【強い男を】女が男を倒す[Part2]【強い女が】
それじゃ、貼り付けますね。今回のはかなり原作ネタが深くなってしまった上に、
途中からはギャグみたいな感じになってしまったので正直不安なのですが、
本筋から読まれたい方は14以降から読んで下さいね。
ゾイサイトとの戦いの最中、セーラームーンを庇って深手を負ったタキシード仮面はダークキングダムに捕らわれ、
クインメタリアの暗黒パワーを浴びせられる。洗脳され、ダークキングダム最高幹部エンディミオンとして目覚めたタキシード仮面は、
最後の四天王クンツァイトと凌ぎを削りながら、クインメタリア復活の為セーラームーンの持つ幻の銀水晶を手に入れんと様々な作戦を用いるが、
そのことごとくが彼女を始めとするセーラー戦士達の活躍によって粉砕されてしまう。
数々の失敗の前に業を煮やしたエンディミオンはついに最終作戦を発動させる。
クインメタリアの力で蘇った再生妖魔達を夜のネオン輝く東京の街に解き放ったエンディミオンは、巨大な映像となって夜空に現れ、
セーラー戦士達が東京タワーに来るよう言い放ったのだ。東京の人々を守る為、そしてエンディミオンとの決着を付ける為、
五人のセーラー戦士達は迷わず東京タワーに向かう。
都心に駆け付けたセーラー戦士達を待ち受けていたのは、破壊の限りを尽くす再生妖魔達だった。
かつてセーラー戦士達に倒されたモルガ、キュレネ、デレーラ、ヤシャ等が、
逃げ惑う人々からエナジーを奪い取り、ショーウィンドウを粉々に砕き、建物に鋭い爪跡を刻んでいる。
五人は人々の避難を手伝いながら素早く妖魔達の前に立ちはだかると、怒りを込めた瞳で睨み付けた。
「皆の憩いの街を悲鳴で染め上げるなんて許せな〜い! 空き缶をリサイクルするならとってもエコロジストだけど、
一度倒された妖魔をリサイクルしようなんて言語道断横断歩道よ! この愛と正義のセーラー服美少女戦士、セーラームーンが月に変わってお仕置きよ!」
ムーンの名乗りに、他の四人も次々と続いていく。
「同じくセーラーマーキュリー! 水でもかぶって反省しなさい!」
「同じくセーラーマーズ! 火星に代わって折檻よ!」
「同じくセーラージュピター! 痺れるくらいに後悔させるよ!」
「同じくセーラーヴィーナス! 愛の天罰落とさせて頂きます!」
セーラー戦士達の登場に、各々破壊を繰り広げていた妖魔達は一箇所に集まって向き合うと、不敵な笑みを浮かべる。
「現れたなセーラー戦士供! かつて貴様達に敗れ、地獄の淵を彷徨ったこの恨み、思い知るがいい!」
「エンディミオン様が相手をするまでも無い。ここで我等が葬ってくれる!」
「死ね!」
獣の如き雄たけびと共に、妖魔達は一斉に襲い掛かる。
宙に浮かび上がり、伸縮自在な両腕を伸ばして襲い来るモルガを五人は散り散りに跳んでかわす。
その瞬間、僅かにバランスを崩したムーン目がけて、巨大な両翼で上空を舞ったキュレネがすかさず超音波を発射する。
「危ない!」
間一髪マーズに突き飛ばされてムーンは危うく難を免れるが、直撃を浴びた背後の電話ボックスが木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ひ、ひえ〜」
「ほら、ぼ〜っとしてるんじゃないわよ」
「ゴ、ゴメン……」
ムーンとマーズがやり取りを交わす間にも、デレーラがジュピターとヴィーナス目がけて口から、
絹のようにしなやかかつ鋼のように強靭なガラスの糸を執拗に吐き掛ける。
「くそっ、これじゃきりが無い」
「焦りは禁物よ、ジュピター」
二人が防戦一方を強いられる反対側では、マーキュリーとヤシャが対峙し合ったまま、互いに隙を探り合っていた。
お多福の面を被ったヤシャ相手では、表情の変化から動きを先読みすることが出来ない。
だがそれでもマーキュリーは冷静にその頭脳で、この劣勢から脱する勝利の方程式を解き続けていた。
(相手は四人でこちらは五人、このまま戦力を分散させて戦うのは得策じゃないわ。あたしが皆をサポートして各個撃破に持ち込まないと)
解を弾き出すや否や、マーキュリーは素早く行動に移った。
「シャボ〜ンスプレー!」
マーキュリーの両腕から放たれた七色のシャボンが周囲に拡散し、たちまち夜の街を濃霧に包み込む。
「な、何だこれは?」
「おお、体が冷える……」
「皆、今よ!」
妖魔達が戸惑い、うろたえている内に五人はすかさず一箇所に集中し、必殺技の構えを取る。
「いくわよ、セーラームーン!」
「オッケー!」
「ファイヤーソウル!」
「ムーンティアラ〜アクショ〜ン!」
ムーンの放ったティアラに紅蓮の炎がかぶさり、モルガ目がけて唸りを上げる。
「シュープリームサンダー!」
「クレッセントビ〜ム!」
ムーン達とほぼ同時に放たれたジュピターとヴィーナスの合体技、雷を帯びた一筋の閃光がデレーラの胸を打ち貫く。
「ぎゃああああ〜!」
断末魔の叫びを上げて灰と化すモルガとデレーラを尻目に、息つく間もなく五人は残りの妖魔の殲滅に移る。
「クレッセントビーム!」
「こんなもの!」
ヴィーナスの攻撃をキュレネは急降下して避けるが、次の瞬間、跳躍したマーズが眼前に迫っていた。
「悪霊退散!」
アクロバットに宙を反転してマーズが貼り付けた魔除けの札が、キュレネの動きを停止させ、
その隙を逃さずにジュピターのアンテナから放たれた雷がキュレネを真っ黒に焼き焦がし、勢いよく地面に叩き付ける。
後は一匹。ヤシャを残すのみだ。
「おのれ、おのれえ〜!」
追い詰められ、憎悪の叫びを発したヤシャはお多福の面を剥ぎ取り、夜叉の顔を露わにすると、
額に生えた二本の鋭い角を突き出しながら、五人に向かって猛スピードで突っ込んできた。
「ムーンティアラ〜アクショ〜ン!」
すかさずムーンが放った反撃のティアラがヤシャの右腕を弾き飛ばすが、それでもヤシャは構わずに走り続ける。
「死ねえ!」
慌てて五人は回避するが、一瞬マーキュリーの反応が遅れる。それを見逃さず、ヤシャは標的をマーキュリーに定めると、素早く身を翻した。
「ああっ……」
マーキュリーがかわそうとするより早く、ヤシャの角が懐に入る。ヤシャの捨て身の一撃がマーキュリーを捉えんとしたまさにその瞬間だった。
「マーキュリー!」
鬼の如き形相でジュピターがタックルを食らわせて吹き飛ばし、危機一髪、マーキュリーは九死に一生を得た。
「おのれえっ! よくも邪魔を!」
すんでのところで止めを刺し損ねたヤシャは怒号を上げ、狙いをジュピターに変えて再度攻撃を仕掛ける。
だが迫り来るヤシャにも構わず、ジュピターはその場から一歩も動こうとしない。ヤシャの角がジュピターの腹部を抉ろうとするその瞬間、
「でえええええい!」
ジュピターはありったけのパワーで逆にがっしり角を掴んで握り締めると、ヤシャの体を思い切り宙に放り投げた。
「今だ、ヴィーナス!」
