呆れ満開の孝一のツッコミは、とりあえず無視した。
はぁあ、と孝一は溜息をつく。あーあ、ベタ惚れ状態だったからなぁ。でも大
輔の如く捨てられないだけまだいいとは思うんだけど…
「…吉野、大丈夫かねぇ」
頬を擦りながらぽそ、と呟いた言葉は、予想外のものだった。
「吉野って…」
あれ?たしかそれは大輔の…俺が不思議そうな顔で見ると、孝一は続ける。
「うん、大輔の彼女。でもって俺のダチね。ああ見えて傷付きやすいし、男って
いう生き物に警戒持ってるし、今回の事でまたすっげぇ落ち込んでると思うんだ
よ…」
はぁああああぁぁあ、とイチゴのクッション抱き締めて、落ち込む孝一。元気
付けようかと、ちょっとからかってみる。
「なに、そんなにその子気になるの?だったら付き合っちゃべぼ」
…予想外の速さで、いちごのクッションが飛んで来る。続けてぶどう、パイン、
ドリアン、スイカ、ボーリングの球のクッションが飛んで来る。あ、もしかして
俺は地雷踏んだのか?また、タイミング悪かったのか?ちら、と孝一を見てみる
と…うわ、すっげぇ怒ってる。
「ちょっ、ごめん、ごめんってば…言い過ぎた。悪ごべっ!」
とどめとばかりにバ○ちゃんのぬいぐるみが顔にヒットする。様々なフルーツ
(なんでフルーツの大統領まであるんだろう…)と球2種(含○ボちゃん)に埋も
れて、俺は自分の要領の悪さに、泣きそうになっていた。が、がっくり肩を落とし
ながら俺に近寄って来る孝一も…泣きそうだった。
でもって、俺の隣で三角に座る。
「…俺が、悪いんだ…俺が全部」
「え?」
ふっかい深い溜息。
「…俺は、いつだってあいつを傷付ける事しか出来ない…今回だって、俺が大輔
を誘ったからこんな事になって、俺は、吉野が…」
…もしかして、本当に好き、だったのかな?
本当の事は知らないけど、そんな事を思ってしまう。好きなのに、大輔の為に
諦めたのかな?そんな事を、考えてしまう。
好きな人が他の人の所へ行っても、尚思い続ける事のみっともなさを間近で見
ているからこそ―――
「っ…?」
孝一の頭を、もう一度撫でる。俺は、何も言えない。言う言葉がわからない。
言おう、と思っても、間違ってる事が多い。だから。
「…なんだよぉ…」
目線を合わさずに、ただ頭を撫でた。恥ずかしそうに文句を垂れる孝一。けど、
振り払いはしない。成人している男の兄弟が、フルーティーちゃんなクッション
等に囲まれて三角座りでいい子いい子している図は、きっとキッショイもんだろ
う。けど、こうしていたかった。俺が今、こいつにしてやれるのってこれくらい
だし。
「大輔、どう?」
暫くしてから、また倫子さん家に行った。時刻は夕方近い。
「あら、彰ちゃん。ちょうど良かった」
にこー、と穏やかに笑っている倫子さん。という事は…
「大ちゃん、寝ちゃったみたい。誰にも会いたくないって言ってたし、会いに行
ったら余計に拗ねちゃうし、良かったらデートしない?」
…マイペース過ぎです、倫子さん。でもその意見、大賛成です。
「でも、私とあの人の子供なのに、お酒弱かったのねぇ」
なんだかそれが凄くおかしくて、私は笑ってしまう。私もあの人も、お酒は強
かった。確かに、酔っ払いはするけど意識を無くすなんて事は無かった。
「まぁ…多分大輔はもうお酒飲まないと思うよ…」
彰ちゃんは苦い顔をしながら、串焼きを頬張る。
「それか、溺れちゃうかもね」
「…倫子さぁん…」
へなへなとしたツッコミをくれた。
彰ちゃんは、いちいちリアクションが可愛い。不器用な所も、ちょっぴり考え
無しな所も、昔から変わっていない。私への、只管なまでの想いも…。
もうすぐ40近いオバサンなのに、こんなに愛してくれるなんて…私は三国一
の幸せ者だって、本当にそう思う。
「…でも、彰ちゃん」
「なぁに」
「本当に、私でいいの?」
本当は、今日籍を入れる筈だった。けれど、出来なかった。大ちゃんもわかっ
てると思うから、別に大ちゃんに断らなくても良かったと思うんだけど、彰ちゃん生真面目だから。
私が、ここ10年で何度もした質問を、最期にもう一度だけ言ってみる。
案の定、彰ちゃんはちょっと険しい顔になる。そして。
「…私でいいの、でなくて…俺は、私じゃなきゃ駄目なんだよ…倫子さん」
溜息。
自分でも、ちょっと酷いと思っている。でも、思わずにはいられない。
いつもならすぐに終わるのに、今日だけは気まずいままの雰囲気になってしま
った。黙々と食事をして、会計を済ませる。彰ちゃんは先に外へ出ると、歩き出
した。
方角は―――
「彰ちゃん?」
「…あのさ、倫子さん」
私の手を握って、歩き出す。
「どうしたの?…怒っちゃった?」
握る力が、いつもより強くて、少しだけ怖くなる。歩く速度も、速い。何も答
えてくれない。
「彰ちゃ…」
急に、止まる。どこだろうと思って周りを見ると、近くの公園だった。あれ?
