……動けない。
「好都合……」
ふっ
目の前がぶれるような、そんな錯覚に陥る。それくらい、素早い動き。
気がついたときには、わたしは、背後から羽交い絞めにされていた。
喉元に、冷たい感触が押し付けられる。
これ、まさか……刃物っ!?
刃物で顔や髪を切られた女の子の話を思い出し、背筋にぞっと寒気が走る。
「声を、出すな。死にたくなければ……」
「あ……」
言われなくたって、出せない。喉が強張って……口の中がからからで、舌がはりつくような感覚。
そのまま……
わたしは、傍の茂みにひきずりこまれていた。
がさがさがさっ!!
盛大な音を立てて、茂みの中に倒れこむ。
その上から、マントの人影が、のしかかってきた。
――やだっ!!
思わず悲鳴をあげそうになったけど、その瞬間、ナイフが喉にぐっと押し当てられた。
わずかな痛み。ほんの少しだけど、血が流れ落ちる。
「大人しく、しろ……」
ぐいっ
犯人の力は凄かった。
片手でわたしの肩を抑え、もう片方の手に握られたナイフが、喉元からゆっくりと下へ、下へと移動し……
そのまま、一気にわたしの服を切り裂いた。
「――――!!」
声にならない悲鳴。足をばたつかせて何とか逃れようとしたけれど、その瞬間、どこをどう動いたのか、犯人の足がからみつくように這い回り、あっさりと足の動きを封じられる。
う、動けないっ……
背中をだらだらと冷や汗が流れる。どうしよう、どうしようっ……
わずかに動かせるのは左腕。だけどっ……
ぞくりっ!!
その瞬間、ナイフがわたしの胸に触れて、言いようのない寒気が全身を襲う。
犯人の動きはとてもなめらかだった。肌は全然傷ついてないのに、ナイフをほんの少し動かしただけで……わたしの下着は、あっさりと切り裂かれた。
夜の冷たい空気が胸に直に触れる。……恐怖が、どうしようもない恐怖が、身体を強張らせた。
「そう、それでいい……大人しくしていれば、命までは、奪わない」
マントの隙間から覗く口元には、酷く冷たい笑みが浮かんでいた。
……どうしようっ……
情けないけど、本当にわたしにはどうしようもなかった。ショートソードがさしてあるのは右側。そちらの腕は、肩を押さえ込まれて全く動かせない。
何か、武器になるものっ……
左手で地面をまさぐるけど、こんなときに限って、石にも何も触れない。
……わたし、こんなところで……
こんな、奴にっ!!
ぐいっ
犯人の手が、強引にわたしの脚を割り開いた。下着をはぎとられる気配。胸や太ももを這い回る手。
情けないくらに涙がこぼれた。
わたしがバカだったんだ。自警団の人だって捕まえられなかった犯人を、わたし一人で見つけようなんて。わたしが無謀だったんだ。
ごめん、トラップ。疑ってごめん。
だから……
助けて――!!
犯人の息が荒くなっていく。もう駄目だ、と目を閉じたそのときだった。
バチッ!!
「ぐっ!?」
突然響いたのは、何かが何かにぶつかる音。
何……!?
ぱっ、と目を開く。
そこにとびこんできたのは、マントのフードが外れて、あらわになった犯人の素顔。
はらり、とこぼれ落ちる鮮やかな赤毛は、確かにトラップの髪とそっくりだったけれど。
その顔は、美形ではあるけれど酷く冷たい雰囲気を漂わせた……全くの別人の顔。
そして。
人形のように白く整った顔。その額の部分から流れ落ちる、赤い血。
何が……
ばちっ! ばちっ!!
「ぐあっ……くそっ!!」
音がするたび、犯人の頬と腕から血が流れる。
たまらず、犯人はわたしから身を引き離し、逃げようとしたみたいだけど……
その進路の前に、誰かが立ちふさがった。
木から飛び下りたらしき、その人影。
犯人とそっくりの体格に赤毛。ただし、まとわりつかせる雰囲気は、ひどく暖かい……わたしの、大切な仲間。
「トラップ!?」
「最近、シルバーリーブで起こってる一連の事件の犯人、だな?」
トラップは、わたしの方をちらりと見ただけで、即座に犯人に視線を戻した。
「現行犯で……とっつかまえさせてもらうぜ!!」
「くそっ!!」
犯人が取り出したのは、わたしの服を切り刻んだナイフ。それが、まっすぐにトラップの身体に……
「あ、危ないっ!!」
「ぐはっ!!」
わたしは思わず叫んでいたけれど。
悲鳴をあげたのは、犯人の方だった。
トラップは、突き出されたナイフを何なくかわし、逆にその腕をねじりあげて地面におさえこんでいた。
「今まで、自分より弱え相手しか狙ってなかったんだろ?」
「…………」
「わかってんだよ。おめえ、冒険者だな? それも、素行不良で冒険者カードを剥奪された……シルバーリーブの住人が犯人じゃねえとは思ってたんだ。流れの冒険者。シルバーリーブに長期滞在している奴の誰かだって、薄々思ってたんだ」
「…………」
「どんな気分だよ。てめえは単なる腹いせ、憂さ晴らしだったかもしれねえけどな……襲われた被害者の痛みは、こんなもんじゃねえぞ?」
バキィッ!!
トラップは、大した力をこめたようには見えなかった。
だけど、彼がわずかに腕を動かした瞬間……彼が拘束していた犯人の腕から、ひどく鈍い音が響いた。
たまらず、苦痛のうめき声をもらす犯人。それを、トラップは、酷く冷たい目で見下ろしていた。
わたしは、もう何が何だか。展開についていけず、茫然と見守るだけだったんだけど。
トラップが何か言いかけたところで、遠くから、ポタカンの明かりが近づいてきた。
「おーい、トラップ! 見つけたか!?」
……あれ?
明かりと一緒に近づいてきた声は、何だか聞き覚えのある声。
現れたのは……
「あ、あなたは!?」
「ん? あんた……この間の?」
そこに現れたのは、自警団のリーダー、及び、その部下さん達。
手に手にロープを持って、トラップが拘束していた犯人を、あっという間に縛り上げてひきたてていく。
えと、えーと……?
な、何で? 何がどうなってるの……?
わたしが、ひきたてられていっく犯人をぼんやりと見送っていたときだった。
ばさり、と肩に何かが被せられる。
見覚えのある、オレンジのジャケット。
ふっと見上げると、何だか怖い顔をしたトラップが、わたしのことを見下ろしていた。
「とらっ……」
「おめえはっ!! んなところであにやってんだよっ!!」
炸裂した怒鳴り声は、もうすっかり、いつものトラップだった。
「トラップ……」
「バカか!? 危ねえから外には出るなって……クレイだってあんだけ言ってただろ!? こんなところで、何してたんだよ!!」
「わ、わたし……」
言い訳できない。というより、どう言えばいいの!?
トラップが犯人じゃないかと疑ってました、なんて!!
わたしがおたおたとしていると。
不意に、ふわり、と暖かい気配。
「トラップ……?」
「……心臓、止まるかと思ったぜ……あんま、心配かけんなよ……」
ぎゅっ
トラップの腕に包まれて。
わたしは、またまた大泣きしてしまった。
ただし、今度は、安堵と……嬉し涙だったけど。
「自警団で、バイトお!?」
「まーな」
トラップのジャケットに包まれて、わたし達はみすず旅館へと急いでいた。
多分、クレイ達が死ぬほど心配してると思うしね。
で、その道すがら。隠してはおけない……と観念して、わたしは全てを白状したんだけど。
どれだけ怒られるか、とびくびくしていたんだけど、トラップは、怒る気にもなれないと言いたげな呆れた視線を向けてきただけだった。
「おめえ、俺を何だと思ってんだ?」
「盗賊」
そう即座に言うと、さすがにちょっと言葉に詰まったみたいだけど。
いやいや、信じてはいたよ。信じたかったよ。だけど、トラップの態度が、あんまりにも不審だったものだから……
で、わたしが、毎夜毎夜何をしていたのか問い詰めてきたところ、帰ってきた答えが、
「だあら、バイトだっつっただろ。犯人見つかるまでってことで、自警団でバイトしてたんだよ。人手不足だったみてえだしな」
だった。
バイト……それで、犯行が起こる日、いつもいつも姿が見えなかったのね……パトロールとかをしていたわけだ……
「だ、だったら、何で黙ってたのよ!?」
だけど、それだったら別に隠すようなことじゃないじゃない!!
わたしがぶーっ、と膨れて言うと、トラップは決まり悪そうに、
「……知られたくなかった事情があんだよ」
とだけ言って、ぷいっと顔を背けた。
うー。何なのよ。気になるなあ。
だけど、トラップに助けられた手前、わたしもあまり大きなことは言えないんだよね……
「ま、犯人は無事に捕まったことだし。金もたまったし。今日でバイトも終わりだな」
「どーせ、明日からまたギャンブルにつぎこむ気でしょう?」
そんな他愛も無い話をしていると、みすず旅館が見えてきた。
入り口の前では、おたおたと騒いでいるクレイ達がいて……
「クレイー! キットン、ノル、ルーミィ、シロちゃーん!!」
「パステル!? ど、どこへ……トラップも!!?」
わたしが叫ぶと、皆がいっせいに駆け寄ってきた。
事情を説明したわたしが、クレイにこっぴどく怒られたことは言うまでもない。
まあ、でも無事に犯人も捕まり、シルバーリーブはやっと元の平和な村に戻ったんだけど……
しばらくして、キットンに言われた。
「いやあ、最近のパステルが妙にトラップを気にかけてると思ったら、それが原因だったんですねえ」
「うーん。今考えるとバカなこと考えたなあって思うよ。トラップが犯人なわけないもんね」
「いやいや。私達は、またてっきりパステルがついに自覚したのかと……」
「え?」
自覚? って何のことだろ?
わたしがきょとんとすると、キットンは意味ありげに笑って部屋に戻ったんだけど。
このキットンの謎の言葉の意味がわかるのは、それからさらに三日後のことだった。
やっとこさ平和になってシルバーリーブは元ののんびりした雰囲気に戻りつつあった。
わたしは、この三日、しばらくさぼっていた原稿に追われて部屋にこもりっきりだったんだけど。
それもどうにか一段落ついて、やれやれと腰を伸ばしたときだった。
トントン、という遠慮がちなノックの音。
今日は、ルーミィとシロちゃんはクレイ、ノルに連れられて公園に行っている。キットンは隣の部屋で薬草の実験をしていて、トラップは昼寝、のはずだったけど……
「はい?」
「あのよ、ちょっといいか?」
「トラップ?」
ドアから顔を覗かせたのは、トラップ。珍しいー! この人がちゃんとノックしてから入ってくるなんて。
「どうしたの? 何か用?」
「……これ、渡そうと思って」
「え?」
ぐいっ、とトラップがつきつけてきたのは、綺麗にラッピングされた箱。
え、何これ?
「……わたし、今日は誕生日じゃないけど」
「ちげーよ。おめえ、覚えてねえの?」
「え??」
な、何だろ?
そんなわたしに、トラップはため息をついて、箱を強引に押し付けてきた。
「四年前の今日だろ?」
「?」
「……四年前の今日、初めて会っただろ、俺達。だから、記念っつーか。お祝いっつーか」
……あ!!
思い出す。
四年前、まだ14歳だったわたしが、両親の死をきっかけに、冒険者になろうと決めて。
途中でルーミィと出会って、二人でエベリンに向かっていたとき。ドッペルスライムに襲われて、逃げることもできずに悲鳴をあげていたんだよね。
覚えてる。そこに、さらさらの赤毛の男の子が現れて、言ったんだ。
「あんたら、何やってんの?」
そう、それは……確かに、四年前の今日だった。
「トラップ……?」
「ま、今更、っつー気もすんだけどな。俺ももう19だし。おめえも18だし。そろそろいっかな、と思って」
え??
「そろそろ?」
「……開けてみ」
トラップに促されて、箱を開けてみる。
そこに入っていたのは……
「……まさか。まさか、これ買うために……ずっとバイトしてたの?」
「そ。何か変な疑いかけられちまったけどなー」
ああ、傷ついた、なんて言いながらにやにや笑っている彼に、わたしは視線を合わせることができなかった。
わたしってば……何てこと考えたんだろう!!
一瞬でも、一瞬でもトラップが犯人かもって思ってたなんて。トラップは、このために、一生懸命バイトしてくれてたのに!!
「ごめん。ごめん、トラップ……わたし、何て言って謝ればいい?」
「ん?」
「変な疑いかけちゃって、本当にごめん……わたし、どうすればいい?」
「んー……俺としちゃあ、それ受け取ってくれんのが、一番嬉しかったりするんだけど」
あ、そうか。そうだよね。まずは、返事だ。
だけど……それを見たとき。既にわたしの心は決まっていたりする。
キットンが言ってた「自覚」の意味、わかったよ。
トラップが、わたしにとって特別な人だっていう……自覚。
「んで? どーなの?」
「受け取る……に、決まってるじゃない……すごく、嬉しいんだから、わたし」
嬉しい。本当に、嬉しい……どうしよう。涙が出てきちゃった。
わたしにとっても凄く嬉しいことだもん。これじゃあ、おわびにならないよね。
「ありがとう……これをくれたお礼と、変な疑いかけちゃったおわび。わたしにできることがあったら、何でもするから」
「ん? マジ? 何でもしてくれんの?」
「う、うん……」
そう言った瞬間、きらりと目を輝かせた彼に、一瞬後悔してしまったけれど……
ま、いっか。今日くらいは、ね……
降ってきた唇を受け止めて、わたしはベッドに倒れこんだ。
その日以来、わたしの左手には、クエストの最中だろうと、お風呂のときだろうと寝るときだろうと。
キラキラ輝く指輪が、はめられるようになった。
完結です。
ああーかなり後悔。書いてるうちにどんどんどんどん話がずれていって……
当初はトラパスのエロもちゃんと書く予定だったのに。
おかげでエロパロ板なのにエロがえらく中途半端に……すいません……
しかもトラップ影薄っ!(汗
後落ちが何か似たよーな落ちを前にも使ったなあ、とか。
反省がつきない作品になりました。また(汗汗
次はどうしようかなあ……ネタは4〜5本あるけれど
新作以外にも、トラパス探偵編の3とか、運命編のif(もし前世にとんだのがトラップだったら?)とか
新たなバージョンのパラレルとか
書きたい作品は色々あるんだけどなあ。悩みます。
100ゲトしてたの気がつかなかった…
サンマルナナさんありがとうございます!ひとフロ浴びて帰ってきました(w
いつまでもお待ちしておりますので、無理しないでくださいね(´∀`*)ノシ
129 :
名無しさん@ピンキー:03/10/12 00:21 ID:iyatLjiC
面白かったッス、トラパス疑惑編 トラップってこんなに強かったっけ?
と思う位、強かった。
次は運命編トラップバージョンが見たいですね!
でもまあ、すぐじゃなくていいです、書くの大変だろうから
99です わーい、トラパス作者さんお待ちしておりました!
疑惑編、面白かったです〜 トラップ影薄いっておっしゃってましたが、
パステルがたえずトラップのこと気にしているので全然そんな風に感じませんでした。
探偵編の3希望!リクエストってわけではないのですが、探偵編2を読んでいて、
ギアに邪魔された辺りで、「もしシリーズ化するなら、この2人はエチ寸止めがいいな」
なんて思ってました。でも2の最後ではさすがに未遂ってことはないですよね(汗
でも探偵編すごく好きなのでシリーズ化するみたいで嬉しいですヽ(´▽`)ノ ヤター
>>129 ありがとうございます!
問い:トラップこんなに強かったっけ?
答え:襲われてたのがパステルだからです。見知らぬ娘さんだったら逆にひねり倒されたやもしれません
運命編のトラップバージョン。
読みたい、って人多いんですよね。
クリアすべき点が一個だけあって、そこさえクリアすればすぐにでも書けると思うので
明日バイト中に考えておきます(←おい)
>>130 探偵編の3を希望してくださってありがとー!!
わたし本人が実はかなり気にいっているので<探偵編
スレではあんまり反応が無いけど、ぜひ書きたいなーと思っていたのです。
>2の最後で未遂〜
さあどうでしょう。もしかしたら、あの後また邪魔が入ったかもしれませんよ(笑
シリーズにするつもり満々で「続編」とか「完結編」じゃなく「2」なんですよね。
3を希望してくださって本当にありがとうございます!
>>トラパス作者さん 130です、こんばんは
いえ、いつも本当に楽しませていただいて、お礼を言うのはこちらのほうです。
でも自分と作者様が好きな作品が被るっていうのはなんだか嬉しいもんですね(w
2の最後、未遂もありですか!? ほんと密かに「シリーズ化して、いつも寸前で邪魔が入って
トラップが歯噛みする〜」って展開希望していたので、可能性が残されて嬉しいです♪
これからも楽しみにしてます。バイトがんばってください〜
サンマルナナさん、トラパス作者さん、お疲れ様です。
そして、ありがとうございます。
サンマルナナさんは心理描写が、トラパス作者さんはキャラの立て方が抜群にうまいなと。
いつも感動をもらってます。
さっそくですが、リクエストです。
パステルの幸せのために、ひたすら身を引くトラップをお願いします。
原作のトラップの基本姿勢に近い?かもしれません。
お二人のうち余裕のある方お願いします。
どちらが書かれるかで、結末(クレパス、トラパス、悲恋)が変わってくるのではと、
勝手に楽しみにしています。
急がないので、けっして無理しないでください。
一月でも二月でものんびり待っていますので。
リクエストして、プレッシャーを与えている人間が言うのは恐縮ですが・・・。
今日は神も現れず。さもしいのぅ。。。
>>134 今までの神作品連投が異常にすさまじかったと思われ。
普通のスレじゃそんな毎日投下現象は起きないと思うし、マターリ待ちましょう。
>>134、135
いや、今新作書いてます。
が、長いんです。とんでもなく。
寝るまでにはアップするつもりですので、深夜一時〜二時くらいまでには出来上がるかと。
待っててくださるのなら、気長に待っててくださると嬉しいです。
トラパス様、神です!
いつも本編を読んでいるような感じで引き込まれてしまいます。久しぶりに本編も引っ張りだして読んでしまいました。
新作正座して待ってます(`・ω・´)シャキーン
ドキドキ(・∀・)ワクワク
起きて待ってまつ。いい夜になりそうだ…
か、書き上げました(ぜーぜー)
冗談抜きで息が切れました。
記念(?)すべき30作品目。一日一本更新に毎日つきあっていただいた皆さん、本当にありがとうございます。
今回の作品、多分一番人気作品である「運命編」のifです。
あのとき、キットンの薬を飲まされたのがトラップだったら?
そういう設定で書きました。
基本ストーリーはほぼ同じです。手抜きだ……
のはずなのに。
何故か、パステルバージョン71KBだった作品が、トラップバージョンで92KBに(汗
最長記録をしつこく更新。だらだら長いだけ、といわれるかもしれませんが……
気長におつきあいいただけると、嬉しいです……
「あっちい。何か飲むものくれ」
バイト帰り、そうつぶやいた俺に飲み物を差し出したのがキットンだったという事実を、もう少し深く考えるべきだった。
お人よしのクレイやノルやパステルならともかく、この、興味の無いことに関してはとことん無関心を貫くキットンが、名指しで呼びかけたわけでもない言葉に反応したこと自体がそもそもおかしい。
だが、そのときの俺はんな細かいことを考えているような余裕も全くなく、とにかくそれくらい喉が渇いていた。
差し出されたのは、オレンジ色の液体。そう、見た目はそれこそオレンジジュースそのものだった。
だから、特に疑いもなく、「さんきゅ」などとお礼まで言いながら一気飲みをした。
飲んだ後で、それがオレンジジュースなんかじゃないことに気づいたが、別にまずくはなかった。
「何だこれ?」
尋ねた俺に、奴は「新発売のジュースです」と、いつもの含み笑いをしながら言った。
ぜってー怪しい。何か企んでんだろ?
そう問い詰めようとしたとき、急激に襲ってきた眠気。
ちきしょう、何飲ませやがった……
起きたら、覚えてやがれ……
耐え難い眠気に、たまらずベッドに倒れこむ。
そのまま、俺は心地よい睡魔に身を委ねて……
ふかふかと全身を包み込む感覚に、俺はぼんやりを目を開けた。
まだ眠気が取れねえ。普段なら、ここでもう一眠りしようとして、クレイやパステルにどやされるところだ。
ところが……
口では説明しにくい違和感。何だか、慣れねえところで寝ているような、居心地の悪い感覚。
何だあ……?
ばっと目を開く。その瞬間、眠気は完璧に吹き飛んでいた。
な、な、な……
バカみてえに口をぱくぱくさせて、周囲を見渡す。
俺は、とんでもなく豪華なベッドで寝ていた。
その広さときたら、多分俺とクレイとノルとキットン、四人まとめて寝てもまだ余裕があるんじゃないか、という大きさ。しかも、見上げれば天蓋、などという生涯で初めて目にする代物までついていた。
慌てて飛び起きる。部屋の中を見回すと……
そこはまたベッドに似つかわしい、えらく豪華な部屋だった。
広さはみすず旅館がそのまますっぽり収まりそうな大きさ。でっかい机やら椅子やらソファやら本棚やら、家具の一つ一つがいちいち一財産になりそうなそんな部屋。
きっぱりと言うが、こんな部屋に見覚えはねえ。
……何がどうなってんだ?
何となく嫌な予感がして、部屋にあった鏡を覗き込む。
……いつもの俺だな。うん。顔はいつもの俺だ。
鏡にうつったのは、見慣れた自分の顔。ただし、服装が違った。
着ていたのは寝巻きと思しき服。だが、それも肌触りから察するに、多分超高級な絹が使われている。
デザインも、シンプルな白で……ありていに言えば俺の好みからは外れていた。
な、何がどうなってんだー!?
慌ててもう一度部屋を見回す。そこで気づいたが、ベッド脇の椅子に、服がたたまれてあった。
広げてみると、簡素なデザインの、しかしかなり高級品の、こんなもん着るのは貴族しかいねえ、というような服。色は黒一色。そしてマント。こっちは深緑。
まさかとは思うが……これに着替えろ、ということか?
俺の趣味じゃねえ、が……
部屋の中にはタンスのようなものは見当たらねえ。どうやら、寝巻きを除けばこれしか無いらしい。
しゃあねえ。
渋々その服に袖を通す。あつらえたかのように、サイズはぴったりだった。着心地も最高で、締め付けるようなデザインなのに動きにくいところが全く無い。
……さて。一体この状況、どうなってやがる?
ここはシルバーリーブ……じゃねえよなあ。こんな豪華な部屋がある家なんて、あのちっぽけな村にあるわけがねえ。
俺は寝る前何をした?
キットンが差し出したジュースを飲んで……急に眠たくなって……
……キットンの奴。さてはあのジュース……だか何だかに、変な薬しこみやがったか!?
即座に怒鳴りつけてやりたいところだが、残念ながら部屋の中には俺一人きり。
問い詰めるのは、まず状況を把握してからだな……
ゆっくりと部屋を観察することにする。窓があったので外を覗いてみると、外に広がるのは深い森。
ズールの森じゃねえな。モンスターの気配が全くねえ。
窓から身を乗り出して確認する。建物の外装から察するに……ここは、城か?
外装は、城だった。かなり典型的な城。
俺がいた部屋は、三階にあるらしい。
うーん。見覚えのねえ光景だな。ロンザじゃねえ。リーザでもねえ? キスキン……?
俺が頭を抱えていると。
とんとん
突然、扉がノックされた。
思わず振り返る。そ、そうだな。城ってこたあ、まさか俺一人なんてことはねえよな? 他にも誰かいるはずだ。
とにかく、そいつに話を聞いて……
「ステア様。起きておられますか?」
外から響いた声に、俺は目が点になった。
ステア。その名前で呼ばれたのは、多分軽く14〜5年振り、というところか。
じっちゃんの名前を引き継いだものの、誘拐だの何だのの危険を交わすために、いつの間にか本名より慣れ親しんだトラップというあだ名。
いつの間にか、それが本名なんじゃねえかと誤解しそうになる、それくらい長い時間。
「ステア様?」
俺の返事が無いのに戸惑ったのか、ノックの音が大きくなる。何だか、その声には聞き覚えがあるようだが……
「あ、ああ。起きてるぞ」
俺が答えると、「失礼します」という声とともに、扉が開く。
そこから入ってきたのは……
「……リタ!?」
「はい?」
俺の言葉に、入ってきた女は、いぶかしげに顔をあげた。
間違いねえ。その女は、いつも行っている猪鹿亭のウェイトレス、リタだった。
ただ、いつもはロングスカートにエプロンという格好をしている彼女が、今はコックのような白い制服を着ていて……
「リタ……だよな?」
「はい。ステア様、どうかされましたか?」
「いや……」
待て、俺。落ち着け。何だか混乱してきたぞ。
リタ、と呼ばれてこの女は返事をした。つまり名前はリタでいいんだろう。
だが、俺が知っているリタは、俺に対してこんな丁寧な喋り方なんざ絶対にしねえ。名前だって「トラップ」と完全に呼び捨てだ。
そもそも、リタに俺の本名を教えたことなんざ、あったか……?
とにかく、この状況は普通じゃねえ。余計なことはしゃべらねえ方がいい、よな。多分。
「いや、何でもねえ……何か用か?」
「朝食のお皿を下げに参りました」
「朝食?」
ってこたあ、今、朝か?
俺が首を傾げていると、リタの視線がベッド脇あたりに注がれた。
そこで初めて気づいたが、そこには大きな台車が置いてあった。上には、蓋を被せられた皿が並んでいて……
……あれが朝食かよ。あまりにも見慣れねえもんだから飯だと思わなかったぞ?
「まだお召しあがりになっておられませんか」
「あ、ああ。今起きたばっかだからな、うん」
そう言うと、リタは深々と頭を下げた。
「ご不自由おかけします。本日新しい世話係りが来ることになっておりますので、今しばらくご辛抱下さい」
「はあ?」
「朝食の皿は、後ほど下げに参りますので」
「あ、ああ」
「では、わたくしは昼食の準備がございますので、失礼させていただきます」
「ああ……」
俺がぽかんとしている間に、リタは丁寧に頭を下げて外に出て行った。
……わけがわかんねえ。
リタのあの態度もわかんねえし、ステア「様」と呼ばれてあんな丁重な扱いを受ける理由もわかんねえ。世話係り? 世話係りっつーのはあれか。王様とか王子様とやらにつく、専属の召使みてえなもんか?
……何で俺にそんなもんがつくんだ?
わかんねえことだらけで、首をかしげるしかねえ俺だったが。
ぐーっ、と不満の声をあげる腹に、台車の方へ視線を向けた。
……とりあえず。飯食ってから考えよう。
飯は、冷めきってはいたがうまかった。味はな。
けど、なーんか食った気がしねえ。こんな静かに飯を食うことなんざまずねえからな。いつもうるせえあいつらの顔が、何だかすげえ懐かしく感じる。
皿を空にした後、考える。さて、一体どうなってやがる?
何しろ原因がキットンだからな。奴のこった。どんなわけのわからん薬を開発しても不思議じゃねえ。
俺の名前が「ステア」。リタは「リタ」。
名前はどうやら同じ。顔も同じ。ただ、服装、態度、部屋の様子から見るに……
あまり想像できないが、どうやら、俺は相当に高い身分に位置しているらしい。
リタは……何なんだろうな。料理長か? とにかく、ここが城ってことを考えると、下働きみてえなもんなんだろうな。
名前も顔も、後俺の言葉遣いなんかに違和感を感じてねえところを見ると、性格すらも全く同じで、違うのは立場や身分。
……まさか、なあ。そんな下手な小説みてえなこと、と思うが……
まさか、これはパラレルワールドという奴なのか??
小一時間近くあーでもないこーでもないと考えた挙句、出た結論は、普段の俺なら絶対に一笑に付すようなそんな馬鹿馬鹿しい考え。
だが……いくら超現実主義者の俺だろうと、現実がこうなってる以上……認めざるをえねえよなあ。
まさか、俺をからかうためだけに、こんな壮大なことするわけねえしな。
よし。
ぽん、と膝を叩いて立ち上がる。
そうなったら、やることは一つだ。
とっとと元の世界に帰る。それしかねえ。
もしすぐには帰れねえようだったら……ぞっとしねえ考えだが、もしこの世界にいるしかねえ、となったら。
そのためにも、情報収集は必要だ。
部屋の扉を開くと、長い廊下といくつものドアが見えた。
手当たり次第に侵入してやりてえところだが、中に人がいたら不審がられるだろうな……
とにかく、誰か捜そう。リタがいたってこたあ、きっといるに違いねえ。
パステル、クレイ、キットン、ノル、ルーミィ。俺がパーティーを組んでいる仲間が。
そいつらを探し出して、何とか話を聞くしかねえ。
そう決心すると、俺は廊下に出た。
歩いていると、すれ違う奴が皆一斉に頭を下げやがる。
慣れない雰囲気に背中がむずがゆくなるような感覚を覚える。
顔くらいは見覚えのある連中。どいつもこいつも、俺が通りかかった瞬間、一斉にばっと頭を下げて「ステア様、おはようございます」と来たもんだ。
まあ、正直ちっとばかりいい気分がしなくもねえ。こんな風に丁重に扱われたのは生まれて初めてだからな。
だが……
何だかなあ。薄っぺらいんだよ。心がこもってねえというか、儀礼的というか……まあ、下働きの主人に対する本音なんて、そんなもんかもしれねえけどな。
誰かを捕まえて話を聞きてえところだが、どいつもこいつも俺と目を合わせようともしねえし。挨拶だけすると、そそくさと離れて行く。
……こっちの世界の俺。何か知らんが嫌われてるみてえだぞ? 何したんだよ、ったく。
そうしてうろうろと城を歩き回っているときだった。
すげえ耳慣れた声が、どこかから響いてきた。
「……新入り侍女としてまず覚えていただくことは……」
耳を済ませる。その声は、ちょうど俺の斜め前の扉の中から聞こえてくるようだった。
しかも……
この、やけに大きな声。喉に引っかかるようなダミ声とでも言えばいいのか。
間違いねえ。この声……キットン?
全ての原因の声を聞いて、一瞬怒りが再燃しそうになったが。
待て待て、焦るな。それはあくまでも元の世界のキットンであって、こっちの世界のキットンには何の関係もねえ。というかキットンで合ってるのかどうか。
好奇心にかられて、扉に耳を当てる。気配を探ると、どうも人は4〜5人いるらしいが、聞こえてくるのはキットンの声だけだ。
まさか……キットンがいる、ってこたあ……
バタン、とドアを開ける。すると、中にいた連中が、一斉に振り返った。
やっぱりか。そこに並んでいたのは、すげえ見慣れた連中だった。
俺よりも絢爛豪華な、だが容姿にとんでもなく似合っている服を身につけたクレイ。フリルがやたらたくさんついたドレスを着たルーミィ。
その後方に、全身を鎧で包んだノル。前方に……おい、これは何の冗談だ? 恐ろしく似合ってねえ燕尾服姿のキットン。
そして。
俺に唯一後姿を向けているのは、蜂蜜色の長い髪を後ろでまとめた女。紺のワンピースに白いエプロンと、城ですれ違った女どもと同じ服装をしていて、何故かキットンに必死で頭を下げている。
こいつは、パステル……だよな。いや、ちょっと待て。何だか見事に服装にばらつきがあるな。もしかして、こっちの世界の俺達は、そんなに身分に差があるのか?
「ステア様。丁度いいところに」
キットンが、深々と頭を下げて言った。
……どうでもいいが、キットンなんぞに「ステア様」と言われるとどうしようもなくバカにされてるように感じるのは何故だろう。
俺が不愉快そうな顔を見せたことに、キットンはやや慌てた様子で頭を下げた。
「し、失礼しました。ええと、紹介します。新しく城に勤めることになった……」
「ぱ、パステル・G・キングと言います。よろしくお願いします!!」
キットンの言葉に、パステルは、ばっと振り向いて頭を下げた。
……おいおい。
まさか、とは思ったが。本当に……下働きかよ、パステルが?
いや、それを言うなら、キットンの奴もどうやら身分的には俺より下らしいな。クレイとルーミィは……格好から察するに、俺と同等、もしかしたら奴らの方が高いか?
人間関係が把握できねえってのは辛いな。誰かに説明してもらいてえ。
と、そこで俺の頭にナイスアイディアが浮かぶ。
新しく城に……ってこたあ、パステルはここに来たばっかりなんだな?
俺に紹介した、ってこたあ、こっちの世界ではこれが俺とパステルの初対面になるんだな?
よし。
「キットン」
「はい!」
呼びかけると、即座に返事が返ってきた。リタやパステルで想像がついたが、やっぱり名前は元の世界と同じらしいな。
「やけに田舎くせえ女だな」
「はあ?」
「なっ……!!」
俺の言葉に、キットンはぽかんとして、パステルは真っ赤になった。
……何つーか、いちいち反応が元世界のパステルと同じ、というところが、性格を表してるよな。
賭けてもいい。こいつら、立場や身分は違えど、根本的な性格は変わってねえ。
「ステア様?」
「いや、きっとこんな場所に来たのは初めてだろうから、ちゃんと俺達のこと説明してやった方がいいんじゃねえかと思って」
「し、し、しっつれいな!!」
キットンが何か言うより早く、パステルがずかずかと俺の方に歩み寄ってきた。
後ろでノルとキットンが慌てふためいているが、それには気づいてねえらしい。
「わ、わたしだって、城に勤めるって決まったとき、ちゃんと勉強したもん!」
「ほー、じゃあ答えてみな。俺は誰だ?」
「第二王子ステア様でしょ!? バカにしないで!」
…………
パステルの返事に、俺はかなりの間呆けてしまった。
だ、第二王子!?
身分が高い、とは思ってたが、せいぜい貴族……と思っていたのに。王族かよ!?
だが、俺のその様子を、パステルは誤解したようだった。
「え、え、間違えた!? あ、もしかして、第一王子クレイ様でした!? し、失礼……」
「くっ……ははははは!!」
突然響いたのは、それまでずっと黙って事の成り行きを見ていたクレイ。
「あ、あんまりからかうなよ。違う違うパステル。それで合ってるよ。俺がクレイで、そいつが俺の弟のステア、ついでにこの子が妹の……」
「ルーミィだおう! よろしく、ぱーるぅ!」
ルーミィを抱き上げるクレイに、パステルが真っ赤になってぺこぺこ頭を下げている。
それはともかく。
ちょっと待て。何だ、その設定は。
何でもありなパラレルワールドとは言え、あまりにも無茶苦茶だろ!? 俺とクレイとルーミィが兄弟妹!?
頭痛くなってきた……何なんだよ、この状況は……
俺が一人状況についていけず頭を抱えているときだった。
必死に頭を下げていたパステルが、くるっと俺の方を振り向いた。そして……
「か、からかったのね!? ひどい!!」
とわめいた。どうやら、俺がわざと意地悪をした、と思いこんでいるらしい。
いやちげえよ。俺にだってわけがわかってねえんだよ、と言ってやりてえところだが。
しかし何と説明すればいいのやら。こんなこと、逆の立場だったら、俺は絶対信じねえだろうしな。
それに……
本っ当に元のパステル、まんまだな。怒ったら真っ赤になるところ、状況が見えなくなるところなんかそっくりじゃねえか。
そんなパステルを見ていると、むくむくと悪い癖が出てきて……
「俺は何も言ってねえぜ? おめえが勝手に勘違いしただけだろうが」
「なっ……」
「あんまかっかするとしわが増えるぜ。元々大した顔じゃねえのに年くったら泣くことになんぞ」
「なっ、なっ、なっ、何よ!!」
ぶん! とパステルの手がうなる。
あー、俺の悪い癖だよな。どーも、こいつの反応が面白れえもんだから、からかっちまう。
ま、こいつ程度に殴られる程、俺は鈍くねえがな。
その手が頬にぶちあたる寸前で捕まえてやろうと、俺は身構えた。
が。
「な、な、何てことをするんですか!!」
がしっ!!
そんなパステルに、血相を変えたノルとキットンが後ろから羽交い絞めにした。
「あなた、仮にも第二王位継承者に向かって何てことを!!」
「だ、だって……」
「だってじゃありません! 全く。いくら何でも、あなたの態度は侍女として問題がありすぎます! すぐに出ていってもらいましょう!!」
「ええ!?」
キットンの言葉に、パステルが真っ青になった。
いや、待て。ちょっと待て。それは……さすがにまずいだろ。
どう考えても悪いのは俺じゃねえか。なのに何でパステルが追い出されるんだ?
ちら、と目をやると、パステルは今にも泣き出しそうな顔でうつむいている。
……まじいな。
どうすればいいもんか、と俺が頭を悩ませたとき、視線を感じた。
目を上げれば、クレイが、何やら意味ありげな視線を送ってきている。
……助けろ、ってことか? いや、そうだろうな。あのお人よしのこった。こんなパステルを見て、「出て行け」なんて言える奴じゃねえ。こっちのクレイが元世界のクレイと同じ性格なら、だが。
しゃあねえ。
「待て、待てキットン。何も追い出すこたあねえだろ?」
「ステア様! ですが……」
「いや……ええと、あのな。そうだ」
そこでリタに言われたことを思い出せた俺を褒めて欲しい。記憶力がいい方だなんて思ったことはねえが、こんなわけのわかんねえ状況だ。何となく印象的で覚えてたんだよな。
「俺の新しい世話係が来るって聞いたんだけどよ。こいつがそれなんだろ?」
「いえ、まさか滅相も無い! このような新人を……まずは適当なところに配置して仕事を覚えてもらってから、です。パステルが入った部署から、誰か適当な人材をつけるつもりでしたが」
「いや、いい。いい。あのな……」
にやり、と笑みを浮かべて、パステルの腕をつかむ。
「気にいった。こいつ、俺がもらうわ」
「……は?」
俺の答えに、キットンはぽかんとしていた。ちなみにクレイは笑いをこらえていた。
おめえが助けろって合図したんだろうが!? ったく。
「だあら、こいつは今日から俺の世話係だ、っつってんだよ。まさか、文句はねえだろうな?」
俺がたたみかけると、キットンは助けを求めるようにクレイを見たが。
まさか、クレイがそこで「駄目だ」なんて言うはずもなく。
「まあ、いいんじゃないか? どうせ人手が足りてなかったんだし」
と、何とものんびりした返事をした。
第一王子と第二王子が揃ってこう言ったんだ。まさか、嫌というはずもねえ。
……というか、キットンの立場って何なんだ? パステルよりは上で俺達よりは下? 執事頭ってとこか?
……似合わねえ……
「あ、あのっ……」
パステルは、いまいち状況がわかってねえらしく、交互に俺とキットンを見つめている。
……よし。探りを入れるとしたら、やっぱこいつ以外にはいねえよな。
「よし、決まりな。そうと決まったら来い」
「きゃああ!?」
ぐいっ、とパステルの腕をひっぱる。キットンが何か言う前に、部屋の外に出た。
目指すは、さっきまでいた俺の部屋。
そこでじっくり話を聞かせてもらおうじゃねえか?
「ちょ、ちょっと! ちょっと……ステア様! もう少しゆっくり歩いてください!!」
ずかずかずか、と足を進める俺に、パステルがさすがに悲鳴をあげた。
ちっと早かったか。それにしても……
慣れねえっ……キットンに呼ばれたときも思ったが、「ステア様」なんて呼ばれると、全身に寒気が走るっ!
「トラップでいい」
「はあ?」
俺の言葉に、パステルはぽかんとしていた。……ま、そうだろうな。
「トラップ。あだ名みてえなもんだと思え。それと、敬語もいらねえ」
「そ、そんなわけには……」
「いーんだよ。俺がいいっつってんだからな」
俺がそう続けると、パステルは困ったようにうつむいた。
そうだろうな。向こうにしてみりゃ、俺は王子様だもんな。軽々しく「あだ名で呼べ」って言われても困るだろうな。
けど、俺が嫌なんだよ。おめえとの間に、「身分」なんつー壁を作るのは。
「返事は?」
「……あの、本当に?」
「しつけー奴だな。いいっつったらいいんだよ」
俺が重ねて言うと、パステルはしばらくもじもじしていたが、ぱっと顔を上げて言った。
「わかりまし……えと、わかった。わかったわ、トラップ……で、いいんですか?」
「いいんだって」
「……うん。よろしくね、トラップ」
にこっ、と微笑んだパステルの顔は、元の世界のパステルと全く同じ笑顔で……
ちっとドキッとしちまったじゃねえか。ったく。
真っ赤になった顔を見られないように、俺はぷいっと背を向けて歩き出した。
今度は、パステルがちゃんとついてこれるようにゆっくりペースを心がけながら。
部屋に戻ったところで、「ちゃーんと勉強したのかどうかテストしてやる」などと言いながら、うまいことパステルから話を引き出す。
どうやら、この城はアンダーソン王家、らしい。
何でアンダーソンで俺とルーミィが王子と王女? って思わねえでもねえが。
とにかく、現王アンダーソン陛下が、クレイ、俺、ルーミィの父親に当たるらしい。
んで、キットンが想像通り執事頭で、ノルが王様直属の傭兵なんだとか。
パステルは、まあ「田舎くさい」などと言ったのは口からでまかせみてえなもんだったのに、本当に田舎から出てきたばかりらしい。
両親が死んで身寄りがなくなったので、たまたま下働きを募集していたこの城に来たとか。
なるほどなあ……誰だこんなめちゃくちゃな設定考えた奴は。
心の中でこのパラレルワールドの創造主に文句を言いつつ、俺は部屋をもう一度見回した。
何で突然こんな世界に来たのか。パステルの話では、その理由はわからなかった。
ついでに、元の世界に戻る手がかりも、当然つかめなかった。
……俺はこれからどうすればいいんだか。
それに、だ。
ぐるぐると首をまわす。
何つーか……この部屋は、俺の部屋のはずなのに……居心地が悪いんだよな。
寒々しいというか。本当に、これから俺、ここでしばらく過ごすのかあ?
……勘弁してくれよ。頼むから元の世界に戻してくれ。俺は王子なんて柄じゃねえって。
俺が心の中で嘆きながら天井を仰いだときだった。
「でも、トラップって、変わってるよね」
「んあ?」
にこにこと微笑みながら声をかけてきたのは、パステル。
「わたし、王子様って、もっととっつきにくい人たちだと思ってたけど。クレイ様もルーミィ様も、すごく優しかった。トラップも……何だかんだ意地悪だったけど、でも助けてくれたんだよね? わたし、ここに来てよかったなあ」
「…………」
そういやあ、こいつは、両親が死んだからここに来たんだよな。
これから、一人で生きていくために。
辛くねえわけねえと思うが……それを表に出してねえ。やっぱり、こいつは強い奴だ。
「くっ……はっ……ははっ……」
「と、トラップ?」
「いや……」
突然笑い出した俺に、パステルは不審そうな顔を向けて来たが……気にならねえ。
そうだよな。悩んでも、来ちまったもんはしょうがねえ。
基本的な人間関係はわかった。まわりの奴らが、元の世界とほぼ同じ性格だってこともわかった。
それなら……別に、普段通りの俺で過ごせばいいじゃねえか。
まさか一生ここで過ごすなんてこたあねえだろう。それまで、せいぜい楽しんでやればいい。
「何でもねえ……いや、これからよろしくな、パステル」
「うん!」
微笑むパステルに、何故か俺は思った。
世話係り……つまり、ここにいる間は、少なくとも、パステルはずっと俺の傍にいてくれるわけだ。
それなら……この世界も悪くねえ。
何でそう思ったのかは、わからねえけど。
これからのことをキットンに聞いてくる、とパステルが出ていった後。
俺は、無駄に広いベッドにごろっと横たわった。
これからは、この広い部屋で、広いベッドで一人で寝るんだよな。
……気が重い。普段は狭い狭いと文句ばっか言ってたが。
どうしてどうして……俺は、自分で思っていた以上に、あの生活が気にいっていたらしい。
全く。こっちの世界の俺。おめえよくこんなところで寝れたよな……
変な世界に飛ばされて一日目。俺は、想像通りなかなか眠れねえ夜を過ごすことになった。
まどろみの中で、誰かがゆさゆさと肩を揺さぶっている。
耳元で名前を呼ばれたような気もする。
だが、眠気が、その声を意図的に無視した。
やっと手に入れた睡眠。
目を覚ませば、また眠れなくなるに決まっている。
だから……起こさないでくれ。
肩を揺さぶる何かを、無意識につかんで止める。
つかんだ何かは、びくり、と強張ったが……無理に振りほどこうとはしなかった。
誰かが顔を覗き込んでいる気配。……誰、だ?
