【ディード】ロードス島戦記のSS【カーラ】

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171名無しさん@ピンキー
 熱を持った空気が肌に痛い。砂漠の空気はざらざらとしていて、本来、水と緑に囲まれ
て生きるエルフには過酷といっても良い環境だった。さらに言えば、自慢の金色の髪は汗
ばんで砂まみれになってバサバサとしているし、喉も渇いている。
 早く宿に入って水浴びをしたい所だが、ここは砂漠の国だ。宿に入ったところで、もっ
とも高価な物が「水」ときてる。水浴びをするほどの水量は望めないだろう。よくて、桶
一杯の水だ。
「はぁ……。ねえ、パーン。なんでまたフレイムに来ようなんて思ったの?」
 傍らで馬に跨る青年に話しかける。青年は年季の入った鎧を身にまとい、マントをさら
に上から身につけていた。直射日光を避けると同時に、鎧を野ざらしにしないための防護
マントだが、藍色のそれは白一色の砂漠の中では奇妙なほどに浮いて見えた。
「カシュー陛下にご挨拶を、と思ったんだ。それに、炎の部族の様子も気になったし……」
 以前、フレイムを形成していた風の部族と、砂漠に拠点を構えていた炎の部族の衝突が
あった。風と炎の両部族間で長きに渡って続いた抗争は、ひとまずの決着がついたものの、
フレイムにはその全てを養いきるだけのキャパシティが無いというのも事実だったのだ。
 精霊の力が正しく働くようになって、砂漠にもあるていどの雨が期待できるようになっ
たとはいえ、緑が戻るにはまだかかるだろう。
「すまないな、ディード。エルフには辛い土地だろう?」
 パーン、と呼ばれた青年がすまなそうに謝る。それを見て、ディードと呼ばれた女性は
鼻を鳴らした。
「エルフにもそうだけど、何よりね」
「?」
 キョトンとした顔で、パーンは首を傾げる。
「女には辛いわね。こんなんじゃ、汗くさくって。パーンだって汗くさい女は嫌でしょう?」
 途端に真っ赤になって目を逸らすパーン。一緒に旅をするようになって、もう何年も経
つというのに、この純情で生真面目な青年は今でもこういった冗談には過剰に反応を示す。
172名無しさん@ピンキー:03/07/06 12:28 ID:x4zBvWvF
「ディ、ディード!」
「でも私、パーンの汗の匂いって結構好きなのよね」
 クスクスと笑いながら、さらに爆弾を投下する。パーンは真っ赤になったまま、パクパ
クと口を開け閉めしたままになる。しばらくそうしていたかと思うと、今度は真っ赤にな
ったまま、俯いて憮然とした顔になった。
「怒った?」
「ディード。ほら。俺で遊んでないで、行くぞ」
 馬の腹に蹴りをいれ、パーンは人馬一体になって駆け出す。マントが風に翻る様を目で
追いながら、ディードも自分の馬の腹を蹴った。
「あ。待ってよ! ねえ、パーンったらぁっ!」
 砂漠の空に金色の髪が翻る。
 二つの騎影は途中で一つになり、そのままフレイムの市街へと向かって走っていった。


173名無しさん@ピンキー:03/07/06 12:29 ID:x4zBvWvF
「パーン! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです。カシュー陛下。ご壮健そうで、何よりです」
 相変わらず玉座でじっとしていない王は、謁見の間にあらわれたパーンに歩み寄ると、
バンバンと背中を叩く。力強い手は相変わらず衰えを見せず、むしろ以前よりも鋭く円熟
味を増しているのかも知れない。
「相変わらず硬い奴だな、お前は」
「い、いえ。しかし」
「『ロードスの騎士』といえば、小国の王にも匹敵する名声だ。少しは大きく構えたらどうだ」
 カシューが楽しげに笑うのを見て、パーンは苦笑いを浮かべる。
「い、いえ。俺は……自分は、そういうのは苦手で」
「はっはっは! まあ、態度の大きいパーンというのも、想像がつかんな!」
 そう笑って、隣へと視線をずらす。そこには初めて会った頃からまったく変わらぬ美貌
が、こちらを睨みつけていた。ご丁寧に頬がぷうっと膨れている。
「元気そうだな。ディードリット」
「陛下! パーンが壊れてしまうからお止めくださいと、以前もお願いしたはずですっ!」
 ぐい、とパーンの腕を取って、自分の側へと引き寄せるディード。その力を感じてか、
するっと手を離したカシューによって、パーンはディードに抱き寄せられてしまう。
「う、うわっ。ディード!」
「はっはっは。相変わらず仲のよいことだな」
 カシューは再び哄笑すると、一歩下がる。そして、真面目な顔つきに戻った。砕けた笑