ここって…
「…ん」
いきなり、キスされる。背中と腰に手を回されて、強く抱き締められる。さっ
き思った『あれ?』がもっと強くなる。
なんだろう、と思って彰ちゃんを見る。少し困ったような顔で、私を見ている。
あの時と、変わらない…ううん、あの時よりも、ずっと男の人の顔で。
「覚えてるかなぁ、俺が、初めて倫子さんにこうした時」
…やっぱり。
あれ?の正体を、やっと思い出した。
あの時と同じようなシチュエーション、場所、行動。どうして思い出せなかっ
たんだろう。私が、彰ちゃんの事を男の人として見るようになった時の事…
あの人と別れて、生まれ育ったこの町に帰って来た時、小さい頃から私を好き
だと言っていた小さな男の子は、今でも私を好きだと言い張るおっきな男の子に
なっていた。
正直、色々あって疲れていた私には、ちょっと疎ましい存在だった。
私と、あの人のせいで殆ど喋らなくなってしまった大ちゃんの事や、色々な問
題が山積みになっていて、本当に余裕が無かった。
ある日、大ちゃんが学校で問題を起こしてしまって、その時、私は連絡が付か
なくて、代わりに彰ちゃんが駆け付けて行ってくれた。確か、一学年上の男の子
のランドセルに、これでもかという量のゴキブリを…うう、考えたくない。
…それで、帰って来た時、大ちゃんは傍目にはわからなかったと思うけど…彰
ちゃんの事を信頼してた。物凄く、好きになっていた。
ホントに、その時はおかしくなってたと思う。私は馬鹿な人間だから、小学生
の息子と、大学生の男の子の眼の前で、泣いちゃった。悲しくて、情けなくて、
悔しくて。
彰ちゃんは、いつもと違って冷静に私を見据えて、大ちゃんに何か言って、私
の手を掴んで、小さい頃一緒に遊んだこの公園に連れて来て、それで―――
「…俺は、あの時から…ううん、それより昔から、ずっと倫子さんを愛してる。
うんにゃ、ずっと、毎日毎日もっともっと好きになってるから」
これも、端々は違うけど、あの時言ってくれた言葉。
「彰ちゃ…」
もう一度、抱き締められる。
「不安なんだったら、何度でも言う。俺は倫子さんを愛してる。誰よりも、それ
こそ宇宙で一番倫子さんの事、LOVELOVEあいしてるから」
…スケールの大きい愛情だぁ。
「…でも、私、もうオバサンだよ」
「知ってる。最近腰痛に悩まされてるよね…でも、愛してるよ。あの時言ったよ
ね。『私がオバさんになっても云々』って。愛してるよ。海でもどこでも連れてく。
オバサンだろうが、おばーちゃんだろうが、俺は倫子さんが好きだから」
そう言って、今までよりもずっと強く、抱き締めてくれた。
「…うん、ごめんね。私も、愛してるよ。彰ちゃんの事、誰よりも」
私から、キスをする。彰ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ねぇ、彰ちゃん…今日、帰りたくないな」
ベンチに座って、ちょっと誘ってみる。
「あらら、倫子さんったら大胆ねぇ。でも、大輔…」
「うふ、変に火を点けちゃったの、彰ちゃんじゃない。それに、ここまで来たら、
初めて行ったホテル、行きたいなぁ。こういうの、やるなら徹底的に…って、言
うじゃなぁい?」
つー、と彰ちゃんの胸の辺りを、指でなぞった。鼻の下を伸ばしながら、彰ち
ゃんは笑う。
「そうしたいのは山々だけどあのホテル、3年前に潰れてますから…残念!」
と、テンポ良く返してくれる。
「じゃ、帰る?」
わざと、意地悪く言う。蒼褪める彰ちゃん。
「やっ…やだやだやだぁっ!!行く!!どこでも行くから!!」
必死に縋り付く彰ちゃん。可愛い。年下の、男の子。
「じゃあ、どこへでも連れてって、王子様」
「イエッサー!!」
結婚したら、多分滅多にこんな所にはこないだろうな、と思って、あえてすっ
ごい安っぽいラブホテルに入った。あらあら、最近のラブホテルって…凝ってる
のねぇ、とオバサン発言。
「倫子さん、本当にこんな所で良かったの?」
シャワーを浴び終えてから何を言うんだろうかこの子は、と笑ってしまう。
「こんな所だからいいのよ…ふふっ、おいで、彰ちゃん」
お母さんの如く、手を広げる。最近は…というよりも、小学校出た辺りから、
大ちゃんはこうやっても来てくれなくなった。彰ちゃんは、いつでも来てくれる
んだけど。
「と〜もこさぁ〜ん!!」
そのイントネーションに笑ってしまう。私は裸でシーツに包まっていたから、
彰ちゃんの行動はギャグとして(本当の意味で)成立してる訳だけど。
…まぁ、流石に空中で服を脱ぎながら私の元へダイブして来られても、ちょっ
と困るけどね。という事は、大ちゃんはル○ン小僧になるのかしら?