それはとても暖かい気配。
この冷たい部屋の中で、唯一感じる温もり。
離したくない、と思った。傍にいて欲しい、と思った。
ずっとこのままでいたいと思ったから、あえて目を開けなかった。
何故そう思ったのかは、わからないけれど。
ふっと部屋が静かになる。けれど、ぬくもりは傍にある。
それに安心して……俺は、再び眠りについた。
浅い眠りから、深い眠りへと。
ふっと目を覚ましたのは、一体どれくらい時間が経ったときか。
わからねえが……きっかけとなったのは、胸のあたりにある重み。
……何だあ……?
ふっと視線を下に向ける。とびこんできたのは、蜂蜜色。
……パステル!?
瞬時に目が覚める。何と、パステルが、俺の胸の上にもたれかかるようにして……眠っていた。
傍にあるのは昨日も見た台車。どうやら、朝飯を届けに来たらしいが……
そこで気づく。俺が、パステルの手首をしっかりとつかんでいたことに。
――――!!
異様に照れくさくなって、ばっと手を離す。あれは……夢じゃなかったのか?
つまり、俺を起こそうとしてたのはパステルで……でも、俺が起きなかったもんだから、そのうち自分まで寝ちまった、と。
こいつらしいというか、何というか……
とにかく起こそう。このままじゃ俺が起き上がれねえ。
そう考えて、パステルの肩をつかもうとしたときだった。
目に入るのは、パステルの寝顔。
幸せそうな寝顔。色白な頬と、わずかに開いた唇。思ったより長いまつげ……
…………
無意識のうちに唇を寄せそうになって、俺はぶんぶんと首を振った。
な、何を考えてんだ俺は。パステルなんかに欲情してどうする!?
俺の好みはなあ、こう出るとこはばーんと出て引っ込むところはきゅっと引っ込んでるナイスバディな女なんだよ。間違ってもこんな出るとこ引っ込んで引っ込むところが出てるような幼児体型じゃ……
…………
何でこんなこと考えてんだよ。誰に言い訳してんだ?
俺……まさか、パステルのことが? まさか……
俺がそうやって悩んでいる間も、パステルは起きる気配も見せねえ。
くらくらと理性がとびそうになる。顔を近づける。手を肩にかけようとしたその瞬間。
「ステア様!! 起きておられますか!!?」
ドンドンドン!!
理性を引き戻したのは、ドア越しに響くキットンの大声。
その声に、パステルがうーんとうめく。
や、やばいっ!
ばっと出しかけた手を引っ込めるのと、パステルが目を開けるのは同時だった。
「きゃああああああああああ!!?」
至近距離で見詰め合った直後。響いたのはパステルの悲鳴。
ま、待て待て待て! それじゃ俺が悪いみたいじゃねえか!? いや悪いんだけどな。
けど、先に寝たのはっ……
「お、おめえ……仮にもご主人様のベッドで、よくもまあぐーすか寝れるなあ……」
精一杯平静を取り繕うと、パステルは「えっ!?」と叫びあたふたとまわりを見回した。
そして、初めて、自分が俺の胸の上にもたれかかっていたことに気づいたらしく、真っ赤になって飛びのいた。
「ご、ごめんっ……」
「なんですか今の悲鳴は!? まさかパステルもそこに? パステル、あなた何やってるんですか!!」
パステルの謝罪にかぶさるように響く、キットンの声。その声に、真っ青になるパステル。
あー……まずいな、こりゃ。
どうも元世界のキットンとイメージがずれるが、こっちのキットンは、妙に礼儀作法にはうるせえらしい。下働き、世話係りのパステルが俺のベッドで寝た、なんつったら……怒るよなあ……
「何でもねーよ。朝っぱらからうっせえな。パステルはな、今俺の命令で部屋の掃除してんだよ。わかったら邪魔すんじゃねえ!!」
気がついたときには、外に向かって怒鳴っていた。それっきり、キットンは静かになる。
パステルはしばらくきょとんとしていたが、ようやく、助けてもらったことに気づいたらしい。
真っ赤になって、ぺこりと頭を下げた。
全く。こっちの世界のパステルも……世話が焼ける女だぜ。
「おい、飯持って来たんだろ? 俺、腹減ってんだけど」
「あ、うん。ご、ごめんね」
「ああ? まあいいよ。俺もゆっくり寝れたしな」
そう。何となく思い出す。
なかなか寝付けなくて、浅いまどろみを繰り返して……
ぐっすり眠れたのは、パステルの温もりのおかげだった、と。
よっ、と身体を起こしてベッドから下りる。すると、パステルが意外そうな顔をした。
「え、トラップ……どこ行くの?」
「ああ? だあら、飯」
「ここで食べるんじゃ……ないの?」
……ここお?
ここって、ベッドの上か?
「んなところで食うわけねえだろ。何のためにテーブルと椅子があんだよ」
「そ、そうなの? 王族の人たちって、何となく、そんなイメージがあって」
どんなイメージだよ、そりゃ。それは多分間違った認識だぞ。
「いいからさっさと準備してくんねえ? 俺、マジで腹減ったんだけど」
「ご、ごめんっ。ちょっと待っててね」
どかっ、と椅子に腰掛けた俺の前に、パステルはあたふたと料理を並べ始めた。
どの料理もうまそうだったが……一体パステルはどれだけ寝てやがったのか。どれもすっかり冷めきっていた。
「ご、ごめんね。あの、よかったら温めなおしてもらってこようか?」
「ああ? ……別にかまわねーよ」
よく考えたら、昨日の朝食はベッド脇に放り出してあったもんな。
あれは、もしかして俺が起きなかったから放っていったのか? ったく、誰が置いてったのか知らねーが、それが王子に対する態度かよ。
そう考えたら、こいつは俺が起きるまで待とうとしてくれたんだもんな。文句を言うのはやめといてやるか。
冷めてたってうまいしな。
そうして俺は食べ始めたのだが。
目の前のパステルは、料理に手もつけず、じーっと見てるだけ。
……他人に見られながら一人で食事するのが、これほど気まずいとは思わなかったぜ。
「おめえは食わねえの?」
「え? 何言ってるのよ。それはトラップのご飯。わたしは後でみんなと一緒に食べるの」
「ふーん……でも、もうこんな時間だぜ?」
「え?」
俺が壁にかかった時計を指差して、初めてパステルは、今がもう朝より昼に近い時間だと知ったらしい。
「嘘お……もうご飯の時間終わってる……」
「ま、しゃーねえよな。眠っちまったおめえが悪いんだし」
「な、何よお!! そ、そりゃ……そうなんだけど」
面白いくらいにしょぼんとうなだれるパステル。
本当に……おめえって奴は。どこに行っても、どんな世界でも変わらねえよな。
「ほれ」
「え?」
俺がフォークで料理を刺して突き出すと、パステルはきょとんと首をかしげた。
「食わねえの?」
「え? だって……」
ぐーっ
パステルは、さすがに断ろうとしたらしいが。
自分の腹から響いた盛大な音に、真っ赤になってうつむいた。
本当に……面白え。けど色気のねえ奴だな。
「ぷっ……くっ、くくっ……」
「な、何よお! 笑うことないでしょ!! 朝すっごく早かったんだからあ!!」
「わりいわりい、つい本音が……」
「本音って!!」
「ほれ」
ぐいっ
もう一度フォークを突き出す。パステルは、俺と料理を交互に見やって……ぱくり、と、恥ずかしそうに口にした。
「どーだよ、うめえだろ」
「うん……うん、すごく美味しい! わたし、こんな美味しい料理初めて!」
「よかったな」
それからしばらくかけて、二人で一人分の料理を食い終えた。
量だけなら、俺が普段食ってる量より随分と少ないが。
何だか、えらく満足できたのは……多分、気のせいじゃねえな。
その後、皿を下げて今後の指示を受けるべく、パステルは部屋を出て行った。
取り残された俺には、何もやることがねえ。
「ったく。王子ってーのは退屈な身分なんだな」
椅子の背もたれにもたれかかって、本棚に並んだわずかな本のタイトルを見ていたときだった。
コンコン
響いたのは、遠慮がちなノックの音。
何だ? キットンか、パステルか? まあ誰でもいいか。退屈しのぎにはなんだろ。
「開いてっぞー」
「失礼するよ」
がちゃん
ドアから入ってきたのは、クレイだった。相変わらず、正統派王子様的デザインの派手な服を着ているが。
不思議と、よく似合うんだよなあ。まあ、元からこいつはそういう顔だったしな。
「あんだ、クレイか」
「随分な言い草だなあ、トラップ。今日はいつものとこには行かないのか? せっかく迎えに来たのに」
……いつものとこ?
何だそら。というか……
……今、こいつ、トラップって……呼んだか? 呼んだよな。
何でだ? こっちの世界では、俺はステアじゃねえのか? トラップと呼ばせてるのは、パステルだけのはず……
「おい、クレイ」
「ん?」
「あのさ、変なこと聞くけど……」
「ああ」
「俺の名前ってステアじゃねえのか?」
俺の言葉に、クレイは目を点にしていた。
ま、そりゃそうだろうなあ……どこの世界に自分の名前を他人に尋ねる奴がいるんだよ。
「何言ってるんだ? あんな親父のつけた名前なんかで呼ばれたくないからトラップと呼べと言ったのは、お前だろう? トラップ。お前、おかしくなったか……?」
「ち、ちげーよ!! 実は、だなあ……」
親父? 親父ってアンダーソン陛下のことだよな? 何でそこでその名前が出るんだ?
いやいや、今はんなこと気にかけてる場合じゃねえか。
クレイは、何やら不審な目を俺に向けていて。俺はそれに思いっきりうろたえて……
ああもう! どう説明すりゃいいんだよ!?
いやいや、けど待てよ俺。よーく考えてみろ。
パステルは所詮この城に来たばかり。事情だってろくにわかっちゃいねえから、得られた情報なんざわずかなもんだ。
だけど、俺の兄貴……ってことになってるクレイなら、そりゃーもう生まれたときからこっちの世界の「俺」と一緒にいるんだよな?
なら、クレイをうまいこと言いくるめりゃあ……もしかして、もっと色んな情報つかめるんじゃねえか?
「いやさ、聞いてくれよ、クレイ実はな」
「うん」
「俺さ、記憶が何か色々無いんだわ」
がたたっ!!
俺が深刻な表情を作って言うと、クレイは、腰を抜かしたように床に座り込んだ。
大げさな奴だなあ……いや、それが普通なのか? よく考えたら、俺、さらっとすげえこと言ったよな
「と、トラップ……?」
「いやあ、何でだろーな? おめえの名前とかはちゃんと覚えてんだけど、何かところどころで記憶がすっぽり抜けてるんだよなあ。昨日朝起きたとき、床で寝てたからな。もしかしたらベッドから落ちて頭打ったのかもしんねえ」
「おいおい……」
俺の言葉に、クレイは呆れたようにベッドに目をやった。
「よくあんな大きなベッドから落ちることができたなあ……」
「うっせーな。しょうがねえだろ、落ちたもんは。で、まあんなわけで、俺たまに変なこと口走ったり当たり前のこと忘れてるかもしんねえ。ちっと色々教えてくんねえか? 記憶取り戻す手伝い。おめえなら大抵のことわかるだろ?」
俺が言うと、クレイはため息をついて椅子に座った。
「まあなあ。なっちゃったものはしょうがないな。それにしても、そうだったのか。それで昨日、様子がおかしかったんだな?」
「は?」
おかしい? おかしかったか、昨日の俺?
パステルをからかうなんざ、俺にとって日常茶飯事な出来事なんだが。
「おかしいと思ったんだよな。お前が俺とルーミィ以外の人間とあんな風に話すなんて」
「はあ??」
クレイの言葉はわけがわからなかった。
何でだ? こっちの世界の俺、もしかして無口なのか?
「お前……まさか、それも覚えてないのか?」
俺の様子に、クレイはかなり驚いたようだったが。やがて、ふっと微笑んだ。
「まあ、いいさ。忘れるには忘れるなりの理由があるってことだろう? 忘れた方がいい記憶だってあるんだ。俺に教えられることはできる限り教えてやるけど、どんな風に変わったって、お前はお前だよ、トラップ」
クレイの言葉は、何だか妙に意味ありげだったが。
まあ、全部を一度に知ろうってのは無理だよな。のんびり聞いていけばいいか。
とりあえず……
「あのな、いつものとこって、どこだ?」
「ん? ああ、俺達がよく行っている、森の奥にある泉のほとりだよ。誰にも知られてない穴場で、二人だけの秘密基地にしてたんだ。俺達、週に四回はそこに出かけてたんだぜ? 本当に覚えてないのか?」
「わ、わりいな……」
そうか。こっちの世界の俺も、やっぱりクレイとは親友同士だったわけだな。
いや兄弟だから親友ってのはおかしいか?
「で、どうするんだ? 行くか?」
「ああ、そうだな。連れてってくれ」
こっちの世界の俺が秘密基地にしていた場所。興味があるな。
クレイから色々聞きだすチャンスだし。どーせ暇だしな。行くしかねえだろ。
「よし、じゃあ早速……」
クレイが立ち上がったときだった。
コンコンコン
再びノックの音。今度は誰だあ?
「開いてっぞー」
俺が声をかけると、がちゃっとドアを開けて入ってきたのは、パステル。
「失礼します……あ、トラップ。あのね、キットンに言われたんだけど……」
そう言いかけて、そして視線がクレイに止まる。
そのまま、パステルはかちん、と硬直した。
……どーしたんだ? こいつ。
クレイの方を見ると、クレイはクレイで茫然としたようにパステルを見ている。
何だあ?
しばらく考え込むが、やがて、ふと思い当たってポンと手を叩く。
そーか、何かすげえ忘れてたけど、一応俺って王子なんだよな。んで、クレイも王子。で、パステルは下働き、って立場なんだよな?
下働きが王子に対してあだ名でタメ口。そりゃあ……まずいよなあ。
「くくくクレイ様!? し、失礼しましたっ。あの、あのっ……」
面白いくらい慌てふためくパステル。クレイは、そんなパステルをじーっと見て……
ぷっ、とふきだした。すぐに、それは大きな笑い声になる。
「か、可愛いなあ、君。パステルっていったっけ?」
「は、はいっ」
「よかった、トラップとはすっかり仲良くなったみたいだね。安心したよ」
そんなクレイの様子に、パステルはぽかんとしている。
ま、そりゃそうだろうな。どう見ても王子の態度じゃねえぞ、それ。
けど、ちっと安心したな。やっぱ、こっちの世界でもクレイはクレイってことか。
「気にすることねーよ。俺がそれでいいっつったんだからな」
パステルを安心させるために、ひらひらと手を振って続けてやる。
「心のこもってねえ儀礼的な敬語なんかより、ずっといいさ。なあ、クレイ?」
「そうだな」
俺が話を振ると、クレイは苦笑をはりつかせて頷いた。
おめえもわかってんだろ? 俺が誰のこと指してんのか。
昨日廊下ですれ違った他の使用人達の、すげえ丁重だけど全く心のこもってねえ挨拶。
あんな挨拶されるくれえなら、いっそ無視された方がマシだ。
パステルの言葉遣いは、王族に使う言葉遣いじゃねえかもしれねえが。
それでも、その笑顔は本物だ。そっちの方が何倍もいい。
パステルは、しばらく俺とクレイを交互に見つめていたが、やっと安心したのか微笑みを見せた。
そして。
「あの、トラップ。わたし、キットンからトラップの指示を受けろって言われてきたんだけど……」
と言ってきた。
ああ、そういや、こいつは一応仕事中ってことになるんだよな。
けど、俺の指示? こいつにしてもらいてえこと、ねえ……
「ああ? あーそっか。おめえ世話係りだもんな。っつっても、別になあ……」
こういうとき、普通の王族なら何て言うんだろうな? 掃除か? それとも着替えを手伝え、とか?
けどなあ……こっちの世界の俺がどうだか知らねえが、俺としては、だ。パステルとは、対等な関係でいてえんだよ。命令なんてしたくねえ。「お願い」ならともかく。
うーん、と首をひねってみたが、すぐに手を叩く。
何も迷うこたあねえじゃねえか。
「そーだクレイ。こいつも一緒に連れてってやっていいか?」
「え?」
「ああ、構わないよ」
首をかしげるパステルと、すぐに頷くクレイ。
そーだよな。迷うこたあねえよ。俺の世話係りなんだしな。ようは俺の傍にいりゃあいいってことじゃねえか。
「よし、決まりだ。えーと、こんな時間だしな。昼飯は……」
「リタに頼んで弁当を作ってもらえばいい」
俺の言葉に、クレイが即座に言う。もしかしたら、いつものことなのかもしれねえな。
「うっし。パステル、おめえ厨房に行ってきてくれ。弁当三人分な」
「う、うん……」
パステルの顔は不安そうだ。何を心配してんだ?
まさか……
「おめえ、まさか厨房まで一人で行けねえ、とか言うなよ?」
「なっ!? ちっ、違うわよ!!」
えらく慌てたところを見ると、想像通り、こっちの世界のパステルも方向音痴みてえだな。
ったく。やっぱパステルはパステルか。
「本当かあ? ついてってやろうか?」
「い、いいわよっ! 一人で行けるわよっ。待ってて、すぐに戻ってくるから!」
そう言い残すと、パステルは部屋を飛び出していった。
大丈夫かあ? ……まあ、城内だしな。迷うったってたかが知れてるだろうが。
いやいや、あいつのことだしなあ……
俺が不安を拭いされずにドアを眺めていると、後ろから「くっくっくっ」という笑い声が響いた。
振り向くと、腹を抱えてうずくまっているクレイ。
……何がそんなにおかしいんだよ。
「あんだよ」
「いや……お前はわかりやすいなあと思って」
「はあ?」
何が言いてえんだよ、ったく。
俺が憮然としていると、クレイは立ち上がって肩を叩いた。
「まあ、俺は嬉しいよ。お前がやっと心から素直になれる相手が見つかって。うまくいくように祈ってるから」
「はああ?」
……心から、素直になれる相手?
何のことだよ、そりゃあ。やっと、って……
俺にとっては……クレイも、ルーミィもキットンもノルも、もちろんパステルも……素直になれる相手だぜ? いや、パステルは、ちっと違うかもしれねえが。それにしたって……
こっちの世界の俺。おめえ、一体どんな奴なんだ?
パステルが戻ってきたのは、それから30分後くらいだった。
どうやら、道には迷わなかったらしい。
そうして三人で出かけたわけだが、城を出るところでまたひと悶着が起きた。
どうやら、普段俺……こっちの世界の俺とクレイは、馬でその場所まで出かけてたみてえなんだが。
ちなみに俺は馬に乗った経験はほとんど無い。馬車なら腐るほどあるが……まあ、運動神経には自信があるしな。何となるだろう。
問題はパステルだ。「馬を出してくる」と聞いて、あからさまに青ざめやがった。
まあ、この鈍くさい女が、あんなバランス感覚を問われる乗り物に乗れるわけがねえよなあ。
「心配しなくてもいいよ。パステルの分の馬もちゃんとあるから」
気がきくようでどっか抜けてるクレイは、そんなパステルの顔に何か誤解した解釈を下したらしい。
全く、わかってねえなあ。
「あに言ってんだよ。こんな奴乗せたら、馬が気の毒だろうが」
「なっ……!!」
俺の言葉に、パステルは相当頭にきたらしく、腕を振り回して無言の抗議をしてきた。
声に出さねえのは、多分、「じゃあ乗れ」と言われるのが怖いから、だな……間違いねえ。
「おいおい、トラップ、いくら何でも……」
「必要ねえって。おら、さっさと俺とおめえの分の馬、出してこいよ」
「あ、ああ……」
クレイが馬小屋に消えた後、パステルは恨みがましい目で俺を見てきた。
「じゃあ、わたしだけ歩きなの? そもそも、一体どこに行くつもり?」
「んあ? あーそういや説明してなかったな。ま、来りゃあわかるって」
「もーっ」
説明してやりたくても、俺にもよくわかんねえんだよ。
クレイと二人だけの秘密基地、ねえ……一体どんな場所なんだか。
クレイが戻ってきたのは、それからすぐだった。
素人目に見ても立派な体格の馬を二頭連れている。
……大丈夫だよな。一応基礎くらいは知ってるし。何とかなるよな。
ひょい、とクレイが馬にまたがる。その動きを真似して、俺もどうにか上に乗る。
おー、思ったより高えな。やっぱ俺の読みは正解だな。これはパステルには無理だ。
「おら」
「……え?」
馬上から手を伸ばすと、パステルはきょとんとした目を向けてきた。
……ったく。鈍い奴。
「あにやってんだ。さっさとつかまれ」
「え? あ、うん」
ぎゅっ、とパステルが手をつかむ。そのまま、一気にその身体を馬上までひきあげて俺の前に座らせる。
「き、きゃああああ!?」
「ばっか暴れるな! おめえ、どうせ馬になんか乗れねえだろ」
ぼそっと耳元で囁くと、パステルは真っ赤になって頷いた。
ほれ見たことか。俺に感謝しろよ、ったく。
「やっぱりな。だあら、乗せてやるよ。ほれ、しっかりたずな握ってろ」
「う、うん」
たずなを握らせていると、「くっ……はっ、はははっ。よかったな、トラップ」と、後ろから声がした。
振り向くと、クレイの野郎は肩を震わせて笑っていた。
……何が「よかったな」だよ。俺だって馬なんか慣れてねえんだぞ? こんな鈍い女と二人乗りなんて、今から気が重いんだからな。
……嫌、じゃねえけど。
じろり、とにらんでやると、クレイはさっと視線をそらして馬を進めた。
秘密基地までは、馬ならそう遠くは無いらしい。
クレイの先導でたどり着いた場所は、時間はそうかからなかったものの、かなり森の奥深くに行ったところだった。
クレイの言った通りの場所。訪れる人間はほとんどいない泉のほとり。近くには小屋もあって、のんびりしゃべるにはうってつけの場所だった。
「まあ、ルーミィがもうちょっと大きくなったら連れてきてあげようとは思うけどね。まだしばらくは、二人だけの秘密の場所にするつもりだったんだ。ここなら、気兼ねなくしゃべれるしね」
とは、パステルに説明するクレイの言葉だが。
もう「二人だけ」の秘密の場所じゃねえんだよなあ。すまんな、こっちの世界の俺。まあ許してくれ。
保証してやるよ。おめえだって「俺」なんだろ? 性格も何もかも同じ、違うのは身分だけの「俺」。なら、おめえだって絶対パステルならいいって思うはずだ。
俺がそうだからな。
「……でも、そんな場所にわたしを連れてきて……いいの?」
その言葉に、パステルは不安そうに俺を見てきたが。
「ああ、構わないよ。パステルは特別だよ。なあ、トラップ?」
「?」
即座に答えたのはクレイ。不思議そうなパステル。
クレイ。
おめえは……パステルとためはれるくらい鈍いくせして、何でこーいう余計なことばっかり鋭いんだよ!!
「うっせえ」
小さくつぶやいて顔をそむける。
それは、真っ赤な顔を見られたくなかったから……じゃねえぞ。断じて違うからな。
多分。
それから、俺達はだらだらと日が暮れるまでしゃべり続けた。
リタが作ってくれたという飯はうまかったしな。何つーか、城の中は息がつまって落ちつかねえ。あんなところで暇を持て余してるのに比べたら、こっちの方がずっといい。
「美味しい。誰かと食べるご飯って、美味しいね」
弁当を食べながら、パステルはにこにこして言った。
聞くと、昨日の昼飯も晩飯も、キットンに怒られたり俺としゃべっていたりしたせいで、一人だけ時間がずれてみんなと食べれなかったとか。
一人で食う飯がうまくねえってのは、同感だな。それは俺も昨日思ったことだ。
「んじゃ、明日っから、俺の飯運んでくるとき、おめえの分ももらってこいよ」
そう思ったとき、言葉は意外にすんなり出てきた。
「え?」と不思議そうな顔をするパステルに、さらに続けて言う。
「一人で食ったってうまくねえんだろ」
それは、パステルに向けた言葉というより、俺自身の気持ちでもあったんだが。
パステルはしばらくきょとんとしていたが、見かねたのか、クレイがわかりやすく説明した。
「明日から、一緒に食事しようって言われてるんだよ。あいつ照れ屋だから、素直に言えないんだ」
……うっせえよ。
別に、深い意味なんざねえよ。……飯を楽しく食いたい、そう思って何が悪いんだ?
「え? 別に照れるようなことじゃないと思うけど……わたしも一緒に食事できて嬉しいし」
それをまた、鈍感なパステルは意味を正しく理解してねえし。
「おい、これは大変だぞ。がんばれよ」
肩を叩いてくるクレイを、手荒に振り払う。
ったく。
大変なことはなあ……わかってんだよ。ずーっと前から、な。
まあ、そんな感じで今日は終わった。
「また、ここに来るときは一緒に誘ってくれる?」
帰るとき、パステルは嬉しそうに言った。
「ああ、もちろん」
「駄目だったら今日だって誘わねえよ」
クレイとそう言ってやったときのあいつの笑顔。それを見て笑うクレイ。それは、元の世界の二人と、全く同じ表情だった。
わけのわかんねえパラレルワールドだと思ってたけど……
この世界も、慣れれば、悪くねえかもしれねえな。
基本的に、俺は別に何もすることがねえ。
ただ起きて飯食って、それで一日が終わる、そんな生活を送っても、誰も文句を言う奴はいねえらしい。
だが、この俺が、だ。んな退屈な生活に耐えられるはずもなく。
三日と空けずにクレイとパステルと秘密基地に出かけたり、城の中を散策したり、パステルをからかったり、そんな生活を送ること一週間。
気いついたらすっかりこっちの世界に慣れ親しんでいたりするが。
変化が現れたのは、一週間と一日後だった。
その日、いつものように朝飯を食って、パステルが皿を厨房に下げに行った後のことだった。
食後の茶を飲んでいると、ノックの音が響く。
……何だ? 戻ってきたにしてはやけに早いな。
「開いてっぞ。誰だ?」
「失礼します」
入ってきたのは、キットン。いつもの全く似合わねえ燕尾服姿で、俺の前にびしっと立って言った。
「ステア様。本日いつものように家庭教師が参りますが……」
ぶはっ!!
キットンの言葉に、俺は飲んでいたお茶を吹き出していた。
か、家庭教師だとお!? あんだ、そりゃ!!?
「いかがなされました?」
「い、いや、何でもねえ……家庭教師? そうだったっけな?」
「お忘れですか? 週に一度は必ず呼ぶようにと、陛下より承っております」
陛下? ……ああ、こっちの世界の俺の親父か。
っつーか元世界で言うところのクレイの親父だよな。やっぱ、同じような性格してんのか?
「あの、話を続けてもよろしかったでしょうか?」
「あ? ああ、いいぞ」
「えーと、ですね。本日は朝十時より来られるとのことです。今日は経済学の授業だそうですので、教科書を用意しておいてくれ、とのことでした。よろしくお願いします」
「あ、ああ」
「では、私はこれで失礼します」
元世界のキットンでは絶対できねえような丁寧な礼をして、キットンが部屋を出る。
経済学、ねえ……
まさかこの俺が、そんなものを勉強する羽目になろうとは。
っつーか、教科書? どこにあんだよ、それ。
机の引き出しを開けてみたが、簡単な筆記用具と紙が入っているだけで、本の類はなかった。とすると、本棚かあ?
棚の方に歩み寄る。小難しそうな本ばっか並んでたから、ほとん見てなかったんだが。
タイトルを見ていくと、「経済学のすすめ」とやらが目に入った。もしかしたら、これか?
ずるっと本を引き出したとき……ふと、俺の目に、まるで隠すように置いてある本が目に入った。
背表紙ではなく表紙を向けて並べてある本。その上に普通に本が並べてあって、一見してもわからねえようになっているが……
上に並べてある本をよけると、そこから出てきたのは「日記」と書かれた本だった。
署名は、「ステア」。
……ステア? って俺だよな。
こっちの世界の俺……日記なんざつけてたのか!?
そのときだった。
コンコン、とノックの音。思わず、日記を背中に隠す。
「あの、トラップ? 今日は……」
顔を覗かせたのはパステルだった。こいつは、毎日食事の片づけをすませると、今日は何をするべきなのか俺に聞いてくる。
まあ、色々言ってるが、ようするに「俺の傍にいろ」と言うのがいつものパターンなんだが。
「あー……今日はな、家庭教師が来るから。おめえ、自由にしてていいぞ」
そう言うと、「わかった」と一言だけ告げて、パステルは出て行った。
足音が遠ざかるのを確認して、もう一度日記を取り出す。
ぱらぱらとめくってみると、「日記」とは名ばかりで、やけに日付がとんでいた。
どうやら、気が向いたときだけ書いてたらしいな。……俺らしいっつーか。
ちなみに、この世界の暦は、ジグレス暦じゃねえ。聞いたこともねえ暦だった。
日記の最後の日付が最近のものだとすると、今は323年になるらしい。そして、日記の一番最初の日付は、313年。
おいおい、こっちの世界の俺。そもそも日記をつけるっつー習慣があったことすらちと意外なんだが……いくら何でも、同じ日記帳を十年も使ってるっつーのは、既に「日記」とは言わねえんじゃねえか?
俺が密かに苦笑して1ページ目を読もうとしたときだった。
ごんごんごん
再び響くノックの音。
「ステア様、家庭教師のアンドラスです。失礼いたします」
やべっ、家庭教師のことすっかり忘れてたぞ!? しかもアンドラス!?
どうやら、この世界の人間はとことんまで元世界と同じ住人で構成されてるらしいな。まあわかりやすくていいんだけどよ。
「あー、アンドラス? あのよ、わりいんだけど……」
どどどっ、とドアにかけより、鍵をかけながら言った。
「俺、今日ちっと気分が悪くてな。わりいけど、休ませてくんねえ?」
「ステア様。ですが……」
「ですがじゃねーよ! 病気だっつってんだろーが。何なら明日でも明後日でも代わりを受けてやっから、今日は本当に休ませてくれ」
俺がそう言うと、アンドラスは「わかりました」とだけ言って、部屋の前から去って行った。
わりいな。もしかしたら、親父から怒られるのかもしれねえけど。
こんなもの見つけちまっちゃあ、どうせ勉強になんかなんねえだろうしな。
俺は、ベッドに横たわると、日記をめくり始めた。
稚拙な字で最初に書かれていたのは、
「今日から日記をつけろってアンドラスに言われた。めんどくせえなあ。そう言ったら、『文章を書くのに慣れておくのは必要なことです』って言われた。しゃあねえ、やるか」
こんだけ。
おいおい、こっちの世界のさらに十年前の俺。これは日記とは言わねえぞ、多分。
それからも、似たような短い文章だけがとびとびに書かれている。大抵は、「今日はクレイと基地に行った」だの「今日の勉強はつまらなかった」だの、どうでもいいような文章だが。
ばらばらと流し読みをしていく。結構な厚さがある割りに、あっという間にページは進んで行ったが……
あるページに来たところで、俺は思わず身を起こした。
そこに書かれていた日付は、今からちょうど6年前。年齢が元世界の俺と同じなら、12歳のときってことになる。
そこに書かれていたのは……
「今日、キットン達が話をしてるのを聞いた。俺はクレイと半分しか血が繋がってねえしょうふくの王子だって言ってた。俺がいるのに気づいて慌てて話をやめてたけど、気づくのがおせえよ。でも、しょうふくってどういう意味だ?」
「しょうふくの意味を聞いてみたけど、誰も教えてくれねえ。しょうがねえから辞書を引いてみた。愛人の子っていう意味らしい。そっか。俺って親父の子ではあるけど、母ちゃんの子じゃあなかったんだ。だから、母ちゃんはいつも俺を冷たい目で見てるんだな」
「親父に『何で俺をひきとったんだ?』って聞いてみた。『クレイに万が一のことが起きたとき、かわりが必要だろう』って親父は言った。そうか、俺はクレイのかわりなんだ。
だから、城の連中は、みんな俺のことを心から大事にはしてくれねえんだな。俺に対する態度とクレイに対する態度が全然違うもんな。同じにしてるつもりかもしれねえけど、ばればれなんだよ」
「今日から俺の名前はトラップだ。第二王子ステアじゃねえ。俺は代用品なんかじゃねえ」
「クレイはいい奴だ。『俺、お前とは半分しか血が繋がってないんだってな』って言ったら、『何言ってるんだ。お前が俺の弟だっていう事実には、何の関係も無いだろう』って言って小突かれた。あーあ、あいつはどうしてあんなにお人よしなんだろうな」
「今日、ルーミィが家に来た。髪の毛が銀色で、俺にもクレイにも全然似てねえ。母ちゃんの目は、やっぱり冷たかった。そうか、ルーミィも妾腹の子なんだな。俺と同じか。だけど、まだ赤ん坊のあいつは、そんな事情なんか知らねえですげえ無邪気に笑ってた。羨ましい」
「もうこんな王家なんか知らねえ。クレイさえいれば十分なんだろう? 俺がこんなところにいる理由は何だよ。俺はいつか絶対出て行ってやる。こんな王家、いつか絶対に捨ててやる」
そこで、日記は終わっていた。
ばたん、閉じて、元の場所に戻しておく。
何だかなあ……このことだったんだな。クレイの言っていた「忘れていた方がいい記憶」ってのは。
妾腹の王子……ね。なるほど。
道理で。城の連中が、俺に対して上っ面だけの礼しかしねえわけだ。
クレイやルーミィが兄妹なんておかしいと思ってたんだよな。全く似てねえじゃねえか。……そういう理由かよ。ったく。
もちろん、これはこっちの世界の俺の事情であって……俺には何の関係も、無い。無いはず……だ。
けど……何なんだろうな。この胸の中に残る、異様な寂しさは。
馴染んじまったっていう証拠なんだろうな。元世界に戻る方法は全然わかんねえし、もうこうなったらこっちの世界に移住するしかねえ、どうせみんなここにいるんだからそれもいいって、心の奥底で思い始めてたっていう……証拠なんだろうな。
はあ。
何でだかため息が漏れた。何と無く窓辺に近づいて外を見る。
どぐん
そして、心臓がはねた。
窓の外に広がるのは森。真下に見えるのは、城の中庭。
その中庭に……クレイとパステルが、いた。
何を話してるかまではわかんねえが、ベンチに腰掛けて、何やら楽しそうに話している。
……パステル。
そうか、そうだったよな。
そういえば、元世界のおめえは……クレイのことが、好きなんだったよな?
性格も外見も全く同じなんだ。元世界でそうだったのなら、こっちの世界でも……当然、そうだよな?
……何だよ。何で、こんなにショックを受けてんだよ、俺は。
気にすること、ねえじゃねえか。パステルが誰を好きだろうと……
そのとき、眼下で、二人が立ち上がった。そのまま、城内へと入っていく。
ほとんど反射的だった。反射的に……
俺は、部屋を飛び出していた。
パステルとクレイがどこへ行ったのか。
何しろ、この城は広い。一週間もここにいたが、いまだに俺は行ってねえ場所があるくれえだ。
だけど、予感がある。
それは、すげえ当たって欲しくねえ予感だが……悲しいことに、俺の予感は、当たるんだよな……
向かったのは、クレイの部屋。
俺の部屋から結構離れた場所にあるが、1〜2度行ったことがある。
そこに駆けつけて、そっとドアに耳を寄せる。
聞こえてきたのは……俺の予想が当たっていたことを示す声。
内容まではよく聞きとれねえが、中から響く笑い声は、間違いなく……クレイとパステルだ。
……随分と、楽しそうだな。
いっそ、部屋に踏み込んでやろうか。
そんな考えが浮かぶが、自分がみじめになるだけだと思いなおす。
……わかってたこと、だろ?
そうだ。わかってたはずだ。こうなることは。
だから、俺は気にしないふりをしていた。自分の気持ちに気づかねえふりをしていた。
認めたくはなかった。どうせ実るわけがねえと思っていたから。
パステルのことが好きなんだと……認めたく、なかった。
パステルがクレイの部屋から出てきたのは、そろそろ昼飯の時間になる、というときだった。
自分の部屋に戻ろうと何度も思ったが、結局、そのままクレイの部屋を見張っていた。
我ながらバカなことをしていると思う。通りすがりの使用人達がすげえ不審な目で俺を見て行ったが、にらみつけると何も言わずに去って行った。
……気にくわねえ。本当に、気にくわねえ。
何で認めちまったんだ。何で気づいちまったんだよ。
自分のバカさ加減に腹が立ってくる。全く、何で……パステルなんかに、惚れちまったんだよ。
パステルは、両手いっぱいに本を抱えて、上機嫌で歩いていく。どうやら、自分の部屋に向かおうとしているみてえだが……
「おい」
「きゃあ!?」
ぐっと肩をつかむと、ばさばさと本を落として振り向いた。
その顔に、意外そうな表情が浮かぶ。
「あ、トラップ。もう勉強は終わったの?」
「ああ、まーな」
「じゃあ、昼食もらってくるね。部屋で待っててくれる?」
「ああ……」
おめえ、一体クレイの部屋で何してた?
俺がいねえ間……何を、話してたんだ?
聞きてえことは山のようにあったけど、それが言葉になる前に、パステルはさっさと階段を上って行った。
なあ、パステル。
おめえは、知ってるのか? 俺が妾腹の王子だってことを。
おめえが最後にクレイを選ぶ理由に……それは、含まれているか?
先に部屋に戻って待っていると、パステルが昼食を運んできた。
もっとも、腹なんかちっとも減ってなかったが。
機械的に口に運んでいく。パステルは、何やら色々と言ってきたが、ほとんど聞いちゃいなかった。
「ああ」とか「うん」とか適当な返事をしているうちに、やがてパステルも何も言わなくなった。
……どうすればいい。
黙って、諦めて、それで俺はいいのか?
やっとわかった。クレイが、「心から素直になれる人間が見つかってよかった」と言っていたわけが。
日記からあふれてきていたのは、誰も信じないという暗い思い。
生まれたときから代用品であることを強制されて、誰も本気で向き合ってはくれなくて、クレイのことを憎みたかったのに憎めなくて、怒りのやり場を失った人間。
それが、こっちの世界の「俺」。……何だかなあ。自分だから、って言うわけじゃねえけど……哀れ、だよな。
けど、パステルは……違う。絶対に、違う。
こいつだけは、そんな身分とかを気にするような人間じゃねえ。俺が妾腹だろうが正当な後継者だろうが……変わらない態度を取ってくれたはず、だ。
唯一心を許せる存在。そんな存在さえも、クレイにくれてやるなんて……いくら何でも、あんまりじゃねえか?
そう思ったとき、俺はつぶやいていた。
「……あのさあ」
「ん? 何?」
やっと俺から話しかけてきたのが嬉しいのか、パステルが身を乗り出してくる。
……聞くぞ。聞いちまうから、な。
俺にとって、おめえは唯一の心の拠り所だから。おめえがいてくれるおかげで、俺はこの冷たい城で、元世界と同じように過ごすことができたから。
だから、聞かせてくれ。本当のことを。
「いや……おめえ、午前中……」
「うん?」
「……おめえ、午前中はクレイと一緒にいたのか?」
「え? うん、そうだよ」
あっさりと答えてくる。
……隠そうとしねえってことは……やましいことはしてねえ、そう思っていいのか?
「……あに、してたんだ?」
「うん。中庭にいたんだけど、そこで偶然クレイに会ってね。部屋に誘われたから、本を読みながらおしゃべりしてたの」
部屋に誘われた。
そうか、誘ったのは、クレイの方か……あいつに限って、妙な下心を持ったりはしねえと思うが。
それにしても……この、鈍感女が。
二人っきりで、部屋に誘われて……それで、普通のこのこついていくか? いや、確かにパステルとクレイなら、滅多なことは起こらねえだろうけどよ。
それを言うなら、俺とだってしょっちゅう二人きりだしな。
それにしても……
「おめえ、クレイが好きなんか?」
「はあ??」
我慢できずに漏らした質問。
その質問に、パステルは心底不思議そうな顔をした。
「な、何言ってるのよ突然」
「いんや、別に。たださあ」
平静を装いながら、内心はびくびくものだった。
これは、俺の賭けだ。おめえが、立場を、身分を気にしているかどうか。俺とクレイの間に、何か「違い」のようなものを感じているか。
「やめといた方がいいんじゃねえ? クレイは王子様だぜ。それも王位をいずれ継ぐ第一王子。おめえみてえなただの侍女に、手の届く相手じゃねえって」
「…………」
それは、ある意味で自虐的な言葉だった。
それを言うなら俺だって同じだ。立場だけなら、俺は第二王子。十分に……ただの侍女に、手の届く存在じゃねえ。
外から見たら、な。
俺の言葉に、パステルはしばらく黙っていたが。
「へ、変な勘違いしないでよ!! わたしは別にクレイを好き、なんて思ってないったら」
その表情は、わずかに……暗い。
何で、暗いんだよ。ショックなのか……? クレイを好きになれないと改めて言われて、ショックなのかよ……?
「クレイ、ね。おめえら、ちっと見てねえ間に随分仲良くなったんだな?」
「な、何言ってるのよ。『クレイでいいよ』って言ってくれたから、そう呼んでるだけじゃない。第一っ……」
パステルは、きっと俺をにらみつけるようにして言った。
「何でトラップにそんなこと言われなくちゃいけないの? 本を貸してくれるって言うから行っただけだってば! わたし、最近あんまり眠れないから、時間を潰すのに読む本が欲しくて……本当にそれだけなんだって!」
……え?
その言葉は……意外だった。
眠れない? ……こいつも?
そう、それは、俺と同じだったから。
俺もよく眠れなかった。普段寝ているみすず旅館のベッドより、寝心地では断然上のはずなのに……ひどく落ち着かなくて、どうしても熟睡できなかった。
そのせいで、朝もなかなか起きれなくて、パステルの手を煩わせていたわけだが……
「おめえ……眠れねえのか?」
「……わたし、あんまり部屋で一人で寝ることってなかったから。あんな広い部屋で一人でいると、何だか寂しくって」
それは、全く俺と同じ答えだった。
寂しい。そう、まさにそれが俺の気持ち。
この城にいても落ちつかねえ。誰も彼も、俺のことを「ステア様」と敬ってくれるが、その態度には全然心がこもってねえ。
話し相手になってくれるのは、クレイか、パステルか、あるいはルーミィか。
こんな広い部屋で、広い城で、たった三人だけ。
いつも賑やかな場所で過ごしてきた俺にとって、それは……酷く慣れない経験だった。
いつもうるさいと文句ばかり言っていたような気がする。たまには、俺の方が「うるさい」と怒鳴られた。
部屋が狭いと文句を言って、飯が貧しいと文句を言って。
だけど、そんな生活が楽しかったんだと。すごく充実していたんだと気づいたのは、こっちの世界に来てからだった。
そして、気づいたときには、もう、元の世界に戻る方法はわからなくなっていた。
俺の傍に残ったのは、パステルだけ。パステルと一緒にいるときだけが、元の世界の、心から落ち着けた時を取り戻せた。
……失いたくねえ。パステルを、失いたくねえ。
おめえは言ったよな。クレイを好きなわけじゃねえと……言ったよな?