宙を舞い上がったまま、身動きの取れないヤシャにヴィーナスのクレッセントビームが炸裂した。
「あれ、口惜しや〜!」
ヤシャが空中で爆散してやっと妖魔達が全滅し、ようやく辺りが平穏さを取り戻すと、セーラー戦士達はほっと安堵のため息を付く。
「ふい〜、ようやく片付いたよ〜」
「危ないところをありがとう、ジュピター」
笑顔で礼を言うマーキュリーに、ジュピターは照れ臭そうに頬を掻いた。
「気にすることは無いよ。仲間を助けるのは当たり前だろ」
「取り敢えずこれで東京から妖魔達を追い払うことが出来たのかしら?」
「そうだといいんだけど……」
事態の沈静化を願うマーズとヴィーナスだが、事がそう簡単に収束しそうでないことは薄々感付いていた。
「今調べてみるわ……」
マーキュリーはゴーグルを掛けて懐からコンピューターを取り出すと、指先をキーボードの上で躍らせ、今現在の東京の状況を調べ始めた。
ディスプレイとの睨めっこがしばらく続き、やがて結果を写し出すと、マーキュリーは思わず驚きの声を上げた。
「何ですって? 妖魔が現れたのはここだけじゃない、東京タワーを中心とした東京の至る所で妖魔の生体反応を探知したわ」
最悪の事態に皆の顔に緊張が走る。
「くそっ! エンディミオンの奴め! ふざけた真似しやがって!」
ふつふつと湧き上がる怒りの感情に、ジュピターは無意識に拳と拳をぶつける。
「タキシード仮面様、どうしてこんなことを……」
今は変わり果てたかつての憧れの人の悪行に、ムーンは悲しげに視線を伏せた。
「悲しんでいても何も始まらないわ。ダークキングダムに操られているあの人を、あたし達が、そしてあなたが救ってあげるのよ」
マーズの叱咤にムーンは顔を上げ、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
「うん、そうだよね。何とかあたし達がタキシード仮面様を助けてあげないと」
「その意気よ、セーラームーン。でもまずは妖魔達を片付ける方が先決ね。東京にこれ以上被害が広がるのを食い止めないと」
ヴィーナスの言葉にジュピターも続く。
「そうだね。一刻も早く連中を追い払わないと。マーキュリー、東京で暴れている妖魔の数はどれくらいなんだい?」
「ちょうど十体。それぞれ新宿、銀座、六本木を襲っているわ。一体一体倒していたら、とてもじゃないけど被害を抑え切れないわ」
「なら二手に分かれましょう。攻撃力のことを考えて、あたしとジュピターが銀座を、
セーラームーンとマーキュリーとマーズが新宿、六本木を担当して、妖魔を倒しながらそれぞれ反対側から東京タワーを目指しましょう」
「でも、人々の避難はどうしよう? 皆が逃げ惑う中じゃ、戦闘に巻き込みかねない」
ジュピターの心配に、ヴィーナスはウインクを返す。
「そのことならルナとアルテミスを通じて既に手は打ってあるわ。
警視総監に事の事情を説明して、警官達に人々を東京タワー近辺から避難させるよう頼んであるから。
こう見えても、桜田警視総監とは顔見知りなのよ」
「うわ、ヴィーナスちゃんったらすっご〜い」
感激するムーンに、ヴィーナスはえっへんと胸を張る。
「当然。伊達に皆より長くセーラー戦士やってる訳じゃないわ」
「銃後の憂いもこれで無くなったようね。急ぎましょう」
マーキュリーの言葉に他の四人が頷くと、五人のセーラー戦士は夜の街へと溶け込んでいった。
銀座――普段の日はお洒落に着飾った男女が行き交う夜の街も、今はセーラー戦士達と妖魔達との激しい戦いが繰り広げられる戦場と化していた。
「でええええい!」
既に人々が避難し、ほとんど無人となった大通りを、ジュピターは四体の妖魔達相手に縦横無尽に駆け巡る。
「うりゃあああ!」
不気味な蜘蛛の妖魔、ウィドーが口から吐き掛ける蜘蛛の糸を巧みにかわしながらジュピターは疾風のように、
炎のテニスボールを放るべく構えたテスニーの顔面に痛烈な跳び膝蹴りを食らわす。
「ぶあっ!」
勢いよく地面に叩き付けられたのを逃さず、すかさずヴィーナスが、
「クレッセントビ〜ム!」
必殺技で一閃のもとに葬る。
「食らえっ!」
今度は左手から、巨大なトカゲの妖魔イグアーラの尻尾がしなるようにジュピターを襲う。
「はっ!」
紙一重でハイジャンプしてかわすと、獲物を捉え損ねて勢いの削がれた尻尾を掴み取り、ジュピターは思い切り己の体を回転させる。
「もう一度、地獄に帰りなぁ!」
ジュピターの十八番、ジャイアントスイングがイグアーラを十メートル先のブティックのショーウィンドウまで吹き飛ばし、
ガラスが木っ端微塵に砕けるのと同時に、またもヴィーナスのクレッセントビームが炸裂する。
イグアーラの死亡を確認する間も与えず、今度は背後からキガーンが迫ってくる心臓を狙い、突き出された鋭い爪を持つ右腕をジュピターは気配を読んで、
間一髪でいなすと、逆に右腕を掴んで背負い投げへと繋げる。そして衝撃でキガーンが呻き声を上げている間に、
「シュープリームサンダー!」
額のアンテナから放った雷撃がうずくまるキガーンに止めを刺した。
ジュピターはヴィーナスと背中合わせになると、素早く残りの一体、ウィドーの相手に移った。
「さあ、掛かってらっしゃい」
ヴィーナスは囮になるべく、ウィドーの周りを全速力で走り出す。
「きしゃああ!」
まんまとこちらの罠に掛かったウィドーは、ヴィーナス目がけて蜘蛛の糸を吐き出す。
その行動を待っていたとばかりにヴィーナスは翻ると、必殺技の構えを取った。
「クレッセントビ〜ム!」
ヴィーナスの指先から発した閃光が、襲い来る蜘蛛の糸を真っ二つに引き裂き、そのままウィドーの口を打ち貫いた。
「ぎゃあああああ!」
「こっちも食らえ!」
駄目押しにジュピターが背後から放ったシュープリームサンダーが瀕死のウィドーを昇天させた。
妖魔達が全滅したのを確認すると、二人は顔を見合わせ、東京タワーの方角へと視線を向ける。
「セーラームーン達の方は大丈夫かな?」
「あの三人も立派なセーラー戦士よ。きっと、上手くいっているはず。皆を信じて、東京タワーに急ぎましょう」
「そうだね。よ〜し、待ってろよ、エンディミオン」
ジュピターは腕を鳴らして気合を入れると、休む間もなく駆け出した。その後をヴィーナスが続く。
夜空にそびえ立つ東京タワーは、混乱の最中の今夜も変わらぬ極彩色の光を放ち続けていた。
新宿に現れた妖魔達を撃退したムーン達は次の目的地、六本木で新たな三体の妖魔達と死闘を繰り広げていた。
「死ねえっ!」
ホウセンカが容赦なく投げ付ける鳳仙花爆弾を三人は必死にかわし続ける。
「うわっ、うわっ、ひえ〜」
耳障りな炸裂音が響く度、道路が陥没し、周辺のビル群の壁にひび割れが刻まれる。
「食らえっ!」
無数に放られる鳳仙花爆弾の間隙を縫ってグレープが左手を巨大な植物の棘と化して、逃げ惑うムーンに狙いを定め、猛然と突っ込んでくる。
