【ここで】フォーチュンクエスト2【ない場所】

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1トラパス作者
す、すいません……前スレを一人で使いつぶしてしまいましたっ(汗
新規スレッドたてさせていただいたのですが、これでよかったのでしょうか。
前スレで連載中だった皆さん、本当に申し訳ありませんっ!!
2トラパス作者:03/09/25 00:44 ID:aZoFL9Uk
3名無しさん@ピンキー:03/09/25 00:44 ID:DGXhcqLi
新スレ移転おめw
4トラパス作者:03/09/25 00:46 ID:aZoFL9Uk
誘導しようにも前スレが既に書き込めない状態になってる……
本当にすいませんでした。
作品が中途半端なところで切れているのですが、続きから書き始めてもいいのでしょうか。
あるいは、このスレで第一話から連載始めたほうがいいのでしょうか。
皆さんの意見待ってます。
スレ立てたの初めてです。ちょっと不安……
5名無しさん@ピンキー:03/09/25 00:53 ID:jPTx2cO/
6SS保管人:03/09/25 00:54 ID:DGXhcqLi
ドンマイ( ・∀・)つ(´・ω・`) <<トラパス作者さんw

保管庫に、このスレへの誘導を貼っておきましたし、
しばらくageておけば、みんな気付いてくれるでしょう。

作品に関しては続きからでも問題ないと思いますよ。
残りの部分だけでも、おそらく即死判定には十分でしょうし。
ナンバリングもしてあるので迷わないでしょうし。
7トラパス作者:03/09/25 00:58 ID:aZoFL9Uk
>>6
本当にすいませんでした。ちょっと書き込みを控えたほうがいいかもしれませんね。
皆さんがほめてくださるので、ちょっと調子に乗りすぎました。
とりあえず、前スレにて中途半端なところで止まっている作品だけ、全部掲載してしまいます。
今後のことについては、皆様の意見を参考にさせていただきます。
誘導できなかったのでしばらく「age」でやっていきますので
前スレを見てくださった皆さん、どうか気づいてください
8名無しさん@ピンキー:03/09/25 01:00 ID:wErmI1/J
あぁ、よかった〜!新スレたってた。・゚・(ノД`)・゚・。
トラパス作家さま、お疲れ様です。
どーしよ、続き読めないって一人で勝手に慌ててました。

トラパスクエスト続編について、お手数ですが
第一話から再連載して頂けると嬉しいです。
私は前スレ保存できましたが、html化するまで読めない人が
出てしまうと思いますので…
9トラパス作者:03/09/25 01:01 ID:aZoFL9Uk
>>8
ああ、今続きからはろうとして「長すぎます」とはねられたところです。
はねられてよかった・・・
では、第一話から掲載していきます。
10トラパスクエスト続編 1:03/09/25 01:02 ID:aZoFL9Uk
「あんた……誰だ?」
 とても冷たい目で、彼は言った。
 いつもはいたずらっこみたいな輝きを浮かべているその茶色の瞳には、不審そうな色しか浮かんでなくて。
 わたしを見て、彼はもう一度言った。
「あんた、誰だ?」
 鮮やかな赤い髪も、細く引き締まった身体も、いつもと何も変わらない。
 それなのに、目だけは、見たこともないほど冷たく光っていた――
 
「ぱーるぅ。何かいいことあったんかぁ?」
「んー? うん。とってもいいことがね」
 ルーミィの問いに、わたしはにこにこしながら答えた。
 自分で言うのも何だけど、最近わたしは機嫌がよかった。
 あの、「真実の愛を見せたものにだけ解けるクエスト」の後、わたしとトラップは、晴れて両思いになれたんだよね!
 素直に本音を告白したら、今までトラップを見るたびに感じてたもやもやが、すーっと晴れていくのを感じたんだ。これが、悩みを解決した気分、なのかな?
 もちろん、だからって生活は普段と全然変わらないんだけどね。二人っきりになるチャンスなんてなかなかないし。
 でも、「いつまでも黙っとくわけにはいかねえだろ」っていうトラップの言葉で、クレイ、キットン、ノルには、ちゃんと伝えたんだ。ルーミィには……もうちょっと大きくなってから、ね。
 みんな驚くかなあ、って思ってたんだけど。何故かクレイ初めとして
「やっとか」「遅すぎたくらいです」「おめでとう」と、ちっとも驚いてくれなかった。
「気づいてなかったのはおめえくれえだよ」とはトラップの言葉なんだけど。ううっ、そんなにばればれだった?
 まあ、だからって特別扱いはしないで、っていうことだけは、ちゃんと伝えておいたけどね。だって……恥ずかしいじゃない。
「っつーわけでさ、俺とルーミィ、部屋交代していいか?」
「バカモノ!!」
 もー、調子に乗りすぎ!!
11SS保管人:03/09/25 01:02 ID:DGXhcqLi
>>7
容量使い切りの場合だと、誘導ができないのはよくあること。
気にしない気にしない。
っていうか最近も某スレで起こったばかりw

スレのみんなも、誘導無しに次スレ移行したことより、
トラパス作者さんの作品が読めなくなる方が悲しいと思うよ。
12トラパスクエスト続編 2:03/09/25 01:03 ID:aZoFL9Uk
 とまあ、こんな感じでしばらくは平和で幸せな時間が流れてたんだけど。
 いつまでもシルバーリーブにとどまってるわけにはいかないもんね。いつまでもレベルが上がらなかったら冒険者カード剥奪されちゃうかもしれないし。
 というわけで、新しいクエストにまた出かけることになったんだ。
 今回のクエストは、どこかのお城に眠ると言われる財宝を捜すっていうクエストなんだ。
 もちろん、見つけてきたのはお宝には目のないトラップ。
 ただ、わたし達のレベルでは、ちょっと厳しいクエストみたいなんだよね。
 敵も1番レベルの高いクレイで何とかなるかな? ぐらいのレベルみたいだし、城の中は罠だらけだって言うし。
 だから、最初はわたしもクレイもあまり気が進まなかったんだけど。
「だーいじょうぶだって。罠なんざなあ、俺がちょいちょいっと見つけてやっから。それにな、たまにはこういう冒険しねーと、身体がなまるだろ?
 いつまでも弱っちい敵ばっか相手にしてたら、成長できるもんもできなくなるぞ」
 というトラップの言葉に、押し切られることになった。
 そうだよね……たまには、難しいクエストに挑戦してみないとね! よし、がんばるぞー!
 
 だけどねー、やっぱり考えが甘かったんだ。
 モンスターは、確かにクレイとノルの二人がかりで何とか倒せた。
 しかけられた罠も、トラップがことごとく解除してくれた。
 でもでもでも!
 あまりにもぎりぎりすぎて、全然余裕がないの! 回復する暇もなく走り回ったりモンスターと戦ったりで、一階を突破して二階に何とか進んだ頃には、もうみんなへとへと。
 キットンの薬草だって、限りがあるしねえ……
 城は、外から見る限りは五階建てくらい。いくら何でも、ちょっとクリアは無理じゃないか、って、みんな思ってたと思うんだよね。
 かく言うわたしが1番思ってたかも。「もう帰りたい」って。
 ところが、一人だけ元気だったのがこの人。
「だらしねえなあ。まだまだ先は長えんだぞ? ほれ、さっさと立つ立つ」
 見ればわかると思うけど、トラップ。もー、何で一人だけそんなに元気なのよ!
13トラパスクエスト続編 3:03/09/25 01:04 ID:aZoFL9Uk
「ねえ、トラップ。引き返さない? わたし達じゃ、ちょっと無理だよ」
 無駄だろうなあ、と思いつつ言ってみたんだけど。
「ああ!? ここまで来て引き返す? おめえなあ、それでも冒険者か! この先にお宝が待ってんだぞ!」
 やっぱり無理でした。もー、宝のことになるとまわりが見えなくなるんだから。
 クレイの方に目をやると、彼はしばらく考え込んでたみたいだけど、
「……よし。とりあえず二階の攻略には挑戦してみよう。もしかしたら、簡単に突破できる通路みたいなものがあるかもしれないし。無理そうだったら、あるいはキットンの薬草が尽きたら、今回は諦めて引き返す。それでいいな?」
 トラップはちょっと不満そうだったけど、何と言ってもクレイはリーダーだもんね。文句は言わなかった。
 今になって思うんだ。
 どうして、わたしはこのとき、強引にでもトラップを止めなかったんだろうって。
 あるいは、どうしてわたしは、もっと慎重になれなかったんだろう、って。
 
 それは、2階のある通路に出たときだった。
 その通路は、今までの大理石みたいなものでできた白い通路と違って、赤、青、黄色とすごくカラフルなタイルがしきつめられた通路だった。
 今までの通路は、絶対何体かのモンスターがいたんだけど、この通路に限ってはすごく静かだったんだよね。
 だからかえって不気味だった。「みんな、慎重にな」っていうクレイの言葉で、先頭のトラップの後をぴったりついていったんだけど。
「……あー、こういうタイプの罠か」
 一歩踏み出した途端、トラップが嫌そうな声をあげた。
「どうしたの?」
「ここな、特定のタイルを踏んでいかねえと、多分罠が発動する。俺が歩いた場所だけを通れよ。一歩でもずれたら多分アウトだ」
 な、なんですってー!?
 その言葉に、クレイが慌ててルーミィとシロちゃんを抱き上げた。同時に、ノルがキットンを肩車。
 二人(と一匹)は、トラップと歩幅が違いすぎるもんね。そうやって、わたし達は細心の注意を払ってトラップの後をついていったんだけど。
14トラパスクエスト続編 4:03/09/25 01:04 ID:aZoFL9Uk
ガコン
 瞬間響く、すごく不吉な音。
「あっ……」
「パステル!」
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
 ガコンガコンガコン
 その瞬間、床のタイルがすごい勢いで組み替えられていった。
 もちろん、上に乗っているわたし達のことなんかお構いなし。
 このとき、わたし以外のみんなは赤いタイルに乗ってたんだけど。赤は赤、青は青、黄色は黄色でタイルがまとまっていって。
 そして。
 ガッコン
 最後のタイルがはまったとき、通路は赤、青、黄色の見事な三色ゾーンに別れていた。
 黄色のタイルに乗っていたわたしは、みんなとは随分引き離されていて。
 ああ、どうしようどうしよう、と、とにかくみんなのところに戻らなきゃ。
 そう思って一歩踏み出した途端、真っ青になって叫ぶトラップ。
「バカ!! 動くんじゃねえ!!」
「え?」
 その瞬間。
 わたしの足元のタイルが……消えていた。
 黄色のゾーンが、まるで最初からなかったかのように、ごそっと消えたのよ!!
 もちろん、足場をなくしたわたしが立っていられるはずもなく……
「きゃあああああああああああああああ!!」
 再び悲鳴をあげていた。そのときには、もうわたしの身体は落下を始めていて。
 何とか、目の前に何事もなく残っている青いタイルに指をひっかけたんだけど、だ、駄目!! 指に力が入らないいい!!
 ちらっと下を見れば、どこまでも真っ暗な穴。
 ぞわぞわぞわっ。こ、こんなとこ落ちたら……わたし……
15トラパスクエスト続編 5:03/09/25 01:05 ID:aZoFL9Uk
「きゃあああああああ! だ、誰か助けてえ!!」
「うっせえ! 黙れっ」
 そのとき上から響いてきたのは、とても頼りになる声。
「とらっぷぅ……」
「あーったく、おめえはどこまでドジなんだよ!! いいか、今引き上げてやっから、暴れんなよ!!」
 そう言うと、トラップは、タイルにひっかけていたわたしの手首をぐいっとつかんだ。
 後ろから「トラップ、手伝う」というノルの声。
 ああ、よかったあ……と思ったそのときだった。
 足首に、何かがしゅるりっ、と巻きついた。
「……え?」
 下を見る。相変わらずの完全な闇。だけど、よーく目をこらしてみたら、そこには何かがうごめいていて……
 ぐいっ!!
「きゃああああ!?」
「うわああああああああああああ!!!」
 わたしの足首にまきついた「何か」は、そのままわたしをひきずりおろした!!
 それも、わたしの手首をつかんでいたトラップもろとも……
 このとき、トラップがすぐに手を離していれば。罠にひっかかるのは、わたしだけですんだのに。
 落ちる瞬間、わたしは見てしまった。
 トラップが、意地でもわたしの手首を離そうとしなかったのを。
 それどころか、落ちる最中、わたしを庇うようにして抱きかかえ、体勢を入れ替えてくれたことも。
 トラップ――!!
 彼の身体に抱きついたとき。
 激しい衝撃が襲って、わたしは意識を失ってしまった。
16トラパスクエスト続編 6:03/09/25 01:06 ID:aZoFL9Uk
――ル――
 ん……
 ――ステル、――か?
 何……何が起きたの……?
「パステル、大丈夫か!?」
「きゃあっ」
 耳元で響いた声に、わたしは飛び起きた。
 あれ? わたし……
 きょろきょろと見回すと、そこはあまり広くない穴の底……だった。
 すごく上の方に光と、心配そうに見おろしているノル、キットン、ルーミィ、シロちゃんの顔と、たらされたロープが見える。
 そして、わたしの目の前には、クレイ。
 ……あれ?
「ね、ねえ……」
「よかった、無事か? 怪我はない?」
「う、うん」
 そう、結構な高さを落下したと思うんだけど、幸いなことに、わたしには全然怪我がなかった。
 ふと思い出して足首を見ると、そこには黒い紐みたいなのが巻き付いていた。
 よーく見れば、穴の底に、変な植物がいくつか生えていて、そこから紐のようなつるが伸びている。
 わたしの足をひっぱったのは、あのつるなんだよね。よ、よかった。モンスターじゃなくて。
 わたしに怪我がないってわかると、クレイはすごくほっとしたみたいだった。
 ショートソードで足にまきついたつるを切ってくれると、わたしに背を向けた。
「じゃあ、俺におぶさって。穴を登るから」
「うん……ね、ねえ、トラップは!?」
 穴の中にはわたしとクレイだけ。上に見えるのはノル達だけ。トラップの姿が、どこにも見えない。
「ねえ、トラップは? 大丈夫だった?」
「……あいつは……」
 クレイの顔が辛そうにゆがんだ。けど、何も説明してくれない。
 何が――あったの?
17トラパスクエスト続編 7:03/09/25 01:06 ID:aZoFL9Uk
「詳しいことは、上に上ってから話すよ。とにかく、つかまって」
「う、うん」
 クレイの背中におぶさりながら、わたしは泣きそうになっていた。
 ううっ、わたしって、どうしてこんなにドジなんだろう。
 もっと慎重になっていれば、そんなに厳しい罠じゃなかったのに。
 わたしのせいで、トラップまで巻き込んで……
 トラップ、無事でいて――!!
 
 上に上ると、「ぱーるぅ!」と真っ先に抱きついてきたのはルーミィだった。
 そのかわいらしい顔がもう涙でべしゃべしゃで。
 ううっ、ごめんね、心配かけて……
 ロープを支えてくれていたのがノル。「よかった、無事だったか」って、すごくほっとしたみたい。
 そして……
 キットンは、床にひざまづいていた。その前に横たえられているのは……
「トラップ!!」
 キットンの前に力なく倒れていたのは、トラップ。
 その目はかたく閉じられていて、身体はぐったりしたまま。
 そして……
 その鮮やかな赤い髪。その髪がまだらに染まっていた。
 あ、あの色って……血……?
「きゃああああああああ!! トラップ、トラップ! トラップ!!」
「あああパステル!! 動かしては駄目です!!」
 思わずすがりつこうとしたんだけど、キットンに止められてしまった。
 だって、だってだってトラップが! 大好きなトラップが……わたしの、わたしのせいでっ……
「大丈夫です、死んではいません! すぐに手当てをすれば……とにかく、一度この城から出ましょう!!」
 キットンの言葉に、みんな1も2もなく頷いた。
 どうせ、黄色のゾーンの床が消えちゃって、その先には進めなくなってたんだもん。
 細心の注意を払ってトラップをノルの背中に預けると、わたし達は一目散に城から脱出した。
 幸いなことに、主なモンスターは行きにほとんど倒していたし。罠は全部トラップが解除してくれた後だったからね。脱出は、思いのほか簡単だったんだ。
18トラパスクエスト続編 8:03/09/25 01:07 ID:aZoFL9Uk
そのまま、わたし達は城のすぐ近くにある村にかけこんだ。
 宿屋のベッドにトラップを寝かせて、改めてお医者さんを呼んだんだけど……
「大丈夫、命の別状はないですよ」
 と言われるまでの長かったこと!!
 よかったあ、とみんなで手を取り合ったんだけど、トラップの目は、相変わらず閉じられたままで。
「だいぶ頭を強く打ったみたいですから、意識はなかなか戻らないかもしれませんが、安静にさえしていれば、必ず目を覚ましますから」
 そういって、怪我の治療だけをすると、お医者さんは帰っていった。
 頭に白い包帯を巻いて寝ているトラップの顔は青ざめていたけど、確かに息はしっかりしていた。
 トラップ……早く目を覚ましてね!!
 
 それからしばらくわたし達はこの村に滞在することになった。
 トラップは絶対安静で動かせなかったしね。頭の怪我だから、ちょっとした衝撃が致命傷になることもあるんだって。
 ううっ、怖いなあ……
 だけど、宿屋の代金とか、手持ちのお金ではどうしても厳しいから。クレイ達は村で日雇いバイトみたいなことを始めて、かなり忙しそうだった。
 わたし? わたしは、ずっとトラップの傍につきっきり。
 だって、わたしのせいだもん。それに……トラップは、わたしの恋人……だし。
 バイトのできないルーミィは、多分すごく退屈だったと思うんだけどね。クレイがよーく言い聞かせてくれたのか、トラップが寝ている部屋には入ってこなかった。
 その分、食事のときに顔を合わせると、「ぱーるぅ!!」って、しがみついて離れようとしなかったけどね。
 そうして、一週間が過ぎた頃のことだった……
19トラパスクエスト続編 9:03/09/25 01:08 ID:aZoFL9Uk
その日、クレイは武器屋さん、ノルは材木屋さん、キットンは薬屋さんでバイトをしていた。
 ルーミィとシロちゃんは、隣の部屋で絵を描いているみたいだった。
 そして、わたしはトラップの枕元に座って、彼の額にあてた布を冷たい水でしぼっていた。
 よく冷えた布を、額に置き直そうとして。
 そのときだった。
 突然、誰かに手首をつかまれた。
 ……え?
 細い指、腕、その割には強い力。
 辿っていくと、トラップが、うっすらと目を開けるところだった。
「と、トラップ?」
「…………」
 彼は無言だったけど、その目が、まぶしそうに2、3度まばたきした後、しっかりと開いた。
「トラップ、トラップ、よかった目が覚めたのね!!」
 よ、よかったあ!! お医者さんは大丈夫って言ったけど、すごく不安だったんだよね。このまま目を覚まさなかったらどうしようって。
 よかった、本当によかった!!
 わたしがだるそうに身を起こすトラップの身体にすがりつくと、トラップは……
 どん、とわたしの身体を突きとばした。
 ……え?
 何、トラップ……どうしたの?
 ふりあおぐと、彼の目は、ひどく冷たかった。鮮やかな赤毛も、細くひきしまった身体も、いつもと全く変わらない。
 ただ、目が。いつもはいたずらっこみたいに輝いている目が、ひどく冷たくわたしを見おろしていた。
「……あんた、誰だ?」
「え……?」
 トラップ……何、言ってるの……?
「あんた、誰だ?」
 茫然としているわたしに、トラップがもう一度聞いてきた。
 その口調には、冗談とかが含まれているようには聞こえなくて。
 いつもの軽い口調とは全然違うきつい声音。
20トラパスクエスト続編 10:03/09/25 01:08 ID:aZoFL9Uk
「トラップ……どうしたの? わたしよ、パステル……」
「……知らねえ」
「トラップ!?」
「だあら……誰だよ、そのトラップって」
 トラップは、いらだたしげに赤毛をかきまわして言った。
「俺の名前はなあ、ステア・ブーツってんだよ。変な名前で呼んでんじゃねえ」
 ――トラップ!?
 その瞬間、わたしは部屋をとびだしていた。
 お医者さんを呼んでこなくちゃ……ううん、キットンの薬屋さんの方が近い!!
 とにかく、みんなを呼んでこなくちゃ!!

「よおクレイ……何なんだよ、この連中は」
 わたしが村中かけまわってバイト中の皆を無理やりかき集めて部屋に戻ると、トラップが放った第一声。
 と、トラップ? 本当に……本当に忘れちゃったの?
「おい、トラップ……」
「ああ? おめえまであに言ってんだ? 誰だよトラップって」
「お、お前なあ……」
「幼馴染の名前忘れたのかよ? 俺の名前はステア・ブーツってんだよ。さっきからこの女もわめいてたけど、誰なんだよトラップって」
 この女、で指差されたのはもちろんわたし。
 トラップの言葉に、みんな茫然としてるみたいだった。
 そりゃそうだよね。「ステア・ブーツ」……確かにトラップの本名だけど。
 トラップは小さいときからずっと「トラップ」って呼ばれてきたはずなのに、一体?
「あのー、ちょっといくつか質問させてよろしいですか?」
 茫然としてるわたし達にかわって前に出てきたのがキットン。
 トラップは、思いっきりうさんくさそうな目を向けている。
「誰だあんた?」
「あー気にしないでください。医者だと思ってください。えーと、ですね。とら……ステアさん。あなた年はいくつですか?」
「ああ? 何でてめえにんなこと教えなきゃいけねえんだ」
「あのですね、あなた、覚えてないかもしれませんが、頭を打ってずっと寝ていたんですよ。記憶が混乱しているといけませんので、いくつか確認させてほしいだけです」
 トラップは、ちっと舌打ちした後、渋々キットンに向き直った。
 ……トラップ、何だか態度が……変。こんなに冷たい人だった?
21トラパスクエスト続編 11:03/09/25 01:09 ID:aZoFL9Uk
「では、改めてお聞きしますが、年はいくつですか?」
「17だよ。もうすぐ18になるな」
「ほうほう。えーお住まいは?」
「ドーマっつう街……おい、そういやここはどこなんだよ。俺の部屋じゃねえな」
「あのですね、目を覚ます前……何をしてらしたか、覚えてますか?」
「…………」
 この質問に、トラップはちょっと顔をしかめた。
 しばらく頭を押さえてたけど、やがてボソッとつぶやいた。
「覚えてねえ……」
「そうですか。ま、あなた一週間以上も寝てたんですからね。頭の怪我は怖いですから、もうしばらく大人しく寝ていた方がいいですよ」
「…………」
 トラップは、何だか不審そうな目でわたし達を見回した後、もう一度ベッドに横になった。
 背中を向けて、振り返ろうともしない。
 トラップ……本当に、本当に忘れちゃったの? みんなのこと……
「隣の部屋に、行きましょうか」
 キットンに促されて、わたし達は部屋を移動した。
22トラパスクエスト続編 12:03/09/25 01:10 ID:aZoFL9Uk
「キットン、どういうこと!? トラップはどうなっちゃったの!」
 隣の部屋に戻るなり、わたしはキットンを締め上げていた。
 だってだって!! とても冷静でなんかいられない。
 あんなのトラップじゃない。絶対変……一体どうしたの!?
「ぐ、ぐるじい……ばすてる、は、はなして……」
「パステル、落ち着いて」
 後ろから響くクレイの優しい声。その声に、やっと我に返る。
 そうだよね……辛いのは、わたしだけじゃないよね……落ち着かなくちゃ。
「ごほん。えーっとですね、多分、記憶が混乱してるのではないかと」
 キットンの言葉に、皆が耳を傾ける。
 記憶が混乱……やっぱり、頭を打ったから?
「私の推測なんですけどね……トラップがああなったのは、まあ言いにくいんですが、パステルが原因ではないかと」
「わ、わたし!?」
 え、いやそうだよね。わたしがあんな罠にひっかかったせいだもん。確かにわたしのせいだよね……
 ううっ、落ち込むなあ。
 ずーん、と落ち込んでしまったわたしに、キットンが慌てて手を振っていった。
「いや、勘違いしないでください。わたしはですね、別に頭を打った原因について言ってるわけじゃないんです。
 あのですね、あまり一つのことについて考えすぎると、強い衝撃を受けたとき、その部分が焼ききれたようにすぽんと脳から消える……トラップに起きているのは、おそらくこんな状態じゃないかと思うんですよね」
「え?」
 どういうこと?
 わたし達が顔にクエスチョンマークを浮かべると、キットンはぼさぼさ頭をかきむしりながら、
「つまりですねえ……あの罠にひっかかった瞬間、トラップの頭には、多分パステルのことしかなかったんじゃないですかね? 助け出すときだって苦労したじゃないですか」
「え?」
 助け出すとき? そういえば、わたしの前にトラップが先に外に出されてたけど。
23トラパスクエスト続編 13:03/09/25 01:13 ID:aZoFL9Uk
 わたしが振り向くと、クレイがうんうんと頷きながら、
「そう。気絶してたパステルは知らないだろうけど……トラップの奴、完全にパステルの下敷きになってたんだ。だからパステルは怪我一つしなかった。それでね、あいつの腕は、パステルの身体をしっかり抱きしめていて、引き離すのに苦労したんだ。
 頭から血を流してて、どう考えてもあいつの方が重傷だったのに」
 ……トラップ。そんなに……ごめん。本当に……ごめんね……
 そんなわたしの様子に全く構わず、キットンの話は続く。
「だからですね、トラップは頭を打つ直前、パステルのことしか頭になかった。そして衝撃を受けた瞬間、パステルのことが脳からふっきれた。とまあ、そんなところじゃないか、と思うんですが」
「いや、しかしキットン。それなら、あいつはどうしておまえ達のことまで?」
「記憶の整合ですよ」
 ……整合??
 段々複雑になっていく話に、わたしはパニックになりそうになったんだけど。
 うーっ、ちゃんと聞かなくちゃ!! トラップがああなったのは、わたしのせいなんだから。
「つまりですねえ、仮にトラップの頭からパステルのことだけが消えたとしますよね。だけど、これまでの記憶からパステル『だけ』を完全に消してしまうと、色々と不都合なこと、理屈に合わないことが起きるんじゃないかと思うんです。
 例えば、パステルと出会わなかったのにルーミィとだけ出会うということは、ありえなかったわけですからね」
 うん、それはそうだよ。わたしがルーミィと知り合って、その後トラップ達と知り合ったんだから。
「だから、寝ている一週間の間、多分トラップの脳はフル回転してたんじゃないですかね。おかしなところ、都合の悪い記憶はどんどん消して、結果として幼馴染のクレイ以外のことは忘れてしまい、彼の中では冒険者になったという事実すら消えてしまった。
 とまあ、こんなところではないかと」
「いや、待て。それはおかしい」
 キットンの言葉を、クレイが遮る。
「あいつが『トラップ』と呼ばれていたのはずっと昔からだ。物心つく前から。むしろ『ステア・ブーツ』の名前で呼ばれたことの方が、ずっと少なかったはずなんだ。それなのに、あいつは『トラップ』という愛称を忘れている。これっておかしくないか?」
24トラパスクエスト続編 14:03/09/25 01:15 ID:aZoFL9Uk
「ぐふふふふ。そこが多分、この話の中心じゃないか、と思うんですよ」
 何がおかしいのか、キットンは笑いながら言った。
「思うにですねえ……記憶を組み替えることによって、トラップ……いや、ステアと呼ぶべきなんでしょうか? 彼は、人格にすら影響が出たのではないかと思うんです。私の個人的な考えですが、パステルと出会って、トラップは随分性格が変わったと思うんですけどねえ」
 え? ……そうなの?
 初めて出会ったときから、トラップはトラップだったと思うけど。
 でも、首をかしげているのはわたしだけで、他のみんなは「確かに」とか頷いていた。小さいときから知ってるクレイなんか、「全くだ」なんて感慨深そうにつぶやいてるもんね。
 ううっ、気づいてないのわたしだけなの?
「だから、パステルのことを忘れて記憶を作り変えることによって、彼の性格は『もしパステルと出会わなかったときのトラップ』になってしまったのではないかと。
 皮肉屋で、疑い深くて、滅多なことでは他人に感謝もしないし謝りもしない。自分の欲望に忠実で、仲良くなるまでは決して気を許さない、そんなトラップにね。
 まあ、今は怪我のショックで混乱しているのもあって、余計にとげとげしいんでしょうけど」
 き、キットン……そこまで言わなくても……
「だから、今のトラップは姿形こそトラップかもしれませんが、中身はまったくの……いえ、半分ほど別人になったと思った方がいいのではないかと。ですから、彼の頭の中では、『自分はトラップではない』という思いがどこかに残ってるんですよ。
 その結果、新しい人格に名づけられたのが『ステア・ブーツ』。決して呼ばれることのなかった本名ではないか、と思うんですが。いかがでしょう」
 いかがでしょう、って言われてもねえ……
 キットンの言葉を聞いて、みんなシーンと静まりかえってしまった。
 だってだって……それって、すごく大事じゃない?
 性格が変わるくらい記憶が組み替えられたなんて……そんなの、本当に治るの?
25トラパスクエスト続編 15:03/09/25 01:16 ID:aZoFL9Uk
「で、キットン……あいつは、治るのか?」
「うーん、そうですねえ」
 クレイの言葉に、キットンはしばらく考えこんでいたけど、
「ありがちなパターンとしては、もう一度同じ状況下に置くというのはどうでしょう」
「だ、駄目駄目駄目! 絶対駄目っ!!」
 もー何考えてるのよ!! そんなことして、今度こそ本当にトラップが死んじゃったらどうするつもりよ!!
 わたしの言葉に、キットンは「ま、そうでしょうねえ」なんてげらげら笑ってたけど、みんなににらまれてぴたっと黙った。
 笑ってる場合じゃないんだからね、もう!!
「えーと、ですね。とりあえず、色々調べてみたいと思います。トラップの怪我もまだ治らないですし、もうしばらくはここに滞在したほうがいいかと」
「そうだな。こんな状態でシルバーリーブに連れ帰っても、あいつが混乱するだけだろうし」
 キットンの言葉に、クレイもうんうんと頷く。
 そうして、わたし達はまだしばらくこの村に滞在を続けることになったんだけど……
「ああ、パステル」
「え、何?」
「トラップの世話は、あなたにまかせます。トラップの記憶喪失の原因があなたなら、取り戻すきっかけもきっとパステル、あなただと思いますので」
「そうだな。パステル、ああなったトラップの世話は大変かもしれないけど……頼むよ」
 キットンとクレイの言葉に、わたしは大きく頷いた。
 うん、まかせて! 絶対トラップを元に戻してみせるんだから!!
26トラパスクエスト続編 16:03/09/25 01:16 ID:aZoFL9Uk
 とは言ってみたもののねえ……実際以上に、トラップ……ううん、ややこしいからステアって言うね。ステアの世話は大変だった。
 大体、普段は人一倍うるさいあの人がだよ? 一日中ベッドの中でぼーっとしているのが、そもそも普通じゃないし。
 ステアにしてみれば、今まで自分はドーマの家で盗賊の技術を学んでいる最中だった、ってことになってるらしいのよね。
 それが、実は自分はもうとっくに冒険者になっていて、名前はトラップで、そしてわたし達とパーティーを組んでいたんだ、と言われても。何が何だか、理解が追いついてないみたい。
 彼にしてみれば、見知らぬ女(わたしのことね)が、かいがいしく自分の世話を焼いてるんだもん。そりゃあ、不気味に思うよねえ……
 わたしは暇さえあれば、「トラップ」の話をしようとしてみたんだけど。ほら、よくあるじゃない。記憶を取り戻すきっかけ……っていうのかな? そういうのになってくれないかな、と。
 ところが、話しかけようとすると、ステアは「うっせえ」の一言で布団をかぶって背中を向けてしまう。
 うーっ、もう、どうすればいいのよう。
 わたしはしばらく途方にくれてたんだけど、キットンに相談したところ、「余計に混乱させるだけなので、『トラップ』の話はしない方がいいと思います」と言われてしまった。
 ふむ、言われてみれば、そうかも。第一、「記憶の整合」とやらも完全ではないらしく(当たり前だよね。事実じゃないんだから)、ステアとしての記憶すらも少し曖昧なところがあるみたいだし。
 よし、こうなったら、とにかく早く怪我を治してもらおう。シルバーリーブに戻れば、もしかしたら記憶が戻るかもしれないし。
 それに……いくら人格が変わるくらい記憶が混乱してるって言っても、トラップはトラップだもん。わたしの大好きな人に、かわりはないし。冷たくされるのは、やっぱり悲しい。
 少しでも気を許してもらえるように、がんばるぞ!
 
27トラパスクエスト続編 17:03/09/25 01:18 ID:aZoFL9Uk
「おはよう、ステア! 朝ごはん、持って来たよ」
 トラップ……ステアが目を覚ましてから一週間。
 怪我は大分よくなったみたいだけど、相変わらず彼は部屋でベッドに入ったっきりだった。
 うーっ、普段のトラップだったら、「大人しくしてろ」って言っても無理やり外出するような人なのに……人格が変わると行動パターンまで変わるものなのかな?
 この一週間、わたしは同じ部屋で寝泊りしながら(ちなみに、わたしは床で毛布にくるまってるんだけどね)彼の世話を続けていた。
 ステアも、最初に比べれば、パーティーの皆に悪意がなく、純粋に心配してくれてるってことがわかったのか、ちょっとは気を許してくれてるみたいなんだけど。
 やっぱり、どこかよそよそしい感じがする……完全に気を許してもらえることは、ないのかなあ。
「……ああ。今日の飯、何?」
「えっとね、卵サンドイッチとスープ」
 ステアの食事は、わたしが全部作ってるんだ。宿に頼めば朝食を出してもらえるけど、実はその……お金がそろそろ厳しくって。
 今のところ、わたしがステアの世話にかかりっきりでキットンが彼の記憶を戻すために部屋にこもって調べ物、バイトに出ているのがクレイとノルだけなので、収入と宿代その他の出資を合わせたら、ちょっと赤字なんだよねえ……
 そんなわけで、節約できるところは節約することにしたんだ。
 最初、わたしの手作りって聞いて、ステアはすごく嫌そうな顔したんだけど。
 一口食べたら、「うまい……あんた、料理うまいな」って感心してくれたんだ。それ以来、少しずつわたしとしゃべってくれるようになった。
 ……食べ物に弱いところとか、元のトラップと同じかも。やっぱり同一人物なんだよねえ。
「はいっ、たくさん食べてね。あ、何か食べたいものがあったら言ってね。昼食に持ってきてあげるから。寒くない? 大丈夫だったら、空気を入れ替えたいからちょっと窓を開けさせてね」
 わたしがしゃべりながら部屋を片付けたり窓を開けたりしてる間、ステアは黙って朝食を食べてたんだけど。
 いつもなら、わたしが気がついたときにはもう食べ終わってて、彼はベッドに横になっていることがほとんどなのに、今朝は何だかいつもと違った。
28トラパスクエスト続編 18:03/09/25 01:18 ID:aZoFL9Uk
「……ごちそうさま」
「え?」
 ご、ごちそうさま!?
 トラップにしろステアにしろ、今まで一度も聞いたことのない言葉を聞かされて、わたしは思わず振り返ってしまった。
「……んだよ。そんなに驚くこたねえだろう」
「だ、だって……」
「……悪かったと思ってんだよ、あんた……パステルには」
「え?」
 あれ、ステア、もしかして……初めて、わたしの名前を呼んでくれたかも?
「俺が目え覚めたとき……心配してくれたあんたをつきとばして、悪かったと思ってんだよ。ここんとこ、ずーっと俺の世話にかかりっきりだしな」
「あ、何だ。そんなこと、気にしなくてもいいのに」
 ステア……気にしてくれてたんだ?
 ふーん。ちょっと意外かも……
「あのときは目が覚めたばっかりで混乱してたんだし。あなたの世話は、わたしが好きでしてるんだから。だから全然気にすることないよ」
「…………」
 わたしが笑って言うと、ステアは、何故だか顔をそむけた。
 ……? 何か、耳が赤くなってる。どうしたんだろ?
「……あのさ、ちょっと聞いていいか?」
「え? 何?」
 顔をそむけたまま、ステアはぼそっとつぶやいた。
「こうなっちまう前の俺……『トラップ』は……」
「うん?」
 あれ、ステアの方から「トラップ」の名前を出すなんて珍しいなあ……どうしたんだろ?
「……やっぱいいや。昼飯、できれば肉が食いてえ」
 何を聞かれるか、とちょっとドキドキしてたんだけど。
 結局、ステアはそれ以上何も言わず、またベッドに横になってしまった。
 ……何を言いかけただろう? 気になるけど、無理に聞いても、教えてくれないだろうなあ。
 ま、いいや。そのうちわかるでしょう。
 わたしは朝食のお皿を洗うべく、台所へと下りていった。
29トラパスクエスト続編 19:03/09/25 01:19 ID:aZoFL9Uk
 わたし達が待ち望んでいた情報が出たのは、それからさらに3日後だった。
 わたしは相変わらずステアの世話を続けてたんだけど、最近のステアは、わたしとのおしゃべりにも付き合ってくれるようになったし。
 パーティーのみんなのことも、名前で呼んでくれるようになったし。大分気を許してくれたかな? とちょっと安心していたときだった。怪我も順調に治ってるしね。
 その日の夜、キットンが「ちょっと部屋に来てください」って言うので、ステアに断って隣の部屋に行ってみたところ。
「ああ、パステル、喜んでください。トラップの記憶を取り戻すてがかりになりそうなものが、見つかりました」
「ええっ!?」
 ほ、本当に!? よかったあ……このままだったらどうしようかと思ってたんだよね。
「ねえねえ、何なの!?」
「はい。私が調べてみたところですね、この村の裏にある山……そこの奥深くに、『ワスレナグサ』という花が自生している場所があるらしいんですよ」
 ワスレナグサ??
 そんな花があるんだ。
「ワスレナグサはですね、満月の夜にある条件がそろったときにだけ花を咲かせるという特殊な花なんですが、花が開いた直後、その花びらの中には、蜜がたまっていると言います。
 この蜜には、忘れていたことを思い出させる効能がある、という話です」
「じゃあ、その蜜をトラップに飲ませれば……」
「はい。おそらく、『トラップ』としての記憶が戻るのではないかと」
 トラップが、戻ってくる……
 わたしは、ほっとして膝から崩れ落ちてしまった。
 だってだって、すっごく不安だったんだもん! このままトラップが戻ってこなかったらどうしよう、わたしのせいでどうしようって。
「満月……って、明日の夜じゃないか!? じゃあ、すぐにその花を持ってくれば……」
 ほっとしたのはわたしだけじゃないみたいで、今すぐにでも出かけたそうなクレイが続けた。
 そうだよねえ……クレイも、わたしに負けず劣らず心配してたもんね。わたしなんかより、ずっと長い付き合いなんだもん。
 ところが。わたし達の喜びに水を差すように、キットンは続けた。
「ところがですねえ……話は、そう簡単でもないんですよね」
「え?」
 な、何? 何か問題でもあるの?
30トラパスクエスト続編 20:03/09/25 01:20 ID:aZoFL9Uk
「ワスレナグサはですね、満月の夜にしか咲かないんですが。他にも条件があるんですよ。ワスレナグサには妖精が宿っていて、花を咲かせるのは妖精の役目なのです。ところが、この妖精がとても恥ずかしがりやで、大勢の人がいると姿を現しません」
「えーと?」
「つまり、大人数で行っても、花は開かないということです」
 な、何ですって!? それって、つまりみんなで取りにいっちゃいけない……ってことだよね?
「では何人ならいいのか、ということなのですが……この妖精は、恥ずかしがりやなのに好奇心が強いという変わった性質を持っていましてね。強い絆で結ばれた二人が現れた場合、その絆を見ようとして姿を現すと言われています」
 絆を見る? どういうことだろ?
 そう思ったのはわたしだけではないらしく、クレイが話しに割り込んだ。
「絆を見るってどういうことだ?」
「はい。妖精には、我々には見えない色々なものを見ることができるらしいのですが、ワスレナグサに宿る妖精の場合、それが、まあいわゆる『運命の赤い糸』とかいう奴らしいですね。つまり、運命の人とは小指が赤い糸でつながっているというあれですよ。
 しかし、そう都合よく運命の相手が見つかるなら誰も苦労はしないわけで、妖精にとってもそれを見るチャンスはなかなか無いようですね。だから、絆で結ばれた二人だけで行った場合なら、妖精は姿を現してくれると思います」
 ……えーっと、それって……
「しばらく姿を隠しておいて、花が開いた後でこっそり取りにいく、というんじゃ駄目なのか?」
「いや、それがですね。この蜜は、開いた直後しかたまっていないそうなんです。少しでも時間が経つと、あっという間に蒸発してしまうとか。ここはやはり、絆で結ばれた二人、が花を取りにいくのが1番ではないかと」
 みんなの視線が集中するのを感じた。
 ……強い絆で結ばれた二人……運命の赤い糸って……
「すぐ蒸発してしまうということは、花をつんだらすぐ飲まないと効果が無いってことだよな。ってことは、取りにいく一人はどうしてもトラップ本人になるわけだ」
「はい。そしてですねえ……我々の中で、トラップと強い絆で結ばれている、となると……」
「わ、わたし!?」
 思わず自分を指差すと、みんながいっせいに頷いた。
31トラパスクエスト続編 21:03/09/25 01:21 ID:aZoFL9Uk
 わ、わたしがトラップ……ステアと二人で?
 ううっ、大丈夫なのかなあ……
 それに、みんな大事なこと忘れてるよ。もし、わたしの運命の人が……トラップじゃなかったら? トラップの運命の人がわたしじゃなかったら?
「いやあ、大丈夫でしょう」
 キットンが、例によってぐふぐふ笑いながら言った。
「何しろ、パステルのことだけを考えて人格すら作り変えた人ですよ? 絶対パステルに決まってますって」
 そ、そりゃわたしもそうだったら嬉しいけど。不安だなあ……
「パステル……今は、これしか方法が見つからないんだから」
 わたしが迷っていると、クレイが優しく言った。
「別に、今回は失敗したところで今より状況が悪くなることはないんだし。トラップの怪我だって随分よくなってるから、歩いても問題ないだろうし。気楽に行ってみればいいんだよ」
「そ、そうだよね」
 うん、よく考えたらそうだよね。万が一ワスレナグサが咲いてなかったとしても、それでさらに記憶の混乱が進むわけでもないし。
「ああ、ただですねえ」
 そこに、追い討ちをかけるようにキットンが言った。
「その山、モンスターはいないみたいですが、獣の類はいるみたいですからね。。トラップは本調子じゃないでしょうし、十分気をつけてくださいね」
 ……だ、大丈夫かなあ……
32トラパスクエスト続編 22:03/09/25 01:21 ID:aZoFL9Uk
 危険な獣がいるかも、という話に、やっぱりみんなもついていこうか? って言ってくれたんだけど。
 どのへんまでならついてきても大丈夫か、がよくわからないし、そもそもワスレナグサが咲いている場所も正確にわからないし、で、結局わたしとステアの二人で行くことになった。
 ううっ、不安……記憶は混乱してても、身についた技術にかわりはないはずだから、ステアの盗賊としての実力は心配することはない、っていうのがキットンの意見だけど。
 でも、ステアはしばらくずっと寝てたんだし。やっぱりいざとなったらわたしが守らないとね。
 緊張するなあ……
 キットンの話が終わった後、わたしはステアの部屋に戻った。
 何しろ、満月の夜って明日の夜だもんね。これを逃すと、またしばらく待たなくちゃいけないし。
 だから、明日の昼には早速出発。ステアにそのこと伝えないと。
「ごめん、遅くなって。ステア、聞いて聞いて!」
 ドアを開けながらわたしが言うと、ステアはベッドに身を起こして盗賊七つ道具を手入れしているところだった。
 やっぱり、手つきは慣れてるなあ……記憶は混乱しても技術は失われないって、本当なんだ。
「あのね、聞いて、ステア! 記憶を取り戻す手がかりが見つかったの!!」
 わたしがベッドに歩み寄りながら言うと、ステアの手がぴたりと止まった。
 だけど、ちらっとわたしの方を見ただけで、また手元に視線を落とす。
 もーっ! 自分のことなのに、もうちょっと喜んでよ。
「あのね、キットンが見つけてくれたんだけど……」
 わたしは夢中でキットンの話を繰り返した。ちなみに、例の「絆で結ばれた二人が〜」のあたりはまだ秘密。それを話すと、どうしても「トラップ」の話をすることになるしね。
 だけど、全部話し終わっても、やっぱりステアは無言。
 ううっ、何か変だなあ。もしかして、気分でも悪いのかな?
33トラパスクエスト続編 23:03/09/25 01:22 ID:aZoFL9Uk
「ねえ、ステア。大丈夫?」
「……何がだよ」
「何も言ってくれないから……あのね、さっきも言ったけど、そのワスレナグサは満月の夜にしか咲かないから、明日わたしと二人で取りに行くことになるんだ。怪我、大丈夫? 気分が悪いとかない?」
「別に、何ともねえよ」
「よかった! 明日を逃すと、また次の満月まで待たなくちゃいけないもんね。あのね、キットンが大体の場所教えてくれたんだけど、そんなに山奥ってわけでもないから、昼過ぎに行けば十分だと思う。だから……」
「……嬉しそうだな、おめえ」
「え?」
 ステアの凄く冷たい声に、わたしは顔をあげた。
 嬉しそうって……そりゃ、嬉しいわよ。やっとトラップが帰ってくるんだもん。
 ステアだって、今の中途半端な記憶が辛そうだったじゃない……嬉しくないの?
「そりゃ……嬉しいよ。だって、やっと」
「前から聞きたかったんだけどよ」
 わたしの言葉を遮るようにして、ステアは言った。
「ずっと思ってたんだ。何で、俺の世話してるのはおめえなんだ?」
「え?」
 それは……トラップがこうなったのは、わたしのせいだから。
 何より、心配だったから……
「もしかしてさ、『トラップ』とおめえって、恋人同士なわけ?」
「えっ……」
 うっ、改めて言われると、照れるなあ……
 そうなんだよね。ステアが聞こうとしなかったことと、キットンに止められたこともあって、わたしとトラップの関係とか、彼には何にも言ってないんだよね。
 でも、今更否定してもしょうがないか。
34トラパスクエスト続編 24:03/09/25 01:23 ID:aZoFL9Uk
「う、うん……実は……」
「へえ……『トラップ』は、おめえのどこがよかったんだろうな。美人ってわけでもねえし色気もねえし、ドジだし」
 な、何よー! そ、そんな言い方ないでしょ!?
「わ、悪かったわねっ。わたしだってわからないわよ。でも、トラップはそんなわたしを好きだって言ってくれたんだから」
「へえ。で、おめえも『トラップ』が好きだった、ってわけか」
 そ、その通りだけど。
 お願いだから、改めて言わないでよ。それも、トラップの外見で……
「……そりゃ、嬉しいよな」
「え?」
「何でもねえよっ」
 そう言うと、ステアは布団の中にもぐってしまった。
 ……ステア、やっぱり変。何か言いたいことでもあるのかな?
「ねえ、やっぱり変だよ? どうしたの?」
「っせえな……何でもねえって」
 わたしはベッドの傍まで寄ってみたけど、ステアはわたしから顔をそむけたまま。
 うーん……気になる。
 明日には、二人で出かけなくちゃいけないんだもん。なるべく、わだかまりとかは残さない方がいいよね。
「ねえ、言いたいことがあるならはっきり言って」
「…………」
「ねえってば」
 がばっと布団をめくって、ステアの顔を覗き込む、その瞬間。
 ぐいっ
「……え?」
 ステアの手が、わたしの頭を抱えた。そのまま、わたしは寝転がったステアの胸の上に倒れこむ。
 ……え? え? 何、この状況。
「す、ステア?」
「……『トラップ』とおめえが恋人同士だったんなら」
「え?」
「当然、やってたわけ? こーいうこと」
 そう言うと、ステアはわたしを抱えたまま身を起こし……
 そのまま、わたしは唇を塞がれていた。
35トラパスクエスト続編 25:03/09/25 01:24 ID:aZoFL9Uk
「――ん――!?」
 な、なななななな何なの一体――!?
 わ、わたし、き、き、キス……されて……?
「なっ、何するのよっ」
 思わずどん、とステアの胸をつきとばす。
 だけど、つきとばしたその腕が、そのままステアにつかまれて。
 ぐいっとひぱられたと思うと、そのときには、わたしはもう、ステアに抱きしめられていた。
 見た目以上にたくましい身体に、思わず赤面してしまう。
 そ、そりゃ、わたしとトラップは恋人同士で……
 そ、その、前のクエストのとき、いわゆる「最後まで」経験しちゃったけど……
 目の前にいるのは確かにトラップだけど。でも、中身はステアで……
 ええと、えーっと……
「おめえ、まさか初めて?」
「なっ――そ、それはっ……」
「まさか、違うよなあ。恋人同士なんだろ? 俺とおめえは」
 ……えっ?
 「俺」とおめえ……?
 ステアは、今までずっと、自分は「トラップ」じゃないって言ってた。わたし達が「トラップ」って呼びかけても、絶対返事をしなかったくらい。
 何で、急に……
「す、ステア? どうしたの、急に……」
「…………」
 ステアは答えない。ただ、わたしを抱きしめて、しばらく背中をなでていたんだけど……
36トラパスクエスト続編 26:03/09/25 01:26 ID:aZoFL9Uk
 どんっ
「きゃあっ!!」
 そのまま、わたしはベッドに押し倒された。見上げると、目の前にすっごく真剣な顔をしたステアの顔。
 中身はステアだけど、外見は全く同じ……わたしの好きな、トラップのまま。
 ど、どうしよう……どきどきしてきちゃった。こ、この体勢って……
 ステアは、しばらくじっとわたしを見つめていたけど。やがて……その唇が、わたしの唇を塞いだ。
 舌先で強引に唇をこじあけられる。そのままからみつくように、吸い上げるような、深いくちづけ。
「んっ……」
「…………」
 キスは長かった。そのまま、ステアの唇は、ゆっくりとわたしの首筋をたどって行って……
 手が、ブラウスのボタンにかかった。
「やっ……」
「……やっぱ、初めてじゃ、ねえみてえだな……」
 囁かれるステアのつぶやき。
 なっ、何で、わかるの……?
 ブラウスのボタンが、一つ、また一つと外される。
 月光がさしこんで明るい部屋の中、ステアは、じっとわたしを見下ろしていて……
 だっ、駄目……駄目、止めないと。だって、今のトラップは、ステアなんだから。
 わたしが好きだったトラップじゃない、別人……なんだから。
 わたしの理性はそう告げていたんだけど。
 だけど、現実に、目の前でわたしの服を脱がせているのは、やっぱりトラップにしか見えなくて。
 彼の手がわたしの身体を撫でるたび、段々身体が熱くなっていって……
「やっ……あんっ……」
「感じやすいみてえだな、おめえ……」
 言いながら、ステアは、ぐいっと下着と素肌の間に手をこじいれた。
 胸を直に触られて、思わずびくっとのけぞってしまう。
 彼の手に、ゆっくりと力がこもって……
「ああっ……あ、やあんっ……」
「…………」
 ステアは無言だった。手の動きは、段々激しくなっていく。
 ううっ……やだっ……や、やめて……
 違うっ、こんなの違う……わたし、わたしが好きなのは……
37トラパスクエスト続編 27:03/09/25 01:26 ID:aZoFL9Uk
 びくりっ!!
 太ももに湿った感触を感じて、わたしは思わず脚を閉じようとした。
 だけど、その瞬間、力強い手が、強引にわたしの脚を押し開く。
 ゆっ、指っ。ステアの指が、わたしの太ももを伝い上っていって……
 ズプリ
「――――っ!!」
 そのまま、彼の指が下着を押しのけるようにしてわたしの中にもぐりこむ。強く、かきまわすようにして踊る指先。
 ぐじゅっ、という音が響いて、何かが太ももを伝い落ちていった。
「すげえ……濡れてんな……」
「やだっ……やめて……」
「…………」
 ステアの手が、私の下着を無理やりはぎとった。
 っ――駄目っ……
「やめて――トラップ!!」
「っ――……!!」
 わたしが、そう叫んだ瞬間。
 ステアの手が、ぴたりと止まった。
 ……え?
 いつのまにかぎゅっと閉じていた目を、おそるおそる開いてみる。
 思ったよりすぐ近くに、ステアの顔。
 その顔は……何だか、すごく悲しそうで……
「……そんなに、トラップがいいのかよ」
「え……?」
「俺じゃ……俺じゃ、駄目なのか!?」
「え、何言って……」
 わたしの問いに、ステアは答えなかった。
 そのまま、乱れた服を直すと、部屋を出て行ってしまう。
 乱暴に閉められるドア。部屋には、わたし一人が残されて……
 ステア……今の、言葉……どういう意味……?
38トラパスクエスト続編 28:03/09/25 01:27 ID:aZoFL9Uk
 翌朝。
 わたしはベッドでステアが帰ってくるのをずっと待ってたんだけど、彼は帰ってこなかった。
 うーっ、どこに行ったんだろう?
 隣の部屋を覗いてみたけど、クレイ達も見てないらしい。
 ……外に出ちゃったのかな? 戻ってくるかな……
 ステアがいなくなった、と聞いて、みんなでしばらくどこに行ったか考えてたんだけど。
 よく考えたら、この村に来てから彼はほとんど外出してないんだよね。
 行くところなんかないはずなのに……
 と、そこでキットンが顔をあげた。
「パステル、あなた、今日出発することちゃんと伝えたんですか?」
「え、うん。ちゃんと言ったよ」
「ちなみに、何て説明したんですか?」
「え、だから、キットンに言われたとおりに……」
 わたしがステアにした説明を繰り返すと、キットンはうーんと考え込んだ。
「それは、ちょっとまずかったかもしれませんね、パステル」
「えーっ、何で? だって、わたしは言われたとおりに……」
「いえ、だからですね」
 キットンは、ぼさぼさ頭をかきむしりながら言った。
「我々はですねえ、ワスレナグサの蜜を飲めば、トラップの記憶が戻る、と単純に喜んでましたけど。彼の立場から考えてみてくださいよ。トラップじゃないですよ? トラップの身体に今宿っている、ステアの立場から。
 彼の立場からしてみれば、蜜を飲んでトラップが戻ってくるということは、同時に自分が消える、ということになると思いませんか?」
 ――あ!?
 そ、それは……そう、だよね。
 わ、わたし、そんなこと、ちっとも考えなかった……
39トラパスクエスト続編 29:03/09/25 01:28 ID:aZoFL9Uk
「……俺達、ちょっと軽率だったかもしれないな」
 クレイが、心なしか青ざめて言った。
「俺達は、もっと『ステア』のことを思いやるべきだったかもしれない……あいつがなかなか心を許そうとしなかったのも当たり前だ。俺達が見ていたのは『トラップ』で、『ステア』じゃなかったんだから」
 ステア……
「探しに行こう!」
 真っ先に立ち上がったのはクレイだった。もちろん、誰も反対はしない。
「ちゃんと、彼に謝るんだ。ただ……」
「わかってますよ、クレイ」
 クレイが言いにくそうに口をつぐんだのを、キットンがひきついだ。
「もともと、『ステア』の人格はつぎはぎだらけの不完全なものでした。このままにしておいても、恐らく遠からずどこかで破綻します。『トラップ』の記憶を取り戻すことは、彼のためでもあるんです。そこらへんを……」
「……わかってるぜ、んなこと」
 え??
 突然入り口から響いた声に、わたし達はいっせいに振り返った。
 ドアにもたれかかるようにして立っていたのは……
「とらっ……ステア?」
 わたしが聞き返すと、ステアは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 今までの彼は、ほとんどベッドから出なかったから、いつもだぶっとしたパジャマかわりのシャツとズボンだったんだけど。
 今の彼は、クエストのとき、いつもトラップが着ていた服を着ていて……
 そんな格好をしていると、やっぱり、彼はトラップにしか見えなかった。
40トラパスクエスト続編 30:03/09/25 01:28 ID:aZoFL9Uk
 ステアは、ひょいっとドアから身を離して、
「おめえら……本っ当におひとよしだな。どうせ俺は頭打った拍子に作られた偽りの人格なんだぜ? んな奴に同情してどうすんだよ」
「ステア……」
 彼の口調は、トラップそのまま。いつもの、軽い、人をちょっとバカにしたみたいな口調。
 その中には、自分が消える辛さとかは、全然含まれてなかったんだけど……
「おめえらにとって、必要なのは、ほんの半月かそこら一緒にいただけの、いつ消えるかもわかんねえ『ステア』じゃなくてずっと旅してた『トラップ』なんだろ? だったら、何も遠慮することはねえよ」
「ステア。だけど……」
「……行くぜ、パステル」
 何か言いかけたクレイを遮るようにして、ステアは言った。
「えっ……」
「行くぜ。『ワスレナグサ』取りに。おめえの大切な『トラップ』を取り戻しに」
「ステアっ……」
 言いながら、ステアはわたしの腕をつかむと、強引にひきずっていった。
 ま、待って待って待って! まだ、準備が……
 ひきずられながらわたしが必死に言うと、ステアは「ちっ、さっさとしろよな」と言いながら先に玄関に向かった。
 ステア……いいの? それで……本当に。
 それしか方法が無いのはわかるんだけど。でも……
 わたしが荷物を取りに部屋に戻ると、クレイを始めとして皆は神妙な顔で黙り込んでいた。
 ……みんな、納得できないんだろうな。
 わたし達、言ってみれば「ステア」を犠牲にして「トラップ」を取り戻そうとしてるようなものだもんね。
「……もしあいつだったら」
「え?」
 そのとき、ぼそっとクレイがつぶやいた。
「もし、トラップだったら、きっとステアと同じことを言うだろうな。『それしか方法がねえんだからしょうがねえだろ』って」
「クレイ……」
「……彼をよろしく頼むよ、パステル……最後まで、一緒にいてやってくれ」
「……うん」
 そうだよね。それが、わたしにできるせいいっぱいのことだもん。
 ごめんね……ステア。
41トラパスクエスト続編 31:03/09/25 01:29 ID:aZoFL9Uk
 それから、わたしとステアは「ワスレナグサ」が生えていると言われる山に入っていった。
 幸いなことに、山道は一本道だったからね。迷うことだけはなさそうだったんだけど。
 ステアは、ここ二週間ほどずっとベッドで寝てたというのに、その軽い足取りは全然前と変わっていない。むしろ、わたしの方がひいひい言ってたくらいだもん。
 ううっ、情けない……
「おら、さっさと来いよ」
「ま、待って、待ってよ」
 そうなんだよねー。この山道、一本道なんだけど、ほとんど人通りがないみたいで、もう草ぼうぼうでまわりの木から伸びてきた枝とかでふさがれてたりして、すっごく歩きにくいんだ。
 うーっ、夜までにワスレナグサ見つけなくちゃいけないのに……
 ってきゃああ!? かっ、髪に枝がっ!!
 わたしがあたふたしていると、ちょっと先を行ってたステアが、舌打ちしながら戻ってきて、ナイフであっという間に枝を払ってくれた。
 ううっ、すみません……
「んっとに……おめえはどこまでもドジな奴だなっ」
「ごっ、ごめん……」
「おら」
「え?」
 ぐいっと突き出されたのは、ステアの手。
 わたしがぽかんとしていると、ステアはイライラしたようにわたしの手をつかんで、そのままずんずん歩き出した。
 ステア……
 こういう、さりげなく優しいところは……トラップと一緒なんだね……
42トラパスクエスト続編 32:03/09/25 01:30 ID:aZoFL9Uk
 ワスレナグサの自生地を見つけ出したのは、日が傾きかけた頃だった。
 夕陽に照らされるその独特の葉を見つけ出したのは、ステア。
 わたしは、恥ずかしながらステアにひきずられて、置いてかれないようにするのがせいいっぱいで……
 ううっ、何が「わたしが守ってあげなくちゃ」よ。情けないっ……
 そこに生えていたのは、確かにキットンがスケッチしてくれた葉だった。
 話しによると、花が咲くのは、月が昇って満月の光で照らされたとき。
 とすると、まだしばらく間があるよね。よーし、それまでに……
「ねえ、ステア」
「ん? あんだよ」
「あのね、まだちょっと時間があるみたいだから、ご飯食べない? お弁当作ってきたんだけど」
「ああ? 弁当?」
 もっとも、時間がなかったから、簡単なものばっかりだったんだけど。
 わたしがリュックの中からバスケットを取り出すと、ステアは呆れたみたいにため息をついた。
「おめえなあ。ピクニックに来たわけじゃねえんだぞ、俺達」
「わ、わかってるわよ。でも……」
 でも、食べさせてあげたかったんだもん。
「ステアが、わたしの作ったご飯はおいしいって言ってくれたから……」
「…………」
 夕陽に照らされて真っ赤になった顔で頭をかきながら、ステアは腰をおろした。
「そだな。別に他にやることもねえし……もらう」
「うん、どうぞ」
 中につめてきたのは、サンドイッチ。
 本当は、もっと色々作ってあげたかったんだけどねえ……ステアが姿消したりとか色々騒いでるうちに、作ってる時間がなくなっちゃったんだよね。
 でも、そんな急ごしらえのサンドイッチを、ステアはすごく美味しそうに食べてくれた。
 ……喜んでもらえたかな。わたしがあなたにしてあげられることって、これくらいしかないから。
「うめえ。おめえってさ、本当にドジで間抜けだけど、料理だけはうめえな」
 ……こういう一言二言余計な言葉が多いとことか、トラップそっくりだよね。さすが……
「そう、喜んでもらえてよかった。お茶飲む?」
「ああ、くれ」
 段々と陽が沈む。もうすぐ月が昇ってくる。
 そうしたら……ステアとはお別れなんだ。
 ……何だか寂しいな。そりゃ、トラップが戻ってくるのは嬉しいけど。でも……
43トラパスクエスト続編 33:03/09/25 01:32 ID:aZoFL9Uk
「おめえ……」
「え?」
「あに、泣いてんだ……?」
 ……え?
 言われて、頬に手をやって気づく。
 本当だ……わたし、何で……いつのまに泣いて……
「だって……寂しいもん」
「あん?」
「ステアと、もうすぐお別れしなくちゃいけないから」
「……何言ってやがる」
 ステアは、ふっと視線をそらして言った。
「俺は、頭打ったショックで適当に作り出されたもんで……第一、俺が消えたら、トラップが戻ってくるんだぞ。嬉しくねえのかよ」
「嬉しいよ。それはすごく嬉しい。わたし、やっぱりトラップのこと大好きだから」
 大好きだから。そう言ったとき、ステアがすごく悲しそうな顔になったのは、わたしの気のせいなのかな?
 でも……
「でも、それとこれとは別だよ」
「あ……?」
「トラップが戻ってくるのは嬉しいけど、でも、ステアと別れるのは、悲しいよ」
「…………」
「最初……ステア、すごく冷たかったよね、わたし達に。目が覚めたら突然知らない人に囲まれてたんだから、それが当然なんだけど。でも、段々打ち解けてくれて、少しずつ会話してくれるようになって、わたし、嬉しかったよ」
「…………」
「ステアも、わたし達にとっては、もう仲間なんだから……」
 そう言った途端。
 わたしは、ステアの胸の中にいた。
 ……え?
 乱暴に捕まれた腕が熱い。そのまま、わたしは抱きしめられていて……
「……きだ」
「え?」
「……『トラップ』がおめえに惚れた理由……今なら、よくわかるぜ」
「ステア……?」
 顔をあげると、目の前には、物凄く真剣なステアの顔。そして……わたし達は、自然に唇を重ねていた。そのとき。
 白い満月の光が、わたし達のまわりに降り注いだ。
44トラパスクエスト続編 34:03/09/25 01:33 ID:aZoFL9Uk
「あっ……」
「っ……」
 それは、月の光とは思えないくらいまぶしかった。
 あたりを真っ白に染めるくらい、強い光。
 わたし達は、しばらく茫然とその中に立ちすくんでいたんだけど。
「おい、あれ……」
「え?」
 ステアが指差した方向。
 ワスレナグサの自生地。そこから、蛍のような光が、ふわふわと舞い上がっていって……
 これが、妖精……?
 その光の一つが、わたし達の方へと寄ってきた。
(……こんばんわ)
 頭の中に響くような、不思議な声。光が震えるように動くたび、わたしの中へ、彼らの言いたいことが伝わってくる。
(ひさしぶり、こんなに強い絆を見たのは)
(ありがとう。いいものを見せてくれて)
(お礼に、ワスレナグサを咲かせてあげる)
(もっとよくみせて……)
 光が、わたしとステアの手のあたりにふわふわと飛んできた。
 強い……絆。
 やっぱり、わたしとトラップは……
「おい……絆って、何のことだ?」
 ステアの不思議そうな声。ああ、そうか。彼には、まだそのへんの事情を説明してなかったんだっけ。
 わたしが妖精の言っている「絆」の説明をすると……ステアは、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「その、絆って。もちろん、『トラップ』とパステルの、だよな」
「え……」
「そうだよな。半月くらい前にぽっと現れた俺に、絆なんかあるわけねえもんな」
「ステア……」
「よっし」
 ぽん、と膝を叩くと、ステアは無造作にワスレナグサの群れの中へと入っていった。
45トラパスクエスト続編 35:03/09/25 01:33 ID:aZoFL9Uk
 ふわふわと舞い上がる光。その中で、少しずつ開き始めるワスレナグサ。
 ステアは、それをじいっと見つめた後……ぱっとわたしの方を振り向いた。
「パステル!」
「な、何……?」
「さんきゅ。目え覚ましてから今まで、随分世話になったな。飯、すっげえうまかったぜ」
「ステア……?」
 ステア。これが……最後、なんだね?
「俺さ、おめえに今まで随分辛い思いさせたと思う。だから、これが、俺にできる、おめえに対するせいいっぱいの償いとお礼」
「ステア、あなた……」
「『トラップ』を、おめえに返してやるよ。仲良くしろよ。運命の相手なんだからさ」
「あ……」
 何か、何か言わなくちゃ。でも、何を言えばいいの?
 ステアの手が、開いたばかりのワスレナグサをつみあげる。あれを飲んでしまったら、もう……
「ステア!」
「……?」
 花を口元に運ぶ寸前。わたしは叫んでいた。
 何故、そんなことを言うつもりになったのかは、わからないけど。こう言ってあげることが、1番、彼が喜んでくれる気がしたから。
「あなたはトラップじゃない。トラップのかわりなんかじゃないわ、ステア・ブーツ。二週間……楽しかった。わたし、忘れないから。あなたのこと、絶対に忘れないから!」
 わたしの言葉に、彼は……笑った。
 次の瞬間、ステア・ブーツと名乗っていた彼は、ワスレナグサの蜜を、飲み干していた。
46トラパスクエスト続編 36:03/09/25 01:35 ID:aZoFL9Uk
 飲み干した瞬間、「彼」は、頭を押さえてうずくまった。
 振り乱される赤毛。くず折れる細く引き締まった体。
 わたしは思わずかけよっていた。
「だ、大丈夫!?」
「……っ……ま、まじい……何だ、こりゃ?」
「え?」
 言いながら、彼は顔をしかめて身を起こした。
 変わっていない。鮮やかな赤毛も、細くひきしまった身体も、そして。
 茶色の瞳にいたずらっこのような輝きを浮かべているのも、何も、変わっていない。
「トラップ……トラップなのね!!」
「あん? あたりめえだろうが。他の誰に見え……ぱ、パステル!?」
 気がついたら、わたしはトラップに思いっきり抱きついていた。
 彼は戻ってきた、わたしのところに。
 わたしの大好きなトラップは。
 ステア・ブーツと名乗っていた彼は消えてしまったけれど。
 でも、わたしは覚えている。彼という存在が、二週間、確かにわたしの前にいたことを。
 降り注ぐ月光の下、わたし達は、いつまでも、抱き合っていた――


完結……です。
最長記録更新するわ、続編の割には全然前作とつながりがないわ
雰囲気も全然違うわとか、色々反省点が……
何より、前スレ使いつぶすという失態が(汗
調子に乗りすぎたと猛省中です。本当にすいませんでした。
47トラパス作者:03/09/25 01:38 ID:aZoFL9Uk
前スレで掲載された作品
及び連載中の作品は、SS保管人 様が管理されている

http://adult.csx.jp/~database/index.html

で読めます。前スレがdat落ちした際はご利用ください。
ええと、直リンクしてしまってよかったんでしょうか……?