俺は、それを信じるぜ。
信じないと……この世界にいることが、辛くなるから。
「本を読んでもいいか」と聞いてくるパステルに黙って頷いてやると、それから、パステルはずっと俺の部屋で本を呼んで過ごした。
その姿を見ているうちに……俺の中に、ある衝動が、膨れ上がってきた。
真夜中。
散々悩んで、後悔しねえかと自問自答して、結局それしか方法が無いのだと自分に言い聞かせて。
やっと決心がついたのは、こんな時間。
そっと部屋を出る。外には誰もいねえ。まあ当たり前だが。
まわりを見回して、素早く隣の部屋をノックする。
もしかしたら、寝てるかもしれねえけど。あいつが、パステルが、俺と同じように眠れないと悩んでいるのなら。多分……
「はい……誰?」
案の定、答えはあっさり返って来た。
……これからが、問題だ。
「……俺だけど。ちょっと、いいか?」
「え?」
パステルは、ひどく驚いたみてえだが……それでも、迷わず鍵を開けてくれた。
「うん……どうぞ」
ドアを開けると、目の前には、寝巻き姿のパステル。
部屋の中は月明かりだけしかなかったが、十分に明るかった。
月光を浴びて立っているパステルの姿は、何だか妙に扇情的だった。
「どうしたの? こんな時間に」
「あー、……まあ。その、だな」
くっそ、緊張する。あんだけ悩んで決心したんだろうが。今更ためらってどうする、俺!
「ちっと話してえんだよ。それとも、寝るとこだったのか?」
「え? う、ううん。違うけど……」
パステルは不思議そうだった。ま、そりゃそうだろうな。
こんな時間に話す用事なんて……普通、思いつかねえよな。
どかっ、とベッドに腰掛ける。
言えよ、言っちまえ。言わねえと後悔する。それだけは確かなんだから。
「トラップ……何? どうしたの?」
「……信じて、いいか?」
「え??」
目を白黒させるパステルに、重ねて言う。
「おめえ、昼間……クレイのことは、別に好きじゃねえ、って言ってたよな……それ、信じてもいいのか?」
俺の言葉に、パステルはしばらく首をかしげていたが、
「そうだよ。確かにいい人だなあ、って思うけど……それだけ」
大きく頷く。
……本当だな。本当に、本当なんだな?
じゃあ……言うぞ。言って、いいんだな?
「……じゃあ、な……」
くそっ、声がうまく出せねえ。こんなに緊張するものなのか!?
「…………って、いいか?」
「え??」
「惚れた、って言っていいか、って聞いたんだよ!!」
「はあ??」
俺の一世一代の告白。それを、パステルの奴は、実に不思議そうな顔で切り返した。
まさか……何言われたのかわかんねえ、って言うんじゃねえだろうな!?
この俺が、柄にもなく自分から告白したんだぞ!?
が、さすがのパステルも、これだけはっきり言えば、伝わることは伝わったらしい。
しばらく、きょとんと俺を見ていたが……
「ええっ!!?」
真っ赤な顔で、後ずさった。どん、と壁に背中をぶつけて、そこで止まる。
その目は、まっすぐに俺を見つめている。
……そらさねえからな。冗談じゃねえから。本気だから。
だから、絶対にその目は、そらさねえ。
じっと見返してやると、パステルは……
何故だか、悲しそうにうつむいた。
「だ、駄目だよ!!」
「あ?」
その答えは……半分くらいは、予想していたものだったが。
駄目、か。いざ言われると……ショックなもんだな。
けど。
一瞬諦めかけた俺にかけられたのは……ある意味、当たり前の言葉。
「駄目だよ……昼間、トラップも言ってたじゃない。ただの侍女が、王子様なんか好きになっちゃいけないって」
「…………」
そう、確かに俺はそう言った。
自分でそう言った。こいつはクレイを好きなんだと誤解して。
こっちの世界の「俺」なら、もしかしたら……隠し通したかも、しれねえな。
けどな……
「トラップは……第二王子、でしょ? 駄目だよ。わたしは、ただの侍女で……」
それ以上は、言わせねえ。
気がついたとき、俺は……パステルの身体を、抱きしめていた。
見た目以上に細い、華奢な身体を、力いっぱい抱きしめる。
「と、トラップ……?」
「……関係、ねえよ」
関係ねえんだ、立場なんか。身分なんか。
どうせ……
「関係、ねえ。どうせ、俺は余計もんの王子だ」
「……え?」
パステルの言葉は、酷く間が抜けていた。
心底意外そうな……そんな表情。
「知らなかったのか? 誰も言わなかったか? ……俺は、王子っつっても……妾腹の王子だ」
「え? しょう……」
妾腹。
余計物。クレイの代用品。いてもいなくてもいい存在。
いや、むしろ……
「クレイと俺は、半分しか血が繋がってねえ。親父が愛人に生ませた……いらねえ子供、っつうことだ」
腕に力をこめる。
パステルにわかって欲しい。俺は、クレイとは違うってことを。
俺はクレイとは違う。その気になれば、その気になりさえすれば、いくらでも立場を捨てられるってことを。
「俺だけじゃねえ、ルーミィもだ。気づかなかったか? クレイも、俺も、ルーミィも……兄弟だっつーのに、全く似てねえだろ? 俺もルーミィも母親に似ちまったからな……」
「トラップ……」
「せめて俺が女だったら。女だったら王位を継ぐことはできねえから、ルーミィみてえに無邪気でいられたのに……男に生まれたから。クレイと王位継承権を争える存在だから、ガキの頃から余計なもんって扱いをされてきたよ。
親父は無関心だし、お袋……クレイのお袋にしてみりゃあ、俺は裏切りの象徴みてえな存在だからな。何で引き取ったんだ、ってガキの頃に聞いたことがあるよ。そしたら、あいつは何つったと思う?」
俺がその体験をしたわけじゃない。
そんな体験をしたのは、あくまでもこっちの世界の「俺」。
なのに、不思議なくらい、スラスラ言葉が出てきた。
日記でしか知らねえこっちの世界の「俺」。だけど、「俺」がどんな気持ちで18年間を過ごしてきたのか、俺にはよくわかったから。俺にしかわからなかっただろうから。
「クレイに万が一のことが起きたとき、かわりが必要だろう? 親父は平然とそう言ったんだよ。城の連中もそうだ。みんな、俺のことを『王子』って扱ってるけど、腹の中じゃあ、クレイのおまけくれえにしか考えてねえ。
誰も気を許さねえ。成人したらこんなとこ飛び出してやるって、ずっとそう思ってたんだけどよ……」
そう言って、パステルの目を見つめる。
パステルの目は、潤んでいた。自分のことでもねえのに。他人の人生を聞いて、涙を流そうとしていた。
そうだ、おめえはそういう奴だよな。
救いようのねえお人よしで……他人のことを自分のことのように考えることができて、いつだって一生懸命で。
だから、俺はおめえになら心を許せたんだよ。おめえなら、絶対に軽く考えたりしねえって思ったから。
「おめえだけだ。俺が王子でも、そうでなくても……変わらない態度をとってくれるのは、おめえだけだ。おめえがいたから、俺は……何でもない日常が、すげえ貴重なものだったって、知ることができたんだ。
心から安らげるってのがどんなに貴重か、知ることができたのはおめえのおかげだ、パステル」
「トラップ……そんな、そんなことないよ。だって、クレイだって……ルーミィだって、あんなに、トラップのこと……」
パステルの、必死の声が耳に届く。
ああ……そうだな。
クレイ。元世界の俺にとっては、親友。こっちの世界の俺にとっては……
「ああ、そうだな。ルーミィはまだガキだから何もわかってねえにしろ……クレイはいい奴だよ。俺のことを本当の弟として扱ってくれる。絶対に差別なんかしねえしな。けどな……」
けど、違うんだ。
こっちの世界の「俺」は、決してクレイに気を許せねえ。兄貴だからこそ。
「いい奴だから、辛いんだよ。あいつがすげえ嫌な奴だったら……憎めたのに。嫌いになれたら楽だったのに。クレイがいい奴だから、憎めねえから……余計に辛いんだよ。
俺はおめえに何かあったときの代用品なんだぞって、わめいてやりてえ。だけど、それは言えねえんだ。言ったら、あいつはきっと、何も悪くねえのに自分を責めるだろうから」
それは、日記にも書いてなかったこっちの世界の「俺」の本音。
嫌な奴だったらよかった。憎めたらよかった。
そうすれば、このやり場の無い怒りをぶつけることができたのに。
クレイがいい奴だからこそ、余計に辛かった。ぶつけようの無い怒り、嫉妬、そんなものを抱えて生きていくのがどんなに辛かったか。
腕が震えるのがわかった。
俺は全てを話した。何もかも。自分の気持ちも、立場も、身分も。
だから……
「一人で飯食うのが寂しいって言われたとき、一人で寝るのが寂しいって言われたとき、嬉しかったんだよ。おめえは俺と同じことを思ってるって。俺もいつも思ってた。
誰も気を許せねえこの城で、たった一人で飯を食うのが味気なくて、なかなか寝付けなくて……なあ、パステル」
抱きしめる。パステルの身体を。
離したくない。絶対に離さねえ、そんな思いをこめて。
「パステル、俺は……おめえのことが好きだ。おめえのためなら、こんな王位なんか……すぐに捨ててやる。おめえさえいれば、何もいらねえんだ。身分なんか関係ねえ。俺と一緒に……生きて欲しいんだ」
じっとパステルの目を見つめる。
これで、全部だ。俺の思いは、全部話した。
パステル。おめえは……どうする?
しばらく見詰め合っていた。パステルの目は……それない。
そのまま、俺の目をじっと見つめている。
顔を近づける。パステルは、何も言わず……ただ、目を閉じた。
ゆっくりとその唇を塞ぐ。抵抗は、無かった。
ゆっくりと、その身体をベッドに押し倒す。
思った以上に華奢な身体。力をこめたら……折れそうな身体。
「……いい、のか?」
「いいよ……」
パステルは、俺の目を見つめて、ただつぶやいた。
「好き、だから……」
その言葉を聞いた瞬間、止まらなくなった。
逸る心を抑えて、再び唇を重ねる。
最初は軽く、やがて深く。
唇を割り開くようにして奥に押し入ると、パステルはわずかに震えたようだった。
初めて……だよな? なら、優しく……してやらねえとな。
正直、いつまで持つか不安なんだが。
深いキスを何度も重ねながら、徐々に唇を移動させる。
首筋に、胸元に。触れるたびに、熱い痕が、残った。
寝巻きのボタンに手をかけると、パステルは、暗がりでもわかるくらいはっきりと顔を赤らめて、視線をそらした。
「……あんまり、見ないで……」
……ばあか。
んなこと言われたら……ますます、見たくなるじゃねえか……
ボタンを全開にする。とびこんできたのは、下着をつけていない胸。
さして大きくもねえが……それすらも、愛しく感じる。
そっと唇を近づけると、その身体がわずかにはねた。
「ひゃんっ」
力をこめて吸い上げる。白い胸に、赤い痕。俺だけのものだという、印。
先端部分に吸い付くと、唇の中で、それは少しずつかたくなっていった。
割と、敏感だな、こいつ……
舌先で転がしながら、手でゆっくりと頭を撫でてやる。そのまま、首筋へ、背中へと、愛撫を続ける。
びくり、びくりとパステルの身体が震える。初めてだろうが、ちゃんと感じている。
俺の愛撫に、感じている。
「やあっ……」
「……綺麗、だな。おめえの身体は……」
顔を見つめて、微笑んでやる。パステルの顔が、羞恥のためか、さらに赤く染まった。
まだ、だぜ。ここから先が、本番なんだから。
「もっと、よく見てえんだけど。服……全部脱がせていいか?」
嫌だ、っつっても、脱がせるけどな。
パステルの返事を聞く前に、寝巻きを完全にはぎとる。
邪魔なそれをベッドの下に蹴落とし、下着に手をかける。
隠すものが何もなくなったパステルの裸身は……多分、俺が今まで見たどんなものよりも、綺麗だった。
俺の視線に耐えられなくなったのか、パステルは、視線をそらして、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「……寒いんだけど」
「わりいな……すぐに、あっためてやるよ」
俺の身体でな。
ばさり、とシャツを脱ぎ捨てる。抱きしめたパステルの身体は……暖かかった。
しばらく、何も言わずただお互いの身体にしがみつく。その暖かさが、今この腕の中にパステルがいると、確信させてくれて、言いようの無い幸福感を感じることができる。
小刻みに手を動かす。触れるたび、確実にパステルの身体は火照ってきていた。
耳元に荒い息が触れる。……そろそろ、か?
膝を使って脚を割り開き、その間に俺の身体を滑り込ませる。
指先でかるく脚をなであげると、小さなうめき声が、響いた。
最初はふくらはぎ。やがて、それは太ももへと移動し。
最後に、俺を受け入れてくれる場所へと、到達した。
最初はさするだけ。ただ、指先で軽く触れるだけ。
それだけで……パステルの唇からは、うめき声ともあえぎ声ともつかない声が漏れた。
触られたことはもちろん、触ったことも、ねえんだろうな……
軽く指をもぐらせる。まとわりついてくるのは、生暖かい何か。
駄目だな、もうこれ以上、我慢できそうもねえ……
「と、トラップ……?」
「……なるべく、痛くないようにしてやりてえけど……」
ぐじゅっ
指をもぐらせる。か細い悲鳴のような声が、響いた。そのまま、かきまわすようにして、奥へ、奥へと進んでいく。
「俺も、初めてだから……よくわかんねーんだよ……許してくれよな」
「とらっ……」
反射的に閉じようとする脚を、強引に開かせる。
既に十分すぎるほど反応しきっていた俺自身を、引き抜いた指のかわりにあてがう。
とまどいは、なかった。
次の瞬間、自分でも驚くほどスムーズに、俺とパステルは一つになっていた。
貫いた瞬間、俺の首にしがみつくパステルの腕に、力がこもった。その目に浮かぶのは、涙。
……痛いんだろうな。痛いって言うしな。
わりい。俺ばっかり、気持ちよくて。
パステルの中。そこはひどく快感だった。
暖かく、適度に狭く、適度に締め付ける。
まとわりつくようにしてうごめきながら、俺を確実に高みへと上らせる。
ゆっくりと動き始めると、パステルは、小さなうめき声をあげて目を閉じた。
けれど、その唇から「痛い」「辛い」「やめて」という言葉は、漏れなかった。
我慢、してくれてるのか。俺の、ために?
動きは少しずつ早くなる。
今すぐにでもイキそうになる自分を、限界まで持たせて……
もう駄目だ、と思った瞬間、俺は、パステルの身体を抱き起こしていた。
太ももの上に座らせるように、パステルの身体を、より深く貫く。
パステルの身体から力が抜ける。もうこれ以上は入らない、そこまでいったとき。
俺は、パステルの中に、欲望を放っていた。
気がついたら、俺はそのままパステルのベッドで寝ちまっていたらしい。
朝起きたとき目にとびこんできたのは、やけに真っ赤になったパステルの顔。
「……返事、そういや聞いてねえけど」
にやり、と笑って耳元で囁くと、「嫌だったら、一緒に寝ていない」という、何とも素直じゃない答えが返って来た。
ま、いいけどな。「好きだ」って言葉に出すのがどんなに勇気がいるかは、俺もよく知ってるから。
その後も、別に俺達の生活に何か変化があったわけじゃねえ。
ただ、夜寝るとき、どちらかの部屋にどちらかが訪ねるようになった、ただそれだけだ。
ただ、一つだけ約束した。
「クレイが王位を継いだら、おめえのこともはっきりさせる。あいつなら、絶対わかってくれるからな」
そう言ってやったときのあいつの笑顔は、多分一生忘れねえ。
そう、俺達は幸せだった。
こっちの世界でパステルと幸せになれるなら。もう、無理して元の世界に戻ることもねえんじゃねえか。かなり本気で、そう考えていた。
なのに。
何で、こうなっちまうんだ?
ずっと、幸せは続くと思ったのに。パステル以外は何もいらないと思ったのに。
その日は、ある日突然、やってきた。
それは、多分俺がこっちの世界に来てから一ヶ月程経ったとき。
俺とパステルは、部屋の中で他愛もねえ話をしていた。
そのときだった。どたどたどたっという足音が、廊下から響いてきたのは。
「な、何だ?」
そのとき俺を襲ったのは、言いようのない不安。
根拠も無くよぎった……とてつもない、不安。
思わず立ち上がる。そのときだった。
ばたんっ!!
ノックもなしに、突然ドアが開いた。入ってきたのは、キットン。そして……
……え?
一ヶ月も経っているのに、ほとんど顔も見たことがなかった。
元世界では、何度も見ていたけれど。こっちの世界では、妙に近寄りがたい雰囲気を持っている奴。
現王アンダーソン陛下……つまり、俺の親父が。
冷たい目つきで、俺のことを見ていた。
「親父……?」
言葉は、割と素直に出てきた。
こいつが、こいつこそが。
俺を、この冷たい城に縛り付けていた……元凶。
「……久しぶり、だな。突然、何の用だ?」
「ステア、聞け」
親父は、俺の言葉など全く無視して、ただ事務的な口調で告げた。
「クレイが、死んだ」
…………
……は?
何を……言ってやがる?
言われた言葉が理解できなくて、しばしぽかんとその顔を見つめる。
だが、親父の顔は、どこまでもくそ真面目で……冗談を言っているような雰囲気は、微塵もなかった。
「あに、言ってやがる」
漏れた声は、自分でも驚くほど、かすれていた。
「年とってボケたんじゃねえの? あいつが死ぬわけ……」
「中庭で、暗殺者に襲われた」
親父の声は、あくまでも事務的だった。何の感情もこもってねえ、そんな声。
「城に直接侵入してくるとはな。我が王家を乗っ取ろうとする近隣の国が雇った者だとは思うが……残念なことに取り逃がしたため、詳細は不明だ。クレイは、毒を塗られた剣で斬られて、さっき息を引き取った」
…………
何、だよ……それは……
クレイは、クレイは……そんな理由で、殺されたってのか?
ただ、第一王子だから。そんな……理由で?
そんなくだらねえ理由で……あいつが、死んだってのか?
バンッ!!
気がついたときには、拳は机に振り下ろされた。
全ての怒りをこめて、親父をにらみつける。そんな視線を食らったところで、顔色一つ変えねえだろうことは、この短いやりとりで十分すぎるほどわかっていたが……
「……自分の息子が死んだ、ってーのに……顔色一つ変えねえとはさすがだな、親父。それで? 俺に何を言いに来たんだ」
「バカなことを聞くな。お前もわかっているだろう」
親父の声は、事務的で、そして、全く迷いがなかった。
決まった事項を伝えに来ただけ、そんな口調で。
俺に言った。全てを破滅させる言葉を、告げた。
「クレイが死んだ今、第一王位継承者はお前だ、ステア。既に、マリーナ姫のもとに使者を送ってある。お前が、マリーナ姫と結婚して、アンダーソン王家を継ぐのだ、ステア」
…………
マリーナ……だと……?
そう言えば、どこかで聞いた。クレイには婚約者がいる、王家を継ぐために親同士が決めた隣国の姫。
それが……マリーナ? そして。
クレイが死んだから……俺に、結婚しろ、と?
「嘘……」
隣でつぶやかれたのは。それまで、ただ蒼白な顔で話を聞いていた、パステルだった。
「どうして……嘘でしょ? 何で、そんなこと……」
「何だ、この娘は」
パステルのつぶやきに、親父は、初めて視線を動かした。
今までは目にも入っていなかった、下働きなんか人間とも思ってねえ、そんな目で。
「す、ステア様の世話係で……パステル・G・キングです」
「世話係? 随分躾の行き届いた世話係だな」
しどろもどろに説明するキットンを、ばっさりと切り捨てる。
……違う。
「も、申し訳……」
「ちげえよ」
謝ろうとするキットンの言葉を遮る。
……俺のことなら、何と言われても我慢できる。代用品だろうが消耗品だろうが、好きなように言えばいい。
だけど、こいつは。こいつだけは……
「ちげえよ。こいつは、こいつはなあ、俺の女だ。例え親父だろうとな、バカにすることは許さねえ!!」
親父の不躾な視線から守るために、パステルの前に立ちはだかる。それでも……親父は、顔色一つ変えなかった。
「側室を持つことは王として恥じることではない」
「そっ……」
側室!? つまり……マリーナと結婚して、パステルを愛人にしろ……ってことか?
どこまで……人をバカにすれば気がすむんだよ、こいつは……!!
「準備をしておけ、ステア。お前ももう18。後二年で戴冠式だ。それまでに、学ぶこと、準備することはいくらでもあるからな。キットン、家庭教師の手配をしろ」
「は、はいっ……」
だが、抗議の声をあげる暇は無かった。親父は、言いたいことだけ言い捨てると、さっさと部屋を後にしようとして……
「待て、親父! てめえ勝手なことばっかりぬかしてんじゃねえよ!! ずっと……ずっと放ってきたくせして今更っ……」
叫べたのは、ただそれだけだった。多分こっちの世界の「俺」だったとしても叫んだだろう……ただそれだけの言葉。
その瞬間、親父は一瞬足を止めた。だが、振り返ろうとは、しなかった。
「今更何を言っている。わかっていたはずだろう? 自分がクレイの代わりだったということは」
――――!!
ああ……これか。
5〜6年前、まだ子供だったこっちの世界の「俺」に叩きつけられたのは、この言葉なのか。
なるほど……よくわかるぜ。
自分自身を認めてもらえねえ、誰かの代理としてしか見られてねえことが、こんなに辛いことだなんてなあ……!!
気がついたときには、親父とキットンの姿は無かった。
傍に残っていたのは、パステルだけ。おろおろと入り口と俺を見比べた後……そっと、俺の方に寄ってくる。
「と、トラップ……」
「…………」
「トラップ、大丈夫? ねえ……」
そっと腕に触れる優しい手。
だけど……
だけど、駄目だ。今は……おめえを思いやっている余裕が、ねえんだ。
そっと手を振り払うと、パステルは、酷く辛そうな視線を向けた。
「わりい……一人に、してくれ……」
「…………」
俺の言葉に、答えは、なかった。
やがて、俺は部屋に一人になった。
一人で部屋にこもっていると。クレイとの思い出が、次々と頭をよぎっていった。
ああ、そうだ。クレイは、こっちの世界でも、やっぱりクレイだった。
どうしようもなく優しくて、自分よりもまず他人を思いやって、優柔不断で、お人よしで……誰からも好かれる、そんな奴。
俺はクレイの親友だと思っている。きっとあいつもそうだろう。
あいつには、色々と嫌な目にも合わされた。何しろあいつはもてるからな。俺が目をつけた女は片っ端から奪われたと言っても過言じゃねえ。
しかも始末の悪いことに、本人にその自覚がねえときたもんだ。
だけど……
そんな奴でも、憎めなかった。あいつなら仕方ねえか、と素直に思えた。
クレイ、死んだって、本当なのか……?
俺とパステルのことを、自分のことのように喜んでくれたのに。
秘密基地で三人で話したとき、元世界のクレイと全く同じ笑みを浮かべて……王子だっつーのに、下働きのパステルにも全く平等な笑顔を振りまいて、幸せそうに笑ってたじゃねえか。
あんないい奴が……ただ、第一王子だから、そんな理由で……死んじまうなんて……
どれだけ悩んでたのかわからねえ。
気がつけば、もう真夜中に近くなっている、そんな時間。
そのときだった。俺の部屋に、微かなノックの音が響いたのは。
「…………?」
返事もせずにドアに歩み寄る。一瞬、空耳じゃねえかと思ったが……
こんこん
聞こえた。誰かが、外にいる。……パステル?
「……誰だ?」
「…………あたしです」
聞こえた声は、ひどく意外な声だった。
「……どうしたんだよ、こんな時間に?」
俺が声をかけると……リタは、ぎゅっと唇をかみしめてうつむいた。
「こんな時間に、申し訳ありません。いかような罰でもお受けします。ですが……ステア様に、どうしても聞いていただきたいことがあるのです」
…………?
わけがわからねえ。何だ? 突然。
とにかく、リタを部屋に招き入れる。本来、こんな時間に王子の部屋を訪ねるなんざ、許されることじゃねえんだろう。リタの身体は、震えていた。
「どうしたんだ? 何があったんだよ」
そう声をかけると、リタは、大きく息をついいていった。
「ステア様。単刀直入に言います。パステルが……城から出て行きます」
…………!?
聞かされた言葉は、にわかには信じがたい言葉。
何で……だ?
クレイがいなくなって……いよいよ、俺のまわりにはパステルしかいなくなったのに。
何で……
「キットンが……話しているのを聞いたんです。ステア様。キットンは、あなたのために、パステルに身を引くようにと……そう言ったそうです」
「……は?」
俺の、ため? ……何だ、そりゃあ?
視線で続きを促すと、リタは、表情を歪めてつぶやいた。
「こうなったのは、あたし達にも責任があります。ステア様、あなたを、クレイ様の代用品としてしか見てこなかったあたし達も悪いんです。キットンは……ただの侍女を、王妃にするわけにはいかないと。
ただ、パステルがいたら、ステア様はきっと結婚の承諾などされないだろうと。今まで陽のあたる道を歩けなかったステア様が、やっと全てを手に入れるチャンスをつかんだのだから。あなたが本当に愛しているのなら……身を引いてくれと、そう言ったそうです」
…………
リタの言葉は……嘘だ、とはねつけるには、リアリティのありすぎる内容だった。
そうだ、確かにキットンなら言うかもしれねえ……こっちの世界のキットンは、王家に絶対の忠誠を誓っていた。俺に王家を継がせるためなら……それくらい、言うかもしれねえ。
「パステルは出て行きます。あなたのことを本当に愛しているから、あなたのために身を引こうとしているんです。ステア様、あたしごときがこんなことを言うのは差し出がましいとわかっています。だけど……」
「いい。それ以上言うな」
そのときには。俺はもう、立ち上がっていた。
そうだ。いつまでも落ち込んでいる場合じゃねえ。
俺はまだ一人じゃない。俺には、まだ……何を犠牲にしてでも、守りたいと思う奴が、いるから。
「リタ」
「はい!」
俺の言葉に、リタは弾かれたように顔をあげた。
「……さんきゅ。教えてくれて、感謝するぜ」
「ステア様……」
やるべきことは、一つしかねえ。正確には、それしか思いつかねえ。
「俺のマント、取ってくれるか?」
俺の言葉に、リタは、満面の笑みで頷いた。
城を抜け出すのは造作も無かった。ま、忘れかけてたけど、俺は本来盗賊だしな。
夜の森は、昼間と違ってかなり不気味だ。
城を出る前に、パステルの部屋を覗いてみた。だが、部屋の中はもぬけの空だった。
あのバカ……本当に、何、考えてんだ……
何が、俺のため、だ。本当に、俺のことを考えてくれるんなら……
おめえがいなくなることが、俺にとって一番辛いって、何で、わかってくれねえんだよっ……
森の中を走り出す。
パステルの行きそうな場所なんて、一つしかねえ。
正確には、一つしか思い浮かばねえ。
俺とあいつが二人でいった場所。城の中を除けば、それは一つしかねえから。
俺とクレイ、そしてパステル、三人だけの、秘密基地。
馬に乗ればすぐの道も、走ってだと、結構かかる。
パステルの足なら、なおさらだろう。特に、あいつは方向音痴だしな。
だけど。
俺は確信を持っていた。あいつは、絶対来る。
ここに。
休まず走り続けて、辿り付いたのは、もう夜も大分更けた時間。
後1〜2時間もすれば夜が明ける、そんな時間。
秘密基地は、静かだった。
誰もいねえ。誰も来た気配もねえ。泉も、小屋も、森も。夜だということ以外はいつもと全く変わらねえ。
……いいや、来る。あいつは、絶対来るに決まってる。
ふらり、と小屋の中に足を踏み入れて、壁に背を預ける。
さすがに、疲れた。よく考えたら、全力で走ったのは、随分久しぶりだもんな。
なあ、パステル。早く来いよ。
待ってるんだからな。俺は……おめえを、ずっと待ってるからな。
それから、どれくらい時間が過ぎたのか。
じゃりっ、という微かな足音に、俺は跳ね起きた。
いつの間にか、うたたねをしていたらしい。それくらい疲れていたのか、精神的に参っていたのか。
そっと小屋の窓から外をのぞき見る。
間違いなかった。長い蜂蜜色の髪をまとめた後姿。
泉のほとりにうずくまって、肩を震わせているその姿は……何だか、とても小さく見えた。
泣いて……んのか?
そうか、そうだろうな。おめえは……泣き虫だもんな。
なあ、泣くなよ。俺は、おめえの泣き顔なんか……見たくねえんだ。
その気になれば、俺は気配もなくあいつの後ろに立つこともできるが。
驚かせる意味はねえ。早く俺に気づいて……泣き止め。
わざと足音をさせて後ろに立つ。
「おめえ……遅えよ……一体どんだけ迷ってやがったんだ……」
振り向くパステルの顔に浮かぶのは、驚愕の表情。
「トラップ……」
「おめえの考えることなんてな、お見通しだっつーの」
そうだ。おめえの考えることなんかわかっていた。
リタの話を聞かなくても……朝、おめえが姿を見せなければ。俺は、即座におめえを追ってこれたぜ?
それくらい、俺は、おめえに……とりこになってんだからな。
顔を見た瞬間、我慢ができなくなった。
そのときには、もう、強引にその身体を、抱き寄せていた。
「リタに聞いたんだよ。キットンが、おめえを追い出そうとしてる、ってな……奴の考えそうなこった。人のこと考えてるつもりで、どっかずれてんだよな、あいつは」
「トラップ……」
「バカか、おめえは!!」
耳元で怒鳴る。最大限のボリュームで。
森中に響きそうな大声に、パステルが首をすくめる。
なあ……わかってっか? おめえ。
俺は、怒ってるんだぜ。
「俺のため」なんて言いながら、俺のことをちっともわかってなかったおめえに。
すげえ……怒って、そして安心してるんだぜ?
やっと、おめえを捕まることができたことに。
「バカか……俺のため? おめえ、バカじゃねえの? おめえがいない人生なんて……おめえを失わなきゃ継げねえ王家なんざ、何の魅力も、あるもんか」
そうだ。王家なんか捨ててやる。潰れようとどうなろうと知ったことか。
後のことなんか知らねえ。こいつを失うことに比べたら、恐れることなんか……何も、ねえんだからな。
「トラップ……」
「俺の、俺の幸せはなあ、おめえと一緒に生きることなんだよ。貧乏したっていい。逃げ回る生活になったっていい。おめえと一緒なら、それで満足なんだよ!! 何……つまんねえこと、考えてんだ……」
「とらっ……」
「……好きだ」
腕に力をこめる。もう絶対に、逃がさねえ。
おめえは俺のものだから。一生、俺のもんなんだからな!
「好きだ。もう離さねえ。おめえ以外何もいらねえ。俺と一緒にいてくれ。それだけでいいんだ……」
「トラップ!!」
パステルの声に含まれるのは、喜び。
そう、喜びだった。悲しみでも戸惑いでも怒りでもなく、まぎれもない喜び。
それは……いいんだな? 俺を受け入れてくれたと思って、いいんだな?
俺と一緒にいてくれると、そう思って……いいんだよな?
俺の背中に、パステルの腕がまわる。耳元に、吐息が触れる。
それは、多分今までの人生で、一番幸せな瞬間だった。
そして。
その瞬間、幸せは……ぶったぎられた。
そのとき、感じたのは……酷く冷たい、そんな感触。
身体の中を何かが通り抜けていく、そんな感触。
パステルの目が、大きく見開かれた。その口元からあふれ出るのは、血。
そして。
俺の口元から、わずかにあふれ出たもの。それも……血。
何かが、俺とパステルの身体を繋いでいた。俺の身体を貫いて、パステルの身体も……貫いていた。
目にとびこんできたのは、パステルの背中から突き出る、血にまみれた剣先。
な、に、が……
身体が酷く重くてだるい。振り向こうとしても振り向けねえ。
何が、起き……
「アンダーソン王家第二王子、ステア殿とお見受けする」
背後から響いてきたのは、どっかで聞いたような……感情のこもらない声。
アンダーソン王家第二王子ステア。それは……誰のことだ?
俺、じゃねえよ。それは……捨てた名前だ。
「貴殿に恨みは無いが、これも我が主の命令故……アンダーソン王家滅亡のため、死んでもらう」
言葉は、それだけだった。
たったそれだけを言い残し……再び、背後は静かになる。
……あいつか。
クレイを殺したのも……あいつなのか。
そして、俺も。
クレイと同じ。アンダーソン王家に生まれたと……そんな、ただそれだけの理由で。
こうして、ここで、死ぬ……のか?
これが、俺の運命?
ふっ、とパステルの顔を見つめる。その涙で彩られた表情は、絶望に染まっていた。
俺の顔を見て、そんな表情をするのか。……そうだろうな。
おめえの顔を見て、俺も多分、今同じ表情を浮かべている。
わかっちまったから。もう助からねえって。この傷は致命的で、俺達の命は、もうあといくらも残ってねえって……気づいちまったから。
「とらっぷ……」
耳に届いたのは、微かな、本当に微かなパステルの声。
多分、声を出すのは相当にきついはずだが……それでも、パステルは、必死に声を出していた。
そうだな……おめえは、泣き虫で、ドジで、だけど……すげえ、根性のある奴だったよな。
だから、俺も。
「パステル。……俺は、信じてるからな」
「……え……」
だから、俺も根性を出して見せるぜ?
最後に残った力を……全て、おめえのために、使いきってみせる。
「ここで、死んでも……生まれ変わったら、また、パステルに、会うかんな。また、おめえのこと……好きに、なるからな」
「トラップ……」
俺は、こんなところで死んじまうようだけど。
だけど、これで終わりじゃねえ。元世界みてえに、俺とおめえと、クレイと、キットンとルーミィとノルと。
みんな一緒に、楽しく笑える世界だってあるんだ。確かに、あったんだ。
だから、これで終わりじゃねえ……絶対に、終わりじゃねえ。
「次に、会うときは……こんな、関係じゃなくて。王子と、侍女じゃなくて……対等な立場で、生まれてえな。んで、堂々と……おめえに、好きだって……言う、からな」
身分違い。そんな言葉なんて関係ねえ。
おめえを好きだという気持ちに、何の偽りもねえ。
そんなことが理由で引き裂かれるなんて、納得いかねえから。
だから、俺は、絶対にまた戻ってくる。
どんな世界だろうと、おめえのいる世界に戻ってきて、またおめえとめぐり合って。
そして、もう一度おめえを好きになる。だから、おめえも……忘れるんじゃ、ねえぞ……パステル。
「好き、だよ。トラップ……」
「……俺、もだ」
最後に聞いたのは、一番聞きたかった言葉。
そして、最後に言えたのは、一番言いたかった言葉。
じっとパステルを見つめ……そして、その唇を塞ぐ。
最後に見たのは、一番見たかったもの。
最後に触れたのは……一番、触れたかったもの。
その瞬間。
俺の意識は、そのまま、途絶えた。
……プ……
…………
――ラップ――
何、だ……?
「トラップってば!!」
「うわっ!?」
耳元で突然炸裂した声に、俺は思わず飛び起きた。
な、何だ!? 何が……どーなった?
俺は、確か……あのとき、刺されて……そして……
「もう、トラップってば! そんなに驚くことないでしょう!?」
「……あ?」
目の前に立っていたのは、蜂蜜色の長い髪をなびかせた、はしばみ色の目が印象的な女。
ただ、その姿は……この一ヶ月ばかり毎日見ていた紺のワンピースではなく、白いブラウスに赤いミニスカートという、いつもの姿で……
「ぱ、パステル……?」
「え? 何?」
きょとんとするパステル。その姿は、本当に……何の変化も、ねえ。
何が……どーなった……?
「ああ、目が覚めましたか?」
バタン、とドアが開いて入ってきたのは、いつもの小汚ねえ姿のキットン。そして……
「く、クレイ!?」
「な、何だ? どーした……?」
当たり前のように部屋に入ってくるクレイに、俺は思わず叫んでいた。
な、何だ……? 生きてる……クレイ、だよな。青いマントも黒い髪も、いつものあいつだもんな。
あれは……何だったんだ? クレイが死んだっていう、あの言葉は……
そこで、改めて部屋を見回す。硬いベッド。狭い部屋。見慣れてるはずだっつーのに、何か、すげえ懐かしい感じのする、みすず旅館の……
「戻って……きたのか?」
「ちょっと、トラップ……変だよ。どうしたの?」
俺の様子に、パステルが不審そうにつぶやくが……んなことに構ってる暇はなかった。
何だったんだ? あれは……まさか、夢、だってのか? あんなにリアルで、長い夢……?
だけど、覚えてる。あの痛みも、あの甘さも、そして……
ちらり、とパステルを見る。向こうはきょとんとしているだけだったが……
覚えている。あの身体を抱いた感触。まさか、あれも……
「戻って、ということは……」
俺の言葉に目を輝かせたのは、キットンだった。
「トラップ、もしかしてあなた、今まで別の世界にいませんでしたか?」
「はあ?」
キットンの言葉に、俺を除く全員が間の抜けた声をあげたが。
それを聞いた瞬間、俺は、キットンにつかみかかっていた。
そうだ、全てを思い出した。
そもそものきっかけは、こいつが渡したジュースを飲んだことで始まった。
今まで、別の……だと?
何を知ってやがるんだ、こいつは!
「キットン! てめえ、俺に何をした!!」
「ぐっ……ぐ、ぐるじい……です……」
「と、トラップ、落ち着け。丸一日ずっと寝てたんだから、あまり無理すんなって」
そんな俺を、慌てて後ろから羽交い絞めにしたのはクレイ。
その身体を振り払おうとして……ぴたっ、と動きが止まる。
丸一日……だと?
どういうことだ? 俺は……少なくとも、一ヶ月は、あそこで過ごしていたぞ?
一体……
「キットン……」
「ひっ! ちゃ、ちゃんと説明しますから!!」
俺の声にこもる不穏な響きにびびったのか、キットンはばたばたと両手を振り回して言った。
「ええと、あのですね。昨日、トラップに渡したジュースなんですけどね。あれは、わたしが作った薬なんですよ」
「……薬?」
薬、ね。まあ、それは予想の範疇内だ。
問題は、その効果なんだよ。
「あのですねえ、画期的な薬なんですよ? 皆さんは、前世、って信じますか?」
「前世……って、あれか? 自分が生まれる前に歩んでいた人生、っていうあれか?」
キットンの言葉に、クレイが答えている。
前世……前世。まさか……?
「そうですそうです。わたしの薬はですねえ、その前世に歩んでいた人生の、最後の一ヶ月を一日で体験できる、という画期的な薬なのです!!」
…………
何、だと? それじゃあ、まさか。
俺が過ごした、あの一ヶ月は。
俺の、前世の……人生?
「あなた、多分体感時間で一ヶ月ばかり別世界にいたんじゃないですかね? それはですね、あなたの前世なんですよ。そして亡くなることによってこの世界に戻ってきた、とまあそういうことです」
それだけ言って、キットンはいつものぎゃっはっはというバカ笑いをかましたが。
それに答える奴は、誰もいなかった。
まあ、当たり前だよな。元の世界に戻る方法が死ぬこと、だと?
誰が飲むんだよ、そんな物騒な薬。死んで確実に戻ってこれる保証もねえのに、飲む奴なんかいるのかよ?
いや、実際俺は戻ってきたけどな。多分最初に話を聞いてたら、それこそ死んでも飲もうなんて思わなかっただろうな。
けど……
「で、トラップ。どうでした? あなたの前世は、どんな人生だったんですか?」
「…………」
キットンの言葉でよみがえる。あの一ヶ月の記憶。
パステルと一緒に過ごした、記憶。
最後の言葉。
今度生まれ変わったら、気兼ねなく好きだって言える対等な関係に生まれたい。
生まれ変わっても、絶対まためぐりあって、パステルに好きだって言うから。
パステル……俺は、守ったぜ。
おめえとの約束……ちゃんと、守ったからな。
だから。おめえも、守れよ。
俺の気持ち、ちゃんと……受け止めろよ?
「おい、おめえら、ちっと部屋から出ろ」
「はい?」
「いいから、出てけっ!!」
俺が怒鳴ると、キットン達は顔を見合わせて、肩をすくめながら部屋を出て行った。
そして、その後をパステルが……
って、おめえが出ていってどーすんだよ!!
ぐいっ、とその肩をつかむ。
パステルが振り向いたとき、ドアが、完全に閉じられた。
「トラップ……?」
「運命って、信じるか?」
「え?」
パステルの表情に、困惑が浮かぶ。
それを無視して……俺は、パステルの身体を、抱きしめた。
「と、トラップ!?」
「人間なんて、いつどうなるかわかんねえよな。どこでどんな風に運命が交わるかわかんねえよな。俺さ、前世でそれを体験してきた」
「……え?」
約束は守るぜ。言っただろう?
生まれ変わっても、絶対まためぐりあって、パステルに好きだと言うって。
「好きだ」
俺の言葉に、パステルの背中が強張る。
前世では、運命に引き裂かれた。
だから、今度は、運命で結ばれてやる。
運命の神なんて奴がいるとしたら、今こうして俺とおめえが再びめぐりあったのは、前世で運命に引き裂かれたお詫びとしか思えねえから。
「好きだ。おめえのことが、ずっと前から好きだった」
「トラップ……?」
「冗談なんかじゃねえからな。おめえ以上に欲しいものなんて、何もねえ……そう心から思った」
「…………」
きゅっ、と背中にまわされたのは、俺よりずっと細い、パステルの腕。
「……返事は?」
「まさか、そう言ってもらえるなんて思わなかった。どうせトラップはマリーナのことが好きに決まってるって、そう思っていたから、諦めようとしてたのに……」
ふっと顔をあげたパステルの目は、涙で濡れていた。
「好きよ。わたしも、トラップのことが……好き」
ほら、見てみろ。
やっぱり……約束は、ちゃんと守っただろ?
泣くことなんざなかったんだよ。あの別れは……この出会いのための、別れだったんだから。
ゆっくりとパステルの唇を塞ぐ。
あの最後の冷たい血の味がするキスとは違う、甘いキス。
今度こそ、幸せになってみせる。
巡り合った奇跡を、無駄にはしねえ。
おめえに会えて、本当に、よかった。
終わった……完結です。
す、すいません……まさか、こんなにだらだら長くなるとは(汗
読む人もきっと大変だと思います。本当にすいません。
次作品は、短めの作品に……できたら、いいかなあ、と……
えと、上の方でリクエストされた、「パステルのためにひたすら身を引くトラップ」ですか?
もしストーリー思いついたら、それ書くと思います。
思いつかなかったら、前から考えているネタを消費する、でしょう。
本当に長々とすいませんでした。
203 :
名無しさん@ピンキー:03/10/13 03:12 ID:Og/fuWS9
リアルタイムで神の追っかけ……
大作、おつかれさまでした。
もう一回改めて1から読み直そうっと。
ホント、明日が休みでよかった。
リアルタイム読みしちゃったー(=ー=)!