「ファイヤーソウル!」
棘の先端があわやムーンの眼前に迫ろうとした瞬間、マーズの放った火の玉がグレープを牽制し、
ムーンは慌てて距離を離してマーキュリーとマーズと一固まりになった。
「も〜、あんたは相変わらずノロマなんだから」
「ゴメン、助かったよ……」
「二人とも油断しないで。あの妖魔達は連携攻撃を得意としているわ」
ムーンとマーズの気を引き締めながら、マーキュリーはゴーグルを掛けて三体の妖魔達の弱点を探る。
かつて人間の愛に目覚めた四天王ネフライトを不意打ちで葬った憎むべき妖魔、グレープ、スズラン、ホウセンカ達は、三身一体の優れたチームワークを誇っていた。
(向こうが一糸乱れぬ連携攻撃を仕掛けてくるのなら、まずはそれを分断させないと)
周到な計算に基づいた勝利のヴィジョンを脳裏に描くと、マーキュリーは両手を突き出し必殺技の構えを取った。
「お願い、二人共。あたしが援護するから妖魔達の連携を崩して」
「ようし、チームワークにはチームワークで対抗よ。行くわよ、セーラームーン。あたし達の力を見せてやりましょう」
「分かったわ」
「シャボ〜ンスプレー!」
周囲を濃霧が覆いつくしたのをきっかけに、ムーンとマーズは攻勢に転じる。
「それっ!」
動揺し、何とかセーラー戦士達の姿を見つけ出そうときょろきょろするグレープの懐に入り込むや否や、
マーズは剃刀のように鋭い後ろ回し蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
ハイヒールの先端がこめかみにめり込み、そこから緑の血が滴ると、
「貴様あっ!」
グレープは激怒の感情を弾けさせ、背を向けて素早く離れるマーズを追いすがる。
「追うな!グレープ!」
スズランが慌てて制止するが、
「待てえっ!」
手傷を負い、完全に逆上したグレープの耳に最早その声は届いていなかった。
その隙に、ムーンもまた未だ状況を把握出来ないでいるホウセンカの背後に忍び寄ると、
「セーラームーンキック!」
左手を地面に付いて半回転し、勢いよくホウセンカの両脚を払った。
「ぶあっ!」
腰から地面に激突したホウセンカは起き上がると、
「小娘めっ!」
ヒットアンドアウェイですかさず逃げの姿勢に入ったムーンの後を、凄まじい剣幕で追った。
「ホウセンカも止せ!奴等の思う壺だ!」
スズランの必死の警告も、グレープと同じくホウセンカには何の効力ももたらさなかった。
濃霧を掻き分けながら、しばしマーズを追っていたグレープだが、やがてその後姿を見失ってしまう。
と、不意に前方に人影らしきものが浮かび上がる。
「そこかあっ!」
それが間違い無くマーズであると確信したグレープは、躊躇い無く左手の棘を影目がけて思い切り突き出した。
ずぶっ、という鈍い音と共に、心臓を突き刺す感触がグレープの左手を伝わる。
「くくっ」
仕留めたマーズの恐怖に満ちた死に顔を思い浮かべ、グレープは思わず笑みを漏らす。
だが、ようやく霧が薄れ、影の正体がグレープの視界にはっきり映った時、その感情は戦慄に取って代わられた。
白目を剥いたホウセンカが、棘に突き刺されたまま息絶えていた。
「あ、ああ……」
同士討ちに茫然自失となるグレープだが、罪悪感を抱く暇は与えらなかった。
「はっ!」
背後から迫り来る殺気に気付いた時は、もう遅かった。
光り輝くムーンのティアラが、一瞬にしてグレープを砂塵に化せしめた。
霧が完全に晴れた時、只一人生き残ったスズランは完全に三方をムーン、マーキュリー、マーズに取り囲まれる形となっていた。
「ムーンティアラ〜アクショ〜ン!」
「シャボ〜ンスプレー!」
「ファイヤーソウル!」
「ぎゃああああ!」
それぞれの方角から繰り出される必殺技の嵐に、スズランもまた為す術無く土へと還っていった。
ようやく妖魔達を片付けると、三人は一箇所に集まり、南南西の方角を振り向く。
眼前のテレビ朝日本社ビルの裏から覗く東京タワーの展望台は、セーラー戦士達の来訪を今か今かと待ちわびているかのごとく、爛々と輝きを放ち続けていた。
「あそこにタキシード仮面様がいる……」
「いよいよ決戦ね。何としても今日でエンディミオンとの決着を付けないと」
「ええ。そしてダークキングダムに操られているあの人を助けてあげないと。それが出来るのはうさぎ、あなただけよ」
「あたし達も力を貸すから、頑張りましょう、うさぎちゃん」
「必ず衛さんと幸せになるのよ。そうじゃないと、このレイちゃんが許さないから」
かつて衛と付き合っていたにも関わらず、その複雑な感情を微塵も見せずにムーンを気遣うマーズの優しさに、
ムーンは胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを抑え切れなかった。
「自信を持ってうさぎちゃん。銀水晶の力なら、衛さんを一途に思う気持ちがうさぎちゃんにあるなら、きっとあの人を正気に戻すことが出来る筈」
「……ありがとう、レイちゃん、亜美ちゃん」
掛け替えの無い親友達の励ましが、ムーンに取っては何よりの力の源だった。
ムーンはきっ、と表情を引き締めると、遥か向こうにそびえる東京タワーの展望台を見上げる。
「……待ってて、衛さん」
意を決すると、ムーンは足取り強く駆け出し、その後をマーキュリーとマーズが続いていく。
これから待ち受けているであろう激戦の予感を胸に秘めて――。
「ようこそ、セーラー戦士の諸君。私が凝らした趣向は楽しんで頂けたかね」
東京タワーの展望台に辿りついた五人のセーラー戦士達を、
エンデミィオンは甲冑に身を固め、長剣を腰に携えて悠然と待ち構えていた。
展望台の中は青・赤・緑のライトアップが施され、幻想的な雰囲気を醸し出しているが、
この場にいる六人を除いて人の子一人見当たらない。
「どうやら見事妖魔達を退けたようだが、それでこそ君達だ。邪魔な者達には既にここから立ち去ってもらった。
思う存分決着を付けさせて貰おうではないか。そして、幻の銀水晶は我がダークキングダムが頂く」
口元に笑みを浮かべて鞘から長剣を抜くエンディミオンをジュピターは怒りを含んだ瞳で睨み付ける。
「ふざけるな! 何の関係も無い東京の人達を巻き込みやがって! そんなにあたし達と決着を付けたいって言うなら、望みどおり引導を渡してやるよ」
「蘇った妖魔達は全て倒したわ。タキシード仮面、いえ、エンディミオン。あなたの策もここまでよ」
凛然として言うマーキュリーに、エンデミィオンは余裕とも取れる言葉を返す。
「だから言っただろう、趣向だと。私が送り込んだ再生妖魔達を君達は見事倒した。
私が全力を持って戦う以上、君達はそれにふさわしい相手でなければならない。丁度いい練習相手だったろう」
「戦いをゲームのように語らないで。あなたのその趣向とやらのせいで、どれだけの人が苦しみ、街に甚大な被害を及ぼしたと思っているの?