219.30.52.89 , YahooBB219030052089.bbtec.net ?
48名無しさん@ピンキー:03/09/25 01:40 ID:wErmI1/J
ガ━━━(゚Д゚;)━━━ン!
トラパス作家さま、書き込み控えだなんてそんな!!
最近の唯一の楽しみを奪わんといてください_| ̄|○
感情的なスレすみません、あまりにショックだったもんで…
49トラパス作者:03/09/25 01:46 ID:aZoFL9Uk
あああしまった! ミス発覚!!
トラパスクエスト続編の3話と4話の間!!

 二人(と一匹)は、トラップと歩幅が違いすぎるもんね。そうやって、わたし達は細心の注意を払ってトラップの後をついていったんだけど。
 しまった、と思ったのは、トラップが赤→青→赤、と進んだとき。
 ちょうど、通路の真ん中くらいだった。それまでは、赤→青→黄色、と順番に進んでいったのよ。
 トラップは、一歩踏み出すごとに次のタイルを慎重に見極めてとんでたんだけど、わたしにはどのタイルに違いがあるのかさっぱりわからないから、色で覚えてたんだよね。
 だから、赤→青→と来たら、次は絶対黄色だ! って思いこんじゃって。
 気がついたら、わたしはトラップとは違うタイルを踏んでいた。
 ガコン
 瞬間響く、すごく不吉な音。

という風に繋がります。間の文章がすっぽぬけてた!!
失礼しました……
50名無しさん@ピンキー:03/09/25 01:52 ID:yKu8hDsu
>>7:トラパス作者 様
前スレから、ちゃんと気付いて見に来ましたー。
トラパス作者 様のSS、見れなくなるなんて
泣いてしまいます(つД`
51SS保管人:03/09/25 01:53 ID:DGXhcqLi
初っ端にいきなり横入り失礼しました。

直リンはOKですが…
↑のようにホストが晒されてしまうのでお薦めできないです(汗

みんな直ぐにここに気付いてくれるだろうから、
断筆なんて悲しいことは言わないで欲しいです。
52名無しさん@ピンキー:03/09/25 18:46 ID:x8ofGlNM
トラパス作者様最高です…
その設定・描写全てが萌えです
トラパスクエスト続編も、非常に萌えれます!
書き控えなんてせず、どんどん書いてください!!
53トラパス作者:03/09/25 20:32 ID:aZoFL9Uk
皆さん、暖かい言葉ありがとうございます。
わたし、新作をここに今まで通りアップしていってもよろしいんでしょうか?
今から書き始めるのは、前スレでリクエストのあった、わたしの一番最初の作品。
「トラップ×パステル」の続きです。
今思えば、この作品は最初の作品ということもあって、ちょっと今までの作品と勝手が違ったりして難しいのですが。
大体の大筋はできていますので、恐らく今日の深夜にはできあがると思うのですが。
アップしても大丈夫ですよね……?
54SS保管人:03/09/25 20:43 ID:ZVJoBJfd
>>53
OKに決まってるじゃないですか!

っていうか、今から書き始めて深夜には完成するんだ…
55名無しさん@ピンキー:03/09/25 20:56 ID:jHw/zifj
>>53
イイコトオモイツイタ!

トラパス作者さんには罰ゲームとして何処かのスレにSSを1本投下してもらうっていうのはどう?
それも一ヶ月以上動きがないような過疎スレにw
56名無しさん@ピンキー:03/09/25 21:19 ID:wErmI1/J
>トラパス作家さま お待ちしておりました!
良かった〜、また新作が読めるんですねv
ホントニヨカッタ 。゚・(ノД`)人(´Д`)人(Д` )・゚。
57トラパス作者:03/09/25 22:51 ID:aZoFL9Uk
>>54
ありがとうございます。
ちなみに、今までの作品ですが、1番時間がかかった作品でも大体半日というところでしょうか。
平均執筆時間は3〜5時間というところです。

>>55
ええっと(汗
もちろん、わたしが知ってる題材の作品でしたら、できる限り善処はしますけど……

>>56
待っててくださってありがとうございます。
あー、でも……

というわけで、新作書きあがりました。
1番最初の「トラップ×パステル」の続編です。
しかし……
あらかじめ言っておきます。今回の作品は重たいです。FQらしいほのぼのした雰囲気は一切無いと思います。
ただ、あの作品は他の作品と違ってちょっと異質な作品なので、続きを書こうとしたらどうしてもこうならざるをえませんでした。
この次からは、またもとのように原作の雰囲気を大事にしたほのぼのまったりな作品を書いていきたいと思いますので。
重たい作品が嫌いな方は、今回はスルーしてください。
わたしの中では「トラップ×パステル」及び今回の続編は、他の作品とは切り離して考えることにしました……
期待にそえなかった方、本当に申し訳ありません……
58前スレ1:03/09/25 23:01 ID:1WvetYmQ
どうも、初代スレをたてた者でございます。
昔からフォーチュンが大好きで、実際には見ることの出来ないエロを見てみたいと思い、
スレをたててみたのが最初です。
最初の頃はなかなか人がこなくていつ即死するかヒヤヒヤしてましたw
自分でも投下用のSSを書いていたんですが、夏にPCがウィルスによってあぼーんしてしまったのです。
そして昨日やっと復活してスレを見ました。
神がたくさん降臨されていて、感動しましたw
これからも頑張ってください。
きっとこのスレにはたくさんの人がいると思いますからw
自分も出来上がり次第投下させていただく予定です。


59トラップ×パステル続編 1:03/09/25 23:02 ID:aZoFL9Uk
「んっ……」
 唇をふさがれて、わたしは目を閉じた。
 からみあうような深いくちづけ。そのまま、彼の手はわたしの背中をなであげて――
 ――駄目っ!!
 その瞬間、わたしは思いっきり彼をつきとばしていた。
 ちょっと傷ついたように目を伏せるのは、見慣れた赤毛の盗賊。
 わたしの恋人――トラップ。
「あっ……ご、ごめん、トラップ。でもっ……」
「……いいって」
 わたしが真っ赤になってつぶやくと、トラップは、くしゃっとわたしの頭をなでた。
「元はと言えば、俺のせいなんだからよ」
 ううっ……ごめんね。本当に、ごめん……
 
 わたしとトラップが、お互いの気持ちに素直になれたのは一ヶ月前のことだった。
 その日、わたしはすごくよく晴れた日なのに、原稿があって部屋にこもってたんだよね。
 そこに、一文無しで同じく外に遊びにいけないトラップがふらりとやってきて……
 トラップは、ずっと前からわたしのことを思っててくれたんだって。
 そこに、わたしが大変に無神経な一言を発してしまって、切れてしまった彼が、その……ねえ。無理やり……
 もちろん、最初はすごく怖かったし、「どうして?」って気持ちも強かった。何より、すごく痛かった。
 だけど、わたしが全力で抵抗すれば、結果は違ったんじゃないかと思う。
 なのに、「どうしても嫌」っていう気分にはなれなくて……そのとき、わたしは気づいたんだ。
 わたしもトラップのことが好きだったんだ、って。
 実際、無理やりだったけど、終わった後トラップはすごく真剣に「好きだ」って言ってくれて。わたしは、彼のつっぱしった行為を、許すしかないかな、って思ったんだ。
 実際、わたしが言ったことは酷かったなあって、後で思ったし。
60トラップ×パステル続編 2:03/09/25 23:04 ID:aZoFL9Uk
 ただ……
 そうして、わたし達はお互いに自分の気持ちに気づいて両思いになれたんだけど、どうしても、キスから先に進めなかった。
 トラップが、それ以上のことを望んでいるのはすごくよくわかる。わたしも、トラップならいいって思ってる。
 それなのに、いざ進みそうになると、あのときの……凄く痛かった記憶、力づくでねじふせられた恐怖とかがよみがえってきて、身体が強張って拒絶してしまう。
 トラップは、それを「自分のせいだ」って言って、わたしを責めようとはしないけど。
 ううっ……わたし、どうすればいいんだろう?
 
「パステル。トラップの奴の様子、見に行ってきてくれないか?」
「あ、うん、わかった」
 そんなある日の夜遅く、クレイに言われて、わたしは立ち上がった。
 パーティーのみんなには、わたしとトラップが両思いになったことは伝えてある。「黙ってたってしょうがねえだろ。っつーかやりにくい」っていうトラップの意見でね。
 そのせいか、みんなが気を使ってくれて、結構トラップと二人きりになるチャンスは多いんだけど。上で書いたような状態になっちゃってるわたし達としては……ちょっと複雑な気分。
 もっとも、わたしはただ黙ってぎゅっと抱きしめてもらうだけで、すごく安心できるんだけどね。
 今日は、トラップは夕食の後、趣味のギャンブルのためにカジノへ。
 そんなのはいつものことだし、自分のお小遣いでやる分には文句を言うつもりはないんだけど。いつもなら寝る時間になっても帰ってこないっていうのは、ちょっと遅いかも。
 それで、心配したクレイに、迎えに行ってくれって言われたんだ。
 これも、前ならわたし一人で行って、って言われることはなかったと思うんだよね。クレイ……気を使ってくれてるんだろうなあ。
 季節は秋。夜ともなると結構寒い。わたしは上着を羽織って、外に出た。
 自慢じゃないけど、わたしはすごい方向音痴なんだよね……でも、さすがにシルバーリーブの中で迷うことは、もうほとんど無い。
 「絶対」無い、って言えないのが悲しいけどね。ううっ……
 でも、今日は幸いなことに、迷わずカジノについた。
 カジノって言ってもシルバーリーブの中だからね。そんなに大規模なところではないんだけど……
61トラップ×パステル続編 3:03/09/25 23:06 ID:aZoFL9Uk
「こんばんわ。お邪魔しまーす」
「んだとおこの小僧!! バカにすんのも大概にしやがれ!!」
 わたしがおそるおそるドアを開けた途端、ものすごい怒声が中から響いてきた。
 その声に聞き覚えは無いけど……何だか、すごく嫌な予感がする。
 慌てて中にとびこむと、わたしの予感は的中していた。
 お店の中のお客さんの視線は、真ん中のテーブルに集中していた。
 そこは、多分ポーカーのテーブルだと思うんだけど。
 そこに、スキンヘッドでノルにも負けないくらい体格のいいごつい容貌のおじさんと、その半分くらいの大きさ・細さに見える赤毛の少年が、テーブルを挟んでにらみあっていた。
 正確に言えば、にらんでいたのはおじさんで、赤毛の少年の方はものすごく人をバカにしたような笑みを浮かべてたんだけど。
 言うまでもないだろうけど……この少年がトラップ。わたしの恋人。
 あちゃあっ……遅いと思ったら、またトラブル起こしてるよこの人は……
 何しろ、トラップは決して悪い人ではない(と思う)んだけど、物凄く自分に正直で、一言も二言も余計な言葉が多く、さらに物凄く人をバカにした態度を取るから、すごいトラブルメーカーなんだよねね。
 過去、この人の言動が原因で起きた騒動がいくつあったかなあ……
 なんて遠い目をしてる場合じゃなかった!! もー、何してるのよっ。
「あの、何が起こったんですか?」
 手近なお客さんをつかまえて聞いてみると、親切に解説してくれたそのおじさんいわく。
 ポーカーのテーブルで、あのごついおじさんとトラップが勝負してたんだけど。
 珍しいと言えば珍しいことに、トラップが圧勝したんだって。それはもう、おじさんの財布が空っぽになるくらい。
 それでヤケになったおじさんが、「イカサマでもしてんじゃねえだろうな、盗賊風情のやることだ。信用なんねえ」とかいちゃもんをつけたとか。
 ここまでは、トラップが被害者だと思う。確かにおじさんの言ったことは、ただの負け惜しみだよね。
 ところが、そんなことを言われて黙っているトラップでもなく、「ああん? 自分の腕がねえのを棚にあげてイカサマだあ? 弱いのは顔と頭とギャンブルの腕だけにしとけよ」みたいなことを言った、とか
62トラップ×パステル続編 4:03/09/25 23:07 ID:aZoFL9Uk
 ううっ……トラップ、確かにおじさんのやったことは褒められたことじゃないけど……それはちょっと言いすぎだよ、やっぱり。
 わたしが頭を抱えている間にも、またトラップが何かいらないことを言ったらしく、おじさんがバンッとテーブルを叩いて、
「このくそがきがあ!! ふざけるのも大概にしやがれ!!」
 そう叫んで、トラップにつかみかかろうとしたんだけど。
 素早さでは誰にも負けないトラップのこと。黙ってされるがままになんてなるはずもなく。
 おじさんが胸倉をつかもうとした瞬間、ひょいっとその頭に手をやって、華麗な動きでおじさんを飛び越して背後に着地した。
 当然、勢いを失ったおじさんの身体は、派手な音を立ててテーブルごとひっくり返る。
 あっちゃあ……やっちゃった……
 もうおじさんの怒るまいことか。
 頭まで真っ赤になって、よく聞き取れない言葉を叫びながらトラップを追いまわし始めたんだけど、捕まえようとする寸前にひょいっと身をかわされてはそのたびに転んだりひっくり返ったりと、まるで相手になってない。
 最初はあぜんとしていた他のお客さん達も、いつのまにかくすくす笑い始めたり「いいぞー若い兄ちゃん」「おーい、でかいのは図体だけか」なんて野次までとびはじめたりして……
 って止めなきゃ止めなきゃ! いくら何でもやりすぎよ!!
「ちょっと、トラップ!!」
 わたしが呼びかけると、初めてわたしの存在に気づいたらしく、トラップがひょいっとこっちを振り向いた。
「あんだ、パステルか。こんなところでどうしたんだ?」
「あんだ、じゃないわよ。遅いから迎えに来たの!」
「へーっ、優しいじゃん」
 ば、バカっ、違うわよ。こ、これはクレイに言われて仕方なく……
 ……ま、確かに心配はしてたんだけどさ。
 トラップはまっすぐわたしの方に向かってくる。その背後で、おじさんが立ち上がって……
「あ、危ないトラップ。後ろ!」
「あん?」
 後ろからおじさんがつかみかかろうとしたけど、トラップは振り返ろうとすらしなかった。
 ただ、その長い足を、無造作に斜めに払って……
 その瞬間には、おじさんは顔面から床に転倒していた。ううっ、痛そう……
63トラップ×パステル続編 5:03/09/25 23:08 ID:aZoFL9Uk
「ちょ、ちょっとトラップ! やりすぎよ、いくら何でも!!」
「先に手え出してきたのは向こうだぜ」
 全然反省の口調の無いトラップ。そのまま、彼はわたしの肩を抱いて、
「悪いな。女房が迎えに来たから、今日はこのへんにしとくわ」
 ……な、何言ってるのよー!!
 まわりから「ひゅーっ、熱いね!」「かわいいかあちゃんじゃねえか」みたいな野次がとんでくる。
 ああっもう! わたししばらくここには顔出せないっ。
 
「もーっ、トラップったら。あれはちょっとやりすぎだよ。おじさんがかわいそう」
 帰る道すがら、わたしは言わずにはいられなかった。
 まあねえ。おじさんが全然悪くない、とは思わないけど。
 実際に圧勝してその分のお金はちゃんと払ってもらえたんだから、あそこまですることはなかったと思うんだよねえ。
「ああ? おめえちゃんと話し聞いたんか? 先に手え出したのは向こうだぜ向こう」
「それは聞いたけど……」
「負けていちゃもんつけるくれえなら、ギャンブルなんかしなきゃいいんだよ。弱え奴ほどよく吼えるってな」
 うーん。それは正論だね、確かに。
 そういえば、トラップだって今日は珍しく勝ってたけど、大体いつもは負けることの方が多いもんね。でも、それで勝った相手にいちゃもんつけたりはしてないもん。
 うん、まあ、筋はちゃんと通してる……かな?
 ああ、でもでも。
「それにしたって、人前でにょ、女房って!! わたし恥ずかしくって外を歩けないじゃない!」
「いいじゃねえか。本当のことだし」
「ほ、本当って」
「ん? 嫌?」
 嫌……じゃないけど。ああ、でも、それとこれとは話が別でっ。恥ずかしいんだってば!
 でも、わたしは抗議できなかった。気がついたら、唇を塞がれていて……
 ……はあ、やっぱりわたしじゃ、トラップにはかなわないなあ……
 力強い腕で抱きしめられながら、わたしは心の中でためいきをついた。
 
 こんなことは、いつものことだった。トラップが起こしたトラブルなんて、いちいち覚えていたらキリがないもんね。
 だから、わたしも、トラップ自身も、そのまま忘れてしまったんだけど……
 わたし達が忘れたって、相手まで忘れてくれるとは限らない。
 それを思い知らされたのは、それから一週間後のことだった……
64トラップ×パステル続編 6:03/09/25 23:08 ID:aZoFL9Uk
「えーっと、よし、買い忘れなしっ!!」
 その日、わたしは買い物に出ていた。いつもならルーミィやシロちゃんも一緒なんだけど、今日はルーミィ、風邪気味で調子が悪かったんだよね。
 だから、珍しく一人で出歩いていた。
 買い物リストをもう一度見直して、買い忘れが無いことを確認。
 さあっ、みすず旅館に戻ろう、としたときだった。
 突然、目の前に誰かが立ちふさがった。
「……え?」
 そこに立っていたのは、見上げるくらい高い身長とものすごく筋肉で膨れ上がった体の、スキンヘッドのおじさん。そして、その人よりはちょっと小柄だけど、それでもクレイくらいの体格がある金髪の軽そうなお兄さん。
「あの……何か用ですか?」
 最初、その人たちが誰かわからなくて、とりあえずわたしは聞いてみた。
 もしかしたら人違いじゃないかなー……って期待したんだけど。残念ながら、彼らの視線の先にはわたししかいない。
 えっと……?
「こいつだぜ、間違いない」
 口を開いたのは、スキンヘッドのおじさん。
 その声を聞いて、わたしはスーッと血の気が引くのを感じた。
 こっ、この声って……あのときの、あのカジノの!!
 物凄く嫌な予感がして、わたしはとっさに逃げようとしたんだけど。
 そのときには、もう金髪のお兄さんに腕をつかまれていた。
 うっ……凄い、凄い力……
「痛いっ……」
「この小娘が?」
「ああ。あの赤毛の小僧が『女房』って言ってた女だ。間違いねえ」
「けっ、まだガキじゃねえか」
 な、何、何なのこの会話……
「はっ、離してっ!! 離してくださいっ!!」
「うっせえ女だ。おい、黙らせろ」
「あいよ」
 瞬間、わたしは首筋にすごい衝撃を感じて……
 気が遠くなる寸前、誰かがわたしの身体を抱えあげるのを、感じた。
 ……トラップ……
 助け……
65トラップ×パステル続編 7:03/09/25 23:11 ID:aZoFL9Uk
 目が覚めたとき、わたしは後ろ手にしばられてさるぐつわまでかまされた状態で、どこかに転がされていた。
 起き上がろうとして、ずきん、と走った痛みに、また倒れてしまう。
 ううっ……一体、何が起きたの……?
 ううーっ、とうなりながら身もだえしていると、がちゃん、と音がして、四角い光が差し込んできた。
 ここ……どこかの部屋? あそこがドア?
「おっ、目が覚めたか」
 入ってきたのは、気絶する前に見た、あの金髪のお兄さん。
 にやにや笑いながらわたしを見下ろしている目は……何だか、とても怖い。
「んん――っ!!」
「あーはいはい。事情も知らせずこんなとこに閉じ込めて悪かったな。ま、恨むならあんたの旦那を恨みな」
 旦那……ってトラップのことだよね。
 恨めって……
「ま、よーするにさ。ありがちな話で悪いけど、あんたは人質ってわけ。まあ、ロディ怒らせたのが運の尽きだったってとこだな」
 ロディって、あのスキンヘッドのおじさんの名前かな……?
 人質って……
「大丈夫だって。あの赤毛の小僧が大人しく言われたとおりにすりゃ、あんたの命までは取らねえよ。小僧がどうなるかは……ま、ロディ次第だな」
 うっ、それって。それって。
 もしかしたら、トラップは殺されるかもしれない、ってこと……?
「んんーっ!!」
「あー大人しくしろって。縄食い込んで痛いだけだぜ? どうせ逃げられねえんだから」
 まあね、それはその通りなんだけど。実際、縄が腕に食い込んでものすごく痛かったんだけど。
 だけど、大人しくなんてできるわけないじゃない! トラップが……トラップが危ないって聞かされて!!
 うう、だけどさるぐつわのせいで、何も言えないし何もできないんだよね……こんなことなら、縄抜けの方法教えてもらえばよかった……
 せめて、と思って金髪のお兄さんをにらみつけると、金髪はおどけたように肩をすくめた。
「おお、怖。そんなに旦那が心配? それよかさあ、俺は自分の心配した方がいいと思うけどね」
 言いながら、ぺらっと胸元から取り出したのは、一枚の紙。
 何て書いてあるのかは、暗くてよく見えないけど……
66トラップ×パステル続編 8:03/09/25 23:11 ID:aZoFL9Uk
「あ、見えねえか。これ、あの小僧に送りつけた手紙の下書きな。『お前の大事な女房は預かった。女房の命が惜しければ、今夜この場所まで来い。ただし、一人でだ。余計な真似をすれば女を殺す』
 まあ典型的な脅迫状ってやつ。ひねりがなくて申し訳ない」
 今夜……一人で!?
 トラップは盗賊。すばしっこいから逃げたりかわしたりするのは得意だけど、ファイターのクレイとかと違って、戦いそのものに長けているわけじゃない。
 わたしを盾にされたら、逃げることもできないかもしれない。
 そこを、ロディみたいな大男に殴られたら……下手したら、本当に……
「んっ、ん――!!」
「あー、本当に仲のいい夫婦だな。けどな、本当に旦那より自分のこと心配しろって。何しろ俺がここに来た理由はなあ」
 言いながら、金髪はニヤニヤ笑ってわたしの元にしゃがみこんだ。。
 なっ……何、何するつもり……?
 逃げたくても逃げられない。金髪は、ゆっくりとわたしの身体を仰向けにした。
 そして……
 襟元に手をかけると、そのままわたしのシャツを引き裂いた!!
 きゃあああああああああ!!?
 悲鳴はさるぐつわの中に押し込められたけど。わたしは心の中で叫び続けていた。
 や、やだっ! む、胸が……
 シャツはあっという間にぼろぼろになって、わたしの上半身はほとんど下着だけになってしまった。
 お兄さんは全く遠慮せず、下着の間に手を差し入れてきて……
「っ……――!!」
 思いっきり胸をつかまれて、痛さのあまり涙がにじんできた。
 やだ、何……何で……こんな……
67トラップ×パステル続編 9:03/09/25 23:12 ID:aZoFL9Uk
「さらにありがちで失礼。あんたは殺さないけど、ま、無事で返す義理もないわな。自分のせいで女房が傷物にされたら、さすがにあの小僧もショックだろうってことで、ロディの命令。
 ま、犬にかまれたとでも思って我慢してくれ」
 でででできるわけないでしょ!?
 ま、まさか、縛られたのが手首だけだったのは……このための……
 じたばたもがいて何とか逃げようとしたんだけど、その瞬間、頬に冷たい感触を感じた。
 これって、まさか……
「あーご想像の通り、これナイフ。顔に傷つけられたくなかったら大人しくしたほうがいいぜ? あーもう。俺だってガキとやるのは趣味じゃねえんだよ。ロディの奴も面倒なこと言ってくれる」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、金髪の手は止まらない。
 ナイフが、下着の隙間にすべりこんだ。ぶつっ、という音がして、ブラがあっさり切れる。
 手が太ももをはいまわる感触。胸元を唇が這い回る感触。
 そのどれもが、すごく気持ち悪く……涙がぼろぼろ出てきた。
 やっぱり、違う。全然違う。
 あのときのトラップも、同じようなことをした。でも、トラップとは全然違う――
「あーもう泣くなっつの。だからガキは嫌いなんだよなあ。大人しく脚開け」
「…………」
「ちっ、まあいいや」
 わたしは何とか脚を閉じて身を丸めようとしたんだけど、金髪の力は強かった。
 強引に脚をこじ開けられて、その間に手が滑り込んでくる。
 痛みが走る。触るというよりひっかくに近い。
 痛い……やめて、やめて……
「あー、さすがに濡れねえなあ。ま、ガキだからこんなもんか。さて、と……」
 ナイフが、パンティを切り裂いた。耐え切れなくてぎゅっと目を閉じたそのとき……
68トラップ×パステル続編 10:03/09/25 23:13 ID:aZoFL9Uk
「おい、ディアラン!!」
 どんどんどん、とドアを叩く音。響くロディというらしいスキンヘッドの声。
 ディアラン……金髪の名前……?
「なんだ? 今いーとこなんだけど」
「小僧が来た。女連れて来い」
「おーおー。いいタイミングだな。はいはい」
 言いながら、ディアランは縛られたわたしの手首をつかんで無理やり立たせた。
 待って……来たって、トラップが?
 わたし、こんな格好で……連れてかれるの?
 だけど、文句を聞き入れてくれるわけもなく。わたしはそのまま、部屋の外にひきずり出された。
 
「一週間ぶりだな、小僧。この間はなめた真似してくれたじゃねえか」
 連れて行かれたのは、倉庫みたいな広くて何も無い部屋。
 入り口を背にしてそこに立っていたのは、トラップ。
 ジャケットのポケットに手をつっこんで立っているその姿は、別に普段と何も変わらない。
 ただ、その目はかなり……怖かった。
 ロディが正面に立ち、ディアランがその後ろでわたしを捕まえて立っている。
 ディアランの手にはナイフが握られていて、それは、わたしの首筋にぴったり押し付けられていた。
 ちょっとでも動けば、すぐ切れるように。
「ま、見りゃあわかると思うが……なめた真似したら、大事な女房が傷物になるぜ」
「…………」
 トラップは、ちらっとわたしの方に目をやったけど……無言。
 ううっ、お願いだから、お願いだから見ないでっ……こんな格好見られたくないっ……
「さすがに得意のへらず口も出ねえか? ああん? おめえが悪いんだぜ。よっく見とけよ。かわいそうに、おめえのせいで傷物にされた女房の姿をな」
 ち、違うわよっ!! まだ……触られただけで……
 ううん。違わないよね。触られただけでも、何でも……わたし、トラップ以外の人に身体見られて……
69トラップ×パステル続編 11:03/09/25 23:14 ID:aZoFL9Uk
 その言葉に、トラップはジャケットから手を出した。
 その手には、何も握られていない。そのまま万歳の形に両手を挙げて、
「あんたらの言うとおり、一人でここに来てやったぜ。んで? あんたら何がしたいんだ? 俺にどうしてほしいわけ?」
「……そうだな。まずは土下座でもしてもらおうか」
 ロディの思い切り嫌らしい声。
 土下座なんて……あのプライドの高いトラップが、するわけ……
 とわたしは一瞬思ったんだけど。
 ロディがそう言うと。トラップはためらいもなく床に膝をついた。
「ほお。素直じゃねえか」
「へっ。頭下げるくれえでパステルが戻ってくるんなら、いっくらでも下げてやらあ」
 トラップ……
「殊勝な心がけだな。だが、それで終わりだと思うなよ。そうだな、次は……」
 ロディがトラップの元に歩み寄った瞬間だった。
 トラップの手が、目にも止まらぬ速さで胸元に滑り込んだ。
 わたしの目では、何が起きたのかさっぱりわからなかった。
 ひゅっという風を切る音。その瞬間……
「うわっ!!」
 悲鳴をあげたのは……ディアラン!!
 カラン、という音。床に落ちるナイフ。
 そして、ディアランの手に刺さっているのは……トラップのダガー!!
「パステル!!」
 トラップの叫び。その瞬間、わたしは反射的に、ディアランに体当たりをしていた。
 予想外のことにディアランがよろめく。そのまま、わたしは走りだした。トラップの元へ。
「小僧っ、てめえっ――」
 わたしが走り始めた頃に、ようやく事態に気づいたロディが腕を振り上げたけど。
 その動きは遅すぎた。
 全身のばねを使って、トラップがはねおきる。彼の頭が、見事にロディの顎に激突した。
 ガンッ!! というすさまじい音。たまらず後ろによろけるロディ。
 だけど、彼は倒れることができなかった。
 そのまま、トラップはロディの胸倉をつかみあげて……何と、そのまま片手で彼を持ち上げたのよ!!
 ロディの体格からして、多分体重は100キロを超えているはず……すごい、すごい力。あの細い腕のどこに、そんな力が……
70トラップ×パステル続編 12:03/09/25 23:14 ID:aZoFL9Uk
「ってめえは……ちっと悪ふざけが、すぎたぜ」
 そう言ってトラップが浮かべた笑みは、今まで見たことが無いくらい壮絶なものだった。
 そのまま、トラップの腕が翻った。宙を舞うようにして、ロディの身体が壁に叩きつけられて……動かなくなる。
「――トラップ!!」
 わたしがトラップの元にたどり着いたのは、そのときだった。
 後ろ手に縛られてると……走りにくいっ……
 そのまま、倒れこむようにしてトラップの胸にとびこむ。
「トラップ……!!」
「……パステル。悪い、俺……」
 トラップの言葉は、途中で止まった。そのまま、わたしを強く抱きしめた後……
 どんっ、と突き飛ばした。
 ……え?
 その瞬間、びゅんっ!! という音。
「……きゃあああああああ!!?」
 トラップの左肩に刺さったナイフを見て、わたしは悲鳴を挙げた。
 い、今トラップが突き飛ばしてくれなかったら……ナイフは、わたしに……
 トラップの強い視線。その先にいるのは……ディアラン。
「なめた真似してくれるじゃねえか、小僧」
「へっ、そりゃあこっちの台詞だぜ……パステルをこんな風にしやがったのは、てめえか?」
「だったらどうした」
 ディアランの言葉に、トラップは刺さったナイフを引き抜いた。
 ばっと血が飛び散って、わたしは再度悲鳴をあげてしまう。
 トラップ……トラップ、ごめん。
 トラップ一人だったら、あんなナイフ簡単に避けられたのに。わたしのせいでっ……
71トラップ×パステル続編 13:03/09/25 23:15 ID:aZoFL9Uk
「ぜってえ、許さねえ」
「できるかな? 俺はロディより強いぜ」
 ディアランの言葉に、トラップは鼻で笑った。ナイフを構える。
 そして、ナイフが飛んだ。ディアランの方へと。
 けれど、それは予想していたらしく、ディアランは何なく身体をひねってナイフをかわした。
 その瞬間。
 そのまま、彼の身体は信じられないスピードで、ディアランの胸元にとびこんでいた。
「何だと!?」
「盗賊は身軽さが命だぜえ? 甘くみんな」
 ガッ!!
 トラップの手が、ディアランの胸元をしめあげる。そして。
 彼の拳が、ディアランの頬に突き刺さった。
 げきゅっ、というような、形容しがたい音に、わたしは思わず耳を塞いだ。
 トラップが怒ってるのは、きっとわたしのせい。
 ディアランが、わたしのことを傷つけたから。彼はわたしのために怒ってくれている。
 だけど……
 トラップの手は止まらなかった。ディアランは既に気を失っているのに、執拗にその顔や身体に拳がめりこむ。自分の拳も血を流しているのに、それには全然気づいてないみたいで。
 ひどく無表情なのに、いつもはいたずらっこみたいな輝きを浮かべている目に宿った怒りが、とても怖かった。
「トラップ、やめて! もうやめて!!」
 気がついたら、わたしはトラップの元に走りよっていた。
 縛られているからできなかったけど、それがなかったら、多分彼に抱きついてでも止めていた。
「お願い、もうやめて!!」
「……止めんな」
 トラップの口調が怖い。いつもの軽そうな口調とは全然違う、もの凄く真剣な声。
「こいつだけは、ぜってえ許さねえ。パステルを傷つけやがったこいつを、ぜってえ許さねえ!!」
「やめて、お願いやめて! わたしは……」
 ディアランは確かにひどいことをした。わたしは絶対彼を許せないと思う。
 だけど、それ以上に……
「わたし……そんなトラップ見たくない。わたしのために誰かに暴力を振るうトラップなんて、見たくないよ!!」
 わたしの言葉に、トラップは……
 力なく、拳を下げた。
72トラップ×パステル続編 14:03/09/25 23:17 ID:aZoFL9Uk
 わたしとトラップがみすず旅館に戻ったのは、もう深夜をとっくにまわった時間だった。
 わたしはトラップのジャケットにくるまれて、彼におぶわれていたんだけど。
 道のりは意外なくらい短かった。どうやら、わたしが連れ去られた倉庫は、すぐ近くだったみたい。
 そんな時間なのに、クレイ達はみんな起きて待っていてくれた。みんな、わたしのことをすっごく心配してくれてたんだって。
 トラップ一人で来い、って手紙になかったら、全員で押しかけたかったくらいだ、っていうことなんだけど。
 わたしの様子を見て、何があったのかを察したのか……クレイ達は、それ以上聞かずに部屋に戻っていった。
「ルーミィとシロは、今夜は俺達の部屋で寝かせるよ」
 ひきあげる前のクレイの言葉。ううっ……みんな、心配かけて……ごめんね。
 トラップは、わたしをベッドに寝かせると、一度下におりて水をはった洗面器とタオルを持って、もう一度戻ってきた。
 トラップだって怪我してるのに……わたしのことばっかり気遣って……
「いいよ、トラップ」
「……あんだよ」
「先に、トラップの怪我、手当てしないと」
「へっ。こんなもんはなあ、かすり傷だよ、かすり傷」
 嘘だよ……だって、ナイフ、かなり深く刺さってたじゃない……
 でも、トラップの腕は、いつもとかわりなく動いていた。少なくとも、神経や大きな血管が傷ついてないのは確かみたい。
 トラップは、水でタオルをしぼると、そのまま、わたしの身体を拭き始めた。
 床にそのまま転がされてたからね。顔とか、実は結構ドロドロだったんだ。
 それに……
「っ……いい、自分でやる」
「…………」
「お願いだから、見ないで……」
 明るいところで見て、気がついた。
 わたしの身体、あっちこっちに引っかき傷がついて血がにじんでる。
 それに、胸元に残ってる、この赤い痕って……
 トラップはわたしの言葉を無視して続けようとしたんだけど。
 わたしは、その手をはねのけてしまった。
 見られたくない……こんな姿、トラップにだけは見られたくない!!
73トラップ×パステル続編 15:03/09/25 23:18 ID:aZoFL9Uk
「お願い……見ないで。わたし、わたしっ……」
 傷物にされた、というロディの言葉が、よみがえった。
 わたし、もう……駄目だよね。
 これが、汚れたってことだよね……こんな汚れたわたしじゃ、トラップは……
「お願い、見ないで! わたし、わたしって汚いよね。ナイフに怯えて、されるがままになって……本気になって抵抗すればよかった。顔に傷つけられたって、抵抗してれば!!」
 言葉はなかった。
 トラップは何も言わなかった。そのかわり……
 わたしを、ぎゅっと、抱きしめていた。
「トラップ……? 離して、わたし、トラップに好きでいてもらう資格なんか……」
「おめえは綺麗だよ」
 わたしの言葉を無理やり遮って、トラップが叫んだ。
「おめえは、どっこも汚れてねえよ。綺麗だよ……」
 トラップ……?
 そのまま、トラップの唇は、ゆっくりとわたしの唇をふさいで……
 ……いいの?
 わたし……いいの? トラップに、このまま好きでいてもらって……
「トラップ……」
「パステル……」
 言葉はいらなかった。
 わたし達は、もう一度深く口付けあった後……
 どちらからともなく、ベッドの上に倒れこんでいた。
 
74トラップ×パステル続編 16:03/09/25 23:18 ID:aZoFL9Uk
「……いいのか? おめえ……」
「…………」
 わたしを見下ろすトラップに、大きく頷く。
 変だね……わたし、ちょっと前までは、怖くて怖くて仕方がなかったのに。
 ディアランに乱暴に扱われて……わかった。
 トラップは、凄く優しかった。本当にわたしのことを思ってくれていたって。
 怯える必要なんてどこにもなかったんだって、わかったから……
「いいよ……トラップこそ、いいの? わたし……」
「……それ以上、言うなよ」
 トラップの返事は、熱いキス。
 そのまま、彼の唇がわたしの身体をゆっくりとなぞる。
 ディアランに無理やりつけられた痕を消していくように、丹念に……
 ううっ、よく考えたら、隣の部屋でクレイ達が寝てるんだよね?
 こ、声、出さないようにしないと……
 ぎゅっ、とシーツをつかんで目を閉じると、トラップはわたしが考えてることがわかったみたいだった。
 彼の手が、ゆっくりと身体をなでていく。あるときは強く、あるときは弱く。
 手が触れるたび、わたしの身体はびくっと震えて……段々身体がほてってくるのがわかった。
 ううっ……駄目、歯を食いしばらないと、声が漏れそうっ……
「……気にすること、ねえって」
 耳元に感じる吐息。そのまま、軽く耳たぶをかまれる。
「聞こえるわけねえから」
「あ……」
 ううっ、嘘。絶対嘘っ!! ここの壁薄いんだからっ!!
75トラップ×パステル続編 17:03/09/25 23:19 ID:aZoFL9Uk
 トラップの唇が、ゆっくりと傷口に触れる。1番酷かった、太ももについたみみずばれ。
「ひでえな……痛かっただろ。俺のせいで……」
「…………」
 ふるふると首を振る。
 トラップのせい、かもしれない。でも、その分、彼はいっぱい苦しんでくれた。
 だから、もういいんだ……
「ごめん。……俺が消毒してやるよ。おめえの受けた傷も、痛みも、全部」
 太ももを舌が這った。そのまま、上へ、上へと這い登っていき……
 ぴちゃり
「あっ……あんっ……」
 中心部に感じる湿った感触に、わたしはたまらず声をあげた。
 あっ……熱いっ……うっ……
 じわっ、と何かが染み出る感触。ぐじゅっ、という音。
 トラップは顔をあげた。ゆっくりと、わたしの頬に手を伸ばす。
 軽い口付けの後、彼の手は、自分のズボンにかかり……
 瞬間、痛みが貫いた。
「うっ……ん――――っ!!」
 痛みに危うく悲鳴をあげそうになったけど、こらえる。
 ううっ、でもっ……辛いっ!!
 痛かった。だけど、その痛みは、前とは全然違って。
 何だか、痛いのに、すごく気持ちよくて。トラップと一緒になってるんだって思えて……
 わたしはトラップの背中に抱きついた。そうでもしないと、声が漏れてしまいそうだったから。
「目え、潤んでるぜ……」
「意地悪……」
 トラップの動きが、少しずつ早くなった。痛みが快感にかわり、溢れた何かが太ももを伝う。
「やっ……あっ……」
「……つっ……」
 トラップは、一度首をふると、わたしの上半身を乱暴に抱き起こした。
 わたしはそのまま、トラップの膝の上に座り込むような形になる。ひときわ奥深くまで貫く感触。
 震えるトラップの身体を抱きしめた。同時に、トラップの腕も、痛いくらいにわたしを抱きしめていた。
 抱き合ったまま……わたしの中で、何かが弾けるのを、確かに感じた。
76トラップ×パステル続編 18:03/09/25 23:20 ID:aZoFL9Uk
「……俺さあ、おめえに何て言って謝ればいい?」
 全てが終わったその後で。
 わたし達は、一緒のベッドにもぐりこんでいた。
 ……朝が来る前に、自分の部屋に戻ってよ? と言ったんだけど。
 トラップは、例のいたずらっこみたいな笑みを浮かべて言った。
 さあ、どうしよう? 俺、寝ちまうかもしれねえし。
 ううっ、明日みんなとどんな顔して会えばいいんだろ……
 そうして、とりとめもないことをしばらく話していたんだけど。
 不意に、トラップが言ったその言葉。
 しばらく意味がわからなくてきょとんとすると、トラップは。ひどく辛そうな顔で言った。
「だって……今回は、どう考えたって俺のせいだろ? 何も関係ねえおめえを巻き込んで……俺、どうすればいい?」
 ……あのトラップがだよ。どんなトラブルを起こしたって、絶対反省しないトラップが。
 わたしのことをこんなに気にかけてくれてるなんて……
 わたしは、それだけでもう十分満足だったんだけど。
 せっかく反省してくれてることだし! それじゃあ、一つお願いしようかな。
「じゃあねえ。一つだけ、わたしの言うこと聞いてくれる?」
「ああ。俺にできることなら、何だってしてやる」
「へへっ。じゃあねえ……」
 わたしはトラップの耳元で囁いた。
 彼の顔が、みるみる赤くなっていく。
「嫌?」
「……俺にとってもすっげえ嬉しいことだから、おわびになんねえぞ。いいのか?」
「いいよ。……おわびなんてしてもらわなくてもいい。トラップがわたしのことでいっぱい苦しんだ。それだけで、十分だよ……」
 そう言うと、トラップは、ぎゅっとわたしを抱きしめた。
「……んじゃ、ぜってえ幸せにすると誓う」
「うん、お願いね」
 ――じゃあねえ、一つだけお願い。きっといつか、パーティーを解散して、みんながそれぞれの道を歩く日が、来ると思うんだ。
 ――そのときは、わたしを、盗賊団ブーツ一家のおかみさんにしてくれる?
77トラパス作者:03/09/25 23:22 ID:aZoFL9Uk
完結です。
書くんじゃなかったかも……
どう見てもフォーチュンクエストには見えない……
次の作品はほのぼのを目指そう。目指せたらいいなあ、と思ってます(弱気
「こういうの書いて」とか「この作品の続きが気になる」とか「この作品が1番好きです」
といったリクエスト、随時受付中です。
答えられる限り答えていきたいと思います。
78SS保管人:03/09/25 23:38 ID:fIis+Ioi
>>77
今回も大作をお疲れさまです。
ところで、もうそろそろsage進行に戻してもいいのではないでしょうか?
住人も大体は辿り着けたようですし。
79名無しさん@ピンキー:03/09/26 00:53 ID:Syr/zh43
いやー、やっと見つけた!良かったよ、トラパスクエスト続きが見れてホント良かった!
そして、トラパスも……こんなに早く書き込める何て本当にすごいなー
トラパスとトラパスクエストの続編が見れたワケだが、あとは俺の中では温泉編ですね!
まあ、とにかく新しくスレが立ってよかった!また、見る事が出来るんだからさー(゚∀゚)
80名無しさん@ピンキー:03/09/26 01:09 ID:OmxUDTyB
トラップ×パステル続編読ませて頂きました!
確かに重いテーマでしたが、やっぱり、トラップは前作で
力に訴えてしまったわけですし、その後の2人の心の機微が
すごく自然に伝わってきました。それにしてもレイープ未遂でよかった…

性懲りもなくリクエストよろしいですか?
トラパスクエストの続編をトラップ&ステアの視点からってのは
む、難しいですよね(;´Д`)  
パステルに会ってから劇的に変わったトラップに萌えつつも、
あくまで仮の存在にしかなれないステアがなんとも切なくて…
すごい葛藤があったんだろうなって( ;´дフ; ヤッパリセツナイ
わがままかつ難しいリクなのは十分承知しておりますので、
どうか無理はなさらないで下さい。
長文&わけわからない文になってしまってスミマセン;
81サンマルナナ:03/09/26 12:17 ID:Sgjg3ZXQ
前スレ307です。
途中までですがアップしてみます。今度はクレパスです。

「じゃあ、また明日…」
彼女の柔らかくて細い髪の毛が、夕日にきらきらと揺れる。
「ああ。また明日」
彼女は何度振り返っても笑顔で見送り続けてくれていた。
「待つことになるのは承知していますわ」
当然のようにそう言っていた彼女…サラが見えなくなる曲がり角を曲がって、おれは小さくため息をついた。

前に来たときと少しだけ町並みが変わっているかもしれないな。
ドーマの町でおれは育ったけれども、ちょっと離れただけで雰囲気が大きく変わる。
どうしてなんだろう。
おれが変わっただけなんだろうか?
ぼんやり考えていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「クレイ、どうしたんだ?こんなとこで。今日はサラとデートじゃなかったのか」
にやり、と悪ガキのような笑顔を浮かべているのは、幼馴染みのトラップだった。
「…ああ、トラップか。うん、いま送ってきたところだよ」
「そうかー。はー、お前もとうとうあした婚約だなぁ。でも、今までも口約束はしてたんだし、実感ないか?」
「う〜ん…やっぱりよくわからないな。サラは今まで通りサラで、おれはおれだし」
「だよなぁ。正式に…って言われても、何が変わるわけでもないもんな」
82サンマルナナ :03/09/26 12:20 ID:Sgjg3ZXQ
他愛もない話に興じながら、おれとトラップはブーツ家に向かっていた。
パーティのほかのメンバーは、みんな揃ってブーツ家に滞在させてもらっている。
「クレイんちは息が詰まるからな。どうせなら、おまえもうちに泊まればいいんじゃねぇか?」
そういうわけにはいかなかったれど、(婚約式の準備だのでなにかと呼ばれることが多かったし)
トラップの家はいつでも明るくて居心地が良くて、とても好きな場所だ。

「あ!くりぇー!」
おれを見つけたとたん、ルーミィが飛びついてくる。
「ルーミィ、いい子にしてたか?」
「うん、今日は、おえかきしてたんだお!」
ルーミィの邪気のない笑顔って癒されるなぁ…
なんていうか、こう…安心するっていうか。
「クレイ、すでにもう目が父親ですねぇ」
と、道具袋の整理をしながらキットン。
「あはは、そうかもしれないな。おれはルーミィの保護者みたいなもんなんだし」
「そんなこと言ってっと、あーっというまにじじぃになっちまうぞ、クレイ」
「うるさいな。お前もルーミィにかかったらパパ同然なんだから同類だろ?ほら、ルーミィ、トラップが遊んでくれるってさ」
「ほんとか?とりゃーっ、あそんでくえうのか?」
「あっ!ずりぃぞ、クレイ!」
「任せた」
ルーミィを半ば強引にトラップに抱かせて、おれはキッチンへ向かった。
さっきから聞こえてきていた、聞きなれた声。
83サンマルナナ:03/09/26 12:39 ID:Sgjg3ZXQ
「パステル、今日の夕食はなんだい?」
エプロン姿でミケドリアを一口サイズに切っていたパステルが顔を上げた。
「あ、クレイ、来てたんだ。えっと、ミケドリアのから揚げと、マトマサラダと、スープスパゲッティ…食べてく?」
「ううん、きっと家に用意してあるだろうから。でも、いい香りだ」
「わたしは手伝ってるだけよ。トラップのお母さんって料理上手よね。いま、ハーブが足りないからって取りに行ってるの」
「育ててるんだ。知らなかった」
「そうみたい。ほら、香りがとっても強いのよ」
おれの鼻先に、パステルは香草を近づけた。
「ふんふん…ほんとだ」
「でしょ?…あ、そうだ」
「どうした?」
「これ、ちょっと早いけど…お祝い。婚約おめでとう」
と、ポケットからパステルが取り出して見せたのは小さな封筒だった。
かすかに膨らんでいる。クレイへ、と小さく書いてあった。
「…ありがとう。開けてもいい?」
「あー駄目!後で、帰ってからこっそり見てみて」
「??ああ、わかったよ」
84トラパス作者:03/09/26 14:46 ID:/a+cjkOz
あっ、新作が出てますね。
>>前スレ307さん
続き楽しみにしてます! がんばってください!
クレイの描写うまいなあ……

ちなみに、今わたしは前スレで何人かの方がリクエストしてくださった「温泉編」の続きを書いています。
夜にはアップできることかと。
これで残るリクエストは、前スレにおける「別のカップリング。クレイ×マリーナとか」と「トラパスクエスト続編のトラップ視点の話し」だけですよね。
このリクエスト忘れてるー! という指摘がありましたらお願いします。
しかしクレイ×マリーナ難しそう……わたしクレイ苦手だったりするんですよね……
1番書きやすいのは実はキットンだったりするんですが彼のエロパロは個人的にちょっと……ですし(←ヤメレ)
もし書くとしたら、「パラレルトラパス番外編」 ヴァンパイヤクレイと彼に恋したマリーナの過去話かな? などと思っているのですが。
あるいは演劇舞台編クレイかマリーナ視点?
かなり悩んでいます。新作のネタも色々あるけれど、アイディアがまとまらない……
85トラパス作者:03/09/26 14:46 ID:/a+cjkOz
はわわ! しまった、「sage」進行に戻すの忘れてた!!
逝ってきます……
86サンマルナナ:03/09/26 18:32 ID:xfRl1WSv
続きです。

―――サラさんをいつまで待たせる気なんだ?
―――相手に不服はないだろう。

不満なんてない…
彼女はたおやかで、繊細で、でも芯の部分がとても強い…おれにはもったいない女性だと思う。
でも…

もうすっかり暮れてしまった街に、あちらこちらから夕餉の香りと灯りが漏れてくる。
早く帰らないと、怒られるかもしれないんだけど…
なんだか、もう少しひとりでいたい。

いつもなら野宿の準備も終って、パステルが干し肉を炙るいい匂いがして、その焚き火の周りに皆がいる。
ルーミィとノルがあやとりで遊んでいて、キットンがキノコ図鑑でキノコを調べていて、トラップがつまみ食いをしようとして、
そしておれは剣の手入れをしながらその光景を見ている。
そんな時間…だけれど、おれはひとりでドーマの夜にいる。
そのことが何故かひどく寂しかった。
87サンマルナナ:03/09/26 19:05 ID:xfRl1WSv
ぐるぐる歩いているうちに、もう敷地内の自宅近くまで来てしまっていたらしい。
本日何度目かのため息をついて、立ち止まった。おれは何をしているんだろう?
もうすぐそこに屋敷が見える。
どうも気がまだ晴れない…そうだ。さっきの中身を見てみようか。
おれはポケットを探って、さっきパステルからもらった封筒を取り出した。
振ってみる。カサカサ…と、鎖のような音がする。
なんだろう?
開けてみると、入っていたのは盾と剣と獅子のモチーフが組み合わさったトップが着いたブレスレットと、手紙。
おれは帰るときにトラップに借りたカンテラをかざして、その手紙を開いた。

クレイへ

この手紙は、シルバーリーブで書いています。
びっくりしちゃった。正式にクレイが婚約することになるなんて…
でも考えてみたら、サラさんのためにもちゃんとするのは当然のことなんだよね。
ってことをトラップに言ったらね、「まぁいつかこうなると思ってたけどな」って。
サラさんは長女だし、クレイにゾッコンだからな、って。
わたしもこのあいだ見せてもらった手紙を読む限り、クレイは好かれてると思ってはいたんだけどね。

あのね。
実はちょっとだけ淋しかったりするんだ。
なんだか、今のままずっといられないんだなぁ…って。
いつか修行を終えて、みんなどこかに帰っていくのよね。当たり前なんだけど…実感しちゃった。

でも、おめでとう。
これからもよろしく!

パステルより。

88サンマルナナ:03/09/26 19:32 ID:xfRl1WSv
便箋は一枚で、文章はこれだけだった。
だけどおれは、この手紙を何度も繰り返し繰り返して読んだ…
パステルはわかってない。わかってない。なんにも…わかっていない。
でも、それでいいと思っていた。
そんなパステルだからおれも好きになった。
でも、みすず旅館にドーマからの手紙が届いて、サラとの婚約を正式にすることになって…
ずっとパステルは笑顔で祝福してくれている。それが、パステルの中でのおれの存在の位置づけなんだろう。
けれど、それでいいと思っていたことが、段々つらくなっていくのはどうしてなんだ?

この手紙で、おれの欲しかった意味ではなかったけれど、パステルが「淋しい」と書いてくれたことが、とても嬉しかった。
なんども目で追って、反芻して…
大事に折りたたんで、また封筒に戻そうとしたときに、もう一枚、今度はカードが入っているのに気がついた。
封筒の中をのぞくと、さっきパステルが嗅がせてくれた、香草の香りが微かにする。
カードには走り書きでメッセージが書かれていた。

追伸:ブレスレットは実は前にエベリンで買ったものです。
婚約のプレゼントにする気はなかったんだけどね。

…?
エベリンに行ったのは、知らせが来るより前のことだったはず。
だとしたら、これは…
「!」
そうだ!
明日はおれの…誕生日じゃないか。
89サンマルナナ:03/09/26 20:09 ID:xfRl1WSv
星明りに、パステルのくれたブレスレットをかざしてみる。
銀色のきらきらと光る、その鎖にゆっくりとくちづける。
盾と剣と獅子のモチーフがゆらゆらと揺れていた。パステルは、これを選びながらなにを考えていたんだろう?
頭の中に幸せな…膨らむ気持ちを感じたとき、唐突に声がした。
「そこにいるのは、シーモア?」

「サラ…!!」
「やっぱり、シーモア。こんなところで何をしてらしたの?」
「い…いやその」
「忘れ物を届けに来たのに。あなたの代わりにおじいさまと夕食を戴いてしまったわ」
「…ごめん」
おれはブレスレットをポケットに捻じ込みながら、サラの表情をうかがった。
いま、おれがしていたことを見られてしまっただろうか…暗かったから、心配することもないか?
心臓がどくどくと高鳴る。おれの気持ちを、この人にだけは悟られちゃいけない…!
そんなおれの焦りに気付くはずもなく、彼女はにっこりと笑って言った。
「お部屋にお邪魔していっても…いい?」

90サンマルナナ:03/09/26 21:08 ID:xfRl1WSv
お茶を持ってきたメイドが意味ありげな視線をおれに送ってくる。
う…
でもここでヘタなことを言うと、あっというまに屋敷中に広まってしまうだろうから、「ありがとう」とだけ言って部屋から出てもらった。
肝心のサラは静かにティーカップを傾けている。
…こんな遅い時間に部屋に招くべきじゃなかったのかもしれないなぁ…
さっきは、慌てて頷いてしまったけど。

「ねぇ、シーモア」
「な、何?」
サラがカチャ、とカップをテーブルにおろす。
緊張していて、どもってしまった。失敗した…
サラはそんなおれを見てくすくす笑って、静かに話し出した。
「あなたはとても優しいし、ほんとうはとても剣が上手だって知ってる。
努力家で、誠実で、不器用で…そんなあなたが、わたしは昔から好きだった。とてもね」
はあ、とここで彼女は小さく息継ぎをした。
椅子からゆっくりと立ち上がり、丸い小さなテーブルの反対側―おれの右隣に来てひざまずいて、きらきらした瞳で見上げてくる。
サラの、白い陶製のような指がおれの手を絡めとった。
「だから、あなたと婚約することに関して何の迷いもなかった。
でも、聞きたいの…不安なの。あなたが、わたしのことを、好きなのかどうか」

絡めた指はそのままに、サラは空いているほうの手をおれの首に回した。
どうしたらいいかわからない。サラ。…パステル。
91サンマルナナ:03/09/26 21:30 ID:xfRl1WSv
清潔感のある凛とした甘い香りがする。
サラの唇が触れる瞬間、何故かおれは冷静にそんなことを考えていた。
首筋を撫でる手は、柔らかくて、すべすべしている。
この細い身体を…おれは抱きしめるべきなんだろう。
このひとは将来、おれの伴侶になる人なんだ。
申し分はない。不満なんてない。おれにはもったいない…

けれど。

「サラ」
おれは彼女の二の腕をつかんで、自分から引き剥がした。
どんな言い訳をすればいいというんだろう?
彼女がおれを見ている。でも、おれは彼女を見ることができない…
しばらくおれは何も言えなかった。喉がカラカラだった。けれど、サラは二の腕をおれに掴まれたまま、何も言わずに待ってくれた。
風で、窓ガラスが揺れる音がしばらく響いていた。
しばらくしてやっと、おれは声を出すことが出来た。
「…ごめん」
こんな陳腐なことしか言えなくて。
「ごめん」
嘘を吐き続けて。
「ごめん…」
好きに、なれなくて。

長い長い沈黙の後、サラがぽつりとつぶやいた。
「知っていました」
その言葉に、おれは顔を上げた。
「気付かないはずが…ないでしょう?」
彼女は泣いていた。声も立てずに、ただ涙だけが後から後から頬を伝っていく。
92トラパス作者:03/09/26 21:36 ID:/a+cjkOz
ちょっと割り込む形になって恐縮ですが
ずっと掲示板をチェックし続けるのも辛いのでアップしてしまいます。
トラパス温泉続編。リクエストしてくださった皆様の期待にこたえているかどうかはわからないのですが・・・
前作までちょっと暗い作品が続いたので
・明るく
・ほのぼの
・べたべた
をテーマにしたらべたべたになりすぎました……
かなり女性向けです。多分……
ちなみにテーマは「知らぬが仏」です。
修羅場続編との違いを見ていただければ幸いです。
93トラパス 温泉続編 1:03/09/26 21:37 ID:/a+cjkOz
(注意:前作からそのまま続いています。「温泉編」を先にごらんになってから読んでください)


 男部屋をノックすると、クレイ達が困惑した顔で出てきた。
 クレイとキットンだけ。ノルは馬小屋で寝てるから最初からいないけど、トラップは……
 あ、寝てる。……やっぱり、昨夜寝れなかったから?
 昨日、わたし何をしたんだろ? 何で、トラップはわたしの部屋にいたんだろう?
 何で、わたし、トラップのことを、だ、抱きしめ? てたんだろう……?
「おはよう。朝ごはん、食べようと思って。ルーミィがお腹空かせてるから……」
「ああ。それは構わないけど……」
 クレイは困ったようにトラップの方を見てから、わたしに目をやった。
「パステル、あいつが昨日どこにいたか知らないか? 一晩中どこかに行ってたみたいで……戻ってきたらああなんだよ。何しても起きそうにないんだ」
 ううっ。まさか「わたしの部屋にいました」なんて言えないよう……
 それに、わたしにもよくわからないんだよね。本当に、昨日何があったんだろう……
「さ、さあ。知らない。どうせ出発までにはまだ間があるし。それに、せっかく来たんだから、何ならもう一泊くらいしていってもいいんじゃない? 滅多にこんなところ来れないんだし」
 わたしが言うと、クレイとキットンは顔を見合わせていたけど。
「ま、トラップの奴がどうしても起きなかったら、それも考えるか」
 と言いながら部屋から出てきた。
 いつもなら、朝ごはんと聞けばとびおきるはずなのに。やっぱりトラップは起きそうになかった。
 今朝のトラップの言葉。「おめえはもうぜってー酒は飲むな」……昨日、わたしはトラップに何をしたんだろう……?
 考えると、頭がずきずきしてきた。うーっ、一体何なのよう。
94トラパス 温泉続編 2:03/09/26 21:39 ID:/a+cjkOz
 その依頼が舞い込んだのは、朝ごはんを食べているときだった。
 この宿には、今お客さんはわたし達しかいないから、ご飯ものんびり食べれていいね、なんて言ってたんだけど。
 そのとき、宿のご主人がすごく困った様子で声をかけてきたんだ。
「失礼ですが……あなた達は冒険者なんですよね?」
「はい、そうですけど」
 突然かけられた言葉にクレイが振り向くと、ご主人は飲み物を載せたお盆をテーブルに置いた。
「あの、これ頼んでませんけど……」
「あ、これは私のサービスです。あの……お客さんにこんなことを頼むのはまことに心苦しいのですが、一つお願いしたいことがあるんです。よろしいでしょうか?」
 ここで、あの現実主義者のトラップでもいれば「いくら出す?」なんて言ったんだろうけど、幸いなことに今は基本的にお人よしな人たちしかいないもんね。
 クレイはにこにこしながら「はい、どうぞ」なんて言っちゃってるし。
「実は、ですね。あなた達が取ってきた薬草なのですが、大変に高い効果があることがわかりました。医者にも見離されたような患者にも効くということです。
 薬屋は私の友人なのですが、ぜひとも、あなた達にもっとたくさんの薬草を取ってきていただきたい、と」
 へーっ、あの薬草ってそんなに効果があったんだ。
 ご主人が言っている薬草っていうのは、もともとわたし達がここに来ることになった目的のもので。この近辺の山奥にだけひっそりと生えているっていうのを、キットンが調べてきたんだよね。
 ただ、そこにいたるまでの道のりは、結構険しい。モンスターが出るわけじゃないけど、道なんかあってないようなものだったもんね。確かに、普通の人が取りにいくのはちょっと辛いかも。
「あの、まことに図々しいお願いとは承知しているのですが……薬屋は、薬草一つにつき言い値で買い取ると言っておりますし。もし聞いていただけるのでしたら、宿代の方は半額にさせていただきます」
95トラパス 温泉続編 3:03/09/26 21:40 ID:/a+cjkOz
 えっ、嘘っ!
 あの薬草って、結構高いお金で買ってもらえたんだよね。そのおかげでわたし達、この宿に一泊できたんだし。
 それが、取ってきただけの薬草を買い取ってもらえて、おまけに宿代も半額になるなんて!!
 幸い、一度取りにいくのには成功してるんだし。
「いかがでしょう?」
 ご主人はおそるおそるって感じだったけど、わたし達に迷う理由なんか何もなかったんだよね。
「もちろん、お引き受けします」
 クレイの言葉に、反対する人は誰もいなかった。
 
 というわけで、早速わたし達は出かけることにしたんだけど。
 その前に、あの人を起こさないとね。
 言うまでもないだろうけど……トラップ。
 結構のんびり朝ごはんを食べてたのに、部屋を覗いてみたら、まだ寝ていた。
 うーっ、もしかして、昨日全然寝てなかったの? それ、わたしのせい?
 だとしたら申し訳ないけど……でも、謝るのは後にしよう。
「トラップ、起きて起きて」
 全員が準備を整えてもまだ起きようとしない。
 クレイとキットンで薬屋さんまでこれから薬草を取りに出かける報告に行ってしまって、ルーミィとシロちゃんは表でノルと遊んでいる。
 結果、トラップを起こすという1番難しい仕事をわたしがやる羽目になってしまった……まあ、しょうがないけど。
「トラップ、ほら、起きてってば。出かけるよ!!」
 がばっと布団をひきはがした。いつもなら、このへんで「あーっ、うっせえな」とか何とか言いながら渋々身体を起こすんだけど。
 何故か、今日のトラップは、自分の体を抱きしめるようにして身を丸めたまま、起きようとはしなかった。
96トラパス 温泉続編 4:03/09/26 21:41 ID:/a+cjkOz
「……トラップ?」
 どうしたの? 何か様子が……変。
 わたしはトラップの腕をつかんで、思わず悲鳴をあげてしまった。
 その身体は、物凄く熱くて……さらによく見れば、トラップは寝ているんじゃなくて、真っ赤な顔で汗をだらだら流しながらうめいていたのよっ。
 慌てておでこに手をあててみた。……熱いっ。すごい熱……!!
「クレイー! キットン!!」
 叫びながら、わたしは部屋をとびだしていた。
 ひきはがした布団をかけなおすことすら忘れてた、ということに気づいたのは、わたしの声に驚いたクレイ達が戻ってきた後だった。
 
「あーこれは……風邪ですね」
 再びトラップが寝ている男部屋。
 わたしがはがしたままだった布団はきちおんとかけなおされて、その額には冷たいタオルがあててある。
 トラップは、目を閉じて荒い息をしながら……眠っていた。
 ううっ、どうしよう。もしかして、トラップが風邪ひいたのって……わたしのせい?
 今はそんなに寒い時期じゃないけど、夜は結構冷えるもんね。一晩中冷たい床に座ってたんだもん。
「いやーしかしトラップが風邪ひくなんて珍しいですね。40度近くありますよ、熱。まあ、危ない感染症などは患ってないようですから、薬を飲んでゆっくり休めばすぐに治るでしょう」
 言って、ぎゃはは、と笑い声をあげるキットン。
 もーっ、何がおかしいのよっ!!
「そうか……でも困ったな。トラップがこの調子じゃあ……」
「いえーでも、わたしとしてはですね。一度受けた依頼ですし、それに昨日一度行った場所ですから、トラップがいなくても何とかなると思いますよ。あの薬草を飲めばトラップだってすぐに元気になると思いますし、やはり行くべきではないかと」
 考え込むクレイに、キットンが珍しく熱心に言った。
 薬草のこととなると人が変わるからねえ、キットンは……
97トラパス 温泉続編 5:03/09/26 21:42 ID:/a+cjkOz
 しばらくどうしよう、どうしようって悩んでたんだけど。
 薬屋のご主人と宿屋のご主人、すごく喜んでたもんね。期待を裏切るのは申し訳ない、ってことで。
 誰か一人がトラップの看病に残ることにして、残りの皆で薬草を取りにいくことになったんだ。
 で、誰が残るかっていう問題なんだけど……
「そりゃあ、パステルでしょう」
 あっさり言ったのはキットンだった。
「万が一にも危険な動物が出ないとは限りませんから、クレイやノルにはどうしても行ってもらわないと困りますし、私がいないと薬草の保存方法がわからないでしょう?
 かといって、ルーミィやシロちゃんにトラップの看病なんてできるわけありませんしね」
 ううっ、そうだよね。残るとしたら、わたししかいないよね。
 でも、トラップが風邪ひいたのはわたしのせいみたいだし……しょうがないか。
 最初、わたしが残ると聞いて「るーみぃもー!」とかちょっとした騒ぎが起きたけど。
 ルーミィが騒ぐとトラップの身体によくないだろう、ってことで、クレイが何とかなだめてくれた。
 ありがとうね、クレイ。きっといいお父さんになれるよ!
「じゃあですね、パステル。食事が終わったら、この粉末を水に溶かしてトラップに飲ませてください。わたしが作った解熱剤なんですが、一時的ですが効果は抜群ですので」
 というわけで、キットン特製の薬を残して、みんなは薬草取りへと出かけていった。
 
 看病といっても、トラップはずっと寝てるし。
 時々汗を拭いたり、タオルを水にひたして取り替えたりする以外やることは無いんだけど。
 枕元でじーっとトラップの顔を見てると……トラップって意外とかっこいいなあ、とか。
 黙っていればかなりもてるんじゃないかな? とか。
 何故かそんな考えばっかりが浮かんできちゃって。
 ううっ、わたしどうしたんだろ? 何か変だよね……昨日から。
 そうして、何回目かに顔に浮かんだ汗を拭こうとして気がついた。
 うわっ……トラップの服、汗でびしょびしょ……
 もうね、しぼったら水が滴りそうなくらいすごい汗。大丈夫かな。こんなに熱があるんだもんね。
 着替えさせた方がいいんだろうけど……うっ、わ、わたしが?
 当たり前だよね、他にいないんだもん。で、でも……
98トラパス 温泉続編 6:03/09/26 21:43 ID:/a+cjkOz
 ええい、迷ってる場合じゃないっ。こんなびしょぬれの服のままじゃ、ますます具合が悪くなっちゃう。
 ちょっとトラップの方を見たけど、相変わらず彼の目は閉じられたまま。
 荒く息をつく唇は、かさかさに乾いていて……風邪のときは、ぬるま湯を飲ませるといいんだっけ? 後で持ってこよう。
 ちょっと後ろをうかがった後、トラップのカバンを開けてみた。乱雑にものがつめこまれた中に、着替えが混じってる。
 なるべく着せるのが簡単そうな服を探したんだけど、上から被るタイプのシャツは、万歳の形にさせないと着せられないし。わたしの力じゃ、ちょっと辛いかな?
 しょうがない。ごめん、クレイ。
 心の中で謝って、クレイの前ボタン式のシャツを一枚借りることにする。
 トラップにはちょっと大きいかもしれないけどね。しょうがないか。
「と、トラップ……ちょっと失礼するね」
 もしかして、わたし、すごく大胆なことしてない?
 寝てるトラップに謝りながら、わたしはなるべく見ないようにしてトラップの上半身を無理やり起こした。
 ここまでされるとさすがに彼もうっすら目を開けたけど……自分が何されてるかよくわかってないみたいで、そのままぐたっと壁にもたれかかった。
 ごめんねっ、すぐにすむから。
 そのまま、彼の汗ではりついたシャツを無理やり脱がせる。
 うーっ、やりにくいっ。トラップ、お願いだから自分で脱いでええええ!!
 心の叫びが通じたのか、わたしが一生懸命シャツをひっぱってると、トラップの腕がだるそうに動いて袖を自分でぬいてくれた。
 ……起きた?
「トラップ、大丈夫?」
「……んだよ……寝かせろよ、うっせえなあ……」
 すっごく辛そうなトラップの声。ああ、でもよかった。意識はちゃんとはっきりしてるみたい。
 熱があがりすぎると、完全に意識が混濁するってキットンが言ってたもんね。そこまであがりきってはいない、って考えていいのかな?
「駄目だよ、汗びっしょりだもん。着替えないと」
 言いながら、わたしはタオルを手にとってトラップの上半身を拭いた。
99トラパス 温泉続編 7:03/09/26 21:43 ID:/a+cjkOz
 ……見てない、わたしは何も見てないからねっ!!
 ううっ、だけどタオル越しに伝わってくるのは、細いわりに意外と筋肉のついた胸だとか。やっぱり男の子なんだなあ、とか、そんな雰囲気で。
 ……やっぱり、クレイかキットンに残ってもらうべきだったかも……
 四苦八苦しながら汗を拭いてクレイのシャツを着せると、トラップはまた崩れるようにベッドの中にもぐりこんだ。
 もう一度額に手をあててみたけど、やっぱり熱い。少しは熱、下がったのかな? 上がったりはしてないよね……?
 そんなことをしているうちに、気がついたらもうお昼になっていた。
 
 宿のご主人に事情を話して台所を借りると、おかゆを作ってみた。
 風邪のときは、やっぱりこれでしょう!
 後、ぬるめに冷ましたスープ。あんなに汗をかいてるんだもん。水分補給は、ちゃんとしないとね。
 わたし自身のご飯は……残り物かな? ははっ……
「大変ですねえ。風邪ですって?」
 言いながら台所に入ってきたのは、宿のご主人。
 「薬草を取りにいってもらったお礼です」って言って、おかゆの材料とかは無料でわけてくれたんだよね。いい人だあ……
「はい。でも、大人しく寝ていれば治ると思いますから」
 言いながら、そういえば今朝も飲み物をおごってもらったことを思い出す。
 いいご主人だよね。ちゃんとお礼言っておかないと。
「あの、今朝はおいしいジュースありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ面倒なことをお願いして……お口にあいましたか?」
「はい、とっても。ここの飲み物、おいしいですよね」
 そういえば、昨日温泉に入るときに飲んだジュースもおいしかったなあ。もう一度飲みたいかも。買っちゃおうかな?
100トラパス 温泉続編 8:03/09/26 21:44 ID:/a+cjkOz
「あの、昨日の夜に買ったジュース、またもらってもいいですか?」
「え? 昨日の?」
「はい」
 昨日買ったジュースは、ここの宿で買ったものなんだけど。
 わたしがそう言うと、ご主人は怪訝な顔をして言った。
「あれは、ジュースじゃないですよ?」
「……え?」
「あ、もしかして気づいておられなかったんですか? あれは『チューハイ』といいましてね。ここの名物なんですが、ジュースみたいなんですけどれっきとしたお酒です」
「…………」
「いや、そんなにお酒に強いようには見えなかったから、大丈夫かな、とは思ったんですけどね。そうですか、気づいてなかったんですか……大丈夫でした?」
「え、ええ、まあ……」
 「おめえは、もうぜってー酒を飲むな」
 すごく疲れたようなトラップの声がよみがえる。
 トラップ……本当に、本当にごめん――!!
 