トラパス作者さんお疲れ様ー!アリガトゴザイマスデス!
初めてのリアルタイム読みに興奮して寝れないヨカーン
トラパス作者さんいつもながらGJ!
短いのも読みたいけど大作も読みたい
いやむしろ大作歓迎
このスレ最高だ
リアルで読ませていただきました!
トラップが日記を読んでステアの心情に同調していくところなんか切なくて( ;´дフ;
それにしても、ストーリーわかっていてなんでこんなにドキドキするんだろう…
遅れましたが、30作目おめでとうございます!! って言うよりこんなにたくさん
読ませていただいてありがとうございます m(_ _)m 一作目からほぼリアルで
追っかけさせていただきましたが、本当に毎日新作が読めて幸せでした。
毎日更新されて1ヶ月、何気にキットンの薬での前世体験の期間と同じですよね
なんだかこれも運命っぽいですね♪
207 :
名無しさん@ピンキー:03/10/13 04:16 ID:TXye3EHT
俺もリアルタイムで読ませてもらいました!
運命編if、凄く良かったです、やっぱり最後の抱き合って死ぬシーンは感動します。
それと、疑惑編のトラップが強かった訳はパステルが襲われてたからだったのか…なっとくです!
こんな疑問に答えてもらって申し訳無いです、
では、次の作品も楽しみにしてます(゚∀゚)
マジで寝れない漏れって_| ̄|○
悶々してるうちに思いついたんですが
パラレル学園物読んでみたいです
ギアが体育教師で放課後に個人指導(エロ)→助けに入るトラップと・・・
みたいな感じで(キャストは適当)
昔ながらの定番ですが死ぬほど萌えます
自分で書くのは無理だったのでどなたかお願いします
新作書いてまーす、夜にはアップできるもよう。
>>208さんのリクエストに答えます。
パステルのために身を引くトラップは……ちょっと、長くなりそうなので、後にまわします。
パラレルトラパス学園編。どうやっても痛くなりそうだから、やめとこうと思ったのですが。
結構楽しんで書いている自分がちょっとあれかなあ、と。
今回、登場人物少ないんですけれど。
もしも「続き書いて!」という要望があれば、探偵編と同じくシリーズ化してもいいかな、などと調子に乗って考えてみたり。
そうなったらまた他の登場人物もぞくぞく増えると思います。
さー後半分くらいだ。今日は12時までに更新目標で。
トラパス作者さま
毎日粒ぞろいの作品に感心しております。
毎日ここにくるのが日課になっちゃいましたよ。
サンマルナナさまも、クレパスさまも、新神さまも素晴らしい作品をありがとう。
パステル好きにはたまらんです、はい。
新作できましたー
>>208さんのリクエスト、学園編パラレル
……の、はずが……
すません。最初に謝っておきます。
ギアファンの皆さん、本当にごめんなさい。
後べったべたな展開で本当にすいません。
多分似たような設定の小説は世の中に溢れていると思います。それほどべったべたです。
ありがちだなあ、と笑って済ませてくれれば幸いです。
それと今回もエロがかなり少ないです。未熟ですみません……
それは遠い昔の記憶だった。
わたしがまだ三つか四つの頃、両親に連れられて、彼らの友人の家に遊びに行った。
わたしはその頃から方向音痴で、大人達が何かを話している間、退屈しのぎに外に出て……そのまま迷子になった。
最初は迷ったことにすら気づいてはいなかったけれど、いつの間にか、周りには知らない光景が広がっていた。
不安で、心細くて、わあわあ泣いていたわたしをぐいっとひっぱったのは、わたしより一つ年上の男の子。
「おめえ、こんなところにいたのかよ」
ぶっきらぼうに言って、男の子はわたしの腕をつかんでずんずんと歩いて行った。
彼は、わたしの両親の友人の息子。
いつまで経っても帰らないわたしを心配して、自ら迎えに行ってくれたんだと両親に教えられたのは、自分の家に帰宅した後だった。
でも、そのときのわたしは、そんなこと何も知らなくて。
男の子の乱暴な態度が怖くて、腕を捕まれながらますますわあわあと泣き喚いた……ような記憶がある。
そんなわたしを、男の子はどう扱ったものかと考えあぐねていたようだが……やがて、その小さな腕で、ぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「泣くなよ。泣くんじゃねえ。おめえは笑ってる方が可愛いよ」
「…………?」
「約束だぞ! もう絶対泣くなよ!」
「やくそく……?」
「そう。約束。指きりだ」
「うん」
小さな小指をからめあう指きりげんまん。その後、男の子は言った。
「約束守ったら、ごほうびあげなくちゃいけないんだよな」
「くれるの?」
「でも、俺何も持ってねえや。うーん」
男の子は、一生懸命考えて、そして、さも名案を思い付いた、という風に顔を輝かせて言った。
「そうだ。約束守ったら、おめえを俺の嫁さんにしてやるよー」
「およめさん? わたし、およめさんになれるの?」
「そーだよ。嬉しいか?」
小さかったわたしに、それがどういう意味なのかはわからなかった。
わたしの中でのお嫁さんは、とても綺麗なドレスを着ている女の人。あんなドレスを着れるのなら、それは素晴らしいご褒美に違いない。
そう思って、わたしは笑顔で頷いた。
「うん! わたし絶対約束守って、大きくなったら……君のお嫁さんになる!」
「約束だぞ?」
「うん、約束!」
それから、わたしと男の子は手を繋いで家に帰っていった。
遠い日の約束。きっとあの男の子は、自分がそんなことを言ったなんて覚えてないだろうけど。
でも、わたしは覚えている。今にして思えば、きっとわたしはあの男の子のことが好きだったんだと思うから。
ぶっきらぼうで、腕を捕まれたときは怖かったけれど、でも、その必死の瞳にとても安堵の色が広がっていたことに気づいていたから。
わたしの小さな、初恋の思い出だった。
「パステルー、パステル! 早く、もう整列だって!」
「あー、待ってよマリーナ!!」
聖フォーチュン学園高等部一年D組。
それがわたしのクラス。わたし達は、今、本日最後の授業、体育の授業を終えるところだった。
わたしの名前はパステル・G・キング。容姿、普通。運動神経、普通。成績、普通。ただし、国語は普通よりちょっとよくて数学は普通よりちょっと悪い。
そんな、どこにでもいる女の子……だと思う。
今は三学期も終わりに近づいた二月末。わたし達は、吐いたら息が白くなるような寒さの中、体育館で整列をしていた。
体育の授業は嫌いじゃないけど、寒いのは嫌い。運動しているとあったかくなるけど、汗をかいたまま放っておくともっと寒くなるのが嫌い。
体育館での授業のときは、ジャージを着ちゃいけないって決まりがあるからみんなブルマー姿。だから余計に寒々しく見えるんだよね。
そんなことを話しながら、友達のマリーナの隣に並ぶ。
笛を吹いているのは、わたし達の担任のギア・リンゼイ先生。
黒髪に鋭い目つき、背が高くて運動神経抜群の、女の子の憧れの的なんだ。
「よし、今日の授業はこれまで。今日は、ちょっと用があるからHRは中止だ。みんな、寄り道せずにまっすぐ帰るように」
『はーい』
ギア先生の言葉に、頷いて教室に戻るクラスメート達。
HRは無くても、着替えは教室においてあるからね。どっちみち、みんな一度教室に戻らなくちゃいけないんだ。
わたしも、マリーナやリタと一緒に教室に戻ろうとしたんだけど。
「パステル。パステル・G・キング。ちょっと来なさい」
体育館を出ようとしたところで、ギア先生に呼び止められた。
え、わたし? ……何の用だろ?
「ごめん、ギア先生が呼んでるから行ってくる。先に行ってて」
「わかった。教室で待ってるからー」
二人に手を振って、体育館に戻る。
もうみんな教室に行っちゃったから、広い体育館にわたしとギア先生の二人だけ。
何だろ? わたし、何か怒られるようなことしたかなあ?
「先生、何ですか?」
「うん……パステル、この後用事はあるか?」
「え? いえ、別に……」
「そうか。じゃあちょっと俺の用事を手伝って欲しいんだ。何、すぐにすむ」
「用事……ですか?」
手伝い? 何をするんだろう。
でも、まあいいか。すぐに終わるって言ってるし、マリーナとリタなら多分待っててくれるよね。
「いいですよ。何をすればいいんですか?」
「うん、ちょっとこっちに来てくれ」
ギア先生の後についていくと、たどりついたのは体育用具室。
ここで用事? 何か用具を出すのかな。
それなら、わたしじゃなくて男の子に頼めばいいのに……
「先生、何をすればいいんですか?」
「うん、ちょっとな……」
ガシャン
響いたのは、重たい音。
急に明かりが少なくなって、辺りが暗くなる。
……え?
振り向くと、ギア先生は用具室の重たい扉を完全に閉めていた。そこにもたれかかるようにして、じーっとわたしを見ている。
「先生……?」
「パステル、君に聞きたいことがあるんだ」
「何……ですか?」
何だろう。聞きたいこと?
先生が、わたしに?
ギア先生の目は、真剣だった。真剣にわたしのことを見つめている。
その顔は、とてもかっこよくて、わたしは思わずドキリとしてしまったんだけど。
次の瞬間、ドキリどころじゃないことが起きた。
わたしが首をかしげていると、先生はふらりと立ち上がってわたしの方に歩み寄ってきた。そして……
気がついたら、わたしは先生に抱きしめられていた。
――――!?
突然のことに頭がパニックになる。な、何!? 何なのこれー!?
「せ、先生!? どうしたんですか!?」
「パステル。君に聞きたい。君は……誰かつきあっている奴とか、いるのかい?」
「つ、つきあう?」
つきあうって……あれよね? あのつきあう、だよね?
えと、つまりそれって……わたしに、「彼氏はいるか?」って聞いてる……ってこと?
ちなみにわたしには今彼氏って呼べる人はいない。マリーナは一つ年上の先輩とつきあってるんだけど、毎日がすごく幸せだっていつも笑ってた。
そんな顔を見ると、いいなあ。わたしも彼氏欲しい……って思わなくはないんだけど。でも、今のところ、「好きな人」も特にいないし、そんな人ができるのは当分先かな、って思ってたんだ。
だ、だけど、だけど……
「いるのか?」
「い、いません。けど……先生っ……」
ギア先生……まさか? いや、まさかだよね? からかってるだけだよね?
わたしがおたおたと真っ赤になって手を振り回すと、先生は、すごく優しい微笑を浮かべた。
そして。
気がついたら、わたしは、唇を塞がれていた。
「ん――!?」
唇に触れる柔らかい感触。口の中でうごめく、暖かい感触。
これって、まさか……まさか?
「ん……やあっ……」
どれくらいの間そうしていたのかはわからないけれど、やっと唇が解放されたとき、わたしは大きく息をついてしまった。
もちろん、彼氏もいないわたしに、キスの経験なんかあるわけもない。
「せ、先生……?」
「突然で、ごめん。無防備な君の顔を見ていたら、我慢ができなくなった」
「え……」
先生は、わたしを抱きしめる腕に力をこめて、耳元で囁いた。
「好きなんだ、パステル。教師の身で、生徒にこんなことを言うのは間違っているとわかっているけど。君のことが、どうしようもなく好きだ」
「……!?」
う、嘘。何、この展開?
ぎ、ギア先生が……わたしを!?
ギア先生は女の子の憧れの的。彼女達は、よく言っていた。
(パステルはギア先生に気に入られてるみたいだよね)
(羨ましいなー)
わたしにその自覚は無かったけれど、マリーナ達に言わせれば、ギア先生は、わたしにだけは特別な笑顔を向けている、とか何とか。
だけど、それは……きっと、出来の悪い生徒ほど可愛い、そんな程度の意味だと思ってたのに。
まさかっ……
「先生っ……」
「好きだ。本気なんだ……俺じゃ、駄目か? 他に好きな奴でも、いるのか?」
「…………」
その問いには、真っ赤になって首を振るしかない。
好きな人なんていないのは、事実だから。
わたしの様子に、先生はしばらく考えていたみたいだけど……
やがて。
ぐいっと肩を押された。後ろにあったのは、ちょうどわたしの腰くらいの高さの跳び箱。
「きゃっ!?」
凄い、強い力。わたしは、逆らうこともできず、跳び箱の上に倒れこむ。
その上から、ギア先生の身体が、のしかかってきた。
「先生……わたし……」
「先生なんて呼ばないで欲しい。俺は君を一人の女性として見ている。だから、君も……俺を、ただの男として見て欲しいんだ」
「だってっ……」
言いかけた言葉は、塞がれた唇で封じ込められた。
だって、いきなりそんなこと言われたって……
先生は、先生だもん。いきなりそんな風になんて見れないよ!
わたし……
ギア先生の手が、Tシャツをまくりあげた。
わたしは、まだ体育のときのTシャツにブルマー姿で。こんな季節だからすごく寒いはずなんだけど。
先生の手が、わたしの素肌に触れた瞬間、寒さは、どこかへ吹き飛んでいた。
「やあっ……」
何、何だろう、この感じ。
先生の手は冷たいのに……その手が、優しく胸に触れた瞬間、そこがすごく火照ってきて……
「やっ……あっ……」
「可愛いよ、パステル……頼む、俺を受け入れてくれ」
どうしよう。どうすればいいんだろう。
先生の手がわたしの身体を這い回るたび、わたしの理性は飛びそうになっている。
こんなことしちゃいけない。誰かに見つかったら大変。やめて、って言いたいのに。
ギア先生が嫌いなんじゃない。好きか嫌いかって言われたら、好きだと思う。
だけど、違う。そんな対象としては見れない。だって、先生だもん!
先生の手が背中にまわって、ぱちん、という音とともにブラのホックが外された。
わたしの脚の間に先生の脚が割り込んできて、無理やり開かされる。
やだっ……この格好……
自分が今どんな格好で倒れているかを想像して、思わず視線をそらしてしまう。
目に入ったのは、冷たくて硬そうな床。
Tシャツとブラが一緒にまくりあげられて、胸があらわになった。そこに、先生の唇が触れて……
「いやあっ……」
最後の理性が飛びそうになる。ぞくり、と背筋をかけぬけたとき、わたしは確かに思った。
「もっと、触れてほしい」って。
でも……同時に気づいた。それは、ギア先生が好きだから思ったんじゃないって。
違う違う、こんなの駄目だよ。
やっぱり、駄目! 駄目だよ、こんなの!!
わたしがそう叫ぼうとしたときだった。
ガタンッ!!
不意に、大きな音が響いた。
ばっ、とギア先生がわたしから離れる。わたしは、慌ててまくりあげられたTシャツを引っぱって……
音は、用具室の扉が開く音だった。細い隙間ができて、光が差し込む。
そして、その隙間から滑り込むようにして、一人の男の子が入ってきた。
すごく鮮やかな長めの赤毛を一つにまとめて、ほっそりした身体に学ランをラフに着こなした、男の子……
入ってきた瞬間、男の子は即座に扉を閉める。大きく息をついて……そして、振り返った。
そこで初めて、わたし達が中にいるのに気づいたらしく、ぎょっとした表情でじっとこちらを見つめてくる。
……あ、彼、確か隣のクラスの……
暗いけど、顔立ちくらいはわかる。確か、隣の一年C組の男の子。
名前までは、知らないけど……
「あ、わりい。お邪魔だった?」
男の子は頭をかきながら決まり悪そうにつぶやいたけど。その視線がわたしの顔を捉えた瞬間、ふと顔を強張らせた。
え……何? わたしの顔に、何かついてる?
「何だ、隣のクラスの担任じゃねえか。んなところで女生徒連れ込むなんざ、顔に似合わず大胆だな?」
男の子の視線がわたしからそれた後。彼は、ギア先生の方に目をやって、妙に敵意のこもった言葉を吐いた。
そういえば、ギア先生、女の子には人気だけど、男の子にはいまいち受けが悪いんだよね。厳しいからかなあ……
っていやいや、そんなことを考えている場合じゃなくて!
こ、この状況はちょっとまずいんじゃない!? わたしは、生徒で、ギア先生は先生で……
人に見られた、という羞恥心も手伝って、わたしは思いっきりパニックになってしまたんだけど。さすがに、ギア先生は冷静だった。
「C組の生徒か。君こそこんなところで何をやっている。もう放課後だぞ」
「けっ。部活の勧誘がうっせえから逃げてきたんだよ。それより、いいのか? 俺がここで大声出せば、あんた教員免許剥奪は間違いねえぜ?」
「やりたければすればいい」
男の子の、ほとんど脅迫に近い言葉にも、先生は全くうろたえなかった。
「俺は本気で彼女が好きだ。それで彼女を手に入れることができるなら、教師の職に未練などない」
ここまできっぱり言い切られると、男の子も返す言葉が無いみたいだった。
わたしはわたしで、その直球な愛の告白に、もう顔から火が出そうになって……
「まあ……さすがに、今日はひきあげるとするよ。パステル」
「は、はいっ!?」
先生の呼びかけに、思わず顔をあげると。
ギア先生は、他の女生徒が言うところの「特別優しい笑み」を浮かべて、わたしに言った。
「俺は、いつまででも待っているからね。君が俺を受け入れてくれるのを。じゃ、また明日」
がしゃん
それだけ言うと、ギア先生は出て行った。
後には、わたしと、名前も知らない男の子が残される。
って、ちょっとお……
気まずさと羞恥心と情けなさも加わって、わたしは泣きたくなってきた。
何で、きっぱり言えないんだろう。わたし、もしかしたらちょっとは先生のこと好きなのかもしれない。
本当に先生が先生をやめたら、好きになっちゃうかもしれない。
でも……それって、変だよね。本当に好きなら、相手の立場なんか、気にならないはずだよね? 恋愛ってそんなものだよね?
ううっ……
わたしがずずーん、と落ち込んでいると。
不意に、肩に手が置かれた。
顔をあげると、意外なくらい間近に、さっきの赤い髪の男の子の顔がある。
「あの……」
「……悪かったな、邪魔して」
男の子は、不機嫌そうに言うと、扉の方に目を向けた。
「あんた、あいつのことが好きなわけ?」
「……違う、と思う」
「思う? 自分のことだろ」
「だって……わからないんだもん、よく」
言葉に出したら、ますます情けなくなってきた。
我慢できず、目から涙をこぼしてしまう。
そんなわたしを、男の子は困ったように見つめていたけれど……
「な、泣くなよ。俺が泣かしたみてえじゃねえか」
「…………」
「あんた、D組の生徒だろ?」
何で知ってるんだろう。そう思わなくも無いけれど、それを質問する気力はなかった。
ただ曖昧に頷く。
男の子は、はーっ、と大きくため息をついて、ポケットからハンカチを出すとわたしに差し出してくれた。
「ほれ、もう泣くなって。別に大したことされたわけじゃねえだろ」
「……大したこと、だもん!!」
男の子の無神経な言葉に、今度は怒りがこみあげてきた。
そうだよ、大したことだもん。だって……わたし、ファーストキス、だったんだよ?
ファーストキスは、できれば結婚式までとっておきたい。マリーナ達と、半ば本気で言っていたのに。
それが、あんな……無理やりみたいな……
ひっくひっくとしゃくりあげて、男の子が差し出したハンカチを顔に押し当てる。
微かに、石鹸の香りがした。
それから、どれくらい経ったのかわからないけど。
涙の発作もおさまって、わたしがどうにかこうにか落ち着いたとき。
用具室の中は、すっかり真っ暗になっていた。どうやら、もう日が暮れてしまったらしい。
……って、いけない! マリーナとリタ!!
がばっ、と立ち上がったとき。ばさり、と足元に何かが落ちた。
……え?
落ちたのは、学生服の上着。そう言えば、さっき、肩に何かが被せられて……
「やっと落ち着いたかあ?」
声をかけられて振り向く。そこには、呆れたように跳び箱に腰掛ける、さっきの男の子の姿。
ただ、さっきと違うのは、彼がYシャツ一枚の姿になっていたこと。
……もしかして、わたしが寒いだろうと思って、上着を貸してくれた……
「これ……」
「落ち着いたんなら返せよ。俺だってさみいんだから」
差し出した上着が奪い取られる。やっぱり……?
もしかして、わたしが泣き止むまで、待っててくれた……?
「……ありがとう」
ぽつん、とつぶやくと、くしゃり、と意外と大きな手が、わたしの頭に乗せられた。
「忘れろ、って言っても無理かもしれねえけど。あんま、悩むんじゃねえよ」
「うん……」
その言葉に、わたしはいたく感動してしまったんだけど。
その直後。
「あ、後な」
そこで。突然彼の口調が変わった。
真剣な口調から、妙に軽薄な口調へと。
「おめえさ、もうちっと牛乳飲んだ方がいいんじゃねえ?」
「……え?」
「どこが胸か背中か、そんな格好しねえとわかんねえし」
「なっ……!!」
男の子のあまりにも失礼な言葉に、わたしは思わず拳を振り上げようとしたけれど。
にやにや笑う彼の視線を辿って……そして、真っ赤になってしゃがみこんだ。
わたし……そういえばっ……
ブラのホックを外されて、Tシャツをまくりあげて。
慌ててTシャツだけずりおろしたけれど、その下で、ブラはまだまくりあがったまんまで。
わたしの胸は、確かにそう大きくないけれど。薄手のTシャツ越しに、胸の……その、突起の部分が、くっきりと浮き出ていて……
「ば、ばかあっ!! エッチ――!!」
バシーン!!
彼の第一印象は、最悪と最高が入り混じった、実に複雑なものになった。
その後。わたしは成り行きで、彼から上着を借りて教室に戻った。
マリーナとリタはすごく心配してまだ待っててくれたんだけど、まさか事情を説明するわけにもいかず……
「ちょっと厄介な用事を頼まれて」だけで押し通した。
彼は、わたしを教室まで送り届けた後、いつの間にか姿を消していた。
上着を借りたままだったので、クリーニングに出して、すぐに返しに行かなくちゃ、とそう思っていたのに。
わたしは、それができなかった。その日を最後に、わたしは、学校に行くことなく、春休みに突入してしまった。
それは、あまりにも突然の出来事だった。
その日、家に帰ったわたしを待っていたのは、突然の事故による両親の訃報だったのだ……
わたしのお父さんは医者で、お母さんは弁護士だった。
二人ともすごく忙しかったけれど、休みの日は必ずわたしと一緒に過ごしてくれる、そんな素敵な両親だった。
二人と一緒に過ごす日常は、これからもずっと続くって、勝手に思い込んでいたのに。それは、電話一本で、あっさりと断ち切られてしまった。
家に帰り着いたときには、もう夜の八時近かった。
マリーナ達と一緒に夕食を食べてきてしまったので、家に帰っても特にすることがなく。
どうせ今日もお父さん達は遅いから、と早々にお風呂に入って自分の部屋に戻ったんだけど。
お風呂上り。髪の毛を乾かしているところに、携帯電話の着信音が響いた。
「はい、もしもし?」
ディスプレイに出た名前は、お父さんの助手、ジョシュアの名前。
『もしもし、パステルお嬢さんですか? あのですね、落ち着いて聞いてほしいんですけど……』
ジョシュアの声が告げたのは、自動車事故で、お父さんもお母さんも即死だったという、ただそれだけの事実を伝えるものだった。
その言葉を聴いて。内容を理解して。その瞬間、わたしは床にしゃがみこんでいた。
携帯電話が手から滑り落ちたことにも気づかず、ただ震えていた。
まさか、まさか。
冗談だよね。だって、今朝まで、二人ともあんなに元気に笑っていたじゃない……
ジョシュアが家にかけつけてきてくれたとき、わたしはパジャマのまま、髪も生乾きのまま、床で震えていたらしい。そんなわたしを、ジョシュアは病院に連れていってくれた。
だけど、その間のことを、わたしは全然覚えていない。
断片的に、『お嬢さん、しっかりしてください』という声や、血にまみれたお父さんとお母さんの身体や、ジョシュアがお医者さんから話を聞いている声とか。
ただそんな記憶だけがばらばらに残っていて。
次にまともに残っている記憶は、セーラー服に身を包んでお父さんとお母さんの写真を抱えている記憶だった。
お葬式とか、お通夜とか、そういった事務的なことは、全部ジョシュアがやってくれたから。わたしは実質、ただ泣いて座っているだけでよかったんだけど。
それでも、両親が火葬場に連れていかれるとき、その写真を抱きしめて大声で泣いたことは、覚えている。
マリーナやリタを初めとするクラスメートに、ギア先生も焼香に来てくれたみたいだけど。みんなとどんな会話を交わしたかは、よく覚えていない。
ギア先生とはあんなことがあった後なのに、先生はいつもの先生の顔で、「困ったことがあったらいつでも相談に乗るから」みたいなことを言っていた……ような気がする。
とにかく、わたしはそうやって、三月を抜け殻のように過ごしていた。
高校は春休みに入ってしまったし、やらなければならないことはそう多くはなく。思う存分思い出に浸って泣くことができた。
だからこそ。
半月を過ぎたあたりで、ようやくわたしは、これからのことを考える余裕ができた。
「パステルお嬢さん、本当に行くんですか?」
「うん、もう決めたから」
両親の遺品の整理もすっかり住んで、片付いた家の中で。
すっかり春らしくなった四月の初め、わたしとジョシュアは、向かい合っていた。
ここ数日、ずっと、これからどうするかを考えていた。
両親は結構な遺産を残してくれて、とりあえず高校、大学と進学してその後数年生活できるくらいの経済的余裕はあったけれど。
それでも、一生食べていけるほどの額ではないし。わたしは、とりあえず今後どうやって生きていくかを決めなければならなかった。
大学に進学するか、高校を卒業した後働くか。
わたしには、一応将来の夢があった。小説家になりたいっていう、本当に夢みたいな夢なんだけど。
だけど、両親はわたしのそんな夢を、一生懸命応援してくれていた。医者になれとか弁護士になれとか、自分の後を継ぐことを強制するような両親じゃなかったのは、本当に幸運だと思う。
小説家になるためには、いっぱいいっぱい勉強しなければならないし、したいから。わたしは大学に行くつもりだと言った。
そのとき、ジョシュアが、「ここでわたしが一緒に暮らしましょうか?」と言ってくれたのだ。
大学に進学するなら、やっぱり勉強に集中したいだろう。わたしの両親には世話になったから、自分が責任持って、お嬢さんが一人立ちするまで面倒を見ます、と、彼はそう言ってくれた。
その申し出は、とてもありがたかったけれど。でも、わたしはそれを断った。
この家には、両親の思い出が残りすぎている。ここにいたら、きっとわたしはいつまでも泣いてしまうだろうから。
だから、わたしは全然別の場所へ行って、一から生活をスタートさせたい、と、そう言ったんだ。
それに、ジョシュアはまだ独身。もしかしたら、これからいい人ができて結婚したくなるときもあるかもしれない。
そんなとき、重荷になりたくないもんね。もっとも、そう言ったら、ジョシュアは怒るだろうから言わないけれど。
最初は、一人暮らしをしようか、とも思った。高校の近くに小さなアパートでも借りて。幸い、家事は一通りできる方だし、多分何とかなる、と思ったんだけど。
だけど、そう言ったら、ジョシュアに猛反対されてしまった。「年頃のお嬢さんが一人暮らしなんて危険すぎます!」だって。
まあね。わたしはどちらかというと寂しがりやで、一人でいるのは嫌いだったから、あまり乗り気じゃなかったのは確かなんだけど。
じゃあ、どうしよう?
そう悩んでいたときだったんだよね。その電話がかかってきたのは。
それは、お父さんとお母さんの親友だっていう人からの電話。
お葬式に行けなくてごめんなさい、と丁寧に謝られた後、これからどうするつもりなのか聞かれた。
一人暮らしをしようか迷っている、と言ったら、親戚の人は? と聞かれて言葉につまってしまった。
実は、わたしのお父さんとお母さん、駆け落ちして一緒になったんだって。
お母さん側の親戚は誰もいないし、お父さん側にはおばあさまがいるんだけど。
おばあさまは、お父さんとお母さんの結婚を快く思ってなくて、その娘であるわたしのことも、凄く冷たい目で見ていた。
お葬式のとき、初めて会ったんだけどね。一応、「あなたに罪はありませんから。引き取ってあげてもいいですよ」とは言ってもらえたんだけど。その目を見たとき、思ったんだ。
おばあさまには悪いけれど、一緒に住みたくないって。
おばあさまと暮らしていたら、両親との素敵な思い出が、否定されてしまいそうだから。
だから、「誰もいない」と電話で嘘をついた。
そうすると、その人は少し沈黙した後、言ってくれたんだ。「なら、うちにこないか?」って。
そこで初めて、わたしは電話の相手の詳しい事情を聞くことができた。
その人は、お父さんととある事件がきっかけで友達になったんだけど、すごく気が合って、わたしがうんと小さい頃に一度遊びに行ったこともあるんだとか。
それで、お互いに、「もし自分の身に何かがあったら、お互いの子供たちの面倒を見よう」なんて物騒な約束まで交わしていたとか。
その人には、わたしと同い年になる息子さんもいて、一人で暮らすよりきっと楽しいと思うよって、誘ってくれたんだ。
家は電車で数駅くらい離れた場所で、そんなに遠くない。学校も変わらなくていいって言ってくれた。
だから、わたしは、その申し出を受けることにしたんだ。
ジョシュアは、「他人の家に厄介になるなんて」って最後までぶつぶつ言っていたけれど。一人暮らしよりは安心できると思ったのか、渋々頷いてくれた。
そして、今日。四月六日が、わたしがこの家で過ごす最後の日。
既に荷物は相手の家に届けてあって、この家は、明日から他人に貸すことになっている。
わたしが今手元に持っているのは、セーラー服と学生カバンだけ。
明日から新学期が始まり、わたしは二年生になる。明日、この家から学校に行った後、直接お世話になる家に行く予定なんだ。
「パステルお嬢さん……いいですか? 困ったことがあったら、何でも言ってください。いつでも相談に乗りますからね」
「もう、わかったって。……ジョシュア、本当に、今まで色々ありがとう」
ぺこり、と頭を下げると、ジョシュアは、ぐすんと鼻をすすった。
新学期。身体に合ってない制服に身を包んだ新入生達の姿が目に付く季節。
わたしは、校門をくぐった。クラス割を確認していると、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、そこにはマリーナとリタが立っていた。
「おはよう、パステル! ……どう? ちょっとは元気、出た?」
「うん! ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だよ!」
本当は、まだ少し寂しいって気持ちもあったけれど。久しぶりに会うマリーナ達を、心配させたくないもんね。
「ね、聞いて聞いて。あたし達、三人とも同じクラスだった」
「本当!? よかったー!」
リタの言葉に、心から安堵する。友達を作るのは苦手な方じゃないけど、二人は、中等部の頃からの親友だもんね。同じクラスって聞いて、また一年一緒にいられるって知って、心から安堵した。
「で、担任はまたギア先生だって!」
かちーん。
だけど、その後続いた言葉に、思わず身体が強張ってしまう。
ギア先生……
あの日のことは、忘れたわけじゃなかった。だけど、その後色んなことが起こりすぎて……
あのときは、恥ずかしいとか怖いとか、そんな色んな気持ちが混ざり合っていたけれど。今となっては、「あれは本当にあった出来事?」なーんて気分になっちゃってる。
もっとも、わたしのカバンの中には、綺麗にクリーニングした、あの日から借りっぱなしの学生服が入ったまま。そのことが、あれは現実にあった出来事なんだ、って教えてくれるけど。
そういえば、あのときの彼。制服無くて困ったんじゃないかな。早く返してあげないと……
「パステル、教室に行こう!」
「うん!」
呼びかけるマリーナとリタに返事をして、わたしは二人の後を追った。
教室に入ったときには、もう始業ぎりぎりの時間。
今日は入学式と始業式、HRだけだから、午前中で学校は終わってしまう。
教室の顔ぶれは、知っている人と知らない人の比率が半々くらい。これから、この人たちがクラスメートなんだよね。早く名前覚えなくちゃ。
最初の席は出席順番だから、マリーナともリタとも離れてしまう。わたしは自分の席にストンと座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
ギア先生と顔を合わせるのは、気まずいなあって、そんなことを考えていたんだけど……
がらり
教室のドアが開く。噂をすれば……とやらで、入ってきたのはギア先生。
それまで騒がしかった教室が、一気に静かになったんだけど。
そこで、気づいた。ほとんどの席が埋まった教室。その中で、一つだけぽつんと空いた席があるって。
他ならぬ、わたしの隣の席が。
(今日は休み? 隣り……何て名前の子だったっけ?)
座席の割り当ては黒板に書いてあったんだけど、そっちに目を向けたときには、もう、ギア先生の手によって消されていた。新しく書かれているのは、今日の予定。
この後入学式、続けて始業式、HR。終わるのは11時くらい。
「じゃあ、これから体育館に移動するように。今日の欠席は……一人だけだな」
教室を見回して、ギア先生は帳簿に印をつけると、廊下に出るように促した。
その間、わたしの方は一度も見ていない。
やっぱり……あれは、先生にとって、ただの冗談とか気まぐれだったのかな?
それはそれで、酷いとは思うけど……
でも、時間を置いて、冷静になってわかった。
多分、その方がまだホッとする。本気だって言われるよりは、多分。
ただ立って話を聞いているだけの、退屈な入学式と始業式。
その後、学年別に新しい教科書を受け取って、教室に戻る。
「ねー、パステル。この後どうする? お昼、どっかに食べにいかない?」
「あ、うーん。ごめん。ほら、わたし今日から知り合いの家にお世話になることになったから。なるべく早く顔を出したいんだ」
「あ、そっかそっか。じゃあ、しょうがないよね」
「うん」
そんなことを言いながら、教室に戻る。
HRは短かった。明日以降の授業の予定と、健康診断とか諸々の行事説明だけ。予定より少し早い時間に、ギア先生は立ち上がった。
「じゃあ、今日はこれまで。気をつけて帰るように」
起立ー礼ーという間延びした挨拶とともに、教室が一気に騒がしくなる。
これから、新しい家に行くんだよね。ううっ、緊張。
電車で数駅。その駅は、今まで一度も降りたことが無いから、駅の様子も全然わからない。大丈夫かなあ? わたし、方向音痴なんだよね……
そんなことを考えながら、校門まで一緒に行こう、とマリーナとリタに声をかけようとしたときだった。
「パステル」
どきんっ!!
後ろから声をかけられて、心臓が跳ねる。
振り向くと、そこに立っていたのはギア先生。
「先生……」
「パステル。大丈夫か? 少しは落ち着いたかい?」
「は、はい」
先生の口調は、本当にただの生徒を心配する先生、そのものだった。
よかった、と安心したときだった。
それは、一瞬のことだったけれど。
先生は、わたしの肩を叩いて、耳元に唇を寄せた。励ましの言葉をかける担任、そう装っていたけれど。
甘い吐息と共に耳元で囁かれたのは、わたしのわずかな期待を壊す言葉。
「もし、よかったら……俺と一緒に暮らさないか?」
びくり、と背筋が震える。先生は、本気なんだって……嫌でもわかったから。
「大丈夫です。もう、行くところは決まってますから」
気にしてない、そう見せかけるために、わざと顔をあげて、大きな声を出す。
ギア先生は、ちょっとの間わたしを見ていたけれど、口元だけふっと微笑んで、職員室の方へと歩いて行った。
その姿が消えた途端、膝が砕けそうになる。
どうしてだかはわからないけれど。先生のことを「怖い」と感じてしまって。
「パステル、パステルってば! どうしたの?」
マリーナに肩を叩かれるまで、わたしはずっと、その場に立ちすくんでいた。
とにかく、気分を切り替えよう。
そう思えたのは、最寄り駅で電車を降りたときだった。
わたしの様子が変だと、マリーナもリタも随分心配してくれたんだけど。
だけど、事情を話すわけにはいかないから、何でもない、とか両親のことが……とか、適当にごまかした。
うう、ごめんね、二人とも。本気で心配してくれてるのに……
とにかく! くよくよ悩んだってしょうがないよね。わたしは、これから新しい生活を始めるんだもん。新しい家族と一緒に暮らすんだもん。
明るい顔、してなくちゃ。迷惑かけないように!
そう思い直して、メモを取り出す。
そこには、駅からお世話になる家までの、詳しい道の説明が書いてあった。昨夜、わたしが電話で確認を取ったメモね。
「駅からそんなに離れていない。歩いて15分くらいですよ」という説明だったんだけど。
どうしてだろう……
どうして、もう一時間以上も歩いているのに、見つからないんだろう……
背中をいやーな汗が流れる。
繁華街からちょっと離れた住宅街……だと思う。
時間的には、もうとっくについてもいい時間なのに。あたりには、どこをどう見回しても、説明された目印が見つからない。
かといって、一度家に戻ろうにも……もう駅に戻る道すらもわからない。
わたしってば……わたしってば、何やってるのー!?
こんなことなら、素直に迎えに来てもらえばよかった……
がっくりと傍の壁に手をつく。
本当は、電話で言われたんだよね。「よかったら、息子を迎えにやらせましょうか?」って。
だけど、これからお世話になるのに、最初からそんな迷惑はかけたくないから。ついつい、「一人で大丈夫です」って言っちゃったんだよね。
どうしよう……きっと心配してるよね。今からでも、電話しようかな?
でも、自分がどこにいるのか……それすらもわからないんだよね。
ううっ……
あんまりにも情けなくて、涙がこぼれそうになった。
そのときだった。
ブロロロロッていう、大きな音。
わたしの髪をかすめるようにして通り過ぎる風。視界をよぎる鮮やかな赤。
え?
ふっと風を追うように視線を動かすと、キッという微かな音とともに、風が止まった。
何のことはない。バイクだ。そして。
ゆっくりと、そのバイクに乗っていた人が被っていたヘルメットを取る。鮮やかな赤毛がわずかになびいた。
「あ、あなたは……」
「……あんたか。こんなところで、あにやってんだ?」
振り向いたのは、忘れもしない。
あの日、わたしのことを助けてくれた、あの赤毛の男の子。
偶然? 学校では、いくら捜しても見つからなかったのに。こんなところで会えるなんて……
今の彼は、制服じゃなく、黒いスリムジーンズに赤いTシャツとオレンジのジャケットという、派手な格好をしていた。その服は、彼の赤毛にとてもよく似合っていたけれど……
「あの……あなた、ここの近くに住んでるの?」
「ああ」
わたしの質問に、男の子は軽く頷いた。バイクにもたれかかるようにして、マジマジとわたしを見つめた後。
「あんたさ、もしかして道に迷ってんじゃねえ?」
ずばり、と、わたしが気にしていることを当ててくれた。
なっ……何でわかるのお!?
わたしが何も言えずに口をぱくぱくさせていると、男の子は、お腹を抱えて爆笑した。
「ま、マジ? まさかって思ったんだけどなあ……い、いい年して迷子かよ」
目の端に涙まで浮かべての大爆笑。ううー、そんなに笑うことないじゃない。
だけど、だけど。悔しいことに、今頼れるのは……彼しかいない。
「そうよ、迷っちゃったのよ!! お願い、駅に戻る道を教えてくれない?」
やけくそになって言うと、男の子はポン、とわたしに何かを投げてきた。
反射的に受け取る。それは、ヘルメットだった。
「え?」
「駅じゃねえだろ、おめえの目的地。駅からどっかへ向かう予定だったんだろ? どこ行くつもりだったんだ?」
「あの……ブーツさん、っていう家」
わたしが答えると、彼はバイクにまたがった。
えと……?
「何ボーッとしてんだよ。ほれ、さっさと後ろに乗れ」
「え、ええ?」
「その家ならよく知ってる。生まれたときからここに住んでるからな。この辺で知らねえ場所はねえんだよ。そこまで送ってやっから、ほれ、とっととメット被れ」
「う、うん」
な、何? 何て強引なの!?
助けてくれるのはありがたいけれど、全然逆らう暇を与えてくれない彼のペースに、わたしはすっかり巻き込まれていた。
言われるままにヘルメットを被り、彼の後ろにまたがる。
……って。
「ねえ! あなたのヘルメットは?」
「ああ? んなもんねえよ」
「え?」
「俺、免許取ってまだ二ヶ月経ってねーもん。バイクの二人乗りは、免許を取って一年経つまで禁止、だからな」
「……嘘っ!?」
ああ、そういえばそうだ。あの出会った日、あの時点で、彼はわたしと同じ一年生、つまり16歳だったはず。
バイクの免許は16歳にならないと取れない。バカバカー! 何でこんなことに気づかないのよわたしってば!
「あ、危ないじゃない、わたし、降り……」
「ほれ、しっかり捕まってろよ」
「きゃあああああああああああ!!?」
彼がそう言った途端、急発進するバイク。のけぞりそうになって、慌てて彼のウエストにしがみつく。
見た目はとてもほっそりしているのに、意外とがっしりしている身体に、不覚にもドキッとしてしまったのは……わたしの気の迷いだと、思いたい。
そうしてバイクが走ること数分。止まった先にあるのは、どこにでもあるファーストフードのお店。
「……あの……?」
「飯、まだなんだろ?」
言われて気づく。今日は11時くらいで学校が終わって、その後すぐにここまで来て……
時計を見ると、もう二時をまわっていた。そこで初めてお腹が空いたことに気づくのは、我ながら現金だと思ったけど。
「ちなみに、俺もまだなんだよな。っつーわけで、道案内の礼として、飯おごってくんねえ?」
「はあ?」
な、何て図々しいんだろう、この人。
でもまあ……高級料理をおごってくれって言われたわけじゃないし。何百円かのことだもんね。しょうがないか。
「いいわよ」
「話がわかるじゃん。んじゃ入るか」
そう言うと、彼は慣れた様子で店内に入っていった。常連みたいで、バイトの女の子に気軽に声をかけている。
二人がけの席について、ポテトなんかをつまみながら……わたしは、今更気づいた。
いまだに彼の名前も知らないことに。
「ごめん、あなた、名前何て言うんだっけ?」
「はあ? おめえなあ。今更あに言ってんだよ」
二度目の出会いは、ちょっと強引でけれど優しい、そんな出会いだった。
トラップ、と彼は名乗った。わたしが自分の名前を名乗ると、彼は「知ってるよ。おめえは有名だからな」と何だか意味ありげに笑っていた。
有名? わたしのどこが? どこもかしこも平凡で、目立つようなところなんかどこにも無いのに。
そう言うと、「その年で迷子になるくれえ方向音痴なとこ」と言われてしまった。
くーっ腹の立つっ! 何より腹の立つのは、それに言い返せないところだけど!!
でも、学校では……さすがに迷子にはなってないよ、うん。新入生当時はちょっと色々あったけど。そんなのは特に話題になるようなことじゃなかったはず。
じゃあ、何で知ってるんだろう?
首をかしげてしまったけれど、目の前でにやにや笑っている彼……トラップは、到底教えてくれそうな雰囲気じゃなかったので、それは忘れることにした。
そこで、思い出す。カバンの中に、彼の制服が入れっぱなしだってことに。
「そうだ、思い出した。トラップ、これ、ありがとう。返すね」
そう言って制服を取り出すと、彼はちょっと迷った後、「俺、カバン持ってねえから今渡されたって困るんだけど」と言われてしまった。
ああ、そうか。言われてみれば、彼は手ぶらだった。確かに、邪魔になるよね。
ジャケットの上からこれを羽織るのは、さすがに暑いだろうし。
「だあら、しばらくおめえが持っててくれよ」
その言葉に、素直に上着をカバンに戻す。別れるとき、渡すの忘れないようにしないとね。
食事を終えて店を出たら、もうすぐ三時になる、という時間。
まずいなあ。もう約束の時間より大分遅れてる。心配してるだろうなあ……
わたしが時計を眺めていると、トラップは携帯電話を取り出して、何か喋っていた。通話はすぐに終わったらしく、またわたしにヘルメットを放ってくる。
「うし、んじゃ行くか。なーに、すぐにつくぜ」
「ごめん、急いでね。多分心配してくれてると思うから」
「りょーかい。大丈夫だと思うけどな」
え?