あたし達がダークキングダムに洗脳されたあなたの目を覚ましてあげるから、覚悟しなさい!」
ヴィーナスもまたエンディミオンを指差し、強い闘志をぶつける。
「エンディミオン、あなたの周りには禍々しい妖気が漂っている。悪霊退散があたしの家の家業。
あなたを支配するその邪悪なエナジーをこのセーラーマーズが祓ってあげるわ!」
勝気なマーズの宣言をエンデミィオンは鼻で笑う。
「頼もしい言葉だが、いつまでその強がりが続くかな?」
不敵な自信を見せるエンデミィオンをムーンは真っ直ぐに見据え、言った。
「……衛さん、あたしもう逃げない。あたしに銀水晶を扱えるだけの力があるのならば、必ず皆を守ってみせる! あなたを救ってみせる!」
エンディミオンに対して、そして自分自身に対してそう誓うと、ムーンはムーンスティックを取り出し、ムーンヒーリングエスカレーションの構えを取った。
「そうはさせん!」
だがスティックから浄化の力を引き出すより速く、エンデミィオンは身を沈めると、
一瞬にしてムーンとの間合いを縮め、長剣を振りかぶった。
「セーラームーン!」
四人のセーラー戦士達の悲壮な叫び声が展望台中に響き渡った。
「……くっ!」
だが長剣はキン、と乾いた音を立て、宙を跳ね上がっていた。
まさにムーンを一刀両断にしようとした寸前、頭上に突き出されたムーンスティックが鋭い切っ先を受け止め、弾き返したのだ。
慌てて横に転がって間合いを離すムーンにエンディミオンはすかさず追撃を掛けようとするが、そこを横からジュピターが割り込む。
「あんたの相手はあたしだぁ!」
闘気を体全体から放出し、ジュピターはエンディミオンがこちらを正面に捉えるまでのタイムロスを逃さず、怒涛のラッシュを仕掛けた。
「うらららららあっ!」
左右の連打から左回し蹴り、そしてそこから反転しての後ろ回し蹴り、と息つく間もない連携攻撃にも関わらず、
エンディミオンは涼しい顔で避け続けるが、その背後から今度はマーズが援護に入った。
「たあっ!」
マーズが足元を狙ってスライディングを、そして間合いを詰めたジュピターが膝蹴りを繰り出すが、
やはりすんでの所でハイジャンプされ、かわされてしまう。
「ふふ、どうした?君達の力はその程度か?」
唇の片端を吊り上げながら力の差を見せ付けるエンディミオンだが、愛と正義のセーラー戦士達に諦めの二文字は無い。
エンディミオンが地面に着地するその瞬間を狙って、ヴィーナスが右手の人差し指を突き出す。
「クレッセントビ〜ム!」
眩い光を放ちながら、閃光が一直線に長剣を握り締めたエンディミオンの右腕目掛けて唸りを上げる。
しかしエンディミオンが流れるような動きで剣身の表面をスライドさせてガードすると、呆気無くあらぬ方向へと弾かれてしまった。
エンディミオンは長剣を掲げたまま、再び一固まりになって対峙するセーラー戦士達を悠然と見据える。
「なかなか楽しませてくれるが、まだまだだな。今の君達の力では万に一つの勝ち目も無い。さあ、潔く観念して、大人しく幻の銀水晶を渡すんだ」
「言ったはずよ、衛さん。もう逃げないって。絶対に最後まで諦めたりしない」
ムーンは強い口調で言い返す。
例え劣勢にあっても、その闘魂を萎えさせるようなセーラー戦士達では無かった。
「何とか、この状況を好転させないと……」
ゴーグルを掛け、エンディミオンの弱点を探るマーキュリーだが、そこにムーンが囁いた。
「皆、あたしに考えがあるの……」
「セーラームーンに?」
驚いたように聞き返すヴィーナスに、ムーンは頷く。
「うん、それは……」
ムーンはエンディミオンに聞き取られないよう、小声でその内容を四人に告げる。
「へえ〜、セーラームーンにしては上出来な作戦じゃない」
感心するマーズと同じく、ジュピターも賛同の声を上げる。
「よし、それでいこう。このまま奴にいいようにさせる訳にはいかない」
「どうやら皆の意見が一致したようね。後はあたし達が囮になってその隙を作り出せばいい……」
勝利への糸口を懸命に模索する五人に対し、エンディミオンは小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「何を企んでいるか分からんが、無駄な悪あがきは止すんだな。君達が束になっても私には適わない。この冷徹な事実を直視するんだ」
明らかに五人を見下した態度のエンディミオンに、ジュピターが鋭い眼光を向ける。
「あんまり図に乗るんじゃないよ。自分の力を過信していると、今に足元掬われるよ」
「ふふ、ならばせいぜい悪あがきして私を見返してみせるのだな」
あくまで強気の姿勢を崩さないエンディミオンの正面に、凛としてヴィーナスが立ちはだかる。
「もちろんそのつもりよ。例え一人一人は欠点を持っていても、互いに補い合って不可能を可能にする――それがあたし達セーラーチームよ。
皆、あたし達のチームワークを見せてやりましょう」
「オッケー!」
ヴィーナスの合図をきっかけに、ムーンを除く四人の戦士達は横一列に並んで一斉に駆け出すと、
マーズが左手に、ジュピターが右手に回り込み、そしてマーキュリーとヴィーナスが正面を突いて、三方からエンディミオンに突撃を掛ける。
「皆程パワーは無くても、スピードなら!」
ヴィーナスを先行したマーキュリーは、エンデミィオンのリーチぎりぎりの距離まで近付くと、躊躇い無く突っ込んだ。
「死にに来たか!」
長剣が首を刎ねるより僅かな速さで、マーキュリーは体を沈めて左手へと転がり、かろうじて難無きを得る。
数本の青髪がぱらぱらと宙を舞った。
「上出来よ、マーキュリー!」
マーキュリーの引き付け十分、空振りしたエンディミオンが体勢を整えるより速く、顔面を目がけたヴィーナスの跳び蹴りが空気を斬った。
「くっ、ちょこざいな」
舌打ちしつつ、エンデミィオンは慌てて屈んでいなすが、その次にはマーズとジュピターの波状攻撃が前後より待ち構えていた。
「でやあああっ!」
膝まずいた瞬間を狙ったジュピターの正拳を、一瞬の差でこちらが捉えられるより速く、
掌で相手の腕を払う形でいなすと、背後から繰り出されたマーズの上段回し蹴りを肘でブロックする。
「ぐっ!」
肘から伝わる衝撃に初めてエンディミオンが苦痛に顔を歪める。
「まだまだこっちもいるわよ!」
今度はヴィーナスだ。
四人のセーラー戦士達は入れ替わり立ち代わり攻撃をしては素早く離れるという、息の合ったコンビネーションを何度も何度も仕掛けた。
一進一退の攻防が繰り広げられる中、ムーンは慎重に勝負を決する一撃を放つタイミングを見計らっていた。
(皆が体を張って作ってくれるこのチャンス、絶対に無駄にする訳にはいかない)
「やっ!」
十数発目の正拳がかわされた瞬間、ジュピターは右の耳の薔薇のピアスを取り、エンデミィオンの顔狙って放ると、迷わず踏み込んだ。
エンデミィオンがピアスをかわす。そして次の刹那、
「もらったあああ!」
「ぐあっ!」
ついに初めて、ジュピターの蹴りがエンディミオンの体を捉えた。反射的にピアスを上半身の動きのみでかわした為、足元がお留守になってしまったのだ。
吹き飛んだエンデミィオンはそのまま背中から、数メートル後方のエレベーターに激突する。ムーンはその隙を逃しはしなかった。
「ムーンティアラ〜アクショ〜ン!」
ムーンの意図を察した四人がすかさずその場から跳び退くのを確認すると、
ムーンは黄金色のティアラを、いやそれだけでは無い、青、赤、緑、黄と、それぞれ異なる輝きを持った数々のティアラを、間断無く放り投げた。
「うおっ!」
四方から襲い来る五つのティアラを目の当たりにして、エンディミオンは初めて気付いた。ムーンと同じく、他の四人の額からもティアラが失われていたことを。
「こんなもの!」
起き上がり、長剣を掲げるエンディミオンだが、ティアラはムーンによって絶妙のコントロールを受けていた。
一つを長剣で叩き落とし、もう一つを側転してかわすが、さながら生物の如く不規則な動きを見せる三つ目のティアラに、ついに長剣を薙ぎ払われてしまう。
「しまった!」
急いで長剣を拾おうとするエンディミオンだが、それが命取りになった。
僅かな瞬間、エンディミオンの注意が長剣に払われたのを狙ったかのように、新たなティアラが甲冑の背中の部分に炸裂した。