「…倫子さん」
シーツを剥ぎ取って、裸で抱き合う。いつか、私がする事自体よりも、こうし
ている方が好き、と言ってから…こうしてくれる時間が多くなった。
いつだって、彰ちゃんは自分より人の事を考えていてくれる。そして、その事
が自分の幸せだって感じる事が出来る人。ただ、タイミングが悪いんだけれども。
「彰ちゃん」
私も、ぎゅっとする。最近ちょっと下っ腹にお肉が付いたんだけど…
「彰…んっ」
あんまり無い、私の胸に顔を埋める。こういう所、昔から変わっていない。
私の事、本当に好きなんだろうなぁ…こんな事を本気で思ってしまえる程、こ
の人はストレートにも程があるのよねぇ。
『だから、これは…あの、好き過ぎて…』
「っぶ…!!」
「え!?」
いきなり吹きだしてしまった私に、思い切り驚く彰ちゃん。顔を上げて、私を
キョトンした顔で見据える。
「あ、ごっ…ごめんなさい、あの、初めて彰ちゃんとした時の事…思い出しちゃ
って」
そう言ってしまって、後悔しちゃった。彰ちゃんの顔が真っ赤になっていく。
「しっ、仕方ないじゃんか、俺、どっ、童貞だったし、あんまり倫子さんが綺麗
だったから…」
しどろもどろになってしまう彰ちゃん。あらあら、可愛い。
…私が彰ちゃんを意識し始めて、色々会って、今はもう潰れたラブホテルで、
初めて身体を重ねた時の話。
彰ちゃん、緊張しすぎて勃たなかったのよね。本気で泣いてわよね…彰ちゃん。
「うううっ…なんで今そういう事言うのぉ…」
あ、今も本気で泣きそうになっちゃってる。そんなつもり無かったのに、虐め
ちゃった。私も流石に酷かったと思い、慌ててどうすればいいか考える。そうい
えば、あの時は―――
「…あ」
私は起き上がって、素早く軽いキスをすると、にこー、と笑って萎えかけてい
た彰ちゃんの息子さんに手を添えた。
「ちょっ、倫子さ…」
「だから、徹底的に」
そう言うと、私は彰ちゃんのを思い切り良く咥えた。
「…とっ、倫子さん…」
彰ちゃんの手が、私の頭に。彰ちゃんたら、何度もしてるのにこの時はいつも
初々しくて、オバサン萌えちゃう。口の中でどんどんおっきくなって行く彰ちゃ
んの息子さん。唾液でヌルヌルして来たそれが、本当に可愛く思えて、一旦口か
ら出して、先端にキスをする。ちゅっ、と音がした。ちろ、と上を向くと、真っ
赤になった彰ちゃんと眼が合う。
「彰ちゃん、可愛い」
30歳だというのに、この時の、どうにもこうにもな状態の彰ちゃんは、贔屓
目もあるだろうけれど、本当に可愛い。女の子みたい。山口○恵ちゃんとかより、
ずっとずっと可愛い。私は昔のアイドルのマイクの持ち方みたいに彰ちゃんのを
握る。もっと舐めようとした時、不意に彰ちゃんは私の顔を上げさせた。
「…?」
舌を出したままの私の顔を真っ赤な顔で凝視する。何も言わないから、私は続
行する事にした。けど。
「あ、あの…嬉しいんだけど、俺も…ほら、今日、入籍残念記念日って事だしあ
の、俺も…」
照れながら、彰ちゃんは言う。可愛い、記念日、後何個増えるのかしら。自分
だけじゃなくて、私も気持ち良くしたい、って、可愛い事考えるわねぇ。
「ふふっ、記念日にしかしてくれないの?」
ちょっとだけ意地悪く言ってみる。けど。
「うっ、ううん!?いや、あの、倫子さんさえ良ければ、俺は毎晩でも…!!」
…激しいのねぇ。正直、本当に彰ちゃんには…勝てないのよね。勝ち負けとか
そういうの以前に。肩肘張る事も、全然必要無くなる。
「…倫子、さん?」
あらやだ、年取ったから涙腺弱くなっちゃったのかしら。幸せすぎて涙が出て
来ちゃった。こんなに優しい子が、私なんかの事宇宙一大事に思ってくれてるな
んて…考えちゃうと、ねぇ。
「あ、そうだよね。腰、今痛いんだもんね。毎晩じゃ…」
「違うのよねぇ…」
私はちょっぴり呆れながら、彰ちゃんにぺちん、と突っ込んだ。
「んしょ…」
とはいうものの、恥ずかしいのよね、この格好って。彰ちゃんの顔を跨いで、
自分のを見せ付けるなんて…誰が考えたのかしら。日本語であったわよね…確か、
逆椋鳥だったかしら?
「っ…」
彰ちゃんが、いきなりお尻を掴んで来た。びっくりしたぁ。
「もう、彰ちゃん…っん…」
つーっ、と入口を舌でなぞられる。思わず、声が出てしまう。私も負けじと彰
ちゃんのを同じように舐める。けど。
「あっ…ん、や、彰、ちゃ…」
最近していなかったせいか、変に感じてしまう。指と口でいっぺんにされると、
何も考えられなくなってしまう。
「んっ…あっ、あっ…」
彰ちゃんにもしてあげたいのに、手も口もお留守になっていた。
「っ…!」
彰ちゃんの舌が、中に入って来た。わざと音を立てながら、中を舐め回す。気
持ち良くて、鳥肌が立って来る。自然に流れて来た涎が、一層元気なってる彰ち
ゃんのに掛かる。そのまま私も追うように先の方を口に含んだ。
意地悪するように、やっぱり音を立てて、この格好みたいに、ちょっとお下品
に。
…恥ずかしい。
一瞬、我に帰ってしまう。自分が、どうしようもないくらいに乱れて、あそこ
を濡らして、きっと彰ちゃんのお顔やシーツもびしょびしょになってると思う。
考えただけで、自分がいやらしくて、恥ずかしくて…また、感じてしまう。
「…彰、ちゃ…」
彰ちゃんの顔に、押し付けるような格好になる。彰ちゃんはそれに応えてくれ
て、もっと激しく攻めて来た。私は、もう、億劫で彰ちゃんのはほったらかし。
それでも、彰ちゃんは私によくしてくれる。
…私がしないと、この格好意味無いのに。
「…あっ」
心のツッコミを読んでくれたのか、自分もそう思ったのだろうか、彰ちゃんは
起き上がって、私を抱き寄せる。こういう時、本当に男の人だなぁって思う。昔
は凄くちっちゃかったのに。
もう、好きだと初めて言われてから何十年経つんだろう。
「彰ちゃん…あの、私、もう…」
既にくたっ、となっている。大分火が燻ってる状態だから、ホントは、凄く欲
しいんだけど…
「うん」
わかってるよ、と言うように私をもうひと抱きしてから、横たえてくれた。
「…もう、ひとりくらい欲しいなぁ…」
ぼぉっとした頭で、そんな事を言ってしまう。
「なに?俺との?」
…彰ちゃん以外で、誰がいるのかしら。私はこく、と頷く。彰ちゃんは私の上
に覆い被さって、ちゅ、と可愛いキスをくれた。
「高齢出産になっちゃうし、仕事も大変でしょ。4年か5年も経てば、大輔が作
るんじゃないの?」
「そしたら、私おばあちゃん?」
ちょっと苦笑してしまう。けれど、無い話じゃない。
あんまり会った事無いけれど、大ちゃんの彼女の、さくらちゃん。あの子、本
当にもう大ちゃんと付き合う気は無いのかしら?そりゃ、悪いのは大ちゃんだけ
ど…でも、あの子…可愛いしお料理上手だし、お菓子作るの上手だし…正直。
「あんな女の子も、欲しかったなぁ」
娘、というのも憧れていた。
「あんな…うん。あの子…大輔の好きな子でしょ?あの子おっぱいおっきかっ」
…ん?
