百合カプスレ@エロパロ板

このエントリーをはてなブックマークに追加
「なんで気づいたんや? やっぱ、にわも……」
《そうね、“同じタイプの人間”だからかな。やっぱりなんとなく分かっち
ゃうのよね、そういうの》
 からからと笑いながら響いてくる彼女の声は、笑っているはずなのにどこ
か切なそうだった。

 届かせたいけれども、気づかせたくない想い。

 八重に対する想いを冗談なのか本気なのか分からないように振舞っている
のは、やはり彼女も自分と同じ気持ちだからなのだろうか。泣きたくなるほ
ど切ない想いを、潦も八重に抱いているのだろうか。
「にわは本気なんか? 八重ちゃんのこと」
《たぶん、ね。私は七瀬が初恋だから、“本当の好き”って言うのがどんな
感じか分からないけど……私は七瀬の事が好きよ。きっと、本気で》
 受話器の向こうから響く声は、いつもの彼女の声ではないような気がした。
 切なげに、けれどもどこか楽しげに、悲しそうに嬉しそうに、潦は真剣な
声ではっきりと言った。

 顔は見えないはずなのに、なぜだか彼女が電話の向こうで苦笑のような笑
みを浮かべているのが、はっきりと手に取るように分かる。同じような笑み
を浮かべ、真紀子はどこか虚空を見上げながら呟くように言う。
「私も……好きや。多汰美のことを、私は好きや。本当の意味で」
 胸のつっかえが取れてしまったようで、どことなく気が楽になった。
 自分の気持ちを曝け出しても、普通とは少し違ったこの気持ちを受け止め
てくれる少女が電話の向こうに存在する。お互い、恋をしている相手は違う
けれども、同じ秘密を共有できる相手が居ると思うだけで、気が楽になって
くる。
 自分たちは普通とは恋の仕方ほんの少し違うけれども、相手がたまたま自
分と同じ性別だっただけなのだ。おかしいことなど、何もないのだ。この気
持ちに、嘘などない。
《言い切ったわね。意外だわ》
 きっと不敵な笑みでも浮かべているのだろう。
 あは、と笑い、真紀子は受話器を手にしたまま軽く壁にもたれかかった。
「まあ、自覚しとるしな。バレてもーた相手に気持ち隠しても、しゃーないやろ」
 それもそうね、と潦は笑う。
《じゃあ、今日はもう切るわね。最近携帯料金もちょっと危ないから。
――あと、ふたりきりだからって、間違い起こさないでよ》
 そんなもん、あんたに言われたないわ。
 そう言おうとして、真紀子はわずかに思考。

 よみがえるのは、重ねた唇の感触と味。
 そして、真紀子は、くすっ、と苦笑し、少し間を空けてから悪戯っぽく言
った。
「――すまんな、もう手遅れやわ」
 え、と言う声を無視して、そっちも頑張りや、とだけ言って真紀子は電話
を切った。

 軽く伸びをしながら、どこかすっきりしたな、と真紀子は思う。
 一方的にこっそりとキスしてしまった事は、正直どうしようかと思う。や
はり、黙っておくのが一番だろう。さすがに、いきなり「ごめん、寝てる間
にムラムラしてきてキスしてもーてん」などと正直に言えるような根性は自
分にはない。

 やはり、もう少し時間が必要だろうか。告白するにしても、何にしても。
 とりあえず、気分はだいぶ落ち着いた。明日、潦に礼を言わなければと思
いながら、当初の目的であったキッチンへ向かおうとして――

 視界の端に、人影が入り込んだ。
 人影の消えた場所は居間。この家に今居るのは、自分以外にはもう一人し
か居ない。
 すなわち、多汰美。

(なんやねん、この漫画かドラマみたいな展開は――っ!!!)

 愚痴っても遅い。
 再び気分が落ち着かなくなる。目の錯覚だと思おうとしても、この間眼鏡
を買い換えてばかりで、困った事に度数はしっかりと合っている。なるべく
平静を保って、開いている襖から居間を覗き込むと、窓の外を眺めながら多
汰美が佇んでいた。

 聞かれてへんやんな……。

 それは予想ではなく、ただの自分の願望。
 一瞬で渇いてきた口の中を唾で潤して、真紀子は多汰美の居る居間に足を
踏み入れた。やはりここは、無視するほうがどう考えても不自然だろう。
「なんや多汰美、起きとったんかいな」
 声が上擦らないか死ぬほど緊張しながら、真紀子は多汰美に声をかける。
 一瞬だけ背中を震わせ、自分が好いている少女はどこか恐る恐ると言った
感じで、顔だけを振り返らせた。