「うおおおおっ!」
目を張り裂けんばかりに見開き、その場をのた打ち回るエンデミィオンを見下ろし、ムーンは返って来た五つのティアラを順にキャッチする。
「やったね、セーラームーン。ムーンティアラアクション乱れ撃ち成功だね」
「これであたし達のティアラを託した甲斐があるってもんよ」
「セーラームーン、今の内にあなたの愛のエナジーでエンディミオンを浄化するのよ」
マーキュリーの言葉にムーンは頷き、
「これで最後よ。衛さん、どうか昔のあなたに戻って」
強い願いを込めてムーンスティックをしっかりと握り締めた。
「ムーンヒーリングエスカレーション!」
一際高いムーンの叫び声と共に、スティックから神々しい光が降り注ぎ、見る見る内にエンディミオンを包み込んでいく。
「お、おおお……」
エンディミオンの中の邪悪なエナジーは懸命に抵抗を続けるが、それもやがて弱まり、そして……。
「リフレーッシュ!」
浄化が達せられた証たる絶叫を発し、長剣と甲冑を失うと、エンデミィオン、いや地場衛はその場に倒れ込んだまま意識を失ってしまった。
すかさずマーキュリーが駆け寄って心臓の鼓動を確認し、「問題無し」のウインクをムーンに送る。
「良かった……」
安堵と共にどっと疲れが込み上げ、ムーンは涙を浮かべて思わずその場にぺたりと座り込んでしまった。
「これで安心ね、うさぎ。もう二度とあの人を離すんじゃないわよ。何があっても……」
後ろからマーズが優しくムーンの肩を叩く。その瞳にはムーンと同じく、光る雫があった。
「ありがとう、レイちゃん。ありがとう、皆」
止めどなく涙がムーンの頬を濡らし続ける。
何物にも変え難い親友達との絆のおかげで、ようやく、ようやく、衛を邪悪なエナジーから解放することが出来たのだ。
その喜びに、ムーンは溢れ出す涙を抑えることが出来なかった。
「良かった、良かったよぉ……」
嗚咽を繰り返すムーンの傍らにヴィーナスが立ち、静かに言った。
「帰りましょう。帰って、改めて衛さんとの再会を喜びましょう」
その言葉に、ムーンは、そして他の皆は笑顔で頷く。
そんな五人を祝福するように、ほのかに月光が展望台の中を照らし続けていた。
衛を救い出すことに成功した五人は気絶した衛を取り敢えずまことのマンションに運び、その意識が回復するのをじっと待ち続けていた。
テレビから流れるニュースは、セーラー戦士達の活躍によってようやく街が平穏を取り戻しつつあるのを伝えていた。
「う、うう……」
微かな呻き声と共に、衛の眉が揺れ動く。
観葉植物が多く置かれたまことの寝室で衛の側にずっと寄り添い、その瞬間を待ちわびていたうさぎは、弾かれたようにすがり付いた。
「衛さん、衛さん」
うさぎの呼び掛けに答えるように、衛の両目がゆっくりと見開かれていく。
「ここは……?」
うさぎに支えられて衛は身を起こすと、きょろきょろと辺りを見回す。
「気が付いた、衛さん? ここはまこちゃんの家よ。衛さんは今までダークキングダムに洗脳され、操られていたの。
でも大丈夫。衛さんを支配していた邪悪なエナジーはもう浄化したから」
事情を説明するが、衛は顔を呆けさせたまま、ぼんやりとうさぎを眺めたままだ。
不意に、衛は震える声でつぶやいた。
「……ここは何処だ? 俺は誰だ?」
ふるふるとわななく唇から漏れるそのつぶやきに、悪い予感がうさぎの胸の内を走った。
「どうしたの、衛さん?」
話し掛けるうさぎにも構わずに、衛は両手で頭を抱えると、何度も自問自答を繰り返した。
「俺は誰だ? どうしてここにいる? 俺は一体何者なんだ? 何故ここにいるんだ……」
「衛さん、しっかりして。あなたは地場衛さん。『クラウン』の元基お兄さんと同じ大学に通う大学生よ」
「地場衛? それが俺の名前なのか? 分からない。ああ、何も分からない……」
「衛さん、ねえどうしちゃったの? しっかりしてよ、衛さん……」
二人のただならぬ様子に、隣室で待機していた他の四人が寝室に入って来る。
「どうしたの? うさぎ」
レイの問いに、うさぎはふるふると首と振った。
「分からない。衛さん、何も覚えていないみたいなの。それどころか、自分が誰なのかも分からないみたい……」
うさぎの口から告げられた思いもよらぬ事態に、四人は絶句してしまう。
「ようやく、ようやく邪悪なエナジーから解放されたのに、こんなのってあんまりだよ。衛さんが可哀相過ぎる……」
次第にうさぎの声が涙で詰まってくる。
沈痛な面持ちでまことが亜美に聞いた。
「ねえ亜美ちゃん、何か分からないのかい?」
「おそらくショックによる記憶喪失ね。あくまで一時的なものだと思うけど、記憶を取り戻すまでどのくらい時間が掛かるかはあたしにも分からない……。
何かきっかけがあれば、それを早めることが出来るかも知れないけど……」
「きっかけ……」
亜美の言葉の意味をしばし脳裏で噛み締め、うさぎは何かを思い立ったように煌めきを瞳に宿すと、次の瞬間、自分の唇を衛のそれとそっと重ね合わせた。
「うさぎちゃん?」
唐突なうさぎの行為に、驚きがその場を支配する。接吻をぼんやりとした表情のまま甘受している衛を、うさぎは涙を浮かべて見つめながらより一層唇を押し付ける。
「……ん、んん……」
熱い吐息がうさぎの喉の奥に流し込まれる。
舌と舌とを絡ませ、衛の温もりを感じ取りながら、うさぎは今までずっと憧れ、今日初めて味わうことの出来た接吻の甘みを一瞬足りとも逃すまいと、意識の全てを集中させる。
「ん、あ……」
意識の絶頂にうさぎの頬が紅に染まる。両手で衛の髪を優しく梳き、しばしその状態を保ち続けた後、うさぎは衛の顔を静かに引き離した。
「思い出して、衛さん。あたし、お団子頭の月野うさぎです。どじで、泣き虫で、おっちょこちょいで、いつもあなたと喧嘩ばかりして……。
そんな頼りないあたしだけど、あなたはタキシード仮面様としていつも優しく見守ってくれた……」
ほんの些細な記憶でもいい。何とか衛に記憶を取り戻して欲しくてうさぎは懸命に語り掛ける。
しかしやはり衛は頭を抱えたまま、何度も何度も首を振る。
「……お団子頭? 月野うさぎ? タキシード仮面? 何だか懐かしい響きがする。だが、分からない。頭がもやもやするんだ。君は俺に取って何なんだ……」
「衛さん、思い出して……」
うさぎのかすれ声も今の衛には届かない。見兼ねたレイがうさぎの肩に手を置いた。
「うさぎ、気を落とさないで。焦らず、時間を掛けましょう」
「何か衛さんの中で強く印象に残っているうさぎちゃんとの思い出は無いのかしら? 同じ時を分かち合った共通の行為と言うべきものが……。
その一部でもいいから思い出すことが出来れば、希望は見えてくるのに……」
一人言ちながら、事態を打開する策を模索する亜美。
そのときだった。亜美のつぶやきを耳にした美奈子が、ぽんと膝を叩いた。
「あ、もしかしたら……」
「どうしたんだい? 美奈子ちゃん」
如何にも「閃いた」と言わんがばかりの美奈子のアクションにまことが聞いた。
「……あたし、いい考えが浮かんじゃったのよ」
「それ、本当かい?」
思わず声が大きくなるまこと。他の三人の視線も美奈子に集まる。
「衛さんの記憶を取り戻す何か良い方法が見付かったの?」
尋ねる亜美に、美奈子は自信満々に首を縦に振った。
「うん。うさぎちゃんと衛さんの前世の関係は、熱い恋に落ちた男女の仲よね。その記憶を取り戻す、おそらく一番良い方法を思い付いたのよ」
「それは?」
思わず声をハモらせて聞き返す四人に、美奈子は拳を握り締めて答えた。
「それは、男女の営みよ。前世で二人が交わした熱い契りを今ここで再現すれば、きっと衛さんも記憶を取り戻してくれるんじゃないかしら?」
「はあ?」
美奈子が告げた思いもよらぬ提案に、皆狐につままれたようにぽかんとしてしまう。
「それって、セックスをするってことだよね? 突拍子も無いなあ……」
頬を赤らめながら呆れるまことに、美奈子は強い調子で反論する。
「どうして? やっぱり男と女の仲ですもの。肌と肌とを触れさせて二人が一つになった瞬間こそが一番脳裏に焼き付いていると思うの。
あたしとアランの時がそうだったし、それこそがこの広い世界で赤の他人同士である男と女が愛と言う絆で結ばれた何よりの証じゃないかしら?
