百合カプスレ@エロパロ板

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 許されへんっての分かっとる。
 自分でもおかしい事やっちゅーんも分かっとる。
 けど、そんなん、しゃーないやんか。
 好きになってしもてんから。





「いやぁ、すっかり秋じゃねぇ〜」

 広島弁のイントネーションで呟きつつ、多汰美は湯呑みに注がれた玉露を
啜った。皿に盛られたせんべいを手にとって一齧りし、玉露を一口、口の中
へと含ませる。
 自分で適当に淹れてみたが、どうしてなかなか。舌を刺激する苦味もほど
よい。温度もこれぐらい熱いほうがちょうどいい。少しだけ自画自賛してみ
る。
「秋っちゅーより、もう初冬って感じもせんでもないけどなぁ……」
 開け放しにされた窓から涼風と言うには冷た過ぎる風が舞い込んでくる。
風に靡かされた、腰まで伸びる自慢の黒髪をかきあげつつ、真紀子は多汰美
と同じように玉露を啜る。どちらかと言うと猫舌ではあるが、この程度なら
冷ましながら飲めば問題はない。
 数ヶ月から、二人が下宿させてもらっているこの屋敷を女手一つで護り通
して来た、家主である七瀬幸江とその娘である八重は遠縁の葬式だか法事だ
か結婚式だか――とにかく冠婚葬祭の何かで朝方から出かけてしまっている。
従って、現在この家に存在するのは居候の由崎多汰美と青野真紀子の二名。
 他人――と言うのも今更妙な感じがするが――の家に二人きりと言うのは、
どうにもこうにも妙な感じだ。いつもの騒がしさが嘘のようで、しばし、た
だせんべいを割る音だけが家の中に響いていた。
 ただ、のんびりと過ごすこの時間は、正直悪くない。
 
 静かな時が過ぎていく。
 
 開け放した窓から見える空を眺めながら、真紀子はぬるくなった玉露をす
すった。
 うん、おいしい。
 
 と。

 廊下から電話の音。
 私が出ると言い残す真紀子に、多汰美はわずかに微笑んで頷いた。
 結局、電話は昔の友人からだった。
 三十分ほど話し込んでしまった。
 話は他愛もないもの。
 
 学校はどうなのか。居候しているらしいが、どんな感じなのか。
 勉強の心配もしていたが、その必要ないな、と友人は自分で言って自分で
笑っていた。
 久々に会いたいと言っていたので、夏休みにでも一度帰ってみようかとも
思う。
 自分も、関西が懐かしく感じていることだし。
 多汰美が一人でいるはずの居間の前で真紀子は立ち止まり、ため息をひとつ。
 思い出されるのは、先程の友人との会話。
 言葉が、頭の中で反復する。
 
 
 好きな人はできたの、と。
 
 
 不意打ちともいえるあの質問に、自分は「いない」と慌てて答えたけれど。
 いる、というのはきっとバレバレだったと思う。
 どんな人か、と聞かれなかったのは正直助かった。
 言えるはずもない。言ったところで、どうにかなるものでもない。
 だって、自分が好きな人は――
 居間に続く襖を開けると、多汰美が眠っているのが見えた。
 とても、とても、気持ちよさそうに。
 枕はない。身体の半分以上をコタツの中に滑り込ませたまま、ややうつ伏
せで、顔を左に向けて、丸くなって眠っている。多汰美にのその小動物のよ
うな姿に、真紀子は、猫みたいやな、と呟いて小さく微笑んだ。
 
 犬、とは思わない自分に苦笑。
 二人しか居ないこの空間は、とても静かだ。奇妙なほどに静か過ぎて、そ
れこそ恐ろしいほどに。
 多汰美の傍らに正座で腰を下ろして、真紀子はそっと彼女の頭に手をやっ
た。黒髪と言うにはやや薄い、茶色がかった髪。多汰美の頭を撫でる指先に
伝わる、さらさらとした感触が心地よい。

 安心と、緊張。

 ほっとするのだけれど、でも少しドキドキしている。
 自分は、この感情の正体を知っている。
 気付いてはいけない感情。
 気付いてはいけなかったはずの感情。
 目を背けて気付かない振りをするつもりも、否定するつもりもない。
 
 けれど、隠している。
 誰にも言えない、独りだけの秘密の感情。正直、潦が羨ましく思う。自分
と同じ感情を、本当に八重に対して持っているのかどうかは分からないが、
自分の素直に曝け出せるあの行為が、羨ましく、妬ましい。
 自分は、嫌われるのが恐くて、離れて行かれてしまうのが恐くて、何もで
きないでいるのに。
 どこにも行けない心は、自分の中で迷子のようにさまよっている。

 手を引いてくれる者もなく、ただ独りで、泣いている。
 理性と感情が、自分を板挟みにする。
 人としてどうするべきか。自分は本当にそれでいいのか。
 だって、それでも、自分は、彼女が――
 
 
 「……ぅ……ん……」
 びくりと身を震わせて、真紀子は思わず反射的に多汰美の頭から手を離し
た。もぞもぞと寝返りをして体勢を変えながら、多汰美が寝惚けたまま手探
りでこちらに向かって手を伸ばしてくる。逃げ遅れ、膝の上に置き去りにさ
れていた真紀子の左手が、多汰美の右手に捕えられた。
 