私は、彰ちゃんをじっと見る。彰ちゃんも、途中でヤバイと悟ったのか、言葉
を止めた。
「どうせ、私は胸が無いですよっ」
ちょっと、拗ねた。この歳になったら、サイズ云々よりも垂れる垂れないの話
の方が重要だしね。でも、彰ちゃんは慌てに慌てる。
「あ、いや、違う、俺が好きなのは倫子さんで、あの子は確かにおっきいけど、でも、俺の理想のおっぱいは…」
「…彰ちゃん、可愛い過ぎ」
あまりの慌てっぷりに、私は笑ってしまった。そして、私からキス。
「怒ってないわ。それよりも…彰ちゃんの、ちょうだい」
…即物的にも程があったけど、どうせオバサンだもん。オバタリアンだもん。
恥じらいなんか、何年も前に便所に捨ててくれたわ。
「ふぁ…」
待ち望んでいたものが、身体の中に入って来る。
彰ちゃんが、私の中に。恥ずかしいくらいに潤っていた私は、難無く彰ちゃん
を受け入れる。もう離したくないみたいに勝手に身体が締め付ける。
…私が、ホントに彰ちゃんを離したくないのを裏付けるみたいに。
「俺、おっきいのより、倫子さんくらいのが好きだから」
「んっ…ん、やっ、しょ…」
胸を寄せて、掴む。掠ったくらいで感じるくらいに固くなった乳首を吸われる。
もう片方は、指で摘まれる。
「あっ、いいのっ…ん、彰ちゃぁん…」
切なくなる。もっと、もっと欲しくなる。誰が言ったかは忘れちゃったけど、
女は30を越えた辺りの方がいやらしいっていうのを聞いた事…あるけど。なん
となくそうだと思う。
掛かる熱い吐息も、淫靡な音も、安いベッドの音も。
昔は感じていても、周りのものを感じる余裕が無かった。けれど、今は。
「あ…んっ、ん、来て、もっと…」
くっ、と彰ちゃんを自分にもっとくっつくように抱き付く。
自分の仕草さえも、自分が興奮する演出にする事に出来る。愛する人と、身体
を重ねる。それは本当に、奥が深いと思う。
若い頃は、よくわかってなかったと思う。でも、後悔はしてない。よくわかっ
てなかったからこそ、今、大ちゃんと親子でいるんだから。
ズン、と奥深くに快感が走る。
声が、一層大きくなる。
「…彰…ちゃ…」
いっちゃう。身体が、限界だと知らせている。また理由も無く涙が零れる。
好き。大好き。愛してる。
私は子供みたいに彰ちゃんにしがみ付きながら、達した。
―――上手になったなぁ、と失礼な事を考えながら。
「やっぱ、帰ろうよ」
時計を見て、俺は言った。
「…どうしたの?」
倫子さんは、とろー、とした眼でこっちを見てる。そんなはしたない格好でい
ないでよう、俺、もう2Rくらい行けるよ?
「大輔。やっぱり気になるし…それに、大輔って来るなっていうと来る癖あるじ
ゃない。そういう子って自分がそういう時、来て欲しいもんだと思うし…」
行ったら行ったで怒られると思うけど…でも、行ってあげたかった。
疎まれるのわかってるし、今までもそうだったけど、でも、今独りには、なん
か…したくなかった。
俺がしどろもどろに説明すると、倫子さんはすぐに了承してくれた。流石だと
は思う。ビバ37歳。そう言うと、枕が飛んで来た。
…ビバ、(まだ)36歳。
しかしまぁ。
正式に結婚を申し込んでから、結構経つ。色々あって、大輔が二十歳になった
らって言ったけど、本当は…
「どうしたの?」
にこー、といつもの笑顔の倫子さん。笑顔が癖になるって、いい事でもあり、
悪い事でもあるんだよ。
…本当は、俺に諦めてもらいたかったんだよね?
倫子さんから見て、未来のある若者が、初恋を引き摺って、不幸な環境にある
女の人を、一時の感情で背負い込ませるなんて…そう、思ってたんだよね?
時間を置いて、冷静になれば、それは愛情じゃない、単なる同情だとわからせる為に…そう言ったんだよね?
残念でしたぁ。違いますーぅ。
俺は、そんなんじゃないから。ただ、倫子さんを宇宙一愛してるだけだから。
わかってるんでしょ?本当は。倫子さんだって、俺を好きなんでしょ?だから
一生懸命体型維持してみたり、いつも綺麗にしてたり、してるんでしょ?
好きだから、俺がいつか興味を無くすと思って、不安になるんでしょ?そげな
事、絶対に無いから。その事は、ホントにわかってほしいんだけど…
「なんでもないよ、愛してるよ、倫子さん」
ただ、それは言ってはいけないような気がしていた。
「…あれ?」
家路を急ぐ最中、ふと見た事のある人影を発見する。倫子さんも同様だ。
こんな遅い時間に、1人でボーっと歩いているのは…
「…倫子さん、大輔の所行ってあげて。俺は、あの子…場合によっては送るし」
「うん、そうねぇ」
即座に役割分担を決める。心配そうな顔をする倫子さんと別れて、俺はその子
の―――大輔の(元)彼女の、さくらちゃんの所へ走った。
「…あの、君…大輔の」
「…何か用ですか」
うわぁ。
物凄く暗い顔しているよ。どうしたんだろ、大輔、孝一に続くこのテンションの低さ。会話、続かないし!!