わたしがその言葉の意味を聞くより早く、バイクは再び急発進。
トラップの予告通り、それから五分とかからず、わたしは目的の家につくことができた。
表札に書かれた名前は、間違いなくブーツ。わたしのお父さんの親友の苗字。
ストン、とバイクから飛び下りて、ヘルメットをトラップに返す。おっと、上着も忘れずに。
「トラップ、今日は本当にありがとう。あの、これ、上着。またいつか、ちゃんとしたお礼するから」
「いんや。別にいーよ。どーせ……」
トラップが何かを言いかけたときだった。
声が聞こえたのか、バタン、という音とともに、ドアが開いた。
そこから出てきたのは、赤毛が鮮やかな、お母さんと同い年くらいの女の人と、男の人。
この人たちが、ブーツさんだよね。わたしの、新しい家族。
「あ、あのっ……わたし、パステル・G・キングです。遅くなってごめんなさい。これから、お世話になります!」
わたしがそう言って頭を下げると、赤毛の女の人は、何も言わず、ぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「堅苦しい挨拶なんかしなくてもいいんだよ。今日からあなたも家族なんだから……よろしく、パステル」
「そうだよ。気楽にしてくれればいい」
その言葉に、わたしは不覚にも、涙がこぼれそうになった。
優しい言葉。それも、うわべだけじゃない。わたしのことを心から心配してくれてるってわかる言葉だったから。
顔をあげる。もう一度お礼を言おうとしたときだった。
すっと、わたしの脇を、トラップが通り過ぎて行った。そのまま、当たり前のような顔で、玄関をくぐる。
……え?
「こら、トラップ! 挨拶くらいしたらどうなんだい?」
「うっせーなあ。迎えに行ってやったんだから、いいじゃねーかよ、んなこと」
女の人の言葉に、トラップは、ぶっきらぼうに言った。
……え?
「ごめんねえ、口の悪い息子で」
女の人は、にこにこしながら言った。
「あの子、照れ屋だから。本当は誰よりもあなたのこと心配してたのよ。うちの息子のトラップ。これからよろしくね」
…………
え、えーっ!?
わたしが口をぱくぱくさせていると、トラップは、心なしか少し顔を赤らめて言った。
「だあら言ったろ? その家ならよく知ってる、ってな」
三回目の出会い。そこで、わたし達は家族になった。
「んで? 何を手伝えばいいわけ?」
「…………」
「おい、無視すんなよ、おめえ」
「…………」
トラップの言葉に、わたしは無言。
だってだって! 最初からわたしのこと知ってて、それでからかってたんだよ!?
一言言えばいいじゃない! そこが自分の家だって!
もう知らないんだから。
ぷいっと顔を背けて、荷物をほどく。トラップが部屋にいるのは、「荷物の整理を手伝ってやれ」ってお母さんに命令されたからなんだけど。
正直、手伝ってもらうことなんかほとんど無い。荷物はそんなに多くないし、それに……あんまり見られたくないし。
両親の思い出がつまったアルバム、服。そんなものを手に取るたびに、いまだに涙がこぼれそうになるのに気づいたから……
「おい」
「……いい、から。別に手伝ってもらうようなことは無いから。……あっち行ってて」
わたしの言葉に、トラップは舌打ち一つ残して、部屋から出て行った。
わたしにあてがわれたのは、二階の八畳くらいの広さの部屋。
ちなみに隣がトラップの部屋で、ベランダで繋がってるのが気になると言えば気になるんだけど。
失礼ながら、部屋数が無数にある豪邸ってわけじゃないもんね。一人部屋をあてがってくれただけでも、感謝しないと。
そろそろ外が暗くなりかけてきたので、カーテンをひいて荷物の整理を再開する。
机や本棚は、元の家から運んできたものなんだけど。
そこに物をしまっていくたび、鼻の奥が、つんと痛くなるのを感じた。
夕食は豪華でにぎやかだった。トラップ本人とお父さんとお母さん、そしてわたしの四人で囲む夕食。
最近は、ずっと一人か、せいぜいジョシュアと二人で食べることが多かったから。こんなに楽しい夕食は久しぶりで、わたしは心から笑うことができた。
トラップのお母さんはすごく料理が上手で、わたしが教えて欲しいと頼むと、快く引き受けてくれたんだ。
後片付けを手伝って、お風呂に入って、ちょっと今でテレビを見て。
部屋に戻ったのは、10時くらい。
これから、授業の予習でもして寝ればちょうどいい時間。明日はここから学校に通うんだしね。少し余裕を持って起きておきたい。
だけど……
ベッドに腰掛けると、どうしようもなく寂しさが募ってきた。
さっきまでにぎやかだったから、余計に一人の寂しさが際立ったと思うんだけど。
机に飾ってある両親の写真を見て、それまで我慢を重ねていた限界が……来た。
お父さん、お母さん……
ぼろぼろと涙がこぼれる。泣いちゃいけないってわかってるんだけど、どうしても止まらない。
トラップの家では、わたしを大事にしてくれてる。わたし、幸せだよ。幸せだけど……
ひっく、ひっくとしゃくりあげるような声をあげて、わたしはどれくらい泣いていたんだろう?
その音に気づいたのは……多分、大分経ってから。
コンコン
「……え?」
響いたのは、ノックの音。それも、ドアじゃなくて……ベランダに出る、窓から。
シャッ、とカーテンを開ける。そこに立っていたのは……
「と、トラップ!?」
パジャマのズボンにTシャツというラフな格好をしたトラップが、窓の外からじーっとこっちを見ていた。
洗いたての下ろした赤毛が、何だかとても新鮮に見える。
な、何だろ? 何かドキドキしてきたぞ。……風邪でもひいたかな?
「な、何か用?」
窓を開けると、トラップは「別にー」などと言いながら、遠慮なく部屋に入ってきた。
ふっとシャンプーの香りが漂ってきて、胸のドキドキがますます大きくなる。
そのまま、トラップはわたしのベッドにどかっと腰掛けた。
「トラップ……?」
「……泣いてたんか?」
どきり、とするのを、隠せたかどうか。
そんなことしたって、わたしの目は、多分真っ赤に腫れてるだろうから。泣いてたことは一目瞭然だと思うんだけど。
「な、泣いてなんか……」
「嘘つくなっつーの。俺の部屋にまで聞こえてきたぜ。もううるせえの何の」
「嘘っ!?」
や、やだやだ恥ずかしい!! 大きな声を出さないように注意してたのに!?
わたしは思わず慌ててしまったけれど。
「う・そ」
トラップの目は、いたずらっこみたいに輝いて……ぺろっと舌まで出して言われてしまった。
きいいいー! 一体何なのよー!!
「もう! か、からかわないでよ。一体何しに来たの!?」
「いんや。ただ……」
そこで、ふと彼は口調を改めた。
酷く軽薄な口調から、真面目な口調へ。
「寂しいんじゃねえかと思って」
そう言って、わたしを見つめる目は……とても、とても真面目だった。
「トラップ……?」
「いーんだぜ。無理しなくたって。泣きたいときは、泣けばいいんじゃねえ? ……いくらでも、貸してやんぜ? 胸でも肩でも」
その言葉に。
わたしの胸は、何だかいっぱいになってしまって。
気がついたら、わたしはトラップの首にしがみついて、わんわんと大声で泣いていた。
かなり長い間。我に返ったとき、時間を見て思わず驚くくらい長い時間。
その間、ずっとトラップは、わたしの頭や背中を撫でてくれて……
そうして初めて、わたしは心から、この家に来てよかった、と思えたのだった。
で、翌朝。
目覚めたのは、いつもより30分ばかり早い時間(ちなみに、昨夜、トラップはちゃんと自室に戻って行った)。
ちょっと目が腫れてるけど、そんなに目立つほどじゃないことを確認して、セーラー服に着替えて髪をとかす。
「おはよございます!」
わたしがそう挨拶をして食堂に下りていくと……
何故か、そこには、おじさんの姿もおばさんの姿もなく。
ただ、ダイニングテーブルで、トラップがラップのかけられた朝食を前に、コーヒーをすすっていた。
その彼が身に包んでいるのは、わたしと同じ高校の制服。昨日のうちにちゃんと上着を返しておいたので、上下とも学生服だったけど、前ボタンは上の二つが外されていて、すごくラフな印象。
そう、初めて出会ったときと同じ着こなし方をしていた。まあそれはともかくとして……
「あの、トラップだけ? おじさんとおばさんは?」
「もー出かけた」
わたしの言葉に、トラップは簡潔に答えて、マグカップを渡してくれる。
その中には、苦そうなコーヒーが入っていた。……できればお砂糖とミルクも入れて欲しいなあ。
「そうなんだ。いつもこんなに朝早いの? 帰ってくるのは何時くらい?」
「んあ? おめえ、聞いてねえの?」
「……え?」
何気なく聞いた質問に、トラップは、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「俺の親ってさ、職業麻薬取締官なんだよね。その事件がらみで、おめえんとこの親父と知り合ったらしいんだけど」
「う、うん……?」
麻薬取締官!? な、何か意外……
「だあら、仕事がらみで、一年のうちほとんどは外国をとびまわってんだよね。昨日はおめえが来るからって、無理してスケジュール空けたんだとよ。今朝一番の飛行機で、どこだかの国にとんでったぜ」
「……え?」
えと。それって……?
事態を理解して、わたしの顔に段々と血が上ってくる。
「そ。つまり、当分の間、この家には俺とおめえ二人だけ、ってことになんのかなあ?」
にやにや笑うトラップの言葉に、わたしはひっくり返りそうになった。
な、な、何ですってええ――!!?
お父さん、お母さん、ごめんなさい。親不孝でごめんなさい。
まだ高校生なのに、ど、ど、同棲生活突入だなんて!!
わたしは、あまりの事態にがっくりとテーブルに頭をたれてしまったけれど。トラップは、最初から知っていた余裕とでも言うのか。レンジに朝食のお皿を入れてあっためている。
ううう……何でえ? 何でこうなるの?
トラップのお父さん、お母さん……そんな大事なことは、もっと早くに言ってよー!!
「あーあー。顔上げろよ、ったく。ってこたあ、多分おめえあれも知らねえだろ?」
「……あれ、……って?」
ショックのあまり、わたしは顔を上げる気力もなかったんだけど。そんなわたしの前に、トラップはあったまった朝食を並べながら言った。
「やっぱ知らねえよなあ。あのさ、いくら何でも年頃の男女を一つ屋根の下に残して……なんて、常識ある大人がするわけねえだろ?」
「う、うん?」
改めてそんな言い方されると、何か余計に恥ずかしいんですけど……
ちらり、と上目遣いにトラップを見上げると、彼は何だか、妙に嬉しそうにわたしを見ていた。
ううっ。一体何? この上何があるのお?
「ま、飯でも食えって。あのな、俺もつい最近知ったんだけどよ。実は俺達……」
「うん?」
「婚約してんだってさ」
がたがたがたがたっ!!
言われた言葉の意味を即座に理解して、わたしは椅子ごとひっくり返ってしまった。
な、な、何ですとー!?
そんなわたしを見つめるトラップの目は、どこまでも意地悪。
こ、こ、こ、婚約うううう? わたしと、トラップが!?
一体何の話よ、それは!!
「まー落ち着けって。いやさ、よくある話でよ。親同士が仲がいいもんだから、その子供同士をくっつけちまおうっていう、親同士での勝手な約束。まー昔風に言やあ、許婚、ってとこか?」
「…………」
お父さん。生まれて初めてあなたを恨む娘を許してください。
な、何を勝手な約束してるのよー!!
「ま、っつーわけで許婚同士なんだからいいかってことでこの事態に……おい、パステル? パステル?」
トラップの呼びかけが遠くに聞こえる中。
わたしは、現実逃避に走っていたのだった……
で、その後。
学校に遅刻する、とトラップにひきずられるようにして、わたしは電車に乗っていた。
ま、助かったといえば助かったんだけどね。どうにか気をそらすことができて。
気にしちゃいけない。そう、親同士が勝手に決めたことであって、本人同士が了承してないんだもん。
わたしとトラップは、ただ同居してるだけ! ただそれだけ! なんだから。
家から学校まで、電車に乗る時間も含めて40分くらい。以前に比べると大分長くなった通学時間。
そんな通学時間も、トラップと一緒だと、やけに賑やかだから短く感じるのが不思議なんだけど……
その後、さらに意外な事実が判明する。もっとも、さっき知った事実に比べれば、全然何ていうことのないことだったけどね。
わたしとトラップが学校についたときには、もう予鈴が鳴ってしまっていた。慌てて二人で階段を駆け上がる。
昨日から変わった、新しい教室、二年A組。わたしはそこに向かおうとして……
「あれ? そういえば、トラップは何組なの?」
「あん?」
並んで走りながら、彼はくいっと顎で指し示した。
二年A組の教室を。
……え?
事態を理解しかけたその瞬間、本鈴が鳴り響く。鳴り始めると同時、わたしとトラップは、教室にとびこんでいた。
……同じ教室に。
「すいません、遅れました!!」
わたしが叫ぶと、既に帳簿を持って教壇に立っていたギア先生が、ふっと顔を上げる。
並んで教室に入ってきたわたし達に、先生も、クラスメートも、驚いてるみたいだったけど……
「……パステル・G・キング、それとステア・ブーツ。早く席につきなさい」
「へーい」
「はい……え?」
ステア・ブーツ?
誰? と聞こうとする前に、トラップはずかずかと歩いて行って……
そして、席についた。わたしの隣の席に。
……え?
「今回だけは、遅刻扱いにしないでおいてやる」
「へーへー。ありがとーごぜえます」
ギア先生は、トラップをにらむような目で見ていて、トラップはトラップで、そんなギア先生に妙に挑戦的で……
異様な雰囲気に教室がざわつく中。
わたしは、何だか、平穏な学園生活が遠のいていくような錯覚に、陥っていた。
親が麻薬取締官という危険な職業についているので、小さい頃から誘拐などの危険にさらされてきたため、「ステア・ブーツ」という本名を名乗らなくなった。
トラップからその話を聞いたのは、授業が終わった放課後。
そんなことを話しているとき。
「パステル、今日は……」
声をかけてくるマリーナとリタ。それに答えようとしたときトラップの手が、わたしの肩を抱いた。
「わりい。今日こいつは俺と一緒に帰ることになってんだよな。またにしてくんねえ?」
はあ??
わたしは思わず目を点にしてしまったけれど。マリーナとリタはもっと驚いた様子だった。
「ぱ、パステル……あなた、いつのまに……」
「リタ、野暮なこと言わないの。じゃ……ブーツ君?」
「トラップでいいぜ」
「そ。じゃあトラップ、パステルのことよろしくね」
「おう」
なーんて、わたしを無視して、会話は進んでいて……
「ど、どういうつもりよ!?」
「あん? んじゃーおめえ、一人で俺の家まで帰れんの?」
ぐっ
抗議の言葉は、あっさりと封じられてしまった。
くっ、悔しいっ……早く道を覚えないと……
「ほれほれ、とっとと帰るぜ。なあ、おめえ料理できんだろ?」
「え? うん、まあ……」
「んじゃ、飯よろしく頼むぜ」
「……わかったわよ」
はあ、しょうがないか。
わたしには、もう他に帰るところがないんだもんね……
ため息つきつき、トラップと肩を並べて歩いてたんだけど。
ふっと視線を感じた。
ぞくり、と背筋に寒気が走る。
「どーした?」
のん気な声をあげるトラップの袖を、ぎゅっとつかむ。
トラップは、不審そうに眉根を寄せていたけれど……
くるっ、と振り返った。その瞬間、彼の腕が、わたしの肩を抱く。
普段なら何するの、とでも言って振り払うところだけど、今は、その腕が頼もしく感じて、わたしはされるがままになっていた。
視界の端にうつるギア先生の冷たい眼差しを、あえて気にしないふりをして……
完結です。
長い……(汗
こんなに内容は薄いのに何故こんなに長く……
今日こそは短くまとめるつもりだったのに……
えと、学園編です。時代は現代と思ってください。
後わたしはバイクの免許は所持してませんし、生まれてこの方乗ったこともありませんので
バイクの描写が変とかそういったツッコミ大歓迎です。いくらでもお願いします。
エロがこんなに少ないのにエロパロ板にアップしてよかったんだろうか……
食事の後。ノルはわたし呼び止めて神妙な表情で辺りを見渡すと、顔を近づけて
小声で話す。
「パステル、あ、あの声は、抑えた方がいいと思う……」
えっ、えええええっ!! と、隣まで、ききっ、聞こえてたんだ……。ううっ……。
マリーナファンの方、ごめんなさい。
ファンの方は読まない方がいいかもしれません。
クレイ自身の提案で午前中に冒グルに向かうことになったんだけど、宿から
出かける寸前にマリーナに出会して、一緒に行くことになった。
道すがらの会話はなんだかぎこちない。わたしとクレイが結ばれてこと知ったら、
マリーナはなんて言うだろう? いつものように話しかけてくれるマリーナに
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「パステル、ちょっと、いい?」
冒グル事務所の部屋から出た途端、マリーナに呼び止められた。
冒グルの事務所で事情を話すと、冒グルで心理的な相談事を担当する女性の
神官に会うことになった。事務所の一室で彼女はクレイとわたし、ノルに
一通り話を聞くと、クレイ以外の二人を外へ出した。マリーナは外で待っていた
から、部屋の中でどんな会話があったか聞きたいのかなって思ったけれど、
どうやらそうじゃないみたい。わたしの腕を掴んで事務所の外をちらりと見た。
「ノル、マリーナと少し…、散歩に行ってくる。クレイのことお願い」
「…………、わかった」
返事に間があったから、きっと何事か気がついたんだと思う。
公園のあまり人気のない場所。マリーナは数歩先にいて黙ったまま背中を向けている。
「マリーナ?」
一瞬、マリーナの肩が動いたような気がした。
「何か、話したいこと、あるんでしょう?」
振り向いたマリーナの表情は少し強張っている。
「………。クレイ、元気になってたね」「う、うん」
「パステルもエベリンに来た時と、何だか変わった………。私を避けてるみたい」
「!…………」
「クレイと何かあったの? あんなに落ち込んでいたクレイが数日で変わる
なんて考えられない」
「……………………」
「何があったの?」
わたしを見る強い視線に耐えられなくて、思わず顔を逸らしてしまった。
「詐欺師なんて仕事してるとね、ちょっとした表情の変化で相手が何を考えて
いるか解るようになってくるの。だからクレイがあなたに見せる表情や、あなたの
態度を見ていたら、二人の関係がどう変わったかぐらい………」
「ま、まって! まって……、それは………」
「それは、何?」
……………そのとおりだけど、もし、言ったら、言ってしまったら、わたしと、
わたし達とマリーナの関係、壊れてしまう。どうしたら…………。
「言えないの? クレイに告白して、好きって言って貰えたんでしょう?」
「……………」
言わなきゃ。でも、でも……。
「なんで、なんで言えないの!? まさか、抱かれ……」「マリーナ!!」
思わず叫んでしまった。でも、それは……、肯定したも同然だった。
「あ、あははは、そうなんだ。出鱈目言ったつもりだったのに」
マリーナは射るような目つきでわたしを睨みつける。
「どうして、私の居場所を奪っていくのよっ! その場所は、あなたが居て
いい場所じゃないっ。クレイの隣は私が居るはずの場所なのにっ。泥棒猫!」
「わたし、そんなつもりで……」
膝がガクガクと震えてる。マリーナから恨まれるだろうって、予想はしてた。
でも、面と向かって言われて混乱してる。もう、どうしたらいいのか解らない……。
マリーナはハッと驚いた表情になって口元抑えてた。
「わ、私、なんてこと言って……!」
「あっ、ま、待ってっ!」
駆け出すマリーナ腕を思わず掴んでしまった。
どもども。
後編のはずがまた中編です。
こんなんですみませんがエロばかり…
初めての方は
>>41-49参照でお願いします。
ボタンが器用なギアの手に外されていく。
その間もわたしの唇は彼に犯され続けていた。
舌を吸い、舐めとり、唇を優しく噛んで、また舐めあげる。
キスって、キスって、こんな気持ちになるものなの?
か…からだの力が抜けちゃう…
今までの人生でこんな状態になるのは初めてかもしれない。
「…好きだ、パステル。忘れられなかった…」
キスの合間に、ギアの低い声が囁いた。
(ちょっと、ほっといてくれ…)
胸がまたほんのすこしだけちりちりする。
それに気付かないフリをして、わたしは目を閉じた。
彼の手が、わたしのからだを求め始めたから。
頭がぼおっとする。酔ってるみたい。
そうだ、わたしきっと、ギアの飲ませてくれたお酒で酔ってるんだ。
でなきゃ、こんなにどきどき心臓は高鳴らない。
ギアの目なんか見つめられない。
彼の背中に、腕なんか回せない…
パジャマのズボンの中に手を忍び入れて、ギアはわたしの瞳をじっと見つめた。
いい?
…そんなような意味合いの視線。
パンティの上から軽く擦られながら、からだの奥の方が熱を持って疼きだすのがわかった。
けれど、声も出せず、ギアのまっすぐな瞳を見ていられもしなかった。心臓の音ばっかりがやけにうるさくって、たまらない気分になる。
「やあっ…」
わたしの返事を待たずに、リズミカルな指が出し入れされた。
必死で堪えるわたしを楽しそうに見つめて、彼はわたしの喉にキス。
そのまま胸の隆起を吸い上げる。
片手は器用にわたしのズボンとパンティを剥ぎ取っていく。
「んん…」
「声を出したら…こんな壁の薄い部屋だ。まわりに聞こえてしまうよ」
「ん…あっ!」
そしてふいに彼は、わたしを弄ぶ指を止めた。
「…?」
息を切らして声が出ない。彼を見上げると、キスをしてくれる。
そして上半身、着ていたシャツを脱ぎ捨てると、彼は今まで自分の指が入っていたところにまたキスをした。
「声、我慢してくれよ」
「……!!」
そんなところ、舐めちゃ、舐めちゃ駄目ー!!
思わず逃げようとしてしまったわたしの足をがっしりと抱え込んで、離さない。
どこを舐められているのかの自覚はさっぱりなかったけど、ある1点を舐められるたびに、抵抗しようという気がどんどんなくなっていくのがわかった。
その部分に触れられるたびに、どうしようもないような気分になってしまう…
ギアの舌に合わせて声が漏れそうになってしまうのを、言われたとおりに頑張って抑えようとしたけれど、どうしても出てしまった。
「…んんっ…あっ…!」
出すなって言ったくせに、ギアはわたしの喘ぎ声を聞いてもスピードを緩めてくれない…
苦しくて、枕を顔に押し付けてじっと目を閉じる。そうすると声は出さずに済むんだけど、代わりに涙が出そうだった。
「可愛い、パステル…こんなに濡らしてる」
「や…そんな…」
ギアがずぶり、とわたしの中に指をまた差し入れ、抜き出した。
「あぁっ!」
声をあげてしまったわたしの目の前に、ぬめぬめと光るギアの指が差し出される…
くもの糸のようにまとわりつく、その液体。と、ギアがとんでもない提案をしてきた。
「舐めてごらん」
「…!!そんなっ…いやよ、そんな、そんなこと…」
「自分のものだろう?」
そ…それはそうなんだけど…だけど、これは…これは無理!!!!
彼は指に付いた液体をわたしの唇に塗りたくった。
それを固く閉じることで拒否すると、
「じゃあ、それが出来ないなら…自分で挿れてくれよ」
さらりと言った。
え?一瞬わけがわからなくなってしまう。
自分でって…わたしが?
なにを、…どこに?
呆然としてしまったわたしを尻目に、ギアは後ろを向いてズボンのボタンを外し、脱ぎ去った。
履いていたボクサーパンツも脱いで…
!!!
突然現れたギアのお尻に、もう、顔面真っ赤。むしろ全身真っ赤。
「ギ…ギア…」
彼が身に付けているものといえば、首に下げられた銀鎖。
それだけの格好でわたしを抱きすくめると、全身にキスの雨を降らせた。
触れられた場所から、たまらない気持ちが高められてしまう…
そして彼は唇を最後に優しく吸うと、わたしのからだを起こして、自分は仰向けに寝転んだ。
わたしが目をそらそうとしていた部分を隠そうともせずに。
それはとても大きくて、痩せぎすの彼には似合わない大きさ。
不釣合い、というのが正直な感想だったほど。
ちゃんと見たのは初めてだけれど…
ギアに、とりあえずおれにまたがって、と言われたのでそれに従った。
彼は仰向けになったまま、わたしの中に指を入れて掻き回す。
ぐぢゅぐぢゅ…と音がしてしまう。
「い…いやぁ…」
全身の力が抜けて、ヒザ立ちの姿勢のままギアの胸に倒れこんだ。
「ここに…」
脱力したわたしの腕が掴まれる。彼のモノを強引に握らせられてしまう…!
「おれの、これを」
初めて触ったそれは思っていたよりも熱くて、固くて、太かった。
「挿れてみてくれよ…」
わかんないよ、そんなの、やったことない――だいじょうぶ、おれの言うとおりにして、おれのをにぎって…そう、
それであてがって、腰を落とすだけでいい――いや、やだ、怖いよ――だいじょうぶだから、おれのいうとおりにして、
そう、そこだ、そこにあてがって、ゆっくりでいい、痛い?そう。そうだ…
彼がわたしに入りきってしまってすぐ…
彼は激しくわたしを突き上げた。
彼の頭にかじりつく。
彼の唇がわたしの胸の先端をついばんだ。
「ああん、ああ、はぁ、んん…あッ、あぁッ、ああアッ!」
痛みを感じたのは最初だけで、幾度となく続く衝動に気が遠くなりそうになった。
声を出してはいけない、と、最初は思っていたけれど…
彼の頭を抱きしめながら、彼に胸を吸われながら、わたしは喘ぎ続けていた。
「いや、いやぁ…!そんなに、そんなに激しくしちゃ嫌だよぉ…
お、おかしく、あァ!おかしくなっちゃう…」
「いいんだ…いいんだよ、パステル、おかしくなって…」
彼の腕がわたしのからだを前後に揺すり、彼は仰向けに寝転びながら下からわたしを突き上げる。
粘膜が擦れあうたびに全身を駆け抜けるのはなんなんだろう?
「ああぁ、あん、ああ、ああああ…」
頭がぼおっとしてる。
ギアに抱かれたからだがまだ火照って…
でもからだのどこもおかしいなんてことはない。
つつ…っとふとももを流れる液体の感覚に、慌てて下着に手をやると、白い液体が流れ出していた。
「やだ…」
ギアと、ギアとしちゃった。
ここから流れ出してくるのはギアの液体。
わたしの液体と混ざっているんだろうか…
そんな風に考えて、2階にあがり、ドアを開けるとそこには…
トラップが座って待っていた。
「ト、トラップ…?」
中編終わりです。
最近連続勤務で休みがなくて話が進まないのもあって
これでも頑張ったのです。ごめんなさい。
前回に引き続き、マリーナファンの方は読まない方がいいかもしれません
「ごめん、なさい」
「なんであなたが謝るの……」
「だって、マリーナの言うとおりだから。わたしがマリーナの……」
「やめて。そんなふうに自分を責めても辛いだけよ? 私にクレイを返せって
言われて、そう出来る?」
「出来ないけど……。でも、でも……」
「でもじゃないわ。人の心配するよりもっと自分のことを心配したら?
そんなんじゃ誰かにクレイ、取られちゃうかもね」
「!…………」
「少なくとも私はそんなことしないから安心して。でも、クレイは親衛隊が
いるんでしょ? あなたがしっかりしてないと、持ってかれたちゃうわよ」
マリーナはそう言って、いたずらっぽく笑った。
笑えるはず無いのにね。ずっとクレイへの想いを封じ込んでいたのに。
「そんな悲しそうな顔しないでよ。だいたい、私が意気地なしだったから、こう
なったんだから」
「そんな、マリーナは……」
「いいの、もう終わったことだから。甘えてたのよ、幼馴染みっていう立場に」
「……………」
「本当は、もっと罵倒するつもりだったのにね。いざ言ってみたら、あんなに
動揺するなんて。詐欺師失格かなぁ」
笑って見せたマリーナの目から涙がこぼれ落ちる。
「あ、あれ、もう、やだ……」
「マリーナっ」
わたしはマリーナを抱きしめて、そして、二人で泣いた。
「パステル」
「あ、クレイノル……」
ノルの声に振り返ると、少し疲れたような表情のクレイを連れて、冒グル事務
所の玄関からノルが出てきた。
「どうだった クレイ?」
「うん……、もう大丈夫だろうけど、一週間ぐらい様子を見ようって言われてね。
事務所の雑用を手伝いながら診てもらうことになった」
「一週間? うーん。お金、大丈夫かな……」「足りないのか?」
「うん、マリーナ……に、頼ってばかりじゃいけないし」
「俺、帰ろうか?」「ううーん。ノルが帰っても足りない……」
「俺が一人で残るよ。それならどうかな?」
「えっ? あ、ああ、それなら大丈夫だと思う……」
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」「うん……」
「ところで、マリーナは? ノルに一緒に出ていったって聞いたけど」
「先に、帰るって……」
じっと、わたしの顔を見てる。
「な、何……?」「目、赤いよ。マリーナと、何かあったんだね」
「マリーナが、しばらく、会いたくないって………………」
「……………」
「会ったら、何をするか解らないから。落ち着くまで会いたくないって」
クレイの顔が険しくなる。
「そうか……。詳しい話は、宿で、聞くよ」
次回で多分、最後です。
すげー、神が3人も来てる…
259 :
名無しさん@ピンキー:03/10/14 01:16 ID:0tYgR60m
トラパス学園編、ベタでも楽しませて貰いました。
最後、気になる終わり方だったし、ベタと言うより学園物の王道ですよ!
是非、続きを書いてください。まだ出てないメインキャラもいるし…
ふと思ったんだけど、校長ってやっぱりジェローム・ブブリアント三世…ですか?
260 :
208:03/10/14 03:44 ID:T78NQCu4
トラパス作者さんリクに応えてくれてありがとうございました
細かく指定していないのに
ブルマ、用具室、跳び箱をきっちり押さえてるあたりまさに神
しかも2人きりで同居とは そろそろ鼻血噴出するかも
ありえないくらい萌えました
続きもあるものと期待してひたすら待ち続けます
ギア先生ストーキング編かクレイ登場編か・・・
今夜も興奮で寝れそうにない_| ̄|○
神がいっぱい・・・!!
しあわせー(*´∀`*)
サンナナマルさん最高――――――――――!コレを待ってましたぁっ!!
Hくてイイ!続き期待してます。
とっとと新作アップしてしまいます。
何を考えているんだわたしは……(反省)
本当は別の作品書こうと思っていたのですが。
パラレルトラパス学園編の続きです。
エロエロ作品期待されている方。
もーしわけありません。今回もエロ極少です_| ̄|○
この設定は、エロを挟み込むのがとてつもなく難しい……
じゃあ何で書いたのかって言われたら、書きたかったとしか言いようがないんですが
次の作品こそは、パラレルじゃなく普通のFQ作品書きます。頑張ってエロが多くなるよう努力します。
なので、今日だけはこれでご勘弁を……
もしかしたら、パラレル学園編は今後こっちではアップせず、まとめページでひっそりアップという形になるやもしれません。
あまりにも板違いですから……
ああ、あまり話が進んでない。完結する日なんて来るのだろうか……(不安
初めて会ったのは、確か夏。
わたしは買ってもらったばかりの半袖のワンピースを着ていたから、暑い時期だったと思う。
初めてその家に来たとき、わたしは何だか恥ずかしさを感じて、お母さんのスカートにつかまって顔だけを覗かせていた。
そうしたら、大人たちに混じって、自分とほぼ同じ目線の男の子がいることに気づいた。
男の子はじーっとわたしを見ていたけれど、目が合うと、ちょっと赤くなって目をそらした。
仲良くなりたい。
何でそう思ったのかはわからないけれど、わたしはそのとき、心から思った。
だから、大人同士が難しい話をしている中、ちょこちょことその男の子のところまで歩いて行って、ぺこり、と頭を下げた。
「あのね、わたしぱすてるっていうの。あなたは?」
「…………」
その男の子は、わたしを目を合わせないまま、ぼそぼそと自分の名前を名乗った。
そんな彼の様子に気づいた大人達が、笑いながら何かを言っている。
「照れちゃって」「かわいいな」「子供は子供同士、仲良くやりなさい」
確か、そんな言葉をかけられた気がする。
もちろん、言われなくても、わたしは彼と仲良くするつもりだった。
「いっしょにあそんでくれる?」
「別に、いいけど」
わたしが手を出すと、男の子は、ぎゅっとその手を握ってくれた。
それが嬉しくて、わたしはにこにこ笑っていた。
「何、にやにやしてんだよ。気持ちわりいな」
男の子はそんな憎まれ口を叩いたけれど、気にならなかった。
男の子の案内で、近所の公園へ連れていってもらう。わたしと同い年くらいの男の子が、公園で一人、ブランコに乗っていた。
「おーい」
ぶんぶんと男の子が手を振ると、ブランコの男の子も、手を振り返してこっちに来た。
「その子、誰?」
「父ちゃんの友達の子だってさ」
「ふーん。はじめまして。俺は……」
それから始まる自己紹介。
ブランコの男の子は、今四歳だと言った。わたしを連れてきてくれた男の子も四歳。
じゃあ、わたしより一つ年上なんだね。わたしはまだ三歳だから。
そう言うと、「おめえは俺より年下だし女なんだから、ちゃんと守ってやんねえとな」と男の子は言って。ブランコの男の子は「お前がそんな優しいこと言うなんて珍しいなー」なんて言って笑っていた。
それから、三人でお昼ごはんの時間まで遊んだ。
家に帰った後、もう一度遊びに行きたかったけれど、男の子は何故かそっぽを向いて連れていってくれなかった。
だから、わたしは仕方なく一人で出かけることにした。
見事に道に迷って、男の子が捜しに来てくれるまで泣く羽目になるのは、その後のことだった。
もしかしたら、年齢は五歳と四歳だったかもしれない、ブランコの男の子は鉄棒で遊んでいたかもしれないし砂場で遊んでいたかもしれない、そもそも公園じゃなかったかもしれない。
本当に曖昧で、まるで雲をつかむような記憶。
けれど、頭のどこかで覚えていた。
あのときの男の子の真っ赤になった顔。約束だと小指をからめた記憶。
あの男の子は、今、どこでどうしているんだろう。
バタン
「トラップー! トラップってば。もう、起きて起きて、遅刻しちゃうよ!!」
「……んー……」
朝7時。これから朝食を食べて、準備をして電車に飛び乗って、学校につくのは多分始業ぎりぎり。
今起こさないと間に合わない。トラップは、何しろとても寝起きが悪い人だから。
「ほらあ! 起きて起きて起きてー!!」
ゆさゆさゆさ
身体をゆする。けど、やっぱりトラップは「うーん」と言ったっきり寝返りをうって向こうを向いてしまう。
トラップの部屋は、わたしの部屋と同じくらいの大きさで、ベッドと机とタンス、その他趣味のパズルやゲーム、CDやMDなんかが雑多に並べてある棚が置いてある。
床に落ちていたクッションを取り上げてぼすぼす頭を叩いてみたけど、やっぱり彼は無言。
もー、わたしまで遅刻しちゃうじゃない! こうなったら……
「トラップってば!! ほら、起きて……」
ばさあっ!!
かけられていた布団を、一気にひっぺがす。そして……
「き……きゃああああああああああああああああああ!!?」
わたしは、近所中に響き渡りそうな悲鳴をあげ、その悲鳴にさすがのトラップも飛び起きたのだった。
わたしとトラップは同じ家で暮らしている。学校も一緒、クラスも一緒。
そして、この家には、今のところわたしとトラップしかいない。トラップのご両親は、仕事の関係で外国に行ってしまっている。
何でそんなことになったのか、というと、わたしの両親が事故で死んでここに引き取られることになったからで、そうなるまでにはまあ色々と経緯があったのだけれど。
一緒に暮らすようになって三日目。今日は金曜日。今日が終われば明日と明後日は休みで、月曜日から通常授業が始まる。
そんな日。わたしは、トラップに背中を向けて、朝食を食べていた。
わたしが作ったサンドイッチとスープ。ここに来てから、最初の日以外ずっとわたしが食事を作っている。
まあね、それはいいんだ。美味しいって言ってもらえると、嬉しいし。
「おめえなあ……いつまですねてんだよ」
ラフに着込んだ学生服姿のトラップが、呆れたような声を出している。
すねてるわけじゃないもん。ちょっとショックだっただけだもん。
だって……だって……
「おめえが勝手に見たんだろうが。俺の方が悲鳴をあげてえよ」
けっ、という声とともに、トラップが立ち上がる。冷蔵庫に飲み物を取りにいったらしい。
お父さん、お母さんごめんなさい。ふしだらな娘でごめんなさい。
わたし、生まれて初めて、男の人の裸を見てしまいました……
いやいや、誤解しないでね。見たって言っても上半身だし、生まれて初めてっていうのは大げさかもしれないけれど。
でも、ショックだったんだもん。
トラップいわく、風呂あがりで暑かったからそのまま寝ちまった、ということで。彼はパジャマの下だけを身につけて布団にくるまっていた。
心の準備もなく見たその上半身は、ほっそりしているのに意外にたくましくて……
見た瞬間、どきんっ! としてしまったのは、わたしだけの秘密。絶対に秘密。
で、ねえ……その後が……
わたしの悲鳴に、トラップが飛び起きる。目の前に裸の胸が迫ってきて、わたしは慌てて視線をそらした。
下の方へと。
そのとき、目に入ってきたのは……
あああ、もう駄目。わたし、お嫁に行けないかもっ
ぶんぶんと首を振るけれど、目に焼きついたその光景は当分離れそうもなかった。
そ、そりゃね。わたしも一応、保健体育とかの授業で習ったから、知識としては知ってたよ?
だけど、だけど初めて見たんだもん。お、男の人って……朝は……
「あああああああ……」
「……おめえって見てて飽きねえ奴だよな」
一人で赤くなったり青くなったりうめいたり頭を抱えたりしているわたしに、トラップが心底呆れた、という風につぶやいている。
わたし達の生活は、いつもこんな風に始まる。
一人暮らしだったら絶対経験できないようなことばかり。賑やかで、楽しくて、たまに怒ったり、その後笑ったり。
寂しがりやのわたしにとって、両親がいなくなったという寂しさを、とてもまぎらわせてくれるから。
だから、わたしは感謝しているんだけどね。
「遅刻するぞ」
その一言にどうにか気を取り直して、家を出たのは7時50分。
始業は8時40分だから、もうかなりギリギリ。
二人で走って、電車に飛び乗って、予鈴の音に全力で階段をかけあがる。
この三日、もう恒例となってしまった行事。
けれど、今日は何とか、本鈴の時間には間に合った。ギア先生はまだ姿を見せていない。
そのことにちょっとホッとしつつ、席につく。トラップも同じく、
ちなみにわたしとトラップは席が隣同士だ。出席番号が同じだったからなんだけれど、偶然って恐ろしい。
「おはよ。毎朝毎朝大変ねー」
そんなわたしに、親友のマリーナが離れた席から手を振ってくる。
わたしとトラップが一緒に住んでることは、内緒……ということになっている。
いや別にそう決めたわけじゃないんだけど……恥ずかしいじゃない?
だけど、毎朝毎朝一緒に登校してくるものだから、マリーナにはばれちゃってるみたい。
そして、クラスのみんなには、わたしとトラップが付き合ってる……と思われているらしい。
ううっ、誤解なのに。でも、この誤解を解こうと事実を話したら、もっともっと誤解される。
わたしの新学期は、そんな悪循環で始まっていた。
教室に入ってきたギア先生の目は、何だか冷たかった。
もともとそういう顔立ちなんだけれど、新学期に入って、余計に冷たくなったような気がする。
人より鈍いって言われるわたしが気づくくらいだから、ギア先生ファンクラブ(水面下で誰かが作ったらしい)のメンバー達の間では、すごく噂になっていた。
いわく、失恋したんじゃないか? って。
その噂を聞いたとき、わたしは頬がひきつるのを感じた。
実は、わたしは以前、ギア先生に告白をされている。わたしはどうしてもそんな風に見れないから、それを受け入れることができなかったんだけど。
ギア先生は言った。「いつまででも待つ」って。
両親が死んだときも、よかったら一緒に暮らさないか、とまで言ってくれた。
けれど……
けれど怖かった。告白のとき、先生に押し倒された。あのときの背中の冷たい感触が、どうしても忘れられなくて。
それ以来、先生と二人きりにならないように努力している。マリーナやリタ、あるいはトラップ、いつも誰かと一緒に行動するようにしている。
ふとした瞬間感じるとても冷たい視線のことは、あえて無視するようにして……
と、思っていたのに。無視しよう、気にしないようにしようと思っていたのに。
「パステル・G・キング」
放課後。わたしがマリーナやリタと話していると、教室の入り口から、ギア先生が声をかけてきた。
びくり、と身体が震えるのがわかる。マリーナ達はきょとんとわたしと先生を見比べていて、まだ残っている他のクラスメートは気にもしてないみたい。
トラップは……どこに行ったんだろ? カバンが残ってるから、帰ってはいないと思うけど……
「な、何ですか?」
不自然にならないように気をつけて返事をすると、先生は入り口から動かずに言った。
「ちょっと聞きたいことがある。進路指導室まで来なさい」
…………
進路指導室。聞きたいこと。
普通に考えれば、進路についての何か、だよね。話って。
怖い、けど……断るのは、不自然だよね。
いくら何でも、まだ昼間。生徒も先生もそこら中にいるのに、変なことになったりは……しないよね。
「わかりました」
ちょっと言ってくる、と二人に声をかけて、立ち上がった。
進路指導室は、四階の端っこ。
三年生になったらしょっちゅう出入りすることになる、とは、同じ学校の三年生に彼氏がいるマリーナの言葉だけど。
まだ二年生になったばかりのわたしは、ここを利用するのは初めて。
部屋の中はそんなに広くはなくて、大学案内とか就職案内とか、そんな本がつまった棚に囲まれて小さなテーブルとソファが向かい合わせに置いてある、そんな部屋。
「先生……何ですか? 話って」
ギア先生は、ここに来るまで一言もしゃべらなかった。
どん、とソファに腰掛けて、じっとうつむいている。
その表情は見えないけれど……何だか、悩んでいるように見えた。
「先生……?」
「……ああ、すまない。少しぼーっとしていた。パステル、そこに座りなさい」
先生に促されて、向かいのソファに腰掛ける。
……居心地悪いなあ。早く帰りたい。
わたしがうつむいて黙っていると、目の前に、一枚の紙が差し出された。
「えと……?」
「これについて、ちょっと聞きたいんだけどね」
とん、と指差されて、改めて紙を見る。
それは、連絡網だった。クラスが新しくなるたび、住所と電話番号の変更確認も兼ねて、みんなに配られる全クラスメートの名前と住所、電話番号が書かれた紙。
出席順番に、左側に男子、右側に女子の名前が羅列してあるんだけど。
先生が指さした場所を見て、思わずドキリとする。
わたしとトラップは、出席番号が同じ。つまり、この紙でも、名前が並んでいる。
そして、そこに。
全く同じ住所と電話番号が、並んでいた。
わたしはトラップの家に引っ越したとき、もちろんそのことを学校に連絡してあった。元の家には、もう他の人が住んじゃってるからね。大事な連絡があったとき困るもん。
だけど、連絡したとき、わたしは自分がトラップと同じクラスになるとは思ってなかった。そもそも同じ学校だってことすら知らなかったから。こんなことになるなんて思ってなかった。
多分、この紙は来週にでも配られる予定だったんだろうけど……
ど、どうしよう――!?