 おかゆとスープ、それにキットンの薬を溶かした水を持って部屋に戻る。
 トラップは、相変わらずぐったりしていたけど……顔を覗き込むと、目を開けていた。
「トラップ、大丈夫?」
「……あちい……」
 ああーそうだよね。熱、まだ大分あるみたいだし。
 でも! このキットン特製の薬があればきっと楽になるよ! 頑張って!
「あのね、お昼ご飯作ってきたよ。食べて」
「いらね……」
「駄目だって! ちゃんと食べないと!! ほら!!」
 わたしがおかゆをスプーンに載せて口元に運ぶと、トラップはすごく嫌そうな目を向けてきた。
 熱が高すぎて食欲が無いのかなあ……でも、無理にでも食べないと。体力がどんどんなくなるし、それに薬も飲めないしね。
101トラパス 温泉続編 9:03/09/26 21:45 ID:/a+cjkOz
「はい、どうぞ!」
 ぐいっとスプーンをつきつけると、トラップは仕方なさそうにぱくっ、と食べた。
 そして……
「熱っ!!」
 悲鳴をあげた。
 ……ごめんなさい。
「ごごごごめんっ! 火傷しなかった?」
「……おめえは……あぁ、もういいや。もういらねえからおめえが食べれば?」
「だ、駄目だってば! ちゃんと食べないと!!」
 もういっぱいおかゆをすくうと、念入りにフーフー息をふきかけてもう一度トラップの口元へ。
「ほら、ちゃんと冷ましたよ! 食べて食べて」
「…………」
 トラップは、しばらくぼーっとわたしの方を見ていたけど、今度は大人しく口にしてくれた。
 あれ、何だか顔が赤いよ。また熱があがった?
「はいっ、どんどん食べてねー」
「……っ……わあったよ。自分で食うから貸せっ」
 わたしがもう一度フーフーしようとすると、お茶碗ごとトラップに取り上げられてしまった。
 もう、何よっ。それなら最初から素直に食べてよね。
 でもよかった。朝よりは元気になったみたいで。
 食べてる間、手持ち無沙汰だったので、今朝のことを話してみる。
 クレイ達が薬草を取りにいった、と聞いて、トラップは「けっ、薄情な奴ら」とつぶやいたけど。
 それ以上は何も言わなかった。……何か考えるのも、辛いのかもしれない。
 トラップは、そのままおかゆとスープを黙って全部食べてくれたんだけど。
 空になったお皿とお茶碗をテーブルの上に押しやった後……最後に残ったコップと、わたしの顔を、交互に見つめた。
102トラパス 温泉続編 10:03/09/26 21:46 ID:/a+cjkOz
「……食ったぞ……で、これは何だ」
「お薬。キットンが作ったの」
 緑色のどろっとした液体。よーく効くお薬……のはず。多分。
「はい、飲んで」
「……んな不気味なもんが飲めるか」
 そう言うと、トラップはさっさと布団をかぶって寝ようとした。
 もーっ! 駄目だってば。ちゃんと飲まないと!
 そ、そりゃ確かに、ちょっと見た目はあまりおいしそうじゃないかもしれないけど……
「駄目だよ。ちゃんと飲んで!」
「……いらねえってば……」
「駄目!」
 わたしが強く言うと、トラップは渋々といった感じでもう一度身体を起こした。
 でも、コップからは目をそらしたまま。
「ほら、これ飲めば大分楽になるはずだから、ちゃんと飲んでよ」
「……何でおめえ、そんなむきになってんだ?」
「え?」
 む、むきになってなんか……
 ……ちょっとなってるかも。だって、ねえ。
 わたしだって知ってる。お酒飲んでお風呂に入ると、あっという間に酔いがまわっちゃうんだよね。
 昨日のことをわたしが全然覚えてないのは……もしかしたら……それで多大な迷惑をトラップにかけたのかも、ということで。
 ああっもう! 申し訳なさすぎて! せめて風邪が早く治るように、一生懸命看病しないと!
「え、えとね。昨日随分迷惑かけたみたいだから……」
「……覚えてんのか?」
「いや、全然覚えてないんだけど……ね」
 これは本当。もう見事なくらい、記憶がすぽんと抜けてる。
 うーっ、昨日わたしは本当に何をしたんだろう? お風呂に入ってジュース……みたいなお酒を飲んで。
 その後……?
 わたしがそう言うと、トラップは深々とためいきをついた。
「わぁったわぁった。覚えてねえんならその方がいいよ。んで? おめえは俺に多大な迷惑をかけておきながら、その不気味な物体を飲め、とこう言うんだな?」
 そ、そんな言い方しないでよっ。
 これは薬なんだから。くーすーり!
103トラパス 温泉続編 11:03/09/26 21:46 ID:/a+cjkOz
「トラップのためなんだって。よく効くってキットンが言ってたもん。トラップだって、熱が下がらないと辛いでしょ?」
「……まあな。あー、そうだな……」
 トラップはしばらく考えてたみたいだけど、やがて、にやりと笑った。
 ……嫌な予感。トラップがこんな顔するときって、絶対ろくなこと言わないんだよね。
「おめえが飲ませてくれるんなら、いいぜ」
「……え?」
「だあら、おめえが口移しで飲ませてくれるんなら、飲んでもいい」
 ……口移し?
 ってなななななな何を言ってるのよっ!!
 言われたことを理解した途端、ぼんっ、と顔に血が上る。
 くっ、口移しって、それって。つまり、きっ……キスじゃないの! ようするに。
「嫌ならいいぜ。飲まねえから」
 わたしの様子を見て、トラップはにやにや笑ったまままた布団にもぐろうとする。
 うーっ、どうせできないって思ってる! からかわれてる絶対!!
「いいわよ」
 気がついたら、わたしは言ってしまっていた。
 トラップの背中が、硬直する。
「いいわよ。やってあげる」
 わ、わたしってば何言ってるのー!!
 だけど、だけどっ……
 不思議だった。不思議なくらい、「嫌」って思わなかったんだよね。トラップならいいかな、それでトラップが元気になってくれるのなら、いいかな、って思えたんだ。
 ……変、だよね。いくら薬を飲ませるためだからって……
 あれ? わたし、もしかして……
 トラップのこと……
「おめえ、その冗談は笑えねえぜ。病人をからかうなよ」
「じょ、冗談じゃないわよっ」
 ゆっくりとこっちを振り向くトラップ。
 うーっ、もう後にはひけないっ!
 わたしは、コップの中の液体をぐっと口に含むと……ゆっくりと、トラップの唇にくちづけた。
104トラパス 温泉続編 12:03/09/26 21:47 ID:/a+cjkOz
 わずかに開いたトラップの唇。
 ちょっと乾いていて、熱い。
 自分の口に含んだ薬を、そのまま流し込もうとしたんだけど。
 うっ、うまくいかないっ……ど、どうやればいいの? これって……
 わたしがひとりであたふたしてると、トラップの手が、わたしの頬に触れて。
 そして。
 少し開いたわたしの唇。その中に、何か熱いものが侵入してきて……
 こっ、これって、これって……トラップの……
 そのまま、わたしが含んでいた液体は、からみとられるようにして……トラップの口の中に、消えた。
 ごくん、という音。
 トラップの唇の端から、一筋、つーっ、と薬が流れ落ちる。それをぺろっとなめとって、
「……まずい」
 一言つぶやいて、にやり、と笑った。
 彼の視線は、わたしが持っているコップに向いている。中には、まだ半分ほど薬が残っていて……
「全部、飲ませてくれんの?」
「……うん」
 答えながら、わたしは残りの薬をぐっと口に含んだ。
 二度目のキスも……熱かった。
 キットンの薬は確かに美味しくなかった。実際に口に含んでみてわかったけど、見た目を裏切らない味だった。
 でも、効き目は抜群だったみたい。そうして、わたしが全部薬を飲ませ終わると……とても熱かった彼の手や、唇や、頬が、少しずつ、熱を失っていって……
「よく効くな、この薬」
 唇を離して、トラップはぽつんとつぶやいた。
「そ、そうでしょ? 大分楽になったでしょ?」
 言いながら、わたしは今更ながら、自分がやったことが恥ずかしくなって……
 ううっ、わたしってば何やってるのよっ! い、いくらわたしのせいでトラップが風邪ひいたからって、こ、こんな……
 慌てて身を引こうとしたんだけど……そのときには、トラップに、がっちりと頭を抱え込まれていた。
 ほっぺに押し付けられるのは、トラップの胸。クレイのシャツごしに感じる鼓動は……かなり、早い。
105トラパス 温泉続編 13:03/09/26 21:51 ID:/a+cjkOz
「俺さ、勘違いしちまってるぜ、きっと」
 ぼそっ、とトラップがつぶやいた。
 ……勘違い?
「何……?」
「おめえは、覚えてねえだろうけど……昨日のこと、とかさ。それに、今のこととか。いいのか? 俺、勘違いしちまってるぜ。おめえが俺のことを好きでいてくれてるっていう、すっげえ都合のいい勘違い」
 ……トラップ。
 しばらく、何も言えなかった。
 トラップの身体がまた熱くなったのは……これは、熱のせいじゃなくて……照れてるのかな?
 勘違い……わたしが、トラップのことを、好き……?
 それは、多分……
「勘違いじゃ、ないよ」
「……あ?」
「多分、勘違いじゃない、と思う。わたし……トラップのことが……」
「……おめえさ」
 わたしが言おうとしたことを遮って、トラップは腕に力をこめた。
「頼む、言わねえでくれ。……俺に償わせてくれよ」
「え?」
 償い……何のこと?
「償い?」
「そう、償い。昨日、すげえ卑怯なことしちまった俺にできる、せいいっぱいの償い」
 卑怯なこと? ……何だろう?
 わたしがきょとんとしていると、トラップは、わたしの目を覗き込むようにして言った。
「よっく聞けよ。一度しか言わねえ。後、冗談じゃねえし嘘でもねえし熱にうなされてるわけでもねえ。本気だからな」
「う、うん」
 と、トラップ……すごく真剣。
 こんな真剣なトラップ見たのは……初めてかも?
106トラパス 温泉続編 14:03/09/26 21:52 ID:/a+cjkOz
「俺は」
 トラップは、真っ赤になって言った。
「パステルのことが、好きだ」
「…………」
 言われたのは、すごく素敵な言葉。
 夢じゃないかって思えるくらい、素敵な……ずっと待ち望んでいた言葉。
 トラップ、本当に……? 本当だよね。さっき、本人がしつこいくらい念を押してたもん。
 こんなことって……あるの?
「……おめえの、返事は?」
「わかってるくせに……聞かないでよ」
「バーカ。おめえの言葉で聞きたいんだよ……言えよ」
「……うん。わたし、わたしも、トラップのことが……」
 好き、だよ。
 その言葉は、トラップの唇に塞がれて、言葉にならなかった。
 
「ちょっと……ちょっと、トラップ……」
「…………」
 トラップは何も言わなかった。
 何も言わず……わたしをベッドにひきずりこんでいた。
「ね、熱は……?」
「もう下がった。おめえが無理やり飲ませてくれた薬のおかげでな」
「こ、こんなことしたら……熱、あがっちゃうよ……?」
「……いいんだよ」
 ふってくるトラップの熱い吐息。塞がれる唇。
「俺さ……ずっとおめえのこと好きだった。おめえはどうせ気づいちゃいなかっただろーけど」
「……うん」
 はい。全然気づいてませんでした。
 ……そんなに前から? トラップ……
 わたしがトラップを好きになったのは……いつなんだろう……
107トラパス 温泉続編 15:03/09/26 21:53 ID:/a+cjkOz
「やっと、願いが叶ったんだぜ? ……我慢できるかって」
「もうっ……」
 ううっ、どうしよう。恥ずかしいのに……体が動かない。
 やめてって言えない……やめてほしくないって、思ってるから……?
「……それに。昨日の……」
「え?」
「っ……何でもねえ」
 昨日? ……そういえば、結局何があったんだろう。
 いいか……後で聞けば……
 わずかに熱いトラップの手が、ゆっくりとわたしの服を脱がせていく。
 空気に触れて、ちょっと身震いした。肩まで布団にもぐろうとしたんだけど、トラップは許してくれなかった。
「隠れるなっつーの」
「……寒いんだもん。意地悪……」
「安心しろって」
 言いながら、首筋に感じる湿った感触。
「俺が、すぐにあっためてやっから」
「……もう。ばか……」
 言いながら、トラップ自身も服を脱いでいた。
 さっき、汗を拭くためにも見たけど……やっぱり、こういうときに見ると、何だか……違って見える。
「……見る? 下、どうなってるか」
「ばばばばばばばばばかっ!! 何言ってるのよっ!!」
 さっ、さすがにそこまではっ!!
 わたしが真っ赤になって目を閉じると、トラップの手が、わたしの手首をつかんで……
 こっ、このかたい感触何っ……? か、考えちゃ駄目っ。考えちゃ駄目よパステルっ!!
「や、やだっ。やだやだやだっ」
「おっ、バカっ……痛いって」
 わたしがぶんぶんと手を振り回すと、トラップは小さく笑って手を離した。
 ううっ……でも当分忘れられない。手に残ったこの感じ……
108トラパス 温泉続編 16:03/09/26 21:53 ID:/a+cjkOz
「やっぱ、おめえってさ、可愛いよな」
「何がよう……」
「そーいう、うぶなとこ」
 ――ぴちゃり
 胸にゆっくりとくちづけられて、わたしはびくりと身をよじらせた。
 やっ……何、これ……
 この感じ……
「さて、おめえは俺の見るの嫌っつったけど」
 耳に届くのは、実に楽しそうなトラップの声。
 その手は、わたしの下着にかかっていて。
「俺は……見てえんだよな。パステルがどうなってるか」
 きゃあああああああああああ!!? や、やだっ、どこ触ってるのよっ!!
 言葉と同時に、ずりおろされる下着。
 わたしは思わず悲鳴をあげそうになったけど、トラップの唇に押し込められた。
「大きな声出すなって。宿の奴に聞こえたらどうすんだあ?」
 ううっ……そんなこと言われたって……
 ぐいっ、と膝を開かれる。
 感じる熱い視線。
 み、見られてる……絶対、見られてるっ……
「ばかっ、意地悪……見ないでよう……」
「おめえが俺の見てくれるなら、見ないでやってもいい」
「――意地悪っ!!」
 からかわれてる、絶対からかわれてるよね!?
 ううっ、だけど……変な感じ。
 さっき、触られたときもそうだったんだけど。
 熱い視線を感じて、何だか、わたしの体はだんだん熱くなってきて。
 やっ、何……何か、あふれそう……
109トラパス 温泉続編 17:03/09/26 21:54 ID:/a+cjkOz
「へえっ……」
 目をそらしているので、トラップの表情はわからないんだけど。
 トラップは、感心したようにつぶやくと、ゆっくりとわたしの中心部に、触れた。
「こうなってんだ」
 ――びくっ!!
 やだっ……さ、触らないで。
 今でも必死に我慢してるのにっ……
「すげ、あふれそう……」
 ……ぐちゅっ。
 響いた音は……何というか、すっごく恥ずかしい音で。
 トラップの指がもぐりこんだ。細くて器用な指。わたしの中をかきまわすようにして、奥へと進んでいって。
 そのたびに、ぐちゅっ、というような音が、響いて……
「やあっ……」
「……やっぱ、感じやすくなってるな……」
 やっぱ? 何のこと?
 わたしにはトラップが何を言いたいのかよくわからなかったんだけど、聞き返すことはできなかった。
 そのときには……もう指は引き抜かれていて。
 そして、その瞬間。
 わたしとトラップは、一つになっていた。
110トラパス 温泉続編 18:03/09/26 21:54 ID:/a+cjkOz
「――――!!」
 うあっ……この感じ、何……?
 何だろう。噂に聞いていた、痛い、とかそんな辛いことはあんまりなくて。
 むしろ……
「あんっ……や、と、とらっぷ……」
「……っあ……き、きついっ……」
 うっすらと目を開けてみると、トラップは冷や汗を浮かべていた。
「ああっ……や、ど、どうした……の? あんっ……」
「……おめえの、中ってさ。最高すぎて……すぐ、いっちまいそう……」
 ……ばかっ!
 思わず拳で胸を殴ろうとしたけど、そのときには、トラップに手首をつかまれていた。
 目の前には、意地悪な笑みを浮かべるトラップの顔。
 ゆっくりと唇が触れる。同時に、トラップの動きは徐々に激しくなっていって……
 わたしも、だんだん、頭がぼうっとしてきて。
 ああ、何だろう、この気持ち。
 これが、一つになってる、ってこと? わたし、トラップと……
「っ……あっ……」
 トラップの小さなうめき声。
 わたしの中で、何かが……弾けた。
111トラパス 温泉続編 19:03/09/26 21:55 ID:/a+cjkOz
 ――はあっ。
 二人でベッドに転がりながら、同時にためいきをつく。
 何だろう、この充実感。
 ……不思議だよね。ちょっと前までは、思いもつかなかった。トラップと、こんな関係になるなんて……
「ねー、トラップ」
「……あんだよ」
「あのさっ。……わたし達、恋人同士……になれたって思えて、いいんだよね」
「……今更あに言ってやがる」
 振り向いたとき目に入ったのは、苦笑しているトラップの姿。
 その手が、優しくわたしの髪をなでて……
「好きだ、っつったろ? それとも、おめえは違ったのか?」
「っ……好き、だよ」
「なら、それでいいじゃねえか。恋人同士、ってことで」
「……うん」
 改めて言葉に出すと恥ずかしいんだってば! もう……気づいてよ。
「……ちょっと、寒いね。服、着ないと」
「あん? 俺はもーちょっと見ていたいんだけど」
「ば、ばかっ!」
 もう、調子に乗らないでよね!!
 わたしが服を着ると、トラップも身を起こして、仕方なさそうにシャツに袖を通していた。
 ……忘れかけてたけど、トラップって病人だったんだよね。……大丈夫なのかな?
「あ、あの……お腹空いてない? 夕食もらってこようかっ」
「……いいって」
 今更恥ずかしくなって外に出ようとしたんだけど。その瞬間、トラップに手首をつかまれた。
「おめえがいれば、十分」
「……何言ってんのよっ」
「俺、病人だぜ? 寒くてたまんねえの。あっためてくれよ」
 ……調子いいんだから。
 ベッドの中で、ぎゅーっと抱きしめられて……トラップのぬくもりに包まれているうちに。
 何だか、わたしはとろとろと眠くなってきて……
 ふと隣を見れば、いつのまにか、トラップも目を閉じている。
 ああ、寝ちゃ駄目だって。クレイ達が帰ってきたらどうするの……寝ちゃ……
112トラパス 温泉続編 20:03/09/26 21:56 ID:/a+cjkOz
 ――バタンッ
「ただいま、パステル。トラップの調子は……ど……」
 目が覚めたのは、ドアの開く音だった。
 うーっ、何だろ……?
 わたしが眠たい目をこすって身を起こすと……ドアの前で硬直しているクレイと、ばっちり目があってしまった。
「クレイ、どうしたんですか?」
「くれぇー。ぱーるぅはー?」
 姿は見えないけど、クレイの後ろから響くキットンとルーミィの声。
 クレイは、強張った笑みを後ろに向けて……そして、わたしの方をちらっと見ると、真っ赤になって言った。
「ごめん、お邪魔しましたっ」
 バタン
 再び閉じられるドア。もー、何なのよ……って……
 はっ。
 わたしは慌ててまわりを見回した。
 わたしは、トラップのベッドで一緒に寝ていて……
 そして、隣では、そのトラップ当人も、しっかり寝息をたてていて……
 服だけは着てたけど、その、これは、どう見ても……ねえ……
「く、クレイ、待って! これはっ……」
 誤解、と言いかけて口をつぐんでしまった。だって、誤解じゃないんだもん。
 それに、ベッドから出ようとして気づいた。トラップの手が、わたしの手首をしっかり握っている。
 もーっ、ばかばかばかっ!! 見られちゃったじゃないのー!!
 ぽかぽかとトラップの頭を殴ると、トラップもゆっくりと目を開けて、
「ってえな……あにすんだよ……」
「ばかあっ!! クレイ達が帰って来たの!! 見られちゃったじゃないのっ!」
「ああん?」
 トラップは、乱れた赤毛をばりばりかきむしっていたけど、ふんと鼻で笑った。
113トラパス 温泉続編 21:03/09/26 21:57 ID:/a+cjkOz
「いいじゃねえか。どうせ黙ってるわけにはいかねえし。見せつけてやれば」
「ななな何言ってるのよー!!」
「あんだ? おめえ、俺と恋人同士になるの、嫌なのか?」
 ……嫌、じゃないけど……
「じゃ、いいじゃねえか」
 そういう問題じゃないんだってば!!
 ゆっくりとキスしてくるトラップの頭をはたき倒して、ベッドからおりた。
 と、とにかくっ! ちゃんとクレイ達に話さないと……ちゃんと……
 ……あれ?
「パステル?」
 あれ、何? ……何か、床がぐるぐるまわって……
 熱い……
「おい、パステル!!」
 トラップの声を聞きながら、わたしは床に倒れこんでいた。
 
「風邪、ですね」
 ベッドの傍らに告げたキットンが言った一言。
 その一言に、まわりに立っていたクレイが呆れたようにためいきをついた。
 ルーミィとシロちゃんは、何が何だかよくわかってないらしく、「ぱーるぅ? かぜなんかあ?」と言っている。
 トラップは……そっぽを向いていた。
 もーっ! 誰のせいだと思ってるのよ!!
「……俺達がいない間何やってたんだ、なんて聞くつもりはないけどさあ、パステル。トラップ……何ていうか……いや、まあうつっちゃったものはしょうがないけど」
 クレイは何だか物凄く色々言いたそうだったけど、結局それ以上は何も言わなかった。
 ううう、ごめんなさい……
 わたしは今、ベッドに横になっている。
 物凄く全身が熱い。汗が止まらない。つまりは、この間のトラップと同じ状態。
 トラップ本人は、もうすっかり治ってる……それって、キットンの薬のおかげだけじゃないよね、絶対。
114トラパス 温泉続編 22:03/09/26 21:57 ID:/a+cjkOz
「まあまあ。私達が取ってきた薬草があれば、すぐに治りますって。明日には出発できるでしょう」
 言いながらキットンが取り出したのは、この間の薬に負けず劣らずどろどろした液体。
 ううっ、何あの色? 何で、緑の中にショッキングピンクが混じってるの?
「はい、パステル。これ飲めばすぐに治りますよ」
「ううう……」
 の、飲むの? これ。胃がむかむかして、何も食べたくないんだけど……
 わたしが躊躇していると、トラップがにやっ、と笑って、コップを取り上げた。
「あんときの俺の気持ち、わかっただろ?」
「……」
 黙ってこっくり頷く。確かに、食欲が無いときにこれはきつい。
「わあったら……おい、クレイ、ちょっと外出てろ」
「え?」
「バーカ、気いきかせろっつの。ほれ、キットン、ルーミィ、おめえらも出た出た」
「ちょっとちょっと何なんですか」
「とりゃー! 何すんだおう!!」
 キットンとルーミィの抗議を無視して、トラップは彼らを外に追い出した。
 最後に、クレイに向かってぱちんとウィンクをして……
 クレイは、やれやれとためいきをつきながら言った。
「無茶だけはすんなよ」
「わあってるって」
 バタンとドアが閉まる。部屋の中には、わたしとトラップの二人だけ。
 ……何するつもりよう。
「おわび、償い、お礼、仕返し。まあ、何でもいいけどよ」
 言いながら、トラップはぐっと薬を口に含んだ。
 ……風邪のときには、これ、凄く効果的かもしれない。
 トラップの唇を受け止めながら、わたしはぼんやりと考えていた。
115トラパス作者:03/09/26 21:59 ID:/a+cjkOz
完結、です。
フォーチュンらしさ、とか原作キャラ壊してないか、とか
色々気になるところはありますが・・・
明るさとほのぼのさを目指して、がんばりました。
リクエストくださった方が気に入ってくださるかがとても心配……
後、マンネリ化しているエロ描写が(苦
フォーチュンの世界観を壊さない程度のエロ描写って難しいです。
オリジナリティあふれる描写が書けるようになりたい……
116トラパス作者:03/09/26 22:00 ID:/a+cjkOz
>>307
割り込んでごめんなさい。
サラさんがかわいそうで泣けてきました。
続き楽しみにしています。

早くもスレ容量が150KB近くに(汗
大丈夫でしょうか……
117名無しさん@ピンキー:03/09/26 22:08 ID:ITq5FV4L
リ、リアルでトラパス作者様に出会えた・・・
この喜び・・・忘れません!
温泉編最高です!結局気づかないところがなんともパステルらしい(笑
118サンマルナナ:03/09/26 22:08 ID:xfRl1WSv
「…」
「これでも一時期、本気で冒険者になりたいって思ったこともあるのよ。
毎日、あなたと、いたかった。そうしたら、何か違ったかしら?」
涙はそのままに、綺麗な顔をくしゃくしゃにして彼女は…笑った。
おれは、何も言えずに、ただ彼女の身体をきつく抱きしめることしか出来なかった…

家まで送り届ける途中、「明日正式な断りの連絡をいれます」とサラは言った。
「…ありがとう」
「いいのよ」

冷たい風に吹かれながら、おれはまた、夕方と同じようにサラが見えなくなる曲がり角を曲がった。
そのまま迷わずに、ドーマの町を歩いていく。
ブーツ家に向かって。

…でも、さすがにもう寝てるかな。
時間を確認していなかったけれど、もう深夜近いはずだ。
でも。おれは冷たい空気を肺に満たすように息を吸った。
今、パステルに会いたい。
寝ていたら寝ていたで、顔が見たい。触れたい。

>>トラパス作者様
こちらこそごめんなさい!なんだか最初の予定より伸びてきてしまって(汗
書き終わったら、読みます。
119サンマルナナ:03/09/26 22:30 ID:xfRl1WSv
信じられない。
こういう偶然ってあるのかな?
おれがトラップの家の前に着くと、勝手口の前に寝巻き姿のパステルが座り込んでいた。
手には暖かそうなココア。
高鳴る心臓を必死で押さえて、出来るだけゆっくりと歩み寄る。
「おいしそうだな、パステル」
「へっ?」
ものすごく間の抜けた表情!こういう反応がパステルなんだよなぁ。
慌てたように、でも小声でパステルはおれに聞いた。
「あれー??クレイ?どうしたの?」
「散歩。パステルこそ、眠れないの?」
「う…うん。ううん。…起きてたの」
「何で?―あ、となり座っていいかい?」
「あ、どうぞどうぞ。えーと…えーとね、星を見てたのよ」
「ありがとう。で、なんでいきなり星なんか?」
こう聞くと、パステルの顔が一気に紅潮していった。
なんだ?おれ、なんか変なこと聞いたのかなぁ?
と、パステルがつっかえつっかえ話しだした。

「…誕生日、一番最初に祝いたくて」
「え?」
「それで星を見て、時間わかるじゃない?見てたんだけど…まさか本人が来るなんて思わなかったよ…」
暗がりのなかで、おれが脇に置いたカンテラに照らされて、パステルはうつむいた。
「…びっくりした〜。でも、おめでとう。クレイ」
120サンマルナナ:03/09/26 23:04 ID:xfRl1WSv
…これは。
いつも鈍感、鈍感、って言われるおれだけど…
もしかして、と考えてしまっていいのかな?
「ねぇ、パステル」
「えっ?」
ひっくり返したような声。同時にふたりで人差し指を立てて、シーッ!と言い合って、笑った。
「おれ、婚約しないことになったんだ」
「ええ!?」
シーッ。今度はおれだけ。
パステルは口をぱっと押さえて、おずおずと聞いてきた。
「な…なんで?」
じっと見つめるとまたパステルのほおがピンクに染まる。
…可愛い。
次の瞬間、隣に座っている背中を抱き寄せて、おれはパステルにキスをしてしまっていた。
何度も、何度も。唇に、ほおに、鼻に、耳に、くびすじに。
キスをするたびにパステルの体から力が抜けていくのがわかる。
「パステルが好きだから…いちばん好きだからさ」
そう抱きしめて囁くと、パステルは怒ったようにおれを睨んで、―ひとこと。
「馬鹿…頑張ってあきらめようとしてたのに」
そうつぶやいて、今度は自分から、おれの胸に飛び込んできた。



終わりです…
ほんとにだらだらともうしわけございませんでした。
121名無しさん@ピンキー:03/09/26 23:26 ID:rQbcEQWQ
いいです!
トラパスファンだったのにクレパスにも萌えることになろうとは…
皆さん神です
122名無しさん@ピンキー:03/09/27 00:51 ID:kAVcksix
こんなに良い作品ばかり読ませて頂いて・・・(;´д⊂
バチが当たりませんように!!
123クレ×パス 前スレ606続き:03/09/27 01:04 ID:11xTW109
 ………どうしよう。頭の中が混乱して、どう答えていいか解らない。昨日の
激痛と、これからどうなるのか解らない不安。抱きしめて、そして、わたしを
クレイで満たして不安を消して欲しい、そんな願いとで混乱してる。服を脱い
だとき、こうなるって覚悟はしたはずなのに。なのに……。
 クレイの手が肩に触れる。振り返ると、泣きそうな顔してわたしを見つめてる。
早く答えなきゃ、早く…。で、でもっ。
 肩の手が離れた。慌ててその手を捕まえて、握りしめる。答えなきゃ。そう
しないと前みたいに後悔……。そう……、ギアの、ギアの時みたいに、ずっと
後悔することになっちゃう。勇気、出して。
「クレイ。い、いいよ。ひとつになろう?」
微笑んだつもりだけど、ちゃんど笑えたかな。

 わたしの額にかかった髪の毛を払って、クレイは額にキスをする。続けて、
瞼、頬。そして、唇。
「ん……、ふうっ……」
クレイの手がわたしの体を撫でていく。触れられてるところが熱い。
「はっ! あ、くぅうん……」
クレイの指が足の間に触れた。さっきのので、感じやすくなっているみたい。
強い刺激にクラクラする。
「……いくよ、パステル」「うん………」
体のわきについたクレイの左腕を掴む。
「優しく……、して、ね……」「ああ……」
「大事にして欲しい……」「解ってる……」
わたしの溢れ出した涙を、クレイは拭って微笑んだ。それだけで、凄く嬉しい。
124クレ×パス 123続き:03/09/27 01:10 ID:11xTW109
クレイのが当たってる。思わずクレイの腕をギュッと握った。
「大丈夫だから、力を抜いて」「う、ん………」
ぐっと割り込んでくるの感じる。昨日ほどじゃないけど、少し痛い。
「う、あ、くっ………。ちょっと、まって」
「ゆっくり行くから、少し、我慢して」「ん………」
ゆっくり、クレイが、満たして、くる。
「う、く、パステル、力入れないで。俺も、痛くて……」
「え……、あ、ああ……。うん……」
で、でも、どうしたら……。そうだ、息を深くして……。ぐっ、と、クレイが
奥に進んでくる。
「くっ……、はぁ……」
 あ……、奥に、当たってる。なんだか、その場所だけじゃなく、心も満たされた
感じがして胸が一杯になった。
「う、動くよ……」「ん………」
 ゆっくり、ゆっくり動き出す。始めに感じていた痛みは徐々に消えていって、
変わってその場所から快感が広がって、体を、心を埋めていく。
「あっ……、ふぁあっ……、ん、ふ、ああっ」
 じっとしてられない。中を擦られるたびに、体がビクビクと反応して動いて
しまう。
125クレ×パス 124続き:03/09/27 01:12 ID:11xTW109
「やぁっ……、ああん……、く……、ふうっ…、ああっ、んん!」
 クレイがの動きが早くなって、快感が高まってきた。でも、体が自分の物で
なくなってしまうような不安も同時に感じてる。わたしはクレイの方へ、抱き
しめて欲しくて両手を突き出した。
「あっ、くっ、はあああっ!」
 抱きあって、繋がりが深くなる。それでも、不安は消えず、もっとクレイを
感じたくて、腰が浮かせてクレイを求めてしまう。
 もう、理性なんてどこかへ飛んでしまったみたい。快感に溺れてしまっている。
体を反らして、恥ずかしい声で叫んでる。
「ああっ、く、ふあっ……、んん、い、あっ……、ふっ、あんっ…、ああ……」
もう体、おかしい。浮いてっ、あっ、おちる、落ちちゃう!
「ふっ……、ううっ……、おれ、もう、パステルっ!!」
「やっ……、やはぁ…、あ、は、んんっ……、クレイっ、クレイっ……、もっ、
いっ……、あっ、あっ、あっ……、っ………、あああああああっ!!」
 わたしはクレイにしがみついて、クレイはわたしに抱き締めて。今まで以上の、
快感の絶頂に、体も、心も解け合うような感覚に意識がとぎれていった。
126名無しさん@ピンキー:03/09/27 02:00 ID:vCqXIiI3
トラパス温泉続編、よかったです。フォーチュンの明るさ、ほのぼのさがすごくでてました!
これからの作品も期待してます(゚∀゚)
そして、サンマルナナさんもすごくよかったです!クレイらしさがよく出ててカッコ良かったっす!
よければまた書いてください!!
127名無しさん@ピンキー:03/09/27 02:15 ID:D99zH3Nj
トラパスの神様、いつもご苦労様です。堪能させていただいております。
温泉編は一番ツボだったので、続編が読めてうれしかった・・・!
修羅場マッサージ場面なんてもう悶絶しそうになりました。
「そう!マッサージは立派な前戯!」
「そうそうそう!背中とか耳とか太ももとか足首のほうが感じるのよねん!!」
とか、少ない実体験に基づき、リアルに悶々としております。
これからもホノボノエロチカルな作品を期待しております。では。。。。
128クレ×パス 125修正:03/09/27 05:34 ID:E9DyYK6A
×  わたしはクレイにしがみついて、クレイはわたしに抱き締めて。今まで以上の、
  快感の絶頂に、体も、心も解け合うような感覚に意識がとぎれていった。

○  わたしはクレイにしがみついて、クレイはわたしに抱き締めて。触れ合った
  体か伝える充足感と今まで以上の快感の絶頂が、二人の体と心を解け合わせな
  がら意識を奪っていった
129トラパス作者:03/09/27 12:59 ID:bg+O9xkD
ええっと、今日はこの後バイトがあるので早めの更新。
ちょっと前にリクエストされた
「トラパスクエスト続編のトラップ/ステア視点」バージョン。
オールトラップステア視点です。ああ、難しかった……
つまり、ストーリーそのものは「トラパスクエスト続編」と全く同じなのですが。
トラップの視点からのこの話はどうなっているか……ということです。
ええっと、注意点。
・暗いです
以上。
本当にとことん暗いです。前作温泉続編を明るくまとめたのに、その反動からなのかとんでもなく暗いです。
話の設定上、仕方ないといえば仕方ないのですが……
明るい話が好きな方、申し訳ありません。次作が明るくなるようせいいっぱい努力します。
リクエストくださった>>80さん
こんな話で、満足いただけるでしょうか?
 目が覚めたとき、目の前にいたのは、知らねえ女。
 蜂蜜みてえな色の長い髪と、今にも泣きそうなはしばみ色の目。色気に乏しい身体。
 その女は、体を起こした俺に、突然すがりついてきた。
 ……誰だ? おめえ。
 会ったこともない奴に、こんなになれなれしくされる覚えはねえ。
 女を突き飛ばすと、この世の終わりみてえな顔で俺を見やがった。
 ……誰なんだよ、てめえは。
「あんた、誰だ?」
 聞いた途端、女の顔が泣き出しそうに歪んだ。
 その顔を見た途端、俺の胸の隅に走った痛みは……何なんだろう?
 
 最近パステルの機嫌がいい。ま、俺もだけどな。
 ギャンブルで作った借金のせいでみんなを巻き込んだクエスト。あのクエストから、俺とパステルは晴れて両思いになれた。
 そう考えると、ギャンブルも悪いもんじゃねえよなあ。もっとも、誰も賛成しちゃくれねえだろうが。
 俺の名前はトラップ。職業盗賊。ただいま、最高のお宝である惚れた女を手に入れて上機嫌。
 何しろなあ……あの方向音痴マッパーは、俺の親友とタメを張れるくらい鈍感な女だからな。俺はずーっとあいつを見てたっつーのに、その気配にすら気づかねえときたもんだ。両思いになれるまでの道のりの長かったこと。
 そんな思いをもんもんと抱えながらのクエストは結構辛かったが、それももう終わりだ。クレイやキットン、ノルにもちゃんと話した。もう遠慮するものなんか何もねえ。
 もっとも、二人きりになれるチャンスが、そうあるわけでもねえんだけどな……
 俺がそのクエストの情報を手に入れたのは、たまたまカジノでヒュー・オーシとばったり出くわしたときだった。
 珍しいところであうもんだ。まあ一杯、と酒を酌み交わしたところ、買い手がつかねえクエスト情報をタダでせしめることに成功した、ってわけだ。
 断じて、酔っ払わせて口車にのせたわけじゃねえぞ。
 そのクエストは、どっかの城に眠る財宝を見つける、という、まあありがちといえばありがちなクエストだった。
 が、買い手がつかなかっただけあって、なかなか厄介そうな代物だった。
 その城の元城主は大した財産は持ってなかったらしい。近隣でも有名な放蕩城主で、財産を湯水のごとく使い尽くして城しか残らなかったところでようやくその地位を追われたとかいう話だった。
 当然城の中にめぼしいものなんざ何もねえ、はずなのに、中は罠だらけのモンスターだらけで、難易度だけはやけに高いとか。
 そのとき、俺の盗賊としての勘がびびっと来た。
 この城には、ぜってえ何か秘密が隠されてるに違いねえ。
 もしかしたら、すげえチャンスかもしれねえな、こりゃ。
 っつーわけで早速クレイ達に相談してみた。最初はいまいち乗り気じゃなかったみてえだが、俺の説得に心動かされたのか、結局は「行ってみようか」ってことになった。
 まあな。どんな罠だろうが、この俺がいれば問題ねえって。モンスターだって、クレイとノルがいりゃあ何とかなるだろう。あいつら、レベルが低い割に腕は立つからな。
 そう言っても、パステルの奴は不安そうな顔をしてやがったが……安心しろよ。
 おめえは俺が守ってやるから。例えこの身体と引き換えにしてもな。
 
 ところが! ちっと考えが甘かったかもしれねえ、と思ったのは、城の一階をどうにか突破したときだった。
 この城の罠、誰がしかけたのか知らねえが、相当高レベルだぞ……
 どれもこれも一筋縄ではいかねえ罠ばっかりで、一度なんか、危うく頭ごと串刺しになるところだった。
 こんなのが五階まで続くなんて、いくら俺でも持たねえぞ。くっそ、どーすればいいんだか。
 クレイ達も相当疲れてるみてえだし、引き返すかあ……?
 一瞬そう思ったが、すがりつくようなパステルの視線を受けると、「きついから帰ろう」とは言えなかった。
 よーするに、男の見栄って奴だよ。惚れた女にいいとこ見せてえっていう、つまんねーもん。俺にそんなもんがあるとは思わなかった。
 気がついたら、俺は思ってることと正反対のことを言っていた。
「だらしねえなあ。まだまだ先は長えんだぞ? ほれ、さっさと立つ立つ」
 俺の言葉に、パステルの奴は異世界の生物でも見たかのような目を向けてきた。
 こいつ、まさか俺がちっともへこたれてねえ、なんて思ってるんじゃねえだろうな?
 ……鈍い女だからな、ありえそうだ。
「ねえ、トラップ。引き返さない? わたし達じゃ、ちょっと無理だよ」
 そのパステルの言葉に、どれだけ頷いてしまいたかったか。
 というより、俺の台詞より前に言われていたら、俺は多分「ちっ、仕方ねえなあ」とか言いながら、内心ほっとしてその案を受けただろう。
 しかし、だ。あんだけ啖呵を切っておいて、今更「実は疲れてます」なんて言えるか!
「ああ!? ここまで来て引き返す? おめえなあ、それでも冒険者か! この先にお宝が待ってんだぞ!」
 俺の台詞に、パステルは救いを求めるような視線をクレイに向けた。
 ……ちょっとむかつくぞ。クレイを頼るんじゃねえよ。
 身勝手な思いだ、と自覚しつつつぶやいていると、クレイはしばらく考えた後、
「……よし。とりあえず二階の攻略には挑戦してみよう。もしかしたら、簡単に突破できる通路みたいなものがあるかもしれないし。無理そうだったら、あるいはキットンの薬草が尽きたら、今回は諦めて引き返す。それでいいな?」
 と言った。実は、「危険だ。今すぐ引き返そう」って言ってくれんの期待してたんだけどな。
 まあ、こうなったらしょうがねえ。もうひとふんばりすっか。そんな都合のいい通路が見つかるとも思えねえし、クレイやノルの様子見てる限り、三階以上には行けそうもねえしな。
 軽く考えると、俺は二階へと足を向けた。
 
 相変わらずのきつい罠とモンスター。二階も一階と大差はなかった。
 が、その通路だけは別だった。
 割と広い通路で、ここを進まねえと三階には行けねえ。ところが、モンスターはただの一匹もいない。
 おまけに、それまで白一色の単調な色使いとはかけ離れた、赤、青、黄色のカラフルなタイルが敷き詰められている。
 盗賊としての勘を使うまでもねえ。罠だな。
 念入りにタイルを見てみる――やっぱりか。
 敷き詰められてるように見せかけて、タイルとタイルの間にわずかに隙間が空いていた。こりゃあ……
「……あー、こういうタイプの罠か」
「どうしたの?」
「ここな、特定のタイルを踏んでいかねえと、多分罠が発動する。俺が歩いた場所だけを通れよ。一歩でもずれたら多分アウトだ」
 俺の言葉に、クレイが慌ててルーミィとシロを、ノルがキットンを抱えあげた。
 まあ、奴らは俺と違って足が短けえからな。賢明な判断だろう。
 しかし……厄介だな。こりゃ。
 ほとんど罠の見分けがつかねえタイルを、慎重にチェックしながら進む。
 大体、こーいうのは一定の法則がある。例えば、ある順番通りの色のタイルを踏んでいく、とかだ。
 が、この城の罠を考えると、どうやらそう見せかけて途中で法則を外しているとみた。
 面倒くせえが、一歩一歩チェックしながら進んでいくしかねえんだろうなあ……
 と、俺がこれだけ細心の注意を払っていたのに、だ。
 ガコン
 背後から聞こえたのは、すげえ不吉な音だった。
 嫌な予感がしたんだよ。ちょうど、俺が予想した通り「色の順番パターンの法則を外したところ」で聞こえた音だったから。
「あ……」
 聞こえた小さな声は、まぎれもなく……俺が自分を犠牲にしてでも守ってやると誓った女の声だった。
「パステル!」
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
 呼びかけに返ってきたのは悲鳴。
 その瞬間、罠は発動していた。
 上に乗ってる俺達のことなんかお構いなしに、タイルがどんどん組み替えられていく。
 はっきり言ってバランスを取るのがせいいっぱいで、とてもじゃないがあいつを助ける余裕はなかった。
 ガコン、という音が止まったとき。
 それまで赤、青、黄色のタイルが雑多に入り混じっていた通路は、赤は赤、青は青、黄色は黄色のタイルでまとめられた、見事な三色のゾーンに別れていた。
 そして。
 俺とクレイ、ルーミィ、シロ、ノル、キットンは、幸いなことに同じ色……赤のタイルに乗っていたから、運ばれた場所もそう離れていなかった。
 パステルの奴だけが、青のゾーンを挟んだ黄色のゾーンに取り残されてやがる。
 あんのバカ……
 すぐに助けてやりたかったが、うかつに動くわけにはいかねえ。罠はまだ完全に終わってねえかもしれねえからな。
 こういう罠の場合、大抵は……
 瞬間、俺は後悔した。すぐに「大人しくしてろ。すぐ助けてやるから」と言わなかったことに。
 パステルの奴は、何も考えてねえのか……ためらいもなく、俺達の方へと一歩踏み出しやがった。
 あんの……
「バカ!! 動くんじゃねえ!!」
「え?」
 俺の警告は遅すぎた。
 俺の耳に届いたのは、カチリ、という本当に微かな音。
 その瞬間、目の前から……パステルの身体が消えた。
「きゃあああああああああああああああ!!」
 くっそ、こういう落ちかよ!!
 罠の最終形態。どこかのゾーンで人が動くと、そのゾーンのタイルがごそっと消える……
 落ちたか!?
 考えてるときには、俺はもう走り出していた。
 幸いなことに、パステルは、何とか青のゾーンに指をひっかけて耐えていた。
 間に合ったか……
「きゃあああああああ! だ、誰か助けてえ!!」
「うっせえ! 黙れっ」
 ぎゃあぎゃあわめいてるところを怒鳴りつけると、パステルは、今にも泣きそうな、それでいてすごくほっとしたような表情を浮かべて、情けねえ声でつぶやいた。
「とらっぷぅ……」
「あーったく、おめえはどこまでドジなんだよ!! いいか、今引き上げてやっから、暴れんなよ!!」
 即座にその手首をつかむ。「トラップ、手伝う」というノルの声に、場所を空けようとして……
 そのときだった。
「……え?」
 パステルの小さな声。俺の背中を走るとてつもなく嫌な予感。
 その瞬間……パステルの身体が、穴にひきずりこまれた!!
「きゃああああ!?」
「うわああああああああああああ!!!」
 すげえ力だった。モンスターなのか、何なのかはわからねえが……
 体重の軽い俺では、とても支えられなかったくらいすげえ力。
 手を離す、という考えは浮かばなかった。落ちると同時に、俺はパステルを抱え込んでいた。
 ――おめえは、俺が守る。
 例え俺自身を犠牲にしても、おめえだけは、絶対に――!!
 落ちる最中、壁を蹴って体勢を入れ替えた。パステルが俺の上になるように。
 かなり深い穴だな、こりゃ。
 ああ……まずいかもしんねえ。
 でも。
 パステル。おめえさえ無事なら。おめえさえ生きていてくれれば、俺は……
 しがみついてきた身体を強く抱きしめた途端。
 俺は、頭に激しい衝撃を受けた。
 ぐしゃっ、という妙に生々しい音。首筋に感じる、生暖かい気配。
 それが最後だった。そのまま、俺の意識は、闇の中へ沈んでいった。
 
 ……俺は、何をしてたんだ……
 何のために、こんなことになった?
 誰かを守りたかった。誰かを大切にしていた。
 誰かを愛していた。
 誰かって、誰だ? そんな奴が、本当にいたのか?
 思い出せねえ。そんな奴、本当はいなかったんじゃねえか……?
 いなかったとしたら……この違和感は何だ?
 ……俺は、一体……
 脳裏に響く一つの名前。誰かが必死に呼びかけている名前。
 だけど……違う。俺はそいつじゃねえんだ。
 今の俺は……今の俺の名前、は……
 目が覚めたきっかけは、誰かの手が、俺の額から冷たい布を取り上げたことだった。
 ……頭、いてえ……何が、起きたんだ?
 反射的に、額に手を伸ばしてきた奴の手首をつかんでいた。
 びくり、という反応が返ってくる。
 ……誰だ……?
 目を開けてみると、目の前に、知らねえ女がいた。
 蜂蜜みてえな色の長い髪と、今にも泣きそうなはしばみ色の目。色気に乏しい身体。
 ……こんな女、知らねえ。誰だ?
「と、トラップ?」
 女は、俺を見て、幽霊でも見たかのような顔でつぶやいた。
 ……とらっぷ? 罠?
 何だ、そりゃあ……
 だが、俺の困惑なんざお構いなしに、女は、
「トラップ、トラップ、よかった目が覚めたのね!!」
 と言いながら、俺にしがみついてきた。
 ……誰だよてめえ。知らねえ女に、ここまで馴れ馴れしくされる覚えはねえぞ。
 反射的につきとばすと、女は、この世の終わりみてえな顔で俺を見た。
 ……何でそんな顔するんだよ。
「……あんた、誰だ?」
「え……?」
 俺が聞くと、女は目を見開いた。
 ……質問に答えろよ。とろい女だな。
「あんた、誰だ?」
 もう一度聞いてやると、女は目にいっぱい涙をためて聞き返してきた。
「トラップ……どうしたの? わたしよ、パステル……」
 パステル……それがこいつの名前? ……知らねえな……
「……知らねえ」
「トラップ!?」
「だあら……誰だよ、そのトラップって」
 パステル、とか言ったか? こいつ、何言ってやがるんだ? 誰と勘違いしてるんだ……?
 俺は、俺の名前は……
「俺の名前はなあ、ステア・ブーツってんだよ。変な名前で呼んでんじゃねえ」
 俺がそう答えた瞬間。
 パステルと名乗った女の顔が、ひきつった。
 そのまま、何も言わずに部屋をとび出していく。
 ……一体何だったんだ、今のは。あの女、何者だ?
 それより……
 ここ、どこだ?
 
 俺が部屋を見回していると、けたたましい音と共にドアが開いた。
 そこに立っていたのは、さっきの女――パステル。
 その後ろには、俺の幼馴染、クレイと、会ったこともねえガキが一人、巨人が一人、ボサボサ頭の変な男が一人、ついでに犬が一匹。
 ……何なんだこいつらは。クレイは何でこんな奴らと一緒にいるんだ?
 俺とクレイは、家が近所で、ガキの頃からの付き合いだ。クレイの知り合いで俺の知らねえ奴はほとんどいねえと思ってたが……
「よおクレイ……何なんだよ、この連中は」
「おい、トラップ……」
 おいおい。クレイ、おめえもかよ。
 トラップ? 人の名前……だよな。誰なんだ、そりゃあ。
「ああ? おめえまであに言ってんだ? 誰だよトラップって」
「お、お前なあ……」
 俺の言葉に、クレイは呆れたような視線を向けてきた。
 ……呆れたのはこっちだぜ。鈍い奴だとは思ってたが、十年以上付き合いのある人間の名前を忘れる間抜けだとは思わなかった。
「幼馴染の名前忘れたのかよ? 俺の名前はステア・ブーツってんだよ。さっきからこの女もわめいてたけど、誰なんだよトラップって」
 パステル、とかいう女を指差すと、女は今にも泣きそうな顔でこっちを見てきた。
 ……なんでそんな顔すんだよ……
 大した美人でもねえし色気もねえ。はっきり言っちまえば、俺の好みからは外れたガキくせえ女だ。
 なのに、こいつが悲しそうな顔をすると……何でだか、胸が痛くなる。
 ……何でだ?
「あのー、ちょっといくつか質問させてよろしいですか?」
 そのとき前に出てきたのは、クレイでもパステルでもなく、いまだに名前も知らねえボサボサ頭だった。
 妙に背が低くて、つかみどころがねえ雰囲気……誰なんだ、こいつ。
「誰だあんた?」
「あー気にしないでください。医者だと思ってください。えーと、ですね。とら……ステアさん。あなた年はいくつですか?」
「ああ? 何でてめえにんなこと教えなきゃいけねえんだ」
「あのですね、あなた、覚えてないかもしれませんが、頭を打ってずっと寝ていたんですよ。記憶が混乱しているといけませんので、いくつか確認させてほしいだけです」
 警戒心をこめて聞いてみたが、ボサボサ頭は何も気にしてねえみたいだった。
 マイペースな野郎だな。一体何者なんだよ。
 クレイの奴が一緒にいるんだから、悪党の類ではねえんだろうが……
 俺が仕方なくボサボサ頭に向き直ると、ボサボサ頭は頭をかきむしりながら聞いてきた。
「では、改めてお聞きしますが、年はいくつですか?」
「17だよ。もうすぐ18になるな」
「ほうほう。えーお住まいは?」
「ドーマっつう街……おい、そういやここはどこなんだよ。俺の部屋じゃねえな」
 そういやあ、結局ここはどこなんだ……? 俺は、ドーマの家にいたんじゃねえのか?
 ドーマで……俺は、盗賊団の跡取りとして、修行の最中で……
 ……何でこんなとこにいるんだ? ドーマじゃねえよな、ここは……
 だが、俺の質問に答えず、ボサボサ頭は続けた。
「あのですね、目を覚ます前……何をしてらしたか、覚えてますか?」
「…………」
 そういや、俺、何で寝てたんだ。
 寝てた……違うな。何か頭がいてえ……
 ちっと頭に手をやってみたら、包帯が巻かれていた。……俺、怪我してるのか?
 何で、怪我なんかしたんだ? 俺、何してたんだ……?
 修行中に、何かミスったのか? それとも……
「覚えてねえ……」
 思わずうめくと、ボサボサ頭はうんうんと頷きながら言った。
「そうですか。ま、あなた一週間以上も寝てたんですからね。頭の怪我は怖いですから、もうしばらく大人しく寝ていた方がいいですよ」
「…………」
 一週間。一週間以上、こいつらは俺と一緒にいたってのか?
 ……クレイが一緒にいるってことは、俺は……クレイと一緒に出かけて? それであいつらと知り合った?
 で、何をしたんだ……?
 ……思い出せねえ……
 仕方なく、俺はベッドに横になった。というより、それしかやることがなかった。
「隣の部屋に、行きましょうか」
 というボサボサ頭の声と、ドアが閉まる音。どうやらみんな出て行ったらしい。
 ……一体、何がどうなってやがるんだ……?
 それから、あいつらがどんな話をしたのかは知らねえ。
 一応、簡単な事情は告げられた。
 俺は冒険者になっていて、こいつらと知り合った。こいつらは俺のことをトラップと呼んでいた。
 そして、「トラップ」は、どっかのクエストで罠にひっかかって大怪我をした……ということ。
 聞かされても何の感慨もわかねえ。それが俺のこと? 何かの間違いじゃねえか?
 ただ、罠にひっかかるなんて間抜けな盗賊だな、という思いがしただけだ。
 そう言うと、皆は意味ありげに顔を見合わせていたが……
 とりあえず告げられたのは、俺の怪我は結構な重傷だから、絶対安静にしてろ、ということ。
 そして、その間の世話は、あのパステルとかいう女が全部見る、ということだった。
 ……俺の意思は無視かよ。
 そうつぶやいたが、誰も聞いちゃいねえ。
 最初のうちこそ、クレイを初めとして、ガキやらボサボサ頭やら巨人やらが入れ替わり立ちかわり様子を見に来たが……ちなみに、ルーミィ、キットン、ノル、というらしい。ついでに犬の名前はシロ。まあ、聞き覚えがねえことにかわりはねえが。
 そのうち、「あんまり大勢で押しかけても疲れるだろう」とキットンとやらが言い出して、出入りするのはパステルだけになった。
 ……何で俺の世話すんのがてめえなんだよ。クレイにやらせろよ、せめて。
 俺の抗議なんかどこ吹く風で、パステルは、実に嬉しそうに俺の世話を焼いていた。
 
 それは俺が目を覚ました翌日のことだった。
「というわけで、トラップ。わたしが世話をするから、よろしくね」
 朝起きたら、枕元に爽やかな顔をしたパステルが立っていた。
 これが、あの情けねえ、今にも泣きそうな顔で俺にすがりついてた女か?
 一体昨日何があったんだか。
 それに、だ。
 俺はトラップじゃねえ。断じて認めねえ。俺の名前はステア・ブーツ。盗賊団ブーツ一家の跡取り息子だ。
「ねえ、聞いてるの、トラップ?」
「……うっせえな。トラップなんて知らねえって言ってんだろ」
 俺が吐き捨てると、パステルはまじまじと俺を見つめた後……にこっと、笑った。
「ごめんごめん、忘れてた。えーと、ステア。って呼んでいいかな?」
 ステア。
 俺の名前……のはずだ。なのに、そう呼ばれた瞬間感じたのは、どうしようもない違和感。
 ……何だ?
「……ステア?」
 パステルの声に、我に返る。
「ああ、好きにしろ」
「うん。ステア、あのね、朝ごはん作ってきたから、食べて」
 そう言ってパステルが差し出したのは、皿がのったお盆。スープとパンに、簡単な炒め物。大して豪華なもんでもねえが……
「作った? あんたが……?」
「そうよ。嫌いな食べ物は、特になかったよね?」
 ……何で知ってんだ? 確かに、俺にはあまり好き嫌いはねえが。
 それより、このどんくさそうな女の手作り? ここは宿じゃねえのか。食事とか出ねえのかよ?
「食べて」
 よっぽど、いらねえ、とつきかえしてしまおうかと思ったが。パステルの奴は、期待に満ちた目で俺を見つめていた。
 ……何でだろうな。こいつのこんな目を見ると……何だか、胸がいてえ。
 仕方なく、俺は皿を受け取った。まさか死ぬこたねえだろう、という気持ちで一口食ってみたが……
「……うめえ」
 予想外にうまい。俺の好みにぴったりあった味付け。……意外だ。
「あんた、料理うまいな」
 褒めてやると、パステルは、それは嬉しそうに笑った。
 悪い奴らじゃねえ。
 付き合って数日もすれば、大体の人柄はつかめる。
 クレイもそうだが、一緒にいる(皆の言葉を借りればパーティーを組んでいる)奴ら、そろいもそろってお人よしの集団らしい。
 パステルを筆頭として、俺の怪我を自分のことのように心配しては、やれ大丈夫か気分は悪くないか何か欲しいものはないか、と、うるさいくらいに心配してくる。
 悪い奴らじゃねえ。むしろいい奴らだ。それはわかるが……
「あのね、トラップは……」
「そうだな、トラップだったら……」
「ぎゃはは。そういうところはトラップと同じですねえ」
 どいつもこいつも、口を開けばトラップトラップと。俺はトラップじゃねえって言ってんだろう。
 パステルもそうだ。飯を作ったり部屋を掃除したりと忙しそうだが、暇を見つけては、「あのね、トラップはね……」と俺に話しかけてくる。
 俺はそんな奴は知らねえ。知らない人間の噂話になんか興味ねえ。
 だが、「うるせえ」と言って無視すると、パステルは、親に捨てられた子供みてえな寂しそうな表情で俺を見やがる。
 ……そんな顔されても困るんだよ。
 しょうがねえだろう? 知らねえものは知らねえんだから。
 だから、言うな。言わねえでくれ。「トラップ」のことは。
 俺の願いが通じたのか、やがて、パステルはトラップの名前を口にしなくなった。
 相変わらず飯だ掃除だ洗濯だとかいがいしく世話を焼いてくれるが、その合間に話すのは、「今日はいい天気だよ」とか、くだらねえ雑談ばかり。
 まあ、トラップの話ばっかされるよりはずっといいけどな。
 それに……
 そうやって雑談につきあってやると、パステルは、実に嬉しそうに笑った。
 悲しそうな顔をされるくれえなら、笑った顔の方がいい。
 そうして一週間が過ぎた。
 相変わらずパステルは俺の世話を焼いていて、俺は大人しくベッドで寝ていた。
 正直言って寝てるしかやることがねえんだよ。ここがどこなのかもよくわかんねえし、「頭の怪我は怖いですよ」とか、キットンが散々脅かしていったしな。
 それに……
 部屋で大人しくしていれば、ずっとパステルの奴と一緒にいれる。
 何でなんだろうな? 目を覚まして以来、ずっと頭に残る違和感。たまに曖昧になる記憶。時々、自分が結局誰なのかわからなくて、すげえ不安になるんだが……
 そんなとき、パステルの笑顔を見てたら、俺はここにいていいんだ、と思えてくるから不思議だ。
 だけど、何でパステルはこんなに一生懸命なんだ? 文字通り朝も夜も俺の世話に追われて。夜だって俺の部屋に泊まりこみで床で寝てるくれえだ。
 ……一応、俺だって男なんだぞ。
「おはよう、ステア! 朝ごはん、持って来たよ」
 俺の考えなんかお構いなしに、パステルの奴は今日も元気だ。
 にこにこしながら湯気の立つ食事を運んで来る。
「……ああ。今日の飯、何?」
「えっとね、卵サンドイッチとスープ。はいっ、たくさん食べてね。あ、何か食べたいものがあったら言ってね。昼食に持ってきてあげるから。寒くない?
 大丈夫だったら、空気を入れ替えたいからちょっと窓を開けさせてね」
 俺に盆ごと朝食を渡すと、パステルはまめに動き始めた。
 窓を開けようとしてベッドの上に身を乗り出してきたとき……ちょっと胸がざわついたのは、何なんだ?
 わかんねえ……
 朝食はうまかった。世話されてわかったが、思ったとおり、こいつは鈍くさくてドジな女だ。
 なのに、料理だけは、何でこんなにうまいんだ?
 黙って食べてると食事はあっという間に終わる。いつもなら、そこでまたベッドに横になるところだが……
 唐突に胸の奥にこみあげてきた思い。気がついたら、俺はぼそっとつぶやいていた。
「……ごちそうさま」
「え?」
 俺の言葉に、パステルはそれこそ鳩が豆鉄砲くらったような顔で振り向いた。
 ……何なんだよ、その反応は。
「……んだよ。そんなに驚くこたねえだろう」
「だ、だって……」
 失礼な奴だな。俺だって……この一週間、何も考えてなかったわけじゃねえんだ。
「……悪かったと思ってんだよ、あんた……パステルには」
「え?」
 謝罪の言葉は、思ったよりすんなり出た。
「俺が目え覚めたとき……心配してくれたあんたをつきとばして、悪かったと思ってんだよ。ここんとこ、ずーっと俺の世話にかかりっきりだしな」
「あ、何だ。そんなこと、気にしなくてもいいのに」
 俺がそう言うと、パステルは無邪気に笑って答えた。
「あのときは目が覚めたばっかりで混乱してたんだし。あなたの世話は、わたしが好きでしてるんだから。だから全然気にすることないよ」
「…………」
 ……そんな顔で、そんなこと言うなよ。
 かあっ、と血が上るのを感じて、俺はパステルから目をそらした。
 何で、そんな……当たり前のことみてえに言えるんだよ。俺、おめえに相当冷たい態度取ってたはずだぜ?おめえにとって、俺は……
 言いかけて、気づいた。何考えてんだ、俺は。
 パステルが俺の世話を焼いてるのは……別に俺のためじゃねえ。 俺の体に宿っていたらしい前の俺、「トラップ」のためじゃねえか。何、勘違い、してんだか……
「……あのさ、ちょっと聞いていいか?」
「え? 何?」
「こうなっちまう前の俺……『トラップ』は……」
「うん?」
 トラップって奴は、おめえの何だったんだ?
 パステル、おめえは……トラップのことが好きだったのか?
 そう聞きたかった。が、結局言葉にならなかった。
 聞いてどうする。そんなこと、俺には何の関係もねえじゃねえか。
 それに……答えを聞くのが、怖かったから。
「……やっぱいいや。昼飯、できれば肉が食いてえ」
 俺がそう言うと、パステルはきょとんとしていたが、気にしないことにしたらしく朝食の皿を片付け始めた。
 ……本当に……鈍い女だな。
 その日が来たのは、それから3日後のことだった。
 相変わらず俺とパステルは他愛もねえ話をしていたんだが、そこに「ちょっと部屋に来てください」とキットンがやってきた。
「ごめん、ステア。ちょっと行ってくるね」
 俺に小さく手を振って、パステルは部屋を出て行った。
 ……気になる。
 俺だけ呼ばれねえ、ってこたあ、どうせ俺のこと、なんだろうな。
 パーティーを組んでたらしい奴らは、みんなそろって親切すぎるくれえ親切だったが……そいつらの目は、だんじて俺を心配している目じゃなかった。
 あいつらの目は、俺を通して、「トラップ」の心配をしてるだけだ。
 ……誰も俺のことなんか見てねえ。パステルも。
 キットンは、何とか記憶を取り戻す手がかりを見つけようと毎日毎日調べ物をしてるらしい。その成果が出たってことか?
 ってことは、俺は……
 ……考えても仕方ねえか。いつも頭につきまとってた違和感は、日を追うごとに大きくなっていく。ここまでくりゃあ、さすがに俺も認めざるをえねえ。
 俺は結局、「仮の存在」でしかなかったんだと。
 ……これ以上考えたって、気分悪いだけだな。
 手持ち無沙汰になって、仕方なく荷物を引き寄せた。「トラップ」の荷物。中は乱雑にものが詰め込まれて、持ち主の性格がうかがえた。
 だけど、その中でやけに整理整頓されているものもあった。これは……盗賊の七つ道具だな。
 普段の生活はいいかげんでだらしなくても、仕事だけはきっちりやる。「トラップ」はそういう性格だったらしい。
 ……俺と同じか。
 七つ道具を取り上げて手入れをしていると、バタン、とドアが開いた。
 立っていたのは、満面の笑みを浮かべたパステル。
「ごめん、遅くなって。ステア、聞いて聞いて!」
 何だよ、うるせえな。
 ふっと視線を向けると、パステルはばたばたと俺の枕元まで走ってきて言った。
「あのね、聞いて、ステア! 記憶を取り戻す手がかりが見つかったの!!」
 …………
 やっぱり、か……
 覚悟はしていたが、実際に言われると、やっぱりちっと……ショックだな。
 俺の存在が、全否定されたみてえで。
 俺の態度にパステルは不満そうな顔を見せたが、すぐに笑顔に戻ってまくしたてた。
「あのね、キットンが見つけてくれたんだけど。この近くに、『ワスレナグサ』っていう花が咲く場所があるんだって。その花は、満月の夜にしか咲かないんだけど、とってもすごい花らしいの。
 開いた花の中には蜜がたまっててね、その蜜を飲むと、失った記憶を取り戻すことができるんだって!! それでね、満月って明日の夜なのよ。だから、ステア。明日、わたしと一緒に、『ワスレナグサ』を探しに行こう」
 パステルの言葉に、俺は余程聞き返してやろうかと思った。
 失った記憶を取り戻す? そりゃあ、「トラップ」が戻ってくるってことだよな。
 ……で、俺はどうなるんだ? 「ステア・ブーツ」はどうなるんだ?
 そう聞いてしまいたかったが……聞けなかった。
 んなこと、聞くまでもねえじゃねえか。どうせ、今の俺は……クエストで罠にひっかかった間抜けな盗賊が作り出した、一時的なもの。
 消えるべきなのは……俺なんだから。
「ねえ、ステア。大丈夫?」
 俺が黙っていると、パステルは俺の顔をのぞきこんで聞いてきた。
 ……頼むから、今の俺に近づかねえでくれ。
 俺、おめえに何言うか、何するかわかんねえぞ。
「……何がだよ」
「何も言ってくれないから……あのね、さっきも言ったけど、そのワスレナグサは満月の夜にしか咲かないから、明日わたしと二人で取りに行くことになるんだ。怪我、大丈夫? 気分が悪いとかない?」
「別に、何ともねえよ」
「よかった! 明日を逃すと、また次の満月まで待たなくちゃいけないもんね。あのね、キットンが大体の場所教えてくれたんだけど、そんなに山奥ってわけでもないから、昼過ぎに行けば十分だと思う。だから……」
 「よかった」か。
 よかったのは……おめえにとって? 「トラップ」にとって?
 どっちにしろ……俺にとって、じゃねえよな。
 何で、おめえはそんなににこにこ笑ってるんだよ。おめえにとって、俺は……
「……嬉しそうだな、おめえ」
「え?」
 俺のつぶやきに、パステルはしばらくの間ぽかんとしていた。
 ……何言ってるんだか。んなこと、聞くまでもねえじゃねえか。
「そりゃ……嬉しいよ。だって、やっと」
「前から聞きたかったんだけどよ」
 パステルの言葉を、俺は慌てて遮った。
 聞きたくねえ、「トラップ」の話なんか。おめえが「トラップ」のことをどう思ってるか……わからねえほど、俺は鈍くねえ。
 だけど、聞かずにはいられなかった。
「ずっと思ってたんだ。何で、俺の世話してるのはおめえなんだ?」
「え?」
「もしかしてさ、『トラップ』とおめえって、恋人同士なわけ?」
「えっ……」
 今まで、聞こう、聞こうとして聞けなかった言葉。
 それを、俺は真正面から聞いていた。
 ……今、聞かなかったら。俺は、明日には消えるかもしれねえ。
 だったら、悔いの残らないようにしておきてえ。例え、答えがわかりきっていたとしても。
 パステルは、しばらく赤くなっていたが……照れてるんだろうな……やがて、顔をあげた。
「う、うん……実は……」
 瞬間、心に走る痛み。
 ……こんな思いするために、最後の最後までこんな思いするために、俺は生まれてきたのかよ……
「へえ……『トラップ』は、おめえのどこがよかったんだろうな。美人ってわけでもねえし色気もねえし、ドジだし」
「わ、悪かったわねっ。わたしだってわからないわよ。でも、トラップはそんなわたしを好きだって言ってくれたんだから」
 わざと軽口を叩くと、パステルはむきになって言ってきた。
 ……気づけよ、鈍い女だな。
「へえ。で、おめえも『トラップ』が好きだった、ってわけか」
 その言葉に返事はなかったが、パステルの顔を見てりゃあ、答えはわかりすぎるくらいはっきりしている。
 胸が痛い。「トラップ」、おめえ、どうやったんだ? どうやって、この鈍い女を口説き落としたんだ?
 ……俺にも教えてくれよ。
 パステルの奴、「トラップ」のことが、好きで好きでたまらねえみてえだぜ? そりゃ……
「……そりゃ、嬉しいよな」
「え?」
「何でもねえよっ」
 思わず本音が漏れた。
 そりゃ、嬉しいよな。好きな男が戻ってくるんだから。今まで、好きな男の体に宿ってた寄生虫みてえな存在が、やっと消えるんだから。
 そりゃ、嬉しいよな……
 ……駄目だ。これ以上、パステルの顔、見てらんねえ。
 俺はそのまま布団にもぐりこもうとしたが、パステルは、そのまま引き下がろうとはしなかった。
「ねえ、やっぱり変だよ? どうしたの?」
「っせえな……何でもねえって」
「ねえ、言いたいことがあるならはっきり言って」
「…………」
 パステル。おめえは……
 無邪気で、残酷な奴だな。
 俺に言えってのか? 今の気持ちを。
「ねえってば」
 がばっと布団がめくられる。すぐ目の前に、パステルの顔。
 ……おめえはっ……
 つきあげてきた衝動は、激しい嫉妬と欲望。
 どうせ消えちまうんだ。
 今更、嫌われたって憎まれたって知ったことか。
 第一、俺のこの身体は……パステルにとっては恋人の身体なんだろう。
 ってことは、この身体に……抱かれたことがあるんだろう?
 なら、いいじゃねえか。中身が例え、俺でも。
 ぐいっ
「……え?」
 パステルの身体を抱き寄せると、間抜けな声が聞こえてきた。
 自分が何されようとしてるのか……わかってんだろうな?
「す、ステア?」
「……『トラップ』とおめえが恋人同士だったんなら」
「え?」
「当然、やってたわけ? こーいうこと」
 そのまま、俺はパステルの唇を奪っていた。
 