まこちゃんだって、失恋した先輩とは一度ならず熱い夜を過ごしたんでしょう?」
「そ、それはそうだけど……。でもあたしにとっての先輩の思い出は、それだけじゃないよ。
お弁当作ってあげたり、学校の帰り道他愛の無いおしゃべりを楽しんだり、お菓子屋さんでケーキ奢ってもらったり、たまの日曜に一緒に映画観に行ったり……。
その一つ一つがあたしに取っては掛け替えの無い大切な思い出だよ。
それに、美奈子ちゃんの意見を実行したからと言って、必ず衛さんの記憶が蘇える保証がある訳じゃないし……」
美奈子の意見に有効性をある程度は認めつつも、やはり躊躇いを見せるまことに、美奈子は一層力説する。
「まこちゃんの言うことは分かるわ。あたしだってセックス以外にも、忘れ難いアランとの思い出は数え切れない程あるし。
でも、何はともあれチャンレンジしてみることが重要じゃないかしら? 『杏子酒より梅が安い』って、諺もあることですし。
少なくとも、一つの参考にはなると思うわ」
「それを言うなら『案ずるより産むが易い』だけど、確かに美奈子ちゃんの言うことにも一理あるかも」
諺の誤用に訂正を入れつつも、亜美は美奈子の意見に肯定的な姿勢を見せる。
「亜美ちゃん……」
戸惑うまこと。
亜美とて初めの内はまことと同様に、美奈子の意見を余りに突拍子も無く感じたが、その内容をじっくりと吟味し、
今の所他に取り立てて有効な手立ても見当たらないことも考慮してみると、次第と良策のように思えてきたのだ。
「心理学でも『全ての人間は(性欲)に支配されている』という考えがあるにはあるから。
うさぎちゃんがセックスをすることによって衛さんの性欲を満たしてあげることが出来れば、
ペニスとヴァギナの触れ合いによる温もりが引き金となって、もしかしたら衛さんの記憶を呼び戻すことが出来るかも知れないわ……」
普通の女の子なら赤面してしまいそうな卑猥な単語を思案顔でさらさら言ってのける亜美に、レイは思わずジト目でつぶやいてしまう。
「案外亜美ちゃんも大胆ね……」
そのつぶやきを知ってか知らずか、亜美は意を決したように視線をうさぎに向けた。
「賭けてみる価値はあると思うわ。うさぎちゃん、後はあなた次第よ?」
亜美の問いに、うさぎは涙を拭いながらこくりと頷く。しかし……。
「衛さんの記憶を取り戻せるのならあたし何でもやる。でも、やり方が分からないよ……」
そうつぶやくと、うさぎは目線を伏せた。そうなのだ。うさぎはまだ中学二年生。性交の具体的方法を知らなくても致仕方の無い年頃だった。
「本で何回か見たことはあるけど、実際に出来るかどうか自信が無いよ……」
不安に駆られるうさぎの前に美奈子が進み出た。
「そのことについては心配しないで。まずはあたしがお手本を見せてあげるから」
「美奈子ちゃんが? でも……」
「大丈夫。中出しはしないわ。それはうさぎちゃんにしか許されないし、うさぎちゃんがやらねばならないことだから。
だからあたしは上手く衛さんの性欲を満たしてあげるだけ。中出し以外の方法で衛さんを慰めてあげるだけよ。
伊達に失恋を経験している訳じゃないし……。ねえ、まこちゃん?」
うさぎの不安を払拭するように、美奈子は取り立てて明るい声でまことの方を振り向く。
「そう……だね。他に方法が思い浮かばないのなら、美奈子ちゃんの言うとおりやるだけやってみた方がいいかもね。
うさぎちゃんがそれでいいと言うのなら、あたしも協力を惜しまないよ。あたしの失恋が、うさぎちゃんの役に立てるなら」
やっと美奈子の意見に納得し、心強い言葉を掛けるまこと。
しばしの沈黙の後、ようやくうさぎは頷いた。
「……分かった。まこちゃん、美奈子ちゃん、お願い……」
覚悟を決めたうさぎに、美奈子はまことと顔を見合わせると、
「それじゃ、いくわよ……」
衛の傍らに寄り、すっと腰を落としていく。
そして己の上衣たる紺色を基調としたセーラー服を脱ぐと、同じように未だに呆然としたままの衛の衣服にも手を掛ける。
「思い出して、衛さん。前世においてあなたがセレ二ティと交わした熱い夜を」
おずおずと怯えたような表情を作りつつも、されるがままに衣を引き剥がされていく衛に語り掛けながら、美奈子は黒いブラジャーのフックを外し、形良い乳房を晒す。
「セレ二ティ……?」
その青色の瞳をじっと見詰めたまま、美奈子は右手で衛の左手を掴むと、ぐいと手元に引き寄せ、自分の右胸へと押し当てた。
「そう、あなたはセレニティから愛撫を受け、悦びを感じていた筈。言葉に表すことの出来ない幸せを……」
言いながら美奈子は衛の残りの一糸、トランクスまで脱がすと、露わになったしな垂れた男根を、空いている左手で優しく包み込んでいく。
「こう、いえ、こんな感じかしら?」
左の掌に感じる弾みの付いた柔らかさと、股間から伝わるリズミカルな圧迫感が、
「ん、あう……」
不意に衛の口から嬌声を漏らさせる。すると徐々に男根が膨張していき、瞬く間に誰の目から見ても明らかな堂々たる巨根を築き上げる。
「あなたのこの大きなペニスをセレニティは優しく揉みしごいてあげた……」
美奈子の手淫が速度を上げた。ぐっ、ぐっ、と五本の指が男根に食い込む度、衛の内より何とも形容し難い心地良さが湧き上がり、
「んあっ!」
次の瞬間、頬の火照りと共にどろりとした白濁の液が亀頭より吹き上がる。左手を濡らすその液を美奈子はぺろりと舐めると、衛の頬に塗り付け、
「こうしてセレニティは、あなたから巧みに精液を搾り出していた筈……」
記憶の断片を引き出すように、衛の耳元でそっと囁く。
「そうだ……、遠い遠い、遥か昔、俺は確かに誰かに慰めを受けていた……」
衛はつぶやくと、美奈子の胸に触れている右手にぎゅっと力を込める。
そのつぶやきは、衛がおぼろげながらも過去のヴィジョンを取り戻しつつある何よりの証拠だった。
美奈子の主張は決して的外れではなかったのだ。
「やった、やったわ、うさぎちゃん。間違いなく衛さん、かつての記憶を取り戻しつつあるわ……」
顔を赤めながら笑顔を向ける美奈子に、うさぎもまた喜びの声を上げた。
「後ほんの少しで衛さん、昔を思い出してくれるのね……」
「よし、ここまで来たら後は一気に押すだけだね。よく頑張ったね、美奈子ちゃん。後はあたしに任せてよ」
まことの申し出に美奈子は頷くと、静かに衛の体を引き離し、
「お願い、まこちゃん」