 平静を保っているように見えるが、どこかぎこちないのは気のせいではな
い。自分の知り合いの中で、きっと彼女が一番目か二番目ぐらいにとっさの
嘘――誤魔化しが下手だ。
 八重と一緒で、彼女は自分に素直すぎる。
「う、うん。何やついさっき目が覚めたんよ。じゃけえ――」
 だから、誤魔化そうとしても嘘をつこうとしても、すぐに分かってしまう。

「多汰美」

 彼女の名を呼ぶ。
 多汰美の喋る口がぴたりと止まり、辺りが沈黙に支配される。
 躊躇は一瞬。聞かれているなら、もう臆する必要はどこにもない。
 数秒で覚悟を決めた真紀子は、多汰美に核心を問う。
「さっきの電話、聞こえとった?」

 うやむやにしてはいけない、と思った。
 ここで誤魔化してしまっては、先に進むことができないと思った。
 言ってしまえ、と心が叫ぶ。
 曝け出せ、と感情が蠢く。
 もう少し時間がいるかと思ったが、聞かれてしまっているのなら一緒だ。
 バレてしまっているなら、早いほうがいい。

「――……うん、聞こえとったよ」
 長い沈黙の末、多汰美は言葉を吐き出した。
 そして、再び沈黙。
 数秒とも数分とも思える静寂を先に破ったのは、多汰美のほう。真紀子の
ほうに背を向け、彼女は窓の外を眺めた、マキちー、と短く彼女の名を呼ぶ。
 真紀子からの返事はない。彼女はただ、多汰美の次の言葉を待っている。
 自分には何も言えない。ただ、彼女の言葉を待っている。

「本気、なん?」
 それは問いかけと言うよりは、ただの確認。
 多汰美の表情を伺えない真紀子からは、彼女の意図が読み取れない。
 けれど、彼女の問いに答えることは出来る。
 今にも涙で揺らいでしまいそうな真紀子の視界に入るのは、後姿の多汰美。
真紀子はその後姿に手を伸ばし、彼女の肩に手を置くと、多汰美は驚いたよ
うに一瞬だけびくりとその身を震わせる。
 背を向けている多汰美の肩を掴んで引き寄せると、そのまま半回転させて
半ば無理やりに自分と対面させた。どこか怯えたようにわずかに俯き、多汰
美はどうしたらいいのか分からないと言った様子で視線を泳がせている。

 二人ともどことなく息が荒い。
 理由は分からない。ただ、どこか息苦しい。
 しばし、二人の呼吸の音だけがあたりを支配する。
 多汰美の視線が、ゆっくりと前を向く。
 自分の瞳を射抜く真紀子の視線は、ただただ前を向いていた。
 言葉を聞く前に、はっきりと分かる。
 彼女の言葉に嘘はないのだ、と。
 そして、真紀子の唇から言葉が紡がれる。

 ――本気や――

 どうしたらいいのか、さっぱり分からない。
 突き放すには身近すぎる相手。できれば傷つけたくないと、脳が自分を躊
躇させる。

 けれど、何と言えばいいのだろうか。
 好きか嫌いかと言われれば、そんなもの好きに決まっている。嫌えと言わ
れるほうが、嫌いな部分を言えといわれるほうが、よほど難しい。
 だから、どうしていいのか分からない。
 今、自分に言えるのは当たり前の、相手にも分かっている筈のことだけ。
 身近だからと、予想外の相手だという以前に、自分が戸惑う最大の理由が、
そこにある。
「わ、私ら女同士なんよ……っ!?」
 彼女が分かっていないはずがない。けれど、聞かないわけにはいかなかった。
「私かて知っとるわ、そんなもん!」
 真紀子の叫び。

 ふわり、と多汰美の頬に真紀子の長い黒髪が触れる。
 何が起こったのか理解できないのではない。何が起こったのかやけにはっ
きりと理解できすぎて、逆に頭が働いてくれない。何をどうしたらいいのか、
さっぱり分からない。

 抱きしめられている。
 弱くもなく強くもない優しげな力加減で、自分は真紀子に抱きしめられている。
 暖かい、と頭の片隅が冷静にそんな感想を述べていた。
 真紀子の髪から、シャンプーの女の子らしいいい香りが漂ってくる。触れ
た身体は、柔らかい。
 こうされることに不快を感じることもなく、むしろ心地よいと思ってしま
う自分はどうすればいいのだろうか。

 ふと、多汰美はそこで気づく。

 真紀子の肩が小刻みに震えている。
 あ、と声を漏らしたのは一体どちらのほうだっただろうか。どうしたらい
いのか分からないまま、多汰美は自分の両手を宙に泳がせる。
「自分でも、どんなけ多汰美を困らせることゆーとるかも自覚しとる! けど、けどなぁ……!」
 涙が零れる。鼻がつんとして、きちんと喋ることが出来ない。

 止まらない。
 とまらない。
 トマラナイ。
 零れ落ちる涙は、止まらない。

「私は、多汰美が好きやねん……! どうしようもないくらい、多汰美が……!」