「――ん――!?」
 パステルは、しばらく何されてるのかよくわかってねえみてえだったが、そのうち、
「なっ、何するのよっ」
 と言いながら、顔を真っ赤にして俺の胸をつきとばした。
 何する? んなこと……決まってるじゃねえか。
 胸にぶつかってきた手首を、そのままつかみあげて――俺は、パステルを抱きしめていた。
 細くて、柔らかい身体。
 力をこめたら、折れそうな身体。
 この身体を……「トラップ」も抱いたのか?
「おめえ、まさか初めて?」
「なっ――そ、それはっ……」
「まさか、違うよなあ。恋人同士なんだろ? 俺とおめえは」
 つぶやいていたのは自虐的な言葉だった。
 わかってる。パステルと恋人だったのは「ステア・ブーツ」じゃねえ。「トラップ」だ。
 俺じゃねえ。だけど……
「す、ステア? どうしたの、急に……」
「…………」
 だけど、今だけ。今だけでいい。
 明日になれば消えちまう俺だ。だから……
 今だけ、俺をおめえの恋人にしてくれ。
「きゃあっ!!」
 そのままベッドに押し倒すと、パステルは悲鳴をあげたが……抵抗は少なかった。
 真っ赤な顔で、俺を見上げている。
 ……そうだよな。顔は、「トラップ」だもんな。
 だけど……
 ……俺を見ろよ、パステル。俺は「トラップ」じゃねえ。俺を見てくれよ。
 そのまま強引に唇を重ねた。こじいれるようにして舌をさしいれ、からめとる。
「んっ……」
「…………」
 唾液がまじりあい、あふれそうになる。
 パステルのうめき声。……抵抗は、まだない。
 唇を首筋に移動させた。ぴくり、という微かな反応。
 そのままブラウスのボタンを外しにかかると、小さく身じろぎしながらうめいた。
「やっ……」
 ……初めて、じゃねえんだろうな、この反応。
 あの鈍感で恋愛経験なんかゼロに等しそうなパステルだ。
 初めてだったら、もっと抵抗するだろう。
「……やっぱ、初めてじゃ、ねえみてえだな……」
 「トラップ」、おめえ、一体どうやってパステルを抱いた?
 俺のやり方と……同じだったのか?
 ブラウスのボタンが全開になった。
 目の前に飛び込んできたのは、下着だけになったパステルの上半身。
 部屋に明かりはなかったが、月光が差し込んできて、十分に明るかった。
 ……綺麗だな。
 色白な肌。大して大きくはねえが、まだ男の手がそんなに触れてはいねえだろうと思える胸。
 じっと見下ろすと、パステルは真っ赤になって身を強張らせた。
 そっと触れる。首筋、うなじ、肩、脇腹。
 俺の手がふれるたび、パステルの身体は少しずつ上気していった。
 小さな身じろぎがやがて大きくなり、少しずつ息が荒くなってくる。
「やっ……あんっ……」
「感じやすいみてえだな、おめえ……」
 敏感なのか、それとも「トラップ」がよっぽど上手に目覚めさせたのか……
 ぐいっと下着の間に手をこじいれる。
 柔らかい感触。だが、触れると同時に段々かたくなってくる。
「ああっ……あ、やあんっ……」
「…………」
 力を入れたり、指先でつまんだり。
 手を動かすたび、パステルの声は大きくなっていく。
 ……そろそろ、いいか? 俺のも、限界に近い。
 手を、胸から膝に移動させる。
 ぐいっと膝を割ると、目にとびこんできたのは……白い太もも。
 ゆっくりとそこに口付けると、パステルは反射的に膝を閉じようとしたみたいだった。
 ……させるかよ。
 腕に力をこめて押し開く。あらわになったのは、下着に包まれた……パステルの、中心部。
 太ももをはわせた手で、下着をかきわけるようにして……触れる。
 あふれそうな蜜が、俺の指にからみついた。
 ほとんど抵抗なくもぐりこむ指先。かきまわすと、ぐじゅっ、という音が、やたら大きく響いた。
「すげえ……濡れてんな……」
「やだっ……やめて……」
「…………」
 もう、我慢できねえ。
 パステルの下着をはぎとると、俺は自分のモノに手をかけようとして……
「やめて――トラップ!!」
「っ――……!!」
 叫ばれた言葉は、残酷な言葉。
 俺の存在を全否定する、とても残酷な……言葉。
 驚き、怒り、嫉妬、絶望。
 色んな感情が交じり合い、衝動が急激に萎える。
 ――そんなに……
「……そんなに、トラップがいいのかよ」
 おめえにとって、俺は何なんだ? おめえは、「トラップ」のことしか見てねえ。
 俺は……
「え……?」
「俺じゃ……俺じゃ、駄目なのか!?」
「え、何言って……」
 俺は、おめえのことがっ……
 その先は言えなかった。
 気がついたら、俺は部屋をとび出していた。
 どこに行くなんてあてはねえが……
 パステルの顔を見ずにすむなら、どこだって構うもんか。
 
 俺が夜明かしすることになったのか、どっかの民家の裏にある納屋だった。
 どこの家かは知らねえが……借りるぜ。
 壁にもたれて、ぼんやりと月を見上げる。
 満月の夜に咲く、「ワスレナグサ」……それがあれば、トラップが戻ってくる。
 浮かんだのは、そう嬉しそうに言ったパステルの顔だった。
 パステル。
 おめえは、俺の世話をするときも、話すときも、いつもにこにこ笑っていたけど。
 俺の前で、心から笑ったのは……多分、あれが初めてだよな。
 俺がいる限り、おめえは……ずっと、苦しまなきゃ、なんねえのか?
 それは、嫌だ。
 月を見ながら落ち着いて考えてみる。
 俺は、結局どうしたい?
 頭に残る違和感は、消えそうもねえ。俺自身が1番よくわかってる。
 「ワスレナグサ」がなくたって、どうせ遠からず俺は消えるだろうってことは。
 ドーマにいたという記憶。クレイと幼馴染だという記憶。親父やお袋やじいちゃんの記憶。
 そのどれもが曖昧で……ともすれば消えそうになる。
 わかってる。どうしようもねえんだ。だったら……
 だったら、迷うことなんか、ねえじゃねえか。
 俺が消えれば。トラップさえ戻ってくれば。
 パステルは、心から笑ってくれるんだから……
 だから、悲しくなんかねえ。
 涙がこぼれそうになって、慌てて頭を振った。
 悲しくなんかねえ。それで、パステルが幸せになれるんなら……
 俺自身を引き換えにすることでパステルが笑ってくれるなら。
 大人しく消えてやるさ。
 
 朝になって宿に戻ってみると、俺の部屋には誰もいなかった。
 気配を探る。……全員、隣の部屋にいるみてえだな。好都合だ。
 自分の部屋に戻ってカバンを漁る。綺麗に洗濯されてたたまれた、オレンジのジャケット、黒いシャツ。緑のズボン……
 これが、「トラップ」が着ていた服か。
 今まで着ていただぶだぶのシャツとズボンを脱ぎ捨てて着替える。悔しいくらい、身体にぴったりくる服。
 ……「トラップ」。
 パステルを、幸せにしろよ。ぜってー、泣かすんじゃねえぞ。
 頭の中で囁いて、部屋を出た。
 隣の部屋をノックしようとして……聞こえてきた声に、思わず手が止まる。
「我々はですねえ、ワスレナグサの蜜を飲めば、トラップの記憶が戻る、と単純に喜んでましたけど。彼の立場から考えてみてくださいよ。トラップじゃないですよ? トラップの身体に今宿っている、ステアの立場から。
 彼の立場からしてみれば、蜜を飲んでトラップが戻ってくるということは、同時に自分が消える、ということになると思いませんか?」
 この声は……キットンだな。
 何だよ、おめえら……わかってたんじゃねえか。
 誰も俺のことなんか気にかけてねえと思ってたが……ちゃんと、気にしてくれてたんじゃねえか。
「……俺達、ちょっと軽率だったかもしれないな」
 続いて聞こえてきたのは、クレイの声。
 おもしれえくらい声が動揺してる。
 あいつは、昔からお人よしだからな。きっと、自分を責めまくってるんだろう。
「俺達は、もっと『ステア』のことを思いやるべきだったかもしれない……あいつがなかなか心を許そうとしなかったのも当たり前だ。俺達が見ていたのは『トラップ』で、『ステア』じゃなかったんだから」
 クレイの声に、しばし沈黙が流れる。
 その後、ばたばたと立ち上がるような音が聞こえた。
「探しに行こう! ちゃんと、彼に謝るんだ。ただ……」
「わかってますよ、クレイ」
 クレイの声を遮ったのは、キットン。
「もともと、『ステア』の人格はつぎはぎだらけの不完全なものでした。このままにしておいても、恐らく遠からずどこかで破綻します。『トラップ』の記憶を取り戻すことは、彼のためでもあるんです。そこらへんを……」
 ……それ以上、聞いてられなかった。
 もう十分だよ。おめえらが、底抜けのお人よしで、悪意なんか全然なくて、「トラップ」のことをすげえ心配して……そして、俺のこともちゃんと気にかけてくれたんだと、わかったから。
 俺は、それで十分だ。
「……わかってるぜ、んなこと」
 ドアを開けてつぶやく。
 全員が一斉に振り向いた。その中の一人の顔が、どうしようもなく目につく。
 今にも泣き出しそうな、そんな顔すんなよ、パステル。
 今のおめえは、しっかりと俺を見ている。「トラップ」じゃなくて「ステア・ブーツ」を見ている。
 それだけで、俺は……十分、満足してんだからな。
「とらっ……ステア?」
「おめえら……本っ当におひとよしだな。どうせ俺は頭打った拍子に作られた偽りの人格なんだぜ? んな奴に同情してどうすんだよ」
「ステア……」
 なるべく平静を装う。
 俺は、気にしてねえ。俺が消えることに、辛いとか寂しいとか感じてねえ。
 それが当たり前のことなんだからと、心から納得している。
 そう思わせてやるのが、この二週間、世話をしてくれたおめえらにできる、せいいっぱいの礼だ。
「おめえらにとって、必要なのは、ほんの半月かそこら一緒にいただけの、いつ消えるかもわかんねえ『ステア』じゃなくてずっと旅してた『トラップ』なんだろ? だったら、何も遠慮することはねえよ」
「ステア。だけど……」
「……行くぜ、パステル」
「えっ……」
 それが限界だった。
 これ以上話してたら……きっと、ボロが出る。
 駄目だ。俺が辛そうな様子を見せちゃいけねえ。そうしたら、この呆れるくらいお人よしな連中は、「トラップ」が戻ってきても苦しみ続けるだろう。
 いいか、俺は納得して消えるんだ。だから、おめえらが気にすることなんか何もねえ。
 何も、ねえんだからな。
 俺はパステルの手をひっぱった。
「行くぜ。『ワスレナグサ』取りに。おめえの大切な『トラップ』を取り戻しに」
「ステアっ……」
 強引にパステルをひきずって玄関に向かう。
 ……決心が鈍らないうちに、やっちまいてえんだよ。
 これ以上おめえと一緒にいたら、みっともなくわめきそうになるから。
 おめえと、離れたくねえと。
「ま、待って待って! わたしこんな格好で、荷物だって……準備してくるからちょっと待ってよ!!」
 が、俺の気持ちなんざいざ知らず。パステルはそうわめくと俺の手を振り払った。
 ったく。最後だっつーのに、しまらねえな。
「ちっ、さっさとしろよな」
「わ、わかってるわよ。ちょっと待ってて」
 パステルの姿が階段上に消える。仕方なく、俺は玄関先に座り込んだ。
 意外となあ、楽しかったぜ。
 最初は、「何だ、なれなれしい奴だな」なんて思ったけど。
 うまい飯を作ってくれたり、他愛もねえ雑談をふっかけてきたり、そんなおめえを見てるのは……結構楽しかったぜ。
 なあ、おめえ、気づいてたか? 俺が、「トラップ」のことを、すげえ羨ましがってたことに。
 気づいてねえんだろうな……おめえは、鈍い奴だから。
 
 パステルが戻ってきたのは、それから半時間くらい経ってからだった。
「おせえよ」
「ごめん、ごめんっ! 準備に手間取っちゃって」
 パステルの目が少し赤くなってるように見えたのは、気のせいだろうか?
 そうして、俺達は、「ワスレナグサ」が生えている、と言われている山の中に踏み込んでいった。
 
 山は結構険しい道のりだったが、まあ何てことはねえ。
 盗賊の修行の一環とやらで、もっときつい道のりを何往復もさせられたりしてたしな。
 が、俺は平気でもパステルの奴は違ったみてえで、その足取りは呆れるくらいもたついていた。
 おめえなあ……それでも冒険者かよ。
「おら、さっさと来いよ」
「ま、待って、待ってよ」
 きゃあ、という小さな声。
 振り向くと、長い髪に枝をからませて、パステルはあたふたと手をばたつかせていた。
 ……ったく。
 ナイフで枝を払ってやると、パステルはいつか見たみてえな情けねえ顔でうつむいた。
 ……そんな顔、すんなよ。おめえのそんな顔、俺は見たくねえんだからな。
「んっとに……おめえはどこまでもドジな奴だなっ」
「ごっ、ごめん……」
「おら」
「え?」
 俺が手をつきだすと、パステルはきょとんと俺の顔を見た。
 ……鈍い奴だな、本当にっ!
 ぐいっ、と手をひいてやると、パステルは嬉しそうな、それでいて悲しそうな複雑な顔をしていた。
 ……ああ、もしかしたら。
 「トラップ」もしてたのかもしれねえな、こういうこと。
 ワスレナグサが生えているという場所は、割とあっさり見つかった。
 道のりは結構遠かったが、早めに出発したこともあってか、まだ日が沈みきってねえ時間。
 ……ワスレナグサは、満月の光を浴びて咲くんだったな。ってことは、もう少し待たなきゃなんねえのか。
「ねえ、ステア」
 俺が手持ち無沙汰に葉を眺めていると、パステルがにこにこしながら言ってきた。
「ん? あんだよ」
「あのね、まだちょっと時間があるみたいだから、ご飯食べない? お弁当作ってきたんだけど」
「ああ? 弁当?」
 ……のん気な奴だな。こんなところで?
 それで、今朝やけに時間がかかってたのか。全く。
 んなことしてねえでさっさと来りゃあよかったのに。少しでも早く、「トラップ」に会いてえんじゃねえのか?
「おめえなあ。ピクニックに来たわけじゃねえんだぞ、俺達」
「わ、わかってるわよ。でも……ステアが、わたしの作ったご飯はおいしいって言ってくれたから……」
「…………」
 ……え。
 それは……つまり、あれか? 俺に食べさせてやりたかった、と、そう考えて、いいのか?
 俺のことを考えてくれた……んだよな?
 全く、おめえって奴は。
 最後の最後だってのに……何で、そんな……別れたくなくなるようなこと、するんだよ。
 照れ隠しに目を伏せて、地面に腰を下ろした。
 多分、これが最後の飯だ。パステルの手作りの飯を、二人きりで食えるんだから……ありがたく、いただくか。
「そだな。別に他にやることもねえし……もらう」
「うん、どうぞ」
 中に入っていたのは、簡単なサンドイッチ。
 慌てて作ったのか、ちっと形が不ぞろいだったが……味は絶品だった。
 俺の母ちゃんも料理はうまい方だったが……多分、俺にとって最高の飯は、このサンドイッチだと思う。
 何でこんなにうめえのかは、わかんねえけど。
「うめえ。おめえってさ、本当にドジで間抜けだけど、料理だけはうめえな」
 ほめてやると、パステルは何だか不服そうに頬を膨らませた。
 何が気にいらねえんだよ。俺が珍しく素直にほめてやったってのに。
「そう、喜んでもらえてよかった。お茶飲む?」
「ああ、くれ」
 湯気が立った茶を飲みながら、ぼんやりと沈んでいく夕陽を眺めた。
 もう少し、か。長いようで、短かったな。もうすぐ、終わる。パステルとの日々も……
 そこでパステルの顔を見やって……ぎょっとした。こ、こいつ……何で泣いてるんだよ!?
「おめえ……」
「え?」
「あに、泣いてんだ……?」
 俺が言うと、パステルは首をかしげながら自分の頬に手をやっていた。
 まさか、気づいてなかったんか? 自分が泣いてることに。
 その間にも、涙は止まることなくぼろぼろ落ちていたが……それをぬぐおうともせず、パステルはつぶやいた。
「だって……寂しいもん」
「あん?」
「ステアと、もうすぐお別れしなくちゃいけないから」
 ……おめえって奴は。本当に、どこまで……お人よしなんだよ。
「……何言ってやがる。俺は、頭打ったショックで適当に作り出されたもんで……第一、俺が消えたら、トラップが戻ってくるんだぞ。嬉しくねえのかよ」
「嬉しいよ。それはすごく嬉しい。わたし、やっぱりトラップのこと大好きだから」
 ……そうかよ。
 そんなに、「トラップ」が好きか。
 その言葉がどれだけ俺を傷つけてるか、おめえはどうせわかっちゃいねえんだろうが……
「でも、それとこれとは別だよ」
 だが、その後続いたパステルの言葉に、俺は顔をあげた。
「あ……?」
「トラップが戻ってくるのは嬉しいけど、でも、ステアと別れるのは、悲しいよ」
「…………」
 それは、つまり。
 俺がずっと抱いていた疑問。「俺が消えて、嬉しいのか?」っていう疑問を、否定してくれてると思って……いいんだよな?
「最初……ステア、すごく冷たかったよね、わたし達に。目が覚めたら突然知らない人に囲まれてたんだから、それが当然なんだけど。でも、段々打ち解けてくれて、少しずつ会話してくれるようになって、わたし、嬉しかったよ」
「…………」
「ステアも、わたし達にとっては、もう仲間なんだから……」
 仲間。
 ああ、そうか。おめえにとっての俺は、仲間、か。
 嬉しいけど寂しい。だけど……
 仮に生まれただけの偽りの人格に対する評価としては……最高の評価だと思って、いいよな?
 気がついたら、俺はパステルを抱きしめていた。
 もう日が沈む。
 後数分もすりゃあ、月が昇って……俺はおめえのことを、見ることすらもできなくなるんだろう。
 だから、最後に……許してくれ。
 おめえに、本当の思いを伝えてしまうことを。
「……きだ」
「え?」
「……『トラップ』がおめえに惚れた理由……今なら、よくわかるぜ」
「ステア……?」
 ああ、よくわかる。「トラップ」……さすがは「俺」だな。
 きっと、どこでどんな風に出会ったって……俺もおめえも、パステルに惚れずにはいられなかった。
 こいつは、俺達にとって……
 じっとパステルの顔を見つめると、パステルも俺の視線を受け止めていた。
 唇を重ねることに、抵抗はなかった。
 最後のキス。
 満月の光が降り注いだのは、ちょうどそのときだった。
「あっ……」
「っ……」
 月光って、こんなにまぶしかったか?
 まるで真夏の太陽みてえな光に、俺は思わず眉をしかめた。
 光をまともに見るのが辛い。そのまま目をそらしたとき、とびこんできたのは……
「おい、あれ……」
「え?」
 俺が目をそらした方向。そこは、ワスレナグサの葉が茂っていた場所。
 そこから、丸い小さな光が、いくつもいくつも上ってきていた。
 何だ、こりゃあ……一体、「ワスレナグサ」って、何なんだ?
 そのとき、光の一つが、俺達の方にふわふわととんできた。
 そして。
(……こんばんわ)
 なっ、何だ!? 頭の中で声が響いたぞ、何なんだこの光は!?
(ひさしぶり、こんなに強い絆を見たのは)
(ありがとう。いいものを見せてくれて)
(お礼に、ワスレナグサを咲かせてあげる)
(もっとよくみせて……)
 ……絆?
 何だよ、そりゃあ。
 光は、俺とパステルの手のあたりをうろうろと飛び回っている。
 ……どういうこった。
「おい……絆って、何のことだ?」
 俺が聞くと、パステルは、「ああ」とつぶやいて言った。
「あのね、『ワスレナグサ』の花を咲かせるのは、妖精の役目なんだけど。その妖精は、とっても恥ずかしがりやで、人がいたら普通は姿を見せてくれないんだって。
 でも、一つだけ方法があってね。この妖精は、『運命の赤い糸』を見ることができるんだけど、結ばれた二人を見ることは滅多に無いから、もし『運命の赤い糸』でつながった二人だけで傍に行けば、姿を見せてくれるんだって」
 運命の、赤い糸……
 強い、絆。そうか、そうだろうな。パステル。おめえとトラップは、確かに運命で結ばれてるんだろうよ。
 でも、俺は……
「その、絆って。もちろん、『トラップ』とパステルの、だよな」
「え……」
「そうだよな。半月くらい前にぽっと現れた俺に、絆なんかあるわけねえもんな」
「ステア……」
 わかりきっていたじゃねえか、そんなこと。
 しょうがねえ。神様にだって、ある日俺が生まれることなんか想像もしてなかっただろうから。
 俺に「運命の糸」なんてものがねえのは、しょうがねえことなんだ。
 俺は神なんて信じちゃいなかった。だけど、こうなっちまったら……信じるしかねえんだろうな。
「よっし」
 俺は膝を叩いて、ワスレナグサの群れへと入っていった。
 これで、完全にふっきれた。やっぱり、この場にいるべきなのは……
 パステルの傍にいるべきなのは、「トラップ」なんだと。
 光をかきわけるようにして進むと、ワスレナグサの花がちょうど開こうとしているところだった。
 中に透明な蜜をたたえた、小さな花。
 これで……本当に、最後だ。パステル。
 振り返った。パステルの姿を、目に焼き付けておくために。
「パステル!」
「な、何……?」
 別れの挨拶。今まで言えなかったことも、言いたかったことも、全部言ってやるさ。
 俺が素直に自分の気持ちを語るなんざ、一生に一度、あるかないかだぜ? よーく聞けよ。
「さんきゅ。目え覚ましてから今まで、随分世話になったな。飯、すっげえうまかったぜ」
「ステア……?」
「俺さ、おめえに今まで随分辛い思いさせたと思う。だから、これが、俺にできる、おめえに対するせいいっぱいの償いとお礼」
「ステア、あなた……」
「『トラップ』を、おめえに返してやるよ。仲良くしろよ。運命の相手なんだからさ」
「あ……」
 そうだ。これが、俺にできるおめえへの最高のプレゼント。
 「トラップ」を返してやること。パステルが1番喜んでくれるプレゼント。
 ありがとう。……二週間、辛かったことも、寂しかったことも、何もかも投げ出してしまいたかったことも。
 おめえの顔を見るだけで、忘れられた。生きているんだと実感できたのは、おめえのおかげだ、パステル。
 足元に生えるワスレナグサを、一輪摘み取った。
 この蜜を飲めば、全てが……
「ステア!」
「……?」
 口元に花を運んだ途端、響いたパステルの声。
 視線を向けると、パステルは……じっと俺を見つめていた。
 俺を。「ステア・ブーツ」を見つめて叫んだ。
「あなたはトラップじゃない。トラップのかわりなんかじゃないわ、ステア・ブーツ。二週間……楽しかった。わたし、忘れないから。あなたのこと、絶対に忘れないから!」
 ……ああ。
 だから、俺はおめえのことが好きなんだ。
 俺はおめえに最高のプレゼントを渡して消えるつもりだったのに。
 おめえは、俺にとって、最高のプレゼントを返してくれた。
 忘れないでいてくれること。俺の存在を、なかったことにしないこと。
 パステル。俺も忘れねえよ。
 例え消えても、「トラップ」になっても。例え他の誰を忘れても。
 おめえのことだけは、絶対に忘れねえ。
 蜜を飲み干した瞬間、俺の頭の中は、真っ白に弾けとんだ。
 「だ、大丈夫!?」
 目が覚めた途端、聞こえてきたのは、すげえ懐かしい声。
 ――――っつう、何だ、こりゃあ。
 頭ががんがんする。俺、今まで何してたんだ?
 何か、すげえ長い夢を見ていたような……
 って何だよこの口の中に残るとんでもねえ味は!!
「……っ……ま、まじい……何だ、こりゃ?」
「え?」
 うめきながら体を起こす。
 目の前にとびこんできたのは……パステル。
 ここはどこだ?
 気がついたら、俺は知らねえ場所にいた。辺り一面に白い小さな花が生えている、覚えのねえ場所。
 そして、俺の手の中に残る一輪の花。
 ……一体何が起きたんだ??
 だが、俺の様子に構うことなく、パステルは叫んできた。
「トラップ……トラップなのね!!」
 お、おめえ、今更何言ってやがる?
「あん? あたりめえだろうが。他の誰に見え……ぱ、パステル!?」
 俺が答えた瞬間、パステルは、目に涙をいっぱいに浮かべて俺にしがみついてきた。
 ……一体何が起きたんだ??
 えーと、考えよう。確か、俺は財宝を捜すクエストで、罠にひっかかって……パステルをかばって、大怪我をして……
 ……まあ、いいか。ちゃんと生きてるみてえだし、パステルにも怪我はねえみてえだし。
 何より、こうしてパステルを抱きしめるのが、何だかすげえ久しぶりなことに思えたから。
 長いこと、おめえに会えなかったような気がするな。
 何が起こったのかは、後で説明してもらうとして。とりあえず、今は……
 ただいま、パステル。
 眩しい月光が降り注ぐ中、俺とパステルは、いつまでも抱き合っていた――
165トラパス作者:03/09/27 13:31 ID:bg+O9xkD
完結、です……
ストーリーは全く同じだというのに、長ったらしくてすいません(汗
トラップ及びステアのキャラが、どうも変わってるような……
考えてみれば、ストーリー同じで視点だけ変えたってかなり手抜きですよね。
また趣向をこらした新作を考えてみたいと思いますので……

>>80
満足いただけたでしょうか? トラップ及びステアが何を考えていたか。
書ける限り書かせていただきました。いつも読んでくださってありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
166名無しさん@ピンキー:03/09/27 14:13 ID:VwtMRenm
トラパス作者さま
80です。
手抜きだなんてとんでもない!! 完成度が高い話に手を加えるのなんて、読んでるだけの私には
想像もつかない難しさなのは間違いないです。
本当にわがままなリクエスト応えて下さってありがとございました。
実は前スレでヴァンパイヤの話の続きをリクエストした者でもあります。
ああ、ほんと私ばっかりこんないい目見ていいんでしょうか!?
今にバチが当たりそうな気がします…

いろいろ想像(妄想)はしていたのですが、実際にトラパス作者さまの書かれた
トラップ/ステア視点、切なくて切なくて…
ステアはパステルのこと好きになったから余計消えるのが辛いかと思っていたのですが、
パステルを好きになって悲しませたくないから、納得して消えることを受け入れたのですね。
…深い こう、じんわりと胸が締め付けられるというか痛いというか…
月並みな表現しかできなくて情けないです。
とりとめのない文章になってしまいましたが、取り急ぎ御礼まで
本当にありがとうございました!!
167名無しさん@ピンキー:03/09/27 15:31 ID:vCqXIiI3
トラパスクエストトラップ視点サイコーに良かったです。
ホント心にグッと来ました!
今回のクエストの続きもあるのだろうか?それも少し気になります!
次も楽しみにしてます(゚∀゚)
168名無しさん@ピンキー:03/09/27 19:26 ID:3tVP8+pO
毎日ここのぞくの楽しみすぎです…
トラパス作家様、毎回悶え喜ばせていただいております。
いつかパステルが攻めてトラップが驚く…みたいなのが
読んでみたいなあと思ったり。あの2人の性格じゃ無理かもしれませんが。
すいませんずうずうしいですね。
また前スレに戻って神様の作品を堪能してきます。
169名無しさん@ピンキー:03/09/27 19:47 ID:O/hX0CrB
>168
同感です!攻めパステル、考えただけで萌え!!
170クレ×パス:03/09/27 21:31 ID:GRkUocC/
書いている途中で疑問に思ったのですが、
フォーチュン世界で騎士になる手順とか、言及されていたでしょうか?
171名無しさん@ピンキー:03/09/28 01:48 ID:BDG7HXgQ
攻めパス!いいですね!!
ちょっとえち慣れ(笑)したパステルも見てみたい・・・
172名無しさん@ピンキー:03/09/28 15:23 ID:Qn0z/jv2
ななな何でこんなにも、作品(=ネタ)がぽこぽこと出てくるのでしょうか…
素晴らしすぎます!トラパス作者さま。
トラパスクエスト続編、確かに暗めですけど私個人的には大好きです。
あと私も168、169、171の方同様、攻めパスが気になりますv
できればお願いします。無理は言いませんので…。
173トラパス作者:03/09/28 18:50 ID:OmzBIkuY
ええっと……褒めていただいて、とっても嬉しいところに
また投下するのに勇気のいる新作を書いてしまいまして……
皆様からのリクエストに答えたつもり、です。
……ありなんだろうかこれは(汗
174トラパス 夜を二人で編 1:03/09/28 18:51 ID:OmzBIkuY
 何で……こうなっちゃうの。
 ベッドが一つと机が一つしか無い狭い部屋。
 その中で、わたしとトラップはじーっと見つめあっていた。
 わたしとトラップだけ。他には誰もいない部屋。
 トラップの目は、怖いくらい真面目。いつものふざけた調子なんか全然無い。
 二人ともパジャマ姿で、ベッドの上に正座してる姿は……きっと、どう見ても、親密な関係の二人、に見えるよね……
 ああっ、もう、本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろう!!
 
 わたしの名前はパステル。冒険者で、詩人兼マッパーっていう職業についてるんだ。
 今日は、パーティーのみんなで、ある洞窟を攻略するクエストに出かけたんだけど……
 実はわたし、マッパーのくせに、すごい方向音痴なんだよね。
 今回だって、洞窟そのものはそんなに複雑な作りじゃなかったのに、わたしのマッピングがまずかったせいで、思いっきり道に迷ってしまって。
 本当なら、昼過ぎに出発して夕方には帰れるくらいの短いクエストになるはずだったのに、やっと洞窟を脱出した頃には、もう完全に日は落ちてしまっていた。
 ううっ、自己嫌悪。わたしってどうしていつもこうなんだろう?
「ったくなあ! おめえって奴はいつになったら進歩すんだよ!!」
 この乱暴な物言いはトラップ。盗賊で、口が悪くてトラブルメーカー。おひとよしな我がパーティーの中では、唯一の現実主義者でもあるんだ。
 でも、彼が怒るのも無理は無い。わたしは最初に、注意されてたんだから。
 「今回の洞窟、どこもかしこも似たような景色だから、ちゃんとマッピングしとかねえと迷うぞ」って。
 ちゃんと……やったつもりなんだけどなあ。はあっ。
175トラパス 夜を二人で編 2:03/09/28 18:53 ID:OmzBIkuY
「ごめんなさい……」
「けっ、ごめんですみゃあ、世の中争いごとなんか起きねーんだよ。ったく。もう真っ暗じゃねえか。早いとこ宿に帰るぞ」
 わたしの謝罪を一刀両断して、トラップはさっさと歩き出した。
 ……確かにわたしが悪いんだけどさ。先頭を歩いていたトラップには、かなり迷惑かけたけど。
 そんな言い方、しなくたっていいじゃない……
 はあっ。
「パステル、そんなに落ち込まなくても。次にがんばればいいんだから」
 にこにこしながらわたしを慰めてくれたのはクレイ。
 パーティーのリーダーで、王子様みたいな正統派美形、おまけにすごく優しい。
 ただ、パーティー全員分の不幸を一身に背負ってるんじゃないかって思えるくらい、運が悪いのが難点なんだけどね。
「けっ、甘えなあクレイ。そうやって甘やかすから、いつまで経っても進歩しねえんだろうが」
「だけど、パステルはパステルなりに頑張ってるじゃないか。そんなにきつい言い方しなくても」
「甘い! 甘い甘い甘い! 努力なんてなあ、できねえ奴はするのが当たり前なんだよ! 俺だっておめえだって、ルーミィだってキットンだってノルだって、他の冒険者だってみーんなできねえことをできるようになるまで努力してんだろ。
 それとも何か? おめえはこの世の中で努力してんのがパステルだけだとでも言いてえのか?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
「だろ。努力なんてなあ、してるからって褒められるようなことでも免罪符になるようなことでもねえんだよ! 結果が伴わなくちゃ意味がねえんだから」
 ここまで言われると、さすがにクレイも言い返せなくなったみたい。
 トラップの言うことは、全くその通り。努力してるからできなくても許して、なんて、ただの甘えだよね。
 厳しいけど、言ってることは正しいよ。……次は頑張ろう。
「ごめんね。クレイ、ありがとう。トラップの言うとおりだよ。今回はわたしが全部悪かったんだから。次は、ミスしないように頑張るから。……迷惑かけてごめんね」
 わたしが言うと、トラップは「けっ、わかってんならいいんだよ」と言って先に行ってしまった。
176トラパス 夜を二人で編 3:03/09/28 18:53 ID:OmzBIkuY
 ……わたしのため、を思って言ってくれてるんだよね。多分。
 クレイとはやり方が違うけど、トラップだって十分優しいよね。ありがとう。
 ……できればもうちょっと柔らかい言い方をしてくれると、もっと嬉しいんだけどね。ううっ。
 
 そんなことをしているうちに、どうにかこうにかふもとの村までたどり着いた。
 わたし達がいつも拠点にしてるシルバーリーブとは違う村。
 本当は、クエストをクリアしたらそのままシルバーリーブに戻るつもりだったんだけど、あんまりにも遅くなったから、今日はこの村に泊まることになったんだ。
 正直言ってかなり嬉しかった。歩きすぎて、足なんかもうぱんぱんに腫れちゃってたんだもん。
 ちょっとお財布的には苦しいけど、幸いなことに今回のクエストでちょっとした財宝なんかも見つかったし。ま、一晩くらいなら何とかなるでしょう。
「すいませーん、泊まれますか?」
「はいはい。大丈夫ですよ」
 その宿は、みすず旅館よりはちょっと高いけど、エベリンの宿に比べるとちょっと安いっていう程度。
 そのかわり、大きな建物で天井も高く、ノルも泊まって大丈夫ってことだった。
 これには、ノルもとっても嬉しそうだった。彼は身長2メートルを超える巨人族の一員で、普通の宿では断られて納屋や馬小屋で泊まることが多いんだよね。とっても優しいいい人なんだけど。
 わたし達はちょっとの間相談して、お財布の関係から、小さい部屋を一つと大きい部屋を一つ借りることにしたんだ。
 小さい部屋は一人部屋だけど、わたしとルーミィ、シロちゃんの三人でなら何とか一つのベッドで寝れるし。
 大きな部屋は、セミダブルベッドと大きなダブルベッドが置いてあるから、ダブルベッドにノルとキットンが寝て、セミダブルでクレイとトラップが寝る、ってことになった。
 本当は、二人一部屋とか一人一部屋借りれればいいんだけどね。貧乏は辛い。
 そうして、わたし達は宿で一泊することになったんだけど、その前に、この後のことを話し合おうってことで、大きな部屋に一度みんなで集まることにしたんだ。
177トラパス 夜を二人で編 4:03/09/28 18:54 ID:OmzBIkuY
「じゃあ、とりあえず明日にはシルバーリーブに戻るとして。その後だけど、今回のクエストでちょっと懐に余裕ができたんじゃないか?」
「うん。この宿代を払っても、まだしばらくは大丈夫な程度にはね」
 クレイの言葉に答えたのは、パーティーのお財布を握っているわたし。
 何しろ、うちのパーティーは色んな意味で金銭的にずれた人が多いからね。誰かがしっかり握っておかないと、たちまち宿代にも困ることになっちゃうんだ。
「へー。なあパステル、それを俺に預けてみる気ねえか? 何倍にも増やして返してやっから」
「駄目!」
「ちぇっ、ケチ」
 例えば、ギャンブル大好きなトラップとかね。
 本当、ちょっと余裕があるからって、のんびりなんかしてられない! 買わなきゃいけないものだって色々あるし。
「あのね、ポタカンの油とか非常食とか、大分減っちゃってるからちょっと買い足した方がいいんだ」
「あー、私の薬草もちょっと補充が必要ですね」
「ふんふん。もうすぐ寒くなるから、防寒具も準備したいしなあ」
 というようなことを話しているうちに、夜はとっぷりとふけていった。
 買うものをリストアップして、今後の宿代なんかも考えた後の残りをみんなのお小遣いとしてわけることにして……話し合いが終わったのは、もう寝る時間になる頃だった。
「よーし、じゃあこんなところでいいか」
「やっとかよ。あーねみいねみい」
「ゆっくり休んで、明日には出発だから寝坊しないようにな!」
 クレイの言葉に、わたしは自分の部屋に戻るため立ち上がった。
「ルーミィ、さ、もうね……」
 もう寝ようね、と声をかけようとして、思わず固まってしまう。
 さっきの話し合い。主にクレイとわたし、キットン、たまに茶々を入れるトラップの四人で話してたんだ。
 ルーミィにはまだお金がどういうものかもよくわかってないからね。こういう話し合いのときには、シロちゃんやノルに遊んでもらっているのが常なんだけど……
 振り向いたら、ルーミィはノルの腕を枕にして、シロちゃんと一緒にダブルベッドですやすやと寝ていた。
 ああ、疲れたんだろうなあ。今日は随分歩いたもんね。
178トラパス 夜を二人で編 5:03/09/28 18:55 ID:OmzBIkuY
 それはいいんだけど。
 ルーミィの手は、ノルの服をしっかりとつかんでいて、離しそうになかった。わたしと寝るときも、しっかり抱きついてなかなか離れないもんね。まだお母さんやお父さんが恋しい年頃だから。
 ノルが困ったような顔で何とか離そうとしてるんだけど、無理に引き離すとルーミィが起きちゃうかもしれないし。なかなかうまくいかないみたい。
「あー、これは、仕方ないですねえ。いいんじゃないですか? 今日はルーミィとシロちゃんはそこで寝てもらえば」
 そう言ったのは、本来ノルと一緒に寝るはずだったキットン。
「キットンはどうするんだ? 床ってわけにはいかないだろ」
「え、私が床ですかあ? ぎゃっはっは。それはできれば遠慮したいですねえ」
 クレイの言葉に、キットンは例のバカ笑いをした後言った。
「ノルはダブルベッドでしか寝れないんだから、後の四人でセミダブルベッドと一人部屋のベッドに別れて寝ればいいんじゃないですか? 何とかなるでしょう。普段の野宿に比べれば絶対マシですって」
 まあね。わたし達、普段は地面に毛布ひいて雑魚寝したり、一つの部屋に六人で無理やり泊まったりしてるもんね。確かにそれに比べれば、ベッドがあるだけマシだと思う。
 それに、今日は本当にみんなよく歩いたから、誰か一人でも「床で寝ろ」っていうのはかわいそうだし。
 ……って、待ってよ。
「ええっ!? それって、わたしも、クレイかトラップかキットンと一緒に寝るの!?」
 うーっ、ちょっと待ってよ。それはいくら何でも……わたし、一応女の子なんだよ?
「じゃあパステル、あなた床で寝ますか?」
 そう言うと、キットンは無表情にきついことを言ってくれた。
 ううっ……確かに、みんなが疲れてるのは、わたしのせいだよね。床で寝るとしたら、わたしかなあ……
 せっかくベッドで寝れると思ったのに……
「いくら何でも、それじゃパステルがかわいそうだよ。パステル、俺が床で寝るから、ベッド使っていいよ」
 こう言ってくれたのは、もちろんクレイ。ううっ、優しいなあ……
 って駄目駄目!! クレイだって、モンスターと戦ったりルーミィをおんぶしたりで随分疲れてるはずだもん! 床で寝てなんて言えない!
179トラパス 夜を二人で編 6:03/09/28 18:56 ID:OmzBIkuY
「い、いいよクレイ。悪いから……」
「そーそー。甘やかすなってクレイちゃん。大体、こんな出るとこ引っ込んで引っ込むとこが出てる女なんか、一緒に寝たって誰も何もしやしねえって」
 わたしが慌てて言うと、後ろから口を挟んできたのはトラップ。
 きいいいい、悪かったわねっ!!
 わたしが思わずトラップをにらみつけると、彼はさっと目をそらして口笛を吹くふりなんかしていた。
 ……と。
「じゃあトラップ、あなたがパステルと一緒の部屋でいいですね」
 再び、キットンがさらっときっついことを言ってきた。
 その言葉に、トラップの背中が強張る。
 ええええ!! 何でよー!!
「いやあ、わたしにはスグリという愛する妻がいますから、例えパステルとは言え、女性と二人きりというのはちょっと」
 た、例えパステルとは言えって……あのねえ。
「だけど、あの小さいベッドではクレイの体格ではきついでしょう? そうしたらトラップとパステルしかいないじゃないですか。幸い、トラップは何もしないとたった今宣言しましたし」
 そう言って、再びぎゃっはっはと笑うキットン。
 何がそんなにおかしいのよう……
「で、でもでも!」
「何もしませんよねえ、トラップ」
「へ? お、おう。誰がこんな色気のいの字もねえ女を襲うかって」
「ほら、問題無いそうです」
 反射的に言い返すトラップの言葉を受けるキットン。
 い、色気のいの字もなくて悪かったわねー!!
 そんなわけで、「もう眠いから寝ます」というキットンの言葉に追い出されるように、わたしとトラップは一人部屋に移動したのだった。
180トラパス 夜を二人で編 7:03/09/28 18:57 ID:OmzBIkuY
 一人部屋は狭い。ベッドと机しかなくて、床に荷物を置いたら、もう歩くスペースもほとんど無いくらい。
 当然、寝るスペースも無い。ベッドの上しか。
 ……ううっ。本当にここでトラップと一緒に寝るの?
「けっ、しょうがねえなあ。今夜一晩、我慢すっか」
 そう言うと、トラップはどかっとベッドに腰掛けて、上着を脱ぎ始めた。
 ……って。
「きゃあああああああ!? ちょっと、着替えるなら外で着替えてよ!!」
「ああ? んだようっせえなあ。いいだろ別に」
「よ、よくないわよ! わたしだって着替えたいもん!!」
 普段、わたしは寝るときにはパジャマに着替えてる。やっぱり、1番楽だもんね。
 トラップも、寝るときはだぶっとしたシャツとズボンに着替えてることが多いんだけど。
 いくら何でも、目の前で着替えないでよ! もーっ、色気のいの字もなくたって、わたしだって女の子なんだから!
 わたしが騒ぐと、「けっ、うっせえなあ」とか言いながらトラップは一度外に出た。
 その間に、パジャマに着替えて寝る準備を整える。
 ……はあっ。我慢、我慢よパステル。今夜一晩の我慢!
「おーい、もういいか。廊下さみいんだけど」
「あ、ごめん。いいよー」
 季節は秋。昼間はそうでもないけど、夜や朝は結構冷えるもんね。
 そう考えると、やっぱり、床で寝ろっていうのは可哀想だよねえ……キットンのこの案は、なかなか的を射ていたかも。
 わたしが答えると、トラップはいつもまとめている長めの赤毛をほどきながら部屋に戻ってきた。
 その格好は、既に寝る準備万端。
「そ、それじゃ、もう遅いから寝ようか。疲れてるでしょ? それに寒いし」
「……おう」
 ううっ、声が震えるっ……よく考えたら、トラップと一緒に寝るのは別に珍しくないけど、二人だけで寝るのは初めて……なんだよね。
 だ、大丈夫大丈夫! 何も起こるわけないって。だってわたしとトラップだよ?
181トラパス 夜を二人で編 8:03/09/28 18:58 ID:OmzBIkuY
 わたしは部屋の明かりを消すと、平静を装いつつベッドにもぐりこんだ。
 すぐに、隣に誰かが横たわる気配。
 ルーミィやシロちゃんとは全然違う、大きな体格。
 もともと一人用のベッドだもんね。トラップはかなり細身だけど、わたしだって決して太ってる方じゃない、と思うんだけど、やっぱり狭い。
 自然、落ちないようにするためには、かなり密着する必要があるわけで……
 ……ど、どうしよう。疲れてるのに……寝れないかも……
 
 それからどれくらいの時間が過ぎたのかはわからないんだけど。
 しばらく、わたしは壁とにらめっこしながら、身体を強張らせていた。
 ちょっとでも動くと、トラップの身体に触れる。それが気になって、身動き一つできなかったのよ!
 だって……ねえ。普段全然意識することはないんだけど、こうして物凄く間近で触れると、やっぱり、かたい胸とか、意外とたくましい腕とか、嫌でも「ああ、男の子なんだなあ」って思えちゃうし。
 それに、トラップって、普段クレイの影に隠れて目立たないけど、結構綺麗な顔立ちしてるんだよね。クレイみたいに優しそうっていう雰囲気はあまり無いけど、シャープな顔立ちって言うのかな?
 ……って駄目駄目!! そんなこと考えてたら余計寝れなくなっちゃう!!
 身体はすごく疲れてるのに、頭だけ妙に冴えている状態で、わたしはしばらくじっとかたまっていたんだけど。
 同じ体勢を続けていると、どうしても肩とか腕とかが痛くなっちゃう。
 ……寝返り打ちたいなあ。……でも、うったら、トラップと向き合うことになる……よね……
 いっ、いやいや。トラップだって、もしかしたらわたしに背を向けてるかもしれないじゃない! 後ろ姿なら、そんなに気にすることもないよね。
 それに、もう寝てるに決まってるもん。その証拠に、あの黙っていることの方が少ないトラップが、さっきから何も言わないし。
 よーし。
 覚悟を決めて、わたしはそろそろと寝返りを打った。ずーっと身体の下になっててしびれた腕をふりながら、ごろんと逆方向を向いて……
 そこで、ばっちりトラップと目が合ってしまった。
 ……きゃああああ!? お、起きてる!?
182トラパス 夜を二人で編 9:03/09/28 18:58 ID:OmzBIkuY
「と、トラップ! まだ……起きてたのっ!?」
「っ……お、おめえこそっ……」
 わたしも驚いたけど、トラップも相当驚いたみたい。
 だって、本当に目と鼻の先にあったもんね、お互いの顔が。
 ううっ、気まずいっ……
「な、何よ。眠いんじゃなかったの?」
「……や、それはだなあ。お、おめえこそ、何で寝てねえんだよ」
「わ、わたしはっ……」
 い、言えるわけないじゃない! トラップのことを意識して緊張してましたなんて!!
 何か言い訳が無いかなって一生懸命考えたんだけど、結局、思いつく前に、
「ははーん。さてはおめえ、俺があまりにもかっこいいから意識して眠れなかったんだろ?」
 と、トラップに限り無く図星に近い答えを言われてしまった。
 ……で、でも、かっこいいからってわけじゃないもん。隣に寝てたのがたとえキットンでも、多分同じ状態になったもん! 多分。
「な、何言ってんのよー、自意識過剰なんだから。トラップこそ、色気のいの字もないなんて言っておきながら、わたしが気になって眠れなかったんじゃないの?」
「なっ……」
 それは、ほとんど悔し紛れで言った台詞なんだけど。
 そう言うと、珍しいことに、トラップは真っ赤になって口ごもった。
 ……あれれ? もしかして、本当に?
「へー、そうなんだ。ふーん。ねえ、わたし床で寝ようか? このまま眠れなかったらトラップがかわいそうだし」
「ば、ばーか。おめえこそ自意識過剰だっつーの。誰がおめえみてえな出るとこひっこんでひっこむところが出てる女なんか。そんな台詞はな、男を誘う技の一つでも身につけてから言えっつーの!」
 なっ、なっ、何よー! そこまで言わなくたって……って……
 お、男を誘う技って……な、何言ってるのよ!!
183トラパス 夜を二人で編 10:03/09/28 18:59 ID:OmzBIkuY
「や、やらしいわね! 何てこと言うのよっ!」
「お? わりいわりい。おめえみてーなガキにはちっと刺激が強かったか? ま、安心しろって。おめえみてえなお子様、例え誘われたって俺の方がその気になんねえから」
 くっ、悔しい――っ!!
 そりゃあ、わたしはそんなに胸も大きくないし美人でもないけどっ……そ、そんな言い方しなくたっていいじゃないっ!!
「そ、そんなこと言って! わたしだってやろうと思えばそれくらいできるわよっ!!」
「ああん? んじゃやってみ。ほれほれ。ファーストキスだってすませてねえお子様が無理すんなよ」
 っ……ふぁ、ファーストキスくらい終わってるもん!
 ……ただ、あっという間だったから、よく覚えてないんだけど。
 ほら、あのキスキン国の王女様ミモザ姫とのクエストで、協力してくれたギアっていうファイター。
 あの人と、別れ際にちょっと……ぷ、プロポーズだってされたんだよね、そういえば。
「す、すませてるわよっ!」
「あん?」
「ファーストキスくらい、経験してるって言ってるの!! ば、バカにしないでよっ。わたしが本気になったら、トラップなんか……」
 わたしがそう言うと……暗闇の中で、トラップの目が細まった。
 そのまま、音もなく起き上がると、壁に向かって手を伸ばした。
 パチン、と音がして、部屋の中にわずかな明かりがともる。
 ぼんやりと照らし出されるトラップの顔は、かなり真剣。
「……そこまで言うなら、やってみ。俺を本気にさせてみろよ。ま、どーせ無理だろうけどな」
「っ……!!」
 や、やってやろうじゃないのっ!!
184トラパス 夜を二人で編 11:03/09/28 19:00 ID:OmzBIkuY
 薄ぼんやり照らされる部屋の中。
 狭いベッドの上に正座して、わたしとトラップはじーっと見つめあっていた。
 トラップの顔はかなり真剣。……いっそ、いつもの軽い雰囲気でいてくれたほうが、「もーっ、何言ってんのよ!」で済ませられたかもしれないのに……
 こ、ここまで来たら引き下がれないじゃない!!
 えーっと、えーっと落ち着いてパステル。
 い、一応、わたしだってそれなりの知識は持ってる。本とか、友達とかの噂話でね。
 もちろん、実際に経験したことは無いんだけど……
 ええっと、まずは……
 ……不思議だよね。よく考えたら、わたし、すごくとんでもないことしてない?
 だって、もしこれでわたしが本当にトラップを本気にさせることができたとしたら……わたしは、その後……
 いくらわたしでも、それくらいのことがわからないほど鈍くはない。
 だけど……そうなったらそうなったで、いいかも? って思いが、ちょっとだけど確かにあるんだ。
 トラップだったら……厳しいことばっかり言ってるけど、実は誰よりもわたしのことを考えてくれているトラップなら、それでもいいかなって……ちょっとだけど、思ってるんだ。
 わたしは、パジャマのボタンに手をかけた。
 第一、第二ボタンまで外すと、胸の膨らみがわずかに覗く。
 その後、ゆっくりとズボンを脱いでから、布団を下に落とす。
 トラップの目が、じーっとわたしを見つめている。
 今のわたしの格好は、上半身にパジャマだけ。長めのパジャマだから、長さ的には普段のミニスカートを余り変わらないんだけど……
 前ボタン式だから、隙間からちょっと下着がのぞいていて、かなり……恥ずかしい。
「……い、色気も何もない身体で申し訳ないけど……」
「…………」
「は、初めてだからっ……下手でも、許してね」
185トラパス 夜を二人で編 12:03/09/28 19:01 ID:OmzBIkuY
 トラップは何も言わない。だけど、全然目をそらそうともしない。
 ……そんな、じーっと見つめないでよ……やりにくいなあ。
 えっと、えっと……
 わたしは、トラップの目を覗き込むと……ゆっくりと、その頭を抱きしめた。
 うっ……む、胸がっ……
 胸がもろにトラップの顔に当たってるはず……た、大して大きくはないけどね。
 トラップの息が、わたしの胸元に触れて、背筋がぞくっとした。
 ちょっと……息、荒くなってる? もしかして。
 これ……誘惑に、なってるのかな?
 我ながらぎこちない動きでトラップの頭をしばらく撫でた後、わたしは。彼の頬にそっと口付けた。
 そのまま、唇を首筋まで移動させて……
「……ねえ。トラップも、服……脱いでくれる……?」
 耳元で囁くと、トラップは、しばらく躊躇したみたいだったけど、上のシャツをばさっと脱ぎ捨てた。
 あらわになった上半身。無駄な贅肉とかほとんどなくて、筋肉で引き締まった細い体。
 首筋から胸元へと唇を移動させる。ぐっ、と力を入れて吸い上げると、彼の胸に、赤い、丸い痕が残った。
 ほ、本当にできた……これが、キスマークなんだ……
 ちらっ、と上目遣いに見上げると、トラップは、何だか苦しそうだった。ぎゅっと目を閉じて、拳を握り締めてる。
 ……いい、んだよね。これで。わ、わたしだって、やればできるんだよね?
「……トラップ」
 名前を呼んで、ゆっくりと体重を預ける。しっかりとわたしを抱きとめてくれる気配。
 しばらく、わたしはそのまま抱きついていたんだけど。
 ……や、やればいいのかな? あれ……
 友達から聞いて、知っていることは知っているあれ。
 初めて聞いたとき、「嘘っ、そんなことするのっ!?」なんて言い合ってたんだけど。
 絶対、わたしにはできないなあ、なんて思ってたんだけど。
 や、やるしかないよね、ここまできたら!!
186トラパス 夜を二人で編 13:03/09/28 19:02 ID:OmzBIkuY
 トラップは上半身裸の状態で、ちょっと息が荒い。
 もしかして……と思ったんだけど。
 わたしは、ゆっくりと、手を……彼の下半身にあてた。
 びくっ、と背筋を強張らせるトラップ。
「ぱ、パステル……」
「……ねえ、これが、大きくなってる……ってこと?」
 手に触れるのは、とてもかたい感触。
 ちゃんとズボンをはいているのに、ちょっと見ただけでそれとわかるくらい……膨らんでいる部分がある。
 ……大きくなってるんだよね。だって、普段からこんな状態だったら、絶対目立つはずだもん。
 そっか……こんな風になるんだ……
 わたしは、その部分を、ズボンの上から軽く握ってみた。
 びくん、とのけぞる身体。ゆっくりと手でさすってみる。そのたびに……ソレは、段々膨らんでくるみたいだった。
「……誘惑、できるでしょう? わたしだって」
「……くっ……」
「と、トラップが思ってるほど……わたしだって、子供じゃないんだからっ」
「……へっ」
 わたしが言うと、トラップは額に汗をかきつつ、鼻で笑った。
 どうせ、それ以上のことは無理だろう? そんな目つき。
 ……バカにされたくないっ!
 わたしは、トラップのズボンに手をかけた。
 お父さんの服とか見てたから知ってるもん……ここ、隙間があるんだよね。トイレのとき、ズボンを脱がなくてもすむように。
 その隙間にそっと手を差し入れた。今度こそ、トラップの目が驚きに染まる。
「お、おめえ……」
「わ、わたしだってできるもん、これくらいっ……」
187トラパス 夜を二人で編 14:03/09/28 19:02 ID:OmzBIkuY
 直に触るソレは……かたく、そして暖かかった。
 先端を指でちょっとさすると、わずかに湿り気を感じる……
 自分でもわかるくらい、かなりぎこちない動きだったんだけど。
 わたしは、友達に聞いた通り、ソレを握ったまま、手を上下させてみた。
「うっ……くっ……」
 トラップの顔が歪む。すごく何かを我慢してるみたいな、そんな顔。
  ――男の人はね、触られると感じる……それに、言葉にも弱いんだよ?
  ――へー、そういうときってどんなこと言うの?
  ――あのねえ……
 好奇心だけがやたらと先走ってたあの頃、友達とかわした会話。
 あのときも、そして今も、意味はよくわからないんだけど……
「ねえ……したい?」
「…………」
「わたしの中に、入れたい?」
「っ……」
「いいよ」
 いいよ。本気でそう思った。
 わたし……どうしたんだろう? これは、もしかしたら、夢……なのかもしれない。
 暗い部屋の中で、起きたまま見た、夢……
「いいよ。トラップなら……いいよ。ねえ……」
「っ……後悔、すんなよ」
 つぶやかれたのは、わたしの勝ち、という宣言。
 そのまま、わたしはトラップに押し倒されていた。
 ……正直な感想は、気持ちいい、なんて感覚が全然なくて、ただ痛いだけだったんだけど。
 でも、トラップの身体は、暖かかった。
188トラパス 夜を二人で編 15:03/09/28 19:03 ID:OmzBIkuY
 目が覚めたのは、窓から差し込む光。
 うーん……眩しいなあ……
 ぱちっ、と目を開けてみる。目と鼻の先にあったのは、トラップの顔。
 ――――!!
 即座に昨夜の記憶がよみがえり、わたしは、真っ赤になってしまった。
 わっ、わたしってば……なっ、何やってたんだろ!?
 ど、どうして……
 一人であたふたしていると、その動きが伝わったのか、トラップもゆっくりと目を開けた。
「……よお」
「と、トラップ!? あ、あのねっ、昨日はっ……」
「……ああ」
 わたしの言葉に、トラップはにやりと笑った。
「訂正してやる。おめえは、出るとこひっこんでひっこむところは出てるけど……」
 まっ、まだ言う!? しつっこいわよトラップ!!
「けど、お子様じゃねえ。魅力的な女だって……認めてやるよ」
「と、トラップ……?」
 トラップが上半身を起こした。それで気づいたけど……
 わっ、わたし達……二人とも、まだ服着てないっ……!!
「き、着替えようトラップ。あ、あのね、昨日のことは、その、夢……だったと思って……」
「ああん? 無茶言うな」
 トラップの手が、わたしの頬に伸びた。
189トラパス 夜を二人で編 16:03/09/28 19:04 ID:OmzBIkuY
「何でだか、順番が狂ったみてーだけど……俺、おめえのこと、好きなんだぜ?」
「……え?」
 トラップの言葉に、わたしは目を点にしてしまった。
 え……それって……
「じゃなきゃ、抱かねーよ。いくら何でも」
「なっ……」
「んで、おめえの返事は?」
 トラップの目は、いたずらっこみたいに輝いている。
 ……わかってるくせに。意地悪。
「わたし、好きでもない人に……あんなことするような女に、見える?」
「いんや。でも、おめえの口から聞きてえ」
 言う、しかないのかな。
 順番が逆だよね、本当に……
「好き、だよ」
「んー? 聞こえねえ」
「トラップのこと、好き、だよ!」
 耳元で叫ぶと、トラップの腕が、わたしの首にまわってきた。
「ま、ちょっと順番違ったけど……こういうのも、ありじゃねえ?」
 ありじゃねえ? って聞かれても。
 実際にあっちゃったんんだから……しょうがないじゃない。
 トラップの唇を受け止めながら、わたしは、密かにため息をついた。
190トラパス作者:03/09/28 19:06 ID:OmzBIkuY
完結、です。
ええっと、これ、リクエストに答えたことになってるんでしょうか(汗
こ、この程度で「攻め」になってます?
物凄く不安です……
フォーチュンらしさを失わないように……パステルらしく、トラップらしくなるように……
とせいいっぱい気を使ったつもりですが……
191名無しさん@ピンキー:03/09/28 20:16 ID:Y8KV9Qnb
攻めパステル萌えーー!あと耐えるトラップも萌え
この板ではもっと過激な描写が普通なのかもしれませんが、
なんだか凄くドキドキしました(*´д`) ハアハア
今回のパステル攻め、原作ではあり得ないところを、原作の雰囲気そのままだから
そのギャップにハアハアさせられるんですかね。
それもこれも、トラパス作者さまがしっかり原作のキャラを掴んで
書かれているからですよね(*^ー゚)b グッジョブ!!
192名無しさん@ピンキー:03/09/28 20:26 ID:zHffcj0O
おお、新作!
このスピードでこのクオリティ…すごすぎだ。
まじで本編より(ry
193名無しさん@ピンキー:03/09/28 20:48 ID:Euihfak+
何がスゴイかって、立っては消えるFQスレで、
次スレが出来た事だと思う。
194名無しさん@ピンキー:03/09/28 21:01 ID:ldlspch0
このスレ読むと、本物のフォーチュン読んでる錯覚におそわれる。
このスレの神々はクレイやトラップやパステルの性格を本当に
つかんでいるから。
しかしクレパスもいいなあ…
深沢のクレイはアレだが、このスレのクレイは良い
195172:03/09/28 21:44 ID:Qn0z/jv2
先ほど便乗リクエストした172です。
またしても驚きました…だって、めちゃくちゃ速くないですか?
皆さんの仰るとおり、このクオリティの高さでこの速さはそうそうないですヨ!
とっくの昔に神の領域を超えてると思います。
攻めパスは、いまだかつて見たことがなかったので私は大満足ですv
ありがとうございましたm(_)m
196名無しさん@ピンキー:03/09/28 21:56 ID:zHffcj0O
攻撃パステル!堪能させていただきました。
ほんとにいつもいいもの読ませていただいて…
代金払いたいくらいです。
耐えるトラップもよかったですね。
こういうパターンははじめて読んだのでかなりドキドキでした
トラパス作家様、これからもたまーにでいいですから
攻めるパステルかいてください…
197名無しさん@ピンキー:03/09/28 22:57 ID:Y8KV9Qnb
やっぱり縦書きのほうが読みやすいのでトラパス作家さまの一連の作品を
ワードにコピペさせて頂いたのですが、最長の「トラパスクエスト続編」で
文庫ページ(42字×17行)で68ページ、原稿用紙(400字)で98枚ありました。 
今のところの全15作品で総635ページ、863枚( ゚д゚)ポカーン
厚めの文庫2冊は余裕でできますね。しかもどれも長くて半日で書かれてるとは…
こうやって改めて数字で見るとほんと凄すぎ
198名無しさん@ピンキー:03/09/28 23:50 ID:C95YOgNB
>170
デュアンではどうだったか自信ないけど、フォーチュンでは
なかったような。
199トラパス作者:03/09/29 00:02 ID:uYbmFLPW
好評みたいで嬉しい限りです。

>>197
そんなに書いてました? 自分で自覚なかったんですが・・・
自分でもびっくりです。
卒業論文がそのペースで書ければ(苦

ところで今回の作品について、男性の方に質問なんですが
わたしは性別♀なのでよくわからないんですけど
今回のトラップの反応は、自然なものなのでしょうか(←何を聞いてるんだ何を)
早すぎるとか遅すぎるとか、あるいはパステルの攻め方は甘いとか
もしそういう意見があったら教えてくだされば幸いです。今後の参考にしたいので・・・
何しろ自分も経験が豊富な方とはとても言えないものですから・・・
これでなかなか苦労しています、エロ描写に1番。
200名無しさん@ピンキー:03/09/29 01:02 ID:stc9406J
ココは神々のおわすスレでつね

ディスプレイ見ながらニヤニヤがとまりませんでした。
おまいら漏れを萌え殺す気でつかw

>>199
トラパス作家様

漏れも♀なんでハッキリ断言できませんが
トラップの反応はあんな感じでOKなんじゃないでしょうか
なんせ若いからw

事に至るまでのかけあいや、初々しい誘惑がもんすごい
自然でマジに深沢とチェ(ry

またニヤニヤさせてくれる作品お待ちしています。
201サンマルナナ:03/09/29 01:03 ID:4pfueKmi
トラパス作家様、お疲れ様です…
単行本が出せるなんて凄いペースですね。
クオリティにも脱帽です。

さて、前回のクレパスの、まねっこっぽいんですが視点逆バージョンを書いてみました。
じつは最初から視点切り替えをする気だったんですが、すみません…
しかも長い上にエッチが半端です。それは次頑張ります。
202サンマルナナ/1:03/09/29 01:04 ID:4pfueKmi
ある日、わたしがバイトから帰ると、クレイとトラップが何やら言い合っているのが聞こえてきた。
「…それにしてもこんな…急すぎるよ」
「まあな。でも、別に冒険者やめて戻って来いってことじゃねぇんだろ?」
「そうかもしれないけど…もしかしたらそういう意味もあるのかも」
ええ?!
なになになに?
冒険者を…やめる?って、いま言ってたよね?
クレイが?
わたしが目をまんまるにしていると、クレイが気付いて、ばつの悪そうな顔をしながら「おかえり、パステル」と言った。

ちゃんと話を聞いてみて、わたしの目はさらにまんまるくなった。むしろもうテン。
なんとなんと。クレイと、ドーマのサラさんとの正式な婚約式の日取りが決まっちゃったっていうんだから!
詳しいことはわからないけど、たぶんサラさんの両親だか親族だかが急いだんじゃないかってクレイは言うんだけど。
それにしても!
そういうこと、クレイの意思完全無視で、決めちゃっていいの?
わたしはものすごく疑問だったんだけど、
「意思は知ってんだよ。前からクレイとサラは、口約束だけど婚約してんだ。いつかこうなるとは思ってたけどな。早かったな」
と、トラップ。
ううう。そう…なのかなぁ?
203サンマルナナ/2:03/09/29 01:05 ID:4pfueKmi
そして。
わたしたちは特に予定もなかったので、クレイと一緒にドーマに向かうことになった。
っていうか、婚約式にはぜひパーティの皆さんも呼びなさい…って、クレイのお母さんからメッセージがあったので、予定があっても頑張って行くようにしたと思う。
でも、婚約式って…言われてもなぁ。わたしは自分の荷物を目の前にしてため息をついた。
荷造りが一向に進まない…もうルーミィは寝ちゃったのに。
わたしも早く寝なくちゃいけないんだけどね。

着替え、タオル…リュックの一番下に手を伸ばして、―えーと。ああ、これだ。
くしゃくしゃになった紙の包みを取り出す。
これはついこの前のクエストの帰りにエベリンに立ち寄ったとき、露店で衝動買いしちゃったものなんだ。
…クレイの誕生日にあげようと思ってた、ブレスレット。
盾と、剣と、獅子の飾りが付いてて、見た瞬間「これ、クレイにあげたいな」って思っちゃって、買っちゃった。
「…あ〜あ」
何でだろう。すっごい、疲れた。
あれ?涙まで出てきちゃったし…何で?
ぽろぽろぽろ、とあとからあとから溢れてきて、木の床に雨のような染みが出来ていく。
えええ〜??
も、もしかして…
わたし、クレイのことが好きなの?