バトンタッチする。入れ替わったまことは精液にまみれた衛の前に屈むと、美奈子と同じようにセーラー服を脱ぎ、ブラを脱ぎ、がっしりとした裸の上半身を晒していく。
「こうやって、先輩も喜ばしてあげたもんだよ……」
言いながらまことは、美奈子を遥かに上回るその豊満な乳房を、未だに硬さを失わない衛の男根に押し当て、掌で寄せては離し、寄せては離しを繰り返していく。
「ん、あう……」
「どうだい、衛さん? 前世のうさぎちゃんも、こんな感じに衛さんを癒してあげたんじゃないかい?」
男根が乳房の奥深くに飲み込まれる度、衛は微かに身悶えし、口から唾液の糸を引いていく。
「あ、ああ、そうだ。この感触、確かに俺は味わった。だがそのときはこんなにボリュームが無かったような……」
またも溢れ出る精液で、まことの乳房を一杯に濡らしながら衛が漏らしたつぶやきに、うさぎは思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「ちょ、ちょっと衛さん。それって、あんまりじゃない……」
「まあまあ。それはどうしようもない事実なんだから……」
「レイちゃん!」
お約束の漫才に突入している二人は放っといて、まことはまさに今愛撫の佳境に入ろうとしていた。
「さあ衛さん、思い出すんだ。うさぎちゃんと過ごした愛の日々を。互いに深い絆で結ばれて、慰め合った幸せな時を。ああ、先輩……」
自分もまた思い出に浸るように、まことは激しく上半身を揺り動かし、飽くことなく衛の男根をシェイクし続ける。
「あ、んん……」
快楽に身を堕とす喜びに全身を蝕まれ、衛は一層の迸りを亀頭から弾けさせていく。
と、不意にまことが身を起こした。
昂った感情を表すように、荒々しく息を吐き出しながら髪飾りを解いてセミロングになると、瞳をとろけさせて横たわる衛を見下ろす。
「はあ、はあ……。思い出してくれたかい、衛さん」
「記憶の彼方で、ある人と共にこの悦びを分かち合った。だが、何かが足りない。遥か昔に味わった悦びは、もっと幸せに満ちていた……」
そうつぶやいたまま、衛はぼんやりと天井を見上げてしまう。困惑顔を浮かべるまこと。亜美が口に手を当てながらつぶやいた。
「何かが足りない……。手コキやパイズリだけじゃまだ完全に性欲を満たしてあげることが出来ないのかしら……」
「だからどうして亜美ちゃんがそういう単語、知ってるのよ。
でも、それならあたしも力になれるかも。実はね、一度だけ衛さんに頼まれて、変わった愛撫をしてあげたことあるのよ」
亜美に突っ込みを入れつつも、今度はレイが喜び勇んで衛の前に進み出る。
「レイちゃん、何をするつもり?」
心配げに尋ねるうさぎに、
「じゃん」
と、レイが取りいだしたるはマーズのシンボル、赤いハイヒール。
「まさか……」
顔にたら〜り汗を浮かべるうさぎをよそに、レイはそれをしっかり両足に履くと、淫靡に瞳を光らせて衛を見下ろし、
「衛さん、思い出して! ほんのすぐ昔、そう三ヵ月前にこうしてあなたを慰めてあげたでしょう! ほら、こうして! こうして! こうして!」
突然鼻に付く甲高い声を上げると、腰まで伸ばした艶のある黒髪を激しく振り回しながら、怒涛の勢いで何度も何度もハイヒールの踵で衛の股間を集中的に踏み付ける。
「つおっ! ぐおっ! あひぃ!」
絶叫を上げつつも、衛の男根はレイの愛撫からしっかりと美奈子とまことのそれとは異なる悦びを感じ取り、
またもじくじくと多量の精液を吐き出して、ベッドの上に恥ずかしい染み跡を刻んでいく。
「ねえ、思い出してよ、衛さん! あなたは遠い昔、ここにいる月野うさぎ、プリンセスセレニティと愛し合った筈でしょう!」
「だはっ! ぐおっ! こ、こんなに荒々しい悦びは初めてだ……」
「ええっ! ふざけないでよ、衛さん! 前世でうさぎもこうやってあげたんでしょう! ほら! ほら!」
衛の男根よりもむしろ己の感情を爆発させて、一層踏み付けを激しくするレイから流石に殺気めいたものを感じ取ったのか、慌ててまことが止めに入る。
「レ、レイちゃん。そこまでにしときなよ、ほら。衛さんのあそこがぼろぼろになっちゃうよ……」
「そ、そうね……。ごめんなさい、途中で何が何だか分からなくなって……」
まことの制止にようやく落ち着きを取り戻したのか、レイは熱い吐息を何度も何度も吐き出しながら、衛の側から離れる。
「やり過ぎだよ、レイちゃん……」
完全に引きまくりのうさぎだった。
「こ、怖い……。思い出せない、君達は誰なんだ……」
レイのハードプレイがよっぽど堪えたのか、衛は子犬のように震えたまま、怯えた声でつぶやく。
「あ〜あ、これじゃ逆戻りだよ……」
「せっかくあたし達がいい所までいったのに、誰かさんのせいで……」
まことと美奈子のボヤキがレイのハートのずしりと刺さる。
と、そのときだった。亜美が思い立ったように、おずおずと手を上げた。
「ねえ、皆、今度はあたしにやらせてもらえないかしら?」
「亜美ちゃんに?」
驚き、聞き返す四人に亜美は躊躇いがちに答えた。
「ええ……。まこちゃんや美奈子ちゃん達のおかげで、大分衛さんの記憶を引き出すことが出来た。
でもまだ衛さんは完全には満足していないみたいだから、今度は後ろの穴から悦びを与えたいと思うの」
「アヌス責めねぇ……。亜美ちゃんも大人しい顔して、意外とエッチねえ……」
亜美の大胆な提案に美奈子を始め、皆顔を引きつらせてしまう。
「そ、そうじゃないわ。様々な角度から悦ばせることが、一番衛さんの記憶を蘇えらせるのに有効だと思うのよ……」
顔を真っ赤にしながら弁解する亜美に結局押される形でうさぎは、
「わ、分かったわ。亜美ちゃんがそこまで言うなら……」
「ありがとう、うさぎちゃん」
礼を言うと、亜美は横たわる衛の前にすっと座り込み、その体を裏返しにして目指すアヌスの一点を正面に向ける。
「いきます……衛さん」
宣告と共に、衛の精液をたっぷりと塗りたくった亜美の右の親指が高々と振り上げられ、唸りを上げた。
「づおおおおお!」
そして地を這いずるような衛の低い叫び声と、ずぶっと確かに後ろの穴を貫いた挿入音。
「感じるでしょう、衛さん? かつてセレニティがあなたに捧げたこの悦びを!」
「づっ! こんな悦びを味わった覚えは……」
衛のかすれ声にも構わず、
「いいえ! あなたは確かにこの悦びを味わった筈よ! 思い出して! アヌスを責められる快楽を!」
亜美は左手でしっかりと衛の尻穴を押し広げ、探り当てた一点を何度も何度も突き回していく。