 細い。
 
 手首も、大きさ自体も、そこから伸びる五指も、自分のものと比べても一
回り近く小さい。
 それは身長差のせいなのか、彼女がよく動き回るからなのか。
 自分よりも少しだけ小さな彼女の手。無駄のない、しなやかな、すべすべ
の肌に包まれた指。弱い力で握られる彼女の手を、そっと握り返す。
 
 多汰美が小さく身動ぎする。
 
「―――――――……マキちー?」
 握られた手に反応して目を覚ましたのだろうか。手を繋いだまま、多汰美
が薄く目を開いた。空いている左手を口元にそえて、ふあ……、と小さくあ
くびを一つ。目尻に溜まった涙を拭いながら、問う。
「どんぐらい寝とった?」
 その子供っぽいしぐさが妙に可愛くて、真紀子は自分の口元が思わずほこ
ろぶのをはっきりと感じた。
 微笑みながら、彼女は答える。
 
「たぶん、十五分かそこらとちゃうか? 起こしてもーたか?」
 寝転がったまま、そして手をつないだまま、多汰美がゆっくりと首を横に
振る。
 そのまま再び目を伏せ、多汰美は呟くように言う。
 
 
「……ごめん、私、もーちょい寝るけぇ……」
「ん、分かった」
 
 
 五分もしないうちに、多汰美から小さな寝息が聞こえてくる。
 
 小さな、とても小さな寝息。
 
 放っておくと消えてしまいそうな、なぜかそんな感じがした。
 きっと気のせいだと思う。
 嗚呼、と真紀子は忌々しげに思考する。
 なぜこうも、彼女は無防備なのか、と。
 いや、むしろ女同士が二人きりのこの状況で警戒するほうがどうかしている。
 けれど、自分にとって、この状況が実に心臓に悪いことは事実で。
 
 
 
 つながれたままの手は、暖かい。
 多汰美の髪に触れる。
 彼女は気づかず、眠ったまま。
 触れている手を滑らせるようにずらし、頬に触れた。
 すべすべで、やわらかくて、まるで子供のよう。
 わずかに開いた、吐息の漏れる唇は、形のよいピンク色。

 あ、と真紀子が小さく声を漏らす。

 胸の奥に、締め付けられるような痛み。
 ドキドキしている。胸の鼓動が早い。
 彼女の唇に触れたい、と思ってしまう。

 どうして、自分は多汰美のことが好きなのだろう。
 どうして、自分は多汰美のことを好きになったのだろう。

 今まで異性を好きになったことがないとは言わない。幼い頃の淡い思い出
も、心の片隅にまでも残っているし、クラスでもかっこいいと思う男子もい
ないことはない。
 キスの経験もいまだにないが、恋、という気持ちについては知っているつ
もりだ。
 
 それに、同姓を好きになるならもっとおとなしい子を好きになればよかっ
たのに、と自分でも思う。もしくは、もっとしっかりした子、たとえば潦で
はないが、自分の好みでいえばこの家の一人娘、七瀬八重などがそれに当て
はまるような気がする。
 けれども、自分が好きなのはこの少女――多汰美なのだ。


 それが、事実。
 いつでも元気で、明るくて、でも少し馬鹿で、にぎやかで、どこかボケて
いて、そばにいても心配だが放っておくともっと心配になってしまって、動
物が好きで、やさしくて、自分の心を暖かくしてくれる、こんな少女が、自
分は好きなのだ。

「多汰美」

 呟いた途端、なぜか目頭が熱くなった。
 天井を見上げ、深呼吸をする。
 じわり、と不思議と涙が溢れてくる。
 唇が勝手に動いて、自然と言葉がつむがれる。
 
 聞こえるわけはないと思いながら。
 聞こえてほしいと思いながら。
 聞こえないでと思いながら。
 恐怖が胸を締め付ける。

「私、あんたのこと、好きやで」
 
 涙が一筋、頬を伝う。
 なぜ、自分はこんなことを言っているのだろう。
 聞こえるわけはないのに。
 聞こえたところでどうしようもないのに。
 なぜ、自分はこんなにも彼女を好きなのだろう。
 こんなこと、許されるはずがないのに。
 それでも、自分の気持ちがとめられない。
 さっきの電話が、何もかも悪いのだ。
 塞き止めていた感情が溢れ出す。

 ――ほんまに、大好き――

 気付かれぬよう、起こさぬように、そっと唇を重ねる。
 重なりは浅く。けれども深く。
 初めてのキスは、何とも言えない味がした。
 一秒か、五秒か、十秒か、あるいはそれ以上か。
 
 身体が火照る。
 内側が、奥底から熱を帯びる感覚。
 心の片隅で蠢くのは、罪悪感。

 名残惜しく唇を離すと、真紀子は立ち上がった。
 ゆっくりとした足取りで窓のそばまで移動し、澄み切った青空を見上げる。
 自分は、どうしたいのだろうか。
 黙ったまま、今の関係を続けるか。
 自分の気持ちを曝け出して、関係に変化をもたらすか。
 頬を涙が伝う。


 神様、お願いです。
 願わくば、今はもう少しだけ、このままで居たいです。
 本当の自分を曝け出せる勇気が持てるまで、このままで。
 自分に素直になれる、その日まで。
 今だけは、彼女の隣に居させてください。

 大好きな、この人のそばに。多汰美のそばに。