もしかして。
もしかして。
あんまり突然すぎて、自分でもよくわからないけど…
でも。
このブレスレットを見ていると、涙が出てきてしまうのは確かみたい。
204サンマルナナ/2:03/09/29 01:06 ID:4pfueKmi
ひとしきり泣いたら、涙はやっと止まってくれた。
落ち着いて考えてみると、わたしは何てタイミングが悪いんだろう?
トラップの言葉がよみがえる。
―――意思は知ってんだよ。前からクレイとサラは、口約束だけど婚約してんだ―――
…そうだよね。
戸惑ってはいても、クレイも了承済みの婚約なんだ。
馬鹿みたい。
ほんと、馬鹿みたい。
わたしはいつの間にか握り締めていた手を開いて、その中にあるものを見た。
ブレスレットがキラキラ光っている。
こんなのあげたら迷惑…かな?
お祝いってことならいいよね?
「…よし」
わたしは便箋と封筒を出して、手紙を書き始めた。


前回のときよりも人数が増えていたけど、ブーツ家は暖かくわたしたちを迎えてくれた。
懐かしいなぁ。
ちょっと寂しかったのは、当たり前だけどクレイは実家に帰っていったこと。
やっぱりトラップの家のほうが居心地がいいだろうっていうことだったんだけど…
ため息をついてしまっている自分がね、何ていうのかなぁ。自覚しちゃって、泣きそうになってしまった。

式を5日後に控えて、クレイは毎日サラさんをデートに誘ってた。
そして日が暮れる前に家に送り届けて、帰りは毎日わたしたちのところへ顔を出してくれる。
なんていうのかなぁ。毎日、いつくるんだろう、いつくるんだろう…って気になっちゃって、
でもいざクレイが来ると、とっても悲しくなっちゃったりして…
わたしはクレイの前で、ちゃんと笑えてるかな?
なんか、ほんと…疲れちゃったよ。
205サンマルナナ/4:03/09/29 01:07 ID:4pfueKmi
ぎゃあ!番号間違えてます…2がふたつあるのは気にしないで下さい(泣

ここのところ、目が覚めると「あと3日」「あと2日」って自分でカウントダウンしちゃってたんだけど、
今日、「もう…明日」って自分で言って泣いちゃったのには参った。
明日、明日、明日なんだぁー。
って思ったら、また、あのぽろぽろってのが来ちゃって。
勝手に涙が出てきたのにはびっくりした。わたし、涙腺緩んでるのかな。
ドーマに来てから、自分の気持ちを再確認、したくもないのにしてる感じ。
はあぁ。
まあいいや。冷たい水で顔を洗えば、すっきりするでしょ!

朝ごはんはシリアルと新鮮なゆで卵。とれたてミルク!
床で猫も朝ごはん。ミルク飲んでる。かーわいい。
そういえば、ノルが来てから動物の機嫌がいい…って、とっても喜ばれてるんだよね。
キットンもそうだ。珍しい薬草や価値のある薬草の話で、意外にもトラップのおじいさんとウマが合ったみたい。
あと少しの滞在だけど、みんなブーツ家が大好きになったみたい。良かった、良かった。

206サンマルナナ/5:03/09/29 01:08 ID:4pfueKmi
さてと。
明日の婚約式が終ったらドーマをまた離れるわけだし、今日はドーマの町を歩いてみようかなぁ。
そう何度も来る場所じゃないし。
それで朝ごはんの食器を片付け終わってから、ルーミィに声をかけてみたんだけど、断られてしまった。
「だめだおう!きょうはねこさんとあそぶんだおう!まてー!!」
あはは。さっきの猫ちゃんを昨日から追い掛け回しているみたいで、今日こそ抱っこするんだって張り切ってるみたい。
じゃあ、ひとりで行ってこようかなぁ。
うちの中にいても、塞いじゃうしね。
と、コートを着込んでいると、
「お、どっか出かけるのか?」
そういう赤い髪の彼はトラップ。
「うん、ちょっとぶらつこうかと思って。観光じゃないけど」
「そうか…じゃ、案内するぜ。待ってな」
これにはびっくり。
「え?いいの?」
だってだってトラップって、エベリンで買い物とかもまともに付き合ってくれない人なのよ?
なのに案内するだなんて。
「そんなにびっくりすることじゃねぇだろ。ちょっと歩くが、うまいクッキーとホットオレを出す店があんぞ」
「ほんと?!行きたい行きたい!…でも、トラップ、何か企んでないよね?」
「んなわけねーだろ。行くぞコラ。早くしろ」
あれれ?
変…だなぁ。
いつもなら思いっきりやり返されそうなところを、ちょっと小突かれただけで終らせちゃったよ、トラップ。
悪いもんでも食べたのかしら。
「置いてくぞ!」
「あ、はーい!」
…ま、いっか。
207サンマルナナ/6:03/09/29 01:09 ID:4pfueKmi
ドーマの街並みをトラップの背中を追いかけて歩いた。
知らない街って、なんだか新鮮だなぁ。
ひとつひとつの街で、色々な違うところ、良いところがある。
クッキーとホットオレを買いに並んでいるトラップを待ちながら、わたしはあたりをぐるりと見渡した。
いい天気〜。
公演とかでゆっくり食べたいなぁ。サンドイッチ作ってくればよかった。
ここ数日の暗い気持ちから、ちょっとだけ復活した気がする。
トラップに感謝しなくちゃ。
「おーい、パステル、持つの手伝ってくれよ」
あ、トラップだ。
もう買えたんだ。早かったなぁ。
わたしがトラップのほうをくるっ、と振り向いたとき…
見てしまった。
見ちゃいけなかったもの、見たくなかった、人…
それは、サラさん。
と、一緒にいる、クレイ…だった。

なんでここにいるの?!
そのふたりが視界に入った瞬間、周りの雑音が一切聞こえなくなった。
仲睦まじく、並んで、サラさんは腕をクレイの腕に絡めて、歩いている。
お似合いのふたり。
なんだか、ふたりでいることがまるで当たり前のことのように、歩いている。
遠くなっていく背中から、わたしはずっと目が離せなかった。
「パステル?」
怪訝そうに、トラップの声。
それでやっと、自分がトラップと一緒にいたことを思い出した。
208サンマルナナ/7:03/09/29 01:10 ID:4pfueKmi

帰ってすぐ、カードを書いた。
鈍感なクレイが文章の意味にぜったい気付くはずもないけど、書き上げたカードにキスをして、封筒の中に捻じ込んだ。



封筒、渡せてよかった…
今日、クレイの来るのがちょっと遅かったから、来ないんではないかと心配してしまったのよね。
食事も終って、キッチンで暖かいミルクを沸かしながら、わたしは久しぶりに穏やかな気持ちだった。
明日が婚約式。
そして、明日が…クレイの誕生日。
今日はずっと起きて、ひとりでお祝いしてよう。
明日、笑えるかな?改めて心配だった。最近ずっと、涙腺弱かったし…
あ、そんなことを考えてたら、やばい。また泣きそうになってきてしまった。
…いいか。泣いちゃえ、泣いちゃえ。
どうせ最初からわかってた。この感情が幸せになれることなんてない。
泣けるだけ泣いて、早く忘れてしまおう…

209サンマルナナ/8:03/09/29 01:12 ID:4pfueKmi
「おい」
え?!
キッチンのドアのところに、いきなり立っていたのはトラップだった。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。おめぇこそ、なーに泣いてんだよ」
「え?ああ!!」
そうだそうだ。いま、わたし泣いてたんだった。勝手に出るから自覚がなかった。うえーん。慌てて拭って、笑ってみせる。
「なんでもないよ、気にしないで!」
「…」
トラップがまたおかしい。
黙ったまんまつかつかと歩み寄ってきて、ふわっと…

きゃあああああ!!?
トラップが、わたしを抱きしめていた。
声も出せない。もー、口パクパクさせるしかない感じ。
それでもやっと、呼ぶことが出来た。
「と、とと、トラップ」
「…やめとけよ」
へ?
「クレイなんてやめて、おれのこと、見てろよ」
呆然としたままのわたしに、彼は囁いた。
「おめぇ、ここんとこいつも泣いてただろ?見て…らんねぇよ」
トラップ…
トラップのこんな真剣な声、初めて聞いたかもしれない。
その声がわたしに注がれている。抱きしめている手が強張っているのがわかった。
ああ、だから、今日わたしを連れ出してくれたの?元気を出させるために?
「好きだ」
最後のひと言はとても消え入りそうな小さな声だったけど、心臓がどくん、と動かされた感じがした。
トラップ。…でも。
210サンマルナナ/9:03/09/29 01:13 ID:4pfueKmi
ごめんしか言えない自分が、ほんとうに最低だと思ったけど、トラップはそうか、と言って部屋に戻ってしまった。
熱いミルクにココアを溶かして、勝手口から外に出た。
う〜〜、寒いっ!
でも、これくらい寒いほうが、頭が冷えていいかも…
「…ごめんね」
トラップに告白されて、自分の気持ちが余計に自覚できてしまって、また泣きそうになってきちゃった。
泣き虫だなぁ、つくづく…
「おいしそうだな、パステル」
「へっ?」
頭上からかかる声。
クレイ!
思わず大きい声を出しそうになって、あわてて小声にした。
「あれー??クレイ?どうしたの?」
「散歩。パステルこそ、眠れないの?」
「う…うん。ううん。…起きてたの」
「何で?―あ、となり座っていいかい?」
「あ、どうぞどうぞ。えーと…えーとね、星を見てたのよ」
「ありがとう。で、なんでいきなり星なんか?」
ここまで聞かれて、さっきのトラップのことを思い出してしまった。
クレイの顔が「ん?」と答えを促してくる。
わたしは、つっかえつっかえ話し出した。
「…誕生日、一番最初に祝いたくて」
「え?」
「それで星を見て、時間わかるじゃない?見てたんだけど…まさか本人が来るなんて思わなかったよ…」
トラップのことで、再確認してしまったクレイへの気持ちが、どんどん高まっていくのがわかった。
どうしよう。どうしよう。そうだ、言わなきゃ…
「…びっくりした〜。でも、おめでとう。クレイ」
好きよ。
すごくすごく、好きなの…
心の中で、そう付け足した。

211サンマルナナ/10:03/09/29 01:14 ID:4pfueKmi
「ねぇ、パステル」
「えっ?」
ひっくり返したような声を出してしまって、同時にふたりで人差し指を立てた。シーッ!と言い合って、笑った。
「おれ、婚約しないことになったんだ」
「ええ!?」
今度はわたしだけがびっくりしてしまった。
シーッ、って…クレイ?!
大きい声を出してしまった口を押さえて、「な…なんで?」と聞いても、クレイはいたずらっぽい目をして、見つめてくるだけ。
そんな風に微笑まれたら…照れちゃうじゃないの。
ちょっと口を尖らせようとしたら、身体を引き寄せられた。


クレイの告白を、耳元で囁かれる言葉を一言も漏らさずに聞きたかった。
「ずっと、ずっとこうしたかったんだ。ずっと前からパステルが好きで、こんな風に触れたいと思ってた」
くちづけ。
脇に置かれた、すっかり冷めたミルクココアを口に含んで、またくちづけ。
…甘い。
暗いキッチンはひんやりと冷たかったけど、クレイと触れ合っている部分全てが、熱くて、いとおしかった。
そうしてまた、わたしとクレイはキスを交わした。
212サンマルナナ:03/09/29 01:19 ID:4pfueKmi
終わりです。
拙くて申し訳ございません…
213トラパス作者:03/09/29 01:29 ID:uYbmFLPW
>>307
とても素晴らしい作品だと思います。
クレイ書くのが苦手なわたしから見れば、うらやましいくらいキャラつかんでるかと。
ただ、旧の4巻くらいまではともかく、最近の原作はどこをどうひねってもトラパスにしか見えない頭の固いわたしには
トラップの告白を振ってまでパステルがクレイの方に行くというのがどうしても納得行かなかったり

ところでエロ無しストーリーでもいいのでしょうか、ここは?
毎回毎回どうやってエロシーンを挿入するかで苦労してるので
エロ無しOKならもっとFQらしい明るい話が書けるのになあ、と思ってるんですけど
……でも、エロ無しじゃエロパロスレの意味がないですよね(汗 精進します。
214200:03/09/29 01:34 ID:stc9406J
素で間違えましたー
×トラパス作家様
○トラパス作者様


初めてリアルで読めて感激です
サンマルナナ様乙です!
純愛系も(・∀・)イイ!

っつーかエロが少し=パステルヒトリエチィへんか!?と思ったり
その後トラップが出てきた時に三角関係ドロドロ陵辱物に
発展!?かと思ったりした自分。

あの頃の甘酸っぱい自分にはもう帰れないのね!
            。。
   。     。 +   ヽヽ   ウワァァァァン!
゜ 。・ 。 +゜  。・゚ (;゚´дフ。
            ノ( /
              / >
215名無しさん@ピンキー:03/09/29 02:04 ID:nJDbUx4O
>クレパス様
FQ自体が結構基本を押さえて作ってあるので、
それなりに設定すれば出来上がっちゃいそうな気がしているのですが…

貴方の書かれる心理描写はとにかく説得力が有るので萌えます。
何ヶ月でも待ってますんで、ご自分の納得いくまで…がんがって下さいね。

>トラパス作者様
エロ無しスレ、ありますよー。
ただ、ご自分で気が引けるような事が無いのであれば
個人的にはこちらで読みたいかも知れませぬ。
216クレ×パス:03/09/29 03:02 ID:1LCFTHxm
>198様
>215様

ありがとうございます。
某所にクレイが騎士になるために云々…と書かれてあったので、オフィシャルな設定が
あるのなら、それに従わないといけないなと思っていたので。

私の話は、あと2、3回で終わると予定です。

しかし、皆さん書くのが早いですね。その才能を分けて欲しいぐらいです……。
217サンマルナナ:03/09/29 07:51 ID:hwf5u3Wm
おはようございます。
仕事に行く前にレスしちゃいます。

>>213
>トラップの告白を振ってまでパステルがクレイの方に行くというのがどうしても納得行かなかったり
それはそうかもしれませんね(笑)、ここ最近の本物の進み具合からするとそんな感じかも…
あと、>>214さんの書き込みにもありましたがエチ表現について…
ふたりの性格を考えると、今回はどうしてもそっちにもって行けなくなっちゃって…
初めてなのに野外プレイとか台所プレイとかクレイはしなさそうだなーとか。
わたしも汚れちゃってます。てなわけで次はエロエロ目指します。
218トラパス作者:03/09/29 21:33 ID:uYbmFLPW
新作書いたのですが……今回は……
エロ少ないです。むしろ無い、と言ったほうがいいかもしれません。
板違い作品失礼……
後、色々展開が強引とかご都合主義だとか反省点はつきないのですが。
ぱっと浮かんでしまったシチュエーションをどうしても使いたくて、色々無理をしました。
長い割には内容がいまいち薄いんですが、読んでいただければ幸いです。
219トラパス 誘拐事件編 1:03/09/29 21:34 ID:uYbmFLPW
 純白のウェディングドレスって、女の子の憧れだよね。
 結婚式は、多分人生のベスト3に入るイベントの一つだと思うんだ。
 隣に立つのは、もちろん、自分が1番好きな人。
 綺麗なドレス、白いベール、可愛いブーケ。
 ……なのに。
 その憧れの結婚式を、こんな風に経験するなんて……
 わたしは、目の前に立つ神父さんと神様に心の中で謝った。
 ごめんなさい。こんなことに利用させてもらっちゃって……
 うーっ、それもこれも。みーんな! あいつが悪いんだから!!
 
「ななななんですって!? ルーミィがいなくなったー!?」
 海を渡ったとある王国のふもとの村。そこで、わたしは絶叫していた。
 わたし達がこの国に来たのは、とあるおつかいクエストのためだったんだよね。遠く離れた国に住む息子さんに、手紙を届けて欲しいっていうただそれだけのクエスト。
 で、そのクエスト(といえるのかな?)も無事に終了し、滅多に来れないところだからって、しばらく泊まっていくことにしたんだ。
 2日間、シルバーリーブではなかなか見れないようなお店や大きな公園なんかもあって、すっごく楽しかったんだけど。もうそろそろお金の問題もあって帰ろうか、っていう話になった。
 それで、今日はクレイとキットンが船のチケットを取りにいってくれて、わたしとノルは買い出しに行くことに、トラップがルーミィとシロちゃんの面倒を見てくれる、っていう話がまとまったんだ。
 トラップが子守? ってすごく意外かもしれないけどね。
 船のチケット取りに行くなんて面倒くせー、買出しに付き合うなんて面倒くせー、とどちらからも逃げようとして(どうせギャンブルにでも出かけようとしたんだろうけど)、その結果「じゃあルーミィをよろしく」ってなったんだ。
 本当は買出しに連れていってあげたかったんだけどね。ルーミィが一緒だと、買い物に時間がかかっちゃうから。
 ちょっと不安だったんだけどね。まあシロちゃんもいるし、トラップだってまさか子供連れでカジノに行ったりはしないでしょう、とまかせることにしたんだけど……
220トラパス 誘拐事件編 2:03/09/29 21:36 ID:uYbmFLPW
 買い出しも終わり、船のチケットも無事に購入して……戻ってきたわたし達が見たものは、真っ青になってあちこち走り回っているトラップの姿だった。
 聞いてみたら呆れちゃう!! 最初はルーミィとシロちゃんを連れて公園に行ったんだけど、二人を遊ばせているうちにベンチで寝ちゃって、起きたら二人ともいないっていうのよ!?
 それでさすがのトラップも青くなってあちこち探し回って、もしかしたらわたし達のどちらかに合流したんじゃないか、と思って宿まで戻ってきたらしいんだけど……
 わたし達も、クレイ達も、ルーミィの姿は見ていない。
 そして、気がつけばもう日はすっかり暮れてしまっていて、迷子になっているのなら誰かが見つけてくれていてもよさそうな時間。
 それなのに、誰に聞いてまわっても、「そんな子知らない」って言うのよ。ルーミィはかなり目立つ外見のはずなのに……
「トラップ! おまえなあ……」
 あらら、いつもは温厚なクレイが、額に青筋浮かべてトラップを締め上げてる。でも当然だよね。わたしだってそうしたいもん。
 だってあのトラップだよ? 人一倍感覚が鋭くて抜け目の無いトラップが、寝ている間に二人がいなくなったことに気づかなかったなんて!!
 いつもなら得意の毒舌で切り返すはずのトラップも、さすがに今回ばっかりは言うことが無いらしく、大人しくされるがままになってる。
「あのー、ですね……こうしていてもルーミィが戻ってくるわけではないんですから。もう一度探しに行った方がいいんじゃないですか?」
 そこに口を挟んだのがキットン。いつもは何を考えているのかよくわからない彼も、さすがに今回ばかりは心配しているみたい。
「……わかった。俺、もう一度捜してくるから」
「あ、わたしも行く!」
 トラップを離してクレイが外に出る。わたしも後に続こうとすると、後ろから肩をつかまれた。
 振り向くと、見たこともないくらい真面目な顔をしたトラップ。
「何よ」
「……わりい。今回ばっかりは俺が悪かった。俺が探しに行くから、おめえは宿で待っててくれ」
「嫌よ! わたしだってルーミィが心配なんだから!!」
 そうよ、大人しく宿で待ってなんかいられない! こうしている間にも、ルーミィが泣いてるかもしれないのに!!
221トラパス 誘拐事件編 3:03/09/29 21:37 ID:uYbmFLPW
「あのな!! こんなときにおめえまで迷子になられたら余計大変なんだよ!! わかったら大人しく待ってろ!! おい、行くぜ」
「わかった」
「了解です」
 一方的にそう言うと、トラップ達四人はばたばたと外に出ていった。
 後に残されたのはわたし一人。……確かに、トラップの言うことはわかるんだけど。
 こんなときに待ってるしかできないなんて……
 ルーミィ、お願い……無事でいて!!
 
 みんなが戻ってきたときには、もう真夜中になっていた。
 わたしはいてもたってもいられなくて、うろうろ部屋の中を歩き回ってたんだけど。
 入り口が開く音がして、慌てて玄関へと向かった。
 そこに立っていたのは、クレイ、キットン、ノルの三人。
 ……ルーミィは?
「クレイ、ルーミィは……?」
 わたしの言葉に、クレイは首を振った。物凄く疲れた顔。今まで走り回ってたんだろうな。
「この村だけじゃなくて、城下町あたりまで捜してみたんですけどね……ルーミィを見た、という人すら、見つかりませんでした」
「鳥達も知らないって言ってた」
 みんなの言葉に、わたしは玄関先にへたりこんでしまった。
 だってだって……ルーミィだよ? まだあんなに小さいのに。こんな初めて来た国で……
 誰も何も言わない。みんな、考えてることは同じだよね。
 これだけ捜しても見つからないんだから、もしかしたら、何か事件に巻き込まれたんじゃないか。ルーミィ、可愛い顔してるもんね。もしも、その……
222トラパス 誘拐事件編 4:03/09/29 21:39 ID:uYbmFLPW
 そのときだった。
 どたどたどた、という足音がしたと思うと、凄い勢いでドアが開いた。
 物凄い剣幕で立っていたのはトラップ。
「ルーミィ、見つかったの!?」
 わたしの言葉にトラップは首を振ったんだけど、かみつきそうな勢いで喋り出した。
「ルーミィを見たって奴を見つけた。シロも一緒だ。そいつが言うには、確かに銀髪の小さな女の子と白い犬を、誰かが連れてくのを見たっていう話だ」
「どこに!?」
 みんながつめよると、トラップは息をのんで言った。
「……城に」
 城!?
 城ってあれよね。この国の王様が住んでる、あの城よね!?
 な、何でそんなとこに……
「連れてったのは、どうも城の下働きの奴らしい。くそっ、道理で誰に聞いても知らねえって言うわけだぜ。誰も王様が人をさらうなんて思わねえもんな」
 いらだたしげに赤毛をかきむしると、トラップはきびすを返した。
「ど、どこに行くの?」
「ああ? 決まってんだろ!? 今すぐ城に忍び込んでルーミィ連れ戻してくんだよ!!」
 トラップの表情は、すごく切羽詰っていた。
 ああ……そうだよね。トラップだって、今回のことはすごくショックだろうし反省だってしてるよね。
 わたしだって、うっかりルーミィから目を離すことはあるもん……一方的に責めて、悪いことしちゃったな。
「いやあ、待ってください。それは、やめた方がいいですよ」
 トラップの言葉にクレイとわたしまで走り出そうとしたんだけど、それにストップをかけたのはキットンだった。
「何言ってるのよキットン! ルーミィが泣いてるかもしれないのよ、早く助け出さないと!」
「そうだ。何のためにルーミィをさらったのかは知らないが……ルーミィは俺達の大切な仲間なんだ。早く助けないと」
 わたしとクレイが同時に言うと、キットンはばたばたと手を振り回して、
「落ち着いてくださいって! そりゃそこらのごろつきにさらわれたというのならそうでしょうけど、さらったのは王様ですよ? 身代金目当てのわけはないし、犯罪に関わっているとも考えにくい。
 すぐにどうこうということは無いはずです」
223トラパス 誘拐事件編 5:03/09/29 21:39 ID:uYbmFLPW
「でも!」
「それに!」
 わたしの言葉を強く遮って、キットンは続けた。
「この国は王様の権限が非常に強く、城内は我々一般人は立ち入り禁止です。そこに忍び込んで、万が一にも見つかってごらんなさい。運が悪かったら処刑ですよ!?」
 うっ。
 確かにそうなんだよねえ。この国の王様は、それはもう知らない人がいないくらいの名君で、すごく権限を持ってるんだ。
 こんな夜中に城内に忍び込むなんて、物盗りや強盗と間違われてもしょうがないもんね。キットンの言葉は一理ある。
「けっ、俺がつかまるような間抜けに見えるかよ」
「あなたはそうでもルーミィは違いますからね。帰る途中で例の『お腹ぺっこぺこだおう』でも始まってごらんなさい。それに、城の警備というのを甘く見ない方がいいですよ」
 キットンの説得力あふれる言葉に、さすがにトラップも言い返せないみたい。
 でも、だったらどうしたらいいの!?
 
 解決策を見つけてきたのはキットンだった。
 わたし達は、あーでもないこうでもないって一晩中話し合いを続けてたんだけど。
 朝になると、キットンはふらりと外に出て行って、そして戻ってきた途端叫んだ。
「やりました! 城内にうまく入り込む方法を見つけましたよ!!」
「えっ!?」
 その言葉に、皆が一斉に振り向いた。もうね、どう頑張ったって警備の状態もわからない以上、手の出しようがないっていう結論が出かけてたんだ。
 それだけに、キットンの言葉はまるで神様の言葉みたいに思えた。
「本当!? ど、どんな!?」
「ぐ、ぐるじいばすてる……手、手を離してください……」
 え? あらら、ごめんごめん。
 思わずキットンの襟元をしめあげていた手を離して、わたしは改めて座りなおした。
224トラパス 誘拐事件編 6:03/09/29 21:41 ID:uYbmFLPW
「で、どんな方法なんだ?」
「あのですねえ。一般人が用も無いのに城内にもぐりこむことは禁止されていますけれど、逆に言えば用があれば入れるわけです」
 ふむ。それはそうだよね。
 でも、冒険者であるわたし達が、王様に一体何の用があるっていうの?
「実はですね、この国には変わった風習があるんです。幸せを皆でわかちあう、という趣旨らしいんですけど、結婚式を行うときは、費用は全て王様が出してくれるらしいんです。そして場所は、必ず城で行うんですよ」
 ……結婚式?
「そして、この結婚式には、誰でも参加できます。他人の幸せを皆で祝うことによってみんなの幸せに変えるという名目て思い付いたしきたりらしいんですが。
 そんなわけで、結婚式さえあれば、それを見に行くという名目で、いくらでも城にもぐりこめます」
「ばっかやろう! そんな案があるんならもっと早くに言え!」
「わ、わたしだって今朝人に聞いて初めて知ったんですよ!!」
 キットンの頭を振り回すトラップ。もー。乱暴なんだから。
 何だかんだで、きっと1番心配してるのはトラップなんだよね。焦る気持ちは、わかるんだけど。
「確かに、それなら危険はなさそうだな。万が一城内をうろうろしているところを見咎められたとしても……」
「そうです。結婚式に参列してみたけれど、城内があまりにも広いので迷った、と言えばOKです。参列は国の人間じゃなくても、流れの冒険者でもいっこうに構わないそうですので。不審がられることはないでしょう」
 うーん。「他人の幸せをみんなの幸せに」っていうのはすごく素敵なことだけど。それって物凄く無用心じゃない? よく知らない人間を城内に招き入れるわけだから……
 しきたりって、よくわからないものが多いよね。
「よし、その手でいこう。で、結婚式はいつやるんだ?」
「いやー、それが当分行われる予定は無いそうです」
 ずべっ
 キットンの言葉に、立ち上がりかけたクレイとトラップが揃ってこけた。
 あ、あのねえっ……
225トラパス 誘拐事件編 7:03/09/29 21:42 ID:uYbmFLPW
「んだよそれはっ! それじゃあ使えねえだろうが!!」
「いえいえ、何てことを言うんですか! わたしにぬかりはありません!!」
 トラップの言葉に、キットンは自信満々に答えて何か書かれた紙を取り出した。
「無ければわたし達でやればいいんです! すなわち、わたし達の誰かが結婚すればいいんですよ!!」
 キットンの言葉に、皆はしーんと黙り込んだ。
 ……ええええええええええええええええ!!?
 
「……名案だな」
 しばらくみんな黙り込んでたんだけど。
 やがて、トラップがぽつりとつぶやいた。その目はもう完全に座っちゃってる。
 ちょっとちょっとちょっとお!? け、結婚だよ!? 一生に関わる問題なんだよ!?
「おいおいキットン、それはいくら何でも……」
「大丈夫! わたしの計画は完璧です。誰も本気で結婚しろなんていいません。ようするに、ふりですよふり」
 キットンの言葉によると、こういうことだった。
 まず、二人が結婚式を挙げ、残りのメンバーはそれに列席するという名目で城にもぐりこむ。
 式の最中、二人以外のメンバーは城内にいるはずのルーミィを探し出す。
 式が終わるまでに見つけ出せたらよし。見つけ出せなくても、とにかく式が終わるまでには一度戻ってくる。
 戻ってきたら、何か騒ぎを起こしてとにかく結婚式をぶち壊して騒ぎに乗じて脱出。
 この時点でルーミィが見つかっていればよし。見つかっていない場合は、再び城内にもぐりこんで、ルーミィを捜す。ルーミィを見つけ出した後は、「結婚式を見に来たんだけど城が広くて迷ってしまった冒険者」のふりをして脱出する。
 とまあ、こういうものだった。
 うーん。何だか色々すごく危なそうな気がするんだけど……でも、それしか方法が無いんだもん。しょうがないよね。
 どう転んでも、結婚式は途中でめちゃくちゃになるから、本当に結婚するっていうわけじゃないし。何と言っても、ルーミィのためだもん!
226トラパス 誘拐事件編 8:03/09/29 21:43 ID:uYbmFLPW
「……しょうがないな、それで行くか」
 クレイはしばらく迷ってたみたいだけど、やがて頷いた。
 彼としては、きっとみんなを危険にさらすような真似はしたくないんだろうけど。
 それしか方法が無いって納得したみたい。
「よし。で、誰と誰が結婚するんだ?」
「そりゃパステルとクレイでしょう」
 トラップの問いに即答するキットン。その答えに、わたしは思わず固まってしまった。
 え、わたしぃ!?
 い、いや、よく考えたらそうだよね。他に女の子いないもん。うん、そりゃそうだ。
 でも、何で相手がクレイなの?
「え? 俺!? キットン、何で俺なんだ?」
「そりゃそうでしょう。いいですか? この計画の場合、もしかしたら花嫁と花婿の二人も、後で列席者のふりをする必要があるかもしれないんですよ。つまり、二人があんまり人目につくような外見では困るわけです。
 まあ女性はパステルしかいないんだから決まりとして、私やノルでは目立ってしょうがないでしょう」
 ふむ、それはそうだよね。二人とも体格に特徴がありすぎるもん。
「残るはクレイかトラップですけど、式の間城にもぐりこむのに、もしかしたら鍵開けの技術が必要になるかもしれませんし、それでなくてもトラップは感覚が鋭いですからね。どうしても捜索隊の方にまわってもらう必要があります。
 だったらクレイしかいないでしょう」
 な、なるほど……言われてみればそうだね……
「まあ、そりゃそうだよな」
 ちょっと顔をしかめて言ったのはトラップ。
 ? 何だか不機嫌そう。どうしたのかな?
「……そう言われると確かに俺しかいないな。よし。やるか!」
「式の申し込みは既にすませてあります。後は衣装ですね。貸衣装屋さんが町にあったと思いますので行ってみましょう」
 そんなわけで、わたしとクレイは結婚式を挙げることになった。
227トラパス 誘拐事件編 9:03/09/29 21:45 ID:uYbmFLPW
 いや、さすがはお城。
 わたしはちらりと見た光景に圧倒されてしまった。
 もうそれはそれは大きな部屋に、埋め尽くされた椅子とそこに座る人。
 もっとも、座っているのはわたし達とは何の関係も無いただの町の人たちだったりするんだけど。
 結婚式に列席するしないは自由らしいんだけど、別に入場料がいるわけじゃないし、豪華なお食事も後で出るらしいしね。店を閉めてまで列席する人もいるとか。
 ちなみに、今日はルーミィがさらわれてから2日目。つまり、計画を立てた翌日。
 かなりのスピード結婚だけど、しょうがないよね。ぐずぐずしているわけにはいかないし。幸い、式を挙げるのに面倒な段取りは必要なく、申し込みをするだけですんなりと話がついた。
 唯一ごたごたしたのが衣装だけど……何しろ、結婚式だから列席者も普段着ってわけにはいかないし。ノルの体格に合う衣装を見つけるのは、なかなか大変だったんだ。
 結構お金もかかってしまったんだけど……仕方ない!! これもルーミィのため!!
 で、わたしは今、花嫁の控え室にいるんだ。そのドアを開ければ、すぐに式場に入れるっていう部屋。
 衣装はもちろん、純白の豪華なウェディングドレス。
 レースがいっぱいでスカートもふんわりと広がっていて、こんなことでもなければうっとりするところなんだけど……
 うーっ、ルーミィのことが心配でそれどころじゃないや。トラップ達大丈夫かな?
 今頃、トラップ、キットン、ノルは既に城内でルーミィ捜索を始めているはず。
 で、わたしとクレイは、結婚式の準備のためにそれぞれ部屋で衣装を合わせてるんだ。
 着付けをしてくれたのは、お城のメイドさん達。ウェディングドレスってやたらホックがたくさんついててどうしたって一人じゃ着れないんだけど、手馴れた様子であっという間にわたしを花嫁さんに仕立て上げてくれた。
 ちょっぴりお化粧なんかしてベールを被ると、鏡の中のわたしは何だか別人みたいに見える。
 うーっ、そんな場合じゃないっていうのはよーくわかってるんだけど……やっぱり顔がにやけてしまう。
228トラパス 誘拐事件編 10:03/09/29 21:46 ID:uYbmFLPW
 クレイは隣の部屋で、やっぱり花婿さんの衣装を着付けてもらっているはず。ちなみにクレイの着付けを誰がやるかでメイドさん達がもめている光景を、わたしはばっちり見てしまっていた。
 クレイ、かっこいいもんね。気持ちはわかる……
 で、やたら時間のかかる着付けも終わり、ついに式が始まる時間になった。
 ううっ、緊張っ……トラップ達、期待してるからね! 絶対ルーミィを見つけ出してよ!!
 
 壮麗な音楽が鳴り響く中、わたしはボーイさんみたいな格好をした人に手を引かれて、部屋の中央に引かれた赤い布の上を歩いていた。
 ……本当は、手を引くのはお父さんとか身内の男性っていう決まりなんだけどね。わたしのお父さんはもう死んじゃってるし、急に代役が見つかるわけもなく、事情を話したらお城の人がうまくまとめてくれるってことだった。
 慣れないハイヒールでつまづきそうになりながら歩く。まわりからは割れんばかりの拍手の音。
 ……皆さんごめんなさい。
 心から祝福してくれる列席者の皆さんに謝りながら、わたしは先に待っていたクレイの元へと歩いていった。
 うっ、さすがはクレイ。かっこいい!
 同じく純白のタキシードでぴしりと決めて、最近伸びてきた髪をきれいに整えたクレイは、女の子なら誰でもためいきをついて振り返りたくなるくらいかっこよかった。
 ううっ、つりあってない。絶対わたしじゃつりあってないっ。
 クレイに手を引かれて、神父さんの前に立つ。いよいよ本番。
 これから、神父さんのありがたい言葉を聴いて、指輪の交換(ちなみに、これはお城の人が用意してくれた借り物)、近いのキスを経て、晴れて二人は夫婦になる、っていう流れになるらしい。
 お、お願いだから。お願いだからトラップ! キットン! ノル!!
 誓いのキスまでには戻ってきてねっ!!
 わたしの祈りを知る由もなく、神父さんがうやうやしく立ち上がって、わたしとクレイの手を取った。
 いよいよ、式が始まった。
229トラパス 誘拐事件編 11:03/09/29 21:48 ID:uYbmFLPW
 神父さんの話は、それはそれはありがたいものだったけど。
 それはそれは長かった。
 メイドさん達が話してたけどね。この神父さんはいつもこうらしい。
 わたし達にとってはありがたいことなんだけど、列席者の人たちは退屈だろうなあ。
 ちらっと後ろを振り向いたら、寝てる人までいたし。
 そんなこんなで、一時間以上は経っただろうか?
「……というわけで、病めるときも、健やかなるときも、汝、クレイ・S・アンダーソン、パステル・G・キングを、妻として、これを永遠に愛することを誓いますか?」
「……はい、誓います」
 きき、来たっ!! とうとうこれが最後!!
 この誓いの言葉が終わったら、次は指輪の交換、誓いのキス。
 もう少しで式が終わる……トラップ達はまだー!?
 クレイは何だかひきつった笑顔で答えていた。当たり前だよね、嘘だもん。
 神様に嘘をつくなんて気が引けるけど、しょうがない。そして、次はわたしの番。
「汝、パステル・G・キング、クレイ・S・アンダーソンを、夫として、永遠に愛することを誓いますか?」
「……はい、誓いま……」
 わたしが言いかけたときだった。
「ちょっと待ったあ!!」
 バンッ!!
 突然の叫び声。同時に、式場の中央のドアが開く音。
 ……え? この声って……
 突然のことに、誓いの言葉を中断して振り向く。クレイも、神父さんも列席者の人たちも、ぽかんとしてドアの方を見ていた。
 皆の視線を一斉に浴びて堂々と立っていたのは……
『と、トラップ!?』
 わたしとクレイの声が重なった。
230トラパス 誘拐事件編 12:03/09/29 21:49 ID:uYbmFLPW
 そこに立っていたのは、確かに、見慣れた赤毛の盗賊の姿だった。
 ただし、いつもと違って、きちんと騎士風の正装をして背中に漆黒のマントなんかを羽織っているその姿は、何だか……とってもかっこよかったんだけど。
 っていやいやそんなことはどうでもよくて!!
 トラップは、何故かわたしの方を見てしばらく硬直してたんだけど、わたしと視線が合うと慌てて
「クレイ、おめえなんかにゃパステルは渡さねえ!! パステルは俺の女だ!!」
 と、叫んだ。その顔はかなり真っ赤。
 ……って。
 とっ、突然現れて何を言い出すのよあんたは――!?
 わたしは思わず赤面してしまったんだけど、とん、と隣のクレイに肘で小突かれて気づく。
 ……あ、もしかしてこれが、結婚式をめちゃくちゃにするための騒ぎ?
 なーるほど……でも、他に何か方法はなかったの!?
 突然の出来事に、ざわめきが広がる。まあ、そりゃそうだよね。
 でも、わたしはどうしたらいいんだろう?
 わたしがクレイに目をやると、彼は……そっとトラップの方に目をやって、ウィンクした。
 うん、行けばいいみたいね。そうだよね。ここでわたしがクレイのところにとどまってたら、トラップはつまみ出されて結婚式は続行されちゃうもんね。
 了解。
 わたしが軽く頷くと、クレイが一歩前に出て、
「突然何を言い出すんだ!! 彼女は俺と結婚するんだ!」
 おおっ、クレイ名演技!! トラップも負けてないけど。
「ああ? 突然横恋慕して、家の地位を傘にきて無理やりパステルを奪い取ったくせして何言ってやがる! 俺とパステルはなあ、おめえなんかよりずーっと前から結婚の約束をしてたんだよ!
 おめえの汚い手なんかにゃ負けねえぞ! 二人で幸せになってみせる!!」
 ……負けてないけど、もうちょっとマシなストーリー思いつかなかったの?
 あーあ。列席者の人たち、クレイをにらんでるよ……ごめんねクレイ。
「何を……お前みたいな地位も財産も持ってない奴に、パステルを幸せにできるもんか!!」
「んなもんなくたってなあ! 愛がありゃあ幸せにはなれるんだよ! それを俺達が証明してやらあ。パステル、来い!!」
 そしてわたしの方に手を差し出すトラップ。
231トラパス 誘拐事件編 13:03/09/29 21:50 ID:uYbmFLPW
 よし、今行けばいいんだよね……でも、黙っていくのも変かな? えーとえーと。
「ご、ごめんなさいクレイ……わたし、やっぱりトラップのことを愛しているのよ!!」
 こ、声が震えるうっ!! ば、ばれてないよね?
 ちらっとクレイをうかがうと、小さく親指を立てていた。「よくやった」って意味らしい。
 そのまま、わたしはクレイに背を向けてトラップの方に走っていった。
 かけよった瞬間つかまれる腕。次の瞬間には、わたしはトラップに抱き上げられていた。
 ちょっとちょっと!! ここまでするの!?
「悪いなクレイ……パステルは、もらっていく!!」
 トラップの捨て台詞と閉じられる扉。
 何だか拍手と泣き声と「幸せになれよ!」みたいな言葉が中から聞こえるんだけど……
 ううっ、皆さん騙して本当にごめんなさいっ!!
 
 そのままわたしが連れて行かれたのは、城の中のどこかの部屋。
 お城で働いている人たちは、みんな式場と披露宴の会場の準備で出払っていたらしくて、ちょっと奥まったところに来てしまえば不思議なくらい人影は無い。
 物置みたいな小さな部屋(といっても、みすず旅館の部屋より広いんだけど)に入ると、トラップはわたしを放り出して鍵をかけた。
 ちょっとちょっと! もーっ、乱暴なんだから!
「もう! 一体何なのよあれは!」
「ああ? ようするに結婚式をぶち壊せばよかったんだろ? いいじゃねえか、成功したんだから。ったく、おめえ重てえんだよ」
 ななななな何てこと言うのよ失礼な!!
232トラパス 誘拐事件編 14:03/09/29 21:50 ID:uYbmFLPW
「だって、あれじゃあクレイが可哀想じゃない。列席者の人、みんなにらんでたわよ」
「だーいじょうぶだって。クレイは花嫁に逃げられて傷心の花婿だぜ? 放っておいてもみんなそっとしておいてくれるって。一人になりゃあ、後はいつもの格好に戻ってこっちに合流すりゃすむ話だ」
 そ、そうかもしれないけどお……ううっ。クレイってどこまでも貧乏くじをひかされる運命なんだね……
「っつーかな、クレイの心配してるときじゃねえだろ今は」
 呆れたようなトラップの声。
 はっ、そういえばそうだ。わたし達が何のためにこんなことしてるのか考えれば、そんな場合じゃないよね(ごめんねクレイ)。
 ルーミィが見つかっているなら、わたし達はこのまま外に脱出すればよかったんだから……
「ルーミィ、まだ見つからないの?」
「ああ。二階まではくまなく捜したんだけどな、見つからねえ。残るは三階だけだ」
「本当? すぐに捜しに行かなくちゃ!!」
 こんなことしてられない。ルーミィ、今行くからね!!
 そう言って、わたしは歩き出そうとしたんだけど。
 その前に、トラップに呼び止められてしまった。
「捜すって……おめえ、その格好でか……?」
 はっ!
 そういえば、わたしの今の格好って、ウェディングドレス……
「と、トラップ……どうしよう……」
「あー……おめえ、自分の服は?」
「控え室……」
 ああっ、もうわたしのドジ!!
 着替えの一枚くらい、トラップにでも預けておけばよかったのに。
 ううっ、どうしよう……でも、まさかこんな格好でうろつくわけにはいかないし……
「……よし、ちっと待ってろ」
 言いながらトラップは部屋の中をあさり始めた。部屋は本当にただの物置みたいで色々雑多なものが置いてあったんだけど、そこのクローゼットからトラップが見つけ出したのは、お城のメイドさん達が来ている紺のワンピースと白いエプロン。
「とりあえずこれでも着てろ。靴はねえけど……ま、それくらいは我慢しろ」
「うん」
 幸いなことに、部屋の中だもんね。靴がなくても足が痛いってことはない。
 それに、この格好なら、見つかったときにも言い訳がきくし!
233トラパス 誘拐事件編 15:03/09/29 21:51 ID:uYbmFLPW
 そして、わたしは着替えようとしたんだけど……ってちょっと。
「トラップ! 外に出ててよ、着替えるんだから!」
「ああ? 誰が見るかよおめえの幼児体型なんか」
 よ、よ、幼児体型!? し、失礼なっ。確かにあんまり胸は大きくないけどっ……
「ま、別に外に出ててもいいけどよ。賭けてもいいな。おめえは絶対俺を呼び戻すぜ」
「はあ??」
 何言ってるのよ? トラップの言ってることってわけがわからない。
 わたしが何か言うより早く、トラップはひらひらと手を振って外に出ていった。
 もう、出るなら最初から素直に出てくれればいいのに……
 そうして、わたしはやっと着替えることができたんだけど。
 ……そして、気づいた。トラップの言っていた意味が。
「うっ……嘘っ、これどうやって脱ぐの!?」
 ハイヒールを脱いでドレスに手をかけたところで気づいた。このウェディングドレス、やたらとホックがたくさんついてて着るのも大変だったけど……一人じゃ脱げない! 手が届かないようなところにもホックがあって!!
 と、トラップ、気づいてたのね……言ってくれればいいのに、意地悪!!
「どうだよ、脱げたか」
 ドアの外から響くトラップの声。
 くっ、悔しいっ……
 仕方なく、わたしは彼を部屋の中に呼び戻した。
「い、いい? 絶対絶対見ないでよ!?」
「ああ? しつけーな。それよりさっさとしろっ。ぐずぐずしてる時間はねえんだよ!!」
 うっ、その通り……
 仕方なく、わたしは両腕を広げてトラップに背中を向けた。
 トラップの手が、背中や腰のあたりを這い回る感触。ぶつん、ぶつんという音と共に、少しずつ締め付けられていた部分が楽になっていく。
 ううっ……何だか、緊張するなあ……
 だってだって、トラップの手、すごくきわどいところに触れてるんだよ!? 着せてもらったときは、相手も女の人だったから気にしてなかったけど……
 は、早く終わって――!!
234トラパス 誘拐事件編 16:03/09/29 21:52 ID:uYbmFLPW
「よしっ、これが最後の一つ……あん?」
 ぶつっ、という音。それと同時に、ずるっとドレスが肩から落ちる。
 きゃあああああ!? 脱げるっ!!
 慌ててドレスをおさえようとしたそのときだった。
 突然、トラップがわたしの口を塞ぐと、ドレスや靴をつかんでクローゼットの中にとびこんだ。
 な、ななな何!?
 いきなり暗がりの中で押し込められて、わたしはパニックになりかけたんだけど。
 すぐに理由がわかった。
 クローゼットの扉を閉じた途端、足音がしたかと思うと、突然誰かが部屋の中に入ってきたのよ!
 あ、危なかったあ……さすがトラップ。
 部屋に入ってきたのは、多分メイドさんが二人。
 声しか聞こえないんだけど、どうやらここに何かを取りにきたみたい。
 うっ、ど、どうかクローゼットを開けませんようにっ……
「ねえ、結局結婚式は?」
「あー、そりゃ中止よお。もうすごかったわよ。花嫁さんを連れて逃げるとこなんか、すごく絵になっててね。あの花婿さんもかっこよかったけど、乱入してきた彼も素敵だったわあ」
 ……もしかしなくても、これってわたし達の話だよね。
 中止になったっていうことは、そろそろ準備に追われていたメイドさん達が戻ってくるってこと?
 わたしは思わず聞き耳を立てようとしたんだけど、トラップにぎゅっと抱きしめられて身動きできなかった。
 動くな……ってことなのかな? 確かに、ちょっとでも音を立てたら気づかれそうだもんね。
 ……って、よ、よく考えたら、今のわたし達ってすごい状況になってない!?
 だ、だって、わたしのドレス、もう半分以上脱げかけてて……トラップの腕がまわってる上半身なんか、完全にスリップ一枚になっちゃってるのよ!?
235トラパス 誘拐事件編 17:03/09/29 21:53 ID:uYbmFLPW
 そんなことに気づくと、ほっぺに押し付けられたトラップの胸とか、抱きしめてる腕とか、そういうのが嫌でも意識されちゃって……!!
 どどどどうしよう。ドキドキしてきちゃった。そ、そんな場合じゃないのにっ……
 ちらっとトラップを見上げると……何故か、彼は彼で、わたしのことをじーっと見ていた。
 な、何で見てるの!? もしかして、顔に何かついてる……?
 もちろん、ほとんど真っ暗で、表情とかはよくわからないんだけど。
 トラップの茶色の瞳が、怖いくらいに真剣にわたしのことを見つめているのはわかって……
 その顔は、正直言って……とってもかっこよくて、何だかくらくらしてきた。
 抱きしめていた手が、動く。
 ととと、トラップ!? ど、どこ触ってるのよっ!?
 スリップ越しに這い回る指。耳元に触れる熱い吐息。
 む、胸っ、手、胸に触れてるっ!!?
 文句を言いたくても声が出せない。ちょ、ちょっとちょっとお!!
 何より怖かったのは、そうやって身体を指が這い回るたび、わたしの身体がどんどん熱くなってることで……
 な、何だか、頭が、ぼーっとして……と、トラップ、一体何したのよっ……
 トラップの顔は相変わらず真面目。いつものふざけた調子も、からかう調子も、冗談って雰囲気も全然なくて。
 その顔が、だんだんわたしに近づいてきて……
 だ、駄目! これ以上トラップの顔を見てたらおかしくなりそう。だって、だって、わたし、嫌だって思ってないんだもん。嫌だ、やめてって、心からは思ってない。
 わたし、わたし……もしかして……?
236トラパス 誘拐事件編 18:03/09/29 21:54 ID:uYbmFLPW
 と、そのときだった。それが聞こえてきたのは。
 部屋に入ってきた二人は、幸いなことにクローゼットには目もくれずに何かをしていたみたいなんだけど。
 そこに、バタン、と音がして、さらに誰かが入ってきたみたいだった。
「あ、こんなところにいたのね。ちょっと頼まれてくれる?」
「はい、何でしょう」
「あのお嬢ちゃんにお菓子を届けてあげてほしいのよ。お腹が空いたんですって。王妃様からの直々のお願いよ」
「えっ……またですか? さっきもあげたばかりじゃ」
「あんなに小さいのに、よく食べる子ねえ」
「はいはい、文句を言わないの。あの子は王妃様の大事なお客様よ、くれぐれも無礼の無いようにね。じゃあ、お菓子を用意したら、さっきと同じように王妃様の部屋へ」
「はーい、わかりました」
 バタン、とドアが閉まる音。ばたばたと足音がして、部屋の中から人の気配が消える。
 い、今の話って……
 直前まで何をされていたかなんてすっかり忘れて、二人してクローゼットから転がり出る。
 ううっ、狭かった……いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃなくて。
 今の話って、どう聞いても……ルーミィのことだよね!? 王妃様の大事なお客様って、どういうこと……?
 ルーミィは、王妃様の部屋にいるってこと!?
「トラップ! 今のってルーミィのことだよね?」
「多分な。王妃の部屋……三階は王族の個室があるっつー話だったな。行くぞ!!」
「うん!!」
 走り出そうとして……わたしはドレスの裾を踏んでしまった。
「きゃあっ!?」
 そ、そういえばドレス脱げかけてたんだっけ!? ずるっ、と完全に床に落ちるドレス。
 そのままわたしは床に転びそうになったんだけど、トラップの腕が、わたしを抱きとめてくれた。
「あ、ありがと……」
「ったく! おめえはどこまでもドジな奴だな、さっさと着替えろ!!」
「な、何よ、そんな言い方……ってきゃ」
 きゃああああああああああああ!!? わ、わたし、完全に下着姿にっ……
 悲鳴は、トラップの手にふさがれて、もごもごとしか言えなかった。
237トラパス 誘拐事件編 19:03/09/29 21:54 ID:uYbmFLPW
 見上げると、いつものいたずらっこみたいな光を浮かべた瞳で、にやりと笑って言った。
「誰かが来るかもしんねえぞ? 大声出すなって」
 うううっ、わかったから……見ないでよっ!!
 わたしは慌てて、トラップが手渡してくれたメイドさんの服に着替える。当たり前だけど、ウェディングドレスよりは簡単に着れるからね。すぐに終わったんだけど。
 着替え終わると同時に、トラップに手をつかまれた。
 見上げると、トラップの顔は、かなり真剣にドアの外を見据えていた。
 ああ……そうか。トラップも、ルーミィのこと心配なんだよね。
 きっと、できるならわたしのことなんか放って早く行きたかったんじゃないかな?
 でも、1番責任を感じているからこそ、みんなのことをいっぱいいっぱい気遣ってたんじゃないかな。
 だって、よく考えたらわたし、さっきからトラップに助けられてばっかりいるもん。
 ……早く、ルーミィを見つけ出さないとね。
 わたしとトラップは、部屋を出ると、一直線に階段をかけあがった。
 
 王妃様の部屋がどこか、わたしにはわからなかったんだけど。
 階段をあがったところで、トラップはしばらくじっと耳を済ませた後、迷うことなく左の方に走りだした。
「トラップ、わかったの?」
「……すっげえ小さいけど、ルーミィの声が聞こえた。こっちだ!!」
 やがて、トラップは一つの部屋の前で立ち止まった。
 ドアそのものは別に他の部屋とかわりなかったんだけど、そのドアノブには物凄く細かくて華麗な彫り物がしてある。一目で身分の高い人の部屋ってわかる、そんなドア。
 軽くドアノブをひねると、鍵はかかってなかったらしく、抵抗なく開いた。
 わたしとトラップが部屋の中にとびこむと……
238トラパス 誘拐事件編 20:03/09/29 21:55 ID:uYbmFLPW
「あ、ぱーるぅ!!」
「パステルおねえしゃん、トラップあんちゃん!!」
 そこに広がっていた光景に、わたしとトラップはくたくたと膝からへたりこんでしまった。
 だって、だって、ルーミィとシロちゃんたら、床いっぱいに広げられたお菓子を、それはそれは幸せそうにぱくついてたのよ!?
 てっきり寂しくて泣いてるんじゃないかと思ったのに、顔に浮かんでいるのは満面の笑み。
 な、何がどうなってるのー!?
 と、そのときだった。
「あなた達は……この子の?」
 部屋の奥から響いてきた声に、ふと顔を上げる。
 そこにいたのは、それはそれは綺麗な女の人だった。
 すらりと背が高くて、身にまとっているドレスはわたしにだってわかるかなりの高級品。
 さらさらの金髪を背中の中ほどまで伸ばしたその人は、とっても美人だったけど、同時にすごくはかなげな印象を持った……そんな人だった。
「あんた……この国の王妃様?」
 トラップの問いに、女の人は軽く頷いた。
 ああ……確かに、何だかそんな雰囲気があるよねえ。
 い、いや、見とれている場合じゃなくて!!
「あの!! ルーミィとシロちゃんを返してください。この子はっ……」
「そーだ!! おめえ何でルーミィとシロをさらった!!」
 わたしの言葉に、トラップも言いながら王妃様につめよっていった。
 ちょっとちょっと、乱暴はしないでよ!? 仮にも相手は王妃様なんだから!!
「……ごめんなさい」
 ところが、予想外にあっさりと謝られてしまって、トラップは毒気を抜かれたみたいに立ち尽くしていた。
 こんなにあっさりと認めるなんて思わなかったもんね。……一体どういうことなんだろう?
239トラパス 誘拐事件編 21:03/09/29 21:56 ID:uYbmFLPW
「ルーミィ。ねえ、一体何があったの?」
「あのね、あのね、ルーミィ遊んでたら、お菓子いっぱいくれるからおいでっておじちゃんに言われたんだおう! それでね、ここでおばちゃんと遊んでくれたらお菓子くれるっていうから、遊んでたんだおう!!」
 ルーミィに聞くと、かえってきた答えがまたよくわからないものだった。
 お菓子でつったのは、ルーミィをよく見抜いてるなあ、なんて感心してしまったんだけど。
 遊んでくれたらって……どういうこと?
 すると、王妃様が立ち上がって、部屋の奥へと消えた。
 一瞬トラップが追いかけようとしたんだけど、待つまでもなく彼女はすぐに戻ってきた。
 その手に一枚の額に入った絵を抱えて。
 その絵に描かれていたのは……
「え……?」
「ルーミィ……?」
 もうね、わたしもトラップもくいいるように絵を見つめてしまった。
 だって、そこに描かれていたのは、ルーミィにそっくりな女の子の絵だったんだもん!!
 違いは、絵の女の子は金髪で耳が尖ってない、っていうことくらいかな。それをのぞけば、青い目も白い肌も、抱きしめたくなるくらい可愛い笑顔も本当にそっくり。
 この子……
「わたくしの……娘です」
 わたし達の視線に、王妃様は、とても悲しそうな目をして言った。
240トラパス 誘拐事件編 22:03/09/29 21:56 ID:uYbmFLPW
「わたくしの娘です。身体の弱い子で、三歳の誕生日を迎える前に病で死にました。……もう十年も前のことになりますけれど、わたくし、娘のことを忘れたことはありませんでした」
 王妃様は、そっとルーミィの頭を撫でて言った。
 ルーミィは、何が何だかよくわかってないみたいなんだけど。頭を撫でられると、嬉しそうに笑った。
 この2日間、すごく可愛がってもらったんだってことは、その、王妃様を信頼しきった目を見ていればわかる。
「ああ、街で偶然この子を見かけたときは、心臓が止まりそうになりましたわ。娘が……娘が戻ってきてくれたのかと。そんなはずはないとわかっていたのに、つい……」
 ……そう、だったんだ。
 わたしには、まだ子供がいないから本当にわかるとは言えないけど。
 でも、想像はつく。生まれたばかりの小さな子が死んでしまうなんて……すごく、すごくショックだよね。
 だから、ルーミィを……
 と、わたしは思わずしんみりして、「いいんですよ、気にしないで」なんて言おうとしたんだけど。
 それを遮ったのは、現実主義者のトラップだった。
「けっ、いい迷惑だぜ。あのなあ、どんな理由があろうと、あんたのやったことは誘拐だぜ、誘拐!!」
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」
「うっせえ、黙ってろ!! あのな、あんたの娘は死んだんだ。もうどこにもいねえんだ。それとも何か? あんたの娘は、誰かで代用できるほど軽い存在だったってーのか!?」
「……っ!!」
 トラップの言葉に、王妃様がはっと顔をあげた。
「違うだろ? あんたの娘は、一人しかいねえ。死んじまったのはそりゃショックだろうけど、そうやってうじうじ悩んでることが娘のためになんのかよ!? それになあ!!」
 そこで、トラップは言葉を止めた。物凄く痛ましそうな、彼にとっては本当に珍しい、そんな表情を浮かべて。
「……自分と同じ思いを、他人にさせるつもりかよ? あんたにとっては娘のかわりかもしんねえけど、あんたが子供を連れてきたら、その子の親がどんな思いするか……考えたことがあるか?」
「…………」
 王妃様の目から、涙がこぼれおちた。
 そのまま床に膝をつくと、深々と頭を下げた。
 王妃様だよ? 多分、今まで誰にも下げたことのなかった頭を……よりにもよって、盗賊のトラップに。
241トラパス 誘拐事件編 23:03/09/29 21:57 ID:uYbmFLPW
「本当に、申し訳ないことをしました……わたくしが、間違っていました。ああ、娘のユーミにも、顔向けができないようなことを……あなたのおかげで、目が覚めましたわ。ありがとうございます」
「…………」
 ばつの悪そうな顔で頭をかくトラップ。
 多分、こんな身分の高い人に頭を下げられるのなんて初めてだろうしね。
 トラップは、きつい言い方をしてるけど……間違ったことは、言ってないと思う。
 1番ルーミィのことを心配してたからこそ、言えた台詞だよね……ちょっと、かなり、見直したかな?
「ま、わかったんならいいよ。こいつらは、連れてくぜ……おい、帰るぞ、ルーミィ、シロ」
「うん! ルーミィ、お腹ぺっこぺこだおう!!」
「はあ? おめえなあ! もう二度と菓子なんかにつられるんじゃねえぞ!!」
「つられるう?」
 トラップの言葉に、きょとんとするルーミィ。
 あはは、そうだよね。ルーミィには、多分よくわかってないんだよね……自分に何が起きたか。
 ああ、でも本当に、何もなくてよかった!!
「ルーミィ、おいで!」
「ぱーるぅ!!」
 わたしの声に、ルーミィが抱きついてきた。うーっ、久しぶり、この感覚! ルーミィ、もうどこにも行っちゃ駄目だからね!!
 わたしがぎゅーっとルーミィを抱きしめていると……王妃様が、にっこりと微笑んでいった。
「仲が、よろしいですね。よかったわね、ルーミィちゃん。お父さんとお母さんが迎えに来てくれて」
 ……は?
 王妃様の言葉に、わたしとトラップは思わず目が点になる。
 お父さんと……お母さん?
「あなたのお子さんを勝手に連れてきてしまったこと、本当に心からおわびします。償いに、何なりとわたくしのできることでしたらさせていただきたいと思いますので」
 ぽかんとしている間にも、王妃様はトラップに深々と頭を下げて……
 お、お子さん……? え、もしかして……
 わ、わたしとトラップ、ルーミィの両親に間違われてるっ!?
242トラパス 誘拐事件編 24:03/09/29 21:57 ID:uYbmFLPW
「あっ、あのですね!! わたし達はっ……」
「本当か?」
 わたしが誤解を解こうとすると、それを遮るようにして、トラップが身を乗り出した。
 ちょ、ちょっとちょっと?
「本当に、何でもしてくれんのか?」
「ええ、わたくしでできることでしたら……」
「んじゃ、一つ頼まれてくれ」
 トラップはにやりと笑うと、わたしの方に目を向けた。
 ……何だかすごく嫌な予感。トラップがこういう目をするときって、絶対ろくなことじゃないんだよね。
「あのな……」
 そうしてトラップが何を言ったのかは、わたしにはわからない。
 彼は、王妃様の耳元で何かをささやくと、わたし達を外に連れ出した。

 部屋の外に出ると、階段からけたたましい音が響いてきた。
 振り向くと、そこを上がってきたのは、クレイ、キットン、ノル。そして、三人の後ろから、屈強な男の人たち。
「とととトラップ!! ルーミィは見つけたのか!? 早く逃げるぞ!!」
「あーあー。見つかったのかよ。けっ、とろい奴らだぜ」
 呆れたようなトラップの視線。もー、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!
 わたしが事情を説明しようとしたとき、閉めたばかりのドアが開いて、そこから王妃様が姿を現した。
 その姿を見た途端、クレイ達を追い回していた男の人達がびしっ、と整列して敬礼した。
 ふわー、すごい。すごい威厳……
「下がりなさい。この者達はわたくしの大切な客人です」
「はっ、王妃様、ですが……」
「下がりなさいと言っています」
 王妃様がりんとした口調で言うと、男の人たちは、それ以上何も言わず階段をおりていった。
 さ、さっすがあ……
「おい……何がどうなってるんだ? この人は……」
 事情を知らないクレイ達に、わたし達はもう一度、ことの起こりと顛末を説明することになった。
243トラパス 誘拐事件編 25:03/09/29 21:58 ID:uYbmFLPW
 その後。王妃様は、「迷惑をかけたおわびです」と言って、わたし達を夕食に招待してくれた。
 貸衣装代とか、無駄になった今日の船のチケット代とかも、全部出してくれるとか。
 ううーさすが王妃様! 正直、お財布の中身がすごく寂しくなってたんだよね。助かったあ……
 そうして呼ばれた夕食は、それはそれは豪華かつ本格的なパーティーだった。
 わたしは、なりゆきで着ていたメイド服を脱いで、王妃様のドレスを一着貸してもらうことになった。ルーミィ、クレイも同じく。
 トラップ、キットン、ノルは最初から結婚式列席用の正装をしていたからね。そのままパーティーに出席することになったんだけど。
 そのときだった。
「おい、パステル」
 呼ばれて振り向くと、そこには、相変わらずマントに騎士風の格好をしたトラップ。
「トラップ。どうしたの?」
「ちっと、話があんだけど。庭に出ねえ?」
「庭に?」
 話……って何だろ?
 お料理のお皿を置いて、トラップの後についていく。連れ出されたのは、人気の無い中庭。
 さすがお城だよね。庭も立派に手入れされていて、すごく広い。真ん中には池まであったんだよ?
 その池のほとりで、トラップは立ち止まった。
 振り返ったその顔は、かなり真剣。
「トラップ……どうしたの?」
「あー……の、さ」
 トラップは、何だか顔を赤らめて口ごもっていた。
 あのトラップが珍しいなあ、なんてぼんやりと考えていると。
「あのよ。何で結婚式を中断させるのにあんな方法取ったか、おめえわかる?」
 唐突と言えば唐突な問いに、わたしは首をかしげてしまった。
 結婚式を中断……ああ、あのトラップが突然とびこんできた奴ね。
 確かに、他に方法はいくらでもあったと思うけど……何でって聞かれても。
「さあ、わからないけど……何か意味があったの?」
「……おめえさ、全然わかんねえわけ?」
「何を?」
 わたしが聞き返すと、トラップは、何だかすごく不満そうな顔をした。
 もー。何が言いたいのよ一体。
244トラパス 誘拐事件編 26:03/09/29 21:59 ID:uYbmFLPW
「あー、いや、わかってたんだけどな。おめえは鈍い奴だから」
「なっ……」
「だからっ……あれはな、俺の本音なんだよ!!」
 ……え?
 いつもの失礼な言い方に、わたしは背を向けて帰ろうかと思ったんだけど。
 突然言われた言葉に、頭が真っ白になってしまう。
「えと……本音、って?」
「っあのなあっ……」
 わたしの答えに、トラップははーっ、とため息をついたかと思うと、突然話をガラッと変えた。
「あのなっ……さっき、王妃さんが言ってたろ? できることなら何でもしてくれるって」
「? う、うん」
 そういえば、トラップ、結局何を言ったんだろう?
「それでな、俺、頼んでみたんだよ。もう一回結婚式させてもらってもいいかって」
「……え?」
 何、それ。何でそんなお願い……
 ……お願い、結婚式。本音。
 そのとき、わたしの頭によみがえってきたのは、あの、クローゼットの中での行為。
 うっ、そういえば、今の今まで忘れてたけどっ……あのときの、あれは……
 トラップ、もしかして……? でも、そんなことって、あるの? そんな、都合のいいこと……
「……だあら、その……」
「……うん」
「も、もう一回ウェディングドレス、着てみる気、ねえか?」
「…………」
 それって、やっぱり、そういう意味だよね。
 いくらわたしが鈍くても……そこまで言われたら、意味、わかるよ。
 わたしの気持ちは決まってる。
 いつもわたしのことを考えてくれたトラップ。優しい言葉をかけるのは簡単。慰めるのは簡単。本当に相手のことを思って厳しい言葉をかけるのは、優しくするより難しいはず。
 それができるトラップを、わたしは……
「……返事は?」
 真っ赤になってぶっきらぼうに言うトラップに、わたしはにっこり笑って、手を差し出した。
「これからも、よろしくね」
245トラパス作者:03/09/29 22:03 ID:uYbmFLPW
完結です。
いや展開に無理があるだろとか
シロちゃんの立場は一体とか
エロパロ板に書くような話か? とか
反省点がつきません_| ̄|○
もしもこんな作品でよろしければ、「こんなシチュエーション読みたい」とかのリクエストはいつでも承りますので
読んでくださっている方、本当に本当にありがとうございます。
246名無しさん@ピンキー:03/09/29 22:18 ID:zS+NqzbN
うわー初めてリアルでトラパス作者様の作品読めました。
感激です…
展開に特に無理は感じませんでしたよ。
エロなしでも萌えどころは突いてくれちゃってます。
実はリクエストあるんですが…また今度することにします。
こないだリクエストしたばっかりですので。
次回の新作も楽しみにしてます
247名無しさん@ピンキー:03/09/29 22:31 ID:u4SwlgK5
>245
お礼を言いたいのはこちらの方です。
トラパスの神様いつも本当に本当にありがとう!
とても良かったです。
このスレに来るのが最近の楽しみでつ。(゚∀゚)