「づぐっ! だが、いい……」
絶え間ない激痛に身を捩らせながらも、そこより湧き上がる今までとは異なる悦びの虜にされたように、衛はだらしなく口元を弛緩させていく。
「そう……でしょう? かつてのあなたに取ってこの悦びこそが一番の至福の時だった筈。そして、今のあたしに取っても……」
衛に負けずに、亜美もまた己の内より湧き上がる昂りを抑えることが出来なかった。
このまま衛の尻穴を責め続け、そして最後は……。
「あら……」
亜美の妄想はそこで途切れた。湯気が上がらんばかりに体中を火照らせ、その場に倒れ込んだ亜美に、慌ててまことが駆け寄る。
「亜美ちゃん、しっかりするんだ」
まことの呼びかけも空しく、亜美の意識は今や完全に肉欲の天国に昇天していた。亜美のスカートの中をまさぐってみる。掌にじっとりとした液がこびり付いた。
「……ったく、一体どんなこと想像してんだよ、亜美ちゃん……」
呆れ返りながらまことは、気絶した亜美をベッドから離れたソファーに寝かせる。
ようやく苦痛から解放されて力が抜けたのか、身を震わせては呆け、身を震わせては呆けを繰り返す衛を、うさぎは愁いを帯びた瞳で見詰めたまま、思い詰めたような声を上げた。
「もうこんな衛さん見ていられない。こんなに衛さんが苦しむのを見るの、たくさんだよ。次はあたしがやってみる。
それでも駄目だったら、あたし、何時までも衛さんが記憶を取り戻してくれる日を待つから」
うさぎの悲壮な覚悟に、レイが神妙な顔で聞いた。
「本当に大丈夫? うさぎが衛さんを悦ばせるってことは、あなたの処女を失うことなのよ。覚悟は出来ているの?」
レイの問いに、うさぎはしっかりと頷く。
「……うん。自信は無いけど、それで衛さんが記憶を取り戻してくれるのなら……」
うさぎはまたも涙を溜めて決意を表すと、セーラー服を脱ぎ、スカートを脱ぎ、ブラを脱ぎ、パンティを脱いで、小柄で若さ故の艶と張りを持ったその裸体を、皆の眼前に晒していく。
「お願い、衛さん……」
うさぎは願いを込めてそうつぶやくと、相も変わらず呆けた顔の衛の上に馬乗りになり、徐々に濡れ始めたサーモンピンクの己の秘所を血管の浮き出た男根の先端にそっと触れさせていく。
「……んっ!」
そのまま挿入を開始しようとするが、不意に浮かび上がる一つの疑問。
こんなに大きなペニスがあたしの中に……?
急速に湧き上がったそのことに対する不安と恐怖が、すんでの所でうさぎの秘所を衛の男根から引き離す。
「うさぎ……」
心配げにつぶやくレイ。
駄目、怖がっちゃ。記憶を失った衛さんの苦しみに比べたらあたしの痛みなんか……。
自分の胸の内のなけなしの勇気を振り絞り、うさぎは再度己の秘所を衛の男根に接触させる。
「う……んんっ!」
決意が萎えないよう、今度は躊躇わず、一気に男根の半分近くを挿し込んだ。
「くぅ、痛ぁ……」
生まれて初めて味わう挿入の痛みに、うさぎは涙を滲ませる。その眼下では、先程までの呆け顔とは対照的に、煌きを取り戻した衛の姿があった。
「……ん、んくっ。この感触……」
処女故の締め付けのきつさが、熱さを伴って衛の分身をがっしりと食い込み、逃れようの無い快楽の境地に引き込んでいく。
「ねえ、衛さん、思い出してよ。前世の月の王国で、あなたと将来を誓い合い、こうして共に悦びを分かち合った幸せな時を。
あなたは優しい人。タキシード仮面様としてあたしのピンチを何度も救ってくれた。……んんっ!」
何とか記憶を取り戻して欲しくて、うさぎは切々と語り掛けながら更に腰を落としていく。
「ん、んんっ!」
ペニスが更に深く押し込まれるのと同時に、うさぎの顔がますます苦痛で歪んでいく。
今にも手を差し伸べそうな程、心配げに見守るレイ達を視界の片隅に捉えながら、
うさぎは瞳をきつく閉じ、滴る汗で顔中を濡らして、ペニスを根元まで挿し込んでいく。
「ああ……、温かくて気持ちいい。この温もり、俺に何かを語り掛けている……。何だ……?」
「弱いあたしが戦いで挫けそうな時、逃げ出したくなった時、あなたはいつも側にいて、あたしに戦う勇気を与えてくれた……。あうっ……」
ペニスがようやく膣の根元まで収まると、痛みに構わず、ゆっくりゆっくりと腰を上下に揺り動かしていく。
「ほら、思い出すでしょう? こうしていると。あなたがあたしに悦びを与え、あたしがあなたに悦びを与える。あたしとあなたは一つ。二人で一つなのよ」
「んあっ。懐かしい。でも思い出せない。俺は一人ぼっちなんだ。俺は自分が誰だか分からないんだ……」
「違うわ……。あたしがいる。あなたは一人ぼっちなんかじゃない……」
「ああ、うあっ。教えてくれ? 君は、君は誰なんだ?」
今にも達してしまいそうな快楽に身を悶えさせながら、衛は必死に問い掛ける。込み上がる悦びの波と共に後僅かで蘇りそうな己の記憶を取り戻す為に。
突き抜ける破瓜の激痛と戦いながら、うさぎは優しく答えた。
「あたし、月野うさぎです。お団子頭の月野うさぎです。あ、あああっ!」
「月野……うさぎ? ん、ああっ!」
そして次の瞬間、うさぎの中で咲き乱れる白百合の花があった。衛の分身の細かい粒子達が、じわりじわりとうさぎの内に拡がっていく。
「衛さん!」
堪え切れず、うさぎは衛の背中に両手を回し、その胸板に頬を押し付けた。愛しい人の温もりを、匂いを一瞬足りとも逃すまいと。
例え記憶が戻らずとも自分は一生この人に付いていく。うさぎは今、衛との行為の中に決して他の何物でも得ることの出来ない甘い幸せの時を感じていた。
永遠とも思える一瞬にうさぎはその身を委ねる。
「……うさぎ」
不夜の夜明けは、突然に訪れた。耳元に届く微かな声に、うさぎは弾かれたように視線を斜めに動かす。
「全てを思い出した。ありがとう、うさぎ……」
夢では無かった。かつての思い出を取り戻した地場衛が、そこにいた。
「衛さん……」
限りない喜びに、うさぎの瞳から大粒の涙が溢れ出す。そんなうさぎを衛はしっかりと抱きしめて慰める。
「また共に同じ時を歩んでいこう……」
「もちろん、もちろんよ……」
しゃくり上げながら、うさぎは嬉しさを表すように何度も何度も腰を揺り動かす。
衛もまたしきりに腰を上下させ、いとおしいうさぎの愛撫に答えていく。
そんな二人を、涙を浮かべながら見詰めるレイ達の姿があった。
もう決して離さない。決して……。
今宵、ミラクルロマンスが始まりを告げる……。