ファイアーエムブレム&ティアサガ第7章

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372何となく
レイヴァンがレベッカと狩りに行くと言った時、ルセアは遠慮することにした。
レイヴァンが女性と出掛けるなんて今までになかったことだ。折角の機会を無駄にさせてはいけない。
あまり体調がよくないから、と言訳すると、レイヴァンは気遣う素振りを見せながらも、
土産に期待しろと言い残して出掛けて行った。疑われずに済んでほっと胸を撫で下ろす。
あの朗らかな少女なら頑なな彼の心を解かしてくれるだろう。
あのレイモンドさまが……と感慨に耽りつつ、折角の機会だから部屋の掃除でもしようかとルセアは思った。
ルセアとレイヴァンは今の拠点で同じ部屋を与えられているのだが、最近は戦い続きで、
綺麗好きの彼でも片付ける時間がなかったのだ。
とりあえず埃まみれのレイヴァンの鎧でも拭いておこうかとそれを手に取った時。
扉を叩く音がした。
鎧を置き、誰だろうと思いながら扉を開く。
そこには、兄によく似た赤い髪の少女が立っていた。
ルセアを見て一瞬表情を固めると、その後でにっこりと笑う。
「……こんにちは、ルセアさん」
「あ、こ、こんにちは、プリシラさま」
慌ててルセアも頭を下げる。どうにもこの少女は苦手だった。
「お兄さま、いらっしゃる?」
「あ、その、出掛けられています」
「何処に?」
狩りに……と素直に答えようとして、はっと気付く。
レイヴァンの為にもここは余計なことは言わない方がよい気がする。何となく。
「さ、さあ。聞いておりませんが……」
しどろもどろになりながらそう言うと、プリシラは妙に冷たい目でルセアを見た後、
つかつかと中に入って来た。
373何となく:03/07/28 01:44 ID:3WMu+XXG
「プ、プリシラさま?」
「いけない? 妹が兄の部屋に入っては?」
「そ、そんなことはありませんが……」
男性の部屋にそんなに簡単に入るものでは、と続けようとした言葉は、呆気なく遮られた。
大して広くもない部屋をプリシラはぐるりと見回す。
二つ置かれたベッドの片方に、レイヴァンが戦いの時に身に付けている鎧を見つけて、
プリシラは顔を綻ばせた。
「こちらがお兄さまのベッドですか?」
「あ、いえ、そちらは私のです」
 何気なくそう答えて、その瞬間プリシラの顔に走った表情を見て慌てて付け加える。
「あの、汚れているので、磨こうと思いまして、取り出していました。
ちょうどプリシラさまがいらっしゃったので、そこに置かせて頂いて……」
それを聞いてプリシラはまたしても目だけは笑っていない微笑を浮かべた。
「……ルセアさんって、本当に、お気の付く方ですね」
「……プリシラさま……」
また何か彼女の気に障ることを自分は言ってしまったらしい。
もう何度となく繰り返されたその科白に、心の中で盛大に溜息を吐く。
「兄がルセアさんを大切にするのもわかります。そんなに細やかな心遣いをなさって。
その辺の女性よりずっと女性らしいのは」
にっこりと笑った笑顔と言葉が、ルセアをちくちくと刺す。
「見た目だけでは、ありませんね」
それを聞いて、ぷつんとルセアの中の何かが切れた。
374何となく:03/07/28 01:47 ID:3WMu+XXG
この所のプリシラの嫌味(としか思えない)言動に、ルセアも耐え兼ねていたのだ。
主筋にあたる人だからとその態度に文句もいわず、主人に対しては彼女を誉め続け、
誰かに愚痴をこぼすこともせず、元々繊細な彼の神経はかなり参っていた。
「……ルセアさん?」
急に黙り込んだルセアを見て、プリシラは不安そうに呼び掛けた。
ちょっと言い過ぎたかしらと反省する。彼女も好きで言っているわけではない。
この綺麗な顔を見ると嫌味のひとつやふたつ言いたくなるのだ。
謝罪の言葉を口に仕掛けた時。
すっと、ルセアがプリシラの手首を掴んだ。
「……ルセア、さん?」
その思いかけない強さに戸惑って、プリシラはもう一度ルセアの名を呼んだ。
ルセアはその言葉を聞いて、ぐいと彼女を自分の方へ引き寄せた。
驚いて言葉も出ない内にルセアの顔は間近に迫り、プリシラは呼吸を忘れて、
その妬ましいくらいに端正な顔を見上げた。
「では、証明してみせましょうか」
「しょ、証明?」
にっこりとルセアが優しげに微笑む。いつもと変わらない笑顔なのに、プリシラは一瞬鳥肌が立った。
「ええ。私が男性であるという、証明。プリシラさまは、何度仰っても納得して頂けないようですから」
耳元で擽るようにそう囁いて来る。いつもよりやや低めのその声が、余計プリシラを脅えさせる。
「今日こそは、理解して頂けるように、証明致しましょう」
375何となく:03/07/28 01:49 ID:3WMu+XXG
「証明って……何を……」
上ずった声で最後まで言葉を紡ぐ前に、その細い指で顎を掴まれた。
目を見開く間もなく、唇を塞がれる。
何が何だかわからずにされるがままになっていたが、はっと我に返り暴れ出す。
けれどルセアはその見た目とは裏腹に人並みの男性と同等の力は備えているらしい。
非力なプリシラが暴れた程度ではびくともしなかった。
そうしている内に息が苦しくなって来て思わず口を開くと、中に柔らかいものが入って来る。
それが唇の裏に触れるとぞくっとした感触が背筋を走った。
そのまま舌も捕らえられ、同じように舐められる。