トラパスクエスト続編のトラップ視点とは違った感じの、切ない系でぐっと来るお話見てみたい・・・。
トラが色んな意味で報われないちょっと不幸チックなのとか。
って、、、何書いてんだよ漏れ。
・・・不幸なのはクレイ担当でつね。

次回作も楽しみにしてまつ。
248名無しさん@ピンキー:03/09/29 22:32 ID:x7HyVDQD
新作読ませていただきました!
いやあ、結婚式の「卒業」パターンいいですよね〜
とっくに失くしたはずの乙女心を思い出させてもらいましたw
やっぱりトラパス作者さまの作品はエロ少なくても
かなりハアハアさせられます(*´д`)
トラパス作者さまにはこのスレで散々リク応えていただいているのですから、
エロ無しなら書くな( ゚Д゚)ゴルァ!! なんていう恩知らずは気になさらずに
書きたいものを書いてくださるのがよろしいかと
お待ちしております
249名無しさん@ピンキー:03/09/29 23:21 ID:3XzAS9wS
>>248
そうか!
どっかで見たなぁと思ったら、「卒業」だ!
音楽担当のサイモン&ガーファンクルが好きで、この前衛星で見たんだった…_| ̄|○

…と板違いでしたが、トラパス作者様、新作良かったです。
エロは少なくても、心理面描写がしっかりしているので、すごく萌えました。

2〜3年前に少し書いてたのに…最近まったく絵も文も書けない…
物理的にではなく、精神的に…自分のネタが尽きた感がする…
250名無しさん@ピンキー:03/09/30 00:08 ID:G2i0qrVD
エロ少ないのに萌えましたv
フォーチュンでは、トラパス作者様をはじめとする皆様が書いてくださる程度のエロが適切なレベルと思われます。

内容は言うまでもなく、更にうまくできてるなぁ〜と思ったのがタイトル。
ふたつの意味で『誘拐』だなぁ…と♪
ルーミィ誘拐と、トラップの花嫁(仮)誘拐と(w
251サンマルナナ/1:03/09/30 00:16 ID:cDwzeo3B
こんばんわー。
また新作が出来てる!脱がしてるトラップ萌え…。

えーと、前回の続きなようなそうじゃないような。
前回を読まなくても読めるようなエロを書いていたら時間がなくなってしまったので
途中までアップしていきます。
こんなんでいいのかエロ。不安です。

星明かりの下で、おれはパステルに何度目かのキスをした。
「パステルのくちびるって、柔らかいな」
「そ…そうかな。クレイも、柔らかいよ?」
「パステルには敵わないよ」
言いながら、うす青く染まっているパステルの首筋にくちびるを寄せると、彼女は少し身体を固くした。
恐る恐る見上げてくる瞳。
「ク、クレイ…」
訴えかけるようなパステルの視線。
「パステル…」
この瞳が、ずっと前から欲しかったんだ…!
身体の奥の方から突き上げてくる衝動に堪え切れなくなって、パステルを抱きしめて、おれは言った。
「部屋に行っても…いいかい?」
腕の中で、小さな頭がこくり、とうなずいた。

252サンマルナナ/2:03/09/30 00:17 ID:cDwzeo3B
「ここよ」
パステルが枕元のランプに火を入れた。
部屋がうすぼんやりと明るくなって、ほのかな灯りがパステルを照らした。
いつも通りのパジャマではなくて、どうやら借りたらしいズボン付きの水色のネグリジェの上に、ベージュのカーディガンを羽織っている。
「借りたの?それ」
「え?…ああ、寝巻き?洗い替えが無いって言ったら、マリーナのお古だけど、って出してくれたの」
「そうなんだ。よく似合ってるよ。…可愛い」
パステルの顔が真っ赤に染まる。
正直に言っただけなのにな。
柔らかい髪の毛に触れてみる。しなやかな手触り。ふわっとせっけんの香りがした。
「可愛い…パステルは、可愛いよ」
おれは着ていたブルゾンを脱ぎ、椅子にかけた。
253サンマルナナ/3:03/09/30 00:17 ID:cDwzeo3B
そっと身体をベッドに横たえて、おれはパステルの唇を吸った。
唇を舌先でつついてこじ開けると、とまどったようにパステルも舌を絡ませてくれる。
…えーと。
ここからどうすればいいんだろう?
とりあえず服を脱がせるべきなんだよな。
けれど、パステルの着ているネグリジェは、リボンとフリルで襟元が飾ってあって、正直構造がよくわからない…
おれはそんなに考え込んだつもりはなかったんだけど、パステルがあきれたようにくすくすと笑った。
「ちょっと待ってて?」
そう言うと、パステルは上半身を起こして、するするとネグリジェのリボンを解き始めた。
上の方をほどいて、下のスナップをぱちぱちぱちっと外すと、ちょうど長いブラウスを着ているようなスタイルになる。
へぇ。こうなってたんだ。
その長いブラウスの前を掻き合わせて、恥らいながら微笑む。
「あ、あのさ…灯り、消さない?恥ずかしい…」
その姿を見ながらおれは、理性がだんだん消えていくのを自覚していた。
手首を掴んで、力ずくで腕を引き開けてしまう。
「やっ…あ、灯り…」
「見せて」
「恥ずかしいよぉ…」
パステルは下着を着けていなかったらしく、小振りのふたつの胸があらわになった。
風でちらちら揺れる灯りに照らされて、ピンク色に染まったその先端を舌先でからめとる。
すると、パステルが短く息を吐いた。
抵抗しなくなった手首を離すと、そのままおれの背中に腕がまわされた。

254サンマルナナ/4:03/09/30 00:19 ID:cDwzeo3B
女の子って柔らかい。
昔、初体験を済ませたやつから皆で聞きだした感想が、いましみじみと理解できる。
けっして太ってはいないのだけれども、どこを触れても柔らかく、さわり心地がいいんだ。
徐々に降りていって、おへその周りにキスをしてみる。
と、非難の声があがった。
「くすぐったいよ、クレイ」
あはは、ごめんごめん。

ズボンからゆっくりと足を引き抜く。
ちらっとパステルを見ると、目をぎゅっと閉じてしまっている。
ズボンを脚にひっかけたまま下着に手をかけると、閉じられた目にさらに力がこもった。

「クレイは、服、脱がないの…?」
パステルの服を全部脱がしてしまって、言われて気づいたら…おれは服を着たままだった。
「そ…そうか」
ブルゾンは脱いだけど、ニットとか着たままだった…忘れてた。脱がないと。
おれがベッドからいったん降りると、パステルはすばやく毛布にくるまってしまう。
可愛いなぁ。
パステルの仕草の一つ一つがとても愛しい。

ニットを脱いで、ベルトを外す。
…なんだか…ズボンを脱いでる姿って、恥ずかしいな。
後ろからパステルに見られてると思うと、照れてしまう。
もっと堂々と脱ぐべきなんだろうか?
う〜ん。…とりあえず、下着だけは脱がずにいよう。
255サンマルナナ/5:03/09/30 00:21 ID:cDwzeo3B

「ごめん、待たせて」
「ううん、いいよ。なんか、どきどきしちゃった」
「なんで?」
「クレイの背中、かっこいい」
「そう?べつに普通だよ?」
「かっこよかったの!」
「そうか?…あのさ、そろそろおれも布団に入らないと、寒いかも」
「えっ。あっ、そうか。ごめん。どうぞ」
パステルを抱きしめると、それまで冷えていた身体がじんわりと温まっていった。
細い肩。華奢な身体。回された手が背中を撫でる。
その指先にいちいち反応してしまう。柔らかい身体。せっけんの香り。

「ごめん、もうおれ…パステルの中に入りたい」
正直にそういうと、パステルは不安げにうなずいた。

下着を外すと、ひとりでするときとは比べ物にならないほど膨らんだものがそこにあった。
おれは、最初からパステルの身体に触れるたびに反応していたんだ。
ちゃんと入るだろうか?
「い…いくよ?」
「うん…」
不安に思いながらも、あてがって、ぐっと挿し込むと、ぬる…っという感覚とともに、おれはパステルの中に入って行ってしまった。

256サンマルナナ:03/09/30 00:22 ID:cDwzeo3B
今日はここまでで打ち止めです…明日続きかきます。
257名無しさん@ピンキー:03/09/30 00:27 ID:uArXpf9r
いやーまたまたイイモノを見させてもらいました!
トラップが乱入して来た時、どっかで見たようなシチュエーションだなーと思ったら、
そうか、「卒業」か……イイよなーこう言うの、と思った!
それではまた、次の作品を楽しみにしてます(゚∀゚)
258名無しさん@ピンキー:03/09/30 00:37 ID:uArXpf9r
サンマルナナさん、俺がトラパス読んでる間に新しい作品書いてたんですね!
こんなに早く書けるなんてスゴイ!そしてイイ所で終わってるし…
明日が楽しみです(゚∀゚)
259トラパス作者:03/09/30 09:54 ID:QxCc1X6F
いっ、今更ミスに気づいた……
誘拐事件編の、2と3の間


 そうよ、大人しく宿で待ってなんかいられない! こうしている間にも、ルーミィが泣いてるかもしれないのに!!
「っ……だあら、もしかしたら戻ってくっかもしれねえだろうが!! 誰かが宿で待ってる必要があんだよ!! おい、キットン、ノル、捜すの手伝ってくれ……頼む」
「わかった」
「もちろんですよ。言われなくても行くつもりです」
 トラップの言葉に、ノルとキットンも立ち上がる。
 だから……何でわたしがお留守番なのよう……わたしだって心配なのに。見つかったら一番に抱きしめてあげたいのに!
「あのな!! こんなときにおめえまで迷子になられたら余計大変なんだよ!! わかったら大人しく待ってろ!! おい、行くぜ」


という風につながるはずが、間の文章がすっぽぬけてました……
失礼……

>>246
遠慮なさらずにどんどんリクエストくださって構いませんよ〜
いつ答えられるかはわかりませんが、できる限りリクエストを優先していきますので
本当にいつもありがとうございます。

>>247
切ない系及びトラップが報われない話……
考えてみたいと思います。

ちなみに誘拐事件編は皆さん言われている通りかの有名な「卒業」から浮かんだアイディアです。
一度やってみたかったんですよねえ……
さて、新作を書いてこよう。
260サンマルナナ/6:03/09/30 11:24 ID:COc1aKXY
「ああぁっ!」
「だ、大丈夫…?」
「へ…平気…あっ、でも、動かないでっ…!」
パステルの中はぎゅうっと締まって、とても暖かかった。ぐっ、と深く押し込むと、俺を抱きしめるパステルの腕に力がこもる。
「ごめん…無理、かも」

「やっ!あぁ!はぁ…あん!あぁ…や、く、クレ…もっと…ゆっく…あぁん!」
おれの動きに合わせて、パステルが身体をくねらせる。
声を一生懸命抑えているんだけど、どうしても出てしまうらしく、とうとう口を自分で押さえだしてしまった。
動かしながらその手をどかして、唇を絡ませあう。
「隠さないで、パステル…可愛いよ」
キスの合間に囁くと、パステルの瞳から涙がひとしずくこぼれた。
その涙を舐めとる。しょっぱい。…可愛い。
「クレイ…クレイ…っ。おかしくなっちゃいそうだよ…!」
「いいよ、おかしくなって…全部見せて。おれも…もういきそう…」
からだの中で、何かがものすごい大きさに膨らんでいくような感覚。
気付くと、その感覚に従って、おれは動かすスピードを上げていた。
「クレイ…クレイ、や、あっ、ああぁっ!」
深く突き上げた快感に、おれは全身の力が抜けていくのを感じた…
261サンマルナナ/7:03/09/30 11:25 ID:COc1aKXY
荒れていた呼吸が落ち着いていく。
パステルの汗ばんで張り付いた前髪を撫で付けると、小さいおでこにくちづけた。
すると大きな瞳がくるりとおれを見つめ、ほころぶように微笑んだ。
「クレイとこんなふうになるなんて、思ってなかった」
「うん、おれも…思ってなかった」
キス。
「そういえばクレイって、いままで女の子と付き合ったことないの?」
「…う〜ん。ないなぁ。…キスはされたことがあったけど」
「うそ?!いつ?」
「7歳くらいだったかな?近所にませた子がいて…びっくりしたよ」
「そうなんだ…すごいねぇ、その子」
262サンマルナナ/8:03/09/30 11:26 ID:COc1aKXY
「パステルは?」
「へ?」
「今まで、付き合った人とか…」
「いないよー!いるわけがないじゃない」
「あはは、そうか。よかった。じゃあ、おれが初めてなんだ」
「…」
「…違うの?」
「じ、実は…キスはあるの」
「…いつ?」
「キスキンのときに、ギアに…」
「…」
「あっ、でも、それだけ。あとは何もなかったのよ?」

「消毒」
「んっ…」
また、キスを貪る。
上気した身体を、おれはもう一度抱きたくなってしまった。
263サンマルナナ:03/09/30 11:29 ID:COc1aKXY
終わりです。
この短さだったら昨日頑張れば良かったでしょうか(汗)
でも書くのに結構時間がかかるので…結果オーライということにしておきます。
いかがでしょ?
264サンマルナナ:03/09/30 11:33 ID:COc1aKXY
連続カキコごめんなさい。
途中の4番目のところでクレイの下着と書きましたが、
脳内ではブリーフ想像してました。
でもその単語を書くのにものすっごく戸惑ってしまって(汗)
トランクス?なのかとも思ったんですが…
皆さんはどっちのイメージが合うと思いますか?
265トラパス作者:03/09/30 17:19 ID:QxCc1X6F
新作書きました。
また長いです(苦
今回は、>>247さんのリクエストである
「切ない系」を目指してみたのですが。
……うーん。
これ、切ない系になってるのでしょうか、ちゃんと(汗
ちょっと不安……
色々手法を変えてみたので、また評価が気になる作品です。
266トラパス 盗賊一家登場編 1:03/09/30 17:37 ID:QxCc1X6F
 それはいつもの光景のはずだった。
 わたしは、部屋の中で読書をしていた。クレイはバイト、キットンは隣の部屋で薬草の実験。ルーミィとシロちゃんはノルに連れられて公園に行っていた。
 珍しく部屋で一人になれたから、前から読みたかった本をじっくりと読んでたんだよね。
 内容は、恋愛小説。普段滅多に読まないジャンルだけに、読んでる間、すごくドキドキしたんだ。
 ありがちなのかもしれないけど、身分の違いから引き裂かれたお姫様と従者が、何もかも捨てて二人だけで生きようと駆け落ちする話。
 お姫様は今まで見たことのなかった外の世界で、とまどうことも辛いこともいっぱい経験するんだけど、いつも傍で彼女を見守ってくれている従者のおかげでそれに負けることなく、やがて成長していくっていうそんなストーリー。
 もう、お姫様が健気で、従者はひたすらかっこよくて! わたしは夢中になって読み進めていたんだ。
 だから、後ろから本を取り上げられるまで、誰かが部屋に入ってきたことに全然気づかなかった。
 ぐいっ
「きゃあ!?」
 後ろから乱暴に本をひっぱられて、わたしは思わず悲鳴をあげて振り返った。
 もー誰よ! いいところなのに。
「ふーん。おめえもこういう本読むんだ?」
「トラップ!!」
 後ろに立っていたのは、我がパーティー一番の現実主義者でトラブルメーカー趣味はギャンブル特技毒舌の赤毛の盗賊、トラップ。
 まあね、よく考えたら、こんなことしそうな人は彼しかいないんだけど。
「ちょっと、何するの。返してよ!」
 取られた本を取り返そうとしたんだけど、そこは身軽なトラップ。手を伸ばすたびにひょいひょいっと避けられて、全然相手にならない。
 くーっ、悔しいっ!
「もうっ、何しに来たのよトラップ! まさか、その本が読みたかったの?」
「はあ? バカ言え。何で俺がこんな作者の妄想で成り立ってる紙と字の塊なんざ読まなきゃなんねえんだよ」
 絶句。何、その言い方。
 まあ、確かにトラップが本なんか読みそうもない性格なのは、よーくよく知ってたけど。
「そんな言い方しなくたっていいでしょ! わたしには面白いんだから。興味が無いなら返してよ!」
「ふーん……おめえ、こういう本に興味あんのか?」
267トラパス 盗賊一家登場編 2:03/09/30 17:38 ID:QxCc1X6F
 わたしの言葉なんか無視して、トラップはぱらぱらとあらすじページを読みながら言った。
 その顔はにやにや笑っていて、内心ですごーくバカにされてるのが手に取るようにわかった。
 わ、悪かったわねえ。わたしだって年頃の女の子なんだから! いいじゃない、恋愛小説を読んだって。
「そ、そうよ。悪い? わたしだって、素敵な恋愛したいなって思うときくらいあるんだから」
「はあ? やめとけやめとけ。おめえにゃ無理だって」
 きーっ! 何でそんな風に言い切れるのよ! というより、一体何しにきたのよ!!
「と、トラップには関係ないでしょ!? わたしがどんな恋愛をしようと! もう、一体何の用があってきたのよ!!」
 わたしが本に手を伸ばしながら叫ぶと。
 何故か、トラップの目が細まった。
 ……え? 何、どうしたんだろう……?
 わたしの手は、あっさりとトラップの持っていた本をつかんでいた。力をこめると、何の抵抗もなくわたしの手元に戻ってくる。
「……トラップ?」
「ふーん……なら、おめえはどんな男がタイプなんだ? どんな恋愛がしたいわけ?」
「え??」
 突然の質問に、わたしは頭が真っ白になってしまう。
 な、何でそんなこと聞くんだろう? トラップ、ちょっと変じゃない?
 でも、改めて聞かれると確かに言葉に詰まる。わたしの好みのタイプ、ねえ……
「ええっと……そ、そうだね。背が高くてかっこよくて、すごく優しくて頼りになる人……かな?」
 ちなみに、これは本の中に出てきた従者そのままなんだけどね。
 うーん。でもまあ、やっぱりこういう人に、女の子なら誰でも憧れるんじゃないかな?
 わたしがそう言うと。
 何故か、トラップの顔が少し辛そうにゆがんだ。
 ……え? 何、わたし、何か悪いこと言ったっけ?
 わたしは聞こうとしたんだけど。それより、トラップの言葉の方が早かった。
「ふーん……つまり、おめえの好みってクレイみたいな奴なんだ?」
「え??」
「ま、気持ちはわかるけどな。やめといた方がいいんじゃねえ? おめえとはつりあわねえって」
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」
268トラパス 盗賊一家登場編 3:03/09/30 17:39 ID:QxCc1X6F
 く、クレイ? いきなり何を言い出すのよ!?
 あ、でもまあ確かに、さっきの言葉はクレイにもぴったりあてはまるよね、うん。
 うーん、クレイ……確かにいい人だと思うし、好き? って聞かれたら好きって答えるけど……
 でも、恋愛対象としては、ねえ……
 わたしが悩んでると。
 トラップは、ぽん、とわたしの頭を叩いて、部屋から出て行った。
 ……ちょっと。
 一体、何しに来たのよー!?
 
 ……わかってたじゃねえか。
 手に残る、あいつの髪の感触。それを握り締めて、俺はつぶやいた。
 わかってたじゃねえか、あいつが誰を好きかなんて。
 言いたくても言えなかった言葉、伝えたかった言葉が、頭の中でうずまいてやがる。
 結局、俺は何しに来たんだか。
 大切なことを伝えに来たはずなのに。あいつが柄にもねえ本を読んでやがるから、ついいつもの調子で声かけちまった。
 まあな。好きな本をバカにされりゃ、誰でも腹が立つだろう。あいつが怒ったのは当たり前だ。
 ……何でこんな言い方しかできねえんだろうな、俺は。
 もっと素直になれりゃあ。クレイの奴みてえに優しくなれりゃあ。今頃もっと違った関係を築けたかもしれねえのに。
 今更後悔したって、仕方ねえけどな。何もかもが遅すぎた。
 片手で顔を覆う。あいつの髪の感触が、微かに残る手で。
 仕方ねえか。盗賊として、俺はあらゆるものを盗める自信があるが。
 人の気持ちだけは、どうにもならねえ。あいつだけは、手に入れることができなかった。
 それは、しょうがねえことだ……
 俺は、部屋に戻るとポケットにつっこんでいた手紙を取り出した。
 部屋の中ではキットンの奴が何やら大騒ぎしていたが、まあいつものことだ。
 もう一度手紙を読み返す。何度読んだって、内容は変わりゃしねえ。
 俺は机に近寄って、紙とペンを取り上げた。
 返事は……早い方がいい。
269トラパス 盗賊一家登場編 4:03/09/30 17:40 ID:QxCc1X6F
 その日の夕食は、何だか気まずかった。
 いつもは人一倍騒がしいトラップが、やけに静かだったんだけど。
 さっきのこと、まだ気にしてるのかな? いや、でもあの場合、怒るのはわたしの方だよね。
 もちろん、トラップの口が悪いのなんて今に始まったことじゃないから、わたしはもう気にしてないんだけど。
 でも、わたし、トラップを怒らせるようなこと言ったっけ……?
 チラッと目をやると、トラップはもくもくと食事を食べていた。わたしの方を見ようともしない。
 うーんっ……
 わたし達の雰囲気に、クレイも気づいたみたいで、心配そうにこっちを見ている。
 心配かけてごめんね。でも、わたしにも原因がよくわからないんだ……
 もう一度トラップに目をやると、偶然なのか、今度はばっちり彼と目が合ってしまった。
 わっ、ど、どうしよう?
 もう気にしてないよ、ってことを伝えるために、わたしは無理やり微笑んでみせたんだけど。
 トラップは、それに何の反応も示さず、ふいっと目をそらしてしまった。
 うーっ、もうっ。一体何なのよー!!
「ごっそーさん」
 そのとき、食事を終えたトラップが、真っ先に立ち上がった。
 お皿には、まだ半分くらい料理が残ってる。
 め、珍しいっ!? あのトラップが食事を残すなんて!!
「トラップ、もういいのか?」
「ああ、食欲ねーんだよ。ルーミィ、これやる」
「ほんとかあ? とりゃー、ありがとお!!」
 トラップが差し出したお皿に、ルーミィが喜んでフォークを伸ばす。
 ……絶対、様子が変だよね……
 トラップは、そのまま食堂を出て行こうとした。その様子は、いつものギャンブルに出かけるようにも見えなくて。
 どうしたのかなあ、と目で追っていると、不意にトラップが振り向いた。
 目が合う。いつものふざけた様子の全然ない真面目な視線が、わたしをばっちり捉えていた。
 うっ、ど、どうしたんだろ?
270トラパス 盗賊一家登場編 5:03/09/30 17:41 ID:QxCc1X6F
 不意にはねあがった心臓。今までに無いくらいドキドキしている。
 ど、どうして? トラップと目が合うなんて、珍しくないじゃない……
 だけど、トラップの視線はすぐにわたしからそれた。彼は、そのままクレイの方に目をやって、
「クレイ、ちょっと話があんだけど。後で部屋に来てくんねえ?」
「あ? あ、ああ。構わないけど」
「さんきゅ。んじゃ、後で」
 それだけ言うと、今度こそ本当に出て行った。
 ……変。
「どうしたんでしょうねえ、トラップは。具合でも悪いんでしょうか?」
 そう思ったのはわたしだけじゃないらしく、キットンが入り口の方を見やりながら言ってきた。
 やっぱり、そう思うよねえ。
「トラップにも、悩みくらいあるだろう」
「悩みねえ。私が想像している通りの悩みなら、まあ当分解決することはないでしょうから気長に待つしかないと思うんですが」
 キットンは、意味深な発言をすると、何故かわたしの方を見てぎゃっはっはと笑った。
 な、何がおかしいのよう。
 しかも、そのキットンの様子に、クレイとノルまで苦笑をはりつかせて頷いている。
 もーっ、一体何なのよう!!
 
 クレイの奴が来たのは、俺が部屋に戻って十分もした頃だった。
 急いで食事を終えてきたんだろうな、ちょっと息が荒い。
 気をきかせてくれたのか、同室のキットンはまだ来ねえ。ま、別に遅かれ早かれわかることだから、いたって問題なかったんだけどな。
 それでも、やっぱりありがてえ。
「トラップ、どうしたんだよいきなり。何かあったのか?」
 クレイは、自分に何かあったってここまですまいと思えるくらい心配そうな目で俺を見ている。
 相変わらずお人よしだな。まあ、それがおめえのいいところなんだけどよ。
「なーに、来るべきもんが来たってことだよ」
 深刻そうな声を出したってしょうがねえ。もう返事は出しちまったし、今更俺がどれだけ落ち込んだって状況は変わらねえからな。
 平静を装って、俺はくしゃくしゃになった手紙を取り出した。
271トラパス 盗賊一家登場編 6:03/09/30 17:41 ID:QxCc1X6F
 それは、今朝、俺に届いた手紙。
 いつまでも続くんだと思い込んでいた日常をぶったぎる、そんな手紙。
 クレイはしばらくそれに目を通していたが、やがて真っ青になって顔をあげた。
 ……そんな顔、するなよ。いつかはこういう日が来るって、わかりきってたんだから。
「トラップ、おまえ……」
「ま、しょうがねえわな。どうせいつかは来ると思ってたんだ。それが予想よりちっと早かった、それだけのことだよ」
 軽く答えて、俺は椅子の背に体重を預けた。
 ぎしっ、ときしむ背もたれ。……この宿も、いいかげんぼろいからな。
 俺が初めてここに来た頃は、これくらいできしむことなんてなかったんだが。
「……それは、そうだけど……それで、トラップ、おまえどうする気なんだ?」
「ああ? んなの、決まってるじゃねえか」
 当然聞かれるとわかっていた質問だ。だから、何度も何度も答えを頭の中で繰り返しておいた。
 ただ、それを口にすればいいだけだ。
「俺は……」
 俺の答えに、クレイはうつむいた。
 こいつにはわかるはずだ。それしか答えが無いことを。そう答えるしかないってことを。俺の意思だけじゃどうにもならねえってことを。
 何しろ、どうせいずれは自分も辿る道だからな。
「……そうか。で、いつ?」
「急には無理だからな。準備もあるし、バイトのこととかもあるしな。ま、5日後くれえかな」
 俺の答えに、クレイは軽く頷いた。
272トラパス 盗賊一家登場編 7:03/09/30 17:42 ID:QxCc1X6F
 さすが、パーティーのリーダーだぜ。どうしようもないことを無駄に騒ぎたてたりしねえ。何よりも相手のことを考え、尊重し、その立場を思いやる。
 だから、俺はおめえのことを嫌いになれねえんだよ。……いっそ、嫌いになれたら……楽だったのに。
「みんなには、いつ言うつもりだ?」
「……前日くれえ。だってよ、早めに言ったって、しょうがねえだろ? あいつらのこったから、騒ぎそうだし。俺はそういうのは嫌いなんだよ」
「……ま、おまえはそうだろうな」
 長い付き合いだ。俺の気持ちが変わらねえことは、よくわかってるんだろう。
 特に反対もせず、クレイは頷いた。
 もう話は終わりだ。これ以上、言うことはねえ。
 俺は椅子から立ち上がった。気は乗らねえけど、今はみんなの顔を見たくねえ。カジノにでも行ってくっか。
 そのまま外に出ようとしたときだった。
「トラップ」
 突然、背中にかけられた言葉。真剣に問いかける、クレイの言葉。
「パステルのことは、どうするつもりだ?」
 ……聞くなよ。
 そりゃあ、俺だって本当は……けど、しょうがねえだろう? パステルが好きなのは、おめえなんだから。
「クレイ、おめえにまかせる……幸せにしてやれよ」
「お、おい!?」
 俺の答えが余程予想外だったのか、慌てて立ち上がる気配がしたが……
 駄目だ。これ以上、クレイの顔を見れねえ。
 俺は、乱暴にドアを閉めた。
273トラパス 盗賊一家登場編 8:03/09/30 17:43 ID:QxCc1X6F
 食事の後、眠ってしまったルーミィとシロちゃんをベッドに寝かしつけると、わたしはもう一度部屋の外に出た。
 読書の続きがしたかったからね。暖かい紅茶でも入れようと思ったんだ。
 ちょうどそのとき、隣の部屋のドアが乱暴に閉じられる音がした。
 出てきたのは……トラップ。
 今まで見たこともないくらい辛そうな顔。そういえば、さっきクレイに話があるって……だから、クレイもみんなより一足先に部屋に戻ったんだよね。
 ……話、終わったのかな?
「トラップ、あの……」
 黙っていられなくて、何かを言おうとした。何を言おうって決めていたわけじゃないんだけど。
 でも、わたしの言葉を無視するように、トラップはわたしの傍をすり抜けて階段に向かった。
 ……ちょっと! 何でそんな態度取るのよ。わたし、何かした!?
「トラップってば! 待ってよ!!」
 今にも階段を下りようとしたトラップの腕を無理やりつかんだ。
 だって、このまま気まずいなんて嫌なんだもん。どうしてトラップが怒ってるのかよくわからないけど……せめて理由くらい知りたい。わたしが悪いなら、ちゃんと謝らなくちゃ。
「ねえ、トラップ。本当に様子が変だよ? わたし、何か気に障るようなことした?」
「……別に、何でもねえよ」
「嘘! だって、食事のときだって全然しゃべってくれなかったし……ねえ、何を怒ってるの?」
「っ……怒ってねえよっ」
 全然説得力の無いことを言って、トラップは乱暴にわたしの手を振り払った。
 トラップ、細いように見えて力は結構強いんだよね。わたしくらいの力じゃ、とても止められないんだけど。
「ま、待ってってば。ねえ、本当に変だよ? どうしちゃったの、トラップ」
 でも、何故だかわからないけど、トラップをこのまま行かせちゃいけないような気がする。
 わたしは、なおもトラップに追いすがろうとした。そして……
274トラパス 盗賊一家登場編 9:03/09/30 17:44 ID:QxCc1X6F
「っきゃあ!!?」
 うーっ、わたしのドジ!!
 階段を下りかけているトラップの腕をつかもうとして、わたしは見事に足を滑らせていた。
 落ちる!! 衝撃を予想して、ぐっと身をかたくしたんだけど。
 その瞬間、わたしの身体は、力強い腕に抱きとめられていた。
 ……へっ?
 見上げると……当たり前だけど、受け止めていたのはトラップ。
 呆れたような、悲しそうな、辛そうな、そんな複雑な顔で、わたしのことをじーっと見つめている。
 な、何?
「あ、ありが……」
 ぎゅっ
 ――!!??
 お礼の言葉は、途中で止まってしまった。
 わたしの身体は……そのまま、トラップに抱きしめられていて……
 え? え? 何? ど、どうしたの突然……
「と、トラップ?」
 わたしが顔をあげると……
 トラップは、はっとしたようにわたしの身体を突き放した。
 どすん、と床にしりもちをついてしまう。それでも、わたしが階段から落ちたりはしないように気を使ってくれたんだろうけど。お尻は痛かった。
 もう、何するのよっ!!
 抗議しようと口を開いたとき。
 既に、その場にトラップの姿はいなかった。
 ……何なのよ、もう。わけがわからない。一体、トラップ、どうしたんだろう?
 ……それに。
 どうして、わたしはこんなにトラップのことが気になるんだろう?
275トラパス 盗賊一家登場編 10:03/09/30 17:45 ID:QxCc1X6F
 腕に残る、あいつの身体の感触。
 それを忘れようと、俺は自分自身を抱きしめた。
 ……何、やってんだろうな、俺は。
 諦めるって、決めたんじゃねえのか? もうどうしようもねえって、わかっていたはずじゃないのか?
 それなのに、あいつの存在を間近で感じた瞬間……俺は、自分を抑えられなくなった。
 しっかりしろよ、トラップ。今からそんなことでどうする?
「……ざまあねえな。まさか、この俺が……」
 欲しいものは盗んででも手に入れる。そうやって生きてきた俺が。
 まさか、たった一人の女を手に入れられないと、苦しむことになるなんて……
 カジノに行こうなんて気はとっくに失せていた。
 仕方なく、俺は行き先を変えた。しばらくバイトさせてもらっていた郵便屋へ。
 こんな時間だが……まだ寝てはいないだろう。
 急なことで申し訳ねえけど……ちゃんと言わなくちゃな。
 俺は、夜の村を歩いて行った。
 何故だか、ひどく寒かった。
 
 その話は、本当に突然のことだった。
 トラップの様子がおかしくなってから、4日後のこと。
 その間、わたしはほとんど彼と話すことはなかった。話しかけるチャンスもなかったんだけど。
 そうなると、余計にトラップのことが気にかかってしょうがなかった。わたし、どうしたんだろう?
 今日こそは、今日こそはちゃんと話をしようとずっと思っていたんだけど、何故かトラップを前にすると、うまく言葉が出なかった。
 そんなときだった。その宣言が来たのは。
 その日の夕食の席。わたしはいつものように、ルーミィとクレイに挟まれて食事をしていた。
 向かいにはトラップ、キットン、ノル。たまたま、わたしの真正面にトラップが座っていたんだけど。
 注文した品が運ばれてきた途端、突然、トラップが立ち上がって言った。
276トラパス 盗賊一家登場編 11:03/09/30 17:46 ID:QxCc1X6F
「あー、あの、さ。突然でわりいんだけど」
 トラップの言葉に、料理に手を伸ばしかけていたルーミィですら手を止めた。
 それくらい、トラップの口調は、遠慮がちで、弱々しかった。いつもの明るい声とは、全然違う。
「とりゃー、どうしたんだあ?」
「そうですよ。何ですか、突然?」
 ルーミィとキットンの問いに、トラップは言いにくそうにうつむいた。
 クレイの方をうかがうと、彼は、何とも言えない曖昧な表情でトラップを見ている。
 そのとき、わたしにはわかった。ああ、クレイは、クレイだけは何もかも知ってるんだなって。
 きっと、今からトラップが言おうとしていることが、この数日、様子がおかしかった理由なんだって。
「あー、いや、本当に突然なんだけどよ、俺……ドーマに、帰ることになったんだわ」
 それは、突然の宣告だった。
 ドーマに、帰ることに……
 頭を何かで殴られたような衝撃。トラップの声が、わんわんと反響している。
 え? え? 何、それ……それって、どういうこと?
「ドーマというと……トラップの故郷ですか。どうしてまた?」
「実はよ。俺が冒険者やってたのは、まあようするに修行のためだった、ってわけなんだが。……そろそろ、家戻って来いって手紙が来たんだよ。もうそろそろ3年か?
 修行はもう十分だろうから、そろそろ家を継ぐための準備しろって。ま、よく考えたら俺ももう18だしな。いつかは来るとわかってたんだけど」
 トラップの声はとても弱々しかったんだけど、でも、顔はやけに明るかった。そう、わざとらしいくらいに。
 何となくわかった。トラップは、すごく無理している。でも、それをわたし達に悟らせないようにしている。
「ああ、そういえばトラップは一人息子でしたねえ。まあ、それはしょうがないことですね。つまり……」
 キットンの言葉を受け継ぐように、トラップは頷いた。
「ああ。つまり、おめえらのパーティーから……抜けさせてもらう、ってこった」
277トラパス 盗賊一家登場編 12:03/09/30 17:47 ID:QxCc1X6F
「とりゃー、いなくなるんかあ?」
「……わりいな、ルーミィ。そういうこった」
「やだあ……」
 トラップの言葉に、ルーミィの綺麗な目から涙があふれてきた。
「やだあ、とりゃー、行っちゃやだおう!! 一緒にいたいおう!!」
 そう叫ぶと、ルーミィはテーブルの上に身を乗り出して、トラップの頭に抱きついた。
 ……ルーミィ。
 ルーミィは、そんなにトラップと仲が良かったわけじゃない。「ガキの子守なんかまっぴら」って、よく邪険にされていたけど。
 いざというとき、いつも守ってくれたこと、かばってくれたこと、大事にしてもらっていたことを、ちゃんとわかっていたんだね。
 わたしは羨ましかった。そうやって素直に泣けるルーミィが。
 誰も何も言わない。ルーミィの泣き声だけが、しばらく響いていたんだけど。
 やがて、トラップは、ポン、とルーミィの背を叩いて言った。
「泣くなっつの。いいか? 別にずーっと会えねえわけじゃねえんだ。いつだって、遊びにくりゃいい。そうだなー、おめえはもちっと成長したらすげえ美人になるだろうしな。そうなったら、デートしてやってもいいぜ?」
「でーと?」
 言われた意味がわからないのか、ルーミィはきょとんとしていたんだけど。
 それ以上何か言われる前に、クレイがルーミィの身体を引き戻した。
 ……わたしだって、本当はルーミィみたいに泣いてしまいたい。そして引き止めたい。
 でも、それはできない。家の事情なんだから。そう、いつかはどうせ戻らなきゃいけなかったんだから。
 トラップは、ブーツ盗賊団の跡取りで。わたし達とパーティーを組んでいたのは、修行のため。
 引き止めることは、トラップの邪魔をすることになっちゃう。笑って、送り出してあげなくちゃ。
「そ、そう。ねえ、出発は、いつ?」
 わたしは、無理やり笑顔を作って聞いた。頬がひきつっていること、見抜かれないといいけど……
 そう言うと、トラップは初めてわたしの方を向いた。
 真正面に座っていたのに、目が合ったのは初めてなんだと、このとき気づいた。
278トラパス 盗賊一家登場編 13:03/09/30 17:49 ID:QxCc1X6F
「……明日」
「え!? 明日!? もう、もっと早く言ってよ。お別れ会とかしてあげたかったのに」
「ばあか。おめえらはどうせそうやって大騒ぎするだろうって思ってたから、ぎりぎりまで黙ってたんだよ」
「そ、そうなんだ……」
 駄目、声が震える。
 明日。そうだね。トラップの性格なら、そうかもしれない。
 うるさく騒がれたり、湿っぽく別れるのは嫌いな人だから。
 でも……それでも、もっと早く言ってほしかったよ。こんな、急に。心の準備もできてないのに。
「明日……朝の乗合馬車ですか?」
「ああ」
「なるほど。それでここ数日、やけに荷物がきれいにまとめられてたんですねえ」
 そう言うと、相変わらず理由のわからない大笑いを浮かべたのはキットン。
 だけど、その声も、心なしか、いつもより小さい。
 ノルは黙っていたけど、トラップを見る目は、すごく寂しそうだった。
 クレイは……すごく優しい目で、トラップを見ていた。
 この数日、1番辛かったのはトラップのはず。1番悩んで、結論を出して、一人で決めて一人で行こうとしているトラップを、じっと見守っていたのは……クレイだったんだよね。
 わたしは……
 それ以上、トラップの顔を見てられなかった。見たら、きっと泣いてしまうから。
 だから、すっかり冷めてしまった料理の方に目を落として、言った。
「じゃあ、一緒に食事するのも、今日で最後なんだね……ねえ、今日は好きなもの頼んでいいよ。お別れパーティーのかわり。どんどん頼んで」
「……おう」
 わたしの言葉に、トラップはぶっきらぼうに答えた。そして、言った。
「おめえが迷子になっても、もう捜してやれねえから。少しはマッピングの腕、あげろよ?」
 ……バカ。
 一生懸命、我慢してたのに。
 わたしの声が震えていたこと。目から涙が一粒こぼれ落ちたこと。
 それにトラップが気づいたかどうかは……わからなかった。
279トラパス 盗賊一家登場編 14:03/09/30 17:50 ID:QxCc1X6F
 荷物を完全にまとめてしまうと、もう夜は完全に更けていた。
 やっぱ、ぎりぎりになっちまったなあ……本当は、もちっと早く準備しておくつもりだったんだけど。
 ふっと振り返ると、二つのベッドでは、キットンが大いびきをかいて寝ていた。
 クレイの奴も、布団の中に入ってはいるが……多分、起きてるだろうな。
 あいつはそういう奴だ。こういうとき、ぐーすか寝れるほど神経の太い奴じゃねえ。
 きっと、俺が声をかければ、一晩中でも話しにつきあってくれるだろうが……
 わりい、今はそんな気分じゃねえや。
 俺はそっと部屋を出た。
 キットン。
 最初に会ったときは、「変な奴だ」っつー印象しかなかったけど。
 おめえの知識や、薬草に、何度も助けられたっけな。
 記憶も戻って、キットン族とやらの魔法も覚えて、後はスグリっつー奥さんと再会するだけか?
 わりいな、最後まで見届けてやれなくて。無事に再会できること、祈ってるぜ。
 ノル。
 最初に会ったときから、おめえには助けられっぱなしだったよな。
 最初は驚いたぜ。巨人族なんて、見るのは初めてだったからな。一瞬モンスターと間違えそうになったもんだ。
 無口で、ほとんど会話をしたことはなかったけど。
 誰よりもパーティーのみんなのことわかってたのは、おめえかもしれねえな。
 妹のメルとも再会できたのに、なのに何でおめえはここまで俺達と一緒についてきてくれたんだ?
 わからねえけど……でも、嬉しかったんだぜ、おめえがパーティーから離れなくて。
280トラパス 盗賊一家登場編 15:03/09/30 17:51 ID:QxCc1X6F
 ルーミィ。
 おめえはさっさと大きくなれよ。
 こうやって、いつかはみんな離れていっちまうんだから。
 大丈夫、おめえの魔法の才能は本物だよ。あんなに小せえのに、おめえは一生懸命役に立とうとがんばったよな?
 知ってたからな。おめえが一生懸命練習していたこと。これからもしていくだろうってことは。
 おめえの成長した姿、ちっと見てみたかったぜ。
 シロ。
 ホワイトドラゴンの子供なんて、最初は信じられなかったんだよなあ。
 どう見たって犬だもんな。だけど、おめえのブレスや治癒能力、空を飛ぶ能力に、何度も助けられたっけ。
 何故かおめえとは気が合ったよな。二人でもっと色んなところに出かけたかったな。
 ギャンブルの楽しさ、教えてやりたかったぜ。
 おめえは、ずっと俺のことを「あんちゃん」って慕ってたっけな。そんで、あいつのことを「おねえしゃん」……何でだ? 他の奴らは全員「しゃん」づけだったのに。
 もしかして、おめえは気づいてたのか? 俺の気持ちに。
 クレイ。
 もう15年以上も一緒に過ごしてきたよな。二人でいたずらしたり、修行したり、トラブルに巻き込まれたり……楽しかったぜ。
 おめえにだって、色々悩みはあるんだろう? こんな弱っちいパーティ−じゃなきゃ、おめえはもっと実力を発揮できたはずだ。
 おめえの剣の実力は、俺が1番よく知ってるんだからな。
 でも、多分おめえは、俺達以外の奴らとパーティー組むことなんて、考えもしなかったんだろうな。
 おめえはそういう奴だよ。底抜けにお人よしで……自分のことより他人のことを思いやれる、すげえ奴だ。
 だから、おめえなら安心なんだよ。
 おめえなら、あいつをまかせてもいいって思えたから。
 ……パステル。
 なあ、最初に会ったときに俺が言ったこと、おめえ本気にしてたのか?
 今まで色々言ってきたよな。色気がねえとかバカとかドジとか間抜けとか。
 だけどな、それは……全部、本気だったけど、本気じゃなかったんだぜ?
 俺はな、おめえのことが……ずっと、ずっと前から……
281トラパス 盗賊一家登場編 16:03/09/30 17:52 ID:QxCc1X6F
 考えながら、俺はいつのまにかみすず旅館の裏まで来ていた。
 一人になれる場所。ゆっくり考えられる場所を探して。
 ぐるっと建物をまわりこんで、そして思わず立ち止まった。
 そこに、あいつがいたから……
 
 眠れなかった。
 何でこんなに眠れないんだろう。やっぱり……あいつのことが気になるから?
 わたしは、ベッドから身を起こした。
 ルーミィは、すやすや眠っている。ほっぺたに涙の跡が残ってるのは、夕食の後、改めてトラップがいなくなるってことがわかって、ずっと泣いてたから。
 わたしだって泣きたかったよ、ルーミィ。
 でも、泣いちゃ駄目なんだよね。トラップのことを考えたら。
 それ以上、部屋の中にいることが辛くて、わたしは外に出た。
 一人になりたい。そして、よく考えたい。
 わたし、変だよね。わかってたはずだもん。ずっと一緒にいられるわけがないって。
 多分、そのうちばらばらになる。クレイだって婚約者がいるんだし、いつかは家に戻っちゃうだろう。
 キットンだって、スグリさんが見つかったら、一緒に暮らすことになるだろう。
 ノルも、ずっと捜していた妹さんがやっと見つかったんだもん。いつかは、メルさんと一緒に暮らす日が来るはず。
 ルーミィとシロちゃん……最後まで一緒にいるとしたら、この二人かな。でも、それだってずっとじゃない。いつか、いつかは絶対、お別れの日が来る。
 トラップは、それがたまたま早かっただけ。それなのに……
 わたしは、どうしてこんなに悲しいんだろう?
 トラップだから? 他の誰かだったら、こんなに辛くはなかったんじゃないかって思う。
 もちろん、悲しくはあるけど、それで幸せになれるんだったら、笑って「おめでとう」って言ってあげれると思う。
 どうして……
282トラパス 盗賊一家登場編 17:03/09/30 17:53 ID:QxCc1X6F
 みすず旅館の裏に広がる花畑。そこは、わたしのお気に入りの場所。
 大きな木にもたれてるようにして座り込んだ。綺麗な月を見上げていると……
 かさっ、と足音がした。
 振り返って、そして目を見開いた。
 そこに立っていたのは……まぎれもなく、今、わたしがずっと考えていた、トラップだったから。
「……トラップ。どうしたの? 明日……早いんでしょう?」
 口をついて出たのは、思ってもいなかった言葉。
 本当に言いたかった言葉は……
「寝れねえんだよ。ま、いいさ。馬車ん中だっていくらでも寝れるからな」
「そう……」
「……おめえは?」
「わっ、わたしも……寝れなくて」
 どうしよう、どうしよう。
 心臓がドキドキしてきた。何を言えばいいのか、よくわからない。
 お願い、早くどこかに行って。
 駄目、わたし、トラップの顔を見てたら……
 だけど、わたしの祈りも空しく。
 トラップは、ゆっくりと歩いてくると、木に手をついてわたしを見下ろした。
 凄く間近に、トラップの身体がある。そんなことは、珍しいことじゃないんだけど。
 それだけのことで、わたしは……ますますドキドキして……
「……泣くなよ」
「え?」
 突然のトラップの言葉。
 言われて、頬に手をやって気づく。
 わたし……泣いて……何で。泣かないって、決めたはずなのに……
「泣くなよ。おめえの泣き顔なんか、見たくねえ」
「だってっ……」
283トラパス 盗賊一家登場編 18:03/09/30 17:54 ID:QxCc1X6F
 勝手なこと言わないで。
 誰のせいで泣いてると思ってるの?
 わたしが……全然平気だと。トラップがいなくなっても笑っていられるって、本気で思ってるの?
 わたしはそんなに……強くないよ。
 だけど、それは言っちゃいけない言葉。
 引き止めちゃいけない。心配かけちゃいけない。
 わたしは大丈夫。トラップがいなくても大丈夫だから。そう、言わなくちゃ。
 そう、わかっていたのに……
「寂しいもん……」
 わかっていたのに、駄目だった。
 口をついて出たのは、夕食のとき、言いたくても言えなかった本音。
「寂しいもん。わたしはトラップがいなくなって寂しいもん。本当は行かないでって言いたい。ルーミィみたいに、行っちゃ嫌だって言ってしまいたい」
「…………」
「ずっと助けてくれたよね。初めて会ったときからずっと。
 マッピングのやり方を教えてくれたのも、迷子になったのを助けてくれたのも、怖い目にあったり辛い目にあったり、そのたびに助けにきてくれたり慰めたりしてくれたよね? 離れたくない。わたしはずっと一緒にいたい、トラップと一緒にいたいよ?」
「っ……」
 そのとき。
 トラップの顔が、ゆがんだ。すごく、辛そうな、悲しそうなそんな顔で。
 そっとかがみこんだ。わたしと、目線を合わせる。
「……おめえな、そういうことは……俺に言うんじゃねえ」
「……え?」
「そういうことは……クレイの奴にでも言ってやれよ。好きでもない男に……そんなこと、言うもんじゃねえ」
 …………っ!!
 違う。わたしが好きなのは……クレイじゃない。
 わたしが、好きなのは……
「トラップっ……」
 わたしが、答えようとしたそのときだった。
284トラパス 盗賊一家登場編 19:03/09/30 17:55 ID:QxCc1X6F
 ……え……?
 唇に、微かに触れる柔らかい感触。
 焦点を失うくらい近くにあった、トラップの顔。
 え……?
 わたしが、我に返ったとき。
 トラップは、背を向けて立ち去るところだった。
 ……トラップ。
 ねえ、今のは? まさか……
 ねえ、トラップ。もしかして、あのとき。あの、読書の最中に起きたあのことは。
 あのとき、トラップの機嫌が悪くなったのは、もしかして……?
 
 早朝。見送りに来たのは、クレイとノルとキットンの三人だった。
 パステル達は、まだ寝ていたらしい……いや、ルーミィとシロはともかく、パステルの奴は……わかんねえけどな。
 バカなことしちまった。
 昨夜のことを思い出して、俺は自嘲した。
 最後だから。もう会えないから。
 そう思ったら、我慢できなかった。……きっと、あいつは怒ってんだろうな。まあ、普通は怒るだろうけど。
 起こそうか、とクレイは言ってくれたが、俺は断った。
 ルーミィの泣き顔なんか、これ以上見たくねえ。
 パステルと顔を合わせたくなかった。合わせたら、決心が鈍るかもしれねえ。気まずいしな。
「おめえらだけで、十分だよ。俺がいなくなったら、すげえ痛手だろうけど……まあ、がんばれよ」
 俺がそう言うと、三人そろって目に涙なんか浮かべやがって。野郎の涙なんかで見送られても嬉しくねえぞ。
 ドーマまでの旅は長い。今までは、一人じゃなかったから、気もまぎれたけど。
 話す相手もいねえってのは……辛いな。
 がたごと揺れる馬車の壁に背を預けて、俺は目を閉じた。
 そうだな。とりあえず、寝ておくか。
 きっと、家に帰ったら、じいちゃんや親父の特訓の日々が待ってんだろうしな……
285トラパス 盗賊一家登場編 20:03/09/30 17:56 ID:QxCc1X6F
 わたしが目を覚ましたとき、もうあいつは行ってしまった後だった。
 ……起こしてくれればよかったのに。
 そうクレイに告げると、すまなそうな顔をされて言われた。
「あいつが、いいって言ったから。パステル達の泣き顔なんか、見たくなかったんじゃないかな」
 ……それでも、最後のお別れくらい、したかった。
 それに、わたしの気持ち、伝えたかったよ。
 わたしが寝坊をしたのは、昨日、トラップがいなくなった後も、ずーっと考えてたから。
 あのときのトラップの行動の意味。そして、わたしの気持ち。
 自意識過剰って言われるかもしれないけど……わたし、思ってもいいのかな。
 ねえ、トラップ。あなたはわたしのことを……
 もし、そうだとしたら……
 ああっ、でもでも。勘違いだったら。いや、例え勘違いでも。
 でも、わたしは、トラップのことが……
 トラップがいなくなってから2日。とても静かになってしまった宿で。
 わたしは、一日中そんなことばかり考えていた。
 どうしたらいいんだろう。わたし、どうすればいいんだろう?
 考えて、悩んで、泣いて、そんなことの繰り返し。
 ……駄目だ。こんなことじゃ駄目!
 みんな何も言わない。トラップがいなくなって、クエストに行こうっていう話も出ない。
 キットンはずっと薬草をいじくっていて、クレイとノルはバイトで、ルーミィとシロちゃんは一日中元気がなくて。
 こんなことじゃ駄目。やらなきゃ。
 例え無駄でも、迷惑に思われても、やらなきゃ!!
 わたしは立ち上がった。
 今なら、部屋にクレイがいるよね?
 隣の部屋をノックすると、思ったとおり、クレイが出迎えてくれた。
「パステル、どうした?」
「クレイ、あのね、話があるの」
286トラパス 盗賊一家登場編 21:03/09/30 17:56 ID:QxCc1X6F
 当たり前っちゃ当たり前だが、家は何も変わっちゃいなかった。
 相変わらず母ちゃんは口うるさくて、父ちゃんとじいちゃんは厳しくて、一緒に暮らしてる奴らは騒がしかった。
 俺が戻ったっつーのに、歓迎の宴の一つも開きゃしねえ。当たり前のように「おかえり」と言われただけだ。
 ……ま、それがありがてえんだけどな。
 自分の部屋にこもって、ぼんやりと窓の外を見る。
 ドーマに戻ってきてもう三日目。そろそろ、特訓と称して遺跡巡りに連れまわされるかもしんねえな。
 父ちゃんもじいちゃんも嬉しそうだった。俺が戻ってきて、やっと一緒に遺跡巡りができるって喜んでた。
 これで、いいんだよな……
「トラップ! 何をぼけーっとしてるんだい!!」
 その途端、後ろから響いてきたのは、聞きなれた母ちゃんの声。
 ……息子が物思いにひたってるってーのに。少しは気い使ってくれたっていいだろうが。
「あんだよ。何か用か?」
「『用か?』じゃないよ! 戻ってきたと思ったら日がな一日部屋でごろごろと!! 掃除の一つでも手伝ったらどうだい!!」
「あのなっ。俺は長旅で疲れてんだよ!! ちっとは労わってくれたっていいだろうが!!」
「バカ言うんじゃないよ。それくらいでへばるようなら修行をやり直しといで!!」
 母ちゃんの言葉は、いつも聞いていた言葉と大差なかった。
 なのに、聞いた瞬間、胸にずしんと来た。
 ……何だよ、これは。この気持ちは……
「……トラップ」
 そのとき、突然母ちゃんの声のトーンが下がった。
 ……何だ?
「あんた、本当によかったのかい?」
「……あにが」
「本当に、今戻ってきちまって、よかったのかい? 急ぐことはなかったんだよ。どうせあの人もお義父さんも、当分くたばりそうにはないんだし」
 おいおい。自分の夫と義理の父親つかまえて何つー言い草だ。
「あに言ってんだよ。戻ってこいっつったのはそっちだろ?」
「あたしは反対したんだよ、まだ早いって。お義父さんだって、本当に戻ってくるなんて思っちゃいなかったよ」
 おいおいおい!! 何だよそりゃあ!!
287トラパス 盗賊一家登場編 22:03/09/30 17:57 ID:QxCc1X6F
 俺が茫然としていると、母ちゃんは、何だか見たこともねえくれえ優しい視線で言った。
「あんた、ちゃんと言ってきたのかい?」
「……はあ? 何をだよ」
「あの、パステルっていうお嬢さんと……ちゃんと、話をしてきたのかい?」
「…………」
 何だよ、それ。
 何で、そこでパステルが……出てくんだよ。
 母ちゃんがパステルに会ったのは、昔あいつがドーマに来た……一回だけ、だろ?
 何で……
「あたしの目をごまかせるとでも思ってるのかい? わかってたさ、あんたの気持ちくらい。何年母親やってると思ってるんだい?」
「っ……か、関係ねーだろ。それに、あいつはクレイのことが……」
「バカお言いでないよ!!」
 普段20人以上の奴らに指示をとばしている大音声。それが、耳元で炸裂した。
「トラップ、あんた、それでもこのブーツ一家の跡取りかい!? たった一人の女の子の気持ちも盗めないで、何が盗賊だよ!! そんな腰抜けはいらないよ。
 あたしだってその気になれば、まだまだいくらでも跡取りくらい産めるんだからね!!」
「いや、母ちゃん……それは、ちょっと……」
 自分の年を考えろ、と言おうとしたがやめておいた。
 母ちゃんの言葉は、重たかった。本当に俺のことをわかってるからこそ言える言葉だと、わかったから。
「わかったら、外に出て頭を冷やしといで。自分の気持ちをよーく確かめて、それでも戻ってくるって言うんだったら戻ってくればいいさ。ここはあんたの家なんだからね。でも……」
 そこで、母ちゃんはまた優しい声に戻って言った。
「でも、もし元のパーティーに帰りたくなったんなら……それは、それでいいんだよ。
 あの人もお義父さんもわかってくれるさ。駄目だって言ってもあたしが説得してやるよ。息子の幸せを願うのが、母親のつとめってもんだ。そうだろう?」
「……母ちゃん」
「わかったら、さっさと外に出な! 掃除の邪魔だよっ!!」
 その声に追われるようにして。
 俺は、外に出た。
288トラパス 盗賊一家登場編 23:03/09/30 17:58 ID:QxCc1X6F
 ううーっ、ここは一体どこなのっ!!?
 どう見ても森の奥深くっていう光景に、わたしは途方に暮れていた。
 ここは、ドーマ……のはず。
 駄目だったんだ。わたしは、多分このままシルバーリーブで悩んでいるだけじゃ、駄目だって思ったから。
 だから、思い切ってクレイに相談したんだ。
 クレイは、笑って言ってくれた。「パステルから言い出さなかったら、俺が勧めるつもりだった」って。
 そして、みんな笑って送り出してくれた。
 盗賊団一家に盗みに入ろうとするなんて、大胆な考えかもしれないけど。
 だけど、どうしても必要なんだもん。わたし達には、トラップが。
 だから、トラップを盗み出してくる!
 そう言うと、みんな、「実は自分もそう思っていた」って言ってもらえたんだ。
 本当は全員で来たかったんだけどね。乗合馬車のチケットの都合で、わたし一人だけ。
 本当はクレイとかの方がいいかもしれないけど、でも、わたし、どうしても自分で行きたかったんだ。
 トラップに、気持ちを伝えたいから。
 もしかしたら、トラップはわたし達のところに戻りたくないって言うかもしれない。
 それなら、それは……仕方の無いことなんだけど。
 例えそうだとしても、何も言わないままお別れなんて絶対に嫌だったから。
 だから、絶対わたしが行く! って言って。乗合馬車でここまで来たのはいいんだけれど。
 ドーマの街は、広かった……
 大体ね、ブーツ一家はドーマで知らない人はいないんだから。
 人に道を聞けば、簡単にたどり着けるって、そう思ってた。
 実際普通の人だったらそうだと思う。
 でも、わたしの方向音痴は、普通じゃなかったんだよね……
 気がついたら、人に聞こうにも人がいない山奥に入りこんじゃってて。
289トラパス 盗賊一家登場編 24:03/09/30 17:59 ID:QxCc1X6F
 うーっ、一体ここはどこなのよー!!
 うろうろ歩き回っているうちに、すっかり日が暮れてしまった。
 真っ暗な山の中は、かなり怖い。
 だ、大丈夫、大丈夫。街の外には出ていないはず。モンスターなんて出るわけない。……と、思う。
 そう頭ではわかっているんだけど……
 でもっ……
「トラップ……」
 口をついて出たのは、1番会いたい人の名前。
「トラップ!! トラップー!!」
 何度も何度も呼んだ。声が枯れるまで呼び続けた。そのとき。
 がさがさがさっ
 わたしの声に、近くにあった茂みが揺れた。
 きゃああああ!!? ま、まさか、モンスター!!?
 一瞬、そう思ったんだけど。
 目の前に起こったのは……一つの奇跡。
「おめえ……何、してんだ……?」
 目の前に立っていたのは、わたしが……どんなことをしてでも会いたいと思っていた人。
 トラップその人だった。
 
290トラパス 盗賊一家登場編 25:03/09/30 18:00 ID:QxCc1X6F
 おい……これは、一体何の冗談なんだよ?
 母ちゃんに追い出されるようにして、俺はドーマの外れまでやってきた。
 ここには小さい山っつーか大きい丘っつーか、とにかくそういった場所で、ガキの頃はクレイやマリーナとよく探検したもんだ。
 ここまで来る奴なんか滅多にいねえから、一人で考え事するにはちょうどいい。
 そう思って、上ってきたとき。
 俺の耳に届いたのは……すげえ聞き覚えのある、懐かしい声。
 このときほど、自分の耳がよかったことに感謝したことはねえ。
 最初は空耳かと思った。あいつのことばっか考えて、ついにおかしくなっちまったのか、と。
 でも違った。声は確実に聞こえた。
 近くによれば、声は段々と大きく、そしてはっきりと聞こえた。
「トラップ!!」
 茂みを割って出てみれば、そこに立ち尽くしていたのは。
 間違いねえ。俺がこいつを見間違えるわけはねえんだ。
 蜂蜜色の長い髪を一つにまとめて、はしばみ色の目に涙をいっぱいためた……方向音痴のマッパー。
 俺が、ずっと思っていた女。
「おめえ……何、してんだ……?」
 何、してんだよ。こんなところで。
 ここはドーマだぞ? いくらこいつが方向音痴だからって……シルバーリーブから迷ってたどり着くような距離じゃねえ。
 おめえ、まさか……
「トラップに……トラップに会いに来たのよ!!」
 目に涙をいっぱい浮かべて、パステルは俺に抱きついてきた。
 身体に感じる柔らかい感触。いつか、抱きしめたときにも感じた、はねるような思い。
「パステル……」
 自然に、パステルを抱きしめていた。止められなかったし、止めてえとも思わなかった。
 パステルも、抵抗はしなかった。俺の胸に顔をうずめて、泣きじゃくりながら、
「会いたかったの。わたし達……わたしには、トラップがいないと駄目だから。
 だから、ブーツ盗賊団に盗みに入るつもりだった。トラップを盗み出すために、わたしはここまで来たの!」
291トラパス 盗賊一家登場編 26:03/09/30 18:00 ID:QxCc1X6F
「おいおい……」
 おめえは、全く……
 何つー、無茶なことを、考えてんだ……
 そんな、嬉しいことを言ってくれるなんて。
「バカ……おめえ、どこまで来てんだよ……俺の家なんか、人に聞きゃあすぐわかっただろ?」
「だ、だってわからなかったんだもん。ドーマって広いから……」
「ドーマが広いんじゃなくておめえが方向音痴なんだよ!!」
 ああ、久しぶりだな、このやりとり。
 なあ、おめえ知ってるか?
 おめえと別れてからたった数日しか経ってねえのに。頭の中は、おめえのことでいっぱいだったんだぜ?
 後悔で、いっぱいだったんだぜ……?
 何で、あのときちゃんと言わなかったんだって。
 それを、今、言ってもいいか。期待しちまって、いいか……?
 「わたし達」をわざわざ「わたし」に言いかえてまで、俺のことを必要だと言ってくれたおめえに。
 この気持ちを伝えて……いいのか?
「俺も、会いたかった。おめえに、ずっと会いたかった」
 ぎゅっと、パステルを抱く腕に力をこめた。
 涙で濡れた顔を、じっと見つめて、言った。
 今まで言えなかった、思いを。
「俺は、パステルのことが……好きだ」
 そっと顔を近付ける。
 唇をふさいでも……抵抗は、無かった。
292トラパス 盗賊一家登場編 27:03/09/30 18:02 ID:QxCc1X6F
 ねえ、こんなこと、あってもいいのかな?
 わたしの唇を優しくふさいでいるのは、トラップの唇。
 「好きだ」って言葉、夢じゃないよね。
 わたしの勘違いじゃ……なかったんだね。
 もしかしたらって思った。もしかしたら、トラップはわたしのことを思ってくれているんじゃないかって。
 とても信じたかったけど、勘違いだったらと思うと、怖かった。
 でも、確かめなきゃいけなかった。だからわたしはここまで来た。
 だって、わたしも……
「わたしも、好きだよ」
 唇を離して、つぶやく。
「わたしも好きだよ。わたしが好きなのは、優しくて守ってくれる王子様じゃなくて……
 意地悪ばっかり言って、冷たく突き放しているように見せて、心の中で1番わたしのことを考えて、見守ってくれている……トラップ。あなたのことが、好き」
 わたしがそう言った瞬間。
 トラップの手に、力がこもった。
 ちょっと、苦しいかな……でも。
 嬉しい。ずっと、こうしたかったんだって、わかったから。
「トラップ……」
「パステル」
 今度のキスは、深かった。
 唇をこじあけるようにして深くからみあう。お互いを求めて、深く、長いキス。
 トラップの手が……わたしの背中を優しくなでた。
 背筋を、ぞくりとした感触が走る。それは、決して不快な感触ではなくて……
「……わり、俺、我慢できねえかも……ずっと、思ってたから。ずっと、おめえとこうしたいって、思ってたから」
「……いいよ」
 いいよ。いくらわたしでも、その意味くらい、わかる。
 わたしは背中を木に預けて、トラップの顔をじっと見上げた。
 月明かりに照らされた彼の顔は……真面目で、とてもかっこよかった。
293トラパス 盗賊一家登場編 28:03/09/30 18:02 ID:QxCc1X6F
 思ったより大きな手が、ゆっくりとわたしのシャツのボタンを外していく。
 あらわになった胸に口付けられて、わたしはびくりと震えた。
 ……今が、寒い季節じゃなくてよかった。
 もちろん、もう夜も更けて、決して暖かくはなかったんだけど。
 トラップの手が触れるたび、わたしの身体は、段々ほてってきて。
 こんなところで、誰かが来たら、どうしよう……
 そう思わないでもなかったんだけど。
 でも、止めて、とは言いたくなかった。
 それは、とてもとても幸せな感覚だったから。
 トラップの唇が触れるたび、白い肌に赤い痕が残る。
 胸に、肩に、頬に、唇に、降るようなキスの雨。
 手が、太ももにまわったとき……わたしは、ついに耐え切れず呻いた。
 とても、気持ちよかったから。
 くすぐったいような、ぞくりとする不思議な感覚は、とても素敵だったから。
「ああっ、うんっ……」
「…………」
 トラップは何も言わないけれど……段々、息が荒くなってる。
 じんじんと頭がしびれる。熱くなった身体の奥から、何かがあふれる。
 トラップの指がそこに触れたとき……太ももを、何かが伝い落ちるのを感じた。
「ひゃんっ……」
 下着をかきわけるようにして指がもぐりこむ。
 細くて長い指。それが、わたしの中で……踊る。
「やあっ……トラップっ……」
「……ちっと、痛いかもしんねえ」
 額に汗を浮かべて、トラップはつぶやいた。
 いつもの人をバカにしたような笑みとは全然違う、とても優しい笑みを浮かべて。
「痛いかもしんねえけど……なあ、俺と一つに……なってくれっか?」
「…………」
 迷うことなんか何もなかった。
 ためらいなくわたしが頷いた瞬間、トラップは、わたしの太ももを抱えあげるようにして……
 その瞬間、わたし達は、一つになっていた。
294トラパス 盗賊一家登場編 29:03/09/30 18:03 ID:QxCc1X6F
 貫いた瞬間、口から漏れたのはうめき声。
 パステルは、目に涙をためて、俺の首にしがみついてきた。……痛えんだろうな。
 だけど、一言も、それを口にしなかった。ただ、震える身体で俺に抱きついて……耐えていた。
 抱えあげたパステルの身体を、軽く揺する。太ももを伝って落ちた血が、ズボンを汚したが……気にならなかった。
 俺も、実は初めてだったんだが。
 初めて経験するそれは……何というか。とんでもなく……良かった。
 狭くてきつい。パステル自身もそうだろうが、俺もちっと痛い。だけど……暖かい。
 全身を貫く快感。上りつめるっていうのは、こういうのを言うんだろうか?
「と、とらっぷぅ……」
 涙声で、パステルは腕に力をこめた。
 ……わりいな。やっぱ、痛かったか?
 なるべく優しくしてやろうと思った。大事にしてやりたいと思った。
 だけど……初めてで、どうやればいいのかよくわかんなくて。
 おめえに痛い思いさせちまって……ごめんな。
 でも、俺は……こんなに嬉しかったことは、今まで生きてきた中でもそうはないぜ?
 痛いってのはわかってただろうに、おめえがためらいなく頷いてくれて。
 俺と一つになりたいと言ってくれて。
 ひときわ奥深くまで貫く。パステルの身体を軽く揺さぶるようにして。
 その瞬間……俺は、果てた。
 ずるっ、と膝から力が抜ける。
 パステルを抱きしめたまま、一つになったまま。
 俺は、そのまま地面にへたりこんでいた……情けねえことだけど。
295トラパス 盗賊一家登場編 30:03/09/30 18:03 ID:QxCc1X6F
 こんな時間じゃ、乗り合い馬車はないから。
 だから、わたしは、今夜一晩、トラップの家に泊めてもらうことにした。
 というより、正確には、トラップの部屋に忍び込んだ。
 ううっ、ごめんなさいトラップのお父さんお母さんおじいさん。
「おめえなあ、こんな夜中に『泊めてください』っつって挨拶する方が迷惑だろ? もうみんな寝てんだから」
 っていうトラップの言葉に、言われた通り窓からこっそり侵入したんだけど。
 やっぱり、これってまずいんじゃないかなあ……
 でも。
 トラップの、そんなに大きくないベッドで一緒に眠るのは……とても、暖かくていい気持ちだった。
 何日も馬車に揺られて、疲れていたこともあって。
 わたしは、ベッドにもぐりこむと、すぐに眠ってしまった。
 そして……
「トラップ!! いいかげんに起きて朝ご飯を食べな!!」
 バンッ
 目が覚めたのは、とてもよく通る声。
 トラップの、お母さんの……はっ!!
 がばっ!!
 わたしが身を起こすと、あの滅多なことでは動揺しなさそうなお母さんが、さすがに目を点にしていた。
 きゃああああああああ!!? ど、どうしよう、何て言おう!!
「あ、あのっ、あのあのあのっ……」
「あんだよ……うっせえなあ。もうちっと寝かせてくれよ」
 わたしがあたふたと腕を振っていると、トラップがもそもそと起き出して来て……そして、お母さんと目を合わせて、やっぱり硬直した。
 ああ、こうして見ると、やっぱり二人って親子だよね。よく似てる……ってそんなこと考えてる場合じゃなくて!!
296トラパス 盗賊一家登場編 31:03/09/30 18:04 ID:QxCc1X6F
「あっ……や、母ちゃん。これは、その……」
「トラップ……」
 トラップの言葉を遮って、お母さんはゆっくりと近寄ってきた。
 ううっ、怖いようっ。ど、どうしよう……?
 ベッドの脇に立つ。トラップをじっと見下ろして。そして……
 トラップのことを、ぎゅっと抱きしめた。
 ……え?
「か、母ちゃん!?」
「よくやった!! それでこそ、ブーツ一家の跡取りだよ!!」
 お母さんの笑顔。わたしは、多分一生忘れない。
 それは、暖かくて、全てを包み込むような、本当に素敵な笑顔だったから。
「あのっ……」
「パステル……だったね?」
「は、はいっ」
 お母さんの言葉に、わたしは慌ててベッドの上で正座した。
 えっと、こういう場合……どうすればいいのかな?
 だけど、お母さんはそんなことは全然気にしなくて。ただ、とても優しい笑顔で、わたしの手を取っていった。
「ようこそ、ブーツ一家へ。ろくでなしの息子だけど……これからも、よろしくね」
「……はいっ!!」
 ああ、それって。
 わたしは、ブーツ一家の一員になってもいいって……認められたって思って、いいのかな?
 ねえ、トラップ。
 トラップの方に目をやると、彼は真っ赤になってうつむいていた。
297トラパス 盗賊一家登場編 32:03/09/30 18:05 ID:QxCc1X6F
 全く。だったら手紙なんて出すなっつーんだよ。
 乗り合い馬車の中。パステルと並んで座りながら、俺は言わずにはいられなかった。
 結局、あの後、パステルを家族全員……何故だか珍しく家にいた父ちゃんにじいちゃんにまで紹介することになったんだが。
 みんなして、「よくやった!!」「こんな可愛いお嬢さんを捕まえるとは、さすがわしの孫だ!!」 って、おめえら、俺を家に呼び戻したかったんじゃねえのかよ?
 パステルはな、俺をここから盗み出しに来たんだぜ?
 ところがだ。俺がそう言うと、「うむ。お前はまだまだわしらについてくるには早いな」なんつって、俺はあっさりパーティーに戻ることを許された。
 「まさか本当に戻ってくるとは思わなかった」って、おめえらなあ……
 修行はやり直し。元のパーティーで、今しばらく頑張って来い。
 ただし!
 戻ってくるときは、絶対パステルも一緒に連れてこい!
 家を出るときに言われた言葉。どうやら、家族全員、パステルのことを気にいってくれたらしい。ま、当然だけどな。俺の選んだ女なんだから。
 しかしつくづく、勝手な家族だぜ。
 まあ、でも。
 ちらりと横のパステルを見る。
 パステルは、何だか嬉しそうに窓の外を見ながら鼻歌を歌っていたが。
 呼び戻されたおかげで、俺は……パステルと両思いになれたわけだから。
 その点は、感謝してもいいな。
「ん? 何? トラップ」
「いや……」
 俺の視線に気づいたのか、パステルが振り向く。
 乗合馬車には、俺達しか乗っていなかった。行くときは、話し相手がいねえとえらく退屈な思いをしたが……
 今は、この方が都合がいい。
 俺は、パステルの肩を抱くと、ゆっくりとくちづけた。
298トラパス作者:03/09/30 18:08 ID:QxCc1X6F
完結です
すいません、タイトル嘘です!(汗
色々考えたんですけど、どうもしっくり来るタイトルが思いつきませんでした。
毎回毎回、どんなタイトルつけようかーってすごく悩むんですけど。
例えば、前回の「誘拐事件編」、「花嫁」とか「結婚」とか色々悩んだんですが
タイトルから内容が読めるようなのはなるべくつけたくないなあ、と苦労しています。
今回、視点切り替え方式(勝手に命名。話の時間軸はほぼ一本の流れですが視点がころころ切り替わってます)
で書いてみたんですけど
読みにくいですかね? 不安です。

>>307
お疲れ様ですー。
……個人的には絶対トランクスです。ブリーフは許せません。
いえ個人の趣味ですが。
ああ、でもクレイはともかくトラップは……
タイツはいてたこと考えても……
深く想像しないようにします。
299名無しさん@ピンキー:03/09/30 18:12 ID:uH58o9SU
リアルでまたまた拝見できるとは…
パステルの逆盗みですか、良すぎです〜ノシ

>>307
クレイはトランクスでしょうw
トラップはボクサーかビキニの様な気がします
300サンマルナナ:03/09/30 18:30 ID:nU4rzuaT
>>288
激しく萌えました!!!パステルが頑張るのがツボでした。

トラップは最初、ズボンでなくタイツ一枚だったので
トランクスだとその…ぼこぼこになりますよね?
やっぱビキニなんでしょうねぇ。うん。

クレイトランクスか〜。
うーん。自分が変態に思えてきてしまった…
301名無しさん@ピンキー:03/09/30 20:45 ID:uArXpf9r
いやー良かったです、感動しました。せつないっすねー!
トラップ視点、パステル視点に切り替わる所、新鮮で良かったです
これからも色んなの書いてください(゚∀゚)
302247:03/09/30 21:13 ID:3kInNjJF
ああああああああぁぁ!!!
トラパス作者様、ありがとうございます!!
こんなに素敵なものを書いていただいてウレシイです。・゚・(つД`)・゚・  
切ない系が好きな漏れは激しく萌えました。つか、悶えますた。
視点変わってるのが良かったです。(*^ー゚)b グッジョブ!!