「あ、あー、あの、俺、覚えてる?前…」
「お風呂に堂々と来たトク兄さんって人ですよね」
…話し掛けない方が、良かったかもしれない。
「あ、の、あ、ほら、こんな遅くに女の子1人だから、心配で…」
「…別に、いつもこんなんですから心配はいりません」
目線も合わせてくれない…この子とまともに喋った事無いから、どうすれば…
ただでさえ、よく考えなくても悪印象しかないのに…自分の中の大輔データ内か
ら、この子となんとか話の出来そうな話題を探す。えっと、えっと、えっと…
「あ、あの、君、カエル派?ウシ派?」
「…覆面派です」
―――またしても、会話は一瞬で終わった。
沈黙が続いた後、その子は立ち去ろうとしたので、俺は慌てて後を追った。
心配なのと、大輔の事で。
「なんですか…なんか、用あるんですか」
うーん、つっけんどんだ。
「うん、あるよ。大事な話なんだ」
「私には、ありません」
そう言うと、また立ち去ろうとする。俺は、そんなその子の腕をつい掴んでし
まう。
「…放して下さい。人呼びますよ」
思い切り俺を睨んで、言った。あまりの恐ろしさについ手を放してしまう。が、
その情けなさ満開加減がツボに入ったのだろうか。さくらちゃんは吹き出してし
まった。そして、溜息。
「すいません…ちょっと、色々な事、あり過ぎて…」
無理に、笑おうとする。けれど、本当はもう。
俺はこういう時、どうすればいいのか本当にわからない。大輔ならば…立場的
に、元であろうがこの子の恋人なら…早い話が、これが倫子さんなら…優しく、そして強く抱き締めたいんだけど…如何せんこの子は殆ど『他人』なんだ。
気安く触る訳にも行かないし、俺は、迷った末に―――
「ええええええ?」
多分、さくらちゃんもどう対応していいかわからなかったのだろう。
俺は、ちっちゃなその子の、頭を撫でるしか出来なかった。
少し落ち着いてから、近くのファミレスに入って、事情を聞いた。どうも、今
日1日でショッキングな事が相次いでしまったらしい。そういえば、前にもえら
い事があってプチ行方不明になった事があったって聞いたな…
暫くは黙ったままだったけど、あったかドリンクをちびちび飲みながら、ぽつぽつと話し出してくれた。
…凄かった。
大輔の浮気(と言ってもいいものなのか)もさる事ながら、それ以上にインパ
クトのでかい出来事が。
夕方父親に呼び付けられて、嫌々実家に戻ると、新しい母親が。
別に、それなら良かった。少し前に父親は離婚していたし(それでも再婚)、突
然継母が来るのも初めてではない(けど、いつもタイミングが悪いらしい)そう
だった。
が、今回はその母親が問題だった。
その人は、現役女子大生だった。シカーモ、さくらちゃんより年下の、19歳。
見た瞬間、さくらちゃんはブチ切れて、大暴れしそうになったそうだ。
…が、流石にそれはしなかったそうだ。する気力も完全に殺がれたそうだ。
そして、やっぱり俺は何も言えない。どうしてやる事も、出来ない。
「…忘れて下さい。こんな嫌な話聞かせてしまってすいません」
終始同じままの、低いテンションで彼女は言った。いや、ていうか、俺が無理
矢理言わせたようなものだし、それにまだ話は…
「あの、あ、あの、大輔の事…」
そういい掛けると、さくらちゃんは伝票を持って、立ち上がる。奢る気ですか?
いいんですよ?誘ったの、俺なんだし。
「…いいです。私、暫く男の人はお腹一杯なんで」
そう言った、さくらちゃんの眼は―――
俺は、暫く座ってコーヒーカップを見てる事しか出来なかった。
口元だけで笑うその女の子のその眼は、この町に帰って来た時の倫子さんと、
全く同じだったから。
闇を抱えた、傷付いた人間の、眼。
俺は、すっかり冷め切ったコーヒーを飲んで、頭を抱える。
…倫子さん、ごめんなさい。こういう時にこういう事思うのって、正直アレだ
とは思うんだけど…
「結婚、また延びるな…」
溜息をついて、俺はアイスコーヒーを飲み干した。
…不味かった。
終
649 :
377:04/05/19 19:57 ID:nF9NFPWk
はい、前編です。
待ってていただいた方々に申し訳無いですが、こんなんです。
…30&30後半の男女の話て、スレ違いもここまで来たかという
感じですが…
それでは、後半を作成して来ます。
読んでやってもいいという素敵な方、気長にお待ちください。
377さん、来たー!! 待ってましたよぉ〜×100!
一徳ってもっと変な奴だと思ってたんだけど、単に間の悪い人だったんですねw
後半も正座しながら気長に待ってます。
皆の衆、今日は佳き日ぞ〜!
377さんありがとう、待ってたかいがあったよー。
いやもう大好きです、この人間模様の絡まり具合。
キャラの背景が結構シリアスなのにギャグでさらっと流したり、
読ませどころではグッときたり、ほんとツボだわ。
キャラがみんなたっててどの人にも思い入れがあるので、
是非大円団キボン!などといってみたりするテスト。
でも読めるなら贅沢は言いません。
377さんのペースで思うままに後半もよろしくお願いします。
377さんだーーーーー!!
651さんと感想かぶるけど
キャラクターがしっかり出来てるから
普通の小説としてもちゃんと読めるんですよね
「読んでやっても〜」じゃなく、読ませて下さい!
何でしたらスレ保守しながらでも気長に待ってます〜!
うれし―いい!!!!
続きだ続きだvv
今回も楽しませてもらってますw
377さんキター!!
相変わらずのGJっぷりッス(*´Д`*)エクセレント
続きがメチャメチャ楽しみですYO!!
私も気長にお待ちしておりますね。
一徳編キテター!!