いを浮かべたな顔つきは『傭兵王』と呼ばれるに相応しい戦士なそれになる。
「よく来てくれたな。パーン。歓迎するぞ」
「はっ! ありがとうございます。陛下」
 深く一礼する。以前カシューに膝をついた時に、こっぴどく怒られたのが原因だ。
「覚えていたようだな。お前は私の友だ。たとえ王と騎士といえど、我らの間に臣下の礼は不要だ」
「……はい」
「では、部屋を用意させよう。宴の用意もだ!」
 ささっと家臣達が準備に動き出す。それを見ながら、パーンはもう一度頭を下げたのだった。
174名無しさん@ピンキー:03/07/06 12:35 ID:BPiwvWn5
 夜も更け、宴も終わりにさしかかった頃。宴席にいた人間の影は、ほとんどが帰ってし
まったのだろう。数人の影と、あとは給仕たちが後片付けをしている姿しかない。
「パーン?」
 シンプルながら美しいドレスに身を包んだ女性が、傍らに歩み寄る。着替える前に自分
と同じように、湯浴みしたのだろう。金色の髪も白い肌も本来の艶と輝きを取り戻し、焔
の揺らめきに生まれた陰影は、少女的な容姿を今も保つ彼女に女の艶を与えていた。
「ディードか」
 初めて出会ったのは、アラニアの街中だった。それがこの長い付き合いの始まりだと、
その時の自分にはとてもではないが想像すらできなかった。
 だが、今ならば。
 このエルフの少女を失うなんて事の方が、想像もできない。
 傍らに寄ったディードリットの腰に手を回し、抱き寄せる。少し酔っているのかも知れ
ない。こんな真似を自然にできたのだから。
「パーン……?」
 見上げる瞳は空のように蒼く、小さな唇は儚く可愛らしい。
「少し、酔ったみたいだ」
 じっとこちらを見つめる瞳を見つめ返し、パーンはそう呟く。酔っている。そうだ。彼
女の美しさに、酔っているのだから。
「どうしたの……?」
 普段、パーンはディードリットを求めない。長い間共に旅をし、ザクソンでは同じ家に
暮らす仲である。当然、男女の関係も持っている。だが彼はなかなかディードに求めるよ
うな事はしなかった。
 エルフとしてみれば未だ少女期にあるディードの身体を、すでに少年から青年となった
パーンの身体で求める事に、彼が罪悪感に似たものを感じているからである。
 だが時として、彼は堰を切ったようにディードを求める夜があった。
 その時と同じ瞳だ。
 ディードは身を震わせる。それは恐怖ではなく、歓喜だ。
 パーンが自分の身体を思って求めてこない事は理解していた。確かに彼女はエルフとし
ては少女にあたる。
 時の流れが違うことを実感するのは、こういう時だった。
175名無しさん@ピンキー:03/07/06 12:39 ID:BPiwvWn5
 だから、パーンが自分を求めてくれるのを実感すると、ディードは嬉しくなるのだ。自
身の美しさに蠱惑されているのだと、理解できるから。
「ね、部屋へ行きましょう?」
 パーンの手を引いて、そっと歩き出す。人気のなくなった宴席から、主役の二人がいな
くなる。目の端でそれを見ていたカシューは、杯を置くと彼もまた、自身の妻の部屋へと
歩いていった。
「ディード……」
 あてがわれた部屋は大きなベッドが一つだけある部屋だった。カシューやフレイムの家
臣達には自分達の関係は知られているというか、今さら隠したりするような間柄ではない
のだが、それでもやはり照れる。
 それでも今は、目の前にある草原の宝石を抱きしめたいという欲求の方が強かった。
 アルコールの酔いはもう覚めている。
 けれど、彼女への酔いは、さらに強まっていた。
「もう。ちょっと待って」
 けれどディードはパーンの胸を押して、身を離す。お預けをくった形になったパーンを
見て笑い、ディードは腰に巻かれた布を解いた。
「これ、借り物なのよ? 汚したら怒られるわ」
 さらり、と音を立てて衣が脱げて行く。コルセットなど巻かなくても折れそうに細い腰
が、あらわになった。細かい刺繍を施されたレースの下着に包まれた、慎ましげなふくら
みが外気に晒される。細い腰は円熟味といったものとは無縁で、だというのにパーンは喉
を鳴らして唾を飲み込む。
「……ね?」
 ドレスを足元に落とし、ディードは手で身体を隠しながら小首を傾げて見せた。
 それは蠱惑。
 ――羞恥心ではなく、男を誘うための仕草だった。
「ディードっ!」
 荒々しく細く白い肢体を抱きしめ、唇を奪う。
 舌が唇を割り、口の中を蹂躙した。
 呼吸が止まる。その細い腕で、ディードはパーンの身体をただ抱きしめていた。