>>307
トラパスな漏れも307様の素敵なクレイ悶えておりまつ。
ありがとうございます!!

クレイはトランクス派だろうと思いつつも
ブリーフ姿のクレイが漏れの脳内を横切りますた。
・・・逝ってきまつ。

303名無しさん@ピンキー:03/09/30 22:40 ID:/aGV3Gmw
盗賊一家登場編読ませて頂きました!
やっぱりトラップ視点萌え〜(*´д`) それにしても、パステルってば
トラップを盗みに行ったのにデリバリーされてきてしまったワケですね(w
いや、君はとっくの昔にトラップの心を盗んでいたんだよ♪
とか一人で突っ込んでました…バカ杉

便乗してリクエストお願いしてよろしいでしょうか?
トラップがマリーナか誰か他の女の子とイチャついているのを見て
自分の気持ちに気付くパステル。トラップはトラップでパステルは
クレイのことが好きだと思っていて気持ちを隠している。
両思いなのにお互い片思いだと誤解する…ってホント少女漫画みたいですね(汗

なんだか板違いなリクエストでスミマセン(;´Д`)
304サンマルナナ:03/09/30 23:28 ID:ixnfTQWl
ここの住人さんはトラパスの方が多いみたいですね。
んじゃ、今度三角関係とかいってみようかな。
どろどろにならない程度の。
305トラパス作者:03/09/30 23:33 ID:QxCc1X6F
>>304
いや、トラパスが多いというより
最近の原作に忠実に書いてたらトラパスにしかならないという方が正確かと
作者さん、あからさまにクレイを片付けにかかってるから
クレパス(ギアパスでも)書いてもどうしても状況が不自然に見えてしまう

ところで
307さんが三角関係書くっていうのなら
>>303さんのリクエストは……わたし、書いてもいいんですかね?
内容が似たようなものになりそうな予感がするんですが
とりあえず、明日は新作を発表して、明後日からまたリクエストに答えた作品を手がける予定なのですが
306名無しさん@ピンキー:03/09/30 23:49 ID:WAqrUh5H
また新作ですか!相変わらずのすばらしいスピードですね
明日が楽しみだ。
んじゃちょっと読んでみたいなーと思ったものをひとつ…
パステルの片思いとか。
やっぱりあの二人だとト→パになっちゃう感じですよね
パ→トとかおもしろそう。
んで途中でトラップが、自分もパステルのこと好きと気づくとか。
今までの作品と反対ですね。エロもむずかしそう
でも、いつかよんでみたいです。
気長にまちますので
307名無しさん@ピンキー:03/09/30 23:58 ID:/aGV3Gmw
303です
ひゃあ、トラパス作者さま、私のリク応えてくださるんですか!?
すっごい嬉しいです ヤッター!!ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ♪
いつでも結構ですのでお待ちしております!

>作者さん、あからさまにクレイを片付けにかかってるから
私もそう思ってました。と言っても、クレイが誰を好きなのかは把握してはいないのですが。
けど、身分違いだからと諦めようとしている、マリーナの悲痛な想いを無視して
パステルとクレイがくっついたら本気で全巻ブクオフに持っていきます
まあ、クレイのことがなくても、私はトラパス以外考えられないのが現状ですけれど(w
308サンマルナナ:03/09/30 23:58 ID:lonm3Z27
>>305
あのリクは当然トラパス作者様に向けられたもんと判断してスルーしてしまいました(汗)

309名無しさん@ピンキー:03/10/01 00:55 ID:qaA+l+sR
やっとファイナル読んだー
いつもはパステルのハッキリしない所にもにょってるんだけど
あんまり気にならなかった。ここのおかげで発散したのかもw

脇キャラにもスポット当ててみてほしいなと思う今日このごろ。
ノルとかJBとか想像つかんしw
310名無しさん@ピンキー:03/10/01 02:21 ID:qaA+l+sR
きらびやかな広い室内、大きなテーブルの前で見つめ合う二人。

一人は白い革アーマーにミニスカートをまとい、もう一人はオレンジのジャケットに
緑のパンツという軽快な服装だ。彼らはもう半時ほどそのままの状態でいた。
お互いから目をそらせずに。
アーマーの肩に手が触れる。刹那、相手が身じろいだ事を察知し手を思わず引っ込める。
普段のとぼけた顔からは想像もつかない真剣な顔を見つめながら、アーマーの主は少し
困ったようなはにかんだ笑顔で答える。

「…いいよ」

慣れない手つきで少しずつ衣服を緩めようとしているがなかなかうまくいかない。
薄暗い部屋、澄み切った空気、ただ二人の荒い息遣いだけがとけていく中で
ますますからみあっていく事だけが現実だった。





「うん?おまい達何やっているんだ?
あの生意気な小僧とパステルの衣装なんて引っ張り出してきて」

「TRPGで遊んでたら衣装のヒモがからまったんですぅ〜
たぁーすけてくださぁーい〜」
311名無しさん@ピンキー:03/10/01 02:29 ID:qaA+l+sR
駄文でスマン。思いついたネタを文章にすんのって難しいわ。
このスレの神々マジ尊敬。


三角関係楽しみでつ(・∀・)ニヤニヤ

312名無しさん@ピンキー:03/10/01 20:41 ID:CEcZdYfO
>310
イイ!(・∀・)

こういうの好きだあ(´∀`)
313トラパス作者:03/10/01 22:00 ID:G64lpREJ
新作です。
……確かちょっと前に、「パラレルは二度と書かねえ」などと言っていたよーな気がしますが
舌の根も乾かぬうちにまたパラレルです。
ちなみに前回のヴァンパイヤとは全く関係ありません。
ちなみにまた相当長いです。
しかも今回もエロ少ないです。
主な登場人物オールスターを目指した結果こうなったんですが……
どこで何を間違えたのだが(苦
314パラレルトラパス 探偵編 1:03/10/01 22:01 ID:G64lpREJ
 その嵐はすさまじいものだった。
「あーくそっ、ついてねえっ!!」
 マントのフードを目深に被っても、隙間から容赦なく雨風が吹き込んでくる。
 一応防水加工もしてある高いマントだっつーのに、自慢の赤毛も、その下に着込んでいる服も、水にとびこんだみてえにずぶぬれになっていた。
 ずるずる滑りやすい山道。体重の軽い俺では、油断したらふっとばされそうな風。バケツをひっくり返したみてえな雨。
 典型的な嵐だ。こんなときにこんな場所を歩いてるなんて、俺ほどついてねえ奴も珍しいんじゃねえか?
 俺の名はトラップ。職業は探偵。地道な調査からピッキングまで何でもこなす、自分で言うのも何だがそこそこ名前の知れた探偵だ。
 今日俺がこんなところを歩いているのは、ちょっとした依頼を受けて遠出したからなんだが……
 その依頼そのものは大したもんじゃなかった。その日のうちに調査は終了し、一晩泊まっていくか? と言われたのだが。
 その依頼人……齢50を軽く超えた、身長は俺の3分の2、体重は俺の2倍に達しそうなばば……女性の目が、何つーかとてつもなく怖いくらい熱かったので、丁重に辞退して出てきたっつーわけだ。
 来るときは迎えの車が来てたんだが、俺が断ったのが余程気に入らないらしく、帰りの車は出なかった。
 くっそ、こんなことなら、襲われること覚悟で泊めてもらった方がよかったかあ?
 いやいやいや。いくら俺でもあんなばばあの相手は勘弁願いたい。
 気をまぎらわすためにバカなことを考えているうちに、何とか山を抜けそうなところまで出た。
 山さえ抜けてしまえば、どっかに街くれえあるだろう。そこで宿を借りよう。
 そう思って足を速めたときだった。
「ううっ……だ、誰かっ……」
 うめき声に、俺は足を止めた。
 何だ? 誰かいんのか? こんな嵐の晩に物好きな。
「うううっ……」
 声のする方に近寄ってみる。道を少しばかり外れた木々の間。
 そこに、えらく大柄な男が横たわっていた。
 俺も決して背が低い方ではないが、その俺より軽く頭2つ分は高い。2メートルを優に超える大男が。
 足から血を流して、倒れていた。
315パラレルトラパス 探偵編 2:03/10/01 22:02 ID:G64lpREJ
「おいおい、大丈夫か?」
「す、すみません……手を貸して……」
「わ、わかった」
 俺は大男の腕を肩にまわすと、力をこめて持ち上げた。
 何とか大男の上半身が起き上がる……そ、それにしても、重いっ……
「はあっ……おめえ、どうしたんだ? こんなところでこんな嵐の夜に、何してたんだ?」
「す、すまない。俺の名はノル。アンダーソン家のボディガード。主人の使いで山向こうの屋敷まで届け物をしたんだけど、足を滑らせて……」
 ノル、と名乗った大男は、ウエストにくくりつけていた袋から薬らしきものを出すと、足に塗り始めた。
 何の薬かはわからねえが、みるみるうちに怪我が治っていく。おいおい、すごい効果だな?
「それで足を痛めて、自分で起き上がれなくなって……ありがとう。君は命の恩人だ」
「いや、まあいいけどよ。立てるか?」
「大丈夫。キットンの薬はよく効くから」
 言いながら、ノルは立ち上がった。……本当にでけえな。正直、肩を貸せと言われたら困るところだった。
「ありがとう。ところで、君はこんなところで何を?」
「んあ? あー、俺もちっと野暮用で山向こうに出かけてたんだけどよ、嵐に出くわしちまってこのざま。あのさ、この近くに街とかあるか?」
 俺の言葉に、ノルは首を振った。どうやら、この山を抜けても、さらに夜通し歩かない限り街はないらしい。
 おいおい、マジかよ。
 俺がいっこうにおさまりそうもない嵐の空を見上げると、ノルはぽつんとつぶやいた。
「街はないけど、アンダーソン家はすぐ近くにある」
「あ?」
 アンダーソン家? 聞いた名だな。
 確か……この近辺を束ねる相当の名士……だったか?
 そういや、こいつアンダーソン家のボディガードとか言ってたな。
「よかったら、一晩泊めてもらうといい。俺が言えば、多分大丈夫」
「本当か? 助かったぜ」
 正直、こんな嵐の中を夜通し歩き続けろと言われたら、体力が尽きるのが先か、と絶望しかけてたんだよな。
 俺はありがたくその申し出を受けることにして、ノルの案内で、山を抜けたすぐ先にあるアンダーソン家の屋敷へと辿りついた。
316パラレルトラパス 探偵編 3:03/10/01 22:04 ID:G64lpREJ
「ほー、すげえ屋敷だな……」
 見上げる、という形容詞がぴったりくる重厚な屋敷。印象はむしろ城に近い。
 ノルの案内で、俺はその扉をくぐった。
 まあ何だ。中も外観を裏切らねえ、それはそれは豪勢な屋敷だった。
 ひいてある絨毯一枚とっても、それだけで庶民の家が十軒は買えるくらいの値段がするだろう。
「まあ、ノル! お帰りなさい、大丈夫だった?」
 俺達が玄関にあがると、屋敷の中から高い声が響いた。
 出てきたのは、蜂蜜色の長い髪を束ねた、はしばみ色の目が印象的な女。
 服装から察するに、屋敷のメイドといったところか。
 年齢は多分俺よりいくらか下だろうが……まあ、それなりの可愛い顔だとは思うがちっとばかし色気が足りない。俺の好みじゃねえな。
 勝手に評価していると、女は、初めて俺に気づいた様子で、不審そうな顔をした。
「ノル、この方はどなた?」
「ああ、山で怪我をしていたところを助けてもらった。ええっと……」
 そこでノルが言葉につまる。
 あ、そういえば、俺名乗ってなかったか? もしかして。
「俺の名はトラップ。ちっと野暮用で山を越えたところに出向いてたんだが、途中で嵐にあってね。ノルに勧められたんだが、一晩泊めてもらえっか?」
 俺の答えに、女は困ったように目を伏せた。
「それは、ありがとうございます。ですが、わたしの一存では……主人に聞いてみませんと」
「パステル、どうしたんだい?」
 そのとき、屋敷の中からさらに二人の人間が現れた。
 一人は、ノルほどではないが俺よりも長身の、王子様じみた正統派美形の男。そして、男によりそうようにして立っている、前髪だけをピンクに染めたグラマーな女。
「ああ、クレイ様。実はこの方が……」
 パステル、と呼ばれた女が事情を説明すると、男は、その顔に優しい笑みをたたえて言った。
「それはそれは、お困りでしょう。我が家でよろしければ、一晩お泊りください。申し遅れました、私の名前はクレイ・S・アンダーソン。このアンダーソン家の長男です」
 そう言って、クレイと名乗った男は丁寧に頭を下げた。
 ふーん。いいとこの坊ちゃんにしては、嫌味なところが全然ねえな。女ならこの笑顔にノックダウンされるとこなんだろうが……
317パラレルトラパス 探偵編 4:03/10/01 22:05 ID:G64lpREJ
「パステル、おじいさまには俺から話しておくから、こちらの方の部屋を用意してあげて」
「はい。……トラップ様。こちらに来ていただけますか?」
 パステルの案内で、俺は屋敷内部へと足を踏み入れることになった。
 
 案内されたのは、玄関を入ってすぐ近くにある客間らしき部屋だった。
 もっとも、俺が普段住んでる部屋よりよっぽど豪華だったけどな。
「へー。立派な屋敷だな」
「アンダーソン様は、名士ですから」
 俺が褒めてやると、パステルは自分のことのように誇らしそうに言った。
 その笑顔は……まあ、何というか魅力的だった。不覚にも、ちょっとドキッとしたくれえだ。
 おいおいトラップ。こんなガキに手を出してどうする。俺の好みは、例えばクレイの傍にいた女みてえな、グラマーな姉ちゃんじゃなかったのか?
「ふーん。なあ、あんた、ここのメイドか?」
「はい。申し遅れました。わたしの名前はパステル・G・キング。アンダーソン家のメイドです。トラップ様、用がありましたら何なりとお申しつけください」
「いや、用っつーわけじゃねえんだけど」
 こんなでかい屋敷にメイドまで雇えるような名士。俺はむくむくと興味がわいてくるのを感じた。
 好奇心が強いのは、探偵の性だな。
「あのさ、ちっと聞いていいか?」
「はい、何なりと」
「アンダーソン家って、何やってんだ?」
 俺のぶしつけな問いにも、パステルは嫌な顔一つ見せずに言った。
「アンダーソン家は、代々騎士の家系でした。世が世でしたら、王陛下の直属の従者にもなれたような家柄です。今でも、その功績を称えられて、こうして地方とは言えまとめ役のようなことをやっています」
「ふーん。すげえんだな」
「ええ、それはもう。現在の家長アンダーソン老は、もうかなりのお年なのですけれども。まだまだお孫さんのクレイ様にも負けない剣の腕前を持ってらっしゃいます」
 クレイの名前を呼んだとき、少しばかりパステルの頬が赤らんだように見えたのは……俺の気のせいだろうか?
318パラレルトラパス 探偵編 5:03/10/01 22:06 ID:G64lpREJ
「クレイってさっきの男だよな。男の俺から見ても魅力的な男だと思うぜ」
「ええ。それはもう。マリーナ様がいらっしゃるまでは、婚姻の申し出が後を立たなかったんですよ」
 ……マリーナ?
「マリーナって?」
「失礼いたしました。先ほどクレイ様の隣に立っていらした女性で、クレイ様の婚約者です」
「ふーん……」
 婚約者ともう同居か。結婚は近いってとこか?
 俺とそう年は変わんねーだろうに。羨ましいこった。
「あの、もうよろしいでしょうか? わたし、夕食の準備が……」
「ん? ああ、そーだな。後一つ」
「はい?」
 聞き返すパステルに、俺はにやりと笑って言った。
「様はいらねえ。ただのトラップでいい。敬語も結構だ……そういうのは苦手でね」
 俺の言葉に、パステルは暖かい笑みを浮かべていった。
「わかりまし……わかったわ、トラップ」
 そう、それでいい。
 俺が頷くと、パステルは部屋の外へと出て行った。
 
 夕食に呼ばれたのは、それから一時間くれえ経ってからだった。
 そこで、俺はこの屋敷に住む人間全員と顔を合わせることになった。
 一番の上座に座ってるのが、この屋敷の主人、アンダーソン老。
 まあ、いかめしい顔に年の割には鍛えられた体。全身から「威厳」っつーオーラをぷんぷんと匂わせているじいさんだ。
 その隣に座っているのが、さっきも会ったクレイ。美形ではあるんだが、アンダーソン老に比べると威厳っつーかカリスマというか、そういうものが数段劣って見えるのは……まあ、まだ若いからな。しょうがねえか。
 クレイの向かいに座っているのが婚約者であるマリーナ。美人でグラマー、話題も豊富で、自分より立場は下のメイドであるパステルにも気さくに話しかけている。
 そして、クレイの隣に座っているのが、まだ三歳くらいのガキ。将来は多分すげえ美人になるんだろうが、今のところはそれ以上でも以下でもない。クレイの妹、ルーミィ。夕食を食べるのにも、いちいちパステルの手を煩わせている。
 ルーミィの足元に座っているのがシロ。「わんデシ」というおかしな吼え方をする白い犬だ。今は大人しくエサを食べている。
319パラレルトラパス 探偵編 6:03/10/01 22:06 ID:G64lpREJ
 そして、食事をしている一同の傍らに立っているのが使用人達。
 メイドのパステル、ボディガードノル、そして、初めて顔を合わせることになった、執事、キットン。
 こいつがノルと対照的にえらく小柄な男で、身長は俺の腰くれえまでしかない。ボサボサ頭でお世辞にも清潔な印象とは言いがたいが、ちょっと話してみてわかった。かなり頭が切れるらしい。
 ちなみに、ノルの足をあっという間に治した薬を作ったのもこいつだとか。薬師としても相当の腕前を持っているようだ。
 そして、客人である俺。総勢八人と一匹が、今屋敷にいる全員らしい。
「トラップ殿……と言ったかな? こたびは我が家の人間を助けていただいたとか。感謝の言葉もない。お礼と言っては何だが、自分の家と思ってくつろいでくだされ」
 俺が紹介されると、アンダーソン老は鷹揚に頷いて言った。俺みたいな流れ者にこれだけの態度が取れるあたり、見た目で人を差別したりしねえかなりの大物と見た。
 夕食はかなりうまかった。聞いてみたところ、全てパステルの手作りらしい。
 褒めてやると嬉しそうに笑った。……まあ、同じような笑顔をクレイにも向けてるけどな。
 って、何考えてんだが、俺は。
 夕食の後は、通された客間でくつろぐ。俺の服はパステルが全部持っていって洗濯してくれることになり、今はクレイの服を借りてるんだが……これがどうも落ち着かねえっつーか。こんな高そうな服、普段着ねえからなあ。
 それにしても、退屈だ。
 服がしわになるか、とちらっと思ったが、まあクレイならんなこと気にしねえだろうと思いなおし、そのままごろっと横になる。
 夕食が終わると、皆はそれぞれの部屋へと引き上げていった。こうなると、流れの客である俺にはやることが何もねえ。
 客間には小難しそうな本が並んでいたが、そんなもん読む気にならねえし。パステルに話し相手になってもらおうかと思ったが、後片付けが忙しい、と断られてしまった。
 ……しょうがねえ、寝るか。
 ごろりとベッドに横たわる。嵐の中を長時間歩いていたこともあって、俺はすぐに眠りに落ちた。
320パラレルトラパス 探偵編 7:03/10/01 22:07 ID:G64lpREJ
「きゃあああああああああああああああああ!!」
 心地よい眠りに落ちていた脳を目覚めさせたのは、屋敷中に響き渡るかのようなパステルの悲鳴だった。
(……何だ!?)
 即座に飛び起きる。寝起きの悪い俺にしちゃあなかなかの快挙だ。
 窓の外は相変わらずの嵐だったが、時計を見るともう朝になっているらしかった。
 服のまま寝てたこともあって、寝起きそのままの姿で部屋の外にとび出す。
 パステルの姿は見えねえ。どこだ?
 耳をすませてみると、微かなざわめきが聞こえてきた。自慢じゃねえが、俺は人より耳がいい。
 ざわめきの方に足を進めると、昨夜食事を取った食堂を通り抜け、屋敷の東側に出た。
 この屋敷の構造は、食堂を中心として西側と東側に別れている。
 玄関や俺が泊まっていた客間があるのが西側、東側には、主にアンダーソン老やクレイ達の部屋があるらしい。
 西側から東側に移動するためには、一階に降りて食堂を通り抜けるしかない、という構造。走りながら、俺は無意識のうちに部屋の配置を確認していた。
 東側に出てみると、真っ青な顔をしたパステルが立ちすくんでいた。
 悲鳴を聞きつけたのか、階段の上にクレイとマリーナ、クレイの腕に抱かれている、寝ぼけた顔のルーミィとシロ。
 そして。全員の視線の先には。
 東側の構造は、食堂を抜けたところがホールのようになっていて、一階には階段だけ、部屋は無いようだった。
 その、ホールの奥に。アンダーソン老人が、額から血を流して仰向けに倒れていた。
「おい……」
 俺が声をかけようとしたそのとき。
「何の騒ぎですか!?」
 どたどたどた、というやかましい足音と共に、食堂からキットンとノルが顔を出した。
 使用人の部屋も西側にあるため、到着が遅れたらしい。
 そして、俺達の視線を辿って、二人そろって硬直した。
 ……何てこった。
 まさか、こんなところでこんな事件に出くわそうとは……
321パラレルトラパス 探偵編 8:03/10/01 22:07 ID:G64lpREJ
 誰もが何も言えず立ち尽くしていた。真っ先にそこから立ち直ったのは、クレイ。
「お……おじいさま!?」
 マリーナにルーミィとシロを預けて、階段を駆け下りてくる。
 ……まずいな。
「待て、触るな」
「……トラップ!? 君は……」
「触るな!!」
 何か言いたげなクレイを一喝して、俺は慎重にアンダーソン老の元にひざまずいた。
 まあ間違いねえとは思ったが、念のために脈を取ってみる……ゼロ。瞳孔反射……なし。
 チラリと腕時計に目をやった。朝の8時。死亡推定時刻は……昨夜、2時過ぎ、といったところか。
「駄目だ。もう死んでる。触るな、このままにしておけ」
 俺がそういうと、激昂したようにクレイが詰め寄ってきた。
「な、何を言うんだ! おじいさまを、こんな場所に放っておけるか!! し、死んだなんて……そんなわけが」
「うるせえっ!!」
 ええい。これだから世間知らずの坊ちゃんはいけねえ。
「これは、どう見ても殺人事件だぞ!? 役人が来るまで、手を触れるな、そのままにしておくんだ!!」
「と、トラップ……あなたは、一体……」
 俺の様子に、キットンがおそるおそる声をかけてきた。
 ああ、もうこうなったら言うしかねえか? できれば黙っておきたかったんだが。
「俺は、トラップ……探偵だ」
 名乗った瞬間。
 緊張の糸が切れたのか、限界に達したのか……ふらふらとパステルが倒れこんだ。
「おい!?」
 慌てて抱きとめる。……貧血か? まあ、しょうがねえか。死体なんて見たのは、初めてだろうからな。
「おい、毛布か何かあるか? アンダーソン老にかけておいてやってくれ。手を触れないようにな。それと、役人に連絡してくれ」
 俺の指示に、マリーナが即座に部屋に戻り、キットンがあたふたと食堂へと戻っていった。
 クレイは、青ざめた顔でじっと俺をにらんでいたが、やがて部屋へと戻っていった。ルーミィを寝かせにいったのかもしれねえな。
 俺は、一人残ったノルの方を振り向いた。かなり青ざめてはいるが、取り乱してはいない。
「おい、パステルの部屋はどこだ?」
322パラレルトラパス 探偵編 9:03/10/01 22:08 ID:G64lpREJ
 パステルが目を覚ましたのは、それから15分後だった。
「う、うーん……」
「目え、覚めたか?」
「……トラップ? わたしは一体……」
 だるそうに身を起こして、まわりを見回す。
 どうやら、自分に何が起きたのか、よくわかってねえみてえだな。
「覚えているか? アンダーソン老が死んだ」
 俺がずばりと言うと、再びパステルの顔が青ざめた。
 ……もうちっと優しい言い方ができればいいんだけどな。残念ながら、俺は他に言い方を知らねえ。
「俺はあんたの悲鳴を聞いて、そのことを知ったんだ。……あんたが第一発見者か? ショック受けてっかもしれねえけど、発見したときの様子、詳しく教えてくんねえか?」
「……どうして、そんなこと聞くの?」
 パステルの返事は弱々しかった。こりゃ、相当参ってんな。
「言っただろ? 俺は探偵だ。目の前でこんな事件が起きたとあっちゃ、黙ってらんねえ」
「だって、あなたには関係の無いことでしょう?」
「ばあか、何言ってやがる。同じ屋敷の中にいたんだ、俺だって容疑者の一人だぜ? 立派な関係者だ」
 俺の答えに、パステルの身が強張った……本気にすんなよ。
「まあ、俺は犯人じゃねえけどな」
 そう続けると、パステルはほっとしたように少しばかりの笑顔を見せた。
 素直な奴だな。思ってることがすぐ表情に出てる。……少なくとも、パステルは犯人じゃねえな。殺人なんてできる奴じゃねえ。
 探偵をやってる以上、見た目を裏切る人間なんていくらでも見てきたが、ことパステルに関しては、俺は確信していた。
 こいつだけは絶対犯人じゃねえ。何でそう思うかってのは、俺の直感だけどな。
「なあ、教えてくんねえか? ……あんただって、犯人を捕まえたいだろう?」
 ハッとパステルは息を呑んだ。しばらく躊躇していたみてえだが、やがて重たい口を開く。
323パラレルトラパス 探偵編 10:03/10/01 22:09 ID:G64lpREJ
「……朝食の準備が整ったから、ご主人様を呼びにいったの。そうしたら……」
「それは何時くらいだった?」
「朝食は、いつも8時に取ることになっているから……7時50分くらい」
 俺が遺体を確認した時間から逆算しても、そんなもんだろうな。
「何か見なかったか? 怪しい人影とか。気づいたこととか」
「別に……何も」
 まあ、そうだろうな。どう見ても死んだのは昨夜の2時……4時より前ということはねえだろう。パステルが発見したときには、犯人はとっくにどっかに逃げていたはずだ。
 俺がぶつぶつと考え込んでいると、
「あの……本当に、ご主人様は亡くなっていたの?」
「ああ? おめえ、俺を疑ってんのか?」
「そうじゃないけど……信じられなくて」
 パステルは、わずかに身を震わせてつぶやいた。
 確かに、昨夜会った限りでは、後30年くれえは余裕で生きそうな感じだったからな。突然死んだ、って言われても、納得できねえものがあるのはわかる。
「残念だが、確かに死んでたな。あれで生き返ることがあるなら、世の中さぞかし死人が減るだろう」
 俺の答えに、パステルの目から涙が溢れ出した。
 ……参ったな。
 女に泣かれることなんか珍しくねえが……何故か、パステルの涙は、俺にかなりの動揺を与えた。
 大体、何て慰めてやりゃあいいんだ?
 俺がおろおろと彼女の肩に手をやろうとしたときだった。
「トラップ! 大変です!!」
 いいタイミングというか、悪いタイミングというか……執事、キットンが、ノックもしねえでパステルの部屋にとびこんできた。
「どうしたんだ?」
「いえ、役人に連絡を取ったのですが……」
 キットンは、泣いているパステルには目もくれずにまくしたてた。
「この嵐で、ここまで来るのは無理だと……嵐がやむまで待ってくれ、ということです」
 その返事に、俺は天を仰いだ。
 おいおい、マジかよ?
324パラレルトラパス 探偵編 11:03/10/01 22:09 ID:G64lpREJ
 食堂には、屋敷にいる人間全員が集まっていた。
 一応朝食の準備は整っていたが、事情をよくわかってねえルーミィとシロを除いて誰も手をつけようとはしない。……まあ、当たり前か。
「役人がしばらく来れねえっつーことなんだが……この嵐がいつやむか、わかるか?」
 口火を切った俺の質問に、キットンが即答した。
「おそらく、2〜3日で収まると思いますが」
「そっか。……できれば、その間に事件を解決しちまいてえな」
「……自分にはできる、そう言いたそうだな、トラップ」
 暗い表情でつぶやいたのは、クレイ。
 さすがにショックなのか、その顔には疲労の色が濃い。
「さあね。絶対、なんて言う自信はねえが……これだけは言えるな」
 全員を見渡す。主を失った上座の席が、妙に寒々しい。
「もしこの中で事件を解決できる奴がいるとしたら……俺しかいねえだろうな。プロを甘くみねえで欲しい。『探偵トラップ』と言やあ、ちっとは名が知れてるんだぜ?」
 俺の言葉に、誰も何も言わねえ。反論が無いってことは、認めてる……とみなして、いいんだな?
「……もし、事件を解決できたとしたら……おじいさまを、きちんと弔ってもらえるんだろうな?」
「当たりめえだろ? まあ、俺が解決できなかったとしても、役人さえ来てちゃんと現場検証が終わっちまうまでだから、長くて3日程度の辛抱だけどな」
「3日も……おじいさまを、あんなところに寝かせておけるか」
 クレイは、指が白くなるほど拳を握り締めて、言った。
「わかった。俺達は協力を惜しまない……トラップ。おじいさまを殺した犯人を、見つけてもらえるか? 相応の依頼料は払おう」
「……了解」
 依頼料なんざなくても引き受けるつもりだったが、まあもらえるものはもらっておくか。
 探偵である俺の目の前で殺しとは、犯人もいい度胸をしてやがる。
 この事件、役人が来るまでに、絶対解決してみせるからな。
325パラレルトラパス 探偵編 12:03/10/01 22:10 ID:G64lpREJ
 クレイの許可をもらって、屋敷中を見回る。
 玄関、窓、裏口、二階も含めて、出入りできそうなところは全てだ。
 案内をしてくれるのは、パステル。どうやら、アンダーソン老には随分世話になったらしく、犯人を捕まえてもらえるならと、俺に協力を申し出てきた。
 ……決して、クレイに「トラップに協力してやってくれ」と頼まれたから……ではないと思いたい。何でかはよくわかんねえけど。
「ふん、やっぱりな」
 出入り口の最後の一つを確認して、俺は確信した。
「どうしたの?」
「……ショックかもしんねえけどな。外部からの犯行ってことは、まずねえな。物盗りとか強盗とか、その線は消えた。犯人は、屋敷内の人間とみて間違いねえ」
「そんな、バカなこと!! どうしてそんなことが言い切れるの!?」
「はあ? わかんねえのか?」
 俺は、窓の手前の絨毯を指差した。汚れ一つなく、掃除が行き届いている。
「外は嵐だぜ? 玄関からだろうが窓からだろうが、外から入ってきて汚れをつけずに屋敷内を歩き回るなんて不可能だ。それとも、あんた、昨夜の二時過ぎから今朝にかけて、濡れた絨毯を取り替えたり玄関先を掃除した覚えがあるってのか?」
「……ない、けど」
 まあ、最初からわかってたことだけどな。
 アンダーソン老は、武芸に関しては達人に近い腕前だった。
 犯人が見知らぬ奴だったら、何がしかの抵抗をしただろう。騒ぎが起きれば、現場の真上で寝ていたクレイやマリーナが何かを聞いているはずだ。
 つまり、犯人は顔見知り。屋敷内に犯人がいるってのは……まず間違いねえだろうな。
「なあ、パステル」
 声をかけると、パステルの肩がひきつった。
 ……何だ?
「な、何?」
「いや。あのさ、まあちっと思い出させてわりいけど……遺体を見つけたとき、な。まわりに何か落ちてなかったか?」
「何かって……」
「だあら、何かだよ。何でもいい。何か拾わなかったか?」
 パステルは、しばらく考えてたみてえだが、やがてふるふると首を振った。
 何もなし、か……すると。
326パラレルトラパス 探偵編 13:03/10/01 22:11 ID:G64lpREJ
「よし。次行くぞ」
「ま、待ってよ」
 俺がさっさと歩き出すと、パステルは慌てて追いかけてきた。
「ねえ、どこに行くの?」
「あー。おめえはついてこねえ方がいいかもしんねえな」
「そ、そんなわけにはいかないわよ。クレイ様から、トラップに協力するように言われてるんだから」
「…………」
 クレイ様、ね。ま、別にいいんだけどよ。
「ねえ、どこに行くの?」
「死体の検証」
 俺の言葉に、パステルが息をつまらせた。
 
「額を一撃、即死だな」
 マリーナが被せたらしき毛布をめくって、俺は改めて死体を検分していた。
 アンダーソン老の額はぱっくりと割れていて、その表情は驚愕で固まっている。
 ……まあ死体なんざ見慣れているが、何回見ても気持ちのいいもんじゃねえな。
 そんな俺の様子から、パステルは必死に目をそらそうとしている。
 まあ、当然の反応だな……早く終わらせるか。
 改めて傷口をよく見たが、凶器が何だったのか特定できそうなものは無いみたいだった。
 しいて言えば、やや幅のある棒……のような形のもの、といったところか?
 だが、その凶器になりそうなものはまわりには落ちていない。……犯人が持ち去ったのか。
 どっちにしろ、これ以上は専門家でもない限りわかりそうもねえ。
「おい、もういいぜ」
 毛布をかけなおして声をかけると、やっとパステルがこっちを向いた。
 必死に平静を装っているが、顔はかなり青ざめている。
「大丈夫か?」
「へ、平気よ」
 どう見ても平気には見えなかったが。
 とりあえず、俺達は食堂にひきあげることにした。そこには、いまだに屋敷の人間が全員集まっている。
 現場を見た。屋敷の中もチェックした。
 次にやることは……関係者の証言を聞くことだろう。
327パラレルトラパス 探偵編 14:03/10/01 22:12 ID:G64lpREJ
「っつーわけでだな、以上の点から、どうも犯人はこの中にいるとしか考えられねえ、という結論が出た」
 全員の前で俺が宣言すると、恐ろしく重たい沈黙が帰ってきた。当然の反応だが。
「ば、バカなっ……おじいさまは、誰かに恨まれるような人ではない!」
 真っ先に反応したのはまたもやクレイ。まあ、よく見知った人間が犯人かもしれねえ、と言われたら、冷静じゃいられねえだろうな。
「んなこと言われたってな。人間、どんなことで恨みを買うかなんてわかんねえぜ? 俺が前に関わった事件では、猫が敷地に入ってきて鬱陶しいなんつー理由で口論になって人を殺したバカな奴がいたしな」
「っ……だが、この中の誰かがおじいさまを殺したなんて、そんなバカなことが……」
「ああ? んじゃ何か? おめえはあの滅多なことではくたばりそうもねえじいさんが死んだ理由を、他に説明できんのか?」
 俺が聞き返すと、クレイは言葉に詰まったらしく黙りこんだ。
 ……クレイを言い負かしたってしょうがねえだろ。身内を殺されて、しかも犯人も身内の人間だなんて言われたら、ああいう反応をするのは当たり前だ。
 何でイライラしてんだか。
「まあいいや。とにかくな、昨夜の2時から4時の間、何をしてたか言ってもらえたら助かるんだけどな」
 俺の言葉に、全員が顔を見合わせた。……期待しちゃいねえが。
「俺は……寝ていた」
「私もよ」
「俺も」
「私もです」
「……わたしも」
 やっぱりか。まあ、時間が時間だからな。当然か。
「ぱーるぅ。どうしたんだあ?」
 誰にもアリバイの証明ができないと知り、黙り込む一同に、いまだに事情を理解してねえルーミィがのんきに話しかけた。
「ルーミィ様。ね、お菓子でも食べます?」
「うん! ルーミィ、お腹ぺっこぺこだおう!!」
「ごめん、トラップ。ちょっと……」
 つぶやくパステルに、軽く頷いてやる。
 俺の返事をもらって、パステルはルーミィとシロを食堂の外に連れ出した。
 ……確かに、子供に聞かせるような話じゃなかったな。
328パラレルトラパス 探偵編 15:03/10/01 22:12 ID:G64lpREJ
「ねえ、トラップ探偵。本当に私達の中に犯人がいるの?」
 パステルが外に出た後。口を開いたのはマリーナだった。
 そういえば、この女と話すのは初めてかもしんねえな。
「ああ。十中八九な」
「そうね。あなたの言った通り、現場の様子からはそうとしか思えないわね。あのおじいさまが、見知らぬ人間に襲われたとして、やすやすと殺されるとは思えないもの。でも……」
 そこで、マリーナはパステルには絶対にできそうもない色っぽい微笑を浮かべた。
「動機は何かしら? トラップ探偵。おじいさまは立派な方だったわ。メイドや執事にも、息子や娘同様の扱いをなさっていたし、財産に関しては、順当にクレイに行き渡ることになっていた……
 パステルやキットン、ノルがおじいさまを殺したとしても、一円の得にもなりはしないし、クレイは今急いで殺さなくても、いずれは財産を受け取れる立場にいたのよ?」
 ……なるほど、言いてえことはわかる。確かにそこは重要な問題だ。
「さて、どうだろうね。クレイに例えば借金があったとすればどうだ? 急に金が入用になったとしたら?」
「そんなものがあるかどうかは調べればすぐにわかることでしょう? トラップ探偵。あなただって、そんなこと信じてはいないくせに」
 頭の切れる女だ。確かにその通り。クレイがそんなヤクザなところから金を借りているとは到底思えない。
「なるほど。だが……あんたならどうだ?」
「え?」
「マリーナ。クレイの婚約者だったな? だがあのアンダーソン老はまだまだ生きそうな勢いだった。クレイに財産が行けば、あんただって当然その金を自由に使えるわけだ。そこで……」
「やめろ!!」
 バンッ
 俺の言葉を遮ったのは、クレイだった。いつもは温厚そうな顔が、怒りでひきつっている。
「マリーナを侮辱するな。トラップ……確かに俺はおじいさまを殺した犯人を見つけ出して欲しいと頼んだ。だが!!」
「ああ、失礼。気に触ったのなら謝る。何でも疑ってかかるのが探偵の性分でね」
 クレイの言葉を止めて、俺は立ち上がった。
 アリバイは無い。動機も無い……だが、状況証拠から考えると……
 俺がもう一度現場に行こうと東側のドアを開けると。
 不機嫌そうなパステルが、俺をにらんでいた。
329パラレルトラパス 探偵編 16:03/10/01 22:13 ID:G64lpREJ
「どうして、あんなひどいことを言うの?」
「どうして、って?」
 現場に向かう俺の後を追いながら、パステルは言った。
「クレイ様やマリーナ様に、あんなひどいことを……」
「言っただろ? あらゆることを疑ってかかるのが、探偵の性分なもんでね」
「でも!」
「パステル」
 足を止めて振り向く。パステルは、急に立ち止まった俺の胸にぶつかるようにして止まった。
「い、いきなり止まらないでよ……」
「パステル。いいか、勘違いすんなよ。アンダーソン老は死んだ。死んだからには、絶対その原因があるはずだ。犯人がいるはずなんだよ。いちいち私情を挟んでたら調査にならねえ。おめえは犯人を見つけたくねえのか?」
「っ…………」
 間近にあるパステルの顔。視線と視線がぶつかった。
 パステルは、真っ赤な顔でじっと俺を見つめていたが、やがて絞り出すようにして言った。
「じゃあ……あなたの理論では、わたしのことも疑っているのね?」
「…………」
「わたしが犯人かもしれない、そう思っているのね?」
「……いいや」
「どうして?」
「おめえみてえな鈍そうな人間に、アンダーソン老みてえな使い手をどうにかできるもんか」
 俺の答えに、パステルはカッと手を振り上げた。
 頬にぶち当たる寸前、その手首をつかむ。
「なっ……何よ」
「……おめえは、人を殺せる人間じゃねえよ」
 はしばみ色の瞳をのぞきこんで、にやりと笑った。
「俺の直感は、当たるんだからな?」
「っ…………」
 悔しそうなパステルの顔。その顔を見た瞬間、つきあげてくる衝動。
 気がついたら、俺はそのまま、パステルの唇を塞いでいた。
330パラレルトラパス 探偵編 17:03/10/01 22:14 ID:G64lpREJ
「んっ……やっ」
 どんっ、と胸を突き飛ばされる。さっきよりさらに真っ赤になった顔で、潤んだ瞳で、俺をじっとにらみつけている。
「なっ……何、するのよ」
「……初めてか?」
「なっ……」
 全く悪びれた様子を見せない俺に、パステルは抗議することすら忘れたようだった。
 ……どう見ても、初めてだな。こりゃ。
「ほれ、さっさと行くぞ」
「え?」
「もう一度現場検証だよ」
 さっさと歩き出す。泣き喚かれたりしたらたまらねえからな。
 何で、あんなことをしちまったのか、自分でもよくわからねえ。
 ただ、精一杯強がっているパステルを見つめていると、何だか……
 少なくとも、今ので、ちっとは和らいだだろう。
 身近な人間が死んだというショック。それを殺したのがやはり身近な人間だという衝撃を。
 
 再び、アンダーソン老が殺された現場。
 もっとも、遺体のチェックはさっき終わらせたからもう必要ねえ。
 見るのは……
「ふん」
「……どうしたの?」
 俺がまわりを見回しながら頷いていると、パステルがおずおずと声をかけてきた。
 どうやら、さっきの件に関しては、ひとまず忘れることにしたらしい。
「パステル。アンダーソン老は、どれくらいの身長だった?」
「え?」
「身長だよ。高かったか?」
「え、ええ。クレイ様と同じくらいは、あったと思うけど」
「ふん……」
331パラレルトラパス 探偵編 18:03/10/01 22:14 ID:G64lpREJ
 アンダーソン老人は、仰向けに倒れていた。
 倒れている場所は階段よりも奥まったところだから、まあ階段から落ちた、という可能性はねえだろう。
 そもそも、階段下付近の絨毯は綺麗なものだしな。血の跡一つ落ちてねえ。
 倒れているあたりの絨毯には、わずかながら血痕が残っている。絨毯にひきずったような跡もなし。遺体を動かしたような形跡はねえ。
 すると……
「パステル。おめえは、身長はどれくらいある?」
「わ、わたし? 163センチだけど……」
 163か。俺の身長が177。見た感じ、クレイは俺よりも10センチ近く高いから185前後といったところか。アンダーソン老がクレイと同程度の身長ということを考えると……
「少しは犯人が絞れたな」
「え?」
 パステルが不思議そうな表情を向ける。今の質問で、どうして犯人が絞れるのかがわからねえんだろう。
 マリーナはパステルとほぼ同じ身長。ノルはクレイよりもずっと高い。多分220センチはあるはず。キットンは俺の腰ぐれえでルーミィが膝ぐらい。シロは……
 そこまで考えてさすがに馬鹿馬鹿しくなってやめる。とにかく、だ。
「遺体の倒れている格好と場所から考えれば、犯人は正面からアンダーソン老を殴った、と思われる」
「う、うん」
「だが、キットンの身長じゃ……かなり長い凶器を使わねえ限り、アンダーソン老人の額まで凶器が届かねえだろう」
 ハッ、と顔をあげる。
「だが、そんな長い凶器をぶら下げて、正面に立たれて、アンダーソン老が不思議に思わねえはずがねえ。そうだろう?」
「……確かに、そうよね」
 少なくとも、キットンが犯人、という可能性は低くなった。
 あくまでも低くなっただけだがな。
332パラレルトラパス 探偵編 19:03/10/01 22:15 ID:G64lpREJ
「さて……せっかく東側に来たわけだから、できればクレイ達の寝室を見せてもらいたいんだがな?」
 俺がそう言うと、パステルはこの上なく不満そうな顔をした。
「どうして? クレイ様やご主人様の寝室なんか見てどうするの?」
「決まってんだろ? 凶器を捜すんだよ」
「凶器って……」
 アンダーソン老人を殴った凶器。それが見つからねえとなると。
 誰かが、部屋の中に隠し持っている可能性もあるからな。まあ、この嵐だ。窓の外に投げ捨てられたら、ちっと捜しようがないんだが。
 万が一を考えれば、室内はチェックしておくべきだろう。
「そういうこと。おめえなら開けられんだろ? みんなの寝室」
「っ……確かに、鍵は持ってるけど。でもっ……」
「犯人、見つけたくねえのか?」
 俺の言葉に、パステルはぐっと黙り込むと、不承不承エプロンのポケットから鍵を取り出した。
 俺達以外の人間は、いまだに食堂にとどまっている……いや、ルーミィだけは、菓子を与えて部屋に寝かせてきたらしいが。
 凶器を処分される可能性も踏まえれば、できれば皆に知られずにやってしまいたい。
 俺はパステルを促して、二階へと上った。
 
 最初に入ったのは、アンダーソン老人の部屋だった。
 まあ、主を現してるっつーか。
 愛想のかけらもねえ無骨な部屋。机とベッド、クローゼット、本棚、暖炉。壁には、剣やら槍やらに加えて数えきれねえくらいの勲章がかかっている。
 凶器になりそうなもの……剣や槍か。
 だが、剣や槍なら、「撲殺」ではなく「刺殺」になるだろう、普通は。
 あの傷口は、切られた傷では断じて無い。……一体、何で殴られたんだか。
「アンダーソン老は、遺言の類は書いてなかったのか?」
 ふと思い出して聞いてみる。
 ありがちな話だが、息子なり孫なりがあまりにも自分を冷遇するので、親身に世話をしてくれるメイドなり執事なりに全財産を譲ることにした……そこへ、当然あてにしていた遺産が入らないとわかった息子なり孫なりが思い余って、というストーリーも成り立つ。
333パラレルトラパス 探偵編 20:03/10/01 22:16 ID:G64lpREJ
 だが、それはパステルにはっきりと否定された。
「遺言はないわ。ご主人様は、クレイ様に全財産を譲ると決めていたもの」
「それは屋敷中の連中が知っていたのか?」
「ええ。クレイ様はお優しいし立派な方だもの。ご主人様の跡を継ぐことに、反対している人はいなかったわ」
 ふーん。やけに褒めるんだな、クレイのことを。
 ……って何考えてんだ。まあとにかく、財産がらみのごたごたはなさそうだな。
 まあさっき食堂で言ったように、早く財産を自由にしてえマリーナが……などという可能性が無いとは言わねえが、あの頭の切れる女が、そんなバカな真似をするとも思いにくい。
 万が一やるとしたら、自分が完全に容疑の外に外れるようにやるだろう。
「んじゃ、ここにはもう用はねえ。次、行くぜ」
 次に入ったのは、ルーミィの部屋。
 ベッドの上では、ルーミィとシロが幸せそうに寝ていた。
 子供部屋らしく、ぬいぐるみやら人形やらが溢れていたが、家具はアンダーソン老の部屋にあったものと大差はなかった。
 そして、この部屋には武器の類すら置いてねえ。つまりは、凶器になりえそうなものも何もなかった。
「ところで、ルーミィとクレイだが、えらく年の離れた兄妹だな?」
「え? ええ。実は、ルーミィ様とクレイ様は、本当の兄妹じゃないの」
「ふーん」
 名家では珍しくもねえ話だ。愛人に生ませた子供を引き取ったのか、それとも……
「実はマリーナが生んだクレイの娘、なんていう落ちはねえだろうな?」
「な、何てこと言うのよっ!!」
「冗談だよ、冗談」
 全く、からかうとおもしれえ女だ。
 二階には結構な数の部屋があったが、実質使われているのは三つだけ、ということだった。
 残りの部屋は空き部屋で、鍵はパステルとキットンしか持っていないという。
 使われている部屋の最後の一つ、それが、クレイとマリーナの部屋だった。
334パラレルトラパス 探偵編 21:03/10/01 22:17 ID:G64lpREJ
「クレイとマリーナは……同室だったのか?」
「ええ。そりゃあ、婚約者だもの」
「ふーん。するってえと……」
 犯行時間。寝ていたからアリバイは無い、ということだったが。
 すると、クレイとマリーナには、実質、アリバイがあるってことにならねえか? もちろん、共犯だとかお互いをかばってとかも考えられるから、完全に容疑を外すわけにはいかねえが。
 少なくとも、隣で眠っている奴に気づかれねえようにして人を殺しに行くってのは、そう容易なことじゃねえだろう。
 もっとも、それを言ってやるつもりはねえけどな。
 入り口でじっと俺を見ているパステルの視線は無視して、俺は遠慮なく部屋を捜索させてもらった。
 二人で使っているせいか、部屋そのものはアンダーソン老やルーミィの部屋より広い。だが、ベッドとクローゼットがやや大きめな以外は、置いてあるものにそれほどの違いはなかった。
 アンダーソン老の部屋と同じく、壁には立派な剣が飾ってあったが……
 ちょっと手に持ってみる。壁に作りつけてあるわけではなく、取り外しは簡単にできるようだ。
 持ってみてわかったが、かなり使い込まれているしその刃は本物だった。
 ……模造の刃なら、あるいはそれで、とも思ったが……
「……ん?」
 壁から暖炉に目をうつして、ふと違和感を感じる。
 この時期は、暖炉に火を入れるほど寒くはねえ。だが、中には、何かの燃えカスが残っていた。
 つい最近燃やしたばかりのもの。塊の大きさから、そんなに小さなものじゃねえ。
 本か何かを燃やしたのか……だが、クレイやマリーナの性格上、いらなくなったからといって本を燃やすような人間には見えねえしな……
 じゃあ、これは何だ?
「トラップ……何? 何か……見つけたの?」
「……いや」
 振り向いて、唇の端だけで笑ってみせる。
 これだけじゃ、何の証拠にもなりはしねえが……
 だが、これは、きっと事件の鍵になる。
 俺は、ポケットからハンカチを取り出すと、そっと燃えカスの一部を包んだ。
335パラレルトラパス 探偵編 22:03/10/01 22:17 ID:G64lpREJ
 2階の部屋で使われているのはこのこれだけ。後の三人は、全員西側に部屋を持っているらしい。
 そう聞いて、俺はひとまず東側を出ることにしたが……
 そのとき、ふと、目に付いたものがった。
 二階の手すり。そこから一階が見下ろせるようになっているが。
 その手すりの一部に、補修された跡があった。
「おい、パステル」
「え?」
「これ……いつ、修理したかわかるか?」
 俺が手すりを指差すと。
 それとわかるくらい、パステルの顔が強張った。
「……おい?」
「あ……いえ、それは、わたしが」
「あん?」
「わたしが、もたれて壊してしまって……」
「それ、いつの話だ?」
「え?」
「えらく新しいな、これ。いつの話だ?」
「……き、昨日。トラップが、来る前に……」
「ふーん……」
 俺は、かがみこんで修理の跡をじっくりと見た。
 別に珍しいものじゃねえ。古くなった家にはよくある、腐った部分を切り取って新しい木を継ぎ足した……そんな修理の跡。
「おめえが修理したのか?」
「ええ」
 ふーん……
 確かに、継ぎ足された木も、打たれた釘も、真新しいが……
 それ以上言わず、俺は立ち上がった。
336パラレルトラパス 探偵編 23:03/10/01 22:18 ID:G64lpREJ
 キットンとノル、パステルの部屋は西側にある、ということだった。
 だが、見るまでもねえ。俺には、もう大体事件の構図がつかめてきた。
 だが、もし俺の想像するとおりだとしたら……
 
 嵐はまだしばらくやみそうもねえ。
 俺はその日も泊まることにした。そのことについて、誰も文句は言わなかった。
 パステルが腕を振るった夕食は相変わらずうまかったが。
 雰囲気は、どうしようもなく重苦しかった……まあ当然だが。
「どうだい、トラップ。何かわかったかい?」
 憔悴した様子で声をかけてきたのはクレイ。大分疲れてるようだな。
「まあ、それなりにな」
「それは、犯人がわかった、ということか?」
「そこまでは話せねえな。証拠が無いもんでね」
 俺の言葉に、食事をする皆の手が一斉に止まった。
「それは……あなたの頭の中でなら、犯人がわかっている、ととらえていいのかしら? トラップ探偵」
「ご想像におまかせする」
 マリーナの挑発的な言葉に、笑みとともに返してやる。
 この事件、どう片付けたものか。
 俺の頭の中では、断片的な想像は浮かんでいるものの、それがうまく組み合わさっていない状態だった。
 
337パラレルトラパス 探偵編 24:03/10/01 22:19 ID:G64lpREJ
 その夜。皆が寝静まった深夜。
 俺はベッドの上で悩んでいた。
 確かめる方法はなくはねえ。もし俺の想像通りだとするなら……しばらく見張っていれば、きっと犯人はボロを出すだろう。
 だが、やっちまっていいのか? それを。
 普段の俺なら、迷うことはねえんだが。
 今回ばかりは、ちと慎重にならざるをえねえ。さて、どうしたものか。
 と、そのときだった。
 部屋に、遠慮がちなノックの音が響いてきたのは。
「……誰だ?」
「あの……わたし」
 心臓がはねる。
 この声は……パステル?
 こんな時間に、何の用だ?
 はやる心を抑えて、ドアを開ける。
 目の前には、寝巻き姿のパステルが立っていた。
 ……おいおい。こんな時間に、そんな格好で、男の部屋に来るなんて。
 おめえ、何考えてんだ……?
「……何か用か?」
「事件のことで、ちょっと……入っても、いい?」
 上目遣いに、俺を見上げてくる。
 ……勘弁してくれよ。理性が持たねえかもしれねえぞ。
 だが、事件のことと言われれば、嫌とも言えねえ。
 仕方なく、俺はパステルを部屋に通した。
338パラレルトラパス 探偵編 25:03/10/01 22:20 ID:G64lpREJ
「……で、何だ? 話って」
「……トラップには、犯人が、わかってるのよね?」
 俺がベッドにどかっと腰かけて聞くと、パステルは、その隣に座りながら、必死の形相で聞いてきた。
 ……何が、言いてえんだ?
「だったら、どうした……言ったろ? 証拠もねえし、全部俺の想像で……」
「聞いて!」
 ぐっ、とパステルは身を乗り出してきた。
 ……いい匂いがすんな。風呂上りか?
 って、いかんいかん。何考えてんだ、俺は。
 とびそうになった理性を慌てて呼び戻しながら、俺はせいいっぱい余裕の表情を浮かべてみせた。
「いくらでも聞くけどよ。結局、何が言いてえんだ?」
「犯人は、わたしよ」
「…………」
 おい。一体、何を言ってやがる?
 予想外のことを言われて、俺はバカみてえにぽかんと口を開いてパステルの顔をじっと見つめた。
「犯人は、わたしなの。ねえ、トラップ、お願いだから、もうこれ以上皆のことを調べまわるのはやめて」
「おいおいおい」
 あからさますぎるぜ、おめえ……
 つまり、おめえは……犯人を、かばってるんだな?
「おめえが犯人?」
「そうよ」
「動機は何だ?」
「っ……そ、それは……」
「凶器は何だ? どうやって殺した? 何時頃に?」
「っ…………」
 俺の質問に、何一つとして満足に答えられねえ。
 あまりにもわかりやすすぎる嘘。
 おめえ、そこまでして……かばいたいのか? 犯人を。
339パラレルトラパス 探偵編 26:03/10/01 22:21 ID:G64lpREJ
「……プロの探偵を、甘くみんなよ」
「…………」
「おめえ、かばってるだけだろ? 犯人を」
「…………」
 決して認めようとはしねえが、その態度は、雄弁に俺の質問に答えていた。
 そうか。そんなに、決意が固いなら……
「いいぜ」
「え?」
「見逃してやっても、いい。俺は何も知らねえふりして、大人しく屋敷を去ってやってもかまわねえ」
「トラップ……」
「ただし」
 そこで、俺はパステルの肩をつかんだ。
 思ったよりも小さな肩が、びくりと震える。
「あんたが、俺のものになるってーのならな?」
 パステルは、ただじっと震えていた。
 