377さん、大好きです。
私も続き正座して気長に待っております。
あ〜 おもろかったす。続きヨロっ ノシ
657 :
名無しさん@ピンキー:04/05/28 11:49 ID:Hh2WdFgD
あげ
続きを楽しみに保守
659 :
名無しさん@ピンキー:04/06/01 15:10 ID:PT27SABf
お待ちしてます
660 :
名無しさん@ピンキー:04/06/05 01:17 ID:KkLhuM7q
六月五日あげ
まじ、連作小説として面白いよね・・・
662 :
名無しさん@ピンキー:04/06/11 01:05 ID:m7hqelf8
一徳編の続きを楽しみに、縮刷版で読み返しつつ。
(笑って泣けるエロ小説なんて初めてだ)
他の方のもあるといいなとかおもいつつ。
ほっしゅあげー。
ほしゅ
664 :
sage:04/06/19 06:53 ID:JbKl1g5c
377さん、楽しみです。
私的に、大輔萌えなのでさくら×大輔が1番好きです。
つうか大輔好きです(w
377さんはHPお持ちではないのですか?
なんだか全作品を1つのHPでみたいです・・・
↑のものです
久しぶりに書き込んだから間違えてあげてしまった
すんません。逝って来ます・・・
667 :
377:04/06/19 19:28 ID:ApAmRvzF
えーと、あの、待ってていて下さった方々、すいません。
やっと出来ました。
一徳編後半と言いながら若いもんしか出ていません。
すいません。
思えば、生まれた時から私の男運は悪かったんだろう。
親父はアレだし、初恋もアレだし、今だって。
くー、と水の如く酒を飲みながら、私は馬刺しを食べる。うん、美味しい。あ
あ美味い。太るな、これは太るな。そう思いながら、料理を追加する。いつもな
らそんな食えないけど、今なら食える。きっと食える。
「…うま」
馬を食いながらうま、とはこれいかに。思い切り口の中に詰め込んだ食物を、
酒で流し込んだ。
嫌な事があった。
好きな男に浮気されて、年下の母親が出来て、素っ裸見た男と再会した。
帰ろうかと思ったけど、ムシャクシャしたから、なんか食べようと思って居酒
屋に入った。でもって今に至る。
「お待たせしました、オムライスです」
ことん、と美味しそうなオムライスが置かれる。問答無用でスプーンを取った。
がつがつ食べていると、不意に大輔と付き合い始めた頃の事を思い出した。そ
ういえば、大輔ケチャップ嫌いだったな。
チキンライスを凝視して、浮かぶのは大輔の事ばっか。
…好きだよ。凄く好きだ。大輔の事、好きだ。だから、余計に腹が立って来る。
黙っときゃ良かったのに。私に殴られるって、罵倒されるってわかってた筈なの
に、馬鹿正直に言いやがって。それでその後どうなるかってのも、薄々どころか
厚々わかってたろうに。それで、実際そうなったのに。
あぐ、とちょっと大きすぎるくらい取ったオムライスを無理に口に運ぶ。熱い
し、多いし、喉に詰まる。それをまた、酒で流し込んだ。
「…あの、もしかして」
不意に、声を掛けられる。振り向くと、男が1人。なんだ?相席か?でも席は
空いてるし、なんか、見た事あるような顔…して…
「―――っ」
酔いが、一気に覚めた。
「覚えてる?忘れちゃった…かな?俺。由貴。染井由た…」
「失せろ!」
私は思い切り睨んで、一言そう言った。そして、再びオムライスに向かう。
「…手厳しいね」
人の話、聞いてないのだろうか。そいつは私の正面に座ると、なんか辛そうな
顔をして私を見た。
…本当に、厄日だ。好きな男に浮気されて、年下の母親が出来て、素っ裸見た
男と再会して、初めて好きになって騙された男にも再会した。
染井由貴。
親戚で、桜花ちゃんを落とす為に私に近付いて来た奴。正直、気分悪いわ。
初めて、自分よりも桜花ちゃんを選んでくれて、本気で好きになって、自業自
得だけど、自分の身体までやって。それなのに。
「手厳しくもなりますね。これ以上酷い扱い受けたくなかったらとっとと帰って
下さい。私、機嫌が凄く悪いんです」
「…わかってる。叔父さんの再婚でぐげっ!?」
わかっているなら言うな。帰れつってんだから。思い切り弁慶を蹴ってやる。
本当は、こんなもんじゃ済まないんだけどね。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
「あ、この人すぐ帰りますから」
「っ…なっ…生中と…枝豆…後、ほら、何頼んでもいいから…」
「じゃあ、この店で値段が高いものベスト3を3品ずつ」
言った瞬間、由貴の顔が引き攣る。店員は終始笑顔で。
「はい。それではアワビの酒蒸し、松坂牛の炭火焼、世界3大珍味+日本3大珍
味の素敵丼を3つずつと、生中、枝豆ですね」
爽やか〜に言い放ってくれた。由貴は泣きそうだったが、異論は無さそうだっ
た。ちょっと、スッとした。
「おーいしーい!!」
「…うん、美味しいね」
物凄くがっくり来ている由貴を無視して、私は料理を食べる。お酒もどんどん
進む。ごはん奢ってくれた礼として、空気としてここに存在しないという認識で
相席している。
「ねえ、さくらちゃん」
「うわー、ナニコレ、すっごい美味しい」
素敵丼は、絶妙なまでの味のハーモニーだった。美味しい。美味しいにも程が
ある。自分家で作ろうと思っても食材に手が出ないから、正にここでしか味わえ
ない。
「…さくらちゃん」
「うめー!松坂牛、半端なくうめぇー!!底知れねぇー!!」
由貴は、尚も私を呼ぶ。悪いけど、返事は絶対しない。絶対、呼び掛けには答
えない。絶対に。
「さくらちゃんってば…」
「あ、すいません。芋焼酎お願いします」
「かしこまりました」
笑顔で対応してくれる店員。既に何杯目かわからない。
それでも、由貴はしぶとく私を呼び続けていた。
「おなか一杯…」
はぁ、と頼んだ物を全部2皿と半分ずつくらい残して、私はカルピスサワーを
飲む。おなか、はちきれそうです。
「…そりゃそうだろうね」
「あー、死にそう」
その残りを、死にそうな顔で食べている由貴。
「あれ?おかしいなぁ、誰もいないのに勝手にお皿の料理が減ってる」
「…勘弁してよ…ねぇ、話だけでも聞いてくれないかなぁ」