わたしが青くなっていると、先生の手が、肩に触れた。
ぽん、と軽く叩かれただけ。それなのに、全身が震えそうになるくらい怖い。そんな叩かれ方。
「あの……」
「何かの間違い、だよな」
ギア先生の声は静かだったけれど、でも、とても冷たかった。
「多分、誤植か、あるいは事務が間違えたんだろう。……変更しなければならないから、正確な住所と電話番号を教えてほしいんだが」
どうしよう。
嘘をついたってどうせすぐばれる。そのうち家庭訪問だってあるだろうし、ただでさえ、毎日わたしとトラップが一緒に登校してきてるのは、クラスのみんなも知ってるのに。
「違い……ます」
散々悩んだ後、結局嘘はつけないと確信する。
それなら、事情をちゃんと説明しなくちゃいけない。ギア先生は……担任の先生なんだから。
「あの、わたし……今、とらっ……ブーツ君の家に住んでるんです。お父さん同士が友達で、一人になったわたしが寂しいだろうからって、引き取ってくれたんです」
わたしがそう言った瞬間。
ギア先生の目が、すっと細められた。
「先生……?」
「君は、ステア・ブーツのことが好きなのか?」
沈黙に耐えられなくて声をあげたとき。
ギア先生の口から出てきたのは、質問というよりは確認に近い言葉。
その言葉に、頭に血がのぼってしまう。
す、好きって……多分、先生が聞いてるのは、あの意味の「好き」だよね?
ままままままさかっ……そんなこと、あるわけないじゃない。
わたしが好きなのは、どっちかと言えば優しくて頼りになる王子様みたいな人で……
そりゃ、トラップだってたまには優しいけど。頼りにだってなるけど。
で、でも、違うもん。一緒に暮らしてるのはただの偶然と成り行きだし。あんな意地悪な奴、好きなわけ……
「ち、違い……ます」
だけど。
その返事をするまでに、大分長い時間がかかってしまった。
どうしてだろう。どうして、きっぱり言えないんだろう?
それに、どうして……こんなに口調が弱々しくなっちゃうんだろう?
「違います。そんなつもりはありません」
顔をあげて、今度こそ、はっきりと告げる。
その瞬間……
意外なほどに間近に迫っていた、ギア先生の顔。あっ、と思ったときには、もう、唇を塞がれていた。
「んっ……」
触れるだけの軽いキスじゃない、わたしの全てをからみとってしまうような、熱い、深いキス。
あの寒い用具室でされたキスよりも、もっと長い時間。振りほどこうとしたときには、腕を捕まれて、もう身動きできなくなっていた。
「せ、先生……」
ど、どうしよう。顔が……熱い。
頭がぼーっとしている。視界がぼやけているのは……もしかして、涙がにじんでいるせい?
「自分が、ここまで嫉妬深いとは思わなかった」
テーブルを挟んでいたはずなのに。
気がついたときには、わたしは先生に抱きしめられていた。
「毎朝君がステア・ブーツと一緒に登校してくるのを見て、反射的に彼を殴りたくなるのを抑えるのに苦労したよ」
「先生……」
耳元で囁かれる甘い言葉。
その言葉に、ますます頭がくらくらしてくる。
先生の手が、ゆっくりと……セーラー服の上着をまくりあげた。
「やっ……」
「ステア・ブーツのことを好きじゃない。そう聞いて、安心した」
どさっ!
膝が震えて、姿勢を保つのが難しくなった。
気がついたときには、もう、わたしの身体は、ソファーの上に横たえられていた。
そんなに大きくないソファ。肩を抑えられて、身動きが取れない。
ギア先生の手が、上着を強引にまくりあげる。スカートがひるがえって、足が、太ももまであらわになった。
「やだっ……」
「どうして、ついてきたんだ?」
「……え……」
耳元で囁かれた言葉に、背中が強張る。
「この間のことを忘れたわけじゃないだろうに、どうして一人でついてきたんだ?」
「……それは……」
「こうなることがわかっていたんじゃないのか?」
びくりっ
首筋に熱い感触。先生の冷たい唇が、わたしの肌に強く吸い付く。
「俺に抱かれたい……心の中では、そう思ってるんじゃないのか?」
「ち、ちがっ……」
違う、そうじゃない。
それは違う。わたしは別にギア先生が好きなわけじゃない。
ただ、わたしは甘く見ていただけ。まだ昼間だから。人がいっぱいいるから。先生はどうせ本気じゃないに決まってる。そんな風に甘く考えて……
「大丈夫、怖がることはないから」
ギア先生の手が、するりと下着と素肌の間に滑り込んだ。
くいっ、と胸をつままれて、びくり、と背筋をのけぞらせる。
「俺にまかせておけばいい……ステア・ブーツの家になんかいることはない。俺の家に来るんだ、パステル。きっと、君を幸せにするから」
「やあっ……」
どうしよう、どうしよう。
ぐるぐると色んなことが頭をかけめぐる。だけど、それは、まとめてしまえば一つの考えになる。
嫌だ、やめて、逃げたい。
わたしはトラップの家にいたい。ずっとあの家で暮らしたい。
だから……
ぐっ
脚を無理やり開かされて、下着をはぎとられる。
わたし自身だって滅多に触らないような場所に、何かがもぐりこんでくる気配。
っ……だ、誰かっ……
「い……やあっ!!」
ばっ、と腕を振り上げると、ガラスの板を乗せただけの簡単なテーブルが、派手な音を立ててひっくり返った。
がしゃんっ! という音に、ギア先生の手が一瞬止まる。
そのときだった。
どんどん
部屋に響いたのは、扉をノックする音。
舌打ち一つ残して、ギア先生は立ち上がった。
ずるっ、と力が抜けて、ソファから滑り落ちる。
た、助かった……の?
「誰だ?」
「失礼します。三年B組のクレイ・S・アンダーソンです。進路についてちょっと……」
響いたのは、知らない声だった。
よく通る涼しそうな声。知らない声だけど、でも、その名前には聞き覚えがあった。
クレイ・S・アンダーソン。成績優秀で剣道部主将、王子様のような正統派美形で、校内の女の子で彼を知らない人はいない、とすら言われている。
とても優しくて、お家は結構なお金持ちなのにそれを全然鼻にかけるようなこともなく、男子からも女子からも大層人気があるそんな人。もうすぐ行われる生徒会選挙では、彼が生徒会長になるのは間違いないと言われていた。
そして、わたしの親友、マリーナの恋人でもある人。
とにかく、今がチャンス、だよね。
わたしは、慌てて服装の乱れを直した。大丈夫、おかしなところは無い……よね?
いつかみたいな失敗はしてないよね?
何回か大きく息をついて、呼吸を整える。よし。
ギア先生は、まだクレイ先輩と話しているみたいだったけど、顔をあげるのが怖くて、目を伏せろくに確認もせずその脇をすり抜けて、廊下に出る。
「先生、わたしはこれで失礼します」
「あ、ああ……」
ぺこり、と頭を下げると、さすがに先生も引き止めることはできないようだった。
平静を装って廊下に出る。そのまま、教室に戻ろうとして……
「おい」
「きゃあっ!?」
角を曲がろうとしたところで突然肩をつかまれて、思わず悲鳴をあげる。
そのまま、その人影は、わたしを近くの教室にひっぱりこんだ。
あまり使われていない社会科教材室。ほこりっぽいその部屋にひきずられて、ドアが閉じられる。
「と、トラップ……?」
「おめえは……んっとに、あにやってんだよ!!」
わたしをひきずりこんだ人影、トラップは、頭の上から怒鳴るようにして叫んだ。
その顔はかなり怖い。本気で怒ってる。
「ご、ごめんな……」
「ったく。おめえ、前あんなことがあったってのに、あんでのこのこついていくんだよ」
「…………」
それは、ギア先生にも言われたこと。
その答えは、わたしが油断していた、ただそれだけのこと。
ギア先生が好きなわけじゃない。ましてや、抱かれたいと思ったなんて……そんなこと……
返事をしないわたしに苛立ったのか、トラップは、顔をゆがめてドン、と壁を叩いた。
振動で棚のガラスが震える。それくらい強く。
「……ごめ……」
「おめえ、やっぱあいつのことが好きなんか?」
かけられた口調は、とても冷たかった。
「好きだから、のこのこついてったわけ? だったら余計なことして悪かったな」
「ち、違うよっ!」
それは違うから。誤解されたくない、トラップには誤解されたくない!
「違うの。だって……まだ昼間だし、学校にはいっぱい生徒も先生も残ってるし。まさかって……」
あの冬の日とは違う。放課後とは言っても、今日はまだ短縮授業だから昼前で終わっているし、新入生が入ってきて部活動も始まってるから、そこら中に人がいる。
だから大丈夫だと思ったのに……
わたしがそんなようなことを一生懸命話すと、トラップは……
はーっ、と大きなため息をついた。
「ったく。おめえは……無防備っつーか……甘いっつーか……」
「だって……だって、先生だよ!? いくら何でも……」
「甘い! 甘い甘い甘い甘い甘い!! おめえは男ってーのを甘く見すぎてんぞ!! 男ってのはなあ、惚れた女が目の前にいたら、周りが見えなくなるんだよ! 二人っきりになった時点で怪しいと思え!」
「な……」
びしっ、とわたしに指をつきつけるトラップに、思わず反感を抱いてしまう。
な、何よ何よ。そこまで言わなくたっていいじゃない。
先生を信頼して、何が悪いのよっ!
「な、何よ! そこまで言わなくたって……いいじゃない。だって……」
だって、それを言うなら。
「それを言うなら、わたしとトラップだって家でいつも二人っきりになってるじゃない!」
そう言った瞬間。
トラップの手が、ぴたり、と止まった。
その顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
……え?
「と、トラップ?」
「……あ、あに言ってやがる。俺はギアみてーな物好きと違って、おめえみてえな出るとこ引っ込んで引っ込むところが出てるような幼児体型には興味ねえんだよ!!」
「な――なんですってえ!?」
そのあんまりと言えばあんまりな言い草に、わたしが思わずつかみかかろうとしたときだった。
突然、ガラリと扉が開く。
予想もしていなかったので反射的に振り返ると、そこには……黒髪黒目、割と長身なトラップよりもさらに10センチ近くは背の高い、すごい美形が入ってきた。
学生服がちょっと不似合いだなあって思うくらい、大人びた容貌に、思わずぼーっと見とれてしまう。
「クレイ」
先に声をあげたのは、トラップだった。その言葉に、思わず目を見開く。
この人が、クレイ・S・アンダーソン。
噂だけは何度も聞いていたけど、実は顔を見るのは初めてだった。
マリーナの恋人。だけど、写真の類は見せてもらったことがない。
いわく、「あんまりにもかっこいいから、他人には見せたくないのよ」ってことだったけど。
その気持ち、わかる。確かに、こんなかっこいい人だったら……女の子なら、誰でも好きになっちゃうかも……
「おまえらなあ、外まで響いてたぞ? トラップ、おまえが言いすぎだ。ちゃんと彼女に謝れよ」
「あ、あのなあっ……や、それより、どーだった?」
「うん、適当にごまかしてきたよ。……だけど……」
わたしのことそっちのけで、二人は会話を始める。
え、待って。ちょっと待って。
こ、この二人って……知り合いなの!?
「トラップ……アンダーソン先輩と知り合いだったの?」
わたしがそう言うと、トラップが口を開くより早く、クレイが言った。
「はじめまして。俺はクレイ・S・アンダーソン。クレイでいいよ。君は……パステル・G・キング?」
「は、はいっ!」
じーっと見つめられて、思わず舞い上がってしまう。
って、駄目駄目。クレイはマリーナの恋人だもん。変なこと考えちゃ駄目だってば。
「俺とクレイはな、昔家が近所で、幼馴染だったんだよ」
ぼそっとつぶやいたのはトラップ。心なしか、その声は不機嫌。
どうしたんだろう?
「大変だったんだよ。さっき……」
クレイの話によると、放課後、トラップの姿が見えなかったのは、クレイに何やら話をしにいってたらしいんだけど。
話の内容は、関係の無いことだから、としゃべってくれなかった。まあそれはいいとして。
で、話も終わって、トラップが教室に戻ったところ、わたしの姿が見えない。
マリーナに、ギア先生に連れていかれたと聞いて、血相変えて走っていったところ、言い忘れたことがあって教室に伝言に来たクレイとぶつかった、と。
で、後は見ての通り。進路指導室まで行ったら、中から大きな音がしたので、三年生で教室を訪ねても不自然じゃないクレイが、わたしを助けるためにノックをした、ということらしい。
そっか。助けてくれたんだ……
「ま、大きなお世話か、とも思ったんだけどな」
背後から響く意地悪そうな声は、もちろんトラップ。
もー、何よ、さっきから。何を怒ってるの?
「そんなこと無いよ。ありがとう」
わたしが頭を下げると、けっ、とそっぽを向かれてしまった。
……もう。
何だか悲しくなってわたしがうつむいていると、そっとクレイが耳元で囁いた。
「照れてるだけだよ。俺も『まさか先生が?』って最初は信じられなかったんだけど、あいつがどうしても、ってね。よっぽど君のことが心配だったんだよ」
その声が聞こえたのか、トラップがぎろっとこっちをにらんできたけど……
へー、そうなんだ。へー……心配、してくれたんだ。そんなに。
へへ。ちょっと嬉しいぞ。
わたしは思わずにこにこしてしまったけれど。
だけど、そのささやかな幸せも、次のクレイの言葉で木っ端微塵に壊れてしまった。
「だけど……おまえらの声、大きかったから。あれは、多分聞こえてるぞ」
「え?」
トラップとわたしが怪訝そうな声を出すと、クレイは声の調子を落として言った。
「俺と一緒にリンゼイ先生も外に出たんだ。そのとき、パステルの『それを言うなら、わたしとトラップだって家でいつも二人っきりになってるじゃない』って声が聞こえてさあ。先生、ちょっと顔がひきつってたぜ? 俺、見てて怖かったもん。
まあ、そのまま階段降りて行ったから、それ以上は知らないけどな」
…………
思わず、トラップと顔を見合わせる。
背中がぞーっとするのを感じた。ど、どうしよう……?
「まあ、例の件もあるし。困ったことがあったらいつでも相談に乗るよ。じゃ、俺は部活があるから」
それだけ言うと、クレイは教室を出て行った。
後には、わたしとトラップだけが残される。
どうしよう。ばれた……よね。よく考えたら担任の先生だもん。どうせいずれはばれたと思う。
トラップのご両親が、ほとんど外国で生活してて家には滅多にいないってこと。
どうしよう……?
そのとき。
ばさり、と何かが肩に被せられた。
見上げると、Yシャツ一枚になったトラップの姿。
肩にかけられたのは、彼の上着。
「あの……?」
「……着てろ」
「え、何で……」
不審に思ってつぶやくわたしの前で、トラップは、とん、と自分の首筋を指差した。
え?
ポケットからいつも持ち歩いている小さな鏡を取り出した。
そこに、首筋をうつしてみる。
そこには、赤くて丸い痕が、くっきりと残っていた。
並んで帰る間中、トラップはずっと不機嫌だった。
わたしは、彼の詰襟をきっちりと着こんで首筋を隠してたんだけど。
トラップの学生服は、わたしには大き過ぎるから、だぶだぶでちょっとみっともない。
早く家に帰りたくて早足で歩いているのに、何故か、トラップはいつも以上にゆっくり歩いている。
……どうしたんだろう?
そっとその表情をうかがう。やっぱり、不機嫌そう。
……こんなことなら、マリーナ達とお茶してから帰ればよかったかなあ。
教室に戻ったとき、マリーナとリタは、まだ残って待っててくれた。「放課後、どこかに行かない?」と誘われもした。
だけど、例によってトラップが、強引にわたしを連れていっちゃったんだよね……二人のぽかんとした顔が目に浮かぶ。
ううっ……ごめんね。
はあ、とわたしが大きくため息をついたときだった。
突然、トラップが振り返った。
え? 何?
電車を降りて、家まで後五分と言うところ。住宅街に入ってて、人通りはかなり少ない。
「トラップ?」
「クレイは、やめといた方がいいぜ」
何の前置きもなく、トラップはずばっと言った。
……はあ?
「やめとく……って?」
「だあら、クレイはやめとけって。あいつには、ちゃーんと彼女がいるからな。おめえと違って美人でグラマーの」
しばらくぽかんとしていたけれど、やがて言われた言葉の意味を悟って、ふつふつと怒りがこみあげてくる。
な、な、何を勘違いしてるのよ!!
「知ってるわよっ! マリーナの恋人でしょう? クレイは」
「あんだ、知っててボーっと見とれてたのかあ?」
トラップの言葉は、どこまで意地悪。
きーっ! 何でこんなこと言われなきゃならないのよ!!
「親友の彼氏を奪おうなんて、そんなこと思うわけないでしょ! そりゃかっこいいなあとは思うけど……ただそれだけだってば!」
わたしが真っ赤になって力説すると、トラップは「ふーん」なんて言いながらそっぽを向いた。
「ギアといいクレイといい、おめえ、かっこいい男なら誰でもいいのか?」
「なっ……」
「言っとくけどなー、おめえちっと鏡見た方がいいぜ? もうちっと無難っつーか似合いの相手を探した方が……」
「大きなお世話、よ!」
ばこんっ!!
思わずカバンを振り回す。トラップは凄く身が軽いから、普段ならこんな攻撃あっさりかわされちゃうんだけど、今回のは予想外だったらしく、まともに後頭部にくらっていた。
「いてー!! てめえなあ!?」
「何よ何よ何よ!! 悪かったわね、マリーナみたいに美人じゃなくて、スタイルもよくなくて! そんなの、トラップに言われなくたってわたしが一番よくわかってるわよ!!」
それだけ叫んで走り出す。
もー、バカバカバカ! 人が気にしてることをー!!
だけど……何で、わたしこんなに悲しいんだろ。
トラップが意地悪言うのなんか、いつものことじゃない。いや、まともに会話するようになってまだ日は浅いけど、その短い間に、あんなことは何回も言われてきた。
いいかげん慣れなくちゃいけないって、わかってるのに。
背後からトラップが何か言ってるみたいだったけど、聞いてなかった。
そのまま、わたしは一目散に道を走っていった。
そして。
「こ……ここ、どこお?」
わたしは、情けない顔で周囲を見渡していた。
えと、確か、家まで後五分くらい……の距離まで来てたんだよね?
なのに、何で……20分近くも走り続けて、家じゃなくて全然知らない場所に来てるの……?
ああ、もうわたしのバカバカ! 自分が方向音痴だってことは、嫌ってくらいわかってたはずなのにー!!
気がついたら、そこは大きな池が中央にある森林公園。こんな場所があるってこと自体知らなかったんだけど。
公園というには広すぎるその敷地内で、わたしは途方にくれていた。
えーと、多分、そんなに遠くまでは来てない……よね?
走ったって言ったって、わたしの足だもん。多分、家まで、歩いても30分か……一時間はかからない距離、のはず。
……ただ、どっちに向かえばいいのかもわからないっていうのが、問題なだけで……
はあっ、と大きく息をつく。時計に目をやると、もう結構時間が経っていた。
池が近くにあるせいか、冷たい風が吹いてきて、思わずぶるっと身震いする。
トラップの上着がなかったら、震えてたかも。
ちょっと上着の前を握り締める。そういえば、前もこうして、上着借りたんだよなあ。
あの後、返すまで、トラップはどうしてたんだろう? 予備の上着を持ってるのかな。
ぼんやりと池を眺めていると、何故だか、トラップのことばっかり頭に浮かんだ。
何でだろう……?
スカートのポケットに手を入れると、硬い手触りが返ってくる。携帯電話。
これを使えば、トラップに「助けて」って言える。そうすれば、彼のことだ。きっと見つけてくれるだろうけど……
だけど……あんな別れ方して、今更「助けて」なんて言えるわけない!
ぎゅっと目を閉じる。何で、トラップはあんなに意地悪を言うんだろう。
わたし、何か彼の気に障るようなことをしたんだろうか?
それなら、謝らなくちゃいけないけど……その理由がわからない。
どうしよう……
わたしが落ち込んでいる間にも、時間はどんどん過ぎていって、どんどん寒くなっていった。今は四月だけど、まだ寒さは抜けきってない。
空が夕焼けに染まる。……このまま、帰れなかったらどうしよう。
はあ、と大きく息をついたときだった。
ふわり、という柔らかい感触が、わたしの身体を包んだ。
「……え?」
「んなとこでボーッとしてると、風邪ひくぞ」
耳元で聞こえたのは、すごく優しい声。
「トラップ……?」
えと、何? 何でしょう。
何で……わたしの身体に、彼の腕が、まわってるの?
わたしの顔に、?マークがいっぱいに浮かぶ。だけど、振りほどこうっていう気には、なれなかった。
「あの……」
「ったく。おめえって天才的な方向音痴だよな。一体どこまで行きゃあ気が済むんだよ?」
「なっ……」
わ、わざとじゃないもん。それに……そう。
今回のことは、トラップだって、悪いんだから。
わたしが上目遣いでトラップを見上げると、彼は、何だか盛大なため息をついていた。
その格好は、別れたときと同じ。Yシャツに制服のズボン。
……もしかして、あれからずっと、捜しててくれた?
そう確認したかったけれど、聞けなかった。照れ屋な彼のことだ。素直にうんと言うわけないけれど、答えはわかりきっていたから。
「……ごめん」
「あにが?」
そう思ったら、謝罪の言葉は割りとすんなりと出てきた。
「ごめん。わたしが甘かったんだよね? 心配してくれたのに、色々ごめん」
「……もーいいよ。わかったんなら、これから気いつけろよ」
「うん」
ぎゅっ、と腕に力がこもる。……ああ、もしかしたら、トラップも寒いのかもしれない。
彼の上着、わたしが借りてるもんね。……けど……
もう少しこのままでいたいから。だから、上着は、家に帰ったら返すね?
トラップが耳元で何か囁いたけど、それはよく聞き取れなかった。
陽が完全に沈むまで、わたしとトラップは、そうして池をぼんやりと眺めていた。
――おめえは、俺が守ってやるから――
不意にその言葉がよみがえったのは何でだろう?
あの後、トラップのバイクにまたがって、わたしは無事、家まで帰ることができた。
よく考えたらお昼ご飯も食べてなくて、お腹もぺこぺこだったんだよね。
だから、感謝の意味もこめて、夕食はせいいっぱい腕を振るった。
トラップは、別に特に褒めることもなく、いつものように「うん、うめえ」とだけ言ってもくもくと食べてたけど。
彼の顔がすんごく嬉しそうで、わたしもつられてにこにこしちゃったんだよね。
その後、トラップが先にお風呂に入って、わたしが自分の部屋に戻ったとき。
不意によみがえったのは、すごくすごく小さい頃に言われた言葉。
……あの男の子……
わたしより一つ年上だったから、今は高校三年生かな? 今、どうしてるのかな。
わたしのことを守ってやるって言って、そしてお嫁さんにしてくれるって、真っ赤になって言っていた男の子。
思わず笑いが漏れる。彼本人は、そんなこと覚えてもいないだろうけど。わたしは忘れていない。
確か、お父さんの友達の息子さんだったはず。ひょっとしたら、お葬式にも来てくれたかもしれない。
名前を覚えてないのが残念だけど。
そんなことを考えながら、昼間っから借りっぱなしだったトラップの上着を丁寧に畳む。
どうせ、明日と明後日は学校が休みだもんね。このままクリーニングに出しちゃおう。幸い、翌日仕上げを宣伝にしているクリーニング屋さんが、近くにあるし。
そう考えてポケットを探ると、中から生徒手帳が出てきた。
他にも、シャーペンだとかハンカチだとか色んなものが出てくる。
それらを全部机の上に並べて、何の気なしに手帳をめくってみた。
表紙の裏に、今よりちょっと髪の短いトラップの写真。学ランのボタンをきちんと止めている、ある意味貴重な写真。
そして、その下に……
「へえ。トラップ、五月生まれなんだ。三日……もうすぐじゃない」
書かれた生年月日を見て、思わずカレンダーに目をやる。後二週間ちょっとで、トラップの誕生日。
何か、お祝いを用意しておかなくちゃ。
ちなみに、わたし自身の誕生日は二月だから、先は長いというより最近終わったという感じ。わたしがやっと16歳になったばかりなのに、トラップはもう17歳になるんだなあ。
そう考えると、何だか不思議な気がした。
「おい、パステル。風呂空いたけど」
「あ、はーい」
どんどんとドアをノックされて、慌てて立ち上がる。
明日の土曜日は、色々と買い揃えたいものもあるし。
トラップ、買い物に付き合ってくれないかな?
そんなことを考えながら、わたしはドアを開けた。
上半身裸で首にタオルをひっかけただけというトラップの姿を見て、わたしが悲鳴をあげるのは、それから数秒後のことだった……
完結です。
続き書くつもり満々な終わり方ですが……書けたらいいなあ。
エロさえクリアできれば。そう何度もギアに襲わせるのも……(ギアファンの人、心からごめんなさい)
何だかこの設定の二人は青いというか子供っぽいような気がしてなりません。
わたしの腕が未熟なせいで……
心密かに307さんの作品の続きを熱望しつつ、逝ってきます。
>クレ×パス氏
今更何ですがキタワァ*:.。..。.:*・゜(n`∀`)η゚・*:.。. .。.:*
それにしてもキャラが人間臭くて本当に良いです。
冷徹になりきれないマリーナが又…
彼らの結末に遺恨が残らない事を祈りたいッス。
(´-`).oO(密かにギア好きな漏れにはちょっとせつない現状…)
三角関係を書くと誰かが不幸?になってしまうのは、まぁ仕方ないわな。
ギアが意外に肉体派だったのがワロタ。
当たってくだけろ・・・んで、くだけたって感じですね。
ギアが優しく見守るタイプだったら案外うまいいったかもしれない・・・なんて妄想してしまったよ。
進路指導室・・・ハァハァ
トラパス作者さんどこまでもついていきまつ
エチは脳内補完してる漏れから一言
ギア ガ ン ガ レ
学園編・・・。
今までで一番、設定や舞台がエロだと思う。
何もしなくても、十分イイです!
ぜひ、続きもこのスレで書いて欲しいです。
ところで無理強いギア、けっこう好きかも。
うん、学園編、物凄くエロのカホリがします。
フォーチュンがネタ元のパロSSでありながら、
この作品自体をネタ元にエロパロできそうなくらい萌え要素満載です。
私もぜひぜひこのスレで続けてほすぃです。
新作です〜
今回は、ちょっと前のリクエスト
「パステルのことを考えて身を引くトラップ」
それと、かなーり前のリクエスト
「お互いトラップのことを気にしつつのクレパス」
の二つのリクエストから話を作りました。
予告通り長く長くなりました(汗
後、答えたつもりですがリクエストされた方が満足していただけるかどうか自信ありません。
ではでは
ふと気づいたとき、彼女の姿が目につくようになった。
俺にとって、彼女は可愛い妹みたいなものだと思っていた。
初めて会ったときから何故か放っておけなくて、守ってあげたいと思って。
そうして気づいたら、この思いはどんどん大きくなっていた。
この感情が何なのか、俺にはよくわからない。
家族愛なのか、保護欲なのか、あるいは……
恋心、なのか。
どうしてあいつの姿が目につくんだろう?
意地悪で、口が悪くてトラブルメーカーで。いつも迷惑ばかりかけられているのに。
どうして目が離せないんだろう?
わかっていた。意地悪ばかり言っているようだけど、実は人一倍わたしのことを心配してくれているって、わかってたから。
最初はそれが純粋に嬉しかった。
なのに、最近、あいつの姿を見ると変な気持ちになる。
イライラしたり、悲しくなったり、怒りを覚えたり。
どうしてこんな嫌な感情ばかり膨れ上がってくるんだろう。
わたしにとって、あいつは何なんだろう?
何であいつのことが気になっちまうんだ。
見込みがねえってわかってるのに。どうせかなうわけもねえってわかってるのに。
俺には優しくしてやることも、甘えさせてやることも、あいつが望むようなことを何一つしてやれねえのに。
実るわけもねえから諦めようとしているのに。
なのに、何で気がついたらあいつのことを目で追ってるんだ?
それに……
何で、気づかなくてもいいようなことにまで気づいちまうんだ?
自分の心が傷つくだけだってわかっているのに。
その日、俺とパステルとトラップは、買出しのために町を歩いていた。
俺の名前はクレイ。一応パーティーのリーダー……ということになっているはず。
幼馴染のトラップに、スライムに襲われていたところを助けたパステルとルーミィ、気がついたら仲間になっていたキットン、逆に俺達がスライムに襲われているところを助けてくれたノル、とあるクエストで仲間になったシロ。
六人と一匹、レベルも低いしスキルもばらばらなでこぼこパーティーだが、俺にとってはかけがえのない仲間だと思っている。
今は特にクエストに出る用事も無い。もうすぐ冬がやってくるし、厳しい寒さは即命の危険につながる。そんなわけで、俺達は冬の間、シルバーリーブでアルバイトをして過ごすことになっていた。
今日は、全員で休みを取って、冬を越すための準備をする。俺達三人が買出し組みで、ノル、キットン、ルーミィとシロで、保存食の準備をしたり痛んだ備品の修理をしているはずだ。
「ったくよお。何で俺が荷物持ちなんだよ。ノルにやらせりゃいーだろうが」
重い荷物を持たされてぶつぶつ文句を言っているのはトラップ。まあいつものことだけどな。
「何言ってるのよ! キットンとルーミィとトラップなんて、安心してまかせてられないわ。トラップのことだからどうせすぐに逃げようとするに決まってるもの!」
「あんだと!?」
腰に手を当ててトラップをにらみつけているのはパステル。
この二人はいつもこうだ。ちょっとしたことですぐ言い争いをするくせに、仲直りも早い。
俺には……いや、俺だけじゃなく、ノルだってキットンだってわかってる。トラップは、パステルに構ってもらいたいだけで、別に本気で文句を言ってるわけじゃない。
全く、素直になればいいものを……
「まあまあ二人とも。ほら、早く帰らないと日が暮れるぞ」
二人の間に割って入る。俺がこうしていさめないと、言い争いはいつまででも続くからなあ。
まあ、トラップも不憫と言えば不憫だ。あいつの気持ちなんか、まわりの人間から見たら一目瞭然なのに、何故か当の本人パステルだけが気づかないんだもんな。
俺も人からよく鈍いと言われるけど、パステルのあの鈍さも相当なものだと思う。
「クレイー! クレイからも一言言ってやってよ!」
「あに言ってんだ! 先に喧嘩ふっかけてきたのはおめえじゃねーか!」
俺を挟んでぎゃあぎゃあと言い争いを展開する二人。
おいおい、勘弁してくれよ……
間に挟まれて、密かにため息をつく。
はあ……俺っていつも言われるけど、損な役回りだよなあ。
……それに。
前はそんなことはなかったのに。最近、この二人の言い争いを聞いていると……
不思議と、胸が痛くなるのは……何でだろう?
もー! どうしてトラップってばいつもこうなのよ!!
クレイとトラップと並んで歩きながら、わたしはぶつぶつつぶやいていた。
冬を迎える準備のための買出し。それにトラップをひきずってきたのはクレイ。
見張ってないと逃げるだろうからっていうのは、正しい見解だと思う、うん。
だけど、道中トラップは文句ばっかり言ってた。やれ「重い」だの「面倒くさい」だの。
確かにねえ、荷物は多かったけど。トラップよりクレイの方がずっと持ってる荷物は多いのよ!? ちょっとはクレイを見習って欲しい、本当。
「ごめんね、クレイ。荷物ほとんど持ってもらっちゃって。重たいでしょう?」
「いやあ……大丈夫大丈夫。これくらい。パステルこそ、大丈夫? 重たくない?」
「え? ううん、大丈夫」
「重かったらいつでも言えよ。持ってやるから」
くーっ! 優しいっ! 見よ、このトラップとの違い!
クレイの向こうで、「けっ、甘えなあ」なんてつぶやいてるトラップが見えるけど、気にしないもんね!
「大丈夫大丈夫。ほら、もうすぐつくから」
わたしが、遠くに見えるみすず旅館を指差したときだった。
「……あのー……」
遠くから何かが聞こえたような気がした。
……気のせい、かな?
「あのー……すいません……」
「え? クレイ、何か言った?」
「いや。俺は何も……」
「あのー……こちらです……」
はい!?
ぼそぼそと耳元で囁かれて、思わず振り返る。
すると……
驚くほど近く。わたしのすぐ隣に、一人の女の人が立っていた。
長い栗毛を一本の三つ編みにまとめていて、眼鏡をかけたほっそりした女の人。
えーと……それ以上の説明のしようがない、そんな人。
全体的な印象は、とにかく「薄い」。どこまでも派手なトラップと並べると、かすんでしまいそうな、そんな地味な装いの人だった。
「あのー……わたし達に声をかけたんですか?」
「はい、そうです……」
女の人は、いまいち生気の感じられない声でぼそぼそとつぶやいた。
「俺達に、何か用ですか?」
「おい、とっとと帰ろうぜ」なんて言っているトラップを手で制して、クレイが優しく微笑んだ。
どこまでも現実主義者なトラップと違って、クレイは優しいもんね。頼みごとをされたら引き受けずにはいられない、そういう人なんだ。
「はい……あ、申し遅れました。私、リルカと申します。実は、画家をやっておりまして……」
「リルカさん?」
わたしはきょとんと首をかしげたけれど。
そこに身を乗り出してきたのはトラップ。
「リルカ? リルカって、もしかしてリルカ=アベレッツ?」
「はあ……」
トラップの勢いに気おされたのか、ちょっと下がって頷くリルカ。
「トラップ、彼女を知ってるの?」
「ああ? おめえ俺を何だと思ってんだ?」
「盗賊」
そう言うと、トラップはうんうんと頷いて言った。
「そーだよ。情報収集は盗賊の基本だぜえ? 特に、金になりそうなことにはな」
「はあ?」
トラップによると。
このリルカさんは、今シルバーリーブどころかロンザ国全体で非常に話題になっている新人画家の一人だとか。
彼女の卓越したセンスの絵は、非常に高値で取引されていて、王族の間で集めるのがはやっているとかいないとか。
ほえー! 失礼ながら、見た目からはちょっと想像がつかないかも!
どこまでも地味なリルカさんの姿は、芸術家っていう雰囲気はあまり感じられなかったけど。
そう言われてみれば、ちょっと雰囲気が常人離れしてるかも?
「はあ。で、その画家さんが、俺達に何の用ですか?」
クレイが聞くと、リルカさんは、表情をぴくりとも動かさずに言った。
「実は、絵のモデルを頼みたいのです……一目見たときから、あなた達しかいないと思いまして。失礼ながら、街中からつけさせていただきました……」
「はあ?」
ま、街中から? 一体いつからついてきてたわけ……?
こういうことに関しては専門分野なトラップに目をやると、「わからねー」と言いたげに首を振られてしまった。
盗賊のトラップに尾行を気づかせないなんて……この人、ただものじゃないかも。
「俺達に、ですか?」
「ええ……あなたと、そしてあなたに」
そう言って、リルカさんは。
迷うことなく、わたしとクレイを指差した。
おいおい、これは何の冗談だよ?
リルカ、と名乗った女がクレイとパステルを指差すのを見て、俺は内心平静ではいられなかった。
この俺を全く無視しているのも気に食わねえが……リルカの話がまた気にくわねえ。
絵のモデル、と聞いて、「どういうこと?」と聞き返すパステルに、リルカが話したところによると。
どうやら、リルカは、二ヶ月か三ヶ月に一度の割合で、エベリンやコーベニアなどの大都市で個展を開いてるそうだ。
で、来月、エベリンで一つ個展をやる予定なんだが。
個展では、毎回色々なテーマをかかげて、そのテーマに沿った絵を色々と描くらしい。
で、来月の個展に、テーマの目玉となる絵のモデルを捜していたところ、クレイとパステルが目に止まった、とそういうことだとか。
「テーマって、どんなテーマなんですか?」
そう聞き返すクレイに、リルカは薄い笑みを浮かべていった。
「言わなくても……大体想像はつくんじゃないでしょうか……お二人に声をかけたことから察してください。教えてしまうと、自然な絵に仕上がらないかもしれませんので……」
その言葉に、鈍さでは1、2を争う二人……もちろんクレイとパステルだ……が、顔を見合わせる。
まーな。男女一組の絵でテーマとくりゃあ……まあ恋人同士とか、愛とか? そういう絡みのテーマであることは間違いねえだろう。
あいつらがそれに気づくかどうかはともかく。
「一目見たときから、あなた方しかいないと思いまして……雰囲気と言いますか。もうテーマそのものなんです……どうでしょう? もちろん、謝礼の方は弾ませていただきますが……」
「で、でもモデルなんてわたし……」
パステルはおろおろしながらクレイとリルカを見比べているが……
俺の目は見逃さなかった。パステルの目が、一瞬嬉しそうに輝いたことを。
……そうか、やっぱりか。
前から、そうじゃねえかとは思ってたんだよな……やっぱ、おめえはクレイが好きなんだな?
……ま、しゃあねえか。クレイが相手じゃな……俺に勝ち目はねえ。
「いいじゃねーか、やってやりゃあ」
「トラップ?」
口を挟んだ俺に、クレイが不審そうな目を向けてくる。
「謝礼もくれるっつーんだろ? あのリルカ=アベレッツに絵を描いてもらうなんざ、一生に一度、あるかないかだぜえ? どーせバイトに明け暮れる予定だったんだから。いいじゃねえか」
「い、いや。でもなあ……俺、自信無いよ。そんな、モデルなんて……」
っかー!! こいつは!!
ちっとは自覚しろよ。おめえが、俗に言う「すれ違う女がみーんな振り返るような色男」だっつーことを!
「あに言ってんだよ。おめえ以上に絵のモデルに向いた奴なんかいるかって。なあ?」
「はい……」
俺が話を振ると、リルカはひっそりと頷いた。反応の薄い女だな。
「ね、ねえ、クレイ……ちょっとやってみない? そんな凄い画家さんに描いてもらえるなんて、わくわくしちゃう!」
嬉しそうに言うのはパステル。その頬がちょっと赤らんでるように見えたのは……俺の気のせいかあ? 気のせいじゃねえだろーな、多分。
「ま、おめえとクレイじゃ、ちとつりあいが取れねえかもしれねーけどな」
「なっ、何よお!!」
俺の悪態にぶんぶんと手を振り回してパステルが追いかけてくる。
バーカ、俺がおめえなんかに捕まるわけねえだろうが。
その突進をひょいひょいとかわしていると、リルカが、ぼそりとつぶやいた。
「そんなこと……無いです」
「え?」
奇跡的にそのつぶやきを聞き取ったらしく、パステルの足が止まる。
「貴女は……とても魅力的だと思います。ええと……パステル、さん?」
そのリルカの言葉に。
俺が内心で深く同意していたことなんか……どうせ、こいつは気づいてねえんだろうな。
はあ。
そーだよ。認めたくはねえけど、俺はこいつに……パステルに、心底惚れちまってんだよなあ。
全く。俺の好みからはかなり対極にいる女だっつーのに。何でこうなっちまったんだろうな?
俺にもよくわかんねえ。わかんねえけど……
ま、しゃあねえよな。こうして一緒にいられて、ふざけて喧嘩して笑顔も見れて。
何より、こいつがクレイに惚れてて、それで幸せになれるんなら。
ま、いいんじゃねえの? 今のままで、さ。
俺とパステル、トラップは、説明されたリルカさんのアトリエに向かっていた。
最初は一度荷物を置いてからにしようと思ったけれど、リルカさんは俺達の話を聞く前に、さっさと歩き出していた。
芸術家っていうのは、こうじゃなきゃつとまらないんだろうなあ……
どこか浮世離れしているリルカさんの後姿を見て、ため息をつく。
隣にはパステル、後ろにはトラップ。
トラップは最初帰ろうとしたみたいだが、成り行きでここまで来てしまったらしい。あいつにしては珍しいことだ。
……もしかしたら、パステルのことが気になるのかもしれないな。
はあ、と気づかれないようにまたため息をつく。
それにしても不思議だ。何で俺とパステルなんだろう?
男女一組で書く絵のテーマ。それが何なのか気づかないほど、俺も鈍くない。
多分、恋愛絡みのテーマなんだろうな。リルカさんは、「あなた達以外にありえない」と言っていたけれど……
不思議だ。俺とパステル? パステルなら、相手はトラップじゃないのか?
こっそりトラップとパステルを盗み見る。
トラップの気持ちは一目瞭然だ。あいつがパステルのことを好きだっていうのは、態度を見ればわかる。
パステルは……どうなんだろう? 正直、今はトラップの気持ちはおろか、自分の気持ちにすら気づいてないと俺は見ているんだけど。
けれど、トラップと言い合いをしているときのパステルはそれはそれは楽しそうだから。きっとうまくいく、そう思っていたんだけど……
はあ。
もう一度ためいきをつく。
もしかしたら……リルカさんは、見抜いたのか?
俺が、パステルに特別な思いを抱いているって、気づいたのか?
テーマは、ひょっとしたら「片思い」とか「一方通行」とかそんなテーマかもしれないな。
苦笑しつつ考える。それだったら、まだ納得がいく。
パステルのことは、初めて会ったときから、何故か気になっていた。
放っておけないというか、守ってやりたいというか。妹みたいなものだと、そう思っていたけれど。
最近思う。妹以上に大切かもしれない、そんな存在だって。
それが恋心なのかどうかは、俺にもよくわからない。
何しろ、俺のまわりにいた女性は、マリーナにしろ、サラにしろジンジャーにしろ、パステルとは全く違うタイプの女性ばかりだったから。
泣き虫で甘えん坊で、そのくせ芯はしっかり強い、彼女みたいな女性に出会ったのは初めてだったから。
だから、俺の気持ちは俺にもよくわからない。
……トラップに鈍いって言われるのも仕方ないよな、これじゃあ。
そんなことを考えているうちに、リルカさんが立ち止まった。
「ここです」
彼女が指差した方向を見て、俺もパステルもトラップもしばらく開いた口が塞がらなかった。
そこには、みすず旅館よりもさらに大きな、そのくせ華美なところが全くない、「非常に大きな物置小屋」にしか見えない建物があった。
「ここがアトリエ……ですか?」
「そうです……さあ、どうぞ」
きい、とリルカさんが扉を開ける。
顔を見合わせて、俺達もその後に続いた。
うわーっ! すごい、すごいっ!!
リルカさんのアトリエで、わたしは思わず目を見張ってしまった。
そこは、広さだけならみすず旅館の部屋を全部あわせたくらいあるけれど。
家具の類は何にもなくて、ただ真ん中にキャンパスと絵の道具だけが置いてある、そんな部屋。
で、その広い部屋の、壁から、天井から、とにかくありとあらゆるスペースに、びっしりと絵が並べてあったのよ!