 そっとその身体をベッドに押し倒す。
 抵抗は、無い。
 パステルは、ただじっと目を閉じて、震えていた。
 寝巻きの胸元のリボンをほどく。しゅるっ、という音とともに、下着を身につけてねえ胸が、あらわになった。
 男の手なんか、触れたこともねえだろう、白い胸。
 ゆっくりと口付けると、パステルの身体はびくりと震えた。
 ……初めてだな。ま、そりゃそうだろうな。
「……いいのか? おめえ、そこまでして、そいつを庇いてえのか?」
「…………」
 返事は無い。
 硬く閉ざされた唇にくちづける。硬く閉ざされたそこを、強引にこじ開けて舌をさしいれ、からみとり吸い上げる。
 寝巻きと素肌の間に手を差し入れる。その身体は温かかったが、小刻みに震えていた。……決して、寒いわけじゃねえだろうが。
 さして大きくもねえ胸に手を触れると、柔らかい感触が伝わってきた。指先で軽く愛撫した後、手のひら全体で包み込むようにしてあてがう。
 その先端が、徐々にかたくなってくる。
340パラレルトラパス 探偵編 27:03/10/01 22:22 ID:G64lpREJ
「……綺麗だな」
 耳元でつぶやいてやると、パステルの身体がわずかにのけぞった。
 ちっとは、感じてきたか?
 パジャマの上から、太ももをなであげる。ゆっくりと中心部をさすりあげると、わずかに身をよじってうめいた。
 自分でしたことも……ねえんだろうな、こいつなら。
 軽くこすりあげると、徐々にだが身体が反応してきたらしい。パステルの身体が朱に染まり、中心部からはわずかに蜜があふれてきた。
 ……感度は、まあまあみてえだな。
 まだ潤って間もないそこに、指を差し入れる。唇から漏れるわずかな悲鳴。
 そのまま奥深くまで挿入しかきまわすと、パステルはあえぎ声をもらして身体をよじった。
 我慢、できねえ。
 ズボンのベルトに手をかける。強引に足を開かせて身体を割り込ませる。
 今まさに貫こうとしたその瞬間。
「うっ……」
 ……?
 微かなうめき声。ふっと顔を見やる。
 パステルの目は、相変わらずかたく閉じられていたが……
 その両目からは、涙が零れ落ちていた。
「…………」
 女に泣かれるのは、別に初めてじゃねえが。
 こいつの涙だけは……苦手だ。
「……泣くなよ」
 耳元でつぶやく。高まっていた欲望は、半ば静まりかけていた。
「俺が悪かったよ。もう、しねえよ。だから、泣くな……話してみろよ、俺に、何もかも」
 俺の言葉に。
 ようやく、パステルはゆっくりと目を開けた。そして。
 俺にしがみついて、子供のように泣きじゃくった。
341パラレルトラパス 探偵編 28:03/10/01 22:22 ID:G64lpREJ
 パステルの話は、大体、俺の想像通りだった。
 いや、正確に言えば、パステルの想像と俺の想像が一致した、と言うべきか。
 パステル自身、その想像が当たってるかどうかの確信はねえらしい。
 だが……まあ、まず間違いはあるめえ。
「最初は、クレイ様が犯人かと思ったの」
 泣きながら、パステルは言った。
「ご主人様と対等に渡り合えるのは、クレイ様しかいないと思っていたから……でも、でもっ……」
「……いいか、ショックなのはわかるが……」
 パステルの話を聞いて、俺は確信した。
 このままにしておいちゃいけねえ。いつかきっと、また悲劇が起こってしまうから。
 だから、そのためにも……
「そのためにもはっきりさせなきゃならねえ。俺は顔が広いからな。決心さえしてくれりゃ、何とかできると思う」
「トラップ……」
「ただし、一つ条件があるがな!」
「…………?」
 パステルの不思議そうな顔。
 ……こんなことを聞くのは、俺の性分じゃねえが。
「おめえ……クレイのこと、好きなんか?」
「……へっ?」
 俺の質問が余程意外だったのか。
 パステルは、しばらく間の抜けた顔で俺を見つめていたが……
「やだっ……ち、違うわよ。クレイ様にはマリーナ様がいるじゃない! ただ、あの方は……雰囲気が、わたしの死んだお父さんにとてもよく似ていたから。優しいところ、全てを包み込んでくれるようなところ。だから……」
 …………
 父親、ね。なるほど。言われてみりゃあ、クレイにはそんな雰囲気があるな。
 ……その言葉、信じていいんだな?
「よし、わかった」
「トラップ……?」
「早いとこ、行くぞ。……嵐がいつやむかわからねえ。役人が来る前に、決着をつけなくちゃならねえからな」
「……うん」
 それだけで十分だった。
 俺とパステルは、部屋を出た。向かうのは……屋敷の、東側。
342パラレルトラパス 探偵編 29:03/10/01 22:23 ID:G64lpREJ
 俺達が東側にたどり着いたとき。
 階段の下では……クレイが立っていた。
「クレイ様……」
 パステルのつぶやきに、クレイが振り向く。
 酷く憔悴した顔は、単なる寝不足……だけではねえだろうな。
「来たのか、トラップ……全て、わかってるんだろう?」
「まあ、大体はな」
 俺が頷いたとき。
 2階の部屋のドアの一つが……開いた。
 そこから出てきたのは……
「ルーミィ様……」
 パステルの言葉が、ホールに響き渡る。
 歩くのがやっとの、三歳にもならねえガキ。
 部屋のドアを開けて、よたよたと歩く様は……見るからに、危なっかしい。
「クレイ、おめえは、いつから気づいてたんだ?」
「……ルーミィのあの症状が出るようになったのは、うちに来てから、一週間後くらいだった」
 クレイの表情は、ひどく苦しげだ。
 ルーミィは、俺達には全く気づいていないかのように、ふらふらと廊下を歩いている。
 いつもはぱっちりと開いている目が……今は、半分閉じていた。
 夢遊病。原因はよくわからねえが、寝ている間、本人も自覚していない間に外を歩き回ったりする病気。
「聞いただろう? ルーミィは俺の本当の妹じゃない。二年前、山火事があって……そのとき、パステルが捨てられていたルーミィを見つけて、引き取ったんだ」
 その山火事は俺も知っていた。死者は出なかったが、山一つが丸ごと燃えて、消火するのに3日3晩かかったという、大規模な火事。
「俺達はせいいっぱい彼女を可愛がっていたつもりだ。だけど、慣れない環境は、ルーミィの心の奥深くにストレスを与えていたのか、あるいは火事の恐ろしい記憶がトラウマになったのか、ああして、夜中になると歩き回るんだ。まるで、本当の居場所を捜しているかのように」
 俺達の会話が聞こえねえ距離じゃねえだろうに、ルーミィは全く反応を示さなかった。
 半分眠ったような顔で歩き回るその姿は、どこぞの妖精か何かかと思うほど可愛らしい姿だったが……それだけに、残酷だった。
343パラレルトラパス 探偵編 30:03/10/01 22:24 ID:G64lpREJ
「だから、あんた達は、交代でルーミィを見張っていたのか?」
「そうだ。階段から落ちたり、あるいは窓から落ちたりしたら、怪我ではすまないかもしれないからね……ルーミィは大切な妹だ。守ってやりたいと思って当然だろう?」
 クレイの必死の顔は、心から本音を語っている証拠だった。
 こいつは、本当に……どこまで、優しいんだ。
「俺の、せいでもある」
 そのとき、俺の背後で、食堂のドアがのっそりと開いた。
 立っていたのは、ノルとキットン。同時に、二階でまたドアが開き、そこからマリーナが顔を出した。
 やれやれ、結局全員そろっちまったのか。
「あのとき、2階の手すりの一部が腐っていたことに気づいていたのに、すぐに直さなかった。俺にも責任がある」
「いいや、ノル、違うよ。君のせいじゃない。あれは……不幸な事故だ」
 あのとき、起きたこと。
 夢遊病を起こして歩き回るルーミィ。それを見張っていたのは、アンダーソン老。
 恐れていたことが起こる。ルーミィがもたれかかった瞬間、腐りかけていた手すりが折れて、落下――
 アンダーソン老はルーミィを受け止めようとして、運悪く……一緒に落ちてきた手すりで額を強打して、死んだ。
 そう、これは事故だ。恐ろしい不幸な偶然が重なった事故。誰にも、責任はねえ。
「トラップ探偵。どうして……わかったの?」
 歩き回って疲れたのか。やがて、こてん、と倒れてしまったルーミィを抱き上げながら、マリーナがつぶやいた。
 見上げる。彼女の手は、ルーミィを愛しそうに撫でていた。
 そう、まるで本当の妹のように。
「落ちたのがルーミィ以外の人間だったら……アンダーソン老の怪我は、あんなもんじゃすまなかった。人間の体重一人を受け止めたんだぜ? 頚骨が折れたはずだ。だが……全てわかったのは、パステルのおかげだ」
「……え?」
「パステル、手すりの修理をしたのはおめえじゃねえ。ノルだろう?」
「え、ええ」
 あの日。手すりの折れる音を聞いたのか、何なのかはわかんねえが。
 とにかく、クレイ達は事故を知った。そして、それを隠し通そうとした。
 運悪く、屋敷には赤の他人である俺が泊まっていた。クレイ達は、凶器となった手すりを暖炉で燃やし、ルーミィを部屋で寝かせると、ノルを起こして手すりの修理を頼んだ。
344パラレルトラパス 探偵編 31:03/10/01 22:26 ID:G64lpREJ
「何で、おめえは自分でやったなんて言ったんだ?」
「っ……わたし、わかっちゃったから。ルーミィ様の病気のことは知っていたから。手すりに補修の跡があるって聞いて、わかっちゃったから、だから、それは事件と関係が無いってことを言いたくて……」
「俺が、新しい補修の跡だって言ったから、前日だって言うしかなかったんだな?」
「……そうよ。だけど、そのときノルは、屋敷にはいなかったじゃない。山向こうへおつかいに行っていて……だから、わたしがやったって言うしか……」
「よく考えた、って言いてえけどな」
 俺は、ゆっくりとパステルの方を振り向いた。
 クレイのこと、ルーミィのこと。アンダーソン老のこと。
 おめえは、皆のことを考えて考えて……必死に考えすぎたんだよ。だから、俺の罠にひっかかった。
「それは、ありえねえ。釘の打ち方が、違うからな」
「……え?」
「もし、おめえが手すりを修理するとしたら、二階に上って手すりの内側から修理をするだろう? だけどな、あの補修の跡は、内側だけじゃなく、外側からも釘が打ってあった」
「…………」
「補修を完璧にしようとしたんだろうな。だけど、外側から釘を打つためには、宙に浮かびでもしねえ限りおめえには無理だ。腕を無理な方向に曲げる必要があるから、力が入らなくて、そんなにしっかりとは釘が打てねえ」
「…………」
「だけどな、ノルなら、それができた。人一倍背の高いおめえなら、ちょっとした台でも使えば……あるいは、手を伸ばしさえすれば、一階にいながら2階の手すりに手が届いた」
 俺がノルの方を振り向くと、ノルは軽く頷いてみせた。
 万が一にも、もうあんな事故が起きないように。
 ノルは、補修を完璧にしようと、内側からも外側からも釘を打ちつけた。それが……今回の決め手となったわけだが。
「おめえの言ったとおり、ノルは昨日俺と一緒にここに戻ってきた。補修をしたとしたら、その後だ。だけど、おめえは『自分がやった』と嘘をついた。……そのとき、わかったんだよ」
「……最初から、ノルがやったとわかっていて……わたしに聞いたの?」
「……ああ」
345パラレルトラパス 探偵編 32:03/10/01 22:28 ID:G64lpREJ
「やっぱり……プロの探偵には、かなわないよね」
「…………」
「ねえ、ルーミィは治るよね? いつか絶対に、治るよね?」
「……ああ。言ったろ? 俺は顔が広いんだ。いくらだって、いい病院を紹介してやる」
「よかった……」
 パステルは、涙で濡れた笑顔で、クレイの方を振り向いた。
「クレイ様……これでよかったんですよね?」
「……ああ」
「それが、ルーミィのためでもあるんですよね? ルーミィは、あんなに小さいのに、いっぱい辛い目にあって……いっぱい苦しんでいるんですよね。それを癒してあげるためにも……これで、よかったんですよね?」
「そうだよ、パステル」
 クレイは、優しい笑みを浮かべて言った。
「そうだよ。これで、よかったんだ……ありがとう、トラップ。俺達に、決心を与えてくれて」
 クレイの言葉に、耐え切れなくなったのか、マリーナが涙を流していた。
 もうすぐ、夜が明ける。
 嵐は、大分、弱まっていた。
 
 その後、やってきた役人には、「事故だ」と説明して追い返した。
 役人は何だかわめいていたが、俺はこう見えても名の知れた探偵だ。俺がそう言い張ると、渋々納得していた。
 アンダーソン老は丁重に弔われ、アンダーソン家はクレイが継ぐことになり、近々マリーナと結婚式を挙げるそうだ。
 ノルとキットンは、その後もクレイの下に仕えることに決めたらしい。
 そして、ルーミィは。
 起きたら何も覚えていないルーミィに、「幸せか?」と聞いてみたところ、満面の笑みで「うん!」と答えた。
 この笑顔を、永遠のものにするために。
 俺は、いくつかの病院を紹介してやった。恐らく、原因は山火事。恐ろしい炎が、ルーミィの心の一部を焼いてしまったんだろう。
 そうに決まっている。アンダーソン家の人々は、全員が、あんなにもルーミィを可愛がっていたんだから。
346パラレルトラパス 探偵編 33:03/10/01 22:28 ID:G64lpREJ
「ありがとう、トラップ。色々と世話になった」
 そして、俺がアンダーソン家を去るときが来た。
 クレイを先頭に、屋敷の人間が総出で見送ってくれるという丁重な扱い。来たときとはえらい違いだな。
 そして、当然、その中にはあいつがいて……
 クレイは、例の優しい笑顔を浮かべて言った。
「約束の報酬だ。いくらが相場かよくわからないから、俺の独断で包ませてもらったけれど……」
 クレイの手に握られた封筒は、かなり分厚い。
 相当の額が入ってるだろうことは想像に難くなかったが……
 俺の心は、決まっていた。
「いや、その報酬なんだけどな……それは、いいや」
「え?」
 俺の答えが余程意外だったのか、クレイは目を見開いていた。
 おい、そんなに驚くこたあねえだろう。
「いや、そんなわけには。トラップには散々世話になったんだし」
「だあら、ちげーよ。現金はいらねえっての。そのかわり、と言っちゃなんだけど」
「ああ」
「えっとな、俺は探偵やってるわけだけど、今んとこ、従業員っつーのがいねえんだよ。電話番とか、事務とか経理とか、全部俺一人でやるのは、なかなか大変でな」
「……?」
 俺の言いたいことがよくわからないらしく、クレイは首をかしげていたが。
 その後ろで、マリーナとキットンが、何やら意味ありげに笑っていた。
 ……妙に鋭い奴らってのも腹が立つな、何か。
「それに、男の一人暮らしっつーのは、飯が寂しくて仕方がないっつーか……ああ、もう、わかれよ!!」
「な、何がだ??」
 目を白黒させるクレイを押しのけて、俺はあいつの前に立った。
 蜂蜜色の長い髪とはしばみ色の目が印象的な、ちっとばかりガキくせえ女。
 なのに、妙に芯は強くて、俺の心を捉えて離さなかった女……パステル・G・キングの前に。
347パラレルトラパス 探偵編 34:03/10/01 22:29 ID:G64lpREJ
「えと……?」
「報酬は……メイド一人、で、どうだ?」
「えっ?」
「はあ?」
 ぽかんとするパステルとクレイ。
 「もう、察しなさいよ鈍いわね!!」とか言いながら、マリーナがクレイをひきずって屋敷の中へと戻る。
 その後を、キットンとノルも続いた。
 玄関先に残ったのは、俺とパステルの二人っきり。
「ええと、あの……?」
「っ……だあら……俺の事務所を手伝ってほしい、っつーか……その……」
 くっそ、はっきり言わなきゃわかんねえのか? 何でこんな鈍い女に参っちまったんだか。
「……俺と一緒に、来てくんねえ? おめえと一緒に、やっていきてえんだよ」
「え……?」

 アンダーソン家で起こった殺人事件。
 解決に要した時間は一日。
 報酬は、可愛い事務員を一人。
 その事務員が、嫁さんになってくれるかどうか。
 それは、このトラップ探偵の腕の見せ所だ。
 まあ、見てろよ。俺は、有能な探偵だからな。必ず、やりとげてやらあ!
348トラパス作者:03/10/01 22:31 ID:G64lpREJ
完結
何でこんなもん書いたんだ、と今自分を猛烈に責めてます(w
稚拙きわまりなくて申し訳ない……
きっと、ちょっと知識のある人でしたらツッコミどころ満載な話になってしまったかと……
長いし。長いし。長いし……
スレ容量が既に420KB突破……
次の作品、途中でまたスレがいっぱいになるかもしれません(汗汗
も、申し訳ない……
ちなみに、次作品はリクエストにお答えした作品予定なのですが……
大丈夫かなあ……
349SS保管人:03/10/01 23:31 ID:dCqELkce
ようやく収蔵作業が追いついたぁ。
2、3日放置しただけでエライことになってしまいますなあ。
一昔前と比べたら天国みたいな状況ですね。

>>348
お疲れさまです。
予防策として、現段階で次スレを立てて誘導しておいた方がいいかもしれません。
2、3日くらいなら即死しないように保守するのも容易ですし。
それからこのスレを埋め尽くしてしまえば問題はないと思います。
350名無しさん@ピンキー:03/10/01 23:58 ID:B1u06OBa
トラップカコイイ〜(≧▽≦)ノ この後の2人が激しく気になります!
以下脳内妄想
事務員ということで雇われたパステルだが、メイドの時には自覚していなかった
好奇心を発揮して助手を名乗るようになる。ところが極度の方向音痴のうえ、
ある意味トラップをも上回る天然のトラブルメーカーぶりに拍車がかかり!?
…だめだ、ベタ杉(;´д`) ほんとすんません(汗

ところで、トラップに熱い視線を送っていた依頼人のおばはんは
ジョーンズ夫人ですか? 
351名無しさん@ピンキー:03/10/02 00:37 ID:Wuh7j292
おおーまた新たな世界が来たぁ! いや、いいですよぉーこれまた新鮮で、
「名探偵トラップのトラブル事件ファイル」第1話、アンダーソン家の悲劇
って感じですね!(かってに名前つけるな)とにかく探偵編で何か思い付いたら
また書いてください(゚∀゚)ヨロシクお願いします!
352トラパス作者:03/10/02 05:23 ID:2EpuhNyu
すいません……
またミスが……
探偵編の31と32の間

「……最初から、ノルがやったとわかっていて……わたしに聞いたの?」
「……ああ」
 パステルの顔を、まともに見ることができねえ。
 結果はどうであれ……俺は、彼女を騙したことにかわりはねえから。
 どんな風に罵られてもかまわねえと、そう思っていたが。
 パステルは……笑った。
「やっぱり……プロの探偵には、かなわないよね」
「…………」

という風につながるはずが、間の文章がすっぽ抜けてました……
最近この手のミスが多い(TT
353名無しさん@ピンキー:03/10/02 19:45 ID:SMWRQYQd
神キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
トラパス作者さんのってパラレルなんだけど表設定を
くずしてない感じが(・∀・)イイ!
ところで、無断転写禁止っすか?
354名無しさん@ピンキー:03/10/02 19:49 ID:oNNS9ipp
>>353
それは当然でしょうが
355名無しさん@ピンキー:03/10/02 20:02 ID:+RfEIk0w
転載(コピペ)はよくないけど
転写(コピー)はいーんじゃないの?

HDDにいれて個人的に楽しむのは自由だけど
他サイトに投稿とかはマズイってこと。
356トラパス作者:03/10/02 22:07 ID:2EpuhNyu
新作です。
えーと、ちなみに>>303さんのリクエスト。
に答えるつもりで書いたら。
また暗くなりました(死
切ない系目指して書いた作品よりよっぽど切ない系かもしれませんが。
次作品はうってかわって明るくなる予定(あくまで予定)ですので、どうかよろしくお願いします。
 多分、決定的だったのはあのときだと思う。
 それは、もうすぐ冬が始まるっていう肌寒い日のことだった。
 その日、シルバーリーブのみすず旅館の裏で、わたしは数人の女の子に囲まれていた。
 そんなに大きな村じゃないからね。どの子も、顔くらいなら見覚えのある子ばっかりだった。名前までは知らないけど。
 みんなわたしと同じくらいの年で、どの子もそれなりに可愛くて、でも、どの子もすごく怖い顔でわたしのことをにらんでいた……
「パステル、あんたいいかげんにしなさいよね!!」
「そうよそうよ!! 足手まといのくせにクレイ様にべたべたしちゃって」
「トラップ様に迷惑かけてんじゃないわよ! お荷物のくせに!!」
 そう、彼女達は、最近いきなりできたクレイとトラップの親衛隊。
 わたし達も、色んなクエストをクリアして気がついたら結構有名人になっちゃっててね。それはそれで嬉しいことかもしれないんだけど……
 それで、最近いきなりもてもてになったのがクレイとトラップ。
 まあ、それはしょうがないと思う。二人ともかっこいいしね。
 だけど……
 そのとばっちりがわたしにとんでくるのだけは、どうにかならないかなあ……
「ちょっと、何とか言ったらどうなのよ!!」
「ほら、さっさと言いなさいよ。役立たずでごめんなさい、パーティー抜けますって!!」
 むかむかむかっ
 わたしはあんまり短気な方じゃない……と思うんだけどね。
 それでも、いくら何でもあんまりだと思った。
 そりゃあ……彼女達の言ってることは、ある意味正しいのかもしれない。
 確かに、わたしは特に何のとりえもないし、方向音痴のマッパーで迷惑ばっかりかけてるかもしれないけど……
 だけど、わたしはわたしなりに一生懸命やってるのに。クレイやトラップに言われるならともかく、それを何も知らないこの子達に言われたくない!!
 そうやって言い返したかったんだけど。女の子達の雰囲気ののまれちゃって何も言えない。
 く、悔しいっ……
 あんまり悔しくて、涙がこぼれそうになったそのときだった。
「おめえら、くだらねえことやってんじゃねえよ」
 突然響いたのは、聞きなれた声。
 その声に、女の子達の表情が強張る。
「と、トラップ……」
 わたしが名前を呼ぶと、彼女達は「きゃあ」とか「いやあ」みたいな悲鳴をあげて、わたしからばっと離れた。
 すごい、何て素早い……
「トラップ様!? あ、か、勘違いしないでくださいね。わたし達は、この女に身の程を教えてあげようと思って……」
「はあー? 身の程お?」
 トラップ親衛隊の一人の言葉に、トラップは物凄くバカにしたような笑みを浮かべて言った。
「んなことおめえらがいちいち教えてやんなくても、こいつはとっくに知ってるっつーの。んで、少なくともおめえらより俺やクレイの方がよーく知ってんだよ。それでも俺達はこいつとパーティー組んでんだから。文句あるんだったら俺かクレイに言えよな」
「と、トラップ様!!」
「こいつはなあ、俺達の大切な仲間なんだよ。仲間傷つけたら、さすがに温厚なクレイも怒るだろうぜえ? ま、それでもいいっつーんだったら、俺は別に止めねえけどな」
 大切な、仲間……
 いつも人一倍罵ってるのはトラップなのに。そんな風に、思ってくれてたんだ……?
 わたしは密かに感激してしまった。だってだって、あのトラップだよ? いっつも意地悪ばっかり言ってるあのトラップが、わたしのことをそんな風に言ってくれるなんて……
「わかったか? わかったらさっさと行け」
「…………」
 トラップがにらみつけると、女の子達は気まずそうに去っていった。
 これで嫌がらせがなくなる、とは思わないけどね。わたしがクレイやトラップと一緒にいる限り。
 でも……これからは傷つかなくてすみそうだよ。
 トラップの、今の言葉さえあれば。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん……」
「げっ、おめえ何泣いてんだよ!! 情けねえなあ。それでも冒険者か!?」
「ちっ、違う……」
 違うよ。この涙は、悔しいとか悲しいとか辛い涙じゃなくて。
 嬉しい、涙なんだ。
 多分、あのときからだと思うんだ。わたしが、トラップのことを目で追うようになったのは。
 もっとも、どうしてなのかは、よくわからないんだけど。
 
 そんなもやもやを抱えたまま、冬を迎え、月日は流れていった。
 あの日のことを話すことはなかったし、トラップにとっては何でもないことだったのか、もう忘れてるみたいだけど。
 それでも、わたしはずっと忘れずにいた、そんなとき。
 わたし達パーティーは、エベリンに向かうことになったんだ。
 理由は買い出しのため。クエストに必要なものの中には、シルバーリーブでは揃わないようなものもあるしね。一度まとめて買い物しようかっていうクレイの意見で、みんなで出かけることになった。
「おっ、いいな。久しぶりにマリーナにも会いたいしな」
 その意見に、真っ先に賛成したのはトラップ。
 マリーナ。その名前を聞いて、ずきん、と胸が痛んだ。
 ……何で?
 マリーナは、クレイとトラップの幼馴染。すごくスタイルのいい美人で、しかも性格までいい、とっても素敵な女の子。
 彼女とはエベリンの街で偶然会って、それ以来、ちょくちょく手紙をやり取りしたり顔を合わせたりしてるんだけど。
 ……何で、胸が痛くなるんだろう?
 わたしはマリーナのことが大好きだ。だって、あんないい子はいないと思うもん。彼女と友達になれて、本当によかったと思ってる。
 そう、思ってるはずなのに……
 
 エベリンの街は、いつ来てもにぎやかだった。
 必要な買出しをすませた後は、滞在費もかかることだし、さっさと帰ろうか、って思ったんだけど。
 何故か、みんなの強硬な反対で、しばらくエベリンに滞在することになった。
「いいじゃないか、のんびりしてれば」「もう少しすると、薬草市があるはずなので、それまでは」「まあ、そんな焦るこたあねえだろう?」
 うーっ、何なのよみんなして。そりゃあ、エベリンも久しぶりだし、のんびりしたいのはわかるけど。
 何といっても、物価がねえ。宿代もかかるし。はあ……
 わたしがお財布の中身を考えてため息をついていると、トラップが何でもないことのように言った。
「マリーナに頼めばいいじゃん。俺達なら、泊めてくれるんじゃねえ?」
 ずきん。
 ああ、そうだね。確かにそうだ。彼女なら、きっと快く泊めてくれるだろう。
「ああ、そうだな。それなら、宿代も節約できるし」
 トラップの案に、クレイも頷いている。
 ……そうだよね。反対する理由なんか何も無いよね。
「いいよな? パステル」
 振り向くクレイに、わたしはもちろん頷くしかなかった。
「そうだね。マリーナに感謝しなくっちゃ」
 痛かった。
 
「あら、あなた達ならもちろん大歓迎よ。ここでよければいつまでだってどうぞ」
 マリーナは、相変わらずの素敵な笑顔でわたし達を迎えてくれた。
「おっす、久しぶり」
「相変わらず変わらないわね、トラップは」
 顔を合わせるなり始まる、トラップとマリーナの談笑。
 二人は、小さいとき一緒に暮らしていたらしいからね。兄妹みたいなものだって言ってた。
 会話してるなんて、珍しいことじゃない。こんな光景何回だって見てるはずなのに。
 何だか……二人を見ているのが、今は辛い。
 はあっ。変だよね、わたし。本当に……
 どうしちゃったんだろう?
 そうして、わたし達はマリーナの家でしばらく過ごすことになった。
 その間、わたしは特にやることもなく、ルーミィと遊びに行ったり、ぼんやりと本を読んだりして過ごしたんだけど。
 何故か、何をしても身に力が入らない。気がついたら、ぼーっとしてしまっている。
「ぱーるぅ、どうしたんだあ?」
 ルーミィの可愛らしい声に、はっと現実に引き戻されて「何でもないよ」なんて笑ってみせるんだけど。
 何でもないわけがないよね。でも、わたしにも理由がわからない。
 いつもなら、こういうとき、誰かが気づいて何かを言ってくれるんだけど。
 エベリンについてから、みんなは何だか忙しそうだった。しょっちゅうどこかに出かけて、ご飯のとき以外、あまり顔も合わせない。
 まあ、トラップあたりはどうせギャンブルだろうし、キットンは薬草でも見に行ってるんだろうって思うけどね。クレイやノルまで……一体どうしたんだろう。
 買い物なら、わたしも一緒に行きたいんだけどな。気もまぎれるし。
 そう思って、「どこに行くの? 一緒に行こうか」って言ってみたんだけど。
 「いや、いいよ。一人で」「大丈夫」なんて言われてしまって。……何だか、わたし邪魔者にされてる?
 ……落ち込むなあ。
 はあっ。
 エベリンでの数日は、そうして過ぎていったんだけど。
 さすがにね、何日もため息ばっかりついてると、気が滅入ってくる。
 うーっ、駄目駄目、こんなのじゃ。
 よし、気晴らしに散歩にでも行こうっ!!
 この日。ここ数日と同じくみんなは出かけていて、ルーミィとシロちゃんもノルに連れられて公園に行ってしまっていた。
 家にいたのはわたし一人。だから余計に気が滅入るんだよね。
 外はいい天気だし。よーしっ、決めた!!
 お財布を入れたカバンを持つと、わたしは外に出た。
 目的地は、特に無い。
 宿代が浮いたとはいえ、お財布は相変わらず厳しい状況だったから。欲しいものがあったら買おう! ってわけにもいかないんだけど。
 エベリンの街には、いくつもの露店が出ていて、見るだけで飽きなかった。いっつもシルバーリーブにいるからね。たまににぎやかな街を歩くと、すごく新鮮。
 もっとも、方向音痴のわたしとしては、その分迷子に気をつけなきゃいけないんだけどね……
 だ、大丈夫大丈夫。エベリンの街だって何回も来てるし。そんなに遠くにさえ行かなければ、いくら何でも迷うわけがない。
 と、そう思っていたんだけど……
 う――っ、わたしのバカバカ! ドジ!!
 気がついたら自分がどこを向いているのかもわからない状況に、わたしは途方にくれていた……
 本当にね、ついさっきまでは、見慣れた通りにいたはずなのよ。
 それなのに、何でー? ううっ。嫌になっちゃう。
 はあ。でも、大丈夫だよね? 街の外に出ちゃったわけじゃないし、人に道を聞けば、何とか……
 と思っていたんだけど。
 マリーナの家は、ちょっとした古着屋さんをやってるんだ。
 わたし達には馴染みのお店でも、エベリンの町の人にとってもそう、とは限らないわけで。
 聞いても聞いても、「わからない」って言われ続けて、そのうちあたりは段々暗くなり始めてきた。
 ううっ、駄目だ。もうこうなったら……待つしかないのかなあ。
 歩き続けてすっかり疲れてしまって、わたしは近くのお店の壁によりかかった。
 エベリンで迷子になるのは、実は初めてじゃないんだよね。
 冒険者になるために来たときも、その後用があって訪れたときも、実は来るたびに迷子になっていたりする。
 でも、そのたびに見つけ出してくれたんだよね。あいつが。
 きっと、待っていれば、来てくれるはず。絶対に。
 そう思ったそのときだった。
 わたしの視界に、見慣れた赤毛の頭が入ったのは。
 ……え? 嘘、本当に?
 あまりにも都合のいい展開に、わたしは思わずぽかんとしてしまったんだけど。
 いやいや、ぼーっとしている場合じゃない。探しに来てくれたのか、偶然かはわからないんだけど。
 多分またバカにされちゃうだろうけど、そんなこと言ってる場合じゃないもんね。
 トラップ、と名前を呼ぼうとしたそのときだった。
 偶然、目の前で人の流れが途切れて、彼の姿が目に入る。
 それは、確かにトラップだった。見間違いではなく。
 ……そして。
 トラップの傍に寄り添うように立っていたのは……マリーナ。
 ずきん。
 再び大きく痛む胸。
 何を話しているのかは聞こえないけど、二人は何だか楽しそうに談笑しながら歩いていた。
 そのまま、流れを歩いていく。そろそろ店じまいを始めようとしている露店を覗いたり、アクセサリーや小物を扱っている店を覗いたり。
 それは、とてもトラップが行くようなお店とは思えなかったんだけど。あれこれ商品を指差しているマリーナと、それに頷いているトラップは、何だかとっても楽しそうで……
 デート中。そんな単語が、頭に浮かぶ。
 とてもじゃないけど、声をかけることはできなかった。
 わたしのことになんて全然気づかないまま、二人の姿は街の中に消えていった。
 ずきん、ずきん。
 ひどく痛む胸。
 ……ああ、そうだよね。わかってたじゃない。トラップは、マリーナのことが好きなんだって。
 エベリンに来るたびに、マリーナに会ってたのだって、知ってたはずなのに。
 ……そうか、思いが通じたんだ……よかったね、トラップ。
 よかったね……
 喜ぶことなのに。大切な仲間の一人が、幸せになれたんだから。
 それなのに、何でわたしは……泣いてるんだろう。
 バカみたいだ、わたし。どうして、もっと早くに気づかなかったんだろう。
 胸の奥にわだかまっていたもやもや。
 マリーナを見るたびに感じていた胸の痛み。
 羨望、嫉妬。認めたくなかった醜い感情。
 わたし……焼きもち焼いてる、マリーナに。
 好きだから。
 わたしもトラップのことが、好きだから……
 もう、何もかも、遅いけど。
 どこをどうやって歩いたのかわからない。
 気がついたとき、わたしはエベリンの街の、かなり外れの方まで来てしまったみたいなんだけど。
 そこまで来たところで、肩をつかまれた。
 一瞬、期待してしまう。そんなはずはないって思いながらも、いつものようにわたしを助けに来てくれた、と。
 だけど、違った。
 振り向いた先にいたのは、わたしが密かに望んでいた赤毛の盗賊ではなく、ひどく心配そうな顔をした、黒髪のファイター。
「クレイ……」
「やっぱり、パステル……どうして、こんなところにこんな時間まで……みんな心配してるよ」
「え、う、ううん。また、迷っちゃって……」
 言えるわけがない。
 言っちゃいけない、わたしの気持ちは。
 これからもずっとパーティーを組んでいきたいから。決して思いはかなわなくても、それならせめて、今の関係のまま、傍にいたいから。
 だから、わたしの気持ちは、誰にも知られちゃいけない。
 そう思って、わたしは必死に冷静を装ったんだけど。
 わたしの顔を一目見た途端、クレイは、その綺麗な顔をしかめて言った。
「パステル、どうした? ……何かあった?」
「え?」
「泣いてたんだろ? どうしたんだ?」
 あ……
 さっき溢れた涙は、もう止まっていたけど。
 きっと、目は腫れぼったくなってるだろうし、ほっぺたに跡が残っているのかもしれない。
 ……何て、言おう。
「ちっ、違うの、これは……」
「どうしたんだ? パステル、最近ずっと元気がなかっただろう? ……俺でよければ相談に乗るけど」
 本当に心配そうな顔。
 ああ、本当に……クレイは、いい人だなあ。
 しみじみ思う。いつもみんなの心配ばっかりして……優しくて、本当にいい人だな。
 わたしは、どうしてクレイを好きにならなかったんだろう。
 いつかトラップに言われた言葉を思い出す。
『おめえも、珍しい女だよな』
『何が?』
『クレイみてえな男と、四六時中一緒にいてさ。何も感じねえわけ?』
 きっと、普通の女の子なら……クレイみたいに、かっこよくて頼りになって、おまけに優しい、そんな人と一緒にいたら、好きになっちゃうんだろうな。
 ……どうして、わたしはあんな……いつも意地悪ばっかり言って、トラブルばっかり引き起こすあんな人を、好きになっちゃったんだろう。
 マリーナのことが好きだって知ってたはずなのに。今この目で見たばかりなのに。
 それでも諦めきれないのは、何でなんだろう……
「……パステル?」
「クレイ。どうしよう。わたし……何でかよくわからない。自分の気持ちがわからない」
 再び溢れ出す涙を、止めることができなかった。
 気がついたら、わたしはクレイにすがりついて泣きじゃくっていた。
 クレイは、一瞬とまどったみたいだけど、優しく背中をなでてくれた。
 本当に……いい人だな。
 しつこく事情を聞こうともしないで、ただわたしが泣きたいだけ泣かせてくれる。
 クレイになら、話してもいいかも。
 誰にも知られちゃいけない、と思ったけど。このまま自分だけで悩み続けるのは、辛すぎる。
 クレイなら大丈夫。誰かに言いふらしたり、変に茶化したりするような人じゃない。きっと真剣に考えてくれるから。
 そう思って顔を上げたときだった。
 クレイの顔が、茫然と遠くを見つめていることに気づく。
 ……どうしたの? そう聞こうとしたんだけど。
 クレイの視線を辿って、言葉が止まってしまった。
 ……いつからっ……
 そこに立っていたのは、まぎれもなく。
 ずっとわたしの心をいっぱいにしている、赤毛の盗賊。
「トラップ……」
 名前を呼んでも、何も言わない。
 いつからそこにいたのか。彼は、何だか複雑な表情で、じっとわたし達を見ていた。
 ……ああ、そうか。トラップも捜しに来てくれてたんだ、やっぱり。
 気がつけば、もうあたりはすっかり暗くなっていて……こんな時間までわたしが帰らなければ、当然、みんな心配してわたしを捜してくれていたはず。
 マリーナとのデートは、もう終わったの?
 それはさすがに言葉に出せなかったけど。胸の中では、そんな言葉が渦巻いている。
 ……何で。
 何で、捜しに来てくれたりするの?
 わたしのことなんか好きじゃないくせに……どうして、いつも気にかけてくれるの?
 一体、どれくらい見つめあっていたのかわからないけれど。
 先に口を開いたのは、トラップだった。
「……わりい」
 軽く片手をあげて、背を向ける。
「邪魔したな……ごゆっくり」
 そのまま、彼の姿は再び街の中へと消える。
 何で。
 トラップとマリーナは、わたしのことに気づかなかったのに。
 わたし達は……何で、トラップに気づいてしまったんだろう。
「パステル……いいのか、言わなくて」
「……何を」
「あいつ……絶対、誤解してるぞ、何か」
「いいよ……」
 いいよ。もう、今更……
「もう、遅いから」
 わたしの言葉の意味が、クレイにはよくわからなかったみたいだけど。
 もう、説明しようなんて気にはなれなかった。
 もう、いいよ。どうにもならないんだったら。
 せめて……わたしの気持ちには気づかないでほしいから。そのまま誤解してくれた方が、いい。
 
 マリーナの家に戻ったとき。みんなはすごく心配そうに待っていてくれたけど。
 その中に、トラップの姿はなかった。
 どこに行ったの? って聞こうって気にもなれなかった。
 どうせ、ギャンブルか何かじゃないかな。どうせ。
「ごめんね、みんな。心配かけて」
 無理やり微笑んで言うと、みんなは安心したようにそれぞれの部屋に戻って行ったけど。
 何故か、マリーナはじいっとわたしを見たまま。
 ……何か、気づかれた?
「パステル、あの……」
「ごめん、疲れたから……もう寝るね」
 何か言おうとしたマリーナを無理やり遮って、わたしは階段をかけあがった。
 ごめん、マリーナ。あなたは何も悪くないのに。
 わたしは、今……あなたの顔を見ていたくない。
 泣き喚いてしまいそうだから。
 理不尽に叫んでしまいそうだから。
 どうして、トラップの傍には、あなたがいるの……
 どうやったってかなわないあなたが、どうして傍にいるの。
 そんなことを考えてしまう自分になんか、気づきたくなかった。
 わたしは、部屋にかけこむと、布団を被ってまた泣いた。
 こんな自分が……大嫌い。
 翌朝。
 起きたとき、わたしの目は真っ赤に腫れあがっていて、ひどい顔になっていた。
 うーっ……嫌。こんな顔で、外に出たくない。
 凄く寒い朝。わたしは、布団を被ってしばらくゴロゴロしていたんだけど。
 遠慮がちなノックの音に、仕方なく身を起こした。
 気がつけば、一緒に寝ていたルーミィとシロちゃんもいない。……朝ごはんでも食べに行ったのかな?
「はーい」
「……起きてんなら、下りてこいよ。朝飯できてんぞ」
 びくり
 ドアの外から響いた声は……1番聞きたくて、1番聞きたくない声。
 駄目。今は顔を合わせられない。
「……いらない」
「ああ?」
「いらない。一人にして」
「……おめえなあ。何か変だぜ。こないだから。どーしたんだよ……入るぞ」
「駄目!!」
 思いがけず強い声が出た。
 開きかけたドアが、ぴたりと止まる。
 自分の声に、自分で1番驚いてしまったけれど。
 口をついて出た言葉は……思っていることとは全然違う言葉。
「トラップには……関係無いでしょ」
 嘘。ひどい嘘。
 トラップのことばかり考えてこうなったのに。
 せっかく心配して見に来てくれたのに。わたしは……何で、こんなことばっかり言っちゃうんだろう。
 ドアの外は、しばらく沈黙していたけど。
「……勝手にしろ」
 吐き捨てるような小さな声。階段を下りる音。
 ……ねえ、どうして。
 様子を見に来たのは、あなたなの?
 そうやって、ご飯も食べずにベッドにこもっていたんだけど。
 階下から微かに響いてくるにぎやかな声に耐えられなくて……外に出ることにした。
 少しは、顔の腫れもひいたしね。
 階段を下りて、そっと下をうかがうと、マリーナとルーミィが楽しそうに何かを作っていた。
 ノルとキットンが、部屋を掃除していて……クレイとトラップの姿は、見えない。
 その光景は、とても暖かくて……とてもわたしが入っていける雰囲気じゃなかった。
 みんなに気づかれないように、そっと家を出る。
 ……わたしの居場所は、どこにも無い。
 ううん、違う。無いんじゃない。
 居場所はあったのに。みんなが作ってくれたのに。待っていてくれたのに。
 それを拒絶してしまったのは、わたし。
 ……バカだなあ、わたし。何、してるんだろう。
 そのまま歩き出す。今日はお財布さえも持っていない。
 昨日よりもさらにひどい。ただ、気が向くままにフラフラしているだけ。
 駄目、このままじゃ、また迷っちゃうよ……?
 心の声がそう告げているんだけど。……足を止められなかった。
 いっそ、このままどこかに行ってしまいたい。
 こんな思いをするくらいなら……
 こんな思いを抱えたまま傍にいても、きっと、誰のためにもならない。
 みんなに気を使わせて、トラップに嫌な思いをさせて、そしてわたしが嫌な思いをするだけ。
 それくらいなら……
 傍にいたい、なんて思うべきじゃ、ないのかもしれない。
 このまま、離れてしまった方が、いいのかもしれない。
 わたしは、フラフラと歩いていった。
 我に返ったのは、冷たい雨が頬を打ったから。
 ああ、そう。今は真冬だけれど、雪が降るほどには寒くもなく、だけどただジッとしている分には耐えられないほど寒い、そんな日。
 気がついたとき、わたしは、エベリンの外に出てしまったんじゃないか、と思ってしまうくらい、街の中とは思えない場所にいた。
 鬱蒼と木が生い茂った森のような場所。気がついたら、わたしはその中でもひときわ大きな木に背中を預けて、空を見上げていた。
 雨はどんどん勢いを増して、わたしはたちまちずぶぬれになった。
 ……寒い。
 よく考えたら、わたしって、コートも着ないで外に出てきちゃったんだよね。
 ああ、本当に……バカだなあ。バカなこと、してるな……
 息が白い。震える身体を抱きしめて、少しでも雨を避けようと木の葉の下に身を縮める。
 このままじゃあ、風邪、ひいちゃうな。
 戻りたい。
 ちらっと浮かんだ考えを振り払う。
 拒絶してきたのはわたしなのに。今更戻りたいなんて、虫が良すぎる。
 居場所が無いって決め付けて、離れたいと一瞬でも願ったのはわたしなのに。わたしは……いつのまに、こんなに嫌な子になったんだろう?
 落ち込んでもすぐに立ち直る、それがわたしだったはずなのに。
 それに……
 どうせ、戻りたくても戻れない。ここがどこかもわからないから。
 このまま、雨に打たれて、風邪をひいて……そのまま死んじゃうんじゃないか。
 そんな考えさえ浮かんだときだった。
 雨にけぶる風景の中に、ひときわ鮮やかな色彩が浮かんだのは。
 赤とオレンジと緑。灰色に曇る風景の中で、ひときわ目立つ色合い。
 ばしゃばしゃと雨をはねとばして、息を荒くしながら……その人影は、わたしの前に立った。
 ……何で。
 望んだときは、来てくれなかったのに。
 どうして、こんなときに……
「トラップ……」
「おめえはっ……こんなとこで、あに、やってんだよっ!!」
 炸裂する怒鳴り声。その声は、ひどく興奮している。
 肩を揺らして、大きく息をつく。その身体は、わたしと同じようにずぶぬれ。
 ……捜しに来てくれた? こんな、雨の中を?
「どうして……」
「……あん?」
「どうして、捜しに来たりするのっ!!」
 叫んだ言葉。浮かぶ涙。
 違う、こんなことが言いたいんじゃない。本当は、すごく嬉しいくせに。
 嬉しいことを認めたくなくて、わたしは叫んでいた。
 期待させないで。諦めようとしているのに、気をひくようなことしないで。
 どうして、意地悪なことばっかり言うくせに……優しいの?
 わたしの言葉に、トラップは最初、酷く驚いたみたいだけど……その顔が、怒りに強張るのに、さして時間はかからなかった。
「おめえなあっ! 心配ばっかりかけて……迷惑ばっかりかけて! んで、その言い草か? 迷子になってたくせに、捜しに来てくれた人間によくんなことが言えるな?」
「心配してなんて、言ってない……」
 そうよ、心配してなんて言ってない。
 放っておいてほしかった。トラップにだけは放っておいてほしかった。
 そうすれば、好きにならずにすんだのかもしれないのに!!
「心配してなんて頼んでない、捜してなんて言ってない、わたしのことなんかもう放っておいて!!」
「おめえはっ……ああ、そうか。そうだよな」
 トラップは、一瞬怒りに我を忘れかけたみたいだけど……すぐに、その顔に、皮肉げな笑みが広がった。
「悪かったな、俺で」
「……?」
「悪かったな、クレイじゃなくて」
 ずきん。
 誤解してくれた方が、いい。
 そう思ったのはわたし自身のはず。だから、あえて誤解を解こうともしなかったのに。
 今、改めて言われると……何て、胸が、痛いんだろう。
「わりいな……何なら、ここにクレイ、連れてきてやろうか? あいつも捜してるはずだぜ。みんな、おめえのこと心配して……悪かったな、余計なお世話で」
 …………
 違う。
 背を向けたトラップ。立ち去ろうとする気配。
 駄目、もう……我慢できない。
 どうせ、離れようと思っていた。今更元には戻れないって、そう確信した。
 それなら……
「好き」
 言ってしまえばいい。どうせ、元には戻れないのだから。それくらいならいっそ……完全に壊してしまった方がいい。
 中途半端な状態は、もう嫌だから。
「好き。あなたのことが、好き」
 歩きかけたトラップの肩が、強張る。
 振り向かないけど、行こうともしない。響くのは、雨の音だけ。
「トラップがマリーナのこと好きなのは知ってた。……この間、デートしてたのも見たよ。思いが通じて……よかったよね。そう思って、諦めようとしたんだけど。それでもっ!!」
 それでも。わたしの言葉に、トラップがゆっくりと振り向いた。
「あなたのことが、好き」
 もう一度言葉を重ねる。
 ふうっと心が楽になった。ずっとずっと、言いたくても言えなかった言葉。胸に秘めておくには重すぎた言葉。
 それを吐き出して、やっと少し、楽になれた。
 後は、このまま忘れてしまえばいい。そう思った途端。
 わたしは、力強い腕に、抱きすくめられていた。
「……トラップ……?」
「あんで……」
 思わず名前を呼んだとき。返って来たのは、震える声。
「あんで、んなこと言うんだよ……おめえ、何を勘違いしてやがる?」
 ……え?
「俺が……マリーナを好き? デート? 何の話しだよ、そりゃあ……」
「っ……だってっ……」
「諦めようとしてたのは俺の方だ!!」
 わたしの言葉を強く遮る言葉。
 ぎゅっと力がこもる腕。
 トラップの声がつむぎ出す言葉は……まるで、夢のような言葉。
「諦めようとしてたのは俺だ……おめえが好きなのはクレイだって、ずっと思ってた。この間おめえらを見たとき……やっぱ、俺の考えは間違ってなかったんだって。すっぱり諦めようとして……諦めきれなかったのは俺だ……」
「トラップ……?」
 何、言ってるの……?
 それは……それは、もしかして……
「好きだ」
 耳元で囁かれる、甘い言葉。
「おめえのことが好きだ。ずっと前から……」
 トラップ……
 ああ、何で? まさか、こんなことがあるわけない。
 わたしは……マリーナに比べて、美人じゃないし、スタイルだってよくない。何より……何も悪くないマリーナに、勝手に嫉妬して、勝手に嫌な態度を取って、勝手に拒絶して……
 そんな、嫌な子なのに!!
「嘘……」
「あん?」
「嘘。だって、信じられない。そんなこと……」
「おめえ、なあ……」
 寒さのせいで青白くなった顔に、優しい笑みを浮かべて、トラップは言った。
「どうすれば、信じられる?」
「…………」
「何でもしてやるぜ。おめえが望むなら」
「…………」
「何でもして……いいんだな?」
 どうして……そうなるのよ。
 ああ、でも。拒否できない。
 それは、きっと心の奥底で……わたしがずっと望んでいたことだから。
 冷たく凍えた唇を塞いだのは、何よりも熱い、トラップのくちづけ……
 
 ぬくもりが、伝わってくる。
 降りしきる雨の中、木に押し付けられるようにして、わたしはトラップを見上げていた。
 熱いくちづけ。唇をこじあけて割って入って来る、柔らかく、暖かい感触。
 ただひたすら、お互いを求め合って……わたし達は、どれだけそうしていたのか。
 そっと首筋を撫でられて、びくりと身体がのけぞる。
 そのまま、トラップの手が……わたしの胸元まで、おりてきた。
 濡れてはりついた服を通して感じるトラップの手。その手に、微かに力がこもる。
 ふっと唇が離れる。視線が合うと、トラップは声に出さずつぶやいた。
 ――いいんだな?
 大きく頷く。
 その瞬間、トラップの手は……あっという間に、セーターをたくしあげていた。
 もぐりこんだ手が、下着の間に滑り込み、直に胸に触れる。その手は、とても冷えていたけれど……それでも、暖かい、と感じた。
「忘れさせてよ」
 トラップの耳元で囁く。
 勘違いで勝手に傷ついたこと。傷つけたこと。
 何もかも……今は、忘れたい。
 幸せを、かみしめたいから。
「何もかも、忘れさせて。トラップのことだけを、考えたいから」
「……優しく出来ねえかもしんねえけど、いいのか?」
 構わない。そうつぶやいた瞬間。
 手の動きは、激しさを増した。
 唇に、頬に、首筋に、胸元にふってくるキス。全身をかけめぐるのは、くすぐったいような、不思議な感覚。
 これが、快感……?
 それは、あっという間のようでいて、とても長い時間。
 気がついたとき、わたしのセーターは完全にまくれあがり、下着はいつのまにかずりおろされていて……
 とても寒かったはずなのに。全身が上気して、とても熱かった。
 声が漏れる。こんなところに誰もいないと思いつつ、もしも誰か来たら……と必死に抑えていたのに。
 たまらず悲鳴のような声をあげてしまう。
 わたしが声をあげるたび、トラップの息は段々荒くなって……
 気がつけば、膝の間に、彼の脚が割って入ってきていた。
 明らかに雨じゃないものが、太ももを濡らす感覚。
「やあっ、トラップ……も、もう……」
 何て言おうとしたんだろう。
 自分でもよくわからないんだけど、そう言った瞬間、トラップはにやり、と笑って。
 そして。
 激痛が、貫いた。
 
「――――っ!!」
 あんなに痛かったことは、初めてだった。
 悲鳴をあげたくてもあげられない。声が喉の奥にはりついてしまうような痛み。
 トラップの腕に抱えあげられるような格好で、視線がからみあう。
 彼の目は、不安そうにわたしを見ていて……
 あまりの痛さに涙がにじんできたけど、わたしは無理やり笑顔を作った。
 わたしが望んだんだから。
 痛くても辛くても、それはわたしの望んだことだから。
 やめないで欲しい。幸せだから。そうやって心配してもらえることで、自分が彼に思われているんだと実感できるから。
 軽く首を振って、首にしがみつく。トラップの腕が、ゆっくりとわたしの身体を揺さぶった。
 微かな刺激。走る痛み。そして、痛みの中に、確かに残る快感。
 ああ、これが。
 愛されてる――そう思って、いいのかな。
 どちらが先に力を抜いたのかはわからないけど。
 雨の中、わたし達が脱力して座り込むまでの時間は、とても長く……そして。
 とても、幸せな時間だった。
 いつの間にか、雨はやみかけていた。
 わたし達は、しばらくものも言わずに抱き合っていたんだけど。
 やがて、トラップに手を引かれた。そのまま立ち上がって歩き出す。
「……どこに行くの?」
「ばあか、帰るんだよ……言っただろ。みんな心配してんだよ」
 トラップの言葉がぶっきらぼうなのは、きっと照れ隠し。
 その証拠に、彼は決して振り返ろうとはしなかったけど……背後から見える耳は、とても真っ赤だったから。
 さっきの出来事は、夢じゃない……そう思えた。
 しばらく黙って歩き続けたんだけど。
 やがて森を抜けて、街中に入ったときだった。
「ちょっと待ってろ」
 それだけ言うと、トラップは走り出した。
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」
「動かずにそこで待ってろ!!」
 言葉だけ残して、トラップの姿はあっという間に消える。
 な……何なの?
 わたしはしばらくぽかんとしていたんだけど。
 待つほどもなく、すぐにトラップは戻ってきた。そして、わたしの手をつかんで、さっきよりも早足で歩き始める。
 な、何?
 そう聞こうとしたとき。トラップはぽつんとつぶやいた。
「おめえさ、忘れてただろ?」
「……え?」
 何を? 聞き返すと、呆れたようなため息が返って来た。
「最近、みんなの様子が変だって、思わなかったか?」
「そ、それは……」
 思ってた。それで、わたしがのけ者にされていると感じていた。
 そう言おうとして慌てて口をふさぐ。そんなわけがない。みんながそんなことをするわけがないんだから。
「やっぱりな。俺達がエベリンに来たのはな、別に買出しが目的じゃなかったんだよ」
「……え?」
「マリーナに呼ばれたんだよ。祝ってやりてえから、こっちに来ねえかって」
「祝うって……」
「ほれ、ついたぞ」
 どん、と背中を押される。目の前にあるのは、ここ数日すっかりお馴染みになったマリーナの店。
 窓からは明かりが漏れていた。微かなざわめきも聞こえる。
 ……みんな、いる……のかな?
 トラップを振り向くと、彼は、くいっと顎でドアをさした。開けろ、ってことかな?
 がちゃり、とのぶを回す。その瞬間……
 ぱんぱんぱーんっ!!
 耳鳴りがするくらい激しい音が、炸裂した。
 え? え? な、何……?
 目をまわしそうになっていると、中から飛び出してきた誰かが、わたしに抱きついた。
「やっと……戻ってきた! 心配したんだから!!」
「ま、マリーナ?」
 わたしにしがみついているのはマリーナ。部屋の中には、クレイ、キットン、ノル、ルーミィにシロちゃんと、みんなが勢ぞろいしている。
 手に持っているのはクラッカー。部屋のテーブルには、大きなケーキと、豪華な食事。そして、部屋に色とりどりに飾り付けられているテープ。
 え……?
「ハッピーバースディパステル! 誕生日、おめでとう!!」
 全員の声が、一斉にはもった。
 ……ああ。
 どうして、信じてあげなかったんだろう。みんな、こんなに、いい人たちなのに……
 頬を伝う涙は、とても暖かかった。
 わたしとトラップが着替えて戻ってくると、ケーキのろうそくに火が灯されていた。
 誕生日。去年は、離れ離れになっているうちに終わっちゃったんだよね。
 ああ、だから、みんな、こんなに手のこんだことをしてくれたんだ。
 わたしの前には、みんながそれぞれすごく頭をひねって考えたんだろう、と思われるプレゼントの数々。
 そのどれもが、シルバーリーブではなかなか見つけることができないような洒落たもので……ここ数日、みんながしょっちゅう出かけていた理由が、やっとわかった。
 料理はとても美味しかった。ケーキはマリーナとルーミィの手作りだって。
 わたし……こんないい人たちと、一瞬でも離れようと思ったなんて。
 みんなは、こんなにわたしのことを考えてくれたのに。
「このごろ、パステル、元気なかったでしょう?」
 マリーナがそっと言ってきた。
「もしかしたら、何か誤解してるんじゃないかと思って、心配してたの。……ねえ、誤解は解けた?」
 ううっ、ごめんね、本当にごめんねマリーナ。
 わたし、あんなに嫌な態度取ったのに。何ていい人なんだろう。
「うん! ごめんね、マリーナ、色々と……ごめんね、それと、ありがとう!!」
 わたしが満面の笑みで言うと、マリーナは、「やっとパステルが笑ってくれた」と嬉しそうに笑った。
 そして、パーティーもそろそろ終了する、という頃……
「おい」
 軽く袖をひっぱられる。振り返ると、ちょっと赤くなったトラップが、外を指差していた。
 ……何だろう?
 みんなは、思い思いにしゃべったり料理を食べたりしていて、こっちには気をとめてないのを確認して、トラップの後をついていく。
 外に出ると、寒さが身に染みた。
「何?」
「……誕生日、おめでとう」
 ぐいっ、と突き出されたのは、小さな箱。丁寧に包装紙でくるまれて、リボンをかけられている。
 これって……
「おめえに、何が似合うか色々考えたんだけど……俺のセンスって、おめえと違うみてえだから。マリーナに色々アドバイスもらったんだよ。気に入るかどうか、わかんねえけど」
 マリーナに?
 それは、もしかして……わたしが見た、あの光景?
 ううん、いいや。もうどっちでも。
「開けてもいい?」
 わたしの言葉に、軽く頷く。しゅるっとリボンを解くと、中から出てきたのは……
「トラップ、これ……」
「二月の誕生石は、アメジスト……だったか?」
 キラッ、と月の光を反射するアメジスト。
 これ……いいの? もらっちゃって、本当に……
 わたしが震える指で「それ」をつまみあげると、トラップは、柔らかい笑みを浮かべていった。
「ちなみに、はめるのは……ここな」
 その日、わたしの左手の薬指に。
 紫色の石がはまった指輪が、飾られることになった。
380名無しさん@ピンキー:03/10/02 22:27 ID:KJ3HYQok
支援
381名無しさん@ピンキー:03/10/02 23:19 ID:V7ZSi5oc
容量オーバー?
382名無しさん@ピンキー:03/10/02 23:42 ID:1pknaN1B
まだいける
383名無しさん@ピンキー:03/10/02 23:45 ID:V7ZSi5oc
現在、トラパス作者さん(の代理さん?)にテンプレを提供して貰って次スレを立てようかというところ。
連投規制の罠に嵌ってる模様
384名無しさん@ピンキー:03/10/03 00:44 ID:uV2iHpAC
えっ?どう言う事?連投規制の罠って何?
わかりやすく説明してください!
385名無しさん@ピンキー:03/10/03 00:46 ID:RYx42mGc
ちなみに作品は完結してます。
386トラパス作者:03/10/03 00:48 ID:BswgfR/u
http://www.geocities.co.jp/Bookend/7521/paro.html
ここでどうぞ。続きも読めます。
387トラパス作者:03/10/03 00:49 ID:BswgfR/u
短い文章なら、何とか書けるようです。長い文章は駄目……規制が……
388トラパス作者:03/10/03 00:51 ID:BswgfR/u
続きというか、トラップ視点のお話し。規制が解けない場合このページに作品をアップしていきます。
389名無しさん@ピンキー:03/10/03 01:00 ID:RYx42mGc
>>388
トラパス作者さんのホストは現在規制の対象にはなっていませんし、
連投規制はそれ程長い間は続きませんから明日には大丈夫だと思いますよ。
390サンマルナナ:03/10/03 01:09 ID:PlUIIhWl
2日ぶり?に来てみたら変なことになってる。
いまいち事態が飲み込めてないんですが…
容量がどうのって話じゃないんですよね?
391SS保管人:03/10/03 01:18 ID:mczZkLqp
長文がはねられる規制なんてあるのですね。
ただの連投規制ならじきに解除されるとは思うけど、こんなケースはどうなんだろ?

ところで次スレはどうします?
現在ブラウザでは467kbとなってますけど。
おそらくトラパス作者さんの新作には耐えられないと思うけど。
392サンマルナナ:03/10/03 01:21 ID:PlUIIhWl
う〜ん。長文がはねられるなら、今アップしようかと思っていたものも駄目でしょうね。
わりと長いし…
容量が足りなくなる可能性があるなら、このままスレ埋め立てちゃいましょうか?
393SS保管人:03/10/03 01:29 ID:mczZkLqp
>>392
長文がはねられるのはこのスレ全般でのことなの?
トラパス作者さんのホスト限定ではなく?
そんなこともあるんだ。
394サンマルナナ:03/10/03 01:34 ID:PlUIIhWl
>>392
まだ試してませんでした。全部が全部長文が駄目なのかと…
物知らずでごめんなさい。

395SS保管人:03/10/03 01:38 ID:mczZkLqp
>>394
いえ、私もわかっていないので。
試してみるわけにもいきませんし。

とりあえず容量的にもきついので先に次スレを立てませんか?
396サンマルナナ:03/10/03 01:42 ID:PlUIIhWl
そうですね。
んじゃ立ててもいいなら立てちゃいます。
397SS保管人:03/10/03 01:44 ID:mczZkLqp
>>396
お願いします。
実に1週間で移行という空前絶後の勢いになりましたね。
398トラパス作者:03/10/03 01:46 ID:BswgfR/u
えと、上の作品はあれで完結。>>303さんのリクエストに答えました。
明日には治ってることを祈ります。ちなみにわたしでは新スレ立てられませんでした。
上にさらしたまとめページに作品アップしてきますが、次スレ無事にたったとして……
わたしは作品アップしていってもいいものか(苦 悩みます。
399トラパス作者:03/10/03 01:50 ID:BswgfR/u
>>SS保管人様
一応まとめページらしきもの作ってありますが、あれを個人HPと考えないでください(笑
そちらのページにアップされるかどうかはおまかせします。
個人的にはアップしていただきたいと思っておりますが……
次スレで作品をアップできるようになったとして、すれ違いトラップ視点から発表するか新作から発表するか、さらに悩む……
400SS保管人:03/10/03 01:50 ID:mczZkLqp
>>398
もちろんOKに決まってます。

上のサイト、構成からみて知人のサイトの間借りですか? w
ここに投下されないと、トラパス作者さんの作品は読めてもスレが寂しくなってしまいますよ。
401サンマルナナ:03/10/03 01:52 ID:PlUIIhWl
新スレ立てました。
こっち埋めたてましょー

http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1065113446/l50
402SS保管人:03/10/03 01:55 ID:mczZkLqp
>>399
お許しを頂けるなら引き続き収蔵させて貰います。
403トラパス作者:03/10/03 01:58 ID:BswgfR/u
>>402
ありがとうございます。本当にお疲れ様です。
404サンマルナナ:03/10/03 02:03 ID:PlUIIhWl
>>トラパス作者様
いえいえー。がんがん行きましょう。
405トラパス作者:03/10/03 02:11 ID:BswgfR/u
規制解除されたのか確かめ……
新スレでアップしてしまいます。トラップ視点
何しろHPはテキストそのままなので見づらくってもう(←HTML化はあまりに面倒なので断念)
途中で途切れていたら、やっぱり長文連続カキコはできないものとみなしてください。
406SS保管人:03/10/03 02:32 ID:mczZkLqp
>>405
txtからhtmlへの変換なら、
「sswriter」http://www.vector.co.jp/soft/win95/net/se171163.html
このフリーソフトを使えば一発ですよ。
407名無しさん@ピンキー:03/10/04 22:43 ID:5PjVm9Am
まだいけるかな
408名無しさん@ピンキー:03/10/05 00:05 ID:Ak/fkKgm
ダレモイナイ…
マターリ書くなら今のうち…(´・ω・`)



「いやぁぁぁぁっ」
上から何かが降ってきた。そう、何かが。
私は驚きと恐怖で瞬間的に力のコントロールを失ってしまい
発動させてしまった。
自分でも制御できない大きな炎の力を。

なんなのよ…なんでこんな目にあわなきゃ…
答えはわかっていた。すべての元凶は双子の魔女だ。
―厳密に言うともう少し複雑な事情があるのだが今はもう考えられない。
彼女はすでに意識を手放していたのだった。
409名無しさん@ピンキー:03/10/09 18:50 ID:1WaYS+eK
前スレ232の続き、まだかなぁ…
410名無しさん@ピンキー:03/10/11 21:25 ID:b6FdI952
保守しませう。
411パステル・スライム編・1:03/10/12 03:30 ID:c0yUje3d
穴埋めに投下させていただきます。

キットンの薬草収集を手伝うため、みんなで森に行った私たち。
渡された絵入りのメモと籠を手に、森の中で薬草を探しまわる。
なかなか薬草は見つからず、少しずつ森の奥へ分け入っていくと、
そこには、探し回っていた薬草が群生していた。
うれしくなって摘み取っていくうちに、いつものごとく、私は迷子になっていた。
幾度迷子になっても、心細さに変わりはなく、動かない方がいいと知りつつも、
声を上げながら皆の姿を探し、辺りを歩き回る。
時間の感覚が狂いそうなくらいに歩くうちに、疲労感が足を止め、
私は木の下に座り込んだ。
低い視線から地面を見ていると、大きなナメクジでも通ったように、てらてらと光る粘液と、
草の溶けた、黒い土の道筋がどこかへ続いている。
…それに気づいたときには、すでに周りを数匹のスライムに取り囲まれていた。
412パステル・スライム編・2:03/10/12 03:31 ID:c0yUje3d
皆に届くことがあるのか分からない悲鳴を上げて、そこら辺の土や枯葉を手当たり次第に投げつける。
それにもかまわず、スライム達は私の方へ歩み寄ってくる。
枯れ枝を投げながら、スライムを見ると、溶かせているのは枯葉と枝だけ。
土はそのままかぶったまま、止まることなくにじり寄ってきた。
きっと、溶かせるのは植物だけなんだ…
と考えているうちに、一匹が足に張り付く。
張り付いたところがぬるぬるして気持ち悪い、と思う間もなく、足から急激に力が抜けた。
え?な、なにこれ…
必死に足に力を入れても、うんともすんとも言わない。
別の一匹が腕に張り付くと、服がぼろりと溶けて、腕に粘液が垂れてくる。
この粘液に触ってはいけないのだと分かっていても、布は溶かされるし、
土をつけたところで、粘液が肌に触れるのも時間の問題。
どうすることも出来ず、力が抜けていくのを甘んじて受けるしかなかった。
413パステル・スライム編・3:03/10/12 03:32 ID:c0yUje3d
へたり込んだままの私に、残りのスライムたちも張り付いてくる。
スカートに触れたところから、ぼろぼろと布が溶けていく。
お気に入りだったのに…と泣いている暇もなく、次々と身体にスライムが張り付いてくる。
痺れるだけで、死ぬことはないと思うし、身体が溶かされてしまうこともないようだけど、
暗い森の中、身を守るものが減っていくというのは、かなり恐ろしさを感じてしまう。
「ひゃうっ!?」
おへそに感じる冷たい感触。
足に張り付き、スカートを溶かしつくしたスライムの一団が、隙間からアーマーの中に入ってくる。
そして、お腹の上を這い回る。
もう、一箇所を除いて、下半身にはほとんど感覚がない。
未だ痺れてないその場所が、身体を這い回る刺激で熱く感じられる。
「なんか、身体が変な感じがする…」
誰も聞かないのに、私は一人でそうつぶやいた。
414パステル・スライム編・4:03/10/12 03:33 ID:c0yUje3d
続いて、服の袖を溶かしきったスライムたちも、アーマーの隙間から胸へと這い登ってくる。
そして、その半分はそのまま背中の方へ這っていく。
たぶん、アーマーの下に着ているものは全部溶けちゃうだろうな…
そのうちに、胸の先端に冷たくぬめった感触がきた。
ぬるぬると這い回って、服を消化していく。
さっきから熱く感じていたところも、ますます熱を増してきた。
今すぐ触れたい。
でも、腕は痺れて動かないまま、足も痺れて、動かない。
まだ動く首をよじらせ、一人で悶えるだけ。
背中を、スライムが上下に這い回ってきて、一匹が首から髪へと上っていった。
完全に身体が痺れて、指先一つ動かせない。
リボンも溶けて、結んでいた髪の毛がぱさっとほどけた。
415パステル・スライム編・5:03/10/12 03:34 ID:c0yUje3d
しばらくすると、お腹の上を這い回っていたスライムたちが、下の方へと降りてきた。
溶かしつくして、次の餌を探しに行くのかと思うと、ほっとした。
けど、それはまだ先のようだった。
下半身で唯一痺れていなかったそこへと、スライムたちが這い寄る。
上半身の服を溶かしつくしたスライムたちが、足らないとばかりに一斉に。
毛糸のパンツの隙間から、ぬるっと忍び込む感覚。
それはひどく気持ち悪かった。
粘液で溶かした、パンティだったものを奪い合い、
熱く疼き続けるそこでスライムたちが暴れまわる。
ぬるぬるぬるぬる…
冷たくぬめったスライムが交互にそこをかすっていく。
身体全体が熱くなってくる。
ぬるり、とそこのある一部に触れていったとき、
頭の中が白くはじけ飛んだような感じがした。
416パステル・スライム編・6:03/10/12 03:35 ID:c0yUje3d
意識が飛んだのはほんのわずかな時間だったみたいで、
はっと意識を取り戻すと、スライムたちは来たときのように、足を伝って地面に下り、
そしてどこかへ行ってしまった。
アーマーとブーツだけになった私は、しばらくして皆に見つけてもらえた。
見つけてもらえた頃には、痺れも消え、一人でも歩けるようになっていた。
上から毛布を身にまとって帰った私を見て、
宿屋の女将さんは奇妙な視線でクレイたちを見たけど、
クレイの説明を聞いて、ほっと胸をなでおろしていた。
こうしてまた、いつもの私たちに戻った…
けど、私はあの感覚が忘れられずに、時々自分で再現しようとしてみる。
でも、なかなか上手くいかない…

終了です…ヘボでスマソ
417名無しさん@ピンキー:03/10/12 03:57 ID:jd0iSmkt
裸エプロンならぬ裸アーマーw
想像して萌え…る前にワロテシマタw

文章がわかりやすくていいと思います。
展開のリズムが良いのでこれからssの数をこなしたらss神へ
大化けしそうな気が。貴重なss神候補ドン(・∀・)マイ!
418名無しさん@ピンキー:03/10/12 22:20 ID:oPZOwsgS
抜き所が無くてショボーン。

次、期待してsage
419クレ×パス 4スレ255没案:03/10/14 00:40 ID:5WrniSHo
梅ついでに


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「じゃあ、なんのつもりだった? 私の気持ちも解ってたんでしょう? ちがう?」
マリーナは両手を握りしめて体を震わせてる。
「………もうやめてよ。マリーナとケンカなんてしたくない」
「……………」
「マリーナも大事な友達なのに……」
「友達? 好きな人取り合ってるのに何をのんきな」
「なんで、なんでそんなふうに言うの!? わたしとクレイをどうしたいの?」
「邪魔したい、なんて言ったらどうする?」
「……………」「どうなの?」
「邪魔なんてさせない。たとえマリーナでも」「本当に?」
マリーナの手がスッとわたしの首にかけて、いたずらっぽく笑う。
「え、あ、なにを……」「これでも、言える?」
背筋を、ゾクッと寒気が走る。
「本気?」
「さあ………。でも、あなたを殺してでもクレイを手に入たい、かもね」
「そんなの、マリーナがするはず無いじゃない」
お互いの気持ちが通じたこと凄く嬉しかった。いきなりだったけど、結ばれた
ことも。だから、クレイが傍にいないなんて考えられないし、考えたくない。
「うっ……」
手に少し力が入った。息が出来なくなるほどの力じゃないけれど。
う、うそ、なんで??
「や、やめてっ! そんなことしたって、クレイを渡したりしない!」
420誘導:03/10/16 23:49 ID:ka68e0Hs
最新スレはこちらです。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1066284626/
このスレは倉庫格納依頼をだします。
421名無しさん@ピンキー:03/10/20 01:02 ID:iT/+DwAl
お決まりの展開になってきたな。これからどうなるか……
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