由貴は、本気で頼み込んで来る。けど、私は絶対に視線を合わせない。陰険だ
って、酷い人間だって、そう思われても構わない。そうなった理由の何割かは、確実にこいつにあるから。
観念したのか、由貴は溜息をついて、下を向いた。そして、聞いているかどう
かの確認もせずに、勝手に喋って来た。
「…あのさ、俺、振られたんだ」
その声は、今にも泣きそうだった。ふーん、ともへぇー、とも言ってやらない。
その対応でももういいと判断したのか、由貴はそれでも喋る。
「俺、会社で好きな人がいたんだ。それで、付き合ってて、で、今日喧嘩して…
そしたら、本当は俺の事、好きじゃなかったんだって。友達がいて、そいつの事
が好きだったんだって。でも、友達は別に好きな人がいるから、仕方無いから俺
と付き合ってやってたって…」
心の中で、へぇー、と思う。どこかで聞いたような話。どこかで見たような表
情。由貴は、明らかに傷付いていた。
「…そう言われて、ああ、これは自業自得だって思った。俺はあいつを責める事
なんか出来ない。そんな資格は無いって思った。君にした事、殆どそのままの事
が、自分に跳ね返って来たからね」
自然消滅ってか、無視し出して、そのまま終わったから、あっちにしたらばれ
たかー、ちっ、くらいにしか思ってないだろうなと思ってたけどな。
「それで、よく考えたら、君にろくにあやまりもしなかった事に気付いて、気が
付いたらさくらちゃんの家に行ってた。そしたら、いないんだもんなぁ…」
苦笑いする。まぁ、実家は出てるけどね。その事…ついでに桜花ちゃんと同居
してる事も知らないか。どうでもいいけど。
「…本当に、ごめん。悪いって思ってる」
私は、応えない。視線を合わせずに、ただ酒を飲む。
謝ったからってどうなるってんだ。要は自分がスッキリしたいだけだろ?そう
やって謝って、こっちが同情してやりゃ、気分良くなって、それでもって明日か
らは私の事なんか忘れるんだ。
…私は、7年経った今でも―――
「さく、え、え!?さくらちゃん!?」
視界がぼやける。気持ち悪い。物凄く、眠い。
「ちょっ、え!?えええっ!?さくらちゃん、どんだけ飲んだの!?」
「えーと、お客様はカルアミルク2杯、カルピスサワー3杯、芋焼酎2杯、当店
特製マムシ酒1杯、シラネケン5杯です」
「飲み過ぎだ――――――!!」
…絶叫する由貴とは対極に、終始笑顔の店員は、どこまでも爽やかなまでに冷
静だった。
その頃、俺はたった一人の人を守れるだけの力が、欲しかった。
「……」
「……」
「……」
何も、言えなかった。
転校してから暫く経ったけど、友達が出来ない。そりゃ当然だろう、全然喋ら
ないのだから。喋れない訳でもない。ただ、何故か言葉が出ないだけだ。楽しく
話そうという気が無いから、何を言ったらいいのやら。
だから、こんな時もそうだった。
何か言わないと、この人、確か…あの人の弟さんだった。えっと、えっと、名
前は…あれ、えっと、岸部さん家の次男だから…
「シローさん?」
「…お前、この状況で言いたい事はそれだけか?」
3人くらいの…多分シローさんの同級生に囲まれて泥だらけになってるシロー
さんは、至って冷静に突っ込んでくれた。
「別に、それだけって訳でも無いですけど…えいっ」
「っわぁああっっ!?」
俺は、掌大の石を思い切り、囲んでいる人に投げ付ける。すんでの所で、避け
た。俺は、もう少し大きめの…あ、いいいものあった。
「どわああああああああああああっっ!?」
「ちょっ…こいつヤバイぞ!?」
すぐ側にあったものを手に取り、振り向いたら、囲んでいる人達は逃げていた。
「…大丈夫ですか?」
「お前、本気でヤバイな」
若干蒼褪めながら、シローさんは言った。
「とにかく、その物騒なもん…放せ」
俺の持つ錆びた鉄パイプを凝視しながら、溜息をついた。
「…大丈夫ですか?」
ごとん、と鉄パイプを放り捨てて、座り込んでいるシローさんに手を差し伸べ
る。が、ぺちん、と手で弾かれる。
「なんだよ、同情でもしてんのか?言っとくけどな、誰にも言うなよ。特に、家
の馬鹿には…っお!?」
寸前で、掌で受け止められる。馬鹿、と言うのが誰を指しているのかすぐわか
ったから。
…不愉快だった。初めて会った時から、自分の兄を見下しているこの人が。自
分だって弱いくせに、あんな必死な人を蔑むこの人に、正直腹が立った。
「なっ…なんだお前!?もしかしてただ暴れたいだけなのか!?」
「……」
俺は、その人を放って帰る事にした。怪我をしていたみたいだけど、知らない。
こんな人、死ねばいいんだ。あいつみたいに。
「…言われなくても、誰にも言いません。話題に出したくもありません。そうで
すね、もし言ったら全財産あげるって約束してもいいですよ」
腹立ちついでにちょっとしたイヤミを。まんまと乗ったのか、シローさんは。
「っんだと!?お前…いくらだよ全財産!!」
「600円です」
ちょっとの、沈黙。ていうか、気になるのそっちなんだ。そして、絶叫。
「スケールのちっさい話だなぁああああぁあああああっっ!!」
守りたい人がいた。
けれど、俺には力が無い。何も出来ない。ただ、守られるしかない。
…そして、守りたい人を守ってくれる人間が、現れてしまった。その人は、大
人だった。俺よりも、守りたい人よりも大きくて、ちょっと…なんていうか、ア
レだけど、絶対に、大切にしてくれる人。
劣等感に苛まれた。
そりゃ、俺はまだ子供だから。歳だって、やっと二桁になった程度だから。
けれど、俺は、俺があの人を―――お母さんを守りたかった。それなのに。
その人は、俺の事も守ろうとしてくれてる。大切に、優しくしてくれる。俺は、
そんな人に対して、悔しくて、無視する事しか出来ない。自分が情けなくて、ち
っちゃくて、大嫌いだ。
その人みたいになりたいのに。大切な人を守りたいのに。思う理想とは、どん
どん掛け離れて行くだけの自分が、そこにいた。
「…ねぇ、大ちゃん!」
「?」
お母さんは、帰って来るなり血相を変えて俺の所に来た。
「ねぇ、今聞いたんだけど、彰ちゃんの弟の孝一くんがまだ帰って来てないんだ
って!大ちゃん知らない!?」
…孝一?