何とも言えないその感じに、急速に体中の力が抜けていくのがわかった。
漸く長い口付けが終わる。プリシラの肩をきつく掴んだまま、ルセアは彼女の顔を覗き込んでいる。
プリシラは上気した頬で非難の言葉を叫ぼうとしたが、上手く言葉を紡げなかった。
ルセアはいつもと変わらない静かな声で、呆然と自分を見上げる少女に告げる。
「可愛いプリシラさま。貴方のような身分の女性が、男と二人きりで、部屋にいるものではありませんよ?」
「……あ」
確かに彼の言う通り、軽率の謗りを免れない行動ではあった。
ルセアを男扱いしていなかったのはそれだけでも明らかだったが、立場は完全に逆転している。
ルセアは混乱した彼女の足を軽く払った。
抵抗する間もなく髪を揺らしながらプリシラは空いている方のベッド
――レイヴァンのそれにとさりと背中から倒れこんだ。
その手際の良さに気付く余裕も無いまま、ただ言葉も無くルセアを見上げるその顔は、
やはり年相応の何も知らない少女のものだった。
プリシラは、結局は世間知らずのお嬢様に過ぎないのだ。
それならば。
どれ程世間と言うものが理不尽かつ危険に満ちているか、教えるのは自分の義務かも知れない。
そんなことを考えながらルセアは薄く笑った。その笑顔を見てプリシラは漸く言葉を紡ぎ出す。
「こ、んなこと……許されると思っているのですか!」
「思っていますよ」
絶句する彼女の唇にもう一度口付けた。
376何となく:03/07/28 01:52 ID:3WMu+XXG
先程までの強引さを償うように、その唇に、その頬に、その額に、その瞼に、何度も優しい接吻を繰り返す。
「え……」
その変化に付いて行けず、プリシラは抗おうと振り上げたその腕を、男に打ち付けるのを躊躇ってしまった。
優しいその仕草に抵抗するのは、力ずくで抑え付けられた時より遥かに難しい。
その細い指で頬を包み込まれ、その綺麗な瞳でじっと見つめられ、その柔らかい唇で何度も触れられている内に、
先程とは別の意味で力が抜けていくのが感じられた。
一通りその顔に触れたルセアの唇は、最後にもう一度プリシラの唇に触れた。
何を促すでも無く、優しくその舌が下唇を撫でる。
プリシラは瞳を閉じることもなく、ただその口付けを受けた。
逆らうことを止めた手は、男の金の髪を掴む。さらさらとしたその感触が涼しく、指に絡めると更に心地よい。
ルセアも添えた手をプリシラの赤い髪に絡めた。瞬間、何とも言い難い感覚が体を走る。
髪に触れられただけでこれ程感じることを、プリシラは今まで知らなかった。
それを切欠にして、ゆっくりと唇を開いていく。
撫でるように唇の上を動くその舌に焦れて、自分から舌を絡ませる。
自覚のないままに、プリシラはルセアの口付けに自分から応えるようになっていた。
その様子を察したルセアは、彼女の手を掴み自分の腰に導く。
「……ほら、わかるでしょう?」
ルセアの明らかな男性の証に触れて、プリシラは一瞬脅えたようにびくりとその手を震わせた。
「あ……」
「これが、何よりの証です。まだ、必要ですか?」
「……そんなこと……
ルセアが彼女から手を離しても、暫く躊躇うようにプリシラの手はその場所を彷徨っていた。
どうしていいのかわからぬようにおずおずと、確かめるように何度も撫で、潤んだ瞳でルセアを見上げる。
「ルセア……」
そうして漸く彼の名を呼んだ。いつものように余所余所しい呼び方ではなく、ただルセア、と。
その瞳に、確かに情欲を見たとルセアは思った。
377何となく:03/07/28 01:54 ID:3WMu+XXG
暫く迷うようにプリシラの顔を見つめていたルセアは、やがて小さく溜息を吐くと、
丁寧に彼女を衣装の乱れを直し、その手を取り立ち上がらせた。
その手に恭しく口付ける。今度は臣下の証として。
「……怖い思いを、させてしまいました」
「……」
何が何だかわからないままに、プリシラは押し倒された時と同じく素直にその動きに従った。
「……お帰りください、プリシラ様。私がこれ以上おかしくなる前に」
恭しくその手を引いて、扉を開く。深々とお辞儀をした。
「ルセア……」
プリシラは何か言い掛けた後、ぱっと背を翻し駆けて行った。
その後姿を見送って、ルセアは今度は深い溜息を吐いた。


レイヴァンが帰って来た時、ルセアはぼんやりとベッドの上に座り込んでいた。
「……お帰りなさいませ」
慌てて立ち上がり、レイヴァンを迎え入れる。
レイヴァンが扉を開けるまで気付かなかったらしい。耳聡い彼にしては珍しいと思いながら、尋ねた。
「どうだ、具合は? 顔色、良くないようだが……」
「あ、いえ、だいぶ楽になりました。はい。これは、その……」
言いにくそうな彼を見て、そう言えばと思い出す。
「さっきプリシラのとこ行ったら、お前に謝っておいてくれと言われたぞ。何かあったのか?」
それを聞いてルセアの表情が微妙に変わる。やれやれと、レイヴァンは兄離れしない妹を思った。
今まで離れていたのに兄離れしないと言うのも変なものだが。
「またあいつが何か言ったのか? 気にするな、甘えているんだ」
「……そう、でしょうか」
ルセアは何か言いさして、言葉を噤む。特に疑問を抱くことなく、レイヴァンは続けた。
「お前も甘いからな。偶にはきつく叱ってやるくらいでちょうどいい」
それを聞いて、ルセアは困ったように微笑んだ。
「それでは、お言葉に甘えまして」
「そうしてやってくれ」
レイヴァンも笑って頷いた。