「な…南美ちゃん!!?」
振り返ったその人影に小明は驚きを隠せなかった。
なぜならそこには、先ほど哀れにもミイラと化してしまった親友が、普段と変わらない姿で微笑んでいたからだ。
しかし彼女に以前と異なる点があるとすれば、悪趣味の如く朱く塗られた唇と、完全に生気が失われているような瞳だった。
「え?どうして?ミイラになったんじゃ…」
当然の疑問に対し、「親友」はニッと微笑みながら、淡々とした口調で喋り始めた。
「ええ…ミイラになったわ…」
南美と、その後ろにいた3人の女性たちが湯船から立ち上がり、湯面に波が立つ。
後ろの3人も南美同様、朱い唇と生気の無い瞳をしていた。
「だからあなたも…」
そこまで言うと小明の目の前の女性たちは、朱い唇を薄く開いた。
そこには……人間の犬歯というには大きすぎる、はっきりと「牙」と呼べるものが白く輝いている。
「血を吸われてミイラになるのよ!!!」
「きゃあああッ!な…南美ちゃん!!?」
凶暴な「牙」をむき出しにして襲い掛かってきた南美たちに対し、小明は身を翻して逃げようとした。
だが……
濡れた露天風呂の床に足を取られ、また南美たちの変貌ぶりに不意をつかれたことも重なり、小明は前のめりに転んでしまった。
転んだまま後ろを振り返った小明に、すかさず南美以外の3人の女性が飛び掛り、彼女の細い手足を取り押さえてしまった。
小明は何とかしてそれを振りほどこうともがいたが、おおよそ妙齢の女性とは思えない怪力で手足が押さえつけられているためどうすることもできず、ただその場に横たわっているしかなかった。
南美が、ゆらりと近づいてくる。
その動きすら人の生気と言うものが失われており、まるで幽鬼のようである。
「フフ…小明ちゃん、何も逃げなくてもいいのに…」
そんな南美に対し小明は抑えつけられながらも力の限り声をあげて「親友」に呼びかけた。
「南美ちゃん、もしかして憑依の実に操られてるの!?駄目!お願いだから目を覚まして!」
しかし彼女の悲痛な呼びかけに対しても南美は何の反応も見せず、生気のない顔を小明に近づけてくる。
「ウフフ、これから小明ちゃんも私たちの仲間にしてあげる…大丈夫だよ、痛いのは最初だけだから…」
そして、最初に湯船の中で振り返った時と同じようにニッと妖しく微笑むと、その朱い唇から鋭い牙を覗かせながら、恐怖に震える小明の首筋へと顔をうずめた。
小明が最後に見たのは、そんな南美の、深い闇の色を湛えた感情の無い瞳であった。
「小明ちゃんの肌、キレイ…」
……ップ
南美の牙が小明の首筋に食い込む。
「ヒィッ!!」
その瞬間小明は小さな悲鳴をあげて体をすくめ……たつもりだったが、
3人の女性の人ならざる力で押さえつけられているため、わずかに四肢を痙攣させただけだった。
じわり……南美の唇が、牙が当てられた部分から出血するのを感じた。
そして南美が唇を首筋につけたまま、真新しい傷口に舌を這わせ、子犬が母犬から乳を吸うように滲んでくる血液を舐めている。
そんな南美の舌の感触を感じながら、小明は最初に感じた電撃のような、焼け付くような痛みがどこかに消え、
かわりに痛みとは正反対の感覚が頭をもたげてくるのをぼんやりと感じていた。
(あ……なんだろこの感覚……これって……)
次第に小明の息が上がってくる。血を吸われて貧血状態に落ちていくはずなのに、体の中から熱くなってくる不思議な感覚を、
夢の中のような薄靄がかかった意識で感じていた。
「ウフフ、どう小明ちゃん?すぐに痛くなくなったでしょう……」
しばらく首筋から溢れる血を舐めていた南美は、一旦首筋から離れ、小明の表情を覗き込んだ。
最初は恐怖に見開かれていた瞼が、今では半ば眠っているかのように僅かに開いている。そこに輝くものは涙だろうか。
南美は唇の端についた小明の鮮血を人差し指で拭い、荒い息を断続的に吐いている小明の唇にあてた。
「これからもぉっと気持ちよくなれるから…その後は小明ちゃんもあのお方の下僕……私たちの仲間になれるんだよ……」
南美が、小明の手足を押さえつけている他の女性たちに目配せをすると、
彼女たちは頷き、2人は小明の両手に、もう一人は先ほど南美が噛み付いたのとは逆の肩に、それぞれに牙をつきたてた。
「あっ!……あぁっ!……」
3つの鋭い痛みが小明の神経を疾ったが、今度は最初のような痛みはほんの一瞬で終わった。
それらよりも再び傷口に這わせられた南美の舌により与えられる心地良い感覚がはるかに上回ったからだ。
「あぁっ!……はぁはぁ……ねぇ南美ちゃん……もっと吸ってぇ……」
小明の切なげな訴えに対し、南美は傷口から溢れる血をただ舐めるだけだった舌を、傷口に直接あてがった。
「ひゃぁっ!……気持ち……いい……気持ちいいよぉ、南美ちゃん!」
4人の女性に血を吸われ、急激に貧血状態に落ちる体の冷たさを自覚しながらも、
禁断の快感に苛まれながら小明の意識は闇へと堕ちていった。
すっかり温くなってしまった露天風呂のほとりで、4人の女性たちが1人の少女の純血をすする猟奇的な音だけが静かに響いていた。