俺は考える。誰だろうか、孝一って。
頭を捻る俺を見て、お母さんは苦笑する。
「そのレベルの認知度なのね…いいわ。お母さん、探すの手伝って来るから、お
留守番お願いね」
そう言って、お母さんは行ってしまった。
俺は中断していたゲームを始める。ちら、と時計を見ると…7時近い。外も暗
い。近所の人が、行方不明なのか。そういえば、彰ちゃんって…
俺は、なんか引っ掛かる。彰ちゃんって、言ってた。誰だっけ、彰ちゃん…彰
ちゃん…あ。
『始めまして、大輔くん。俺の名前は岸部彰一っていうんだ』
でもって、その彰ちゃんの弟…シローさん。孝一っていうのか。で、まだ帰っ
て来ない。そういえば、さっき座ったままだった。
「…もしかして、立てなかった…?」
俺は、慌ててセーブしてリセットボタンを押しながら電源を消す。そしてその
まま走った。
いた。
暗い中で、その人は…泣いてた。
俺より年上の(と言ってもひとつだけど)6年生の男子が、暗い中で、さっき
と同じ格好で、ランドセルを抱き締めて、泣いていた。
「…みんな、探してましたよ」
「っのぇ!?」
シローさんは、驚いてこっちを見る。
「いっ…言ったのか!?」
「いいえ、言っていません。ていうか、孝一君を探してるって言われて、後から
考えたら、ああ、孝一君ってシローさんかって思い出して、来ました」
…なんだろう、やっぱ悲しいのかな。それとも、俺が来た事への安堵感かな?
シローさんは物凄く顔が引き攣っていた。
「歩けないんですよね。おぶって行きますよ。あ、ランドセルは背負って下さい
ね」
そう言うと、俺は背中を差し出す。が。
「どうしたんですか?この体勢意外と辛いんですよ」
「…お前、馬鹿にしてんのか」
「してませんよ、さ、早く」
本当に馬鹿になんてしてないから、即答する。シローさんもこのままでいるの
は良くないと思ったのか、割合素直におんぶ状態になってくれる。
俺は背の小さい方で、シローさんは大きい方+ランドセルだからちょっときつ
いけど…まぁ、頑張ろう。
「やっぱ、馬鹿にしてるだろ」
「…くどいですね。俺はしてないって言ってるじゃないですか」
「だって、俺、さっき…」
ああ、泣いていた事だろうか。
「だって、酷い事されてたじゃないですか。動けなくなっていたじゃないですか。
シローさんスカした人ですから、クラスに友達も味方もいないの丸わかりですし。
そんな状況だったら誰だって泣きますよ」
「…うわぁああーん…」
何故か、素直に泣いてくれた。
でも、素直になる事っていい事だと思う。俺も、そうなりたい。あれだけスカ
していたのに、シローさんって凄いと思う。
―――決めた。
「シローさん」
「っ…だ…だんだよ…」
鼻声で、返事をする。
「俺、シローさんを守ったげます。俺はスカしたシローさんは死ね!って思いま
すけど、今のシローさんは好きですから」
―――誰でもいいから。
自分より弱い人を、守って見せたかった。
それは、一種の…ていうか、そのままか。単なる自己満足だった。
守りたい。ヒーローになりたい。泣いている人を守ってあげたい。その為なら、
俺は―――
「…で、なんでこんな事をしたんだ」
「言えません」
同じ遣り取りを、もう何度しただろう。
夕日が差し込む職員室。呼び出されたのは、もう何時間も前。その間、何度同
じ事を言われ、言って来ただろうか。
シローさんを守ると決めてから数日。一向に改善しない、クラスの人達のシロ
ーさんへの仕打ち。俺は、手始めにボスらしき人のランドセルに、紙袋を忍ばせ
た。ゴキブリで一杯の、紙袋を。
当然、疑いはシローさんにかかってしまった。糾弾されるシローさん。俺は、
責任を取って、自分が犯人である事を告げた。
…でもって、これだ。
ていうか、シローさんが虐められてて何もして来なかったのに、この先生はな
んで俺を責めるんだろう。なんで、一方的に俺だけが?とはいうものの、俺は何
故こんな事をしたか、の理由を言っていない。だって、シローさんとの約束だか
ら。
「なぁ、水沢。先生は怒っているんじゃないんだ。ただ、なんであんな事をした
のか言ってくれないと…」
「ですから、言えません」
かち、と時計の長針が動く。5時になった。
「っ…すいません、あの、水っ沢大輔の、ほっごほ、保護者代理の者ですが」
「え?」
思い切り咽ながら、何故か、あの人が入って来た。俺は予想外の人物の出現で
思考が一時停止した。ていうか、俺の保護者って事は…
「っ、アンタ、俺のお母さんと結婚したの!?」
「えっ…え、えええ!?いや、まだ、え!?ていうか嫌なの!?」
「ていうかお前、まだ諦めてなかったのか!?」
三者三様の叫び。
「うっ…うるさいなぁ先輩!いいじゃん!!俺の将来の夢、意外と実現しそうで
しょ!?」
「将来の夢が『とも子さんの旦那になる』だったな!!好きなら名前を全て漢字
で書いてやれよ!!すげぇ婆さんのイメージになるぞ!!」
…なんだろう、この戦い。俺はもんの凄―――くレベルの低い罵りあいを暫し
凝視していた。視線に気付いたのか、先生は気を取り直して咳をひとつ。