「すっげ……これ全部合わせたら、多分100人くらいが当分食ってけるぜ……」
後ろで夢の無い発言をしたのがトラップ。
もー、すぐお金で考えるんだから。全く。
わたしは絵に関しては素人なんだけど。それでもわかった。
この絵……すごいって。
何ていうのかな? 技術的な面ももちろんそうなんだけど、すごく正確で、繊細で、柔らかくてあったかくて。もう何ていうのか、色んな要素が複雑にからみあって一つの雰囲気を作っているっていう、そんな絵。
うわー、わくわくしてきた。本当にこんなすごい画家さんにわたしの絵を描いてもらえるんだ!
っとと、わたしとクレイ、ね。
ちら、とクレイを見上げる。
彼も彼で、この光景に圧倒されてるみたいなんだけど……
それにしても、何でわたしとクレイなのかなあ? トラップも言ってたけど、わたしじゃちょっと不釣合いなんじゃないかって思うんだよね。
クレイって、本人は自覚してないみたいだけど、すっごいハンサムだもん。冒険者っていうより、むしろ貴族の御曹司っていうのかな? すごく上品な美形。
わたしだってねえ……いや、まあ自分で自分を可愛いって褒めるほど自惚れてはいないけど。まあまあ普通? 程度の容姿はしてると思うんだ。
だけど、そんな「普通」なわたしが、「超美形」のクレイと並ぶなんて……ねえ。
うう、絵のテーマって、一体何なんだろ?
ちら、とクレイを見て、改めてため息をついてしまう。
何で引き受けちゃったのかなあ。
もちろん、そんな有名な画家さんに絵を描いてもらえるって聞いて、嬉しかったのは事実。
報酬もちゃんともらえるって言うし、バイトだと思ったら、悪い話じゃないと思ったのは事実。
だけど……
ちらり、と今度はトラップの方を見る。
トラップは、わたしになんか全然関心が無いみたいで、壁の絵を見回して(値踏みして?)たけど。
……わたしとクレイが一緒にモデルやる、って聞いて……何とも思わないのかな?
っていやいや、何でわたし、トラップのことなんか気にしてるんだろ?
関係ないじゃない、トラップには。
そうそう、引き受けたのは、すごい画家さんに描いてもらえるのが嬉しいから。ただそれだけ、だよね。
それに、リルカさん、言ってくれたもん。わたしのことを「とても魅力的だ」って。
それを聞いて、トラップは「はあー?」なーんて言ってたけど。
他ならぬ芸術家の言った言葉だよ? 何よりも感性を問われる職業だよね、芸術家って。
それって、ちょっとは……うぬぼれてもいい、ってことじゃないかな?
振り返ると、クレイと目が合った。
彼は、わたしを見ると優しく微笑んでくれて……
うーっ、なごむなあ。トラップとだと何だか変な雰囲気になるけど、クレイとだと、何だかすごーくほっとするんだよね。
よーし、頑張るぞ!
わたしが決意を新たにしていると、どこかに姿を消していたリルカさんが、お茶が乗ったトレイを持って戻ってきた。
「それでは……詳しい話をさせていただきますね……」
リルカの話によると、モデルをやる期間は大体二週間くらい。
明日から早速アトリエに通って欲しい、ということだった。
ちなみに、報酬の話は、あのお人よしな二人にまかせたらろくなことにならねえだろうと踏んで俺が交渉してやった。
二人は俺が言った金額に目をむいて「トラップ!」「ちょっとそれは……」なーんて言ってやがったが。
リルカの方は、文句一つ言わず「わかりました」と頷いたんで、言ったこっちが驚いた。金持ちの金銭感覚ってわかんねえ。
で、まあ話は問題なくまとまった、ってーことだ。
俺はモデルじゃねえからな。明日からは、クレイとパステル、二人だけで通うことになるんだろーが。
そう聞くと……やっぱ、ちっと平静ではいられねえな。
ったく、俺も諦めが悪いぜ。いくら俺が盗賊だからってなあ、人の気持ちまで盗めるわけねえだろ?
別に今のままだっていいじゃねえか。気兼ねなくしゃべって喧嘩して笑って……それでいいじゃねえか。
パステルはクレイが好きで、クレイは……どーなんだろうな?
どーもあいつの恋愛感ってのはよくわかんねえんだよなあ。その気になりゃあ、彼女の十人や二十人、すぐにでも作れるだろうに、そんな浮いた噂聞いたこともねえし。
ま、でも、あいつだって男だ。いやまさか男色の気があるなんつー気色悪い落ちがついたりはしねーだろうな? さすがに……なあ。
まあとにかく、普通の男だったら、パステルみてえな一途な女に思われたら、悪い気はしねえだろう。
クレイだってパステルを大事に思ってるのは確かだろうしな。お互いがもうちっと鋭くなりゃあ……うまくいくんじゃねえか?
……いいじゃねえか、それで。俺は仲間として、二人の恋を応援してやる。それでいいじゃねえか。
はあ。
気づかれねえようにため息をつきつつ、宿に戻る。
パステルとクレイは嬉しそうに明日からの話に花を咲かせていたが……
面白くねえ。
そう思っちまうのは、しょうがねえことだよな?
翌日から、俺とパステルは早速リルカさんのアトリエに向かうことになった。
時間は昼食の後から夕方まで。持っていくものは別に何も無い。
報酬は日払いでくれるというし、トラップの無茶苦茶な交渉(トラップが金額を言ってリルカさんがそれに頷いただけだけど)のおかげで、結構な収入になりそうだ。
これでルーミィに新しいコートを買ってあげられる、と喜んでいるパステルを見ると、引き受けてよかったなあ、と思う。
それに……パステルと二人きりになる機会なんてそうは無いから。そう考えると、少しばかり嬉しい、という気持ちも確かにある。
けど……なあ。
ふう、とため息をついて後ろを振り返る。
遠ざかっていく猪鹿亭。今日はみんなで昼食を食べて、それから出かけたんだけど。
俺達が店を出るとき、他のみんなはまだ中に残っていた。そのときの、トラップの目つきが……どうも、気になる。
嫉妬心むき出しでにらまれた、というのならまだいい。「俺と彼女はそんな関係じゃない」とでも言ってやればすむことだ。
俺とトラップは親友だからな。親友の恋路を邪魔しようなんて思うほど、俺もバカじゃない。
けど……トラップの目は、何だか、物凄く落ち着いていた。あの目にどんな感情が含まれていた? と聞かれたら、それは多分……
諦め、だろうか。
まさか、トラップ、バカなこと考えてないよな?
お前、まさか気づいてるのか? 俺がパステルに特別な思いを抱いているって。
だから、諦めて譲ろうなんて……そんなバカなこと、考えてないよな?
だとしたらはっきり言わなくちゃいけない。俺を見くびるな、と。
親友のお前を犠牲にしてまで手に入れたい、そんなこと考えていない。
俺が願っているのは、何よりも、パーティーみんなの幸せなんだから。
「……イ、クレイってば!」
腕をひっぱられて、ハッと我に返る。
隣に立っていたパステルが、心配そうに俺を見つめていた。
「あ、ああ。パステル。どうした?」
「どうした、って……ついたわよ? リルカさんのアトリエ。さっきから声をかけてるのに全然気づかないみたいだから……」
「え? あ、ああ。ごめんごめん」
いかんいかん、ついボーッとしてた。
……変に思われないようにしないとな。パステルはかなり鈍いから滅多なことじゃ気づかないと思うけど。
自分が原因で俺とトラップがぎくしゃくするようなことになったら、きっと気にやむだろう。
だから、気づかれちゃいけない。俺の気持ちを。
アトリエのドアをくぐると、リルカさんは全身をすっぽりと包むローブのようなものを身につけて待っていた。
どうやら作業着らしく、あちこちに絵の具らしき汚れがこびりついている。
「お待ちしておりました……あの、どうぞ、これを……」
俺達の姿を見ると、リルカさんは即座に立ち上がって、俺達に畳まれた布を差し出した。
「あの?」
「衣装です……モデルの間、これに着替えていただきますか……?」
差し出されたのは、服。
そうか、衣装か……普段着でいいって言われたのは、このためか。
何かテーマにそった服なんだろうか?
「着替えは……クレイさんは、あちらのカーテンの陰で……パステルさんは、申し訳ありませんが……場所が無いので、ここで……」
「あ、はいはい」
言われるままに示されたカーテンの裏側にまわり、着替える。
いつのまに測ったのかわからないけど、サイズはぴったりだった。
青いパーカーに、白いズボン。特に高級品というわけではないみたいだけど、動きやすいことは確かだ。
「パステル、そっちはもういいか?」
「あ、うん。どうぞー」
声をかけると、すぐに反応が返ってきた。さて、パステルはどんな衣装なんだろう?
カーテンから顔を覗かせて……そして、少しの間、動けなくなった。
パステルが着ているのは、俺が着ているパーカーと全く型は同じで、ただ色が黄色だった。そして、普段のミニスカートと違って、膝下くらいまである白いロングスカート。
リルカさんに言われたのか、いつもはまとめている髪も下ろしている。滅多に見かけない大人しいその服装は……不思議と、彼女をとても魅力的に見せた。
「へ、変かな。似合わない?」
俺があんまり何も言わないから不安になったんだろう。パステルは、おずおずと声をかけてきた。
「い、いやいや。そんなことはない。よく似合ってるよ」
慌てて手を振り、二人の前に出て行く。
この動揺する気持ちを悟られちゃいけない。
絶対に。
うーっ、さすがクレイ。かっこいい!
カーテンから出てきたクレイは、わたしが着ているのと同じ型の色違いのパーカーに白いズボン。
別にデザイン自体は割りとありふれてるんだけど、かっこいい人って、何を着ても似合うんだなあ。
思わずボーッと見とれそうになって、慌てて首を振る。
いけないいけない。集中しなくちゃ。今わたし達はバイトに着てるんだから。
「とても……お似合いです。で、ポーズなんですけど……」
リルカさんは、表情をぴくりとも変えず、わたし達にあれこれと指示してきた。
その様子は酷く真剣で、嫌でも「ああ、彼女はプロなんだなあ」って思ってしまう。
うう、何だか緊張してきたぞ?
そうしてリルカさんが指示したポーズは、まあ長時間その姿でいて、と言われてもあまり苦にならないポーズ。
ただ、手を繋いで視線を交わしているだけ。
立ちっぱなしだけど、まあそんなことは、クエスト中にいくらでもあるしね。
そうしてわたし達のポーズを固定すると、リルカさんは軽く頷いてキャンパスに向かった。
そして、それからがすごかった。
最初はデッサン、っていうのかな? 下書きから始めたんだけど。
リルカさんの手の動きに、思わずクレイと見とれたもんね。
流れるような……っていうのかな? 全然手が止まらないの。
キャンパスは結構な大きさがあったけど、あっという間に画面が黒い線で埋め尽くされていく……いや、わたし達が見ているのはキャンパスの裏側だから、どんな絵なのかは見えないんだけど……きっとそうに違いない、そんな動き。
「……あの、視線を動かさないでもらえます?」
「は、はい、すいません!」
リルカさんの注意に、慌ててポーズを戻す。
ううっ、すごいなあ……全然こっちを見てないみたいなのに、何でわかったんだろう? いや、見てないのに描けるわけないから、そんなはずないんだけど。
言われるままに、最初に言われたポーズを戻す。
つまり、手を繋いでクレイと見詰め合って……
うーん。
何か、最初言われたときはそう感じなかったけど……このポーズって、結構大変かも。
だって、ずーっとクレイの目を見つめていなきゃならないんだよ? 話もせずに、ただ見ているだけ。
見るのも辛いし、見られるのも辛い。段々顔が赤らんでくるのがわかる。
何度も何度も言うようだけど、クレイはすごくかっこいい。認めてないのは多分本人だけ。
そんなかっこいい人にジーッと見つめられると、何だか胸がドキドキして……
というより、何だかすごくほやーんとした気分になってきた。一体何なんだろう、この気持ち……
最初のうちこそ、わたしもクレイも笑顔を保っていたけど、時間が経つにつれて、口元がひきつってくるのがわかる。
リルカさんは最初の一回以降何も言わないけど……わたし達ってモデルでしょう? 動くのってよくないよね。しゃべらない方がいいよね?
そう考えると、腕とか足とかが段々痛くなってくるし、背中はつってくるし……
うう。モデルってただ黙って立ってればいいから楽な仕事だって思ってたけど……意外と大変……
「……あ、別に会話するくらいは構いませんよ?」
リルカさんがそう言いだしたのは、モデルを始めて三時間くらい経ってから。
それを聞いて、クレイと二人でどっとため息をついてしまった。
もー、早く言ってよ! そういうことは!!
そんな感じで、わたし達の初日のバイトは終わった。
なーにやってんだろうなあ、俺は。
木の上からでっかい物置……リルカのアトリエ……を見下ろして、俺は深々とため息をついた。
俺自身のバイトは午前中で終わるから、間のわりいっつーか何つーか……午後は暇なんだよなあ。
はあ、と大きくため息をついて、枝に腰掛ける。
猪鹿亭でしばらくリタの奴としゃべってたんだが、時間が経つにつれて、どーも落ちつかねえ気分になってきたんだよ。
あんまり俺がそわそわしてるもんだから、ついにはリタに追い出されちまったんだが。
みすず旅館に戻って昼寝でもするつもりだったのに、気いついたらここに来ちまってたんだよなあ。
はあ、全く。俺って、そんなに引きずるタイプじゃねえと思ってたけど……実はそうでもなかったんだな。
自分のことって案外自分ではわからねえもんだぜ。ったく。
俺がぼやいていると、アトリエのドアが開いて、パステルとクレイが頭を下げながら出てきた。
どうやら、終わったらしいな。
二人は、俺がいることになんか全く気づいてねえ様子で、何やら楽しそうにしゃべりながら歩いて行く。
その様子は……どう見てもお似合いのカップル、恋人同士にしか見えなかった。
……うまくいきそうだな。
ぼんやりとそう思う。あの鈍い二人のこった。俺が後押ししねえと無理かと思ってたが……どうしてどうして。このバイトがきっかけで、何とかなりそうじゃねえか?
そう考えると、胸のあたりが何だか痛む。……畜生。
こんなことなら、とっとと言っちまえばよかったかな。
あの単純で流されやすいパステルのこった。先に告白しちまえば……案外どーにかなったかもしれねえのに。
俺は別にパステルに嫌われてるわけじゃねえと思う。嫌われてたら、一緒のパーティーになんかいられねえからな。
ただ……男として認識されてねえだけだ。
自分で考えて盛大に落ち込んでしまう。それって、ある意味嫌われるより悲しいことなんじゃねえ?
逆に言えば、男だ、って意識さえしてもらえれば、どーにかなったかもしんねえのに……
ま、今更遅いけどな。
するすると木から下りて、二人の後を追うべきか、それとももっと遅れて帰るべきか悩んでいたときだった。
ガラリ、と予告も無く、アトリエのドアが開いた。
な、何っ!?
驚きで思わず飛び退る。入り口に立っていたのは、リルカ。
こいつ……この俺に気配すら感じさせねえとは、なかなかやるじゃねえか……
俺がばくばく言う心臓をおさえていると、リルカは、えらく薄い笑みを浮かべて言った。
「やはり……あなたでしたか……来るんじゃないかと、思っていました」
「……はあ?」
芸術家って、わかんねえ。
こいつ、いきなり何を言い出すんだ?
俺が思い切り不審そうな目を向けてやると、リルカは、すっ、とアトリエの中を指差した。
「まだ下書きですけれども……見ますか? お二人の絵……とても、いい出来に仕上がりそうなんです……」
リルカの問いに、俺は、反射的に頷いていた。
バイトは順調だった。
最初は俺でさえ手足が痛いと感じたから、多分パステルは最後、立っているのも辛かったんじゃないかと思うけど。
日が経つにつれて、慣れのようなものが出てくるのがわかった。会話するくらいは許してもらえたし、とりとめのないことをだらだらとしゃべっていれば、五時間はあっという間だった。
ただ……
「だからね、クレイも言ってやってよトラップに。そりゃあ自分のお小遣いの範囲でなら、文句を言う筋合いじゃないとは思うんだけど……」
慣れたもので、視線を動かさずにしゃべるパステル。
君は、気づいているか? ただ意味の無いことをしゃべっているつもりで、会話の内容は圧倒的にトラップのことが多いことを。
それはほとんど文句、むしろ愚痴に近いものだったけど。それを話しているときの君が、とても楽しそうだってことを。
パステルは多分気づいてないけど、トラップのことが好きなんだろう。
鈍いと言われる俺でもわかるくらいだ。あのトラップに、わからないはずはないと思うんだけど……
最近のトラップは変だ。食事も時間をずらしているし、部屋にも寝るときくらいしか顔を出さない。
徹底的に俺とパステルを避けている。パステルは、単純に「またギャンブルに明け暮れて……」なんて言っているが。
まずいな……絶対、あいつ、何か誤解してるぞ?
これはバイトなんだから。ただのバイトで……
いや、もしかして、あいつが誤解してるのは……俺じゃなく、パステルなのか?
パステルが俺を好きだと、誤解してるのか?
だとしたら、あの諦めの表情も納得が行く。
俺にはわかる。トラップはひどく身勝手な性格だけど……本当に大切な相手なら、その幸せのために自分の身を犠牲にすることくらい、何とも思わない。そういう奴なんだ。
そうだとしたら……俺はどうすればいい?
簡単だ。パステルが好きなのはトラップだ、と一言教えてやればいい。
そんなこと、俺が説明するようなことじゃないかもしれないが……パステルの口からそれを言わせるのは難しいだろう。
トラップの口から「好きだ」と言わない限り、多分パステルは一生かけても自分の気持ちに気づかない。そういう子なんだから。
だけど……
理屈ではわかっているのに、どうしても、そうしようという気になれなかった。
俺は、心のどこかで、今の状況を好都合だと思っている。
今なら、パステルのトラップへの思いを断ち切ることは可能だと考えている。
……こんな卑怯な自分が、許せない。だけど……
明るいパステルの瞳を見ていると、思う。
もう少しだけ。もう少しだけこの状況を楽しんでもいいだろう? って。
モデルの仕事は、慣れてくると割りと楽しかった。
毎日バイトが終わった後、リルカさんに絵を見せてもらうんだけど。
下書きが終わって、色塗りが始まって。そうして段々と絵が出来上がっていく工程を見る機会なんて滅多に無いから、毎日楽しみで仕方なかった。
わたしとクレイの絵。それは、絵心の無いわたしでも、きっと素晴らしい絵になる! そう思える絵だった。
何て言うのかなあ。ふんわり優しい絵、っていうのか。
見ているだけで心がなごむような絵。繊細なタッチと優しい色使い。
それに、絵の中のクレイが、実物に負けず劣らずかっこよくて。多分、この絵のクレイの視線だけで女の子なら二人に一人はくらっとなっちゃうんじゃない? っていうくらい素敵。
うーっ、完成が楽しみだなあ。
モデルも、残すところ後二日。
リルカさんは、「絶対に完成します」って言ってくれたし。
それに、トラップのおかげで結構なバイト代になったし。
これで、みんなの新しい防寒具が買える! うん、最初聞いたときはびっくりしたけど、この点に関しては、トラップに感謝しなくちゃね。
トラップに……
その名前を考えたとき、ずきん、と胸が痛んだ。
最近、わたしはあまりトラップの姿を見ていない。クレイに聞いたら、寝るときくらいしか宿にいないとか。
午前中はバイトに行ってるし、食事もみんなと時間がずれてる。またギャンブルにでもはまってるらしく、帰ってくるのはいつも真夜中。
最初はそうでもなかったけど、二日、三日とそんな日が続くうちに、何だか胸の中にぽっかり穴が空いた気分になった。
……寂しい、のかな。いつも人一倍騒がしいもんね、あいつ。
どうせギャンブルでもしてるか……親衛隊の女の子とデートでもしてるか、ナンパでもしてるか。
そう考えると、すごく嫌な気分になった。
何でだろう? 何でトラップのことになると、わたし、こんなに嫌な子になるの?
いくら同じパーティーだからって、今は別にクエストに出かけてるわけじゃないし。
トラップがどこに行こうと、何をしようと、迷惑さえかけられなければ、別にわたしには関係無いじゃない。
はあ……
ため息つきつき、隣を歩くクレイを見上げる。
今はバイトの帰り。明日と明後日で、バイトも終わる。
このバイト中、わたしはすごくクレイに助けられた。トラップのことでもやもやした気分になるたびに、クレイの顔を見て、その優しい笑顔を向けらると、すごくホッとできた。
何でなのかなあ。クレイだとホッとできて、トラップだとムッとしちゃう。
わたし、いつのまにこうなっちゃったのかなあ……
みすず旅館に帰ってからも、夕食を食べ終わってからも、わたしはずっとそんなことを考えていた。
おかげで声をかけられてもしばらく気づかなかったりで、ルーミィやキットンにすごく変な目で見られてしまったけど。
こんなこと、誰に相談したらいいのかもわからないしなあ……
悩んでいたら時間だけがどんどん過ぎて、いつの間にか寝る時間。
明日は、ちょっと忙しい。いや、わたしとクレイはいつも通りバイトなんだけど。
キットンとノルの二人が、夜中にしか咲かない花を取りにいくっていうバイトで、さっき出かけて行ったんだよね。
二人が帰ってくるのは明日の夜。つまり、わたしとクレイがバイトに行ってる間、トラップしかルーミィを見てくれる人がいない。
シロちゃんは……ねえ。ちょっと不安が残るし。だから、明日のバイトはルーミィも連れていこうか? ってことになったんだ。
ただ、あのルーミィが五時間も大人しくしていられるかどうか……それが、ちょっと今から気が重いんだけど。
心の中のもやもやと、明日に対する不安。そんなことをごちゃごちゃ考えているうちに、段々と目が冴えてきてしまった。
ルーミィはもうとっくに夢の中。わたしも、早く寝ないと明日が辛いんだけどなあ……
そう考えてごろごろ寝返りを打ったけど、やっぱり駄目。寝ようと思えば思うほど、色んなことを考えちゃう。
……はあ、仕方ないか。
ルーミィを起こさないように、慎重に身体を起こす。
台所に行こう。あったかい飲み物でも飲めば、少しは落ち着くかもしれない。
そう考えて、そろそろ寒さも厳しくなってきた廊下に出る。
そーっと足音を立てないように一階へ。多分、ミルクがあったはず。それをあっためて……
そんなことを考えながら、台所に入り、ぱちん、と明かりをつけたときだった。
誰かがばっと振り向いて、暗い台所に誰かがいるなんて思わなかったわたしは、心底びっくりしてしまった。
それは、相手も同じだったらしい。わたしの顔を見て、呆然と立ちすくんでいる。
「……トラップ。こんなところで、何してるの……?」
あの二人と顔を合わせたくねえ。
リルカのアトリエで絵を見て以来、俺は極力宿には帰らねえようにした。
寝るときはしゃあねえけどな。二人がもう寝た、と確信できる時間までは、カジノか……みすず旅館の台所だとか、そんなところで時間を潰すようになった。
下書きだけど、とリルカが見せてくれた絵。
盗賊として、それなりに物の価値を見ることができる方だと思っている。その俺の目から見て、リルカの絵は……まあ傑作、と言っていいんじゃねえかと思えた。
絵の中だというのに、クレイとパステルの二人は、すげえ幸せそうに微笑んでいて。
それは、俺の嫉妬心をかきたてるのに十分すぎた。
嫉妬。諦めようとしてるのに、パステルがそれで幸せならいいと思ってるのに。
何でか思う。どうしてそこに立ってるのが俺じゃねえんだ、クレイなんだって、どうしても思っちまう。
言ったってしょうがねえことだけどな。
その日以来、怖いもの見たさ……ってーのか? クレイとパステルがバイトを終えた後、リルカのアトリエに行って二人の絵の完成具合を見るのが日課になっちまった。
完成が近づくにつれて、その絵はますますリアルになり、多分キャンバスと同化する壁に立てかけて遠くから見れば、本当に二人が立ってるように見えるんじゃねえか、ってくれえだ。
雰囲気は優しくて柔らかい。まさにあの二人そのもの。俺には絶対作れねえ空気。
はあ。どうすりゃいいんだよ。諦めるしかねえのに……いつになったら、ふっきれるんだ?
一緒のパーティーにいるから、いつも顔を合わせちまうから、だから悪いのか?
そう考えて、二人を避けてみたけど……それでも、思いは収まるどころか募る一方と来たもんだ。
……しばらく、頭冷やす意味もこめて、ドーマにでも里帰りするかあ?
本気でそんなことを考えながら、今日も俺は、台所で時間を潰していた。
かなり寒いが、ここで時間を潰すのにも慣れた。テーブルにつっぷして、ちっとばかりうとうとしかけたとき……
ぱちん
突然辺りが明るくなって、思わず振り返る。
こんな時間に……
俺も驚いたが、相手も相当驚いたようだ。ぽかんとした顔でつぶやく。
「……トラップ。こんなところで、何してるの……?」
そりゃ、俺の台詞だ。
「おめえこそ……こんな時間に……」
「わたしは、その、何だか眠れなくて。何かあったかいものでも飲もうと思って……」
そんなことを言いながら、台所に入ってくる。
寝巻き姿のパステル。
見た瞬間、本能がもたげてきそうになるのを必死でおさえる。
何考えてんだ、俺。今のままでいいって、そう決めたんじゃねえのか?
自分から関係を壊そうとして、どうするよ。
俺がそんなことを考えてるなんて、気づいてもいねえだろうが。
パステルは、ぱたぱたと台所を歩き回って、ホットミルクを用意していた。
「トラップも、飲む?」
「いらね……」
部屋に戻ろうか、そう思ったが。久しぶりにパステルと二人きりになったと気づいたとき、心から思った。
ずっとこのままでいてえ、って。
クレイもいねえ、誰もいねえこの空間で、ずっと二人きりでいたいって。
俺の考えなど知る由もなく、パステルは俺の向かいに腰掛けて、息を吹きかけてマグカップに口をつけていた。
しばらく、気まずい沈黙が流れる。……何を話せばいい?
「ねえ……」
口を開いたのは、パステルが先だった。
「ねえ、何してたの?」
「……別に」
本当のことなんて、言えるわけがねえ。
俺が視線をそらせると、パステルは首を傾げて言った。
「そう言えば、トラップと二人で話すのってすごく久しぶりだよね……あの日以来じゃない? ほら、あの買出しの……」
モデルの話を持ちかけられた日。そう、多分パステルと二人で話すのは、その日以来だ。
その日以来、俺はこいつらを避けるようになったんだから。
「そーだな。おめえら、毎日楽しそうにバイトに行ってたしな」
そう思ったとき、口をついて出たのは……かなり自虐的な言葉だった。
自分で言ってしまったと思ったくらい、冷たい口調。
まじい……
視線を戻すと、案の定、パステルは表情を変えていた。
「何、その言い方……楽しそう、って……バイトに行ってるんだよ? わたし達」
「楽しそうじゃねえか。毎日クレイと手え繋いでさ」
やめときゃいいのに。そんなパステルの表情を見ていると、黙っていられなくなった。
わかってる、これは八つ当たりだ。
俺が選ばれなかったという身勝手な八つ当たり。パステルは何も悪くねえ。それはわかっていたが……
「何よ……手、って……あれは、ただそういうポーズで……」
「すげえ嬉しそうだったじゃねえか。言い訳しなくてもいいって」
「言い訳って……そもそも、何でトラップがそんなこと知ってるの?」
聞かれて、俺は失言に気づいた。
そうだ、何で俺がこいつらのポーズまで知ってるんだよ。気づかれねえようにしてたのに。
「……勘、だよ勘。あてずっぽうで言っただけだっつーのに。まあおめえらの幸せそーな顔見てたら、大体そんなこったろうって予想はしてたけどな」
「はあ?」
「おめえらさあ、見ててイライラすんだよ。くっつくならさっさとくっついちまえばいいだろ? これ以上周りに気い使わせんなよなあ」
だー! 何言ってんだ俺はー!!
心の中では冷や汗だらだらもんだったが、それを表に出せねえ。このときほど、自分の性格を恨めしく思ったことはねえ。
パステルの顔は真っ赤だった。かなり怒ってやがる……当たり前か。
「何よ……トラップ、何勘違いしてるのよ。わたしとクレイは、別に……」
「別に、なんて思ってんのは本人だけなんだよ。おめえら鈍いからなあ。自分の気持ちにくらいさくっと気づけって。俺らもさ、おめえらの邪魔しようなんて思ってねえから」
「邪魔って……」
「言っちまえよ。クレイに好きだって。あいつはもてるからな。さっさと自分のものにしねえと、横から誰かにかっさらわれるぜ?」
言葉は全く止まらなかった。心にもねえ嘘ばかり、ぺらぺらと口をついて出る。
本音は一言も口に出せねえのに。
パステルはしばらくジッとうつむいていたが、やがて立ち上がった。
手の中にあったマグカップは、すっかり冷め切った状態でテーブルに残されている。
「おい……」
「わかったわよ……ごめんね、気を使わせて……トラップ」
くるり、と振り返ったパステルの目に浮かんでいたのは……涙、か?
「ごめんね、気を使わせて……これが最後のお願い。……今日は、わたしの部屋で寝て」
そのまま、パステルは出て行った。階段を上っているらしい足音が響く。
今日は、わたしの部屋で寝て。
そりゃ……どういう意味だ?
しばらく考えたが、そのうち気づいた。
今夜は、ノルとキットンが出かけてる。男部屋の方には、俺とクレイしかいねえってことに……
今日もトラップの帰りは遅い。
珍しく一人になった男部屋でそんなことを考えながら、俺は天井を見上げていた。
キットンとノルはバイトで出かけている。ルーミィとパステルは……隣でぐっすり眠ってるだろう。
寝付けない。
汚れた天井を見上げて、大きなため息をつく。
理由はわかっている。もうすぐその日が近づいてくるからだ。
バイトが終わる、その日が。
トラップに悪いと思いながら、俺はバイトを楽しんでいた。パステルと二人きりで話せるのを、とても楽しんでいた。
今日こそは、明日こそは誤解を解こう。そう思い続けて……いつのまにかここまで来てしまった。
自分の卑劣さが許せない。将来は騎士になろうと修行中の身なのに……こんなことでいいのか?
誰かに相談したくても、相談相手になりそうな人間もいない。
はあ。
大きなため息をつきつつ寝返りを打つ。
普段はこの狭い部屋に、キットンとトラップ、三人で寝てるからな。あの二人の寝相はすさまじいから、俺が一人で寝れることはまず無い。大抵どっちかと一緒に寝ている。
そう考えると、今のこの状況は好都合だ。どれだけ寝返りを打ってもため息をついても、誰も文句を言う奴はいないから。
……一体どうすればいい。バイトが終わったら。そう、バイトが終わるまでは、別に無理して言うこともないんじゃないか……?
そう自分に言い聞かせて、大きなため息をついたときだった。
不意に、コンコン、とノックの音が響いた。
思わず飛び起きる。トラップじゃない。あいつがノックなんかするわけない。
すると……?
「はい」
「クレイ……起きてる……?」
外から聞こえてきた声に、俺は凍りつきそうになった。
ずっと、彼女のことを考えていたから。
「起きてる。どうした?」
「あのね……」
言いながら、パステルが、部屋にするりと入ってきた。
その姿を見て、息をのむ。
彼女が、ひどく脆く見えたから。
まるで、触れたら壊れそうなほど、ボロボロに傷ついているように見えたから。
「パステル……どうした?」
「クレイ。わたし……クレイのこと、好きだよ」
唐突に言われた言葉。その言葉に、今度こそ、俺の身体は凍りついた。
な、に……?
「パステル、どうしたんだ? 何があった?」
「好きなんだよね。わたし、クレイといるとすごくホッとできるの。優しい気持ちで、いつものわたしでいられるの。これって、好きってことだよね?」
「パステル……?」
パステルは、今にも泣きそうになりながらまくしたてた。それは、まるで何かを言い聞かせているようにも見えて……
とりあえず立ち上がる。何があったのかはわからないけど、落ち着かせないと。
「パステル。とにかく座って。ゆっくり話を……」
言葉は、途中で止まった。
そのまま、パステルが俺に抱きついてきたから。
ふわりと香る石鹸の匂いと、身体に伝わる柔らかさ。その瞬間、確かに、俺の心臓ははねた。
「パステル……?」
「好き。クレイのことが好きだよ……わたし……」
潤んだ目で見上げられて……俺は、そのとき、理性が飛ぶ、というのがどういうことかを理解した。
つきあげてきた衝動は、口には出せないほどにあさましい思い。
何があったのかはわからない。彼女の言葉は多分本気じゃない。
それでも。
それを利用してでも、彼女を手に入れてしまいたいという、そんな思い。
止められなかった。俺は、そのまま、彼女の唇を、奪っていた。
ふっ、と唇を塞がれる。目の前には、クレイの顔。
わたしはそっと目を閉じた。……これで、いいんだよね。
これでいいんだよね。わたしがクレイのことを好きだって言うのなら……これでいいんだよね?
クレイのキスはとても優しかった。遠慮がちに唇を割り開き、そっと差しいれられたのは……とても暖かく、優しいもの。
そのままクレイの腕がわたしの身体を抱きしめる。キスは段々深くなっていって、そのたびに、わたしの身体に、ぞくぞくした快感が走り抜けていって……
そのまま、わたしの身体は、そっとベッドに横たえられた。
見上げれば、クレイのとまどったような、それでいて酷く優しい顔。
「パステル……俺……」
何が言いたいのかはわかる。クレイは優しいから。本当に、どこまでも優しいから。
わたしが嫌だと言えば、彼はきっと、どんな努力を払ってでも、我慢するだろうから。
だから、わたしは返事をするかわりに、そっと目を閉じた。
ほっ、という小さなため息と、その直後に降ってくる唇。
クレイの手がパジャマのボタンにかかり、一つ一つ、丁寧に外していった。
夜の空気が胸に触れて、ぞくり、と背筋を震わせる。
わたしの身体を傷つけないように、わたしを怖がらせないように。
クレイはどこまでも慎重で、優しかった。彼の手が遠慮がちにわたしの身体を撫でて、唇が、そっと耳、首筋、鎖骨へと下っていく。
これが……気持ちいい、ってことなのかな……?
くすぐったい、と身をくねらせるようにしながら、わたしはそんなことを考えていた。
クレイの手が触れるたび、わたしの身体は、確実に熱くなって言った。
耳元で感じるクレイの息は、段々荒くなっていって……
ふっと腕を彼の背中に回して気づいた。クレイも、いつの間にか上半身裸になっている。
手で触れる彼の身体は、とてもがっちりとしていて……そうして初めて気づく。
やっぱり、クレイは男の人なんだなあ、って。
そんな当たり前のことにすら、わたしは今まで気づいてなかったんだなあ、って。
ふっ、と胸に触れる湿った感触に、思わず腕に力がこもる。
うっかり爪を立ててしまったらしく、クレイの顔がちょっとしかめられた。
「……ごめん……」
「いいよ……パステル、大丈夫……?」
「何が……」
わたしの問いに、クレイは答えなかった。
愛撫、という行為。初めてされたけれど、知識だけなら持っていた行為。
クレイの愛撫はどこまでも優しく、それでいて確実に、わたしの身体をほぐしてくれた。
最初は緊張で強張っていた手足から、段々と力が抜ける。
どうしてかわからないけれど、息が荒くなる。
何だろ……この感じ……
わたし、変に……なりそう……
ぎゅっとしがみつく。そうしていないと、そのまま思考が吹き飛んでしまいそうだったから。
そっと遠慮がちに、脚の間にクレイの体が割り込んできた。
つつっ、と唇が下へと移動を始めて、思わず身体が震える。
「そこ」に彼の手が触れたとき、わたしはたまらず、身をよじらせた。
「やあっ……」
いや……何だろう。この感じ。
こんな……ぞくぞくするのに熱いなんて感覚……初めて……
だけど、同時に。
わたしのこの胸にこみあげる罪悪感は……何なんだろう?
行為が進むにつれて、わたしの頭は、ボーッとしているのに一部だけが嫌に冷静で。
頭の片隅で、誰かが必死に叫んでいた。
それでいいの? 本当に、それでいいのか? って。
罪悪感。どうしてそんなものを感じるの。
わたしはクレイが好きだから……だから……
好きだ、と思ったのは、何故?
それは……
――ぐじゅっ
生々しい音を立てて何かがもぐりこむ気配に、自然に背中がのけぞった。
うあっ……
それは多分「快感」っていう感覚なんだと思う。
冷静な部分が少しずつ少しずつ本能に蝕まれていって、何も考えることができなくなって。
ただ、クレイの動きに身をまかせるだけになっていく自分自身が……まるで自分じゃないみたいで。
「っあ……ああ、あんっ……」
「……パステルっ……」
クレイの声は酷く苦しそうだった。辛そうな顔で、それでも必死にわたしを優しく扱おうとしてくれて……
だけど、どれだけ優しくったって、絶対に限界は来る。
クレイの手が、自分のズボンにかかった。
これから何が起こるのか、いくらわたしでもわかる。
ぎゅっと目を閉じる。正視できる自信はなかったから。
もう、いいじゃない……どうせ……
どうせ、見込みは無いんだから。
頭に響いた声。それは……酷く意外な言葉。
見込みは、無い……
何の?
ぐいっ、と脚を持ち上げる力強い腕。
それを感じたとき、わたしの頭に、ほんのわずか残った理性がつぶやいたのは……
そのとき、わたしの頭に浮かんだのは……
「……トラップ……っ」
それは、本当にわずかなささやきだったはず。
自分でも、口にしたってことに気づいていなかった言葉。
けれど。
それは、耳に届いてしまった。わたしの耳にも、クレイの耳にも。
クレイの動きが、ぴたり、と止まる。
ゆっくりと目を開ける。目の前にあるクレイの顔は……怒りはちっとも浮かんでいなかったけれど、酷く悲しそうだった。
「クレイ……? クレイ、わたし……」
「……いいよ、パステル」
そう言って笑うクレイの顔は、とても優しかったけれど。
けれど、今にも泣き出しそうなほど、辛そうだった。
そのまま、クレイは黙って離れ、服を着ると、わたしの上に布団を被せてくれた。
「いいよ、パステル。俺は……わかってたから」
「え……?」
「わかってたよ、君の気持ちも、トラップの気持ちも。全部わかって、それでも……君と一緒にいたいと、そう思ったんだ」
弱々しい笑みを浮かべて、クレイはドアの方へと向かった。
「謝るのは俺の方だよ。卑怯なことをしてごめん……素直に、なれよ?」
バタン
それだけ言い残して、クレイの姿は……外へ消えた。
何故だか、涙があふれて止まらなかった。
どうして。
どうして……こうなるの?
あんな、あんなことをしておきながら。
どうして、わたしの頭から……あいつの顔が離れないのよ?
バタン
ドアが開く音に、思わず振り返る。
部屋から出てきたのは、クレイ。何があったのかは知らねえが……えらく落ち込んでやがる。
「トラップ……」
階段に腰掛けていた俺に気づいて、クレイは、意外そうな声をあげた。
意外なのはこっちだよ。おめえら……部屋で二人きりになって……思いが通じたんじゃねえの? やることやってたんじゃねえの?
なのに、何で……そんな辛そうな顔してんだよ。
「パステルと、両思いになれたんだろ?」
俺が言うと、クレイの顔が歪んだ。
長い付き合いの俺ですら滅多に見たことの無い、怒りの表情へと。
「クレイ……?」
クレイは何も言わず、俺の方へとずかずか歩いてきて……
どすん
肩をつかまれた、と思った瞬間、俺のみぞおちに、クレイの拳が、食い込んでいた。
一瞬気が遠くなりそうになるが、何とか踏みとどまった。息がつまって、しばらく声も出せねえ。
「っ……あ……あに……しやが、る……」
「お前が悪い」
ぼそり、とつぶやくクレイの声は……暗かった。
「お前が悪い。全部お前が悪いんだから。変な気を使って、勝手に誤解して、全部お前が悪い」
「……あ……?」
何、だよ。何の話しだよ……そりゃあ……
涙がにじみそうな痛みに、俺がたまらずしゃがみこむと、クレイは……何故か、女部屋のドアを開けた。
そこには、ルーミィとシロが幸せそうな顔をして寝ている光景があった。
そのまま、クレイは部屋へ入ろうとして……
「おい……」
声をかけると、クレイは振り向きもせず言った。
「お前は男部屋で寝ろ」
「はあ?」
バタン、と冷たくドアが閉じる。ご丁寧に鍵までかけられた。
盗賊の俺に鍵なんて全く無意味だっつーことに……気づいてんのかねえ?
何があったか知らねえけど……男部屋? そこは……パステルがいるんじゃねえのか?
わかんねえ。俺が悪い? 俺が何したってんだよ。
いまだに痛みの残る腹を押さえて、よろよろと立ち上がる。
女部屋に押し入ろうかと思ったが、今度こそ遠慮なく殴られそうな気がしたので、仕方なく男部屋に足を向ける。
もう寒いからな。できれば外で寝ろってのは勘弁してもらいてえ。
ドアを開ける。そこで目に飛び込んできたのは……
ほぼ裸同然の姿でこっちを見ている、パステルの姿。
思わず回れ右して外に戻ろうとする。
な、な、な、何考えてんだよクレイの奴は!!
「待って!!」
それを止めたのは、パステルの言葉だった。
「待って、そのままでいいから、話を聞いて」
「…………?」
何だ……? 何が言いてえんだ……?
俺が動かないのを確認してか、パステルはしばらく黙っていたが。
やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「何があったか……大体わかるでしょう? でも、駄目だったの。わたし……」
「駄目?」
「駄目だったの。すごく気持ちよくて、理性とかそういうのが全部とびそうになって。でも、心の中で誰かがわめいてたの。これでいいのか、本当にそれで正しいのか? って」
「…………」
「クレイに酷いことしたの。すごく気を使ってくれたのに。『本当にいいのか』って聞かれたのに。わたし、それでいいって言ったはずなのに。最後の最後で……駄目だったの。だって」
そこで、パステルは言葉を止めた。
何が、言いてえ?
我慢できずに振り向く。真正面から、パステルの視線がぶつかった。
「だって、トラップの顔が浮かんだから」
「……は?」
「最後の最後で……トラップのことを考えたの、わたし」
そう言いながらパステルの目からこぼれ出したのは、涙。
「変だったの。クレイといるとすごくホッとできる。クレイのこと、好きだよ。だけど……好きって、そういう好きじゃないってわかったの。わたし、トラップと一緒にいると、イライラしたり、むかむかしたり、何だかすごく嫌な気分にばかりなってたから」
「…………」
「どうせ他の女の子をナンパでもしてるんだろう、デートでもしてるんだろうって考えたら、わたしとクレイをくっつけようとしているトラップを見たら、すごくすごく嫌な気分になったの。ねえ、これって……わたし……」
それは。
それは、多分嫉妬……じゃねえ?
全く同じだから。おめえとクレイが仲良くするのを見るたび、俺が感じていたのと全く同じ感覚だから。
嫉妬する、ってこたあ……
おめえ……
「ねえ、わたし、どうすればいい? クレイに何て謝れば……トラップに、何て言えばいい?」
「そりゃあ……」
そっとベッドに歩み寄る。布団にくるまるようにしてこっちを見上げるパステルの身体を、布団ごと抱きしめる。
まさか、なあ。そう来るなんて。
諦めよう、諦めようとしてたのに。それで諦めきれなくて悩んでたのに。
こんな日が、来るなんてなあ……
「そりゃあ、素直に言えばいいだけじゃねえ? おめえは、俺にどうして欲しい?」
俺の問いに、パステルは真っ赤になってうつむいた。
ぼそぼそと囁かれる言葉はすげえ小さかったけど、俺の耳に、しっかり届いた。
――傍にいて欲しい――
安心しろ。その願い、叶えてやる。
俺も同じ気持ちだから。
そっと顔を近づけると、パステルは、黙って目を閉じた。
バイトは無事に終わった。
さすがの俺もかなりへこんだけれど、まあ、しょうがないよな。
最初からわかってた。あの二人の間に、俺が割り込むような隙間はどこにもないって。
「……ありがとうございます。素晴らしい作品に仕上がりました……」
最後のバイトの日。リルカさんは、うっとりと絵を眺めながら、何度も俺達に頭を下げてくれた。
いや、この二日は、相当迷惑かけたと思うけど。
昨日は、前夜が前夜だけに、ルーミィを連れてのバイトは、なかなかうまくいかなかった。
が、もう絵はほとんど完成していたこともあり、どうにか昨日と今日の二日を切り抜けることができた。
出来上がった絵は、絵心の無い俺から見ても、素晴らしいものだった。
どこまでも暖かく、柔らかく、見るもの全員を幸せな気分にさせてくれる、素晴らしい絵。
「おい、終わったのかよ」
そんなことを言いながら、入り口から顔を出したのはトラップ。
それに、嬉しそうに手を振るパステル。
あの日、この二人がどんな会話を交わしたのか、俺には知る由もないけれど。
心から幸せそうなパステルを見ていると、これでよかったんだ、と思えるから不思議だ。
結局、俺はパステルのことが好きだったんだろうか? それとも……?
「なあ」
そのとき、突然、トラップがリルカさんに声をかけた。
後で聞いて呆れたが、こいつは俺達がバイトを終えた後、毎日のようにアトリエに顔を出していたそうだ。
そんなに心配なら、素直に一緒についてくればよかったのに。そうしたら……
「あのさ、結局……」
「トラップさん……」
何か言いかけるトラップを遮り、リルカさんは、そっとトラップの手を取った。
突然のその行動に、俺もパステルも当のトラップも、目が点になる。
「は……?」
「トラップさんお願いがあるんですけど」
「あ、あんだよ」
リルカさんは、いつもの薄い笑みを浮かべて、トラップと、そしてパステルを見た。
「三ヶ月後に、また個展があるんですけれど……今度も、モデルを頼んでいいですか? パステルさんと、トラップさんに」
…………
その言葉に、俺達は、しばらく何も言えなかった。
ど、どうなってるわけ……?
トラップの手を握るリルカさんと、それを茫然を見ているクレイとトラップ。
わたしはもう何が何だかわからなくて……
え、何で。またモデル……はまあいいとしても。
何で、今度はトラップなの?
わたし達がぽかんとしていると、リルカさんは、うっすらと微笑んで言った。
「次の個展では……また、テーマが変わりまして……そのテーマには、トラップさんと、パステルさんが、ぴったりなんです……もう、お二人以外考えられません……」
て、テーマ?
そういえば……結局……
「おい。そういや結局、クレイとパステルにぴったりのテーマって、何だったんだよ」
その言葉にトラップが尋ねると、リルカさんはさらりと言った。
「『似たもの同士』です」
「……は?」
意外と言えば意外なテーマに、わたしをクレイは、思わず顔を見合わせる。
に、似たもの同士? わたしとクレイが?
「どーいうこった?」
「お二人……とても、よく似てらっしゃいます……とても、優しくて。弱いようで、強くて。強いようで、弱い。自分よりも、他人を思いやり……周囲を自然に幸せにする……
外観ではなく、中身がとても似ているんです。精神的な双子、とでもいいましょうか……一目見たときから、あなた達しかいないと、思ったんです……」
その言葉に、しばらく誰も何も言わない。
に、似てる……かなあ? わたしとクレイ。
自分では、よくわからないんだけれど……
ちらっとクレイを見ると、クレイは、「なるほど、それで……」みたいなことを言っている。
彼には、どうやら思い当たる節があったみたい。
……そうなのかなあ。わたしは、クレイほどには優しくなれないと思うし、強くもないと思うんだけどなあ……
そんなわたし達を、交互に見比べて。いきなり爆笑したのはトラップ。
「な、なーるほどなあ。さすが芸術家だぜ。言われてみりゃあ、おめえらそっくりだもんなあ」
「ど、どこがよー!」
思わず声をあげると、トラップは、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべていった。
「鈍感なとこ」
その言葉は……さすがに、わたしもクレイも、何も言い返せなかった。
全くなあ。大した落ちがついたもんだぜ。
まさか「似たもの同士」がテーマとはね……言われてみりゃあ、こいつら本当に似てるもんな。
もちろん、全く似てねえ部分もある。けど、根本的な部分っつーかな、表に出るようなところじゃなくて、奥深くがよく似てるんだよ。
どっちもおひとよしなところとかな。
腹を抱えて笑う俺に、パステルは酷く不機嫌な表情を見せていたが。
まあ、まあ。今だけ許せ。これでも、俺はこの二週間、ずーっと気が気じゃなかったんだぜ?
おめえらの間にあるのは恋愛感情に違いねえって早合点して、一人でずっと悩んでたんだからな。
これくらい許せ……やっと、気持ちが通じ合ったんだからよ。
俺が二ッと笑って見せると、パステルも、仕方なさそうに苦笑を浮かべていた。
まあまあ、いいじゃねえか。これで万事解決……ってこった。
「あの……それで、モデルは……」
俺達の様子にちっとばかりひいていたリルカが、横からおずおずと声をかけてきた。
おっと、忘れるところだったぜ。
「どーする? パステル」
「どーするって……」
「なあ、リルカさんよ。もちろん報酬は、こいつらのときと同じだよな?」
こいつら、でクレイとパステルを指差すと、二人は何やら非難がましい目を向けてきたが。
知ったことか。これは俺に対するささやかな慰謝料だ。
「ええ。それはもちろん」
太っ腹にも頷くリルカに、満面の笑みを返す。
「だ、そーだ。受けるよなあ? パステル」
「え……」
「新しい装備、整えられるかもしれねえぜ?」
俺がそう言うと、うっ、と息をつまらせた後。
パステルは、不承不承頷いた。
「わ、わかったわよ……」
「よし、決まりな。いつから?」
「今回の個展が終わってからで結構です……よろしくお願いしますね」
丁寧にリルカが頭を下げる。クレイとパステルは、「しょうがないなあもう」とでも言いたげな顔で俺を見つめていて……
……おっと。そういやあ、一つ大事なことを忘れてた。
「おい」
クレイ達に気づかれねえよう、小さな声でリルカに話しかける。
「はい?」
顔をあげるリルカの耳元に近づいて、そっと囁く。
――なあ、俺とパステルの場合のテーマって、何だ?
俺の問いに、リルカは静かに微笑んだ。
――言わなくても……わかってらっしゃるんじゃありません?
…………
もしかして。いいや、それしか考えられねえけど。
――恋人同士、か?
そう聞いても、リルカはただ微笑んでいるだけだったが。
否定をする様子は、まったく、なかった。
完結です。
…………クレイファンの皆様ごめんなさい。
いくら土下座してもしたりないくらいごめんなさい。
これできっとわたし、数多のクレイファンを敵にまわしたことと思います……
それと読みづらい作品ですいません。
視点切り替え方式(一本の時間軸の中で視点が次々切り替わる方式。わたしが勝手に命名しました)を今回も利用したのですが
いつぞやの盗賊一家登場編と違って今回三人の間で視点が変わってるので、すごく読みづらいです。
混乱させたら申し訳ありません。
基本的に クレイ→パステル→トラップ という順番です。
クレイの一人称難しかった……こんなのクレイじゃないと言われたら否定できません。
力不足だなあ……
次作はまた学園編行きます。意外と続き読みたい、と言ってくださってる方が多いので。
またエロが少なくなりますが……
他のリクエストもあったらどんどん言ってください。答えられるものから答えていきたいと思いますので
>>329 グッジョブ!!
クレイもカッコ良かったYO!
ちゃんとキャラ一人一人丁寧に描かれていて好感をもてました。
>>329 トラパス作者様、乙です!
今回も堪能させていただきまし
いつもながらトラップ&パステルも良かったですが、
今回はクレイが最高に素敵でした〜
トラップを本気で殴るクレイに萌えましたハァハァ
次回作も期待してます!
332 :
名無しさん@ピンキー:03/10/15 21:26 ID:GYuAlf9V
>329
,r=''""゙゙゙li,
_,、r=====、、,,_ ,r!'
,r!'゙゙´ `'ヾ;、,
,i{゙‐'_,,_ :l}
. ,r!'゙´ ´-ー‐‐==、;;;:.... :;l!
,rジ `~''=;;:;il!::'li
. ill゙ .... .:;ll:::: ゙li
..il' ' ' '‐‐===、;;;;;;;:.... .;;il!:: ,il!
..ll `"゙''l{::: ,,;r'゙
..'l! . . . . . . ::l}::;rll(,
'i, ' ' -=====‐ー《:::il::゙ヾ;、
゙i、 ::li:il:: ゙'\ /⌒ヽ
゙li、 ..........,,ノ;i!:.... `' 、/ ´_ゝ`) グッジョブ。
`'=、:::::;;、:、===''ジ゙'==-、、,,,__ `'ヽ /
`~''''===''"゙´ ~`''''''| |
| |
U
>>神サマたち
いつも乙です。
神サマたちのグッジョブのおかげで、このスレをチェックするのが日課になりますた。
神の皆様、何でこんなに上手いのでしょうか。原作よりもよっぽど(ry
基本的にトラパスですけど、カップリング問わずに楽しませてもらってます。
いつもすごい速さで登校されてますが、マターリ待ってますので
どうか無理だけはされないようにおながいします。
>>トラパス作者様
学園編、それほどエロ率高くないのに十分エチィのでドキドキ。
そのうち萌え殺されそうな勢いです。続編も楽しみにしてます。
芸術編も切なくて良かったです。クレイ男前!
次回作も期待してます。
えっと、、だいぶ先になっても構いませんので、
前におっしゃってた運命編の逆バージョン(パステルが姫でトラップが従者)を両方の側面から見てみたいです。
ずいぶんワガママなリクで申し訳ありません。
>>サンマルナナ様
ギアパスに思わずハァハァしてしまいますた。しかも気になる終わり方。
これからの展開がとても楽しみです。
>>初代スレ83様(クレ×パス様)
それぞれの内面がよく書き表されて良いです!
本当にキャラが人間的ですね。リアルでありそな感じ。
できる事ならマリーナ幸せになってほすぃ・・・。
あわわ…1日見てないだけで浦島状態。
後編はいま頑張って書いてます。もう忘れ去られてるかな…(汗)
思ったより好評で嬉しいです。よかったあ……
>>334さん
運命編の逆バージョンですか。多分扱いはパラレルになりますね。
それでもよろしければ……
明日は学園編の続きだー! と書いてみたところ。
どう考えても容量が40KBを突破しそうなことが発覚。
このスレで連載は……ちときついかな。途中で容量オーバー起こすと思います。
明日新スレ、立てちゃっていいんですかねえ……
これでも、エピソードを丸ごと一つ、次回以降に持ち越したんですが……
そのせいでただでさえ少ないエロがとうとう皆(以下自粛)
でも、このスレまだ余裕あるしなあ……悩むところです。
>>335 307さん、お待ちしてました。
すっごく楽しみなんです。トラップ!? トラップがレイプなのか!? クレイは!? と。
きょ、今日中にアップできそうですか? でしたらいつまででも起きてお待ちしておりますが……
>>337 ど、どうでしょう…
努力はしてみます。でも、無理はなさらないで下さい。
339 :
334:03/10/16 00:09 ID:lbFKqc/q
>>335 忘れさるなんてとんでもないです。
首を長ーーくして待っています。
でもご無理なさらないで下さいね。
>>336 あわわわ…本当にいいんですか??
他に書きたい物があるのでしたら、別にスルーして頂いても……。(私のワガママですし)
気が向いたらって事で、気長にお待ちしております。
>サンマルナナ様
忘れているわけがありません。
どうなってしまうのか続きが気になって気になって気になって…
ヽ(´ー`)ノマターリとお待ちしておりますのでどうか続きを読ませてください。
クレイもでてくるのでしょうか!?ドキドキ
>トラパス作者様
学園編おもしろいです。エロが少ないとは思いません。
いいところでいつもトラップに邪魔されるギアが(・∀・)イイ!
私もその…運命編の逆バージョン読んでみたいのです。
運命編は本当に何度読んでも泣けますね。
芸術編にウトーリです
なんとすばらしい作品を書かれるのか
次の学園編もすんごい楽しみです
エロなくてもあの雰囲気で3杯はいけます
運命編逆バージョン!是非読みたいです
考えただけでもシアワセ・・・
>>335 サンマルナナさま
忘れるなんてとんでもない
ウマーな上に次を期待させられてる状態での放置プレイはそろそろ限界にきてます
むしろ後編といわずにずっと続けてくれても(*TーT)bグッ!
342 :
名無しさん@ピンキー:03/10/16 01:20 ID:WzhjTYOl
トラパス芸術編、良かったけど クレイがチョットかわいそうだった…
そう言えば、以前クレイはうまく書けないとか言ってたけど
全然、メッチャ上手く書けてましたよ!
それじゃー、そろそろ…クレマリってのはどうです…いってみますか!
今夜にはアップします。多分。遅くなっててもうしわけありません…
さて仕事だー
サンマルナナさん、どちらにアップされますか?
こっち?あっち?
ギアパスキボン。
えーと…後編、とりあえずこっちに書き込みます。収まると思うし。
要望があれば次にも書き込みます。
半端な感じです。すみません。
前編
>>41-49 中編
>>248-252 後編です。
理由はよくわからないんだけど、トラップの顔を見た瞬間ものすごい罪悪感に胸がずきん、と痛んだ。
まっすぐ見つめるトラップの視線に絡めとられて、わたしは部屋の入口から動けなくなってしまった。
「…」
「どう…どうしたの?こんな遅くに」
「おめぇこそ、何してたんだよ。探したんだぞ」
「な、何って…お風呂入って…寒かったから、何か暖かいものでも飲もうと思って食堂に行って…」
行って。
それから。
わたしは後ろ手にドアを閉めて、言葉の先がどうしても言えずに黙りこくった。
それから、ギアの部屋に行って…
「…廊下で会って、クレイが、すんげぇ落ち込んでたからよ。訊いたんだ。何がどうしたのかって」
「…」
「どーもダンシングシミターとギアの2人になんか色々言われたみてぇだったから、いちお励ましてみたんだけどな。
そしたら、その情けないとこをパステルに聞かれちまった、つってさ。
しかもパステルにやつあたりしちまったって言うんだ」
「…!」
「めずらしいだろ?クレイがやつあたりするなんてよ。おれもほんとびびったけど、あいつは怒ったりするとこえぇんだ。
それならおめぇが落ち込んでたりするんじゃねぇかと思ったんだけど、よ…」
「…」
「部屋にもいねぇ。食堂にもいねぇ。待ってりゃ戻ってくるかと思いきやなかなか戻ってきやがらねぇ。
もう少しで外に探しに行こうと思ったとこだ」
「…ごめん」
「ったく、心配かけるなよ…って、おい!何泣いてんだよ?こら!おれはまだ何も言ってねぇぞ?
どうした?クレイになんかひでぇこと言われたのか?」
そんなこと言われても。
…言われても。
自分でもどうして泣いているのかよくわからないんだもの。
ベッドのふちに座っていたトラップが、困ったように立ち上がって、わたしの方へ歩いてくる。
はらはらと、涙は出てきてほっぺたを流れ落ちていった。
頭の中が、クレイの言葉と、ギアがわたしの身体を触れた感覚で満杯になってしまっている。
あの日のクレイのキス。
ギア。
クレイ。
「…とりあえず、んなとこにいないで…座れよ」
ルーミィがすやすやと寝息を立てている。
トラップに促されて、わたしはベッドに腰をおろした。
涙は止まりかかっていたけれども、頭の中はぐちゃぐちゃで…どうしようもない。
どうしたんだよ、とトラップが聞いたけれど、首を振るしかなかった。息苦しくて声が出せなかった。
「…おめぇが言えねぇってなら、聞かないけどよ…」
背中をさすってくれてる。
トラップっていつも乱暴だけど、こういうときはいつも優しいよね。
ほっとした気持ちになって、また涙が出そうになってしまう。
けれど、その涙はトラップのひとことで、思いっきり引っ込んでしまった。
「…ギアの部屋にいたか?お前」
な。
ななななな。
こ、声が聞こえてた…?
わたしの顔はたぶん真っ赤になっていたはずだけど、そこにトラップは追い討ちをかけた。
「…カマかけただけなのに、わかりやすいやつ…」
カ、カマ???
涙なんて完全に乾いてしまった。
つまり…ってことは…
「…ひっかけたの?」
「そうだよ。まさかと思ってたのに…あー、くそ!!」
脱力したわたしの横で、トラップは大声で悪態をついた。
「ちょ、ちょ…そんな大声出したら、ルーミィが起きちゃう」
「うるせーよ。ひとの気も知らねぇで何言ってやがる。口惜しかったら嘘のひとつでも吐いてくれよ。…けっ、目の前のお宝かっさわれちまった。盗賊失格だぜ」
「はぁ?何言ってるのかわかんないよ、トラップ」
「…うるせえって言ってんだろ。お前、ちょっと黙ってろ」
「なっ…」
乱暴にふさがれた拍子に、がりっ…という鈍い音がした。
前歯のあたりが痛い。
後ろ頭を乱暴に引き寄せられて、ぐいぐいと捻じ込まれる舌。口の中を遠慮なくかき回して、
「ギアと寝たんだろ?」
「…」
「わかりやす過ぎるんだよ、おめぇは」
…声はとても怒っているのに、なんでそんなに泣きそうな目をするの?
「きゃ…やあっ!」
パジャマをいきなりたくし上げて、トラップはわたしの身体を組み敷いた。
「トラッ…!やめ、やめてぇっ…!こんな、こんなの嫌だよ!!!」
思わず抵抗しようとした腕も、脚も、強引に押さえつけてしまう。
「黙ってろ!」
今まで聞いた中で一番怖い声。
どうしてそんな声が出せるの?
嫌だ。怖い。怖いよ…!!
トラップの口がわたしのパジャマの襟に噛み付いて、ぐいっ、と引っ張った。
あっけなくボタンがひとつ飛ぶ。
ぷちっ、という軽い音。続いて、バタン、という…音。
え?
薄暗かった部屋に差し込んだ光。カンテラを持っていたのは…
涙でぼやけていたけれど、わたしはその人の名前を迷いなく呼べた。
「…クレイ…」
「トラップ…お前、何してんだよ…」
搾り出すようなクレイの声に、わたしの上のトラップが身じろぎした。
「…」
トラップは返事をしない。
クレイはぎりっ、と歯軋りをして、カンテラをわきのテーブルに置いた。
そして軽々とトラップの襟元をひねり上げ、わたしから引き剥がす。
「何してたんだ、トラップ!!」
ひゃっ…
いつも温和なクレイが、こんな声を出すなんて!
さっきのトラップの声の比じゃない。
怒号だった。
「…むぅぅ…くりぇー、…ぱぁーる?とりゃー…?」
あっ…。
ルーミィが起きちゃった。
その愛らしい声でやっと身体が動いて、わたしはルーミィのそばに駆け寄った。
「ご…ごめんルーミィ、起こしちゃったね」
「うーん…どーなつとくっきーとけーき、ぜーんぶ食べたいおぅ…」
あらら。
寝惚けてたのね。
ルーミィはそれだけいうと、またすやすやと眠りだした。
ルーミィに気を遣って、クレイとトラップは2人で外へ話をしに行ってしまった。
わたしも行くといったんだけど…2人だけで話したい事もあるから、と断られてしまったんだよね。
それからクレイだけが部屋に戻って来たのは、かなり時間がたった後だった。
わたしは何をするでもなくルーミィの髪の毛を撫でていた。
そうしていると、いままでごちゃごちゃして整理しきれなかった気持ちや、戸惑いのひとつひとつが、
あるべき場所にかちっ、とはまっていく感じがしたから。
静かに、小さくノックされるドア。
「パステル、まだ起きてる?」
その声に、わたしははじかれたように立ち上がった。同じようにして心臓も跳ね上がる。
ドアを小さく開けると、そこにはいつもどおりのクレイがいた。
優しい、柔らかい、そしてとても綺麗な微笑み。
「入ってもいいかい?」
うなずいて、ドアの隙間を広げた。
そこから滑り込んで、何も言わず彼はわたしの身体を抱きしめた。
「…クレイ?」
「トラップから聞いた。どうしてあんなことをしたのか…パステル」
「…はい」
クレイは息を2回吐いて、吸って、抱きしめる腕にちからを込めて、言った。
「ギアと付き合うの?」
「…」
わたしの返事を待たずに、クレイは続けた。
「トラップのことは…許してやってくれ。男として最低のことをしたと俺も思うけど、
あれでもずっとパステルのことが好きだったんだ。
おれもいま、ほんとうはトラップと同じことをしてしまいたい気持ちもあるよ。
…おれも、好きだから。パステルが」
「え…」
「ダンシング・シミターに、最後に言われた言葉を、部屋に戻ってからもう一回考えてたんだ。
おれは今までなんのために剣を振るって来たのか。何を目指しているのか…
改めて考えるとちぐはぐで、まとまらない答えばっかりで、愕然としたよ。
でも思ったんだ。きみや、パーティのみんなを守りたい。それだけは確かにあったんだ…」
「クレイ…」
「いつか、キスをしただろ?
あのときはわからなかったいろいろが、いまはわかる。パステルが、おれを強くするんだ。きみを守りたい。…けど。
ギアを好きなら、おれは止められない…」
「…ごめん、それだけ伝えたかったんだ。
ほんとうはさっき、そのために会いにきたんだけど、…一足遅かったみたいだった。
タイミング、いつも悪いよな、俺」
泣きそうな笑顔で、わたしの身体を離す。
おやすみ、とちいさく呟いて背中を向けて…
ドアに手をかけようとした彼の手が空をきった。
わたしが、その背中を抱きしめたから。
「…待って。行かないで…」
ごつごつとしたクレイの背中に顔を埋める。
「違うの。ギアのことが好きなんじゃないの。
でも…でも、すごく、わたし…あのとき、クレイが…ほっといてくれ、って言われて、つらかったの。
キスしてから、ずっと、ちょっとなにかがうまく行ってない感じがしてた。
ギアと、寝ちゃって…でも、クレイのことが頭から離れなかった」
「…パステル」
「すごく、身勝手なこと言ってるってわかってる。
でも…いま…クレイが離れちゃうのが、嫌だって…思ったの…」
あとは、言葉にならなかった。
クレイの背中がわたしの涙で濡れていく。
振り向いて、もう一度抱きしめられて。
耳元でクレイが囁くのを、わたしはじっと待った。
終わりです。
…半端なとこで終わらせてしまった気がしますが…
このつづきとか言ったら多分また上下編くらいはやっちゃいそうなので
止めておきます。すいません。
>>307 リアルで見てましたー!
ぬークレイめ。もう少し遅く来てくれれば(←鬼です)
レイプは未遂で終わりましたねえ……すごくドキドキしました。
クレパスもギアパスも面白いですけれど
わたしがトラパスばっかり書いてるせいで、他の人がトラパス書きにくいんじゃないかと気にしてます
307さんももし気が向かれましたら、またトラパス書いてくださいね。すごく読んでみたいです。
>>356 トラパス…
そーですね。ううむ。リクエストいただけるのはわたしには珍しいので嬉しいです。
書いてみようかな。
のんびり待ってみてください。
このスレ埋め立てようかな…久々に暇だし
しようか、と言われて困らなかったかと言えば嘘になるけど。
でも、わたしはもう答えを出していたので、あとは簡単だった。
目をつむるだけ。
そうしたら彼はいきなりわたしを抱き上げて、ベッドに運んでいった。
ブラウスのボタンを外すのは上手だったけど、スカートのホックで苦戦してる。
そんな彼が可愛い。
わたしの髪の毛にキスして、
肩にキスして、
背中にキスして、
まぶたにキスをして、
お世辞にもとびきり綺麗とはいえないけど、古びて味の出てきていた旅館のベッドを、
彼は揺らした。ぎしぎしと鳴った。
わたしを揺らした。
大きく膨らんだ場所に触るとと彼の甘い呻きが聞けたので、
嬉しくて何度もさする。
赤いスカートを何とか剥ぎ取って、その下も剥ぎ取って、
脚にキスして、
おなかにキスして、
指先をくわえて、
指を差し入れながらわたしを、彼は責めた。
でも喘いではいられないらしい。
わたしの口の中に膨らんだ自分を入れて、、でも彼はわたしを食べてしまうらしい。
おかしいよね。
パステルが好きだ。本当に好きだ。
そう言ってわたしの中で昂ぶる彼。
いとしくて、せつなくなる。
彼はいまもわたしの中にいるっていうのに。
これ以上、どうやってひとつになれっていうんだろう?
どうしようもなくて、
とりあえず、わたしは彼にキスをした。
穴埋め終わり。
相手役は自由に妄想で。よろしくです。
はじめまして、ここは素敵な神さま達がいますね。
しばらくFQから遠ざかってましたが、自分内FQ再燃!って感じで本編も読み漁ってしまいました。
トラパスに萌!でもギアパスも好き。
307さんのトラパス読みたいです。
トラップに女の子急接近でパステル焼き餅攻めとか、
ソフトSMなんつーのとか。
のんびりマターリお待ちしております。
>>363 誘導ありがとうございます。
ここはなんて良いスレなんだぁぁぁぁ(感涙
埋め立て用没案。新スレに書いたパラレルトラパス応急編のこんな終わり方も考えてたぜバージョン
「まあ、その程度の腕で、よく持った方だといえる。だが……遊んでいる暇は、無いんでね」
にやり、とギアが微笑み、反対の手で……そう、片手で、長剣を振り上げた。
――――!!
殺される。
トラップが殺される。わたしのせいで。
わたしを連れて逃げるために、トラップが……
それはもう無我夢中だった。
ギアの剣が、ゆっくりと振り下ろされようとしたその瞬間。
わたしは、トラップとギアの間に、無理やり身体を割り込ませた。
ドスッ!!
身体を通り抜ける気配。噴出す血。
ギアも。トラップも。目を見開いて、わたしを見つめていた。
……ああ。
これが……自分の考えで、自分のやりたいことをやる、ってことなんだ。
目の前が真っ暗になる。剣が身体から離れ……
わたしは、その場に崩れ落ちた。
もちろんこの後、トラップもきっちり殺されて、ギア逃亡。
二人を見つけたクレイが、こっそり同じ墓に埋葬して……
あまりにも救いが無いのでやめました(w 没にしてよかった……
生まれて初めて書いたSSを投下していきます
難しい・・・神々を更に尊敬できました
新スレの方に投下する勇気がないので埋めを兼ねてこちらに
トラップ×パステルですが・・・
誰コレ???と思うくらいの出来です。怒らないで生温い目で見守ってください
いっそスルーでもいいかも・・・
視線を感じる。盗賊なんてやってるからかそういうものには鋭い方だからな。さりげなく目をやると、視線の主は・・パステルだ。
目が合うと慌てて横を向いた。
赤くなってるぜ? ・・・かわいいじゃねえか。
ついさっきも、朝飯のときも、昨日も一昨日も今みたいな態度だ。
何かついてるんじゃないかと思って鏡でチェックしたが異常なし。
用があるのかと思えばそうでもないらしい。
んじゃなんだと少し考えれば・・・わかるよな?
よく目が合う。目が合えば赤くなってそっぽを向く。
話しをしていてもいかにも意識してますってな感じでぎくしゃくしてる。
近くに行けば固まる。
それがここ数日続いてるとくりゃ、あのお子様パステルが俺の魅力に目覚めちまったとしか考えられねえ。
まぁきっかけになったのはあれだろう。
クエストの途中モンスターに襲われたパステルを助けてやったこと。
モンスターに狙われてるってのにぼーっと突っ立ってやがったから抱きかかえて避難させた。
そんときモンスターに軽くひっかかれた傷がまだ少し痛むが、そんなん大したことねぇ。
鈍感なあいつが俺を男として意識するきっかけを作ってくれたんだからな。
また目があったからにっこり笑って手を振ってやったらぼんって音がしそうなくらいに赤くなって逃げ出しやがった。
やれやれ・・・近くに来いとはいわねえが少しでいいから笑顔見せろよな。
今まで恋愛対象として見たことなかったが、考えてみりゃ悪くねえ。
あいつのことを幼児体型だってからかってるけど、実は良い体してんだよな。
鈍感でとろくさいが性格は良い。気も合う。
何よりクレイよりも俺を選んだってとこが男を見る目があるってもんだ。
わかるやつにはわかるんだよな。俺の良さってもんがさ。
しかし、こっからが問題だ。
パステルに任せといたらしばらくこのままじゃないだろうか。いや、絶対そうなる。
何せ奥手だからな。
あいつは良くても俺が困る。健康な若い男にそれは生殺しってもんだ。
「ちっと話があるんだけど」
そうパステルを連れ出したのは昼飯食ってしばらくしてから。
「お前は迷子常習犯だからな」言って有無を言わさず手をつないで歩いた。
俺たち、カップルに見えてんだろうな
なんか気分がいいや
「あっ だめっ・・・トラップやめてぇ・・・」
緩く抵抗しながらパステルが喘ぐ。
服の上からでも柔らかい胸のふくらみを揉み、触れるとより反応のある箇所を刺激する。
耳や首に吸い付き舐めたら「ひゃぁんっ」とかわいい声で鳴くからやめられなくなっちまった。
ボタンを外し、直接胸を揉みしだくと・・・痛かったのか?眉を寄せて息を詰めるパステル。
ごめんな。思ってたより柔らかくて手に吸い付いてくる感触に、思わず力が入っちまった。
「んっうう・・」
声を出さないようにしてるみてえだが、俺の指が胸の頂を擦る度に漏れる声に余計にそそられる。
暴れたから掴み取っていた両手首を離してやったが・・・気づいてねえな。
空いた左手で、寂しそうにしているもう片方の胸を摘んでやる。
跳ねた体が動くのを、また抵抗するのかと思ったが違った。
押さえつけるついでに腿の間に割り込ませてあった膝に、自分から擦りつけてきてる。
はいはい、こっちもな。
口と左手でパステルを喘がせながら、右手をゆっくりと下に這わせスカートの裾から伸びる太腿をくすぐる。
体を捻ってくすぐったがるパステルを押さえつけ、少しずつスカートの中にもぐりこませていく。
際どいところで指を止め、円を描くように刺激してやると、切なそうな声で「トラップ・・・・」とねだってくる。
くそっ そんな声で名前呼ばれたら限界がきちまうだろうがっ
「すげー濡れてる・・・」
思わずつぶやいてしまうくらい、パンティから絞れるくらいの大洪水。
「・・・だってっ、とらっぷが・・・っ あぁんっ そこ、だめ、ぇ・・・」
邪魔なパンティをずらし、上下に擦ってやると体を跳ねさせながらしがみついてきた。
「ここがいいのか?」
聞いても答えないパステルの、ダメと言われた突起を弄り倒してやると
「だめ・・・だってば・・っ あぁぁっ」
体をピンと張らせながら痙攣し脱力した可愛い女を抱きしめる。
抱きしめたまま休ませてやりたかったけど、俺には俺の都合ってもんがある。正直なとこ、もうやべえ。
さっきのでさらに濡れてとろとろになった場所。柔らかく、蜜があふれてくる場所にそっと指をもぐりこませる。
・・・きちい
すぐにでも突っ込みたい衝動をなんとか堪えた。指でほぐしてやらねえと。痛え思いはさせたくねえ。
ねじ込んだ2本の指の抜き差しがスムーズになってきたところで、足に絡まってたパンティを脱がせ、自分のモンを出す。
「入れるぞ」
掠れ声で囁いたが返事があったかどうかはわからねえ。そんくらい限界だったんだ。
「いた・・・ぁっ」
一気に貫いた衝撃に耐えるパステル。目尻を伝う涙にキスして拭ってやる。・・・ごめんな、パステル。
そのまま唇を奪い、胸への愛撫を再開する。
少しでも気持ちよくなってもらいてえのも確かだが、締め付けがきつすぎて俺も痛えんだよ。
「はぁっ・・・ん・・・」
痛みだけじゃなくなってきた声に、ゆっくり動き出す。
少しでも長持ちさせたかったが、良い場所に当たったんだろう。「あぁっ」と高い声を出し背をのけぞらせるパステルの中がきゅっと締まった。
うっやべえっ、と思ったときにはもう間にあわねえ。パステルの中で果てちまった。
荒い息を整える間、俺たちは抱きしめあってた。離れたくねえ。こいつにもそう思っていてほしい。
事後処理をしてやりながら第2ラウンドに突入しようとしたら、真っ赤な顔で拒否されちまった。ちぇっ。
服を着て、そこに座って、代わり映えのない景色を眺めながら取り留めのない話をした。
そういやここは森の中だったな。人気のない邪魔の入らない場所っつったらこういうとこしか思いつかなかったんだが。
初エッチがアオカンか。絶対忘れられねーな、こりゃ。
「日も傾いてきたし宿に帰らないとね」
言いながら立ち上がろうとしないパステル。まだ俺と一緒にいたい、そう思っていいんだな?
抱き合うわけでもなく、触れ合う肩の暖かさだけを感じる。
宿に戻ったら、こいつはクレイの元に行くんだろう。
「1週間くらい前に、告白されて、付き合うことにしたの」
ここに連れてきて、気持ちを確認したとき、こいつがそう言った。
最初、何を言ってるのか理解できなかった。
あの視線はなんだったんだと聞いても真っ赤になって俯くだけで答えない。そんな態度を見てると、こいつは本当は俺のことが好きなんじゃないかと思っちまうだろ?
「おめえは、気づいてないだけで俺に惚れてんだよ」
ぽかんと見あげてくるパステルの足元を掬い地面に組み敷いた。もちろん、痛くないように支えてやってだ。
あまりのことにびっくりしたんだろうな。動かないのを良いことにキスをした。
それでやっと危険を察知したのか、暴れて抵抗してくる両手を絡めとって左手だけで押さえる。
大声を出しても人がくるとは思えないが、一応右手で口を塞ぐ。
唇にキスできねえから顔中を唇で触れ、そのまま耳に移動し舐めたり軽く歯を立てると目を固く閉じ、びくびくっと体が揺れる。
「感じんのか?」
耳元で囁くと首を振っていやいやをするが、首筋まで赤い顔と熱くなってきた体。全然説得力ねえぞ。
声が聞きたくて、そっと 口を押さえていた手を離して首を舐め上げる。
「ひゃぁんっ ぁんっ」
今まで俺の手で声を封じられてたから油断してたんだろう。この上なく色っぽい声が唇からこぼれた。
「やっ・・・」
自分の声にびっくりしたのか、恥ずかしそうに唇を噛み締め横を向くが、首攻めやすくなっただけだぜ?
右手を胸に移動させそっと撫でさする。特別に暴れたりはしてこねえ。
俺のテクが良いってよりはパステルが感じやすいんだろうな。
「だめぇ・・・やめて・・・」
と言いはするもんの快楽の虜になってるようにしか見えねえ。
クレイが開発したからかと頭をよぎったが、今はやつのことは考えたくねえ。
無理やり頭から追い払って、俺は、パステルを抱いた。
終わりです
せっかく書いたから投下だけでもと思ったけど後悔・・・・・・・・・・・・・・・
吊ってきます
逝かなくてよし!!
よかったよ〜。
>>366-373 おつデシ。
あわてて倉庫格納依頼をしなくて良かったデシ。
次も期待してるデシ。
・・・シロちゃんの真似したつもりだけど・・・なんか違う。
オレは文才ないなあ・・・。
本日は晴天也。
こんな日はピクニックなんかしたらすっごく気持ちいいだろうなぁ
な〜んてぼんやりと窓の外を見つめる私は、ただ今締め切りに追われて缶詰状態だったりする。
みんなは(約一名を除いて)買出しやら頼まれ事で外出中。
約一名は今頃何処にいってるのかなんて、安易に想像がつくけどね。
おっといけない!集中集中!!
頭をプルプルと軽く振って原稿用紙に向かう。
クエスト中の色々な場面を思い出しながら・・・
どのくらい集中してたんだろう・・・気がつくともう夕焼け空になってた。
はぁぁ・・・ちょっと休憩しますか。う〜〜〜んと伸びをしたその時だった。
「おめぇの百面相っておもしれぇのな」
「ひゃぁっ!!」
誰も居ないと思ってたのに、そこにトラップが居た。
「な、きゅ、急に声かけないでよね。びっくりしたじゃない」
「おめぇこそすっとんきょうな声出すなよ。びっくりするじゃねえか」
ま〜ぁったく、いっつもイキナリなんだから。
「いっつも言ってるでしょ!?入るときはノックぐらいしてよね」
「ノックしたぜ?気がつかねえおめぇが迂闊なんだよな」
澄ました顔して言ってるけど・・・あやしいんだよね。トラップの場合。
それに百面相だなんて、いったい何時からいたんだか?
毎度のことなのではぁーっと溜め息一つついて机に向かいなおした時、背中から抱きしめられていた。
「ト、トラップ?」
「・・・あんだよ」
「そ、そのね、あ、あのっあのっ」
「・・・ちょっと黙れよ」
「でも、あ・・・あのさ、わたし・・・」
「黙れって言ってんだろ」
徐々にトラップの腕に力が入り、痛いくらい抱きしめられている。
まるで自分の中に取り込んでしまいたいと思ってるような・・・
背中からダイレクトに伝わってくるトラップ鼓動はもの凄く早い。そして私のも・・・
「・・・痛いよ。トラップ」
そう囁くと少し力を緩めてくれたけど、腕を解こうとはしない。
胸の前でクロスされた腕にそっと手を添えるとトラップの鼓動が一段と早くなった。
「おめぇの・・・」
「え?」
「ん・・・いや、なんでもねえよ」
「私の・・・なに?」
顔を見ようと頭を上げてもトラップの表情は見えない。
けど、知ってるんだ。トラップの声が擦れるときって耳が真っ赤になってる時だって。
「言ってよ。私がなんなの?言ってくれなきゃわかんないよ」
ちょっと甘えた声で言ってみる。
以前の私だったら絶対こんな声なんか出せなかったもん。
付き合い始めたよゆーってやつね。
「ん・・・とだなあ」
「だなあ?」
「その・・・」
「その?」
えへへ。なーんかちょっと気分いい!いつもと立場逆転?
いつものお返し。にしてはささやかだけどね。
これくらいは・・・
「だぁら、おめえの真剣な顔ってクルんだよっ!」
「えっ?」
くっ・・・くるぅ??えっと、その、あの、うわあああああ。
な、何言ってんのよ!もうっ。ひとが真剣に原稿書いてるの見てそんなこと考えてたなんて・・・
顔に血が上ってくるのがわかる。きっと私耳まで真っ赤になってるよお。
反対にトラップは言って開き直ったのか、クロスした腕を解き私の顎に手をかけ上を向かせた。
降りてくる唇。甘い啄むようなキスを何度も何度も。
優しいキスだけって凄く焦らされてるみたい。
意地悪・・・されてるのかなぁ?
どれだけそうしてたんだろう。
「・・んっ・・はぁ・・」
唇が離れると私のものとは思えない程の甘い吐息が漏れる。
トラップの顔を見るとちょっと困ったような、照れたような顔。
「その顔も・・・すっげーくる・・・そんな顔で誘うんじゃねーよ」
「・・・誘ってなんかない・・もん」
「ばぁーか、その顔のどこがさそってねえんだよ。目がうるうるだぜぇ?」
「ちが・・・」
その先は言えなかった。より深く熱いキスで遮られて・・・
スレ埋めに初投下してみました。
ちょっと進展してるトラパス設定で読んでくだい。
ちっともエロじゃないですけど(滝汗
お目汚し失礼いたしましたm(__;)m
>>379 続き読みたいです! 面白かったですよ!!
全然お目汚しじゃないです。
新しい作品書いたらぜひ新スレへ!!
わぁ!トラパス作者さまありがとうございます。
反応があると嬉しいですね。やる気がでます。
続き(エロ)は途中まで書いてるんですけど、
決定的にボキャブラリーが少なくて難航中。。。でし。
ボキャブラリーは人のこと言えません……
わたしも実際指摘されましたし<表現変えろ
新スレの方ではいいかげんにしろよ、みたいな顔文字浴びせられましたし……
でも、褒めてくれる人もいるので、がんばれるんです。
プロじゃないんですから、そんなにこだわることはないと思います。
書きたい作品を書けばいいんじゃないでしょうか。
頑張ってください。応援してます!
金取ってるわけじゃないんだし、自分が書きたいものを
書いていただいていいと思いますよ。
最近のこのスレはさらに話が練られてて、すごいと思います
読み応えがあって好きです。本読んでる気分です。
でも、もともと単純明快なエロエロ好きなんで、
新神様の続きを首を長くして待っています
前スレのサボン玉さまとか、もう書かないのかな…
>382
次スレで表現のこと指摘した83です。
あれで相当気を遣って表現したつもりだったのですが、
うまく伝わらなかったみたいですね。
ストーリーを色々工夫したり、向上心があるようだから
キャラの心情や表現の方ももっと良くなるだろうと思ったのですが。
余計なお世話でしたね、ごめんなさい。
それこそ、プロじゃないんだから、完璧な物を望んではいません。
(失礼かもしれませんが、脱字やてにをは間違いを
誰も指摘していないことからもわかると思うのですが)
ただ、それなりの物を書く人にはそれなりのことを要求してみたくなった。
ストーリーのリクエストに応えられるなら、一部表現のリクエストにも
応えられるかもしれないと期待した。それだけです。
一応、釈明はしました。
後は気にせず、ご自分の書きたい物を書いて下さい。
念のため、付け加えておきますが。
毎日新作をとても楽しみにしています。
トラパスでもなくギアパスでもなく、二次創作に既存の男キャラを使いたくない
鬼畜エロ好きな漏れとしては、もうこのスレには生息出来ないよ・・・。
何か書けたらライトノベルスレにでも投下したいと思います。アチラで意見聞いてみてOKが出たら、ですが。
>>385 あちらは慢性的な作品不足なので投下は有り難い。
そういえば、鬼畜マンセーな本スレを回避して純愛スレやエロ無しスレに投下することはできるけど、
純愛な雰囲気の本スレを避けて鬼畜を投下できる避難所はないんだよね。
これって不便なのだろうか?
鬼畜も純愛も共生していければ一番いいけど、難しいのかね。
作家さん達よりもROM側が騒ぎそうだ。
個人的にはエロエロ鬼畜スキーなんだけどね。
読み物として面白ければいいと思うが?
おいらは鬼畜・異種姦スキーなんだけど…
今の本スレの状況見る限り、そういうのを投下するのは無理そうだ。
使用済みスレの穴埋めでやっていくしか…
とりあえず、今しばらくは文章の研究しときます。
>390
別にこのスレも誰の物ってことはなし。
気にせず書きたい物書いてupしたらいい。
状況的にはこっちがあるからラ板本スレは拙いだろうし。
どの作者も好きに書いてるのだから390だけが遠慮する必要はない。
楽しみにしてるよ。
>>376-372 を書いた者です
>>374さん
>>375さん 暖かいお言葉ありがとうございます
あれ、まだまだ続いていたのですが、あまりに鬱になる内容だったので急遽削除してました
改めて読み返してみたらあまりにも・・・・伏線はってあったの無視ってるし_| ̄|○
その辺フォローできる続きを書けたらまた書き逃げしにきます
395 :
誘導:03/10/28 23:58 ID:fjEvMZ0S
>>395 毎度毎度ご苦労様
次スレは避難所に置いておいてね。
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